俺とクーデレ幼馴染の日常 (ラギアz)
しおりを挟む

俺と幼馴染とオムライス

不定期更新、幼馴染の日常物。

テスト勉強に絶望したラギアが、気分で書いた小説です。
これを見れば、君も作者の好みが直ぐ分かる!

では、どうぞ!


やあ皆!元気かい!?

僕は元気だよ!え?何でそんなにハイテンションなのかって?

 

好きな子の部屋に居たら当たり前だろう!?

 

え?何でそんなところに居るのかって?

 

忍び込んだのさ。ベランダ伝いで部屋を行き来できるって言う特性を生かして!!

 

今更だけど、俺の名前は暁 結城(あかつき ゆうき)。御年15歳、高校に無事受かっても居るし決して変態ではない。

平均平凡なルックスとステータス。両親は共働きで、お互いに単身赴任中。

実質、家には俺一人。毎日細々と、あり得ない位に巨額な仕送りで生き延びています。中学の妹は寮生活。毎年長い休みには帰ってくるけど、今日は普通の土日だ。

今の季節は春。入学式が近くにあった。その日は流石に両親が来てくれたから、物凄く感謝している。

仕送りはもうそろそろ使いきれないで溜めてある分が三百万超えそう。親曰く、

 

『寂しい思いをさせてるのに遊ぶ金が無いのは可哀想すぎる。そして早く彼女作れよ』

 

……らしい。後半は思いっ切り余計なお世話である。

 

さて、現状俺は不法侵入をしようとしているわけなのだけれど。

まあ何とかなるだろう。そもそも、ベランダで行き来出来るのに窓に鍵を掛けておかないのが不用心なんだ。

え?俺?何時でもオープンですよ。

 

因みにこの部屋、すごく良い匂いがします。世界中がこの香りだったら戦争なんて起きないで、皆幸せなのに。ああ、ずっとこの部屋に居たい。

……この部屋の持ち主は今お風呂に行っている筈。(俺調べ)

なら、ガードの固いあいつの弱みを握るには今この部屋を調べるしかない!行くぜ、いざエデンh

 

「さて、キミが何をしているのか聞きたいんだけど」

 

エデンってさ、天国じゃん?

天国=あの世なんすよね。

 

 

☆★☆

 

俺は今、部屋の真ん中で正座させられている。目の前には、ベッドに腰かけた少女。

 

完全にゴミを見る目で俺を見下すこの少女は、雪柳(ゆきやなぎ)桜と言う。

蒼い瞳に、端正な顔立ち。美少女と言う言葉では足りない位のこの少女は、何を隠そう俺の幼馴染である。

 

腰まで届きそうな長い黒髪は艶がありつつもしっとりしていて、滑らかに真っすぐ伸びている。新雪の様にきめが細かく白い肌、出過ぎず引っ込み過ぎずのギリギリを攻めた究極のスタイル。

 

女性の、究極形だろうか。成績も優秀で、運動も出来る。そんな少女がベランダで行き来出来る距離に居るのは、最早奇跡だと思う。

桜とは、物心付いた時にはもう一緒に居た。桜の親と俺の親は仲が良く、良く両親同士で旅行にも行く。飲みにも行く。買い物にも行く。

生まれた病院も、幼稚園小学校中学校高校のクラスも全て同じ。好みも似ている俺達は、しかし一方通行だった。俺の。

 

「……つまり、ボクの弱みを握るために忍び込んだと」

「はいそうです」

「通報されるレベルだと認識しているかな?思春期の男子が……おっと、発情期の男子が年頃の女の子の部屋に不法侵入してるんだよ?捕まるよ?」

「そこ何で言い換えたんだよ!」

「間違ってないでしょ?昨日だって夜中にごそごそ……」

「見てたの?」

「み、見てる訳ないだろ!」

「ま、まさかネットでモてる男の秘訣調べてたのバレてる何てっ!」

「そんな事を調べてたのかい!?」

 

正座を崩し、羞恥に悶える俺を見て桜は少し後ずさる。しかし直ぐに、低くなった声が部屋に響いた。

 

「……モテたいの?好きな人出来たの?」

「いやまあ、はい」

 

桜ですけどね!

心なしか視線の冷たくなった桜が、ベッドから立ち上がる。俺の横を何も言わずに通りすぎて、ドアのところでくるりと振り返り。

 

「……おい、何が食べたい」

「桜」

「おっけー、桜並木から枝を取ってこようか」

「冗談ですオムライスで!!」

「お、オムライス?」

「ふわとろ卵で!」

「ええい!キミも手伝え!」

「それは新婚体験ですか?」

「一生結婚できないキミへの精々の手向けさ」

 

黒髪を揺らして階段を降りていく桜の後を、俺も一緒に付いて行く。部屋を去るのは名残惜しいけど、しょうがないのだ。

だって桜と一緒に料理だもの。ケチャップで『愛してる』とかは定番だよね!

 

台所に着くと、桜はどこから取り出したのかピンクのエプロンを身に着けて、長い黒髪ストレートをロングポニーテールにする。

余談だけどさ、女の子が髪を結んでるのっていいよね。

特にヘアゴムを口に咥えてる動作。最高だよね。後うなじ。

 

「何をじろじろ見てるんだ、ほら始めるぞ」

「あれ?お前の親は?」

「今日はどっちも居ない。……因みに、ボクは何時でも通報できる」

「なな何もしねーし!」

「出来ないんだろう」

 

てきぱきと桜は料理の準備を始めていく。俺は台所の隅っこでぼーっとしているだけだ。

一応料理は出来る。一人暮らしが長いから出来るけど、桜には敵わない。

黒髪ロングストレートと、ポニーテールは最強だと思うんです。うなじやらギャップやらで。

そんな事を真面目に考えていると、桜が俺を手招きする。近づくと、ボウルと卵を渡された。

 

「割ってくれ」

「あのさ、卵被ってみる気、ある?」

「あると思うか?」

「ですよねー」

 

馬鹿な話をして、俺は卵を手に取る。片手では割れない為、しっかりと両手で殻を割る。

その間に、桜はチキンライスの準備をしている。料理をしている女の子って映えるよなあ、と思いつつボウルの卵を菜箸でかき混ぜる。白身と黄身が混ざった処で下味を付けて、フライパンに卵を流し込んだ。

 

「勉強とかは出来ないのに、料理はある程度出来るんだね」

「伊達に一人暮らし長くないぜ」

 

チキンライスの準備が終わったのか、此方を覗き込んでくる桜。

今は六時で、桜はお風呂から出ている。夕ご飯はこれで足りるかなあ、と高校一年生は悩むのだ。

お腹がすいたら、コンビニに行こう。そう思いながら、俺は卵をひっくり返した。

卵って楽だ。固まるのが早いし、何よりケチャップやマヨネーズなどどんな調味料であうのだから。

 

 

 

数分後。

 

 

「うし、かんせーい!」

 

チキンライスの上にふわとろの卵を乗せて、やっとオムライスが完成した。

さて、オムライスと言えばケチャップが主流だろう。デミグラスも美味しいが、それでは出来ない事がある。

 

そう!ケチャップで文字を書くことだ!!

 

皿を二つテーブルに運んで、桜が取ってきてくれたケチャップを受け取ると、俺は早速文字を書き始めた。

出し過ぎないように、丁寧に書く。以外に難しいのがケチャップを出すときにかける圧力だ。

 

「……何をしているんだい、キミは」

「ちょいまち。……うし、出来た!!」

 

覗き込んできた桜はポニーテールとエプロンを取っており、ふわりとお風呂上がりのシャンプーの香りが漂う。必死に平静を取り繕いつつ、俺はお皿を両手で持って桜に見せた。

 

「じゃじゃーん!『桜大好き』オムライスだ!」

「ねえ、それは告白で良いのかな?」

「えっ?……あっ」

「馬鹿だね。本当に。この学年トップクラスのボクに告白する何て。まあ、しょうがn

「学校トップだよ!」

「そ、そこ!?というか人の話を聞いてよ!」

「くっそおおおおおお!!ケチャップマシマシだあああああああ!!俺の胃の中に初恋ごと消えて無くなれ!!」

「えっ、あっ……」

 

皿を机の上に置きなおし、ケチャップで赤線を二本引く。

スプーンを右手で掴んだ俺は、いただきますとも言わずにそれを食べ始めた。

後ろで何故か残念そうな顔をしている桜を見ると泣きそうになるので頑張って気にしない様にして、オムライスがやっと半分削れる。もごもごしていると、やっと桜が前の席に座った。

ケチャップを手に取ると、静かに何かを書き始める。最後の一口を大きく口に入れたところで、突然桜がお皿を持ち上げた。

 

「……結城」

「ん?何だ、俺を泣かせないでくれ」

 

小さく俺の名前を呟くと、桜はゆっくりとお皿を持ち上げる。

見せられるのは、オムライスの表面。もっと言えば、そこに書かれているケチャップの文字で――――

 

「……す、好きだ?」

「うう~~っっ!!!」

 

読み上げた瞬間に、ケチャップが飛んでくる。顔面にぶつかりけたそれを何とかキャッチした時には、もうケチャップがかき混ぜられて読めなくなっていた。

 

「さ、桜ー?」

「うっさい!!」

 

声を掛けると、俯いたまま桜は声を上げる。

長い黒髪の所為で表情は見えないけど、それでも耳は真っ赤っかだった。

がつがつと凄まじい勢いでオムライスを咀嚼する桜。俺とは一回も目を合わせずに食べ続ける桜を見ながら、俺は思った。

 

――――あれ、これ告白したら行けるんじゃないか?

 

そして今夜はあいつの両親は居ない。

だから、

 

『今夜は寝かせないぜ』

『やだよ眠たい』

 

……違う。そうじゃない。普通はもっと甘々な展開になる筈なんだよ。

 

Tシャツ一枚に短パンの寝間着。お風呂上がりの甘い匂いに真っ赤な耳。

恐らく顔まで赤いであろう桜に向けて、俺は全力で声を掛ける事にした。

 

「桜!!」

「……何さ」

 

スプーンを持ったままお皿で口元を隠し、ジト目だけを俺に向けて来る桜。

本当可愛いな、と思いながら。ここでは止まれない男、暁結城は率直に思いをぶつける!

 

「大好きだ!!」

「……ふぇっ」

 

からんからん、と乾いた金属音を響かせて、スプーンが床に落ちる。お皿は依然口元を隠したままだが、そのジト目は今は無く慌てている様だった。

その中で、俺はじっと桜の目を見続ける。そのまま数秒が経ち、やがて。

 

「ぼ、ボクは……キミの事が……」

「俺の事が?」

「その、だね。えっと……」

 

視線を横に流し、俺と目を合わせない様にしながら桜はぼそぼそと呟く。

一言も聞き漏らすまい、と真剣になる俺。躊躇う様に、恥ずかしそうに。でも桜は息を吸い込んで、目をぎゅっと瞑って――――

 

「き、嫌いj

 

 

――――そこまで言って、携帯の着信音に声はかき消された。

俺の耳に入ったのはそこまでで、後は良く聞こえない。しかし、嫌いと言われたのは事実だ。

ポケットに入っていたスマホを取り出し、スライドして電話を繋げる。

掛けてきたのは友達で、俺はスマホを耳に当てて。

 

『おう結城!ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?』

「俺もある」

『えっとだな、入学記念旅行って何時だっけ?』

「来週」

『おっけ、センキュー!じゃあお前の聞きたいことって何だ?』

「三百万で借りれる賃貸教えろ下さい」

『……は?いやいや、お前桜さん大好きじゃん。何で離れるんだよ』

「私は嫌われていた。以上」

『あー、成程。うん。マジでごめん。一応調べておくわ……タイミング悪すぎたんだ俺……じゃあの』

「あばよ」

 

最後の方、消えかかっていた友人の声。無表情のまま俺はスマホをロックし、ポケットに突っ込んだ。

 

「……ねえ結城、聞こえた……?」

「うん。『き、嫌い』って聞こえた」

「ええ!?ボクそんな事言ってないよ!?」

「良いんだ……ふへへ、桜と俺が釣り合う訳が無いんだあ」

「結城!戻ってきてよ結城!!」

 

声を掛けて来る桜に弱弱しく手を振って、俺はリビングを出ていく。そのまま桜の部屋に行き、窓を開けて、ベランダ越しに部屋へ戻った。

ベッドにうつ伏せで倒れたまま、俺は長く息を吐く。

 

さよなら初恋。

おいでよぼっち。

 

「ちくじょああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

布団に向けて叫ぶ。熱がこもり、そこだけ熱くなった。ごろんごろんとベッドの上を転がっていると、突然ダガアアアン!! と強く窓が開け放たれた。

 

「話を聞けええええええええええええ!!!」

「さ、桜!?」

 

顔を真っ赤にさせながら、走ってきたのか息を荒くさせながら。

それでも桜は俺に向かって指を突きつけ、高らかに宣言する。

 

「ボクはキミの事を嫌い何て言ってない!『嫌いじゃない』と言ったんだよ!!」

「……え?」

「毎日一緒に学校行くのも楽しいし、お互いの家に遊びに行くのだって好きだ!今日だって嬉しかったんだからな!」

 

ベランダに足を掛けたままそう叫び終えた桜は、真っ赤な顔のままくるりと振り返る。

長い黒髪が、夜空の中でも麗しく街燈に煌めく。俺の方を一瞥した桜は、

 

「お休み。結城。……きょ、今日の事は忘れてくれ……」

 

最後にそう残して、帰って行った。

ぴしゃりと窓が閉じられる。そのままベッドに横たわりながら硬直する俺は、そのままの状態で三十分を過ごし、翌日学校だと言うのにも関わらず宿題をやり忘れるハメになった――――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と登校時間

朝。

月曜日、殆どの人が憂鬱に思う魔の日だ。しかし空は真逆に晴れ渡っている。春の、少し暖かく成り始めた柔らかな風が満開の桜並木にピンクの吹雪を吹かせる。その中。ベランダを乗り越え、隣の家の窓を静かに開けて、その部屋に降り立つ少女の姿があった。

 

長い黒髪を揺らす、人形や絵画の様に整いすぎたスタイルと顔を持つその少女は、青い瞳で爆睡している少年の顔をじっと見つめる。

この風景を他の人に見られたら一瞬でパニックになる事間違いなし。成績優秀で、容姿端麗。完全な美少女が幸せそうに、微笑を浮かべて見つめているのは平均平凡などこにでも居る男子高校生なのだから。

時刻は六時半。なのにも関わらずもう高校の制服に身を包んでいる少女――――雪柳桜は、少年の体を優しく揺する。

桜は、この少年を起こすのを日課としている。

朝ご飯を作って上げて、一緒に食べるのも。登校するのも。

付き合ってんの!?とか言われそうな関係だが、少年――――暁結城は頑なにそれを否定する。

桜としては別に結城と恋人でも良いのだが。昨日も、聞き間違いの所為で大変な事になりかけた。

中々起きない少年に業を煮やした桜は、少年から布団を剥ぎ取る。寒そうに手を伸ばして布団を追いかける少年に向けて、桜はどやっと笑みを浮かべた。

 

「ほら、寒いだろう?春とはいえ、まだ四月も序盤。さっさと起きた方が――――ちょおっ!?」

 

布団を右手に持って、語る桜。その口調は途中で途切れ、次いでぼふっと言う音が結城の部屋に響く。

理由は簡単。温もりを求め、寝ぼけている結城が桜を掴んで、そしてベッドの上に引き寄せたからである。

急な攻撃(?)に不意を取られ、桜はそのままベッドの上に倒れ込み、寝っ転がっている結城に抱き枕代わりにされる。

満足げに頬を綻ばせて、腕の中に包み込んだ桜の温もりを味わいながら少年は再び深い微睡に落ちていく。

勿論、急に抱きしめられた桜は思考が追い付かず顔が真っ赤になっているが。それはそれで、体温が上がって温もりを提供する抱き枕としては役目を果たしているだろう。

 

(……ななな何でボクは抱きしめられているんだろう。いつもはこんな積極的な事しないのに。昨日告白紛いの事をしてきたからかな!?いやでも、態度としてはバレバレだったし、幸せだったけど……違うよ!そこじゃないよ!というか、安心するなあ……。温かいなあ。このままでも良いかもしれないと思うボクが居る。落ち着いて、落ち着いて。円周率を100の段まで言うんだ、ええと、3.14……)

 

そのままヒートアップする思考で、高性能な頭を別な事に使い始めた桜。

もぞもぞと少年がみじろぎする度に「ひゃっ」と声を上げつつ、円周率を言い終え心を落ち着かせた少女は、結城を起こすべく腕の中でぐるりと回転する。

結城のお腹に背中を付けていた態勢から、向かい合う様に。胸がぎゅむっと押しつぶされ、それにも桜は赤面する。

 

「お、おい。そろそろ起きたrひゃあああっっ!?」

 

『起きたらどうだい』、そう桜が言うとした瞬間。

寝ぼけていて、そして温もりを求める結城は自身の腕の中にある桜を無意識の内にぎゅうっと強く抱きしめた。

それに反応して、更に顔を真っ赤にさせる桜。くたりと力の失い、ふにゃけた頭で、桜はそっと思う。

 

――――もう、このままで良いや、と。

 

 

☆★☆

 

ジリリリ!! と目覚まし時計のベルが鳴り響く。もぞもぞと動き、手だけを伸ばして俺はそれを叩いて止めた。

しかし、珍しい。普段は桜が起こしに来てくれるから、目覚まし時計が鳴る時間まで寝ていると言う事は滅多に無いのだが。

そんな事を思いつつ、俺は腕の中にある柔らかな温もりを抱きしめる。

「ひゃうっ!」

すると、そんな声を出して温もりは身じろぎをし……た……

 

……!!??

 

「きえええええええええ喋ったあああああああああああ!!??」

「ま、マッ○のCMみたいな叫び声を上げないでくれないかな!?」

 

慌てて腕の中の温もりをベッドに放置して、俺は一気に床へと飛びのく。ずざざー! と後ずさりすると、ベッドの上では顔を真っ赤にさせ、両足を外に放り投げてぺたんと座る桜の姿があった。

艶やかな黒髪ロングストレートに、朝の光が反射する。青い瞳は桜の後ろにある窓から見える空の様に美しく、澄み渡っていた。

状況と桜の綺麗さに呆然としていると、制服姿の桜は恥ずかしそうにベッドから降りる。その時に名残惜しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。

 

「……御飯、作るから。着替えたら降りて来い」

「ああ、ありがとう。……なあなあ、この会話って新婚っぽくない?」

「良いから黙って着替えろおおお!!」

 

 

 

桜の居なくなった部屋で、俺はもそもそと着替え始める。制服は楽である。選ばなくても良いから、時間は取られず直ぐに着れる。

まあ、私服でも選んだりはしないんだけれども!

