ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習 (tbc)
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イチャイチャしたいけど臆病なチートもの(路線がブレた)
1_イチャイチャしてない導入前半


 主人公を慕う可愛い女の子とイチャコラ冒険する話が書きたかった。
 TSものにするかでも迷ったけどノーマルで。

(レギュレーション:D&D3.5e、3eサプリ。ワールド本のデータは不採用予定)


 ×××××暦710年。剣と魔法のジ・アース世界に死霊の魔王オーカスが復活して5年が経ち、今や中央大陸を魔物が脅かすようになった。彼の軍勢の熱気に当てられて、様々な悪のモンスターたちも活発化しドラゴンが都市上空をかすめたり、忌々しき脳食らいが街の暗部で暗躍することも増えた。六柱の女神に祝福されし六人の勇者たちが魔王討伐に励んでいるが、彼らが魔王を倒すだけの実力を身につけるまでまだまだ二、三年はかかるだろう。

 

 

「つまり?」

「要するに、今なら腕っ節しか能のない奴でも飯の種に困ることはないわけだ」

「ははあ、ご主人のようなお人のことですね」

「馬鹿を言え、俺は贅沢する余裕がないだけで食う金には決して困らないぞ」

 

 俺の言葉に相槌を打つ彼女は、黒地のフリルつきワンピースの上から滑らかな高級生地の真っ白いエプロン服を纏い、更にその上にブレストプレートを身に着けた、世にも珍しい戦闘メイドのマーミアだ。元は貧乏宿の看板娘だった彼女を宿ごと買い上げて侍女と化し、更にアイテムに物を言わせてそれなりの戦士になるまで引き上げた。

 今では掃除洗濯から探索戦闘まで俺の身の回り全てを任せた、凡人ながらも優秀なメイドである。

 

「では何故、私はご主人の金策に付き合わされているのでしょう」

「そりゃほら……原典への敬意もあってアイテムを売るわけにもいかないし。大金を取り出すと通貨偽造にもなりかねないし。結局は自分で稼ぐしかないんだよ」

「なんですか。やっぱり金持ちは口だけですか。お父さんは言ってました、金持ちは口しか動かさないから腹だけが膨れるのだと。つまりご主人もデブ?」

「よく口が動くだけで太るのなら、お前もデブだな。ほれ次のワイヴァーンが来るぞ、落とすから首をはねろ」

「私はデブじゃありません。アイアイ、サー」

 

 そんな彼女を作り上げた俺は異世界転生者。女神の崇拝、信仰と引き換えに某財宝ofキング地味た無制限アイテムチートをいただいて現世を満喫するリア充である。その他バックグラウンドもあったがとうに忘れた。

 しかしながらそれで贅沢が出来るかといえば、そんなこともなく。愛する女を連れて流離いの俺TUEEE、無頼気取りに憧れた過去はとうの昔、今は他人に侮られぬよう功績を積み上げるべく地道な冒険者活動を続けている。

 というのも、魔法のアイテムは使用者の強さを引き上げるが、元々が弱いと大した強さにならないのが一つ。そしてこの世にはアンチマジックフィールド(魔力消失空間)やらディスジャンクション(魔力解体)なる天敵呪文がわんさかあると知らされ、やはり健全な強さを持つものだけが力を使いこなせるのだと思い知った次第である。

 

 そんなわけで現在、魔王オーカスが復活した北の大陸から海を挟んだ中央大陸、東方沿岸のほどよくモンスターが活発化した地域にてレベル上げ兼、贅沢するべく金稼ぎに勤しんでいる。

 現在お相手中のワイヴァーンは俗に亜竜と呼ばれるドラゴンの近縁種で、人間の倍はある体格を活かしたヒット・アンド・アウェイ、そして毒針の毒でじわじわと敵を弱らせる強靭ながら姑息な戦法を取る。しかし真のドラゴンのようにブレスを吐いたり呪文を使いこなしたりしない肉体一辺倒の脳筋なので、耐毒効果を持つアイテムを装備し、飛翔能力を阻害あるいは進路先を妨害して動きを止めたところに、こちらも飛行して殴り合えば立場は同等。身体能力の差も強化アイテムで埋めてしまえば、差を補って余りある。

 

 ワイヴァーンは彼女――マーミアをかすめるように爪を当てるが、魔法の鎧とアイテムで強化された表皮、高い敏捷さからなる見切りで血の一滴も流さない。一方で彼女は不用意に近づいた亜竜を迎撃せんと空中歩行(エア・ウォーク)の呪文で飛び上がり、竜殺し(ドラゴン・ベイン)の斧を振り回してワイヴァーンに一撃。強化アイテムに加え、魔法の杖から放たれた数々の強化呪文を受けた元凡人の娘は亜竜の鱗を容易く引き裂いて、肉をちぎる。

 流石にワイヴァーンは身体に見合った生命力を持つだけにたった一撃で絶命することはなく、少女を驚異と認識した。ワイヴァーンはオーク未満に愚かだが、トロル並の知恵はある。たった一合だが目の前の人間は己より硬くて鋭い牙を持つと認め、奴から離れようと飛翔する。が、2メートルも進まずして空中の見えない壁に衝突、墜落する無様な身を晒した。

 ワイヴァーンがぶつかった、目に見えない力場の壁(ウォール・オヴ・フォース)は後ろで悠々と魔杖を構える俺の仕業だ。直接手を下すのはメイドにして戦乙女たるマーミアの役目で、俺の役目は彼女を引き立てること。ワイヴァーンが態勢を立て直す間もなく、二撃目の竜殺しの斧が亜竜を襲う。隙を晒したワイヴァーンは当然それが避けられるはずもなく直撃し、今度こそ命を落とした。落ちた先は丁度一体目に倒したワイヴァーンと重なって、死体が小高い山を作り上げる。

 

「ふええ、やっぱり突っ込んでくるのは怖いですよう」

「大丈夫だ。我々はよほど当たりどころが悪い時(クリティカル)を除いて防御力を貫かれることは決してないし、万が一当たっても治癒や蘇生の支度を整えている。安心して戦え」

「私の気持ちは怖いのは変わらないじゃないですかー!」

 

 腕の立つ傭兵でも簡単には倒せないワイヴァーンを倒したというのに、彼女はちっとも胆が座る気配を見せない。優秀な戦闘メイドと言ったが、ありゃ嘘だ。まだまだワイヴァーンたちはこちらの様子を伺って周回しており、彼女の仕事は終わっていない。かといって戦闘中に恐怖で尻込みされても困るので、気休めにと恐怖軽減の効果がある勇壮の呪文をかけた。どうだこわくなくなつたろう。

 

「おお、なんだかやれる気がしてきましたよ。怖いと思ってるのに平気な気分とは、まるで頭のどこかがおかしくなったようです」

「それ、ワイヴァーンはまだいるぞ。その調子で残りもやってしまえ、ワイヴァーンの離脱だけは俺が食い止めるから安心するといい」

「でも首を落とすのは私なんでしょう?」

 

 

 その後、ワイヴァーンたちは一矢報いんと後ろで余裕を見せる俺に矛先を変えたものの、マーミアと同等かそれ以上に『硬い』俺に毒針を立てることは叶わず、安易に近づいた奴らを彼女が両断した。

 襲いかかってきた計5体は仕留めたものの、二匹ほど残っていたワイヴァーンは諦めて去っていった。あれほど怖がっていたにも関わらず、それを惜しそうに見送る我がメイドは傍目から見てなんともチグハグである。

 

「ワイヴァーンの肉料理って売り物になるでしょうか」

「以前ドラゴンの煮込みを食べたことがあるが、よく味が染み込んでいるのに歯ごたえがあり、噛む度にうま味が滲み出る良い料理だった。ワイヴァーンも亜竜とはいえ竜、食べたことはないが味に期待出来る」

「では」

「だがこいつは毒持ちだ、お前毒抜き料理は下手だろう。ゴルゴンのブレス袋を破って台無しにしたこと、忘れてないぞ」

 

 ゴルゴンとは、石化のブレスを吐き出す雄牛じみた魔獣である。なんでも肉が美味いという噂を知っていたので、仕留めた際に彼女に調理させたのだが、その最中あろうことかブレス袋を破って肉がとても食えたものではなくなる始末があった。それ以来、彼女の作る取扱いの難しい料理は信頼しないと決めている。

 ちなみに前述のドラゴン料理だが、厳密にはゲテモノに分類されるらしい―――ワイヴァーンにせよドラゴンにせよ奴らも知性体なので、食うのは良からぬことという土の神殿の審判だ。堅苦しく判断した場合の話なので、土の勇者すら気にせず食っていたと人伝に聞いている。

 

「……そ、そこはご主人のお力で素晴らしい料理パゥワーを発揮してですね」

「何が出来るか面白そうだが、ダメだ、俺のためならまだしも料亭で仕事するのに毎日アイテムや力を貸してやる気にはならん。それ相応の見返りを用意しろ」

「それは、こうやってご主人の冒険に付き合ってることでいいじゃありませんか。借金と同じだけの額はとうの昔に稼ぎきったでしょう」

「はて、その稼いだ分を端から贅沢につぎ込んでいるのはどこの誰だか」

「そ、それはー!だってー、ご主人が美味そうなもの食べてると私も食べたくなるからー!女の子は美味しいものとか甘いものとか大好きなんですー!」

 

 実際、彼女の実家から肩代わりした借金は利子なしでも今回のワイヴァーン10頭分の懸賞金くらいの額だ。俺のアイテムを借りていることを考慮して、山分けから少なめに分配したとしても二、三ヶ月もあればで容易く返済出来るはずだが、そうならないのは冒険で稼いだ金で贅沢する俺につられて、彼女も贅沢の味を覚えてしまったせいである。

 彼女が自分で言ってるとおり、今や俺の贅沢に付き合わずとも率先して甘味や高級品の食事に手を出している。贅沢を忘れられないが故に、わざと借金返済せずに俺との関係を続けている節すらあるのだ。こちらとしては(複数の意味で)都合のいい前衛を確保出来るし、止める気はさらさらないのだけど。

 

「わかりました。ではご主人にもワイヴァーン料理を作ります。なので」

「アイテムを貸すからには俺に作るのが当然だ。その条件は論外」

「まだ途中ですよ!くぅぅ、分かりました。ならば致し方なし、最後の手段を取りましょう。私の大事にしていた女のモノをご主人に……」

「デブが女とは笑わせる」

「太ってないし!!」

 

 流石におちょくりすぎたか、本気でどつかれるがノーダメージ。しかし食ってばかりいる彼女も冒険運動で消費しているためか、魔法のアイテムで恒常的に身体が強化されているためか、むしろ意外と肉付きが少なめということを俺は知っている。むしろアイテム頼りで運動してない俺の方がヤバイ。

 

「くっ、私の切り札が通らないなんて……ご主人はニブチンですか。いや、そういえばもっと小さい女の子相手にハツラツしていましたね。しまった、ご主人のストライクゾーンは幼い少女でしたか。迂闊でした」

「いや、あれは俺の可愛い妹だから。いくら愛らしいからと手を出すわけないだろう血縁に」

「その口ぶりだと妹じゃなければ手を出したようですね」

「……、まさか」

 

 今の間は何だったの?と無言で視線を飛ばすマーミア。少し真面目に考えてしまったのが失敗だった。

 

「いやはやご主人が妹好きだったとは。ごめんなさいお兄ちゃん、私の魅力が足りないばっかりに赤裸々と暴露させてしまってごめんねお兄ちゃん」

「いい度胸だ、ちょっと覚悟しろ」

「きゃー、スケベー、シスコンにおかされるー」

 

 無駄口が多すぎるメイドを怒ろうととっ捕まえるべく手を伸ばすが、咄嗟に避けられる。というよりワイヴァーン対策に貸した組みつかれることを回避する指輪の効果が現れていた。おのれ我がチートが仇になるとは!

 

「そこまで言うか、だから俺はシスコンじゃないと……ええい、いい加減にしろ!二重化人間支配(ドミネイト・パースン)!」

「え?ちょっとご主人、杖まで出すとか本気ですか。あの、少し言い過ぎま」

 

 弱みを見つけたとばかりに調子に乗る我がメイド。元はチートで取り出したものでも、俺の手を離れ、しかも装備されているアイテムを『戻す』ことは出来ないが、アイテムの対策は万全ではない。幾らアイテムで底上げや耐性付与していても、彼女の魔法に対する抵抗力は元々最低レベル。つまり対策が取れてない高威力のものならば十分に通用するわけだ。

 そこで俺は今回不要と判断し、装備制限のために除外していた[精神作用]効果の弱点を突くべく、支配の呪文が宿った、しかも確実に抵抗を通る確率を高めるべく二重に同魔法を飛ばす機能つきの魔法の杖で彼女を支配した。

 

「――」

 

 途端に彼女は口を閉じ、自由が奪われ俺の許しなく発言できなくなった。目には支配されたもの特有の沈んだ瞳が浮かんでおり、もはや彼女の意思はどこにも見られない。

 支配の呪文がかかって、ようやく煽りが止まったことで俺も落ち着いた。さて、激情に駆られて魔法をかけたはいいが、そもなんの話だったか。ああ思い出した、俺の好きな人の話だ。妹が好きなどとこいつが言うから、確かに好意的はあるが性的とか恋的な感情を抱いていないのにこのメイドに煽られ、意識して恥じらってしまい思わず反撃に出てしまった、この有様だ。

 だがここまで、仮にも使用人にコケにされたからには何かもっと反撃をしでかさねば気が済まない。相手を恥じらわせるような行為とか。そうだ、丁度先ほどこいつは俺を誘ってきたな。別にお互い興味はないが、だからこそ嫌がらせにはなるものだ。

 

「『こっちに来い』、そうこっちに。それから『顔を上げて』」

 

 俺は少し離れていたマーミアを呼び寄せて、その顎……というか首元に手を添える。お互いの鼻息がかかる距離だ。野外の血とか若干の体臭などなんとも言えない臭いが鼻をつくが、気にせずむんずと引っ掴むようにして顎を引き寄せる。

 そしてそのまま口を尖らせるようにして息を止めながら、彼女の淡い唇に俺の唇を当てさせた。

 そう、俺は彼女の大切なキスを奪おうと目論んだのだ!

 固く唇は閉じていたが、彼女の方はそうでもなかったらしくわずかに湿った感触が俺の唇周りに伝わる。

 3秒ほどそのままに感触を味わったら、彼女の顎を放して手を離すついでに支配の魔法を解除して―――と、ここまでやったところでふと鼻息を荒くする自分の状態に気づく。興奮している?

 

 唇周りを人差し指で拭って、付着した唾液を見る。少し冷静になって考えると、少しばかり、いや、かなり一線を超えてしまったように思う。思ってしまった。

 なんだかんだ初めての経験は素敵な女性と決めていて、金に任せて女性経験を積むこともなかった俺。彼女の初めてのキスを俺が奪ったつもりが、よく考えると俺の初めてのキスも彼女に奪われてしまった。

 マーミアは容姿こそ悪くないけど、見た目の良い秘書とか小間使いのつもりで雇った彼女相手に初めてのキスを捧げあうなんて、まるで恋人の関係じゃないか……!

 

 そのことを意識すると、まるで初な少年のように俺は顔を赤面させてしまった。恥ずかしさのあまり顔に手を当てて覆い隠し、そこで恥ずかしさの元凶を生み出した相手の前にいることを思い出して指の隙間から彼女の方を見る。

 

 支配を解かれた彼女も、俺と同じように赤面して唇に指を当てていた。

 俺が見ていることに彼女も気づくと、目をぎょっと見開きながら手で口と頬を覆い隠して、ぷるぷると小刻みに身体を震わせて……

 彼女は赤面した姿のまま、明後日の方向に走り出していってしまった。

 

 どうしよう。やってしまったと、俺も恥ずかしさと後悔からワイヴァーンの死体転がるその場でしばしうずくまった。

 

 

 




続けます。


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2_イチャイチャが決まる導入後編

 顔真っ赤っ赤から小一時間で気を取り直した俺。冒険の気疲れ以上にマーミアとの初キッスから赤面イベントは心への負担が大きく、心がどこか行ったような浮ついた気分で街への帰路についた。あとで思い出したがワイヴァーンの死体処理も忘れていた。

 今日はもう休んで彼女との話し合いは明日に回したい、と我が家に戻ったはいいがここで痛恨のミス。ここでいう我が家は彼女マーミアと共に住まう小さな料亭なので、バイタリティ溢れる彼女はあの後走り去った勢いで帰宅していたために、当然我が家で彼女と出くわしたわけじゃが。待って心は落ち着いたけどまだそっちの心の準備は出来てないの。

 思わぬエンカウントは彼女も同様だったらしく、お互い赤面のぶりかえしがシンクロニシティ。相手に脇目をやりつつ同時に顔をそむけるまでの挙動が全く一致する。それを見てまた更にお互い、見てられないと完全に顔をそむけるウブな二人である。

 そのまま1、2分くらいして顔を向けられるまで落ち着いた……とここでまた同時に顔を合わせる俺と彼女。また十数秒、赤面がぶり返す。

 今度こそ落ち着いたところで、言葉を発しようと……またもお互い、唇を動かそうとしたのを察してにらみ合い。本当になんとも言いがたい間の通じっぷりである。

 そろそろ言うこと言わねば、と俺は喋るために一度深呼吸して相手の様子を伺う。マーミアはまだなんとも言えない様子で唇を細かく揺らしているだけで、ようやく喋るタイミングが得られた。

 少し、かける言葉を考えた上で口にする。

 

「ごめん、その。口奪って」

 

 キスとか唇とかいう単語を口にするのは恥ずかしかったので、やや曖昧にボカした表現を使って彼女に謝りを伝える。少し前までは言い訳から入ろうと考えていたけど、それは違うだろうと咄嗟に考え直している。

 とりあえずこちらから言うべき言葉はかけたので、次は相手の声掛けを待つ。俺は彼女の口元を見ながら、言葉を待っている。彼女は俺の口元あたりを見て、ぷるぷると何を言うべきか言うまいかとばかりに暫く迷っていたが、ようやく言葉を紡ぎ出した。

 

「い……」

「い?」

「いいの」

 

 いいのか。

 何が?

 キスしたことが、ということか?

 

「いいの?」

「うん……うん?」

 

 彼女にも悪いことはあったとはいえ、それはそれ、これはこれ。かつて実家ごと彼女を買い取ったとはいえ、心まで買ったわけでないのにその女の子の唇を奪ったことは男として重罪である。

 その罪に対する彼女の罰を受け入れる気でいたのに、(別に)いいの、と言うことは許されるのか?許されてしまっていいのか?

 そんな確認を込めてオウム返しに問いかけたら、彼女は気づいたらしく慌てて訂正した。

 

「え?あ! あ、ちが、そじゃなくて、別に気にしてにゃいですかりゃ、ちがう!違うです!」

 

 噛み噛みで先の言葉を否定しようとする彼女。しきりに違うと言うが、言ってることはその実 変わっていない。やはり気にしていないのではないか。

 俺はなんとも言えない困った様子で、再確認としてまたも無言のまま疑問の表情を浮かべる。これで彼女の気が変わってくれれば、俺としてもようやく罰を受けて楽になれるものだが。

 

「いいんです、もー!ちがうって、あ、じゃなく、えと」

 

 しかしその予想を裏切って、彼女の言葉の中身は変わらない。

 相変わらず赤面と怒りが入り混じった態度ではあるが、言葉の内容は許しとの感情に満ち溢れている。これいかに。

 あまりにヒートアップして、ますますチグハグな言葉の内容を紡ぐマーミアの様子を見て逆に冷静になりきった俺は、最も聞かねばならない内容を単刀直入に尋ねることに決めた。

 

「結局。俺が君のくち……びるを奪ったことを、どう罰を受けたらいい」

 

 あたふたとする彼女を見続けて冷静になった俺が真顔で尋ねると、ようやく執拗に再確認し続けた意図が伝わったようで、彼女も次第に気持ちが落ち着いて、言葉がはっきりするようになった。

 

「罰は、別にいいです」

「いい、のか?曲がりなりにも、女の子のキスを奪ったのに」

「キっ……はい。許せませんけど、いいんです」

 

 それでも、やっぱり内容は変わっていなかった。真面目に悪いことをしたと、誠意を込めて下手に出ているにも関わらず彼女は俺を咎めるつもりは無いようだ。それはそれとして気持ちは許せないそうだけど。

 でも正直、後腐れはスパッとなくしたい気持ちが強い。許されないとか、彼女の恨みを残したまま過ごすとこちらの気分が悪いのだ。なので、再三

 

「本当にいいのか?正直に言って、俺は本気で悪いことをしたと思っている。だから、何か望みとか願いとかあれば、可能な限りであればそれを叶えようと思ってる。今なら料理のアイテムも貸して、いやむしろあげてもいいから」

「それはもういいですよ。というかワイヴァーンはどこです?」

 

 ここで死体を残してきたのを思い出す。それもごめん。

 

「まあ、私もご主人をからかいすぎました。私も私で、自業自得なところはあります。なので、ご主人を一方的に責めることは出来ません。お互い、なかったことにしましょう」

「なかったことに……」

 

 俺に目を向ける彼女の視線が僅か下に逸れたのを見て、つい、そこにある唇を指でなぞってしまう。それを見て、また顔を赤らめてもじもじと恥ずかしそうに喋りだすマーミア。

 

「多少、乙女心が揺れましたがご主人がシスコンでないのはわかりました。酷いこと言ったのはお互い様なので私こそ許してください」

「だからシスコンって……乙女心?」

「え?あっ」

 

 ふと耳に残った言葉を呟く。すると彼女はそれにおかしなくらいに過剰反応し、また慌てだしはじめた。乙女心だなんて、そんなにおかしな言葉だったろうか?

 

「ばっ、あ、忘れなさい!忘れてください!乙女心なんて恥ずかしい言葉!」

「え、ええー?」

 

 そう思っている俺を差し置いて、彼女はひどく慌てている。忘れろというが、むしろ逆に叫ばれたおかげで余計に耳に残ったくらいだ。そのことをうすうす自分で感づいているのか彼女はますます反応を過激にする。

 というか乙女心って……ん?

 

「あっ」

 

 相手が慌てているほど、自分は冷静になれるというものだ。そして自分が隠したいと思っているものほど、相手からは比較的容易に読み取れてしまう、というケースがある。俺は彼女が気にしていた言葉が何か、必死に忘れさせようとしていた単語と、先ほどまでの会話とつなぎ合わせて、一つ、流石にないだろーと自分でも思いたいパターンを思いつく。思いついてしまった。

 初キスで乙女心って……いや分からなくないけど、まさかの俺相手にそれはないでしょう?と自分でもこの答えに呆れる。

 

「、~~、~~~~~!!」

 

 マーミアが言葉にならない食いしばった悲鳴を出している。俺が感づいたことを逆に察したのか?つくづくお互い察しの良い関係である。でも、それならば俺がないだろうと思っていることも理解してほしいのだが、彼女は自分の乙女心が揺れたことを隠そうとするあまりそこまで観察する余裕はないようで、

 

「もぅやっ!」

 

 最後にわがままな子どもみたいな声をあげて、ドタバタドタバタと自室へ駆け込んでいってしまった。

 残された俺はといえば、自分の軽率な行動からなんとも言いがたい関係に持ち込んでしまったことに、反省すべきか後悔すべきかそれとも少なからず思われていることを喜ぶべきなのか、気持ちに答えを出せずにいた。

 

 

―――

――

 

 

 翌日。

 結局、反省して彼女の言うとおり、忘れ(たフリをす)ることに決めようと思い、元気よくリビングに出た俺に対して、

 

「乙女心を揺らしたこと、許しません。だからデートしてください」

 

 潤んだ目のマーミアにそう言われた時の俺の心境について答えなさい。(配点10点)

 

 

 




執筆1時間ちょい。
しかしデレデレ予定のはずがツンデレっぽくなった。


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イチャイチャしてないデート前半

もっとデート先のエスニック的な風景を描写し、彼女に感動を与えたかったのですが
参考にすべき(したい)都市画像が見当たらず、部分的な光景のみで補完してます。後述。


 

 初めてのデートだが、彼女に合うコースを選ぶのにだいぶ苦戦した。

 料亭やレストランに連れてくのは風情がなく、かといって演劇鑑賞は庶民出身のマーミアには敷居が高い。衣服や装飾品にしたって、工業生産でないこの世界では玉石混交すぎて、下手な店に当たればムードを損なう恐れすらある。

 よって屋外の綺麗なデートスポットを当たろうと思ったのだが、危険溢れるこの世界、当然ながら生物あるいはモンスターのいない場所などまずありはしない。自然の多いところほどモンスターは多く、戦闘が起きるどころか場合によっては二人を殺しかねない奴と出くわす恐れすらある。

 しかしながら、大空を舞う鳥が洞窟に侵入せず、通常の草食動物が荒野や砂漠へ好んで暮らすことがないように、場所を選べばそこに生息する生物やモンスターは限られる。特に、むやみに人を襲うことがないモンスターというのは中々いるものだ。高潔な精神を持つ金龍(ゴールド・ドラゴン)や自然が栄えることを望むニンフやトリエントなど妖精(フェイ)らは、広義にはモンスターでありながら、悪人以外を襲うことはそうそうない。

 そういうわけで彼らが多く生息する場所を探したかったが、そんな場所は見つからず。仕方なく、違う理由で少々危険ながらも間違いなく善なるモンスターたちしか生息しないような場所をデート先に選んだ。

 そこは俺たちが普段存在する大地と異なる別の星、同じ宇宙内に存在しながら別次元の法則の下に成り立つ別世界。また神や天の使い、死んだ人の魂が向かう先でもあり―――いうなれば、天国である。

 

 

 

 

「うひゃあ、爽快ですね。しかし、何度か飛んだことはあっても、ここまで高いところだと落ちた時が怖いです」

 彼女は宙に突き出した石畳の足場の縁から、果ての見えない空の下を見下ろして怖そうに叫んだ。しかしその顔は赤らみを帯びており、デートを楽しみにしていた様子が察せられる。

 

「落ちても怪我をしない指輪は渡したけど、いつもより長時間の飛行(オーヴァーランド・フライト)出来る魔法もかけているから、何かにぶつかる前に飛べば落ちる心配は無いはずだ。他にも注意はあるが……今日限りは、邪魔者からはお守りするのでご安心をお嬢様(レディ)

「わあ、騎士(ナイト)様ですか?全然似合わないです」

 

 俺は片膝を付き彼女の手を取る仕草を見せたが、騎士の真似事は彼女には不評なようだ。

 立ち上がって膝についた塵を払い、気を取り直してエスコートを続ける。

 

「ここは風の女神のお膝元となる浮島の一つで、我々と同じ人間の住む街もあります。

 土のないところなので、だいぶ珍しいものも見られるでしょう。案内します」

 

 この果てなき空に浮島と雲がぽつりぽつりと浮かぶ、善にして混沌なる風の女神の領域では、鳥と空を飛ぶ幾つかの獣、風の精霊(エアー・エレメンタル)に風の眷属たる種族ジン、女神の代理人かつ天使にしてエルフの祖ともされるエラドリン、またこの環境下でも限られた浮島で生活する僅かな人間、エルフ、その他地を這う生物たちと、そして神の僕あるいは戦士としてこの世界に残る死後の善なる魂が住んでいる。俺たちの故郷たる物質界と違って、空を舞う生き物のみが生息するこの世界では一風変わった文化が根付いている。

 

「それはいいのですが、……えと、ご主人様。いつも通りにしていただければと。

 敬語とか、“お嬢様”とか、そういうのは……デートにはいらないと思うのです」

「ああ、これは失礼を。いや……今日はよろしく頼む」

 

 初めてのデートに気持ちが舞い上がっていたのは、向こうだけではなかったようだ。普段は彼女を振り回しておきながら、こういう落ち着かない時になると途端に奥手になってしまうのが、俺の素の姿だ。

 失敗は怖いが、所詮 彼女との関係は遊びのようなもので、失敗の許されぬ本命ではないしもっと気楽にいってもいいだろう。

 俺は早速彼女を事前に調査した浮島に根付く街へと案内した。

 

===

 

 風の世界ではそのまま足場に直結するため、建造物のための石材や鉄材は限られている。よって富裕層か、有力者しか浮島に建物を建てることが出来ない。

 しかしながら魔法を使えるもの、あるいは魔法使いにコネのあるものなら可能な、故郷では見られない独創的なアプローチの建築物が散見される。俺たちはデートの中で、幸運にもその建築真っ最中の現場の一つに遭遇した。

 

 建築予定の空き地を前に、装飾の施された外套を羽織って羽の付いた頭の高いおしゃれ帽子をかぶり、竪琴を構える詩人かと見まごうエルフの男性が小椅子に腰掛けていた。しかしアイテムの造詣に深い俺は、その手にもつ竪琴が魔法の竪琴“建築の竪琴(ライア・オヴ・ビルディング)”であること、身につける帽子や外套なども幾つか見た目にオリジナリティはあるもののどれも魅力を増幅する魔法のアイテムだと感づいた。腰には魔法の発動に必要な物質素材を入れたポーチを身に着けていることから、言葉の秘術を紡ぐ“詩人(バード)”、あるいは生来の魅力で魔法を操る”魔法使い(ソーサラー)”であると思われる。

 さて、そんな詩人だが俺たち以外の沢山の観衆に囲まれても、怯える表情一つなく気楽そうに竪琴の弦に指を付けた。ポロン、ポロンと雨だれのごとく穏やかな導入から次第に音は激しさを増し、嵐のように観客の耳を打ちつける。しかし驚かされるのは耳だけでなく、魔法の竪琴によって彼の前の空き地は誰の手も借りず均一に耕され、そこに穴が空いて、嵐のような激しい音と共に向こうが透き通って見える半透明の白い四角柱が突き刺さる。

 空き地から向かい風が吹き付けて、俺たちの肌に寒気が伝わったことで正体に気づく。あの半透明の柱は、氷で出来ていると。

 演奏は続き、やがてテンポの良い軍歌のような行進曲が始まった。それと共に柱に隣接して氷のブロックが積み上げられ、外壁の形を整えていく。

 二階の壁と屋根まで氷ブロックが積み上がり、建物はおおよその形が出来上がったところで、最後に詩人は今一度テンポのゆったりとした、和音のフレーズを多用するエキゾチックな曲調で仕上げを始めた。心に響くものの、いまいち理解しきれないところがあるが周囲の雰囲気を見るにこの世界では中々馴染み深いもののようだ。氷には彫刻が施され、無機質な半透明の側壁に「之」の字のような、何らかの文字らしき複数のアートが刻まれる。

 最後の彫刻を以って仕上げだったようで、この数十分で建物一つを積み上げる演奏をこなしたエルフは立ち上がって帽子を取り、観衆の拍手を受ける。手にぶら下げられた帽子内には銀貨銅貨のおひねりが多数飛び込んでいった。流石は売れっ子詩人なのだろう、と他にもこのような彫刻が施された氷の建物が見受けられたところから事情を察した。

 思わぬ遭遇であったが、素晴らしい演目に俺は満足した。マーミアも、技術や芸術を耳でしか知らないながらも、その技術力と表現力の高さは感じたらしく、まだ耳に残る音の余韻に浸っていた。俺も周りの観客同様に、帽子へ金色に輝くおひねりを投げ込みながら、落ち着いた場所で感想を述べ合うために本来後で訪れる予定だった軽食店にて向かうべくデートを再開した。

 

===

 

 打って変わって、あの詩人に手ずから建てられたような住居でなく、ここではごく普通の―――浮遊島の地形に横穴を掘った、建材いらずな―――店舗で営業している比較的高級なレストランだが、色とりどりな鳥の羽や何のものか分からないが鉄のように金属光沢を見せる甲皮などで飾られた店内は、知らない人には安っぽいB級グルメ店だと錯覚させる。

 

「先の曲は、内容は分かりませんけどすごく耳に響きましたねぇ。ご主人があんな演奏を毎朝聞かせてくれるなら、私も喜んで毎日はりきるのに」

「毎日貴族なみの演奏を聞いて暮らしたいなんて、贅沢な女だ。あの演奏だけで一日金貨十枚は支払わねばならないぞ」

「ご主人に高級を教え込まされ、私も贅沢無しでは満足出来なくなってしまいました。一生責任を取ってください」

 

 この店の自慢の料理をください!と威勢よく注文したら、肉入りオムレツなんてものを出されて子ども向けっぽいとがっかりして、しかし実際食べてみると思った以上に美味しかったと頬を喜ばせるなど表情をくるくる変えた、そんな可愛らしい彼女と先ほどの演奏の感想を語る。

 

「でも金貨十枚で済むなら、先日の竜を毎日狩れば、私も毎日聞けますし、こんなオムレツも毎日食べられそうですね。

 ……贅沢って、こんな簡単に出来ていいのかなぁ」

「実際、強力な冒険者は傭兵百人分の仕事を数名で果たし、百人分の金貨を僅か数日で稼ぐ。でもな、どれだけ強くなりお金を稼げる冒険者でも危険に身を晒す限り死の危険は付き纏うし、死ねば彼の持っていた金に殆ど意味はない。

 だから冒険者は死を遠ざけるために装備を整えるけど、殆どの魔法のアイテムは作るのに数千枚、買うのにその倍の金貨が必要だ。すると結局、手に入れた金貨は殆ど手元を離れるので、冒険者は収入の割に貧乏になってしまう。

 俺は幸いにもその出費が必要ないから、こうして金をそのまま贅沢に回すことが出来るけど、な」

 

 彼女は暗に安物そうだとこの肉と卵から作られたオムレツをほのめかしながらパクついているが、この素材となったアローホーク、人間の2、3倍の体長を持ち、先日のワイヴァーン並みかそれ以上に強力な怪鳥である。故に肉ですら入手が難しく、ましてや卵などなかなか探し出せない高級品。この一品に金貨100枚か宝石での支払いが必要で、ワイヴァーン数体の懸賞金など軽く吹き飛ぶのだが彼女は理解していない。面白いし可愛い姿が見れそうなので俺からは決して教えないが。

 

「その感覚が分からないと言うなら、一人でゴブリン退治に行ってみるか。勿論俺の助けと装備無しで出来たら、懸賞金の10金貨はお前の独り占めだ」

「私はご主人に仕えるメイドですから、ご主人の装備とあと贅沢をさせてください」

「迷いなく言い切ったな」

 

 彼女から俺の装備を除くと、服と料理道具しか残らない。包丁一本をダガー代わりにしてゴブリン集団を狩るには、流石にまだ彼女のレベルも心も弱すぎた。

 

「ご主人様に仕えるのが楽で至福だと味わったこの思い、もはや二度と忘れられません。一生仕えます」

「うん」

「でも私にだって将来を考えると、子どもを産んだりとか、色々あります。するとご主人に仕えられなくなりますので、身体だけの関係だったご主人には捨てられてしまいます」

「人聞きの悪い言い方を、俺はお前を娼婦のように扱ってはいないぞ」

「剣を持たせてモンスターにけしかけるのはもっとひどいです。どっちがマシかという話じゃありませんけど」

「………」

 

 反論出来ない。実際、実家が借金という弱みで脅されていた彼女を、別に性的な関係はいらないという理由でつけこみ、買い上げたのが最初の出会いだから。それで(例え9割安全なほどに魔法で強化されていても)モンスターと直面させる恐怖を味あわせたのは、単純に比較出来ないけど どちらにせよ酷い行いだと思う。

 

「なのでご主人のことは好きになれません。でも悪い気持ちを帳消しにするくらい良い思いはさせて頂きましたから、嫌いにもなれません。

 お金のことだって、私の貢献なんて借りたアイテム頼りで、ご主人や他の誰か。それこそ傭兵を雇って同じアイテムをもたせた方が早いのに、そんな拙い仕事にも報酬をくれて、何回かしたら借金を返せるだけのお金もくれました。

 借金を返すまでの関係なのに、そんなに私とすぐさよならをしたり、厄介払いしたいって様子でもなくて、なんでだろう?ってずっと不思議に思ってました」

「……それで?」

「私は馬鹿な方ですけど、ご主人様がたびたび仕事は私の活躍だって言ってたのを聞いて、理由が分かりました。

 ご主人様は、実は私よりもすっごく臆病なんですね。モンスターと戦うのは平気でも、人に恨まれたり、嫌われたりするのが怖い」

 

 鋭い。俺がチートを持っておきながら、成り上がったり有名になりたがらないのは彼女の言う通り、敵を作るのが怖いからだ。しかし実際の理由は彼女の語る心情面より、幾らチートがあっても寝込みを襲われたり、アイテムの上から叩き潰されるとどうしようもないという戦略的な面にあるけれど。

 

「だから私みたいな頭の悪い、疑わない市井の女の子を金と力と言葉で誑かして、囮にしようとしたんですね。もし失っても、幾らでも換えが効くし、疑われる心配が少ないから」

「お前の意見にしては鋭すぎる。誰から聞いた?」

 

 ふと、今の言葉は不自然に感じた。彼女の言葉にしてはどこか知的すぎるきらいがあった。そこを突っ込むが、彼女はそこに答える様子がない。というか、話を聞くふりがなく現在怒っている。

 

「誰だっていいじゃないですか。今、私はご主人様に怒ってるんです。どうして怒ってるかわかりますか?」

「……俺がお前を囮にしようとしたから」

「違います。私は女の子です。男性から求められたら、たとえ借金で買われた不健全な関係でも、思うところはあるのに。

 でもご主人様は奴隷にするようなひどい乱暴もせず、優しく接してくれて―――違う意味で乱暴をさせられましたが、気にしてたのに。

 だから私も、ちょっと気になってアプローチしてみたのに、それでもご主人様は全っ然応えてくれなくて!」

 

 何を怒ってるか分かる?クイズは不正解。彼女はますます怒りを増した様子でバンッと食卓を両の平手で叩いて、立ち上がって言う。

 

「だから私は怒ります!私がほしいなら、もっと気にかけてください!私はものじゃないんです!」

「ああ……もう、嫌いになったか?」

「嫌いです。でも、すごく嫌いじゃありません。なんせご主人は、そのようなところが鬼畜ではありますが、うちの料亭を訪れる酔っぱらいとか傭兵に比べればずっとずーっと優しい人ですから」

「なら、どうすればいい」

「なんでもいいです。何がほしいとか、私のことは聞かなくてもいいですから、もっと私を気にかけてください。

 私は都合のいい囮や物じゃなくて、ご主人様に女の子としてみてほしいんです。

 そうしてくれるなら、多少ひどい目にあっても……いいです」

 

 そう言うと、彼女は落ち着いてしょんぼりした様子で着席した。言葉が止まった様子を見て、俺は目を閉じ彼女の言葉に思いにふける。

 女の子として見て欲しい、か。彼女の言うとおり、俺は換えの効く、あるいは都合の悪くなった時に逃げ出せるよう情を入れ込みすぎない関係でいるつもりだった。だから彼女のみならず、女性と経験を結ぶつもりは一切なくその手の話は彼女と会った以前以後ずっと断っていた。それでも押しの強い女性には、時には既に彼女と関係を持った風に、ダシにして逃げたことも数回あった。

 だがこの場合において、彼女をダシにすることは出来ない。関係のあるなしは当人だから知っているも何もないし。

 

「いや、俺、正直シスコンなんだ。妹が好きなんだけど断られ続けてさ」

「嘘つかないでください。私に気があったのは、キスして赤くなってたのちゃんと見てましたから。

 女の子にキスして恥ずかしくなるなんて、気にしてないわけないですよ」

 

 先日否定した話を、あたかも事実であると苦し紛れの嘘を言い放つが即座に見抜かれる。

 今日の彼女は鋭すぎる。嘘をついてもダメ、ごまかしても話を逸らすのは無理だろう。ならば彼女が追求できないよう、怒って脅す?

 いや、それは絶対に取りたくない手段だ……彼女に嫌われて、恨まれるのが怖い。目を閉じて手を頭に当てて、イスにもたれて上を向く。

 

(結局、嫌われるのが怖いとか、そう思うくらいには情があるんだよな)

 

 目を開いて、食卓の向こうに座った彼女の顔を見る。先ほどまで怒っていた彼女は目を僅かに潤わせ、ふるふると震えている。

 彼女の気持ちは理解した。俺の気持ちもおおよそ見破られた。お互いに相手の気持ちを分かっている今、ごまかしは意味も必要もない。

 

「分かった。場所を変えよう」

 

 俺は立ち上がって彼女の手を取り、勘定を済ませてレストランを出る。彼女に想いを述べるのはもっと人のいない場所にしたいから。

 

 





・風の世界
 原作D&Dの基本世界では、風のエネルギー界と呼ばれる空と空気(あと雲と雷とその他諸々)が広がる世界。地面が殆どないので、空を飛べない者は落ちるしかないが、何もかもが発火する火のエネルギー界や溺死する水のエネルギー界、常に倍の重力がかかっている土のエネルギー界、その他回復しすぎるあまり爆発四散する正のエネルギー界や逆に生物はレベルを吸われ続ける負のエネルギー界に比べれば、環境に害されることがないだけ最も安全な次元界である。
 ちなみに(多少コツがいるが)落ちる方向はキャラクターの主観で決められるため、落下ダメージ対策さえしていれば、飛行の代わりに落ちることで空を移動することが出来る。「スゲェ、あのじいさん落ちながら戦ってる」も可能。

 当世界観は、その風のエネルギー界と、善にして混沌であるプライド高きエルフの祖(あるいは偉大なエルフたちの神)のエラドリンたちが住まう世界を組み合わせて、善にして混沌たるエルフの祖、風の女神の領域としている。


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喧嘩するデート後編

ねぼけたり書き直しながら書いたので、きっと変なとこがあります。


 

 女神のお膝元のこの街の外れには、風が少なく吹き散らされることのない雲に包まれた一帯があった。

 足元の石畳を踏み外さないように気をつけながら、マーミアの手を引いて人の目を遮る雲の中へ連れてきて、そうして二人きりとなったところでゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「なんというか、色々あるけれどお前の気持ちを受け取っても、気持ちに応えられるかは分からない。

 けど、俺にも見栄ってものはあるから、一度気持ちを受け取ったなら出来る限り、尽くしていきたい……とは思ってる」

 

 転生チートでハーレムを築きたいという男の夢があって、実際に築ける身となったからにはと一人の女性を借金で買い上げたはいいが、結局それ以上の女性を周りに増やすことはなかった。借金で恩を売ってもその女性が俺に尽くすかは別で、俺は彼女の心を掴むだけでも精一杯だった。

 いやそれも間違いか、彼女一人の気持ちですら汲みきれてなかったのは明らかだ。俺の気持ちの水くみ桶は穴空きのボロボロだ。

 彼女が俺に失望することなくついてきてくれたのは、彼女が俺の思っていた以上に優しい善人だったから。僅かに見せたつもりの優しさだけで、俺の傲慢さを受け止めてくれた。

 

「でも、それでお前の思いにはっきり答えるのはきっと無理だ。

 俺が持っている沢山のアイテムは知っての通り、俺の身の丈すら超える強力なものばかりで、それだけやれることが多いから、やりたいことも目移りして。

 お前を助けたのも、本命は戦力とか囮にする目的で使うつもりだったからそれだけだと女である必要すらなかった」

 

 それでもマーミアを選んだのに、丁度遭遇した偶然以外にも女性を侍らせたいという思いがあったのは否定しない。

 

「俺の目移り、言ってしまえばわがままはきっとこれからも続ける。俺がそちらに気をやっている間は、マーミアの気持ちに気持ちで答えることは出来ないだろう。

 ……と、これが俺の本当の気持ちだ。傲慢と思うか?」

「いいえ、ご主人だけじゃありません。私だって、ご主人に悪い気持ちは抱いてます」

 

 周りから姿を隠すこの雲霧の中で俺の本性を唯一の相手に語ると、彼女は同意する意見を口にした。

 

「俺に対するお情けか?」

「……はい、少しだけ。

 でも、それは可哀想とかじゃなく、私もご主人に甘えている悪い子だからです。

 魔法の剣や鎧、数々の指輪たちは、私に貸し与えてくれたものは沢山のモンスターを簡単にやっつけられるすごいものでした。倒した懸賞金で沢山の金貨を手に入れて、果物や珍しいお肉だって食べられて。

 そうなると、借金を返すよりもこのまま美味しい思いをしたいと私も思うようになりました。ご主人は私がそうなるように私を誘ったのでしょうが、実際乗ってしまった私も悪い子です。借金分の金貨はとうに稼いだのに、それでも主従関係を続けさせてくれるご主人の優しさに甘える私は実に怠惰でしょう」

「確かに。でも、最初に道を踏み外させた俺が最大の悪だろう」

「ご主人が主犯なら、私は共犯です。どちらも悪いことには代わりありません」

「優しいなあ、マーミアは。俺たちは二人とも悪い人間だと言い張るか。

 そんなお前の言葉に甘えてしまったら、俺は本当に悪い人になってしまう」

 

 実際、家での食事から洗濯・家事を全部彼女に任せたり、戦闘ですら彼女に前衛を張らせて楽してる俺だけど。

 

「いいんですよ、ご主人は悪い人なんですから。

 私に思う存分甘えてください、私もご主人と一緒に悪い企みに乗って差し上げます」

「いいや、俺がお前の優しさに乗ってしまえば、この先 俺に優しくしてくれるお前だけが善人になって、俺はお前の気持ちを食い物にする悪人になってしまう。

 だから、それに乗ると俺だけが悪人にされる全くの罠だな。この嘘つきめ」

「そんなことないですよ。本当に私が良い人なら、ご主人を改心させようと努力するでしょう」

「そんなことあるのさ。俺がそう思っているんだからそうなんだ、俺の中では」

 

 この良し悪しとは、俺の心の中の基準だ。他人から見た評価でも彼女の評価でもなく、本人の自己評価によるもの。しかしながら善悪とは人格で済まされず、この世界において善悪は明確な属性(アライメント)となって他人の目に写る。

 現に、彼女を善感知(ディテクト・グッド)魔法で照らせば善人と判定させるし、俺を悪感知(ディテクト・イーヴル)魔法で照らしてもまだ悪人と判定させることはない。

 この世界ではその当人が持つ罪悪の重さではなく、罪悪感を人格がどう受け止めるかによって判定されるのだ。怠惰を悪だと感じているが、俺の気持ちを汲み取る優しい彼女はいまだ善人であり、同時に傲慢だが見栄ゆえに恥じらいを捨て去りきれない俺は悪人になりきれないどっちつかず、中立の存在である。

 悪を悪だと恥じるモノが善人であり、悪を悪と受け入れれば悪人となってしまうこの世界では、悪を対象とした魔法や悪を誅伐する聖戦士(パラディン)がいるために悪人は悪であるメリットと、大きなリスクを受けることになる。

 その危険性が、俺を悪人になるまい一線を守らせている。

 

「むう。私、またちょっと怒ってきました。どうして素直に受け取ってくれないんですか、私をメイドにしたのはご主人でしょう。ご奉仕されてください」

「身の程をわきまえながらお仕えするのもメイドの領分だぞ」

 

 何よりも、大半の創作物では、メイドに焦点を当てたものでなければ彼女らの殆どはサブヒロイン止まりにすぎないしな。

 なんて漫画小説アニメの話を彼女に語っても通じるわけはないし、転生前の知識を語るのは禁じられているので、この常識だけは彼女には決して伝わらない。

 今日は随分と鋭い彼女も、それだけは理解出来なかったらしく首をかしげている。

 

「どうしても嫌ですか」

「答えなきゃいけないのか?」

「だって、私の気持ちはもう伝えてしまいましたから。これから私は実らない気持ちをもやもやと抱えたままお仕えしたくはないのです」

 

 俺はこのままでいたい。彼女は気持ちを打ち明けた関係になりたい。両者ともに平行線だ。

 

「ダメだな」

「ダメですか」

 

 このままお見合いになれば、俺の勝ちだ。が、しかしここで彼女の様子が変わる。

 気配を立ち上らせて、力ずくで挑む構えを見せている。

 

「やる気か?お前に渡したアイテムは当然、俺も着けている。

 取っ組み合いは効かないし、アイテムの備えがある以上は俺の方が有利だぞ」

「勝算はあります。ご主人が日和った時には、力づくで既成事実を得ようと考えてきました。

 だから、もし勝ったら私の気持ちを受け入れてくださいね?」

 

 しかも勝算があると来た。

 ここで勝負を受ければ、結局お見合いになって俺の有利なのだが……しかしここで逆に組み伏せれば、彼女を納得させる良い口実となる。

 換えをなら受けるメリットはこちらにもあると見ていいだろう。

 

「いいぞ。その代わり、お前が勝てなければ成就は諦めろ」

 

 しかしそうは言っても、何を出すか。ワイヴァーンの時にも着けさせた組みつき回避の指輪は俺も常に装備しており、拘束系の魔法は意味がないと彼女には教えている。もし力ずくで俺をはっ倒すつもりであれば、遠慮無く魔法やアイテムで自らを強化して分、こちらが有利だ。ひょっとすると魔法によらない拘束―――例えば“足止め袋”(空気に触れると途端に硬化するネバネバした物体)を使ってくる線がありうるかもしれない。現に彼女は今日のために精一杯選んだおしゃれ着のポケットにに手を突っ込んで、何かを取り出そうとしている。最初からこの展開のために備えていたというのか?だが貯金してない彼女に買える非魔法のアイテムなんて大して選択肢はないはずだ、一体何が出てくることやら。

 彼女の滅多に見られない、珍しく強気な姿勢に少々ワクワクしていた俺は、次に驚かされることになった。

 

 彼女が袋から何かを取り出した途端、全身を張り巡っていたはずの身体強化が消散する。魔法効果の抑制だと?

 予想を超えた影響に俺が驚く間もなく、彼女はすかさず俺に近寄り、押し倒さんとした。相手がどれだけ歴戦のレスラーであろうと抜け出せるはずの指輪は身体強化同様、当然のように機能しない。

 これは不味い。慌てて組み付きに抗うが、魔法によらない俺と彼女の筋力は五分五分といったところ。完全に押し倒される前に、抑制の効果が効かない何か強力なアイテムを取り出そうとしたが……危険な奴らの気を引くそれらを取り出すリスクを思い出して、動きが止まる。それが失敗だった。

 彼女は俺の袖を掴みあげて、そのままひねるように強引に地に叩き伏せる。彼女はその上からのしかかって、俺の体を地に繋ぎ止めてしまった。

 叩きつけられた時の久々の痛みで一瞬思考が止まり、回復した時には彼女は俺の上にまたがってにたりと勝利の笑みを浮かべている。

 それを見て、しまったと、ついさっき交わした約束を思い出す俺。

 

「組み伏せてあげました。私の勝利ですね、ご主人?」

「マジかよ……、は、ははは」

「勝ちの条件を決めてなかった、なんて言いませんよね?」

 

 正直、彼女の安易な策などたやすく覆してやろうと舐めてかかっていたため、まさか負ける可能性など万に一つも思っていなかった俺。そのことに衝撃を受けるも、同時に笑いがこぼれ落ちた。

 本気で嫌なら、勝負を受けてない。そもそも戦闘に関しては彼女に負けることなどありえないはずだった。

 なのに、なんだこのザマは。

 

「ああ、負けた負けた。勝敗よりも、唯一取り柄だった戦闘でしてやられたという気持ちが負けたよ。

 完全な魔法効果の抑制なんて、高位の呪文でしか再現出来ないぞ。そんなもの俺は渡した覚えがないし……何を使ったんだ?」

「え?なるほど、そんなものだったんですね。それは、これです」

 

 約束ごとを破るなんて情けなさすぎる。見事にしてやられたからには認めざるを得まい。

 勝敗もだが、何より彼女が俺の意表を突き、策を果たしたことに称賛を飾る意味合いで、勝ちを称えずにはいられなかった。

 一体彼女の何が俺に敗北を与えたのだろうと、彼女があおむけに組み伏せられる俺の目の前にぶらさげた“勝算”を見て……

 その正体、それがここにあるはずのないもので、何故それがここにあり、彼女が持っているのかを悟った俺は恥ずかしさのあまり自由な腕で目を覆い隠した。

 

「そうか、それには勝てねえよ……。

 やたら鋭い意見も、俺の内情を知るあいつに聞いた言葉だったんだな。というか、いつ渡された?」

「昨日、ご主人が出かけていた時にやってきて、助言と共にこれを貸していただきました」

「妹もグルかよ」

「はい。ご主人の妹様……お嬢様は私の悩みを聞いて、恐れ多くも気前よく貸し出していただきました」

 

 彼女が用いた“勝算”のその正体は、チェーンのついた六芒星の飾りで、中央には吸い込まれるような黒い玉が嵌め込まれている。その魔力を見ると、眩い圧倒的なオーラを放っているその六芒星は、『闇のタリスマン』と呼ばれるアーティファクトで、魔王退治に挑む六勇者のうち、闇の勇者が携えているはずの闇の神器だった。そんな代物が何故ここにあるかと言えば、その闇の勇者が俺の妹で、なにかしらのやりとりがあってマーミアに協力として貸しつけたのだろう。魔王退治に重要なアーティファクトなのに不用心な。

 闇の女神の祝福を受けて転生した俺は、やがて闇の勇者となる妹の成長を直に見守る役目を任された時期がある。妹が十歳に成長し、故郷の神殿で勇者認定を受けた後、それから神器を手に入れ他の勇者と合流する旅についていった。その後はお守役の御役目は果たしたと別れたのだが、魔王退治の最中にも関わらずたびたび俺のところを訪れている。

 恐らく、俺がデートスポットの下見の最中にやってきて、マーミアから事情を聞き、神器を貸してまで手助けを決めたのだろう。

 

「お前な、それなくしたら人類の進退に影響が……いやまあ、それくらいしないと俺の意表をつけないか。

 それに悪いのは大事なものを貸し出した闇の勇者様で、お前に非はない」

 

 闇のタリスマンは、六つの神器で唯一武器ではないアーティファクト。その代わり、魔法の解呪・抑制あるいは解体する強力なパワーを持つ。俺が持つ奥の手を除けば、俺が持つチートを実質無力化してしまう相性最悪の神器だ。

 かつて俺が持つチートを妹に語ったことはないが、偽装しつつも何度か強力な魔法のアイテムを使ってみせたことがある。今やこのメイドを通じてその事実は当然バレているだろうし、対処法を知っていても不思議ではない。

 

「はー……満足か?」

「いいえ、満足するのはまだまだですご主人。約束どおり、私の気持ちを受け取ってください。

 これからは私のことを女として見てください」

「じゃあ早速、肌の付き合いでもしようか?」

「あ、いえ……その、まだそこまでは早いと」

「なんだ、威勢は良かったのに結局そっちが日和るのか」

 

 観念して逆にノリ気になったら、これである。

 

「い、いきなりお肌の付き合いなんて下半身直結すぎます!

 もっとこうデートとか、恋人的なお付き合いから段階を踏むのが男女の付き合いでしょ!」

「段階といってもなぁ……もうキスは済ませただろう。

 Aは済んでるから次はBの触り合い、最後にCの本番といってもおかしくないぞ」

「どこの話ですかそれは!」

 

 恋のABCはこの世界では伝わってないようだ。元の世界でも流行ったのは割と昔のネタらしいが。

 俺の上に跨ったまま怒っている彼女は、ケフンと取り直して俺の目を見て語る。

 

「まずは健全なお付き合いからです。デートとお話を繰り返して、もっと親しくなったら次に進みましょう」

「まあ贅沢三昧って形で何度もデートは繰り返してきたけどな」

「趣味活動と恋愛活動は別です。……コホン、とにかく今日みたくデートを繰り返しましょう。

 そうですね、5回……いえ、あと4回もしたら次の段階を考えます。それまではご主人が私をエスコートしてください。

 私の中の好きが嫌いを余裕で上回るくらいに一生懸命に気にかけてください」

「ええー」

「なんですかその不満気な声は!」

 

 ぐえ。

 俺の襟首を掴んで、何事かと絞り上げる鬼畜メイド。

 というか、今回のデートは先日の謝罪も合わせてセッティングしたわけだし、義理は果たした以上二度も考える必要はないと思うんだよね。

 負けたからにはマーミアのことを女性として見て、気にかけるとは誓うけど、積極的に付き合うかどうかは含まれてないし。

 と、そこでふと良いアイデアを思いついたので即提案する。

 

「ああ、そうだ。そんなにデートがしたいなら、次はマーミアが行き先を考えてよ。

 男には考えつかない、あるいは男からは言い出せないけど女性が行きたい場所ってあるだろう?」

「えっ」

「お互い、お付き合いの経験はまだ浅い。なら互いの仲を深め合うために、それぞれでお互い相手のことを考えるのはためになるだろう。

 自分の気持ちを理解してほしいなら、相手の気持ちを考えるのも当然だよな」

「……そういうのは普通、男性から提案するものだと思います」

「お前の気持ちは受け入れるし、怖がらずに信頼すると心に決めたが、それはそれ、これはこれ。

 『付き合って欲しい』と思ったなら、それが女性でもそう思った人物から積極的にアプローチをかけるべきだろう。

 ちなみに俺はそこまで積極的に付き合いたいと思っていないし、これからも我慢出来ると言っておく。今更だもんな」

 

 迷惑をかけた詫びは今回のデートで返した。

 しかしまたも俺にばっか負担をかけられるのはなんかムカつくあまりに、意趣返しとしてマーミアにデートのセッティングを約束させる。良い感じにいいくるめられて、固まった彼女を上から押しのけてようやく立ち上がった俺は、魔力消失空間(アンティマジック・フィールド)のオーラを放出している神器を小袋に収納し、そのオーラが漏れることないようきっちり締めて大事に保管した。勇者にしか操作できない神器だってのに、アンチマ起動しっぱなしなんて危険な状態で手渡しやがって。おのれ妹。

 後々返す機会を設けなきゃなと日取りを考えつつ、メイドを引き寄せて次元渡り(プレイン・シフト)の魔法で世界間移動し、大陸の街に帰還した。やれ、本当に大変な一日だった。

 

 



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5_妹と仕事の話をするインターバル

 闇の勇者は中央大陸、東方沿岸の大都市にある領事館に滞在していた。

 北から侵略する魔王軍討伐のため女神の祝福のみならず神殿から特別な認可を得ている彼・彼女らは、信仰に熱心な信者たちの熱狂的な歓迎を避けるため世界各国で特別な待遇(あるいは保護)を受けられる。

 そんな闇の勇者の兄である俺も、表面上は一介の冒険者という身分な有象無象に過ぎない。正面から素直に訪問するのは難しいので、かつて短期間の闇の勇者護送を務めたとき闇の神殿に頂いた神殿騎士名義をお借りした。

 

 この地方は火の神信仰が厚く、その他の神への信仰が薄い地域であるが他神の勇者を受け入れる領事館がその他の信者を拒否することはない。身分確認に少々時間を食うも、許可をもらって領事館の応接室に通される。

 

「お久しぶりです、お兄様。私のプレゼントは心地よく受け取ってくださいましたか?」

「ああ、これ以上ないほどに急所を穿たれた。おかげで彼女を見る目が変わったよ。

 今日は借りたものを返しにきたのと、先日留守にしていた間に訪ねた用件を確認に来た」

 

 急な来訪にも関わらず、闇の女神に祝福された闇の勇者の証である艶のある黒髪を煌めかせて、まるで世は我が思いのままに動くと言わんばかりの微笑みを浮かべる、ややマイペース気味に俺を出迎える少女がそこにいた。彼女の隣には火の勇者と思しき、燃え盛るような紅蓮のロングヘアーを垂らし、爆発的なスタイルと美しい肌、目を奪われる魅力とラベンダーのような強い香りを発する、異境の砂漠の王女であると名乗られても納得のいくミステリアスな雰囲気を醸し出す女性が並び座っている。六人の勇者の一人として闇の勇者と共に客を迎えたようだが、その客こと俺の話し相手が自分ではないと承知のようで、俺のことを観察するだけで会話に口を出す気はないようだ。

 ところで、白地のワンピースを身につけ、片胸に黒の大きな六芒星の刺繍を入れた闇の勇者こそ、我が妹である。闇の女神に仕える敬虔なクレリック(神官)である彼女は、神に信仰とその身を尽くす証として元はゴスロリ風だったろうワンピースからフリルと装飾を省き、おしゃれさを取り除いた痕跡がところどころに見受けられる。唯一アクセサリとして、闇の勇者の証である首に下げた女神の神器“闇のタリスマン”の姿は現在見られない。それも当然、今は俺がマーミアを経由して闇の神器を預かっているのだから。

 

「それは、私も嬉しく思います。女性に奥手なお兄様と関係が進むよう、彼女を応援した甲斐がありました」

「むしろ余計なお世話だ。やりすぎたと言える、こんなものを持たせやがって」

「持ってきてくれてありがとうございます。暇な時間を作る手間が省けました」

 

 火の勇者は口を挟む様子がないと見て、俺は勇者と来客の堅苦しい口調ではなく、兄妹の互いの性格を知り尽くした気楽な口ぶりで話しかける。まずは先日預けられていた―――勇者にしかそのオン・オフを操れないため、ずっと起動しっぱなしで袋で覆わないかぎり魔力消失空間を放出し続けてはた迷惑な状態である―――闇のタリスマンを取り出し、彼女に返却する。

 突き出された神器をまるでドレッシングでも受け取るような軽々しさでそれを妹が受け取る一方、火の勇者は闇の神器が思いの外軽々しく勇者の手を離れていたことにやや驚きを見せていた。ミステリアスな見た目の割に、意外と心は幼いのかもしれないとその様子から伺えた。見た目の割に精神年齢の早熟な闇の勇者とは反対だ。

 

「それだけじゃない。先日俺を訪ねに来た理由があるはずだ。

 わざわざ様子を見るため、応援するだけに来るほど勇者も暇ではないだろう」

「お察しの通りです。そんな妹思いのお兄様を持てて私はとても幸福です」

「作法は置いておく、用件はなんだ。勇者を慕う従者を差し置いて、俺に頼むんだ。

 信頼できる相手に頼みたいか、秘密裏に動いてほしい話と見たが」

「はい。お兄さまは、竜の諸島を訪れたことはありますか?」

「いや、ない。だが向こうからやってきた亜竜の相手ならば、何度か経験している。

 あそこでは下位に分類されるモンスターだが、中位までならやっていけないことはないだろう」

「では、上位ならば?」

「成竜したドラゴンか?ブレスならまだしも、魔法を使うドラゴンとなると難しいな……準備に最低2ヶ月、長くて半年は時間をもらえばチャンスがなくもないが」

 

 同じ竜種でも、真の竜(トゥルー・ドラゴン)はワイヴァーンら紛い物の亜竜と比較にならない強さを持つ。狼数匹を一撃で仕留める程度のブレスしか吐かない幼き火竜なら亜竜にまだ劣るかもしれないが、時を経て大きく育つにつれて彼ら真竜は生来の魔法能力など多数の能力を身につける。更に人の2~3倍にすぎないワイヴァーンと比べて、彼らは長く生きるに連れて最大15倍、種によっては更に大きな体長を持つ。齢を取れば取るほど魔法能力もブレスも体格からなる肉体攻撃だって成長する彼らは、単体で英雄パーティ一人分の力量を身につけるために最強の生物と呼ばれるだけのポテンシャルを秘めているのだ。

 中位のドラゴンといえば、幼さが抜けてまだ間もない若竜(ヤング・ドラゴン)から成人してそこそこ(アダルト)のことを指し、魔法能力もまだ高位の呪文に至らない奴らだ。それならば先日のように、俺が頼りにする魔法のアイテムを解体されたり、あるいはその防御の上からブレス・エネルギーや肉体攻撃を貫通される心配が少なくて済む。しかし、その程度であれば勇者パーティは当然として、市井の冒険者やモンスターハンターに任せても討伐してくれるだろう。

 

「それでどうなんだ。俺になんとかしてほしい相手ってのは、いったいどんなドラゴンなんだ?」

「10倍級のドラコリッチです」

「……無理だ。その格を相手するには俺の地力(レベル)が足りない」

 

 俺は頭を抱えた。人間の10倍サイズというとほぼ間違いなく高位の呪文に触れるドラゴンで、しかもドラゴンの強力なポテンシャルにアンデッドの厄介な特殊能力と耐性を兼ね備えたドラコリッチと来れば、例え装備を万全に整えたところで解呪(ディスペル・マジック)でアイテムの機能を抑制され、状態異常で行動不能になったところを仕留められる未来が見える。

 

「勇者の手でなんとかすることは出来ないか?」

「竜の諸島近辺に生息し、北の大陸と中央大陸を渡る船を沈めています。北大陸の密林を開拓していた住民は、魔王出現の報以来ほとんどが撤退しましたが、水・風の神殿を始め魔法的移動手段や連絡手段を持つ方々が残って情報を連絡し続けていました。しかし、二ヶ月前から物理的な連絡、連絡船の消息が消えていることから原因を調査したところ、その正体が巨大なドラコリッチだと判明したのが二週間前です。

 正体を知った風の神殿は、ドラコリッチは手に余るとして六人の勇者に討伐を委託しようとしましたが、勇者の半数は現在新たな聖域に挑戦中で不在です。

 お留守番の私たち二人だけでは力不足ですが、そこにお兄様のお力を借りれば不足は補えるのではないかと」

「確かに俺が勇者二人のサポートを回るならいけなくもない。しかし、仮にも魔王を倒すため神の祝福を受けた勇者パーティに、そうでない俺が直接手を貸すのは勇者伝説にケチをつけてしまうことが心配だ」

「それは気をつけなければなりません。ですが、お兄様がドラコリッチの妨害や私たち勇者の補助に徹する後衛を張るのであれば、勇者を差し置いて活躍したと人々に受け取られることはないでしょう」

 

 勇者は神に祝福され、彼らだけで魑魅魍魎集う強力無比な魔王軍と張り合う力を与えられた。実際の勇者パーティに与えられた祝福はこの宇宙を作った6人の神という大層な名前に反して、世界的に見てたったの(・・・・)一地方(小大陸一つ)分しか支配出来ない魔王軍と等しいだけの戦力しか与えられなかっただとしても、人類の期待に応えるため手助けなしで彼らだけで魔王軍を打破せしめ、神の威厳を保たねばならない義務があることを俺は知っている。勇者の祝福でないがチートという別の形で俺も同様に祝福を受けていること、また闇の勇者の護衛で闇の聖域まで付き添った際に、闇の女神から勇者の意義、その一端を知らされたためだ。英雄も冒険する以外に様々な事情があり大変なのである。

 妹は当然、その場に居合わせたため知っているが火の勇者はそんな事情は知らない。彼女は隠そうとしているが、勇者事情を当然のように考慮する俺の発言に疑念、不審を抱いているのが感じられた。これら事情は女神に知らされたことであり、よもや闇の勇者が勇者の真実を漏らしたのではないか、と誤解されぬよう情報を与えつつ、ドラコリッチ討伐の話を進める。

 

「後衛か。専業術者(スペルキャスター)でない俺の得意とは言えないが、不可能ではない。だがそうすると別の問題がある……女神に勇者伝説の一端を語られるほど信用されている神殿騎士の俺はレベルを差し引いても前衛として不足ないだろう。しかし闇の守護者にして、癒やし手である後衛が主な闇の勇者に前衛は難しい。

 先ほど挨拶を省いてしまい、失礼しました。火の勇者様とは初対面になりますが、これまでに活躍された偉業は私も耳にしています。絶世の歌声で勇者たちの戦いを歌い、鼓舞し、時には火の神より託された火の竜槍を振るうと聞きますが、朽ちた邪竜ドラコリッチ討伐において彼の薄汚れた爪牙を受け切る力はありますかな?」

 

 これまで話に混じっていなかった火の勇者へ、勇者事情を知らされたソースを話に交えつつ挨拶し、暗に「前衛は張れるのか?」という意味を込めた質問をぶつける。こちらの意図には気づいているのかいないのか、裏は読めなかったがようやく宮殿奥にずっと隠されていた箱入りの姫にも似た火の勇者は、俺ごときに聞くにはあまりにも勿体なき言葉を賜られた。

 

「あたくしはまさに炎のごとき火竜の爪と、天使をも貫く牙の鋭さをよくよく存じておりまして。火の神に守りをいただいたあたくしでも、紅蓮の吐息を浴びるまでもなく偉大な彼を飾る血しぶきとなってしまいましょう。あたくしは竜と踊る側でなく舞台裏にて歌い、楽器を弾いては騎士様を踊らせる稀代の詩人、なれば舞台上にて舞うのに適しておりませんのよ」

「……なるほど、戦いと言う“踊り”を嗜んではおられるが、本業は詩人(バード)なのですね。竜のブレス、それから彼の爪と牙を防ぐドレスこと強力な魔法の鎧、そして幾つかのお(まじな)いを用意立てしますが、それでも届きませんか」

「万物を貫く風の弓矢は竜を射抜き、山をも砕く大地の斧は竜鱗を砕きましょうが、火槍は私の情熱を写し燃え盛るだけに過ぎず。朽ちた竜と踊るには我が未熟を告げねばなりません」

 

 どうやら詩的、といっていいものか難解な言葉を好むらしいようで、難しい言い回しで彼女は前衛として力が足りないと申告してくれた。竜は空を飛び回り、前衛を飛び越えて急襲してくるが、かといって前衛が不要な相手ではない。竜の乱舞を耐え切れる前衛、飛び回る竜を射抜く後衛がいて、初めてドラゴンと戦える。

 火の勇者の神器は、火炎の槍。近距離武器とはいえ、だからといって火の勇者がドラゴンと戦える前衛だとは限らないのだ。今の勇者パーティになってそこそこ経つが、まだ他人の力量を未だに読みきれてなかったか、目論見が外れたと闇の勇者は愕然とした表情を見せる。

 闇の勇者に選ばれる未来を持って生まれた妹は、同じ血の下に転生した俺にすら幼少の頃からその使命を隠さんとしていた。それだけ本心を覆い隠すのに長けた彼女が、このように自らの失敗を露わにするのは珍しいことである。俺の視線に気づいて、慌てて表情を取り繕うがもう遅い。俺も火の勇者もその顔をしっかりと目にしている。

 火の勇者は俺のほうに視線を向けて、その蠱惑的なうすら微笑みを、更に深い笑みに変えた。その偽りの少ない表情から、彼女が本心から闇の勇者のことを面白がっている本心が見て取れた。同時に、それだけの本心を俺に露わにするほど、心を緩められた様子も伺える。

 

「面白いですね、貴方。よろしければあたくしたちに付き従う従者の一団に推薦しても良くてよ」

「その気持ち、光栄に受け取りますが、しかし私は勇者やその従者の方々に並ぶほど立派でも高潔でもありませんので、辞退させていただきます。

 勇者二人で討伐は難しいようなら、時間があるうちにこちらでドラコリッチを倒す術を用意出来なくもありませんが、それでも先ほど言ったとおり、俺自身に足りない地力を間に合わせで補うにしても、早くて二ヶ月かかります。それだと勇者方がお戻りになられるか、王国や神殿がそのための兵をまとめる方がずっと早いでしょう」

「ドラコリッチの対策はこちらも考え直します。お越しくださって申し訳ないのですが、今日はお帰りくださいお兄様。また今度、助力を借りたい時にお呼びします」

「闇の勇者ほど特別な身ではないが、唯一の家族のためなら喜んで力は貸す。

 まあ、表向きは割引価格の依頼ということで受け付けるがな」

 

 家族愛を向ける俺の言葉に対し、妹からの反応は無かった。暫く見ない間に、何か彼女の心境を変える出来事でもあったのだろうか。

 話は終わり、応接室を後にして領事館を去る。堅苦しい場所を離れれば、後は自由気ままに振る舞える世界が俺を待っている。

 

---

 

 我が家こそ料亭「大陸東方出張所 白鳩亭 二号館」に帰る。料亭とは名ばかりで看板すら掲げずに一般客を取らない、俺個人をもてなすためにマーミアに与えた大きなダイニングルームなのだが。

 店長にして唯一のシェフかつウェイトレスである彼女、マーミアは本日のディナーを提供し、それを美味しく頂いた後の俺に甘えるように擦り寄ってきた。

 

「ご主人から別の女の匂いがします。私という女がいながら浮気ですか」

「お前は犬か。それは今日訪れた闇の勇者の……あーいや、火の勇者が居合わせたから、それかもな。強い香水を使っていたから、それが体についたか」

「なんと、私の知らぬところで二人の女と逢瀬するなんて酷い浮気者ですか。先日の約束通りもっと私のことを愛してください」

「先日のデートが素敵に終えていれば、俺も気にかけたのだが」

「うぐっ。あの失敗のことは忘れてください……」

 

 なお、既に先日約束させた彼女主導のデートは、彼女の自爆で済んでいる。予約なしで貴族向けの劇場に向かって門前払い、気を取り直して俺の装飾品をコーディネートしようとするも選んだ店はボッタクリ店、マーミアの手持ちでは足りず俺に泣きついた。泣きながらデートの締めに訪れたのは肉系の料亭で、デートの雰囲気などどこかに飛んでいった。後日彼女はそれを思い出し、顔も見せられないほど恥ずかしいと再び泣いていた。

 

「冗談だ。お前のことは少なからず大切に思っているよ。

 からかいたくもなるし迷惑をかけることもあるが、お前が俺に答えてくれるのなら、俺だってお前に答えてやる」

 

 ちょっとの甲斐性と、金しか無い男でいいならな、という言葉までは恥ずかしいので飲み込んだ。

 

「ほわっ。ご主人が積極的で嬉しいけど、なんだか恥ずかしいです」

「前回ほど素敵なデートコースにご招待とは行かないが、明後日から冒険がてら珍しい光景が見られる場所に連れてってやる。今日明日のうちに出発の支度を整えておいてくれ」

「冒険ですか?街で安心安全のほんわか甘いデートではないのは残念ですが、ご主人がそう言うからにはそれなりに期待できるスポットなのでしょう。ちなみにどこに行くのですか?」

 

 彼女の質問に、俺は壁越しに遥か北の方角を指して答える。

 

「海の向こう、大空を支配する竜の島だ。場合によっては、先日食べ逃した竜の肉が山ほど食えるぞ」

「竜の……ええーっ!? あれが沢山なんて、大丈夫……でしたけど大丈夫じゃないですよ!

 あれだけでも大変なのに、竜の巣なんてもっと沢山いるでしょうし、あんなのに群がられたらご主人だって守りきれませんから!」

「その件だが、次から俺も手を出す。半分くらいは受け持つだろう」

「あれ?それは嬉しいのですが、私がご主人の護衛を全部引き受ける話はどうなったので」

「今までは戦闘に慣れさせ経験を積むためモンスター相手に特訓させていたが、そろそろお前も慣れてきたから必要ないというのが理由の一つ。この先、強力な装備に身を包んだだけで勝てるわけでない強さのモンスターが待ち受けているのと、メイドだった頃ならまだしも、恋人に昇格した相手に任せっきりにするのはそろそろやめにしようと思った」

「恋人って、明言されるの恥ずかしいです……」

「直に別の女を見つけるから、それまでの至福の一時と思え」

「早くも浮気の目論見ですか!?」

 

 誠意は向けるが唯一とは言っていない。俺の甲斐性にも限りはあるのでそう多くの恋人は作れないが、清楚なお姫様にご奉仕されたり、中毒気味な女魔術師と依存しあったり、そんなシチュエーションをしたいと思う欲はある。

 ふとその欲望を告白すると、真面目に受け取ってしまったのかぶつぶつと考え込んでしまった。

 

「お姫様で、魔術師……お、お勉強して身分を成り上がらないとダメでしょうか」

 

 お前に満たせると端から思ってないので安心、あるいはガッカリしたまえ。

 

 



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竜のねぐらに冒険をする話前半

「ひえー、ほんとに竜と獣ばっかりですね。とんでもないです」

「竜の島に大型の獣がいることに驚いたが……まあ、いるよな、普通」

 

 俺たちは現在、中央大陸西方から北大陸にかけての中間に点在する「竜の島」諸島、その一箇所にやってきた。目的は三つ、件のドラコリッチの偵察あるいは情報収集、ついでに俺たちの地力上昇(レベリング)、そして出来れば現地のドラゴンと友誼を結びたい。海上でドラコリッチとやりあうのは、飛行魔法が解呪された時に大きな危険を伴う。それを考えると飛行手段……それも生来の、特にドラコリッチとやりあっても平気な飛行能力を持つクリーチャーといえば、やはり同じドラゴンしかいないだろう。

 噂によればこの竜の島、悪の色竜(クロマティック・ドラゴン)もいれば善の金属竜(メタリック・ドラゴン)もいるという。善竜には聖騎士(パラディン)のように高潔な意思を持つドラゴンもおり、彼らなら不浄なドラコリッチを討伐することに心地よく協力してくれるのではないか。しかし、彼らが具体的にどこどこにいるという情報を手に入れることは叶わなかったため、こうして現地を訪れ地道に調査している。

 

 詳細な地図は無かったので、最も中央大陸側に近い第一の島まで長距離飛行して順番に探そうとしたところ、空からワイヴァーン、地上からダイア・ボア―――大猪の出迎えを同時に受ける。立体的な挟撃という滅多にない状況に混乱するマーミアへワイヴァーン迎撃の指示を出し、一方で俺は邪魔なボアを迎え撃とうと着陸した。

 肉体だけなら下手な竜すらも凌駕するボアは早速自慢の牙による突撃をかますが、それを難なくかわし、逆に動物殺し(アニマル・ベイン)流血(ウーンディング)鋭い(キーン)呪文注入(スペル・ストアリング)された片手半剣(バスタードソード)で一太刀入れる。随分と長ったらしく形容詞のついたこの生きる動物殺しに特化した剣は、ボアの厚皮を容易く貫き深い(ダメージ)を与え、更に流血の呪詛がその身から体力を奪う。たった一太刀で半分の体力を奪われたボアに、トドメに込められた“発火(コンバスト)”魔法が刀身を通じて体内に炸裂、焼肉どころか猪の肉体は一瞬で焦げ尽きる。

 既に息の根は止まっているものの、止まらない勢いのまま木々に激突してより悲惨な姿を見せたボアを放って上空のマーミアを見上げる。今までに何度も見た光景ではあるが、俺の妨害なしで遮蔽のない空中でヒット・アンド・アウェイを行うワイヴァーン数匹相手にダメージは与えていても狙いを絞りきれず、苦戦しているようだ。負ける要素はないが、時間がかかるのを嫌った俺は“流星群(メテオ・スウォーム)”(名前の印象に反して星が降るのでなく、隕石のように凄まじい衝撃を伴う高熱の球体を複数個飛ばす魔法)がチャージされた(スタッフ)を取り出し、各ワイヴァーンにそれぞれ一つずつの火球を飛ばした。

 本来、重なり合う複数の爆発が強烈な威力を叩き出すこの魔法は、広々とした上空で散開するワイヴァーンには本来ほどの威力をもたらさないものの、事前に与えていたマーミアの切り傷と合わさってワイヴァーンが撤退するに十分なダメージを与えている。当たりどころが悪かった2体はその場で墜落したが、残りの2体は重傷を負いながらも帰っていった。

 

 

 

 とはいえ逃げ帰るワイヴァーンは、彼らが犠牲者の遺体と共に持ち帰った巣の財宝を手に入れるチャンスでもあるので見逃す理由もない。ひいひいと逃げ帰る彼ら以上の速度を叩き出す高速飛行魔法で悠々と追撃し、巣の洞窟にようやくたどり着いたところでお疲れとねぎらいの言葉をかけてトドメを刺す。その際に更なるワイヴァーンたちとの戦闘も生じたが、同じことの繰り返しなので割愛。

 財宝は十近いワイヴァーンが貯めた金品に、幾つかのマジックアイテム。流石、巣に突っ込んだだけあって懸賞金を含め今までで最大の入手額になる。俺が普段使うアイテムの100分の1にも満たないが、万が一俺が死んだ時にも消えない財産はアクシデントに備えて重要である。

 制限はあるが、中に入れた物の重量を無視する便利な背負袋(ハンディ・ハヴァサック)にめぼしいものをぶちこんでマーミアに背負わせる。やたらかさばり重い割に安っちい銅貨を捨て置いても背負袋複数を使わなければ持ちきれない

 

「ありがとうございますご主人様。うわぁ、改めて見ますと洞窟中が焼けてますね……本気出したらこんなあっさりと倒しちゃうんですね」

「そうだ。だからこそお前に経験を積ませるため、全ての攻撃を任せていたんだが必要もないからな。

 しかし今のように、一瞬で全てを片付けるとは行かない。お前の出番はちょくちょくあるから、本来の役目を忘れて任せっきりにならないようにな」

「ご主人が言う言葉ですかそれー。やっぱ魔法って凄いですね、私も使えないのかな……依存関係……」

 

 うちのメイドはぶつぶつと、以前漏らした俺の好みをつぶやいている。まだあのネタを覚えているのか。

 

「実際、魔法を使わせるだけなら簡単に出来るぞ。準備は必要だから、いつでもとはいかないが」

「え、そうなんですか?」

「そもそも、俺だって魔法を身につけているわけではない。

 魔法が宿った杖を使っているだけだからな、真の意味で魔法を使いこなしてるのとはわけが違うが、使うだけなら簡単だ。

 やってみるか?」

「そ、それじゃ変身の魔法使ってみたいです!」

 

 では、と俺は幾つかの魔法の(ワンド)、杖を引き抜いてそれぞれを構えていく。

 これら魔法のワンド、スタッフと呼ばれるアイテムは、既に魔法を身につけている魔術師(ウィザード)生来の魔法使い(ソーサラー)神官(クレリック)たち術者が魔法のパワーを使い切った時や準備しておらずともいつでも使えるようにと、充電池のように魔法を貯めた装置である。

 誰でも使える魔法のポーションと違い、既に魔法が使える術者専用に調整されたこれらは、通常なら非術者である俺には使えいこなせない。しかし盗賊(ローグ)や幾つかの非術者の職業者たちにはこれら魔法装置を使用するための技術が存在する。かつて妹とともに闇の神殿にいた時期、神殿の蔵書に眠っていたこの技術を学習し、訓練と経験、魔法のアイテムによるブーストを経て比較的簡単な魔法の棒や杖ならば使いこなせるようになった。

 なので、それらの技術をマーミアも習得すればワンドやスタッフに宿る力から、魔法を発動することが出来る。しかしながらその技術は通常、一朝一夕で身につくものではないため訓練が要る。しかし魔法の力を借りれば、俺が持つ魔法装置使用技術の初歩を一時的ながら彼女に教授することが出来る。それが“技能伝達(シェア・タレンツ)”の魔法だ。(魔法を使うために魔法を使うというのも本末転倒な話だが……)

 

「あ、なるほど。なんか、色んなことがなんとなく分かってきました。そういうものなんですね」

「これは一時的なものだ。時間が経てばやがて忘れてしまうが……多少手こずるが今なら難なく使えるだろう。

 そしてこちらが変身の力が込められた魔法の(ワンド)、なりたい姿を想像しながら起動してみるといい」

 

 技能は伝達したものの、魔法装置の使用は初歩だけでは簡単に使えないものだ。そのため、更に幾つかの強化(バフ)魔法を上乗せして確実に使いこなせるよう彼女の才覚(カリスマ)を高めていく。

 穏やかな冬の情景を部分的に再現する“小雪の歌(スノーソング)”が彼女の精神を洗練し、“内なる美(イナー・ビューティ)”が神々しい天使のように彼女を魅力的に作り変えていく。“上位・英雄(グレーター・ヒロイズム)”の魔法が更に魂に物語に語られるヒロインの精神を刻み込み、今や彼女は最老の竜(グレート・ワーム・ドラゴン)にも並ぶ魔性の才覚を得た。

 

「ご主人様、もうよろしいのでしょうか?私、もう待ちきれませんの」

「そ、そうだ。準備は済んでいて、失敗することは万に一つもないとすら断定出来る。しかし……」

 

 言葉は続かなかった。魔法による一時的なものといえ、彼女の高められた魅力は言葉を開くまでもなく俺の目を奪ったからだ。彼女の瞳は俺を愛する曇りなき信頼が宿っており、その眼光が俺を捉えた瞬間、心臓を射抜かれたように揺さぶる。今すぐに愛してる、と申し立ててしまいたいくらいだ。

 

「ご主人様、どうか、なされましたか?」

「ハッ! いや、大丈夫だ。変身を使ってみるといい、きっとそれがお前を素敵な姿に飾り立てることだろう」

 

 危うく心を引き込まれそうになったところで、かけられた彼女の言葉が逆に気付けとなる。

 気づいたが、魅力のせいか口調が変になっている。そんな余計な影響はないはずだが。

 

「ご主人様以上に素敵なことはありません……でも私、変わってみせます」

 

 そうして彼女は“人型変身(オルター・セルフ)”の魔法が宿る杖を発動し、姿を変えた。大半の生物の姿を取ることが出来るこの魔法で、彼女がどんな醜い姿になってしまわないかと心配になったが、俺のよく知る姿に変身したことに安堵し、また彼女がその姿を取った理由に思いあたってなんとも可愛らしく感じられた。

 マーミアの取った姿は、煌めく黒髪に改造ワンピースを身に羽織った闇の勇者ことうちの妹のものである。先日会いに行った時の嫉妬が残っていたのだろう、俺のことを独占したかった気持ちが察せられ、なんとも子どもらしくて可愛らしいものだ。もっと愛でたくなる。

 

「どうでしょう、お兄様。私、可愛いですか?」

 

 妹として見ると、いつも以上に愛らしさを振りまくその姿はとても可愛いらしい。しかし、その正体は妹ではなくうちのメイドだ。人には人の良さがあり、マーミアには天真爛漫に振る舞う姿が似合う。そんな彼女が姿を変えて気を引こうとする素振りも良いものだが。

 

「いいや、やっぱりいつものメイド姿が可愛いな」

 

 お世辞でなく、本心からそう思う。

 偽りなく気持ちを伝えると彼女は、恥ずかしいと言わんばかりにカァーと赤面した顔に手を当てて隠す。妹の姿のままで。本人なら決して取らないようなその動きを見ると、やっぱり姿は同じでも中身が違えば全く違う人物と分かるものだ。

 

 これはこれで、と妹の決して見せない愛らしい姿を一通り堪能したところで、一向に変身を終える気配のないメイドに魔法の途中解除を促す。術者は体から伸びる見えない細い紐のような繋がりで、魔法がかかっているかどうかを意識することが出来る。その細い紐をプツリとやるように意識すると魔法は持続時間中であっても中断することが可能だ、そううちのメイドに教えてやると彼女はすぐに元の姿へ戻った。

 元に戻ったことで、仮初の姿で隠していた溢れんばかりの魅力が今一度、俺の意識をクラッといかせそうになる。カリスマ強化の魔法を切ればそれもなくなるが、こんな場でもなければ魔法を化粧に使う機会なんて中々ない。どうせあとたった7時間弱、戦闘にも有用な強化なのだと思って時間が切れるまでそのままにした。

 

「私、ご主人様から見て可愛いんですよね。本番はダメですけど、少しなら手を出してもいいですよ」

「いや、例え本番はせずとも女性を傷つけることになるだろう。俺はまだ女性の心を傷つけたくはない」

「散々モンスターと戦わせてるのに傷つくも何も」

「切り傷刺し傷は魔法を使えば一瞬で治るが、女性の心の傷は簡単には癒せない」

「かっこよさげなこと言ってだまくらかすんじゃありませんよご主人様。

 私は、本番はちょっと……ですけど、それ以外の覚悟は出来ましたよ。

 例え気持ちを無視されてご主人様に一方的に手を出されて捨てられても仕方ないと思っています」

「俺はそんなことをするほど浅い男にはならない」

「でも女の子を侍らせて、両手に花持つ不純な欲望はあるんですよね」

「………」

 

 それは否定出来ない。

 しかし彼女との会話をやり取りしながら、ふと今いる洞窟外から忍び寄る物音を聞きつけた。大型動物(ダイア・アニマル)が草をかき分けるような大きな物音ではなく、せいぜい人間大かそれ以下の軽サイズが立てる物音だった。

 うちのメイドはそれに気づいた様子もなく会話を続けている。経験を重ねて地力(レベル)がついても、元から素質のない彼女は身体能力が伸びるだけで彼女の知覚を含むその他能力は一切上がらない。

 

「というか、ご主人様は女性から誘われないと手を出さないのでしょうか。実はドM?」

「いや、それはない。女性に振り回されるのは勘弁願うからな」

「でもドSではありませんよね。ご主人様は優しいお人ですから……となるとSM?」

「人を極端だけで評価するんじゃない。それは最善か極悪かで人を分けるような話だぞ、遊ぶのもほどほどにしろ」

「いつもご主人がやってる冗談と同じことじゃないですか。そんなに怒らないでください」

「怒っているつもりはない。ただ軽口を叩く余裕がないだけで……

 外にいるのは誰だ!姿を見せろ!」

 

 会話を続けながら、耳をそばだてて様子を伺うが動く気配はない。相手もこちらの様子を伺い、あるいは話を聞いて情報を集めていると考えた。二人しかいないことはバレてるだろうが、気配を感じ取ったのは少し前だ。気づいていないし、はったりの苦手な彼女が余計な情報をもらす前に行動することにした。

 俺が外に呼びかけた言葉で、マーミアも状況を感じ取ったようだ。とはいえ彼女の耳では外にいる何者かの物音は感じ取れないだろうが…… 俺が言葉をかけたにも関わらず、外の何かは逃げる気配はない。かといってすぐに姿を現す様子もない。

 言葉が通じない?あるいは洞窟の外に出てくるのを待っている?

 いずれにせよ言葉が理解出来て即座に戦いを否定するほど、友好的な相手ではなさそうだ。大型動物ではないとしたら、この竜の島で出てくるのは竜か、その眷属か……しかし互いに姿の見えないお見合いなら、発動音を出さずに強化魔法をかけ続けられるこちらが有利だ。マーミアにその場で身構えるように身振りで示しつつ、クレリックの防御系信仰魔法を蓄えたスタッフから、長続きはしないが強い効果をもたらす幾つかの魔法を発動する。“石の皮膚(ストーン・スキン)”、“意気高揚(イレイション)”、“加速(ヘイスト)”に“朗唱(リサイテイション)”、また持続時間が切れた“上位・英雄(グレーター・ヒロイズム)”のかけ直し、そして声を立てずに会話できるよう“精神結合(テレパシック・ボンド)”をかけた。

 下位から高位まで様々な魔法を二人にかけた上で、再びマーミアには手振りで待機を促しつつ、たった今かけたばかりの念話(テレパシー)で会話する。

 

(念話魔法をかけた。今なら念じるだけで声が伝わる。

 俺は外にいる何かに近づくが、大型動物ではない。竜かもしれない。

 竜の吐息(ブレス)に巻き込まれるのを防ぐため、お前は距離を取って待て)

(いいのですか?こういう時だからこそ、私が動くのでは)

(そこは俺の失敗だ。そもそもお前を偵察向きに育ててなかったのが悪い、だから俺が出る)

 

 後詰めとして今もなお動く気配のない外の相手に近づく。気づかぬうちに音を立てず去っているのであれば別に良いのだが……

 そろりそろりと洞窟の外に近づき、顔を出そうとした瞬間。穴の真横に隠れていた何かがこちらへ向けて、勢い良く黄緑色の液体を吹き付けて視界を奪う。咄嗟に腕で目を庇うも、ジュウジュウと焼けるような音が聞こえ、続いて鼻に強い刺激臭が届く。これは酸だ!

