DRAGON QUESTⅤ~父はいつまでも、傍にいる~ (トンヌラ)
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プロローグ・ラインハット編
Episode1:目覚めた流浪の王


ドラクエ5のスマホ版をクリアしました。パパスが死んだときとてもつらかったので書きました。では、どうぞ。


 ラインハット周辺にある遺跡の中で、パパスは光の教団の使徒、ゲマと対峙していた。ゲマに仕える部下、ジャミとゴンズを返り討ちにし、ゲマを倒すべく剣を構えたときだった。

「ほっほっほっほっ。見事な戦いぶりですね。でも、これならどうでしょう」

 不気味な笑いを浮かべながら、ゲマは手元に鎌を出現させ、パパスの息子であるリュカの喉元にあてがった。

「リュカ!!」

「この子供の命が惜しくなければ存分に戦いなさい。でもこの子供の魂は永遠と地獄をさ迷うことになるでしょう」

「くっ……」

 もしもパパスがわずかにでも動けば、あっという間にリュカは殺されてしまう。パパスはただ、ゲマを睨み付けることしか出来なかった。

 動けないパパスに対しまた嫌味に笑ったゲマは、横に立っている部下二人に顎で命じた。

「へっへっへっ。さっきはよくもやってくれたな」

「覚悟しな!」

 先程はパパスに完膚なきに叩き潰された恨みのこもった声で、パパスに迫る。そんな二人に対してパパスは無抵抗でいるしかなかった。

「へっ、動かねえか。ならやらせてもらうぜ!」

 馬のような姿をした魔物、ジャミがニヤリとあざけわらうと、蹄のような手で思いきりパパスの腹を殴った。

「ぐっ……」

 どすっと鈍い痛みがパパスを襲い、呻く。しかしパパスは、じっと耐えるだけだった。

「ふん!」

 今度は牛のような姿をした魔物、ゴンズが拳を振るう。パパスの顔に当たり、思わずよろめく。

「がはっ……」

「まだまだ楽にはさせないぜ! おらぁっ!!」

「ぐぉ……」

「死ねぇ!」

「ごふっ……はぁ、はぁ……」

 パパスは息を吸い込んでなんとか耐える。パパスはじっとゲマを睨み、集中する。この二人を突破し、息子を魔の手から救うためのチャンスを窺うためだ。

 だから今は耐える。例えどんなに攻撃を受けても、倒れないと固く決意をする。

 が、現実は非情だ。

 ジャミとゴンズによって体力がどんどんと削られてきており、集中力も落ちてきている。ましてや、傷ついた体で強大な魔力をもつゲマからリュカを取り戻すことなど、不可能だ。もはやパパスには、希望はない。

 だが、パパスには諦めるという選択肢はなかった。父親として、息子を守るためならば何でもする。その思いだけが、パパスに力を与えていた。

「おらどうしたぁ! 抵抗しねぇのかよ!?」

「抵抗しないと死んじゃうぜ!?」

「はぁ……はぁ……」

 嘲笑と共に身体中を殴られ、パパスはよろつき始める。どうにか立とうと足に力を込めるが、もう足は震え始めてきて、限界を告げている。

 そして、ゴンズの会心の一撃によってついにパパスは倒れた。

「ごはぁっ!! ……うう」

 俯せに倒れたパパスは霞む意識に抗いながら、ゲマを睨んでいた。もはやこの状態で息子を助け出すことはできない。何も出来なかったことに後悔しつつも、せめて最後にできることをしなくてはならない。

 パパスは最後に残された力を振り絞り、立ち上がる。しかし、膝でどうにか体を支えることでしかもう、パパスの体は許さなかった。

「ほう……まだ死んでいませんでしたか。しぶといですね」

 ゲマの若干の驚きを含んだ、形だけの称賛を受けたパパスは睨み返すだけにとどめ、絞り出すようにリュカに叫んだ。

「リュカ! リュカ! 気がついているか? はぁ、はぁ……

これだけは言っておかねば……。じつはお前の母さんはまだ生きているはず……わしに代わって必ず母さんを……」

 パパスの旅の目的は、魔界に拐われた妻、マーサを助け出すこと。リュカには母は死んだと告げてはいたが、それは殺されていたときのことを考えての言葉だ。しかしもはや自分には生きる望みはない。だから伝えられることは伝えようとパパスは叫び続けた。

 が、ゲマは待ってはくれなかった。ゲマは大きな火の玉を掌に出現させ、歪んだ笑いを浮かべる。そして、パパスめがけて投げつけた。パパスの体は一瞬にして包まれていき、全身を焼き焦がすほどの熱がパパスを襲った。

「ぬわーーーーーーーっ!!!!」

 パパスの断末魔が、炎の中から雄々しく、そして空しく響き渡る。炎が消えたころにはもうーーパパスの姿はなかった。ただ、焼け焦げた床だけがあった。

 

 

 

 

「休むな! 働け!!」

――パチンッ!!

「教祖様のため、未来のためにすべてをささげるんだ!!」

――パチンッ!!

「なんだその反抗的な目は!? また鞭で打たれたいか小僧!?」

――パチンッ!!

「働けっ!!」

――パチンッ!!

「働けっ!!!」

――パチンッ!!

「働けぇ――!!!!」

――パチンッ!!

 

 

 

「――っはぁ!! はぁ、はぁ……」

 何かに衝き動かされるようにパパスは起き上がった。肩を上下させて呼吸を整え、気分を落ち着かせる。が、妙に身体が痛む。ちょうど久々に体を動かしたときにおこる筋肉痛のような痛みだ。だが痛み出したのは背中、普段使っているはずの筋肉だ。

 そこまで思考が回ってきたとき、パパスは思い出す。こうしてベッドの上で目覚める前に何があったかを。

(確かわしはゲマにやられて……)

 そう、ゲマに嵌められて殺されたはずだ。だが、どうしてか生きている。あるいは、ここが死の世界か何かなのだろうか。

 状況がよくわからないまま、パパスはベッドから降りようとする。が、足を下した瞬間、激痛が走って崩れてしまった。

「うわっ!?」

 パパスは前のめりになって床にたたきつけられる。灼けるような痛みが全身を襲い、まともに立つことすら叶わない。腕に力を込めてみるも、逆に痛みが襲い掛かってくる。鍵のかかった鉄格子を破壊できるほどの力があったはずだというのに、こんな情けない状況になっているのだから、屈強な精神を持つパパスでも心が折れかけた。

 ああここで飢えて死ぬのかと悲観したところで、かすかだが足音が響いてきた。パパスはどうにか顔をあげると濃い青のローブを纏った女性が近づいているのが確認できた。

「あっ!? だ、大丈夫ですか!?」

 倒れて動けなくなっているパパスに気づいたようか、パタパタと慌てて駆け寄る。そしてパパスをゆっくりとベッドに戻した。解放が必要になっていることを自覚させられかなり辛くなったが、パパスは笑顔を浮かべてありがとうと告げようと声を出そうとするが、喉もものすごく痛くて咳込んでしまった。

「無理をなさらないで! 10年も寝てたわけですから……」

「ゴホゴホ……え?」

 パパスは咳き込むのをやめ、女性の方を見た。

(10年間もだと? そんな長い間わしは寝ていたというのか?)

 先ほどから感じて痛みがすうっと消えていき、代わりに驚きで身が震え始めた。10年ほどの歳月を寝て過ごしてしまったという後悔と、いまだに信じられないという懐疑の念が混ざり合っている。

 だが、この少女が嘘をついているとは思えないし、思うように動かないという事実もある。認めざるを得ないだろう。

「とりあえず食事にいたしましょう。10年間点滴だけで、まったく食べていないのですから。少々お待ちくださいね」

 パパスは声を出せないので軽く会釈し、女性の後ろ姿を目で追った。正直状況がうまく飲み込めてはいないが、とりあえずはこうするしかない。女性無しでは何もできないのだから。

 数十分ほどたち、食事が運ばれてきた。10年ぶりの食事であるため、負担をかけないよう香草のスープと柔らかめのパンのみだったが、今のパパスには食欲がないためちょうどよかった。さっそくパパスはスプーンを手に取ろうとする。が、うまくつかめず、結局女性が口まで運んでくれた。

 口を開け、女性がスープをそっと流し込む。温かい液体が、乾ききった喉を刺激し、癒していく。どうやらこの香草には治癒効果があるような気がする。

 女性に手伝ってもらいながらもすべてスープを飲み干し、次はパンを食べる。パンはそこらにあるような普通のパンだったが、久々に食べるものであったのでとてつもなく美味しく感じた。こちらも細かくちぎってもらって食べた。

「……ふぅ、ごちそうさま。ありがとう」

「おや、もう喋れるようになりましたね。よかったです」

「いや、助かったぞ。食事もおいしかった」

 パパスはふうと一息つくと、真剣な表情にかえ、食事中にずっと抱いていた疑問をぶつけた。

「……それで、わしは本当に10年間寝ていたのか?」

「はい、そうです。あなたは私が子供の時からずっとここで寝ていました。ある日突然あなたがここの教会の海岸に倒れていて、介抱したのですが目覚めなくて……」

「なるほど……」

 とりあえずわかったことは、パパスはなぜか教会に運ばれていて、そこで10年間寝てしまったということだ。

 いや、もしかしたらかなり強引ではあるがゲマの火炎攻撃で吹き飛ばされてここまで来てしまったのかもしれない。ただ、それが本当かを知るすべは恐らくないだろう。

 とりあえずここ10年間でどんな変化があったかを調べる必要がある。そしてーー息子の安否も確かめなくてはならない。まずは情報を集めなくてはと、パパスは質問を再びする。

「ここ10年でなにか大きな出来事はあったか?」

「大きな出来事ですか? ……そうですね、《光の教団》が力を増してきていること、ですかね?」

「《光の教団》か……《光の教団》は今何をしている?」

「どうやらここから西の孤島で大きな神殿を作り上げているらしいとの噂を聞きました。もしそれが本当なら恐らく奴隷などが作業させられているのでしょう……」

「奴隷……まさか……」

 パパスは衰えていない聡明な頭脳でひとつの推測を生み出す。10年前、光の教団の使徒ゲマはリュカをもしかしたら拉致したのではないのか。先ほどの話が本当ならリュカは殺されてはおらず、奴隷として生かされて働かされているのかもしれない。リュカは戦闘能力が高いので殺されてしまうのかと危惧していたが、どうやら奴等にとってはとるに足りないものだと判断したのだろう。最もあの後リュカが殺されていないという保証はないが、生きている可能性も0ではないことだけはわかっただけでもいい。

「そういえばまだお名前を伺っていませんでした。10年間も一緒にいたのに名前すら知らないなんて滑稽な話ですけどね」

「おっと、これは失礼した。わしの名前はパパスだ」

「パパス……? どこかで聞いたことがあるような……?」

 それもそうだ。グランバニアの王であるのだから名前が通っていてもおかしくはない。が、正体を明かすと面倒なのではぐらかすことにした。

「いや、人違いだ。貴女の名前は?」

「申し遅れました、私の名前はエリサです。ここでシスターをしております」

「うむ、よろしく。自己紹介の後に恐縮だが、頼み事をしてもいいか?」

「ええ、なんなりと」

「10年間も寝たきりだから正直体を動かすことができないんだ。すまないがリハビリに付き合ってはくれないだろうか?」

「それくらいなら構いませんよ。ですが今日はお休みください」

「……う、うむ」

 本来ならまだ行方の知らない息子を一刻も早く探しに行きたいところだが、この身体ではどうしようもない。パパスはそう判断して、休むことを選んだ。

 エリサが部屋から出ていった後、パパスはふうっと一息ついた。

「……しかし、どうしてわしは死ななかったのだろうか」

 頭を抑えながら考えるも、一向に思いつかない。客観的に見ても、助かる道など存在しないはずだ。パパスはなおも考えるが、無理だった。

「考えてもしょうがないか……とりあえず明日のリハビリに向けて寝るとしよう」

 パパスはベッドに潜り、瞳を閉じて、眠りについた。

 

 

 

***

 

 

 

 パパスが目覚めた次の日からリハビリに励んだ。最初は歩くことすら困難だったが、さすがは歴戦の王、ほぼ一週間で回復してしまった。そして教会で管理している剣を借りて素振りを続けた。一か月経ったころにはすっかり10年前とほぼ変わらない状態に戻っていた。

 そしてリハビリの最中にも様々な情報を収集した。ラインハットの王の座をヘンリー王子の弟が継いだこと、ヘンリー王子を誘拐しているのはパパスであるとされていること、ラインハットが恐怖政治を執行していること、第二の故郷のサンタローズがラインハット軍によって襲撃されたことも聞いた。

 しかしパパスは知っていた。そんなことをするような人間は別にいることを。デール王の実の母親の太后である。パパスは酒に酔っ払った魔物から盗み聞いたのだが、実の子ではないとはいえ、ヘンリーの王位継承を嫌い、魔物たちに暗に殺させようと手を回したのだ。おそらく奴が実権を握っているに違いない。

 ただ今はラインハットの黒幕を成敗することよりも先に息子を探すべきだと判断したパパスは、装備を整えて外に出る。教会の人間に船を用意させてただ一人で教会の本拠地へと乗り込もうと浜辺に出たその時だった。

 

「ん……?」

 

 パパスはふと、海辺にプカプカと流れる樽を見つけた。パパスはただ黙ってその樽を眺めていると、樽は浜辺に流れ着いた。

 

(なぜ樽が……?)

 

 パパスは気になって船から降り、樽へと近づく。とりあえず流れ着いた樽を回収しようと掴んでみた。しかし――その樽はとても重かった。

 

「む……」

 

 樽自体は軽いので、入っているものが重いのだろう。金属が入っているのだろうか。パパスは試しに力を込めて樽を持ち上げ、教会へと運んでいった。

 

 しかしこの時はパパスは気づかなかった。樽の中に入っているのは、成長したパパスの息子、リュカであることを。

 

 

 

 



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Episode2:目覚めた親と子供

 

 

 

 

 

「あれ、パパスさん? まだ行ってらしてなかったんですか?」

 

「うむ、樽が流れてきたのでな」

 

 教会に戻ったパパスは早速先程拾った樽を運んでいた。教会のシスター、エリサは怪訝そうに顔をしかめながらパパスとともに部屋に向かう。

 エリサはパパスの運ぶ樽をみてコメントした。

 

「しかしずいぶん大きな樽ですね」

 

「確かにな。しかもかなり重い。鉄でも入っているのだろうか」

 

 部屋にたどり着いた二人は汚れないために板を床に敷いて樽を置いた。そこまでせずとも浜辺で樽を開けてもよかったのだが、一応教会の人間にも知らせておくべきだと思っただけだ。

 

「では、開けるぞ」

 

「ええ……」

 

 エリサに確認を取り、砂を払い、蓋に手を掛けて開けてみる。すると、とんでもない異臭が襲いかかってきた。糞尿の臭い、汗の臭い、そして海水の塩っぽい匂いが混じりあっている。流石のパパスもそれには耐えきれず、鼻を抑えた。

 

「な、なんだこの臭さは!? いったい何が入っているんだ……」

 

 パパスはちらりとエリサを見るが、彼女はさささっと逃げるように後退してしまう。パパスは観念し、中を再び調べるべく、恐る恐る手を伸ばす。

 が、パパスの手に、柔らかく、しかし慣れ親しんだ感触が伝わった。

「ん……?」

 

 パパスは違和感を感じ、臭さも忘れてしっかりと樽の中を見る。

 

「ーーーー!!?」

 

 そのすぐあと、パパスは思わず後ずさってしまった。悪臭からではない。中身に驚いたのだ。

 パパスの挙動に驚いたエリサがおずおずと尋ねた。

 

「ぱ、パパスさん? いったいなかに何が……」

 

 パパスはエリサの問いに答えず、再び樽に手を伸ばし、中にあるものを取り出した。

 そこから出てきたのはーーみずぼらしい格好をした緑色の髪の青年だった。

 

「ひ、人が!? どういうことなんですか!?」

 

「分からない……いや、エリサ! まだ二人いる! 男と女だ!」

 

「急いで出しましょう!」

 

 パパスとエリサは協力して樽から残った人間を取り出した。そして板の上に三人を寝かせた。

 

「三人は生きているのか?」

 

「恐らくまだ息はあります。ですが、あの狭い樽のなかでずっといるのは相当な負担がかかると思います。とりあえずまずはお風呂に入らせましょう。女性は私がやりますので、男性二人をお願いします! 旅立つ前で申し訳ありませんが……」

 

「気にするな。わしも手伝うぞ」 

 

 パパスはそういって二人の男性を担いで運んだ。もうすっかりかつての剛力が戻っているためこれくらい問題ない。

 風呂場で二人の体を直ぐに洗い、そして入れ替えで女性を入れさせてベッドに横にさせた。

 

 ゆっくり眠らせるために部屋を出た二人は、壁に寄りかかって一息吐く。

 エリサは疑問をそのままパパスにぶつけた。

 

「……しかし何故この人たちが樽のなかに……」

 

「分からん……が、西から流れてきたようだ」

 

「西……もしかしてセントベレス山でしょうか? そこは確か大神殿が作られていて、沢山の奴隷が使われていると聴きますが……」

 

「……つまり、彼らはそこから来たということか。どれいの服を着ていたようだし、その線で間違いはなさそうだ。」

 

「あくまで可能性ですので断定はできません」

 

「……とりあえず目覚めたら話を聞いてみるか」

 

「そうですね。あ、でもパパスさんは旅に出るのでは……?」

 

 そう、この件は彼女に任せてもう旅立っても構わないはずだ。パパスに義務がないのだから。

 が、パパスはもやもやしていることがあった。先程男二人を介抱しているときに思ったことがあるのだ。

 似ているのだ。行方不明のはずのヘンリー王子と――息子のリュカに。最後に見たのは10年前で、ずいぶんと変わっている筈だが、どこか面影があるのだ。

 もしかしたらパパスが探している息子がいるかもしれない。ここに流れ着いたかもしれない。だから離れることができないのだ。

 とはいえ起きてからではないと確かめようがない。パパスはまたしばらく世話になることをエリサに伝え、部屋を後にした。

 

 

 

 それから一日が明け、流されてきた三人のうち二人が目覚めたという知らせを受け、パパスは早速駆けつけた。

 部屋に入ろうとしてドアノブを握ろうとしたところで、声が聞こえた。男と女がしゃべっているようだ。

 

「おい、起きろって! 俺たち助かったんだぞ!」

 

「きっとまだ疲れているんでしょう。休ませてあげましょう」

 

「……そうだよな。あいつだけはずっと樽の中で起きてたもんな。しょんべんやウンコだって我慢してたはずさ……っと悪いな、下品な話しちまって」

 

「いえ……でもあなたって本当に王子かどうかわからなくなることがあります」

 

「ははは、王子って柄じゃないよな。俺も自分が王子なんて信じられないくらいさ」

 

「冗談ですのに……本気になさらないでください」

 

「悪かった、悪かった。……とにかく助かったんだ。後でお礼言わないとな。ここの人たちにも、そして――リュカにもな」

 

 

――リュカだと!?

 男の声で息子の名前が出てきた途端、パパスはノックも忘れ、部屋に入り込んだ。

 

「きゃっ!?」

 

「のわぁっ!? な、なんだおまえは!?」

 

「い、いまリュカと言わなかったか!?」

 

 パパスは息を荒げたまま問う。何がなんだかわからないと言わんばかりに男女は首をかしげつつ答えた。

 

「え、ええ確かに言いましたが……」

 

「それがどうしたってんだ? そもそもお前は――」

 

 お前は何者だと男が言いかけたが、男はまるで凍ってしまったかのように固まってしまう。

 

「ど、どうかしましたか……?」

 

「あ、あああんたはま、まさか……!!」

 女が声をかけると男はわなわなと体を震わせながらパパスに向けて指を向ける。パパスは眉をピクリと動かして察する。

 

(まさかこの男、わしを知っている……?)

 

 男は覚えていた。逞しい肉体と身震いするほどの剣技を震い敵を蹴散らす勇姿を。自らの思い上がった考えを叩き直した頬の痛みを。この10年間で一度も忘れなかった男の名前を、恐る恐る口にした。

 

「あんたは……パパスなのか?」

 

「如何にもだ。わしがパパスだ」

 

 パパスが名乗ると、男は眼を大きく見開いて身を乗り出して叫んだ。

 

「ま、まじか……あんた生きてたのか!?」

 

「ああ、この通り生きているが、君は何者だ?」

 

「覚えてないのかよ!? ヘンリーだよ、ラインハットの王子のヘンリーだよ!!」

 

 ――ヘンリー王子だと!?

 パパスは頭に衝撃が走った。行方不明であったヘンリー王子がこんなところにいるとは思わなかったからだ。しかも、10年前はただの生意気なガキだったのに今となっては逞しく成長している。だからヘンリー王子であるとはすぐには気が付かなかった。

 

「なんと……ヘンリー王子だったとは。これは失礼した」

 

 王族の血を引いているものへの無礼を詫びようとパパスは頭を下げる。

 

「よしてくれよパパス。俺はもう王族なんかじゃない、元奴隷さ。それに……パパスには迷惑かけちまったし、頭を下げられる資格なんかねぇさ」

 

 嘗てのヘンリー王子なら自らを敬うのは当然だと言い張っていたであろうが、今のヘンリーはそんなことはやめてくれという。この10年で相当変わったようだ。

 パパスはヘンリーの成長を喜びつつ、一つ質問をする。

 

「質問、いいだろうか?」

 

「ん? なんだ?」 

 

 パパスは声の震えを抑えられない。怖いのだ。もし息子が生きていないとなれば、パパスは絶望で死ぬことになろう。パパスはまるで神の宣告を待つかのように顔を俯かせて、声を絞り出した。

 

「……リュカは、生きているのか?」

 

「ああ、生きているさ。リュカは俺たちと共に一緒にいるぜ」

 

 パパスの緊張とは裏腹にヘンリーは軽い調子で答えた。パパスは少しムッとしながらもヘンリーにさらに詰め寄る。

 

「な、なんと!? どこにいるのだ!?」

 

「……気づいていなかったのか? そこで寝てるのが、リュカだぜ?」

 

「なんだと!?」

 

 パパスはヘンリーの指差した男へと駆け寄り、顔をまじまじと見る。普通に見ると、端正な顔立ちをした黒髪の青年だ。が、パパスは近寄ってみて感じ取ることが出来た。妻のマーサを思わせる、優しい雰囲気を。

 介抱した時は何となくリュカに似ているなと思ったのだが、これは間違いなく、リュカだ。子供だったリュカは、こうして逞しく成長したのだ。

 

「そうか……リュカは生きていたのか……あぁ……余りにも変わっていたから、気がつかなかった」

 

「俺なんかよりも直ぐに気づくと思ってたけどね。案外鈍いのかもしれないな」

 

「はは、面目無い。とりあえず、もう休んではどうだろうか? 起きたばかりだがまだ疲れもとれていまい」

 

「そうだな、マリアもすげえ疲れてると思うし……って、紹介し忘れてた! この子はマリア、俺たちと一緒に逃げてきたんだ! で、この人はパパス。リュカの父さんだ!」

 

「マリアと申します。よろしくお願いします、パパスさん」

 

「うむ、マリア殿。こちらこそよろしく」

 

 パパスは女性の方に向き直り、挨拶する。とてもきれいな金髪の女性で、樽に入っていたことを思わせないほど高貴に見える。とても丁寧で優しそうな印象であり、王族と思われてもおかしくはないだろう。

 

「ではわしはこれでな」

 

 二人の休息を妨げるわけにはいかないため、パパスは部屋

から立ち去ろうとドアノブを握る。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 しかし、ヘンリーがパパスを呼び止める。パパスはゆっくりと振り向き、何ですかと返す。

 

「俺さ、パパスに謝らなくちゃいけないことがあるんだ……俺、あのときすっげえわがままだったせいで、パパスもリュカにすごく迷惑かけちゃった。本当に……本当にごめんなさい!」

 

 ヘンリーはベッドの上だったが頭を思い切り下げて、謝罪した。

 ヘンリー王子には確かに手を焼かされた。パパスとリュカを欺いて部屋から脱出し、そしてそれが仇をなして拐われて、リュカと共に人質となってパパスがやられてしまったのだ。ヘンリーは、自分のせいでパパスが殺されたと思い続けたのだろう。だから、こうして素直で優しい青年に成長したのだろう。

 パパスはヘンリーのその姿を見て、パパスはふっと笑う。

 

「もういいのだ、ヘンリー王子。あなたはもうずいぶん大きくなられた。だから、何も気にしてはいない。リュカの友となってくれれば、それでいいのだ」

 

 パパスの許しの言葉に、ヘンリーはぶるぶると震え、ベッドに突っ伏した。きっと泣いているのだろう、嗚咽が漏れている。自らの犯した過ちを悔い改めることができる青年に成長したことを、パパスは嬉しく思った。

 どうやら収まったヘンリーは起き上がり、パパスに向き直った。

 

「パパス……本当にすまなかった。でも、ひとつだけ言わせてほしいことがある」

 

「ん?」

 

 ヘンリーはにやっと口端をあげていつものふてぶてしい笑みに戻す。先程の泣きじゃくったのはどうしたんだと言いたくなるほどの変化だ。

 

「俺とリュカはもう、友達だぜ。ちょっと恥ずかしいけどよ」

 

「……フッ、そうであったか。では、失礼」

 

 パパスはそういうと、部屋を出ていった。そして、ドアを背にしてもたれ掛かる。

 パパスは体がとたんに震え始めた。しかし寒さからではない。どちらかというと、張り詰めた体がようやく解放され、反動で震えているような感覚だ。

 

(リュカは……リュカは生きていたのか……!)

 

 リュカは生きていた。探し求めていた息子がまさか、樽の中から現れ、いまは瞳を閉じて眠っているなんて。10年の時を経て再び会えるなんて。

 あの時はもはやリュカに会えるとは思っていなかった。だからせめて業火に焼かれていても、息子の顔をずっと目に焼き付けた。だが、またこの目で見られたのだ。

 パパスは涙が零れてくるのを感じた。抑えようと目頭に力を込めるも、駄目だった。一度零れてしまったらもう、止まらないだろう。

 先程部屋を抜け出したのは二人を休ませるためじゃない。涙がいまにも溢れそうだったからだ。でもそんな姿を見られたくないから、嘘をついたのだ。

 

「うっ……ふぐぅっ……!!」

 

 ついに嗚咽まで漏らしてしまった。もうこれではヘンリーたちの部屋にも聞こえてしまっているだろう。

 でもパパスは泣き続けた。奇跡が叶ったのだ。

 

「ありがとう……ありがとう……!!」

 

 パパスは神に感謝を告げるように膝ま付いて、涙をポロポロと流したのだった。

 

 

 

***

 

 

「っ……うぅ……」

 

 リュカは呻いた。意識が戻っていくのを感じ、どうにかそれに抗うように強く瞳を閉じる。脳裏に、ヘンリーやマリアの出した排泄物の強烈な臭いが思い起こされ、それから逃げるようにベッドで寝返りを打つ。

 けれど、人間息をしなければ生きてはいけない。リュカの鼻に空気が入り込み、リュカは激しい恐怖に襲われる。またあの臭いを嗅ぐのかと。

 だが、深く刻み込まれたあの臭いは、いつまでたっても感じなかった。

 

(……変だ、全く匂わない。もしかして僕の嗅覚は鈍ったのか?)

 

 リュカはすんすんと鼻を嗅いでみる。しかし、臭くない。むしろ心地良い匂いがする。

 どういうことだと、わからなくなってリュカはうっすらと目を開けた。

 

「……?」

 

 視界が開けると、そこは樽の中ではなかった。白い天井が見えるのでどこかの建物にいるのだろう。なるほど、どうやらどこかに流れ着いたようだ。

 リュカは起き上がろうと上半身に力を込めた。が、ふとリュカは気づく。視界の端に人影が見えることに。

 

「……!! き、気がーーのか!?」

 

 リュカには何をいっているかよく聞き取れない。

 でもーーリュカにとっては、聞き覚えのある声だった。

 

(なんだろう、この声。すごく懐かしい……。暖かくて、強くて、優しい人の声だ……)

 

  リュカはゆっくりと起き上がる。そして、手で無理やり目をこじ開けて、視界をクリアにした。

 そして、もう一度声をかけた人間を見た。

 

「ーーーー!?」

 

 リュカは肩が跳ね上がるほどに驚愕した。

 似ているのだ……もう死んだはずの父、パパスに。

 逞しい筋肉、強さ溢れる風格、そして愛情に満ちた笑顔。すべてが似ていた。

 

 (いや、これは夢だ。父さんは死んだ。きっと僕はまだ樽の中なんだ)

 

「リュカ……気がついたか?」

 

 父さんに似た男が僕の肩に触れる。

 暖かい。温もりまでそっくりだ。リュカはそっと微笑んだ。

 

「父さん。これは夢なんでしょ? 父さんは死んでいるんだ

よ」

 

「ふふ、何をいっている。父さんは生きているぞ。……まあもっとも、あれを見せられてはそう誤解しても無理はないがな」

 

「いいよ父さん。ありがとう……良い夢見せてもらって」

 

 リュカは瞳を閉じて父さんに抱きつこうとした。が、父さんは突然右手を伸ばし、リュカの頬をつねり始めた。

 

「い、痛い! 痛いって父さん!! やめてよ!」

 

 頬に痛みが走り、手を振り払う。僕は必死に頬を抑え、痛みを和らげる。

 が、父さんは謝るどころか皮肉的に笑った。

 

「リュカよ、今痛いっていったよな? ということは、夢じゃないんじゃないか?」

 

「え……? 夢じゃ、ない?」

 

 リュカは頬に伝わる痛みを感じる。

 痛い。はっきりと感じる。ふわふわしたものじゃなく、きちんと痛みを訴えている。これは、現実だ。夢なんかじゃ、ない。

 ーーということは。

 

「父さんは、生きてるの……?」

 

「ーーああ、そうだ! 父さんは生きているぞ!!」

 

 父さんは、パパスは生きている。

 その言葉でリュカの胸がドキンと跳ね、何かが込み上げてきた。

 もう会えるはずもないと思ってた。もういない人だと思ってた。でも、今ここにいる。

 リュカは気がつけば、ベッドから身を乗り出して、パパスに抱きついていた。

 

「大きくなったな、リュカ……」

 

「父さん……父さん……!」

 

「ああ……辛かっただろうな。よく、がんばったぞ」

 

「くっ……うぅ……!!」

 

 10年間にも及ぶ、過酷な奴隷生活の時には弱音ひとつ溢さなかったリュカがはじめて、子供に戻ったように泣きじゃくっていた。辛い記憶をすべて、洗い流すように。パパスもぐっとリュカを抱き締め、慰めた。

 

 

 

 

「……あーあ、これじゃ割り込めねぇな。マリアの洗礼式に連れていかなきゃいけないのに……」

 

 リュカの泣き声が聞こえている部屋の外にいるヘンリーがぼやく。が、隣にいるマリアはヘンリーの肩に手をおいてふるふると首を横に振る。

 

「ようやくリュカさんはパパスさんに会えたのです。親子水入らずにさせましょう? 私の洗礼式よりも、大事ですし……」

 

「確かに邪魔はしたくないけどよ……。まあ、とりあえずマリアはもういってろって。もし連れてこれそうなら連れてくるよ」

 

「分かりました。くれぐれも空気の読めないことはしないでくださいね?」

 

「しないって!」

 

 ふふふと優しく微笑むマリアに顔を照れさせながらもヘンリーはドアのそばで腕を組みながらリュカが泣き止むのを待った。

 

(良かったな、リュカ)

 

 親友の幸せを喜びながら、ヘンリーは静かに微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 





パパスは過去の世界で大きくなった息子に気づきませんでしたからね……


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Episode3:旅立つ息子と親と王子

時たま迷ってるんですけど、道具名や装備名はひらがなにすべきなんでしょうか?


「我らの友マリアよ。これからは その美しきたましいがけがされることのないよう正しき道を学ぶのですよ。ではこれで儀式を終わります。さあ皆さん 今日のお仕事に戻りましょう」

 

 パパスとリュカは教会で新たなシスター、マリアが誕生した儀式を見守っていた。互いの再会を泣きながら喜び合った後に、ヘンリー王子に来るように言われたのだ。出来るだけ水を差さないようにギリギリになって声をかけてくれたのだがそれが仇をなしたのか、来たときにはもう終わりかけていた。

 

「せっかくの儀式に遅れてしまって申し訳ない、マリア殿」

 

 儀式が終わった後にパパスはマリアに謝罪した。しかしマリアは頭を振り、にこやかに笑う。

 

「お気になさらないでください。リュカさんとパパスさんは久々に再会したのです。私の儀式などよりもよほど大切です。それに、リュカさんが目覚めて安心しました。もう五日も寝ていらしてたのですから」

 

「そうか……五日も寝てたのか……。あのとき全然寝られなかった分を全部取り返した気がするよ。でも残念だ、君の儀式を最初からみたかったよ」

 

「ふふ、ありがとうございます。さて、そろそろ食事の時間ですので頂きましょうか」

 

「おっ、やったぜ! 飯が楽しみになったのも幸せだなあ」

 

 ヘンリー王子の言葉に皆笑顔を浮かべながら、一同はそろって食堂へと向かった。

 席を取って教会の料理人から料理の盛られた皿を受け取り、パパスは料理を見る。

 

(随分と質素だな)

 

 主食は少な目のご飯、主菜は川魚のムニエル、副菜は茹で野菜のサラダ、汁物は香草スープと豪華絢爛とはほど遠いメニューだった。しかも量も少なく、一般的な男ではきっと物足りないと感じるだろう。ただここは教会、質素倹約が当たり前なのだから仕方がない。

 席について頂きますと静かに手を合わせてゆっくりと行儀よく食べる。

 が、リュカは食事に手をつけた途端、夢中になってがっついた。胃に掻き込むように次々に食べていく。

 

(仮にも王族、仮にも王子であるんだぞ……行儀の悪い食べ方をするのはどうなのだ?)

 

「おい、行儀が悪いぞリュカ」

 

 パパスはそんなリュカに注意をする。しかしリュカの手は止まらない。幼少期、きちんと指導したはずなのだがもはや忘れてしまったのだろうかと不安に思った。

 ふとヘンリーは対面に座るパパスの肩に手を置いて宥めた。

 

「まあしょうがねぇよ。ここ10年間ずっとろくなもの食べてないんだからよ。俺もマリアも最初にここの飯食べたときはこんなんだったぜ」

 

 そうだったのかとパパスは驚く。やはり、あまり良いものは食べていなかったのか。

 パパスはリュカに詫びようとした。しかし、その刹那マリアが顔を赤らめてヘンリーに嚙みついた。

 

「わ、私は違いますよヘンリーさん! 静かに食べていましたよ!」

 

「嘘つくなよ。マリアお前ずっと泣きながらガツガツ食ってたよ。他のシスターに聞けばわかるぜ」

 

「そ、そんなはしたない真似は私はしてませんよ!」

 

 ヘンリーとマリアの言い合いを聞いていてパパスはほほえましくなる。もしかしたらこの二人は案外お似合いかもしれない。

 続いてパパスはリュカを見つめる。リュカは目に涙をためていた。よほど美味しいのだろう。よほど辛かったのだろう。パパスは儀式に向かう最中にリュカから三人の境遇を聞いていたが、毎日毎日粗悪な環境で岩を運んで、それを10年間もやったのだ。辛くないわけがない。行儀悪いなんていうことで怒るなど、できるはずがない。今日は見逃すべきだろう。それ以上の事を、リュカはやってのけたのだから。

 パパスは心の中でリュカによくやったと労いつつ、魚をリュカに分け与えた。

 

 

 

***

 

 

 

「……父さん、話があるんだ」

 

「ん、どうしたリュカ?」

 

 食事を終え、それぞれが自室に戻ったあと、リュカはパパスのもとへと来た。ちょうどパパスは自室で筋トレをしていたが、それを中断し、リュカのそばへと歩み寄る。

 

「父さん、いっていたよね? ゲマにやられる前に。母さんはまだ、生きてるかもしれないって」

 

「……ああ、そのことか」

 

 10年前、パパスは言った。

 母さんは生きている、だからわしに代わって探してくれと。あのときはもう死ぬと思って叫んだ台詞だからパパスは改めて奇跡的な生還を遂げたことを実感し、思わず笑いが溢れる。

 

「お前には全てを話さなくてはならないだろうな……わしのことも、母さんのことも」

 

 パパスはベッドに座って、リュカを手で招く。リュカは指示通りにパパスの横に座る。

 

「よかろう、すべて話そう」

 

「……ありがとう」

 

 パパスはリュカの感謝の言葉に笑顔で返すとポツリポツリと話し始めた。

 

 

 パパスの話をまとめるとこうなる。

 まずパパスはここから遠いところにあるグランバニアの王であること。

 パパスの妻、マーサは不思議な力を持っていること。

 それが恐らく魔物に狙われて魔界にさらわれたということ。

 魔界にいくには天空の装備と呼ばれるものを身に付けた天空の勇者が必要だということ。

 パパスはそれをうまくまとめてきちんとリュカに伝えきった。

 

「――というわけだ。なんとしてもわしは、その使命を果たさなくてはならないのだ」

 

 パパスの話を聞き終えたリュカはよく理解したようでなるほどと呟いていた。

 

「……それでリュカよ、ひとつ聞きたい。お前はわしと共に来るつもりはあるか?」

 

 パパスはリュカに静かに問う。

 パパスは不安だった。再びリュカを危険な目に遭わせてしまうのではと。リュカがあんな目に遭った原因はヘンリー王子ではない、自分なのだ。自分がリュカを連れ回さなければこんなことにはならなかった。

 もうリュカを巻き込むべきじゃない。そうパパスは感じた。これから何年かかるかもわからない、あての無い旅。それに付き合わせて人生を無駄にさせるのは違うのではないのか。リュカにはリュカの人生がある。妻探しは、独りだけでやればいいのだ。

 パパスはちらりとリュカの顔色を伺う。リュカはどうやら神妙な表情をして悩んでいるようだ。

 パパスはふうと息を吐いてリュカに言葉を投げ掛ける。

 

「リュカ、悩むようなら行くべきじゃない。お前の人生を、あての無い旅で無駄にする必要はないのだ。わしに気を使わなくていいんだぞ」

 

 パパスなりのフォローをいれて、リュカに断らせようとする。きっとリュカはパパスに遠慮して断れないのだろう。だが、パパスは仮に断られても怒るなんてことはしない。選択を否定する権利はパパスにはないのだから。

 

「……父さん。僕は最初から答えを決めているよ」 

 

 リュカが口を開いた。パパスはリュカを見つめる。なんと答えるのだろうか。やはり断るのだろうか。

 リュカがどんな答えを変えそうと、受け入れるように言い聞かせながら、パパスは何だと応じる。

 

 

「……僕、いくよ。父さんといっしょに、どこまでも……」

 

 

「なっ――」

 

 断るつもりでいたのではないのか? 最初から行く気だったのか? 共に歩みたいのか?

