ドラゴンクエストⅧ 空と大地と竜を継ぎし者 (加賀りょう)
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旅の始まり

初投稿です。


 ある草の葉の中を小さなネズミが走り回っていた。

 

 その先には一人の青年の姿。ネズミは、すかさず青年が座っていた切り株をよじ登り、青年の服のポケットへと入った。

 そんな姿を青年は、苦笑しながら見ている。

 

 青年の名はレイフェリオ。

 短い茶髪をバンダナで覆っており、その姿は旅装束というに相応しい装いだが、その顔はまだ幼さを残していた。

 

「きゅー?」

「いや、何か面白いものでもあったのと思って」

 

 小さな体を覗かせて、首を傾げる様は小動物特有の可愛らしさなのだろう。

 尋ねてきた疑問にレイフェリオは答えた。

 

「おーい、兄貴ー」

 

 草原の端にある川の向こうから青年を呼ぶ声がした。

 頭にトゲのある兜をかぶり、厳つい顔をしている彼はヤンガス。

 何故か自分より年上なのだが、レイフェリオを兄貴と呼んでいる。

 既に正すのも面倒な位に連呼されているため、反論はしないが。

 

「? ヤンガス、どうかしたのか?」

「そろそろ行かないんですかい? いつまでもこんなとこで油を売ってると日が暮れちまうでげす。早いとこ街に行きましょうや。アッシは、パァーっと飲み明かしたい気分でがすよ」

「あぁ、そろそろ行くと思うよ。姫も戻って来るだろうし」

「そうっすか。ってこのおかしなおっさんが王様だなんて、今でも信じられないっすよ! 兄貴が言うからそうなんでしょうが」

 

 そこまで言うと、ヤンガスの横にいた緑色の体躯をした魔物が声をあげた。

 

 

「誰がおかしなおっさんじゃ」

「あははは」

 

 レイフェリオは苦笑いしか出来ない。

 はたから見たら魔物にしか見えないのだが、確かにこの魔物は王、トロデーン国のトロデ王その人である。レイフェリオはその姿を一度目にしているから疑う余地はない。

 

「まぁ、よいわ。下賤の者にはわしの気高さなど到底わからぬということじゃな」

「ぬぅぅ」

 

 盛大な嫌味はヤンガスとの間に火花を散らしていた。

 レイフェリオは呆れ返ってため息をはく。

 

「それよりもトロデ王、姫はどちらに?」

「おおっそうじゃ、姫はどこじゃ? レイフェリオ知らぬのか?」

「えぇ」

 

 

 トロデ王とヤンガスが辺りを見回すが、その姿は見えない。

 レイフェリオは、静かに目を閉じ神経を研ぎ澄ました。すると、奥の方から近づいてくる気配を感じる。それは探していたものではなく、魔物の気配。

 レイフェリオは、背負っていた剣を手にした。

 

 

「……ヤンガスっ! 魔物だっ! そっちを頼む」

「がってんでがす、兄貴っ」

 

 すぐさま戦闘に突入した。数は多いものの、相手はスライム。レイフェリオの敵ではない。

 だが単純な力だけならレイフェリオよりもヤンガスのが上だ。

 トロデ王に戦闘能力がない以上取りこぼしは出来ない。

 ヤンガスと手分けすることで、隙をなくすのが最善だった。

 二人であっさりとスライム達を蹴散らすと、そこへ馬の鳴き声が響いてきた。

 だが、トロデ王には聞こえていないらしい。

 

 

「うむ、よわっちいやつらでよかったのぉ……!? って、そんな事より姫じゃ! わしの可愛い一人娘のミーティア姫は無事か!?」

「どうやらあそこ、らしいですね」

「ん? おお、姫! ミーティア姫!」

 

 レイフェリオが近づいてくる気配の場所を指差すと、そこには綺麗な白馬が歩いてきていた。

 トロデ王は走りながら近寄ると、その鬣を優しくなでた。

 

 

「さて馬姫さまもお戻りだし……日が暮れぬうちにそろそろ出発したほうがいいでがすよ」

「そうだな……」

 

 

 空を見上げると大分日も落ちてきているようだ。このまま日が暮れる前に街に入るのがいいだろう。

 

 ミーティア姫に馬車を引かせ、レイフェリオたちは近くにあるトラペッタの街を目指した。

 

 

 

 



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トラペッタ地方
トラペッタ到着


トラペッタ到着から追放までです。


 トラペッタの街へと入ると、レイフェリオたちの馬車へ人々の視線がぶつけられた。

 隣を伺うとヤンガスは大して気にしていないようだ。

 恐らくトロデ王も気に留めていないだろう。

 

 だが、多くの人々の視線の中で育っていたレイフェリオにとっては無視できるものではなかった。

 視線の先にあるのは、魔物の姿をしたトロデ王。

 

 視線だけならば当人が気に留めていないので良いのかもしれないが……。

 

 

「ん? あれは……火事か?」

「どうしたのじゃ? レイフェリオ」

「……いいえ」

「そうか?」

 

 火事かどうかは後で調べてみればわかることだ。今はトロデ王に報告するようなことではない。

 ただでさえ、レイフェリオは成り行きでここにいるのだから。

 

 広場までくるとトロデ王は馬車を止めた。御史台を降りると辺りを見回す。

 

 

「ふむ、わしの記憶に間違いがなければ、確かこの街のはずじゃ。この街のどこかにマスター・ライラスと呼ばれる人物が住んでいるはずじゃ」

「ん? ちょっと待ってくれよ、おっさん! アッシらが追っていたのはドルマゲスってやつじゃなかったでがすか!?」

 

 

 ヤンガスの言葉にトロデ王は一気にまくし立てる。

 

 

「そうじゃ! 憎きはドルマゲス! わしらをこのような姿に変えたとんでもない性悪魔法使いじゃ! 一体あやつめはどこに姿をくらませてしまったのか!? 一刻も早くあやつめを探し出し、この忌々しい呪いを解かねばならん。でなければあまりにもミーティア姫が不憫じゃ」

「ト、トロデ王……?」

「せっかくサザンビーク国の王子との婚儀も決まったというのに……ドルマゲスのやつめ」

「あははは……」

 

 レイフェリオは苦笑いしか出てこなかった。

 サザンビーク王子との婚儀。それにレイフェリオは無関係ではなかったのだから。

 だが、そんなレイフェリオの様子にも気が付かないままトロデ王は唸っていた。

 

「はぁ、というわけでレイフェリオ。ライラスなる人物を探してきてはもらえぬか? 本来なら旅人であるお主に頼るのは申し訳ないのだが……」

「まぁ乗りかかった舟ですから」

「わしはここで休んでおる。頼んだぞ」

 

 

 トロデ王に動かれては逆に目立つのでここで待ってもらった方がレイフェリオにとっても都合がよい。

 ヤンガスを引き連れて、レイフェリオは情報を集めに繰り出した。

 

 

 教会、武器屋、宿屋などのお店を廻ったが、わかったことは先日の火事があったということと。

 不思議な口癖をいう道化師がいたということだった。

 

「……道化師、か」

「どうかしたんでがすか?」

「いや、話に聞く道化師が、一体何をしにこの街に来たのかと思ったんだ」

「……商売でがすかね?」

「……あの火事があった後は姿を見ていないというのも気になるな」

「兄貴?」

「俺の考えすぎ、か……」

 

 独り言のようにレイフェリオは首を振った。

 怪訝そうなヤンガスを置き去りにしたまま、次の場所酒場へと顔を出す。

 

 

「ちょっ、兄貴! 待ってくだせえでがす」

 

 

 すぐに追いかけてくるヤンガスを従えて、酒場のカウンターで飲んでいる一人の客に視線を向けた。マスターと何かを話しているようだが、その口から「ライラス」という単語が飛び出してきたのをレイフェリオは見逃さなかった。

 読唇術で読み取れるのにも限界がある。できる限り彼らに近づき、会話を盗み聞く。

 

 

「わしが占いで先日の火事を予見し、止めたとして何になる。そのことが次の災いの種になるかもしれんのだ」

「ルイネロさん、言っている意味がよくわからないよ。もし火事がわかっていたら、少なくともマスター・ライラスを救えたんじゃないかい?」

「……ライラスか。あの老人とはよくケンカをしたものだ……よもや死ぬとは」

 

 

 どうやらルイネロという占い師は、マスター・ライラスと知り合いらしい。

 街の入り口の方で見かけた火事の跡。あれがライラスの屋敷だったのかもしれない。

 レイフェリオはルイネロに話しかけるべく近づくと、ルイネロがふとこちらに視線を移動させ目が合った。

 

 

「なんだ? わしに何か用……っ!!! むむむ」

「えっ!?」

「お前さん、ちょっと顔をみせてみ!」

「はぁ……」

 

 突然立ち上がったかと思うと、レイフェリオに顔を近づけてくる。その勢いに押されるまま顔をのけぞる形で避けようとするが、ルイネロはじっと顔を見てくる。

 

 

「あ、あの……」

「むむむ、これは──―」

 

 

 とルイネロが言いかけたところで、酒場の扉が勢いよく開けられた。

 酒場にいた全員の視線がそちらに映る。

 

 

「大変だ! 怪物が! 町の中に怪物が入り込んで!」

「なんだとっ!」

「とにかく来てくれないか! もう大騒ぎで!」

 

 

 興奮した様子の青年が叫ぶと、客が次々に店を出ていく。

 

 

「兄貴っ、怪物でがすよ! アッシも見てきます!」

「ヤンガスっ!」

 

 

 レイフェリオが止める間もなく、ヤンガスも客たちと共に出ていってしまった。

 はぁ、とため息をつきつつ、レイフェリオはルイネロに声を掛けた。

 

 

「……先ほどの話ですけど」

「ん? 何の話だったかの?」

「俺の顔をみて、何か言いかけてましたけど?」

「おぉそうだった。……しかしさっきの騒ぎでやる気がうせてしまったわい」

「はぁ……」

「わからないのか? 商売だよ、商売! ああいうふうに言えば占ってもらいたくなるだろう? そういうわけじゃよ」

 

 そう話すルイネロだが、あの時の迫り方は迫真過ぎて、毎回商売としてやっている風には見えなかった。

 正直、レイフェリオは何かを知られたのかと動揺したくらいだ。

 

 

「……広場に行くか」

 

 

 腑に落ちない気がするが、今は騒ぎを確認するのが先だろう。

 レイフェリオも酒場を後にした。

 



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ユリマの依頼

追放から水晶の依頼受諾までです。


 広場へ行くと、ミーティア姫とトロデ王が人々に囲まれていた。

 トロデ王が何事かとあたりを見回すと、その視線を受けた人々は怯える。

 

「うわっ、こっちを見たぞ」

「きゃー、何ておぞましい顔なの」

「出ていけ! 化け物はこの街から出ていけ!」

 

 ワーワーとトロデ王を非難する声。遂には石を投げつけられている。

 近くまで来ていたヤンガスは、何とか止めようと人混みを掻き分けていた。レイフェリオもその場へと急ぐ。

 

 その時、トロデ王の前をまるで守るようにミーティア姫が立ちふさがった。普段の穏和な瞳からはかけ離れた、鋭い目付きで人々を威嚇している。

 この隙に、レイフェリオは馬車の手綱を引き、彼らを街の入り口へと誘導した。

 

 

 街の外まで出ると、ようやくミーティア姫の緊張が解れたようだ。レイフェリオは宥めるようにその背を撫でると、嬉しそうな声をあげる。

 だが、その隣でトロデ王はご立腹だった。

 

「まったく、酷い目に遭ったわい。一体わしを誰だと思っておるのじゃ。人を見た目だけで判断するとは情けないの。人は外見ではないというのに」

「全くその通りだ」

 

 いつもは意見が合わない二人がお互いに頷き合う。

 普通に今のトロデ王が街中に姿を見せれば、先程の人々の反応は当然と言えるだろう。

 魔物に対抗する術を持たない人にとっては、恐怖なのだから。

 レイフェリオは戦う術を持っているし、トロデ王の真実の姿を知っているから特に何も思わないが……。

 知らなかったら……。

 そこまで考えてレイフェリオは思考を止めた。考えても意味のないことだ。考え込むのは悪い癖だと、叔父からも良く言われたものだが、こうして旅をしていても一向に治らないのだから、もはや改善しようとしても無駄だろう。

 

 レイフェリオの思考が止まったところで、トロデ王の愚痴も終わったのか、マスター・ライラスのことを確認してきた。

 

 

「あぁ、そうでしたね。ですが、先日に火事が起こって、亡くなってしまったそうです」

「何と! 既に亡くなっていたと! むむむ……」

「どうしますか?」

「ふむ、亡くなってしまったものは仕方がないの。元々わしらが追っているのは、わしと姫をこのような姿に変えた憎きドルマゲスじゃ。マスター・ライラスに聴けばヤツのことが何かわかるやも知れぬと、そう思ったのじゃが……やはり、ドルマゲスの行方はわしらが自力で探すしかないようじゃな。レイフェリオよ、お主はこれからどうするのじゃ?」

 

 

 どうやら、この街にはもう用はないと次の場所へ行くとのことだ。

 元々、レイフェリオはたまたまトロデーン国を訪れていた旅人という立場だった。トロデ王たちのドルマゲス探しに協力する義理はない。

 だが、ここでトロデ王たちと別れても、その後が気になるのは間違いなかった。

 そして、レイフェリオ自身もドルマゲスに対して気になることがある。

 

「乗り掛かった舟ですし、付き合いますよ」

「良いのか?」

「まぁ、故郷までなら取りあえずは協力出来ると思います」

「お主の故郷というと、サザンビークだったな……」

「ええ、まぁ」

「……それまでには何とか姫を元に戻したいものだが……もしや王子に会うことでもあれば」

「あー……王、今は気にしても仕方ないですし、先を急ぎませんか?」

「ふむ。それもそうじゃな、さて行くとするか」

 

 そうして街を背に移動しようしとした時だった。

 

「お待ち下さい!」

「?」

 

 レイフェリオ、ヤンガス、トロデ王が一斉に振り返る。

 そこにいたのは、おさげが良く似合う少女だった。

 

「お待ち下さい……実はあなた方にお願いがあって、こうして駆けつけて来ました」

 

 不安そうに告げる彼女は、街の人々とは違っていた。

 そう、トロデ王の姿を見ても反応を示さなかったのだ。

 流石にトロデ王も不思議に思ったのか単刀直入に尋ねる。

 

 

「お嬢さん、あんたこのわしの姿を見ても怖くないのかね?」

「……夢を見ました」

「夢?」

 

 レイフェリオが怪訝そうに聞き返すと、少女は頷いた。

 

「人でも魔物でもない者がやがてこの街を訪れる……」

「!?」

 

 

 レイフェリオはその言葉に目を見開く。だが、少女はそれに気付かずに続けた。

 

 

「その者がそなたの願いを叶えるだろう、と」

「人でも魔物でもない? それはわしのことか?」

 

 

 トロデ王が反応を示す。ヤンガスは隣で声をあげて笑っている。

 逆にレイフェリオは黙ったまま少女を見ていた。

 トロデ王は人間で、今は魔物の姿をしている。云わば人間でもあり、魔物でもある者と言える。敢えて言及はしなかったが。

 もしくはもっと別の意味をもつのか……。

 

「あっ、ごめんなさいっ」

 

 

 素直に謝られてはトロデ王も何も言えないようで、何とも言えない顔をしていた。ヤンガスもからかうのを止めどこ吹く風だ。

 

 

「ま、まぁよいわ。見れば我が娘ミーティア姫と同じような年頃。そなた、わしらのことを夢に見たと申すか? 良くわからぬ話じゃが……」

「……占い師。もしかして貴方は?」

 

 

 夢見をするということは、もしかすると占い師なのでは、という可能性がレイフェリオをよぎった。酒場で会ったルイネロも占い師だったはずだ。

 占い師と言われてはっとしたのか、少女は改めて自己紹介をしてくれた。

 

 

「あっ、申し遅れました。私、占い師ルイネロの娘、ユリマです」

「あの占い師の……」

「どうか私の家に来てくれませんか? 詳しい話はそこで。街の奥の井戸の前が私の家です。待ってますから、きっと来てくださいね」

 

 用件だけ伝え終わると、返事も聞かずユリマは走って街へと戻っていった。

 

「何でげすか? あの娘っ子は。井戸の前が私の家ったって……」

「えらい‼」

「!? ト、トロデ王?」

 

 困惑するヤンガス、レイフェリオとは裏腹にトロデ王はやけに興奮した様子だ。

 

「このわしを見ても怖がらぬとは、さすが我が娘ミーティアと同じ年頃じゃ」

「……それは関係ないと思いますけど」

 

 

 レイフェリオの突っ込みは無視される。

 

「ここは一つ、あの娘のために人肌脱ごうではないか!」

「……いいんですか?」

 

 

 無論、わざわざ街の外まで追いかけてきたくらいだ。何か深刻な悩みがあるのかもしれない。レイフェリオにも異存はなかった。

 だが、それによりドルマゲスを追うのが遅れることを懸念していたのだが、トロデ王自身が彼女の手助けをしようと言い出したのなら好都合だ。

 

 

「わかりました。では、俺とヤンガスで話を聞いてきます。トロデ王たちは、ここで待っていてください」

「……うむ、また騒がれても厄介だしな」

 

 

 そうして再びトラペッタの街中へと入り、入り組んだ道を進んだ先にユリマが示したと思われる井戸があった。

 

「ここでげすかね?」

「あぁ」

 

 ヤンガスと場所を確認すると、レイフェリオは家の扉を開けた。

 中に入ると目の前には大きな水晶玉の台。

 その台の上で、ユリマはうつ伏せになっていた。

 

「ユリマ?」

「……? あっ、本当に来てくれたんですね! なのに私ったらうたた寝なんかしてて、ごめんなさい」

 

 

 レイフェリオに声をかけられ、慌ててユリマは立ち上がった。

 

「夜も遅いし、仕方ないよ。それで、俺たちに頼みがあるということだけど……」

「ありがとうございます。あの……」

「あぁ、俺はレイフェリオ。こっちはヤンガスだ」

「宜しくでがす」

「こちらこそ、宜しくお願いします。それで、頼みというのはこの水晶玉のことなんです」

「水晶玉?」

 

 ユリマは、台の上にある水晶玉を示した。

 しかしレイフェリオたちにはいまいち話が見えていない。

 

 

「あっ、もしかして話が急すぎました? もっと頭から話した方がいいですか?」

「……そうだね。頼むよ」

「そうですよね。……かつて私の父ルイネロはものすごく高名な占い師でした。どんな探し物もたずね人もルイネロにはわからぬことはないと。しかしある日を境に、その占いは全く当たらなくなってしまったのです」

「その理由が水晶玉、ということか……」

「はい。この水晶玉はガラス玉なんです。だから……」

 

 

 バタン。

 家の扉が閉まる音が響いた。思わずユリマは途中で口を閉ざす。そこにいたのは、話題の人物であるルイネロだった。

 

「何を話しているんだ、ユリマ」

「お、お父さん」

「その水晶玉に触るなとあれほど何度も……!?」

 

 

 ルイネロはユリマの横に立っていたレイフェリオに気がつくと、眉間に皺を寄せた。

 

「あんたは確か酒場で会った人だな」

「はい。先ほどはどうも……」

「……」

「ルイネロさん?」

 

 

 再度、レイフェリオを見つめるように視線を合わせたかと思うと、ゴホンとわざとらしく咳をした。

 

「まぁともかくだ。わしは別に困っていない。娘に何を頼まれたのか知らんが、余計なお世話だぞ!」

「お父さん!!」

「わしはもう寝る。ユリマ、お客人には早々にお引き取り願うんだぞ」

 

 

 それだけいい放つと、ルイネロは二階へと上がっていった。随分と酒を飲んでいるようで、その顔は真っ赤になっていた。

 

「レイフェリオさん、ごめんなさい。あんな父で……」

「いや、ユリマが謝ることはないさ」

「そうでがす! 折角の娘の気持ちをなんだと思ってるんでがすかね」

「ヤンガスさん、ありがとうございます。でもあんなこと言っても占いが当たらなくなって一番なやんでいるのは父だと思います」

「ユリマ……」

「だからお願いです。父本来の力が発揮できるほどの大きな水晶玉を見つけてきてくれませんか?」

 

 

 話を聞いてヤンガスは任せておけとばかりに、胸を叩く。

 

 

「任せてくださいでがすよ! ねぇ兄貴っ!」

「そうだな。どこか心当たりでもあれば助かるけど」

「引き受けてくれるんですか! やっぱり夢のお告げの通りだわ」

 

 

 ユリマは嬉しそうに両手を合わせながらはしゃいでいた。

 

 

「お告げ?」

「はい! そのお告げによると街の南、大きな滝の下の洞窟に水晶玉が眠っているそうです。こんなことがわかるなんて、私はやっぱり偉大なルイネロの娘、ですよね」

「すごいでがすよ、嬢ちゃん!」

「ありがとうございます!」

 

 

 ヤンガスの言葉にユリマは笑顔で答える。

 確かに場所がわかっているならそれほど難しい依頼ではないだろう。

 しかし、洞窟となれば魔物との戦闘もあるだろう。レイフェリオの懸念材料はそれだけだった。

 

 

 



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滝の下の洞窟

洞窟内探索と水晶玉取得までです。


 街の外に出て待っていたトロデ王に報告をする。

 

 

「なるほど、そういう事情があったのじゃな……え、えらい!!! なんと親孝行な娘じゃ! わしは感動したぞ」

「はぁ……」

 

 

 目を大きくして絶賛するトロデ王。

 あまりの感激ぶりに、ヤンガスは若干引き気味だった。

 かくいう、レイフェリオもそこまでの感動は覚えていない。

 これは親だからこその感情なのだろう。

 

 

「しかもルイネロという者が本来の力を発揮すれば見つからぬものはないそうじゃな。これぞ一石二鳥というわけじゃ。うまくすれば憎きドルマゲスの居所がわかるやもしれんぞ」

「そうですね。では少し準備をしてから洞窟へと向かいましょう」

「わかった。今夜はもう遅い。わしと姫はもうこりごりじゃから街には入らんが、お主らは宿屋に泊まり英気を養うがよいだろう」

「それがよいですね。では、俺たちは街で準備をしてきますので、また明日の朝に」

「うむ」

 

 そうしてその日はヤンガスと宿屋に泊ることにした。

 

 深夜、ベットで休んでいるとふとどこかで声が聞こえた気がして、レイフェリオは目を覚ました。

 

 

「? ……気のせい、か?」

 

 隣のベットではヤンガスがいびきをかいて寝ている。いびきの声が大きいにも関わらず、レイフェリオを呼ぶ声が耳へと届いていた。

 

 

「誰だ……?」

 

 

 周囲には疑わしき者は誰もいない。レイフェリオの声に応える者もまたいなかった。

 暫くの間様子をうかがっていたが、もう聞こえることはなくレイフェリオはベットに横になるのだった。

 

 あくる朝、日が昇ったと共に目覚めるとヤンガスを起こし、武器屋へと向かう。

 

「兄貴、武器屋へ何の用でげす?」

「……俺には愛用の剣があるからいいけれど、ヤンガスの装備は整えた方がいいと思う。洞窟では何があるかわからないからね」

「そうでがすね。アッシはこん棒でがすが、他にいいものがあれば変えるでがす」

 

 

 武器屋はトラペッタの街の二階にあった。広場の近くだ。

 武器を見せてもらうと、今のヤンガスに一番合うのが大木槌だった。

 

「これはどう?」

「木槌でがすか……フンっ! こん棒よりは重いでがすがいい感じでがす」

「じゃあ、それにしよう」

「あいよ。一つ240Gだ」

 

 その金額に、ヤンガスの顔が蒼くなった。ヤンガスの持ち金はあまりないのはわかっているため、苦笑しながらレイフェリオが出す。

 

「じゃこれで」

「毎度あり!」

「兄貴、恩に着るでがす」

「装備品は命を預けるものだから、下手に遠慮は要らないよ」

 

 魔物との闘いがあると想定すれば、ここで渋るよりもその方がいい。

 幸いにして、これまで旅をしてきていたレイフェリオには資金があった。

 

「兄貴は、今までどんな旅をしてきたんでがすか?」

「? どうしたんだい、いきなり?」

「アッシは盗賊でしたが、そこまで資金を得ることなんてできたことないでがすよ」

「あぁ……まぁ俺の場合はちょっと事情があったから」

「事情、でがすか?」

「そのあたりは、機会があれば話すよ」

 

 今は準備を進めて、トロデ王と合流するのが先だと、レイフェリオはヤンガスを促した。

 続いて防具屋でも盗賊の腰みの、皮の盾を購入しヤンガスの装備を整え、街の入り口へと向かった。

 

「おはようございます、トロデ王」

「おぉ、待ちかねたぞ。それでは水晶を求めて滝の洞窟とやらに行くとしようぞ」

「合点でがす!」

 

 

 ユリマが教えてくれた滝の洞窟は、トラペッタから南。

 街から離れれば、そこは魔物が徘徊している。トロデ王とミーティア姫の馬車はレイフェリオたちの後方を進むこととした。

 

 道中、魔物と遭遇することもあったが、今のレイフェリオの敵ではなかった。

 それに今は一人ではなく、ヤンガスもいる。複数で戦闘をするということは連携をすることができるということ。一人一人の負担も軽くなる。

 それもあって洞窟までは順調に進むことができた。

 一行の目の前には、大きな洞窟の入り口がある。

 

 

「ふむ、ここがその洞窟じゃな」

「のようですね」

 

 入り口の奥には光がないようで、その先は見えない。

 レイフェリオは持っていた松明に火を付けた。

 

「兄貴、そんなの持っていたんでかすね」

「洞窟に灯りがあるのは少ないからね」

 

 レイフェリオからしたら当たり前のことなのだが、ヤンガスはなるほど、と仕切り頷いている。

 改めてレイフェリオはトロデ王へと振り返った。

 

「見ての通り洞窟内は灯りがありません。トロデ王は外で待っていてもらえますか? その方が安全でしょうし」

「確かにそうじゃな。わかった、わしらはこの辺で待っておる」

「では」

「気を付けるのじゃぞ」

 

 トロデ王に激励をもらい、レイフェリオとヤンガスは洞窟の中へと足を踏み入れた。

 

 洞窟の中はそれほど狭くはない。

 進んでいく中で、壁や道の端にある松明に火をつけながら灯りを確保し、奥へと進んでいった。

 

「にしても、兄貴は慣れているでがすね」

「?」

「アッシも盗賊家業をやっていたんでがすが、こんなこと知らなかったでがす」

「……まぁ、俺も色々な場所に行っているから」

 

 ヤンガスの会話に言いにくそうに答えた。実際、話せば長い事情がレイフェリオにはある。

 話さないのは面倒だから、と言うのもあるが、外にいるトロデ王とミーティア姫のことを考えるとあまり進んで話をしたくないと言うのが本当のところだ。

 

「兄貴はサザンビーク出身なんでがすよね? どうしてこんな北の方に来てるんでがすか?」

「……どうして、か」

 

 ふと、故郷のことが脳裏に浮かぶ。

 だが思い出している余裕はすぐになくなった。

 

「っ、兄貴!」

「!? あぁ」

 

 ヤンガスは大木槌を、レイフェリオは剣を構える。

 

 目の前に現れたのは紫色の魔物。悪魔のような顔のびっくりサタンだ。

 

「あいつは変な行動をする。ヤンガス、つられないように気をつけろ!」

「合点でがす!」

 

 数は4体。ヤンガスと一斉に斬りかかった。

 素早さはレイフェリオの方が上だ。動きにつられなければ相手ではない。

 

 スパッと、まずは1体を薙ぎ払うと、返しにもう1体を払う。魔王の配下であった魔物は、倒されれば魔力が弾けて消える。稀にアイテムやお金を落とすこともある。

 だが、今はそれよりも敵を倒す方が先だった。

 その間にも更に1体が背後から襲ってくるのを感じ、レイフェリオは咄嗟に前方へと距離を取った。レイフェリオが居た場所にはびっくりサタンから放たれた衝撃派の跡がのこっている。

 横に視線だけをずらすと、ヤンガスが相手を殴り付けている。

 であれば、あとは1体。

 先ほど襲ってきた最後の1体に、視線を合わせるとレイフェリオは身体を跳躍させ、上から切りつける。

 

「グワァシャ」

 

 断末魔の叫びを上げながら、消え去るのを見届ける。

 

「兄貴、無事でがすか?」

「平気さ。ヤンガスも怪我はしてない?」

「アッシは頑丈なのが取り柄でがすから」

 

 どうやらお互い無傷なようだ。

 今後も油断は出来ない。この洞窟には、外よりも凶暴な魔物が巣食っている。

 気を引き締めながら、レイフェリオは先へと急いだ。

 

 襲い掛かってくる魔物を退治しながら進んでいくと、目の前に人影が映った。

 

「人、でげすか?」

「あぁ、こんなところに人がいるとは思わなかったけど」

 

 近づくと、影は商人風の男性であることがわかった。だが、その表情は曇っている。

 

「どうかしたんですか?」

「えっ?」

 

 突然声を掛けられたのに驚いたのか、男は一瞬ビクリと体を震わせた。

 

「あっ、すみません。びっくりしてしまいまして」

「いえこちらこそ、突然声を掛けてすみません」

「こんなところで何をしてたんでがす?」

「はい。滝を見に来たのですが、たまたまこの洞窟を発見したんですよ。それでこれは何かあると思って中に入ったのですが、いやはや強い魔物が奥の通路を塞いでいるし、道もくねくねして迷いますし、もう散々ですわ」

「奥に魔物?」

「えぇ。貴方たちも奥に行くのならきちんとレベルアップしておかないとひどい目にあいますよ」

 

 男の話によると奥に強い魔物がいて、道をふさいでいるため奥には行けないということらしい。諦めて帰るということだった。

 男を見送ると、レイフェリオはヤンガスと目を合わせた。

 

「レベルアップ、でがすか……アッシはそれほど何かをしていたわけではないでがすから、たかが知れているでがす。兄貴はどうでげす?」

「俺? 俺は……家で叩き込まれたから、それなりだよ」

 

 それほど高くはないと思うが、一般人にしてみればそれなり。ヤンガスよりは上だ。

 

「すごいでがすね」

「やりたくてやっていたわけじゃないけど、まぁ今は感謝しているかな」

「それでどうするでがす? 特訓でもした方がいいでげすか?」

「……まだ奥に何があるかわからないけど、この辺りの魔物の強さを見る限り、俺の方で何とかできるからこのまま進んでみよう」

「どういうことでがす?」

「一般に、同じフィールド内にいる魔物の強さはかけ離れていることはない。もし主という存在がいたとしても、かけ離れて強い、というわけではないんだ。安全マージンを取っていれば大丈夫」

「安全、まーじん、でがすか?」

「まぁ、苦戦せずに倒せる範囲ってことで考えてもらえばいいよ」

「なるほどでがす! それならまだ大丈夫でがすね」

「俺もまだ知らないことがあるから、油断は禁物だ」

 

 一応釘をさしておくが、この洞窟内の魔物にさほど苦戦を強いられることは考えていなかった。

 敗北を招く最大の要因は、おごりや油断である。最悪、逃走をすればいいのだから。

 

 先へ進むと、先ほどの商人の男が言っていた魔物が見えた。

 確かに道をふさいでいる。

 レイフェリオたちが近づいてみると、魔物は襲ってくることはなかった。

 こちらを見ると一瞬怯んだ目をしたが、構わず話しかける。

 

「……何をしている?」

「ほほう! この俺様に話しかけるとはちょっとは度胸があるようだな。先ほどの人間は俺様の姿を見るなり、話しかけもせずに引き返していったぞ」

「あぁその男なら会った。で、お前は何をしている?」

「ここを通りたいのなら、俺様を倒していくことだ」

 

 会話が通じるほどの知性を持っている魔物は、現在は多くない。

 だが、そうした魔物が人間を相手にこういった勝負を仕掛けてくるのは多かった。はぁとため息を吐くと、レイフェリオは剣に手をかける。

 

「倒せば、いいのか?」

「えっ? ……そ、そうだな。うん……お前は度胸がありそうだな。ということは自信もあるのだな……」

 

 様子が打って変わってぶつぶつとつぶやき始めた魔物。

 見かけ倒しなのだろうな、と結論づけてレイフェルトは魔物を待つことにした。

 

「……よ、よし! その度胸に免じてここを通してやる」

「弱いだけじゃないでがすか……」

「……そこは黙っておいて」

 

 上から目線ではあるが、明らかに戦闘を避けた様子だった。

 魔物のプライドというやつだろうか。

 戦闘を避けられるならそれにこしたことはないため、譲ってくれた道をレイフェリオたちは進んでいった。

 

 奥へと進んでいくと、開けた道へと出た。周りが湖になっており、その上に道が作られているようだ。

 

「こんなものが自然にできるなんてな……」

「不思議でがすね……あっ! 兄貴、あそこに何か浮いてるでがす!」

 

 ヤンガスが示した場所は、滝壺。駆け寄って近くに行き、よくみるとそこに水晶玉が浮いていた。

 

「……浮いてる?」

「妙でがすよ。普通、水晶玉は浮かないでがす」

「それはそうだけど」

「とにかくこれが嬢ちゃんが言っていたものでがすよね? 持っていくでがすよ」

 

 とヤンガスがその水晶玉に触れようとしたときだった。

 

「どうリャー!!」

「がっ!? な、なんでがす!!?」

 

 滝の下から声を上げながら現れたのは、鱗を持ち額に大きく傷がある魔物だった。

 

「ほぉっほぉっほぉっ、驚いたじゃろ! わしはこの滝の主、ザバンじゃ」

「ザバン?」

「待っておった。長い間……お前で何人になるかのー」

「兄貴……何を言ってるんでがすかね?」

「さぁ、ね」

 

 話が見えていないこちらにとっては、ザバンの様子は異様に映る。しかしザバンはレイフェリオたちの様子も知らずに話続けた。

 

「今度こそ、今度こそと思いながらかれこれ数十年……長い歳月であったな。さて前置きはこれくらいにしておこう。正直に答えるのだぞ」

「はぁ」

「お前がこの水晶の持ち主か?」

「……だったらどうするんでがすか?」

「おぉおお、ついにやってきよったか。このうつけものの人間めが!! いやというほど懲らしめてやるわ!」

 

 ザバンは雄叫びを上げると、襲い掛かってきた。

 

「ヤンガスっ!」

「任せるでがすっ」

 

 先手必勝と、ヤンガスが一撃を加えようとザバンへととびかかった。

 

「ぬぉおお!」

「ぐわっ!?」

「ヤンガス!?」

 

 だが、ヤンガスの攻撃はザバンの固い皮膚に防がれ、ダメージを与えることができない。

 弾かれた攻撃の後で、ザバンの容赦のない打撃を受けたヤンガスを、レイフェリオが受け止めた。

 

「すまねぇでがす」

「いや構わない。それより、俺が前に出るからその間にヤンガスは力をためるんだ」

「ためる、でがすか?」

「あぁ。力をためて攻撃すれば固い皮膚でもダメージを与えられるはず」

「兄貴はどうするんでがす?」

「……大丈夫、ヤンガスに攻撃は当てさせない」

 

 それだけ言うと、剣を握りしめレイフェリオはザバンへと向かう。

 ザバンを見据えながら、剣へと魔力を溜め、そのまま切りつける。

 

「火炎斬りっ!」

「ぐっ」

 

 レイフェリオの魔力で焔を纏った剣が、ザバンの固い皮膚の上からでもダメージを与える。

 まずは一撃、そして手を休めることなく追撃を掛けた。

 注意をこちらにひきつけること。それが今のレイフェリオの役割だ。

 

「お、おのれぇ!」

「兄貴! どいてくだせぇ!」

 

 ヤンガスが突進してくる気配がした。すかさずその場を開けると、力を溜めたヤンガスの一撃がザバンの脳天へと直撃する。

 

「ぐがぁぁ!」

「やったでがす!」

「下がれっ。まだだ!」

 

 喜ぶヤンガスに、レイフェリオの指示が飛ぶ。

 

「おのれ、おのれぇ!!」

「なんでがすか!?」

「これはっ!!」

 

 ザバンが両手を振り上げると、そこから禍々しい霧が発生し、こちらへと向かってきた。

 反射的にレイフェリオは左腕で自身を庇う仕草をする。だが、その手前で霧が霧散していった。

 

「何っ!!?」

 

 一方、ヤンガスは霧に囲まれ動けなくなっている。

 

 呪いの霧。

 一時的に行動を麻痺させるものだ。

 ヤンガスは動けない。そして、霧が無効化されたことによりザバンは動揺していた。

 

「いまだっ! はぁっ!」

「がっ、しまっ!!」

 

 その隙にレイフェリオの剣先がザバンへと向かう。完全に隙を見せていたザバンが防ごうとする前に、その頭へと剣が届く。

 するとザバンは頭を抱え、距離を取ると降参の意を示した。

 

「参った! 参った……いたたたた……頭が、古傷が痛むわい」

「……」

「それもこれもお前のせいじゃ」

「……先にけしかけたのはそっちだ」

「そうじゃないわ! そもそもお前がこんなものを投げつけるのが悪いっ」

「……俺じゃない」

「なっ、なんじゃと! ……本当の持ち主じゃないというのか!? いや、確かに。わしの偉大なる攻撃を受けつけぬその体質。ただの占い師であるわけがなかろう」

 

 興奮気味だったザバンだが、状況を悟りつつあるのか探るようにレイフェリオを見る。

 

「そういえば水の流れに沿って噂を耳にしたぞ」

「!?」

「トロデ―ンという城が呪いのうちに一瞬にしてイバラに包まれたと。ただ一人の生き残りを残してな。そして、その一人は御車を乗せた馬車を連れて旅に出たという」

「あ、兄貴っ? それって……」

 

 ザバンの言葉に、レイフェリオは目をつぶった。

 あの時、あの場所にトロデ―ンにいたのはただの偶然だ。

 旅の道中で訪れた縁のある城。本の興味本位で訪れたのだが、まさかあのような事件に遭遇するとは思わなかった。

 そろそろ城を後にしようと思った時、突如城からイバラが現れ、全てを飲み込んでいったのだ。

 レイフェリオにはそれを見ていることしかできなかった。昔から呪いの類を受け付けなかったためか、呪いにかかることはなかったが、それでもあの光景はいまでも忘れられない。

 

「……あぁ、俺のことだよ」

「そうか……やはりお主のことだったか。まぁよい。そのお主が何故この水晶を求めるのかはわからぬが、お主ぬくれてやろう」

「やったでがす!」

 

 水晶をザバンから受け取ると、レイフェリオは袋に入れた。

 

「それと、もし本当の持ち主に会うことがあれば伝えてくれ」

「?」

「むやみやたらと滝つぼにものを投げ捨てるでないっ! とな」

「……伝えておく」

「ではな」

 

 ザバンはそれだけ言い残すと、再び滝つぼの中へと戻って行った。

 本当の持ち主、ルイネロのことだろう。

 彼は失くしたのではなく、自ら捨てに来たようだ。その理由はわからないが。

 

「とりあえず、水晶も手に入ったことでがすし、街に戻るでがす」

「そうだな」

 

 そうして、レイフェリオたちは帰路へ着いた。

 

 

 

 

 

 




主人公の口調がちょっと迷子ですね・・・


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ルイネロの占い

水晶取得からトラペッタ出発までです。オリジナル要素あります。


 水晶を手に入れ、洞窟を出るとトロデ王は御史台の上で待ちくたびれたようで居眠りをしていた。

 

「トロデ王、戻りましたよ」

「んわ?」

 

 声をかけられ意識を浮上させたトロデ王が、寝ぼけながら頭をあげた。

 

「トラペッタに戻りますよ」

「ん? おおぉうわっ」

 

 突然(ではないのだが)視界に入ったレイフェリオに驚いたのか、その勢いで馬車から落っこちた。

 

「痛っ」

「……おっさん、なにやってるでがすか」

 

 呆れたヤンガスがため息をつく。

 

「う、うるさいわい!」

「大丈夫ですか?」

「お前さんもいきなり声をかけるでない!!」

 

 いきなりではないはずなのだが。

 これまでの行動でトロデ王の性格は大体読めてきている。照れ隠しとも言うべきなのだろう。本気でそう思っているわけではないことはわかっているので、敢えてなにも言わなかった。

 

「街へ向かいますよ」

「わかっておるわい」

 

 レイフェリオは苦笑し、トロデ王は拗ねながら一行はトラペッタへと進んだ。

 

 トラペッタに着くとトロデ王には外で待っていてもらい、ヤンガスと二人でルイネロの家へと向かう。

 

「ルイネロさん……」

「来おったか。そろそろだと思っていたぞ」

 

 レイフェリオたちが来ることは予想済みだったのか、水晶玉の前に座っていた。

 

「どうやらユリマに頼まれた品を見つけてきたようだな」

「ええ」

「お見通しだったって訳でがすか」

「ふん、腐ってもこのルイネロ、そのくらいのことはわかるわい。この玉がただのガラス玉であろうともな」

「貴方は──ー」

「にしてもお主も大概お節介だのう。だが無駄なことよ。いから本物を持ってこようともまた捨てるのみ」

「なるほど……でも、あの滝つぼには捨てない方がいいですよ。滝の主が怒りますから」

「滝の主? 何を訳のわからんことを……」

「でも、どうしてまた捨てるんでがす? 当たらなきゃ商売上がったりじゃないんで?」

 

 ヤンガスの言うとおりだ。当たらない占い師など、誰も頼らない。

 

「……お主らには関係ないことじゃ。この水晶玉はわしには要らんのだ。それをよこせ! 今度は粉々に砕いて──ー」

「やめて! 待ってお父さん!」

 

 いつの間に居たのか、奥の部屋から出てきたユリマが立っていた。

 

「私、知ってるから。ずっと前から……。お父さんが何故水晶玉を捨てたのかも……」

「ユリマ……お前まさか自分の本当の親のことを……?」

 

 ルイネロはユリマの告白に顔を青くしていた。状況がわからないレイフェリオたちは、二人の会話をただ聞いているだけだ。

 

「うん。でも私、お父さんのせいで両親が死んだなんて思ってないよ」

「何故だ? そこまで知っていながら何故そう思う? わしを恨んでも……」

 

 ルイネロの言葉を遮るように、ユリマは首を横に振った。

 

「ううん、お父さんはただ占いをしただけだもん。私は知らないけど、お父さんの占いってとってもすごかったんでしょ。だから、どこに逃げたのかわからなかった私の両親の居場所もあっさりと当ててしまったんだよね」

「……」

 

 ルイネロは何かを思い出すように上を見上げる。

 そして、自嘲気味に話した。

 

「あの頃……わしに占えないものなどないと思っていた。名声は世界中に鳴り響き、わしは有頂天じゃったよ。占えるものは片っ端から占ったものだ。自分のことばかり考えて……頼んでくる相手が善人か悪人かも考えもしなかった……」

 

 そこまで聞いて、ユリマがかぶりを振った。

 

「いいの。もういいのよ」

「ユリマ……」

「だって、お父さんはひとりぼっちになった赤ちゃんの私を育ててくれたじゃない。私、見てみたいな!」

「えっ?」

「高名だった頃の自信に満ちたお父さんを。どんなことでも占えたお父さんを見てみたい!」

「……ありがとう、ユリマ」

 

 ルイネロはずっと秘めていた想いを、その被害者でもあったユリマに支えられたことで受け入れることを決めた。

 

 ルイネロがお礼に泊まっていけとしきりに勧めるので、仕方ないとヤンガスとレイフェリオはルイネロの家に泊まることになった。

 

 その日、レイフェリオは目が冴えてしまい眠れずにただベットに横になっていた。

 思い返すのは、ユリマとルイネロのやり取りだ。血のつながりがなくても親子らしい親子に見える。そんな彼らを見て、羨やましいと感じる自分がいるのをレイフェリオは感じていた。

 

「父、か……」

「? どうかしたんでがすか、兄貴?」

「あっ、ごめん。起こしちゃったか……」

「アッシもちょっと眠れなかったでがすから平気でげす」

 

 ヤンガスは横たわっていた身体を起こし、レイフェリオに向き直った。

 レイフェリオもヤンガスに倣う。

 

「アッシは孤児でがしたから、親というものがどういうものかは知らねぇでがすが、嬢ちゃんを見ていたら羨ましくなるでがすよ」

「……そうか」

「……兄貴には家族がいるんでがすか? アッシは一人でがしたから、家族というものはわからねぇでがすが……」

 

 レイフェリオはふと目を閉じてその姿を思い浮かべた。

 

「いる、というかいた、が正解かな。父も母も既に亡くなっている。それに俺は母の顔を知らないから」

「……兄貴が旅をしているのはそれが理由でがすか?」

「そうでないとは言い切れないけど、違うかな。それに……両親はいないけど血が繋がっている人はいる」

「そうなんでがすか? なら兄貴は一人じゃないでがすね。羨ましいでがすよ」

「……あぁ。確かにそうかもしれない。父がいなくなっても、俺は一人ではなかったから」

 

 血のつながっている家族。叔父と従弟を思い浮かべて、レイフェリオは苦笑した。

 ユリマのような関係を築けるとは思わないけれど、それでも自分は恵まれているのだと感じて。

 世の中には、ヤンガスのように孤児が沢山いる。

 魔物がここ最近狂暴化しているという噂も聞くくらいだ。これからもそういう人は増えていくのだろう。

 

「しっかりしないといけないんだよな」

「兄貴?」

「いや、俺も考えないといけないことがあるってだけだよ。もう寝よう。明日も早い」

「そうでがすね」

 

 それだけ言うと、レイフェリオは再び横になり目を閉じた。

 

 

 翌朝……というか既に昼過ぎだったが、客室を出ると水晶玉の前にルイネロは既に控えていた。

 レイフェリオの姿をみるなり、眉を寄せる。

 

「ようやく起きてきたか。かなり疲れていたとみえるが、ん? もう一人はどうしたのだ?」

「まだ寝てます……」

「……もう昼だというのに。まぁよい。とにかく、お主たちには礼を言わねばならんな。持ってきてくれた水晶玉も、ほれ、収まるところにおさまったぞ」

 

 先日まで見ていたガラス玉とは違い、本物の水晶玉がルイネロの前にある。その水晶玉に両手を包むように充てると、ルイネロは目を閉じた。どうやら占いを始めるらしい。

 

「こうして真剣に占うのは何年振りかのう。これもお主たちのおかげだ……ん?」

「えっ?」

 

 突如、水晶玉から光が溢れる。

 

「これはどうしたことか!? 見える! 見えるぞ! 道化師のような姿をした男が南の関所を破っていったらしい!」

「道化師?」

「むむむむ、これは……こやつがマスター・ライラスを手にかけた犯人じゃ……それにこの姿は、確かライラスの弟子であった、ド、ドルマゲス!」

「!?」

「何だって!!!」

 

 ルイネロの言葉に反応したのか、ヤンガスが突然大きな声を上げて降りてきた。

 どうやら目が覚めたらしい。

 

「兄貴っ、ドルマゲスっておっさんが言っていた性悪魔法使いの名前じゃ……」

「あぁ、そうだよ……火事の犯人もヤツだ」

「んで、その先はどうなっているんで!? もっと詳しくわからねぇのか!?」

 

 ヤンガスがルイネロに先を促す。ルイネロが再び集中し、水晶を覗き込む。

 

「ん? これは……」

「どうしたんでい?」

 

 ルイネロは目を開けて、水晶玉の上の方を見る。そこには小さな傷ができていた。

 

「確かにこれは以前わしが使っていた水晶じゃが、小さな傷のようなものがあるぞ。相当固いものにぶつかったようじゃ」

「固いものって……ザバンの額か……」

 

 あの古傷はここに当たってできたものなのだろう。色々と辻褄があったが、ルイネロは皺を深くして傷をみていた。

 そこには小さな文字で落書きがしてあった。

 

「なっあほうじゃと、この誰があほうじゃ!」

「……あはは」

「ちょっとおっさん!!」

 

 完全にそちらに気が行ってしまったようだ。これでは先ほどの占いを詳しく見てもらうのは諦めたほうがよさそうだろう。

 

「それでドルマゲスがライラスを殺害し、南の関所に向かったということで間違いないですか?」

「あぁ。お主ら、それがどうかしたのか?」

「……俺たちはそのドルマゲスの手がかりを知るために、マスター・ライラスを訪ねてきたんです」

「なるほど、そのライラスは既に亡くなっておったということじゃな。だが、わしの占いによるとそのライラスを手をかけたのはドルマゲスじゃ。自分を知る人物を消したかったのか、他に理由があったのかはわからんが……」

 

 ドルマゲスがライラスを殺害した。そしてその行き先は南。

 南の関所を通った先には、リーザスという村がある。そこで話を聞けばまた何かわかるかもしれない。

 

「ルイネロさん、情報ありがとうございました。リーザスへ行ってみます」

「そうか。お主たちには世話になった。気をつけていくのだぞ」

 

 レイフェリオとヤンガスは、急ぎ外で待つトロデ王の元へと戻った。

 

 外に出るとトロデ王が駆け寄ってくる。そして期待に満ちた目でレイフェリオを見上げてきた。

 

「で、どうじゃったのだ? あの娘さんの願いはかなったのか?」

「えぇ。それで、ドルマゲスの情報もわかりました」

「そうかそうか」

「どうやらこの南にある関所へ向かったようです。それと、マスター・ライラスを手にかけたのもドルマゲスだそうです」

「な、なんじゃと!! あやつめ……かつての師匠に何ということを。こうしてはおれぬぞ! 急ぎ、南へむかうのじゃ」

 

 トロデ王は口早に言うと、さっさと馬車へと戻ってしまう。

 

「行動が早いでがす……」

「はは、さて俺たちも出発しよう」

「合点でがす」

 

 こうしてレイフェリオたちはトラペッタを南へと進んでいった。

 

 

 



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リーザス地方
呪文の力


南の関所からリーザス村到着までです。


 トラペッタを出て、南の関所へと着くと、一行はその有り様に言葉を飲んだ。

 

「な、なんじゃこれは!!?」

「門が……無くなってるでがす」

 

 関所を無理矢理突破したのだろう。見るも無惨に破壊された門が……そこに合った。

 

「……ドルマゲス、かなりの使い手だ」

「兄貴?」

「この門、かなり頑丈な作りになっている。にも関わらず、この有り様だ。余程強い魔力で破壊したとしか考えられない」

「そうなんでがすか?」

「簡単な火炎呪文程度ではせいぜい焦げ付く程度、イオ系の破壊呪文でも相当に魔力を込めないと無理だ」

 

 呪文の使えないヤンガスは、腑に落ちないように唸る。

 確かに、呪文を使えるものでなければ想像するのは難しいだろう。

 

「兄貴」

「どうかした?」

「ということは、兄貴は呪文が使えるでがすか?」

 

 言われてレイフェリオははっとする。

 そう言えば目の前で使ったことはなかった。別に隠すことでもないが。

 

「一応はね。けれど、専門ではないからこれを呪文で破壊するのは俺では無理だと思う」

「……そんなやつが相手なんでがすね」

「……」

 

 今までの会話は、トロデ王には聞こえていない。門の破壊具合に圧倒されてそれどころではないようだ。

 恐らく、トロデ王自身もドルマゲスがどういった人物なのかはわかっていないのだろう。

 性悪魔法使い。どうやらそれだけの人物ではなさそうだと、レイフェリオは認識を改めた。

 

「……さぁいつまでもここにいても仕方がない。もうじき日も暮れるし、村へ急ごう」

「そうでげすな。おっさん! いつまで驚いているでがす! 行くでげすよ」

「わ、わかっとるわい!」

 

 ヤンガスの声に我に返ったのか、トロデ王は手綱を握りミーティア姫と関所をくぐる。

 門以外は破壊されておらず、無事にぐぐり抜けることができた。

 

 関所の先はリーザス地方。

 夕暮れになってきたこともあるが、魔物の姿も変わっていた。

 

 目の前に現れたのは、おばけきのこ。

 

「……兄貴、きのこのお化けでがす……」

「……否定はしないけど、気をつけて。あれは眠りを誘う息を吐く」

「そ、それは困るでがす……」

「命とりになるからね」

 

 どうやら見逃してくれそうにない魔物に、レイフェリオとヤンガスは武器を構えた。

 正面に三体。

 視線が合うと、怪しく笑いながら息を吐いてくる。

 

「来るっ! 横に跳べ」

「はいでがすっ」

 

 息を跳躍して避けると、レイフェリオはまず一体に狙いを定め剣を振り下ろす。

 動きではレイフェリオの方が早い。斬られた一体は、魔力を霧散して消滅する。

 

 更に一体、横から噛みついてくるのを盾で防ぐと、剣を横に薙ぎ払った。

 

「くっ、甘かったか」

「ひっひっひ」

 

 攻撃を躱され、正面から相対する形を取る。相手が息を吸う仕草をするのを見逃さなかったレイフェリオは、その隙をついて懐に入り、剣先を相手に向け貫いた。

 

「あと一体……ヤンガスは」

 

 消滅したのを確認すると、視線を巡らせヤンガスを探す。

 すると離れた場所に膝をついているヤンガスの姿があった。

 

「ヤンガスっ!」

「あ、兄貴……」

 

 魔物の姿はない。だが、ヤンガスは怪我を負っているようだ。膝をついて座り込んでいる。

 走ってヤンガスに駆け寄ると、隣に座り込み傷の程度を確認する。

 

「……」

「すまねぇでがす。不意をくらいっ痛っ」

「……無理するな。待ってろ」

 

 レイフェリオは剣を背にしまうと、左手をヤンガスの傷へと翳した。

 

「……ホイミ」

「ふわっ?」

 

 左手が青白く光ると、たちまち傷を癒していく。

 

「これで大丈夫だろ」

「温かい光でがすね。兄貴、ありがとうでがす」

「……初歩的な回復呪文だけどな」

「アッシにも使えるでがすかね……」

「修練を積めば可能だろう。ヤンガスにも多少魔力があるようだしな」

「本当でがすかっ!?」

 

 相当嬉しかったのかびっくりしたのか、ヤンガスはいきなり立ち上がる。

 そんな様子にレイフェリオは苦笑する。

 

「精進だな」

「もちろんでがすよ」

 

 レイフェリオも立ち上がると、馬車の方へと戻った。ヤンガスも後を追う。

 

 その後も何度か戦闘があったが、怪我をしてはレイフェリオが癒すという形でなんとか戦闘をこなすことができた。

 疲労もピークに差し掛かったころ、ようやく村の入り口が見えてきた。

 

「あ、あそこじゃな、リーザス村というのは」

「……そのようですね」

「疲れたでがす……休みたいでがすよ」

「ははは」

「……そうじゃな。わしと姫はここで待っていよう。今後も街や村には入らない方がよさそうじゃしな。あのようなことはこりごりじゃ」

「……わかりました。では」

「うむ」

 

 村の側でトロデ王とは別れ、レイフェリオはリーザス村へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 



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リーザス村

リーザス村到着からアルバート家訪問までです。
主人公の設定はオリジナルです。ラグサットもちょっと性格変わっています。


 リーザス村へ入った二人は周りを見回した。

 夕暮れにしては、人が少なく静かな雰囲気だ。

 

「……人が少ないな」

「そうでがすか?」

 

 ヤンガスは特に気にしてもいないようだ。レイフェリオが気にし過ぎなのかもしれない。

 そう思ってふと前をみると、二人の少年がこっちをみて驚くように目を見開いた。

 

「待てっ! お前たち何者だ!?」

「君たちは?」

「いーや、わかっているぞ! こんな時に村に来るってことは盗賊団の一味だな!」

「はぁ! 何言ってやがる?」

 

 盛大に勘違いをしている少年だが、こちらの話には聞く耳を持っていない。

 

「マルク! こいつらサーベルト兄ちゃんの仇だ成敗するぞ!」

「がってん、ポルク!」

 

 その間に、少年たちは何らかの答えにたどり着いたらしく、木で作られた剣を振りかざし殴りかかろうと構えた。

 

「いざ、じんじょうに勝負っ!」

 

 声を上げるとともにとびかかってきた少年、ポルクをレイフェリオは軽くかわす。

 まさか躱されるとは思わなかったのか、勢い余ってポルクは躓き、転んでしまった。

 

「ポ、ポルクっ! よくもっ」

「こ、これお前たち! ちょっと待たんかい!!」

 

 もう一人の少年がとびかかろうとしたところへ、村人の一人であろう老齢の女性が怒鳴った。

 声色におどおどしながら、少年たちは女性の元へといく。

 

「ば、ばっちゃん……」

「よく見んかい、この馬鹿者! この方たちは旅のお方じゃろが!」

 

 女性は手に拳を作り、ポルク、そしてマルクの頭へと落とした。

 

「いってぇ!」

「ふぇーん!!」

 

 その結果、痛みをこらえるポルクと、泣きわめくマルクがいた。

 

「お前たち、ゼシカお嬢様から頼まれごとをしとったんじゃろ? 全くフラフラしよってからに」

「あっ、いけね。そうだった」

「ほれほれ、ゼシカお嬢様からおしかりをもらう前にさっさといかんか!」

「はーい」

 

 先ほどまでの痛みはどこへやら、ポルクとマルクは走って村の奥へと言ってしまった。

 レイフェリオたちはただ状況を見守るしかなかったが、二人がいなくなると女性が申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

「申し訳ありませんね。あの子たちも悪い子じゃないんだけど……」

「いえ、気にしてません」

「ガキのすることでがすからね」

「そういってもらえると……最近、この村で不幸なことがあって……まぁでもこの村は良い村じゃよ。ゆっくりしていってくだされ」

 

 そうれだけ言うと、女性も奥へと歩いていってしまった。

 残されたレイフェリオたちは、怪訝そうに顔を見合わせる。

 

「不幸ってなんでがしょう? 気になるでがすね」

「あぁ……けど村の人に聞くにももう遅い。宿に泊まって、明日の朝にでも聞いてみよう」

「でがすね」

 

 店も閉まっているし、外に人はいない。

 情報収集は明日の方がいいだろうと、二人は宿屋へと向かった。

 

 川の側にある宿屋で一泊し、翌朝になった。

 情報収集のため村人に話を聞こうと、まずは宿の側にいた恰幅のよい女性に声を掛ける。

 

「あの、ちょっとお聞きしたいのですが」

「ん? なんだい? あら、珍しく格好のいいお兄さんじゃないの? なんでも聞いてくんな」

「……アッシは無視ですかい……」

「ははは……」

 

 ちらっとヤンガスに視線を映したものの、あとはレイフェリオのみを視界に入れて女性は上機嫌に話を聞いてくれた。

 

「この村に不幸があったって聞いたのですが、一体何があったのですか?」

「……あぁ。そのことかい。……この村は代々アルバート家が治めているんだけどね。その跡取りであったサーベルトぼっちゃんが殺されてしまったんだよ」

「殺された?」

「ぼっちゃんは家柄を気にしたりもせず、村の用心棒を買ってくれたりね。優しい子だったんだよ。それが……本当世も末だよ」

「……そうだったんですか」

 

 昨夜の少年たちの言葉。サーベルトの仇と言っていたのはそういうことだったのだろう。誰かに殺された。その相手が盗賊だと。

 

「そういえば、盗賊がどうと聞いたのですが、どういうことかご存知ですか?」

「盗賊? あぁ、それはぼっちゃんが殺された場所がリーザスの塔という場所なんだ。その最上階にはリーザス像があってとってもきれいな宝石がついているんだよ。その場所で殺されたからそういう噂になっているのさ」

「リーザス像、リーザスの塔ですか……」

「でも不思議なのさ。あの塔の扉は村の人にしか開け方がわからないはずなんだ。一体どうやって犯人は入っていったのか……」

 

 結局リーザスの像は無事らしい。盗賊は一体何を取りに行ったのかもわからないと女性は話す。

 考えをまとめながら歩いていると、教会の横にある墓地に昨日の女性が祈りを捧げているのが見えた。

 

「あのおばあさん、昨日の人でがすね」

「……祈っているのか」

「ん? あぁ昨日の旅のお方、昨日はすまなかったね」

 

 話声が聞こえたのか、顔を上げてこちらを見た。

 

「いえ、事情は聞きましたから」

「そうかい……アルバート家はこの高台の屋敷なんだが、サーベルトぼっちゃんがなくなってから、ゼシカお嬢様も奥さまも塞ぎこんで、気の毒でならんよ。興味があるのなら行ってみるといい」

「……はい、ありがとうございます」

 

 女性は静かに墓地を離れていった。

 その後ろ姿はどこか寂しさを感じさせるものだった。

 

「兄貴?」

「いや、なんでもないよ」

「屋敷へ行ってみるでがすか?」

「……念のため、行ってみよう」

 

 高台の上と言っていた。確かに一段と高い場所に屋敷があるのが見える。あればアルバート家の屋敷なのだろう。

 屋敷の前までいくと一人のメイド姿の少女が立っていた。レイフェリオたちの姿を認めると、頭を垂れる。

 

「おはようございます。アルバート家へご用ですか?」

「あぁ、入っても大丈夫かな?」

「……奥さまもお嬢様もお元気がありませんので、何もお構いできませんが……」

「構わないよ」

「畏まりました。それではこちらへ」

 

 少女に案内をされ、屋敷へとはいる。

 そこは名家と称されるにふさわしいものだった。

 

「お屋敷の中はご自由になさっていただいて構いません」

「わかった」

「それでは失礼します」

 

 再び少女は外へと出ていった。

 二人が話をしている間、ヤンガスはただ黙っているだけだったので、レイフェリオがヤンガスに視線を向けると、何とも言い難い顔をしていた。

 

「どうかした、ヤンガス?」

「……兄貴、こういった場所にも慣れているでがすね」

「こういった場所?」

「なんかこう、お貴族っぽいところでがすよ。やり取りが手馴れてたがす」

「……よく見てるね」

 

 今度はこっちが驚く番だった。

 確かになれているのは事実だったが、レイフェリオは意識していたわけではない。それは育った環境がもたらすものだろう。

 

「まぁいい、とりあえず何か話を聞いてみよう」

「はいでげす」

 

 屋敷の中は、村の中と同様にどこか悲しい雰囲気だった。話し声もあまり聞こえず、使用人たちもひっそりとしていえるように見受けられる。

 

 使用人たちに話を聞けば、ゼシカというお嬢様と母親は口を開くと喧嘩ばかりしていたらしい。間にサーベルトが入ることで保たれていたらしいが、そのサーベルトがいなくなりどうなることかと思っている人も多かった。

 

 二階に上がら、様子を伺えば一人の女性がいた。容貌からして先代当主の奥方だろう。

 と、ふと後ろに気配を感じて、レイフェリオは振り返った。

 

「っ!?」

「ん? あ、貴方はレ──―」

 

 そこにいたのはレイフェリオの知己の人物。慌てて彼の口をふさいだ。

 ヤンガスは怪訝そうな顔をしてみているが、それどころではなかったのだ。

 小声で彼に話しかける。

 

「どうしてお前がここにいるっ!」

「それは僕のセリフですよ。殿下ともあろう人が何をなさっているのです?」

「……お前こそ、大臣家の跡継ぎだろう。なぜ、リーザスに」

「ここの令嬢は婚約者なのですよ。それで兄を亡くした彼女を慰めようと──ー」

「婚約者?」

「アルバート家の奥方から打診がありましてね。殿下のお相手ほどではありませんよ。確か、かの法皇様の孫娘らしいじゃないですか」

「俺の話はいい。ったく……ラグサット、俺と会ったことは誰にも言うな」

「……わかりましたよ。でも、僕はまだここにいるつもりですから」

「お前の言葉ほど信用出来ないものはない……」

 

 あまり放っておけばヤンガスにも事情を話さなければならないだろう。

 ひとまずは、ラグサットを放置してヤンガスの元へと戻る。

 

「兄貴、あいつは誰でげす?」

「あぁ……知り合い、かな」

「知り合い?」

「それよりも、奥方へ話を聞きに行こうか」

「えっ兄貴! 待ってくだせぇ!」

 

 足早に女性に近づくと、相手もこちらを見上げた。

 

「貴方は?」

「……失礼します。俺はレイフェリオです。少しお話を聞いても宜しいですか?」

「レイ、フェリオ? あっ、まさか──」

「……やはり、ご存知でしたか。ラグサットがいたので、可能性はありましたが。でも今は一介の旅人なので、それ以上はつぐんでくださると助かります」

 

 レイフェリオは小さく口を開けて驚く女性に、笑みを向ける。

 話についていけないヤンガスは、少し距離を取りながら見ていた。

 

「……何か事情がおありなのですね。わかりました。ご挨拶が遅れてしまいましたが、アルバート家のアローザと申します。で、レイフェリオ様は何をお聞きになりたいのでしょうか?」

「……アルバート家の当主の話は聞きました。お悔やみ申し上げます。それで、その時の状況を教えていただきたいのです」

「状況、ですか……」

 

 アローザから聞いた内容は村の人々の話と同じだった。どうやらそれ以上の状況は行ってみなければわからないようだ。

 

「……本来なら我が娘にも挨拶をさせなければいけないのですが、あの子は部屋に立て籠ってしまいまして」

「ゼシカ嬢がですか?」

「はい。我がアルバート家の家訓では喪に服している間は、家人は家を出ることはなりません。それをあの子は聞き入れず、おまけに子供たちを見張りにつけたりして。本当に申し訳ありません」

「いえ、こちらが突然伺ったのです。兄上のことを思えば無理強いは出来ないでしょうし」

 

 そんなのは必要ないとは言えなかった。

 相手は曲がりながりにも名家であるし、レイフェリオの素性も知っているほどサザンビークという国を知っている。

 やんわりと断りを入れると、レイフェリオはヤンガスを目で促し、ゼシカの部屋の前にいるという子供たちのところへ行くように促した。

 

「何もお構いできずに申し訳ありません。何もない村ではありますが、ゆっくりしていってください」

「ええ。それでは失礼します」

 

 アローザは立ち上がり、レイフェリオに礼を取った。

 ここでそんな態度を取られるのは勘弁してほしいのだが、顔には出さずにレイフェリオはヤンガスの所へと向かった。

 

「兄貴! どうやら、こいつらはただの見張りのようでがす」

「見張り? ……だが」

 

 レイフェリオは集中して、中の気配を探る。

 そこに人の気配は感じられない。

 

「中に人はいない。気配がないからね」

「いつも思うでがすが、よく気配とか感じるでがすね」

「そう、かな? 昔から気配には敏感だったから、癖でね」

「う、嘘だい! おいらたち、ちゃんとゼシカ姉ちゃんが中に入ったのを見たんだ! 外になんて出てないぞ!」

 

 ポルクはレイフェリオの言葉を真っ向から否定する。確かに子供相手に気配がどうのいっても信用はないだろう。

 だが、ゼシカは中にいない。それは間違いなかった。

 

「仕方ない……」

 

 レイフェリオはポケットからネズミのトーポを出した。

 

「トーポ、部屋の中に入れる場所があるはずだ、中を見てきてくれ」

「きゅっ!」

 

 掌から飛び降りると、トーポはその小さな身体を駆使して、小さな穴を見つけると、部屋の中へと侵入した。

 

 

 

 



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リーザスの塔

リーザス塔攻略完了までです。


 暫くするとトーポは背中に何やら紙のような物を背負って戻ってきた。

 

「トーポこれは?」

「きゅきゅっ」

「机の上に手紙があったのか……っと、これは彼女の手紙みたいだな」

 

 その言葉に目を見開いたポルクは、すかさずレイフェリオの手から手紙をもぎ取った。

 

「見せろ!」

 

 ゼシカの手紙を読んでいくうち、ポルクの手が震えていく。

 

「ゼシカ姉ちゃんの字だ!」

「ポルク?」

 

 ポルクは後ろにあったゼシカの部屋の扉を勢いよく開けた。その衝撃が隣にいたマルクに当たったが、ポルクは気がつかないまま部屋の中に入る。

 

「マジでいねぇじゃん! やばい、ヤバイぞ。一人で東の塔に行ったなら、サーベルト兄ちゃんだけでなくゼシカ姉ちゃんも……ヤバイヤバイ」

「ど、どうしようポルク……」

「と、とにかくこうしちゃいられない。ゼシカ姉ちゃんを東の塔から連れ戻さないと!!」

 

 何をすべきか思い付いたのか、ポルクは顔をあげてレイフェリオを見上げると、レイフェリオに指を突きつける。

 

「おい! お前もこうなった原因の一つなんだからな」

「何をいってるんだ、兄貴は関係ねえだろうが」

「う、うるさいっ! 東の塔はおいらが開けてやるから、ゼシカ姉ちゃんを連れ戻してこい!」

 

 東の塔、リーザスの塔のことだろう。

 いずれにしてもまだ年端もいかない少年に行かせるわけにはいかないし、不本意だがサザンビークの者が世話になっていることもあり見過ごすことはできなかった。

 

「わかったよ。行こうか、その塔に」

「兄貴!?」

「その塔にも興味があるし、どのみちこのままこの子達が塔に乗り込んでも困るしね」

「そりゃそうでがすが……」

「よし、そうと決まればさっさといくぞ! おい、マルク! お前は奥さまにゼシカ姉ちゃんがいないことを気づかれないようにな!」

「うん、がってん!」

 

 ローザ夫人には内緒、という意図らしいので出会わないように屋敷を出る。

 村を出る前に、装備を整えるためまず武器屋に寄った。

 

「いらっしゃい」

「武器を見せてもらえますか?」

「あいよ。おすすめはこの石の斧だ。切れ味はよくないが、打撃という面では結構強いぜ」

「打撃、か。ヤンガスならそれでもダメージは与えられるかもな」

「アッシでがすか?」

「俺の腕じゃ、たかが知れているからね」

 

 ヤンガスは武器を手にとって振ってみる。

 

「今の武器よりは重いでがすが、まぁ確かにその分ダメージはあがるでげすね」

「では、これを一つ」

「毎度!」

 

 次は防具屋だ。

 武器屋の隣にあるが、装備品以外にも薬草などの道具が売られていた。

 

「いらっしゃい! 何をお探しで?」

「そうだね……薬草も持っておこうか」

「そうでがすね。兄貴の呪文に頼り切りになってしまうでがすから」

「それ以上に、魔力が尽きてしまえば回復する手段がなくなる。それは避けたい」

「言われてみればそうでがすね」

「あとは……防具だけど」

「盾なら、このうろこの盾がおすすめだよ。ここいらじゃ防御力が高い方だ。セットで鎧もあるしな」

「盾と鎧か……」

 

 現在の装備でいえば、ヤンガスは皮の盾、帽子、こしみのだ。対してレイフェリオは旅人の服に鉄の盾、バンダナだった。

 戦闘において素早さを重視しているレイフェリオは鎧を身に着けるつもりはないのでどちらかと言えばヤンガスに渡すべきだろう。

 

「それじゃあうろこの盾を。鎧は、ヤンガスには装備できないかな……」

「無理でがすね。アッシの体格じゃ入らねぇでがす」

「なら、あんたにはこの腰巻はどうかね?」

 

 店主が見せたのは、皮でできた腰巻。今の装備品よりは守備力はあがりそうだ。

 

「アッシが装備できるのはこういうのばっかりな気がするぜ……」

「ヤンガス?」

「いえ、何でもないでがす」

 

 結局、ヤンガスの防具と薬草、毒消し草を購入し、村を出発することになった。

 外に出るとトロデ王が待っていたので、事情を説明することしばし。

 

「……なるほどのう」

「まだわかりませんが、そのリーザス塔にヤツが現れたかどうかも含め、確認をしてきたいと思います」

「なぜそう思うのじゃ? ドルマゲスの姿を見たわけではなかろう?」

「そうでがすよ兄貴。そのサーベルトって奴と関係はないでがす」

「……俺の勘、だと思う」

 

 それ以上の説明は恐らくできない。しかし、あの関所を見るにこのリーザスに用があった可能性は高い。そしてライラスに続き殺されたというサーベルト。無関係ならばそれにこしたことはないが、関係がないとも言い切れない。

 ゼシカを連れ戻すついでに、リーザス塔の状況を確認するだけでもしておかなければいけない気がするのだ。

 

「……まぁよい。そもそもお主はこちらから協力してもらっている形じゃ。そのお主がそう思うのなら構わんじゃろう。その娘さんのことも気になるというのはわかるしの」

「王……」

「ミーティアもそう思うじゃろう」

 

 トロデ王に応えるように、ミーティア姫は声を鳴らした。

 

「では、向かいましょう。ポルク、案内頼むよ」

「……なんかよくわかんないけど、わかった! 塔はこっちの道をまっすぐだ! ちゃんとついて来いよ!」

 

 ポルクの後についていくと、リーザス村から出て左手の奥の方に塔の頂きが見える。あれがおそらくリーザスの塔なのだろう。

 近くまで来るとさほど高い塔ではないようだ。だが、外観をみるだけで入り組んだ構造であることは見て取れる。

 

「着いた着いた! ゼシカ姉ちゃんはこの中だぞ」

「なんでぇ普通の扉じゃねぇか」

「ふん、この扉は村の人間にしか開けることはできないんだ」

「簡単に開けれそうだっ……ん?」

 

 馬鹿にしたようにヤンガスが扉に手をかける。だが、押しても引いても扉はびくともしなかった。

 

「鍵がかかっているだけじゃねぇか」

「そんなものないぞ! こうやって開けるんだよっと」

 

 ヤンガスを避けて、ポルクが扉の下を持ち、ゆっくりと持ち上げた。

 

「なっ!!」

「なるほどな……確かに見た目には開く扉にしか見えない」

「だろっ! こういう時だからお前らの前でやったけど、これは絶対に秘密だからな!」

 

 盗賊対策というべきか、見かけから持ち上げる扉だとは想像しにくい。古人の知恵というものなのだろう。

 

「おいらに手伝えるのはここまでだ! おいらは村に戻るから、ゼシカ姉ちゃんのこと頼んだぞ!」

「あぁ、わかってるよ」

 

 ポルクは役目は終わったとばかりに、足早に村へと帰っていった。

 トロデ王とミーティアもここまでで、中には入らない。レイフェリオは洞窟の時と同じく、ヤンガスと共に塔の内部へと入っていった。

 

「外苑と内部とで入り組んでいるのか」

「複雑な塔でなければいいんですがね。あと、道が狭いでがすよ」

「……あぁ。魔物と遭遇すれば戦闘は避けられないだろうな」

 

 洞窟は道幅が広かったが、ここはそういうわけにはいかないようだ。

 魔物の気配もする。気を引き締めて進んだ方がいいと、レイフェリオは手に力が入った。

 

「行こう」

 

 まずは先へ進める道、階段を上り円形の塔の内部へとはいる。案の定、そこには魔物の姿。

 スライム状の緑色の物体、バブルスライムとカエルの魔物がこちらを視界にとらえていた。

 

 武器を手に持ち、様子をうかがっているとカエルの魔物が高く跳ねあがった。

 

「ちっ!」

 

 爪の攻撃を躱す。だが、躱したところへ今度はバブルスライムの液状攻撃が放たれた。

 バブルスライムの攻撃には毒性がある。

 レイフェリオは躱す余裕はなかった。咄嗟に剣を振り、攻撃を払いのける。

 

「連携してくるのか。厄介な……火炎斬りっ!」

「ギャシャァ」

 

 バブルスライムをまずは一体消滅させると、カエルの魔物へとそのまま斬りかかった。

 

「グェ……ヘヘヘ」

「なっ!! うわっ」

 

 攻撃を受けたカエルは、反転し長い舌を巻きながらこちらに襲い掛かってきた。そのスピードは先ほどの比ではない。

 

「痛っ。させるかっ!」

「ギャァァ」

 

 炎を纏ったまま、再び剣を振り下ろすと、魔物は消滅した。正面にいた魔物は倒した。

 ヤンガスの姿を探すと、無事に魔物を消滅させたようだ。息をついてはいるが、怪我はなさそうだった。

 

「無事か?」

「へ、へい。兄貴は……って兄貴怪我してるでげすよ!」

 

 ヤンガスはレイフェリオの肩口を指した。反転し狂暴化した魔物に不意打ちを受けた時に掠ったのだろう。

 

「掠っただけだ。回復するほどのものでもない」

「けど──―」

「それより気になることがあった。どうやら、攻撃をすると狂暴化する魔物がいるらしい。あれは早めに対処しないとまずいかもしれない」

「……先に倒すのがいいってことでげすね」

「あぁ」

 

 その後も何度か戦闘を行い、先ほどの魔物についてわかったのは、こちらが攻撃をするたびに反転を繰り返す魔物のようだ。カエルの姿の方はおとなしいが、人面の方は狂暴という変化をする。奇数の攻撃をせず、必ず偶数で攻撃すれば対応できる。

 ヤンガスが攻撃をし、そのすぐあとにレイフェリオが攻撃をする。あの魔物については、同時に攻撃をすることで対処できるようになった。

 

 その後も魔物と遭遇しては戦い、傷を癒すを繰り返す。

 仕掛けもなかなかのものだった。何回か階段を上がった先に、最上階と思われる場所へたどり着いた。

 白い女性の像が置いてあったのだ。

 

「ここが、最上階か……」

「でげすかね……」

 

 像へと近づいてみると、その両目に輝く石がはまっているのが見える。

 その像に触れようとすると、背後から足音が聞こえてきた。

 振り返り確認すると、そこには一人の少女がいた。その手には花束を持っている。

 

「君は……」

「あんたたち……とうとう現れたわね。リーザスの瞳を狙って絶対にまた来ると思っていたわ。兄さんを殺した盗賊め! 兄さんと同じ目にあわせてやる!」

「ちょっ、待つでがす!!」

 

 ヤンガスが止めるも少女は聞く耳を持たず、その指先に魔力を溜めると火の玉をこちらへ向かって投げつけた。

 

「っ!」

「うわっ!」

 

 レイフェリオ、ヤンガス共に避けるがその炎はリーザス像へと当たってしまった。

 しかし少女は避けられたことに気を取られ過ぎて、そのことには気が付いていない。再びその手に、今度は先ほどより大きな炎を溜め始めた。

 

「覚悟……し、な、さい!!!」

「……」

 

 目の前の炎を浴びれば、あの像はただではすまないだろう。レイフェリオが避ければそれが現実になる。かといって、あの炎を止めるほどの魔法はレイフェリオには使えない。ヤンガスも対処できないだろう。

 

 当たることを覚悟し、息を止め両腕を目の前で交差させた。その時だった。

 

『待て!』

「!?」

 

 ここにいるはずのない第三者の声が響いたのだ。

 

『私だ、ゼシカ。私の声が……わからないか……』

 

 声の主は、リーザス像。像が話すわけがないが、確かに像から声が聞こえてくる。

 驚愕しているのはゼシカだ。

 

「サ、サーベルト兄さん……」

『その呪文を止めるんだ……私を殺したのはこの方たちではない……』

「止めろったって……もう止まんないわよ!!」

 

 そこまで言うと、ゼシカの手に溜まっていた呪文が放たれ、レイフェリオへと向かってきた。

 

「くっ!!!」

 

 レイフェリオは手に魔力を込めるが、威力をなくすほどのものではなかった。両腕で庇うことはできたものの、まともに炎を浴びてしまう。

 

「兄貴っ!!!」

「あっ……」

 

 壁までとばされることはなかったが、それでもダメージは弱くない。

 

「……痛っ……ベ、ベホイミ……」

 

 意識が痛みに覆われてしまう前に、レイフェリオはなんとか回復呪文を唱えた。

 青色の光に包まれ、レイフェリオの傷が癒されていく。

 だが、傷が治ったとしても痛みがすぐに引くわけではない。

 

 顔をあげると、駆け寄ってきたヤンガスの顔があった。その後ろには青白い顔をしたゼシカの姿も。

 

「だい……じょうぶだ。俺はいい。それより、ゼシカは像へ」

「……ありがと……」

 

 その言葉に安堵すると、ゼシカはリーザス像へと駆け寄った。

 

「本当にサーベルト兄さんなの……?」

『あぁ、本当だとも。聞いてくれ、ゼシカ。それに……旅の方よ……死の間際、リーザス像は我が魂の欠片を預かってくださった。この声も、その欠片の力で……もう時間がない……像の瞳を……覗いてくれ。そこに、真実が刻まれている……さぁ急ぐんだ』

 

 ヤンガスの方にもたれ掛かりながら、レイフェリオもリーザス像へと近づく。

 

『そう、あの日……塔の扉が開いていたことを不審に思った私は……この塔の様子を見に来た……そして……』

 

 リーザス像の瞳を介して、レイフェリオたちにその日の記憶が映し出された。

 サーベルトはなすすべもないまま、その身をドルマゲスに貫かれてしまった。

 勘が当たってしまった。レイフェリオは唇をかむ。

 

『旅の御方よ、リーザス像の記憶……見届けてくれたか……』

「あぁ……」

『私にもなぜかはわからぬ……だが、リーザス像は……あなたがくるのを待っていたのだ……』

「……」

『願わくば……この記憶が……あなたの旅の……助けとなれば……私も報われる……』

「……あぁ、わかった」

『ゼシカ……これで我が魂のチカラも役目を終えた……。お別れだ……』

「いやぁ! どうすればいいの! お願い、いかないでよ……兄さん!!!」

『ゼシカ……最期にこれだけは伝えたかった。……この先も母さんは、お前に手を焼くだろう。……だが、それでいい……お前は、自分の信じた道をすすめ……さよならだ、ゼシカ……』

 

 その言葉を最後に、リーザス像から火の光が消えた。

 恐らくはそれがサーベルトの魂の光だったのだろう。

 リーザス像を前に泣き崩れるゼシカにかける言葉はない。

 

「ふーむ、何たることじゃ。あのサーベルトとやらを殺したのがドルマゲスじゃとは!!」

「おっさん!!! いつの間に!!!」

 

 いきなり現れた風のトロデ王にヤンガスも驚きを隠せない。

 レイフェリオも驚いたが、反応を示せる状態ではなかった。

 

「なぜかはわからんが、サーベルトとやらもわしらにドルマゲスを倒せと言っておるようじゃ。彼の想い、決して無駄にはできぬな。これでまた一つ、奴を追う理由が増えたというわけじゃ」

「トロデ王……」

「では、わしは馬車で待っておるぞ」

 

 言うだけ言って、トロデ王は戻って行った。

 一体どうやってここまできたのか……あえて突っ込みはしまい。

 

「兄貴……」

「とりあえず戻ろう……彼女は、今は一人にしてあげたほうがいい」

「でがすね……」

 

 ヤンガスの肩を借りながら、最上階を後にしようと歩き出す。

 

「あ、ねぇ……その、誤解しちゃってごめん。あとでちゃんと謝るから……だからもう少しだけここにひとりでいさせて……少ししたら村に戻るから……」

「……わかった。行こう、ヤンガス」

 

 サーベルトはゼシカにとって大切な家族だったのだろう。それを目の前で失い、その間際の映像も見させられたのだ。気持ちの整理をつける時間が必要であることは、レイフェリオにもわかっている。

 

 ここにきた目的は、果たした。

 

「……村に戻ろう」

「でがすが、このままじゃ戦闘は無理でがすよ?」

「また塔の中を戻るのは、きついからね。ルーラで戻るさ」

「えっ?」

「……ルーラ!」

 

 レイフェリオが唱えると、周囲を光が取り囲み、身体が空へと浮いていった。

 

 

 

 

 

 

 




度々の誤字報告、ありがとうございます。
何度か見直しているつもりなのですが・・・まだまだ未熟ですみません。


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アルバート家

リーザス塔帰還からアルバート家のいざこざまで。


 ルーラで一気にリーザス村へ戻ってきたレイフェリオたちは、ポルクたちが準備してくれていた宿屋に泊ることになった。

 

「兄貴、大丈夫でがすか?」

「あぁ、もう平気だよ。ゼシカか……あの魔法力は凄まじいな」

「随分と身勝手な女でがすよ……」

「……それほどに兄を慕っていたんだろう」

「……それは……そうでがすね」

 

 ゼシカの呪文は相手を消し去ろうとする強い想いがあった。サーベルトを死に追いやった者を亡きものにするために放った呪文で、この程度で済んだのは幸いだったのだろう。

 

「俺も……火の耐性は弱くはないからな」

「ん? 何か言ったでがすか?」

「いや、こっちの話だ。今日はもう休もう」

 

 レイフェリオは先にベッドへと横になる。塔では魔力が残り少なくなっていたため、疲労を感じていたのだ。

 横になると途端に睡魔に襲われ、そのまま目が覚めたのは昼頃だった。

 

「うっ……」

 

 目を開けると窓から強い日差しが入ってくるのを感じた。

 

「兄貴! 起きやしたか!」

「ヤンガス? ……ごめん、寝坊してしまったみたいだ」

「いいんでがすよ。それより、ゼシカが戻ってきたらしいでがす」

「わかった。アルバート家の屋敷に行こう」

 

 起き上がり支度を整えると、レイフェリオとヤンガスは高台のアルバート家へと向かった。

 

 屋敷内に入ると二階から話し声がする。急ぎ、二階へ上がるとゼシカとアローザが言い合いをしていた。

 どうしたものかと考えていると後ろから声がかかる。

 

「彼女たちは取り込み中みたいなので、話は後にしたほうがいいですよ……」

「……あんたは兄貴の知り合いの……」

「……まだ居たのか」

「ええ。ゼシカに会うまでは帰らないと思ってましたのでね」

 

 金髪のおかっぱ頭をさらりと片手でかきあげる。格好をつけているつもりなのかもしれないが、レイフェリオにとってはどうでもよいことだった。

 

「もう一度聞きます、ゼシカ」

 

 そんなこちらの様子など気づかないようで、アローザの声が聞こえてくる。

 

「あなたには兄であるサーベルトの死を悼む気持ちはないのですか?」

「……またそれ? さっきから何度も言っているじゃない! 悲しいに決まっているでしょ。ただ家訓家訓って言っているお母さんとは気持ちの整理の付け方が違うだけ。私は兄さんの仇を討つの」

「仇を討つ、ですって?」

 

 仇、その言葉にアローザは目を見開き、頭を振った。

 

「ゼシカ! バカを言うのもいい加減になさい! あなたは女でしょ! サーベルトだってそんな事は望んでいないはずよ!」

「いい加減にしてほしいのはこっちよ! 先祖だ家訓だのってそれがなんだって言うの!」

「ゼシカっ!」

「どうせ信じやしないでしょうけどね、兄さんは言ったわ。私に、自分の信じた道を進めってね。だから、私は絶対に兄さんの仇を討つわ! だってそれが、私の信じる道だもの」

 

 ゼシカは一歩も譲らない。両者の言い分は平行線で、どちらも譲らないようだ。

 アローザは、嘆息するともう言いというように吐き捨てた。

 

「……それほどに言うのなら好きにしなさい。ただし……私は今からあなたをアルバート家の一族とは認めません。この家から出てお行きなさい」

「ええ、出ていきますとも。お母さんはここで気がすむまで引きこもっていればいいわ。ふん」

 

 感情を隠しもしないゼシカは、わざとらしく足音をたてながら自室へと向かうと、入り口を見張っていたポルクたちに声をかけ中へと入った。

 

「……うーん、僕は入るべきだったのかな」

「やめた方がいいだろうな……」

 

 女二人の言い合いに部外者が入れる隙はないだろう。ただでさえ、感情が高ぶっている様子なのだから。

 

「あっ、出てきたでがすよ」

 

 バタンと大きな緒とをたてて、ゼシカが部屋から出てくると、ポルクたちに何かを言ってるようだ。

 

「あの子たち、本当にゼシカのことが大切なんだな」

「ゼシカはここのお嬢様でがすからね」

「それだけが理由じゃないと思う」

「兄貴?」

 

 ゼシカに頭を撫でられ、泣いているポルクとマルク。姉と弟のようだとレイフェリオは思った。

 それでもこの村を出ていこうとするゼシカに迷いはないようだ。

 

「……言われた通りに出ていくわ。ごきげんよう」

 

 アローザに対してはきつく言い放つと、そのままレイフェリオたちには気づかずに階段を下りて屋敷を出ていってしまった。

 

「……まさか本当に出ていくなんて、僕との婚約はどうなるんでしょうかね」

 

 その姿にラグサットは一人で唸っていた。しかし、レイフェリオはそれには答えずにアローザの元へと近寄る。ヤンガスはその場で待っているようだ。

 

「アローザ夫人」

「あっ……お見苦しいところをお見せしました」

「いえ……」

「本当にあの子は一体誰に似てしまったのか……すぐに音をあげて戻ってくるに決まっています」

「夫人は彼女を信じてはいないのですか?」

「えっ?」

 

 レイフェリオの問いかけにアローザは何を言われたのかわこらないように戸惑いを見せた。

 

「信じるって、何をです?」

「……ゼシカ嬢を信じてあげて下さい。彼女の話は本当です」

「何を根拠におっしゃっるのですか? サーベルトはもう亡くなってしまったのです。それを──ー」

「俺も、彼の声を聞きました」

「!!」

「それでは根拠になりませんか?」

 

 この問いかけは我ながら卑怯だと思ったが、それでも最期の彼の想いをつたえておきたかった。

 

「彼は最期に妹を案じながら、この世を去りました。もし、それを信じて下さるなら、彼女に少し時間をあげて下さい」

「レイフェリオ様……」

 

 アローザは肯定も否定もしなかった。

 目の前で見たわけではないのに、死人が言葉を残したといっても信じる人はいない。レイフェリオは自分の立場を利用しただけだ。

 

 ただ、黙って考え込むアローザを一人にし、レイフェリオはヤンガスに声をかけた。

 

「行こう、ヤンガス」

「……兄貴って、偉い人なんでがすか?」

「……どうしてそう思う?」

「なんというか、あのゼシカのお袋さんと話してる雰囲気が、でがすかね……」

「……」

「……言ってないのですね」

 

 ヤンガスの態度にラグサットがポツリと洩らす。

 言えるわけないだろう、と声を出したかったがここはまだアルバート家の屋敷。

 

「ごめん、それについては追々話すことになるだろうけど、今は勘弁してくれるか」

「……わかったでがすよ。兄貴にも事情があるんでがすから」

 

 何かを言いたそうなラグサットに、視線をむけると彼はため息をつきながらアローザ夫人の元へと向かっていった。

 

「トロデ王が待ってる。行こう」

「でがすね」

 

 



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リーザス村出発

リーザス村をでてから、ポルトリンク到着までです。


「おーい!」

 

 村を出ようとすると、ポルクが後ろを追いかけてきた。

 

「どうかした、ポルク?」

「お前たちはこれからどこにいくんだ?」

「……そうだな。とりあえずは、情報を集めるために人がいるところを目指すつもりだよ」

「なら、ポルトリンクだな。ゼシカ姉ちゃんも怪しいやつの噂を聞いたってんで、そっちに向かったぞ!」

 

 ヤンガスとレイフェリオは顔を見合わせる。

 怪しい奴、それがドルマゲスの可能性はある。であるならば、そちらに向かうのがいいだろう。

 

「ありがとう。俺たちもそこへ向かうよ」

「……お前たちには世話になったからな。けど……」

「なんでがすか?」

 

 ポルクは何かを言いたそうにしているが、言いにくいことなのか中々言葉になってこない。

 後ろにはマルクがいるが、ポルクが言うのを待っているようだ。

 

「ポルク?」

「あ……あのさ」

 

 ポルクが顔を上げて真剣な表情をしてきた。そこから大方の予想はできたが、それは外れていなかった。

 

「ゼシカ姉ちゃんを手伝ってほしいんだ!」

「手伝うったって、アッシらは──―」

 

 ヤンガスの言葉をレイフェリオは手で止めた。レイフェリオたちの目的は、トロデ王たちの呪いの件を解決する。そのためにドルマゲスを追っているのだ。

 

「……わかったよ。ただし、それをゼシカが望んでいたら、だ。そうでないならば約束はできないよ」

「……う、うん。わかった。それでいい」

「兄貴……」

「ポルク、マルク。ゼシカのことは俺たちに任せて、この村を頼んだよ」

「が、がってん! あ……それと、お前……じゃなくてえっと……な、名前教えろ、よ」

 

 しおらしく名前を教えてほしいと聞きたいが、素直にそれを言えないのがまだ子供らしいということだろう。

 レイフェリオは左手を差し出した。

 

「えっ?」

「俺の名は、レイフェリオ」

「……アッシはヤンガスでげす」

「……レイフェリオ、ヤンガス。うん、わかった! ありがとな、レイフェリオとヤンガス!」

「ありがと」

 

 ポルクが言うと、マルクも声は小さいが礼を言った。

 最初にこの村に来た時は勇ましいくらいにとびかかってきたのが嘘のようだ。

 

 二人に手を振ると、リーザス村を後にした。

 

 

「遅い!!! ……何をしておったのじゃ」

 

 村を出た途端にトロデ王がぶつくさと文句を言いながら近寄ってくる。

 

「お主らが疲れてるとはいえ、あのゼシカという娘はとっくに出ていったのだぞ!」

「ちゃんと情報収集をしてたんでぃ! トロデのおっさんは待ってるだけじゃねぇか」

「なんじゃと!」

「なんだよ!」

「ぐぬぬぬ……」

 

 確かにトロデ王は村に入れないのだから待っているしかないし、少し寄り道をしていたのは事実だから遅れたのはこちらだろう。

 

「すみません、トロデ王。少し時間をかけてしまったようです」

「う……ま、まぁ、仕方がないのじゃろうが」

 

 素直に非を受け入れられると戸惑うのか、素直に慣れないトロデ王だった。だが、これでひとまず気は収まったようだ。

 

「ポルトリンクへ、向かおうと思います。何やら怪しい奴の噂があるとのことで、ドルマゲスの可能性があります」

「なんと! こうしてはおれん! 早速向かうのじゃ」

 

 情報を聞くや否や颯爽と御史台に乗り込むトロデ王。その様にレイフェリオは苦笑した。

 

「ポルトリンクは、リーザスの塔へ行く途中にあった分かれ道を右手に進むらしい」

「あの立て札があったところでがすね」

「あぁ」

「何をしておる! 行くぞ!」

 

 トロデ王に急き立てられるように、レイフェリオちはポルトリンクの方へと向かった。

 

 

 ポルトリンクへ魔物を倒しながら進んでいると、少し時間を拓けたところに出た。

 

「あ、兄貴! 海でがす」

「あぁそうだね。見るのはトロデーン城を離れて以来かな」

「ふん、海くらいで騒ぐでない。大して珍しいものでもないわ」

「兄貴と見るのは初めてでがすからね。感慨深いでがすよ」

「そ、そういうもの?」

 

 トロデ王と同じ感想を持っていたレイフェリオからしてみれば、ヤンガスの考えは同意出来るものではなかった。

 本当に、年上にここまでなつかれるのは妙にくすぐったい気分だ。しかし、少しずつそれに慣れている自分もいる。レイフェリオは苦笑した。

 

「……そう言えばヤンガスはこの大陸出身じゃないんだよね?」

「そうでがすよ!」

「なら、ここに来るときはポルトリンクを通ったんじゃない?」

 

 無論、レイフェリオもそうだ。サザンビークからは船旅をしていたのだから。

 だが、ヤンガスははっきりと言わず言葉を濁す。

 

「えっとでがすね……その」

「……まさか」

「いえっ! アッシはちゃんと金を払おうとしたんでがすよ! あっちが怯えてたというか……その払いそびれたんでがす」

「無賃乗船か……」

「不可抗力なんでがす……たまたま船長がいなくて代わりの奴だったみてぇでがすが、弱腰の男でがした」

「どんな理由があってもダメなものはダメだ。ポルトリンクに着いたら払わないとな」

「面目ねぇでがす……」

 

 故意にやったことではないにしろ、今からポルトリンクに行こうというところだ。変な騒ぎにでもなっては困る。

 

 そんな他愛ない話をしながら歩いていると、ポルトリンクの街の入り口が見えてきた。

 

 

 

 



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海の主

ポルトリンク到着からオセアーノン戦までです。


 ポルトリンクは賑やかな港町だ。

 いつものようにトロデ王たちは外で待ってもらい、レイフェリオはまずゼシカを探すことにした。

 ポルトリンクはアルバート家の領地であるから、ゼシカが居たとすれば騒ぎが起きているはず。

 

 街に入るとどこかソワソワしているような雰囲気があったことから、ゼシカが来ているのは間違いないだろう。

 

「相変わらず賑やかでげすな」

「そうだね。けど……船が出ていないみたいだ」

「? そうでげすか?」

「あぁ、いつもならこれくらいの時間は港に船が動いているはずだけど」

 

 そう言って、レイフェリオは街の港の方を示す。ヤンガスは示された方へ視線を向けた。

 

「船はあるけど、その上に船員がほとんどいない」

「そうで……がすかね? アッシにはよく見えないでがすが」

「あ! そ、そうか。確かにこの距離じゃ普通は見えないかもな……ま、まぁとにかく港へ向かってみよう」

「えっ、あ、兄貴!?」

 

 レイフェリオは言及される前に、足早に港へと向かった。ヤンガスも慌ててついてくる。

 

 生まれつきレイフェリオは感覚が鋭かった。そう普通の人間では視認できない距離でもそれを認識できる程度には。

 異質であることはわかっていたはずなのだが、気が緩んでしまったようだ。それだけ、ヤンガスに気を許してしまっているのかもしれない。

 

「……まずい、かな……」

 

 レイフェリオは幼き頃から、簡単に他人に気を許してはいけないと教え込まれてきていた。それなのに、トロデ王たちと出会い、行動を共にしていくことで、仲間意識というべきものが生まれていた。

 悪くない、と思う。

 だが、レイフェリオの立場上、あまり自分の事情に深入りをさせることはできない。そのためには、適度に距離を保っている必要があるだろう。

 

 そうこう考えていると、ポルトリンクの奥にある定期船案内所へと辿りついた。そのまま中に入ると、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

「もう待てないわよ! 今すぐ船を出して! 私は急いでいるんだからっ」

「この声……」

「……ゼシカでがすね」

 

 怒鳴り込んでいる様子だが、ゼシカは定期船の案内をしている男に掛け合っているようだ。

 

「船はやっぱり出てないみたいだな」

「お、あんたたちも定期船に乗りたいのかい?」

 

 レイフェリオへ声を掛けてきたのは、僧侶の姿をした男だった。

 

「貴方は?」

「あぁ、私はこの海の先にあるマイエラ修道院の者だよ。今は、海に魔物がいるらしくてね。定期船が出ないらしいんだ」

「魔物?」

 

 話を聞くと、ここ数日のことだが海にいる魔物が暴れて定期船を襲っているらしい。そのため、おいそれと船を出すわけにはいかないそうだ。

 

「私も修道院へ戻りたいのだけどねぇ……この調子じゃ無理そうだ」

「そうだったのですか……」

「あっ、貴方たち!」

 

 そこへレイフェリオたちの姿に気が付いたゼシカがこちらに駆け寄ってきた。どうやら話は終わったようだ。

 

「えっと、リーザス塔で会った人たち、で合ってるわよね?」

「あぁ、そうだけど」

「あの時はごめんなさい。貴方に怪我までさせちゃって……」

「……気にしなくていい。それに大した怪我にはならなかったんだから、この話はおしまいだ」

「……ありがとう」

「兄貴はお人よしすぎるでがす……」

 

 事がことだったのだから仕方ない、と思っているのだが、ヤンガスはどうやら否定的なようだった。

 ゼシカは正面から大丈夫と言われたことで、安堵したように表情が崩れた。我儘なお嬢さんという感じではあったが、根は素直な人柄なのかもしれない。

 それよりもゼシカには聞かなければいけないことがある。

 

「ところで、ここで何を?」

「あ、そうだった。……そうだ、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」

 

 控え目にレイフェリオへ尋ねる。おそらく、先ほどもめていたことだとは思うが。

 

「……内容によるけど」

「魔物退治をお願いしたいの。……ちょっと来てくれる?」

 

 ゼシカはレイフェリオの腕を引っ張り、連れていく。その先は予想通り、先ほど言い合いをしていた男のところだった。

 

「ねぇ、私が手をださなきゃいいのよね?」

「へぇまぁそりゃ……」

「……じゃあ、この人たちだったらいい?」

「そりゃ退治してくれるならこちらは願ったりですが……大丈夫なんですか?」

 

 男は不安そうにレイフェリオを見定める。

 確かに見た目には強そうには見えないだろうと、レイフェリオ自身も思うが、ここまであからさまに視線を受けたのは初めてだった。

 

「……ゼシカは海を渡りたいのか?」

「あの時の……リーザス像が見せてくれた光景を私は忘れないわ。ここの人たちの話だと、兄さんをあんな目に合わせた奴らしいのが、南へ海を渡っていったっていうの。だから、何としても追いかけないと」

「ドルマゲスが南に……」

「そうよ。あいつにどんな目的があって兄さんを手にかけたのか、絶対に突き止めてやるんだから! 世界の果てまででも追いかけるわ!」

「……なるほどね。だから魔物退治ってわけだ」

「そういうことよ。どう、お願いできる?」

 

 ドルマゲスが南に渡った。ならば、レイフェリオたちも南に向かう必要がある。

 目的は同じなのだから、断る理由はない。

 

「ヤンガス、いつまでそうしているんだ。行くぞ」

「あ、兄貴!? 引き受けるんですかい?」

「……でないと追いつけないからな」

 

 ゼシカの態度が気に入らないのか、離れて話を聞いていなかったヤンガスに同じ説明をする。

 

「……なら仕方ないでがすね」

「船の準備は私がお願いしておくわ。向かう準備ができたら港で声をかけて」

「わかった」

 

 どのような魔物が相手かわからない以上、準備だけはしっかりとする必要がある。

 ヤンガスを連れて、街の武器屋へと向かうことにした。

 

「兄貴は今回も見ないんでげすか?」

「あぁ。俺は必要ないよ」

「その剣でげすか……どういったものなのでげす?」

「……父の形見、のようなものかな」

「……申し訳ねぇでげす」

「気にしなくていい。もう過ぎたことだから」

 

 正確には形見ではないのかもしれない。

 幼き頃、父から渡されたもの。その正式な剣の名前も教えてもらうことはなかった。

 だが、他のどの武器を触っても、この剣以上に手にしっくりくるものとは出会えていない。

 それ故もう他の武器を手に取ることさえ久しくしていなかった。

 

「とりあえず、品を見せてもらおう。海の魔物であれば、船の上で戦うことになるだろうから、今の武器では分が悪い」

「確かにそうでがすね……」

「ゼシカが戦闘に参加できれば、呪文で迎撃をお願いするんだが、そうはいかないみたいだからね」

「……呪文の威力は否定できないでげすね」

 

 その後、武器屋で鉄の鎌を購入し、ゼシカの元へと戻った。

 

「準備はできたの?」

「あぁ。そっちは?」

「こっちも大丈夫よ。じゃあ行きましょう」

「君も乗るのかい?」

「当然でしょう。黙って待つのって嫌だもの」

「……女って面倒でげす」

 

 

 なにはともあれ、ゼシカも一緒にレイフェリオは船に乗り込んだ。

 

 船が漸くうごくということで、張り切る人、どこか不安を抱きながら乗る人がいた。後者の方が多いようだが、それでも仕事は何とかこなしている。やはり、魔物への恐怖があるのだろう。

 レイフェリオは船の後方に陣取りながら、海上を見渡す。

 

「魔物はどの辺なんでがすかね?」

「……」

 

 ヤンガスのその声にレイフェリオは気配を探ってみた。

 ふと、強い魔物の気配を掴む。

 

「そろそろみたいだ……」

「えっ!?」

 

 その時突然海面から飛沫が上がった。

 徐々に浮かび上がるその姿は、赤い悪魔。

 

「気に入らねぇな。このオセアーノン様の頭上を断りもなく通りやがって」

「……なんでぃ、タコじゃねぇか」

「なんだとっ! ……ふっどうやら少し躾が必要なようだな。海に生きる代表として、俺様が食っちまおうか」

「あぁ食っちまえ食っちまえ!」

 

 ヤンガスの言葉に怒りを現すと、タコの手足同士で会話を始めた。だが、襲いかかってくることに違いはないみたいだ。

 

「来るぞ!」

「はいでがすよ」

 

 武器を構え、戦闘体勢にはいる。

 

「フンッ」

 

 戦闘に入った途端にオセアーノンは、その長い足を使ってレイフェリオたちを目指してなぎ払った。

 

「っ!」

「ぎゃっ!? あ、あぶねぇでがす」

 

 二人とも盾で攻撃を防ぐ。レイフェリオはその盾の防御力で耐えられた。反対にヤンガスはその衝撃の勢いを踏ん張って何とか防いでいた。

 元々の身体能力のお陰だろう。ヤンガスは打たれ強かった。

 

「……ギラ」

 

 精神を集中させ、レイフェリオは呪文を唱える。火炎呪文だ。

 灼熱の炎はオセアーノンに向かっていく。だが、オセアーノンに届く前に炎は相殺されてしまった。

 

「……炎を操るのか」

「ふん、こんな程度の炎で俺様に通用するかよ! 炎ってのはこういうものを言うんだ!」

 

 オセアーノンは、言い終わるのと同時に口から炎を吐き出してきた。それは、ギラの比ではない。

 

「くっ」

「おらおら、どうしたよ! ニンゲンってのはその程度か!」

「あ、熱い、でがす」

 

 灼熱の炎。

 話しながらでもオセアーノンは炎を吐くことができるようだ。ならば、この炎を止めなければこちらになす術はない。

 

「ヤンガス……」

「兄、貴?」

「俺の後ろに下がって、力を溜めろ」

「ど、どういう、ことでがす、か?」

「怯んだ隙に攻撃を仕掛ける。あの炎は俺が止める」

 

 どうするつもりなのかを聞きたいだろうが、ヤンガスは黙ってレイフェリオの後ろに下がる。

 力を全身に溜めるように集中を始めた。多少は炎の熱が当たるかもしれないが、正面から当たるよりはましだ。

 

「よし……」

 

 レイフェリオも感覚を研ぎ澄ませる。

 昔、炎を吐く魔物を相手に出来たことを、もう一度やればいい。

 武器を持っていない左手を目の前にかざし、魔力を込める。

 

「……従え」

 

 何をするのかわかっていないオセアーノンは、笑いながら炎を吐き続ける。

 しかし、次の瞬間それは驚愕の表情へと変わった。

 

「はっはぁ!!? な、なんだとぉ!!! そんなばかな!!!」

「くっ……」

 

 レイフェリオの左手を中心として、炎が霧散していく。

 その光景をあり得ないとばかりに目を見開くオセアーノンは、その口を開けたままになり、炎を吐くのも忘れていた。

 

「くらえっ!!」

 

 そこへ、ヤンガスが鉄の鎌を振り上げる。

 力を溜めたヤンガスの攻撃は通常よりも遥かに力が増している。それをまともにくらう。

 

「っ、ふう。ここだ! 畳み掛ける!」

「合点でがす」

 

 再びレイフェリオは剣を構えると、オセアーノンへ向けて飛び降り、その衝撃を利用して斬りつける。

 直後、オセアーノンの足がレイフェリオを襲うが、すぐに跳躍し船に戻ると、入れ替わるようにヤンガスが鎌を振るう。

 

 

「ギャアァー」

「……イオラ」

 

 止めとばかりに、レイフェリオは破壊呪文を唱えた。

 オセアーノンに命中すると爆発が起こり、その巨体を吹き飛ばす。

 

「はぁはぁ……」

「兄貴、これで終わりでげすか……?」

「だと、いいけどね……流石に魔力がほとんどない」

「アッシに呪文が使えれば、兄貴を回復できるんでげすが……」

 

 ヤンガスが項垂れた。

 呪文は、己の素質と経験によって開花する能力。使えないものは一生使えない。

 だが、ヤンガスには魔力がある。それは、であった頃よりも強くなっていた。

 

「……今のヤンガスなら回復呪文も使える、かもね」

「!? ほ、本当でがすか?」

「……今のヤンガスの魔力なら、ね」

「試してみるでがす! ……はぁぁぁ」

 

 ヤンガスは声をあげながら集中をしているようだ。そこまで声を出す必要はないと思うが、何しろ初めてのことだ。レイフェリオは黙って見ていることにした。

 

「ホ、ホイミ!」

 

 ヤンガスは火傷を負っていた部分に手を当て、呪文を唱えた。すると、僅かだが淡い光が漏れ、ヤンガスの傷を治していく。

 しかし、完治まではいかないようだ。初めてなのだから、それでも上出来だがヤンガスほ不満があるようだった。

 

「……中途半端になったでげす」

「初めての呪文だからね。それでも上出来だよ」

「そ、そうでがすか?」

「あぁ」

「っていつまで話してるんだよ!!?」

「あっ」

 

 突如割り込んできた声の主はオセアーノンだった。

 

「俺様がせっかく……」

「……俺たちが悪いのか?」

 

 レイフェリオとヤンガスは顔を見合わせて苦笑した。

 

 

「はぁ、まぁいいですよ。あんたらが強いことはわかりましたんで」

「……随分と殊勝な態度だな?」

「弱いならともかく、強い相手であればそうなりますって。それに、今回のことはワタシのせいじゃないんですよ! アイツのせいなんですって」

「アイツ?」

 

 責任転嫁をするつもりなのだろうか。

 そう思って聞き返すとオセアーノンが発した情報はまさにレイフェリオたちが知りたかったことだった。

 

「そうそうアイツですよ! ……こないだなんですがね、道化師みたいな野郎が海の上をスイスイって歩いていったんですって」

「!?」

「兄貴!? それって」

「ニンゲンのくせにナマイキだなって思ったんで睨みつけてやったんですよ。そしたら逆に睨み返されまして……それ以来身も心もあいつに乗っ取られたみたいなんですよ。船を襲ったのもそのせいなんです」

 

 道化師、恐らくそれはドルマゲスを指しているのだろう。だが、海の上を歩くなど人間ができる芸当ではない。一体どうやって行ったのか。

 オセアーノンは考え込むレイフェリオにも構わず話を続けていた。

 要するに、自分は悪くないから見逃せということらしい。

 

「あの道化師野郎が悪いんです! でも……これはほんのお詫びということで差し上げます」

「これは?」

「海の底に落ちていたんです。金色に光っているので価値があるかもしれないでしょう?」

「……兄貴、これは?」

「金のブレスレット、だね。守備力は上がるから持っていて損はないと思う」

 

 貰えるものはもらっておこうと、オセアーノンからブレスレットを受け取った。

 

「もう船を襲ったりするなよ」

「わかってますって。それではワタシはこの辺で退散しますんで、皆さん良い旅を」

 

 長い手足を振りながら、その身を海の中へと沈めていった。

 釘を刺しておいたが、それをしなくともオセアーノンが船を襲うことはもうないだろう。

 問題は解決したと、肩を下ろす。船の上での戦闘はあまり経験がなかったこともあり、多少なりとも緊張をしていたようだ。

 

「すごいじゃない! 思ったよりも貴方たち強いのね」

「……失礼な女でがすね。アンタが頼んだからじゃねぇでげすか」

「それはそうだけど、ここまで強いだなんて思わなかったわ。特に貴方! あの炎を消したのってどうやったの? 初めて見たわよ」

 

 戦闘が終わったからだろう、ゼシカがレイフェリオたちの元へ寄ってきた。

 離れていたとはいえ、戦闘の様子は見えていたはずだ。ならば、不思議に思っても仕方がない。

 レイフェリオは頬を掻きながら、どうこたえるべきか迷っていた。自分自身、からくりはよくわかっていない。

 

「……なんて言うか、魔力の流れを操るというか、正直俺にもよくわかっていないんだ」

「そうなの?」

「これをやったのは二回目だから、賭けに近いものだったかな」

「……あの状況でよくそれを判断できるわね……」

「あはは……」

 

 これにはレイフェリオも苦笑する。戦闘の時は、ほんの一瞬の判断で命を落とすこともある。

 あの状況でなりふり構っていることは出来なかったが、賭けに近いと言いつつ、失敗するとは思っていなかった。ここで敢えて伝えることはしないが。

 

「まぁ、いいわ。退治してくれてありがとう。改めて自己紹介をするわね。私はゼシカ。ゼシカ・アルバートよ。と言っても、もう知っているみたいだけど」

「いろいろと話は聞いているでがすからね。まぁいいでがす、アッシはヤンガス」

「……俺はレイフェリオ。よろしくゼシカ」

「レイフェリオにヤンガスね。こちらこそよろしく。あっ、それと塔で盗賊と間違えたことちゃんと謝らなきゃね」

「?」

 

 ゼシカは、一歩引いて二人に向き合うと、拳を握り両手を交差しながら体のよこへと勢いよく移動させると、お嬢様には見えない口調で声をだした。

 

「すいませんっした────ー」

 

 そうしてにっこり微笑むと、ゼシカは船を一旦街へ戻すためと言って、船長へ話をつけに行った。

 母親であるアローザと話をしていた感じとはだいぶ違い、普通のどこにでもいる女の子という感じだった。あれは家族だからこその言い合いだったのだろうか。

 

「それにしても……」

「ん? どうかしたでがすか、兄貴?」

「……いや、なんでもない……」

 

 正直、レイフェリオは素直に名を名乗ることに戸惑いを感じていた。だがそれに反して、レイフェリオの名前にゼシカは何の反応も示さなかった。

 母であるアローザが知っていたことだし、ラグサットの婚約者だと聞いていたから素性を知っている可能性を構えていたのだが、正直拍子抜けをしていた。

 あの様子なら本当に気が付いていないらしい。もしくは、それほどサザンビークの話を聞かされていないのかもしれないが。

 どのみち、レイフェリオには都合がいい。バレても大した問題にならなければいいが、同行者にトロデ―ンの王がいる以上、隠せるところまでは隠しておきたかった。

 

 レイフェリオが、サザンビークの王族であるということは。

 

 



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船旅

ポルトリンク出発からマイエラ地方到着までです。


 ポルトリンクの港へ戻ったレイフェリオたちは、まず外で待っているトロデ王へと状況を報告した。

 

「トロデ王」

「おう、戻ったか。してどうじゃった?」

「ドルマゲスですが、どうやら海を越えて南へと向かったそうです」

「南じゃと!?」

「えぇ、マイエラ修道院がある大陸ですね」

「えぇい、こうしてはおれん! わしらも行くぞ」

 

 息巻くトロデ王だが、そこには問題がある。南へ行くには船に乗っていくしかない。だが、今の姿のトロデ王がそのまま乗るとまた騒ぎになる可能性がないわけじゃないのだ。

 そこでレイフェリオはトロデ王へ提案を持ちかける。

 

「……そのことなのですが、船に乗る際は王にはフードを被って頂けますか?」

「なぜじゃ?」

「トラペッタの時のような騒ぎにならずに済むと思いますので」

 

 顔全体が見えていれば魔物と間違われるかもしれないが、フードを被った状態であればはっきりとそうだとはわからない。港へ着く間だけなのだから、長時間というわけでもないので、誤魔化しは聞くだろう。