 しかしながら俺とメイドが身につける、ミスラル――鉄より硬くて軽い金属製の鎖帷子(チェインシャツ)に付与された強化特性は、火、冷気、電気、酸の各主要エネルギーに強い抵抗力を与える。不意を打った酸の攻撃は、音に反して周囲の壁面を焼いたのみで俺自身には全くダメージを与えていない。それを知ってか知らずか、洞窟の外からゆったりと入り口を半分塞ぐように竜が現れる。ニヤリと口元を歪ませる悪意に満ちた表情と、緑色の鱗をテカらせている目の前のドラゴンは間違いなく悪のグリーン・ドラゴンだ。人間に近いサイズから、魔法も使えない若竜(ヤング・ドラゴン)らしい。

 

「今の一撃を堪えるか、人間。だがお前が身に着けるミスラルは、俺が持つにふさわしい。今すぐ脱ぎ渡せば命は助けてやらんこともないぞ?」

「ワイヴァーンごときに手こずるようなドラゴンが脅しとは笑わせる、むしろ今からどう逃げるかを考えるべきだな。予想以上に想像通りで、ビビって損したよ」

 

 売り言葉に買い言葉。ドラゴンは俺の挑発に怯える様子もなく、飛翔して洞窟内からは見えなくなる。入り口から顔を出して様子を見ようとすると、かすめるようにドラゴンの爪が迫る。

 躱すまでもなく爪は鎧の装甲に弾かれるが、反撃よりも先にドラゴンはまた剣の間合いから飛び去ってしまった。空を飛べぬものには戦いの土俵に立つ権利なし、ドラゴンお得意のヒット・アンド・アウェイである。これとブレスを交えて常に射程外から攻撃するのが彼らのお家芸で、対策はこちらも飛行するか、接近に併せて攻撃を仕掛けるか、遠距離攻撃手段を使うのがベネ。

とはいえドラゴンは、弓を持ったところに熾烈な突撃を仕掛けてくる狡猾な知性を持ち合わせるのだが。

 少し考慮の後、チートから状況に合った魔法の弓を引き抜く。突撃されても大した危険はないし、あのサイズなら逆にスペック差でゴリ押しの格闘戦が仕掛けられる。

 続いて取り出した特別な矢をつがえようとしたところに、緑竜の急降下突撃が突き刺さる。竜の爪は狙い過たず俺の身体の中央を捉えるが、突き立った爪は鎧に僅かな傷をつけるのみで、しかも強い衝撃がかかったにも関わらず矢をつがえたままの姿勢でビクともしない俺を見て、ステータスを見誤ったことにドラゴンは気づくも、遅い。

 衝撃増加(コリジョン)のパワーに加え(イーヴル)に属するクリーチャーを誅伐する力を宿した矢が同じく(フレイミング)冷気(フロスト)電気(ショック)音波(スクリーミング)のエネルギーと“竜殺し(ドラゴン・ベイン)”を秘める弓よりゼロ距離射撃で放たれ、容赦なく若い竜鱗を貫いて内部でその力を解放し、爆発的な閃光を発する。

 

「グゥアーッ!お前これほどの武器をどこに隠し持って―――」

 

 ドラゴンは苦しむが、突撃のために攻撃寄りに崩れた姿勢はまだ復活していない。そして俺は加速(ヘイスト)の力で、既に二の矢を(つが)えている。弓矢の射程から逃げる時間も距離も足りず、せめてものとドラゴンは再び爪を振るうも俺の体をよろけさせることもなく弾かれる。伊達に数々の最上級の魔法のアイテムの加護と強化魔法を受けてはいない。

 怒りの唸り声と憎悪の形相に、俺は第二の矢を以って答えた。当然のごとく矢はドラゴンの鱗を撃ち貫いてエネルギーの爆発を引き起こし、それに耐えられなかったドラゴンの肉体は裂けるように崩壊した。

 

「と、このように賢い、あるいは狡猾なドラゴンは隙を突くことを躊躇わない。力押しではいずれ限界があるし、そこでマーミアにこの隙の庇い合いをお願いしたい。

 タイマンでは空を飛ぶドラゴンに矢を撃とうとしたところでこのように近づかれるが、複数人なら飛び上がって目の前を封鎖するだけで相手の動きはだいぶ変わるからな」

 

 若いとはいえ、巣には宝物を溜め込んでいたろう。その在り処が不明になったのは惜しかったかもと思いつつ振り返り、安全になったことを伝える。わずか一分にも満たない戦いだったが、本物のドラゴンと戦う上で基本的な要素が詰まっていた。

 

「いえ、あれを真似しろと言われましても、ただの力押しにしか見えませんでした」

「そうだ。実際はもう少し時間がかかるし、特に巨体でタフなドラゴン相手にさっきの動きはリスクを伴う。

 今回は相手が小さめだったから一気に勝負をつけたが、本来なら矢を十から二十本刺してようやく倒す相手だ。

 でも今後、状況次第で同じことをやってもらうのでそのつもりでいるように」

「そう言われても……私、弓ってどう使うのかよく分からないんですけど」

「矢羽を弦に(つが)えて、引いて、敵に向けて放てばあとは魔法の力の助けで当たる」

「そうなんですか」

「そうだ。第一俺も弓を使ったのはさっきが初めてだったぞ」

「ほへー」

 

 本当なら恐怖の象徴であるはずのドラゴンを一蹴した俺に呆れたような何とも言えない表情をするうちのメイドへたった今使ったばかりの弓と矢筒を持たせ、死体の片付けと宿営の準備に入った。この洞窟は丁度いいので竜の島における暫くの仮拠点に使うことにする。衛生は悪いがスペースさえあれば魔法の住宅が作り出せるのは魔法の素晴らしいところだ。お風呂を代表に細かいとこに手が届かないのが難点で、魔法があれば満足とはいかんがね!

 

 




8/1 ウーンディング/Wounding効果は弓矢に乗らなかったので、コリジョン/Collision効果に書き換え、およびスクリーミング/Screaming効果を追加して修正
8/3 グリーンドラゴンは秩序にして悪なのでロウフル武器能力の対象外。該当効果削除


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続いて、悪いグリーンドラゴンと交流する話中編

 ワイヴァーンのねぐらで一夜を過ごすと決めたら、残ったワイヴァーンと緑竜(グリーン・ドラゴン)の死骸を完全に始末し、その一部は晩食の材料にしたいとメイドの希望を受けて魔法の住居内に運び込んだ。

 巣の一角に高位な魔法で作られた異次元への入り口が開き、内部から新鮮な空気から洞窟へ逆流する。ワイヴァーンの死骸を運び込んで、小さなマンションの一室へ置きっぱなしにする。

 

 この魔法の住居内には既に最低限の晩餐を過ごすだけの食料が積み込まれ、それを運ぶ召使いも付いているが、料理人が存在しない欠点がある。料理すらも魔法で作れば済むのだが、貴族病ならぬ魔法使い病なる中毒の噂を聞いただけにそれの使用は流石の俺でもためらっている。食した人々が口を揃えてこの世のものとは思えぬほど美味しいと語るその魔法の料理は、傍から聞くと合法麻薬ではないかと心配するのも仕方あるまい。

 というわけで夕食の担当はメイドに任せたのだが、ワイヴァーンという毒持ちかつ見慣れぬ食材だけに、料理の出来は大して期待していない。よって、そんな食材を前に努力する彼女の姿で腹をふくらませることにした。あと、念のため耐毒のお守りを着けることも忘れずに。

 

 さて予想通り、料理は大した味でもなく、かといって全く不味いわけでもない微妙な出来であった。うちのメイドは調理しきれなかった己の未熟を恥じているが、単に食材の問題だと頭を撫でて慰めた。

 

---

 

 翌日。体を洗えないことに不満を述べるメイドはさておき、魔法の住居を引き払って、残ったゴミを焼き払い出発する。

 

 探すのはこの島付近にいるだろう真竜(トゥルー・ドラゴン)。百とある竜の諸島のうち、最も人里に近いこの島にドラゴンが根付くとは思わない(俺たちのような冒険者との衝突を避けるため)が、昨日のこともあって見逃しを避けるべく、きちんと調査する。幸いなことに、一度本物のグリーン・ドラゴンを目撃したことで、特定種族を対象とした探知魔法を使えるようになった。ドラゴンという区切りではワイヴァーンや近縁種まで引っかかるし、それにどんな相手でも探知出来るほど万能な魔法ではないが……捜索を初めて2時間、途中大型動物との戦闘を経てようやく探知魔法がグリーン・ドラゴンの存在を感知した。

 

「今日こそ私に任せてください!ご飯の失敗を取り返します!」

「いや、何もドラゴンを倒しに来たわけではないのだが」

「ええっ!?人を襲う悪いドラゴンですよ、百害あって一利ない悪竜が力をつける前に倒すべきではありませんか!」

「随分と凝った言い回しを……」

 

 どこで知ったのかという疑問は、少し前に風世界で聞いた詩人の歌にそのようなフレーズが混じっていたのを思い出して自己解決。美麗な曲と歌ながら、殆どエルフの言葉で歌われて意味の分からない中で唯一共通語だったのが印象に残ったのだろうか。

 

「放っておいても、ドラゴンが力をつけるには百年はかかるさ。よっぽど悪い竜なら、それこそいつか勇者様や英雄が倒す時が訪れるだろう。それよりも、人の何十倍も長生きする竜だからこそ持つ見識を頼るべきだ」

「悪いドラゴンがそんな素直に教えてくれるでしょうか……」

「十中八九、そんなことはないだろうな。貢物は要求されるし、与えても情報をくれないこともある。だが戦いになればこっちだってタダではやられないし、その時は倒すだろう」

 

 まあ、倒せる相手とは限らんので、そういう場合はさっさと逃げるのだが。

 

「そこまでして何を聞くのですか?」

「別の竜の居場所。蛇の道は蛇っていうし、悪竜が敵である善竜の居場所に心当たりがないこともないだろう?」

「なるほど。発想は良いですね、8割がぶっつけ本番なので台無しになると思いますけど」

「そこは俺もうまくいかないだろうなぁと思ってるけど。全くあてのない旅を続けるよりはマシかな、って」

 

 そうこうしてるうちに、グリーン・ドラゴンの居場所に近づいた。もっさりと木々が茂る丘があり、そのあたりに巣があるのではないだろうか。昨日と同様に幾つかの強化呪文をかけ、更に交渉用の口がうまく滑るようになる呪文の数々もかけたら、いざ行かん。

 

「この森にいる緑竜よ、話がしたい!そなたの知識のほんの一部を、この手にある貢物と引き換えに分けてはくれないか!」

 

 

---

 

 名乗り……というには自分でも似合ってないなと思うところのある言葉を放ち、森に踏み込む俺たち二人を値踏みする目で迎えたのは、昨日のドラゴンよりも明らかに二回りは大きい、人間5倍級の成竜(アダルト・ドラゴン)だった。肉体面、呪文能力の両方ともぎりぎり相手可能な、しかしやりようによっては殺されうる強力な存在である。念話(テレパシー)でその脅威を伝えながら、俺は交渉のため口を開く。

 まずは挨拶代わりの手付け金とばかりに、花の形をしたミスラル製の彫刻像(数日前に材料から加工まで魔法で揃え、作ったもの)を贈呈して、お世辞と共に要求を伝える。本来ならば「我に要求するとは分を弁えぬ虫けらが!」(一例)などと取引を一言で反故にする傲慢な彼らドラゴンだが、贈呈した芸術品が(俺の即席品ながらも)金品的価値と出来ともに高いことに満足していたため話を聞かずに蹴り出されることはなかった。

 だが問題はここからで、俺の目的を話すために善竜の単語を口にした途端、目に見えて緑竜の纏う空気が変わる。慌てた素振りを見せず、しかしながら気を損ねないように慎重に話を進めた結果、情報を渡す条件の一つとして(そのうちの一つに金品が含まれてるのは言わずもがな)、俺の目的と、それから横にいるうちのメイドの身柄を求められた。元は村娘その1であっても魔法やアイテムで洗練された彼女の見た目はドラゴンのお目に叶うほどのものになっていた。

 当然、(金品はともかく)そんな欲求は飲めないとして、うまいこと断る言葉を探しながら、ドラゴンの要求に激昂しようとするメイドを止める俺。少し迷ったが、ドラコリッチを倒すための力添えを借りたいが、善でも悪でもない中立の俺では印象が悪い。そこで彼女を広告塔代わりに押し出す予定であることを伝え、そのための彼女をそうホイホイ渡すわけにもいかないと、言葉をなんとかひねり出して渡す予定の金品を4倍にすることで話をつけた。

 

 さて話がついたところで金品を渡し、情報を聞く。この島から北に5つほど先にある島には青銅竜(ブロンズ・ドラゴン)がおり、その島のどこか水中に彼のねぐらがあるという。彼の名はアヴェクス、竜の島南方の海中を牛耳る熟成竜(マチュア・アダルト・ドラゴン)とのこと。

 その他島の特徴を聞き、彼の息子を道案内につけるサービスは断った。同行している姿を見られ、交渉を断らるきっかけを作るのは御免だし、それはそれで別料金を高く取ろうとするのが目に見えている。

 

 そんなこんなで最初の島から抜け出―――そうとしたところで追撃してきた彼の息子ら、幼い(ワームリング)グリーン・ドラゴンたちを“まとめて魅了(マス・チャーム・モンスター)”の魔法にかけ、引き返すよう頼み込み、俺たちは北の島へ向かって飛行した。

 

---

 

 それらしき島に渡った俺たちだが、どこに行けばブロンズ・ドラゴンと出会えるのだろうという問題に突き当たる。

 直接見たこともないクリーチャーを魔法で探知することは基本的に不可能で、伝聞でも見ることが可能な“念視(スクライイング)”魔法もあるが、対象が強力であり、更に情報があやふやすぎると覗き見に抵抗されやすくなり成功率は非常に低くなる。

 足で虱潰しするにしてもブロンズ・ドラゴンの住処への入り口は水中にあり、また彼ら善竜は人前に直接姿を現すような性質を持たない。全ての魔法を知っているわけでもない俺は、その他の手段を探すのに時間が必要だった。仕方なく残る半日は食料調達や財宝を探しながら、特にあてのない冒険に徹することをマーミアに伝えた。

 

 

「そういえばご主人様。ご主人様のお力で取り出したアイテムは、ご主人がこの世を去った時に消えてしまうと聞いてますが、もしあのドラゴンに渡した彫像が消えた時、怒り狂って逆襲にやってくることはないのでしょうか?」

「いや、あれはちょっとした裏技で取り出したものなので消えることはない。俺が直接出したものは微弱な魔法のオーラを帯びているから、見るものが見れば怪しげな物体だと一目で分かるようだし」

「ええっ?じゃあ、そもそもこうして冒険者にならずともあのような品物を売り続けて、お金に困らずに暮らせたのではないのでしょうか?」

「……出所も不明な金品を何度も換金したら怪しまれるからな。毎回冒険に出て失敗なしに多額の財宝を得るのも不自然だし、結局自力で稼いだ方が他人から怪しまれずに済む一番の安全策になる」

 

 チートで直接出したアイテムは、俺が戻すか、あるいは死ぬと消えることになる。しかしチートで出したアイテムによって、二次的に生成されたアイテムは消えることはない。“上位・創造(グレーター・クリエイション)”を宿した魔法の杖を使い、創造したミスラルやアダマンティン(隕鉄や魔法の土地で産出される黒い希少金属。非常に硬く、アダマンティン製の武器は殆どの物体の硬度を無視し、バターのように裂き潰す性質を持つ)を元に、“瞬間加工(ファブリケイト)”魔法で作ったのが贈呈した彫像である。これは仮説を元に、魔法のオーラを感知する魔法で、作られた素材が一切のオーラを纏ってないのを確かめたので間違いない。しかし生憎、ファブリケイト魔法の出来上がりは術者が持つ製作技術に依存する性質を持つ。なので強化魔法でなんとか二流の芸術家程度の技術を取得した俺では、素材の価値で値を吊り上げた程度の安物芸術品しか量産出来ない。数を売れば、逆に値崩れして儲けが減るのが目に見えているし、贅沢の限りを尽くすにしても必ずどこかで頭打ちする。その金額は、間違いなく最上流階級の収入に届く桁ではないだろう。

 

「その手法じゃ、うまくいっても金貨五万枚を手に入れるくらいがやっとという見立てだ」

「いえ、あの。それだけ手に入るなら十分では?」

「南極の遺跡を開拓する冒険者団体は、数々の希少な魔法のアイテムを手に入れてくるため一年に金貨百万枚の収入を得るそうだ。

 彼らは規模が大きいだけに、人数分けすると末端は一人一万枚も入らないのだろうが……しかしそこを俺たち二人だけで探索できれば、二人で山分けしても五十万枚だ」

「ひゃ、百万……二人で分けても50万、ですか」

「うまくいって五万枚の見立てとは、十倍も違うぞ。

 まあ、発見したアイテムを売り捌けるか、お金を使い切れるかの問題は付き纏うが、お金はあるだけあって困らないからより沢山手に入れるために冒険する、というのが俺の建前」

 

 本心は?と尋ねられるがそれは他ならぬ君が前に指摘したではないか。

 多数の人に感情を向けられるのが怖いし恥ずかしい生前に身についたこの性分は、死んで生まれ変わっても直らなかったのである。

 

 話を戻して。

 

「……でも、私それだけあってもきっと使い切れません。

 お金のために冒険するというのは、どこかで満足してしまわないでしょうか?そもそも十万枚もあれば十分では?」

「そうか……ちなみに俺たちが今身につけているこの防具、一着で金貨三十万枚を軽く超えているのだが、これを自腹で調達しようとすると金貨十万枚なんて軽く吹き飛ぶ」

「ぴぇっ!?」

「更に、渡した指輪は二つ合わせて七万。ベルトが二十万。武器が五万強で、その他諸々合わせれば十万ちょい……計六、七十万枚の相当の価値になる。

 二人分でおよそ金貨百五十万枚の装備だが、これを自力で揃えようとすると年間十万枚なら、その他支出を度外視しても十五年かかる。俺が出したアイテムは死ぬまで有効だが、逆に言えば俺が死んだら後には何も残らない。竜殺しを果たした剣も、巨人の殴打を防ぎきった鎧も何もかも偽物にすぎない」

 

 メイドの前で、俺はこの冒険中使ってきた片手半剣(バスタード・ソード)を宙に投げ、代わりに取り出したアダマンティン製の槌矛(メイス)を振りかぶる。魔法で強い強化を受けているはずの剣は、メイスに叩きつけられ簡単に砕け散り、へし折れてしまった。パラパラと欠片が地面に落ちるも、チートの特性からすぐに粉となって消えていく。

 実際はアダマンティン武器の強度を以てしても一撃で叩き折ることは叶わないため、魔法注入(スペル・ストアリング)メイスによる“物体粉砕(シャター)”魔法を追加で加え、へし折った演出という真相なのだけど。話のためにそこはおいといて。

 

「俺はこの力だけで成り上がった、不相応な人間だと自覚してる。だから俺自身が目立つ場所に立つのは、恥ずかしくてたまらない。だからお前を雇い、代わりに英雄にしたてあげようとしているが……こんなことを言うのもなんだが、俺製の武器と鎧に身を包んでいても、俺が死んだら後に残るお前は仕立て上げられただけの町娘に過ぎなくなる」

「その時は、私はまた街角の看板娘に戻るだけですよ」

「戻れるものか。今だってワイヴァーンの群れ相手に無双してのけた二人組の一人の名が先行してるんだ、お前を知る人は皆、たとえ本当はアイテム頼りだったとしてもお前のことを実力者だって呼ぶさ。そうして高まった期待が、お前が偽物だと知ったら期待が反転して貶される未来なんて見たくない。知りたくないし、聞きたくない。

 まあ死んだ後のことまで世話は見きれないが、全く考えないのは無責任すぎる。最低限、俺が死んでも築き上げた名に恥じぬだけの不動産は持たせようと思っている。幸いにして消耗品の類は調達出来るから、他の冒険者よりも金の貯まりが早いこともあるからな」

「……ご主人様」

 

 俺の、マーミアにかける思いを赤裸々と述べる。そんな思いに対し、うちのメイドは……

 

「話が長すぎます。お昼の支度をしましょう」

「お前って奴はどうしてこう暢気なんだ」

「ご主人が慎重すぎるだけですよ」

 

 マイペースな返答を返してきた。俺の思い、配慮が台無しである。

 

「ご主人様は臆病で慎重すぎて、人を余計に疑いすぎです。他の人はみんな、何をどれだけ狩ったかなんて気にせずに私のことをマーミアちゃんって呼んでますよ」

「それは、そいつらが良い人だからこそ」

「はい、良い人なんですよ、皆さん。ご主人様が心配するほど、私の周りに悪い人はおりません。ですから心配しなくても、私はご主人様がいなくても生きていけますよ。

 あ、今は勿論ご主人様と一緒にいることを望みますけどね!というより私のキッスを奪ったのホントは許してないんですから!」

 

 赤面して思いを告白するメイド。というか、あの件は既に罰はいらないと言いやしなかったか。

 

「それはそれ、これはこれです!罰しなくとも、私の乙女心を弄んだ罪は一生背負ってもらうんですから、ぷんぷん!」

「聞こえは軽い罪なのになぁ」

「しかし、また同じ罪を犯してくれても罰の重さは変わらないそうですよ?」

「教唆罪につき一分間の黙殺処分」

「はう」

 

 少々悪ふざけがすぎるうちのメイドの口元に指を突っ込んで止めさせる。

 女性の口に触ったことに何か言いたそうな顔をしていたが舌の動きを邪魔されてるためうまく言えず、まんざらでもないとちゅぱちゅぱと口内で俺の指を吸う彼女であった。

 くすぐったい感触が羞恥心をそそり、二人の気分が桃色に染まる。しばし俺が満足するまでその体勢でいた。

 

---

 

 一晩かけて、全ての知識が記されているがそれを引き出せるかは持ち手次第という、知識を司る水の神に祝福されし「全知識の書(ブック・オヴ・オール・ノレッジ)」にてリサーチしたものの、結局良い魔法は他に思い当たらず“地形把握(レイ・オヴ・ザ・ランド)”魔法により海岸線沿いを虱潰しに調べるも、地形を大雑把に俯瞰するだけのこの魔法では龍のねぐらに通じる穴を見つけることは出来なかった。あまり取りたくはなかったが、最終手段として“神託(ディヴィネーション)”―――文字通り、神頼みの魔法にて「妹の助けとなるべく善竜の協力を取りつけるにはどこへ向かえば良いか」と闇の女神に問い尋ねる。(俺は積極的に信仰するクレリックではないから、あまり執拗に頼ると神罰を下されかねない)

 返ってきた答えは「その島でその時を待て」という回答。どこにも行かず、ここで待てということは……待っていれば向こうから接触があるのだろうか?

 神託の真意は分からないが、待てといわれれば待たざるを得ない。しかしあまり時間がかかるようでは、我慢にも限界はある。なので一週間を限りとしてこの島に滞在し続けることをマーミアに伝え、暫くはこの島でサバイバルに狩り耽ることに決めた。

 

 

 目的もない滞在期間中は、修行期間に当てた。ひたすら戦いでレベルを稼ぐのもいいが、俺は新たな武術を身につけるためにブック・オヴ・オール・ノレッジを読み込んで新たな技を学び、うちのメイドには先日の経験を更に育ませ魔法装置使用の技能(スキル)を教え込む。

 強化魔法には“(シールド)”の魔法しかり、“信仰の力(ディヴァイン・パワー)”魔法しかり、強力あるいは他に見ない恩恵がありながらも発動した本人自身にしかかけられない、魔法戦士向けのものも多い。俺から彼女へわざわざ一工夫以上かけるより、予め彼女に渡しておいて、自力で使えると戦いにおける対応の幅も広がるだろう。

 というわけでスキルを教え込む上で彼女に、先日の“変身”以外に使ってみたい魔法はないかと尋ねたところ、魔術師や上流階級の間で魔法による化粧が流行してる話を耳にしたことから、「もっと綺麗に美しくになりたい」という女性らしい願いを抱いているそうな。魅力(カリスマ)の上昇は、より魔法装置をうまく使えることに繋がるので幾つかの魅力上昇魔法がまとめて宿ったスタッフを、込められた魔法の内容を共に伝えて渡す。

 彼女は複数回、試行錯誤を繰り返し―――魔法の副効果で近くにいた俺が「目潰し」を受けるアクシデントもあったが―――魔法や様々な俺の助言もありで、安定して杖を使うコツを掴んだ。今はまだ自力で使えるほど身についていないが、そのうち彼女に魔法のアイテムを渡すことにもなるだろう。

 一方、俺自身の修行は難航を極めた。この世界ではかなりマイナーながら間違いなく強力な武術を我流で学んでいるものの、形を真似ることは出来ても戦いに組み込むこと、実践に持ち込めずにいた。なんせ武術と言ってもファンタジー世界だ、現実でいうただ型を取るだけの運動ではなく、魔法や超常能力の一欠片を組み込んだ技は身体能力以上に、センスを要求された。幸い、武術を発する最低限のセンスは俺に備わってたらしく、振った斬撃に影の刃を追随させるとか一瞬だけ火の精霊(ファイアー・エレメンタル)を出現させて挟撃を取るなどの低位の技は身につけられた。これより上位の技を学ぶには、この道の修練がもっと必要になるだろう。

 

 そうこうして二人、身につけた技術をモンスターや大型動物相手に試し打ち(あるいは試し切り)する研鑽を続けて4日。期待していた青銅のドラゴン……ではなく、前の島から追いかけてきた緑色(グリーン)のワームリング・ドラゴンたちの襲撃を受けた。先日の敗北を受けてか、使ったところを目にしていないが攻撃の鋭さが上がっているあたり、魔法のアイテムか何かで自分たちを強化したようだ。それでも、彼らの爪、牙、酸のブレスのいずれも魔法の鎧を貫くことはなかったが。

 

「ご主人様、一度見逃してやったにも関わらずこの有様です。もう倒してしまいましょう」

「いいや、ここで倒してしまえば親御さんが突っ込んでくる口実が、な……」

 

 彼ら色彩竜(クロマティック・ドラゴン)は悪とはいえ、決して血の繋がりを軽視することはない。信頼するかといえば話は別だが、産んだものを独り立ちするまで(あるいは自分の従者になるまで)幼竜たちを守り、育てることの必要性は認識している。奴隷や従者にするにしても、若いうちから命令を果たす優秀な生物なんて殆どいないのだから

 それ故に「折角手をかけて産み、育てた我が子を殺すとは何事か」と、貢がれたから見逃してやった俺たちを再び敵視する口実にもなる。まあ、先日 既に一体を手にかけてることがバレてもアウトなのだが。

 なので再び“魅了”魔法で帰そうと思っても、ここは彼らのいた島から離れすぎている。帰してやろうにも生半可な心術呪文では持続が続かないし、かといって強力な心術では行動を強く制限してしまい、帰路で別のモンスターに襲われてやられてしまう可能性があると気づいた。善竜と交渉する手前、彼らが見ているかもしれない前で知ったことではないと無視するのはあまりよろしくないし。

 さてどうしたものかと考えながら適当に攻撃を捌いているうちに、メイドがしびれを切らし、勝手な行動を取ってしまう。

 たびたび襲ってくるワイヴァーン撃退のために持たせていた“竜殺し(ドラゴン・ベイン)”の大斧(グレートアックス)を数閃、あっと声をあげる間もなくワームリング・グリーン・ドラゴンの半数を討ち取ってしまった!

 

「初めてモンスターを相手にした時、戦いの最中に迷うことは悪だ、と断じたのはご主人ではありませんか。

 そのご主人の代わりに役立てるだけで、今の私は嬉しいですよ」

「ああ、もう。いや分かった、俺が悪かった」

 

 残る二体はそれを見て、やはり勝てないと見るや身体を翻して撤退してしまう。幼少ながらドラゴンだけあって飛行速度は早く、あっという間に離れていったが距離を取ろうとするあまり、何も遮蔽がないところを飛んだのが彼らの失敗だ。メイドが幼竜を手にかけた以上、彼らを逃がせばそれを親竜に報告するだろう。そうすると自身の勢力を侵されたことに怒って襲撃してくるのは間違いない。平和的に交渉した相手と戦うのはあまりにも野蛮だが、自分たちより巨大な敵に襲われるのは勘弁願う。

 先日若竜(ヤング・ドラゴン)相手にやったように、強力な弓にこれまた強力な矢をつがえ、二連射する。並の生物より強力とはいえ、人間以下の体格相応の控えめな体力しか持たないドラゴンたちでは、それぞれ一矢ずつですら耐えきれなかった。

 即死、あるいはかろうじて瀕死で済んだ幼竜たちは気を失って墜落し、地面へ落下、その後の衝撃で恐らく完全に絶命しただろう。お見事です、と大斧を脇に保持して俺に拍手をするメイド。言葉を解する知性体の殺害を褒められてもあまり嬉しくない。

 

 ドラゴンたちの死骸を埋めるべく運搬処理を始める俺たち。上空には、死体のハイエナ行為を狙ってるのか、大きな猛禽類たちが旋回していた。隙を見せれば人も襲いかねないサイズなだけに、見張られるのは嫌だなぁと先に始末してしまおうか空を眺めていたら……ふと理由はないが直感が唐突に走り、チートの倉から魔法のダイヤモンドを一つ取り出し、それごしに空を透かす。

 そのダイヤ――真実を暴く看破の宝石(ジェム・オヴ・シーイング)は、黄緑色に光る複数の竜が旋回している姿を見せた。あの様子、先ほどから見定められていたか。溜息を吐いて宝石を仕舞い、マーミアに一声かけてドラゴンの死骸の始末を再開する。

 

 

 



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そして善いドラゴンとお話をして後編1

「ご主人様見てください、鷹ですよ鷹。こんなに人懐っこいんですね」

 

 ついさっき倒したばかりのグリーンドラゴンから肉をもぎ取り、腕に停まった猛禽類へ与えようとするうちのメイド、マーミア。しかし鷹は肉片から顔をそむけ、ついばもうともしない。当然だ、動物に擬態していても善のドラゴンが他の同族を食うわけがない。

 それはドラゴンだ、と言ってやるのは簡単だけど、相手もわざとやっている節があるのでそのままにしておこう。しかし青銅の龍(ブロンズドラゴン)は金龍銀龍と同じく厳格な秩序にして善なる性格(アライメント)のはずだが、こんなに悪戯好きだったろうか?

 

「そういえば、ご主人様はペットに興味はないのでしょうか。冒険にも移動用の馬や猟犬の相棒がいると役に立つことも多いのでは?」

「飼育する金はあるが、面倒が見切れない。とはいえ金に飽かして人に世話を任すのも、可愛がるだけでは愛がないだろう」

「思いやりが愛とでも?」

「そうだ。違うか?」

「違いません、もっと思いやってください。えへへ」

 

 ペットではないが、雑な扱いをせぬよう俺が心がけている相手のメイドはにへらと笑みを浮かべながら鷹を撫でようとし、避けられる。血の臭いを嫌ったように見えるが、実際のところ竜の威厳から安易に触られるのを嫌ったのではないか。

 苛立ち、鷹に擬態したドラゴンが飛び立とうとする前に、俺はこの場で話を進めることを決めた。

 

「マーミア、あまり失礼なことはしない方がいい」

「え?あ、鷹さんは偉い人の象徴だって言いますから、あんまり可愛がったりするのは怒られますよね」

「そうではない。

 ……このようにあまり察しの良い子ではないので、彼女が怒らせることをする前に姿を表していただけないでしょうか」

 

 はてなを浮かべるメイドをおいて、俺は片手に看破の宝石(ジェム・オヴ・シーイング)をコロコロと転がして見せながら、鷹に話しかける。鷹はその鋭い眼差しで俺を見定めるようにしばし、じっと見つめ……頷いたように首を振って、メイドの肩からバサバサと飛び立つ。

 

「わっと、ご主人様、鷹さんを驚かせないでくださいよ。逃げちゃったじゃありません、……か」

 

 鷹が飛び立つ際の反動で、よろめいたマーミアが態勢を戻した時、彼女の前には既に複数の大きな影が射していた。彼女はそれが唐突に現れたことにあっけに取られているが、彼らは暫く先ほどからこのあたりを周回していたのは、確認したとおり。

 その影は陽の光で黄色がかった緑色に煌めいており、それぞれの体格は人間の2、3倍はある、横長の二対の翼と長い尾を垂らした巨大な龍の姿をしていた。4体いる中で特に最も大きな龍は人間の5倍近くあり、それが俺のことを見定めている。

 その畏怖すべき存在ともされるドラゴンの威圧感は、その巨大な飛ぶ姿を見るだけで人を放心させる。しかし強い魔法の力で意思を保ち、俺は彼に竜語(ドラコニック)(ドラゴンの言語)を述べる。生きる上で必須だった共通語、宗教的な理由で身につけた天上語に続き、尤も魔法のアイテム起動の合言葉などに採用されている理由から習得した言語の一つだ。

 

『青銅の輝く鱗を持つ善なる竜アヴェクスとお見受けします。

 お初にお目にかかります、私は闇の女神の祝福を受けし、名も馳せぬ端くれ。

 輝かしい竜たちに力添えを願いたく、この地を訪れました。先ほどは私の供の無礼をお許し下さい』

『闇の徒よ、供の無礼は許そう。しかしかの女神の名だけではこの身は動かないぞ』

『はい、つまらないものですが貢物はご用意してあります。まずはこちらをお受け取り、そして話を聞いていただけないでしょうか』

 

 善なる竜であっても、彼らも宝物に目がないのは性分だ。緑竜の時同様に、まずは話を聞いてもらうのに貢物を受け取って頂いて―――それからこの手の交渉は完全に苦手だが、今回は事前に黙っておくよう警告する暇がなかった―――うちのメイドが気を取り戻す前に話が進むよう、やや急ぎ足で彼の竜にお願いを申し出た。

 貢物であるアダマンティン製の彫刻――技術、材料は上級だがいかんせん芸術性には欠ける俺の手によるもの――を暫く見定め、やや不満げながら十分という曖昧な表情をして俺に話の続きを促した。

 

『悪くない。では、話すが良い』

『はい。先月より、魔王オーカスのいる北方大陸と中央大陸を結ぶ海域に、朽ち切らぬ死竜―――ドラコリッチが現れ、人間が乗る多くの船を沈めております。彼らを倒さんと我ら人間は知恵を振り絞ってはおりますが、船を容易く沈められるドラコリッチを海上で相手するのは無謀で、ましてや大勢では彼のねぐらへ近づくのもままなりませぬ』

『ドラコリッチか。死霊の魔王は古来より、竜を食らい、その死骸を辱めることを好んでおる。全くもって許しがたい不浄の存在よ』

『その通り。そこで我ら人間は、6柱の神に祝福されし勇者たちにドラコリッチの討伐を頼みましたが、勇者たちはまだ六つの試練を巡る最中で、手があいているのは僅か数名。彼・彼女らだけでドラコリッチを倒すのは勇者とはいえあまりにも無謀であり、やはり何より海上で船を沈められては相手になりませぬ。しかし重い期待を受ける勇者たちはこのままではたとえ無謀でも挑みかねず。勇者の一人を血縁に持つ私は、無謀の結果、家族が危険に身を晒すことを望みません。故に私はドラコリッチを倒すため、高貴なる志を同じくする、善なるドラゴンと共にドラコリッチへ挑むことを考えたのです』

『竜には竜を、悪には善を以って対抗する、道理は通ろう。しかし汝の身は勇者に非ず、神に祝福を受けし勇者は、その英雄譚において何人の助けを受けることも許されぬと神は命じているのは承知か?』

『はい。ですからこれは、勇者とは関係なく私が善なるドラゴンに協力を頼み、ドラコリッチに挑みます。

 それならば、ドラコリッチの行方を勇者の英雄譚に記さなければ、勇者の偉業を汚したことにはなりません』

『勇者では無かれど、勇者のようにドラコリッチで挑むか。

 面白いが、しかし死竜へ挑むにはその身は“飾り”に頼りすぎており、勇者と比べずともあまりに脆弱に見えるが、如何に』

 

 青銅竜のこの問いに答える前に、ちらりと目を横に見やって、うちのメイドの様子を伺う。

 やがて気を取り戻しそうだが、今はまだ放心中だ。ならば問題あるまいと、俺はドラゴンの度重なる問いに答える。

 

『いいえ、今のこの身は言う通り脆弱ですが、“飾り”こそが私の力。

 勇者に非ずとも、闇の女神に祝福を受けし者はいるのです。この意味、ご理解いただけますか?』

『……なるほど。そのような者ならば、一考に値する。

 しかしそれでも、何時に力を貸すわけにはいかぬ、何故なら……我ら善に生きる強者は、善なる生き物にのみ力を貸すことを許される。

 善ならぬ汝に、我らの背を許すわけにはいくまい』

『はい。ここでトンチをお答えするのは、お望みでありませんね。

 では私の代わりに、先ほど失礼しましたが……私の供をその背に載せることをお許し願えないでしょうか』

 

 青銅竜は、聖騎士(パラディン)と同じく善にして秩序を守る高貴な心を持つ。故に、俺のような半端ものな中立者は彼らに背を許されるほど、高潔ではなかった。

 そこで俺は手を横にやり、マーミアを紹介する。青銅竜は未だ放心中の彼女に目をやり、驚いたような声を出す。

 

『なんと。このような少女を戦士とするか』

『ふざけていると思いますか?私はそう思いません。

 私の祝福は勇者に非ず。そのあり方も勇者とは異なり、これだけの“飾り”も魔に長けた者は容易く崩してします。

 そのような祝福を授けられた女神様の意図は、定命の私ごときには理解しかねますが……私なりに解釈した形の一つが、彼女ですね』

「はえ?あ、あのなんですか皆さん、私のほうを見て。もしかして怒られますか?」

 

 ここでうちの自慢の戦士が目を覚ます。当然、放心していた間の会話など知らず、空気を読めない状態にあった。

 

「いいや、お前を自慢していた。自慢の戦士とな」

「そ、そうですか。……あの、そんなことをこの御方の前で言われると恥ずかしいどころか、怖いのですけど」

「そんなに怖がることはない。先ほど撫でようとした時みたいに、話をしてもたちまち怒るような方でないよ」

「あ、鷹……えっとその話はやめてください。私、良いドラゴンの方だったなんて知らなかったんです。

 だから、そのー、許してくださらないでしょうかドラゴン様?」

 

「許そう。我が威に当てられ、今もまた怖がれども、決して臆することなき少女よ。

 そしてその主よ、この娘をどのように戦士に育て上げたのだ?」

 

 ブロンズ・ドラゴンは、マーミアのことを見て高く評価していた。

 彼女が放心したのは巨大なドラゴンが例外なく有する威圧のオーラによるもので、彼女が怖がっているのは俺が話した、金属色の鱗を持つドラゴンは善い偉大なドラゴンであることに気づいてどのように応対すればいいのか戸惑っているだけで、彼女の心は、まるで歴戦の戦士であるかのように全く臆していないことにかのドラゴンは気づいたのだ。

 ドラゴンは俺が何をしたのかと尋ねるが、そんなことを聞かれても別に答えはない。

 

「特に、これといった教えがあるわけでもなく。

 彼女の元よりの気性が2割、俺の力によるところが2割、残る6割は彼女が経た少々の、しかし短期間の厳しい戦いが戦士に育て上げました」

 

 あえて言うなら、強い敵を倒して沢山の経験値を獲得した末にレベルが上がっただけです。もしくは魔法のアイテムで増強された精神的ステータスが彼女を図太くしました。

 なんて、ファンタジーRPGの世界なら当然のシステムだが、そんな知識を言っても世界の中の人物にうまく伝わるわけもなく(そもそも俺もシステムの存在は体感的に学んだもので、確証があるわけでもないし)、それらしいことを口にした。勿論テキトーに言った言葉だと、熟成したドラゴンには簡単に見抜かれるが、その真意まで見抜けるわけではない。

 

「長き年を経た我らにも知れぬ境地があると、一つ学ばせてもらった。

 その礼として汝の供に背を許そう。少女よ、名は何と言う?」

「えっ?あ、マーミアです」

「ではマーミアよ。このアヴェクスの名にかけて、ドラコリッチと矛を交える戦いに手を貸すことを誓おう。

 彼の死竜と戦う時に、今一度この島を訪れよ。誓いの証としてこれを渡す」

 

 そう言って、マチュア・アダルト・ブロンズ・ドラゴンのアヴェクスは自らから剥がれた青銅の鱗一つをマーミアに手渡す。

 俺と竜との会話についていけてない彼女が渡されるままに受け取った後、アヴェクスは彼の伴である竜たちを連れて島の奥へ飛び立っていった。

 

「結局、ご主人様は何がどうして、ドラゴンさん……アヴェクスさんとお話したのですか?

 私よく分からなかったのですが」

 

 善竜との交渉は済んだ。あとはこのシリアスな空気に疎い少女に物を教えながら、今後の支度をする必要がある。

 

===

 

「ほえー。私、そんなドラゴンアンデッドと戦わなくちゃいけないんですか?

 何がどう違うのか分かりませんけど、ワイヴァーンみたいに殴れば倒せますよね」

 

 今の今まで話していなかった、妹こと闇の勇者から託された話を打ち明けると共に、うちの戦士メイドに任せた役割を話す。とはいえ、ドラコリッチというアンデッドがどういうものか分かってない彼女は、悪くて強いドラゴンなのだろうという認識しか持っていないのだ。

 実際は、一瞬でも装備を機能停止させられるだけで恐怖・麻痺を食らったり、リッチ同様に経箱と呼ばれる、不死の核となる魔法のアイテムを壊すまでは滅ばない厄介なアンデッドだとしても、そんなこと知識に持たない彼女は、割りと気軽に倒してのけると答えるのであった。

 

「なら本番の前に一度やってもらおう。丁度いい相手もいるわけだし」

「丁度いい相手というと……え、まさか交渉した相手とやるんですか?」

「善竜は、幼い緑竜を手に掛けたことを見たにも関わらず何も言わなかった。

 本当に彼らが潔癖を好むなら殺しも咎めたはず。責任は持つ」

 

 だからと早速本番に挑ませるほど、俺は鬼畜でも悪人でもない。まずは前哨戦で手慣らしから済ますのが妥当。ワイヴァーンの群れが蓄えた財宝も中々の量だったが、真竜(トゥルー・ドラゴン)の蓄える魔法の財宝より質は数段落ちる。先ほど倒したワームリング四体分の財宝が惜しい。

 そこで先日倒し損ねた緑成竜(アダルト・グリーン・ドラゴン)を倒してしまおうと言うわけである。ドラコリッチに比べれば見劣りしても、歴とした超大型真竜。彼らの基本戦術を身を以って学ぶ相手に適している。何より、人間社会に属しない悪のモンスターだから倒してしまっても大義名分は通る。

 

「分かりました。私はご主人様の戦士ですからね。

 ご主人様の方がずっと強い気もしますけど……頑張ります!」

 

 足りない才は道具で補い、未熟な技量も武器防具で押し通す。経験はこれから回数を重ねる。

 それらを極めた先にアイテムで補えない世界が待っているとしても、今はこのぬるま湯を彼女と共に浴びよう。女神様が何を思って不相応なチートをくれたのかは分からないけど、貰えたからには彼女への信仰を秘めながら生活を満喫するだけだ。善悪を司る神様ではないから、どんでん返しが待っていることもないだろうし。

 

「ところで、ドラゴンの戦法はワイヴァーンの時にも話したと思うが……」

 

 俺はうちの自慢、善きメイドに対ドラゴン戦術を改めて仕込み始めることにした。後のドラコリッチ戦を思えば、今のうちにアイテムを使いこなさせねばならない。口調は悪くとも口には自信のある俺でも、覚えの悪い彼女に教えるのは数日かかるだろうけれども。

 

 




次回1話分に、データに基づいた戦闘描写を書いてみる予定です。


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前哨戦に挑む後編2

 

 うちのメイドが木々のドームに覆われたグリーン・ドラゴンのねぐらの前に挑もうとしている。その様子を30メートルは離れた樹上から見守る俺は、その戦いに一切手を出すつもりはない。手を出すのは彼女が死んだ時だけ。

 賢いモンスターとの戦闘は初めてだが肉体スペックはやはり十二分に越えており、負けている彼女の足りない賢さ―――戦闘経験もこの土壇場で身につけさせる。これまで担ってきた回復・妨害手段も対応した魔法の(スタッフ)と万が一のポーションを渡しているが、使い慣れないアイテムを咄嗟に扱いきれるとは思えない。有効に使える確率は4割と見ているが、さて。

 他人から掛けられる、長時間続く魔法は既にかけているが、自分自身にしかかけられない自己強化(バフ)や短時間のものは省略している。防御面はともかく攻撃面において、超大型ドラゴンの重装鎧を上回る硬い龍鱗に加えて、奴も防御魔法を行使することを考えるに有効打は与えづらいだろう。地力(レベル)の差が顕著に現れている。

 

 マーミアがねぐらに踏み込んだ。しかし(主に攻撃面の)強化用に渡した“小雪の歌(スノーソング)”魔法の黄色の杖を使い忘れている、おかげで戦いはだいぶ苦労するだろう。少し遅れて、洞窟の入り口から竜語で語りかける声がささやかに聞こえ、そして間もなく怒り狂う雄叫びが上がった。

 暫く後に洞窟を覆うドーム天辺を突き破り、上空に飛び出すグリーン・ドラゴン。その脇腹には深々と一本の剣傷が鱗をえぐっており、傷周りは魔法のエネルギーの爆発で激しく損傷している。既に少なくないダメージを与えることに成功したようだ、しかしそれは相手を本気にさせたことでもある。

 側面入り口からドームを脱出し追いかけてきたマーミアだが、それを待っていたとばかりに(恐らく自身のねぐらや、宝を傷つけないために内部ではできなかった)ドラゴンがブレスを吹きかける。量も威力も現実の化学では説明がつかないほど、様々なものを溶かしてしまう酸の(アシッド)ブレスだ。直撃すれば即死させかねないその強酸も、酸に対する魔法の抵抗がついた魔法金属の胴当て鎧(ミスラル・ブレストプレート)が和らげてくれる、が、それでも防ぎきれなかった分の酸が金属を貫いて皮膚にかかり、ジュウジュウと溶ける音を上げる。

 今まで装備が過保護すぎて、殆ど戦闘中にダメージを受けたことはなかったため、ほぼ初めての傷にマーミアは表情を変えてたじろぐ。しかし才はなかれども、魔法によって強制的に鍛え上げられた彼女の強い判断力が、戦いに意識を引き戻す。

 グリーン・ドラゴンは巨体からなる自身の飛行速度差を活かして悠々と高空を周回しており、ブレスの再充填(リチャージ)まで時間を稼いでいる。“空中歩行(エア・ウォーク)”魔法を受けているマーミアでは走っても追いつけないだろう。

 だが、何も追いつく必要はない。空を悠々と飛び回る竜は格好の弓矢の的、故にドラゴン相手に射手は定石と言われる理由はそこにある。マーミアは距離を取られたと見るや、手に持っていた長剣(ロングソード)を鞘に仕舞い、長弓(ロングボウ)に持ち替えて矢を番える。そして一射。車ほどの時速を叩き出すドラゴンでも、一瞬で弓矢の射程外から離れるには至らない。距離があり精度は落ちるが、運良く一発目が直撃し、深く傷口をえぐり取るとともに弓矢に込められた多種多様なエネルギーが更なる爆発を与える。竜殺し(ドラゴンベイン)衝撃増加(コリジョン)(ホーリィ)混沌(カオティック)(フレイミング)冷気(コールド)電気(ショック)、これらごちゃ混ぜのエネルギーが累積すれば、素人の射かけた矢でもダメージは凄まじい。

 自身に深々と突き刺さった矢を見て失策を悟ったか、ブレスの充填待ちを止めて突撃してきたグリーン・ドラゴン、その勢いのままに噛みつきを一撃。咄嗟に回避するマーミアを守る浮遊するミスラルの盾を押しのけ、赤竜の鱗から作られた腕甲、ミスラルの胴当て鎧、その他魔法の守りを貫いて彼女の肉体に更にダメージを与えた。やはりある程度のレベルに達すると、最高の防具を揃えても安全とは限らないのだ。ブレス以上の直接的な苦痛に歪める彼女。牙を突き刺したグリーン・ドラゴンは、そのまま彼女を持ち上げ、全く自由に動けなくしようとするが、まるでするりと抜けてしまう。“移動を妨げぬ自由(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)”の指輪の効果だ。

 お互い、遠距離戦はマーミアの有利に傾くと知った。では近距離戦はどうか? 俺の見た限りでは、ドラゴンは先ほどのように勢いに頼ってようやく攻撃を当てられる程度、一方でマーミアも体力が乏しいものの、ダメージレースでは引けを取らず、普通に殴り合いで勝ち越せる見積もりだ。それでも互いに出たとこ勝負の運要素は残るが、マーミアの行動次第では有利不利は覆る。

 さて、ここからより有利に持っていくために、彼女はどう動くか。

 彼女が次に取った行動は弓はそのまま逆手に持ち直し、利き手で再び長剣を抜き、接近戦を仕掛けた。近づかれたにも関わらず弓を射るほどの大きなミスではないが、こちらの防御は相手の攻撃力を十分に抑えているのだから、回復用の杖を抜いて傷の回復を優先し、長期戦に持ち込むのが確実な手だった。

 長剣の攻撃は再び鱗を貫通し、エネルギーもあって大きなダメージを与えた。しかし反撃に、ドラゴンお得意の乱舞が襲いかかる。まずドラゴンの牙がマーミアを再び貫こうとするが、それは鎧の表面でガッチリと止められる。すり抜けたところを挟み込むように両腕の爪が彼女の身体を引き裂き、更に振り払うようにして翼がマーミアの身体を殴りつける。仕舞いに尻尾が叩きつけられるが、その全てを彼女は多少よろめきこそすれど動じずに受け流した。優れた魔法の鎧と堅い魔法の腕甲が衝撃を吸収し、普通ではありえない体格差の攻撃をその場で受け止めることに貢献しているのだ。

 そうして攻撃を凌いだ彼女は、三度ドラゴンに斬りかかる。しかしグリーン・ドラゴンはここで再充填済みだった酸のブレスを放ち、目くらましにしてその隙に飛翔、あえてまた距離を取った。流石に俺もここでドラゴンが距離を離す意図はすぐにつかめなかった。弓矢の威力を忘れたのだろうか?

 その答えはすぐに分かった。ドラゴンは高度を取ると、一直線に遠くへ突っ切ったのだ。これはブレスの充填待ちなどではない、逃走だ!まさかドラゴンが逃げると思っていなかった俺、距離を離してのブレスや再突撃を警戒していたマーミアは弓を構えるのが一瞬遅れ、逃走を許してしまう。いや、まだぎりぎり弓の射程内だ。マーミアは急ぎ弓を手に持ち直し、二連矢を射る。距離があればあるほど、ドラゴンの鱗を貫通する威力は落ちる。

 逃走に専念中のドラゴンは防御が緩んではいるが、元より彼の防御力はその鱗の硬さに依存している。

 一発目の矢がドラゴンに当たった。しかし命中時にエネルギーの爆発は見られず、どうやら鱗に弾かれて刺さらずに落ちた。

 二発目。遠目に光の閃光が発した。エネルギーの爆発だ、鱗を貫いて命中している!ダメージは十分、ドラゴンの体が大きくよろめく。

 やったか? いや……倒し切るには、ダメージが足りていない。グリーン・ドラゴンはふらふらと不安定ながらも、しかとした飛行で弓の有効射程三百メートル以上先へ飛び去ってしまい、もはやマーミアの攻撃が届く範囲ではない。彼女はドラゴンを倒し損ねてしまった。

 

---

 

 あっという間に遠ざかるドラゴンを悔しそうに見送る彼女の元へ、俺は近づいて声をかけた。

「まさかドラゴンが自分から逃げるとは思わなかったが、これも良い経験に違いない。

 今回は地力で押し勝ったが、ドラコリッチほどになると攻撃の殆どは盾や鎧の上を貫いてくる。そうなると、手を尽くす必要があるのはこちらだ。

 当日は移動手段の問題で、俺がサポートに付き合えるとは限らないし、渡した魔法の(スタッフ)のことも忘れずに使いこなすようこと」

 

 すっかり渡した魔法の杖のことを使い忘れていた彼女に注意し、俺は遠ざかるドラゴンの後ろ姿を見つめて……魔法の杖を抜き、“《射程延長(エンラージ)》《威力最大化(マキシマイズ)火球(ファイアーボール)”を放った。弓の射程外ではあったが、魔法の範囲からはまだぎりぎり逃れられずにいたためドラゴンは火炎の爆発でトドメを刺され、爆風に煽られ墜落した。恨みを買った挙句に逃がし、不意打ちを受けるのは勘弁願う。

 苦労させた割に、いいとこだけ持っていった俺に呆れて、溜息を吐くマーミア。

 

「これなら最初から、魔法で済ませれば良かったじゃないですか」

「ドラコリッチほどになると、効かないからな。今回は、マーミアがドラゴンの動きを知ることが目的だった。

 基本はブレスを吐いて飛び回り、不利となると打って変わって足を止め、その凶暴な肉体で力任せに殴りつける。あるいは、魔法で解決を図ることもある」

「よく分かんないです……私は斬ったり、撃つことしか覚えられませんから」

「だろうな。……元々そういう役目でマーミアを雇ったから、これは俺が注文をつけすぎだ。

 別の手法で解決策を見つけなければいけないが……」

 

 あるいは人手不足とも。ステータス的な知性こそ魔法で強化され引き上げられていても、根本的なものを考えない性格面は変わらないため、彼女は未だにおバカ寄りである。冒険者パーティで言えば戦士役の彼女を支える、知識役の魔術師(ウィザード)がいればいいのだが。

 そう思案する俺を、不安そうに見つめるマーミア。彼女は、表情を暗くして俺に尋ねた。

 

「ご主人様、私じゃ力不足ですか」

「いや、そういうわけじゃないが……」

「でも私はご主人様が期待するほどのことが出来ませんでした。ドラゴンはあと一歩で倒せませんでした。私がもっと知恵が回れば、一人で出来たかもしれませんが、それなら、この不出来な私よりもっと良い人を見つけたら、私のことはいらなくなるんじゃないでしょうか。

 やっぱり、私はいらない子ですよね」

「そんなことはない! 確かにお前より優れた戦士(ファイター)魔術師(ウィザード)神官(クレリック)は無数にいる。彼らと共にパーティを組めるなら、彼らは様々な場面で自らの強みを理解し、発揮して状況を打破してくれるだろう。

 でも、あいつらの全てが信用できるわけじゃない。特に俺は沢山の魔法のアイテムに身を包み、身の丈に合わない装いをしている。冒険者の殆どは、一攫千金の金目当てばかりで全くの善人ばかりではない。だから俺が容易く組み伏せられるとみれば、力づくで奪いに来るだろう。

 俺はこの力(チート)を持つせいで、力に生き方を縛られている。だから彼らと共に歩むことは出来ないんだ。俺にはお前みたいな、事情を理解する決して裏切らない人が必要だ。

 たとえ他人に劣ろうが、俺を信じてくれるお前が必要なんだ」

「ご主人様……」

 

 己の足りないところに、俺の期待を失ってやいないかとマーミアは心配を吐露した。そんなことはないと言い返す俺。ある意味、彼女が心配している以上に俺の方こそが心配しているのだった。

 

「ちょっと今のご主人様、面白かったです。ふふっ」

「馬鹿野郎、冷やかすな。人が折角お前のことを心配してるのに」

「はい。ご主人様の言葉を聞いてると、安心します。でも、やっぱり怖いんです。

 私はご主人様に甘えすぎてて……私にしか出来ないことが欲しいです。私にしか出来ないことを、やりとげたいです。

 今の私は、ご主人様に甘やかしてもらったり、手足になるだけで、対等なおつきあいをさせてもらえなくて」

 

 そんなことはない。今の時点で俺に出来ないことは沢山してもらっている。

 善人ではない俺の代わりに善竜に背を許されたり、チートで逆に生き方を縛られて人を信じられない俺の代わりに人と関わったり、物臭な俺の代わりに身の周りの生活を整えてくれたり。それだけで十分だ。

 俺は彼女にそう答えるが……

 

「でも、ご主人様の目の届かない危険なところで何かを任せてくれたことはありませんよね」

「それは……」

「信頼しても、信用はしてくれませんよね。私、ご主人様に信用してほしいですけど、ご主人様から見た私は、信用出来ない人間なんですよね」

「……ああ。すまなかった」

 

 この問いには言葉を返せなかった。それが答えだ。俺は彼女を信頼しても信用していない。

 彼女は元は町の旅亭の娘で、一年前には力仕事には縁もなかった少女だ。促成栽培とドーピングで強化されていても、知識と地力以上に経験と才能が土壇場でものを言う世界では、俺は彼女に危険な仕事を任せる気になれないのである。

 そして信用するには、圧倒的に経験と功績が足らなかった。

 

「優しい言葉をかけられることよりも、嘘をつかれるのは嫌です。私は力不足の少女だと、そう言ってくれればよかった」

「そのための積み重ねだ。今は本当は弱くても、力が足りなくても経験を数重ねて信用出来る戦士になってくれれば、それで良かった。

 それに、俺ではドラコリッチはどうしても倒せない。善竜が背を許したのはお前だけだ、今の俺にはお前が必要なのは嘘じゃない。信用出来なくても、信用するしかなくなったこの件を成功させるんだ、マーミア。これが叶ったなら、俺はお前のことを信用する。失敗は考えるな、その時は信用を失うよりも手遅れの有様になるからな」

 

 ドラコリッチ討伐に失敗する時、それは恐らく彼女が死んだ時だ。やつとの戦闘において、なんだかんだタフなブロンズ・ドラゴンより真っ先に狙われるのは彼女だろう。俺も出向するが、そもそも魔法によって飛行するしかない俺はたった一度、飛行手段を解呪されるだけで、海上に対空出来ず墜落するだろう(着水した程度で死ぬ心配はないのが幸いだが)。時間をかければ復帰は可能だが、その隙にドラコリッチは追撃をかけるなり強化魔法をかけ直すなり逃走するなりと、多数の選択肢を与えてしまう。つまり俺はドラコリッチ戦において決して主戦力にはなれない。

 残るのは協力を得たブロンズ・ドラゴンの「アヴェクス」とマーミアだが、ドラコリッチ化したドラゴンはほぼ間違いなく生きるドラゴンよりも強化されている。弱いドラゴンではそもそもドラコリッチになれない以上、アヴェクスと元々同格かそれ以上なのは間違いなく、単純な力量差でアヴェクス単体ではドラコリッチには叶わない。故に、その差を覆す主戦力となるのがマーミアだ。サイズからなる体力を除けば、攻撃力・防御力共にアヴェクスを上回るステータスを持っている。しかしその少ない体力は致命的で、ドラコリッチがそれに気づけばまず間違いなく優先して集中攻撃するだろう。そして歳を経て高い知識を得た元ドラゴンのドラコリッチが気づかないわけがない。弱点の体力を狙わんと、防ぎようがない魔法や防御を上回るブレスで的確に削りに来るのは間違いないから、この戦いに失敗する時はマーミアが死ぬ時だというのはそういう理由だ。

 ま、仮に失敗して死んだところで、蘇生出来ないわけでもないのだが。その時のことはその時考えるのでおいておく。

 

「死ぬのは怖いだろう」

「はい。でも、怯える気は決してありません」

「そんなことはないだろう。少女のお前を無理に冒険者にしたのは俺だが、心根は変わってないはずだ」

「いいえ、私の心は好きで嫌いなご主人様に奪われてしまい、その思いで怖さは上塗りされました。

 ですから、ご主人様が私を覚えててくれる限り、もう何も怖くありません!」

「……それは違う意味で怖いな」

「女の子は、裕福で優しい男の人に特別に扱われれば、それだけで心は転びます」

 

 そうか、そうなのか。

 恋する乙女の思いはどうやら恐怖すら上回るらしい。

 

 

---

 

 

 ドラコリッチ戦のシミュレーションのつもりで、グリーンドラゴンと繰り広げた戦闘から数日。

 俺は再び湾岸都市の勇者が滞在する領事館で、妹―――闇の勇者を訪問した。今日は火の勇者は同席していないらしい。ならば話はさっさと進められると、俺は早速今回の報告、それから用件を切り出した。

 

「ドラコリッチ討伐の最低限の準備は整った。竜の島で超大型の青銅竜(ブロンズ・ドラゴン)に協力を取り付けたから、空中戦が可能だ。ただし搭乗を許されたのは善人だけ……俺のメイドだな。

 正直、彼女の実力ではドラコリッチを相手するのに全然心許無いが、そこは俺が死ぬ気でサポートするつもりでいる」

「そのような無理はしないでください、お兄様。家族であり、闇の女神に愛された同胞を失うのはとても悲しいことですよ」

「いいや、これは俺は闇の女神に借りを返すチャンスなんだ。このまま放っておけば、神の信者たちを更に殺戮するドラコリッチをここで止めるのは今の時代、勇者たちか……あるいは俺でもなければ出来ないこと。

 決して無理なら無茶はしないが、出来る見込みがあるのなら、ここで信者の犠牲を減らすのが神に愛されし者の役目だろう」

「私は、そこまでのことをお兄様に求めてはおりません。お兄様は私と違って、勇者ではないのです」

「だが女神の祝福を受けている。教えたことはないが、知ってたんだろう」

「お兄様!」

 

 女神から託された神器、『闇のタリスマン』の首飾りを下げる妹の前で、俺はそれと全く同じタリスマンを手のひらに生み出してみせる。俺のチート能力は、何も通常の魔法のアイテムだけに限らず、アーティファクト……神器の取り出しすらも許されていた。

 ただし闇の勇者の資格を持たぬ俺にはこれの真の力を活用することは出来ないが、勇者の神器に限らずアーティファクトは他にも武器や防具様々とある。魔法抑制空間(アンティマジック・フィールド)下であってもその魔力を封じられないこれらアーティファクトは今まで俺の奥の手であった。もっとも今回は妹への見せびらかしに過ぎないけれど。

 

「わざわざ見せたが、別にこれから隠すのを止めるわけじゃないとは言っておく。……闇の女神の祝福が授けられるのは闇の勇者だけ、この世に二人も同じ勇者がいるのはおかしな話だからな。

 俺は女神の勇者にはならないが、でも祝福を受けた期待を裏切るほど邪悪にはなれないよ。神相手でも、借りは返すのは道理だ。今こそ死の危険を冒す“冒険者”になる時ってか。

 ……そもそもドラコリッチの話を聞かせた時点で、お前もこれを期待してたんだろうに」

「私は、そんなつもりじゃ……お兄様には私と一緒に勇者になってほしかっただけなんです!

 選ばれなかったお兄様も闇の勇者たりうる者だと、歴史に名を残す機会を得てもらいたかっただけで!」

「いいや、何を言ってるんだ。今代の闇の勇者はお前だ。

 それに俺は選ばれなかったんじゃない。恥ずかしがりやの俺は英雄と呼ばれることすら嫌だから、ならなかっただけなのさ。

 珍しく、ちょっと勘違いが酷いなぁ。いつもはもっと、聡明な子なのになんだって今日はこんなに……」

 

 俺はいつもの理知的で落ち着いた、慎ましく聡明な闇の勇者らしくない妹の顔を見る。

 今日の彼女はいつもと違い、ひどく感情的で、俺の身を心配していた。普段は万人を愛し、万人を助けんとする聖女たる闇の勇者なはずだが、その姿は彼女の本心を隠さずに表していた。俺が祝福を受けていたことを、彼女に表明したことに当てられたのか。

 だからこそ、彼女の本心を初めて知ることが出来た。俺の十分育った地力(レベル)からなる高い洞察力、そして念のためにと用意した交渉用の魔法の装備品らが、彼女の本心を見抜かせる。闇の勇者と呼ばれる彼女は、俺と同じかそれ以上に心を持つ人間だったと。

 

(まるで聖女のような普段の行いは、逆に言えばその他の人間に等しい態度、等しい感情を抱いていた……ということか。

 生まれた時から闇の勇者たる祝福を女神より授かっていた彼女は、いわば選民思想に近い、自分と同じ特別な人間にしか感情を抱けなかったんだな)

 

 本心を見抜いてしまった俺が妹を見る目に彼女自身が気づき、手遅れだが悟られてしまうほど表情が崩れていたのを直した。

 お互い隠していたものがバレてしまった、なんてことは一切口にせず、お互い何の言葉を口にせず気を取り直して話が進む。二人揃って、家族相手にも心を隠したがる見栄っ張りで、思いやりが強いところはまさに兄妹似とも言うべき、血の繋がってることを実感させられる。

 

「けふん、失礼しました。闇の女神様への信仰ゆえに、と言われてしまえば同じく信仰を持つ闇の勇者たる私には何とも言えません。私は女神の代弁者でもあり、通常ならその権能で信者の無茶を止めることも出来ますが、それはお兄様に限って、機能するものではなくなります。理由は語らずとも分かりますね。

 ですから、私はもう止められません。勝算の薄い無茶だからと、しかし何もせず見送るのは無駄の極みです。

 闇の勇者として協力は出来ませんが、闇の神殿を介して北の大陸へ船を一、二隻動かすよう働きかけます。お兄様はその船の護衛という名目で同乗させますので、ドラコリッチを誘い出す囮や、最悪 足場だけにでも使ってください。

 お兄様を犠牲にするなら、平の信者を犠牲にして成功率を上げたほうがまだマシです」

「本音を隠しきれていないぞ」

「私は効率的な話をしてるだけですが?

 ともあれ直接的な協力は一切出来ませんから、ドラコリッチ討伐における戦力はお兄様頼りです。勝算があると言い切ったのですから、絶対に成功してくださいね。

 というか死んでも、死体がなくても絶対に生き返しますよ。女神様の期待を裏切って失敗するくらいなら死んでしまおう、なんて思わないでください。分かりましたね」

「十分な協力、感謝する。なるべく生きて帰ると約束しよう」

「なるべくではありません、絶対です」

「絶対帰ると約束する」

 

 その後、日程などの調整を話し合い、俺は領事館を去ってマーミアに日取りを伝えた。その当日までは竜の島で得た経験分の地力(レベル)を実力に昇華したり、ドラゴン騎乗や魔法のアイテムを使用する技能(スキル)訓練、あとは闇の神殿を介した船と話をつけたり。

 そうこうしているうちに、あっという間に船を出す日付を迎える。ドラゴンへの騎乗は安定したが、アイテム使用は未だに安定したとは言えなかった。ドラコリッチと戦う上で、呪文レベルの高い自己強化魔法なしにやりあうのは厳しい。如何にしてその時間を稼ぐかは考えものである。

 俺が考えた代案は、騎乗される青銅竜アヴェクスに魔法の杖を渡し、戦闘中にマーミアのことを援護してもらうであった。未だ気が知れない他者にアイテムを渡すのは憚られたが、背に腹は変えられぬ。ドラゴン同士の殴り合いは元より不利である以上、アイテムを使用中に手が塞がることはさほど大きなデメリットではなかった。しかし、超大型のドラゴンの援護をメリットにならないと評してしまうあたり、強さのインフレを感じる。

 

 



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10_対朽ちた竜 前半

一度くらいバフ山盛りを書きたかったんです


 闇の神殿から紹介されたキャラヴェル船に乗る俺とマーミアの二人と、そして海鳥に化けたドラゴンが一体。

 この船は、無謀にもドラコリッチが支配する海を渡り、北方大陸に残された同志たちを救出せんとする風の女神の信者たちである。見たところ、アイテム抜きの俺よりも腕の立つ神官(クレリック)を始めとして、多くのクレリックや戦士(ファイター)たちが集まっており、揃えた装備にはアンデッド殺しの矢や聖水を二樽分も用意しているという。全くの無策ではないし、ドラコリッチを脅かすには十分かもしれないが……しかし往復で、二度の撤退を考えさせるには不十分ではないか。

 もっとも、それを十分可能にするのが俺たちの存在だ。闇の神殿経由で実力者として戦士に食い込んだ俺たちは、早速船員たちと交流している。顔役はうちのメイドに任せて、俺は魔術師(ウィザード)かぶれの盗賊(ローグ)だと名乗った。チートを除けばむしろ戦士なのだが、ドラコリッチとの戦いにおいてマーミアを前面に押し出すため、俺が倒したと彼らに間違われる要素が残っていてはならないのだ。(攻撃魔法を使えばより楽に倒せることは否定出来ないが、それでは顔役・風よけに彼女を雇っている意味がない)

 

---

 

「共に北の我らが仲間を助けにいこう、よろしく友よ!」

「はい、よろしくおねがいします!あまりお力にはなれませんが、精一杯頑張らせてもらいます」

「そんなことはあるまい、闇の神殿から紹介された冒険者には期待しているとも!」

 

 マーミアのことをあたかも闇の神殿から紹介された精鋭冒険者であるかのように振る舞わせて、この船を統率する風の女神の神官長に挨拶を任せた。その一方で俺はまるで彼女の金魚のフンである、粗野な厄介者として扱われるよう振る舞った。身体には幻術を被せ、大したことのない装備に見せかけたので真に盗賊のように見えることだろう。

 しかしキャラヴェル船は全長20メートル弱、幅5メートル程度の狭い木造船だ。人付き合いを避けても他の船員と顔を合わせることは避けられず、どうしても話しかけられることは多々あった。

 

「あんた、あのお嬢のお付きだっていうじゃない。元は街角の客寄せだってお嬢が戦えることも不思議だけど、大した鎧も着けてないあんたがお嬢に思われるのは、なんでか不思議だね。あんた、一体何が出来るんだい?」

 

とは、同乗する男性ファイターの一人の言葉だ(彼の地力(レベル)はおよそ俺の半分)。

 

「(そこまで話したのか、うちのメイドは。いや、あれだけ会話して関係の核心を隠し通しているのなら褒めるところだ)

 少なくとも指一本触れられずにあんたを打ちのめすことは出来るよ」

「へえ、それじゃあ表で“運動”に付き合ってくれないか。皆、長い船旅で飽き飽きしてるんだ。

 ずっと船室でくつろいでいるお付き様の腕前を見せてくれよ」

「いいのかい、ウィザードかぶれのローグに戦士が負けるなんてこの上ない恥だろう」

「その減らず口、お嬢の前で叩きのめして二度とお嬢に声をかけられなくしてやるぜ」

 

 マーミアは元から可愛かったが、俺と出会って増幅されることで図抜けた魅力を持っている。海の野郎ども、荒くれ冒険者たちが目の色を変えて近寄ることに俺は万が一の気移りを心配したが、そんな心配は無縁とばかりに彼らをごめんなさいの一言で一蹴するメイド。しかしそれでも諦めない、粘り強い彼らに俺の名を出したことでこのように声をかけられる目にあった。

 アイテム任せで元来スペックはさほど高くない俺だが、幸いにして俺が学んだどこぞの武術は彼らを一方的に叩き伏せる実力を齎していた。おかげで彼らは俺にぐうの音も出なくなり、マーミアを諦めさせることに成功した。しかし売り言葉の宣言通りにダメージ一つ受けず叩き伏せてしまったために、一介の戦士として彼らの賞賛を受けたのは失態である。おかげで一部始終を見ていたマーミアに後で弄られた。

 

 

---

 

 コンコン、と船のあちこちを杖でつついて回る俺。周囲には航海成功を祈願して魔法をかけていると説明しているが、実際は船体を“物体硬化(ハードニング)”魔法をかけてまわり、少しでもドラゴンの奇襲からブレスの一撃に耐えられることを祈っての補強であった。これで木材が魔法金属(ミスラル)並の硬さになり、大抵の矢弾は突き刺さることもなくなったが、相手は年経た竜のドラゴンブレス。例えるならグレネード弾1発からミサイル1発並の火力は硬度を振り切って、船体を吹き飛ばすだろう。しかし運次第で船が壊れずに済むなら、無いよりはマシ。ただしこの魔法を普通にかけようとすると、1箇所あたり上質なダイヤモンド1個が消し飛ぶのでコスパは最悪、最初から鉄で船を作った方が安上がり。財宝チート様々だ。

 途中からは、魔法のアイテム使用の訓練としてマーミアを呼び出して、続きを行なわせた。彼女単独では3割近い確率で失敗するが、俺の指導の下では必ず成功した。彼女曰く「俺に応援されていると頑張れる気がする」とのことだが、海鳥に化けているブロンズ・ドラゴン、アヴェクス曰く、指揮官(マーシャル)と呼ぶにふさわしい他人を援護するオーラを放っているらしい。他人に口出しすることはこれまでも多々あったが、既にそれは能力に昇華しているそうな。ただし戦士としての力量はそれほどでもなく、既に身につけ始めている独特の武術をより鍛えるのがよろしいと、経験豊富の先達に指導を受けた。(できれば聖騎士(パラディン)の道を歩むことが望ましいが、どうやら俺は属性的に、彼女はそもそもの素質的に神から召命を受けることは無いだろうとアヴェクスは語る)

 

 出港から数日。船体の補強を済ませた俺はアヴェクスと相談し、出没海域に近づいたことで得られる情報も増えただろうとドラコリッチについて魔法で調査を始めた。名前も正体も分かっていないが、まずはダメ元で“念視(スクライイング)”魔法を試みるも当然不発。闇の女神様に“神託(ディヴィネーション)”で航海の成否について問うも、明らかに自然災害に注意する呼びかけのみで、ドラコリッチに対する予言は無し。“伝承知識(レジェンド・ローア)”でドラコリッチについて何か語られていやしないかと確かめるも、居場所は分からず。しかし、船団を焼いたドラゴンブレスが雷撃に因むことが判明した。電気のブレスを行使するのは通常、悪の色彩竜(クロマティック・ドラゴン)なら青竜(ブルー・ドラゴン)、善の金属竜(メタリック・ドラゴン)なら青銅竜(ブロンズ・ドラゴン)のみ。その他、現世では見ない外宇宙由来のドラゴンもいるが、この二体に絞れるのは大きい。特に、同じ電気のブレス使いであるアヴェクスにブレス対策が不要と分かったことで、幾らか動きが楽になるだろう。

 

 数日後。行き先の天候が荒れ出し、やがてキャラヴェル船は少嵐に見舞われた。クルーの一人が落水する。視界は悪く、二次災害の恐れもあって救助は行えなかった。転覆の危険性を少しでも減らすため、俺は操舵手の能力を魔法で増強することで間接的に船の危険を克服した。

 その後、キャラヴェル船は無事 嵐から抜け出した。後日、その教訓から俺は“天候操作(コントロール・ウェザー)”、“水流操作(コントロール・ウォーター)”の魔法を使うようになった。特に前者は、嵐を避けるどころか望むままに追い風を得ることが出来、船員たちは酷く好評してくれた。目立ってしまったのは本意でないが、落ちたクルーを助けることは可能だったにも関わらず死なせてしまった多少の罪悪感から、今後非戦闘でも協力することにした。

 

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 二度目の嵐に見舞われるが、魔法によって無理矢理突破する。

 前回の行使から一週間が経ったこともあり、再び“神託(ディヴィネーション)”を試みる。すると三度目の嵐と共に、ドラコリッチの存在を仄めかす言葉が含まれた。“神託”の魔法はウィザードの秘術魔法のものではないため、魔術師かぶれと名乗っている以上は風の神官たちに語れなかったが、マーミアとアヴェクスにだけ伝え警戒を呼びかける。

 そろそろ出港から二週間近いが、天候が荒れ出している。三度目の嵐はもう今日明日中に訪れるであろう。俺はアヴェクスに呼びかけ、戦いの支度を始めた。

 

 

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 嵐が訪れた。雷雲が日の日差しを遮り、荒れる海の水しぶきが遠くで立ち上がるが、船の周囲は至って穏やかな風と水の流れに守られている。航海者を阻む海の試練は、このキャラヴェル船には全く害を及ぼしてしなかった。

 しかし遠く雷雨の黒いカーテンを突き破って、黒い巨躯が姿を見せる。見張り台のクルーが何事かと叫び、冒険者たちが甲板に登ってくる。俺とマーミア、そして彼女の肩に止まる海鳥―――の姿をしたアヴェクスは互いに顔を見合わせて頷いた。彼らがやがて近づいてくる、恐るべき「死した龍」の姿にざわつく一方で俺たちは数々の魔法の杖を取り出し、互いに無言でかけあう。

 

―――“長時間化・朗唱(パーシステント・リサイテイション)

―――“長時間化・意気高揚(パーシステント・イレイション)

―――“元素耐性(エナジー・イミュニティ)[電気]”

―――“上位・英雄(グレーター・ヒロイズム)

 

 ドラコリッチが飛来するのを目撃して慌てて内部に避難する冒険者たち。数人が乗り遅れ、恐るべき電撃のブレスが甲板と共に彼らを焼き焦がす。あれだけ補強したにも関わらず、やはり電熱で容易く焼き焦げる甲板……だがそれらは崩落するには至っていない。備え付けの(バリスタ)は焼かれてしまったが、船体は形を残し、梁も残っていた。甲板に残っていた俺たちにも電撃のブレスは襲いかかるが、焼き焦げるのはただ周囲のみで電気に耐性を得た目標たちはどこ吹く風とブレスを受け流した。

 

―――“精神結合(テレパシック・ボンド)

―――“空中歩行(エア・ウォーク)

―――“石の皮膚(ストーン・スキン)

―――“技能共有(シェア・タレンツ)

 

 第一波を凌いだ冒険者たちが甲板に戻ってきた。各々弓矢や投げ槍、聖水を持ち寄って、次に近づいた時こそ手痛い攻撃を与えんと待ち構えている。気の早いものには既に矢を射っている者もいるが、例え“アンデッド殺し(ベイン)”の魔法の矢を用いようとも、持ち主の腕が未熟では朽ちた竜の鱗を貫けるはずもない。

 

―――“複数・下級高速治癒(マス・レッサー・ヴィゴー)

―――“長時間化・即効加速(パーシステント・スウィフト・ヘイスト)

―――“小雪の歌(スノーソング)

―――“内なる美(イナー・ビューティ)

 

 優雅に……こちらとしては恐ろしげに上空を回遊していたドラコリッチが再び、こちらに頭を向ける。そろそろブレスの再充填が終わったようだ。二度目のブレスを直撃されては、そもそも船体が保ちそうにない。俺は出発を促し、目線をアヴェクスに送る。船の後部甲板を海鳥に化けた彼がひらりと舞い、変身を解いてその巨体を現す。突如 船の脇に現れた巨影に驚く冒険者だが、彼らが行動を起こす前にマーミアはその黄色がかった美しい緑のドラゴン・アヴェクスの首元に飛び乗り、発進をお願いする。

 

「マーミア、行きます!」

 

 彼女らが舞い上がる直前、俺は一本の杖を引き抜いてアヴェクスの手に放り投げる。この時に手渡すのは“大治癒(ヒール)”と“上級・魔法解呪(グレーター・ディスペル・マジック)”の魔法が込められていると伝えているから、彼なら作戦通り、的確に使ってくれるだろう。去り際に杖を受け取ったアヴェクスは俺に頷き、上空へ飛翔する。

 丁度同じ頃に、急降下するドラコリッチの正面を遮るように彼女らは対決する。ここで初めて、ドラコリッチのその禍々しい形相をしかと見ることになった。黒く腐食した青色の鱗は、ところどころ朽ちて骨格を見せてはいるが、しかし骨のみが残る巨大な翼も含めて崩れることなく生にしがみつく姿は、おぞましいリッチと恐るべきドラゴンという二つの恐怖の象徴を体現している。その瞳は目にしたものを凍りつかせる麻痺の凝視を持つが、生来の麻痺耐性を持つドラゴンのアヴェクスと、“移動を妨げぬ自由(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)”の指輪で守られているマーミアに効くことはない。

 奴――ドラコリッチは、先のブレスを受け流した姿を見ていたのか、電撃のブレスを放つことはなかった。アヴェクスも同様、効かぬと分かっていてブレスを放つことはない。降下するドラコリッチと、上昇するアヴェクスが交差し、互いにその首元に牙を食いちぎりあった。

 攻撃は互いに有効打を与え、相手の鱗を千切りあった。受けたダメージはアヴェクスの方が大きい。これはドラコリッチ化による肉体強化、そして元となったブルードラゴンが老竜(オールド・ドラゴン)(対するアヴェクスは熟成竜(マチュア・アダルト・ドラゴン))なための約200歳差分の年齢からなるステータス差だ。

 悪竜と善竜、ドラゴン同士の戦いの初撃はドラコリッチ優位だ。奴は目元をニヤつかせるが、しかし奴は肝心な相手を忘れていた。彼、アヴェクスをここまで導いた人間の片割れの存在を。

 故にすれ違いの寸前、その太陽の如き片手半剣(バスタードソード)が鞘から引き抜かれる瞬間を奴は見逃した。そしてライバルたるブロンズドラゴンの牙以上に致命的な攻撃を奴は許してしまった。

 首元に噛み付き、絶好の位置に頭を下げたドラコリッチへ彼女は一閃。“加速(ヘイスト)”を受けた肉体は返しの一閃、計二撃を奴に与える。ドラゴンの牙よりも細い剣は、しかしまばゆき光を発し、ドラコリッチの肉体をよろめかせるほどの二つの爆発を起こす。痛覚は無いはずのドラコリッチは、まるで苦痛を感じたように顔を歪めたった今交差したドラゴンに乗る、恐るべきダメージを与えた者の正体を仰ぎ見る。それは単なる素朴な少女、しかし眩き光を放つ太陽の剣(サンブレード)を携える魅力溢れる戦乙女であった。

 

『オォ……、オオ!! 忌マワシイ光ノ神メ、使徒ヲ遺ワシタカ!』

『それは異なる。この者は光の勇者に非ず、善き心を持つ純真な戦士、闇に描かれた可憐な光の乙女。

 朽ちた竜ドラコリッチ、汝は祝福さえ持たぬ彼女によって滅ぼされるのだ』

 

 ドラコリッチは、今先ほど襲わんとした船のことなど忘れたかのように善なるドラゴンとそれを駆る女戦士に分かりやすいほど憎しみを募らせ、矛先を変えた。戦場の戦士たちは先ほどの急降下、そして凝視にやられて恐怖と麻痺で殆ど動けなくなっており、彼・彼女らの戦いを邪魔するものはいなかった。

 ドラコリッチはアンデッドを害するサンブレードを恐れ、近づこうとせず遠くから魔法を紡いだ。火球の魔法が二人に着弾するが、しかしマーミアは無傷。アヴェクスは年経たドラゴンが持つ呪文への抵抗力によって、魔法の干渉を防いでいた。ドラコリッチ(ドラゴン)は年齢と共に秘術術者能力を得るとはいえ、それは強さの割に人間やその他種族が特化した専門家魔術師ほどのものではない。ドラゴン同士の魔法戦は不毛になり、結局ケリをつけるのはドラゴンブレスと爪と牙だ。

 ドラコリッチは唸り、勝算があると見るや円を描くようにアヴェクスたちへ接近する。そして一定の距離に近づいたと見るや、呪文を紡ぎ、彼女たちにふりかけようとする。詠唱の文句、手振りから察するにあれは“魔法解呪(ディスペル・マジック)”だ。マーミアが多数の魔法を受けていたことを思い出して、まずは当てられなくしようと無力化を狙ったらしい。

 それは尤も俺たちが恐れていたこと―――故に対策も出来ている。アヴェクスがその腕に持つ杖を一振りすると、ドラコリッチの詠唱が止まった。何事かと再びドラコリッチが文句を唱えるが、やはりアヴェクスが一振りするだけでその詠唱は止まる。アヴェクスが行っているのは、呪文相殺(カウンタースペル)―――出来かけの呪文に、全く同じ呪文(あるいは対応した真逆効果を持つ呪文)もしくはディスペル・マジックを当てることで、魔法を完成前に潰して無効化する技術である。通常なら相殺は確実ではないが、俺が彼に渡した(スタッフ)には最高位の魔術師(ウィザード)が作り上げたに等しい、強い魔力が込められたディスペル・マジックの魔法が宿っている。そのため、生半可な術者並のドラコリッチの呪文は、それが完成する前に容易く打ち消されているのだ。

 そうしてドラコリッチは二度打ち消されたことで諦めた。ならば殴り合いに備えて、己の防御を強化しようと“(シールド)”の呪文を唱えようと……したところでやはりアヴェクスに打ち消される。長射程の“火球(ファイアーボール)”の時は止められなかったが、解呪のために中距離まで近寄ったことで逆にアヴェクスの解呪……呪文相殺が届く距離になったのだ。

 ドラコリッチは慌てて距離を取ろうとしても、もう遅い。飛行速度はドラコリッチもアヴェクスも同じ程度、しかし“意気高揚(イレイション)”魔法の僅かな速度向上により徐々に彼我の距離は近づいていた。そして十分な距離まで近づいたと見るや、一度高度を取り、そこから急降下。アヴェクスはドラコリッチに向かって突撃を仕掛けたのだ!

 最初の突撃と違うのは、ドラコリッチは立ち向かうのでなく逃げようとしていること。そして、もはや逃げるのは間に合わない距離であることだ。アヴェクスはドラコリッチに、その腐臭をこらえて深々と牙と爪を突き刺した。ドラコリッチはアヴェクスの肉体を引っ掻いて、痛みで振り払おうとするがアヴェクスの爪肉は逃がすものかとガッシリ食い込んでおり、離す素振りを見せない。しかも空中で組み付いたものだから、もはや骨しかない翼ではなく超常的な力で飛んでいるドラコリッチでも自分より少し小さいくらいのドラゴン二体分の体重は支えきれず、じわじわと降下していく。水面まであまり距離はないが、しかしそこには彼らが落ちるよりも早くケリをつけられるだけの強敵がいた。

 善竜を駆る戦乙女は既に二本目のサンブレードを抜いており、相手が身動き取れず至近距離にいて、必殺の連打を叩き込めるような好機を待っていた。そして今がその時である。その両手に装着した“二刀流の手袋(グローヴズofザ・バランスド・ハンド)”によって一瞬に三連斬が繰り出された。当然、たった二撃で(既に命はないが)致命傷を負ったドラコリッチである。三撃も叩き込まれてしまえば、もはや耐えきれるわけもあるない。

 首元に叩き込まれた太陽剣の軌跡、その燐光に全身が飲み込まれ、やがて白い爆発を伴う。その光に彼女たちも巻き込まれるも、それが生きたものを害すことはなく、彼女たちは少し落下したがすぐさまホバリングし、勝者たる黄緑色の竜と美しい少女のみが海上の空に残った。ドラコリッチの肉体は滅ぼされたのだ。

 

 




「特定の武器」は解説に記された強化ボーナスや特殊能力を持つ武器であるとして、そこに強化ボーナスを更に強化したり、特殊能力を追加出来るものと裁定しています。


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対朽ちた竜と真のボス 後半

 

 ドラコリッチは滅ぼされたと言ったな、すまんありゃ嘘だ。

 ドラコリッチはリッチの名に違わず、経箱(フィラクタリ)と呼ばれる魂の容器を作成しているため、そちらを破壊せぬ限り完全に滅びることはない。リッチと違い、ドラコリッチは経箱の周囲にある竜に属する死体を乗っ取り、仮の肉体を得ることで高速で復活するが、仮の肉体から完全なドラコリッチに戻るには数日かかる。それを逆手に取って、“念視(スクライイング)”や占術魔法を駆使してこれから本体、そして経箱の位置を捜索し、邪悪の巣窟を駆逐しなければならない。

 一度ドラコリッチと出会ったことで、念視を確実にするのに十分な面識を得た。切りつけたことで剣についた奴の汚れた血が更に縁となって念視の成功を高める。

 

『契約は果たした。しかし死竜は未だ滅びきっておらぬ。これより後の役目は、汝らに委ねられた』

「はい、アヴェクス様。力を貸してくださり、ありがとうございました。これからは私たちが決着をつけます。安心してお任せください」

『大いなる邪悪との対決は、元より英雄が倒すべき相手。

 誇るがいい、英雄とは才覚によってのみ決められず、汝はその善き心によって英雄となる。

 今後もその心を忘れるな』

 

 着陸時、アヴェクスの威光に恐れて近づけない他のクルーたちが駆け寄る前にマーミアから奴の肉体を斬った二本のサンブレードを受け取った。死体とはいえ、恐らく元は奴のオリジナルの肉体だったろう死体の血がべっとりと付着しており、念視成功率を高める触媒には十分使用可能だろう。

 

(“我は限りある望みを(リミテッド・ウィッシュ)”―――この血の主、ドラコリッチの意思を衰えよ。

 重ねて“我は望む(ウィッシュ)”―――この血の主、ドラコリッチを“位置同定(ディサーン・ロケーション)”せよ)

 

 俺はクルーたちが気を取り直す前に姿を隠し、船倉でこっそりと念視を始めた。思っていた通り、ドラコリッチは既にねぐらと思しき沢山の骨、金貨が転がる中で一体のやや小さめのドラゴンの死体――それでも人間よりは大きいが――に憑依することで、再生していた。その場所は北方大陸南東、竜の島寄りにある荒野の地下洞窟だ。光景・場所を記憶したことで“瞬間移動(テレポート)”の条件は満たした。あとはマーミアの準備さえ整えば、いつでも移動可能だ。

 

「お嬢、いいや竜を駆る戦乙女(ヴァルキリー)の誕生だ!俺たちは伝説に出くわしたぞ!」

「よもや闇の神殿が紹介なされた戦士様が、青銅竜と盟約を結んだ英雄とは……お恐れしました」

「いえ、私はまだそれほど囃される身ではありません……ドラコリッチは、その死なずの竜の伝承通り、肉体を倒しただけでは滅びません。ここまで船旅を共にした皆さんには申し訳ありませんが、私たちはこれからドラコリッチを倒す旅に出なければなりません。私たちはここでお別れですが、どうか皆さんもこの航海を無事果たしてください」

 

 さて、うちの可愛いメイドは戦乙女と呼ばれるほどクルーたちに囲われ、今にも胴上げされかねないほどに喝采を浴びていた。そんな中に割り込むのは少々難しく、彼女に目配せすると向こうからやってきてくれた。

 

「“お嬢様”、準備が整いました。ドラコリッチのねぐらはしかと見つけましたぞ。

 奴が完全に復活を遂げる前にすぐにでも向かわねばなりません、皆には別れを告げてください」

「……ご主人様ったら、んもう。

 ごほん。皆さん、それでは私たちは行きます。次に会う時はお互い、無事に中央大陸へ戻った時になるでしょう。

 では、さようなら!」

 

 別れを惜しむ声を背に受けながら、俺たちはいざドラコリッチに挑むべくテレポートで飛んだ。

 我が家に。

 

---

 

 閉店した飯屋を買い取った一階フロアにテレポートしたことに気づいたマーミアは、ポカンと口を開けて俺に問た。

 

「はれ?

 ……なんでですかご主人様、皆の期待を受けてやる気満タンでしたのに。

 ドラコリッチ退治にいきましょうよ!」

「勿論行くが、なにも船の上から直接行く必要はないだろう。ドラコリッチはやがて完全体になるといっても、それは一時間や二時間そこらではなく、数日かかる。しかしドラコリッチは肉体を失って弱っていても、巣の守りはいまだ万全だ。

 そこへオルクスがドラコリッチの巣にデーモンやアンデッド、その他悪の種族を貸し出していてもおかしくはない」

 

 ドラコリッチは周囲の竜に連なる種族の肉体を無差別に乗っ取ろうとする。意思の強い竜ならば弾き返せるとはいえ、身体を乗っ取られかねないのに好んで棲むドラゴンは滅多にいないだろう。

 仮の肉体の間、ドラコリッチは呪文能力、ドラゴンブレス、その他多くの肉体能力は失われて仮の姿そのままになる。その間もはやドラコリッチは強敵とはならないが、それ以外の敵が待ち受けている可能性を考えれば追加の準備無しで挑むのは危険すぎる。

 何より沢山の宝物が眠るだろう古竜級の主を倒しておいて、そのねぐらを探索しない冒険者はいない!