鏡の前に立って、改めて制服姿の自分を見る。

 

黒髪黒目に、平均平凡なスタイルと顔。紺色のブレザーに黒いセーター、白いワイシャツに校章。

灰色のズボンに、リュックが俺の通常スタイル。因みに部活はテニス部でした。

 

「高校でも部活決めなきゃなあ……」

 

テニスを続けるかどうかは、悩みどころだ。もっと他の事もやってみたいし。

 

「まあ、あれだよな。バスケとかバレーしてる桜を見てみたい」

 

別にどこが揺れるとかではないから、勘違いしない様に。

揺れてるのを見たい……なら、バから始まる競技最高。あれ、バスケもバレーもですね?

 

着替えを終えて、俺はバッグを持って下に降りる。エプロンを付け、長い黒髪をロングポニーテールにしている桜はもう配膳を終えていた。

 

「ほら、早く席に着いて。食べるぞ」

「あーい」

 

腰に手を当てて、告げる桜。まるでお嫁さんである事に、本人は気づいているのだろうか。

取り敢えず素直に俺は席に座り、桜も目の前の席に座る。二人揃っていただきますと言い、さっそくご飯を食べ始めた。

 

 

 

 

俺と桜の通う事になった高校は、徒歩20分のところにある。

無論、その高校で瞬く間に有名になった桜は登校途中、歩いているだけでも色んな男子生徒から話しかけられ続ける。先輩同級生関係なく。

まあ、そんな事があるのに俺は桜と一緒に登校するわけには行かない。だってそしたら色んな男子生徒から殺されるから。

 

……と、思っていたら。どうやら桜曰く、

 

『他の男子生徒が君の事を気にするわけないじゃないかこの平均平凡。分かったら早くボクの護衛として一緒に行くぞ行くんだ行かなければならないんだよボク以外と学校に行くことは許さないからな』

 

らしい。

半ば強制的に俺は桜と一緒に学校へ登校する事に成ったのだが、やはりというべきか途中の男子の視線が凄まじく突き刺さってくる。

中には気にすることなく桜に話しかけるイケメン達もいるくらいで、そう言う奴らは上手い感じに俺と桜の間に入り込む。マジ俺ぼっち。

 

まあ、今日もそんな感じで俺は絡まれ続ける桜よりも先に学校に付いて、自分の席に突っ伏していた。

 

疲☆れた。

 

「おーっす!おお暁、お前今日も疲れてんなあ!」

「おーっす……もう疲れたんだよう」

 

そんな俺に話しかけてきたのは、親友である岡取永大だ。

こう書いて、おかとり えいだい である。そのままである。

長身に短い茶髪、俺と同じくリア充ではない。小学校からの付き合いである。部活は俺と同じテニス部だった。

 

「さてさて、今日から部活動体験な訳ですが。お前はどうすんの?テニス?」

「いやあ……どうすっかなあ、と思ってる。お前は?」

「俺も。んじゃあ、放課後一緒に廻ろうぜ」

「おう、良いぞー」

 

「おい」

 

机に伏せている俺と、永大で話が纏まった、その瞬間。

突然、俺の後頭部に思い衝撃が走る。低い声色、怒りが込められたその声に、俺と永大はびくうっと身を跳ね上げた。

 

「ボクを置いて学校に行って、この後の予定を呑気に友達と話すなんて、ちょっと無いんじゃないかな!」

「いやいや、俺とよりイケメン達と一緒の方が楽しいだろ絶対!カッコいいし面白い話もできんだろ?」

「リア充爆ぜてほしい……!」

「そういう事じゃないんだよ!ボクはね、あんな奴らより……!」

「止めろ!それ以上暁と雪柳さんの世界を作らないでくれ!」

 

永大が叫び、桜が口ごもる。

そのまま固まっていると、チャイムが鳴り響いた。

 

「……取り敢えず、放課後にはボクも一緒に部活見学するからな!良いな!」

「良いよー」

「暁が良いなら俺は歓迎するぜ!」

 

最後にそう言い残して、桜は自身の席へと戻っていく。

 

「部活、何にしようかなあ……」

 

ぽつりと呟いて、俺は先生の立つ教壇へと目を向けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と部活動体験

テスト期間中ですが。
というか明日テストですが。

投稿する。これがラギアクオリティです。


放課後。授業が終わり、ホームルームも終わり。今日からやっと、体験入部期間だ。

鐘が鳴り、俺と永大は立ち上がる。今日どこに行こうかと話していると、桜も此方へ歩いてきた。

 

「……行こうか」

「うっし、暁はどこいくつもりー?」

「俺は取り敢えず男子テニスかな」

「じゃあ、そこ行くか」

 

中学時代からやっていた部活だから、一度見ておきたい。入学時に貰ったパンフレットを見つつ、俺と永大、そして桜と見知らぬ女子は歩き始めた。

 

……

 

「「誰だお前ええええええええええええ!!??」」

 

俺と永大の声が重なる。桜の後ろでにへーっと笑っている栗色の髪をポニーテールに纏めた少女は、やっと気づいてくれたか! と言った風に口を開く。

 

「私は吉相凛だよ!よしあい りん、ね!凛でいいよ!いやあ、桜ちゃんとは出席番号近いからさあ、もう、何なのこの子可愛いいいいい!!ってなって直ぐに話しかけてね、友達になった訳ですよ!今日も桜ちゃんに許可は取っていますしお寿司、一緒に回りまっしょい!」

「……急に話しかけられて吃驚したけどね。悪い人じゃない。良い人でも無い」

「酷いよ桜ちゃあーんっ!」

「きゅ、急に抱き着かないで欲しいんだけど!」

 

永大は俺と同じくらい、170ちょっと。桜は155くらいでかなり小さいけど、凛と言う少女は160はあるだろう。女子の中でもかなり高身長じゃなかろうか。

さて、さっきから永大がガン見しているが、この少女、かなり大きい。

……どこがとはもちろん言わないが、桜よりも大きい。身長も高いから、その特権だろうか。女子の中でも必ず可愛い部類に入るであろう凛は、ハイテンションで桜へと抱き着いていた。

その分、大きいあれが押しつぶされてぐにゃんぐにゃんと形を変えている。出るところは出ていて、決して太ってはいない。寧ろスレンダーですらある。

 

「……暁。凛さんと一緒に回ろうじゃないか」

「予定変更だ。バレー部行こうぜ」

「良いだろう。お前とは美味い酒が飲めそうだ」

 

小さい声で呟きあい、俺と永大は桜と凛に声を掛け、歩き始めた。

 

 

しかし、なんというか。

美少女二人と歩いていると、大分視線を集める。桜だけでも一緒に歩いていると滅茶苦茶に視線が突き刺さるのだ。大きい凛は、更にその視線の数を+させている。

パンフレットを頼りに、真っすぐ体育館へと俺達は向かっている。凛は『良いよー!バレーいこー!』と言ってくれたのだけれど、桜はまるでゴミを見る様な目線で俺を見てきた。

 

直後に凛を見上げて、自分の体を見て、世界最高レベルの回し蹴りを俺に喰らわせて、拗ねて何も言わずに俺の後ろを歩いている。

ここでどこにも行かないのが本当に可愛いのだけれど、それを言えば恐らく正拳突きが待っているだろうから無言を決め込む。

隣には、体験入部や部活をしている女子を品定めしている(本気)永大。こいつの観察眼をもっと別の事に使えたらいいと、何度思っただろうか。

 

その後、数分ちょっと掛かって。

 

俺達は、体育館へと着いた。

 

 

☆★☆

 

バレーボール。

ネットを挟んで、六人の人たちがボールを地面に落とさない様に、三回で相手にボールを返す競技。

シンプルだが、細かい技の隅々にその奥深さがある。動作一つを取っても、それを極めるのは非常に難しい。

『東洋の魔女』とも呼ばれた日本バレーは、回転レシーブ(?)が一番凄いのではなかろうか。

 

まあ、ともかく。

 

俺と永大の前で凛と桜がジャンプしているのは、とても目の保養になるのは言うまでも無いだろう。

 

桜は何でも出来る。完璧超人という奴である。

可愛いし、可愛いし、可愛い。家事もお任せ、勉強スポーツなんのその。

 

スタイルはとても良く、155cm程度なのに胸は膨らみ他の部位はすらっと引き締まっている。

淡雪の様に白く、絹の様にきめ細かい肌。見るものすべてを惹き付ける桜は、今、

 

「……死ね変態」

「ふぐああっっ!!」

「永大ーー!!」

 

ネットを挟んで、俺と永大の顔面に神速のスパイクを叩き込んでいた。

どうやらさっきの凛への目線がバレたのか、般若の雰囲気を纏い彼女はスパイクを打ち込んでいる。

しかも俺と永大がどれだけ走り回ろうが顔面にクリーンヒットさせてくるので、逃げ場はない。

というか相手のセッター(凛)がノリノリで良いボールを上げるので、スパイクのキレがやばい。手で叩いた時の音も体育館中に響いている。

 

「桜落ち着いて!?もうやめて、俺達のライフはもう零よ!?」

「五月蠅い。君たちの腐った眼球を潰すまではスパイクを打ち続けるよ」

「「ひいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」」

「いやあ、桜ちゃんノリノリだねえっ!良いよ良いよ、男子気合見せろー!?」

「「気合以前の問題だよおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

長く綺麗な黒髪が宙を舞う。黄色と青のボールが高く高く上げられ、体育館から逃げようとしている俺と永大の顔面に、それは打ち込まれた。

 

 

☆★☆

 

顔面フルボッコされ、漸く機嫌が直った桜が行きたいと言ったのはテニス部。

ひりひりする頬をさすりつつ、俺と永大はテニスコートへ向かっていた。

 

「ここ、軟式と硬式あんだな」

 

永大が呟く。パンフレットを見ると、どうやら軟式は男女別で硬式は男女一緒らしい。

硬式はやった事無いし、ここは男子ソフトテニス部だろうか。

 

「じゃあ、軟式行くk

「硬式じゃなきゃダメ」

「why!?」

 

桜に発言を制される。体操服姿の桜は俺の裾を摘まんで、見上げる形で俺を睨んでいた。

その水色の瞳に見つめられ言葉を失うと、桜は顔を伏せて。

 

「……い、一緒に居れる時間が減っちゃうから」

「ああああああああああああああああああああああああああああああ可愛いなあもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ううう……!!」

 

思わず叫ぶ。桜が耳まで真っ赤にさせ呻き、永大と凛はほっこりしていた。

 

「凛さんや、あそこにイチャイチャワールドが展開しておりますぞ」

「永大さん、あそこのイチャイチャワールドには干渉したらダメよ」

 

「う、五月蠅い!ほら、硬式テニス行くぞ!」

 

俺からパンフレットを取ると、桜は早足でテニスコートへと向かい始める。

永大、凛と俺は直ぐに追いかけ、桜に追いついた。

 

 

 

そして。

 

 

 

 

「桜さんを掛けて僕と勝負しろ!!暁結城!!」

 

 

――――マジで、どうしてこうなった。

 

まて、落ち着いて整理しよう。

まず俺達はテニスコートに来て、硬式テニスに体験入部して、さあやろうかとしていたんだよな。

で、直後にいきなりイケメンの先輩から話しかけられて今に至る、と。

 

……マジで、どうしてこうなった。

 

というか借り物のラケット、初心者に先輩が勝負挑むってどうなのさ。

人の話は聞こうとしていないし。というかもう皆試合観戦ムードだし!おい先生仕事しろ。

コートに備え付けてある防球ネットの向こうにはいかにもな先輩の取り巻き女子が居るし。

 

それに、俺の後ろには桜の事が好きな男子達(同級生+先輩のハイブリッド)は居るし。

 

肝心の桜は珍しくおろおろして、その後先輩に向けて殺意の籠った視線を向けたまま永大と凛に連行されていった。あいつら後で覚えていやがれ。

 

………ここで、ラノベとかの主人公ならば相手の先輩をサクッと倒すのだろうが、俺は主人公ではない。

主人公補正も無い。特殊能力も無ければカッコよくも無い、どちらかと言えば先輩が主人公だ。

というか先生ノリノリですやん。試合始まりますやん。

 

見れば分かる。これイジメやん。

 

後ろから桜親衛隊の『暁ぶったおせ』コール。

先輩の後ろからは先輩親衛隊の『先輩頑張れ』コール。

半分涙目になりつつ、俺はラケットのグリップを握りしめた。

ここで俺が負けたら桜はどうなるんだろうか。というか三食作って貰ってるし家隣だしで関係は絶対切れないと思うんだけどなあ。

 

……それ言ったらキレられるんだろうなあ。

 

先生が大きい声を上げてコールする。初めての硬式テニスに緊張しつつ、俺は先輩の打ったファーストサーブを目で追いかける。

 

うん。速い、すっごく速い。ルックスが良くてスポーツ出来るとか、マジで爆発しろよ。

 

そんな事を思いながら、俺はそのサーブを高く高く上げて返す。

テニスの基本技術、ロブだ。

とても自慢にはならないが――――俺は高く上げるロブと、浅く落とすドロップが滅茶苦茶得意である。

 

「暁結城!……一点目は、僕の物だ!」

 

先輩が素早くボールの下に移動し、大きくラケットを振り被る。

所謂スマッシュ。桜親衛隊と先輩親衛隊が大きく湧き上がる中で、俺は多分物凄く速いスマッシュを躱そうとコートから逃げ出そうとして。

 

 

「……結城、負けたらこれからお弁当無しだから」

 

 

その桜の言葉を聞いて、急いでコートに戻った。

当事者という事で、審判をしている先生の傍に居る桜と凛と永大。桜の声で一層『暁ぶったおせ』コールが激しくなる。

 

『お弁当作って貰ってるとかふざけんなよ!』

『何だよあいつ、○貞の癖に!!』

『おい羅儀亜、それブーメラン!!』

 

どどどどど童○ちゃうし!?

 

心の中で叫びつつ、コートに戻った瞬間に先輩がスマッシュを放った。

ドパンッ!! と強い音を鳴らし、凄まじい速さでボールは俺のコートへと突き刺さる。

親衛隊が盛り上がるなかで、俺は桜の言葉を思い出して。

 

「明日はハンバーグでお願いしますうううううううううううううううううう!!!」

 

全力で叫んで、先輩のスマッシュをストロークで返した。

ストロークとは、基本中の基本の打ち方だ。それ故に癖がついてしまえば直すのは難しいし、人によって速さも威力も全然違う。

そして、スマッシュをストロークで、それも素早く返すのは難しい。ロブでならまあまあ出来る人は多いだろうが。

ビリビリと手が振動に震える。勝ち誇った顔をしていた先輩の真横を貫いて、俺のカウンターは相手のコートを鋭く駆け抜けた。

 

「「「「か、かえしたあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」」」

 

ギャラリーがどっと盛り上がる。先輩が呆然と立ち尽くす中で、俺は小さくガッツポーズ。

先生も、震える声でカウントを宣言する。凛と永大が盛り上がるなかで、桜は一言。

 

「明日はハンバーグだね、分かったよ。……でも、負けたら無しだからね?」

「桜食べたいってのは?」

「こ、こんな処でそんな事を言うんじゃない!!」

『死ね暁いいいいいいいいいい!!!!』

 

 

おっと、後ろから呪詛が聞こえますね。

 

「くっ!中々やるようだな暁結城!しかし、今のは偶然だろう!?ここからはストレートで決めてやる!」

「う、ういっす」

 

再び先輩のサーブ。しかしさっきのがメンタルに響いてきたのか、それはそれは緩いファーストだった。

俺は思う。カモだ、と。

 

跳ねた瞬間に、俺は下回転を掛けて優しく浅く落とす。殆ど跳ねずにツーバウンドした球を前に、先輩は微塵も動けなかった。

親衛隊が騒ぎ立てる。俺はぐっとガッツポーズを決めると、桜に向けてvサインを向けた。

桜も、頷いて返してくれる。殆ど無表情な彼女だが、めんどくさい時と、照れている時。

 

そして、嬉しい時は表情を変えてくれる。

 

そこから、先輩の玉は単調になった。

 

俺とて、三年間遊んでいたわけでは無い。軟式と硬式は確かに違うが、そのギャップが逆に先輩を追い詰めていく。3セットマッチ。1セット目は俺がストレートで取った。

 

そして、2セット目。俺がサーバーだ。

 

「……ここまでだ、暁結城。敗北の味を教えてやる」

「敗北?私はその言葉の意味を存じ上げません」

 

英国初女性首相の言葉を返し、俺はボールを高く高く上げる。

腰を捻り、膝を曲げて。観客がぐっと唾をのみ込む中で、俺は溜めていた力を一気に開放する。

 

ドパンッッ!!! 