 パパスは驚きで開いた口が塞がらなかった。そして胸に何か込み上げてきた。またリュカと旅が出来る。その嬉しさでパパスは崩れそうになる。

 が、懸命にこらえ、パパスは意思に反するような警告を告げた。

 

「だ、だがいいのか? この先何年もかかるかもわからないような旅だ。もしかしたらお前の一生がそれで終わってしまうのかもしれないのだぞ! それでもいいのか……?」

 

 ここで引き下がるような息子ではないと、パパスは頭で解っていた。奴隷生活に耐え抜いた強い意志を持っているのだ、こんな弱弱しい警告でぶれるなどあり得ない。

 果たして、この勇敢で親思いな息子はこくりと首を縦にはっきりと降った。パパスはまたもぐらっと視界がぶれた。パパスは顔を伏せて必死に抑え込む。少しでも気を抜けば、泣き倒れそうだ。

 だが、そんな情けない姿は晒せない。パパスは目を強く瞑り、表情を戻した。

 

「……わかった! また一緒に旅をしよう! 早速明日には立つぞ! いいな!?」

 

「うん、分かった!」

 

「……ありがとう」

 

 パパスはつい表情を崩しながら、リュカに感謝を告げる。ああ、また泣きそうだ。とりあえず早くこの場を離れるべきだ。

 

「それじゃあ、僕はちょっと外で空気を吸ってくるよ。またあとでね」

 

 が、リュカの方から先に部屋を出ていった。正直助かったと、パパスは胸をなでおろす。

 

(再び、息子と旅ができるとは……まったく、わしも幸せ者だな)

 

 パパスは手で顔を覆いながらそっと、目から涙をこぼした。嗚咽を漏らさぬよう、必死に唇を噛む。うれし涙なのだ、恥じることは無い筈なのに、やはり恥ずかしい。息子にはやはり、知られたくはない。

 リュカは、強く、たくましく、そして優しく育ってくれた。あの過酷な環境で荒まずに成長したのだ。それが、何より嬉しく、誇りに感じた。

 パパスは腕で涙をぬぐい、顔をあげる。崩れてしまった顔も元通りの精悍なそれに戻り、一度深呼吸する。そして、ぐっとこぶしを握り締めて、ある決意をする。

 

(今度こそ、わしはリュカを守る。何があっても、必ずリュカを守る。たとえ、命を懸けても……!)

 

 あの時、リュカを守ることが出来なかった。もっと自分が強ければ、あの時リュカを守れたかもしれないのだ。だから、今度こそはリュカを絶対に守る

 パパスはベッドから立ち上がり、傍にある教会の剣を手に取って、外に出た。

 

「さて、素振りを一万回やるとするか」

 

 パパスは戦闘中のような目つきで遥か彼方を睨むと、ぶんと空を裂いた。

 

 

 

 

***

 

 

 一夜が明け、ついにパパスとリュカが旅立つが来た。

 リュカとパパスはヘンリーとマリアに一番に会いに行き、事を伝えた。

 

「えっ? お前旅立つのか?」

 

「ああ」

 

 唐突に旅立つなどと言われてマリアは驚愕していた。ヘンリーはというと、何となくそんな予感はしていたとばかりに、あまり表情は変えない。

 

「まあ、どうしてなのですかリュカさん?」

 

「母さんを探しに行くのさ」

 

「……そういえばあの時パパスさんが言ってたなあ。母さんは生きてるはずだって。二人は一緒なのか?」

 

「ああ。父さんと二人で行くつもりだ」

 

 なるほどねとヘンリーは理解したように頷く。そして、ヘンリーは顎に手を添えて、俯いた。

 

「……どうしたのですか、ヘンリーさん?」

 

 マリアが不思議そうに尋ねてくる。だが、マリアには堪えず、リュカへと迫った。

 

「な、なぁ! その旅、俺も一緒に行っていいか!?」

 

「え? ヘンリーが? どうして?」

 

 リュカは困惑した表情で尋ねた。

 

「どうしてって言われてもな……一緒に行きたいからだよ やっぱりだめか?」

 

「……ふふっ、実にヘンリーらしい理由だね。いいよ、一緒に行こう! 父さんはどう?」

 

 リュカはパパスの方を向いて尋ねた。しかしパパスは眉をひそめた。

 

「わしとしては構わないのだが、ヘンリー王子は戦えるのか?」

 

「戦えるさ。リュカと二人でムチ男をぶっ倒したしな」

 

 ヘンリーは自慢げに自分の武勇伝を語る。実際ヘンリーの体つきも良くなっているし、あの奴隷生活で武術を教わったとリュカからも聞いている。リュカやパパスの足手まといにはならなさそうだ。

 

「ならよかろう。ヘンリー王子、一緒に行きましょう」

 

「よっしゃっっ!! じゃあ早速荷造りしてくるからちょっと待っててくれ! すぐ戻るから!」

 

 ヘンリーはガッツポーズを決めて歓喜を現しながらも、すぐに自室へとダッシュで向かっていった。

 

「旅に出られるようですね。どうぞ、これをお受け取りください」

 

 マリアがリュカの前まで来て懐から袋を渡す。手に伝わった感触で、リュカはこれが何なのかを察した。

 

「ゴールド!? しかも結構な量だ……! いいのかい、こんなに?」

 

「それは兄のヨシュアから渡されたお金です。自由に使ってくれとのことですので、どうぞお持ちください」

 

「ヨシュアさん……ありがとう、大切に使うよ」

 

 リュカはお金の入っている袋をぐっと握りしめ、感謝の気持ちを伝える。

 ヨシュアとはマリアの兄で、リュカたちの脱走に手を貸してくれた人物である。しかし彼は一緒に脱出せずに、今もあの教団のもとにいる。

 パパスは無論その人については知らないが、誰だと尋ねるのは無粋な気がしたので控えておいた。

 

「はぁ、はぁ、待たせたな! 準備できたぜ!」

 

 話し終えたところでヘンリーが急ぎ足で戻ってくる。といっても彼は攫われた時にはほとんど荷物を持っていなかったので、教会からもらったたびびとの服とブロンズナイフ、それと着替えくらいしかない。対してリュカは攫われた時は荷物はたくさん持っていたので、ヨシュアの計らいによりそのまま持つことが出来る。当分は装備をリュカのお古にすることになるだろう。

 

「よし、ではいくとしよう!」

 

 パパスはリュカとヘンリーに呼び掛け、教会のドアを開けた。外の空気が吹き込んできて心地いい。パパスは大きく吸い込み、気合を入れる。

 

「本当にいろいろありがとうございました。私はここに残り、多くの奴隷の皆さんのために毎日祈ることにしました。そして、リュカさんとパパスさんがお母様に会えるようにも……。北に行くと大きな町があります。どうかお気を付けて!」

 

 見送るマリアの声を聞いた一行はありがとうと感謝を告げて、外へと踏み出した。

 そして、この大河のように長いリュカ、そしてパパスの旅路は、始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode4:栄えている町と、寂れた村

意外とお気に入りが増えており嬉しい限りです!ありがとうございます!


「……す、すっげぇ! なんだここは!?」

 

「何て大きい町なんだ……」

 

「なるほど、ここが噂に聞くオラクルベリーか。ずいぶんと栄えているようだ」

 

 パパスとリュカ、そしてヘンリー一行は海辺の教会を出て、マリアの助言通り北にある町、オラクルベリーへと向かった。リュカの故郷のサンタローズとは比べ物にならないほど大きく、ヘンリーの故郷のラインハットといい勝負だ。

 町に入るとまず目に映るのは、大きなカジノだった。ネオンでcasinoと大きくかかれており、夜になるとキラキラと光出すのだろう。

 生まれてこの方カジノなどやったことのないリュカは珍しげに見つめていたが、隣に立つヘンリーは目をぎらぎらさせながらはしゃいでいた。ヘンリーの故郷、ラインハットにはカジノはないが、カジノ自体は知っていたので、いつかやりたいと思っていたものだ。

 

「すっげぇ……! カジノまであるんだなあ! おいリュカ、いっちょやりにいこうぜ!」

 

「え? でも僕カジノわからないよ」

 

「俺だってよくわからないけどよ、俺たちはもう自由の身なんだぜ? カジノで遊んでみてもいいだろ?」

 

 リュカは正直気になったという程度ではあったが、どうせなら体験してみようと吹っ切れ、ヘンリーの誘いに乗った。

 

「……そうだね、ちょっといってみようか!」

 

「その前に軍資金はどうするんだ? いっておくが、あまり余裕はないんだぞ」

 

「……あ」

 

 パパスが硬貨の入った袋を取り出してじゃらじゃらとならして見せる。

 現在のゴールドはヨシュアからもらったお金と元からリュカが持っていた分を併せて2000ゴールドくらいしかない。それに装備品や道具などを補充させるとなれば、とてもカジノに回せそうにない。

 仕方なくリュカとヘンリーはカジノをあきらめ、街の商店などを巡った。何とかお金を割いて新しく装備を新調し、道具屋で薬草をいくつか購入する。わずか300ゴールドしか残らず、名産品などを買えるほどのお金はもう残されていなかった。

 

「……さて、とりあえず一通り回ったかな。……ん?」

 

「どうしたの、お父さん?」

 

「いや、北の防具屋の近くに下り階段があるんだが……」

 

「あっ、ほんとだ! まだ行ってなかったから行ってみようぜ」

 

 一同は地下に続くと思われる階段を下ってみる。冷えた空気が頬を撫で、地上の町の熱気あふれる空気とはかなり差がある。階段を下りて少し歩くと、木の椅子に腰かけたおじいさんと、その傍に立つバニーガールが見えた。

 このミスマッチというか奇妙な組み合わせを見た一同は一瞬ぎょっとするが顔には出さず歩み寄る。

 

「いらっしゃい。わしが有名なモンスターじいさんじゃ」

 

「モンスターじいさん? リュカ知ってるか?」

 

 ヘンリーが当惑した表情で聞いてくるが、リュカはフルフルと横に振る。リュカはパパスに視線を送るがパパスですら知らないようだった。

 

「なに? わしを知らん? まあいい。……む」

 

 ふと、老人ことモンスターじいさんは椅子から立ち上がってリュカへと歩み寄る。リュカの瞳を睨むようにじっと見つめながら迫ってくるので、リュカは困惑を隠せず後ずさった。パパスは息子を助けようと一歩前に踏み込んだ。

 が、パパスが飛び込んでくる前に、じいさんは納得したように頷きながら椅子の方へと引き返していった。

 

「いや、すまなかったな若者よ。ちょいとおぬしの瞳が気になっての」

 

「僕の、瞳……?」

 

 リュカは何が何だかわからないような表情で話を聞く。

 

「おぬしはなかなか良い目をしておるな。しかも不思議な目じゃ。これならモンスターを改心させ、仲間にできるかもしれんの」

 

「……そんなことができるの?」

 

「うむ。モンスターを扱っているからモンスターじいさんと呼ばれているのだ、わしの目に狂いはない」

 

(なんと……)

 

 パパスは後ろで聞いていたが、驚きを隠せずにいた。

 リュカの瞳は、妻のマーサによく似ている。そしてマーサは得体の知れない不思議な力を持っていた。とすれば、リュカはマーサの得体の知れない力を色濃く受け継いでいるのではないだろうか。そしてその得体の知れない力とは、魔物と和解し、従わせるものということなのか。そういえば、10年前はリュカは子猫を連れていたが、確かあれは、地獄の殺し屋と呼ばれているキラーパンサーの子供だ。人間では手を付けられない凶悪な魔物を、子供とはいえ従わせることが出来ていたのだ。

 

(……ただマーサの能力が魔物を従えるものだとしても、なぜ奴らはマーサを攫ったのだろうか? 奴等にとっては全く持って意味のないもののはずだ)

 

 そう、もしマーサの能力がそれだとしても、説明がつかないのだ。一つの疑問が解消できたのはいいが、また新たに疑問が浮かび上がってきてしまう。真実をつかむにはまだ、遠いのだろう。

 パパスはひそかにため息をついて思索を打ち切り、モンスターじいさんとリュカたちの会話に耳を傾ける。

 

「でも、どうやってやるんだ? いくらリュカがその力を持っていたとしても方法がわからないとどうしようもないぜ?」

 

「良い質問じゃ。教えてしんぜよう」

 

 モンスターじいさんはゴホンと一度咳き込んでから説明し始めた。

 

「まず馬車を手に入れることじゃ! そして……憎む心ではなく愛をもってモンスターたちと戦うのじゃ。そのおぬしの心が通じたときモンスターはむこうから仲間にしてくれと言ってくるじゃろう。もっとも彼らは自分より強い者しか尊敬しないから 仲間になりたいと言うのはこっちが勝った後じゃがな。……どうじゃ、分かったかな?」

 

 ずらっと言い続けたが、そこまで早口ではなかったので二人はすぐに理解できた。コクリと頷くと嬉しそうにじいさんは笑った。

 

「よろしい。ただし馬車に乗れる魔物にも限度はある。もしこれ以上乗せられないと思った時はわしのところまで来てくれれば預けてやるぞ」

 

「なるほどな……そこのお姉さんが管理してるのかい?」

 

 ヘンリーは檻の近くに立つバニーガールを指さす。

 

「まぁな。彼女は魔物を従えるのがとても得意だから世話は任せてるぞ」

 

「へぇ……意外とすごいなぁ。で、あと馬車はどこで手に入れたらいいんだ?」

 

「質問が多いのぉ。まあよい。馬車はこの町の北西にあるオラクル屋で売ってるぞい。もっとも、あそこは夜しか開いていないから今行っても無駄じゃろうがの」

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

「何、礼などいらんわ。さあて、わしはそろそろ他のモンスターの世話をしてくるかの」

 

 じいさんは椅子から立ち上がり、檻の方へと向かう。

 ずっと後ろに立っていたパパスが前へと歩み、頭を下げた。

 

「この度はありがとうございました。では、これにて失礼しますぞ」

 

「うむ、気を付けてな」

 

 パパスは礼を告げるとリュカたちを連れて地上へと戻っていった。

 

「……ふぅ、空気がうまいなぁ。さて、これからどうする?」

 

 じいさんの話を聞いて疲れたヘンリーが怠そうに尋ねる。リュカもどうしようかわからないといわんばかりに答えた。

 

「夜まで暇だね。かといってカジノで遊ぶお金ないしなぁ……」

 

「宿で少しばかり寝るというのはどうだろうか?」

 

「あー、それでいいか。ちょっと俺も疲れちゃったしな。じゃあ宿取りに行くか」

 

 ほかの二人が同意の首肯を返すと、一同は宿屋へ向かう。

 ふとヘンリーは道中で立ち止まっている男女二人に視線が行った。何か話しているようで、その話し声が聞こえてきた。

 

「おい、聞いたか? ラインハットがまたやらかしたらしいぜ」

 

「え? 今度はなにやったの?」

 

「何でもこっから北西にあるサンタローズっていう村を焼き払ったらしいんだ」

 

「ええっ!? なんでそんなことを……」

 

「それはよくわからねぇけど……新しい王様になってからロクなことねぇな」

 

(なん……だって……?)

 

 ヘンリーは気がつけば立ち止まっていて、全身が凍り付いた。ヘンリーの知っているラインハットは大した訳もなく町を焼き払うなんて暴挙をするような国じゃない。国民や兵士のことを考え、きちんと政治を行う国のはずだ。こんな暴虐無人な政治を行っているなど、夢に思わなかった。

 突然ヘンリーが立ち止まったのを見てリュカとパパスは訝しげに思う。

 

「ど、どうしたの? ヘンリー」

 

「…………なぁ、皆。まだ時間あるからさ、サンタローズに行きたいんだけど、駄目か?」

 

 ヘンリーはリュカの質問には答えず、代わりに提案をした。いや、提案と言うよりかはもはや頼み事だろうか。声のトーンがいつもとはうってかわって低いため意図をつかみづらい。

 

「さ、サンタローズ? 何でまたそんなところ……」

 

「……ちょっと確かめたいことができたんだよ。それにこの町をふらついていても暇だしな。ここからそんな遠くないはずだ」

 

「……よくわからないけど、僕は構わないよ。久々にサンチョとかにも会いたいしね。父さんは?」

 

 リュカは少し嬉しそうにヘンリーに返事した。けれどヘンリーの表情はどこか浮かない。ヘンリーの心中など全く知らないリュカは不思議に思いながらも父に尋ねた。

 

「私もいくつもりだ。10年ぶりだから、楽しみだな……」

 

 パパスは朗らかに笑って返す。けれど、どこかリュカには影があるように感じられた。

 

(どういうことなんだ? サンタローズに何かあったのかな?)

 

「おい、何してんだよリュカ。いくぞ」

 

「あ、ああ……わかった」

 

 いつの間にかパパスとヘンリーは町の外に出ていた。リュカはとりあえず考えるのをやめ、二人のあとを追いかけていった。

 

 

***

 

 

「こ、これは……なんてことだ……どうしてこんな……!」

 

 リュカはサンタローズの村にたどり着いた途端、膝から崩れ落ちるような衝撃を受けた。建物はほとんど壊されたり焼かれており、橋は真っ二つに割れて川にプカプカと浮かんでいる。地面には焦げたあとがいくつか残っており、人ももはや一人も見当たらない。

 リュカは堪らず父を見る。きっと父も自分と同じように、驚愕に満ちた表情をしていることだろう。そう思った。

 だが、パパスは僅かに震えてながらぼやいた。

 

「……やはり襲われていたか」

 

「……えっ」

 

 リュカは先程のパパスの表情の意味を理解した。分かっていたのだ。もう二人の知っている故郷のサンタローズの姿はないことを。そしてパパスに仕えていた家来のサンチョの姿もない。パパスが震えていたのは、大切な家も大切な人もいないこの惨状に怒りを抱いていたからであろう。

 リュカは続いてヘンリーも見る。ヘンリーは終始俯いていた。やはり知っていたのだ。先程ヘンリーが立ち止まったのも、町の人がサンタローズのことを噂しているのを聞いていたからだ。

 

「……酷すぎるぜ。本当に俺の国が……ラインハットがやったっていうのか!?」

 

「ラインハットだって? それは本当かい、ヘンリー?」

 

「……あぁ。さっき町の人が話しているのが聞こえてさ。それで気になったんだけど……本当だったんだ! くそっ!」

 

 ヘンリーはだんと足を踏み鳴らす。ヘンリーは今にも泣きそうであった。

 

「いったい誰がこんな命令を下したんだ……デールがこんなことするわけない……アイツはいい奴だ、こんな焼き払うなんてこと絶対しないはずだ!」

 

「……恐らくあなたの母上だろう」

 

 パパスは深刻そうに言い切った。ヘンリーはえっと驚いてパパスの方を振り向く。

 

「母さんが……? どういうことだ?」

 

「10年前、ヘンリー王子は魔物にさらわれただろう? あの事件は魔物が単独で行ったわけではない。あなたの母上が裏から糸を引いていたのだ。統べては弟のデール王子を王位に就かせるために」

 

「……なるほどな」

 

 ヘンリーは作ったような笑い顔をみせ、崩れるように座り込む。けれどそれは、パパスに告げられた真実にショックを受けたからではなかった。ヘンリーが奴隷にされた直後に母さんに売られたって嘆いていたことをリュカは知っていた。

 ヘンリーはただただこの惨状が辛かった。デールは王になるのを嫌がっていたのにも関わらず、村を焼き払わせられ、そして汚名を被らされるのだ。暴君として後生にデールが語り継がれてしまう。

 ヘンリーはグッと拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。そして、パパスへと向き直った。

 

「なぁ、パパス。今日馬車手に入れたらさ、ラインハットに行ってくれないか? 俺、一生戻らないって決めてたけど、このまま放っておけない」

 

「ヘンリー……」

 

 リュカはただ黙ってパパスの答えを待つ。ヘンリーは何時になく真剣な目をしていた。奴隷時代でマリアが襲われていたときにしていた目とそっくりだった。

 パパスはヘンリーの視線を感じ取り、うなずいた。

 

「いいだろう。明日ラインハットへ向かおう」

 

「……ありがとう」

 

 ヘンリーは少しだけ笑って返事した。けれどすぐに、覚悟を決めたような目に変わった。

 

「ただ少しだけサンタローズへと用事がある。ちょっとついてきてくれ」

 

 パパスはそういうとサンタローズの門を潜った。まだ日は明るい。二人は黙ってパパスの後を追った。

 

 

 パパスが向かったのは、サンタローズの奥にある洞窟だった。途中、僅かに村人が残っており、皆涙を流してパパスとの再開を喜び、そしてラインハットへの憎悪の念をぶちまけた。リュカはその度にヘンリーの顔を見たが、ヘンリーはただただ唇を噛み締めて俯いていた。ヘンリーとて謝りたかっただろうが、謝罪を受け入れてくれるわけもないと思いなにも言わなかったがそれは賢明な判断だろう。

 最後の村人と話し終え、サンタローズに流れる川に浮かぶ筏に乗り込む。川は洞窟まで続いており、パパスたちは漕いで進んでいく。やがて水に囲まれた陸地が見え、そこにある地下階段を降りていく。

 が、そこからは、険しい道だった。

 

 

 

「キシャーーーー!!」

 

「くっ……やっぱりお爺さんのいう通りだ、ここは魔物の住みかになってる!!」

 

「喰らえッ! ーーくそっ!! 数が多すぎる!」

 

「10年前は魔物などいなかったはずだがな……フンッッ!!」

 

 水色の滴のような形をした魔物スライム、木槌を担ぐブラウニー、フクロウのような巨大な逆三角形の体型に熊のような剛腕と爪をあわせ持ったアウルベアー、固い鱗を持つガメゴン、悪臭がひどいくさったしたい等が群れをなして三人に襲いかかってくる。倒しても倒しても切りがなく、しかもなかなか手強い魔物もいるため、体力の消耗が激しかった。ただ、パパスが時々強力な回復呪文ベホイミをかけてくれるお陰でどうにか戦線は維持できている。

 

「クソッ、これでも喰らえ! イオ!」

 

 ヘンリーは指先に魔力を込めて小さな光のたまを生成し、固まっている魔物の集団にそれを放出した。魔物たちはふと気になったようでその光に導かれるように近づく。が、それは罠だった。突如光は弾け、爆風が襲いかかったのだ。

 

「ヘンリー、いつの間に覚えていたんだね!」

 

「まぁな。さて、これで効いてくれるといいんだけどな」

 

 イオは威力は若干低いが広範囲に爆発を起こす呪文であるため、こうした大勢を相手にするにはもってこいだ。しかも雑魚はこの威力でも死ぬため大分数を減らせたはずだ。

 が、爆風で巻き起こった煙が引いてくると、魔物は再び群れをなして襲いかかった。

 

「なに!?」

 

「くっ、ならこれならどうだ! バギ!」

 

 リュカは剣を持たない方の手の平を突きだし、風を呼び起こした。たちまちそれはいくつもの小さな竜巻となり、魔物たちに迫る。避けることもままならず魔物たちの体は切り刻まれていった。こちらも先程のイオと同じく広範囲で攻撃する呪文だ。綺麗にヒットしたのでかなり多くの魔物を葬っただろう。

 が、結果は同じだった。魔物の数は減ることを知らない。

 

「ど、どうすりゃいいんだこんなの!?」

 

「まずいな……このままだと魔力がつきる!」

 

 リュカとヘンリーは迫り来る魔物から後退り、思案するも、なにも思い付かない。敵の数はほぼ無限に近い。そんな状況を覆すなんて到底できることじゃない。

 

「くそっ、こうなったら破れかぶれだ! 行くぞリュカ!」

 

「待つのだヘンリー王子!」

 

 リュカとヘンリーが剣を構え始めたところにパパスの大声が飛んできた。

 

「はっきりいってこれは埒が明かない! 奴等から振り撒いて、ここを逃れるぞ!」

 

 パパスは一人で大勢の魔物と戦いながらリュカたちに叫ぶ。よく見るとパパスは呪文を使わず剣のみで斬りさばいている。しかも傷ひとつ受けている様子はない。

 

「てやぁっーー!!」

 

 パパスは渾身の叫びと共に剣を横に凪ぎ、魔物どもを吹き飛ばした。その後パパスは大きく後ろに飛び、リュカたちに叫ぶ。

 

「リュカ、ヘンリー王子。わしらはあの奥にゆく。だから二人で魔法であいつらを吹っ飛ばしてくれ。その後は全力でそこまで駆ける。いいな?」

 

「わかった!」

 

「いいぜ! よし、せーので行くぞリュカ!」

 

 パパスの駆け足な説明を理解し早速詠唱準備にかかる。パパスが吹き飛ばして得た間もあっという間に詰められていき、またもうっとうしい集団が出来上がる。

 魔物たちがギロリとリュカたちを睨み、襲いかかってきたところでヘンリーは叫んだ。

 

「せーの! イオ!」

「せーの! バギ!」

 

 ぴったりなタイミングで二人の手から呪文が唱えられ、魔力が放出される。小さな竜巻が魔物たちを巻き込み、爆発で散り散りに吹き飛ばしていく。収まった後にはもう魔物たちはそこにはいなかった。

 

「今だ、走れ!!」

 

 パパスが合図を下して全力で出来た間を駆け抜ける。またすぐに魔物が出てくるかもしれない。それまでどうにかーー

 が、彼らの願いは叶わなかった。すぐにまた魔物が湧き出してきたのだ。このままでは道を塞がれるどころか囲まれてリンチされてしまう。しかしまだパパスの言った場所までは距離があり、とても間に合いそうにはない。

 万事休すか。パパスは駆けながらギリッと歯を鳴らした。

 が、意外なことが起こった。

 

「ーーマヌーサ!」

 

 ヘンリーの声が突如響き渡る。パパスはその言葉の意味を直感的に理解する。マヌーサは敵の視界を暈し、惑わせる呪文だ。どこに何があるかわからないため、妨害にとても役立つ。

 魔物たちはとたんにおろおろし始め、全く違う方向を向きながら腕や尻尾などを振り回していた。どうやらうまく効いたようだ。

 

(いいぞヘンリー! 敵はなんにも見えてない!)

 

 リュカとパパスはにっとヘンリーに笑うと、最後の力を振り絞って、魔物たちから逃れたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、ついたぞ」

 

「ようやくか……はぁ、くたくただぜ」

 

「そうだね……僕も疲れたよ」

 

 パパスたちはようやく、目的の場所についた。地下深くに狭いスペースがあり、そこには本棚がいくつか並べられていて、中でも目を惹くのは、片隅におかれた派手な剣だった。金の装飾で施されており、威厳を感じさせられる。どうやらただの剣ではなさそうだ。

 

「ここは何だい、父さん?」

 

「ここはな、わしの研究室だ。わしは密かにここである研究をしていたんだ」

 

「研究だって? パパスって学者だったのか?」

 

「いや、違う。わしは天空の勇者について調べていたのだ。すべてはわしの妻、マーサを助けるためにな」

 

「……でもなんで天空の勇者について調べるんだ? 俺にはさっぱりわからないぜ」

 

 事情を全く知らないヘンリーにとってはちんぷんかんぷんだった。

 

「僕が説明するよ! 実は……」

 

 リュカはパパスの研究していることとその理由を包み隠さず話した。

 

「……というわけなんだ」

 

「なるほどな。要するに魔界に行くためには天空装備って呼ばれている奴を集めて勇者と一緒に入んなきゃいけないんだな?」

 

「そういうことだ、ヘンリー王子。そして、その天空装備のひとつがこれだ」

 

「えっ、もう持ってんのかよパパス!」

 

 パパスは壁に掛けてある剣を手に取り、リュカとヘンリーに見せる。束はドラゴンを型どったものとなっており、鱗を思わせる頑丈な鞘にしまわれている。

 

「これがてんくうのつるぎだ」

 

「どれどれ……」

 

 ヘンリーは鞘から剣を抜き、構えてみる。しかしヘンリーの持つ剣は鉛のように重く、すぐに地面に沈んでしまった。どうにか持ち上げることはできるが、到底実戦では使えないだろう。

 

「うおっ!? なんだこれ、めちゃくちゃ重いぞ!?」

 

「そうだろうな。この剣を装備できるのは勇者だけだからな。勇者でないものが鞘から剣を抜くと途端に重くなるようになっている」

 

「へぇ……リュカ、お前ちょっと持ってみろよ」

 

「わ、わかった……」

 

 ヘンリーがそっとリュカに剣を渡し、リュカは柄を握る。が、ヘンリーと同じように剣はぐんと重くなってしまった。

 

「だ、ダメだ……僕も無理だった……」

 

「そうか……」

 

 パパスは落胆を隠しきれなかった。もしかしたらリュカなら装備できると思っていたのだが、自身もマーサも勇者ではない以上、装備できるわけがない。

 パパスはリュカから剣を受け取り、自分の持っている袋に仕舞い込んだ。教会の剣と変えない辺り、パパスも装備ができないのだろう。きっと悔しかったのだろうとリュカは息子ながら思った。

 

「さて、ではこの洞窟から出るとするか」

 

「そうだなー、もう夜になってるだろうしな。……けど、またあの魔物の大群を相手にしなきゃいけないのか……」

 

「そういうことになるな……」

 

 パパスとヘンリーは憂鬱げにため息をはいた。

 がーー。

 

「別にわざわざあの魔物たちと戦うことはないよ」

 

「え?」

 

 リュカはパパスとヘンリーに近づいて一言だけ呟いた。

 

「リレミト!」

 

 リュカが叫ぶと同時に、光が三人を包み込んだ。

 

 

 

 

 洞窟から脱出できる呪文リレミトを唱えて外に出た一行はすっかり夜になっていることに驚きつつもオラクルベリーに戻って破格の300ゴールドで馬車を購入した。その後は宿に向かってぐっすりと休み、次の日の朝を迎えた。

 一行は町を出ると次なる目的地を目指して歩み始めた。一行にとって因縁の強い国、ラインハットへと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




できる限り原作準拠しようにしています。


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Episode5:ラインハットに潜入する王子と父と息子

ランキングに乗りました!ありがとうございます!本当に嬉しいです!お気に入りも270を越えて正直ビックリしてます!期待に添えるかわかりませんがこれからもよろしくお願いします!


 サンタローズから東に存在する国、ラインハットに向かう一行は関所を目指す。ラインハットに向かうには関所を通る必要があったからだ。もっとも、関所といっても悪人でない限りは誰でも通れるようにはなっているため、すんなりと国には入れるはずだ。

 少なくとも、10年前までは。

 

「ここから先はラインハットの国だ。太后さまの命令で、許可証のないよそ者は通すわけにいかぬぞ!」

 

「許可証だって……?」

 

 ヘンリーは思い出す。確かまだ自分がラインハットにいたころはそんなものはいらなかったはずだ。町民は誰でも国を入ることができたし、門番の警備はとてもゆるいものだった。しかし今はかなり厳格になっており、とても通してもらえそうにない。

 

「私はラインハット国王に話があるのだ。どうかここを通されたい」

 

「だめだ。許可証がないのなら通すわけにはいかない」

 

 門番は態度を変える様子はないようだ。リュカとパパスはヘンリーのほうを見た。元ラインハットの王子のヘンリーなら何か打開策があるのではないかと期待したのだ。

 だが、ヘンリーは厳しい表情を険しくしてそれに応える。どうやらヘンリーにもお手上げのようだ。

 

「仕方がない、いったん引き返そう。いこう、ヘンリー」

 

 リュカは皆を引き連れてラインハットの関所を後にしようと背を向けた。が、呼び掛けられたヘンリーは動かなかった。不審に思ったリュカはヘンリーへと振り返る。

 

「……ヘンリー?」

 

 リュカがヘンリーを呼ぶが、ヘンリーは応じず、あろうことかすたすたと門番のもとへと歩みより、脛を蹴り上げたのだった。

 

「あたっ!?」

 

「ヘンリー、何を!?」

 

 リュカは駆け寄ってヘンリーを諌めようとする。が、ヘンリーの発した次の一言でリュカは思いとどまった。

 

「ずいぶん偉そうだな、トム!」

 

(え……?)

 

 ヘンリーはにやりと笑いながら門番を相手にする。しかも、トムと呼んでいる。門番は困惑しつつも怒鳴った。

 

「あたたたた……無礼な奴! 何者だっ!? どうして私の名前を知っている!!」

 

 だがヘンリーは門番の声にひるむことなくしゃべり続けた。

 

「相変わらずカエルは苦手なのか? ベッドにカエルを入れた時が一番傑作だったぜ」

 

「……き、貴様ーー」

 

 門番は持っていた槍を強く握りしめ、ヘンリーへと向けようとしたが、突如凍ったように動きが止まる。つづいて、アワアワと口を開閉させた。

 

「そんな……! ま、まさか……」

 

「そう。俺だよ、トム」

 

 門番は槍をポロッと落とし、目に涙をためてヘンリーへと駆け寄った。

 

「やはり……やはりそうでしたかヘンリー様!! まさか生きてらしたとは!! お懐かしゅうございます! 思えばあの頃は楽しかった。今のこの国はーー」

 

「止せ。兵士であるお前が国の悪口をいうと面倒だぞ。それでトムーー通してくれるな?」

 

「はいっ、どうぞお通りください!」

 

 先程とはうって変わった態度でヘンリーに接している。パパスとリュカは正直呆気にとられていた。

 

「その門番は、ヘンリー王子の知り合いなのか?」

 

「まぁな。こいつカエルが嫌いでさ、よくイタズラしてたんだ」

 

「全く……小さい頃の君には困ったものだな」

 

 同じく苦労を掛けさせられたリュカは門番のトムに同情しながら苦笑する。確かに子供の頃のヘンリーは相当なワルガキだった。

 

「ハハハ、確かに小さな頃のヘンリー王子にはよく泣かされました。ですが、今となってはいい思い出です。そういえば貴殿方はヘンリー様とどういった関係で?」

 

「旅の仲間です。訳あって一緒に旅しています」

 

「なるほど……先程は大変無礼な真似をしてしまいました。どうかお許しください」

 

「お気になさらないでください。ではヘンリー王子、行くとしようか」

 

「そうだな! トム、また会おうぜ」

 

「はい、どうかお気をつけて!」

 

 トムは頭を下げて、ヘンリーたちを見送った。ヘンリーは親指を立ててそれに応え、関所を抜けていった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 関所を抜けてラインハットについたヘンリーは、ただ無言で城下町を眺めていた。人々の目は死にかけており、どよんと空気が沈んでいる。商売人も活きがなく、ただ機械的にものを売っているような感じだった。昔は程よく賑わっており、国民も楽しそうだったのに。

 それもそのはずだ。立ち寄った宿にいた旅の戦士から聞いたのだが、高い金額で屈強な戦士を迎え入れる代わりに国民に重税を課しているのだ。町民に活力がなくなるのも頷ける。

 また、政治もかなり横暴なようだ。城と町を結ぶ橋の前で恵みを求めていた貧しい母親と子供が言っていた。夫が国の方針に逆らったせいで8年も投獄されてしまい、仕事もなくこうして貧しい思いをしているようなのだ。しかも重い税によって窮困さに拍車をかけている。ヘンリーはせめてものの詫びの気持ちを込めて二人に100ゴールドを分け与えた。

 ヘンリーたちは城へと続く橋に向かい、渡ろうとする。が、後ろから誰かに呼び止められた。

 

「旅の者か? ラインハット城には近づかん方がいいぞ。命を落としていいのなら話は別じゃがの」

 

「……そんなに今ラインハットは危険なのか?」

 

 ヘンリーは声の震えをどうにか抑えて聞いた。

 

「危険じゃよ。先の王が9年ほど前に亡くなって、第二王子デールに王位を譲ってからは地獄に変わってしまったわい。ワガママだった第一王子が行方不明になったから第二王子が継いだようじゃが、これはこれでひどいものじゃよ……」

 

「……そっか。でもじいさん、俺たちいかなきゃいけないんだ。忠告、ありがとな」

 

 ヘンリーはきつく唇を噛み締めてどうにか感情を抑えながら、橋を渡る。リュカとパパスもその後を追った。

 

「ヘンリー……大丈夫か?」

 

 リュカは橋を渡りながら、ヘンリーに声をかける。ヘンリーは振り向いて作り笑顔で言った。

 

「大丈夫だ。これくらいは言われると思ってからな。それよりもさ、二人にお願いがあるんだ」

 

 ヘンリーは立ち止まって二人の方をみた。

 

「俺がヘンリーだってこと、しばらく秘密にしてほしいんだ。もう少しこの城の内情を探りたいし、ばれたら大騒ぎだ。だから、頼むぜ?」

 

「わかったよ、ヘンリー」

 

「承知した」

 

 二人からの快い返事が返ってくるとヘンリーはありがとうと感謝して橋を渡りきる。一行は門番がなぜかいない門を開けて中に入っていった。

 

 

 

***

 

 

 

 ラインハット城の中は、簡単に言えば異様だった。まず、城の奥には限られたものしかいけないということだ。そもそも城に入ること自体、いや、もっと言えばこの国に来ること自体が限られた人間しか許されていない。そのなかでさらに限るというのは異様でしかない。まさに独裁政治の現れだ。

 そしてもっと異様なのは、その条件だ。大后様の許可をもらったものというが、《国王様》ではなく《大后様》なのだ。ということは大后がかなりの権力を所持していることになる。

 さらに城の手前側の階段を上ると、なんと魔物が城の料理を好き勝手に食べていた。城の中に魔物がいること自体、まずあり得ない。しかし兵士が動く様子もないので、恐らくこれは誰かが雇ったのだろう。

 やはりこの城は狂っている。そう思った一同であった。

 とりあえず城の入り口に戻って、パパスは溜めていた言葉を吐き出した。

 

「……10年前とは、天と地ほどの差があるな。魔物まで侍らせているとは……」

 

「実権を握っているのはヘンリーの義理のお母さんだろうね。でもどうしようか、奥にも入れてもらえないんじゃ……」

 

「おいおい、ここで引き下がるのかよ! ……っても入れないんじゃ仕方がないか。……いや、待てよ!」

 

 ヘンリーは城と町を隔てる川を見つめながら何かを思い出す。そして、リュカとパパスにアイディアをぶつけた。

 

「確かラインハットには抜け道がある! それを使えば外から中には入れるんだ!」

 

「なんと!? それはどこにあるんだ?」

 

 パパスとリュカはヘンリーに食いつくように迫る。しかしヘンリーは頭を抑えながら答えた。どうやら正確には覚えてないようだ。

 

「……確か水路が怪しかった気がするんだ……」

 

 おぼえていなくとも手がかりさえあれば動ける。パパスは感謝すると告げた。

 

「よし、とりあえずいってみよう!」

 

 ヘンリーは水路なら覚えているといって、城の東側の脇まで案内する。そこまで来てリュカは思い出した。そこは確かヘンリーが10年前に連れ去られた場所だった。そこに浮かんであった筏を使って奴等は逃げていったのだ。ヘンリーもその苦い記憶を思い出しているようで、表情はあまりよくない。

 一行は未だに浮かべてある筏を使って水路となっている川を進む。そして城の正面側に掛けられている橋の下を潜ると、開けた水門が見つかった。早速筏の進路を変えて、水門から城に乗り込んだ。

 筏を止めて、抜け道に足を踏み入れたヘンリーは色々思い出したようで、閉じていた口を開く。

 

「そういえば、ここは何かあったときの脱出経路で城の外へと逃げるためのものなんだよ」

 

「へぇー、でもあんまり使われた様子はないね」

 

「まぁな。うちは戦争なんてほとんどしてないしな」

 

「……しかし、逃げるために使う道を、侵入するために使うちはな。しかも、ここの王子が」

 

 パパスの軽い皮肉にヘンリーは笑って返した。

 

「全くだ。さっ、いこうぜ!」

 

 ヘンリーが先頭を歩き、抜け道を進み始めた。

 が、そこにはなんと、魔物が住み着いていた。城の中に魔物がいたのを実際みたため驚きは少なかったが、いざというときの抜け道に魔物を住まわせておくなど言語道断だ。パパスとヘンリーは魔物を倒しながら益々大后に対する怒りの情が強くなった。

 そんな中、リュカは緑色のスライムに乗っかって剣を振るう魔物スライムナイトと戦っていた。

 

「はぁっ!!」

 

「グワッ!?」

 

 が、やはりというべきかリュカの方が一枚上手であり、スライムナイトは奮戦も実らず、リュカに倒された。

 しかしリュカもまあまあのダメージを受けており、息が乱れている。

 

「大丈夫か、リュカ」

 

 他の魔物の相手を終えたパパスがすかさず気づいてリュカにホイミをかける。リュカの傷はたちまち癒え、呼吸も整った。

 

「ありがとう、父さん。じゃあ行こうか」

 

「ま、待ってくれないか!?」

 

 リュカが行こうとしたところで突如誰かに呼び止められた。振り向くと、なんと傷ついたスライムナイトが起き上がってこちらを見ていた。

 

「おーい、大丈夫かリュカ……ってなんだこいつ!?」

 

 別のところで魔物を倒したヘンリーがこっちに来た。スライムナイトはよろよろとリュカへと歩み寄る。

 

「リュカ! 早く止めをさせ!」

 

「いや、待ってくれヘンリー。彼はなにか言いたいらしい」

 

 ヘンリーは叫んだが、リュカは意外にも冷静だった。

 

「どうしたんだい?」

 

 リュカは剣を納めてスライムナイトの目を見ていった。不思議なことに、スライムナイトが纏っていた殺気が消えたような気がした。

 

「あ、貴方はとてもお強い……! ですから私は貴方と共に行きたいのです!」

 

「な、なんだって……!?」

 

 ヘンリーは驚いてスライムナイトを見た。スライムナイトがしゃべったからではない。いや、しゃべったことに驚いたは驚いたのだが、それ以上に人間と共に行きたいと思うことに驚いた。先程までは殺す気でリュカを襲ったのにも関わらずだ。

 

(なるほどな……これがリュカの、マーサの力なのか。なんてすごいのだ……!)