 

「対ドラコリッチから、探索装備に切り替えたら出発する。

 ところで大丈夫とは思うが、怪我はないな?」

「分かりました……傷はありません。

 気力は十分です、すぐにでも行きましょう!」

「元気がいいのはよろしい。でも、まずはその全身鎧(フルプレート)を脱ごうか」

「女の子に脱げなんて、えっちです」

「鎧裏に下着しか着けてないわけでもないだろう。留め具を外すのは手伝うから、はよ脱いでしまえ」

 

 騎乗戦用の竜皮(ドラゴンハイド)の全身鎧の代わりに、いつものミスラル胴当て鎧(ブレストプレート)を着込ませて、武器のサンブレードはそのままに、使わなかった矢弾を対アンデッド特化から元素エネルギーマシマシのものに取り替える。

 

「服といえば、ゴテゴテした鎧なのに軽くて、こすれても肌を傷めないこのミスラルというのは素敵ですね。

 美味しいものばかり食べて、ご主人様にいじくられるのもヤですから今度アクセサリとか買ってみましょう」

「ミスラルは金の10倍価値で、しかも硬いおかげで加工が難しいから並大抵の工房では取り扱っていないぞ。

 そうだな……安くて白金(プラチナ)貨100枚。高いと500枚はかかるんじゃないか」

「ひええ、ワイヴァーン100体分でも買えないんですか。

 ……でも先日の緑竜さんたちから頂いたお宝で買えちゃうのは、ホント変な気分です」

 ※1000銅貨(Copper Piece)=100銀貨(Silver Piece)=10金貨(Gold Piece)=1白金貨(Platinum Piece)

 

 海岸地帯に出没するワイヴァーン1体にかけられた懸賞金は金貨30枚。彼女の言う通り100体狩っても買えない可能性はあるが、既に彼女は竜の島でワイヴァーンのねぐら、緑竜のねぐらから戴いた財宝を換金し、その4割、金貨1万枚を渡している。何百何千もの貨幣を持ち歩けるわけはなく、冒険者の嗜みとしてダイアモンドに換金したり幾らかを家に溜め込んでいはするが、その気になればポケットマネーからホイと出して買えるのが今の俺たちだ。(数ある宝石の中でダイヤモンドを選ぶ理由は、蘇生や回復魔法の触媒としてダイヤモンド粉末が頻繁に用いられるため、有事にはすり潰して消費出来ること、また高価ながら冒険者間でも手軽に売買出来るため)

 

「しかし装飾には詳しくないが、高価なアクセサリで飾ればいいものではないだろう」

「女は美しくなるために見てもらうのでなく、男に声をかけてほしいから着飾るんです」

「それなら、気に入ったものがあれば俺が金を出そう」

「……その答えがほしかったわけではないのですが」

 

 彼女には悪いが、ドラコリッチのねぐらに何が待ち受けているかを考えるのに忙しく、真面目なやり取りをする暇はなかった。予想される脅威はデーモンにアンデッド、その他悪の種族に罠。

 アンデッドは毒、病気、麻痺および精神作用をかけてくるものが多いが、それらは普段から対策に使用しているものが多く、ドラコリッチと同様に対処して良いだろう。吸血鬼(ヴァンパイア)など錬金術銀(アルケミスト・シルヴァー)製以外の武器に耐性を持つモンスターもいるが、サンブレードはその耐性の上から十分ゴリ押せるだろう。なので問題はない。

 デーモンはドラゴンほどではないが高めの肉体性能と、疑似呪文(生来の魔法発動能力)などの技術的能力を持ち、多芸である。防御力はそれほどでもないが、しかし彼らデーモン(悪鬼)、デヴィル(悪魔)、そしてエンジェル(天使)たちは揃って特殊な武器を用いないと完全なダメージを与えられない性質を持つ。ゴリ押しも可能だが彼らは魔法や元素への高い抵抗力を有するため、有効にダメージを与えるなら対応した武器を用いるのが手っ取り早い。確かデーモンに有効なのは冷たい鉄(コールド・アイアン)……低温の炎でしか鍛えられず、扱いは難しいが魔法に対する高い抵抗力を持つ金属である。マーミアが持つサンブレードはデーモンにも部分的に有効なのでそのままに、どうしても冷たい鉄の武器が必要になれば俺が弓矢で対応する。

 その他の種族は……異形、人怪、魔獣、様々にいるがどれもこれも一癖二癖あるものだ。アンデッドのように状態異常、あるいは即死効果、石化効果を持つものもいるが対策はついでに出来ている。大半は体力・防御力が低いのでやられる前にやる方針が通用するだろう。

 

「今、着けました。言われたものも持ちました、準備はバッチシです」

「よし、なら今度こそ行くぞ。倒してもまた新たな仮の身体を得て復活するドラコリッチより、可能なら取り巻きを優先して倒す。ドラコリッチは何度か倒して、復活を確認したらその地点から奴の要、経箱(フィラクタリ)の位置を探し当てる。

 増援や周囲の危険は俺が処理する、その間の前衛はお前と……こいつに任せた」

「全部任せてください、私のお役目ですから!」

 

 数々の強化(バフ)魔法、そして一介の魔法のアイテムであり魔法のオーラを放つドラコリッチの経箱を探し当てるための“魔力視界(アーケイン・サイト)”を得る魔法をかけ、追加の前衛に鉄の人造人形ことアイアン・ゴーレムを招来(サモン)する。攻撃力は平均して同格、防御力はマーミアに負けるが魔法への抵抗力、体力では圧倒的に上。この世界のゴーレムは殆どの魔法を無効化する耐性を持っており、惑わされることもない非常に優秀な護衛である(ただし強化や回復も弾くデメリットでもある)。ちなみにこれから使用する“瞬間移動(テレポート)”はその殆どの魔法には含まれない。

 

「では行くぞ」

 

 俺は様々なパワーを宿した一本の魔法の杖を掲げ、彼女らに触れながら発動した。

 

---

 

 ドラコリッチは眠らないし、疲れない。しかしだから奴が常に周囲に対して気を張り詰めているわけもなく、直接ドラコリッチの居場所にテレポートした時に奴は現れたこちらへ全く反応していなかった。

 しかし落下地点は様々な骨――獣らしき頭蓋骨から人型をしたもの、角の生えたものまで――が転がるところに、ゴーレムともども二人と一体がドスンと降り立ったため即座にバキボキとけたたましい音が鳴り響く。テレポート発動直後で硬直している最中から、真っ先に動き出したのはマーミアだった。

 彼女は周囲にドラコリッチ背中の飛翔の翼(ウィングズ・オヴ・フライング)を広げ、30メートルほど離れたドラコリッチへ低空を走りながら突撃。恐らく若いレッド・ドラゴンのものと思われる大型ドラゴンの憑依死体は、一瞬で二対のサンブレードによって切り刻まれ、瞬時に灰と化した……獅子の力を宿したこと(ライオンズ・チャージの魔法)による、飛びかかりの術である(この世界の猫科は凄まじい瞬発力を有するのだ)。

 マーミアがドラコリッチを再び滅ぼしたのを見届けつつ、俺は杖に込められた“願い(ウィッシュ)”の力を発動する。

 

「“我は望む”――この地を広く(広範囲)聖域化(ハロウ)”にせよ」

 

“願い”の魔法により、本来発動にかかる時間過程を省略して起動されたハロウにより、ドラコリッチのねぐらに漂う不浄な気配が現れる。しかし広範囲化しても、一度の“聖域化”魔法では一部屋を満たすのがせいぜいで、ドラコリッチの復活を妨げるようなものではない。しかし“魔力視覚”を妨げる強い死霊術の気配を消し去り、経箱の位置を探し当てやすくする効果はあった。

 

「骨に埋もれる、死霊術の気配が4、5点……オーラの強さから、候補は3つに絞れるな」

 

 ドラコリッチの経箱は、強い死霊術の気配を発する。オーラは壁などで囲むことで遮蔽出来るが、骨に埋めただけで隠し通せるものではない。複数あるが恐らく、やつがかき集めたその他の魔法のアイテムと混じっているのだろう。どれが本物かは分からないが、推測はつけられる。

 

「ご主人様!」

「……ああ、そっちか!」

 

 ドラコリッチは倒されて約10秒後にまたも大型ドラゴンの死体を用いて復活した。だが奴も経箱に近づかれたことに焦ったのだろう、奴は数ある強い死霊術反応のうち、ある一つのすぐ近くで復活してしまった。その近辺に経箱らしきオーラは存在しない。あれが間違いなく本物だ。

 しかし同時に、音を聞きつけたのか空間の端にある空洞の先――恐らく出入り口の通路――から、何かが駆けつける騒音がする。早くも増援がやってきたようだ。

 

「マーミア、あそこだ!今度こそ奴を蹴散らして経箱を掘り当てるぞ!

 アイアン・ゴーレム、お前はあの入り口から来る奴を全て蹴散らせ!」

 

 俺の指示に従い、ゴーレムが骨の海をかき分けながら通路へ向かう。一方でマーミアは再び飛び上がり、ドラコリッチへ突進する。今度はドラコリッチも彼女に気づいているため、迎撃せんと牙を剥くが鎧と魔法で固く守られた彼女の肌に突き立てることは叶わない。奴の攻撃はただ表面を滑るだけで、懐に潜り込んだマーミアが二振りのサンブレードで再び灰を撒き散らすことになった。すぐさま俺も彼女のいる地点へ飛行し、死霊術のある地点の少し上空で浮遊する。

 

「流石に戦闘中では時間がない、面倒だ……マーミア、そこから離れろ!

 周辺の財宝は惜しいがまとめて一気に蹴散らす!」

 

 俺の指示を受けて飛び退ったマーミア。その同じ地点では既に再三、ドラコリッチが蘇生しようとしているのか竜らしき骨がカタカタと震え出している。このように経箱を壊さぬ限り、延々と竜の死体を滅ぼし続ける結末になろう。増援も来るし、待っている暇はない。

 俺は魔法の杖を持ち替えて、“威力強化・威力最大化・叫び(エンパワー・マキシマイズ・シャウト)”魔法を放つ。

 ゴオオンと、それだけで山崩れを起こしそうなくらい凄まじい爆音がドラコリッチのねぐらを揺らす。物体破壊に効果的で強力な音波の爆発を受けた、俺直下の地点にあった骨は欠片という欠片まで粉砕され、そこにある死霊術の反応は音の爆発によって霧散したかのように消失した。今まさに蘇生しようとしていたドラコリッチの死体は復活前にその音波の爆発に巻き込まれ、当然ひとたまりもなかった。

 

 そんな攻撃を放った俺自身、爆音の反動に少々耳をやられる。

 マーミアが何か言っているようだが聞こえない。手振りで耳を指差し、バッテンを切る。彼女が近づいてくるが、その間に周辺の様子を伺う。

 経箱と思わしき死霊術のオーラを放つものはぶち壊しにした後、ドラコリッチが現れなかった。もはや経箱らしきものは欠片も残らず骨粉に埋まっている状態だ。もはや目視で確認する術はない。

 あとで占術を用い、女神様に神託を問うのがベターだろう。神の視点ならば、ドラコリッチがどうなったかを突き止めることが可能だ。

 

「(ドラコリッチの復活の気配はない。恐らく、倒したと見ていいだろう。

  喜べマーミア、俺たちの勝ちだ)」

 

 お互い最後の一撃でまだ耳がやられているため多分届いてはいないが、親指を立てた手を上げてひらひらと喜ぶモーションを取る。マーミアもその意味をなんとなく分かってか、片方のサンブレードを仕舞って同じようなモーションを取る。

 

「(やりましたね、ご主人様!これで英雄になれますよ!)」

「(ははは、英雄になるのはお前だよ。俺はお前を支える裏方だよ、裏方)」

「(ドラコリッチに真の意味でトドメを刺したのはご主人様ですよ?

  だからご主人様が英雄を名乗るべきじゃないですか!)」

「(俺が臆病なのを知ってるだろう、きさま)

  ……いや待て。何かおかしいぞ」

 

 ようやく耳が治ってきたところでふとおかしな気配を捉える。正体を探そうとねぐらの入り口である通路の方を振り向けば、増援をせき止めていたはずのアイアンゴーレムの姿が見当たらない。ドラコリッチと戦っている間にもうやられた?馬鹿な、搦め手がろくに効かないゴーレム相手に瞬殺なんて、ドラコリッチ並の手練れじゃなければ通らないぞ。

 まさか二体目がいるのでは、と俺は不安に駆られながら通路先の様子を伺う。暗視のゴーグル(ゴーグル・オヴ・ナイト)がもたらす白黒の視界が、通路先からぬっと姿を現しだしたのを捉える。その姿はドラコリッチとは似ても似つかない、宙に浮いた―――

 

「不味いっ!」

「えっ?あの、ご主人様、何も見えなくなりました」

「鈴木土下座……じゃない、ビホルダーだ!」

 

 そいつが完全に通路からこちらに身を乗り出し、その姿を現した。そいつはまさに大きな口を持ち 浮遊する異形の肉塊で、先に目玉のついた数本の触手を生やしており、中央には巨大な眼球がついていて、そいつが俺たちを見た瞬間、暗視があるにも関わらず暗闇に包まれた。

 暗視で見通せない闇を作る能力?いいや違う、俺たちが暗視能力を失ったのだ!その証拠に、今まで身体を充足していた強化魔法の効果が消え去ったのを感じる。

 ビホルダーは魔法使い殺しとして有名な、中央の一つ目が魔力消失(アンティマジック)の視線をもたらす異形のクリーチャーだ。周囲の触手の先にある目玉からは、様々な光線を放って危害を加える。個体の強さは先日の緑竜ほどではないにせよ、レベルの高い怪物。その性質から魔法を使うクリーチャーに次いで俺の恐れるクリーチャー。そんな奴がドラコリッチと共存しているなんて嫌らしいにもほどがある。

 

「密集は不味い、俺と反対側に散らばれ!弓矢をつがえろ!」

 

 転びそうになりながらも、骨を散らかしてマーミアがいたのとは逆に進む。少し遅れてマーミアも骨をかき分ける音が鳴り響くと、暗闇だった視界が白黒を取り戻した。見れば、ビホルダーは通路の入り口からマーミア(とアイアンゴーレムがいる所)をずっと凝視しており、俺のことは重視していない。恐らく、招来中のアイアンゴーレムを消し続けるために入り口を離れることが出来ないのだろう。これはチャンスだ。

 

「……“我は願う(ウィッシュ)”、火のついている松明をここに!」

 

 魔法の杖を取り替えて、本来唱えるのに魂へ多くの経験(Exp)を積まないと発動することが出来ない最上級の“願い”の魔法を、たった松明一本を作り出すためだけに使用して明かりを供給する。薄暗い明かりだが白黒だった視界に彩りが与えられ、ビホルダーの異形の姿を映す。これによりマーミアもようやく相手の正体を捉えたことで、声を上げる。

 しかし俺が魔力消失の視線を外れたことで、ビホルダーは魔法の光線で攻撃出来るようになり、触手の目玉から様々な効果を持つ光線が次々と飛んでくる。生命を傷つける負のエネルギー、睡眠、鈍足、魅了、分解、即死……幸いにして威力は低く、厄介な状態異常も耐えきることが出来たが、防ぎきれないダメージが蓄積する。体力は大したことのない俺たちにはこの防げないダメージが致命的だ。

 

「こいつが敵ですね!覚悟しなさい、私のこの光る剣で……あれ?」

「そいつのでかい目に見られてると、魔法が機能しない!

 でもあいつは入り口のゴーレムを消し続ける必要がある、入り口から離れるんだ!

 

願い(ウィッシュ)よ”、“石の壁(ウォール・オヴ・ストーン)”を奴と俺との間に!」

 

 便利な“願い”の魔法を何度も使いまわして、今度はビホルダーとの間に石壁を生成する。解呪(ディスペル)魔力消失空間(アンティマジック・フィールド)対策の抜け穴として、非魔法の物体や効果は打ち消されないし、また勇者たちの神器のようなアーティファクトの効果を抑制することも出来ない。そしてウォール・オヴ・ストーンの魔法は前者であり、この魔法で作られた石の壁は魔法で生成された後は独立して存在するため、魔力消失の効果で消されることがないのだ。……しかし一方で術者が魔法の持続を中断して、消すことも出来ないのが欠点。

 

 さて、ビホルダーは一瞬マーミアから視界を外したようだが、(恐らく石の壁が消せないと確認して)またマーミアに視線を戻したようだ。魔法が復活したことで意気揚々と飛び上がったマーミアがその瞬間に光線多数を撃たれ、そして再び骨の海に墜落したのを確認。マーミアも壁の裏に呼び寄せたいが、そうするとビホルダーは今度は入り口を見ながらねぐらの奥に移動し、俺たちを視界の中に入れようとすると予想される。今の状態から、一気にビホルダーを殲滅するのが最適だ。実のところ、冷静になってしまえば大した敵ではないのだから。

 俺はまだマーミアに視界が行っていることを確認の上で、魔法の杖を取り替えて石の壁の隙間から顔を出し、ビホルダーがマーミアを見ている隙に最大級の魔法を放つ。ビホルダーは魔法に対して特に耐性を持たないし、ドラコリッチどころかあのグリーンドラゴンと比べてすら見劣りする体力しか持たない。そのため、こうして分散して大目玉の視界を逃れた人が光線を耐えしのぎ、魔法非魔法に関わらず強力な飛び道具を放ってやれば簡単に倒されるのだ。

 四発の流星群(メテオ・スウォーム)がビホルダーに直撃する。突然飛来する魔法に対して視線をやるほど奴は敏捷でなく、全弾直撃を受けてあっけなく沈んだ。焼け焦げた肉と眼球がぐずぐずと骨に突っ伏し、再三視界を取り戻したマーミアが姿勢を取り直す。アイアンゴーレムが再び現れた。

 

「結局、何だったんですか今のモンスターは。魔法がついたり消えたり、と思えば何か飛んできてすごく痛かったり、大変でした」

「ビホルダーだ。異形の怪物、大きな目玉で見るものの魔力を消し去る俺たちの天敵だよ。

 ドラコリッチとは相性が良くも悪くもないのに、まさかあんなのが同棲してるなんてな……」

 

 マーミアはふわりと浮かび上がって俺の方にやってきて、苦情を訴える。ビホルダーは実のところ触手目玉の光線が主体で、魔力消失させた相手に対する攻撃手段が少ないので、ドラゴン同様に飛び道具を調達し、地の不利を克服すればあっけなく倒せる相手でもある。その嫌がらせにうんざりする相手には違いないが。

 

 ドラコリッチ以上に苦労を強いられる相手を退けて、ようやく落ち着いて探索出来る。とマーミアに笑いかけて戦利品の捜索を始めようか、と言い始めた瞬間。

 部屋の出入り口から骨を踏み潰してガシャンガシャンとアイアンゴーレムが通路の奥へ進む音が聞こえた。そういえば抑制される前に出した命令は、「入り口を通ろうとする敵を蹴散らせ」のままだった。

 俺はゴーレムを呼び戻すため声をかけようとするが、その前に突然ゴーレムの騒音が止まった。足を止めたわけでも、戦っているわけでもない。

 音が止まったという、先ほどのデジャヴュを思わせる状況に俺とマーミアは顔を見合わせる。

 またかと。

 

「……一旦帰ろうか」

「私はご主人様に従います」

 

 姿を見ていなくても、どうせビホルダーなんだろうという嫌な思いに駆られ、俺たちはドラコリッチのねぐらをテレポートで後にし、お家に帰った。何にせよ、ドラコリッチを滅ぼすという本来の目的は達成したのだから。

 

 余談、その後ドラコリッチのねぐらの空間を魔法で監視したところ、複数体のビホルダーが財宝を回収しにやってきたのであの時点で帰ったのは正解だったようだ―――ドラコリッチの巣、改めビホルダーたちのハイヴなど悪夢、財宝があると知ってても二度と踏み込みたくもない。ああいうのこそ、各員アーティファクトを取り揃えている勇者たちに任せればいいのだ。

 




お金には余裕があるなら無理に危険は冒さない、遊興冒険者。ある種 冒険者失格。


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英雄になる話とこれからの進展した話

RPGな展開が終わり、ようやくイチャイチャしたえっちな話が挟めました。
もう少し量を書いたら、このシリーズを単体の小説として分離する予定です。


―――嵐と共に船に襲いかかった恐るべき死した竜が、再び雷撃の吐息をぶつけようとしたその時!

 雷雨の彼方より青銅竜がドラコリッチの体に爪をつきたてたのだ!

 

 たまらずドラコリッチは逃げ出し、雷雨の中に紛れ込む。

 それを見届けた青銅竜は、恐れおののく船員たちにこう告げた。

「同胞を助けるべく勇気を振り絞った人間たちよ、神は汝らに報いるべく一人の英雄を遣わした。

 見よ、今まさに神の加護ぞある!」

 

 ドラゴンの声かけに応じて、唯一ドラコリッチに恐れなかった一人の少女が進み出た。

 少女がドラゴンの目の前で懐刀を抜き放つと、小さなダガーは光の柱を立ち上らせた!

 すると突如嵐が止み、雲が吹き散らされ晴れ間が広がり、豪雨に紛れるドラコリッチの姿が照らし出された!

 

 そう、風の神は信者たちの勇気ある行いを見て、善なる竜騎士の少女を遺わしていたのだ!

 

---

 

「という英雄譚が、とうに巷で口々に語り継がれております。

 特に人気のある説話では、竜騎士の少女は勇者を導く竜の巫女であり、空飛ぶ邪龍である魔王オーカスを倒すために神が遺わした説が付け足されておりますね。巫女がドラコリッチを討伐せしめたのは、数ある竜の中で我こそ勇者にふさわしいとブロンズ・ドラゴンが名乗り出るために功績を立てたのだと。あるいは、巫女はブロンズ・ドラゴンの化身そのものだったという説もありました。

 いずれにしても人々の間では当人、当竜たちをさしおいて巫女は勇者を引き立てるために竜を連れてきた説話が意図的に流行されておりますわ。流石は世界を縦横無尽に駆ける風の神殿、二日三日で(うた)を広めるのもお手の物」

「うう、勇者様の口からそれを語られると、恥ずかしいです……私は勇者様ほど立派な英雄でもなく、ただご主人様のお役に立ちたいだけのメイドですから」

 

 死竜ドラコリッチを滅ぼす功績を成し遂げた翌日、俺はキャラヴェル船の彼らが戻ってくるよりもずっと早く、闇の神殿にマーミアという正義の心を宿した勇敢な少女が死竜討伐を成し遂げた、その功績は神殿騎士たる俺が見届けたと伝え、彼女の功績を神殿内に広める。彼女を後押しする時に神殿騎士名義を使ったので、俺はかつてこの名誉をくださった闇の大神殿の神殿長に連絡を取り、書状をしたためてもらうなど相談して、決して他の誰かに偽られたり栄誉を奪われることがないよう彼女の功績をより確かに保証してもらった。後は噂が広まり切るのを時間を待つだけ、と。

 そう思っていたが、周りの動きは予想以上に早かった。ドラコリッチ討伐から三日後、闇の勇者―――でなく今日はプライベートの我が血を分けた妹が料亭の我が家にやってきて、前述の詩を語ったのだ。風の神殿は盗賊(ローグ)吟遊詩人(バード)など技術技能に長ける信者の多い宗派だけに、キャラヴェル船の仲間が本殿に速達を送り、それを信者たちが詩に仕上げて一晩で広めたのだろう。もう少し遅れれば、耳の早いどこぞの誰かに功績を奪われる可能性は十分にあった。

 

「私の存じている『メイド』とはいささか役目が異なりますが、マーミア様が英雄になられたのはお兄様の願いに叶っておりますよ。私人としての言葉になりますが、あなたは英雄として勇者に負けずとも劣らない見事な功績を成し遂げたとお兄様の妹たるこの私が保証します」

「私は勇者様に様付けされるような偉い人じゃないので勘弁してくださいます!」

「いいえ、巨大な竜のドラコリッチを倒したことは勇者でも難しいことと断言出来ます。

 それを成し遂げた貴方が英雄を否定するのは、英雄の格を下げることになります。それはつまり貴方を英雄にした、影の英雄たるあなたの主人、私のお兄様を貶めることに連なり、よろしくありません。

 今日はプライベートではありますが、私はこの道の先達として貴方の態度に口出し、指導させていただきます」

 

 さて、妹はドラコリッチが倒されたことを詩で耳にして、俺たちがお願いを果たしたと察しやってきたようだ。彼女はお願いを遂げてくれたお礼から、ドラコリッチ討伐の英雄となったうちのメイドをより英雄らしく矯正を手伝ってくれている。マーミアは大半が俺の力で英雄となったから謙遜する気持ちを持っているが、その心が顔に現れてとても竜騎士や英雄には見えなくなっている。しかし南の大陸で土の聖域を占領していた数々のデーモンたちを退けた功績を持つ闇の勇者は、口だけの俺より実感を持って英雄らしさを教えるだろう。

 

「多くの英雄は生まれた時から英雄ではありません。人ならば、どんな英雄にも育ち、力を鍛える時間がありました。

 祝福を受けた勇者でさえ、旅立ちを始めた時はとても魔王に叶う実力は持ちません。大陸を巡り、試練を経て更なる祝福を受けることでようやく倒せるだけの実力が身につくのです。

 そしてまた英雄や勇者と語られる者たちも、全員が全員戦うことで栄誉を得たわけではないのです……闇の神器の恩恵はご存知ですね。そう、剣、槍、杖、弓、斧と六人の勇者が武器を携える中で唯一武器ではありません。無害ではありませんが、これで凶悪なモンスターを討ち果たすことは決して出来ません。しかし代々これを用いる闇の勇者が偉大に語られるのは何故か。それは恐ろしいモンスターを討ち果たす勇者と共に脅威の前に立ちはだかり、目覚ましい助力を果たすだけで十分賞賛に値すると人々が認めた結果なのです。

 それを思えば、たとえアイテム頼りであろうと、ドラコリッチに怯えず善竜と共に彼を退け、その核たる経箱を破壊して完全に滅ぼしてのけた。マーミア様が何と思おうと、それは人々にとって英雄に値する行いなのです。民衆は、巨大なドラコリッチを前にして怯えずにはいられません。また善のドラゴンにたやすく背を許されることもありません。何より、その他の多くの人々が生きる街中でお兄様に出会い、助力を得た時の運もまた、他の人々に与えられなかったものの一つです」

 

 しかし、熱が入ると説教じみて話が長くなるのが彼女の欠点だ。うんざりする話の長さを、そのペースの上手さで補っているものの、まともに頭に入る内容ではない。それ故、マーミアの心にその言葉は完全には届いていないのだった。

 

「死を撒き散らすドラコリッチを避けなかった戦いへの姿勢、英雄と賞賛する人の声、善竜に背を許された誇り、お兄様の助けを得た幸運。それらを英雄でなければ持たず、得られぬものでしょう。マーミア様はその幸せと栄誉を受け入れてください」

「でも、私はご主人様の助力があってそれらを得たと思っています。ドラコリッチを倒す方法も、ブロンズ・ドラゴンとの交渉だって全て……」

「いや、それは違うなマーミア。確かに倒す方法を提案したし、青銅竜と交渉したのは俺だ。だが結局、ブロンズ・ドラゴンに背を許されなかった俺ではドラコリッチを倒すことはできなかっただろう。そして例えお前以外の誰かにそれらの役目を託そうとして、それが勇者たちが試練より戻り、ドラコリッチを倒すまでに間に合ったかは確実ではないだろう。だから背を許されたお前だけが、あの時 海域で確実にドラコリッチを倒し得たんだ。

 先の闇の勇者の例で言えば、確かに英雄を手助けした俺もまた英雄と語られるのかもしれないが、逆に言えばその助けを受けてドラコリッチを直接打倒したお前が英雄と語られずして、誰がドラコリッチ討伐の英雄となるんだ?」

「ドラコリッチを滅ぼしたのはご主人様でした。経箱を壊したご主人様がドラコリッチを倒した英雄となるのではありませんか」

「だってその瞬間は、第三者は誰も見なかったから語る奴がいないんだもの。そもそも、ドラコリッチを退けなければ、ドラコリッチを滅ぼすことはできなかった。それはそれでドラコリッチを討伐し退けた英雄とは別に、ドラコリッチを滅ぼした英雄が存在するだけじゃないか。見てないので語られないけれど」

「でも、俗世を広く神様は監視しておられます。神様は借り物の力で為した私のことを英雄と認めないでしょう」

 

 だんだん俺をあげたいがために躍起になりつつあるうちのメイドだが、とうとう感情に任せて自爆する言葉を放った。

 

「いや、ここにはプライベート中とはいえ歴とした女神に認められ、祝福を受けた闇の勇者がいるわけだが」

「私事中ながら闇の女神の地上の代弁者たる私が貴方をドラコリッチ討伐の功績者に認めます。これで晴れてマーミア様は神公認の英雄となりました、おめでとうございます」

 

 それはプライベート中の勇者で言って良い言葉ではなかった。この上なく綺麗に返されて逆に凹まされるマーミア。

 

「うう、勇者様が私をいじめます……」

「いえ、思うに、マーミア様は英雄という名前に清き印象を抱きすぎでないかと。

 英雄だってパンを食べれば酒を飲み、金を持ち運ぶ人間です。貴方が英雄と仰りたいお兄様だって、臆病ですが欲張りな心を持つ人間。

 それに比べて、愛に生き、ちょっとの贅沢を知るマーミア様が力を偽ったくらいで、英雄でなくなることはありえないかと」

 

 神の祝福を受けし天然の英雄たる闇の勇者(プライベート)が、英雄について語る。神も他の英雄も彼女を英雄と認め、民衆と神殿たちも詩を通じて彼女が英雄と語っている。あと認めていないのは彼女自身くらいでは?

 

「と、いいますか。マーミア様に英雄になってもらいたいのは、お兄様の意思ですよね?

 あまり上下関係を強いるのは好ましくありませんが、お兄様をご主人様と仰ぐマーミア様がその意思に逆らうほど英雄になるのは嫌なのですか?」

「……そういうわけではありません。私はただ、ご主人様を差し置いて英雄になるのがすごく気まずいんです」

「それは確かにお兄様の悪いところなので、強く批難してあげましょう」

 

 うおい。ツッコミを入れたくもなるが、妹は俺の気持ちを知った上での発言なので怒ることは出来ない。

 

「でも、残念ながらお兄様のことを英雄にするには、お兄様を英雄と協賛する人、あるいは功績の目撃者が足りません。今回は諦めて、マーミア様が英雄になった後で次回こそ先に根回しを済ませ、お兄様が栄誉を成し遂げたと民衆に語られるよう努力しましょうね。

 そうですよね、闇の神殿にすぐさま話をつけたり神殿長様に連絡するなど抜かりない手回しをなさったお兄様?」

 

 なんだかんだ色々あったが、度重なる俺のチキンハートに怒気を含んだ声で呼びかけてくる我が妹のおかげで、マーミアには自らが英雄であるという自覚を持たせることが出来た。これで近々どこぞの風の神殿か貴族か、ドラコリッチに被害を被っていた箇所からお呼ばれしても、彼女が謙遜して断ることはなくなったろう。

 

「ところで、あの、さっきから何度も私のことを様を付けて呼ぶのはやめていただけませんか」

「そうですね。マーミア様は今の時代に勇者よりも早くドラコリッチほどの脅威を倒して英雄となった方。功を比べるつもりはありませんが、勇者に負けず劣らずの賞賛を受ける相手と言えるでしょう。

 ですから今や勇者と並ぶ御方として、これからお互い、様を付ける代わりに名前で呼びあいたいのですがいかがでしょう」

「ええっ!?そんな、恐れ多い……」

「国を治める王様と魔王を倒す勇者、どちらが立派か比べられないように、民衆の剣である英雄と魔王を刺す矢の勇者の間で上下関係があるなんておかしな話でしょう?

 それに私、これまで勇者以外に公私ともに心を許せる相手が少なくて寂しいんです。だからどうか、気軽に話せるお友達になれませんか?」

 

 ただしこの後 うちのメイドとやりとりするもう一つの話次第では、違う流れを辿ることになりかねないけども。

 そうなると、お礼は返したと俺に言い残して、希少な友人が出来たことを喜びつつ帰った妹には申し訳ない結果になるかもしれない。

 

---

 

 マーミア手製の夕飯を二人で食べた後、俺は昼間の件に続いて大事な話があると切り出す。

 

「マーミア、俺とお前は今まで主と従の関係にあったけど、これを解消する。

 ドラコリッチを倒した英雄のお前は、金貨数百枚で買われ続ける存在じゃなくなってしまった」

「え……」

 

 突然、切り出す形になってしまった。初めは冗談ですよね?といった顔をしていたマーミアも、俺の真面目な顔を見つめるうちに本気だと悟って、非常に動揺する。

 

「何故ですか、ご主人様。私、そうするために英雄になったんじゃないんですよ?

 私はご主人様が喜ぶから、望まれるように頑張って、望まれてなると決めたんです。

 力も運もご主人様にもらったものなのに、それを失った本当に薄っぺらいだけの英雄に、私はなりたくありません!」

「落ち着け。主従はやめると言ったが、繋がりを切るとは言ってない。

 ただ今の俺では、英雄の忠誠を受けるにはあまりに存在が軽すぎるんだ。

 名誉神殿騎士という位も闇の勇者の護衛の便宜、そのために兄妹だという理由で選ばれ戴いたものだから、位を獲得した経緯を軽々しく口にすることは出来ない。それだけで闇の神殿騎士の権威が下がるからな。

 というか、公的にはこれから俺とマーミアの関係は逆転する。英雄と、力ばかりの無名冒険者だ。

 だからこそ、俺とお前が関係を続けるには、一度ぶち壊して新しい関係を作らなくちゃならないんだ」

「やります。ご主人様が私のことを好きでいて、私がご主人のことを好きになっていられるならなんだっていいです」

 

「いいのか、まだ内容すら話していないんだぞ。

 それに、俺のことをご主人と呼ぶことは出来ないぞ。なんたって、これからは主従関係を逆転するんだからな」

「え?逆転……とは?まさか私が、ご主人をお金で買い取るのですか」

「まさか。俺は元より金はいらないが、力を託せ、信頼出来る……お互いに信頼しあう相手が欲しかった。

 マーミア、俺のことは信頼出来るだろうか」

「憎らしいあんちくしょうと思うこともありますが、私はご主人のことを愛してます」

「それは俺がお金で買われた主人だから、忠義を捧げてるつもりの言葉か」

「いいえ、お金のことは殆ど関係ありませんでした。いつでもお金は返せるけど、それでさよならされると私も悲しくなるからです。本心からの気持ちでした」

「その気持ちはこれから、お前が主人で、俺がその従者になっても変わらない?」

「……どうして私がご主人の主人になるのですか?」

「先も言ったが、今や無名の俺より英雄のお前が公的には偉く見える。

 でも実際は、その力は俺に借りた装備のおかげだし、それがなければ英雄にはなれないとお前は思っている。

 なら普通は忠義と微力を捧げ、御恩をもたらす主従関係の代わりに、英雄となる力を与え、信頼と庇護をもたらす主従関係になることで今後の全ては解決出来る」

「私は、例え名義だけでもご主人様の主人になることは出来ません。それほどのものを私は持っていません……」

「いいや、英雄となったお前は、俺のほしいものを全て手に入れているんだよ。

 俺がほしいのは贅沢とちょっとした名誉を果たしても、臆病な俺が目立つことないよう風除けになってくれ、信頼できる相手。

 それがあれば、相手が奴隷だろうと貴族だろうと王様だろうとエルフであっても、誰でもかまわない。

 要するにマーミア、お前が英雄で俺の主人となることで、それら小さな欲を全て満たしてくれるのよ。それにこれには別のメリットがある」

「な、なるほど……メリットってなんですか」

「金で買われて始まった、今までの関係は不純だった。

 しかしこれからはその不純な関係を改めて、お互いがお互いを共に支え合い、助け合って生きていく健全な関係を作りたい。

 だからマーミア、次の言葉をよく考えて答えてほしい。

 どうか俺に生涯を支えられる騎士になってくれませんか?」

 

 これが、俺がこれから生きる上で考えに考え、決めたプロポーズの言葉である。

 少し男らしさに欠ける、格好のつかない台詞になったが告白の意味が伝わるだけの体裁は整えた。

 彼女は少しキョトンとして、俺の言葉を何度か反芻してようやく告白に気づいたのか、顔を赤らめながら、ゆっくりと頷いた。

 

「驚きました。ご主人……いえ、あなたからこんなに積極的な言葉をかけてくれたのは初めてですね」

「性的な意味での積極性なら、前にも言ったことはあるが」

「あの時は恋人らしさの欠片もありません。発情した兎のごとき発言です。

 しかし今の言葉は、ごしゅ……私から求めないで、あなたから愛を語りかけてくれました。そういうことですよね」

「そういうことになる」

「では、あなたの告白にお答えします。

 喜んで、私はあなたの騎士になりましょう。

 あなたを愛し、守ることを誓います。だからあなたも、私のことを一生支えてください」

 

 マーミアは俺の両手を取り、二人の顔の前で手を握りしめ合うようにして俺の言葉を了承してくれた。

 告白は成立した。これより俺と彼女は生涯のパートナーであり、また騎士と従者の関係になった。

 臆病な従者は騎士に彼を脅かすものたちから守り、ハリボテの騎士は従者の力を借りて英雄たらんとする。互いに打ち解けあった二人の前に、恐れるものはもはや何も無い。

 俺たち二人が揃えば、もう何も怖くないのだ。これから二人で生み出す未来の可能性は考えきれず、その情熱が体にこもって熱くなる。

 

「なんか、今になってドキドキしてきました。ごしゅ……あなたも熱いです。恥ずかしいんですか?」

「うん、ちょっと俺も自分の言葉が恥ずかしくなっている。あまりにもベタすぎた、あれはないな」

「いえ、女の子は格好良い男性に可愛くされるのが大好きです。騎士様みたいで」

「これからの騎士はお前だろう」

「むう、そういうのは格好悪いです。私が騎士になっても、私にとってのあなたは私だけのご主人様で、騎士様ですよ。

 今までもこれからも、ずっとそうしていてください」

 

 今後の大事なお話を始めた当初の冷めた空気はどこへ行ったのかとばかりにお熱い関係となった俺と彼女。

 この熱はお互いを見てるだけで思い出して恥ずかしくなり、暫く冷めることがなく今日は二人で一緒のベッドに寝た。

 よくよく考えれば寝床を共にするなんてエッチだな、とベッドに入り込んだ後で気づいたけど、こうして手を握り合って向かい合っているとむしろそうしなきゃ逆に恥ずかしいように思えて、つい腕を寄せて抱きしめあうまでになってしまう。

 マーミアが俺に覆いかぶさるように、早い心臓の鼓動が伝わってくるまで密着した。でも、これでようやく顔が見えなくなったので、心が落ち着いて代わりに眠気が押し寄せてくる。潰されて寝苦しい感じはあったはずだけど、高揚感が麻酔となり、そういうのを全然感じないままいつの間にか眠ってしまっていた。

 

 

 翌朝、寝相を悪くした体の痛みで二人して冷静に戻り、恥ずかしさでほぼ無言のまま神殿からの知らせが来るまで半日を過ごした。

 

 



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関係が逆転した話

投稿前にこのシリーズ(章)を整理して、作品中の先頭に移動しました。

またこの作品はライトに書くと決めており、小難しい話はなるべく避けております。政治や戸籍、税、通貨経済の話までやってらんない。


 俺とマーミアがより深い関係になった翌日に届いた話は、ドラコリッチの英雄の詩が最も被害を受けた中央大陸北方沿岸、ホライゾン伯爵の耳にまで届き、その功績を遂げた相手を探すために風の神殿から手がかりを辿って闇の神殿まで“竜の巫女”の調べが入ったという報告だ。特に口を閉ざしてもらう理由もなく、むしろ積極的に伝えてくれるようこちらから頼んだ。

 

 さてお呼び出しを受ける前に、英雄となった彼女へ少しお早いプレゼントを用意したので受け取ってもらう。

 

「これは、いつもと同じ鎧ですね。何か魔法を新調したのですか?」

「性能はいつも着けているミスラル製の胴当て鎧(チェイン・シャツ)と同じものだ。

 ただし、これは俺が取り出したものじゃない。女神様との契約外の、俺の力とは無縁に存在する一品だ」

「……ええっ!それって、金貨何万枚もするすごくお高いものじゃないんですか!?

 どうやって手に入れたんですか?」

「ちょっと多用は出来ない裏技を使って調達した。特に悪事を働いたわけではない。

 これと同じく、ドラコリッチに使った太陽剣(サン・ブレード)も改めて用意してある。

 いつもの鎧に、ドラコリッチを倒した剣はこれからお前の象徴になる。くれぐれも盗まれたり無くさないように」

 

 兎にも角にも“願い(ウィッシュ)”の魔法は強力すぎるほど便利なものだ。

 神の力の一部を直接振る舞ってもらう“奇跡(ミラクル)”の魔法同様、これら世界の法則を乱すこの魔法の濫用は固く禁じられている。かつて中央大陸西にあったとされる魔法帝国では、この魔法を濫用したために神の怒りに触れて滅ぼされ、亡国と化した上、さらに彼の地は神が信仰魔法の祈りを決して聞き入れぬ不毛の砂漠地帯になったとかなんだとか。

 なのでこの手法はこれきりにして以後、禁止とする。

 

 それはさておき、俺がチートで取り出したアイテムは、女神様との契約により俺が死んだ時全ての現存するそれらアイテムは消えることになってるが、この剣と鎧はチートで取り出したものではないため、死んでも残る。万が一俺が死んでも、残された彼女はその武具を使って生き延びることが出来るだろう。

 

「死ぬ気はないけど、そもそも死は不意に訪れるものだ。

 俺はお前が死んでも生き返すが、俺は自分を生き返すことは出来ないし、逆にお前が俺を生き返す方法も持たない。

 でもお前が生き残ってくれれば、いつか俺を生き返してくれるようと信じている」

 

 高レベルではドラコリッチ並、あるいはそれ以上のモンスターが現れてアイテムを破壊し、魔法を封じる奴が数多く現れるだろう。やがて死と蘇生すら戦闘中の状態異常の一種と見なす高レベルの戦いでは、この縛りはチートの大きな問題点となる。

 

「ごしゅ……あなた、分かりました」

「そういえば、お互いの呼び方、話し方も変えなければいけないな。

 

 なのでこれからは一人の英雄に仕える第一の従者として、私との会話を他人に見られても疑われないように言動を直そうと思います。

 マーミア様も、これからは主人と従者との間柄として相応の態度を取るようにお願いします」

「うわ」

 

 うわとはなんの驚きですか。

 

「ご主人が恭しい言葉を喋ってるの、なんか変な気分です」

「私だって、育った神殿に務めていた時は目上の人と接触し、会話することは何度もありました。これはその時に身に着けたものです。

 マーミア様も、くれぐれも私のことを人前で『ご主人』と呼び間違えることないようお願いします」

「では、なんとお呼びすべきでしょう。お名前で呼びましょうか?」

「いえ、名前で呼ぶのは別の事情があって避けていただきたい」

 

 女神の采配によって転生者丸出しとなった名前は、気づく人にはモロバレになる理由で呼ぶのをやめていただきたい。

 

「では、これからは『あなた』と呼ぶことにします。

 ……でもこれって貴族の奥方様が夫を呼ぶ声掛けみたいです」

「これから貴族に成り上がることも夢じゃない女性が言うと、現実味を帯びていますね」

「なら、あなたは招来の貴族の旦那様です」

「そういう立場は好きじゃないですね。そうしたら、私が人目を浴びる」

「やい臆病者」

「はいなんですか」

 

 気心を知られているからこその軽いジョークにふふっと笑い合う。

 

---

 

「では、関係も変わったところで住む場所を変えたいですね。このあたりはマーミア様のことを元メイドだと知っている人が多すぎます。

 今はまだ詩の人物がマーミア様と気づいてないにしても、いずれ英雄と親しくなりたい人物が多く訪れて、情報収集した彼らが私たちの過去を知るでしょう。そうなった時、過去の関係から力の源泉が私だと怪しまれてしまいます。

 それを避けるためにも、マーミア様と私の過去を知らないところへ引っ越したいのですよ」

「お引っ越しで経歴を隠すのですか。それに英雄なら、もう少し綺麗なお館に住んだ方がいいかもしれませんね」

 

 俺の都合が主ながらそれに加えてもう一つ理由はある。

 竜の島から飛来するワイヴァーン狩りもだいぶ慣れてしまい、奴らはすでに俺たちにとって格下である。ドラコリッチとの壮絶な戦い、それを乗り越えた経験値により中程度の冒険者に実力(レベル)が昇格した俺たちはそろそろ活動範囲を変えるべきだ。対ドラゴンの戦闘経験は相当に詰んだので、次は対人(もしくは対亜人)を学びたいところ。目処をつけた先は中央大陸東方南部のジャングルかその真逆、中央大陸西方北部の大森林の二ヶ所。

 しかし冒険先と転居先を合わせる必要はない。

 

「そうですね。館を買うのなら騎士への叙任、ないし叙爵を受けた立場を活かしたくもなりますが、そうすると聖王国に近い、大陸中央に住むことになります。

 しかし王都のある中央南は私たちの出身が近いので、経歴を伏せるために中央北が良いかと。現在、魔王の影響で中央大陸北岸では飯の種に困りませんからね」

「王国ですか……今朝のお手紙に書いてあった、私たちを探してる貴族ってどこのどなたでしたか?」

「ホライゾン伯爵です。聖王国のたった七人の公爵のうち一人、聖王国の北岸を治めるホライゾン公爵の血筋、その分家の方ですね」

「伯爵、公爵……あの。そのホライゾンさんって伯爵と公爵、どっちなんですか?」

「いえ、ホライゾン公爵はホライゾン伯爵と別人です。

 私たちを手紙でお探ししているのがホライゾン伯爵で、その人の従兄弟か又従兄弟か……詳しいところは分かりませんが、より偉いのがホライゾン“公爵”ですね。

 聖王国の貴族には上から公爵、伯爵、子爵、男爵とありまして、ホライゾン家を含めて『虹の七家』と呼ばれる七つの貴族の中で、最も正当な血筋を持つ方一人だけを公爵、そして七家の血筋を引いてますが公爵になれなかった家主が伯爵と呼ばれることを許されているのです」

 

 ところでこの聖王国の爵位制度は名前こそ西欧的ながら、実際は家の格付けを示す東洋的な意味での爵位である。そのため爵位の偉さが必ずしも土地の広さを示すものではない。

 

「ほへー。じゃあ、貴族の中で上から二番目に裕福で偉い人に探されてるんですね、私たち」

「はい、いいえ。偉さはその通り、ですが家の規模に限っては伯爵はそれほど大きなものではありません。

 伯爵が治める領地は、七家直系の公爵が持つ統治しきれない広大な領地の一部を借りているのです。実際は家臣のようなものですね。一方で七家の血筋を持たず、実力や功績、あるいは財力で貴族に成り上がった子爵や男爵たちは辺境に領地を持つこともあって裕福さでは伯爵を上回ることも多いのです。

 全ての伯爵と子爵、男爵がそうとは言いませんが、偉いほどより裕福とは限らないと否定します」

「ええ、じゃあ伯爵のお嫁さんになった人は幸せにはなれないのでしょうか」

「庶民から見たら十分裕福なので、幸せにはなるんじゃないですかね……」

 

 一区切りついたところで話を戻す。

 

「ところで叙爵の話ですが、あまり期待しない方がよろしいかと。

 貴族の話をしておいてなんですが、マーミア様の性格は社交界とは合わないでしょうから」

「あなたのためなら私は貴族になっても頑張ります。頑張れます」

「いや、社交界では口の上手さが必要になりますが、マーミア様の喋りはとても貴族の水準に達しているとは言えませんから……。

 それに、こと社交界では俺は全く手を貸せないんですよ。戦いとは別の意味で相性が悪すぎて」

「何故ですか?」

「社交界の舞台、パーティ会場にはドレスコードが付きものなんですよ。

 魔法のアイテムの多くは一見変てこな飾りなので、実用性よりも見た目を選ばなきゃいけませんから。

 そもそも魔法のオーラを放つだけで締め出されることだってあるんですよ」

「……実に詳しいんですね。行ったことあるのですか?」

「神殿にいた頃、神殿長の付き添いで一、二度だけ。

 着けていた指輪は取り上げられかけ、かけていた魔法も警護の魔術師に感知され解かれました(ディスペル・マジック)

 

 嫌な経験を思い出し、はぁと少し溜息をつく。

 

「そのようなこともあり、苦手な場なので過度の助力は期待しないでください。

 貴族の中にも私たちと同じく、社交界が苦手ですが貴族の関係を保つためパーティに出る人は少なからずいますから、早いうちにそういった方々と打ち解けることが望ましいのですが」

「やっぱり、私よりあなたが貴族になるべきだったのでは?」

「人の上に立ち、沢山の悪意を受ける立場に望んでなるなんて真っ平御免ですよ。暗殺されかねない」

「でも私にはなってもらうんですよね。臆病なことは分かっていても、流石に納得いきません」

「……」

 

 金の関係が解消された今、彼女が俺に借りているものは今までの恩義だけだ。戦士の経験を重ねたことも、英雄になったことも彼女がなりたくてなったものではない。

 

「恩は感じていますが、それでもあなたが私に沢山のことを押し付けている分、私もあなたに背負ってもらっても妥当と思います。貴族になるのが嫌なら、せめて私に近い場所で私のことをいつも守れるようにしてください。戦場でも、パーティでも、お家でも、どこでも私の隣にいてください」

「お風呂も一緒はまだ早いと思うな」

「そこまでは言ってません!あと茶化さないでください。

 とにかく……私は賢くないので、貴族がどんなに怖いのか分かりません。だからあなたが私のことを守ってください。

 私の優しさに(こた)えてください」

「そうだな……分かった。手段を考えておく」

 

 従者といっても、常に彼女の傍らにいることは出来ない。例えばパーティ会場ではただの従者の同伴は認められず、貴族かその付添(エスコート)しかいられないだろう。彼女が表彰される式典ではそもそも近づくことは不可能だ。貴族以外の立ち入りが許されない場所も幾つかある。そうしたところに俺が付き添うには同じ貴族になるか、あるいは別のアプローチが必要になるか。

 何にせよ彼女に善意を求めるなら、俺も善意によって動くのは彼女にとって当然だ。俺が期待に応えてくれなければ彼女も期待に応じることはないだろう。金や利益で動かない、善意で動く人間は良くも悪くも大変だ。

 

---

 

 引っ越しのために冒険者ギルド、それから懇意にする職人ギルドを訪れる。この世界に戸籍はないが、ギルドへの登録がそれを兼ねている。職人ギルドは、彼らは土地と建物を管理しており移住する際の売買もここで行う。それぞれに近く引っ越しをするため、場所を変更したり、家具ごと土地を買い取ってもらう手続きを済ませた。近々職人ギルドからは土地の査定が訪れるだろう。

 それらの帰りに冒険者ギルドの依頼ビルボードを覗くと、不人気そうな下働き仕事が隅に追いやられ、一枚の大きな広告が貼られていた。依頼ではない、この地で行われる催事の発表だ。『火神御前試合』……争い事を司る火の神殿主催の武闘会か。

 マーミアに舞踏会と偽って出させるのも面白いだろうか、とふと思うも彼女はそういうのに憧れる人ではないから冗談すら通じないだろう。特に興味はないなと一通り流し読んで帰ろうと思うが、賞のところで目が止まる。

 ――『優勝者は火の神殿騎士や東国いずこかの王族近衛へ取り立てる』の一文。

 これだ、と俺は幸運な巡り合わせに闇の女神へ感謝を捧げる。王国の貴族にならずとも、外の国の貴族になることで、パーティ会場に出席するだけの箔はつくだろう。余所者ということで王国の貴族では嫌われるだろうが、国が違うので彼らと利権を巡って争うことはなく、激しい敵意をぶつけられることはそうないだろう。問題があるとすれば従者の立場ではなくなること、また王国の貴族に他国の貴族が干渉すると、外交問題になりかねないことか。

 少し着地点を考える必要はあるが、悪くない案に思う。ひとまず登録だけは済ませておいても良いだろう。

 

「すみません、こちらの御前試合の手続きはどちらで行っていますか?」

 

 俺は冒険者ギルドの方に火の神殿で登録手続きをしていると聞き、その日にその足で登録に向かった。

 

 

 



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14_妹と今後を相談したり、貴族を訪問する話

早くモンスターをぶん殴る話か、もっとイチャイチャする話を書きたい。

8/25 15話予定だった部分を追加。次回は時間無視して書きたいとこを書きます。


「御前試合ですか、それならば風の試練から戻られる光の勇者様他、土の勇者、風の勇者も参加する予定です」

「なんだって」

 

 引っ越しの事前手続き、それから火の神殿で選手登録と登録料金の支払いを終えてから、昼間言い損ねたので魔法を使って妹に今後の予定を伝えたところ、彼女は二日連続で領事館を抜け出してやってきて、先述のことを告げた。ちなみに出場することについて、マーミアは引越し先の下見を頼む形で留守にさせており、まだ秘密にしている。

 

「勇者の前衛勢揃いじゃないか、腕試しならともかく勇者が揃って何を目的に。まさか魔王討伐後を考えて王族の近衛になる、なんてことじゃないよな」

「兄様にしては鈍いですね。いくら亜人に火神信者が多いと言っても、人間ばかりの勇者一団に手を貸すことは消極的なのですよ。いずれ北の大陸で魔王一団との決戦を挑むには、戦力はあって困りません。

 ですからこの御前試合に優勝することで彼らに決戦の協力を確約してもらおうと考えておりました。

 個人的にはお兄様にも頑張ってほしいとは思いますが、今回ばかりは勇者としての使命もあって手を回すことは出来ません」

「いや、そこまでしてもらうつもりで言ったわけじゃないが……」

 

 東国の貴族を目指すなら、どの国、どの部族を当たるべきか助言をもらおうとしたらこの仕打ちである。昨日は幸運をいただいたと思えば今日は不運、闇の女神の気まぐれの前に嘆きたくもなる。

 

「勇者がいるとなれば必勝は約束出来ないが、自力でなんとかする。

 元より楽に勝てるとは限らないんだ、勇者の一人や二人増えても難易度はさして変わらないさ」

「応援はかけられませんが、頑張ってください。

 ところで先ほどの話、もし優勝できるなら火山山脈、金竜の部族に近づくのがよろしいかと」

「金竜の? 分からなくはないが、火の聖域を守護する者たちは宗教家であって貴族ではないだろう。理由はなんだ?」

 

 火山山脈にいる竜たちの中で、金竜の部族といえば火の聖域を守る奉仕者である。

 彼らは火の試練においても重要な役目を受け持っていると言うが、そのせいか戦争や政治に関わることは少ないという。東国の貴族階級というよりは宗教家であり、王国貴族と関係を結ぶことも滅多にないだろうが、何か事情があるのだろうか?

 

「あそこは火の勇者の故郷なのです。金龍たちは火の神の使徒でもありますから、火の神殿で開催された御前試合の優勝者が契りを交わしたいと望むなら、やぶさかではなく受け入れるでしょう。

 そうすれば、王国の貴族にとって遠縁とはいえ火の勇者と関係を持ったお兄様は知る人ぞ知るコネクションとして……」

「待て待て、契りを結ぶと気軽に言うが、それが意味するものは婚姻のことだろう。それ以外で方法はないのか」

「と、言わましても。東国の貴族には叙爵なんて制度はありませんから、貴族の仲間入りといえば嫁入り、婿入りが当然です。」

 

 そうだった。

 如何せん社会構造を知識でしか知らず、実物を見たことのない世界だからそこまで頭が回っていなかった。

 

「兄様が義姉様(おねえさま)、もといマーミアさんに不実な人間になるのは望ましくありませんが、一方でお兄様がやる気を出したことは嬉しく思います。これを機に流石は闇の勇者の兄と謳われる、祝福にふさわしい方に改心してください」

「いや悪いんだが、これにも理由があってな。マーミアのためなんだ」

 

 かくかくしかじか、と彼女の側にいるためには、俺もそれなりの格が必要になったと告げる。それを聞いて妹は、

 

「馬鹿ですか。それは最大の近道から遠ざかるお兄様が最も悪いでしょう。

 恋心を弄ぶことにはさしもの私もお怒りです」

 

と珍しく暴言を吐くほどに怒りを露わにした。ご両人に申し訳ない。

 

「マーミアさんを愛するなら、例え障害があろうともひとえに尽くす。出来なければ妥協する。

 ただし、妥協した愛でマーミアさんが喜ぶかは別ですが。彼女の優しさは自らにも優しさが返ってくることが前提です。

 兄様が妥協した愛、妥協した優しさしか与えられないのなら、彼女は真摯な愛を注ぐことをやめるでしょう。

 結局、兄様は彼女のことより自分のことが大事なのです」

「……」

 

 否定出来ない。でも肯定もしたくない。

 彼女の心を踏みにじり、一方的に裏切るのは悪人だ。悪には決してなりたくない。

 でも目立ちたいし、だからって貴族になると暗殺とか謀殺とか怖いもの。

 

「その気持ちが悪いわけではありません。

 潔く認め、受け入れるか、自分を捻じ曲げるか。お兄様はどうなさいますか?」

「分かった。ひどく怒られる覚悟は決めるよ」

 

 俺は妹の案を取ることにした。すなわち東国部族から嫁取りを考えることに。成功した暁には、マーミアに浮気者とこっぴどくしばかれるであろう。

 そう伝えると、彼女はふぅと息を吐いて近いうちにより詳しい情報を持ってくると約束して帰っていった。

 

---

 

 東の事が終われば、次は西の事。西というほど世界の遠くには旅立たないが、大陸の半分を瞬間移動して聖王国北方、ホライゾン公爵領内のホライゾン伯爵街へ。ややこしいが埼玉県さいたま市のようなものである。

 マーミアが先に宿を取っているので、合流し、現地の闇の神殿を介してホライゾン伯爵家へ。この地はドラコリッチ討伐へ出港した所と同じなので面識があり、顔を見るなり即座にドラコリッチ討伐の英雄と認められ、すぐに伯爵家へと伝令が飛んだ。なので館を訪れるまでに大して時間は取らなかった。

 さてホライゾン伯爵だが、東方の神殿では「我が領を訪れる船を沈め、困らされていたドラコリッチを討伐したことにお礼をしたい(要約)」と文面にあったが、実際はそれだけでは済まないだろう。闇の神殿長から王族が動きを見せており、叙爵の話に発展しそうとの予測を受けているからだ。伯爵はそれを知ってか知らずか、竜の巫女たるマーミアのことを探し、屋敷に繋ぎ止めることが目的か。いずれマーミアが貴族となった時、彼女と最初に縁を結んだ貴族である利益がどの程度のものかは分からないが。

 

 簡単な目視によるボディチェックを受け、応接間へ通される(従者の俺は武器を取り上げられたが、マーミアのドラコリッチ討伐の象徴たる太陽剣は取り上げられなかった)。伯爵はマーミアが部屋に入って少し後に訪れた。若く見えるが白髪や髭から結構なお年を召しているようで、また悪徳貴族という印象は受けない相手だ。俺はマーミアの後ろに従者として控え、顔を伏せつつも密かに観察して、テレパシーでマーミアに情報や助言をする。魔法のチェックを受けなかったので、一度消してかけ直す手間が省けたのは幸いだ。

 初めましての挨拶から始まり、伯爵は彼のフルネーム……ガイナス・カウント・ホライゾンを名乗った。前から名前、役職名、家名を順に名乗るのが聖王国貴族の原則だ。マーミアもそれを受けて自身の名前を返し、姓は持たないが巷では竜の巫女などと呼ばれていると告げる。伯爵はそれを聞いて、早速ドラコリッチを倒したのは貴方で間違いないようだと確信言ったように語りかけてきた。

 マーミアはその言葉で目のやり場に困るようにキョロキョロとし、俺のアドバイスを待っている(これは事前に話の流れで困っても、俺の方を見ないようにとしつこく言い含めたことによる)。伯爵様の言葉に特にひっかけや困ることはなく、素直に肯定していいと念話ですぐに伝え、マーミアが遅れて肯定した。

 そのレスポンスの差を、ホライゾン伯爵は多少の謙虚さと感じたのか、マーミアの遂げた功績について本人の口から是非聞きたいと尋ねてきた。これは想定していた質問だけに、多少の作り話を交えながらマーミアが伝える。その内容は「船を沈め、神の信徒たちを苦しめるドラコリッチの存在を憂いた彼女が、善竜に協力を申し入れて、彼女の真心に当てられたブロンズドラゴンの協力を得た彼女がキャラヴェル船に乗り込み、のこのことやってきたドラコリッチをブロンズドラゴンと共に撃退、その後ドラコリッチのねぐらを突き当てて奴の核たる経箱を破壊し、滅ぼしに至った」といった話である。俺の存在は省いており、また詳しい過程は「私は詩人ほど上手い語りではないので」という風にごまかしを入れさせた。見たところホライゾン伯爵は戦いの経験はなく、そちらへの詳しい関心も持たないようで、おおよそ納得して終わった。

 次に伯爵が尋ねたのはマーミアの素性である。これも事前に想定していた内容だが、なるべく嘘をつかずに、しかしどう誤魔化すかで苦労したところだ。ここでも俺のことを完全に伏せるわけにはいかず、仕方なく一部真実を交えながら「冒険者として身を立てようとしていた俺が平民ながら天性の魅力を放つ彼女の才に一目惚れし、剣を教えると瞬く間に竜も心を寄せる戦いの乙女となった」ことを話した。ここで初めて伯爵は後ろに立つ俺のことを気にかけるが、マーミアの拙いフォローをもらいながら「彼女を導くつもりが、あたかも容易く立場を覆され従者になった冒険者」という風にはったりで乗り切った。伯爵は俺の嘘を見抜けなかったようだが、しかし俺を一廉の人物と認めたのか途中、顔を上げて答える許可をもらった。わずかにマーミア以上の実力(レベル)を持つ俺は、具体的な力量をごまかしていても見る目が見ればその実力を見抜かれてしまうだろう。戦いに疎いからと、伯爵が決して人の価値(・・)を見定められないわけではないのだ(もっともマーミアの才が促成栽培のものによるとまでは見抜けなかったようだ)。

 経歴、出自の話と続き、少しばかりこちらが尋ねすぎたと伯爵は反省する言葉を告げ、今度はマーミアから尋ねることはないかと、話の主導権を渡す。マーミアは目をそらし考えるフリをして、振り返りたい気持ちを抑えてテレパシーで俺に何を聞くべきかと相談する。叙爵の件を聞くにはまだ早い。ここは素直に、何故私を探していたのかを聞くべきだ。マーミアは自分の言葉で伯爵に私を探していた理由について聞いた。伯爵はそれは当然という言葉と身振りを添えて、我が領を苦しめた死竜を倒したものに領主として礼をしなければ民の信用を失うからだ、と素直に内情を添えて返してきた。

 そうですか、と真顔で相槌を打つマーミアに続けて「ひょっとすると豪華なパレードを催されるかもしれないから」と、彼女が謙遜したがることを引き合いに出しつつ具体的な礼の内容について聞くように念話する。タイムラグの後、彼女は先述の内容を俺の思ったとおりやや嫌気を差したような様子で問う。伯爵はその顔を見て、「巫女様は高貴なことに、清貧でいらっしゃられるようだ」とマーミアを安心させるように、貴族から上級な来賓客としてのもてなしに加え、今後伯爵領内では受けた恩義に見合うだけ多くの便宜を図ること、それには彼女が望むなら善行の施しも行うので困ったことがあれば名前を出していい、と彼は約束した。この約束が後にどれだけ機能するか俺には分からないが、名前で約束したからには王族が動いて彼女が貴族になっても反故にはされないだろうと彼の言い切った様子を見て半ば確信する。

 

 二つ質問され、二つ質問を返したところでキリよく、今度はまた伯爵に主導権が移る。

 さて、と伯爵は前置きを入れてからまたマーミアに質問をする。「竜の巫女様は何を思って善行をなされたのですか」という内容だ。大方は想定していたが、しかし思っていたのとは少し違う。マーミアはなんと言ったものか、と俺の念話を待っているが俺も伯爵様の意図がどこにあるか迷って、言葉がすぐに返せなかった。ドラコリッチ討伐によってマーミアが何を欲しがっているか、その目的について探ることだろうか?それとも、マーミアが持っている信念についての質問だろうか?

 時間をかけると不自然になるので待たせるわけにもいかず、貴族ならば心より金、前者だろうと決め打って念話で指示を伝える。マーミアは「私の目に見えて、声が聞こえる愛しい人たちを、手が届くならば助けたかった」だけと、あたかも聖女のように(しかし実のところ愛しい人とは俺個人を指していると感じられた)ホライゾン伯爵の質問に嘘を込めぬ言葉で回答した。伯爵様の意図に沿った答えだったかは分からなかったが、彼は「分かりました」と、納得したと頷いて質問は以上ですと会話を終えた。

 

 答弁は以上、これよりは主人として客をもてなすことに専念します、と伯爵様は聞きたかったことは聞けた様子でモードを切り替えるようにしてマーミアの緊張を和らげる。だが俺はまだ彼の目だけは真面目を保っていることに気づいていて、この様子が油断を誘うものであると悟っていた。だが場の流れ、彼の言葉は続いておりマーミアに念話で忠告を挟むタイミングがなかった。

 そして伯爵がマーミアを部屋の扉へ誘うようにしたところで、唐突に告げられた次の言葉。

 

「ところでこの度 聖王国に貢献した竜の巫女様に、王族から爵位を賜るお話が来ております。

 巫女様は貴族になってより多くの人を救いたいと思いませんか?」

 

 このお話は現時点では間違いなく嘘だ。そもそも王族どころか当事者のホライゾン伯爵ですら、俺たちが訪れるまで「竜の巫女」の所在を知らないのに爵位を賜る話が決まるわけがない。例えば「竜の巫女」が既に王国の爵位を持っていたら二重に授けられてしまう、これはおかしな話だ。そんなわけで素性がまだ知れない相手に王族が爵位を与えるはずがない。なので俺は一瞬で話の嘘を理解し、無反応を貫く。

 しかし一方で交渉に不慣れなマーミアがそんなことを一瞬で見抜けるわけもなく、貴族というワードに反応を隠せていなかった。それを見逃すほど、伯爵は腑抜けた貴族ではない。

 

「貴族は人の上に立って、税を搾り取る冷酷な者と、民には思われているかもしれません。

 しかし、貴族がいなければ街を守る兵士を束ねる者がおりません。兵士を律する騎士たちが忠誠を誓う相手もおりません。税がなければ、彼らは食い扶持にも困り武器や防具も得られないでしょう。

 金と引き換えに命を失っては元も子もありません。貴族とは英雄とは違った側面から、また民を守る人間なのですよ」

 

 顔を伏せながら彼の様子を伺うが、見るまでもなく言葉からして明らかに釣れたことに気づいた様子だった。彼はマーミアに貴族の先達として導くように、しかしその実はマーミアが貴族に何を求めているのかを探る様子だった。

 

「私は、竜の巫女様にもそのような貴族になってほしいと思っている。貴方はこの機会をどう思いますか?」

 

 手遅れだが、俺はマーミアに考えを保留するように即座に念話した。

 

「私はまだ、考えなければなりません……」

 

 気が緩んだ直後に差し込まれた言葉のナイフに、マーミアは敬語が緩むほど不意を受けていたようだった。伯爵はそれでも言葉に満足した様子で―――、一時俺に目を止めた。

 しかしすぐにマーミアを案内するよう、自らの家令に指示を出し始める。今のは気の所為か?いや、それにしては不自然な視線を受けたようにも感じる。

 俺もマーミアも、目線をやったり変な反応を見せるなど彼に正体がバレるような行いをしたつもりはないが、何か見落としがあっただろうか。この先が不安になりながらもマーミアは案内を受けて、俺は彼女とは別に従者としてのもてなしを受けるため二手に別れた。

 

---

 

 ホライゾン伯爵のもてなしは貴族の流儀であり、マーミアは伯爵と晩餐会を共にすることになった。せめて横で作法を指示出来れば良かったのだが、生憎俺は俺で別のおもてなしを受けており、付け焼き刃の礼儀作法(テーブルマナー)を受けても失礼を働く場面が多々あったそうな。もっともそれで向こうの機嫌を損ねた様子はなかったという。巫女様は元は平民と伝えてあるし、それで気を損ねるのは招待した方が大人げない。

 一方で俺は、あくまで従者に対するものだが客室一つを用意していただくなど結構なおもてなしを受けていた。ここで主人(マーミア)を差し置いて、ホライゾン伯爵家に仕える騎士の隊長で伯爵の従弟(いとこ)殿(おそらく齢30前後)に訪問を受ける。無礼がないよう丁寧に挨拶を返し、この身に何用ですかと尋ねれば、従者ならば勿論英雄の戦を見届けていただろう、伯爵に代わって是非とも巫女様とドラコリッチの戦いの最中を語ってほしいと誘われた。主を置いて差し出がましい振る舞いは礼を失するとお誘いを断ろうとするも、それだけなら巫女様の活躍で救われた、こちらの感謝だけでも聞いていただきたいと二度誘われる。正直、付き合い自体を避けたかったのだが断固な姿勢を取るのは逆に失礼と思い、聞き届けるだけならばと付き合うことを伝えた。伯爵の従弟、騎士隊長殿は俺を館横手の軍舎に連れていき、そこで伯爵領水軍の偉い人と名乗る方から、主に代わってお礼の言葉を受け取った。その後、やや無礼講よりの会食を共にして、彼らと少し身の上話を語り合うことになった。闇の神殿で生まれ育った経歴を妹の話を除いて伝えたくらいで、見かけの実力は抑えたし装備も現在魔法的なものを一切身につけておらぬ状態なので、特に怪しまれる要素はない。

 会食が終わり、再び客室に戻されたところで一度 女中に声をかけ、部屋を教えてもらいマーミアと合流する。念話で逐次連絡はしていたが人前や直接でなければ言いにくいことはある。改めて顔を合わせて、先ほどまでの情報交換と、それから海軍の偉い人より受け取ったお礼などを伝えて、また改めて念話魔法の掛け直しなども行った。

 それでは部屋に戻るだけ、となったところにマーミアの部屋を伯爵の家令が訪れる。主従ともに夜のお話に付き合っていただけないか、と伯爵からのお誘いだ。騎士団長と共にドラコリッチとの戦いの話を聞きたいらしい。主を差し置いて、と話を避ける都合に使ってしまっただけに、このお誘いは俺としては断りづらい。失態だが、幸いにもマーミアは今日のことで疲れている様子もなく乗り気だったため、これから向かうと伝えてもらった。場所は館の二階、テラスとのこと。

 家令の方には扉の外で待ってもらい、こっそりと(スタッフ)を使用して、交渉用強化魔法を無音声でかけた後に二人で共に赴く。勿論マーミアが前で、俺は従者ぶる。

 

 さて、約束通り館の二階テラスで待っていたのは伯爵様と、先ほども話した騎士団長……伯爵の従弟殿だ。会食にも居合わせた、海軍のあの偉い人はこの場にはいない。伯爵様からは向かい合うソファに座るよう促され、マーミアは座り、俺はその後ろで立つ。しかし伯爵様は是非従者殿の口から聞きたいと、俺のこともソファに座るよう促した。だが伯爵様の許しを得ても、主の隣に座ることを許されたわけではない。俺は断り、語るならこの場でそのまま語りますと述べた。伯爵様は騎士団長と顔を見合わせて、今度は騎士団長殿の口から俺に座るよう促された。それでも俺は、尊敬する主の隣に気安く座ることは出来ませんと断りを入れる。この時、マーミアは俺に許可を出しそうに口を開きかけたが、咄嗟に目線と念話で黙殺した。

 

---

 

「ふむ」

 

 それを見て、頷くように騎士団長とまた顔を見合わせる伯爵様。

 

「やはり竜の巫女様の従者はよく出来た方だ。主よりも礼儀を弁えた従者とは冥加に余る」

 

 その言葉に嫌な予感を感じながらも、しらを切るように謙遜の表情を見せる俺。マーミアは自分のことを褒められたように、照れくさそうにしている。

 だが伯爵様は容赦なく次の言葉を言い放った。

 

「それで本当のところ、主従はどちらが主なのかね?」

「おっしゃっている意味が分かりません。私の主はただ一人、マーミア様です」

 

 失礼と承知で、その言葉をかき消すよう場に割り込んで返答する俺。無表情を貫き、動揺は見せない。

 伯爵様と騎士団長殿は俺のことを真贋を見極めるようにじっくりと見ている。顔を合わせるのは失礼だと思い、目をそらすようにして我が主の方を見る。

 我が主人、マーミアは……目を僅かに見開いて口を半開きに、驚いた表情を見せていた。伯爵様と騎士団長殿の目がそちらに向いて、ようやくマーミアは顔が緩んでいたことに気づき、キリッとした顔に戻す。だが手遅れである。

 伯爵様たちは今のに間違いなく気づいていたが、わざわざ追求しようとはしなかった。それに頬をほころばせて、良かった間に合った、などと勝手に安堵するマーミアに俺は呆れ、不貞腐れた様子を隠さない。いずれバレることもあると思っていたが、こうも早くバレるとは。あまりに交渉がうますぎると逆に不自然になると控えていたのだが、もっと強力な交渉用強化魔法をかけておけば良かったと後悔するのだった。

 

 

「ドラコリッチは私が善竜様の背中に乗り、奴が善竜を脅威として近づいてきたところに、本命たる私が退魔の太陽剣(サンブレード)で切り落としました。善竜様には、私がドラコリッチを倒すことを条件に、奴の不意を突くためにその竜の背を跨ぐ許可をいただきました」

「私はその時、彼女を助けるべく魔法で立ち込める雷雨を払い除け、詩人のごとく鼓舞して彼らの幸先を導きました。アンデッドに強い破壊の力を与える太陽剣を的確に突き立てることさえ出来れば、ドラコリッチも倒せます。しかし問題は海上を高速で飛行する一方、並の騎獣は容易く蹴散らし、秘術もこなすため魔法による飛行手段は打ち消される奴に人間の足ではどうあがいても近づくことが叶いません。

 そのために善竜の力を借りる必要がありました。奴でも容易い相手ではなく、かつ互いに魔法をこなす竜同士。彼の力なくば我々はドラコリッチに刃を一度も突き立てられなかったことでしょう」

「その後、善竜様と共にドラコリッチの巣を突き止めた私たちは、数々の竜の骸に埋もれた経箱を見つけるまで、何度でも再生するドラコリッチを幾度も倒し、ようやく奴の核の在り処を突き止めたことで善竜様が電撃のブレスによって周りの骨ごと経箱を破砕し、ついにドラコリッチを滅ぼすに至ったのです」

「と、口で言えばやつの核たる経箱を破壊するまで苦労はなかったと聞こえますが、経箱より再生したドラコリッチは復活に用いた竜種の屍を乗っ取るのに数日かかり、それまで弱体化しているのでいかに最初の死体を倒すかが重要でした。

 何よりドラコリッチと一度会い見え、また肉体を破壊して経箱の元に戻った奴を“念視(スクライイング)”することで場所を特定することは必須だったのです。海上でドラコリッチと戦った経緯は、奴を滅ぼすためにも必要な戦いだったのです。それに、死竜を恐れず、無謀ながら船を出した風の信者たちがいなければ、我々は戦いの場にすらたどり着けませんでした。

 結果、彼らを利用する形になりましたが、彼らの目的は北の大陸の同胞たちを助けることで、我らの狙いは海上を荒らすドラコリッチを滅ぼすこと。目的は別々で、むしろ彼らの運任せの船旅を成功に近づけたのですからその点で文句を言われる筋合いはないでしょう」

「……少し喋りすぎではありませんか?」

 

 ドラコリッチ討伐の件を語る主を、遠慮なく詳細に補足する俺にふと思い出したように主らしい態度を取るマーミア。しかしながら既に真の関係を見抜いているだろう伯爵様方に、もはや言葉を取り繕うつもりはあまり無かった。かといってマーミアが素に戻ると逆に失礼しかねないので、まだ暫くは従者のスタイルでいく。

 

「なるほど、魔術も修める従者殿が助けることでドラコリッチ討伐を成し遂げられましたか。善竜に背を許されるほど人徳に長ける巫女様といえど、いかに強気剣や善竜のお力があってもそれだけで強大な死竜を倒せるものではないと疑問に思っていたので納得がいきました」

「いえ、私は魔術師ではありません。

 魔法の物品の扱いに心得がありまして、その日のために用意した魔法の杖や巻物を使ったまでです。同じことをしろと言われても、高額な品を準備するのは難しいですね」

 

 騎士団長殿の言葉に訂正を加える。魔術師違うネ、あくまで技術ネ。アイテム頼りだから在庫に限界はある……と俺は事実とボカして告げる。

 

「しかしその高い金を払って得た品を、惜しみなく費やすのですね」

「冒険で手に入れた金を次の冒険のために費やすのが冒険者です。

 無駄金惜しんで命を失っては元も子もありません」

 

 それに、わざわざ取り寄せたアイテムはそれにしか使えないものもあったと俺は補足する。“天候制御(コントロール・ウェザー)”なんて野外ならどこでも使えるとはいえ、有効に使うには状況を選び、また戦闘に強く影響を及ぼすものではない。船足を早めるために何度も使うくらいなら、むしろ瞬間移動(テレポーテーション)系の魔法を使った方が安く済むまである。

 

「術者由来の魔法の品を使うとなると、それは盗賊(ローグ)の技術のはずですが……育ちは闇の神殿と聞きましたが、その技はどこで身につけたのですか?」

「まず現物のアイテムを手に入れて、次に技術の存在を伝聞で聞きました。

 あとは我流で試行錯誤して会得しました」

 

 これは7割本当、3割嘘だ。まだ“全知識の書(ブック・オヴ・オール・ナレッジ)”なる書物のアイテムを知らなかった頃は、取り出した魔法棒(ワンド)(ステッキ)巻物(スクロール)の使い方を知らず、チート詐欺かと思わされた時期があった。しかし後にそれらアイテムは通常、元から魔法を使える者にしか使えないこと、例外的に盗賊(ローグ)たちがそれを扱う技術を伸ばすものがいると知る。発動失敗の事故でアイテムを失っても在庫に限りがなく幾らでも試行錯誤出来た俺は、知識・ノウハウの不足を回数で補い、魔法のアイテムを使用する技術を独力で身につけるに至った。

 

「努力家なのですね」

「一切努力せずに技術を身に着ける者はいませんよ。ドラゴンや天性の魔法使い(ソーサラー)だって、魔法を会得する前にまず使いたい魔法を研究ないし学習するのですから。

 それより、主を差し置いて私ごときが話を続けてしまうとご主人様の面目が立ちません。どうかこの話はここまでにしていただけませんか」

「それもそうだな。では最後に一つだけ、従者殿に聞かせてほしい。

 従者殿は一体、主人にどういう姿を望んでいるのかね」

「それは……強く優しく美しく、可憐であり、私の最初の教えなど要らなかったと思うくらいに眩しい英雄になっていただくことです」

 

 そして願わくば俺という臆病な存在が身を寄せても、発する光で見えなくしてしまうくらいの存在に。

 その答えで納得したのか、伯爵は頷いて、マーミアに向かってこう申し伝えた。

 

「それでは、巫女様。

 この度、領民を苦しめていた死竜を討伐したことに、ホライゾン伯爵家を代表してお礼を申し上げる。

 多くの命と英雄の誉れに敬意を表し、今後あなた方が望むなら後援者(パトロン)になることを、光の神に誓って約束しましょう」

「ありがとうございます。(で、いいんですよね?)」

 

 貴族の敬意をどう受け止めたものかと迷ったマーミアは、礼を返す形でお礼を受け取った。失敗ではないと念話で伝えて安心させる。

 ここで夜のお付き合いは終わるが……伯爵家の夜はまだ続いた。

 

 

 



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15_大会1試合から前半にかけての話

8/25に、前話(14話)へ文章追加しました。(最後の段落のあたり)


 普段は神官たちの訓練場に使われている、火の大神殿・闘技場(コロシアム)

 しかし今日から数日かけて、東方の様々な部族の戦士や、世界各地から力自慢に訪れた英傑たちが集う火の神の御前試合が開催される。

 例年この大会では参加者、観客ともに大半は東方の人間で占められるが、今年は世界各地から訪れた客が数多く観客席を埋めている。何故なら今年は世界が誇る勇者がその武勇を示すために参加しているからだ。

 観客のみならず、参加者も従来の2倍近い数だ。火の神の御前で繰り広げられるこの大会では、勇者といえど一人の戦士。この大会に限って勇者を下すことも許されるため、勇者を倒して名を上げようと思った戦士は少なくない。尤も参加者の一人である俺はそれを狙って参加したわけではないのだが……。

 

 総勢100名弱が大会期間中、一対一を最後の一人になるまで勝ち上がる。組み合わせは前日までに公正なクジで決められるので、場合によっては勇者同士で当たることもありうるだろう。しかし脅威は勇者だけではない。勇者でなければ恐れるに足らず、と思っていると思わぬ足元をすくわれる。

 その最たる例が、俺の初日の対戦相手となった雲の巨人(クラウド・ジャイアント)である。

 

---

 

――万年雪が降り積もる、冷たき山脈からやってきた最大級巨人の戦士に挑むのは、ワイヴァーン狩りで名をあげた冒険者だ!

――しかし敵はワイヴァーンよりも遥かに巨大!果たして冒険者は潰されずに“巨人殺し(ジャイアントキリング)”を果たせるのか!

 

 司会でかつ進行役の火の神殿の詩人が、俺たちの戦いを煽る。相手のクラウド・ジャイアントは俺をくみしやすしと甘く見ているが、しかし俺の身に纏う沢山の魔法のアイテムには警戒を払っているようだ。魔力は目に見えずとも、大半の魔法のアイテムは独特の形状や色をしているものだから。

 実際その通り、彼が思っているほど俺は容易く倒せる相手ではない。だが逆に俺も、クラウド・ジャイアントは容易く倒せる相手ではなかった。この大会では己の武器と技の使用のみ、それにごく少数の魔法を組み合わせた戦い方だけが許され、魔法に頼り、相手を封殺する戦いは許されない。身につけた魔法で己を強化することは許されても、俺のようにアイテム頼りのドーピングじみた行いは反則に当たる。ごく真正面からの殴り合いだけがこの大会では可能なのだ。なので巨人のように巨大で、タフで、攻撃力の高い相手ほどこのルールは優位に働く。なので例年の大会では、巨人系の戦士がしばしば優勝しているそうな。

 

 お互いに相手を見定めていると、試合開始のドラムが鳴り響く。俺が相手の出だしを見極めていると、雲の巨人が先手を取って近づいてきた。

 

――おおっとー、先に巨人が動いた!冒険者は動けない!動かない!機会を伺っているのか?しかし巨人の間合い(リーチ)は、人間やワイヴァーンのものとは全然違うぞ!

 

 もっともその体格差によるリーチ差から、巨人の戦いの間合いは俺の十歩先の間合いだ。まるで振り払われる竜の尾のように、横薙ぎの棘棍棒(モーニングスター)が俺をジャストミートしようと一瞬で迫ってきた。だが、それを遮るように自立機動(アニメイテッド)する重盾(ヘヴィ・シールド)が勢いを削ぎ、かざした赤竜の腕甲(ブレーサー)が衝撃を和らげる。そして肉体を突き破ろうとするモーニングスターの棘たちは、俺のミスラル製の鎖帷子(チェイン・シャツ)により完全に防がれ、(ダメージ)を与えることは叶わない。

 目算を誤ったことを、静かに動揺する雲の巨人。その隙を逃さず俺はかかとを打ち合わせ、加速の靴(ブーツ・オヴ・スピード)を起動。風に乗るような速度で一気に近づく。巨人は俺の接近を止めようとモーニングスターを叩きつけるも少しの進路修正で直撃を避け、威力はやはり盾と腕甲と鎧で遮りつつ素早くあと三歩の間合いに至る。

 そして移動中に引き抜いた、光り輝く(ブリリアント)巨人特化(ジャイアント・ベイン)がかかった双剣で邪魔な足を二撃。刀身が光るエネルギーで出来た魔法の剣たちは、巨人の身を守る鎧帷子(チェイン・シャツ)に遮られることなくその中身を傷つける。御前試合のルールでダメージは生命に直接の害を及ぼさない非殺傷のものに変換されるが、それでも非致傷的なダメージは極度の疲労となる。切りつけられた片足で立っていられなくなり、巨人が片膝をついた。

 しかし流石は巨人の戦士、ダメージやプライドを傷つけられたことで戦意を失うことなく俺を討ち果たそうと、モーニングスターを持たぬ逆手で俺を捉えようとする。攻撃の威力を緩衝する数々の防具たちも組みつきを妨げるには至らないが、しかしその弱点は俺も承知の事実。その手に握られた瞬間、普段から着けっぱなしな自由移動の指輪(リング・オヴ・フリーダム・ムーヴメント)によってするりと抜け出し、追撃を許す間もなくお返しにその逆腕を切りつけた。下半身に続いて上半身を傷つけられて、バランスが不安定になった巨人は態勢を崩し、頭と胴体を低い場所に下げる。……すなわち絶好の急所を俺の前に差し出した。

 ダメージにふらつき、防御を取れぬ巨人に炎を纏った全力の二刀乱舞をかまし、たちまち巨人は打撲傷、火傷まみれになる。先々のダメージの積み重ねもあって雲の巨人は接近から僅か20秒も経たずに痛みに耐えきれず、気を失って地に伏せた。

 一方の俺は多少触れられはしたものの、全くの無傷。不本意ながら、闘技場中にその実力―――主に装備によるものとはいえ、皆に知らしめることになった。

 

――なんと冒険者、あっという間に雲の巨人を雲上から引きずり下ろしたー!これは番狂わせが起こった!

 

---

 

 テレビもカメラもないこの世界でも、詩人がマスメディアを代替している。相手に合わせてアイテムを用意することは出来ても、戦況を一瞬で覆せるほどの切り札を持たない俺はアイテム以外の戦法が致命的なまでに陳腐な戦法しか持たない。東方のおエライ方に名を覚えてもらうなら早いうちから目立った方がいいが、しかし上位十数名に残るまではなるべくマスコミを避けるべく、控室以外では姿を消したり、魔法での変装を行って移動している。

 一回戦でさっそく大会の有力者と当たり、勝ち上がった俺は二回戦、三回戦では半竜(ハーフドラゴン)の重装戦士やホブゴブリンの軽戦士と対決する。どちらも通常の人間の戦士より腕力や敏捷力が高く、あるいはブレスや急所打ち(スニーク・アタック)など特殊な攻撃手段に長けていたが、彼らでは年経た竜の鱗並の装甲を持つ俺の防御を抜くことは叶わない。そもそも正攻法では雲の巨人以上に俺に勝ち目がないと気づいた彼ら、特に三回戦に当たったホブゴブリンの軽戦士は、その急所打ちを極めた先、俺の鎧と防具の隙間を通す技法とヒット・アンド・アウェイの組み合わせにより、観客からのブーイングにも負けず的確な戦術で一方的にダメージを与えてこようとしたが、急所を狙うために近寄らなければならないタイミングに合わせて接近し、切り捨てられる結果となった。

 そして全ての三回戦が終わり、残り32人のうちの一人に残った俺は、張り出された四回戦の組み合わせを確認する。お相手は……ここまで参加者三人中、一人も欠けずに勝ち上がってきた勇者の一角、風の勇者だった。

 ハーフエルフの彼女について俺も多くは知らないが、勇者パーティの中で技能役を担う風の勇者は探索・冒険において知覚などの重要なポジションを占めると共に、攻撃手(アタッカー)としても最上位に入るそうな。特に神器“風の魔弓(ボウ・オヴ・エア)”から放たれる疾風や雷の矢は、皮や鱗、鎧すらも貫くらしい。……俺の苦手とする装備の防護を無視した攻撃を行ってくる相手だ。

 射手系の技能役という面からして、野伏(レンジャー)盗賊(ローグ)、あるいは斥候(スカウト)といった職業(クラス)を身につけていることも考えられる。三回戦で当たったホブゴブリンの軽戦士同様の急所打ちを持ち、鎧を貫く魔法の矢弾と組み合わせれば、途端に防御を無視した致命の連射を放つ遠距離アタッカーの完成だ。それで魔法使いや光の勇者を押しのけて攻撃力で上位に食い込むのだろう。

 ともあれ、それなら対策の目処は立った。完璧にダメージを防ぐことは出来なくとも、火力の一端を担う能力を潰せば削り合いで勝ち目が産まれる。あとは遠距離の優位で押し負けるか、ダメージ量で上回るこちらが押し勝つかのどちらかに結果が別れるだけだ。無様な敗北を見せることはあるまい。

 さしあたって装備の組み換えを行おうと防具を外し始めていたその時、脳裏に魔法の伝言が届く。“送信(センディング)”の魔法だ。

 

『お兄様と闇の勇者との関係がバレました。お話のために今夜領事館へ来ていただけますか?』

 

 遠距離でメッセージを送る魔法はかなり高度で、それを贅沢に扱えるのは高レベルの魔術師か神官でなければならない。俺と面識があって該当する人物は闇の神殿長か、もしくは闇の勇者だけだ。内容から闇の勇者に違いない。

 センディングは、一度の魔法で互いに限られた字数で一往復のやりとりをすることが出来る。俺は妹からの呼び出しに応じるメリットとデメリットを少し考えてから、返信した。

 

『光と土、特に風の勇者以外との話には応じる。領事館の門衛には神殿騎士の名義でそちらが話を通すように』

 

 一度外したいつもの鎧を再び着なおして、俺は外出の用意をし始めた。

 

---

 

 妹――闇の勇者の呼び出しに応じた俺は、三回戦と同じ装備で勇者たちが滞在する領事館を訪れた。以前と違って勇者フルメンバーが勢揃いするこの館は、彼らの従者が熱心に見張りを務めていたため、すんなりと通るわけにはいかなかった。

魔法感知(ディテクト・マジック)”で念入りにチェックを行われ、交渉用強化魔法の強力なオーラを感知した彼らが通行を不許可し、俺から魔法で連絡を受けた闇の勇者が直接許可を与えようとしてまた一悶着……といったいざこざで小一時間を費やした後に、勇者は従者同席で面会することに。

 俺としては腹を割って話す必要がなくなり助かる一方で、公衆で関係をバラすわけにもいかず闇の勇者を味方につけられないまま、貴族と別の意味で偉い人と話すのはホライゾン伯爵の件から続いて精神的な疲れが溜まり続けている。特に今回は闇の勇者、火の勇者の二人に加え、次の対戦相手である風の勇者が同席だ。地力と才能の差ではとても勇者には叶わないため、それを覆す手の内をバラさないよう慎重になる必要があった。

 

「初めまして、風の勇者様、そして火の勇者様、闇の勇者様、今晩はお元気でしょうか。今日はお呼び出しに応じて参りました―――」

「いいのよいいのよ、従者たちが申し訳ない態度を取ったけれど、わたしはそこまで気にしない。

 火と、闇の勇者とは既に知り合いなんだってね。こちらこそ初めまして、わたしは風の女神に選ばれて祝福を受けた、風の勇者。

 君の次の対戦相手でもあるから、そこのところよろしくね」

 

 俺の挨拶に真っ先に返したのは、火や闇の勇者とはまた別の魅力を感じる、女性のハーフエルフだ。魔法と弓に長けるエルフと、満遍ない才能を秘める人間の間に生まれたハーフエルフは、人間ほどではないが器用性とエルフの魔法の血を継承し、そして二種族の間に生まれたことによる社交性を新たに生まれ持ったある意味また別の種族である。そして風の女神の祝福を受け、風の神器を得たことで彼女、風の勇者は本元のエルフよりも強力な弓の使い手となった。

 火と闇の女勇者に風の女勇者が加わったことで、ここに勇者パーティの女性陣が勢揃いしている状況だ。未だ魔王を倒しておらず、役目を持った勇者に色目など向けられたものでないし、また親しくもない女性との距離感は難しいし、話の取っ掛かりも掴みづらいので正直女勇者に囲まれたところで嬉しくはない。欲情は完全に理性に押さえつけられている。

 

「しかし如何に対戦相手とはいえ、無名の私ごときを勇者様がお呼びしたのは何故でしょうか?」

「もっと気軽に話してくれても……呼んだのはわたしじゃないよ」

「申し訳ありません、あなたを呼んだのは私です。私たちの間で次の相手を話題にしたことで、顔見知りだとバレてしまいました。

 とはいえ情報を渡すのも渡さないのも、どちらかへの肩入れとなりかねず、それならば直接面識を持たせた方がよいと呼びました」

 

 中立を誓った闇の勇者がわざわざ口にするとは思えない。恐らく、以前顔と名前を見ていた火の勇者がバラしたのだ。

 てっきり風の勇者の指示で呼ばれたものと思っていたのでそっけない対応の予定だったが、闇の勇者の顔を潰すわけにはいかない。しかし、問題はどこまで関係がバレたのだろうか。俺は探りを入れつつ、話しても問題ない程度の事情を喋る。

 

「なるほど。それならば仕方ありませんね、改めて自己紹介を行います。

 私は闇の大神殿で、勇者になる前の闇の勇者様と共に育った人間です。

 闇の勇者様とは古くから面識があり、また聖域に向かい、神器を手に入れるまでの道中を護衛した経緯もあります。

 その後は私も独立して身を立てようと、神殿を離れて冒険者になり、現在に至ります」

 

 兄妹であるとまでは話さないし、嘘も言っていない。社交性に長けるハーフエルフで、かつ技能役なこともありこの手の交渉事には敏感そうな風の勇者だが、魔法で強化されたステータスは一部勇者すら上回る俺のはったりを見抜くほどの差ではない。

 闇の勇者本人や、また以前に同席した火の勇者は真実を語ってないことを知っているが、風の勇者は俺の表情に注意しておりそちらに目を向ける様子はなかった。俺でない者の不手際でバレる様子はなさそうで、安心した。

 

「ふうん。年齢から、大雑把に言って幼馴染なんだね。どうせ身を立てるなら、勇者の従者になろうと思わなかったの?」

「いえ、どうせ身を立てるなら一から自分の手でやりたかったのです。

 それに勇者の知古というだけで優遇されるなど、私より優れた従者様方に顔が立ちません」

「現実的なんだね。好ましいけど、現に大会で勝ち上がるだけの力があるんだから、近道を選んでも良かったんじゃないかな。

 ……うーん。君、それだけの才能はともかく、装備品はどこで手に入れたのかな」

 

 風の勇者は俺に対する簡単な質問から、続けて俺の力に関する質問をぶつけてきた。

 彼女は俺の装備品が実力の割に過剰だと既に気づいているらしい。材質はミスラルを除けば普遍的な鋼鉄製ながらも、巨人を軽々と傷つける攻撃力や打撃を凌ぐ防御力は流石に魔法のものと気づかれる。そもそも目に見えて自立浮遊(アニメイテッド)する盾は高レベル戦士の必需品とも言うべき、中位の魔法のアイテムだ。駆け出しに買えるものではないと気づかれているだろう。

 

「……冒険に行った時の戦利品ですよ。巷ではワイヴァーン狩りの冒険者と有名になったようですが、何も亜竜しか狩ってないわけではありません。大会でも使っている防具は若い真竜の巣を荒らした時に得たもので、武器は元から持っていたものと手に入れたものの半々を相手ごとに使い分けています」

 

 だが、この質問はあからさまにこちらの手札を探る質問だ。出所たる闇の女神から貰った祝福(チート)のことを公然で、しかも他所の神の使徒に伝えるなんて社会的および宗教的自殺行為だ、語れるわけがない。次の対戦相手というだけで十分断る理由になるが、話の序盤でぶった切るのは関係が気まずくなる。闇の勇者経由で何度か接点を持ちそうな相手にそれは望ましくないため、ここだけ嘘を語った。

 

「そっか。あ、いや。

 これから対戦するのに手の内を聞いちゃうのは自分でもちょっと酷かったね、ごめんごめん。

 そりゃ話しにくいよね」

 

 とはいえ、俺が語ったのは単に運が良かったようですという何の根拠もない偶然である話だ。今話相手になっている風の勇者は、ある意味でこれ以上ない勇者という幸運に恵まれた人間たちだけに、それを素直に信じる様子はなかった。とはいえ真実が分かるわけでもなく、せいぜい口に出せぬ出所であると察した程度であろう。

 

「どうせ試合を目にした人間の口から伝わるものですから。

 参加者は試合を観戦することは出来なくても、従者や他の勇者から情報を得ることは出来るのでしょう?