 

……と。音が鳴り響いた。その瞬間にはもうサーブは先輩の横を貫き、後ろにある鉄製の防球ネットへと突き刺さっている。

ロブと、ドロップ。

 

そしてサーブ。これが俺の特技である。

 

さっきまで点を取るごとに騒がしかった親衛隊が、今や何も言わずに佇んでいる。俺と先輩はコートの右から左へ移動し、先生がコールをすると同時に。

 

再び、鋭いサービスが先輩の横を貫いた――――――。

 

 

☆★☆

 

夕暮れ。高校前の桜並木を俺と桜、永大と凛は歩いていた。

もう制服に着替え、桜は機嫌よさそうに俺の隣にくっついている。徐に、永大が口を開いた。

 

「……いやあ、それにしても凄かったな、テニス。結城、お前本当に入部しないでいいのかよ」

「もうあの先輩会うのヤダ。親衛隊にも合うのヤダ」

「し、親衛隊って……お前どんな名前付けてんだよ」

「いやー!でもでも、本当に結城カッコよかったよー!まさかストレートで完封しちゃうなんて!」

「それな!こいつ負けたらシャレになんねーなとか思ってたけど、勝ってくれて良かったぜい」

 

永大と凛が盛り上がる。桜並木を通り抜けて、T字路に差し掛かっても、二人はまだその話をしていた。

久々にテニス、しかも硬式をやったがあんなに上手く行くとは思っても居なかったというのが本音だ。

 

「んじゃあ、俺左だ。じゃあな!」

「私真っすぐ!じゃあね!また明日!」

「俺と桜こっちだ、じゃあなー!」

「またね」

 

手を振り合って、俺達は三つに分かれる。家が隣同士、ベランダで行き来出来る桜と俺は勿論同じ方向だ。

高校の前の道の他に、俺と桜の通学路にはもう一つ、桜並木がある。

茜色の夕焼けに、薄桃色の花弁が風に乗って舞い踊る。車も人も無い、静かな空間。

幻想的な雰囲気が、俺は好きだった。

 

「……岡取や凛じゃあ無いけど、結城は凄かったね。あれでも一応あのテニス部のエースらしいよ?」

「へえ、じゃあ俺はエース倒したのか。どうだ、カッコいいだろ」

「鏡を貸してあげようか?」

「要らないっす」

 

やけに重たく感じるリュックを背負い直し、俺は途切れた会話を気にせず再び桜並木の空を見上げる。

どこからか聞こえる鳥の声。黒い電線が張り巡らされている空の奥に、広がる大空。

風がさわさわと吹き抜ける。歩みを止めないまま、その坂を上っていく。

 

「………まあ、今日のキミがカッコよかったのは認めよう。不覚にも、ボクはキミがカッコよく見えてしまった。お弁当はハンバーグにするし、好物の甘い卵焼きも入れてあげよう」

「やりいっ!んでんで、桜を食べさせてくれたりは…!?」

「全く、キ、ミ、は~っ!!」

「いたいたいごめんなさい!」

 

ちらりと目線を送ると、桜が俺の耳を摘まんで下に引き延ばす。痛みから逃れようと、引っ張られる方向に顔が寄せられる。

目をぎゅっと瞑って堪える。しかし桜は一向に話してくれず、俺の顔が桜の顔と同じくらいになった処で、更に強く引っ張られた。

 

すると、耳元に吐息が触れる。背筋を何かが駆け巡り、俺が声を上げるよりも早く。

 

 

「……今日はキミも疲れてるだろう?ボクは逃げないから、安心していてくれ」

 

 

暖かい息を耳に触れさせ、長い黒髪から良い匂いをふわりと浮かばせ。

至近距離で、やけに艶めかしく小さな声で桜は呟いた。

 

「ッッッ!!??」

 

耳から手が放される。俺が驚き何も出来ないでいると、桜はそっと微笑み。

 

 

「だから、これがご褒美」

 

 

――――――そう言って、俺の頬へと桜色の唇を押し当てた。

柔らかな感触に、頬が押される。一瞬の接触。眼を瞑っていた桜は口を離して、目を開けて。

 

「続きは、また今度だ」

 

蒼い眼を細めて、唇をちろりと舌で舐めた。

 

くるりと振り向いて、桜は歩き始める。

桜並木に、ピンク色の吹雪が舞い踊り、その中を桜は歩いていく。

 

その光景に目を取られて。

脳の処理が、追いつかなくて。

 

そのまま俺はその場で、三十秒間くらい固まっていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と実行委員

火曜日。

今日も今日とて学校である。帰りたい。

勉強無理っす。マジで。

 

だから、俺は学活が好きだ。

何故かって?机に突っ伏して落書きとかしててもサボれるからさ。

……まあ、何時もならみんな俺みたいなんですよ。ええ。

 

だけど。今日は。

 

「「「じゃんけんっっっ!!!!!!ぽおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいっっ!!」」」

 

意味が分からないだろ?

俺もジャンケンしてるんだぜ。

 

 

☆★☆

 

そう、それは先生の放った言葉が原因だった。

 

「あー、今日は来週に行く入学記念合宿の実行委員と班を決めるぞー」

 

入学記念合宿。

その名の通り入学を記念して、一年生全体で合宿に行くのだ。

そこでは勿論全員の親睦を深めるためのレクリエーションが多数用意されており、数々の宿泊行事が多いのもこの学校の魅力だ。

 

さて。そこまでは良い。

 

本来、こういう物の実行委員はあまりやりたがる人はいないだろう。

理由は簡単、めんどくさいからだ。放課後の時間も潰されるし、仕事は増える。

しかし、今回は違った。

とある巨大な爆弾が落とされたのだ。

 

「先生、ボク実行委員やります」

 

澄み切った、綺麗な芯の通った声が教室に響いた。

教室の真ん中当たり。すっと伸びた手は、天井を向いている。全員の視線を集めているその少女の名前、

 

「おお、じゃあ女子実行委員は雪柳だ。宜しくな」

 

雪柳桜は、そこまで聞いて手を下した。

腰まで届く長く流麗な黒髪に、大空の様に蒼い瞳。端正な顔立ちに、低い身長ながらも整ったスタイル。決して断崖絶壁ではなく、しっかりと制服の上からでも分かる膨らみがある。

 

桜は、何を隠そうこの俺――――暁結城の幼馴染だ。

 

俺は黒髪黒目、平均平凡な男子高校一年生である。

ベランダ伝いに行き来出来る関係。それだけと言えばそれだけだ。付き合ってもいないし、一方的な片思いである。泣きそう。

物心付いた時から俺は桜が好きだったのは覚えている。

が、それがどうしたと言う事だ。永遠の片思い、叶わないのはとうに分かりきっている。

 

「さて、んじゃあ男子の実行委員を決めるぞー」

『はあああああああああああああああああああああああああいいいいっっっっ!!!!!』

 

だが。

 

ここで桜と実行委員になるのを諦める訳じゃ無いんだよ!!

 

恐らく、教室の中に居る全男子が手を挙げただろう。

その光景に女子たちがびくっと肩を跳ね上げるが、それを気にしている場合ではない。最早これは戦争。

 

「お、おお……すげえ気合い入ってんなお前ら。じゃ、じゃあジャンケンだ。行くぞ、まずは俺とだー。最初はぐー、じゃんけんパー!」

 

『くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』

『よっしゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!』

 

勝った!勝ったぞ!!

一戦目は勝利。悲鳴と断末魔を上げる男子が崩れ落ちる中で、俺と数名は生き残る。

俺たちの担任の先生は、ジャンケンが強い事でも有名な理科の教師だ。

勝てたことは無かった。が、ここで勝てたと言うのは運命というものなのだろう。俺は渾身のガッツポーズを決めながら、二回目のジャンケンに挑む。

 

そして、何回も何回もジャンケンが続いた。断末魔と悲鳴が鳴り響き、隣の教室の先生が怒りに来たり。

 

最後の最後。残ったのはこの俺、暁結城とこのクラス1のイケメンである。

女子人気も高く、勉強スポーツ出来る。桜にも積極的に話しかけたりお昼ご飯に誘ったりしているリア充。

俺達の敵だ。

 

周りの女子から、イケメンを応援する声が上がる。俺のメンタルがゴリゴリと削れる中で、唯一の癒しを求めて俺はちらりと桜を見て。

 

「……」

 

俺の視線に気づいた桜は、淡い笑みを浮かべて、口パクで「がんばれ」と言ってくれた。

その瞬間、俺のステータスが全てカンストする。イケメンへの歓声も何もかもが消えていく中で、俺は極限の集中状態に陥っていた。

 

「じゃあ暁さん、行くよ。最初はグー、じゃんけん」

 

「「ぽい!」」

 

イケメンは、男のパー。

対して俺の出した手は――――――!!

 

 

 

☆★☆

 

 

二つの桜並木を通り抜けて、俺は家に一人で(、、、)帰宅した。

誰もいない家に入って、自室に行って、バッグを放り投げてベッドにダイブする。

そんな俺の顔は、絶望を具現化したような顔だった。

生気のない目に、ぴくりとも動かない表情。制服も着替えず、ただただ横たわっているのみ。

 

……最後のジャンケン。

 

負けたよ!!!くっそおおイケメンの野郎マジで許さねえ!!!

 

そんなこんなで今桜は学校で実行委員会です。帰り道を一人で歩いたのは結構久しぶり。寂しかったですよ!

ふっは、主人公補正欲しいいいいいいいいいいい!!!

 

ごろんごろんとベッドの上で三十回転くらいした俺は、荒く息を吐きながら悶え続ける。

桜と二人っきりで夕方の学校に残ったりしたかった。

それでちょっとしたきっかけで手が触れ合ったりして「あっ・・・///」とかなるんだよ!

ふひゃあ萌える!!最高だよね!……それを今イケメンが味わってる可能性があるんだよ。

 

好きな人が自分よりもステータス高い人と一緒に居る時の絶望感凄まじい。本当に。

ソースは俺(現在進行中)。

 

「……あー、今日は桜も来ないよなあ。ファミレスでも行きますかね」

 

いつもは桜が作ってくれるのだけれども、今日は実行委員会で遅くなるだろうし来ないだろう。

大体そう、俺は桜に甘えすぎていたのだ。少しは自立しよう。

 

それでイケメンくらいステータスを高くするんだ!(無謀)

 

俺は制服からパーカーとジーンズに着替えると、財布の中身と携帯の充電を確認してから家を出た。

空は藍色に染まっている。太陽はもう沈み、街灯の明かりが暗い桜並木を照らしている。

その中を、俺は一人で歩いて行った。

 

 

☆★☆

 

ファミレス。ファミリーレストランの略称であり、その名の通り大人から子供まで楽しめるレストランだ。

豊富なメニュー。和洋折衷の料理を取り扱っている上に安く、それでいてある程度の美味しさ。友人同士でも家族でも気軽に行ける、今やどこにでもあるお店の系列である。

サイドメニューとドリンクバーの種類の多さも魅力だろう。何より、食べたいものが一つはあるというのがこのファミレスじゃないだろうか。

 

……とまあ、俺もその一席でメニューを開いているわけだが。

やはり王道を往くハンバーグか。それとも鉄火丼か。ラーメンも良い。ポテトフライとドリンクバーは外せない。

うし、ここはやはりミックスグリルか。量もあるし、ハンバーグ以外のおかずも食べれる。

 

 

注文完了。

俺が今座っているのは四人席である。この家から徒歩十分程度のファミレスはあまり繁盛しているとは言いにくいし、カウンター席がない。

ので、必然的に一人でも四人席に案内されるのだ。少し気まずいが。

ドリンクバーでメロンソーダをとってきて、椅子に座る。数分後、丁度来たミックスグリル。

ナイフとフォークを持って、大盛のご飯とポテトフライに思わず頬が綻ぶ。

桜の料理も美味しいのだけれど、時折こういう脂っぽいものも食べたいのだ。ということで、

 

「いただきまー

「桜さん、どうぞ」

「ん、ありがとう」

「!?」

 

いただきます、と言おうとした瞬間に後ろでイケヴォと聞きなれた声が聞こえる。

慌ててパーカーのフードを被り、ちらりと後ろを覗く。

 

流麗な長い黒髪。低めの身長なのに整っているスタイル。淡雪の様に白い肌。

顔は見えないが、間違いない。桜だ。

そして一緒にいるのはイケメンだろうか。心臓がばっくばっくと鳴り始める。メロンソーダを一口啜ると、俺はポテトフライを齧りながら耳を澄ませた。

 

「……さて、ボクはそろそろ帰って夕ご飯の準備をしたいのだけれども。どうして学校帰りに此処へ寄ったんだい?」

「実行委員の仕事を、もう少し進めておきたいなって思ってさ。迷惑だった?」

「ああ。料理といっても、二人分は作らなくてはならないからね」

 

うぐっ。ありがとう桜。

 

「はは……まあ、メールでもしておけば?」

「んー、わかった。ちょっと待ってくれ」

 

俺はそこまで聞くと、慌ててスマホをマナーモードにすべくポケットから取り出す。

が、落とした。机の上で一回はねた瞬間に、メールの着信音とバイブレーションの振動が響く。

(やばいやばいやばい!! ここに居るのバレたら夕ご飯関係で桜に殺される!!)

慌ててスマホを取って、マナーモードに。ばれないように、俺はメロンソーダを一気に飲んで立ち上がる。

勿論フードは目深に被っている。へっへっへ、ばれることはないぜ。

 

帰ってきて、再びポテトをもぐもぐしながら桜達の会話に耳を傾ける。もぐもぐ。

 

「じゃあ、ここはこれで良いかな?桜さんと僕が同じ班で」

「却下かな。ボクは一人だと料理も禄に出来ない暁結城、後は……岡取と凛の四人班に入ろう」

「あっ……そ、そうだね。それがバランスいいね」

「どこが飛びぬけててもダメだしね。君とボクが一緒になった時点で不満が飛び出るだろうさ」

 

(主に俺からな!!というか桜と同じ班だやったぜもぐもぐ)

 

「他に何か話す事は……無いかな?じゃあ、明日はレクリエーションについてだね」

「そうだね。じゃあ、ボクはこの紅茶が飲み終えたら外に出るから。じゃあね」

「えっと、送っていこうか?」

「いい。大丈夫だ」

「そ、そうか……。じゃあね、桜さん」

「ん、また」

 

意外に早く終わったな、と思いつつ俺は冷め始めたミックスグリルのハンバーグを一切れ頬張る。桜はまだ後ろに居るから、さっさと食べて行かなければ。

紅茶もすぐには飲み終わらないだろうし……おお、このチキン美味い。

 

「……ふう、あ、店員さん片づけてくれませんか?………ありがとうございます」

 

え!?速くない、紅茶飲み終わるの!!

 

いや、違う。まだ俺がここに居るとバレタわけじゃない。フードも被っているし、さっきから黙々とご飯を食べていただけである。

流石の桜でも、気づきはしなかっただろう。

そう思って、俺はイケメンと桜の間に何もなかった事を安心してソーセージを口に入れて、

 

「さて、ボクは何を食べようかな。結城はミックスグリルか。……うん、ハンバーグも良いね」

「ぶっふぉ!!」

 

目の前に現れた桜に驚いて、ソーセージが喉にぐっと詰まった、

何とかコーラで流し込む。ちゃっかり俺の目の前の席に座り、制服姿のままメニューを広げている桜。どうやら親には連絡を入れたのか、スマホがテーブルの上に置かれていた。

 

「お、おまっ、何で俺だとわかった!?」

「え?ああ、寧ろ何で気づいていないと思ったんだい。かれこれ15年間の付き合いじゃないか」

「生まれた病院も一緒だし、0歳からよく遊んでたらしいしな。じゃ、無いよ!俺フードもかぶってたのに!」

「灰色のパーカーにジーンズ、如何にも君らしい格好だ。それにさっきメールを送った時の着信音。あれで確信したよ。それに君はまずメロンソーダ、コーラの流れだしね」

「お前、そこまで俺の事見てるの?」

「……い、いや?別に、見慣れてるからわかっただけだよ。別にいつも見てるとかじゃないからそこを勘違いするなよしたら明日の弁当はトマトだけにしてやる」

「そっか……決まったか?」

「うん。このグラタンにするよ。あとはドリンクバーかな」

「ここで食べていくのな」

「うん。何時もは作ってるけど、どうやらもう食べちゃっているらしいしね?どうせならボクも食べちゃおうと思ってね」

「うぐっ」

 

ニヤニヤとしながら呟く桜は呼び鈴のボタンを押して店員さんを呼び、注文を終える。

気まずさにハンバーグをもぐもぐと食べていると、カルピスソーダを取ってきた桜はストローをコップに入れて美味しそうに一口飲んだ。

 

「いや、あのさ。今日はあのイケメンと一緒に仕事してて遅くなるだろうし、そんでご飯を二人分作るのは大変だろうなと思ってファミレス来たんですよ」

「そこら辺は分かってるよ。連絡の一つでも入れるべきだったしね。何も怒ったりしてないよ?」

「それなら良かったよ……うん」

「それよりもボクはね、キミがあのイケメン君にジャンケンで負けたのが許せないよ」

「運ゲーだぞ!?」

「あの後、寄ってきてお似合いだねー!とか言ってくる女子が本当にめんどくさかったんだよ。凛だけは違ったけどね」

 

そんな事を話しているうちに、グラタンが運ばれてきた。俺の冷めたミックスグリルとは違い、まだ湯気が立ち上り熱そうなグラタンにスプーンを入れると、桜は何度かふーふーと冷ましてから、

 

「はい、あげる」

「ありがとーってはいいい!?」

「む。要らないのか」

「要るか要らないかで言ったら超欲しい。じゃなくて、桜はそれでいいの?」

「それって?」

「かかかか、間接キ………スとかです」

「そ、それを気にするほど子供じゃないし。ほら食え。ボクがふーふーして上げたんだぞ食うんだ口に入れろ咀嚼して嚥下しろさもなければ朝二度と起こさないぞ」

「いただきます!」

 

テーブルの上に身を乗り出してスプーンを差し出してくる桜。スプーンの先を口に突っ込み、グラタンを食べる。

熱いグラタンは濃厚なクリームソースがかかっていて、美味しい。ふーふーで熱さも柔らいで、食べやすかった。

 

「うん、美味い!」

「ボクの料理となら?」

「桜の料理」

「即答か。……ふふ、悪い気はしないよ」

 

そう呟いて、俯いてグラタンを口に運ぶ桜。

そういえば、さっきのって恋人同士がよくやる『あーん』だよなあと思いつつ、朝起こしてくれたりお弁当作ってくれたり三食作ってくれたりと桜との日常を思い出し。

ハンバーグを食べ終えた俺は、それとなしに呟いた。

 

「……俺たちって、あれだよな。夫婦みたい」

「っっ!?」

 

その何気ない一言に、桜がびっくう!!と体を跳ね上げた。髪の間から少し見える耳は真っ赤だ。

グラタンが熱かったのだろうか。そのまま残りのコーラを飲んでいると、桜が上目遣いのまま声を絞り出した。

 

「きゅ、急に何を言うんだいキミは。その……卑怯じゃにゃっ・・・ないかな」

「何が卑怯なんだよ……というか噛んだな。可愛い」

「っっ!!……うう、もう!今日の結城は攻めてくるな……!!」

 

がつがつとグラタンを凄まじい速度で食べ始める桜。途中でコーラをもう一回注いで来たりした俺達が家に帰ったのは、それから約一時間後だった。

 

☆★☆

 

「……そういえば、ボクとイケメン君が一緒に居て心配になるような事はあったのかい?」

「ねえよ!?別に安心してねえよ!!??」

「実は、学校で彼にファーストキスを奪われたんだ」

 

握っていたシャーペンが、真っ二つに折れました。

宿題を俺の部屋で、桜と二人でやっていた時の突然のカミングアウト。ミックスグリルが腹の中で暴れまわっているであります。

 

「ほ、本当に……?マジで?嘘だろ、イケメンてめええええええええええ!!!!」

「冗談だよ、ごめんって!」

 

折れたクルトガの恨みを晴らすべく立ち上がったところで、慌てた様子の桜に止められる。

因みに桜はもう宿題を終えている。速い。

 

「いやそのね。心配されないってのも寂しいから、ちょっとカマかけたんだけど……」

「心配してたよこんちくしょうが!心臓に悪いからやめてください!」

 

クルトガから、使えるシャーペンの芯を取り出して俺は元の場所に座る。

しかし、俺を引き留めていた桜はまだ元の場所に戻らない。どうしたのかと思い、俺がくるりと振り向くその直前に。

 

ふわり、と。

 

甘く良い匂いが鼻孔をくすぐり、俺の頬に黒く長い髪が触れる。肩にこつん、と何かが乗っけられて、背中には何か柔らかい物が押し付けられた。

 

――――――桜が、俺を覆いかぶさるようにしている。肩に乗っているのは、顔――――!?