 

「なるほど、そうじゃな。わかった」

「お願いします。ではいきましょう」

 

 トロデ王とミーティア姫の馬車を連れ、消費した道具を買いそろえるとレイフェリオたちは再び港へ戻った。

 そこには既に準備を終えたゼシカが待っている。

 

「あら? もういいの?」

「あぁ、こっちは大丈夫。出発しようか」

「わかったわ。あ、それとレイフェリオたちにお願いがあるの」

「?」

 

 ゼシカはヤンガスとレイフェリオを見回して告げる。

 

「貴方たちもドルマゲスを追っているんでしょう? なら目的は一緒なんだし、私も貴方たちの仲間にしてくれない?」

「……本気?」

「えぇもちろん。これでも魔法使いの卵なの。足手まといにはならないわ」

 

 その実力はレイフェリオが身をもって知っている。それに、ポルクから頼まれたこともあった。

 ヤンガスを見ると、仕方ないというように頷いた。

 

「わかった。こちらからも頼むよ」

「ありがと! これからよろしくね」

 

 正式にゼシカと行動を共にすることになった。レイフェリオもヤンガスも戦士系だ。呪文をメインに使って戦うわけではないため、武器でダメージが与えられない魔物にあった場合は苦戦を強いられるだろうが、これからは魔法使いであるゼシカがいる。

 戦闘の負担は減るだろう。戦術の幅が広がるという意味でも、ゼシカの同行はレイフェリオたちにとっても利があった。

 

 こうして、ゼシカを加え、一向は船へと乗り込んだ。

 

 航海は順調だった。海は荒れることもなく、穏やかな景色を見せてくれている。

 レイフェリオは一人、船の後方にたたずんでいた。

 考えることはこれからのことだ。

 

 ドルマゲスは正直得体のしれない人物だった。トロデ王曰く、ドルマゲスが持っている杖がその力を与えているということだそうだが、そのような杖の話は聞いたことがない。

 城にいた頃に、書物関係は多く読んでいたはずだが、レイフェリオが知る限りあそこにはそのような呪いの杖の記述がある書物はなかった。

 

「……嫌な予感がするな」

「レイフェリオ?」

 

 突然後ろから声を掛けられ、レイフェリオはびくっと肩を揺らした。思考に耽っていたため、気配に気が付くのが遅れたのだ。振り向くと、そこにいたのはゼシカだった。

 

「ゼシカ……」

「こんなところにいたのね。ヤンガスが探していたわよ」

「そ、そうか……」

「聞いたわ。ヤンガスから、貴方たちの兄弟談義」

「……半分聞き流してくれるとありがたい」

 

 ヤンガスとの出会い。

 それはトロデ―ン城を出てトラペッタへと向かう途中の橋の上だった。

 盗賊という形で襲い掛かってきたのだが、橋の上であったためレイフェリオが避けると襲い掛かってきた衝撃で橋に穴が空き、ヤンガスは穴に落ちてしまったのだ。

 吊り橋だったため、橋は脆かった。そこに重量があるヤンガスが辛うじて引っかかっているという状態だ。

 長時間持つはずがなく、呆気なく橋は落ちてしまった。

 それでも谷底に落ちずに、橋に捕まっていたヤンガスは相当しぶとい部類に入るだろう。思わずヤンガスを助けてしまったのが、レイフェリオとヤンガスの関係の始まりだった。

 

「ただ引き上げただけなんだけどね。妙に懐かれた……ってヤンガスのが年上なんだけど」

「レイフェリオはいくつなの?」

「俺は18だよ。ゼシカは?」

「私ももうすぐ18になるわ。なあんだ、あまり変わらないのね。妙に落ち着いているから年上かと思ったわ」

「……」

 

 落ち着きもするだろうな、とレイフェリオは妙に納得してしまった。レイフェリオには、面倒な従弟がいるのだ。あれを相手にしていたら、どうしてもこうなるだろう。

 

「ま、いいけど。あと、塔での怪我、本当に平気だったの?」

「ん? あぁ、多少はダメージがあったけど、平気だ。どうしてかはわからないけど、俺は炎の耐性が強いんだ。といっても普通よりはってだけだけど」

「そうなの? あまり聞いたことないけど……」

 

 それはそうだろう。レイフェリオでも聞いたことはない。だが、事実なのだからそうとしか言いようがなかった。

 疑問に思っても誰かが教えてくれるわけでもなく、訪ねたい相手は既にこの世にいない。だからそういって納得していくしかなかった。

 

 それからヤンガスが混ざり、他愛のない会話をしながら船はマイエラ地方へと進んでいった。

 

 

 



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マイエラ地方
錬金釜


船着き場到着から錬金釜の説明までです。


 船が船着き場へ到着した。

 町ではないが、宿屋も商店もあり、この先へ進むための準備を整えることができる場所だ。

 

「レイフェリオ、わしとミーティアは先に外で待っておる」

「ええ、わかりました」

「ではな」

 

 トロデ王は馬車に乗り、外へと向かっていった。

 その様を見ていたゼシカは怪訝そうな顔をする。

 

「……あの人って」

「あー、話せば長くなるんだけど。ドルマゲスの呪いにかかってあんな姿になってるだけで、本当は人間なんだ」

「ちなみにあの馬は姫らしいでがすよ」

「姫? じゃあ、あの魔物みたいなのは?」

「……一応、トロデーン城の王様、だよ」

 

 ゼシカは信じられないという表情をしたが、すぐにうんうんと首を縦に振った。

 

「……それが貴方たちがドルマゲスを追う理由なのね?」

「そうでがすよ。まぁアッシは兄貴についてくだけですがすから、おっさんは二の次でげすが」

「ふーん。ならレイフェリオはどうなの?」

「……俺の場合は乗り掛かった船だから、かな」

 

 正直に言えば、トロデーン国が呪われたという事態はサザンビークにとっても重要な事態なのだが、レイフェリオは旅人としてトロデ王に協力しているのだ。ならば、そう説明する以外には理由は思い付かない。

 

 

「どういうこと?」

「俺は旅をしていてたまたまトロデーンを訪れていたんだ。そこからは成り行きでここまで来てる」

「そう、なんだ」

「……」

 

 レイフェリオ自身にドルマゲスを追う理由がないことに、ゼシカは拍子抜けしたように見えた。

 何か言わなければと思ったが、この時のレイフェリオに上手い説明は見つけることが出来なかった。

 

「とりあえずは、少し情報を集めてみよう」

「そうね、目撃者がいればいいんだけど」

 

 気を取り直して話を聞いて歩くことにした。

 だが、色々な人に聞いてもドルマゲスらしき人物の話は聞くことは出来なかった。

 話の内容は主にこの先にあるマイエラ修道院についてだ。

 聖堂騎士団を有し、マイエラ修道院の院長であるオディロを守護する精鋭部隊。どうやらファンもいるようだ。

 

「……マイエラ修道院か」

「いってみるでがすか?」

「ここにいるよりはいいんじゃない? 私は賛成よ」

「……」

 

 マイエラ修道院へ行くことにゼシカは異論はないようだ。恐らくヤンガスも同じだろう。

 レイフェリオは気が進まなかったが、ここにいても大した情報が得られないという点については同感だった。ならば、人が集まるであろう修道院へ行くのが無難だろう。

 

「……わかった。じゃあ外に行こうか」

 

 極力何でもないように装い、レイフェリオ外へと向かった。

 

 外では、トロデ王が何やら馬車の中を探っていた。レイフェリオたちが出てきたことにも気が付いていない。

 

「おっさん、何をしてるんでがすかね?」

「さぁ……トロデ王?」

「!? わっ!」

 

 声を掛けると、ガタンという音と共にトロデ王の短い悲鳴が聞こえた。どうやら転倒したらしい。

 頭を抱えながら顔をだしてきた。

 

「こらっ! 突然声を掛けるでない!」

「……すみません。何をしていたのですか?」

「うぅ、まぁいいじゃろ。ふふん、これを見るのじゃ!」

 

 そういってトロデ王が示したのは馬車の中にある灰色の壺のようなものだった。

 期待感の籠った目でトロデ王は視線を送ってはくるが、これが一体何なのかはレイフェリオたちにはわからない。

 反応が薄いことにトロデ王の機嫌は降下した。

 

「なんじゃ! その反応は!!! これこそ我がトロデ―ン国の宝の一つ、錬金釜じゃぞ!」

「錬金釜、って兄貴なんでがすか?」

「あぁ……確か物同士を結合させることで新しい物に変化させることができる魔法の釜、だったんじゃないかな」

 

 城にいた頃に読んだ書物の知識を引っ張ってくる。その回答は合っていたのか、トロデ王は途端に機嫌を変化させる。

 

「その通りじゃ! レイフェリオはよく知っておるの。その魔法の釜は我がトロデ―ン国にもあったのじゃ。出発前に運び出して、今まで手入れをしてきたのじゃが、それが今使えるようになったというわけじゃな」

「へぇ。それで、どうやって使うの?」

 

 ゼシカも興味を持ったのか釜を覗き込む。見た目は本当にただの釜にしか見えないが、確かに魔力を感じることはできる。

 その魔力が物質を変化させているのだろう。

 トロデ王の説明はとりあえず物を入れてみろ、ということだったので、手っ取り早く持っていた薬草を二つ入れてみる。

 

「よっし! 見ておれよ!」

 

 蓋をしめると釜から魔力が発せられた。

 

「うわっ! なんでがすか?」

「……すごい魔力ね」

「あぁ」

 

 呪文を普段から使うゼシカとレイフェリオには感じられる魔力の力だが、呪文を覚えたばかりのヤンガスと魔力を持たないトロデ王にはわからないらしい。

 そうこうしているうちに、魔力の発動が止まった。

 

「……終わったみたいだ」

「そうね。開けていいんじゃない?」

「よし、開けるぞ」

 

 トロデ王が釜の中から取り出すと、それは先ほど釜に入れたはずの薬草ではなかった。

 

「これは、なんでがすか?」

「……上薬草。ただの薬草よりも回復量が多い薬草だ」

「おぉ、すごいじゃないでがすか!! もっと何かないんでがすか?」

 

 興奮するヤンガスだが、下手なものをいれても変化することはない。街や村に錬金釜の情報が落ちているかもしれないから、それを見つけてから試すのもいいだろう。

 誇らしげなトロデ王だったが、今は錬金をしないということを伝えると意気消沈したようだった。

 

 ゼシカとレイフェリオは思わず顔を見合わせて苦笑する。

 

「まぁ、時々要らないと思ったものを入れて試すのもいいかもしれないわね」

「!?」

「そうだね。そうするとしようか」

「! おぉ、そうかそうか! そうじゃな! これからもどんどん試してみてくれい!」

 

 再び上昇したトロデ王の元、一行はマイエラ修道院へ向かうのだった。

 

 

 

 



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マイエラ修道院

船着き場からマイエラ修道院到着、マルチェロ登場までです。



 マイエラ修道院までは道に沿って歩けばいいらしい。

 だが、その道中には魔物がうようよと姿をみせていた。

 

「……目玉?」

「目玉、だね」

「目玉でがす……」

 

 先陣を切ってレイフェリオたちの前に出てきたのは、青色の一つ目の魔物が四体。大きい目をギラギラさせながら一斉にこちらに飛び跳ねてくる。短い手に代わって、その足で重量をかけてくるのが攻撃の手段のようだ。

 

「効かねぇでがすよっと!」

「ギィィ」

 

 ヤンガスは盾を頭上に掲げ、目玉の攻撃を防ぐ。レイフェリオはその位置を飛んで逃れた。攻撃を防がれた目玉 たちは一度後退するように下がろうと再び飛び上がったが、その隙をゼシカのムチが捉えた。

 

「甘いわよ。はっ!」

「ギャオっ」

 

 ムチでの攻撃は全体へと衝撃をもたらす。足を打たれ、目玉たちは怯んだ。怯んだ隙にヤンガス、レイフェリオが鎌と剣を向け一気に畳みかける。

 

「ムシャァァ」

 

 目玉たちはそのまま魔力を霧散させていった。

 強敵ではなかったが、妙に集団行動をとる魔物だった。

 

「……魔物同士が連携するなんてことあり得るの?」

「今まではそういう奴に余りあったことはないな。言語を話す魔物同士ならありえないわけではないけど……」

 

 だが、同じ種族同士であるならばありえない話ではない。

 これが別の種族同士でも起こりうるとなれば、更に注意が必要だろうが。

 

「話をしている暇はなさそうだ。次、来る」

「……みたいね」

 

 先手必勝。待つのではなく、こちらから魔物へと向かっていった。

 

 それから何度か戦闘を繰り広げて道を進んでいくと、建物が見えてきた。尖塔が見える建物、あれがマイエラ修道院だろう。

 日が暮れてきたこともあり、灯りが灯っている。

 

「……ここが修道院ね、初めてきたわ」

「アッシには縁がない場所でげすよ」

 

 各々が感想を述べる。

 中に入ると、祈りを捧げている僧侶がいた。何やらぶつぶつと言っているが内容は……騎士団への入団だった。

 聖堂騎士団がどれほどよいのかレイフェリオにはわからないが、できれば関わりたくないというのが本音だ。

 

 二人と違ってレイフェリオはこの場所に来たことがある。

 幼き頃だったため、知り合いは恐らく一人しかいないとは思うが、それでも変に緊張が宿るのを止めることはできない。

 

「兄貴、どうかしたでげすか?」

「えっ……いや、なんでもないよ」

「で、どうする? 聞き込みでもしてみる?」

「……そうだな、そうしようか」

 

 全員で行動するよりは効率がいいだろう。

 まずは分散して聞き込みをして、後で聖堂前に集合ということにし、散らばることにした。

 

 レイフェリオはまず祈りを捧げている僧侶たちへ声を掛ける。

 

「すみません、お話を伺いたいのですが?」

「巡礼でしょうか?」

「いえ、旅の者です」

「そうでしたか。ここマイエラ修道院は心に安らぎを与える場所です。身体の疲れをいやすなら近くにあるドニの町で休むのがいいでしょう」

「……ありがとうございます」

「して、何をお聞きになりたいのですか?」

「道化師のような恰好をした人物を探しているのです。何か知りませんか?」

「はて……道化師、ですか。そのような人はお見かけしてませんね」

「そうですが、ありがとうございます」

 

 同じように他の僧侶にも聞いてみるが、誰もドルマゲスの姿は見ていないという。修道院という場所柄、近づきにくいものがあるのかもしれない。近くにあるというドニの町で情報を探すか、と聖堂へ向かおうとすると怒鳴り声が響いて来た。

 

「……この声は、聖堂の奥からか」

 

 足早に声がした方へと急いだ。

 聖堂の奥、そこにはヤンガスとゼシカを前に、青い服装の聖堂騎士二人が立ちはだかっていた。

 

「怪しい奴め。この奥に何用だ!」

「別に用があるってわけじゃないわ。何があるのか聞いただけじゃない?」

「この奥には許可があるものしか立ち入ることはできない。この騎士団の刃にかかって命を落としたくなければ、即刻去るがいい」

「はぁ!?」

 

 騎士は腰に掛けていた剣に手を掛け二人を威嚇している。

 援護に入るべきか迷っていると、上から物音が聞こえてくる。

 

「何の騒ぎだ? 入れるなとは命じたが、手荒な真似をしろとは言っていない。我が聖堂騎士団の評判を落とすな」

「!? こ、これはマルチェロ様、申し訳ございません」

 

 上から聞こえてくる声の主は立場が上らしく、先ほどまでゼシカたちを威嚇していた騎士二人は膝をついて頭を垂れた。

 

「私の部下が失礼を働いたようで、すまない。だが、よそ者は問題を起こしがちだ。この修道院を護る我々の立場から見ず知らずの旅人を通すことはできないのだよ」

「はぁ……」

「ただでさえ内部の問題に手を焼いているのでね……」

「内部の?」

「いや、こちらの話だ。この先は修道士の宿舎になっている。君たちには無用な場所だろう。部下たちは血の気が多いのでね、次は止められるかわからない」

 

 それだけいうと、マルチェロは身をひるがえして去っていった。

 最後のは嫌味か、忠告か。後者だとは思うが、聖堂騎士団の有様はここの修道院の院長の人柄とは違うようだ。

 

「大丈夫かい、二人とも」

「あ、兄貴!」

「大丈夫よ。ちょっと声を掛けただけなのに騒ぎ立てるんだから、迷惑かけられたのはこっちよね」

 

 先ほどのやり取りに不満があるようだ。だがここはまだ聖堂騎士団の本拠地、愚痴を言うのもここを出てからの方がいいだろう。

 

「とりあえずは、ドニの町へいって休まないか?」

「そうね……あらかた聞くことは聞いたわ。そこで突き合わせをしましょう」

「がってんでがす」

 

 これ以上ここにいる必要はない。二人も出ていく足が速くなっていたのは気のせいではないだろう。

 

 

 

 



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ククールとの出会い

ドニの町のククールとの出会いです。


 修道院を出て左手に向かうとドニの町があった。

 巡礼者を迎えるという意味合いのある場所だが、町というよりは村と言っていいほど小さな規模に見える。

 

「ドニの町でげすか……人があまり見えないでげすね」

「ん? おっ旅人さんかい?」

 

 こちらの姿を見つけると近くいた男が声を掛けてきた。

 

「アッシらはポルトリンクからやってきたんでがすよ」

「そうかい、そうかい。なら確かに人が少なく見えるかもな」

 

 先ほどのヤンガスの呟きは聞かれていたようだ。ばつが悪いような顔をしてヤンガスは頬を指で掻いた。

 

「以前はもっと活気があったんだが、領主様がはやり病で亡くなられてね。今じゃどうもパッとしない場所になってしまったのさ」

「そうだったんですか……」

「でも、うちの酒場は年中無休でパァーッとやってるよ! 朝から晩まで休まずに営業中だ」

「そ、それはご苦労様です……」

 

 客引きだったようだ。

 レイフェリオは苦笑いをしたが、酒場は情報収集にはうってつけの場所でもある。

 声がするところをみると人がいるようだし、後で向かうことを告げてその場を去った。

 

「客引きだったようでがすね」

「みたいだ。けど、後で様子を見に行ってみよう。人の気配もあるから情報が得られるかもしれない」

「そうね……気は進まないけれど」

 

 人が少ないドニの町だが、ちらほらと町人の姿が見受けられる。まずはその人たちから情報を得ることにした。

 宿屋の近くに恰幅の良い女性が歩いていたのをみつけ、レイフェリオたちは声を掛けてみた。

 

「すみません、ちょっとお聞きしてもいいですか?」

「おや、巡礼の人かい?」

「いえ、俺たちはポルトリンクから旅をしているんです」

「あれま、そんなところからご苦労だねぇ。それで何を聞きたいんだい?」

「最近、この辺りで不審な人物を見かけませんでした?」

「不審な人ねぇ……最近は巡礼者も減ってあまり人が来なくなってしまったからよそ者がこればすぐわかるんだけど、あんたたちくらいしか見かけてないよ」

「そうですか……」

「以前はもっと活気があったんだけど、領主様のせいでね……」

 

 さっきの男と同じ口ぶりだった。はやり病で亡くなったという領主だが、この恰幅の良い女性の口ぶりからするに良い印象は抱いていないようだった。

 

「……その領主様というのは?」

「10年ほど前だったかねぇ、ここの領主様は金に汚いわ、女好きだわで最低の男だったんだよ。死んだときはそりゃ喜んだもんさ」

 

 死を喜ばれるということは、よっぽどの嫌われ者だったのだろうか。だが、女性はすぐに表情を悲し気に変えた。

 

「? どうかしたんですか?」

「……あぁ、その領主様には子供がいたんだよ。残されたククール坊ちゃんは本当に気の毒で。あの年ですべてを失って修道院暮らしになってしまって……」

 

 ククールというのが領主の子ども。跡継ぎというべきなのだろうが、全てを亡くしたと言うことは家も財産もなくなったということなのだろう。

 修道院ではそういった子どもを引き取っていたらしく、そこへ身寄りのない子供たちが集まってくる。その中に、ククールという人物もいたようだ。

 領主の話をする時とは違い、女性の感情からは嫌っている様子はうかがえない。今でも坊ちゃんと呼んでいるところからみると、かわいがられているのかもしれないが。

 

 他にも町の人に話を聞いたが、出てくるのは領主とククールの話だけだった。

 その領主には他にも使用人に産ませた子どもがいるらしいが、その子はククールが生まれると無一文で修道院に追い出されたらしい。

 聖堂騎士団にいるらしいククールという人物は、日ごろ町の酒場にきてはカードゲームなどで賭け事をしているらしい。見目もいいせいか、女性からは好まれているが、男性からは敵視されているとのことだった。

 

「男の敵でがすよ」

「……まぁとりあえずその酒場に行ってみよう」

「仕方ないわね……行きましょう」

 

 レイフェリオとゼシカに促され、ヤンガスも酒場へと足を向けた。

 

 酒場に入ると、酒を飲む人と一緒にゲームをやっている集団が目に入った。

 服装からして聖堂騎士団員のようだが、青い制服ではなく赤い制服だった。

 

「あれ、服の色が違うでがすね」

「あぁ。けど、騎士団員なんだろう。もしかして、あれが……」

 

 入り口で固まっていると、こちらの視線に気が付いたのか赤い騎士団員が手を上げた。

 

「おっと俺に何か用かな? 今は真剣勝負の途中なんでね、あとにしてくれないか」

「真剣勝負だとぉ!!!」

 

 だが、その団員の言葉に目の前で共にカードを持っていた男が声を荒げた。

 そしておもむろに立ち上がり、机にカードをたたきつけた。

 

「おいっ! このクサレ坊主! てめぇイカサマしやがったな」

「イカサマ……?」

 

 レイフェリオはククールの様子を伺う。一方のヤンガスは憤っている男の元へいき、ポンと肩をたたく。

 

「まぁまぁ、そう興奮すんなよ。負けて悔しいのはわかるけどよ」

「何だとぉ! ……そうか、お前らこいつの仲間だな」

「えっうわぁぁ」

 

 男はそう決めつけ、肩を勢いよく振りほどいた。不意うちを食らってしまったヤンガスは、そのまま後ずさりをするように後ろにあるテーブルにぶつかる。

 

「って何しやがる!! 妙な言いがかりつけやがって!!」

 

 頑丈なヤンガスは痛がる様子もなく、ぶつかったテーブルをあさっての方向へ投げると、ズンズンと男を睨みつけながら近寄っていく。

 にらみ合う両者が取っ組み合いでも始めようとした時だった。

 ヤンガスと男に大量の水が掛けられた。

 思わず水がやってきた方向をみると、ゼシカがバケツをもって立っていた。

 

「いい加減にしなさいよ。ちょっとは頭を冷やしたら、この単細胞」

 

 ククールの近くに移動をしていたレイフェリオもその行動に目を見開く。火に油を注ぐだけじゃないか、と思ったが声には出さなかった。

 案の定、男の取り巻きらしき連中がゼシカを取り囲む。

 

「何しやがる!!」

「女だからって容赦しねぇぞ!!!」

 

 ゼシカに手を上げる男たち。レイフェリオも手を出そうと構えるが、それより早く男たちへ向かってテーブルが飛んできた。

 

「ぐわっ!!」

 

 犯人はククールだった。何でもないような顔でいるが、恐らく足で蹴ったのだろう。

 テーブルに当たって倒れた取り巻きたちは、更にヤンガスが追い打ちをかけていた。いつの間にかそこにトロデ王がいたのは……幻だったのかもしれない。

 

「こっち」

「えっ?」

 

 乱闘が起っているのを後目に、レイフェリオはゼシカと共にククールに連れられ裏口から外に出た。

 

 外に出て誰もいないことを見計らうと、ククールは立ち止まり改めてレイフェリオたちと向き合った。

 

「あんたら何なんだ? ここいらじゃ見かけない顔だが……」

「あぁ、俺たちは今日ここに着いたばかりだからな」

「へぇそうなのか。まぁいいや。おかげでイカサマがバレなかった。一応礼を言っておくか」

 

 レイフェリオへ向けて右手を差し出し、握手を求めてきた。拒む理由もないので、握手を交わす。

 すると、交わした右手でマントを翻した。

 

「……そういうことか」

「まっいいかもだったんでね。ついやりすぎちまった。……あんまりここにいたらバレちまうか」

「修道院に戻るのか?」

「あぁ……っとその前に」

 

 レイフェリオと話をしていたククールはふとゼシカを見やる。

 ゼシカはいきなり視線を向けられたのと、先ほどのイカサマの件でククールを見る眼は厳しくなっていた。

 

「何か……」

「俺のせいで怪我でもさせていないかと心配でね」

「平気よ。じろじろ見ないでくれる?」

 

 どこか芝居かかったようなククールの口調に、呆れもにじんでいるようだ。だが、ククールはそれにも構わず続けた。

 

「助けてもらったお礼と、出会った記念に」

「はぁ?」

 

 ククールは手袋を取ると、その右手にはまっていた指輪をとり、ゼシカの左手を取り渡した。

 

「俺の名はククール。マイエラ修道院に住んでいる」

「何するのよっ!」

 

 手を振りほどき、ゼシカはククールから距離を取った。その手には指輪がある。

 

「その指輪を見せれば俺に会える。……会いに来てくれるよな?」

「何言ってるのよ!」

「じゃあまたな!」

「ちょっ、ちょっと!!!」

 

 ゼシカの制止も構わず、ククールは去っていった。

 残されたのはククールの指輪だけだ。

 

「なんでこんなもの渡されなきゃいけないのよ」

「……その指輪、何か彫ってあるな」

「えっ?」

「ちょっと見せてくれ」

「う、うん」

 

 ゼシカから指輪を受け取ると、その表面にある刻印を見つけた。恐らくは団員に渡される身分証明書のようなものなのだろう。

 僅かだが、その刻印には力を感じる。それがどういうものなのかはわからないが。

 

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない。とりあえずこれはゼシカが持っているといい」

「なんで私が?」

「ククールが渡したのは君だからね」

「押し付けられただけよ……返しに行きましょう」

 

 不本意極まりないという表情のゼシカ。

 ククールとしてはナンパのつもりだったのだろうが、全く対象とみられていないようだ。

 持ち主に返すという点に異論はないため、ヤンガスと合流後一休みをしてからになるが、再び修道院へ行くしかないだろう。

 

 



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聖堂騎士団

聖堂騎士団のマルチェロイベント、旧修道院へ出発までです。


 ヤンガスと合流し、日も暮れてきたため宿屋で休むことになった。

 その日の夜のこと。

 

 再びレイフェリオへといずこからか声が届く。声に導かれるように身を起こし、宿の外へと出た。

 だが、そこには誰もいない。酒場から騒ぐ音が聞こえるが、それ以外の場所では寝静まっているのだろう。

 

「トラペッタでも聞こえた……気のせいではないと思うけど」

『気のせいではありません』

「!?」

 

 はっきりと耳に届くその声は、凛とした響きをもって伝わってきた。

 それでも人の気配を感じることができず、辺りを見回す。

 

「誰だ……?」

『今は思うままにお行きなさい。己が信じる道を』

「……」

『……いつでも貴方を見守っていますよ』

「お前は一体……」

 

 どこか懐かしい。けれどレイフェリオには覚えがない声だった。

 口調からみるに、レイフェリオのことを知っているのだろうが……。

 腑に落ちない現象にレイフェリオはただ夜空を見上げていた。

 

 そして、夜が明けた。

 

「ふわぁ~おはようでがす、兄貴」

「あぁ、おはよう。ゼシカは?」

「アッシが起きたときにはいなかったでがすよ。先に飯でも食いに行ったんじゃないでがすか?」

「ヤンガスは俺を待ってたの?」

「アッシとゼシカが二人で行動するのは違和感があるでげすよ」

「そうかな?」

「……まぁいいでげす。アッシらも行くでがすよ」

「あ、あぁ」

 

 少し呆れた風のヤンガスに連れられ、ゼシカと合流した後、レイフェリオたちは再びマイエラ修道院を訪ねた。

 

 修道院にいくと恐らく巡礼者だろうが、祈りを捧げている人がちらほらと見受けられた。

 

 昨日よりも人が多いように感じる。中には邪な願いを持つ者もいるようだ。

 

「巡礼が聞いて呆れるわね……」

「あぁ、目的が自分本意過ぎる」

「そうなんでがすか?」

 

 ゼシカとレイフェリオは嫌悪感を示すが、ヤンガスはそうでもないようだ。

 

「あんた、なにも思わないの? 巡礼で天国に行けますようにとか、借金取りから逃げ切れますようにとか、自分のことばっか。そもそも祈ってないで自分で何とかしなさいっていうのよ」

「アッシは別にこういう場所に縁がないでがすし、祈ること事態に興味がないんでがすよ」

「そうか……嫌とかではなく関心事態がヤンガスはないんだな」

 

 強いて言えば無関心か。

 確かに他人が何を祈ろうが関係ないとは確かだが、全ての巡礼者がそうしていると思われるのも教会としては本意ではないだろう。

 決して無関係ではいられないが、あまり関わりたくないのがレイフェリオとしての想いであったため、ヤンガスの考え方は羨ましいとも言えた。

 

「まぁ、興味がないのはいいけど、それでも三大聖地位は知っているんだろう?」

「ええと、ゴルドとサ……サラエボ……でがしたっけ?」

「サヴェッラ大聖堂かな。聖地ゴルド、このマイエラ修道院を含めてそう呼ばれてる」

「私はどこも行ったことないわね。レイフェリオは?」

「俺? 俺は、小さい頃に一度だけかな」

「へぇー兄貴は色んな所に行ってるでがすね」

 

 心底尊敬の眼差しで見ているヤンガスには申し訳ないが、聖地に関しては行きたいと思ったことは一度もないので、あまり期待を込められても困る。

 

「それよりも、騎士団の所へ向かおう。ククールの名前を出せば中には入れるんじゃないか?」

「そうね、さっさとあのケーハク男に返してしまいたいし」

 

 そうして足早に歩くゼシカを先頭に入り口に立っている騎士団員へ声をかけた。

 

「ククールっていう団員に指輪を返したいんだけど、通してもらえる?」

「うん? ククールだと!! またツケに指輪を使ったのか。しょうがないやつだ。ほれ、ククールは奥だ。さっさと通れ」

「あ、ええ、ありがと」

「全く困ったやつだよ……」

 

 昨日とは打ってかわってすんなり通されたのにも驚いたが、こちらの話も聞かずにツケと勘違いしたのにも驚いた。ククールが指輪を預けるのは日常的なことなのかもしれない。

 

「何てやつでげす」

「まぁいいんじゃない。こうやってすんなり入れたわけだし」

「そう、だね。じゃあ、ククールを探そう」

 

 しかし宿舎内を歩き回ってもククールの姿はない。

 

「どこにいるんでがすかね」

「……探してないところは、奥とあとは地下くらいか」

「地下でがすか?」

「入り口の横に降りる階段があったからなんだけど……」

「地下って普通牢屋とかそんなのがあるんじゃ……でも、あのケーハク男のことだからあり得そうね」

 

 牢屋にいることがあり得るとは、とんだイメージを持たれたものだ。レイフェリオとヤンガスは苦笑するしかなかった。

 とりあえずは、地下へと進んでみると奥から話し声が聞こえてきた。

 奥にある扉を開くと、その更に奥にある鉄格子の部屋が見える。鉄格子の間からは、レイフェリオたちが探していたククールの後ろ姿が見えた。

 

「ホントに牢屋にいたのね──」

「しっ、止まって」

「レイフェリオ?」

 

 歩み寄ろうとするゼシカを止め、黙ることを要求すると、レイフェリオは静かに壁へと寄り耳を傾けた。

 聞こえてくる声は一人ではない。

 

「……また騒ぎを起こしたらしいな」

「随分とお耳が早いことで」

「どこまでマイエラ修道院の名を落とせば気がすむんだ。この疫病神が」

「……」

「そう、本当にお前は疫病神だよ。お前が生まれてこなければ誰も不幸にならなかったのに」

「……」

「顔とイカサマだけが取り柄の出来損ないめ。半分でも私と同じ血が流れていると思うとゾッとする」

 

 会話の流れからククールと相手、声から察するにあの騎士団長だろうが、そいつは異母もしくは異父兄弟らしい。ククールを余程憎んでいるのか、その言葉は辛辣で一方的なものだった。

 自分勝手な言い分。

 レイフェリオは、いつのまにか拳を握りしめていた。

 

「ふん、まぁいい。ククール、聖堂騎士団団長の名において当分の間謹慎を言い渡す。如何なる理由があろうとも外に出ることは許さん。一歩たりとも、だ。それさえ守れないようならば、いかに院長が庇ったとしても修道院から追放だ。わかったな」

 

 ククールは何も言葉を発しなかった。

 あれだけ一方的に言われても何も返さない。もしかするとそれが、ククールなりの相手との接し方なのかもしれないが部外者からすると意外感を隠せない。

 

「……ここから離れよう」

「……そうね」

 

 これ以上盗み聞きをするのをやめ、レイフェリオたちは一階へと戻った。

 

「!?」

「? 兄貴?」

 

 戻った途端に感じた気配。

 レイフェリオは思わず走りだし、まだ立ち入っていなかった奥へと向かった。

 ヤンガスたちは慌てながら追いかけてくる。

 

 扉の先は湖があり、その中に島。島とここを繋ぐのは、騎士団員が塞いでいる橋のみのようだ。

 

「ちょっとどうしたのよ?」

「……まずい、嫌な予感がする」

「兄貴、一体どうしたんでがすか? 突然走りだして」

「奴がいる。あそこに」

「奴? って、まさか!?」

 

 ゼシカにレイフェリオは頷いた。

 この気配は、あのトロデーンが呪われる前にも感じたもの。あれがドルマゲスの者なら、間違いなくここにドルマゲスがいる。

 

 だが、唯一の道は塞がれている。まだ何も起きていない以上、荒手は止めておきたいが、時間がそれを許さないだろう。

 どうするか考えていると、後ろから声がかかった。

 

「おい、お前も感じたのか?」

 

 振り向くとそこにいたのは、先ほどまで地下にいたククールだった。

 

「ククール!?」

「そうなんだな。あの部屋には院長がいるんだ。あの禍々しい気配、ヤバい感じがする」

「ちょっ、あんたもわかるの?」

「なぁ、俺の指輪を持ってるだろ? それを使えば昔の道を使って院長の部屋に行けるはずなんだ!」

「……俺たちに行けっていうのか?」

「お前もこのまま待ってるなんてできないんだろ? 俺はここから出れない。だから、お前たちに頼むしかないんだ。頼む! 院長を」

 

 酒場で会ったときとはちがう必死な様子にレイフェリオは一も二もなく頷く。

 ゼシカもヤンガスも異論はないようだ。

 

 ククールに場所を教えてもらうと、レイフェリオはすぐにその場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 



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旧修道院跡

旧修道院跡の攻略です。


 マイエラ修道院を川に沿って上っていくと、そこにククールから教えられた場所があった。

 川沿いの奥の開けた場合。

 石碑のようなものがある以外は、何もない。

 

「この石碑の紋章は、ククールの指輪にあったものか」

「みたいね。……嵌め込むように見えるし」

「確かに窪みがあるな」

 

 ククールの指輪をその窪みに入れてみると、ぴったりと、はまった。

 カチッという音と共に、前方から藍色の霧が舞い上がる。

 

「な、何でがす!?」

「霧……!? いやこれは……」

「魔力を感じるわ。封印、のようなものなのかもしれないわね」

 

 舞い上がった霧が晴れていくと、そこにはなかったはずの階段が現れた。恐らくはこれが旧修道院への入り口なのだろう。

 

「……行こう」

「ええ」

 

 レイフェリオたちは、現れた階段を降りた。

 

「……明るいでがす」

「灯りが点っているみたいだね。これも封印と関係が」

「どちらでもいいわ。さっさと行きましょう。グズグズしてたら、逃げられちゃうわ」

 

 ゼシカはその手にムチを持ち、準備万端だ。それもそのはず、ここには魔物の気配がうようよと感じられる。

 そして、まさに目の前を魔物が歩いていたのだから。

 

 レイフェリオ、ヤンガスも武器をその手に持った。

 

「先手必勝でがすね」

「だな。行こうか」

「蹴散らしてやるわよ」

 

 魔物を相手にしながら、内部を探索している中、紫色の沼のような場所へと行き着いた。

 

「な、なんか嫌な感じでがす……」

「……これは毒の沼地だ。触れれば服の上からでも毒が入って、毒に侵される」

「さすが何年も使われていないだけあるけれど、気を付けないと大変ね」

「そういうことだ。足元は注意深く進もう」

 

 毒の沼地を避けるために、近くにあった棚等を倒して道を作る。幸いなことに、この辺りには魔物も居なかった。足元に注意を注ぐだけに集中できていなければ、こうはいかないだろう。

 

 ゼシカ、レイフェリオと沼を渡りきり、残るはヤンガスだけ、というときだった。

 背後から魔物の気配がする。

 否、気配だけでなく、それは強烈な異臭を放っている。

 後ろを振り返ると、そこにいたのはかつて人であったモノ。くさった死体だった。

 

「ヤンガス、もたもたしないで! 来るわよ」

「ちょっ、ひでぇでがす!!!」

 

 ヤンガスの言いたいこともわかるが、状況が状況だけに同意できない。

 くさった死体が三体。レイフェリオは精神を集中させた。

 

「……ギラ」

 

 炎がくさった死体へ放たれると、ゼシカは更に大きい炎の玉を作り出す。

 

「くらいなさいっメラミ!」

「グギャァァ」

 

 炎に巻かれ一体が身動き出来なくなる。その一体へレイフェリオは追撃する。

 

「火炎斬り!」

「シャァ……」

 

 まずは一体が消滅する。

 だが、攻撃を仕掛けた後のレイフェリオへ別のくさった死体が手を降り下ろしてきた。

 

「兄貴! 危ねぇでがす!」

 

 沼を漸く渡りきったヤンガスが、鎌を振るう。

 ガシッ。

 

「なっ!」

 

 くさった死体はヤンガスの鎌を手で掴みとると、それを投げ返した。

 

「うおっ!!?」

「何やってんのよ! イオ!」

「グァッ……シャァ」

 

 ゼシカが唱えた呪文にくさった死体はよろける。そこをすかさずヤンガスが再度鎌を降り下ろすと、消滅していく。同じく、最後の一体をレイフェリオが斬りつけ消滅させた。

 

「助かったよ、ゼシカにヤンガス」

「まぁね」

「遅れてすまないでがす」

 

 毒の沼から平地に戻ったところで、全員の体力を回復させる。ここでは、練習とばかりに、ヤンガスが呪文で治していく。

 

「……ヤンガスもまともに使えるようになってきたわね」

「まだまだ、兄貴には及ばないでがす」

「使えるだけで凄いことなんだけどな」

「私は使えないし、羨ましいわ」

 

 攻撃呪文ならゼシカが一番だ。レイフェリオも彼女には及ばない。だが、回復ならレイフェリオに軍配が上がる。それでも、呪文の専門ではないため、僧侶には及ばないだろう。

 

 一休みしたところで、更に奥へと進む。

 沼地を避け、魔物を退治しつつ奥へと行くと、一際大きな扉があった。地下に行けば行くほど建物自体が崩れていたが、この扉はしっかりとその形を保っている。

 

「……この先ってもしかして」

「かもな。……気配はある。今までの魔物とは違う感じだ」

「また、死霊みたいなのじゃないでしょうね……」

「もう、見飽きたでがすよ」

 

 ここにいる魔物の中にはミイラや、くさった死体といったあまり出会いたくない魔物が多くいた。

 一種のお化け屋敷だろう。気が滅入るのもわかるが、この奥にいるのはここの主。

 であれば、恐らくは……。

 

「行くよ」

 

 レイフェリオの声に、ゼシカとヤンガスは戦闘体勢に入った。

 ギィ。

 

 扉を開くとそこにいたのは、予想を裏切らなかった。

 

「やっぱりそうなるのね」

「オォ苦シイ……神はいずこニ……コノ苦しみハイツマデ続く」

 

 魔物は勝手に話始めた。

 その姿は僧侶のもの。衣服はボロボロだが、間違いないだう。

 

「この人……もしかして」

「この修道院にいた人、だろうね。無念のうちに亡くなり、亡霊となってここをさ迷っているんだろう」

「ぼ、亡霊でがすか!?」

 

 話を聞いていると何かしらの病により、修道院の者達が亡くなってしまったということだろう。

 こうして一方的に話すだけなら放置もできたが、相手はそうもいかないようだ。

 

「我ガ苦しミ、オマエも味わエェェェ!!」

「く、来るでがすよ!」

 

 声を発すると同時に、その左手から紫色の防弾が放たれた。

 

「ぐっ」

「ぐわっ」

「きゃっ」

 

 複数の弾頭が三人を襲う。レイフェリオ、ヤンガスは踏みとどまったが、ゼシカは後方に吹き飛ばされた。

 

「グシャァ」

「な、何でがすかあれは!?」

「がいこつ、だね」

 

 亡霊の叫びに呼応するように、がいこつが三体現れる。

 がいこつ自体は敵ではない。問題は亡霊だ。

 

「ヤンガス、あのがいこつを頼む。ゼシカは後方から援護を」

「が、合点でがす! 兄貴は──」

「あの亡霊に集中する。俺に呪いは効かないから大丈夫だ。ヤンガスもがいこつを倒したら加勢を頼む」

 

 それだけ指示を出すと、レイフェリオは亡霊へと剣を構え、魔力を左手に集中させ剣へ炎を纏わせる。

 

「死霊なら炎が弱点……効いてくれ。はぁぁっ!」

 

 いつもよりも炎の熱量を上げるように呪文を練り、炎を纏った剣で斬りかかる。

 

「ググガガ……ガァ!」

「チッ」

 

 攻撃は効いている。だが、亡霊も黙ってはいない。

 亡霊のこうげきがレイフェリオの頬と、うでを掠めた。至近距離だったため、避ける動作が遅れたのだ。

 だが、相手は遠距離攻撃ができる。遠距離攻撃を許してしまえば、ヤンガスやゼシカにも攻撃が飛んでしまうだろう。それだけは出来ない。

 

 その時、後方から呪文の力を感じ、レイフェリオは場をあける。

 火の塊、メラミだ。炎が消える前に、再びレイフェリオは斬りつける。

 

「グギ、ギャシャァァァ!!! 許サん! 思いシレェェェ!!」

「させないっ!」

 

 最期の力を振り絞ったかのように放たれる呪いの光。レイフェリオはダメージを覚悟で剣で切り払い、そのまま亡霊へと斬り込む。

 

「一閃っ!!」

「グシャァ……オノれ……神よ。神ヨォォ……」

 

 断末魔の叫び。手を空に掲げるように、亡霊の身体が朽ちていった。もう、現れることはないだろう。

 

「ふぅ……っ痛っ」

「兄貴! 大丈夫でがすか?」

 

 駆け寄ってきたヤンガスを見る。ヤンガスも傷だらけだったが、致命傷はないようだ。

 後ろにいるゼシカも同様だった。

 

「お疲れ様。これで、成仏したのよね?」

「恐らくね……」

「ん? レイフェリオ、その下にあるのは何?」

「下……あっ」

 

 ゼシカに言われて気がついた。足元に光る物。それは、聖職者が身に付けているであろうロザリオだった。

 

「本当に僧侶だったんでがすね……」

「そう、だね……」

 

 金のロザリオ。

 レイフェリオは形を確認するように手に握りしめた。

 




戦闘の描写は苦手です・・・


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オディロ院長

オディロ院長と初対面です。
この作品を書くに当たって書きたかった場面のひとつでして、捏造多いです。


 亡霊を倒して三人は奥へ進むと、上に続く階段を見つけた。

 

「ここね、急ぎましょう」

「あぁ」

 

 階段をかけ上がり、入り口だろう場所を塞いでいる蓋を持ち上げると、そこは確かにマイエラ修道院だった。

 辺りはすっかりと日が暮れている。

 

 ここは修道院の中央にあり、湖に囲まれている中島。

 恐らく院長がいると思われる場所だろう。

 足早に部屋の入り口へ向かい、扉を開けた。

 

「えっ!?」

「こ、これは……」

 

 中にはいると、騎士団員と思わしき連中が倒れていた。慌てて駆け寄るが、気を失っているだけのようだ。

 

「おい、何があった!?」

「あ……あの道化師が……い、院長を」

 

 螺旋階段の近くに倒れていた騎士団員は辛うじて意識があった。

 階段の上を指差す。

 レイフェリオは、すぐさま階段をかけ上った。

 

「止めろっ!」

「フッ」

 

 横たわるオディロ院長の上に見えた黒い影。正しくドルマゲスだった。

 だが、一瞬だけこちらに、目を向けると笑みを含みながらその姿を消してしまった。

 

「き、消えた、の?」

「……みたいだ。この近くにはいない」

「ん……何じゃ今の禍々しい気配は」

 

 横になっていた院長が身を起こした。

 レイフェリオたちに気がつくと、目を丸くする。

 

「? あなた方は一体……」

「……オディロ院長、ご無事で何よりです」

「ん? おや、あなた様は──ー」

 

 オディロが口を開きかけた時、バタバタと階段をかけ上がる音と共に、騎士団員たちが駆けつけてきた。

 

「いたぞ! こいつらだ!」

「見つかったでがす!?」

「……怪しまれてるわね」

「オディロ院長の命を狙うとはなんたる罰当たりめ」

 

 騎士団員は剣を引き抜き、レイフェリオたちに向ける。

 

「これは、何の騒ぎだね?」

「この声……」

 

 レイフェリオの予想は当たった。騎士団員達の奥から姿を見せたのは騎士団長のマルチェロ。

 レイフェリオたちを素通りし、オディロの前に膝をつく。

 

「オディロ院長、騎士団長マルチェロ。御前に参りました」

「おお、マルチェロ。一体何があったのだ?」

「警護の者達が侵入者に襲われ深手を負っております。もしやと思い駆けつけましたところ……」

 

 マルチェロは視線だけをレイフェリオたちに向ける。侵入者だと思われたのだろう。状況だけをみれば確かにレイフェリオ達が侵入者に見える。

 

「昼の間からこの辺りを彷徨いていた賊を捕らえたというわけです」

「いや、待て。その方たちは怪しい者ではない」

 

 レイフェリオ達を連行しようと騎士団員たちが腕を捕らえるが、オディロはそれを認めなかった。

 

「な、何をおっしゃいます! 現に見張りが……」

「それに、そこの方はワシの旧知じゃ」

「なっ!? ……し、しかし」

 

 マルチェロはレイフェリオを睨み付ける。

 

「……しかし、このような時間に何ゆえここを訪れたのかは確認しなければなりません」

「仕方ないのう。だが、そこの方とは話がある。ここは引きなさい」

「い、院長!?」

 

 オディロの言葉にマルチェロは納得がいかないようだが、逆らうことはせずヤンガスとゼシカを連れてここを出ていった。

 

 誰もその場に居なくなると、オディロはベットから降りる。

 

「部下の態度、申し訳ありません、レイフェリオ様」

「いいえ……ご無沙汰しております、オディロ院長」

「大きくなられましたなぁ、お父上に良く似ておられます」

 

 レイフェリオは苦笑する。

 自分の顔が父似であることは、城でも良く言われることだ。

 

「あなた様程の方が何故ここにおられるのです?」

「……先程の禍々しい気配、それを追って参りました。ですが、こちらに気がつくと姿を消してしまったのです。恐らく、警護の者を襲ったのも…… 」

「そうでしたか……」

 

 オディロはレイフェリオの言葉に何の疑念も抱いていないようだ。

 

「驚かれないのですね」

「ワシも感じました。その気配を……ですが、レイフェリオ様自らお出でになる必要はないでしょうに。老い先短い老いぼれの為に無茶はなさらないで下され」

 

 普通に考えればそうなのかもしれないが、あいにくとレイフェリオの素性は誰も知らないのだ。

 

「共に旅をする者たちは、私の素性を知らないのです。あのような気配を感じて放っておくことなど出来ません」

「レイフェリオ様……そのお優しい心、この老いぼれ嬉しく思います。ですが、御身をこそ大切にしてくだされ」

「ご心配には及びませんよ。私は普通ではありませんから……」

 

 レイフェリオは自嘲気味に言った。

 深刻に話したつもりではないが、オディロはそうは受け取らなかったようだ。

 

 

「レイフェリオ様……何を抱えておられるのです?」

「えっ?」

 

 オディロは真っ直ぐにレイフェリオを射る。その視線から逃れることが出来ないように。

 

「ご自分を貶める様なことをおっしゃらないことです。お父上が悲しまれますぞ。レイフェリオ様はいずれはサザンビークを継がれるお立場、不用意な発言は控えるほうが宜しいでしょう」

「オディロ院長……」

「ですが、ここにはワシしかおりません。吐いてしまった方が楽になることもあるでしょう。あなた様のようなお立場であるならなおのこと」

「……。ありがとうございます。ですが、これは……私自身の問題なのです。お気持ちは頂きますが、それでご容赦下さい」

 

 言葉にすることが出来れば確かに楽になるかもしれないが、それでもこれはレイフェリオ自身の問題。

 答えも決断も己が下さなければならない。

 言い切ったレイフェリオに、オディロは目元の皺を深くする。

 

「……お強くなりました。あなた様の治世を楽しみにしております」

「ありがとうございます……」

「……少し話しすぎたようですな。サーファン、おるかの?」

 

 階下に向かい呼び掛けると、騎士団員の一人が現れた。人払いをしてはいたが、一人控えていたのだ。

 壮年ともいうべき威圧感を備えた人物。

 

「レイフェリオ様、この者はワシが昔から共にいた警護役です。ここでの話を漏らすことはありませんので、ご安心を」

「……わかりました。院長がそうおっしゃるなら……」

 

 レイフェリオも頷く。

 サーファンは、レイフェリオから少し離れた場所で膝をつく。

 

「……レイフェリオ様。どうぞお見知りおきください。レイフェリオ様は覚えていらっしゃらないでしょうが、ご幼少のおりにお父上と共に一度お目にかかったことがあるのです」

「……すみません、覚えていなくて」

 

 ここまで威圧感を持っているならば記憶に残っても良さそうなものだが、生憎とレイフェリオには覚えがなかった。

 

「いえ、まだまだ幼かったのですからお気になさらないで下さい」

 

 僅かに表情が動く程度だが、声色が柔らかい。外見で損をしているのかもしれないなと、レイフェリオは苦笑した。

 

「そろそろマルチェロの話も終わった頃でしょう。サーファン、レイフェリオ様を案内して差し上げなさい」

「かしこまりました。では、参りましょう」

 

 オディロへと頭を下げ、レイフェリオは居室を後にした。

 

 

 



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オディロ院長の最期

タイトル通りです。これもゲームとは少し違います。かなりの主人公贔屓です。


 オディロの居室を後にし、サーファンに連れられながらレイフェリオはマイエラ修道院を出た。

 

「サーファン殿、修道院の外、ですか?」

「レイフェリオ様、私のことはサーファンとお呼びください。そのように丁寧に話される必要もありません」

「あ……まぁ、それはそうかもしれませんが……俺の仲間は素性を知らないので崩すことに違和感を与えてしまうんです」

「お忍び、でしたか……ですが、私も譲れません。オディロ院長よりお客人という扱いなので、というのはいかがですか?」

「……」

 

 サーファンは相当の頑固者のようだ。

 決して認めないのだろう。レイフェリオは重く息を吐いた。

 

「わかりました」

「レイフェリオ様」

「うっ、わかったよ。けど、その様付けは勘弁してくれ」

「無理ですね。王族である方をその様には呼べません」

「……はぁ。本当に勘弁してくれ」

 

 一向に引かないサーファンにレイフェリオは頭を抱えた。

 外に出て、サーファンが案内するまま歩いてきたのは、修道院から右手側にある川沿い。

 

「レイフェリオ様のお仲間はあそこにおられます」

「あそこって……小屋、か?」

「はい。マルチェロは院長の前でこそああ言いましたが、尋問を加えようとしていたのですよ」

「尋問って……」

「牢屋に入れて閉じ込めていたようですが、もう夜も遅いですし、そろそろあそこに来ているはずです」

 

 サーファンの言っていることの的を得ていないが、黙ってついていくことにした。

 

「ここです」

「……!? ミーティア姫?」

 

 小屋に入るとすぐ目についたのは綺麗な白馬。ミーティア姫だった。

 

「私がお連れしました。ククール、いるんだろう?」

 

 サーファンは口調を変えて、小屋の中にある藁の塊へと声をかける。

 ガサゴソ。

 

「無事ですよ、サーファンさん」

「うぉっ、レイフェリオ!? それに、ミーティア!」

 

 ククールの後ろからトロデ王が姿を現した。

 まさかトロデ王がそこから出てくるとは思わなかったので、レイフェリオは驚く。

 

「修道院前にいたのを騎士団員が捕らえたのです。魔物だと言って。それで更に疑いを深めたようです」

「……なるほど、そうだったのか」

「あ、兄貴でないでがすか? どうしてここに?」

「オディロ院長と話は終わったの?」

 

 ヤンガス、ゼシカも姿を見せた。二人とも無事なようで、レイフェリオめ安堵する。

 

「あぁ、終わったよ。皆無事でよかった」

「ほんとにね。何なのよあいつ。頭っから決めつけて何様!?」

 

 マルチェロに対して、ゼシカは相当にお冠なようだった。

 

「レイフェリオ、わしとミーティアは一足先に出ておるぞ」

「わかりました」

 

 トロデ王はいつもの御史台へ座り、馬車を引いていった。その様子をサーファンは強面の表情で見ている。

 

「レイフェリオ様、あの魔物は一体……」

「……ああ見えても魔物ではないんだよ。呪いをかけられているんだ」

「呪い、ですか……人は見かけではないということですな」

 

 お前が言うか、と思ったが口には出さなかった。

 

「ところで兄貴? その人は誰でがすか?」

「……えっと」

「オディロ院長の警護をしているサーファンだ。レイフェリオ様をここまで案内した。ククールとの合流がここだったからな」

「騎士団員の古株だが、話のわかる人だ。俺のこともオディロ院長と共によく面倒見てくれた」

 

 ククールが加える。

 マルチェロを初め、騎士団員たちはククールを厄介者としているが、中にはそういう風に扱わない連中もいるという。その筆頭がサーファンのようだ。

 

「……けど、サーファンさんは何でそいつを様付けしてるんです?」

「!?」

 

 やはりそう思うよなと、レイフェリオに冷や汗が流れる。たが、涼しそうに答えたのはサーファンだ。

 

「オディロ院長のお客人だ。幼少の頃のお知り合いと聞くが、敬意を示すのは当然のこと」

「……俺はいいって言ったんだけどな」

「それは認めないと言いました」

 

 レイフェリオ相手だと口調が丁寧になる違和感は拭えないが、変える気はないのもこれまでの言い合いでわかっているので、レイフェリオはため息を吐くだけだった。

 

「兄貴はオディロ院長の知り合いだったんでがすね」

「マイエラ修道院で会ったわけではないけどな……!?」

 

 その時だった。

 外からあの禍々しい気配を感じたのは。

 レイフェリオは顔色を変えて小屋を飛び出す。

 

「あ、兄貴!?」

「レイフェリオ!?」

 

 ヤンガスたちも慌てて出てくる。その目に映った光景は炎だった。

 

「橋が……! オディロ院長!?」

「急げ、ククール!」

 

 サーファンとククールは急ぎ修道院へと戻っていく。

 レイフェリオもヤンガスたちと共に後を追った。

 

 修道院の外には避難をしてきた人たちでごった返している。人混みを避け、奥の院長の部屋へと急いだ。

 

 中島が見える場所につけば、橋が燃えておりこたらまでその熱さが伝わってくる。

 立ち止まればいつ落ちてしまうともしれなかった。全員、そのまま炎に巻かれている橋を渡りきると、橋がその姿をなくした。

 

「ギリギリ、でがす」

「おいっ扉が開かない! 手伝ってくれ!」

 

 思わず安堵していたヤンガスにククールの声が届く。

 扉には鍵が掛かっていたようだ。

 全員で息を合わせて、扉に体当たりをする。

 

「これで、どうだ!」

 

 バキッと何かが壊れる音がするとそのまま扉が倒れた。

 

 中に入ると、警護を連中がまたもや倒れている。間違いなくドルマゲスの仕業だ。

 

 駆け足でオディロの元へと急ぐと、そこにはオディロを庇うようにしていたマルチェロの姿があった。

 危険を察知してきたのだろう。

 その様を嘲笑うかのように見ていたのが……ドルマゲスだった。

 

「ドルマゲス……」

「クックックッ、今夜は随分とお客が多いですねぇ」

 

 ドルマゲスが杖を振り抜くと、その先にいたマルチェロが吹き飛ばされる。

 

「兄貴!」

 

 ククールは迷わずにマルチェロへと駆け寄った。

 衝撃が強かったのか、マルチェロは身体を上手く動かせないようだ。

 

「やら、れた……すべてはあの……道化師の、仕業……俺はいい。オディロ……院長を、連れて逃げろ!」

 

 ククールが差し出す手を振り払い、マルチェロは指示を出す。

 だが、それを笑い飛ばしながらドルマゲスは更に杖を振った。

 

「グハッ」

「させると思いますか」

 

 ククールとマルチェロが壁に激突する。

 

「これで邪魔者はいなくなった」

「……それはどうかな」

 

 レイフェリオはオディロの前に立ち、剣を抜いた。その横にはヤンガスとゼシカがいる。

 

「ドルマゲス、よくも兄さんを!!」

「おやおや、悲しいですねぇ。貴女のその姿、実に悲しい……クックックッ」

「きゃっ」

 

 ゼシカが呪文を唱えようしたが、それよりも早くドルマゲスがゼシカへと杖を振る。それに巻き込まれるようにヤンガスも吹き飛ばされた。

 

「ヤンガス! ゼシカ!」

「貴方も邪魔です……ん? 貴方は……」

 

 レイフェリオに狙いを定めて杖を振り抜こうとするドルマゲスだったが、動きを止めた。

 

「……ほぅ。何故かは知りませんが、貴方は生かしておくと面倒なことになりそうです。そうですね、貴方も一緒に死んでもらいましょうか。アーハッハッハッ」

「くっ」

 

 ドルマゲスは笑っているが、手を休めているわけでも油断をしているわけでもない。

 剣を握り、魔力を集中させる。

 

「食らいなさい」

「ぐぅぅ」

 

 ドルマゲスの杖から先程とは比べられない程の強い力が迸った。闇の力、そう呼べるだろう。避けることも出来ず、レイフェリオに直撃をする。壁へと叩きつけられた。

 

「レイフェリオ!? 逃げて!」

「ちっ」

 

 床にずり落ち、顔を上げるとそこにはドルマゲスの笑み。逃げようにもレイフェリオの身体は言うことを聞かなかった。

 

「……くっ」

「さようなら、不思議な旅人よ」

「レイフェリオ様!!?」

 

 ドルマゲスが杖の先をレイフェリオへ向けたときだった。その目の前を黒い影が通る。

 

 ドサッ。

 

「アーハッハッハッ、クックックッ。まぁいいでしょう。目的は達しました。これで更に……」

 

 ドルマゲスは笑いながら徐々にその姿を消していった。

 レイフェリオの前に残されたのは、自身を庇って倒れたオディロの姿。

 

「オディロ院長!?」

「ご無事、でしたか……?」

「何故、俺を庇ったんです!! 貴方は──ー」

「迷い……あっても、あなた様なら……大丈夫でしょう……この老いぼれ、でも……力になれました、かな……」

「……オディロ、いんちょう」

「……ちせ、いを……みれぬのが、ざ、んね……ん……」

 

 オディロは最期に微笑むとその瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 




感想及び、評価、お気に入り登録もしていただきありがとうございます。たくさんの人に読んでいただいているようで、とても嬉しいです。

これからも頑張って更新していきますので、最後まで宜しくお願いします。


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新たな仲間

オディロ院長死後からマイエラ修道院出発までです。
今後はオリキャラも登場してきます。


 マイエラ修道院のオディロ院長の死。

 それは修道院だけでなく、多くの人たちに衝撃を与えた。

 

 その日は修道院へと泊まることになったが、レイフェリオは眠ることなど出来なかった。

 用意されたベットを脱け出し、聖堂へと向かった。

 

「オディロ院長……」

 

 拳を握りしめる。

 夢であったならどんなに良かっただろう。だが、あれは現実。目の前で喪うことは初めてではない。それでも、無理矢理奪われていくのをただ見ていることしか出来なかったことに、悔しさを感じずにはいられない。

 

『……悔しい、ですか?』

「その声……」

 

 後ろをゆっくりと振り返る。しかし、そこには誰もいない。

 

『生きなさい。彼の心に報いるためにも……』

「……わかっている。わかっているんだ。けど、俺は……」

 

 オディロは最期に言った。

 レイフェリオの治世が見たいと。

 

「俺に、俺で良いのかわからないんだ。こんな力を持った俺が王になるべきなのか……」

 

 それこそが、レイフェリオの迷い。

 オディロの願いを叶えたいが、果たしてそれが最善なのかがレイフェリオには見えていない。

 

『人は迷い生きるものです。その迷いこそ、民を想う心の証。……貴方ならきっと道を決めることが出来るはずです』

「……お前は誰なんだ? 俺を知っているんだろう?」

『いずれ、貴方にも知る時が来ます……』

 

 スッと声が遠退いていく。

 懐かしい声だと想思う。レイフェリオの想いを吐けるほどに、声の主に警戒心を持っていなかった。

 その事実を不思議に思いながら、レイフェリオは聖堂を後にした。

 

 翌朝、オディロの葬儀が行われた。

 雨にも関わらず葬儀には近隣の人々も駆けつけるほどで、オディロがどれだけ慕われていたのかがよくわかるほどだった。

 

「空も泣いているのかもな……」

「兄貴……そうでげすね……」

 

 後ろの方でオディロを見送りながら、レイフェリオは天を仰いだ。

 

 一通りの葬儀が終わった頃、レイフェリオたちはマルチェロに呼び出された。

 

「……何のようなのかしら?」

 

 口火を切ったのはゼシカだ。

 

「……先日は疑ってしまい申し訳なかった」

「謝ってすむことじゃないと思うけれど」

「ゼシカ、今はそういうことを言っている場合ではないだろ」

「レイフェリオ……貴方が、そう言うなら」

 

 不満を隠そうともしないゼシカをレイフェリオは軽く諫める。

 オディロの事を想ってなのか、ゼシカは簡単に引き下がる。それをみて、レイフェリオは皆よりも前に出た。

 

「……お話とは何ですか?」

「……貴方は……オディロ院長と既知だと、聞いています」

 

 マルチェロはレイフェリオを前に口調を変える。サーファンから何かを聞いたのかもしれないが、話し方から素性は知らされていないようだ。

 

「……それが何か?」

 

 ククールに対する態度。ゼシカやヤンガスを一方的に疑ったことも含め、レイフェリオはマルチェロをよく思っていなかった。

 謝罪を求めることもしないが、こちらから何かを折れることもしない、強気な態度だ。

 

「……今までのことを改めて謝罪させてほしいのです。あの道化師……人が敵う相手ではなかった」

「……」

「あそこで貴方を庇わなくとも、オディロ院長はきっと……」

「っ……」

 

 冷静に考えればわかることだった。

 確かにあそこで他の誰が殺られようも、オディロを殺さない限りドルマゲスは止まらなかったに違いない。

 それでも、オディロがレイフェリオを庇った事実はなくならないのだ。マルチェロの言葉はレイフェリオにとって何の慰めにもならなかった。

 

「貴方を責めることは我々には出来ません。いや、寧ろ貴方が生きていてくれたからこそ活路が見いだせるのかもしれないのですから」

「何が言いたいのですか?」

「……貴方がたはあの道化師を追っているとか。であるならば、我々はそれに協力をしたいのです。道化師は貴方を見て何かを感じていた。ならば、その理由が分かればあの道化師を葬りさることが出来るかもしれない」

 

 確かに一理あることだ。

 ふと思い出せば確かにあの時のドルマゲスの行動は不可解だった。

 レイフェリオはただのサザンビーク王家の者と言うことだが、それが理由とは思えない。ということは、他に何か理由があるはず。

 

「ここにいるククールを同行させてください」

「……勝手に決めるな……」

 

 レイフェリオが思考に耽っている間もマルチェロの話は続いていた。ククールを同行させることで、修道院側からの協力とするようだ。

 庇うオディロがいなくなった今、厄介払いをしたかっただけかもしれないが、ククールも文句を言いながら了承した。

 

「それでは、必ずオディロ院長の仇を……お願いします」

「……言われるまでもない」

 

 吐き捨てるように告げると、レイフェリオはマルチェロの部屋を出ていった。

 

 そのままマイエラ修道院を出ようとした時だった。

 

「レイフェリオ様、お待ち下さい!」

「……? サーファン、その格好は……」

 

 声をかけてきたのはサーファンだった。だが、その服装は騎士団員の服ではない。普通の旅装束だった。

 

「私もお連れください」

「…………はぁ!?」

 

 思わず声が上ずった。ククールでさえも困惑を隠せていない。

 

「サーファンさん? あんた何を言ってるんです!?」

「黙れククール。俺はレイフェリオ様に聞いている」

「……あー、どうしてですか?」

 

 ククールには答えてくれないようなので、仕方なくレイフェリオが聞く。

 

「……オディロ院長の願いを見届けるためです。貴方様の側にいればそれが叶う。だからです」

「オディロ院長の願いって……」

 

 レイフェリオの王の姿ということか。

 確かにレイフェリオの側にいれぱ、というかいなければ見れないものもあるだろう。オブラートに包んでくれたのはありがたいが、旅の間気が抜けなくなるのは少しばかり窮屈だが。

 

「……お願いします」

 

 サーファンは頑固だ。受け入れるしか道はないかもしれない。だが、レイフェリオはそれを認めなかった。

 

「だめだ……サーファンを連れていくことはできない」

「レイフェリオ様、理由をお聞きしても?」

「……オディロ院長の願いと言ったが、それにはここマイエラ修道院の未来も含まれているのだと思う。この場所を守っていたオディロ院長だからこそ、その意志を継ぎたいのであれば、ここを守っていくべきじゃないのか?」

「……」

 

 レイフェリオの言葉にサーファンは目を見開く。

 騎士団員としてオディロを守っていた彼だから、オディロがいない修道院を守っていくべきだと。

 

 しばしの沈黙のあと、サーファンが僅かに笑みを作った。

 

「……本当に大きくなられたのですね。わかりました。私はここを、守りながら見届けることにします。道中お気を付けて」

「……ありがとう」

 

 レイフェリオとサーファンのやり取りをどこか呆然とヤンガスたちは見ていた。

 

 



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アスカンタへ向けて

修道院出発から川沿いの教会までです。
ゲームのキャラに名前を勝手につけてます・・・


 マイエラ修道院を出ると、トロデ王が馬車の前で待っていた。

 

「漸く来おったか……ん?」

 

 トロデ王はククールをみて首をかしげた。

 

「レイフェリオどういうことじゃ?」

「……共にドルマゲスを追ってくれるそうです。オディロ院長の仇を取ってくれと」

「おぉ! そうかそうか! 仲間が増えるというのは心強いのう!」

 

 上機嫌でスタスタと御史台へと向かっていく。

 

「……ほんとにあれが王なのかよ」

「気にしたらダメでがすよ……」

 

 疑いの目を向けるククールに、ヤンガスはポンと軽く肩を叩いた。

 

「けどこれからどこに向かうの?」

「……周辺で情報がないかを探すしかないだろうな。この先にあるのはアスカンタだから、まずはそこに向かおう」

「合点でがす、兄貴」

 

 こうして一行は北へと向かった。

 先程のサーファンとレイフェリオのやり取りについては誰も問答しなかった。何かを感じ取ったのかもしれないが、今はそっとしておいてくれた方がレイフェリオも楽だ。話せば長くなることだから。

 

 メンバーにククールを加えたことで、戦闘も楽になった。ククールは力はそれほど強くはないが、僧侶であったためか回復、補助の呪文を会得している。今後も危険が増えることを考えれば、ククールが参加してくれるのは有り難いことだった。

 

 魔物を倒していき結構な時間が過ぎた頃、前方に小屋が見えてきた。川を渡ったところには教会もあるようだ。

 

「兄貴、小屋があるでがすよ」

「そうね、話を聞いてみない?」

「ああ、行ってみよう」

 

 まずは、近くにある小屋へと向かうことにした。

 近くに人はいないようなので中の人を訪ねてみようとレイフェリオが扉をノックする。

 

 コンコン。

 

「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」

「はいよ、どちらさんで?」

 

 快く扉を開けてくれたのは、老齢の女性だった。

 

「おやまぁ、旅人さんかい? こんな場所でも良ければ上がってくださいな」

「ありがとうございます」

「お邪魔するぜ」

 

 レイフェリオ、ククール、そしてそのあとにヤンガスとゼシカも続いた。

 女性はカーラ。夫婦でここに住んでいるらしい。以前は孫娘のキラも住んでいたが、今は城に勤めておりここにはいない。

 仕事が休みの時は帰ってくるらしいが、ここ二年ほどそれもないということだった。

 

「キラは大層気のつく子でして、お城でもよく働いているそうなのですが……けれども二年も顔を見せないとなると、さすがに心配でしてね」

「そんなに仕事が忙しいのかしら……」

「城の小間使いってのが想像できないけどな。レイフェリオはどう思う?」

「えっ?」

 

 まさか話を振られるとは思わなく、レイフェリオは驚く。ククールも他意はないのだろうが。

 焦りを悟られないようにレイフェリオは少し考えてこたえる。

 

「……小間使いに限らず、二年も帰ってこれないということは普通はないと思う」

「そうでがすよね。まぁアッシには城勤め自体が想像できないでがすが」

「まぁ……そうだと思う」

 

 城に住んではいたが、働いていたわけではないので嘘は言っていない。でも、ヤンガスと違ってその仕事については想像が出来る。

 

「俺も同意見だが、その城ってアスカンタだよな? 何か問題でもあったのか?」

「あった、と言えばそうなんでしょうね。実は……二年前に王妃様が亡くなられたそうで。それ以降はキラも帰ってこないので何とも」

 

 王妃が、亡くなった。国に取っては一大事であることに違いないが二年も前なら話は違ってくる。

 いくらなんでも二年も引きずるなんてことはないだろう。それ以外にも原因があるかもしれない。

 

「……行ってみる? もしかしたらドルマゲスかもしれないわ」

「可能性はゼロじゃないな。俺も賛成だ」

 

 ゼシカにククールが賛同する。

 この先にあるのはアスカンタ城。知りあいはいないが、少し気が引ける。と言っても今は旅人なので、顔さえ知られていなければ問題はないだろうが、王に会えばそうはいかない。特にサザンビークとしても交流があったわけではないので、レイフェリオの名前すら知らない可能性は高いが。

 

「……わかった。行ってみよう」

 

 いずれにしてもドルマゲスの情報がある可能性を前に、行かないという選択はなかった。

 

「お城へ行かれるんですか? なら、この道を真っ直ぐですが、そろそろ日も落ちますし、教会で休んでいったらどうですか?」

「兄貴、一休みしてから向かうでげすよ」

「そうだね。カーラさんありがとうございました」

「いえいえ、お気を付けてね」

 

 カーラの家を出ると、川を渡ったところにある教会へ行った。

 

 

 

 



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アスカンタ地方
ククールの過去


タイトル通りです。作者の勝手な解釈も入っています。


 教会へと入るとシスターが出迎えてくれた。

 

「こんにちは、旅の方。ようこそ我が教会にいらっしゃいました。これから日も暮れますし、宜しければ教会で休んでいかれますか?」

「ええ、ちょうどそこのカーラさんに話を聞いてお願いしようと思っていたところなんです」

「まぁカーラさんに。ではこれからアスカンタ城へ向かわれるのですか?」

「そうでがすが、何でわかったでげすか?」

「キラさんにお会いに行くのですよね? でしたらアスカンタ城ですもの」

 

 レイフェリオたちは特に何も言っていないのだが、シスターは当たり前のようにアスカンタ城と言った。

 それはカーラのいう名前からキラを繋げてのことだったようだ。

 

「アスカンタには行くけれど、キラって子に会えるかはまだわからないわ」

「そうなのですが……最近は本当にキラさんも帰ってこないので私共も心配をしていたのです」

「……まぁいいじゃないか。ついでに様子を見てきてやっても」

「ククール……俺も別に構わないと思うが、取り敢えず行ってみて何か聞ければカーラさんにも知らせよう」

 

 レイフェリオも賛同する。

 わからないと言いながらもゼシカ自身も気にはなっていたようで、頷いた。

 

「ありがとうございます、皆さん。それでは、こちらでお休みになってください」

 

 シスターは休める場所へと案内してくれた。

 

 そうして、ここで一夜の宿を借りることになったのだが、レイフェリオはまた夜中に目が覚めてしまった。

 

「……ん? ククール?」

 

 ふと隣に寝ていたはずのククールがいない。もぬけの殻だった。

 散歩でもしているのかと、教会の外に出るとククールは気に寄りかかりながら空を見上げていた。その近くには何故かトロデ王の姿もある。

 

「ククールよ、お主何か事情がありそうじゃな」

「……」

 

 ククールは何も答えない。視線もそのまま空を見ていた。しかし、トロデ王は構わずに話しかける。

 

「……話せば気が楽になるやもしれんぞ? まぁ、無理にとは言わないがな」

「……ふっ、まぁ大したことじゃないんだ。あいつ……マルチェロとはなんだかこう……うまくいかなくてね。いっそ、血が繋がっていなければお互い幸福だったのかもしれねぇな……」

「……そうか」

 

 ククールの過去。

 何も知らなかったククールにとって、親を亡くし一人になったときに初めて手を差しのべてくれたのが皮肉にもマルチェロだった。

 名乗った途端に態度を変えられ、以降は微笑んでもらうこともなく憎しみだけがククールに向けられていた。

 知らなかったではすまされない何かがあったのかもしれないが、実際にククールは何も知らなかった。

 それが罪と言うならばと、マルチェロの態度も甘んじて受けてきたという。

 マルチェロには憎める相手はククールしかいない。それを理解できるから。

 レイフェリオが見ていてもマルチェロの負の感情はククールに向けてあからさまだった。このままでは何も変わらないだろうが、だからこそ離れた方がいいのかもしれない。

 

 そんな中でもオディロは全てを知っていて、ククールを修道院に入れ、何かと気を配ってくれたという。

 

 オディロは名の知れた慈善家で、身寄りのない子どもを引き取って育てていた。

 ククールには、あそこしか行き場がなかったのだろう。

 

 だからククールはオディロを助けるためにあれほど必死だったのだ。

 

 複雑な事情を持っているため、皮肉屋にも見えるが、相手を思いやることができる男、それがククールなのかもしれない。

 

 夜明けの空を見ながらレイフェリオはそんなことを思った。

 

 



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夜明けの川辺

出発前のレイフェリオとゼシカです。オリジナルになります。


 結局そのまま二人の話を聞いてしまった。

 レイフェリオはベットには戻らず、川の側に行き顔を洗う。

 

「……俺は恵まれているんだよな」

 

 ククールの話を聞いて、余計に感じた。

 孤児が多いことはもちろん知っている。孤児を引き取って育てている場所があることも。

 けれど、本当に知っているだけだ。

 

 ククールに出会わなければわからなかっただろう。親を失うことは子どもにとって世界が変わるようなもの。

 

 レイフェリオに親はいない。しかし、レイフェリオには居場所があった。役割もある。それを放置している今の状況は、ただの逃げなのかもしれない。

 

「いや、甘えか……叔父上に任せきりで、俺は旅に出て」

「レイフェリオ?」

「!?」

 

 突然後ろから声をかけられた。驚いて振り向くとそこにいたのはゼシカだ。

 気配には敏感なレイフェリオが気がつかなかった。それほどに思考に没頭していたのか。

 

「ゼ、ゼシカ!? 早いな」

「それはこっちのセリフよ。こんな朝早くから……どうかしたの? やっぱり……オディロ院長のこと気にしてる、とか……」

 

 最後の方は声が小さくなっていた。口にしてはいけないと思ったのかもしれない。

 聞きたいことはあるはずなのに、ここまで何も聞かずにいてくれていた仲間の気遣いにレイフェリオは笑みを漏らす。

 

「……ありがとうゼシカ。ヤンガスたちも気を使わせちゃったみたいだし」

「当然でしょ!? あ、あんな……私が庇われたらきっと……」

「俺は大丈夫。……オディロ院長の死はちゃんと背負う。それが俺の責務だから」

「レイフェリオ……?」

「あの人が俺に望むのはそう言うことじゃないんだろうけど、それが俺の立場でもある」

 

 ゼシカにはよくわかっていないだろうが、レイフェリオは構わなかった。

 

「今まで知らなかったことがわかって、俺は改めて自覚したんだ。自分のことを」

「レイフェリオのこと? ……貴方ってやっぱりどこかの貴族か何かなの?」

「……率直だね。ゼシカは俺のこと知ってると思ったけど、君のお母さんは知っていたから」

「お母さんが? ……会ったことあったかしら?」

 

 レイフェリオは首を横に振った。ヒントを与えすぎればきっと、ゼシカはわかってしまう。話せるのはここまでたろう。

 

「会ったことはないよ。この旅がなくてもいずれ会っていたかもしれないけれどね」

「どういうこと?」

「……いずれわかるよ。さぁ、皆のところに戻ろうか」

「……あっ、ちょっとレイフェリオ!?」

 

 考えようとするゼシカを置いていく形でレイフェリオは教会へと歩いていった。慌ててゼシカも追いかけていく。

 

 二人が教会の前まで行くと既に他のみなは揃っていた。

 

「二人ともどこへいっていたんでがすか?」

「そこの川辺だよ。それじゃあ行こうか」

 

 ヤンガスの言葉に軽く返して、それ以上の追及をされないようにレイフェリオはそのままアスカンタ方面へと歩き出す。

 

「何かあったのか?」

「……上手くはぐらかされただけね。私たちも行きましょ」

 

 ククールも不思議に思ったのか片方のゼシカに声をかける。ゼシカもなっとくは言っていないが、レイフェリオが話をする気がないのは今の行動から明らかだ。

 ため息をつくと、ククールと共にレイフェリオを追った。

 

 



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アスカンタの国

アスカンタ到着です。すみません、短いです。


 街道を道なりに沿っていくと、アスカンタ城が見えてきた。

 その異様な光景に一行は驚く。

 

「なんだありゃ」

「城から黒い垂れ幕、かしらね。下りてるわ……」

「まるで葬式みたいでがす」

「……あぁ」

 

 アスカンタ城は屋上から黒い幕が下ろされ、全体が黒に覆われていた。

 ヤンガスの言うとおり、葬式のようだ。

 

「キラって子が帰ってこないのもこれに関係があるかもな」

「だろうね。まずは、中に入ってみてからだ」

 

 ククールの予想は当たっているのだろうが、まずはその理由を確認しなければいけない。ドルマゲスのこともだが、この国に何があったのか。

 いつものようにトロデ王を外に待たせ、レイフェリオたちは中へと入っていった。

 

「これは……」

「……まさにお葬式ね」

 

 レイフェリオとゼシカが思わず呟く。

 城下町を出歩く人、全てが黒に身を包んでいたのだ。武器屋や防具屋などのお店の店員も。そして、兵士の服装すら黒だった。

 

「いくらなんでも徹底しすぎじゃないか? ……おい、あんた何でそんな格好しているんだよ?」

 

 ククールがちょうど目の前を通りかかった男性に声をかけた。

 

「……フン。俺たちだって好きでやっているわけじゃない。お触れのせいさ」

「お触れ? ……一体何があったのですか?」

 

 レイフェリオが加えて問う。男性は不機嫌な様子だったが、レイフェリオたちが旅人だと知ると仕方なさそうに話してくれた。

 

「……二年前、王妃様が亡くなったのさ。それから俺たちはずっと喪に服している。それだけだ」

「二年間も? それっておかしくない?」

「……知るか。そのせいで、俺たちは笑うことも出来ない。子どもは外で遊ぶことすら出来ないんだ」

 

 男性はそれ以上はなにも言わず、去っていった。

 残されたレイフェリオたちは男性の言葉に軽く違和感を拭えない。

 

「王妃が亡くなったとしてもそんなに喪に服すか?」

「……長くても半年。けれど、普通は一月ほどで通常の生活に戻すはずだ。国全体が喪に服す期間としては長すぎる」

「ふーん。レイフェリオ、詳しいのね」

「……まぁ、ね」

 

 ゼシカの指摘に一瞬焦りが出るが、恐らく彼女はレイフェリオが貴族などの身分である可能性を疑っているだろう。

 自分からはっきりと言わない限りはそれは確定されないのだがら、レイフェリオは敢えて放置している。この発言もどこかの国の、という疑いに変わるはずだ。

 それはひとつしかないが。

 

 レイフェリオが詳しいのは、幼い頃に叔母である王妃が亡くなった経験をしているからだ。その時の叔父の落胆ぶりは尋常ではなかった。それでも、国民に科した喪に服す期間はここまででなかったはずだ。無論、身内は長かったがここまで黒装束にもしていなかった。父が亡くなったときは確かにそれ以上ではあったが……。

 それも含めても、この国の状態は異常と言えるだろう。

 

「兄貴の言うとおりだとして、この国は異常ってことでがすね。王さまは何してるんでがすかね?」

「国として機能していない、感じがするけどね……話を聞いてみないとわからないな」

「……おい、ドルマゲスのことはどうする?」

「ここまで陰気な雰囲気な場所にあいつがくるとも思えないけどね……」

 

 ゼシカの言うとおりだ。

 この雰囲気、トラペッタなどの街なら気にもならないが、笑い声一つ聞こえない場所では異様に映る。

 来ていないという断言も出来ないが、来ていると思えないのも事実。

 

「その辺りは王に聞いてみるとして……城の中にも行ってみようか」

「そうね……」

 

 街の奥にある城へ、レイフェリオたちは向かうことにした。

 

 

 




最近は短めですね・・・


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キラの願い

タイトル通りです。オリジナル解釈つきです。


 城内にはすんなりと入ることができた。

 だが、兵士を始めとして中の雰囲気は町中と同じで、暗い。

 

「町の中と同じね」

「陰気な国でがすな」

「……思っててもそういうことは口にするもんじゃないぜ。城の中ではな」

「へいへい」

 

 ククールに忠告され、ヤンガスも軽い返事を返す。

 曲がりなりにも一国の城だ。下手な言動を控えるべきなのは間違いない。

 

 階段を上って行くと、王座の間についた。だが、そこにいたのは王ではなく、大臣一人。王座は空席だった。

 

「あの……」

 

 レイフェリオが声をかけ近寄る。

 

「……ん? おお、我が国に客人とは珍しいな。旅人か?」

「ええ」

「そうか……しかし、我が国は亡くなられた王妃の喪に服しておるため、王には会えんのだ。すまぬがお引き取り願おう」

「……私たちキラって子に会いに来たのだけれど」

 

 ゼシカがキラの名前を出すと、大臣が申し訳なさそうに項垂れた。

 

「そうか……キラに。あの子はよく頑張っておる。キラなら上にある王の部屋にでも行っておるだろう」

「わかりました。行ってみます」

「すまぬな」

 

 キラは王付きの小間使いのようだ。

 となればかなり待遇はいいはずで、休みがもらえないなどあり得ないと思うのだが、大臣の様子から考えると王に問題がありそうだ。

 

 言われるがまま屋上にあるという王の部屋の前まで来ると、そこに一人の少女の姿があった。

 

「……お昼にお運びした食事も召し上がらなかったようですね。夕食は王様の好物を作りますので……あの……王様、お願いです。せめて返事を……」

 

 一生懸命扉の向こうへ話しかけていたが、相手からは返事がない。しばらく待っていたようだが、諦めて項垂れながら階段の方へと歩いていった。

 近くに立っていたレイフェリオたちには気がついていない。

 

「あの子がキラね……」

「たぶん。……そしてあそこが王の部屋。食事も摂らないとなると体調も心配だな」

「そうね……」

「おい、レイフェリオ。あの子を追いかけるぞ」

「……そうだな。行こう」

 

 レイフェリオたちも階段をおり、キラの後を追った。だが、キラは直ぐに見つかった。

 階段を降りたすぐそばで大臣と話をしていたのだ。

 

「お食事もほとんど手をつけずに。夕べも一晩中玉座の間で泣き明かしていらした様子。王妃様が存命の頃はあれほどお優しくてかしこい王様でしたのに……お側仕えでありながら何の役にも立てず申し訳ありません」

「……いや、お前はよくやってくれている。しかしそうか、王は今日も。ご苦労だったなキラ」

「いえ……」

「だが王には何としても元気を取り戻していただかねば国が傾く。しかし……一体どうすれば……」

 

 大臣は困り果てているようだ。

 それもそうだろう。こればかりは本人の気の持ちようでもある。

 他人がどうこう言うのではなく、本人が気がつかなければならない問題だ。

 レイフェリオたちが話を聞いていると、キラがこちらに気がついた。

 

「? まぁ、旅人のかたですか? もしや我がアスカンタの王に会いにいらしたのですか?」

「あ、いや」

「ですが王はこの二年間どなたともお会いになさいません。夜は玉座の間へいらしてますが、誰の言葉も耳に入らないのです」

「……その王はどんな様子?」

 

 レイフェリオはキラに訪ねた。夜に王の様子を見ることなど普通は出来ない。夜間は通常、一般人は立ち入ることができないからだ。

 だが、何となくレイフェリオは王の様子が気になった。

 

「あ、はい。玉座に泣き崩れるような形で、シセル様、王妃様にもう一度会いたいと。出なければ、王冠も玉座も意味がないとまでおっしゃっていました」

「もう一度、か」

「死者に会うなんて無理だろ? それこそ幽霊でもなきゃ」

「そう、ですよね……ですがもしもう一度会えることができたら王さまもきっと……あっそうだわ!」

「どうかしたの?」

 

 突然顔をあげたキラにレイフェリオは首をかしげた。

 

「私の祖母がよく不思議な昔話をしてくれたのですが、その中にどんな願いも叶えるという話があったのです」

「どんな願いも?」

「はい。ですが……すみません、詳しくは思い出せないのです」

「お祖母さんってカーラさんだよね?」

「えっ?」

 

 カーラの名を出すとキラは驚く。レイフェリオはここに来た経緯を話した。

 

「そうだったのですか……ありがとうございます。ですが、私はまだここを離れることは出来ません。王様が元気になる姿をみるまでは」

「……わかった。なら、俺たちがカーラさんに聞いてくるよ」

「兄貴?」

「……ここまでの様子をみて放っておくことは出来ない。だろ?」

「……レイフェリオがそういうなら私は構わないわ」

「俺も付き合うぜ。こんな、かわいい子が困っているんだからな」

 

 ククールの理由はともかく、ゼシカも反対ではないようだ。

 

「皆さん……ありがとうございます!」

「君も、頑張って」

「はいっ」

 

 元気な笑みを見せるキラ。

 王が元気な時はいつも見せていたのだろうが、いまはそれも影を潜めているのだろう。

 それを取り戻すためにも、レイフェリオたちは今一度カーラの家へと向かうことにした。

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。
申し訳ないのですが、体調が良くないので土日の更新はお休みさせていただきたいと思います。
月曜日からは更新できるように頑張りますので、今後とも宜しくお願いします。


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願いの丘

二日ぶりです。
まだ治りきっていないため、毎日は投稿出来ないと思います。すみません。そして、短いです。


 レイフェリオたちは一旦城を出ると、トロデ王に事情を説明した。

 

「ということで、カーラさんの家へと一度戻ることにしましたが、構いませんか?」

 

 事情を一通り伝えると、トロデ王は俯いた。ここで例え反対をされたとしてもレイフェリオたちは行くつもりだ。問いかけは社交辞令の一つでもある。

 

「トロデ王?」

「え、偉いっ!!!」

 

 レイフェリオが再度声をかけると、トロデ王は突然顔をあげ叫んだ。

 思わず全員が後ずさる。

 

「いきなりなによ」

「なんと主君思いのメイドじゃ! わしは感動したぞ」

「……面倒なおっさんでがす」

「あはは」

 

 うつむいていたのはキラの話に感動していたかららしい。確かに主としての見方をすれば、好ましいことには違いない。

 だが次の一言には親バカが入ってしまっていたが。

 

「よい家臣は国の宝。しかもそのメイドはミーティアと同じ年頃の娘と言うではないか!」

「……おっさん、前にも同じこと言ってるがす」

「あぁ……トラペッタの時か」

 

 年頃は同じ。

 どうもトロデ王はそれに弱いようだ。それほどに娘を溺愛しているのだろうが……。

 レイフェリオは思わず、この王とミーティア姫の婚約者である従弟が出会うときを想像してしまった。

 

「……合わないよな……」

「兄貴?」

「いや、こっちの話だ」

「?」

 

 どちらにしてもトロデーンの呪いが解けないことにはあり得ないことだ。レイフェリオは考えを振り払う。

 

「おい、行くならさっさと向かおうぜ。夜を歩き回るのはごめんだ」

「そうね……行きましょう、レイフェリオ」

「あぁ、わかった」

 

 トロデ王も反対ではないので、レイフェリオたちはカーラの家まで引き返していった。

 

 カーラの家につく頃には外は真っ暗になってしまっていた。

 

「こんばんは」

「はい。あら? 昨日の」

「ええ。今日はキラに話したという昔話を教えてもらいに来たんです」

 

 カーラはキラの名前を出すと、安堵したように肩を下ろしていた。城でのキラの様子を話すと、カーラは願いの丘の話をしてくれた。

 

「この家の前を流れる川の上流にある不思議な丘の話なのです。満月の夜に一晩あの丘の上で待っていると、不思議な世界への扉が開くと」

「それが願いの丘なの?」

「まぁそうなのですが、おとぎ話ですから本当なのかどうかはわかりませんよ」

「……だとしても行ってみるんだろ?」

 

 ククールの視線の先にはレイフェリオがいた。

 無論、そのつもりだ。明日は満月。試してみるだけなら、構わないだろう。

 

「行ってみよう。明日の朝から行けば、夜には丘の上に着くだろうし」

「でがすね。ということは、今夜はあの教会に泊まるでげすか?」

「それが無難だろ」

 

 レイフェリオも異論はない。

 今夜は教会に泊まり、明日の朝に丘へ向かう。おとぎ話が真実かどうかは、それでわかるだろう。

 叶うなら、よい報告をしたいとは思うが……。

 

 

 



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月の使者

ご無沙汰しています。
随分と期間が空いてしまいました。すみません。

願いの丘攻略からイシュマウリ登場までです。
オリジナル展開あります。


 翌朝、レイフェリオたちはカーラの家の裏にある道から、川岸へと降りた。

 海へと向かって続いている道を歩いていると、魔物の姿が見受けられる。だが、魔物たちはレイフェリオたちを見ると必死に逃げていった。

 

「……何だ?」

「さぁな。魔物の行動なんて知るかよ。それよりも戦闘の手間が省けるんだ。さっさと先に進もうぜ」

 

 ククールはどうでもいい風に言い放つと、先へと歩いていく。

 確かにククールの言う通りだ。戦闘せずに済むならその方がいいのだから。

 しばらくそうして進んでいくと、洞窟のような入り口へとぶつかった。

 

「洞窟なの?」

「……光は見えなくもないけれど、道はここしか行けないみたいだし、願いの丘に続いているのはここで間違いないと思うけど」

「行ってみるでがすよ。夜までに丘の上に行かなければダメなんでがすから」

「だな」

 

 レイフェリオも頷いて、先陣を切る。

 中に入ると薄暗いながらも微かに光が差し込み、暗いというほどではなかった。それはまだ日が高いからということもあるのだろう。

 

 中には魔物が徘徊している。

 

「行くでがすか?」

「先手必勝だな」

「あぁ、ゼシカは援護を」

「わかったわ」

 

 レイフェリオが先陣を切ると、ククールとヤンガスがそれに続いた。

 コウモリのような羽が生えたモンスターのジャイアントバット。大きな体躯ではあるが羽をばたつかせて、その体を浮かせている。それが4体だ。

 

 飛んでいるとはいえ大きい体躯のためか、さほど高く上がることは出来ないようだ。

 レイフェリオが一閃で凪ぎ払う。怯んだ2体にククールとヤンガスが追い討ちをかけた。

 

 残りの2体へゼシカの呪文が向かっていく。

 

「イオラ!」

「グワァ!!!」

「今だ、はぁ!」

 

 爆発呪文でぶっ飛んだ1体をまずは斬りつけると、すかさずもう1体へと攻撃する。

 

「ギャシャアアァ……」

 

 霧散して消えていくのを見ていると、ククールとヤンガスも側に来ていた。どうやらそちらも戦闘が終わったようだ。

 

「問題なし、だな。お疲れさん」

「あぁ、ククールも」

「それじゃ、先を急ぎましょ」

 

 それから何度か戦闘をこなしながら進むと、洞窟の外に出た。どうやら中を進むのではなく、外苑を上っていくような感じになるようだ。

 

「ここが頂上っぽいな」

「でがすね。なんにもないでげすよ」

「そう、ね……」

 

 見渡すとどこか小屋の跡のような残り香はあるが、それ以外には何もない。

 丘の上ではあるようなので、場所はあっているはずだが。

 レイフェリオが空を見上げると月が見える。

 

「……もうすぐ夜になる。それまで待ってみよう」

「だな」

 

 只のおとぎ話なら何も起きないだろうが、本当にそんなことが起こるなら夜だ。

 

「ねぇ、レイフェリオ、あの影おかしくない?」

「影?」

「そう。あそこの窓の影が伸びてる気がするの」

 

 ゼシカが示したのは枠のみが残っている窓。

 じっと見ていると確かに影が伸びている。伸びた影はそのまま反対側の壁までたどり着き、壁に映し出されていた。

 

「……魔力を感じるな」

「まさか、これが入り口だって言うのかよ」

「ともかく行ってみるでがすよ」

「どうするの、レイフェリオ?」

 

 躊躇していれば消えてしまうかもしれない。レイフェリオは意を決して壁の扉に触れてみる。

 

「あ、兄貴!?」

「「レイフェリオ!?」」

 

 壁が目映いほどの光を放つ。思わず目をとじるレイフェリオだが、その光に包まれるかのように飲み込まれていった。

 

「くっ」

 

 光が止んだところで目を開くと、そこには不思議な空間が広がっていた。

 

「ここ、は……?」

 

 星の光が照らし出して道を作っているかのような光景に、レイフェリオは目を奪われた。

 振り返ってもヤンガス達の姿はない。どうやらここにいるのは一人だけのようだ。

 道の先は建物へと続いている。

 恐る恐る建物に近づき、扉を開けた。

 

「……ようこそ、お客人」

「!?」

 

 そこにいたのは不思議な雰囲気を持つ人物。

 竪琴を奏でているそれはまるで別世界のものだ。

 

「私はイシュマウリ。月の光の元に生きる者。ここは月の世界。人間が来るのは随分と久しぶりだ」

「月の世界。ここが……」

 

 レイフェリオはイシュマウリへと近づき、礼を取った。

 

「……初めまして、私は」

「知っているよ。貴方はレイフェリオ・クランザス殿下。サザンビークの王太子様」

「!!?」

 

 あっさりと名を当てられ、レイフェリオも驚きを隠せなかった。それと同時に警戒心を抱く。だが、イシュマウリは首を横に振り微笑む。

 

「私は全ての存在するものの声が聞こえる。だから、貴方の服からそれを教えてもらっただけなのだよ」

「ものの声が聞こえる?」

「記憶というものは人だけではない。全ての存在するものにあるものだ。大地も空も、皆過ぎていく日々を覚えている」

「……」

「物言わぬ彼等は、じっと抱えた思い出を夢見ながらまどろんでいるのだ。月の光はその記憶を形にすることができる」

 

 イシュマウリは頷くと、ポロンと手に持っているハープを鳴らす。

 

「見た方がはやい。では貴方のいかなる願いが月影の窓を開いたのか、その靴に聞いてみるとしよう」

「えっ?」

 

 ハープが奏でられると同時に虹色の光がレイフェリオの靴を包み込む。

 

「これは……」

「ふむ。……アスカンタ王が生きながらにして死者に会いたいと」

「……はい」

「……流石に死者を蘇らせることは出来ない」

 

 当然の答えだ。その理を曲げてしまうことは人としての道を外れているだろう。

 

「そう気を落とすな。確かに蘇らせることは出来ないが、チカラにはなれるだろう」

「どういうことですか?」

「まずは私を城へ。嘆く王の元へ連れていっておくれ」

「……わかりました。お願いします」

 

 そのままレイフェリオは入ってきた窓の扉へとイシュマウリと共に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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アスカンタの王妃

タイトル通り、アスカンタ王妃のイベントです。


 窓を開くと、再び光が放たれた。

 光がおさまるとそこには、ヤンガス達の姿。

 

「兄貴っ!!! 大丈夫でがすか!!!?」

「ちょっ、ヤンガス止めなさいよ」

 

 レイフェリオが現れた途端、抱きついてきそうな勢いのヤンガスの首根っこをゼシカが掴む。

 

「ったく、でどうだったんだ? お前だけ消えるから驚いたぜ」

「ククール……彼が王の元へ行ってくれるそうだ」

「? こいつが?」

 

 ククールが見定めるようにイシュマウリを見た。

 だがそんな視線を気にすることもないように、イシュマウリはハープを奏でる。

 

「さぁ急ぎましょう。私を王の元へ」

「わかった。ルーラ!」

 

 ここにいる全員を光が包む。ルーラの行き先はアスカンタ城だ。

 

 あっという間に着くとそこは城下町ではなく城内だった。

 今は夜だ。キラの話だと玉座の間に王はいるはずだ。

 

 階段を掛け上がり、玉座の間に向かうとそこにいたのは、玉座に顔を伏せている王の姿だった。

 

「……」

 

 その姿を認めるとイシュマウリはハープを構え弾く。

 すると虹色の光が王の周りを照らし出す。

 

「?」

「嘆きに沈む者よ。かつてこの部屋に刻まれた面影を月の光のもと再び甦らせよう」

 

 音に導かれるように顔を上げた王。視線を受け、イシュマウリは更にポロンと、曲を奏で始めた。更に虹色の光が王の周りを飛び回る。

 

「な、なんでがすか?」

「しっ、黙ってろよ」

 

 驚きを思わず声に出すヤンガスだが、すぐさまククールに咎められ慌てて口を塞ぐ。

 

「ねぇ、あれって……」

「……アスカンタ王妃、なのか?」

 

 王の間を軽やかに踊るように姿を見せている女性。恐らくはあれが亡き王妃なのだろう。

 

 やがてその姿を追うように王は立ち上がり声を掛ける。

 

「これは……夢? いや幻なのか? ……いや、違う。これは……君は……」

 

 だが王が触れようと手を伸ばすと、その姿は消えてしまう。

 

「あっ……」

『どうしたの、貴方?』

「……シセル!」

 

 幻から声が聞こえた。王も声の方を振り向く。

 

「会いたかった。あれから2年、ずっと君のことばかり考えていたんだ。君が……死んでから……」

 

 幻へと話しかける王。だが、王妃は王へ視線を向けることはない。これは幻。生きているわけではないからだ。

 

『まだ今朝のお触れの事を気にしているの? 大丈夫、貴方の判断は正しいわ』

「えっ」

『貴方は優しいすぎるのね。でも時には厳しい決断も必要よ。王様なんですもの。みんな、貴方を信じてる』

「シセル……」

『だから貴方がしゃんとしなくちゃ。アスカンタは貴方の国なんですもの』

 

 まるで過去の出来事を見ているように幻は話している。いや、これは恐らくは実際の出来事。

 月の光がここの部屋の記憶を映しているのだ。

 

 次に現れたのは王座の間に座りシセルと語る王の姿。仔犬の名前の話をしていた。

 

『貴方は私の王様なの。自分の思う通りにしていいのよ。貴方は賢くて優しい人。私が考えていたのは貴方が決めた名前にしようって、それだけよ』

「シセル……」

 

 幻が消えると王は王座に座り、頭を抱えた。王にもこの幻が過去の出来事を映しているのだと気がついたのだろう。

 

「そうだ……いつも君はそうやって僕を励ましてくれていた。シセル……君はどうして……」

 

 王の言葉に重なるように幻の王がシセルに問いかける。

 

『シセル、どうして君はそんなに強いんだい?』

『お母様がいるからよ』

『母上? だって君の母上は随分と昔に亡くなって……』

 

 幻のシセルは昔を思い返すように目を閉じていた。

 

『私も昔は弱虫だったの。いつもお母様に励まされていたわ。お母様が亡くなって、悲しくて寂しくて……でもこう考えたの。私が弱虫に戻ったら、本当にお母様がいなくなってしまうって。お母様が最初からいないことと同じことになってしまう……って』

「……シセル」

『だから、励まされた言葉、お母様が教えてくれたことの示す通りに頑張ろうって。そうすれば、お母様は私の中にいつまでも生きてるの』

 

 シセルの言葉は、レイフェリオたちにも響いた。

 大切な人を亡くしたとしていつまでも悲しむのではな

 く、その人が残してくれたものを大切にしてきたシセルの強い心に。

 

『ねぇ、テラスへ出ない? 今日はいい天気ですもの。きっと、風が気持ちいいわ』

 

 次に現れた幻は階段の上だった。そのまま上っていくシセルを追って王も上がっていく。レイフェリオたちも後を追いテラスへと階段を上る。

 いつの間にか日が昇り、外は明るくなっていた。

 シセルと王が寄り添って、テラスに立っている。そこから見えるのは、アスカンタ国。

 

『ほら、貴方の国がすっかり見渡せるわ、パヴァン。アスカンタは美しい国ね』

「あぁ、そうだね……シセル」

『私の王様、みんなが笑って暮らせるように、貴方が……』

 

 二人が向かい合ったそのとき、時間が来たのだろう。シセルの幻は、その姿を消した。

 残り香を抱くように、王は腕を抱きしめる。

 

「……覚えてるよ。君が教えてくれたこと。全て僕の胸の中に生きてる。すまない、シセル……やっと目が覚めた。ずっと、心配かけてごめん。……長い長い悪夢から、漸く目が覚めたんだ」

 

 王の後ろ姿を見ながら、レイフェリオ達はそっと階段を下りた。

 今は一人にしておく方がよいだろう。もう王は大丈夫だ。長かった喪が明ける。漸くアスカンタに日が昇るのだ。

 

「では、私はこれで」

「ありがとう、イシュマウリ」

「では……」

 

 再びハープを鳴らし、イシュマウリはその姿を消した。

 

「願いの丘、単なるおとぎ話じゃなかったみたいだな」

「あぁ」

「これでアスカンタも元に戻るわね」

「キラの嬢ちゃんも漸く家に帰れるでげすよ」

 

 レイフェリオ達の顔は晴れやかだった。

 

 

 

 



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パルミドへ

アスカンタ王イベントからパルミドへ向かうまでです。
オリジナル展開入ります。


 レイフェリオ達は、その後立ち直った王から朝食に招待された。

 久しぶりの王が食事をするということに、城全体が沸いていた。外の垂れ幕も通常のものに変えられ、服装も黒一色から元に戻された。民もみな喜んでいるという。

 

「皆さん、この度は本当にありがとうございました。シセルが僕に教えてくれたこと、もう二度と忘れはしません。夢のような出来事でしたが、僕は信じます」

「パヴァン王……」

「キラと皆さんのお陰で僕は漸く悪夢から覚めることができました。これからは、王の務めに励みます」

「そうね。キラも喜ぶと思うわ」

「だな。がんばれよ」

「モグモグ……って、何でククールは偉そうなんでがすか?」

「あはは」

 

 王に対する態度ではない。それはゼシカも同じなのだが……。

 パヴァンも大して気にしているわけではなさそうだった。それがよいのかは別として。

 

「ありがとうございます。もしこの先何か困ったことがありましたらいつでも言ってください。必ずその時はお力になりましょう」

「ありがとうございます、パヴァン王」

 

 レイフェリオが礼を述べるが、ククールとヤンガスは料理に夢中で聞いてはいなかった。

 そんな様子に呆れていると、ふと視線を感じ目をむける。

 

「何でしょうか?」

「あっ……その……すみません。その知っている方に似ていたのでつい」

「……そう、ですか」

 

 嫌な予感がして、レイフェリオは特に追求しなかった。

 だが、近くにいたゼシカはそうはいかない。

 

「それって誰なの?」

「!? ゼシカ!」

「あー、その似ているといってもお会いしたのはもうずっと前で……サザンビークの王子だった方なのですが、エルトリオ様ですね」

「王子? ……ということは今は王様?」

「いえ……随分と前に亡くなったと聞いています」

「そう、なのね……」

 

 レイフェリオは重く息を吐いた。勘の鋭いゼシカのことだ。もう気がついたのかもしれない。ククールとヤンガスはみれば、言い合いをしているので聞こえてなかったと思うが。

 

「ではパヴァン王、私たちはこれで失礼します」

「はい、どうかこの先の旅でもお気をつけて。いつでも遊びに来てください」

 

 レイフェリオは席を立ち、ヤンガスたちにも声を掛ける。まだ言い合い……というよりは、ヤンガスがククールに言いくるめられているだけのようだが、それをひとまずおさめて城を出ていった。

 

 城内、そして城下町は、来た当初とはうって変わって活気に満ちていた。これが本来のアスカンタという国なのだろう。

 

「ねぇ、レイフェリオ」

「……」

 

 後ろを歩いていたゼシカが、レイフェリオに固い声で声を掛けると、レイフェリオは立ち止まった。前を行くククールとヤンガスは気がついていない。

 ゼシカもレイフェリオと向かい合う形で立ち止まる。

 

「さっきの話だけど貴方は、サザンビークの王族……? エルトリオ王子はもしかして貴方の?」

「……あぁ。父だ」

「何故、こんな風に旅をしているの?」

「……俺がどんな理由で旅をしていても君に、関係があるか?」

「それは……けど!」

「……俺の正体を知ったところで、ゼシカたちには何の関係もない。知らなくても同じことだよ」

「レイフェリオ……でも」

「ごめん……」

 

 レイフェリオは拒絶を示すと、ゼシカの横を抜けていった。この話はレイフェリオにとってのタブーなのかもしれない。だが、エルトリオの名を出したとき、レイフェリオの瞳が悲しげに揺れていたのをゼシカは見ていた。

 

「……仕方ないわね。まだ暫くは黙ってるわよ」

 

 理由はわからないが、レイフェリオが自分で言うときが来るまでは黙ってておこう。

 

「でも私ってば仮にも王族に怪我させちゃったの、よね……」

 

 リーザスの塔で、誤解だったとはいえレイフェリオに呪文を放ち、重傷を負わせた。もし、レイフェリオが回復呪文を使えなかったらと思うと、ゾッとする。

 

「……知らない方が、良かった……かも」

 

 いつまでも歩き出さないゼシカが気になったのか、いつの間にかククールが側まで来ていた。

 

「どうかしたのか? 顔色悪いぜ?」

「あっ……な、なんでもないわよ。ほら、行くわよ」

「お、おいっ!」

 

 訳がわからないが、ククールは歩いていくゼシカを追った。

 

 城下町を出ると、いつものようにトロデが待っていたのだが……。

 

「王?」

「ええのう。お前達はパヴァン王から盛大にもてなされて、楽しそうじゃのう……きっと、ご馳走や酒もいっぱい振る舞われたんじゃろうな。羨ましいのう……」

 

 不貞腐れていた。

 

「まっ、ヤンガスは料理ばかりに夢中だったな」

「そういうククールは酒ばかりだったがすよ」

「ふん、その間わしと姫は町の外で待ちぼうけじゃ。あぁ寂しい寂しい……」

 

 足元にあった小石を蹴るその姿は、王というより子どもだ。

 だが、魔物の姿であるトロデを町中に連れていくわけにはいかないのだから、どうしようもない。

 

「そりゃおっさんだってまともな姿だったら町の中に入って、酒飲み一つでも飲みたいでがしょうよ。アッシも昔から見かけの悪さで苦労したもんでさぁ。だから、わかりやす」

 

 ヤンガスだけがトロデに同意する。実際問題、無理なものは無理なのだが。

 すると、ヤンガスはなにかを考え込みレイフェリオへと向き直った。

 

「兄貴、この大陸の南の方にある以前アッシが住んでいた町によってきやせんか?」

「南の町?」

「パルミドって小汚ねぇ町ですが、どんなよそ者も受け入れるフトコロの深いところでしてね」

「なるほどな、そこならトロデ王も中に入れるって訳か……」

「それに、アスカンタではドルマゲスの手掛かりもなかったでげすが、あの町にはアッシなじみの情報屋がいるんで、きっと奴の情報も掴めるはず!」

「おぉ、ならば一石二鳥じゃ。ほれ、レイフェリオ。パルミドへ向かうのじゃ」

 

 ヤンガスの言葉にトロデもテンションがあがったようだ。酒が飲みたい、という理由はどうかと思うがドルマゲスの手掛かりがないのは確かだった。

 ならば、その情報屋に行くのは現時点では正しいだろう。

 

「わかりました」

 

 こうして、一行はパルミドへと向かうことになった。

 

 

 

 

 




やはり、一番最初に気がつくのはゼシカでした。


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パルミド地方
荒くれ者の町


パルミド到着から姫が盗まれるまでです。
ここでもオリジナルあります。


 アスカンタ城から海沿いに南へと向かう。

 途中、魔物との戦闘をこなしながら進むと、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 

「結構歩いたぜ? まだなのかよ」

「もう少しでげすよ。ほら、あの灯りが見えるところでがす!」

 

 ヤンガスが指差した先には、確かに町の光が見える。

 山に囲まれた町のようだ。

 

「夜は魔物も狂暴化する。町へ急ごう」

 

 無駄な戦闘は避け、町を目指す。

 

 そうして着いた頃には既に夜になっていた。

 

「ここがパルミドでげすよ」

「……荒くれ者の町、か」

「確かに、そういう雰囲気ね」

「まっ、想像以上ではあるか」

 

 レイフェリオ、ゼシカ、ククールが感想を述べる。パルミドという町の噂はレイフェリオも聞いたことはあるが、実際に来たことはなかった。

 

 犯罪者をも受け入れるという町、パルミド。下手をすれば、盗賊の町とも言われてしまうほどの危険な町でもある。盗みは日常茶飯事、自分の身は自分で守るのが当たり前で、モノを盗まれてしまえば自分で捕まえるしか方法はない。見て見ぬふりではなく、そういう町なのだ。

 

 そんな場所だが、町に入ってからというものトロデへ視線を向ける人は一人もいなかった。ヤンガスのいうフトコロが深いというのは本当のことなのだろう。

 

「ここが酒場でがすよ」

「おぉ、本当にわしの姿を見ても誰も何も言ってこなかったな。よし、ではわしは酒場で待っておる。お前達は情報屋とやらを探し出してから来るがよい。吉報を待っておるぞ」

 

 トロデは興奮しているのか、軽やかに酒場へと入っていった。

 

「仕方がないおっさんでげすね……」

「あははは。けどヤンガス、ミーティア姫を一人にするのは危ない気がする。情報屋は任せてもいいか?」

「そうでガスね……わかりやした、アッシが情報屋のところに行ってくるでげすよ」

「頼む」

「なら、私は──―」

「馬姫さまは兄貴に任せて、ゼシカとククールは行くでがすよ!」

 

 ゼシカも別行動をしようと提案しようとしたが、それはヤンガスによって遮られた。仕方なしに、二人はヤンガスについていった。

 

 三人を見送ると、レイフェリオは馬車へよしかかる。

 

「ふぅ……」

「ヒン?」

 

 ミーティア姫がまるでレイフェリオを気づかうように顔をこちらに向けている。苦笑しながらレイフェリオはミーティア姫へと近づき、その鬣を触る。

 

「すみません、何でもないんですよ。ただ、少し疲れただけです」

「キュー」

 

 レイフェリオのポケットからトーポも顔を出す。

 

「……国を出てから初めて父の名を聞いたからかな。少し、思い出してしまったんだ。まさか、アスカンタ王と面識があるとは思わなかったよ」

「キュッ」

 

 ミーティア姫の足元に座り込む。それに合わせるかのように、二匹も器用に座り込んだ。

 

「国の皆はどうしているだろうか……。俺は責任を放棄して、こうして旅をしている。……俺はこのままでいいのかって。このまま、皆と旅をしていて……最近はそんな風に考えるんだ。俺のわがままで旅をしているのにな。矛盾していると自分でも思うよ」

 

 空を仰ぎ見ると星がキラキラとその存在を主張している。その一つ一つが守るべき民ならば、ここにいることは裏切りになるのかもしれない。

 

「キュッキュッ」

「トーポ……ありがとう」

 

 その小さな手でレイフェリオの頭を撫でるトーポに、励まされた気がした。

 

「時間があれば、一度帰らないといけないかもな……」

「……ヒヒン」

「すみません、ミーティア姫。つまらないことを言いましたね。忘れてください」

 

 今は言葉が話せないが、ミーティアは歴とした王女。しかも従弟の婚約者だ。いまの会話からは恐らくそんなこと想像もしないだろうが……。

 ミーティア姫として会った時間は短い。だが、あのシセル王妃と似たような強さを感じる。気品、なのだろうか。または、もって生まれた資質なのかもしれない。

 

 そうこうしているうちに、ヤンガス達の声が聞こえてきた。どうやら戻ってきたようだ。

 

「兄貴~」

「お待たせ。とんだ無駄足だったわ」

「今は留守だとさ」

「そうか……」

「町中も聞いて回りやしたが、あまり情報はありやしませんでしたよ」

 

 肩を落とすヤンガス。

 ここでの情報がないとなれば、また考えなければならないだろう。

 

「ともかくはトロデ王と合流しようぜ。中にいるんだろ?」

「あぁ、そうだな」

 

 四人は酒場の中に入った。

 カウンターの前には見慣れた姿がポツリと、お酒を飲んでいる。

 

「ブツブツ……これも全てドルマゲスのせいじゃ。あやつがわしらに呪いを掛けたせいじゃっ! 姫もあわれじゃ。せっかく婚約も決まったというのに馬の姿では……」

「なんというか、寂しい背中ね……」

「言わないでやるのが優しさだ」

 

 ゼシカの言葉に同意しつつも、やんわりと釘を指すククールだった。声に気がついたのか、トロデ王がこちらを向く。

 

「ん? なんじゃ来とったのか。意外に早かったのう。して、ドルマゲスの行方はつかめたのか?」

「情報屋は留守だった。んで、手掛かりはなしだ──!!?」

 

 その時、馬の鳴き声が届いた。

 ククールとレイフェリオは急ぎ外へ出る。

 

「!!?」

 