 どこの選手もそれくらいはやっているそうですからね、悪質な妨害を受けるよりはまだマシです」

「わたしはそんなこと、絶対にやんないけど。

 でも、そうだね。聞いてしまった分は……なら、わたしの使うこの魔弓について語ることでお返しとしましょう」

「喋ってしまったのはこちらの責任なので、無理に話さず聞き逃げしても構いませんよ」

「何それ。それじゃ、わたしが悪人みたいじゃない。

 そんな提案は風の勇者としても、善の使徒としても受け入れられません」

 

 チートによるその場のアイテム調達や、アイテムの魔法を抜けば単なる立派な装備を揃えた戦士に過ぎない俺は、目に見えるものが力の全てだ。切り札はなく、レベルは彼女より下回る俺の脅威といえば見たままの装備品だけにすぎないが、その魔法の装備品のアドバンテージが勇者たる彼女でも容易に覆せないからこそ、優勢はこちらにある。

 ただし問題は、風の勇者の唯一の品“風の魔弓(ボウ・オヴ・エア)”の存在だ。あれは防御力を無視した擬似的な魔法を放つ伝承があり、ものによってはそれで敗北を喫しうる可能性が高い。それだけに尤も聞き出したかった情報だが、それを彼女から語ってくれるというなら思ってもみないことだ。

 表面上では遠慮する俺だが、彼女がそれを断って情報を喋り始めたことに内心しめしめと思う。

 

「私の“風の魔弓(ボウ・オヴ・エア)”は、風の女神様からいただいたこの世唯一の神器です。

 世に謳われる通り、武器としても十分に強力な魔法の弓ですが、他にない特徴として矢を番えずに弓を引くことで電撃、もしくは疾風の魔法の弾を放つことが出来ます。

 それらは鎧を貫通し、あるいは隙間を容易く潜りぬけ、あなたを直接傷つけるでしょう……つまりその鎧だけでは私の攻撃を止めることは出来ないよ」

「さて、どうでしょうか」

 

 俺の強みが活かせないと告げた風の勇者に、俺は強く言葉を返す。そを受けて、ピクリと眉をひそめ、一瞬不愉快な表情を見せた風の勇者。確かに実際、鎧を貫通する矢弾は防げないし、そこに彼女の斥候たる目利きで急所を穿たれれば、無様な敗北もありうる。だが完全には防げないにしても、ダメージレースで勝つために被害を防ぐ手段は幾らでもある。そして彼女の説明には、魔弓にそれを克服する手段があると語らなかった。

 

「そっか。ここで負けを認められると、わたしが君を負けさせたみたいで困ったけれど。

 勇者のお覚えがめでたいだけあって、やる気も実力も十分な対戦相手で安心したよ。

 ……これで思う存分、やりあえるね!幼馴染くん!」

 

 風の勇者は俺のそれを強がりと認識したようで、それに強気な言葉で返す。

 彼女とその従者たち、そして祝福を授けた風の女神には悪いが勝算はこちらにある。

 闇の女神からいただいたこの祝福(チート)、勇者にすら立ち向かえることを披露しよう。

 

 




“風の魔弓”/Bow of Air:この+3ショッキングバースト・ロングボウは、通常の矢を用いる代わりに1d6点の刺突ダメージを与える風の矢、または1d4[電気]を与える雷の矢を放つことが出来る。それぞれは遠隔接触攻撃として命中判定を行うが、ただし射程はこのロングボウの最初の射程単位以内(《遠射》などの修正がなければ基本110ft)とする。
 また風雷の矢による遠隔接触攻撃を行う時、ロングボウから打ち出したアローとして扱い、それに対する《武器熟練》や《武器開眼》などは適用されるが、その他は疑似武器呪文に基づく。(よって風雷の矢にはこのアーティファクトに付与されているショッキングバースト能力の追加ダメージや、強化ボーナス分の追加ダメージも乗らない)

元にしたD&Dには存在しない、オリジナル・データなのでここに掲載。
こういう日本のRPGっぽさがあり、かつ独特の活用法がある武器アーティファクトはロマン。


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ぼくのかんがえたちーとはなめぷでもつよい話

飽きてきたので途中だけど放流
現在マギレコとオバロ(今更)の影響を受けているので次のネタはそのへん


 

 やってきた第四試合、あるいはベスト16を決める戦いの当日。

 対戦相手たる風の勇者の入場を認めて、俺は覚悟を決める。この戦いばかりは、これまでのように無傷では済まされない。ある意味彼女は初めて――ルールつきではあるが――俺を正面から負かしうる相手だ。勇者やあるいはドラコリッチ級の相手でもなければ負けることは無いとも言えるが。

 

 お互い、約30mを挟んだ規定位置に立って試合開始の合図を待つ。風の勇者は神器・魔弓の弦に数本の矢を当てており、最初からその神器の力を発揮せずに防御力の確認から入るようだ。弓と矢の付与効果は累積するため魔法を付与された実体ある矢を用いた方がより威力が高まる。決して舐めているのではなく、より決着を早めるためには正しい警戒だ。

 

 試合開始の大銅鑼の轟音が闘技場に響く。先に動いたのは風の勇者だ。

 ハーフエルフの野伏(レンジャー)あるいは斥候(スカウト)たる彼女は早速後ろに距離を離しながら、こなれた弓さばきで2本の矢を同時につがえ、そして俺に向けて同時に放った。

 同時に矢を放ち、複数の狙いを一点に定めたこの射ち方は《束ね射ち(メニィ・ショット)》と呼ばれる技法だ。着地点を集中させることで、瞬間的な火力を得、命中率を安定させる効果がある。先を制した彼女は俺が行動に移る前、開始の合図に硬直した一瞬を狙って先制攻撃を行った。

 しかし、それらの矢は自立浮遊(アニメイテッド)する盾に軌道を逸らされ、ミスラル製鎖帷子(チェイン・シャツ)によって弾かれる。彼女の攻撃は俺の装備の隙間を射抜くほどの鋭さではなかった。

 やはり攻撃が通じないと見るや、二の矢をつがえずに新たに弓を引き始める彼女。“風の魔弓(ボウ・オヴ・エア)”の能力たる、風雷の矢の真髄を見せるつもりなのだろう。しかしそうはさせないと俺は両かかとを当てて、“加速の靴(ブーツ・オヴ・スピード)”を起動、防御を打ち捨てた急接近で次の矢を撃たせる前に長剣(ロングソード)で一撃を与える。

 光り輝く(ブリリアント・エナジー)エルフ特攻(エルフ・ベイン)の長剣は、彼女の軽装鎧をぶち抜いて大きなダメージを与えた。火の神の定めた闘技場の環境により、人を傷つけるダメージは肉体あるいは精神的な疲労たる非致傷ダメージに変換される。そのためどれだけオーバーキルな武器を使っても、人を殺す心配はないのは安心だ。

 逆に先制攻撃を受けたことで風の勇者は苦境に陥る。そして弓を射る間合いを取るために距離を取ろうとし、そこで俺に追撃を今一度受けてだいぶ劣勢になった。様子がふらついてきたが、彼女の足取りはまだしっかりとしているし、何より勇者パーティの最高のダメージディーラーたる彼女には一発逆転の超火力が残されていた。

 彼女は俺の追撃をもろに受けるが、それをあたかもゲームのようにダメージノックバックで加速する。その勢いで俺の背後を裏取りし、更にその速度を矢なき弓による魔法の矢弾に乗せて複数同時に放つ―――スカウトの機動攻撃(スカーミッシュ)、そしてレンジャーの《束ね射ち》、その二つの技法の合わせ技だ。

 距離を引き離した彼女へ再び接近しようとしていた俺に、その勢いを載せた疾風と雷撃、二つの矢が強烈な威力を持って俺に迫る。実体のない矢は浮遊する盾をすり抜けて、かざした赤龍の腕甲をすり抜け、その下にある鎖帷子をも貫通し、体内の臓器にまで衝撃が至る。

 ダメージは非致傷ダメージに変換され、出血は起きないが……その衝撃を受けて足を止めた。だが、風の勇者は想定と違うことに異常を感じていた。事実、魔法の矢は確実に俺に命中していたが、ダメージはその風の矢が持つものだけで、身体を貫くような矢の勢いは消失していたのだ。

 

「レンジャーにしてスカウト、その二つの職業(クラス)を極めて高いレベルで技術を組み合わせた《素早き狩人》たる風の勇者でも……いや人類の味方たる勇者だからこそ、人間が得意な敵な敵ってことはあるわけ無いよな」

 

 レンジャーは弓あるいは双剣の戦闘法を学びながら、特定生物への対処法を学ぶ局所的な戦闘法のエキスパートのクラスだ。そしてそこにスカウト・クラスの技術を組み込んだ《素早き狩人》は、両者を共に高いレベルで伸ばし続けていく。しかし……スカウトの機動攻撃は生物の急所をより深く穿つために活かされる技術であるため、急所を守る魔法によって防がれる欠点があった。

 そう、大会で対戦相手が判明しているのだから、相手に合わせた装備を整えられることを活かし、俺は見た目はいつもと同じながら、その鎧を急所防御(フォーティフィケーション)効果を持つ鎖帷子に取り替えていたのだ。これにより急所を打たれることを防いだら、後に残るのは純粋な風雷の矢の威力と、彼女の弓の力量だけ。鋭さに基づく最大の攻撃力は封じられていた。

 ……尤もこれにも穴がある。特性生物への対処法“得意な敵”を深く学んだ《素早き狩人》たるスカウトにしてレンジャーは、その急所防御さえ貫いて急所を穿つ、いわばクリティカル無効無効能力を身につけている恐れがあった。しかしながらその貫通能力が及ぶのは得意な敵だけ、まさか魔王を倒すべき勇者に選ばれる者が人間を倒すのが得意なんてこともなく、その能力は俺に及ばないだろうと見積もっていた。他に急所を防ぐ手段はなかっただけに、勝ち確でなく勝算があると遠回しに言うしかなかったのはこのへんの理由である。

 ちなみに魔法の矢のうち、雷の矢は完全に無効化されていた。これは純粋に、いつも着ている鎧にかかっている各種エネルギーへの抵抗によるものである。

 

 何にせよ、通常の風雷の矢ごときなら十数発受けても耐えられる。もはや怯えるものはないと確信した俺はダメージを恐れずに一気に突撃する。反対に焦り始めたのが風の勇者。俺の剣の威力は先ほど身をもって知り、これ以上のダメージは耐えられないと理解している。かといってやられる前にやる手段は封じられた。であれば残された手段は一つ……搦め手だ。

 風の勇者はくやしそうな表情をしながら、腰のベルトから革の小袋一つを抜き取り、袋ごとそのまま俺目掛けて投げつける。どこかで見覚えのある形状だっただけに一瞬の判断が回避を遅らせ、命中を許してしまう。

 ……袋は空中で容易く崩壊し、中から白い粉が飛び散る。いや、白い粉は空気に触れるや液体状、粘体となって俺の体にへばりつく。―――“足留め袋”だ!

 このトリモチのような粘つく物資は投げつけた相手の移動を阻害する上に、床に接着して身動きを取れなくする非魔法の錬金術で作成されたアイテムだ。リーチ外から一方的になぶることが出来るこのアイテムは、闘技大会で使うには卑怯な手なために風の勇者にブーイングが飛ぶ。だが俺があまりに一方的に追い詰めたことが、そしりを受けてもその手を使うことを彼女に決意させてしまったのだ。

 俺は粘着物質が完全に固まる前に無理矢理動いて、せめて床と接着されることを防いだ。しかし鎧にべっとりくっついたネバネバは俺を動きにくくしている。モタついている間に急いで距離を引き離した風の勇者は既に、圏外に達していた。……ネバネバが邪魔をして、今の俺の足では彼女を追いきれそうにない。主武装は2つまで、という制限のために弓は置いてきてしまったし、幾つかの投擲ダガーは用意していても、これだけで倒すには全然威力が足りない。

 どうする?今あるアイテムには頼れない。しかし火の神の御前であるこの大会中にチートを使えば、間違いなく不正がバレる。じわじわと体力と精神が削られていく中で、いいように俺のことを一方的に射掛ける風の勇者の姿を見る。彼女が放つ殆ど透明な風の矢を見て……一つ光明が差した。彼女に一瞬の隙を作れれば、ワンチャンスが生まれるだろう。

 俺は長剣(ロングソード)を一旦鞘に収め、次の攻撃を待つ。その行動を不審に思って一度手を休める風の勇者だが、俺の戦意が途切れてないと悟るや攻撃を再開し、次の風の矢をつがえる。

 ほとんど目に見えず、揺らめくだけの空気の矢は魔弓の弦から解き放たれ、俺目掛けて一直線に突き進む。高速で飛来するほぼ透明の物体だが、それは決して見切れない攻撃ではない。

 風の矢は物体をすり抜けて生物にダメージを与えるものではなく、あくまで隙間を滑るように縫って実質的に貫通するものだ。光り輝く(ブリリアント・エナジー)武器と違って、物体と接触するエネルギーの攻撃なのだ。

 見えるし触れるならば、斬ることだって可能だろう。

 

 俺は風の矢が飛来するその二歩前に鞘から第二の武器、燃え盛る(フレイミング)長剣(ロングソード)を引き抜く。

 そして一歩手前まで飛翔した、今目の前にある半透明の風の矢を薙ぐ一閃。

 風の矢は二つに分かれて共に俺の体に突き刺さるが、飛翔する勢いは減衰されて全くダメージを与えられない。

 疾風の矢は剣に斬られたことで、その勢いを失って単なるそよ風と化したのだ。

 これぞ俺が土壇場で見出した、敵を驚かせる秘技――矢切りの居合術なり。

 

 次々と放たれる矢のうち一本を落とした、だからどうした?と侮ることなかれ。巧みな技は、それだけで敵の目を引き、精神に干渉するものだ。

 風の勇者は俺が行った芸に見惚れたあまり、精神に空白を産んだ。そこに一瞬の隙がある。

 僅かな時間だが、粘着物に足を取られながらも彼女に急接近する。数秒の間合いを詰めた後に風の勇者はようやく俺の突進に気がついて、距離を取ろうとするも―――それよりも早く彼女を間合いに捉えた俺が、全力で光り輝く長剣を振り切る。一閃。

 距離を取ろうとした風の勇者はその一撃を受けて転倒。いいや、違う……変換された非致傷ダメージが身体の限界を越えて気を失ったのだ。

 たちまち歓声が沸き起こり、俺の最後の一撃が彼女にとどめを刺したと司会が決着を告げる。風の勇者を打ち倒した俺の勝利だ。

 

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お姉ちゃんぶる話(飽きた)
1


※原作「ダンジョンズ&ドラゴンズ」および「d20モダン」シリーズ他、d20システムはアメリカ製のテーブルトークRPGです。
 ただし呪文名や魔法のアイテム名の幾つかは英語原文から私家訳しています。原作をご存知の方で、和訳書籍と一致せず、翻訳がおかしいと感じたものは作者に突っ込むするなり、ルビの原文カタカナ読みから判断するなりしてください。

(レギュレーション:所持するD&D3.5e・3e系列の全サプリ。d20モダン。一部のみD&Dパスファインダーより流用)

-まえがき-
ドラゴンとロボが戦うような近未来ファンタジー世界に転生した主人公がチートして調子に乗ったらやんちゃして、しばらくほとぼりが冷めるまで姿を変えひっそりと過ごしながら隠居先の女の子を見守ってる話。一応TSだったのでタグの原因。
一からの成長を踏まえずに最初から強い主人公を動かす練習作。


 私が千歳天華になってからはや2年が経ちます。

 千歳家の勝手に慣れ、血の繋がらない姉様とも随分仲良くなりましたが、時折り家族愛を超えた愛情を向けられそうになってはヒヤッとすることが絶えません。人間の最大値を超えない程度の【魅力】能力値に抑えたはずですが、人外のインフレ環境で調整してしまったためか、周囲にはあたかも天性の女優であるかのように扱われております。どこからどう話が伝わったのか、顔を合わせてもいないプロデューサーからアイドルグループへのスカウトまで来たこともあります。その時は姉を通じて丁重に断らせて頂きましたが……そも、今の私は家族のためにアイテムを作る魔道具技士(アーティフィサー)であり、アイドルとかヒーローとかその手の活動はもう前世でお腹いっぱいまで経験積みです。引退がてら前世の取り巻きを振りきって、千歳家へ落ち延びたのに再びアイドルになっては姿を変えてまで逃げ込んだ意味がありません。

 表に姿を現さず家の中で引きこもりながらも常々水薬(ポーション)を製作しては売りさばいているため親のすねはかじっておりませんし、またチートでドラゴン以上に頑強な私の身体は運動不足で衰えることもありません。悠々自適のフリーター生活を送らせていただいています。

 

 私の話はさておいて、今日は姉様が高校に入学する日です。千歳家は両親が優秀な秘術剣士(ダスクブレード)であり、時には地方新聞の一面に載る活躍を見せることすらあります。そんな両親に幼い頃から憧れた姉様は、「私もなる」と言って聞かず、現代の冒険者学校とも言うべき国立竜洞学園へと進学を決めてしまいました。両親や私としては、命を危険に晒す必要のない堅実な仕事に就ける魔術師(ウィザード)を志していただきたかったのですが、神格の召命の声を聞き聖騎士(パラディン)になってしまわれては最早止める声が上げられませんでした。成り立てとはいえ、善と秩序の道を歩む聖騎士の行く手を阻めば世間体が悪くなりますし、罷り間違って悪と断定されても困ります。両親は説得を諦め、一般入試で合格することを条件に冒険者の道を出しました。それが半年前の出来事で、二、三ヶ月前に入学試験を受けた結果、姉様は成績トップ10の高評価で合格を果たしてしまいました。

 こうまで見事に入学を決められたなら清々しいほど諦めがつくと、両親は説得を止め、逆に先人として姉様に独自の教育を行うようになりました。私も何か姉様に手助けをしたいと思いましたが、表向き13歳の少女が人生の経験談を口にするのはおかしいので、専用の魔法の(マジック)アイテムを作るだけで我慢しました。それにしても身の丈を超えるアイテムを与えては姉様が装備頼りの戦闘スタイルになると為にならないと思い、ほどほどの物しか作れませんでしたが……いつか立派な聖騎士になると信じて、聖剣(ホーリー・アヴェンジャー)の製作にとりかかっています。例え死んでも蘇生しますから神話に語られるレベルを目指して頑張っていただきたいものです……とまでいくと高望みしすぎでしょうか?

 

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 どうやら姉様が学園の友達を二人ほど連れて帰ってきたようです。流石は姉様、早くも人間関係を構築するとは私がメロメロになる【魅力】を持つだけはありますね、なんつって。

 私の耳は壁を隔てた100メートル先でも姉さまの話す声を聞き分けますから、物を片付けたり迎える準備をする間があるのは幸いです。特に、私の身に付ける魔法のアイテムは強力な魔法のオーラを放ちますから、万が一友人に魔術師が混ざっていて遊び半分で“魔力感知(ディテクト・マジック)をされると驚かせてしまいますもの。

 急いで部屋から持ちだした魔法の杖(スタッフ)で、目につく魔法のアイテムのオーラを“偽装(ミス・ディレクション)しました。幾つかの魔法的な家具は両親が買ったものであるため、偽装は不要とは思いますが、何かの拍子に姉様が私のことを友人に話したりすることがなければ良いのですが。いえ、話のネタにする分には構わないのですけど、私に興味の矛先が向くほうが厄介といいますか。……一応、私の部屋の方にある魔法のアイテムのオーラも偽装しておきましょう。本来なら50発も撃てば魔力(チャージ)がスッカラカンになる杖ですが、数値であれば弄くり放題なのは我がチートの良いところです。

 処置を終えたら、姉さまの新たなお友達が帰るまで部屋に篭もってロボットの製作に取り掛かります。北方、ドワーフ連邦で発展した機械技術は才能あるものの魔術でしか成せなかった人造クリーチャー製作、宇宙間渡航、メカ装着による人間の単身飛行等を魔力無き非才の人の身にも可能としました。その一つがこのロボット技術です。この世界のロボットはあたかも人間のように学習し、働き、中には魔術を修得し、あるいはその魂無き身に信仰を宿し呪文を唱えるものまでいるといいます。そんなドワーフ連邦で産まれ知性を持ったロボットたちは、使われるだけの身から叛逆し、西欧に人造の独立国家を打ち建てて世界にロボットの人権を認めさせるほどですから、AI製作で四苦八苦している現実のロボット工学を知る身としては驚きというか都合がいいというか……。さておいて、私が作ろうとしているロボットは機械の体をベースに魔術で知性を目覚めさせたハイブリッド型ロボットなので、尊敬すべき純粋な叡智の極みを真似たものではありませんが、純粋な機械工学で作られた平凡なロボットよりも高い知性を得る点が優れています。いずれは姉様の仲間として、表に出られない私の代わりとして役立ててもらおうと思っての製作ですが、果たして使われる時は来るのでしょうか……?

 

 ロボット製作工程の8分の1くらい手がけたところで、私の部屋を訪れようとする気配を感じ取り、部屋の中を覗かれる前に急いで扉から外を覗きます。

 足音から察していましたが、部屋を訪れようとしていたのは姉様でした。お友達に私のことを紹介したいとおっしゃいますが、例え紹介されても私は姉様と両親のため以外にアイテムを作ってあげるつもりはありません。そして金を払って魔法のアイテムを注文するなら、もっと大手の企業の方が豊富なサービスや保証も受けられるでしょう。それに魔法のアイテムを作ってもらったお友達たちだって、口止めを頼んでもどこで手に入れたアイテムなのかを別の友達に問われれば答えてしまうことがあるでしょう。……とはいえ私も、姉様にそこまで徹底的な緘口令を敷いてほしいわけではありませんが、わざわざ私の名を触れ回ることはしないでほしいのです。特に、学園に入ったばかりの新人冒険者なら自分の魔法のアイテムを手に入れることに憧れる時期でしょうし……

 え、もう話した?手持ちの魔法のアイテムをどこで得たのか聞かれた時に「妹に作ってもらった」と答えたら、家にお邪魔する流れになったと。そうですか、そうでしたか、はぁ。そういう話の流れなら顔を見せないのは逆に姉様の迷惑になりますね、仕方ないです。でも今後はこのようなことがないように気をつけてください。

 仕方ないと製作の手を休め、私はリビングにいる姉様の新たなお友達二人に挨拶へ伺いました。といっても魔法のアイテムに釣られてやってきた友人とやらは、本当にお友達になる気があるのか甚だ怪しいものですが……実際にお二人に対面すると、一目で欲望が駄々漏れなのが見てとれました。

 まず小柄な女性―――ハーフリングの盗賊(ローグ)志望のご友人は、見るからに魔法のアイテムに興味津々といった欲望を隠しきれないといった様子で、私がどのように姉様のアイテムを手がけたのか聞きただして参りました。細かい解答は置いといて、注文は受けるがタダでは受注せず、しっかり正当な代金を戴くと伝えるとギラギラとした目つきを引っ込めて、今度は我が家にくすねられるアイテムがないかと手癖の悪さを見せつけられました。勿論、我が目と耳の届く限り窃盗を許すことはありませんがこの御方と姉様の先の関係が心配でなりません。

 もう一人の女性は人間の神官(クレリック)で、いかにも裕福な良いとこに生まれ育ったお嬢様でした。私が手がけたアイテムに身を包む姉様よりも、数々のド派手なオーラを放つ魔法のアイテムを身を着けており、自らの纏うアイテムを誇示し、姉様とその専属の製作者である私を貶めるために訪れた、といった感じでしょう。逐一アイテムの性能やら何やらを見ぬいて、適当に褒めてやれば勝手に舞い上がってくれたのでもう一人の方よりは相手が楽ですが、とても良いご友人には見えませんね。聖騎士の名に相応しく義務感や正義感が強い姉様とは、ちょっと合わない気もします。

 どちらにせよ、姉様が友人とおっしゃる方々はとても良い志を持っているようには見えず、姉様の学園ライフが心配で心配でなりません。なるべく姉様の印象が良くなるような言葉使いに気を払い、雰囲気の良い場を作った後に退散しましたが、この場の印象なんてその後の生活で簡単に移り変わるでしょう。特に、神官の方は一度気を損ねると財に靡かない姉様のことを冷遇しそうに思えます。もしそうなったなら、姉様のより良い学園生活のために私が手を出すことも考慮せねばなりませんが……“交神(コミューン)の呪文で神様に質問をするだけで、陰謀を明らかにしてしまえる神官の方に手を出すのは最終手段でしょう。例え唯一の証人を殺したところで、蘇生出来るどころか死んでも口封じにならない呪文(スピーク・ウィズ・デッド)があるのがこの世界ですから。

 邪魔しないように部屋へ戻り、ロボットの製作に戻りましたが姉さまのことが心配であまり作業は進みませんでした。

 

 

 





魔道具技士(アーティフィサー)
 技能系職業(クラス)の1つ。元はエベロンという魔法が発達した世界において独自に芽生えた職業で、各魔法のアイテム作成やその管理、使用を行える。また冒険では盗賊のように魔法的な罠を発見することも可能。アイテムさえあれば強力だが、アイテムを介しない直接戦闘能力は殆ど持たず、そのため何かと非常に金がかかる。


水薬(ポーション)
 呪文効果をアイテムに込めたことで、いつでも誰でも呪文の恩恵を受けられるようにした消耗品。ただし込められる呪文は低レベルに限定されている。一般的に液体に呪文を込め、仕様時にそれを飲むものをポーションと呼ぶが、武器や物体などに塗布する(オイル)も対象が異なるだけでポーションと同じものである。また、世界や地方によっては食物やルーンなど別の形で魔法を込めたものもあり、それも広義のポーションである。


秘術剣士(ダスクブレード)
 近接戦闘能力と秘術呪文(アルカナ・スペル)を高水準で融合した、戦士系職業。専業の魔術師ほど呪文のレパートリーを持たないが、最前列で戦いながら簡単な攻撃・防御呪文を発動することが出来る関係で瞬間攻撃力が非常に高い。


魔術師(ウィザード)
 代表的な秘術呪文――世界の理とも言うべき隠された神秘の法則から魔法を発動する呪文系統――を操る術者職業。一日の初めにその日に使う呪文を「準備」しなければならず、また呪文の使用可能回数も他の術者職業に比べると少なめだが、レパートリーは呪文を自分の呪文書に書き写す限り無限に広げられるのが最大の特徴。あえて召喚術や死霊術など、得意な呪文系統・苦手な系統を得た専門家(スペシャリスト)と呼ばれる魔術師もいる。


聖騎士(パラディン)
 善き神の召命を受け、目覚める戦士系職業。規律(コード)と呼ばれる様々なルールを守らなければ職業で得た能力を失うなど厳しいが、悪しき者に追加のダメージを与える近接攻撃“悪を討つ一撃(スマイト・イーヴル)”、神官のように幾つかの信仰呪文(ディヴァイン・スペル)、またアンデッドを退散させる能力を獲得し、更に様々な呪文への抵抗が強化され、幾つか聖騎士専用の魔法のアイテムが存在するなど厳しい義務に見合った強い能力を獲得する。


魔法の(マジック)アイテム
 半永続的な魔法効果を持つアイテム。魔法のアイテムごとのレシピに定められた呪文が使用可能な術者でなければ製作できず、また製作には金と、生命力の一部(経験点)、そして日数を消費しなければならない。ちなみに製作工程で魔法を込めることが重要であり、単に魔法を併用して作成しただけでは「魔法のアイテム」にはならない。
 またアーティファクトと呼ばれる、定命の者には作れない神々の手によってのみ作られる魔法のアイテムもある。アーティファクトは通常の手段ではどれだけ傷つけても破壊することが出来ず、儀式的な手法か非常に強力な呪文が必要になる。


聖剣(ホーリー・アヴェンジャー)
 上述の聖騎士専用の魔法の武器。冷たい鉄(コールド・アイアン)という他世界のクリーチャーを傷つける素材で出来ており、武器自体も優秀だが聖騎士が持つと更に強力な武器となり、強力な上位解呪(グレーター・ディスペル・マジック)呪文を放ち、かかって(かけられて)いる魔法効果を中断することが出来るようになる。


魔力感知(ディテクト・マジック)
 魔法のアイテムが常に放っていたり、その場で使用された魔法の残滓が宿すオーラ――通常の目には見えない漂うモヤのようなもの――を感知するための占術(ディヴィネーション)呪文。一般に高度な呪文や、難しい工程を必要とするものほどより強いオーラを放つ。
 感知(ディテクト)系には他にも悪属性感知(ディテクト・イーヴル)植物感知(ディテクト・プラント)など様々なものが存在するが、呪文によっては自身の技量より強すぎるオーラを感知すると朦朧としてしまうことがある。


魔法の杖(スタッフ)
 複数回分の魔力を込めておき、杖に登録してある呪文を(将来的にその登録した呪文を使用可能な術者職業に就いているなら)いつでも使えるようにした魔法のアイテム。込められる呪文レベル、呪文の種類に限度はないが登録された呪文で杖から消費する魔力残量は共通で、同様のアイテムながら比較的低レベルの1種類しか込められない魔法棒(ワンド)よりも製作コストが非常に高額である。


偽装(ミス・ディレクション)
 感知系呪文によりアイテム1つが放つオーラを、別の物体一つと誤情報を認識させる幻術(イリュージョン)呪文。ただし幻術は、感覚が鋭い者には容易に見抜かれる恐れがある。


盗賊(ローグ)
 代表的な技能役――冒険において敵の先行偵察から待ち伏せの看破、罠の発見・解除まで様々な下働きを行う役割の者――の職業。戦闘では、生物の弱点を見抜き大ダメージを与える急所攻撃(スニーク・アタック)能力を持つことから、第二の前衛や敵後衛を潰す役割を担うことも多い。また、本来魔法を修めなければ使用不可能な魔法のアイテムを使用する魔法装置使用(Use Magicitem Device)技能を習得し、アイテムで攻撃呪文を駆使する盗賊もいる。


神官(クレリック)
 代表的な信仰呪文――神格や、あるいは大自然や哲学・倫理的な概念をパワーソースとして他者から与えられる呪文系統――を発動する術者。多少重い武器防具も難なく装備可能で近接戦闘をこなせる、アンデッドに対して生命的なエネルギー又は反生命的なエネルギーを放射することで退散または威伏しアンデッドを克服することが可能、など多数の能力を獲得する。
 一般に信仰に関わる職業は、その他の術者クラスよりも強力な傾向がある。


交神(コミューン)
 術者が崇める神格(または術者の理念に近い存在・神格)に幾つか質問を問いかける占術呪文。ただし質問時間は短く、質問文・返答ともに手短に済ませねばならないので気軽に使えない呪文。


・スピーク・ウィズ・デッド
 死んでからさほど時間が経っておらず、損傷も少ない死体にかけることで、死体に幾つかの質問を問いかけることが出来る死霊術(ネクロマンシー)呪文。同じ死体には1度しか使用できない。




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2

練習なんだから文字数とか気にしなくていいじゃんとなった



 姉様の入学から数日が経ちましたが、あれから二度とご友人を連れてくる気配がありません。新学期で皆、慣れるまで忙しいのかと思いましたが、姉様が時折り学校の出来事を思い出しては色気か恥じらいを隠しきれない素振りから、もしや男が出来たのか!とあれだけ身を尽くした私が捨てられるのではないかと戦々恐々したものです。私とお姉様の愛の巣が、見知らぬ間男に奪われて追い出されることになろうとは、あのお優しいお姉様には予想もつかなかったのでしょう。ああ、なんて優しいお姉様、それが残酷な結果を齎すとは悲しいです……なんて。半分冗談ですが。

 しかし姉様に男が出来たような素振りがあるのは事実。男勝りの姉様ですが、お優しいところがありますのでそこへ付け込んで恋人まがいの振る舞いを強要する不埒な男子が現れたのではないかと心配になって、今日姉様が登校した時からずっと念視(スクライイング)の呪文で見張っておりました。すると朝礼の間際に登校してきたある男子を目に留めた途端、食って掛かるように戦いを申し込む姉様の振る舞いに、心配は無用だったかと呆れ果てました。どうやら姉様、学校の演習か何かの練習試合である男子に負けたことを気にしているようです。

 その男子はまあ、呪剣士(ヘクスブレード)と呼ばれる……言ってはなんですが聖騎士(パラディン)の姉様と比べると非常にマイナーな職業(クラス)能力の訓練を積んだ人間のようで、そんな得体の知れぬ職業に敗北を喫した姉様は己の誇りある聖騎士がマイナー職業に劣っているのではないかと思い込み、そんなことはないだろうと自らの疑念を晴らすべく敗北の汚名を返上するために相手が嫌がるにも関わらずしきりに再戦を申し込んでいるのが、姉様が時折り見せる恥じらいの真実だったようです。なんともまあ純粋な姉様らしい、色気もない話です。

 実際に切り結んだ経験はありませんが、私の知る限り呪剣士とは戦士(ファイター)から防御力を数段落とし、わずかな非戦闘用秘術呪文(アルカナ・スペル)と“呪い”と呼ばれる幾つかの敵弱体化(デバフ)能力を付け足しただけの、聖騎士や騎士(ナイト)といった頼れる前衛とは比べ物にならない、前衛というには心許無い弱小デバッファークラスです。呪文使いとしては当然ながら魔術師(ウィザード)神官(クレリック)といった定番職業には汎用性も実用性も及ぶべくなく、かといって魔法戦士としては秘術剣士(ダスクブレード)複合型秘術戦士(エルドリッチ・ナイト)(戦士職業と魔術師職業の両方を修めた複数職業(マルチ・クラス)能力者)にも火力・防御力・状況対応能力等、魔法が絡んだ全てに置いて上位互換が存在するのが一線級になれない理由です。

 唯一、敵弱体化能力では目を見張るところはありますが、それにしたって他職業の呪文で補えない範疇ではありませんし、二つある敵弱体化能力のうち片方は便利ですがもう片方は数を打てない癖にまともにかかるような相手は普通に殴り勝てる格下だけという、以上いずれの能力にしても中途半端が否めない理由から弱小職業と断じます。

 それが何故姉様に勝てたかといえば、装備の差、特技の差、あとは……相性差でしょうか。聖騎士は性格・性傾が悪に偏ったキャラクターを打ち倒すことが得意なものの、悪でない相手との戦闘では本気を出せず一段性能が落ちる、実用性を重視したクラスなので模擬試合の場で負けるのも仕方ないかもしれません。一方で、なんだかんだ呪剣士の敵弱体化は相手を選ばずに使えますし、使えない方の敵弱体化能力も同格相手なら5割くらいで通せば途端に有利となります。それに口周りの輪郭をよく見ればわかりますが、歯茎や幾つかの骨格に純人間ではありえない、人を傷つけるような鋭い骨格をしていることから恐らく先祖に他の惑星からやってきた悪の来訪者(イーヴル・アウトサイダー)を持つ、それも悪魔(デヴィル)の血が混じった家系だと伺えます。混血なだけあって肉体的に純人間より頑強で力強く、その補正があれば呪剣士でも聖騎士に並ぶ前衛能力は身につけられるでしょう。あとは、装備の差ですね。身に纏う装備が放つ魔法のオーラを識別すると、身の丈よりも二回り強力な魔法の装備(マジック・アイテム)を身につけていますね。傷つき具合から察するに、呪剣士などというマイナー職業を修めていることも含め、彼のお家に先祖代々伝わるものなのでしょう。姉様の努力や才能を俺TUEEEで一蹴するとはなんとも気に入らない。同族嫌悪?あーあー聞こえない聞こえない。

 昔の私であれば親しい者の心を害したと制裁に赴くところですが、今の私は派手に立ち回らないと決めています。それに強情な姉様は他人の手を借りて報復したり、無理矢理強いマジックアイテムを渡されて力の差を埋めることも喜ばないと、二年の関係で性格はよく知っております。かといって露骨な手助けも好まないでしょうし、姉様を言いくるめるのも、まるで私の意のままに操ってるようで気が引けます。

 どうしたものかと少し考え、マジックアイテム分のアドバンテージを失わせれば姉様と彼の資産・種族的な差は埋まると考え、次に姉様が試合を取り付けた日に手を貸そうと思いました。解呪(ディスペル・マジック)系列の呪文には効果が続いている魔法を即座に終了させる以外にも、魔法のアイテムを一時的に機能を抑止する効果がありますので、行使可能な距離が短いのは難点ですが身を隠しながら呪文をかけるくらいはお茶の子さいさいです。バレれば姉様の仕置き不可避ですが……男にうつつを抜かし、私を心配させた姉様が悪いのですよ、ええ。

 

 

 



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3

 

 この世界に未来予知(フォアサイト)を行える魔法の呪文は存在しますが、呪文のレベルが高く敷居が高いこと、僅か数秒後の未来が見えるだけで突然の不意打ちを避ける程度の効果しか受けられないしかこと、ことそして何よりも自分で未来を見るよりも神様という未来を見通す存在に神託を下してもらうほうが比較的簡単だという理由であまり有名ではありません。

 ただし神託といっても、全ての出来事や危険をそのまま教えてくれることもなく、解釈の難しい難解な言葉で伝える傾向にあります。例えば赤龍のファイアー・ブレスに襲われる未来が待ち受けているのならば、「汝、降り注ぐ生命力の炎に焦がされよう」というふうに、具体的な事象を伝えられることはありません。(グッド)なる神様の場合は信徒が“神頼み”ならぬ“神頼り”せぬよう厳しくするためのお言葉ですが、(イーヴル)なる神や、中庸(ニュートラル)なる神様の場合は単に面倒くさいとかいった率直な理由であったりもしますが。

 さて、私も使おうと思えば前者の未来予知の呪文を使えますが、今知りたいのは姉様が雪辱を晴らす戦いを行うのがいつになるかということなので、短時間の未来しか見れない未来予知の呪文を使う理由はありません。基本的に未来予知は、更に他の未来予知(を受けての行動)の影響を受けない限り、変わることはありませんから……あの魔剣士(ヘクスブレード)に与する神官(クレリック)なり誰なりが神託を得でもしなければ、日程が変わることはないでしょう。尤も、神様が素直に日取りを教えてくれるかどうかは不明ですが。

 というわけで、こと魔術では一、二を争う神様だとして私が崇拝するヘカーテ様に交神(コミューン)の呪文で姉様の未来をお尋ねしたところ、「半月が満ちた日中に再戦が行われる」と……つまり4日後に行われることを突き止めました。その日までに外出用の呪文の準備を間に合わせて、また前日に魔剣士の武器防具を抑止するための呪文を仕込んだ魔法棒(ワンド)も複数仕込みました。これで私の準備は万全です。

 きちんと明日に事が起きるかは心配ですが、姉様を伺ったところ明日何かある様子で張り切っておられたので、再戦の約束が取り付けられたのだろうと思われます。安心安心。

 

 

 翌日、姉様が登校してから1時間後に、私も姉様が通う龍洞学園へ向かって出発します。

 我が国のみならず、先進国(魔法が発達・浸透している国家を指す)の多くでは公共の場での魔法効果の発動・使用は禁じられております。フライの呪文で建物を飛び越えたり、テレポートの呪文で目的地に瞬間移動すればあっという間に着きますが、例え他人に直接害を及ぼさない呪文であっても前者は他の飛行体との衝突や墜落の危険性が、後者は低確率ながらも“失敗”する等、多くの呪文にはリスクや危険性があることが規制の理由となっています。しかしながら銃や武器と違い、取り上げることの出来ない魔法(特に魔術師(ウィザード)以外の呪文書無しで呪文を発動出来る職業(クラス)は尚更!)は規制したところで悪用するものが絶えないのがこの世界の現状です。魔法や機械による監視にも限度はあります……なので毒をもって毒を制すというか、現実のこの国と違って銃刀法が無いのは各自、自らの手で護身を測れるようにという大きな常識の違いでしょう。

 外出に際して私の身につける魔法の(マジック)アイテムについても、規制があります。魔法や魔法のアイテムにはオーラと呼ばれる強さがありまして、全4段階のうち、“微弱”“中程度”のオーラを放つもののみ公共の場で携帯を許されています。“中程度”のものは害を及ぼす危険性が殆ど無い系統のオーラを放つ物のみが許されていますが、私が身につけているアイテムは、当然のように“強力”なオーラを放つものばかり。オーラの偽装(ミスディレクション)はしておりますが、いかにも神秘性のある物品ですし、警察に姿を見られればまず間違いなくしょっぴかれますね。見つかるつもりはありませんが。

 先日に作成した虹色のオーラ(プリズマティック・オーラ)の呪文を記したスクロールに自前の《呪文24時間化(パーシステント・スペル)》効果を付与することで、半日の呪文持続を可能にしました。きらめく七色の守りのオーラにより、本来なら各色の守りが害した者へランダムに反撃する呪文ですが、私は単に姿を見えづらくする隠密の補助として利用しています。虹色に煌めいているのに隠れるとは可笑しな話ですが、チートで常識外に高まった私の能力は普通に考えれば不可思議な現象すら容易に引き起こします。やろうと思えば、雲や水蒸気の上だって歩けるように。

 暫く引きこもりっぱなしで鈍っていた身体の感覚を取り戻しがてら、ビルとビルの屋上を〈跳躍〉するド派手なアクションで気晴らしついでに移動時間を短縮します。スーパーマンのように一足で高層ビルを飛び越えるほどのジャンプは出来ませんが、3階建てのビル屋上に飛び上がり、30mある道路を幅跳びして向かいビルの屋上に飛び移るくらいならば可能です。あるいはそこらに張り巡らされた電線の上を伝うのも良い運動になりますが、疲れを知らぬこの身体でちんたら歩く必要も無いと、都市上空を軽快に跳ねながら学園へ向かいます。

 

 

 片道30分、海と山林の丁度中間にある小高い丘の上へ建てられた広大な学園敷地内に到着しました。数メートルもある外塀は私の健脚の前には無いに等しく、また共に張り巡らされた魔術的警報(アラーム)の範囲も魔術視覚(アーケイン・サイト)にかかれば避けて通り抜けられます。

 姉様を探して大胆に不法侵入を開始した私は、その目的上様々な訓練施設や研究施設を有し、常識はずれにだだっ広い道案内なしに初めて訪れれば迷うこと不可避な学園を、自身の直感を頼りに姉様の居場所を突き止めました。雲の上を歩くのと比べれば、例え訪れたことのない場所でも旧知の地であるかのように土地勘を得ることくらい、簡単なものです。

 神託で賜った情報も少し早かったようで、姉様の再戦は次の授業の一環として、生徒同士の練習試合の演習として行われる模様です。雪辱を晴らす機を心待ちにしてウキウキしている姉様も姉様ですが、教室中が高揚した雰囲気に包まれているあたり、姉様のクラスメイトの殆どは皆、自らの力を他人と比べる、あるいは誇示することに夢中になっているようです。一対一の直接戦闘は苦手な魔術師らしき数名や、姉様の意中の男子生徒はそうでもない表情を見せておりますけど、しかし本来支援を主とすべき神官たちまで戦意を高めているのは正直どうかと思います。

 

 姉様が机と黒板に向かい、勤勉に〈呪文学〉をノートに書き写す授業風景を見守っているうちに授業が終わりました。次は待望の演習であると教師から告げられ、教室中が戦士どもの歓声と気怠い溜息で埋まります。直後に待ちきれない姉様が引っ張るように男子学生を連れていく様は、まるで遊園地で父兄を引っ張り回す無邪気な女の子のようでした。しかし姉様の人目を憚らない恥ずかしい姿に赤面するよりも、私はそんな姉様たちのことを敵意を持った目で見送る二対の視線の方が気になりましたね。一人はハーフエルフの秘術剣士(ダスクブレード)の男子生徒、もう一人はこの前我が家に訪れた神官の女生徒でした。はて、ハーフエルフの方に姉様が何をしたのかは存じませんが、女生徒の方はこの前仲良さそうにしていたのに……さては姉様、何か逆鱗に触れる真似をしでかしましたかね。雪辱を晴らすのに夢中な姉様が足を掬われないかと心配です。

 さておき、あの浮かれた姉様の様子だと授業開始前に試合を始めかねませんから、こちらも急いで追いかけねば。

 

 ……む?

 

---

 

「私は“戦女神”アテナ様に召命された聖なる騎士!いざ尋常に勝負を挑まん!」

 

 全身鎧に身を包む、姉と呼ばれた聖騎士(パラディン)の女生徒――千歳月華は高らかに声を上げるが、対面する男子生徒は気怠い表情を隠さずに言葉もなく長剣(ロングソード)を構える。名乗りに付き合うつもりはない、という表明だ。

 月華は名乗りを返されなかったことにむっとするも、気を取り直して、審判の声を待つ。

 互いに刃引きされてない真剣を構える……危険かと思われるが、この学園での試合は限りなく実戦に近い経験を積ませるため、HPダメージによる死亡防止(ディレイ・デス)の呪文をかけること、並びに前者の呪文を解いてしまうような解呪(ディスペル・マジック)行為の禁止以外は戦いに制限をしていないのが普通である。極論を言えば、死ぬことがなければ毒に石化、戦闘開始前や開始と同時に呪文発動することだって認められている。

 今回の戦いに限り、お互いに搦め手は得意でない前衛同士なので前述の心配は無いが……。

 

「戦闘開始!」

 

 使わないと使えないはイコールではない。試合開始と同時に月華が突撃して斬りかかるが、それよりも早く男子生徒は剣を脇に構える独特の構えを取り、突撃に合わせて相打ち覚悟で斬り合う。

 初撃は互いに防御を崩しての打ち合いになったが、よりダメージが大きいのは勢い良く斬りかかられた男子生徒の方……ではない。派手に血しぶきを上げたのは男子生徒だが、しかしその出血は一瞬にして止まり傷は塞がっていた。むしろダメージは攻撃を合わせられた月華の傷が大きいくらいだ。

 まるでダメージを受けなかったような現象には種がある。男子生徒は武技(マニューバー)と呼ばれる、アジア伝来の神秘的な武術を修めており、その一つ「ディヴォーテッド・スピリット」流派により、攻撃を当てるごとにダメージを回復する信念の技を身につけているのだ。二人の攻撃力はほぼ互角、ならば例え防御が薄くても正面からノーガードで打ち合えば不利になるのは当然、月華の方である。

 

 しかしながら初撃で優位に立ったはずの男子生徒の顔色は優れない。彼が思ったよりも、剣の当たりが妙に浅かったからだ。今になって手に握る魔法の剣に違和感を感じ始めたが、既に戦いが始まってしまった今、理由を話して止めるわけにはいかない。

 当然だが、呪剣士(ヘクスブレード)である彼は武技専門家(マーシャル・アデプト)ではないため、この付け焼き刃の技は一度の戦闘に一回だけしか使えない。呪いと僅かな呪文以外に決め手を持たない呪剣士は、全身鎧を身に纏った聖騎士にすら劣る。普通に考えれば、勝てる相手ではない地力差が見えた。

 だが彼は自らが他の職業よりも劣ることを知っている、自らの弱さを熟知した戦闘巧者だ。力が劣るなら技で、覆せない格差があるならアイテムを用いるのが彼の戦闘術。だが彼の技は今使い切り、アイテムである魔法の剣はどこかおかしな不調を見せている。詰んだか?否、これで詰むような奴ではない!

 初撃から三合打ち合い、防御力の差で不利を悟った男子生徒は大きく飛び退き、懐から(まじな)いの呪言が記された札を取り出す。退いた彼を追う月華だが、それよりも早く彼は札を引き裂いた。すると彼は今までの2倍はあろう速さで月華の剣を躱し、逆に斬りつけるという底力を見せた。いや、あれは彼の力ではない、先ほど引き裂いた魔法の札に込められていた加速(ヘイスト)の呪文によるものだ。

 ダメージ量は未だ月華が優位だが、拮抗していた攻防の差は今や逆転した。2倍の速度で動く男子生徒は2倍の攻撃力と、回避力の向上を得て瞬く間に月華を追い詰める。ならば、と月華は男子生徒の攻撃の手が緩んだ隙に、先ほど彼が見せたのと同様の動きで距離を離し、懐の魔法薬(ポーション)に手を伸ばそうとするが……次の瞬間、一瞬で接敵した彼の剣に手を伸ばしたポーション瓶を粉砕され、驚愕する。

 攻撃の手は緩んだのではない、わざと緩めたのだ。彼は月華が同じく逆転の一手にアイテムを頼るだろうと確信して、わざと隙を見せてアイテムに手を伸ばす瞬間、破壊することを狙っていたのだ。

 まだ幾分か体力に余裕はあるが、もはや勝敗は見えている。月華は二度目の敗北にて、今度こそ相手に上回られたという失意のままに手に握る長剣を落とし、降参の一言を告げる。

 

 




後日、各話の後書きに用語・単語の解説を書き加えるかもしれません。


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4

呪剣士と姉様の関係は「実はSランクだけどCランクに甘んじる」系主人公と優等生ヒロインの関係、
主人公は「本当は姉より強いけど重い背景を持つ故に実力を発揮できない」的なサブヒロインポジション、……的なキャラクターをイメージして書いてます。
いわゆるラノベテンプレの一つをなぞる形。


 姉様の戦いを見届けた私は、学校見学もほどほどにお家へ帰りました。しかし、なんということでしょう。私が手を貸したのに姉様は負けてしまいました。

 一対一の戦いに消耗品を持ち込むなんて無粋とも言えますが、同じく姉様も私製魔法薬(ポーション)を使おうとしましたから一方的に糾弾も出来ません。あれは確か私の作った“樹皮の肌(バークスキン)”を得る魔法薬でしたから、服用出来ていれば敵の攻撃を防御力が上回り、押し勝てたでしょうが……。やはり魔法の(マジック)アイテムの差は大きいですね。最近の学生の間では成金スタイルが流行なのでしょうか?

 

 ともあれ姉様本人らの実力でやれるだけのことはしたでしょうが、相手はそれよりも上の実力を……もとい、アイテムを携えていたのが敗因ですね。今日は帰ってくる姉様を慰めましょう。

 

---

 

 三日前に敗れてからというものの、姉様は(私は何があったか知らないと思っているので)元気に取り繕っていますが、すっかり牙が抜けてしまっております。そんなに二度の敗北が応えたのでしょうか、対人戦の向き不向きはあるものですからそう落ち込むこともないと思いますがね。仕方ありませんから、今度の休みに少々お出かけに付き合ってもらいましょう。

 聖騎士(パラディン)の姉様に発破をかけるなら、やはりその心に秘める善意を煽るのがベター。普段魔法の(マジック)アイテムの素材調達や完成品の売買を頼んでいるバイヤーにかけあい、悪退治の御用を頂いて参りました。

 最近、このあたりに“新大陸”(いわゆるアメリカ大陸)から逃げ込んできた人造獣人(モロー)(天然の獣人(ライカンスロープ)と違って、比較的近年に遺伝子操作で作られた半人半獣の種族)の一団を追って、上陸したマフィアが派手に動いているようです。銃撃戦が起こるほど警察や現地の893と衝突を起こしているそうですが、流石は数々のヴィランが蠢く“新大陸”のマフィアだけあって戦闘員の質は高い様子、警察はマフィアを抑えきれずに取り逃がしたようです。構成員は盗賊(ローグ)系のバグベア(熊に似た鼻を持つ大柄なゴブリンの近縁種で、残虐な性格)で、素の姉様には少し荷が重い相手ですが、丁寧に支援をかけてやれば戦える相手だと見込んでいます。

 事前に幾つかの調査を済ませ、私たちの手が届く場所にマフィアが潜んでいることを確認後、腑抜けたままの姉様に声をかけ、聖騎士の義心をそそのかす形で発奮させます。私も支援についていくと言えば、か弱い妹を後衛に守りながら戦うことへ更に意欲を燃やし始めたようです。後衛だからと守られる必要はないのですが……いつもの調子を取り戻しつつあるのは、良いことです。

 

 翌日、“念視(スクライイング)”他、多数の占術(ディヴィネーション)によりマフィア集団が廃ビルに集まっていることを再確認し、姉様と共に出撃します。廃ビルから視線がビンビン飛んでくる中を堂々と歩いていき、入り口で姉様が高らかに悪党への宣戦布告を述べました。

 飛んで火に入る夏の虫と言わんばかりに正面に立つ姉様へ、空を裂き飛んでくる多数の弩の太矢(クロスボウ・ボルト)。宣戦布告の直後にどこからともなく不意を打って飛来するソレらは当たれば急所を穿つ致命の一撃となりえますが、“信仰の盾(シールド・オヴ・フェイス)”呪文の反発力で矢を逸し、自前の(ブレスト・プレート)で身を守り、隙間を貫いた矢も最後の砦“樹皮の肌”呪文による硬化した皮膚は抜けられず、姉様には傷一つつけることすら叶いません。

 初撃を凌ぎ、矢の飛んできた方向から階段の上にいるバグベアの姿を発見し、勇ましい声を上げて階段を躍り上がり乱戦に突入しました。そんな姉様に私は後ろから朗唱(リサイテイション)をかけ、攻防共に援護を行ったり。決して私自ら手を出す気はありませんし、倒すだけならば姉様一人で十分です。硬い皮膚に高い生命力を持ち、人間より2倍は頑強なバグベアたちを姉様の刃は豆腐のように切り倒し、しかしながら血を流す者は一人としておりません。長剣に付与された“慈悲(マーシフル)”の特殊能力より、剣が与えるダメージは心身に響く疲労、あるいは消耗に変換され、殺すことなく失神に追い込むのです。

 盗賊系は急所を突く(スニーク・アタック)ことによる対生物限定の攻撃力、隠密や斥候その他技能分野には長けるのですが、その身軽な身体能力を活かすためにどうしても防御力は低くなります。不意を打った攻撃は全く当たらず、階段という最後の地の利まで失ったバグベアたちは最後の手立てとして弩を捨て集団で組み伏せにかかりますが、近寄った者は順に地に沈められました。

 2階に潜むマフィアを倒したところでまだ上に残っていた多数のマフィアたちが窓から飛び降り、外に逃げました。それを見て姉様は急いで追いかけようとしますが、足止めのつもりか3階から降りてきた別のバグベアたちが攻撃を仕掛けてまいりました。最早姿を隠す必要もないと言わんばかりに、銃弾の雨が降り注ぎます。弩よりも高い攻撃力と精度の前に、幾つかの銃弾が数重の防御を貫いて姉様に当たりました。姉様の唇から僅かに呻きが漏れますが、未だ銃撃が続く中、治癒呪文をかけるために姉様へ近づくわけにはいきません。それに銃撃をかいくぐった姉様がバグベアたちに接敵しました。剣の届く距離なら、バグベアたちが銃や弩の狙いをつけるより姉様が切る方が早いのです。散開しようにも廃ビル内の狭所では距離を離すことも出来ず、ナイフを取り出すも時既に遅し、バグベアたちは切られ昏倒しました。

 しかし最後のバグベアは切られる前に棒のようなものがついた楕円体のものを取り出し、足元に転がしました。あれは……手榴弾(グレネード)

 丈夫なバグベアたちは手榴弾一発で倒れるほど柔な身体ではありませんが、バグベアたちに散々撃たれて傷を負っていた姉様は違います。幾ら鎧や皮で身を包んでいても、手榴弾の爆発の衝撃はそれらを貫いてダメージを与えました。爆発物への対策は一切取っていなかったため、瀕死に陥っていやしないかと心配になって姉様の元へ駆けつけますが、幸いにして怪我でフラフラになりつつも意識は残っておりました。致命傷治癒(キュア・クリティカル・ウーンズ)魔法棒(ワンド)を振って、傷を回復します。

 復活した姉様は、回復を施した私に礼を言いつつ、マフィアたちの気配を探ります。殆どのバグベアはビルの外へ逃げてしまいましたが、まだ上にも気配が残っております。そのことを姉様に伝えると、逃げたマフィアの追撃は諦めて上に残る連中の片を付けると決めました。

 

 3階に上がる姉様に追随しますが、その途中大型機械の駆動音らしき鉄が軋む音が聞こえてきたのを警戒して呼び止めます。

 なんだと尋ねる姉様をひとまず制して、音から上で動く謎の機械の正体を探ります……バグベアたち7人分の足音に紛れ、油圧で動く音が聞こえる。サイズは人間の倍以上……機械外骨格(メカ)でしょうか?

 機械外骨格はロボットと同じく、近代機械技術の著しい発達により完成した戦闘兵器です。操縦には特別な時間と訓練、職業が必要となることから冒険者間では流行りませんが、魔法飛び交う現代の戦争を一変した機械外骨格はとても危険なものです。近接戦闘では戦士(ファイター)に劣るマフィアたちといえど、機械外骨格を着こめばオーガに匹敵する筋力増強および大型武器による攻撃力、ゴーレム並の頑強性に全身鎧(フル・プレート)以上の防御力をバグベアが得たならば、姉様など軽々と超えるでしょう。しかし今から姉様の能力を引き上げるには、準備に時間がかかる私の魔法では間に合いません。しかし難敵を前に何もしないわけにはいきません、と背中にくくりつけた禁断の魔法の(スタッフ)を抜き取ってその宿る魔力で模倣した、強い悪の力以外の物理攻撃から身を守る天使の皮(エンジェル・スキン)の呪文を付与しました。今の私に出来ることはこれだけです。

 機械に気をつけて、と姉様に忠告しその後ろ姿を見送ります。私はせめて間に合えばと、昇り階段の途中で追加の魔法を準備し始めました。暫くして姉様と機械外骨格が派手に動く戦闘音が聞こえ出しましたが、まだ準備は終わっていません。完成まで数十秒……といったところで、階段の下に気配。まさかマフィアたちが挟み撃ちにするつもりで戻ってきたのでしょうか?

 今準備を中断すれば折角費やした時間もふいになり、姉様の戦いに間に合わないと心配しましたが、現れたのはバグベアではなく、それも私が一方的に見知っている相手でした。しかし何故ここを呪剣士(ヘクスブレード)の彼が訪れたのでしょう?

 なんにせよ彼もマフィアに用のある人間らしく、人間である私の姿を見てマフィアではないと判断したのか魔法を準備し続ける私に警告を発しました。幸いなことに今準備している魔法に詠唱は必要でなく、余裕があることから準備しながらも彼に、今も上階で戦っている姉様の援護に向かってほしいと手早く伝えました。僅かな言葉でしたが無事意図は伝わったようで、彼は私を通り越して早急に上階へ向かってくれました。私が準備するまでの時間稼ぎにはなってくれるでしょうから、そこは安心ですが……そもそも先日から姉様の気落ちする原因を作った人物である以上、別の問題が発生しないとは思えません。丁度今、ようやく完成した魔法を携えて急ぎ姉様の援護に向かいます。無事でいてくれれば良いのですが。

 




機械外骨格(メカ)
 二脚、あるいは四脚の人型をした乗り込み型機械、というよりも強化スーツに近い。機械外骨格を纏った状態でも人型生物の体と同様の動きを取れるよう、搭乗者の技術をなるべくそのまま活かせるように設計されている。が、それでも幾つか不都合があるため高レベルの戦士なら素で戦った方が強いという話。
 冒険者的な話はさておいても、多少の操縦技術の訓練を取るだけでオーガやトロル以上の戦闘力を発揮できること、そして全身鎧よりも遥かに攻撃から身を守る性能が高いことから、折角訓練を受けさせた兵士が即死する危険を防げることから国軍や企業の私設軍隊、そして悪の組織などでも採用されている。


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5

 

 完成した魔法を携えて、姉様と呪剣士(ヘクスブレード)の彼の後を追いかけます。機械外骨格(メカ)の派手な戦闘音は現在途絶えていますが、1分にも満たない間で強靭な機械外骨格を倒しれるとは思いません……撤退したか、もしくはやられたかのどちらかでしょう。姉様の荒い息遣いが聞こえるので死んだことはないでしょうが、急ぎすぎてうっかりマフィアたちに姿を晒して的になったりしないよう、周りには注意を払いながら部屋へ駆けつけます。

 

---

 

 姉様は、機械外骨格との戦闘で劣勢なところを呪剣士の彼に助けられ、撤退していたようです。傷は自身の治癒の手により治したようですが、全ては癒やしきれず傷が残っていたところを私が魔法棒(ワンド)を振り完璧に回復させました。魔法がかけられたことで、忍び寄っていた私にようやく気づいた呪剣士の彼も、姉様を助けた貸しを返すついでに傷ついていた分を回復しておきます。階段を上がってくる時からダメージがあった様子から、彼もマフィア――恐らく私たちが戦い始めてから、外に逃げ出した連中――と戦いを交えていたのではないかと思います。しかし何故ここで偶然出くわしたのか相手方の詳しい事情は分かりませんが、私が御用を頂いたバイヤーの方と同じく、おおよそマフィアに迷惑を被っている筋からの仕事だと予測しています。

 ま、現状分析はさておき戦況は著しくありませんね。マフィアを狩りに来たつもりが、逆に姉様が狩られそうになってるのは笑えません。例え魔法の剣や鎧を身に着けていても、機械外骨格とは装備の差が大きいです。呪剣士の彼もそこそこの武装ですが、機械外骨格を相手取れるレベルでは無いでしょう。私は姉様たちに、現在勝算は薄いがマフィアたちへ再戦を挑む気はあるかと確認を取りました。

 姉様は、最近二度の敗北に以前より増して戦意をかなり失った様子。気付けのつもりが症状を悪化させることになるとは……更なる荒療治が必要かと悩みましたが、次に顔を向けて、私が確認を取ろうと聞く前に立ち上がり再戦すると意志を告げた呪剣士の彼に、姉様は声をあげました。機械外骨格は鉄の塊だぞ、鎧よりもずっと分厚く刃が絶対に通らない相手をどうやって打ち倒す気だ、と。彼は答えました。絶対なんて物ではない、刃が当たるなら例えなんだろうと切ってみせるさ……。なんてかっこつけた台詞を言う呪剣士の彼を私は冷ややかな目で見ますが、姉様はなんでかそれに感慨を受けたようで、戦意を取り戻しました。いえ、やる気になるのは良いんですがね、姉様の瞳に妹としては心配になるエロティックなものが映ったのが今後心配になります。

 その心配は後にするとして。とりあえず無準備で行こうとする姉様たちを引き止め、背負った魔法の携帯背負袋(ハンディ・ハヴァサック)からいずれ渡そうと思っていた聖剣(ホーリー・アベンジャー)を少し早めに渡します。実力相応を超えた聖騎士(パラディン)専用の強力な剣ですが、ここ最近装備負けしてばかりの姉様なら与えても問題はないでしょう。さらっと強力な魔法の武器を与えたことに呪剣士の彼が私へ訝しげな視線を送りますが、気にすることなく姉様へ先ほど準備した石の皮膚(ストーン・スキン)、それから再度朗唱(リサイテイション)の魔法をかけて、二人を送り出します。

 

 二人とも攻防揃って強化されましたし、相手は生物と違って回復魔法が効かない機械外骨格を主体にしてますから、消耗の差もあって負ける心配は無いと思いますが、それでも二人の邪魔をする周辺のマフィアの掃討くらいは、こっそりと手助けしても目立ちはしないでしょうと隠れて動きます。

 案の定、二人が機械外骨格と戦っている大部屋の外から援護する隙を伺うバグベアたちが数人、残っておりました。私はそいつらの背後へ音を立てず忍び寄り、そのまま手刀で気づかせることなく意識を落とします。反対側にも同様にバグベアが潜んでおりましたから、大部屋を通らぬよう大回りしてそちらのバグベアも地に伏せさせました。

 そうこう時間をかけているうちに、姉様たちが機械外骨格へとどめの一撃(といっても破壊されるだけですが)を加え、機体を動作不能なまでに破壊しました。中から飛び出したバグベア操縦士もすかさず姉様が気絶させて、一安心。

 この廃ビルは全4階建てですが、私の耳が上の階層にはもう誰も残っていないと訴えているので、これで全ての遭遇が終了と言ってよろしいでしょう。落ち着いたところで呪剣士の彼とお互いの用向きを話し合いますが、やはり思ってたとおり互いにマフィアに迷惑を被った勢力・人物からの依頼であることが分かりました。まあ、彼の方はもっと別の思惑があるようでしたがね。そもそもマフィアが渡航してきた目的である人造獣人(モロー)のこととか、言葉に出しませんでしたが私の前では隠し事は不可能ですよ。なんて。

 互いに同じ事情だったと分かったところで、気絶させたバグベアたちの対応ですが、どうやら呪剣士の彼のバックアップが下に転がっていた奴ら、逃げ出した奴らを順次捕縛しているようだったので、鎮圧以外の目的もない私たちは、後のことを彼らに任せて先に帰りました。

 

 

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 後日。姉様は完全に復調しましたが、日をおいたことで彼へ何かしら感情を抱いたと自覚したらしく、連日連夜そわそわしています。それは恋心というよりも、背中を預けられる戦友と頼れる男性の中間の気持ちでしたが、それは恋だよと指摘すれば、恥ずかしがり屋な姉様が感情を爆発し、学校で酷い暴走を起こす姿が目に浮かぶようです。かといって恋心を諦めさせる方向に誘導すると、一旦落ち込むと自力では全然回復しなくなるのでそれはそれで面倒なことに……最悪、高貴な心を失って聖騎士から堕ちる可能性すらありますからね。

 あと、何より聖騎士の義務に追われ、これまで色気の欠片もなかった姉様にとって初めての恋話です。この機会を逃せば、姉様のことですから大人になっても男の話が何一つ起こらない、残念な女性になる未来予想図が浮かぶので、なるべくこの恋を成就するよう手助けした方が良さそうなんですよね……あと、私ではそっち方面で姉様を幸せにしてあげられないってのも大きいですし。力と財産ならともかく、名誉と地位と恋話は今の私は手を貸してあげられませんからね。

 そういうわけで、先日の件の事後報告、それから回復を施してくれた礼を伝えにやってきた呪剣士の彼からの謝礼金を断って、これから姉様のことを気にかけてくれるように頼みました。

 なんだかんだ暫く迷惑をかけると思うので、それならばいっそ冒険のパーティでも組んでやってください。

 ええ妹の私から頼みます。足りないならアイテム作成とか請け負いますよ。未来の義兄様。

 なんて、最後の早すぎる言葉は言ってませんが出来る限り愛想よく、それでいてやりすぎない程度に最大限魅力を振る舞い、相手の態度を軟化させて言質を引き出しました。じゃあ扉に隠れて聞き耳立ててる姉様、後は二人で仲良くよろしくやっといてくださいね。

 何故だか剣戟の音が聞こえてきた我が家の応接間を後に、私は早々に自室に戻りました。未来の義兄様から聞き出した織斑 志波(おりむら しば)という名前から調べられる、曰くありそうな彼の実家について調査しなければなりませんからね。

 

 

 ネット上でハッキングも交えつつ、色々調べて分かりましたが、どうやら義兄様は我が国古来から伝わる由緒正しき(サムライ)の家系……の分家の血が混じった、悪魔に連なる力を以って悪魔を封じる一族の末裔なようですね。しかしながら昨年、その封じた悪魔が何らかの事故で抜け出してしまい、その一族を滅ぼした後、わざと残した彼に一種の呪い(あるいは祝福か?)を無理矢理授けて逃げてしまったとか。それで彼は一族の仇討ちを口にして、力をつけながら一族再興の身を立てるために竜洞学園へ入学したという経歴が得られました。その悪魔の能力とか詳しい情報は流石にネットでは得られませんでしたが、彼の背景を知ることが出来たのは姉様との関係を仕組むのにきっと役に立つのでしょう。

 



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6

頭にあった没導入2話分を末尾に移動しました。


 先日のマフィア襲撃から数日。愛しの義兄様とパーティを組んだ報告を姉様から受けました。お願いしたとおり、気にかけて下さったようで何よりですが、しかし別の問題が起きたらしく姉様が憤慨しております。どうやら義兄様は既に魔法使い(ソーサラー)野伏(レンジャー)の知り合いとパーティを固めておりまして、そこへ新たに加わった姉様はパーティに欠いた回復役を押し付けられたという話。多少は回復もこなせるといえど聖騎士(パラディン)の本職は前衛、それなのに不適な役割を任されても困ると、現在激おこプンプン丸なわけです。

 魔法使いは攻撃と妨害で忙しく野伏は聖騎士よりも回復力が無い、義兄様は呪剣士ですから回復能力は皆無……待望の回復役というには姉様は前衛寄り。普通ならパーティに五人目を入れて補うのがベターですが、学生同士でパーティを組む以上、この入学から一ヶ月が経過した頃に新たなメンバーを探すのは大変でしょう。そも、全学生の役職割合が偏っていたらバランスの取れたパーティを作れること自体が稀有という可能性も。

 とりあえず姉様は今は仕方ないと説き伏せて、回復呪文が込められた数種類の魔法棒(ワンド)を渡して新たな回復役を探すように勧めました。前衛過多なパーティですから、中衛としても需要の大きい神官(クレリック)よりもっと後衛特化の役職を探す方が適切かもしれませんね。

 

 今週末は学園が保有する、宇宙空間を飛び越えて外惑星へ直接繋がる次元門(ポータル)から初めての冒険に出発するそうなので、無事に帰ってくるよう姉様の守護神に祈っております。勿論、しっかり念視(スクライイング)で見守って、万が一の時はこっそりと手を貸すつもりですけど。

 

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 そして遠足当日、姉様は次元門をくぐった先には、数多の枝がまるで蜘蛛の糸のように張り巡らされた樹と葉の世界が広がっておりました。ここは火水風土の四元素に続く、第五の元素とされる『木』の性質を持つ「木星」です。一本のとてつもなく巨大なバニヤン樹から分かれた枝が大地となり、来訪者の足場となるこの世界には、植物と菌糸類、それから受粉を担う昆虫以外の現住生物は殆どおりません。故に危険が少なく、冒険慣れするにはもってこいの世界ですが全く危険が無いわけではありません。特に木星の全ての植物たちは感情を伝達するテレパシー能力を持っており、その枝を折ったり引きちぎったり、植物を傷つけることがあれば周囲の現住植物たちが寄ってたかってその来訪者を肥料にしてしまうでしょう。そのことを事前の授業で懇切丁寧に知らされたのか、姉様たちは直径1m以上もあろうかという果てが見えない巨大樹の枝を折ってしまわないよう、念入りに足元を注意しながら進んでおります。その様子を、私は姉様たちよりも一段高い枝の上からハラハラしながら見守っておりました。

 ええ、念視の呪文で監視するつもりが何故こうして直接追いかけてるのかと言うと、姉様にかけた念視の呪文が運悪く失敗してしまったため……一度念視に失敗した場合、同じ相手には24時間かけ直すことが出来ない制限から、こうして直接監視している次第です。念視対象の周囲が見られることを利用し、義兄様を念視して間接的に姉様を見守ることも考えましたが、危険な外惑星での探索中、わずかに視界から消えた瞬間に何かあったらと思うとやはり直接見守らずにはいられませんでした。この世界は死者蘇生が可能ですが、生まれ故郷外の惑星で生物が死んだ場合、その魂が元の星に帰ることが出来ず破壊され、より蘇生が困難になることもあり、例え私なら可能な話だとしても蘇生できた事情を伏せるのが難しいため、死んでほしくない理由もきちんとあるのです。それを除いても即死に石化、生命力吸収(レベル・ドレイン)など危険な攻撃の多いこの世界では、治療より予防が基本です。ところで植物といえば移動阻害や毒が得意なのですが、姉様はそれらに対策を取っているのでしょうか?私の知る限りでは、そういった水薬(ポーション)を頼まれた覚えはないので備蓄を持ってないはずですが……姉様らパーティがもし窮地に陥った時の命運は、植物系モンスターに最も詳しそうな野伏の方の働きに託されていますね。

 

 

 暫く木星での冒険を見守っている限りでは、全く無知ということもないようでまずは一安心しました。野伏の方は積極的にモンスターである無し問わず植物の危険と特徴を伝え、パーティに耐毒剤を配り、この惑星でのみ取れる貴重な果物の毒性を見分けて採集している姿から、植物に関する知識は十分持っていることが分かりました。しかし職業柄仕方ないとはいえ、外惑星に関する知識を知らなかったのは減点です。その問題は、最初の遭遇で明るみになります。

 野伏の方が調子に乗って、地に落ちていない果物――まだしっかりと植物の一部に繋がっている果物――に手を出してしまい、ぶちっともぎ取った瞬間、これまでかすかなそよ風しか吹かなかった一面の木の葉がざわめき始めます。異変を感じ取り、警戒する姉様たちの前に数体のモンスターの群れが現れました。見かけは樹の枝や葉、ツタ植物で編まれた大型猫のヌイグルミのようなこのモンスターたちは、木星特有の元素の塊……“木の元素霊(ウッド・エレメンタル)”の(レパード)です。どう見ても植物の塊でありながらも地に根を張って成長する植物らしさが全く無い彼らは、「木」という存在を象徴するエネルギーから生み出されたモンスターで、あたかも肉食生物のように自らと同じ「木」らを害する生物をハンティングをする役目を担っています。この次元界の植物たちは前述した特別なテレパシー能力を持っており、元素霊が傷つけられた植物の「悲鳴」を聞きつけると、たちまち加害者の元へすぐに現れる……それ以外では積極的に害してくる生物がいないことから、木星が外惑星の中では比較的安全でありながらも、危険な惑星だと言われる所以です。

 野伏の方が過ちに気づいたのか、しまったという顔をしますが後悔先に立たず。既に木星を害した姉様たちは、元素霊の豹たちに敵と認識されています。戦闘は避けられないと剣を抜きますが、普段と異なる一本の枝の上では上手く展開して戦うことが出来ません。しかも四匹の豹たちはパーティを前後から挟み撃ちしたため、姉様と義兄様が前後に分散した状態で戦うことになってしまいました。身体能力の高い猛獣、その中でも特に瞬間火力に長けた猫科をモチーフにした元素霊は、重装鎧で身を固めた姉様はともかく軽装の義兄様は普通なら一瞬でやられることもある、非常に危険な遭遇です。

 しかし、姉様はあいにくこの手の相手には滅法強い能力をお持ちです。先手を取って突撃してきた元素霊の一体をなんとか凌いだ姉様は、残りが接敵してかかる前に胸に下げたフクロウ(アウル)を象った聖印に念を込め、自身の信ずる神の権能、「善」への献身(グッド・デヴォーション)の力を起動しました。姉様が信ずる守護神アテナの善の権能により、わずかながらも仲間を被害から守り、そして悪を討つための力が備わります……善でも悪でもない純粋な元素霊相手に後者の効果はありませんが、それでも善の守りは確かに姉様のパーティメンバー全員に行き渡りました。続いて元素霊の豹たちが前後から突撃を仕掛けますが、その爪と牙の連撃の被害は確かに和らいでいます。最も危険な初撃をしのいだ姉様たちは、反撃に剣の刃を叩きつけ、怯んだところに魔法使いから火の矢(ファイアー・ボルト)が、そして野伏が取り出した双銃の弾丸が元素霊の一体を仕留めます。植物が更に傷つけられたことで、ますます木々のざわめきが大きくなりますが戦いは止まりません。元素霊たちは接近戦に持ち込み、木星の特徴である「重力は常に最も近い枝を下にする」ことを利用して枝の左右側面から義兄様を挟撃したり、また姉様を無視して最も植物にダメージを与えている野伏へ接近を試みました。中衛であり、さほど防御力の高くない野伏の方は手痛い傷をその腕に負いますが、その一瞬で仕留めきれなかったことで敵陣へ深く入りこんだ元素霊は、逆に袋叩きにあって倒されます。ですがパーティメンバーがそちらに気を取られ、援護を受けられなかった義兄様は元素霊の挟撃を凌げませんでした。豹を模した木の元素霊による二対の爪、爪、牙は本物の猛獣さながらの鋭さを以って義兄様に襲いかかります。直前に義兄様が攻撃時回復する武技を当てたことで即死は免れましたが、しかし敵を倒しきることは出来ず、猛攻のダメージによって瀕死になり、気を失って倒れました。元素霊たちにトドメを刺そうという素振りは見られませんが、あの様子だと戦闘終了まで治療を受ける暇があるように見えませんね……。

 この場で義兄様一人が死んでも全滅の心配はありませんが、三人ではこの後植物たちに警戒されたままの帰路が厳しくなります。そこで援護に向かうため、私は身を隠しながら元素霊たちの側へ距離を詰めました。距離を詰めたことで、視聴覚と異なる特殊な感覚を持つ元素霊たちはこちらに気づいた様子ですが、彼らは目の前の敵(姉様たち)を相手するのに精一杯でこちらに気を払う余裕がありません。遠慮無く手裏剣(シュリケン)を投擲し、姉様が相手していた一体を仕留めます。投擲用の槍(ジャヴェリン)よりも小さく短く殺傷力は遥かに低いはずの手裏剣は、私の手から放たれることで音よりも速く空を切り、ライフルを超える破壊力を元素霊にもたらし、その身を木っ端微塵にしました。突然目の前の元素霊が消失したことに、何が起こったのかと一瞬唖然とする姉様でしたが、パーティメンバーの呼びかけに我を取り戻し、回復呪文の込められた魔法棒を抜いて義兄様の治療に向かいました。その際元素霊から攻撃を受けますが、義兄様より防御力の高い姉様はその程度の攻撃ではビクともしません。元素霊たちが姉様を仕留めることに躍起になって挟撃に取りかかろうとしたところに、目を覚ました義兄様が使役する、実態なき黒豹のような呪詛の塊――暗黒の相棒が元素霊の傍らに現れ、元素霊たちに呪詛を振りまき抵抗力を弱らせます。そうして彼らが衰弱したところへ、機を伺っていた野伏の銃弾と魔法使いの火矢が叩きこまれ、残り二体の元素霊は同時に動かぬ只の植物の塊と化しました。

 

 戦闘が終了し、姉様たちが傷を癒やしたり元素霊の残骸からめぼしい戦利品が無いかと調べ始めたことから目先の問題は解決したろうと、次は自分の心配をすべく再び姉様たちから距離を取ろうとしました。この惑星のモンスターたちは“樹木感知”という、目や耳に頼らないで付近の植物に触れているものを察知する感覚を持っているので、例え私の隠れ身術が超人的であろうとも彼らの感覚はごまかせないのです。故に、なるべくモンスターたちには近づき過ぎないよう前もって位置取りを十分に警戒しなければなりません。

 治療を終えて、戦利品の捜索を手伝い始めた姉様を視界の端に捉えながら次に移動する枝に目をつけていると、突然姉様が声を上げて私の名を呼び始めました。戦闘中の隠れ身は完璧でしたし、援護した姿に気づかれることは無いはずですが、と戸惑いながら姉様の様子を伺うと、どうやらこの場に妹がいると確信を持って私の名を呼んでいる様子。

 更によく見れば手元には元素霊の残骸に残っていたのか、先ほど援護した時に用いた手裏剣を握っているではありませんか。まさか何の変哲もない手裏剣から気づいたのでしょうか、と一瞬疑問に思いますが、そういえば入学よりもずっと以前に、この時と同じように姉様を手裏剣で援護したことがあったのを思い出しました。世間的には何ら変哲のない手裏剣ですが、姉様にとっては危ない時に状況を変えてくれた手裏剣といえば私に繋がるのは当然のこと。この姿になって随分経ちますが、やはり以前の価値観が抜けきってないことが災いしたようです。

 聞こえないフリをしてバックレるのもありですが、野伏と魔法使いの方が姉様の素振りに興味を持ち出したことから、ここで放っておいと後で家に凸られるよりは、まだ姉様たち四人の間で話を収める方が良いだろうと、諦めて姉様たちの枝に飛び移り、姿を見せました。

 

 



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7

 

 姉様たちの驚きで迎えられた私は、モンスターの増援が来る前に場所を変えながら初対面のおふた方と挨拶を交わしました。

 人間の野伏(レンジャー)の彼は武市 雄二(たけち ゆうじ)と名乗り、義兄様の友人だと仰りました。特にピンと来る姓ではありませんから、義兄様と違ってどこかの名家出身ということは無いでしょう。比較的近代に作られた銃よりも弓の方が魔術的、戦闘技術的に洗練されていることもあり、銃使いに専念する射手は珍しく幾らか興味を抱きちょいちょい質問を重ねましたが、向こうは私が女性と見るや鼻の下を伸ばしていることからあまり気を許す素振りを見せるべきでない相手だな、とその後はこちらの態度を改めました。

 もう一人の魔法使い(ソーサラー)はタルマ・モトノフというノームの女性です。年齢の幼い私よりも少し背丈が低く、まるで小学生かと見間違えそうになりますが、これは元から小人種族なだけで、人間より長寿種族なこともあり私より十歳は年上です。ノームという種族は東洋に広く分布する種族で、肉体的には人間に劣るものの口先の技術が巧み、また幻術が得意な生来のトリックスターであるなど高い秘術の才能を持ちます。知性は良くも悪くもないため、魔術師(ウィザード)よりも詩人(バード)や魔法使いになるノームの方が多く、大昔には東洋をその優れた呪術で護り、神風の国として名を馳せる立役者にもなりました。今では魔法の研究者や技術者として馳せるノームが多く、特に今日出回る日用品の殆どは実はノームが開発したものだ……なんてことも珍しくありません。さておき、冒険者とはいえノーム、魔法使いであるタルマさんは私が姉様の装備品を手がけた人物だと知っていたらしく、魔法のアイテムの作成技術について目を輝かせて問いただす彼女を落ち着かせるのには一苦労しました。

 そんなこんなで私の方も名を名乗り、姉様こと千歳月華の妹であると自己紹介が終えたところで、姉様にこの場に居合わせた理由について問いただされました。偶然と言い張るのは無理があると思い、正直に姉様が心配でついていったと喋りましたが、その際に姉様への家族愛だなんだを語り、そもそもここへどうやって来たか等、問題点をずらすことは怠りません。狙い通り、姉様たちは私が後をつけていた動機を気にして、やってきた手段は聞きませんでした。

 ありがたいが過剰な心配であると姉様に怒られ、シュンと悲しんだ(演技をするだけで、内心さほど応えてない)私を見て姉様は、これからは家でのことやアイテムだけで助けることを私に約束させて、話を終わりました。約束したからには私嘘ツカナイアルヨ。

 早速約束を遂行するために姉様から離れ(そしてこっそり監視を続行し)ようとすると、一人でどこかに行こうとする私を心配して……というより私が約束をきっちり守るかを心配して、一緒に帰るよう言いつけました。次元門(ポータル)を不法侵入してきた私の顔を次元門を守る学園の方たちに見られるのは御免被りたいのですが、普段から過剰に心配する態度が仇になりました。仕方なく、次元門の近くで誤魔化して離脱する心づもりで同行を了承しますが、その前に姉様のお仲間たちに折角の初の冒険に対して、部外者である私が同行してもいいのかと確認を取りました。エルフ曰く、「脅威に立ち向かう人数が多いほど得られる経験は分配される」というように、敵との遭遇など困難を乗り越えて得られる経験値は参加人数で分配されます。(しかも一人だけレベルの高い私がいると、同行者の平均レベルが上がり結果的に全く経験値を得られくなる可能性すらあるのですが……)龍洞学園に入学した学生の、多くの目的である経験を積み、レベルを上げることを考えると私が積極的に参加するのは邪魔ではないか?と遠回しに三人へ尋ねましたが、答えは否定はせず、しかし積極的ではない曖昧な肯定が返ってきました。認可は得られましたが、今後の関係を考えるとここでズイと押すのは良くありませんから、控えめに微笑みつつ喜んで姉様たちへ同行しました。事前に姉様からこのパーティの改善すべき点を聞いていることから、万が一戦闘があるなら同行中は回復役に努めることにします……というと神官(クレリック)なのかと思われましたが、魔法棒(ワンド)を介したむしろ技能役に近いのでそこまで頼らないよう、念は押しています。

 

 さて、ゆっくりと話を終えたところでこれから私たち一同は次元門への帰路につきます。帰るまでが遠足というように、一度元素霊(エレメンタル)を刺激してしまった私たちは、いつ襲われてもおかしくはありません。大いなる樹が四方に張り巡らす巨幹の道を野伏さんの案内で戻りますが、どうも私の記憶とは違った道を歩いているように思います。慣れない惑星の地理を把握しきれなかったのでしょう、やがて見覚えのない種の樹木が生い茂る場に踏み込んだことで野伏の方が道に迷ったことを認めました。

 えぇ、と不安を口にする魔法使いの方。しかし道に迷う不安よりも、遠くからこちらを伺う者たちにこそ気をつけるべきではないかと思いますがね。誰も気づいていないその存在に対して私は、牽制の意味も込めて視線を向けますがその敵意は揺るぐことなく、むしろゆっくりとこちらに歩を進めてきました。隠密が得意な奴なのか、並の者には気づかれぬほど静かに歩を進めるそいつらが近づく前に姉様たちへ警戒を呼びかけ、万が一強力なモンスターだった場合に備えて矢面に立つ意味で、臨時の交渉役としてパーティの先頭に立ちました。

 そして姉様たちが態勢を整えた頃に、木々をかき分けて姿を見せたのは、上半身がまるで人のように直立する、等身大の巨大な蟻人間、フォーミアンでした。彼らは太陽系外の星からやってきた拡張主義者で、徹底的に自らの種族の勢力圏を広げることを目的とする、文字通り星々の侵略者です。とはいえその性質は悪ではなく、自分たちの種族が危険とあらば話し合い次第で共存を呑む良くも悪くも機械的な種族です。しかしながら今目の前にいるフォーミアンたちはその中の戦士蟻と呼ばれる、戦う能力だけしか持たず言語を全く発せない種類であるため端から交渉が望めない集団でありました。

 と、いうことを目の前のモンスターが何なのか知らない様子を見せる姉様たちに口頭で伝えます。回復役もそうですが、専門的な知識役の不在も問題ですね。戦士・フォーミアンの数は4体ですが、並の人間戦士を超える力量を持つことから姉様たちには元素霊以上に危険な敵です。私の手助け無しでは全く勝ち目がありませんが、逆にここで倒せたら良い経験になるでしょう。私は姉様に与えてある魔法薬(ポーション)をありったけ呑むように告げながら、周りを張り巡る木の枝に蜘蛛の巣(ウェブ)呪文を引っ掛け、敵を蜘蛛糸に絡めて時間稼ぎを行います。蜘蛛糸に絡められた状態ではこちらの攻撃も阻害され、手出しを行うことが出来ません。それに人間以上の力強さを持つフォーミアンたちは私たちを捕らえるために粘着する蜘蛛糸を強引に突破してきますが、その僅かな時間に姉様と義兄様に信仰の盾(シールド・オヴ・フェイス)朗唱(リサイテイション)呪文を付与し、攻撃力・防御力を上昇させるだけの余裕が出来ました。フォーミアンが現れたタイミングで野伏と魔法使いが正面から遠距離攻撃を浴びせると同時に、左右から前衛二人が仕掛けます。元素霊たちの樹皮より硬い甲殻に守られたフォーミアンの防御力は侮れませんが、義兄様が発現した実際無き黒い豹――“暗黒の相棒”がフォーミアンの動きを鈍らせ、貫くことを可能にします。

 前衛二人が集中攻撃を浴びせたことで蜘蛛の巣を突破した最初のフォーミアンは抵抗する間もなく倒されましたが、その間に第二、第三のフォーミアンが突破して一人一体ずつ相手にする配置になりました。更に残る第四のフォーミアンが前衛を強引に抜けて、後衛に至ろうとしますが、野伏の方が白兵戦装備に切り替えて進路を塞ぎます。優れた魔法の武器防具に身を包むわけでも、重装鎧を身に着けたり盾を構えるわけでもなく薄い防具に身を包む野伏の方は、当然フォーミアンから相当な手傷を負いますが、その攻撃を受けてすぐに魔法棒を振って傷を回復する私に狙いが移りました。しかし練達の(モンク)より高い敏捷性を誇る私にそのようなちゃちい攻撃が当たるはずもなく、むしろこれを好機と見た野伏の方が攻勢に移り、私と挟撃を取って動きの鈍った第四のフォーミアンを倒します。後衛の問題は片付きましたが、その間前衛の状況は著しくありません。姉様は義兄様と背中をかばい合い、なんとしても挟撃を取られぬようにフォーミアン二体を相手取っていましたが、地力で拮抗する相手に守勢に回るのは普通、良い戦法とは言えません。

 尤も今回は私というメンバーが後衛を即座に助けたことで、野伏と魔法使いの方がすぐ援護を再開できました。まあ、魔法使いの方の主砲・火の矢(ファイアー・ボルト)は火エネルギーへの抵抗(レジスタンス・トゥ・エナジー)でダメージを軽減し、また別個に下級呪文を弾く呪文抵抗(スペル・レジスタンス)を持つフォーミアンには通用していませんでしたけど。とにかくそれら援護が再び加わったことで第二のフォーミアンが倒れ、第三のフォーミアンが逃走しました。野伏の方が追い打ちをかけようとしますが、戦闘による周囲への被害で再び植物が騒ぎ出していることから無理は危険と呼び止めました。危険に遭うのが彼だけならともかく、姉様も十中八九助けに向かうでしょうからね。

 ただその理由を説明するために外惑星の性質について語ったため、押しかけてきたパーティメンバーの妹という無関係な人間を見る目が、いつの間にやら有益な知識をもたらす人間を見る目に変わっておりました。姉様を含め、納得させるために必要な説明でしたがお節介がすぎましたかね。これ以上いると、姉様の前で余計な詮索をされかねないと静止を振りきって枝を飛び移り、このパーティから離れました。フォーミアンとの戦闘こそありましたが、もう次元門へだいぶ近づいていることから監視をせずとも安全に帰れるはずですので、監視もせずそのまま次元界転移(プレイン・シフト)呪文で自宅へ直帰。今晩、だいぶくたびれて帰ってくる姉様をもてなす準備を始めました。尤も、料理だけは手をつけられませんけど。

 



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8

02/06 会場離脱後の文章追加


 

 姉様の初めての冒険から数日、姉様とパーティを組んでいるノームの魔法使い(ソーサラー)の方が我が家を訪れました。予想通り、彼女に知識面で協力を請われましたが、いかに姉様の助けになるとしてもこればかりは断ります。レベル差がありすぎて私の助力は過剰な援護に繋がることもあり、また知識を与えるにしても、付け焼き刃の知識で外惑星を冒険するのは予想外の来訪者(アウトサイダー)と遭遇した時に彼らが持つ危険な能力に気づけないことから、姉様らの今後を思えば頷くことは出来ないのです。次元門(ポータル)の多いこの世界では比較的簡単に外惑星の地を踏むことが出来ますが、低い敷居と裏腹に確とした知識を身につけねば危険を克服できない、難度の高い冒険がそこに待ち受けているため、そういった知識を学んでいる職業(クラス)のメンバーを加入させるべきだと推奨しました。彼女らに不足する回復力を補う点でも、知識系の神官(クレリック)か、あるいは回復力は落ちますが詩人(バード)の加入が妥当でしょうと最低限のアドバイスを与えて、もっと具体的な知恵を伺いたいならば学園部外者である私より先に教師に聞くのが当然だと指摘してこの話を終えようとします。

 しかし話は終わりではないと、もう一つの用件として魔法のアイテムの調達……もとい製作を頼まれました。魔法が工業化したこの世界では、よほどの高級品でない限り市販のアイテムで十分のはずですが、どうも学園と提携しているメーカーが他の学生の注文で埋まっており、1レベルの呪文が記された巻物(スクロール)1本であろうとも数週間遅れを余儀なくされているそうです。彼女は来訪者相手に通じる呪文のレパートリーを得るため、私に巻物製作を依頼したのですが、非常に残念ながら私の製作する巻物は普通の術者には扱えない、特殊な用途専用のアイテムなのです。魔法棒(ワンド)(スタッフ)なら心配ないのですが、こと巻物だけはどうしようもないと断り、代わりに私のお得意様であるバイヤーを紹介しました。

 顔合わせは早い方がいいだろうと早速連絡を取りますが、紹介料の代わりに私へある外惑星関係者の出席するパーティに顔を出してほしいと頼まれました。目立つ場所に姿を見せたくないのですが、私の事情を知る彼曰く私が心配するような相手はいないと言うのでしぶしぶながらその条件を飲みました。

 お互い条件に納得がいったところで、ノームの方との顔合わせや時間の話をお尋ねしたところ、そのパーティにノームの方を連れてった方が早いということで、三日後の夕方は空いてるかとノームさんに確認しました。突然パーティに出席する話になって彼女は狼狽えますが、天性の魅力で呪文を操る魔法使い(ソーサラー)はお目が高い方々にも美しく映りますし、外惑星の参加者はそもそも衣服を身に着けられない来訪者(身体が燃えてる、棘棘してる、むしろ全裸)であることも珍しくないため、ドレスコードなんてものはまずありません。最悪の事態が起こっても私が執り成すので心配はいらないと伝え、責任感から解放し彼女を安心させます。

 パーティは三日後、服装は先にも言ったようにドレスコードはありませんから、失礼にならない程度に冒険に必要な最低限の武器防具をアクセサリー気分で身につけるのがふさわしいでしょうと彼女に伝え、私はそれなりの身支度を整えねばなりませんので今日のところは帰らせます。彼女から今回の紹介に際して紹介料はあるのか尋ねられましたが、それは後日無理のない内容で手伝っていただく旨を要求しました。

 