 

耳元を、吐息がくすぐる。現状を理解して、俺が固まった時に。

桜が、すうと息を吸い込んだ。

 

「その、心配ならばボクがファーストキスを奪われる可能性を無くせば良いじゃないか。その、結城がボクの初めての人になってくれれば、何も問題はないだろう?」

 

何を言われているんだろうか。

これって端的に言えばキスしませんか?って事だよな。俺の日本語力大丈夫だよな。

鼓動が、やばい。人生で最高潮に動いている。

 

ゆっくりと、恐る恐る振り返る。すっと身を引いた桜。後ろには、顔を真っ赤にしてだぼっとした服の袖で口元を隠している桜。

その蒼い瞳は潤んでおり、頬は上気している。一段と鼓動が強くなり、椅子に座ったままの俺の膝の上に、桜は乗っかってきた。

重くはない。心地よい感触に、俺の頬も熱くなる。

 

段々。段々と。

 

桜の顔が、近づいてくる。袖を口元から離して、俺との距離が、そろそろ零になる。

 

ピンクの唇に目が吸い寄せられる。柔らかく、しっとりしていそうなそれは俺の目の前に来て。

そのまま、

 

 

――――――俺は全力で膝の上の桜を床に下して、逃走を開始した。

 

「――――えっ!?ちょ、ちょっと結城!?」

 

ごめん。桜。

 

……彼女居ない歴=年齢の俺に、キス何て早過ぎたんだああああああああああああ!!!!

 

 

心の中で絶叫しつつ、靴を履いて、春の夜の街に俺は飛び出した。

 

次の日、お弁当が俺の苦手なトマト一色になったのは違うお話である。ぐすん。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と告白予行演習

 遂にやってきました入学記念合宿!!

 俺たち一年生はもうバスに大きい荷物を積み込み、弁当やお菓子、水筒や筆記用具のみを入れた小さい鞄を手に持ち、よくある出発前の朝会的なのに参加中である。

 ここで重要なのは、校長先生のお話が長いということ。

 勿論誰一人として聞いている人はいない。……筈。長くてつまらない話は時に熱中症の患者を大量に生み出す兵器としても使われることがある。

 うわあ、恐ろしい。

 

 さて、平均平凡な黒髪黒目の高校一年生――――――暁結城(あかつきゆうき)こと俺は、身長が微妙なため背の順の真ん中よりちょっと後ろ位に体育座りをしている。永大は俺よりも背が高いのでもっと後ろだ。べ、勉強は一応俺のほうが出来るし。身長程度で悔しくなんかねえし!

 天気は快晴。雲一つない青空はどこまでも澄み渡っていて、俺たちの間を爽やかな風が吹き抜けていく。しおりを適当に捲ったりして、俺は時間を潰しつつ日程を確認する。

 今は朝の八時。二時間半くらいだから、十時半、遅くて十一時に宿泊施設へ到着。点呼や職員さんへの挨拶を済ませたら、宿泊施設の広場でお昼ご飯。その後は荷物を部屋に置いて、適当に自由時間。施設内にはどうやら一般のお客さんも使用できるように卓球台や簡単なゲームセンター、図書室もあるらしい。しおりにも上限の決められたお金を持ってきていいと書いてある。

 五時くらいになったら、外に出て自炊の準備。焼きそば、カレーを作りつつ親睦を深めるとかなんとか。

 その後はお風呂とかで就寝。平和な一日である。

 ……因みに、俺の班員は神だ。神ってる。最強。

 まず俺。そしてその次に岡取永大、更には吉相凛。ここまで仲の良い人たちが続いて、最後に来るのはもう何となく予想できているであろう。

 雪柳桜、だ。

 長い黒髪に青い瞳、端正に整いまるで人形の様にも見える美しい顔に、調律の取れたスタイル。纏う雰囲気は最早神々しさすら感じさせ、見たもの全てを比喩抜きで引き付けるレベルの美少女だ。そして彼女は、何を隠そうベランダで行き来できる近さの幼馴染である。

 きっとこのクラスで桜と一番付き合いが長いのは俺で、あいつの事が好きなのも俺である。

 まあ、そんな美少女と幼馴染&同じ班というのはそれだけで他の男子の視線が痛い。それを笑い飛ばせるほど俺はメンタルが強くないので、いつも震えています。ぐすん。 

 さて、そんなこんなで校長先生のお話も終わり、ぞろぞろと俺たちはバスへ。班ごとに決まった席へ向かう。

 俺は真ん中らへんの席に行くと、ひょこっと横から長い黒髪が視界に入った。

「結城、窓際を貰ってもいいかな?」

「勿論。ほら、今日は天気もいいし景色も綺麗だと思うぞ」

「そうだね。……よっと。ありがとうね」

「気にすんな」

 窓際の席に座って、シートベルトを締めた桜。ドスブスグサアッ!と様々な方面から怨念の籠った視線の槍が俺を貫くが、究極の癒しである桜が隣に居るため俺には効かない。

 後ろには永大と凛が座っている。仲の良い人で固まった俺たちは、先生の合図と同時に出発した。

 

☆★☆

 

 走り始めて、三十分くらい。高速道路に乗った当たりで、前のほうに座っていたイケメン野郎がマイクを取って立ち上がる。ざわざわっと女子が盛り上がり(桜以外)、桜とイケメンがお似合なのに……なんだあいつと言った目で俺を睨み付ける。後ろでにゃははーと凛がその状況を笑い飛ばし、永大がニヤニヤしている。肝心の桜といえばそれを気にする風もなく、ただ静かにしていた。

「……はい!皆、突然ですが――――バスレクです!レクリエーション満載の合宿、皆で楽しみましょう!」

 イケメンが爽やかスマイルでそう告げると、バス内の全員が大きく盛り上がった。

 どこからか小道具を取り出したイケメンは大きく周りを見回し、マイクに向けて喋り始める。投げかけられる問題に永大が元気よく反応する中で、俺は桜に尋ねる。

「お前は何かしないのか?」

「めんどくさいし、バス内では折角班で座れるんだ。この班になる様に頑張ったんだから、バスレクは彼に任せているんだよ」

「さ、桜……職権乱用を堂々と言うって」

「嬉しくないの?」

「嬉しくないわけないだろ」

 即答すると、どこか機嫌を良くしたように桜は微笑を浮かべる。基本的に無表情、怒っているときと照れている時、嬉しいときはしっかりと表情を変える。付き合いが長いと、その微細な変化も見抜けるように成ってくるのだ。

「……ま、ボクもキミと隣に成れて嬉しいんだよ。だから仕事はしたくない」

「よし、それなら俺と付k」

「何分、からかって遊べるしね」

「おう……」

 悪戯っぽく口角を釣り上げ、足を組みなおす桜。快晴に負けず劣らずの蒼く綺麗な瞳に見つめられ、俺は言葉を短く漏らすことしかできなかった。

 前の方ではレクリエーションが賑わっている。イケメンの言葉に一々女子が反応し(桜と凛を除く)、男子がギロリとイケメンを睨み付ける。バスの外の、飛ぶように流れていく景色を桜は無言で眺めている。それを見つめていると、時折此方を向いて微笑むのが本当に可愛い。

「はい、じゃあ次はクジを引いて、その席だった人にお題をこなしてもらいます!」

 イケメンが、早速次のレクに取り掛かった。

 あいつ忙しそうだな。……あいつの名前、なんだっけ……?

 

「一回目は―――――桜さんと、暁君ですね!」

「はい?」

 

 急に名前を呼ばれて、俺は戸惑う。

 隣を見れば、桜は視線を前へと向けていた。周囲の視線がイケメンに向けていたのよりも鋭くなるのは気のせいだと信じつつ、イケメンがお題のクジを引くのを黙って見ていると。

「えっと……お題は、[告白予行演習]です!男から女へでもオッケー、女から男でもオッケーです」

「はいはーい!質問っす!」

「どうぞ、岡取さん!」

 

「両方っていうのはー!?」

「「「「「良いぞ良いぞーーー!!!」」」」」

「お前ら無駄な結束高めてんじゃねえよ!!永大も止めろアホ!!」

「嫌だね!暁は皆の前で恥かいて爆発しろ!」

「「「「「そうだそうだー!」」」」」

「お前らああああああああああああああ!!!!!」

 

 永大の一言に団結するバス内。女子も男子も入り混じって永大を支持する中で、イケメンが何とそれを許容する。俺たちの担任である理科の教師はバスに乗るやいなや寝てしまい、バスガイドさんと学年主任の女教師はにこにこと微笑んでいる。

「では、どうぞー!」

 そして、イケメンが声を張り上げた。

 途端に静まり返るバス内。高速を走る音だけが中で小さく響き、何よりも大きく鼓動が聞こえる。男子生徒の羨望と嫉妬が混ざった目を向けられつつ、俺はもぞもぞと席の中で隣を向いた。

 するとどうだろうか。何かを期待しているかのように、桜は蒼い目を真っすぐに俺へと向けていた。心なしか頬は赤くなっており、長く綺麗な黒髪はまるで今手櫛で梳いたかのように整っている。唯一助けてくれそうだった桜への希望はもうすっかりと消えており、俺はぐっと唇を噛みしめた。

 どうしてこうなったんだ。

 イケメンの野郎、許すまじ。つーか永大許さねえ。先生もにこにこしてないでください。「若いって良いわねー」じゃないですよ!

 

 ぐぬぬ、と唸っていても周囲から声は上がらない。急かすような事もなく、じーっと俺たちを集中してみているのみ。桜も俺を見つめるだけで、全く動かない。

 空気が重い。

 しかし、ここで言わなければ解放されないのだ。この重苦しい空気から逃げ出すために、俺は今”ヘタレ”の称号を脱ぎ捨てる。新しい暁結城へと、昇華するのだ!それで永大をぶんなぐる。ここテストに出るぞ、大体永大を殴るって書いておけば満点だ。

 無駄な思考を切り捨てつつ、俺は息を長く吐いた。

 そして、息を短くすう。瞼をぎゅっと閉じる。クラスメイトがごくりと唾を飲み込み、俺たちを注視している中で、

 

 俺は、口を開いた。

 

「じゅ、十二年前から好きでした……!俺と付き合ってください!!」

 

 意外にも、すんなり言えた。

 男子が「おおっ」と呟き、女子が何故か口元を抑えている。

 本心だからだろうか。心の奥からすっと出た言葉に赤面することもなく、だが桜を見るのは怖くて目を瞑ったまま、俺はただひたすらに待つ。

 あくまでこれは『告白予行演習』だ。

 しかし、返事が怖いのは同じ。膝の上で拳を強く握りしめ、胸の中が捩じ切れそうな心境で耐え続ける。

 

「……あ、え、あ」

 

 そして、聞こえたのは震えた声だった。

 掠れていて、小さい。不安になった俺はゆっくりと瞼を開けていく。それに連れて拳を握りしめる力はどんどん強くなり、やがて開ききった俺の目に映ったのは―――――

 

「そ、そんなドストレートど真ん中直球の剛速球でくるとはお、思わなくて……。ごめん、ちょっと待ってくれないかな……?」

 

 耳まで赤くなって、少し俯いて、必死に顔を隠している桜だった。

 長い黒髪が、窓から入ってくる太陽の光を受けて煌めく。絞り出すように震える、澄み切った清水の様な声は小さい。でも、バスの中には響いた様だった。その証拠に、男子全員が顔を赤くしている。勿論それは俺も例外ではなく、恥ずかしさに押しつぶされそうなのは変わらなかった。

 高速を走るバスの、小刻みに揺れる音だけが静まり返った俺たちの間に響く。

 女子でさえも何も言えず、凛や永大でさえも何も言わない。そんな静かな雰囲気を破ったのは、俯いたまま俺を見上げ、潤んだ蒼い瞳の桜だった。

 

「ボ、ボクもずっと前から好きでした……!よろしくお願いします………!!」

 

 潤んだ瞳で、上目遣いのまま桜は顔を真っ赤にしてそう呟いた。

 その異常な破壊力に、俺を含めた男子が全員フリーズする。バスの中に持ち込んだ手荷物で急いで顔を隠した桜は、窓の方へと顔を背けて小さくなった。

 

「こ、これさ―――――『告白予行演習(、、、、)だよな………?」

 

それは一体、誰が呟いたのか。

 

結局、バス内のそんな静かにときめいている雰囲気は、宿泊施設に付くまでそのままだった―――――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と一日目

どうも、皆さん。ラギアです。

突然ですが、すみません。アンケートを取りたいのです。

聞きたいことは、

文字数を減らして更新頻度を上げるか。

このままのペース、文字数で投稿するか。

この二つの、どっちが良いかを聞きたいのです。
活動報告の方で、アンケートを取りたいと思います。できれば皆さん、是非お願いします!

後は、シュチュエーションも何かあったらどうぞ。
シュチュエーションの要望が来たら、なるべく答えたいと思います。

それでは、アンケートをどうかよろしくお願い致します。

六話目、どうぞ。


 部屋に荷物を置き、俺たちは長い自由時間に入った。

 永大と俺―――――平均平凡、黒髪黒目の暁結城は他の班の男子二人と同じ部屋である。そいつらはまあまあ良い奴で、部屋に入ると俺に握手を求めてきた。さっきの告白良かったぞ、と言ってくれたし。

 ……というか、あれ告白予行演習何ですけどね。なんかもう、皆照れてましたしね。

 さて、これで俺達は特にやる事も無く暇になったのだ。宿泊施設のゲームセンターに一日目から入り浸るのも少し気が引けるので、夕方のお風呂の時間までどうするか、と俺はベッドの上でごろんと横になって考える。今桜は実行委員の会議をしているし、永大はもう同室の奴らと三人でどこかへ行った。誘われたが、気が乗らず断ったのだ。

 かといって、お昼ちょっと過ぎから約五時間時間を潰すとなるとそれはそれで選択肢が大分狭められる。

 どうしよう。寝ようかな。

 アニメは無いが、幸いラノベなら何冊か持ってきている。適当に暇を潰せるだろうと思い持ってきた。

 というか桜が居ないと俺行動範囲狭すぎない?トイレとベッドの上で生活できそう。……そういえば、ここってテニスコートがあるんだよな。後で行ってみるか。

 一人ぼっちの部屋は、やけに広く感じる。窓の外から差し込む太陽の光が明るく室内を照らし、どこかで鳴いている鳥の声が時折聞こえてくる。それと同じように聞こえるのは外で遊んでいる同学年の奴らの声。欠伸を噛み殺すと、俺は小さく呟いた。

 

「平和だなあ……」

「平和だね。天気もいいし温かいし、眠くなってくるよ」

「わっふう!?」

 

 その誰も居ないはずの部屋で呟いた言葉に返事が返ってきて、俺は肩を跳ね上げる。

 しかしその声は聞き覚えのありすぎる声。振り向けば、入り口の所には幼馴染が立っていた。

 腰まで届くかという長い黒髪ロングストレートに、快晴の空のように蒼く澄み切った大きい瞳。端正に整っている、人とは思えない美しさを持っている美少女――――――雪柳桜は、何を隠そうベランダで行き来できる距離の幼馴染だ。今年で15年目。因みに俺たちは高校一年生なので、実質生まれてからずっと一緒ということである。

 少し頬を赤くして、恥ずかしそうに此方を見る桜。実行委員の仕事が終わったばかりなのか、その手には冊子が握られている。

 本を閉じて桜の方に向くと、彼女は小さく口を開いた。

「……その、今からお風呂まで結構時間があるし、どこか遊びに行かないかい?ボクは直ぐに準備が出来るから、キミさえ良ければどこかへ行きたいなって……」

「おう、良いぞ。桜とならどこでも行ってやる」

「どこでも、か。……ふへへ、じゃあ、ちょっと待ってて!」

「うい。焦らなくていいからなー」

 ぱたぱたと、微笑みながら駆けていく桜。ラノベに栞を挟んでバッグにしまい、代わりに携帯と財布を取り出してポケットに突っ込む。

 バスの中での事もあってまだ少し気恥ずかしいが、それでも桜とは付き合いも長いから何とか自然に接することができる。

 まあ、平均平凡野郎と成績優秀容姿端麗の俺たちでは釣り合うことは無いだろうけど。ぐすん。

 

☆★☆

 

 取りあえず、体を動かしたいと桜が言ったので、俺たちは宿泊施設に備え付けてある校庭的なところに出てきていた。

 青空は遠くまで広がっており、空気は爽やかで気持ち良い。緑の付き始めた木々の間を縫うように進む桜の長い黒髪を揺らす風は、暖かかった。ここに備え付けてあるのはテニス、サッカー、バスケのコート等。小さな公園や丘、ベンチなどもありかなり充実している。

 笑顔の桜と二人っきりでそこへ行くと、案の定そこには沢山の同級生が居た。

 中にはイケメンも見える。それの取り巻きも。

「……あれ、永大とか居ないな」

「そうだね。きっと彼らはゲームでもしてるんだと思うよ」

 一通り見まわしても、俺の友人の姿は見えない。じゃあ何をしようか、と桜に話しかけようとした所で、やはりというか、俺に対する言葉がどこからか叫ばれた。

「おい!そこの暁古城!」

「それどっかの第四真祖だろアホ!!暁結城だわ!」

「う、うっせえ!というかお前、よりにもよって雪柳桜さんと二人っきりで歩いているだとお……!?てめえ、自分のステータス理解してんのか!?」

「してるわ!平均平凡、顔面偏差値平均値だよ!」

 ―――――突然話しかけてきた、というか叫んできたのはイケメンの周りに良く居る男の一人。周囲の人間がスススっと引く中で、しかし彼はこの大衆の面前でも気にせず俺に喧嘩を売る。

 名前は、………。えっと、こいつの名前は………?

 あれ、なんだっけ。

「もっと低いわ!このナメクジ野郎!」

「泣くぞ!」

 サッカーコートでイケメンと遊んでいたであろうそいつは俺へと段々近寄ってくる。黒髪に黒目は日本人だから当たり前だが、何よりも……眼鏡にバンダナである。

 俗に言う、”これぞオタク”みたいな恰好をしているのだ。

 意味の分からないイチャモンをつけてくる時点で性格に難ありとは分かるんだけど、あまりこいつには近づいてきてほしくない。

 他クラスの人間だから知らないてのも一つ。

 後は、

「……ボクは最近昇竜拳覚えたんだよね。見る?」

 俺の隣から凄まじい殺気が溢れ出ているからである。

 理由は不明だが、昔から桜は俺が馬鹿にされる度に怒る。それはもう大の大人すらビビらせる剣幕で、俺としては俺を馬鹿にしてきた奴よりも桜の方が怖いレベル。

「ナメクジ、さっさと雪柳桜さんから離れろ!その人の隣にはイケメンさんとかが相応しいんだよ!」

 こいつ。

 さっきから黙っていたら、好き勝手言ってくれたな。

 

 ……俺のメンタルがボッコボコだよ畜生。

 

「や、やめろよ藻部……」

「イケメンさん、あんなナメクジ野郎が調子乗ってるのが悪いんすよ」

 あいつ藻部って言うのか。さすがモブ臭凄まじい奴だ。

 だがしかし。そろそろ桜さんの機嫌がマッハで悪くなるので、それ以上藻部には近づかないで欲しい……というか周囲の人間は絶対楽しんでるだろこの状況。イケメンも本気で止めないし。

 大体、ナメクジにも良いところはあるのだ。

 例えば。

 

 ……く、駆除しやすいし!!