 そこにはミーティアの姿がなかった。

 

「なっ??? た、大変じゃ、姫が……ミーティアの姿がどこにも見当たらんのじゃ」

「まさか……」

「あっ、こいつはいけねぇ。アッシとしたことがうっかりしてたでがす。この町の連中は人の過去や事情には無関心だけど、人の持ち物には関心ありまくりでがすよ」

 

 ということは、いまここにミーティアがいない理由はそういうことだ。酒場の前では警戒していたのに、全員で酒場へと入ってしまったのが間違いだった。

 

「ヤンガス、馬車が盗まれたとしてどこに運ばれるか検討はつくか?」

「……兄貴。まだそう遠くには行ってないはずでがす。町の外には少なくとも出てないでげすよ」

「そうか。手分けして探そう。その方が早い」

「だな。なら、俺は西の方を探す」

「なら私は逆ね」

「王はここで待っていてください。ヤンガスは裏通りを頼む」

「兄貴はどうするでがす?」

「……姫の気配を探る。人が多いところではやりにくいけど、仕方がない。見晴らしがいいところはどこ?」

「入り口から左手に行ったところに見晴台がありやす」

「わかった。皆、急ごう」

 

 それぞれレイフェリオの言葉に頷くと行動を開始する。

 

 町中を駆け見晴台へと到着すると、レイフェリオは目を閉じた。トロデ―ンから共にいたのだから、この多くの人の中でも気配を探ることはできるはず。

 

「……いない……?」

 

 だが、ミーティアの気配を感じることはできなかった。試しに町の外へと注意を向けてみると、微かに感じられるものがあった。

 

「移動中……? ……ん? あれはヤンガスか?」

 

 慌てた様子のヤンガスの姿を見つけ、レイフェリオも急ぎ後を追う。奥にある部屋に入ると、そこにいたのは一人の男と迫っているヤンガスだった。

 

「ヤンガス?」

「あ、兄貴。こいつでがすよ。こいつが馬を盗んだ犯人でげす」

「……」

 

 すっかり怯えた様子の男からは酒の匂いがする。あきれた様子で見ていると、ドンと大きな音を立てながら誰かが飛び込んできた。

 

「貴様か!!! わしの姫をかどわかしたのは!!!」

 

 トロデだ。酒場で待っていると言ったはずだったが、ヤンガスの後をつけてきたのだろうか。

 いきなり現れたトロデに、男は震えあがって壁まで逃げる。

 

「ひえぇぇぇ!!! ま、魔物!!!? あ、あの馬は魔物の姫だったのか!!!」

「えぇぇい!! 誰が魔物じゃ! 姫を返せ!!! 今すぐじゃ!! でないとひどい目にあわせるぞっ!」

「あわわわわ……許してくれ!! あの馬が魔物の姫だなんて知らなかったんだ……こ、この通り……馬を売ったお金は返すから……どうか命ばかりは」

「何じゃと!!! 貴様っ! 姫を売ったと申すのか!!! えぇぇい、レイフェリオ!! 構わぬ、こやつを斬り捨ててしまえぇ!!!」

「……そんなことはできませんよ」

 

 勢いで言ったのだとは思うのだが、念のため否定をしておく。ミーティアを第一に思っているトロデならば、本気でそう思っていてもおかしくはない。

 

「おっさん、落ち着けって。こんなチンピラを切ったって、兄貴の名が汚れるだけってもんだぜ」

「……そういう問題でもないけど」

 

 レイフェリオの言葉はスルーされ、トロデを引き上げて後ろにどかすと、ヤンガスは男に顔を近づけた。

 

「おい、お前! 馬姫さまを売ったってのは物乞い通りにある闇商人の店か?」

「へ、へぇ……その通りです。よくご存じで……」

「よし、なら売った金をよこしな。言っておくが、ごまかしたりしたらただじゃおかねぇからな!」

「ひいいいっ! ど、どうぞ1000ゴールドです。本当にこの金額で売ったんです」

 

 男から差し出された袋をもぎ取る。ずっしりと重みが感じられる袋だ。どうやら嘘ではないらしい。

 ヤンガスはこちらに向き直った。

 

「どうやらひと安心でがす。今の話に出てきた闇商人てのはアッシの知り合いでしてね。アッシがこの金を返して頼めば、きっと馬姫さまを返してくれるでがすよ」

「それは本当じゃな? そうとわかればこうしてはおれん。早くそこへむかうぞ」

 

 ヤンガスとトロデはさっさと外へ出ていく。早速、その商人のところへ行くのだろう。

 だが、ミーティアは既にこの町にはいない。返される可能性は低そうだ。

 

「問題は、誰が姫を持って外に行ったか……だな」

 

 首尾よくヤンガスが聞けていればいいが……。

 

 

 

 

 

 

 



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ミーティア姫の行方

ほぼオリジナル展開になっています。
パルミドを出るまでです。
そして短いです。



 レイフェリオが戻ると既にククールとゼシカが待っていた。

 

「よお、首尾はどうだった?」

「ヤンガスが犯人を捕らえた……けど、姫は既に町の外だよ」

「外? それじゃあ早く追いかけないと」

「……外じゃ魔物がいる。流石にそこまで詳細に気配を探ることは難しいと思う。それに恐らくヤンガスが何かしら情報を持ってくるだろう。虱潰しに探すよりはその方が効率がいい」

 

 すぐに外に出てミーティアの気配を追ったが、魔物がうようよしている外では探りながら動くのは危険だったため、断念せざるを得なかった。

 もし、既に他者へと売られているのであれば、その者の素性を商人から得ることができるはずだ。それから追いかけたほうが早いだろう。

 

「確かにな……探し回るって言ったって土地勘もない場所だ。ここはあいつが来るのを待とうぜ」

「……わかったわ」

「あっ……」

「言ったそばからお出ましだ」

 

 入り口からヤンガスとトロデの姿が見える。大きく手を振っていてこちらを呼んでいるようだ。その表情は焦っているようにも見える。

 

「兄貴~!!!」

「……で、どうだった?」

 

 レイフェリオがいの一番に問うと、ヤンガスは肩を落とした。

 

「すまねぇ間に合わなかったでげす。で、でがすが馬姫さまはゲルダって女盗賊のところにあるんで、今から乗り込んで返してもらうでがすよ」

「そのゲルダって人はどこにいるのよ?」

「……ここから南西に住んでいたはずでげすよ」

 

 南西にある小島に小屋があり、そこに女盗賊のゲルダがいるらしい。

 目的地がわかったところで、レイフェリオはククールたちを見ると、二人とも頷いた。

 

「ヤンガス、案内してくれ」

「あ、兄貴?」

「盗賊ってのはそんな良心に訴えて返してくれるような連中じゃないんじゃないか?」

「ククールの言うとおりね。あんた一人で行くよりも、皆でいたほうがいいでしょう。心もとないし」

「ゼシカは一言余計だっ!!」

「トロデ王、ということですので、俺たちは取り返しに向かいます。王はどうされますか?」

 

 馬車がない今、徒歩で行くことになる。

 どのくらい歩くのかはわからないが、隠れる場所もなければ休む場所もない可能性がある。

 

「わしも行く。姫がどこかで不安で震えているかと思うと、黙って待っとることなどできんわい!!」

「……ですよね。仕方ありません。おとなしくしていてくださいね」

「わ、わかっとる!!」

 

 暗にここで待つことを勧めたのだが、それはトロデにとって承知できないことのようだ。ミーティアが関わっている以上、強制することもできない。

 なるべく魔物との戦闘を避け、ゲルダの元へ急ぐ必要がある。

 

 レイフェリオたちは武器、防具の準備を整えてから、出発することにした。

 

「防具、か……ククールは騎士団の制服だよな?」

「あぁ。一応、守備力は低くないみたいだが……おっ、レザーマントか」

「おっ! 格好いいお兄さんなら似合う似合う。そちらのお兄さんも一緒に鉄の盾なんてどう?」

 

 店主が薦めてくるそれは、手持ちの盾よりは守備力が高い。既にレイフェリオは装備しているため、前衛に出ることが多いヤンガスが装備することにした。加えて鉄の兜、青銅の鎧も購入する。

 

「そちらの別嬪さんにはこれなんてどう?」

「……露出が高い服ね」

「踊り子の服さ。確かに露出は高めだけど、その守備力は保証するよ。動きやすいし、ピッタリだと思うんだけどね」

「……レイフェリオはどう思う?」

「えっ俺!?」

 

 名指しされて動揺するレイフェリオに、ゼシカは攻めの手を緩めることはなかった。

 今の装備は守備力もたかがしれている。今後のことを考えれば、より高めの守備力をもつ装備に変えるのが正しいだろう。

 諦めたようにため息を吐くと、レイフェリオが口を開いた。

 

「はぁ……確かに露出は高いけど、ゼシカが来ても下品ではない。そこそこ守備力があるなら、購入してもいいと思うけど?」

「そ、そうかな……?」

「似合っていると思うよ」

 

 異性から褒められることになれているゼシカだが、そこに邪な考えが含まれていることを知っている。だからこそ、そういった想いを持っていないレイフェリオから素直に褒められ、動揺していた。

 

「……ゼシカって俺がほめてもそういった反応しないだろうに」

「……ケーハク男は黙ってて」

「あはは」

 

 ククールのほめ言葉は、ゼシカ以外の女性にもところかまわず向けられる。仲間うちではもう聞きなれたものだ。当人はフェミニストと言っているが、そんなククールよりも普段言うことがない人に言われた方が効き目がある、ということなのだろう。

 

 結局、購入することにした。

 その後、武器屋によって鉄の斧とクロスボウを購入し、一行はパルミドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ビーナスの涙

ゲルダのアジトから剣士像の洞窟攻略までです。
久々のボス戦闘です。長い戦闘描写ができないのでこの呪文唱えてない、などありますがご容赦ください。


 南西方向にある小島はすぐに見つかった。

 

「あそこでがす」

「よし、行こうか」

 

 ヤンガスが間違いないというので、レイフェリオが先頭にたち掛けられた橋を渡る。

 そこには家が建てられており、隣には納屋があった。

 

「……あそこに姫がいる。間違いないね」

「流石、兄貴でげす」

「おいっ! 貴様らなにをしていやがる」

 

 怒号が届き、レイフェリオたちは振り替えると厳つい兜をした男が近づいてきていた。

 一行の中にヤンガスの姿を認めると指を指した。

 

「あ、てめぇはヤンガスっ!」

「アンタの知り合いなわけ?」

 

 呆れたようにゼシカが言う。名前を知っているのだから、知り合いには違いないだろう。

 

「……昔のことでがすよ。おい、ゲルダがいるんだろ? 用がある」

「何!? ゲルダさまがてめえなんかに会うもんか!! 帰れ帰れっ!」

「ガキの使いじゃねぇんだ! 帰れって言われて素直に帰れるかよ! いいから三下は引っ込んでな」

「だ、誰が三下だとぉ……!?」

 

 お互いににらみ合い下がる様子はない。どうなることかと状況を見守っていると、建物の中から声がした。

 

「さっきから騒々しいね。部屋の中まで丸聞こえだよ」

「す、すいませんゲルダさま。礼儀知らずの客が押し掛けてきまして……」

 

 男は部屋の入り口に行くと、部屋の前で相手に話しかける。女の声だった。それが女盗賊のゲルダなのだろう。

 追い返すという男の言葉をそのゲルダが止める。

 

「ヤンガスの奴なんだろう? もういいから通しちまいな。あたしが直接話してやるよ」

「へ、へい……」

 

 しぶしぶといった風に男は扉の前をあける。通っていいということだ。

 

「ゲルダさまがそういうんじゃ仕方ねぇ……通りな」

 

 ヤンガスが扉を開き中にはいると、部屋の奥の暖炉の前にその人物はいた。

 ヤンガスがゲルダへと近づいていく。レイフェリオたちは様子を見守っているだけだ。

 

「あんたがあたしのところに来るなんて珍しいこともあるもんだ。……で、話ってのはなんだい?」

「ゲルダ……お前さんが闇商人の店で買ったって馬のことさ。あの馬を譲ってくれねぇか? あれは元々オレの旅の仲間の持ち物だったのが盗まれて闇商人の店に並んでいたんだよ」

「……」

「金額についてはお前の言い値で構わないぜ。正直キツいが何とか用意してみせる」

「相変わらず率直な物言いだね。あんたのそういうところ嫌いじゃないよ。でも……」

「でも、なんだ?」

「あの馬は売らないよ。毛並みといい従順そうな性格といい、じつにいい馬じゃないか。あたしは本当に良いものは手元に置いときたくなる性分なのさ。いくら積まれても譲れないよ」

 

 確かに馬となってもミーティアが持つ気品は失われてはいない。美しい馬だと思う人は多いだろう。それを手放したくないのは、普通の考えなのかもしれない。

 だが、あれは馬ではないのだ。ここで引くわけにはいかない。

 それはヤンガスも同じだった。

 

「ぐっ……どうしてもだめか? 仲間のためなんだ。オレにできることなら何だってするぜ」

「へぇ……アンタの口からそんな言葉が聞けるなんてね。よっぽど大切なお仲間らしいね」

 

 ゲルダとヤンガスはどうやら親しい間柄のようだ。そうと感じさせるほどの何かが二人の間にはあった。

 ゲルダは立ち上がるとヤンガスの正面に立つ。

 

「よし、いいだろう。ただし、条件をださせてもらうよ」

「条件?」

「そうさ。ここから北にある洞窟のこと、まさか忘れていないだろう? あそこに眠るというビーナスの涙って宝石を取ってきてもらおうじゃないか」

「げげっお前未だにあれを!? あの洞窟はオレが昔……」

 

 思わず後ずさるヤンガス。その言葉を聞いてゲルダは逆にヤンガスに近づいた。

 

「アンタ、今なんでもやるって言ったばかりじゃないか。男が一度言ったことをひるがえすのかい?」

「そ、それは」

「とにかくビーナスの涙を持ってきな。そしたらあの馬のことも考えてやろうじゃないか」

 

 話は終わりだというようにゲルダは再び揺り椅子へと腰を掛けた。意気消沈したようにヤンガスはレイフェリオたちのもとへと戻ってくる。

 

「ねぇ、ビーナスの涙って?」

「確か世界の三大宝石の一つに数えられていた石だったはずだよ」

「そんなのを取ってこいってか。流石は盗賊だな」

 

 そう簡単ではないことはヤンガスの態度から明らかだ。

 

「昔ヤンガスは取りに行ったの?」

「あぁ、けど取れなかったでがす……あの頃はアッシも良いところを見せたくて、若かったんでげすよ」

「若気の至りってやつか?」

「ぐっ……」

「まずは行ってみよう。ヤンガス、洞窟まで案内頼むよ」

「合点でがす」

 

 ゲルダのアジトを出てから然程遠くない場所にその洞窟はあった。地下へと下りて内部へと入る。

 

「予想通りだけど」

「魔物だらけ、ね」

「宝石があるなんて場所はそんなもんだ」

 

 セオリー通りと言えばそうだが、内部には死霊系の魔物が多いようだ。

 

「人魂でがすよ!!」

「構えろ、くるぞ」

 

 こちらへ近づいてきたのは、青い炎を纏わせている魂だ。

 先陣を斬るようにヤンガスが斧で攻撃する。だが、あまり手応えが感じられなかった。

 

「なっ!?」

「……魂だからか、物理攻撃はあまり効かないようだな。ゼシカ頼む!」

「任せなさい! メラミっ!」

 

 炎の力を溜め込み、ゼシカが放つ。それにレイフェリオが追撃を加える。

 

「火炎斬り! まずは1体だ」

 

 敵は全部で3体。ゼシカとククールが呪文で攻撃をし、ヤンガスとレイフェリオが物理攻撃で止めを指す。

 レイフェリオと違って、属性がある攻撃手段を持たないヤンガスにはキツイ戦闘となった。

 

「アッシにも攻撃手段がありやしたら……」

「適材適所じゃない。アンタはしぶとさが取り柄なんだから、欲張ったら良いことないわよ」

「……全ての敵に対抗する手段があるのは確かに有利かもしれない。けどヤンガス、俺たちはいまパーティーを組んでいるんだ。一人じゃないことを忘れるな」

「兄貴……」

「しおらしいってのはヤンガスには似合わないぜ。ほら、先へ行くぞ」

「一言余計だ!」

 

 ククールの一言にヤンガスは即反応する。よくも悪くもヤンガスが落ち込んでいるのは、パーティー内の空気が変わるものだ。賑やか担当をトロデと二分しているように、ゼシカもククールも感じているだろう。むろん、レイフェリオもだ。

 

 一人旅をしてきたレイフェリオには、ヤンガスの思いはよくわかる。しかし、無い物ねだりをしても仕方がない。仲間の力を借りることができるなら、万能である必要などないはずだ。

 

 その後もミイラや宝石の魔物などを蹴散らしながら、内部の攻略を進めていると、騎士の像が置いてある場所へとたどり着いた。

 

「ん? あそこ道がねぇ」

「……橋がおりてないみたいだな」

 

 そう、この場所から先へ進むための橋があがったままになっているのだ。どうしたものかと辺りを調べてみる。

 

「おい、ちょっとこいよ」

「どうした、ククール?」

 

 ククールは騎士の像を軽く叩きながらレイフェリオを呼ぶ。そして力を加えて押し出すと、像が動いた。

 

「あそこに窪みがある。どうやら像を嵌め込むみたいだぜ」

「試してみるか」

「だな」

 

 窪みへと向けて像を押し出す。ピタッと窪みに嵌まると、キィーと音をたてながら橋がゆっくりとおりてきた。

 

「正解、みたいだな」

「他にも似たような仕掛けがあるかもしれない」

「まっその時はまた試してみようぜ」

「ああ」

 

 とにかく先へと進めるようになったのだ。橋を渡り、その先にある階段を下りた。

 道なりに沿って進んでいき、途中にあった扉を開くと再び像がある。今度は2体だ。

 

「道がないわね」

「……像も動かない、か」

 

 どうやら先程の仕掛けとは違うようだ。辺りを調べてみると、仕掛けのヒントがのこされていた。

 

「天をあおげ! されば道は示されん! か…………」

「どういうことでがす?」

「天ってことは上ってことか」

 

 言葉の通りに天井を見上げてみる。すると、そこには穴が一つ空いていた。

 

「……なるほど、あそこから移動できるのか」

「どうする? その場所に立ってみるか?」

「……他に道はないみたいだし、行くしかないだろうね」

 

 レイフェリオがまずは穴が空いている天井の真下に行く。だが、なにも起こらなかった。

 

「おかしいでがすっ!!?」

 

 レイフェリオへ寄ろうとヤンガスが歩いていると、突然床がヤンガスを押し上げた。

 ドスンッ。

 見事にヤンガスが尻餅をつく。

 

「いてぇ……」

「……そういうことか」

「なるほどな」

 

 ククールとレイフェリオは顔を見合わせ頷く。2体ある像を穴が空いている位置で交差するように押し配置を変えた。

 

「これで行けるか」

「……まずはヤンガスに試させるか?」

「……オレはお試しかよ……」

 

 ヤンガスがポツリと呟く。

 といっても今回は正解だろう。再びレイフェリオが位置につく。すると、床が押し上げて、上の階へとたどり着いた。

 ククール、ゼシカ、そしてヤンガスと続く。

 

「っと、どうやら目的のものはあそこらしいな」

「……宝箱。普通より大きいし、間違いないと思う」

「嫌な予感しかしないけど……」

 

 階段の一番上にある宝箱。恐らくはビーナスの涙が入っているものだ。

 だが、トラップの類いが仕掛けられている可能性は否定できない。

 

「とにかく行ってみるでげすよ」

 

 先にヤンガスが階段をかけ上がる。どのみち行くしかないのだ。三人もヤンガスに続いた。

 そうして宝箱の前に立つと、その蓋に手をかける。

 

「!? 待て、ヤンガス!」

「うぇ?」

 

 レイフェリオの声に反射的に手を引っ込め、ヤンガスは勢い余って後ろに転ぶ。

 宝箱の蓋は、間一髪のところでヤンガスをつかみ損なった。

 

「宝箱が……」

「気を付けろ、来るぞ」

「ヤンガス、戻れ。ゼシカは援護を!」

「わ、わかったでがす」

 

 ヤンガスは立ち上がり、レイフェリオたちのところに戻る。ゼシカは頷くと、呪文の詠唱を始めた。

 宝箱の姿をしていたものが魔物と融合して、襲ってきた。宝箱の罠、トラップボックスだ。

 

「ククール、俺とヤンガスが前衛をする。ククールも支援を頼むよ」

「任せとけ。……スクルト」

 

 ククールの呪文で、全員の守備力が上昇する。光が全身を包み込むのを感じながら、レイフェリオはトラップボックスへと向かっていった。

 

「はぁっ!!!」

「おりゃ!! がっ!?」

 

 ヤンガスも続いて斧を振り下ろす。だが、その斧は宝箱から見えている手によって防がれた。

 

「そのまま抑えててっ!! ヒャダルコっ!!!」

 

 ゼシカの呪文が放たれる。届く直前にレイフェリオがヤンガスを押し出した。

 

「あっぶねぇ……おいゼシカ!!」

「ちゃんとアンタには当たらないようにしてるわよ」

「嘘つけ!!!」

「いいから、次くるぞ」

 

 言い合いを始めようとしている二人に声を掛ける。まだ戦闘は始まったばかりだ。

 ククールが更にスクルトを唱え、ゼシカが攻撃呪文で援護をする。

 

「ギィィ!!! カァー!!」

「なっ!!!」

 

 トラップボックスから氷の塊が放たれる。ヒャダルコだ。

 

「……相手も使えるってわけね。やってくれるじゃない」

「ゼシカ、氷系は避けたほうが良さそうだ」

「そうね……わかったわ。それじゃあ……これでどうよ、メラミ!!」

 

 炎の塊が一直線に向かっていく。その炎に隠れてレイフェリオが剣を構えた。

 

「……火炎斬り!!」

「ギャシャァァァ」

「バギマ!!!」

 

 怯んだ隙をククールが呪文で追撃する。ヤンガスは息を吸って斧を高く振り上げた。

 

「はぁぁぁ!! 蒼天魔斬っ!!!」

「ギィィィ!!!」

 

 トラップボックスの片方の腕が斬り落とされ、霧散していく。だが、残りの腕を大きく振り上げ、ヤンガスに向けて振り落とされた。

 

「ヤンガスっ!!!」

「ぐわっぁぁ……」

 

 痛恨の一撃。まともに食らってしまったヤンガスを庇うように、レイフェリオが前に出た。

 

「ククール、回復を!」

「わかってる!!」

 

 詠唱の準備に入ったのを横目で確認すると、レイフェリオは剣を振るう。

 すかさず、ゼシカの援護が入った。

 

「……ピオリム」

 

 敏捷が上がる呪文だ。スピードに乗って懐に入り込み、素早く斬りつける。

 

「隼斬り!!」

「グォォォン!!!」

「今でがす!!! はぁぁぁぁ!!!!」

 

 いつの間にか回復が完了していたヤンガスが、会心の一撃で斬りかかった。

 その攻撃で見事に腕が霧散し、最期の追撃とばかりにククールが弓で正面を射抜く。

 

「終わりだ」

「グ……ギシャァァァ……」

 

 崩れ落ちる体。地面に落ちて霧散していくと、その後には蒼い色の宝石が残されていた。

 ヤンガスが拾い上げる。

 

「こいつがビーナスの涙……とうとう手に入れてやったぜ!」

「どうやらあの魔物が護っていたみたいだな」

「そうだね。……それにしてもククールはおいしいところを持っていくな」

「本当よね」

 

 魔物を倒したことで、一気に肩の力が抜ける。目的のものも手に入ったのだ。すぐにゲルダの元へと向かおうとした。

 だが、ヤンガス一人だけがビーナスの涙を見つめ動かない。

 

「……? ヤンガス、どうかしたのか? 怪我が痛むとか?」

「あ……いえ大丈夫でがす。その、アッシが昔この洞窟に挑んだのはゲルダのためだったんでがすよ」

「そうなの?」

「いまでこそあいつは商売敵でしかないんですがね……あの頃はアッシも青くてね。ゲルダのやつも今みたいにおっかない感じじゃなくて、正直ちょっと憧れてたんでさぁ」

「なるほどね。それでこの洞窟にきて、あの女が欲しがっているそいつを取りに来たってわけだ」

「あぁ。結局、怪我をして逃げ帰るだけでがしたよ。まさか今になってこんな形で手に入ることになるたあ思いもよらなかったでげすよ」

 

 もしその時に既に涙を手に入れていたら、もっと別な形での関係がゲルダと築かれていたのかもしれない。今となってはもうわからないことだが……。

 

 ヤンガスの苦い青春の一ページ。感慨深かったのだろう。

 

 気を取り直して、一行はゲルダのアジトへと向かうことになった。

 

 

 




ヤンガスの口調・・・わかりません。


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ミーティア姫の帰還

タイトル通りです。ゲルダのアジトでのイベントのみなので、短めです。



 洞窟の外に出ると既に夜が更けていた。だが、ミーティアのことが気がかりということもあり、真っ直ぐにゲルダのアジトへと向かう。

 ゲルダは出る前と同じように暖炉の前の揺り椅子に座っていた。

 ヤンガスが近寄ると、視線だけを動かす。

 

「戻ってきたのかい」

「おうよ。ほらよ、ビーナスの涙。確かに持って来たぜ」

 

 驚いたのか、ゲルダは飛び上がるように立った。その手にビーナスの涙を受け取ると、目の高さに掲げてその宝石を見つめる。

 

「……この美しさ、どうやら本物のビーナスの涙みたいだね。さすがはヤンガスってところか」

「さぁ約束だ。あの馬と馬車を返してもらうぜ」

「……あたしがした約束は、たしかビーナスの涙を持ってきたら馬を返すのを考えるってことだったね」

「そ、それはそうだが……」

 

 ゲルダの言に間違いはない。それをわかっているので、ヤンガスも強気に出れないのだった。

 

「今考えたよ。やっぱりあの馬は返せないね。この石っころはあんたたちに返すよ」

「なっ……約束が違うぞ!! 女盗賊ゲルダともあろう者がそんなガキみたいな理屈いうなよっ!!」

 

 その手にあるビーナスの涙を差し出し、受け取らないという。だが、それを認めることはできない。

 ヤンガスも納得できないと粋がる。

 一方のゲルダは涼し気な顔だ。

 

「約束、ね……そういえばアンタ以前あたしにこの宝石をくれるって約束してなかったかい?」

「な、なにを今更……そんな大昔の話を……」

「自分だって約束を破っておいてよく言うよ。とにかくあたしはあの馬を手放す気はないからね!」

 

 二人のやり取りを見ていたレイフェリオたちは、この言い合いを聞いている限りゲルダの言い分ももっともだと感じていた。

 それが引き下がる理由にはならないが。

 

「……お前の言う通りだ。あの時の約束を破ったのは確かに悪かった。お前がオレに腹を立てるのも無理はねぇ」

「だったら──―」

「でも今回のことはオレひとりの問題じゃねぇんだ。仲間のためにも引くわけにはいかねぇ」

「あんた……」

 

 更にヤンガスは地に手をついて土下座をする。予想もしない行動だった。レイフェリオたちもゲルダも驚愕に目を見開く。

 

「この通りだ! オレはどうなってもいいから……頼むからあの馬を返してくれ!!」

「…………はぁ。わかったよ。もういいから」

 

 ゲルダも膝をつき、ヤンガスの肩に手を添える。

 

「もうやめな。大の男が簡単に頭なんか下げるもんじゃないよ」

「それじゃあ……」

 

 顔をあげたヤンガスとゲルダの視線が合う。ゲルダは呆れたように息を吐き、立ち上がった。

 

「あんたを困らせてやろうと思ってたけど、バカバカしくなってきたよ。あの馬のことは好きにすればいいさ。でも、その代りこのビーナスの涙はやっぱりもらっておくよ。それが約束だったんだからね」

「あぁもちろんだ! ありがとうゲルダ。……それとすまなかった」

「……ったくうっとうしいね。これでもう用は済んだろ? どこへなりともいっちまいな!」

「お、おう」

 

 照れているのか、ゲルダは明後日の方向をみて追い払うように手を振った。

 ヤンガスも軽い足取りでこちらへと向かってくる。

 

「ごくろうさんだな、ヤンガス」

「へへっ」

「……姫が待っているだろう。迎えに行こうか」

「そうね」

「そういえばおっさんはどこでげすか?」

「もうとっくにいったわよ」

 

 早くミーティアのところに行きたかったのが、会話の流れを聞くなり飛んで行ってしまったのだ。

 一行はそんなトロデに苦笑しながら、部屋の外にでた。

 そこには見慣れた馬車の姿がある。

 

「あっ」

「よお。実はゲルダさまから前もって馬を返す準備をしとけって言われていたのさ。何だかんだ言って、あんたらがビーナスの涙を持ってくるって信じていたみたいだな」

「ゲルダ……」

 

 ミーティアに近づくと、そこには馬にすり寄っているトロデの姿があった。

 

「王……」

「姫や、怖い思いをさせてすまんかったのう。これからはいつでもわしが一緒にいてやるからな。もうお前を残して酒場にのみに行ったりはしないと約束するぞ」

「おっさん……」

 

 いつでも一緒、はどうかと思うが、呪いが解けるまでは一緒にいたほうがいいだろう。

 馴染みの御者台へとトロデが座り、今後の方針を考える。

 

「次はどこを目指すのじゃ?」

「……」

 

 こちらの大陸の主要な町はほぼ回った。とすれば、西にある大陸と中央大陸が残されている。

 中央大陸には大聖堂があるため、容易に近づけることはないだろう。とすれば、西の大陸が濃厚だ。

 西には、レイフェリオの故郷であるサザンビークがある。

 

「そういやいい加減情報屋の旦那が戻ってきてもいい頃だな。おっさん、とりあえず一旦パルミドに戻ろうぜ。どこに向かうとしてもドルマゲスの野郎の行き先を知らなきゃ話になんねぇだろ?」

「むぅ、出来ればあの町には二度と近づきたくないんじゃが……仕方ない戻るとするか」

 

 ヤンガスの提案にトロデは乗っかるようだ。確かにそれが一番無難だろう。

 

 一行はパルミドへと向かった。

 

 

 

 

 



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パルミドの情報屋

連投します。タイトル通りです。
情報屋を出た後、ここからオリジナルルートに入ります。
色々意見はあるかと思いますが、見守っていてください・・・。


 ルーラで一気にパルミドに着くと、そのまま情報屋へと向かった。

 ヤンガスが扉を開けると、眼鏡を掛けた男がそこにはいた。彼が情報屋なのだろう。

 

「お久しぶりでがすダンナ。やっと帰ってきたんでがすね」

「おや? ヤンガスくんじゃないですか。留守の間に来たんですか? それは悪いことをしました」

「それはいいでがすよ。それよりダンナ聞きたいことがあるんでがすが……今、道化師の格好をしたドルマゲスって奴を追っているんだ」

「ふむふむ」

「こいつが逃げ足が速くて見失っちまってね。何とかならねぇもんですかね?」

「道化師の男なら聞いていますよ。何でもマイエラ修道院の院長を殺害した犯人だとか……」

「そう! そいつでがすよ!」

「私が得た情報ではそのドルマゲスは海の上を歩いて、西の大陸の方へ渡ったそうですよ」

「!」

 

 西の大陸へ渡った、その言葉にレイフェリオが反応する。ゼシカもそっとレイフェリオを盗み見た。

 二人の様子を知ることのないヤンガスは会話を続ける。

 

「西の大陸ぅ? もちっと詳しくわかんねぇんでげすかい?」

「残念ながらそこまでは……、チカラになれず申し訳ありません」

「まぁダンナにわかんねぇんならこれ以上知りようがねえでがすがね。とにかく、西の大陸へ向かうでがす」

「お待ちなさい! 行動が早いのは結構ですが、どうやって西の大陸へ渡るつもりですか?」

「へっ……?」

「このところ魔物が狂暴化していますので、この大陸やトロデーン国の大陸からは西の大陸への定期船は出ていませんよ。自分の船でも持っていれば別ですが、君船なんて持ってないでしょう? どうやって渡るつもりですか?」

「そ、それは……これっぽっちも考えてなかったでがす」

「やれやれ……」

 

 情報屋の旦那は、呆れたように首を振った。良くも悪くも一直線なのがヤンガスだ。逆にそこまで考えているヤンガスは想像できない。

 

「そんなキミに耳よりな情報です」

「何でがす?」

「ポルトリンクから崖づたいに西へ進むと荒野が広がってるんですが、そこに打ち捨てられた古い船があるそうです」

「何でそんなところに船が?」

「それはわかりませんが、ウワサでは古代の魔法船だとか。もし、その船を復活させることが出来ればきっと世界中の海を自由に渡ることができるでしょうね」

「なるほど! 助かったでげすよ、ダンナ!」

 

 良い情報が手に入ったとばかりに、ヤンガスがこちらへ戻ってくる。

 

「兄貴! 聞こえてたでがすか? ドルマゲスは西へ向かったようでがすよ」

「……わかってる」

「兄貴?」

「船がどうこうって言ってたが、復活させるっていっても手掛かりがないんじゃどうにもできないだろ? どうするんだ?」

「ねぇ、ここで話すのも何だし、宿屋に戻って相談しない? ……例の船はポルトリンクの近くらしいからそこでどう?」

 

 宿屋といえどもパルミドでは何があるかわからない。ミーティアの件もあり、ひとまずポルトリンクの宿屋で休憩がてら、相談することになった。

 

 

 ルーラでポルトリンクへ来ると、トロデはまたいつものように外で待っててもらうことになった。

 

「で、どうするでがすか?」

「……レイフェリオ、どうするの?」

 

 知ってて聞くなと言いたいのをレイフェリオはこらえた。ふぅ、と息を吐き心を落ち着かせる。

 

「西の大陸に行くなら船は必要ない」

「どういうことだ?」

「……ククールには言ってなかったけど、俺はサザンビークの出身なんだ。だから、あの大陸にはルーラで行ける」

「そういや兄貴はサザンビークから旅をしていたんでがしたね」

「あぁ」

 

 サザンビークと何度か訪れたことがあるベルガラックにはそのままいつでも行ける。

 問題はドルマゲスが大陸のどこへ向かったかだ。

 

「……ポルトリンクから真っ直ぐに西へ向かったのだとすれば方角から察するにベルガラックだろう」

「ということは次の目的地はベルガラックになるのか?」

「そうだな」

 

 直ぐに向かえるならばわざわざ船を用意する必要はない、という事で明日の朝ベルガラックへ向かうことになった。

 夜はもう遅い、このまま就寝することになり各々がベッドに入った。

 

 

「……」

 

 だが、レイフェリオは妙に目が冴えてしまい眠れなかった。

 皆が寝静まっているのを確認すると、宿屋の外にでる。町は深夜ということもあり流石に静かだった。

 波の音に誘われるように、そのまま港へと足を向ける。

 

 防波堤に打ち付ける波が、リズムを刻む。故郷は海に近くなかったため、それほど身近にあるものではなかった。

 サザンビークは山と川に囲まれた国。海を見たことがないわけではなかったが、一人で見たのはこの旅が初めてだ。

 

「……ベルガラックでドルマゲスに追い付けるか」

 

 ドルマゲスが渡ったであろう西の海を見る。

 船でもなく歩いて渡ったという人成らざる事象で西へ向かった奴が、既に目的を完了している可能性もあるだろう。

 

「キュッ?」

「どうした、トーポ?」

 

 レイフェリオのポケットから顔を出すと、そのまま腕を伝い肩までやってくる。

 

「キュッキュッ」

「……平気さ。心配しなくても、俺は大丈夫だよ」

「キュイ?」

「ありがとう」

 

 地平線から徐々に明るくなる海を、トーポと共に見つめていた。

 

 



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ベルガラック地方
ギャリングという男


オリジナルルートです。
勢いで書いたのでおかしなところがあるかもしれません。
ギャリングの性格などは想像して作ってます。

本日は昼に二話投稿していますので、まずはそちらをご覧ください。




 朝、ポルタリンクの町の外でトロデと合流し、全員が揃ったのを確認してレイフェリオはルーラを唱えた。

 

 一気に移動してきた一行の目の前には、階段と賑やかな音楽だった。

 

「……ここがベルガラックなの?」

「通称カジノの町。大富豪のギャリングがオーナーで、規模は世界一って言われているらしい」

「一度来てみたかったんだがな。こんな形で来ることになるとは……」

「噂くらいはわしも聞いたことはあるが……ククールは知っておったのか?」

「まぁな」

 

 ククール以外は特にカジノには興味がないようだ。ヤンガスが興味ないというのは意外だと思うが、敢えて言うことはしなかった。

 階段を上ると、大きな町が見えてくる。

 いつものようにトロデは外で待機だ。町に入ると各々別れて情報収集をすることにした。

 

「……別行動って話じゃなかったのか?」

「私が一緒だと問題でもあるの?」

 

 なぜか、レイフェリオの後ろにはゼシカがいた。

 よくよくみれば、ヤンガスとククールが共に行動しているようだ。一緒に行動をするのならそういえばいいと思う。それにククールならゼシカと組みたがるはずだ。

 

「ククールは納得したのか?」

「何よ。ククールが良かったってわけ?」

「そうじゃなくて、二人行動にするならククールと組まなかったのかってことだ。あいつはゼシカを気に入っているだろ?」

「……何で私があのケーハク男と一緒に行動しないといけないのよ。まだヤンガスのがマシだわ」

 

 出会った当初の軽い男という印象は、まだ続いているようだ。最も照れ隠しのようでもあるらしいが。

 

「それに……昨日の夜、貴方外に出ていったでしょう? みんな知っているのよ」

「……そっか」

「気を利かせたってわけ。だから、二人行動するなら素性を知っている私の方が楽でしょう?」

「どうやって言いくるめたんだ?」

「……単純よ。あの男は論外、ヤンガスよりは貴方の方がいいって言っただけ」

「率直すぎないか……?」

「そう? それにヤンガスよりは例の大富豪に会いに行くなら、見た目的には私の方がいいでしょ」

 

 レイフェリオは納得した。要するにゼシカは、レイフェリオがギャリングに会いに行くと考えて行動をとったらしい。我儘を通したように見えるが、確かにゼシカの言う通りだ。

 

「ラグサットも苦労するな……」

「? 何か言った?」

「何も……」

 

 今もリーザス村にいるのかわからないが、ゼシカの婚約者である友人には同情できる、と本気で思ったレイフェリオだった。

 

「でも、それならちょっとこれを羽織ってくれ。その恰好ではさすがにまずいだろうから」

「これって……」

 

 ゼシカに渡されたのはケープだった。見てわかる通り女性物だ。それをなぜレイフェリオが持っているのか。

 

「……以前旅の途中で手に入れたんだ。売ろうかとも思ったが……まぁ持っていてよかった」

「なるほどね。それならありがたくいただいておくわ」

 

 ゼシカはケープを羽織る。サイズもちょうどいいようだった。不要な道具でも、持っていればどこで役に立つかわからない。今は、錬金釜もあるので、錬金の材料にするという手もあるし、ゼシカが要らなくなれば釜にいれてみるかと密かに思案していた。

 

 二人で並んで町を歩いていると、奥の方に大きな屋敷が見えてきた。

 如何にもという建物だ。ここが大富豪ギャリングの屋敷だった。

 門番が二人の姿を認めると、驚きを露わにする。

 

「レ、レイフェリオ殿下!!?」

「……久しぶりだな。ギャリングさんはいるか?」

「は、はい。少々お待ち下さい!!!」

 

 門番の一人が走って屋敷内へと入っていく。残されたもう一人は、改めてレイフェリオに敬礼した。

 

「お久しぶりです。またあの王子の件ですか?」

「……まだあいつは来ているのか?」

「あ……はい。その……」

「懲りない奴だ……」

 

 門番は苦笑するしかできない。殿下と呼ぶ割に気安い風の両者の関係に、置いてけぼりのゼシカが視線でレイフェリオに訴える。

 

「……たまに野暮用でこの町に来ることがあるんだ。それで知り合いになっているだけだよ」

「野暮用?」

「オーナーと話をしにくることがあるだけだ。カジノで遊ぶことはない」

 

 野暮用はカジノではないと伝えたつもりだったが、ゼシカは納得していないようだった。真実を言えば、従弟を連れ戻すためにカジノに入ったことはあるのだが、そこまで言う必要はない。

 

「殿下? この女性は?」

「あぁ。今は旅をしているんだ。その仲間の一人だよ」

「そ、そうですよね。あはは」

「……勘違いだけはしてくれるな」

「わかっています。アイシア様に知られたら大変ですから」

「アイシア様?」

 

 ゼシカが疑問を口にした時、屋敷へと走っていった門番が息を切らしながら戻ってきた。

 

「お、お待たせ、しました! どうぞ、な、中へ」

「あぁ。ゼシカ、行こう」

「え、えぇ……」

 

 丁よく避けられた気がするゼシカだったが、レイフェリオの後に続いて屋敷へと入っていった。

 勝手知ったる屋敷の中なのか、誰にも案内されずにそのまま一つの部屋へとレイフェリオは入っていく。

 

「よお、今度は何を背負ってきたんだ?」

「……お久しぶりですね、ギャリングさん」

 

 長いソファに座っている豪傑。これが大富豪ギャリング。

 呆気にとられているゼシカを余所に、レイフェリオはそのままギャリングの向かいに座った。と、同時に一人の執事服を来た男性がお茶を置く。隣にもおかれたそれはゼシカの分だろう。

 ゼシカもゆっくりとレイフェリオの横に座った。

 

「で、そっちの嬢ちゃんは誰だ? まさかお前の女か?」

「違いますよ。旅の仲間です」

「何だよ、からかいがいのない奴だな。もう少し動揺しやがれ」

「ギャリング様、お言葉ですが殿下は王太子であられます故、簡単に心を乱されてはいけないと思われますが」

 

 すかさず執事から突っ込みが入った。

 

「わかっているんだよ。お前も逐一反応するな」

「これは失礼を」

 

 乱暴に言葉を交わしているようだが、そこには信頼関係が見え隠れしている。レイフェリオにとっては恒例のやり取りだ。

 ひとしきり笑った後、ギャリングは今までの表情から一転、真面目な顔を作る。

 

「で、一体何の用だ? 最後の旅に出るって言ったっきりだったが、国に戻ってきたってことは────」

「違います。……俺たちはある男を追っているんです。道化師の恰好をしたドルマゲスという男を」

「ドルマゲス?」

「はい。この町では見かけていませんか?」

「俺はねえな……おい、お前の方はどうだ?」

「私が知る限りにはなりますが、町の中には少なくとも来ていませんね」

 

 このギャリングの執事は優秀だ。侵入者や盗賊の類がカジノに押し入ったとしても、すぐに包囲網を作れるほどの情報力がある。ただし、この町に関してだけだ。

 その男が知らないと言っているということは、現時点でドルマゲスは来ていないということを指す。

 

「この町に来ているのは間違いねぇのか?」

「……いえ、あくまで可能性の一つです。西の大陸の方へ渡っていったという情報しか俺たちにはありません」

「てめぇの国に行ったって可能性は?」

「……わかりません。方角からまずはベルガラックだろうと判断しただけです」

「方角、ね……で、結局そいつが何だってんだ? お前が追うほどの猛者なのか?」

 

 ドルマゲスがどういう存在か。レイフェリオはこれまでドルマゲスに殺された人のことや、ここまでの旅路について語った。マスターライラス、サーベルト、オディロ、その名を聞くとギャリングの表情が一際険しくなっていった。

 

「……そうか。よくわかった。だが、ここにそいつはいない。だからさっさとお前は国に帰れ」

「ギャリングさん、しかし────」

「忘れるなよ。お前は、サザンビークの世継ぎだ。単なる殺人事件に首を突っ込んでいい身分じゃねぇんだよ」

「単なるって、サーベルト兄さんは!!?」

「ゼシカさん……ここは黙ってください」

 

 怒号するギャリングに反論しようとするゼシカを執事が止める。意味がわからず、ゼシカは言い合う二人を見た。

 

「けど、オディロ院長は俺を庇って死んだんです。それを──―」

「オディロが殺されようとしていたら、お前は同じく庇った。違うか?」

「……それは……」

「即答しなかったのは褒めてやる。ここで庇うと即答したら、ぶっ飛ばすところだ」

「ギャリングさん……」

「お前もわかっているはずだ。それが王族の立場ってことを。お前は死ぬことを許されねぇのさ。わかったら、もうこの件に関わるのはやめろ。早く城へ戻れ。それがお前がすべきことだ」

 

 話は終わりだ。というようにギャリングは部屋の階段を上っていった。

 

「……殿下」

「……わかっている」

 

 レイフェリオは硬い表情のまま立ち上がり、部屋を出ていった。慌ててゼシカもその後ろ姿を追う。

 

「ちょっ、待ってよ! レイフェリオっ!」

「……」

 

 ゼシカが声をかけると背を向けたまま立ち止まった。だが、顔は前を向いたままだった。

 

「ギャリングさんが言ったこと……その、気にしてるのよね?」

「……巻き込んでごめん…………ふぅ」

「レイフェリオ?」

「ヤンガスたちと合流しよう。今後について決めるために」

 

 そう紡ぐと振り返ったレイフェリオはいつもの柔和な表情に戻っていた。

 

 

 

 その日の夜。

 レイフェリオたちは、ククール、ヤンガスと合流し、宿屋で次の目的を考えていた。

 結局、ベルガラックでの収穫はなし。ドルマゲスが来ていないということだけがわかった。西の大陸と言っても広いので、次はどこを探すか思案していると、突然部屋の扉を勢いよく叩く音が響いた。

 

「すみません!!! 殿下!! いらっしゃいますか!!?」

「この声……」

 

 聞いたことのある声はギャリングの門番の声だった。驚くゼシカだが、レイフェリオはその緊迫した声にすぐに扉を開ける。

 

「どうした?」

「す、すぐに来てください!!! ギャ、ギャリング様が!!!」

「ギャリングさんが!? どうしたって?」

「ギャリング様が、怪しげな男に!!!」

 

 怪しげな男。その場にいた全員が反応し、想像したのはドルマゲス。やはりこの町にきたのだ。そして、その目的はギャリング。

 息を切らしている門番を押しのけて、レイフェリオは屋敷へと走る。

 既に夜も遅いが、ベルガラックは眠らない町だ。町中も灯りが照らし出してくれていた。

 

 屋敷の前には門番はおらず、そのまま屋敷内へと突入する。昼間にギャリングと話をした部屋へと扉を開けると、そこにいたのは、血まみれになって倒れているギャリングの姿だった。

 

「ギャリングさんっ!!!!」

「ぐっ……な、なんだ……まだ、いたのか」

「喋らないでください!! 今、回復を」

 

 呪文を唱えようとするレイフェリオの手をギャリングは震える手でつかむ。

 

「……お、おれも……耄碌した、もんだぜ……たかが、魔術師に……ぐふっ……遅れを、とる……とはな」

「ギャリングさんっ!!」

「な、なぁ……おれが、いった……こと、わす……れるな……よ……立派・お、うに……な、よ……」

 

 パタン。

 掴まれた手が力なく落ちる。レイフェリオの後ろには、追いついて来たゼシカたちが来ていた。そして、階段の下にはギャリングの子どもたちが震えている。

 皆が見守る中、ギャリングはレイフェリオの腕の中で息を引き取った。

 

「……レイフェリオ」

「兄貴……」

 

 仲間の気遣う声もレイフェリオには聞こえていない。ただじっと、ギャリングを抱いていた。

 

 



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ギャリングの遺したモノと覚悟

オリジナルルートです。
ついに来ました。主人公回です。捏造いっぱいです。


 ギャリングの死は、町の人へは知らせることはなかった。それがギャリングの子どもたちの意志だったからだ。

 暗い雰囲気に包まれた屋敷で、レイフェリオたちは朝を迎えた。

 

「よお」

「ククール?」

「何て言うかその……あいつはお前の知り合いだったんだよな?」

 

 言われて彼らに何も説明していなかったことに気づく。ゼシカも何も言っていないのだろう。もしくは、レイフェリオが言うのを待っているとも言える。

 

「あぁ、ギャリングさんには昔から世話になっていた。最もその最たる理由は俺の身内だが……」

「お前の身内って──―」

「あ、兄貴~おはようごぜえます! なんでぃ、ククールもいたのか」

「……はぁ」

 

 予期しない割り込みに、ククールも眉を寄せた。タイミングが良いというかなんというか。

 しかし、そろそろ潮時なのかもしれない。

 

「あら? みんな起きてたのね」

「おはよう、ゼシカ」

「おはようございます、皆様」

 

 そこへまさにタイミング良く現れたのはギャリングの執事だった。レイフェリオへ頭を垂れると、1枚の紙が差し出される。

 

「俺に、か?」

「はい。ギャリング様に何かあったとき、殿下へお渡しするようにと」

「……」

 

 そっと紙を開く。

 紙は豪快な字で書かれており、いかにもギャリングらしさが出ていた。

 

『レイ、お前がこれを読んでいるってことは俺はその道化師に敗れたってことだな。

 そして、お前はアレを追うつもりなんだろうな。全く頑固なところは親父譲りだぜ。

 なぁ、レイ。世界は平和に見えても実際はそうじゃねぇ。旅をしてきたお前なら感じているだろう。

 魔物の狂暴化がこの辺りでも問題になっている。

 俺やオディロが狙われたのも、きっとそれを知らせるためだったのかもしれねぇな。

 さっきも言ったがよ、お前は自分の立場をよく考えろ。その上で行動を決めるんだ。

 一時の感情や状況に流されるのではなく、お前自身が決めて、ちゃんと周りを納得させてから向かえ。

 たぶん、お前はあの人とエルトリオの息子だからな、そういう運命なのかもしれねぇ。

 王を納得させるのは骨がおれるぜ。精々頑張ることだな。

 

 あとは、頼むぜ……

 』

 

 一通り読むと、レイフェリオは紙を握りつぶした。昨日のあれは、ここからレイフェリオを遠ざける為だったようだ。

 既にわかっていたのだろうか。ドルマゲスがここに来ることを。だからこそ、この屋敷から遠ざけた。

 何故、ギャリング自身が狙われたのか、理由については語られていない。それでも、奴を追うのなら覚悟を決めろと言われたのだ。

 ドルマゲスを追うのは、成り行き。乗り掛かった船、そう発言してきたことを指摘された気がした。

 直接的に関わりのある人物が犠牲になったのは、これで二人目だ。

 

「……覚悟、か」

「レイフェリオ……で、どうすんだよ。これから。またドルマゲスが何処に行ったのか調べなきゃなんないだろ?」

「それならば検討はついております」

 

 ククールの問いに答えたのは、執事だった。

 

「どういうことなの?」

「……あの道化師は、闇の遺跡と呼ばれるところに向かったようです。この屋敷の護衛隊が追って行きましたので間違いありません」

「闇の遺跡、でがすか……何処にあるんでげす?」

「……ここより北にある小島です」

「ってことは、船が必要、か……ここの船を貸してなんて──―」

「出来ません。貴方方に貸すことは、殿下を遺跡へ向かわせることと同義です。ギャリング様の命令に背くようなことは出来ません」

「背くってどういうことでがす?」

「道化師の元へお連れするわけにはいかないと言うことですよ。貴方方が行くのであれば、殿下も行かれる。そういうことになりますでしょう?」

「殿下、ね……」

 

 ククールは、レイフェリオに向き直る。いつも穏やかな表情でいるレイフェリオの顔は硬い。それが何よりも真実を物語っていた。

 

「……兄貴?」

「別にお前が何処の誰でも良いけどよ。そろそろ良いんじゃないのか? どこぞの王族でも別にお前はお前だろ?」

「!? ククール……」

 

 思わず目を見開く。そう言われるとは考えても見なかったのか、唖然とした表情だ。

 

「アッシもでがすよ! 兄貴は兄貴でがす」

「……ありがとう、ヤンガスにククール」

 

 心を落ち着かせるためか、息を吐くと、レイフェリオは話し出した。

 

「俺の名は、レイフェリオ・クランザス。みんなが想像している通り、サザンビークの第一王子だ。今回の旅は、俺が成人をする前に世界を廻りたいということで、叔父上―陛下から許可をもらっていたんだ」

「……第一王子ってことは、レイフェリオが次の王様ってことか?」

「……一応、10年前に立太子の儀式は済ませている」

 

 要するに王太子ということだ。そんな人物が一人で旅をすることを認める王も王だが、王子もそうだ。

 

「ま、待ってくだせぇ! ってことは、馬姫さまの婚約者は兄貴ってことですかい?」

「それは違う。姫の相手は俺じゃない」

「じゃあ誰なの?」

「俺の従弟だ……言いにくいんだが、手のかかる我が儘王子、だな……」

「何で兄貴じゃねぇんですかい?」

「普通はお前のが先じゃねぇのか?」

 

 ミーティアとレイフェリオの従弟では、正直なところ釣り合わないとはレイフェリオも思っている。だが、これは国との約束ごとだ。ましてや、決めたのは叔父でレイフェリオは全く関わっていない。

 

「殿下は既に婚約者がおられるのですよ。ですから、トロデーンの姫君のお相手はチャゴス王子となったのです」

「「はぁぁぁぁ!」」

 

 これはどっちに対する叫びなのか、レイフェリオにはわからなかった。

 

「お、お前婚約者いるのかよ!」

「……そうだな。昔から決まっていたから別に何も思わないが」

「……そういえば、レイフェリオって今口調違うわよね? もしかして、それが素なの?」

 

 指摘されてレイフェリオ自身も今気がついたのか、ばつが悪そうに頬をかいた。

 

「……王子と知っている人についてはこっちが普通かもな」

「猫被ってたのね……」

「そういうつもりじゃないが……悪かったよ」

「んで、お前の素性はわかった。何で隠していたのかも理由は今ので納得だ。流石にトロデ王に相手国の王子ですなんていえねぇだろうからな」

「あぁ……トロデ―ン国の扱いがどうなっているかはわからないが、少なくともあの時は知らせない方がいいと思った」

「んで、これからどうする?」

 

 船を貸してもらえない理由は納得いったわけではないが、一国の王子を連れ出して闇の遺跡に向かうことを許可しないというギャリングの意志がある以上、選択肢は一つしかないだろう。

 

「情報屋のダンナが言っていた船を探しやすか?」

「……船が必要なら、そういうことになるのかしら?」

「……雲をつかむような話だぜ?」

 

 三人は古代の魔法船を手に入れる方針を示す。だが、レイフェリオはそれに同意しなかった。

 

「すまないが、俺は一度国に戻る」

「兄貴っ?」

 

 ヤンガスの声がその衝撃に上ずった。遺跡に共に行くものだと考えていたのだから、驚くのは当然だろうが。

 

「戻るって、旅を止めるってこと?」

「……わからない」

「……話をつけに行くのか?」

 

 レイフェリオの意図をククールは理解しているようだった。

 

「ギャリングさんの言う通り、俺はこれまで成り行きということでドルマゲスを追っていた。トロデ―ンからここまで来たのも。トロデ王にもそう伝えていたし、サザンビークまでは一緒に行動すると伝えていたんだ」

「けど兄貴……」

「……ギャリングさんほどの手練れが敗れてしまうほどの遣い手。そしてオディロ院長たちの殺害。その相手を追いかけるということは、俺の本来の目的とは違ってくる。今までは、旅の仲間ということで皆の側にいられたが、俺が王子とわかっても一緒に追ってほしいと言えるか?」

「も、もちろんでがすよ。何を言っているんでがすか?」

「……ヤンガスは黙ってな」

 

 即座に否定するヤンガスをククールは低い声で止める。非難するような視線をヤンガスから受けても尚、ククールは引かなかった。

 

「ただのレイフェリオが俺たちと行動することと、王太子であるレイフェリオが行動することは意味が違うんだよ。少しは考えろ……」

「もし、殿下の素性を知らずに仲間として旅をしていたならば、状況は違っていたでしょうね。ですが、今貴方方はそれを知ってしまった。その上で、殿下に同行していただくということは、その命の責任を持つということになります。何より、殿下の目的は道化師ではないというのが、サザンビークの言い分でしょうから」

「そういうことだ。ヤンガス、お前にその責任が持てるのかよ。俺にはできないね」

「ちょっ……それは、そうでがすが……ククールはオレたちが負けると思っているのかよ!!!」

「そういうことじゃない。万が一の話をしているんだ」

「万が一ってなんだよ!!!」

「落ち着け、二人とも」

 

 二人でヒートアップすることに、レイフェリオが止めに入る。ゼシカも重く息を吐いていた。口にこそださないが、ゼシカも状況は理解している。

 

「……俺の責任は俺が持つ。だが、現時点ではそういうことにはならない。だから、一度国に戻る必要があるんだ」

「……兄貴」

「説得できるのかよ?」

「わからない。叔父上は……何と言うか過保護な部分があるからな」

 

 過保護ならなぜ一人旅を許してもらえているのか。矛盾していないかという突っ込みは誰もしなかった。

 

「なら、私たちも一緒にサザンビークへ行かない?」

「ゼシカ?」

「貴方一人じゃなくて、私たちも仲間として行動していることがわかってもらえれば、一人で説得するよりも納得してもらえるかもしれないじゃない」

「信用してもらえるかねぇ……」

「あとでかどわかしたとかで罪人扱いされるよりマシでしょ」

「げっ……否定できないでがす……」

 

 人相なら確実に悪く見られるヤンガスが目に見えて落ち込む。

 確かにゼシカの提案はありがたいものだ。だが、そうすると問題が一つある。

 

「王はどうするつもりだ?」

「……説明するしかないでしょうね」

「おっさん発狂するかもしれないでがすよ?」

「それも面白いな」

「あんたは黙ってなさいよ……どうする? レイフェリオ」

 

 最終的に決めるのはお前だ、というように視線がレイフェリオに集まる。

 いずれは知られることだ。それが早くなっただけのこと。

 

「……わかった。王には説明する。ただ、ちょっと時間がほしい」

「構わないわ」

「あぁ、問題ないさ。なら、徒歩で向かうか? 歩きながらの方が、部屋に籠っているより落ち着くかもしれないぜ?」

「……そうだな。そうするよ」

「なら、出発でがすね」

「街道を南に進めば、サザンビークの国境に入る。道なりに進めばいい」

「合点でがすよ」

 

 最後にギャリングの子どもへ挨拶をすると、屋敷を出る。最後まで見送りにきた執事は、レイフェリオに近づく。

 

「殿下、どうか無茶はなさいませんよう。ギャリング様もそれをお望みではないでしょうから」

「……わかっている」

「皆さま、殿下をよろしくお願いいたします」

「わかった」

「任せなさい」

「もちろんでがす」

「それでは、ご無事をお祈りしております」

 

 屋敷を出ると、町は昨日と同じくにぎわっている。ギャリングのことを知らないのだから無理もない。

 ただ、カジノは休業しているようだ。

 

「にしても、孫を送り出す爺さんみたいだったな」

「そうね」

「……あの人にしてみればそういうもんなんだろうな。俺にはわからないが」

 

 まずは外にでてトロデと合流し、サザンビークへと向かう。ドルマゲスを追うために。

 




ギャリングはここの主人公にとっては、家族とは違った意味で大切な人という設定です。執事はお爺ちゃんみたいなものですね。ギャリングの子ども、この先でも出てくると思いますが、性格は本編と違っていると思います。お気に召さない方もいるかもしれません・・・。


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サザンビーク地方
不思議な泉


サザンビークへと入りました。
タイトル通り泉イベントですが、オリジナル要素多いです。またあの人に名前をつけてしまいました。


 外に出ると待ちくたびれたように、トロデが御者台に座っていた。

 レイフェリオたちの姿を見るなり、飛び降り近づいてくる。

 

「遅いっ!! 遅いぞ!! 何をしていたのじゃ」

「王、すみませんでした。色々と事情がありまして」

「……ドルマゲスが現れたのよ」

「何じゃと!! それでドルマゲスはどうしたのじゃ!?」

「ギャリングを殺して闇の遺跡に向かったらしいぜ」

「ううむ、ドルマゲスの奴め。また人を手にかけおったのか……こうしてはおれん。その遺跡とやらに急ぐぞ」

 

 御史台に飛び乗り、勢いよく出発しようとしたトロデだったが、すぐに止まった。

 

「……してその遺跡とやらはどこにあるのじゃ?」

「はぁ……北の小島らしいわ。船がないと行けないわね」

「古代の船を復活させないといけないでがすよ、おっさん」

「古代の船か……もしかしたら我が城の書物に情報が載っておるやもしれんな。よし、トロデ―ン城へ向かうぞ」

「……王、待ってください」

 

 今にも行きそうなトロデだが、ルーラを使えないトロデでは一人で行くことなど出来はしない。それに、船を復活させる前にやらなければいけないことがレイフェリオにはある。

 

「どうしたのじゃ、レイフェリオ?」

「……すみません、俺はサザンビークに戻ろうと思います」

「なっ……ど、どうしてじゃ?」

「それは……後ほど説明します。今は理由を聞かないでもらえますか?」

 

 トロデにとってレイフェリオがサザンビークに戻るということは、旅が終わると同じことだった。無論、レイフェリオは終わらせるつもりはない。だが、旅を続けるためにも一度サザンビークへと戻る必要がある。

 トロデにはそれだけを伝える。

 

「そうか……事情があるのじゃな。元々お前さんには関わりがなかったことじゃ。ここまで協力してくれたことに感謝こそすれ、それを無下にすることなど一国の王の名が廃る。よし、構わんじゃろ」

 

 一刻も早くドルマゲスを追いたいトロデだが、ここまで共に協力してくれたことの方が異常なのだと、認めてくれた。

 

「だがのう……そのサザンビークには姫の許嫁がおるのじゃよ。許嫁のチャゴス王子もだが、王族に知られることがあってはならない。町でも姫とわしの呪いや旅のことは口にせんでおくれよ」

「えーと、そうですね。わかりました」

 

 既にその王族に知られているとわかったら、どうするだろうか。レイフェリオは苦笑いをして頷いた。

 事情を知っている三人も笑いを堪えているような、変な顔をしている。わけがわからないトロデは、首を傾げるだけだった。

 

 こうして時折魔物を倒しながら、南へ道沿いに進んでいく。流石にこの辺りの魔物は今までと比較しても強くなっている。

 レイフェリオはこの辺りを徒歩で進んだことがあるため慣れていたはずだが、それよりも魔物の強さが上がっていた。

 

「はぁはぁ……つ、疲れるわね……」

「呪文の温存も、出来やしない……」

 

 戦闘を終え、ゼシカとククールは地面に座り込んだ。ヤンガスは大の字になって息を整えている。

 立っているのはレイフェリオだけだった。

 

「……ふぅ。まさか、ここまで魔物の狂暴化が進んでいるとはな」

「以前とは違うのか?」

「ああ。俺が一人で倒せる位だった。だが、今の魔物たちは皆の援護がなければ全滅していただろうな」

「……なるほど、な」

「本当に……何が起こってるのかしらね」

 

 ギャリングが言っていた狂暴化について、特に感じたことはなかった。ゼシカもククールも自身が住んでいたところで、魔物の強さが変わっていることなど感じてなかったからだ。

 しかし、レイフェリオは違った。馴染みのある場所の魔物の強さが違えば、理解もするだろう。

 

「……この先の森に小さな泉があるんだ。そこへ寄っていかないか?」

「この期に及んで寄り道するのか? 疲れるだけだぜ?」

「その泉には不思議な効力があるんだ。城へ行くよりも近い。それに……試してみたいこともある」

「試したいこと?」

 

 ゼシカは立ち上がり、首をかしげる。

 

「その泉には呪いを解くチカラがあると言われているんだ」

「って、じゃあ!」

「行ってみる価値はある」

「なるほどでがすよ」

 

 あくまで噂だが、実際にレイフェリオ自身も訪ねたことがある場所だった。偏屈といわれるじい様の小屋が近くにあるので、そこで休ませてもらうこともできる。

 

 道の途中で右側にある森の中を進む。だが、そこには予想以上の魔物がいた。

 

 バーサーカーが4体。常に飛び上がっており、武器を振り続けている。そして、どろにんぎょうだ。

 

「ゼシカは後方だ。ヤンガスはあの人形を先に始末してくれ。ククール!」

「わかったよ」

 

 呼び掛けにククールは、弓を素早くひく。対象はバーサーカーだ。

 魔法力を奪う手段を持つ人形を先に倒すために、ヤンガスをそちらに向け、バーサーカーの注意をこちらに引き寄せるためだった。

 

 狙い通りバーサーカーの狙いはこちらに定まる。

 

「バギ!」

「ライデイン!」

 

 ククールとレイフェリオの呪文が直撃する。だが、多少怯んだだけでこちらに襲いかかってきた。やはり、魔物の強さは上がっている。

 

「「ギィシャァ」」

「ぐっ」

「ちっ……」

 

 一気に4体が攻撃を仕掛けてくる。振り上げられた斧をレイフェリオは盾で受け止めるが、次の瞬間にはもう1体が斧を振り回す。それを剣で受け止めた。

 同じくククールも攻撃を受け止めるが、勢いよく振り下ろされたその力に押され、後方へと飛ばされてしまった。となれば、そこにいるのはレイフェリオ一人となる。

 

「レイフェリオっ!? ……ヒャド!」

 

 氷の刃がバーサーカーに届く……前にレイフェリオへと残りの敵の刃が届いた。

 攻撃を受け止めていたがために、隙があった横から凪ぎ払われる。レイフェリオも受け止めていた斧を押し返し避けようとしたが、間に合わない。

 

「ぐっ……」

「あ、兄貴!?」

 

 左側の腹部が切り裂かれ血が流れ出す。倒れながら流れる血を押さえ、レイフェリオは目の前にいるバーサーカーを見る。既に追撃の体勢だった。

 呪文をかけている余裕はない。更に追加される攻撃を剣で受け止め、力をためて払った。

 

「バギマ」

「イオラ」

 

 二人の呪文がバーサーカーを襲うと、既に人形を倒していたヤンガスがレイフェリオを庇うようにして立った。

 

「ヤンガス……」

「兄貴は早く回復をっ」

 

 斧を振り上げ、バーサーカーを切り払う。既に体勢を整えたククールも弓を構え攻撃に転じていた。

 

「……ベホイミ」

 

 痛みに集中力を奪われそうになりながらも、レイフェリオは回復呪文を唱えた。

 まだ痛みはあるが、出血は止まり体力も戻ってくる。

 

「よし……」

 

 剣を握り、立ち上がるとレイフェリオも戦闘へと復帰した。

 

「……ふぅ、手を焼かせる魔物ね」

「兄貴、大丈夫でがすか?」

「ああ、すまない」

「俺も吹っ飛ばされたからな……」

 

 まだまだ修行が足りないということなのかもしれない。

 この後も似たような状況に陥ることはあったが、先程の二の舞にはなることはなかった。

 

 そして、何とか小屋まで到着することができた。

 扉を開けると、そこにいたのは……魔物だった。

 

 反射的にレイフェリオ以外が武器を構える。

 

「あっ、ここの連中は戦う必要はないんだ。ここの主に育てられているんだ」

「そ、育てるって魔物よ?」

「……俺にも詳しいことはわからない。……っとスラ、爺は留守か?」

 

 周りを見回すと、レイフェリオは近くにいたスライムに話しかけた。

 

「なんだっちよ。あっ、レイ様だっち。しばらくだっちね。じいさんなら留守だっち。行き先は知らないだっちよ。オレっちは留守番だっち」

「あの泉か?」

「知らないだっち」

「……そうか。泉に先に行こう」

 

 レイフェリオは踵を返して、外へと出ていく。訳がわからない三人は、とりあえず後を追った。

 

「おい、あのスライム喋ってたよな?」

「ビックリでがすよ」

「俺にも良くわからないんだが、知る限りじゃ最初からああだった。ともかく、泉はこの奥だ」

 

 木々が更に深くなって行く場所へとレイフェリオは歩いていく。不思議な魔物に、ヤンガスたちはまだ驚きから抜け出せないでいた。

 

 奥へと歩いていくと、そこにあったのは綺麗な泉だった。

 泉のそばには人が一人佇んでいる。

 

「ほう、こんな場所に人が来るとは久しぶりじゃ……」

「久しぶり、爺」

「ん? おぉ、レイ様ではありませんか? お久しゅうございます」

「爺も元気そうで良かった」

「無論、元気ですとも……おや? これまた随分とお美しい姫君をお連れではありませんか」

「「姫君?」」

 

 老人は後方に歩いていたミーティアを指した。馬の姿しかしらないヤンガスたちには誰のことかわからない。

 

「わしも城で多くの姫君を見てきたが貴女ほど美しい姫君は見たことがない」

「あの、爺さんにはこの馬姫さまがちゃんとした姫に見えるんですがすか?」

「うむうむ。例え馬になっても隠しようがない気品が姫から溢れとる証拠じゃのう」

 

 驚くヤンガスに、納得顔のトロデ。だが、一般的に見て、ミーティアは間違いなく馬にしかみえない。

 

「ん? って何故じゃ? ご老人、何故この馬が姫に見えるのじゃ!?」

「爺……今、姫は馬の姿なんだ」

「う、馬!? それはまことですか!!?」

 

 二人の言葉を聞き、驚いた老人はミーティアへと近づき、その姿に触れる。

 

「姫君、少々失礼を……ふむ、この鬣といい毛並みといい、確かに馬のようですな」

「爺には、姫の姿がちゃんと見えるか」

「はい。わしはこの目に何も映すことはありませんが、心眼が姫君をその姿として捉えております」

 

 老人は出会ってから一度も目を開いていない。心眼、つまり心の目で見ているのだという。呪われていてもその心はミーティア自身のまま。だからこそ、老人には姫の本来の姿が映ったのだろう。

 

「レイ様、一体何があったのですか?」

「……この馬はミーティア姫。トロデ―ン国の姫君だ。道化師の呪いを受けてこのような姿にされたんだ」

「そうでしたか……呪い……なるほど、それでここへ訪れたのですね」

「あぁ。試してみようと思ったんだ」

「ん? レイフェリオよ、一体どういうことなのじゃ?」

 

 レイフェリオと老人の二人が納得していて、他のメンバーは話についてこれていなかった。だが、老人は気にせずミーティアへと話しかける。

 

「では、姫よ。効くかどうかはわからぬが、そこの泉の水を一口くちになさるがいい」

「ヒン?」

「その泉の水には呪いを解く不思議な力があるのだよ。必ずしも効くとは断言できんがの……」

 

 いつの間にか自由に動けるようになっていたミーティアは、促されるまま泉へと近づく。ゆっくりと座り、その口に水を含んだ。

 徐々に淡い光がミーティアを包み込んでいく。

 

「馬姫さまがひ、光っているでがすよ!!!」

「まさか本当に解けるってのか!!!?」

 

 やがて光は辺りを照らし出す。そのまばゆい光に思わず目を閉じてしまう。

 一同が目を開けたとき、そこにいたのは美しい姫の姿だった。

 

「あ……。皆さん、お父様!!? お父様見てください!! ミーティアは人間の姿に戻りましたのよ」

 

 興奮するミーティアはトロデに声を掛けるが、トロデは反応もせずに固まったままだった。驚いた衝撃から回復していなかったのだ。

 

「姫……」

「お父様? ま、まさかこれは夢を見ているだけ、というのでしょうか……これは幻、なの……?」

 

 あまりに反応しないトロデに、ミーティアも現実かどうか不安になってしまったようだ。

 

「お……おぉ、いやなに。あまりに突然のことで言葉を失ってしまったわい。ちゃんと見えておるぞ姫よ。さぁもっと近くに来て、その愛しい姿を見せておくれ」

「お父様っ!」

 

 トロデに近づき、思わず二人は手を取り合う。その光景をレイフェリオたちはただ見守っていた。

 涙を浮かべトロデは今までの時間を取り戻すかのように、ミーティアの姿を見ていた。

 

「おお! わしのかわいい姫よ。今まで馬車なんか引かせてすまなかった。辛かったであろう。これからは楽をさせてやるからのう……」

「いいえ。いいえお父様。辛いのはミーティアひとりだけではありませんもの……それに、ミーティアはレイフェリオ様たちのお役に立ててうれしゅうございましたのよ」

 

 ミーティアはトロデから視線をレイフェリオたちへと移し、その正面に移動すると、裾を掴み王女の礼を取った。

 その間に自分も元に戻ると息巻くトロデが泉へと走る。

 

「姫……」

「レイフェリオ様……皆さま、本当にここまでありがとうございます。感謝してもしきれないくらいです」

「馬姫……じゃねぇや、ミーティア姫がこんなに別嬪さんだとは思わなかったでげすよ」

「だな。トロデ王の娘とは思えないぜ」

「……ミーティア姫、貴女も本当にお疲れ様」

「ありがとうございます。それとあの……レイフェリオ様」

 

 ミーティアはレイフェリオへと改めて向き直る。その真剣なまなざしに、レイフェリオも意を正して答えた。

 

「何でしょう、姫?」

「貴方はもしかして……えっきゃっ!!!?」

 

 と何かを言いかけた時に再びミーティアの身体が光りだした。ミーティアの声に水を飲もうとしていたトロデも振り返る。

 

「ん? 姫? ……あぁ、姫!!」

「……ヒン」

 

 何とミーティアは馬の姿へと変わってしまった。どうやら効果は一時的なものだったようだ。

 

「うーむ。泉の癒しの力すらも効かぬとは、姫君にかけられた呪いはよほど強力なもののようですな。泉が駄目なら残された手段はただ一つ……」

「ドルマゲスを倒す、か」

「えぇ。さすれば呪いは解け、姫君は元の姿に戻れるでしょう」

 

 やはりドルマゲスを倒す以外に方法はないということだ。予想はしていたことだが、ミーティアをぬか喜びさせてしまったようで、レイフェリオは少々罪悪感を覚えていた。

 

「レイ様……」

「何だ?」

「姫君はおそらくここの水を飲めば短時間ではありますが、人間の姿に戻れるようです。時間を見つけては飲ませて差し上げてはいかがでしょう?」

「それは良い考えなんじゃない? 連れてきてあげましょうよ」

「だな。俺も賛成だ。あんな美人に会える機会を逃すなんてもったいないからな」

「……だからあんたはケーハク男なのよ」

 

 確かにトロデと違い、ミーティアは話すことすらできないのだ。少しでも人として会話することができれば、気も紛れるだろう。

 

「わしからもお願いじゃ。たまにでよいのじゃ。連れてきてやってくれぬか?」

「王……勿論構いません。それで姫が少しでも喜んでくれるなら」

「ヒン!!」

 

 ミーティアが顔を高く上げる。まるでお礼を言っているようだ。

 

「そろそろ日も落ちる頃です。どうされますか? 小屋に泊って行かれますか?」

「……あぁ、そうさせてもらえると助かる」

「わかりました。狭苦しいところですが、どうぞおいでください」

「ところで、レイフェリオ? このおじいさんとはどういう関係なの?」

 

 ビクっと肩が震えた。指摘されてそういえば一切説明をしていなかったことに気が付く。

 

「あーと……」

「これはご無礼を。わしはグラン・サーモンドと言います。昔はサザンビーク城で魔法研究をしておりまして、レイ様にお教えしていたことがあるのですよ」

「へー、ってことはレイフェリオの先生ってことか?」

「……あぁ」

 

 レイフェリオの素性を知っているならばそれで納得するだろうが、残念なことにそうではない人物がここにいた。

 トロデだ。

 

「ん? レイフェリオよ、お主この老人に習っておったのか? 城の魔法研究員ともなれば貴族じゃろうに。一体どういう繋がりがあるのじゃ?」

「……それは……」

「レイ様、まずは小屋までいきませんか? そろそろ風が冷たくなってきましたし、この老体にはきついのですよ」

「爺……わかった」

 

 トロデの質問を遮るように、グランは小屋へと誘導していった。

 




ここまで読んでいただいてお分かりいただけるかと思いますが、本作はルートが入れ替わっています。メインの場所は行くので、トロデ―ン城へも向かいますが、ここから暫くはサザンビーク編となります。


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サザンビークの王太子

オリジナルストーリです。
主人公の設定公開の話になります。


 小屋に着くなり、スライムとドラキーたちがレイフェリオを引き連れ奥の部屋へと連れていく。そうすると、残ったのはグランとヤンガスたちだけになった。

 

「……どういうつもりなの?」

「レイ様には少々席を外していただきたかったのですよ。わしが話相手になろうと思いましてな」

「話し相手、でがすか?」

「えぇ……皆さまはあの方のことをどこまでご存じでしょうか?」

「……トロデ王以外は知っているぜ?」

「何っ? わしをのけ者扱いか、ククール!!」

「……そうでしたか。いたし方ないでしょうな。落ち着きなされ、トロデ王。わしが説明致しましょう」

 

 グランにそういわれ、しぶしぶトロデもおとなしくなる。

 用意された椅子に腰を掛け、各自目の前にはお茶が準備された。

 

「さて……どこからお話しするか迷いますが、まずはあの方のお立場をはっきり伝えておかねばならないでしょうな」

「レイフェリオの立場じゃと?」

「はい。レイフェリオという御名は確かに本名ではありますが、正式名ではありません。レイフェリオ・クランザスというのがあの方のお名前です」

「クランザス……じゃと?」

 

 その名を聞き、トロデがわなわなと震えあがる。それはサザンビークの王太子に与えられた名前だということは、世界の王族、強いては法皇にとっては常識だった。無論、トロデーン国の王であるトロデが知らないはずはない。

 

「まさか……あやつがサザンビークの王太子だというのか!? そんなはずは……」

「クランザスって名前がどうかしたんでがすか?」

「皆さまが知らなくて当然でしょうな。トロデ王だからこそわかることですから」

「お主らが驚かぬということは、それが本当だと言うことじゃというのか?」

「……私はアスカンタで知ったわ。パヴァン王がレイフェリオのお父さんに会ったことがあるっていう話をきいてね」

「そんなに前からかよ……俺とヤンガスはベルガラックで教えてもらったぜ」

 

 ギャリングの屋敷での話だったから、トロデがいないのも無理はない。

 

「……ギャリング殿が亡くなられたことは、レイ様にとってショックな出来事だったでしょう。人に対して壁を作っていたレイ様が、初めて他人で信頼できると感じたお方でしたから」

「そう……」

「それはさておき、ドルマゲスという道化師を倒しに行くとのことでしたが、無論レイ様をお連れになるつもりはないでしょうな?」

「……あいつは行くつもりだぜ?」

「そうね。私たちも一緒に来てくれた方が助かることに変わりはないけれど、万が一一緒に行けなくなったとしても、私たちだけでも倒しにいくわ」

「既に話し合い済みでしたか。これは余計なことを言いました」

 

 グランはヤンガス、ククール、ゼシカを順にみる。といっても心の目で感じるだけだ。そして、その心が既に決めていると言っていた。だが、納得していないのが一名いる。

 

「ならん!! レイフェリオは置いていくのじゃ。連れていくことなどできん」

「おっさん、なんだよ急に」

「お前らわかっておるのか? サザンビークの王太子じゃぞ!? この世界における最大国家じゃ。その世継ぎを戦いの場へ連れていけるわけがなかろう! 何か起きてからでは遅いのじゃぞ」

「……だがよ、おっさん。それは兄貴の意志を無視していることじゃねぇか? 兄貴が行くと言ったら止めるってのかよ」

「勿論じゃ。クラビウス王は家族愛が深いということで有名なのだ。……万が一何かあったら責任などとれぬ」

「そのクラビウス王ってのが許可すればいいんだろ? 今からそれをしに行くんだよ」

「無理じゃ。認められるわけがあるまい」

「……トロデ王よ。貴方は、我が国の王子を信用していないのでしょうか?」

「……そんなことはない。レイフェリオには世話になった。返しきれないほど協力もしてもらっておる。だが、ドルマゲスを倒すのに、あやつに理由はないのじゃ。わしらの事情に付き合わせる理由が」

 

 それはここに来るまでにもトロデについてくる理由として挙げていた言葉があるからだろう。トロデはその言葉を信じている。だからこそ、巻き込むまいとしているのだ。

 しかし、その理由があったならばどうだろう。

 

「兄貴がドルマゲスと戦う理由はあるぜ、おっさん」

「そうね」

「だな」

「何じゃと?」

「……レイ様は確かに貴方がおっしゃる通り、大国サザンビークの王太子です。だが、もしギャリング殿がいうように、世界に何かが迫ってきているというのなら、大国の王族として率先して解明に向かう必要もあるかもしれません。未だ、人々は気が付いていない。だが、人々がそれに気が付いたとき、その責めを負うのは民をまとめるべき王です。違いますか?」

「……確かにそうじゃ」

「そして解決するのもまた王なのです。あの方は次代の王。ならば、行かなくてはならないでしょうな」

「……お主はそれでよいのか? 自国の王子をそのようなことに巻き込んでも」

「……あの方がそれを望んでおられるなら止めるのはわしの役割ではありませんから。それに……止めたところで、きっと立ち止まりはしないでしょう。ご自身をの生まれを厭うているのですから……」

 

 グランは悲しい表情を浮かべ、既に冷たくなっているお茶をすする。

 

「生まれ……でげすか?」

「……あの方は……レイ様は、竜神族と人間との間に生まれた混血児なのですよ」

「? 竜神族?」

 

 全員が聞いたことのない言葉に疑問符を浮かべている。これも予想していたのか、グランは話を勧めた。

 

「竜神族とは、竜と神との狭間に生きる存在です。本来ならば人間と交わることなどありえません。ですがレイ様の母上、ウィニア様はとても好奇心に溢れた方で……人間の郷へと降りてきてしまったのです。そこでエルトリオ王子と出会い、結ばれ、レイ様がお生まれになりました。これはサザンビークでも今はクラビウス王とわしくらいしか知らないことです」

「なぜですか?」

 

 ゼシカの疑問は当然のものだ。

 

「エルトリオ様がウィニア様の素性を知らせなかったからです。わしは魔法を研究しており、エルトリオ様にも信頼されておりましたので知っておりますが、他の者は知りませぬ。それがレイ様のためだと、お考えになったのだと思うております。けれど、人と竜神族の混血であるレイ様のお力は人としては異常なもの。それ故、一部のものからは恐れられてもおります……」

「えっ……?」

「……なるほどな」

「何がなるほどなんだよククール……」

「……異質なものを恐れるのは人間の本能だってことだよ。お前も経験あるだろ?」

 

 人より人相が悪く見られるだけで、畏れられ、まともになろうとしても結局は盗賊に戻るしかなかったヤンガスだ。多少悪く映るってだけで、悪者扱いされてきた。

 それと同じことだとククールは言っているのだろう。

 

「青年のおっしゃる通りですじゃよ。サザンビークは魔法の国。先祖返りなどと噂もされておられるが、いずれにしても、そのことでレイ様が悩んでおられることに変わりはないのです。だからこそ、あの方は行くでしょう」

「……レイフェリオの悩みって?」

「それはわしの口からは教えることは憚られますな。皆さまが信頼されれば、いずれお話してくださるでしょう」

「だが、爺さん。何でアンタはそんな話を俺たちにしたんだ? わざわざ本人を追い出してまで」

「……レイ様が素で接しておられるのをみたから、ですな。確かに国にはレイ様のご友人もおられます。信頼できるものもいるでしょう。だが、皆レイ様と共に戦うことはできません。ですが、皆さまならばそれができるのではと……年寄の願望ですじゃよ。願わくば、それが真実となってほしいと思うのじゃ」

 

 ほっほっほ、とお茶をすする様子は好々爺。

 だがこんな話を許可なくされてしまえば、この老人に従うしかないと感じさせられる。

 

「勿論だぜ……オレは兄貴についていく。そしてドルマゲスを倒す」

「そうね……お爺さんに乗せられるのも癪だけど、話を聞いてなくても私はそのつもりよ」

「……まっ、俺としてはどっちでもいいんだが。……他人事には感じないからな。で、おっさんはどうするんだ? まだ納得してねぇのか?」

 

 随分とすっきりしている三人に比べ、まだ不満がありそうな表情のトロデにククールが追い打ちをかける。この状況で反対などできるはずもない。

 だが、一国の王として許可するわけにもいかなかった。

 

「……わしは納得できん。だが、トロデ―ン国が介入する問題ではないのじゃろうな。クラビウス王の判断に任せるだけじゃ」

「素直じゃないわね……全く」

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 一方。

 

「おい、スラにキース。どこに連れていくつもりだ!?」

「黙ってついてくるだっち。レイ様、怪我しているだっちよ」

「怪我って……俺は別に何とも」

「キキーッ! 隠す、ダメキーッ!!」

 

 二匹に連れられて来たのは、小屋の地下にある部屋だった。ベッドが置かれ、そばには魔法使いの魔物がいる。

 

「マージ?」

「お久しぶりです、若様。さて、我の出番ですね」

 

 マージと呼ばれた魔法使いは、手に持っていた杖を振るう。杖の先端につけられた宝玉が光った。

 

「マ、マージ! 待てっ」

「ラリホーマ」

 

 レイフェリオの制止も間に合わず、杖から魔力が溢れ出すと、レイフェリオを眠りへ誘う。

 

「く……謀った、な……」

「お休みください、殿下」

 

 意識を失い倒れこむレイフェリオを後ろに来ていたさまよう鎧が床に激突する前に支えた。

 

「……」

「ご苦労様です。さて、ベットへと運んでください」

「……」

 

 声を発することのないさまよう鎧は、マージの指示に従い、レイフェリオをベッドへと寝かせた。

 

「……あとはグラン老に任せますか。スラ、見張りを頼みますよ」

「任せるだっち!」

「キキーッ」

「……貴方は役に立たないでしょうに。まぁ、いいですが」

 

 ドラキーに何ができるのかと思いつつ、それでもマージは放っておくことにした。

 マージはグランのお陰で人間の言葉を放すことができ、呪文にも優れた力を持っている。また、幼少のレイフェリオを知っており、その性分も十分に理解していた。

 人間らしい魔物と、グランに評価されるくらいは。

 

 実を言えば、レイフェリオが怪我をしているというのは、単なる口実に過ぎない。そうでなければ、スラとキースに説明するのが面倒なのだ。

 知能がそれほど高くない二匹に、理由を説明するのは骨が折れる。

 

「傷を負うのは、これからなのだろうな。人間など捨て置けばいいものを……難儀なお方だ……」

 

 深く眠るレイフェリオをマージは、ただ見守っているだけだった。

 

 

 




主人公の生まれについてのお話でした。まだ謎になっている部分はまた・・・。


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サザンビークへ

オリジナルストーリで、すみませんちょっと短めです。
そしていよいよ、到着しました。



 翌朝目が覚めると、レイフェリオの上にスラとキースが眠っていた。

 

「……道理で重いはずだ」

 

 呑気に寝ている二匹など気にせず体を起こすが、床に転がりながらも夢の世界のままだった。

 

「全く──―」

「お目覚めでしたか、レイ様」

「……爺」

 

 扉を開け現れたのは、グランだった。マージに呪文をかけられたまま寝入ってしまったせいで、状況がわからない。レイフェリオは責めるようにグランを睨む。

 

「皆さま、起きていらっしゃいますよ」

「爺っ! ……何をしていたんだ」

「……わしはただ皆さまにお話をしただけですじゃ。それとも、貴方様自身がお話されるおつもりでしたか? わしには、まだそのお覚悟がないように見受けられました」

「……何を言ったんだ?」

「貴方様のお生まれのことです」

「何を勝手なことを……」

 

 普段より低い声で吐き捨てるように言い放つ。ヤンガスらに出自まで教えるつもりは、レイフェリオにはなかった。それをさも当然のように話したということに、苛立ちを隠せない。

 だが、憤るレイフェリオにグランは諭すように言う。

 

「彼らを信じていらっしゃるのでしょう?」

「!? ……そんなこと」

「レイ様……貴方様はご自身が考えておられる以上に、彼らに心を許しておいでです。この泉へ来たこともそうですが、そうでなくばなぜ彼らとここまで共に旅をしてこられたのです?」

「それは……たまたまトロデ―ンの呪いの場所に遭遇したからだ」

「遭遇して、人助けをするつもりで旅に同行をされたのでしょうが、ならばご自身の命が危ういというときに、なぜ彼らと離れなかったのです? 修道院でのこと、お聞きしましたよ。貴方様は、既に道化師の標的にされているのです」

「……」

「ともにいれば彼らにも危害が加えられるかもしれない。その状況においてもなぜ共に行動されているのですか? ……それこそ、彼らを信用している証でございますよ」

「爺……」

 

 グランはベッドへと近づき、レイフェリオの手を取る。

 

「わしの心眼でも見えております。彼らはきっと貴方様のお力になるでしょう。レイ様の信頼にも必ずや応えてくれます。……わしの言葉は信じられませんか?」

「……」

 

 即座に違うと否定することは、レイフェリオには出来なかった。ヤンガスが前衛で、ゼシカとククールが後衛の支援に回る。その戦闘に、確かに安心感を抱いているのだから。

 背中を預けて戦える存在は今までいなかった。だが、彼らにはそれができる。

 

「……確かに、そうかもしれない。だが、ヤンガスたちは俺の本当の力を知らない。知ればきっと──―」

「大丈夫でございましょう。……出会うべくして出会った者たちです。……あとは、貴方様次第ですよ」

「……そうか」

「さぁ、皆さまがお待ちかねでございます。城へ向かわれるのでしたら、出発したほうがいいでしょう」

「わかった……」

 

 ベッドから立ち上がると、レイフェリオは装備を確認する。未だ起きる気配のない二匹は放置し、部屋を出る。

 まっすぐ小屋の外へでれば、既にヤンガスたちが待っていた。

 

「おはようごぜえます、兄貴」

「遅かったな」

「レイフェリオが寝坊なんて珍しいわね」

「……おはよう」

 

 少々ばつが悪そうにレイフェリオは答えた。そして既に御史台へと座っているトロデへと声を掛ける。

 

「お待たせしてすみません、王」

「……レイフェリオよ」

「? 何でしょうか?」

「いや……レイフェリオ殿下、その────」

「王……公式の場でならともかく、ここでその呼び方は勘弁していただけると助かります。今まで通りで構いません」

 

 如何せんミーティアの許嫁の身内でもあるため、トロデはレイフェリオへの対応に困ることは、全員がわかっていた。今まで通りの対応をすることは、トロデにももうできないだろうが、せめて名前だけでも変えてもらわないと旅を続けることは困難となる。

 

「しかしじゃな……」

「王……お願いします。誰かが聞いているわけではありませんから」

「……うーむ、致し方ない。わかったわい」

 

 こうしてようやく一行はサザンビークへと出発することになった。

 

 森の中を魔物と戦いながら進み、ようやく街道へと戻ってきた。

 街道からは道に沿って歩いていけばサザンビークへとたどり着ける。そうして暫く歩いていたところで、大きな門が視界に入った。

 

「あれが?」

「……あぁ、サザンビークだ」

 

 ゼシカが一足先に近くに行き、空を仰ぐようにして門を見上げる。固い城壁に囲まれ、中は見えない。

 すると、ゼシカに気が付いたのか門を護っていた兵士が声を掛けてきた。

 

「ん? 我が国に何用だ?」

「見かけないが、旅人か?」

 

 兵士は二人。ゼシカに見覚えがなかったためか、訝し気に見ている。

 

「わしと姫はそこの影で待っておるからな……」

「わかりました。行こう、ククール、ヤンガス」

「おうよ」

「わかったぜ」

 

 トロデたちを隠し、レイフェリオたちはゼシカへと近づいた。更に近づく陰に気が付いたのか、兵士がゼシカの背後へと視線を向けると、その表情が驚愕に変わる。

 

「なっ!!? お、王太子殿下!!?」

「レイフェリオ様!!」

「……任務ご苦労。彼らは俺の友人だ。通させてもらうが構わないな」

「は、はいっ! もちろんでございます!!」

「ご無事で何よりです!! さぁ早く王の元へおいでください!!」

「あぁ……さぁ行こうか」

「え……えぇ……」

 

 兵士のあまりの興奮ぶりに、ゼシカは困惑を隠せていなかった。ヤンガスたちに至っては、言葉すらでないようだ。

 開けられた門の中にはいると、賑やかな街並みが広がっていた。

 

「ふぅ……」

「なんか、凄かったわね……」

「……すまない。たぶん、いろいろと迷惑をかけるから一緒に行動はしない方がいいかもしれない」

「そうなんでがすか?」

「……あの兵士みたいなのがまだいるのか?」

「残念だがおそらく……。城に話をつけておくから、後で来るといい。俺は先に城へ行っているから」

 

 それだけ言うと、レイフェリオは走りだしていった。すぐに道に入ってしまい、その姿を見失ってしまう。

 遺されたヤンガスたちはどうすべきか思案する。

 

「どうするでがすか? 兄貴は行っちまったし」

「そうね……せっかくだし、ちょっと町を歩いてみる?」

「大きな町だからな。ついでにレイフェリオやミーティア姫の許嫁の噂でも聞いてみるか」

「……アンタね」

 

 情報収集は必要だろと言ってはいるが、ククールは面白がっているのがまるわかりだ。

 呆れているのはゼシカだけでなく、ヤンガスもだった。

 

 

 



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王子の帰還

ついに戻ってきました。
オリジナルルートです。オリキャラ、オリジナル設定も沢山でます。


 ヤンガスたちと別れ、人に会わないように注意しながらレイフェリオは城へと近づく。

 兵士もその姿に気がついたのだろう、慌てて走り寄ってくる。

 

「で、殿下!!! お戻りになられたのですか!?」

「よくご無事で……お帰りを待っておりました」

「……ありがとう。息災のようで何よりだ」

「殿下……あ、あの、殿下がお戻りならちょうどよかったということなのでしょうが……」

「どうかしたのか?」

 

 妙に歯切れの悪い言い方に、レイフェリオも首を傾げる。隣の兵士がその疑問に答えてくれた。

 

「……アイシア様がお見えになられているのです」

「!? ……そうか。わかった。知らせてくれてありがとう」

「い、いえ!!」

 

 簡単に礼と告げると、レイフェリオは城内へと入っていった。道すがら出会う人たちに歓迎の言葉を無事を安心する気持ちを告げられ、流石に疲れてきたレイフェリオだったが、そのまままっすぐに謁見室へと向かった。

 

「レ、レイフェリオ様っ!!」

「ご苦労様。叔父上は?」

「は、はい! 中にいらっしゃいます!」

 

 許可を得て、レイフェリオは重厚な扉に手を掛ける。扉が開くと玉座の間に、グラビウス王が座っていた。

 音に気が付き、こちらを向くと目を見開き立ち上がる。

 

「レイ? レイなのか?」

「……ただいま戻りました、叔父上」

 

 中に一歩を踏み出し、礼を取る。玉座からレイフェリオへと近づいてくるクラビウスに、レイフェリオも前へと進む。

 中央で視線が絡むと、クラビウスはレイフェリオの頭に手を乗せた。

 

「叔父上?」

「よく……よく無事で戻った」

「……ご心配をおかけして申し訳ありません」

「無事で戻ってきてくれたのだ。それだけで満足だ。今夜は祝いだな。大臣、宴の準備を!」

「かしこまりました」

「そうだ、レイ。アイシア嬢がみえている。今はテラスにいるはずだ。無事な姿を見せてあげなさい。大層心配をしていた」

「……わかりました。……叔父上、実はお話があるのです」

「……話はあとで聞こう。だが、今は休む時だ。わかったな」

「はい……」

 

 クラビウスという人間は王としての責務を果たしている時は、滅多に笑みを見せない。だが、家族と関わっているときだけは、表情が崩れるという人物だった。

 そんなクラビウスがレイフェリオを見ながら微笑むのを、家臣たちは暖かな目で見守っているだけだった。

 

 大臣たちと言葉を交わすと、レイフェリオはテラスへと向かった。

 外から吹く風がレイフェリオの頬を撫でる。

 

「……アイシア」

「えっ? ……」

 

 風に深い蒼色の長い髪を長引かせながら女性が立っていた。レイフェリオに気が付くと、目を見開き涙を浮かべる。

 

「レ……レイさま、なのですか?」

「……久しぶり、だな。アイシア」

「レイ様!!!」

 

 そのままレイフェリオへと抱き付く少女。彼女こそ、レイフェリオの婚約者であり法皇の孫娘、アイシア嬢だった。

 飛び込んでくるその身体を抱きとめる。旅の服装であり、きれいな身ではないため、レイフェリオは肩を抱き優しくアイシアを引き離す。

 

「いつ戻ってこられたのですか?」

「さっきだ。叔父上から、君がここにいると聞いたからな。君はどうしてサザンビークに?」

「……夢を見ました」

「夢?」

「……レイ様が……お倒れになる夢です」

「……そうか」

「居ても立っても居られず、押しかけてしまったのです。勿論、旅に出ておられることは承知しておりました。会えないとわかっていても、どうにかお近くに居たかったのです」

「……心配をかけたんだな。すまなかった」

「い、いえ! 私が勝手に……勝手に心配をしてしまっただけです」

 

 涙を浮かべながら必死に話をするその姿は、美しいものだった。ミーティア姫に勝るとも劣らない気品も持っている。

 そして、幼き頃よりまっすぐにレイフェリオを慕ってくれている。

 しかし未だ、レイフェリオ自身はその想いに応えることはできてはいなかった。

 レイフェリオの想いを知らないアイシアは、まるで城へ引き留めるように服の袖を掴む。

 

「あの……レイ様はもうどこにも行かれないのですよね?」

「アイシア……?」

「あの夢が忘れられないのです。闇が深い場所で、強い怨嗟の念を感じました。私は巫女でもあります。ですから……」

「巫女の見る夢はお告げでもある、か」

「はい……」

「その事を知っているのは?」

「お祖父様と、クラビウス陛下です」

「……叔父上もか」

 

 思わず額に手を当てる。巫女の夢見の力は、クラビウスもよく知っている。恐らく再び旅に出ると言えば、止められるのは必至だ。

 どう切り出すべきか。言葉を間違えば、説得は難しくなる。

 

「ここにいらしたのですか、殿下」

「ナン? 何か用でもあったか?」

「用ですか……ええありますよ、殿下。まさか、その格好のままでいるおつもりではないですよね?」

 

 振り替えるとそこには腰に手を当てているメイド姿の女性。笑みを浮かべてはいるようだが、随分とご立腹のようだ。

 

「あ、ああ。それは勿論」

「では、直ぐに自室へお戻りください。侍女たちが首を長くして待っております」

「……」

「で・ん・か」

「わかった……すまない、アイシア」

「い、いえ、私はもう大丈夫でございます。私こそお引き留めをして申し訳ありませんでした」

 

 掴んでいた袖を離し丁寧に頭を下げるアイシアに苦笑しながら、レイフェリオは城内へと戻っていった。

 

「アイシア様、それでは私も失礼しますね。ご夕食は殿下もご一緒されるかと思いますので、楽しみにしていてください」

「ありがとうございます、ナンシーさん」

「いえ。それでは」

 

 ナンシーと呼ばれた侍女もレイフェリオの後を追い城内へと入っていった。

 残されたアイシアは、再びテラスの端から空を見上げた。

 

「……ご無事で本当に良かった」

 

 法皇の希望とアイシアの事情を含めて、サザンビーク国と法皇が互いの利益を考慮して決められた政略婚約だが、アイシアは純粋に喜んでいた。レイフェリオが同じ想いでないことは、アイシアもわかっている。

 レイフェリオはいつもどこか一歩引いたように接するからだ。

 何かに悩んでいるのか、それとも……。

 

「……何か私もお力になれることがあればいいのですが……」

 

 アイシアの呟きは誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 自室に着くと当たり前だがノックもせずに入る。

 

「「お帰りなさいませ、殿下」」

「……た、ただいま」

 

 そこにはナンシーが言っていた通り二人の侍女が中で待っていた。その手にはタオルと服が用意されている。

 若干その威圧感に足が引いてしまったのは、本能だろう。

 

「えーと、イアンにベルネラも、その手に持っているのは……」

「お察しの通りです。しっかりと汗を流して差し上げます!」

「さぁ、行きましょう」

「俺は別に拭くだけでも──―」

 

 構わないという言葉は、無言の圧力のもとに粉砕された。

 女官長であるナンシー、そしてレイフェリオ付きの侍女であるイアンとベルネラは、レイフェリオが幼少の頃から世話をしていた。

 戻ってきたことを兵士より聞き、クラビウスの命令により再びレイフェリオの世話をするために、準備をしていたのだ。

 

 旅の間の汚れを落とし、城内での服へと着替えると、漸くレイフェリオは自室で一人になることができた。

 久しく腕を通してなかった服は、それでも体に馴染む。鍛錬などで動くことの多いレイフェリオの服は、クラビウスや従弟のチャゴスのものとは違い、騎士服に近いものとなっている。

 トレードマークのように着けていたバンダナが外され、代わりに銀色の金属を束にするように創られた額当てをしていた。その中央にはサザンビークの紋章が彫られている。

 

「……久しぶりに着けると重く感じるな」

「キュー?」

「トーポ……お前も洗われたのか?」

「キュッ!」

「……良かったな」

「キュッキュッ」

 

 嬉しいそうに鳴くトーポに、レイフェリオも漸く笑みを浮かべた。

 

「……皆はどうしているだろうか」

「キュッ?」

「少し出てくる。お前はどうする?」

「キュッキュー」

 

 行くというように、レイフェリオの肩に乗る。定位置でもあったマントの肩飾りに座った。

 旅に出る前はこうして歩くのが当たり前だった。入り込むポケットがあるにはあるが、この位置の方がトーポは周りが見えるのでお気に入りのようだ。

 部屋を出て城内の回廊を歩いていると、兵士とすれ違う。頭を下げる前にレイフェリオを見たその表情には、畏れがあり、微かだが震えているのがわかる。レイフェリオは何も言わず、そのまま通り過ぎた。

 サザンピークには魔法と剣の双方の部隊がある。その中の一部ではあるが、レイフェリオを畏れ恐怖している者たちがいた。慣れたものだと思っていたが、久方ぶりの反応に思わず身構えてしまったのは仕方ないだろう。

 

「キュ」

「……平気だ。いつものことだしな」

「何がいつものことなんですか、殿下」

 

 柱の陰からひょいと現れたのは、青を基調とした騎士服に身を包んだ青年だった。

 青は剣を主流とした部隊に所属している幹部が身に着けるものだ。それだけで、青年がかなりの地位にいることがわかる。

 

「シェルト」

「また、あいつらですか? 全く、仮にも殿下に対する態度ではないでしょうに」

「……それが本能だ。仕方ないだろう」

「それでもですよ。で、どこに行かれるんで? まさか、外に行くとかではないでしょうね?」

「町にここまで共に来た仲間がいる。探しに行くだけだ」

「なら俺も一緒に行きますよ。貴方一人じゃ、目立ちますからね」

「……勝手にしろ」

 

 シェルトはレイフェリオよりも二つ年上の幼馴染のような存在だ。旅に出ると言った時も同行すると言って聞かず、最後まで反対をしていたのもシェルトだった。

 

「んじゃ、勝手にします」

 

 恐らくレイフェリオが何を言おうともついてくることに変わりはなかったのだと思う。実際、一人よりも誰かがいたほうが助かることもある。それが城下町であってもだ。

 

「最近は、物騒になってきたんで、門も閉じたままなんですよ」

「あぁ。来るときもそうだったな」

「盗賊が出るって噂もありますしね。陛下も警戒をしているようです」

 

 盗賊の噂は恐らくベルガラックのものだろう。ギャリングが手練れだということはクラビウスも知っている。警戒するのも無理はない。

 

「そういえば、あのバカ王子には会いました?」

「……お前」

「俺だけが言っている訳じゃないですよ。別に陛下に聞かれるわけじゃありませんからね」

「……チャゴスには会ってない。あいつも会いたがらないだろう」

「ひねくれているだけだと思いますがね」

「さあな……」

 

 階段をおり、入り口を兵士に開けてもらうと、二人は町へと出た。

 

 




まだチャゴスは出てきませんでしたね。
服もお着換えしたので、旅人の服の主人公の姿ではなくなりました。
騎士服にマントです。想像しにくかったらすみません。
そして、オリキャラのヒロインも登場しました。


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仲間との合流

オリジナルルートです。ヤンガスたちと合流します。
シリアス色が濃くなり、主人公設定も少しずつ語られています。
オリジナルだからか、ちまちまと時間が進んでいきくどいように感じさせてしまうかもしれませんね。





 町へと出るとレイフェリオは額当てを外し、道具袋へとしまった。額当ては紋章が入っているため、王族の象徴のようなものだからだ。服の方は、騎士服を着ている兵士がそばにいるため、それほど目立たない。

 

「あってもなくても変わらないと思いますけど?」

「……重いんだよ」

「そんな理由ですか……」

 

 大事なものをそんな扱いでいいのかというようにシェルトはため息をつくが、レイフェリオは気にしていない。

 

「んで、まずはどこにいきます?」

「教会だ」

「教会?」

 

 城のすぐそばに教会が建てられていた。シェルトの疑問には答えず、スタスタを教会へと向かっていく。

 今までの町よりも大きな教会だ。

 扉を開いて入ると、すぐに老齢のシスターがレイフェリオに気が付く。

 

「まぁ! レイフェリオ様ではありませんか? いつお戻りに?」

「今日戻ったばかりです」

 

 シスターはレイフェリオへと駆け寄る。嬉しそうに目を細めながら、その姿を確認していた。

 

「まぁまぁ。どこもお怪我はしていませんか?」

「はい。……あの」

「あっ、申し訳ありませんね。お祈りにいらしたのですか?」

「……その、父に報告を」

「……そう、ですか。わかりました。奥へと案内しますので、ついてきてください」

 

 一瞬表情を曇らせたシスターだが、レイフェリオの手を引き教会の更に奥へと導く。ここを訪れた理由を知ったからか、シェルトはここで待つというように椅子へ腰かけた。

 

 連れてこられたのは、重厚な扉の前だった。

 

「……私はここまでです。どうぞ、お入りください」

「ありがとうございます」

 

 何度も来たことのある場所だが、久々に感じる重みに懐かしさを覚えた。それほど長い間離れていたわけではないが、それだけ濃厚な日々だったのだろう。

 

 扉を開け一歩ずつ中へと進んでいくと、扉は閉まる。ここは王家の人間のみが入れる墓所だった。

 

「……ただいま戻りました、父上」

 

 レイフェリオがここに来たのは、エルトリオへの報告のためだ。

 歴代の王が眠る場所。その一つの墓を前に、レイフェリオは膝をつく。

 

「ギャリングさん、オディロ院長……お二人も亡くなってしまいました。もしかしたら、ギャリングさんの死は防げたかもしれませんでした。けれど、それと同時に俺も死んでいたかもしれません」

 

 再びドルマゲスと会った時、果たしてレイフェリオを見逃してくれるのか。そもそも修道院ではなぜ見逃してくれたのかもわからない。

 

「……この血がその理由だとしたら、俺は戦うべきだと思っています。世界の平和が崩壊するかもしれないのであれば、俺はこの国の王族としてもいくべきでしょう。チャゴスは勿論、叔父上にはそれができません。アスカンタも国王一人。トロデ―ンは呪いの中です。動ける国は、サザンビークしかありませんから。……叔父上は恐らく簡単には行かせてくれないでしょうが。……もし、父上が生きていたら俺を止めますか?」

 

 答えが返ってくることはないが、それでも問いたださずにはいられなかった。

 アイシアが見た夢。ただの夢なのか、それとも意味があるものなのかはまだわからない。

 だが、巫女の夢は無視できない。旅を続けることで、夢が真実となる可能性は高い。

 それでもギャリングが遺した言葉は、レイフェリオにとって無視できるものではなかった。

 

「……失礼します」

 

 立ち上がり頭をさげると、レイフェリオは墓所を後にした。

 

 シスターと共にシェルトの元へと戻ると、何やら人だかりができていた。怪訝そうに顔を見合わせるシスターとレイフェリオだったが、シスターがその人だかりへと近づいていった。

 

「お前ら、何を嗅ぎまわってるんだって言っているんだ」

「嗅ぎまわるって……そんなつもりじゃないんだけど」

「じゃあどういうつもりだ? 王族のことを聞きまわってやることにいいことなんて浮かばないんだが?」

「何をしているのですか? ……シェルト殿、一体何の騒ぎです? ここは神聖な教会ということをわかっていての行動でしょうか? 騎士様ともあろう方が一体何をされているのです? そちらの貴方方もですよ」

 

 シスターが仲介に入ると、人だかりがちらほらと散っていく。レイフェリオがようやく全貌を見ることができるころには、既に全員が説教をされているところだった。

 

 言い合いをしていたのは、シェルトと……ヤンガスたちだった。数十分ほどのシスターの説教の後、頃合いを見計らってレイフェリオが近づく。

 

「……何をしているんだよ」

「あ、兄貴!??」

「レイフェリオ!!?」

「へぇ……国ではそういう格好なのな」

「着たくて着ているわけじゃない……で、シェルトは何を言ったんだ?」

 

 放っておくと服装について言われそうなので、当事者でもあるシェルトに声を掛ける。

 

「……知り合いだったんですか。そうならそうと言ってくださいよ。前もって特徴を教えておくとか」

「悪かった。まさか、こんな場所で会うとは思わなかったんだ」

「兄貴の知り合いだったんでがすか?」

「そこのとんがり頭。殿下に向かって”兄貴”だって。俺を舐めているのか?」

 

 喧嘩腰になるシェルト。今にも剣を抜きそうだった。

 レイフェリオもこういう状況は考えてなかったため、頭を抱える。言われてみれば、ここでは控えてもらいたい呼び名だった。

 

「シェルト、いいから黙っててくれ。皆、とりあえずゆっくり話せる場所に移動しよう。ここでは迷惑になる」

「わかったわ」

「了解」

 

 といっても宿屋に行くわけにはいかず、結局はレイフェリオの自室にあるテラスで話をすることになった。

 侍女がティーセットを準備するのを落ち着かない様子で見ながら、ヤンガスたちは座る。

 シェルトは兵士なので、レイフェリオの後ろに立ったままだ。

 

「では失礼いたします」

「あぁ、ありがとう」

「……本当に王子様しているのね」

 

 準備が終わったら、ベルネラがテラスから出ていく。

 ほんのわずかだが、城内でのレイフェリオの様子に驚きを隠せないらしい。それはククールやヤンガスも同じだろうが、言葉には出さなかった。その原因はシェルトの視線にあるようだが。

 

「で? レイフェリオ、こいつは誰なんだ?」

「シェルト、サザンビークの騎士の一人だ。俺の幼馴染でもある」

「ついでに言えば、今は殿下の護衛だ。怪しい動きをすれば斬るからな」

「……シェルト」

「へいへい……わかってますよ」

 

 柄に手を掛けていたのを外し、両手をあげる。攻撃しないという意志表示だ。

 

「それで、俺には説明してくれないんですか?」

「……右からヤンガス、ゼシカ、ククールだ。ここまで共に旅をしてきた」

 

 簡潔すぎるくらい簡潔に答える。思わずシェルトの方が拍子抜けしてしまった。

 仕方ないとばかりに、ゼシカが説明をする。

 

「アルバート家のご令嬢だったんですか。ってことは、ラグサットの?」

「許嫁らしい」

「ちょっ、何でそんなこと知っているのよ」

「リーザスで本人から聞いた」

「私は納得していないわよ。お母さんが勝手に決めたことなんだから」

 

 サザンビークの大臣の息子との婚姻であれば、多くの貴族が望むものだろう。そして本人が納得していないというのも政略結婚ではよくあることだ。

 

「で、とんがり頭、さっきの話だがここではその呼び名は不敬すぎる。やめろ」

「……確かに兄貴呼ばわりは不味いかも知れないわね」

「じゃあどうすればいいんでがすか?」

「普通にレイフェリオでいいだろう?」

 

 ゼシカもククールもそう呼んでいるし、仲間という間柄ならば許されるだろうとヤンガスに提案するが、当のヤンガスは渋い顔をした。

 

「兄貴を呼び捨て何て無理でげす」

「なら、お前は殿下を呼ぶな。それで解決だ」

「なっ、何だとぉ!」

 

 シェルトとヤンガス、この二人はどうやら反りが合わないようだ。

 

「……ところでレイフェリオ、これからどうするんだ? 王とは話ができたのか?」

「いや……恐らく夕食後になるだろう」

「そう。……大丈夫なの?」

「わからない。……ちょっと事情が加わったからな」

「事情でがすか?」

「あぁ……」

 

 ヤンガスが尋ねる素振りを示すが、レイフェリオは答えなかった。言えないことなのかどうかもゼシカたちには判断できない。この場に沈黙が流れた。

 

「ごほん、で彼らは城に泊まってもらいますか?」

 

 沈黙を破ったのは、意外にもシェルトだった。

 

「私たちは宿屋で構わないわ。レイフェリオに迷惑をかけるわけにはいかないものね」

「そういうわけには行きません」

 

 ガタンと城内から顔を出したのは、ナンシーだ。突然現れた侍女に、ゼシカたちもそちらを向く。

 

「? ナン? どうしたんだ?」

「どうした、ではありません。全く、殿下のご友人でもある方々なのですから、勿論私達でおもてなしさせていただきます。陛下には、私からお伝えしておきました。既に許可も得ております」

「……流石ナンシーさん。仕事が早いですね~」

「シェルト殿、私達の仕事に何か言いたいことでも?」

「いえいえ、とんでもない」

「……ゴホン、皆様には客室をご用意致します。城内はご自由に出歩いても構いませんが、夕食までにはお呼びしますのでお部屋へ戻っていてくださいね」

「ありがとうございます、ご婦人」

 

 ククールは立ち上がり、騎士の礼をとった。思わずシェルトとナンシーは目を見開く。

 

「……ククールは修道院の聖堂騎士なんだ」

「そうでしたか。道理で身のこなしがスムーズな訳ですね」

「……なるほどな」

 

 納得するナンシーと険しい顔をするシェルト。

 

「シェルト?」

「ゼシカ嬢は魔法使いということだが、そこのやつは僧侶だったって訳か。んで、とんがりは腕っぷしだけはよさそうだしな」

「腕っぷしだけは余計だぜ……」

 

 否定はできないものの素直に聞くのもシャクなのか、ヤンガスが口を尖らせた。

 

「それよりも殿下、まだ夕食までお時間もあります。アイシア様と夕食まで町へ出てこられてはいかがですか? アイシア様への気分転換にもなりますでしょう」

「アイシアって、確か……」

「貴方の婚約者だったわね……」

「……あぁ」

「行くなら、俺が護衛しますよ? アイシア様の方はリリーナ嬢が一緒でしょうし」

 

 まだ行くとは言っていない、と言葉を挟もうとするが、ナンシーと目が合い思わず言葉を飲み込んでしまった。

 気分転換というからには、何か塞ぎこんでいるのかもしれない。

 仕方ないとレイフェリオは立ち上がる。

 