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 三日後の晩。自宅に届いた招待状の案内を手に、ノームの方を連れて都内の高層ホテル最上階にある展望レストランを訪れます。最高級ではないにせよ、高級に変わりないレストランは身の丈に合わないと怖気づくノームの方の尻を叩くため、手を引いて逃げられないようにします。

 私の服装は、魔法効果を重視した見栄えの悪い魔法のローブに、これまた魔法効果を重視したため似合わないちぐはぐな複数の指輪、それに魔法を発動するために必要な物質が詰まったポーチと、有事に用いる飛び道具呪文が詰まった魔法棒です。何かと物々しい外惑星から訪れた来訪者と違い、常識を知る人でありながら物騒な装備に身を包む私たちをレストランの給仕(ウェイター)たちは入り口で引き留めようとしますが、彼らに紹介状を見せて、またこの数日で用意した呪文により増強された、我が金竜(ゴールド・ドラゴン)を超える魅力(カリスマ)の暴力を振るえば、あまりの美麗さに言葉を失い、立ち尽くしてしまいました。

 その余波でボッとするノームの方を気付け、既に来訪者たちがひしめき合うレストラン内に踏み入ります。数は多いですが、見たところ惑星ごとに3、4グループの団体が参加していると感じました。その中で最も人数が多いグループが、一見エルフのような長耳でありながら、ドワーフのようにがっしりとした力強い体格、現世離れして幻想的すぎる輝く白髪のその持ち主は、己の情熱に従い善行(グッド)を為すエルフの祖たる混沌(カオティック)の勇者たち、「エラドリン」のブララニ種族です。彼ら一人ひとりが今の姉様を少し上回る力量を持つ戦士で、その武功を示す勲章を皆その胸につけております。最も少ないものでも銀の勲章を2つ、多いものは金銀併せて5つの勲章を飾り、強力なオーラを放つ魔法の剣をその腰にぶら下げてました。

 一方でエラドリンたちより数は少なかれど、質においては引けを取らない見た目水面のように煌めく光沢を放つ青肌半裸の一団は、エネルギーそのものが蠢く惑星に住む現住生物の中で、最も文明的な都市を築く来訪者たち「ジンニー」のうち、水星出身のマリードと呼ばれる水系の来訪者です。我が国は水星のポータルが広く点在する太平洋に隣接することもあり、彼らとは良くも悪くも様々な関係の下にありますが、何ら気落ちする様子がないことからこの場の彼らは普段から我が国と友好関係にあるマリードの一族であると伺えます。住む惑星が全然異なることから、エラドリンたちとは矛を交える機会がないため互いににこにこしながら相手の底を知ろうと交流している様子が見られました。

 最後に、前者二種族よりも圧倒的に数は少ないものの、明らかに場違い……というか別の意味で異風を放っているグループがおりました。見るからに死者の冷気を放つ吸血鬼――ヴァンパイアの一団です。青白い肌を隠しもせずにパーティ会場内の一角を占める彼らに、アンデッド、というか悪の種族を敵視するブララニたちは敵意を露わにしますが、正式に招待された人物であると招待状をちらつかせる彼らへは、主催者への義理からか手出しできずにいるようでした。たった今、私たちの入場に気づいた一人のヴァンパイアが私へ声をかけると共に、ヴァンパイア由来の支配(ドミネイト)の魔眼で我が物にしようとしましたが彼らごときの力量で効くわけもなく。悪戯混じりのちょっかいに警告を発し、これ以上影響を及ぼすようなら敵対行為とみなし、戦闘も辞さないと前もって告げました。

 パーティ会場内にはその他、グループと言うほどではありませんが点々と人間の客、外惑星出身者、地球由来の異形に人怪、挙句は竜の血混じりの半竜(ハーフ・ドラゴン)など、小規模な異種族知性体の展覧会のような参加者でひしめいており、多少服装が失礼でも変にならない模様です。先ほどのやり取りをきっかけに、私たちへ声をかける方々がぼちぼち現れました。3つの銀勲章を肩に飾ったブララニが、ヴァンパイアとのやり取りを見咎めて高圧的に接触してきたのを、手先と口先を駆使して態度を緩和させ、ノームの方を引き合いに出して互いの身の上話で盛り上がります。突然引き合いに出されて驚くノームの方ですが、元より詩人(バード)が多く混沌の気があるノームと、混沌属性(アライメント)の体現者であるエラドリンの相性は良い方です。緊張していたノームの方も気が合う相手と知るや、すぐに打ち解けて仲良くなりました。

 良い具合にパーティの空気へ馴染んだところでエラドリンの方と別れ、パーティの主催者へ挨拶に向かいます。この数々の来訪者、異種族を集めた主催企業と私に直接の関係はありませんが、そこに所属し、主催者側に回った一人の人物が私と縁深いバイヤーなのです。彼も来訪者で、人間より一回り大きな身長で異種族の集うこの会場でも目につきやすく、探すのに苦労しませんでした。すらりと背が高いわりに肩幅は狭く、腕の長さは普通ですが指が常人の2、3倍は長い。全体的に骨ばった青色の肌で尖った目つきをしており、不健康そうな見た目から(イーヴル)の性向を持つ生物(クリーチャー)の印象を受けますが実際は善でも悪でもない、法を重んじる秩序(ロウフル)にして中立(ニュートラル)の来訪者なのです。特にマーケインは数々の惑星間にてアイテムや武器、財宝を商う商人として有名であり、彼個人とはその魔法のアイテム売買で知り合い、アイテムを卸ろす代わりに情報、時折り仕事や用事を頼み頼まれる関係を構築しています。

 ノームの方を連れて、丁度マリードと会話していた彼に近づくと、向こうもこちらに気づきました。話を適度に切り上げた彼は改めて私と挨拶を交わし、社交辞令の後にノームの方を彼に紹介します。打算を考える彼は、私からの紹介とはいえノームの方にさほど興味を持ったようには見えませんでしたが、龍洞学園で私の姉様とパーティを組んでいる人だと伝えると、利用価値は無くもないかといった様子に変わりました。龍洞学園の生徒は、学園が独占する次元門(ポータル)を通じて木星に簡単にアクセス出来ることから、木星固有の産出品――特に果物のような保存が利かない物を調達する伝手として使えますからね。宇宙旅行の費用は科学的・魔術的どちらの手段にせよ相当なコストがかかりますから、人件費だけのローコストで済む次元門は常に重用されています。次元門を巡って紛争地帯が発生するくらいには。

 

 最初は彼との会話にノームの方を巻き込むと、次第に私の助けがいらないくらい二人の間で話が進んだので、安心して周囲に気を回すことが出来るようになりました。このパーティの本主催者はまた別の所で来訪者たちと会話を進めていて、いかにも身分(またはレベル)の高そうな格好をしており近づきがたい一角となっておりますが、私の気になるところはそこから少し離れた、関係者専用(スタッフオンリー)の通路の向こうから会場に注がれる視線。殺意でも敵意でもなく、かといって友好的でもない熱視線を飛ばす黒髪黒目らしき小学生くらいの女の子がおりました。通路の角から身を半分だけ乗り出して、隠れながら会場を覗いている彼女はどこかで見た顔ではありません。しかしその髪と目は人にはありえない、金属のように光に煌めいております。善なる来訪者との混血、アアシマールなのでしょう。私のように見た目以上の実力を持っている様子もなく、見た目そのままの子どもで怪しげな目論見を抱いているようには見えません。彼女と一瞬目が合いましたが、その時には気になる相手ではないと興味を失っていました。

 それよりも私は、ビルの上下階から、天井と床ごしに聞こえる物騒な物音が気にかかりました。金属がかすれるような音が複数発しており、聞き慣れた銃器や刃物を抜く連中が会場を包囲しつつあるのは間違いありません。腕に自信ある来訪者たちのいる場へ襲撃かけるとは大した度胸だとある意味で感心する気持ちですが、しかし知ってて見過ごす必要はないでしょう。親愛なる彼に危急を知らせ、スタッフへ警戒を呼びかけます。既に襲撃者は準備を終えたのか、物音が静かになりつつあり未然に防ぐことは叶わないかもしれませんが……。

 顔色を変えて、彼は戦闘員へ連絡しますが、ここで初めて連絡に異常が起きていることに気づきます。どうやらホテルの内線だけが切られているようで、残り限られた時間を無駄に費やしたもの外線経由でホテル各出入り口を警護させていた戦闘員をこの階へ集中させます。連絡を終えた後、苦笑いを浮かべながら彼は私に礼を言いましたが、礼を言うにはまだ早いと返します。先ほど、静かに時を待っていた襲撃者たちが再び動きはじめました。間もなく攻撃が始まるでしょう。ノームの方にも注意を呼びかけますが、恐らく襲撃者は彼女の手に余る相手ですから何をしたところで無駄でしょう。少なくとも私から離れて、攻撃の的になることがないよう言いつけます。

 やがて上階の窓ガラスが割れる音がしました。高層ビルだというのに外を経由して攻め込むとは大胆な戦術を取りますね。会場の外は分厚い窓ガラスに遮らているとはいえ、流石に甲高い音が響けば気づく人も現れるようで、何名かが異変に気づいた声をあげますが、数秒後、上階から勢い良くワイヤーにぶら下がって窓ガラスを叩き割り、多数の大きな人型の異形が飛び込んできます。

 人型の異様に引き締まった細身は短い羽毛に覆われており、ハゲワシの頭と大きな翼を持つそいつらは、混沌にして悪の来訪者、残虐と暴力と堕落の化身“魔鬼(デーモン)”の一種、ヴロックです。ここに奴らが現れたのは他の来訪者との敵対関係、あるいは何らかのテロ行為などそれなりの目的があるのでしょうが、恐怖を振りまき、殺戮を好む連中がここに来て殺しを厭う事はありません。自分たちよりも多くの来訪者たちがいるにも関わらず、躊躇わずに戦闘を開始します。会場にいたエラドリンの戦士たちは、乱入に怖気づくことなく人外の身に宿す超常能力によって迎撃を開始しますが、本来優秀な戦士である彼らの武器はスタッフに預けたか呪文的に封じられており、片手を失ったのに等しいでしょう。そのあたりの椅子や物を得物に戦っておりますが、魔鬼……というより多くの来訪者は魔法や特別な素材を用いた武器以外に対する高い防御力を持っています。加えて大型な奴らヴロックと、人間とさほど変わらないサイズなエラドリンのブララニたちとでは、見ての通りの体格差からなる間合いの差、そして種族自体のレベル差が大きく、数の利はあって無いに等しいでしょう。その他、マリードたちは戦いに参加せず基本的に逃げる方針で、そしてヴァンパイアたちは他人事だとばかりに離れた場所で笑って観ております。その他の来場者の中には、迎撃するエラドリンたちに混じって戦う者もおりますが、いかんせん少数なだけに大した助力にならないと言い切れます。

 さて、こんなことを考える暇があれば私たちも逃げるべきだと思ってはいるのですが、生憎ながらヴロックたちが窓から突撃したのと同時に、どうやら最上階入り口のエレベータや階段側からも同時に襲撃され、出入りを抑えられているようです。ヴロックやエラドリンたちの攻撃には他人を巻き込む広範囲への攻撃も混じっており、どちらに逃げても巻き添えが避けられないのであれば、どちらかの状況が変わるのを待つ方がマシなのではないか、と思います。無論、私一人なら楽に逃げられるのですが、あいにく今夜はノームの方が同行している状態。彼女を放って逃げ出せば、どこかで魔法の雷に撃たれるか、ヴロックの撒き散らす胞子に体を犯されて突然の死を迎える光景が目に浮かびます。テレポートなんて便利な脱出手段があれば話は違ったのですが、そこまで高レベルの魔法は用意しておらず、そもそも来訪者の逃走手段に瞬間移動の魔法が用いられることは珍しくも無いので、悪鬼たちが何の対策もしてないとは思えません。最悪、トラップルームや連中の用意した檻のまっただ中にご招待される危険性を考えると、試したいとも思いません。

 とりあえず、優勢なヴロックたちが会場を“片付け”終え、私たちに矛先が向くまでに少しでも時間をかせぐため、先ほど目にした関係者専用通路の先へ逃げることにしました。しかしその先では何故か破廉恥な光景が広がってました。けしからんロリコンがロリに詰め寄り、あまつさえ粘膜接触を行ってすらいたのです。

 ……などと冗談を織り交ぜてみやしましたが、実際先ほど通路から身を乗り出して会場を覗いていたアアシマールの少女が一人の吸血鬼(ヴァンパイア)に襲われている最中だったのです。半分は来訪者の血を引くアアシマールに吸血鬼の対人支配(ドミネイト・パースン)の魔眼は効かないので、物理的に拘束して吸血を行い性的嗜好を満たしていたようですが。流石に目の前でか弱い少女に暴行を加えるのを見逃すとノームの方経由で姉様に伝わって叱られる未来が想像出来るために、少女から吸血鬼を力づくで引き剥がし、押さえつけました。見た目はそこのアアシマール少女とさほど変わらないのに余裕でいなす私に吸血鬼が驚き、もがいているうちにノームの方、マーケインの方に少女を連れて距離を取らせます。彼女らが十分離れたら、未だにもがく吸血鬼を手近な窓ガラスへそぉいと叩きつけ、ビル風吹き荒ぶお外に突き落としました。屋内へ外からの強風が吹き荒れますが、後ろの方々は距離を取らせたので吸い込まれる心配はなく、私は地に足さえついていれば平気です。後はまあ、この世界の吸血鬼は普通の飛行能力を得ませんが、身体が限界を迎えた時、あるいは任意で霧化することで飛行出来ますから滅ぶことはないでしょう。霧化した体ではビル風に吹き飛ばされるから、戻ってくる可能性もありません。

 さて、吸血の後影響で衰弱中の少女へ呪文による応急手当を施し、意識がはっきりとしたら現在の状況を教え、保護者と合流するように伝えますが、どうも様子が不審。……表層意識を読む限り、保護者不在?もしくは既に悪鬼(デーモン)たちにやられたか、どちらにせよ今の彼女に頼れる人物がいないようです。薄々感じていましたが、やっぱり厄介事でした。しかし今更逃げる道連れが一人増えたところで、手間は大きく変わりません。ついでですから、彼女も一緒に逃げることにしました。

 呪文蓄積(スペル・ストアリング)により、手近な装飾を擬似魔法棒(ワンド)化して風制御(コントロール・ウィンズ)の呪文を発動します。更に人数分の幻馬(ファントム・スティード)を召喚しました。この実体はないが人を乗せることが出来る幻の馬は攻撃に弱く、戦闘のお供には向きませんが強い術者が用いると足場に囚われず水上を走り空を駆ける、複数人を飛行させる手段として優れた呪文になります。尤も人間のサイズに合わせた馬なので、サイズ的に一回り大きいマーケインの方は載せられないので、また別の飛行(フライ)呪文で飛んでいただくことになりましたが。3つの呪文を準備するのに3分ほどかかりましたが、会場のエラドリンたちは少なくともそれだけの時間を稼いでくれたらしく、悪鬼たちがこの通路へやってくることはありませんでした。

 3つの呪文をかけ終わり、皆が飛行する手段を整えたら先ほど吸血鬼を叩きだした窓から同時に飛び出します。外の暴風は風制御呪文により私の周囲だけ無風となり、吹き飛ばされることなく無事にホテルを脱出することが出来ました。空から舞い降りてホテルの入り口へ着地する私たちに警備員たちが駆けつけますが、顔見知りのマーケインの方が誤解がないよう事情を説明します。上の状況が悪化していると知った彼らが、更なる応援を呼ぶべく外線へ連絡し始めたのを横目に、私たちは一足先により安全な場所へ避難します。

 

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 ホテルから2駅ほど離れた市内のテナントビル3階、マーケインの方が保有するセーフハウスまで避難して、ようやくホッと一息つけました。しかし途中で話を挟む暇がなかったため、結局アアシマールの少女はここまで連れて来てしまいましたがそろそろお尋ねしようと思います。彼女も気持ちに余裕が現れたのか、毅然とした物腰で私の声掛けに答えました。なので遠慮無く、過程をすっ飛ばしてどこに連れて帰せばいいのでしょうか?と問いかけました。

 少女はてっきり身分を聞かれるとでも思ってたからか、意表を突かれた表情を浮かべましたがすぐに落ち着いた様子を取り戻して、地球で滞在している場所を答えます。マーケインの方の補足によれば、エラドリンたちが滞在している宿と同じそうですから、彼女はあのエラドリンたちの縁者、勇敢な戦士たちのお姫様なのでしょう。長居する必要もないと、すぐに帰す手続きをしようとしますが、マーケインの方から待ったがかかります。

 悪鬼を正面から迎撃したエラドリンたちが今どうなっているかは不明で、最悪全滅したり少女を受け入れる余裕のない可能性もある、そのため一日待って連絡を確かめてからが良いだろうと彼はおっしゃいました。しかし付き合いのある彼ならともかく、この私がエラドリンらの事情に付き合う義理はないと、少女の身柄を押し付けて先に帰ろうとします。正論に返す言葉もないと答えたのはマーケインの方、ですが当事者の少女は素直にうなずきませんでした。先の吸血鬼と交えた力押しの一戦を見て、保護されるなら私の元がいいとわがままを抜かしたのです。少女改めわがまま姫はマーケインの方を向いてお前に匿われるくらいなら一人で出奔すると述べ、彼を困らせた結果、貸し一つと引き換えに彼女の身柄を預かる話になってしまいました。本当に預かるだけで済むならまだ良いのですが、わがまま姫は何やら悪いことを考えた顔をしており、私の力を見込んだなどと声をかける気なのは間違いないでしょう。こういう押しの強い連中がいるから、外惑星の来訪者とは積極的に関わり合いたくになりたいのです。

 仕方なくこの姫のことを預かる代わりに、本来私がすべきノームの方の見送りその他諸々を先の時間で良好な関係になったマーケインの方にぶん投げ、タクシーをチャーターして家まで連れて帰りました。彼の頼みだから預かりますが、別にあなたに含むところはありません、私にはもっと大事な人がいますから、と暗に姉様を引き合いに出してわがまま姫の意識をそちらに誘導し、将を射るため馬を射るかのごとく姉様をヘッドハントさせて目論見を崩す狙いです。姉様に迷惑をかけるのには気後れしますが、こうなった以上私生活に干渉してくるのは間違いないので、知らぬ所で手間をかけさせられるよりマシでしょう。後日、この姫を送り返した後にその分の詫びを返そうと思います。

 

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 あの姫と姉様の気があうとは予想外でした。いえ、姉様は規律上エラドリンたちの勧誘には乗りませんが、妹に対する態度で意気投合されると困ります。私の将来を案じてとは言いますが、私は姉様を支える将来を送りたいのですよ。両思いは光栄ですが、私が望むのは無償の奉仕、貸し借りとか無縁な関係で片思いを望むのです。

 

 

 

 

 



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9

ゲーム内1gp(金貨1枚)=1千円とした。
最低レベルの死者蘇生呪文に必要な触媒が500万円と考えると安く聞こえるが、これ以上桁を増やしたら軽々と億単位の買い物が飛び交うので自重。



 拝啓、新大陸で活動中の父様、母様へ。姉様は学園に入学して友だちと仲間を作り、最近は木星への冒険やその他些細な出来事で経験を積んでまた少しレベルが上がり、元気にしています。私は魔法のアイテムを作っては姉様へ渡したり、バイヤーの方へ売っぱらって生活費につぎ込んだりと、いつも通りやっております。

 さて、最近は悪鬼(デーモン)のヴィランどもが騒ぎを起こしておりまして、私たちへの直接的な実害はありませんが、懇意にしているバイヤーの方が被害を受けました。普段お世話になっている借りを返す形で、保護者がデーモンたちのテロに巻き込まれ、身寄りもなくなり寂しい女の子を一人、我が家で預かることになりました。火星からやってきたエラドリンたちのお姫様で、ローラちゃんと申します。アレス神が居られる火星の住人らしく、住み慣れない環境に文句を言うことも多い子ですが、私たちには仲良くしてくれる良い子です。父様たちが心配するような出来事はありませんからご安心ください。

 心配といえば、姉様も学園に入学し、無事パーティを組むことが出来たようですが、専門の支援家がおらず戦闘の消耗で度々苦労しているそうです。回復呪文の魔法棒(ワンド)で粘っていますが、今後を考えると専門の神官(クレリック)、または癒し手(ヒーラー)を五人目に招きたいものの、入学直後の期間が終わった今や殆どの学生は既にパーティを組んでいるために、新たな仲間探しは難行しております。今は一学年上の学園から、パーティを組んでいない目当ての学生がいないか探そうと先生方に当たっているようですが、まあ最悪の場合は私がなんとかするので父様母様は心配しないでください。

 そんなわけで、私たちの近況だけでもお伝えしたいと手紙をお送りしました。お二人は最近どうでしょうか?良ければ返信くださいな。

 敬具。

 

  追伸:最近ロボットを作りました。人造(コンストラクト)クリーチャーは回復が難儀ですが、毒や多くの状態異常が効かないので、真っ先に危険へ直面する斥候への用途に向いてますね。今度姉様のパーティに同行させて、どれだけ活躍出来るか確かめる予定です。良い成果を出せたなら、いずれお二人の方にも遣わしますね。

 

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 この世界では新世界と呼ばれる、アメリカ大陸に出征中の両親へ送る手紙をささっと書き上げました。21世紀であるにも関わらず、未だ人の手が及ばない地域が残るあの大陸にはドラゴンと数々の来訪者がわんさかしており、数日前まであった村が今日には壊滅するなど手紙を交わすことも難しい地方ですが、一月に一度は手紙を送るようにしています。

 今月は姉様の高校入学を始めとして何人かの知人が増えました。中には我が家に居ついたお姫様もおりますが……あと、姉様の気にあるお相手が出来たことも忘れてません。尤も関係は進展しておりませんが、どちらも単純な性格してませんのでこんなものだと思います。そういった話題から幾つか抜粋し、手紙に記載しました。特に我が家の同居人が増えたお姫様の件は、急に帰ってきた時に両親を驚かせることになりかねませんから、なるべく早めに伝えたいところです。

 以上、手紙の話題は終わりまして、最近の話に移ります。お姫様というのは、一週間ちょい前のパーティの件で我が家にいついた、エラドリンの姫様のことです。お名前はローラ・ジョイちゃん、日本人とエラドリンの貴い方の間に生まれたハーフだそうです。先日のパーティには社会経験のために同行し、それでテロに遭遇したのですから生まれの割に不運なのかもしれません。あまり詳しい身の上は聞いておりません、深く知りすぎたことを口実にエラドリン勢力へ取り込まれても困りますから。どうやらテロの影響が他惑星での関係に糸を引いているようで、暗雲立ち込める故郷より安全だとお姫様には表向き、ホームステイという形でまだまだ預かることになりました。

 今も我が家でぐうたら良い身分を満喫してくれてますが、金銭はともかく養う手間がかかるだけ良い迷惑なのでそろそろ何か仕事をしていただきます。これでも一端の貴族なだけに交渉力があるので、魔法のアイテム売り込みの手伝いをさせるのが妥当なところでしょうか。細かいところはマーケインの方に売りさばくアイテムごと全部投げつけます。

 

 

 その関係で私は暫くアイテム作成に専念する日々でしたが、日を置かずまた厄介な相談が舞い込みました。相談主はまたもやノームの方。しかも相談内容がよりによって、学園で催される西欧エルフのエルフ・パーティに参加するドレスコードの相談でした。エルフ・パーティの参加要項に「杖を持参すること」とあったため、彼女はその作成(あるいは借用)の相談に来たようなのですがそこに問題はありません。本当の問題を伝えるにはまずエルフ・パーティの内容を説明しなければなりませんでした。

 エルフ・パーティの面倒臭さを説明するには、まずこの世界におけるエルフの性質から説明しなければなりません。この世界のエルフは、人間と比して身体がやや虚弱ですが、優れた魔術の才能を持ち、また敏捷性も高く弓が得意。睡眠が不要で、魔法などの睡眠効果に耐性を持ち、月明かりの下など光の弱いところでも人間より先を見通すことが出来る、というのが身体的特徴。精神的にはプライドが高く、外部に誇示することなく森奥に築いた国の中でただただ同族と力の研鑽に努め続ける性格をしております。

 ここまでは一般的に有名なエルフと同じですが、現代におけるエルフは全ての物事を数値化して見ようとする……わかりやすくいうなら「ゲーム脳」な文化を築いているのです。それはエルフ学とも呼ばれ、例えば今の姉様を西欧エルフが見れば、

「彼女は4レベルのパラディンです。2レベル相当の信仰術者を嗜みますが、特に筋力に優れる戦士のようです。敏捷性、および知力は並、あとはやや高めでバランス型の優秀な能力値を持っています。特技も《強打》に《迎え討ち》と戦士特技で取り揃え、アクセントには《善への献身》により自分と周囲の仲間にダメージ減少能力を持たせる特技を得ているようです」

とまあこんな風に、人物を含めた物事をゲームデータで測ろうとする文化が発展しているのです。ある意味分かりやすいのですが、他者を細かく数値化し、誰より優れている、誰は劣っているなどとプライドを刺激するのは私も流石にどうかと思う方々です。

 そして西欧といえばエルフたちの本場です。数値が絶対のエルフ社会において高い数値を持つエルフは優れたエルフであり、能力値を強化できるスペルキャスター、特に数多くの能力値強化手段を蓄える高レベル術者はそれだけで貴族や政治家の絶対条件です。そんな貴族と魔術が混在したエルフたちが開催するパーティのドレスコードとなると、単なる服装の見た目が問題ではなく、身に纏う魔法のアイテムの数値に注意を払わねばならないのです。

 

 ノームの方は今の説明で理解しきれなかったようですが、もう一度説明するのも手間なので、エルフ・パーティに参加するにあたって具体的な注意事項から伝えました。

 エルフ・パーティのエルフたちは、普通の目に見える姿ではなく魔力的な視界で他の参加者を捉え、評価します。そのため特に注意すべきは魔術の視覚(アーケイン・サイト)で視認できる、その人物が持つ呪文発動能力を持つ術者のレベル、装備する魔法のアイテムが放つオーラの強度や系統、そしてそれらレベルやオーラのスタイルです。エルフによって、弱い魔法使いが身の丈に合わないオーラを放つアイテムを装備しているのは(そのアイテムの実際の効果によらず)「アイテム頼りの恥さらし」と見なされ、逆に本人の術者レベルは高いものの、身につけるアイテムが放つオーラが全て弱いものだったならば「貧乏人」と見なされるなど、両方のバランスが取れてないと貶されます。また、身につける魔法のアイテムが放つオーラの種類にしても、占術と死霊術、力術などとにかくチグハグな系統のオーラを放つアイテムを身に着けているようではセンスがないと評されるので、なるべく1~2系統に絞らなければなりません。曰く、「赤のジャケットに青のシャツ、緑のスカートを着てるようなもの」だそうです。

 そういった一般的なドレスコードと異なる規定があるとノームの方に伝えると、彼女は頭を抱えました。面倒臭いでしょう?と暗に出席の取りやめを推奨すると、「そんなに魔法のアイテムを買うお金はないよ」とどこかズレた返答に私の気が抜けました。混沌な気質のノームの方が真面目に考えるなんて言葉とは無縁なんて分かってたろうにのう、私。

 思ってたほど服装の内容自体を気にしてないようでしたから、私も細かく考えないことにしました。彼女が最も気にしている金の問題は私から各アイテムをレンタルという形で、本来の価格の1割で貸し出すことで安く解決。オーラのスタイルは、彼女が習得し主に使用する力術&召喚術系統を基準に、杖には火の矢(ファイアー・ボルト)の魔法棒、打撃強化(マイティ・フィスツ)お守り(アミュレット)に、下級・呪文貯蔵(マイナー・スペルストアリング)の指輪と自活(サステナンス)の指輪をセット、の装いを提供することに決めました。全てのアイテムが私の家にあるわけではない(そして製作もパーティ当日に間に合いそうにない)ので後日取り寄せることになりますが、いずれも彼女自身の力量を示す微弱なオーラが放つ強度に揃えており、エルフ・パーティにおいてあからさまな恥をかくことはないでしょう。当人は魔術師らしい長い(スタッフ)を所望したのに短い魔法棒が渡されたことに不満を述べてきますが、魔法の杖というものは最低でも中程度のオーラを放つために彼女の力量には合わないと断言し、拒否します。

 ちなみにこれらのアイテムの総額3100万円也。そう伝えると「魔法の杖が買えるじゃないのよ!」と涙目に訴えてきたので、レンタル料は1%に負けてあげました。魔法のアイテムだけに、並のパーティよりも高い装いになるのがこれまた嫌なんですよねエルフ・パーティ。

 

 




魔法棒(ワンド)(魔法の)杖(スタッフ)、ロッド
いずれも短かったり長かったりする杖型の魔法のアイテムだが、効果は異なる。
ワンドとスタッフは共に、複数回分の呪文のパワーを蓄え、発動する。
ワンドには低級の呪文しか込められないが、回数に対する価格が安い。
スタッフに込められる呪文には制限が無く、スタッフのパワーより術者が強ければスタッフから発動する呪文の力も増す。その代わり複数種類の呪文を込めなければならないし、そして最低価格が決まっておりとにかく高額である。
ロッドは前者二つのように呪文効果を発動したりせず、特殊な恩恵を与えるもの。所有者の様々な能力を増強するものから、戦闘とは無関係の効果をもたらすもの、単に強力な武器として扱えるものなど、様々。再使用に決められた休息期間を要するものも多いが、使用回数は無制限であるものが多い。


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10

 

 先日、ノームの方の相談に乗ってやったのを姉様からでも聞きつけたのか、姫様がパーティに出たいとわがままを言い出しました。先々日痛い目にあったばかりでしょうと諌めますが、流石は混沌の気性を持つエラドリンの血を引くだけに、一瞬口ごもるも彼女は再びごねを再開します。

 とはいえ魔法使いどころか術者ですらない彼女を件のパーティに参加させることは要らぬ恥をかかせるだけ。まあ、彼女はノームの方へやったように着飾ってもらいたいだけのようですから、服に着られる装いなら仕立ててあげられるでしょう。とはいえ、そうして送り出せばお姫様には逆恨みを抱かれるでしょうし、(元より望んでもいませんが)私にはセンスがないといらぬ不評を得ることにも繋がります。私だけなら良くても、私の装備を使ってもらってる姉様に飛び火するのは御免被ります。

 なのでわがまま姫にはパーティ会場の代わりに、人が集まる繁華街のお買い物で妥協してもらうことにします。彼女を飾り立てる衣服は考えるのも用意するのも手間なので、魔法でテキトーに1分で作り上げました。魔鬼(デーモン)吸血鬼(ヴァンパイア)ら外敵の目を欺くため、幻術(イリュージョン)系呪文で煌めく髪や目といったアアシマールの特徴を人間のものに上書きします。お留守番に生まれたてのロボットを残し、また姉様宛てに行き先を書き置いて都心部へ出発。

 

 当初はつまらないだろうと不満を述べておりましたが、いざ町中に出れば彼女は外惑星では中々見られない平和な光景だと、駅前の繁華街をのどかな田舎町と元気に評しておりました。この街は我が国の首都圏ではありませんが、この地方随一の町並みを田舎と評するのは人・材料・技術すべての資源が豊富に残る、外惑星育ち特有の価値観でしょう。故国を舐めてみられることになんとなく思うところもありますが、悪意のある言葉ではないようで注意する必要はないと適当に流してショッピングモールを訪れます。

 わがまま姫様は真っ先にアクセサリーショップへ寄ると決めましたが、それが悪目立ちしたかもしれません。幻術を被せた上からでもその高貴なる魅力を隠し切れない姫の雰囲気は、殆どの人間にとっては妖精のような美人に映るのでしょう。ショップを出たあたりから若い男性組による声掛けが始まりました。

 最初は馬鹿真面目に応答していた姫様ですが、向こうの狙いが自分の体だと気づくや途端に嫌悪を露わにしました。そのまま罵声を浴びせるかと思われますが、しかしそうすると若者たちが逆ギレし、取っ組み合いになりかねませんので、私が仲裁に入り、威圧で彼らを怯ませた隙にその場を離れます。追いかける気配があったので、振り向いて再度威圧の気配を飛ばしてやったことで彼らは完全にこちらへ関わる気をなくしました。

 

 邪魔は消えたと姫様が喜んで楽しいショッピングを続けようとしますが、しかし先ほどのやり取りを見て何か気にかけたのか、別の方が私たちに話しかけてきました。今度の相手は魔術師のローブを身に纏った凛々しい金髪のエルフです。一見若々しい美青年のように見えますが、落ち着いた風格からはかなり年を食ったエルフ特有の熟成オーラを感じられます。彼は後ろに、彼のことを先生と呼び慕っている弟子らしきエルフが3人もおりまして、どうやら偉い魔術師の師匠のようです。といいますか、ここまで説明して今更ですが知ってる顔でした。先日、学園で開かれたエルフパーティの主催者である魔術師ですね。この私は直接会っていませんが、有名なJなんとかいう大魔導師(アークメイジ)であり名前も顔もよくよくニュースに上がるほどの有名人です。

 そんな人が私を自らの派閥へ勧誘してきました。なんと、先日のノームの方へのコーディネートから興味を持って私に接触するために訪れたらしく、そして“秘術視覚(アーケイン・サイト)”を永続化して発動している彼は、私が纏う魔法のアイテムや持続中の呪文が放っている魔法のオーラ、そして私が使用可能な呪文の最大レベルを視認し、私が高い呪文発動能力と知性を内包することを確信してヘッドハントしに来たようです。私には最早世間に出る気はないので、全くもって迷惑なのですが……。

 しかしながら、大魔導師といえば最低でも“限られた望み(リミテッドウィッシュ)”級の呪文を発動可能な、英雄級を軽く超える術者にしかなれない高レベル職業です。それだけに、こういった人物は己の力量にプライドを持つこともあり正面から断るのは良くありません。魔術師の大半は頭でっかちで、洞察力に欠ける人物なのでその場凌ぎのはったりで凌ぐのも良いのですが、後ろの取り巻きことお弟子さんたちは貴族出身なのか目ざとくこちらを伺っており、少しでも彼らの師匠をたぶらかすような発言をすればすぐさま反応してしまいそうです。

 とりあえず、同じくプライドの高さから、失礼な言葉を言い放ちそうなわがまま姫を身振りだけで静止しながら、魔導師Jへ投げつけるお断りの言葉を考えます。考えました。

「世間で有名な大魔導師であるJなんとかさん自ら私に声をかけていただいたのはとても光栄に思いますが、私は名誉や秘術の求道よりも、人との関わりを強く大事にして生きていくと決めております。表向き、所属としてはとある企業のマーケインの方の世話になっており、経済面や研究費用については全く困っておりませんし、お互いに長い間信頼を積み重ねてきたこともあり、彼との提携を切ってそちらに渡るのはあまりにも不誠実であると思いますし、何より一度でも信頼を裏切った人物をあると知れば、他人は二度と心の底から信頼してもらえないでしょう。私が目指すところはそうした誠実さを積み重ねた道を突き進む、真の意味で善なる勇者と呼ぶべき人を支える魔術師になることですから、Jなんとかさんの一助になることは出来ません」

という風に、根本の性質が善寄りであるエルフ種、その誇りの心に触れるよう信頼の点から彼を懐柔し、弟子たちの間にも波風立てぬよう柔らかに断りを入れることに成功しました。

 ただ、相手さんも私の魔術師として優れた能力が惜しいのか、あるいは地道に信頼を築こうと考えているのか、今後の連絡先をねだってきました。こちらの私情も伝えたいところですが、そうすると話せば長くなるので関係のないお姫様には申し訳ないと謝罪を入れつつ、Jなんとかさんとお弟子さんと共に近くの喫茶店に入りました。喫茶店内の人の中に数名、有名人の顔を知っている人がいたのか小さな騒ぎになりましたが、そこは慣れた手つきでお弟子さんたちが関係ない人物からの接触をカットしました。

 席につき落ち着いたところで、中身ジジイとのトークとか誰得、とは思いつつも改めて私がJなんとかさんの誘いを断った詳しい理由を話します。私は元々月のヘカーテ神殿にいた子であり、千歳家に貰われたこと、その後三年間の家族交流の末に特に姉様へは深い情を抱いていること、そのため聖騎士(パラディン)の召命を受け、その難しい道のりを歩み始めた姉様を是非支えてあげたいと思っていること……など、私情であるために先ほどの場では言えなかった本当の理由を目の前の大魔導師に話します。洞察力が低いとはいえ、決して間抜けではないJなんとかさんは私の理由に存在する致命的な問題点、学園の未熟な一生徒である私の姉様を支えると明らかに私のレベルが高すぎて過度な援助になる点を指摘し、本当に助けたいのであればもっと彼女の道のためになる手段があるのではないかと(遠回しに彼自身がやっているような求道的な手助けの道に誘いながら)私を諭すように言います。

 勿論、それも一度は思いました。ですが、ある事情から私は決してそのように手広く人々を助けることを選べない事情があります。しかしそれは決して言えない理由のため、あくまで私の個人的な感情から、血の繋がる姉様や姉様が親しくする友人、あと生活で身近に関わる人物と幾つかの貸し借り以外には余計な手助けは決してしたくないことを申しました。交渉技術に疎い大魔導師さんは私のポーカーフェイスの裏に隠れる嘘は見抜けなかったようですが、たった今の発言が、決してJなんとかさんの派閥に入りたくない事情でもあることには気づいたようで、機嫌を悪くした表情を浮かべます。

 お弟子さんたちがそれに反応し、私へ難癖をつけてくる前に彼の機嫌を回復するために、譲歩して今後の連絡について、マーケインの方を通してであれば可能であると伝えます。そもそも私の職業の専門が魔法のアイテムであるために、呪文そのものを専門にする大魔導師の方とは話の内容が合わないかもしれませんが、彼の研究内容の幾つかの点を指摘する等の一助にはなれるでしょう。

 

 1時間近い長話になりましたが、大魔導師Jなんとかさんは機嫌を回復して帰りました。その間、退屈そうにしていた姫様はようやく話が終わったかと恨めしい顔で私を見ます。今度は彼女の機嫌を回復するために、夕方近くまでショッピングに付き合う羽目になりました。その後彼女は多くの買い物をして、懐の心配はありませんがカートに積み上げた荷物の小山はかなりの人目を集めてしまいました。その中には悪意を含んだ視線もありましたが、カートと姫様のお守りに忙しく、そちらを気にする暇はありませんでした。その悪意ある視線が先日の悪鬼や吸血鬼からのものでないことを願いつつ、そのまま我が家へ直行しました。

 

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 我が家のリビングにてショッピングモールで購入した煌びやかな衣装を身に纏い、姉様に披露する姫様を横目に私はマイルームでこっそりと我が信仰するヘカーテ神へ“交神(コミューン)”の伺いを立て、本日悪意を向けたものの正体、及び本日中または近日中に襲撃を受けるか否かを尋ねたところ、どうやらあの視線の正体は吸血鬼の陣営に属するものだったようです。流石に日のあるうちから当人らが監視していたわけではないようで、私たちを見ていた視線は吸血鬼のものかという問いのみに「否ながらも是」なる曖昧な答えを返されたことからそいつらの手のものの干渉だと推測しましたが、更なる“交神”により連中の企てを詳細に伺ったところ、本日中に吸血鬼本人が手勢を引き連れての襲撃があるようです。今日は寝る暇が無いかもしれないと軽くため息をついて、迎撃の支度を始めます。

 “初級竜の友”(レッサー・ドラゴン・アライ)呪文によりスードゥドラゴン――辛うじてドラゴンと呼べる知性を持つが、エネルギーのブレスも吐けない猫サイズの小さなイタズラ竜――を呼び出し、交渉の末に一夜の間、見張りに立ってもらいました。一方で安眠の邪魔になりますが、悪の来訪者避けに“天上の輝き”(セレスチャル・ブリリアンス)呪文、この輝きの届くところにいる悪の生物を焼く光を灯しておくことで牽制および時間稼ぎとしておきます。更にとっておき……“清浄の地”(ハロウ)呪文により聖別し、この地にいる善なる者へ“死からの守り”(デス・ウォード)呪文の効果を与えました。これにより、姉様やわがまま姫が吸血鬼の生命力吸収(レベル・ドレイン)で気がつけば死んでいた……なんてことがなくなります。尤も今の私は善なる者ではありません故、その対象に含まれないのですが。

 以上の対策を以って、姉様や姫の方が私の動きに感づいてないことを確認した後にしばし仮眠を取りました。

 その二時間後。吸血鬼の霧化の能力により音もなく侵入してきたものの、悪を焼く光に焼かれジュウジュウと隠しきれない異音に私の目が開いた頃、スードゥドラゴンが私の寝室に駆け込み敵襲を知らせます。役目を果たし、報酬に与えた宝石を携えて魔法的に帰還した彼に軽く感謝しつつ、わざと物音が立つように寝室の扉を強く開いて廊下へ出ます。そこには霧化を解いていた複数の吸血鬼が、目論見が狂ったという苦い表情や獲物が向こうからやってきたという愉悦を顔に浮かべていました。数は3、全て純吸血鬼のみで、下っ端の従吸血鬼(ヴァンパイア・スポーン)は見当たらず、襲撃を目論んだ目の前のどいつかは、同胞を動かせる立場にあるようですね。勿論、その立場も今夜で失うでしょう。

 吸血鬼の1体が、手に持った魔法棒(ワンド)より黒色に輝く体に悪そうな魔法の光線を放ってきたのを軽く躱し、彼ら3人を結ぶ中心に近づいたところで私の魔法の杖(スタッフ)に込められたパワーを解放。その万能の力で“素早さ”(セレリティ)呪文の効果を模倣し、加速した一秒の間に周りを取り囲む3体に一撃ずつを与え、不朽の肉体を粉砕しました。驚く暇も与えられず、吸血鬼特有の不死能力にて霧化した彼らは復活のために自らの棺桶へと帰りました。当然我が家を脅かした連中は後できちんと追撃し、滅ぼしますがその前にもう2体ほど、姉様と姫の方を襲っているようなので急ぎそちらを援護に向かいます。

 何も知らされていなかった姉様は、姫の方をかばいながら辛うじて聖剣(ホーリー・アヴェンジャー)を片手に吸血鬼2体と渡り合っていますが、吸血鬼の持つ“支配”(ドミネイト)の魔眼の凝視を警戒するために視線を逸しながら、しかも吸血鬼が持つ魔力を纏った銀の武器以外に対する耐性を抜けない状況では勝ち目はありません。しかしながら《善への献身》の信仰の力による耐性、および知らずに得ている“死からの守り”呪文効果により、吸血鬼側も姉様を即座に倒せるほどの決定打は与えられない状況にありました。そうして時間を稼いでくれたおかげで、駆けつけた私が2体の吸血鬼を粉砕出来ました。尤も、奴らも霧になって逃げてしまいましたが。

 姉様は姫の方を積極的に庇っていたため、多くの手傷を負ってはおりますが、治療呪文ですぐに回復出来る程度の負傷でしかありません。最も警戒すべき吸血鬼の吸血や生命力吸収攻撃は受けていないこともあり、装備さえ整えればすぐさま追える立場にあるでしょう。

 私は吸血鬼の襲撃を予測していながら、あえて奴らの襲来を確実にするために伝えていなかったことを姉様に謝り、そして吸血鬼を追撃する上で、いつものように陣頭に立ってもらうよう頼みます。吸血鬼はとても強力なクリーチャーですが、支配と吸血、生命力吸収攻撃への対策さえ取っていれば、後は生前よりパワーが高いだけのアンデッドに過ぎません。しかし吸血鬼は生前の技能・技術をそのまま継承する有数のアンデッドなので、私に光線を放ってきた吸血鬼のように、“魔法解呪(ディスペル・マジック)”呪文で吸血鬼対策の魔法効果を解かれる危険性もありますから過信は禁物です。この世界における手練の悪者はヒーローが取る対策に対する対策を当然のように知っているのですよ、なので今回私の目の届かないところで姉様は吸血鬼と戦わないように、と念入りに注意した上で1時間後に奴らの追跡を開始します。

 追跡といっても、奴らの後を追いかけるわけではありません。素質こそあれど、私は野伏(レンジャー)の《追跡》能力を持たないために奴らの足跡を追うことが出来ないのです。そのため奴らが霧化して、根城に帰るまで十分な時間を与えた上で、奴らの現在の居場所を魔法で調べることにより根城を特定しました。そこは以前、マーケインの方に誘われたパーティ会場ビルからさほど離れていないところにある、山林に接した日本旅館のようです。そこは決して人気のある宿泊施設ではなく、悪者どもが集まって何かを企み、何かの下準備を行うにはうってつけの場所なのでしょう。逆に言えば、私たちが幾らか大暴れしても騒音で周囲に迷惑がかかることもありません。警察沙汰になる火事・倒壊さえ避ければ、建物の一部ごと吸血鬼を一網打尽にすることも可能ですね。しませんが。

 すれ違いで吸血鬼が我が家にやってきた……なんてことがないよう、前もって姫の方をどこかに預けようと思いましたが、あいにくマーケインの方は外惑星に行っているらしく彼には接触できません。仕方なく、幾つかの借りを返してもらう形でノームの方を頼り、そちらに預けることにしましたが……姉様が何を余計に話したのか、姉様が学校のパーティメンバー全員を呼び集めて、揃って吸血鬼退治を行うことになりました。姫の方はお義兄様の頼れる親戚の方へ預けるそうです。

 姉様だけで戦力が事足りるということは決してありませんが、私の援護さえあれば格上相手でも倒すことは出来ると、姉様はご存知のはず。なのにどうしてわざわざそういう話に運んだのか分からず、若干恨むような思いでおりましたが……やってきたお義兄様の表層心理を読み取って納得が行きました。あの吸血鬼たちは、以前のバグベアたちと同じくこの街において悪巧みをする一団に関わっているようで、私たちが電話をかける前からあの吸血鬼たちのことを追跡していたと。そんな時に、姉様がノームの方へ電話をし、ノームの方がこれは良い冒険になると深夜ながらも他のパーティメンバーにも連絡し、そこからお義兄様へ吸血鬼の詳細が伝わったようです。そのため、詳しい事情を説明していないにも関わらず、吸血鬼という格上クリーチャー相手の冒険に参加することを決めたようですね。レンジャーの方は、そんなお義兄様と親しい関係にあることから、積極的に協力しに来たようです。仲の良いご友人ですこと。

 そういうわけで思わぬフルメンバーになり、姉様の危険は減ったものの、私のかける強化呪文の手間や回数が増え、また私の持つ異様性をやや晒すことになりました。呪文レベルは彼彼女らを少し上回る程度の力量ではありますが、流石にそれを十数回も発動するのは怪しまれますかね。尤も、能力の異常な高さは以前に見せたので、それを隠しても今更な話です。

 

 



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11(ダメポ)

作品自体の書き直し予定


 この世界において、最も強力な種族は「(ドラゴン)」、もしくは天使(エンジェル)悪鬼(デーモン)悪魔(デヴィル)を含む「来訪者(アウトサイダー)」でしょう。しかしながら彼らはそれでも生物なために急所を持ち、[即死]効果で死んでしまうこともあって完全な耐性を持ちません。また、それだけ強い種族ほど決まって個体数は少ないです。

 一方で彼らより個体数が多く、そして多くの攻撃に対する耐性を持つ「アンデッド」こそが厄介だと言われることは多いです。アンデッドは肉体、あるいは魂を持つ殆どの生物から発生し、または死霊術師によって作成され、生前の技術はおおよそ失われますが元の肉体が大きければ大きいほど、当然アンデッド化したクリーチャーは驚異になります。その中でも、爪や牙に含まれる体液が生物を麻痺をさせるグール、その接触が生物の精気を奪うゴーストに同じく接触が生物を衰弱させるシャドー。そして“支配(ドミネイト)”の魔眼に吸血、生命力吸収(レベル・ドレイン)といった豊富な状態異常(バッド・ステータス)攻撃を有し、更に生前の技術がそのまま残るヴァンパイアといったアンデッド・クリーチャーたちは対策を取れなければそれだけで一瞬にして全滅する可能性まであります。冒険者には、アンデッドに比べれば高火力の吐息(ブレス)とヒット・アンド・アウェイ戦術を用いる竜や、全体的な基礎スペックが非常に高いだけ(・・)の来訪者は力押しが通じるだけまだマシと語るものも少なくありません。かくいう私も、その一人です。如何に私が化け物じみた【筋力】や【知力】を持っていても、レベルを抑えている限りはヴァンパイアやレイスが持つレベル・ドレインで死にかねないものです。ただ、魔法による対策さえしていれば竜や来訪者に比べて低めの肉体スペックしか持たないアンデッドは「逆レベル詐欺」(得られる経験値の割に弱い)となることもあり、パーティに神官(クレリック)がいるかいないかでアンデッドの脅威は全く変わるでしょう。

 ちなみにヴァンパイアを相手するのに必要な呪文は、クレリック4呪文レベルの“死への守り(デス・ウォード)”、3呪文レベルの“魔法円(マジック・サークル)”あるいは1呪文レベルの“保護《プロテクション・フロム・~~》”呪文、万全を期すならば4呪文レベルの“身体保護(シェルタード・ヴァイタリティ)”または“自由移動(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)”呪文の全てをかけなければなりません。これらには駆け出しの神官には使えない呪文すら含まれていることが、それだけヴァンパイアという種族の凶悪さを知らしめております。

 

 さて、当然ですが姉様たちは駆け出しでこそありませんが、熟練の冒険者とも言えないまだまだ未熟な力量しか持ちません。しかも信仰術者は僅かな呪文を行使出来る聖騎士(パラディン)野伏(レンジャー)のみ、当然その程度の呪文ではヴァンパイアへ対策することも出来ません。いずれは自分たちだけでも対処法を見つけて頂きますが、今回は私が対ヴァンパイアに必要な全ての呪文を手持ちの魔法のアイテムよりかけました。“死への守り”は、同様の効果を防具に魔法で付与することで対処し、“魔法円”は手持ちの巻物(スクロール)から。ヴァンパイアにとっても、試みることにリスクを伴うため本来なら対策の必要性が一段落ちる吸血攻撃ですが、念のため“身体保護”と“自由移動”呪文の双方を魔法棒よりかけました。これら呪文の中には、アンデッド以外にも効果的な呪文ばかりなので、普段からストックを有しておりました。金銭面の問題は、魔法棒のチャージや巻物の個数をチート能力で弄るだけで済むため心配もありません。姉様たちには普段から魔法のアイテム売買で稼いでいるため、金銭的な心配は不要だと誤魔化しております。(金を心配するくらいなら、さっさと神官の仲間を見つけて安心させてくださいと言ってやりました)

 これらの呪文はせいぜい2時間弱しか持続しませんが、ヴァンパイアたちが潜む日本旅館は事前の調査でそこまで時間のかかる広さでは無いと分かっています。呪文が切れる前に旅館中を調べ尽くすことが可能でしょう。予想外の出来事が起こったならその限りではありませんが、その時はたとえ全てのヴァンパイアたちを仕留めきれておらずとも退かねばならないでしょう。引き際は大事です。

 尤も、そのあたりの判断はあくまで「おまけ」に過ぎない私ではなく、姉様のパーティのいずれかが下すべきですが……このパーティで司令塔になれそうな方はレンジャーの方でしょうか。こういう役割は一番知恵があり後方から戦場を見据えることの出来る秘術役の役回りに当たるのですが、その秘術役であるノームの方こそこのパーティで最も低レベルで、とてもパーティの同行を任せられるほどではありません。仕方なく、レンジャーの方に他の方々を気にかけるようにと目線を送りました。

 

 暫く姉様たちがパーティ間で作戦の相談を行い、狭い屋内を進む隊列を決定したところで、旅館内部に突入開始しました。オーナーが不詳で、所有権すら怪しげな旅館へ踏み込んだ私たちを出迎えたのは旅館の女将でもでもなく、ヴァンパイア・スポーンたち……ヴァンパイアに生命力を吸われた人間のなれの果てでした。

 ヴァンパイア・スポーンは真なるヴァンパイアが生み出す劣悪な同族であり、限られた特殊能力しか持たない上に生前の経験を失っていますが、それでもヴァンパイア同様にレベル・ドレイン、支配の魔眼、吸血能力そして不死性を獲得しています。しかし、つまるところ経験=職業(クラス)・レベルを持たない劣化ヴァンパイアでしかないために、事前の補助魔法全てがそのまま有効に機能します。レベルを持つヴァンパイアのように、生前より強力な肉体とその技術を組み合わせた巧みな戦術家であれば苦戦もしますが、特殊攻撃を封殺されただ殴りかかってくるだけのクリーチャー数体に、幾らかの経験を積み重ね、成長した若き冒険者パーティが苦戦するはずもありません。インスタント銀メッキ(シルヴァー・シーン)を塗布した魔法の武器はヴァンパイアの防御を容易く貫き、あっという間に彼ら死体は破壊され、霧化して自らの棺桶へ逃げていきました。それを道案内代わりに、私たちは霧の後を追いかけて廊下を歩みます。

 その途中、和室の中で息を潜めていたヴァンパイア・スポーン一体が背後から、そして前方からもスポーン三体を従えた魔術師(ウィザード)らしきヴァンパイアが挟撃をしかけてきました。レンジャーの方が背後のスポーンへ応戦し、姉様と義兄様が前方のスポーン三体を止めます。ノームの方は数的不利な姉様たちを助けようと呪文の砲火で支援しますが、遠距離攻撃の二人が前衛に対応しているために敵ヴァンパイアのウィザードがフリーになっていました。

 ヴァンパイアの魔術師は混戦する私達のど真ん中へ、死霊術・召喚術系統の複合したオーラ反応のある怪しげな薄いモヤを生み出しました。そのモヤは生命体から体熱を奪い、体力に自信のある私を疲労した状態に陥らせます。“墓場の霧(グレイヴ・ミスト)”、たった今受けた通り生命力を奪う[冷気]の霧を撒き散らす呪文です。薄いモヤが視界を阻害することはないものの、死霊術特有の生命に害を及ぼす効果は範囲内に存在する彼らの敵――すなわち生命体である私たちのみに害を与えます。身体は既に生命を失った骸であるヴァンパイア・スポーンたちアンデッドは当然、疲労することはありませんし、[冷気]によって生命力を奪われることすらありません。

 が、しかし吸血攻撃やそれに準ずる攻撃対策としてかけておいた“身体保護”呪文が、身体を疲労させる効果からも姉様たちパーティを保護します。彼・彼女らが受けた被害は、僅かな[冷気]ダメージのみ。呪文をケチっていた私だけはまともに被害を被りますが、相手は一手損した形になりました。

 この空いた一手を用いて、相手ウィザードを止められれば良いのですが、姉様とお義兄様は前方のスポーンに集中しており、動くことは出来ません。前衛を〈軽業〉で通り抜けて、後衛を穿つ役目であるレンジャーの方は後ろから襲いかかるスポーンを食い止めており、もっとも手が空いているノームの方はそのことに気づかず、前方のスポーン掃討に火力を集中させている始末。火力を集中して敵を減らそうとする行いは、極端な間違いではありませんが、敵に術者を含むこの場合、呪文で形勢を逆転されないために妨害をしかけるのが正しい判断でしょう。

 “朗唱(リサイテイション)”呪文で味方を強化していた私ですが、これ以上の行動を許すと一気に壊滅の恐れがあるとして、ヴァンパイアが次に呪文を唱え始めたタイミングで前列の合間を縫ってシュリケンを投擲。痛みを覚えないヴァンパイアですが、呪文の発動に必要な構成要素、動作や発声を攻撃を与えることで妨げる手段は通常通り有効です。“魔法解呪(ディスペル・マジック)”によってこちらの強化を剥がそうとしていましたが、姉様たちの経験値を奪わないよう加減しつつも多大な威力のシュリケンによって呪文の発動は失敗、更なる一手を失わせます。ヴァンパイアウィザードはここでやられて、棺桶で為す術なくとどめを刺されかねないことを心配したのか、スポーンたちを足止めに残し先に離脱しました。

 残ったスポーンたちは、その高速治癒能力によって受けたダメージを修復しながらも粘りますが、ダメージに耐えきれなかった前方の一体が破壊されたのをきっかけに、残りの二体に攻撃が集中し即行で撃破、後方のスポーンも手の空いた前列の増援を受けてあっけなく倒されました。

 皆が受けたダメージを回復し、一息ついたところで敵ウィザードを放置した問題点を指摘しようかと思いましたが、私が言うまでもなくレンジャーの方がノームの方へ、可能であれば前衛の支援より敵後衛を妨害することを優先するように注意を促しました。過度に私がでしゃばる必要がなく済んで安心ですが、レンジャーの方は私に、先ほど挟み撃ちを受けた時などで中衛を務めてほしいともお願いしてきました。しかしよほどの相手が現れた場合を除いて、私は断ります。私が前に立っても、あまりの強さに無理を悟った敵が攻撃を避けて他の人物へターゲットを変えかねないのですもの。不服そうながら、しかし私がかける支援も間違いなく役に立っていることもあってお願いを取り下げました。

 

 ヴァンパイア・ウィザードが逃げた方向を追って旅館を進むパーティですが、私の耳が左前方の大部屋内から呪文の詠唱を捉えます。“狐の狡知(フォクセス・カニング)”、知力を向上させる補助呪文でした。ヴァンパイア種族の特殊能力に恩恵を与えるものではないため、おそらく先ほどのウィザードが呪文の強度を高めるためにかけたのでしょう。身振り手振りで左の部屋へ入る扉を指し示し、注意を促しつつ突入の準備を整えます。当然、正面の扉から乗り込んだ途端に呪文が飛んでくることもあるでしょう、幾ら防御呪文で固めていてもそれを“解呪”された状態でスポーンたちに攻撃されれば、姉様たちは一瞬でレベルドレインされ、スポーンと化しかねません。なので直接、部屋の中に乗り込みます。

 壁越しに耳を当ててヴァンパイアたちの数・位置を予測し、発声が不要なワンドを中心に支援呪文を済ませて、“次元扉(ディメンジョン・ドア)”呪文によりパーティ全員を奴らの後方へ瞬間移動。転移と同時に前衛が切り込み、ヴァンパイア・ウィザードが呪文をかける暇は与えません。ウィザードの他にはヴァンパイア・スポーンが2体と、少し離れて扉付近にヴァンパイア(モンク)が2体。固くて素早いモンクは回避力に長けており、また前衛の間合いをすり抜け後衛に接敵する能力があり危険です。ノームの方へいつも以上に距離を取るよう言い含め、私はいかにも危険な術者であるかのように巻物から“黒触手(ブラック・テンタクルズ)”呪文を展開、地より出ずる魔法の触手でウィザードとスポーン2体を封じます。同じく触手の範囲内にいる姉様と義兄様は“自由移動”の影響下にあり、絡まれる心配は一切ありません。無力化したヴァンパイアたちを前衛二人が削っている間に、狙い通り残った2体のヴァンパイア・モンクが私に狙いを定め、レベルドレイン効果を伴った打撃を与えようとしますが、当然能力の差から攻撃は衣服にかすりもしません。失敗を悟ったモンクたちは先に他のメンバーを落とそうと狙いを変えますが、逆に両の手でその2体を捕まえます。霧化されれば掴み続けることは出来ませんが、私の見た目術者らしからぬ振る舞いにモンクたちは対応を間違え、無理矢理暴力で振りほどこうとして時間をロスする結果に陥ります。そうしている間に自主的に霧と化して触手から逃れたものの、防御が手薄になった瞬間を突いて一斉攻撃を仕掛けた姉様たちによってヴァンパイア・ウィザードは破壊され、弱々しい霧の姿となって自らの棺桶へ逃げていきました。

 その間、モンクたちは触手を迂回し、一体は姉様たちに接近し武装解除(ディザーム)を仕掛け、もう一体は触手を出現させた私を警戒してか接近戦を仕掛けてきました。ヴァンパイア・ウィザードから事前に対策されていることを聞いていたからか、レベルドレインを試みなかったことは評価に値しますが、それでも“自由移動”で対策済みの私たちに組みつきを試みたのは減点です。姉様同様に武装解除か、あるいは足払いを行うのがこの場の正解です。

 当たっても心配ありませんが、わざわざこちらの強化呪文を教える必要もないと素で回避し、敵の攻撃をかいくぐりながら悠々と巻物から呪文を発動。アンデッドの耐性の穴である死体(≒物体)に作用する呪文、“分解(ディスインテグレイト)”光線をぶちかまします。鎧を着用しないが対物理・対魔法双方に強いモンクですが、アンデッドである分、肉体の頑強さに依存する呪文への脆弱性が祟り、光線は直撃、ダメージを受け止めきれず彼の死体は霧散しました。分解光線といえど、ただの呪文ではヴァンパイアの不死の性質は上回れません。霧は棺桶へ向かって飛んでいきます。

 一方、姉様は剣をはたき落とされましたが、即座に治癒呪文のワンドを引き抜き、ヴァンパイアへ発動しました。生者を回復する治癒呪文は、死者にはその死体を破壊する正のエネルギーとなって傷をつけます。多少の傷は即座に、ヴァンパイアの高速治癒能力によって補修されますが、触手に絡め取られたスポーンを後回しに駆けつけた義兄様が背後から一閃。また、気を取られている隙にノームの方によって“魔法の武器(マジック・ウェポン)”化した銀の銃弾をレンジャーの方が次々と撃ち込み、着々とそのライフを削ってゆきます。

 ですが、ヴァンパイアの外皮とモンクの回避力から為す高防御力は、姉様たちには手に余るようです。しばらく様子を見ておりましたが、高速治癒を十分にうわまわるダメージを与えきれぬまま、“黒触手”呪文が終了しヴァンパイア・スポーンたちが野放しとなってしまいました。形勢が傾いたことにニヤリ、と微笑を浮かべるヴァンパイア・モンク。ここまでが限界だと察し、その顔面にシュリケンを叩き込み、死体を破壊しました。

 残ったスポーンらは、武器を拾い直した姉様たちによって苦もなく始末されます。やはり、まだヴァンパイアたちは姉様らの手に余るようですね。折角の経験の場ですが、次からは私も遠慮無く攻撃に参加しましょう。

 



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異世界帰還(失敗)からの魔法少女っぽいもの(構成失敗)
001


 久々の、半分くらい日記形式風。
 転生異世界から帰還したタイプ、ある種の逆トリップもの → からの現代異能は定番。
 あとなんか自己愛(ナルシスト)じみてるお話なので嫌いだったら読まなくても。

 一部分お姉ちゃんぶる話の焼き直し。チート内容とか。
 オーバーロードとマギアレコードの影響を多大に受けています。



>地球の暦で20XX年5月初め

 何故地球には魔法が存在しないにも関わらず、魔法という存在が伝わっているのだろうと疑問に思ったことはある。

 空想上のものや、伝承がねじ曲がって伝わったものだと自分なりに納得していたが、今にして思えば納得が行く。

 地球は魔法を捨てることによって、世界を怪異たちから保護していたのだ。

 

 私は地球から突然魂を攫われた先で偉大なる魔法を身に着け、壮絶な戦いを繰り広げた後に異世界から地球へと帰還した。詳しく書けば書籍数冊にも渡る長い旅を経たが、この余白はそれを記すには足りない。しかし一つ言えるのは、それとは関係なく私が再び安穏の現代生活へ返り咲くには支障があった。肉体の転生(生まれ変わり)、記憶との齟齬、平行宇宙(パラレルユニバース)の問題が私を現代から突き放している。もはや私は異世界のものなのだろう、故郷への旅まで共に付き従ってくれた仲間たちも様々な手段で私を帰らせようと説得している。

 しかし肉体や社会は完全に異世界のもので構築されてようが、私の記憶と精神、そして魂は未だ地球への繋がりを断ち切れずに残したまま。そうでなければここまで来たりしやしないし、些細な問題で止まるほどの決意ではなかった。

 

 そうして地球に降り立った私は懐かしすぎて、焼き付いた光景以外は薄っすらとだけ記憶に残る我が家を訪れた。敷地外からその一軒家を見て、あそこが私の部屋で、お父さんとお母さんとあの窓の向こうのリビングで過ごした幼少期を途切れ途切れに思い起こし、僅かに涙ぐむ。そんなことをしていると、私に声をかける女の子が一人。

 彼女は適当に前髪と毛先を整えただけのぱっつん長髪に色気のない太縁の眼鏡をかけ、改造の欠片もない無個性学生服を着込んだ身だしなみを気にしていない日本人女子にしか見えない。一方の私はそよ風に揺れて煌めく美しい銀髪に、辛うじて現代でも通用するからと着けた上品すぎる純白のワンピースを着込み、見た目はどこからどう見ても東洋に紛れ込んだ外国人のご令嬢である。誰もこの二人に血の繋がりがあるとはまさか信じないだろう。

 

「あー、ハロー。ワット……ワイ、ドゥユーアスクマイホーム?」

「ふふ。日本語でお話しくださって結構ですよ」

「わ、日本語分かるんですね……恥ずかしい。じゃぁあの、うちに何か御用ですか?」

「つい今まで日本の町並みを楽しみながらお散歩しておりまして。

 特にこのお家を見ているうちに、似たようなお家を思い出して懐かしんでいたのです。

 そちらのお家の方々をお騒がせしたようであれば、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いいえ、そんな仰々しく謝られるようなこと、ありませんけど。

 好きなだけ……って、なんか変ですけど、別に構いません、です」

 

 彼女は私に、お客人をもてなすようたどたどしい言葉で話しかける。私は異世界で染み付いた普段の態度で女の子に気楽に話しかける。お互い、面識を持ったことのある相手ではないが、他ならぬ私は事前の調べでこの女の子が私と縁深い相手だと知っていた。

 なんせ血の繋がりのあるどころか、全く同じ血を持つものなのだから。彼女は、この平行世界上における私の同一人物である。

 元の世界において一人息子だった「私」は、この並行世界では一人娘と化していた。宇宙の秘密を知った今、その程度の違いに驚くことはないが彼女はかつての私と違う素性を持つようだ。乗っ取るのは難しいだろう――――たとえチートを強引に使っても、それは乗っ取りではなく上塗りになる。それは私の望む元の生活を取り戻したことにはならない。

 しかしこうして見ると、平穏な生活を送れている「私」のことが妬ましいのは事実。だから私はそのすぐ側で香りだけでもいたくと決めた。腹心たちには退屈させるだろうが、私が飽きるまで長いバカンスと思って過ごしてもらう。

 

「お気遣いなさらなくとも、これ以上のご迷惑はおかけしません。

 私は今日、ここから帰ります。ごきげんよう、また今度」

「ご、ごきげんよう。今度?」

 

 私は「私」に別れを告げて、今日のところは滞在先に帰った。その道中、ずっとついてきていた私のスパイに声をかけて、今後の布石を打っておく。

 

『カグラ、あの子の生活を調べて。これから私は、最重要である彼女と接近しなければならない。

 彼女と会える場所を探すのは重要な役目よ』

『わらわは反対ですぞ。この世に疎いわらわにも分かるほど、あの娘は平凡に過ぎて、主様には合いませぬ。

 どのようになっても必ず一方に不幸が訪れましょう』

『そうでもないわ。幸せとは心が満たされて生まれるものだけど、金や権力、力では私の望みは叶わない。

 市井に身を落として、それで幸福が生まれるためならなんだってするわ。

 ……例え彼女が死んでもね。だから殺してはダメよ?』

『お見通しですかの。しからば、今は言うとおりにいたしましょう』

 

 すぐ側で姿を見せぬまま、念話(テレパシー)でやり取りする彼女、カグラ―――私を主と慕う妖狐の忍はご不満の様子。魅力も実力も遥かに優れる自分より、「私」が主のお気に入りとなることに納得していないのだ。敬意から恨みは向けずとも、嫉妬は別……悪人寄りのこの子は私の目を向けてもらうために「私」を闇討ちしかねず、こうして暴走せぬよう念を押さないといけない。

 そんな性格の悪いこの()だけど、可愛いし優秀だし何より私へ強い敬愛からお願いを聞いてくれる大事な()。手放すなんて考えられない。

 

 

>地球の暦で20XX年5月上旬

 海外で戸籍を確保した。偽造……もとい乗っ取ったものだ。海外の893屋さん(マフィアとも言う)に頼めば一発である。

 この手の悪巧み、交渉事に強い第二の腹心に相棒をつけて任せていたが、思ったより早く済んだのは嬉しい誤算。急いで現地に飛び、私と仲間たち人数分の戸籍を獲得する。今日から私の名はジェーンだ。仲間たちにも戸籍を配ったが、こういう偽造や詐称を好まない二名は消極的にのみ利用すると述べた。まあ相棒はそもそも見た目人間ですらなく変装無しに人前に出せないし、親友は異世界の太陽神に祝福された天然のアイドル・聖女だから、その魅力で簡単に国も味方につけるのではなかろうか。

 まだ地球に不慣れな感覚派の彼女らを放っておくのは心配だが、下手すると私以上に目立つ彼女ら二人を今の時点で日本へ連れていくわけにもいかない。第二の腹心に彼女らの面倒見を頼んで私はカグラを引き連れて留学を準備する。893屋に魔法のアイテムと呪文のサービスを積んで吸い上げた金とコネで強引に手続きを済ませ、カグラを先に日本へ飛ばして小細工を弄し、5月中旬にようやく私自身も日本へ飛べた。

 

 

>地球の暦で20XX年5月中旬

 ホームステイの滞在先を「私」の家庭にねじ込むことは流石に出来なかった。だから縁戚であるという留学の建前確保に用いた「私」のクラスメイトをそのままホームステイ先に頼み込んだ。カグラが調査中、そのクラスメイトの親が輸入業を営んでいることを知って、ちょうどその親の取引先に893屋さんの傘下企業が混じっていることが分かったので、重役の娘という紹介で潜り込ませていただいた。勿論、本当の娘ではないのだけど、金と利益のためなら大人は怪しいことも黙って呑んでくれるのだ。

 ステイ先、藍染(あいぞめ)さん家の和服が似合う大和撫子、愛理(あいり)嬢はそんな裏事情も知らず、日本にやってきた私に良くしてくれた。異世界で新鮮な食材や斬新な味覚に食べ慣れた私の舌も唸らせる料亭やスイーツショップに連れてってくれ、私を喜ばせる案内上手である。そんな良い子だが、ステイ初日に腹心たるカグラに注意をかけることを忘れてしまい、危うく人に言えぬ状態にしてしまうところだったのは非常に申し訳ない。幸い彼女の身が汚される寸前で止めることは出来たものの、そのせいで愛理嬢にはカグラの存在がバレ、私の素性に裏があることを知られてしまう。明らかに得体の知れない腹心を引き連れている私の弱みを握られて、彼女が何を言い出してくるかとハラハラしたものの……彼女はカグラについて親戚か何かか、と簡単に問うだけで、詳しい素性について追求しようとしなかった。彼女は善人であった。

 この恩はいつかきちっとした礼で返さねばなるまいと私は心に留め、とりあえずまずは欲求不満のあまり彼女へ度々色仕掛けするカグラを止めた。

 

 留学生が日本に慣れるための研修期間が終わり、ようやく高校へ入り込む時が来た。事前に派遣したカグラの工作の介あって私は愛理嬢、そして異世界同位体の「私」と同じクラスに編入されることが決まっていた。担任教師に仕切ってもらい、教室で自己紹介を行う。あからさまに外国人の私が流暢な日本語で喋ったことにクラスメイトたちが驚きの表情を浮かべる中、事前に数日ともに暮らしていた愛理嬢は平然とにこやかに笑みを浮かべ、そして同位体の「私」は知った顔と再び会ったことに一瞬だけ驚きを、そして複雑な顔をする。何気なく伝えた「また今度」という再会の言葉を覚えていたようだ。

 

「こんにちは、日本の皆さん。私はジェーン。北米からやって来たジェーン・スミスです。

 日本のシステムに憧れて、暫くこの伊勢高校に留学しました。どうか、よろしくお願いします」

 

 彼・彼女らが圧倒されぬ程度に魅力のオーラを振りまくと、熱狂的な歓声・拍手と共に歓迎の言葉が次々にクラスメイトから語られた。担任ですら仕切りの言葉を紡げずにいる。初対面でない愛理嬢、「私」は彼らほど強く当てられてはないが、それでも周りの様子に釣られて気が高揚し、顔を赤らめている。主様のお言葉を聞いただけで歓喜するとは有象無象の馬鹿共じゃの、と影の中に潜むカグラが念話で嘲る。

 流れを担任が硬直して仕方ないので私がさっと腕を大振りに上げ、彼らを注目させると途端に次に放たれる言葉を待とうと静粛になる。

 

「皆さん、私の来訪を喜んでくれて非常に嬉しいです。ですが、本当の喜びはこれからの学園生活で皆さんと共に築かれていきます。なのでその喜びはこれからの思い出の一つとして、今は皆さんの心の中に秘めていてください」

 

 そう言って気を動転させる皆を落ち着け、事務的な話は担任に任せると告げて私は用意された空席に座った。座席は「私」とも愛理嬢とも離れているが、いずれ何かの授業をきっかけに接近することもあるだろう。

 私が着席したタイミングで、先生が空気を引き継いで私の表向きの理由、留学事情について語る。書類上では本当にあった「私の日本への思いが込もった」カバーストーリーだ。あたかも読書感想文のように整然とした内容は、聞くものが聞けばあまりの綺麗話に疑う話だが、存在そのものが美しい私の容姿は内容に合いすぎて逆に疑われない。そうして私は「私」のクラスメイトたちに受け入れられた。

 

 

 >留学生の初日

 朝のホームルームが終わり、僅かな休み時間を挟んで授業が始まるものの、皆まともに授業を受けられる空気などではなく、本日の授業一時間目の教師が入ってきても時間を押して質問攻めを受けた。半ば真面目に、勿論経歴にははったりと嘘を織り交ぜて答え流し、間が空いたタイミングをみて視線を誘導し、教師が来たことに気づかせると彼らは惜しみながら席を離れた。「私」はこちらを気にしつつもボッチ気性なのか私を取り巻く集団に近寄らずにいて、愛理嬢は遠巻きに私のことを見ながら親しい少人数グループに身内事情を打ち明けて、きゃあきゃあとこっそり騒いでいた。

 二時間目との間の休み時間には、相変わらず私を集団が取り巻き質問攻めにしようとする中、愛理嬢がやや優越感をさらけ出しながら、私のことをさん付けせず、そのままジェーンと呼んだ。正気を訝しむような目で取り巻きが彼女に目を向ける中、私はその態度に答えて愛理さんと言葉を返すと、名乗られてもないのに私が彼女の名を呼んだことで驚愕して目を剥いた。

「次は移動教室よ」との愛理の軽い口調に「ありがとう、一緒に行きましょう」と長年の友人のように即応じたことで、周りは目の色を変えて、愛理嬢へ近づく。愛理の親しい友人たちが集団を止め、彼女に代わって事情を説明する中で私は愛理に連れ出されて次の教室へ向かう。

 その途中、見慣れた、しかしこの世界では見られぬはずの魔法のオーラを感知して足を止める。カグラも同時に気づいて念話を寄越し、共に反応があった方を確認すると、隣のクラスの一人の少女が幾つかのオーラを発していた。詳細は分からぬがアーティファクトらしきとても強力な魔法のアイテムの反応と、彼女自身にかかっている幾つかの防御術のオーラの反応だ。詳しい情報を集めたいところだが、愛理嬢がこちらの動きを気にしたので悟られる前に何でもない風を装って、一方でカグラに調査するよう念話する。特にそもそも魔法が存在しないはずの現代で、魔法の反応があることはおかしい。既に海外の893屋には幾つかの魔法のアイテムを与えたが、明らかに私が与えたそれらではない、全く異なる強力な魔力反応だ。アイテムの確保より、泳がせて素性と裏取りを優先して調査するように指示した。

 

 >初日、放課後

 どうやら一筋縄ではいかないらしいこの並行世界において、私はその後、(私以外にとって)驚愕の学校生活の始まりをさくさくと放課後まで流れ作業で過ごしていった。同位体の「私」といえば、気にしてはいたものの漏れ聞こえてくる噂だけで満足したのか直接接触してくる様子はない。困ったので、少し人が離れたタイミングで愛理嬢に気になる人物がいることを話し、「私」と会話したいことを伝える。接点が少ないのか、あまり知らないけどと前置きして「私」のことを語る。どうやらクラスメイトと直接の仲は良くないが、代わりに文芸部の部活動に熱心な趣味一直線のタイプである情報を貰う。

 放課後、相変わらず私の外面に釣られる男女クラスメイトたちが今度は部活動に顔出してもらおう(あるいは勧誘しよう)としたのを利用して、文化部を見て回りながら「私」と接触することにした。さして興味もない軽音楽部やお腹いっぱいの演劇部などを流して回り、この場に部員がいない文芸部を残して次は運動部へ、と誘導される流れに「まだ文芸部があるのですよね」と逆らって最後の部室を訪問する。

 軽音楽部や演劇部と違って、やや根暗な人も多い文芸部では私のような人をあまり喜んで歓迎するような人はいない。しかし私の押しを断れるほど強い我を持つ人もおらず、入室権をもぎ取って中に入り、同位体の「私」を見つける。向こうも入り口で押し引きしていた私に気づいてはいたが、関わることもないだろうと顔を伏せて目を背けていた……そんな彼女のことを私は、まるで今気づいたようにニッコリとした笑みを浮かべてゆったりと、本に熱中する彼女の手を取る。私と「私」に視線が集まる。

 えっ、と動揺する「私」に構わず、私は再会の言葉を語る。

 

「絵都さん、ですね。お久しぶりです。

 あの時、あなたに話しかけられた時、私は日本との繋がりの一つにあなたという縁が出来たことを感じたのです。だからきっとまた会えると思っておりました。教室では言えませんでしたが、これから同じクラスメイトとしてよろしくお願いします」

「え、あの私はそんな……や、やめてください。恥ずかしいです」

「恥じることはありません。前に会ったあなたが、留学した同じ学校にいて、同じクラスメイトにいる。

 これ以上の運命はそうそうありえません。間違いなく、私とあなたに運命が紡いだ縁です。

 私は縁というものを大切に思っています。ですから、この縁をあなたも大切に思って、私と仲良くしてください」

「う……はい。あ、違」

「ありがとうございます!」

 

 恥ずかしさに「私」はとにかく断りを口に出すが、そこに私は彼女へ魅力のオーラをぶつけて圧倒し、強引に了承の言葉を引き出した。それを周りに知らしめるように声を張り上げて既成事実とする。これで私は「私」と接触する口実が出来た。あとはいつでも教室で機会を重ねれば良い。

 

「ごめんなさい、部の皆様には突然ご迷惑をかけてしまいましたね。

 申し訳ないので、今日はここで失礼します。また来ることがあれば、次こそは部の皆様と仲良くなりたいです」

 

 その後、引き続き私は周りのクラスメイトに囲まれて、運動部巡りに付き合った。もっとハードな運動を経験してきた私には陸上競技はもはや児戯、今でも世界レベルすら狙える肉体を持つが、異世界でも捨ててきた名声を今また手に入れようなど思うわけもない。表面上は多少センスは良くても動きが鈍く可愛らしい女の子を演じて、残りの時間を流し過ごした。当然、3レベルもない学生ごときに見抜かれることは無い。

 

 

 >初日その夜。リリカルナイトクラブ

 部活動を回っているうちに下校時刻になり、夜のいけない遊びへのお誘いを断ってステイ先の藍染家へ帰宅する。一足先に帰っていた愛理嬢はそれはもう愉快な顔をして私にお帰りなさい、ご苦労様と仰った。苦労を知っているのなら、少しは助けてくれてもいいでしょうと私は彼女の否をつつき、軽い、しかし的確に身体のツボをつく厭らしいスキンシップで仕返しする。

 カグラから手ほどきされ、後に我流で鍛えた房中術はくすぐったさ以上に快楽をもたらし、愛理の顔が心地よさと恥じらいで赤く染まる。我が腹心の色仕掛けによって、彼女は女性ながらにしてすっかり女色家の悪い癖がついてしまった。カグラのいたずらは止めたものの、カグラとひいてはその主たるたびたび私に色目を向ける彼女を非行に走らせぬため、二日に一回こうして満足させる必要があった。何故私自らが手ほどきせねばならんのか、とは思うもののこの情事にて私が「私」に向ける僅かな色欲を解消出来るメリットもあったので、まんざらでもないのだ。

 

 私の手練で愛理嬢を満足させたところにカグラが戻ってくる。羨ましい目つきをする彼女の調査報告を聞くと、驚きの事実が飛び出してきた。

 

「主様が感知しました女生徒について調べましたのじゃが、どうやら現地の魔術師であるようで。

 いや、当人らは魔法少女と名乗っており、また別の魔術師と合流して会話するなどしておりました」

「魔法少女、まさか実在したとは。比較的近代に生まれた創作物ジャンルだけど、そのものなのか、名前だけ借りた別ものか。

 その仮称・魔法少女たちは複数人集結したの?具体的な魔法行使のほどは確かめたかしら」

「はい。あやつは学舎より住居へ帰還し、その後身につけた宝石らしき魔法のアイテムにより一瞬で戦装束に身を整えておりましたわ。

 その直後からあやつより第三位階ほどの魔力量を感じるようになり申した。恐らくあのアイテムにより得ているか、あるいはこの地に伝わる独特の、魔法の(キー)となる構成要素ではないかと。しかし……」

「続けて」

「はい。見たところ当人たちのレベルはせいぜい3レベルに過ぎませぬ。

 通常のウィザードが第三位階を使うには、早くても5レベルであることを考えるとかなり早熟での。観察を続けたところ同じ魔術師仲間と合流し、現地のモンスターたちと交戦を開始し、その戦い様を一時見届けましたわ。その最中で第三位階の呪文行使を確認しております。

 詳細は後に述べるが、敵に関する基本的な知識はあっても、経験やノウハウ、戦場における機転はそれほどでもないようで、そのあたりは見た目通りの幼さですな。

 そこから考えるに、あやつはこの地独特の技術を自力で身につけたと言われるよりも、神格級の存在から力を授けられたか、あの魔法のアイテムによって身についた後天的な能力であるという説のほうが納得行きますの」

「へえ、モンスターなんていたのね。私はまだ見てないけど……」

「説得するのですか?こればかりはわらわが断固反対です、ゴブリンごときに主様のお姿を晒せば、まず間違いなく奴らは主様を自分らのものにしようと襲いかかるでしょう。見るべき実力者もいない連中で、雑魚に主様のお手間をかける必要などありません」

「そういうのじゃないの。そもそも、私の知る『地球』には、魔法は当然、超常的な生物すら存在しない、動植物と人間だけの世界のはずだったから。

 ……やはり私のいた元の世界とはまるで別物ね。口惜しいけど、逆に言えば私たち超常能力の持ち主の存在が許されたってことでもあるわ。

 考える、少し待ちなさい」

 

 カグラの調査、および私が昼間に一瞬見た限りではあの彼女に魔法使いの魔力は感じられなかった。そしてアイテムを用いて戦闘用装備に一瞬で変身した直後から魔力を感じられるようになったという情報から、恐らく創作物通りの“魔法少女”であると考察される。すなわち、何らかの原因によって外部的な能力供給装置ある魔法のアイテムを手に入れ、それにより魔法を行使する能力を獲得し、またモンスターのような敵対勢力がいる善の存在の要素が考えられる。

 ……3つ目に関しては魔法少女の典型的なパターンの例に過ぎず、敵対モンスターたち、および魔法少女に変身するアイテムを与えた何らかの存在に関して追加調査が必要だ。

 1つ目に関しては、他者から与えられたものでなく魔法少女自らに眠っていた才能であるという線は考えがたい……もし自身の能力だったなら、その魔法的才能そのものが感知出来たはずだ。そもそも彼女のレベルを考えるに、彼女にそこまで卓越した術者の技量があるはずがなく、そんな低レベルの術者の技量で、私たち高レベル者の目から魔力を隠し通せるわけがない。つまり彼女の魔力は見たままが真実ということ。

 そして最大の問題は、魔法少女は私たちにとって敵であるかどうかということだ。カグラの話を聞くに、モンスターたちには私たちがやってきた異世界にもいたゴブリンが含まれている……地球の闇や地下に紛れた現住生物という話もあるが、それより私たちと同じく外部世界からの侵略者の手先という考えをあげたい。魔法少女もの(あるいはヒーローもの)において、宇宙の果てや別世界から地球を侵略しに現れた悪の組織は珍しくない話だ。そして表面上は同様に別世界からやってきた私たちは、彼女たちにとって侵略者の同胞とみなされる可能性が高い。ねじ伏せることは簡単でも自爆覚悟で社会的な手を取られれば地に足のついてないこちらが不利で、それまでは魔法少女たちから身を隠しつつ手を出さずにいよう。

 

「カグラ、あなたはゴブリンたち……彼らそのものでなく、彼らの後ろに暗躍している存在がいないか、調べて。

 私の知る地球では動植物と人間以外の、ゴブリンなんてものはいなかった。アイテム、技術、住居、なんでもいいわ、それらを追跡して奴らの裏にいる指揮官、支持者、スポンサーを探すこと。期限は一週間、例え成果がなくても期限になったら必ず報告に戻ること。簡単に分からなかったことが分かるだけで十分なのよ。

 そして魔法少女、見かけ上は今の私たちの敵ではなくても、レベルが上がれば飛躍的に強化されかねず、潜在的なライバルの可能性を秘めている。危険ね」

「では潰しますか?」

「いいえ。目先の危険を取り除いても根本の原因が分からなければ、ただの繰り返し。何より、私たちの目の届くところにいないだけで、既に十数レベルに達した強力な魔法少女に不意をつかれれば、私たちの誰かがやられてしまう危険もある。

 カグラ、地球は私が思っていた以上に危険地帯だった……平穏な生活とか、バカンスのつもりでいてなんて言った間違いを謝罪するわ」

「そんなことは思っておりませぬ。むしろ、わらわたちが張り合う相手がいたことで主様に尽くす場が生まれたことを喜んでおります。

 まずは手始めにモンスターたちへの隠密調査、務めさせていただきます」

「任せるわ。知っての通り、私は地球社会に顔も身も晒して下手に動けない。

 今動ける、貴女たちだけが頼りなの。よろしくね」

 

 御意、とカグラは私の令を承って、早速 影に身をやつし私の視界から消えた。

 しかし(私の技で絶頂し、つい先ほどまで気を失っていたが)途中から覚醒し、このやり取りを見ていた愛理嬢が起き上がって私に尋ねる。

 

「あの娘、ジェーンの妹ってことでいいの?」

「いいえ、カグラに血の繋がりは無いわ。ただ、そうね……家政婦とか、使用人に近い関係よ。

 もしくは、私が師匠であの子が弟子」

「弟子って、忍者の弟子?

 魔法少女とかフィクションの話をしても平気でいて、いきなり出たり消えたり、ずっと学校でジェーンのこと見張ってた彼女が忍者っていうなら納得するけど。でもカグラちゃんはともかく、ジェーンちゃん外国人だよね、忍者じゃなくてNINJAなの?」

「あれはカグラが自力で身につけた技よ。私は忍者でも盗賊でもなく……魔術師(ウィザード)

 私がカグラに教えたのは呪文の教えよ。カグラは確かに優れた忍者でもあるけど、呪文の使い手でもあるの」

「ウィザード。それは考えもつかなかった。忍者で魔術師、分かるようでなんか分からない組み合わせ。

 というか今更だけど、魔法ってあるんだね。私を気持ちよくさせたのも魔法ってやつか」

「あれは魔法を介さない、ただの純粋な技術。詳しいことは話せないけど私のいたところでは対魔法戦術も流行っていたから、魔法を使わない技術も伸ばす必要があった。あれはその一つ」

「魔法じゃないんか。どんだけテクニシャンなんだよつって。そんで……ジェーンは日本に、何しに来たのかな。アメリカから日本を秘密裏にスパイしにきた超能力者と予想、当たったらジェーンのこと教えてよ」

「その予想、一部当たらずといえども遠からずね。でも超能力と魔法は根本的に違うものなのでニアピン賞は無し、続きはまだ今度ね」

 

 ガビーン、と口に出す彼女はさておいて、私は今分かったことで急ぎ動かなければならない。

 連絡のため、ホームステイで貸し与えられた藍染家の一室にこもる。今の時点で分かった情報を他の仲間たちに“送信(センディング)”の呪文で伝える。魔法少女の存在はさておき、モンスターがこの世界にもいる情報は真っ先に共有し、対策を練らなければなるまい。

 

 

 

 



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002

やっと現代にファンタジー導入まで書けたけど時間かかりすぎ
明らかに書きたいものじゃない感が強いので、最初から書き直します

→書き直し中が思ったより捗らなかったこと、そのまま書いても結局意味が通じそうだったのでが没撤回して追筆中


>留学二、三日目

 カグラを本格調査に繰り出してから数日、今の私に調査に関わる時間など存在せず、仕方なく留学に専念する。本来希望していた平穏な時間が、モンスターやら魔法少女やらきな臭い存在を知った途端に疎ましく思えてくるのは異世界で身についた私たちの性分だろう。油断して隙を作ると、そこを容赦なく敵に突かれるのだ。透明なアサシン集団他暗殺者に何度仲間たちを殺され(そして蘇生を重ね)たものか。おかげで私など呪文特化の術者(スペルキャスター)だったところを再訓練(リビルド)し、生存能力を高めている。

 

 そんな苦い経験からなる気持ちもあって、同位体の“私”に粉をかける暇はなかった。なんせ隣のクラスに例の魔法少女がいるのだ、ただでさえ私の装いは不自然で目立つのに更に怪しげな行動を取っては、彼女らに魔法のこもった疑いの目を向けられかねない。私自身のことならハッタリで隠し通す自信はあっても、魔法は使いようで非魔法技術を容易に看破する。魔力隠蔽の呪文をかけてはいるが、彼女らの力量次第で十数回に一度くらいは気づかれかねない……その万が一を防ぐために警戒していると、“私”と接触することは取れなかった。

 しかしそんな私の事情を汲んでか、愛理嬢が代わりに役立った。最近色っぽい流し目を私にくれる彼女はその気を引こうと隣クラスの魔法少女―――“稲荷(いなり) 井波(いなみ)”について情報を集めてきてくれた。感謝しているが、その借りで私にマッサージ(スキンシップ)を要求されるのは愛する腹心たちの立場を奪ってしまうのでやめていただきたい。

 さて、愛理嬢が得た稲荷 井波の情報だが、彼女自身は割りと普通の女学生である。部活動は元・陸上部、好きなものは猫とデコレート。彼氏なし。唯一特徴的なのは神社の神主の娘なこと。しかし神社の写真を見た限り、構造・配置に魔術的な要素は一切見られず、オカルトや先天的な魔術師の家系という線はやはり薄い。

 これ以上の情報は、一般人でしかない愛理嬢には知識が足りず掴めない。かと言ってカグラは現代や魔法少女に対する知識が浅く、そもそも現在別任務中で手が離せない。現状先を急ぐことでないとはいえ、限られた留学期間を“私”と進展なく無為に費やすのは望まない。

 私は犬が尻尾を振るようにそわそわしてお礼を待つ愛理嬢を見て、彼女にスパイ能力を仕込むべきか懸案する。私の仲間・腹心たちと違い、超常体験の経験浅い彼女にレベルを与えるのは、言ってみれば分別つかぬ子どもに爆弾を与えるようなもの。無論そこまで愚かでないといえど、彼女がそれで何をするかは考えつかない。私は現地調達を諦めて、遠く故郷に残してきた従者たちを連れてくるかをその管理職である第二の腹心に相談することを決めた。

 

 

>留学から一週間弱、相棒エルフがやってくれました

 戸籍を調達させた海外893とは、こちらは魔法のアイテムや技術を、向こうは地球における色々を双方Win-Winで取引するために他の仲間三人をアメリカ国に残してきている。

 尤も対等である聖女様と相棒には強制力のないお願いで駐留してもらってるので、実際には色々不味いことをやっているかもしれない。“潔癖”症患者に目立ちたがり屋の二人だ、きっと海外893の薄汚い手口を少しでも悟ったなら健全化するべく暴れているだろう……と諦観を持ちながら空いた時間で渡米すると、案の定アジトへ踏み込んだ時点で空気が以前よりも目に見えて澄んでいた。物理的な意味での清掃も行き届いているが、何より目にする893の構成員たちの腐っていた性根は叩き直され、目につく全員の姿勢から心構えまで固いものに代わっていた。

 そして幹部も数人首が挿げ変わって、見るからに確固とした精神を抱いている強い人物が揃っていた。実際レベルもオーガ並からトロール並に成長しているし、何よりその幹部の一席を我が相棒たるエルフの女戦士レアスが占領し、自らがやり遂げた功績を私に誇ってきた。

 

「この短期間で彼らを改善させたのは流石です。

 しかし元より薄暗いところのある彼らの根元は断てないと思いますが、そちらはどのように?」

 

「無論、心と体を鍛えることは出来ても、そちらの不得手だ。

 だが聖女様が彼らを明るみに出しても恥じることがないよう、同じように手はずを整えている。

 知っての通り、この次元界に来てから暇は持て余していたから」

 

「なるほど、善なるお二人が共に手を組んでたなら、これだけの手並みも理解出来ます。

 でもやってくれたもう一人の当人はどちらに?」

 

「聖女様はこの次元界でも聖女となる準備を始めている。

 確か偶像(アイドル)活動と言う職業だ」

 

「なんと。……いえ、聖女とアイドル、やってることは意外と近いかもしれませんね」

 

 アイドルは聖職者でない。だが元の世界で彼女がやっていたことは宗教の広報活動であり、印象操作であり、招き猫である。世俗じみてはいるけれど、金のためではなく、人の心に善意を訴える彼女の目的は故郷世界でやっていたことと差異はない。

 

「私もエルフという偏見がなければ表に立ちたかったな。生憎この世界では人間以外の人型生物(ヒューマノイド)は表におらず、また武力ではなくまとめた人の数で上に立つ社会と知って考えを改めたが。

 しかしそれでも、エルフというだけでしきりに奇異の目で見られるこの世界は、エイト……いや今はジェーンか。

 お前の故郷は実に閉鎖的で、異世界に疎い田舎なのだな」

 

「そういうわけではありません。単に異世界、というより魔法が明るみに出ない世界だったでしょう。

 その件については先日お伝えした通り、どうも私が知っていた知識と異なり、全く存在しないわけではなかったようで、私のいる地域でもゴブリンと、それを討伐する英雄のような存在を発見したとカグラから報告がありました。

 今、カグラにはゴブリンどもの裏を探らせている最中ですが、そちらでも何かモンスターか、あるいはそれに対抗する現地の英雄(ヒーロー)などと遭遇していませんか?」

 

「私もジェーンから連絡を受ける前、少数の人間ゾンビを目撃していた。連絡が遅れてすまないが、この組織の戦士たちを鍛えるのに丁度良いと利用して、始末も済ませた後だったのだ。見つけたゾンビは片端から埋葬したが、被害を受けた話はとんと出ていない。パトロールもしているが、そもそもこの地には英雄が必要なほどモンスターが発生していないようだ。

 ジェーンの話を聞いて、私ももう少しゾンビたちの創造主について気を配るべきだったと反省したよ」

 

「なるほど、そちらではゾンビが現れましたか。しかしそのゾンビは至って普通のものでしたか?