 

 うわあ超小物!!俺めっさ小物じゃん!!

「お前なんてあれだよあれ!モブだろ絶対!!」

「俺は藻部だけど?お前何言ってんだ?」

「脇役っつってんだよ!どうせお前は作者のネタとして使われるんだろ!」

「て、てめえ!俺の気にしていることを……!!」

 喚き返すと、藻部は俺の方へ歩む速度を速めた。

 それと同時に、一歩前に出る桜。あ、と声が俺の口から漏れて、そして慌てて桜を止める。

 彼女を何とか自身の後ろに回すと、俺は藻部へと一言。

「そろそろ止めた方が良いと思うよ?」

「戯言言ってねえで、さっさと失せr―――――」

 あ。やっちゃったな。

 藻部の言葉の途中で、小さい拳が彼の腹を穿ち言葉を中断させる。真上に数十センチ吹き飛び、地面に崩れ落ちた藻部に向けて―――――――昇竜拳を打ち終えた桜は告げる。

「ボクはイケメンよりも、結城が好きだから。覚えておけ!」

 

 やけに大きく響くその声。

 桜の一言に、周囲の人間は呆気にとられて、次に呆然と口を開く。イケメンと俺と藻部も固まって、そして奇しくも俺たち三人は恐る恐る口を開く。

「「「今……なんて?」」」

「ボクはイケメンよりも結城が好きだって言ったんだ―――――よ―――――ッッ!?」

 最後の方で途切れる言葉。自分自身でリピートして、そして桜は気づいたらしい。

 自身が告白紛いの事をした事に。そして、バス内でのやりとりを思い出したであろう一年二組、全員赤面状態である。周囲の人間は女子男子混じって呆然としている。そして頬を赤らめている。イケメンでさえも口元を腕で隠すレベル。

 俺?hahaha、フリーズですが何か。

 ぼんっ。 と音を立てそうなほどに一瞬で耳まで真っ赤になった桜は、ゆっくりと振り返り俺を見つめる。

 赤い頬に、映える蒼い瞳。長く流麗な黒髪が柔らかな風に揺らされ、そして桜は右手を握りしめた。

 

「わ、忘れろおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「理不尽だあああふごああっっ!!!」

 

 昇竜拳が俺の鳩尾に突き刺さり、体が浮かんで吹き飛ばされる。

 背中から地面に落ちて、頭を強く打つ。揺らいだ思考の中、最後に見えたのは桜の慌てた表情だった。

 

☆★☆

 

「ぐう……ふらっふらする……」

 言葉通り、全身がふらふらしている俺は部屋へと壁に手を付きながら戻っていた。

 桜に吹き飛ばされて気を失った俺は、あの後保健室へ。夕方、お風呂の時刻直前に目の覚めた俺は今こうして宿泊施設内を歩いているのだ。

 桜とイケメンは今女子と男子に分かれてお風呂の注意事項を話しているらしい。集合時刻に間に合っていないが、これはお風呂の道具を取りに行くため。注意事項等は後で個別に教えて貰う手筈となっている。

 一日目は、この後お風呂入ってご飯食べて少し自由時間あって就寝。

 主なイベントは二日目である。確か、登山するとかなんとか。

 キャンプファイアーもあり、これは結構楽しみな行事だ。

 この予定で一杯になっている栞で、桜たちが実行委員でどれだけ頑張ったかが分かる。ぺらぺらと捲りながらお風呂用の小さなバッグを取り出した俺は、まだ重たい体を引きずりつつ部屋を出た。

 宿泊施設はかなり大きい。普通のホテルとしても営業しているらしく、一般のお客さんもちらほらと見える。学校の行事で来るには豪華すぎるくらいの施設で、それだけでテンションがあがるのは俺だけだろうか。できれば桜と二人で来たかった。

 まあ、夜も直ぐに寝ちゃうと思うんですけどね!

 主に俺が原因で!ははは、ヘタレの童○に何をしろと!?

 

 壁に手を付きつつ、来た道を戻る。途中で見回りの先生に捕まり体調を聞かれた後別れて、俺はふらふらとうろ覚えの脳内の地図を頼りに広大な施設内を辿っていく。

 ……そして、それが間違いだったのだ。

 滅茶苦茶な方向に行き、迷った俺が風呂場に辿り着いたのは入浴終了時間の十分前。

 暖簾の前で待っていてくれた桜は、俺を見つけると小走りで駆け寄ってきた。

「結城……その、昼間はごめん」

「大丈夫大丈夫。気にしないで。というか、桜お風呂入っちゃえば良かったのに」

「さすがにそれは、ね。これも実行委員の仕事だから」

「そっか。じゃ、早く入っちゃおうぜ」

「え?もう無理だよ?」

「………なんで?」

「だって、もう入浴時間終了してるよ?」

 

 慌てて俺は腕時計を確認する。

 しかし、そこに表示されているのは確かにまだ入浴時間内。それを桜に見せると、呆れた様に桜は自身の腕時計を俺に見せた。

「……ずれてる!?」

「盛大にね。もう皆部屋に帰っちゃったよ」

 悪いことをしてしまった。

 男子の俺は別に風呂に入らなくても何とかなるけど、桜はデリケートな女子だからそうもいかないだろう。お風呂道具は持っているものの俺を待っていたせいで入れていない桜は、だけど、と続けた。

「ねえ。結城は誰かと一緒にお風呂入っても大丈夫な人?」

「まあ気にはしないけど。どうしたの?」

 桜はポケットから一つ、鍵を取り出した。

 そこに書かれているのは、入浴場の文字で。桜は少し躊躇った後に、話し始める。

「ボクの日頃の行いが良かったのか、特別に入浴場の鍵を貸してもらえたんだよ。キミを待っていてお風呂に入れなかったからね?……ボク達の担任の先生に、結城も入れてないんですってことを話したら、許可も貰えたんだ。だから、今からお風呂に入れるよ?」

「……短く、端的に、一言で」

 今聞いた言葉の内容を脳で確認しつつ、俺は尋ねる。

 そして。

 

「―――――ボクと二人っきりで、一緒に、お風呂に入らないかい?」

 

 それはどうやら、聞き間違いではなかったらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と混浴お風呂

アンケートの結果は、このままで行きたいと思います!

……はい、文字数そのままで連日投稿です。
体力、精神力がごっそり抉られました。

では、どうぞ!


 ――――――混浴。

 それは男性と女性が同じ風呂に、同じ時に入る事を指す。その文化は日本だけと思われがちだが、ドイツを始めとして、北欧、東欧諸国でも見られる文化だ。最近は水着着用のスパやカップル、家族用の物も存在している。裸での入浴が始まったのは江戸時代以降という説があり、それまで温泉というものは天然の野湯であった。その為、男性用女性用と言う概念は無く、混浴は自然発生した文化とも言える。

 明治時代には一回混浴が禁止されたが、現在は子供なら女湯にも入れるのは皆知っていると思う。家族やカップル用のも用意されている今の時代から分かるとおりに、混浴というものはしっかりと根付いている一つの文化なのだ。

 

 ……さて、長々と語ってしまったが、俺―――――平均平凡、黒髪黒目の暁結城は今現在大ピンチである。それは俺が原因なのだけれど、それにしても冷汗が止まらない。

 俺の前で頬を赤らめ顔を逸らし、右手に鍵を持っているのは雪柳桜。

 黒髪ロングストレートに整った顔とスタイル、千人いたら千人が美少女と認めるような少女は、何を隠そう俺の幼馴染で、そして俺の好きな人である。

 ベランダ越しに行き来できる距離、そして一方的な片思い。

 俺は今、そんな相手と混浴するチャンス(ピンチ)に陥ってるのだ。

 良く思うのは、ラノベとかで主人公がラッキーハプニングのチャンスに突っ込まないとき、そしてヒロインの誘いを無自覚に断るのを見て「ふざけるな!もっと頑張れよ!」と思う。

 ごめんなさい。俺が間違っていました。

 いざこういう場面に立つと、人は何をしていいのか分からなくなる。理性は半分くらい崩壊しているし、桜も無言で立ち尽くすのみ。

「あ、え、えーと……俺、今日はお風呂良いよ。桜が一人で入ってくれ」

 ならばどうするか。そう、逃げるのだ。

 それが一番手っ取り早い選択肢。言うが早く、俺はお風呂道具を抱えて後ろに振り返り、その場から逃走を謀ろうとするが。

 がしっ、と服を掴まれて、動くに動けなくなってしまう。

 ここには俺と桜しか居ないので、俺を引き留めたのは桜と言うことになる。恐る恐る振り向くと、桜が蒼い目を少しばかり潤ませて、赤く蒸気した頬で俺を上目遣いに見上げていた。その時点で破壊力はとんでもないのだが、桜は追い打ちを放つ。

「……い、一緒に入ろうと言っているんだよ。キミは人の好意を無下に扱うのかい?それにここには結城だけじゃなくて沢山人がいる。お風呂に入っていない不潔な人間なんて犯罪だようんそうなんだよだからボクと一緒にお風呂入れよ入るんだよ入ってよねえ結城背中も流してあげるからさ」

「落ち着け!よく噛まずに言えたな!」

「むう」

「あのう。……俺ってそんなに不潔?臭い?」

 桜がまくしたてた言葉から聞き取れた部分だけ聞き返すと、桜はお風呂道具で持ってきていたバスタオルに顔を埋め、そして呟いた。

「臭くなんかないよ。……い、良い匂いだよ……」

 最後の方は聞こえなかったが、どうやら臭いは大丈夫らしい。

 桜はまだ俺の服を離してくれない。タオルに顔を埋めたまま、それでも綺麗に整えられた前髪の隙間から此方を見上げる桜は、一言、端的に呟いた。

 

「……だめ?」

「良いに決まってんだろ」

 

 結局。

 俺は桜に流されるがまま、桜と混浴する事になったのだ。

 

☆★☆

 

 カポーン。

 

 桜にそっぽを向いてもらい、手早く服を脱いだ俺は先に湯船に向かっていた。

 手に持っているのは細長いタオル。それを持ちながら、足の先でお湯の温度を計って、俺は恐る恐る足を入れた。銭湯とかにやけに熱いお湯があるが、あれに浸かれる人って凄いと思う。

 俺は無理だ。足も入っていられない。

 温度が適温なのを確認して、俺はゆっくりと湯船に入った。広い風呂の中は何人も入る事が出来るだろう。そこを占拠しているのは良い気分である。頭にタオルを乗っけて、俺はすすす~と湯船の中を入り口から一番遠い所まで泳いだ。

 そして、入り口を極力見ないようにして胡坐を掻く。タオルを湯船の縁に置き、俺は目を瞑った。

 ……冷静になるんだ。俺。

 良いか、俺は賢者だ。

 例え好きな女の子と混浴する事になっても、俺は冷静で居られる。何故なら俺は賢者。

 煩悩を捨てて、人間を卒業しt

 

「………は、入るよ………?」

(ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)

 

 浴室に、小さく響いた桜の声。心の中で思いっきり叫ぶと、俺はさっきまでの思考とか全部忘れてただただ体を硬直させた。

 ちゃぷん、とお湯が揺れる音がする。その音に反応して、俺は更に強く瞼を閉じた。

 煩悩退散。煩悩退散。

 除夜の鐘を頭の中で轟かせ、拳を握りしめて桜の方を向かないようにしつつ、俺は深く呼吸を繰り返す。

 熱いお湯が、何時もよりも敏感に感じ取れる。肌をじんわりと熱くしていくお湯の中で、俺は呼吸をし続けて、

 ――――――――――むぎゅっ。

 と、急に背中に触れた柔らかく温かい感触に背筋を強張らせた。

 むにゅむにゅと、それは形を変えている。呼吸が詰まり、鼓動は速くなり、体は硬直して動かない。そんな状態で頭の中が真っ白になっていると、横から出てきた白く綺麗な腕が俺の前で組まれた。耳元に吐息が触れる。濡れて湿った黒髪が背中と右腕に触れている。

 ………抱き付かれている。桜に。後ろから。

 ドッドッドッドッ、と心臓の音が体内に、耳にやけに大きく響く。

 温かく柔らかい感触が、理性を蝕んでいく。動けない俺の耳元で、桜は小さく呟いた。

「一緒にお風呂に入るのは、……8年ぶりかな?」

「なななな7歳の頃に一緒に入らなくなったからそれくらいじゃないかな!?」

 思わず声が裏返る。

 しっとりと濡れていて、小さく吐息と共に耳元で囁かれる声は何時もよりも艶めかしく、理性を逆撫でる。背中で形を変えている柔らかい何かの感触を敏感に感じ取る背中は、最早火照り切っていた。

 心なしか、桜が俺を抱きしめる力が強くなる。

 耳元の吐息は大きくなり、背中でも何かが押しつぶされる。

 目を全力で瞑りながら、俺は必死でそれを耐え続けた。それはたったの数秒なのか、数分なのか。少なくとも俺にとっては何時間も経った様な感覚の中で、のぼせかけている頭を何とか動かし続けていた。時折、何かを言いかけるように桜が大きく息を吸い込む度に体を強張らせる。

「……ボクと一緒にお風呂に入るのは、嫌だった?迷惑だった?」

「いや、迷惑じゃないし嫌じゃないよ。……えっと、嬉しいよ。うん」

 申し訳なさそうに、桜の声のトーンが落ちる。

 慌てて本心を告げると、桜は一瞬俺を強く抱きしめて、そしてすっと離れていった。

 少し落ち着く。それでも鼓動は収まらず、強く大きく脈を打ち続ける。顔がお風呂の温度だけではない物で熱くなっているのを感じていると、桜は次に、再び小さく呟いた。

「じゃあ………こっちを見てほしい、な。ちょっと、寂しいよ……」

「っっ!」

 浴室に、はっきりと響いた小さな呟き。

 その声は本当に寂しそうで、心臓が締め付けられるような感覚に俺は陥る。それでも鼓動は強くなって、拳を握る力は強くなった。

「……良いの?」

「だめだったら、こんな事言ってないよ」

 一応、許可を取る。

 息を長く吐いて、呼吸を整えて、

 

 俺は、ゆっくりと振り返った。

 

 湯煙に遮られて、それでも桜は直ぐそこに居た。

 水滴が滴る、湿った長い黒髪は肌に張り付いている。きめ細やかな白い肌を隠すものは何一つなくて、小柄な体格に目立つ大きな二つの双丘は柔らかそうに、呼吸と同時に上下し揺れる。

 赤らんだ頬に、俺をじっと上目遣いで見つめる蒼い瞳。

 湯船の中でぼやけている臍、引き締まっている腰に、女性らしく丸みを帯びた臀部。すらっと長い足。

 体を隠さずに、ただ俺を見つめている桜に、俺は呼吸すらも忘れて見入ってしまう。何処か不安げに俺を見つめる桜はまるで子犬の様だった。

 鎖骨はうっすらと浮かんでおり、アバラは見えない。

 それでもスレンダーで、目の前にいる桜はまるで絵画の様で、とても人だとは思えなかった。

 ドクン、ドクンとさっきよりも強く強く心臓が脈を刻む。

 何かを言わなきゃ、とどこかで俺が叫んだ。その意思に従って、緊張で声が上ずりそうになりながらも、それでも俺は口を開いて、桜と目を合わせた。

「……凄く、綺麗だよ」

 言い終えた後に、俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。

 それでも、桜から視線を外さない。一瞬、俺の言葉に呆気に取られたように口を開いていた桜は一拍の間の後に、その頬を綻ばせた。

「―――――そっか。うん。良かった」

 目を細めて、柔らかく幸せそうに桜は微笑んだ。

 イラついた時、悲しい時、そして嬉しい時に、桜は表情を変える。それ以外は基本的に無表情な桜が笑うのは、珍しいと言っても過言ではない。

 だからこそ、この雪柳桜の幸せそうな笑みを見て、俺は心の底から思う。

 俺は、本当に桜が好きなんだ、と。

 意気地なしで、自分に自信が持てなくて。運動も勉強も平均平凡だから、言い出せないけど。でも、このずっと一緒に居た幼馴染の事が大好きなんだと、改めて実感する。

 叶うか、叶わないかで言ったらこの初恋は片思いで終わると思う。目の前の幼馴染は、高嶺の花という言葉を具現化したような存在なのだ。

 ―――――――そして。それでも、幸せだった。

 桜が笑ってくれて、その傍に俺が居る事が出来る。

 たったそれだけのちっぽけな事実が、俺にとっては生きる意味になるくらいに重要で大きな事実。何時までも傍に居たい、その最期の時まで、一緒に傍に居たい。

 心臓が締め付けられて、それでも温かい何かが胸の中を満たす。そんな良く分からない状況。

 

 良く分からない。でも、俺は幸せだった。

 

 きっとこの一瞬は、どんなに長い時間にも変える事が出来ない物だ。

 そう確信して、俺は桜を見つめ続けた。

 

 ……やがて、桜が笑みを浮かべたまま口を開いた。声のトーンは何時もよりも元気に、高かった。

「さあ、体を洗おうか。……背中を流してあげるよ」

「せ、背中を流す!?いやそれはちょっとあれだよ、早過ぎるって。それはもっと大人のお店で―――」

「か、体で洗う訳無いだろ!!ちゃんとタオルを使うよ!」

「その手があったか……!」

「寧ろどうして最初に思い浮かばなかったのさ!この変態!」

 桜に罵倒されつつ、俺はタオルで体を隠しながらシャワーの前の椅子に座る。怒ったように桜が歩いてきて、俺の横からシャワーを手に持って頭にお湯を掛ける。その後シャンプーを手に取り、わしゃわしゃと桜は俺の頭を洗ってくれた。

「かゆい所はございませんかー?」

「大丈夫っす」

「はーい、流すから目は開けといてくださいね」

「死ぬって!それシャンプーが目に入ってアァアァアァアァア!!!!」

 目にシャンプーが入って、思わず叫びつつ悶える。

 桜はそれを気にも留めずにタオルにボディソープを付けると、ごしゅごしゅと俺の背中をこすり始める。心なしか乱暴なそれに歯を食いしばり、俺は耐え続けた。

 

☆★☆

 

 お風呂から上がって、部屋に戻って、夕ご飯の時間だ。

 俺を問い詰めてきた永大とかを何とか躱すと、俺たちは指定された席へと向かった。部屋は男女別だが、それ以外は基本的に班で行動するのが決まり。俺は凛と桜がいる席へ永大と一緒に行き、夜ご飯の乗ったお盆をそこに置いた。