「ごめん……ちょっと行ってくる。皆は好きにしていてくれ。ナン、あとは頼む」

「かしこまりました。シェルト殿、お願いいたしますよ」

「わかってますよ」

 

 シェルトを伴い、レイフェリオは城内へと入った。残されたヤンガスたちは、黙って見送る。

 

「どんな人なのかは気になるか、ゼシカ?」

「き、気にならないわよ。それに……」

「……なんでがす?」

「……町の人の話、聞いたでしょ? チャゴス王子とレイフェリオのこと」

 

 町の人の話によれば、レイフェリオのものは良いものばかりだった。人当たりの良さもあるのだが、風貌も先代によく似ており王になることを楽しみにしている人も多かった。逆にチャゴスは、正反対だ。

 ベルガラックのカジノに行っては遊びに夢中で、年もレイフェリオと同年だというのに政務もせず、王家の儀式すら逃げ回っているということだった。

 加えて、チャゴスは優秀すぎる従兄を疎ましく思っているとも聞いた。現王である父の跡継ぐのが自分ではなく、従兄であることに不満もあるという。あくまで噂だが……。

 

「まぁ……従兄弟って言っても、レイフェリオは先代の息子でチャゴス王子は当代の息子だってか。仲たがいしても仕方ない関係だとは思うがな」

「そんなことはありませんよ」

 

 黙って聞いていたナンシーだったが、二人の仲たがいについては完全否定した。

 

「ナンシーさん?」

「チャゴス王子は素直になれないだけなのですよ。本当は認めたいと思っておられます。共に過ごしたいと考えておいでなのです。ですが、その機会を避けておられるのは他ならぬレイフェリオ様の方なのですよ」

「兄貴がでがすか?」

「……ヤンガス」

「あっ……すまねぇでげす」

「私の前では聞き流しますが、陛下の御前では絶対におやめくださいね」

「……わ、わかりやした……」

「そ、それで、レイフェリオの方が避けているってどういうことなのですか?」

「あいつなら飄々としていそうな気もしたが……」

 

 チャゴスが何を言っても流しているようなイメージだが、そうではないのだろうか。ナンシーは、少し悩むように目を伏せる。

 

「……それは私の口からは教えられません。ですが、チャゴス王子がレイフェリオ様を嫌っているわけではないのは間違いないのです。クラビウス陛下も、何とかお二人の距離を縮めたいとお考えの様ですが……」

「……まぁ俺たちはまだそのチャゴス王子に会っていないから、真偽のほどはわからないからな」

「そうね……結構長く旅をしていたような気もするけれど、まだまだ出会って日も浅いもの。知らないことが沢山あって仕方ないのかもしれないわ……知りたいと思うのは贅沢なことなのかもね」

 

 ゼシカ自身もすべてを仲間に教えているわけではないが、レイフェリオほど語ることもない。兄は既に殺され、母は村にいる。既にレイフェリオも知っていることだ。

 ヤンガスも特に隠すことはなかった。元盗賊であることも知られている。ククールとて、生い立ちについては隠すほどのことではない。それはククール自身が受け入れているということもある。

 この中で最も謎なのでは、レイフェリオだったからだ。

 

 レイフェリオの故郷で、それに触れ改めて何も知らないと言うことを思い知らされることとなった。

 



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休息のひと時

オリジナルルート、サザンビーク編です。
過去の話がちらっと出てきます。



 テラスを出て、自室から城内一階にある広場へと行くと、そこにはアイシアがいた。やはりというかナンシーの中ではレイフェリオが行くことが決まっていたようだ。

 

 レイフェリオに気が付くと、アイシアが服の裾をつまみ礼を取る。そして共にいるメイド姿の女性リリーナは頭を垂れ、後方へと下がった。

 

「……レイ様、ご迷惑でしたでしょうか?」

「えっ?」

「その……私が、お願いしたのです。レイ様とお話をしたいと。戻られたばかりでお疲れだとわかっているのですが、どうしてもちゃんとお話をさせていただきたく」

「……」

 

 アイシアの性格上、我が儘を言うことは珍しかった。周りが法皇の孫という視線で見てくるということを嫌というほど理解しているアイシアは、常に視線にさらされているということを意識している。本当に気を抜ける時、一人になる時は、眠っている時だということをレイフェリオも知っていた。

 そんな彼女が願ったことを無下にできるわけもなく、レイフェリオはアイシアに左手を差し出した。

 

「レイ様」

「俺も久しぶりに町を歩きたかった。付き合ってくれるか?」

「は、はいっ! 喜んでお供させていただきます!」

 

 花を咲かせんばかりに微笑んだアイシアは、レイフェリオの手を取る。そんな主の様子をほっとしながら見ているリリーナを視界に入れながら、レイフェリオはアイシアの手を引き、町へと出ていった。

 

「……俺たちはお邪魔虫ですかね? リリーナ嬢」

「二人きりにさせてあげたいのはやまやまですが、それでは護衛になりません。行きますよ、シェルト殿」

「はいはい」

 

 護衛二人もその後をゆっくりと追った。

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 先程は教会のみだったのと、戻ってきて直ぐに城へ向かったので、町並みをゆっくり見るのはこれが最初だ。

 

 バザーが開かれている訳でもないので、普段と変わらないはずなのだが、歩いているとやはり視線を浴びてしまう。

 旅装に近いものではあるが、巫女服に身を包んでいるアイシアは、ここサザンビークでも有名だ。それに加えて、帰還した王太子が一緒なのだから人目を引かない訳がない。

 

「お、おいっ、あれって……殿下じゃないか?」

「おお、戻られたというのは本当だったのか!」

 

 口々に声に出す民に、レイフェリオは苦笑するしかなかった。聞こえていることは、気がついていないだろう。恐らく、アイシアも聞こえていない。護衛の二人もだ。

 

 血筋のせいなのだろう。感覚が敏感なのは。

 レイフェリオも久しぶりの城下町で、多少緊張しているせいもあり、いつもなら聞き流すような言葉も頭に入ってきてしまっていた。

 

「? あの、レイ様?」

「? ……あぁ、すまない。少し考え事をしていた」

「考え事、ですか?」

「大したことじゃないんだ。気にしなくていい」

「……そう、ですか……」

 

 何故か悲しげに俯いたアイシアに、レイフェリオは怪訝そうに顔を傾げる。

 

「アイシア?」

 

 声をかけるレイフェリオだが、アイシアはそれに応えず後ろにいたリリーナ達に向き直る。

 

「……リリーナ、少しだけ外に出てもいいかしら?」

「……姫様?」

「お願い!」

 

 懇願するように手を胸の前で組む。今日のアイシアの態度に、レイフェリオは驚くばかりだ。

 

「……仕方ありません。少しだけですよ」

「ありがとう。レイ様、湖まで行きましょう!」

「湖って……あそこは魔物も──―」

「いいから、急ぎましょう、殿下。そのための俺たちですよ」

「シェルト!?」

「帰りは殿下の呪文で戻ればいいでしょ?」

「……はぁ。俺が先導する。決して離れるなよ」

 

 レイフェリオの言葉はアイシアだけじゃなく、護衛の二人にも向けられたものだった。

 半ば呆れながらもレイフェリオは、アイシアの手を引き門へと歩き出す。先程まで人々の声が聞こえていたレイフェリオの耳には、もうその声は届いていなかった。

 外の魔物の気配に集中していたからだ。

 

 一方アイシアは、レイフェリオの横顔を見ながら、先程までの困ったような苦しいような表情がなくなったことに安堵していた。

 

 城門を出て暫く行けば、直ぐに魔物が襲ってきた。ベルの姿をした魔物だ。その鐘の音は力を変化させるため、油断すれば命取りになる。

 

 レイフェリオは腰へと移動した剣を引き抜く。旅の間は背に構えていたため違和感を感じるが、城に居たときはこの場所に差していた。戦闘をこなせば慣れてくるはずだ。

 

「殿下は下がってくださいよ。前衛は俺たちがやります」

「シェルト!?」

「援護をお願い致します、レイフェリオ様」

 

 シェルトは剣を、リリーナはレイピアを構え、レイフェリオの前に出た。

 

「行きますよ!」

「はい」

 

 シェルトとリリーナは声をかけ、魔物へ向かってかけて行く。

 

「レイ様……」

「……わかっている。それがシェルト達の仕事だ」

 

 護衛が前衛なのは、考えてみれば当然のことだ。その上、今はアイシアもいる。

 レイフェリオは考えを切り替え、魔力を溜める。

 

 魔法使いであるゼシカには劣るが、レイフェリオもそれなりに呪文は習得している。それでも支援の呪文の数はほとんどない。唱えるのは攻撃呪文だ。

 シェルトとリリーナが魔物から距離を取ったその瞬間、レイフェリオが唱える。

 

「ライデイン」

 

 稲光が魔物へと落ちると、力尽き地面へと倒れ霧散していった。

 

「レイ様……今のは……?」

「……すまない、怖がらせたみたいだな」

「いえ! そんなことありませんっ!!」

 

 即座に否定をするが、アイシアが震えているのはわかっている。シェルトも思い出したかのように、青ざめた顔をしていた。リリーナは平然としているようだが。

 

(……そうだったな……)

 

 今までヤンガスたちと共にいたから鈍っていたのだろう。彼らは何も言わなかった。だから忘れていたようだ。

 ライデインという呪文は、人が扱うには強すぎる呪文の一つだ。この呪文がレイフェリオへの畏怖をもたらしている原因でもあったということを、レイフェリオは改めて思い出した。

 

「……デイン系呪文。初めて見ましたが、あれは普通の人には扱えないはず……レイフェリオ様は一体……」

「リリーナっ! 口を慎みなさい!」

「姫様……わかりました。レイフェリオ様、ご無礼をお許しください」

「……別に構わない。それに……その反応が当然なのだから」

「そんな風に諦めたようにおっしゃらないでください!」

 

 怒ったように声を荒げるアイシアだが、これ以上この場にとどまるわけにはいかない。

 

「……殿下」

「気にするな、シェルト。湖に行くんだろ? 急ごう」

「はい……」

 

 シェルトに声を掛け、レイフェリオは前に出ると先に湖へと向かっていった。

 普段ならば、護衛より先に行くなと怒る場面だが、シェルトは何も言わずに後ろをついていく。その様子にアイシアとリリーナは疑問を抱かずにいられなかった。

 

 少し距離を置きながらレイフェリオは先に湖へとついていた。

 面倒になったこともあり、魔力を高めた呪文で魔物を一掃してきたのだ。久々に呪文のみの戦闘で疲れたのか、湖の前に腰を下ろす。

 

「……ふぅ」

「……レイ様」

「アイシア、追いついて来たのか」

「はい……」

 

 座り込んでいるレイフェリオの横に、アイシアも座り込む。

 後ろを見ればリリーナとシェルトは、入り口の離れた場所で見張りをしているようだ。

 

「……疲れさせてしまいましたね。申し訳ありません」

「いや……」

「少しじっとしていてください……」

「アイシア?」

 

 レイフェリオの方へ体を向けると、右手を取りアイシアが握り絞める。

 

「えっ?」

「……癒しの光を、この身に……」

 

 言葉に呼応するように淡い光が発せられた。呪文とは違う感覚だった。体力というより魔力が回復するような感じに近い。

 

「……少しは楽になられましたか?」

「今のは?」

「巫女の祈りです。多少ですが、魔力を高める効果があるそうです。お怪我はしていませんでしたが、魔力を使っておりましたので……その、どうでしょうか?」

 

 巫女の力だったらしい。夢見の力といい、呪文にはない不思議な力。異能とも言えるだろう。

 

「ありがとう。少し楽になった気がする」

「良かった……レイ様のお力になれたのなら、修行をしたかいがあります」

「……そういえば、なぜ湖に来たかったんだ?」

 

 到着したのはいいが、用件を聞いていなかったことを思い出し、レイフェリオが質問をすると、アイシアは湖へと向き直り、微笑んだ。

 

「ここならば、誰もいませんから……何かを気にすることもなくいられると思ったのです」

「一人になりたかったのか?」

「いえ。……レイ様が苦しそうにしていらしたから……です」

「俺?」

「……今日、兵士の方々の話を聞いてしまったのです。通りがかった時に、なのですが……恐らく私が聞いていたとは夢にも思っていないと思います」

「……」

 

 兵士の立ち話を聞かれていたということのようだが、何となくどんな内容か想像できてしまった。この状況で出る話題などレイフェリオの話以外にあり得ない。

 

「気分を悪くさせたんだな、すまなかった」

「そんなことはありませんっ!」

「だが、彼らが言っていることは本当だ」

「レイ様が先祖返りだからとか、そんなことは誇るべきことであって、畏れる者ではありません」

「だが、君も感じたはずだ。それが人間の本能であり、事実。実際、俺があの呪文を唱えたのはもう10年以上も前なんだ。子どもがそれほどの呪文を唱えるなんて異常だろう?」

 

 決して忘れることのできない出来事だった。少なくともレイフェリオにとっては。他の魔法を学ぶ子どもは、炎を出すだけで精いっぱいだったのだ。誰が見ても異質なのはレイフェリオだった。

 だが、アイシアは首を横に振る。

 

「……レイ様が比較しているものが何なのか、私にはわかりません。ですが、それであるなら私も異常です」

「アイシア?」

「初めて夢見をしたのは、6歳の時でした。夢見の発現が一般的な巫女に比べ早かったのです。両親は喜びましたが、お祖父様は悲しかったそうです」

 

 夢見が発現すれば、巫女の修行が開始される。巫女の修行中は親元から離され、修行に励むこととなり外界から切り離されてしまうのだ。

 早すぎる発現は、それだけ早い自立を促されてしまう。

 

「ですが、そのお蔭でレイ様の隣に立つことができたことは私にとって僥倖でした。今は、それが私の運命だったのだと思っています。レイ様のそのお力は、必ず必要とされる時があるのです。他の誰でもない、レイ様でなければできない何かがあるのです」

「……俺でなければ、か……」

「いつか、わかってくださる時がきます。だから……」

「アイシアは、俺を励ましてくれるためにここに連れてきてくれたんだな……」

「……余計なことでしたでしょうか?」

「そんなことはないよ。……心配かけて悪かった。それと……」

「それと……?」

「……ありがとう、アイシア」

 

 やっと、国に戻ってきてレイフェリオは心から笑うことができた。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

 二人の様子を後ろで見ていたシェルトは、ばつが悪そうに頭を掻く。

 

「……シェルト殿は、先ほどレイフェリオ様に恐怖していたのですか?」

「……否定はしませんよ。殿下が怖いわけじゃないんです。あの方は既に呪文のコントロールもできているし、怖がる必要はないんですが……思い出しちゃいましてね」

「思い出す、ですか?」

「昔のことですよ。……殿下が呪文をぶっ放したことで、当時の近衛隊が必死に攻略していた魔物が倒されたことがありましてね。大人たちは歓迎ムードでしたが、同世代にとっては恐怖以外の何者でもなかったんですよ」

 

 思い返すように遠い目をするシェルトに、リリーナはため息をはいた。

 

「護衛失格ですね」

「自覚してます」

「ですが、理解しましたよ。チャゴス王子には護衛が常にいるのに、レイフェリオ様にはいない。旅に出るというのに、同行する兵士もいないのは異常です。クラビウス陛下がなぜ認めたのかわかりませんでした」

「でしょうね。俺たちは要するに足手まといだったんですよ。殿下についていけるほどの実力者が、いなかったんです。いうなれば、サザンビークの一番の実力者は、あの方ってことですよ。勿論、剣だけであればそう簡単に一本をとらせやしませんが……」

 

 旅に出る前、シェルトはついていくと申し出た。しかし条件として出された決闘で、勝つことができなかったのだ。純粋に剣だけで負ける。しかも王族に。これが悔しくないわけがない。

 次の日から指導が厳しくなったのは当然のことだった。

 

「……サザンビークも大変なのですね」

「苦労するんですよ。優秀すぎる主がいると……かといってチャゴス王子は面倒なんで、足して二で割ってほしいくらいです」

「そうですね……でもよかったですよ。シェルト殿はレイフェリオ様が大好きなようですから」

「そりゃ……当然でしょう。俺にとっては弟も同然でしたし、殿下が王となっても側にいられるように精進しますよ」

「応援させてもらいますよ……姫様と共に」

「……それはありがたいですね」

 

 護衛同士で語り合っていると、レイフェリオがこちらを向いた。

 どうやら城へ帰るということらしい。

 

「それじゃ、行きましょうか」

「えぇ」

 

 二人はそれぞれの主の元へとかけていった。

 

 

 

 




主人公のお相手についてですが、ここではアイシアがちょっと一歩出ていますね。
さて、どうするか作者も考え中であります・・・。


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クラビウスの想い

オリジナルルートです。
色々と作者の創造と想いが入っています。
影の主役はククールです。


 城へ戻ると、すぐに夕食の時間となっていた。アイシアと別れ、レイフェリオは自室へと戻ると、さほど時間もしないうちに侍女が呼びに来る。

 

「殿下、晩餐の用意が出来ました」

「わかった」

 

 服装は変える必要はないが、クラビウスやチャゴスもいる場になるのて、道具袋より額当てを取りだし身につけた。

 

「準備は宜しいでしょうか? では、参りましょう」

「頼む」

 

 侍女の後について行き、食卓の間にはいる。そこには既にヤンガス、ゼシカ、ククールがいた。そして、不満顔で座っていたのが……チャゴスだった。

 緑を基調とした王族の服に身を包んでいるその姿は、レイフェリオとは従兄弟と言っても全然似ていなかった。

 レイフェリオが来たことに気がつくと、チャゴスは立ち上がり正面までくる。

 

「……帰ってきたのか、レイ。俺に一言の挨拶もなく出ていった割には随分と早いお帰りのようだ。まさか、逃げ帰ってきたとか?」

「なっ!!?」

 

 思わず声をあげたのはヤンガスだった。今にも立ち上がりそうになっているヤンガスをククールとゼシカが抑え込んでいる。

 

「こんな平民たちと馴れ合いをしてたんだって? 相変わらず平民贔屓だ。まぁ女の趣味は悪くないようだけどな」

 

 横目でゼシカを見ながら言う言葉は、この場にいる全員を不快にさせるものだった。レイフェリオをここまで案内した侍女も思わず顔色を変えてしまっていた。

 侍女に声を掛け、レイフェリオは下がらせると扉を閉めさせた。

 

「おいっ、聞いているのかっ!?」

「……聞こえている」

「なら何とか言ったらどうなんだよ!」

「……直に叔父上も来られる。黙って座っているのがマナーじゃないか?」

「なにっ!!?」

 

 憤慨しているチャゴスをよそに、レイフェリオは用意された指定席、王の左隣へと座る。相手にされないチャゴスは、わざとらしく音を立てながらその向かい側へと座った。

 チャゴスの視線はレイフェリオへと向けられるが、対するレイフェリオは目を閉じたまま黙っている。

 

「チッ」

 

 チャゴスは舌打ちをして煽っているようだが、全く気にする様子もなく微動だにしないレイフェリオ。

 黙ったまま二人の様子をみていると、再び扉が開く。

 

「失礼致します……」

 

 姿を現したのは、アイシアだ。一歩中に入ると頭を下げる。流石のチャゴスも目を見張っている。

 静かに頭をあげると、アイシアはそのままレイフェリオの元へと歩いていく。

 

「レイ様、先程はありがとうございました」

「……いや、礼を言うのは俺の方だ」

 

 アイシアが声をかけたことで、レイフェリオは目を開きアイシアを見た。後ろに控えているリリーナに目配せをすると、アイシアは席へと座る。

 前を見ればチャゴスがいたためが、アイシアは再び頭を下げた。

 

「チャゴス王子もお久しぶりでございます」

「そうですね。いや、貴女も運が良かったです。レイも丁度戻られたということで、お互い婚約者に会えて嬉しいでしょう。今宵はゆっくりと語られるといいですね」

「お気遣いありがとうございます。私もとても嬉しく思っております。ですが、既にレイフェリオ様にもお心を砕いていただいておりますゆえ、これ以上の我が儘は言えません」

「なに、貴女の気が休まるならば喜ばしいことですから、我が儘何てものではありませんよ。望むことをおねだりしてはどうですか?」

 

 アイシアに対する態度と口調がまるっきり変わっていることに、ヤンガスたちは驚きを隠せないでいた。

 

「……この王子、何なんだ」

「黙ってなさいよ、聞こえるわよ」

「……」

 

 思わず声を呟いたヤンガスの声は、仲間にしか聞こえていないようだった。あまりの変わりっぷりに呆れも含んでいる。対してククールは黙ったまま様子を伺っている。

 

「私の望みはレイフェリオ様のお側にいることですので、今これ以上の望みはありません。既に十分なのです」

「全く……流石は巫女姫ですね。でも────―」

「いい加減にしろ、チャゴス。アイシアに無礼だろ」

 

 まだ何かを告げようとしたチャゴスをレイフェリオが止めた。

 特に表情を変えることなく淡々と告げた言葉は、一瞬で周囲を沈黙させる。横槍が入るとは思っていなかったようで、チャゴスも目を見開いていた。

 更に募ることもなく、レイフェリオは目の前に用意された紅茶に口をつける。アイシアでさえも、その行動にじっとレイフェリオを見ているだけだった。

 

 沈黙を破ったのはゼシカだ。

 

「ねぇ、レイフェリオ。私たちには紹介してくれないの?」

「……そうだったな」

 

 レイフェリオを立ち上がりアイシアの隣に立つ。アイシアは促されるままゼシカたちの方へと向き直った。

 本来ならばゼシカたちから催促するのは好ましくない。しかし、状況的にそうなったことに異論は出なかった。

 

「彼女がアイシア・クリフォート。現法皇の孫に当たり、俺の婚約者でもある。アイシア、彼らは旅の途中で

 会った仲間たち。ゼシカ・アルバート、ククール、ヤンガスだ」

 

 視線を移動しながら各々を紹介すると、アイシアが裾を持ち上げ頭を下げた。

 

「アイシアと申します。皆様、どうか宜しくお願いしますね」

 

 

 その後、クラビウスが合流し、晩餐が始まった。

 

 食事中ではクラビウスが話を振り、アイシアと和やかに話をしている他、旅の話をゼシカやククール達としていた。ヤンガスはボロが出そうなので、極力黙っていた。

 主にククールの指図である。普段の食事と違い静かにする食事は、元盗賊であったヤンガスにとって苦行以外の何物でもなく、満足に食べることも出来ないでいたのだが、それも兄貴と慕うレイフェリオのためとなれば、ヤンガスには従う他なかった。

 一方のレイフェリオは、たまに相づちを打つ程度であまり会話をしていなかった。

 

 そんな食事も終わりを迎え、チャゴス、そしてアイシアは先に席を立ち、残されたのはレイフェリオたちとクラビウスとなった。

 

「さて……それではレイフェリオ、お前の話を聞こうか」

「?」

 

 突然クラビウスから切り出されたことに、レイフェリオは驚いた。

 確かに話があるとは言っていたが、ここで出されるとは思っていなかったのだ。ヤンガス、ゼシカ、ククールがいるこの空間で。

 

「不思議か?」

「……いえ。やはり俺が話す内容に検討がついていたんですね」

「アイシア嬢の話を聞いていたからな。それがなければ……いや、お前が旅の仲間と共に戻ってきたことを考えればそれ以外にはないだろう。だが、お前の口から直接聞かねば、私も答えようがない」

 

 クラビウスが既にレイフェリオから話される内容について、答えを用意しているということなのだろう。それでも、レイフェリオが言わなければ話は進まない。

 アイシアの名を出した時点で、何が答えとして返ってくるのかがわかっていても、だ。

 

「……叔父上が考えている通りです。俺は……まだ旅を続けたいと思っています。それも、世界を周る旅ではなく、ある男を倒すために。そして、世界の秩序を取り戻すためにです」

「大きく出たな……そのある男とは、ギャリングを襲った者のことか?」

「……はい。ギャリングさんは……亡くなりました。俺の……目の前で」

「そうか……」

 

 クラビウス自身は、ギャリングのことをよく思ってはいなかった。生前のエルトリオは親しかったが、チャゴスがカジノに出入りするようになってからは、ベルガラックについて話をすることさえ嫌がったほどだ。

 それでもギャリングとレイフェリオが親しかったことはわかっている。ギャリングの死に、レイフェリオが己を責めているだろうことにも気が付いているだろう。

 だが、クラビウスが下したものは、やはり王としての決断だった。

 

「ギャリングを倒すほどの手練れ、その男を追うか。それが世界に何か影響をもたらすというのか?」

「……魔物が狂暴化していることはご存じでしょう。ギャリングさんが狙われたのも、オディロ院長や他の方々が狙われたのも、何か意図的なものを感じます。その人物でなければいけなかった何かがあったはずです。俺はそれが知りたい。……知らなければいけないと思うのです」

「知りたいのなら、調査団を派遣すればいい。お前自身が行動を起こす必要はない」

「調査団では、返り討ちに遭うだけです」

「……お前はこの国の王太子。世継ぎだ。それを理解して言っているのだろうな?」

「……わかっています」

「チャゴスがいることに、可能性を預けているわけではない、と断言できるか?」

「それは……」

 

 レイフェリオが世継ぎの王子なのは周知の事実だ。だが、サザンビークにはチャゴスがいる。万が一、レイフェリオに何かがあっても、王家が途絶えることはない。そのことを全く考えていないと断言できるレイフェリオではなかった。

 押し付けようと思っているわけではないが、レイフェリオには即座に否定できるほどの確固たるものはない。

 

「だろうな。……いつもどこかでお前は考えている。代わりはいると……。だから旅に出るなどと戯言を言うことができるのだ」

「叔父上、俺は──────」

「私に、これ以上家族を失わせるな、レイ。世界に何かが起り始めているのは私も感じている。だが、それを行うのはお前である必要はないのだ。よく考えろ」

「……王家であるからこそ、俺が行くべきだと思います」

「……レイフェリオ」

「いずれ気が付く時が来ます。人々がそれを知った時、それを護るべく王家の者たちがただ人任せにしているというのは、無責任ではないですか?」

「レイっ」

 

 クラビウスも声を荒げるが、レイフェリオは止めない。ここでやめるわけにはいかないのだ。

 そうすれば、ドルマゲスを追うことも、仇を討つこともできない。

 

「各国の王家で、戦えるのは俺だけです。俺は世界を見てきました。アスカンタ王国、トロデ―ン国、共に率先して動くことは難しいです。王家の人間で王子がおり、尚且つ戦闘経験があるのは俺しかいません」

「……」

「何かが起っている。それを人々に知られてからでは遅いのです。あの男が何をするつもりなのか。どんな理由でギャリングさんたちを襲っていたのかを知る必要があります。これ以上犠牲が増えてしまう前に」

 

 レイフェリオが言っていることは正論だ。間違ってはいない。

 実際問題、何かが起きているとまでわかってはいないが、魔物は狂暴化し、船の定期船は滞り商品の流通にも影響が出始めている。

 トロデ―ン国との使者のやり取りも止まっていることは、クラビウスも知っていた。

 それが呪いの所為だとは無論知らないが、やり取りが滞っているならばその原因を突き止め、排除しなければいけない。

 人々が外を歩くことも困難となってきている中、サザンビークの王子が動いていると知れば、称賛されるだろう。

 クラビウスもわからないわけではない。しかし、それでも……。

 

「私は認めるわけにはいかないのだよ、レイ」

「叔父上……」

「兄上を失った時に誓ったのだ。お前は私が護ると。確かにお前の力は認めている。その強さも国では唯一だと。ならばと旅をすることは認めた。しかし……これ以上は、危険すぎる」

「……」

 

 家族愛が強い王。一部始終を聞いていたヤンガスたちは、口を挟むことはできなかった。

 このままでは押し通されてしまう。ヤンガスは勿論、ゼシカも俯いてしまっていた。

 そんな中、ククールは一人静かに立ち上がった。

 

「? ククール?」

「クラビウス王、一言言わせていただきます。貴方はレイフェリオを護ってはいませんよ。レイフェリオを護っているのは、レイフェリオ自身です。貴方の言っていることは護るではなく、籠に囲っているだけです」

「ちょっ、ククール!? 何を言っているのよ!!?」

「そ、そうだぜ!!」

 

 慌てて止めようとするゼシカとヤンガスだが、ククールは構わずに続ける。

 

「俺は親は死んでいるし、そのあとはオディロ院長が護ってくれていた。知識、武道、色々なことを教えてくれた。悪意を受けたことも多かった。善意に甘えることもあった。だが、あの人は最後の最後まで俺が助けを求めるまでは見守っていることが多かったよ。まぁお節介も多かったんだがな」

「ククール……」

「あんたはレイフェリオの親代わりみたいなもんなんだろ? ならどうして見守るってことをしないんだ? それは同時に信用していないってことじゃないか?」

 

 ククールの口調が普段通りに戻っていた。王に対する態度ではない。だが、そうせざるを得ないほどにククールは憤っていた。

 

 

 

 ククールとてあの両親が親でなければどんなに良かったかと、何度思ったかしれない。親のせいで、陰口をたたかれ、マルチェロにも否定された。

 生まれは誰にも選べない。どんなに理不尽なものでも、受け入れて進まなければいけない。

 ククールは半ば諦めていた。オディロ院長がいれば、わかってくれる人がそばにいてくれるならばそれだけでよかった。

 

 オディロ院長は亡くなったが、幸か不幸かいまのククールにはレイフェリオたちがいた。

 己をそのまま見てくれる仲間が。

 修道院では誰もがククールを両親のフィルターを通してしか見ていなかった。だから、ククール自身を見てくれる彼らの存在はククールにとって初めてできた居場所でもある。

 

 生まれたときから重責を担い、型にはめられた人生を過ごさなければいけない王族というものは面倒で、関わりたくない相手だった。

 レイフェリオと出会うまでは。

 城に戻ってからというもの、どこか不安定でいるその様は歪に見えている。王子という誰もが羨む地位に居ながらも、どこかでそれを否定しているようにククールには映っていた。

 そうして今までの会話でわかったことがある。クラビウスもレイフェリオを兄の息子としてしか見ていなかったのだ。

 

 レイフェリオの意志よりも、兄の息子という形を選んだクラビウスに腹が立った。望んで息子に生まれたわけじゃない。いつまで親の影に居させるつもりなんだと。

 

 

 

「大切なら信用しろよ。子どもは親の影じゃないぜ」

「……なかなか言うな」

 

 痛いところを突かれたのか、クラビウスも苦笑している。

 

「だが、何と言われようとも私は認めない」

「頑固な王だな」

「レイフェリオを信頼している。だからこそ、世継ぎとしたのだ」

「跡を継ぐだけが信頼の証じゃないと思うぜ?」

「本当に口が回る男だ……」

「お褒め頂きどうも」

「……そこまで言うのなら、お前たちの力を見せてもらおうか」

「へぇ、どうやって?」

「お前たちもレイと共にいくつもりなのだろう? なれば、その力を示してもらおうと言っている」

「叔父上!?」

 

 話が別な方向に行ってしまったことに、レイフェリオは思わず立ち上がる。ククールたちが無関係でないのは確かだが、許可が必要なのはレイフェリオなのだ。

 

「……明日、王家の山に行け」

「王家の山?」

「叔父上、まさかチャゴスの儀式、を?」

「そのまさかだ」

「形式を破るつもりですか?」

「……お前も知っているだろう? あれが一人でできると思うか?」

「……」

 

 黙るレイフェリオが肯定を示している。

 サザンビーク王家が所有する山。そこは古くから王族の成人への試練として使われている場所だった。

 王族の男児は、己の力のみをもって、アルゴリザードというドラゴンを倒し、アルゴンハートを手に入れてくるというものだ。

 

「レイフェリオは儀式を終えているの?」

「俺は、五年前に終えている。早ければ15歳前後で儀式に挑むはずだが、チャゴスはまだ終えることができていないんだ」

「……この前は何とか王家の山まで行かせることに成功したんだがな、逃げ帰ってしまったんだ。このままだと王族として示しが付かない。何とか今年中にやらなければ、トロデ―ンとの婚約話にも影響がでる」

「あー……」

 

 正直、流れてもいいのではと一瞬思ってしまった一同だったが、誰も口にはしなかった。

 大のトカゲ嫌いであるチャゴスを山に連れていくだけでも大変で、本来ならば一人で行くべきところを兵士をつけて行っているらしい。でなければ、部屋からも出てこないというのだ。

 この話には、レイフェリオも呆れてしまった。

 

「……姫のためにはここで失敗したほうがいい気がしてきた。本気で……」

「ん? レイフェリオ、何か言ったか?」

「……いえ、何も」

 

 後々、ミーティアが絶対に苦労する未来が見えた。この問題は、いずれ考える必要がありそうだ。

 そこはひとまず置いておき、クラビウスは話を進める。

 

「表向きチャゴスは一人で行ったことにして、外で合流してもらおう。そのまま護衛として王家の山へ行き、アルゴンハートを手に入れてきてほしいのだ。無論、チャゴスに傷一つつけんようにな」

「傷一つ、か」

「それができないのならば、旅は許可できない」

「逆に言えば、それができれば許可するってことかい?」

「……認めよう。お主らにそれだけの力量があるのならば、な」

「そうかよ。ゼシカ、ヤンガス、それでいいか?」

「構わないわ」

「当然だぜ!」

 

 三人がチャゴスと共に王家の山に行っている間は、レイフェリオは城で待機ということになった。

 あのチャゴスと三人、そしてトロデと姫が一緒になることで何が起きるのか、レイフェリオは頭を抱えた。

 

 

 




沢山の感想と評価、ブックマークありがとうございます。とても励みになっております。
次回はいよいよチャゴスの出番です。
なのですが、諸事情のため次回の更新は来週とさせてください。
楽しみにしていただいている中申し訳ありません。また5月28日に更新を再開しますので、どうぞ宜しくお願いします。



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チャゴスの出陣?

原作で言うチャゴスが儀式へ向かうイベントまでです。
ここまでの流れからオリジナルも満載です。


 その日の夜、レイフェリオの自室に集まっていた。

 

「……ククール」

「ん? 何か問題でもあったか? お前は堂々と俺たちと行けるし、俺たちも助かる手としては最善だぜ?」

「……確かにあのままでは、叔父上を黙らせることは難しかった。……だが、その結果皆に王家の面倒事を引き受けてもらうことになってしまった」

「……兄貴……」

「すまない、皆」

 

 レイフェリオは頭を下げる。

 本来、王家の儀式に部外者の手を借りるなど言語道断だ。ましてや旅人に頼るなど、あり得ないことだった。

 クラビウスは、チャゴスに甘い。自覚しているのかはわからないが、王妃を亡くしてからは特にその傾向が強かった。甘やかされたお坊ちゃんだからか、勉強も訓練もよく逃げ回っていたことを覚えている。

 そんなチャゴスが一人で挑めるはずはなかったのだろう。

 

「……面倒をかける」

「まぁただ後ろにいてもらえればいいさ。だが、チャゴス王子ってのはどれくらい戦えるんだ?」

「全く、だ。どうやらセンスが皆無らしい。それもあって逃げていたようだな」

 

 加えて運動不足も否めないという。

 一体何ができるのかと逆に問いたくなるほど、いいところが出てこなかった。

 唯一上げるとすれば……。

 

「おそらく戦闘になれば、誰よりも早く逃げる。逃げ足は速いようだから、戦闘には集中できるはずだ」

「逃げ足の速い王子、ね……まぁ逃げてくれればこちらは楽かもしれないけれど」

「いいだろ? とりあえず、目的を果たせばいいだけだ。最悪おねんねしててもらうさ」

「……お手柔らかに頼むよ」

「わかってるさ」

 

 ククールはよく周囲を見ている。前衛もできるが、サポートがメインの僧侶だ。戦闘時に指示をだすのはレイフェリオが多かったが、レイフェリオが抜けた場合は間違いなくククールが司令塔となるのだろう。

 

 レイフェリオから王家の山についての情報をあらかた教えを受けたところで、解散となりヤンガスたちは部屋へと戻っていった。

 果たしておとなしくあのチャゴスが儀式へと赴いてくれるかどうか。チャゴスに知らされるのは恐らく直前。でなければ、逃げ出すのは確実だ。城の中であれば探し出すことに造作もないが、外に逃げられては厄介なことになる。

 

「……ふぅ。今日は休むか……」

 

 今日一日で色々なことがあった。流石に疲労を感じていたレイフェリオは、ベッドへと横になるのだった。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 一方、レイフェリオの部屋を後にした一行は、回廊を歩いていた。

 用意された客室は、王族であるレイフェリオの部屋とは離れていたからだ。玉座から登る階段の上にあり、王の居室の近くという位置からも、レイフェリオの身分がわかる。チャゴスの部屋も玉座と通らなければいけない場所にあり、レイフェリオの部屋からもそう離れてはいなかった。必ず玉座を通らなければいけないというつくりは、王族を護るという意味合いも持っているのだろう。

 

 ようやく客室に着けば、各々がベッドに腰を下ろし一息を入れる。

 

「にしても、旅人の服から変わっただけで随分と印象が違うな、レイフェリオは」

「そうね……けど、どちらかと言えば騎士に近い感じかしら」

「……そうだけどよ、オレは普段の兄貴の方がいいぜ……」

 

 ククールとゼシカの評価に、ポツリとヤンガスが本音を漏らす。

 王族の服装をしているレイフェリオは、身分の違い、住む世界が違うことを意識させられ遠く感じてしまうのだろう。だがそれも仕方がないことだ。

 

「普段のアイツの方が、変装だヤンガス。今の姿がレイフェリオって奴の本当の姿なんだよ。確かに、しっくりこないのはわかるが、そういうことはアイツの前では言うなよ」

「ん? なんでだよ……」

「……グランさんが言っていただろ。生まれについて誰よりも納得していないのは、レイフェリオ自身だ。それを俺たちが違うと言えば、あいつも傷つくだろうぜ」

「ククール……あんたって結構考えているのね。意外だったわ」

「ちっ……俺はいつでも考えているんだよ。デリケートな生まれなんでね」

「はいはい、おかげで助かったのは事実だから、感謝はしておいてあげるわよ」

「つれないねぇ、ゼシカは」

 

 最後には他愛ない会話に変化している。普段はこの中にレイフェリオも混ざっていたので、どこか足りない気もするが、それだけ日常になっていたのだろう。四人でいることが。

 

 そのためには、明日を何としても乗り切る必要がある。

 三人は早々に夢の世界へと旅立った。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

 翌朝、謁見の間に全員が揃っていた。

 玉座に座るクラビウスの横に、レイフェリオが立っている。

 だが、肝心のチャゴスの姿は見えていなかった。

 

「大臣、チャゴスはまだか?」

「は、はい。急ぎ文官に呼びに行かせているので、そろそろ来ると思うのですが……」

 

 その時、話に上がっていた文官が息を切らせて駆け込んできた。

 

「どうしたのだ?」

「も、申し訳ありません。その……途中で逃げられてしまいました」

「何っ!?」

「……あいつは子どもか」

 

 クラビウスは声を荒げ、レイフェリオは呆れていた。

 話によれば、部屋からここまで逃げられないように手を引いてきたらしいのだが、途中で手を振り払って逃げ出したというのだ。

 当人がいなければ話もなにもない。仕方なく、チャゴスを探すこととなった。

 

「情けない息子だ……」

「叔父上、俺も探してきます」

「……すまんな、頼む」

「はい」

 

 レイフェリオはヤンガスたちに駆け寄る。

 

「兄貴もですかい?」

「あぁ。とにかく、チャゴスの部屋へと行ってみよう」

「わかったわ」

「あいよ」

 

 ここからチャゴスの部屋はさほど距離がない。階段を上り、部屋の前へ行くとそこには兵士がいた。

 話を聞けば、部屋にはおらず西の城館へと向かったという。運動は苦手だというのに、逃げ足だけは本当に早い。

 

 兵士の言う通りに西の城館へと行けば、ここにも兵士が立っていた。

 レイフェリオに気が付くと、こちらへ寄ってくる。

 

「殿下!」

「チャゴスはここか?」

「はい……ですが、カギをかけてしまっていて入れないのです」

「……そうか。わかった、ここはいい。反対の入り口に回っていてくれ。俺が何とかする」

「は、はいっ! お願いします」

 

 兵士は敬礼をし、その場を後にする。

 

「どうするんでがす、兄貴?」

「まずはチャゴスがいるかを確かめる」

 

 隠れているだろう扉の前に行き、ノックをした。すると、扉から声が返ってきた。

 

「ん? 誰かいるのか?」

「チャゴス、俺だ」

「なっ! 兄上っ……じゃない、レイフェリオ!! 何でお前がここに来るんだよ」

「……王者の儀式は、成人王族の務めだ。王家の人間に生まれた以上は行うことが義務だと知っているよな。それを放棄するのか?」

「う、うるさいっ!! 僕はお前とは違うんだ!! あんなトカゲ相手にできるわけないだろう!!」

「……」

「なっ……」

「えっ……」

「……そうか……」

 

 チャゴスの言葉に驚き、動けずにいたヤンガスたち。

 一方のレイフェリオはそれだけいうと、踵を返す。スタスタと歩いていくレイフェリオをヤンガスたちは茫然と見ていたが、姿が見えなくなると我に返り慌てて後を追う。

 そのままレイフェリオは先ほどの兵士に指示をした反対側へと向かうと、更に階段を上り真上の部屋へと入った。

 

「トーポ、行け」

「キュッキュ!」

 

 肩の上に乗っていたトーポを降ろし、どこかへ向かわせたのだ。一体何をしているのかわからないヤンガスたちは、黙ってみているだけだった。

 

「あ、兄貴?」

「……」

「ギャーッ!!!」

 

 突然、悲鳴が響き渡った。と同時にチャゴスが籠っていた部屋の扉が開けられた。

 そうして前で構えていた兵士たちに呆気なく捕まってしまった。

 

「な、何が起こったの?」

「……レイフェリオ、何をしたんだ?」

「……チャゴスが籠っていた部屋ってのは、真上にトカゲがいることがあるんだ。それをトーポに落としてもらったんだよ。部屋にトカゲがいれば、流石に出てくるだろ」

 

 トコトコとトーポが戻り、再びレイフェリオの肩に乗った。一仕事してきた、という感じに顔を洗っている。

 

「さて、戻ろうか」

「……」

 

 なんでもない風に装って入るが、ククールとゼシカには違和感を感じ得なかった。

 先ほどチャゴスが放った言葉は確実にレイフェリオを傷つけたはずだ。だが、今話をしていたレイフェリオはいつも通りのものだ。

 普通にしているレイフェリオに、敢えて掘り出すこともできず、二人も後をついていった。

 

 一瞬だけ、チャゴスに言われた瞬間だけは悲し気に瞳が揺れていたことに、気が付いていたのはトーポだけだった。

 

 

 謁見の間に戻ると、大臣に監視されたチャゴスが不満そうに立っていた。

 レイフェリオはその横を通り過ぎ、クラビウスの横に立つ。ヤンガスたちもクラビウスの元へ近づき、止まった。

 

「皆、ご苦労だったな。チャゴス、お前はこれより儀式へと赴いてもらう」

「ち、父上!! そんなこと聞いておりません。何度も言ったではありませんか、トカゲが居るところは嫌だと。それに僕は次代の王ではありません! 僕には必要ありません!」

 

 この期に及んでもなお儀式を避けようと必死に言い訳をしている。本当に嫌なのはよく伝わってくるのだが、クラビウスの表情を見る限り、それが受け入れられることはないだろう。

 

「……チャゴスよ。お前はトロデ―ン国の姫と結婚し、トロデ―ンの王となる。なれば次代の王といっても変わらないはずだ」

「そ、それは……」

「強き王となれることを示すのがこの儀式。サザンビークの王家の者として、強き王の心を持たねば、ミーティア姫と結婚できん」

「ぐぅ……」

「ミーティア姫はそれはそれは美しい姫と聞いておる」

「ぐぐ……」

 

 チャゴスが懸念していることはミーティアとの結婚らしい。何とも安直な、邪な理由だ。

 それでも儀式へと赴いてくれることの方が優先なのか、クラビウスは揺らぐことはなかった。

 

「それに、城の者がお前のことを何と言っているか、言わなくともわかるだろう。少しは悔しいとは思わんのか?」

「それは……」

 

 ちらりとチャゴスはレイフェリオを見た。レイフェリオはただ見返すだけだ。

 城の者、いや国の皆が言っていることがチャゴスの耳に入らないはずはなかった。比較されているのは、優秀な従兄。魔法も剣も、そして公務すら着実にこなす優秀な王太子。幼き頃からチャゴスにとってコンプレックスの一つだ。

 

「チャゴス、ここにいるゼシカ嬢たちが力を貸してくれる。表向きはお前ひとりで行ったことにするがな。それならば心強いだろう?」

「一人じゃない……それに、もし、僕がレイフェリオよりも大きなものを手に入れれば、見返すこともできる……僕の方が上に……でもな」

「……はぁ」

 

 同行者がいる、それを聞きチャゴスは俯きぶつぶつとぼやいていた。耳が良いレイフェリオには丸聞こえだったのだが、他の人には聞こえていないようだ。行くとは断言していないが、気持ちが傾いているのだからそう捉えてもいいだろう。

 

「叔父上、チャゴスは行く気になったようですよ」

「へ?」

「ん? おぉ、そうかそうか。行く気になったか! それでは、お前は一足先に馬車に隠れておるがいいぞ」

「えっ、父上!?」

「よし、大臣! さっそくチャゴスを送り出せ! さも一人で行ったように見せかけるためにも、兵士を連れていき派手に門の前で見送らせろ」

「ははっ。仰せの通りに」

 

 指示を受けた大臣は、チャゴスを問答無用で引っ張っていく。

 

「えっ、ちょっと、僕はまだ……」

 

 行くとは公言していないと言い訳をするが止まることはなく、チャゴスはそのまま連行されていった。

 チャゴスの姿が見えなくなると、クラビウスは重い息を吐く。

 

「ふぅ、やっと行きおったか……」

「えっと……レイフェリオ、あれでいいの?」

「大丈夫。あいつは見栄だけは張る奴だ。一度盛大に見送られれば、嫌でもいくだろうさ。それより……あとは頼んだ」

「……任せとけよ」

「合点でがす」

「ええ。それじゃあ、行ってくるわね」

「皆、チャゴスを頼んだぞ」

 

 最後にクラビウスに見送られ、ヤンガスたち三人もチャゴスの後を追っていった。

 

「しかし、強引すぎたのではないかレイ?」

「あいつが行くと言い出すのを待っていてはいつになるかわかりません。俺は立ち止まっている場合ではありませんから」

「レイ……まだ許可を出したわけではないぞ?」

「大丈夫です。彼らは……俺の仲間ですから」

「……そうか。それにしても、儀式に護衛をつけるなどと愚かな決断をしたのは、歴代王の中でわし一人かもしれんな」

「……叔父上はチャゴスに甘いのですよ」

「そうかもしれん。兄が逝き、妻が逝き……だからお前とチャゴスだけが、わしの肉親なのだ。無事に戻ってきてほしいのだよ。王としては失格かもしれんな」

「叔父上……」

 

 身内に甘い王。それは確かに歴代の王と比較すれば失格ともいえる。身内だからこそ厳しくしなければいけないこともあるはずだ。それがチャゴスには見られなかった。

 チャゴスは、既にレイフェリオという存在がいたおかげで、王位を継ぐ可能性は低くなり帝王学の教育も熱心にはしていなかった。剣にも才能を発揮せず、魔力も低いチャゴスには、期待を寄せられることもなく、望まれることもなかった。

 誰にも望まれない存在。だからこそひねくれてしまったのかもしれない、とレイフェリオは考えていた。

 

「チャゴスは認められたいのですよ。叔父上に……そして皆に」

「レイ?」

「……あいつは、俺が憎いのかもしれませんね……」

 

 ポツリとつぶやくように言うと、レイフェリオは玉座の後ろの階段を上り自室へと向かっていった。

 

 

 




本日より再び更新です!
楽しんでいただけたら幸いです。


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王家の山へ

いよいよ山へ向けて出発です。
ここも主人公がいないので、オリジナル要素あります。


 ヤンガスたちが城をでると、城門の方へ人々が集まっていた。チャゴスの見送りだろう。

 既にチャゴスの姿はないようだが、あまりの出来事に興奮をしているのか人々はまだ残っていた。

 

「なんか大騒ぎね」

「だな。たかだが儀式へ向かうだけにここまで騒ぐもんなのか?」

「そりゃそうだよ!」

「うぉっいつの間に!?」

 

 歩きながら城門へ向かっていると突然町の人が声を掛けてくる。会話が聞こえていたのだろう。

 

「あのチャゴス王子が一人で向かうなんて、驚きを通り越して興奮ものだ」

「そうよそうよ。護衛をつけるって話だったけれど、一人でいっちまって、いやー見直したね」

「って本来は一人で行くもんだけどな。わっはっはっは」

 

 ここに護衛がいるとは言えないため、三人は取り合えず苦笑いをするだけだ。

 

「レイフェリオ殿下は結構前に終わらせたってのに、同い年のチャゴス王子が儀式を嫌がっているっていうから、てっきりもう行わないんだと思ってたんだけどな」

「そういや、5年前に終わらせたって言ってたか」

「えぇ、レイフェリオは13才で行ったことになるわね」

「そうなんだよ! 嬢ちゃん! 最年少記録でね、当時はもうお祭り騒ぎだったよ」

 

 恰幅のいい女性が勢いよくゼシカへと話しかけてきた。

 王族が儀式を終えた後は、城下町でバザーが開かれるらしくとても賑やかだそうだ。同じくチャゴスが戻ってくれば、大騒ぎになるだろうということだった。

 

 王者の儀式というのは、王族だけでなく、町の人にとっても楽しみの一つのようだ。

 

 人々の波をかき分け、ようやく門の外にでるとチャゴスが仁王立ちした状態で待っていた。先日門の前で見張りをしていた兵士はいないためか、荷台には隠れずにいたようだ。

 近くにはトロデとミーティアもいる。

 

「遅いっ! お前たち、遅いぞ」

「……偉そうでげす」

「偉いのよ……」

「俺たちはこれでも急いできたんだ。それより馬車に隠れてなくていいのか?」

「狭すぎるんだ! せめてあの釜がなければもうちょっとマシなものを……」

 

 口をとがらせ文句を放つチャゴス。トロデを見ると更に続けた。

 

「それにしても何なんだ、コイツは? こんな化け物みたいなおっさんを連れてよく旅をしていたな……」

「……」

 

 トロデは黙ったまま御史台へ座っていた。常ならば、ここで文句のひとつも出てきそうだが、何も言わない。不思議に思ったヤンガスが小さく声をかける。

 

「どうたんでがすか、おっさん。いつもなら食って掛かるのに」

「……今はわしも姫もこんな姿じゃ。チャゴス王子に婚約者が馬になってしまったとは言えんじゃろ」

「まぁそうでげすが……」

「だが一体どうして王子が来ることになったのか、説明はしてほしいがの? レイフェリオはどうしたのじゃ?」

「兄貴は城でげすよ。旅を続けるためにも、あの王子を王家の山まで護衛することになったんでね」

「……よくわからんが」

「王者の儀式ってやつが王家の山で行うらしいんだよ。東の方角にあるってレイフェリオが言っていた」

 

 ククールが二人の会話に介入する。

 

「あとレイフェリオからこれを受け取っているから、山に入る前に体に振り掛けておかないとな」

「それはなんじゃ?」

「トカゲのエキスだとよ。アルゴリザードは人間の匂いに敏感らしい。だから人間の匂いを消して近づかないと逃げられるそうだぜ」

「おいっ、何をこそこそとやっているんだ」

 

 チャゴスが不満そうに近づいてきた。ククールが持っていたトカゲのエキスの袋を見るなり、眉を寄せる。

 

「……レイフェリオから聞いていたのか」

「あらかた説明は受けてきた」

「ふん、まぁいい。僕は普段荷台に隠れている。一人で出発していることになっているからな」

「へいへい」

「そんじゃ、出発するでがすよ」

 

 荷台へと隠れるチャゴスを見送り、一行は東へと歩き出した。

 一人抜けたことにより、戦闘は苦戦を強いられることとなった。常に状況を見て、指示を出し戦闘を勝利に導いてきたのはレイフェリオだったからということもあるだろう。

 

 今三人の前に現れているのは剣を持ち飛行する魔物、ガーゴイル。それが3匹だ。

 前衛がヤンガスのみである。ゼシカが呪文で先制攻撃をし、命中した時を見計らってヤンガスが斧を振り下ろす。

 打たれ強いヤンガスだが、敵に囲まれてしまえばおしまいだ。攻撃後は、すぐに距離を取り追撃される可能性を少しでも下げるようにしていた。

 追撃しようとする動きを見せればククールが弓で牽制する。相手が飛行しているため、狙うのはその翼だ。

 翼を撃ち抜かれ、地に落ちた魔物に最期の一撃を与えるのはヤンガスの役割。

 

 ようやく魔物が消えると、3人は緊張が解けたのか息を整えるために立ち止まった。

 

「……一筋縄ではいかない、みたいだな」

「そう、ね……」

「けどよ、あのすばしっこいスライムよりは、マシだぜ……」

 

 ヤンガスが言うスライムとは、メタルスライムだ。

 攻撃しても躱されることが多く、当たっても鋼鉄のように固いため大したダメージを与えられない。

 さっさと逃げるスライムも多いが、向かってくるスライムもいる。攻撃を躱されるというのは、思った以上に精神的にも体力的にも疲れてくるものだ。

 

「逃げるなら、さっさと逃げやがれよ……」

「まぁ、あれだけ攻撃した後に逃げられれば、疲れもするわね……」

 

 弱り切った状態で、あと一撃を与えればというところで、危険を感じたのか逃げるスライムというのもおり、そのたびに肩を落としてきた。

 余計な体力と時間を費やした気分だ。

 

「おっ、なんか小屋が見えるぜ? あそこが例の王家の山じゃないのか?」

 

 深呼吸をしてククールが周囲を見回し、ある方向を示した。

 確かに小屋が見える。更に奥には、続く道があるようだ。

 そして、小屋の前には見覚えのある人物が立っていた。

 

「よぉ、遅かったな」

「あんたは確か……」

 

 手をあげてこちらへと向かって歩いてくるその人物。それは、シェルトだった。

 

「何でここにいるんだ? チャゴス王子の護衛は俺たちだけだったはずだぜ?」

 

 ククールは不機嫌を隠さない。クラビウスから護衛として頼まれたのは、三人のみ。レイフェリオは含まないメンバーで、チャゴスに傷一つつけずに帰還することが、旅を認める条件だったはずだ。

 それを覆されるのは約束が違う。

 だが、シェルトは不敵に笑った。

 

「知っているさ。俺も手を出すつもりはない。だが、見極めさせてもらうために来ただけだからな」

「見極める? どういうことなの?」

「……魔物の狂暴化の影響で、この辺りの魔物も強くなっている。殿下がぬけたんだ、戦力低下は当然だろう。それに加えて、以前よりも山は危険度が上がっている。陛下は多分ご存知ないだろうがな。俺は万が一のための保険だよ。殿下と同じ前衛だ。呪文は使えないが、もし強敵がいたとしてもこれならなんとかなるだろ?」

「……それは、兄貴との旅を認める条件とは違うじゃねぇかよ」

「陛下は三人だけで、とは仰っていなかったんだろ? なら、俺が通りがかっても問題ないさ。人助け、だからな

 。それに、だからこその見極めなんだよ」

 

 飄々と言ってのけるシェルトに、三人は二の句を告げなかった。

 要するに、危険だと判断したならば助太刀をするということだろう。

 確かに三人だけで、とは一言も言っていない。力を見る、チャゴスを傷つけるな、それだけが条件だ。それにシェルトはサザンビークの兵士ではあるが、護衛としてではなく、通りかかりとして手を貸してくれるというのだから護衛は三人ということにも変わりない。

 屁理屈のようなものではあるが。

 

「モノは言いようだな」

「けど、あんたらは助かるはずだ。アルゴリザードを舐めない方がいい」

 

 アルゴリザードを知らない三人には、シェルトが示しているのが何か分からない。王族の男子が一人で討伐するのだから、旅に慣れた三人がいれば問題ないとどこかで思っていたということもある。

 しかし、先日レイフェリオも魔物が強くなっていると言っていたのだ。その影響が王家の山まで及んでいないという保証はどこにもなかった。

 

「……わかった。あんたの言葉に甘えるさ」

「ククール!?」

「……ククールがそう言うなら、私もいいわ」

「ゼシカまで……ちっ、わかったでがすよ」

「決まり、だな」

 

 こうして、一時的にシェルトが合流することになった。

 通りがかりとして、という名目のもとで。

 

 




すみません、あまり長くないです。


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アルゴリザード討伐

タイトル通りです。
王家の山に入ってから、アルゴリザード討伐までになります。



 山の入り口に着き、馬車を止めると荷台からチャゴスがおりてきた。

 

「よっと、何だ? 着いたのか?」

「お邪魔してますよ、チャゴス王子」

 

 シェルトが声をかけると、ギョッとしてチャゴスは後ずさる。

 

「なっ、何でお前がいるんだ!? 兵は来ないって!?」

「今の俺は一介の旅人ってことでお願いしますよ。勿論、王子が護衛を伴って儀式を行ったなんて、畏れ多くて言えませんから」

「ぐっ……」

 

 思わず拳を握りしめるチャゴスと、何でもない風に装っているシェルト。二人はどういう関係なのかわからないが、少なくともお互いがお互いを良くは思ってないようだ。

 そこへ、一人の男が近づいてくる。形からして、ここの管理人のようだ。

 

「あんれ? そこにおられるのはチャゴス王子でねぇべか? それに、騎士の兄さんも一緒だぺ」

「どうも、ゲドさん」

「ふんっ」

「ってことは、儀式だべか? だけども、儀式は王子様一人で行かれるはずだべ? なんで騎士の兄さんやら他の人も一緒なんだべか」

「こ、この者たちはここまでの単なる付き添いだ。帰りも頼むので、山に入って待っていてもらうのだ」

 

 チャゴスは指摘されて、冷や汗が出ていた。それでも、それらしい言い訳が出てきたことは褒めるべきだろうか。

 

「ちなみに俺は、山の様子を視るために来たんでな。護衛じゃない。ということで、奥に入らせてもらうよゲドさん」

「そうですかい。では、気を付けていって……ん? 王子様、そんな人間臭いとアルゴリザードが逃げちまうだ! 早く匂いを消さねぇと」

「わかっている。おいっ、お前」

 

 チャゴスが呼んだのはククールだ。肩をすくめ、ククールはトカゲのエキスが入った袋を見せた。

 

「はいよ、これだろ」

「そうだ。さっさと振り撒け」

「へいへい」

 

 面倒くさそうにククールが、全員にエキスを振りかけた。

 エキスが全身にかかり、トカゲ臭くなる。

 

「なにこれっ」

「だな……流石はトカゲの匂いだ」

 

 ゼシカとククールが嫌そうにしている中、ヤンガスだけは動じていなかった。

 

「そんなに言うほどの臭いじゃないぜ?」

「……臭いに鈍感なんだな、とんがり頭」

「うるせぇ。そういうアンタも平気そうじゃねぇか」

「慣れてるんだよ」

 

 騎士という幹部になれば、たまに視察として山を見に来る時があるようだ。レイフェリオが城にいた頃は共に来たこともあるとのことだった。

 

「おい、お前たちさっさと行くぞ。こんな面倒なことはすぐに片付けて帰りたいんだ」

「……それはこっちの台詞だぜ。ったく」

 

 頭を掻きながら、ククールは前を行くチャゴスを追う。ゼシカ、ヤンガス、そしてシェルトもそれに続き山へと入っていった。

 

 山へ入るとそのすぐ近くに一匹のドラゴンが見える。

 

「おっ、あれがアルゴリザードだ」

 

 目的のアルゴリザードを見つけ、チャゴスが駆け寄る。

 だが、その姿を見たためか、アルゴリザードは一目散に逃げていった。どうやら図体の割に臆病な性格のようだ。

 

「後ろから近づいたほうがいいだろうな。攻撃を一度でも加えれば、臨戦態勢に入るらしい。まずは一撃を与えることを優先すべきだろう」

「なるほどね。なら先制はククールに任せるわよ」

 

 呪文では詠唱に溜めが必要だ。ならば、普段から弓を使っているククールが仕掛けるのが一番だろう。ククールも納得し、先頭に立って逃げたアルゴリザードを追った。

 さほど遠くに逃げていたわけではなく、すぐにアルゴリザードは見つかり、チャゴスを除き全員が戦闘態勢に入ったのを見て、ククールは弓を引く。

 

「シギャアァ!」

「いまだ、ヤンガス!」

「合点!」

 

 ククールの弓がアルゴリザードへと突き刺さったのを見て、ヤンガスが脳天目がけて斧を振り下ろす。

 

「避けなさい! メラミ」

「ギャシャァ」

 

 炎の塊を受け、アルゴリザードは勢いに押された。だが、その目は激情している。大きく口を開けると、近くにいたヤンガスへと嚙みついた。

 

「グァァァシャア」

「っ、痛っ! この野郎!」

「シギャ!」

 

 反撃をすべく振り払ったヤンガスの攻撃は、アルゴリザードに躱されてしまう。図体はでかいが、身のこなしもそこそこのようだ。

 

「ヤンガス、バイキルト!」

「すまねぇ」

 

 ヤンガスの身体が赤い光に包まれる。その間に、ククールが呪文でアルゴリザードを引き付けていた。だが、それを大きな口から吐く息で吹き飛ばすと、ククールを尖った爪を開いた手で切り裂いた。

 

「くっ……あぶねぇ」

 

 動作が大きかったためか、予測できたため致命傷には至らない。ククールへと体を向けているため、ヤンガスは後ろから斬りかかった。

 

「おらっ!!」

「ギャシャ……グルルルゥ」

 

 完全に不意を突かれた形になり、アルゴリザードはますます激情する。ゼシカが氷の刃を目のあたりに放ち、一瞬だけ視界をくらますと、その隙にヤンガスは力をため込んだ。そして再び斬りかかる。

 

「蒼天魔斬っ!」

「火炎斬りっ!」

 

 いつの間に持ち替えていたのか、ククールが剣を持ちヤンガスに続くように攻撃を仕掛けていた。二人が離れると、ゼシカが再び呪文を放つ。

 

「はぁぁぁ、くらいなさいっ! メラゾーマっ!」

「グァァァシャア……」

 

 メラミよりもはるかに大きい炎がアルゴリザードを包む。断末魔の叫び声をあげながら、アルゴリザードは力尽き倒れ込んだ。ゼシカも魔力を全力で放ったためか、肩で息をしている。指先が少し炎症を起こしているのは、無理に高レベルな呪文を放ったせいだろう。

 アルゴリザードはやがて魔力が霧散し、その姿が消えると後には赤い宝石のような石が残されていた。

 

 シェルトの影に隠れて、一切戦闘に参加していなかったチャゴスがそれを拾う。

 

「これがアルゴンハートか。随分小さいんだな。アルゴリザードも気色悪いが、言うほど強くはなかったし」

「てめぇは戦ってねぇ……」

「ほんと、呆れたものね」

 

 ヤンガスとゼシカが突っ込むもチャゴスは聞いてはいない。しかも、大きいアルゴンハートが入るまで倒すという始末だ。

 二人は深く息を吐くしかなかった。

 

 一方、シェルトはククールの元へと近づく。

 

「少し危なかった気はするが、あの程度のアルゴリザードなら大丈夫そうだな」

「そいつはどうも」

「……うちの王子様は迷惑なことを考えているようだから、まだ終わりじゃないがな」

「あのアホは参加してないんだぜ? これで儀式になるのか?」

「……それを判断するのは、俺らじゃない。陛下だ」

「そうかよ……」

 

 護衛をつけた時点で、既に本来の儀式とは違っている。それでもここへ向かわせたのは、王なりの考えがあるのだろうが、この状況ではチャゴスに何かを求めるのは間違っているようになってくる。

 

「チャゴス王子が逃げていないだけマシなんだぜ? できれば一太刀くらいは入れてもらいたいが……」

「一太刀、ね……同じ王子でもこうも違うと、本当に血が繋がっているのか疑いたくなるんだがな」

「殿下は特別、ってことにしておいてくれ。最も殿下の父上もそれなりだったらしいけどな」

「レイフェリオの父親?」

「今の陛下の兄上さ。こういっちゃなんだけど、殿下もチャゴス王子も父親似なんだよ。陛下も戦闘センスはあまりなかったっておっしゃっていた。その代り、政治手腕はあったらしいから賢王として敬愛されているが、その息子は全然その片鱗が見えないがね」

「……自国の王子に対して、結構な物言いだな」

「城では言わないさ」

 

 何でもないように言ってのけるシェルト。口が軽いのか、それとも他に理由があるのか。

 レイフェリオに対しては敬意を払っているようにも見えるが、チャゴスに対してはそれが見られない。どうであろうとククールには関係ないのだが、面倒な連中と知り合いになったものだと思わず頭を抱えてしまった。

 

 それ以降、何度かアルゴリザードと対戦するもチャゴスが満足のいくようなアルゴンハートには出会えず、夕暮れになってしまった。

 

「これもだめだ……大きなアルゴンハートを持ち帰りさえすれば、城の者も父上もきっと僕を見直すはずだ。レイフェリオよりも大きいアルゴンハートを持ち帰ればきっとあいつだって……」

 

 小さなアルゴンハートを手にしながら、チャゴスはぶつくさと言っている。

 言葉の節々を聞き取るに、倒しているのはヤンガスら三人なのだが、それを己の強さと勘違いしているようだった。そもそも戦ってさえいないのだ。どういった思考をすればそのような考えに至るのか、もはや誰も訂正すらしない。

 

「本当におめでたい性格ね。この困ったちゃんの王子様とお別れできる日が待ち遠しいわ」

「同感だ」

「……兄貴と合流したいでがす……」

「しかし今日はもう疲れたな。おい、御者。今日の狩りはもうおしまいにするから、どこか開けた場所に案内しろ。疲れたからもう休みにするぞ」

「……わかりました」

 

 皆の言葉には気が付かず、マイペースに指示をだすチャゴスに、トロデもしぶしぶ従う。この態度が気に入らないという風に感じてはいるだろうが、言えるはずもない。

 

 疲れたからといい、荷台にチャゴスを乗せると一行は山頂の開けた場所で一休みすることにした。

 

 

 

 




次回は主人公も登場する予定です。


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アルゴンハートの入手

タイトル通りですが、オリジナル要素追加しています。



 翌朝、ヤンガスは馬の鳴き声で目を覚ました。見れば、チャゴスがミーティアに乗っている。

 

「な、何やってるんだ!? あの王子はっ!」

 

 慌てて駆けていく。その間にもチャゴスはミーティアから降りようとはしない。そればかりか、歩けと急かしているようだ。トロデも慌てているようだが、何も言えないでいる。

 

「おいっ、早く歩けっ! ご主人様を乗せて前に進むんだよ。そらハイヨー!」

「ヒンッ!」

 

 ミーティアは姫だ。そんなことできるわけがない。普通の青年よりも重いだろうチャゴスを乗せるなど無理に決まっている。否、普通の馬でもあのように扱われれば乗せはしないだろう。

 

「いい加減にしないかっ! 暴れないで言うことを聞けよっ!」

「お、お止めください王子。ミ……あっいや馬が嫌がっております。わしの馬は人を乗せることに慣れておらんのです」

「ほらほら、言うことを聞けよっ! 前に進むんだ! 早く!」

「っ、ええい! やめんかこらっ! 今すぐわしの馬から降りろ! このすかぽんたんが!」

「うるさいっ黙ってみておれ! くそっ、ムチをいれてやらんと分からないみたいだな」

「ヒヒンっヒン!」

 

 ミーティアは力一杯体を使い、チャゴスを振り落とそうと必死だ。

 

「こ、こら! 暴れるな! 落ちる!? 落ちるだろっうわっ!」

 

 最後のだめ押しとばかりに、おもいっきり体を弾ませ力の限りにチャゴスを振り払う。

 勢いのままにチャゴスは地面へと落下した。

 

「ぐふっ」

「てめぇ、何してんだよ」

「……本当に、何やってんですか、チャゴス王子」

 

 ヤンガスが睨みをきかせていると、その後ろからシェルトが現れた。

 

「シ、シェルト!?」

「何をやっていたんですか?」

「うるさいっ! あの馬の躾がなっていないからだ! 僕だって馬くらい乗れる!」

「……そういうことを言っているんじゃありません。馬は嫌がってました。無理に乗れば落とされることくらいわかるでしょうに」

「ぐっ……主人の言うことを聞くのは当然だ! 僕は王子だぞ!」

「馬の主人は王子じゃないでしょうに。強いて言うなら殿下でしょうよ」

「なっ……」

「それに馬に乗ったこともほとんどないのに、直ぐに慣れていない馬に乗れるわけないですよ」

「……いつもいつも、殿下殿下、ならレイフェリオの側にいれば良いじゃないか!? 僕はお前なんかいなくたって──―」

「一太刀もアルゴリザードに当てることも出来ない王子が? 一人で倒せるとでも?」

 

 シェルトの言い方は既に仕えるもののそれではなかった。レイフェリオと話しているときも似たように話をしていたが、言い聞かせるような話し方だ。最もチャゴスには反抗心しか感じられないのだが。

 

「うるさいうるさいっ! だから持ち帰ってやるんだ! あいつよりも大きいアルゴンハートを! 持って帰ればあいつだって見直すはずだ!」

「王子」

「いつだって済まし顔で何でも出来るって顔をして、ろくに表情も変えやしないあいつを驚かせてやるんだ! あの表情をかえてやるんだよ」

「要するに、殿下に認めてほしいんですね」

 

 シェルトに指摘され、チャゴスは顔を真っ赤に染めた。

 

「ち、違うっ! 僕はっ」

「はいはい、わかりましたから、さっさと行きましょうよ」

「おいっ人の話を聞けっ」

「随分と聞きました。馬にも乗れないチャゴス王子」

「何だと!!」

 

 まだまたやり取りは終わらないのか、集まってきたゼシカ、ククールと共にヤンガスも黙って成り行きを見守っているだけだ。

 トロデはミーティアの側にいき、なだめていた。チャゴスを引っ張り、シェルトが頭を下げているのがここから見える。

 

「シェルトって何者なのかしらね」

「レイフェリオの幼馴染で護衛だろ?」

「にしても何だか軽くあしらってるし、すごく慣れているようにみえるんだけど……」

「さぁね、食えない奴だとは思うけどな」

「……アンタには言われたくないでしょうね」

 

 ククールは肩をすくめる。その時だった。

 

「グルルルゥ」

 

 大きな声が響いた。恐らくこの声はアルゴリザード。それも声の大きさと太さからして、今までのアルゴリザードよりも大きい可能性が高い。

 三人が顔を見合わせていると、チャゴスが駆け寄ってきた。

 

「おいっ、今の鳴き声を確かめに行くぞ!」

 

 大物かもしれないという期待がそうさせるのか、チャゴスは先程までの感情を切り替えてアルゴリザードの声の方へと走っていった。

 その後ろにはため息を吐いたあきれ顔のシェルトの姿。

 

「世話のやける王子だ……」

「シェルト?」

「気を付けろ。ヤバい奴かもしれない」

「……わかったよ」

 

 シェルトとククール、二人は並んでチャゴスの後を追った。ゼシカとヤンガスも後に続くがトロデたちは山頂にとどまる。戦闘が始まるのならその方が良いと判断したのだろう。

 

 声が聞こえたのは、崖下だ。

 上から見下ろせば、図体の大きなアルゴリザードが見える。

 

「あそこまで大きいのは滅多にないな」

「そうなの?」

「あぁ、まずいかもしれないな」

「……アホとは言え怪我をさせるわけにはいかねぇか。お前も手、貸せよ」

「わかっているさ」

 

 ククールが弓、シェルトは剣、ヤンガスは斧を構える。ゼシカは、直ぐに呪文を唱えられるように魔力を高め始めた。 三人で戦っていた相手より格上だということは、遠目からでも理解できる。故に、シェルトの力を借りたほうがいいとククールは判断した。

 

 既にチャゴスが近くへと進んでいるが、アルゴリザードはまだのんびりと顔を洗っている。

 ゆっくりと四人も近づく。アルゴリザードがこちらに気が付く前に、ククールが弓を引いた。

 

「シギャアァ!」

「うわっ!」

 

 ククールよりも前にいたチャゴスは驚き、転ぶ。その前にシェルトが立ちはだかった。

 

「せめて一太刀くらい当ててくださいよ」

「わ、わかっている! いちいちうるさいっ」

「全く……」

 

 弓を当てたことでアルゴリザードはククールを標的に選んだようだ。チャゴスの側を通りすぎるが、見向きもしない。

 

「王子」

「い、行けばいいんだろ……くっそ……えいっ!」

 

 キン。

 アルゴリザードはドラゴン種族でもあり、皮膚は硬い。短剣を持ち、斬りかかったが逆にチャゴスの腕が硬さに跳ね返されてしまった。

 

「うわっ」

 

 尻餅をつき、思わずチャゴスは腰をさする。一方の攻撃されたアルゴリザードは、チャゴスに構うことなくククールの方へと向かっていった。掠りもしない攻撃に、気が付いていないのだろう。

 

 ゼシカは向かってくるアルゴリザードに対し、まずはヤンガスとククールにバイキルトを掛ける。物理攻撃が苦手なゼシカは一端距離を取った。

 

「……来るぜ」

「わかってるさ」

 

 ヤンガス、ククール双方ともに力を溜める。ククールは既に剣へと武器を持ち替えていた。弓よりもダメージを与えることができるからだ。

 チャゴスが転び、シェルトも剣を構えたのが見えたと同時にククールがとびかかった。

 

「くらいな、火炎斬り!」

「兜割りだっ!!」

 

 脳天目がけて二人が斬りかかる。流石に硬いが、傷つけられないほどではない。額に一撃を食らわせると、アルゴリザードは尻尾を向け、地面に降り立とうとした二人を払った。

 

「ぐっ」

「がはっ」

「ククール、ヤンガス!」

 

 太い尻尾が二人を捉える。そのまま後方に立っていた木へとたたきつけられた。腹部に直撃したのか、ククールは腹を押さえながら、瞬時に回復呪文を唱えていた。

 だがヤンガスは息を整え、すぐに立ち上がる。打たれ強いヤンガスだからこそ耐えられたようなものだ。それでも口から血が出ていることから、かなりのダメージを受けていることに変わりはない。

 

 ゼシカに回復呪文は唱えられない。シェルトも呪文は唱えられない。このパーティでは、ククールが回復を担う必要があった。

 

「おい、お前は下がれ」

「……シェルト」

「回復役が倒れれば、一気に勝機を失うだろ。俺ととんがり頭が前に出る」

「……わかった。援護に集中するぜ」

「頼んだ」

 

 倒れたククールの側にはいつの間にかシェルトがいた。腕を支えククールを立たせると、シェルトはアルゴリザードへと駆け出していった。

 チャゴスはどうしたのか辺りを見回せば、木の陰で様子を見ているようだ。身体が震えているのがここからでもわかる。

 

「本当、こんなんで儀式を終わらせていいのかよ。この国は……」

 

 こんな形で終わらせても何にもならない、ククールはそう思っていた。この依頼はあくまで自分たちの課題をクリアするためにもの。しかし、あんな様子を見せられて、一人で行ったと信じている民を騙す形になっても胸を張ることができるわけがない。普通ならば。

 

「っと、今は集中だったな……」

 

 思考を一旦やめ、ククールは回復呪文の詠唱準備に入る。前衛が負傷すれば、その度に傷を癒すのが僧侶の役割。

 まずは負傷しているヤンガスの側へ行き、タイミングを見計らって回復をしなければならない。

 ヤンガスが再びアルゴリザードに吹き飛ばされたのをみて、ククールは駆け寄り回復呪文を掛けた。

 

「……ベホイミ」

「助かったぜ」

「援護する。さっさと行けよ」

「合点!」

 

 ヤンガスを見送り、顔を挙げるとゼシカと目が合う。ゼシカは崖の上に登っていた。そこから呪文を唱えるようだ。呪文は恐らく炎系だろう。

 

「……俺には風系しか攻撃手段ないんだけどな、ったく」

 

 呼応するようにククールも魔力を溜め始める。準備ができたところで、ゼシカを見ると彼女が頷くのが見えた。

 

「メラミっ!」

「行くぜ、バギマ!」

 

 ゼシカの炎がアルゴリザードへと放たれ炎に包まれたのを見計らって、すさまじい風の刃が皮膚を切り裂いていく。同時に放ってもお互いの呪文の効果が相殺されかねなかったため、ククールは遅れて呪文を放ったのだ。

 

 切り裂かれた皮膚を狙ってシェルトが剣を突き立てる。剣を抜くと血しぶきが舞った。

 痛みにアルゴリザードが暴れ爪を立てて、シェルトへと襲い掛かる。キンっと、爪を剣で受け止めるが、力が強いのか押し返すことができていない。

 

「ちっ」

「いまだぜ!! はぁっ!」

 

 アルゴリザードの動きが止まっている間に、ヤンガスが追い打ちをかけた。だが、まだ尻尾が自由になっている。

 ククールも弓に持ち替え、尻尾が動く前に射抜く。傷が既についている箇所を狙ったためか、矢が刺さった。

 

「グワァァァシャァ」

「うぉっ」

 

 尻尾は急所の一つだったのか、なりふり構わず尻尾を振り暴れ始めた。

 

「いまだ! 力を溜めろっ!」

「おうよっ!」

「わかったわ」

 

 ククールの声に全員が力を溜め始めた。アルゴリザードからの攻撃はない。可能な限り力をため、一撃に備える。

 

「行くわよ! メラミ」

 

 まずは、ゼシカが呪文を放つ。

 それを皮切りに、ククール、シェルトと続いた。最後は、ヤンガスだ。

 

「おらぁぁ!!」

「グシャァァァ……」

 

 会心の一撃と言っていいだろう。力尽き、アルゴリザードは倒れた。大きく光に包まれ霧散していった跡には、大きなアルゴンハートが残されていた。

 

「これだ!!」

 

 さっきまで隠れていたチャゴスがちゃっかりでてきて、アルゴンハートを手に取る。他のメンバーは傷だらけで、疲れ果てたのか座り込んでしまっているため、もはや突っ込むこともできない。

 

「僕が求めていたのはまさにこれだ! この大きさならきっと父上や家臣たちも僕を見直すだろう。皆の驚く顔が目に浮かぶようだ。これでアイツも僕を……」

 

 ぶつぶつと言っているチャゴスをとりあえずは放置し、傷を癒すとトロデたちと合流した。

 お礼の一つもないチャゴスに呆れてはいるが、これで解放されることを思えばどうでもいいと思える。城に戻れば解散するのだから、早く戻りたいという気持ちの方が大きかった。

 

 そうしてルーラでサザンビークへと戻り、一行は城下町へと入った。城を出た時とは違い、華やかな音楽が流れ、旗飾りが空を彩っている。どうやらバザーが開催されているようだ。

 

「ようやく戻ってこられたな。それに、もうバザーが始まっていたとはな。よし、城へ戻るのはバザーを見学してからだ。ここからは別行動にする」

 

 言うなりチャゴスはさっさとバザーの中へと入っていってしまった。

 

「全く……俺は殿下のところに行ってくる。まぁちょこっと見て回るくらいならいいと思うぜ、じゃあな」

「おいっ! まったく……アッシだって兄貴のところに戻りたいでがすのに」

「兵士の一人だからな。一緒にいると色々まずいだろうさ」

 

 通りすがりという設定とはいえ、城まで一緒に戻るのは流石にまずいだろう。シェルトが先に戻ることには納得したが、チャゴスが戻らないのは違うはずだが、一緒に戻る必要もないのだ。護衛はあくまで秘密で、表向き一人で行ったことになっているのだから。

 

 とりあえず、城に戻りがてらバザーを見て回ることにした一行は、宿屋の横にある階段の上で怪しげな男と話をしているチャゴスを見かけた。

 

「あれって、チャゴス王子じゃない?」

「だな」

 

 一行がチャゴスへと近づくと、その手にアルゴンハートがあった。目の前にいた男は怪しげな服装をしている。どう見ても盗難品だろう。

 

「おい、チャゴス王子それは──―」

「どうだ、すごいだろう? これほど大きなアルゴンハートがあるなんて。それにこれは本物だ」

「……買い取ったのね」

「そうだ。これなら皆驚くに違いないからな」

 

 それは驚くだろう。だが、事実それはチャゴスがとったものではない。ただでさえ護衛という形で援護をしてもらい、アルゴリザードも倒していないというのに、更にアルゴンハートまでも不正をしようというのか。

 本人の態度から悪気はないのだろうが、もはやこちらからいう気にもならなかった。

 

 喜々として城へと戻るチャゴスを、冷めた目でみるしかなかったのだ。

 同じくその様子を城から見ていたクラビウスがいたことなど、チャゴスには知る由もなかった。

 

 重い足取りで城へと向かうと、そこには見慣れた姿があった。相変わらず服装は王族の恰好だが、今までチャゴスの相手をしていたヤンガスたちにとっては懐かしい顔だ。

 

「お疲れ様、皆」

「レ、レイフェリオ!」

「兄貴~!!」

 

 こうしてようやくパーティが合流できたのだった。

 

 




戦闘描写というより、ほぼククールでした。
チャゴスはやっぱり嫌な奴でした。原作を再びやり直してましたが、本当に嫌いですね。
そして、最後に少しだけですが久々主人公です。やっと戻ってきた感があります。

寄り道長くなっていますが、まだ続きますのでどうぞお付き合い下さい。


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レイフェリオとチャゴス

お披露目の話です。
ここからまたオリジナルルートになります。主人公が戻って来ました‼


 レイフェリオと合流した一行だったが、チャゴスが先に戻っているということで共に謁見の間まで行くこととなった。

 

「大変だったようだな」

「本当にな……」

「困ったちゃんで仕方なかったわ」

「おっさんもよく堪えていたでがすよ」

「トロデ王が……それは、申し訳なかったな」

 

 積もる話は色々とあるが、ここは城内で兵士やそれ以外にも沢山の人たちがいた。レイフェリオを見るなり、頭を下げていくので、サザンビークの国民なのだろう。流石に一人一人の顔は覚えていないのでレイフェリオにもわからない。だがそんな人がいるところで、儀式の話をするわけにもいかなかった。

 

 当たり障りのない会話をしているとすぐに目的の場所へと到着してしまう。

 扉の前にいた兵士がレイフェリオに気がつく。

 

「レイフェリオ様」

「彼らも関係者だ。中に入れてくれ」

「はい、わかりました。どうぞ、お入りください」

 

 兵士が扉を開けると、既にチャゴスが中に降り、貴族らしい人たちが勢ぞろいしていた。

 

「皆はここにいるといい。俺は前に行かないといけないから」

「わかったでがすよ」

「行ってこい」

「ごめん」

 

 レイフェリオは王座の近くへと歩く。どうやら、レイフェリオ待ちだったようだ。指定の位置へとつくと、大臣が話を始める。

 

「ごほん、皆さま揃ったようですな。それではチャゴス王子、我らに王子が持ち帰ったアルゴンハートをお見せください」

 

 チャゴス王子の前には台が置かれていた。それがアルゴンハートだ。かぶせてあった白い布を取ると、そこには手のひらよりも大きいアルゴンハートがあった。

 

「おぉ! 何と大きい」

「これほどの物は見たことがないわ」

「歴代の王が持ち帰った物の中で一番大きいんじゃないかしら」

「あれだけの大きさだ。かなり巨大なリザードが相手だったに違いない」

 

 口々に感嘆の声が漏れる。

 レイフェリオもあれだけ大きなアルゴンハートは見たことがなかった。とはいえ、チャゴスが一人であれを手にいられることができないことは知っている。

 今の状況で、それほど巨大なアルゴリザードを仕留めることができるのか。レイフェリオはそちらの方が気になり、チャゴスを見ていなかった。

 

 反対にチャゴスはじっとレイフェリオを見ている。レイフェリオの近くにいたシェルトはため息を吐き、ナンシーも呆れたようにレイフェリオを見ていたが、当の本人は気が付いていなかった。

 

「ちっ……」

 

 表情の変わらないレイフェリオに不満だったのだろう。チャゴスは思わず舌打ちをする。

 

「ささ、チャゴス王子。貴方の勇気とちからの証であるアルゴンハートをクラビウス王にお納めください」

「いや、よい」

「? 叔父上?」

 

 形式通りに話す大臣の言葉を遮ったクラビウスに、レイフェリオも思考から浮上する。

 クラビウスの表情は硬く、チャゴスの帰還を喜んでいるようには見えなかった。

 ゆっくりとチャゴスへと近づくと、威圧感そのままにチャゴスを見下ろす。

 

「チャゴスよ。これはお前が倒したリザードから得た物であると神にちかえるだろうな?」

「っ……」

 

 一瞬、チャゴスが怯む。

 レイフェリオもクラビウスが何を意図しているのかが理解できていなかった。護衛を頼んだ時点でその質問は否だ。戦闘力がさほどないチャゴスには、触れるのが限界だろう。倒したのは、間違いなくヤンガスたちなのだから。

 だが、ここで護衛をつけたなどと話をすれば、一人で送り出した意味がなくなってしまう。クラビウスはどういった答えを求めてチャゴスに問いかけているだろうか。

 

「チャゴス……仮に協力者がいたとしてもお前が戦ってこれを手に入れたのなら、わしはお前の力を認めるだろう。だが……それ以外の方法でこれを手に入れたのならわしは、お前を認めん。今一度問う。戦って得たのだな?」

「ぼ、僕は……」

 

 誰よりも認めてほしいだろうクラビウスが相手だ。協力者がいたとしても、その場におり戦ったというのであれば、チャゴスを認めるとクラビウスは言う。しかし、それ以外の方法とは……。

 

「まさかっ……」

 

 今はバザーが開かれている。その中には盗品を扱う商人も紛れていることがある。可能性は低いが、アルゴンハートを売っている商人がいるとすれば。

 そこまで考えて、レイフェリオはククールを見た。

 軽くうなずいた彼を見て、レイフェリオは頭を抱えるしかなかった。

 

 公衆の面前で、しかも大臣などの貴族の前だ。文官や騎士たちもいる。この場で、あれが盗品だといえる勇気がチャゴスにあるだろうか。

 ここで嘘を認めれば、城の者からは認められない。嘘をつきとおせば、城の者はチャゴスを称賛するだろう。しかし、クラビウスは別なはずだ。

 あそこまでチャゴスに詰め寄るということは、何か確信があるからに違いない。

 チャゴスがどうこたえるか。レイフェリオは黙って見守るしかなかった。

 

「ぼ、僕は……た、戦いました。これは僕がアルゴリザードと戦って得た物です」

「……そうか」

 

 クラビウスの肩ががくりと下がった。意図した答えを聞くことが出来なかったからだろう。

 

「……大儀であった。お前の力の証、しかと受け取ったぞ」

 

 チャゴスの顔を見ることなく、クラビウスは謁見の間を出ていった。

 

「叔父上……」

 

 お披露目の場が終わると、レイフェリオは急ぎクラビウスを追いかけた。自室にもいなかったため、外の空気をすいにいったのかとテラスへと足をむけると、じっと空を見上げているクラビウスの姿がそこにあった。

 

「……叔父上?」

「っ!? レイ、か……」

「はい」

「変な退出の仕方をしてしまったな。すまなかった」

「いえ、皆興奮していましたから、気にしている人はいませんでした」

 

 チャゴスのアルゴンハートが大きすぎて、興奮がクラビウスの態度の印象を薄くしてくれたのだろう。大臣も特に気にした様子ではなかった。

 

「……レイ。わしは見ていたのだよ」

「え?」

「あやつが商人からアルゴンハートを買い取るのを」

「……叔父上」

「あいつはアルゴンハートを取ってこれなかったのだろうか。だから、商人から……」

「そいつは違うぜ」

 

 クラビウスの言葉を止めたのは、ククールだ。その手の平には、小さいがアルゴンハートが乗せられている。

 

「ククール、それは」

「最後に取ったアルゴンハートだ。一太刀っていうか、一回ぶつけただけだが、確かに剣を向けていた」

「あのチャゴスがか?」

「一応、な」

 

 臆病なチャゴスがアルゴリザードを前に剣を取った。クラビウスとレイフェリオは顔を見合わせる。魔物とすらまともに戦ったことがないのだから、隠れていたのだろうと思っていたが、立ち向かっていったとは驚きだ。

 

「そうか、己一人でなくとも戦ってそれを手にしたのか。ではなぜ商人からなど」

「さあな、より大きなアルゴンハートがあれば見直してもらえると思っていたようだぜ。誰かさんにな」

「誰かだと……っ!?」

 

 クラビウスは思い当たる節があるように目を見開いた。そして、視線をレイフェリオへと落とす。

 怪訝そうに首をかしげるレイフェリオだが、クラビウスは納得したようだった。

 

「そうか……あいつめ。大きさなど些細なこと、素直に差し出せば良いものを」

「叔父上……」

「レイ、お前はどう思う?」

「えっ?」

「チャゴスが小さくともアルゴンハートを持ち帰った。例え、一人ではなくともな。レイはチャゴスにどう声をかける?」

「俺は……」

 

 特に何もないと言ってしまえばそれで終わりだろう。チャゴスとて、レイフェリオに特別何か声をかけてほしいとは思っていないはずだ。

 クラビウスを見ると、そこには何か期待が込められているようにも感じる。

 それが何かはレイフェリオにはまだわからない。だから、素直に思うままを告げた。

 

「正直、チャゴスがアルゴリザードに剣を向けただけで驚きでした。トカゲ嫌いなあいつが、多少形が違うとは言えリザードを相手に近づいたことは進歩だと思います。けれど、王族として……この先トロデーンを担う立場になるものとしてはまだまだでしょう。見栄を大事にする者に、民を守れるとは俺には思えません」

「見栄、か……確かにそうだな。あいつにはまだ妻をめとるなど早いのかもしれん。だがな、レイ」

「はい」

「お前にも言っておく。己を蔑んでいる者にも民を守るには足りない。時には立場を掲げ、周囲を利用するような狡猾さも必要だ」

「っ!」

「わかるな」

 

 こうした反撃をくらうとは思わず、レイフェリオは言葉がでなかった。クラビウスが言っていることはレイフェリオのことだ。王族であることを隠しながら事を運ぼうとしていたことは、幾度となくある。

 チャゴスとは別の意味で、レイフェリオにも足りないものがあるのだ。強いて言うならば二人の異なる点は、それを理解している者と理解していない者だということだろう。

 

「……わかっています」

「ならばよい。それと、アルゴンハートはもらっておくぞ」

「あ、あぁ構わないが」

「チャゴスが忘れた頃に、これをネタに叱ってやるのだよ。いつになるかわからんがな……」

「叔父上……」

 

 悲しげに吐き出した言葉に、レイフェリオは何もかける言葉がなかった。

 そんな様子に気がついたのか、クラビウスは苦笑する。

 

「お前が気に留める必要はない。これはわしの役目だ。少しは気を引き締めてやらねばな」

「……はい」

「すぐに国を出るのだろ? ……無茶をするなとは言わん。だが、必ず戻ってきてくれ」

「叔父上……」

「約束だ。お前はこの国の王となるのだからな」

 

 旅に出ることを認める。そして無事に帰ってくること。クラビウスの想いはレイフェリオとてわかっている。

 レイフェリオは改めてクラビウスへと向き直り、まっすぐに彼を見た。

 

「必ず……」

「……ククールだったな。レイを頼むぞ」

「あぁ」

 

 クラビウスはその言葉にうなずくと、そのまま城内へと戻って行った。

 

「レイフェリオ」

「あぁ、急ごう。時間もそうない」

「ヤンガスたちは宿屋に行っている」

「……支度を終えたら向かう。ククールは先に行っていてくれ」

「わかった。待ってるぜ」

 

 マントを翻しながら去っていくククールを見送り、レイフェリオは自室へと向かっていった。

 

 自室の前まで行くと、そこにはシェルトとナンシーが待っていた。

 

「行くんですか?」

「……あぁ。叔父上からの許可ももらった。奴が去ってから時間も経っている。急ぐ必要があるからな」

「はぁ。頑固なところは相変わらずですね……」

「そうですね。レイフェリオ様、これをお持ちください」

 

 ナンシーが手渡してきたのは、小さな袋だ。

 

「これは?」

「万能薬と特やくそうが入っています。それと、これを身に着けてください」

 

 更に取り出してきたのは、青い石が光っている指輪だった。

 

「ウィニア様が持っていたという命の石を嵌めた指輪です。……ギャリング殿をも手にかけたという相手なのです。何が起こるかわかりません。我々使用人たちの想いをこめてあります」

「……」

 

 命の石は普段の生活の中で簡単に手に入るものではない。そうまでして用意したものにこめられた想いに気付かないほど、レイフェリオも鈍感ではなかった。

 右の中指へ嵌めると、収まるべきところへ入ったかのように指輪が輝いた。

 

「……ありがとう」

「前みたいな旅人の旅装は勘弁してくださいよ。行くなら堂々と、王子として出発してください。仰々しい見送りはしませんから」

「この格好で行けっていうのか?」

「サザンビークの紋章もありますから、身分の証明にもなるでしょう」

 

 サザンビークの名を背負ったまま迎えと、シェルトは言っているのだろう。クラビウスも、利用できるものは利用するという狡猾さも必要だと言っていた。今のレイフェリオには容易にできることではない。

 

「殿下、何度も言いましたが、お立場を理解しているのなら素直に行くべきですよ」

「レイフェリオ様、民を思うのならば、我が国の王太子を誇りに思う心も理解してください」

「……シェルト、ナンシー。わかった。このまま出発することにするよ」

 

 袋を受け取り、踵を返そうとレイフェリオは後ろを向こうとするが、それをナンシーが呼び止める。

 

「それと、お出になる前にチャゴス王子にもお話をしてくださいね」

「チャゴスに?」

「……チャゴス王子は、レイフェリオ様を慕っておられたのですよ。今はひねくれていますが、原因は貴方様にもあるのです。陛下だけでなく、レイフェリオ様もきちんと王子と向き合ってください」

「俺……が?」

 

 考えたこともなかったとレイフェリオは目を丸くする。

 

「やっぱり気が付いてなかったみたいですね、殿下は。あれでも、昔は兄上と呼んでいたでしょうに」

「王子を避けていらした理由は、私どもにはわかりません。ですが、儀式を終え、一歩でも前進したと思われるならば、レイフェリオ様も王子との関係に一歩前進してはどうですか?」

「……別に避けてなんて」

「私の目をお疑いになりますか?」

 

 誰よりも側で世話をしてくれていたのはナンシーだ。他の人ならまだしも、ナンシーが言うのであればそれは本当のことなのだろう。レイフェリオが認めたくなくとも。

 

「……善処する」

「王子はさっき部屋に戻って行きましたよ」

「わかった。顔を出してくるさ」

 

 前回、旅に出るときはろくに挨拶もせずに城を出た。

 今回も同じことをすれば、好い気はしないだろう。何を話せばいいのか考えながら、レイフェリオはチャゴスの部屋へと足を向けた。

 

 ノックをすると中から声が聞こえる。チャゴスだ。

 

「入るぞ、チャゴス」

「えっ?」

 

 まさかレイフェリオだとは思わなかったのか、チャゴスは慌てて振り向いた。

 

「……レイフェリオ。ふん、僕のアルゴンハートには興味がなかったみたいだよな。僕の方がお前のよりも大きかったのが悔しいんだろう」

「チャゴス、俺はこれから旅に出る」

 

 チャゴスの話には応えず、レイフェリオは用件を伝える。旅に出る、と聞いたチャゴスは目を見開いた。

 

「はぁっ!? な、何だよ! 僕の宴には参加しないっていうのか? そんなに不満なのかっ! 僕は──―」

「落ち着けチャゴス。……叔父上から許可が漸くでた。急がなければ取り返しのつかないことになる。お前には悪いと思うが、俺はすぐにでも行かなければならない」

「僕の祝いよりも優先すべきことなのか! やっと儀式を終えて、やっと皆に認められたのに。なんでお前は僕を認めないんだ? どこかで僕を見下しているんだろ? 何も取り柄がない王子だって。王子という立場以外に僕が皆に見られることなんてないんだっ!」

「……チャゴス」

「もういいっ! お前なんてどこにでもいけばいい! 魔物にでもやられてしまえばいいんだっ! あっ……」

「……」

 

 勢いに任せて捲し立て、言いたくないことまで言ってしまった。そういう表情をしていた。無論、レイフェリオも気づかないわけではない。こんなこと言うつもりではない、しまったという顔をするチャゴスを何度も見てきたのだから。

 だが、それを教えてやるほどレイフェリオも賢人ではなかった。

 

「認めてほしいならば、それなりの行動で示せ。ものではなく、行動でだ。アルゴンハートは確かにわかりやすい。だが、手に入れるだけならば王家の山に入らずともできる。違うか?」

「くっ……」

「小さくても、欠片でも良かったんだよ。己の力を試すのが儀式の本来の意味なんだからな。それをはき違えるな」

 

 案に、全てわかっているということをチャゴスにぶつける。買い取ったものでは、本来の儀式とは遠ざかってしまう。アルゴンハートを持ち帰るだけが儀式ではない。その過程にこそ、本来の意味があるのだと。

 

「……一太刀でもリザードに向けたことは褒めてもいい。だが、その後の行動は褒められたものではない。見た物しか信じない王子に、誰がついていくんだ? 誰が認める? 俺は……王族としてその行動を認めることは出来ない」

「……っ」

 

 チャゴスの息を飲む音が聞こえた。

 伝えるのは早かったのかもしれない。だが、それがレイフェリオの本心だった。

 

「お前の言うとおり、俺が魔物にやられて二度と戻ってこない可能性もある。そうなれば、この国を守るのはお前だ。今のお前に、国を民を背負うことができるのか?」

「二度とって……僕はそんなつもりは……」

「……俺にはまだ国を背負う覚悟が足りない。偉そうなことを言っているが、俺とて叔父上に指摘されたばかりだ。もし、お前が叔父上に認めてほしいなら、行動で示せ。万が一、国を背負うことを考えてな」

 

 レイフェリオは重く息を吐くと、チャゴスの部屋を出ていった。何かを言い募ろうと、チャゴスが手を伸ばそうとしていたのは見えていたが、これ以上は更に説教くさくなってしまうだけだろう。

 言い過ぎた感はあるが……。それでも言わずにはいられなかった。そうでなくば、表情に出ていた。チャゴスに気付かれるわけにはいかない。

 

「……本心でなくとも、結構堪えるものだよな」

 

 言葉は刃にもなる。従弟から言われたことに、今までも傷つかなかったわけではないが、今回はより堪えた。

 本気で嫌われているとは思っていなかったが、好かれている訳でもないと、この時のレイフェリオは思っていた。

 

 




想いを詰め込みすぎて、長くなりました。



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トロデとの再会

オリジナルルートでタイトル通りです。
ようやく、ですね。


 気持ちをきりかえたレイフェリオは城を出て宿屋に向かった。宿屋の前にはヤンガス、ゼシカ、ククールが立っている。装備を確認しているところをみると、バザーで装備を整えてきたのだろう。

 レイフェリオに気が付くと、三人が駆け寄ってきた。

 

「用事は終わったのか?」

「ああ」

「ねぇ、レイフェリオ。その格好でいいの?」

 

 旅人の服ではなく、王子服のままでいることを言っているのだろう。

 レイフェリオは苦笑する。

 

「このままでいい。もう身分を隠す必要はない。それに、いざというときはその身分が必要になる場合もある」

「……兄貴」

「と、言われたんだ」

 

 クラビウスや、シェルトらに指摘されたことを白状する。

 当初は着替えていくつもりだったレイフェリオだ。それでも、この服は守備力も高く、戦闘を行うのに邪魔にならないようになっている。今までの旅装よりは、遥かにいいものだ。

 

「だが、その額当てはいいのか? みればすぐにサザンビークの王族だとわかるんじゃないか?」

「……それが目的なものだからな。この重みが俺の責任の重さでもあるんだろうから……今は外せない」

 

 王家の紋章がある額当て。外を出歩くには重いと、毎回外していたものだ。

 それでもこれはレイフェリオだけが身に着けることを許されたもの。外すと言うことは、それを放棄したということになる。王族として旅立つと決めた以上は、外すことはできないものだ。

 

「お前が決めたのならいいが」

「気を遣わせたな、ありがとう」

「ほら、行きましょう。トロデ王が待っているわ」

「兄貴!」

「あぁ、行こう」

 

 レイフェリオを先頭に城門へと向かうと、兵士が敬礼をする。既に事情は伝わっているらしい。

 

「お気をつけて」

「お帰りをお待ちしております」

「あぁ、警護は任せた」

「「はっ!」」

 

 城門が開けられ、外へと出る。

 馬車に乗ったトロデが肩を落としながら待っていた。それすら、レイフェリオは懐かしく思う。トロデに会うのは、国に到着して以来だ。

 

「トロデ王、お待たせしました」

「ん? お、お主レイフェリオか!?」

「はい。叔父上の許可もいただきましたので、同行します」

「そ、そうか……それにしても」

 

 トロデは御史台から降り、レイフェリオを見回す。じっくりとみられ、レイフェリオは思わず後ずさった。

 

「あの、王?」

「あ、いや。こうしてみると、王子だということを認識しておったのだ。にしても、チャゴス王子とは全く違う衣装なのだな」

「俺は戦闘を行いますので、動きやすい服装にしてもらっているんですよ。チャゴスや叔父上は、そういったことは苦手なので、必要ないんです」

「なるほどのう……」

 

 納得顔のトロデだが、チャゴスの名が出たことで、レイフェリオはやらなければいけないことを思い出す。

 膝をつき、トロデの目線に合わせた。

 

「……チャゴスが色々と迷惑をかけたようで、申し訳ありません」

「レ、レイフェリオ!?」

「何をしでかしたのかはわかりませんが、王や姫に迷惑をかけたことはわかりますので。サザンビークを代表して、謝罪します」

「……王子は何も知らんのだ。致し方ない。それにお主が頭を下げる必要もないわい」

「王……」

「そうじゃな……姫にはお主から声を掛けてもらえるかの」

「えぇ、構いません」

 

 立ち上がると、レイフェリオはミーティアの顔へと近づく。言葉は話せないが、こちらの言葉はわかるのだ。チャゴスが何を言ったのかはレイフェリオにはわからない。それでも傷つけられたのであろうことは、ミーティアの表情から理解できた。

 

「姫……従弟が失礼をしました。知らぬこととはいえ、姫を傷つけたことお許しください」

「……ヒン」

 

 頭を下げ騎士の礼を取ると、ミーティアが顔を近づけその頬に触れる。

 言葉が話せないミーティアなりの意思表示なのだろう。

 

「……ありがとうございます、姫」

「ヒン」

 

 チャゴスは知らなくとも、レイフェリオはトロデ―ン国の王と姫だということを知っている。事情が事情なので国家間の問題になることはないだろうが、それでも王家の人間として誠意を見せる必要がある。

 トロデもミーティアも、それを受け入れてくれた。今はそれで十分だ。

 

「さて……ではゆくとするか」

「それはいいけどよ……兄貴、どこに行くんでがしたっけ?」

「あんたは……船を取りに行くんでしょう」

「あ! そうでげした。ってことは荒野に行くんでげすか?」

 

 パルミドの情報屋の話では、荒野に古代の魔法船があるということだった。そこへ向かうのかと聞くヤンガスに、レイフェリオは首を横に振る。

 

「トロデ―ン城に向かおう。荒野の荒れた船なら、以前見たことがある。調べてみたが、何も変わったことはなかった」

「……なるほどな。近くにあるトロデ―ンなら何か情報があるかもしれないってか」

「そういえば、ベルガラックでそんなことをトロデ王が言っていたわね」

「あぁ。トロデ―ンへもルーラで行ける。時間を無駄にしている暇もないからな。すぐに向かおう」

「合点でがすよ、兄貴」

 

 ヤンガス、ククール、ゼシカ。そしてトロデも頷くのを確認し、レイフェリオは呪文を唱えた。

 

「ルーラ!」

 

 詠唱されるとともに、光に包まれ一行は呪われた城へと向かっていった。

 

 

 




短いですが、次回からは地方が変わるのでいったん区切ります。
トロデ―ンへいよいよ出発しました。


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【幕間】残された者

チャゴスが王家の山に行っている間の主人公の話です。
色々詰め込みました・・・。


 ククール達を見送ったあと、レイフェリオは自室に赴き、留守中に引き継いであった執務内容についての報告を受けていた。

 

 成人を迎えれば、即位することが決まっているレイフェリオは、既に王の公務をいくつか任されていたのだ。旅の間は、それもすべてクラビウスが行っていたが、その内容については知っておかなければならない。

 皆が戻ってくるまでの間、その確認に時間を費やすことにしたのだ。

 

 机の上に積み重ねてある書類を読みふけっていると、久々のことだったからか目が疲れてくるのを感じて右手で瞼を押さえる。

 

「お疲れの様子ですね、レイフェリオ様」

「? イアン?」

「はい。そろそろお昼時ですから、呼びに参ったのです。どうされますか? ここへおもちした方が宜しいでしょうか?」

「……そうだな。そうしてくれると助かる」

「畏まりました。すぐにご用意いたします」

 

 優雅に腰を折ると、イアンは部屋を出ていく。

 以前は当たり前だった光景だが、こうして目にすると随分と懐かしく思える。

 今頃、チャゴスを相手に頑張っているだろう仲間を思えば、休んではいられない。念のためとシェルトを使いに送ったが、それでも不安はぬぐえなかった。

 王家が管理しているとはいえ、あそこには魔物もいる。この辺りの魔物の狂暴化の影響が山にも出ていないとは限らない。そのあたりも見てくるようにシェルトには頼んだが、それ以上にチャゴスの扱いに苦労するだろうからの援護でもあった。

 あれでいて、シェルトはチャゴスの扱いには慣れている。幼いころをよく知っているということもあり、チャゴスはシェルトには口で勝てたためしがないからだ。

 これで多少、仲間の負担は減ると思うが、実際戻ってくるまでどうなっているかはわからない。ただ待つということが、これほどもどかしいとは思っていなかった。

 

「……同じことを俺は皆に強いているのかもしれないな」

 

 戦えるのに戦えないというもどかしさは、今までも感じたことはある。魔物の討伐隊の指揮を執った時も、最後まで攻撃に加わらせてはもらえなかった。

 それも当然のことだと、今では理解もしているが、当時は自分ができることをやれないのが悔しかったのを覚えている。後に、クラビウスに強く叱られたのも懐かしい思い出だ。

 次代の王となるべく育てられたためか、クラビウスもレイフェリオにはそれなりに厳しかったように思う。それに比べて、チャゴスに対しては叱っているような場面は見たことがなかった。

 どういう意図かはわからないが、実の子と兄の子という違いなのだろうと、何となく感じていたが……。

 

「このままいけば、チャゴスは姫と婚姻を結ぶ。トロデ―ンに婿としていくことになるだろう。それが祖父様の願いだというが……あのままでは迷惑しかかけないだろうな」

 

 ミーティアとは呪われる前に少し話した程度だ。人柄も把握しているわけではないが、ただの弱い姫のようには見えなかった。一国を治めるべく育てられたという点では、レイフェリオと変わらないはずだ。

 湖でみた印象から推測するに、一人娘だというのだから甘やかされたと思っていたが、そればかりではないようにも思えた。大した話もしていない状態では、何とも言えないのだが……そう言った雰囲気をミーティアに感じたのは事実だった。

 

「ミーティア姫……か」

「あら? レイフェリオ様ともあろう方が、他の姫君のことをお考えなのですか?」

「っ!?」

 

 突然掛けられた声に、レイフェリオは慌てて立ち上がり振り向く。そこにいたのは、ナンシーだった。

 

「ナ、ナンシー!?」

「ノックはしましたよ。何かをお考えの様でしたから聞こえなかったのでしょう。昔から、レイフェリオ様は思考に耽ると周りの声は聞こえないのですから」

「す、すまない……」

「食事の用意が出来ましたので、準備しますね」

「あぁ……頼む」

 

 ダイニングほど広くはないが、食事するには申し分ない程度のテーブルが自室にはあった。そこへ並べられていく料理を見ながら、レイフェリオは息を吐いた。

 

「……レイフェリオ様、一体何を考えておられたのです?」

「え?」

「ミーティア姫……チャゴス王子の婚約者の姫君だったはずです。何故、その方のことを? 旅の途中でお会いしたのですか?」

「……あぁ。トロデ―ンにも行ったからな」

「レイフェリオ様がお気になさるくらいなのですから、美しい方でしたのですね。それで気になったのですか?」

「随分と直球だよな」

「うふふ。それでどうなさったのです?」

 

 敵わないとばかりにレイフェリオは苦笑する。対するナンシーはどこか楽しそうだ。

 

「そういった意味じゃない。ただ……チャゴスがあのままだと姫に迷惑がかかる。本当に話を進めるのなら、あいつを何とかしないとな、と考えていたんだ」

「……トロデ―ンの姫君のため、ですか?」

「……何が言いたい?」

 

 レイフェリオの視線が冷たくなる。一方でナンシーは気に留めることもなく、やわらかく微笑むだけだ。

 

「他国の姫君のことをお考えになるなど、貴方様のことを知っている人ならば誰でも不思議に思いますよ。それほどまでに気になさる方ならば、もしや、と」

「俺が、姫に惹かれていると?」

「違いますか?」

「……違う。そういった感情は俺にはない。分かっているはずだ」

「レイフェリオ様が気が付かれていないだけということもありますよ」

「大した話をしたこともない相手に、そのような感情を抱くはずがないだろう」

「あら、恋に時間は関係ありません」

「ナンシー……」

「ふふふ。本当に違うのならば、不用意に名を呟くなどなさらないことです。アイシア様がお聞きになれば、悲しむでしょう」

「……わかっている」

 

 からかわれただけだとわかると、ややむきになっていた己に恥ずかしさが満ちてくる。

 母親代わりだったナンシーには、結局口では敵わない。これでは、シェルトとチャゴスの関係と同じだ。

 

「アイシア様は、本当にレイフェリオ様をお慕いしておられます。無下になさいませんように」

「……法皇の意向だから、か」

「国との取り決めですから。お父上は愛する人と結ばれましたが、それは婚約者がおられなかったからです。既に婚約者がおられる身では、それができませんことご理解しておられるとは思いますが……」

「あぁ……」

「それでも……どうしてもというならば、私たちもお力になりますけれど?」

「叔父上を敵に回すだけだ。それに……俺は別にそういった相手はいない」

「それならばよいのです。でも、いつ何時そのようなことがあるやもしれませんから。それでも私たちは、レイフェリオ様のお味方です。貴方様の幸せを願っておりますよ」

「……そうか」

「はい。多少の我儘が合った方が、私たちは嬉しいのです。ほら、よく言いますでしょう。手のかかる子ほどかわいいと」

 

 茶目っ気たっぷりに言うものだから、思わずレイフェリオも笑ってしまった。

 その様子にナンシーも目を細める。

 

「やっと笑ってくださいましたね。本当、アイシア様はレイフェリオ様をよく見ていらっしゃいます」

「アイシアが?」

「あの方はいつでも心配なさっておいでです……ですがもうじきお帰りになるそうです。お見送りをなさってはいかがですか?」

「……そうだな。食事をしたら伺うと伝えてくれ」

「はい。かしこまりました」

 

 食事のあと、アイシアと街を再び回り、船着き場まで彼女を見送った。

 淋し気な表情には気づかないフリをすることしかレイフェリオには出来なかった。

 

 その日の夜。

 

 月が出た頃に、レイフェリオはテラスへと足を踏み入れた。

 風が頬を撫でるように通り過ぎていく。

 

『……魔力が乱れていますね』

「!? お前は……」

『この地に戻ってきてから、力が不安定になっています。何を迷っているのですか?』

 

 久方ぶりに聞く声だった。

 レイフェリオを知っているようだが、こちらには身に覚えがない声。それでいて懐かしい気持ちになるのが不思議だった。

 

「……迷っている、か」

『……』

「違う、んだろうな。この地に戻ってきて、俺はどれだけ周りに支えられていたのかを気づかされた」

『そうですね……貴方はこの国に、民に愛されています』

「俺の力に恐怖を抱いている者も含めて、俺は護っていかないといけない。けど……俺はあの恐怖におびえた目を見せられる度に、逃げてきたんだ」

 

 レイフェリオが暴走した時に居合わせた兵の一部には、顔を合わせるたびにその瞳が恐怖へと染まっていく。もうあの時ほど子供ではないし、制御もできる。それでも、再び同じようなことが起こるのではと、恐怖が消えないのだろう。恐怖の色を認識するたびに、あの日を思い返すようでレイフェリオ自身も避けてきた。

 目を向けられるのが嫌で、訓練に没頭したこともある。城に居れば、恐怖を抱かせてしまうのなら、出たほうがいいと考えたことも一度や二度ではない。

 

「このまま王となってもいいのか。何度も考えた……結局、俺はこの立場から逃げきれなかったわけだけど」

『……王太子という立場を捨てたいのですか?』

「わからない。国を、民を護りたいと思う。俺の力を掛けて……だが、王という立場は俺には重すぎる」

『王、ですか……人間の王の形は知りませんが、人とは迷うもの。王であろうとなんであろうと、貴方は貴方でしかありません。巫女姫は、そう貴方に伝えませんでしたか?』

 

 ふとアイシアの顔が脳裏によぎった。言葉は違うが、レイフェリオの力を見せたときの彼女の心は、確かにレイフェリオへ安らぎを与えてくれた。

 

「……言葉は違うが、アイシアなら言いそうだな」

『……覚悟、できましたか?』

「……さぁな」

 

 悩みを吐くことすら、レイフェリオにはできなかった。そういった意味では、いまここで話をしていることがそれに当たるのかもしれない。

 これ以上逃げていても何も変わらない。前に進まなければいけないのだ。

 チャゴスが儀式へと出発し、進んだように。

 

「……ふぅ」

『安定してきましたね……少しは吹っ切れましたか?』

「お蔭様でな。お前は一体、何者なんだ?」

『……もう少しです。……貴方の一番近くにいますよ……』

「近くって……」

『魔力を放てば、大気すらもその命に従います……それが貴方の力。竜神族の力です』

「竜神族……母上、の……お前はまさか……」

 

 答える声はなかった。

 声の主は一体誰なのか。近くにいるといっても、周囲に人の気配はない。

 

 レイフェリオはただ、月を見上げていた。

 

 