 

 リュカの力のことはモンスターじいさんに会ったときに知ったのだが、実際に目の辺りにすると感心してしまう。魔物は恐怖の対象であり、決して友好関係など築けるような存在ではない。が、リュカはその壁を悠々と飛び越えてしまったのだ。

 

「私はこの抜け道のことも熟知しています! どうか、仲間にお加えください!」

 

 そういってスライムナイトはペコリと頭を下げた。リュカは優しい笑みを浮かべてスライムナイトの頭を撫でた。

 

「頭をあげて。わかった、一緒にいこう! 僕はリュカ、君は……えっと、名前はある?」

 

「ピエールと申します! リュカ殿、これからよろしくお願いします!」

 

「うん、よろしくね。……父さん、ヘンリー。彼を加えてもいいかな?」

 

 リュカはヘンリーとパパスに許可をとる。二人はやれやれと言わんばかりにため息をはいて苦笑する。それもそうだろう、もはや無理矢理決めたようなものだからだ。

 

「お前勝手に決めやがって……。まぁ、いいけどよ」

 

「わしは構わないぞ。それに強い仲間は歓迎だ」

 

「ありがとう。じゃあ行こうか、ピエール」

 

「はい、ではいきましょう!」

 

 新たな仲間ピエールを加えて一行は出発した。またも途中で魔物が襲いかかるが、ピエールの奮戦もあってか切り抜けることができた。

 やがて一行は下に続く階段を見つけた。ヘンリーはそれをみて、またも何かを思い出す。

 

「……確かここを降りると地下牢屋だったな。きっと今はわんさか人がいるだろうぜ」

 

「もしかしたらここに魔物が多かったのも、囚人の脱走を防ぐためかもしれぬな」

 

 軽口をたたきながら一行は階段を下りる。地下牢屋には魔物の気配はあるにはあるが、数は少ないためすんなりと進むことが出来た。

 囚人達はというと、皆希望を失ったように顔を伏せている。中には大后に対しての恨みの声をあげているものもいた。死んでしまったものもいた。ヘンリーは終始俯いて囚人たちに心の中ですまないと謝った。

 牢屋を抜け、上に上る階段が見えた。そろそろ地上に戻れそうだ。一行は駆け足で階段まで目指す。

 がーー

 

「……ん? ちょっと待って!」

 

 リュカは皆を呼び止めた。

 

「どうしたのだ、リュカ?」

 

「これをみて、父さん。ヘンリー」

 

 パパスとヘンリーは戻ると、階段へと続く道から別れたスペースがあることに気づく。そこには、他の囚人よりも特段大きな牢屋があった。

 パパスとヘンリー、そしてリュカはその牢屋に入っている人物を見た。

 その直後、三人は目を疑った。

 なんとその中にはーー高貴なドレスを来た貴婦人がいた。しかも、三人にとって、見覚えのある女だ。

 

「ーーあっ!!」

 

 やがてヘンリーは気づいた。そこにいる女が何者かを。

 

「な、なんで……!? どういうことなんだよ!?」

 

 諸悪の根元のはずの、大后が、その中に入っていたのだった。

 

 

 

 




しかし今から思えば大后はくそだなって感じますよ。


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Episode6:ラインハットに閉じ込められた王妃

お気に入りが300突破しました!本当にありがとうございます!また感想、評価の方もありがとうございます!皆さんの期待に添えるか心配になりますが、どうにか更新しました!


「な、なんでだ……なんで……!! どういうことだよ……」

 

「どうしたんだい、ヘンリー!?」

 

「牢屋にいるんだよ……俺の義理のオフクロが!」

 

「な、なんだと!? 奴が権力を握っているはずじゃなかったのか!?」

 

 ラインハットの地下牢獄に閉じ込められていたのは、なんとヘンリーの義理の母、大后だった。実権を握っていると思われていたが、牢獄に入れられているのはどう言うことなのか。

 

「……誰かそこにおるのか。いるならこちらへきてくれぬか」

 

 リュカたちが話しているのが聞こえたのだろうか、牢屋から声が聞こえた。ずいぶんと悲しそうなトーンだった。きっとあの大后だろう。リュカたちは無言で牢屋へと歩み寄った。

 

「おお、来てくれたか。妾はこの国の大后じゃ。早くここから出してくれぬか?」

 

 大后は希望をつかんだように嬉しそうに柵を掴んで懇願する。

 が、リュカは思わず懐疑的な目線を送る。大后はそれを感じとり、不機嫌になった。

 

「何じゃ、妾が大后ではないと疑っているのか?」

 

「……てっきり玉座でふんぞり返ってるだろうって思っていましたからね」

 

「おいヘンーーいたっ!」

 

 ヘンリーの嫌みたっぷりな返事リュカは諌めようとしたがヘンリーに思いきり足を踏まれてしまう。リュカはヘンリーの方をみて何故と目線で問うが、すぐに察した。まだヘンリー王子であるということを明かすつもりはないことを。

 幸い大后はリュカのミスには気付かず、ため息をはく。ひとまず胸を撫で下ろしつつもリュカはヘンリーの非礼を詫びた。

 だが大后は怒るどころかますます落ち込んでしまったようだった。

 

「……それもそうじゃろうな。誰も気づいていないのだ。今は偽の大后が妾の姿そっくりに変えていることをな」

 

「……なんですって!?」

 

 リュカはもちろんヘンリーもパパスも本気で驚いた。今悪徳政治を行っている政権の実権を握っているのはこの大后ではなく、別の大后だというのか。

 大后は柵を握る力を強めてリュカに迫る。

 

「だが、これだけは言わせてほしい! 妾は本物の大后じゃ! 妾をここから出しておくれ!」

 

 自分は大后だ、だから出してくれ。

 リュカは大后のその高圧的な頼み方を見て、頭がかっとなっていくのを感じた。

 

(何て身勝手な人なんだ……ヘンリーを売ったくせに自分は助かりたいだなんて……!)

 

 リュカはヘンリーの顔をみる。ヘンリーもわずかに肩がプルプルと震えていた。今にもヘンリーは飛びかかりそうなほどに、怒っているのがわかる。それもそうだ、自分の人生を台無しにした張本人が、あまりにも身勝手で反省していないのだから。

 怒りに震えてるとも知らずに、大后はぎゃあぎゃあと頼み続けた。

 

「もうこんなところは嫌なのだ! 頼む、ここから出してくれぬか! 妾はこの国の大后じゃぞ! だからーー」

 

「っ……ふざけーー」

 

「いい加減になされよ!!!!」

 

 リュカが我慢の限界だと思い叫ぼうと息を吸おうとしたその刹那、地を揺らすほどのパパスの怒号が響き渡り、思い切り檻を拳で殴り付けた。あまりの力に金属が悲鳴をあげて割れ、柵の一部が吹っ飛び、大后の頭上を掠めた。大后は魂を抜かれたように崩れ落ちて、黙ってしまう。

 10年前にヘンリーに怒ったときと同じように怒ったパパスをみてリュカはすっかり怒りが収まってしまった。ヘンリーもまた虚を突かれたような表情をしている。

 

「何がこんなところ、だと!? あなたは実の息子でないとはいえ、奴隷として売り払ったくせに自分が同じような状況に陥ってそんな泣き言を言うのか!? 王子はここよりも数倍辛い場所で10年もいたのだぞ!? なのにまだそんな身勝手なことが言えるのか!?」

 

「な、なぜその事をお主が知っている……!?」

 

「そんなことはどうでもよい!! あなたはなぜ反省をしない!? なぜいつまでも高貴な人のように振る舞っている!? あなたは、母親として、いや人として最低の事をしたのだ!! 少しは反省をしたらどうなのだ!?」

 

「……反省しているとも。ーー反省してるとも!!」

 

 大后は立ち上がり、叫んだ。大后の瞳には、大粒の涙が光っていた。

 

「確かに妾は弟のデールを王にしたいがためにヘンリーを魔族に売り払った。これは紛れもない事実じゃ……だが、今では本当に悪かったと思っている。本当じゃ……本当なんじゃ……うっ、うっ……」

 

 大后はすすり泣きながら再び崩れる。パパスは拳をそっと下ろし、ヘンリーを見る。ヘンリーもまた、どこか読めないような表情をしていた。ヘンリーは、パパス以上に怒りの感情が渦巻いていたに違いない。が、大后の言葉で、それが揺らいだのだろう。

 

「……申し訳ないですが、我々は鍵を持ってはいないのです。それでは……」

 

 リュカは弱々しい声で頼みを断り、檻に背を向けた。大后は何も言わず、ただすすり泣き続けた。パパスもヘンリーもピエールも、リュカに続いて後にした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 大后が偽物にすり変わっているという事実を知った一行は地下の抜け道を抜けて城内へと無事たどり着いた。城の中庭に出るようになっているようだが、なんとそこにも魔物が数匹いた。犬かと思って近づいたらなんとドラゴンの子供、ドラゴンキッズだった。とはいってもそこまで強い敵ではないのですぐに倒してしまい、さっさと城の中に入っていった。

 ヘンリーはさすがに6年間ほど過去にこの城で育っていただけあって城の構造は覚えていた。デールが座る玉座まで全く迷わずリュカたちはたどり着いた。

 

「すみません。王様に謁見したいのですが」

 

 リュカは玉座のそばにいた大臣に声をかける。が、大臣は渋い顔をしてデール王の前に立ちふさがる。

 

「申し訳ないが、王は今は誰ともお話しされたくないそうだ。お引き取り願おう」

 

「王にどうしても伝えなくてはならないのです。そこをどうにか……」

 

 パパスも説得をするが、大臣の表情は変わらない。どうしようか思い悩み、二人で顔を見合わせる。

 が、ヘンリーはずかずかと玉座に上がり込んでデール王の横にいた。その場にいた皆は驚愕し、ヘンリーを凝視する。

 

「何をしている貴様! とっとと王から離れぬか!」

 

 大臣がヘンリーを怒鳴る。デール王も不機嫌そうにヘンリーを見つめて、諭すように言った。

 

「そこにいる大臣から聞いたであろう……今日は誰とも話したくない気分なのだ。下がるがよい」

 

 しかしヘンリーが下がるはずもない。ヘンリーはデール王の耳元に近づいてそっと囁いた。近づくヘンリーを手で押し退けようとするも、間合いはすぐに縮められてしまった。

 

「ぶ、無礼者!」

 

「ですが陛下。子分は親分の言うことを聞くものですぞ」

 

「い、いったい何をーーえっ? そ、そんなまさか……」

 

 デール王はヘンリーをじっと見つめて震え始めた。まさか、まさかと思い、そっと名前を口にしようとした。

 が、ヘンリーは思い切りデール王を睨み付けた。デール王は一瞬怯み、そして意図を掴んだ。

 デール王は正面を向き、大臣を呼んだ。

 

「おい、大臣! 私はこの者たちと話がある! 下がっておれ!」

 

「は? ……はい、わかりました」

 

 大臣は、ヘンリーの突然の態度の変貌に困惑しながらも律儀に命令に従い、玉座を去った。

 大臣が見えなくなったところまで行ったのを確認して、デール王はパッと笑顔を見せ、叫んだ。

 

「ヘンリー兄さん! 生きていたんだね!!」

 

「ああ、生きて帰ってきたぜ。長い間留守にしていて悪かったな。お前が嫌がってた王位を継がせることにもなったし……」

 

「ううん、気にしなくていいよ。兄さんが帰ってきてくれてほんと嬉しいよ。……さっきはごめん、兄さんだって知らなくて」

 

「気にすんなよ。でさ、お前に話したいことがあるんだ」

 

「ん、なんだい?」

 

「実はな、お前の母さんが……」

 

 ヘンリーは一度後ろを振り返り、大臣が盗み聞きしていないかどうかを確かめて、デール王にそっと事情を説明した。

 

「えぇ!? 母さんが地下牢にいて、今の母さんが偽物だって!?」

 

「シー! 声が大きい!」

 

「あ、ごめん……」

 

 デールが思わず大声をあげてしまったが、どうにか口を押さえた。そして静かなトーンで会話を再開させる。

 

「そういえば色々思い当たる節があるよ。魔物とかを急に雇い始めたり、人間の村を襲い始めたりとかね。僕は反対したんだけど押さえ込まれちゃって……」

 

 やはりあの数々の厳しい命令はデールが下したものじゃないとわかってヘンリーはそっと胸を撫で下ろす。

 

「それはそうとどうやって母さんじゃないことを証明しようか……あ、いや待って! 僕いつだったか読んだことがあるんだ、不思議な鏡の伝説を。なんでも、真実を映し出す鏡があるとかなんとかで……」

 

「どこで読んだんだ?」

 

「確か城の倉庫にある本棚かな。あっ、でも今そこ鍵かかってるからこれ渡すね。ラインハットの城なら全部これで入れるよ」

 

 デールは懐から鍵を取り出し、ヘンリーに渡した。

 

「ありがとな、デール」

 

「ううん、僕にはこれくらいしかできないからね。でも兄さん、無理しないでね」

 

「心配すんな。必ず俺がこの国を救ってみせるぜ。じゃあな、デール!」

 

 ヘンリーは玉座から退き、リュカ達のところに向かった。デールは見送るようにずっとヘンリーの背中をみていた。

 

「お待たせ。話は聞いていたろ?」

 

「まあね。城の倉庫に本があるんだろ?」

 

「そうだ。だから早速いこうぜ」

 

「……しかし、いいのかい?」

 

 リュカはヘンリーに問う。ヘンリーは意味が良く分からなかったので聞き返す。

 

「何がだよ?」

 

「ようやく弟さんと会えたのに、もっと話さなくても良かったのかい?」

 

 ああその事かとヘンリーは頭をかきながら頷く。

 

「正直今は昔話をしている暇はない。まずはこの事件を片付けないとな。そのあとにゆっくり話をするつもりさ」

 

「そっか……よし、いこうか」

 

 リュカたちは玉座の間から離れ、ヘンリーの案内のもと倉庫へと向かった。

 

 

***

 

 

 

 倉庫の本棚を片っ端から探していくと、それらしき本を見つけた。埃が被っており、かなり古いものだと思わせる。どうやら遥か昔の人物が書いた日記のようだ。リュカは埃を払って目を通した。

 それによるとどうやら倉庫のすぐ近くにある旅の扉でいける古い塔に真実を映す鏡があるようだ。しかし、そこにはいるには修道僧がいないといけないらしい。

 リュカたちは知恵を振り絞りある考えに至った。海辺の教会ならば、その塔について詳しく知っているのかもしれないと。

 こうして一行は前に世話になっていた海辺の教会へと戻り、話を聞いてもらうことにしたのだった。

 

 

 

「まぁ、お帰りなさい! リュカさん、ヘンリーさん、パパスさん」

 

 海辺の教会にたどり着くと、入り口で手を合わせていたマリアが見つけて嬉しそうに出迎えてくれた。

 

「久しぶりだねマリア! 元気にしていたかい?」

 

「はい、私の方は特に何もないです。リュカさんたちはどうですか?」

 

「僕たちは元気にやってるよ」

 

「そうですか……ところで、何か御用なんですか?」

 

「マリア殿、エリサさんはいないだろうか?」

 

 パパスがリュカに変わって言った。エリサならその古い塔について何か知っていると思ったからだ。

 

「エリサさんなら中にいますよ。ご案内しましょうか?」

 

「頼む」

 

 ではこちらにと、マリアは扉を開けて一行をエリサのもとへ連れていく。エリサは祈りの間に備え付けられているパイプオルガンの手入れをしていた。

 

「エリサさん、リュカさんたちがお見えです」

 

「まぁ、ほんとですか? どちらに……あら、連れてきてくれたのですね」

 

「お久しぶりです、エリサ殿」

 

 パパスは軽く頭を下げて挨拶する。パパスが目覚めた時に面倒をみてくれたシスターで、マリアの先輩である。リュカやヘンリーもパパスに習い、礼をした。

 

「お久しぶりですね、パパスさん。それで、どのようなご用件なのですか?」

 

「ええ、実は……」

 

 パパスは事情をすべて説明した。流石はシスターというべきか頭は良く、パパスの最低限の説明でもすぐに理解した。

 エリサは何度か頷いて頭の中で話を整理すると口を開いた。

 

「なるほど……恐らく貴殿方が仰った塔とは神の塔でしょう。彼処は神様がお作りになられた塔で、修行を積んだシスターのみが開けられるのです。そしてそこには真実を映し出す鏡、ラーの鏡が祀られています。しかし……」

 

 エリサの表情が若干曇ったのをリュカはみた。

 

「あの辺りには魔物が残念なことに住み着いております。女の足でいくというのはーー」

 

「私に行かせてください!」

 

 ためらいがちなエリサの言葉を遮ってマリアが申し出た。エリサは目を大きく見開いてマリアをみる。

 

「マリア、あの場所は危険なのですよ? 命を落としかねませんよ?」

 

「私はあの人たちに良くしていただきました。今度は私の番です! それに、あの塔に私の力が通じるか、試してみたいのです! ですからお願いします、行かせてください!」

 

「マリア……」

 

 マリアは思い切り頭を下げた。マリアは恩返しをしたかった。あの奴隷の日々で自分が鞭を打たれたとき、リュカとヘンリーは庇ってくれた。だから、ここで役に立ちたいと思ったのだ。

 

「エリサさん、俺からも頼むよ! マリアには絶対傷をつけさせない! 俺が、俺たちが絶対守るから! 頼む!」

 

「ヘンリーさん……」

 

 マリアの横でヘンリーも必死に頭を下げてくれた。マリアはなんだか胸が暖かくなりながらもさらに深く頭を下げた。

 エリサはそんな二人をみて、呆れたようなため息を吐いた。そしてーー笑顔で言い放った。

 

「分かりました。私からもう何も言いません。リュカさん、ヘンリーさん、パパスさん、そしてスライムナイトさん。マリアをよろしくお願いします」

 

「お任せください。彼女は全身全霊でお守りします」

 

「頼みましたよ。マリア、気を付けるんですよ?」

 

「はい、必ずここに戻ってきます!」

 

 ありがとうございましたともう一度マリアは頭を下げるとリュカたちの方へと近づいて声をかけた。

 

「皆さん、よろしくお願いしますね。私、できるだけ足手まといにならないように気を付けます。では、行きましょうか!」

 

「そうだね、行こうかマリア!」

 

 リュカたちはマリアを新たに仲間に加え、教会を出た。戦えないマリアを馬車にいれて、道中の魔物から庇いながら戦うのは大変だったが、マリアもマリアなりにものを投げたり、敵の攻撃を教えてくれたりと戦闘をサポートしてくれた。

 旅立つ前にエリサに聞いたのだが、神の塔はちょうど海辺の教会の南にあるそうようだった。良いことを聞いた一行は一行はラインハットには向かわずに南下し、神の塔へと誘ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに書くためにもう一度ドラクエ5やっているのですがようやくピエール仲間にできました笑
強いですねやっぱりw


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Episode7:神の塔と、最後の戦いに挑む戦士達

お気に入りが350を突破しました!本当にありがとうございます!

前持っていっておきますが、神の塔のイベントはありません。理由は後書きで説明いたします。


「ここが神の塔か……なるほど、確かに荘厳だ」

 

 パパスは天を穿つように高く聳える塔を見上げながら感想を漏らす。その感想はおおむね正しいものだ。この塔は神が作り上げたものであるため、威厳たっぷりなものになっている。

 その雰囲気に対して平静でいられる人間は、そうはいない。

 

「なんだか私、緊張してきました……」

 

 マリアは僅かに体を震わせて、それを抑えるように両手で体を抱く。これからマリアは、自らが神に仕えるものとして確かな力を持っているのか試されるのだ。加えてパパスたちをこの塔に入らせなくてはならないとなれば、相当なプレッシャーがかかるのも無理はないだろう。

 ヘンリーはそんなマリアの肩にポンと手を置いた。

 

「大丈夫だ、マリアならできるぜ! 自分を信じろ!」

 

 そう言うと、ヘンリーはマリアの背中を軽く前に押し出して、リュカたちを後ろに下がらせた。

 マリアはなおも不安そうにヘンリーを見続けた。助けを求めるように手を伸ばしかけた。が、覚悟を決めたのか、その手を引っ込めて目の前の試練に挑むべく前進した。

 マリアは扉の前で膝まつき、静かに祈り始める。

 

「神よ……どうかその神々しい扉を、開き給え……」

 

 マリアは必死に瞳を閉じ、念じ続ける。

 

(お願いです神様……リュカさんやヘンリーさんたちをどうか、この塔へと導いてくださいませ……)

 

 マリアのその心からの願いが神の塔へと発せられた。その刹那ーー

 

「……あっーー」

 

 リュカとヘンリーは同時に声をあげた。何と、天から扉に光が降り注がれていくではないか!

 その光を浴びた扉はキラキラと光り、辺りをまばゆく照らす。やがてそれが消えると、扉はゆっくりと開けたのだった。

 マリアは瞳を開けた。そして確信した。自らの力が神に認められたことを。

 

「まぁ、開きました! よかったですわ……」

 

 マリアは嬉しそうに表情を緩めると、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。恐らく緊張が解けてしまったのだろう。ヘンリーたちはかけよってマリアを支えると、彼女を激励した。

 

「やったなマリア! お前すげぇよ!」

 

「うむ、よくやったぞマリア殿。本当に感謝する」

 

「マリア、頑張ったね!」

 

「皆さん……ありがとうございます。本当に嬉しいです」

 

 マリアはヘンリーに肩を貸してもらって立ち上がり、ぱっと服についた土を払う。

 

「さて、行くとしようか」

 

 パパスが開けた神の塔の奥を見つめながら声をかけた。神の塔の中はどうやら庭のようになっているようだ。

 

「そうだね。マリア、歩けるかい?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

「もしキツかったら俺が担ぐよ。じゃあいこうぜ!」

 

 リュカが先頭に立って、パーティーは神の試練に挑みに中に入ったのだった。

 

 

 

 神の塔は、先程のマリアの件からもわかる通り、神に仕える子への試練の塔としての側面もあわせ持っていた。階を上がっていくにつれ魔物は強くなり、足場も狭くなっている。しかも大きな穴がぽっかりと中央に空いているため、一度足を踏み外したら大変なことになる。

 それでも一行はマリアを守りながら魔物と戦って先を進んだ。そしてその途中でホイミスライム、ホイミンを仲間にし、歩き疲れたマリアや傷ついた仲間を癒し続けた。

 

「貴重な魔力を私のために使ってくださるなんて、すみませんホイミンさん」

 

「大丈夫だよ! ボクまだまだ魔力あるし! ……それに正直あの人いるからボクあんまり役目ないと思うし」

 

 ホイミンは少し困った顔をしながらたくさん生えている触手の一本を、前方で戦っているパパスへと向けた。マリアはあぁと納得した。

 確かにパパスはほとんど傷を受けておらず、同じく前衛のリュカやヘンリーの回復もすべてパパスが行っている。ピエールは、マリアに寄ってくるおこぼれの魔物を処理しているが、ピエールも自分で回復できる。つまりホイミンはマリアの疲労回復にしか出番がないわけだ。

 

「でもホイミンさんがいなければ私はこうして疲れをとれません。ですから感謝していますよ」

 

「えへへ……そういわれると嬉しいなあ」

 

 マリアはホイミンを撫でるとすごく嬉しそうに微笑んだ。

 

「ふぅ……片付いたな。マリア、大丈夫か!?」

 

 ヘンリーは最後の魔物を切り捨てるとマリアへと駆け寄った。マリアはふるふると首を縦に降ってヘンリーを安心させる。

 

「心配要りません。ピエールさんとホイミンさんが守ってくださったから怪我ひとつないですよ」

 

「よかった……じゃあ、先に進もうぜ!」

 

「はい!」

 

 その後も魔物を撃退しながら順調に一行は進んだ。パパスがあっという間に斬り伏せてしまうためほとんど足止めを食らうことなくどんどん進められてしまうため、すいすいと階を上がることができた。

 そして、最上階にたどり着いて、ついにラーの鏡を見つけることができた。

 だがーー

 

「おいおい……道がなくなってるじゃないか!?」

 

 最上階に奉られているラーの鏡までは一本道になっている……はずだった。ちょうど真ん中辺りにぽっかりと十数メートルほど道が切れてしまっているのだ。

 

「リュカ……ここは何階だ?」

 

「恐らく、5階だと思う」

 

「ご、5階!? そんな高さで落ちたら……」

 

 そう、言うまでもなく死ぬ。いくら魔物と戦えるほどの頑丈な体を持っていても、物理法則が生み出す強大な力には耐えられない。

 リュカは何か手はないかと思い考えるとふとホイミンが視界に映った。その瞬間、何かがひらめいてつい声をあげていた。

 

「……そうだ! ホイミンならきっとここを通れるはずだ! ホイミンは浮いてるから落ちることはない!」

 

「あっ、なるほど! それならとれますね! ホイミンさん、できますか?」

 

「できるよ! ボク浮けるもん!」

 

 マリアに問いかけられたホイミンはヤル気満々だった。ようやく自分が大きく役に立てる時が来たのだ。

 

「よーし、いくぞー!」

 

 ホイミンはフワフワと浮かびながら切れている道を進んでいく。果たしてホイミンの体は奈落の底へと落ちることなく、すんなりと向こうへと渡ることができた。

 そしてホイミンは触手を伸ばしてラーの鏡を持ち、大きく掲げて見せた。リュカはぱっと笑顔を咲かせてホイミンを労った。

 

「おおっ、よくやったホイミン! さぁ、戻っておいで!」

 

「うん、今からいくよ!」

 

 ホイミンは元気よく返事し、戻るべく体の向きを変える。

 が、ホイミンの触手はプルプルと震えていた。そしてホイミンの触手もギリギリ地面に着きそうだ。

 

「うっ……これ結構重い……」

 

「だ、大丈夫ですかホイミンさん!?」

 

「だ、大丈夫……うわっ!?」

 

 ホイミンがマリアの返事に答えようとしたとき、ついに触手が限界を迎えたのか、ラーの鏡がずるっと手元から離れてしまった。ラーの鏡は無事だが、もしあのぽっかりと空いている場所で同じようなことが起こったら、それは大惨事だ。

 

「……ホイミンは力がなかったか……」

 

 ヘンリーが力なく呟く。望みは潰えてしまった。もはや誰も取りに行くことができない。

 どうしようかリュカと相談しようとしたそのときだった。

 

「……リュカ、わしの剣を持っててくれ」

 

 突然パパスがリュカに剣を差し出した。何のことかわからず剣をそのまま受け取ったリュカは後ろに下がる父をただ見ていた。

 が、パパスが息を吸って前傾姿勢になったその時に、リュカを初めその場の全員がその意図を理解した。

 

「ま、まさか……飛び越えるつもりじゃーー」

 

 そう、ヘンリーの言うまさかは的中していた。

 

「ぬおおおおっっーー!!!!」

 

 パパスは気合いを込めて叫ぶと、猛スピードで駆けていき、地に力を込めて飛び上がった。パパスの体はまるで風船のように軽く、しかし弾丸のように重く空中を進み、向こう岸までカーブを描いた。

 空白を飛び越えたパパスは激しい音と共に難なく着地し、ふぅと息をはくと、何もなかったかのようにスタスタとホイミンの落としたラーの鏡を取った。

 

「うっそぉ……」

 

 その光景を見て、思わず皆が目を剥いた。息子であるリュカもまた、父の並外れた身体能力に度肝を抜かれていた。

 パパスは注目を浴びていることも特に気を止めず、ラーの鏡を持ったまま、再び助走をつけてリュカ達の元へと飛び移り、簡単に戻ってきた。神の試練を、肉体であっさりはね除けたのだ。

 その後はホイミンもノロノロとこちらに戻ってきた。

 みんなが揃ったところで、リュカがパパスからラーの鏡を受け取ってお礼をいった。

 

「ありがとう、父さん。まさかあの距離を飛ぶなんて思わなかったよ」

 

「なに、あれくらい大したことはない。いずれお前もできるようになるさ。では、行くとしようか」

 

 パパスはリュカの肩に手を置いてにっと笑った。ヘンリーはパパスという男の、強さと優しさを改めて感じ取った。

 

「……流石はパパスだな。強いし優しいし……あんな父親、滅多にいないよな」

 

「私、初めてパパスさんのお力を見ましたが、本当にすごいですね……」

 

 ヘンリーの、独り言に近い言葉にマリアは反応した。ヘンリーは若干戸惑いながらも平静を装って返す。

 

「……もはや人間をやめてるよな、あの人。でも、ちゃんと父親もしてるんだから、すげぇよ。俺も……ああいう父親になれたらいいな」

 

 ヘンリーは、はぁとため息をついてパパスとリュカを眺めた。ヘンリーの小さい頃は、ああしてもらった記憶がない。

 父からは確かに愛されてきた。けれど王という立場である以上、ヘンリーに構っていられる時間も少なかった。加えて義母からは愛情を全く注がれなかった。だから、親との触れ合いをヘンリーは知らないのだ。

 だからもし自分に子供ができたら、できるだけ愛情を注いでやりたいと思っている。子供の頃の自分のようには、なってほしくないからだ。

 ただもっとも今は妻どころか彼女だっていない。そんな状況でこんなことを考えるのは早すぎた。ヘンリーがやれやれと心の中で呆れていた、その時だった。

 

「きっと、なれますよ。ヘンリーさんは立派な父親に。あなたはとても、お優しい方ですから。私を庇ってくださったのですから、強くて優しい人ですよ」

 

 マリアの、純粋な笑顔で放たれた言葉はヘンリーの胸の中にスッと入り込み、心が暖まった。ヘンリーにはどこか劣等感、そして罪悪感があった。自分はリュカとパパスに迷惑をかけてしまった。自分はこの中の誰よりも劣っている。そう思っていた。

 けれど今の言葉で、どこかに消えてしまった気がした。マリアに言われたからなのか、それはわからない。でも、靄が晴れた気がしたのだ。

 そしてどうしようもなく胸が高鳴っていくのを感じた。ヘンリーは羞恥からか、どうにか作り笑いを見せて言葉を紡いだ。

 

「あ、あははそっか。けど俺には恋人もいないしな、父親もくそもないよな! まだまだ当分先かも、しれないなあ……」

 

「……そうですね。でもきっと理想の人が見つかりますよ」

 

 ーーもうすでにいるよ。

 ヘンリーはそう言いたかった。でも、言えるわけがない。マリアのことが好きだなんて、恥ずかしくて言えない。それに、ヘンリーはある推測をしていた。

 マリアはきっと、リュカのことが好きだってことを。

 リュカの方はどうだかは知らないが、きっとマリアはリュカに気がある。リュカと話すときは嬉しそうだし、帰ってきたときはリュカの名前を先に読んだ。だからきっとーー

 

「おーい、そろそろいくよ!」

 

 思索に耽っていたヘンリーをたたき起こしたのはリュカの声だった。ヘンリーは慌ててリュカの方を見る。どうやらリレミトで神の塔を脱出するようだ。

 

(そうだ、今はこんなこと考えてる場合じゃない。この鏡で偽物を暴いて、国を救わなくちゃいけないんだ!)

 

 ヘンリーはリュカの声で自らに課せられた使命を思い出し、気を引き締めた。そしてマリアをつれてリュカの元へと向かう。

 

「全員揃ったね。じゃあいくよ。ーーリレミト!」

 

 一行を青い光が包み込むと、あっという間にその姿は消えていった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 神の塔を抜け、北上していくととあるほこらを見つけた。旅立つ前にエリサに教えてもらったのだが、そのほこらにある旅の扉を使えばラインハットの城にたどり着くそうだ。一行は早速旅の扉に入った。

 ぐるぐる回る渦の中から這い出てきた一行は軽い酔いに耐えつつも玉座を目指す。が、玉座にはデール王の姿はなく、困惑した大臣だけがいた。

 大臣によるとどうやらデール王は、地下牢獄に閉じ込められていた大后を解放し、なんと上の階にいるもう一人の大后の元へと連れてきてしまったようなのだ。結果、自分という存在が二人いれば争いにならない筈もなく、取っ組み合いの喧嘩になってしまったようのだ。

 慌てて上の階駆けつけてみると、どうにか喧嘩自体は収まっているようだった。が、大后がいる部屋に入ってみると、相変わらず睨み合いが続いていた。

 

「あっ、兄さん! 良かったよきてくれて……」

 

 中にいたデール王がパッと顔を輝かせてヘンリーに駆け寄る。ヘンリーは笑顔にならずに呆れたように質問する。

 

「あのなぁ……なんでオフクロをここに呼んだんだよ?」

 

「僕なりに何かしようと思ってやったんだけど……ダメだ、どうも僕のやることはへまばっかりだ」

 

 デールははぁとため息をついて項垂れる。

 

「全く、しっかりしてほしいもんだぜ……まあいい。鏡をとってきたからな。これで確かめてやるぜ」

 

「ほんとかい!? じゃあ早速頼むよ!」

 

 デール王が言った直後、リュカは袋からラーの鏡を取り出して大后達の前に向かった。

 リュカはちらりと右の大后を見る。薄汚れた格好をしており、とても品格を感じさせないが、牢屋に入れられた大后もこんな感じだった。

 

「デール、この母がわからないのですか? さあこっちにいらっしゃい」

 

 そしてとても柔和なトーンでデール王に話しかける。正直今までの話を聞いていて、こんなに優しい人間という印象は受けなかった。だからこちらが偽物ではないかと密かに思った。ただいずれにしても真偽は確かめるべきだ。

 

「失礼します」

 

 リュカはそっと鏡を右の大后に向けた。がーー鏡に映ったのは、見た目通りの年老いた貴婦人だった。ということは、真の姿のままであり、偽物ではない。

 

(ということはーー)

 

 リュカはちらっと左側の大后を見た。彼女はというと、きつい視線をずっとこちらに送り続けており、ずいぶんと不機嫌そうだった。

 

「ええい! 私が本物だということがなぜわからない!? その薄汚い女を早く牢にいれてお仕舞い!」

 

 しかも口は相当悪い。正直こっちが本物な気もする。ただ、隣はそのままそっくりの姿が映し出された。

 リュカは悪い予感を感じながら、大后に近づいた。

 

「失礼します」

 

 リュカは恐る恐る、鏡を向けた。鏡に映ったのはーーなんと目の前の光景とは全く異なるものだった。もはや人間ですらなくーー魔物と形容すべきかもしれない、醜悪な人形の化け物が映っていたのだ!

 

「「なっ……魔物だって!?」」

 

 それだけでは終わらなかった。なんとラーの鏡が光だし、大后に照射されていく。その光は、仮初めの姿を剥がし、真実をさらけ出す。

 果たして、光の中より現れたのは、鏡に映った、低身長の化け物姫だった!