 机に頬杖をついて、少し頬を膨らませている桜の正面に俺は座る。皆と同時にいただきますと唱和すると、俺は早速ハンバーグを頬張った。

 肉汁が口の中で溢れ出す。その幸せな感触を味わいつつ、俺たちは明日の予定を皆で確認する。

「明日は朝起きて、飯の後にバス乗って登山だな。山頂で昼飯食って、帰ってきてキャンプファイアーと班別バーベキュー、か。……なあ桜さん、キャンプファイアーの時のお楽しみって何?」

「さあ、何だろうね。機密事項だよ」

「……機嫌悪いのかにゃー?どうしたの、結城に裸でも見られた?」

「「っっ!!??」」

 永大の質問にぶっきらぼうに答えた桜に、笑いつつ揶揄う凛。

 しかしその内容が内容だけに、俺と桜は同時に言葉を詰まらせる。その様子に驚いた永大と凛は目を見開き、顔を赤くしている俺たちを見回して、

「……取りあえず暁結城は死刑だな」

「はあ!?お前、何言って……つーか止めろ!なんでクラスメイト全員が立ち上がってんだよ!?」

「聞こえたぞ暁結城!」

「てっめ、羨ま……けしからん!」

「そうだそうだ!桜さんの裸見たなんて!」

「おい!暁結城を外に運び出せーー!!」

『うおーーーー!!!』

「お前らまた変なところで一致団結してんじゃねえよ!ってちょっと待って、助けて桜ああああ!!」

 一年二組の男子全員に担がれ、夜ご飯もそこそこに俺は外へ連れていかれる。

 桜は顔を赤くしたままクラス中の女子に囲まれていて―――――――

 

 その日、とある男子生徒の悲鳴が宿泊施設に響いたのは、言うまでもないだろう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と山登り

 合宿、二日目。

 今日は朝から登山だ。朝食後、弁当を貰ってバスで山まで行き、班に分かれて山を登る。目的の一つには勿論登頂、そして簡単なレポートを書くのだ。内容は植物や山の気候など、登る山に関係のあるものならばどんな物でも良いらしい。

 リュックを背負って、水筒と貰った弁当、筆記用具などを中に入れ。

 幾つもある登山道をくじ引きで決まった場所と順番で登頂する。因みに俺たちの班は一番難しいルートの、真ん中当たりでのスタートだ。

 桜と永大、凛に続いて俺もバスを降りる。同じクラスの他の奴らもぞろぞろと降り、先生のお話し。

 それが終わって、遂に一組目が山へと入っていく。永大と雑談をしつつ時間を潰していると、結構直ぐに俺たちの班の出発時間が来た。先生に出発することを告げ、ぞろぞろと山道へ入る。鬱蒼と生い茂る緑の中に、散りかけの花があるのは春の終わりを俺たちに知らせてくれる。澄んだ空気を胸一杯に吸い込みつつ、スニーカーの裏ででこぼこの山道をしっかりと踏みしめて行く。

 この山はそんなに高くは無い。とはいえ、二時間は掛かる。

 ハイテンションな永大は体力のペースも考えずにガンガン飛ばしていき、悪乗りした凛はそれを追いかけていった。

 後に残された俺と桜は、お互いに無言で歩き続ける。

 というのも、体力が少なめな俺はぜーはーぜーはーしており、到底話せない。

 そしてそれを理解しているから、桜も話しかけはしない。時折ちらりと此方を見るものの、直ぐに前を向く。

 水筒に入っている冷たいお茶をこまめに飲みつつ、ごつごつしている岩を全力で乗り越える。滅茶苦茶グロッキーになっている俺は、永大と凛が遠くに行くのを呆然と見つめていた。

「……足が速いのと体力があるのは……別だぜえ……」

「急に何を言ってるんだか。遂にぶっ壊れたかな?」

「ふっへっへ、ぐらんぐらんしてやがるぜ」

「相当な重症だね。精神科に行くことをお勧めするよ」

 俺のちょっと先を行く桜は顔色一つ変えずにそう呟く。こいつなら全力疾走でこのくらいの山なら登れるんじゃないか……?

 平坦な道ならまだ何とかなる。

 しかし山は坂道で、ごつごつしている!この所為で体力がごりゅごりゅっと削られるのだ。

 絶対山岳部とかには入らない。そう決意したのは小学生の頃だったか。

 

 

 二時間後。

 丁度太陽が真上に出て来た辺りで、俺と桜は頂上へ着いた。

 班ごとに山頂での記念写真を撮って、皆揃ってからの昼食になる。山頂からの景色は圧巻で、青空と壮大に広がる緑、吹き抜ける暖かくて爽やかな風が心地いい。体力が回復するまで岩に座って景色を眺め続けた俺は、やることも無いのでリュックからしおりを取り出し、読み始めた。

 こう見ると、結構自由時間が多い。今日もお昼を食べてから下山し、予定は三時ごろ。そこからバスに乗って宿泊施設へ帰り、およそ二時間の自由時間があった後に班別バーベキューだ。

 その後もキャンプファイアーとかあるものの、その内容は未だに知らされていない。

 チェックしてる間にも、どんどん登頂者は増えていく。桜はイケメンと係の仕事をこなし、その後ろには藻部が居た。今日は青いバンダナだ。

 岩の上に座っていると、色んな人が見える。

 そしてだからこそ、どこか皆の輪に入り切れていないような不思議な孤独感を感じる。それは嫌いではなかったが、好きでもない感覚。

 遠くで騒いでいる永大や、桜に話しかけている藻部を見ていると段々眠くなってきてしまう。

 今日は天気も良いし、温かい。何よりもこの皆の話声で安心できるのが一番大きい気がするのは気のせいか。

 うつらうつらとしていると、どうやら全部の班が登頂しきったらしい。先生がそれを告げて号令すると、そこからはお昼ご飯の時間。永大と凛もどこからか帰ってきて、桜も纏わりつく男子どもを一掃してここまで来た。迷惑そうに息をついて、宿泊施設の人に作って貰ったお弁当を桜は開くと、お握りを手に取ってかぶりついた。

「いやあ、良い天気ですなあ!ご飯も美味しいぜ」

「そうだねー。晴れてよかったね」

 永大が大げさに言うと、凛もニコニコと同意する。

 黙々と食べ続ける俺と桜に比べて、奴らは元気である。羨ましい。

 年寄みたいなことを言っているが、俺は一応高校一年生だ。食べ盛りに育ち盛り、人生で一番青春に憧れている時期でもある。ソースは俺。

「山で食べるってのも良いもんだよなあ」

「今度お弁当を作って二人でピクニックしても良いかもね」

「桜と二人でか。良いな、今度二人で行こうか」

「うん。約束だからね」

 簡単な約束を交わすと、桜は少し微笑んでから機嫌よさそうにたくあんを齧った。俺も周りの男子の刺す様な視線をなるべく気にしないで、串に刺さっている焼き鳥を口に入れる。

 お握りと言うのは不思議で、何にでもあってしまう。喉が渇きやすいのが欠点だろうか。

 そんな事を考えつつ、俺は水筒に手を伸ばして、それが空であることに気付く。やはり上って居る時に飲み過ぎてしまったか、失敗したと思っていると。

「……はい、これ」

 突然、俺の右隣から水筒が差し出された。

 ピンクの可愛らしい、小さな水筒の持ち主は桜である。180°向こうを向いて、水筒を持った手だけを俺に突き出している。

「ありがとー……!」

 胸の奥につっかえてる物の隙間から声を絞り出し、俺は水筒の中身を飲み込む。

 何とか飲み込み、つっかえていた物を流す事が出来た。水筒の蓋を閉めて、まだそっぽを向いている桜に手渡すと、俺は食べ終えた弁当の蓋を絞めた。

「ごちそうさまでした」

 きちんと手を合わせて告げると、目の前で凛と永大がニヤニヤしつつ此方を見ていた。

「どうした?」

「いやいや、別に何も無いぜ?」

 聞くと、わざとらしく永大は肩をすくめる。

 そしてその後を、凛が大声で引き継いだ。

「まさかこんな処で間接キス(、、、、)するなんてね!何とも無いよね!!」

「んなっ!?」

「……っ!」

 言葉を詰まらせると、桜も肩を跳ね上げた。

 永大と凛はまだニヤニヤとしており、二人は桜へと言葉を放つ。

「結構大胆だったね。いやはや、あんなに桜さんに勢いがあるとはな!」

「そうだねー!にゃふふ、初めてのキスのお味は!?」

「は、初めてじゃないし……ッッ!!」

「嘘だろ桜!?お前どこで誰とキスしやがった!?」

「キミとだよ小さい頃にしただろ馬鹿野郎!!」

「「ひゅーひゅー!」」

「うっそ覚えてねえんだけど!!」

「んなっ……!ばーかばーか!山頂から落ちて死ね!」 

 正直に言うと、桜は涙目になりつつ俺に向けて叫んだ。その瞬間に色んな方面から殺気が溢れ出したが、俺はそれを全力で無視して唇を手の甲で拭う。

 そうか、俺ってファーストキスを済ませてたのか……!

 知らなかった!やべえ、しかも覚えてないんだけど!何一つ!

 落ち着け、そして思い出せ。そう、あれは(多分)夏の日(だった様な気がする)だ……。

 あの日、俺はかくれんぼをしていたんだ。家の中で。外に出たくないから、ベランダ越しに居る桜を呼んで、家の中で二人っきりで。桜はその頃から天才で、鬼になれば絶対俺を捕まえ、隠れる側になれば捕まることは殆どない。

 その日も俺が負け続けていて、そして桜が唐突に言ったんだ……。

『負けたら勝ったほうの言うことを何でも一つ聞くって言うルールを追加しよう』

『良いだろう……。この世界の終焉を告げる者(ワールドブレイカー)が相手してやろう!!』

 俺は早くも厨二病を開花させていた。

 黒歴史である。因みに開花するのが早かったからか、今はもう二つ名は名乗っていない。精々ラノベとアニメにはまったくらいだ。

 ……んで、その勝負で俺は瞬殺されたんだよな。

 あの時の桜は強かった。本当に鬼みたいだったのを覚えている。

 それから、そのままの流れで……桜は、えっと……。

『言うことを聞いてもらうよ』

『ふっ……。我が負けるとはな。良かろう、なんでもいうがいい!』←俺です。

 

『ボクとキスしろ』

『ふぁっ?』

 

 ……………………。

 

「キスしてって頼んできたの桜じゃんっっ!!」

「ああああ!なんで言うのさこの低能!!」

「「桜ちゃん大胆ー☆」」

「「「「「「「「「暁結城死ねよマジでええええええ!!!!!」」」」」」」」」

「何で俺だけなんだよおおおおおおおお!!!!」

 

 最早恒例となりつつある叫び声に、恒例となりつつある叫びを返す。

 その後追いかけてきた藻部を桜が昇竜拳でぶちのめすや否や、俺たちはさっさと下山して行った。

 

☆★☆

 

 帰って、その後の行事は班別バーベキューである。食材は準備されるものの、調理は全て自分たちで行う。交友を深めるやらなんやら言っていたけど、肉を焼くだけである。ぶっちゃけ。

「エバラ黄金のタレは無い……だと……!?」

「嘘だろ……!!そんな、暁、俺たちはいったいどうすれば良いんだ!肉にかけるのなんてそれくらいしか思い浮かばねえよ!」

「落ち着け永大!まだ希望はあるだろう。そう、塩だっ!!」

「塩……!?」

「ああ。しかし奴は肉の味を楽しむためのもの。この明らかに特売でした的なお肉には合わない……。だが、背に腹は代えられない!!俺たちに残されてるのはそう!ソルトのみ!」

「うおおおお!!ソルト!塩!」

「行くぞ永大!塩を求めて調味料現場まで行くんだ!!」

「ソルトおおおお!!」

 下ごしらえを一瞬で済ました桜と、その手伝いで意外に高い料理スキルを見せつけた凛。

 やはり凛は女子力が高い。大きいし。大きいし!それにポニテが良い。

 ……まあ、ガン見してたら突然デスソースが桜の方面から飛んできたんだけどね!!

 男子どもはその間何してたかというと、ずっとエバラ黄金のタレを探していました。見つかりませんでした。なのでお肉を焼いて、それを皿に載せて、叫んでいました。今ここ!

 とまあ、塩を持ってきた俺と永大は凛と桜にそれを渡しつつ、二人で女子たちに向けて90°の礼をする。

「ど、どうしたの?」

 流石の凛も戸惑ったように尋ねてくる中で、もきゅもきゅとピーマン(苦い)を食べながら桜は呟いた。

「……どうせ、タレを作ってくださいとかでしょ?」

「「イエス!!」」

「うん、そこまで潔いとは思わなかったね。……作っておいたから、好きなだけ食え。その代わりに肉を焼け」

「「あざーっす!!」」

 ピーマン(苦い)をどんどん食べつつ、桜は鍋を指さす。そこには黒い、魅力的な匂いのするタレがあった。俺と永大はそれを紙皿に入れて、肉を漬けて食べる。テンションが一気に上がる。美味い。桜の料理スキルは素晴らしいという事が全身で感じられる。

 男子は肉のタレだけでテンションがMAXになれるのだ。美味しい物は美味しいしね!

「野菜も食え」

「ちょっ!?何で俺だけ!!永大は!?」

「彼は別に良い。不健康でも関係ないし……」

「桜さん酷いっす!!野菜食うし!!」

「それに、結城には健康で居てもらわなきゃ。ボクより先に死ぬのは許さないからね」

「お、おう。……やめて!ピーマン(苦い)はやめてくれ!!」

「人参もトマトもピーマン(苦い)もナスもゴーヤもダメって味覚がお子様すぎるよ!!」

「グリーンピースもズッキーニもだし!!なめんな!」

「加速させるな!!増やすな!ほら、食え!食わなければ直々に口に突っ込んでやる!」

「や、やめ――――ふごもっ!に、苦ふがもっっ」

 拒否をしていると、自身の箸でピーマンを掴んだ桜が俺を取り押さえ口に無理やり突っ込んでくる。

 せめて俺の箸を使ってほしかった。桜は結構抜けているところがあるのだ。

 勿論それに気づいた永大と凛はニヤニヤしている。相変わらずこいつらは仲がいい。

「さ、桜!間接キスですよ!」

「っ!――――知らないね!!良いから食べろぉ~!!」

「食べるから!!食べるから離して!!」

 結局、それはバーベキューの時間が終わるまで続いたのだった。

 

 さて、俺の体力がゼロを通り越してマイナスにぶち込んだところで、遂にキャンプファイアーのお時間だ。

 二日目の夜、これが終われば俺たちは家に戻り、土日を挟んで再び学校生活が始まる。それを喜ぶ人も、嘆く人もいるだろう。

 しかしそれは忘れて、目の前の事を楽しむのが俺のポリシーである。

 決して現実逃避ではない。断じて。

 バーベキューの匂いがまだ少しする中で、桜がイケメンと共に前へ出る。マイクを手に持った桜は、しおりを片手に俺たちへと話し始めた。

「えー、では今からキャンプファイアーを始めます。入学記念合宿の二日目を締めくくる行事です。みなさん、大いに楽しんで下さい。それでは――――着火をお願いします!」

 桜の綺麗な声が響くと同時に、俺たちの前にあった大きなキャンプファイアーが紅蓮の炎を揺らめかせる。瞬く間に大きくなった炎は暖かく、そして日が沈みかけている藍色の空に映えている。

 その幻想的な光景を背景にして、数秒無言のままその光景を楽しんでいた桜は再び話し始めた。

「キャンプファイアーが、無事に付きましたね。それでは今からメインの行事である、」

 桜は言葉をそこで切り、そして俺と視線を合わせて微笑んだ。

 その動作で、ぶわっと男子どもが盛り上がる。俺も例外ではない。

 微笑みを絶やさず、マイクへと口を近づけて、桜はキャンプファイアーをバックに最後まで言い切った。

 

「――――――――キャンプファイアーを囲んでのダンス会を、開始します」

 

 そして。

 男子共(俺含む)にも、炎が燃え上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と最終日

 男子の殺気が膨れ上がり、桜は若干たじろぎながらもマイクをしっかりと握り、ダンス会の詳しい説明を続ける。キャンプファイアーの中に薪を放り込んでいる先生は此方に興味も無いようだ。それでいいのか担任。

 ざわめく男子、その中には勿論俺――――平均平凡、言わずと知れた暁結城も居た。

「えっと……ダンス、というので相手が必要です。今から十分間程、皆さんにはダンスの相手を探してもらいます。相手は男女どちらでも構いませんが、交流を深めるということなので別クラスの人と踊ってもいいでしょう。寧ろそれをお勧めします。まだまだ高校生活も始まったばかりです。全クラス親睦を深めて、楽しんで一年を過ごすためにもこういったチャンスを有効活用して下さいね!」

 それでは、と桜が言ったところで男子は全員走り始める準備を整える。

「では、十分間……どうぞ!」

 その一言ともに、男子は全員地面を蹴り飛ばした!

 砂利が舞い上がる。それを跳ね返しつつ、スライディングもかましつつ男子は殆ど全員マイクを持ったままの桜の前に並んだ。唖然としつつ、やっぱりこうなるかーと疲れたような表情を浮かべるのは、何を隠そう俺の幼馴染である。

 名前は雪柳桜。綺麗で艶やかな黒髪ロングストレートに、真夏の空のように蒼い目。抜群のスタイルに端正な顔立ち――――およそ言葉では表現できないような、見る人全てが釘付けになるレベルの美少女だ。

 世界中を探しても、桜を超える美少女は発見できそうにない。

 次元が違う。人形の様な、とかそんなレベルを通り越しているのだ。

 くびれもあるし、しっかりと胸は膨らんでいる。性格も良いし、何よりも運動勉強家事何でもできるのが強みだろうか。桜は優秀だ。出来ないことは、殆ど無いと思う。

 さて、そんな人物がクラスに居たら男子は全員食らいつくのが当然だろう。彼女持ちとかは別だし、同性愛者は論外である。瞬く間に桜の前へ並んだのは、全クラスの男子。ちらほらと並んでいないのも見える。が、しかしそれは長蛇の列。十分間の短い間に桜はこの人数をさばけるのだろうか。

 時折見えるイケメン達に殺気を込めた視線を向けつつ、冷静に無表情で全てを切り捨てていく桜を眺める。可愛い。

「……暁、どうだね」

「永大か。お前並ばないの?」

「ふっ、俺は実を言うと桜さんよりも凛さん押しなのさ……。桜さんも可愛いけど、もう彼氏居るようなもんだしな。という事で俺は凛さんにアタックしてくるぜ」

「まって、彼氏いる様なもんってどういう事だおい待てえい!!」

 言うだけ言って、女子と話していた凛の処へ行く永大。大げさに跪き、右手を伸ばし……。

 何と!凛はその手を取った!!永大がダンスの相手を捕まえるのに成功した瞬間に、永大が一番驚いていたのはあいつの名誉の為に言わないでおこう。

 さて、その間にも桜待ちの列はどんどん進んでいく。それも、桜は大体を一言で切り捨てているからだ。女子人気も高いであろうイケメンもばっさり切るその姿勢に、時々だが「ありがとうございます!」という言葉が聞こえるのは気のせいだろうか。

 ……気のせいという事に「ごめん無理」「ありがとうございます!」……出来ねえじゃねえか!