主人公の心情が中心のお話でした。

次回はトロデーン編です。


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トロデ―ン地方
呪われた城


ここからトロデ―ン編になります。オリジナル要素あります。
戦闘描写はありません・・・。


 一行が運ばれた先は、トロデ―ン城の前。

 なのだが、その光景に一行は言葉を失う。

 

「……」

「……ここがトロデーン城、でがすか?」

「あぁ。……もう、あの時の面影もなくなってるがな」

 

 外からでもその異様な光景が見てとれる。呪いのためか、城全体が闇に覆われているようだ。

 城門までくると、その扉には荊が巻き付いていた。

 

「出るときはなんとかなったのだかの。ここまで荊が侵食しておったか」

「みたいですね」

「開けてみるでがすよ」

 

 ヤンガスが扉に手をかけ押してみる。だが、イバラが巻き付いた扉はびくともしない。

 

「ヤンガス、俺がやる」

「兄貴?」

 

 レイフェリオの声にヤンガスはその場を譲る。

 レイフェリオは扉に手をかけると、瞳を閉じ魔力を集中させる。

 

「……」

 

 やがてレイフェリオが目を開けたと同時に魔力が炎となりイバラを焼いていく。

 扉を封じていたイバラは焼け落ち、手を掛ければ簡単に開いた。

 

「これで中に入れる。行こう」

「……」

 

 目の前の光景に呆然としているメンバーを気にすることもなく、レイフェリオは中へと入っていった。

 

「あ、待ってくだせえ! 兄貴―!」

 

 我に返ったヤンガスが慌ててそれを追う。

 

「何……今のは……」

「……魔力をただ解放したように見えたな」

「それくらいは私にもわかるわよ。呪文も唱えずに炎を出すなんて……初めて見たわ!?」

「……といか通常そんなことはできない。言霊を発することで力は解放される。だから俺らに聞こえなかっただけかもしれないけどな」

「それはそうかもしれないけど」

「気になるなら聞いてみればいいだろ? それより行くぜ」

「え、えぇそうね」

 

 呪文は言霊を必要とする。ゼシカも勢いに任せて叫ぶことで呪文を放ったこともある。だが、それ以外の方法で魔力を溜めこんだ時は、制御が効かずに暴発してしまったこともあるのだ。以前、レイフェリオに怪我を負わせたときのように。

 何かからくりがあるのかもしれないが、少なくとも今の芸当はゼシカ、そしてククールにもできないということは確かだった。

 

 二人もヤンガスの後を追う。今回はトロデもそれに続いた。自国の城がどうなったのか気になるようだ。

 

 扉の先を進むと見えてきたのは、かつて庭園だった場所だろう。

 イバラが辺りを埋め尽くし、その面影もない。花もすべて枯れ、周囲には魔物も徘徊している。

 

「美しかった我が城のなんと荒れ果ててしまったものか……これもすべてドルマゲスによる呪いのせいじゃ」

「おっさん……」

「わしらの旅はあの日、我が城の秘宝が奪われたことから始まったのじゃったな……」

 

 過去の日々を思い返すようにトロデが話始めた。

 あの日、この城が呪いに包まれたその日のことを……。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 日が沈み夜を迎える頃、トロデは最上階の照らすから空を見上げるミーティアを見つけた。

 

「姫や、星を見るのも良いが外は冷える。そろそろ部屋に戻って休んではどうじゃ?」

「ええ、お父様。今参りますわ」

 

 そうしてミーティアを伴い、自室へと送ろうとした時だった。封印の間の見張りをしていた兵士が倒れているのを見つけたのだ。

 焦ったトロデは、直ぐに駆け寄る。

 

「どうしたのだ!? 何があった!?」

「うっ……」

「誰かっ! 誰かいませんか!? 医者を呼んでください!!」

 

 ミーティアは大声で叫ぶ。その間にも兵士へと声をトロデはかけ続けていた。

 

「しっかりしろ。何があったのだ!」

「お、王様……何者かが……こ、この上の封印の間に……ぐっ」

「封印の間じゃと!!? ま、まさか、アレを狙う者が!」

 

 兵士の言葉を聞き、トロデは急ぎ封印の間へと続く扉を開ければ、そこには同じく倒れている兵士の姿があった。襲われたことは一目瞭然だ。何者かがこの先にいる。恐怖はないわけではないが、確かめなければならない。震える拳を握り、意を決して向かおうと足を踏み出す。

 

「待ってください、お父様。賊がまだ潜んでいるかもしれません。お一人では危険です」

「いや、もしアレが……あの秘宝が狙われているのだとすれば、こうしてはおれんのじゃ」

「お父様……では、私もご一緒します」

「駄目じゃ、危険すぎる。お前になにかがあれば──―」

「私もトロデーンを継ぐもの。覚悟は出来ております」

「ミーティア……」

「さぁ、参りましょう」

 

 迷いのあるトロデを置いて、ミーティアは先に階段を上っていった。

 その後ろ姿にトロデはしばし動くことができなかった。しかしふと我に返り急ぎ後を追う。

 

 ミーティアに追いつき、階段を上りきるとそこには一つの影が見えた。封印が施された魔法陣の中に立ち入ろうとしている。

 思わずトロデは叫んでいた。

 

「ここで何をしておるっ!? その杖に触れてはならぬ!」

「こ……これはトロデ王に、ミーティア姫。よもや貴方がたに見つかってしまうとは」

 

 振り向いたその人物は、城へ滞在していた道化師のドルマゲスだった。

 

「しかし、その慌てよう。やはりこの杖は噂通りのチカラを持っているのですね?」

「……貴様、我が城に近づいたのはその杖が目的だったのか!?」

「さすがは王様。話が早くて助かりますよ。このトロデ―ン城の奥深く封印されし、伝説の魔法の杖は持ち主に絶大なる魔力を与えるとか……」

「それをどうするのですか?」

「ふふふ、私はこれをもって究極の魔術師となる。そして、私のことを馬鹿にしてきた愚民どもを見返してやるのだ」

「愚かな……その杖はそのようなものではありません。決して解き放ってはならぬものなのです」

「……気高き姫君よ。既に賽は投げられた。止めても無駄ですよ。クックックック」

「貴様っ!」

 

 笑みを浮かべながらドルマゲスは、杖へと手を伸ばす。封印の役割を果たしていた鎖を引きちぎり、杖を抜く。すると魔法陣が光を放ち、魔力が迸った。

 

「きゃっ」

「くぅ……うわっ」

 

 力に推され、トロデは壁へと吹き飛ばされる。

 

「さぁて、それでは早速この杖のチカラを試させていただきましょうか」

「おやめなさい。力に溺れてしまえば、その先に待つのは破滅だけです」

「この期に及んで戯言を。それは予言ですか?」

「いえ。予言ではおりません。そう確信しています」

 

 ミーティアはまっすぐにドルマゲスを見据える。一国の姫君たる心がそうしているのか。一歩も引く様子はない。

 

「クックック。ならば、貴方で実験をさせてもらいましょう」

「ひ、姫ー!?」

 

 ドルマゲスが杖を構え、矛先をミーティアへと向けた。杖の先から魔力が放たれ、禍々しい光がミーティアを襲う。トロデはすぐに立ち上がり、ミーティアの元へと急いだ。

 だがミーティアは、魔力をそのまま受けることとなった。

 

「うっ……」

「おや? もっとすごい力を発揮するかと思ったのに……」

 

 魔力を受けたミーティア、そしてミーティアを庇おうとしていたトロデは、それぞれ馬、魔物へと姿を変えて意識を失ってしまっていた。

 これにドルマゲスは脱力する。

 

「姿を馬や魔物に変えただけか。この程度の呪いしか使えないとは、期待外れだな……。ん?」

 

 ドルマゲスが地面へと視線を向けると、魔法陣が未だ淡く光っているのがわかる。恐らく、魔法陣の効力はまだ続いており、封印の力によって杖自身の力が制限されているのだろう。

 そう推測したドルマゲスは、魔法陣を出て、そのままテラスの方へと歩いていった。

 

 外へと出た道化師は、杖を掲げ叫ぶ。

 

「さぁ杖よ。お前の真のチカラ、我が前に示して見せろっ!」

 

 声に呼応するかのように、杖からあふれんばかりの魔力が輝く。

 

「おぉ、このあふれんばかりの魔力。なんと素晴らしい! ……お? おぉ……これは……お、抑えきれない……おぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 ドルマゲスの身体から魔力があふれ出し、イバラが城を包み始めた。

 ちょうど目を覚まし封印の間の魔法陣の中にいたトロデは、魔法の効力によりイバラに包まれることはなかった。同じくミーティアも魔法陣の中で意識を取り戻す。

 

「な、何じゃこれは……?」

 

 混乱するトロデたち。その中で、ドルマゲスの高笑いだけが響いていた。

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

「……あの時、わしらは陣の中におったから無事だったのじゃろうな。だが、なぜレイフェリオも無事だったのだ? いや、無事でなければ今頃わしらもただではすまなかったかもしれんが……」

「そう、ですね。……俺にも良くわからないんですが」

「兄貴もこの場にいたんでがすよね?」

「あぁ……城を出ようと思っていたところだったんだが、異様な魔力を感じて中に戻ったんだ……」

 

 夜になったにも関わらず、外に出ようとしていたとは危険なことだろうが、旅を続けてきたレイフェリオにとっては大したことではなかったのかもしれない。

 

「突然、イバラが襲ってきたのには驚いた。だが、俺の前で弾き飛ばされていったんだ」

「呪いが効かないってこと? ……そんなこと普通ない、わよね?」

「……昔から呪いの類に影響を受けた試しがない。理由は……俺にはわからない。だが……」

「だが、何だよ?」

「……父なら何か知っていたのかもしれない。本当に生まれたばかりの時は……俺も郷にいたらしいから。その時のことは、父しか知らないんだ」

「郷?」

「竜神族の郷だ。覚えていないから、あくまで聞いた話だけどな」

 

 レイフェリオが竜神族との混血児だということは、全員が既に知っている。驚くことではないが、本人から直接聞かされると、どう反応してよいかわからないというのが態度に出ていた。

 それにレイフェリオは苦笑する。

 

「呪いが得意な魔物は、俺が前にでる。その方が安全だからな」

「レイフェリオ……」

「……わかった。任せるぜ」

「あぁ」

「そういえば、城の中で船のことを調べるって、どこに行けばいいんでがすか?」

 

 珍しくヤンガスが軌道修正に入る。確かにここにきた目的は、魔法船について調べることだ。

 

「城の図書室は、左手にある建物じゃが……イバラに包まれておるからの」

「空いている扉から入るしかないのかしらね」

 

 トロデが示す図書室は、入り口がイバラで潰されている。入り口から入ることは難しいだろう。一度、城の内部へと入り、図書室へと続く道を探した方が良さそうだ。

 

 一行は右手にある扉から城内へと入ることにした。

 城内には、呪いで身体がイバラとなった兵士、侍女などがそこにあった。温もりが感じられるのは、まだ生きている証拠だろう。呪いが解けるまでは、彼らを解放することはできない。

 呪われた彼らを見るたびに、寂し気に表情を曇らせるトロデが痛々しかった。

 

 魔物は城内にもおり、戦闘をこなしながらようやく王座の間までたどり着く。

 

「随分と遠回りさせられている気がするわね……」

「仕方ないじゃろ。……そこの通路を右へと進めば奥に扉があるはずじゃ。そこが図書室に繋がっておる」

「ったく、狭い場所で戦闘はきついぜ……」

 

 ヤンガスがいうのはもっともだった。ダンジョンと変わらぬ狭い空間での戦闘は、気を張りながらのものとなる。面倒なのは確かだった。

 囲まれさえしなければ、非戦闘要員がいる場合は護りやすい場合もあるのだが。

 

「ん? おい、あそこじゃねぇか?」

 

 ククールが指し示す扉。トロデが駆け寄り、扉を開けるとすぐに本棚が見えた。どうやら、ここが図書室らしい。

 

「よし、手分けして探そう」

「合点でがすよ、兄貴」

「荒野の船に関するものでいいのよね?」

「だな……俺はこっちから調べるぜ」

 

 本の数も多いので、手分けして本を探す。

 どれくらい探しただろうか。そろそろ夜も更けてきそうなほど時間が経った頃、ようやく一冊の本を見つけることができた。

 

 

 




ちょこちょこセリフが原作と異なっています。
ミーティアの性格が違うせい・・・でしょうね。


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二度目の出会い

イシュマウリイベントです。


 見つけた本を一通り読むと、トロデはため息をついた。

 その内容は、結局荒野が以前は海だったということがわかったくらいで、それ以上の情報は得られなかったからだ。

 

「これではどうしようもないわい。今もあそこが海ならば何の苦労もしないのじゃが……」

「それなら、俺ら以外に既に目をつけているはずだ。どうするレイフェリオ?」

「そうだな……!? この気配は……」

 

 ふと月の光がイバラに包まれ壊れていた入り口を照らし、影を作っていた。影のかたちはまるでその存在を知らせるかのように伸びていき、壁へ窓を作った。この窓に、レイフェリオたちは見覚えがあった。

 

「これって、あの丘にもあった……」

「あ、兄貴!?」

 

 驚くゼシカ、ヤンガス。

 窓の奥からは、あの月の気配が感じられた。どうやら再び、あの月の使者へと窓が繋がったようだ。

 

「どうする、レイフェリオ?」

「……行ってみる価値はあるだろうな」

「そういうと思ったぜ……」

「アッシも行きやすぜ!」

「勿論私もね」

「……王」

「……何やらわからんが、行ってくるがよい。姫を置いてゆくわけにはいかんからの」

「わかりました。すぐに戻りますので、お待ちください」

 

 トロデを残し、四人は影が形作った窓へと手を伸ばした。

 あの時と同じく、光が四人を包み込み、次の瞬間には月の世界へと来ていた。

 

「不思議な場所なのね……」

「あの奥に彼がいるはずだ。行こう」

 

 光景に呆気にとられている三人だったが、レイフェリオは二回目ということもあり、まっすぐに部屋へと向かっていった。慌てて三人も追いかける。

 

 ノックをして部屋へと入る。奥の方に人影が見えた。

 

「イシュマウリ」

「ん? 誰かお客人かな?」

 

 声を掛けるとイシュマウリが歩いてこちらへと向かってくる。レイフェリオに気が付くと、一瞬驚きに目を開くのが見えた。

 

「どうかしましたか?」

「いや……月影の窓が人の子に叶えられる願いは生涯で一度きり。再び窓が開くとは珍しい。やはり、貴方は不思議なものを持っているのかもしれない」

「……」

「さて……いかなる願いがここへ導いたのか、話してごらん」

「荒野に打ち捨てられた古代の船があります。かつてそこは海だったそうですが、そのことを調べていたらこの窓が開いたのです」

「なるほど。あの船なら知っている。かつては月の光の導くもと、大海原を自在に旅した。覚えているよ。それを再び海の腕へと、あの船を抱かせたいというのだね。それならたやすいことだ」

 

 古代の船のことを覚えている。それならばイシュマウリはその時代を知っているということなのだろう。月の世界とは時間の流れが異なるのかもしれない。どちらにしても、イシュマウリが船のことを知っているのなら話は早い。

 

「船を動かせるんですかい?」

「君たちも知っての通り、あの地はかつて海だった。その太古の記憶を呼び覚ませばいい。大地に眠る海の記憶を形にするのだ」

「大地に眠る記憶……ですか」

「そうだ。こんな風に……」

 

 イシュマウリがハープを奏でる。心地よい音が奏でられているのに、皆耳を傾けていた。

 

 キン。

 

「ん? ……ふむ」

「イシュマウリ? ……弦が」

 

 音楽が途中で止んだ。見れば、ハープの弦が切れてしまっている。

 

「やはりこの竪琴では無理だったか」

「どういうことなんだ?」

「これほど大きな仕事にはそれにふさわしい大いなる楽器が必要のようだ……さて、どうしたものか……」

 

 ハープがなければ、記憶を呼び起こすことはできない。必要な楽器がわかれば取りに行けるのだが……。

 

「取りに行く、か……いや、待て。微かだが、君たちをとりまくその気配……微かだが確かに感じる」

「イシュマウリ、一体何を?」

「そうか! 月影のハープが昼の世界に残っていたとは。あれならば、大役も立派に務めるだろう」

「月影のハープ? それってどこにあるの?」

「地上のいずこかにある。君たちが歩いてきた道、そのどこかに。深く縁を結びし者がハープを探す導き手となるだろう」

「いずこかか……かなり大雑把な情報だな」

「月影のハープがあれば、船を動かせるんですね?」

「あぁ。ハープをもってこれば、すぐにでも荒れ野の船を大海原へと運んであげよう」

 

 深く縁を結びし者。

 旅の間で結んだと言うならば、サザンビークは除外される。トラペッタだとすれば、ユリマ親子か。リーザス村はここにゼシカがいる以上除外してもいいだろう。

 ポルトリンクは特にないし、マイエラ修道院もククールがここにおり、オディロ院長は既にこの世を去っている。

 アスカンタであれば、パヴァン国王。パルミドも除外して良さそうだ。

 

 イシュマウリが昼の世界に残っていた、という表現をしたということは月影のハープは古来からの楽器。

 ということであれば、一番確率が高いのは王国であるアスカンタだ。

 

「アスカンタへ向かおう」

「兄貴? あそこにあるんですかい?」

「そこに向かう理由があるの?」

「……古代の楽器というならば、王家が保管していてもおかしくない。サザンビークにはないし、旅の間に立ち寄ったというならば、アスカンタしかないだろう」

「なるほどな……いいんじゃないか? 行ってみても」

「兄貴がいうならアッシも賛成でがすよ」

「わかったわ。なら、いったん戻ってアスカンタへ向かいましょう」

「あぁ」

 

 目的地は決まった。

 イシュマウリへ挨拶をすると、一行はトロデ―ン城へと戻った。

 

 

 




短くてすみません。
明日の更新はお休みします。次回は、6月7日の予定です。


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月影のハープ入手

アスカンタからドン・モグーラまでです。



 トロデ―ン城に戻ったレイフェリオたちは、事情をトロデに説明すると、すぐさまルーラでアスカンタへと向かった。

 しかし、夜も既に遅いため、城へと向かうのは明日の朝とし、宿屋で一泊してから向かうことになった。

 翌朝、朝一で宿を出る。

 

 アスカンタは広く開放されている城でもあるので、以前と同じようにまっすぐ王座の間へと向かった。

 階段を上がると、以前のような空席ではなく、王として大臣らと話をしているパヴァンの姿があった。

 レイフェリオたちに気が付くと、驚きを露わにする。

 

「あ、貴方がたは!?」

「ご無沙汰をしております、パヴァン王」

「レイフェリオ、殿……? その出で立ちは……」

 

 レイフェリオは苦笑する。以前は、ただの一介の旅人としてまみえたが、今は違う。額にサザンビークの王家の紋章があることを、パヴァンも気が付いたようだ。

 

「その節は挨拶もせず、申し訳ありませんでした。身分を隠しての旅だったもので」

「……では、貴方はやはり?」

「私はレイフェリオ・クランザス。サザンビークの者です」

「サザンビークの王太子殿でしたか……どうりでエルトリオ様に似ておられるわけです。親子だったのですね」

「はい。……父のことをご存じだったことには、驚かされました」

 

 トロデと同じく、パヴァンも名を聞くだけでレイフェリオの立場を理解したようだ。恩人がまさか大国の王子だとは思わなかったようで、隣で大臣がわなわなと震えているのが見えたが、レイフェリオは気づかないフリをした。

 アスカンタに比べても、サザンビークの力は圧倒的だからだろう。身分を隠していたレイフェリオに非があるのだから、そこまで怯える必要はないのだけれど。

 

「ところで、アスカンタへは何か御用がおありでしたのでしょうか?」

「月影のハープという楽器を探しているのです。何かご存じではないかと思い、寄らせていただいたのですが」

 

 月影のハープ。パヴァンは少し考え込むように腕を組んだ。否定をしないということは、心当たりがあるということなのだろうか。

 レイフェリオたちは、パヴァンの答えを待つ。

 

「……月影のハープ……っ!? そうでした。古来より我がアスカンタに伝えられてきたと言われている宝の一つに、そのようなハープがあります。私も実物は見たことはありませんが……」

「国の宝……ってことは、借りることは出来ないのか?」

 

 古くから国に伝わる宝ならば、門外不出。他者へと渡すことはできないのではないかという懸念をククールが指摘する。

 だが、パヴァンは首を横に振った。

 

「……あの日、私を立ち直らせてくださったのは皆さんです。他ならぬ皆さんのためならば、喜んで差し上げます」

「いいのですか、パヴァン王?」

「必要とするものがいるのならば、その方がハープも喜ぶでしょう。城の地下に宝物庫があります。ついてきてください」

 

 そうしてパヴァンが案内したのは、城の正面入り口にある噴水の前だった。

 ここに地下への道があるのだろうか。

 パヴァンは緑色のブローチを取り出した。

 

「それは?」

「このブローチは王家に代々伝われてきたものです。これを……」

 

 ブローチを握りしめるとパヴァンはそのまま水の中へと放り投げた。

 その行動に皆驚きを隠せないが、地面が揺れそれどころではなくなる。

 

 ゴゴゴゴ。

 

 呼応するように噴水は徐々に水位が下がっていく。やがて、水がすべてなくなると中心に穴が空いており、降りるためのはしごがあった。

 

「あの下が宝物庫です。行きましょう」

 

 パヴァンの後に従い、はしごを降りると扉がある。扉を開けるとそこには宝箱があった。すべて開けられた状態で。

 

「なっ!?」

「なんてことだ!? これはいったい……」

 

 放心気味に宝箱へと近づくパヴァン。入り口は今降りてきたはしごしかないはずなのだが、奥には穴が掘られていた。盗まれた、ということだろう。

 見れば、人が通れそうなほどに広く道ができている。盗賊がこの道を使ったことは間違いない。

 城の兵士を集め、盗賊を捕まえると意気込みパヴァンは上へと戻って行った。

 

 残されたレイフェリオたちは、お互いに顔を見合わせる。

 

「兄貴、行くんでげすよね?」

「当然でしょ。盗まれたなら取り返すまでよ」

「だな」

「……あぁ。この先に盗賊はいるだろう。戦闘になる可能性もある。油断は禁物だ」

 

 他の三人が頷くのを見ると、レイフェリオは穴の奥へと走り出した。

 途中で魔物に遭遇するが、軽く蹴散らすと先を急いだ。

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

 奥を進むと城の裏手に出た。辺りをみても、小屋らしき建物はない。

 

「ん? ……あそこに大きな穴が見える」

「穴? ……どこだ?」

「……兄貴、目いいでがすね」

 

 レイフェリオには崖の奥に、大きな穴がみえるのだが、どうやら他の三人には見えないようだ。

 つい言葉に出してしまったことに、レイフェリオは冷や汗がでてしまった。気をつけてはいるのだが、常人には判別できない範囲なのだろう。ククールやゼシカも背伸びをしながら辺りを見回していた。

 

「兄貴?」

「あ……何でもない。崖の下、少しぐるりと回ってみよう」

「あ、兄貴! 待って下せぇ」

 

 早口で伝えるとそのまま急ぎ足でレイフェリオは、穴を目指す。近くに行けば、他のメンバーにも見えるだろう。

 彼らに何か言い訳を言ったところで、納得されないだろうし、こちらが何かを言わなければ問いかけてくることもないだろう。

 ククールやゼシカにはそういう気遣いを何度もされている。

 案の定、何も言わずに彼らはレイフェリオについて来た。

 

 大きな穴の前に着くと、不穏な声が聞こえてきた。穴の中で声が反響しているようだ。

 

「何、この声……?」

「声、なのかよ……俺には唸り声にしか聞こえないぜ?」

「アッシもでがすが……兄貴?」

「くっ……」

 

 嫌悪を招く声に、皆眉を寄せている。一方でレイフェリオは、片手で片方の耳をふさいでいた。耳がいいせいか、よく声が聞こえるのだ。人間の声ではない、魔物の声。決していい響きではなく、塞いでいなければ頭に響くほどの雑音。

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

「……あ、あぁ。何とか」

「お前……耳もいいんだな」

「残念ながら……な……うっ」

 

 再び聞こえる声。両耳を押さえたいところだが、そうすれば戦闘ができない。一刻も早く、盗賊からハープを取り戻したいが、この声が響く中へ飛び込むことは、レイフェリオにとって拷問に等しかった。

 

「……ごめん。この穴の中に入ったら、俺には話しかけないでくれるか」

「どういうことでがす?」

「俺にはこのまま中に入るのは無理だろう。だから、聴覚を麻痺させる。皆の声も聞こえなくなるから、話しかけないでほしい」

「……そんなことできるの?」

「……思考に没頭すれば、な」

「……お前がいいなら、俺らは構わない。戦闘も何とかする」

「すまない」

 

 レイフェリオは、目を閉じ準備に入る。声を拾わない。普通ならありえないことだが、昔から考えに没頭している時だけは、周りの声が一切聞こえてこなかった。特技の一つだ。

 思考を戦闘モードに切り替え、常に緊張状態を保つ。一切の音を遮断する。

 

 次に目を開いた時、レイフェリオの耳には何も届いていない。仲間にも目もくれず、そのまま穴の中へと入っていく。

 没頭するということはそういうことなのだ。周りも見えなくなる。

 皆もレイフェリオの後を追って中へと入っていった。

 

 穴の中も声が響いていた。魔物もいたが、声にやられてしびれて動けなくなっている者もいる。雑魚には目もくれず、レイフェリオは先へと突き進む。

 余計な戦闘は不要。急ぎ、原因を取り払わなければという思いが先へと進ませる。

 

 一番奥へとたどり着いた時、そこにいたのはハープを演奏し大声で歌っている巨大なモグラだった。

 他のモグラへと歌を聞かせているようにも見えるが、当のモグラたちは項垂れているようだ。

 無理やり聞かされているというのが正しいのかもしれない。

 歌が終わったところで、レイフェリオも音の遮断を解いた。

 

「いい! ものすごくいいモグ! ワシの芸術性をこのハープが高めているモグ。何年も休まず城の地下まで穴を掘り続けた苦労も報われるモグ」

「……」

 

 完全に独り言となっていた。周りのモグラはもはや声も出せないようだ。巨大モグラはそれを都合の良いように解釈する。

 

「そうかそうか。感動して言葉も出ないか。ん? なんだそこのお前らは」

「……」

「そうか、ワシの歌を聞きに来たモグか?」

「……うるさいから黙ってくれるか」

「ん? 何かいったモグか?」

「耳障りだ」

「なっ!?」

 

 いつも以上に低い声のレイフェリオ。すごみが増している所為か、巨大モグラは引き気味になっている。

 

「そのハープはアスカンタ王のものだ。返してもらおう」

「こ、このハープを奪いにきたモグか!?」

「奪ったのはお前だ」

「モググググググ!! ゆるさーん!!」

 

 怒った巨大モグラは、力を溜め一気に襲い掛かってきた。

 

「来るわ!!」

 

 モグラが大きなスコップを手に、レイフェリオたちへと振り下ろしてくる。ジャンプをして避けるが、力をため込んでいたためか、地面にたたきつけられるとその衝撃で辺りが揺れ動く。

 

「くっ!?」

 

 揺れた地面のせいで、着地がうまくできず転んでしまった。

 隙ありとでもいうように、子分のモグラたちも襲い掛かってくる。各々が武器で攻撃を防ぐなか、ゼシカは呪文で攻撃を繰り返していた。

 

 子分のモグラは数以外は大した敵ではない。だが、数を減らせなければ不利になる可能性もある。

 レイフェリオは魔力を溜めると、呪文を放った。

 

「ライデイン!」

 

 稲妻がモグラたちを襲う。黒焦げになり、足が止まった隙に巨大モグラへと向かう。

 

「はぁっ!」

「モグっ!!」

 

 攻撃を弾き返そうとスコップを振るが、巨大な体をしたモグラと人間のレイフェリオでは的の大きさが全然違う。身軽に動き回るレイフェリオを捉えることは既に難しく、モグラの攻撃は空振るばかりだ。

 モグラの攻撃を引き付けている間に、ヤンガスが力を溜め、モグラへと攻撃を繰り返す。

 足踏みをする攻撃は地面を揺らすため、足が取られてしまう。モグラの注意を上にひきつけ、攻撃をさせないようにククールは弓で、レイフェリオは呪文と剣で攻撃を繰り出し続けた。

 

 ひたすらに攻撃を繰り返す中、モグラはようやく力つき倒れ込む。

 子分のモグラたちも加勢することなく、その様を見ていた。倒れ込んではいるが、体力はまだあるようで霧散することはない。

 レイフェリオたちも目的はハープだ。モグラの手からハープを取り返すと、そのまま城へと戻ることにした。

 

 




戦闘描写手抜きですみません。


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古代の船

タイトル通りです。ようやくここまできました。
少しオリジナル展開もあります。


 アスカンタの城に戻り、ハープを取り戻したことを報告するために、パヴァンに声をかける。

 

「あっ、皆さんお待たせしました。これから討伐隊を」

「その事なのですが……」

 

 言葉を濁しながら、月影のハープを見せる。

 

「これはっ!? まさか、盗賊たちから取り返していただいたのですか!?」

「犯人はモグラでした。城の裏手に大きな巣穴を作ってました。宝物庫もですが、城全体も含め警戒は緩めない方がいいと思います」

 

 宝物庫の穴は至急修繕した方がいいだろう。だが、穴をふさいだとて再びモグラたちがやってくる可能性がないわけではない。更に言えば、裏手に回れば城へ侵入することが可能なのだから、人間や魔物がやってこないとも限らない。見回りを裏手にも回すようにと助言する。

 何年もかけて穴を掘っていたということは、それだけ長い期間裏側は完全に警備の範囲に入っていないと言うことを示している。昔は今ほど魔物も狂暴化していなかったのかもしれないが、今は違う。警戒しておくことに損はないだろう。

 また、優しいだけでは事を進めることができない。今まさに、話し合いが纏まっていないのだから。この時間のロスが最悪の事態を招くこともあるということも忘れずに忠告する。

 他国の者としてあくまで助言するだけだ。今後、どうするかは王であるパヴァンに委ねられる。

 

「今、私から言えるのはこれくらいです。あとは、王の判断にお任せします」

「レイフェリオ殿……。そう、ですね……僕、いえ私は王としてまだまだのようです。シセルに怒られてしまいますね」

 

 亡き王妃を思い浮かべたのか、寂し気に微笑む。まだまだだというのは、恐らく兵も思っていることだろう。他国の王族であり、尚且つ年下であるレイフェリオに指摘されることに、普通なら憤りを感じてもいいはずだ。だが、パヴァンはそれをしない。きちんと助言を受け止め、前に進もうとしている。そこは評価してもいいのかもしれない。

 王としてはまだ頼りないが、この先良き王として国を作っていくのだろう。

 パヴァンには子供がいないため、どのようにしてそれを引き継いでいくのかが課題でもあるが。あくまでアスカンタの問題であり、レイフェリオたちには口をだす権利はない。

 

「月影のハープはお約束通り、皆さんに差し上げます。どうかお役に立ててください」

「ありがとうございます」

「……今後、盗賊に関しても城の守りを徹底していきたいと思います。皆さんも、どうかお気をつけて」

 

 パヴァンに見送られると、レイフェリオたちは王座の間を後にした。

 

「レイフェリオにしては結構辛辣なことを言っていたな」

「……自分のことを棚に上げて、だけどな」

「兄貴はそんなことないでがすよ」

 

 王族としての姿を見ていないのだが、ヤンガスは自信満々に告げる。盲目というのだろうか。ヤンガスの中ではいまだに過大評価されているようで、レイフェリオも困った顔をしていた。

 

「それで、これからどうするの? トロデーンに戻るのよね?」

「けど、窓は夜にならないと開かないぜ? ここで夜まで休むってのもありじゃないのか?」

 

 ククールの言う通りだ。月の世界に行くためには、夜にならなければいけない。

 宿屋で休んで、戦闘で疲れた体を休ませるのもいいだろう。海を航行するならば、何が起こるのかわからないのだから、休めるうちに休んでおいた方がいい。

 

「宿屋で夜まで休もう。その後トロデ―ンから窓へ向かえばいい。海も魔物が徘徊していると聞くからな、休んでおいたほうがいい」

「賛成でがすよ! アッシも繊細でがすからね。耳が疲れたでげすよ」

「お前が繊細? 一番鈍かったじゃねぇか」

 

 ククールがヤンガスを挑発する。ヤンガスもこれに乗り、いつものじゃれ合いが始まった。

 サザンビークにいたときは、別々になることが多かったため、こういった乗りはレイフェリオにとって久しぶりに思った。

 こちらの方が非日常だというのに、どこか安心するのを感じる。まだ城内にいるため、声のボリュームが大きくなったところでレイフェリオとゼシカが止めに入った。

 

「ほら、いいから行くわよ」

 

 ゼシカに首根っこを引っ張られてヤンガスが歩いていく。その後ろをレイフェリオとククールも続いた。

 

 宿屋に着き、夜まで一休みした後、一行は再びトロデ―ン城へと戻ってきた。

 影が作り出した窓はまだ健在だ。窓に手を伸ばし、イシュマウリの部屋へと向かう。

 扉を開けると、イシュマウリが目を閉じて佇んでいた。

 

「イシュマウリ?」

「……あまたの月夜を数えたが、これほど時の流れを遅く感じたことはなかった。月影のハープを見つけてきたのだろう?」

「えぇ持ってきました」

 

 イシュマウリへと月影のハープを差し出すと、まるで待ちわびたようにハープが光を放ちその手へと吸い寄せられていく。

 

「この月影のハープも随分と長い旅をしてきたようだ。よもや再び私の手に戻るときがくるとは……」

「それで船が蘇るでがすか?」

「無論だ。さぁ、荒れ野の船の元へ。まどろむ船を起こし、旅立たせるため歌を奏でよう」

 

 ハープへとイシュマウリの手が流れるように動く。

 奏でられた音に呼応されるように、光の粒が辺りを包み込んだ。思わず目を閉じ、光が収まったところで目を開くと、そこはイシュマウリの部屋ではなく、船があるはずの荒野だった。

 

「なっ、なんじゃ!?」

「トロデ王?」

「おっさん!?」

 

 トロデ―ン城で待っていたはずのトロデとミーティアもそこにはいた。

 

「これはどういうことじゃ!? わしらはさっきまで────―」

「いいから黙っててくれ」

 

 事態が把握できずに慌てて声をだすトロデをヤンガスは抑え込み、なおも話そうとするトロデの口を塞ぐ。

 見えていないのか気にしていないのか、イシュマウリは古代の船へと近づき、その船体に触れた。

 

「この船も月影のハープも……そして私も、みな旧き世界に属するもの」

「旧き世界って……?」

「礼を言おう。懐かしいものたちに、こうして巡り合わせてくれたことに」

 

 ゼシカが茫然と呟く。だが、意に介すことなくイシュマウリはハープを弾き始めた。

 

 ハープが音楽を奏でると、いずこからか魚が現れた。触れることはできない幻だ。これが、大地の記憶なのだろう。

 

「さぁ、おいで。過ぎ去りし時よ、海よ。再び戻ってきておくれ」

 

 淡い金色の光が溢れ、イシュマウリを中心に水の幻が現れる。このまま海の幻が現れる、かと思ったがふとイシュマウリはハープを下した。

 

「ありゃ? こりゃどうしたんでげすか?」

「なんと……月影のハープでもだめなのか……」

 

 肩を落とすイシュマウリ。月影のハープでもだめならば、やはりこの船を再び海原へと戻すことはできない。そう諦めかけたとき、突然ミーティアが声を上げた。

 

「姫!?」

「何? どうしたの?」

 

 慌てて皆が近寄るが、ミーティアはイシュマウリへと近づいていった。イシュマウリもミーティアへと近づいていく。

 

「ヒン……」

「……そうか。気が付かなかったよ。馬の姿は見かけだけ。そなたは高貴なる姫君だったのだね?」

 

 ミーティアの顔へと手を差し出し、イシュマウリは優しくなでる。

 

「言の葉は魔法の始まり。歌声は楽器の始まり。呪いに封じられし、この姫君の声。まさしく大いなる楽器にふさわしい。姫よ……どうかチカラを貸しておくれ。私と一緒に歌っておくれ」

「ヒヒーン」

 

 肯定するようにミーティアが鳴く。笑みを浮かべながら、イシュマウリは再びハープを奏でる。音楽に乗せて、ミーティアの声が混ざっていく。

 

 水が溢れだし、やがて荒野が海のように水で満たされていく。土の上にいたのに、水の中にいるような感覚だ。

 増えた水かさは船を持ち上げ、次第に浮き上がっていった。

 

「うわっ!?」

「おいおい」

 

 レイフェリオ、ククールも水の中にいるように浮き上がる。本当に幻なのかを疑ってしまうほどだ。

 浮上した船への道が現れ、一行は船へと乗り込んだ。

 

「イシュマウリ」

「……さぁ、別れの時だ。旧き海より旅立つ子らに船出を祝う歌を歌おう……」

 

 ハープを弾くイシュマウリ。その姿はやがて見えなくなっていった。

 月の世界へと帰っていったのだろう。

 船は幻の海を進み、やがて現実の海へとたどり着いた。

 

「何が何だか……アッシにはどうにもわからないでげすが……」

「寝ぼけたことをいうな! すべてわしのかわいい姫のおかげじゃ」

「まっ、これでようやく奴を追えるってことだな」

「えぇ……闇の遺跡だったわね。早く向かいましょ」

「あぁ。急ごう」

 

 やっと船が手に入った。向かう先は、ドルマゲスが向かった闇の遺跡だ。

 時間も経っている。悠長にはしていられなかった。

 

 

 

 




沢山のお気に入り登録、感想ありがとうございます。とても励みになります。
ようやくドルマゲスのところまで来ました。
これからも頑張りたいと思いますので、皆さま宜しくお願いします。


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闇の遺跡地方
闇の遺跡へ


闇の遺跡へと上陸です。


 舵を切って闇の遺跡がある方角の西へと向かう。

 

 海の魔物が狂暴化しているというのは真実のようで、向かっている途中にも魔物が襲ってくる。このように襲われては、民間の定期船の巡行は難しいだろう。

 この辺りの魔物であれば、今のレイフェリオたちには苦戦する相手ではなく、難なく退けることができた。

 東の大陸を離れ、西の大陸が見えてきた。陸伝いに航行し、更に進む。

 目的地は、地図で言うところの北西のはずれにある島がその場所だそうだ。無論、ここにいる誰もが行ったことがない。未知の領域ではあるため、目的地が近づくにつれ緊張感が増してくる。

 

「ねぇもしかして、あれがそうなの?」

 

 ゼシカが指で示す。岩肌が見えた大地の奥に、雨雲とは違った暗い闇色の雲が視界に映った。

 

「……だろうね」

「ようやく、ここまで来たってわけだ」

「こっちは準備万端でがすよ」

 

 大地にはちらほらと魔物の姿も見える。遺跡に行くまでの間も戦闘は避けられないだろう。

 船を陸地に寄せて、レイフェリオたちは船を下りた。

 

「王はここで姫と待っていてください」

「うーむ、仕方ないのう。気をつけるのじゃぞ」

「はい」

 

 非戦闘要員でもあるトロデとミーティアは船の中で留守番だ。町があるわけでもなく、戦闘のみが行われるだろう場所だ。何が起こるかわからない。一緒に行動するよりは、待っていてもらった方が安全だろう。

 

 遺跡へと向かって歩いていたところに、早速魔物が現れる。

 

「変な頭の魔物ね……気持ち悪いわ」

「同感だね。だが、嫌な気配を持っているぜ……」

「わかってるわよ。先手必勝ね。くらいなさいっ! イオラ」

 

 魔力を溜めると、ゼシカが呪文を放った。三体の魔物は爆発に巻き込まれる。爆発の煙が収まり再び魔物の姿が見えたが、ダメージを受けている気配はなかった。

 

「えっ?」

「ケッケッケッケ」

「呪文が効かねぇ?」

「皆、伏せろ!!」

 

 レイフェリオが叫ぶと同時に、魔物の両手から光が放たれた。眩しいほどの輝きが視力を奪う。

 

「キキッ」

「きゃっ」

 

 視力を奪われたゼシカへと容赦なく魔物は爪を立ててきた。ククールとヤンガスはどうにか防御が間に合ったようで、武器を構えている。

 

「レイフェリオ、あれを知っているのか?」

「あぁ……レッサーデーモン。本で見たことがある程度だが……物理攻撃で戦った方がいいようだ。俺とヤンガスが前に出るから、ククールはゼシカを頼む」

「わかった」

「ヤンガス!」

「合点でがすよ」

 

 傷を負ったゼシカをククールに任せ、レイフェリオとヤンガスがレッサーデーモンへと攻撃を繰り出す。長い手足を持つため、攻撃のリーチが長い。避けるならば、紙一重ではなく距離を取って躱さなければいけなかった。

 身のこなしが素早いレイフェリオはともかく、ヤンガスにそれは難しい。

 結局、多少のかすり傷を負ったものの魔物を退けることができた。

 

「……呪文が効かない敵なんて、初めてだったわ」

「ゼシカ」

 

 呪文が基本攻撃パターンであったゼシカからすれば、通用しない敵と出会った場合、強力な攻撃手段がなくなってしまう。ムチでの物理攻撃がないわけではないが、やはり呪文と比較すれば劣るのは当然だった。

 

「攻撃だけが呪文じゃないだろ?」

「わかってるわ……けど全く効かないとなると、支援するくらいしか私にはできることないのよね」

「支援でも十分だろ? 今後はそっちを優先しないといけない場面も出てきそうだしな」

 

 真面目に切り返したのはククールだ。

 ここにいる魔物は周辺を見る限り、一筋縄ではいかない魔物が多いようだ。遺跡の闇に関連しているのだと思われるが、闇の眷属に属する魔物なのかもしれない。

 戦ったことがないタイプの魔物もいる。だからこそ、支援系の呪文を唱える機会が増えてくるだとうとククールは予想しているのだろう。

 

「それには賛成だな。……注意するのはドルマゲスだけではなさそうだ」

「レイフェリオ、ククール……わかったわ」

 

 ゼシカも納得したに頷いた。

 その後も魔物との戦闘を繰り返し、ようやく遺跡へと辿りついた。

 

「これは……」

 

 だが入り口をみてレイフェリオは眉を寄せる。闇の力だろうが、唯一の入り口である場所に結界が施されていたのだ。これでは先へと進むことができない。

 

「なんでがすかこれ? 黒っぽい霧みたいでがすね……」

「この先にドルマゲスがいるのでしょうね」

「行ってみるでがすよ!」

「あっ、ヤンガス待て!」

 

 レイフェリオの制止も及ばず、ヤンガスは闇が覆う霧の中へと入っていった。と思ったのだが、すぐに戻ってくる。

 

「あんた、行ったんじゃなかったの?」

「……何も見えなかったんだよ」

「見えなかった、か。やはり結界があるみたいだな……」

「結界? それを破らないと進めないってことか、おいどうする?」

 

 結界を破る。容易なことではないだろう。

 杖の力を使って闇の力を増幅させることで、ドルマゲスは結界を張った。ならば、その闇を払う光の力があればいい。

 

「兄貴、どうするんでげすか?」

「……闇を払うには、反対の力が必要だ」

「確かに理屈ではそうだぜ? だが当てがあるのか?」

「……闇、は暗闇。夜か。ならば反対は朝。太陽……あっ」

 

 暫く考え込んでいたレイフェリオが顔をあげる。

 

「兄貴?」

「……いったん国に戻ろう。もしかしたらどうにかできるかもしれない」

「サザンビークに戻るの?」

「……叔父上に頼まなければいけないだろうからな」

 

 アスカンタに王家の宝といわれる古くから伝わる月影のハープがあったように、サザンビークにも同じく古くから伝えられる宝がある。

 それが太陽の鏡だ。

 王家の物であるため、持ち出すには王の許可が必要である。レイフェリオは急ぎ、サザンビークへとルーラを唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




短くてすみません・・・。


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太陽の鏡

オリジナル展開がちょこっとあります。
サザンビークから鏡をもらいます。


 サザンビークに到着すると、レイフェリオは急ぎクラビウスの元へと向かった。その後ろに続くようにヤンガス、ククール、ゼシカが走る。

 目的の人物は謁見の間におり、大臣と話をしているところだった。

 

「叔父上!」

「? ……レイ? どうしたのだ?」

「レイフェリオ殿下?」

 

 走ってきたことに驚いたのか、クラビウスは思わずといった風に立ち上がる。

 

「お願いがあります」

「願いだと?」

「……王家の宝でもある魔法の鏡を貸していただきたいのです」

「事情を話せ」

 

 レイフェリオは闇の遺跡において、闇を払うために王家の鏡が必要であることを説明する。しかし、クラビウスは更に眉を寄せ険しい表情を作った。

 

「叔父上?」

「……タイミングが良すぎると思ってな」

「どういうことですか?」

「実はですな、先日宝物庫に侵入された形跡があるという報告が上がってきたのです」

 

 答えたのは大臣だった。

 

「侵入された?」

「はい。殿下がここを出たその日の夜のことだと思われます。翌日、宝物庫で見張りをしていた兵が倒れているのが見つかったのです。宝物庫も鍵がこじ開けられた形跡があり、中を確かめたのですが特に盗まれたものはありませんでした」

「……何も取らずに出ていったというのか?」

「左様でございます」

「おかしなことだとは思うが、実際見張りの兵も影を見ただけで、何も覚えていなかった。盗まれたものがないのであれば、大事にする必要もないが……と困り果てていたところに、お前が来たのだよ」

「まさか……」

 

 クラビウスは頷く。

 考えられることは、一つしかない。レイフェリオたちは、そのまま宝物庫へと急ぐ。

 見張りの兵士に頼み、鍵を開け中にはいる。

 奥の中央の台座に置かれているのが、王家の宝である鏡だ。

 鏡をレイフェリオが手に取る。

 

「これがその鏡なんでがすか?」

「本当に何も取られていないのね……」

「……タイミングといい、何も起こっていないのは不自然すぎないか? なぁレイフェリオ」

「……」

 

 ククールの問いかけにレイフェリオは答えない。その代り、何かを考え込むようにじっと鏡を見据えている。

 

「兄貴? どうかしたんでがすか?」

「まさか偽物とかじゃないわよね?」

「……いいや、これは本物だ。幼い頃から見ていたものを間違えるはずがない……だが、魔力が感じられないんだ」

「魔力?」

 

 ククールもレイフェリオの後ろから鏡を覗き込む。元々の状態を知らないククールには、ただの鏡にしか見えないだろう。

 

「この鏡には、闇を払う力があると言われていた。それだけの魔力があったんだ。それがなくなっている」

「まさか!?」

「ドルマゲスでげすか?」

「……闇の結界を張った後か前かはわからないが、うち破られないように魔力を奪ったんだろう」

「なるほどな……納得がいくぜ」

「とりあえず、叔父上に報告しよう」

 

 魔力を失った鏡を持ち、再びクラビウスの元へ行く。

 推理を踏まえた報告を伝えると、クラビウスは頭を抱えた。

 

「我が国の警護すら潜り抜ける輩だ。只者ではないと思っていたが、よもやレイたちが追っている者だとはな」

「兵に犠牲がなかっただけよかったと思うべきなのでしょうが……」

「けど、これじゃ闇を払うことは出来ないぜ? どうするんだ?」

「……魔法の鏡か。レイ、グランを尋ねてみるといいのではないか?」

「爺、ですか。確かに、魔法の研究をしていた爺ならば何か知っているかもしれませんね」

「それじゃあ、あの泉に行きましょう」

「急ぐぜ、レイフェリオ」

「あぁ。それでは、すみませんが先を急ぎますので」

「気をつけるのだぞ。どうやら、わしらが考えている以上の手練れのようだ。必ず生きて戻ってくるのだ」

「……わかっています。それではいってきます」

 

 それだけ言うと、レイフェリオは既に出ていったヤンガスらを追って王座の間を後にする。

 

 残されたクラビウスは、悲痛な表情をしていた。

 

「……大臣。何かよからぬことが起きる気がしてならん」

「陛下……」

「あれを、行かせて良かったのだろうか。やはり引き留めるべきではないのか……」

「……相手は我が国の兵をも上回る力量。陛下の心配ももっともだと思います。ですが、ここは殿下を信じるしかありません。私も、そして兵たちもあの方の強さはよくわかっております。力だけでなく、その心も。多少のことで折れるような方ではございません」

「大臣……そうじゃな」

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 ルーラで泉へとやってきた一行は、グランが暮らしている小屋に着いていた。

 

「レイ様、久しぶりだっち。待ってただっち」

「して、御用とはなんですかな?」

「これを見てほしいんだ」

 

 そういってレイフェリオは、王家の鏡を取り出した。目の見えないグランにもわかるように、その手に鏡を渡す。

 

「これは確かに太陽の鏡。ですが、魔力をすっかりなくしてしまっているようですな」

「爺、これに魔力を戻す方法を知らないか?」

「魔力を戻す方法ですか……うーむ。しかし、なぜこの鏡に魔力が必要なのですかな?」

「……闇の遺跡に張られた結界を破るためだ。そのためには、この鏡の力が必要なんだ」

「闇の結界、ですか……なるほど。確かにこの鏡が魔力を取り戻せば、結界を破ることが可能でしょうな」

「それで、方法はあるんでがすか?」

「……その昔、太陽の鏡は強い光を放つ呪文を受けて、その輝きを増したと聞いたことがあります」

「太陽の鏡? 魔法の鏡じゃないの?」

 

 グランの言う太陽の鏡が、目の前の魔法の鏡を指していることはわかるのだが、なぜ名称が違うのかゼシカが首を傾げると、グランは笑みを浮かべる。

 

「ほっほっほ。魔法の鏡は太陽の鏡というのが真名なのじゃよ。今の状態では、魔法の鏡とすら言えぬかもしれんじゃろうがの」

「なるほどね。で、強い光の呪文ってのはどうすればいいんだ?」

「……海竜が放つ呪文ならば魔力を復活させることができるかもしれん」

「海竜か……爺、そいつはどこに行けば出会える?」

「北にある岩のアーチがかかった海峡ですな。そこに行けば会えると以前船乗りに聞いたことがあります。ですが、お気を付けください。船乗りは、その呪文を受けてあまりのまばゆさに、眩しくて眼が開けられなかったと言っておりました。下手をすれば視界を奪われてしまいます」

「……わかった。爺、助かったよ。ありがとう」

「この爺の知識がお役に立ったのなら、本望ですじゃ」

 

 海竜に会うためには、船に乗る必要がある。

 トロデと合流し、その後岩のアーチの下にある海峡を目指す。日没が近くなっているため、レイフェリオのルーラで船へと戻り、すぐに海へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 




ここで終わり?と思った方すみません。
少し忙しくなったこともあり、字数を稼げませんでした。

今後、毎日更新を止め一日置きへと変更することも考えています。その場合はここでお知らせします。
毎日楽しみにしていただいている方には申し訳ありません。


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闇の遺跡攻略①

タイトル通りです。



 魔物を倒しながら、海を進んでいると岩で出来たアーチが見えてきた。

 

「この近辺か……」

「とりあえず、ここで待ってみるのか?」

「あぁ。魚影が見えればいいんだが、下を覗くのは危険だからな。襲ってくるのを待つ方がいいだろう」

 

 岩のアーチ付近の辺りをゆっくりと回る。下手に離れれば現れない可能性があるからだ。

 どのくらいそうしていたのか、待っているのにも疲れ始めた頃、その瞬間は訪れた。

 

「!? 下だ!」

「うおっ」

「きゃっ」

 

 船体を揺らすほどの巨大な影が、その姿を現した。龍のような体躯、間違いなく海竜だ。

 大きな体をうねりながら、こちらをにらみ、口を大きく開けた。

 

「これかっ!? みんな、目を閉じろっ!」

「グシャァァァ!」

 

 指示を出すと同時に、レイフェリオは魔法の鏡を掲げる。辺りが真っ白になるほどの光。強烈な魔力をその鏡で受ける。

 

「くっ」

「シャァァァア……」

 

 鏡ですべての魔力を受け取ると、鏡に力がみなぎっているのが感じられる。どうやら、成功したようだ。

 あとは、海竜を退けるだけだ。

 ここまでの戦闘をこなしてきたレイフェリオたちにとって、海竜はさほど困難な相手ではなかった。こちらの攻撃を数回受けた後は、尻尾を巻いて逃げ出していったのだ。逃げていった魔物を追いかけてまで、倒すこともない。

 

 再び、船をまわし闇の遺跡がある陸地へと急いだ。

 

 

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

 遺跡の入り口へ到着した。入り口には、未だ闇の結界が張られている。その反対側には、さも意味ありげに立っている塔。中央には、何かをはめ込むくぼみがあった。

 

「このくぼみが恐らく……」

「太陽の鏡をはめ込むのね」

「兄貴、頼むでがすよ」

「……皆はちょっと離れていてくれ」

「わかった」

 

 レイフェリオが一人、その中央に立ちくぼみへと鏡をはめ込んだ。

 ピタリとはまった鏡。刹那、光が鏡からあふれ出すと、光の帯が遺跡の入り口へ向かっていく。

 

「見て、闇の力が解けていくわ」

 

 光に照らされたことにより、遺跡全体から闇の力が弱まっていく。恐らく、中にいるドルマゲスにも影響があるだろう。

 一体、何のためにこの遺跡に来たのかはわからないが、再び何かをしようとしているのならば、それを阻止しなければならないだろう。

 

「いよいよなのね……」

「長かったでがすよ。ここまで」

「まぁな。ようやく院長の仇もとれるってわけだ」

 

 ゼシカ、ククールは大切な人を手にかけられたという想いがある。無論、ギャリングの仇という意味ではレイフェリオも二人と想いは同じだ。いや、オディロとギャリングという二人を失っているレイフェリオにとっては、それ以上かもしれない。

 悲しみも悔しさもある。これで、こんな想いをする連鎖を止めなければいけない。

 拳を固く握りしめると、遺跡の入り口へと歩き出す。

 

「ここからは、敵の領域だ。覚悟はいいか?」

「あぁ、いつでもいいぜ」

「勿論よ」

「でがす!」

 

 三人の声に頷くと、駆け足で遺跡の中へと入っていった。

 

 遺跡の内部は、予想通り魔物が溢れていた。中には魂のようなものもうろついている。声が聴きとれるのが不気味ではあるが、魔物ではないようで戦闘にはならなかった。

 

「オオーン。何千年もの間破られなかった結界が破られてしまった……。ここは我らの崇めるラプソーン様の復活の日を願って建てられた神殿。暗闇の結界は異教徒どもからここを守るためのもの。その結界が破られたということは、異教徒どもが神殿を汚しに攻め入ってきたというのか……オオーン」

「……ラプソーン?」

 

 不気味な魂は一方的に話した後、すぐにどこかへ行ってしまった。遠くへいくわけではなく、彷徨っているだけのように見える。

 だが、その魂の意識が語ったことは、聞捨てることのできないものだった。

 

「何? ラプソーンって」

「聞いたことないでがすよ」

「俺もだ……レイフェリオ?」

 

 聞き覚えがない三人とは違い、レイフェリオは眉を寄せる。聞いたことがないわけがない。だが、あくまで伝説。おとぎ話のようなものだった。

 

「……幼い頃、読んだことがある。暗黒神の話を。ただの夢物語。よくある逸話だと思っていたんだが……」

「どういうことだ?」

「俺も詳しいことは覚えていない。本当に小さい頃に父上から聞いたんだ。名前以外のことは、すまない。覚えていない」

「暗黒神……とても良い神様には思えないけれど?」

「だな。……ドルマゲスがここに来たことも、何か関係があるのか?」

「可能性はありそうだ。……あとで調べる必要があるな」

 

 すぐには無理だが、城に戻った時には、調べてみる価値はあるだろう。今は、ドルマゲスを追うのが優先だ。

 

「ん? 兄貴、階段がおかしいでがすよ?」

「階段、なのか? ……何かの仕掛けなのかもしれないな」

「どこかにスイッチがあるってことね。探してみましょう」

 

 襲ってくる魔物を倒しながら、仕掛けを探す。遺跡の中には、道が複数あり探すのも一苦労だった。また、古い遺跡だからか朽ち果てている満ちもいくつか存在していた。通れる場所を見つけながら仕掛けを起動させ、階段が形を成す。

 

「これで先に進めるでがすよ」

「今後も仕掛けを動かさないと進めない場所がありそうだな」

「そうね……時間を取られてしまうけれど、仕方ないわ」

 

 焦っても事態は変わらない。目の前の道を一歩ずつ進むことが、最善だろう。

 起動した階段を上り、先へと進む。

 

 闇の力の影響なのか、奥へと進む度に何かに圧迫されるような力を感じる。僅かではあるが、力が押さえつけられるような感覚。太陽の鏡の力で弱まったはずだが、それ以上に重い闇の力を受けているような錯覚が、レイフェリオを襲っていた。

 

 

 

 



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闇の遺跡攻略②

タイル通りです。
きりがいいので、ちょっと短めです。


 奥へ進む中、再び彷徨える魂と遭遇する。赤く燃え盛る魂だ。

 その動きはどこか興奮しているようにも見えた。

 

「オオーン! どうしたことか! さっきここでとても懐かしい、ラプソーン様のおちからを感じたのだ。肉体を持たぬ私には姿をみることができない。ここを通ったのはラプソーン様だったのだろうか」

「……これ何を言っているの?」

「……ドルマゲスのこと、だろうな。タイミング的に。さっき、と指すのがどの程度の時間間隔で言っているのかはわからないが」

 

 ドルマゲスが遺跡に来たのは、ギャリングを殺してからのことだ。

 レイフェリオたちがサザンビークにいき、トロデ―ン、アスカンタと寄り道をしている間、それなりの時間が経っている。

 ギャリングと戦った時に、ドルマゲスも怪我を負っているということだった。ならば、怪我の治療も行っているだろう。時間的に、既に治療が完了していてもおかしくはない。

 

 心に焦りを感じながら、仕掛けを解き魔物を倒しつつ先へと進む。ここでの魔物は闇の力が濃く出ており、そう簡単にとおしてはくれなかった。数をこなせば、それなりに疲労も蓄積してくる。

 

 階段が多くある部屋を攻略し、奥の部屋へと進むと壁に大きな絵が描かれていた。

 

「あれは……」

「鳥? と、何かしら?」

 

 鳥と姿は大きすぎて把握できないが、何か戦いを表しているようだ。暗黒神ラプソーンの神殿というのだから、鳥と対照的に描かれているのは、そのラプソーンかもしれない。暗黒神と比較されるほどの鳥。それは……。

 

「神鳥レティス……か」

「……だろうな。おとぎ話がまたここでもってか」

「何なんでがすか? そのレティスってのは?」

「俺も詳しいことは覚えていない……」

 

 その時、近くいた魂の声が届く。

 

「オオーン……。この奥にラプソーン様を祀る暗黒の祭壇があるぞよ。壁に描かれし憎き鳥レティスの翼を奪った者だけが、ラプソーン様のお傍に近づくことを許されるのじゃ。じゃが……肉体を失ったわらわには悪鬼の像を動かすこともできぬ。口惜しや……」

 

 魂が言うのは壁とそれに相対するように設置されている像のことだろう。二体の像からは、赤い光が漏れている。

 

「ということは、あの壁の翼をってことか……」

「やってみるでがすよ」

 

 ヤンガスがいの一番に像へと近づき、床にある仕掛けを動かしてみる。

 

「うぉっ!」

「ちょっとヤンガス、ちゃんと登ってなさいよ。こっちから指示するわ」

「ち、ちょっと驚いだだけだっ! ったく……」

 

 像が足を踏みながら動いたのに、ヤンガスは驚き仕掛けから離れてしまったのだ。ゼシカに怒鳴られ、しぶしぶ仕掛けに乗る。

 壁を見ながら翼に光が当たるように誘導し、二体の像が翼に当たると地響きと共に壁の正面にある床から階段が現れた。

 どうやらこの先が、祭壇らしい。そしておそらくそこには、ドルマゲスがいるはずだ。

 

 階段を下り、道の先にある扉を開くと、そこには水のような塊の中で蹲っているドルマゲスの姿があった。

 

「やっと追い詰めたでがすよ! ここであったが百年目覚悟するでがす、ドルマゲス」

「もう逃がさねぇぞ。てめぇは袋のネズミ同然だぜ」

「兄さんの仇……絶対にここでケリをつけて見せる」

 

 武器を構え、ドルマゲスにそっと近づく。やがて蹲っていたドルマゲスがその目を開き、レイフェリオたちを視界にとらえた。

 

「おやおや。こんなところまで追ってくる者がいようとは……確か貴方がたは以前マイエラ修道院で会ったトロデ王の従者たちでしたね……私を倒し王の呪いを解こうというわけですか」

「……それだけが理由ではない」

「……あの時の不思議な気配を持った……やはりあの時殺しておくべきでしたかね。ですが、タイミングとしては悪くない。身に余る魔力に耐え切れなくなりここで癒していたのですが、ようやく落ち着くを取り戻したところです。とは言っても、まだまだ絶大な魔力を扱うには物足りないでしょうが……まぁいいでしょう」

 

 水の中からドルマゲスが飛び出し、杖を構える。

 

「けれど、悲しい。……悲しいなぁ」

「……何が言いたい」

「せっかくこんなところまで来たと言うのに、その願いもかなわぬまま……皆私に殺されてしまうのですからっ!」

 

 言葉と共に、杖から魔力が迸る。

 レイフェリオは腕を盾に魔力の風から、身体を支えた。

 

「さぁて、どれほど私を楽しませてくれるのか。くっくっくっく」

 

 笑いながら両手を広げると、ドルマゲスの身体が一瞬透き通ったと思うと、ドルマゲスが三人になった。

 

「なっ!?」

「三人、だと」

 

 驚愕するレイフェリオ、ククール。一体でも手強いはずのドルマゲスだ。力が分散されたとはいえ、人数が増えるのはこちらにも不利になる。囲まれることのないように、ゼシカを後方へ。ククールはその中間。ヤンガスとレイフェリオは、前方へと陣形を取る。

 

「さぁ、それでは参りましょうか」

「……皆、油断するな。来るぞ」

「わかっているわ」

「合点でがすよ、兄貴」

「回復は任せろ」

 

 ゼシカ、ククールは呪文詠唱態勢へ。ヤンガスは斧、レイフェリオは剣を構えドルマゲスへと駆けた。

 

 

 

 




次回はいよいよ、です。


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ドルマゲス戦

タイトル通りです。



 ドルマゲスの一体が、杖を掲げると同時に地面に落ちていたがれきが宙を舞った。

 

「くらいなさいっ!」

 

 レイフェリオたちへとがれきを放つ。細かいものと大きいものとが入り混じって襲ってくるため、盾で防ぐのがやっとだ。レイフェリオとヤンガスは盾を掲げる。

 その隙を見逃さないもう一体のドルマゲスが杖から無数のムチを飛ばしてきた。

 

「なっ!! ぐぅ」

「兄貴っ!?」

「おやおや、よそ見はいけませんよ」

 

 一瞬レイフェリオへと注意をそらしたヤンガスが声に振り向くと、すぐそばにドルマゲスの姿があった。

 

「何っ!?」

「ふっ!」

 

 杖でヤンガスを殴る。その勢いにヤンガスはククールの足元へと飛ばされてしまう。一方のレイフェリオも、ムチを受け所々に傷を受けていた。距離的にククールとは離れているため、すぐに治癒はできない。

 ククールはすぐさま呪文を唱え、支援する。

 

「スクルト!」

「……バイキルト」

 

 ゼシカもレイフェリオとヤンガスに呪文を唱える。

 力が倍増した二人は、立ち上がるとそのまま攻撃に転じる。笑みを崩さないドルマゲス。格下の相手を見るような態度だった。

 

 レイフェリオは剣を構え、集中すると空中へと飛び跳ねる。すべてのドルマゲスが同じ力量であるとは限らない。まずは増えたほうから攻撃を繰り出す。

 デイン系の呪文を唱え、剣に纏わせるとそのままドルマゲスへと斬撃を加える。

 

「なっ!!」

「はぁっ」

 

 呪文の光が一瞬空中のレイフェリオの姿をくらませた。ドルマゲスはその姿を見失い、隙ができたところへ攻撃が命中する。

 

「ゼシカっ!」

「えぇ! メラミ!」

「アッシもでがすよ」

 

 一体へ向けて集中的に攻撃を加える。だが、そうすると残りの二体への構えが手薄になる。ククールが弓で援護してくれるが、手数が少なくなるのは道理だ。

 

「ライデイン」

「ぐぅ」

「……はぁイオラ」

 

 レイフェリオがすかさず全体へ雷を飛ばすと、呼応するようにゼシカも連続で呪文を放った。爆発系呪文は、視界もくらましてくれる。

 更に剣を持ち追撃しようとドルマゲスへと剣を向けた。

 

 キン。

 

「くっ」

「……なかなかやりますねぇ。連携というのでしょうか。弱者は集わなければ強者には敵いませんからねぇっ」

 

 杖で剣を受け止めると、魔力を籠めた力で押し返される。

 

「ふんっ」

「くっそ!」

 

 押し返され、態勢を崩されたところに、ドルマゲスの杖が光る。攻撃が来るとわかったが、今の態勢から躱すのは困難だ。腕を交差し、防御姿勢を取った。

 まるで生きているかのように、再びムチがレイフェリオを襲う。

 この間も、他のドルマゲスに対し攻撃を仕掛けている仲間の姿が映る。

 

「ちっ……」

 

 吹き飛ばされるわけにはいかないと、攻撃を受け地面に着いたところで両足で踏ん張り、ムチが消え去るところでレイフェリオは、そのムチを掴んだ。

 

「ん? どういうつもりです?」

「こういうつもりだ」

 

 掴んだ手から炎が溢れだし、ムチへと流れていく。初めてドルマゲスの表情に変化が出た。ムチは杖から出ており、そのまま炎がドルマゲスを包み込んだ。

 

「ギャァァ」

「はぁはぁ……」

 

 炎に包まれ、やがて姿が消えていくのを見ながらレイフェリオは、呼吸を整える。まだ、二体残っている。

 剣を握りしめ、残った二体へと駆けだした。

 

「くらえっ!!」

 

 二体のうち、一体へと弓を強く引いたククールの渾身の一撃が辺り、一体も姿を消す。これで残りは一体だ。

 

「くっくっくっく……やりますねぇ。貴方がたがここまで戦えるとは、ちょっと意外でしたよ」

「……」

 

 面白そうに話すドルマゲス。だが、レイフェリオたちは構えを解くことはない。何かを企んでいるだろう。ただでさえ闇の力が濃くなっている場所が、更に力が強まっているようにも感じられる。

 戦闘の長期化は避けるべきだと、頭が警報を鳴らしていた。

 

「さぁもう終わりにしましょう……悲しい……悲しいなぁ……これでお別れです」

「あっ……」

 

 思わず声を上げたが、既に遅かった。ドルマゲスは杖を掲げ、魔力を注いでいる。おぞましい力が迸り、何をするつもりなのかを感じ取った。あの時と同じ……トロデ―ンがイバラに包まれた時と。

 

「皆、俺の後ろにっ!!」

「えっ!?」

「いいから早くっ」

 

 声を荒げたレイフェリオに、三人が焦って従う。杖からあふれた禍々しい光が、四人の周りを包みだした。

 

「これでもくらえぇ」

「くっ」

 

 杖からはイバラが放たれる。呪いのイバラだ。

 レイフェリオは魔力を解放し、庇うように腕を前にだした。

 

「いーひっひっひ、未来永劫イバラの中で悶え苦しむがいい」

「ぐっ」

 

 イバラはレイフェリオの前で弾かれ、外へと押し出されていく。簡単にイバラに閉じ込められないことに憤慨しているのか、ドルマゲスは力を更に込めた。

 太く長いイバラがレイフェリオたちへと向かってくる。やがて大きな幹のようになったイバラが、レイフェリオたちがいた場所を包み込むと、ドルマゲスは安堵したように笑う。だが、それも一瞬のこと。

 

「な……なんだと……?」

 

 イバラはそのままレイフェリオたちを抜け姿を消していく。

 呪いはレイフェリオには通じない。だからこそ、先頭にたち盾となったのだから。それでも杖の魔力により与えられた衝撃は軽いものではなかった。

 

「痛っ……」

「あ、兄貴!?」

「……じっとしてろ。ベホイミ」

 

 正面からその勢いを受けたレイフェリオの腕は袖が破れ出血していた。呪い自体は効果がないもの、闇の力によりドルマゲスの力が増しているのだろうか。

 一方で呪いが効かないことにドルマゲスは、声を荒げる。

 

「何故だ? 何故効かない!? お前は一体……あの時殺しておくべきだった。いや、今からでも遅くはない。私の全力を見せてくれるっ!」

 

 魔力を再び籠め杖を掲げると、ドルマゲスは闇の力に包まれた。黒い霧が纏う中、再び現れたドルマゲスの姿は魔族のもの。人という理を曲げた存在となって現れた。

 

「ぐぉぉぉぉ……」

「な、なにあれ……」

「おい……ありゃ……」

 

 バサッという音と共に、ドルマゲスの背中から翼が生える。赤い翼。闇の化身のようにも見える。

 

「この虫けらどもめ! 二度とうろちょろできないよう、バラバラに引き裂いてくれるわっ!」

 

 荒ぶる声に応じるように頭上にあった水の球体から、力がドルマゲスに注がれる。手を翳し、翼をはためかせるとその衝撃を利用してか羽が嵐のようにレイフェリオたちへと降り注いだ。

 

「ちっ」

「きゃあっ」

「いってぇ!!」

「ぐっ……」

 

 羽は刃物のように服を切り裂き、遠慮なく襲い掛かる。致命傷となる傷がないことを確認すると、レイフェリオはヤンガスの腕をとり、倒れている身体を起こす。

 

「固まっているのは危険だ。散らばるぞ」

「わ、わかったでがす」

 

 全体への攻撃がある以上、固まれば一網打尽にされてしまう。さらに言えば、あの攻撃が腕や足へ致命傷を与える可能性も高い。足を奪われては勝機もなくなってしまう。ククールに目をやれば、頷く姿が見える。

 先の攻撃で一番ダメージを受けたのはゼシカだ。ゼシカの側により、治療をするのを横目にレイフェリオは剣に炎を纏わせる。

 

「ひっひっひ、貴様は炎を操るか。忌々しい、ちんけな炎など消し去ってくれるわっ」

 

 長くなった両腕を大きく振り払い風を起こすドルマゲス。レイフェリオの炎は魔力の塊でもある。その程度の風では消えることはない。風を避け、厄介な腕を斬りつける。

 

「かゆい……かゆいぞぉ!」

「くっ……」

 

 腕を切りつけても、大したダメージは与えられていない。直ぐに腕を振り払いレイフェリオを吹き飛ばす。

 

「兄貴!? この野郎ー!」

 

 追い打ちをかけるように力をこめたヤンガスが斧を振り上げた。レイフェリオとは反対側の腕を目がけて振り下ろすと、腕へと刃が食い込んだ。

 

「ふん、ハエがちょろちょろとっ! ふんっ」

「うぉっ」

 

 食い込んだ斧を掴んでいたヤンガスごと、ドルマゲスが振り落とした。勢いのままヤンガスは床へとたたきつけられる。

 

「ヤンガスっ!」

「なら……これはどう!!! はぁぁぁメラゾーマ!!」

「ぐぬぅ」

 

 渾身の魔力を籠めたゼシカの呪文。以前使用した時には、その威力に耐えられなかったのか火傷をしていた。それ故使用を控えていたのだが、この期に及んで出し惜しみをする必要はない。負ければその先には死。絶対に勝たなければいけないのだから。

 流石に高熱の呪文にはダメージは避けられず、ドルマゲスがもがく。

 

「スカラ」

 

 その間、ククールは仕切りに支援呪文を唱えていた。ドルマゲスの攻撃に対して防御力をあげるためだ。

 

 雄叫びをあげながら、ドルマゲスは羽のシャワーを繰り出す。攻撃を避けることに集中力を切らされながら、詠唱を続けるククールの額には汗がにじんでいる。

 

 あの姿になってからというもの、闇の力が徐々にこちらの力を奪って言っているようにも見える。

 傷を負うたびにククールに治療をしてもらっているが、ククールの魔法力もそろそろ限界が近づいてきている。

 

 と、そこへヤンガスの声が響いた。

 

「くらいやがれっ!!!」

「ギャァァァ」

 

 ヤンガスは上からドルマゲスの目を目がけて斧を振り下ろしたのだ。皮膚が硬いドルマゲスには、致命傷ともなるダメージだろう。

 深く切りつけられた目からは血が流れでている。

 

「畳みかけろ!」

「えぇ」

「わかった」

 

 好機だと、一気に攻撃を繰りだす。戦いを長引かせないために、一気に決着をつける。

 羽を切り裂いたところで、ドルマゲスがついに足をつく。

 

「ぐふ……ははは。あーはっはっはっは。虫けらどもめぇ!!!! はぁぁ」

 

 怒りをあらわにし両手を前に出したかと思うと、ドルマゲスから氷の塊が放たれる。

 

「これって!? マヒャドっ!」

「ぐわぁぁ」

「ちっ」

「ぐっ……」

 

 ここにきての最高クラスの呪文に、皆が膝をついた。

 ドルマゲスももう限界だろう。だが、それは満身創痍ともいえるレイフェリオたちにとっても同じことだった。

 思い通りにならない身体に、レイフェリオは思わず舌打ちをする。

 

「くっそ……」

『……解放を望みますか?』

 

 何か案はないかと考えあぐねていたところに、声が届く。あの声だ。

 

「……解放、だと?」

『ラプソーンの領域では、不利ですが……力を解放すれば、勝利することができるでしょう。既に疲労困憊です。あと一撃でも与えれば恐らく……』

 

 その一撃がいまのレイフェリオたちには難しいということだろう。ククールもゼシカも肩で息をしている。呼吸を整えなければ、集中も詠唱もできない。ヤンガスは、自身で回復呪文を唱えているところだ。所々傷だらけだが、やらないよりましということだろう。

 皆、最後まであきらめずに攻撃の準備をしている。見ればドルマゲスもゆっくりとこちらへと向かってきていた。

 迷っている場合ではない。

 

「俺はどうすればいい?」

『……胸に魔力を集中させてください。あとは私がやります……今の貴方では無理でしょうから』

「……わかった」

 

 気に障ることはあるが、声の導くままレイフェリオは残っている魔力を集中させる。気配が近づいてきていることはわかっているが、集中することをやめるわけにはいかない。目を閉じることで視界をふさいだ。

 

「……」

『行きますよ……我が力を、ここにっ!』

 

 レイフェリオの頭に力強い声が響くと、全身から力があふれだした。

 

「なにぃぃぃぃ!!」

「レイフェリオっ!?」

 

 辺りを眩しく包み込んだと思うと、光はそのままドルマゲスへと向かっていった。いくつもの虹色にも見える閃光が、ドルマゲスの胸を貫く。

 

「な……ぐふっ……ばか、な……まだこんなところで……」

 

 鋼鉄にも見えた皮膚をも貫いた光は、やがて力をなくし消えていく。同時に、ドルマゲスの身体が石となり砕け散っていった。

 

「な、何……今のは……?」

 

 驚愕するゼシカ。声には出さないがククールも同じだった。

 

 バタン。

 

 音がしたかと思うと、そこにはレイフェリオが倒れていた。皆、慌てて駆け寄る。

 

「おいっ、レイフェリオ!?」

「あ、兄貴っ」

 

 脈はある。だが、呼吸は安定しておらず顔色の悪かった。

 魔力を使い果たしている状況では、回復の手段もない。

 

「サザンビークに戻るぞ」

「け、けどあそこは」

「叱責も受けるさ。だが、何が起こったのかわからない以上、休ませた方がいい」

「……わかったでがすよ」

「ゼシカ、戻るぞ」

「えぇ……そういえばあの杖ってどうすればいいのかしら?」

 

 レイフェリオを背負ったククールが顔を向ければ、ドルマゲスが持っていた杖が落ちていた。元々はトロデ―ンの物らしい。ならば、トロデに返すのがいいだろう。杖はゼシカが手に取り、一行は遺跡を脱出した。

 

 

 

 

 




ほぼ戦闘でしたが、ドルマゲスは原作よりも強い設定です。
通常より寄り道に時間がかかっていたので、その分回復もしていると。ただ、別の要素もぶち込んでいるのでおかしなところもあるかもしれません。
勢いで書き込んだのですが、一番書きたかったのは最後のシーンでした。
やっぱり戦闘は苦手です。

次回は再びサザンビークです。


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ドルマゲス戦を終えて

オリジナル展開ばかりです。
色々と詰め込んでます。


 船で待たせていたトロデと合流する。

 

「お主ら!? レイフェリオ? どうしたのじゃ!? ドルマゲスは!?」

「おっさん? 呪いは解けてないでがすか? ドルマゲスを倒したってのに」

「なんじゃと! ……じゃが、姫もわしもこのままじゃ。何故じゃ、何故呪いが解けん? 元はと言えば奴がわが城の秘宝を盗み出したせいで……? そういえば、杖はどうした?」

「持ってるわよ」

 

 ゼシカが持っているのは間違いなくドルマゲスが手にしていたものだ。

 

「おお、それじゃそれじゃ」

「そんなことはいい。今はサザンビークに急ぐぜ」

「して、レイフェリオは一体どうしたのじゃ? 怪我もしておるが……」

「わからねぇよ。だが、今は早く休ませた方がいい。クラビウス王にはなにか言われるだろうがな」

「……そうじゃな」

 

 ククールのルーラにより、サザンビークへと飛ぶ。

 

 既に夜は更けているが、サザンビークの門の前には兵士がいた。ククールに背負われているレイフェリオを見るなり、血相を変えて中へと入っていく。

 残された一人はククールへと近づいた。

 

「レイフェリオ様……」

「怪我はほとんどない。ただ、よくわからないんでな。部屋で休ませてやりたい。入ってもいいだろう?」

「はっ、はい」

 

 城門の中に入ると、走ってくるシェルトの姿があった。

 

「殿下っ!」

 

 ククールが駆け寄るシェルトへとレイフェリオを引き渡す。相変わらず顔色は悪いが、呼吸は確かにある。

 

「……何があった?」

「俺たちにもよくわからない。ドルマゲスは倒したがな」

「光がレイフェリオからあふれたと思ったら、その後倒れちゃったのよ」

「……兄貴」

「そうか……殿下は俺が預かる。お前たちは────」

「夜も遅いからな。宿屋で休むつもりだ」

「客間も用意できるが」

「ちょっと情報も整理したいんでな。朝、城には出向く」

「……わかった」

 

 腑に落ちないようにシェルトは眉を寄せるが、優先度はレイフェリオの方が高い。共について来た兵士と一緒に、城へと戻って行った。

 

「で、俺たちは宿屋で何をするんでがす?」

「トロデ王も呼んで、今後のことを決めないとな……」

「そう、ね……」

 

 城ではトロデを入れることはできない。そのために、街の宿屋を選んだのだ。

 ヤンガスがトロデを連れてくると、一行は宿屋の一室へと向かった。

 部屋に入るとまず口を開いたのはククールだ。

 

「これからどうする?」

 

 壁によしかかり腕を組みながら、その表情は晴れない。オディロの仇を取ったので、これでククールとしては自由の身になる。ゼシカとて同じだ。ならば、今問題なのは一つ。

 

「……ドルマゲスを倒しても呪いは解けなかったんでがすから、他に理由があるってことなんじゃないのか」

「その理由がわからないと動けないってことだな……」

「うぅ……これからのことを考えると頭が痛いわい。せっかくドルマゲスを倒したというのに……」

「トロデ王は心当たりはないのか?」

 

 トロデも考え込むが、杖は秘宝という扱い以外特に知らないという。それでいいのかと疑問に思うが、知らないものは知らないのだから仕方ない。

 

「それより兄貴は……」

「明日にでも様子を見に行けばいいだろう。呪文を掛けても目を覚まさなかったんだ。怪我が原因じゃないはずだ」

「それはそうだけどよ……」

 

 心配なのはヤンガスだけではない。それでも何もできることはないのだ。

 明日、朝一で城に向かうとして一行は休むことにした。トロデは無論、馬車にて休む。

 

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

 一方、城では……

 

 レイフェリオは自室で寝かされていた。そのそばにはクラビウスの姿がある。報告を受けて飛んできたというように、服装には乱れがあった。

 

「レイ……」

「大丈夫ですよ、陛下。医師が見たところ、魔力が枯渇していたため倒れたということでしたから」

「……だが、レイの魔力量は普通ではないはずだ。何をすれば枯渇するまで使い切るような事態になるというのだ? それこそありえない」

「陛下……」

 

 この場にいるのは、シェルト、ナンシ―、そしてクラビウスの三人だ。更にこの中でレイフェリオの出生を知っているには、クラビウスのみである。

 単なる魔力の枯渇ということであれば、回復すれば目が覚めるだろう。普通の人間であれば、何も案じることもないのだ。普通の人間であれば……。

 レイフェリオは龍神族と人間の混血児。人の身では扱いきれないほどの魔力をその身に秘めている。枯渇することなど、一生ありえないほどの量をだ。それがなくなる。そんな馬鹿な話があるものか。それがクラビウスの心境だった。

 呼吸はいまだ乱れ、顔色も戻っていない。不安に駆られるのは仕方ないことだろう。

 

「……一体何があった? 何をしたのだ、レイフェリオ」

 

 クラビウスの疑問に答える者は、誰もいなかった。

 

 

 翌朝、ナンシーは一睡もせずに看病をしていた。汗を拭き、顔色を見る。朝になっても、さほど変化はなかった。

 クラビウスはといえば、流石に王という立場なので、ここを追い出され通常の執務へと戻っている。

 

「レイフェリオ様……本当に、何があったのですか?」

 

 クラビウスの様子から、何かナンシーにも知らない何かがあるのかもしれない。一介の使用人でしかないナンシーには聞かせられないことなのだろう。だが、それが今の状態を緩和するきっかけになるのなら、教えてもらいたいというのが本音だ。

 

 額に置かれたぬるくなったタオルを取り、水につけ再び額へと乗せる。今できるのはこの程度だった。

 その時だった。

 

 コンコン。

 

「はい、どなたでしょうか?」

「……ぼ、僕だ」

「チャゴス王子?」

 

 声と口調で誰かは一発でわかった。扉を開けると予想通り、チャゴス王子がいた。何とも複雑な表情をしている。

 

「どうしたのですか?」

「い、いや……その……あい、つが帰ったって……」

 

 言いにくいのか顔を横に向けている。若干顔が赤くなっているのは気のせいではないだろう。その様子にナンシーは笑みがこぼれる。

 

「どうぞ、お入りください」

「あ、あぁ……」

 

 部屋へ入ったチャゴスはゆっくりとベッドへと近づく。やはり用件はレイフェリオの見舞いのようだ。

 

「今、お茶をお入れしますので、ここでお待ちください」

「えっ?」

「少しの間、レイフェリオ様をお願いします」

 

 気を利かせるようにナンシーは部屋を出る。二人きりにして何があるのかはわからないが、チャゴスは何かを言おうとレイフェリオを訪ねたのかもしれない。誰もいない方が素直になれるそんな気がナンシーはしていたのだ。

 

 残されたチャゴスは、唖然としてナンシーが出ていった扉を見ていた。

 

「……ちっ……」

 

 舌打ちをすると、再びレイフェリオへと視線を向ける。

 呼吸は苦しそうで、顔色もいつもとは全然ちがう。チャゴスが見ているいつも余裕そうで表情が変わらない従兄の顔ではなかった。

 

「……こんなのをみたかったわけじゃないっ。僕は……あんなこと言うつもりじゃなかったのに」

 

 チャゴスをここへと連れてきたのは、レイフェリオが城を出る前の出来事。

 いつものように素直になれず、喧嘩腰に売り言葉に買い言葉で放った言葉。それが本当になるなんて思ってもみなかったからだ。

 

 常に正しくて強いレイフェリオは、幼い頃のチャゴスにとって憧れでもあった。本当に小さい頃は、兄上と慕っていたことも覚えている。それが出来なくなったのは、いつからだったのか。

 兵士たちの噂を聞いたからだろうか。レイフェリオは、化け物だと。

 年の割に強い魔力、剣の才をもち、魔物にも恐れず向かっていく精神力。普通の子どもならば、恐怖に逃げ出したくなるのが普通だ。それを、雷の呪文で消し去ったというのだ。無論、チャゴスは聞いただけで見たことはない。

 レイフェリオが戦うところなど、見たことないのだ。

 それでも、怖くなったのは事実。兵士をも恐れさせる従兄。冷静に見えるのは、チャゴスを見下しているのかもしれない。優しくしてくれているのは、哀れみなのかもしれないと。

 

 母が亡くなった頃、レイフェリオは側にいてくれた。父も決して怒ることはしなかった。何を言っても許された。それが一層チャゴスの劣等感を刺激していた。レイフェリオには厳しい父も、チャゴスには甘い。王にはならないからの違いなのだろう。それはそうだ。レイフェリオがいるのだから、チャゴスが王になることはない。

 何も期待されることはなく、それはすべてレイフェリオが背負っている。いつしか、レイフェリオが笑うところも見なくなった。その瞳がチャゴスを捉えるたびに、憐れんでいるように思えてならなかった。

 誰からも期待されない王子だと。

 実際、チャゴスが期待されたことなどなかったのだから。それからは、チャゴスはレイフェリオと顔を合わせる機会も減っていった。しまいには、会話すらもしなくなった。

 淋しくなどない。遊びほうけても小言を言われる程度で、結局誰も叱りつけてはくれないのだから。

 

 しかし成長してベルガラックのカジノに行くようになると、必ず連れ戻しに来るのはレイフェリオだった。

 気が付いてみると、レイフェリオだけがチャゴスに苦言を言っていた。叱るのもレイフェリオだけだった。

 だから……。

 

「……僕は……兄上に……」

 

 初めて見るレイフェリオの顔に、チャゴスは口を一文字に結ぶ。

 こんな感情、認めたくなかったというように、悔しそう拳を握りしめる。

 

「……僕は、認められたかった……」

 

 ポツリとつぶやいた言葉と共に、一滴涙が落ちる。と、その時レイフェリオが身じろぎした。

 

「……うっ……」

「あ、兄上!?」

 

 思わず駆け寄るチャゴス。するとゆっくりとレイフェリオの目が開けられる。

 

「チャ……ゴス……?」

「兄上……」

「おれ……は……」

「……城だ。いい、気味だ。僕を……馬鹿にした罰が当たったんだよ」

 

 素直になれないチャゴスの口から出てきたのは、安堵する言葉ではなかった。それでも、チャゴスの目じりに光るものをレイフェリオはみた。そこからは想像するのも難しいことではない。

 

「……そばに、いてくれた……のか……ありがとう」

「べ、別に僕は……あ、あいつらに頼まれたから仕方なくだっ! 僕はもう行くぞっ」

 

 レイフェリオに顔を見られないためか横を向くが、顔を赤くしているのは一目瞭然だ。もう用は済んだというように、チャゴスは扉を開ける。とそこにはナンシーが立っていた。

 

「うわっ」

「もうお帰りですか?」

「う、うるさい!! 僕はもう行くからな」

 

 慌てて走るチャゴスをナンシーは生暖かい目で見送る。

 

「ナン……?」

「!? お気づきでしたか、レイフェリオ様っ!」

 

 ナンシーは慌てて持っていたお盆を机に置き、駆け寄った。

 

「俺は……どのくらい?」

「戻られたのは昨夜です。今、医師をお呼びしますのでそのまま横になっていてください」

 

 再びナンシーが部屋を出ていく。

 この場にいるということは、ドルマゲスは倒されたのだろう。他の皆はどこにいるのか。

 起き上がろうにも、身体に力が入らない。

 魔力を解放したことによる反動なのだろうか。

 

「にしても……あれは、一体……」

 

 レイフェリオ自身、あの声は何だったのかよくわかっていなかった。

 時折、語り替えてくる声。その正体を知る必要があるだろう。ドルマゲスが倒れた今、トロデやミーティアがどうなったのかも気になるところだった。

 

 何にしても、起き上がれない状態では何もできることはない。仕方なく、ナンシーが戻るまでレイフェリオはおとなしくしていることにした。

 

 

 




まだまだ素直になれない王子の回でした。
メインは、チャゴスだったかもしれませんね。王になれないチャゴスの葛藤を少しでも描けたらいいと思いました。
彼が素直になれる日は、来るのでしょうかね。


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リブルアーチ地方
ゼシカの失踪


オリジナル展開です。
原作でいうところのタイトルの話。




 ナンシーに連れられ部屋へと入ってきたのは、老医師とクラビウスとシェルトだった。

 目が覚めたことで、クラビウスに報告したのだろう。

 

「レイっ!」

「叔父上……すみ、ません」

 

 起き上がることはできないので、目線だけを向ける。

 

「本当に、肝が冷えましたよ」

「シェルト……」

 

 クラビウスもシェルトも医師の邪魔をしない範囲でレイフェリオの側へと来ていた。

 

「医師よ、どうだ?」

「……殿下、腕を動かせますか?」

「……無理、だな」

「そうですか。……陛下、あくまで推測の域を出ませんが、魔力の使い過ぎにより殿下の身体が悲鳴を上げていたのでしょう。しばらくは安静にしているのが宜しいでしょう。魔力が回復してもすぐには動くことはできますまい」

 

 魔力の枯渇。レイフェリオにも覚えがあった。あの時、声に従って魔力を溜めこみまるで爆発させるように解放した感覚だった。慣れないことをしたためだったのだろう。悲鳴を上げるのも無理はない。

 

「休んでいればいいだけなのだな?」

「はい。怪我もさほどされてはおりません。お仲間が治癒したとのことですし、考えられるのはそれくらいです。殿下の魔力も著しく弱っております故」

「わかった。ご苦労だったな」

「はい。……殿下、くれぐれも無理に動いてはいけませんよ。いいですね」

「……わかった。ありがとう」

 

 医師はレイフェリオに言い聞かせるように告げると、そのまま部屋を出ていった。

 

「ふぅ……」

「疲れたのですか?」

「ちょっと、な……」

 

 準備の良いナンシーが、冷たいタオルでレイフェリオの顔をふき取る。少しスッキリはしたが、目をつぶれば再び眠れそうなほど瞼が重く、油断すれば目を閉じてしまう。そんなレイフェリオを怪訝そうに皆が見つめる。

 

「レイフェリオ様?」

「……ごめん。疲れた……」

「レイ?」

 

 それだけ言うと、レイフェリオは目を閉じてしまう。

 暫くすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。少しの間しか起きていなかったのだが、それでも魔力を回復するために身体が求めているのだろう。無理に起こすこともない。

 

「……これは今日一日は寝ていそうですね」

「眠っているだけなら問題はない。しかし、何をしてきたのか全く状況がつかめないことに変わりはないが、レイの回復を待つしかない、か」

 

 コンコン。

 そこへタイミングよく、扉がノックされた。クラビウスはシェルトに目くばせすると、シェルトが扉を開けた。そこにいたのは、レイフェリオの仲間の二人だった。

 

「おっと、あんたたちか」

「お前はシェルト、か。レイフェリオは?」

「……さっき目が覚めたが、今また眠ったところだよ」

「兄貴、目が覚めたのか……良かった」

「お前も大概だよな、とんがり頭」

「うるせぇ」

「ん? 一人足りなくないか?」

 

 シェルトの前には、ククールとヤンガス二人の姿しかなかった。

 一人、ゼシカがいないのだ。

 

「……ゼシカは北に向かったらしい。理由はわからないが、俺たちはゼシカを追う」

「一体何があったのだ? 説明してもらおうか」

「……わかった」

 

 クラビウスの視線から、逃げることは敵わないことを悟ったのか、ククールは肩をすくめる。

 ヤンガスとククール、そしてクラビウスとシェルトがレイフェリオの自室のテーブルに着く。本来なら、ちゃんとした場所がいいのだが、時間がないためだ。

 

「で、何故レイフェリオが魔力を使い切る様な事態になったのだ?」

「……俺たちは闇の遺跡でドルマゲスを追い詰めた。最終的に、もう少しというところまでいったんだが、俺たちもあの野郎も既に限界が来ていたんだよ」

「その時兄貴が……」

「俺たちにも何が起こったのかはわからない。ただ言えるのは、あいつが最後の一撃を与えたことでドルマゲスは消えた。俺たちも目的を果たせたってわけだ」

 

 最後、レイフェリオから光が放たれたことはなんとなくだが伏せた。実際何が起こったのかなど説明できないのだから、ククールから言えるのはそれだけだ。

 

「目的を果たせたということは、旅はこれで終わりということか?」

「さぁね。レイフェリオの目的はドルマゲスを倒すことじゃなかったと思うぜ?」

「残念ながら、この男の言う通りですよ陛下。殿下は、今の魔物の狂暴化の原因について、世界に何が起こっているかを調べると言っていましたから、きっとまだ目的は達成していないのだと思います」

 

 最初にクラビウスに旅の許可が欲しいというときにレイフェリオが言っていたことを思い出したのか、クラビウスはため息を吐く。

 

「……そうだったな。それで、お主らはどうするのだ?」

「ゼシカを探す」

「あの嬢ちゃんは何で一人で行ったんだ?」

「さぁな。リーザス村に帰ったのかとも思ったんだが、北へ向かったなら違うだろうし……それにあいつらしくない」

「らしくない、か。それはどういう意味だ?」

「……レイフェリオに何も告げずに行っちまうはずがねぇのさ。ゼシカはそういう奴だ」

「そうだぜ。兄貴を放っておくわけがねぇ」

「二人で行くのか?」

 

 案に、レイフェリオを連れていかないのかということを聞いているのだろう。クラビウスの目がククールを鋭く指している。

 

「連れていけないだろう。あの様子じゃ、動けるまでまだかかるはずだ。普通、魔力を使い切るようなことはできるわけがねぇんだが、万が一そうなったのなら回復には時間がかかる」

「……そうか。連れていかないなら良い」

「あんたも過保護だよな、本当に」

「ですが陛下、これを殿下が知ればきっと追いかけると思います」

「知らせなければいい。せめてレイが回復するまでは、な」

「俺たちはすぐに向かう。それは任せる。行くぞヤンガス」

「お、おう」

 

 用は済んだとばかりに、ククールはさっさと部屋を出ていく。ヤンガスはレイフェリオが気になるようだが、結局はククールと共に出ていった。帰り際に、ちらりと部屋の壁のほうを見ていたが……。

 

「……本当に知らせないんですか?」

「今の状態では戦うことなどできん。死なせるようなものだ……旅をすることを止めることはせんが、今は直すことの方が先決だ」

「陛下……」

 

 会話の一部始終をそばで聞いていた者がいることを、このときのクラビウスたちは知る由もなかった。

 

 

 

 



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それぞれの想い

オリジナル展開です。
原作ではきっとあそこにいって、あれを取りに行っている頃でしょう。


 レイフェリオは夢を見ていた。

 父であるエルトリオが生きている頃の夢。

 幼い頃、物心ついたころには、母は亡くなっていた。母が亡くなり、レイフェリオは父と共に龍神の里を出てサザンビークに来たのだ。

 レイフェリオの母ウィニアは、身体が弱い人だった。記憶の中に残る姿は、いつもベッドの上で微笑んでいるものだ。

 里の人は、皆レイフェリオとは異なった容姿をしていたが、それを疑問にも思わなかった。疑問となったのは、サザンビークに来た時だ。里の人たちが特別なんだと聞いたときも、不思議にも思わなかった。ただ、自分が違う存在なんだと感じただけで。

 父と共に暮らすようになって、チャゴスの母を見て羨ましく思ったことも何度もあった。何故、自分の母はここにいないのかと、父を困らせたことも一度や二度ではない。母が亡くなったことをはっきりと認識したのは、ここへ来てからだったのだろう。

 

「お前の母は、空へと飛んでいったんだ。いつか、また会える日が来る……」

「本当……?」

「本当だ。だから、強くなれレイ。皆を守れるように。己を守れるように」

 

 父がどういう意味で言ったのか、わからなかった。けれど、真剣な父の表情にただ頷くしかなかったのだけは覚えている。

 今ならばわかる。あれは、まだ死を理解できていなかった子どもを納得させるための方便だったのだろうと。大人になった今なら、会うことは二度のないのだとわかる。それでも、その時は本当に母に会えると思っていた。

 

 子どもだったのだ。本当に。

 

 夢の中で幼い自分の姿を見て、レイフェリオは苦笑した。死んだ人に会えるなど夢物語なのだ。

 それでも、記憶に残っている姿の母は、いつでも笑っていた。それだけで十分ではないか。

 

「……レイ」

「えっ?」

 

 頭の奥から懐かしい声が聞こえる。幼い頃の姿が消え、辺りが暗くなった場所に、淡い光を放ちながら一人の男性が立っていた。とてもレイフェリオと似ている人が。

 

「ちち、うえ……?」

「立派になったな。俺によく似ている……」

「……そう、ですか?」

「あぁ。嬉しいよ。息子が自分に似ているというのはな」

「……」

 

 亡くなった面影そのままに微笑むエルトリオ。見上げることしか出来なかった存在をいまは同じ目線で見ることができる。それだけ時が過ぎたということだろう。

 

「レイ……立ち止まってはいけない。お前には、俺もウィニアも付いている。思った通りにやりなさい」

「叔父上を困らせても、ですか?」

「あれは臆病になっているだけだ。昔から母に似て甘えん坊だったからな。大いに困らせてやれ」

「父上……」

「その目で、何が起こっているのかを見てくるんだ。お前ならできる」

「……はい」

「そろそろ起きるんだ。無茶もほどほどにな……レイ、俺は……俺たちはいつでもお前を見守っている」

 

 エルトリオの姿がぼやけてくる。消えてしまう。そう思ったとき、咄嗟に手を伸ばした。

 

「父上っ!」

「行け……」

「くっ……」

「──リオ様っ」

「っ!??」

 

 一気に明るくなった。レイフェリオが目を開けると、目の前には不安そうな顔をしたナンシーの姿がある。

 

「ナン……?」

「レイフェリオ様……ようやくお気づきになられましたね。うなされておいででしたので」

「……そう、か」

 

 腕に力を入れて起き上がろうとすると、まだ完全に回復していないせいか力をうまく入れられず、崩れ落ちそうになる。

 

「レイフェリオ様っ!」

「ぐ……すまない、ありがとう」

「いえ、起き上がって大丈夫なのですか?」

「あぁ……」

 

 ナンシーが背中を支えてくれたおかげで、再びベッドへダイブすることはなかった。手を借り、起き上がると背中に枕を入れてくれる。負担を軽くするためだろう。

 

「ありがとう、ナン」

「この程度当然です」

「……夢を、見ていたんだ……」

「夢、ですか?」

「あぁ……母上と父上の、夢を」

「……レイフェリオ様」

 

 彼女が悲し気に瞳を揺らしているのを見て、レイフェリオは苦笑する。

 

「懐かしい夢だった……まだ俺が里にいた頃の。ほとんど覚えていないはずなのに」

「里というと、ウィニア様の故郷でしたね……」

「あぁ。それに……父上に活を入れられたみたいだ」

「みたい、ですか?」

「……ところで、俺はあれからどのくらい眠っていた?」

 

 外を伺うと辺りは暗くなっていた。朝方に医師に診てもらっていたのだから、少なくとも半日以上は寝ていたことになるだろうが。

 

「お目覚めになられたのが昨日の朝でしたので、一日半ですね」

「そうか……ククールたちは?」

「……私の口からは何とも。昨日の朝、こちらにお見舞いにいらしてました」

「何か言っていた?」

「……」

「そう、か」

 

 ナンシーは何も答えなかった。肯定するでも否定するでもなく、ただ沈黙しただけだ。本当に知らない可能性もあるだろう。どちらにしても、まだ本調子でないのだから勝手に動いては迷惑をかけることになる。

 

「それよりお食事はどうされますか? 何も召し上がっていませんから、何か消化に良いものを作らせましょうか?」

「……そうだな。頼むよ」

「はい」

 

 空腹というほどでもないが、何も食べていないのは本当だ。気を遣ってくれたのだろうとは思うが、言葉に甘えることにした。

 ナンシーが出ていくと、ノックもなしに扉が再び開く。

 

「ナンか? どうし……!? チャゴス……」

「……」

 

 ナンシーが戻っていたのかと思いきや、入ってきたのはチャゴスだった。

 

「……どうした? 俺に用か?」

「用がなければ来ないだろう。こんなところ……ふん」

「お前……何がしたいんだ……」

 

 いつも通り偉そうにしている。いつものことなので、レイフェリオもスルーだ。しかし、チャゴスがレイフェリオの自室に来ることは滅多にない。珍しすぎる。何を企んでいるのかと、勘繰りたくなるがチャゴスにそのような小細工はできない。単純だからだが……。

 

「僕がとっておきの情報をもってきてやったんだ」

「情報?」

「お前の仲間が行方不明らしいぞ。あの女だ」

「ゼシカのことか?」

「北の方に行くって言っていたから、リブルアーチだろうが、あんな職人ばかりの街に何があるっていうんだか。庶民の考えることはわからな──―うぉ」

「ククールたちが追っていったんだな?」

 

 レイフェリオがチャゴスの腕を引っ張ったことで、チャゴスはベッドに思わず手をついた。

 

「知らんっ! 僕は父上とお前の仲間が話しているのを聞いただけだ」

「盗み聞きか……」

「た、たまたまだっ!!」

「……ゼシカが。まだ何か起こるって言うのか……嫌な予感がする。くっ」

「お、おい!? レイフェリオ?」

 

 ベッドから立ち上がろうとしたレイフェリオをチャゴスが思わず止める。怪我人で安静が必要だということは、チャゴスにもわかっている。無論、レイフェリオ自身もだ。

 

「お前、安静にって!」

「リブルアーチだな……」

「まさかっ」

 

 苦痛に顔を歪めながらもレイフェリオは、着替えを始めた。すぐに追うつもりなのかとチャゴスは慌てる。

 

「おいっ、安静にって言われたんだろう!? 今から追ってどうするつもりだっ」

「……ちっ……リブルアーチなら行ったことがある。すぐに行ける場所だ」

「何を言って、おい待てよ!!」

「どけ、チャゴス」

「どうしてだ……なんでお前は……」

「……嫌な予感がする。ゼシカが、ククール、ヤンガスが危ない」

「危ないって、今のお前が行ってどうなるんだっ!」

「魔力なら多少回復している。動けないわけじゃない」

「死にに行くのかっ!?」

「……チャゴス?」

 

 あまりに必死に止めるチャゴスに、レイフェリオも一度冷静にチャゴスを見る。チャゴスの腕が震えているのがわかった。こんなことは初めてのことで、レイフェリオも思わず言葉を失う。

 

「……こ、行動で見せろって言ったのはお前じゃないか!? なのに、何でお前はまた僕を見ずに……」

「チャ、ゴス?」

「お前なんか……お前、なんか……」

 

 フルフルと拳を握っているチャゴス。同じような状況が以前にもあった。その時、チャゴスは容赦なくレイフェリオを罵倒したのだが、今は違った。

 それが素直ではないチャゴスの精一杯の心配の表れなのだと、このときレイフェリオは初めてわかった。

 

「……ごめん。俺は行く。けど……ちゃんと戻ってくる。その時は……きちんとお前と向き合えるようにする」

「……ち、違うっ!! 僕は──―」

「待っててくれ」

 

 レイフェリオはテラスへと出ると、そのままルーラを唱えて飛んでいった。

 あとに残されたのは、チャゴスただ一人だった。

 

「……いつもいつも。勝手すぎるんだよ。僕は……」

 

 待ってろ。

 レイフェリオのその言葉に、チャゴスはなぜだかわからないが、心が温かくなるのを感じていた。

 

 




最近チャゴス率多いかもしれませんが、またしばらくはサザンビークから離れるのでお別れです。
この二人のやり取りを書くのは、結構気に入っています。


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呪われしゼシカ戦

タイトル通りです。
リブルアーチに来ました。


 一気にリブルアーチへとたどり着いたレイフェリオは、気配を探りながらゼシカたちを探す。

 だが、探す間もなく彼らは見つかった。

 

 本調子ではない身体を無理やり動かし屋敷へと近づく。ゼシカと対峙していたククールとヤンガスに既に戦いは始まっていた。

 ゼシカの他にも影……シャドーが何体かいるようだ。

 杖を掲げ魔力が放たれると、炎の渦が二人を囲む。以前のゼシカにはない威力だ。否、力をみるにあの呪文はベギラゴン。ゼシカはまだ習得していなかったはずだった。

 油断している隙に、レイフェリオは魔力を溜めこみ呪文を放つ。

 

「ライデイン!」

「なっ!」

 

 稲妻がゼシカとシャドーたちへと落ちる。

 

「ククール、ヤンガス」

「なっ、レイフェリオ!?」

「兄貴!? どうしてここに!」

 

 ここにいるはずのないレイフェリオに、二人は目を見張った。しかし、今は説明をしている場合ではない。

 

「……お前、そうか。生きていたのね……好都合だ。ここで共に死なせてやるわ」

「ゼシカ……その杖の力なのか」

 

 ドルマゲスが持っていた杖。トロデ―ンの秘宝と言っていたが、何か訳アリなのだろう。それさえ、ゼシカから離すことができれば、元に戻せる可能性もある。

 

「ククール、あの杖をゼシカの手から離せるか?」

「弓で狙えってことか……できないことはないが、今の状態なら手放しはしないだろうな」

「そうか……なら、戦うしかないのか」

「兄貴……」

 

 ゼシカ自身に怪我を負わせることはしたくないが、多少弱らせなければ杖を離すことはしないだろう。ならば、やるこは一つだ。

 

「……ゼシカ、目を覚まさせてやる」

「レイフェリオ……そうだな。お前が来たのなら、多少はマシになるか」

「けど兄貴は……」

「悪いな。今の俺は前衛に立つことは無理だろう。ヤンガス、頼んだ」

「……わかったでがす、兄貴! まかせてくんなせぃ!」

 

 直接斧で斬りつければゼシカが怪我をする可能性もあるが、杖の魔力が多少は防いでくれることを祈り、ヤンガスは斧を抱えてゼシカへと突撃していった。

 一方でレイフェリオは、シャドーが余計な手出しをしないように呪文で牽制に入った。一体一体を倒していたのではキリがない。一気に片を付ける方がいい。ククールに目くばせをすると、力をため込んだ。

 

「ライデインっ!」

「バギマ!」

「キシャァァ……」

 

 一気に魔力を解放した二人の呪文がシャドーを一掃する。残りはゼシカのみだ。

 

「ククール、矢を放ってくれ」

「……ったく、わかったぜ」

 

 弓を構え、矢をゼシカへと放つ。その矢に合わせるように、レイフェリオが魔力を乗せた。ゼシカへと届く前に矢は炎を纏うと、そのまま命中する。

 

「ちっ!!」

「甘いぜっ!」

「くぅ」

 

 ヤンガスの斧がゼシカの腕を掠める。それでもゼシカは杖を離さない。

 

「ゼシカっ!」

「うるさいわね。本当に……もういいわ、この街ごと燃え尽きるがいい」

 

 ゼシカが空へと飛翔すると、杖を掲げる。頭上には、大きな魔力の塊。メラゾーマが巨大に膨れ上がっているようだ。放てば、この街など跡形もなくなってしまうほどの威力だろう。

 

「ゼシカ、止せっ! っ痛」

 

 走りだそうにも、身体が想う通りに動かないレイフェリオでは何もできない。

 その時、屋敷から飛び出してくる影があった。

 

「えぇい。邪魔じゃ! どけどけぃ」

 

 屋敷の前にいた人を押しのけ、レイフェリオの前までやってくる。恰好から見るに術者のようだ。

 

「どうやら間一髪だったようじゃな。結界が完成したわい。このわしの命を狙う不届き者め! わしの超強力な退魔の結界をくらえぃ!」

 

 そう叫ぶと、男を中心に光が広がっていった。

 聖なる力が辺りを包み、飛翔しているゼシカを吹き飛ばした。衝撃で杖がその手から落ちる。

 力を失ったゼシカはそのまま地面へと倒れ込んでしまった。

 

「ゼシカっ!」

「どわははは! こいつは相当効いたようじゃな」

 

 ククールとヤンガスがゼシカに駆け寄る。レイフェリオもゆっくりと近づいた。

 

「ククール、ゼシカは?」

「……大丈夫だ。脈はある」

「そうか……」

「お主ら、何をしておる。早くその女に止めを刺さぬか!」

「うるせぇ! おっさんは黙ってろ!」

 

 後ろで騒ぎ立てる男に思わずヤンガスが怒鳴りつける。当然だろうが、相手はこちらの事情を知らない。ゼシカをククールに任せることにし、レイフェリオは男に向き直った。

 

「……ん? なんじゃお前は?」

「失礼……俺は、レイフェリオ・クランザス・サザンビーク。彼女は、俺たちの仲間です」

「仲間? レイフェリオ? ……サザンビーク……ん? その紋章は」

 

 レイフェリオの額当てにはサザンビークの王家の紋章がある。サザンビークを知っている者ならば、一度は見たことのあるものだ。この男も流石に知っていたのだろう。

 

「まさか、サザンビークの王族か!? こんなところに何故……ごほん、わしはハワード。その女はわしの命を狙った不届き者じゃ」

「……命を? そうですか、恐らく彼女には杖の呪いが掛けられていたのでしょう。彼女の手に杖はありませんので、もう貴方を狙うことはありません」

「呪い? どういうことじゃ?」

「これ以上は我々もまだ状況の整理をしていないので、また改めてということで今は彼女を介抱してあげたいのですが?」

「……仕方ない。其方がそういうのならば、ここは任せるとしよう。そこの者たちには手伝いをしてもらったことじゃしな」

「ありがとうございます」

 

 納得がいったわけではないが、とりあえずゼシカのことはこれ以上責めることはないだろう。安堵するように、ため息を吐く。その時、ざわりとレイフェリオを悪寒が襲った。

 

「あっ……」

「ん? そういえば、わしの可愛いレオパルドちゃんはどこ行った? チェルスよ探してまいれ!」

「は、はい!」

 

 チェルスと呼ばれた男が走っていくのを横目で見ながら、何か見落としているような気がしてならない。漠然とした不安がぬぐい切れなかったが、レイフェリオ自身も体力の限界だった。

 ゼシカを連れ、一行は宿屋へと向かった。

 

 




あまり戦闘してませんでした。仲間を容赦なく攻撃するって言うのが、あまりしたくなかったというのもありますが・・・。


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賢者の末裔

いよいよ末裔の話です。ようやく、本題に来ました。


 宿屋に運ぶと、ヤンガスがことの次第をトロデへ伝えに行った。トロデなりに心配をしていたようだ。

 残されたのは、横たわったゼシカとククール、そしてレイフェリオだ。

 

「レイフェリオ、俺が見てる。少し寝てろ」

「ククール?」

「顔色、よくないぜ? 動きもな。無理して出てきたのはわかってる。何のために、黙って出てきたんだか……」

「ははっ……悪いな。先、休ませてもらう」

「あぁ……ベッドまで手を貸すぜ」

「いや、それくらい大丈夫だ。ゼシカの側にいてくれ」

「……頑固だな、お前も。わかったよ」

 

 気を失っているとはいえ、ゼシカと同室というわけにはいかない。隣の部屋へと自力で移動すると、レイフェリオはそのままベッドへ倒れ込んだ。

 疲れていたのもあるが、まだ回復しきっていないまま出てきたのだ。体力は既に限界だった。

 

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 その頃、サザンビーク城では……。

 

 レイフェリオが休んでいるはずの部屋には、立ち尽くしたままのチャゴスがおり、ナンシーは青ざめた表情で立っている。その目の前には、クラビウスがいた。

 

「……チャゴス、お前は一体レイに何を言ったのだ?」

「ぼ……僕は何も……」

「チャゴス」

 

 クラビウスの口調はゆっくりだった。静かなものだ。逆にそれがチャゴスにとって怒っているのではないかという感覚を与えており、余計に口を開かせていなかった。

 この空間を破ったのは、後からきたシェルトだった。

 

「……陛下、その辺でいいんじゃないですか?」

「シェルト?」

「既に殿下は出ていってしまったんです。恐らくは、彼らを追っていったんでしょう。命令とあれば追いますが? 一応、護衛ですからね」

「お前は心配ではないのか? まだろくに動くこともできんのだ。何かがあってからでは遅い」

「殿下はきちんと理解していると思いますよ。先走り気味なところはありますが……それにきっとククールたちなら、殿下に無理をさせることもないでしょう」

「……すっかり信用しているようだな」

「信用しているわけではありません。俺は、彼らを見ている殿下を信じているだけです。彼らに対する殿下の態度を見ていればわかります」

 

 シェルトが揺れることはなかった。どちらにしてもレイフェリオが彼らを追っていくことはわかっていたのだ。無論、クラビウスとてそれは承知していた。放置しておくわけがないことを。しかし、それでも体調が回復してからでも遅くはなかったはずなのだ。

 何も言わないが、チャゴスが何か引き金を引いたことは間違いない。

 クラビウス、シェルト両名の視線が再びチャゴスへと移る。

 

「えっ」

「……王子は彼らが向かったことを伝えたんですね?」

「そ……それはっ……で、でも僕は止めたんだっ! けど……ぼ、僕は悪くないっ! 悪くないっ!!」

 

 責められるような視線に耐えられなかったのか、チャゴスは逃げ出してしまった。その態度にクラビウスはため息を吐く。

 

「チャゴス……」

「まぁ、悪くはないでしょうが……いい判断とも言えないでしょうね」

「何故チャゴスはレイに……」

「殿下が知らないことを知っていた。優位に立ったと思ったのか、まぁいずれにしても見栄っ張りでやけに殿下を意識していますから」

「意識している? レイに認められたいと思っているのではないのか?」

 

 ぽつりと繰り返された言葉に、今度はシェルトとナンシーの二人が目を見開いた。

 

「気づいていたんですか……」

「お前はわしを馬鹿にしているのか?」

「……少なくともグラン老から聞いた話では、王子がああなったのは陛下に責任があると言っていましたよ?」

「……身に覚えがないわけではないが」

「陛下。チャゴス王子は、レイフェリオ様を慕っておられるのです。不器用な方ですから、お互い素直になれないのだと思いますが、私どもが知っている中で唯一レイフェリオ様だけが、チャゴス王子へと苦言を申し上げておりました」

 

 会話に口を挟んできたのは、いままで黙っていたナンシーだった。一番レイフェリオの側にいた彼女の言葉には信憑性がある。

 

「……確かに、妻が死んでからはチャゴスを甘やかしすぎた気がしなくもないが」

「それ故、チャゴス王子はレイフェリオ様の前では猫を被ったりはしませんから」

 