 

「な、なんてことだ……これが偽物だったとは……!」

 

 デール王は驚きで腰を抜かしている。無理もない。今まで母親だと思っていた人間が、魔物だったのだから。そして真実を知った。この魔物が、母になり済まして悪政の限りを尽くしていたのだ。この魔物が、ラインハットを腐らせたのだ。デールは魔物に、そして自分に対する怒りで震えていた。

 突如姿が変わったことに困惑している魔物はリュカを睨み付けて、ドスの聞いた低い声で喋る。

 

「まさかラーの鏡を持っていたとはな……ええい、仕方がない! お前達全員を食いつくしてやる!」

 

 そう言うと、大后は牙のたくさん生えた口を大きく開けて叫んだ。耳がキンキン響くほどの喧しい音に思わず全員が耳を塞ぐ。

 数秒ほど続いた、鬱憤ばらしだと思われる叫びが終わったあと、ヘンリーはすかさずデール王に指示を出した。

 

「デール、オフクロとマリアを連れて早くここから出ろ! あとは俺たちでこの化け物をぶっ潰す!」

 

「そんな! 兄さんも一緒にーー」

 

 が、ヘンリーはきっと睨み付けてデール王の言葉を遮った。

 

「うるさい! 子分はいいから親分のいうことを聞いてろ!」

 

 ヘンリーはそう叫ぶと剣を抜き払って構える。デール王は、尚も兄を見つめ、逃げるよう訴えたが、もはや兄はここから引くつもりはないようだ。

 観念したデール王はヘンリーにわかったと小さく言い残して、大后とマリアを連れてその場を離れた。

 

「よし、うまく逃げたようだね」

 

 リュカは戦えない人がいなくなったのを確認すると剣を払う。パパスも腰から剣を取り出して慄然と構える。ピエールもホイミンも臨戦態勢に入っている。

 

「殺す! みんなみんな俺様が殺してやる!!」

 

 ニセの大后が再び大きく口を開いて叫ぶ。ヘンリーは剣を握る手に力を込めて、諸悪の根元であるニセ大后を見据えた。

 こいつを倒せば全てが終わる。そう信じ、ヘンリーは振り返って叫んだ。

 

「ーーよし、いくぞ!!」

 

 ヘンリーの合図のもと、戦士達は一斉にニセ大后へと斬り込んでいったのだった。

 ラインハットを救う最後の戦いが、今始まる。

 

 

 

 

 

 




神の塔での、パパスとマーサの幻影が映し出されるイベントですが(リメイク版のみ)、神の塔の設定として魂の記憶を映し出すというものがあります。ゲーム本編のマリアの台詞(そういえば 神の塔は たましいの記憶が宿る場所とも言われているそうです)からもわかりますが。恐らくこれは死んでしまったパパスの魂の記憶ということになるのでしょう。生きている人間(マーサの魂)を示す意味はないですからね。ですが本作ではパパスは生きていますのでこのイベント自体は成立しないと考えたのでいれませんでした。この選択が果たして正しいかはわかりませんが、このイベントの効果としてはやはり死んでしまったはずのパパスに会えるという驚きと、マーサの存在の再確認であると思われるため、このSSでは正直あまり必要ないかと考えられます。

長文失礼しました。


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Episode8:ラインハットの因縁を断ち切った戦士たち

ドラクエ11、楽しみですね。生放送見ましたよ。早くほしいです。


 

 

 神の塔にてラーの鏡を入手し、それを用いて大后の正体を暴いたところ、なんと魔物に化けていたのだった。ニセ大后だった魔物を倒すべく、リュカ達は剣を構えて駆け出した。

 

「はぁっ!!」

 

 先陣を切ったリュカがニセ太后目がけて直角に剣を振り下ろす。しかし大振りなために動きが読まれたのか、ニセ大后は右横に小さく飛んでかわす。

 だが、リュカは織り込み済みだった。ニセ太后を横目でとらえると、すぐさまやや左に逸れた剣をそのまま平行に持っていき、素早く円を描くように斬り払った。切っ先がニセ大后の頬を捉え、どす黒い液体が少しだけ飛び出す。

 

「ギャッ!?」

 

 ニセ大后は悲鳴をあげて僅かに仰け反る。

 

(よしっ!!)

 

 隙ができたと判断し、リュカは追撃すべく迷わず距離を詰めていく。

 しかし、ニセ大后はニヤリと影で口端を吊り上げた。振り向き様にリュカを嘲笑うと、空気を揺らす勢いで平手を打った。走り出してしまったリュカは判断が遅れ、避けることが出来ないまま頬に重いビンタを食らってしまった。

 

「がはっ……!?」

 

 リュカはあまりの痛みに地面に転がり、剣を落としてしまった。そして、信じられないような気持ちで頬を押さえた。たかが平手打ちで、顔の骨が変形するほどの衝撃を受けたのだ。

 それもそうだ、ニセ大后のビンタは人間のそれとは比べ物にならない。ゴツゴツした手の平からなされる一撃は、鉄のグローブで思いきり殴られたのとほぼ同じだ。

 

「ヘンリー王子! 奴にマヌーサをかけてくれるか!?」

 

 パパスはリュカにすぐに回復呪文ホイミをかけると、ヘンリーに命令した。てっきり攻撃呪文を使うのかと思っていたヘンリーは首をかしげた。しかし、ヘンリーは尚ものたうち回るリュカを見て、パパスの意図を理解した。

 

「……そういうことか、わかったよ! マヌーサ!!」

 

 ヘンリーはニセ太后目がけて幻惑をかけた。ニセ太后は倒れているリュカを嘲笑うのに夢中なようで、ヘンリーのマヌーサに反応が遅れてしまい、もろに喰らってしまった。

 

「ギャアッ!? しまったっ!!」

 

「へっ、バカめ! リュカに気を取られているからだ!」

 

 マヌーサをかけた理由はただ一つ。リュカを一瞬でダウンさせるほどの物理攻撃力を封じることだ。いくら力があっても、攻撃が当たらなければ意味が無い。マヌーサで視界を曇らせれば攻撃は当たりにくくなるだろう。

 

「これで恐れることはない! やぁっ!」

 

 スライムナイトのピエールが太刀を太后に浴びせるべくぴょんぴょんと前線に出る。太后はそれに気づいていないようで、まったく違う方向を見ている。

 

「覚悟っ!!」

 

 ピエールは剣を思い切り振り上げ、全力をこめて振り下ろす。が――

 

「俺様を、舐めるなぁっ!!」

 

 太后が吠えると、突如ピエールの方を向いて大きく口を開く。ピエールはぎょっと驚き、一瞬剣を止めてしまう。それが、命とりだった。

 太后の口から赤い光が漏れだす。それはだんだんと熱を帯び始め、弾けた様に放射された。まるで荒れ狂う獣のように熱は広がり、焔と化して、ピエールを初めパーティー全員に襲い掛かった。

 

「うわあっっ!!」

 

 至近距離で喰らったピエールは吹き飛ばされ、乗り物のスライムからも転げ落ちてしまう。後方で防御していたリュカ達も少なからずダメージを受け、尻餅をついてしまった。

 

「くっ……大丈夫か皆?」

 

 リュカは立ち上がりながら安否を確認する。リュカの近くにいたヘンリーとホイミンは親指を立てながら立ち上がる。至近距離で受けたピエールも、炎に強いようで大してダメージを受けている様子はなく、まだまだ戦えそうだ。

 だが、リュカはあることに気づいた。パパスの姿が見えないのだ。

 まさか今の炎で焼き焦がされてしまったのでは。そんな不安と恐怖がリュカの目付きを鋭くさせる。

 

「父さ――」

 

 リュカは思わず父を呼ぼうと息を吸いかけた。

 しかし、言葉を最後まで言い切りはしなかった。リュカの真横を、突風が駆け抜ける。その風には、銀色の輝きが潜んでいた。

 しかし、ニセ大后はぜえぜえと喘ぎつつも身に迫る風を感じていた。例え視界が幻惑に惑わされていても、他の感覚が鈍っていない限りどこから攻撃がくるのか、どこに敵がいるかはある程度把握できる。

 

「てぇぁあああっっ!!」

 

 滑り込むように懐に潜り込んだパパスは雄たけびを上げながら太后目がけて突き入れたが、奴は大きく後ろへと飛んでパパスの一撃を躱した。

 パパスは躱されたことに驚きつつも、流石は戦いに慣れているのか、動揺を隠して太后を追う。俊足で距離を詰め、再び太后を間合いにとらえて剣を振りかぶったその時だった。

 

「キヤガレ――、ガイコツ――!!」

 

 突如太后はパパスの目の前で大声をあげた。耳をふさぎたくなるような汚い声に、思わずパパスは動きを止めてしまう。パパスはどうにか片手で左耳を抑えつつ、剣を太后に突き出す。

 が、突如太后の背後から、何かが割れたような音が響いた。太后はニヤリと笑いながら後ろに下がった。まるで何かに場所を譲るように、だ。パパスは不審に思いながらも、意識を集中させたその時。

 

「キシャ――!!」

 

「――!」

 

 太后の頭上を飛び越えて、何かが現れた。パパスは思わず身を一歩引き、相手を見る。

 ガイコツで出来た体、右手に握られた鋭利な槍、継ぎ接ぎだらけの鎧。骨には切ったような跡が幾つか残っている。どうやら部屋の窓を破ってここまで駆けつけてきたようだ。

 

「なるほど、随分と頼りないボディーガードだな」

 

 パパスはニセ太后に皮肉を言う。ニセ太后はヒヒッと気味悪く笑うと新たに現れた魔物、がいこつへいに攻撃を命じた。

 

「がぁっ――!!」

 

 がいこつへいは槍を突き出してパパスに突進する。思った以上に速く走っていることに驚きつつも、パパスの瞳に迷いはない。ガイコツ兵とすれ違うように踏み込んで勢いよく剣を横に薙いだ。

 

「ガッ……!?」

 

 がいこつへいの身体を作る骨が砕け、崩れ落ちた。パパスは亡骸にも目をくれずにニセ太后を睨み付けた。

 

「……覚悟はいいな」

 

 パパスは足を後ろにずらし、力を込めて踏み込む準備をする。後衛の仲間もじりじりと大后へ接近していく。

 しかしパパスは疑問を抱いていた。大后の目には、まるで焦りを感じないのだ。まだ何か手でもあるのか?

 パパスが疑い始めたそのとき、窓の破裂音が連続して聞こえた!

 

「な、なんだこれは!?」

 

 後ろで構えていたリュカは、慌てて破裂音のした背後を振り向く。なんとそこには、先程パパスが倒したのとは違うがいこつへいがニタニタと笑って立っていた。しかも一匹じゃなく、五匹ほどだ。

 魔物と対峙したのはリュカだけではなかった。ヘンリーも、ピエールも、パパスも側の窓から侵入してきた魔物に困惑している。

 加えてリュカの場合はがいこつへいだけではなかった。

 

「ケケケケッ!」

 

 不気味に笑う、一匹のわらいぶくろが舌舐めずりしながらリュカへと近寄ってくる。見た感じ力はなさそうだが、厄介な敵であると、本能が告げている。

 

「ーーだったら、先手必勝だ!」

 

 リュカは目付きを変えてわらいぶくろへと斬りかかる。だが、わらいぶくろは笑うのをやめずに高く飛び上がり、攻撃をかわした。リュカは舌打ちしつつも、わらいぶくろの動きを目で追い、返す剣で払う。だが、こちらもまた、かわされる。

 物理がダメなら魔法はどうだ。リュカはさっと左手を突き出してバギを放とうとする。魔法なら余程のことがない限りほぼ当たる。

 しかしリュカは見た。わらいぶくろは口をより吊り上げていっそう醜く笑ったのだ。その笑いは、何を意味するのか。

 だが、それを考え始めた頃にはもう遅かった。

 

「ケケーー!!」

 

 わらいぶくろは奇声をあげながら、怪しい光を放つ。それは螺旋状にぐるぐると廻りながらリュカに迫り、たちまちその体を包み込んでしまった。バギのためにためてあった魔力も、消え失せてしまう。リュカは迫りくるであろう痛みに耐えるべく瞳を強く閉じる。

 

「ぐっーーあ、あれ?」

 

 しかし、全く痛みを感じない。特に身体に異変があるわけでもない。ゆっくりと瞳を開けても、様子は変わることはなかった。ということは奴の魔法は僕には通じなかったんだ。

 リュカは再びバギを唱えようと左手をかざし、魔力を集中させ、放つ。

 

「喰らえっ、バギ!」

 

 しかし、何も起きなかった。

 

(え……?)

 

 左手から風が巻き起こらない。どういうことだとリュカは混乱しながらももう一度バギを打とうとする。しかし、やはり駄目だった。

 リュカは目の前にいるわらいぶくろを睨む。そいつは魔法を使えないリュカを嘲笑っているように見える。それによってリュカは察した。奴は封印魔法、マホトーンを放ったのだ。

 

「くそっ……」

 

 リュカは舌打ちしながらわらいぶくろへと再び斬りかかった。わらいぶくろは終始笑いっぱなしであったため、隙だらけだ。わらいぶくろが気づいたときにはもう遅く、真っ二つに裂かれてしまった。

 しかし面倒な敵が消えたからといって気は抜けない。がいこつへいが束になってこちらに襲いかかってきているからだ。がいこつへいの槍の穂先には紫色の液体が塗られている。あれはきっと毒だ。リュカはそれに注意を払いながら槍を叩き落とし、首の骨ごと断ち切った。他のがいこつへい達は驚きでキーキー叫ぶが、無慈悲にもリュカは流れるように骨を叩き壊していった。

 すべて片付けたリュカは他の仲間達を見る。ヘンリーは魔法で一掃し、ピエールも卓越した剣技で敵を葬っている。ホイミンは魔物から逃げ回りつつ、回復に徹してくれている。パパスはというとすでに魔物の集団を滅しており、ニセ大后へと斬りかかっていた。

 

「クッ……キサマァ!」

 

「どうした? ひ弱な魔物に頼って戦力を減らそうとしたようだが、わし一人でも貴様には勝てるぞ」

 

「なっ、なんだと!?」

 

 ニセ大后は動揺を隠せずに吠える。しかしパパスの言葉をハッタリと受け止めていないことが露見してしまう。内心感じているのだろう。パパスという男の、果てしない強さを。まだ、一撃も受けていないのにもかかわらずだ。

 いや、正確には一撃を受けそうになった。しかし、その剣に込められた圧力は尋常なものではなかった。その一撃が生死を分ける。恐怖の刃をぬらりと撫でられたような悪寒が大后を襲った。

 だが、それを悟らせまいと必死に形相を変えた。 

 

「た、ただのハッタリだ! 俺様は貴様なんぞに負けるわけない! 死ねぇっ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと喚きながらも怯えが見えるその表情ではまるで信憑性がない。だが、戦意は失ってはいないようで、たちまち高温の息がパパスを包む。

 しかし、パパスにはまるで効いていなかった。全く動かず、表情も変えない。そんな姿に今度こそニセ大后は恐怖を隠せなかった。

 

「ば、バカな……俺様の全力の攻撃のはずなのに……!」

 

「それが全力か……聞いて呆れるな。その程度の力しかないのだろう」

 

「ぐっ……!!」

 

 パパスはふうと息を吐くと、床を思い切り蹴って、光のごとく距離を詰めて一閃した。

 ニセ大后は息をする間もなく、ただ棒立ちになっていた。

 視界が一気に下がってはじめて、自らの胴が切り落とされ、ストンと首だけが床に落ちたことに気づいた。そして、すさまじい痛みが奴を襲った。

 

「あぁぁぁーー!! ……がっ、はぁっ!? ごはっっ!!」

 

 パパスは、筆舌に尽くしがたい悲鳴をあげながら悶える大后を眺め下ろす。その姿はまさに醜悪だ。首から下がないというのにまだごろごろともがいて生きているのだ。人間なら音もなく死んでいる。

 ヘンリー達も剣を納めてニセ大后を見下ろす。リュカにも剣を下ろすように手で制し、口を開こうとする。

 しかしニセ大后は近づいたヘンリーを睨み、先に声を振り絞った。

 

「愚かな……人間どもよ……俺様を殺さなければ、この国は世界の王になれた、ものを……」

 

「……っ!!」

 

 国を疲弊させた魔物の最期の言葉は、ヘンリーの最後のストッパーを解除するのに十分すぎる言葉だった。

 ヘンリーはきっと奴を睨み、左手を翳して叫んだ。

 

「メラ!!」

 

 ヘンリーの掌から炎の玉が飛び出し、大后の顔を焼き尽くした。

 

「アアアアアアアアッッッ!!!!」

 

 メラの炎の威力自体は大したことはない。しかし顔に直接その熱を伝えて焦がすことが与える苦痛は計り知れない。顔の皮膚は溶け、目は煙をあげて消えていく。国を荒らした魔物の、凄惨な最期であった。

 灰と化した亡骸を眺めるヘンリーは、くそっと小さく毒づいた。リュカはそっとヘンリーの肩に手を置いて見る。けれど、振り返ったヘンリーの顔にはもう憂いはなかった。

 

「……さっ、デール達を呼びにいこうぜ。今日は宴だ、リュカ!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 国を牛耳っていた大后は偽物であったことが国中に広まり、ヘンリー王子の帰還とラインハット復活の祝いの宴が開かれた。ヘンリーと共にラインハットを救ったリュカとパパスとピエールとホイミン、そして神の塔へと導いたマリアは英雄として称えられ、豪勢な料理と酒をたらふく味わった。

 中でもヘンリーは主役というのもあるのだが、わがままだった人格がすっかり消えていたというのにも驚いた人が多く、かなりの人気者だった。以前は厄介扱いされてたのだから、これにはヘンリーも参ってしまったようですぐにリュカ達の元へと戻ってきた。

 

「お疲れ、ヘンリー」

 

「ああ、リュカ……ちょっと疲れたよ。戦ったあとなんだし休ませてくれって感じだよ全く」

 

「ははは、しょうがないよ。君が主役なんだから」

 

「っていうけどな。まあ、可愛い子とも話せたし別にいいんだけどなぁ」

 

 思春期の男らしい色欲の弱さを見せたヘンリーにリュカが苦笑いする。しかしーー

 

「……なるほど、ヘンリーさまはあのような女性が好きなのですね。では私はお邪魔なようなので」

 

 マリアのキツい視線がヘンリーに深く突き刺さった。ヘンリーはやべっと小さく呟きながら慌ててマリアの元へと駆け寄った。

 

「ま、待ってくれよマリア! そんなんじゃないってば!」

 

「可愛い女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしているじゃないですか」

 

「そっ、それは……!」

 

 狼狽するヘンリーにマリアはふんと鼻をならしてそっぽを向いた。

 

「やっぱりヘンリーさまは男の子なんですね。可愛い女の子だったら誰でもいいんでしょ?」

 

「そんなんじゃねえよ! 俺が好きなのはマリアだけだ!」

 

「えっーー」

 

「あっ……いやっ……」

 

 マリアがぽっと顔を赤くしたところでリュカは早々に立ち去った。今度はリュカがお邪魔虫になるだろう。

 リュカがすたすたと歩いていると、ワインを片手に隅にいるデール王に声をかけられた。

 

「おおっ、リュカさんじゃないですか!」

 

「デール王、こんな隅にいなくても……」

 

 一国の王が部屋の隅でちびちびとワインを飲む姿は実にあわれだと感じたリュカは思わずそういってしまった。だが、それは立派な非礼であり、リュカは慌てて無礼を詫びた。だが、デール王はよせというように手で制すと口を開いた。

 

「いや、僕はこの騒ぎを起こした元凶のようなものです。本来僕はここで祝う資格なんてないんですが、兄上が無理矢理つれてきて……そういえば兄上は?」

 

「マリアと一緒にいます。ものすごくいい雰囲気ですので逃げてきました」

 

 デール王は遠く離れているヘンリーとマリアを見た。いつのまにか二人にはたくさんの人だかりができている。大方、ヘンリーがマリアに告白でもしているのだろう。

 

「ははは、すっかり兄上は人気者ですなあ。僕にはもうああいったことはないでしょうから羨ましいものです」

 

「そんなこともないでしょう。失礼ですが、あなたは王さまなのですから、女性を娶ることなど……」

 

 リュカの疑問にはははと寂しく笑いながら答えた。

 

「今回の問題は、僕と兄上の家督争いから起きたことです。ならば子供は一人にすべきなんです。ましてや直系でない僕の血よりかは、兄上の方が相応しいのです。幸い兄上には、お相手がいるようですしね」

 

「……」

 

 確かに、デールのいうことは正しい。

 あの醜い争いは、二人の子供がいたから起こったことだ。だから二度とその過ちを犯さぬよう、デールは妻を娶らないことを決意したのだ。

 リュカはどこか腑に落ちないのを感じながらも、なにも言い返せなかった。

 そんなとき、ヘンリーがよろよろとこちらへと寄ってきた。囲まれてかなり疲れたのだろう。

 

「ヘンリー、マリアと一緒にいなくてよかったのかい?」

 

「マリアはまだ話してるからな、先に抜けさせてもらったよ」

 

 ヘンリーは心底疲れている様子だった。だが、微かににやけている。やっぱり成功したようだ。

 

「マリアとはいつ結婚するんだい?」

 

「おいおい、気が早すぎだろリュカ。今日から付き合い始めたんだからよ。……けどまずはこの国を建て直すのが先かな」

 

 ヘンリーはため息を吐きながらぐいっとワインを煽った。だが、飲み慣れていないのかすぐに苦しそうに顔を歪ませる。

 

「うえっ……これ不味いな……」

 

「兄さん、それ年代物だよ? それが不味いだなんてとんでもない」

 

「まじか……奴隷の頃は酒なんて飲まなかったからな。リュカ、飲んでみるか?」

 

「い、いやいいよ。僕もさっき父さんのを飲んだんだけど頭痛くなったんだ」

 

 リュカはかなり酒に弱いとさきほどパパスに言われてしまった。パパスの飲んでいるお酒はとてつもなく度が高いとはいえ、リュカは一口飲んだだけで倒れかけてしまった。パパスの回復魔法でどうにかなったが、正直一滴でもいれたらあの世へ行きそうだ。

 

「しかし、不思議だよなぁ。俺たち、いつのまにか大人になっていたんだから。昔はジュースばっか飲んでたのにもう今じゃ酒を飲んでいるんだぜ?」

 

「そうだね。僕も驚いているよ」

 

 奴隷の頃は、何も変化のない毎日だった。でも、自分達を取り巻く事情は大きく変化していた。大人にはジュースなど用意されておらず、パーティーでの振る舞い方もよくわからない。

 時の流れとは実に不思議だ。リュカはパーティーを眺めながらため息を吐いた。

 そのときリュカはふと気になった。ヘンリーは、この先も自分と一緒に旅をしてくれるのかと。

 

「ねぇ、ヘンリー」

 

「ん? なんだよ?」

 

 僕と一緒に旅に出ないかと口を開こうとした。

 だがーー

 

「ヘンリー様! そんなところいないで、こっちに来てくださいよ!」

 

 兵士の一人が酔っぱらった状態でヘンリーを呼ぶ。ヘンリーは苦笑いをこっちに向けながら兵士に大声で応じた。

 

「今いくぞトム! お前のダイスキなもの持ってきてやるよ!」

 

 ヘンリーはひっそりとリュカにポケットから取り出したカエルを見せ、手で隠す。トムを気の毒に想いながらもリュカは、去っていくヘンリーの背中を追いながら、手に持っている水を啜った。

 

 

 

***

 

 

 

 皆が躍り、酔い、食べて、飲んだ宴は夜中まで続いた。そして皆が寝静まり、朝を迎えた翌日。

 リュカとパパスは旅立つことをデール王に伝えると、ヘンリーと大后、そしてマリアを玉座に集めて見送りに呼んだ。

 

「リュカさん、パパスさん、ピエールさん、ホイミンさん。偽の母上を倒してくださり、本当に今回はありがとうございました」

 

「お誉めに預り、光栄至極にございます」

 

 パパスが深く頭を垂れると、デール王はふうとため息をはく。

 

「しかし、僕は王として失格ですね。国を混乱させ、疲弊させてしまった。僕が王位につくのは間違いです。ですから、パパスさんとリュカさんからも言ってくださいませんか? 兄上に王位についてもらうようにと」

 

「陛下、その話は昨日の晩にお断りしたはずですが」

 

「しかし兄上……」

 

「陛下、子分は親分の言うことを聞くものだぞ」

 

 デール王が何かを言い掛けたが、ヘンリーの言葉がそれを遮る。

 

「無論、この兄も陛下をできる限り助けていく所存でございます。ですから陛下、王位はそのまま陛下であられますように」

 

「……兄上、わかりました。ラインハットの王として恥じないように振る舞います。兄上と二人で」

 

「ああ、この国を一緒に建て直すぞ。デール」

 

 デールに言い終えると、ヘンリーはリュカの方へと振り返る。

 

「……というわけで、これ以上は旅を続けられなくなっちゃったな。いろいろ世話になったけど、これでお別れだ」

 

「……ああ。何となくそんな予感がしていたよ」

 

 ヘンリーはへへと小さく笑うと、自分の武器やお金などを全部リュカの前にじゃらっと置いた。

 

「お前に買ってもらった武器や防具、そして金は全部返すぜ。役に立つかはわからないが、使うなり売るなりしてくれ」

 

「ありがとう、ヘンリー」

 

 リュカは大事に袋にいれると、ヘンリーはやれやれと小さく両手をあげて首を横に振ると、デールの横に戻っていった。

 

「……行ってしまう前に、言わせてほしいことがある」

 

 デールの横に細々と座る大后がそっと口を開いた。何なりととパパスが応えると、暗そうな声で話す。

 

「此度のことは全て妾の思い上がりから起きたことじゃ。今度の今度は骨身に染みたわ。本当に反省している。そなたの貴重な10年を奪い、そして父を危機にさらしたことは、本当に悪かったと思っている。申し訳なかった」

 

「……ヘンリーには謝ったのですか?」

 

 リュカは若干語気をあげながら尋ねる。ヘンリーがよせというようにリュカに迫るが、大后が制した。

 

「無論謝った。額を地につけて何度も謝った。牢屋で大声で怒鳴られた時に妾はもし生きていたらヘンリーに謝ることを決意したのだ」

 

 リュカは、ヘンリーは大后を許しているのかが気になり、ヘンリーへと視線を動かす。ヘンリーもそれを察し、口を開いた。

 

「……正直、俺にとってあの10年は本当に最悪だった。でも、ある意味俺にとってよかったって思っているところも否定できない。確かに到底許せることじゃないけど、俺はもう考えないことにしたんだ。この10年があったからこそ今の俺がある。そう思わなきゃ、やってられないよ。だからもう、オフクロを責めないでやってくれ。もう十分だ」

 

 そう言うとヘンリーはははっと小さく笑い飛ばした。リュカは、ヘンリーという男が、改めて素晴らしい人間だということを感じた。子供の頃とは全く、大違いだ。

 リュカも同じようにははっと笑い飛ばし、そうだねと同意を返した。

 

「さて、リュカ。そろそろいくんだろ?」

 

「そうだね、そろそろ行こうと思っている」

 

「わかった。元気にやれよ! 必ずパパスと共に母さんを見つけろよ!」

 

「わかった! ヘンリーもしっかりな!」

 

 リュカとヘンリーは互いに握手を交わした。続いてヘンリーはパパスの手も握った。

 

「パパス、色々ありがとう。リュカをよろしくな」

 

「任されましたぞヘンリー殿。ラインハットの再興を心より待っている」

 

「ああ、任せてくれ。もし再興したらまた遊びに来てくれ」

 

 承知したとパパスははっきりと頷くと、マリアがすっと此方に寄ってきた。

 

「リュカさん、パパスさん。皆さんと旅ができて楽しかったです。最も私はほとんどお役に立てませんでしたけれど」

 

「そんなことないよマリア。神の塔へと導いてくれたじゃないか。本当に感謝しているよ」

 

「そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます。私はこれから修道院に戻りますのでここでお別れですね。どうかお気を付けて」

 

「ああ。マリアもヘンリーと幸せにな」

 

「まぁ……」

 

「おっ、おい!?」

 

 マリアとヘンリーは揃って顔を赤くし、熱い視線が二人の間で交錯する。

 

「ではこれにて失礼する。いくぞリュカ」

 

 パパスは軽く頭を下げるとリュカを引き連れて玉座を去った。リュカは皆の見送りに応えながら、父のあとに続いた。

 

 

***

 

 

「さて、リュカよ。次はどこにいこうか」

 

 パパスはラインハットの町を出てリュカに尋ねる。その表情はとても爽やかだった。リュカは意地悪げに笑いながら父の顔を覗き込む。

 

「なんだか父さん、嬉しそうだね」

 

「ん? そうか? そう見えるか?」

 

「うん」

 

 パパスはふふっと朗らかに笑うと気のせいだと言って、そういえばラインハットが栄えはじめてここから南にあるビスタの港から船が出ているという話をしてごまかした。

 けれどパパスは嬉しかった。再び息子と二人旅が出来ることが。前はヘンリーがいたが、今はモンスターを除けばリュカと二人だ。息子と一緒にいることが、親としての幸せだ。

 

「また父さん嬉しそうな顔をしてる」

 

 またいつのまにかにやけてしまったようだ。パパスは内心動揺したが隠すように空を見上げてまた朗らかな、いつもの笑顔を作る。

 

「ふっ、お前の気のせいだろう。では、行くとしようか」

 

「そうだね。行こう、ビスタの港へ」

 

 ラインハットの過去の因縁に決着をつけたパパスとリュカは次なる目的地へと足を踏み出した。

 しかしまだまだ、二人の旅路は長い。旅はまだ、始まって間もないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




終盤、修正しました。


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カボチ村・結婚編
Episode9:カボチ村で常識に気づく息子


ここは一話で書ききっちゃいます。


 

 

 

 

 パパスとリュカはビスタの港で船に乗り、西の大陸へと向かった。ゆらりゆらりと波に揺られて数時間後、無事に港町、ポートセルミにたどり着いた。ポートセルミはたくさんの船が往来しているだけあってかなり栄えており、たくさんの有益な情報が飛び交っている。パパスとリュカは船から降りるや早速情報収集にかかるべく、酒場へ向かった。酒場にはたくさんの情報を持っている人間が多く集まるからだ。

 ポートセルミの酒場はとてもにぎわっていた。ステージには踊り子が踊っており、妖艶な音楽と男たちの黄色い歓声が飛び交い続けている。

 それらを避けて酒場のカウンターに腰を下ろした二人に、マスターが話しかける。

 

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

 

「そうだな……じゃあウィスキーを適当に頼む」

 

「畏まりました。お連れ様はいかがなされますか?」

 

「お酒以外に何かないですか?」

 

 リュカは縮こまるように尋ねる。マスターは少し困ったような表情を見せつつリュカに提案する。

 

「そうですね……ではこちらのカクテルはいかがですか? アルコールはほとんど入っておりませんよ」

 

「……ではそれください」

 

 どうやらノンアルコールはないようでリュカは少し落胆する。畏まりましたとマスターが言うと早速グラスにお酒を注いでいく。

 お待たせしましたと飲み物を置くとパパスとリュカはぐいっと飲んだ。しかしリュカはすぐに顔が赤くなり、頭が痛み始めた。

 

「お、お客様!?」

 

「やれやれ、これはほとんどジュースだぞ? さすがに弱すぎじゃないか?」

 

「うぅ……僕はお酒なんかほとんど飲んだことがないんだよ」

 

「まあ確かに、ラインハットでの宴でもお前はすぐに酔ってしまっていたな。マスター、水を頼む」

 

「畏まりました」

 

 水があるならそれにしてくれればいいじゃないかと、内心リュカは恨みながらも頭を押さえ続けた。水が出されるやすぐにリュカは水を飲み干し、生き返ったようにぷはっと息を吐き出す。

 

「それでマスター、ワシらは旅の者なのだが何か情報はないか?」

 

「旅の者ですか? そうですね……お役に立てるかどうかは解りませんが、西にあるルラフェンという町、知っていますか?」

 

「ルラフェンか? そういえば酒場に向かう前に聞いたのだが、そこで奇妙な呪文を研究しているそうだな」

 

「おお、流石にご存知でしたか。何でもその呪文は、行ったことのある街なら瞬時に移動できてしまうものらしいですね。もし使えたら便利ですよね」

 

 たしかに、足を使わずとも瞬時に街を移動できるのは旅においてはとても重宝する。もっとも魔法においては不得手であるのでパパスは恐らく使えないだろう。使えるとしたら隣に座るリュカだ。バギやホイミなどの呪文をすでに子供のころに習得しており、魔法の才能はあると思われる。

 次の目的地はルラフェンだなと思いつつ、ウィスキーを口に入れるとマスターが再び話しかける。

 

「しかしお二人はどのような理由で旅をなされているのですか?」

 

「実は――」

 

 パパスは簡単にマスターに旅の経緯を説明した。マスターはグラスを拭きながらフムフムと頷き、なるほどねとつぶやいた。

 

「つまり貴方方は奥さんを探すために勇者を探している、ということですね」

 

「ああ。勇者については何か知っているか?」

 

「申し訳ないですが、私には全く分かりません」

 

「そうか……」

 

 パパスはグラスに残ったウィスキーをすべて飲み干し、マスターにごちそうさまと言って席を立とうとする。リュカも父に続いて後にした。

 だが――

 

「ひー! お助けを!!」

 

 男の悲鳴が酒場に響いた。リュカとパパスは振り向くと、そこには見ずぼらしい男が尻もちをついて後ずさっていた。そしていかにもガラの悪そうな山賊二人が詰め寄っていた。

 

「お助けはねえだろ。俺達はオメエの頼みを聞いてやろうってんだ」

 

「だからさっさとその金を渡しな!!」

 

 山賊が男の持つ袋に手を出し奪い取ろうとするが、男は懸命に庇った。

 

「んにゃ! あんたらは信用ならねぇ! この金は村の皆が村のために必死に集めたお金だべ!!」

 

 パパスとリュカはどうするべきか無言で会話する。この状況は、明らかに男がおびえていて、山賊が鷹っているように見える。それに奴らは男が持つ金が目当てなようだ。

 

(ゆくぞ、リュカ)

 

(うん、いこう)

 

「強情なとっつあんだぜ! 痛い目に合わないとわからねぇみてぇだな……ん?」

 

 パパスとリュカは山賊の前に立ち、目で威圧した。突然の乱入に苛立った山賊は雁付けるように下から睨み付ける。

 

「なんだよお前ら? 俺達とやろうってか?」

 

「そうだといったら?」

 

 リュカの挑発で山賊たちの頭に血が上った。すぐさま腰にある刀を抜き、リュカたちに突きつける。

 

「そのナマイキな鼻っ面を叩き折ってやるよ!!」

 

 そういうと山賊はリュカ目がけて太刀を振り下ろした。だが、その動きはあまりにも鈍く見え、リュカは難なく躱してみせる。舌打ちして繰り出した第二撃も躱され、攻撃は一度も当たらない。

 

「くそっ!!」

 

 自棄になった山賊は全力で剣をぶつけてくる。リュカは今度は手に持つ剣で手元を狙い、叩き落した。剣がいつの間にか床板に落ちていることに動揺した山賊は慌てて拾いに行くがリュカが剣を足で踏み割ってしまった。

 リュカは山賊の喉元に剣を突きつけ、告げた。

 

「まだやるか?」

 

「くっ……だがまだ俺の相方はやられて――」

 

「いや、すでに終わったぞ」

 

 パパスの淡々とした言葉が告げるとおり、もう一人の山賊は床で伸びている。手に剣が無いことからパパスはどうやら拳だけで制したようだ。これで完全で手詰まりだ。

 

「……けっ、覚えてやがれ!!」

 

 山賊は気絶している相方を連れて酒場を急いで出ていった。酒場のドアが閉まると、安堵した空気が流れた。踊り子たちも踊りを再開し、マスターも酒の注文を客に聞き始めていた。

 

「お怪我はないですか?」

 

 パパスが男に手を差し出し、立ち上がらせる。男は安心したようにありがとだべと感謝を伝えた。

 

「いやぁ、ほんと助かったべ。あぶねえところをありがとうごぜえました」

 

 男は訛りのあるしゃべり方でもう一度お礼を述べた。

 

「とんでもないですよ。僕たちは当然のことをしたまでです」

 

「ああ、何てええ人なんだ。んだ! アンタらなら信用できるだ! 助けてもらったところ申し訳ねえが、たのみを聞いてけれ!」

 

「良いですよ、何なりと」

 

 リュカが応じるとぱっと男は顔を輝かせて再び頭を下げた。

 

「やれ、ありがたや! いっぺんしか言わんからよーく聞いてけろ。実はオラ達の村のそばにすごい化け物が住みついて畑をあらすだよ! このままじゃオラたちは飢え死にするしかねえ……だもんで村を代表してオラがこの町に強い戦士をさがしに来たっちゅうわけだ」

 

(なるほど、この男は村のために強い戦士を求めてここまで来たということか)

 

 パパスは先程の騒動の原因もよくわかった。きっとあの山賊に頼み込んだところ、持っている金に目をつけられてしまったのだろう。

 

「あんたにたのめてよかっただよ。なかなか強ええみたいだしな。もちろんただとは言わねえぞ! お礼は3000ゴールド! 今前金として半分わたすだよ」

 

 そういうと男は持っている袋をまるごとリュカに手渡した。半分というのだから1500ゴールドだが、なかなかの高額だ。

 

「もう半分は化け物をやっつけてくれたあとでな。んじゃオラは先に村に帰ってるからきっと来てくんろよ! オラの村は、ここからずっと南に行ったカボチ村だかんな!」

 

「承知した。必ずそちらへと向かおう」

 

 パパスの言葉にとても嬉しそうに反応しながら男は足早に酒場を去っていった。パパスとリュカはふうとため息をつきながらカウンターに戻ると、隣の客に声をかけられた。

 

「いやぁ、アンタたち腕っぷし強いねえ。ぱぱっとやっつけちゃうんだから凄いよ」

 

「いえいえ、当然のことをしたまでです」

 

 男にさっきいったことと同じ言葉を返すと客はニヤリと笑いながらぐっと酒をあおる。

 

「しかしカボチ村ですか……これまた面倒な場所ですね」

 

「というと?」

 

「かつて前に行ったことがあるのですが、あそこはドがつくほどの田舎なんです。ですから言葉もまあ訛ってますし、考えも古くさくて固いので正直我々とは違う人種でしょう」

 

「なるほど……」

 

「まあただ報酬はいいですからね。資金稼ぎにはいいんじゃないんでしょうか?」

 

「そうですね。化け物の強さにもよりますけど、恐らく我々でなんとかなるかと思います」

 

 パパスは自信ありげに告げるとお客は頑張ってくださいと笑顔で言ってマスターに新しい注文をした。

 二人は酒場を出てポートセルミを後にすると、真っ直ぐに南へと向かったのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 カボチ村についた二人とピエール、ホイミンは早速先に村に帰っていた男に話しかけた。ちょうど男は村長となにかを話している最中であったが、どうやら余所者を受け入れたくない村長を説得していたようだ。

男は化け物が西から来ているという情報を伝え、それだけを頼りにひたすら西へと進んでいくと、小さな洞窟が見えたのだった。

 中に入った一行は、巣くう魔物たちを倒しながら先に進み、どうにか奥へとたどり着いた。

 

「どうやらここが化け物の住んでいるところだな」

 

「そうですね。どんな化け物かわかりません。気を引き閉めていきましょう!」

 

「僕、不安になってきたなあ……」

 

 ホイミンが怖がっているように震えているが、後には引けない。リュカは意を決して奥の穴蔵へと身を入れた。

 その先で、リュカたちが目にしたものは、逞しい体を持つ虎だった。四本足こそは細いが、前足に生える長くて鋭い爪、そして口からはみ出している太い牙が、奴が持つ戦闘能力の高さを物語る。さらに荒い息を繰り返しながらリュカたちを睨んでいる。そうとう狂暴な生き物であるとうかがえる。

 虎はリュカたちを見るや、喉から雄々しい叫びをあげて出迎えた。

 

「ガルルルルー!!」

 

「ぎゃあああッッ!?」

 

 ホイミンが悲鳴をあげ、リュカの後ろに隠れる。ピエールも怯み、僅かにのけ反るが、さすがは剣士、すぐに戦意を取り戻した。

 

「これはまさか、地獄の殺し屋と呼ばれているキラーパンサー!? そんな奴が村を襲っているとは……」

 

 キラーパンサーという虎は鋭い牙を光らせながらこちらを睨み付ける。ピエールの剣にまるで怯えていないようで、いつでも殺す準備ができていると言いたげだ。

 リュカは剣を抜いてキラーパンサーに向かっていこうとした。だが、ある直感がリュカの脳裏を貫いていく。

 

(なんだ、この懐かしい感じは? このキラーパンサー、どこかで見たことが……――ッ!?)