 こう、噛まれて病気を受けたりした人はいませんか」

 

「いや?打撃を受けて手当したものもいるが、噛まれたり、その後特別治療が必要な人物はいなかった。

 私たちが知る通りのゾンビだったと言える」

 

 ゾンビはゾンビでもバイオハザードな方でも無かったようだ。私と同じ異世界のゾンビならば、死霊術師や負のエネルギーによって死体が起き上がり、生者を打撃するだけの能しか持たない比較的容易く相手出来るアンデッドだ。尤もゾンビに銃弾のように貫通してダメージを与える攻撃は効きづらいので、白兵武器を使い慣れない現代人では苦労するかもしれない。

 

「ふむ……」

 

 しかしここの構成員たちがモンスターたちとの経験を積み、レベルが上がったならば、故郷に残した従者の代わりに、魔法少女やモンスターたちの調査に使えるかもしれない。そういう考えが頭をよぎるが、しかし従者たちと違い彼らは己に惹きつけられた存在ではない。訓練官たるレアスを慕い、私に畏敬を抱いていても、必ず命令に従う者たちではない。金や利益に転んで情報を渡しかねないと判断して、考えは取り下げる。

 

「何だ、ジェーン。物欲しそうな目をして、こいつらは私が面倒を見た、この地の私の部隊兵だ。

 まだまだ彼らは発展途上だ、いくらお前でも道半ばの彼らをやれないぞ」

 

「別に取り上げたりはしませんよ。少し貸してもらおうかなーと思ってただけです……それに未熟な彼らにモンスター相手の仕事を任せるのは、その通り時期尚早に過ぎる」

 

「出来れば対術者の経験も積ませてからにしたい。

 今度カグラやアイシャに頼んでみたいと思っている、お前の方から口聞きを頼めないか?」

 

「……その二人なら、カグラのほうが適任ですね。アイシャは術者視点のノウハウしか教えられません。

 しかし彼女にはとても忙しい仕事を与えたので、教える暇はないでしょう。

 一応、アイシャには声掛けますけど思っているより期待しないでください」

 

 そうか、とレアスは残念そうに顔を振る。

 

「私の方から話は以上だ。組織の奴らがジェーンと話をしたいと言っているが、もし時間があれば応えてやってくれ」

 

「それはまた今度、暇が出来た時に考えます。ところでアイシャはどこにいますか?

 調査の手が足りなくて、故郷に残した従者たちを連れてくるべきかを相談しなければいけません」

 

「アイシャは3階の書斎にこもって書類仕事中。

 しかし元々従者たちを連れてこないと決めたのはジェーンの判断で、不甲斐なさを晒すぞ。いいのか?」

 

「見た目ほど完璧でない私のことを、レアスは見損ないますか?」

 

「いいや全く。私はジェーンをこと戦いにおいてよく知っている。

 隙を見せることは多いが、不意を突かれようとそのポテンシャルで跳ね返す姿に私は憧れ、信頼を託す相棒だ。

 邪神ほどに恐れられた古の赤龍をねじ伏せる姿、決して忘れることはない。

 その力に陰りが訪れるまで、私はジェーンに背中を預けると決めている」

 

「どうも。だから私も、そんなレアスに安心して背中を託せますよ。

 しかしこの地球では当分、二人で戦う必要もないのが残念です」

 

「そうだな、いっそ征服してしまえば私がモンスターたちからこの地の人々を守れるのかもしれない。

 この世界は魔法もなく、強い武器に頼りすぎていてあまりに弱すぎる」

 

「いいえ、私はこの魔法が無い、見通しの効く世界が好きなのです。

 モンスターさえいなければ、目に見えるものでしか傷つけられる心配もない世界は気楽に過ごせます」

 

 魔法がなければ“念視(スクライイング)”で監視され、“瞬間移動(テレポート)”で前兆もなく奇襲を受けることもない地球は、異世界におけるハードな冒険の後では実に快適だ。異世界の戦術は極まりすぎて、魔法の対策に魔法を使い続けるくらい常に気を張りつめる冒険は苦しかった。

 私がそう言うと、レアスは苦笑しながら同意した。戦士で矢面に立つことの多かった彼女は“火球(ファイアーボール)”で燃やされ、精神支配で味方に切りかかり、時には呪文で即死するなど、私たちの中で最も死亡し、蘇生を受けた経験が多い。実際、水浴び以外はずっと身に付けていた対呪文用装備を外すなどして、魔法が放たれることのない世界で一番気を抜いているのは彼女だ。

 

「では、アイシャと話をしてきます。レアスは引き続きこの組織と、それから聖女様をよろしくお願いします」

 

「良い。だから、そろそろお前の料理を味わせてくれ。

 もう前に食べてから一ヶ月が経つ、異世界のごたごたはあっても、あれだけは忘れられない」

 

「……うん、ホントごめんなさい。また来た時に用意するね」

 

 レアスは、転生した私が唯一手料理を振るい、そしてその虜にしてしまう過ちを犯した相手でもある。

 高レベル、高能力値によって作った料理はほぼ例外なく人を喜ばせて幸福にする……素材から何まで合法、非魔法的ながら人の感情を捻じ曲げるお手製ドラッグとなることに気づき、二度の過ちを犯さぬよう自ら〈製作〉を禁じたが、その初犯の相手であるレアスは中毒症状を受けている。非魔法かつ毒物ではない技術だからこそ治療することが出来ないのだった。

 

 

>第二の腹心もやってくれてました

 私は相棒エルフと別れ、この古い屋敷の書斎に向かった。

 そこは、3つ並んだテーブルの一つを多数の紙束が詰め込まれた山積みのフォルダで埋め、残り二つをアイテムや醜い人造人形(ホムンクルス)でオートメーション化した魔法のアイテム製作工程を行うなど派手な作業風景が広がっていた。そんな中、山積みのフォルダの向こう側に紛れてカタカタとプラスチックを叩きながら文字を書くペンの音に私は気づき、テーブルを一周りしてその正体を捉える。

 ホムンクルスたちの主で、この書斎を占領して893たちの情報をかき集め、更にはインターネットや文献より情報収集と集積を繰り返すことで、今や私よりも地球に精通しているのではないかと思うほど知的活動を行っている目の前の黒髪ツインドリルの褐色美女は、私の第二の腹心たる元・貴族、現・私の従者とされているアイシャだ。

 アイシャは当然書斎に入ってきた私に気づいているが、途中半ばだった活動を放り出すつもりはなく、キリ良いとこまで終えたことでようやくこちらを向いた。レアスやカグラと同じ異世界から地球に来て一ヶ月も経ってないのに、まるで今や身近なもののごとくコンピュータを操作しているが、これは私の仲間で随一の知力が為す学習能力によるものだ。

 

「マスター、ご用件は何でしょうか」

 

「アイシャがしっかり仕事しているか、心配になって。と言ったらどう思う?」

 

「まさか、マスターの信頼を裏切っても一利を得るだけで、あとは百の害と損失になります。

 例え故郷を捨てようと異世界に渡ろうと、私はマスターについて忠実に務めを果たすことを選ぶでしょう」

 

「嬉しいけど、悲しいわ。私はアイシャに、私の故郷をもっと見て楽しんでほしかった」

 

 カグラからは主人の敬愛を受け、レアスとは相棒の信頼を交わし、そしてアイシャはかつて私に二度救われたことで忠誠を誓う人間だ。また彼女と聖女様は非常に社会慣れしており、身近な相談相手としてお世話になっている相手である。正直言えばもっと気安く相談したくアイシャとは友人になりたいのだが、情けをかけられても屈服された元貴族の誇りがまた辱められるだけと拒否されている。

 

「個人として言うなら、非魔法的な社会が珍しいだけでパワーレベルが低い世界に価値はなく、興味ありません。

 植民地として支配し、労働力を得るには中々理想の世界ですが、その行為は真っ先にマスターに禁じられましたから」

 

「それは当然、私は私の知る地球を失うことは望まない。

 尤もそれは私の思い込みで、つい先日から怪しい気配がちらついているけれど」

 

「今のところゴブリンにアンデッドですか。アンデッドならともかく、かつての世界の敵対勢力がマスターの“故郷”を滅ぼし、支配するために世界を超えて送り出すには、ゴブリンはあまりにも平凡すぎますね」

 

「むしろ地球の地下深くの闇(アンダーダーク)に隠れていたのが地上に現れた方が納得行くわ。

 そちらは今カグラに探らせているけど、そのせいで私本来の目的のために手が足りないの。

 私は故郷から従者たちを呼んででも手を増やすべきかしら?」

 

「私個人としては賛成ですが、彼ら従者たちはマスターを尊重するより、マスターへの貢献する気持ちが強く、暴走する恐れがあります。

 地球では彼らを止めるストッパーたる要因が見えず、勝手に余計な敵を産みかねない理由からマスターの目的を考慮するとそれは反対します」

 

「管理出来るようごく少数を連れてくるとしても?」

 

「それは従者の中で大きく差がつき、嫉妬から地球のマスターまで接触しようとする従者が現れかねません。あくまで特別親しい腹心以外全員を突き放したからこそ彼らは故郷に残ることを承諾していますから」

 

「むう。ではどうやって手を増やすか、案はある?」

 

「発想を変えて、真っ当に魔法少女たちと交渉してはいかがですか?」

 

「それはダメね。実力者と知られれば、恐らく彼女たちはモンスターを倒すために協力を求めてくる。でも私は自己防衛以外で地球の争いに関わるつもりはないわ。

 私は表向き普通の留学生として、“私”とお付き合いするのが目的なの。周囲を裏の顔に引き込むことだけは出来ない」

 

「ではマスター以外で、腹心の誰かを動かしますか。しかし私はここで忙しく、レアスは地球ではその見た目でモンスターと判定されかねない。残るのは聖女様ですが、彼女も今地盤を固めるために手が離せないはずです。カグラは現在任務中ですか。どうにも……いえ少々当てがありますね。

 マスター、魔法少女と名乗るそちらの調査は私に一任してくれませんか。そうすれば、お望み通りの情報を持って帰れることでしょう」

 

「先ほど伝えた通りに、地球のパワーバランスと私のことをバラさないなどの条件に反さない限りは許します」

 

「はい、お許しありがとうございます。では後は私にお任せして、マスターは日本にお戻りください」

 

「………」

 

 私はアイシャのことを信用している。しかし信頼出来るかといえば、半分くらいは任せきりにしたくないところがある。いかんせん、彼女の性質は腐敗貴族からなる、悪人だ。善人であれと言うわけではないし、私に心の底から忠誠を誓っているので私の利益を損ねることはしないとわかっているが、私以外に対してはそうではない。

 

「何か?」

 

「いえ、任せたわ。情報が入り次第、連絡はよろしくね」

 

 恐らく、アイシャは何かを企んでいる。それは私に影響を及ぼさないが、後々手遅れになって私に伝わると不機嫌をもたらすような悪巧みだ。私はそれを見抜き、今ここで暴くことは出来るが、彼女は私がやろうと思わない汚い手段を使うのだろう。私のために自分を汚すのが彼女の忠誠の形だ。私は主として、彼女の献身を受け入れる。

 私は後のことを彼女に任せて、来た時同様に“瞬間移動(テレポート)”で日本に戻った。

 

 

>忍び寄る魔法少女の気配

 放課後すぐに渡米して、早急に話を済ませ次第すぐに帰ってきたが、時刻は既に7時を過ぎている。

 愛理嬢には特に何も言わぬまま向かったので心配しているかもしれない。そう思いつつステイ中の藍染家の玄関ドアに手をかけようとしたところで……私の魔力視界が、うっすらと魔力の残留オーラを感知した。

 久々に臨戦態勢を整える私。しかし周囲は現代基準の静寂に包まれているし、また騒ぎのあった痕跡も見られない。中からも複数人の気配は感じられない。私を騙すには盗賊神ほどの技量か強力な隠密呪文がいる、それくらいの手練が潜んでいるのでもなければ、単に誰かがこの近辺で魔法を行使しただけなのだろう。しかし私は魔法少女の前でボロを出した記憶はないし、魔法で調査された感覚もない。では目的は私ではなく、藍染家?

 もしや私の代わりに調査したが、その途中で魔法少女に目をつけられる行いをしたのだろうか。嫌な予感をさせつつ家内に踏み入るも、やはり敵の気配はしない。その代わり、扉を開けた音で気づいた愛理嬢が私を出迎えに玄関までやってきた。

 

「お帰りなさい、ジェーン!随分遅かったけど、何処まで行っていたの?

 私からちょっと話があるんだけど、夕飯を食べた後で時間いいかな!」

 

 ―――彼女は強力な魔力のオーラを纏っていた。

 感知したオーラの系統は召喚術、比較的安全なものに部類されるが、攻撃呪文やモンスター召喚なども含みうるため、全く安全とは言い切れない。

 私は彼女に悟られぬうちにオーラに集中し、その位置を突き止める。魔力のオーラは、彼女の身体から発されているのでなく、彼女が着けている何かが発しているようだ。

 

「それは服の下にあるアクセサリと関係ある話でいいの?」

 

「うっ……流石ジェーン、でもどうして分かるの。魔法使いは魔力ってやつが見えるのかな」

 

「全員がそうではないけど、そう、私たちは見えるわ。だからその胸元のものを見せなさい」

 

 私が催促すると、愛理は胸元のアクセサリを取り出した。白塗りのリボルバー型拳銃の形をした小さな飾りのついたネックレスだ。ところどころの溝に紫色のラインが入っており、シリンダー(回転式弾倉)部分には弾代わりにキラキラした光る桃色の結晶が詰まっている。それにシリンダー部分がぐらぐらしているあたり本当に回転するようで、まるで精巧な模型のように見える。

 しかし私はその飾りが魔法のオーラを放っていること、加えて今まで見覚えのないアクセサリを愛理嬢が私へ自慢げに見せびらかすことに、確信といってもいい疑念を抱いた。

 

「それはどこで手に入れたの。愛理が魔法に親しい気配は、つい先日まで欠片も無かったはず」

 

「それが、私もよく分からないんけど。

 今日、所用で神社のあるあたりを通りがかったところにベンチに怪しげな本を見かけたから、もしやと思ってめくってみると突然光り出して、気づけば本の代わりにこれだけが残ってたの」

 

「本が消えて、代わりに魔法のアイテムが?」

 

 そんな魔法のアイテムは地球オリジナルのアイテムにしても、オーバーパワーに過ぎる。そもそも魔法のアイテムを生成する力とはよっぽど最高位の―――“願い(ウィッシュ)”や“神の奇跡(ミラクル)”のような―――呪文を使用しなければ作成出来ない。あるいは作成法が失われたアーティファクトでもなければありえないが、そのようなものを偶然見つけることがあるだろうか。

 

「うん。その本のタイトルは、アルファベット? で『魔法……なんとかの本』と書かれてたから、もしやジェーンの探してるものがこれなんじゃ!と思ったら読んだ途端にこれを残して消えてしまったの。ごめんね、消えると知ってたら読まずに持ってきたんだけど」

 

「……実害は無かったようだけど、魔法の本の中には読むどころか、手にしただけで一般人を死に致らしめるものがある。

 魔法の多くはまるで炎のように触る人の身を焦がす危険性を持つから、くれぐれも迂闊に首を突っ込まないよう注意して」

 

「分かった。でもねジェーン、その本はとても良いものを私にもたらしたの!

 ジェーンが気づいたこのネックレス、ただの首飾りじゃないのよ。挨拶して、スミス」

 

『ハロー ジェーン。私ハ “スミス”。アイリ ヲ サポート スルタメニ 産マレマシタ。

 アイリ ハ マホー・ショージョ “アイリス” ニナッテ モンスター ヲ 倒シマス。

 是非 テツダッテクダサイ』

 

 私の注意を気にもせず、愛理は高揚してその首飾りに呼びかける。

 するとスピーカーから放たれる合成音のような音声を伴って、その拳銃が挨拶を喋るではないか。

 

「合点が行ったわ。魔法少女はこんな簡単に増えるのね。

 才能とかそっちを最初は疑ったけど、実にお手軽な職業(クラス)なのかしら」

 

『ノー ジェーン。 アイリス ハ マホー・ショージョ ヘ 72%ノ 適正 ヲ 持ッテマス。

 才能ガ ナケレバ マホー・ショージョ ハ ナレマセン。

“ブック・オヴ・マジカライズ” ハ 才能 アンド 適正 持ツモノヲ マホー・ショージョ ニ シマス』

 

「聞き取り辛いわ……でも“これ”は確かに情報を知っているようね。

 愛理、夕飯の後でこのスミスから話を聞く時間をもらえるかしら?」

 

「うん、元からそのつもり!

 私が大好きなジェーンの役に立てるなら是非!」

 

「……それはあなたが得た力だから、自分のためになることを考えなさい。

 犯罪や非合法活動を勧めるわけではないけど、魔法には日常生活や能力を高めるものもあるのだから」

 

 触った文書の内容を一瞬で記憶する“学者の接触(スカラーズ・タッチ)”など、テスト前の一夜漬けには持って来いであり、反応速度(イニシアチブ)を高める呪文、器用さなどを含む【敏捷力】を上げる呪文はスポーツに間違いなく(ドーピングではあるが)役に立つ。

 しかし愛理嬢は、先に魔法の存在を知ってしまったためか、魔法=私という関連付けを脳内で済ませてしまったらしく、それ以外に使うことなど考えもついてないようだ。カグラと同じタイプの好意だけに、後々彼女らで争うことが心配だがこちらにとって都合はいい。無論、使い捨てたり粗雑に扱うつもりはないけど、きっちり情報は抜かせてもらう。

 

 

 

 



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003

 

>業界最速!魔法少女攻略本

 愛理が得た“スミス”―――魔法少女への変身アイテムであると共に、ナビゲーター役の使い魔―――から聞き出した情報をまとめると、魔法少女とは戦士(ファイター)生来の魔法使い(ソーサラー)の能力を後付する合言葉起動型アイテムを持つものたちを呼ぶそうだ。

 魔法少女の役目は影の世界からの侵略者たち、モンスターを撃退すること。直接賞金や名誉が与えられることはないが、魔法を使える能力こそ彼女らに先払いで与えられる報酬という。魔法による社会や政治、経済への悪用・悪影響を考慮せぬところに思うものはあるが、さておき魔法少女は戦隊もののように集団行動を求められるヒーローではないそうだ。カグラが調査した3人の魔法少女は恐らく、戦場などで遭遇して自分たちから組んでいるのだろう。ならば愛理―――アイリスは彼女らと手を組む必要がなければ、(侵略者と単身戦う覚悟の上でなら)他の魔法少女と敵対することも許される。

 

「それじゃあ、今からあの女のハウスに攻め込むね!

 ジェーンの代わりにあいつらを引っ張り出してやるんだから!」

 

「待ちなさい愛理、それは短慮に過ぎる。

 私のために動くこと自体を察知されたら、結局私に災難が降りかかると気づきなさい」

 

『イエス。“アイリス”ガ 動ケバ 相手ハ “アイリス”ノコトヲ 調ベマス。

 “アイリス”ガ 何ノタメニ 動イテイルカ 動機ヲ サトラレヌニハ “アイリス”ハ “アイリス”ノタメニ 動カネバナリマセン』

 

「愛理が私のために動くことは、私にとって余計。

 ただあなたが自分のために魔法少女として活動することが、一番私のためになる」

 

「でも、私は魔法を使ってまでやりたいことなんて、無いの。

 私はジェーンのことが恋しくて、魔法少女を受け入れたの……」

 

 私たちと身近に接した愛理は、その干渉を受けて主体性を失ってしまっていた。精神に直接作用する超常能力などは一切使っていないが、だからこそ異世界の研ぎ澄まされた交渉術は強く人の心を揺さぶり、敵を味方にし、熱狂させることすらある。ましてや技術と魅力(カリスマ)、その両方を備える私は現代人の無垢な心ごときであれば、容易く変えてしまうのだ。

 尤も、移ろいやすい心はまた再び変質させることも容易である。

 

「では、愛理に目的を与えます。正義の魔法少女になりなさい。

 身近な平和が侵されることを防ぐため、日常の裏に潜む邪悪なモンスターたちを闇に返すのです。

 私はこの地域と人々を愛している。すると、あなたがこの地域社会を守ることは、私と愛し合うことに繋がる。

 愛という動機に不純はない。それは決して後ろめたいことでも、間違った行いでもない。

 あなたは愛と正義の魔法少女、アイリスなのです」

 

「そうか、私がこの地を守ることは、それがジェーンと愛し合うってことなんだね!

 私、ジェーンのためにみんなを守るよ!」

 

 適切な言葉を並べてやれば、この通りとなる。ちょろい。

 

 

>魔法少女アイリス第一話「タイトル未定」

 その日の夜、カグラの情報通りに都会の闇、路地裏周りでゴブリンを探せばそれはもう簡単に見つかった。異世界で田舎の森を歩いてモンスターに出くわす確率ほどのお手軽さ。本当に私の知る現代地球なのかと疑いたくなる気持ちが芽生えた。

 それはともかく、愛理……もとい魔法少女アイリスには十分な力量はあるが、いかんせん彼女のスタイルは全く近距離戦向きでない。武器はアサルトライフル(自動小銃)、防具は普通の衣服に申し訳程度の魔法がかかったコスチューム(軽装甲)で、習得している魔法は命中率の補助しかないと来たなら、とても一人で送り出すことは出来ない。変身で多少丈夫になってはいても、囲まれて袋叩きか飛び道具で蜂の巣にされるだろう。

 そして集団から逸れたゴブリンを追撃して見つけた連中の巣穴は、路地裏の廃ビルであった。屋内は狭く、当然ライフルの射程を活かしきることはできず、不意を撃っても2、3体やったところで距離を詰められる。通常、ゴブリンは一つの巣に少なくとも5体はいる。時にはホブゴブリンに統率されたり、用心棒モンスターを連れていることも珍しくない。

 無策に突っ込もうとしたアイリス(愛理)の襟首を猫のように引っつかんで止めて、幾つかの守りを固める呪文を彼女にかける。ヒロイズム(英雄化)にバークスキン(外皮強化)、前者は精神を鼓舞することで攻撃面を強化する呪文で、後者は使用者は限られるが単純に防御力を増す定番呪文である。より強力な効果を与える呪文はあるものの、持続時間の長さを考慮して選択した。

 そしてリリース。解放された猫もとい魔法少女は足音を立てるのも厭わず吹き抜けとなったビル1階駐車場に正面から突入。2階に上がる階段前の見張りをしていたゴブリン2体のうち左の1体に即射、銃声の爆音を上げて弾はゴブリンの頭蓋目掛けて突き進み、血しぶきを撒き散らした。しかし死体となったゴブリンはその場に倒れ込んだと思えば、撒き散らした血ごとスゥッと霧のように空気に消えていった。それを見て疑問が浮かぶ私。しかし魔法少女アイリスの初戦は幕を開けたばかり。

 ゴブリンはどこから手に入れたのか、腰にぶら下げたリボルバー銃を手にアイリスへ応戦する。銃声が轟くも、子どもほどの体格では銃口を御しきれずに反動で照準が逸れて、かすりもしない。反対に、まるで慣れた手つきで次弾装填を終えた魔法少女はもう1体のゴブリンもあっけなく人型の的にした。いかに経験値でレベルが上がってパワーアップするファンタジーとはいえ、低レベルなゴブリンの耐久力だと銃1発の火力もあればお釣りが出る。このレベル帯で問題になるのは火力よりも命中率であるからして。

 さて私が離れて見守っているアイリスは、すっかり初戦を終えたつもりで一息ついている。しかしゴブリンの強みは数であるからして。やってくる多数の足音に彼女が気づいた頃には、階段からわらわらとゴブリンが飛び出してきた。その数、4体。

 せめて位置取りをしておけば良かったものの。焦りのあまり狙いも逸れて、時間を無駄にする彼女に苦笑いするも私は呪文の詠唱を始める。アイリス目掛けて密集するゴブリンたちの足元に突如水たまりが発生し、揃って足を滑らせる。手をついて立ち上がろうとするが、その手もまたヌルリと摩擦を失ってしまう。水たまりに見えたそれは、“(グリース)”の呪文によって作られた油たまりである。

 背後から隠してもいない詠唱と共に、ゴブリンたちの足が止まったその理由に感づき、アイリスは緊迫した表情から照れくさそうな、申し訳ないような顔をしてゴブリンたちで射的をする。その素早さを売りにしたゴブリンたちが足を止めてしまえば、攻撃を阻むのは防具とも言えない分厚めの衣服だけで、銃持つ魔法少女は3体のうち2体を鴨打ちする。

 残った2体はヒイヒイ言いながらも油たまりから抜け出して、その血走った目でアイリスに狙いを定めてそれぞれ短剣(ダガー)を投げつける。1本のダガーはアイリスのコスチュームの薄い合間を抜いて肉にかすり傷ではあるが傷つけて、初めての反撃による負傷に初々しい魔法少女は怯んだ。その隙にゴブリンたちは投げたダガーの代わりに拳銃を引き抜いて、反動も制御できていないがとにかく乱射した。殆どは見当違いの天井や床を跳ねておりアイリスに当たる様子は欠片もないが、当たれば重傷を負う鉛弾を脅威に思ったアイリスは近くの柱に身を隠す。ニヤニヤと下品な顔でゆったりと柱へ忍び寄るゴブリンたちが今にも柱を回り込もうとするその瞬間、逆に柱から身を現して、その下衆顔へ銃口を突き付け、ふっ飛ばした。

 最後のゴブリンはアイリスに射撃する。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たり、文字通り偶然跳ね上がった銃口から放たれた弾丸は肩部を貫通し派手な出血をもたらすが、アイリスは今度こそダメージに怯むことなく撃ち返し、ゴブリンを死に体へと変えた。

 初体験もあって痛みに怯むシーンもあったが、最後は魔法少女の維持を見せ、なんだかんだ手早く倒したことを考慮して、40点と評価する。彼女は後ろを振り向いて私へ戦果を誇っているが、私の耳はまだビル上階に残る気配を捉えている。ゴブリンらしき小型の気配に混じって一回り大きい存在がゴブリン語で指示を出しているが、大きな動きがないことから降りずに待ち構える気のようだ。そのボスの力量次第ではまたも苦戦するだろう。

 アイリスにはやる気も能力もあるが、まだまだ戦地で一人戦い抜くには装備も経験も足りていない。残りの敵のことは黙ったまま、私は初勝利を誇る彼女を連れ帰った。

 

 

>正義と悪の間を取って中立という理屈は成り立たない

 翌日。変身アイテムの拳銃ペンダントを愛理が学校まで着用してきたことに気づいた時は肝が冷えた。急いでカバンの内側に隠させたが、今のところ他の魔法少女が接触に来る気配はない。気づかれなかったと思って良いのか。

 私は学校では愛理のグループと共に過ごしているが、ぼっちたる『私』とは接点が取れず会話することすら出来てない。相手がたはこちらをやや不審には思っているようだが、確信を得たわけはない。はっきり拒絶の意思を伝えられる前に、何かしら接点を取り付けたいのだけど……しかしまずは魔法少女のことが先だ。隣クラスの彼女が何のために魔法少女になったのか、その志を調べる必要がある。

 

 今夜もまた、愛理……魔法少女アイリスのことに取り掛かろうと思った矢先、カグラから報告に戻るとの前触れを受けた。予定の一週間より早い帰還になる、アイシャが何か企んでいたがこの早さと関係はあるのだろうか。

 愛理を伴い、藍染宅にてカグラを待つ。カグラは支給したスクロールで構築した、アストラル体の分身でやってきた。まだ情報収集の途中で肉体が戻れない理由もあるのだろう。それを咎めることはない。

 また彼女は戻ってきてそうそう、愛理が見慣れぬ怪しい魔力……魔法のオーラを放っていることに気づいたようだが、私が目線で催促するのに従って報告を行った。

 

「お勤めご苦労、カグラ。労いは報告の成果を聞き、その出来高に応じて与えるわ」

 

「は、主様。ゴブリンらの素性から裏を辿ると、地下深くでこの世界では珍しく大規模な集団―――ほぼそのままですが、侵略者(インベーダー)を名乗る悪の組織と相見えました。

 侵略者は知性の高い人怪や人型生物、巨人などが幹部として多くの悪の種族を統率しており、奴らは地上を占める人間たちへの憎悪で団結しているようです。構成員の大半はゴブリンやオークの雑兵ではありますが、上層部は少なくとも巨人(ジャイアント)級の脅威度を持つ様子。妾でも露見の恐れがある上層部へどう手を伸ばすか迷うてましたちょうどその時に、主様のもう一人の従者(アイシャ)から提案を受けまして、人外である妾であれば容易く潜り込めると、ちょいと手頃な(オーガ)の首2、3個を切り落としてみせまして、仲間入りを果たすことにしたのじゃ。

 そうした理由の一つは彼奴に取り入って『平和的』に情報を手に入れるためですが、奴らより配られたモンスターを妾に忠誠を誓うよう仕立てれば、それすなわち主様のための細作とすることが狙いです。一、二ヶ月お待ちいただければ主様にこの世界で十分活躍する手駒をご用意いたしましょう。こうご期待ください」

 

「下手な人間よりも、素で優れた人外をそのまま使うほうが育成の手間が省けるのは認めるわ。でもカグラの言う通り人間への憎悪を持っているなら、地上では隠密活動どころではないのではないかしら?」

 

「然り、されど否であります。奴らの殆どは雰囲気と欲望に流される愚か者。物知らぬ子どもも同然で、欲をそそのかせば簡単に心変わりするでしょう。

 心を操るのは妾や主様であれば簡単なことであり、確たる敵意さえ抱かれなければ如何にでも心へ付け込めます」

 

「悪の種族なら使い潰しても謗りを免れますから、手荒な手を取れるのもいいですね。

 おっと、カグラのことも使い潰したいわけではありませんよ?あなたは二人ともいない、私の大事な子です。

 しかしあなたに委ねた本来の用件は肝心の魔法少女について調べることです、それを忘れてやいませんね」

 

「魔法少女は過去に奴ら侵略者を地上から追い出すなど、物語に語られるようなことを行ったようです。

 しかしその詳細な記録は指導者たちが握っており、それがいつなのか、どういう者にやられたのかは下っ端のモンスターどもは全くあやふやな物語しか知りませんでした。

 無論、強行的に情報を探り当てることも可能でしたが、幹部がどれだけの力量を持つかも定かでない今、慎重に情報を集める路線でまず奴らに仲間入りした後に情報を手に入れると決めました。申し訳ありませんが、確実な情報ももう暫くお待ち下さい」

 

 以上、カグラからの報告である。

 

「結構。数日の間でそこまで進めた手筈に今後の期待が持てます、途中経過であってもそれを咎めることはありません。

 しかしカグラに非はありませんが、あなたがいない間に私は諸事情あってやや魔法少女寄りになりました。その侵略者の矛先が向かない程度に手を貸すことになります。

 これは私の勝手なので、それを知らずに行動したあなたを咎めることはありません」

 

 カグラの目線が愛理の方に向く。彼女もまた他の魔法少女を知っており、変身アイテムが放つ魔法のオーラの質に見覚えがある。愛理が魔法少女となったことに当然気づいている。私の行動と方針が食い違った結果、カグラは表面上 私の敵となってしまった原因が愛理にあると言葉にしない理由を一瞬で見抜き、その忠愛心に汚れを塗った彼女に向けて憎悪を向けようとするのを、私は先を制して目線に思いを込めて無言の待ったをかける。

 ビクン、とカグラは私の強い視線に驚いて愛理へ向けかけた敵意を消散させ、目を伏せて私へ謝罪の意思を示す。私はそれに寵愛の意思を込めた柔らかい眼差しを向けて、自責する彼女を許す言葉を紡ぐ。

 

「もしカグラが魔法少女の前に敵として姿を現しても咎めることはありません。しかし私や魔法少女たちはあなたの行動を妨げるし、場合によっては私の正体を見せてまであなたを止めることもあるでしょう。しかし私がこの地球のパワーバランスに直接手を加えることは、平穏を求めて帰ってきた私にとって最後の手段となります。カグラ、あなたには負担を強いることになりますが、もし私にその制約を破らせずに、侵略者中でのスパイ活動を最期まで果たしたその時にはあなたの望むより深い愛を結びましょう」

 

「それは……責務、しかと承りもうした。主様の御心のままに」

 

 カグラの承諾を聞いた私は、最後にふとした拍子に浮かんだ些細な疑問を投げつけて、カグラから答えをもらい解消する。そののちに役目に戻りますとカグラは私に告げて、目前のアストラル体を構築する呪文を中断して分身を霧散させ、この場から消えた。次の報告では我が従者はその力量で上層部に食い込み、より多くの情報を持ち帰ってくるだろう。

 

「ねえ、ジェーン。私はどうしたらいいの。

 私が魔法少女になったことが、ジェーンの邪魔になってしまわない?」

 

「いいえ、愛理。あなたはそのまま魔法少女であれば良い。

 カグラは決して愚かではなく、神秘の術を操るだけの知力を持てば、機転を利かせる知恵も備え、私の邪魔にならないよう手を尽くすでしょう。当然、戦場であなたと出会うことがあってもカグラが私の意に沿わぬ妨害をすることはない。

 カグラを信じる私を信じて、愛理」

 

 カグラの性質は善人と対義するものながら、その所為で私を不愉快にせぬよう気を使ってくれる。目を離せば己の都合で周囲を破壊しかねない堕落的な人物ではあるものの、その遠慮しない性分ゆえに従者や仲間より数歩踏み込んだ私との関係を持とうとする可愛さ、愛らしさが重宝している由縁にもなる。

 

「それに、愛理には私は期待しているの。

 私たちは元々外界からの来訪者で、地球の常識や国の法律を理解しているわけではない。私たちにはそれが得意な子もいるけれど、カグラの隠密能力と両立するわけではない。

 愛理は戦士として……魔法少女としてもまだまだ未熟だけど、逆にいえばこれから私が望む形に成長する伸びしろがある。

 いかに超人でも、人の手は二つだけ。愛理、あなたの手は私に必要なの」

 

 そして魔法少女アイリスという少女は、カグラのように私へ恋情を抱き、私と互いに望みを持ち合う少女である。彼女が私の望みに応じてくれるなら、私は彼女の望みに応えるだろう。

 私はこのたった二つしかない手のうち一つで愛理を抱き寄せ、もう一つの手を彼女の頬に添えて、そのほのかな淡い桃色に染まった唇へ、そっと二、三秒の間だけ口づけを与えた。

 僅かな瞬間で恋情を抱く相手と至福の一時を過ごし、それがあっという間に過ぎ去ったことで彼女は物足りない気持ちに包まれている。変身アイテムに目線をやり、続きを望むなら私の望みに応じてほしいと無言で告げると、彼女は意図を理解してやる気に満ち溢れた。

 私への恋愛を意識して魔法少女になった彼女は、この恋愛感情がそのまま魔力に変換される。たとえプラシーボ効果でも、戦場経験の少ない彼女には生半可な強化呪文より強い作用を引き起こし、戦いの助けとなるのだ。

 

 

>魔法少女アイリス第二話「変身、魔法少女アイリス!」

「アイリス、この先で4体のコボルド―――(ドラゴン)を奉仕する種族が一般人を襲っているわ。

 公衆の門前でお披露目になるけど、アイリスは人見知りやアガり症を患ってたりする?」

 

『小さい頃からパパ、ママに人前に連れ回されてるし、そのへんは慣れてるから大丈夫。

 そのコボルド、ってのはどんな奴で、何に注意したら良いの?』

 

「見た目は人間より一回り小さくて二足歩行する爬虫類、俗に言うリザードマンに見えるわ。

 コボルドのやることはゴブリンとさして変わらず、小さくて数が多く、そのすばしっこさを活かして飛び道具を当ててくるわ。しかし彼らは大抵、ドラゴンを奉仕することと引き換えにその支配下にある。ドラゴンの親玉がいる可能性があるわ。体力には余力を残すよう注意して」

 

『わんこじゃないんだ……うん、分かった』

 

 一般に日本のRPGではコボルドは犬型の獣人と描写されるが、この世界観ではむしろノールと呼ばれる別のハイエナ種族がそのイメージに近いだろう。コボルドにある犬要素といえば、そのキャンキャンとも聞こえる甲高い鳴き声、主(ドラゴン)に対して従順なところぐらいである。

 

「ドラゴンの脅威度はその体の大きさで決まる。少なくとも人間より小さいドラゴンは対策さえ整えればアイリスでも相手にできるわ。私はあなたを影から見守っている、もし手に負えない大きさのドラゴンが出てきた時はカバーするから不意打ちにだけ気をつけて」

 

 アイリスに対する過剰な援護は彼女の本来の力量から不審なまでにかけ離れ、私の存在を疑われる原因ともなる。故に体力・状態異常を精神的に把握できる“状態確認(ステイタス)”呪文、その副効果でかけられる限定的な下級呪文に限って援護すると決めた。

 

 彼女は偵察に赴いた私の情報を元に、“速力強化(ロングストライダー)”、“跳力強化(ジャンプ)”呪文で近道となるビルの屋上をピョンピョンと跳ね、人気のない裏路地を走る4体のコボルドたちの上を陣取った。奴らは愛理に報告したとおり、一般人―――人気のないところで不運にも奴らの巣を引き当てたのか、愛理とおよそ同年代のガラの悪い男子たち。言ってしまえば不良である。それを手に持つ粗末な手槍(ショート・スピア)で突き回そうと追いかけている。追われているのはおそらく彼らの自業自得が半分を占めるが、しかしそうした人間も救ってこそヒーロー。

 

「アイリス、今回は有利な射撃位置を取っているけど、奴らは一般人を狙っている。あえて真ん中に飛び降り、わざと攻撃を誘うことで一般人を逃せるわ。

 今回は銃剣(バヨネット)で白兵戦……近くで戦う能力を得た。その練習も兼ねて、魔法少女の正式な名乗りを済ませるのよ」

 

 アイリスは遠隔攻撃主体で、ヒーローとして前に身を張れない問題があった。しかしそこは変身アイテム付属ナビゲーターのスミスの「魔法少女バージョン・アップ機能」、コスチュームおよび魔法少女の武器を改造・能力を強化する機能があった。意外とシステマチックである(自分もとやかく言える立場ではないが)。それでARに銃剣を追加することで近距離戦の問題は解決。当然使い勝手は悪いし、威力は銃本体が上ながらも体力の少ないゴブリン、コボルドなど小物モンスター相手には十分なダメージと、かつ弾切れしない継戦能力が得られる―――魔法少女にあるまじきリアリティが混じり、ファンタジーらしさが欠けるのは玉に瑕であるが。当面は近づかれても射撃で戦える技術を身につけるのが目的か。

 

「うん。

 ―――待ちなさい、そこを行く人に害なすモンスター!その行いを見過ごすことはできないわ!」

 

 念話(テレパシー)越しの会話を終えたアイリスは、不良たちが足元を通り過ぎようとするのを見てビル上から飛び降りた。“フェザー・フォール(落下緩和)”によりゆっくりと降下する最中に声を張り上げ、先頭を行くコボルド1体に先制の射撃を加え、その身体を粉砕する。先日最後にカグラに投げかけた疑問により、奴ら雑兵連中の殆どは幹部格により奴らの世界から呪文で招来(サモン)され、魔力で編まれた仮の身体で行動しているらしい。一般に招来呪文は持続時間が十分も続かない戦闘中用の呪文だが、奴らは独自の呪文を編み出した様子。招来体では物資の輸出入ができないデメリットはあるが、諜報・破壊活動をするためならばそのデメリットは無いに等しい。死ぬか呪文を解くだけで帰還できる招来は故に彼らを倒しても根本的な解決にはならないが、被害を抑制する意味はあるのだから無意味ではない。

 さて、突如謎の反撃を受けたことに手槍を掲げて警戒するコボルドと、後ろで轟いた銃声に驚いて足を踏み外しアスファルトに転がる不良たち。そこへようやく、ふわりと地面に着地した魔法少女に気づいてコボルドたちは、蛇の威嚇に似たシューシュー、キーキーという歯を風が抜けるような竜語で仲間同士、意思疎通を行う。

 

《アレハ戦ウ人間カ?》

 

《ソウダ!秘術ヲ纏イ、(イニシエ)ノ我ラノ敵ダ》

 

《殺セ、偉大ナ祖先ニ骨ヲ捧ゲ、仇ノ血デ汚名ヲ払エ!》

 

「復讐の怒りに燃えているだけよ、大したことは言ってない。構わず倒しなさい」

 

 コボルドたちはゴブリン同様に小柄で貧弱ながら、その竜に似た鱗より生来の外皮は分厚くて防御力は高い。また愚かで直情的ではないため、奴らは銃口と銃剣を向けるアイリスから冷静に距離を取って横一列に散開し、両手に持った手槍を片手持ちし、代わりに腰に吊り下げた拳銃を引き抜く―――この世界の人型モンスターたちは、どいつもこいつも地球かぶれのようだ。

 しかし奴らは驚いたことにゴブリンと違って、慣れた手つきでアイリスに狙いを定める。不味いことに、奴ら火器の扱いには習熟しているようだ。反動さえ制御できるなら、弩より遥かに高い火力と鎧を貫く貫通力を持つ。変身で肉体能力をブーストしてても無双の戦士の道には程遠いアイリスでは現代火器の威力は耐えきれない。しかし奴らは見たとこ下っ端、であればまさか魔法がかかった銃火器を持つものはいないだろう……私はすぐさま“矢からの保護(プロテクション・フロム・アローズ)”呪文をかけ、彼女に降りかかる銃弾の破壊力を和らげた。うち1、2発は彼女から逸れて後ろの不良たちに当たりそうになった。

 

「アイリス、相手も銃持ちよ。今は私が防御呪文をかけたけど、本来総火力ではあなたが不利だし、それに外した銃弾が後ろの子たちに当たりそう……彼らに警告しながら、状況を覆すために接近して、乱戦に持ち込むのよ」

 

「『了解(アイ、シー)

 

 ……君たち、かばってる余裕ないから逃げなさい!」

 

 アイリスは不良たちを横目に危険を告げて、銃剣の先を向けてコボルドへ突貫する。横一列に並んでいたがため、中央にいたコボルドは回避が遅れアイリスに突き刺される。貧弱なコボルドはナイフ1本突き刺されるだけで体力を失い、招来体は掻き消える。

 瞬く間に接敵されたコボルドたちは急ぎ距離を取ってアイリスを狙い撃とうとするも、愚かではないが明晰でもないコボルドたちは初撃と違ってタイミングを合わせられず、味方ごと撃とうとするもの、誤射を恐れ味方を避けて撃とうとするものでバラバラになり精度は格段に落ちる。最も出遅れた一体だけは銃撃をアイリスに当てるも、ダメージは呪文に遮られる。

 当初は弾が外れたと思い込んでいたコボルドたちはようやく防御呪文の存在に気づき、手槍での接近戦に切り替え穂先を突きつけるも、たった今また引き抜いた銃剣を手近なコボルドに突き刺されて、既に数の強みは覆されつつある。

 何かと非力なコボルドが次々と落ちてしまえばあとはもう烏合の衆。所詮子ども並の筋力で振るわれる槍は、矛先を横から少し叩いてやるだけで狙いが逸れて、簡単に避けられると気づいたアイリスは強気に出て、あっという間に残りを片付けてしまった。

 一般人は、コボルドが手槍に切り替えた頃に逃げ出しており、この場にはもうアイリスしか残っていない。

 ……いや、たった今更なるコボルドの増援が向こうから駆けつけてきた。それから飛行する、一回り強いモンスターが一体。まるで動く悪魔の像に見えるアレは、石像もどきの人怪(・・)ガーゴイルだ(魔法的な非生物ではない)。偽装からの不意打ち、または空中からの一方的な攻撃を得意とする狡猾な生物ながら

 

「お疲れ、アイリス。怪我はないようで何よりだけど、悪いことに新手のコボルドたちが来ているわ。飛行する別種族のリーダー格もいる。

 コボルドが来た曲がり角の右手から、もう100mもないところにいる。どうする、迎え撃つなら場所取りは今のうちよ」

 

 ……相性は悪くないが地力差があり、そして数の差がまだ厳しい相手。まともに相手しては厳しいだろうが、まだ戦闘に慣れてないアイリスでは知恵をひねり出す経験が足りてない。

 ここで私から撤退を進言すべきなのだが、それは魔法少女らしくない。こういう逆境を覆してこそヒーローで、初名乗りの後にすごすごと逃げ帰るのは、戦を司る神々(地球に実在するかは不明だが)も情けなく思うはずだ。

 

『うん、やってみる。……スミス、私に援護を』

 

 アイリスは継戦を選択した。なら窮地に陥るまでは何も言うまいと口をつぐんだが、アイリスはこれからの交戦において最善を選択した。以前私がアイリスにできる最大の強みを教えたのもあるだろう……彼女に尤も適した戦闘スタイルというと、狙撃だ。

 愛の魔法少女アイリスが持つ魔法少女ごとに存在する固有の能力とはすなわち“愛”、あるいは執心とも言える能力で、それは視界に収めたある対象一体を理解、解析、把握して対象の癖や弱点を見抜く補助効果である。能動的能力で、防御力を高めるようなものでなく奇襲や不意打ちに弱いのは当然、そうでなくとも強力とは言い切れないが、あの向こうに飛んでいるガーゴイルのように姿を晒す格好の獲物を撃ち落とすには十分な助けとなる。

 加えて愛に基づく習得呪文を発動……ほんの僅か一瞬先の未来を予知し命中率を高める呪文に、距離差や環境による悪影響を予測し補正する呪文を重ねて、ほぼ必中と言えるまで精度を高めた次の銃撃が、ガーゴイルに向けて放たれる。

 ひょこりと少女の姿が角から飛び出したかと思えば、恐ろしい精度の銃弾によって撃ち抜かれ、墜落しかけるガーゴイルの姿を見た。魔法の銃により、非魔法の武器を弾く特殊な皮膚は意味をなさず、現代火器の火力によって大ダメージを負って高度を落とすも、バランスを取り戻す。一般人なら今の銃撃一つで倒れ伏すものの、ガーゴイルほどのレベルになればその体力は銃一発では仕留められない。アイリスが狙いを定めて二発目を撃とうとする前に、ガーゴイルは近くの角を曲がって建物陰に身を隠してしまった。これでは近づく前に仕留められない。

 

「アイリス、ガーゴイルは建物に隠れて遠回りしているわ。なら今のうちにコボルドの方をやってしまって」

 

 しかし、それなら優先順位を変えるだけのこと。アイリスは地を駆けるコボルドに目をやり、アサルトライフルの全自動(フルオート)連射機構によって奴らが迫るエリアを掃射する。単射に比べて狙いは甘くなるが、一発でも当たればお陀仏するコボルドたちを早々に蹴散らすには有効である。残り20発余りの弾丸を撃ち切って迫りくるコボルド全てを粉砕し、奴らを異世界に還した。

 迂回したガーゴイルがアイリスの頭上へ到着する頃には、もう次の弾倉に換装し終えて迎撃の用意は完了していた。ガーゴイルはアイリスに気づかれないビルの屋上から機を伺っているが、同じく屋上で透明化して眺めている私からは丸見えだ。

 

「ガーゴイルが狙っているわ。合図したら上を向いて、射撃して。……今よ」

 

 奇襲する異形の人怪が飛び立ったと同時に、念話で合図を送るとアイリスは真上を向いて、急降下するガーゴイルへ銃弾をぶちまける。人間大の中型サイズ・モンスターではかなり丈夫で体力もあるガーゴイルだが、現代火器の火力を何発も真正面から受けきれるほどレベルの高いファンタジーの住人ではない。2発目の銃弾の直撃を受けて倒れるかと思ったが、かろうじて態勢を維持し、アイリスへ急降下し、勢いよく爪の一撃を加える。

 被弾しアイリスは苦痛を表情に浮かべるが私の鼓舞がアドレナリンとなり効いているからか、戦意を失っていない。

 

「アイリス、ガーゴイルに銃剣はダメ! 距離を取ってでも射撃を続けて!」

 

 ガーゴイルの石のような皮膚は実際、魔力を含まない物理的な小さいダメージを通さない見た目通りの防御力を持つ。魔法少女アイリスの変身アイテム、アサルトライフルおよびそれから放たれた弾は魔力を含むのでその防御力を貫通するが、後付けのアタッチメントとして付与された銃剣は変身アイテムに含まれないため、魔力を含まない。アイリスの非力な腕力、銃剣の微妙な切れ味では石の外皮を貫けない。追撃を受けようとも距離を取り、銃弾でダメージを通すのが最適解なのだ。

 アイリスは急降下の後、アイリスの手が微妙に届かない低空を飛行するガーゴイルの真下から離れ、その際に追撃を受けてでも射撃の機を伺う。更にダメージを受け、傷が深々と開き体力の低下で変身が解けそうになりながらもアイリスは反撃を行い、その皮膚を貫いた。

 既に前の二射撃でフラフラとなっていたガーゴイルはその銃弾でとどめとなったが、奴もまたコボルドたちと同様に魔力で編まれた仮の肉体だったようで、その場で血も残さずに霧散した。戦闘終了だ。

 

『なんとか勝てたよ、ジェーン。褒めて褒めて!』

 

「ええ、真正面からの殴り合いでは劣勢必死の相手に打ち勝ったこと、上出来よ。先制攻撃が奏したわね。

 今夜は初めての強敵を倒したことで簡単な祝勝会を上げましょう」

 

 後続の気配もない。先のガーゴイルとコボルドたちで敵は全てのようだ。奴らが拠点にしていた「巣穴」がどこかにあるかもしれないが、それを探すのはまた後日、アイリスには今回の経験を踏まえて己を鍛える時間が必要だ。

 愛理に戻った彼女と共に藍染家に帰り、彼女がこの戦いで満たした次のレベルによって手に入れる、新しい呪文と力を検討している最中に、空間を超えてメッセージを運ぶ“伝言(センディング)”の呪文が飛んできた。

 カグラが侵略者たちに幹部入りしたという内容だった。

 



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また懲りずにチートもの(百合?内政チート)
001 幼少期(6/19更新)


しばらくセッション回数が減ったり、TRPGのモチベ自体が減ったり、少し創作飽きで離れてましたが久々に悪っぽいキャラをなんか書きたくなったので投稿。懲りずにD&D3.5eのシステムバランス無視したチート異世界転生ものの、転生時点からスタートです。
(6/19更新)


 人は生まれながらにして善であるとか悪であるとか言う概念があったのを覚えている。結局生まれてから為すことで善くなったり悪くなったりするんだよ、とも解説していたはず。しかしそれは魔法のない前世の知識であり、なんの神の気まぐれか第二の生を受けた代わりに本来あるはずの親子の存在を奪ったこの私は間違いなく親不孝者で、この上なく性悪な人間であると自覚している。

 まして、私は貴き血に卑しき血の混じる、非嫡出子のお姫様らしい。屋敷に働き務める侍女だった我が母は顔と気立てが良かったために若様の目にとまり、気まぐれの寵愛を受けた時に孕んだ身。幸か不幸か、体調を崩した母は妊娠を知られず病気と思われ暇をいただき、実家にて初めて身ごもったことに気づいたが、その存在を知った故郷の村長が立身出世に利用すべく取り替え子を敢行。私は生後間もなく母と切り離され、顔も知らぬ父と生みの母とも無縁の町の太陽神殿に預けられる。

 

 私はそこで初めて『魔法』を目にし、ここが全くの異世界であると知った。太陽と癒やしを司る神の神殿は孤児や託児を養う代わりに、敬虔な神の僕として教育しようとする。神、ひいては司祭様の教えは、歳に見合わぬ深慮を持つ私なら十分理解できるものだったが、納得がいかなかった。神の教えは私たちの出来ることに枷を、制限を嵌めようとするのだ。なぜ、余力があっても助けられる相手を助けてはいけないのか。司祭様は疑問を持った私に、助けた相手と助けられなかった相手に不平等が生じるからなどと懇切丁寧に説明したが、どうも私の性分が太陽神の教えに合わないようである。記憶とともに性格を引き継いだ私が持つ、子どもらしく環境に適合できない欠点だった。

 興味と向上心、あるいは一種の遊びとして文字に目を通し、また神殿の手伝いで心と体ともにメキメキと才能を伸ばした私は六歳で神殿を卒業し、商人の丁稚奉公に出た。多少の力仕事と、接待、商品の記録を任される中で、『魔法』のアイテム(道具)に触れることがあった。多くのアイテムは魔法の力を込めて保存しているもので、人が一週間かけて癒やすような傷も一晩で治してしまう呪文を込めた魔法のポーション(薬)に、大爆発を引き起こす火球を生じる呪文のスクロール(巻物)、見えない魔法の必中の矢を放つワンド(魔法の棒)など、見た目では全く分からないが魔法を宿した多種多様なアイテムを目にした。これらは私が一日一枚もらえる銅貨幣を数千枚集めてようやっと買える、大変高価な品物とも知った。

 旅先の村で作業を終え、空の荷台の上で一休みしている最中に目を(つむ)り、私は想像した。生まれて長らく神殿で質素な生活を送った反動で、いったい魔法があればどれだけ楽な生活が過ごせるだろうかと、しかしあれを得るにはどれだけの銅貨、銀貨を積み上げれば良いのだろうかと、私は手に握る数枚の銅貨が山のように連なる様子を想像「してしまった」。

 一瞬の後、私は間近でジャラジャラと鳴り響く けたたましい金属音に驚いて体を猫のように跳ね上がらせた。その仕草で足元にあった大量の銅貨が雪崩を起こし、荷台からこぼれ落ちて土の上に拡散した。あまりの騒音に、驚いて奉公先のキャラバン(商隊)の人たちも駆けつける。何もなかったはずの荷台の周りは、あたり一面溢れる銅貨が足の踏み場もないほど埋め尽くしていた。

 

 その後は大変だった。これだけの銅貨を私が盗んだんじゃないかと方方の人たちに疑われるも、しかし金庫を確認すれば金が減った様子はなく、体積的にはむしろ増えてるどころか金庫を三つ埋め尽くすほどの銅貨の山。何よりこれだけの銅貨を短時間で子どもが盗めるはずもなく、出所も得体も知れない貨幣の山に村の人もキャラバンの人も皆「悪魔の銅貨だ」と口にして、土に埋めるだけで触ろうともしなかった。だからその銅貨は、殆どをこの村の人に託して、残りを私がもらった。その銅貨を数枚の銀貨に両替して、銀貨の塔を想像して、手に入れた銀貨でキャラバンから魔法のアイテムを購入した。

 私は悪魔と取引した子という呼び名と引き換えに魔法のアイテム、それから文字通りのチート能力に目覚めたのだ。

 なお、期待していた魔法のアイテムは私には使えなかった。大半のアイテムは、そもそも魔法を使える人にしか使えないもの、なのだそうな。

 

===

 

 私は丁稚奉公を止め、商人さんに懇意の鑑定士のウィザード(魔術師)を紹介してもらい、魔法の弟子になった。魔法のアイテムが使えないなら、魔法を使えるようになればいいじゃない。しかし私の魔法の才は、少なくともそれほど高いものではなかったようで七歳になった今でも魔法を唱えることができずにいる。

 先日のあの日、銅貨や銀貨が増えた現象は、私が目覚め、発現した魔法の力と思って期待したのだが、どうも師匠曰く全くの別物らしい。魔法は大きく分けて二種類あり、世界に眠る神秘の法則を解き明かし、あるいは身につけてエネルギーを操る秘術呪文、そして神や精霊や元素の諸力から信仰によって引き出す信仰呪文の二つ。そのどちらにしても本人の技量が使える魔法のパワーに直結するため、私のような経験浅い若者が物を作り出すような高位の呪文を唱えることは歳を偽ってない限りまずありえない、らしい。実際、私の精神年齢は見た目そのままでないが魔法を知ったのは今生からで、長年の魔術師経験など存在しないし別口だろう。というか、私が自分なりに解明したこの力、仮称“チート”は師匠がいうような物を複製したり作り出す呪文や能力ではない。例えるならネトゲで能力や数値を弄ってBANされるプレイヤーがやる、チート行為を行う能力そのものである。そしてその能力の行使にも大きく制限や条件がある。

 例えば、私の目の前に一枚の金貨がある。この金貨は長年使われたのか模様が一部すり減っており、物体としての耐久力、ゲームでいうところのhp(ヒットポイント)が減少していると思われる。だが私にはその値が見ただけでは分からないため、その値を変えることはできない。また、目の前の金貨がどういう基準で一枚と数えるのか、もし純金貨の含有量を基準に目の前の金貨の枚数を数えるのなら一枚なのかなど、定義があやふやな状態では枚数という数値を変えることもできない。

 しかしこの金貨のあるところに追加で金貨を三枚置いていく。それぞれの金貨のすり減り具合は異なるし、金の含有量なんかも多少異なるだろうが、それらは十分金貨として通用することが共通している。この時、私にとって目の前の金貨は四枚になった。四という数を“数える”ことに成功した時点で、私はその数値を十にでも百にでも、何なら一万枚にも変更することができる。複製するのではない。おおよそ三以上あって、変わりゆく数の観測に成功した値を変更するのが私のチート能力だ。

 

 あの村での光景を再現するかのごとく、テーブルからジャラジャラと増えた金貨が床に雪崩れこむ。それらを私は全て回収し、麻袋に詰めて師匠に渡した。この千両箱ならぬ金貨千枚袋は来月の授業料支払いだ。私はやっぱり魔法の才がないとは師は評するが、そのかわり魔法のアイテムに関する才能が目を覚ました。長い間、魔法のアイテムで“火遊び”を続けたことで魔法使いでなくとも魔法のアイテムの機能と構造を理解し、魔法なしにアイテムを起動する技術、アイテムを作成する技術を私は自力で習得した。

 これに師匠は首をかしげていたが、魔法のアイテム作成に使われる素材の大半は既に魔法の神秘的なエネルギーを含んでおり、それをうまく結合させることができれば、元となる魔法の力を受けなくとも魔法を再現することが出来る。アイテム作成に行使する魔法は、その素材の完成形である魔法の逆変換によって無理やり結合させ、魔法のアイテムとして機能させるための後押しであり、結合させるコツさえ分かれば不要……というのが私が独力で身につけた第二の技術。ただし難しい技術で失敗も多く、魔法が使えるなら魔法で作った方が安全で確実に違いない。

 現在、この技術を用いて一発使い切りの呪文を記したスクロール作成が可能だが、師匠曰く従来の呪文とは全く別系統の法則に従った巻物なために魔法使いでは読むことが出来ず、私のように直接アイテムを起動させる技術がなければ使えず、売れない代物と評した。自家消費するにしても、見た目の通り肉体も知識も未成熟な私が魔法で冒険するにはまだ早い。あと三年、十歳になるまでは師匠や人の元で力を蓄える期間とした。

 

===

 

 しかし、八歳。私は悪人に襲われ、この身を誘拐された。出元の知れない貨幣で売買を続けた末に、悪人のギルド(同業組合)が師匠に目をつけてその人質に私を拉致したようだが、ギルドは貨幣の出元が私とは思わなかったようだ。師匠も私のことを喋らなかったのか、あるいは脅される前に逃げたのかバレることはなかった。しかし私は師匠と離れ離れになり、自由時間の多かった生活から一転して奴隷生活へと変わった。人質にならない私を、彼らが手間をかけて残し続ける理由はない。

 私は背中に奴隷印をつけるため焼きごてを押し付けられ、今までで最も想像を絶句する焼けた痛みを味わった。許容量を超えた刺激に正気を失っている最中に、見た目の整った、魔術師の元徒弟として知識ある奴隷としていつの間にやら高値をつけられ、ハゲのおっさんに買われていた。値段は金貨二十枚だった。

 目覚めた時、私はどこぞの屋敷で鉄の首輪をハメられて転がっていた。私の世話―――もといしつけに来た屋敷の使用人の話を聞くに、私を買ったおっさんは騎士で、魔法を用いて騎士の戦いにイカサマをするために魔法を必要としたそうだ。熱したお湯をかけられるなど雑に身の回りを整えられた後に、私はおっさんにこれから敵対者を呪い、弱らせよ、などとそう命令する。

 しかしあいにくながら私は魔法の知識はあっても魔法自体は使えない身、そして知識を活かすには金や道具の準備がなければ使うこともできないと答える。いくら必要だと問われ、少なくとも金貨十数枚、万全を期すなら百枚はほしいと返すとおっさんは激昂し、私を殴った。私を買った価格よりも高いではないか、それなら本職の魔術師に頼んだ方が安くつくとおっさんは私に怒りをぶつけながら漏らすが、それは当然だ。例えば重症を負ってキュア(治癒)の呪文を受けたい時に、一番安いのは直接 術者に呪文を施してもらうこと、次に安いのがワンドやスクロールなど魔法使い用の魔法のアイテムで呪文を使うことで、一番高いのはポーションなど誰でも呪文の効果を受けられる魔法のアイテムを利用することだ。だから私のようにアイテムを介して呪文を行使するよりも、術者の手を直接借りた方が安いのは当たり前。しかし おっさんの目には怒りを超えて憎しみが宿りつつあり、これ以上 本音を告げて怒らせると首を切られかねないと察した奴隷の私は時間と人手、そしてほんの数枚の銀貨を貸していただければ手の打ちようはありますとおっさんの望む言葉を告げた。

 それを聞いたおっさんは私を疑いの目で見るが、金貨が銀貨で済むなら安いと考えたのか、行動を許してくれた。私は三枚の銀貨と、監視兼人手に先ほど私を手荒く洗ってくれた女性の使用人を貸し付けられる。使用人は妙な仕事を任されたことに私を厳しい目で見ていたが、賄賂に銀貨を差し出せば視線が多少緩み、話を聞いてくれる姿勢になった。そこから私はまず両替所の場所を聞いてこっそり増やした銀貨を元手に金貨数枚を得、増やした金貨で魔法のアイテムの材料を買った。使用人には私の使える唯一の魔法だと話し、金貨を一枚を握らせて追求を黙らせた。

 あとは屋敷に戻ってアイテム作成の時間と場所をもらい、数日かけて人の心に怯えを引き起こす呪文のスクロールを作成し、おっさんに準備が整ったことを話す。これはその日に相手の約30メートルの距離内にいなければ効果を与えられず、また戦いの最中に使わなければ不審に思われる効果であることを説明したが、戦いはある敷地内の広場で行われ、隠れる場所には困らないとのことで人垣の後ろからかけることになった。

 当日、おっさん騎士は馬に乗って相手の鎧騎士と戦いを行った。戦いの経緯は知らないが、いざ戦いが始まると私は人垣の裏で用意したスクロールを開き、呪文を起動させる一言と共に相手騎士を指し示した。強い精神力を持つ者なら心に作用を及ぼすこの呪文に耐えることもあるが、一発で成功したらしく鎧騎士は馬上で怯み、及び腰になってる最中におっさんが槍を突き入れて落馬させた。相手方の取り巻きはその無様に信じられないという顔をしたが、おっさんがその醜態をあざ笑い、無様であると貶している最中に私は目をつけられないよう先に屋敷へ退去させられる。その後、私の知らぬ所で悶着はあったようだがおっさんの勝ちは翻らず、機嫌の良いおっさんを屋敷で出迎えた。

 その後、私はおっさんに何度か戦いに魔法によるイカサマを二度要求された。うち一度は魔法にも通じる騎士が相手となり、呪文の知識と高い精神力から数度耐えられ、バレそうになったが例の使用人の機転により、スカートの裏に隠れてやり過ごすことで逃げ通した。お使いの度に手を借りる使用人の女性とはたびたび金を渡して密かに作成するアイテムの隠蔽や、アイテム作成にも関わるある目的のためにネズミやムカデを獲ってもらったりなど様々手伝ってもらいながら、彼女にも秘密に脱走の用意を整える。

 

 私が来てから、おっさんが四度目の戦いを仕掛けた。だが今度は隠れ場のない屋外で行われるらしく、弱い呪文しか用意できない私には長距離から妨害することはかなわない。おっさんに伝えると使えないなと愚痴って私を一発()ったあと、仕方なく外から魔術師を雇うことにしたそうだ。私は戦いの間、いつもの使用人を目付けに屋敷内で大人しくしていろと命じられた。だがその通りに大人しくする理由はない。

 私は使用人にこれまで作成し、預けていたスクロールや材料と数枚の銀貨、金貨を取ってきてもらう。取ってきてもらった後はいつものように増やした銀貨を数枚賄賂として収める。いつもなら、私はまた秘密裏にアイテム作成を行うのだが、今日はこれまでに溜め込んだアイテムを使って脱出を決行する日だ。私は銀貨をこっそりと懐に収める使用人の後ろでスクロールを開き、それを起動する一言を発する。彼女は後ろで起きた変事に気づき振り返ろうとするも、その前にスクロールに込められた“眠り”の呪文が作用して昏倒した。私は残った貨幣とスクロールを彼女から剥ぎ取った布で風呂敷状に包み、幾つかのスクロールをその場で起動する。硬い鉄の首輪の錠は“ノック(解錠)”の呪文により外れ、背中の焼き印は招来したモンスター(魔物)に皮を剥ぎ取らせ、あとから傷を癒やすことで強引に傷痕をごまかした。

 屋敷から脱走するに際し、多くの見張りはおっさんと共に出かけており、中に残る数名の手勢の視線は“インヴィジビリティ(透明化)”の呪文でやり過ごし、最も人目につく屋敷の出入口はそれと反対側の塀を短距離の瞬間移動呪文で通り抜け、私は誰の目にも留まらず奴隷になった屋敷を去った。屋敷から離れた後も、住宅地の中で目立つ容貌を警戒して“ディスガイズ(変装)”の呪文で顔と服装をごまかしながら、路地裏の薄汚れたスラムに入り込んだ。

 

===

 

 脱走から2年、私は浮浪児を介して盗賊ギルドの鍵師の弟子に取り入り、時には泥棒働きをして更なる時間を研鑽に費やしていた。稼ぎの大半は上納金で消えるが、それでも物と経験は溜まるし、何より彼らの傘下に住む限りは安全が確保され、また身を守るための情報も入りやすい。噂によれば私の脱出後、あのおっさんは戦いの不正がバレて捕まったそうで、屋敷を改められたらしい。その折には強面の男性が私から情報を探りに脅迫してきたが、よく観察すれば威圧的な見た目の割に奴の腕っぷしはそれほどでもないと気づき、逆に威圧してやればすごすごと退散した。更にその後、上役らしきおじさんが腕の立つボディガードを揃えてやってきたが、それを予知してこちらも魔法のアイテムを用意しており、一矢報いる姿勢を見せることで流れを一方的に持っていかれることを防いだ。しかし交渉の方は流石に経験の差から相手に話を持っていかれ、私に関する情報の流出を防ぐ代わりに魔法のアイテムを自費で献上するよう約束された。時間と金の問題で済んだだけ良しとする。

 そうしてやがて10歳となった私は、独り立ちするに十分な身体を備えたと判断し、旅の決意をする。この地は奴隷だった私を知る者や、その繋がりなど弱みが多すぎる。十何度目かのアイテム献上を機に、貯めた財産の殆どを置き、魔法のバッグに魔法の水筒、食べ物が出る魔法の革袋などなどを詰め込み、それ以外は着の身着のままで―――といっても魔法のアイテムの装備品を揃えたので、むしろ着るものが家具よりも高価になったが―――街の外壁を瞬間移動呪文で超え、魔法で呼び出した馬に乗り小さな旅人となった。

 気分はキノの旅……しかしこの世界はライトノベルほど優しくはなかった。多くの馬車が轍を作り、道筋を描く街道を走らせている最中に狼の群れに襲われた。“マジック・ミサイル(魔法の矢)”のワンドの一発二発で倒れるほど狼は弱くなく、“バーニング・ハンズ(火の手)”の火勢で怯んで逃げ出すほど臆病でもない。魔法で呼んだ馬といっても、鍛えられた戦馬でなく臆病で普通なこの草食動物は、たとえ自らより小さくても外敵に襲われば逆に怯えて逃げ出そうとする。そうすると私は馬を制御しきれず、かといって狼の群れの真っ只中に落ちるわけにもいかず鞍と手綱に必死にしがみつくしかなかった。幸い、馬は私を振り落とさずに街道を逆走して狼の群れから逃げ切ったが、また元の街の方角へ逆戻りとなった。これは私の失敗だ、幼少の丁稚だった頃は多人数で安全な旅しか経験がなかったために少数での旅がここまで難しいとは思ってなかった。

 現実は想像よりも厳しく、しかしギルドの傘下を黙って抜けてきた以上はここで戻って参加できる商隊を探すことはまた別の危険がある。また、今さら狼に備えて動物避けのアイテムを検討することも出来ない。戻ることも留まることもできぬならば、やはり進むしかあるまい。

 私は強行突破を決意して、戻った街道をまた進んだ。そして案の定、再び狼に襲われる。今度は馬を無理に従え、狼の群れを振り切って息の続く限り走らせる、どうせ魔法で出したものだから死ぬほどコキ使っても問題ないし、治癒呪文のワンドで癒やしてやれば走り続けられる。そう割り切って私は街道を走り抜けた。

 

===

 

 夢を見た。

 光源の見当たらない、ほんのり薄暗い石床の上に私は座っていた。あたりには書物が積み重なったり、散らばっていたりする。一見、金属の留め金で装丁された革表紙に見えるが、よく見れば前世でよく見た厚紙のハードカバーに印刷された、ただの模様だった。

 その本を一冊手にとってみる。中央に斧か、ハンマーのような印が描かれたその本のタイトルは、プレイヤーズ・ハンドブック。ゲームの本だった。

 

 表紙をめくり、中身を覗き込もうとすると二つに折られた紙が一枚、表紙のスキマからひらりと落ちた。そちらが気になって私は先に紙を手を取り、広げる。

 

 

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 キャラクター名 フランドール       プレイヤー名 ×××

 クラスおよびレベル Artificer3   種族 人間  属性 NE  信仰する神格 -

 サイズ medium  年齢 10  性別 female

 

 筋力  10 [+0]

 敏捷力 12 [+1]

 耐久力 14 [+2]

 知力  16 [+3]

 判断力 12 [+1]

 魅力  14 [+2]

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 なんだろうかこれは。私の名前と、能力が記されているように見える。これではまるで、私がゲームのキャラクターのようではないか、私はそう否定を含む言葉を口にした。

 しかし、私は口にした言葉に疑問を浮かべた。なぜ私はゲームのキャラクターではないと思ったのか?それは私が、前世の、ゲームでなかった世界の記憶があるからだ。しかし今生はどうだ。剣と魔法の世界で、モンスターがいて、中世ファンタジーで、経験を積めば能力が機械的に成長する。これらのどこにゲームでない要素があったのか?それは、それを認めると、私は、皆は、全てがただのデータで、数値で、文字と記号であることを認めることになるからだ。私は人であり、生き物であり、魂があり、また前世に人として生きていた記憶を持つ転生者だ。決してプログラム上で踊らされるキャラクターなんかではないのだ。

 私はそれぞれの手に持っていた紙と本を打ち捨てて、立ち上がり、バッと遠くを見る。石床は五メートル四方ほどで途切れており、端には石床と天井に突き刺さる鉄の棒が立ち並ぶ―――私を収監する檻の形をなしていた。私はずんずんと檻に近寄って、捻じ曲げて外に出ようとするが、曲がらない。ならば鍵を探そう、私は檻の切れ目を探すが、この檻に切れ目や錠前のついた箇所は見当たらない。ならば外に仕掛けになっているのか、私はスイッチやレバーを檻の外に探そうと、暗い闇の果てをキョロキョロと見渡した。

 すると私は、檻の下から数本のトゲのような物体が突き出ていることに気づく。その物体はたけのこ状の薄い石版が、枯れ木のようにしわがれた丸い幹に突き刺さったような見た目をしており、それが檻の両脇にそれぞれ二、三本ずつ突き出ていることに気づく。その物体は檻の床の真下に続いており、どうやらこの檻自体が宙に浮いているようで、その物体がこの檻を支えていることにまた私は気づいた。

 もう少しあたりを見回すと、枯れ木の幹のようなその支えは檻の斜め下へ続いており、そこで数本の幹が合流し、太い幹を成している。太い幹は更に横へ横へと続き、ある一点でカクッと曲がって上方へと続いている。太い幹はやがてなめした硬い革のような覆いに隠れたところへ続いていく。革の覆いは私の目線より少し高いところにあって、更に左斜め上の方へ続いている。

 そうして覆いの先を見上げていけば、やがて再び覆いから飛び出した太い幹が大きな球状のジャングルを形成している。まるで枯れ枝を丸めてボール状にしたようなその木の球体は、表面上方の左右に中ぐらいの木の(うろ)が開いており、そこから少し下の中央に小さい穴がまた横に並んで二つ、そして表面下方にまた横へ長い切れ目が一つ刻まれていた。天然に生成されるものと思えない、その奇妙なアートに私は少し首を傾げたが、あるものに似通っていることに気づき……私はその巨大さに畏怖した。

 ―――上の二つの窪みが目、下の切れ目が口で、中央が鼻……あれは巨大な人の顔の形ではないか?

 その発想を肯定するように、上二つの洞にぼんやりと青白い光が宿る。まるで人魂を思わせる生気のない光に、私は命を吸い取られるような感覚を覚える。どこからか風が吹き出して、私の頬を、耳を撫でて通過する。風の震動が私に音を伝える。

 オオオと、悲鳴のような、笛のような、あるいは死体の息吹のようなその音は、私には意味のある言葉に聞こえた。

 ―――「汝の為したいように為すがよい」と。

 

 その言葉で、所詮 私は踊らされるたかが人間だったと悟った。

 

 

 



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002 独り立ち

 虚無的な正夢から覚めた私は、閉じた窓から漏れる潮風に現状を思い出す。

 ここは地方でも有数の港街リーフス・バレー。山脈の谷間に流れる川と滝の先に広がるサンゴ礁を埋め立てて作られた、元海賊の隠れ家。しかしある時、地方を襲う嵐と災害に見舞われ、隣接する貴族領へ救援を求めたのをきっかけに王国の一領地に組み込まれた。以来、海賊が拓いたこの地は多数の船が停留する港街となった、らしい。

 

 これはもうずっと前に神殿で読んだ、地方を行脚した見聞録の内容だが事実と齟齬はないようで、商人なのか海賊なのか見分けのつかない荒くれたちの集う街を数日前、私は野外を突き抜けて無事到達した。昼は“マウント(乗騎)”呪文で呼び出した魔法の馬で、夜は“ロープトリック(縄の奇術)”呪文で垂らした異空間に繋がるロープを登り夜襲を恐れることなく、食べ物飲み物は“エヴァーラスティング・レーション(無限の携帯食料)”および同“マグ(無限の水筒)”により無補給の強行軍だった。肉体の疲労さえ、普通は金貨十枚もする呪文のワンドを惜しみなく使って癒やし、残魔力を消耗した魔法のワンドは数をいじくる私のチートで残り充填数を弄くって、通常の最大魔力を超えた半無限大の魔力を秘めるいんちきアイテムと化している。魔法のアイテムに、許容量を超えて魔力を充填すると普通なら爆発したり作成に失敗するのだが、このチートで変化させたワンドは見ても触れても使っても全く異常を起こす気配はない。改造前後でアイテムに外見の変化はなく、ありえない魔力に対応できる素材に変化した様子などはないことから、チートが異常なアイテムの暴発を抑制しているのではないかと私は思う。

 私はこの港町に到着してから増殖した金貨で家を買い、簡単な魔術師の工房にして魔法のアイテムを作りながら戦闘力の向上を模索している。この世界において幅を利かせているのは、剣と魔法のファンタジー世界だけあって戦いだ。草原から山岳、森林から海、空、果ては人の住処の中まで、この世界には知性の有る無し様々なモンスターが生息し、多くは自身や種族のために人をはじめとする他の生物と戦いで支配領域を奪い合っている。人は戦士を集めて集落を防衛し、ウィザード(魔術師)は彼らを神秘的な秘術呪文やアイテムによって援護し、クレリック(神官)は傷ついた戦士たちを神より授かった信仰呪文で癒やしている。人によっては口八丁手八丁で危難を切り抜けるものもいるが、知性がなく話を効かない奴や相手の気分次第ではそうもいかないため、戦闘力がなければ世界を旅することもできない。

 あの夢で見た巨大な怪物、私を踊らせる張本人は私に好きにしろと言った。しかしまさか、言葉通り好きにしろ……という意味であれば、私にチートを与えたり接触する必要はなかったろうし、やはり何かを期待しているのだろう。では具体的に何を、といえばやはり神様転生(あれが親切な善い神様にはとても思えなかったが)させて、チート能力持ち転生者がこの世界でどれだけ上を目指せるか、成り上がりではないかと私は思う。次点で奴が神なのであれば奴に対する信仰の布教だろうか。後者だったらあまりにアプローチがなさすぎるが、いずれにしても、この世界のマスト条件が戦闘力である以上は、私自身が強くなる必要がある。

 というわけでその手段の一つとして、あの夢の中で見た私というキャラクターの名前が綴られたキャラクターの「データ」……そのうち能力値らしき数値を、チートによって増加させようと検索しているが、成果は著しくない。私というキャラクターは、あの紙に書かれた文字以上にどうやらたくさんの数値で構成されているらしく、能力値と同じ数値でも実際は異なるものに対する数値であったり、似たような数値もたくさんあってお目当てのものを探すことができない。

 では手当たり次第にやってみようかと幾つか無闇矢鱈にそれらしき数値を変更してみると、私は突然吐き気を伴う、一時気を失いかけるほどの恐ろしい寒気に襲われた。しばらくして体調は正常に戻ったものの、どうやら私の身体のデータのうち変更してはいけない数値を触ってしまったらしい。恐らく、この数値の中には心拍数とかどこそこの細胞や血管の数とか、そういう変更しては危険な数値も含まれているのだ。今回は無事に済んだが、下手にいじると自殺になりかねない行為だと気づき、以後 確信を持てない数値の変更はタブーと定めた。

 しかし能力値の増強は、レベル上げの次に強くなるためのもっとも近道で再優先事項だ。あのキャラクターデータが書かれた紙によれば当時の私は3レベルだったが、能力値に対するレベルによる修正値という項目は全て空白で0のままだった。どうやらこの世界はレベルによって能力値が簡単に上がるような世界ではなかったらしい。もちろん、レベルが上がれば強くなるのだろうが、レベルとは極論、時間をかけて経験値を貯めれば誰でも上げられるようなもの。本当に強くなるなら、簡単に上がらない才能である能力値をこそ伸ばすべきなのだ。

 私は次に、実際に能力値をあげるような魔法やアイテムを使って、その数値の変化分を検索することで能力値の増加を考えた。これは部分的に成功し、私は筋力増加のガントレット(篭手)を装備して筋力100に変更すると身体に活力がみなぎり、宿屋の部屋据え付けのベッドを片手で軽く持ち上げることができるようになった。しかし満足して篭手を外すと、途端に私は反動の脱力感に襲われる。どうも、私が変更したのは本当に「アイテムによって変化した分の数値」だったようで、能力値を強化するアイテムを着脱したり、あるいは呪文の持続時間が切れるなど数値が変動すると、変化した分が正常な数値に再上書きされるらしい。チートによる数値の検索や変更には集中や時間が要るし、反動の脱力感が一種の状態異常を及ぼすため、アクシデントがつきものの冒険にはリスクが大きすぎるとしてこの手段は非冒険時限定とした。

 最後に、私は常用する能力値上昇装備アイテムの効果が低い下級版を自作し、そのアイテムを中級や上級版に強化する時にアイテムの効果量の数値を検索し、それを変更することで間接的に恒常的な能力値増加を目論んだ。これは残念なことに失敗した……上級版を遥かに超えた大きな数値に変更すると、途端、あのタブーを犯した時と同じ、しかし気を失うほどではない軽めの寒気に襲われ、同時にチートを施した強化アイテムがボロボロと砂のように崩れ落ちた。この特徴的な感覚がチートのタブーを犯したもので、弄ってはいけないものを触ってしまったことはすぐ分かったが、その原因の解明には時間がかかった。どうやら強化アイテムは効果量の数値によって「下級版」「中級版」「上級版」と決まっているため、そのどれでもない数値にすると不明なアイテムとして崩壊するようだ。この世に存在する能力値強化アイテムには上限があるということなのだろうか。これは武器や防具でない、その他多くの魔法のアイテムの装備品に共通するようだが、一方で魔法で強化された武器や防具について試したところ、こちらは際限がなかった。なので物理攻撃力や防御力の心配はなくなったが、この世界の魔法攻撃はだいたい防具の防御力を無視するし、魔法のアイテムの機能を失わせる魔法なんてものもあるため これだけじゃ無敵にはまだ遠い。

 

 なんてことしていたら、魔法のアイテムの作成で随分と時間を費やしてこの街に来てはや半年が過ぎた。一度、寝室も兼ねる工房が強盗に襲われ、思わず例の際限なし超強化ダガーを投擲して撃退したのだが、とりあえず動きを止めるつもりで投げたダガーは狙い過たず強盗の頭と体を真っ二つにしてなお止まることなく壁をまるで豆腐のように突き抜け、運動力を失って壁向こうの地面に突き刺さって止まるまで飛び続けたこともあった。それで凄惨な死体を作り出す邪悪な死霊術師(ネクロマンシー)の噂が立って以来、私の出で立ちは有名になって周りとは疎遠になった。でも強盗が二度と起きなかったことには感謝している。

 

===

 

 奴隷時代にはネズミやムカデなどを狩って経験値を得、その数の増加を検索してレベル上げしていたが、魔法のアイテムに呪文を宿すのに必要なエネルギーとやらが、経験値をわずかに消費することと気づいてからはその減少を検索するだけで、経験値は減っているのに逆にレベルが上げられるミラクルを起こせるようになった。おかげでこの街に来て以来、経験点も金も不足しない充実した生活を過ごしつつ6レベルまで到達した。しかしこれ以上の上昇は低い能力値のままでは身につけられる技能が少なく、損をすると気づいてから私は無闇なレベルアップを控えている。どうせレベルを上げても私の戦闘力の大半はアイテムに依存するので、大きな街で流通している素材で作れるアイテムに限りがあるから今よりも先を見据えた成長を行うべきだ。

 だから時間をかけて情報と、魔法のアイテムの実物を集めたり呪文の見識などを広め、作成できるアイテムの幅を増やしながら主に知識を蓄えた。時折り、あの檻の中の夢を見ることが何度もあり、まさに人形遊びに使われている不快な感覚を思い出させられるが、あの檻の中にある書物、この世界の仕組みや記されている“データ”は非常に役に立つことから、憎いものの黙ってその利益を享受している。

 

 ある日、すっかり恐ろしい噂が広まって訪れるカタギはいない我が家へ珍しく普通の客がやって来た。沿海を渡ってリーフス・バレーに到着した商船の船乗りで、怪我人が続出したことによる緊急依頼の伝言だという。なんでもこの港町に着く直前に海に浮かぶ巨人が現れて商船を攻撃し、乗っていた船員の多くが死傷や重症を受け、かろうじて到着して神殿に治療を頼むも全員分を癒やしきる回復の手が足りないとのこと。そこで魔法のアイテムの注文を受け付けている私の工房ならば治癒アイテムの蓄えもあるだろうと訪ねてきたらしい。

 キュア・ライト・ウーンズ(軽傷治癒)は最も回復効率の良い呪文のワンドとして、二本分(計百発)の備えは常に有している。いざとなればチャージ数もチートで補充可能で、回数が足りない心配はないが、魔法のアイテムの相場はとても高価で、それこそ商船を持つ裕福な商人にとっても金貨二、三百枚に及ぶ支払いは厳しいはず。

 私は金に困らない存在だが、無償で施しを与える善人ではない。金にせよ何にせよ、命がかかってようと差し出してもらわなければ施すことはできないだろう。とりあえず治癒呪文のワンドを手にとったが、まず金の有無を問うために責任者の所へ、伝言の船乗りに案内してもらう。

 向かった先の宿の小部屋で責任者と出会ったが、ダメージの目立つ高級なワンピースに身を包んだ女性だった。長い船旅で潮風に揉まれ、更に災難に見舞われて着替える暇もなかったらしい。危険な船旅に乗る人物にしては随分覇気に欠けており、手や肌に目立つ傷もなく荒事に慣れてる気配もないどう見ても訳ありの貴族である。私は良い取引はできそうもないなと、考えを改める。

 

 案の定、この女性は使命があるなどと述べ、金貨二、三十枚と引き換えに治療を依頼してきたが、私はにべもなく断る。呪文としての料金ならまだしも、(なま)の呪文より高くつくアイテムを利用するならその数倍、百枚が相場となる。それよりかは同じ金で新しい船員を雇った方がずっと安上がりだ……死者多数を産んだ縁起の悪い船に人が集まるかは別として。

 せめて商船なら積荷でどうかと聞けば、貴金属や工芸品といった魔法のアイテムにはあまり直接役の立つものでない品ばかり。金も物も出せないなら、私が動くことはできない。そう伝えると、彼女は聞いてもいないのに自分の使命とやらについて語り出す。聞く気もない話を捲し立てられてウンザリした私が半ば席を立ち上がりかけたところで、彼女が重要な名前を口にしたことで、興味が移る。

 なんでも、彼女は実家と海を挟んだある貴族家当主の妾だったが、その当主が戦死し、若き長男が家を引き継いだところで、本妻に家を追い出され、実家に帰されたそうな。彼女が産んだ娘は彼女の元から取り上げられ、そのまま政治的な婚姻に利用された。嫁ぎ先の行いに実家は怒ったが、当の彼女はそれよりも産んだ娘が心配で、金銭と護衛を用意して自ら婚姻先に向かう船旅の最中だったそうな。しかしその道中に先述の“海巨人”に襲われる不運に見舞われ、実家から駆り出された護衛は彼女を庇って死んだ。船員の多くも負傷し、ようやっと着いたこの港町で船の修理と補給、船員の治療などを行うにあたって金銭の余裕はなくなり、私に提示した額以上を出すと娘の返還交渉を求める分が足りなくなるという。

 これを聞いて、私は興味を抱いた。別に彼女の志に感慨を受けたのではない。彼女の家名―――アーチー家は、なんたる偶然か幼い頃に私の母が口にした種親のものと一緒だった。私の予想が正しければ、目の前の女性はおそらく叔母か、大叔母に当たる。両親とはどちらも幼い頃に引き離されたが、私は彼、彼女らから子の存在を奪った親不孝者であることは忘れていない。旅に続く旅で方角しか地元の場所は分からなくなったが、いつか戻って孝行すると心に誓っていたために、血縁者であるアーチー家の彼女を見捨てる選択はなくなった。

 私は、貴族が持つ特権に興味を持ったフリをして、当初の金額に加えて実家で遇することを条件に治療の依頼と、今後の同行を承諾した。船に案内され、負傷した船員たちは甲板下にまとめられていたので十分もかからずに処置を終えた。船員たちは感謝し、更に今後の船旅に同行することを知ると感激してまとわりつかれた。体格差半端ない。

 

 船員たちの治療を終え、船員の募集や船の修理を待つ一週間の間に私は出立の準備を整えた。工房を設備ごと売り払い、持ち運べる道具や素材だけを布に包んで魔法のバッグに詰め込み、オバウエ(叔母上)(仮称)と同じ宿に移った私は今後のことを検討し、“海巨人”によって減らされた戦力の分だけ船を守る手段について相談をした。普通、多くの船乗りは腕力と体力があるだけの人夫なので、海賊のように装備も戦力も整った船乗り集団相手には、個人の技術に関係しない遠距離戦ならまだしも接舷されると勝ち目はない。戦いとの両方に長けた船乗りを雇おうとすると、彼らはもはや傭兵なので、普通の船乗り(人夫)を雇うより数倍高くつく。私に支払う金ですら困っていた彼女にそんな余剰金は残っていない―――ので、更なる貸しつけと共に私が自費から支出して、元海賊の船乗りたちを雇用した。ただし彼らは隙を見せると雇い主から金と船を巻き上げるような荒くれなので、また別に私個人の護衛も雇用する。そちらの交渉で少々問題が発生したが、取引によって一先ず解決したため当面はよしとする。

 

 他、海戦になった時のことも考えて砲撃呪文の仕込みも行ったが、威力はともかく敵の船に致命傷を与えることは特攻を招く恐れもあり、戦術的にあまり有効ではないだろう……風の強い海上ではガスや霧のような妨害はすぐ無効化することもあってあまり取れる手は多くない。このへんは雇った傭兵たちと、私の護衛の活躍に期待するしかない。

 そんなこんなで私が手を回して準備をし、失った戦力の損失を補填した船がリーフス・バレーを出港した。そして私たちを待ち伏せていた“海巨人”に再び襲われた。

 

===

 

 リーフス・バレーを出港して2日、快晴の真っ昼間に前触れもなく船を覆うように霧が発生した。船室にいた私はそれを知らず、次に船を揺さぶる大衝撃で船内を転がされたことでようやく異変に気づいた。「またあの霧だ!」という船乗りたちの恐怖の声に、スクロール入れとクロスボウ()片手に慌てて甲板に身を乗り出すと、薄っすらと晴れつつある船べりの向こうに、マスト()と同じ高さはあろう黒皮に覆われた半魚人、いや半シャチ人と言うべき巨大な人型のクリーチャー(生き物)がこちらを見下ろしていた。

 

(あれは巨人ではない……巨人よりもっと大きなモンスターです)

 

 私は事前に、船を襲ったという海巨人……オーシャン・ジャイアントについて調査した。オーシャン・ジャイアントは深海に適応した巨人の亜種で、下半身に魚のような尾が生えた人魚の形態を取っているが、変身して通常の巨人のように二足歩行で陸上に出ることもできる水陸両生の生き物だ。だが、その性質は善なので人を無闇に襲い、虐殺するような種族ではない。ましてやあのように魚じみた上半身を持っているなど聞いたこともない。だからあの生き物は巨人とは全く別のモンスターであることは確実と、私は理解した。

 なお、この時の私は知らなかったが、このシャチ巨人はオーシャンストライダーという妖精(フェイ)の一種で、海を汚す外敵を排除することを生きがいとする自然の象徴である。彼はときに、海を汚す瞬間を目撃するために船を追跡したり、待ち伏せることもあるのだ。

 

 甲板にいた多くの船員たちは先ほどの衝撃で負傷し、何人かは海に投げ出されている。それでも船を守るべく元気に動いているのは、私が雇った元海賊の船乗りたちだ。並の船乗りよりバイタリティ溢れる彼らは衝撃で負傷しても船を転覆させぬとしきりに働いている。しかし船を見下ろすシャチ巨人の存在が彼らを恐怖で脅かしており、その動きは芳しくない。かくいう私もあのシャチ巨人を見てから心が恐怖に襲われている……これはただのプレッシャーではない、やつは何かしら恐怖を与える能力を有しているのだ。

 

「オーナー、あれは危険だ。悪ではないが、とても私の手には負えない。一分稼げれば上出来だろう」

「ええ、正体はともかく、巨人よりも知的で悪辣なモンスターに違いない……この霧だって、奴の生来の呪文に決まっている。それに霧を出すだけが奴の能力とは思えない、もっと直接的に害する能力をきっと持っているはず」

 

 そんな私に、ずっと甲板にいてシャチ巨人の様子を伺っていた護衛が報告を行った。彼もシャチ巨人を見て恐怖を受けている様の片鱗が見られたが、天上の守護者である彼らの生来の気丈さが前面に出ているだけのこと。

 

「少し、隙を作りなさい。悪の生物でないのなら、アルコン(守護天使)のあなたに、奴の武器攻撃は通用しないはず。

 代わりに予定していた雇用期間の残り全てとの引き換えを許します、船が安定し、霧が晴れるまでの僅かな時間を作りなさい」

「……ならば様子見の一当てだけ承った。以後はあなたの責任だ」

 

 そう、私が雇った個人の護衛とは、天上の世界から呪文で雇った下級のアルコン(守護天使)である。天使の羽による飛行能力を持ち合わせ、等身大で船に乗ることも出来、意思疎通可能で船乗りたちとコミュニケーションを取れる彼らは下手なモンスターより勝手のいい存在だ。もっとも、招請した当のオーナーである私がまさかの彼らにとって悪判定を受け、危うく契約を断られかねないところを、交渉で私が慈善行為をする契約を結ぶことでなんとか取引が成立した。おかげで準備期間の一部を弦楽器の練習に費やし、船旅中も船員たちに無償で音楽を提供する必要にかられたのが雇用の際に発生した些細な問題だった。

 しかしそんな苦労を背負って雇ったアルコンも、彼に限っては等身大程度の下級天使なためあの強力なシャチ巨人にはかなわない。この地上と異なる世界で生まれた来訪者たちは、その性質により通常の物理攻撃に耐性を持っているがシャチ巨人ほどのパワーがあれば耐性を貫いてダメージを与えることは十分可能。加えてシャチ巨人がもし攻撃呪文を使えるなら、威力次第でアルコンは一瞬で消し飛びかねない。肉体ごと招請され、死のリスクを背負うアルコンはその危険を十分承知しており、私の要請に対して少し承諾した。

 

 船を見下ろし、こちらの様子を伺っていたシャチ巨人はまた霧の向こうへ消えた。晴れた場所だとシャチ巨人はリーチ差で接近を防ぐことが可能なため、アルコンはこの霧を逆利用して奇襲を仕掛けに行った。私はそれを見送ってスクロールとクロスボウの仕掛けを取り出し、一方で船乗りたちは帆や櫂を操って海域から脱出を図る……が、船が動く気配は全くない。船の周りに水が渦巻いており、どうやらこれもシャチ巨人の呪文による足止めのようだ。つまり動けないこの船に現状、逃げ場所はない。

 船乗りたちに絶望のムードが蔓延し始めたさなか、ようやく霧が晴れた向こうに船から二、三十メートル離れたところでシャチ巨人が手から冷気を噴出し、アルコンを痛めつけている姿を目撃した。やはりシャチ巨人には物理以外の攻撃手段があったらしく、アルコンは冷気の噴出により酷い痛手を負っていたがなんとか生き延び、そして先ほど変更された契約を果たしたことで天上界に送還されていった。邪魔くさい敵がいなくなったことで、シャチ巨人の目がこちらに向く。そのシャチ巨人めがけて、私はファイアーボール(火球)呪文のスクロールをぶっ放した。

 圧縮された熱の塊が、シャチ巨人めがけて飛翔する。しかしやつはそれに気づき、身を反らして直撃を避けた。しかし火球は真横で爆発し、熱がやつに襲いかかる。しかし炎熱はやつのわずか顔の半分を焦がしたに過ぎなかった――ただの火球では言葉通り、奴の化物サイズ(モンスター)の体力を仕留めるには全然足らないのだ。

 やつは甲板上からダメージを与えた張本人である私に対して、目と口を細め怒りの表情を(あらわ)にし、船めがけてまっすぐ、まっすぐ―――体当たりを仕掛けてきた。もはや私の呪文ではやつを倒すことはできないようだ、ならば武器はどうか?