 だが、如何せん列は長い。進んではいるが全く減らない状況で、残り時間はそろそろ五分に差し掛かろうとしている。まだ俺から桜へは遠すぎるといっても過言ではなく、徐々に焦り始めてくる。藻部が俺のほうを見てイケメンと何か話しているのを見て嫌な予感がするが、敢えて気にしない。気にしたら負けだ。

 マイクを持ったまま直立不動の姿勢を見せる桜。ここで諦める人も居そうだが、誰も列から抜けない。

 幼稚園、小学校、中学校と絶大な人気を見せている桜だが、やはり高校でもそれは変わらなかった。自慢の幼馴染である。

 あっちが俺の事をどう思っているかだけど……取りあえず脈は無いな。泣きそう。

 永遠の片思いですよ。ええ。……この合宿終わったら急に転入生とか来ないかな……。勿論美少女に限る。最後の所が一番重要だ。

 ……残り三分。時間はもう無い。ウルトラマンは桜に声を掛ける事すら出来ない。

 そろそろ俺の番である。身だしなみを整えつつ、深呼吸して暴れている鼓動を押さえつける。キャンプファイアー時のお楽しみはダンス会だとは聞いていなかった為ダンスなんてまともに出来ないが何とかなるだろう。桜に玉砕されたイケメンや男子たちが他の女子に声を掛ける中で、残り時間は後一分。

 俺の前にはあと五人くらいが並んでいる。

 間に合うかどうかの、微妙なところ。しかし、そこで桜が俺を一瞥すると―――

「前から五人、全員無理」

「「「「「ええっ!?」」」」」

 全員切り捨てた。

 その五人の中には結構なイケメンも居たが、それも切り捨てられる悲しい采配。

 そして、遂に俺が一番前に出る。

 急に心臓がばくばくと鳴り出すが、しかし俺はこの合宿で告白(演習です)もした男。

 こんな所で止まるような俺じゃないぜ!!

「さ、ささ桜っさん」

「うん、落ち着け」

 その心意気も空しく、寧ろ桜に宥められる。

 もう俺と桜の仲の良さを知っている一年二組は他の可愛い女子にダンスを誘いに行っているが、他のクラスの人は平均平凡な俺をどうせ蹴落とされるのだろうとニヤニヤしながら見ていた。

 一組、三組のイケメンは俺を見て取り巻きと一緒に笑っている。

 桜と俺が釣り合わない?悪いな、そんな事は数十年前に悟ってるんだ。

 

「……桜ひゃん、俺とダンスしてくらさい!!」

「噛まなければ良かったね。うん。お願いします」

 

 盛大に噛んだ。

 苦笑しつつも、桜はマイクを置いて俺へと歩み寄ってきてくれる。

 その光景に、唖然とするイケメン達。崩れ落ちる長蛇の列。

 そしてそこで、タイムアップだった。

 余っている人たちは自分に一番近い人と強制的に組まされる。因みに実行委員のイケメンは藻部とダンスする事になった。ドンマイ。

 ペア同士で、俺たちは全員キャンプファイアーを囲んで向き合う。やがて先生同士でペアを組んでいた校長先生が音楽を流し始め、皆一斉にペアの人と手を取り合った。

 俺も桜と向き合って、桜は右手の指を、俺は左手の指を絡ませあう。

 右手を恐る恐る腰に回して、俺は顔を真っ赤にしつつゆっくりと動き始めた。

 

 普段は無表情な桜も、今ばかりは笑みを浮かべている。

 左右に揺れたり、その場で少し進んだり。映画などで見たことのあるステップを、桜に所々教えて貰いながら頑張って踊る。

 まるで舞踏会で踊っているかのように、キャンプファイアーの温かい明かりだけを頼りに踊っている俺達は幻想的な雰囲気に包まれていた。夜空には都会では見れないであろう無数の星が瞬き、三日月が青白い光を湛えている。

 その中を、俺と桜はどのペアよりも綺麗に、誰よりも優雅に踊っていく。

 ゆっくりと、ゆっくりと。一瞬が長く感じられる中で、俺は桜と二人だけの時間を楽しんでいた。

 

「覚えてる?昔、砂場で踊ったの」

 

 突然、桜が呟いた。

 それに俺は驚く。なぜなら、今俺が思い出していたのもその砂場で踊っていた記憶だからだ。

「あの時はどうやったら良いかも分からなくて、ただ手を取り合ってたな」

 俺も答える。

 覚えていたことが意外だったのか、桜は少し目を見開いて、次いで細めた。

「そうだね。……ねえ、結城」

「ん?」

「バスの中では告白予行演習だったけど」

「お、おう」

 突然黒歴史を引っ張り出した桜。

 思い出して顔を覆いたくなるような気持になっていると、桜は俺の顔に自身の顔を近づけた。

 そして、ギリギリ聞き取れるか聞き取れないかの音量で桜は言葉を発する。

 

「ボクは、キミが大好きだよ」

 

 放たれた言葉に、一瞬俺は呆然とした。

 そして、ステップを間違えるくらいに動揺する。脳がオーバーヒートしそうな程に熱を発して、思わず桜と握り合っている左手の力が緩んだ。

 突然の告白。

 笑みを浮かべている桜は、力が入らなくなってするりと抜けた右手の人差し指を唇にそっと当てて、悪戯っぽく微笑んだ。

「まあ、これは一夜の夢だからね。次の日には、きっと皆忘れてるよ」

 そう言って桜は、離れてしまった右手を俺の左手にではなく、背中に回した。

 俺の腰に回していた左手もその位置をずらして背中まで上げて、少し背伸びをする。桜よりも身長の高い俺へ桜が抱き着いている様な状況になって、俺は恐る恐る桜を抱き返した。

 すると桜は満足げに笑みを浮かべて、背伸びをして至近距離で俺と真っすぐに目線を合わせた。

 

「うん。抱き返すのが正解だよ。だから――――ご褒美」

 

 そう言った桜は、そのまま俺に顔を近づけてくる。

 薄紅色の唇がやけに近くて、吐息が触れ合うほどにお互いが近くなって―――――――

 

 悪いが、俺の記憶はそこで途切れている。気づいたら部屋のベッドの上で、永大とルームメイト二人に殴られていたのだ。

 あ、勿論やり返しました。……永大に30発、ルームメイトに2発ずつ。

 

☆★☆

 

 翌日。

 宿泊施設の人に挨拶をして、午前中に俺たちはバスに乗って出発した。

 途中、体験施設にもよってそこでお昼を食べてから高速で一気に俺たちの学校まで帰る。

 勿論俺は桜と隣同士になって、そしてお互いに顔を背けていた。

 滑らかで流麗な腰まで届きそうな黒髪の隙間から、ほんのりと紅潮している耳と頬が見える。絶対にその顔は見せてくれないけど、無理やり見る気もなかった。

 窓際になった俺は、頬杖を突きつつ流れていく景色をぼんやりと眺めている。

 席の手すりに左手を置いた俺は、そのまま欠伸を噛み殺しつつ次の体験施設までの道のりを眠って過ごそうかとして、突然手すりに置いていた左手に何かが乗ってびっくりする。

 慌てて見れば、その席と席の中心にある俺の左手の上に、桜の小さな右手が乗っていた。

 それはとても温かくて、心地よい。手の甲に伝わる柔らかい温もりに、俺は思わず笑みをこぼした。

 

 ……こりゃあ、次の体験施設まで寝るわけにもいかなそうだ。

 

 そう思い、俺は再び窓の外を眺める。

 

 青い空が、どこまでも広がっている。天気は、快晴だった。




次回から、新キャラ入れようか迷ってるんです。

それで実は、もう一回アンケートを取りたくて!!すみません、お願いしても良いでしょうか?
詳しくは活動報告に載せます。
何回もアンケートをすみません。
もし宜しければ、お願いします!!

これにて「入学記念合宿」は終了です!

今までありがとうございました!
次の話もご期待ください!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と幼馴染!?

新キャラどーーん!!


 その朝も、俺は桜に起こしてもらって、桜の作った朝ご飯を食べて、桜の作ったお弁当を貰って、桜と一緒に登校した。

 こう見ると俺って桜居ないと死ぬんじゃないかなって思うよね。うん。

 そんな平凡な朝を、この俺―――――平均平凡、黒髪黒目の男子高校生暁結城(あかつきゆうき)は過ごしていた。

 つい先日、『入学記念合宿』が終わった俺たち一年生は土日を挟んでこの月曜から通常授業だ。

 めんどくさいという声もあるし、日常に戻って安心したという声もある。

 俺はどちらかというとめんどくさい派だ。学校、勉強、僕嫌い。

 しかもそろそろ中間テストである。桜並木の花弁も散りはじめ、緑の木々が目立ち始めてきた季節。朝のHRまでの暇な時間を、俺は机に突っ伏して過ごす。

 俺の席はクラスの窓際の一番後ろ。所謂ぼっち席で、隣に人は居ない。桜は真ん中の真ん中あたりに居る。

 ダーツでいうと最高得点の所。

 そんな通常営業の朝を、永大とクラスメイトが騒いでいるのを眺めていると、やがて鐘の音が響いた。

 因みにこれは、ちゃんとしたクラシックらしい。どこかで聞いただけだが、確か「ウエストミンターの鐘」とかいう名前の筈。

 ぞろぞろと生徒が席に戻り、今日も眠たそうなジャンケンの強い理科の教師でもあり俺たちの担任でもある先生が入ってきた。学級委員の声に合わせて起立し、皆でおはようございます、と挨拶をする。席を引いて座って、静かになってから先生が話し始めた。

「あー、おはよう。今日は時間割通りの月曜日だ。入学記念合宿は終わったから、次は中間テストに向けて気を引き締めろよ。後、部活入ってねえ奴は速めに決めとけよ」

 何人かが不満げに声を出す中で、先生は静かにしろと言う。

 普段ならここで連絡事項は終わりなのだけれど、どうやらまだあるらしい。直ぐに静かになった教室で、先生は無精ひげをいじりつつ話し始めた。

「えっとだな。喜べ男子共、転入生が来た。女子だ」

「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」

 その瞬間叫ぶ男子一同。(俺と永大込み)

 死んだような雰囲気だった月曜の朝、憂鬱な空気が一瞬で吹き飛んだ。男子がその目を輝かせて先生をこれ以上ないくらいに真剣に見つめる中で、少したじろいだ先生はドアへ向けて入って来ていいぞと呼びかける。

 ガララ、とドアが控えめに優しく開けられて、男子はごくりと唾を飲み込んで。

 じいっと注視する中で、ドアの向こうから、

 

 ――――――――桜にも負けず劣らずの美少女が現れた。

 

 男子は全員、一瞬呼吸が止まる。

 そう、その少女は美しすぎた。人間のキャパシティを超えているその美貌に、男子は何も言葉を発せずただ固まるのみ。ドアをゆっくりと閉めて、小走りでその少女は教壇の上に立った。

「んじゃあ、自己紹介頼む」

「はい!」

 先生の言葉に元気よく答えた少女は白いチョークを手に取り、黒板へと文字を書き始める。

「私はゴールドクレス・トアイリスです! 気軽にアイリス、やアリスと呼んで下さい!」

 流暢な日本語。

 しかし彼女は名前から分かるとおりに、明らかに外国人の見た目だった。

 太陽の光を受けて輝く金髪に、ライムグリーンの透き通った瞳。純粋無垢そうな少し幼い顔立ちの奥には強い意志が感じられるような物がある。

 整った、とかそんなレベルではなく、それはローマ神話に出てくるヴィーナス……美の女神と言うのが一番相応しいような完成された少女だ。大きな胸に、引き締まったウエスト。女性らしさを感じさせる臀部のゆるやかな丸みも併せて、スタイルは完璧だ。

 桜を例えるなら、奥ゆかしい美しさと可憐さを併せ持つ大和撫子。

 そしてアイリスを例えるならば、神にも見間違える美貌と強い意志を持った女神、ヴィーナス。

 どちらもずば抜けた美貌の持ち主。これは殆ど男子の好みによって派閥が分かれるだろう。

「私は米国のカリフォルニア州で生まれたんですけど、親の仕事の都合で日本に来る事が多くて日本語覚えちゃいました!元々昔には日本で三年間ほど暮らしていて、最近は一か月くらい滞在するだけだったんですけど、今回は親の仕事が安定しそうなので日本で暮らすことになりました。手続きとかで少し時期は変なのですが、皆さんどうか仲良くしてください!!これから、宜しくお願い致します!」

 アイリスは言葉からも純粋な意思と真っすぐな気持ちが分かる。森の奥深くにある澄み切った泉の様な心が垣間見える中で、アイリスは爆弾を投下した。

 

「私が大好きなのは暁結城という男性なのですが、今きっと高校一年生で同じ学年なんです。昔仲良くさせてもらってて……どなたか、知っている人は居ませんか?」

「「「「「ボク(ワタシ)シラナイネーー!!!」」」」」

「そうですか……。残念です」

 

 可笑しいだろお前ら。

 クラス全員が片言のひきつった笑みでシラナイネー!と答えたのを信じた様で、アイリスはしょぼんと肩を落ち込ませた。

 このクラスの一番端っこに居る俺を無視したクラスメイト全員は何時も通りなのが悲しい。

 まあ普段から桜と仲良くしてるからね!ちょっと殺気がやばいね、男子から向けられる殺気がね!

 これはあれですな、休み時間になったら全力で逃走しなきゃ死ぬ。殺される。

「終わったか、お前ら。んじゃあゴールドクレス、お前はあの一番後ろの窓際の寂しいぼっちの隣だ」

「先生まで俺を虐めんですかね!!??」

 先生に向かって叫んでいる最中に、全男子からの異常な殺気の籠った視線が俺へとドスドス突き刺さる。これ以上は精神が砕け散る。そんな時に限って、更に爆弾は降ってくる。

「あ、ゴールドクレスの学校案内も頼んだぞ」

 俺氏、無事死亡。

 バイバイ現世。こんにちは来世。

 涙目になりつつ、俺は隣の席に座ったアイリスからほんの少し遠ざかる。

「アイリスです!今日から、宜しくお願い致します!」

「お、おう。よろしくね」

「お名前は何というんですか?」

「え、えっと……えっとお……あのお……」

 ここで本名を出せば教室内は一瞬で戦場と化すだろう。

 考えろ、考えるんだ!生きるために頭を回せ……ッッ!!

「……ゆ、夕月!ゆーづーき、です!」

「わあ、良い名前ですね!では、学校案内も宜しくお願いしますね、夕月さん!」

「お、おう。まかせとけー」

 あかつき ゆうき のつとゆときを強引に混ぜ合わせたが、それなりに良くなった。

 アイリスの前だけでは俺は”夕月”でなければならないのだ。頑張れよ、俺!

 ぐっと机の下で拳を握りしめて俺は決意する。やがて、再びHR終了の鐘が高く鳴り響き、ガタっ!!とクラス中の椅子が動いた。

 クラスメイトのほぼ全員はアイリスの机へと殺到する中で、俺は一気にその机から離れる。

 時々すれ違っている中で何人かに殴られたけど、そういう奴は足を引っかけて転ばした。ざまあ。

「ふー、何とか危機は去ったな!」

「やあ結城!」

 その誰もいないクラスの前で息をついた瞬間に、肩をがしっと掴まれる。

 消え去る、逃げたという達成感。まだ初夏にも入っていないのに汗は吹き出し、俺はギギギ……と古びた人形の如くゆっくりと首だけ振り向いた。

 そこに居たのは予想通り、流麗な黒髪に綺麗な蒼い瞳の幼馴染、雪柳桜だ。

 俺の肩を掴みつつ、桜が浮かべているのは笑み。

 そう、どす黒いオーラを醸し出しつつ目は笑っていないという器用な真似をしつつ、その笑みを浮かべた相手の精神を叩き折りに行く表情。

 やけに元気よく話しかけてきた桜は、有無を言わせず告げる。

「ちょっとお話ししないかい?来てくれるよね―――――来てね?」

「……ひゃい」

 震え声で頷くと、桜は俺の手を取って教室を出た。

 そのまま廊下を歩いていき、段々と人気の少ない方向へ。屋上へと繋がる階段、その中心の踊り場には誰も居ない。

 そこへ連行された俺は壁際へと投げられ、桜に胸元を掴まれる。

 涙目の俺に対して、桜は般若の如き形相を浮かべている。冷徹に、静かに。しかし背後に見える黒い業火は俺の見間違いじゃない筈である。

「……話せ。結城とあの女がどういう関係なのか」

「知らないっす。俺が知りたいっす」

「キミは彼女を見てどう思った?」

「え?……桜の方が可愛いなって」

「彼女、可愛いよね」

「うん。金髪もあの瞳も性格も見たところ良いよね。完璧だy―――――はっ!しまった!!」

「ふうううん………」

 おっとヤバい。桜さんの機嫌がどんどん悪くなって、心なしか周囲の気温が氷点下に突っ込んでますね。

「ふん。もう良いさ、あの女と仲良くやってろばーかっ!!」

 最後にそう吐き捨てて、機嫌の悪い桜はその場から走って居なくなった。

 取り残された俺はどうしたいいのか分からず、そこで立ち尽くす。二分くらい経った後に、俺はやっと階段を下りて自分の教室へと向かった。

 

☆★☆

 

 結局、桜の機嫌は直らずに授業は終わった。

 話しかけてもむっすーとしていて反応はしないし、伝えたいことは全てLINEで片言か凛と永大が伝えてくれた。逆にアイリスは学校が楽しいのか終始目を輝かせて、積極的に授業を受けていた。

 恐らく今日一日で生徒人気、先生人気も集めただろう。お昼の時間も沢山の人に囲まれて食べていた。

 因みに桜は一瞬こっちに来ようとして、途中で止まって、ぐぬぬと唸ってから他の所へ行った。

 帰りのHRが終わり、生徒は全員部活動体験か帰宅の為に立ち上がる。俺もバッグを持って桜のところへ行こうとして、突然横から袖を引っ張られ立ち止まる。

「あ、あのう……お昼休みに案内してもらえなかったので、学校の案内を頼んでもよろしいでしょうか?」

 そういえば朝先生がそんな事を言っていたな、と思い出した俺は、直ぐに了承した。

 桜にLINEでその旨を伝えると、帰ってきた言葉は『死ね!!!』でした。ぐすん。

「あー、んじゃあ行くかあ」

「はい!夕月さん、ありがとうございます!」

 元気よく笑みを浮かべるアイリス。桜に傷つけられた心が安らいでいく。

 図書室、保健室、放送室―――――と沢山の教室を一階から上に上がっていきつつ紹介していく。それらをアイリスは興味深そうに眺めて、楽しそうに見て回っていた。

 純粋な子だなあとまるでお爺ちゃんの様な感想を抱き、最後に俺たちは屋上へと来た。

 この学校は屋上の解放されている学校だ。まだ四時ぐらいだから昼間で、ここから見る夕暮れも綺麗なのだけれど今はまだ見えない。

「わあ、風が気持ち良いです!見晴らしも良いですね!海も山も見えます!」

「そうなんだよ。この町は海は綺麗だし山はあるし、でもファミレスとかデパートもある良い町なんだよな」

 海も山も空もある。

 この高校はその町の少し高いところにあり、それらが良く見えるのだ。夏は暑いけど、ここは結構な隠れ名所。綺麗な海は人が少なく、山の奥にある滝とその川はそのまま飲めるくらいに綺麗で、そして涼しい。

「良いところですね」

「うん」

 感慨深そうに呟いたアイリスは、柵の外へ向けていた体をくるりと回して、内側にいた俺へと向いた。

 そして笑みを浮かべながら彼女は口を開く。

 

「ありがとうございました!暁結城(、、、)さん!」

「ん。どういたしまして―――――え?」

 

 驚きで、体が硬直する。

 金髪を風に遊ばせて、微笑むアイリス。彼女は固まった俺をじっと笑みを浮かべたまま見つめて、そしてゆっくりと口を開いた。

「忘れてると思った?結城。忘れるわけないじゃない、貴方の事を」

 突然変わる口調。

 雰囲気が、一瞬でがらりと塗り替えられる。ぴりっとした緊張感を孕む、妖しい空気。それを纏ったアイリスは、うっすらと開いた瞳で俺を見据えた。

「結城……ずっと会いたかった会いたかった会いたかった会いたかった会いたかった」

 そして、光を失った瞳で暗く呟き続けるゴールドクレス・トアイリスを見て。

 俺は一人、心の中で叫ぶ。

 

(………これ、アカン奴やああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と正規ヒロイン

はい。
前の投稿から一週間以上……すみませんでした!!