 

 リュカはふと、キラーパンサーの尻尾の後ろについているリボンを見た。鮮やかなピンク色であり、所々汚れてしまっている。

 あのリボンは、確か――

 

「ええい、こうなったら自棄だ! キラーパンサーに一太刀浴びせて――」

 

「待ってくれピエール!!」

 

 リュカはピエールの肩を掴み、動きを止めた。ピエールは何故と言わんばかりに振り向くが、リュカはすたすたとキラーパンサーに歩み寄った。だが、凶暴な性格を持つ魔物に迂闊に近づくことは立派な自殺行為だ。

 

「リュ、リュカ殿!? 危ないですよ!?」

 

「リュカさん!?」

 

 ピエールとホイミンが叫ぶが、パパスが二匹の肩に手をおいて静かにさせる。

 

「リュカは大丈夫だ。あのキラーパンサーは、普通のキラーパンサーじゃない。いい意味でだ」

 

「え?」

 

 ピエールはキラーパンサーに恐れを抱かずに迫るリュカを不思議な思いで見つめた。まるで心を許した親友のように、リュカは近づいていく。

 

「グルルルァ!!」

 

 キラーパンサーは吠え、リュカを威嚇する。しかし、リュカへと飛び掛かりはしない。地獄の殺し屋ならば、ここで容赦なく人を襲うだろう。

 だが、なおも接近するリュカに対し、ただ唸るだけだった。

 

「君は、ゲレゲレだよね?」

 

 リュカは優しく語りかける。キラーパンサーはびくりと体を震わせ、グルルと小さく唸る。なにか苦しそうに顔を歪ませ、しまいには前足二本で頭を抑え始めた。

 

「なにか思い出しているみたいだよ? 何を思い出しているんだろう?」

 

 遠くから見ているホイミンは制しているパパスに尋ねる。

 

「……恐らく幼い頃のことだろうな。まだ子供だったキラーパンサーとリュカは仲が良かったのだ。よく一緒に遊んでいたものだ」

 

「な、なんと……あのキラーパンサーと友達だったのですか?」

 

「正直ワシも信じられなかったがな」

 

 パパスはあのベビーパンサーを最初に見たときは内心は驚いていた。地獄の殺し屋になる子供が息子になついているのだから。息子に牙を向けたことは一度も無く、友達としてともに過ごしていた。

 

「グルウアァァ……!!」

 

「思い出してくれ、ゲレゲレ! 僕を忘れちゃったのか!? 僕だよ、リュカだよ! 僕たちは友達だったじゃないか!?」

 

 リュカがキラーパンサーに触れようとそっと手を近づける。だが、キラーパンサーはそれを跳ね除けるように爪を振り回した。リュカの腕をさっと掠め、慌ててリュカは後退する。

 

「くっ……どうしたら思い出してくれるんだろう」

 

 リュカは今にもキラーパンサーへと飛び掛かろうとする魔物たちを制しながら必死に考えた。何か思い出の者があればきっと思い出してくれるはずだ。でも、それは何だ――

 

「……――そうか!?」

 

 リュカはふと、キラーパンサーのしっぽに付いている、ピンク色のリボンに目を付けた。あのリボンならきっと思い出してくれる――

 リュカは自分の腰にある袋から、一切れのリボンを取り出した。丁度キラーパンサーのつけているそれと同じものだった。そのリボンには、一人と一匹が共有する、大切な思い出が刻まれていた。

 リュカは傷ついた腕をまっすぐに伸ばしながら、キラーパンサーの鼻にそれを近づけた。キラーパンサーはなおも悶えるが、匂いを嗅ぎ始めていた。

 

「ほら、思い出すだろ? 僕の事を。……ビアンカの事を。ビアンカがそのリボンをくれたじゃないか」

 

 ビアンカという言葉に強く反応するようにキラーパンサーはぶるぶると体を震わせる。けれどキラーパンサーは徐々に、唸らなくなっていた。だんだんと嗅ぐ音だけが静かに聞こえるだけになっており、凶暴な表情はいつしか引いていくのが分かった。そしてリボンから顔を離し、リュカを見つめる。

 

「ガウッ……がうがう」

 

 キラーパンサーはすたすたとリュカへと近づき始めた。ピエールはリュカが食べられるんじゃないかとひやひやした思いで見つめる。だが、リュカはまるで警戒していない。それどころか、両腕を開いている始末だ。

 キラーパンサーはリュカのすぐ数センチのところまで迫り、顔を近づけた――

 

「リュカ殿――」

 

 もう我慢ならない、ピエールが覚悟を決めて突撃しようとしたその時だった。

 

「あ、アハハハ! くすぐったいよゲレゲレ!! ハハッ!! よしよし!」

 

「ふにゃー……ゴロゴロゴロ……」

 

 なんとキラーパンサーが嬉しそうにリュカの顔を舐め始めていたのだ。リュカも頭を撫でながらキラーパンサーを受け入れる。一人と一匹は、本当の友達のように見えるほど親密だった。

 

「なんてことだ……あのキラーパンサーが、人間に懐いている」

 

 ピエールは信じられないと言いたいように剣をだらりと垂れ下げながらその光景を見つめていた。当然だ。キラーパンサーといえば恐れられる対象であり、魔物ですら容赦なく食い殺すのだ。にも拘らずリュカはこうして従えてしまったのだ。元から友達というのもあるが、そもそもその《元》からという前提そのものすら、幼少期から他を嫌うこの魔物には成立しないのだ。

 自分達もリュカの底に隠れた暖かい何かに引き寄せられ、仲間になった。けれどまさかこんな狂暴な魔物にも通じるとは思ってもいなかった。やはり、リュカという男は、計り知れない力と価値を秘めているのだろう。

 ピエールとホイミンは、改めてリュカに対して尊敬の念を強くさせた。

 

 

 

 

***

 

 

 

「しかし生きていたんだね。僕あれから君がどうなったか不安だったんだ」

 

「ふにゃあ……」

 

 リュカはキラーパンサーとは一緒ではなかった。

 10年前のゲマとの戦いの後、リュカとヘンリーが奴隷として連れていかれる際、まだベビーパンサーだったゲレゲレは捨て置かれた。魔物としての性をいずれ取り戻すだろうとして、野生に放たれたのだ。そしてリュカを失った10年間、ゲレゲレはどうにか一人で生き延び、この地で安息を得ていたのだろう。

 リュカはゲレゲレと触れあううちに色々推察をした。ゲレゲレが何故カボチ村の作物を荒らしたのか。どうしてその時人を襲わなかったのか。

 恐らくゲレゲレは人が、リュカが恋しかったのだ。人間に助けられた記憶を持っているから人間だけは襲えなかったのだろう。

 

「でもねゲレゲレ……君は悪いことをしたんだ。それは分かるよね?」

 

「グル……」

 

 リュカが少し厳しい表情をするとゲレゲレは落ち込んだように頭を垂れた。リュカは撫でながら語りかけた。

 

「一緒に謝りにいこう。そうすればきっと、解ってくれるはずだ。さあ、カボチ村へ向かおう」

 

「ふにゃあ……」

 

 ゲレゲレは嬉しそうに鳴いて、リュカにすり寄ってくる。よしよしとリュカが宥めると、ゲレゲレは何かを伝えるように小さく吠え始めた。

 

「ん? なんだい?」

 

「グルァ!」

 

 ゲレゲレはすたすたとすみかの奥へと向かった。見るとそこには、立派な剣が一振り立て掛けられていた。全員がようやくその剣の存在に気づいた。

 ゲレゲレが口でその剣をくわえて持ってくる。リュカは手を差し出して受け取ろうとするが、ゲレゲレはリュカをスルーしていった。

 

「えっ?」

 

 リュカは振り返り、ゲレゲレの動きを追う。やがて少し経つと、ゲレゲレの足は、パパスの前で止まった。

 パパスはくわえられた剣をじっと眺めていた。が、パパスの脳に記憶の閃光が迸った。

 

「これは……」

 

「ふにゃあっ」

 

 ゲレゲレはパパスに剣を差し出す。パパスは柄を握りしめてそれを受けとると、全てを思い出した。

 

「これはワシの剣だ……ワシが昔から使っていた剣だ!」

 

「ふにゃあ!」

 

 パパスは懐かしいものを見るような表情でゲレゲレとパパスの剣を合わせて眺める。その後何度か剣を振り回し、感覚を思い起こす。この重さ、この感じ、まさに10年前とほぼ一緒だ。あの剣はもう二度と見つからないとさえ思っていたが、まさかゲレゲレが持っていたとは意外だった。

 パパスは教会の剣の代わりにパパスの剣を背の鞘に差し替え、ゲレゲレの頭を撫でた。

 

「この剣をずっと守っていてくれたのだな。ありがとう、ゲレゲレ」

 

「ふにゃあ……」

 

 パパスの固く頼もしい手で撫でられたゲレゲレは嬉しそうに鳴きながらリュカの元へと飛び込んだ。

 

「よしっ、じゃあカボチ村へと戻ろうか」

 

「そうだな。きちんと事情を話せば、きっと許してくれるだろう」

 

 パパスはピエールやホイミンを呼び掛けて、洞窟から出ることを伝えると、リュカの元へと集まった。リュカがリレミトを使うことを分かっているのだ。

 ただ、パパスは思った。果たしてこのままカボチ村に戻っていいのか。犯人である化け物を引き連れて戻ってきたらどんな顔をするだろうか。そしてその化け物が、依頼された人間になついていたら、どんな反応をするだろうか。こちらの話を聞いてくれるのならば、話は別なのだが。

 パパスは懸念を抱きながらリュカへと近寄り、リレミトにより洞窟を抜けた。

 

 カボチ村に戻ってきたとき、パパスの懸念は現実となった。

 

 

 

 

 

「……あんたは化け物とグルだったんだな。あんたを信用したオラがバカだったよ」

 

 依頼主である男の元に戻ってきて最初にかけられた言葉が、これだった。

 リュカは困惑で言葉を出せずにいたが、どうにか声を絞り出す。

 

「ち、違います! グルなんかじゃありません! ゲレゲレとは昔からの友達なだけです!」

 

「だからこそだべ! 金がほしくてわざと襲わせたんだべ!? そうに決まってるだ! だいたいあんたたくさん魔物引き連れているだろ? 本当は人間じゃなく魔物じゃなか!?」

 

「そうじゃないです!! 僕が仲間にしただけで、人間です!!」

 

「嘘ついてももう騙されねえべ!!」

 

 リュカはだんだんと頭が白く焦げていくのを感じた。魔物が潜む住処にいって、疲れて帰ってきた人間にかける言葉がそれなのか? どうして話を聞いてくれないのか?

 そういえば、村に帰ってきたときの村人の視線は、暖かくなかった。冷たく、怯えており、中には刃のように研ぎすまされた敵意がリュカたちを出迎えた。無邪気な子供はモンスター使いなのかと聞いてくれるが、村の大人に言わせれば、魔物を従える人間など恐怖の対象でしかないのだろう。

 それを認識しきれなかったリュカはぐっと拳を握りしめて足を踏み込む。この男につかみかかるためだ。大声で怒鳴れば少しは聞いてくれるだろう。

 だがーー

 

「わかっただ。もうなーーんにも言うな。金はやるだ。約束だかんな。また化け物をけしかけられても困るだし……」

 

 リュカの足を止めた言葉を発したのは、その男のそばにいた村長だった。杖を持ちながらこちらに歩み寄り、袋をリュカの胸元へと殴るように突きつける。じゃらっと悲しく音が鳴り、リュカは受けとる手を伸ばさなかった。

 村長は苛立ちを隠さず、リュカの手に無理矢理袋をつかませると、叫ぶように言う。

 

「もう用はすんだろ。受け取って、とっとと村を出て行ってくんろっ」

 

 そういうや、村長はくるりと背を向けて座り込んでしまった。

 リュカはぎりっと歯を鳴らし、歩み寄った。拳にはすでに力がこもっている。

 だが、リュカの体は力強い手で止められた。振り返ると、そこにはパパスがいた。

 

「……殴ったところでもう変わらない。老人を殴り殺してしまったらワシらの敗けだ。いくぞ、リュカ」

 

「……うん」

 

 リュカたちは何も言わずに村長の元を去り、村の出口を目指した。会話は何もない。ただ聞こえるのは、村を救ったはずの英雄に対する罵声だった。二度と来るな、悪魔、死ね。そんな悪意が形となって襲い掛かり、ただ為すがままに受け続けるしかない。

 ようやく村から出ていくことができた一行は、村人たちがもういないことを確認すると、一斉にため息をついた。

 

「……なんでだ。なんで話を聞いてくれないんだ? 僕たちは決してそんなつもりじゃなかったのに」

 

 リュカは座り込み、深く息を吐く。パパスも同じく息を出すと、小さく呟いた。

 

「やはり、あの男が言っていた通りだな」

 

「え?」

 

 リュカは振り向いてどういうことか尋ねる。

 

「『考えも古くさくて固いので正直我々とは違う人種でしょう』って、酒場の男が言っていたんだ。まさに、古くて固かったな」

 

 もう、こうなることは見えていた。パパスは落胆しながらもそう語った。

 

「魔物は悪。きっとあの村のみんなはその考えが強いのだろうな。魔物をしたがえ、共に生きるという考えはあり得ないのだろう」

 

「…………」

 

 リュカはそういわれると俯くしかなかった。自分は魔物と仲良くできる能力がある。だから魔物と一緒にいるのは普通のことだと思っていた。でも、あれが世間の反応なのだ。今までに出会った人間が、特別だっただけだ。人々は魔物が、嫌いなのだ。

 

「……なんでボクたちは嫌われるのかな?」

 

「私たちが魔物だからさ。魔物は人々を襲い、平和を乱すだけの存在なんだ。リュカさんに導かれた我々が特別なだけなんだ」

 

「そっか……でも、なんかそれも寂しいね」

 

 ホイミンとピエールの会話は、とても寂しいものだった。魔物という現実を突きつけられ、リュカとは対等に立てないことを示されてしまったのだから。

 リュカは二匹の頭を撫で、大丈夫だと宥める。そして落ち込んでいるゲレゲレを抱き締めた。

 

「くぅーん」

 

 悲しげに鳴くゲレゲレの声が心に染みる。リュカはぐっと腕に力を込め、そっとささやいた。

 

「大丈夫。君たちは僕が守るよ。僕と父さんは、君たちの味方だから。さぁ、いこうか」

 

 リュカは立ち上がり、ゲレゲレをポンと叩いた。ゲレゲレは元気を取り戻したようで、ピエールとホイミンにも同じように叩く。二匹は笑顔を取り戻し、リュカへと近づいていった。

 パパスは瞳を閉じ、気持ちを入れ換えると、リュカの肩に手を置いて、いくぞと告げたーー

 その時だった。

 

「待っておくれよ!」

 

 誰かに呼び止められたので一行は振り返る。なんと年のいった女性が走ってこちらへと向かってきた。

 

「はぁ……はぁ……やっと見つけただ……」

 

「失礼ですが、貴女はどちら様で?」

 

 女性は呼吸が整うのをまって、パパスの質問に答えた。

 

「……あたしは村長の妻だべさ」

 

 村長ときいて、リュカとパパスは目付きを鋭くさせる。

 

「また文句をいいに来たのですか?」

 

 リュカが憎まれ口を叩いたのでパパスはよせといい、リュカの肩を強く握る。

 だが、女性はパパスを止めると首を振って否定をした。

 

「とんでもねえ。あたしはその逆だ。お礼を言いに来たんだべ」

 

「お、お礼ですか……?」

 

 意外なことを言われたリュカはあっけにとられるようにオウム返しをする。予想と180度違うことを言われたので本当にビックリしてしまったのだ。

 

「あんたすごく悪い人に思われてるけんど、あたしはそうは思わねえ。あんたがそんなことをするわけないってあたしには分かるよ。だからあたしだけでも言わせてくれ。村を助けてくれて、ありがとな。これで飢えに苦しまず、安心して生活できるべ。じゃあな」

 

 そういうと彼女はたったと村へと戻っていった。まるで嵐のようにしゃべって消えていった彼女に、リュカたちは自然に気分が落ちつかせられていた。

 

「……どうやら、例外もいたようだな」

 

「そうだね。報われた気分になれたよ」

 

 リュカは手に持つ残りの1500ゴールドを袋にしまうと、父の顔を覗き込む。パパスの顔はいつものように優しく、頼れるものに戻っていた。リュカは安心し、ゲレゲレの頭を撫でた。

 

「くぅーん」

 

 ゲレゲレは嬉しそうに応え、尻尾についたリボンもゆらゆらと揺れている。リュカは、それに目がつき、視界がフォーカスされる。そして、遠い遠い思い出へと誘われていく。

 2歳年上の幼馴染みと二人で秘密の冒険をし、短い間だったけれど沢山遊んだ。たくさん話した。

 

(また、会いたいな。ビアンカにーー)

 

 リュカはゲレゲレを撫でる手を離し、そっと空へと伸ばす。届かないのはわかっている。でも、リュカは伸ばさずにはいられなかった。

 

『またいつか一緒に冒険しましょう! 絶対よ、リュカ!』

 

 その言葉はただの子供の口約束だけれども。

 リュカは信じるように、ぐっと宙で何かを掴むように拳で握った。

 

「……リュカ、何してる?」

 

 突然、横から声が飛んできて、リュカは思わずびくりと肩を跳ねさせる。リュカは慌てて先へともう進んでいるパパスを含めた仲間たちの元へと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 




本当に胸くそ悪い話ですよね。私もこれをはじめてやったときはえって凍りつきましたね。なにいってんだこいつと聞き返したかったくらいですよ。


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Episode10:幸せを考えるさすらいの旅人

お気に入り400突破しました!ありがとうございます!!

ドラクエの最大のポイントといっても過言ではない結婚パート、スタートです。

それと章分けをしようと思います。


 カボチ村での一件があった後、リュカたちはポートセルミから西にある町、ルラフェンを訪れた。そこにはいつも奇妙な呪文を開発、研究している老人がいるというので、奇妙な構造を成している町に戸惑いながらも彼が住んでいる家を見つけて中に入った。

 老人はリュカたちの話を聞くと、行ったことのある場所なら瞬時に行ける新しい転移呪文《ルーラ》の開発をしていることを教えてもらった。そしてそのために必要な材料であるルラムーン草を手に入れてきてほしいと頼まれた。ここから西の野原に夜になると現れるようなので夜になるのを待つが、その間に町の人間からラインハットで結婚式があったことを知った。結婚したのは王の兄であるヘンリーのようだが、大方、というか間違いなくマリアと結婚したのだろう。しかし、ヘンリーと別れてからそんなに時間はたってないはずだが、全く手が早いものだ。

 夜になってルラムーン草を採取するとすぐに老人の元に戻った。ありがたいと喜んだ老人は早速大きな釜にそれを入れる。すると突如爆発が起こった。衝撃にどうにか耐え、老人がよろよろと立ち上がりながらリュカにためしに使ってみろと言われたので唱えてみた。丁度ラインハットでヘンリーが結婚したことを聞いていたので、リュカは試しにヘンリーのいるラインハットへと転移しようと思い、呪文を口に出した。

 すると、リュカの体は一瞬にして地から浮き始め、やがてぱっと弾け飛ぶように消えていった。そして気がついたら、ラインハットの門の前に立っていたのだった。

 リュカたちはラインハットの城下町へと足を踏み入れる。町の人々は笑顔に満ちており、商店も活気に溢れている。国自体も豊かになったようで空気も美味しく感じる。

 あの戦いの後の兄弟の頑張りが現れていることが分かって安心したところで城の中に入った。名前を名乗ると兵士は深く頭を下げて簡単に通してくれた。迷うことなく玉座まで向かい、デール王にも挨拶をする。デール王によると、ヘンリーはその上の階で暮らしているそうだ。

 また、デール王がとあることを教えてくれた。

 

「いやぁ、本当にお久しぶりですリュカさん。兄から色々聞きました。ですのでせめてものの恩返しとして部下たちに色々調べさせました。それによるとかつて勇者が使っていた伝説の盾がサラボナにあるそうです。サラボナはルラフェンの南にあるそうです。頑張ってくださいね」

 

 これはなかなか大きな情報だ。伝説の武具の有りかがまたひとつわかったのだ。次の目的地はサラボナに決定したところでパパスとリュカは大きく頭を下げて感謝を示した。

 玉座を去り、階を上がっていくとそこには、かつて大后が住んでいた部屋が見えた。最上階に住むなんて、実に"親分"らしいなと密かに笑いながらドアを開けた。すると、部屋にいるヘンリーとマリアが目を大きく見開いて歓声をあげた。

 

「おおっ、リュカにパパスじゃないか! ずいぶんお前を探したんだぜ! その……結婚式に来てもらいたくてな」

 

「ごめん、ヘンリー。君たちの結婚式にいけなくて」

 

「いいっていいって。こうして会いに来てくれたんだしな」

 

「リュカさん、パパスさん。本当にお久しぶりです」

 

 マリアはぺこりと二人に頭を下げる。マリアの服は修道院でのローブ姿ではなく、ピンク色のドレスだった。彼女はもうシスターとしてではなく、ラインハットの女王として、ヘンリーの妻として振る舞っているのだろう。

 

「マリア、結婚おめでとう。シスターはやめちゃったのかい?」

 

「いえ、シスターの方は続けています。たまにですが教会の方に戻ってお祈りをしたりしております」

 

「そうなんだ……」

 

 マリアはふふと慈愛溢れる笑みを浮かべながらヘンリーの側に戻った。

 

「俺もたまにマリアと一緒にあの海辺の教会に行っているよ。その、まだ俺たちと同じだった奴隷たちがいるわけだしな。せめて俺たちにできることといったらこうして祈ることだと思ったんだ」

 

 本当は俺の権限でぶっ潰してやりたいけどと悔しそうに笑っていった。しかし残念ながら光の教団はラインハット一国よりも強大な力を持っているため、立ち向かえないことは自他共に分かっていることだ。

 ヘンリーはこほんと小さく咳き込むとわははと笑ってリュカを改めて歓迎する。

 

「まあそれはともかくお前に会えてよかったよ! 結婚式には呼べなかったけどせめて記念品は持っていってくれ。昔の俺の部屋の宝箱覚えてるだろ? あそこにいれておいたからな」

 

 リュカはしっかり覚えていた。ヘンリー王子と初めてあったとき、部屋の宝箱の中にある子分の証をとってこいと言われて見たのだが、中身はなかった。その隙にヘンリーは部屋の隠し階段で下に逃げたのだ。

 

「分かった。取りに行くよ」

 

「おう、ここで待ってるぜ」

 

 リュカは昔のヘンリーの部屋まで迷わずに向かった。そこには昔は護衛兵が一人もいなかったが、今ではきちんといる。でも、ヘンリーが住んでいない以上守る必要は皆無だ。では、他の誰かがいるのか?

 門番に断りをいれて入ると、そこには意外な人物がいた。

 

「おおっ、そなたか! 誠に久しぶりじゃの!」

 

「た、大后様? どうしてこのようなところに?」

 

 なんとそこには大后が住んでいた。大后はおしとやかに笑いながら答える。なんでも、ヘンリーが最上階に住むから自分が前に住んでいた部屋にすんでくれと頼み込まれたそうだ。

 

「てっきり妾は追い出されると思ったのじゃがな。だから安心したわ。しかし、妾は思うのじゃ」

 

 リュカは耳を傾けて話を聞く。

 

「先のことでは妾と魔物がすり変わってしまったことが起因のひとつである。が、これはすなわち魔が世界を蝕みつつあるということであろう。いつ平和が蝕まれるのか解らん。だからお主も気を付けるのじゃぞ?」

 

 リュカはその話を聞いて、真っ先に光の教団のことを思い浮かべた。奴等は世界を光が救うといい、信者を取り込んでいるが、リュカはその邪を10年間身を持って体験した。奴等も世界を闇に包むつもりなのだろうか。

 リュカはそんな懸念を抱きながら大后の言葉にはいと頷いた。

 立ち上がったリュカは大后に断って隣部屋のドアを開けて中に入る。部屋の中央に宝箱が鎮座しており、そっとリュカは開けてみる。

 しかしーー中には何も入っていなかった。

 

「え?」

 

 リュカはよく中を見て何か入っていないか探した。しかし、チリひとつない。

 また騙されたと思い、リュカは少しムッとしながら宝箱を閉じようとした。

 だが、リュカは宝箱のそこに何かが刻まれているのを見つけた。気になってもう一度開け、じっと覗いてみる。どうやら、文字のようだ。

 

「どれどれ……」

 

 リュカはその文字を心のなかで読み上げた。

 

 

『リュカ。

 お前に直接話すのは照れくさいから、ここに書き残しておく。お前の親父さんのことは、生きてたとはいえ今でも1日だって忘れたことはない。あのドレイの日々にオレが生き残れたのは、いつかお前に借りを返さなくてはと……そのためにがんばれたからだと思っている。

 伝説の勇者をさがすというお前の目的は、オレの力などとても役に立ちそうにないものだが……この国を守り人びとを見守ってゆくことが、やがてお前の助けになるんじゃないかと思う。

 リュカ、お前はいつまでもオレの子分……じゃなかった友だちだぜ。

 

ヘンリー』

 

 

「…………」

 

 リュカはそっと宝箱を閉じ、瞳を閉じた。するとじわっと熱い液体がこみ上げてくるのを感じた。リュカはそっと指でそれを拭うと、部屋を出ていった。

 リュカは大后に挨拶もせず真っ直ぐにヘンリーの元へと向かう。最上階の部屋を開けると、ヘンリーが奥の広いソファに揺ったりと座っていた。

 

「おっ、帰ってきたか! 記念品はとってきたか?」

 

 ヘンリーは何食わぬ顔をしてリュカを出迎えた。

 リュカは俯いて、目をきつくつぶる。けれどすぐに顔をあげて不満そうな顔を作った。

 

「何も入ってなかったぞ、ヘンリー」

 

「え? ……くっくっく、あっはっはっは!! 全くお前は相変わらず騙されやすい奴だな! じゃあ今度こそ本当に渡すよ」

 

 大笑いしたヘンリーはソファの後ろから何かを取りだし、リュカに見せる。箱のようなものにぐるぐる回すハンドルがついている。どうやら美しい装飾が施された、オルゴールのようだ。

 

「ラインハットの職人に作らせたオルゴールだ。これを持っていってくれよ」

 

「いいのかい、こんな素敵なオルゴールをもらって」

 

「ああ。だからたまには遊びに来いよ?」

 

「ありがとう……」

 

 リュカは大事にオルゴールを袋に入れると、そっと目を指で拭って笑って見せた。

 オルゴールを渡し終えたヘンリーは今晩は泊まっていけといい、ヘンリーたちの住む部屋と謙遜ないくらいの豪華な部屋に通されたが、どうやらそこは国賓クラスの客専用の部屋だそうだ。またこれでひとつヘンリーに貸しができてしまったが有りがたく寛がせてもらった。食事の時はヘンリーと色々話をし、過酷だった昔の話でもなぜか大いに盛り上がってしまった。思い出となってしまえば、笑い種なのかもしれない。

 

 

 食事を終えるとリュカはヘンリーと二人でベランダに出ていた。外はすっかり暗くなっていて、満月がよく見える。空気は冷え込んでいて、少し風が吹いている。

 互いに満腹感を覚えながらも、お菓子と飲み物を持ち運んで腰を下ろしていた。

 

「ふぅ、久しぶりにたくさん食べたなあ」

 

「まあな。旅の時はそんな食えないもんな。うちのシェフも結構イケるだろ?」

 

「最高だったよ! 僕はあまりああいう豪華な食事はしたことないけどほんと美味しかったよ」

 

「そいつはよかった。あとで伝えておくぞ。……それはそうと、リュカ」

 

「なんだい?」

 

 リュカが聞き返すと、ヘンリーはここからが本題というように人差し指を立てながら話した。

 

「お前はきっといろいろ苦労をしているだろう。しかしお前はその苦労を共にする女性がほしいとは思わないか?」

 

 若干ニヤリと笑いかけながらリュカに迫る。リュカは少し困ったような顔を見せて、うーんと渋る。

 

「分からないなあ。要は結婚ってことだよね? そういうの考えたことないなあ」

 

「……まあ今のお前には母親を探しだすほうが先決だろうな。たぶんパパスもそれが一番なんだろうし。ただな、リュカ」

 

 ヘンリーは一度言葉を切ってリュカに注意を向けさせると話を再開する。

 

「その母親もきっとお前の幸せを願っているはずだ。だから、お前が幸せになってからでも、きっと遅くないと思うぜ。お前の人生なんだから、まずはお前が幸せにならないとな」

 

 ヘンリーはポンとリュカの肩を叩くと、ぱりっと焼き菓子をかじった。リュカも一個同じ焼き菓子を手に取ると、ため息をはく。

 

「……でも、僕には相手がいないよ」

 

「ビアンカちゃんはダメなのか? お前幼馴染みがいただろ?」

 

 ヘンリーはごくりと菓子を胃に入れながら聞く。しかし、リュカは疑問に思う。ヘンリーはビアンカとは全く面識が無い筈だ。それにも拘らずビアンカの存在を知っている。リュカは口に甘ったるい味を味わいながら尋ねようと口を開きかけた。

 だが、その直前リュカは思い出した。ヘンリーとまだ旅をしていたころ、リュカたちはある田舎町に訪れていた。サンタローズの近くにある、ビアンカの故郷アルパカだ。ひそかにビアンカにまた会えるのではないかと期待したのだが、どうやら家業であった宿を離れ山奥の村へと引っ越してしまったらしい。ビアンカのお父さんが病気持ちであり、その療養のためであるそうだ。

 その時にリュカはビアンカの話をしたのだが、あまり詳しくは話していない。精々小さいころ一緒に遊んだことくらいだ。

 リュカはどうにかそのことを思い出しながらヘンリーの質問に答えた。

 

「ビアンカか……うーん」

 

 リュカは想像してみた。ビアンカがもし自分の妻になったらと。お転婆で、活気がよくて、強気で、冒険好きな彼女が自分の妻だ。だけど、リュカが思い起こせるビアンカのイメージは、10年前のもので、成長していない子供の姿だ。無論ビアンカだって大きくなっているのだろうけど、成長した彼女の姿はあまり想像できない。

 リュカは考えるのを止めて頭を振った。

 

「正直想像できないや。でも……もう一度会いたいな」

 

「その時はリュカがぶったまげるほどにキレイになってたりしてな」

 

「ははは、どうだろうね」

 

 リュカは甘ったるい味を流し込むようにお茶を口に入れ、ふうと一息ついた。

 そしてリュカはぼそりと、呟いた。

 

「……ありがとな、ヘンリー」

 

「ん? 何がだ」

 

 ヘンリーは優しい目でリュカを見る。リュカは少し耳が赤くなるが、構わずに言葉を紡ぐ。

 

「僕はさ、この10年間とっても辛かった。父さんは死んだと思ってたし、鞭でずっと打たれるし、ろくに食べられないし、言葉も良くわからなかった。でも、君がいたからこうして生きてこれた。僕はそう思っているよ。もちろん、今日にもらったプレゼントもありがたいよ」

 

 リュカは当初はヘンリーのことが嫌いだった。一緒に奴隷にされたときは心底嫌だった。でも、ヘンリーは負けていなかった。不平不満は漏らしていたけれど、リュカを励まし、支えてくれた。だから、リュカはいつしかヘンリーに対する嫌悪を解き、一緒に耐えることを決意した。そのお陰で、今があると思う。

 

「……俺も、お前がいたからこそ生きて帰ってこれたんだ。どうしようもなくワガママだった俺がこうして変われたのもお前と出会ったお陰だ。ラインハットを救えたのもお前のお陰だ。お前にはいろいろもらったから、これくらいのお返しなんて当然さ」

 

 ヘンリーは捕らわれた日から決めていた。リュカを絶対に守ると。死なせはしないと。だから、リュカに嫌われているとわかっていても、リュカのそばを離れることはしなかった。その結果、永遠に切れない友情が生まれた。

 互いに感謝を伝え会うと、リュカはヘンリーの手を握り、ヘンリーも握り返した。そしてーー。

 

「ありがとう。今まで、本当に、ありがとう」

 

「ああ。……頑張れよ、親友」

 

 二人はそっと抱擁を交わした。

 

 

 

 その後、リュカたちに眠気が襲いかかり、そろそろ寝ようと二人して結論を出したところで、リュカたちは立ち上がり、お菓子などを片付けると中に戻った。ヘンリーは今日はマリアと寝ると言って階を上がり、リュカは例の部屋に向かった。そこではすでにパパスが寝ており、ぐうぐうと静かに寝息を立てている。リュカは起こさないように音を立てずに寝る支度を済ませ、すぐにベッドに潜り込んだ。ふかふかのベッドがとても温かくて心地よく、はあと愉悦たっぷりな声をあげた。けれど、どこか落ち着かない。あの奴隷時代の寝床は堅くて冷たくて最悪だったが、10年間もそれで寝続けていれば、慣れてしまうものである。だからむしろこういうベッドに寝るとあまり寝つきがよくなかったりする。

 だが、そんなことは数十分も経てば関係なくなり、すぐに意識は微睡みの中に消えていった。

 

 

 

 

 翌朝になり、リュカとパパスとその仲間たちはヘンリーたちの別れを告げてラインハットを去った。次の目的地はサラボナだが、ルラフェンの南にあるという。そこでリュカは昨日覚えたばかりの呪文ルーラを使ってルラフェンまで飛んでいった。南に下ると洞窟が見え、少し緊張したがどうやら整備されているようで魔物は出なかったので安心した。

 こうして一行は伝説の盾があるという次の町、サラボナにたどり着いた。

 

「大きな町だな。ここに伝説の盾があるのか……」

 

 パパスが腰に手を当てながら呟いた。確かにあのポートセルミに勝るとも劣らない賑わいっぷりだ。入り口からも見える商店もずいぶん栄えており、町はきっと豊かであると予想が出来る。

 とりあえず伝説の盾についての情報を集めなくてはならない。リュカたちは町へと足を踏み入れた。

 その時だった。

 

「わん、わん!!」

 

 小さな犬が吠えながらこちらへと走ってくるのが見えた。結構なスピードでこちらへと向かっている。どうしたのだろうかと首をかしげていると、声が聞こえた。

 声のする方を向くと、前方から誰かが走ってきていた。

 

「はぁ……はぁ……すみません! その犬を捕まえてください!!」

 

 どうやら犬を追って走ってきているようだ。リュカは犬へと手を差し出し、その小さな体を抱き止めた。

 

「はぁ……はぁ……ごめんなさい、この犬が突然走り出しまして……」

 

 犬を追っていた人がリュカのもとへと辿り着くと、はあはあと息を乱しながらもお礼の言葉を言った。その人は青と白のコントラストが美しいドレスを着こなし、海のように深くそれでいて透き通った豊かな髪をしている。そこでリュカは初めて、その人が女性であると分かった。

 

「いえ、お構い無く」

 

 リュカはにこっと愛想よく笑うと、女性はぺこりと頭を下げてリュカの持つ犬へと手を伸ばす。

 

「さっ、帰るわよ。いらっしゃいリリアン! ……あら?」

 

 女性はリュカの腕からリリアンという名前の犬を受け取ろうとしたが、その手を引いた。なんと、犬はリュカの頬をペロペロと舐め始めたのだ。

 

「はははっ、くすぐったいなあ! 全く、かわいい奴だな!! あはは!」

 

 リュカは犬の頭を撫でて、くぅーんと嬉しそうに鳴くのを聞いてさらに激しく撫でてやった。

 

「まあ、リリアンが私以外の人間になつくなんて……この子ったら他の人にはすぐに噛みついたりするのに……」

 

 女性は俯いて首をかしげる。リュカはなおも犬と戯れていたが、女性が急に雰囲気を変えたのを察知したのか、犬と共に女性を見つめていた。

 女性はその視線に気づき、慌てて言葉を出した。

 

「あ、あははは……ごめんなさい、私ったらお名前も聞かずにぼーっとしちゃって。お名前はなんですの?」

 

「気にしないでください。リュカです。それで、僕のとなりにいるのが父のパパスです」

 

「パパスです。貴女のお名前は?」

 

「申し遅れました。私はフローラと申します。あの、貴殿方は旅のお方ですか?」

 

「ええ、そうですが」

 

「そうですか。恐らくお疲れでしょうから、御礼に私の家に招待いたしますわ」

 

「おお、それは助かりますフローラ殿」

 

 パパスは丁重に礼をするとフローラはとんでもないというように頭を振るとではご案内しますとリュカ達を連れていってくれた。

 

 

 

 リュカとパパスは知る由がなかった。このフローラという女性との出会いは、リュカの人生を大きく動かすことになることを。

 この大河のように長い長い人生に、一滴の波紋を呼び起こす出来事が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 




そういえばパパスは少しとはいえ、ルドマンと面識があるんだったな……


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Episode11:盾のために結婚を迫られる息子

随分間空きましたね。すみません。
しかし、フローラの争奪戦に参加する主人公の理由付けが結構苦労しました。だって、あって間もない女と盾のためとはいえ結婚したいというんですよ?やっぱり5主人公はどこか飛んでる……


 サラボナの町で出会った女性フローラの案内により、リュカたちは彼女の家にお邪魔することとなった。彼女の家は、この町で一番大きいらしく、お嬢様然としている彼女にまさにぴったりなものだった。父は大金持ちのようで、大層大事に育てられてきたのだろうと容易に想像できる。

 

「ここですね。どうぞいらっしゃい」

 

 彼女の家についたようで、指で示す。

 まず屋根は海のように深い蒼で、壁は汚れ一つない白で染められており、面積も高さも他とは桁違いである。ラインハットの城よりも一回りほど小さいが間違いなく一般庶民の家よりかは遥かに大きいだろう。庭もきちんと手入れされており、美しく彩られている。パパスとリュカは感嘆の声をあげ、ただただ家を見上げていた。

 フローラはこれまた人5人くらいが入れそうな大きなドアについている呼び鈴を慣れた手つきで鳴らす。すぐさまドアが開くとエプロンをかけたメイドが出迎えてくれた。

 

「あら、お嬢様。お帰りなさいませ。そちらの方は?」

 

「こちらはリリアンを拾ってくださった方々よ。旅の方のようですので家にお呼びしたの」

 

「なるほど。この度は本当にありがとうございます。旦那様に確認をとりますので少々お待ちくださいね」

 

 メイドはぺこりと頭を下げるとそっとドアを閉めた。

 

「……しかし、なかなか素晴らしい家ですな」

 

 パパスはははっと乾いたような笑いをあげた。フローラはありがとうございますと丁重に礼をのべる。

 

「こんなみすぼらしい格好でお邪魔して、なにか申し訳なくなるな……こんなことなら一張羅でも持ってくるべきだったか……」

 

 パパスは独り言のようにぼそりと呟く。しかしもう今さらなにも変わらないだろう。

 と、その時ドアが開かれ、メイドの顔がすっと出てきた。

 

「お待たせしました。どうぞなかにお入りください」

 

「ご苦労様。さ、ではどうぞ」

 

 フローラはリュカとパパスを先に玄関に通す。メイドが靴を預かって羽毛で出来た暖かいスリッパを出してくれたのでそれを履き、応接間まで案内される。

 それまでの間、パパスとリュカの視線はあちこちに飾られている高価そうな家具に向けられていた。壁に掛けられている武器や盾、鎧、冑、さらには絵画、巻物、壺は、これまで世界中を旅してきたパパスですらも見たこともないようなものがあったりした。いくつかは見たことがあるのもあったが、どれもこれもとてつもなく貴重で手が出せないほどの高額で売買されていた。それをいくつも所有できる主人の、尋常ではない財力を嫌でも思い知らされる。財力だけなら、パパスの王国といい勝負だろうか。

 

「こちらです」

 

 メイドは手でパパスたちを制すと、静かに応接間のドアをノックをした。

 

「なんだ?」

 

 随分と穏やかな声だ。キツそうな人間ではなさそうだと少しばかり安心した親子二人はそっと胸を撫で下ろす。

 

「お客様をお連れいたしました」

 

「ご苦労だったな。うむ、連れてきたまえ」

 

「畏まりました、ルドマン様」

 

(ルドマン……? まさかあのルドマンか?)