 私は接近するシャチ巨人にクロスボウを向ける。とはいっても、私は熟練のレンジャー(狩人)のように遮蔽と遮蔽の間を縫うピンホール・ショット(精密射撃)も、次々と矢を射掛けるラピッド・ショット(速射)も、弱点を狙うスニーク・アタック(急所攻撃)ができる腕も持たないが……それは弓という原始的な武器が狙ったところにまっすぐ飛ばないし、威力も限定されたものだからこその話。

 私はシャチ巨人の右目に照準を向けて、クロスボウの引き金を引いた。クロスボウは何の反動もなしにボルトを射出し、しかしボルトは爆音を放って私の目の前からかき消えた。シャチ巨人の目には取るに足らない憎らしい子どもである私の姿が映っていたが、引き金を引いた次の瞬間にはその眼孔ごと右目を失っていた。

 水上に顔を突き出して、船へまっすぐ体当たりを仕掛けていたはずのシャチ巨人の身体は、船より大きく逸れて水中へ沈んでいった。その後数秒経ってもシャチ巨人は水面にその驚異の体を現さず、代わりに青黒い液体が水面に浮上してきただけ。船は半日、渦巻きから脱出できなかったが二度とシャチ巨人が姿を現すことはなかった。奴はあの一撃で死んだか、この船を罰することを諦めたのだ。

 甲板で私の成したことを見る暇のあった船員はいなかったが、私が何かしたことで巨人が去ったことは皆の知るところとなり、娯楽に飢えた船員たちによって以後“シャチ殺しのサイリン”と持て囃される。

 

===

 

 シャチ巨人を迎撃して七日後、海賊に襲われる。しかしシャチ巨人のプレッシャーに比べればなんのその、発見時点で荒くれどもは元気に積み込んだバリスタ(大型の弩)で帆を裂きにかかった。しかし敵船にも術者がおり、追い風を吹かして急速接近、そのままラムアタックされ白兵戦にもつれ込むも再召喚したアルコンと荒くれたち、そして呪文による反発力場の防御に身を包み首刈りダガーとスコーチング・レイ(熱線)ワンドを振り回す私が元気に迎撃した結果、逆に海賊から財宝を略奪する功績を上げる。臨時ボーナスを振る舞い、温まった懐に船員は港を心待ちにして興奮を隠しきれないでいた。

 そしてリーフス・バレーを出港して二十日、目的の港町マリランス領へ到着する。

 

 入港に関する諸々の手続きは当然オバウエとその護衛に任せる。雇われ船員の数人は船を降りたが、味をしめた船乗りたちはそのまま船に残った。私はオバウエが手続きを済ましている間に、海賊の略奪品や手持ちの余剰なアイテムを売り払って新たな魔法のアイテムや素材の調達、アイテム作成と調整(・・)を行った。同じ港町でもリーフス・バレーと異なり、海岸沿いになだらかな土地が続くこの街の近辺では、変成術のアイテムに相性の良い海藻・薬草類がよく取れる。

 三日後、オバウエたちは手続きを終えて領主館に赴くべく乗り換えた馬車に私は同乗する。帰りに彼女らはまた船に戻るので港で待つのも良いが、もう少し恩を売れるだけ売っておき、貴族の権力に食い込んでおきたい狙いがある。なんせ私は術者というより異色のアイテム使いで、奴隷の時のように下準備がないとあまり役に立たないのだから。しかし貴族の権力があれば、その下準備を手早く行うことができる……アイテムや素材の入手は当然、しかし何よりも金で得るには限度のある“人”が手に入ることが大きい。

 私の目指すところは機械化ならぬ、魔法化。機械によって世界が広がった地球のように、魔法による国の発展。

 数を弄るこの能力(チート)があれば、私がいる限り無限に発展し続けられる。あの巨大な怪物の手元で読んだ書物には神の(データ)さえ記されていた。神は強力無比な能力を有し、神が生む天使や悪魔も人間の英雄を超える強力な生物だが、しかし神も天使も悪魔も所詮 生きているクリーチャー(生き物)で、ステータスがあり、HP(ヒット・ポイント)があり、殴って切って殺せば死ぬ。ならばあの巨大な怪物だって殺せよう。そのときに能力(チート)を取り上げられるならば、所詮ゲームはそれまでということ。

 為すべきように為して良いと言うのなら、己を生んだ神にだって下剋上してやろう。それが私を踊らせるあの怪物に対する感謝と復讐である。

 

===

 

 馬車は途中一晩を挟み、マリランス領主館へ到着した。オバウエは嫁いだ実娘の返還を、実家から持ち運んだ財産と引き換えに望んだが断られた。オバウエの実娘は亡き夫の貴族家と関係を結ぶために婚姻した(つまりある種の人質として寄越した)のであり、金銭で解決する問題ではないという言い訳だ。建前は正しいが、実際のところ次当主にとって家を蹴り出された妾が産んだ異母兄弟なんて切っても惜しくない、要するに見かけだけの人質である。建前など誤魔化せるもの、マリランス家がよほどの誇りを持つ貴族でないなら取引に応じないことはないはずだから……誤魔化しにかかる手間と比べた金額が見合わなかったか。

 オバウエより具体的な額は聞いてないが、私に金貨百枚を支払えない財布だから多くとも一万金貨はないだろう。最高級の魔法の武具が五万金貨を軽く超えることを知れば、湿気た額だと思う。

 

 私は戻りの馬車で落ち込むオバウエの耳に悪魔のごとく囁いた。

「どうしても娘を取り戻したいのなら、代わりに私があなたの娘を買いましょう」と。

 

 五日後、私はミスラル(魔法銀)の長剣(ロングソード)短剣(ダガー)馬上槍(ランス)の三つを用意した。これらは全て魔法で強化され、価格にして軽く一万金貨を超える。

 マリランス家はその家名に因んだ、特にミスラル製ランスに強く興味を示し、魔法で強化されていることを聞いて更に喜んだ。

 今度こそ交渉は成立し、オバウエの実娘は実母の元へ返還された。オバウエは迷うことなく娘を私に捧げた。

 

 

 




NAISEIチートの方針で。


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003 取り入る

 オバウエは念願の自分の娘を取り戻した。しかし彼女は娘への愛ゆえに動いたのではない。彼女は夫に見初められた女としての矜持と、正妻への怒りを表す手段として娘を取り戻すことを選んだのだ。だから結果が伴えば方法は構わないと、彼女は私の悪魔の提案を望み、簡単に受け入れた。私ごときの言葉に揺り動かされたのは、窮地を救った信頼によるところもあったが、何より度重なる不幸、不遇で心が弱っていたのが大きかった。

 馬車で待っていた私に、オバウエは震える声で約束を果たしますと私に告げて、自らの娘の肩を押した。やろうと思えばこの場で私との約束を裏切れるはずが、彼女は心が折れてしまったようだ。可愛そうなオバウエ、実家からつけられた護衛の方も彼女のことをかばおうとしない……まあ余ったミスラル武器を一つ与えるだけで私へ転ぶ、金にがめつい人だったから彼女が土壇場で裏切られる目に合わずに済んで良かったというもの。

 オバウエの実娘は私よりも背丈がやや年上の、まだ大人になりきれない十三歳程度の女の子で、紫地に前面を黒のフリルで着飾ったゴスロリ調のミニドレスを着け、ブラウンの髪を立派な縦ロールにした見るからに生意気そうなお姫様であった。

 

「何をジロジロと見てますの。ぼうっとせず、仕事をなさい」

 

 娘―――イトコ(従姉妹)(仮称)は実母の不審な行動へ僅かに動揺を見せただけで気を取り直し、目の前で不躾な態度を取る私を侍女か何かと勘違いし、叱る。

 

「いいえ、リッカお嬢様。私は雇われの魔法使いフランドール、災難に遭った貴女の母上様を助ける代わりに、ご実家で取り立てていただく約束を交わしています。

 敬意は払いますが、母上様にはここまで大きな貸しが出来ました。

 私はアーチー家とは恩を返す誠実な貴族と思っていましたが、まさかその血を引くお嬢様がそのようなことをなさるとはとても、とても残念です」

 

 私は名乗り、皮肉を込めて優位にあることを遠回しに伝えると、イトコは苦い顔をした。貴族相手に口勝負など本来は相手の土俵だが、先に貸しを作った優位に加えて、経験値とアイテムの差でこちらのカリスマ(魅力)が上回った。

 

「そんなことはないわ。この***家次女リッカは、たとえ受けた恩が返します。それが金貨百枚や千枚に値する恩であろうとも……何?」

 

 私はフルフルと顔を横に振って訂正を入れる。

 

「百や千では済みません。母上様への貸しを金貨に直すと、一万枚を超える額になりますリッカお嬢様」

「バカを言いなさい!そんなの詐欺よ、さては母さまを騙したわねこの魔女!」

 

 金貨一万枚といえば、小さな屋敷が買えるほどの額で貴族の財布でも気軽に払えない。文字通り桁が違う。

 彼女は詐欺だと私を糾弾するが、取引の張本人には私の貢献を深く知ってもらうために当然その価値を伝えてあった。私がオバウエに目線を送ると、ふるふると肩を震わせて謝りの言葉を口にしながら娘を止める。

 

「いいえ、いいえ。違うのよリッカ……私はそれを知った上で彼女の手を借りたの。たとえ魔女でもその手を取ったのは私、悪いのは私なの」

「そんな、母さま。嘘よ、こんなチビッ子に大金を用意できるわけない。魔法を使って騙したに違いないわ、そうでしょ?」

 

 オバウエとイトコは母娘で愛情を交わしあっているが、私は興味がない。それに正直、金額はどうでもよく、彼女らが借りを自覚してくれればそれで良いのだ。

 

「はあ。魔法使いが本気で才能を金につぎ込めば、貴族並の財産を得るくらい余裕ですよ。ですが私も魔法使い、金銭よりも優先すべき信念と目的があります。

 そのためには魔法使いにない力を持つ権力者に取り入るのが一番ですが、いかんせん貴女も仰ったようにこのチビッ子の身では信用されません。ですから分かりやすい形として金を見せました。

 約一万の貸しの代償は、今後アーチー家が私を信頼、信用することで返していただきます。

 それに貴族でも金は物入り、なければ苦労し、あるだけあって損はないものでしょう?」

 

 私はまくしたてるように彼女らへ説明をする。既にオバウエには伝えた内容だが、万が一 オバウエが命を落とした場合、アーチー家に口利きするものはいなくなってしまう。無論守る努力はするが、イトコにも彼女の予備になってもらう。

 

「つまり、一万をそのまま返す必要はないということね」

「ええ。具体的には主に人手を借りることになりますが、貴族なら人を動かすのは簡単でしょう。

 私が直接やれば時間も手間もかかりますが、貴族なら容易いことに私は一万金貨を費やすだけの価値がある。

 母上様への協力は全て、その先払いになります」

 

 詐欺だなんだと喚いたイトコは、説明を聞いてようやく落ち着いた。

 未だ不審、胡散臭いと訴える視線が抜けないが、私のことを話し相手とは認めたらしい。

 

「……一万を余裕と形容する人は、貴族にもいなかったわ。魔法使いって皆そうなの?」

「いいえ、そこは私が特別な魔法使いということ。

 しかし世界の端から端へ一瞬で移動するようなことは出来ません。今の私に出来ることは金を生むことと、派手に人を殺すことだけ」

「つまらない魔法だこと。もういい、帰りましょうオバウエ」

 

 物騒でつまらない魔法、しかしそれはこの世界では非常に役に立つのだと彼女は知らない。

 未だ信頼されないものの、私は彼女の側にいることを許され、共に馬車で帰った。

 

===

 

 途中の宿場で一泊した翌日、港への道中を馬車がかけている途中で、馬に乗って並走する護衛たちが騒ぎだす。

 侍女が顔を出し、護衛たちに何事かを聞きました。どうやら後ろから武装した集団が馬が列をなして走って来るそうだ。

 山賊かと警戒態勢に入るが、護衛の一人が「あれはマリランス家の装備だ」と見覚えあることを伝え、緊張は少しだけ緩んだ。しかし私は不穏な予感を感じ取り、ゴソゴソとバフ(強化呪文)を整える。

 

 やがて蹄の音が馬車越しに聞こえるまでになり、馬車を止めて護衛の一人が代表して彼らに話しかけだした。しかし蹄は鳴り止まず馬車を追い越し、左右前方にまで回り込んだ。ここに来てオバウエたちも異変に気づき、従者を差し向けて外の様子を伺った。私は事が起こる瞬間まで内部で待機する。

 従者は馬車の外の何者かの御用を聞きに行き、やがて馬車内へ戻りオバウエ方に報告した。彼らマリランス家の騎士たちは将来の若様の妻となるイトコ嬢の返還を要求していると。

 オバウエは履行した取引を覆す主張に困惑した。イトコ殿は疑問符を浮かべているが、血の繋がる母上の苦労を知っているため拒否の色が強い。

 娘の意向を確認したオバウエが従者を通じて拒否の意を伝えるが、暫くして悲鳴と共に鉄と鉄が打ち合う音が響き出す。案の定、騎士たちは力ずくでイトコを取り戻すようだ。

 

 始まった争いの音に怯えるイトコと、状況を悟ったオバウエを置いて私は取り出したスクロール片手に馬車の外に出る。そしておもむろに馬車前方を塞ぐ騎士たちへファイアーボールの火球を打ち込み、逃走経路を確保する。

 「魔術師だ!」の声が騎士たちから上がるのと、私が御者へ「走れ」と指示したのが同時だった。護衛たちを置いて馬車が走り出し、爆発に怯む騎士たちを蹴散らして港へ向かう。敵騎馬の数は十一、うちファイアーボールの当たりどころが悪かった馬車前方四騎中の一騎が倒れ、火球の直撃を避けた騎士一騎は立ち位置が悪く真横を他の騎士に塞がれた状態で突進する馬車に馬ごと轢かれて命を落とした。火球を受けたものの残る前方の二騎は馬車の突進を回避し、ベルトから(恐らく治癒の)ポーションを服用して回復していた。左右後方で護衛と剣を交える残り七騎は、三騎が護衛を足止めし、四騎が馬車を追ってきた。

 ポーションを飲み体力を回復した二騎が合わさり、計六騎の騎士たちが追ってくるのを窓から確認する。単身で駆ける騎馬に比べて馬車の足は遅く、護衛たちの足止めで稼いだわずか50メートルほどの距離はみるみるうちに縮んでいく。しかし奪還対象を内に抱えるこの馬車に彼らは安易に弓で攻撃することはできないし、走る騎馬上で正確に弓の狙いをつけることは難しい。一方で私も激しく揺れる馬車上でスクロールを読み呪文を完成させることは難しいものの、既に完成された呪文を込められているワンドの発動は簡単なものだ。そして後ろを真っ直ぐ追ってくる騎馬たちは固まっており、ファイアーボールでなくともまとめてその足を止めることは容易い。

 

 私はワンドからたくさんの“グリース(油)”呪文を解放し、肉の脂肪分を取り出したような白濁色の油が馬車後方のあちこちの土や草に引っかかる。歩く人間なら簡単に避けられる油溜まりも、疾走中の馬が避けることは難しく、騎馬全員が油を踏み抜いてバランスを崩して転倒、あるいは避けようとして失速した。

 そうして十分に距離を稼いだところで、見晴らしのいい丘の上で私は飛び降り、馬車を先に走らせる。このまま振り切ることも可能だが、奴らは港街まで追ってくるだろう。港町も彼らの領土だ、法を盾に逃げ道を塞いでくると想像できる。ならばそれを少しでも遅らせるためにここで騎士を潰し、失敗したと悟られるまでの時間を稼ぎ、出港したらいい。

 一分後、バラバラにまず四騎がやってきた。私は街道脇の葦原に隠れてクロスボウで騎士を一人ずつ撃ち殺す。二人殺したところで騎士は狙撃されていることに気づいたが、丘下まで馬を進めていた彼らが逃げ戻るには遅かった。慌てて葦原に身を隠そうとするも、その前に残る二人を撃ち殺した。乗り手のいない馬が街道や葦原を駆け抜けていった。

 少し遅れてまた二騎が現れた。二騎は丘の見える位置に差し掛かったところで味方の死体に気づき足を止める。構わず私は一人を撃ち殺した。もう一騎が狙撃に気づいて馬首を翻し、道を逆走した。私はクロスボウを腰のベルトに戻し、代わりに“マウント(乗馬)”のワンドを引き抜き、ポニー(小型の馬)を呼び出してそれを追う。間もなく逃げた一騎が、足止めされた騎士と合流して三騎に増えた姿をこちらに見せる。ランス(馬上槍)を構え、私めがけて突進してくる彼らに対し、私は―――馬から飛び上がり、槍の届かない宙へ逃げた。私の代わりにポニーが突進の犠牲になるが、まさか上に逃げるとは思わぬ行動に唖然とし、直後慌てて馬を止め槍を捨て弓を構える彼らを宙に浮かぶ私がゆうゆうと“スコーチング・レイ(灼熱光線)”のワンドを引き抜いて、一人ずつ鎧を貫く熱線で焼き殺していった。

 

 いかな私でも、多くの呪文(ないしスクロール)を行使するためにはチェイン・シャツ(鎖帷子)のような軽い鎧すら邪魔になる。魔法で力場の鎧を編むこともできるが、本物の鎧と比べれば強度の落ちるそれらは熟練の戦士の操る剣や槍を止めることは叶わない。

 レベル相応にHP(ヒット・ポイント)が増えていようと接近戦は危険と認識していたからこそ、私は騎馬の接近を悟った時点で“エア・ウォーク(空中歩行)”の呪文を馬車内で既に施していた。

 魔法を持たぬ戦士たちでは空高くに槍を届かせることは叶わない。弓は槍と比べれば重さも殺傷力も落ちるため、彼らが私を射殺すよりもずっと早く私が彼らを射殺すことは簡単である。もっとも、これは彼らの人数が少なかったからこそ通用した戦法で、空に飛び上がることでより多数の視線を浴びる危険な状況や、弓よりも強力な特殊攻撃を持つクリーチャー相手には使えない手段だ。

 

 私は港への道を逆走しながら襲撃地点まで戻った。私が殺した騎士は十、一騎だけ行方の知れない騎士は襲撃地点でオバウエの護衛、従者たちと共に屍を晒していた。数的不利な戦闘にも関わらず、護衛たちは少しだけ職務をこなすことが出来たようだ。

 騎士の遺体の始末を考えたが、私一人では手に余ることから諦めた。再びポニーを魔法で呼び出して、先に港町へ駆け抜けていったオバウエたちの後を追う。魔法で呼び出した馬だからと酷使し、ポニーの早足で二時間後に馬車に追いつく。

 中のオバウエたちに敵味方皆殺し殺されたことを報告するついでに、「つまらない」と言った殺しの魔法で助かった気持ちはどうですかとイトコに感想を尋ねてみたが、非常に怯えるだけで何の回答もくれなかった。残念だ。

 

 港町に到着したところで、馬車に付着した血液を咎められる。従者がいないので変わりに私が盗賊に襲われたと誤魔化し、外壁を乗り越える。護衛が全滅した今、二人を宿に預けるよりは直接 船に運んだほうがいいだろうと、帆船にお連れして船乗りたちに預ける。イトコは襲撃の恐怖がいまだ後を引いているようで文句を言わなかった。

 船乗りたちには出来るだけ早く出港したいことを伝えると、出る気なら明日にでもすぐ出られるという。しかし流石は元海賊混じりだけあって、人目に知れず発つなら今宵の闇夜に紛れるのがいいと提案してきた。私は彼らの案に乗り、日が出ている間に馬車の返却がてら幾つかのアイテムを調達しに店を回り、夜には船に戻った。

 

 船員は夕暮れ、船上で酒を飲む宴会の騒ぎを装って見張る街の兵士たちの目を誤魔化しながら出港の準備を整え、完了した途端に酔気を覚まし、錨を上げて帆を広げる。私は追い風を起こして出港を手助けし、兵士たちが集まる前にあっという間に港を離れて沿海に飛び出した。

 まだマリランス領の海軍を上げて追ってくる可能性はあるが、海戦はミスラル製の武具よりも高価な船を失うリスクが高い。私が殺した騎士の死体を調べればすぐに火の呪文を使ったことは分かるだろうし、実際戦いでは私は敵船を燃やすことをためらわない。娘を奪還するには更に戦術面でリスクを負うこともあり、海上の追っ手はかからないだろうと私は見ている。

 

 それよりも問題は……と、私はすっかり昨日の恐怖が抜けて海上の不便と不満を私にぶつけるイトコをどう相手したものか考える方を優先した。

 

 

 



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004 アーチー領にて

この話のあと、20時に連続投稿します。


 

 帰りの船もまたアルコン(守護天使)を雇用し、その代償に船員たちに音楽の演奏を提供する私。

 生前は楽器などリコーダーとピアノしか触ったことのない私だが、数値上は弦楽器の《芸能》技能(スキル)に加え、高いカリスマ(魅力)の才能によって運指がつっかえることはない。

 記憶にあるリズムの通りに大海原を征くBGMを演奏し、アルコンと船乗りたちを満足させていると、海上の変わらない景色と退屈な時間に飽きたのか、イトコお嬢様が話しかけてきた。

 

「聞いたことのない曲ね、これはあなたの生まれ故郷の曲かしら」

 

 忙しい私よりも船員や侍女と話していれば良いのに……とは思ったが、侍女は襲撃の際に死んでいたことを思い出す。汗臭く、世代も住む世界も異なる船乗りの野郎ども、そしてそれ以上に異なる世界の存在で話しかけづらいアルコンを除くと、消去法でオバウエと私しか話し相手がいない。

 流石に意識せずに奏でるほど演奏に慣れたわけでない私は切りの良いところで曲を中断し、お嬢様の話し相手になる。

 

「いいえ、海を渡った遠い島国の軍歌だと伝え聞く曲です。私はものを覚えた頃には神殿にいましたから、故郷のことは知りません」

「そう。魔法使いというと偏屈者で世間知らずのイメージがあったから、こうして人を感動させる技を身につけている者がいると思わなかった」

「おおよそ、そのイメージは間違っていません。“魔法”を使う者にも数通り存在して、お嬢様の言う偏屈者は知識に重みを置き、秘術の神秘を学ぶことで呪文を得るウィザード(魔術師)です。初見で申したように、私は良くも悪くも特別な魔法使いですからウィザードほど深く知識を学ぶ必要はなく、代わりにとらえどころのない神秘の紋様を理解するセンスを要求されました。この演奏はその副産物のようなものです。

 というより、魔法使いは強力な秘術の神秘を収めるために個々人が自力で研鑽せねばならないので、それぞれの手法は似て異なるものが大半です」

 

 初対面でイトコお嬢様はあまり虚偽を見抜けないと知ったから、それなりに嘘を交えて話しているが気づく様子はない。

 

「そうなの?神殿の神官は、みな同じように治癒を施すことが出来ると聞くけれど」

「それは、俗に言う魔法使いであるウィザードは、神官と全く異なる系統の魔法使いだからです。

 クレリック(神官)たちは神へ捧げる信仰の見返り、あるいはより多くの信仰を布教するために神から魔法のパワーをいただきます。各々で神秘を解明するウィザードと違って、クレリックが神から授かる呪文は皆 同じものですから、同じ神を信仰していれば必然同じ呪文が出来るようになります。

 秘術でも治癒の呪文を使うものはおりますが、肉体を変異させて結果的に傷を癒やすもの、傷をツギハギするように肉のパッチを当てるものと再現するためのアプローチはウィザードごとに変わりますから、治癒術者としてウィザードが信用されることはありません」

「う、うん……詳しいのね」

 

 おっと、思わず説明する口調になってしまった。まくしたてるように答えた結果、少し引かれている。空気を変えよう。

 

「それで、私に何か御用が?現在は天使との契約の一貫で演奏中なので、魔法のご質問は後にしていただきたい。

 曲のリクエストなら、あいにく演者としては未熟者のため、曲風とジャンルを合わせるくらいしか出来ませんが、お望みであれば多少は受け付けましょう」

「質問でもリクエストでもないけど……初日のことを謝らなきゃ、と思って。

 ごめんなさい、私、貴方に悪いことを言ってしまったわ」

 

 こちらから話しかけた理由を(ただ)せば、謝りたいことがあるという。はて、初日の失礼というとどのことか。

 

「悪いことというと、詐欺だと怒ったことですか?はたまた、私を侍女とでも勘違いしたことでしょうか」

「それも悪かった……でも、私が最も謝るべきはその後の事件のこと。

 あなたは私たちを襲う賊たちを魔法で退けてくれたのに、私はそれをつまらない魔法なんて言ってしまいました。

 ごめんなさい、そしてありがとう。あなたの魔法はつまらないものじゃなく、人を守ることが出来る素晴らしい魔法です」

「ああ、そのことは別にどうと思っていませんよ、人を傷つけることで解決する、生産性のない手法を取ったのも事実ですから」

「それでも、私は母さまが受けた恩に仇なす言葉で報い、礼を失する行いを犯しました。

 私は誇りある貴族にあるまじき軽口で、貴方の誇りを傷つけたことを謝ります。どうかお許しください」

 

 どうやら彼女は私に文句を言ったことを謝りたいらしい。別に誇りなんてものを信じていない私にはどうでもいいのだが、この手の察しがよく、ことさら面子を重視するアルコンが見ている手前、適当に扱えば召喚主にふさわしくないと契約を反故されることもありうる。かといって具体的な弱みではないので、無茶な要求を言えばそれが誇りを傷つけたと逆ギレされるまでもある。

 私はイトコお嬢様の罪を許すのに相応しい罰を考え、今後のことを考えると丁度良い条件があったので それを申し出ることにした。

 

「では、一つだけ約束を。これは貴方の母上と交わした契約ですが、貴方たちがご実家に戻ったときに私のことを客分として遇してもらうことになっています。

 しかし私の目から見て、貴方の母上はこの旅の中で失敗や災難が多いことから、ご実家での発言力もあまり持たないのではないかと信用を疑っています」

「そんなことはありません。母さまはご実家では、蝶よ花よと大事にされていたとお聞きします。アーチー家は血を分ける家族を無碍にする貴族ではありません」

「それでも仕事に私事を持ち込まない厳しい人間はいます。

 所詮 どこの誰かも知れない私との口約束ですから、約束を破られるなら破られる私が未熟が悪いのですが、それで名を落とす人物が一人のみならず二人もいるとアーチー家当主も沽券に関わると考え直すかもしれません。

 ですから、もし私が約束を破られて追い出されるようなことがあれば、その時は貴方が私を引き立ててくださいませんか?

 それを、私が貴方を誇りある貴族だと認め、許す条件とします」

「承りました。リッカ・アーチーの名にかけて、貴方と約束します」

 

 貴方は果たしてアーチー家の人間なのだろうか?という疑問は口にせず飲み込んだ。

 話が終わったとして、アルコンが睨みを利かせる前に演奏に戻ろうとするが、謝罪を済ませてもイトコお嬢様は去る様子はなかった。

 

「まだ何か?」

「その、謝罪を申した直後で申し訳ないのですが、魔法で身を洗う―――」

 

 私は魔法の水筒を半ば投げるように押し付けて要求を無視した。侍女の真似事は御免こうむる。

 

===

 

 行きと同じくリーフス・バレーまで二十日をかけて到着。途中、サフアグン(魚人)の部隊に夜襲され、船員の何人かが海にネットで引き落とされ、奴らのペットのサメに食われる。しかし船縁に張り付くサフアグンを空中からアルコンが払い落とし、船の縁から見下ろして必中の“マジック・ミサイル”で一体一体潰して撃退した。

 船上の生活にくたびれたアーチー家の母娘は、高級とは言えない宿屋でも満足し、数日間くつろいだ。

 時間をもらったのでこれ幸いと金にあかせてアイテムの材料を調達し、特に“テレポート”(長距離転移)のスクロールの素材を用意した。術者の力量次第で一千から三千kmを三、四人連れて瞬間移動することのできる呪文だが、術者が知っている場所にしか転移できず、その上で失敗する可能性も高くて信用性は低い。上位版(グレーター)であれば距離制限なく地図上の知らない場所に確実に飛ぶことが出来るも、高位呪文を用意することは今の私のレベルでは届かないので船中からの緊急避難に備えて作成するためだけの予備である。レベルを上げるために、なるべく早く能力値を恒久的に上昇させるアイテムを調達したいところだ。(そういったアイテムは自力作成するには非常に高位なので、私では早期能力値上昇による恩恵と基本的に相反となる)

 その他、幾つかのスクロールを確保し、再び海上での戦いに備えた上でアーチー領目指して出港した。しかしその帰路では大きな襲撃はなく、15日後には船員の損失なしにほぼ無事でアーチー領所有の小さな港街へと到着した。

 オバウエとイトコは多くの災難に見舞われても生きて戻ったことを神に感謝し、護衛と馬車を備えて私を館に招く。三日後、アーチー本家の館にて私はアーチー家当主と話を交わし、立ち退くよう命じられた。

 

===

 

「妹が非常に世話になったと聞いた。我がアーチー家の血を引く二人を無事に連れ帰って頂いたこと、誠に感謝する。金銭での礼もしよう。

 しかし、申し訳ないが我が家に招くことはできない。お引き取りいただきたい」

「それは何故か、とお聞きしても?」

「貴族の特権は力を持たぬ者に対する義務のために振る舞うべきものであり、力ある者のために振る舞うものではない。貴方は力があり自由な者、貴族が庇護すべき相手ではない。

 何より、貴方の目は人に使われるもののそれではない。人を使う側のものだ」

 

 アーチー家当主は、オバウエとイトコに反して想像もつかないほど見るからに優れた男性だった。

 戦闘力は戦士でない私と魔法抜きでようやく互角といった程度の非力と見るが、白髪(しらが)が混じるほど年月を重ねた知識と経験は、交渉、はったり、そして真意を看破する目と耳に長けている。まさに貴族、政治家として理想の成長を遂げた人物だ。

 

「私は妹御に好待遇を約束していただきました。アーチー家はその誓いを裏切るのですか?」

「無論、それらの詫びに相当する金銭は支払う。それでお引き取り願う」

 

 約束を盾に交渉しようにも、金で済ませると言って聞かない。勿論、詫びといって高額をせしめることは可能だが、私にとって金銭はなんの意味もなさない。こちらの狙いは見透かされているようだ。この様子では仕方ない、一度出直し、手口を変えよう。

 

「分かりました。ではアーチー家のご令嬢に協力した分を頂戴しとうございます」

 

===

 

 二万金貨に相当する金貨や白金貨、八割は軽くて換金しやすい宝石の形で頂いた。かなりの負担になるはずだが、私を追い出すには安いからか遠慮なく支払われた。

 しかし私は貴族に、もといアーチー家に取り入ることを諦めていない。帰りの船上での様々な用意、予備がここで役に立つ。追い出されるように館を出た後、私は“センディング(送信)”のスクロールを起動し、魔法の短い伝言でイトコ嬢に約束が果たされなかった旨、誓いの遂行を求む旨を伝える。この呪文は同じく短い返信も伝えられるのだが、返信が帰る様子はなかったのでアーチー領の街宿で数日待つことにした。

 二日して、イトコ嬢から使いのメイドが来る。お嬢の権力では相変わらず館には入れてもらえないようだが、それでもお嬢様御用の魔法使いとして名義を借りることが認められた。目論見は完全に果たされなかったが、早速 その名を使って工房を購入し、より彼女に取り入る準備をした。

 

 工房を買ってから早速二週間半を費やし、私は一つの小さな絨毯(じゅうたん)を製作し、イトコ嬢に献上した。世にも名高い、「カーペット・オヴ・フライング(空飛ぶ魔法の絨毯)」である。目に見えて分かりやすいだけにお嬢様以外にも受けがよく、アーチー家の親族が工房を訪れるようになった。しかし全員の注文を同時に受けることは難しい、なにせ魔法使いの手が足りないからと伝えて、遠回しに弟子を催促した。親族たちは当主ほど鋭い目を持ってなかったので、彼ら自身の利益のために心地よく人を貸してくれた。

 私はその中から魔法を使うに相応しい才能を持つ――具体的には知力や魅力(カリスマ)の高い――人物を見極め、注文されたアイテム作成をホムンクルスに代行させながら彼らの育成に取り掛かった。

 魔法は才能や感性が七割、残る三割を努力と経験と勉強で身につけるもの。初歩中の初歩の呪文でさえ会得するまでに弟子は一年以上かかるのが普通で、私でもその過程を省略させることはできなかったが、あの夢の中で得たデータとしての知識、それから私自身の弟子時代の経験と重ね合わせて、魔法を扱うことに必要な課題だけを抽出。“シュア・タレンツ(技能共有)”呪文やその他魔法を付与する呪文によって先に魔法を扱う感覚を体験させ、その経験を元に各自が学習して魔法の才能を引っ張り出させる。最初は訓練や私の見た目に不平不満を述べる彼らだったが、黙って経験を積ませるうちに未知なる魔法の感覚に感動し、励むようになった。

 一ヶ月後、付け焼き刃ながら初歩の魔法を扱えるようになった四人の1レベル・ウィザード(魔術師)見習いたちが誕生した。魔法の会得に浮かれる彼らだが、なりたての彼らに魂のパワー(=経験点)を込める必要のある注文品のアイテム作成はまだ任せられない。というよりそもそも巻物以外の魔法のアイテム作成技術(特技)を身につけられるレベルではない。

 そうと分かっていても納得しないのが浮かれる彼ら、なのでふんだんに金を費やして素材だけを数揃え、実際に自力で作成させてみて、失敗する経験を与えて理解させた。その後に、彼らにも可能な「アイテムに呪文を提供する段階」を経験させて二つ目の品を作成した。一般的な材料を用いた建築物に限るが完成形を想像しながら演奏するだけで三日分の建築作業を三十分で完了する魔法の竪琴、「ライア・オヴ・ビルディング(建造物の竪琴)」もまた目に見える形で魔法が効果を表し、実用性もあるデモンストレーションにもってこいのアイテムだ。これに加えて、見習いウィザードたちを親族たちに返し、各々の下で更なる訓練と魔法の普及に務めさせる。親族たちがより私に親しくなり、時に彼らの館の晩餐にも招待され、当主の意向を無視した勧誘を受けるようになった。しかし私が貴族に取り入るのは目的ではなく、人を使うための手段だ。彼らを通して人がもらえるのなら立場や名誉に固執する意味はない。私はその申し入れを丁重にお断りし、その詫びにまた新たに弟子を取ることを約束しながら、本命のお願いを申し入れる。

 彼らは心地よく協力してくれ、結果、私の要望にあった幼い一人の女の子を工房に迎える。その子の名はコッペリア、偶然にも私のようにギルドに誘拐され、奴隷として娼館に売られたかつての私のような境遇の幼い少女だ。

 二回目の弟子を育てる合間に、私は彼女コッペリアに別の訓練を施していく。彼ら弟子と違うのは、魔術の扱いよりも知覚と知識に重点を置いた訓練内容で、そしてその成果に対しご馳走を用意して優しくして―――いわば餌付けによって私への忠誠を高めたこと。すなわち、私は彼女を私に忠実な腹心に仕立て上げるのだ。

 アイテム製作の合間に弟子と少女、二者にそれぞれの訓練を与え続けて、一ヶ月後に第二のウィザード見習いたちが誕生し、彼らの元へ送り返した。

 更に一ヶ月かけて、コッペリアは1レベル・ローグ(技術屋)になった。単純戦力では魔法抜きの私に劣る彼女だが、私を姉や家族のように慕う彼女はどうしても生じる睡眠時など私の隙を補うのに欠かせない信頼できる人材だ。ウィザード見習いたちと同じくノウハウを後回しにした促成栽培なので実戦経験はないし機転も利かない信用出来ないから、いずれまたあの船旅のように危険な戦いを伴う冒険に連れていって、経験を積ませたいと思っている。

 

 なお、コッペリアを通じて他人に対するチートを試したが、自分自身や手持ちのアイテムのように数値(特に経験点)を操作することは出来なかった。おそらく私自身は当然ながら、手持ちのアイテムは私のキャラクターシートにも書かれるものなので直接操作できる、しかし他人やその持ち物は私のシートに載ることがない関係だと思われる。私はあの邪悪な檻の夢の中で不愉快な気持ちを抑えて書籍を漁り、今も彼女を成長させられる手段を探している。

 

 アーチー領に来て半年、最初にアイテムを献上してからしばらく会う暇がなかったイトコお嬢様が工房にやって来て、寂しさを口にする。自分と母が引き上げた人物なのに親族たちが使っていることへの嫉妬も漏らし、今度プライベートの付き合いをしたいと申し出る。半ば用済みとはいえ今も使っている名義は彼女のものなので断ると関係にヒビが入る、そう考えた私は承ろうとするが、ここで忠誠を優先して制御を後回しに教育したコッペリアがイトコ嬢へ怒りを口にして食いかかった。これは不味いと止めるも遅く、イトコ嬢は泣きそうな顔をして工房を出ていってしまう。

 飴ばかり与えた従者の躾を後回しにしたツケが来たと反省。コッペリアに体罰を与えながら私はイトコ嬢への詫びを考える。

 アーチー家の親族たちと多くの繋がりが出来ても、未だ当主より本家に足を踏み入れる許しは出ていない私は直接謝罪を入れることが出来ない。手紙などを通じて間接的に連絡するしか無いだろうが、当然私名義で手紙を出しても当主の指示で彼女に届く前に焼き捨てられかねない。

 借りを作ることになるが仕方ないと、私はアーチー家親族を通してイトコ嬢へお詫びの手紙を送り、一方で金で場所を借りてコッペリア調教のためにも用いた“ヒーローズ・フィースト(英雄の饗宴)”で支度を行う。この呪文は毒や恐怖に対する耐性も与えられ、更に脳に染みる味わいを持ち、優れたクレリック(神官)かバード(詩人)にしか使えないため王侯貴族以上しか食べられないとされる高位呪文のご馳走だ。実際はたった呪文やアイテム一つから生まれるご馳走だが、十分な(もてな)しを用意していることも手紙に記し、親族から手渡したことを確認とってその日を待った。

 当日、イトコお嬢はビクビクとした様子でやってきた。私に対する申し訳無さ……もあったのだろうが、最もな理由はそれでない。私を館から追い出したアーチー本家当主が同伴していた。

 

 



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005 金髪の娘

短いけど連続投稿


「まさか当主様が来られるとは思わず、十分な歓待を用意出来ておりませんでした。申し訳ありません」

「この半年で、アーチー領には10人の魔術師が生まれた。その全てを育てたのが貴方だと聞く。

 魔術師が生まれたことで、我が領土を脅かす魔術に対抗する多くの知恵を得た、まずはそのことに感謝を」

「お褒めの言葉、ありがたくお受取りします」

「そして同時に、貴方が不可解な存在であると知った。海を挟んだリーフス・バレーに突如現れた貴方は邪悪な死霊術師などと呼ばれていたが、それ以前の足取りは知れない。

 しかし隣町の****領のある騎士の館にはかつて奴隷がいて、その容貌が非常に貴方と似ていると情報があった」

「奴隷……?確かに私の出は貴族に比べれば卑しい血を引く身ではありますが、流石に奴隷などといった身にやつしたことはございません」

「その騎士はおよそ一年前、決闘で魔法の不正を犯し、捕縛された。それ以前の決闘にも不自然な疑いがあり、当街の領主が調査したところその奴隷が魔術師で不正に関与していたという事実が判明した。もっともその奴隷は不正が発覚した決闘の当日に見張りの目を騙し、館を脱走したそうだが」

「魔法なら、呪いなり心術なり目に見えぬ不正は簡単ですからね。しかし殆どの魔法は分かっていれば対策も簡単、なんと愚かしい」

「ところでその奴隷だが、元は我が領に隣接する街の悪党のギルドが身代金を得るために誘拐した魔術師の弟子だった。それが弟子になる前はある商人の丁稚で、悪魔と取引して金を稼ぐ悪魔の子などとも呼ばれていた」

 

 アーチー本家当主は、半年をかけて集めた情報を私に投げかけて怒涛の詮索を。しかしかつてと異なり、口先の戦いに備えて“グリブネス(巧言)”“ヒロイズム(勇壮)”といった交渉力を高める呪文を用意した私は全く表情に動揺を見せずに発言を捌いてゆく。

 

「そしてその子はもともと太陽神の神殿に預けられた孤児で、預けた人物はある農村の村長。息子夫婦の間に生まれた子どもが黒髪の夫、栗毛の妻のどちらでもない金髪を引き継いだことで不吉として遠ざけた子らしいが、丁度同時期に体調不良で勤め先から故郷に帰った金髪の元侍女が夫の知れない栗毛の子を産んだ話があった」

「それで、この話と私に何か関係があるのですか。まさかその子どもとやらが私であると?」

 

 勿論、当主が私について調べたこの情報を私に言ったところで、しらばっくれれば意味はない。そもそも私が幼少時のことを正確に覚えているとは普通思わない。

 これはジャブのようなもの。動揺するにせよしないにせよ、会話にテンポを生じさせた後に本命をぶつけ、その動揺を見るという交渉術だ。

 

「ああ、まだ続きがある。それで、その侍女が子どもを生んだ知らせが勤め先の家に届いて、驚いた人物がいる。

 それが私の末弟、アーチー家の三男だ。彼は侍女の見た目に引かれて一度だけ手を出しており、村長からの手紙で侍女が子どもを生んだと聞いて驚き、慌てて我が子を抱きにいった。

 しかし弟は子どもを見た途端、不審に思った。我が家は赤毛の家系、手を出した侍女もその父も代々金髪で、栗毛の血を引く要素がない。

 不審に思った弟は村長を問い詰めることで、村長は息子の子どもと侍女の子どもを取り替えたことを白状した。

 何が言いたいか分かるかね?つまり貴方……いいや君は、我がアーチー家の血を引く可能性がある」

 

 ギルドに頼んで、奴隷だった時の情報の口封じを頼んでいたはずなのに情報を突き止めたか、見事なものだと私は顔に出さず関心する。

 伯父が来たことで今まで黙るしかなかったイトコ嬢が、これを聞いてハッと息を呑む。そして私に期待と家族愛の混じった目線を向けてきて、騙していることに心がほんの少しだけ痛む。

 

「それは光栄です。しかし、私はそんなど偉い出自でなく、元は農村の魔女(ウィッチ)の娘。

 小さな野心を持って街に出はしましたが、そんな大それた身を偽るほどの野望ではございません」

「別に、血を引いているいないの真偽は問わない。というのも弟は、血を分けた我が子の行き先が知れず、それから落ち込んで心を病んでしまった。

 その侍女を館に戻したり、新しい妻をあてがうことを提案しても拒否し、ただ子どもの顔が見たいと言って話を聞かない。

 だから弟を元気づけるために、弟の子どもを連れ帰ると私は約束した。たとえそれが、本当に弟の子でないとしてもね」

 

「なるほど。それが約十年前の話というならば、金髪の私がその子どもと偽り、弟さんを喜ばせることができそうですね。

 しかし私に受けるメリットがありません。私は現状で満足しています」

「そうか。ところで君がこの領地で支払っている金貨だけど、これらは全て魔法で生んだ……複製したものだろう。

 君が使った金貨の殆どに、傷や形状の共通点を多く発見した。我が領ではアーチー本家の許しなく貨幣を密造することを禁じている。

 このままだと私は妹や姪が恩を感じている貴方を捕らえなければならない」

「なんと……それは困った」

 

 本当に困った。いくら呪文で態度を取り繕っていても、返す言葉がない言葉には本当に困り果てるしかない。

 実際、私は数枚の金貨を元に、その数を増やしてるので、形状や傷はそのとおり同じものが増えるだろう。しかし鉱物の含有量などもそのままなので偽造でしょっぴかれることはないと思っていたが、アーチー当主はそこも厳しくチェックしたらしい。

 

「しかし……君が私の弟の娘、つまり姪であるとしたら、厳しく罰することはできない。弟が更なる悲しみに包まれるだろう。

 それにアーチー本家の血を引く人間が造った貨幣は、それこそアーチー本家の作った貨幣であり密造とは言えない。

 さて、私は君に二択を持ちかける。私の話を断って密造で裁かれるか、それともアーチー本家の子となるか、ここで選びなさい」

 

 困った私に、当主は司法取引を持ちかけてきた。金貨という証拠が抑えられている上に、現代と違ってこの地で罪人を裁くのは目の前の当主である以上、無罪の証明は無理だ。彼がいう選択肢とは別に“テレポート”呪文で逃げる手もあったが、既に工房と共にコッペリアが抑えられている可能性があり、せっかく手に入れた彼女を手放さなければならないのは惜しい。

 

「仕方ありません、その話をお受けしましょう。私は弟御、いえ三男の父上と、手を付けた侍女の間に生まれた金髪の女の子です。

 ですがそれは弟御を喜ばせるために飲んだ話で、私が奔放な魔法使いであることは変えません。貴族の誇りや矜持、義務を押し付けられても断らせていただきます」

「それは仕方ないだろう。しかし最低限、アーチー家の名を意図して汚さないことだけは誓いなさい」

「……分かりました、飲みましょうオジウエ」

 

 真顔で語っていたアーチー本家当主、もといオジウエ(叔父上)の口元が緩み、まさに家族に向けるような柔らかい微笑みを私に向ける。

 私は嘘を嘘で上塗りしていることに少しだけ気まずくて視線をそらした。イトコ嬢が何か言いたそうだけど口をこらえている姿を見た。……まだ、何かあるのか?

 

「そうか。アーチー家への帰還、歓迎しよう。しかし二つだけ言わないといけないことがある、許してくれ」

「はい、オジウエ、何でしょう?」

「それだ。私は今の話に一つだけ嘘を混ぜていた。

 

 私に弟はいない。今語った弟とは全て、私自身のことだ。だから父上と呼ぶように。

 それからもう一つ、君の顔はお母さんと非常によく似ている。見間違うわけがない」

 

 

 



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006 母

 

 お手つきで知らぬうちに生まれ、謀略で生き別れて行方不明になっていた当主の次女。しかし念入りな調査の末にその娘を発見し、連れ帰った……と、その娘を偽っている(ことを偽っている)私がアーチー本家で家族に紹介、お披露目される。もっとも上手いこと騙されたと私は不貞腐れてたので、その愛想の悪さから叔母上と従姉以外の家族や、多くの使用人から可愛らしくないと不評を受けた。

 一方で逆に私を知る叔母上とその娘のリッカ嬢、もといリッカ姉上からは可愛い従妹や姪として可愛がられる。また古参の使用人には私の母を知る者が、私を見て間違いなく母の娘だと断定したことが家中に広まった。勿論、呼びたくもないけど“父上”は私を娘として認めているので、私が娘にされたと知ってても口にするものはおらず、アーチー本家で私が娘というのは既成事実になった。

 

 娘になってから更に半年、十二歳になった頃。

 父の命令で工房の中身はアーチー家本館に移され、魔法のアイテム作成は本格的に貴族相手の商売だけになる。ただし以前と異なり、代金よりも利権など形を持たない形で支払われることが増えた。特にアイテム作成のための素材採取許可などを得て、本家の人や冒険者をよこして取ってきてもらうことが可能になり、向こうは貨幣を支払わず、こちらは材料を調達できてお互いに得した形だ。活動の手間が楽になった反面、規模が広がり始め次第に私一人では注文への対応が間に合わなくなったので、やむを得ず12レベルに上がり、“シミュレイクラム(似姿)”の呪文により作り出した、半分のレベルを持つ私の分身に簡単な注文の半分を任せる一方で、重要なアイテム製作については複製した“グレーター・テレポート(上位・長距離移動)”呪文のスクロールで館に一日一度戻り、作成代行のホムンクルスに必要な呪文のパワーを宿して完全に任せている。

 そうして空いた余裕を利用して、コッペリアの特訓にも取り掛かった。彼女、コッペリアは娼婦ないし奴隷の身のため、そのまま館に連れて行くわけにいかなかったので叔母上から人を借りて私の女中として教育した。甘やかされていた生活から一転して厳しい教育を受けさせられたため、反発しつつあった彼女をどう再び手懐けるか手を焼いたが、一か八か魔法で交渉力を強化した私が耳元で囁きながら“チャーム・パースン(人間魅了)”呪文をかけ、私に対する貢献を至福だと錯覚させることで再び彼女は私を最上位として疑わない従者となった。魅了の持続が切れても様子が変わらないことに安心して、彼女を魔法やアイテムで武装し、野外に連れて行って単身でゴブリンや(ウルフ)等野生のクリーチャーらに不意を打つ経験を積ませた。大半は失敗したものの、実地での試行錯誤が何よりの経験値となり、コッペリアは2レベル・ローグになった。私同様に非術者でも魔法のアイテムを使用する技術は習熟中で成功率は低いものの、運動能力、知覚力に関しては所詮 人並の私を超えて、警護に信用を託せるレベルにはなった。

 特訓を終えて館に戻ると、新たな私への客が訪れていた。離れた街の貴族の使いで、親戚経由で魔法のアイテムの評判を聞きつけたとのこと。注文されたアイテムの相場を元に、家令と相談して要求する代金あるいは利権を定めた。どちらも高額だと渋られ、交渉の末 六割を代金、四割を利権で支払ってもらった。

 交渉を終えて素材調達と製作の支度を済ませたが、暇が出来たとみるやすかさず姉上から外出に誘われる。不服ながら護衛にコッペリアを連れて街に出て、着せ替え人形のごとく遊ばれる。見た目は幻術呪文で幾らでもごまかせるし、頭飾り(サークレット)外套(クローク)は効果目当てで着けているアクセサリなので勘弁してほしい。翌日、お礼参りに姉上を訪れ、“ディセプティヴ・ファサード(外見の欺き)”呪文を強制にかけて下着姿にすると、幻だというのにマジ泣きした。更にそれが叔母上の耳に入り、こっぴどく説教される。露出はやりすぎた、ボンデージ姿にすべきだったか。

 

 また一年が経った。十三になったが、近頃 領地の雰囲気がよろしくない。

 というのも武装の整った山賊が頻出するようになり、農村や近隣をゆく商人がたびたび襲われている。

 父上や兄、伯父が兵を集めて討伐に向かっているが、たかが山賊相手に戦力損耗の激しい戦いが続く。私は親族の元からかつて魔術を教えた弟子を数人徴発し、“シンティレイティング・スフィアー(きらめく電撃球)”のワンドを握らせて父上らの軍に同行させた。

 野戦において決定打となる範囲砲撃呪文の火力を得たことで快勝が続き、情勢の悪化を感じ取った山賊たちがアーチー領から早々に去ったことで街の雰囲気が元の明るさに戻った。しかし犠牲は決して少なくはない、多くの兵が命を落とした他、流れ矢を受けて魔術の弟子の二人が命を落とした。

 徴発した親族たちへの詫びも合わせて、久々に三度目の弟子を取ることにしたが、貴族であり騎士である伯父上から軍に魔法を組み込む提案を受けた。クラス・レベルを持たない相手をウィザード(魔術師)にするのと、既にファイター(戦士)である相手をウィザードにするのは後者が圧倒的に努力が必要になるのだが、一先ず試しということで士官から魔術の才能がありそうな人と、新兵からそれぞれ十名ほど採用し、それと別に親族から派遣された人員五名をあわせた二十名余りに例によって魔法を直接体験させる形で教え込んだ。結果、新兵たちと派遣組は早一ヶ月で全員身につけたが、士官からはたった二人しか魔法を身につけた者が現れなかった。原因は戦士としてのトレーニングも並行して行っていたため、新たな技術に身を入れる余裕がなく身につかなかった―――つまり従来のクラスレベルを完全に会得しきれていない、要するに経験値不足が形になって現れたという話だ。結果について伯父上と相談したが、魔術戦士(エルドリッチ・ナイト)訓練案は保留になり、今は従軍ウィザードだけを増やすことで結論づいた。

 いずれ外部からきちんとしたウィザードを招致し、教本作成に協力してもらうことを伯父上に頼みながら今は私の我流による促成栽培で多数の従軍ウィザードを作った。十四歳になる頃には、我が領に五十人ものウィザードが生まれ、中でも最も優れた者は私の手を離れて“ファイアーボール”を撃てるようになった。今や似非(エセ)ウィザードの私よりも秘術に限れば詳しい彼の主導の下で教本を完成し、軍における私の役目は終了した。

 かと思いきやその翌日、教本が失われる事件が発生。“ロケート・オブジェクト(物体定位)”呪文によって失われた教本の在り処を捜索すると、軍に紛れ込んでいた他領のスパイが盗んでいたことが判明。即刻 処罰すると共に伯父上が軍内の取り締まりを強化した。あと、新たに魔術によるアンチ・スパイを考えるよう頼まれた。一連の成果で、伯父上からの信用を得て、有事の際に軍を動かす権限を与えられた。

 

 同時期にリッカ姉上の留学―――この世界に学校があることにまず驚いたが―――を検討していることを父上より聞く。行き先は、マリランス領よりも先の西海(ノース・シー)を渡った西にあるセーアン帝国のドナヴ学園。セアン帝国は国の発足からブロンズ・ドラゴンと密接に関わる島国で、アーチー領が属するピュロヌス王国と彼の帝国はお互い攻めにくい地理的都合から友好関係が長く、竜の知識や古い歴史と引き換えに、向こうにはない大陸の作物や物資を輸出する関係にある。海に面するリーフス・バレーでも北の竜の島のことは話になるが、危険な外海を渡る商船は滅多にいないために具体的な話を聞いたことはなかった。

 父上がこの話を提案したのには理由がある。姉上は元々マリランス家へ嫁いだ娘である、叔母上が連れ戻したものの対外的にお手付きの女だと見なされるため、このさき良い条件で嫁げることはないだろう。しかしそれは社交界を通じて話が広まる王国内での話、外国ならば過去の話は広まりにくく、何より政治より美貌や性格で選ばれる、現代でいう恋愛婚が生じることも多い。運が良ければ帝国と関係を結ぶことも出来るし、少なくとも国内で活動するより目があると考えて私に話したという。

 姉上が実家を離れることを少しだけ寂しく思うも、当初親しくした目的である彼女の権威は、私自身がアーチー家の娘となったためにもはや必要ない。そもそも貴族の子の将来が親に決められるのは普通のこと、(本人が納得するかは別として)政治に疎い私に相談する意味はないのでは?と疑問で返すと、父上は私のことも姉上とともに留学させる予定であることを告げた。

 生粋の貴族である姉と違い、(生まれはともかく)魔法使いとして育った私は貴族の話など全然詳しくもなければ、男を喜ばす作法など何一つ学んでいやしない。何より今現在手につけているアイテムの注文は沢山あるし、伯父上より任された軍の仕事も残っている。それらアーチー家の利益になる仕事を止めて、能を活かせない貴族の女性になる気はないと強く反対した。

 父上は私の反対に、同じ留学でも姉上と同じ目的のためではないと答える。セアン帝国は竜の国、竜の神秘が伝わり、竜を戦友とする竜騎士が存在するなど王国とは気色の違う社会、軍事、文化が存在する。現在でも私はアーチー領のために役立っているが、もっと時間が経てば背負うものが増え、自由な時間は取れなくなる。父上は、背負うものの軽い今のうちに、聡明である私に王国より広い世界を学ぶ時間を取ることを願った。

 アーチー領を強化する日々を楽しんでいただけに、水を差された気分だが父上の話すことも尤もだ。私は、あの多くの書籍からデータとして様々なことを知ったが、それらデータがこの世界にどのような形で存在するか分からない。私の手が出ない分野、特に秘術魔法とはまた別の神秘を伴う技術の教育は今の私では思いつかないが、それが既にこの世界に存在するのであれば、参考にし、役立てることも可能だ。何より当主である父上が発展より下準備を優先しろと、そう言うのなら私はそれに従うすべきだ。今の私は、彼に使われる存在だから。

 私はこの話を受け、半年後に留学する予定で日程の調整を始めることにした。姉上は後日、そのことを父上から告げられて、まるで旅行か遊びと勘違いして留学を喜んだ。喜びのあまり私のとこへ押しかけて、恋話を始めるほど。

 

===

 

「フラン、伯父様は私たちを学園に連れてってくれるそうよ!」

「姉上、旅行ではありません、留学です。私たちは学園でしっかり、歴史や文化を学ばなければなりません」

「そんなもの、学園の教師が手取り足取り教えてくれるわ。それよりお父様は、私たちにこの留学で恋人を見つけなさいって言ったの。

 フラン、あなたはどんな男性が好き?」

「私は別に、お姉さまと違って帝国と関係を結ぶために訪れるわけではありませんから。しいていえば、今は仕事が最大の恋人です」

「駄目よ、貴族は未来も自領を守るため、子孫に優れた血筋を残さなくてはならないんだから。フラン、あなたも二十になる前にお相手を見つけなきゃ。例えば、竜騎士なんてどうかしら?帝国には竜と生涯の誓いを交わして―――」

 

 貴族の娘にはなっても、貴族であるつもりのない私にとって、夫や子どもを取ったり、家のためにどうしようということは考えていない。アーチー家を富ませるのも、あくまで私の力となるからこそ。代わりは利くし、不老の目処もとうに立っているだけに子を残す必要すらない。しかしそんなことを口にするわけにはいかないし、そもそも姉上が求めているのは私がどんな男性と付き合いたいかという回答。本当にそんな男性と付き合う必要はないのだから適当に答えておけばいい。

 

「しいていうなら、強い男性が理想。かつ、私の上位互換であること。

 少なくとも私が子を産み、育てている間に生じる損失を全て埋められる男性ですか。歳はできるだけ若いにこしたことはありませんが」

「まぁ、贅沢な願い。お姉ちゃんは、むしろフランには支え甲斐のある男の子がお似合いと思うわ。

 さる王族の血を引き、悪臣に国を奪われ、獣に転じる呪いをかけられた王子。畜生の身になろうとも誇り高き心を忘れず、野山を駆けて賊を打ち倒し、川を割って溺れ人をすくい上げ、数々の善行を積み上げてついに太陽神の目に―――」

 

 

===

 

 などと姉上には最低限の要求を答えたが、実際 私のチートを他に有す男性などいるまい。ゆえに真に私の互換となることは、少なくともあの邪神が気まぐれで私以外の者に目をつけているのでもない限りは不可能だ。尤もそれを私は調べようがないし、今さら邪魔しようもないし、そもそも私の道行きに現れなければ関係のないこと。藪蛇を突く行為でもあるから現状放置。

 ただ、一つだけ気になることがあったので、私は父上に母の消息を尋ねた。しかし母は既に十年前、私を産んで村長により神殿へと預けられた後に病で亡くなってたそうだ。

 遺品や家は村の者の手によって売却・処分され(村長が取り替え子を企んでいたなど碌でもなかったこともあり)、母の痕跡を残すものは残されてなかったそうだ。遺骸から呪文で情報を探れないかと墓の在り処を聞くと、村の共同墓地に埋められているという。墓参りの習慣はないが、母上への感傷に浸るために訪れたそうだ。私も母上への不孝や慙悔を悔いるフリをし、留学前に墓を見舞いたいと父上にお願いして当時 父上に付き添った騎士に先導してもらい、領内僻地の故郷の村を訪れた。

 

 幼少時以来に訪れた私の生まれ村は相変わらず木造の家が立ち並ぶ、なんとも辺鄙な田舎だ。当時は物理的に見回われなかった村を改めて見ると、田舎にしては人も家も多い方で小さな町と呼んでも過言なかった。

 私は挨拶がてら、母上の話を聞くために、唯一 石材や鉄が混じり丈夫に作られた村長の家を訪ねる。以前の村長は家族ごと例の罪で処罰され、村長は別の人間に代替わりしている。私は村長に母上のことを尋ねて、その村長が母上を知っている人物を呼んで回って、そこから更に親戚づきあいのあった人物の口コミを得て更に呼ぶなど回りくどいことに数日かかったが、なんとか母上を知る老人に出会えた。私は彼らに母上のことを、特に母上の血縁について尋ねた。私が気にしていたのは、私の生まれが母上の血筋によるものでないかということだ。

 しかし彼らの話を聞いていくと、若干違う方向でおかしな話になった。私はこの村を母上の故郷と聞いていたが、母上の両親はこの村に骨を埋めたはずなのだがその両親はどんな人物かというと、全然出てこない。老いで耄碌してるなら分かるが、目の前の老人たちは私も知る母上の見た目や発言に加え、私の覚えてない母上より少し歳が上のお手伝いの話などを作っている風もなく次々に語ることからボケてるようには思えない。しかもそのお手伝いについても、また母上の両親と同じく昔から住み込んでいたはずが、いつからかとなるとさっぱり出てこない(私も母上以外に誰かが住んでいた記憶はあるが、母上がつきっきりの頃に神殿に飛ばされたため、歩き回って他人の顔を見る機会がそもそもなかった)。老人たち同士で記憶をたぐるように過去を振り返った結果、少なくとも母上がこの村で子どもだった頃から両親はいなかったけど綺麗な黒髪がトレードマークのお手伝いがいて、しかも母上の死をきっかけに村を離れるまで思えば年を経て老化した様子も見られない人物であったと聞いて私の疑念は確信に至った。私の特別性は転生者だけでない、生まれにも何かしら悪縁があるのだろう。

 私は新村長に墓参りしたいとお願いし、その場所を教えてもらう。共同墓地に百本は立ち並ぶ簡素な木の杭のうち、ある一本の墓前で私は拝むように手を組み、そして心中で恨みとも感謝とも煮え切らないこの思いを訴えた。用は済んだと、さっぱりした様子で村を立ち去り、その後 館に戻って十数日かけて下準備を整える。準備が整った夜にコッペリアを連れ、“グレーター・テレポート”で再び墓を訪れる。

 私より知覚で優れるコッペリアに周囲の警戒を任せ、私は“サイレンス(消音)”呪文をかけて完全に消音し、“ダークヴィジョン(暗視)”による黒闇の中 殆ど白黒の世界で母の墓を掘り返した。力仕事は任せるべきだとコッペリアの訴えは退けた、なんせ“サイレンス”は私自身に聞こえる音も遮断するから、それだと誰かが近寄ってきた時に気づくことが出来ない。なんとか十分ほどかけて掘り起こしたが、母の骨は見つからない。棺なしに埋められて十年も経った今、土に還った可能性も僅かにあるが、しかし前世で約五十年前の戦争で亡くなった人間の骨が出てきたという話を何度か聞いたことがある。食事も保存料にまみれていなかった時代で、風雨の激しい地域の話だから雨も少ないこの地域、世界においても信憑性はある。だとすれば母の骨は土になったのではなく、誰かに持ち去られた可能性が高い。

 下準備が無駄にならずに済んだと喜ぶべきか、予想が現実になったと悲しむべきか。私は“サイレンス”呪文を中断して、新たなスクロールを取り出して詠唱にかかった。“ヴィジョン(幻視)”の呪文だ。物体や人物や歴史を対象にし、その伝説を映像によって知る呪文であるが、伝説を為すほどの人や物、すなわち高レベルの英雄とかでなければならないなどの条件があり、そうすると何も情報が得られないこともある。しかし私はそのあたりを全く危惧していない。なんせ転生者でチート能力者の私を産んだ母である、例え母や両親や謎のお手伝いが伝説を持たずとも、少なくとも私のレベルは既に英雄の端っこに引っかかっており、伝説に無関係というのはその時点でありえない。私が伝説の主体になって大した情報は得られないようなら、それで良い。しかしそうでないとしたら……。

 

 “ヴィジョン”の呪文はその呪文のレベルの高さ以外にも、別の呪文を高速かつ高度化した上位版でもあるため、術者のレベルに依る技量によって呪文を完全な完成に導く必要がある。術者レベルを既知の呪文で強化(バフ)するのは難しいため、同じスクロールの数を十枚は用意して質より量の構えで挑んだ。“サイレンス”を切った状態で何度もスクロール発動の詠唱を行うため村の墓守りにバレる可能性があったが、なんとか一分かからずに四回目で成功した。

 幻視が完成した刹那、私の眼下へこの墓のいつかの光景が映し出された。

 

 

―――私がやってみせたように、同じく暴かれた母の墓。しかし、底にはまだ多くの人骨が残っていた。

 母の墓の周りを多数のフード付きローブを着て姿を隠した人物が取り囲んでおり、その中の二人が骨を拾って、壺へと収めている。彼らとは別にまた一人が壺へ歩み寄り、懐より小さな頭骸骨を象ったシンボルを取り出して、グッと強く握りしめる。その時、フードが揺れて、一瞬だけ星空に素顔が照らし出された。村の老人たちに聞いたお手伝いの容姿の特徴とそっくりだ、ただし銀髪で、その手、その肌は人間のものでない青白さを持ち、目が赤く爛々と光ってまさに人外であることを除けばだが―――

 

 

 幻視はそこで終わった。私は嘆息し、墓漁りの途中だったことを思い出してコッペリアに穴の片付けを指示する。

 彼女がせっせと穴を戻す間に、私は幻視で見たものを整理する。まず、奴は間違いなく人外だった。青白い肌に赤い目というと何らかのアンデッドを思わせるが、それらの特徴で判別がつくほど私は死霊に詳しくない。しかし奴がローブから取り出したシンボルが“生者を憎む神”と呼ばれる邪神のクレリックが持つ邪印であると気づいた。“ヴィジョン”に引っかかる高レベルのクレリックにしては墓漁りなど、「生者は殺せ」という教義から外れた穏健な行動にも感じられるが、何にせよ強力な神官には違いない。

 奴らを倒すだけなら不意打ちが可能だが、情報を聞き出すには問答無用で倒すことはできない。アンデッドは眠りも気絶もしないし、精神干渉呪文が効かないため無力化が極めて難しい。真正面から問い質す必要があるが、そうなると取り巻きに抑えられている間に高位呪文で私が殺される可能性もある。急所のないアンデッド相手にローグのコッペリアは相性悪く、そもそも実力が足りない。奴らの握る情報が私の出生、すなわち弱みである可能性を考えると、アーチー家の騎士を連れて行くことはできない。同様の理由で“プレイナー・アライ(来訪者招請)”呪文でまたアルコンや来訪者を呼び出した末に土壇場での契約反故や、後々 脅迫される恐れがあるので出来ない。いまいちレベルも耐久力も低いので主力にはならないが、“シミュレイクラム”で分身を作って攻め込むのがベターな選択肢だろうか。しかし奴らの調査を含めて留学までにかけられる時間を考えるともう一人、二人分の装備を整える時間があるかどうか……。

 

 ……いや、今の私は貴族の端くれ。以前の私には使えない手段が取れる。金もある。あとは時間と情報だが、アイテム作成に必要な時間に比べればずっと短くて済むだろう。

 

 穴を埋め戻したコッペリアに労いの言葉をかけて、この先 任せる予定の仕事を一つ告げる。

 やったこともない立ち回りの仕事を告げられて、失敗する不安や戸惑いを隠せない彼女だが、彼女が未熟なのは私も承知。必須で重要な仕事ではないことを伝え、成功に“ご褒美”を約束すると彼女はがんばりますと奮起した様子を見せる。

 

 準備の一端はこの子に任せたが、対象と接触に関しては任せられない。責任は自己に帰結する、格上相手の戦いを想定して念入りに整えねばならないだろう……。

 

 

 



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007 死神教団

 

===

 

 なんかの物音で目が覚めた。頭が痛ぇ、鼻も効かねえ、耳鳴りもする。身体が寒いと下半身を見やれば、毛布だったボロ布を蹴落としてたことに気づく。そもそも見ねえ部屋だが ここはどこだ。

 

「おいアンドリュー、お前らにご指名の依頼だ。へんてこな依頼人だが金っ払いは良い話だ。やる気があんなら下へ来て、ツケを払いな」

「うるせえよマスター、じきに行く。頭が痛えんだ、迎え酒用意してろ。金は後で出す」

 

 思い出した。俺はアンドレ。腕っぷしでモンスターをシバき倒して財宝を取っ払う稼業を続けて二年のファイター(戦士)だ。ローグのブルソンとは同郷のツレで同じだけの付き合いがある。最近、この街で太陽神クレリックのデリックと、見た目は良くても口が最悪のクレアもとい毒女と会って、四人組(パーティ)を作った。先日はコボルド(とかげ人)ごとちびドラゴンをぶっ殺して持ちきれない財宝を手にしたが、デリックのやつが人の金を勝手に使いやがって俺の分け前がなくなった。くそっ、何が「より良き冒険のための投資にはこの武器がよろしい」だ、誰も喜んで切った張ったしてんじゃねえよバカ。酒と女なしで何が男だチンコなし。

 

 節々の痛みを抑えて、キョロキョロと見やり ブルソンのうるさいいびきから逃げた個室だったことも思い出す。ひりつく寒さにたまらず毛布を外套代わりに、部屋を出て階段を下り、カップ片手に待ってる野郎と毒女どものつくテーブルに合流する。空いてる席に俺のカップがない。見ればブルソンの野郎が二つ持ってやがる。やつは俺にニヤリと笑ってこう言いやがった。

 

「センキュー、アンドリュー。マスターに言って酒をおごってくれるなんてお前はホントに優しいやつだ」

「てめえ、ふざけんじゃねえ。それは俺の酒だ、返せ」

「アンドレ、ふざけてるのは貴方です。我々を頼る依頼人を三十分も待たせているのですよ」

「あんたのせいで依頼金が減ったらそれだけ取り分減らすわよ。ただでさえあんたに必要な装備は金かかるってのに更に減ったら次回も金無しね。ツケ払いされるマスターはかわいそうに、でも全部あんたの自業自得なんだから」

 

 うるさい仲間たちにどういうこったと聞き返そうと、俺は三人のテーブルを見回して、ようやく一人多いことに気づいた。

 頭身が低くてパッと見 気づかなかったが、小さなガキだ。茶髪の女子だが、目が強い悪ガキだ。将来は絶対ろくな女にならねえ、間違いなく毒女の同類だ。

 

「はあ、このガキが依頼人か?ブルソン、てめーの冗談はベッドの上で女に吐いとけ」

「冗談じゃねえよ。いいから話聞いてみろって、美味しい話だぜ。色々とな」

 

 真っ先にブルソンが俺を騙すために仕込んだ罠じゃねえかと疑った。いつもどおり漂々した様子だから分からん。舌打ちをして依頼人とほざくガキの話を聞くことにする。だが確かにブルソンの言う通り、美味しい話だった。

 

「私が、あなたたちにお願いしたいことは、この街から南東に百五十キロメートルほど離れた古い砦に住む、墓荒らしの討伐です。報酬は一千金貨で、一ヶ月以内に報告を。敵の人数は二十ほどで、過半数を潰してください。全滅して略奪しても構いません。完了の報告を受けた後にこちらの方で確認したら、報酬をお渡しします」

「墓荒らしが二十だ?そこまで分かってるなら傭兵にでも任せりゃいいじゃねえか。なんで俺たちに頼む」

「それは、リーダーが邪教の魔法使いだからです。同じく魔法使いのいない傭兵には任せられませんでした」

 

 確かに一応、依頼人のようだ。しかしガキは淡々と話してる、どこのお使いか知らねえが見た目通りガキっぽいし、揺さぶってみりゃ金も増えそうだ。

 

「邪教の?墓荒らしじゃねえじゃねえか……魔法使い相手に四人で千じゃ足りねえ、三千はないと話にならんね。当然、前金つきだ。困ってるんならそれくらい出せるだろ?」

「それは……」

「おっとお嬢ちゃんちょっと待ってくれ、今の話無し!おいアンドリューちょっとこっち来い」

 

 俺が威圧してみれば、明らかに顔色を変えた。意外と行けそうだと判断したところにブルソンのやつが邪魔して、卓から引き離してくる。ガキに聞こえないとこまで離れた小声で

 

「なんだよ、仕込みがバレたってんなら早く白状しろよ」

「何言ってんだ。あの子はここ最近 噂になってる貴族のお使いだ。先日から他のパーティに同じ話を当たってて、俺たちは五つ目。

 尾けたやつの話じゃアーチー家の末女の侍女らしい」

「アーチー貴族の末女?最近噂の魔法使いってやつか?やつらには俺らより質も数も優れた騎士軍がいるだろ、どういうことだ。

 もしかして騎士が敗走した相手なのか?」

「いや、そんな話はねえ。墓荒らしの方はまだ誰も知らねえが、昔から死神の邪教団が潜伏してるって話がある。

 ローグ仲間(うちら)は、奴ら、何か恨みを買ったんじゃないかって予想だ」

 

 アーチー家の末女といえば、数年前にアーチー家が養女にした有名な魔法使いだ。魔法とその腕で貴族に取り入って、このあたりを盛り上げたっていう話。貴族さんは大変そうだが、俺ら冒険者にとっちゃ苦労して作ったお高い魔法のアイテムを安くバラ撒く、奇妙でありがたい変人でもある。

 

「まあ分かった。そんで、なんで俺らに話が来たんだ?魔法使い相手ならオカルトスレイヤー(魔術師殺し)の、ハレック向きの話だろ。まさか断ったのか?」

 

「いや、依頼人に断られた。お前みたいに報酬を値上げしたら、速攻で断られた。

 グランとこは奴さんのお家の話を出して揺さぶりかけたら、話が即死した。いったん断られたら、取り付く島もなくなる。

 多分 釣り上げとかお家の話とかタブーをがっちり決められてるんだ、それ以外は子どもだがお前みたいに報酬をふっかけるのはアウトだぜ」

「そうかよ。でも魔法使い相手に前線張るのは俺らだぞ、四人で千なんて安値で受けてらんねえ。お前も分かってんだろ」

「分かってる分かってる。ただな、前例じゃ釣り上げが全く駄目だったわけじゃない。

 断られた連中に聞いたんだが、前金つき二千が大丈夫で、三千だと駄目だった。財布のボーダーは恐らく二千から三千だ」

「二千、三千か……まあ、悪くはないな。だけどガキだろ?お前ならもっと上手いこと引き出してみろよ、人の酒飲んで俺の邪魔したんだからそれくらいやれ」

「へいへい。

 嬢ちゃん悪かった、話を続けたいんだが構わない?」

 

 どうも俺の知らん間に噂になってたガキらしい。知らない俺が下手に口だしても仕方ないので話はブルソンに任せた。この手の交渉はあいつのほうが得意だ、脅しが効かないとなれば俺にゃどうしようもねえ。

 

「はい。受けていただけますか?」

「それだが、魔法使い相手に千金貨ではちと厳しい。前金を増やすか、魔法使い対策の現物でなんとかしてもらうことは出来ないか?

 ほら、例えば嬢ちゃんのその下着だって魔法を防ぐものだろ?」

「ブルソンさん、そのようなはしたない要求を女子にすることは許されませんよ」

「いや違うってデリック、パンツじゃなくて裏に着てるアンダーシャツ(下着)だ。

 そのシャツの柄、レジスタンス(抵抗)の刺繍だろう。それを前金に渡してもらうのは駄目かな?」

「これですか……その、これは駄目です。大事なものでと恥ずかしいです」

「いやいやそれそのまま貰うなんて言わないよ。それと同様のものを四人分用意してもらうことでどうだい?」

「それは……いえ、駄目です。お金でお願いします」

「具体的には幾らまで出せるんだ?」

「五百……五百です。それ以上は駄目です」

「よし分かった。じゃあ前金五百金貨、報酬二千金貨でどうだ?」

「二千ですか……、はい、分かりました。合わせて二千五百でお願いします」

「よし。なら分かった、依頼を受けよう。前金はいつ渡してくれるんだい?」

 

 良し。ブルソンの声と俺の内心が一致した。

 奴が上手いことせしめたので酒の恨みを許してやる。

 

 ブルソンが前金をねだったら、貴族の従者だっていうガキは絹のハンカチみてーのを取り出して、そこに手を突っ込んでジャラジャラと金貨を転がした。毒女はハンカチの方を見てポーなんとか言って驚いてたが、後で聞いたらその布切れが二万金貨はする魔法のアイテムだというから俺も驚いた。まるで豚に真珠だ。それを知ってればもっと強引に行ったんだが、畜生。

 ガキが去った後、俺はマスターにツケの分と宿泊代の金貨を投げつけて、二日酔いが抜けるまで二度寝しに部屋に上がった。毒女とデリックはクソ真面目に依頼の相談をするなど言ってるが、ブルソンと俺は目を合わせてニヤリを笑うだけで何も言わずに無視した。

 前金で五百も貰えるなんて、依頼をすっぽかして評判が落ちてもお釣りが来るね!

 

 

 七日後、俺らは契約不履行だなんだで領主にしょっぴかれた。ブルソンの野郎やっぱりハメやがって、絶対許さねえからな。

 

 

===

 

 

 準備と実行に二ヶ月をかけてクレリックの居場所を突き止めることに成功した私は、敵の強大さに嘆息する他なかった。母の骨を奪っていった死神神官の女性アンデッドは、ネイシャと呼ばれる8呪文レベルを唱える強力なヴァンパイア・クレリックだと判明した。明らかな格上だ。

 ヴァンパイアといえば前世でも有名な弱点の多いとされる化物だが、この世界でも日光で焼かれる、流水を渡れない、家に招かれなければ入れない、十字架や沢山のにんにくに近寄れないなどの弱点を有する。しかしそれらを補ってあまりある高い肉体スペックに超治癒能力、霧化やレベルドレイン、狼やコウモリを呼び寄せる多彩な能力に加え、即死呪文を代表とした強力な呪文を操る高レベル・クレリックと来た。対策は可能だが、そのためのレベル上げが必要となり、またアイテム制作にも時間を取られそれで結局二ヶ月もかかってしまった。

 一方でコッペリアに任せた仕事―――冒険者への依頼といえば、依頼をなんとか届けたものの、彼らの行動にタイミングを合わせるために見張ってみれば全く動く気配はなし。コッペリアと反省会を開き、どうも前金を与えすぎた、表沙汰に出来ないだろうと舐められたことが分かった。失敗と失態で赤恥をかいたコッペリアは復讐しようと盛んになるのを止め、代わりにアーチー家の騎士を派遣してしょっぴいた。

 というか、依頼人のコッペリアを不審に思って尾行した冒険者たちが密告したことで私の企みは割とすぐに父上に伝わっていた。もっとも父上に私の真意までは分からず、貴族が舐められる振る舞いをした(従者にさせた)ことへの注意だけを受ける。父上はその後、邪教団については正式に騎士軍を派遣しようとした。注意は素直に受けるがそちらは見過ごせない。

 私は急遽仕上げを完成させて、現地の旧砦へ急行した。“シミュレイクラム”の分身は以前のものと合わせて三体用意、それぞれがバフを施し数本のワンドおよびダガーを装備させる。レベルも能力も装備も劣り、また本物の私のようにチートも使えない分身たちは大物を相手するには心もとない存在だが、私が戦っている最中に雑魚を払う分には活躍してくれるだろう。

 

 南東の旧砦は昔ここでアーチー家の先祖と別の国が戦争したときに使われた場所で、今はアーチー家の領土となったために必要がなくなった砦だという。撤去する手間を惜しみ、せめて山賊に使われないよう城壁の一部や門を崩したそうだが、それでも邪教団は崩された城壁を“ストーン・ウォール”呪文らしき後付けの石壁で補い、門無き門には多数の人間のスケルトンやゾンビを配置して死者の門を築いていた。城壁付近には低レベルながら信仰魔法を使える邪教の信者たちが詰めており、正面から彼らに挑めばその数の多さに手こずっている間に魔法を打ち込まれ、そのまま押し潰されて死者の仲間入りするだろう。

 しかし、分身を含む私たちは“イセリアルネス(エーテル化)”呪文により、エーテル界を通って侵入した。エーテル界は我々が普段いる物質界と併存し、一般にゴースト(幽霊)の世界と言われるほど僅かな霧が立ち込めるだけで何もない別世界である。エーテル界側から物質界を見ることは出来ても、物質界からエーテル界を肉眼で捉えることは出来ず、例え見えたとしても力場による攻撃や、幽体に効くような特殊な能力、あるいは魔法を施した武器だけがエーテル界の住人たちに効果を及ぼす。

 そのためエーテル界を通る私たちに城壁という物質界の障害は意味をなさず、多数の肉のあるアンデッドや信者たちは気づくことなく素通しした。そうして砦の本拠地に差し掛かろうとしたところで、霧の向こうから別の住人が姿を現す。三体のゴーストが、砦の本丸を守っていた。これも事前の調査で分かっていた存在だ。

 当然、同じエーテル界の住人であるゴーストは私たちの姿を視認することができる。スケルトンらと違って知性を残し、また半ば物質界の住人でもある彼らを介して直に信者たちに襲来が伝わるだろう。だがここまで来たら後は首魁のところへすぐだ。

 分身たちにゴーストの相手を任せ、飛び交う熱線を背に私は砦の地下牢へと壁や床を突っ切って文字通り直行する。あのゴーストたちを支配していたマスターのヴァンパイアには、その魔法的繋がりによって異変が即座に伝わる。昼間であったことから寝台の上で精神的休息を挟んでいた彼女の体がむくりと起き上がるところに、すかさず私は“ディメンショナル・アンカー(次元の錨)”呪文を打ち込み、魔法的逃亡を阻止する。

 この呪文自体にダメージや(目に見える)悪影響はないものの、不意に魔法を受けたことで即座に敵の危機感が高まった。跳ね上がるように飛び上がったヴァンパイア・クレリック、ネイシャは私を見て驚きを口にする。

 

「なぜ生きて……?いや、違う、あいつではない。そうか、お前はあの娘だな」

 

 私を母と誤解したか。父上が言ったように、私の見た目はかなり母親似であるらしい。しかし身長なり雰囲気は違うもので、ネイシャは即座に私を娘と見破った。

 

「ご存知のようで。私は覚えていませんが、約十年ぶりだそうですねネイシャさん。

 亡くなった母を知る者を探して、まさかこんなところで邪教の神官、しかもヴァンパイアが最も母をよく知る人物であるとは思いませんでした」

「やはり娘か。関わった覚えはなかったが、私をどこで知った」

 

 ドオンと、天上の向こうから“ファイアーボール”の爆音が響く。分身たちは早々にゴーストを始末し、信者やアンデッドたちと交戦し始めたようだ。

 対するネイシャもそれに気づいており、私から目を離さずにちらりと天上に目をやる。

 

「無論、魔法で。母を知る人物を追い、墓を訪ね、なくなった骨を浚った人物があなたであると居場所を突き止めたのまで全て魔法によるものです」

「その歳でその数の魔法を使いこなすか……変質した才が、遺伝したのか」

「母には魔法の才があったのですか?」

「さてな。しかし母を知りたいと言ったな、答えてやろう。

 あいつは魔法使いではなかった。しかし、魔法よりも奇天烈な幸運に守られている、天の才を持っていた。

 針穴を通るように危機を凌ぎ、神が定めた死すらも遠ざける才。私は死神様のご命令により生前のやつを殺そうとして、その幸運の守りに阻まれ殺しきれなかったことで、私は神に失望されて一度信者として見放された。

 十年前、ようやく 自然死したやつの骨に触れることが出来、その死を神に捧げたことで私は信者として許されたのだ」

 

 ネイシャは私の方を見ながら ゆっくりと横に歩きつつ、私の問いかけに対して答えてくれた。

 

「それはなんともまあ。幸運ですか、二十面の賽子で常に二十を出すようなものですかね」

「なんのことだ?」

「分かりませんか。別に貴方が分からなくてもいいんですよ。

 私の存在が母譲りの血筋であると分かり、安心……していいものか分かりませんが、そういう血であると分かって良かったです」

「そうか。良い死の土産になったろう、安心して殺され、神の御下で行け。

 私はかつてお前の母を殺しそこねたことで神に見放され、その骨を捧げることで許された。

 お前のような者たちが何人も現れるのであれば、私は過去を雪辱するためにお前らの血筋全てを殺し尽くすことを神に誓う」

 

 私はネイシャがゆっくりと歩いて、寝台の横の壁にかかっていたサイス(大鎌)を手に取ることを邪魔しなかった。邪魔をして質問に答えてくれなかったら困るのが一番の理由だったが、仮に邪魔しなかったところで逃げでもしなければ問題ないというのが二番目。三番はもし逃げられたとしても今は昼なので外には出られないし、つい先ほど打ち込んだ呪文が呪文による遠距離移動を防ぐものだから、もうここから逃げる先が残ってないという話。

 

「死を撒き散らす、邪悪な死神の信者にしては親切でしたね。

 私は母が持っていたというような幸運の死への守りなんてものありませんから、安心して殺しに来るといいですよ」

「余裕だな。しかし、私とお前には決定的な格の差があるのだ。

 それを思い知らせてやろう、死後に後悔しろ、“ワード・オヴ・ケイオス”!!」

 

 ネイシャは真っ先に、“ワード・オヴ・ケイオス(混沌の咒)”呪文の音波を放った。特定の属性でない術者よりも力量が下の者に、抵抗ほぼ不可で行動不能や弱体化、レベル差によっては即死をも もたらす強烈な高レベル・クレリック最凶の実質即死・弱体化呪文である。

 判断力が高いクレリックは相手の力量を測ることが出来るため、ネイシャは私を格下であると見て それを放ったのだろうが……私はそれに一切怯むことはなかった。

 

「なにっ」

「決定的な差でしたか。上にいるのは果たしてどちらでしょうか」

 

 確かにその呪文自体に対してステータスによる抵抗力は意味をなさず、レベルが格下の私には確実に有効だ。ただしそれを防ぐ三つのうちの一つ、呪文全般に対する呪文抵抗の特殊能力を取っていなければだが。

“グレーター・スペル・イミュニティ(上級呪文完全耐性)”呪文により、私は“ディクタム”等、それら最も危険な呪文四種類を指定してあらかじめ耐性を得ていた。これは本来、ネイシャと同レベルの魔法使いが使える高レベル呪文なので、格下で使えないはずの私が対策しているとは想像もしていなかっただろう。

 レベルで劣る私が、戦いが始まってから相手に対応するなんて下策は取れない。とっくに私の戦いは始まって、もう既に終わっているのだ。

 

「くっ、呪文による防御か……ならばそれを剥ぎ取って、死を与えてやる」

「先手を譲ったのは、回答のお礼。もう譲る理由はありませんね」

 

 先手必勝を失敗したネイシャが次に取った行動は、私にかかっている呪文の解呪(ディスペル)。防御呪文を強制的に解いてから、攻撃呪文を打ち込むのは対術者戦の基本だがネイシャは私を格下と見てそれを怠った。その一手差が戦闘では致命的となる。

 

「“グレーター・ディスペ”、るぅぅぅ!」

 

 腰元から魔法のダガーを抜き取って、その羽のような軽さでネイシャの喉元に突き刺す。彼女が身に纏うミスラル製のブレストプレートと、ヴァンパイアが持つ銀製以外の武器への耐性がダガーを食い止めるが、それは進攻を僅かに鈍らせただけで苦せず首の半分を切断した。しかしヴァンパイアは死した肉体を持つアンデッド、急所が意味をなさぬため身体が千切れぬ限りは死滅しない。そして高レベルの熟練した詠唱術は、大きなダメージを受けたにも関わらず見事呪文を完成させて私に宿る呪文の幾つかを剥ぎ取った。

 私は冷めた表情をしながら彼女を褒める。

 

「ああ、今ので防御呪文が剥げてしまいました。やはり術者相手は怖いですね」

「今度こそ貴様の死だ、“ディクタム”!」

「それ効きませんよ。殴ってきた方がマシでした」

 

 混沌(ケイオス)の“ワード・オヴ・ケイオス(混沌の咒)”と対をなす秩序(ローフル)の“ディクタム(法の言説)”。効果に差はあるが、どちらも中立(ニュートラル)である私には有効だが……結局、肝心の防御が剥がれてなければ効かないのだが。15レベル・クレリックの彼女では、その強度200レベル超の防御呪文を解けるわけは無い。

 スクロールに込めた呪文の強度は、書く際に術者が選ぶことが出来る。強度が違うスクロールを複数枚用意して、それぞれの「枚数」の数値の近くにあるパラメータを比較すればどのパラメータが「強度」の数値を表すか特定することは、下準備に手間はかかるけど簡単なことだった。

 

「はい。親切にも質問にお答えくださり、ありがとうございました。あなたとの出会いは今後大切にします」

 

 呪文行使で生まれた隙に、鎧の上から胸元をダガーで突いた。ダガーはまるで豆腐を解くように鎧を貫き、中のヴァンパイアの腐った臓腑をかき回す。その衝撃はまるで粉砕呪文のように彼女の死体をボロボロにし、やがてダメージに耐えられなくなったヴァンパイアの体がその不死たる機能を発動し、霧状となって抜け出し、扉の隙間から逃げていった。

 ネイシャは未だ健在なものの、それを慌てて追う必要はない。復活のためには急いで自らの血肉が染みた墓場の土を敷く棺桶に戻る必要があり、またその途中でも日光にあたれば死ぬ特性はそのままなので、彼女が砦の遠く外に棺桶を置くことは決して叶わないのだ。

 

「魔法、幾つか解けてしまいましたね。消えたのは“シェルタード・ヴァイタリティ(肉体の保護)”ですか。

 まあ、結局殴って来なかったので、意味はありませんでしたが」

 

 先ほどの彼女の解呪により、なにか呪文が剥がれてないか自分を“グレーター・アーケイン・サイト”の魔法視力によって見回し、早期決着はつくだろうが念の為にかけていたヴァンパイアの特殊能力対策呪文が剥がれていたと気づく。途中、増援でゴーストが現れたり、吸血によって直接 生命力を奪われることがあれば危険だったろう。

 

「えー、分身A、応答なさい。状況は? ……そうですか、空中から早々と術者を始末し、現在 空対地で多数のスケルトンと射撃戦中と。

 こっちに来られても困りますから、そのまま外で数減らしといてください」

 

 呪文によるテレパシーで、シミュレイクラムの分身たちと連絡を取る。あれらは敵の数が多かっただけにまだ戦闘が長引いているようだ。汚い仕事を任せられそうにないなと、私は一人でネイシャを追って更なる地下、砦のゴミ捨て場に埋まった彼女の棺桶を探しに行った。

 途中に仕掛けられた罠の回避や、また別に残っていた木っ端アンデッドの駆除が大変ではあったが、彼女は復活の最中に全く動けないこともあり、何の抵抗を受けることなく彼女を弱点である白木の杭を突き刺して棺桶へ磔にし、そのまま太陽光に晒したことで不死のヴァンパイアは塵となって真に死んだ。

 信者を蹴散らした分身たちと、死神の信者らが残しためぼしいアイテム―――特に魔法のもの―――と、一番の収穫であるネイシャの体の一部を回収して即刻で退散した。

 

===

 

 館に帰った私は工房に入り、戦利品の中でも特に有用なネイシャの体の一部……ヴァンパイアの牙を取り出す。

 まず取り置きのルビーの粉末から沢山の分量を採り、氷室から取り出した雪にそれとネイシャの牙を粉末にしたものを混ぜ、銀盤に乗せ白紙のスクロールの上に置く。高位の魔法のスクロールを描くための特殊なインクにクウィル・オヴ・スクライビング(自動筆記の羽ペン)を浸し、竜の言葉(ドラコニック)で“記せ”の合言葉を命じれば、私から経験点と共に秘術回路を模したイメージを吸い取り、特殊なインクと銀盤に乗せた魔術素材から秘術エネルギーを抽出して自動的に“シミュレイクラム”の呪文を描き始めた。

 私にとってあの教団より得られた最大の収穫物は、他でもない人間のエセ魔法使いの私が持たない、ヴァンパイアでクレリックの特徴を持つネイシャの一部を得られたことだった。

 雪像には記憶は引き継がれず、また吸血鬼たるヴァンパイアの特性は全て引き継がれるため表に出る(・・・・)ことは出来ないが、私やアーチー家の手を借りられない信仰術者の代替として今後 役立ってくれることだろう。

 

 ヴァンパイアを使うなど、邪悪なアンデッドの滅却を主命とする太陽神のクレリックに知られれば神罰を与えられかねないが、悪性の私は彼ら善の力を借りることが出来ない。しかしアンデッドや来訪者を相手に特攻となる信仰の力は欠かせないのなら、悪の力を借りることを考えるのは当然のことではないか。私はネイシャの分身に命じて、街から人を浚い、一部を吸血してヴァンパイア・スポーン(吸血鬼の下僕)とし、あの旧砦を守らせながら多くの死を死神に捧げた。善神邪神問わず、神は自らの信徒を見張っていると聞く。私はネイシャ個人に敵意があったのであり、死神へ敵対したいわけではないという表明だ。

 叔父上たち騎士団は旧砦に入ってスポーンを退治して、多くの被害者たちを埋葬した。ネイシャの分身をその前に避難させて、続いて街の暗がりの一角を支配させた。記憶は引き継がれずともレベル半分と肉体・知的能力はそのまま引き継がれる。その大いなる力によって、ネイシャは早々にアーチー領の闇の一部を実効支配した。しかし、間もなくその分身から私に二つの報告が寄越される。

 一つはネイシャの分身が死神様から信仰の力を授けてもらえなくなったこと。そしてもう一つは死神教徒の生き残りがアーチー家への復讐を企てており、その中には死神様の命を受けた強力なアンデッドが含まれていること。

 どうも私が死神へ為した行いは、領の人間の死を捧げた程度の誠意では許されなかったらしい。

 



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没った書き出し
没1話(書きかけ)


「先輩たちが、下水のゴブリンをやっつけて小遣いを稼いだそうだ。連中を警察に突き出せば賞金が出るらしい、俺たちもやってみないか?」

 国崎メイナは、欧州出身の元軍人の男性エルフと人間の日本人女性の間に生まれたハーフエルフの女子中学生だ。父親から身につけて損はないと護身用に仕込まれた武術により、人一倍突き抜けた腕っ節を手に入れて、剣道の県大会では例年トップ4に君臨している。しかしながら装備に公平を期す競技のルール内では力を出しきれず不満だった彼女は、剣道部の男友達4人に誘われて現代のゴブリン退治へ腕試しに挑んだ。

 これまた護身用として10歳の祝いに父親から贈られた、愛用の木刀を片手にゴブリンたちを叩きのめしたはいいが、まさか下水トンネルを一人で塞ぐほどの巨体の人喰い鬼(オーガ)が出てくるとは思わなかっただろう。彼女は知る由もないが、先日にこっぴどく蹴散らされたゴブリンたちが“用心棒”に雇ったのがこのオーガである。

 勝てない相手には逃げろと父親から言いつけられている彼女は「逃げろ!」と叫び、幸運にもオーガの初撃を躱しつつ撤退しようとする。彼女の友人たちも慌てて逃げ出そうとするが、彼らの3分の2ほどあるゴブリンの身体が詰まった袋を抱えたままでは、足を取られてしまうのも当然。初動が遅れた友人の一人は、オーガの脳天割りを受けて凄惨な光景を生み出す原因となった。

 

 あまりにショッキングな光景に別の友人一人が立ちすくんでしまい、オーガの第二の餌食となる。メイナは助けられなかったことを心の中で悔みながら来た道を戻り、下水の外へ逃げ出そうとするが、入り口に近づいたところで信じられない光景を目にする。

「なんだこれは!」

 そこには下水入り口のアーチを塞ぐように大型の貨物車が詰まっていた。誰がこんな馬鹿げたことをしたのかと運転席を見れば、ゴブリンがこちらをあざ笑っているではないか。まさか私たちが入った後で動かして、最初からオーガの罠にかけるつもりだったのか!