 言葉と態度を見る限りは、チャゴスとレイフェリオが仲がいいとは言えない。レイフェリオはチャゴスと積極的にかかわろうとはしないし、チャゴスは口を開けば汚い言葉しか出てこなかったからだ。無論、父であるクラビウスに対してチャゴスがそのような言葉を放ったことは一度たりとてない。

 

「わしは……父親失格だったのかもしれんな」

「……」

 

 シェルトもナンシーも肯定することはできず、ただ聞いているだけだった。

 

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

 翌朝、目が覚めるとレイフェリオは身体を起こす。だが、まだ少し身体を動かすのに違和感を感じた。魔力もそこそこ回復しているのだが、あの時の影響なのだろう。身体に負担をかけすぎるものだったのかもしれない。

 

「ふぅ……」

「よぉ、目が覚めたか?」

「ククール?」

 

 開けたままの扉に手を掛けていたのはククールだ。様子を見に来たのだろう。

 

「ゼシカが目を覚ました」

「そうか。意識は大丈夫なのか?」

「あぁ。いつものゼシカに戻っているさ。っと、こっちだ」

 

 扉の向こうへ声を掛けると、現れたのはゼシカだった。後ろからトロデとヤンガスも付いてくる。

 

「もう、大丈夫なのか?」

「えぇ……ごめんなさい、レイフェリオ。貴方にも無理をさせて」

「いや。無事だったならいいんだ」

 

 最後に扉を閉めたククールも入り、全員が集まった。いまだベッドにいるのはレイフェリオだけだ。

 

「皆、ごめんなさい。私、ずっと夢を見ていたような気がしていた。けれど、あれは夢ではなかった」

「覚えているのか?」

「えぇ。私、禍々しい魔の力に完全に支配されていた。そう……ドルマゲスと同じように。私を支配した強大な魔の力の持ち主の名は……暗黒神ラプソーン」

「なっ、兄貴その名前はっ!」

「……あぁ」

 

 闇の遺跡で、彷徨える魂が口にしていた名前だ。

 

「皆、聞いて。ラプソーンは私の心にこう命令したわ。世界に散った七賢者の末裔を殺し、我が封印を解けって」

「七賢者じゃと?」

「七賢者というのは、かつて地上を荒らした暗黒神ラプソーンの魂を封印した存在らしいの。賢者たちはラプソーンを完全には滅ぼせなかったけど、その魂を杖に閉じ込めて自分たちの血で封印したのね。だから暗黒神ラプソーンの呪いがその七賢者を狙っていて……」

「ってことは、オディロ院長も七賢者だったってのか?」

「そう。マスターライラス、サーベルト兄さん、オディロ院長、あとベルガラックのオーナーも……今までに殺された人たちはみんな七賢者の末裔だったのよ」

「ギャリングさんも……か」

 

 全て賢者の末裔のもの。今までドルマゲスが狙ってきたのも、ラプソーンの命令だという。だからといってドルマゲスを許すことは到底できない。そもそも杖を解き放ったのはドルマゲスなのだから。

 

「ふーむ、ややこしい話になってきたのう。つまり、わしとミーティアが人間に戻れなかったのも、その暗黒神と関係があるということか?」

「それはわからないわ……けど、残る七賢者は三人。私が狙ったチェルスとあと二人」

「その三人が殺されるとどうなるんでがすかね?」

「……言葉の通り、解放されるんだろうな」

「レイフェリオの言う通りよ。血筋がすべて断たれると、杖にかけられた封印が解かれてラプソーンの魂があの杖から……杖……? ねぇトロデ王、あの杖はどうしたの?」

「!? ……チェルスが危ないっ」

 

 ここに杖はない。レイフェリオもあの後、杖がどこに行ったのかは見ていなかった。あの時の悪寒はこれを暗示していたのか。

 

「くっ!」

「ちょっ、どこに行くのじゃレイフェリオ!」

「あ、兄貴っ!?」

 

 痛む身体を無理やり動かし、レイフェリオはハワード邸へと急いだ。

 

 

 

 

 



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チェルス

賢者の末裔も残すところあと・・・です。
終盤に近付いてきましたね。


 宿屋を出ると、すぐにククールが追い付いてくる。

 

「おい、レイフェリオ」

「ククール」

「……ったく手を貸す。その身体で走るのはきついだろ?」

「……すまない」

「あぁ、それより急ぐぜ。まずはチェルスの無事を確認しないとな」

 

 ゼシカはヤンガスと共にいるらしい。トロデは馬車へと戻って行ったそうだ。下手に人にあって騒ぎ立てられてはたまらないと言って。

 

 宿屋からハワード邸まではさほど距離があるわけではない。チェルスもすぐに見つかった。

 

「無事、なようだな」

「だな……」

 

 庭にいるチェルスの姿に安堵し、彼に近づいた。チェルスもこちらに気が付き、駆け寄ってくる。

 

「昨日はありがとうございました。命を助けていただいたご恩は決して忘れません」

「いや、元々は俺たちの仲間が関わっていたことだから……貴方が無事でよかった」

「ありがとうございます。ですが……どうして僕の命が狙われたのかわからないんです」

「……知らないのか?」

 

 ククールの質問には、賢者のことを示していたのだがチェルスには通じていないようで首を傾げている。

 

「君は先祖のことを聞いたことはないのか?」

「先祖? ……いいえ。ハワード様が賢者の末裔だということは聞いたことがあります。僕は単なる使用人でしかありませんし……っと話をしている場合ではありませんでした。レオパルド様を探しているんです」

「レオパルド?」

「そこの檻の中にいた犬だ」

 

 レイフェリオの疑問に答えたのはククールだった。

 その表情には不機嫌さがありありと現れている。どうやらククールはそのレオパルドが気に入らないらしい。

 

「……犬、か」

「可能性はなくもない。だがレイフェリオ、犬に杖を持てるか?」

「口に咥えることはできる」

「……それは、そうだけどよ」

 

 犬とはいえ杖を持ち去った可能性がないわけではない。となれば、チェルスの側を離れるのは危険だ。狙われているのはチェルスなのだから。

 

「……俺はここでチェルスを見ている。ククールは──―」

「レイフェリオっ!」

「くっ!?」

 

 チェルスから目を離した一瞬のことだった。

 突然、目の前に黒い犬が杖を加えて現れたのだ。

 

「レ、レオパルド、さま……?」

「逃げろ、チェルス!」

「えっ?」

 

 声を荒げて叫ぶが、何が起こっているのか状況が読み込めていないチェルスは動くことができない。咄嗟にククールがチェルスに駆け寄ろうとする。だが……。

 レオパルドが加えている杖から、禍々しい魔力が迸る。魔力の勢いにククールとレイフェリオが吹き飛ばされた。

 

「くっ」

「ちっ、させるか!」

「遅い……」

「なっ!?」

 

 聞こえるはずのない犬の声が響いた刹那、チェルスの身体が杖に貫かれた。

 

「がはっ……レ、レオパルド……さ」

「チェルスっ!!」

「これで、あと二人……これ以上邪魔はさせぬぞ」

 

 杖を加えたままレオパルドは高く飛び、家の屋根を伝って逃げていった。流石にそのまま追うことは難しい。

 倒れたチェルスへ近づくと、既に虫の息だった。

 

「チェルス……」

「お、お願い……します……レオパルド……さまを」

「……」

「ハワードさ、まが……心を……開け……る、唯一……の…………」

「チェルス! いや……偉大なる賢者クーパス様の末裔……」

 

 襲われたことを聞きつけてきたのだろう、ハワードが青ざめながらその場に立ち尽くしていた。

 

「そうか……わしは……わしは、守り通すことができんかったのか。代々の悲願である因縁の呪を……せっかくご先祖様がわしとクーパス様の末裔を導いてくれたというのに……わしは……わしは……」

「ハワード……」

 

 呟かれた言葉から推測するに、ハワードはクーパスの末裔を守ることを先祖から受け継いでいたようだ。呪いという形で。しかし、それは達成することができなかった。ハワードの嘆きは、手遅れだったのだ。

 

 項垂れるハワードをレイフェリオたちはただ見守るしかなかった。

 

 

 時間をおき、落ち着いたところでレイフェリオたちは再びハワードを訪ねた。ゼシカもヤンガスも一緒だ。

 すっかり威厳を失ってしまったハワードの姿に、以前の面影はない。

 

「……ハワード」

「……レイフェリオ様、でよろしいのか?」

「えぇ」

 

 昨日の様子とは違い、王族に対する敬意を示すようだ。これにはククールとヤンガスも目を見開く。

 

「ふぅ……いえ、昨日は申し訳なかった。チェルスの亡骸を見たとき、色々な疑問が氷解した。わしは、全てを悟ったのじゃ」

「どういうことですか?」

「わしは……ご先祖さまの呪により生まれながらにこう運命づけられていたようですじゃ……偉大なる賢者の一族……つまりはその末裔であるチェルスを守るようにと。だが……強力な呪術の力に奢った我が一族は、いつからか呪をも消しかけてしまった……せめてあと少しそのことに気が付いていれば、こうはならんかったのかもしれん」

「ハワード……」

 

 後悔の念。懺悔にもとれるが、既に起こってしまったことを振り返り可能性について論議しても意味はない。

 

「懺悔をされても、俺には何も応えるべき言葉はありません。かの杖を持っているレオパルドという犬は既に残りの賢者の末裔を追っているでしょう。今すべきことは、今後についてです」

「……手厳しいですな、サザンビークの王太子殿は。……ならば、頼みを聞いてもらえますかな?」

「頼み、ですか?」

「レオパルドがチェルスを手にかけた。それを承知で……レオパルドを退治してほしいのです。賢者の一族の仇を討ってほしいのですじゃ」

「レオパルドは、貴方の大切な犬だとお聞きしました。それでも?」

「……レオパルドは既に強大な魔のチカラに支配されておる。既にレオパルドはレオパルドでなくなっている」

「俺たちに殺されても文句はねぇってことか?」

 

 口を挟んだのはククールだ。ハワードは首肯する。優先すべきは世界。すべての事情を理解したからこそできる選択だろう。

 

「……せめてもの罪滅ぼしではないが、わしのチカラで眠っている天分をかるく揺り起こしてやろう」

 

 そう言うとハワードは、両手をレイフェリオたちに向ける。

 やがて力の源が溢れるかのようにレイフェリオ、ゼシカを照らした。

 

「何、これ? 力が……」

「……これは……」

「えー、兄貴、アッシはないんでがすか!?」

「……まぁ、そういうこともあるんじゃないのか?」

 

 新しい力が湧き上がってくるのを感じながら、レイフェリオは拳を握りしめた。今後の旅には心強い力だ。

 

「ありがとう、ハワード」

「わしにできるのはこれくらいじゃ……レオパルドは北へと向かった」

「なら、俺たちも北へ向かうとするか……体調はどうだ、レイフェリオ?」

「……さっきの力のおかげか、身体も問題なく動かせそうだ」

 

 身体が軽くなっている。腕を動かしながら確かめながら、ククールに応える。これならば、戦闘も今まで通りこなすことができるだろう。

 目的は決まった。

 レオパルドを追い、これ以上の犠牲を止めるために。

 

「行こう」

 

 

 




次回は、ゼシカのイベントです。


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ゼシカの想い

ゼシカイベントですが、オリジナル展開ありです。
3DS版での追加イベントになります。


 ハワード邸を出たところで、ゼシカの足が止まる。

 

「ゼシカ?」

「あ……えっと、大した用じゃないんだけど……」

 

 全員が足を止め、ゼシカへと振り返った。

 

「……ドルマゲスを倒した。それはそうなんだけど、私は兄さんの仇を討ったなんてちっとも思えてないの。暗黒神ラプソーンっていうのが何者なのかはよくわからないんだけど……あの杖をこのままにはしておけないわ」

「……ゼシカ」

「だから……あの杖をもう一度封印するまで、旅を続けるから」

「……俺も、そうさせてもらうぜ」

 

 便乗するようにククールが割り込む。

 

「ククール?」

「どうにも気に入らねぇ……」

 

 裏で糸を引いているのが暗黒神ラプソーン。その存在のことを言っているのだろう。であれば、レイフェリオも同感だ。

 ヤンガスは元から手を引くことは考えていないだろう。

 ラプソーンを倒すまで、旅は続行する。恐らくはそれが、世界に起こっている異変の原因にもなっているのだろう。

 

「……わかった。これ以上、好き勝手させるわけにはいかないしな」

「合点でがすよ、兄貴」

「んで、北に行くのか?」

「あっ……ねぇちょっとだけ村に寄ってもいいかな?」

 

 レオパルドを追おうとする足をゼシカが引き留める。村というのはリーザス村、彼女の故郷のことだろう。

 

「……お兄さんのところか?」

「えぇ……ごめんなさい、急いでいる旅なのに」

「構わない。寄り道をしているならば、俺の方がよっぽどさせているからな」

 

 サザンビーク絡みでは多くの時間を使わせているのだ。少し村に戻るくらいどうってことはない。

 ヤンガス、ククールを見回しても反対の意志は見られなかった。

 

「ありがとう」

 

 そうして一行は、リーザス村へと飛んだ。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆

 

 

 リーザス村についてゼシカがまず先に向かったのは、屋敷だった。

 何も言わずに突き進んでいくゼシカの後を、レイフェリオたちはついていくだけだ。

 屋敷に入り階段を登った先には、以前ここを訪れた時と同じようにアローザが座っていた。

 現れたゼシカに気が付いたのか、アローザは思わず立ち上がる。

 

「ゼシカっ!? いつ戻ったのです?」

「ついさっきよ。またすぐにいかなくちゃいけないけれど……サーベルト兄さんの仇討ち、私にとってはまだ終わっていないの。だから……」

「……」

「ごめんなさい……」

 

 ここを旅立った時、二人の間には険悪な雰囲気があった。しかし、この場にそれはない。ゼシカが成長したためか、それともアローザ自身の変化なのか。

 まだ帰れないと言ったゼシカの言葉に、アローザはふっと柔らかく微笑んだ。

 

「……もういいわ。貴方の気のすむまで好きなようになさい」

「お母さん……」

「けれど、気が済んだのなら必ずこの村に戻ってくるのよ」

「あ、ありがとう」

 

 ゼシカがいない間、アローザの中で気持ちが整理できたのだろうか。何か思うところがあったのかもしれない。

 ふと、アローザがレイフェリオへと向き直った。

 

「レイフェリオ殿下……この度は、娘がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえ。ゼシカには俺も助けられていますから」

「そういっていただけると、私も肩の荷がおります」

 

 親し気に会話をする二人に置いてけぼりだったのは、当のゼシカだ。

 

「あれ? レイフェリオとお母さんは知り合いだったの?」

「貴方が飛び出していった時、ここに来てくださったのよ」

「……ゼシカと初めて会った時のことだ。そのままゼシカは村を出ていったからな」

「あはは……そうだったわね」

 

 レイフェリオたちには目もくれず、アローザと喧嘩別れした時のことだ。随分遠い昔の話のようにも思う。それだけ、濃密な時間を過ごしてきたのだから。

 

「ゼシカ。殿下に向けてその態度は────」

「俺が構わないと言ったのです、夫人。俺たちは仲間ですから」

「レイフェリオ」

「……殿下の寛大なお心に感謝しますわ」

 

 アローザはレイフェリオへと頭を下げる。サーベルトがいない今、リーザスの当主はアローザになる。しかし、リーザスはサザンビークと直接的に関係があるわけではない。あるとすれば……。

 

「そういえば、ラグサットはどうしたのですか?」

「ラグサット殿ならば、先日村を出ていかれました」

「あいつ……何をふらふらと」

「おい、ラグサットって誰だ?」

 

 会話に割り込んできたのは、ククールだ。この中でラグサットに会ったことがないのはククールだけだった。

 

「ゼシカの婚約者だ。サザンビークの大臣の息子」

「ゼシカの婚約者? へぇ……」

「私は認めてないわよ……」

 

 不本意だということは、ゼシカの表情からも読み取れる。決して歓迎しているわけではないのだろう。

 

「一応フォローしておいてやると、放蕩息子ではあるが遊び人ではないはずだ」

「兄貴とは仲良さげでげしたね?」

「……あいつは色んな意味で俺を畏れない奴だったからな」

「レイフェリオ、何かいったか?」

「いや、なんでもない。あいつとはただの幼馴染だ」

 

 ポツリとつぶやいた言葉は、どうやら聞こえていなかったようだ。思わず口に出てしまったことに、慌てて言い換える。隠すほどのことでもないが、特別伝えることでもない。

 

「その話はまたあとでしましょう、ゼシカ。今は他にすべきことがあるのでしょう」

「……そうね。わかったわ。それじゃあ、私は行くわね」

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「ありがとう、お母さん」

「レイフェリオ殿下も」

「ありがとうございます」

 

 和やかな雰囲気の中、レイフェリオたちはアローザに見送られ屋敷を出た。出てすぐ、ゼシカは足を止める。

 屋敷の右手には、サーベルトの墓があるのだ。ゆっくりとそちらへと歩いていく姿に、レイフェリオはククールへと目くばせをした。

 頷いたククールと引っ張られていくヤンガスを見送り、レイフェリオはゼシカへと近づく。

 

「……ゼシカ」

「私ね。ここを飛び出したとき、ドルマゲスを討てばそれで終わりって思ってた。……でもドルマゲスは操られていただけで、本当の敵はラプソーンだった」

「……」

 

 墓を見つめ、後ろにいるレイフェリオを振り返ることなく話すゼシカに、応えることなくレイフェリオはただ聞いていた。

 

「時々ね、不安になるの。本当に私たちだけでラプソーンを止められるのかって……弱気になっていちゃだめだってわかっているの。けれど……不安でたまらなくなる。暗黒神ラプソーンに操られた時、どうにもならなかったから……だから怖い、のかもしれない」

 

 操られたゼシカだからこそ、ラプソーンの恐ろしさを感じる。それはレイフェリオたちにはわからないものだ。自分の身体を乗っ取られるという感覚は、とてつもない恐怖だっただろう。

 ゼシカはレイフェリオへと向き直ると、自嘲気味に漏らした。

 

「こんなの私らしくないわよね……」

「ゼシカ……」

 

 いつも強気で弱音を吐いたことがないのがゼシカだ。それでも、どんなに呪文に優れていてもゼシカはレイフェリオと同い年の少女でしかない。

 強敵に立ち向かっていっても、そういうところは普通の少女なのだというところに、レイフェリオは安堵を覚えていた。

 

「いいんじゃないか、それでも」

「えっ?」

「不安にならない奴は、ただの無謀者だろう。相手は姿もわからない存在なんだ。そう思うのは当然だと思う」

「……レイフェリオも、不安になることがある?」

「……そう、だな。俺の場合は、それ以上に責任があるから」

「責任?」

「世界に対しての責任。王族としての、だな」

「……王族として。でもそれはレイフェリオだけが背負うものじゃないでしょ?」

「そうかもしれない。けれど、実際問題俺以外に戦えるものがいないのも事実だ」

「死ぬかもしれないのよ? それでも?」

「……怖くないわけじゃないさ、俺だって。けど……今の俺は一人じゃないからな」

 

 ククール、ヤンガス、ゼシカ。そしてトロデやミーティアがいる。

 同じ目的をもち、共にいてくれる存在がいることはそれだけで力になるものだ。

 

「一人じゃない、か」

「ゼシカはゼシカ自身の想いをもっている。それで十分だ。らしいとからしくないとかじゃなく、それがゼシカだろう?」

「……レイフェリオ」

 

 真実思ったことを述べているだけだが、ゼシカにはそれで十分だったようだ。

 今までにないほどゼシカがふわりと微笑んだ。

 

「やっぱり、レイフェリオは優しいわね」

「そうでもないと思うが……?」

「ううん。やっぱり優しいわよ。アイシア様がうらやましいわ……」

「なんでアイシアが出てくるんだ?」

「……誰にでも欠点ってあるものよね……」

「?」

「何でもないわ。さぁ、行きましょう」

 

 意味深な言葉を残したまま、ゼシカは坂を下っていく。いまいち納得が言っていないレイフェリオもその後を追った。

 

 

 

 




イベントを知っている方は、「あれ?」と思われたかもしれませんが、鎧はなしです。
王族に地方領主の鎧を渡すのもどうか、と思ったので・・・。

先日は投稿できなくすみませんでした。




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オークニス地方
銀世界


次の地方へと向かいます。オーニクス地方です。


 リーザス村を出発し、いったんリブルアーチまで戻ると、一行は北を目指した。

 ライドンの塔を通り過ぎ、道を進んでいくと遠くに洞窟のようなものがみえる。

 

「兄貴、あれはなんでがす?」

「……あの先は俺もいったことがない。洞窟を抜ければ、雪景色が広がっていると聞いているが」

「雪、か……見たことないわね」

「俺もだ。書物でしか聞いたことがないぜ」

 

 この先に踏み入れたことがある者はいない。だが、レオパルドはその先を行ったはずだ。歩みを止めるわけにはいかない。

 無論、誰も見知らぬ土地に行くと聞いて立ち止まるものなどいないが。

 

「にしても……あの魔物連中は骨が折れるな」

「……避けては通れない、ということね。ね、レイフェリオ」

「あぁ」

 

 全員武器を構える。

 洞窟への道の前には、こん棒を構えたトロル、斧を振っているオーキングがうろうろとしている。戦闘は避けられないだろう。

 

「ゼシカ、先制を頼む」

「わかったわ。…………イオラっ!」

 

 ゼシカが放つ呪文を合図に、レイフェリオ、ヤンガスが走り出す。速さではレイフェリオが一番だ。剣を構えて、呪文の爆発に紛れ込むようにとびかかった。

 

「グルルっ!?」

「はぁっ」

 

 攻撃力が高く、しぶとさもピカイチであるトロルへと斬りつけた。下手をすれば、トロルの一撃で危機に陥ることもあるため、最初に葬るためだ。いかに攻撃力が高くとも、当たらなければ意味がない。そういう意味では、素早さに分があるレイフェリオが相手をするのが一番だろう。

 オークキングはトロルより小柄というのもあり、小回りが利く。ククールの弓で遠くからの援護を受けながら、攻撃力が高いヤンガスが前に出た。

 

「くらえぇ!」

「グォォォ! グシャァ」

「うぉっ」

 

 攻撃を繰り出したヤンガスの斧は、オークキングの斧に防がれる。勢いよく振られた斧に押され、後ろに避けた。

 

「はぁっ!」

「ギギッツ!?」

 

 ヤンガスへと追撃しようと動いたところへ、ククールの攻撃が飛んでくる。腕へと直撃するが、武器を落とすことはない。

 

「これならどうだっ! 兜割りっ!」

「ギシャァ」

「ほらよっ、これで終わりだっ!」

 

 斧で切り裂かれた体へと、ククールの矢が突き刺さる。致命傷のようだ。オークキングはゆっくりと倒れ込み、霧散していった。

 

「ふぅ……おっ、あっちも終わったようだな」

 

 一息ついていると、レイフェリオの方も戦闘は終わっていた。

 魔物が二体程度であれば、さほど苦労することはない。これが四体、三体ともなればいかにレイフェリオたちといえども、突っ走るだけでは苦戦するだろう。

 魔物も強くなってきているのだ。同じくらい、レイフェリオらも成長しているのだが、それでもここの魔物たちに苦戦をしているようでは、決してラプソーンに届くことはない。

 

 その後も、魔物との戦闘を繰り返しながら先へと進んでいった。

 洞窟へ到着すると、入り口におびえた様子の門番がいた。

 

「どうしたの?」

「うわっ!」

 

 ゼシカの声に驚いたのか、門番は腰を抜かして転んでしまった。

 声におびえられるとは不本意だったのか、ゼシカも眉を寄せる。一方で門番は、相手がゼシカだとわかると安堵したように息をついた。

 

「何だ……驚かせないでくださいよ……」

「脅かしたわけじゃないわよ。声を掛けただけ」

「……そんなに驚いてどうしたんだ?」

「さっき、黒い犬がものすごい速さでこのトンネルを駆け抜けていったんです。危うく跳ね飛ばされるところでしたよ」

「おい、黒い犬って……」

 

 ククールが漏らした声にレイフェリオは頷いた。十中八九間違いないだろう。

 

「赤い瞳をらんらんと輝かせて、あれは普通じゃありませんよ。それに変なものを口に加えていたし……」

「兄貴!?」

「あぁ……この先に行ったのは間違いない。皆、急ごう」

 

 凄い速さであるならば、既に末裔の元へとたどり着いている可能性もある。

 レオパルドは、杖の力か賢者の末裔の居場所を突き止めることもできるようだ。こちらは、末裔が誰かさえわかっていない。ハンデがありすぎる。焦っても仕方ないことがわかっていても、焦燥感はなくならなかった。

 

 洞窟内には氷が張られており、不思議な空間を作り出していた。前に進んでいくうちに、冷気が頬を撫でていく。

 辺りに雪が舞い始めた頃、寒さと共に風がレイフェリオたちを迎えていた。

 

「おい、出口じゃないか?」

「うぅ、何という寒さじゃ……しかし杖を何とかせねば、元には戻れん……うぅ、がまんがまんじゃ」

 

 魔物の姿になったとはいえ、感じるものは人と同じだ。トロデも徐々に厳しさを増してくる寒さに震えていた。

 寒さに震えているのはトロデだけではない。皆、雪国で行動するような服装ではないこともあり、寒さに堪えているようだ。

 平然としているのは、レイフェリオだけだった。

 

「あ、兄貴は寒くないんですかい?」

「寒くないわけじゃないが、我慢できないほどじゃないな」

 

 というのも、この中で一番厚着をしているのはレイフェリオだからだ。

 騎士服に似たレイフェリオのために作られた服には、魔法の力をこめた糸で織り込んだ特殊なもので、炎や吹雪といったものから守ってくれるよう力をこめられている。ブーツも同様だ。それ故、他の皆よりも我慢できていた。

 反則といえばそうかもしれないが、これがレイフェリオにとっての標準装備なのだ。

 

「王族御用達かよ……羨ましいぜ」

「時間があれば皆にも作ってもらうんだが……頼んでみるか?」

「私は遠慮するわ。そんな服着ていたら、貴族みたいだし。貴方だから許される服装よ……」

「確かに、俺はともかくヤンガスには合わないな」

「くっ……否定できないのが悔しいでがす……」

 

 全く同じものを用意させるつもりはなかったレイフェリオだが、話の流れからそういうことになっているようだ。勿論、ヤンガスがレイフェリオと同じものを来たところで似合うとは思えないので、反論もできない。

 

「あ、見て! 外よ」

「……綺麗だな」

「あぁ……これで魔物の姿がなきゃ最高なんだが」

 

 言いながらククールは弓を手にした。一面雪景色なので、道は見えないが、魔物の姿ははっきりと確認できる。

 

「仕方ない」

「こっちもいいでげすよ」

「……先手必勝ね。ちょっと待って」

 

 ゼシカが魔力を両手にため込む。

 そして次の瞬間、呪文を放った。

 

「ベギラゴン!」

「うぉっ」

 

 炎が魔物へと向かっていく。塊というより、渦に近いものだ。

 雪の世界の魔物だ。炎に弱いことも多いだろう。

 炎に囲まれている魔物たちへと、レイフェリオらはかけていった。

 

 敵を一掃したところで、後方にいたトロデも追いついてくる。

 何やらぶつぶつとつぶやいているようだが……。

 

「……全く、こんなところまで……もとはと言えばドルマゲスのせいじゃ……いや、あやつは死んだか。ではあのレオ何とか言う犬のせいじゃ。犬の分際で……ブツブツ」

「おっさん、ぶつぶつうるせぇなぁ。こっちだって寒さに気が立ってるんだ! ちったぁ黙ってろよ」

 

 戦闘を行い、汗をかいたからか余計に寒さを感じるようで、ヤンガスは震えていた。この中で一番薄着なのはヤンガスだろう。

 

「うるさいわい。わしが何を言おうとわしの勝手じゃ! 他人にどうこういわれる筋合いはないわい」

「なんだとぉ!」

「何じゃ!! ったく腹の立つ。わしは先に行くぞ」

 

 ミーティアと共に、先を行くトロデ。

 年長者にも関わらず、相変わらずの我儘な行動にククールとレイフェリオは顔を見合わせて苦笑した。

 

 その時だった。

 ゴゴゴゴ。

 どこかで何かが崩れる音がしたと思ったら、地響きがレイフェリオらを襲う。揺れ動く地面に動くこともままならない。

 

「上だっ!」

 

 ククールの声に見上げれば、雪が押し寄せてくるのが見えた。

 雪崩。その言葉がよぎった時には、既に雪がレイフェリオたちへと襲い掛かっていた。

 

 

 

 



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メディばあさんとの出会い

遅くなりました。
タイトル通りです。原作として接触がある末裔としては、この方が最後ですね。



 暖かいものに包まれたような感覚だった。

 ふと、目を覚ますとその目の前には大きな犬がレイフェリオへと顔を向けていた。

 

「い、ぬ?」

「バウゥ……」

 

 暖かかったのは、犬が乗っていたせいだったようだ。慌てて飛び起きると、犬はベッドから降り離れていく。

 そして器用に扉を開けたかと思うと、部屋の外へと出ていった。

 

「……ここは?」

 

 改めて周りを見回せば、暖炉がありどこかの民家のようだった。

 耳を澄ませば話声も聞こえる。聞き覚えのある声だ。恐らく、部屋の外にいるのだろう。

 雪崩に巻き込まれたこともあり、手足に微かに震えは残っているが、動けないほどではない。

 簡単な柔軟をすると、レイフェリオは部屋の外へと向かった。

 

 外には階段があり、声がするのは上の方からのようだ。

 階段を上がると、すぐそこに彼らはいた。

 

「あ、兄貴。目が覚めたんでげすか」

「あぁ。俺が一番最後だったのか」

 

 レイフェリオ以外の全員が揃っていることから間違いないだろう。

 

「大丈夫か、レイフェリオ? どうやら、そこにいる犬が俺らを掘り出してくれたみたいだぜ?」

「この犬が?」

「バフっていうらしいわ」

「全く大した犬だよ。どこかの自称王様とは大違いだ」

「こうら! そこ! そのバフを呼んできたのは誰だと思っとるんじゃ!」

 

 声を荒げるトロデに、ククールは肩をすくめる。本来の姿を見たことがあるのはレイフェリオだけだ。今の姿では確かに王族には見えないだろう。

 

「トロデ王、ありがとうございました」

「ま、まぁ。……近くに山小屋があったんでな。わし一人ではどうにもできん。助けを呼びに行ったんじゃ」

「そこの方が飛び込んできたときは驚いたものじゃ」

 

 一人の老齢の女性がその手に湯呑をもって近寄ってきていた。

 

「貴方は?」

「わしはメディ。この山小屋で暮らすしがない薬師のばあさんですじゃ。さぁ座りなされ。この薬湯を飲めば、温まりますじゃ」

「ありがとうございます。メディさん」

 

 促されレイフェリオも席につく。渡された薬湯に口をつけると、少しばかり辛味があるが身体がポカポカしてくるように感じる。

 

「これはヌーク草の薬湯ですじゃ。これを飲めば雪国の寒さも気にならなくなりますぞ」

「雪崩から助けてもらい、一夜の宿を貸してもらい……何から何までお世話になりますのう」

 

 素直に礼を述べるトロデに、ゼシカとククールは目を見開いた。自分たちに対する態度とは雲泥の差だ。

 

「それにしてもバアさんもこんな怪しいのが助けを求めてきたのに、よく信用する気になったもんだよな」

「この山賊崩れが! お前にだけは言われたくないわい!」

「まぁ、王落ち着いてください」

「くっ……」

「ほほほ、このトシになると人の容姿など気にならなくなりますなぁ。確かに変わった姿をした人だとは思いましたがねぇ。まぁ。こんな人のいない雪山で、困っている人がいれば相手が誰でも助けますわい」

 

 ほんわかとした雰囲気でトロデの姿を気にしないと言ったメディは、今までの旅での反応を見てきたレイフェリオたちからしてみれば、意外な存在だった。ほんのり、トロデが嬉しそうにしていたのは決して見間違いではないだろう。見た目で判断する者が多い中、こういった反応をしてくれる人は貴重だ。

 

「ところで、おばあさんはどうして山奥に一人で暮らしているんですか?」

「この家の裏手には古い遺跡がありましてな。先祖代々、わしの家系はそれをお守りしてきたのじゃ」

「遺跡、ですか?」

「しかし、その役目もわしの代で終わることになるでしょうな。跡を継ぐものもおりませんでのう」

 

 先祖代々守り続けてきたものが、自身の代で終わりを迎える。それはとても寂しいものではないだろうか。悲しい表情をしているわけではないが、その声色には若干の寂しさを感じる。

 跡を継ぐものがいることは、とても恵まれているのかもしれないと。

 そんなことをレイフェリオが考えているうちにも、ゼシカは会話を続けていた。

 

「そうなんですか。でも役目とは言え、一人暮らしは苦労も多いでしょう」

「いやいや、気楽なもんですわい。子どもの時から慣れ親しんだ土地だし、苦労など感じたことはないですじゃい。それに……こうして雪山に迷った人が訪れてくれるのでさみしくもありませんしな」

 

 雪崩に巻き込まれるのはそうないとしても、こうして小屋を訪れる人は多いらしい。周りが雪山に囲まれていては、小屋を見つけたら尋ねたくなるのは当然かもしれない。

 

「ところで、メディさん。実はそのことで聞きたいことがあるんだよ」

 

 ククールが口火を切る。聞きたいこと、それは一つしかない。

 

「何ですかな?」

「俺たちは、大きな黒犬がこの雪国の方へ逃げていったという噂を聞きつけて追ってきたんだ。もしかしたら奴はこの近くを通ったかもしれない。心当たりはないもんかな?」

「はて……大きい犬と言えばうちのバフくらいしか思い当たりませんのう」

「そっか……」

 

 ということは、メディがレオパルドを目撃した可能性はない。この道を通ったのは間違いないと思うのだが、地道に探すとなると、骨が折れる。

 

「お役に立てず申し訳ない。しかし、探し物なら人の多いところで聞き込みをされるのがよいでしょうな」

「人の多いところ……この先に街があるの?」

「この山を下って北へ向かうと、オークニスなる町がありますのじゃ。犬探しはそこでしてはどうですかな?」

「なるほど、道理じゃな。よし、次はそこへ向かうぞ!」

「おっさん、気が早いんじゃねぇか……」

「何じゃと! 善は急げじゃろうが!」

 

 睨み合うトロデとヤンガスのやり取りは、いつものことだ。既に誰も気に留めていなかった。

 メディもじゃれ合いのように受け取っているようで、にこにこと薬湯をすすっている。

 

「ほっほっほ。お気の早いことで。いずれにしてもまず吹雪が止みませんとな」

 

 窓から外を見れば、天候が悪いことは一目瞭然だった。

 吹雪いている中を歩けば、再び雪崩に巻き込まれるか遭難するかのどちらかだろう。急いでいる旅とはいえ、それは得策ではない。

 

 今宵はここで休むことにして、明日オーニクスへ旅立つことになった。

 

 

 

 




明日の更新はお休みします。
次回は、水曜日の予定です。

宜しくお願いします。


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オークニスの町

雪の町へ到着しました。




 翌朝、吹雪は止んでいた。この状態ならば、外を歩くことに問題はないだろう。

 出発するというと、外までバフと共にメディが見送りに来てくれた。

 

「オークニスは山を下って北へ向かったところですからな。道中お気をつけなされ」

「はい、お世話になりました。メディさん」

「いえいえ。それと一つ頼まれてくれませんかな?」

「頼み、ですか?」

 

 レイフェリオは首を傾げると、メディは小さな袋を差し出した。

 

「これは?」

「グラットという男に会ったならば、これを渡してほしいのですじゃ」

「オークニスにいるのですか?」

「おそらくじゃがな。わしと同じく薬師をしているはずじゃ」

「わかりました。確かにお預かりします」

「頼みましたぞ」

 

 袋を受け取ると、レイフェリオは大切にしまう。

 いつの間にか消えていたトロデは、ミーティアを迎えに行っていたようだ。出発の準備は整った。

 

「それでは、オークニスへ出発じゃ」

 

 トロデが先陣を切って出ていく中、見送るメディにそれぞれが礼を言ってそれを追った。

 

 

 吹雪はないものの、雪道を歩くのは通常の道よりも体力を使う。魔物がうろついているのだが、逃げるよりも倒していった方が早い。逃げようとしても、相手は雪道に慣れた魔物だ。不慣れな道を歩くレイフェリオたちよりも、数段早く動けている。下手に後ろを見せれば、不意打ちをくらい倒されるのはこちらの方だろう。

 

 いつも以上に疲れを抱えながら、北へと向かうと不思議なアーチが目に入った。奥には扉がある。

 

「あれって……」

「おぉ、ようやくオークニスに到着じゃな」

 

 氷で作られたアーチは、オークニスの町の目印のようなものなのだろう。雪国ということもあり、中で生活しているということは、事前にメディに聞かされていた。

 

「それにしてもヌーク草の効能は大したものじゃな。雪道を歩いてもちっとも寒くならんわい」

「王?」

「これならば外にいても苦にはならんわい。いつも通り、わしと姫は外で待っておる」

「大丈夫ですか?」

「心配無用じゃ。レイフェリオらは早く用事を済ませてくるのじゃぞ」

「……わかりました」

「兄貴ー、早くはいりやしょう!」

 

 寒さの中残して行くのは心配というのはあるが、寒さを感じないのはレイフェリオも同じだった。だからトロデが偽りを言っていることではないのはわかっている。

 空を見る限りでは、天候が荒れることも暫くはないだろう。

 

 大きく手をふるヤンガスに苦笑しながら、レイフェリオも扉の先の町へと入っていった。

 

 中に入れば、温かい空気が身体を包む。

 雪国というだけあり、店や教会なども一つの家屋に密集させているようだ。それも見る限りは、廊下が長く数軒の家が繋がっているような作りだった。

 町の人の中には、外では考えられないほどの薄着の人もいる。確かに、この中の温度であれば沢山着込む必要はなさそうだった。

 

「さて、とりあえずどうするよ」

「……まずは聞き込みだな。グラッドを探すのと、レオパルドの目撃情報を探す」

「別れて聞きまわるの?」

「それほど広くはないみたいだし、それがいいんじゃないか?」

 

 二手に別れて聞き込みをすることにし、レイフェリオはククールと。ゼシカとヤンガスが一緒に聞き込みを開始することになった。

 

 酒場では昼間にも関わらず、酒を飲んでいる人が多い。その様子にククールとレイフェリオも思わず苦笑するしかなかった。

 それでも酒場で聞き込みをするのは常套手段だ。とりあえず目の前でお酒を飲んでいる男に声を掛けることにした。

 

「なぁ、おい。グラッドって男のこと知っているか?」

「グラッド? あぁ、知ってるよ。何年か前に来た薬師の男だろ? ありゃかなりの腕前だね。以前、俺が二日酔いで苦しんでいたんだけどよ。あいつの薬湯を飲んだらすっかり治っちまって」

「へぇ、そりゃすごいな」

「……おいククール」

 

 酒が好きなのはククールも同じだ。まさか酒を飲む気ではないだろうと、釘をさすが当の本人はにやりと笑っているだけだ。レイフェリオは、ため息をはいた。

 

「だけどよ、これで安心してつぶれるまで酒が飲めるぜっていったら、流石に怒られたけどな」

「まっ、そりゃそうだよな」

「全く……それでそのグラッドに会いたいんですが、どこにいるか知っていますか?」

「ん? あぁ、地下に住居があったはずだぜ」

 

 この町では、地下に人が住めるように住居を作っているらしい。そこにグラッドが住んでいるようだ。重要なことが聞けたので、次はレオパルドの目撃情報を探す。

 

 これについては、酒場のマスターからオオカミの群れのことを聞くことができた。

 レオパルドは犬だ。オオカミと間違えられる可能性がゼロではない体躯をしているとはいえ、見た目ではオオカミに見えることはないだろう。

 無関係とは言い難いところではあるが、気に留めておく必要はありそうだ。

 

 一通り聞き込みを終えると、ククールと共に待ち合わせの教会へとやってきた。

 

「……そういえば、レイフェリオ。お前体調は大丈夫なのか?」

「あぁ。……もう痛みも倦怠感もない。魔力も回復しているしな。心配かけてすまなかった」

「平気ならいいさ。……だが、あの時お前は一体何をした?」

「……」

 

 うやむやになっていたドルマゲスでの戦い。

 レイフェリオは力を放った時点で記憶はない。何をしたのかと問われても、答えられるような情報はレイフェリオも持っていなかった。実際、自身に起こったことさえわかっていないのだから。

 

「すまない……俺にも良くわかってないんだ」

「わからないって……お前のことだろ?」

「……時々、俺にも自分がわからないことがある。昔もそうだったんだけどな。おそらく、母上の血が関係しているのだとは思うが……」

「……レイフェリオ」

「俺自身も知りたいとは思っている。だが、知る術もわからない。実際、郷に行けばわかるのかもしれないが、そこへどうやって行けばいいのかさえ、今の俺にはわからないんだ」

 

 幼い頃、育ったはずの郷。だというのに、どうやってサザンビークへ来たのか。

 父に連れられるがまま、気が付いたらいたというのがレイフェリオの認識だった。だから、郷へ行きたくともいけない。

 書物にも残されていないのだから、手かがりはないに等しいのだ。

 

「わかったよ……なら、あの力は使わない方がいいだろうな」

「……ククール?」

「またあの状態になったとして、無事でいられる保証もないってことだろ? なら、使わない方がいい」

「そう、だな……」

「結局のところ、俺たち自身の力が足りなかった所為なんだろうが……暗黒神を倒すにはもっと強くならないといけないんだろうな」

「あぁ。そうだな」

 

 暗黒神という存在は、未知の領域だ。

 その姿も力もわからない。それでも戦わなければいけない存在だ。ドルマゲス程度で苦戦していた状態では、敵わないことは皆がわかっている。だからこそ、強くなる必要がある。今よりももっと……。

 

 




すみません、章の名前が間違っていました。ご指摘いただき修正しました。

また、次回以降の更新についてです。
月曜、水曜、金曜を中心に投稿していくことにしました。
土日は、申し訳ありませんがお休みさせてください。

今後もお楽しみいただければ幸いです。
どうぞ、よろしくお願いします。


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次の目的地は?

オークニスの町散策から出発までです。


 教会にて待っていると、ゼシカとヤンガスがやってきた。

 

「あら、もう来ていたの」

「兄貴! グラッドって奴の行きそうな場所がわかったでがすよ」

「レオパルドの情報は残念ながらなかったわ」

「そうか……」

 

 レオパルドの目撃情報については収穫なし。ならば、取り敢えずグラッドに会い用件を済ませたほうがいいだろう。

 

「ヤンガス、グラッドさんはどこにいるって?」

「部屋にいなかったんで、北西の洞窟じゃないかって話でがした」

「グラッドさんは、その洞窟で薬草園を作っているみたい。よく行っているらしいわ」

「薬草園か……わかった。行ってみよう」

「仕方ねぇか……どうする。このまま向かうのか?」

 

 まだ時間にして昼頃だ。徒歩で行っているのだからさほど時間がかかる場所でもないだろう。だが、今後のことを考えれば装備を整えておいた方がいい。

 

「まずは準備をしてからだな」

「……そういえば、バタバタしていたから装備も変えてなかったな」

「そうね。ドルマゲスを倒してからはそんな余裕もなかったし」

「じゃあ、店に行くでがすよ」

 

 一行は、まず武器防具屋へと向かった。

 

 防具屋と武器屋は同じ場所で商売をしているらしいが、昼は防具屋で夜が武器屋となるらしい。現在は昼で、防具しか購入はできない。

 それがここのやり方でもあるため、不満を言うこともできないだろう。

 まずは防具類を見せてもらうことにした。

 

「……こおりの盾にドラゴン系か。これらは何か効力でもありますか?」

「良いところに目をつけられましたね。吹雪や炎のダメージを軽減する効果があるのですよ。知っての通り、この辺りは氷の魔物が多いですから、買っておいて損はありません!」

「確かにな……おい、どうする?」

「……そうだな。ゼシカが装備できるものはないから仕方ないが、購入しておいた方がよさそうだ。ククールはこのマントも装備できそうじゃないか?」

 

 レイフェリオが示したのはビロードマント。レイフェリオも装備できそうではあるが、ククールの方が必要とするだろう。守備力も今までのマントよりも上がるのだから。

 

「だな。ならこれも頼む」

「毎度あり!」

 

 こおりの盾をレイフェリオとククールの二つ買った以外は、ひとつずつ購入することとなった。

 武器屋の主人は、夜まで寝ているということで今回は諦め、戻ってきてから物色することにした。今まで激戦をしてきた中で、特にヤンガスは武器もそろそろ限界にきている。買っておきたいのはやまやまだが、たたき起こすわけにもいかないだろう。

 

「仕方ないでがすよ。なぁに、そう簡単にアッシの斧が折れるわけないでがす!」

「……油断は禁物だけど、仕方ないか」

「最悪、こいつの場合は頭突きでもいけるだろうぜ?」

「それもそうね」

「おい、お前ら!」

「……」

 

 頷き合うゼシカとククールに、レイフェリオも反論できなかった。

 

 外へでるとトロデが陰に隠れていたところから顔を出す。

 

「ん? 用事は終わったのか?」

「いえ……実はグラッドさんが北西の薬草園にいるらしいので、そこへ向かおうと思っています」

「薬草園じゃと? こんな雪の中にあるものなのか?」

「洞窟の中、らしいぜ」

「……なるほどのう。致し方ない。では、早速向かうとするか」

 

 旅にも随分と慣れてきたのか、トロデも文句をいうことは少なくなってきたように感じる。以前であれば、目的であるレオパルドのことを聞き忘れることなどなかった……はずだ。

 ともあれ、一応伝えておくことは必要だろう。

 

「トロデ王、レオパルドのことですが……」

「? おぉ、そうじゃった。忘れ取ったわい」

「そっちの方が優先事項なのだけどね……」

「ん? 何か言ったかのゼシカ?」

「何も言ってないわ」

「そうかの? それでレイフェリオ、どうじゃったのだ?」

「結論から言えば、目撃した人はいませんでした。なので、メディさんの依頼を先に済ませようと思います」

「そうか……どちらにしてもメディばあさんには世話になったのじゃ。構わん。用事を済ませてから、考えるとしようかの」

「そうですね……」

 

 ここでレオパルドの情報がなければ、手詰まりだ。

 足を止めるわけにはいかないので、メディが依頼をしてくれたことに感謝しなければならないだろう。もし何もなければ、どこへ向かえばいいかわからなくなり途方に暮れているかもしれない。

 

 グラッドに預かりものを渡したあとは、賢者の末裔の情報を探すことも視野に入れる必要があるだろう。

 レオパルドは必ず賢者の末裔の元に現れる。雲をつかむような話ではあるが、やるしかない。

 

 依頼を達成した後のことは、グラッドに会ってから相談すればいい。

 

 既に歩き出しているトロデやヤンガス、ゼシカからは、特に焦りも何も感じていないようだった。楽観視しているのか、それとも目の前に目的が一応あることで気に留めていないのか。

 恐らく後者だとは思うが。

 

「ゼシカはともかく、あいつらにそれを求めない方がいいだろうな」

「ククール?」

「お前は考えすぎだ。焦っても仕方ないだろう?」

「……だが、こうしている間に既に、ということもある」

「もしそうだったとしても、俺たちには何もできない。ならできることからやるしかねぇだろ?」

「……お前は冷静だな」

 

 こういう時、パーティの指針を決めるのはレイフェリオとククールが多い。それは、当事者としてだけでなく、周りを冷静に見ることができる眼を持っているからだろう。

 

「俺が熱くなったときは、お前が冷静になっているだろうさ」

「そうか……そうかもな」

「あぁ。ほら、まずはグラッドに会ってからだ」

「わかった」

 

 魔物と既に戦闘に入りそうなヤンガスらを視界に入れ、武器を握るとレイフェリオとククールはかけていった。

 

 

 




最近、ククールの立ち位置が参謀的な感じになってますね。


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グラッドとメディ

ご無沙汰をしております。

随分と久しぶりの更新となりますので、お手柔らかにお願いします。

台詞など原作と多少違う部分があります。


 洞窟内部はひんやりとしており、所々に氷が張っていた。

 

「……上には氷柱か。足元を注意して進まないと危ない、な」

「あっちには氷の橋のようなもんがあるぜ」

 

 辺りを軽く見回しても、ただ歩くだけでも慎重さを必要とする場所のようだ。それに加えて魔物もいる。足場が悪い状態で戦闘にならないように気をつけなければならない。

 

「兄貴ー! さっさと行くでがすよ」

「……レイフェリオ、あいつが要注意、だ」

「わかってるさ」

 

 魔物を倒しつつ、地下への道を進んでいくが、人の気配はない。グラッドはまだ奥にいるようだ。

 とその時、ドンと音がした。

 

「痛っ」

 

 氷に注意しながら進むも、氷に入った途端にヤンガスが足元を滑らせ尻餅をついてしまったようだ。ここの氷は、他の場所よりもいっそう滑るようで、自分の意志で歩くことも難しい。

 転んでしまったヤンガスを引き起こすことも一苦労だ。

 

 

「っと、ほらよ。うわっ……あぶねぇ」

「大丈夫か? ククール」

「あぁ……」

「ヤンガスも。ここは一歩ずつゆっくり歩かないとダメなようだ」

「め、面目ねぇでげす兄貴」

 

 その先もレイフェリオを先頭に、奥へと進んでいくと一際大きな氷に出くわした。

 

「氷柱……か?」

「その割には、大きくない?」

「それもそうか……ん?」

 

 ふと横を見れば氷の隙間から何かの影が見えた。

 奥に何かいるらしい。レイフェリオが近づけば、人の気配が奥からしてきた。

 

「だ……誰か、いるのか……? いるのなら、助けてくれ……身体が凍えてしまって動けないんだ……」

 

 そこ声は震えているようだった。凍えてということは、短くない時間そのままということかもしれない。一刻を争うなら急ぎ助ける必要があるだろう。

 

「……皆、離れて」

「兄貴?」

 

 レイフェリオは右手をかざし、氷へ魔力を送る。掌から現れた炎が氷を溶かしていった。

 氷柱の先に向かうには迂回すればいいのだろうが、溶かした方が手っ取り早い。あっという間に溶けた氷の先には、倒れている男が一人。

 

「大丈夫ですか……?」

「うっ……わ、私はオークニスの薬師グラッド。この洞窟で薬草の採取をしていたら……オ、オオカミに襲われて……慌てて逃げ込んだら、落ちてきた氷柱に閉じ込められてしまったんだ」

「……怪我は大したことないな。……ホイミ」

 

 かすり傷は負っているようだがそれ以外には大きな傷はない。やはり、さむさで体温を奪われているのが原因のようだ。であれば、直ぐにでもこの洞窟から出た方がいい。

 

「あ、ありがとう。だ、だが寒い……早く暖めなくては……」

「兄貴のさっきのアレでは駄目なんでがすか?」

「……魔力に耐性のない者に使えば、その身を焼くだけだ。グラッドさんには出来ない」

「うっ……ん? あ、その、袋は!」

「えっ?」

 

 グラッドが指したのはメディから預かった袋だった。袋をグラッドの前に差し出す。元々、グラッドに届けるように言われていたものだ。

 

「これは、メディさんから貴方に渡すように頼まれたものです」

「……そうか。すまないが、その袋を開けてくれないか?」

「え、ええ」

 

 グラッドに言われる通りに袋を開け、中身を見せる。その中には見慣れない薬草が入っていた。だが、グラッドには見覚えがあるようだ。

 

「ヌーク草か……本来なら薬湯にして飲むものだが、このままでも」

 

 袋の中に手を入れ、グラッドは薬草を掴みそのまま口にいれてしまった。

 口に含んだ途端に、目を見開き勢いよく起き上がる。

 

「くぁら──っっ!」

「……えっと、大丈夫なのよね?」

「さぁな」

「はぁはぁ……ふぅ、やっぱりヌーク草は生で食べるものじゃないな。まぁ粉になっていなかっただけましか……」

「その、グラッドさん……?」

「あ、あぁ、すまない。お陰で身体は温まった。君たちのお陰だよ、ありがとう」

 

 どうやらヌーク草の効果のようだ。見たことはなかったが、あの薬草がメディの家で飲んだものらしい。それならば、もう心配はないだろう。

 

「いえ、俺たちはメディさんに頼まれたものを届けただけです。お礼ならメディさんに」

「……あぁ、そうだな。まさか、予期していた訳ではないだろうが」

「で、あんたはどうするんだ?」

「あ、あぁオークニスに戻ろうと思う。もし、君たちも戻るつもりなら一緒に連れていってくれないか?」

「またオオカミに襲われるかもしれないものね。一緒に行った方が安全だと思うわ」

 

 そして、ゼシカの不安は的中した。

 行く場所が同じだということで、共に洞窟を出ると、そこにはオオカミの群れが道を塞いでいたのだ。

 

「あ、兄貴っ! オオカミでげす!」

「あぁ。だがあの赤い目……」

「どこかで見たことのある目だな、レイフェリオ」

 

 レイフェリオの呟きにククールも同意する。そう、あの目はハワードの邸で見たものだ。レオパルドのそれと同じもの。

 グラッドを背後に庇うようにして、レイフェリオらが前に出る。

 

「こいつら……私が出てくるのを待ち伏せしていたのか。それにしても……こんなにいるなんて……」

 

 怯えるグラッドに、徐々に距離を詰めてくるオオカミたち。迷っている暇はなかった。

 

「ゼシカっ!」

「わかったわ」

 

 レイフェリオの合図でゼシカが魔力を練る。グラッドを庇いながらであるため、これ以上距離を詰められる前に倒す必要がある。

 

「ベギラゴン!」

 

 ゼシカが呪文を放つ。火炎呪文でも最上級のものだ。業火がオオカミらに向かっていく。それに合わせてレイフェリオとヤンガスが武器を手に取り、一気に斬りかかった。

 

「ギャシャ……」

「ウゥゥ……」

 

 怯んだオオカミにすかさず追撃をすれば、それほどの強敵ではなかったのか次々と倒れていく。しかし、数が多い。

 

「くっ、イオラ」

「これでもくらいなさい、イオラ」

 

 レイフェリオとゼシカの呪文が放たれる。回り込んできたオオカミをも吹き飛ばす。

 

「しつこい男は嫌われるっての……バギマ!」

「……自分のことでがすか」

「何か言ったか、ヤンガス?」

 

 単体を攻撃するよりは呪文で一気に制圧したほうがいい。ヤンガス以外は全体攻撃呪文を使える。一方で、数に任せて群れを離れグラッドに向かうオオカミがいた。

 

「まずいっ! グラッドさん!」

「くっそ、こいつら何で私ばかりを狙うんだ!?」

「……」

 

 指摘されて気が付く。オオカミらはレイフェリオたちに対しては群れを張り、行く先を塞ぐよう行動していた。積極的に攻撃は仕掛けてきていないようにも見える。無論、隙を与えないようにもしているため、攻撃される前に倒れているのかもしれないが。

 

「グルルル」

『待て』

「っ!?」

 

 更にグラッドを追い詰めようとしたところで、オオカミの動きが止まった。否、止められたと言った方が正しいだろう。奥から響くような不穏な声が聞こえる。

 

『その者ではない。確かに賢者の血を感じるが、ちがう。本物は別にいるはず……真の賢者を探すのだ』

 

 声に応じるように、オオカミはグラッドを襲うのを止めその場を走るように去っていった。レイフェリオたちが相手をしていたオオカミもそれに合わせるように去っていく。

 真の賢者という言葉。それが意味するところは、あの杖を持ったレオパルドが近くにいたということだろう。グラッドが賢者に近しい者。ということは、グラッドに近しい者が賢者だということになる。

 同じことを考えていたのだろう。しかし、グラッドは首を横に振っていた。

 

「いや、まさかな……そんなことあるはずが……」

「グラッドさん、先ほどの声が言っていた『賢者』について、心当たりがあるんですか?」

「……心当たりというか。その……すまない。一旦、街に戻ってからでもいいだろうか」

 

 言葉を濁すグラッドに、何か事情がありそうだと言うことを察し、まずはオークニスへと戻ることとした。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 オークニスに戻った一行は、グラッドの家へと招かれた。

 外から帰ったため、冷えた身体を温めながら、グラッドは口を開く。

 

「実は……薬師メディは私の母親なんだ」

「あのおばあさんがでがすか!?」

「あぁ……あの山小屋の裏にある遺跡。本当なら、私は母親の跡を継いであれの守り人になるはずだったんだよ」

「ならどうして、あんたはこの街にいるんだ? 母親を放っておいて」

 

 ククールの声は冷たいものだった。肉親を一人、あのような小屋に居させていることに対する怒りだったのかもしれない。メディは優しく穏やかな人だった。見知らぬレイフェリオたちを助けてくれた恩人でもある。

 ククールの言葉に、グラッドは目を背け下を向いた。

 

「私は……家を……母を捨てたんだ……」

「……どういうことですか?」

「私は、母から学んだ薬草の知識を人々の役に立てたかった。だた、あの山奥にいたのではそれは難しい」

「それはそうかもしれないけれど。それでこの街に?」

「あぁ。家を出て、ここオークニスで薬師として人々のために尽くす道を選んだんだよ」

 

 自ら選んだと言いながらも、グラッドの表情はどこか晴れなかった。心のどこかでメディを一人残しておいていってしまったことが後ろめたかったのかもしれない。

 

「君たちが私の前に現れたとき、嬉しかったんだ。母が、私の生き方を認めてくれた気がしてね……」

「いつでも子供のことを見守り、その子が困っていれば助けようとする。親なんてそんなもんじゃよ」

「トロデ王……」

 

 この中で親であるのはトロデだけだ。それ故、言葉には重みがある。トロデの中ではミーティア姫の姿が映っているのだろう。

 

「……それで、身の上話をするために呼んだわけじゃなかろう? 何か頼みがあるようじゃが?」

「あ、あぁすまない。実は……先ほどの不気味な声のことなんだ。あの声は私のことを指して、賢者の血は感じるが違うといっていた。真の賢者を探しているとも……」

「そうね……そういっていたわ」

「信じられないかもしれないが、私の家系にはかつて暗黒神を封じた賢者のひとりの血が流れているんだ。そして同じ血をひく者は、私以外は母しかいない」

 

 レイフェリオの懸念は当たったようだ。

 メディがグラッドの母で、賢者の家系というならばレオパルドの目的はメディに違いない。

 

「メディばあさんが賢者の末裔じゃったというのか!? こうしてはおれん! 急ぐのじゃ!」

「待ってくれ! 私も一緒に連れていってくれ。どうしても母が心配なんだ……」

 

 唯一の肉親のことだ。不安になるのもわかるが、相手は暗黒神の杖をもったレオパルド。危険なことに違いない。

 

「グラッドさん、ですが────」

「頼む」

「……レイフェリオ、議論している暇はないぜ」

「そう、だな。わかりました。俺たちから離れないでください」

「ありがとう」

 

 急ぎ向かおうとした矢先のことだった。

 グラッドの家の扉が開くと、二人の男性が入ってきた。一人は、寒いのか震えているようだ。

 

「すまない、グラッドさん。一人診てもらえないだろうか」

 

 兵士の恰好をした人が付き添いで、裸の男が患者ということらしい。酒に酔ったまま廊下で寝てしまい、風邪をひいたと言うことだった。できればグラッドは急ぎメディのところへいきたいのだが、男が大げさなほどに症状を訴えるため、グラッドもしぶしぶ承諾した。

 元より、人々の役にたつためといってここにきたのだ。これを無下にしては、ここまでやってきたことを否定するようなもの。

 

「すぐに診よう。ちょうどいい薬草が手にはいったところだったんだ」

「グラッドさん、それでは俺たちは先に向かいます」

「あぁ。すまない。必ず後で追っていくから母のことを頼む」

 

 何もなければそれに越したことはない。だがその無事を見るまでは安心することはできないだろう。

 不安そうな顔のままのグラッドと別れ、レイフェリオたちはメディの小屋まで急ぐのだった。

 

 

 




今後は、ゆっくりと自分のペースで更新することにしました。不定期に更新していきます。
今後とも宜しくお願いします。


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メディの最期

これにて、オークニス地方は終わりです。


 メディの小屋の前まで来ると、その気配は一層増した。

 

「……予感は当たったみたいだ」

「兄貴、まさかっ!?」

「バカ、縁起でもないこと言わないでよ」

「とにかく入ってみようぜ?」

「待て」

 

 小屋を開けようとするククールをレイフェリオは止めた。そうして、目を閉じ周囲の気配を探る。

 

「レイフェリオ?」

「この裏だ」

「お、おいっ!」

 

 メディらしき気配を察知したレイフェリオは、裏へと急ぐ。そこには、洞窟のような穴があった。奥へと入れば、そこにはメディの姿がある。

 どうやら無事だったようだ。

 

「っ!?」

「兄貴っ、後ろでがす!!」

 

 背後からやってくる気配に、レイフェリオは反射的に前へと飛び後ろを見た。そこにいたのは、オオカミたち。

 ここで戦うには場所が狭すぎる。

 

「早くっ! こっちにきなされっ!」

「え?」

 

 奥に行けば尚更戦いにくくなるだろうが、今はメディを信じたほうがいいだろう。

 ヤンガスらも武器を振り回し、オオカミを避けつつ奥へと入ってきた。そのまま、最奥のメディの元へとたどり着く。と同時に、オオカミらもレイフェリオらを追って奥へとやってきた。しかし……。

 

「「グシャァァ」」

 

 奥の床には魔法陣のようなものが描かれており、それを中心に結界が張られているようだ。悪しき者は入ってこれないようなものが。オオカミたちは諦めて去っていく。

 

「この結界の中にいればもう安心ですじゃ」

「……悪しき者を退ける結界、みたいですね」

「えぇ。お前さんたちもまたこのような時に来て、運が悪い方ですのう」

「おばあさん。私たちグラッドさんに頼まれて来たのよ」

「グラッドに? ……そうかい。心配するのはわしの役目じゃとばかり思っておったが……そうかあの子が……」

「すぐに来るとは言っていたが、この分だと来ない方がいいだろうな……どうするレイフェリオ?」

 

 その時だった。

 

 ゴォォン。

 

 地面にとどろくような豪音が鳴り響いたのだ。衝撃に内部でも揺れを感じる。

 

「……これは」

「今の音は……それに、このおぞましいまでの邪悪な気配……。どうもただごとではありませんな」

 

 メディも感じ取る邪悪な気配。それは間違いないレオパルドのものだ。

 ここを探られてしまった以上、メディをここから出してはいけないだろう。

 

「メディさん、俺たちが外の様子を見てきます。絶対にこの結界から出ないでください」

「し、しかし……」

「お願いします」

「おい、レイフェリオ、急ぐぜ」

「あぁ。ヤンガス、ゼシカ」

「わかってるわ」

「合点でがすよ」

 

 戦闘になるかもしれないため、準備はしておく必要がある。

 慎重に外を伺いながら洞窟から出ると、そこにあった光景は予想以上のものだった。

 

 小屋は炎に包まれ、オオカミの群れの中にあの黒い犬、レオパルドの姿。更に、その足元には、グラッドが踏みつぶされていた。

 

「グラッドさん!?」

「うっ……ぐっ。す、すまない。君たちの跡を追ってきたら、突然この黒犬に襲われて……」

『また貴様らか……どこまでもしつこい奴らよ』

 

 グラッドを踏んでいるレオパルドは呆れをにじませた声でレイフェリオらに告げる。

 剣を構えてはいるものの、グラッドが足元にいる以上先に攻撃をするわけにもいかない。

 

『……ふっ。愚かな。だが今は貴様たちの相手をしているヒマは、ない。賢者の血を引きし者よ。観念してでてくるがいい』

「ダメだ! メディさんっ!」

「来てはだめ!」

『くっくっく、さもなくばお前の血を引くもの……この男の命はないと思え』

 

 卑怯な手を使う。と叫んだところでどうにもできないことはわかりきっていた。

 相手は手段を選ぶことなど最初からしていない。使えるものはなんでも使うだろう。それが他者の命であっても。

 さらに言えば、息子の危機にメディが駆け付けないわけがない。

 

「か、母さん! 出てきちゃだめだ! こいつは母さんの命を狙って……」

『黙れ……』

「ごほっ!」

 

 叫ぶグラッドにレオパルドは容赦なく杖で殴る。殺しては意味がないからだろう。

 それでもメディを止めようとするグラッドに、レイフェリオはその拳を力の限り握りしめた。

 

(何か方法はないのか……彼らを助ける方法が……)

 

 冷静になろうとしても目の前の光景がそれを阻む。

 

「ほう……これはおどろいたね。わしをよんでるようだから出てきてみれば、何と相手が犬だったとは!」

「メディさんっ!」

「ただの犬ではないね。邪悪な臭気が、お前さんの正体を教えてくれるよ」

『そこまでわかっているなら、我が望みも知っていよう。おとなしくその命我にささげよ』

「フン、何にしても人質を放すことじゃね。話はそれからだよ」

 

 この交渉には他の誰も入ることはできない。ただ黙ってみていることしか。どんなに歯がゆくても、だ。

 

『……お前には何一つ要求する自由はない。だまってこちらへ来るのだ』

「やれやれ……さすがケモノの姿をしているだけあって、聞き分けのないヤツだね。……いいだろう。今そっちに行ってあげるよ」

「っ……」

 

 そのまま身を投げようとする行為に、レイフェリオは思わずメディの腕をつかむ。しかし、メディは笑みを作るとやんわりとその腕をほどいた。

 

「……レイフェリオさん、でしたな。貴方様からは、懐かしいような不思議な雰囲気を感じました。その恰好から見るに高貴なる身分でいるのでしょうな。……どうか、後のことは頼みましたぞ……」

 

 そっと離れる間際に、レイフェリオの手に一つの鍵を残し、メディはレオパルドの元へとゆっくり歩いていった。

 オオカミたちが見守る中、メディはその歩みを手前で止める。

 

『よくぞ来た、賢者の末裔よ。今、その命刈り取ってくれよう』

「そうかい」

『だが何も怯えることはない。すぐにお前の息子にも後をおわせてやるのだからな』

「……やはりね。でもバアさんが相手だからってなんでも思い通りになるとは思わないことだね」

 

 メディは袖口に手を入れると小さな袋を取り出し、レオパルドへ向けて投げつけた。袋からは赤い粉が蔓延する。

 

『ガァァァッ!! き、貴様何を……』

「どうじゃね? ヌーク草の粉はよくきくだろう? さぁ、バフお行きっ!」

 

 粉が目に入りレオパルドが苦しんでいる隙に、バフがグラッドを救出する。目が復活した時には、足元にグラッドの姿はない。側には急ぎククールとゼシカが護りに入った。

 人質が解放された今、メディが従う理由もない。レイフェリオがメディの前にでる。

 

『グォォォ! おのれっ!!! おのれぇ~!!』

「兄貴っ!」

「レイフェリオっ!」

 

 怒りに任せたままレオパルドが襲い掛かってくる。そのスピードは尋常ではない。レイフェリオは剣を構えるが、レオパルドのスピードに弾かれその杖に貫かれる。

 

「ぐっ……」

『目障りだっ!』

「やめんかっ! あんたの狙いはわしじゃろう!!!」

「なっ!」

『グシャァァ!!!』

 

 勢いのままレオパルドは、杖を振りぬく。その先はメディを貫通した。

 

 ドサッ。

 

 メディは杖から降ろされ、地面に倒れる。杖からは淡い光が漏れ、その命が奪われたことを示していた。

 

『老いぼれが、ふざけたマネを! これでは目も鼻も利かぬ……目障りなお前に止めを刺したかったが……まぁいい。これで残る封印はあとひとつ。あとひとり……最期の賢者を葬れば我が魂は、この忌まわしき杖より抜け出せる』

「ぐっ」

「レイフェリオ、喋るなっ!」

 

 ククールがそばにより、回復呪文を唱える。腹部を貫かれているようで、手を添えた。

 

 一方で杖の力が増したためか、レオパルドは光を放つとその形態を変えていた。背には翼が生えており、もはや犬の面影が少なくなっている。いや、どちらかといえば……。

 

「ねぇ、あの格好ってドルマゲスのあれと……」

「似ている、でがす」

 

 力を増していたドルマゲスの姿に酷似していた。

 それも杖の力なのだろう。

 翼をはためかせながら、空へと飛びあがる。

 

「ま、待ちなさいよ!!」

「ゼシカ、周りを見ろ!」

 

 ようやく追いついたところで取り逃がすのはごめんだとばかりにゼシカは叫ぶが、生憎周りはオオカミに囲まれており、レイフェリオは重傷、グラッドもいるこの状況ではレオパルドに攻撃を仕掛けるのはリスクが大きすぎる。

 

「……レイフェリオは?」

「傷は深いが、致命傷ではない。悪いが回復に専念したい。そっちは任せた」

「わかったわ。ヤンガス、いいわね」

「おう」

 

 数はさほど多くない。二人でも十分だった。

 オオカミを蹴散らすと、いつの間にかレオパルドも姿を消していた。当面の危機はさったと考えていいだろう。

 だが……失ったものは大きい。メディの亡骸には、バフが寄り添っていた。

 

「か、母さん……。俺が……俺が黒犬に捕まったばかりに……ようやく、謝ることができると思ってたのに……オレの、オレのせいでっ!」

 

 泣き叫ぶグラッドに、誰も声をかけることはできなかった。

 

 

 ★☆★☆★

 

 

「うっ……」

「目が覚めたかよ」

「ククール?」

 

 気が付くと、レイフェリオは洞窟の中だった。小屋が焼かれたためだろう。

 お腹に手を当てれば、傷は癒されてふさがっている。レオパルドが去っていった後に、気を失っていたようだ。

 

「どのくらい寝ていた?」

「二時間くらいだ。まだ寝ていていいぜ」

「……グラッドさんは?」

「さてな。……どうすることもできないさ」

「そう、だな」

 

 思わず、レイフェリオは自らの手に視線を落とす。

 目の前にいたというのに、また守れなかった。オディロも、ギャリングもそうだった。手の届く場所にいたはずなのに、いつもこの手はそれをすり抜けていく。

 

 

「……何を考えているんだ?」

「えっ?」

「今回は肝が冷えたぜ、流石の俺でもな。お前も無意識に避けたんだろうが、傍から見たらそうは見えなかった」

 

 どんなに優秀な僧侶でも心臓を射抜かれてしまえば回復することはできない。死者をよみがえらせることはできないのだ。そういった意味で、ククールは全身から血の気が引くほどの衝撃だったという。

 

「お前に何かがあれば、色々と大変だ。……レイフェリオ、この際だから言わせてもらうが」

「……」

「お前が守るのはお前だということを忘れるな」

「? どういう意味だ?」

「……お前が他人を守る必要はないってことだ」

「ククール、俺は王族だ。民を守るのは当然だろう。たとえ他国だとしてもそれは変わらない」

「……王族として守るのは、戦いの中じゃないだろう。人々の生活を守るのが王の役割じゃないのか?」

「……」

 

 それは確かにそうだ。

 王となれば、民が健やかに暮らせるように国を動かしていくのが役割。そうして守っていくのが正しいあり方だろう。ククールが言いたいことはわかるし、正しい。

 だが、それでも納得できないものもある。

 

「……俺は……これ以上目の前で誰かを失うのは、嫌なんだ。俺の我儘なんだろう。それでも……この手から温もりが失われるのをこれ以上見たくない」

「レイフェリオ……」

「ごめん……ククールが言いたいことはわかる。それでも、だ。助けられるかもしれないなら、その可能性がわずかでもあきらめたくない。諦めてしまえば、俺は王族としてじゃなく人として終わってしまう気がするんだ」

「相手がどんな奴でも、か?」

「あぁ。俺が俺でいるために」

 

 ククールとレイフェリオの視線が交わる。どのくらいそうしていたのか。先に、折れたのはククールだった。わざとらしく肩を竦める。

 

「……はぁ。そうかよ。本当、お前の国に住んでいる奴らがうらやましいな」

「ククールも来ればいいだろう? すべてが終わったら」

 

 すべてが終わったら。

 暗黒神の野望を砕き、世界に平和が戻ったら、その時には……。

 

「そうだな……お前の国なら、悪くないかもな」

 

 そのためにも、暗黒神をなんとしても止めなければならない。残りは一人。誰であっても守らなければ。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 翌朝、目が覚め外に出ると、落ち着いたグラッドは外にある墓石の前で祈りを捧げていた。

 

「グラッドさん……」

「? あぁ、君か……傷はもういいのか?」

「はい……それはメディさんの?」

 

 墓の前には黄色い花が手向けられている。今朝摘んだものなのか、滴が花びらから落ちていた。

 

「……母さんが好きだった花でね。この厳しい雪の中でも咲いてくれるんだよ」

「そうなのですか……」

 

 墓の下にはメディが眠っている。せめて安らかに眠ってほしいと、レイフェリオは握った拳を胸元に上げ祈った。

 ふと気がつけばグラッドは立ち上がり、レイフェリオを見ていた。

 

「あの……?」

「あ、いやすまない。その、慣れているように見えたんだ。というか、随分と様になっているというか……昨日はその、母のことで頭が一杯だったのもあるが……君はどこかの貴族か何かなのか?」

 

 確かに、今までの旅とは違いレイフェリオは身分を隠してはいない。不思議に思われるのも無理はないだろう。

 

「……まぁ身分的にはそうですね」

「やはり、その紋章……昔、母から見せられたことがある。サザンビークのもの……いや、これ以上は知らない方がよさそうだ」

「ははは……」

 

 暫くグラッドと話をしていると、ヤンガスらも集まってきた。旅立つ前に再度、メディに祈りを捧げる。

 

「さて、わしらも向かわねばの」

「そう言えばあの黒犬は東の方へ飛び去ったと聞いたが……東には確か、法皇の住む島があったはず……」

「!?」

 

 法皇。その言葉に、レイフェリオの背筋が凍る。

 

「レイフェリオ……?」

「兄貴?」

「おい、どうしたんだ?」

 

 顔色が悪くなったレイフェリオに気づいたヤンガスらが声をかけてくる。

 一方、トロデとグラッドは怪訝そうに首を傾げるだけだ。

 

「……法皇様は、アイシアの祖父なんだ」

「えっ?」

「……そう言えば、そんな話してたな」

「ん? 何がどうしたんじゃ?」

 

 話の見えず困惑しているトロデだが、説明はされることなく話は進む。

 

「法皇様が賢者の末裔かもしれない……言われてみれば、そのような話を聞いたことがある」

「最後の一人は法皇、か。厄介だな」

 

 ククールも眉を寄せる。

 法皇というのは、王族と同等か信者にとってはそれ以上の存在だ。おいそれと会える相手ではない。

 

「だが、先にあの犬を追うのが先だろ? まだ、たどり着いていないはずだ」

「そう、だな……」

「じゃが、相手は空を飛んでいったのじゃぞ! 一体どうやって追うというのじゃ? それとわしを無視するな!」

「空か……そうだ、レティスだ!」

「おいっ!」

 

 グラッドが言うレティスは神鳥レティスのことだ。

 暗黒神と戦った伝承の鳥。その力を借りることが出来れば、空を飛ぶレオパルドを追うこともできる。

 幸いにして、メディが守っていた遺跡にはレティスについて記された石碑があるらしい。

 

「レティスならばきっと力を貸してくれるに違いない」

「神鳥レティス、ね……まずは、その石碑を見てみる?」

「あぁ、行ってみよう」

「石碑は奥にある。君たち、どうか母のような犠牲者をこれ以上出さないためにも、頼んだぞ」

「元よりそのつもりじゃ。任せるがよい」

 

 ドンと胸を叩くトロデ。戦うのはトロデではないが、釘を指すのも違うだろう。そのままトロデは放っておいて、奥にある石碑を確認しに行く。

 

 そこには大きな石碑と、小さな石碑がある。まずは、大きいものから確認をして行く。

 

『われは 七賢者がひとり。暗黒神ラプソーンは 我らと神鳥レティスの手により、封印された。しかし、長き時の果て、再びこの世に邪悪が現れることもあるだろう。そこで 未来に希望を残すべく わが盟友たるレティスの伝承をこの地に刻み記そう』

 

「これって……」

「メディさんの先祖が遺したもの、みたいだな」

「おいっ、こっちを見てみろ。あの杖のことじゃないか?」

 

 ククールが見ていた石碑には、レティスの力を借り血の呪縛によって杖に暗黒神の魂を捕らえたと記されていた。あの杖は封印の杖だったということだ。

 他の石碑には、神鳥レティスの住まう場所についても記されていた。

 

 その名は神鳥の島。断崖に囲まれ人を寄せ付けぬ未開の大地。訪れるのであれば、正しい道を記した海図が必要のようだ。

 

「海図か」

「それがないとその神鳥の島には行けないんでがしたね?」

「ねぇ、ヤンガスは聞いたことないの? 盗賊でしょ?」

「元、だ! うーん……」

 

 確かにここで一番詳しそうなのはヤンガスかもしれない。しかし、海図というからには海関連になる。盗賊として大地をメインに動いていたのであれば、わからなくても無理はない。

 

「うーん……そうでがすね……」

「ヤンガスは盗賊だろ? なら、海賊ってのがいてもおかしくないんじゃないのか?」

「海賊?」

「お! それだー! 海賊でがすよ、兄貴! 大海賊キャプテン・クロウでがす!」

 

 

 



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【幕間】レイフェリオとミーティア

息抜きというわけではありませんが、オリジナル話です。




 船に乗るために、レイフェリオらは一度ベルガラックまで戻ることにした。

 

 闇の遺跡から戻って以来、船がどうしているかわからないため、遺跡に取りに戻る必要があるかもしれない。

 その前に、情報を集めるために一度寄ることになったのだ。

 

「ベルガラックならルーラで移動するのか?」

「あぁ、距離もある。その方がいいだろう」

「……ちょっと待って、レイフェリオ」

「……? ゼシカ?」

「あのね……」

 

 そのままルーラで飛ぼうとしたレイフェリオを止めたのは、何か悩んでいるようなゼシカだった。顔を曇らせて見ていた先には、ミーティアの姿を映している。

 

「……そうだな」

「遠回りだとしても、気分転換になるんじゃないかと思って。ほら、今度はいつになるかわからないから」

「……? 兄貴? ゼシカ?」

 

 二人の会話に全くついていけていないヤンガスは、首を捻る。

 ゼシカが言っているのは、ミーティアに泉に行かせてあげたいということだった。船で移動するということは、暫くこの大陸へは戻ってこないということ。無論、ルーラだ戻ってくるのは可能だが、目の前の出来事はそれほどレイフェリオたちに時間を与えてはくれないだろう。ならば、この大陸を出る前にせめて時間をつくってあげたい。

 

「どうしたのじゃ?」

「……王、あの泉に寄ってからベルガラックに向かおうと思います」

「泉とな? ……おぉ、そうか! 姫も喜ぶじゃろう」

 

 ミーティアの姿を一時的でも戻すことのできる泉だ。トロデが反対する訳がない。

 トロデの反応をみて、ヤンガスも理解したようだ。ククールは元よりわかっていないわけがない。誰も異論はなかった。レイフェリオの詠唱に乗り、一行は不思議な泉へと向かった。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 泉に向かうと、そこには誰もいなかった。グランも今はいないようだ。

 

 奥に入り馬車からミーティアを放す。ミーティアは促されるまま、泉に近づくとその水を口に含んだ。

 その瞬間、ミーティアの身体は光に包まれ、その真実の姿に変える。

 光が収まると、そこには人間に戻ったミーティアがいた。

 その姿に、ゼシカらは笑顔を見せる。

 

「おぉ、姫や」

「お父様……皆さん、ありがとうございます。今一度、この場所につれてきてくださり、感謝致します」

「まっ、気にするな。美人が見れるなら俺は文句はない」

「あんたは少し自重しなさい……っとに、ミーティア姫、この間は挨拶もできなかったし、改めて宜しくね」

「こちらこそ。ゼシカさん、ククールさん、ヤンガスさんも宜しくお願い致しますね」

「おうよ」

 

 ミーティアは笑みを浮かべながら皆を見渡す。そして、最後にレイフェリオへ視線を映すと、きちんと向き直った。ドレスの裾を持ち上げ、王族の姫としての礼をする。

 

「レイフェリオ様、改めましてご挨拶を申し上げます。トロデーン王国が一子、ミーティアでございます。今まで碌な挨拶もできず、ご無礼をお許しください」

「ちょっ……ミーティア姫?」

「ゼシカは黙ってろよ……これは、王族同士の話だろ」

「ククール……わかったわよ」

 

 雰囲気を変え、レイフェリオに頭を下げるミーティアに困惑するゼシカだが、ここにいるのはそれぞれの国を担う者同士。地方の一領主の家系でしかないゼシカ、今は平民であるククール、元盗賊のヤンガスに口を挟むことはできない。

 トロデも成り行きを見守ることにしたようだ。

 

 レイフェリオはミーティアの挨拶を受け、胸に手を当て礼をする。王族としての礼儀には礼を以て返す。

 

「サザンビーク国第一王子、レイフェリオ・クランザスです。姫、改めてこれからも宜しくお願いします」

「レイフェリオ様……ありがとうございます」

「……堅苦しいのはこの辺でやめさせてもらいます。俺も姫も、仲間としてここにいますから」

「仲間……そうですわね。はい、でも私はこれが素なのですよ」

 

 ふふふ、と笑うミーティアは本当に今まで馬としていたのが不思議な位だった。苦労を見せず、辛さも感じさせない。トロデはそんなミーティアを涙を浮かべながら見ていた。

 

 だが、ミーティアが元に戻っていられる時間はそれほど長くない。

 

「皆さん、これからもお父様を宜しくお願いします。それと、レイフェリオ様にお願いがあるのですが……?」

「俺にですか?」

「……いずれ、私はチャゴス王子と婚姻を結びます。ですから、教えていただきたいのです。チャゴス王子とレイフェリオ様のことを」

「……」

 

 チャゴスのことを教えてほしい。その言葉にレイフェリオは目を見開いた。王家の山でのチャゴスは酷かったと聞いている。てっきり、婚約にも良い想いは抱いていないと思っていたのだが、どうやらミーティアの考えは違うらしい。

 

「ミ、ミーティア姫はあんなことされてもチャゴスと結婚するつもりなの?」

「どんな方であろうとも、この婚約は国同士の決め事です。王家に生まれた者としてそれに沿うのは当然なのです。私の意志は関係ありません」

「でも、あんな王子と結婚して嫌な思いをするのは目に見えてるじゃない?」

 

 ゼシカも母に決められた相手がいる。レイフェリオもよく知っている相手だ。だが、ゼシカ自身はそれを拒み、この先も受け入れるつもりなどないのだろう。そういう意味で、ミーティアとゼシカの考えは反対なのかもしれない。

 

「ふふふ。ありがとうございます、ゼシカさん。ですから、レイフェリオ様にお聞きしたいのです。チャゴス王子と上手くやっていくために。その決意を固めるために、です」

「ミーティア姫……あ!」

「ここまで、のようです。レイフェリオ様、どうかお願いします……」

 

 そのまま光に包まれたミーティアは、再びその姿を馬に変えてしまった。

 呪いとは言え、話ができるのはほんの数分。その中で、ミーティアがチャゴスとレイフェリオのことを知りたいと願った。未来に家族となるチャゴスのことを知りたいと。ミーティアは本人を見ても、婚姻に異論はなかったのだ。

 その事は、ゼシカらには納得できないようだった。特に、同じ女性であるゼシカは、だ。

 

「……お前も、この結婚には反対してないのか?」

 

 口火を切ったのはククールだった。その相手は婚姻を強いた王のトロデではなく、相手国の王子であるレイフェリオだ。

 

「……サザンビークとトロデーンとの婚姻は、祖父母の代からの約束だ。叔父上もトロデ王もそれを叶えるために、決めたもの。俺がとやかく言う権利はない」

「ならお前が相手でも構わないんじゃないか? あの王子じゃなくても」

 

 この意見にヤンガスもゼシカもレイフェリオを見る。同じ王子であるならレイフェリオの方がいい、ということなのだろう。だがこの意見には肝心なことが抜けている。

 

「俺と姫が婚姻を結べば、トロデーンに跡継ぎがいなくなる」

「なら、子どもができたらそいつを継がせればいいだろう?」

「はぁ……そういう問題じゃない。それに、トロデーンをサザンビークの属国にでもするつもりなのか……?」

 

 サザンビークの王家からトロデーンの王を出す。それはつまり、親はサザンビークであることに他ならない。同じ王家と言えども、世界はトロデーンよりもサザンビークを上に見るだろう。サザンビークは世界最大国家と言われてはいるが、それでも一国家に過ぎず、トロデーンとも対等なのだ。

 

「……なるほどな。血筋だけじゃだめだってことか」

「あぁ」

「そうね……それにレイフェリオとミーティア姫が婚約すれば、レイフェリオの婚約者が今度はチャゴスとってことでしょ? それはいくらなんでもないわよね……」

 

 アイシアの姿を浮かべたのだろう。ゼシカは首を横に振った。

 

「それには同意するが、そもそもアイシアはサザンビークの王子だから決まったわけではないんだ。だから、チャゴスの相手になることはあり得ない」

「え? どういうこと?」

 

 相手の取り替えがあり得るならというゼシカの考えだったのだが、それはレイフェリオの意外な言葉に否定された。

 

「法皇様がアイシアの相手として俺を指名したらしい。無論、王子だったというのが全く無関係だとは言えないだろうが、それでもチャゴスがアイシアの相手として認められることはあり得ない」

「まさか法皇は、お前の出自を知っているのか?」

「わからない……知っているのは、叔父上と爺ぐらいなはずだ。それが関係しているのかは、判断できない」

「会ったことはあるんだろ?」

「幼い時に一度と父と挨拶に行ったことはある。婚約してからは年に数回だな」

「なら、お前自身を気に入ってという可能性もあるわけだ」

「……はぁ。まぁ、とにかく姫とチャゴスの婚約に異議を唱えることは今はできない。それこそ、叔父上の気が変わるか何かをしないとな」

 

 話が大分逸れたのを戻すようにレイフェリオがため息と共に吐き出す。

 チャゴスとミーティアの婚姻が国同士の決め事とはいえ、チャゴスが本当にトロデ―ンに行っていいのかという想いはレイフェリオとてないわけではない。それこそ、破棄させた方がいいのではと思うくらいには。

 それでも、レイフェリオには何もできることはないのだ。

 

「トロデ王次第でも変わるんじゃないの?」

「ゼシカ……」

 

 それでもまだ言い募るゼシカに、レイフェリオもククールも頭を抱えた。

 

「そうでがすよ、兄貴っ!」

「ヤンガス、お前もか……王が一度決めたことを撤回するにはそれなりの理由が必要だ。だが、そうすれば撤回した側の不義に当たる。王だろうと、姫に落ち度がないのにもかかわらず容易に撤回はできない」

 

 トロデ―ン国がイバラに覆われたことを知れば、破棄に動くかもしれないが、それはトロデ―ン国にとっていい方向にはいかない。ミーティアの今後にも関わってくる。

 ならば、このままことが進んだ方が双方にとっていいことに変わりはない。だからこそ、トロデはこの場にいても口を挟まないのだ。

 その実、口を引き結び悩んでいるとはわかっていても、レイフェリオもあえて声を掛けたりはしない。

 

「王族ってのは大変だな……ほんと、めんどくせぇ」

「ククール……。まぁ概ね同意はするが」

 

 心の底から嫌そうに話すククールに思わずレイフェリオも苦笑する。

 それでも、その立場に生まれた以上は王族として生きるしかない。

 

「で、ミーティア姫に話をするんだろ? 俺らは邪魔だろうし、あの爺さんの小屋にでも行ってるぜ」

「……?」

「おいおい、頼まれたこと忘れたわけじゃないよな?」

「いや、わすれてはいないが……」

 

 ついさっきのことだ。忘れるわけがない。しかし、この場を離れるというククールの意図がわからないだけなのだ。

 本当に意味がわからないのだというような表情のレイフェリオに、ククールはため息をつく。

 

「……おい、ゼシカ、ヤンガスも。ひとまず、小屋に行くぜ。ほら、トロデ王もだ」

「な、なんでお前に従わなきゃいけないんだよっ!」

「……わかったわよ。ミーティア姫の願いだしね」

「うぬぬぬ。納得はいかんが……」

 

 暴れるヤンガスの首根っこを掴み、ククールはここを離れていく。トロデはしぶしぶといった風だ。

 

「えっと……ゼシカ?」

「話すだけなら別に馬の姿であってもできるでしょ? ……ミーティア姫は、きっとあなたと話をしたいのよ」

「意味がわからないんだが……?」

「わからなくてもいいの。今夜は小屋に泊めてもらうようお願いするから、別に時間は気にしないでいいわよ。それじゃね」

「お、おいっ!」

 

 去り際にミーティアに優しく触れ、ゼシカもそのまま出ていった。

 ここに残されたのは、馬であるミーティアとレイフェリオの二人。

 

「……その、姫?」

「ヒン……」

 

 ミーティアは馬のままその場に足を折る様な形で座り込んだ。どうやら、このまま話をしなければいけないらしい。

 何をどう話せばいいのやら、困惑したままレイフェリオもその場に座する。

 

「はぁ……わかりました。といっても、それほど楽しい物ではありませんし、俺自身も話をするのは得意ではないので、そこは勘弁してください」

「ヒヒン」

 

 構わないというように声を出すミーティアに苦笑しながら、レイフェリオは視線を目の前にある泉に映す。

 

「そうですね……チャゴスと俺がまだ今のようになる前の話です」

 

 

 

 




長くなりそうなので、分けます。


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【幕間】サザンビーク王家の過去

オリジナル話です。捏造だらけの展開になります。


 今から10年前。サザンビークの王が当代のクラビウスとなった頃のこと。

 

 レイフェリオの父であるエルトリオは、病にて倒れ若くしてその命を散らした。ここ最近の話ではなかったらしく、クラビウスが王となることは決められていたことだったようだ。

 エルトリオの子レイフェリオはまだ8歳の子どもに過ぎず、王位を継がせるには心許ない。ならば、その子が成人するまでならとクラビウスはその想いを受け入れたという。

 

 そしてクラビウスにも一人息子がいた。クラビウスに良く似ており、気の弱い子どもだった。

 レイフェリオとチャゴスは、生まれたときこそ別々であったが、レイフェリオが城にやって来てからは兄弟のように育った。

 

 たとえ、クラビウスが王となってもそれは変わらなかった。チャゴスの母であるターニャもそれは同じだ。

 王弟の妻から王妃となり、立場は変わってしまったが、それでもチャゴスとレイフェリオにとっては、双方の母の役割を果たしていた。

 

「レイ様、チャゴスも。陛下と共に昼食にしましょう」

「はい、母上」

「叔母上、ありがとうございます」

 

 まだまだ幼い二人。だが、その性格は全く違っていた。

 わがままで、浮き沈みが激しいチャゴスは、悪戯好きでよく大人を困らせていた。

 一方で、己を表に出すことが少なく落ち着いた物腰で、決して手を焼かせることなどなく、終始チャゴスに振り回されている風に見えるのがレイフェリオだ。この二人は年は同じ。生まれ月で言えば、レイフェリオの方が上だが。

 

「兄上、早く行きましょう!」

「わかってる……だから、服を引っ張るなよ」

「クスクス。本当に、チャゴスはレイ様が好きなのね」

「はい、勿論です」

 

 それでも、チャゴスは従兄であるレイフェリオを慕っていた。既に帝王学などを初め、王となるべく教育を受けているレイフェリオは、それほどチャゴスと遊べる時間がある訳ではない。

 チャゴスとて教育は始まっているのだが、あれこれと理由をつけてはサボっているようだ。クラビウスも強く強制していないということもあるのだろう。

 

 ★☆★☆★

 

「あの頃は、叔母上も健在で叔父上も今ほど過保護にチャゴスを甘やかしてはいませんでした」

 

 遠い日を見つめるようにレイフェリオは、木々の隙間から除く空を見上げる。

 本当に10年前は、今ほどチャゴスもひねくれていなかった。我が儘ではあったが、甘えん坊で見栄っ張りで、それでも素直さがあったのだ。

 

「叔母上は優しい人でした。血の繋がらない俺にも分け隔てなく接してくれて……俺の方が上手く合わせることが出来なかった位です。あの人がいたから、あの頃は平穏に過ぎていったのかもしれません」

「ヒン……」

「程なくして、俺の婚約が決まり……二年後に叔母上は亡くなりました」

 

 レイフェリオは目を閉じた。その脳裏には、最期に見た叔母の笑顔が浮かぶ。

 ターニャは魔物に襲われて亡くなった。チャゴスと、久しぶりに母子で出掛けた時に。護衛もいたが、護衛が前の方の魔物に苦戦している時、後ろから現れた魔物が襲いかかり、ターニャはチャゴスを庇って亡くなったのだという。

 

 レイフェリオもチャゴスも身を守るために、訓練を受けていた。センスがあったレイフェリオと違い、チャゴスは剣を持つのさえ嫌がり、訓練にはほとんど参加していなかった。

 クラビウスは、嫌がっていても無理にでも訓練に参加させなかったことに、騎士団を責めた。

 チャゴスが戦えさえすれば、ターニャは助かったかもしれないのだと。

 

「叔父上に反論したのは俺です。チャゴスが真面目にやらないのは、騎士団の責ではないと。例え、チャゴスが訓練をしていても実践では何も出来なかったと伝えました」

 

 思い出すようにレイフェリオは、左頬に手を添える。痛みは感じないが、覚えがあるからだ。

 

「初めて、その時叔父上に殴られました。あとにも先にも、あの時だけですが……」

 

 大人に殴られればそれなりのダメージだ。当時、泣くこともせず、クラビウスをじっとみていた様子は、騎士団長も思わず後ずさるほどの恐さがあったらしい。

 10歳足らずの子どもにしては、気味が悪かったのだろう。

 

「……結局、叔父上は葬儀やらを済ますと執務も放り投げ、チャゴスも放置してしまいました。なので、チャゴスの側にいられたのは俺だけだったんです。だから、チャゴスにも思うところはあるのだと思います。あの時、チャゴスは叔父上に見てもらえなかった。だから、叔父上に見てほしいんですよ。今も、恐らくですが……」

 

 チャゴスが見栄を張っている原因の一部は、クラビウスにある。レイフェリオにも要因はあるだろう。

 レイフェリオが外で戦闘に出るようになった頃から、チャゴスはレイフェリオの側には寄り付かなくなった。レイフェリオも敢えて近寄ろうとはしなかったのだ。

 

 そう考えれば、チャゴスもレイフェリオに何か言いかったが、言えなくて避けていたのかもしれない。それを更にこちらが避けてしまったから、拗れてしまった可能性はある。

 レイフェリオの侍女たちからすれば、避けていたのはレイフェリオの方に見えていたのだから。

 

「……こんなところです。あれが今のようになったのは、俺と叔父上が原因なのは違いないでしょう。姫には、面倒な相手を押し付けてすみません。俺も出来れば、破談になるように仕向けたいとは思います」

「ヒン?」

 

 どうして、という風に首をかしげる仕草をミーティアがするのを見て、レイフェリオは苦笑した。

 

「……姫には幸せになってほしいと思います。このように巻き込まれてしまって、呪いにより不自由な生活を強いられています。俺もトロデーンから共に旅をしてますから、その苦労は軽くないと思っています。王も、そうお考えでしょう」

「……ヒヒン」

「姫に不都合にならないためにどうするかはまだわかりませんが、最後は姫に決めていただきたいと思います。王族としての在り方も含めて、あれがトロデーンの婿として相応しいか見極めてください。姫が示す証人には、俺がなります」

 

 理由さえあげれば、レイフェリオがそれを証明する。

 だから、ただの義務という理由で決めないでほしいという思いを伝える。

 ミーティアは、立ち上がり泉の水を口に含んだ。光に包まれながら、姿が変わる。

 

「姫?」

「……レイフェリオ様、ありがとうございます。承知しました。私なりに見極めたいと思います。トロデーンを継ぐものとして」

「俺も、力になります。あれでも、従弟ですから」

「ふふ。はい、期待させてもらいます。……アイシア様が羨ましいです」

「姫……?」

「いえ、何でもありません。お話くださり、ありがとうございました」

 

 少し寂しそうに笑うミーティアを光が包み、馬の姿へと変えた。

 アイシアが羨ましい。耳が良いレイフェリオには、聞き逃させることなく届いていた。その意味するところを理解することは出来なかったが、最後の笑みに力がないことは認識できた。それでも、これ以上ここにいる理由はない。

 レイフェリオはミーティアを先導するように前に出ると、小屋へと足を向けた。

 

 

 




次回からレティス編になります。


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閉ざされた島地方
海賊の洞窟


遅くなりました。

タイトル通りです。
オリジナル展開あります。戦闘描写は少なめです。


 ベルガラックに行けば船はギャリングの部下達がベルガラックまで戻しておいてくれた。

 その船に乗り込み、海原へと繰り出す。

 

 以前、ゲルダに憧れていたときに聞いたことがあるというヤンガスの情報を頼りに、一行は船でその場所へ向かった。

 キャプテン・クロウの財宝。それは、隠された洞窟にあるという。数少ない情報を頼りに、海から人目につかない洞窟を探して、ようやくたどり着いたのだ。

 船がまるごと入るほどの大きな洞窟の入り口。船着き場があることから、ここである可能性は高い。

 いつも通り、トロデらは船で留守番だ。

 

 レイフェリオたちは船を降り、奥にある鉄格子の扉へ近づく。

 

「……いかにもって感じね」

「ゴクっ……不気味なとこでがす」

「魔物の気配もあるようだな……ん?」

「レイフェリオ、どうかしたか?」

 

 ふと、背後から何者かの気配を感じ、レイフェリオは後ろを振り返った。

 そこには、一隻の船が来ている。

 

「あれは確か……」

「げぇ……ゲルダっ!?」

 

 その船の主は、パルミドで会合した女盗賊ゲルダだった。船を下りると、まっすぐこちらへと向かってくる。

 

「……おや? どこかで見た顔だと思ったら、ビーナスの涙をプレゼントしてくれた親切なご一行じゃないか。ん? あんた……」

 

 レイフェリオたちを一通り見回したが、その動作はレイフェリオの前で止まる。

 

「……俺に何か?」

「この間と随分と雰囲気が違うじゃないか。どこぞの貴族様かと思ったよ」

「訳アリなんだ」

「へぇ……何にしても随分と珍しいところで再会したもんだね」

「君の目的は、キャプテン・クロウの財宝か……?」

「あぁそうさ。あたしはお宝には目がなくてね。こうしてわざわざ船を仕立ててやってきたってわけさ」

 

 伊達に盗賊ではないということだろう。

 目的は同じ。ゲルダには悪いが、レオパルドを追う上で海図は不可欠なものだ。何といっても渡すわけにはいかない。

 

「お宝は早い者勝ちさ。欲しければ、その手で勝ち取る。あたしは先に行かせてもらうよ」

 

 既に扉の前にいるレイフェリオらを無視して先へ進もうとする。早い者勝ちという話をしている余裕があるほど、内部は安全ではないはずだ。魔物の気配もうようよとしている。

 ヤンガスもそこには気が付いていたようで、先を行くゲルダを止める。

 

「お、おい待てよ。勝手な事ばかり言いやがって。ここには魔物も出るんだ。お前ひとりで、お宝のあるところまでたどり着けるもんかよ」

「ふん、見くびってくれるじゃないか。あたしの忍び足の実力はあんたも知っているだろう? 魔物どもに見つかる様なヘマはしないさ」

「お、おいゲルダっ! ……ったく」

 

 ヤンガスの忠告も無視し、ゲルダは奥へと入っていった。

 忍び足は確かに有効な手段だろう。だが、それでも手強い魔物がいることに変わりはない。ましてや、宝を手に入れるためには、強敵がそれを守護している場合も多い。回避できない戦闘もあり得るということだ。

 

「……本当に勝手だな。おい、ヤンガス。随分と自信があるみたいだが、本当に大丈夫なのか?」

「俺が知る限りは、確かにゲルダの奴は滅多に魔物に見つかったことはねぇが……」

「特にかく俺たちも急ごう。何かあってからでは遅い」

「兄貴……合点でがす!」

 

 内部に入れば、もう何年も使われていない家具などがボロボロになっており、水も入り込んでしまっていた。

 ここで暮らしていたのは確かなようだが、既に数十年は放置されたままだろう。

 一番奥の居室にいけば、ゲルダが辺りを物色していた。壁には海賊の旗があり、大きな机や本棚がある。

 どうやら、ここがキャプテン・クロウの居室だったようだ。

 

「この部屋のどこかに隠し部屋か通路があるはず……あたしの勘がそういっているよ」

「……」

 

 ゲルダは本棚の後ろなどを念入りに調べているようだ。

 しかし、レイフェリオの感覚はそれを否定している。目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませばどこに空気が流れているかがわかる。

 

「……この後ろだな」

「レイフェリオ、何かわかったの?」

 

 机の後ろの壁にあった交叉している剣の下には、船乗りという意味なのか船の舵がはめ込んであった。舵を握ると回転すると共に、駆動音が響き壁が後ろへ開いた。

 

「こんなところに……相変わらず凄いわね」

「さすが兄貴でがす!」

「さて行こうぜ」

 

 我先にとヤンガスらが進もうとすると、ゲルダが勢いよくその前に立ちふさがった。

 

「ここを先に見つけたのはあたしだったよね。隠し通路があるってのもあたしの勘がそういってたからだ。悪いけど、先に行かせてもらうよ」

「お、おいゲルダっ!」

「競争とかじゃねぇだろう……これ」

 

 ククールも呆れて額に手を当てている。

 

「……そもそも競争すると言った覚えはないが。けど、一人で盗賊をしている割には仕掛けに疎いようにも感じるな」

「どういうことでがすか?」

「解く気がなくて解かせるつもりなのか。それとも、本当に気が付いていないのか。後者なら、盗賊としてはなんというか……」

「言われてみれば、違和感を感じるな。だが、仕掛けがこれ一つとは限らないんだろ? もう少し様子を見てから判断しても悪くないんじゃないか?」

「……そうだな」

「それじゃあ、先へ進みましょう」

 

 しかし、その後の仕掛けもレイフェリオたちが解くことになった。

 そもそも何もないと一度帰ろうとしていたはずなのに、いつの間にか戻ってきていたことは不思議なのだが、大方水の流れる音を聞いて引き返してきたのだろう。

 仕掛けを解いたときには、ゲルダがその先へと進むことになり、宝箱にもゲルダが先にたどり着いていた。

 

「遅かったじゃないか。勝負はあたしの勝ちだね。約束通り、お宝はもらっていくよ」

「……約束してないわよ。どうするの、レイフェリオ?」

「……」

「兄貴?」

 

 レイフェリオは表情を険しくしたまま、ゲルダの側にある宝箱を見ていた。そして、腰の剣を抜く。

 他の皆には見えなくとも、宝箱にまとわりつく気配を感じ取っていたからだ。

 

「……気をつけろ。いる」

「宝箱の守護者ってわけか?」

「あぁ」

 

 ククールも弓を構える。ヤンガス、ゼシカもそれに続いた。

 一方で、ゲルダはそのようなことは知らず宝箱に触れた。

 

「なっ!?」

 

 触れた途端、宝箱が蒼く光り人の形を成していく。流石にゲルダも驚き、後ずさった。

 

「わが名はキャプテン・クロウ。かつて世界をまたにかけし海賊の中の海賊……。わが財宝を狙う者よ。なんじは、それを手にする資格のある者か? あるというならば、われと戦いそのチカラを示せ。資格なき者ならば、悪いことは言わぬ。早々に立ち去るがよい」

 

 キャプテン・クロウは圧をかけるように、ゲルダを見ている。その力量を計っているかのようだ。

 

「ちっ……あたしは戦いはあまり得意じゃないんだけどね」

 

 後方にいるレイフェリオらを見ながら、ゲルダはそれでも持っていた短剣を手にし構えた。目の前で宝を渡すことはできないという、盗賊としての意地なのかもしれない。

 だが、構えたということでキャプテン・クロウは、そのチカラを確かめるべく、ゲルダへと襲いかかった。

 力の差は歴然だ。ゲルダは攻撃を避けることもできず、短剣で何とか受け流そうとしたが、吹き飛ばされてしまった。

 

「ゲルダっ!」

「……大丈夫だ。気を失っているだけだ」

 

 そっとレイフェリオがゲルダに近づき、確かめる。怪我はそれほどでもない。吹き飛ばされた衝撃で気絶しただけだろう。

 

「……さぁて、次は俺たちの番だな」

「汝らもわが財宝を求める者か?」

「あぁ」

「ならば我と戦いその資格を示すがよい」

 

 気絶していたゲルダを隅に除けると戦闘態勢に入る。

 キャプテン・クロウは紳士なのか余裕を見せているのか、こちらの態勢が整うまで待っていたようだ。

 

「よいか。ではゆくぞ……はぁっ!」

 

 その瞬間、キャプテン・クロウから風の刃ー真空波が放たれた。

 透かさずその場で跳躍して直撃は防げたが、刃がレイフェリオの頬を掠っていた。指で拭えば血が流れている。

 後ろをみると、ヤンガスとゼシカが足に怪我を負っているのが映る。ククールが治療をしている最中だった。

 決して身軽ではない二人だ。よけきれなかったのだろう。

 

「……遠距離攻撃。これ以上それを使われるわけにはいかない」

「さて、どうするね?」

「……俺が後ろに回り込む。ゼシカは出来る限り離れて援護、ヤンガスは力をためて隙を狙え」

「兄貴っ!」

「おい、レイフェリオっ!?」

 

 ドルマゲスの時と同様に一か所にまとまれば、全員が少なからずダメージを受ける。ならば、放つ隙を与えずに挟み撃ちすることを選んだ。万が一、レイフェリオへと刃を向けられても、交わせる確率はゼシカやヤンガスよりもはるかに高い。

 跳躍でキャプテン・クロウの後方へと飛ぶ。それだけでキャプテン・クロウはレイフェリオが何をしようとしているのか気が付いていた。

 

「私の攻撃を抑えるつもりか……いいだろう。やってみるがいい」

「レイフェリオ、バイキルト!」

「……スクルト」

 

 ゼシカとククールから呪文の援護を受け、レイフェリオは力をため込みキャプテン・クロウに斬りかかった。

 戦闘が長引けばこちらが不利になると踏んだからだ。最初から全力で行く必要がある。

 

「火炎斬りっ!!」

「ふんっ」

 

 レイフェリオの剣をキャプテン・クロウも受け止める。だが、後ろはがら空きだ。ヤンガスがすかさず振りかかった。

 

「こっちだぜ、兜割り!!」

「はぁぁ!」

 

 キン。

 レイフェリオの剣を払いのけると、後ろからのヤンガスの攻撃へと構えをとる。

 しかし、ヤンガスの一撃はレイフェリオよりも重かった。身体を切りつけられると、キャプテン・クロウから光が迸った。

 

「くっ!?」

「な、何?」

 

 目くらましかと思ったが、レイフェリオは力が弱まるのを感じていた。否、弱まったのではない。呪文で援護してもらっていた効果が打ち消されたのだ。

 攻撃は当たっている。相手もダメージを受けているのは間違いない。しかし、呪文での補助は打ち消されてしまうのだった。

 

「……いい連携だ。しかし、まだまだ甘い!」

「うるせぇっ!!」

 

 ヤンガスが鎌を振り払う。直接ダメージを与えるわけではないが、キャプテン・クロウは弾かれ体勢を崩した。

 

「メラミっ!!」

「いまだ! レイフェリオ!」

「はぁぁ……隼斬り!!」

 

 鋭く斬りつけると、キャプテン・クロウの身体が倒れていく。倒れる時、キャプテン・クロウがレイフェリオを見て微笑んでいた。

 そこへ、更に畳みかけようとヤンガスが飛び掛かる。

 

「待て! ヤンガスっ!」

「へ。おっとっとっと……ぐぇ」

 

 レイフェリオが声を掛けるが、斬りかかる勢いは止めることができず、ヤンガスはそのまま尻餅をついた。

 

「痛てて……兄貴、何で止めるんでがすか!」

「……もう終わりだ」

「兄貴?」

「どういうことだ、レイフェリオ?」

 

 レイフェリオの元へククールとゼシカが足早に駆け寄り、理由を問い詰めるが、レイフェリオはキャプテン・クロウへと視線を定めたままだった。

 

「……くっくっく……我を倒すとはな。見事な戦いぶりだった。汝らを資格持つ者と認めよう」

「えっ?」

 

 起き上がったキャプテン・クロウがレイフェリオらを認めると言い、宝箱を示した。

 

「勇者たちよ。わが財宝を引き継ぎわれの果たせなかった夢をかなえてくれ……」

 

 そう言い残すと、徐々に形をなくしキャプテン・クロウはその姿を消してしまった。

 示されるまま宝箱を開ければ、そこに入っていたのは海図だった。

 

「この海図がもしかして……」

「だろうな。何か線みたいのがある場所に行けばいいのか?」

「おそらくは、な」

 

 地図と大差ないように見えるが、唯一の違いはその針路だろう。これに従っていけば、閉ざされた島へとたどり着けるはずだ。

 

「よっし、なら早速船に戻るでがすよ」

「うっ……」

「!?」

 

 戻ろうとしたところで、うめき声が耳に届いた。

 この場で言えば声の主は一人しかいないだろう。気を失っていたゲルダだ。

 辺りを見回し、レイフェリオが持っている地図を見るとゆっくりを近寄ってきた。

 

「……まったく、みっともないところを見せちまったね。おまけにお宝まで先にとられちまうし。でも何だい、その紙切れは」

「お、おいゲルダ!」

 

 レイフェリオから海図を取ろうとするのをみて、ヤンガスが声を荒げた。

 

「うわ~、しょっぼいね。こんな紙きれだと知ってたら、あたしゃこんなところまで来なかったよ」

「……確かに盗賊からしたら意味がないものかもな」

「そうね……」

 

 ゲルダの言葉にククールとゼシカは頷く。海図など必要とするのは、海を生業とする者たちだけだ。ゲルダのように陸を主とするのならば、不要なものと言っていい。最も、レイフェリオたちにとってはこれこそが宝なのだが、わざわざそれを教える必要もないだろう。

 

「兄貴、目当てのモノも手に入ったでがす。さっさと行きましょう」

「あぁ……」

 

 島への手がかりが手に入ったのだ。長居は無用だった。

 さっさとここを出ようとしたレイフェリオたちだったが、想定外の声に足を止めた。

 

「待ちな」

 

 そう、ゲルダだ。

 

「まだ何か用があるのか? アッシらは先を急いでいるんだ」

「ふ~ん……あたしもあんたらについていくよ」

「はぁ!?」

「な、何だって!!!」

「……」

 

 驚きの声をあげたのはゼシカとヤンガス。レイフェリオとククールは声に出さないだけで、一体何を考えているのかと訝しんでいた。

 

「あんたらからはお宝の匂いがプンプンするのさ」

「おいおい、何勝手なことを言ってんだ! これは遊びじゃねぇんだぞ」

「いちいちうるさい奴だね。あたしがそう決めたんだ。あんたの意見なんざ聞いちゃいないよ」

「何だよ……人がせっかく心配してやっているのに……」

 

 宝が目的で付いてくるというゲルダ。

 確かに通常ではいくことのできない場所へ行くならば、宝があるのかもしれない。これから向かう島でもないとは言えないだろう。しかし、ヤンガスはゲルダの身を案じているのだ。と言っても、ヤンガスにゲルダの説得は無理だと言うことはこの場にいる全員がわかっていた。

 

「おい、どうするんだ?」

「と言われてもな……」

 

 許可する理由はない。だが、何と言って断るべきか言いあぐねていると、別の方向から許可が出てしまった。

 

「うむ。まぁいいんじゃないか」

「お、おっさん!? いつの間に!!!」

「王っ!?」

 

 船で待っているはずのトロデだった。

 

「旅は道連れともいうじゃろう? それに仲間は一人でも多い方がわしとしても心強いしな」

「おっさんまで……」

「王、しかし」

「あんたは反対なのかい?」

 

 反論をしようとしたレイフェリオにゲルダが眉を寄せた。ヤンガスには問答無用な言い方だったが、それ以外のメンバーにはそうではないようだ。

 

「そうだな。反対だ」

「……どうしてさ」

「俺たちの旅に命の保証はできないからだ。この先の戦いで、君を守って戦うことはできない。自分の身は自分で守る必要がある」

「……」

 

 キャプテン・クロウでの戦いで、ゲルダが戦闘が苦手だと言うことは皆が知っている。

 逃げ足が速くとも、レイフェリオたちと共に行くことは逃げることのできない相手と戦う場合がある。その時、ゲルダを守ることは無理だ。

 

「君に、その覚悟があるか?」

「……レイフェリオ」

「ふん、あたしはお宝のためならどこへだっていくさ。アンタの言う通り、あたしには力が足りない。なら、直のことアンタらと行きたいね。守ってもらうつもりなんてないよ。あたしの命の保証はあたしがする」

「ゲルダ、お前……」

 

 不真面目な態度が目立つゲルダだが、ここでの言葉は力が入っていた。盗賊としての誇りがそうさせるのか。もしくは別の理由があるのかはわからない。

 

「……宝がない場所に行くことも多い。俺たちの目的と君の目的は違う。それでも、か」

「しつこいね。いいって言ってんだろ!」

「いいじゃないか、レイフェリオ。ここまで言ってるんだ。ついてくるくらいなら構わないぜ」

「ククール……」

 

 何か理由があって同行するのなら、構わない。命の保証もしなくていいって言っているのだから、レイフェリオたちは今まで通り戦えばいいのだ。

 

「ここで論議していても仕方ないだろ。先を急ぐんだからな」

「……わかった。だが、危険なところには連れてかない」

「その判断は任せるぜ」

 

 ここで反対してもトロデが賛同しているのなら、覆らないだろう。レイフェリオは、ため息をつきながら先に出ていった。その後をヤンガスが追いかける。

 トロデも続き、この場にはククールとゼシカ、ゲルダが残った。

 

 ククールは改めてゲルダへと向き直る。

 

「ついてくるのは構わない。だが、ひとつだけ言っておく。この中で誰か一人しか生き残れないとすれば、俺たちは間違いなくレイフェリオを選ぶ。アンタにもそうしてもらうぜ」

「ククール?」

「何でそんなことしないといけないのさ」

「あいつは、あんたを守らないって口では言ってるが、いざそういう時があれば迷いなく守る。それが、あいつだ」

 

 立場や身分など関係なく、行動する。だからこそ、ゲルダにもいっておかなければならない。

 