 

 パパスの脳にわずかに電流が走った。遠い過去に聞いたことがあるのだが、相当な金持ちとして広く知れわたっている。パパスも旅の間に何度も彼の名前を聞いており、時々パパスが訪れる港にある船が彼に所有物であることもあってずっと前から彼のことは認識していた。最も、会うのはこれが初めてだが。

 パパスが息をごくりと飲む間にもメイドはドアを開いた。かちゃっとわずかに響く開閉音によって現実に引き戻され、リュカに続いて中に入る。

 

「やぁようこそ! ささ、中に入ってくれたまえ」

 

「失礼いたします」

 

 陽気な声でリュカたちを歓迎した男が恐らくここの主人、ルドマンだろう。パパスは素早く彼の風貌を確認する。

 顔といい、体型といい全体的に丸みを帯びている。しかし何よりも特徴的なのは髪型だ。彼の髪型は中央部分には毛髪が一本もないのだが、左右対称的に角のように尖った形の髪があるのだ。彼の第一印象を言い表すならば、小太りな悪魔の姿をした優しそうな金持ちだろうか。

 パパスは風貌を認識し、イメージ通りであったことに密かにホッとした。これがムキムキの戦士タイプならいろんな意味でぶっ飛んでしまっただろう。

 

「お父様、ただいま帰りました」

 

 パパスたちの後からフローラが入ってきた。ルドマンは優しく微笑んでお帰りと言い、上にいってなさいと告げた。フローラも素直に従い、ごゆっくりとおしとやかに声をかけるとすたすたと階段を上っていった。

 

「随分と立派な娘さんですな」

 

「うむ、私の自慢の娘だよ。しかしこの度は娘がお騒がせした。ささ、どうぞそちらのソファにお掛けになってください」

 

「では失礼します」

 

 パパスとリュカはありがたくソファに腰かけた。汚い身なりで座っていいのかという懸念こそはあったが、ルドマンは全く気にしないと言わんばかりのニコニコ顔であったため、何も断らずに座ってしまった。

 

「えーでは自己紹介しよう。私はルドマンという。自慢ではないが、この町では一番の金持ちだ。貴殿方は?」

 

「私の名前はパパスです。そしてこちらにいるのが息子のリュカです」

 

「なんと、親子で旅をなされているとは! 私も実はこう見えて昔は旅をしていたんだよ!」

 

 この太った男が旅をしていたとは驚きだが、それは言わずに廊下に飾られているお宝に話を向ける。

 

「ええ、数々のお宝を拝見させてもらいました。手にいれたいお宝もあったのですが、なかなか手が届かなかったので……。まさか今日再び見られるとは思いませんでした」

 

「はっはっは! いやぁでも親子で旅というのはとっても楽しいことですな! 私も久々に娘と旅をしてみたいものだよ」

 

 最もパパスたちの旅はただの遊びではないため楽しいという感情だけではないのだが、そこに関してとやかく言うのは無意味もいいところだ。

 それよりもパパスは違うことが気になっていて、ルドマンの話に耳を傾けた。

 

「まだ娘が小さかった頃……確か10年ほど前ですかな。そこで船旅をしたきりかな。私も町の発展で忙しかったのでな」

 

 はっはっはとルドマンが高笑いし、手に持っていた紅茶をすするとパパスに質問を投げ掛けた。

 

「それで、貴殿方はどうしてこの町にこられたのかな?」

 

 いずれ切り出そうと思っていた話題について触れられるチャンスが来た。パパスは食い付くように身を乗り出して答えた。

 

「実は、かつて天空の勇者が使った伝説の盾の噂を聞いてここまで来ました。私たちはある目的のために、伝説の武具を探しているのです」

 

「伝説の盾か。それだったらこれかもしれないな」

 

 ルドマンは立ち上がって、奥に置かれている宝箱のロックを解除する。そしてパカッと開けてリュカたちに見せた。

 

「おおっ……」

 

 ルドマンが見せた盾は、割と小さめだった。しかし、白光する表面、そして金の装飾が派手に散りばめられておりただの盾ではないことは分かる。並大抵の攻撃ではきっとこの盾を打ち破ることはできないだろう。恐らく、これがかつて天空の勇者が魔界の王を倒したときに使われた盾に違いない。

 

「きっとそれです。実物を見たのははじめてですが、恐らく我々の探し求めていたものはこれです」

 

「なるほど……ふーむ」

 

 ルドマンは盾を宝箱に戻し、再び錠にかけると椅子に座った。どうやらそう簡単には渡してくれそうにない。

 

「あの、その盾をどうかお譲りいただけませんか? どうしても必要なんです」

 

 リュカが必死に頼み込む。だが、その程度でルドマンが折れるわけがない。ルドマンは渋い顔を向けて口を開く。

 

「しかしこれは家宝なんだ。そう簡単には渡すことはできん」

 

「……そうですよね」

 

 断られたリュカとパパスは俯いてしまう。最も、これはルドマンの言い分が正しいのはわかっている。初対面の人間がいきなり家宝を寄越せといったら当然突っぱねるのは道理だ。

 こうなれば、天空の盾をほしい理由を言うしかない。そう思い、パパスはごほんと咳き込むと顔を上げた。

 

「私たちは決してその天空の盾を邪な目的に使おうとは思っておりません。目的を果たしたらすぐにお返しします」

 

「ふむ……しかしその目的とはなんだね? 聞いておこうか」

 

「ええ、実は……」

 

 パパスはルドマンに旅の経緯をすべて説明した。ルドマンはふむふむと頷きながら内容を把握し、整理すべくまとめる。

 

「つまり……魔界に攫われた妻を助け出すために、魔界に入るために必要な天空の勇者とその武具を探しているわけだな」

 

「はい」

 

 パパスが答えると、そうかと顎に生えたひげを撫でながら唸る。ルドマンはまだ半信半疑だった。当然だ。こんな話を信じろという方がおかしい。宝欲しさについた法螺の可能性も否定できないのだ。

 パパスは未だにルドマンが完全に信じてはいないことを察知し、必死に策を考える。どうすればこの天空の盾を譲ってもらえる? それがなければ、マーサは――

 

「……正直信じがたい話だ。そもそも見当がつかない。だが、それが本当か確かめたいと思う」

 

「え……?」

 

 ルドマンの意外な言葉に凍り付く。信じられない、だから帰れと突っ張られるかと思っていたが、余地は与えてくれたようだ。そのことにホッとしつつ、ルドマンの言葉に耳を傾ける。

 

「私が与える試練を見事クリアしたら、貴方方の話を信じよう。ただの法螺吹きには出来ぬ試練だがの」

 

「ほ、本当ですか!? それで、どんな?」

 

 まるで水を得た魚の様に喰い付く親子二人。しかし、ルドマンはにやりと笑いながらこう言い放った。

 

「それはもうじき教えよう。どうせなら一緒にやってしまいたいしな」

 

「……一緒? 私たちのほかに天空の盾をほしがっているものがいるのですか?」

 

「まあそんなところだ。もっとも、天空の盾などおまけに過ぎないと考えているのだろうがね」

 

 天空の盾がオマケ扱いというのならほかにそれ以上の宝はあるのだろうか。パパスは顎に手を添えて一考してみるが、しかしまるで見当がつかなかった。

 ふと、コンコンとドアを叩く音が響いた。ルドマンが何用かと応じると淑やかな女性の声が聞こえた。

 

「ルドマン様。人数が集まりました。中に入れても構いませんか?」

 

「うむ、準備はできているぞ。入れ給え」

 

 パパスが顔をあげるといつの間にか椅子が新たに後ろに3つ追加されていた。恐らくルドマンから何かを奪い取ろうと考えている者たちだ。それも、天空の盾以上に価値のあるものを。

 メイドがドアを開けると、ぞろぞろと人が入ってきた。その数はきっちり3人。ルドマンが用意した椅子の数と同じである。ルドマンはあらかじめ知っていたのかと思ったが、ルドマン自体も微かに驚いているようで、まったくの偶然らしい。しかも全員男である。

 3人が椅子に掛けて座るとリュカはちらりと風貌を確認する。一番左端の男はルドマンほどではないにせよ小太りな男であり、顔に汗がこびりついている。恐らく緊張しているのだろうが、正直言ってあんまり印象の良いものではない。真ん中の男は金髪の少し浮いた感じの男だが、3人の中では一番端正な顔立ちをしている。そして右端の男は、優しそうな雰囲気を醸し出している。綺麗な茶髪をしており、顔も悪くはない。ただ、左端の男に負けず劣らずで緊張はしているらしく、体が小刻みに震えていた。いったい3人は何が目的でこの家に来たのだろうか、よくわからない。リュカは父に問うがパパスもまるで見当がつかないらしく、首をかしげる。

 ここまできたらとりあえずルドマンの言葉を待つしかない。そう思って前を向いた。

 ルドマンはふうと一息つくと立ち上がり、パンと手をたたいた。全員の目線がルドマンへと向き、ルドマンはそれを確認すると口を開いた。

 

「みなさん、ようこそ! 私がこの家の主人のルドマンです。……さて。本日こうしてお集まりいただいたのは――」

 

「――うるさいわね~!! なんのさわぎ? また私と付き合いたいって男たちが来たわけ? 悪いけど私は今の生活がいいの。結婚なんてしないわよ」

 

 突如、電撃のごとく突き刺さる機嫌の悪そうな女の声に一同は振り向く。一体何事かと思ったが、さらなる衝撃がリュカ達を襲った。

 腰に手を当てて眉をひそめている彼女の服は、一言で表すなら派手だった。先ほどのフローラの格好が清楚だったので余計にその落差が激しい。高く結わえられている豊かな黒髪、胸元の大きくあいたシルクのワンピース、色のついた長い爪、真紅のハイヒールといった、派手に派手を重ねたような奇抜な格好をしている。顔はきれいな方なのだが、あまりに服装がキツイのか、誰も鼻の下を伸ばしていない。

 

「こらっ、何をしているデボラ! その方たちはお前じゃなくてフローラのために来たんだ」

 

 デボラと呼ばれた娘はルドマンに叱られる。どうやらルドマンとは同居の仲だろう。しかし、ルドマンの側妻とも思えない。

 

「あら、フローラの? じゃあ私には関係ないから昼寝でもしようっと」

 

 デボラはきょとんとして表情を柔らかくする――かと思ったが、そうでもなく興味なさげに言い放つとすたすたと階段を上がっていってしまった。

 まるで嵐が去ったような静けさを妙にありがたく思っているところでルドマンが咳き込んだ。

 

「全く、娘には困ったもんだ……いや、私の娘が失礼をしました」

 

(側妻でもなければ愛人でもなく、娘だったのか。ということはフローラさんとデボラさんっていう人は姉妹……なんてことだ)

 

 世にも不思議な事実を思い知ったリュカは戦慄しながらもルドマンの方へと視線を向ける。

 

「では、改めてと。今回お集まりいただいたのはほかでもない、わが娘フローラの結婚相手を決めるためだ」

 

 ――結婚相手だと!?

 パパスとリュカは唖然と口を開いた。さっきのデボラという嵐の後に再び第二波が襲い掛かったのだ、たまったものではない。

 しかし、結婚相手と聞いて納得いくこともあった。天空の盾がおまけ扱いなのは、フローラが目当てだからに違いない。フローラの意思はきちんと汲まれているか、疑問なところではあるが。

 

「しかし、ただの男にかわいいフローラを嫁にやろうとは思わんのだ。そこで条件を聞いてほしい」

 

 条件、という言葉を聞いて場の男達は息を飲む。ルドマンはおほんと一度仕切るように咳き込むと、全員の視線に答えるように見回しながらその条件を告げる。

 

「古い言い伝えによるとこの大陸のどこかに2つの不思議な指輪があるらしいのだ。炎のリング、そして水のリングと呼ばれ、身につけた者に幸福をもたらすとか。もしもこの2つのリングを手に入れ、娘との結婚指輪にできたなら、よろこんで結婚を認めよう」

 

 笑顔でにこにこ笑いながら途中でリュカたちの方を向いた。

 

「我が家のムコにはその証として家宝の盾をさずけるつもりだ」

 

(……なるほど)

 

 つまり、この盾――あるいはフローラ――ほしくば、二つのリングを手に入れなければいけない。そして――盾を手に入れるということは、フローラとの結婚も承諾する必要がある。

 パパスはちらりとリュカの顔を見る。リュカも、パパスと同じことを悟ったらしく、困惑を訴えるように顔を歪ませる。パパスは、年齢的にも倫理的にもフローラとの結婚が憚られるが、リュカは同世代であり、恋人もいないため問題はない。だが、リュカにしてみれば、結婚の意志もないのに結婚するためにリングを手に入れるのは、何とも言えなくなってしまうだろう。

 

「話は以上である。ではこれにて――」

 

 そんなリュカの心境などいざ知らず、ルドマンは男たちに背を向けて去ろうとした。

 だが、その時――

 

「待ってください!!」

 

 奥にある階段から声が聞こえた。さっきのデボラとは違い、優しくてしかし力の強い声だった。全員の視線がフローラへと集中し、だらしなく頬を落とす男もいた。

 

「フローラ、部屋で待ってなさいと言っただろう」

 

 ルドマンは諫めるようにフローラに言うが、フローラは激しく首を振って言い返す。

 

「お父さま。私は今までずっとお父さまのおっしゃる通りにしてきました。でも夫となる人だけは自分で決めたいんです!」

 

 ルドマンは僅かに目を見開いて驚きを見せ、黙ってしまう。フローラは言い返さない父を見た後、今度は結婚を望む男たちの方を見て叫んだ。

 

「それにみなさん! 炎のリングは溶岩の流れる危険な洞くつにあると聞いたこともあります。どうかお願いです! 私などのために危ない事をしないでください」

 

 フローラはそう警告する。なるほど、危険な場所に存在するリングを持ってこさせるとは、ルドマンという男もなかなか無茶なことを要求する。

 だが、男というのはそんなもので折れないものだ。特に己が本当に欲するものならば。パパスは後ろに座る欲深き男たちの瞳を見る。皆、ギラギラと瞳を輝かせている。フローラにしてみれば警告のつもりが、男たちに油を注ぐことになってしまったようだ。

 フローラはそんな男たちの瞳に困った表情を見せる。が、ふと彼女の視線がパパスとリュカのそれと合った。だがリュカはとっさにすぐ逸らし、ルドマンの方へと顔を向ける。

 ルドマンはフローラの乱入によって熱くなったこの場を正すため再び咳をした。そして先ほどよりも大きな声で告げる。

 

「ゴホン! とにかくフローラと結婚できるのは、2つのリングをもって来た者だけだ! まず炎のリングは南東の洞窟に眠っているとのことだ! では、話はこれにて!! さあ、フローラ来なさい!!」

 

 ルドマンが終了を宣言し、二階に上がっていくと、後ろに座る男たちが勢いよく立ち上がり、ドアから順に出ていった。それぞれの瞳には欄欄と燃える焔が宿っていた。リュカとパパスはただ黙って、男たちの背を見つめていた。

 

「……どうするか、父さん」

 

「……いくしかないだろう。天空の盾が、手に入るのだから」

 

「……でも、結婚って……まだそんな、フローラさんのこと解ってないのに……というかそもそも状況がよく――」

 

「つべこべ言わず、行くぞ……」

 

 嵐のような展開に参ったパパスの力ない声にリュカは肩を落として応じ、屋敷を出ていった。

 それもそうだ。リュカは今日初めて会ったばかりの女の子で争うレースに参加させられたのだ。しかも、天空の盾があるため、負けるわけにもいかない。パパスのように逃げられる立場がうらやましくも感じた。

 どうにか別の手段で盾を入手はできないのだろうか。そう考えるリュカであったが、こういう時に限って何も思いつかないものであり、しぶしぶ諦めた。

 

 

 

 だが、このフローラ争奪戦こそが、リュカの人生を大きく揺るがす、最初の試練だった。そうとも知らないリュカは大きく、ため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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Episode12:芽生えた気持ちを抱き、そして再会する青年

大分お待たせしました。
さて、佳境に迫ってきそうです。


 重くのし掛かり嫌でも肌を照り付ける熱気、吹き出てくる汗、そして岩場の端に流れるグツグツと煮えきった溶岩。リュカはもう何度目かわからない溜め息を吐いた。

 ここは死の火山。サラボナの町から南東にある、とてつもなく危険と言われる場所だ。そこにルドマンが提示した条件である炎のリングがあるという。

 ただ、リュカにしてみればこの炎のリングを手にいれるということはすなわち、自分のよくも知らないような女性を嫁にするということにもなる。天空の盾を手にいれるためとはいえ、かなり複雑だ。しかも、このダンジョンはものすごく居心地が悪い。暑いし息苦しいし足取りが重い。リュカはまたも溜め息を吐き、だらんと頭を垂れる。

 

「全く、だらしがないぞリュカよ。この程度でくたばってどうする」

 

 リュカの溜め息を聞いたパパスはリュカの肩を勢いよく叩き、喝をいれる。だが、リュカにしてみればこの狂ったような熱気に、顔色一つ変えず堂々と歩いている父親の方が異常だ。魔物じゃないのかと疑いたくなるほどの強耐性だ。父親の強さの異常は今に始まったことではないが、度肝をまたも抜かれてしまった。

 

「この洞窟に先にいたアンディという若者だって毅然としていたんだ、お前がだらしなくてどうするんだ」

 

(アンディ? ……ああ、彼か)

 

 熱気で溶けて蒸発しそうだった脳味噌からどうにか思い出す。入り口にすでにいた、流れるような茶髪をした端正な青年だ。ルドマンの屋敷で話を聞いていた男の一人であるが、彼は暑さなどものともしないと意気揚々と歩き、お互い頑張りましょうといって去ったが、目的はフローラとの結婚のためのリング探しに決まっている。彼があんなに毅然としていたのは、自らの真に望むものがあるからだ。リュカとはそもそも条件が違う。

 リュカはまたしても溜め息を吐きつつ、この洞窟から早く出られることを切実に祈った。

 だが、現実というのはいつでも人に冷酷だ。屈強な肉体と強力な炎呪文《メラミ》を使いこなすホースデビル、炎を自在に操る《ほのおのせんし》、固い上にしばらくたつと厄介な自爆魔法《メガンテ》を放つ《ばくだんいわ》、ベトベトしている粘土質の体をもつ《マドルーパー》等の手強い魔物が行く手を阻んだ。だがリュカは鬱憤をぶつけるように次々とモンスターを斬り倒し、とっとと先に進んだ。リュカは早くここから出たいという感情以外、もう持ち合わせていなかった。

 かくして、複雑な構造をしている死の火山をどうにか探索し、ついに最奥地へと辿り着く。そこには一つ突き出た岩があり、そこに小さな指輪が置かれていた。

 もしやと思い、その指輪へと近づく。爛々と光る赤い宝石が極めて目立つ指輪だ。焔のように紅く、美しい宝石を備えたこの指輪こそ、ルドマンがいっていた炎のリングに違いあるまい。リュカは早速それを手に取った。

 だが、その直後。リュカたちの立つ足場の周りの溶岩が突然蠢き始めた。ぶくぶくと気泡が出ては弾けて、うだるような熱気を忘れさせるほどに緊張する。なにかいるのはもう、明白だ。

 やがて、泡立つ地点で溶岩の一部が隆起する。山のように盛り上がった溶岩はどんどん上へと伸びていき、次第には二つの黒い空洞を見せるようになった。あれはただの溶岩じゃない。溶岩と一体化した魔物だ。それも一匹ではなく三匹でリュカたちを囲むようにいる。

 魔物とわかったとたん、リュカたちはそれぞれ武器を構えた。魔物は黒い空洞を鋭く細めると勢いよく溶岩から飛び上がった。びちゃっと岩場に飛び移った魔物《ようがんげんじん》は腕を二本生やし、奇声をあげた。その姿は、この洞窟にいるドロヌーバにそっくりだ。

 

「……どうやらこのリングはそう簡単には渡さないつもりだな。やれやれ、とんでもない難題を吹っ掛けられたものだ」

 

 パパスは呆れたように溜め息を吐く。だが、その顔は笑っていた。パパスの、戦士としての本能が励起されているのだろう。リュカはそんな父にも呆れ笑うが、お陰で少しだけ余計な力が抜けた。

 ようがんげんじんが三方からじりじりと距離を詰めてくる。それに対するようにリュカ、パパス、そしてスライムナイトのピエールとホイミスライムのホイミンが武器を構える。だが、この状況はあまりよくない。囲まれてしまっているからだ。

 そして、相手の不利を嘲笑うかのように三匹は一斉にこちらに飛びかかった。

 だが、これは囲いから脱出するチャンスでもあった。

 

「来たぞッ! 散れッ!」

 

 パパスの声を聞いた皆はすぐさま意図を察し、奴等の下を潜って外へと散った。これにより、逆に奴等を囲むような形になる。かわされたことに気づいた奴等はクルリと振り向くとノロノロとこちらへと近づく。

 

「だあッッ!!」

 

 だが、鈍い魔物を待つことはない。容赦のないパパスとピエールは勢いよく踏み込んで距離を詰め、一閃する。

 一方リュカは両手を掲げてバギの上位呪文《バギマ》を唱えて援護をした。バギよりも一回りも二回りも大きな竜巻が、ようがんげんじんの体を斬り裂いていく。ホイミンは傷ついた仲間を逐一回復し、戦線維持に務めた。

 ただ、ようがんげんじんも負けてはいられなかった。接近するパパスやピエールを追い払う《かえんのいき》、かなりの攻撃力を秘めている腕による殴打は熱く、そしてかなり痛かった。だが、主に炎に耐性のあるピエール、そしてパパスが受け止めていたため、被害はそこまでではない。

 こうして戦っていくうちに三匹いた魔物もあっという間に倒され、溶岩へと帰っていった。パパスの奮戦により、思ったほど消耗もなく苦労もなかった。父の強さには毎度毎度頭が下がるばかりだ。

 互いに手を合わせて勝利を喜んだ後、リュカは早速リングを手に取った。一息つくと、リュカは早速リレミトを唱えるべく全員を近くに集めた。

 ああ、これでようやくこの灼熱地獄から脱出できる。そんな開放感に満たされ口を開く。

 ――だが。

 

「……うわああああああああっっ!!」

 

 突如、どこからか悲鳴が小さくこだました。リュカは思わず声のした方を振り向き、何があったかを探る。だが、何も見えない。恐らくもっと奥の方だろう。

 だが、これで放っておく一行ではなかった。

 

「行くぞ、リュカ!!」

 

「わ、わかった! ……はぁ」

 

 パパスは急いで声のする方に駆け出し、それをリュカ達が追った。もう少しだけこの地獄に囚われると思うとため息が出るばかりだが、仕方がない。割り切って全力で走った。

 しばらくすると、岩場に誰かが倒れているのが見えた。入り口でリュカ達にあったアンディだ。端正な顔が苦悶に満ちており、はあはあと荒い呼吸をするだけだ。パパスはアンディを抱き寄せ、大声で呼びかける。だが、呻くだけで答えはしない。それが精いっぱいなのだろう。

 

「死んでるの?」

 

「いや、息はある。ホイミン、まだ魔力が残っているならホイミを頼む!」

 

「わ、わかったっ! ホイミ~!!」

 

 ホイミンが光を放ち、その人を包む。すると、わずかにだが胸が上下し始める。呼吸自体は落ち着いたようだ。だが、相変わらずしゃべられないようだ。

 

「……額もものすごく熱い。リュカ、脱出しよう」

 

「そうだね。リレミト!!」

 

 リュカはさっそく唱えると、辺りを光で包み込み、洞窟から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 アンディをサラボナに運ぶと、早速手当された。医師の診断によると、全身に酷いやけどを負っていたらしい。恐らく溶岩に落ちてそこから這い出たのはいいが、やけどがひどくて動けなかったのだろう。普通溶岩に落ちたとならば死へと一直線のはずなのだが、彼の執念でどうにか生き延びたと考えられる。

 そして一日が立ち、リュカたちはルドマン邸へと向かった。事の次第を報告するためだ。ドアをノックし、メイドに通してもらうと、そこにはホクホク顔のルドマンがいた。パパスやリュカたちのぼろぼろになった服を見て、確信したのだろう。目当ての者が手に入ったことを。

 パパスとリュカは挨拶をするとリングをルドマンに見せる。ルドマンはますます顔を輝かせてリュカの手を握る。

 

「おお、炎のリングを手に入れたか! リュカとやら、よくやったぞ!」

 

「ありがとうございます」

 

「では、そのリングは私が預かっておこう。よいな?」

 

 リュカは素直にリングをルドマンに渡した。ルドマンはますます愉快そうに顔を綻ばせる。

 

「さて、残りは水のリングだが……水のリングと言うからには、水に囲まれた場所にあるのかも知れんな。よし! 町の外に私の船を止めておくから、自由に使うがいい。客船に使っているものとちがい小さな船だが、キミと仲間が乗るにはじゅうぶんだろう」

 

 リング探しのために船を貸してくれるとは、太っ腹な男だ。だが、一つだけ疑問が残る。

 

「いやはや有難い。しかしルドマン殿。正確な場所は解らないのですか?」

 

 パパスのもっともな質問に、ルドマンは困った顔をして応じる。

 

「それがなぁ……正直私にはわからんのだよ。名前だけは知っているのだがな」

 

「……なるほど、わかりました。さっそく船を使わせていただきます」

 

 とにかく水に囲まれた場所を探すしかないだろう。パパスは礼をして部屋を出るべく踵を返す。だが、リュカはふと気になった。フローラが見えないのだ。

 

「ルドマンさん、フローラさんはどこにいるのですか?」

 

「ん? フローラならアンディとやらの看病をしに出かけたよ。アンディの家にいるんじゃないかな」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 リュカが礼を言うとルドマンはにやっと笑った。

 

「リュカさん、最初はフローラの事よりも盾が大事だったようだが、私の娘の事も気になり始めたかな?」

 

「い、いやいやそんなことないですよ」

 

 慌てて否定するリュカだったが、耳は赤く染まっていく。ルドマンはにやりと笑いながらリュカの肩をポンポンと叩く。

 

「そうか。ただリュカ殿、もし水のリングを持ってくることが出来たら、喜んでフローラを君の嫁に出そう。何となくだが、君ならわが娘を預けても心配なさそうな気がするのだ」

 

「そうですか……」

 

 リュカが愛想笑いで返すと、ルドマンは頑張ってくれ給えと高笑いをしながら言い残すと、自室へと戻っていてしまった。パパスが声をかけ、リュカが頷くとルドマン邸を後にすべく出口へと向かった。 

 だが、ドアの取っ手をつかもうと伸ばした手が宙を掻く。出入り口のドアが不意に奥へと開いたのだ。

 

「あら、リュカさん!」

 

 可憐な声で呼ばれたリュカは一瞬で誰だかわかった。リュカはははと小さく笑うと名前を呼ぶ。

 

「フローラさんか。どうしたんだい? アンディさんの家にいってたんじゃ……」

 

「フローラでいいですよ、リュカさん。ええ、アンディの家に氷を持っていくために戻ってきました。全然足りないんです」

 

 そういうとフローラはメイドに命じて氷を持ってきてもらうように頼んだ。メイドは少々お待ちくださいとパタパタと駆け出していってしまった。

 

「フローラって優しいんだね。アンディさんの看病をするなんて」

 

 リュカの言葉にフローラは微笑みつつもふるふると首を横に振る。

 

「そんなことないですよ。アンディとは元々幼馴染みですし、それに私のお父様がこんな無茶なことをしたんですから……」

 

 何て謙虚なんだ。

 本来ならフローラが負うべきものではない。今回の一件においては、フローラが命じさせてあの炎の山にいかせた訳じゃないのだから彼女は関係ないはずだ。だが、それがフローラという人間の魅力なのだ。彼女の持つ、優しさと慈悲が多くの男の心を打ったのだ。

 

「それで……リュカさんはお怪我はありませんか?」

 

 フローラはこちらの顔を覗き込むように迫りながら尋ねる。一瞬鼓動が乱れたが、なんとか平静を保つ。

 

「うん、大丈夫だよ。この通りピンピンしてる」

 

「そうですか……はぁ、よかった……」

 

 フローラは胸を撫で下ろし、そして嬉しそうに笑顔を見せた。その、慈愛溢れる可憐な表情に、リュカはまたもや心を奪われかねなかった。心の底から熱を帯始め、必死にそれを抑え込む。

 

「……じゃあ、僕たちはもういくから。いこう、父さん」

 

「そうですか。どうか気を付けてください、リュカさん」

 

 これ以上フローラの側にいたら、自分自身がコントロールできそうになくなる。フローラの放つ匂いもとても芳しく、顔がだらしなく緩んでいきそうだ。リュカは逃れるようにじゃあねと言い残してルドマン邸を出ていった。

 

「どうやら、惚れたようだなリュカよ」

 

「そ、そんなんじゃないよ……」

 

 追い付いたパパスに言われ、リュカは慌てて否定するも、赤く茹で上がったリュカの顔と先程の態度からして説得力はない。

 なおもによによと笑うパパスをリュカはぷいとそっぽを向いて無視すると、すたすたとルドマンの用意してくれた船に向かっていってしまった。パパスは、やれやれと呆れるように首を少しだけ左右に振り、リュカの後を追った。

 

 

 

***

 

 

 船を駆り出した一行は、とりあえずサラボナの町から北へと進んだ。大きく開けた湖があると聞いたからだ。だが、湖は、鋼鉄の水門によって堅く閉ざされていた。迂回路はなさそうに見え、パパスが仕方がないから叩き割ろうと言い放ったが、その前にリュカはある立て札を見つけた。どうやら水門の近くにある山奥の村の人間に言えば、水門を開けてもらえるのだそうだ。船を降りて一行は、山を登って村を目指す。

 数十分もすればもう村の門が見えてくる。門を潜っていくと、歓迎の声が飛んできて、暖かい空気が包み込む。人々が穏和に暮らしているというのもあるのだが、それにしても山の上だというのに気温が高い。村人によると、ここは温泉地であり、観光客にも解放しているのだそうだ。ちなみに、水門の開け方は知らなかったようだ。

 誰か方法を知っているものはいないものか。リュカとパパスは手分けして村の村長を探すことにした。村長なら絶対になにかを知っているからだ。そんなわけで別れたリュカはさらに村の奥に進むと、集団墓地が見えた。そこには、一人の女性がしゃがみこんでお祈りをしていた。もしかしたら方法を知っているのかもしれない。そう思い、リュカは足を踏み出す。

 だが、リュカはピクリとなにかが反応したのを感じた。どこかで見たことがあると、頭の中で訴える声が聞こえる。

 そんなはずはないとリュカはその女性を後ろから見つめる。鮮やかに光る金髪、ほどよく引き締まった肢体に、良く日焼けした肌。リュカはその姿を、記憶の中にいまだ強く焼き付いている少女と重ね合わせていた。夜の町を二人で飛び出して冒険し、呪われた城で親分を倒した少女だ。

 そんなまさかと否定するも、リュカの心臓の鼓動は激しくなるばかりだ。他人の空似かもしれない。でも、そうではないと主張するように、息が詰まるほどに興奮してくる。あの冷えきった地獄の10年間の間でも、ずっと暖かく灯し続けてくれた思い出をくれた少女の、名前はーー。

 

「……ビアンカ?」

 

 自然に口からポロッと、言葉がこぼれ出す。リュカの心の中で熱を掻き立てる単語を吐き出すように。

 リュカの目の前でしゃがみこんでいる女性の背が小さく震える。そしてそっとこちらを振り返った。顔が露になったとき、リュカの心は、一矢に貫かれた。

 空のように澄んだ青い瞳、そして落ち着いた雰囲気を湛えた顔。リュカの想像する彼女とはまた少し違う。だが、それでもわかる。彼女は、ビアンカだ。

 女性は不思議そうにこちらを見つめてくる。きっとリュカだと認識していないのだろう。リュカは抑えきれない熱をどうにか圧し殺し、声を絞り出す。

 

「ビアンカ、久しぶり! 僕だよ、リュカだよ!」

 

 リュカと言う言葉を聞いたビアンカは、肩を震わせ、表情を一変させる。

 

「リュカなの……? 本当に?」

 

「ああっ、本当さ!」

 

 疑念の目を向けるビアンカにリュカは笑顔を向けながら頷いた。あのときと、変わらない表情に変えながら。そうすれば、きっと信じてもらえる。

 果たしてビアンカは信じた。墓場から立ち上がり、嬉しそうに声のトーンをあげた。

 

「まぁ……無事だったのね、リュカ!!」

 

 ビアンカはもう疑いの目を向けなかった。満面の笑みを浮かべて、リュカへと顔を近づける。リュカは一瞬顔が紅くなるも、どうにか誤魔化す。

 

「ぶ、無事ってどういうことだよ……」

 

「ふふ、サンタローズが滅ぼされて、リュカが行方不明になったって聞いたんだ。でも、あなたは生きてるって信じてたんだ。だからあたし、リュカに会えて嬉しいわ」

 

「そっか……僕も君に会えて嬉しいよ」

 

「積もる話があるだろうけど、家にいきましょう? 大したことはできないけど、ご馳走するわ! さ、来てきて!」

 

 ビアンカは楽しそうにリュカの手を引いて、村の奥にある大きな家へと案内していった。

 

 

 

 

 このビアンカとの再会は、またしても近いうちにリュカの人生に大きな波紋をもたらすことになる。その事を二人は、そしてパパスはまだ知らない。

 




ビアンカさんとフローラさん、どっちが勝つんでしょうねえ


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Episode13:10年ぶりの《冒険》に出掛ける二人

遅くなってしまいました、申し訳ありません!