 車の中を突っ切っるには時間がない。かといって戻って道を探す暇もないだろうと、私は最後の友人に貨物車下に開いた下水道との隙間をくぐらせて、自分はオーガと対面することにした。最初からこうしていれば、私一人の犠牲で3人の友人が全て助かったかもしれない。そう悔みながら彼の巨体を相手するには威力不足な武器を向ける。

 何かの機械を力任せに丸め込んだ粗雑な棍棒を紙一重で躱し……切れず、左腕の皮がやられる。痛みに顔をしかめるが、構わずオーガの首筋へ木刀を叩き込んだ。しかしオーガの分厚い皮膚に衝撃を殺され、攻撃が通った様子がない。やはり金属製の武器でもなければ威力不足か。

 攻撃が失敗したとみて一端距離を離そうとするが、それよりも早くオーガが再び攻撃態勢に入る。しまった。筋肉任せに、人の倍以上の速度で薙ぎ払われた棍棒が、受け身を取る間もなくメイナを下水の壁へ叩きつける。あまりの衝撃に壁が砕けるほどの威力をその身に受けた私は、不幸中の幸いにもかろうじて死は免れた……動けない状態でオーガに担がれ、どこかへ運ばれる恐怖を受けるのとどちらが良いかとは一概に言えないけど。

 

 ゆさゆさと揺れる自らの動かない身体に、絶望を感じるしかない状況に陥る。

 痛みで働かない頭を動かし、薄っすらと眼を開けて状況を

 

 

 

 




主人公が出てくるまで時間かかりすぎてるので没


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没1話その二(書きかけ)

主人公の設定はこのままで行くけど、導入がぼっちすぎるし、説明口調すぎるので没。
勿体ないので残すが


 

 徹夜明けで疲れた体を無理に動かし、這い上がるようにベッドから起き上がった私は自室にあるミニ冷蔵庫から取り出したポーションで疲労を回復しました。お姉ちゃんは魔法に頼りすぎると体に悪影響なんて仰られますが、私見としては中毒にせよ病気にせよそれこそ魔法で治せるのですから問題はないかと思われます。最悪の場合でも、文字通り万能の魔法で定命の身体を

 しかしポーションでは腹は膨れません。料理を作る魔法もありますが、紙のような激マズか、宴会のような豪勢すぎる料理の二択はいささか極端にすぎます。私の貧乏舌にはジャンクフードやお姉ちゃんの料理くらいが丁度良いのですよ、ええ。

 壁にかかった掛け時計に目を通すと、時刻は既に十時を回っているではないですか。朝というには遅い時間帯、お姉ちゃんはとうに学校へ登校して授業を受けている最中です。ならいつも通り、料理を作れない私を配慮しての作り置きがあるでしょうとキッチンへと赴きます。

 一人ぼっちの我が家の廊下に出ますと、まるで時が止まった空間かのように心地よい静寂に包まれておりました。ふと見ればリビングはまるで天国のように暖かな日差しに包まれておりまして、あのソファーで再び微睡みに包まれれば気持ちいいだろうなと怠惰な感情に浸りそうにはなりましたが、腹の虫が勝手に異論を訴えたので気分は台無しです。どうやら私の本能は理性よりも理性的なようで。

 他ならぬ自分の身体が反対するならば仕方ないでしょうし、最高の二度寝は諦めましてキッチンへ。食卓の上にはフレンチトーストが大皿に載せられており、虫よけに被せられた布製のカバーと共に何やら書き置きが残されていました。

「炭水化物だけじゃ栄養が足りないのでタンパク質とビタミンも取りましょう。それと閉じこもってばかりいると病気になりますよ」

 余計なお世話です。しかし言われたとおりに、いや言われなくてもそうするつもりでしたが冷凍庫からレトルトのお肉と野菜ジュースを取り出して足りない栄養を摂取します。別に少し栄養バランスを崩したくらいで、ドラゴンも泣いて逃げ出すこの強靭な体が不調を起こすとはとても思えないのですけれど、食事というのは一食一食大切に味わうものだと以前の生活で私はしかと学びました。ええ、あの頃の経験で江戸時代の大名が脚気にかかる気持ちが分かりました。贅沢は敵です。身を滅ぼします。

 

 使い終えた食器を片し、部屋から呼び出した我が血を分ける醜きホムンクルスに洗い物を任せ、テレビのニュース番組を見ながら本日の新聞を読み通します。今日日も我が国は太平洋沖の海底に繋がるポータルを通じて海王星アトランティス国家と散発的な戦いを続けておるようで、しかし南アジアのドラゴンどもの横槍、資源目当てのUS企業に雇われたPMCの介入もあり、あちらを叩けばこちらが叩けずと戦いは泥仕合で終わる気配が見られません。

 一方で太平洋と反対側のユーラシア大陸でも、中東~中央アジアに出現した土星へのポータルを巡って、地球国家のみならず他惑星の来訪者までも交えた争いを日夜繰り広げているようです。今は亡き土星を支配していた神様の爪痕により、表面は砂嵐のような激しい『時の乱流』に覆われているため通常の宇宙空間から侵入することはほぼ不可能な惑星なだけに、唯一ノーリスクで安全に通過できるポータルは近隣国家のみならず、土星の貴重な金属資源を目当てにする様々な勢力を呼び寄せ、争いを助長する要因となっているのですよ、ええ。

 我が国近隣で現在発生中の戦いは大きくその二箇所ですが、他が平和かと言えばそんなことはなく、相も変わらずドラゴンマフィアにゴブリンギャング、その他ヴィランどもは場所や国を問わず蠢いておられるようで。まあ、そのおかげでお姉ちゃんみたいな戦士系の人間が食い扶持に困らないわけですが。

 世は止まぬ争いに満ち溢れておりますが、国を攻め込み攻め込まれの攻防に発展してないだけ平和とも言えます。自国に引きこもってゆったりと暮らしてる分には、寿命を迎えることが出来るのですから。しかも、例え事故死したところでたったウン百万円で蘇生の魔法を受けられる素晴らしい世界なのですからね。

 

 

 

 



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思い付きの世界史

なるべく現実に近いままに、歴史へD&Dのファンタジー要素、若干のゲームっぽい世界観をぶち込んだ設定、そしてその影響を考えるためにメモっておく。そして読者に共有するために記す。



 

太古。地球には恐竜や魔獣、竜といった強力なモンスターが地表を埋め尽くすほど繁殖したが、増えすぎて絶滅したとされる。今の時代にも彼らは残っているが、絶滅に瀕した経験が遺伝子に刻まれ、かつての時代より数は減った

 

紀元前3000年ほど前。エジプト大陸で神秘を学び、操り、超常現象を生み起こす術――後に秘術と呼ばれる、最初の魔法が生まれた。彼らは秘術を極めて不老不死を目指し、吸血鬼(ヴァンパイア)など数多くの外道、アンデッドを生み出した。今もあの地を支配する彼らを指して、暗黒大陸と呼ぶ

 

西暦元年頃。“神の子”が現れた。原初より存在する数多くの概念を司る神と異なり、主は人間という種の守護神となった。また厭われし外道の術を用いずに、神格(ディヴァイン・ランク)を与えられることで聖人(あるいは半神)という不死者(イモータル)になる例が示された。この頃より、人型生物の中で人間が飛び抜けるようになる

 

西暦10世紀以降、かつてより少しずつ広まっていた秘術がこの時代に解明され、世の理を歪める“願い(ウィッシュ)”の呪文が使われるようになった。そして彼らはこの地球と別の世界――外方次元界とも呼ばれる外惑星を恒常的につなぐ次元の門(ポータル)を作成し、悪魔(デヴィル)魔鬼(デーモン)を呼び込んだ。人を堕落させ、魂を奪う悪魔や、全てを破壊し、暴虐する魔鬼たちを呼び込んだ秘術使いたちの狼藉を罰するため、信仰術者たちにより魔女狩りが始まる。この歴史から以後、信仰でないこの秘術魔法はよろしくないものとされる

 

西暦14世紀頃。ルネサンス、文化運動により秘術魔法その他超常の存在・能力が見直される。これにより、信仰術者と秘術術者に見られる共通点がエルフ学によって解き明かされる。私たちは魂に経験が蓄積されることで段階的に成長する生き物であることが判明した。後に「レベル」と呼ばれるのだが、これは術者のみならず全ての戦士や技能家等にも適用されると分かった

 

西暦17世紀頃から、出力的に不安定な魔法など超常エネルギーに依存しない、安定した原動力が発明される。初めは蒸気機関から生じる運動エネルギーから、やがて電気エネルギーを経由するようになり、電子機械が生まれた。燃料においても、石炭から、オイル、ガス、自然エネルギーから最終的には放射性物質(いわゆる原子力)という危険な物質すら扱うようになった。この技術は魔法に比べた、瞬間出力の弱さから最初は軽視されていたものの、徐々に発展し、原子力の頃には並の魔法の出力を上回るようになり、今や術者でなくとも宇宙(アストラル)に進出可能な『宇宙船』が発明された

 

西暦20世紀になって、それまで地球上を鏡に映すような幽霊の世界と謳われていたエーテル界が、実は電波が経由する世界である……らしいことが判明した。説明すら難解すぎて私には理解出来なかったけど、人類はエーテル界に限って、まるで神のように世界を自由に制御出来るようになった。“次元界転移(プレイン・シフト)”の呪文でもエーテル界に生み出した物質を現世に持ち出すことは叶わなかったが、限定的な無から有を創造する術は人類の進化・発展へ更に寄与した。例えば高価な物質を必要とする呪文でもエーテル界で創造すればほぼタダで発動出来るし、あるいはエーテル界に創造したモンスターを倒すことで経験点を積んだりすることだって出来るらしい。

 ただ、やはり前提として次元界間の移動という高難易度な手段が必要なため発展速度は鈍いし、フル活用も難しいが、少しずつ拡大されていっている分野。……そして悪魔や魔鬼たちに悪用されつつある分野でもある。デヴィルの餌食にする強い魂を生み出すため、ネトゲしたら蠱毒のデスゲームが始まったでござるの巻、とか結構起きてる

 

 



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イチャイチャ話の没1話

懲りずに日記形式っぽいアレ。書きやすかったけど途中で飽きました。



「チートと共に転生してやろう。何がほしい?」

「kingの財宝!無限アイテム、無限マニー!あと出来れば中性的イケメンボディも」

 

          ~転生女神に異世界転生を告げられた直後のやり取り~

 

 

・1日目

 異世界転生でチートを与えられるなら、この世全てのアイテムを操る彼の能力が鉄板だと思う。あるいは彼そのものになるところか。元ネタには詳しくないけれど、多彩な武器や防具で身を守れ、俺TUEEEも出来、イケメンボディで、万が一落とし穴があっても適当な換金アイテムを出すだけで少なくとも悪くない生活は送れる彼の英雄の能力は。誰だってそう思う、俺だってそう思う。

 だから俺も転生神を名乗る女神にチートを尋ねられた時、真っ先に告げた。彼女(かの神?)は少し考える素振りを見せて、「取り出せるアイテムは転生先の異世界準拠」「俺が死んだり、変質した時には取り出した全てのアイテムがこの世から失われること」、「神に纏わる特殊なアイテムを取り出す時は自己責任で」との条件付きで存在する全てのアイテムを与えることを許した。なんでもインフレを防ぐためだとか神同士の争いを防ぐためだとか言っていたけど、転生させる方にも思惑はあるのだろう。

 転生先は660年前に地上を脅かした魔王を名乗る邪悪な侵略者が倒され、今まさに666年の時を経て彼の魔王の復活が近づいているなどRPG的なテンプレファンタジー要素を含む世界であるそうな。かつては6柱の神に祝福された6人の勇者が倒した話などを聞かされて、うすうすと俺もその勇者の一員になることを期待されてる気もするが、俺のチキンハートは転生しても治りそうにないもので羞恥プレイは勘弁してほしい。

 以上のやり取りの末に、俺は異世界ジ・アースへ赤ん坊から転生した。チートついでのイケメンボディでというお願いが通ったかは不明だが、おかんの腹を抜けた直後の我がつぶらな瞳で両親を見た限り、俺は草食系茶髪ダンディと黒髪マダムの間の子のようで、生まれガチャは悪くない引きと感じた。ありがとう女神様、そしてごめんね産んだ子どもの中身がこんなダメ男マインドで。

 

 

・飛んで3年ほど

 ある貴族家の司書を務めるアルバス家に命名:オリシュが生まれてはや3年。意外と少ない給金を除けば教養のある父と愛情のある母の間で知識を得ながらすくすくと育つ俺。半年前には妹も生まれて幸せな家族生活を満喫していたが、家族全員で遠い街へお引越しすることになりその道中に両親がショッキングな光景となる。ここは危険の多いファンタジー世界でつね。

 我が中身は両親を二度持つ経験をした転生者とはいえ、この世のことを詳しく教えてくださった父に、何も出来ずちうちうと乳を吸わせてくださった母にはかなり敬愛していただけに、二人が襲撃してきたスケルトンから多数の矢を受けた時には唖然とした。

 尤もここらも含めて転生神は折り込み済みなのか、俺と妹は護衛の助けが間に合い命を落とすことはなかった。以後、遺児の俺たちは引越し先の神殿に預けられる。

 

 

・更に3年

 6歳になった俺は、妹と共に預けられた闇の女神を祀る神殿でものを持てる程度に育った。ようやくチートで取り出したアイテムを振るえるだけの肉体を得た俺は、早速聖剣片手に冒険を……することもなく、粛々とボランティア活動じみた神殿の慈善活動に従事していた。亡き父からの知識と、神殿で得た見識からアイテムだけでは覆せないものもあると知ったためだ。この世界の多くのアイテムは肉体や能力を強化したり、魔法使いが使う呪文の効果を模すものばかりで、本人の実力が伴わなければ満足に振る舞えないか、そもそも使用できないとのことだ。そういえば原典の能力も、持っているがその真価を発揮できないなどの制限があったように覚えている。

 幸いにして、神殿には魔法や魔法のアイテムに関する蔵書があり、難しく記されてはいるが読むことを許されている。素敵な環境を得られたことを、ここまで導いてくださったどこか見覚えのある顔を象った闇の女神の彫像に感謝の祈りを捧げながらすくすくと成長中なう。

 

 

・それから半年の後

 この世界では、日本人の常識よりも神と人との距離が近いことを今日知った。

 666年の時を経て、かつて倒された魔王が復活したとの神託を神殿長が賜ったことが、神殿の皆に告げられる。それから数日の後、神殿を擁する街に沢山の蘇りし死体、アンデッドの群れが襲ってきた。スケルトンやゾンビから、中には知性を持つグールなども見られ、これほどに沢山のアンデッドを従えるものは死霊の王オーカスに間違いないと、復活が世に広まった。

 魔王現れる時、六柱の神に祝福されし勇者の誕生が噂されているが、未だ幼い俺は戦うどころか旅することすら無理ある身。チートを使いたいとうずうずする一方で、最近魔法のアイテムが放つ魔法のオーラは魔法を扱う者ならば初歩の魔術でその数とアイテムの強さをいとも簡単に知覚できることを知って、対策を練るまでは迂闊に使えないなと自らを戒めるのであった。少なくとも勇者の話が収まるまでは

 ところで我が妹は俺と共に毎日、闇の女神へ真摯に祈りを捧げていたのだが、最近その信仰の厚さから神の言葉を聞いた。言い換えると、神の力を行使する神官――クレリックに目覚め、初歩的な信仰呪文を使えるようになった。今はまだ1レベルにも満たない半人前ながらも、歳の割に早熟として神殿長から目をかけられるようになった。一方の俺は、そのように目覚める気配など微塵もない。

 まあ祈りと感謝こそすれど、心の底から崇拝しているわけでもクレリックになることを望んでいるわけでもないために、奇跡の力を授かることはないだろう。

 

 

・そして更に4年の月日が経った

 別の大陸において、風と火の神の勇者が立った知らせを耳にする。10歳になった俺は、神殿仕えの男手として、たびたび外回りに駆り出された。あの最初の大襲撃ほどではないが、たびたび自然発生したゾンビやスケルトンのようなアンデッドが街や村、街道を渡る馬車を襲撃する事件が起きている。クレリックたちはアンデッドを破壊、ないし制御するスペシャリストであるために、闇の神殿はいつも大忙しなのだ。

 未だ若手ながらも期待のホープとして引っ張り出される妹に付き添って、大剣(グレート・ソード)をぶん回してスケルトンを破砕する日々。時折り現れるゾンビは、職業柄、刀剣武器を扱い慣れないクレリックの方々に代わって筋力任せに振り回す俺は勇猛な子どもとして様々な意味で可愛がられるようになった(なお、実際は増強の魔法が込められたポーションをこっそり取り出してドーピングしている。これが初めてのチート使用だった)。光るものを持たないながらも、健康な茶髪のさわやか風そこそこイケメンに産んでくれた両親、そして産ませてくれた闇の女神には今でも感謝の祈りを忘れずにきちんと捧げている。

 しかしながらそれ以上に、信仰のエネルギーを放出し、知性無きアンデッドの集団を漏れなく畏怖させ、動きをピタリと止めさせる妹の勇姿を見る人々の目は、まるでアイドルを見ているようでどこか危うげな気持ちを俺は抱いている。確かにどこか冴えない俺よりも流れるような黒髪に煌めく瞳を持つ彼女が魅力的に映るのは分かるけど。俺の側におらずとも立派になりつつある妹からは、俺がポッと出のガチャ産レアとすると、妹はシナリオ入手SRのような……そんな完成されていて当然の雰囲気、あるいは誰かの思惑を感じる。具体的には闇の女神様の意図を。

 

 

・12歳の頃

 先年、水と土の神の勇者が名乗り出たことで、残るは闇と光の二勇者だけとなった。勇者伝説に曰く、光の勇者は最後に現れるそうなので、次に現れるのは闇の女神の勇者となる。勇者の登場には2ケースあって、神殿に勇者たる人物と認められて祝福を受けるケースと、出生時に女神から祝福を受けているケースがあるという。今代の火や風の勇者は前者で、水と土の勇者は後者らしい。そのケースで言えば闇の女神から祝福という名のチートを得た俺は、女神の言動からも闇の勇者筆頭だろうと思っている。が、チキンハートの俺が名乗り出なかったりチートをフル活用して逃げ切った時は世界はどうなるのか?そう考えると、恐らく“控え”が用意されているのではないだろうかと推測した。幼くして女神から信仰呪文を授かり、アンデッド退治で経験を積み一廉の信仰者となり、そして仮に俺が勇者候補とすると、同じ血筋、経歴を持つ我が妹などは間違いなく闇の勇者第二候補だろう。というより転生者ゆえに幼い頃から才能を鍛えている俺に匹敵する天性の才を見せる妹は、そうでもなければ同じ血から生まれ同じ場所で育ったものとは説明つけがたい。それに、よくよく考えれ見れば勇者候補を同じ場所でまとめて育てるのは合理的だ。

 俺と違って第一の生ながら女神に愛される妹の天運にやや嫉妬しつつ、クレリックとしての活動に精を出す妹を見て心配もお節介もいらなかろうと、勇者に認定されるのを防がないことにした。一方で、万が一うっかり俺が勇者認定されないかという心配から、(闇の女神は俺の心配をお見通しだとは思うが)念には念を入れてお伺いを立てることにした。最大三回まで願いを叶える魔法のルビーが嵌った、リング・オヴ・ウィッシーズ。そのルビーの力を一つ費やして、クレリックが神託を得る時に用いる“交神(コミューン)”呪文のパワーを模倣することで、闇の女神に「はたして俺は闇の勇者に認定されうるのか?」「俺はこのまま過ごしていても認定されずに済むのか?」などの、俺の勇者認定と回避手段について確認を取った。

 闇の女神からの返答は「心配は無用」という一言だった。質問の答えになってないが、どこか聞き覚えのある声だったため俺は信頼して時を待つと決めた。

 

 

・半年後の妹10歳の日

 妹10歳の誕生日、神殿長から二人まとめて呼び出しを受けた。珍しいと呟く妹に、うっすらと展開を察した俺は黙って神殿長の元へと彼女を急かす。

「今代の闇の勇者は太陽。太陽は魔王を調伏する、と闇の女神は仰せられた」

 そうして人気のない場所へ連れられた俺たち二人は、そこで前置きの闇の女神から賜った託宣を告げられる。そして神殿長は、今代の闇の勇者は我が妹であると告げた。

 俺は察していただけに驚きはないが、どんな顔をしているかと妹を見たが、まるで驚いた素振りを見せなかった。妹は承りますが、何故私が選ばれたのでしょうかと神殿長に問い返した。女神のご意思であるが、と神殿長は少し迷った様子を見せ、真実のところを語った。

 伝承に曰く、地水火風の四勇者は生まれ持った、あるいは身につけた武勇により選ばれるが、光と闇の勇者の選出は異なるという。特に闇の勇者は、類稀に見る容姿を持つそうな。しかるに、そこそこイケメンに収まる俺と比して煌めく黒髪を持つ絶世の美女たる片鱗を見せる妹は、その基準に合致する。

 妹は、女神への信仰や能力、才能によって選ばれたわけでないことに少々不満顔を見せるも、「闇の勇者の名、謹んで拝命いたします」と神殿長、そして闇の女神像に向かって述べた。

 神殿長は、今後闇の女神に祝福された勇者のみ使うことの出来る神器を手に入れるため、闇の聖域へ向かうよう妹に指示し、他勇者と合流するまでの妹の護衛に俺を指名した。妹が闇の勇者に指名されただけかと安心していたところに突然名前を出されたことに驚く俺。立場や経験、レベル的にも神官戦士がいるはずではないかと問うが、神殿長は俺にこう言った。

「闇の女神様の託宣において、太陽という言葉は月と対で用いられるのが常。しかし今代の勇者を太陽と述べながら、対となる月については触れられていない。では彼女が太陽ならば、月は誰か?女神は述べないが、太陽の妹に対する月はすなわちその兄のことを暗に指しているのではないか。私は、月たる兄に何か意味があるのではないかと思っている」と、神殿長は自らの考えを伝え、俺に闇の勇者行への同行、その是非を問うた。

 俺は闇の神殿が預かっている身だが、女神に身を捧げていないのでその代理たる神殿長の言葉に従う必要はない。これはお願いである。妹も俺が心配するほど弱くもなければ、チートで甘やかされる必要もないだろう。しかしながら、勇者の護衛という立場には興味があった。正確にいえば、合流した時に顔を合わせる、転生者かもしれない他の勇者の素性に興味がある。故に俺は妹の心配が3割、打算6割で使命を受けた。残り1割は特に理由もなく、神殿を出て外を旅するには都合のいい機会であること。神殿暮らしは住まいの心配が無いけど、金銭収入は少ないのが贅沢な悩みである。

 神殿長はそんな思惑まで知らず、俺が悩む余地なく受けたことに安心した様子を見せ、妹を、もとい新生闇の勇者を頼んだと告げられる。出発は明日だが、餞別に魔法のロングソード(長剣)をいただいた。切れ味を強化する以上の効果はかかってない、武器としては高価ながら魔法の武器として見ると最低質のものだ。しかし、何もこのロングソードをそのまま使う必要はない。体の良い出所が得られたのだから、後はこれをチートで取り出した武器と交換すれば持っていてもおかしくない武器となる。渡した神殿長本人とは暫く会うことはないだろうから、すり替えても誰にも疑われることはない。しめしめ。

 人目のないところで鞘からロングソードを抜き取り、チートで“倉”内のより良質のものと入れ替えた。魔法の武器が放つオーラは従来のものよりやや強くなってしまったが、勇者のお付きに餞別として渡されるにはありえなくもないレベルの装備だろう。

 

 

・出発の日

 翌日、闇の聖域行きの馬車に乗りながら神殿の皆に見送られる。勇者話を告げられたのは昨晩の急な話だったが、短い間に大勢の人に伝わったようだ。神殿仕えの同僚や、神官戦士たち、神殿長に手を振って別れを告げる。妹は涙を見せることもなく、きっと無事に戻ってくると使命感を抱いた様子で毅然として彼らの視線を背中に浴びた。

 今まで育った街から離れ、聖域までの道中にある丘の麓まで来たところで、俺は妹に勇者になった感想を尋ねる。冷やかすつもりではないが、間近で共に育って気心を知っているだけに勇者になる勇気があるとは思えなかった。そこのところ、本心を聞いてみたが、帰ってきたのは勇者に認められたからには女神に祝福された者として魔王を倒す、という義務感からなる答えだった。思っていた答えとは違ったが、その心は勇者になっても妹は変わらず妹のまま、そもそも勇者だって人の子だと納得して神に選ばれし者という敷居の高い印象は捨て去ることにした。

 その夜は丘を越えたところの宿場村に泊まった。旅する二人の子どもを不思議に思って問われたところ、妹が勇者とその護衛だと返すと村をごった返す大騒ぎになった。慌てて妹ともども騒ぎを沈めたが、この経験から以降は不要な場では勇者の名を出さずに自粛すると決めた。

 

 

・次の日

 神殿を発った日よりも村総出のより大勢に見送られながら聖域への道を進む。

 お昼頃に崩れかけた石造りのアーチにたどり着き、ここが闇の聖域の門だと伝えられる。門から少し脇道に逸れたところには闇の神殿を擁する小さな村があって、そこの神殿長に聖域と闇の神器についてお話を伺う。

 勇者の名を伝えるとこちらの神殿長は納得する素振りを見せて、神器と聖域の伝承を語る。

「闇の神器は決して人を害さぬタリスマン。呪いを解き、防ぎ、抑えるのみで戦う術を与えることはない。闇の女神は争いを好まないのだ。闇の聖域にてそれを守るは月の竜。彼なくしては神器は得られぬだろう」

などと供述しており、補足として闇の聖域ゆえに夜に挑まなければいけないことを付け加えた。それも伝承で語れと突っ込みたい気持ちを抑え、承諾した二人は早速今夜聖域に挑むことにした。

 

 夜、入り口のアーチを抜けて聖域に踏み込む。月明かりが薄暗く照らす中、葉のない木の合間に作られた獣道を松明片手に二人で進む。ここは聖域といえど、聖別された地ではなく獣やアンデッドも出現すると神殿から聞いている。現に臭いか明かりに誘われて、野犬の群れが飛び出してきた。数は5、俺一人で抑えきれる数でなく2体が抜けてしまうが妹も非力ながら戦闘経験は積んでいる。慌てた様子はあるが挟撃を受けずに時間を稼いでいるうちに、俺が魔法のロングソードの真の能力……燃え盛る炎の長剣、フレイムタンとしての力を解放し、野犬を

     (続きを読むにはワッフルワッフルと書き込んでください)

 

 





 飽きた。
 いまいちキャラが好かなかったので設定だけ流用して女体化予定


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イチャイチャ話の沈14話後半-15話前半

ちょっと次話が滞っているので貴族方面の話をぶっちぎって大会にシーンを移すことに。
これは8/25に14話目を更新し、最後へ詰め込んだ部分の訂正前ですん


 

 伯爵様がたとのお話の後。もう寝るだけかと思いきや、別れた直後に来訪者が訪れる。

 

「夜分に失礼」

「いえ。幾ら家主の伯爵様といえど、突然部屋に立ち入るのはお止めください。

 せめて場所を変えてはいただけませんか?」

 

 それも伯爵様だ。騎士団長殿は戻ったようだが、わざわざマーミアのいない場で話をしようとするあたり、腹を割って話すことをお望みだろうか。どのみち、こちらの関係を察知された以上、何処かで話し合うつもりはあった。

 しかし私室とはいただけない。せめて場所を選んでほしいという願いを聞いていただき、何故だか話は伯爵家の書斎で行われた。

 

「竜の巫女様は素晴らしい良心を持つ御方だが、いささか貴族には不慣れと見える。

 その点でいえば従者殿は語りも上手、知識も博学で主人より貴族らしさを感じました。

 神殿育ちとは聞きましたが、生まれは貴き血の持ち主ですかな?」

「いいえ、父は司書をやっていました。先祖のことは存じませんが、両親は貴族ではありません。

 私が生まれて僅か三年後に、両親はオルクスの手先のアンデッドに襲われて亡くなりました。

 その後は闇の神殿で拾われて、礼節の殆どはそこで学びました」

「なるほど。他にご家族は?」

「……、何故そのようなことをお聞きになられるのでしょう。

 私の素性をお疑いになられますか?であれば、闇の大神殿にお尋ねください。

 彼らが私の身の上を記録しています」

 

 家族のことは語れない。妹が勇者であることを、家族関係から利用されうるのはよろしくない。

 俺は痛いところを探られたような素振りを隠して、続けざまに疑問をぶつける伯爵に対して何気なく思い浮かんだように逆に質問をかける。

 話の途中に遮るのは失礼だが、マーミアの従者である俺を一方的に探ろうとする伯爵も、招いた立場としてそれはよろしくないと言い返せる。

 

「これは騎士団長の見解だが従者殿の腕前は巫女様と並ぶように感じられた、という。

 ならば従者殿が太陽剣を抜き、善竜と共にドラコリッチを倒して名を上げることも出来ただろう。その気はなかったのかね?」

「いいえ、善竜様はドラコリッチを倒す協力の呼びかけに対し、その背を許されるのは善なる者に限ると付け加えました。私は闇の帳で秩序を守りし女神様の信者で、善良な者ではあらず、善良になる勇気もありませんでした。ドラコリッチを倒せたのは我がご主人様だけです。

 また、私は死竜を倒し、名乗りを上げて受ける賞賛と敬意より、受ける嫉妬や悪意を恐れました」

「貴族になれれば力で恐れる相手を押さえつけられる。そうは思わないのかね?」

「いいえ、冒険者をしていると、ドラコリッチよりも強力なモンスターとは果てしなく出会うのです。彼らはいかに強い装備を身にまとっていても、盾と鎧の上から人間を踏み潰します。

 同じく、貴族をしていても、より強い権力にねじ伏せらると思えば、私はそれが怖くて貴族になろうとは思いません」

「ではそうと知りながら、主が貴族になることを止めないのですかな?」

「……主人は善良です。自分の身が危険に晒されることよりも、人に施しを与えることを望みました。

 私はご主人にその危険を伝えましたが、主人は悪い人間になるほうが怖いと笑って返しました。

 ドラコリッチに対しても、同じく確実な勝算はありませんが、彼女は戦う道を選びました。

 ご主人の思いに私は理解しても、納得出来ませんが、そんな私に出来ない善良な道を進むご主人に私は惚れているのです」

 

などと俺は供述するが、実際のマーミアは、そんな善の道を進む聖騎士(パラディン)ほど高貴な女性ではない。

 とにかく俺は、伯爵に彼女を操る黒幕(実際そのようなものだが)と思われて悪印象を抱かれるのを防ぐために、まずはその矛先を下ろしてもらえるよう、はったりの効いた弁舌をかます。長く社交界に身を浸からせて真贋を見抜く目を鍛え上げた伯爵様であるが、同じく生後からチートを隠し続けてきた俺の偽装はそれでも簡単に見破れるものではない。騎士団長が俺の腕前を見切ったように隠しきれないものもあるが、俺の本心はそのような口先の言葉で見抜かせることを容易に許さない。俺の本心を揺さぶるものは、およそ可愛い女の子の誠意や、ストレスフルな悪意くらいだ。人の本音に弱いとも言える。

 

「そうか、しかしそれは善良なご主人にふさわしいとは言えん」

 

 しかし、こういう口先戦は神経を削ることもあって、ステータス的には強靭でも精神面の弱い俺はそろそろ音を上げたくなってくるが、伯爵様はまだやる気のようだ。

 

「貴族になるにあたって、主と意を違える臣下は得てして反逆や収賄を引き起こすものだ」

「必ずしもそうとは言えません。主を止められる従者がいなければ、領全体が間違った道に進むこともありえます。

 古くは西方魔法帝国も、力をつけすぎた国の傲慢さに神の怒りが下りました。それは神罰が下る前に、誰かが国を止められなかったことが原因と言えます」

 

 その後も、貴族に歴史を語るか、歴史の深さでは宗教も負けておりませぬ、宗教家が政治に口を出すな、などの論争を続ける俺と伯爵様。熱が入るほどの語り合いにはならなかったが、もう遅い時間だと家令が告げにくるまで俺の神経を削る弁論はずっと続いていた。

 結局 勝敗(といっていいものか)はつかず、時間も時間だと伯爵様に半ば追い返される形でその日は終わった。部屋に戻って回復魔法入りのポーションを飲むも、流石に精神の疲労だけは簡単に回復しそうにない。

 もう数日滞在するこの伯爵家でこの語り合いが毎晩続くのだろうかと若干嫌気がさすも、ご主人ことマーミアも耐えているのだから俺も耐えねばならないと自分を説得しつつ就寝。

 

---

 

 翌日。伯爵様は聖王国首都へ出発した。詳しい話は述べなかったが、俺たちを招いた最中にも関わらず家を離れるのだから、それは些細な用事では済まないのだ。

 二日目からはホライゾン伯爵に代わり、伯爵夫人が続けて歓待してくれる。しかし彼女は伯爵ほど俺たちに興味を持たないからか、

 

 




この部分の続きはわっふるしてもありません。


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ボツ稿 ネトゲものと集団転移ものを半々

 

=1:ハロー、ワールド=

 

 惰性で進学した県立校の校門をくぐったと思えば、いつの間にやら立派なレンガ造りの校舎を前にした見知らぬ並木道の中にいた。

 周囲にポツポツといた新入生や先輩方の姿は大勢の見知らぬ男子女子に変わって、中には耳が尖ってて長かったり、明らかに背が小さかったりする外国人というにはおかしな姿まである。無骨で醜いハゲの人型モンスターもいて、それを見た黒人系長耳女子がたった今 悲鳴を上げて逃げ出して行った。

 とりあえず手近にいた、異なる学校の制服を着た白人系長耳男子――口端から覗く犬歯がチャーミング――に話しかけた。

 

「悪い、ここはどこだろうか。さっきまで○○市にいたはずだが」

「いや、うちは△△町の……○○市?○○県のか?」

 

 県名、市名が同じなだけあって、俺の出身地はすぐに通じた。

 しかし彼の言う△△町は聞き覚えがなく、具体的な都道府県を聞いてみると隣県どころか海峡を挟んだ別地方だった。

 

「直前に、地元の入学式に出ようと9時頃に校門をくぐったところまでは覚えている。そっちは」

「うちも同じや。校門をくぐったんやけど……10時前やったな」

「時間の違いはあるな。誤差か?もっと不思議な現象もあるわけだし、気づいてるか。その耳、人間じゃなくなってるぞ」

「は、何言って、うわマジなんかこれ!?ちょ、鏡、鏡貸せ!」

 

 鏡なんて持ち合わせはない。そもそも背負っていたはずの学生鞄までどこかに消え去っていた。

 念の為、俺自身も耳や頭を隅々まで触るが、変化は感じられない。どうやらこの場にいる数割の、変化を与えられなかった人間に入れられたようだ。

 

「あの校舎に行けば鏡になるものくらい、あるだろう。ひとまず道を聞くため、鏡を探すため行ってみないか」

「……そやな。まわりの奴もうちらと同じみたいやし、こんな大騒ぎなら親切にしてくれるやろ」

 

 他の人にも話を聞きたいところだが、まだ落ち着いてない人類たちが多すぎて上手く聞けそうもない。そのため彼らは放っておいて、俺たち二人は先に並木道から立派な校舎へと向かった。

 校門には「冒険者学園」と、謎の校名が漢字で書かれていたので宇宙人に攫われた説は無いと思った。

 

 

===

 

 見知らぬ構内に侵入した俺たちは、正面の建物に入ったところで最近設置されたのか塗装が新しいベニヤの案内板を見つける。

 俺たちより先に来ていた男子(人間)が一人、それを見て悩んでいた。

 

「なあ、あんたGANTZって漫画知っとるか?死んだ人間が天国の代わりに、宇宙人との殺し合いに連れ去られるって話」

「知っている。これほど親切じゃなかったように思うが。そもそもジャンルが違う」

 

 俺たちの頭も悩せられた案内板の内容はこうだ。

 

『この学園へやってきたみんなへ

 このエントランスホールにある装置の透明なボールに手を当てて、

 浮かんでくる6つのうち一番高い【数値】を覚えよう!

 

 【筋力】や【耐久力】が高い人は、  左奥の戦士組の教室へ進んでね。

 【敏捷力】が高い人は、     左手前のスキル組の教室へ進んでね。

 【知力】【魅力】が高い人は、   右手前の魔法組の教室へ進んでね。

 【判断力】が高い人は、       右奥の信仰組の教室へ進んでね。

 

 複数の【数値】が高い人は、上の4つのどれか、または階段から上がって二階の特別科の教室へ進んでね』

 

「ドラクエやな」

「RPGだな。……学園もののファンタジーなんて、メジャーどころに聞き覚えはないが。アトリエシリーズともズレてる。

 何にせよ、校門にあった冒険者学園って名前が真実味を帯びた。なんで俺たちがここにいるのかはまだ分からないが……」

 

 ベニヤ板の前には長テーブルがあって、その上には金枠に嵌めて固定された水晶玉が10個ほど並んでいた。

 俺たちより先に悩んでいる男子はそれを触りながらベニヤ板の説明を凝視している。その水晶玉は、他に置かれているものと違ってぼんやりと二桁の小さな数字が複数浮かんでいるのが見える。

 

「魔法かぁ。ホントなら面白そうやん」

「さあ、案外 レベルを上げて物理で殴るゲームかもしれん」

 

 俺は足を踏み出して、水晶玉に両手をかざし、ゆっくりと挟むように指先から触った。

 ひんやりと冷たい感触が伝わると、水晶玉にはモヤモヤと二桁の数字とその説明の文字が6組、浮かんだ。

 

『筋力11 敏捷力16 耐久力14 知力13 判断力14 魅力10』

 

 一番高い数字は敏捷力。案内板に従えばスキル組ということなのだろうが……。

 

「そっちはどうだった?」

「よっしゃ、知力17や!これが高いのか低いのか分からんけど、そっち20とか出とったか」

「いや、16が最大だ。最低が10で、一桁は出ないと見たがどうか」

「こっちも12が最低で、一桁はないな。そこのやつにも聞いてみたらええんちゃう?なあ、あんたは数字どないなったんか?」

 

 エルフ耳は隣にいた先客、冴えないおかっぱ頭をしたメガネの人間男子に話しかけた。

 じっくりと考え込んでいたらしい彼は人外に話しかけられたことに戸惑い、少したって気を取り戻してエルフ耳の問いに答えた。

 

「……知力が17で、あとは最低が11ばかりでした」

「ふむふむ、10後半が高くて、10に近いほど最低と見て良さそうやな」

 

 同感だ。つまり俺のステータスの殆どは半分以下である。自分のことながら、優秀と言えるほど頭は良くないし、部活動もしている学生に比べたら筋力はないのは確かだ。

 半分、すなわち平均あるだけ良いと考えよう。

 

「しかし、同じ知力が高い同士仲間やな。うちはタラオ、魔法組同士仲良くしてな」

「あの、その耳……エルフ、なんですか?」

「せやなー、なんかこうなっとった。鏡見とらんけど、放熱性グンバツでめっちゃ耳冷えるわ。でも人間時とあんま変わらへん感じよ」

 

 エルフ耳はいつの間にやらメガネくんと仲良くなって、俺の方を見ていない。異常事態の真っ只中で呑気なことだ。

 彼らほど呑気にはなれない俺はスキル科の教室へ向かわず、あえて他の教室へ寄り道をした。教室といっても既に先客の学生たちがいるだけで先生方とか見張りはいなかったので、長テーブルの各席に置かれていたパンフレット風の冊子を教室別にせしめることは簡単だったからだ。

 

===

 

『学生のみなさま、冒険者学園へようこそ。

 今から10分後に、アナウンスを始めます。学生の皆さんは教室の席について待っていてください』

 

 教室情報にくくりつけられたスピーカーから発される女性のアナウンスを聞き流しながら、スキル組教室でパンフレットで見た情報を整理する。教室ごとに違う内容は書かれていたが、俺たちのもっともな疑問を含む重要な事項は全ての冊子の冒頭に記述されていた。

 俺たちをこの謎空間へ連れてきたのは地球の神々である。神々は3年後、宇宙からの侵略者に地球が襲われることを予知したため、未来を担う学生たちに超常能力を身につけ、対抗させるために特殊な別世界に呼び出したとのこと。人間だけでは身につけられない技能もあるため、また何割かの学生は転生させられているとも書かれていた。

 ずいぶん理不尽だが概ね理解した。神様ならば、一瞬で見覚えのない場所へ連れてくる神通力も持つだろう。

 しかし納得がいかないこともある。人知を超えた神々ならば、もっとスマートに説明する手段、与える方法もあるのではないか?そもそも案内もなしに教室へパンフレットがポンと置かれただけでは、雑すぎる。別の意図か、手が加わったように思うが、裏付けはないのでこの場ではただの推測に過ぎない。

 

 

 4冊のパンフレットを読み込んでいるうちに、教室には学生が増えて騒がしくなっていた。混乱から落ち着いたのだろう人間以外の種族になった学生たちもいる。制服はやはり見覚えない学校のものばかりだが、不思議なことにサイズはぴったし合っている。そのへん、神様がわざわざ仕立て直したのだろうか?

 

「隣、失礼しますよ」

「どうぞ」

 

 反射的に声を返したが、その発した人物の方を見れば テーブルの上によじ登って座高との差から俺を見下ろしていた。子どものような身長の小さい女子生徒だ。

 

「本当に失礼だな」

「仕方ないでしょう、イスに座ると前方が見えないんです。

 立ったままでは落ちつくこともできませんし、こうしてテーブルに座るしかありません」

 

 彼女はそう言い、テーブルの前縁に腰掛けて、足をぶらぶら垂らしながらパンフレットを広げた。

 どう見ても、見たままの子どもではない。パンフレットには異なる人型生物(ヒューノマイド)についての説明もあった。

 人間やエルフ、ドワーフにオーク(豚面ではない)と、ゲームで馴染み深い種族名も見られるが、これら人型生物はまだ人間の身長とさほど変わらないとあった。目の前の女子は人間と比して明らかに小さいことから、小型種族のノーム、またはハーフリングのどちらかだろう。

 パンフレットによると、同じ非力な小型種族でもハーフリングは敏捷性に優れる一方、ノームは耐久力に優れるとある。外見は、ノームは日本人風な平たい顔つき、ハーフリングは西欧人風の細い輪郭と書かれており、この女子は見た感じの輪郭から……。

 

「ノームか」

「らしい、ですね。ショックです。小さい女の子は可愛いって、度が過ぎますよ」

 

 同じ背丈のノームやハーフリングの男子がいるじゃないか、と思いかけたがそれは差別発言に繋がりうる言葉だと気づき、寸で口を閉じた。

 ノーム女子は何かを言いかけた俺の口を胡乱げな視線で見ていたが、代わりに手元のパンフレットを注視した。

 

「その違うパンフレットはどこにあったんですか?」

「他の教室にあった。時間はあったし、見張りがいないから勝手に入ってくすねてもバレなかった」

「ああ、なるほど……それ見せてもらっても良いですか?」

「どうぞ。大したことは書かれていなかった」

 

 パンフレットに書かれていたのは、学校施設の地図と、「~~のクラスでは、~~といったことができます」といったネットゲームのチュートリアル地味た説明だ。学校で用いる教科書とは程遠い、理論や公式をすっ飛ばして戦士組、スキル組、魔法組や信仰組の各クラスごとに出来ること、やるべきことが載っているだけ。魔法といった超常能力の獲得法は載っていない。

 

「なんと言いますか、何の学校なのでしょう?」

「『侵略者の倒し方』じゃないかな。」

 

 

 




ここまで書いて導入でくどくなったからボツ


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ボツ稿 ネトゲもの2

難産。
目標があって、でも他人に急かされず、かつ先行者の情報が適度に入ってくる環境作りが難しい。
やはり神様転生+掲示板形式か。



 

=1=

 

 D&D。VRであること以外は、よくある基本無料のファンタジーRPG。

 しかしゲーム史上、初めての「寿命の課“命”」を実装したこのゲームは多くの人間の欲を誘い、そして死に至らしめた。タダほど恐ろしいものはないとよく言ったものだが、こんなゲームが世界中の人を殺した理由にはクリア報酬、魔法のアイテムを現実に持ち出すことができる権利の存在があった。オープンβクリア者の一人、死者蘇生の杖を持ち帰り資産家となったマイアリー氏が今や某国の政治に関わる有力者となったことも大きい。

 徐々にクリア者が増え、魔法が普及しつつあるこの世界で、己の運と実力により富を得られるこのゲームは規制を受けぬまま、多くのプレイヤーの命を吸い取っている。

 

---

 

 アジア・サーバーのオリエンタル・アドベンチャー(Oriental Adventure)世界における、若きサムライ。それが俺、タカシ。

“誉れ高き国”を脅かすシャドウランド(影の世界)の魔物たちを退治するため、シャーマンの従者と共に捨てられた僧院を訪れた俺は、僧院の奥に地下空間への階段を発見する。

 ギシギシと軋む木の階段を降り、松明で空間を照らすとホコリ被ったズダ袋と小さな人骨が浮かび上がる。子どもサイズで、破損が見られない綺麗な人骨が土の上に鎮座している。

 

「火を貸せ」

『はい、どうぞ』

 

 口頭で命令を受けて、従者が松明を俺に手渡す。

 俺は渡された松明を片手に、もう片手には腰に刺さる二本のソードのうち、ワキザシを抜いて人骨に近づき……その上にかかる蜘蛛の巣へ向けて松明を近づけた。

 パチパチと松明から弾け飛ぶ火の粉が蜘蛛の巣の糸へ着火し、今より飛びかからんとしていたモンストラス・スパイダー(大蜘蛛)たちへ引火した。猫ほどの蜘蛛は糸を伝わる火に巻かれ、ジタバタと震えながら地に落ちるが、唯一 犬ほどの大きさのある親蜘蛛だけは火より生き延びて、逃げようとする。

 それを俺はエイ、と踏んづけた。くすぶる蜘蛛の甲格が踏み割られ、体液を撒き散らして親蜘蛛は死んだ。

 

「相変わらず気味の悪い」

 

 俺の独り言の呟きに、従者は何も言わない。なんせ、彼はAIが動かすNPC(非プレイヤーキャラクター)だ。意味のある命令に忠実に従い、戦闘になれば事前に決められたとおりに動き、それ以外の言葉には全く反応しない生物。

 一人旅とは寂しいものだ。俺は十を超えるキャラクターを作り、その全てが死に、失われるまで中のあるキャラクターと旅をしたことがなかった。

 だが今日からそれが変わる。先日、俺はこのD&Dを遊ぶ同志を得た。

 

「それにはまず、このチュートリアルを終わらせねば」

 

 彼女とは今日、待ち合わせを約束している。買い物も考えて、早々に支度する必要があろう。

 小さな人骨の横にあるズダ袋を無視し、何回と繰り返し、慣れた地下通路を俺は素早く通り抜ける。やがて地下を流れる川辺に辿り着き、水底に沈む遺骸をまた無視して、洞窟の石壁に溶け込む隠し扉の前で従者にブレス(祝福)の魔法をかけさせて、扉の横に控えさせる。

 そしてえいやっと扉を開くと同時に二歩下がる。待ってましたと奥から現れたグール(食人鬼)の爪を難なく躱す。

 

「かかれ!」

 

 グールは扉の数歩前にいた俺を襲ったため、従者の姿は見えておらず。後ろからクラブ(棍)で殴りかかり、挟撃でグールの意識が逸れたと同時に反撃のカタナを抜き、グールを打ち捨てる。数多くの初見者の命を刈り取った双爪も、それを知るプレイヤーにはたまに起こる不運を除いて恐ろしいものではない。

 

『先へ進みましょう』

「うむ」

 

 戦が終わったことを従者が定型文で告げる。間もなく、隠し扉の奥を明かりで照らし出せば、魔法を知らぬものでも感じ取るほど邪悪な気配が漂う石造りの階段を発見した。

 

『この気配は、影の世界のモンスターが多く潜むシャドウランドのもの……これはただちにウエサマに報告に戻らねばなりません。取り急ぎ、戻りましょう』

「うむ」

 

 従者がクエストが進行したことを報告する。この後 街へ戻り、少しの会話と報酬を受け取ることでチュートリアルは完了する。

 しかし、まずは街へ戻ったら新しい仲間に連絡した方が良いだろう。彼女はチュートリアルをようやくクリアしたばかりで右も左も分からないプレイヤーなのだから。

 

 洞窟を逆に戻り、僧院地下の階段を上がって陽の光を浴びる。これまたチュートリアルにと用意された、貸し馬に跨ってエドへの帰路につく。

 

---

 

 長い道中はゲームの演出により省略され、すぐにショーグンのお膝元、エドと近郊を隔てる関門に辿り着く。

 門番に通行許可札とともに貸し馬を預けて間もなく中に入ることを許される。すると従者NPCは自動的にパーティを抜けて、一足先にウエサマへ通達すると走っていった。

 目の前に表示されたコンソール画面がクエスト進行状況や自動移動(ファストトラベル)可である等と通達するのを読み飛ばし、メールフォームのコンソールを呼び出して、彼女に聞いたアドレスへフレンドIDを送る。

 

 >シイナヒメさんからパーティの申請があります。

 

 さほど時間を置かず、パーティ申請が返ってきた。聞いているキャラクター名で間違いないことを確認し、許可を押す。

 俺より四、五歩離れたところに黄色い光のエフェクトが巻き上がり、そこにうっすらと人の形が現れる。鮮やかな赤いシルクのキモノに、ほのかに輝く青いオビを巻き、腰には魔法の物質要素が入った巾着袋ポーチを吊り下げ、頭にカンザシを刺す冒険者に見えない衣装は、荒事に手を染めることのない術者クラスのものだ。

 

「術者にしたか。初めはサムライが良いとは、キャラ作成の説明にあったろう」

「だって、サムライは魔法が使えないのでしょう?」

「レベルを上げても、魔法使いのクラスは取れる。チュートリアルでは鎧を着、武器を振るえるクラスで始めねばとても苦労する。よく切り抜けたものだ」

「チュートリアル?なんですか、それは」

「ゲームが始まった時、地下に居たろう。まさか、帰ったのか?」

「ええ、帰りました。

 だって街で会う約束をしてましたから、地下に街はないでしょう?」

 

 俺は天を仰いだ。チュートリアルクエストは、その後のメインクエストに繋がる。メインクエストの攻略がゲームクリアに繋がるので、このゲームの目的を考えれば早々にチュートリアルを済ませ、報酬をいただいて始めるのが早いのだ。

 

 




キャラ名に特に意味はない


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ボツ稿 冒険者学園もの

強くない主人公に、強いヒロインっていいよね
でも書いては消して、3話ちょいまで書いたけど、主人公の反応がおかしいとこあったので固め直すまでボツに。
これは記録兼進捗用




 西暦20XX年、未成年のみ通行を許される異世界への“門”が現代に現れる。攻略のため冒険者学園が設立されて3年、誰も“門”の創造主に会えず。高みを諦めた冒険者たちが現代へ新技術を持ち帰ることに熱を入れる中、

 一周回って冒険者学園もの。




 

 ある時、地球に現れた異世界への“門(ポータル)”。未成年しか入れないその世界は、童話に(ちな)んで「ネヴァーランド(子どもの世界)」と名付けられた。

 “門”の周辺には異世界を調査する主力「冒険者」のための学園が設立されたが、三年間 誰も異世界の神の元へ辿り着き、“門”を作った真意を知ることは出来ず。

 それよりも従来の不可能を可能にする「魔法」の力を異世界より持ち帰ったことで、やがて冒険者は異世界の恩恵を地球にもたらす存在へと変わっていってしまった……。

 

=1=

 

「バック、オーライ、オーライ……中身はなんだぁ?」

「乾物だよ!『海賊町』からのサメの干物だ!」

 

 いくら冒険者(学生)が異世界の加護を受けていて剣や魔法をすぐに使えるようになると言っても、最初から自動車より大きなレッド・ドラゴン(赤龍)を倒せるわけではない。

 剣の腕は野犬や狼一匹を撃退するのがせいぜい、魔法使いの呪文も弓矢並の威力の魔法を一日数発飛ばせる程度では戦場の華には程遠く、そんな新入生だけでパーティを組んで冒険に出れば、たちまち馬並みの馬力を誇るオーク集団に囲まれボコされ殺されるのがオチだと、経験者(先輩方)は語った。

 ゆえに新入生は2、3レベルになるまでは上級生と同行し、学園が掲示する輸送クエスト等で野外行進が楽になるレベルまで経験を重ねるのが定番らしい。

 

「おう新入生、よく無事で帰ってきた。ゴブリンの槍が窓から飛んできて、胸に風穴が開いたりしなかったか?」

「これでクエストは二度目ですよ。一度目はオークに腕の肉をバッサリやられました、先輩からポーションもらえなきゃ死んでましたね」

「そうか、良い先輩に当たったな。じゃあ、次からはこの金貨で自分のポーションを買って気をつけるようにな」

 

 声をかけてきたのは、“門”の異世界側近くにある街から雇われた現地の人夫たちだ。“門”を通り抜けられるのが未成年と機械のみとあって、圧倒的なマンパワー不足に悩まされる冒険者学園はたくさんの現地民の人手を借りている。

 この人夫もずっと以前からこの仕事に務め、数々の冒険者を見て 事情を知ったふうに語っているものの、所詮 現地の一般人の感覚しか持たない彼は冒険者の悩みが分からない。

 

(今回の報酬、金貨50枚はちょうどキュア(治癒)ポーション一本分。

 一般人を抜け出すには金貨1000枚はする「魔法の装備」を手に入れなきゃならないのに、保身を考えてポーションを買ってる金があるものか)

 

 片道1000kmを一週間かけて往復し、クエストを終えて手に入れた0.5キログラムの金貨袋。

 現代に持ち込めば(含有量を考慮せずとも)軽く一万円は超えるだろう(きん)だが、その価値の暴落を防ぐため現代への持ち込み等が規制されている。金貨の利用は異世界のありふれた通貨としての利用か、学園を通じた低レートでの換金しか許されていない。

 よって2000金貨までクエストを手に入れるには20回受けなければならないが、そんな悠長なことをやってられるわけにはいかない。

 

(エリートの奴らはもう魔法の装備を揃えて、とっくに一年生だけで冒険に出ているのを見た。

 金も力もなけりゃそれだけスタートが遅れて、まだ誰も訪れてない「未到達地点」攻略のような栄誉は遠ざかるばかり……くそっ)

 

 心の中で悪態をつくが、この悩みを誰かが聞いてくれるわけでもなし。

 聞く価値もないと軽蔑し この場を立ち去ろうとした矢先、同じクエストに従事していた一年生たちが声をあげた。

 

「おい、あれ見ろよ、トラックに乗ってるの てんしさんだ」

「本当だ。入試で主席を取ったのに『攻略組』の誘いを断ったって、ホントだったんだな」

 

 俺に向けた言葉ではないが、声に釣られて そちらを見る。

 既にある(わだち)をなぞるようにやってきた次のトラックの助手席には、窓から差し込む夕日に黒髪を煌めかせ、その前を見据えた凛々しい顔をパラディンと呼ばずして何と言おう美しい姿があった。

 新入生で最も有名で、顔の狭い俺も顔を知っているほどのその女子はてんし(天使)という名にふさわしく、入学試験で前例のない人外じみた高スコア(能力値)を叩き出した学年主席の女の子だ。それだけの才能を持つ新入生を上級生が放置するはずもなく、『攻略組』と呼ばれる最前線で活動する三年生たちも集って勧誘したらしいが、彼女はその全てを断ったという。

 先約があったとか入試のインチキがバレたとか様々な噂が流れており、断った話すら半信半疑ではあったものの、稼ぎも効率も悪い護送クエストのトラックに乗っているところを見るに攻略組を蹴った噂は本当らしい。

 彼女は俺のように才能不足で燻っている連中とは決定的に違うはずだが、なぜ冒険者の底辺に身をやつすのか。パラディン様らしい聖騎士の誓いに準じたボランティアか、何の酔狂か知らないが、非才を持つ彼女なら多少遅れても底辺から上に舞い戻るのは間違いなく簡単なことだ。

 多くの才能を持つ彼女は、冒険者としてやりたいことは何でもできるだろう。トラックのドアから飛び降り、曇り一つないキレイな笑顔を浮かべて駆ける天使(てんし)の姿は恥ずかしい弱さのない様を体現しており、とても眩しかった。

 底辺冒険者の俺は彼女を見ていると住む世界が違うと感じ、己の気恥ずかしさで目を焼かれる前に顔を背け、急ぐように立ち去ろうとした。

 

「そこの、あなた! わたしとパーティを組んで!」

 

 だが、その天上人が誰もが羨み、待ちわびていた言葉を発するなど予想だにしなかった。

 

 

=2=

 

 後方から発された天使(てんし)の言葉は俺の足を釘付けにする。

 目を向けずとも決意を込められた言葉であることを身体が理解したが、決して自分(オレ)に向けた言葉ではないと思った。

 他の人を差し置いて、俺に選ばれる合理的要素はないと分かっていたから。

 

 あ、と驚きの声を上げる仕事仲間のいたところを過ぎる。駆け足の音が近づいてきて、ポンと肩に衝撃がかかった。

 衣服越しにほんのりとした人体の温もりが神経に伝わる。この手は誰の手だ。

 

「探してたの、あなたみたいな目をした人。わたしと同じ目を持った人」

 

 吐息がかかるほど間近で声をかけられ、まさかまさかと俺は恐る恐る顔を横に向けると、そこには俺が思っていなかった(・・・・・)通りに天使(てんし)が手を伸ばしていていた。触れるのも躊躇(ためら)う彼女の美しい手は薄汚れた俺の肩にかかっている。

 

「その目よ。その目は『攻略隊』では得られなかった。

 多くの冒険者が忘れた、高尚な気持ちを持つ人が必要なの」

 

 何故だ。何故 俺なんかにその手を伸ばす。それは紛れもなく あなたが手に入れられる栄光を汚す行いだ。

 決して優れた冒険者になれないと宣告されて、わずかばかりの可能性のために泥塗れの冒険者(ていへん)になると決めた俺は、あなたとは違いすぎるのに。

 何より選ぶ意味がない。彼女にあって俺にないものは、それこそ「ない」という要素くらい。まさか、哀れみをかけているのか。馬鹿にしてるのか。

 

「俺に、そんなものは……ない!」

 

 突然の驚きに頭が回ってないと自覚してはいたが、言葉を止められなかった。

 凍りついていた身体は怒りの熱で一瞬にして溶けて、肩にかかった手を振り払う。空回りそうになる足で必死に地を踏みながら、俺は走った。

 

 傍目から見るとバカな子どものように全力で走って、学生寮に駆け込むまで足を止められなかった。

 

 自分に割り当てられた部屋に飛び込んで、ベッドにうつ伏して、情けなさに嗚咽を漏らす。

 

「どうして、なんで俺なんだよ……」

 

 

=3=

 

 俺が冒険者学園に入った理由は「憧れたから」の一言に尽きる。

 

 魔法のある未知の異世界を見たかった、剣と魔法を身につけてヒーローになりたかった、現代では得られないロマンがあった、など。

 色々な憧れが混じっていて、とてもその気持ちを言葉にまとめられない。でも間違いなく一番大きな憧れは、先に入学し、優れた戦士として華々しい功績を上げた二つ上の姉の存在だ。

 運動能力は劣るけど、血を分けた俺なら我が姉ほどの、あるいは別分野なら姉以上の功績を成すことも出来るだろう。

 そう思って冒険者学園の入学試験に志願し、そして合格した時に俺の喜びはピークに達した。だが入学後、俺は絶望に叩き落とされた。

 

【筋力】が低い(力が弱い)のでファイター(前衛)は不向き、【知力】も低め(頭も良くない)なのでウィザード(術者)に不向き。

 【敏捷力】が高く(手先が器用で)、次いで【判断力】がそこそこな(物の察しが良い)のでローグ(技能役)クレリック(支援役)が適正だが、それぞれ【知力】(覚えの悪さ)【筋力】(運搬能力)が足を引っ張っている。

 基本四職クラス全てに最適正なし、よって才能なしと判断する』

 

 冒険者学園の入試は最低限を測るもので、本当の才能の有無は入学後に判断されると、俺のうぬぼれはすぐに思い知らされた。

 俺と違い、才能ありと判断された新入生たちは次々に二、三年生に勧誘されていった。中でも入試次席の女の子―――鉄面皮の仏頂面がトレードマーク―――は非常に高いウィザードの適正を見込まれており、俺の目の前で大勢の先輩が波のごとく押し寄せて攫っていった。

 もちろん、俺たち才能なしと判断された新入生にその人波は寄ってこなかった。代わりに学園の事務員がやってきて、例の護送クエストを紹介してくれただけ。

 

 

 あくまで俺が才能なしとされたのはファイター、ウィザード、ローグ、クレリックの重要で必須な四クラスのどれも最適ではなかったからであって、それ以外に目を向ければ最適なクラスはあった。

 身体を武器防具とするのに特化したモンクや、自己防衛能力を高めたローグ亜種であるニンジャなどは高い【敏捷力】と【判断力】を持つ俺に適していた。

 しかし基本から外れるのはそれだけ選ばれない理由もあるわけで、モンクは前衛でありながらファイター以上の高能力値が求められる難クラス、ニンジャはローグとして重要な技能面を削ってわざわざ生存能力を高めた、つまるところ自分本位なクラス。

 そんな扱いの難しいクラス、あるいは最適ではないクラスになった冒険者を、最前線でギリギリの戦いを繰り広げて余裕のないパーティが欲しがるわけがない。そういう遊びのある冒険者が入るパーティとは最前線から外れた、「魔法のアイテムを現代に持ち帰りたい」とか「金稼ぎしたい」とか攻略を二の次にしたような連中である。

 考えが甘かったのは認めるが、俺は利益のために冒険者学園に入学したわけじゃない。俺は姉のように冒険者として、現代では到底出来なかった功績を上げるために入学したんだ。だから将来性を捨てて、単なるローグやクレリックになる選択肢はとても選べなかった。

 クレリックなら一日数発のキュア(治癒)呪文で小銭稼ぎが出来たろう。ローグなら低い【知力】でもまだ多くの技能を身につけることが出来たろう。

 だが俺はそういった甘えを捨てて、ニンジャとなる道を選んだ。底辺で泥塗れになっても冒険者であるために。

 

 

 

 

 

=4=

 

 次の日、今日もまた稼ぎを得るために学生寮を出た途端、俺は見知らぬ二年生たちに建物裏の暗がりへと連れ込まれた。

 原因は他ならぬ昨日、一方的に声をかけて俺の心を惑わしたあいつであって、俺に原因があるとは思えないのに。

 

「お前みたいなやつが。ふざけるなよ、お前みたいな冒険者(ていへん)が先輩を差し置いて、彼女に誘われるなんてギルド全体の屈辱だ。

 いいや、お前の存在こそが侮辱だ。お前みたいなやつが冒険者であるのがいけなかった」

 

 戦士系クラスの何かだろう、高い【筋力】差とレベル差で無理やり引きずられて抵抗は叶わなかった。

 ぐりぐりと、拳が脇腹にねじ込まれて じわじわと痛めつけてくる。

 

「なんとか言えよ。謝まれ。冒険者になったのが間違いだったと。

 お前が冒険者を辞めれば、誘われたことはなくなる。」

 

「それは出来な――ッ」

 

 否定を口にしかけた途端、気を失うほど強烈な拳が捻り込まれた。

 

 

 

 そして意識が覚醒する。わずかな治癒の力が浸透して、無理やり覚醒させられる。

 

「《キュア・マイナー・ウーンズ(かすり傷の治癒)》だ。金貨5枚、冒険者(ていへん)が一人雇える額だぞ。わざわざ使ってやるには勿体無い」

 

 冒険者の力は簡単に悪用される。火球を放てば大勢の人間を焼き殺せるし、逆にこうして怪我や傷を負うたびに回復してやれば気を失うことも死ぬことも許されない。

 

「俺たちはお前が謝るまで決して許さない。

 火、水、空や地下の世界を潜り抜けて制覇した先輩の誘いを断った挙げ句、彼女がお前を誘うなんて絶対におかしい。

 お前が先輩より優れているなんて、ありえない」

「……うう」

 

 二年生はまた俺にじりじりと素手で継続的な痛みを与え続ける。

 俺だってあれは何かおかしなことだと思う。どんな世界を旅してきたのかは分からないけど、その先輩は俺よりずっとずっと先を冒険した功績を立てているんだろう。

 と、傷と痛みで言葉にならない呻き声だけが口から漏れる。

 

「ただのパラディン様が気違えただけなら良かった。だがあんな気違いでも今年の主席で、先輩が勧誘した時から今でもずっと注目を集めている。

 そんな気違いが再び気違えて正気に戻った(・・・・・・)ら、誘いを断られた先輩にこそ原因があったって、評価が裏返りかねない」

 

 そんな。やっぱり俺は関係ないじゃないか。

 

「だから、お前は断られなければならない。分かるか、説得しろと言ってるんじゃない。気違いに話が通じると誰も思ってないからな。

 彼女がお前を勧誘したことを絶対に諦める理由が必要だ。

 簡単な話だ、そう、お前が冒険者(がくせい)を辞めれば簡単に解決するだけの話だ」

 

「……意味が、分からない。何も、悪く、ないじゃ、ないか」

 

 常に与えられる痛みが思考と発言を阻害する。

 

「いいや、お前が悪いんだ。あの気違いに誘われたお前が……力も才能もない冒険者(ていへん)なのが悪い。

 この世界は強ければ自由だ。弱いお前は不自由なのが当然、それがあるべき姿だ。

 お前は弱い。弱いお前は真の『冒険者』になれない。優しい先輩の忠告だ、諦めろ。はいと言え。イエスだ。頷け」

 

 違う。俺は冒険者(ていへん)だけど、『冒険者』なんだ。お前のような勘違い野郎とは違う、本当の冒険者になるんだ。

 

冒険者(がくせい)は権利を得ると同時に義務を負う。同じ冒険者(がくせい)に守られる権利と、冒険者(がくせい)を守る義務だ。

 しかるにその行為は冒険者(がくせい)の義務に反し、権利を侵していると思うがどうか?」

 

 かつて憧れていた、聞き慣れた声が響く。俺に与えられる痛みが止まった。

 

=5=

 

 囲んでいた上級生がパッと離れ、支えを失った俺の体はその場に崩れ落ちる。

 

「いやいや生徒会長サマ、誤解してませんかねぇ。

 これは質問していたんですよ、ご存知でしょう? 昨日、あの難攻不落の主席サマがこの新入生を誘ったんですよ。

 一体 何があれば彼だけが選ばれるのかととても不思議に思いまして、いても立ってもいられずこんな朝っぱらから無理やり気味に誘わざるを得なかったんです」

 

 俺を取り巻く二年生のうち拷問的なキュア(治癒)担当だったクレリックがサッと向こうを振り向き、早速ペラペラと口を回し始めた。

 たった今 俺を苦しめていた奴らの言葉とはとても思えないが、取り締まることは出来ないだろう……傷という証拠はきっちり施されたキュア(治癒)で残っていないから。

 

「その話は聞いている。しかし、一年生が同じ一年生を誘いたいと思うことは不思議ではない。

 新入生が自由な冒険することを望み、従来の先輩たちに率いられる慣習を好まないのはよくある話だ」

 

「それならば、やはり優れた『攻略組』の一年生と組んだ方が安全で安心もできるでしょう? 私たちはそこが不思議なのですよ」

 

「……私見ながら、お前たちのそういうところが原因だろうよ。

 安藤二年生、他二名。下級生への接触はパワーハラスメントにならないよう注意せよ」

 

 表面だけは無傷な体にようやくフラフラだった感覚が追いつき、立ち上がれるようになった。

 しかし彼らの会話に口をはさむ前に、注意を受けた上級生は首をすくめて早々に退散した。どうせ追求したところで、無駄にしかならなかったろうが……。

 

「ありがとう……ございます、会長」

 

 俺は礼を言った。先ほどのやりとりは聞いてたし、顔も名前も役職も知っている相手だ。

 冒険者学園三年生、現・生徒会長。高レベルのパイアス・テンプラー(聖堂騎士)であり、単独でも集団でも学園の実力上位に位する人物である。

 

「今この場には私しかいない、プライベートな場だ。人が来るまではいつも通りでいい、タカ」

「はい、姉上」

 

 だが俺にとっては冒険者を志したきっかけ、憧れの姉上でもある。この人のようになりたいと思い、入学して理想と現実の違いを味わった。

 

「散々な目に合ったな。今まで全ての誘いを断った主席が、初めて誘ったという話を聞いたが……良くも悪くも本当だったか」

「良いことじゃなかった。俺は上位互換のある立場だし、彼女がわざわざ選ぶ理由はなかったはずだ。

 なんであんな言葉をかけられたのか、今でも分からない。昨日のことは彼女の気まぐれだと思ってる」

「理由がないことはないだろう。先ほどの安藤二年たちは“聖騎士の誓い(パラディン・コード)”に反していた」

「たしかにそうだけど。それを言うなら俺だって悪人ではないけど善人でもないし、パラディンの仲間にそぐわない」

 

 パラディン(聖騎士)は特に邪悪なる生き物を探知し、懲らしめることに長けた前衛クラスだ。ただしその対悪能力のために、善人であり、悪なる行いを自他ともに見過ごさないと誓うデメリットが存在する。その誓いの中には弱者を救う条項もあり、昨日は俺がその弱者に見做(みな)されたと思い、怒ってしまった。

 とはいえ、落ち着いた後でそれは短気だったと反省している。しかし そうするとあんな言葉をかけられた理由が急な気違いしか思い当たらなくなった。

 それはそれで幸運な話だが、先のように嫉妬を買うのだから不運な話でもある。

 

「悪でなければ、パラディンのパーティメンバーにはなれる。誘われない理由にはならない」

「でも優秀な技能役なら『攻略組』に十数名はいるはずで、それを無視して俺を選ぶ理由が思いつかない。

 まさかその全員が悪人だったから誘えなかったことがあるわけないし」

「そうでもない。恐らく、タカにも分かる単純なことだ」

「……どういうこと。

 姉上はあのパラディンの考えが分かったの?」

「十中八九。しかし正確なところは本人に聞くべきだろう。

 彼女はタカのことを調べてるようだ。少し学園を回れば直に向こうから見つけて会えるだろう」

 

 だが姉上の口ぶりでは、運や気まぐれでないと考えているようだ。俺にはそれが分からず、聞き返したが答える気はなさそうだ。

 俺が入学してからというものの、姉上は昔よりやや冷たくようになったと感じる。今のように人目のない場ではプライベートで接してくれるし、生徒会長の立場を気にしてるわけではないようだが……甘やかせまではいかずも、優しくしてほしい。

 

「やだよ、そんなことしたら理由なんか関係なしにまた先輩たちに絡まれる。

 それに今日はクエストを受けない。これからダンジョンに行くつもり」

「ダンジョン……まさか一人(ソロ)か?

 タカのレベルや装備では厳しいぞ。力量を超えた敵が出た時に覆す手段がない」

「知ってる。でも敵を避けて財宝を見つけるだけなら一人でもできる。クラスをニンジャにした理由の半分はそのためだから」

 

 ダンジョンはこのネヴァーランド(異世界)の中でも最も異なる法則を持つ空間だ。

 ここ“門”のある地の南方の祠内に四つの階段があり、そこから降りた先が別々の部屋に繋がっている。部屋は更にいくつか別の部屋への通路が繋がっており、部屋によっては危険な罠や敵が待ち受けている。その部屋にしたって日をまたぐ毎に部屋と部屋との繋がりや構造が変化し、昨日 敵が部屋に襲撃をかけたら今日は罠に引っかかるなんてこともあるそうだ。地下と地上をつなぐ階段は別の空間をつなぐ魔法の出入り口になっていて、祠内の北の階段を降りて少しまっすぐ南に向かえば、必ず南の階段が見つかるわけではない。

 そんな複雑なダンジョンだが、一方で棲み着いた敵が部屋に財宝を蓄えていることがある。運が良ければ敵がおらず、宝だけが隠されている部屋もある。大抵は隠した上で鍵や罠がかかっているものの、ローグ系クラスの亜種であるニンジャにはそれを発見し、外すことが可能だ。

 

「金を稼ぐなら、クレリック(術者)になる方が安全だったが……」

「癒やすために前に出る必要があるんじゃ、将来【筋力】不足が足を引っ張る。それをしっかり説明したのは学園(姉上)の方でしょう」

「そうだな、強制はしない。だが無理はするな、一年生に時間はあるんだ。三年間で行けるとこまで行けば、やがて夢も叶うだろう」

「……夢は叶えるものだよ、姉上」

 

 計算込みであると語り、ただの無謀ではないと悟った姉上はせめてもの言葉をかけてくる。だがその中に、憧れの姉上からは聞きたくない言葉があった。

 姉上は、生徒会長になるまで自力で夢を叶えたのではないのか?

 やはり姉上は昔から変わってしまった。異世界側では実質 学園の最高責任者であることもあって、生徒会長の仕事が大変なのかもしれないが……。

 

 いや、まだ未熟な俺には姉上の苦労を語れるほどの知識も経験もない。余計な憶測は止めるべきだ。

 

「うん、行ってきます。十部屋ほど回れれば、すぐ帰ってくるつもり」

「行ってらっしゃい。無事を願っている」

 

 姉上に別れを告げ、俺はダンジョンのある祠へと向かった。

 

 

 

=5=

 

 ゴブリンが騒ぐ部屋、虫の羽音がする部屋、一見静かでもあからさまな怪しい複数の死体が転がっている部屋などを避け、隠された落とし穴や大鎌が飛び出る罠を回避し、ようやく部屋の片隅の裂け目に隠された財宝を見つける。

 顔にかけた暗視ゴーグルを頭に上げて、覆いをずらしたランタンの光に宝を照らす。

 

「宝石に両手剣。

 作りは良い。魔法は……かかってなさそうだな」

 

 色のついた小ぶりで不透明なジャスパー(碧玉)が一つ。それからやや軽めの高品質な大剣が一本。当然、軽装なニンジャの自分には重すぎて扱いきれないが、現代でも希少な職人レベルの業前だけに売って金貨200枚弱の価値がある。

 俺が回った部屋の数は十にも満たず とても自慢できないが、罠や敵に遭遇しないよう二時間かけ慎重に進んだ末の成果である。ソロ(一人)活動は全ての稼ぎも責任も自分にやってくる、気を張った俺の精神はすっかり消耗しており、これ以上の探索にはミスが付きまとうだろう。

 鞘代わりに布に包んでバックパックにしまい、置いていたランタンを拾って今日の探索を終え、帰ろうとする。

 

 しかし扉を挟んで地上への階段までわずか100メートル程の帰り道についた矢先、遠くから金属音が響き始めた。

 発生源は遠いが、今まで静かだったダンジョン中に何もなしに鳴ることはない。冒険者とモンスターの戦闘か、モンスター同士の戦闘か、罠によるものか。いずれにせよ何かが近くに踏み込んだことはほぼ間違いない。

 金属音は一度では止まらず、戦闘のように断続的に続いた。片耳を覆い、発生源の向きを特定すると、その方向は……一番、帰り道の方角でよく聞こえた。そのあたりに罠はなかったから、ワンダリング(徘徊)・モンスターだろうか。戦闘する準備は整ってなかったためにマズいことになった。

 

 俺はバックパックからなけなしの金で買った虎の子、酸入りの瓶を取り出す。硬い鎧や分厚い外皮を纏ったモンスターには下手に武器で攻撃するより、触れただけでダメージのあるこういった道具の方が効きやすいのだ。勿論、銃や爆弾の方がよりダメージは大きいのだが、許可を得るのにライセンスが必要で、また高額であるし、そうでなくとも爆音が別のモンスターを呼び込むので結局 使えたもんじゃない。

 俺は慎重に通路を進み、そっと部屋の扉の前に立った。扉でくぐもってはいるが、戦闘音はこの扉の奥で今も続いている。

 いや、たった今 その音が止んだ。どちらかが決着をつけたか。奇襲をかけるなら今がチャンスだと、頭に上げていた暗視ゴーグルをかけ、ランタンに蓋をして、モンスターが残っていれば奇襲をかけるつもりでそっと扉を開き、中を覗き込む。

 

 部屋の中には、倒れ伏すゴブリンが数体と、剣を手に死体を見回して残心する軽装の人間一人の姿。良かった、モンスターではない……でも一人(ソロ)だと?

 罠の危険を知らされている学園の冒険者(学生)は、一人(ソロ)で余裕の高レベルでもない限り潜ることはないだろう。そして高レベルでもローグ以外のクラスは当然、罠を外す能力がなくリスクを負う。そもそも高レベルのお宝とダンジョン低レベル階層で得られる財宝は桁が違うので、よほどじゃない限り利益は前者に軍配が上がるだろう。

 利益を重視しての人物ではない。なら、一体どんな戦闘狂がやってきたんだと、その面を伺った。

 

 それは昨日 俺を最も悩ませた当人の女の顔をしていた。なんだ、戦闘狂じゃなくて気違いのパラディンなら安心……できねえわ。俺は扉を叩きつけるように閉じた。

 そんな慌てた行為によって、つかつかとこっちに近づく靴音が響く。不味い。暗闇に紛れようにも、向こうはケミカルライト(蛍光棒)の明かりを持っていた。また技能役でなくとも【判断力】の高い(勘の良い)彼女を騙し切る隠密能力の自信はない。

 通路をそろそろと後ろ歩きに下がるが、あいつは思い切りがよく俺が5メートルも離れないうちに扉を開けた。明かりの範囲に照らされる前に背後を振り向いて、前の部屋に走って逃げる。

 

「待って、一緒にパーティを組みましょう!」

 

 追ってきた。しかも既に俺だと確信されている。ダンジョンを潜ることは姉上しか告げていないのにどうやって突き止めてきたか。

 

「冗談じゃない! なんであんたと……」

 

 悪態を付きながら、扉を開けて、入ってすぐに閉める。部屋は明かりで照らしきれない広さがあった、どうにか部屋の隅の暗闇に隠れれば上手くすり抜けれるだろう。どこが一番暗闇に隠れられるものかと暗視ゴーグルで部屋を見回す。

 スピア()を構えたコボルド(龍の眷属)の集団の一体と目が合った。

 いや、ここはさっきまで誰も……ああ、ワンダリング(徘徊)・モンスター!

 

「ここね! ……あれ」

 

 コボルドにとっても急な出来事だったようで凍っていた場にパラディンが乱入してきたことで場が動いた。

 

 

=6=

 

 

「hUmAns! kIll thEm All!」

 

「畜生!」

 

 龍の眷属であるこの五体の爬虫類人はゴブリン並に単体はひ弱なものの、数に任せた集中攻撃は防御の薄い俺にとって危険である。

 しかしたった今 エントリーしてきたパラディンが邪魔をして、最寄りの扉の奥に避難することが出来ない。では、今は戦うしかない。

 

 ランタンを握った手の人差し指、中指だけをピンと伸ばし、簡易な印を組む。

 

「幽遁の……」

 

 ニンジャの能力名を呟きながら、すうっと身体を暗闇に溶け込ませる。

 実際はわずか一呼吸の間だけ身体を透明化させるだけのこの忍術は、ローグお得意の敵の不意を突き、急所を穿つのに非常に役に立つ。

 こちらの姿を見失った先頭のコボルドめがけ、握ったままだった酸を投げつける。酸の瓶は手を離れればすぐに解けるが、避ける間もなく顔面に直撃し、目や粘膜を焼き焦がし戦闘不能にした。

 攻撃にいきり立った残りのコボルドが俺のいた空間をつついてくるも、既に一歩ズレておりただ空を斬った風音だけが響く。

 そうするとコボルドたちはちょうと扉の少し前、つまり扉を開けたパラディン様の目の前で隙を丸出しにしている状況であり。敵意を顕にした、悪の龍の眷属であるコボルドたちにパラディンが容赦をする理由もなく。

 

「敵か! チェストー!」

 

 二体目のコボルドがズンバラリと引き裂かれた。戸惑っている残り三体のコボルドたちの目の前で、俺はすうっと姿を現し……またすぐに印を組んで消え、引き抜いたダガー(短剣)で一撃を加えて場所を動く。

 今の攻撃はコボルドの鱗に防がれたが、消えては攻撃を繰り出す俺を警戒してコボルド一体の注意をこちらに向けさせた。酸を使ってしまった俺にもう確実な有効打はないが……そんなのがなくても、あのパラディン様がいる。

 

「やっ、はっ! ずぇえい!」

 

 俺が手を出すまでもなく、一、二、三撃で残りのコボルドをその鱗や皮鎧もなんのそのと切り捨てる。学園最高級の天才はその名に恥じず、その腕一本でコボルドの群れを容易く倒す様を見せつけた。

 幽遁の術を切らしてすうっと姿を現した俺に、彼女はやはり屈託のない笑顔を浮かべて例の言葉を述べた。

 

「どう、これでまた聞けるね。ねえ、私とパーティを組んでちょうだい!」

「そうだな、あんたに俺の力なんていらないことがよく分かる。

 コボルド一体倒すのがやっとの俺の、どこがあんたみたいな天才に見合う?」

 

 俺と彼女しかいないこの場で言葉を選ぶ必要もない。気は引けたが、俺は率直に最大の疑問をぶつけた。

 彼女はきょとんとした、理解できないといった顔をする。

 

「俺の言いたいこと、分からないわけじゃないだろう。俺の上位互換なら、『攻略組』の新入生に限らず沢山いる。

 なのに、なんで俺みたいな冒険者の底辺を誘った。パラディン様が弱者を哀れんだ、なんて冗談はよせよ」

「まさか。あなたは私よりも強くて、あるいは勇気ある人よ」

「強くて、勇気? 他ならぬパラディンがそれを言うのか。何がだ」

 

 恐怖への耐性を得て勇気には事欠かず、また能力を完全発揮するにはファイターを超える能力値を要求されるパラディンが弱いわけがない。

 

「一人で危険なダンジョンに潜るなんて、リスクを負っても『冒険』する勇気がないと出来ないことよ。

 それを決意できるあなたの心は強くて、何より、それが一番冒険者らしい」

「……いや、これも結局は計算ずくの安全を見越しただけだ。敵を避けて罠捜索に徹すれば、財宝だけを得られると思った。

 でも、それもたった今さっき思わぬワンダリング・モンスターで目論見が崩れるところだった。ただの危険を冒したバカだよ」

「私はそういう冒険者を一番仲間にしたかったのよ」

「バカな冒険者ならバーバリアン(野蛮人)でもあたってくれ」

「違うわ。『冒険者』じゃなくて、『冒険』する者」

「それの何が違うんだ」

「冒険を目的にしてる人。金とか、魔法とか、あるいは強さとか、それを目当てにしていない人が、仲間に欲しかった」

「それくらい、沢山と言わずそこらを探せば一人くらいいるだろう?」

 

 そんなの理由にもならない。冒険に憧れる学生がいないわけがないだろうと俺は反論する。

 

「ええ、そうね。一人くらい いた」

「それなら、真っ先に俺を誘う必要はなかっ……なんだよ、その目は」

 

 俺の言いかけた言葉は、こちらに真っ直ぐ向いた彼女の目を見て 止まった。

 その目はいつもの曇りなき瞳ではなく、光を欠き、澱んだ瞳であった。まるで希望を絶望に叩き落とされた人間のような目。

 口にせずとも悟ってしまった俺は、この時ばかり自身の【判断力】(察しの良さ)を呪った。

 俺が彼女の審美眼にかなった冒険者第一号とは光栄であり、実に不運だ。

 

「クソッ。俺はあんたと釣り合わなすぎる、たとえあんたが良くても、周りは才能も実力も劣る俺のことを許さないだろう。

 それがある限り、俺はあんたと冒険することはできない」

 

 彼女と組みたくない理由には自分の不甲斐なさ、彼女への嫉妬があるも、それらは結局は自分の問題。

 本当に彼女と組めない外的要因は、俺以上に他人の嫉妬を受けることだ。幸運、ことさらに自分で勝ち取っていないように見えるものは特に妬まれるから。

 

「他人は志なんて見ない。それは十分、実感してきたんだろう」

「私はその志を何よりも重くみている。だからこそ(・・・・・)私はパラディンを選んだ。

 あなたも志を遂げるのに等しい、誓約を果たせばいい」

 

 聖騎士の誓い(パラディン・コード)によって力を得、そして誓いに縛られるパラディンは、志を誤ることができない象徴だ。

 勿論、その誓いは多くの人が知るところゆえにその名自体が悪の誘いを断つ抑制となるだろう。

 

「俺もパラディンになれば解決、ってか? 

 冗談を、俺はそこまでそもそも才能が足りない」

「同様の誓いを立てればいいのよ。

 冒険者のうちで有名で、それ自体に誓約を持つもの。ここにとっておきの用意があるわ」

 

 そう言って彼女は紙を差し出した。そんなものあるものか、と訝しげに暗闇に浮かぶそれを、ランタンで照らす。

 

「……生、徒会?」

「今朝、生徒会長がくださったわ」

 

 暗闇に照らされたそれは、無記名の生徒会入会届。

 冒険者学園における生徒会は地球の代理人だ。殆どの学生は生徒会を敵に回す行為を避けるだろう。義務による拘束は増えるが、それは異世界にある他の組織でも同じこと。

 彼女にとっては、俺に関わる問題をスマートに解決する手段だったのだろうが。

 

「ダメだ。生徒会(・・・)だけはダメだ」

「どうして? あなたが私と組めない原因を取り除くのに、これは適しているでしょう」

「確かにそうだろう。ただ最適ではあっても、俺にとって最善ではないんだ」

 

 この入会届を彼女に渡したのは生徒会長。生徒会長は俺の姉。俺がこのダンジョンへ行ったことを知っていて、彼女に教えたのもきっと姉上。

 これは姉上の身内贔屓だ。いや、もし姉上にその意図がないとしても、今の生徒会に関わってはどこかで身内贔屓が入ってしまう。

 俺の思う立派な冒険者の姿は努力や実力の上に成り立ったもの。幸運や血縁の上で成り立った冒険者には決してなりたくなかった。

 

 だが、この内情は結局 俺の問題であり、他人に語れる話ではないし理解してもらいたいとも思っていない。

 抜きん出た才能を持つ彼女に理解できる話とも思えない。自分の問題は、自分で解決しなければならないのだ。

 

「俺は問題を抱えてて、今はあんたとは組めそうもない。

 戦闘の助力については感謝する。これはその礼だ、コボルドの持ち物共々持っていってくれ。

 ただ、これからは俺には関わらないでくれ。そうした方が互いのためだと思う」

 

 説明できない謝罪の代わりに、先ほど得た宝石を押し付けて彼女のお誘いを断った。逃げ去る俺の背中に、彼女は何も声をかけてこなかった。

 

 

 

=7=

 

 姉上の警告が効いたのか、暴力的な先輩が現れることはなくなった。

 その代わり、俺からあの子のことを聞き出そうと、人が連日やってくるようになる。

 魔法の武器防具なんて贈ろうとして俺の口を滑らせようとした人もいるが、彼女の価値は金で買えるものではないため、全て固辞した。

 

 翌日からはパラディンやモンク(拳闘士)の冒険者がやってきたが、。

 

 しかし二、三日すると様子が変わった。

 

 

 

「どういう気持ちの変化ですか。将を射るために馬を射るつもりなら、勘違いですよ。

 」

「そないなこともあらへん、ダンジョン潜ってお宝売ってる一年生は珍しいからな。

 うちによく売りに来てるやろ? 抜きにしてもお得意さん」

 

 今の話し相手は、青葉貿易のお偉いさん。

 通用“ブルー”とも呼ばれる、異世界にいち早く乗り出しその技術と産物を吸収し大成長した企業の一つ。

 特に冒険者にとっては異世界では手に入らない現代アイテム等の輸出元である。

 

 




主人公が受け身すぎたのでボツ。


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