「偽善者って奴かい? 良いとこの坊っちゃんみたいだしねぇ」

「否定はしない。だが、あいつを死なせるわけにはいけないんだよ。例え何があったとしてもな。そこで宝を優先させるならついてくるのは認めない。わかったな」

「……宝より、か。ヤンガスが慕ってるのは知っだけどね……わかったよ。その条件飲んでやるさ」

 

 ゲルダはそう言うとヒラヒラと手を降りながら出ていった。

 

「さて、俺たちも行くか」

「ええ。そうね……」

 

 その後を二人も追いかけた。

 



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閉ざされた島へ

洞窟出発から島の到着までです。

遅くなりました。



 船に戻ると、ゲルダは自身が乗ってきた船の船頭に事情を説明していた。こちらに合流するので、先に帰ってもらうようだ。

 

「……」

 

 その様子を上から見ていたレイフェリオは、未だゲルダの同行に納得はしていなかった。

 トロデが許可している以上、ゲルダの同行は決定だ。しかしゲルダの実力は不明瞭な部分が多い。主に戦闘技術の面でだ。率先して戦うタイプではないということは、本人の得意ではないという言葉からもわかる。ダンジョンにも一人で進むことがほとんどなのだろう。とは言え、装備だけを見れば全くの素人にも見えない。

 装備品を見る限り主要武器は扇、サブが短剣。ゼシカのような遠距離での攻撃手段はないようだ。

 

「まだ気にしてるのか?」

「……ククール」

 

 ゆっくりと近づいてきたのはククールだった。その視線の先にあるのはゲルダだ。レイフェリオがゲルダの件を考えていることを気にしていたのだろう。

 

「お前が考えることじゃない。俺たちがやることは変わらないんだしな」

「わかっている」

「だが、納得していないって顔だな?」

「……そうだな。巻き込むことになるのはわかっているんだ。そう簡単に納得はできない」

 

 暗黒神ラプソーンの復活を阻止する、などというのは傍から見れば「何を言っているんだ?」と言われるものだろう。現実、徐々に世界に影響が出ているとはいえ、そのような存在がいることなどほとんどの者が知らないのだから。ゲルダとて同じだ。

 

「共に来れば知ることになるさ。その時、ゲルダがどうするのか選択させればいいだろ? まだ起こってもいないことを考えすぎるのはよくないぜ?」

「考えすぎ……か」

「俺は様子見することにした。俺たちに不利に動くようなら構わず置いていく」

「ククール……」

「薄情だと言われようが、足手まといを連れていくわけにはいかない。だろ?」

「あぁ」

 

 確かに何も知らないうちから否定するならば、しばし様子を見てからでも遅くはないのかもしれない。

 ククールの言葉に、レイフェリオもようやく自分を納得させることができた。

 

「そうだな。わかったよ。ありがとう、ククール」

「お前はもう少し楽に考えた方がいい。ただでさえ背負ってるものが多いんだ」

「……そう、かもな」

「ほら、行くぜ」

「……あぁ」

 

 みればゲルダも乗り込んできているようだ。これで準備は整った。光の海図が示す場所へと向かう。目指すは神鳥レディスが住まう島だ。

 

 

 

 手に入れた海図と照らし合わせて示された場所は、何の変哲もないただ岩に囲まれたところだった。

 しかし、岩に囲まれた中心地へと船を進めれば海図に反応したのか、海が光りに包まれる。光はそのまま道を作っていった。その道をたどるように船を進める。

 

「この道を行けということか……」

「みたいだな。けど、その先にあるのは行き止まりだぜ? どうする、レイフェリオ?」

「……行くさ」

「あ、兄貴!?」

 

 目の前に近づくのは岩でできた壁。動じないレイフェリオに対して、トロデとヤンガスは抱き合うように震えている。ゼシカやゲルダも身構えているようだ。

 だが、何故だかわからないがレイフェリオには確信があった。この先に道があると。何かに呼ばれるようにも感じているが、それが何かはわからない。けれど、不思議と不安は感じなかったのだ。

 

「ぶ、ぶつかる!!!? ひぇぇぇ」

 

 いつもの憮然とした態度とは打って変わってトロデが悲鳴を上げた。

 船は、壁に激突する瞬間光に包まれる。光が収まると、そこは洞窟のような場所だった。どうやら、激突することはなかったらしい。

 皆がほぅと安堵の息を漏らしていた。

 

 レイフェリオは辺りを見回すと、遠くに石が積み上げられたものが見えた。人影はないようだが、情報が何もない以上は何か目印を定めて進んだ方がいいかもしれない。

 

「……とりあえず上陸して、周囲を見て回ろう」

「それしかないか……人が住んでいることを祈るぜ」

「そうね。……望み薄のような気がするけれど」

 

 レイフェリオたちは船から降り、上り坂になっている道を進んでいく。周囲は岩の壁で囲まれており、外の景色を見ることはかなわない。どうやら、閉ざされた場所というのは本当らしい。

 あの海図を手にしなければ、ここにたどり着くことはできないということだ。空を飛ぶ以外には。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、レイフェリオはふと何かの気配を感じ取った。

 

「何だ……?」

「兄貴、どうかしたんでがすか?」

 

 怪訝そうにヤンガスがレイフェリオに声を掛けるが、レイフェリオは答えることなく空を見上げた。

 見えるのは、青く澄み切った空のみ。

 その時だった。

 

「な、何だ!?」

「えっ?」

 

 ゲルダとゼシカが声を上げる。すぐにレイフェリオは彼らの方を見れば、大きな鳥のような影が過ぎていくのを見た。去っていった方を目で追っても、その巨影はあるが影を作り出しているモノはどこにもなかった。

 

「……一体どういうことだ?」

「レイフェリオ、どうした?」

「影が去った方、創り出しているモノが存在していないんだ」

「はぁ? 何言って……」

 

 対象が太陽の光により遮られたことで影ができる。その対象自体が存在していないということなど、本来ならあり得ない。影しか追っていなかったため、空の状況を見ていなかったのだろう。何を言っているんだと眉を寄せるククールに、レイフェリオは頷く。間違いないことなのだと強く伝えたのだ。

 レイフェリオの様子に、ククールは額に手を当て首を振った。

 

「……お前がそこまで言うなら間違いないんだろう。影しか見えないなんて、信じたくはないけどな」

「……鳥の影。もしかしたら、レティスと関係があるかもしれない」

 

 ここは伝承の鳥、レティスが住まうといわれている島。可能性はあるだろう。

 いまだ、大きな影に興奮しているヤンガスらを連れ、レイフェリオはひとまず先へ進むことにした。

 といっても、何があるのか一切情報がないため、まずは開けた場所を目指す。船を降りた場所からは全容が見えない。少しでも高い場所を目指し、目的地を決めるべきだ。

 

 外とは違った魔物たちと戦い、ゲルダの戦闘力を確認しながら高い場所を目指した。

 

 

 

 

 

 

 




PCが壊れてしまい、環境が整うまでに時間がかかってしまいました。
時間が空いたにも関わらず、字数が少ないのはそのせいです。

今後もマイペースで更新していきます。待っていてくださっている方には申し訳ないのですが、よろしくお願いします。


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神鳥レティスの村

遅くなりました。
村に到着のお話です。戦闘シーンはなしです。


 坂を上っていくと石でできた門のようなものが見えてきた。そしてどこかから人の気配を感じる。

 近くではないが、遠くでもない。複数の人の気配。

 

「……」

「兄貴、どうしたんでがす?」

「……あそこに、村がある」

「レイフェリオ?」

 

 不思議に思ったのかヤンガスは辺りをキョロキョロと見回す。だが、ヤンガスが見ている範囲に村落はない。ククールも同じだ。しかし、レイフェリオが嘘をつくとも思えない。

 

「……どこにあるの?」

「……」

「ちょっと、レイフェリオ待って!」

 

 ゼシカの質問に答えることなく、レイフェリオは歩き出した。慌ててゼシカもその後を追う。

 

「……あれ、大丈夫なのかい?」

「兄貴のことを言ってんのか?」

「どう考えても可笑しいだろ? この近くに村なんてないどころか、人の気配さえ感じないんだから」

 

 常識的に言えばゲルダの指摘は当然かもしれない。高台を目指して進んでいたが、途中は勿論、今現在も見えるのは木々や魔物ばかり。人がどこかにいるような軌跡は見られなかった。

 

「人がいるかも怪しいってのに、村なんてあるわけないんじゃないのか?」

「兄貴が嘘をついてるってのかよ!」

「だからそう言ってるんじゃないか」

「ゲルダ、てめぇ―」

 

 言い争うヤンガスとゲルダに、ククールはため息をついた。そして、何も言わずにレイフェリオの向かった先へと足を向ける。

 

「お、おいククール!」

「グダグダ言う前に、レイフェリオについていけば良いだろ? あいつが嘘を言っているとは思わないけどな」

「あん? どう言うことだい?」

「言葉とおりさ。俺らには見えなくても、レイフェリオには見えているものがある。それだけの話だ」

「あんた……」

 

 肩を竦めるとククールは、足早に向かった。

 

「ちょっ、待てよ!」

「……何なんだってんだよ。全く……」

 

 慌ててククールを追うヤンガスに、訳がわからないと眉を寄せながらゲルダもそれに続いた。

 

 

 

 ククールたちが追い付くと、レイフェリオとゼシカは止まって待っていた。その後ろには、人の手で造られたような門がある。

 

「村……よね?」

「集落という方が正しいんじゃないか?」

 

 ゼシカとククールは若干気落ちしたように言い捨てた。村よりも人の数は少ないだろうし、ここ以外に人が住んでいる場所へとないのではないかという考えに至ったからだ。文明が遅れているとも言えるだろう。入り口から垣間見る様子は、一昔前のような面影だったのだから。

 

「行こう」

「あ、待ってくだせぇ兄貴!」

「……まぁそうだよな、ほら行くぜ」

「う、うん」

「……仕方ないね」

 

 未だ納得のいっていない風のゲルダも、仕方ないという風に後をついてく。

 

 集落。その表現が正しいだろう。木や藁、石などで作られた家や柵などは、今まで見てきた町から見れば時間が昔に戻ったようだ。服装などを見ても、同じ時代には感じられないほどにかけ離れている。

 

 レイフェリオらが中にはいれば人々から好奇な視線を受けた。余所者がきた、ということなのかもしれない。

 

「……どうするの?」

「まずは、ここの長とも言うべき人に会うべきだろう」

「大きな家ってことだな」

「あぁ、行こう」

 

 レイフェリオが指す長とは、集落のまとめ役のことだ。探さなくとも、一際広い家のようなものは一番奥にある。まずは、そこへ向かった。

 中に入ると、上座に老人が一人座っている。その前にいる男はまだ若い。ということは、この老人がそうである可能性が高いだろう。

 

「申し訳ありません、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ん? えらい小奇麗なかっこをしておるな。見たところよそ者ようだが?」

 

 レイフェリオが話しかけるとじろじろとレイフェリオ、ククールというようにその恰好を不思議そうに見ていた。

 あまり見かけない恰好なのだろう。レイフェリオはどこの町でも目立つが、他のメンバーの服装もここの住人たちとは全く違うものだ。

 

「はい。我々は外から来ました。神鳥レティスを追って」

「ほほう。神鳥レティスについて聞きたいというのか? それは良い心がけじゃ」

「えっと……」

「神鳥レティスはこの世界と異世界とを行き来する力を持っておったというな────」

 

 レイフェリオがレティスの名を出した途端、老人はレティスについて語りだした。こちらが何を言っても話は止まらない。

 老人が話すレティスとは、伝説の存在でレティスだけが特別なチカラ、世界を行き来することができたらしい。だが、異世界の邪悪な存在がこの世界を狙い二つ世界をつなぐ巨大な門を作った。このたくらみを阻止するために、レティスは異世界へと向かい自らの力を用いて門を閉じたという。その際、力を使い果たしたレティスは己の影のみを残したまま異世界からは戻らなかった。まれに影が異世界への破れ目を作ることがあり、完全に力が亡くなったわけではなく、破れ目に入ると異世界に迷い込むことがあるらしい。

 

「影……破れ目、か」

「まぁあんたもいたずらにレティスを追ったりして破れ目に入り込んだりせんよう気を付けるんじゃな」

「ご心配痛み入ります。貴重なお話ありがとうございました」

「礼儀正しい青年じゃな。何もない村じゃが、ゆっくりしていくといい」

「はい」

 

 老人に礼を言うと、レイフェリオは外に出た。ククールたちもそれに続く。

 貴重な話というより確信に近い情報を得られた。世間話というか、伝説のおとぎ話を話しているようなつもりなのだろう。意気揚々とした感じだった。

 

「……で、どうするんだ?」

「ここに来た時に、影を見た。恐らくあれが老人のいうレティスの影なんだろう」

「ってことは、あれを追えば破れ目に行けるってこと?」

「あぁ。破れ目に迷う。異世界ってことだろう」

 

 異世界がどういうところなのかはわからないが、レティスの力が今は必要だ。そのために、可能性に賭けてみる価値はある。レイフェリオはそう判断した。

 

 

 



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異世界へ

ご無沙汰しています。度々の誤字報告、感想ありがとうございます。お待たせしてしまいすみません。


 老人の話では、影を追うことで異世界に迷い込むということだった。ならば、まずはその影を探すのが先だろう。

 

「外を探し回るのか……なら、装備を確認しておくか?」

「そうね、辺境とはいえなにかしら良いものがあるかもしれないし」

「兄貴、行きやしょう!」

「……」

 

 次の目的が決まったことで意気揚々としているククールたちだが、レイフェリオは考え込むように微動だにしない。

 

「レイフェリオ、どうしたの?」

「おい、あんた」

 

 ゼシカの声にも反応しないので、一番近くにいたゲルダがレイフェリオの肩を叩く。すると、ハッとしたようにゲルダの手をはたき落とした。驚くゲルダの顔を見て、レイフェリオはばつが悪そうに顔を背ける。

 

「っ……悪い」

「……何か気になることでもあるのかい?」

「いや……何でもない」

 

 レティスを探す。どこかそこに既視感を感じたような、不思議な感覚がレイフェリオを襲っていた。しかし、この場所に来たのもレティスの話を聞いたのも、今回が初めてだ。気のせいだろう。

 

「装備を整えるんだろ? どこか店がないか、探そう」

「お、おう」

 

 そのまま歩きだしたレイフェリオを、ククール、ヤンガスが追う。その様子をゲルダは訝しげに見つめた。

 

「……」

「どうしたの? 行くわよ」

「あいつ、いつもああなのかい?」

「? レイフェリオのこと?」

「秘密主義。いや、それ以上に普通じゃない。ここにくるまでもそうだ。あれは眼が良いとかの問題じゃないだろ。人間にそこまでの視力があるはずがない……あんたたちは平気なのかい?」

 

 ゲルダの言い回しの意味するところに気がついたのか、ゼシカは眉を寄せた。

 

「……レイフェリオはレイフェリオよ。生まれが特殊なだけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「それだけって……恐くないのかい?」

 

 恐い。ゼシカがそれを感じたことなどない。恐らくそれは、ゲルダとゼシカたちの関わりの違いなのだ。レイフェリオの人柄を知っているのと、知らないのとの違い。

 しかし、旅を共にするのならば知っておいてほしいとゼシカは思う。ゲルダから視線を外し、前を歩くレイフェリオたちを見据えてゼシカは続けた。

 

「私たちは、ここに来るまでもたくさんの危機を一緒に乗り越えてきた。ククールも、レイフェリオも、私だって抱えているものはあるわ。全てを話してくれているわけではないけれど、それでも彼らは信頼できる」

「信頼、か……」

「何かを隠しているのは私たちにもわかるけれど、レイフェリオが話さないのなら今は無理には聞かない。きっとそれは、私たちを巻き込まないための優しいものだから」

「……」

「わかったなら、行くわよ」

 

 新参者という位置を改めて認識させられたようで、ゲルダは面白くなさそうに顔を反らす。しかし、その足はゼシカの後をついていっていた。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 集落は広いわけではない。歩き回れば直ぐに店は見つかった。金銭での売買はこの村では流通していなく、店主は島に流れ着いた商人で商品も中々売れずに困っていたようだ。

 

「売れねぇなら、店止めればいいんじゃねぇか」

「あはは……」

 

 ヤンガスの指摘はごもっともだ。しかし、島から出る方法がないため、動くに動けないというのが実情のようだった。

 

 店の品物を物色しながら、装備品を購入する。予想には反して、装備品は良い品物が揃っている。

 レイフェリオは、その中で武器を一つ手にした。

 

「レイフェリオ、それ装備できないでしょ?」

「あぁ……」

 

 手にしたのは孔雀の扇だ。勿論、レイフェリオには扱えない。この場で扱えるのはただ一人。

 一番後ろで様子を見ているだけだったゲルダの元へ近づくと、レイフェリオはそれを差し出した。

 

「……あんた、それ」

「君が全く戦えないわけではないことは、これまでの戦闘でわかった。なら、少しでも戦力として考えさせてもらう。今の武器よりも攻撃力は上がるはずだ」

 

 戦力とする。ゲルダはレイフェリオを険しい表情で見ていた。だが、見られているレイフェリオは苦笑しながら武器をゲルダの手に乗せる。

 

「……いいのかい?」

「あぁ」

「ふん、なら有り難く受け取っておくよ」

 

 素直ではないゲルダだが、口元が緩んでいる。新しい武器が嬉しくないわけがないのだろう。盗賊として盗んだものではなく、正規に買って与えられたものにゲルダは馴染みがなかった。裏社会に身をおいていたゲルダにとって、この武器はそういった意味で特別なものとなっていく。

 

 準備を整えたところで、レイフェリオたちは集落の外に出た。

 相変わらず魔物との戦闘をこなしつつ、目的の影を探す。これといった目印がない以上、闇雲に探すしかないだろうが、まずは見晴らしのよい岩で作られた門へと向かった。集落の人々の話では、レティスが降り立つ岩でもあるらしく、集落にも同じようなものがあった。

 

「ここ、だな……どうだレイフェリオ、何か影は見えるか?」

「そうだな……」

 

 辺りを見回すが、まだ影の存在は確認できない。そうして暫く待っていると、ブワッと風が勢いよく吹いた。

 

「きゃ……あ、レイフェリオ見て!」

「兄貴、影でがすよ」

「追いかけるぞ!」

 

 ゼシカが見つけた鳥の影。気配も感じるので、間違いない。レティスのものだ。

 周囲の魔物を避けながら影を追う。追われていることに気がついているのかわからないが、外れの方に誘われているようだ。

 

「っ! あれは……」

 

 影の前方には黒い渦の様なものが現れていた。あれが、老人の話していた異世界の入り口なのかもしれない。渦の前で立ち止まる。

 

「あ、兄貴どうするんでがすか?」

「誘われている……行くしかないだろうな」

「そうね……なら行きましょ」

「あぁ、行くぜレイフェリオ」

 

 レイフェリオはヤンガス、ゼシカ、ククール、ゲルダを順に見る。ここで引き返そうという者はいないようだ。

 

「ほら、行くならさっさとしな!」

「……わかった。行こう」

 

 覚悟を決め、レイフェリオを先頭に渦の中へ飛び込んだ。



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色のない世界

「……これは」

「なに、ここ……?」

 

 渦の中に入ったはずのレイフェリオたちだが、目を開けるとそこは色の失われた世界が広がっていた。

 地面の色も空も木々も、魔物たちでさえ色がない。だが、風景は先程まで影を追いかけていた場所と同じように見える。

 

「影の世界、か」

「レイフェリオ?」

「俺たちはレティスの影を追いかけてきた。なら、ここはその影が存在している世界なのかもしれない」

「……なるほどね。んで、これからどうするのさ」

 

 ゲルダの質問はレイフェリオに向けられていた。このパーティーで誰がリーダーシップを取っているのかがわかっているのだろう。

 

「同じというなら、さっきの集落がこちらの世界にもあるはずだ。そこへ行こう。レティスの探索は休んでからでも遅くはないはずだ」

「そうね、そろそろゆっくり休んでおきたいところだし」

「そうでがすね。流石のアッシも疲れたでがすよ」

 

 ここのところゆっくりと屋根がある場所で休んではいない。この辺りの魔物たちとの戦闘でも気を抜くことなど出来ないので、全員に疲労がたまっている。反対意見は出なかった。

 

 

 影の魔物たちを倒しながら、レイフェリオたちは集落があるだろう場所を目指していた。

 目と鼻の先に集落が見えるところで、レイフェリオたちは魔物に囲まれていた。相手はワニのような魔物のクロコダイモス、そして木の魔物の魔界樹たち。

 

「ククールっ!」

「わかってる」

 

 レイフェリオの声にククールは、クロコダイモスに向けて矢を放つ。近づけさせないように牽制だ。その隙に、魔界樹たちを倒すのだ。

 ヤンガスとレイフェリオが前衛、ゼシカが後衛となるいつもの布陣に、ゲルダはレイフェリオの後ろにつく。

 これまでの戦いで立ち位置を定めた結果だった。このメンバーの中で、ゲルダは経験も実力も劣っている。しかし、その素早さはレイフェリオと同等かそれ以上だ。だからこそこの位置となった。

 レイフェリオとククールの阿吽の呼吸を見ながらも、ゲルダはその動きで以て、レイフェリオに続くかたちで戦闘をこなしていた。

 

「ベギラマっ!」

「どきなっ」

 

 レイフェリオの呪文で魔界樹が燃え盛る。炎が消えかかるのを見計らって、ゲルダは扇を振り払った。更に、レイフェリオとヤンガスが追い討ちをかければ、魔界樹たちはその姿を消す。

 残るは、クロコダイモスのみ。ククールは支援に回り、一気に畳み掛けると戦闘は危なげなく終わった。

 

「ふぅ……」

「大丈夫か、ゲルダ」

「ふん、見くびるんじゃないよ。このくらい──―」

「正直、お前がここまで戦えるとは思わなかったぜ」

 

 息を切らしているのはゲルダだけだ。

 ここまでの戦闘でゲルダも慣れてきたとはいえ、基本的に魔物との戦闘を避けてきたゲルダだ。正面からの戦闘に疲れないわけがなかった。

 

「……自分の身は自分で守る。そのくらいは弁えてるよ」

「ゲルダお前……」

「さっさと追い付いてやるさ」

 

 ヤンガスもここまで素直に認めるとは思わなかったのか、驚きを隠せずにいた。ゲルダは照れもあるのか、ヤンガスに背を向けると集落へと歩きだす。

 

「……殊勝なところもあるんだな」

「ククール」

「予想よりは動けるみたいだし、今のところは問題ないだろ」

「……ただの魔物を相手にするだけじゃないんだ。安心するのはまだ早いと思うが?」

「その時のあいつの態度で、判断できるだろ? それよりも早く休みに行こうぜ」

 

 追いかけっこに戦闘と皆疲れている。集落は目の前なのだ。レイフェリオは皆の後を追って集落へと入っていった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 集落の中に入ると、入り口近くにいた子どもが驚いたようにして声を上げた。

 

「なっ、なんだあいつら! ハデハデの変な姿だ……。まさか、レティスの仲間か!?」

「いや、ちょっと待て! よく見ろよ。確かに変な姿に見えるけど、レティスとは似ても似つかないぞ。どっちかっていうと、人間っぽい姿じゃないか? ……うん、ちと奇妙だが人間のようだ」

「人間だって! ……でも、あんな色がついたのレティスくらいしか」

 

 集落の人たちも色はない。逆に、レイフェリオたちが目立って仕方ないくらいだ。ここでは色がないのが当たり前で、レイフェリオたちのように色があるのは奇妙に映っているらしい。気になるのは、元の世界ではレティスは崇められていたが、ここでは少し様子が違うことだろう。

 

「……似ていても違う、ということか」

「こいつらはレティスを敵視しているみたいだが……少し様子を見るか?」

「その方がいいだろう。とりあえず話を聞かないことには、状況がわからない」

 

 子どもが走りさるのを横目で見ながら、この場で展開を見守ることにする。やがて、騒ぎを聞きつけた人々がレイフェリオたちを囲み、元の世界でレティスの話を意気揚々と話してくれた老人とうり二つの老人が現れる。恐らく、彼が長老なのだろう。

 レイフェリオたちを見て驚きつつも、傍まで近づいてきた。

 

「……その姿はもしや……お主たちは世界の破れ目を通ってこちらへきた光の世界の住人たちではないかね?」

 

 世界の破れ目。光の世界。知らない言葉が出てきたが、それが指し示すものが何かは想像ができる。

 こちらの世界では、レイフェリオたちがいた世界をそう呼ぶのだろう。そして、レティスの影を追った先にあったのが、破れ目ということだ。

 

「……はい。私たちは、レティスの影を追ってこの世界にやってきました」

「やはり、そうじゃったか……。ならば、今この時お主たちが来たのは、天の意志なのかもしれん」

「今この時、とはどういうことですか?」

「……うむ。詳しいことはわしの家で話そう。あとで来てほしい。それさえ約束してもらえるなら、村の中は好きに見てもらって構わん」

「それは、構いませんが……」

「わしの家は村の中で一番大きい建物じゃ、すぐにわかるじゃろう」

 

 一番大きい建物。それは奥にある家ということだ。元の世界と同じであるので間違うことはない。長老は、村の人々にレイフェリオたちの身分を保証すると言って、去っていった。

 

「……兄貴、どうするでがすか?」

「どのみち話を聞かないことには進まないんだから、行くしかないわよ」

「なら、さっさと行った方がいいんじゃないのかい」

「……あぁ、まずは話を聞いてからにしよう。休むのはそれからになるが、構わないか?」

「この状況じゃ、仕方ないだろ……」

 

 ククールは肩を竦めた。休みたいのは皆同じだが、先に用事は済ませておくべきだ。

 レイフェリオたちは、ひとまず長老の家へと向かうことにした。

 

 

 

 



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闇のレティシア

少しオリジナル入ります。


 長老の家に向かいながら周囲を見回すと、壊されている家がいくつか見受けられた。このような場所で自然災害が起きるとは考えにくい。更にいえば、何かの強い力によって引き起こされたようにも見える。

 

「……まさか、な」

「おい、中に入るぞ」

「あ、あぁ。今行く」

 

 いつの間にか到着していた長老の家へと、入る。中も元の世界と同じ様相になっていた。先ほど長老が言っていた光の世界。ならば、こちらは闇の世界とでもいうのだろう。色がなくなっただけで、雰囲気もガラッと変わる。どこか落ち着かないのは、レイフェリオが光の世界の住人だからか。

 

「ふむ。よう来なすった」

「……失礼します」

 

 待ち構えていた長老は、入口に立っていた。レイフェリオが挨拶をすると、席を案内され囲炉裏を囲うように全員が座る。

 

「お招きありがとうございます」

「構わん。わしが頼んだことじゃ……ここに来るまでに村の様子を見て何か感じたかの?」

 

 レイフェリオはククールたちに目配せをする。この場での話はレイフェリオに任せるとでもいうように、視線を受けてしまった。仕方ないと、レイフェリオは口を開く。

 

「いくつか家が壊されているのを目にしました。自然に起きたものではないと思いますが、何があったのですか?」

「……あれは、神鳥レティスの仕業なのじゃ」

「えっ……」

「信じられぬのも無理はない。じゃが、事実なのじゃ。そのせいで村の者たちはレティスを悪く言っておるが、わしは……レティスが望んでなしたこととは思えないのじゃよ」

「長老……」

 

 わざわざ家の中で話をしたいといったのは、あの場でレティスのことを告げるのを避けるためだったということだ。長老はレティスを信じているようだった。

 

「レティスが崇められてきたのは、その姿の優美さだけではない。かの神鳥が人の味方であるがゆえなのじゃ」

「……ここでもレティスは崇められていたのですか」

「無論じゃ。だからこそ、レティスの真意を知りたいのじゃよ。何故、この村を襲ったのか……レティスに問いたいのじゃ」

「なるほど……それを我々に?」

「うむ。わしは、お主たちが光の世界から迷い込んできたことを偶然とは思うておらん。かつて、二つの世界を自由に飛び越えたというレティスの力。……それがお主たちを呼んだのではないかと思っておる」

「レティスの力……」

 

 確かにレティスを追ってきたのだ。この地に来たのは、レティスに誘われたようにも思える。長老の言葉を否定できるだけの材料がレイフェリオにはない。それに、いずれにしてもレティスには会わなければならないのだ。断る理由はなかった。

 

「レティスもきっとお主たちには真実を語るじゃろう。身勝手なお願いじゃが、このままでは村人たちとレティスが争ってしまう。そうならんうちに、真意を問うてきてほしい。頼まれてくれぬか?」

「……わかりました。我々もレティスには会わなければなりませんから」

「かたじけないのう」

「いえ……それでどうすれば、レティスに会うことができるかご存知ですか?」

「レティスの姿は、草原に置かれているレティスの止まり木という大岩の辺りでよく見かけられるそうじゃ」

 

 止まり木。恐らくは、元の世界で影を探すために向かったあの場所だろう。

 目的地は決まった。ならば、あとは行動のみだ。しかし、その前に……。

 

「長老、申し訳ありませんが、少し休んでから向かいたいと思います。この村に宿はありますか?」

「それならば、この家に泊まるといい。婆さんに頼めば休ませてくれるじゃろう。何が起こるかわからん。体を休めるのも大事なことじゃからの」

「ありがとうございます」

「こっちじゃ」

 

 長老に案内され、レイフェリオたちはまずは体を休めるために一晩の宿を借りることにした。

 

 

 ベッドではなく雑魚寝の形で休む。

 レイフェリオはふと夜中に目が覚めてしまった。世界に色がないため、時間の感覚は定かではないが長老たちも休んでいるところを見ると、今が夜なのだろう。寝ている皆を起こさないように、レイフェリオは外へと出た。

 

 村の広場にはレティスの止まり木を似せた岩がある。この村を襲う前は、岩の上に止まることもあったのだろうか。

 

「レティス……か。……どこか懐かしいのは、気のせいなのか? それとも……」

 

 ふと胸の辺りを抑える。ドルマゲスを倒す際に聞こえて以来、不思議な声は聞こえてこない。だが、何かがここにある。それだけは感じていた。感覚が以前よりも鋭くなっているのは、これのせいなのだろうか。それとも別の理由なのか。

 ふと後ろに気配を感じて振り返った。

 

「っ!」

「……よぉ」

「ククール……起こしたか?」

 

 目をこすっているククールが歩いてきていた。まだ眠たそうにしている。それもそのはずだ。まだ起きるのは早すぎる。

 

「俺が勝手に起きたんだ。……どうしたよ。また何か考え事か?」

「……」

「毎度のことだから、俺らも慣れてるが……何か気になることがあんなら吐いちまえよ」

「ククール?」

「……レティスの話が出てきてから、たまにお前はそういう顔をしている。答えは出てないが、何かがあるっていうな」

 

 目を見開いてレイフェリオはククールを見た。素直に驚いたからだ。ククールは冷静で、良く周りを見ている。お茶らけた風をしていることもあるが、本来はそういう男だ。特に、レイフェリオがサザンビークの王子だとわかってからのククールがそうだ。本当によく見ている。レイフェリオの様子を見てククールは苦笑した。

 

「自覚してなかったか?」

「いや……気づかれているとは思っていなかった」

「そうかよ……安心しな。ヤンガスは気が付いていない。トロデ王もな。ゼシカは……恐らくわかっているだろ。ゲルダはわからないが……」

「……態度に出てたとはな。俺もまだまだだ」

「レイフェリオ……」

 

 王族として、常にポーカーフェイスを心掛けていたようだが、ここにきて────否、ククールたちの前では崩れているようだ。それほどまでに、距離が近くなっているということなのだろう。

 

「違和感、って言ったらいいのかな……俺の中にある何かが、レティスに反応するんだ」

「お前の中?」

「……オークニスでも話したと思うが、あれから気配が強くなっている気がする。何かはわからない。もしかすると、レティスに会えば原因もはっきりするかもしれないが……」

「あの時のようになるってことか?」

「……いや、そうはならない。悪い、俺にもわかっていないんだ。だから、この感覚が何を示しているのか……説明できない」

 

 ただ違和感がある。レティスに懐かしさを感じる。それだけは確かにレイフェリオが感じているものだった。

 

「悪い……変なことを言った」

「気にすんな。俺が聞いたことだ。……それに、俺はすっきりしたしな」

「ククール?」

「別にお前がお前であればそれでいい。ただ、一人で何かを抱え込むのは止めてくれってだけだ。だから、話をしてくれただけで俺はいい」

「……ククール」

「ほら、まだ寝足りないだろ? 戻るぜ」

 

 レイフェリオの肩を叩いてククールは家へと戻る。そんなククールの後ろ姿をレイフェリオは茫然と見送っていた。

 

 

 




感想、誤字報告に感謝します。
未熟な文章ながらも読んでいただきありがとうございます。


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レティスとの戦い

戦闘といえるほどのことはしてません。


 翌朝、目が覚めたレイフェリオは顔にかかる毛並みを感じ、横を見る。そこには、トーポがジッとレイフェリオを見ていた。どこか不安そうにしている。

 レイフェリオは体を起こすと、トーポを両手に抱えた。

 

「……大丈夫だ。心配かけてすまないな」

「キュ……キュウ?」

「ありがとう、トーポ」

「キッ」

 

 小走りでレイフェリオの肩に移動するトーポを見て、レイフェリオも笑みを漏らす。左右を見ても既に全員が起きているようだ。直ぐに立ち上がり、支度を整えた。

 

「よし、行くか」

「キュ」

 

 応えるようにトーポが飛び跳ねる。体調にも問題ないことを確認し、レイフェリオも家の外に出た。

 長老の家の前には既に皆が集合している。やはり、レイフェリオを待っていたようだった。

 

「おはよう、皆。遅くなってすまない」

「おはようごぜえます、兄貴」

「疲れてたんだろ、別にいいさ」

「そうね。私も起きたばっかりだし、そう変わらないわよ」

「へっ、あんたが遅いなら柄にもなく早く起きるんじゃなかったよ」

 

 ゲルダは文句を言いながらも出発の準備をしていたようだ。このメンバーに慣れてきたということなのかもしれない。

 

「で、止まり木ってやつのところに行くんだろ?」

「あぁ……何が起こるかわからない。気を引き締めて行こう」

「あぁ」

「合点でがすよ」

「そうね」

 

 目指すはレティスの止まり木という大岩だ。レイフェリオたちは、村を出発した。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 大岩までは直ぐにたどり着いた。光の世界と同じ位置にあるのだ。迷うこともない。

 

「……ここまできたけど、レティスは来るの?」

「さぁな……あのじいさんが話していただけだ。ここで待つしかないんじゃないか?」

 

 辺りを見回してもそれらしいものはいない。レイフェリオは集中して気配を探ろうとする。その時だった。

 ドクン。レイフェリオの中にある何かが反応した。

 

(……な、んだ!?)

 

 と同時に、レイフェリオに空からの気配が届く。思わず胸に手を当てるが、頭を振って切り替えた。レイフェリオは剣を構え戦闘態勢に入る。影の気配と似ているが、それよりも強いもの。間違いない。レティスだ。

 

「皆、避けろ! 上だっ」

「えっ?」

「兄貴? ……なっ!?」

 

 刹那、稲光がレイフェリオたち目掛けて放たれた。戸惑いながらも動いたことで、全員致命傷は避けられたようだ。この光は呪文、ライデインの光。ということは、レティスは戦いを仕掛けてきているということになる。

 

「おい、これは!?」

「レティスだ……あれを見ろ」

 

 レイフェリオが指さす方向には、紫色を纏った鳥が羽ばたいていた。この色の失われた世界において、色を纏っているということは、あれがレティスということだ。尤も、肉眼で確認する前にレイフェリオにはわかっていたことだが。

 

「問答無用ってわけかい……どうするんだい?」

「簡単には話し合いの場を設けないってことだろうな……なら、やるしかないだろう」

「ええっと、わかんないけど戦うのよね?」

「面倒だが、そうするしかないみてぇだな」

 

 覚悟を決める。相手は神鳥レティスだ。向こうにもこちらの意志が伝わったのか、羽ばたきながら近づいてくる。間合いの中に入ったということは、こちらのフィールドで戦ってくれるということなのか。

 態勢が整ったところで、合図の代わりにレイフェリオが手を空に掲げる。

 

「……ライデイン!」

 

 戦闘開始だ。

 攻撃が来ることはわかっていたのだろう。レティスは翼で体を覆うことで身を守る。雷撃はあくまで合図のようなものだ。ダメージを与えることは目的としていない。躱されるかと思ったが、予想に反してレティスは身を固くすることでダメージを軽減したようだ。

 空に飛ばれてはこちらが不利。しかし、恐らくレティスはそのような真似はしないだろう。レイフェリオには確信に近いものがあった。ならば、近距離での攻撃も可能なはずである。

 

「ヤンガスっ!」

「はぁぁ!! おりゃあ」

 

 呼ばれると走り出していたヤンガスが斧を振り上げレティスに斬りかかる。だが、レティスに届く直前に翼によって振り払われてしまった。

 

「うがっ!」

「なら、バギマっ」

「いくわよ……マヒャドっ!」

 

 ククールとゼシカの呪文が間髪を入れずにレティスへ襲いかかる。バギマを翼で仰ぐことでダメージを和らげるが、続くマヒャドは直撃した。

 

「っ!?」

 

 チャンスだとレイフェリオも続こうとしたが、何故かレティスに斬りかかることに抵抗を覚える。目の前で立ち止まってしまった。

 

「おいっ、レイフェリオ! 何をしているんだっ!」

 

 ククールの怒号が飛んで来るが、剣を構えることもなくただ立っているだけだ。しかも、レティスの翼も届く危険な位置で。

 頭ではわかっているものの、レティスに剣を向けられなかった。

 

(どう、して……これは……くっ!)

 

 突如、レティスが嘴を大きく開けて叫ぶ。まるで超音波の様だ。直近で聞いたレイフェリオは両手で耳を防ぎ、その場に膝をつく。常人よりも耳が良いレイフェリオにとってそれは、単なる耳鳴り程度では済まない。

 レティスはレイフェリオが戦線離脱と踏んだのか、ばさりと翼をはためかすと無防備なレイフェリオではなく、呪文で応戦しているククールとゼシカへと飛びかかった。

 レティスが動くのはわかったが、それどころではないレイフェリオには、どうすることもできなかった。

 

「くそっ……痛っ」

 

 何とかして立ち上がろうにも、衝撃はかなりのダメージを負わせてくれた。片目を辛うじて開き、状況を見る。

 傷だらけのヤンガスとククールの姿が映る。ゲルダは素早さを駆使してレティスの攻撃の隙を窺っているようだ。ゼシカは呪文の詠唱中だった。

 今この時、レイフェリオだけがレティスの死角にいることになる。隙を作れば、あとは猛攻すればいけるのではないか。レイフェリオは、ククールと視線を合わせる。

 痛みを堪えながら、レイフェリオは魔力を込めた。

 

「っ……集え!」

 

 呪文ならばいけるだろう。手をレティスへと向けて魔力を放つ。叫びに呼応するように、炎が渦巻きながらレティスへと向かっていった。

 不意をつかれたレティスは、これに対応するしかなくククールたちに背を向ける。レイフェリオの意図を組んだククールが、声を張り上げて指示を出していた。

 一気に動き出す。一斉攻撃を受けたレティスは、雄叫びを上げながら空高く舞い上がった。

 

 そして、ゆっくりと止まり木に降り立つ。そこには先程までの鋭い気配はない。どうやら、戦闘は終わったようだ。



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レティスの頼み

原作と異なる点があります。


 戦闘が終わったことで、傷を回復したククールらがレイフェリオに駆け寄ってきた。

 

「レイフェリオっ!」

「大丈夫でがすか、兄貴!」

「……怪我は、ないのか……どうしたんだ一体?」

 

 レイフェリオの怪我を探す風に見るククールだが、目立った怪我はしていないことが不思議なようだ。それはそうだろう。物理的な攻撃はされていないのだから。

 

「……レイフェリオ、立てる?」

「あ、あぁ……痛っ」

 

 伸ばされたゼシカの手を取ろうとするが、動いた瞬間に痛みがそれを邪魔する。回復呪文で癒されるものではないため、治まるのを待つしかない。

 

「あんた……」

「悪い……な。少し休めば治まるはずだ」

『……やはり、貴方は』

 

 その様子をじっと見つめていたレティスから、声が届いた。ククール、ヤンガス、ゼシカは驚いたように顔をあげ、ゲルダは眉を寄せる。

 

『どこか懐かしい気配だと思いましたが、貴方は彼の……いえ、竜神族の子ですね?』

「「……」」

 

 誰もがレイフェリオに視線を向けて黙る。しかし、この中で初めてその名前を耳にするゲルダだけは、レティスに素朴な疑問を上げた。

 

「竜神族? なんだい、それは」

「おいっ、ゲルダ」

「何んだよ、ヤンガス。あんたは知ってるのかい?」

「い、いや……知らねぇが」

 

 そう、知らないのだ。名前だけは知っているし、それがレイフェリオの母の一族なのだということも知っている。だが、それだけだ。詳しいことは、レイフェリオでさえ知らないのだから当然のことだった。

 

『……竜神族は龍の力と人の知恵を持ち合わせている人でもあり竜でもある存在です。古来に神より遣わされた者が地上に根付き、世界の行く末を見守る役目を担っています』

「神? 何をいってるんだい? そんなおとぎ話……そんな連中の話なんて聞いたことないね」

『人との関わりは禁忌とされていたはず。俗世に出ることはないでしょう。ですが……私にとってはとても懐かしい戦友です。そう、かの暗黒神ラプソーンを共に封印した仲間として』

 

 レティスはフワリと止まり木から降り、レイフェリオの側に来る。すると、その身を慈しむように包み込んだ。

 

「あ……」

『痛みは治まりましたか?』

「……あぁ」

 

 温かなものが流れてきたと同時に痛みがなくなっていった。包まれているからか、レティスの鼓動が聞こえてくる。

 

『……強い力を持っていますね。彼と同じ』

「えっ?」

 

 困惑しているレイフェリオを余所に、レティスは翼を広げてレイフェリオを解放すると、再び止まり木へと降り立った。

 何事かとレイフェリオは囲まれる。

 

「おい、レイフェリオ?」

「……大丈夫だ。もう問題ない」

「もしかして、レティスが治してくれたの?」

「みたいだな……」

 

 レティスとの会話は聞こえていないようだ。レイフェリオも混乱しているので、説明することはできそうにない。とりあえずは、痛みはなくなった。立ち上がると、改めてレティスを見上げる。

 

「……一応、礼は言っておく」

『いえ、元はと言えば私が行ったことなのですから、必要ありません』

「そうか」

「……ったく、話の途中でなにしてんだい! んで、あんた」

 

 ピシッとでもいうように真っ直ぐとゲルダはレイフェリオを指差す。いつでも不機嫌そうな顔をしているが、更に不機嫌さが増しているようだ。

 

「……竜神族ってのはあんたなのかい」

「……」

「どこぞの貴族様だとは思ったが、神の使い? あんた、一体何者なんだい」

 

 誤魔化しは許さない。鋭い目付きがそう語っていた。隠すことではないが、巻き込むことになるので伝えなかっただけだ。しかし、盗賊でもあるゲルダにとって謎のままというのは許せないのだろう。レイフェリオは困ったように笑った。

 

「あんた……」

「話せば引き返せなくなるし、事情に巻き込む」

「今さら何をいってんだい。ここまできてしらをきろうってんのは許さないよ」

 

 それでも、ゲルダのプライドよりも優先すべきことがある。レイフェリオは首を横に振った。

 

「……それでも、君にはまだ背負わせられない」

「あんたっ」

「今はそれよりも、レティスの事情を聞くのが先だ。違うか?」

「……ちっ」

 

 冷静ではなくてもここにきた目的を忘れるほどではなかったらしい。不満全開だが、一先ずは引くことにしたようだ。

 

「助かる、ゲルダ」

「状況がわからないほど、分別がない訳じゃないよ」

 

 素直ではない様子にレイフェリオは苦笑し、改めてレティスを見上げた。

 

「悪かった。そっちの事情を聞かせてくれ」

『……』

「レティス?」

『いつの時代でも変わらないのですね。貴方は……』

「……?」

『今は控えましょう。そうですね、私が貴方方をここへ呼び、力を試したのは……私の子を助け出してほしかったからです』

 

 そうしてレティスは事情を説明した。

 村を襲ったことは本意ではないこと。卵を人質に取られていること。人質に取っている魔物が、暗黒神ラプソーンの配下だった魔物だということ。

 

『力だけならば私の敵ではありません。ですが、私一人ではあの子を守ることも助けることも出来ないのです』

「なるほどな……要するに、そいつを倒せばいいのか」

「でも、戦闘をしていて卵が割れたらどうするの?」

 

 レティスの頼みとはククールの言うとおり、魔物を倒すこと。しかし、そこに卵を助けることも加わる。万が一、卵を持ったまま戦闘をするなどの状況となれば、割れてしまうことはあり得る話だ。卵の安全を確保した上で、相手を倒さなければならない。

 

「兄貴、どうするんでげすか?」

「……まずは見てみないことにはなんとも言えないな」

「そもそも卵はどこにあるんだい?」

『神鳥の巣の頂上です。人が立ち入れない場所ですが、私ならば貴方方を運んで行けるでしょう。尤も、気づかれないように麓までになりますが』

 

 この世界ではレティスは目立つ。同じく色をもつレイフェリオたちもだ。ならば、相手が警戒をしていない麓から向かうしかないということだ。

 

「わかった。なら、俺たちを運んでくれ。王は、出来れば集落で待っていてほしいですが」

「……そうじゃな。わかった」

 

 トロデは了承すると、魔物から逃げるようにさっさと馬車でかけていった。相変わらず逃げ足は早い。

 

『では、行きましょう。乗ってください』

 

 レイフェリオたちの側に降りると、順番にレティスの背に乗った。

 

『しっかり捕まっていてください。行きますよ』

「あぁ、頼む」

 

 翼をはためかせ、レティスが飛び立った。

 



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神鳥の巣

ゲモン戦までになります。


 レティスの背に乗り神鳥の巣だという麓へと下ろされたレイフェリオたち。レティスの姿が見つからないように、レイフェリオたちを下ろすとすぐさま飛び立っていった。

 

「……ここが巣か」

「結構な高さがあるみたいでがすが……」

 

 見上げてみても一番上、頂上は確認できない。とりあえずは進んでみるしかないようだ。レティスの話では頂上にあるということなので、ひたすら上を目指せばいいだろう。

 

「どこまで入り組んでいるかわからない。慎重に行こう」

「ふん、なら先頭は任せな」

「おい、ゲルダ?」

「これでも盗賊だったんだ。未知のダンジョンは得意でね」

 

 その言葉に海賊の洞窟での出来事を思い返す。ほぼ、レイフェリオらに仕掛けを解かせていたはずだ。得意なようには思えない。しかし、素早さが随一なのは間違いないので、先頭を任せることに異論はなかった。

 

「わかった。なら任せる」

「あ、兄貴? いいんですかい?」

「誰が先に行っても大きく変わらない。だが、ゲルダならばその足を生かすことができる。それだけだ」

「確かにそうね。なら、それでいきましょう」

 

 不満そうなのはヤンガスだけで、ゼシカとククールは特に何とも思っていないようだ。レティスの巣なのだから、罠や仕掛けがあるわけではないはずだ。ならば道に迷わなければ問題はないのだから。

 

 そうしてゲルダを先頭に、一行は先を進むことにした。

 巣は、内部と外周を行き来することで先を行くことができるようだ。魔物も徘徊しているが、この先レティスの卵を人質に取っている魔物との戦闘があることを考えると、可能な限り戦闘は避けたい。そこはゲルダの出番だった。

 ゲルダは、忍び足で近づき魔物をおびき寄せる。その間にレイフェリオたちは先を行く。逃げ足が速いというゲルダは、自慢するだけあって魔物を煙に巻くのもうまかった。ほとんど戦闘をすることなく、順調に先を行くことができたのは、間違いなくゲルダの功績だろう。

 どれくらいまで登ってきたのか。内部から外へ出ると、一匹の魔物が外を見上げていた。近くには、大きな卵らしきものがある。恐らく、あれがレティスの卵であの魔物が元凶だ。

 

「……どうする、レイフェリオ? 下手に戦闘を仕掛けると、卵にまで余波がいく」

「あぁ……かといって手に持てる大きさじゃない」

 

 ならば選択肢は一つ。守りながら戦うしかないだろう。

 

「ゲルダは出来る限り、注意を引くように動いてくれ。ヤンガスはいつも通りだが、鎌を使用するのはなしだ」

「あいよ」

「合点でがす」

 

 二人は武器を構える。今回、ゲルダも扇は使用しない。翻弄するのが目的であり、扇を使用すると卵にまで影響が出かねないからだ。

 

「ククールは、俺と卵の守りを頼む。どちらかは傍にいるようにな」

「わかった」

「なら、あたしは爆発系は使用を控えるわね。範囲呪文はできるだけ避けた方がいいでしょ?」

「……そうだな。相手の位置によるが、頼む」

「任せて」

 

 作戦を確認し、戦闘準備をする。相手はレイフェリオたちが、レティスに頼まれたことを知らない。知らせないように、卵を保護しなければならない。ならば、まずはそのまま顔を見せた方がいい。警戒を卵からレイフェリオたちに向けるためにも。

 

 何事もないように足を踏み入れると、足音に気が付いた魔物はレイフェリオたちへと視線を移した。空の動きを見ているということは、レティスの動きを監視していたのだろう。どうやら、レイフェリオたちが来るまで注意を引きつけてくれていたようだ。

 

「ん? なんだ貴様たちは。どうしてこんなところに人間がいる? その姿も……闇の世界の住人ではないな。どこから迷いこんだ?」

「……お前の方こそ何をしているんだ? こんなところで」

 

 質問には答えずにレイフェリオが逆に問いかける。理由はわかっているが、あくまで無関係を装うためだ。

 

「ふん、答える必要はない。だがまぁ、卵を見張っているのもいい加減飽きてきたところだしな」

「見張っているってのは、その緑色のものか……」

「貴様たちには関係ない。だが、せっかく来てくれたのだ。退屈しのぎに相手をしてもらおうか。この暗黒神ラプソーン様の腹心、妖魔ゲモンが直々にな」

 

 バサッと翼を広げて周囲に砂ぼこりが舞う。どうやらレティスとの関係には気づかれなかったようだ。ならば、こちらも戦闘を開始できる。

 

「ゼシカっ!」

「わかってるわ。……メラミっ!」

「ぬかせっ」

 

 ゲモンは息を吸い込むと、口から炎を吐き出した。ゼシカのメラミは相殺することなく、飲み込まれ炎がレイフェリオたちを襲う。

 

「やらせるか! ……散れっ!」

 

 炎に向けて手をかざし力を集めると、炎を霧散させる。力を籠める時間はあまりなかったが、ダメージは受けていない。そんなレイフェリオの力にあっけにとられたようにゲモンは、動きを停止させる。これ以上の隙はないだろう。ヤンガスは力を籠めてゲモンを切りかかった。

 

「うぉりゃぁ!」

「ぐぅ……ちょこざいな!」

 

 その間に作戦通りの配置へとそれぞれが移動する。レイフェリオは卵の前に来ると、その様子を伺った。小さいがレティスと同じような気配を感じる。生きているのだ。これを守ることが、レイフェリオたちの役目だろう。そっと卵に触れ、魔力を流し込む。

 

「……」

「何してる?」

「……全く攻撃の余波がこないとは限らない。多少の防御にはなるだろう。気休めだけどな」

「お前……」

 

 そうこうしているうちに、ヤンガスが振り払われゲルダが攻撃に転じている。レイフェリオは魔力を籠めた。

 

「援護、頼む」

「あ、あぁ……わかった」

 

 ゲモンへと駆けながら、レイフェリオは呪文を唱えた。

 

「ライデインっ」

「な……ぐわぁぁ」

「くらいなさい、メラゾーマっ」

「隼斬りっ」

「ちぃ……うるさいハエどもめ! 失せろっ」

 

 ゼシカの呪文に追撃するように攻撃を与える。だが、ゲモンは鋭い爪をもってレイフェリオの剣を防いだ。そのまま振りぬかれ、レイフェリオは吹き飛ばされると同時にもう片方の爪で斬りつけられた。空中では避けるすべはない。

 

「くっ……」

「兄貴っ!」

「俺に、かまうな! 行け、ヤンガス」

 

 斬りかかられた勢いのまま地面まで吹き飛ばされる。辛うじて受け身を取る。腕を掠めたため出血はしているが、動けないものではなかった。出血は止めなければいけないだろう。呪文を唱え、傷を癒す。

 身体は大きい割には素早く動くゲモン。未だ致命傷は与えられてはいないが、それでも卵へ注意が向いてはいない。だが、それも時間の問題だ。

 剣を握りしめ、レイフェリオは再びゲモンの元へと向かう。その姿を映すなりゲモンが鋭い視線を向けてくる。

 

「貴様……何者だ?」

「お前に答える必要はないっ!」

「何っ!」

 

 剣を素早く斬り払うがゲモンに避けられる。しかし、そのままの流れでレイフェリオは剣も斬り上げた。剣先がゲモンの嘴を斬り、血しぶきが出た。

 

「ゲルダっ! ゼシカっ」

「わかってるよ!」

「えぇ! はぁぁぁ、メラゾーマっ!」

 

 ゲルダが無防備になった足元を短剣で突き、ゲモンは苦悶の声を上げる。更にレイフェリオがゲモンから身を離した瞬間、先ほどよりも威力を増したメラゾーマがゲモンの顔へと直撃した。

 

「うぉぉぉぉ! ……ぐぅ……な、なん……この……せめ」

「何だ?」

「ぐぉぉぉぉ!」

 

 ゲモンが雄叫びを上げると共に魔力が膨れ上がる。それが目指すものは……。

 

「まずいっ! ククール避けろっ」

「何っ? まさか……卵かっ!」

 

 最期の力で卵もろとも消えようとしているのだ。それをさせるわけにはいかない。レイフェリオは急ぎ卵の元へ行き、守るために魔力を展開する。傍にいたククールもそれに力を貸そうと手を伸ばした時だった。

 

「く……」

「まっ!! レイフェリオっ!?」

 

 一歩及ばず、魔力の衝撃にレイフェリオは吹き飛ばされ、卵もそれに飲み込まれるのだった。

 

 

 




来週は、投稿をお休みします。
次回は再来週となる予定です。


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三角谷地方
新たな仲間


再開しました!
ここからはオリジナルストーリーに近いものになると思います。


 真っ暗な闇の中。浮遊感をレイフェリオは感じていた。

 

「俺は……確か……」

 

 ぼんやりと思い出すのは、ゲモンとの戦いでのことだ。断末魔の叫びと共に放たれた魔力の光が卵へ向かっていく。レイフェリオは必死に卵の前へと駆けたはずだ。

 

「間に合わなかったのか……もしかして俺は……」

『……ううん。大丈夫だよ』

「えっ?」

 

 幼い声が聞こえてレイフェリオは闇の中を見回す。何も見えないはずが、徐々に目の前が照らされていくのを感じた。暖かな光だ。変化していく光は、やがて鳥の姿に変わった。

 

「あ……」

『ありがとう……僕を助けてくれて……』

「……無事、だったのか?」

『君が……守ってくれたから……けど、君は力を使い過ぎたみたいだ……だから、僕がここに連れてきた。もう一人の僕も、君の仲間を連れてここにくるよ』

「え?」

『だから、安心して眠って……目覚めたら、今度は一緒に空を飛ぼう』

 

 光が霧散し、姿が消えていく。導かれるように、レイフェリオは意識が遠くなっていった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

「っ……」

 

 瞼を開けると、そこは知らない場所だった。ベッドに寝かされている身体を起こせば、近くにいたトーポが駆け寄ってくる。

 

「キュキュッっ!」

「トーポ……心配かけたみたいだな」

「キュウ」

「ありがとう。……他の皆は?」

『賢者クーパスについて聴きに行っているよ』

「っ!?」

 

 突然頭に響いた声。チラリとベッドの横にある棚を見れば、白い鳥がレイフェリオを見ていた。小さなその姿はトーポと同じくらいの大きさしかない。まるで生まれたばかりの小鳥ほどの。

 

「その声……まさか……」

 

 暗闇の中で聞こえていた声と同じものだ。レイフェリオへ語りかけていたのは、この小鳥だというのか。

 

『そうだよ……君に話しかけていたのは僕。君に助けられたんだ。だから、今度は僕が君を助ける番だよ』

「俺を、助ける?」

『うん。お母さんにも伝えてあるから大丈夫。これから宜しくね』

「あ、あぁ……まぁいいが、それより母親ってのは?」

『レティスって呼ばれてるよ』

 

 まさかの神鳥レティスの子どもだった。ということは、あの卵から孵ったのが目の前の小鳥ということなのだろう。ならば、レイフェリオは間に合ったのだ。安堵の息を吐くが、次の言葉で直ぐに覆された。

 

『でも、もう一人の兄弟が出来るはずだったんだ。僕は卵の外でも平気だけど、その子はまだダメだったから魂だけになっちゃって』

「もう一人? 卵は一つだったと思うが?」

『うん。双子だったの僕たちは。もう一人の僕は、君の仲間たちと一緒にいるよ!』

 

 双子。卵に二つの命があったということなのだろうが、レイフェリオには直ぐに理解することは出来なかった。そのレティスの子どもたちが、何故ここにいるのか。レティスは闇の世界にいるはずで、だがレイフェリオの目の前にはきちんとした色がある。ということは、ここは闇の世界ではなく元の世界だ。

 

「……君は」

『名前は君がつけてよ』

「名前がないのか?」

『生まれたばかりだからね』

 

 なら母親であるレティスが名付けるのが普通のはずだ。何故、レイフェリオに頼むのか。

 

「レティスにつけてもらわないのか?」

『お母さんも人間につけてもらった。だから、僕も付けてほしい』

「……名前、か」

 

 確かに名前がなければ不便だ。だがいきなり言われても直ぐに思い浮かぶものではない。黙ってしまったレイフェリオに、小鳥はその足元に移動してきた。

 

『君はレイフェリオだよね? ねぇ、レイって呼んでいい?』

「……構わない。そうだな……ならお前はリオでいいか?」

『リオ? 君の名前からくれるの?』

「あぁ、どうだ?」

『嬉しい! ありがとう、僕はリオ! リオだよ』

 

 喜びを全身で表すように羽をパタパタする様子は微笑ましいものだ。今後、レイフェリオと共にいるというリオは新しい仲間となるだろう。隣にいるトーポはよく分からないようで、首をかしげていた。

 

「トーポ?」

「キュイ……キュウ」

「わからない? リオの声が聞こえてないのか?」

「キュ!」

 

 その通りだと、何度も首肯していた。双方では意志疎通が出来ないらしい。

 

『うーん、僕の声はレイにしか聞こえないのかも』

「俺にだけ?」

『どうしてかな……僕にもよく分からないや』

「……まぁその辺りは追々でいい。ところで、どうして俺はここに──―」

「兄貴っ!」

 

 レイフェリオが寝ている部屋に飛び込んできたのは、ヤンガスとゲルダ、更にはククールとゼシカ、トロデだった。誰もがレイフェリオを見て安堵の顔をしている。

 

「目が覚めたのね、レイフェリオ。良かった……」

「ゼシカ、皆も……心配をかけたみたいだな、すまない」

「本当に心配したでがすよ……突然、兄貴は消えて卵は割れたんでがすから」

「?? どういう事だ? というか、ここはどこなんだ?」

 

 この場所が光の世界であることはわかるが、そもそも闇の世界にいたはずだ。それがどうして光の世界にいるのか。ベッドの上で寝ているということは、レティシアの村ではない。今まで見たことのない場所だ。そして、リオから聞いた賢者クーパスの名。この中で理解していないのは、レイフェリオだけだろう。

 

「……俺たちにもよく分からない。だが、レティスから聞いたことも合わせて無理やり理解させられたという程度だ」

「本当に、アンタがここにいるとは思わなかったよ……本来にどうやってここに来たんだい?」

「俺が、ここに来た?」

 

 ゲルダの言い方はまるでレイフェリオだけがここに来て、彼らが探しに来たというように聞こえる。しかし、レイフェリオにはあの瞬間から記憶はない。自ら移動したのではないことはたしかだ。

 混乱するレイフェリオを見て、ククールはとなりのベッドに腰を下ろし視線を合わせた。

 

「ククール?」

「わかる範囲で説明する。まずは、この場所についてだな。ここは三角谷というらしい。人が立ち入ることは滅多にない秘境だな」

 

 三角谷は人とエルフと魔物が共存する場所。そこにレイフェリオがいると、レティスの子どもが教えてくれたらしい。

 あの時、ゲモンの断末魔の攻撃から卵を守ろうと飛び込んだレイフェリオだが、攻撃の光が消えた時には既に姿が消えていた。衝撃で卵も割れておりレティスも落ち込んだが、割れた卵から魂の形でレティスの子どもが現れた。力を貸してくれるという魂の力は、空を飛ぶものだった。

 更にレティスに対し、消えたレイフェリオについても問いただした。レイフェリオは魔力を以て衝撃を和らげようとしたが、何らかの力がレイフェリオを闇の世界から飛ばしたのではないかというのが、レティスの見解だった。闇の世界に、レイフェリオの力を感じないと。

 急ぎ、光の世界に戻ったククールたちは、レティスの子である魂の力が、ここにレイフェリオがいると教えてくれたらしい。その理由は、リオがいたからだった。同じくレティスの子であるリオと魂だけとなったとはいえ繋がりがあったのだろう。それで、倒れていたレイフェリオを見つけ運んだのだという。

 

「……」

「身におぼえはないのか?」

「……無意識だったからな、覚えてない」

「だが、レイフェリオが無事で何よりじゃ。そのままだと、クラビウス王に何と言えばよいかわからん」

「王……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

「お主が無事だったのだ。今はそれが一番じゃな。姫も安心しておる」

 

 魔物が住んでいる土地とはいえ、馬の姿であるミーティアは流石に入ってこれない。入り口の近くで待っているらしい。起き上がったなら心配をかけたことを謝りに行くべきだろうが、今はまだそこまで回復しているわけではない。闇の遺跡での戦い程ではないが、まだ完全に魔力が戻ってきた感覚はなかった。

 レイフェリオの体調を考慮して、ここで一晩休むことになり今後について明日改めて話し合うことになった。

 



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賢者の友人

オリジナルストーリーです。ちょっとしたフラグです。


 翌日、レイフェリオが目覚めると他の皆はまだ寝ていた。軽く腕を動かせば多少違和感を感じるものの、動くことは出来そうだ。ベッドから静かに身を起こす。周りを見ても誰も起きていないことを確認して、レイフェリオはベッドから降りた。

 外に出てみれば、町とは違った自然が目の前に広がっていた。滝から流れてくる水の音が届く。滝が望める場所に立つと、心地よい風が頬を撫でた。

 

「……ここが、三角谷。人が立ち入らない秘境か……」

「綺麗な眺めでしょう」

「……貴女は……」

 

 誰かが近づいてきていることは気配でわかっていた。それが仲間たちではないことも。振り返ると、そこには人とよく似た姿ではあるが尖った耳を持った少女らしき者が歩いてきていた。

 

「うふふ。初めまして、ですね。私はラジュ。エルフの一人です」

「エルフの民……ですか」

「貴方はレイフェリオさん、でしたね。かの竜神族と縁を持つ」

「っ……どうしてそれを?」

「貴方の傍にいたレティスの子よりお聞きしました」

 

 微笑みながらレイフェリオの隣に立つラジュ。困惑をしながらレイフェリオはラジュを見ていた。

 

「お加減はどうですか? そのご様子だと、まだ本調子ではなさそうですが」

「……いえ、大分回復しました。わざわざありがとうございます」

「隠さなくともいいですよ。魔力が完全ではないのでしょう? 我らエルフの民は魔力には敏感ですから。未だ、本来の貴方の魔力には及ばないのでしょう?」

「……何故?」

「貴方の中にある魔力の器を感じます。流れてはいるものの満ちてはいません。それが私にはわかります」

 

 エルフは魔力に長けた一族。その中でも古株であるというラジュにとって、他者の魔力の流れを読み取ることなど容易なことのようだ。

 そこまで分かっているのならば、誤魔化す必要もないだろう。レイフェリオも認めるしかない。胸に手を当てて、力を確認する様に目を閉じる。

 

「確かに……まだ魔力が回復しているわけではありません。使いきったわけでもないので、少し動く分には問題はないですが」

「魔力操作もエルフ程ではないですが、お上手な様子……ですが貴方の中にはもう一つ、別の力を感じます」

「……別の力」

 

 思い返されるのは、ドルマゲスとの戦い。いや、その前から聞いていた声だ。あの声が何なのか、レイフェリオにもわかっていない。説明することもできなかった。

 だが、答えることのないレイフェリオにラジュはそれが答えだと感じ取ったようだ。

 

「心当たりはあるようですね。恐らく、その力は竜に関わるものでしょう。魔力にも似ていますが、感じたことがないものです」

「竜……やはり竜神族に関係があるということですか」

「竜神族は人里に現れることは滅多にありません。私も一度だけ垣間見たことはありますが、それきり見たことはありません。だからこそ、不思議ではあります。貴方が、何故ここに、人と共にいるのかが」

 

 レイフェリオはラジュへと向き直ると、彼女もレイフェリオを真っ直ぐに見つめていた。

 ラジュの指摘は正しいのかもしれない。レイフェリオは人と竜神族との間に生まれた。人と同じ外見を持っているが、その魔力は人ならざるモノを持つ。人でも竜神族でもない。完全なる人ではないレイフェリオは、人の世界では異質である。

 ラジュはレイフェリオを人として見てはいないのだろう。その言葉が物語っている。人とレイフェリオ、というようにを分けているのだから。

 

「……俺のことは竜神族ということだけ聞いたのですか?」

「竜神族に連なるもの、とお聞きしました」

「間違ってはいませんが、俺は人間の父と竜神族の母の間に生まれました。混血児なんです、俺は」

「ハーフ……? まさか、竜神族が人と交わると?」

「事実です。生まれてから暫くは郷で暮らしたみたいですが、俺には記憶がありません。人と生きてきた記憶しかない……だから、貴女の問いには答えられません。俺にも理由など分からないんですから……」

 

 父がレイフェリオを迎えに来たのは、恐らく母が亡くなってからだろう。それまでは郷で暮らしていた。もし母が生きていれば郷でずっと過ごしていたのだろうか。だとしたら、何故父といられなかったのか。両親が揃って過ごすことは出来なかったのか。年齢からして少しは覚えていてもいいはずの記憶がないのは何故か。どれも答えなどわからない。

 ラジュの問いに敢えて答えるとすれば、一つだけある。それは、レイフェリオはサザンビークの王太子であるからだ。人の世界において、国をまとめる立場の一人だからである。逆に言えば、王太子でなければレイフェリオはどこにも属すことはないのかもしれない。

 

「……申し訳ありません。辛いことを聞いてしまいました。まさか、竜神族が人と関わるとは思いませんでしたから」

「……いえ、他の種族の方々からすれば不思議なのでしょうから」

「……」

 

 苦笑するレイフェリオに、ラジュは悲しげに目を伏せた。彼女は知らなかったから聞いただけであり、特にレイフェリオが傷ついた訳ではない。

 

「本当に気にする必要はありません。事実は事実ですから」

「……レイフェリオさん」

「そろそろ皆も起きてくる頃ですから、俺は戻ります。ラジュさんも──―」

「人は決して入れぬ高台にある小さな神殿があります。そこから竜神族の郷に行けると、聞いたことがあります」

「えっ?」

「大きな門と竜の紋章があるだけで、何もない場所ですが……もしかしたら、貴方なら道が開けるかもしれません」

 

 立ち去ろうとしたレイフェリオの背中に向かって、ラジュは告げる。

 空を飛ぶことが出来なければ、行くことは難しいとされる高台に、郷への道があると。普通に行くだけでは、何の意味もなく歴史的な価値さえも見いだされていない不思議な場所。

 

「もし、貴方が己を知りたいと仰るなら、行ってみるといいでしょう。かの竜神族が住まう場所へ。かつて私が彼……クーパスの友であり竜神族の一人であったフェイから聞いた話です」

「ラジュさん……」

「私が貴方に出来るのはこの程度のようですから。お時間を頂いてありがとうございました。私も失礼しますね」

「……はい、ありがとうございます」

 

 最後には笑みを見せて去っていくラジュを見送って、レイフェリオも宿屋へと戻っていった。

 



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理由

 宿屋の中に戻ると、既に起きていたのかククールが支度をしていた。

 

「ククール……」

「どこ行ってたのかと思えば、あのエルフの姫さんと話をしてたみたいだからな、遠慮させてもらった」

「そうか。気を遣わせたみたいだな」

「お前のベッドが空だったんで、ちらっと覗いただけだ。話は聞こえてないぜ。起きたのはついさっきだしな」

 

 ラジュとの会話は聞こえていない。ククールはわざわざそれを伝えてくれたようだ。

 聞かれていてもそれほど問題があるわけではないが、知られていないと聞くと少し安堵している自分がいた。

 

「そうか……」

「それより、体調はどうなんだ?」

「あ、あぁ……万全とは言えないが多少は回復した。怪我をした訳じゃないからな」

「……今さらだが、そもそも何でレイフェリオはここに倒れてたんだ?」

 

 ククールたちがここに来たのは、レイフェリオがいたからだ。では、レイフェリオはどうしてこの場所を選んだのか。レティシアではなく、何故三角谷なのか。気を失っていたレイフェリオにはわからない。

 そこへパタパタとリオが近寄り、レイフェリオの肩に止まった。

 

『この郷は魔力が満ちているから、僕が連れてきたんだよ!』

「えっ?」

『レイ一人なら、僕の力でも連れていけるから。ゲモンから僕を守ってレイは疲れてた。だから、僕はここに連れてきたんだ』

「リオ……そうか、ありがとう」

『うん!』

 

 どういう理屈かはわからないが、リオがこの場所を選んで連れてきたということらしい。この小さな体でレイフェリオを運ぶことは出来なさそうだが、何か別の力があるのだろう。

 

『これからも、空を飛びたかったらいつでも飛んであげるよ! レイとなら僕も飛べるから』

「俺となら?」

『うん、僕はまだ小さいからレイ一人だけしかダメだけどね』

「……何故、俺となんだ?」

『ん? レイの傍がいいからだよ』

 

 答えになっていない。思わず額に手を当てるが、ふとククールを見れば何とも言えないような顔をしていた。

 

「ククール?」

「その鳥、何て言っているのかわかるのか?」

「……まぁ」

「俺にはピイピイとしか聞こえない……レイフェリオが一人で話しているようにしか見えないぜ」

 

 確かにトーポにもきこえなかったのだから、ククールにも聞こえないことは不思議ではない。

 

「……そうだな。気を付ける。すまない」

「俺は別にいいが……で、何の話をしていたんだ?」

「ここに来た理由を聞いていた。俺は意識がなかったが、リオがここに連れてきたらしい。ここは、魔力が満ちているから回復にはいいと判断してのことのようだ」

「なるほどな……それでここってわけか。確かに、心地いい風に感じる」

 

 普段から呪文を扱うククールにもわかるようだ。恐らくゼシカも感じているはずだ。

 ククールと話し込んでいるうちに、全員が起きた。レイフェリオも支度を終えて、宿屋の外に出る。

 

「それで、これからどうするんだい? その、賢者ってやつに会いに行くんだろ?」

「ゲルダ?」

「何だい、事情は全部聞いているさ。あんたが寝ている間にね」

「……」

 

 それを聞いて思わず眉を寄せてしまったのは仕方ないだろう。元々、ゲルダ自身には関りのないことだ。更に、ゲルダから切り出したということは、彼女はこのまま同行するということに他ならない。

 

「君はわかっているのか? 共に行くことの意味を」

「ふん、危険なことなんて今までも経験済みってことさ。程度の違いはあれ、命のやり取りだってしたことはある。それに……これでもこの世界を気に入っているんだ。暗黒神だが魔王だか、そんな得体のしれない奴に渡すなんて、それこそ盗賊の名折れさ」

「……それはちょっと違う気がするんだけど」

「うるさいね。いいったらいいんだよ!」

 

 ゼシカの突っ込みに、ゲルダはプイッと顔を背けた。

 覚悟としては足りない、とレイフェリオは思う。気に入らないとか盗賊のプライドというだけで、挑めるほど安易な相手ではない。だが、この様子を見るにレイフェリオ以外はゲルダの同行を認めているようだ。

 

「レイフェリオ、お前からみたらゲルダが戦う理由は軽いと思う。俺もそれには同感だ。だが、理由が軽いからといって、その想いが軽いとは限らない。違うか?」

「ククール……」

「私も兄さんの仇っていうのが、ラプソーンと戦う理由。賢者の末裔ということをからも決して無関係じゃない。でも、やっぱり一番の理由は自分が納得したいから、だと思う。だから私は戦う。他でもない、私自身のために」

「アッシは、この中で一番理由が弱いでがすよ……けど、知っちまったからには放ってはおけねぇ。兄貴が戦うなら、アッシも力になりたいでげすから」

 

 言われてみれば、ヤンガスも直接的な関りはなかった。ゼシカ、ククールは関係者が犠牲になった背景がある。最初から共に旅をしていて、いることが当然だと思っていたためだ。

 

「……理由と想いは、必ずしも同じじゃない、か。そうだな。その通りだ」

「兄貴……」

「わかった。……行こう。次の目的地、サヴェッラ大聖堂に」

「「あぁ」」

「えぇ」

「ふん」

 

 

 

 



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サヴェッラ大聖堂
最後の賢者


漸く最後の賢者です。オリジナルストーリーになります。


 闇の世界で手に入れたという神鳥の魂の力を使い、レイフェリオらは最後の賢者が住まう場所であろうサヴェッラ大聖堂へとやって来た。

 露店などが常時開かれており一般人も多いが、どこか物々しい連中もそこにはいた。

 

「……あいつら、マイエラの聖堂騎士団だ」

「そうなの?」

「知っている顔もいる。ちっ、いやな予感がするぜ」

 

 青を基調とした制服に身を包んだ聖堂騎士団。ここサヴェッラ大聖堂でも普段から聖堂騎士が聖堂を巡回している。ククールが見知った顔がいるということはマイエラ修道院から異動となったのか、もしくは聖堂騎士団長のマルチェロがいるかだ。

 

「それはともかく、大聖堂まで来たはいいが、ここからどうするんだ?」

「大聖堂より上空の方に、法皇の住まう場所として大岩がある。そこに向かう。こっちだ」

 

 何度もこの場所には足を運んでいるレイフェリオだ。正面に見える聖堂から横道に逸れると、そこには建物がある。上空にある大岩とつながっている管も見えていた。ここが、大岩へと向かうことが出来る唯一の道だ。

 建物に近づくレイフェリオらを、警護している聖堂騎士団が引き留める。

 

「待て……この先は許可なく通ることはできん」

「警護、ご苦労だな……俺は、レイフェリオ・サザンビークだ。通る許可はある」

「なっ……サザンビーク!? まさかっ……いや、それは」

「通してもらうがいいか?」

 

 レイフェリオの額当てには、サザンビーク王家の紋章がある。聖堂騎士団に所属しているのならば、当然知っているはずの者だ。

 明らかに動揺をしている騎士に追い打ちをかけるように、レイフェリオは前に出る。

 

「わ、わかっ……いえ、申し訳ありません。ですが、許可があるのは殿下おひとりのはずです。他の皆さまはご遠慮願います」

「……それは誰の指示だ?」

「法皇様の館を警護しておられるマルチェロ様からの指示です」

 

 予想は外れることなく、その名は告げられた。マルチェロが警護の責任者ということだ。ならば、ククールらがこのまま乗り込むことは止めた方がいいだろう。強制的に行動することが出来ないわけではないが、ただ迎えればいいということでもない。

 

「行ってこい、レイフェリオ」

「ククール?」

「俺たちは俺たちで何とかする。お前は先に行ってろ」

「……わかった。あまり無理はするなよ」

「お前もな」

 

 神鳥の力の源となる魂はククールが保持している。反則になるが空から向かえばいいだけの話だ。

 去り行くククールたちの背中を見送り、レイフェリオは中に入った。移動用の岩に乗れば、そのまま上へと運ばれる。

 

『この上に、賢者の人がいるね』

「リオ?」

 

 もぞもぞとレイフェリオの服から姿を見せたのはリオだった。移動中ではあるが人がいなくなったので、姿を出したらしい。そのまま飛び立ち、レイフェリオの肩に止まる。

 

「わかるのか?」

『よくわからないけど、そんな気がする。レイはわかる?』

「いや……俺は賢者であろう人を知っているから」

 

 だから、リオが感じるなら確信となる。そう思っただけだ。勘のようなものだが、神鳥の子であるリオが賢者がいると言うのなら、やはり法皇が賢者の可能性が高い。事情を話せばわかってもらえるのか。もしくは、荒唐無稽だと信じてもらえないか。普通であれば、後者だろう。だが、レイフェリオは孫であるアイシアの婚約者だ。その可能性にかけるしかない。

 

 目的の大岩まで到着すると、そこにあるのは法皇の館だ。警護をしている騎士団の中にはレイフェリオが知らない者もいるようだが、見知った者たちもいた。

 

「レイフェリオ殿下っ」

「……突然すまない。法皇猊下は?」

「はっ、中にいらっしゃいます。巫女様も自室に」

「わかった。ありがとう」

「ご案内します」

「頼む」

 

 知らない聖堂騎士団に遭遇することを考えれば、案内してもらった方がすんなりと事が進む。無論、何度も来ている場所でもあるため、館内の構造は知っているため、案内されなくとも行くことは出来る。あくまで法皇に会うまでの時間短縮のためだ。

 階段を上がり中央に位置する扉を開く。

 

「失礼します。法皇様、レイフェリオ殿下がお越しです」

「……レイフェリオ殿下が?」

 

 レイフェリオが後ろから姿を見せると、法皇は座っていた机から身を乗りだし驚いていた。いつもなら事前に伝えてから訪問するので、前触れもなく訪れたことが意外だったのかもしれない。

 

「……ご無沙汰しております、猊下」

「レイフェリオ殿下……いえ、壮健そうで何よりです。どうぞ、こちらへ」

「ありがとうございます」

「そちは下がってよい。ご苦労じゃったな」

「はっ」

 

 案内した騎士を下がらせると、室内にはレイフェリオと法皇の二人だけとなる。

 法皇に促され、レイフェリオは机の前に立った。応接室ではないため、客を招くようなテーブルなどはない。

 

「お忙しいところ、突然申し訳ありません」

「いえ、構いませぬ。貴方様のことです。何やら事情をお持ちのご様子。この爺に出来ることならば、何なりと仰られませ」

 

 好好爺といった風に法皇は微笑む。レイフェリオがここに来たことに、法皇自身も何かを感じたのかもしれない。レイフェリオは邪魔が入らない内に本題を伝えることにした。

 

「……単刀直入にお伝えします。猊下、貴方の命が狙われています。暗黒神の化身に」

「っ!? ……暗黒神、まさか貴方様は……いや、そんな……まさか、関わっておられるのですか? あれに……」

 

 隠すことなく、レイフェリオは暗黒神の名を告げた。この狼狽ぶりから、法皇は暗黒神のことを知っている。それも、おそらく真実に近い形で。

 レイフェリオの手を取った法皇の手は震えていた。

 

「はい。ですから──―」

「なりませんっ! なりませんぞ、殿下! あれに関わってはなりません! 貴方様は、ご自分のお立場を理解しておいでのはず。あれは、人の手に負えるものではないのです!」

「……それでも、俺は……王族の一人としてあれを放置することは出来ません。猊下もそれはお分かりですよね」

「……確かに。その責務があることは理解できます。されど……我が孫から、殿下までもを奪うことは出来ません」

 

 肩を落とす法皇に、レイフェリオは声をかけられなかった。アイシアには両親から引き離された過去がある。力が発現し、普通の娘としての生活を奪ったという自責の念が法皇にはあった。全てを知って傍にいる肉親は祖父である法皇のみ。そして、レイフェリオもアイシアの力を知りながらも、傍にいる一人だ。だからこそ、法皇は引き留めたいのだ。何よりも孫娘のために。その想いを理解しているからこそ、言う言葉が見つからなかった。

 ゆっくりと掴まれた手を離して、次の言葉を探していると法皇は、俯いた顔を上げる。

 

「最早、この老いぼれに出来ることは限られておるのですな。……殿下……申し訳ありません」

「猊下?」

 

 諦めにも似た言葉が聞こえたその時だった。

 

「古よりたまわいし力よ、彼の者を誘いたまえ……」

「なっ、それは……ち……」

 

 目の前で紡がれた言霊が呪文の類いだとは理解したが、既に遅かった。抗おうとするもレイフェリオは呪文の力により、その場に倒れ込んでしまうのだった。

 

「……我が先祖が残した負の遺産を背負わせること、申し訳なく思います。ですが……どうか、我が孫を守って下され……」

 

 




この辺りはどうすべきか色々迷ったところです。他のメンバーはゲーム通りに向かっています。


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抗えぬ現実

ここから暫くオリジナルになります。



『起きて‼起きてよ、レイっ!』

「キュー!!」

『レイのトモダチが大変だよ! 起きてっ』

「キュイキュイっ!」

「っ……」

 

 耳元で大きく叫ばれ、レイフェリオは目を開けた。横を見れば、リオとトーポが揃って慌ただしく動いている。

 

「ここ、は……? 俺は、一体……っ!」

 

 何をしていたかを思い出し、横たわっていた体を勢いよく起こす。

 法皇と話をしていた途中から記憶がない。直前に、法皇が呪文を唱えていた。聞いたことのない言葉だったが、それは相手を眠らせる効果を持っていたようだ。

 周囲を見れば、見覚えのある場所だということもわかった。館に滞在する時に使用している迎賓用の客室だ。ご丁寧にこの場所に寝かされていたということも含めて、法皇の指示であることは間違いない。

 

「猊下……」

『それより、大変だよ! 連れてかれちゃったんだ!』

「? どうしたんだ、リオ? トーポも……」

 

 置かれている状況を理解したが、リオたちが焦っている状況まではまだわかっていなかった。だが、冷静になれば感じる気配。それは、間違いなくかの犬が纏っていたモノ。

 

「まさかっ!」

「レイフェリオ殿下っ!!!」

 

 立ち上がろうとした時、悲鳴に似た叫びと共に騎士が数名ほど中に入ってきた。驚くと共に、彼らが見知った騎士団の者であることを認識する。敵ではないようだ。

 

「レイ様っ!」

「? アイシア?」

 

 流石に予想していなかったが、一緒にアイシアも同行していた。走りながら、レイフェリオの元へと近づく。どこか、涙ぐんでいる様子だ。後方に位置を取っているアイシアの護衛であるリリーナも一緒だった。

 

「一体、どうしたと……」

「殿下、直ぐにお逃げくださいっ! 巫女姫様たちを連れて」

「何を言っているんだ?」

「……法皇様のご命令なのです。ここは、殿下には危険であると」

 

 法皇、その示す意味がわからないレイフェリオではない。全てを知っている法皇は、レイフェリオをここから遠ざけようとしているのだ。己が死すことも覚悟の上で。

 

「猊下はどこにいる!」

「お教えできません! 早く、ここからお逃げください!!」

「猊下が狙われていることがわかっていて、俺が逃げるわけにはいかないっ! そこをどけっ」

「従うことはできませんっ!! 時機にマルチェロも気づくはずです。その前に、早くっ!」

 

 ここでもマルチェロだ。聖堂全体で何が起きているというのか。最大の責任者は法皇であり、その配下には大司教をはじめとする司教たちがいるはずだ。騎士団長などよりも、権力を持っている人たちが。だが、彼らがいうのは、騎士団長だというマルチェロが危ないという。言い回しからして、王族であるレイフェリオを害する危険もあるということだ。

 

「猊下を見捨てることなどできない……っ」

「殿下……」

 

 このまま逃げれば、法皇を助けることなどできはしない。暗黒神の復活を阻止する、最後の一人である法皇を守るためにこの地に来たというのに。

 レイフェリオは拳を強く握り占める。理性と感情のはざまにあって、迷いを振り切れないのだ。

 

「……猊下は、どこだ?」

「法皇様のご命令に背くことはできません。殿下……貴方様がここで命を落とせば、それはサザンビークにどれほどの影響があるとお思いですか? 更に言えば、サザンビークが関与していると思われてもいけません。殿下ならば、お判りでしょう?」

「……」

「殿下が逃げなければ、我々はここを動けません。それが我らが法皇様に受けたご命令なのです。これを覆すことは、たとえ貴方様でもできません」

「……」

 

 サザンビークの名を出されてしまえば、もはや個人の感情の問題ではなくなる。王族として、国を代表する者としてよくわかっていることだった。

 

「巫女姫様を……お願いします」

「……わかった」

 

 これ以上は、レイフェリオのただの我がままだ。時間がないと彼らが言っている以上、留まることはできない。騎士団にありながら、騎士団長に逆らう行動をしている彼らが罰せられるのはわかっていることだ。それが死ではないことを祈るだけである。

 レイフェリオはアイシアを抱え、リリーナの手を取る。トーポとリオもレイフェリオの肩に乗ったのを確認し、窓際から呪文を唱える。

 

「……ルーラ」

 

 移動呪文で瞬時に大聖堂から脱出した。

 

 

 ルーラで移動してきたのは、サザンビーク国内にある泉だった。以前、レイフェリオとアイシアで外出した時に訪れた場所だ。アイシアはレイフェリオの手から降りる。

 

「……ここはサザンビークですね。姫様、大丈夫ですか?」

「私は……平気です……」

 

 リリーナの問いにアイシアも答るものの、そこに覇気はなかった。レイフェリオよりも事情を理解しているとはいえ、家族との別れだったのだから当然だ。

 一方、レイフェリオは黙って立ったまま動かなかった。

 

「……レイ様」

「俺は……何度、守られれば……」

 

 後悔か懺悔か。あと一歩のところで、またもや庇われた。一度目は、オディロ。目の前で、レイフェリオを庇い倒れた。二度目はギャリングだった。何かを感じ取っていたのに、レイフェリオを遠ざけようと知らぬふりをしていた。結局、レイフェリオの目の前で息を引き取った。メディも、目の前で貫かれた。そして、最後は法皇だ。

 誰も彼もが、レイフェリオを、立場を重んじてそれを優先した。間違っていることではない。それが正しいとわかっている。レイフェリオを想い、世界を想い行動した結果だと。

 地面に膝を付き、そのまま両手を付いた。触れた土を思わず強く殴りつける。

 

「くっそ……!!! くっそ──ー!」

「レイ、さま……」

「殿下……」

 

 聞いたことのないレイフェリオの悲痛な叫び。それが大空へと響き渡った。

 

 



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悔いる帰還

 その場で暫く休み、レイフェリオは座り込んで頭を冷やしていた。

 だが、アイシアたちをこれ以上放置することはできない。立ち上がり、服に付いた汚れを払うと一呼吸する。

 

(……落ち着け……、まだ終わった訳じゃない。冷静になれ……)

 

 そうしていると、空を飛び回っていたリオが降りてくる。肩に止まるのを確認すると、レイフェリオはアイシアらに聞こえない程度の声で話し掛けた。

 

「リオ……ヤンガスやククールたちは、どうなったかわかるか?」

『……連れてかれちゃったみたいだよ。その後はわからない』

「……」

 

 連れていかれた。聖堂騎士団に拘束されたということだろうか。一体何があの館で起こったのさえ、レイフェリオにはわからない。あの時感じた禍々しい気配は、間違いなくあのレオパルドのもの。消えていなかったということは、まだあの場所にいる可能性は高い。しかし、今のレイフェリオに知る術はなかった。今は、アイシアたちの安全を確保するのが先だ。

 首を横に振り、無理矢理思考を切り換えると、後ろで様子をじっと伺っていたアイシアたちの方へ振り返った。

 

「……取り乱してすまなかった」

「レイフェリオ様……いえ、お気持ちは……わかります。私も……」

「アイシア……」

 

 法皇の傍に居たかったのは、アイシアとて同じはずだった。それでも、祖父である法皇の言葉に従った。逃げてきてしまったことに対して、彼女の中で葛藤があるのかもしれない。

 

「ここにいつまでもいるわけにはいかない。まずは、城へ行く。そこならば、安全なはずだ」

「……はい。申し訳ありませんが、お願いします」

「あぁ」

 

 城までは大した距離ではないが、魔物が強くなってきていることも考慮すればルーラで移動した方が安全だ。二人の傍に寄り、呪文を唱える。

 

「ルーラ」

 

 光に包まれ、浮遊感と共に視界が奪われる。瞬時に移動したのは、サザンビーク城前だ。

 

「な……あっ、あれは王太子殿下っ!」

「アイシア様も居られるぞ!」

 

 城下町の警護をしていた兵がレイフェリオだとわかり、近づいてくる。

 

「……警護ご苦労だな」

「いえ、殿下こそご無事で何よりでございます。早く中へ」

「助かる……アイシア、行こう」

「……はい」

 

 久しぶりに戻ってきたサザンビーク。城下町の様子は特に変わらない。その事に安堵しながら、レイフェリオは真っ直ぐに城へと向かう。

 城の警護をしている兵もその姿に気がつき、門を開けて頭を下げた。

 

「お帰りなさいませ、レイフェリオ様」

「よく、ご無事で……」

「……そう、だな」

 

 帰って来たことを喜んでくれる兵たち。レイフェリオを案じてくれていたことを感謝すべきなのだろうが、素直に受けとることができなかった。

 そのままレイフェリオは謁見の間に向かう。そこには、クラビウスと大臣の二人がいた。

 

「叔父上……」

「!? レイ……? レイかっ! よく戻った」

「ご無事で何よりでございます、レイフェリオ殿下」

 

 足早にレイフェリオに駆け寄る二人に、レイフェリオは苦笑する。左手を胸に当て、頭を下げた。

 

「只今、戻りました……ですが」

「まだ終わったわけではない、か?」

「はい……」

 

 顔を上げずにそのまま返事をする。まだ終わっていない。その通りだ。それどころか状況は悪くなっている。

 スッと顔をあげれば、厳しい表情のクラビウスがいた。

 

「話を、聞こう……大臣、アイシア嬢らを客室に案内するよう指示を」

「かしこまりました」

「えっと、その……私は……」

「アイシアは休んでいてくれ。リリーナ、頼んだ」

「承知しております」

 

 クラビウスとレイフェリオの二人に言われてしまえば、アイシアも従うしかない。付き従うリリーナに促されるように、アイシアは謁見の間を出ていった。

 二人きりとなったところで、クラビウスが動く。そのままバルコニーまで移動した。空を見上げるクラビウスの隣にレイフェリオは立つ。クラビウスとは対照的に、顔を俯かせたまま。

 

「……何があった? お前をそこまで落ち込ませることなど、これまでにはなかったことだ。何がそうさせている?」

「……」

 

 クラビウスの問いに、レイフェリオはすぐに答えることが出来なかった。何から話せばいいというのだろう。

 言葉に詰まっている様子に、クラビウスは重ねて問う。

 

「ククールらが居ないことにも、関係があるのか? 彼らはどうした?」

「……わかりません」

「レイ?」

 

 拳を握りしめ、レイフェリオは漸く言葉を吐き出した。ここに至るまでに合った出来事を。法皇によって、逃がされたことも。レイフェリオたちが戦いを挑んでいる相手が、暗黒神ラプソーンという存在だということも全て。

 

「……そうか。そのようなことが起きているとはな……」

「俺は……止められませんでした。手が届くところまでいたというのに……結局守られるばかりで」

「……レイ」

「わかっています。わかっているんです。けど、俺は……っ」

 

 クラビウスはレイフェリオを労るように、その震えていた肩に手を置いた。ビクッとレイフェリオが止まる。

 

「レイフェリオ、お前には私やチャゴスにはない戦う力がある。だが、本来ならばお前が戦うことはない。王族として戦う場所は、戦場ではないのだ。守られて、責められることはない。一番に守られるべきは、お前だった。それだけだ」

「……」

「……今、お前に必要なのは休息だな。今日はもう休め。いいな」

「……はい……」

 

 レイフェリオはクラビウスを見ることなく、そのままバルコニーから出ていった。その様子をクラビウスは、じっと見つめる。

 

「普段冷静だからか……あんなレイを見ることになるとはな。兄上、私はレイに何と声をかけてやればいいのだろうか……」

 

 闇色に染まってきた空を仰いでも、答えは返ってこなかった。

 




次回の投稿は来週になります。


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【空白の1ヶ月】
迷い子


 クラビウスと別れ自室へと戻ってきたレイフェリオだが、前と違って侍女らが待機していることはなかった。それでも、室内は清掃されておりいつでも使えるようになっている。

 レイフェリオは整えられているベッドに、そのまま倒れこんだ。

 

「……何をやってるんだろうな、俺は……」

『レイ……』

「キュ……」

 

 仰向けへと寝返り、何もない天井へと手を伸ばす。掴めるものは何もない。まるで、今のレイフェリオの心境を示しているようだ。

 

「ククールたちは、無事なのか……王はどうしているのか。姫は……」

『……レイ』

 

 マルチェロとククールは険悪な雰囲気ではあるが、異母兄弟であることは間違いない。修道院を出るときは、多少なりとも緩和しているようにも見えたが、実際にマルチェロを見たわけでもなくよく知りもしない以上判断は難しい。ククールの態度からは、どっちとも取れない。状況がわからないことには、合流することもできない。

 

「……館に入ったことで、拘束されたとすればどこに連れていかれたか。館には、牢などないはずだ。なら、一体どこに……」

「キュイ……キュ」

 

 トーポが短く小さな手をレイフェリオの頬に当てた。

 

「トーポ……?」

「キュキュ」

「ククールたちは無事、だというのか……?」

「キュイ!」

「トーポ……わかってるさ。俺に出来るのはそのくらいだということは……わかっている」

 

 必ず無事でいるはず。それを信じることしか、今のレイフェリオには出来なかった。

 身体を起こし、レイフェリオはふと窓の外を見る。館から脱出してからここにくるまで、そう時間は経っていないはずだ。そもそも、どのくらい眠らされていたのかもわからない。空が暗くなってきていることから、1日は経過していないはずだ。

 

「キュ?」

「トーポ? ……そうだな、少しは気分転換になるかもしれない」

『どこかいくの? 僕も行くよ』

「……あぁ」

 

 立ち上がったレイフェリオの肩に、トーポとリオが乗るのを確認し、そのまま部屋を出る。レイフェリオの自室は城の高い位置にあるが、更に上には屋上があった。宝物庫がある別の尖塔よりは低いが、空を眺めるにはいい場所だ。王族以外、許可された者以外立ち入ることは出来ない隔離された場所でもある。

 階段を上り、外へと出た。高い場所にあるためか、風が強くなっている。それでも構わず、レイフェリオは屋上の中央まで移動すると、そのまま座り込み空を見上げる。

 

「……どこかざわついているみたいだな」

『うん……』

 

 少しずつ闇に変わる空を見ながら、レイフェリオはそれがまるで己の不安を表しているように思えていた。何を話すでもなく、その空の色から目を話せずにじっと空を見上げ続けた。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 翌朝、レイフェリオは自室で目覚めた。あのまま眠りこけたのか、自室に戻ってきた記憶はない。服装も変えられているようだ。

 

「……シェルト、か」

「その通りですよ、で・ん・か」

「……」

 

 いつの間にか扉が開かれており、シェルトとナンシーが立っていた。

 

「おはようございます、レイフェリオ様」

「あ、あぁ……」

「昨日は、お探ししました。お部屋にうかがってもいらっしゃらなくて、まさか屋上で寝ておられるなんて……風邪でも召されたらどうされるのですか。シェルト殿に抱えられたレイフェリオ様を見たときは、陛下も卒倒してましたよ」

「……そう、か。すまない。寝るつもりはなかったんだ」

「あったならば、こうして悠長に説明しておりません……」

「ナン?」

 

 いつもならば笑みを見せながらもレイフェリオに説教をしているところだが、今日のナンシーにその様子はなかった。何かあったのかと、レイフェリオが怪訝そうにみていると、後ろからシェルトが咳払いをした。

 

「シェルト?」

「我々は事情は陛下から聞いています。……だから、昨日は貴方を一人にしたんです。まぁ、多少自由にし過ぎたようですが」

「……」

「今日は、私が傍につきます。殿下の護衛として……」

「……わかった」

 

 二人の顔色から、気を遣われていることはわかる。そもそも、国にいるのなら誰かが傍にいることは当たり前だ。断る要素は見当たらない。

 そのまま朝食を摂り着替えると、シェルトを伴ったままレイフェリオは部屋を出た。

 

「どこか、行くところがあるんですか?」

「……叔父上のところに行く。心配をさせているようだから」

「それは当然だと思いますけど……その後は?」

「その後、か……」

 

 ふと、歩いていた足を止める。

 これからどうするのか。レイフェリオは、廊下にある窓から外を見る。

 昔から代わり映えのしない景色がそこにあった。しかし、これが奪われる時が来る。暗黒神が解放されるのも時間の問題だ。少しでも阻止するために動くべきなのかもしれない。では、どこに向かうというのだろう。法皇を守ることも出来ず、一人逃げ出したレイフェリオに何ができるというのか。

 

「……最後の最後で、結局俺は己を取った。言葉でどれ程大層なことを言ったとしても、それを成すことは出来なかった」

「殿下……」

 

 国を、アイシアを盾に取られたに近い形ではあったが、それでも選んだのはレイフェリオ。己の王太子としての身を優先したことは事実だ。

 あの時、全員を振り切って禍々しい気配の元に行くことも出来たはずだった。聖堂騎士団を相手に取ったとしても、レイフェリオが負けることはそうそうない。可能だったのだ。それでもなお、逃げることを選択した。

 

「……俺が、王族でなければ──―」

「それでも貴方の選択は正しかったと思いますよ、殿下」

「……シェルト」

 

 思いの外強い声色で発せられたことに、レイフェリオはシェルトを見返した。シェルトも真っ直ぐにレイフェリオを見ている。

 

「貴方はサザンビーク国の王太子、レイフェリオ・クランザス・サザンビークであり、他の何者でもありません。貴方は納得したくないのかもしれませんが、それが貴方が持つ責任です」

「責任、か……」

「はい。生まれを変えることは、誰にも出来ません。サザンビークの王太子は貴方なのですから」

「……」

 

 シェルトが言葉に含む意味に気がつかない訳はない。今回の件については、レイフェリオの行動は当然のものであり、恐らくレイフェリオ以外は誰もが納得することだった。だからこそ、何とかレイフェリオに割り切るように話をしているのだ。この点については、クラビウスも同じだった。

 それでも、理性と感情は一致しない。皆が当然だと思うことを、当然だと思えない。このままでは、レイフェリオが納得するまで同じことが行われるだけだ。だから、レイフェリオは伝えなければならなかった。

 

「……気を遣わせてすまない。わかったよ……俺が、この国の王太子であることは変わらない。俺自身がそう決めたことだからな」

「……」

「まずは謁見の間に行く。その後のことは、それから考えるさ」

 

 苦笑して先を促すように、レイフェリオは足を動かした。

 

「……だから貴方は……はぁ、最後の手を使うしかない、ですかね」

「……シェルト?」

「何でもありません。今いきます」

 

 遠くはなれても耳が良いレイフェリオには、はっきりではなくとまシェルトが何かを呟いたことはわかった。だが、聞き返せば藪蛇になる。お互いに聞こえてないよう努めるのが一番だろう。

 駆け足で追いかけてくるシェルトを待ちながら、レイフェリオは微かにため息を吐くのだった。



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悲報

 謁見の間にてクラビウスと話をしていると、慌てた様子で大臣が入ってきた。思わず眉間に皺を寄せるクラビウスだが、大臣のただ事ではない様子からレイフェリオは場所を譲るように前を避け、クラビウスの王座の隣に移動する。

 二人の様子に大臣は更に焦ってしまったようで、挙動不審に陥っていた。しかし、レイフェリオとの話を中断された上に、このままでは話が進まないと判断したクラビウスが厳しい口調で先を促す。

 

「構わぬ、急用なのだろう。話せ」

「は、はいっ! 申し訳ありません、レイフェリオ殿下」

「……気にしなくて良い」

「恐れ入ります。実は……先ほど触れが参ったのです」

 

 大臣が話す触れというのは、各国々が出す知らせのようなものだ。王が出すものがほとんどであり、重要な物が多い。直ぐにクラビウスに知らせるのが当たり前のものだ。

 

「して、どこからだ? 何を伝えてきた?」

「そ、それが……」

 

 大臣がチラリとレイフェリオを見た。レイフェリオの前では云いにくいことなのかもしれない。ふと、レイフェリオは身体が震えるのを感じた。ひとつの可能性に至ったからだ。顔色を悪くするレイフェリオだが、隣に座るクラビウスは気づくことなく、視線でもって続きを促した。

 大臣は息を吸い込むと、勢いに任せるように頭を下げる。

 

「も、申し上げますっ! 大聖堂より、法皇様崩御! ひとつきの喪に服すと」

「なっ……」

 

 ガタンとクラビウスは勢いよく立ち上がった。言葉を失い立ち尽くしているようだ。

 一方で、レイフェリオは唇を噛みしめ、拳を強く握りしめた。そうでなければ己を保つことが出来なかったのだ。

 

「……大臣よ、それは……誰からの触れだ?」

「はっ……聖堂騎士団長、マルチェロと」

「騎士団長? 大司教ではなく?」

「は、はい……その、ニノ大司教は法皇様を狙う賊を手引きし、煉獄島へ賊と共に送られたと」

「……まさか……っ!?」

 

 ニノ大司教。賊。煉獄島。

 それが意味するところは、一つしかない。マルチェロが危険だと話していたあの時の聖堂騎士団らの話は、これに繋がるのだ。

 思わずレイフェリオは駆け出していた。

 

「待て、レイっ!」

 

 クラビウスの静止も聞かずに、レイフェリオが謁見の間から出ていこうとすると扉の前で待機していたシェルトがその腕を強く引き、レイフェリオを止めた。

 

「離せ、シェルトっ」

「離しません。どこにいかれるのかはわかりますが、それが何を意味するか、わからないはずはありませんよね?」

「ククールたちは賊じゃないっ! 猊下を守ったのもあいつらだ! お前だってわかるだろうっ!」

「……全く、失礼しますよっと」

「シェ……ル……」

 

 ドサッと倒れこむレイフェリオをシェルトは抱えた。いかに実力はレイフェリオが上だとはいえ、激昂し隙だらけの状態なら沈ませるのも難しくない。簡単に決まった手刀に、シェルトは重い息を吐くしかなかった。抱えたままクラビウスの前に行き、頭を下げる。

 

「不敬をしました。申し訳ありません」

「いや……騎士として当然のことだ。問いはせん。……止めてくれて感謝する」

「呪文を唱えられたら追いかけられませんでしたので、運が良かっただけです。……殿下を休ませてきます」

「頼む……」

 

 連れてかれるレイフェリオを見送ると、クラビウスは王座に深く座り込み、天を仰いだ。

 

「陛下……」

「法皇は、レイフェリオを良く気にかけてくれていた。兄上が亡くなった時もな……思えば、アイシア嬢との婚約も法皇が強く望んだからだった」

「そうでございましたね……とても、良い方でした」

「……賢者が全員亡くなった、か。これ以上、何が起こるというのだろうか……」

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 レイフェリオの自室に戻ると、シェルトはベッドにレイフェリオを横たえる。

 

「……さて、見張っておくのも……っと」

「うっ……」

「さすがに、そう長くは持ちませんよね……気がつきましたか、殿下?」

「……シェ、ルト? 俺は……って、お前がやったんだろうが」

 

 身体を起こし、シェルトを睨み付けながらベッドに座り直した。視線を合わさずに、レイフェリオは指を組むとそのまま俯き額に当てる。そうでもしなければ冷静に考えられなかった。

 どれだけそうしていたか。その間、シェルトは一言も話さずにじっとレイフェリオを見守っていた。

 

「……悪かった」

「……殿下」

 

 頭が冷えれば、あのまま動くことがどういうことに繋がったのかも想像がつく。

 大聖堂は混乱の最中にあるはずだ。恐らく、マルチェロ以外はだが。今、レイフェリオが大聖堂に対して何らかの意義を申し立てたところで、法皇の崩御を理由に取り合ってくれないだろう。

 大聖堂を含む、各修道院に対して国は一種の権限を認めている。国が強制的に何かをすることは出来ない。もし、マルチェロが法皇不在を理由に、代理人を務めているのだとすれば、マルチェロが成すことは聖堂が決めた取り決めと同じ効力を持つことになる。すなわち、ククールらが賊だと断定されているのならば、それを覆すことはできないということだ。もし、これを否定するとなれば、全国王の名が必要となる。他の国々ならともかく、今トロデーンは呪いに包まれている状態だ。王国の意を示す印籠もどうなっているかわからない。ということは、名を集めることもできないということだ。

 

「だとしても、諦めることはできない、か……」

「殿下?」

「理不尽に押し込められたなら、こちらは正攻法を取るしかない。……問題は」

 

 トロデ王がどこにいるかだ。共に押し込められているのならそれこそ、希望は潰える。無事に逃れているのであればいいのだが、大聖堂に近づくのは危険であり、レイフェリオ自身が赴くのも暫くは避けた方がいい。

 捕まっていることがわかっていても、今直ぐにどうにかできはしないのが現実だった。

 考えが浮かんでは消え、レイフェリオは頭を横に振ると立ち上がる。

 

「殿下?」

「……少し頭を冷やしてくる。訓練場は空いているか?」

「この時間なら、空いてると思いますけど……相手しますか?」

「いや……一人がいい」

「仕方ないですね……見守りだけはさせてもらいますよ」

「わかってるさ」

 

 いつ飛び出していくかもわからないと思われても仕方ないことをしている自覚はある。監視する意味でも、一人きりにされることがないのは理解していた。

 

 



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思わぬ激励

 地下訓練場。1階にある場所よりも広く、主に呪文の訓練で使われる。

 魔法騎士たちが普段訓練する場所でもあるが、全員出払っていることを確認してレイフェリオは中に入った。騒がしいと集中できず、頭を冷やすという目的も達せられない。騎士団の中には、レイフェリオに恐怖を抱いている者もいるため、できれば剣を振るっている姿は見せたくないのが本心だった。

 といっても、全く視線がなくなるわけではないのだが……。シェルトの他、数人の視線を感じながら、レイフェリオは腰にさしてある剣の柄を握る。

 視線を頭から払いのけるように集中し、レイフェリオは剣を振り払った。それと同時に風音が場内へと響く。そのまま、まるで演武をするかのようにレイフェリオは剣を振るう。集中をすれば、誰が見ているかなど気にならない。昔からそうだった。今、レイフェリオの中に燻っているのは、焦りと不安。後悔と懺悔だ。どれだけ剣技を身につけ、強くなったとしてもどうにもならないこともある。認めなければいけない。そう思えば思うほど、剣に力が入っていく。

 どれだけやっていたか。レイフェリオは、肩で息をするまで剣を振るっていた。膝に手を付き、地面を見れば汗が滴り落ちていく。すると、そこへ人影が近づいてきた。袖で額の汗をぬぐい顔を上げれば、そこには思いもしない人物が立っていた。

 

「……ふん、らしくないな」

「チャ、ゴス……?」

「べ、別に……お前が気になったんじゃないっ! また僕に挨拶もしないから、文句を言いに来ただけだっ!」

 

 何をしに来たのかわからないが、チャゴスは乱暴にその手に持っていたタオルをレイフェリオへとたたきつけるように渡す。反射的に受け取った真新しいタオル。明らかにレイフェリオへと用意されたものである。チャゴスを見れば、ふてくされたように横を向いていた。

 

「……わざわざ、もってきてくれたのか」

「僕じゃないっ! た、たまたま、そこにあっただけだっ!」

「そうか……」

 

 否定しているようだが、その言葉からはチャゴスが持ってきてくれたことを自白しているようなものだった。素直に渡すことが出来なかっただけだと思うと、レイフェリオは苦笑するしかない。

 

「有難く使わせてもらうとするよ……」

「……」

「? ……俺に何か用なのか?」

 

 タオルを渡しに来たのならば、これで終わりのはずだ。さっさと出て行けばいいのにチャゴスは動こうとしなかった。ということは、レイフェリオに用があるということなのか。聞き返しても、ムスッとしたままで口を開いては閉じることを繰り返していた。

 

「おい、チャゴス?」

「……あ、あいつらが、捕まったんだってな」

「……聞いたのか」

「僕だって王族だっ。知っていて当然のはずだろっ……ま、まぁとにかく、所詮身分が違うんだから当然だな。平民なんかに何かできるわけないんだ」

「……黙れ、チャゴス」

「っ……ひぃ」

 

 ククールらを貶すチャゴスに、レイフェリオは普段よりも一段と低い声が出た。普段ならば、城内で相手を威圧するようなことはしないレイフェリオだが、今はそこまでの余裕がない。思わずチャゴスは腰を引き、肩を震わせた。

 

「城で、のうのうとしているお前に、何がわかる」

「わ、わかるわけないじゃないかっ! な、なら……さっさと助けに行けばいいだろっ!! らしくないんだよっ! ちまちまといつまでも……」

「それが出来るならとうに向かっているっ! 出来るなら……」

「レ、ぼっ……で、できないって、決め、つけるから、だろっ! お前が、凹んでいたら、迷惑なんだっ!!」

 

 いい加減なことを言うチャゴスに、レイフェリオは無意識だろうが威圧感を強めていた。しかし、チャゴスの様子をみて、霧散させる。

 目元に涙が溜まっており、両手は震えながら握りしめ、膝も笑っている。この場に必死で耐えながら立っていることがわかったからだ。戦闘をこなしているレイフェリオの威圧は、戦闘とはほとんど無縁であるチャゴスにとって恐怖以外の何物でもない。

 

「チャゴス……お前……」

「言ってた、じゃないかっ……守るって。なのに、途中で投げ出すのかっ! そ、そんなの、お前じゃないっ!」

「……」

 

 それでも逃げ出さない。レイフェリオが戦っているところをチャゴスは一度も見たことがないはずだ。王家の試練だって、ククールたちと共に行ったが戦闘などほとんどしておらず逃げていたはずだった。いや、魔物との戦闘以上に、チャゴスは恐怖していたはずだ。ほかならぬレイフェリオによって。だが、それでもチャゴスは何かをレイフェリオに伝えに来たらしい。

 途切れ途切れになりながらも伝えてくる言葉。そこにあるのは、確かにチャゴスからレイフェリオへの叱咤だ。この従弟がレイフェリオに対して、このように話すのはいつぶりだろうか。そのことにレイフェリオ自身も困惑を隠せなかった。

 

「……俺が怖いか?」

「こ、こわくないわけないだろっバカ! 何なんだよっお前は! お前でだめなら、もうだめだろっ!! 僕を殺す気かっ!」

「お前、馬鹿だな……」

「うるさいっ!!! ぼ、ぼくはもう行くっ!!!」

 

 走って戻ろうとチャゴスが方向転換をするが、震えている足でできるわけもなくその場に転ぶ。プライドの高いチャゴスであるので、誰も何も言わないが本人は屈辱でいっぱいのはずだ。何とか訓練場からでると、あの体格からは考えられないほどの速さで去っていった。早くこの場から去りたかったのは間違いない。そんな状態になってでも、伝えたかった。素直ではないなと、レイフェリオは思わず苦笑する。

 

「殿下……」

「……ったくあいつは、何をしに来たんだろうな」

「さぁ、わかりません」

 

 チャゴスと入れ替わるようにシェルトがレイフェリオの傍に来る。そして、更に一人。巫女服のまま歩いてきたのは、アイシアだった。そのままレイフェリオの前で立ち止まる。

 

「……レイフェリオ様、夢を伝えに来ました」

「アイシア……」

 

 ゆっくりと腕を上げ、アイシアはレイフェリオの胸を指さす。

 

「レイフェリオ様の血筋を辿ってください。そこに試練が待っているはずです。悲しみを超えた先に、貴方様が継ぐべきものがあります」

「……俺の、血筋……?」

「これ以上はわかりません。ですが、私もチャゴス殿下と同感です。諦めないでください……世界も、彼の方々のことも……レイフェリオ様が諦めてしまえば、そこで終わってしまう。そんな気がするのです……」

「……それは、巫女としての予感、か?」

「それだけではありません。……私は、信じていますから、レイフェリオ様を。この世界を、私達を守ってくださる、と」

 

 アイシアの言葉から感じられるのは、絶対的な信頼だ。揺らぐことのない瞳はまっすぐにレイフェリオを射抜く。現段階で迷いの中にあるレイフェリオに、止まってはだめだと告げてるようだった。

 

「巫女姫様だけじゃありませんよ、殿下。俺たちも、皆信じてます。……殿下はそういう人ですからね」

「シェルト……」

「チャゴス殿下に先に言われたのは癪ですが、貴方は何もできないわけじゃありません。使えばいいんですよ。この世界で一番の大国であるサザンビークの王太子ですよ、貴方は。自ら動くだけが、力ではないでしょう? いい加減周りを使ってください。貴方は一人じゃないんですから」

「私もお役に立ちます。巫女として、口添えが必要ならば何なりとおっしゃってください」

「アイシア……」

 

 戦闘などの個人の力ではなく、王太子としての権力を使えとシェルトもアイシアも言っている。レイフェリオが命令を出せば、サザンビークとして動くことは可能だ。何もレイフェリオが直接動く必要はない。さらに言えば、サザンビーク国は大国、その力も他を凌ぐものである。たくさんの人を動かせば、それだけで大きな力となるだろう。

 

「……何も、大聖堂に直接向かう必要はない、か」

「えぇ。一人一人は小さいですが、固まればそれなりの力です。たかが聖堂騎士団、全ての人の口を封じられるわけがありません」

「……お前もそれなりに悪知恵が働くな」

「誉め言葉として受け取っておきますよ……」

 

 レイフェリオは心を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。

 遠回りだろうとやらなければ、何も変わらない。普段は悪態ばかりを吐くチャゴスでさえ、レイフェリオを焚きつけなければいけないと思うほどの体たらくだったらしい。

 焦っていても何も変わらない。不安ならば動くしかない。一人でできないのなら、大衆の力を使う。その発想がなかっただけに、レイフェリオは相当に冷静ではなかったのだと改めて思い知り苦笑した。

 

「……シェルト、アイシア。俺に力を貸してほしい」

「「はいっ」」

 

 




土日は投稿をお休みします。


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動き出す想い

投稿すると言いながら時間が経ってしまいすみません。
お久しぶりの投稿になります。


 シェルトとアイシアを伴い、レイフェリオはクラビウスの元へと向かった。

 王座には難しい顔をしたままのクラビウスが座っている。大臣や文官たちの姿も見える。

 