 ビアンカとの感動的な再会を果たしたリュカは、一度ビアンカの家に行く前に、村長の家を探していたパパスと町の入り口に止めてある馬車の中のゲレゲレを呼びに向かった。二人ーー正確には一人と一匹だがーーには是非ともビアンカに会わせたいからだ。

 両者の反応は予想通り喜んでいた。パパスは大きくなられたと嬉しそうに叫び、ゲレゲレはビアンカの頬を何度も舐めて久々に甘えていた。ボロボロになったリボンも触れてビアンカもありがとうとゲレゲレを抱き締めていた。

 互いに再会を喜び合った後ビアンカの家へと再び向かい、中に入る。なお、ゲレゲレは家に入れられなかったので馬車に戻ってもらった。ゲレゲレはとても寂しそうにしていたが、魔物を村の家の中に入れるのはとても面倒なことだと、カボチ村で教わったので仕方がない。

 

「とうさーん、ただいまー!」

 

「おお、お帰りビアンカ」

 

 家の中から優しげで、親しみのある声が響いた。パパスは一瞬誰か悩んだが、すぐに答えがひらめく。パパスの古来の親友の声だ。パパスはすかさずその名前を呟いた。

 

「この声は……ダンカンか!」

 

「そうよ、お父さんと二人で暮らしているの」

 

「二人? 奥方はどうした?」

 

 まさか離婚でもしたのか。そうパパスが推察するも、ビアンカは少し寂しそうな表情で答えた。

 

「お母さんは、死んじゃったんだ。もうずいぶん前にね」

 

「……それはすまなかった」

 

 軽率な憶測をしたこともかねて詫びを入れたが、ビアンカは屈託のない笑みを浮かべて首を横に振る。

 

「気にしなくていいわよ。もう過ぎたことだし」

 

「ビアンカ? 誰としゃべっているんだい? お客様かい?」

 

 いつまでも玄関で誰かとしゃべっていることを気にし始めたダンカンはビアンカに呼び掛ける。

 

「そうよっ……ってそうだ! 大事なこと忘れてたわ! 父さん、生きてたのよ! リュカとパパスおじさまが!!」

 

「な、なんだって!?」

 

 ビアンカが捲し立てるように報告すると、だだだと足音が大きく鳴り、ビアンカたちの前に姿を表した。

 

「ほらパパ! おじさまとリュカよ! おじさまはともかく、リュカはかなり変わったけどね」

 

「ああ……本当だ……お前たち生きていたんだな……」

 

 ダンカンは息を切らしつつも、涙を浮かべた。ダンカンのは10年前に比べるとずいぶんと更けてしまっており、以前のような快活で元気溢れる男の影はどこにもなかった。だが、中身は変わっていないようで、親友とその息子の再会を心から喜んでいた。

 

「ダンカン、久し振りだな。こんなところで会うとは思わなかったぞ」

 

「お久し振りです、ダンカンさん」

 

 そういってパパスはダンカンの手を握る。だが、ダンカンの手はとても弱々しく、パパスが少しでも力をいれたら砕けてしまいそうに脆かった。彼が宿屋の主人だった頃はたまに彼と腕相撲をしたりしたものだ。パパスは一瞬物悲しさを覚えつつも彼の手を離した。

 

「ああ、本当に久しぶりだ……リュカもずいぶん大きくなったな! 昔はよくビアンカと遊んでくれたんだっけ……」

 

「そうですね……」

 

 まるで本当の息子のようにダンカンはリュカの成長に歓喜し、頭を撫でる。

 

「しかしダンカン、再会したとたんに生きてたとかなんとかいっていたがどういうことなんだ?」

 

「ああすまなかったな。確かにいきなり生きてたなんて言われたら困るよな。ほら、お前の村のサンタローズが襲われただろ? それで心配だったんだ。だけどこうしてお前たちが生きていてくれてよかった! さっ、積もる話は中でしようじゃないか」

 

「お茶とかは私が用意するわ、父さん。じゃあどうぞっ」

 

「お邪魔するよ、ビアンカ」

 

 リュカとパパスは、ダンカンと共にテーブルに付き、ビアンカの用意してくれたお茶を飲む。ほどよく暖められており、旅の疲れを解していく。

 

「それでさリュカ、おじさま。どうしてこの村に来たの? 私たちがこの村にいるの知らなかったわよね?」

 

「ああ、実は僕たち、水のリングを探しているんだ。そのためにはここの水門を開けなくちゃいけなくて……」

 

「そういうことか。確かにあの水門は村の人しか開け方を知らないわね。でもどうして水のリングを?」

 

 ビアンカの疑問にリュカはすぐに答えることができなかった。結婚するため、とは言いづらい。かといって言わないわけにもいかないだろう。伝説の勇者や母親の話は省いてリュカは簡潔に説明した。

 リュカの話を聞き終えたビアンカは面白げに笑みを浮かべて見せた。

 

「……ふーんそういうことか。でも、リュカが結婚するなんてね」

 

「正直僕はそこまで乗り気じゃないっていうか、成り行きでそうなっただけなんだけど……」

 

「でもいいじゃない! 結婚相手なんて欲しくてもそう簡単に見つけられないわよ?」

 

 ふふんと不適に微笑むビアンカにリュカも乾いた笑いをこぼす。竹を割ったようなさっぱりとした性格はやっぱり変わっていない。

 

「ビアンカはその、彼氏とかはいないの?」

 

「やーね、いるわけないじゃない! 父さんと一緒に暮らしているんだし、恋人なんて作ろうなんて思ってないわよ」

 

 そういってからビアンカは少しだけ嫌そうな顔をする。どうやら彼女はいい思い出がないようである。まあ、ビアンカの容姿は客観的に見てもとても綺麗になっている。身体もスラッとしており、男が寄ってくるのも無理はないかもしれない。それにビアンカは恋をする余裕がないようだ。

 

「ねっ、そんなことよりさ、今日家に泊まってよ。それでいろんな話を聞かせて。いいでしょ、父さん?」

 

「ああ、もちろん構わないとも。私も久々にパパスと語りたいと思っていたしな。それでいいか、パパス?」

 

「願ったりかなったりだ、ダンカン。昔話に花を咲かせようじゃないか」

 

 尤もパパスは10年も寝ていたので話すようなことは少ないだろうが、古くからの親友との間には、話がつまるなんていう心配は不要だろう。

 ビアンカはやったと歓声をあげるとリュカの腕をガシッとつかんだ。とっさの行動に驚いたリュカは間抜けみたいに口を開いたままだ。

 

「じゃあリュカ、こっちにいきましょう!」

 

「う、うん!」

 

 ビアンカはさっさとリュカの腕を引いて自分の部屋とおぼしきところへと連れていった。そういえば、10年前に初めてビアンカと逢ったとき、有無を言わさず二階までつれていかれて、無理してお姉ちゃんぶって読めもしない絵本を読んでくれたりしていた。こういう強引なところは全く変わっていない。リュカは彼女に悟られないようにそっと口端を上げた。

 

 

 こうしてリュカとビアンカは今までのことを遅くまでずっと話し続けた。10年の間奴隷にされたこと、ヘンリーのこと、暫定的な結婚相手のフローラのことを語る度にビアンカはまるで自分がそれを体験しているように憤り、笑ったりして自分なりの感想を示した。そんな彼女の反応を見るのが楽しくて、面白くてリュカは留まることを知らずにずっと話し続けた。もちろん、ビアンカの近況にもきちんと耳を傾けた。

 ビアンカは母親が亡くなった後、父の病気の療養のために温泉のあるこの静かな村に越してきたそうだ。毎日父のために食料をとってきたり出稼ぎに向かったりして、リュカほどではないにせよ大変な生活を送っていたそうだ。ただそのお陰でビアンカの力は一般女性にしてはかなりある方であり、リュカと腕相撲をしたが割りと苦戦してしまった。無論リュカの方が強かったのだが。

 こうしてリュカたちは時を忘れて夜遅くまで語り合った。

 そして、夜が明けた。

 

 

***

 

 

「おはようリュカ! よく眠れたかしら?」

 

 聞きなれた声が鼓膜を揺らし、いつのまにか沈み込んでいた意識が引き戻される。リュカは瞼を開けて、視界にビアンカを認識する。

 リュカは上体を起こして思い切り伸びをするとビアンカはふふふと小さく笑った。

 

「いやあ、よく眠ったよ。少しだけ眠いけどね」

 

「そうよねー、ずっと話してたもん。そうだ、今朝食のしたくするわね。だからもう少し寝てていいわ」

 

「いや、それは悪いし手伝うよ」

 

 リュカはベッドから離れ、ビアンカの後を着いていく。が、すでにテーブルにはサラダとコップ、パンに塗るバターやジャムが用意されており、後はパンが焼き終わるのを待つだけだった。リュカが手伝う余地などもうなかった。仕方がないのでリュカは席についてパンが焼き終わるのを待つ。

 

「あ、そうだ。暇なら父さんやおじさまを起こしてきてよ。きっと昨日ずっとお酒飲んでたから起きてないわ」

 

「うん、わかった」

 

 隣の部屋がダンカンたちの寝室になっているのでそこへと向かう。ドアを開けると見事に親父二人が眠っているーーかと思いきや。

 

「ああ、起こしに来てくれたのかリュカ。悪かったね」

 

「起きてたんですね、ダンカンさん。おはようございます」

 

「おはよう。たった今起きたばかりだがね」

 

「とりあえずビアンカが朝食つくってくれたので父さん起こしますね」

 

 リュカは、だらしなくいびきをかくパパスに近づいて揺り起こそうと腕を伸ばしたが父の吐く息はとても酒臭く、一瞬腕を引っ込めてしまう。

 それが、もしかしたらいけなかったかもしれない。

 

「……なぁリュカ。この事は ビアンカには言ってないんだが……ビアンカは本当は 私の実の娘じゃないんだよ」

 

 ピクリとリュカの肩が跳ねる。若干眠気に襲われていた頭に冷たい風が吹き込んでくるのを感じながらも、ダンカンの発した言葉を理解しようと努める。

 でもなぜ今こんなことをいったのか。本当に本当の娘じゃないのか。そういった疑問が頭の中を駆け巡り、うまく飲み込めない。

 

「……それは本当なんですか?」

 

 これしか、リュカはいうことができなかった。振り向いたリュカが見たダンカンの表情は、いつになく物悲しげで、今にも泣きそうだった。

 

「ああ。ある日ビアンカが捨てられているのを見かけて拾ったんだ。子供に恵まれなかった私たちは実の子供と同じように育てた」

 

 確かにリュカの目からしても、ダンカンも奥さんもビアンカの両親のように思えた。なんの疑いも持たなかった。ビアンカが捨て子なんて思わせもしなかった。ビアンカに対する愛情も、本物だと思う。

 

「私たちは本当の親子じゃない。だからこそよけいにビアンカのことがふびんでね。幸せにしてやりたいんだよ。私はこんな身体だから、この先どうなるか分からないし……リュカがビアンカと一緒にくらしてくれたら、安心なんだがなあ」

 

「えっ……」

 

 どう答えればいい。

 ダンカンは、自分のせいでビアンカを縛っていると思っている。ビアンカには普通の人と同じように幸せになってほしい。そんな思いが、リュカにひしひしと伝わってくる。

 だがここで、わかりました、ビアンカさんと結婚します何て軽々しく答えていい訳じゃない。第一リュカにはフローラという暫定的な結婚相手もいる。そんな簡単に下せない決断だ。

 返答に窮すリュカに、ダンカンは小さく首を振って小さく笑って見せた。

 

「……すまなかったな、朝からこんな話をして。パパスは私が起こしておくからビアンカのところにいってなさい」

 

「はい……」

 

 ダンカンはいつものように優しい笑みをリュカに向けると呑気に寝ているパパスの肩を揺らした。リュカはどこか浮かない気持ちで部屋を出てテーブルにつくも、この事をビアンカに悟られるのは絶対にあってはならないのでどうにか表情を繕う。

 

「起こしてきた?」

 

 中でどんな話をしていたか知る由もないビアンカは変わらない調子で訊ねてくる。

 

「うん、そろそろくるよ」

 

「そっか。パンが焼き終わったし先に食べちゃいましょうか」

 

「そうだね」

 

 そういえば重い話をしていたので空腹感を忘れていたが、今になって腹が音をたてて主張してきている。こんがり焼けたトーストを手にとってかぶりつくと、何も入っていなかった胃が刺激されていく。程好い加減で焼かれているパンはリュカ好みであり、ビアンカの料理の才能に驚かされた。

 夢中になってパンを食べ進めていると、向かいのテーブルの座って同じくパンを食べているビアンカの口が開く。

 

「ねえ……食べながらでいいから聞いてくれる? 昨日あれから考えたんだけどね。水のリングを探すの、私も手伝ってあげるわ!」

 

「えっ? どうして?」

 

 リュカは顔を上げてビアンカを見る。昨晩確かに水のリングの話をした。だが、ビアンカがついてくるとは思っていなかった。

 

「だってリュカには幸せになってほしいもんね。いいでしょ?」

 

 ビアンカはうふふと微笑みながらリュカに是非を問う。だが、ビアンカを冒険に連れ出していいものか。リュカは咄嗟に考え、首を振る。

 

「ダメだ、危険すぎるよ。どんな魔物がいるか分からないし、関係ないから巻き込むわけには……」

 

「なによ。10年前に約束したじゃない、また冒険しようって!」

 

 ビアンカは頬を膨らませて抗議する。確かに覚えてはいるが、リュカにしてみればただの子供の口約束かと思っていた。まさか持ち出してくるとは思わなかったので暫し言葉に窮してしまう。

 

「とにかく私は着いていくわ! いいわね?」

 

 ビアンカはずいっとリュカに顔を近づける。もうこれは逃れない。ビアンカに隙を与えたが最期、二度と言い分を聞いてもらえない。こういうところは10年かけても変わらなかった。

 

「わかったよ……でも危険だったら直ぐに帰ろう。いいね?」

 

「やったー! また一緒に冒険できるわね!」

 

 ビアンカは嬉しそうにガッツポーズを決めて残ったパンを再び食べる。リュカはなんだかおかしくなってこっそりと笑った。ビアンカは、変わっていない。外見は綺麗になったし、少し丸くはなったけど、根本的なところはやっぱり変わっていない。自分やその周りの人は色々変わったけど、彼女だけは未だに太陽のように輝く笑顔を浮かべている。彼女と過ごす時間は、暖かいままだ。

 リュカはしばらくビアンカを見つめていたが気恥ずかしくなり、ビアンカに倣って朝食を胃の中に入れていった。

 

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 

 完食したリュカに嬉しそうに笑いながらビアンカは立ち上がる。

 

「それはよかったわ! じゃあリュカ、準備できたら私にいって! ちょっと準備してくるわ!」

 

 そういうとビアンカはたったと駆け出して自分の部屋へと戻っていく。リュカも装備を整えるべく荷物を取り出していく。

 

「おや、どこか出掛けるのかい?」

 

 突如、隣の部屋から出てきたダンカンに声をかけられる。リュカはええと受け答えてぎこちなく笑う。さっきの話がまたちらついてしまった。

 

「そっか……しかし君の父さんったら全然起きやしないんだ。よっぽど疲れてるんだろうけどいくらなんでも寝過ぎだよ。いつもこうなのかい?」

 

「いや、そうでもないですよ。父さんは大体早起きです」

 

「……まあいいや、私は先に朝御飯をいただくよ。ビアンカはどうしたんだい?」

 

「それが……」

 

「リュカー! もういける?」

 

 説明しようと口を開いたリュカだったが、ビアンカの声がそれよりも早く届き、こちらへとビアンカが駆け寄ってきた。ビアンカは腰に《いばらのムチ》を装備しており、明らかに冒険に出る出で立ちだ。ダンカンは目を丸くしてリュカを見る。

 

「なんだ、お前たち二人でいくのか?」

 

「ええ、水のリングを探しにいくんです。でも父さんもつれていこうかな……」

 

 大切な娘ーー本当のではないがーーを預かる身としては、最強クラスの男のパパスを連れていった方が安全に決まっている。彼一人に任せておけば戦闘においては全くといっていいほど問題ないからだ。

 だが、ダンカンは首を横に振った。

 

「パパスはとりあえず寝かせておいてやりなさい。お前たち二人なら大丈夫だろうしな。なんといっても、子供の時魔物退治もしたしな。家なら私に任せておいてくれ」

 

「ほんとに!? ありがとう父さん!」

 

「たまにはビアンカにも自由にさせてやりたいしな。それにビアンカは君が来てから本当に嬉しそうにしていた。ではリュカ、ビアンカをよろしく頼むよ」

 

「も、もう何言ってるのよ! 父さんったら……」

 

 意味ありげに笑うダンカンに抗議するビアンカを宥めつつリュカは剣を背に吊るし、準備を終えた。

 

「危なくなったら直ぐに戻ってきます。では、いってきます!」

 

 リュカはぺこりと頭を下げるとビアンカの家を出た。ビアンカと山奥の村を歩いていると村人からの視線が集まってくる。ビアンカはこの村ではとても知名度が高いのだろう。話しかけてくる村人たちにも笑顔できちんと対応しているし、彼女も気配りに長けているからそれは道理とも言えるかもしれない。

 村人達の相手を終えると村を出て、馬車で待っているモンスターたちを迎えに行った。ゲレゲレは待ちわびていたというようにビアンカに直ぐに飛び付いてじゃれあったが、ビアンカが上手く手なづけ、ルドマンのくれた船に乗せた。

 そのまま水門までいったが、相変わらず固く閉ざされており、行く手を阻んでいる。

 

「ビアンカ、ここは頼む」

 

「任せて! うんしょっと……」

 

 ビアンカは船から身を乗り出して、慣れた手つきで水門の鍵を弄くる。すると、大きな音をたてながら水門が上に開いていく。

 

「ありがとうビアンカ!」

 

「どういたしまして。さあ、先に進みましょう!」

 

 水門を潜り、船を進めていくと開けた湖のようなところへとたどり着く。ビアンカも目を見開いている辺り、初めてくる場所なのだろう。

 さらに少し進んでいくと北東に小さな水路が見えたのでそこを通っていく。するとその先には、滝が流れていた。

 

「あっ、もしかしてあれって……」

 

 ビアンカが船首から身を乗り出して滝を指差す。滝から流れ出る水に覆われていてよく分からないが、よく見るとうっすらと暗く、若干縦に伸びた半円が覗いている。きっとあれは洞窟だろう。

 

「水のリングはあの中かもしれないな。行ってみよう」

 

 滝が水面に打ち鳴らす轟音を耳で感じながら船は進んでいく。このときリュカは、10年前のあの真夜中の冒険を思い起こされていた。真夜中に誰にも気付かれないように村を出て、幽霊の出る城を二人で探索した時に味わったあの興奮が、愉悦がそっくりそのまま蘇っていく。

 きっとそれは、隣で楽しそうにゲレゲレと戯れているビアンカも同じなんだろう。

 冒険を楽しんでいたあの頃への回帰の旅になりそうだと、リュカは密かに思ったのだった。

 

 

 

 




ちょっと投稿ペースも進行ペースも遅いかもしれませんね……


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Episode14:人生最大の試練を突きつけられた青年

遅くなりすぎました!
スイッチ版HEROESで忙しくて…すいません!
結婚編再開です!


 リュカとビアンカと、その仲間たちは早速滝の洞窟に足を踏み入れた。肌にひんやりとした空気が触れ、リュカは目付きを鋭くさせる。いかなる危険にも察知できるようにするためだ。ビアンカを後ろに下げ、自分が先頭にたって歩くことを伝えて進んでいった。

 だが、しばらく歩くにつれ、そんな警戒は無駄だったとわかった。

 

「グギャッ!!」

 

 リュカたちに立ちふさがった、オークと槍をもった突撃兵ランスアーミーの群れを、ビアンカが慣れた鞭捌きで動きを牽制し、リュカとピエール、そしてゲレゲレがそれぞれ牙や剣でとどめを刺していった。

 ビアンカがふうと息を吐くと剣を納めたリュカに声をかける。

 

「リュカすごいじゃない! ずいぶん強くなったわね!」

 

「ビアンカこそ強いじゃないか! 普段魔物と戦っているのかい?」

 

「まあね。たまにサラボナの方に買い物にいくときに護身のために魔物と戦ったりはするわ。この辺の魔物は大したことないからなんとかやれたりするのよ」

 

「そうなのか……とりあえずよかったよ。そこまでここはキツそうなところじゃなさそうだ。中は明るいしね」

 

「そうねー、レヌール城と違ってカビ臭くないし薄暗くもないし楽チンね!」

 

 この滝の洞窟は、壁の割れ目から光が差し込んでいるため非常に視界が良い。そのため魔物の奇襲にも対応でき、道にも迷わない。ビアンカも気が楽になったようで武器の鞭を腰に仕舞ってにこにこ笑っている。いつしかリュカとビアンカは談笑しながら洞窟を歩いていた。いつもなら、常に警戒を怠らず、父と共に厳しい表情で進むのに、今回はとても気が楽だ。

 

「ねぇリュカ。聞こえるかしら?」

 

「え? 何が?」

 

 ビアンカがふと身を屈めて耳を傍立てる。リュカも集中して音を掻き集める。すると、わずかにだが、ザザーという音が聞こえてきた。

 少々駆け足気味になりつつも音のする方へ向かうと、そこにあったのはーー。

 

「わー! きれーい!!」

 

 ゴオオオオと大きく音を立てながら流れる滝をみて、ビアンカは歓声を上げた。一滴一滴の水がまとまってひとつとなって、激しく、そして勢いよく流れ落ちていくのはまさに圧巻だった。まるでドラゴンが咆哮を挙げながらまっすぐ天から地へと降りていく、そんな逞しさと力強さを感じ取ったリュカも思わず感嘆の声を漏らす。

 

「こんな風に景色に見とれるのは何年ぶりかしら……母さんが死んでからそんな余裕なかったしね」

 

「そっか……僕も、久しぶりだな。父さんと小さい頃一緒に旅をしてたときに一度だけ滝を見せてもらったことがあってそれ以来かな。でも、これは一番すごいよ……」

 

「そうよね……ねぇ、リュカ」

 

「ん? どうしたんだい?」

 

「あっ……いえ、呼んだだけよ、何でもないわ。ほら、いつまでも見てちゃリングが見つからないわよ?」

 

 ビアンカは笑顔を浮かべ、後ろで両手を組みながらてくてくと滝の側を横切っていった。リュカは慌てて彼女を追いかけつつも、ゲレゲレの方をみて首をかしげた。

 滝を過ぎるとまたしばらくは湿った道を進んでいく。隅々まで水のリングを探索していると、ピエールがリュカの服の裾を引いた。

 

「どうしたんだ、ピエール?」

 

「あちらの方に人の気配がします。私たちは隠れた方がいいですか?」

 

 ピエールの件の先が示す方向には確かに筋肉の張った男が突っ立っていた。ピエールたちが攻撃される可能性も無きにしもあらずだから、リュカはそっと頷く。

 ピエールがゲレゲレとホイミンを連れていくとリュカとビアンカは男に近づいた。

 

「ここで何してるんですか?」

 

「ん? おう、ここにはすげえ指輪が隠されてるらしいと聞いてな。まあもっともこの俺ですら探せないのに女連れの色男に探せるとは思えないけどな! ガッハッハ!」

 

 それだけいって男はすたすたといってしまい、リュカは呆気に取られてビアンカを見た。だが、ビアンカはプルプルと肩を震わせ、表情を険しくさせていた。

 

「び、ビアンカ……?」

 

 リュカが声をかけるも、ビアンカはすたすたと洞窟の先へと進んでいってしまう。リュカと、男がいなくなって動けるようになったモンスターたちは慌てて追いかけた。

 そしてしばらくしてビアンカはピタリと歩みを止める。リュカは背後から機嫌を窺うように、顔を覗き込もうとした。

 その時だった。

 

「あーもう、ほんっと失礼しちゃうわ!!!!」

 

 大地が震えるほどの怒号が耳音で放たれた。軽く倒れそうな衝撃を堪えつつ、リュカはどうしたんだいと恐る恐る尋ねる。

 

「どうしたもこうしたもないわよ! あの男、私のお尻を触ったのよ!! リュカのことを色男だとかなんとか言ってたけどあの男の方がよっぽど色男だしスケベよ!!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 リュカは苦笑いを浮かべることしかできなかった。ビアンカに痴漢をした男に怒りどころか、もしかしたらビアンカに殺されるんじゃないかという危惧と恐怖を抱いていた。

 

「あんな男に指輪をとられてたまるもんですか! ほら、行くわよ!!」

 

 なおもご立腹なビアンカはずんずんと前を歩いて先にいってしまった。とりあえずビアンカが鞭を握ってあの男をシバキに行く展開にならずにすんだことにそっと胸を撫で下ろしつつ、慌ててビアンカの背中を追った。

 

 

 滝が作る幻想的な光景に何度も目を奪われつつも、一行は洞窟内を歩き回った。時に、指輪が隠されてるであろう宝箱を開けたりしたが、それはすべて別のものであった。

 さていったい水のリングはどこにやらと求めているうちに足が疲れてきたリュカは休憩しようとビアンカに言おうと口を開いた。しかしーー

 

「あっ、ねぇ見てリュカ!!」

 

「え?」

 

 ビアンカは滝へと指を指した。流れ落ちる水に反射した光が作る景色にまたも目を奪われるも、リュカは違和感を感じた。流れ落ちる水のヴェールに隠されている、半円状の横穴が見えたからだ。

 

「あれは……まだいってないね」

 

「早速いってみましょ!」

 

 滝の裏側を通り、その横穴に入り込む。広間のような形状になっており、上からは光が差し込まれている。そして中央には、岩で出来た台座、そしてーーひとつのリングが飾られていた。

 

「もしかしてあれが……」

 

「間違いない。あれが水のリングさ」

 

 まるで海のように深い青の色を讃えながら輝く宝石が備え付けられたリングを見てリュカは確信する。同時に、警戒心を強めて中央の台座へと歩み寄った。炎のリングの時のように突然魔物が現れないとも限らない。

 リュカは剣を握っている手に力を込めて、恐る恐るもう片方の手を伸ばす。そして、二本の指でリングをつまんだ。

 リュカはとっさに周囲を見回し、異変がないかを確かめる。しかしーー、なにも変わったことはなかった。

 

「……?」

 

 魔物の姿は全く見当たらず、地形の変化もない。魔物の気配に敏感なピエールやゲレゲレも無反応だ。

 

「どうやら、なんにもなかったようねっ」

 

「そのようだな……ふぅ」

 

 力んでいた体を緩めるように息を吐き出し、剣をしまったリュカはリングをビアンカに見せた。

 

「これが水のリングか……とってもきれいだな」

 

「ほんとねー! やったわね、リュカ。これで フローラさんと結婚できるはずよっ!!」

 

 ビアンカは満面の笑みを浮かべながらリュカの腕を叩く。ビアンカにも同じようにド突きながらも、リュカは思い起こす。このリングをもって帰れば、フローラと結婚できることを。

 どうすべきなんだろうか。フローラと結婚すべきなんだろうか。フローラが、妻になってよいのだろうか。仕組まれた結婚で、彼女は幸せなのだろうか……。

 

「ねぇ……リュカ……あなたは本当にフローラさんとーー」

 

 リュカが思案に更けていると、ビアンカの声が小さく鼓膜に響いた。呼ばれたのかと思い、慌ててリュカは顔をあげてビアンカを見た。

 

「な、なんだいビアンカ? ごめん、良く聞こえなかった」

 

 リュカがいうと、ビアンカははっと、まるで叩き起こされたときのようにびくりと体を跳ねさせ、こちらを見る。そして、あははと乾いた笑いを浮かべながら首を横に何度も振った。

 

「ううん、何でもないの。そうよね、リュカはフローラさんと結婚した方がいいわよね。盾も手にはいるんだし! さっ、もういきましょう!」

 

「……そうだね。じゃあリレミト唱えるからこっちきて」

 

「うん……わかった」

 

 ビアンカはリュカの側に寄ったが、リュカに背を向けた。リュカは呪文を唱えるのに集中していたため、気づいていない。彼女が後ろを向いたことも理由も、そして、彼女が密かに雫を落としていたことも。

 

 

 

 

***

 

 

 

「おおリュカよ! なんと水のリングを手に入れたと申すかっ!」

 

「はい、ルドマンさん。手に入れてきました」

 

 水のリングを手に入れたリュカとビアンカはサラボナの町に戻った。なぜ関係もないビアンカがついてくるかというと、リュカの結婚相手であるフローラをこの目で見たいと言い張ったからだ。断るに断りきれずに同行を許したリュカは、さっそくルドマン邸に向かって、報告した。ルドマンは嬉しそうに頬をあげてリングを受けとると、リュカの肩をばんばんと叩いた。

 

「よくやった! リュカこそフローラの夫にふさわしい男じゃ! 約束通り、フローラとの結婚をみとめよう! じつはもう結婚式の準備を始めとったのだよ。わっはっはっ。そうそう。水のリングもあずかっておかなくては」

 

 ルドマンが手を差し出すとリュカは水のリングを置いた。キラリと光る美しい輝きにルドマンはため息を漏らしながらもそれをポケットに仕舞い込んだ。そしてそれは結婚式の時に渡されるとのことをリュカに伝えた。

 

「さてフローラ! お前もリュカが相手なら文句はないだろう?」

 

 ルドマンの側にいた、蒼い髪の少女フローラはそっと首を降った。ただ、彼女の表情はどこか迷いを帯びていたようにも、見えた。

 

「えぇ……お父様。ですが、そちらの女性は?」

 

 フローラはビアンカの方を見て言った。ビアンカは一瞬肩が跳ね上がり、フローラを見るが、すぐに愛想良く笑った。

 

「え?私?私はビアンカ。リュカとはただの幼なじみよ、ねっ?」

 

「あ、ああっ。紹介が遅れました。彼女と一緒に水のリングを探したんです」

 

「そうなのか……いやはや、感謝いたしますぞビアンカ殿」

 

 ルドマンがビアンカの手を握り感謝を伝えたが、応じるビアンカの笑顔はどこかぎこちなく見えた。いきなり手を握られたからだろうか。

 否、そうではなかった。このビアンカの表情の意味は。フローラはそれを察し、ぎゅっと胸の上で両手を握りしめた。

 

「さあてと! 用もすんだことだし、私はこのへんでいくわ」

 

「お、おいっもういくのかい?」

 

「うん、だって私お邪魔なようだしね。それに父さんが心配だし。それじゃあ……」

 

 ルドマンの手を手解き、ビアンカは背を向けて去っていこうと足を踏み出した。だがーー

 

「お待ちください! もしやビアンカさんはリュカさんをお好きなのでは……?」

 

 フローラは、いつになく大きな声でビアンカを呼び止めた。ビアンカはピタリと動きを止め、フローラの方を振り向く。 

 

「それにリュカさんも、ビアンカさんのことを……そのことに気づかず私と結婚して、リュカさんが後悔することになっては……」

 

「えっ……」

 

 リュカは耳を疑った。

 ビアンカは僕のことが好きなのか? そして、僕はビアンカが好きなのか?

 まっすぐに、青色の少女と結ばれる道を進んでいたというのに、木が突然倒れ込んだ。そんな状況だというのに、不思議と嫌な気持ちじゃない。寧ろ、彼女が倒した木によって、何かがぽっと現れたような気がした。

 

(……何をいっている。僕が好きなのは、フロー……)

 

 リュカはここで驚く。言い切れない。好きな人は誰なのか。出せるはずの答えが、出せない。フローラと答えようとしても、ちらつく。先ほど冒険した、金髪の女性が。

 どうしてだ。どうしてビアンカが思い浮かぶ。僕は彼女に惚れたんだ。ビアンカはただの幼馴染みで、ただの友達で……。

 誰なんだ、僕の好きな人はーー

 

 リュカが俯いて考えている時に、ビアンカは息を吐き出して乾いた笑いを浮かべた。

 

「あのね、フローラさん。そんなことは……」

 

「見てればわかりますわ。ビアンカさんはきっとリュカさんのことが……」

 

「だからそんなんじゃ……」

 

「まあ落ち着きなさい、フローラ。私にいい案がある」

 

 ヒートアップしそうな両者をルドマンが仲裁に入った。フローラは深呼吸して、ビアンカに少し頭を下げた。

 

「それでお父様、いい案とは?」

 

「うむ。リュカはフローラもビアンカも、どちらも好いているという状況だ」

 

「いやそれは……」

 

 ビアンカが口を挟もうとするも、フローラに手で制されてしまう。

 

「ならば……今夜一晩リュカによく考えてもらってフローラかビアンカさんか選んでもらうというのはどうだろうかと考えたのだ」

 

「えっ!?」

 

 リュカは驚きのあまり叫んでしまった。どちらか選べというのか? そもそもまだ二人のことが好きかどうかも良くわかっていないというのに、選ぶなんて。そもそも結婚することを一晩だけで考えろなんて無茶だ……。

 

「うむ、それがいい! 今夜は宿屋に部屋を用意するから リュカはそこに止まりなさい。ビアンカさんは、私の別荘に泊まるといい。いいかね? わかったかねリュカ?」

 

 しまった……頭のなかで理屈をこねくりまわしているうちにタイミングを逃してしまった。

 しかしリュカは諦めずにルドマンになんとか取り消してもらおうと口を開く。

 

「あ、あの……ですが……」

 

「わかったかね? リュカ」

 

「ですが……!」

 

「わかったかね?」

 

「……はい」

 

 すっかり上機嫌なルドマンは有無を言わさず圧殺した。渋々首を縦に降ったリュカを見てルドマンは高笑いすると二回の自室へと上がっていってしまった。

 

 リュカはため息を吐きながら、とぼとぼと宿に戻っていく。

 リュカの人生で一番甘く、切なく、そしてとても長い夜を迎えようとしていた。

 




次はマージで書くの楽しみです!僕自身も悩みながらかけるので。最初にプレイしたときを思い出しますよ。


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Episode15:決断を下す青年

いよいよ、決定します。


「……ん」

 

 パチリと、目が覚めた。窓から差す月の光が淡く寝室を照らす。もうすっかり真夜中で、皆が眠りについている時間だ。だがリュカはそっとシーツを剥ぎ、ベッドから抜け出した。部屋を出て、音を立てないように廊下を歩き、階段を降りて宿のドアノブを握る。

 

「ようリュカさん。眠れないのかい」

 

 背後から声がかけられた。振り向くと、そこにはにやりと不敵に笑う宿屋の主人がいた。ルドマンの好意でただで宿に泊めさせてもらっている。

 

「はい。なんだか寝付けなくて……」

 

「そうだよなぁ。悩むのも無理ねえよな。結婚っていやあ一生の問題だからな。散歩でもして頭を冷やせば 考えがまとまるかも知れないぜ」

 

「……そうですね。ちょっと外に出ようと思っていたところです」

 

「そうか。また眠くなったら、オレに言いなよ」

 

 優しい宿屋の主人にありがとうございますとお礼をいうと外へと出ていった。

 明かりはもうすっかり消えてると思っていたがまだちらほら点いている。人もまだ家の外に降り、興奮げになにかをしゃべっている。大方、昼間ルドマンの言ったことが広まったのだろう。

 

(そうだ、僕は結婚相手を決めなくちゃいけないんだ)

 

 リュカは溜め息を吐きながら、辺りをまた見回す。とりあえずどこかいこうという気分だ。ためしにリュカは最初に目についた酒場へと足を運んだ。

 

「おっ、主役の登場だぜ!!」

 

「え?」

 

 リュカが酒場に入ったとたん拍手喝采で迎えられた。各々が顔を赤くして興奮の声をあげているのでリュカはただただ困惑した。

 

「しっかし羨ましいやつだなおめぇ! あんなべっぴんさん二人を抱えてよぉ!」

 

「両手に花ってやつだぞこのヤロウ! 俺なんて恋人すらいねぇんだぞ!!」

 

「お前がつれてきたビアンカちゃんって子、うちで雇いたいくらいかわいいな!」

 

 リュカはテーブルに座らされるとたちまち酔っぱらった男に絡まれた。リュカは愛想笑いを浮かべつつどうにか逃れられないか必死に模索した。

 

「まあとりあえず飲めや! 飲めば誰が好きかわかるかも知れねぇぜ!」

 

「いや、お酒はちょっと……」

 

 ギャハハと笑いながらビールを口へと持っていく男を突き飛ばそうか俊巡したその時。

 

「悪いがうちの息子は酒に弱くてな、勘弁してもらおうか」

 

 聞きなれた声と共に手がこちらへと伸びてくる。そして男の差し出したジョッキを取り上げた。後ろを振り返るとそこにはビールを一気に飲み干した父、パパスだった。

 

「父さん!? ダンカンさんの家にいたんじゃ……?」

 

「昼間ビアンカが家に来て言ったんだよ。ダンカンは少し具合が悪いから置いていったがな」

 

「おいっ! なーに俺のをのんでんだよ旦那!」

 

「ははっ、悪いな。だが酒ならわしが相手するぞ! なんせわしの息子がこんなめでたいことになるのだ、飲まずにいられるか!」

 

「あんた父ちゃんか! よっしゃ飲み明かすぞ今日は!!」

 

 ジョッキを取り上げられた男とパパスは肩を組みながら新たに酒を入れた。きっとこのまま酔いつぶれるまで飲んで夜を過ごすつもりなんだろう。リュカは呆れつつも父に感謝して店を出た。

 

 

 そのあとリュカは教会やまだ明かりの点いている家などを訪れていろんな人の言葉を聞いた。アンディの家にも訪れたが、アンディの両親はフローラを選んでも文句は言わないといってくれた。

 しかしリュカはまだ決心がついていなかった。

 一人でじっくり考えようと、町の外れの方まで逃れるように向かう。そして茂みの近くに座り、ふうと溜め息を吐き出す。

 

(僕はどっちが、好きなんだろう)

 

 リュカは手を頭に当てて考える。

 ビアンカとフローラ。

 みんなはどっちも魅力的な女性だという。それは、リュカも同じだ。二人とも、すごく素敵な女性だと思う。だからこそ、決めあぐねている。

 勿論、天空の盾云々というのもある。フローラを選べばそれは絶対ついてくるけど、ビアンカを選べばその限りじゃない。旅の目的を考えるなら、フローラにすべきなのだ。

 それにフローラはビアンカと違っておしとやかで、女らしい女性だ。だからフローラを選ぶ方がいいに決まってる。

 

『お前の人生なんだから、まずはお前が幸せにならないとな』

 

(……)

 

 ふとヘンリーが前に話していた言葉が浮かぶ。幸せをつかんで嬉しそうに笑う親友の顔を思い起こしながらリュカはふぅとため息を吐いた。

 

「僕の、幸せか……」

 

 リュカは幸せという言葉の意味を良く分かっていなかった。幼少期から旅の毎日、そして10年にわたる奴隷生活、娯楽というものの経験不足、同世代の友達がたった一人なリュカにとって、これまでの人生は過酷極まるものゆえだからだ。楽しかった思い出なんてきっと、両手で数えられてしまうだろう。

 ならその数少ない幸せな思い出とはなんだろうか。リュカは瞳を閉じる。父とサンチョと過ごした日常、ゲレゲレとの触れ合い、ヘンリーとの出会い、そしてーー

 

「あれ、リュカじゃない。こんなところで何してるの?」

 

 突然誰かから声をかけられてはっと顔を上げる。辺りをキョロキョロと見回してみるが、辺りには人なんていない。気のせいなのだろうかと思いリュカは再び瞳を閉じようとする。

 

「こっちよリュカ! 上よ上!」

 

 再び声が聞こえ、言われるままに上を向く。すると、金髪の女性が目の前のベランダから手を振っているのが見えた。リュカはくすっと笑いながら手をあげて答える。

 

「まだ起きてたのかい、ビアンカ」

 

「うん、なんだか眠れなくて……ねぇ、リュカ。まだ眠れないから話しない?」

 

「いいよ。僕もまだ眠れないからさ」

 

 リュカはとりあえずビアンカのいる家に入った。といってもビアンカがいるのはルドマンの別荘だ。他の方の家と違って何も遠慮が要らない。

 階段を上がり、ベランダへと向かう途中、ビアンカの後ろ姿が見えた。彼女は両肘をベランダの柵に起き、夜空を見上げていた。空を淡く照らす月光が彼女の金の髪に反射し、憂いを帯びた横顔がちらりと覗かせている。リュカは、何でだろうか彼女に釘付けだった。

 立ち尽くすリュカが送る視線にビアンカは気づいたようで、こちらを振り向いてクスリと笑った。

 

「そんなところに立ってないでこっちにきたら?」

 

「あっ、あぁ……そうだね」

 

 リュカはすたすたとビアンカの横に立ち、ふうと息を吐き出す。もう何度目だろうか分からない。

 

「……なんだか大変なことになっちゃったわね」

 

「そうだね……正直悩むことばかりだ。僕自身も良く分からないからね」

 

 リュカはまるで、何も関係ない第三者のように相談するような口調でいっていた。何故だろう、ビアンカならこういう悩みを平気で言えるのだ。例えビアンカがその当事者だったとしても。