「叔父上」

「……レイ?」

「お話があります」

「……ふっ、どうやら吹っ切れたようだな。顔付きが変わった」

 

 クラビウスが座る王座の階段下に立つと、大臣らが前を開けた。レイフェリオは、クラビウスを見据える。

 

「大聖堂及び聖地への船の停止をお願いします。同じことを、アスカンタへも通達してください」

「……不満が高まる可能性もある。宗教とは信者にとって、時に国よりも深い繋がりを持つ」

「法皇暗殺による包囲網と、危険回避のためとしてください。それと同時に、ある噂を流してもらいます」

 

 レイフェリオは今後のために聖地と大聖堂へ人が集まることを避けたかった。表向き、国が発令する理由は危険だからだ。更に大衆へ噂を流すことで、マルチェロへの疑念を加えることにした。病に倒れたという大聖堂によるマルチェロの報告は虚偽。アイシアがそれを認めている。直前に会っていたレイフェリオとて、直ぐに倒れるような体調でなかったことは証言できる。

 しかし、ここでレイフェリオが大聖堂にいたことを伝えることは出来ない。そのため、噂として人々に伝えるのだ。伝言を利用し、法皇の死に疑念を抱かせる。熱心な信者は、法皇を慕っていた者も多い。この上、マルチェロが大聖堂のトップに立つことになれば、出来すぎだと感じる者も増えるはずだ。

 レイフェリオの話を聞き、クラビウスは顎下に手を当て考える様を見せる。王として、どう動くべきか考えているのだろう。暫しの長考の後、クラビウスは頷いた。

 

「良いだろう。一介の修道院における騎士団員でしかなかった者が、大聖堂のトップになることは急すぎる。そこに、大司教への失脚を加えれば多少頭が回る者には、疑心を持つこともおかしくはない」

「ありがとうございます、叔父上」

「して、お前はどう動く? これは情報戦だ。人ではなく言葉が動くもの。その中で、何をするつもりだ?」

 

 何をするのか。そう聞かれれば、本音はヤンガスらを救いに行きたい。だが、まだ早いだろう。ある程度、時期を見なければ逆に足元を掬われかねない。この戦いには時間が必要だった。ならば、レイフェリオはその為に力を蓄えるだけだ。

 

「……俺は、母上の故郷を訪ねたいと思います」

「なっ!?」

「アイシアの夢見では、そこに何か鍵があると。だから、機を待つ間に行ってみたいのです」

「……レイ、そこがどこか知っているのか?」

 

 眉を寄せるクラビウスは、この場で話をすることに躊躇いを持っているようだった。ここには、レイフェリオだけではなく、大臣たちやアイシア、シェルトもいる。レイフェリオの出生に関わることを知らない者たちばかりだ。だからこそ、レイフェリオはここで話題を口にしたともいえる。

 

「知りません。ですが、俺には知る術があります」

「……」

「止めても無駄ですよ。俺は行きます。そして、必ず戻ってきます」

 

 譲るつもりはない。クラビウスと視線をそらさずに伝える。先に目をそらしたのはクラビウスだ。

 

「……昨日までのお前ならそうはならなかったな。こうなったレイは本当に、頑固だ。兄上にそっくりだよ。はぁ……わかった。認めよう」

「叔父上」

 

 納得したわけではなく、どちらかと言えば諦めに近い形の許可だった。それでも、認めるしかないと思ったのだろう。ここでクラビウスから許可を得なくとも、レイフェリオは行くつもりだった。これまでにレイフェリオの身の回りで起きたこと。己の身の内に眠る力のことも含め、判明するかもしれないのだ。自分自身を知るためにも、レイフェリオは行きたかった。きっかけを作ったアイシアには、感謝しかない。

 

「では、明日には向かいます」

「……一人で行くつもりか?」

「はい」

 

 場所が場所だけに、誰かを伴いたくはない。レイフェリオの出自に関することだ。ましてや、その郷がどういうところにあるかもわからないのだから。

 

「……仕方ない、か。だが、危険だと察したなら引き返すのも勇気だ。わかっているな?」

「……はい」

「気を付けていくのだ」

「ありがとうございます、叔父上」

 

 頭を下げて、レイフェリオは王座を横切り後ろにある階段から自室へと向かった。その後をシェルトがついて行く。

 残されたクラビウスは、大きくため息をついた。

 

「陛下、宜しいのですか?」

「何も殿下お一人でなくとも」

「騎士を数人──―」

「必要ないとレイが言ったのだ。レイの足手まといを増やせば、危険は増える。あいつは、仲間を置いて逃げることなど出来ん。王としては、間違いであってもあれは絶対にやらん。人を付ける方がレイを危険にさらす以上、その方が安全なのだ……」

 

 クラビウスの言葉に、文官たちは口をつぐむ。 レイフェリオの気性を理解しているからこその判断。それを否定するだけのものが、文官らにはないのだ。

 

「……クラビウス陛下」

「アイシア嬢?」

「大丈夫です。レイフェリオ殿下は自らの弱さもよくご存知です。己の弱さを知るものは強い。祖父がよく申しておりました。私は、レイフェリオ殿下を信じています」

「……そうだな」

 

 巫女の言霊。アイシア自身も己を理解している。言葉には力がある。だから、アイシアは否定的な言葉を紡がないようにしている。巫女として、人々に伝える時は特に。例え、心の奥が不安で一杯だとしても、それを伝えることはない。

 だが、クラビウスには伝わっていた。アイシアの瞳が揺れていたからだ。祖父を亡くし、更にレイフェリオからも離れる。不安を抱かないはずがないのだから。

 クラビウスに出来ることは、気づかない振りをすることだけだった。

 



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幼馴染

 自室に戻ったレイフェリオ。そのすぐ後でシェルトが入ってくる。気配で気づきつつも、レイフェリオは何も言わずに支度へと取り掛かった。

 

「行くんですね……」

「あぁ」

「……一応聞いておきたいのですが、同行はさせてもらえないのですか?」

 

 手を止め、レイフェリオは振り返ってシェルトを見た。その眼は、真剣そのもの。前回、レイフェリオが一人で旅に出た時以上に力強いものだ。

 

「これは俺自身の問題。お前たちを巻き込むことは出来ない」

「貴方自身ということは、この国の問題でもあります。無関係ではありません」

「……だが、お前は知らない。俺がどこに行くのか。ついてきたところで、俺は何もできない。それに……全てを知れば、お前は……」

 

 そこまで言いかけて、レイフェリオは言いよどむ。

 この城には真実を知らない者たちが多い。同じことはシェルトにも言える。幼馴染といっても、シェルトはレイフェリオがこの城に来る前のことは知らないのだ。これから向かう場所は、人間が立ち入ることはない場所だ。その存在さえも知られていない一族の住む地。そんな場所に、誰かを連れて行けるわけがない。

 レイフェリオは、拳を握りしめるとシェルトから目を逸らし、背を向ける。

 誰も連れて行けないのではない。本当は……本音は、それ以上に知られたくなからだ。己の素性を。知れば、恐らくレイフェリオを畏れるだろうことはわかっている。他の誰に恐れられても気にしないが、シェルトにこれ以上畏れられるのは避けたいと、レイフェリオは願っているのだ。臣下というだけでなく、友人である彼には知らずにいてほしいと。

 

「殿下?」

「……何でもない。お前はアイシアを頼む。猊下を亡くしたばかりだ。不安もあるだろう」

「……」

「頼む」

 

 ここでもう一度シェルトに向き直り視線を合わせる。レイフェリオは頼めば、シェルトは断ることなどできない。卑怯だとわかっていても、これが引き留めるには最善なのだ。

 その真意もわかっているだろうシェルトは、重く息を吐くと不満げに眉を寄せていた。

 

「わかりました。ですが、一つだけ約束してほしいです」

「? なんだ……?」

「貴方が抱えているモノをちゃんと俺にも教えてください」

「……」

「それが何であれ、俺は貴方の傍にいます。見くびらないでくださいね。貴方に恐怖していたあの頃とは違います。俺も、それほど子どもではありません」

「シェルト……」

 

 子どもではない。確かにその通りだ。レイフェリオは子どもでありながらも、その人間離れした力を同年代から恐れられていた。しかし、それはもう十年以上も前のことだ。未だに恐怖心から抜け出せないものもいるが、シェルトは違う。

 それがわかっても、レイフェリオは直ぐに返事が出来ない。

 

「……」

「俺は、それほどに信用出来ませんか? 彼らは知っているのでしょう?」

「それは……だが、あれは成り行きで──」

「けど知っていて尚且つ貴方のそばにいます。そして、貴方はそれを認めているんです。俺には、その資格がないということですか?」

「違うっ! そんなことはない」

「ならっ……彼らと俺の違いは何ですか……何故、彼らはよくて、俺には教えられないんですか」

 

 ここまでシェルトが詰め寄るとまでは考えていなかった。

 ヤンガスやククール、ゼシカという仲間たちといる時、国で王太子としている自身より気が楽になるのは確かだ。それは、多くの戦いを共に過ごしてきたという絆のようなものだと思う。それに、暗黒神などという突拍子もない現実に付き合っているのだ。彼らにとってはレイフェリオの素性も、衝撃は受けても気に止める程ではなかったというだけなのだろう。要するに耐性の問題だ。

 

「シェルト」

「俺は、貴方が王太子だから、そばにいるわけではありません。貴方が貴方だからそばにいるのです」

「……」

「貴方は俺より強いです。けれど、脆いこともよくわかっています。傷ついていることも迷っていたことも知ってます。どれだけ力を持っていても、そんな人間らしい貴方を慕わずにいられない。貴方付きの侍女たちも同じです。どんな事実がそこにあっても、貴方が変わることはない。だから……貴方が覚悟をしたのなら、俺にも……俺たちにも貴方を支えさせて下さいっ」

 

 言葉は無意識に発せられたものだろう。シェルトは、レイフェリオを人間らしいといった。その在り方を。レイフェリオは口許に笑みが溢れるのを止めることが出来なかった。

 

「何を笑っているんですかっ!」

「いや、悪い……ごめん。そして……ありがとう」

「……ったく」

「……俺は、お前やナンシーたちに十分支えられている。一人で好き勝手出来るのも、お前たちが留守を守ってくれていることがわかっているからな。それが当然と思っていた。けど、そうではないんだよな……」

「レイフェリオ様……」

「お前たちは、俺をそんな風に守ってくれていた。言葉でも態度でも、俺は救われていた。だから、俺の真実を知り、離れていってしまうのを認めたくなかったんだ」

「って何を言って──」

「酷いんだ、俺は……どこまでも自分本意で、お前たちのことを考えてなどいない」

 

 いずれ離ればなれになるヤンガスらと、これからも共に過ごすシェルトたち。そこに線引きをしていることに、レイフェリオは気づいてしまった。ヤンガスやククールらも十分に、レイフェリオを理解し信頼してくれているのに、本当の意味でレイフェリオは彼らと向き合っていない。それは、ここでも同じだ。ただ傲慢で自分勝手。これではチャゴスのことを非難することなど出来ないだろう。レイフェリオは苦笑するしかなかった。

 

「だから……帰ってきたら、ちゃんと話す。これまでのこと、これからのことを。聞いてくれるか、シェルト」

「……貴方って人は、一人で納得して一人で決めてしまうんですから」

「すまない」

「いいえ。貴方が例えどのような宿命を背負っていても、俺たちはずっと貴方を守り続けます。俺たちの主は貴方ですから。待ってますよ……ちゃんと戻ってきてください」

 

 そう言ってシェルトは手を差し出す。臣下としててではなく、幼馴染としてだとレイフェリオにはわかった。

 レイフェリオもその手を取り握りしめた。

 

「ありがとう、行ってくる」

「気をつけて下さい……」

「……あぁ。あとは任せた」

 

 手を離すと、レイフェリオはそのまま部屋を出ていった。




少し感情的になりすぎましたが、付き合いの長いシェルトが想いを伝える回となりました。


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郷への道

 自室を出て階段を上り外に出た。マントの中に隠れていたリオがひょっこり顔を出す。

 

『レイ、もう行くの?』

「時間がかかるとはいえ、郷へ行って帰ってくることを考えれば悠長にはしていられない。リオ、どこにあるかわかるか?」

『うん……薄いけど、匂いがするから』

「そうか……頼めるか?」

 

 三角谷でラジュから小さな神殿のような場所だと聞いていた。大きな門と紋章が目印だ。しかし、位置を全く知らないのだから、ここはリオ頼みとなる。

 空から確認しながら探すのだ。ある程度範囲がわかれば、それだけ見つけるのも楽になる。

 リオが空へ羽ばたき、光を放つ。その眩しさに目を閉じると、次の瞬間には浮遊感を覚えた。光の膜に覆われていると言った方が良いだろう。

 

『行くよー』

「あ、あぁ」

 

 更に上昇していくリオ。レイフェリオは小さくなっていくサザンビーク城を確認する。意識がある状態で空を飛ぶのは初めてだ。だが、不思議と恐怖はない。そればかりか、高揚感が沸いてくる。まるで、それが当然だとばかりに。

 

『レイ、あっちにいくよ! 何か、光ってるのが見えた』

「あっち?」

 

 空からリオが示す方向を見る。小高い丘。だが、そこへ辿る道筋はない。その奥には、確かに赤い光が見える。

 

 ドクン。

 

「っ……」

『レイ?』

 

 心臓が跳ねた。いや、あの光にレイフェリオの中にあるものが反応している。間違いない。あそこが、郷に関係があるものだ。胸元に手を当て、レイフェリオは服を握りしめた。

 

「……行こう」

『う、うん! わかった』

 

 リオが降下していく。足が着くと同時に膜から解放された。その場所は、まるで神殿のような雰囲気を持っていた。周囲には何もなく、この場所に来るにはレイフェリオのように空から来るしかない。地上からでは、まず見つけることは出来ないだろう。

 リオがレイフェリオの肩へと降り立つ。

 

『レイ、あそこ』

「……わかっている」

 

 示されたように引かれた赤い道を真っ直ぐに進む。竜の石像が誂えられている石碑がそこにはあった。赤く光っているそれは、竜の形に見える。

 目の前に立てば、光は更に強くなった。レイフェリオは拳を握りしめる。

 

『行くの?』

「……行く。何があるかわからない。リオ、離れるなよ」

『うん……』

 

 知らないはずだが、レイフェリオは自然と手を光へと当てていた。手が触れると、視界が歪んでいく。引き込まれるような感触だった。

 

「っ……? ここは……」

『……レイ、ここ別の空間だ』

「別の?」

 

 今まで居たはずの場所ではなく、岩の洞窟にいた。魔物の気配もある。何より、空気が違う。別の空間というのは、確かなようだ。

 

「キュキュっ」

「トーポ?」

 

 今まで反応がなかったトーポが突然レイフェリオの服から飛び出した。そのまま走りだしたと思ったら、足を止めレイフェリオを見る。

 

「キュキュー! キュウ」

「……案内してくれるっていうのか? トーポ、もしかしてここを知っているのか?」

「キュ……キュ」

 

 トーポがいつからレイフェリオの傍にいたのか、レイフェリオにはわからない。気が付いたら傍にいて、離れることはなかった。しかし、郷にいた時のレイフェリオの傍にもいたというのなら、知っていてもおかしくはない。

 

『どうするの?』

「……ついていく。トーポが率先して動くのは珍しい。意味があるんだろう」

『……わかった』

「ここからは戦闘もある。リオは隠れていてくれ」

『ううん。僕も戦う!』

「リオ……わかった」

 

 バサバサと羽を広げているリオから魔力を感じる。レティスの子だからだろう。ゼシカのような大きい魔力ではないが、確かに戦えるだけの力は備わっていることがわかる。とはいえ、生まれてまだ間もない。支援を頼むだけにした方がよさそうだ。

 ここから先、基本的にはレイフェリオ一人での戦闘となる。できるだけ避けることを選ぶが、洞窟内という狭い場所であれば、逃げることは危険を伴うこともあるのだ。様子を伺いつつ、慎重に進むのが一番だろう。

 周囲の気配を感じることに意識を集中しながら、レイフェリオは前に踏み出した。

 

 

 洞窟内には多くの魔物が徘徊していた。

 一人で戦うことが初めてではないが、今までククールやゼシカの支援、ヤンガスによる特攻などレイフェリオ以外にも手数があった。それがどれだけ助けとなっていたのかを、痛烈に感じる。多少でもリオの援護は、今のレイフェリオにとって力になる。

 

「はぁっ!!!」

『レイっ』

「……はぁはぁ」

『……大丈夫?』

「あぁ……」

 

 休みつつ移動しているが、疲れは確実に蓄積されていく。何より一番つらいのが、先が見えないことだ。この洞窟がどれだけ続いていて、その先がどうなっているのかがわからない。精神的につらいものがあった。

 そうだとしても、歩みを止めるわけにはいかない。周囲に魔物たちの気配を感じないところで、レイフェリオは腰を下ろし休息を取る。何より、集中力を持続させるにはできるだけ体を休めた方がいい。今の状態で、戦闘中に集中を切らせば、命とりになるのは間違いない。ここには回復をさせてくれる仲間はいないのだから。

 

 数分ほど経ち、レイフェリオは立ち上がる。まだ先は長いだろう。無謀と勇気は違う。もし、今の力で先へ進むことが出来ないのならば、引き返さなければならない。最悪は、リオの力で元の場所に戻ることは出来るらしい。レイフェリオが戻らなければならないと判断すれば、即時に飛ばすように頼んである。あとは、その限界を見誤らなければいいだけだ。

 

「ふぅ……行くか」

『うん!』

 

 剣を持ち、奥にある魔物の気配へ向かって歩き出した。

 

 

 



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苦難の道のり

 やっと洞窟を抜けた時には、体力が限界に来ていた。思わず足を止める。

 

「……はぁはぁ」

『レイ、大丈夫?』

「あ、あぁ。流石に、一人はキツいな……」

 

 何度、魔物と戦闘を行ったのだろうか。こんなに疲労を感じたのは久しぶりだった。肩で息をし、膝に手をつく。息を整えながら、体内にある魔力を循環させた。

 前方には、まだ道が続いている。随分と進んできたはずだが、先はまだ見えない。この後も、強い魔物との戦闘がある。そんな強い気配を、レイフェリオは感じていた。少しでも回復するように、意識を集中させる。

 

「キュウ……」

 

 トーポが不安そうにレイフェリオを見ていた。大丈夫だと安心をさせたいのはやまやまだが、この状態では説得力はない。

 それでも、レイフェリオは笑みを浮かべる。地面に膝をついてそっと両手でトーポを抱き上げた。

 

「心配させてすまない……少し休んだら、また案内を頼む」

「……キュ」

「ありがとう」

『レイ、少しだけなら結界を張るよ! だから、一眠りして』

「リオ?」

 

 リオはレイフェリオの頭上に立つと、羽を広げて魔力の壁を作った。

 

「これ……」

『ごめん、僕が出来るのは本当に少しの間で……レイ一人しか囲えないんだ』

 

 ひょいと頭から降りて、レイフェリオの肩に止まる。下を向いている顔は申し訳なさそうにしていた。

 神鳥の子であるが故の力ということだろう。とはいえ、まだ生まれたばかりだ。力もまだ十分に扱うことは出来ず、その扱う力も未熟であることをリオは申し訳なく感じているようだった。だが、たとえ僅かばかりの間だとしても魔物の気配に気を使わなくてもいいことは、レイフェリオには有難いことだ。

 

「リオ、十分だ。助かる……ありがとう」

『レイ……』

 

 撫でるようにリオの羽に触れる。そして、壁に体を預けるとそのまま瞳を閉じた。疲労が限界まで来ていたのか、直ぐに眠気が襲ってくる。レイフェリオは抗うことなく、誘われるまま眠りについた。

 

 

 

 

 何かに喚ばれたように、レイフェリオは目を開ける。目の前に広がるのは、暗い闇だ。

 

「……ここ、は?」

『漸く、ここまで来ましたね』

「っ?」

 

 淡く白い光がレイフェリオの前に現れる。徐々に形作られる姿は、やがて竜となった。

 

「竜……?」

『初めましてではないですが、こうして顔を見て話をするのは初めてですね、レイフェリオ』

「……貴方は」

 

 竜の姿ではあるが、その声色には覚えがある。何度も語りかけてきた声だ。どこか懐かしくもある気配。恐らくは、ずっと側にいたであろう存在。それが、目の前にいる竜だ。レイフェリオはそれを確信していた。

 

「貴方は一体、何者ですか? それにあの時……あの力は……」

『私は……貴方の中にいます。あれも全て、貴方の力……私はそれを手助けしたにすぎません』

「俺、の?」

 

 口元は動いていない。頭に直接響いてくるようだった。

 

『さぁ、目覚めなさい。そして、行くのです。貴方の真実を知るために』

「俺の、真実? あ……」

 

 形を作っていた光が姿を失っていく。思わず手を伸ばしてしまうが、捕まえることはできない。更にそのまま、闇が晴れていくのをただただ見送った。

 

 

 

「っ!?」

 

 パッと目を開くと、青い空が目に入る。膝の上に重みを感じて見下ろせば、トーポが眠っていた。

 辺りを見回せば、未だに結界が張られていることがわかる。

 

「……そうか。まだ途中だったな……さっきのは夢なのか」

『レイ? 起きちゃったの?』

「リオ、俺はどのくらい寝ていた?」

『2時間くらいだよ。でもぐっすりだった』

 

 それほど長い間ではないようだ。だが、体内を巡る魔力がほぼ回復しているのを感じる。重く感じていた体もだ。

 通常なら、こんな短時間でこれほどの回復は見込めないはずだ。一体どうしてなのか。

 

「……まさか、あの竜?」

『レイ?』

「いや、そんなわけないか」

『どうかしたの?』

「……何でもない。そろそろ向かおう。トーポ、起きてくれ」

 

 いずれにしても回復したのならば、先へ向かっても構わない。膝上のトーポを起こし、レイフェリオは立ち上がった。軽く身体を動かしてほぐすと、やはり身体が軽くなっているのを感じた。

 

『調子はどう?』

「問題ないみたいだ」

「キュキュっ!」

「わかっている。……頼む」

「キュウ!」

 

 トーポが小さな体を走らせていく。はぁっと息を吐き、レイフェリオは戦闘態勢に入った。この先も魔物はいる。いつでも対処できるように。

 

「行こうか」

『うん!』

 

 リオに声をかけ、レイフェリオも走りだした。

 

 

 

 更に奥へと進めば、魔物の強さは増していく。それでも足を止めるわけにはいかない。

 レイフェリオは飛び上がり雷を纏わせた剣で魔物を斬り捨てる。

 

「これで……終わり、か?」

『レイっ後ろっ!』

「っちぃ!!」

 

 リオの声に反射的に前へと飛び、その場を避けた。レイフェリオがいた場所には、棍棒を持った巨大な魔物がそれを振り下ろしたところだ。危ういところだった。リオの声がなければ、まともに攻撃を受けてしまっていただろう。まだ戦闘は終わっていない。集中を切らしてはいけないのだ。

 レイフェリオは道具袋からチーズを取り出し、トーポへと投げる。チーズを食べたトーポが炎を吐いた。その間、リオは呪文を以て魔物を足止めをする。魔物がひるんだその隙を狙ってレイフェリオは、もう一度その手に魔力を帯びさせ、炎を纏わせる。

 

「下がれ、トーポっ! はぁぁ!!」

「キュっ!」

「グシャァァァァ……」

 

 会心の一撃。渾身の力を籠めた攻撃は、魔物を消滅させた。

 周囲を再度確認するが、魔物の気配は去ったようだ。だが、レイフェリオは剣を地面に突き刺し膝を付く。汗が滴り落ちては、地面に吸い取られていった。

 

「くっ……」

「キュ!」

『レイっ!!』

「……はぁはぁ……くっそ……あと、すこしだって……いうのに」

 

 先が見えなかった道に、終わりが見え欠けていた。行き止まりにある灰色の扉のようなものが、レイフェリオには見えていたのだ。だが、体がいうことを聞かない。

 

「……す、まない……みんな……」

「キュウ!!」

『レイ、しっかりして!! レイっ』

 

 必死に呼びかけるリオの声。聞こえているが、体力も限界だったレイフェリオには応えることは出来なかった。

 トーポがペチペチと叩くのをどこかで感じながら、そのまま地面へと倒れこんでしまった。

 

(……ここまで、か……)

 

 そして、何も聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 




お待たせしてしまいました。
戦闘も入れようと思いましたが、うまく描けなかったので今回も一部のみです。
次回は、漸く到着になります。


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懐かしい出会い

原作と内容が異なる部分があります。ご了承ください。


「ん……」

 

 明るい光に誘われるようにレイフェリオは目を開けた。

 

「ここ、は……? っ」

 

 身体を起こそうと勢いよく動ぐと、目眩が襲ってくる。そのまま再び倒れ込むことになった。

 寝かせられていたのはベッドの上。柔らかい感触は、どこか安心させるものだ。

 改めて周囲を見回すと、そこには小さな机やタンス、様々な大きさの箱が置かれていた。まるで、子供部屋のようである。

 

「お目覚めになられましたか?」

「えっ?」

 

 部屋の扉の代わりに備え付けられているカーテンのようなものを潜りながら話しかけてきたのは、女性だった。しかし、その姿には人と違う部分がある。長く尖った耳だ。それだけで、この場所がどこなのか理解する。ここは、竜神族の郷、ということだ。

 

 近づいてくる女性は、その手にタオルと桶を持っていた。柔らかく微笑むその顔には、どこか見覚えがある気がする。

 

「あの……」

「郷の入り口で倒れておられたのです。グルーノ様が見つけて下さり、そのままこちらへお運びしました。恐らくは疲労からくる発熱でしょう。もう少し横になっていて下さい」

「熱……」

 

 倒れたことまでは覚えている。やはり、レイフェリオが見たのは扉だったのだろう。固く閉じられていたようにみえたが、見つけてくれたグルーノとは一体誰なのか。

 考えている間に、女性はレイフェリオの額に冷たいタオルをのっけた。ひんやりとした冷気がとても気持ちがいい。

 

「まだ辛いでしょうから、もう少し寝ていてください」

「あな、たは?」

「うふふ。さぁ、お眠りなさい……」

 

 目の前の人は誰なのか。問いかけるも、誤魔化されるように微笑まれる。子守唄のような空気に、レイフェリオはそのまま目を閉じた。

 

 

 

 次にレイフェリオが目を覚ますと、ちょこんとリオが胸の上に止まっていた。

 

『あっ、レイ! 起きた』

「リ、オ……」

『大丈夫? どこか痛い?』

 

 首をかしげながら聞いてくるリオ。鳥であるからその表情は読めないが、それでもレイフェリオを気遣ってくれているのはよく分かる。

 ゆっくりと身体を起こしながら、その手にリオを乗せる。先程起きたときのような目眩はもうない。

 

「……大丈夫だ。心配させたか」

『うん……僕にはよくわからなかったけど、すごく疲れただけだって言われて。でも、レイは起きないし……』

「そうか……」

 

 神鳥の子として生まれたばかりのリオだ。わからないことが多くて当然だろう。それでも、心配をかけたのは間違いない。レイフェリオはリオの頭を優しく撫でた。擽ったそうに目を閉じている姿に、安心感を抱く。そういえば、もう1つ。いつも側にいたあの姿が見えない。

 

「……リオ、トーポを知らないか?」

『ん? ……あっ、トーポはおっきくなってた!』

「……はぁ?」

 

 パタパタと羽を動かしてリオは言う。沈んでいた気持ちは浮上したようだが、リオの言葉がレイフェリオには理解できない。トーポはネズミだ。成長してもそこまで大きくはならない。しかし、リオが偽りを話すことはないだろう。ならばと、質問を変えた。

 

「リオ、トーポはどこにいる?」

『トーポはさっきご飯食べてたよ』

「ご飯? 食事か……」

 

 だが、それでもレイフェリオの側にいない理由にはならない。それほどに常に側にいたのだ。

 すると、誰かが部屋に近づいてくる気配がした。思わず入り口を凝視していると、そこから現れたのは一人の老人だ。衣装もその特徴も先程の女性と似ていることから、彼も竜神族だと思われる。

 

「起きたか。気分はどうじゃ?」

「……もう、大丈夫です。面倒をおかけ、しました」

「なに、大したことはしておらん」

 

 ゆっくりとレイフェリオに近づいてくる彼。レイフェリオは見覚えのある気配に、違和感を覚える。あの女性よりももっと覚えのある気配だ。何よりそれは、常にレイフェリオと共にあったもの。気づかぬはずがない。

 

「……トーポ?」

「っ……流石に、気がついてしまうか」

「ほ、本当に、トーポ、なのか?」

 

 自身で口にしたにも関わらず、目の前の存在が信じられなかった。確かにトーポは、普通のネズミとは違う。それでも、レイフェリオが記憶している限りはずっと共にいたのだ。ネズミ以外のものだなんて、考えられるわけがない。

 動揺するレイフェリオに、老人は苦笑する。

 

「この姿で相対するのは何年ぶりになるかの。お前が、郷で過ごして以来じゃ」

「え?」

「……覚えておらんのは当然じゃろうな。ゴホン、改めてになるが……わしはグルーノ。郷の長老の一人であり……お前の祖父じゃよ」

 

 彼はグルーノ。ということは、彼がレイフェリオをここまで連れてきたということになる。トーポであった姿から、今の姿になってレイフェリオを助けたということか。いや、それ以上にグルーノはレイフェリオの祖父だといった。ということは、母であるウィニアの父ということだろう。

 

「祖父……お爺様……ですか」

「ははは、そう呼ばれるのはくすぐったいのう。本当に、久しぶりじゃ」

「ト……その、ここは」

 

 祖父であるとわかっても、気配はトーポのもの。直ぐに、抜けはしない。思わずトーポと呼びそうになるのを止め、レイフェリオは今の状況を尋ねた。

 

「ここは、わしの家じゃ。この部屋はお前が小さい頃に過ごした部屋でな。……今も残してくれておった。ならば、ここを使うのがいいじゃろう?」

「ここが……俺の」

「よく、郷に戻ってきたレイフェリオよ。……今の状況では歓迎するとまでは出来ぬが、郷の皆もお前の帰りを喜んでおる。覚えていないとはいえ、顔を見せてやってほしいが……その前に、竜神王さまにお会いせねばな」

「竜神王?」

 

 名前からして、郷を治める存在というところだろう。確かに郷に来たからには、挨拶をする必要はある。しかし、グルーノの表情はどこか固く強張っていた。

 

「……何か、あったのですか?」

「……うむ。話は、あやつらの前でするとしようか。起き上がれるかの?」

「……ええ、大丈夫です」

 

 ベッドから降りて立ち上がる。まだ完全ではないが、歩く程度なら問題はなさそうだ。立て掛けてあった剣をとり、グルーノへと向き直る。

 

「……そうか。ついてまいれ」

「……はい」

 

 部屋を出ていくグルーノ。どこか緊張しておるようにも見えたのは、気のせいではないはずだ。

 

『……レイ?』

「リオ」

『トーポについていくの?』

「……あぁ。どうやら、何か事情がありそうだし……俺がどうして郷で育ち、その後サザンビークへと行ったのか。その記憶がないのはどうしてか。わかるかもしれない。それに」

『それに?』

 

 ふと、己の胸に手を当てる。それを見てか、リオはレイフェリオの肩へと飛び移った。

 

『そこがどうかしたの?』

「……俺の中にある力。それが何なのか、俺は知りたい。知らなければならない」

『……レイ』

「暗黒神ラプソーン……それと戦うために。そして、国を、世界を守るために」

『……うん』

 

 とてとてとリオはレイフェリオの頬へとすり寄ってきた。

 

「リオ?」

『……大丈夫。レイならできるよ。ぼくは、それまで力になるから』

「あぁ……頼む」

 

 それまで。暗黒神を倒すまで。その響きには寂しさも滲んでいた。

 その体を撫でながら、レイフェリオはグルーノの後を追うのだった。




いつも誤字・脱字報告ありがとうございます!


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竜神族の危機

お待たせしました。
オリジナル要素多数でお送りします。



 グルーノに連れてこられたのは、家から程近い場所にあり、一際大きな建物だった。郷の長老たちが集う場所らしい。

 

「ここが、会議場じゃ。入っても良いな」

「はっ、グルーノ様。話は聞いております故」

「うむ。ほれ、行くぞ」

 

 入り口に立っている青年が場所を譲ると、中へと入っていく。レイフェリオもグルーノに続いた。

 室内は、円卓があり数人が深刻な顔で話し合いをしている。グルーノが入った気配を感じたのか、全員が入り口へと顔を向けてきた。

 

「グルーノ、来たか……もしや、そこにおるのが」

「そうじゃ……ほれ」

「あ……はい。……会議中に失礼します。レイフェリオ・サザンビークです。その……」

 

 グルーノに促されるまま名乗る。

 初めましてではないのだろうが、何と挨拶をするのか分からずレイフェリオは言葉を濁した。だが、そんなレイフェリオの戸惑いを気にすることなく、長老たちは頷いている。

 

「やはり、レイフェリオか。あの子がよう大きくなったものじゃ」

「そうじゃな……人間たちに何かされてないかと心配じゃったが。人というものは、異質な者を排除するものじゃからな」

「……再び、このように会う日が来るとは感慨深いのぅ」

 

 その口から出てくるのは、レイフェリオの成長と再会したことを喜ぶ言葉たち。幼き頃のレイフェリオを知っているからだろうが、本人には記憶がないためどう反応して良いのかわからない。

 

「ゴホン、レイフェリオには当時の記憶がない、そのように言っても困惑させるだけじゃ。感動の再会はまたゆっくりとすれば良い。まずは、竜神王さまのことじゃ」

「しかし、グルーノ。まさか、本当にレイフェリオに任せるというのか? 我らでも敵わなかったのだぞ?」

「竜神族でありながら、人でもある。それならば、其方らと同じように力を奪われることはないはずじゃ」

「それは、そうかもしれぬが……」

「確かに……だがなぁ……」

 

 交わされている内容から、ただ事ではない雰囲気を感じ取った。敵う敵わない。それは戦闘の話なのだろうか。とすれば、その相手は……。

 

「トー……じゃなくてその……お爺様、話している内容がいまいち腑に落ちないのですが、俺に任せるとは一体何のことですか?」

 

 慣れない呼び方はまだぎこちなさが抜けない。しかし、己の名前が出てきている以上は話の中身をきちんと知りたい。彼らの名前もわからないので、側にいるグルーノに聞くしかないのだ。

 

「うむ、そうじゃな。そこからちゃんと話をしなくてはな……」

「何がこの郷に起こっているのですか?」

「どこから話すのが良いのか……」

 

 顔を見合わせ、考え込むようにした長老たち。その間、口を挟むことなくレイフェリオは待っていた。言いにくい理由は、恐らく竜神王が関わる事柄であり、レイフェリオが郷の外から来た立場であることだろう。血筋としては竜神族に連なるが、人間の世界で育ったに等しい。郷のことなど何一つ知らないのだから。

 

「……致し方ない。わしから説明しよう」

「バダッグ……」

 

 グルーノがバダッグと呼んだのは、奥に座っている長老だ。彼が、この場のリーダーらしい。

 

 事の発端は、竜神王のある決断だった。竜神族は、人と竜の2つの姿を持つ種族。もう一つの姿である人を封印し、その姿を捨てることを竜神王は決定した。簡単には言っているが、姿を捨てるということは容易ではない。そのための儀式が記されている書物はあったが、古い記録のもの。成功するかどうかもわからなかった。そのため、竜神王自ら儀式を行い、術式が正しいかを試すことになった。儀式は成功し、竜神王は人の姿を封じられ竜となる。だが、そこから郷の異変が始まったのだ。

 バダッグは話を続けた。

 

「竜神族は確かに竜と人、両方の姿を持ちどちらの姿を取ることも出来る。しかし、竜の姿を保つには多大な魔力を消耗するのだ。我らが普段、人の姿をとっているのもそれが理由でもある。ゆえに、竜の姿となった竜神王さまは常に魔力を必要とする状態なのじゃ……」

 

 竜の姿となった竜神王。膨大な魔力を有する竜神王だが、それでも必要とする魔力は竜神王自身が持つそれを越えてしまったようだ。自身の魔力が足りなくなると、補うために竜神族の民からそれを吸収するようになったという。

 

「我々は竜神王さまの元へ行き、その姿を解いてもらうように願おうと思った。しかし、既に竜神王さまには我らの言葉は届かず、近づけは近づくほど力を奪われてしまい……もう、近づくことさえも出来なくなってしまった……」

「……民の魔力を奪う……そんなことが……」

「今なお、民の魔力は奪われ続けておる。既に力尽き、立ち上がることさえできぬ者も多い。これ以上続けば、死者が出るもの時間の問題……じゃが、我らにはどうすることも出来ぬのだ」

「「……」」

 

 バダックの悲痛な声に、長老らは俯き黙った。

 状況は切迫しており、手も足も出ない状態のようだ。入口の方へレイフェリオは視線を向け、魔力を感じ取ってみる。しかし、弱々しい魔力が多数あることがわかるだけだった。どうやら、時間がないという以上に、一刻を争う状況だろう。

 レイフェリオは一つ呼吸をして、己を落ち着かせる。

 

「それで……俺に、竜神王を宥めてきてほしい、ということですか? もしくは……」

「……」

 

 竜神王をこの手にかけることまでは望んでいないはずではあるが、民の命がかかっている以上可能性として排除できることではない。レイフェリオは言葉を濁したが、長老たちは意図をくみ取ってくれたようだ。

 

「……どういう結果をもたらしたとしても、我らはそれが最善だったと納得するじゃろう。このまま終焉を迎えることになっても、それが運命として受け入れる覚悟も出来ておる」

「……」

「レイフェリオ、本来ならばこのようなことを頼むのはお門違いじゃ。其方は人の世界で生きていくことを選んだ。郷のことに巻き込むなど……。じゃが……今ここに其方がいるのもまた事実。恥を忍んでお願いする。どうか……竜神王さまを止めてくれ」

 

 頭を下げるバダッグに合わせるように、他の長老たちも頭を下げた。ここまでされては、無下にすることはできないだろう。既に去ったとはいえ、レイフェリオにとっても無関係ではない場所でもある郷の危機を捨て置くことはできない。

 

「……わかりました。俺が行きます」

「レイフェリオよ、竜神王さまがいる祭壇までは魔物たちが蔓延っておる。簡単にたどり着ける場所ではない。それでも、向かう覚悟はあるのか?」

「はい……ここで立ち止まれば、暗黒神を倒すことなどできません。俺には守るべき人たちがいます。放置をしておけば、郷だけでなく俺が守りたい世界へも影響が出てくるかもしれない。それだけは、阻止しなければならなりません。それに……母上の故郷を失わせることは出来ませんから」

 

 グルーノは険しい表情をレイフェリオへと向けていたが、レイフェリオの最後の言葉に目を見開いた。

 

「……そうか。そうじゃな……ここには、ウィニアが……お前の母が眠っておる場所じゃ」

「それに……トーポもついてきてくれるだろ?」

「……無論じゃ。お前ひとりに行かせるつもりは毛頭ない」

「なら、俺は一人じゃない。トーポも、リオも一緒だからな……」

「……わかった。バダッグ、明日わしらは祭壇へ向かう。いいな」

「グルーノ……。わかった」

 

 今から向かうことも出来るが、レイフェリオは病み上がりだ。万全の状態に体調を整えてから向かった方がいい。

 グルーノから祭壇までの道のりや、魔物たちのことを聞きながらレイフェリオはグルーノの家で休むことになった。

 

 

 



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祭壇への道

短いです。すみません。区切りが良かったので・・・。


 翌朝、目が覚めるとレイフェリオはベッドから起き上がった。軽く身体を動かせば、昨日までの違和感は感じない。だが、魔力の回復は完全ではないようだ。それでも通常ならば問題視するほどではないのだが、今日はそう言うわけにはいかないだろう。

 

「……これが、郷に及ぼす影響なのかもしれないな。出し惜しみをしている場合ではないか」

 

 身支度を整えて、持ち物の中を確認する。その中には三角谷でラジュから餞別にと貰った秘薬が入っていた。綺麗な水色の液体だが、強い魔力を持つもので服用すれば魔力を回復してくれる貴重な代物だ。人間であれば一口で完全に回復するが、エルフならば半分は飲まなければならない。レイフェリオも同等かそれ以上が必要となるだろう。

 何が起こるかわからない場所に行くのだ。準備しておくことに損はない。レイフェリオは他にも必要なものがないかを確認するのだった。

 

 

 

 朝食を摂り、レイフェリオはグルーノと共に昨日の会議場へと向かった。リオはレイフェリオの肩に乗っている。

 祭壇への道は会議場の地下にあるらしい。案内されて入った場所。そこには、郷に来るまでの道と似たような風景があった。違うのは、そこかしこに墓標があることくらいだ。

 様子を見てくると、リオは空高く飛び立った。それを見送りながら、レイフェリオも周囲を見回す。

 

「ここは……」

「この場所は郷の者たちが眠っておる場所じゃ……そこに例外はない」

「え……?」

 

 グルーノはトコトコとある一つの墓標の前に立った。新しくもなくそれほど寂れているわけでもない墓標。そこに記してあった名は、ウィニア。

 

「っ……はは、うえ」

「うむ……サザンビークにはないじゃろ?」

「……えぇ。竜神族の郷にあるだろうとは思っていました。城に……母上に関するものは何一つありませんから……」

 

 レイフェリオの母のことは、サザンビークでも一種の触れてはならぬ禁忌に近い扱いを受けている。その姿を見たことがある者がいないわけではないが、絵姿も残っていない。亡き祖父が反対していたのが関係していると、レイフェリオは聞いていた。実際にレイフェリオは、反対していたという祖父に会ったことはないので全て又聞きに過ぎないが……。

 

 墓標の前に膝をつき、レイフェリオはそっと手を触れた。彫られた名を確かめるように。

 

「わしもここに来るのは久しぶりじゃ……長い間、一人にしてすまんかったウィニアよ。じゃが……こうして孫と墓参りをすることが出来たのは僥幸じゃな」

「……はい、俺も」

 

 墓標から少し離れて、両手を合わせる。今はゆっくりしていられる時間がない。まずは、やるべきことをするのが先だ。

 立ち上がって墓標へ一礼した。

 

「母上、また後でゆっくり報告に来ますから……」

「レイフェリオ……」

「行きましょう」

「……そうじゃな。なら、ここからはあれでいくかの」

 

 そう言うとグルーノは、煙と共にネズミへと姿を変えた。小さな体を走らせ、レイフェリオの肩へと登る。

 

「……トーポ」

「キュウ!」

「あぁ……行こう」

 

 程なくして戻ってきたリオもレイフェリオの反対側の肩に乗る。

 

『レイ、道がたくさん分かれているよ』

「行き止まりもあるのか?」

『うん……けど、大丈夫! 僕が案内するっ』

「……頼む、リオ」

『任せてよ!』

 

 見知らぬ道だが、洞窟のような閉ざされた場所ではない。リオが導いてくれるなら、迷うことはないだろう。

 

 間近には既に魔物たちの気配を感じる。どうやら、郷までの道と同等かそれ以上の強さを持った魔物らが徘徊しているようだ。

 剣をその手に取り、レイフェリオは大きく息を吐いた。

 

「キュッ!」

「……わかってる。行こう」

『レイ、こっちだよ』

「わかった」

 

 リオが進む先を追いかける。時間に猶予は然程残されてはいない。時間が経てば経つほど竜神族の民たちの力が奪われていく。既に目を覚ますことが出来ない状態の者も出てきていることを、グルーノの家を出たときに聞いていた。

 だが、容易く戦闘回避が出来る訳でもなさそうだ。気を引き締めなければやられるのはこちらの方になる。まずは、祭壇までだ。竜神王の元へと辿り着くことだけを考える。

 

 走るレイフェリオたちの目の前に迫ってきた魔物に向かい、レイフェリオはその手に魔力を込めて飛びかかった。

 

 



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竜の祭壇

ご無沙汰しております。お待たせしてしまい申し訳ありません。


 竜神王が待つであろう祭壇はまだ確認できていなかった。道は狭く、壁は存在しない。落ちたらそこで最後だ。だが、不思議と恐れはない。

 

「はぁぁっ!」

『行くよー、ギラっ』

「ギャワシャァァ」

 

 目の前にいた巨大な魔物。その巨体は、通路を完全に塞いでいた。倒さなければ先へは進めないのだ。

 レイフェリオは跳躍して、その勢いのまま魔物を斬りつける。怯む魔物へ、斬りつけた傷から奥に届くように呪文を唱えた。

 

「ベギラマっ!」

「グシャァァァ……」

 

 致命傷となったのか、魔物は断末魔の叫びと共にその身を消滅させていった。

 

「っ、はぁはぁ……」

「キュイ!」

 

 戦闘中は離れていたトーポがよじ上ってレイフェリオの肩で止まる。その小さな手を頬に当てていた。

 あまり表情は変わらないが、トーポが案じてくれているのがレイフェリオには伝わる。郷の人の姿を知っているならば、違和感しかないだろがレイフェリオにとってはこのネズミの姿がトーポだ。

 安心させるように微笑むと、乱れた呼吸を整える。

 

「はぁはぁ……はぁ」

『レイー』

「リオ?」

 

 空から降りてくるリオがトーポとは反対側の肩に止まった。どうやら何かを見たようだ。

 

『合ったよ、祭壇! それと……大きな竜がいた!』

「キュキュっ!」

「……それが、竜神王ということか」

 

 リオが指し示している場所は、道が壁となり見えていないところだった。しかし、確実に近づいていることは気配でわかる。それも、かなり強い気配だというのは間違いなかった。果たして、今のレイフェリオが敵う相手なのか。レイフェリオも数多くの戦闘をこなしてきているという自負がある。それなりの実力を持っていることも。思わず己の手に視線を落とした。

 

『レイ、大丈夫?』

「……あぁ、平気だ」

 

 剣を改めて強く持つ。目的地まで、もう少し。歩みを止めることはできない。再び、前を見据えるとレイフェリオは足を動かした。

 

 

 

 

 何度目かわからない戦闘を終えて、漸く道がひとつとなり、祭壇が見えてきた。そこにいる竜の姿も。

 

「キュッ……」

「これは……凄まじい、な」

 

 紫色の体躯の周りを魔力が荒れ狂う波のように包んでいた。外側からも集められる魔力は、他の竜神族から奪っている力だろう。

 微かだが、レイフェリオも魔力を吸いとられるような感覚を覚える。常に魔力を放出し続けているような状態だ。

 

『レイ、このままじゃまずいよ! レイの力も』

「わかっている」

 

 純粋な竜神族ではないが、その血を引くためかレイフェリオにも影響がある。ならば、時間をかけるわけにはいかないだろう。早く、竜神王を止めなくてはならない。

 レイフェリオは持ってきていたエルフの秘薬を口に含む。半分ほど飲めば、魔力も体力も十分に回復した。

 

「正気に戻す。リオ、援護頼む」

『うん、任せて!』

 

 最初から全力だ。竜の皮膚は硬い。ただの剣撃だけでは、大したダメージは与えられない。魔力を高め、レイフェリオは剣を掲げると雷を纏わせた。

 

「……はぁぁぁ!」

 

 飛び上がって、竜の顔に斬りかかった。剣と皮膚の間に、火花が飛び散る。傷ついた皮膚に雷撃のダメージが入り、竜神王は勢い良く顔を振ることでレイフェリオを引き離す。と同時にリオが呪文で攻撃を加えた。

 

『ギラっ』

「ガルルルル、グシャァ!」

 

 だが、リオの呪文は竜神王が口から吐き出した炎によって無効化されてしまう。そして、炎はレイフェリオへも向けられた。

 

「シャァァ!」

「くっ!」

 

 片手を前に出し、魔力を向けるレイフェリオ。いつもならば、簡単に霧散するが相手は竜神王だ。完全に霧散することが出来ず、手に火傷のダメージが残った。

 

「……流石、竜神族の王……ということか」

 

 竜神族と人間の混血児であるレイフェリオと、純粋なる竜神族の王。魔力の扱いにおいては、相手が上だ。

 

 その後もリオは負けじと呪文を唱えるが、まだまだ生まれてまもない神鳥の子であるリオは、そこまでの熟練度がない。ゼシカにも劣るだろう。敵わないことはわかっても、リオは呪文を唱えるのを止めなかった。リオの呪文は、竜神王へダメージを与えるというよりも、レイフェリオに攻撃の隙を与えるという意味を持っていたのだ。ダメージはなくても、一瞬であっても、竜神王の注意はリオの呪文に向く。そこをレイフェリオが攻撃を加えていくのだ。

 

「っ……はぁはぁ」

『メラミっ!』

 

 ダメージは蓄積しているはずだ。しかし、それ以上にレイフェリオへもダメージが与えられていた。傷だらけとなったレイフェリオへ、トーポがすり寄るとチーズを口に含む。

 

「キュウキュッ!」

「……回復? ……助かる、トーポ」

 

 癒しの光がレイフェリオを包むと、レイフェリオの体力が回復した。それでも、万全ではない。常に集中していなければならない状態で、竜神王がレイフェリオから注意が離れるのはリオの呪文のみ。タイミングは一瞬だ。その間で、回復呪文を唱える余裕はない。

 何度目かの攻撃を繰り出したところで、竜神王は雄叫びをあげた。

 

「ガァァァルゥゥ!」

「なっ!」

 

 口に魔力が溜まっていくのを感じとり、まずいとレイフェリオは魔力を込めて防御の姿勢を取った。

 刹那、吐き出された閃光がレイフェリオへ向かってくる。

 

「っ……ちぃ」

『レイっ!』

「キュキュウ! キュイ!」

 

 竜神王から魔力が吸い上げられている状態で、既にレイフェリオの残った魔力は少なくなっていた。手に身に付けていたグローブはボロボロになり、傷は増えていくばかりだ。中でも、その手の火傷は早く治療しなければ手遅れになる。しかし、今防御の手を休めることはできない。

 

「くっ……俺は、負けるわけには……いかない」

 

 レイフェリオの頭に過るのは、仲間たち。そして、叔父やチャゴス、シェルト……アイシアだ。彼らと約束した。必ず戻ると。

 

「俺は、まだ死ねないっ!」

『なら……力を解き放ちなさい!』

「……? その、声……」

『今の貴方なら、出来るはずです。さぁ、早くっ!』

 

 いつも危機に陥ったときに届く声。それは壱もいじょうにはっきり届いた。

 

「……解き放つ……」

『貴方の中にある力……感じるはずです』

「俺の力……」

 

 確かに感じることが出来る。これまで意識したことはなかったが、確かにココにあった。レイフェリオは目を閉じて、その力を集中させた。魔力とは違うその力を、解き放つ。

 

「はぁぁぁ!」

 

 全身から力が解き放たれた。それと同時に、レイフェリオの瞳の色が紅く染まっていく。強い力同士が激突する。

 

『レイっ! 僕も……ギラっ!』

「グァルル!」

「ここだっ」

 

 別の場所からの攻撃に、竜神王の注意が逸れる。レイフェリオは力を緩めることなく、竜神王に向かって全力を放った。

 閃光に飲み込まれ、竜神王はその動きを止めるのだった。やがて、竜の姿が解けていく。

 

「っ、はぁはぁ……はぁ」

「キュッ!」

『レイっ!』

「はぁはぁっ」

 

 リオやトーポに声をかけられても、それに答えられるほどの力がレイフェリオには残っていなかった。その場に膝をつき、呼吸を整えるように胸を押さえる。

 

「ぐっ……っはぁはぁ……」

『レイっ、レイってば!』

「キュキュ! キュウ!」

「っ……」

 

 胸を押さえたままレイフェリオは、そのまま地面に倒れ込んでしまった。

 

 

 




私事ですが、出張と引っ越し、転勤などが続き、年内はまだまだ多忙となる予定ですので、投稿はあまりできなくなるかとおもいます。

落ち着きましたら、また投稿していきたいと思いますので、宜しくお願いします。


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郷での休息

ご無沙汰をしております。
今さらではありますが、続きを投稿します。
相変わらずオリジナル要素満載ですが、楽しんでもらえたなら嬉しいです。


 声が聞こえた気がして、レイフェリオは目を開ける。ベッドに寝かされていたようだ。天井に見覚えがある。ここは、グルーノの家にあるレイフェリオの部屋だ。

 身体を起こせば、節々が痛む。起き上がれないほどではないにしても、あれほどの戦闘の後だ。仕方ない。

 

「にしても、あの声は……」

『レイー!!』

 

 そこへパタパタと羽をはばたかせながらリオがやって来た。ゆっくりとベッドの上にいるレイフェリオの膝に降り立つ。

 

「リオ」

『良かった! 目が覚めた! レイ、ずっと眠ってたから』

「ずっと? どのくらいだ」

『トーポが3日って言ってたよ』

「……そんなに経っているのか」

 

 リオの言葉にレイフェリオは驚く。これまでの旅の中でも最長だ。それほどに疲労していたということだとしても、寝すぎだ。思わず顔に手を当てて俯く。

 

『レイ? どうかした?』

 

 不安そうなトーンで声をかけてきたリオに、レイフェリオは直ぐに顔を上げて首を横に振った。

 

「いや、何でもないんだ」

「失礼します」

 

 カタリと音を立てて入ってきたのは、郷に辿り着いた時にレイフェリオを介抱してくれた女性だった。その名をカタリナという。レイフェリオが郷で暮らしていた頃も、世話係りとして側にいたらしい。尤も、その記憶はレイフェリオにはないのだが。

 

「カタリナさん」

「お目覚めになられてようございました。本当に、レティスの子は優秀でございますね」

「リオが、ですか?」

「ええ。ピピっと鳴いたかとおもえばレイフェリオ様の元へ飛んで行ったものですから、お目覚めになられたのだとわかりました」

「そうでしたか……」

 

 レイフェリオの部屋に入ってきた時も驚かなかったのは、既に予想していたからだったのだろう。

 その手に水が張った桶とタオルを持っていたカタリナは、ベッド脇に置くとレイフェリオへと手を伸ばす。

 

「包帯を替えせて頂きますね。じっとしていて下さいますか?」

「は、はい」

 

 竜神族の民が着る服と同じものを着させられていたレイフェリオ。前開きなので、脱がすのも用意な作りになっていた。

 +人からこのように世話をされることには慣れているレイフェリオは、それほど強い抵抗はない。ただ、身体が痛むので動かすことに躊躇いがあるだけで。戦闘では怪我をしていても、痛みを気にすることなく動けるのだが、戦闘から離れてしまえば気にしないではいられないものだ。

 上着を脱がされ包帯を替える。呪文で治癒は施しているのだが、竜神王から受けた怪我は呪文の治癒力を上回っているのだろう。完全に癒えてはいなかった。薬を塗ると、再び包帯を巻かれる。

 

「あと数日もすれば、完全に癒えるでしょう。それまでは療養してください」

「ありがとうございます」

「食事を持ってきますので、ここでお待ち下さい」

「え、いや」

 

 自分で向かうと告げようと思ったが、カタリナの行動は速かった。テキパキと桶とタオルを持つと、そのまま部屋を出て行く。扉がないので声は届くだろうが、あまりの手際の良さにレイフェリオは言葉を失ってしまった。

 差ほど時間を置かずに、カタリナは戻ってくる。盆の上には、目覚めたばかりのレイフェリオを気遣うメニューが並べられている。竜神族も食べるものは人と変わらない。病人にはお粥が定番なのも同じだった。

 

「あと、これは竜神王様からのお心遣いです」

「竜神王……から」

 

 食事と一緒に置かれているのは、透き通った青色の液体だった。一目でわかるのは、液体には魔力が含まれているということ。効能まではわからないが、何かしら恩恵を与えてくれるものなのだろう。

 

「エルフの秘薬よりも効果は高いものです。今、消耗している魔力を最大まで回復させてくれるでしょう。食後にお飲みください」

「ですが、貴重なものなのでは?」

「だとしても、今のレイフェリオ様には必要なものです。何よりも、竜神王様のお達しですから。お飲みになるのを確認するまで、私もここにいますよ」

「……はぁ、わかりました。飲みます」

 

 監視されているようで居心地は悪いが、カタリナがいなければレイフェリオが貴重な薬を飲むことはなかったはずだ。エルフの秘薬でさえ、大変に貴重な薬。その上をいくようなモノを簡単に飲むことなど出来れば避けたいというのが、レイフェリオの心情だった。それでも、己の魔力も回復しきってはいない事実がある以上、誤魔化しは利かない。

 食事を終えて薬を飲み干すと、カタリナは満足そうに微笑みながら盆を持って下がっていった。

 

『レイ?』

「……これは、凄いな」

『うん! 元に戻ってるよ! これが、レイの本来の魔力なんだね』

「そうだな……確かに、完全に回復するのは久しぶりかもしれない」

 

 時折休んではいたものの、ドルマゲスとの戦いで使いすぎた力は中々完全に回復してはくれなかった。どこかで渇きを覚えていたのも確かだ。今は、それがない。

 あくまで魔力を回復するためのものなのか、怪我の痛みは消えていないものの、十分過ぎる効果だった。

 

 

 

 その日はカタリナの言い付けもあり、部屋でゆっくりと身体を休めることに努めた。グルーノもレイフェリオが起きたことに涙を浮かべながらも喜んでくれていた。

 翌日、包帯を替え終わると許可も出たのでレイフェリオは外に出た。肩にはリオが乗っている。午後には、竜神王との面会が待っており、それまでの空いた時間を郷の皆への顔見せに使うことにしたのだ。

 幼き頃を過ごしたという郷。レイフェリオには記憶がないが、郷の住人たちは違う。今回の顛末についても、既に周知されているらしい。

 レイフェリオの姿を見て、口々にお礼を告げられた。中には、まだ起き上がることが出来ずにいる者もいるようだ。奪われてしまった力を取り戻すのは、簡単ではない。竜神族の持つ力はそれほどに大きい。レイフェリオも身に染みていることだ。

 一通り郷を回ればいい時間になった。

 

「そろそろ向かうか……」

『竜神王のところ?』

「あぁ。漸く、聞ける」

『レイ?』

 

 今回のこともそうだが、レイフェリオには知りたいことがあった。それが、この郷にきた目的でもある。長老たちもそうだろうが、竜神王ならばレイフェリオの身の内にある力のことも知っている筈だ。

 レイフェリオは服の上から胸を抑える。この力が何なのか。それと向き合う時が来たのだ。そんな覚悟を決めて、レイフェリオは歩きだす。

 

 




まだ不安定な投稿になると思いますが、気長に付き合って下さい。
それでは、本年も宜しくお願いします。


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郷と力の真実

オリジナル要素のネタばらしになります。
この話で、主人公に対する設定は公開したことになります。
竜神族についても捏造してます。


 竜神王に呼び出された場所は、祭壇へ続く道の入り口だった。一族の墓があるところだ。そのウィニアの墓の前に、竜神王とグルーノは立っていた。レイフェリオの姿を見ると、竜神王は目を細める。

 

「来たか、レイフェリオ」

「はい」

「こうしてまみえるのは久方振りだな。とは言え、そなたは覚えておらぬだろうが」

「……申し訳ありません」

「いや、いいのだ。謝るのは我の方なのだから」

 

 そう言うと竜神王は、頭を下げた。ここは竜神族の地。その長たる竜神王が頭を垂れるなど、本来ならばあり得ないことだ。

 レイフェリオが冷静でいられたのは、隣にいるグルーノが動じなかっただからだ。そうでなければ、神の使いだと聞かされた竜神王が目の前で頭を下げることを許容出来なかっただろう。

 

「迷惑をかけた、レイフェリオ。そして、我を……一族の未来を救ってくれたこと、礼を言う」

「……礼は受けとります。ですから、頭を上げてください」

「うむ。そうだな……あまりそなたに負担を掛けるわけにはいかないだろう」

 

 竜神王はスクっと顔をあげる。グルーノよりも長寿だというが、竜神王の姿は若さを保ったままだった。それは力の大きさに比例するという。力が強いほど、肉体的な若さが保たれるらしい。どれ程弱くとも、人間より長寿である。ある程度の年齢を過ぎれば成長が緩やかになるようだ。

 正確な年齢は竜神王自身覚えていないらしい。彼にとっては年齢など、些細なものなのかもしれない。

 

「さて……グルーノらから聞いた。今世界は、ラプソーン復活の危機だそうだな」

「はい。もう時間の問題だと思います。いつその時が来てもおかしくありません」

「賢者らは死した、か?」

「……」

「そうか……」

 

 目を瞑り空を仰ぐ竜神王。隣のグルーノに視線を向けるが、首を横に振っていた。知らないということだろう。

 レイフェリオは、胸に手を置いた。

 

「竜神王、何を知っているのですか? 貴方は、ラプソーンを──」

「我ら竜神族は人の世界に携わることは許されておらぬ」

「え?」

「……そなたには話しておくのが筋だろうな。そもそも、何故我が人の姿を捨てると決めたのかを」

 

 確かにその話は聞いていなかった。人と竜の両方の性質を持つのが竜神族。その片方を捨てることは、竜神族そのものの否定にも繋がりかねない。それほどに大きな決断をしたのは何故か。

 レイフェリオは竜神王の言葉を待った。

 

「本来、竜神族は世界を見守ることが役目。干渉することは求められておらぬ。しかし、その禁忌を破ったことがあった。過去に二度ほど、な」

「そ、れは……」

「一度目は、ラプソーンの封印の時。そして二度目は……そなたの母だ」

「……」

 

 竜神族の禁忌。それは外の世界に触れることだったらしい。一族の中で、外の世界を知ることを許されるのは竜神王のみ。王は、その力で見聞きすることが出来る。この先にある祭壇の上は、その為の場所のようだ。人間の世界を知っていても、直に触れることは敵わない。本当に見守るだけの存在。そのことに疑問を抱くものが出ないはずがなかった。

 レイフェリオは黙ったまま、竜神王の話に耳を傾ける。

 

「ただ存在するだけならば意味はない。そう郷を飛び出した者がいたのだ。当時の外の世界には、闇から産まれた存在……ラプソーンが世界から光を奪おうとしていたのだ。それを知りながら何もしないことに、異を唱えた者がな」

「竜神王様、それはもしや……」

「うむ……我の息子だ」

「え……」

 

 レイフェリオは思わず声をあげてしまった。しかし、グルーノは知っていたようで特に驚いてはいない。

 

「飛び出した先で、賢者らと協力しラプソーンの封印を施した。その知恵を授けたのも、あの子だ。人の世界は救われたが、禁忌を犯した者としてあの子はそのまま人の世界で生涯を過ごした」

 

 郷に戻ることはなかったという。戻ろうとしても、竜神王は認めなかっただろう。その事は郷の戒めとして長老らに伝えられてきた。だからグルーノも知っていたのだ。

 

「その長老の縁者から再び破る者が現れるとは思わなんだがな……」

「申し訳ありません、竜神王様。わしの不徳と致すところ──―」

「良いのだ、グルーノ。過ぎたこと。それに……その遺した子が一族を救ってくれたのだから」

「しかし……」

「……レイフェリオよ」

 

 黙ったまま話を聞いていたレイフェリオを、竜神王は呼ぶ。これまでの流れで、竜神王が人の姿を捨てる一因にレイフェリオは無関係ではないことはわかっていた。寧ろ、レイフェリオの存在こそが竜神族を滅ぼしかけたと言われても仕方のないことだろう。責められても文句を言える訳がない。レイフェリオは、視線を竜神王へと合わせる。何を告げられるのか、心に覚悟を決めて。

 

「我は、生まれた赤子を見て考えた。この子は竜神族をどの道へ引き連れていくつもりかと」

「……」

「人の世界で生まれたが、その子は生まれつき魔力が高すぎた。人の世界では生きられなかったのだ。故に、郷にウィニアは戻ってきた。受け入れぬこともできたはずだった。だが、それは出来なかったのだ」

「……何故、ですか?」

 

 同じように禁忌を犯した息子は否定して、何故ウィニアを郷に受け入れたのか。レイフェリオでなくとも疑問に感じることだ。

 

「当時、お前と同じ日に生まれた竜神族の子がいた。竜の姿しかもたず、竜神族としては不安定な姿で生まれ、息も絶え絶えの状態でな。死はそこまで迫っていたのだ。そして、お前が郷に戻ったと同時に死に絶えた。否、違うな……お前に宿った、と言うのが正解だ」

「っ!?」

「我は思った。この竜の子は、人との交わりで生まれた混血児であるお前を受け入れるために、人の身には余る力を補うために生を受けたのだと。お前が郷に来るのを待っていたのではないか、とな」

 

 レイフェリオは己の胸元に視線を落とす。宿ったと竜神王は言った。思い当たる節はある。何度もレイフェリオに話しかけてきた存在だ。それが、郷で不安定な状態で生まれた竜の子どもだという。

 しかし、レイフェリオに問いかけてきた声の主は、子どもとは思えなかった。レイフェリオよりも竜神族のことを知っている様でもあったのだ。同じ日に生まれたというのならば、例えレイフェリオと同じ成長をしていたとしても同じ知識しか得ることは出来ない筈である。

 

「心当たりはありそうだな」

「それは……ですが、そうだとするならどうして……」

「レイフェリオ?」

「この力は、俺の事を俺以上に知っていた。ドルマゲスとの戦いでも、竜神王との戦いでも。それに、俺が迷っている時には声を掛けてきた。とても、同じ日に生まれた存在とは思えません……」

『それは、私が過去に竜神族として生きた記憶があるから、ですよ』

 

 脳裏に届いたのは、あの声の主だった。勿論、姿は見えない。そして、声はレイフェリオにしか届いていないようだった。

 

『レイフェリオ、私は……過去にフェイという名前でした。そこにいる竜神王の不肖の息子です』

「フェイ……?」

「!? そなた、何故その名前を?」

 

 呟いた言葉を拾った竜神王は、目を見開いている。本当の事のようだ。フェイは尚も話を続けた。

 

『貴方の身体も、耐え得る程に成長しました。話をするのも、これが最後になるかもしれません』

「……どういう」

『こうして話が出来るのが何よりの証拠。もうじき、私は本当の意味で貴方と同化します』

 

 同化する。即ち、それはフェイの意志は消えるということではないのか。心の中の言葉は、フェイに筒抜けなのか、違うのだと否定された。元々、フェイは生まれて直ぐに死ぬはずだった命のひとつ。たまたまレイフェリオが生まれた事で、本来無い筈だった時間を過ごしただけだと。

 

『私が貴方に宿ったのは運命だったのでしょう。過去の私と同じ事を成そうとしているのですから。いえ、少し違いますね。きっと、私が出来なかった事を成そうとするでしょうから』

「……」

『世界を、頼みます。貴方なら……竜神王にも打ち勝ったレイフェリオならば、必ずや……』

 

 不足の部分を補っていた形のフェイの力は、レイフェリオの魔力が完全回復し、これまでの戦いで強く成長したことで、必要としなくなった。既にその存在は無くなりかけている。恐らくは、それほど時間は残されていない。在るべき姿に戻るだけ。気にするなと言い残して、フェイの声は消えていった。

 

 

 




書ける内に、時間がある内に書いてしまいたいと思ったので、投稿してみました。
勢いで書いているところもあるので、誤字などあればご指摘下さい。
当初から考えていた設定は概ね話し終えたかなとおもいます。ご期待に添えなかったなら、申し訳ないです。


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過去の贖罪と決意

 竜神王にフェイから聞いた話を告げると、驚いてはいたが同時に納得もしていた。

 

「そうか……あの子の、フェイがそなたの中に。巡り合いとは恐いものだ」

「竜神王様?」

「これも、神が与えた試練だったのかもしれぬな。竜神族と、そなたに対する」

「俺への、ですか?」

 

 レイフェリオに対する試練。それは、郷を訪れるまでの道のりのことか。それとも竜神王との戦いのことか。しかし、竜神王は首を横に振った。

 

「そうではない。今、そなたの中に生まれている筈であろう?」

「俺の、中に……」

 

 話を聞いて浮かんだのは、己の責任だった。レイフェリオが生まれてなければ、竜神王は人の姿を捨てなかったかもしれない。と言うことは、竜神族を苦しめたそもそもの要因はレイフェリオがいたからではないのかと。やはり己は生まれるべきではなかった。人の世界で生きられないのなら、そのまま人の世界で死すべきだったのではないか。

 そんな考えが浮かんだ。

 

「我が人の姿を捨てると決めたのは、人の姿がなければあの様な禁忌を犯すことはないと考えたからだ。人の姿がなければ、フェイもウィニアも外の世界に行くことはなかった。そなたの様な、竜神族と人の間の子も生まれなかったはずだ」

「はい……」

「二度と、同じ過ちを犯さないようにと我は人の姿を不要と考えた。そなたの様な子どもを生まないために」

「そうですね……俺は……」

 

 竜神王も同じ考えだった。 レイフェリオの様な子どもは生まれてはいけない。それは身を以て理解していることだ。この力は、人と生きるには大きすぎるもの。レイフェリオの様に、恐れられることは間違いない。強すぎる力は、意図せずして人を怖がらせてしまうのだから。

 

「レイフェリオよ、早とちりをするな。話はまだ終わっておらぬ」

「?」

 

 暗い思考に陥りそうなところを、竜神王が止める。たった今、竜神王はレイフェリオを過ちだと話していたはずだ。これ以上の続きがあるというのだろうか。

 

「確かに、我は人との間に生まれた子を厭うていなかったとは言えん。人の世界で生きられぬのなら、生まれてこない方が幸せだったとも思った。だが、今そなたは……レイフェリオは不幸であったか?」

「……いえ、俺は恵まれていたと、そう思います」

 

 叔母に優しくされたこと。幼い頃は、チャゴスとも仲良く過ごしていた。叔父、幼馴染のシェルトやラグサット、ナンシーら侍女たちも、レイフェリオにとって大切な人たちだ。ずっと傍に居てくれた彼らがいたから、レイフェリオは人を嫌うことなどなかったし、サザンビークという国を守りたいと願った。幸せだったと、言い切れる。

 

「ならば、間違っていたのは我だ。そもそも幼子に責任はない。生まれた命は、全て慈しむべきだった。それを過ちとし、同じ事が起こらぬようにと否定するのが間違いだったのだ」

「竜神王……しかし、それでは俺への試練とは」

「そなたは己を厭うている。我が過ちと告げたとき、否定することなく受け入れたな?」

「それは……」

 

 人間ではない。それはレイフェリオにとって、コンプレックスの一つだ。周囲の人たちと違う自分が、王として立つことが許されるのかというのは、これまでもずっと考えていた悩みでもある。

 だから、レイフェリオの存在を否定されても、すんなりと納得してしまった。やはり、自分は王として立ってはいけないのだと。間違いだったのだと。竜神王の言葉に、憤慨することはなかった。それは常に、レイフェリオが思っていたことだからだろう。

 

「我は思う。生まれた命を否定することが出来るのは、その命自身だけだと」

「?」

「そなた自身が、己を否定せず認めること。それがそなたへの試練なのではないか?」

「俺が、認める」

 

 考えたこともなかった。否定した覚えはないが、認めるなどと改めて言われるとは思わなかった。だから、認めろと言われても何をどうすれば良いのかわからない。

 

「簡単なことだ。先ほど、そなたが自身が言っていたではないか。幸せだと……それが答えであろう」

「どういう意味ですか?」

「……その先は、己で考えるがよい」

 

 答えは教えてくれないようだ。それも当然かもしれない。これがレイフェリオへの試練だというのならば、レイフェリオが自分で辿り着かなければいけないことだ。

 話は終わりだと、竜神王はその場を立ち去っていった。後ろ姿が祭壇へと向かうのを、レイフェリオは見送った。

 

 姿が見えなくなると、レイフェリオは改めてウィニアの墓の前に立つ。横にはグルーノが立っていた。

 

「レイフェリオよ」

「……お爺様?」

「先ほどの、竜神王様のお話じゃが……」

 

 顔をグルーノへ向ければ、厳しそうな表情で墓を見ていた。竜神王の話は、グルーノとて他人事ではない。

 

「ウィニアが人間と恋に落ちたと聞いた時、わしは憤慨したのじゃ。エルトリオへもどれだけの罵声を浴びせたことか……生まれたばかりで弱っていたお前を連れてきた時も、わしは認めんかった。必死に我が子を守ろうとしていた娘を突き放した」

 

 郷を飛び出したことも当然として、まさか人と子を成していたなどと禁忌どころの話ではない。連れ戻そうとした時には、既にウィニアの腕にはレイフェリオがおり、連れ戻すだけではすまない事態となっていたという。グルーノはその場で子どもを捨て、ウィニアだけを連れ戻そうとした。二度と人の世界へ降りられぬようキツイ監視のもとで過ごさせようと。

 だが、ウィニアとエルトリオ二人の抵抗に合い、グルーノは半ば無理矢理ウィニアを郷へ連れてきた。子どもはいつでも捨てられると。まさか、郷がその子どもを受け入れるとは思わずに。

 

「竜神王様が許可しなければ、間違いなくお前は生きておらんかった。そして、娘からは恨まれていたじゃろう。すまんかった」

 

 そこまで話すと、グルーノは頭を下げる。レイフェリオを見殺しにしようとしたのは確かなのだろう。しかし結果的にレイフェリオは命を救われた。グルーノが無理矢理連れてきたからこそ、生きていけたのだ。ならばレイフェリオにグルーノを責めることはできない。

 

「頭を上げてください、お爺様。貴方がここに連れてきたお陰で、俺は生きているのです。俺が今ここにいるのは、貴方のお陰ですから」

「……お前は本当に他人には優しい子じゃな」

「そういう訳では──―」

「その優しさを己にも向けるべきじゃろう。実際、お前がわしらを責めるとは考えておらん。ずっと、傍で見てきたのだ。それくらいはわかる」

「それは……」

 

 トーポとして、ネズミの姿でレイフェリオの傍にいたのはグルーノだ。思い返せば、トーポがレイフェリオの傍を離れることなど一度足りともなかった。悩んでいたときも、嬉しいときも、悲しいときも常に傍にいたのだ。

 言葉が伝わることがわかってからは、相談もしていた。泣き言も吐いていた。間違いなく、レイフェリオを一番理解しているのはグルーノのはずだ。

 

「じゃから言わせてくれ。ウィニアがどれだけお前を愛していたかを。種族の違う相手と契ることは、言葉にするほど簡単な事ではない。それだけの覚悟を以て、二人は愛し合った。その結果が、お前の存在だ。犯した罪の結果ではなく、人と竜神族が理解するきっかけを作ったのがお前なのだ」

「……」

「わしは思う。例え、ウィニアが飛び出さなくとも、お前がいなくとも……いつか、竜神族は人の姿を厭う時が来たのではないかと。外の世界と関わることが許されぬなら、人の姿を持つ意味はないのではないかと、考える者は必ずいたはずじゃ。それが少し早まっただけのこと……違うと思うか?」

「…………いいえ、思いません」

 

 掟として人との関わりを避けてきた竜神族。好奇心から外の世界に興味を持つ者は少なからずいた筈である。今の竜神王でなくても、どこかで綻びが出ていた可能性は否定できない。

 

「ウィニアが亡くなった時、考えた。このままお前を一族の中で育てるべきか。それとも、人の世界へ戻すべきかを」

 

 レイフェリオを産んだことで、ウィニアの身体は健康とは言えないものとなっていたらしい。竜神族の身で、人との子どもを産んだことで、身体に負担がかかっていたのだ。ウィニアが郷を離れることは出来なくなっていた。その姿にグルーノは心を痛め、エルトリオと再び会うことを決めた。手紙だけのやり取りでも、ウィニアが喜ぶのならと。父としての愛情だったのだろう。この時には、グルーノはレイフェリオを孫として受け入れていた。

 数年後、ウィニアが亡くなると直ぐにエルトリオに告げた。レイフェリオをどうするか尋ねた時、エルトリオは迷うことなく即答したのだという。レイフェリオを引き取ると。

 この時、レイフェリオは3歳。苦悩の末、竜神王と相談しエルトリオの元へレイフェリオを渡すことが決められた。郷での記憶の全てを封じることを条件に。

 

「どうするのが一番か悩んだものじゃ。父と過ごすためには、お前から母の記憶を奪わなければならないのじゃから。祖父と過ごすより、父と過ごす方が良いだろうと、エルトリオに託すことにしたのだ」

「だから、俺は母上を知らないのですか……」

「すまぬ……」

 

 3歳ならばそれほど記憶には留められていないだろうが、念には念をということなのだろう。竜神王により記憶を封じられたレイフェリオは、エルトリオに引き取られサザンビークで育てられることになったのだ。

 何故、母の記憶がないのか。父との思い出はあるのに、母を覚えていないのか不思議に思っていたが、これで謎は解けた。人の世界で過ごすことになるレイフェリオに、郷での記憶は不要だ。竜神族は隠された一族。その判断は間違っていない。

 

「父は……母と会うことはなかったのですか?」

「……うむ。エルトリオが郷に来たことはない。死に目に会わせることも出来なかった。それでも、わしを責めることはせんかったよ……」

 

 父と母の間に何があったのか、それは誰も知ることはない。グルーノを責めなかったのは、エルトリオが薄情だったわけではないだろう。レイフェリオへ、母がどんな人だったかを良く話してくれていた。幼いながらも、両親は本当に愛し合っていたのだと理解するほどには。

 

「父らしい、です」

「……エルトリオは、お前のことも深く愛していた。ネズミへと姿を変えて見ていたからわかる。エルトリオだけではない。傍にいる者たちは皆、お前を愛している。ウィニアの忘れ形見でもあるお前が、皆に愛されている姿を……誇らしいと何度も思ったものじゃ」

「……トーポ」

「お前の命を奪わずにすんで、良かった。オディロ殿も願っておったが、わしも見てみたいと思う。レイフェリオが王となり、国を導いていく姿を」

「……いいの、でしょうか? 俺が……半端な俺が人の世界で、王となっても」

 

 父が守ってきた国で、父のような王に成りたいと願ってもいいのだろうか。サザンビークの王子として、あの国で生きていきたいと望んでも。

 

「竜神王様も仰っていた。決めるのは、お前自身じゃ。それに、お前は半端者ではない。ウィニアとエルトリオの子じゃ。それに理由など、もう十分に得ているはずじゃろ?」

「……はい」

 

 レイフェリオはその場に膝を付くと、目を閉じて胸元に手を当てた。そうして黙ったままレイフェリオは墓へ向き合う。まるで誓いを立てるように。

 

「申し訳ありませんでした。いつまでも引き摺って……俺は、俺が怖かった。責任だといいつつ、どこかで居なくなっても構わないと考えてもいました。叔父上にも指摘されていたことです」

「そうじゃったな……」

「チャゴスが優秀であれば、俺は既にサザンビークを出ていたかもしれません」

 

 今のチャゴスに国は任せられない。レイフェリオがいるからチャゴスは甘えているのだが、逆にチャゴスが自立していればレイフェリオは不要だと考えていたはずだ。そういう意味では、チャゴスはレイフェリオをサザンビークに留めてくれていたのだろう。チャゴスにそんな考えはないかもしれないが。

 全てを抜きにして、もし己が普通の人間だったなら。間違いなく、エルトリオの跡を継ぎたいと考えた。王となり、父の様に成りたいと願っただろう。

 

「この体たらくでは、チャゴスのことを責めることなど出来ませんね……」

「ふっ、そうかもしれんな」

 

 苦笑するレイフェリオにグルーノも同意する。それも仕方がない。

 今後の己の身の振り方は、また後でいい。先にするべきことがある。何をするにしても、まずは世界を守るのが最優先だ。

 魔力を巡らせれば完全に制御出来ている。怪我はまだ痛むが、動くのに支障はない。ならば、レイフェリオがやることは決まっている。

 

「チャゴスとも向き合わなければなりません。その為にも、ラプソーンを倒します。ヤンガス、ククール、ゼシカとゲルダと共に。必ず」

 

 サザンビークへ戻り、ヤンガスらと合流する算段をつけなければならない。そして、ラプソーンが今どんな動きをしているのか。マルチェロの動向も含め、情報が必要だ。

 

「サザンビークに戻ります」

 

 

 




何が書きたいのか詰め込みすぎたかもしれません。
次でいよいよ国に戻ります。


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見送り

随分とお久しぶりです。
待っていてくださった方(がいたら)お待たせいたしました!
気が付いたら一年以上振りに(泣)

ごめんなさい;;;



 身体を癒し終えて数日後、いよいよレイフェリオが戻る日となった。本当ならば、直ぐにでも城へと戻りたかったのだが、せめて完治するまでは大人しくしているようにと諭されたのだ。戦いの日々は終わっていない。中途半端な状態で向かうより、万全に整えておくことも必要なことだと。

 レイフェリオがサザンビークへと戻ると聞いて、竜神族の民らが見送りに来てくれた。中には涙ぐむ者もいた。しかし、レイフェリオ自身にはここでの記憶がないので、どう反応してよいのかわからず戸惑うばかりだ。

 

「本当に戻るのだな」

「バダッグさん、皆さん……」

 

 皆の前に一歩出てきたのは、長老たちだった。レイフェリオは頷く。

 

「はい。俺にはやらなければいけないことがありますから」

 

 ラプソーンが復活するのも時間の問題だろう。それに抗うためには、レイフェリオだけの力ではどうにもならない。ククールたちを救出しなければならないのだ。そのための種は撒いてきた。城に帰って、それを実行に移す必要がある。

 ギュッと拳を握り体内に魔力を巡らせれば、十分に満ちていることがわかる。本来の力が戻ったことを感じる。ハーフではあるが竜神族の血が流れているレイフェリオ。この場所はレイフェリオの身体にとっても魔力の巡りを良くしてくれる優しい場所だった。

 

「待て、レイフェリオよ」

 

 民たちが集まっている場所に、一際大きな魔力を持った人物が近づいてくる。その登場に、周囲が騒めいた。それもそのはず。彼は、祭壇にいるはずなのだから。

 

「竜神王様……」

「これを、其方に託そう」

「え?」

 

 彼が手に持っていたのは、柄の部分に龍の装飾が施された剣だった。今のレイフェリオが持っている剣よりも数段上の代物。見ただけで魔力が宿っていることが理解できる。

 

「これは……」

「我ら竜神族に伝わる宝剣。他にも渡したいものはあるのだが……其方は人の世界で生きていくことを決めた。ゆえに、渡すのならばこれが一番だと考えたのだが」

「……そのような大切な品をいただくわけには──」

 

 暗に断ろうとしたレイフェリオに、竜神王は半ば強引にレイフェリオへと剣を渡してきた。反射的に受け取った剣は、見た目以上に軽い。戸惑いつつ竜神王を見返せば、彼は真剣なまなざしでレイフェリオを見ていた。

 

「我ら竜神族は人の世界に手出しをすることは出来ん。だが、このまま世界が滅びるのを黙ってみていることも、最早出来んだろう」

 

 あくまで竜神族とは世界を見守る存在。世界がどういった道を辿ろうとも、ただ見ているだけ。手を出せば、その道を変えてしまうことも可能だ。それだけの大きな力を竜神族は要している。しかし、それはもう出来ないと彼は言う。

 

「始まりは我が息子だった。あの時は、人がどうなろうと構わない。我も、皆もそう考えていた。それが竜神族としてあるべき姿だと」

 

 暗黒神が現れても、それは人の業によるもの。滅びるならば致し方ない。レイフェリオはどこか冷たいその言葉をじっと聞いていた。

 

「……だが、それも間違いだったのだろう。見守る。そういえば聞こえはいいが、それはつまり世界を見放したと言うことに等しい。いや、以前はそれでも良かったのだが」

「以前は、ですか?」

「そうだ。我は知ってしまった……人の力というものを。この姿にも意味はあった。竜と人。それはどちらもなければならないものだと。だからこそ、世界を終わらせるわけにはいかぬ」

 

 

 人の姿を捨てようとした竜神王。何事にも意味がないということはあり得ない。存在している以上、意味がある。だから、竜神王は全てを受け入れることにした。

 

「其方がここに来てくれて良かった。我は心からそう思っている」

「っ……」

「ゆえに其方に託そう。この世界の行く末を。人の世界で生きると決めた、我らの希望の子よ」

 

 どれだけ望もうとも、直接世界へ何かをすることは出来ない。それでも竜神王はレイフェリオが生きる世界を守りたいと望んだ。そのための力だ。

 

「其方に負担を掛けるようですまぬ。だが、これがこれまで世界を見守ってきた竜神族の答え。それを引き受けてもらいたい」

 

 この言葉を受け入れないという選択肢はない。既にレイフェリオは腹を括っている。サザンビークの王太子として。世界を守ることは、レイフェリオにとって当たり前のことだ。だから、レイフェリオは強く頷いた。

 

「無論です。それが、俺の……いえ、サザンビークの王太子である私のすべきことですから」

「うむ」

 

 受け取った剣を腰に差す。二つの剣。父の形見と、竜神王から授けられたもの。まるで二つの種族が一緒に戦うかのようだ。レイフェリオは胸に手を当てて、頭を下げる。

 

「では、行ってまいります」

「……くれぐれも用心するのだ。ラプソーンは甘い敵ではない」

「承知しております」

 

 竜神王と視線を交わすと、レイフェリオは背を向ける。

 

「リオ」

『レイ!』

「帰るよ。サザンビークへ。ルーラ!」

 

 呪文を唱える瞬間、グルーノがネズミになってレイフェリオの方に登った。その様子に苦笑しながら、アルヴィスは再び竜神族の民たちへと振り返る。彼らが手を振って見送ってくれるのを見ながら、レイフェリオの身体は呪文の光に包まれていった。

 

 

 

 到着したのは、サザンビーク城。レイフェリオが城門へと近づくと、兵たちが慌てて駆け寄ってくる。

 

 

「レイフェリオ殿下!」

「王太子殿下!」

「今帰った」

「レイ様……?」

 

 ちょうど教会から出てきたらしいアイシアがレイフェリオの姿を見て、茫然としたように立ち尽くしている。アイシアへと身体を向け、レイフェリオは階段の上にいるアイシアを見上げた。

 

「アイシア」

「っ⁉」

 

 アイシアは駆け足で階段を駆け下り、レイフェリオへと勢いよく抱き着いた。

 

「おかえり、なさいませ。よくご無事で……レイ様」

「……心配させて悪かった」

「いえ、いえ。ご無事で戻られたなら私はそれで」

 

 涙声でレイフェリオへと縋るアイシア。レイフェリオは黙って彼女を抱きしめた。

 

 

 

 

 




今後も不定期投稿となる予定です。
なので、気長にお待ちいただけると……

本業の方が忙しいので、そちらを優先してまして;
でも完結までは頑張りたいと思っています。
どうかよろしくお願いします。



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始動

一年以上ぶり……(;^ω^)アワワ

ちょくちょく書いていたのですが、大分遅くなりました。
とりあえずこの話で空白の一か月は終わりを迎えます。
ようやく次は聖地ゴルド!!

やっとゲームの時間軸に戻った。。。


 レイフェリオは早速、帰還の報告をするために謁見室へと向かった。扉を開けて中に入ると、王座で大臣と話をしていたクラビウスがレイフェリオを見るなり、慌てて駆け寄ってくる。

 

「レイっ! 無事であったか」

「ただいま戻りました、叔父上」

「怪我は、していないようだな。良く戻った」

 

 厳密にいえば負傷は負ったのだが、見た目には何も変わっていない。カタリナによって巻かれた包帯は未だに巻かれたまま。痛みがあるわけではない。同じ個所に負傷を負わない限りはバレることはないだろう。時間を置けば癒える傷。ただ、今はその時間がなかった。

 

「叔父上、状況はどうなっていますか?」

「帰って早々か……まぁよい」

 

 中へ入るよう促され、レイフェリオもクラビウスの後についていこうとすると、同行していたアイシアから声を掛けられた。

 

「あのレイ様、私も同席してもよろしいでしょうか?」

「アイシア?」

「お願いします。決して邪魔は致しません」

「……」

「構わんだろう。無関係というわけではないのだ」

 

 祖父がいなくなってどうなっているのかも気になるところだが、大聖堂自体がアイシアにとっては巫女として長期間過ごした場所でもある。気にならないはずがない。

 

「わかった。では叔父上、報告をお願いします」

「うむ」

 

 レイフェリオが郷へと戻っている間に、予想通りというかマルチェロが法皇の座に就いたらしい。ただし、これについては、サザンビーク、アスカンタの両国は異議を申し立てている。その他、マルチェロの古巣であるマイエラ修道院は、沈黙を保っているらしい。これは表立って異議を申し立てることが出来ないが故の反抗なのだろう。

まとめているのは、修道院に残っているサーファン辺りかもしれない。

 

「あと、トロデーン国のことなのだが……」

「……お聞きになりましたか?」

 

 トロデーン国は呪いにより城全体がいばらに覆われている。加えて、国自体も瘴気のような暗い闇に包まれているため、普通の者ならば見ただけで立ち去ってしまうだろう。

 

「その言い様……やはりお前は知っておったのか? 今のトロデーン国の状況を」

「……」

 

 出来るならば黙っておきたかった。恐らく、知られることはトロデ王にとって本意ではない。だが、そうもいっていられないこともわかっている。

 

「城に向かわせたが、中には入ることが敵わなかったそうだ。いばらに覆われた様が不気味だった、と」

「入らなかったのは良い判断だったでしょう。並みの人間では、中に入れば戻ることさえできたかどうか」

 

 城内には、魔物がはびこっている。戦闘能力がない一般人が向かえば、そこに待つのは死だ。そこそこの戦闘力がある人間でも、無傷ではいられないだろうから。

 

「レイは、内部がどうなっているのか知っているのか?」

「知っています。ただ、一つだけ言わせていただけるなら……トロデーン王と姫は無事です。この目で確認していますから」

「トロデ王とミーティア姫の二人と既に面識があるということか」

「はい。ですが、それ以上の状況について、俺からお話することはできません。それが王との約束ですから」

 

 サザンビークの王族には、現状を知られたくない。魔物に姿を変えられたことについて、トロデは常々そう話していた。レイフェリオはある意味当事者でもあったので仕方ないとしても、クラビウスへもチャゴスへも話すことはできない。

 

「お前がそういうのならば、無理に聞こうとは思わん。ただ、この状況でトロデーンからの支持が得られないことは、不利になりそうだが」

 

 トロデーン国もサザンビークに及ばないにしろ大国の一つ。確かにあった方がいい力だが、今の状況ではトロデ王もミーティア姫も、その力を明示することは出来ないだろう。

 

「……レイ様、クラビウス陛下」

「どうした、アイシア?」

「実は、あの時……最期におじい様とお会いした時に、おじい様から封書を頂きました」

「封書?」

 

 そうしてアイシアが差し出したのは、法皇の印籠により封をされたものだった。それを受け取ったクラビウスが両面を確認する。署名は法皇自身が書いたものであり、印籠には魔力が込められていた。

 

「ふむ……余では開けられないか」

「しかるべき時に必要となる、とおじい様が仰っておりました。私にもその中身を確認することはできませんでしたが、もしかするとレイ様ならば出来るかもしれません」

「俺が?」

 

 巫女姫であり孫であったアイシアに開けられないものを、レイフェリオが開けられるとは思えない。クラビウスは黙って封書をレイフェリオへと差し出した。仕方なくそれを受け取り、レイフェリオは印籠へと触れる。すると、封をしていた印籠から火が現れた。

 

「これは……」

「やはりおじい様はレイ様へと遺されたのですね」

 

 最期の手紙ともいえるものが孫のアイシアではなく、その婚約者であったレイフェリオだった。ほんの少し悲しみを見せるアイシアに、レイフェリオはポンと頭へと手を乗せる。

 

「レイ様?」

「猊下は最期にアイシアと言葉を交わした。そうしてこれを託した。誰よりも猊下はアイシアを信頼して、心を寄せていた証だ」

「……はい、ありがとうございますレイ様」

 

 レイフェリオは改めて封書を見た。その中身を確認するべく、入っている手紙を取り出す。そこには、変わらず達筆な法皇の言葉が書かれていた。

 

 レイフェリオ様

 

 最期の対面があのようになってしまうことを、お詫び申し上げます。

 賢者についてレイフェリオ様がご存知だということであれば、既に世界の真実も知っていることでしょう。

 私は、その子孫の一人として知識を持っておりました。

 他の賢者の子孫より、よほど状況については通じているはずです。

 

 私が貴方をアイシアの婿に望んだのは、貴方の特殊な血筋ゆえでした。

 貴方のお父上から全て事情は聴いております。その上でアイシアを守ってくださるのは貴方しかいないと

 確信しておりました。

 

 あの子も、特別な血を持って生まれました。

 巫女としての力は、もしかしたら私以上のもの。誰かに利用される前に、貴方の傍に置いておきたかった。

 

 どうか、アイシアを宜しくお願いします。幼き頃より両親から離してしまったあの子を、

 幸せにしてやってください。

 

 世界を頼みます。

 

 ここに法皇として、宣言いたします。

 

 我亡きあと、すべての力を、権限を

 レイフェリオ・クランザス・サザンビークへ

 

 クローム・クリフォート

 

 

 

 レイフェリオが手紙を読み上げると、ふわりと光が身体を包んだ。温かい力は、きっとレイフェリオへと託した法皇の力だ。魔力とは違う力だが、異質には感じない。きっと法皇自身が望んだものだからなのだろう。

 

「それはおじい様の法力……」

「法力?」

「はい、歴代法皇が譲られてきたものだと聞いております。死後、その名を継ぐ時に受け継がれるものですが……」

「今回のマルチェロの行動を予見して、俺を指名したということか」

「だと思います。ですが、これで他の誰も大聖堂にある法皇の間は使えません。それが出来るのは、レイ様だけです」

「……俺は法皇になるつもりはないが、それでも他の誰かに渡すよりはマシか。マルチェロに渡すことだけは出来ない」

「その通りです」

 

 ならばそれだけで十分だ。その後のことは全てが終わった時に考えればいいのだから。

 

「レイ、アスカンタを始めとして、今回の法皇崩御について疑念がある旨について同意を得ている。準備は整ったと言えるだろうが……本当に向かうのか?」

「はい。あれから一月近く経ってしまいました。ククールたちの安否も心配ですが、俺が動かなければ何も変わらないでしょう」

 

 

 煉獄島に囚われているらしいが、そこで一月も無事でいるかなどわからない。囚われたら最後、生きては出られないと言われているらしいが……。

 

「レイ様」

「生きている、と信じるしかない。マルチェロをおさえ、大聖堂を掌握する。そうすれば、助けることも出来るはずだ。その為に、猊下の意志を使うことになるのは心苦しいが」

「おじい様が生きていれば、必ず協力してくれたはずです。私も、及ばずながら巫女姫としてお傍におります。私の姿は人々もご存知ですから、きっとお役に立てると思います」

「だがそれは――」

「私にとっても他人事ではありません。ちゃんと考えて、決めました。私にも責任がありますから」

 

 ここで過ごした日々の中で、アイシアにも思うところがあったのかもしれない。目の前で祖父を失い、最後まで法皇に従っていた大聖堂の騎士たちはおそらく既にいないはずだ。あの場で、多くの命が失われた。生かされたという意味ではアイシアもレイフェリオと変わらない。

 

「わかった」

「ありがとうございます」

「絶対に俺から離れるな。それだけは約束してくれ」

「はい!」

 

 



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意外な行動

お待たせしました!続きです。

番外編ではありませんが、アイシアとレイフェリオの話です。
大聖堂へ向かうのは次に(;^ω^)

ここ、やっぱりケリとつけておかないとと思いまして。。。


 

 自室に戻ったレイフェリオは、アイシアを伴っていた。明日以降の動きについてすり合わせをするためだ。テーブルに向かい合う形で座る。

 

「大聖堂がどうなっているかが気がかりではありますね」

「大聖堂の法皇の間は、恐らく立ち入りが許されていないだろうな。代々の法皇は、聖地ゴルドにて洗礼を行うらしいが、法皇の間に入れないのならばそちらにマルチェロがいる可能性もある」

 

 法皇の間に立ち入れるのは法皇のみ。洗礼の儀を終えれば叶うと思っているのならば、それはとんだ勘違いだ。本来、次期法皇というのは指名制である。不慮の事故等で亡くなった場合を除けば、だ。今回はそういった類になる。悪意ある者たちに法皇の力の一つである法力が渡る可能性も考慮し、時として法皇が遺言を残すことがあった。それが今回レイフェリオが預かった力だ。

 

「お爺様のお部屋には、これまでの歴史や代々の巫女姫たちが視た夢見の結果も残されています。もしかすると、レレイ様にお役に立てることもあるかもしれません。そういったものは法皇自身のみに閲覧が許されておりますので、私は知り得ませんでしたが」

「歴史、過去の出来事か……確かにそこならラプソーンの情報もある可能性があるな」

「……その御名の存在が、レイ様が闘っている相手なのですか?」

 

 アイシアの言葉に、レイフェリオは目を瞬いた。それもそのはずだ。アイシアはククールたちではない。ラプソーンの情報も、これまでの戦いで起きたことも何も知らない。そもそもレイフェリオたちが何と戦っているのかを知らないのも当然だ。

 

「そうだ」

「お聞かせ願えますか?」

「……あぁ、知っておいてもらわないといけないだろう。この先についても、法皇猊下が何をなさっていたのかも」

 

 法皇は賢者の子孫だった。だが、それ以上にアイシアにとっては大切な肉親の一人。その存在がどういう理由で狙われていたのかを知る権利がアイシアにはある。

 暗黒神ラプソーンと七賢者。各地にいるその子孫たちが封印の礎となっており、その封印の基礎となった杖。恐らく杖の封印は、賢者たちの命を以て解除されるようになっていた。彼らの命が続くことは封印を解く可能性もあったが、それと同時にラプソーンの存在を忘れないためでもあったのだろう。その最後の砦が法皇という存在だった。目の前まで来て、レイフェリオは何も出来なかった。法皇を救うことも、止めることも出来なかった。

 

「こうなることを猊下は……全て承知の上だったのだろうな」

「レイ様……」

 

 レイフェリオは両手を見下ろした。どこまでが猊下が覚悟していたことなのかはわからない。だが、レイフェリオが伝えに言った時の法皇は、本当に驚いていたように見える。まさか、と言っていた。それはラプソーンが復活することを指していたのか、それともこの時代にという意味だったのか。予期していたことが当たっていた、という可能性もゼロではない。結果として、レイフェリオとアイシアを逃がすことを法皇は優先した。

 

「お爺様は託したのだと思います。レイ様にこの世界の命運を。それが法皇としての、お爺様の御意思なのでしょう」

「アイシア?」

 

 顔を上げて正面に座るアイシアを見る。彼女はどこか寂しそうに微笑んでいた。

 

「少しだけ寂しく思いますが、それでも最期まで法皇であったお爺様を誇りにも思います」

 

 家族としての言葉ではなく、法皇としての言葉が最期だった。アイシアも祖父と孫というよりは、法皇と巫女姫という関係性が先に出ていたらしい。実際に家族として過ごした日々は、数えるほどしかないのだろう。それも想像することしか出来ない。

 公としての立場と私としての立場。最後の最期でも公という立場でしかいることが出来なかった。仕方がないと分かっていても、それでもどこかで望んでいたのだろう。

 レイフェリオは立ち上がると、アイシアの前へ行き膝を突いてその手を握りしめた。

 

「レイ様?」

「猊下は常に君のことを心配していた。それは本当だ。俺が聞いた言葉も、君を一人にすることの不安を口にされていたからな」

「お爺様が?」

「両親から引き離したという負い目を、猊下はずっと思っていたのだろう。身内として近くにいても、家族として接することが出来ない。それでも猊下はアイシアを大切にしていた。それだけは間違いなく、法皇としてではない祖父としての心だったと思う」

「レイ様……っ」

 

 アイシアの瞳が震える。と同時に、アイシアがレイフェリオの胸元へ飛び込んできた。慌ててレイフェリオはアイシアを抱きとめる。

 

「うっ……」

「……ここには俺しかいない。今は巫女の仮面を被らなくていい……アイシア」

「レイさまっ……っ」

 

 レイフェリオがサザンビークの王太子であると同様に、アイシアは大聖堂の巫女姫。法皇との関係がどうであろうと、アイシアは常に巫女として見られてきた。それはどこだって同じだ。ここサザンビークでは巫女姫である以上に、王太子の婚約者として見られる。法皇を亡くしたことで、泣き叫んでも誰も何も言わないだろうが、アイシアはそれを是としなかったのだろう。

 震えながらレイフェリオの服を強く握りしめて、アイシアは嗚咽を堪えるようにして泣いていた。部屋の外にリリーナとシェルトがいるので、厳密にはレイフェリオだけでなく二人にも知られていることだろう。だがそのような事実など、今のアイシアには不要だ。必要なのは、アイシアが本音を言える場所。泣ける場所なのだから。

 アイシアが落ち着くまで、レイフェリオはその身体を優しく抱きしめていた。そうすることしか出来なかった。やがて、嗚咽が落ち着いたところでレイフェリオは口を開く。

 

「すまなかった。俺も……君に寄り添えることが出来なかった」

 

 家族を亡くした時の悲しみは理解できる。だからこそ一人にしておいた方がいいと思ったし、亡くした原因を作ったレイフェリオは傍に居ない方がいいとも思った。だが、アイシアは泣けなかったのだろう。一人になっても、リリーナと共にいても。巫女姫として、王太子の婚約者として立っていなければアイシアは己を保てなかったのかもしれない。

 

「い、いいえ……レイ様ばかりを、辛い目に合わせて……レイ様にだけ重荷を背負わせて、私は……」

「それこそ当然だ。俺はこの国の王太子だからな」

 

 王族として生まれた以上は、その責務を果たさなければならない。更にこの世界のことについては竜神王からも託された。後戻りはできないし、するつもりもない。このままにはしておけないならば、レイフェリオはそのまま進むだけだ。

 

「レイさま」

 

 漸く頭を上げたアイシアは、まだ瞳が赤くなっていた。目元にたまっている涙をそっと拭えば、アイシアは頬を赤く染める。

 

「随分と長い付き合いな気もするが、アイシアの泣き顔は初めて見るな」

「っ」

 

 そのまま腫れないようにと、少しだけ目元に魔力を流す。

 

「ありがとうございます」

「いいや。これからも泣きたいときがあれば泣いていい。ここに居る間は、アイシアは巫女姫じゃなく俺の婚約者だからな」

「はい」

 

 まだ悲しみが抜けてたわけではないだろうアイシアだったが、笑みを浮かべてそう返事をした。すると、そのままレイフェリオの首元に手を伸ばし、顔を近づけて来る。そしてそのまま自分の唇をレイフェリオのそれと重ねた。

 

「っ⁉」

 

 驚き目を見開く。ゆっくりと離れたアイシア。それでもまだその顏はすぐ傍にあった。

 

「アイ、シア?」

「私も力になります。この先の戦いでも。レイ様を巫女の力でお守りしますから」

 

 それだけ言うと、アイシアはパッと立ち上がりそのまま足早に部屋を出ていった。扉が開いた途端に、リリーナのアイシアを呼ぶ声が聞こえたが、足音と共に遠ざかっていく。

 一方、残されたレイフェリオは半ば呆然としていた。

 

「何をしたんです? いえ、そのご様子だと"何かされた"のが正しいんですかね?」

 

 部屋に残されたレイフェリオの様子から何かを察したのだろう。シェルトは溜息を吐き肩を竦めていた。そのことについて申し開きも何も出来ない状態だ。レイフェリオは前髪を描き分けるようにして片手で頭を押さえた。

 

「殿下は、そちらの方は本当に鈍いというか苦手というか。何年婚約者やっているんですか……」

「うるさい……」

 

 アイシアが好意を持ってくれていることは知っていた。だが、レイフェリオは同じ想いを返せていない。その好意というものも、レイフェリオが考え得る範囲でのこと。それが間違っていると言われても、反論のしようもない。

 

「巫女姫が殿下を好きなことなんて、殿下以外全員知っていることです。あのチャゴス王子でさえ知っていることですよ」

「お前……俺を馬鹿にしているのか?」

「鈍感だって言っているだけですよ」

「……同じじゃないか」

「何にせよ、ちゃんと向き合ってくださいよ。それも殿下の役目でしょう?」

 

 そのようなことは言われなくてもわかっている。逃げるような真似をさせてしまったのも、ひとえにレイフェリオの態度が原因だ。それも理解している、つもりではある。そう言っている時点で負けなのだろうけれど。

 

「……明日、大聖堂に向かう。お前も同行しろ」

「話を逸らしましたね。まぁいいですけど……俺だけでいいんですか?」

「いや、小隊を連れていく。正式にサザンビークの王太子として、大聖堂に異議を申し立てにいくからな」

 

 リリーナも連れていくし、アイシアも巫女姫という立場で同行する。まずは大聖堂をこちら側に付ける。そこにマルチェロがいるならば、そこで決着をつけたい。いないにしても大聖堂が先だ。

 

「承知しました、王太子殿下」

 

 



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聖地ゴルド
大聖堂へ


大聖堂へ向かいます。
ゴルドは次……次こそ(汗




 

 翌日、レイフェリオはアイシアとリリーナ、そしてシェルトの一個小隊を連れて船に乗っていた。サザンビーク国の対応という形をとるため、船は国所属のモノを使う。元々使っていた船は、トロデたちが乗っていたがそれがどこにあるのかはわかっていない。トロデたちだけでも無事であるならばいいのだが。

 

「殿下、大聖堂へ到着します」

「わかった」

 

 何度も通ってきた海路。魔物は多いが、今のレイフェリオの相手ではない。そもそもアイシアの巫女の祈りによって、魔物たちは船に近づくことさえできなかった。レイフェリオにも法皇から受け継いだ法力があるので、似たようなことはできるのだが、アイシアが譲らなかったのだ。

 

「無理はしないでもらいたいな」

「そのままレイ様にお返しします」

「……全く」

 

 意を決めたアイシアの心は強い。それに巫女姫としての存在価値を誰よりもわかっている。この大聖堂においては。

 上陸し、レイフェリオは法皇の館へと続く道へ向かった。案の定というか、そこには聖堂騎士団員が立っている。レイフェリオとアイシア、そしてサザンビークの騎士たちの姿を見て、聖堂騎士団員は怯んでいる。

 

「お前、誰の指示でここに立っている?」

「じ、次期法皇となられるマルチェロ様のご指示でございます」

「次期法皇か……おかしいな、猊下に一任されていた私には初耳だが。どうだアイシア?」

「私も初耳でございます。亡き法皇猊下の意志を継ぐのは、レイフェリオ殿下だけでございますもの。法皇猊下の法力を受け継いだものが、その権利を得る。大聖堂に置いては常識です」

「いや、そのしかし……」

 

 目を泳がせながら聖堂騎士団員は焦りを見せている。ここを任されたのは間違いないだろう。だがその指示を出す人間が間違っている。ここを管理するのは法皇であり、自称次期法皇などではない。そしてその権利をいま有するのは、法力と意志を受け継いだレイフェリオだけなのだ。

 

「私に意見を異議を唱えるか? それともお前が忠誠を誓うのは神ではなく、一個人だというのか?」

「聖堂騎士団員として騎士団長の、マルチェロ様の指示に従っているだけです。ですが、マルチェロ様は法皇になられますから、ここも既に――」

「法皇にそいつはなれない。よってその指示は無効だ。この大聖堂の頂上、法皇の間は亡き猊下の意志により私が継ぐことになっている」

「は?」

 

 法皇になる予定の人間だから、その指示に従うと言いたかったのだろうがそれは無効だ。レイフェリオは、法力を受け継いだ証として、その場で左手を差し出す。そして法力を乗せて聖十字の証を見せた。これは法皇だけが有する法力の一つ。簡単に法皇の証を持つと明示するのに便利だというだけで、それ以外の効力など持たないらしいが。

 

「これこそ法皇であることの証です。ここを通しなさい」

「え、あ、その……」

「巫女姫たる私の言葉を信じませんか? であるならば、我々の大聖堂には不要な者でしょう。法皇猊下の御意思に従わないというならば、大聖堂も不要ということ。即刻立ち去りなさい!」

 

 混乱しながらも退く様子はない。マルチェロは信仰心ではなく、力と欲によって忠誠を集めているらしい。ここで引けば、傍に居た恩恵も得られなくなりここの門番という地位も失う。大聖堂の騎士団員というのは、修道院出身者からすれば、大層な地位に見えるだろう。この期に及んで、そういう考えを巡らせること自体、聖堂騎士団員としての心構えに欠ける。

 

「シェルト、拘束しろ」

「承知しました」

「なっ⁉」

 

 彼を拘束する。そして他の騎士に管理を任せて、レイフェリオたちは法皇の館へと向かった。そこにも聖堂騎士団員がいる。見知った顏がいないということは、あの場にいた騎士たちはおそらくもうここにはいないのだろうか。拘束されているだけならばいい。目を凝らせながらレイフェリオは、法皇の館の前に立った。そしてその場で胸に手を当てて祈る。

 

「猊下……」

「レイ様」

 

 この館で法皇は亡くなった。近くにいたのに救えなかった。その責がなくなったわけではない。これは決意だ。この先、この力を利用する。利用してマルチェロを追い落とす。今、レイフェリオが持つ地位も力も全て利用する。その為にここまできたのだ。

 館の内部へ入れば、聖堂騎士団員がレイフェリオたちを取り囲む。アイシアを守るようにレイフェリオは背後に庇った。

 

「……巫女姫様、それにサザンビークの王太子殿下、この地へ何用でございますか?」

「そういうお前は誰だ? なんの権利があって私たちを止める?」

「私たちは次期法皇であるマルチェロ様よりこの警護を任されております。いかなる人間であってもここを通さぬように、きつく言い含められております。それが巫女姫様であっても」

 

 ここでも同じだ。マルチェロは自らを次期法皇と言っているらしい。本当に馬鹿にしている。レイフェリオは肩を竦めた。

 

「猊下を手に下した本人が次期とは笑わせる。そもそも、法皇の間に入れぬ輩が法皇になることはできない。そんな常識も知らないと見える」

「なっ⁉」

「お爺様が法皇の力を託したのはレイフェリオ殿下です。マルチェロなどという騎士団員ではありません」

「お言葉ですが巫女姫様、王太子殿下。マルチェロ様は騎士団長であり、大司教も不在の今は彼こそが法皇の座に相応しいのです。それに、マルチェロ様が法皇様を手に掛けるなどと……そのようなことありません。彼は侵入者を拘束し、お守りした側なのです」

 

 侵入者というのは間違いなくククールたちのことだ。それを利用したのだろう。

 

「守ったというのならば、何故法皇は御された? 亡くなったのはその後だ」

「以前から体調も良くありませんでしたので、タイミングが重なっただけでしょう」

「それを本心で思っているのであれば愚かだな。話にならん」

 

 周囲の聖堂騎士団員たちも同じ考えなのだろう。あくまでマルチェロに従い、レイフェリオたちを通す気がないようだ。

 

「何と言われようとも、ここを通すわけには参りません」

「ではどうする?」

「多少手荒な真似をさせていただきます」

「私を倒すというのか?」

「……ここで引かないというのでしたら、そういう手を使うしかありません」

 

 

 次々に剣を抜く音が聞こえる。戦ってでも止める。だがこれはこちらも願ってもないことだ。

 

「殿下――」

「お前たちは手を出すな……いいだろう、私一人で相手をしてやる」

 

 動こうとするシェルトを止めて、レイフェリオは剣を鞘から抜く。これまでの戦闘からしても、彼らの戦闘力は足元にも及ばない。そのような手ぬるい考えでレイフェリオを止められると思っているのならば、馬鹿にされているようなものだ。

 

「王太子殿下と言えども、手加減はしません。お怪我をなさる前に引き返した方が宜しいのでは?」

「構わない。全員でかかってこい。手加減はしてやる」

「っ! 構わない、やれ‼」

 

 聖堂騎士団員が一斉に動き出す。その動きさえも遅く感じた。かかれと言われてから動き出すようでは遅い。そのような時間、普通は待ってくれない。それが生死を掛けた戦いというものだ。レイフェリオは迷わず聖堂騎士団員たちを倒していった。当然、殺してはいない。アイシアの前でそのような汚いところを見せるわけにはいかないし、王太子という立場で訪れている以上は、それなりに配慮する必要もある。

 

「……ば、かな」

「こんな腕で聖堂騎士団員、それも法皇の館の警護が務まるとはな」

 

 全員が倒れてもレイフェリオは汗一つ、呼吸一つ乱れていなかった。レイフェリオからすれば遊戯のようなものだ。だがこれで邪魔者はいなくなった。

 

「鍛錬が足りない。そもそも、楽をしてこの場に来たからこそその地位にすがる。聖堂騎士としての誇りが少しでもあるならば、もう少し必死にもなるだろうが……お前たちにはその意志が視えない」

「っ……」

「ただマルチェロに使われる人形であるお前たちに、私が負けるわけがないだろう」

「にん、ぎょう、だと?」

「奴はお前たちのことなんて考えていない。力を権力を手に入れて何をするのかは知らんが、そのために誰かを蹴落とし、その命まで奪う。そんな奴に、法皇の力は渡せない」

 

 剣を鞘に収めると、レイフェリオは上を見上げた。法皇の間はこの上にある。階段を上り、その扉の前へ来る。すると、その扉の前には印が施されていた。法皇が死すと自動的に発動する魔法陣らしい。

 

「これが……」

「はい。もしレイ様が法力を受け継いでいなければ、試練を受けることで力を受け継ぐことも出来ると言われています。ですが、お爺様が遺言を残したため、それすら受けることが出来なくなっているはずです」

「悪用されない仕組みか……本当に七賢者といい、難解なことをやってのける連中ばかりだ」

 

 感心している場合ではない。レイフェリオは魔法陣に手を添えて、力を集中させた。魔法とは違う力。法力を使うのは、今までよりも集中力が必要だ。慣れ親しんだ力ではないからか、違和感を覚えることもある。それでもこれは法皇からの意志。レイフェリオはそれに応える義務がある。左手から聖十字の印が浮かび、魔法陣の封印が解かれる。と同時に、法皇の館を中心に強い光が迸った。

 

「ま、さか……このようなことが」

「どういう、ことだ? マルチェロ様が法皇ではなかったのか?」

 

 気が付いた聖堂騎士団員たちが口々に困惑を口にする。法皇の間にある封された魔法陣。これを解けるのは法皇だけ。その程度の知識はあったらしい。

 

「シェルト」

「はい」

「元々ここを警護していた騎士の居場所を吐かせろ。もしもの時は弔いたい」

「……お任せを」

 

 今ならば口を割るかもしれない。彼らの対応をシェルトに任せて、レイフェリオはアイシアと共に法皇の間の中へと入った。

 

 



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