 しかしリュカは知らない。その言葉が彼女をどれだけ惑わせているか。

 ビアンカは瞳をキツく閉じ、唇を噛む。そして、無理に頬の筋肉をあげて、口を開いた。視線は、遥か先に見える夜の空。

 

「悩むことないじゃない。フローラさんと結婚した方がいいに決まってるじゃない。おしとやかだし、おんならしいし美人だし、それに天空の盾を貰えるんでしょ?」

 

 そうだ。

 さっきまではリュカもそう思っていた。天空の盾も美人の奥さんも手に入る。きっと父も周りも喜んでくれるだろう。

 ビアンカの言う通りだ、迷う理由なんてーー

 

『ビアンカは本当は 私の実の娘じゃないんだよ』

 

『私はこんな身体だから、この先どうなるか分からないし……リュカがビアンカと一緒にくらしてくれたら、安心なんだがなあ』

 いや……ある。もしリュカがフローラを選んだら、目の前の女性も、そしてその人の幸せを願う心優しき人も傷つけることになる。自分のためだけに、自分に良くしてくれた人を傷つけていいのか。

 

「ダンカンさんや、君はどうなるんだ?」

 

 リュカはその迷いを、何時しか口にしていた。

 ビアンカははっと顔をあげてリュカの横顔を見る。ビアンカは気丈にも表情を変えずに言う。

 

「心配しないで。今まで私達でやってこれたんだから。だからリュカはフローラさんを選ぶべきよ」

 

「……」

 

 リュカは答えることができなかった。黙り込んでしまったリュカにビアンカは視線を月へと向けた。

 

「さっ、リュカもそろそろ寝た方がいいわ。疲れているんだろうしね」

 

「……そうだね。ビアンカは?」

 

「私はもう少し外で風に当たってるわ。まだ眠れそうにないのよ」

 

「……わかった。おやすみ。風邪引かないでね」

 

「うん、ありがとう。じゃあおやすみ……」

 

 ビアンカはこっちを振り向かなかった。リュカは心の靄を抱きつつ、ルドマンの別荘を出て、そこから逃げるように町の外へ続く門へと向かった。

 もういっそ皆には内緒で出て行ってしまおうか。はっきりいって、重すぎる。人の人生を左右しかねないことを一人で決められるはずもない。ここから逃げよう。そうすれば楽にーー

 リュカは町の外へと足を踏み出した。だが、何者かに腕を掴まれた。

 

「えっ?」

 

 そのままリュカの体は引き倒され、いつしかリュカの視界は星の煌めく夜空に変わっていた。と思ったら、ぬっと何者かの顔が突き出された。化粧に包まれ、アクセサリーをふんだんに着けた黒髪の女性だった。

 

「何逃げ出そうとしてるのよ」

 

「君は……?」

 

 どキツイ声に見覚えのある顔。リュカは思い起こそうとする。

 

「あら、このデボラ様のことを忘れるなんてね。今すぐその間抜け面を踏んづけてやりたいくらいだわ」

 

「デボラ……ああ、フローラのお姉さんか」

 

「そうよ。ほら立ちなさいよ。この体勢じゃパンツ丸見えになっちゃうし。見たら殺すわよ?」

 

 リュカは身の安全を考えてすくっとすぐに立ち上がった。体についた土埃を払うとデボラは呆れたように両手を上げる。

 

「あんたもめんどくさい問題に巻き込まれたもんね」

 

「……逃げ出したくもなるよ。はっきりいって、僕には選べない」

 

「ふーん、だったらさ……二人と結婚しなよ?」

 

「なっ!?」

 

 リュカは夜中にも関わらずすっとんきょうな声をあげてしまった。慌てて口を押さえ、声音を小さくして抗議する。

 

「そんなの無理に決まってるだろ……第一父さんが許すはずもないよ」

 

「まああんたみたいな女遊びもしたこともないような人が出来るわけもないか」

 

 ケラケラと笑うデボラにリュカはむっと若干頬を膨らませる。

 

「そういうデボラはどうなんだよ。何股もかけてるのか?」

 

「私はそういうことはしないわよ。すぐに捨てるから被るわけないし」

 

「そうなのか……」

 

 どちらかというと捨てられたんじゃないかとリュカは類推するが口にはしなかった。

 

「ねぇ、フローラは今どうしてるの?」

 

「フローラならとっくに寝てるわよ。うちで起きてるのはあたしだけよ」

 

「そっか……一応彼女とも話したかったんだけどな……」

 

「とかなんとかいって寝込みを襲おうとしたとかじゃないわよね?」

 

「な、何いってんだよ……そんなわけないだろ」

 

 デボラはかっかっと乾いた声で笑うとくるっと背を向けた。

 

「もういくのかい?」

 

「そうよ。私もなんか眠くなってきたしね。早くどっちか決めなさいよ」

 

「……ありがとう、デボラ」

 

「あんたみたいなのがこの私に感謝するなんて百年早いわよ。でも、受け取ってあげるわ」

 

 じゃあねと綺麗な右手をあげて去っていくデボラをリュカは見送った。外見や言動はキツいけれど、何でだろうか、少しだけ楽になった気がした。

 リュカはふうとため息を吐いて腰に両手を当てた。

 

「さて、僕も早く決めないとな……」

 

 リュカはてくてくと門から離れ、宿へと戻ろうとする。部屋で考えた方が、何かといい気がしたからだ。

 

「おっ、リュカじゃないか。さっきぶりだな」

 

 背後からこれまた聞きなれた声が聞こえた。リュカは安心したように微笑みながら背後を振り向いた。

 

「父さん。酒場にいたんじゃないの?」

 

「全員つぶれてしまってな。暇になったものでお前を探していたんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 リュカが酒場から出ていってからどれ程立ったかは知らないが恐らくたくさんお酒を飲んだのだろう。しかし父は至って平常であり、酔うという状態異常にはめっぽう強いようだ。リュカも同じ血を引いているはずなのにこれほどまでに弱いのはきっと母が相当弱いのだろう。

 

「こんなところで立ち話もなんだ。あの連中も全員寝ているだろうし酒場にいくか」

 

「そうだね……まあお酒は飲まないけど」

 

 リュカとパパスは再び酒場に戻ると、たくさんの屍が転がっていた。鼾を掻き散らすもの、寝言を呟くもの、全く動かないものなど多種多様だが、リュカに言わせればどれも醜態だ。自分のこんな姿をもし見られたら次の日はきっと恥ずかしさで死んでしまうに違いない。

 とりあえず屍を避けつつ席の空いているカウンターに座る。バーテンダーがいらっしゃいと穏やかに迎えるとパパスはビールを注文し、リュカは水を頼んだ。

 

「父さんまだ飲むの? 飲みすぎじゃないの?」

 

「わしはまだまだいけるぞ。んっ……ぷはぁ!」

 

 パパスは差し出されたビールをぐっと煽りながら喉にいれていく。リュカはちびちびと水を啜りながら父の豪快な飲みっぷりを眺めていた。

 

「……それで、リュカは決まったのか?」

 

「決まってないよ。まだ迷ってる」

 

「……そうか」

 

 パパスはビールのジョッキを静かに置くと、ため息を吐く。

 

「遠慮なんて、しなくていいんだぞ」

 

「え?」

 

 パパスの口から放たれた言葉の意味を理解できず、リュカは振り向く。パパスは珍しく憂いを帯びた表情でビールを見つめる。強くてたくましい父のこんな表情を見るのは、再会の時以来だ。

 

「お前は気にしているんだろう? フローラ殿と結婚しなければ盾は手に入らず、母さんを救えなくなるのでは、と」

 

「…………」

 

 図星だ。

 気づかれるとは思っていたけれど、改めて口にされると何も言えない。それが重荷とは感じていないし、父と冒険することを選んだのは自分だ。だからそれに文句をいう筋合いはリュカにはない。

 だが、父は優しい。だからこそ、こんなことを言えるのだ。

 

「もしだ。お前がビアンカを選んだとしてもワシはお前を責めはしないしむしろ祝福する。盾のことはワシが何とかする。忘れてるかもしれんがワシは王ゆえどうとでもなるのだ」

 

「…………」

 

 でも……そうだけど……それでも……。

 リュカはなぜか抵抗していた。無理していっているのではないか。パパスは自分の想いを圧し殺しているのではないか。そう思ってしまう。

 だけれども。

 

「だからお前は、お前の幸せを選べばいい。それがワシにとっても、そして母さんにとっても幸せなのだ。ワシのことなど考えるな」

 

「……っ!」

 

 パパスはそう言うと優しくリュカの頭に手をおいた。ゴツゴツした手がリュカの髪と擦れる度になんとも言えない安心感を覚えた。リュカはぐっと瞳を閉じ、父の言葉を噛み締める。リュカの抵抗は、あっさりと崩れ去ってしまった。

 父さんは僕のことを想ってくれている。僕の幸せを願ってくれている。もはや疑う余地もなかった。リュカはただそれだけが嬉しくて、気がついたら父を抱き締めていた。

 この言葉をいうだけでどれだけの苦悩があっただろうか。何がなんでもフローラを選んでほしいはずなのに、そんな自分を否定してまで僕の幸せを選んだ。僕が、幸せをつかむ方が嬉しいと言ってくれた。

 

 ならば、その思いに答えなくてはならない。僕が後悔しない選択をしなければならない。それが何よりの父への感謝の気持ちになるだろうから。

 僕は父を解放し、ありがとうと小さくいった。そしてリュカは酒場を去るべく席をたった。

 

「もういくのか、リュカ」

 

「うん、もう寝ようと思う」

 

「そうか……ワシもそろそろ眠るとしよう」

 

「わかった。じゃあ、おやすみ……」

 

 リュカは酒場のドアを開け、夜風を身に浴びる。ひんやりとした感触が頬を撫でる。けれどそれがなんだか心地よくて、思い切り鼻から吸い込んだ。

 リュカはちらりと振り返る。パパスは残ったビールをぐいっと飲み干し、マスターに小さく頭を下げていた。

 

「……ありがとう、父さん」

 

 聞こえるか聞こえないか。きっとそのくらいの音量だったと思う。リュカはそれだけ言い残して、ドアを閉めた。

 

「……きちんと決めろよ、リュカ」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「さてリュカよ。フローラとビアンカさんのどちらと結婚したいかよく考えたかね?」

 

「……はい」

 

「そうか。ずいぶん悩んだであろうな。両方と結婚するわけにはいかんからな」

 

 ルドマンははっはっはと笑う。が、リュカの表情は緩まない。

 

「では約束通り 結婚相手を選んでもらおう! フローラとビアンカさんのどちらか本当に好きな方にプロポーズするのだ」

 

 ついに来た。選択の時だ。

 リュカは息を飲み、考える。

 自分の選択は間違っているのか。これでいいのか。本当に彼女でいいのか。

 ……いや、その前にやることがある。僕には、答えを聞いてほしい人がいるんだ。

 

「……ルドマンさん」

 

 リュカはルドマンの目の前に立った。その表情は、真剣そのものだった。それが、要らぬ勘違いを生んでしまうことになった。

 

「なんと この私が好きと申すか!? そ、それはいかん! もう1度考えてみなさい!!」

 

「えっ……? いやそうじゃないです。お願いがあるんです」

 

「へ……? ご、ゴホン! いかんな私としたことが……それでなんだね?」

 

 ルドマンは若干恥ずかしそうに咳き込みつつ、リュカを見つめる。きっと緊張でとんでもないことを口走ってしまったのだろう。気を取り直してリュカは口を開く。

 

 

「あの、父と……デボラをこの場に呼びたいんです。どうしても、僕の答えを聞いてほしいんです」

 

「そうか……わかった。では少々待ってもらえるかな。……すまないが、呼んできてくれ」

 

「畏まりました」

 

 ルドマンがメイドに命じると、ふうとため息を吐いた。そそして両隣に立つ二人は、足をブルブルと震わせていた。彼女たちにしてみれば、リュカの一言で運命が変わる。言わばリュカに運命を、人生を預けている。その選択の瞬間を遅らされることは生き地獄に晒されることと同義だろう。

 だが、リュカはそれでも聞いてほしかった。昨日の夜相談に乗ってくれて、自分の道を決める大きな手助けとなった二人に。

 十分ほど経ち、ノック音が静かに響く。ルドマンが応じるとメイドが戻ってきた。その後ろには、パパスとデボラがいた。

 

「父さん……デボラ」

 

 パパスとデボラはドアの側の壁に寄りかかり、リュカに微笑む。

 

「聞かせてもらうぞ。お前が出した答えを」

 

「全く、こんな朝早くに呼び出すんじゃないわよ……まあいいけどね」

 

「うん。答えを出すよ」

 

 リュカは震える声で答えた。

 瞳を閉じ、自分の選択を信じる。そのせいで誰かが不幸になるかもしれない。

 でもーー決めないよりはずっといい。幸せになりたい人と、一緒に行く。

 リュカはぐっと拳を握りしめ、そして緩めた。

 決めたのだ、昨日。その答えに、迷いはない。

 足をあげ、前に進む。ギチギチに敷き詰められたイバラを斬り払うようにリュカは進む。

 分かたれた二つの道。どちらに足を向けるのか。

 

「……っ!」

 

 ーー僕は、こっちを選ぶことにするよ、父さん。

 僕は一度父さんを見た。父さんに、見てほしかったから。

 

 ……そうか。

 そう目で言ってくれた気がしたから。僕は最後の、1メートルを進む。

 手を伸ばし、美しく整った手を掴む。そして、彼女の揺れる瞳を見つめる。

 僕は、誰が好きなのか、ずっと考えていた。だけれども、この瞳を見て、僕は確信したんだ。

 僕は、この女性(ひと)が好きなんだと。

 だから、僕は名前を呼んだんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビアンカ。僕と、結婚してくれ」

 

 

 

 




はい、僕はビアンカ派です!フローラ派のかたはごめんなさいm(_ _)m



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Episode16:結ばれた青年と、冒険好きの少女

ちょっと遅くなりました、すみません!




「ビアンカ。僕と、結婚してくれ」

 

 言った。言い放った。僕は答えた。

 彼女の瞳が大きく揺れ動き、びくりと肩が跳ね上がったのがわかる。

 ビアンカは、信じられないと言わんばかりにリュカを見つめ、首を振りながら震えた声を出す。

 

「……リュカ、こんな私でいいの? フローラさんみたいに女らしくないのに」

 

 ビアンカの言葉にリュカはクスリと笑う。そして囁くように言葉を紡ぐ。

 

「そうだね。君はフローラと違って女らしくないし、強いし、僕よりずっと勇敢だ」

 

「なら……」

 

「でも!」

 

 リュカはビアンカの言葉を遮る。ビアンカは目を見開いた。彼の目は、とてもまっすぐで、ビアンカだけをみている。どくんと、心臓の音が骨にまで響く。反論を出そうにも、言葉がでなかった。

 

「僕には君が必要なんだ。君しかいないんだ」

 

 リュカはとっさに足が動いていた。まるで誰かが背中を押してくれたように。そしてリュカは腕を伸ばし、ビアンカの細く、そして逞しい身体を抱き締めた。

 

「……っ! リュカ……」

 

 ビアンカの暖かい体温が、吐息が体に伝わってくる。その度にリュカは体が火照っていくのを感じる。その熱が、リュカが長い間秘めていた思いのヴェールを溶かしていく。初めて会ったときから仄かに灯っていたであろう、恋心。そしてそれは、まるで種から蕾へと膨らんでいき、今、咲き開く。

 もはや、抑えるものはない。

 

「ずっと好きだった、ビアンカ。小さい頃から、ずっと。だから」

 

「うん……」

 

 ビアンカは潤んだ瞳でリュカを見つめる。リュカの言葉を、なんでも受け入れてくれると感じさせるほどに、澄んでいる。きっと、リュカの本当の気持ちも、理解してくれるだろう。

 リュカはビアンカの手に自分のそれを添えて、しっかりと見つめた。

 

「僕と、結婚してください」

 

 リュカの言葉は、想いは、滴となってビアンカの心の底へと、静かに、確かに垂れ落ちていく。ビアンカは目を潤わせて、にっこりと笑った。自分の、最愛の人に。

 

「リュカ……うん。うん……っ!」

 

 ポロポロと涙を溢しながら、リュカの胸にしがみつく。リュカはビアンカの頭を抱き寄せ、ありがとうと囁いた。

 

「ふふふ……アッハッハ!!!!」

 

 突然笑い声が響き渡り、リュカたちは誰だと一斉に振り向くとルドマンだった。呆気に取られてみていると、ルドマンはフローラの肩をにやにやと笑いながらつかんだ。

 

「どうだフローラ、フラれた感想は?」

 

「る、ルドマン殿、いくらなんでもそれは……」

 

 パパスは傷心の娘に対してその言葉はと諫めようとした。しかし、フローラはいいんですというように首を振り、パパスを制止した。そして、肩を落としながらも笑顔で答えた。

 

「やっぱり勝てませんでした。ビアンカさんは素敵な女性ですもの」

 

「そ、そんな……」

 

「リュカさん。どうかビアンカさんとお幸せになってくださいね」

 

 フローラは相も変わらず綺麗な笑顔を浮かべて祝福する。リュカは若干の申し訳なさを感じながらも、静かにうなずいた。

 

「ああ、必ず幸せにするよ。フローラさん」

 

「必ずですよ。さ、お父様」

 

「うむ。では結婚式の準備にかかるぞ! おい」

 

「はい、わかっております旦那さま。ビアンカ様のお仕度ですね」

 

「え、ちょっと? もう今からやるの?」

 

「はい、ルドマン様はすでに結婚式の手はずを整えております。あとは花嫁のみです」

 

 ビアンカは困惑した。無理もない。普通は期間を経て結婚するのだから。しかし、どうも金持ちというのは感覚がおかしいようで今日結婚させようというのだ。

 

「さぁ、では旦那様の別荘で準備を行いますのでついてきてください」

 

「あ、わたくしもお手伝いいたします!」

 

 そういうとメイドとフローラはビアンカを連れて行ってしまった。ルドマンはそれを見届けると、おほんと咳き込んだ。

 

「ではリュカよ。すまないが一つ頼みがある。実は山奥の村の職人に、花嫁が身に着けるヴェールを注文してあったのだ。それをとってきてもらえるかな」

 

 リュカが悩んでいる間にルドマンはこっそりと裏で準備をしていたようだ。リュカは呆れつつも分かりましたと頷いた。

 

「リュカ、ワシもお供するぞ。ダンカンもつれていきたいしな」

 

「いいよ、父さん。デボラはどうするんだい?」

 

 壁に寄りかかって腕を組んでいるデボラに声をかけたが、彼女は眠そうにあくびした。

 

「いいわよアタシは。部屋で寝るとするわ。お幸せにね~」

 

「お前は参加しないのか?」

 

「何で他人の結婚式なんか見なきゃいけないのよ。いい男がいるなら別だけどねー」

 

「お前という奴は……」

 

 ルドマンが頭を抱えてデボラを睨むも、全く動じずに二階に行ってしまった。感心したリュカは、ルドマンに行ってきますと告げて、ルーラで山奥の村へと飛んだ。

 山奥の村へついて職人のもとを訪ねてヴェールを受け取り、その足でビアンカの家まで向かう。そしてベッドで寝ていたダンカンに、ビアンカと結婚するという旨を伝えると、目を大きく見開いて、すごく嬉しそうにそうかと呟いた。

 

「全く驚いたもんだ。まさかリュカが結婚するとはな」

 

「しかもあの二人がな。まあ納得は行くし、私もうれしいから万歳だ」

 

「はは……」

 

「それでダンカン。お前は結婚式に行くんだろうな?」

 

 パパスは問うが、ダンカンは力なく首を横に振った。

 

「この調子では無理だ。本当に残念だが」

 

「お前、娘の晴れ姿を見たくないのか?」

 

「見たいに決まってるだろう! だが……」

 

「心配しなくても大丈夫です。ルーラを使えばすぐにつきますから」

 

「なんと、リュカは使えるのか……なら……」

 

「決まりだな」

 

 パパスがダンカンを背負って外に出ると、リュカはすかさずルーラを唱えた。ふわっと浮き上がり、体がぐんと上に飛ばされていく。ダンカンは悲鳴を上げたが、それは何となく嬉しそうに聞こえた。

 あっという間にサラボナに戻ってきたリュカたちはさっそく町人からの歓迎を受けた。リュカを囃し立て、結婚を祝う声が四方八方から来る。中でも教会の周りにはたくさんの人が集まっており、どうやらそこで式を行うようだ。

 リュカは群がる人々を見ていると、あることに気づいた。どこかで見たことある二人を見つけたからだ。リュカが近づくと人々はリュカに視線を向け、歓声をあげる。その二人ももちろん例外ではなく、ようやくこちらと目が合い、手を振ってくれた。

 

「おーい、リュカ!!」

 

 緑色の髪、着飾った衣装、そして隣に立つ美しい金髪の女性。これだけでリュカはもうわかった。

 

「ヘンリー! それにマリアじゃないか!」

 

「ルドマンさんから招待状が来たからあわててきたぜ! まさかお前が結婚するなんてな!」

 

「結婚おめでとうございます、リュカさん」

 

「あぁ、ありがとう。わざわざ来てくれて。ごめんね、君達のはいけなくて」

 

「気にすんなよ。お前の花嫁可愛いんだろうな?」

 

「ああ……まあ、うん」

 

「へへっ、お前も隅に置けねえな! あとで紹介をっていててててて!!」

 

 ヘンリーの良からぬ台詞にマリアがきつく耳を引っ張る。

 

「ヘンリーさん! 浮気は許しませんよ!」

 

「じょ、冗談だよマリア! 別にそんな気はねぇよ! お前だけだ、愛してるのは!」

 

「まぁ……ぽっ」

 

「ふぅ……助かった」

 

 リュカは馬鹿げた夫婦だなと呆れ、耳を押さえているヘンリーに微笑んだ。

 

「じゃあもう僕はいくよ。父さんたち待たせてるし」

 

「おう、目立ちすぎて失敗すんなよ!」

 

「ふふ、素敵な結婚式になりそうで、楽しみです。ではまたのちほど」

 

 リュカたちはそこを通り過ぎて、ルドマンにヴェールを届けるとほくほくを顔を上気させて急いで教会に行くように告げた。花嫁の準備は、終わったそうだ。ルドマンにダンカンを紹介すると、急いでダンカンを連れて行った。ビアンカとともに入場させるためだろう。

 あわただしい様子につかれたリュカはふうと息を吐くと、パパスに肩を叩かれた。

 

「リュカよ。お前はその格好で式に出るつもりか?」

 

「え?」

 

 リュカは自分の格好を見る。白いローブに青いマント、痛みの激しいターバンとどう見ても旅人のそれだ。確かに、隣が着飾っていて自分がこんな格好では示しがつかない。

 しかしリュカはこれしか服を持っていない。どうすればいいと父に相談しようと口を開いた。

 だが、その前にパパスはグイッと何かを突き出した。リュカはそれを手に取ると、目を見開いた。きれいにたたまれた黒い服、とても滑らかな手触り。これだけで何かわかった。

 

「父さん……これどこで……」

 

「お前が結婚相手を決める夜、わしはこっそり山奥の村へと向かったんだ。そこであの職人に頭を下げて大急ぎで作ってもらったんだ」

 

 気が付かなかった。職人からはヴェールしか受け取ってないのに。きっと父がこっそりと受け取っていたのだろう。

 リュカはぐっと瞳を閉じ、滲む涙を抑えて、声を絞り出した。

 

「ありがとう、父さん」

 

「うむ。さあ、それに着替えて早く行って来い! 花嫁が待っているぞ!」

 

 パパスがそういうとリュカはだっとかけだして急いでタキシードに着替えた。そして、教会まで走るとわっと歓声が起こる。教会の祭壇までのレッドカーペットの脇には大勢の招待客が集まっている。そのなかには上裸の父のパパス、小綺麗にしたダンカン、口笛を吹いて盛り上げるヘンリーもいた。一国の王族なのだから驚きだ。

 リュカは一足先に祭壇の横に立ち、花嫁を待った。心臓がわずかに疼き、握る力を強めた。

 

「おおっ、花嫁が来たぞ!」

 

 突然、招待客のどよめきが起こる。リュカもそれに気づいて、教会のドアを見る。外の光が差し込み、思わず目を細める。そして瞳を大きく見開くと――そこには、ビアンカがいた。

 

「ビアンカ……?」

 

 リュカは思わず疑問系で呟いていた。だが、それも無理はなかった。リュカが知っているビアンカは、女という要素を出すことをしない女性だった。がさつだし化粧だってしていない。

 だけれども、今日のビアンカは違った。

 太陽よりも眩しく、白鳥の如く輝く純白のドレス、薔薇のように紅く染まった唇、高価な宝石のアクセサリー、そして、彼女の美貌。すべてが調和され、リュカは思わず視線を奪われていた。

 本当にビアンカなのか。ビアンカはこんなに綺麗だったのか。知らなかった。こんなに綺麗なもの、見たことはなかった。

 ビアンカは隣に立つ父の手を取り、おしとやかにリュカの元へと歩み寄る。ビアンカがちらりとリュカを見ると、ニコッと笑い、対面に立つ。それだけで、リュカはカアッと顔が熱くなった。

 

「ビアンカ……」

 

「リュカ……なんか恥ずかしいわ。わたし、化粧なんて一回もしたことないのに。似合わないわよね、私のこんな姿」

 

 ビアンカははにかんでリュカにいった。その台詞で、リュカは思った。この人は、ビアンカだって。中身は、僕の大好きなビアンカだと。

 リュカは首を横に振った。

 

「そんなことないよ、ビアンカ。とっても、きれいだ」

 

 ダンカンが席に戻ると、おほんと神父様が咳き込んで、読み上げ始めた。

 

「本日これより神の御名において、リュカとビアンカの結婚式を行います。それではまず、神への誓いの言葉を」

 

 再び神父が咳き込んだ。どうやら緊張しているようだ。リュカ同様に。

 

「汝、リュカはビアンカを妻とし……すこやかなる時も病める時も、その身を共にすることを誓いますか?」

 

「はい」

 

「汝、ビアンカはリュカを夫とし……すこやかなる時も病める時も、その身を共にすることを誓いますか?」

 

「はい」

 

「よろしい。では指輪の交換を」

 

 神父は祭壇から、炎のリングと水のリングを取りだしそれぞれリュカとビアンカに与える。そして互いに指輪をはめ合った。

 

「それでは神の御前でふたりが夫婦となることの証をお見せなさい。さあ、誓いの口づけを!」

 

「えっ……?」

 

 リュカは咄嗟に頬を赤らめた。口づけというのはキスということ。つまり、唇と唇を重ね合わせることである。しかし、リュカには経験がないので、はいそうですかとできるものじゃなかった。

 リュカは救いを求めるようにビアンカを見る。しかしビアンカもあたふたとしており、どうしようもない。

 そんな二人の、モタモタする様子に招待客はヤジを飛ばす。早くしろだの、照れるなだのと。だけれども、とてつもなく恥ずかしい。

 

「おいおいリュカ! 照れてないでビアンカさんとキスしちゃえよ!!」

 

「へ、ヘンリー……!」

 

 ヘンリーの煽りでますます大衆のわめき声は大きくなる。もう逃げ道はない。リュカはビアンカを見る。

 

「リュカ……」

 

 ビアンカは、すでに覚悟を決めたようで、瞳を閉じて唇を少しつき出している。でも、顔はとても赤い。

(僕がいかなくてどうするんだ……ええい!)

 リュカはビアンカの華奢な肩を掴み、彼女の唇に優しく、しかし勢いよく自分のそれを押し当てた。

 ただ力任せに合わせただけの、不器用なキス。だけれども、リュカは感じていた。沸き上がるような、幸運と快感が。

 リュカがキスをした瞬間、わっと歓声があがった。もうお祭り騒ぎになっており、神聖さを求める神父の、沈まれの声も届かない。リュカとビアンカは、唇を話さず、ただ互いの愛を確かめていた。

 その時、ゴーンと鐘が鳴り響いた。歓声は一端止み、神父が咳き込むと両手を広げて宣告した。

 

「おお神よ! ここにまた、新たな夫婦が生まれました! どうか末長くこのふたりを見守って下さいますよう! アーメン……」

 

 神父はすっと手を差し出し、祭壇を降りるよう指示する。その直後、パイプオルガンによる壮大な演奏が鳴り響き、一気に盛り上がっていく。リュカとビアンカは唇を離し、手を繋いでレッドカーペットを歩いた。脇からはおめでとうの声と、沢山の花びらが飛んでくる。夫婦は手を振って、それに応えた。

 

「リュカ! おめでとう! 幸せにな!」

 

 笑顔で送り出してくれる親友にも。

 

「リュカさん! ビアンカさん! どうかお幸せに!」

 

 自分が選ばなかった女性にも。

 

「リュカ! おめでとう!」

 

 自分を育ててくれた父親にも。

 

「みんな……ありがとう!」

 

 リュカは涙をこらえながらずっと手を振っていた。そして、ビアンカと共に、教会のドアを開けた。すると、招待されていない町の人々からの歓声がどっと押し寄せてきた。ビアンカは手に持つブーケを掲げて、パッと放り投げた。町内の女たちが必死で争奪戦を繰り広げる中、リュカたちはルドマン邸まで向かった。そこで、披露宴を開くからだ。沢山の人々に祝ってもらいながら辿り着くと、すでに中はパーティー会場と化していた。

 すぐに招待客がぞろぞろと中に入っていき、ビアンカとリュカが乾杯の音頭をあげると皆狂乱し始めた。ルドマンが呼んだ芸達者による面白い余興や、リュカたちがしてきた冒険の話を――暗い過去は伏せたが――挟んだりして会場は最高に盛り上がった。リュカの父パパスはというとがぶがぶと酒を飲み、リュカやビアンカ、ヘンリーなどの馴染みと騒いだ。

 かくして宴は夜遅くまで続き、それぞれが家へと戻る時間になった。パパスは披露したダンカンを送っていくので今日は山奥の村で泊まると言い、リュカたちはルドマンの別荘にて一夜を過ごすことになった。

 リュカとビアンカは手をつないで夜のサラボナの町を歩き、ルドマンの別荘の中へと入る。つないだ手の熱が、じわじわと伝わってくる。ビアンカと共に過ごし、キスだってあのあと何回もしたのに、未だに胸の鼓動が収まる気配はない。やっぱり慣れない。

 家の中に入り、ベッドで二人で座るとふうとリュカは溜息を吐いた。

 

「……なんか、今日はすごかったな。たぶん、人生で一番」

 

「私もよ。まさか今日リュカに告白されて、すぐに結婚式しちゃったんだから。ふふ」

 

 ビアンカは可笑しそうに笑うとリュカもつられて笑ってしまう。そしてリュカはふっと視線を落とし、傷一つない床を眺めた。

 

「……どうしたの?」

 

「……一応、聞いておきたいんだ」

 

「何を?」

 

 ビアンカは首をかしげた。

 

「君は、僕と父さんと一緒に来るつもりかい?」

 

 弱弱しい声で、リュカは尋ねる。しかし、ビアンカはぷっと小さく吹き出すと大きく笑われてしまった。

 

「リュカったら、何言ってるの? 私ももちろんついていくわよ。だって冒険したいんだもん」

 

「でも、これは遊びじゃないんだ。小さいころに言った、幽霊退治とはわけが違う。下手すれば、命だって……」

 

「分かってるわよ。リュカの話を聞けばわかる。分からないで言うとでも思った?」

 

「それは……」

 

「だからついていくわ。それにリュカ、言ったよね? 大きくなったらまた冒険しようねって」

 

「……水のリングを取りに行くときも、そんなこと言ってなかったか?」

 

「別に一回だけ、とはいってないじゃない。大人になったらっていっただけよ?」

 

「はは、参ったな。ビアンカには叶わないよ。わかった。一緒にいこう」

 

 リュカは両手をあげて降参の意を示した。ビアンカはふふっと笑うと、リュカの手を握ってくる。リュカの動機は激しくなっていき、顔が紅潮してくる。そして、なにかよくわからない感情が去来してくる。

 

「ビアンカ……」

 

 リュカはビアンカを見つめる。ビアンカは一瞬目を見開いてそして、だらんと肩の力を抜いた。目はとろんと垂れ始め、艶が出てきたように見えた。リュカは何か知らないものに体を突き動かされたように、そっと体重が前にかかっていく。そしてビアンカに覆いかぶさり、唇を重ねた。もうあんな不器用なキスじゃない。そっと彼女の艶やかな唇を舌で味わい、絡ませる。息も苦しくなっていくが、それでも構わない。リュカはビアンカを求めた。

 しかしいつまでもそうするわけにはいかない。リュカは彼女を離し、両腕に力を込めて体を起こす。けれど、これで終われない。

 

「リュカ……貴方知ってるの? この先の事」

 

「奴隷時代に教わったんだ。といっても知識だけだけどね」

 

「そうなんだ……私さ、よくわからないんだよね、どうすればいいかさ。というかちょっと早すぎじゃない?」

 

「でも……」

 

 リュカは子供の様に甘え始めた。ビアンカはついそれが愛おしく感じる。そして、リュカの耳元まで顔を近づけて、囁いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 朝日が、ベッドに差し込んでくる。

 尋常じゃない倦怠感に苛まれながらもリュカはどうにか目を開ける。頭を抑えながらリュカは起き上がると、金髪の髪がぼんやりと視界に移る。

 

「あ、リュカ! おはよう! もう昼近い時間だけどね」

 

「そうなのか……弱ったな、結構寝ちゃったね」

 

「ほんとよ。リュカったら本当に昨日は……」

 

「や、やめてくれ……恥ずかしいよ」

 

 余計に脱力感が増してしまった。どっちの意味でもだ。リュカはとりあえずベッドから降りて、着替えて別荘のテーブルについた。とりあえずお腹がすいたのでビアンカが作り置きしてあった朝食をいただく。ビアンカも対面に座り、頬杖をつきながらリュカを見つめる。

 

「そういえば私たち、もう夫婦なんだよね」

 

「ん? あ、ああ……昨日結婚したよな」

 

 正直お互い実感なんて持てるわけもなかった。当然だ。リュカは頭をかきながら照れ臭さを隠そうとするが、全く隠せてない。

 

「ふふ……こんな不束者ですが、末長くよろしくお願いします。……なんてね。私らしくないや。ずーっと仲良くしていこうね!」

 

 ビアンカは小さく舌を出して笑った。リュカはふっと笑ってビアンカの頭を撫でた。すると、猫みたいにふざけて鳴いて反応した。リュカは笑ってしまうと同時に、この選択は間違ってなかったなと思う。

 

「ああ、これからも、よろしく!」

 

 リュカはビアンカの手を握り、握手を交わすと、お互いに笑いあった。

 そして、二人してルドマンの別荘を出て、ルドマン邸へと入る。お世話になったルドマンに挨拶にいくためだ。

 中に入り、応接間まで通されると、にこにこ笑う主人がいた。

 

「おお、似合いの新婚夫婦のお出ましか。はっはっは。ヘンリーさんたちは朝早くお帰りになったぞ」

 

「そうですか。まああいつは忙しいですからね。あとでお礼を言いにいきます。それとルドマンさん、お世話になりました」

 

「なに、わしも結構楽しませてもらったしな。こんなこと人生で初だしな」

 

 そういうとルドマンははっはと高笑いする。こっちとしては少し複雑だが。

 

「それで、リュカよ。お前のことはヘンリーさんから聞いている。初めてお前にあったときに言ったことと同じことをいっていたな。ヘンリーさんは昨日頭を下げて力になってくれと、言ってたよ」

 

「ヘンリー……」

 

 ますます借りが増えてしまう。リュカは胸が熱くなってくるがどうにかそれを抑える。

 

「一国の王の兄の頼みだ。それを無下にするわけにもいかない。それに、わしはお前を気に入っている。だから、後ろの宝箱の中身を渡そうと思う。鍵は開けておいたから自由にとりなさい」

 

 リュカはありがとうございますと頭を下げると、ルドマンの後ろにある二つの宝箱を開ける。中に入っていたのは、2000ゴールドと、華やかな装飾が施された盾だった。白く光輝いた艶やかな表面に、とてつもなく硬い触感、威厳溢れるデザイン。そしてーー絶対に使用できないほどの重さ。

 間違いない。これは、天空の盾だ。

 

「これが……天空の盾……!」

 

「きれい……」

 

 リュカはどうにか持ち上げて袋に入れると、ルドマンに向き直った。

 

「ルドマンさん! 本当にありがとうございます!」

 

「はっは! なあに、構わないよ。あ、そうだ。ポートセルミにある私の船も自由に使ってよいぞ! 何かと手助けになるはずだ。ポートセルミには私から連絡しておくから、新婚旅行にでも行きなさい」

 

 なんと、船までもらえてしまうとは。ビアンカは口元を抑えて驚きを堪えている。

 

「そこまでしていただけるなんて……なんか、申し訳ないな。娘さんとも結婚しなかったわけだし」

 

「気にするな! いったろう、私は君が気に入ったんだと。これくらいさせてくれ! がっはっは!」

 

 ルドマンはまたも哄笑しながらリュカの肩をバンバンと叩いた。本当に善意でリュカを助けてくれているのだろう。疑う余地がないのはここ数日で彼の人柄を見て来ているからよく知っている。

 

「さぁ、そろそろいくがいい。母親を探す旅に出るんだろう?」

 

「はい。本当にいろいろありがとうございました!」

 

「うむ、気を付けてな」

 

 リュカたちはお礼を述べてルドマン邸を後にした。ルドマンはリュカたちが出ていくまでずっと手を振ってくれた。

 

「さて、父さんたちを迎えにいかなくちゃな」

 

「そうね。山奥の村できっと待ってるわ! いきましょ!」

 

「ああ。じゃあしっかり捕まって」

 

 リュカはルーラを唱えようとして魔力を集中させる。しかし、ビアンカがふと手でリュカの口を覆った。

 

「えっ?」

 

「ルーラなんかでいったらもったいないじゃない! 船でいきましょう! せっかくルドマンさんから船もらえるんだからさ」

 

「……そうだな。だけどポートセルミまでは遠いからさすがにルーラを使うよ。いいね?」

 

 リュカの提案にビアンカはいいよと頷いて、リュカの手をしっかりと握りしめた。リュカは空を見上げ、フッと微笑みながら呪文を唱えた。

 

「ルーラ!!」

 

 新婚夫婦の姿はあっという間にサラボナの町から消えていった。生涯の伴侶となったビアンカは幸せそうな顔を浮かべ、リュカも至福の時を感じていた。

 これから災難が降りかかるなんて、彼らはまだ知らない。彼らは今、世界で一番幸せな瞬間を迎えているのだから。

 

 

 

 

 

 




次は新婚旅行を書きます!つい最近恋人と別れたばかりなんでちょっとメンタルきついですけど(笑)


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