あれなんです、書いたもののアイリス使いにくいです(殴

では、どうぞ!

※今回は少しえっちいかもです。女性(居たら)注意です。


 変化した空気に、息が詰まった。

 心の中で叫んだ俺は、ハイライトが無くなったアイリスから少し後ずさる。俺の後ろには屋上の扉があって、この状況から俺は一刻も早く脱出したいのだが。

「……どこ行くの、結城?」

 どうやらアイリスが許してくれないらしい。

「ずっとずっとずっと貴方の事を考えて、この日を待ってたのに。ねえ、覚えてる?私の事。覚えてないかな?ううん、怒らないわよ。忘れてても仕方ないもの。……ずっと昔だもん。あの日からずっと、私は勉強して日本語を覚えてスタイルも良くしようと頑張ったんだよ?」

 覚えてないです。

 アイリスの口調からして、どうやら俺達は昔、会った事があるらしい。

 俺の昔の記憶とか桜と両親くらいしか無いんですけど。後は永大。

「胸は遺伝もあって大きくなったし、自分で言うのも何だけど料理も勉強も運動も出来る」

 だから、とアイリスは告げる。

 

「ずっと――――私の傍で私だけを見て私だけの為に私と一緒に私と生きて私と死んでくれるわよね?」

「ごめんなさいっっ!!!」

 

 兵法三十六計、逃げるにしかず(?)!!

 ハイライトOFF、紅潮した頬に手を当てて荒く息を吐き始めるアイリスに背を向けて、俺は全力で屋上の扉へと駆け出した。

 そのままドアを開けて、階段を落ちるように下りていく。後ろからアイリスが追ってくるのを、襲い掛かる殺気と同時に感じつつ俺はポケットからスマホを取り出した。

 パスワードを打ち込んで、LINEを開く。

 連絡先は、勿論雪柳桜。

 因みに桜はトプ画が俺のパーカーである。意味が分からないけど、本人は凄く気にいっていた。

『桜、今どこ!』

 走りつつ、頑張って打ち込む。

 背後にはアイリスがしっかりと追いかけてきている。俺だけでは対処できない。

『……あの転入生と仲良くやってろ、そんで死ね』

 あらやだ、不機嫌MAXですわー。

『どこだ!?マジで教えてくれい!!』

『何で言わなきゃならないのさ』

 ツンツンしている桜は、未だに居場所を教えてくれない。

 ……言い訳は、通用しないだろう。

 なら! 素直に言うべきだろう!!

 

『お前に会いたいんだよ!』

『教室に居るから来い』

 

「はやあっ!!!」

 打ち込んで、瞬き一回した瞬間には返信が来ていた。

 流石桜、と思いつつ俺は方向転換をする。目指すは俺たちの教室、1-2だ。

 階段を上って、角を曲がって、通り道に居た藻部を蹴り飛ばして走る。アイリスが余裕を持って追いかけてくる中で、俺はやっと教室に辿り着いた。

「さくらあああああああああああああああああ!!!!!」

「うわっ!? 気持ち悪っ!!」

 扉をガン!! と開けて中へ飛び込み、自分の席で何やら書類仕事をしていた桜へとルパンダイブ――飛んで抱きつく動作――をして、椅子に座ったまま華麗に避けられて顔面を地面に叩き付けた俺。

 そこで悶絶しているのを呆れた様子で見降ろす桜は、やがてぼそっと呟く。

「……何でボクに会いたかったんだい」

「お前が恋しくなったから!」

「……ッッ、本当?」

「本当だよ!」

「……ばーかばーか!!」

「何でえ!?」

 顔を赤らめて、慌てたように叫ぶ桜に俺も批判の声を上げて、

「ゆ、う、き?」

 その声に凍り付いた。

 流石の桜も、溢れ出る殺気に気づいたらしい。一瞬肩を跳ね上げて、すぐさま教室のドアへと視線を向ける。

 そこに居るのは、当然ゴールドクレス・トアイリス。俺が肩で息をしているのにも関わらず、アイリスは汗一つかいていない。

 どうやら運動も出来ると言ったけど、それは俺よりも、と言う事だろう。

 どうしてだろう、泣けてきた。

「……ねえ結城、その子はだあれ?ねえねえ、何で私以外の女の子と一緒にいるの?」

「大分様子が違うじゃないか、トアイリス。悪いけど結城はボクが恋しくなって此処に来たんだよ」

「関係ない。結城は私の伴侶だもの」

「……おい結城、本当か」

「違います!」

「結城、私の体を好きにしても良いわよ?」

「伴侶です!」

「死ね!」

 桜の一撃蹴りが鳩尾に突き刺さり、俺は再び床の上で悶絶する。

 因みに今日の色は青と白のしましまでした。何のって?やだなあ、言う訳無いじゃん!!眼福眼福。

 そんな風に俺がボコされるのを見ていたアイリスは、余裕の笑みを浮かべて突然声を上げる。

 

「結城。……その子より私の方が良いと思うんだけど?」

「ほえ?」

「……」

 そう前置きをして、呆然とする俺とあからさまに嫌そうな顔をした桜の前で、アイリスは話し始める。

「まず一つ。その子、黒髪がダメね。なってない」

「嘘だろ!?桜の髪綺麗じゃん!」

「いいえ。手入れが甘いわ。……そうね、櫛とかがダメ」

 桜のダメ出しを、アイリスは淡々としていく。

「顔は……まあ整ってるし可愛いけど、少し肌の手入れが雑じゃないかしら?」

「嘘だろ!?桜の肌綺麗じゃん!」

「まだまだ。保湿クリームとかだけで済ませちゃってるわね」

 桜は、無言で唇を噛みしめる。

「それに、身長が小さいわよね」

「筋肉も付いていない」

「指も足も、ケアが全然足りない」

「服装も乱れている所がある」

 ずらずらと並べられていく、桜の欠点。

 それは普通の人なら気づかないだろうし、気にも留めないだろう。

 しかし、アイリスは違う。

 俺が忘れているくらいずっと昔から、ひたむきな努力を続けてきたアイリスには分かるのだ。

 その所為で歪んでしまったとしても。桜は、反論できない。

「後、胸も中途半端。大きいか小さいかも分からない、Ⅾカップくらいかしらね。中途半端って一番最悪」

 だけど。

「ね、結城。そんな子より、」

 桜には反論できなくとも。

「私の方が、良いんじゃない?」

 

「――――それはどうかな(、、、、、、、)

 

 俺には反論が、出来る。

 

「何ですって?」

「まず一つ目に、桜の髪だが」

 俺は、自信満々に告げる。

「お前は櫛がダメと言ったな?残念だが、櫛は俺がやってるから俺が悪いんですごめんなさい」

「……え?」

「そうだよ。ボクは毎回お風呂あがったら結城に髪をすいてもらってるんだ」

 まだ少し悔しそうに、桜は今にも震えそうな声を絞り出す。

 俺が反論できると思っていないのだろう。

 だが、それは間違いだ。

 俺は15年間、ずっと桜と一緒に居た。この程度の反論は、ラーメン食べながら出来……なさそう。

「二つ目、肌の手入れだが。これはだな、多分俺がむやみやたらに抱き着いたりしてるからだ」

「抱きつい、てる?」

「……ほかの人に言うなよばかぁ……」

「桜は俺と一緒に居すぎるがあまり、はっきり言ってそんなに自分の手入れに時間を割けないんだ。マジで感謝してる。だから、少しだけ手入れが足りないのかもしれないけど、俺にとっては充分だ」

 そして、反論は続く。

「身長が小さい?あぐらの上に乗っけると丁度いい高さに顔と頭が来るんだよ!」

「筋肉?桜は、俺が前に『筋肉フェチって意味わからん』って言ったのを気にしちゃってるんだよ!」

「な、何でキミがそれを知ってるのさ!!」

「バレバレさ!」

「指も足も手入れが雑?指は俺の為に皿洗いとかしてくれてるから、足は風呂掃除もしてくれてるからだ!ねえ桜、マジでありがとう。本当にありがとう」

「……良いよ、別に。将来は毎日やるんだしさ」

「ああ、誰かのお嫁になった時か」

「誰かじゃ無いし」

「ん?今なんか言った?」

「死ね!」

「ええ!?」

「そして服装は俺がさっきルパンダイブしたから乱れてるんだな、これが」

 ……殆ど俺の所為ですやん。

 そして桜に殆ど任せっきりの俺氏、涙目。これからは真面目に家事やろう。

 というか桜の夫になる奴は出てこい。殴らせろ。

「そして、胸についてだが」

 様々な思いが脳を駆け巡る中で、俺はそれらを切り捨てるように最後の反論を繰り出す。

 しかし、これは唯の反論ではない。

 

「……お前は、何も分かっていない!!!」

 

 カウンターだ。

 

「良いか、萌えと言う物は、突き詰めればギャップ(、、、、)なんだ」

 ツンデレは、ツンとデレのギャップ。

 クーデレは、クールとデレのギャップ。

 ヒロインとして王道に立つこれらの魅力は、そのギャップ萌えだ。

 ヤンキーが雨の日に猫へ傘をさす。これもギャップ。

「中途半端な胸?笑わせるなあ!!」

 そして。

「巨乳も貧乳も良いさ。しかし、中途半端な胸はな!凄まじい可能性を秘めているんだッッ!!」

 俺は、解説を始めた。

「中途半端。どっちつかず。……分かるだろうか?服の上からじゃあ微妙な胸の大きさ。しかし、脱いでみれば結構あった。着痩せと言う物だが、これはあまり胸が大きくなくても着衣状態と脱いだ状態の、胸の大きさのイメージが違うというギャップによりイメージよりも大きい胸は大体全て”大きい胸”に分類される」

 更に。

「そして、注目すべきは”服の上からじゃあ微妙な胸の大きさ”と言う事だ。これは、所謂”小さい胸”を表す」

 つまり。

 

「中途半端な胸――――これは一見悪いように見えて、実は貧乳と巨乳の良いところを合わせた、正に良い所取りの最強なんだよ!!!!」

 

 俺は強く大きく言い切った。

 目の前では桜が顔を赤らめ机に突っ伏していて、アイリスはハイライトの消えた瞳で瞬きせずに俺を見ている。そして、口を開いた。

「でも結城、それだけじゃあその子が私よりも上っていうことには成らないわよ」

「良いや、桜はアイリスよりも上だ」

「何で?」

 

「[三種の神器]――――神の産物を、使いこなすからさ」

「神の……産物!?」

「ああ、そうだ」

 これこそが、桜が最強たる所以。

 [三種の神器]。

「和服浴衣着物巫女服メイド服白ワンピ水着制服!これら全てが桜に似合うし、これらの幾つかには三つの要素を合わせた最強のフォーメーションがあるんだ!」

 確かに、アイリスにもメイド服や白ワンピ、水着に制服は似合う。可愛いし、桜には無い艶めかしさもある。

 しかし、和服浴衣着物巫女服は黒髪ロングだからこそ映えるのだ。美しい和の心、大和撫子を具現化したような少女には。

 

「アイリスが一番似合うものは、恐らくメイド服だろう。はっきり言ってその胸で『ご主人様♡』とかやられたら一瞬で死ねる」

 白と黒のふりふりミニスカ。ここ重要。

「しかし、メイド服には黄金パターンが無いんだよ」

「黄金パターン?」

 俺の言葉に、アイリスは首を傾げる。

 その答えを告げるのに、時間はいらない。最も分かりやすい例えを俺は切り出す。

 

「白ワンピ麦わら帽子+向日葵畑+白い雲の流れる青空――――これが黄金パターンの王道だ」

「それならボクだけじゃなくてトアイリスにも似合うんじゃないのかい?」

「うん。似合うと思……いたっ!痛いって!蹴らないで!?」

 ドスドスと桜に蹴られつつ、俺はしかし、と言葉を繋げる。

 

「黒髪浴衣+夏祭り+りんご飴……これは、黒髪でやっと真の魅力が発揮できるんだ」

 浴衣をアイリスが着ても、似合うだろう。

 しかし、違うのだ。本当の魅力は、黒髪で初めて引き出される。

「和の心を象徴する黒髪!浴衣和服白ワンピメイド服巫女服までお手の物!しかしアイリス、お前は白ワンピとメイド服のみに特化している。……その時点で、お前の負けだあっ!!」

 まるで正規ヒロインの存在を脅かす新規キャラを論破する様に堂々と俺は告げた。俺を蹴っていた桜は書類で顔を隠しているが、隙間から覗く耳は真っ赤だ。可愛い。

 俺の言葉に、アイリスはふらりと揺れた。

 そして、ハイライトOFFの瞳で俺を見つめる。ぞわっと背筋が逆立つも、しかしアイリスは何もしなかった。

「……絶対、絶対結城を私の物にしますから……。覚悟してくださいね……?」

 果たしてその言葉は、俺に向けて言っていたのか。

 その『覚悟してくださいね』は、俺へのアプローチが激しくなるという意味なのか、それとも別の意味があったのだろうか。

 微かに震えた桜の肩を、俺はその時気づく事は無かった。

 やがて、アイリスは教室を出て行った。帰り際に俺の耳へ『愛してますよ』と囁いて行って、そのくすぐったさに少しだけ表情を緩くしたら桜の拳が腹部にのめり込んだのは別の話。

 

「……黄金パターン、ねえ。そんな事を考えてる暇があったら、少しは勉強したらどうだい」

「やだ。勉強つまらない」

「ばか。……ねえ結城」

「ん?」

「一番手軽に出来る黄金パターンって、何かな?」

 先生から任されたらしい書類仕事を終え、とんとんと机の上で書類を揃えている桜の、唐突な言葉。

 腹パンの痛みに悶絶し床を転げまわっていた俺からは桜の表情が見えなかったが、それでも愛する我が幼馴染の質問なので出来るだけ考えて、考えて、考えて――――

 

「裸エプロン+ニーソ+「ごはん?お風呂?それとも……」って奴じゃない?一番準備も少ないしさ」

「ふーん。変態だね」

「やってくれる?」

「馬鹿かキミは!!」

 答えた結果、罵倒されました。なんでや!!

「じゃあ、ボクは書類を先生に届けてから帰るよ。結城、今日のご飯で牛乳を使うからコンビニで買っておいてくれないか?」

「ん、分かった。じゃあまた後でな」

「ああ。またね」

 教室を出た処でそんな会話をして、俺たちは別れる。

 今日は月曜日。週刊少年ジャンプの発売日だし、それも買っておこう。

 下駄箱で靴を履き替え、そのまま校門を出て桜並木を歩きつつ、俺はそんな事を考えていた。

 

 

「……よし、よし。やるぞ」

 

 夕方の、職員室前。

 そんな声が静かに響いて、そして直後にぱたぱたと駆けていく足音が聞こえた。

 

☆★☆

 

 牛乳とジャンプ、後はコーラやポテチの入った結構重たい袋を持って、俺は夕暮れの道を歩いていた。

 いやあ、コーラとか買うつもり無かったんだけどさ、誘惑に負けちゃったよ!

 因みに桜はコーラとかよりも三矢サイダーが好きだ。お菓子もチョコ系列が好きで、良くポッキーを齧っている。前に揶揄って咥えてたポッキーの端っこを咥えたら殴られた。

 まあ、もうキスも済ませてるんですけどね!そろそろ次の段階行きたいっす!

 そんなこんなで家の前に辿り着き、俺は鍵を使ってドアを開ける。そのまま入って後ろ手にドアを閉めたその瞬間に、

 

「おかえり、結城。え、えっとご飯にする?お風呂にする?それとも……その、ぼ、ボク……?」

 

 突然、玄関にそんな言葉を言いながら桜が現れた。

 

 朱色に染まった頬に、潤んでいる蒼い瞳。

 長い黒髪ストレートを背中に流し、震える声に上目遣いで靴を脱ぎかけている俺を見つめている。

 そして特筆すべきは、その格好で。

 

 ――――桜は、ピンクのエプロンに黒いニーソのみの姿だった。

 

 前だけ隠している状態。艶めかしく照っている傷一つない素足と、新雪の様に白い両腕。それらは真っ赤な耳と頬を絶妙に引き立てあっている。

 靴を脱ぎかけの俺を、玄関の段差の上から、そこからなのに俺より身長が低くて上目遣いに成っている桜の様子に俺が何も言わずに固まっていると、やがて桜は段々と泣き出しそうになって来ていた。

 それに気づいたのは、力を失った手からコンビニのビニール袋が落ちた時。

 目元に涙を溜めている桜を見て、正気を取り戻した俺はそれでも焦っていた。

 

 凄く可愛い。可愛いのだけれど、何時もは見せない無防備な部分から滲み出る隠しきれない妖艶な雰囲気が背筋に微弱な刺激を走らせる。それは弱いのだけれど、ダイレクトに神経を逆撫でるような物だった。

 もう泣きそうな桜の頭を取り敢えず撫でると、目元を拭って桜は話し始める。

「……似合ってないかな。可愛くないかな?ダメだよね。トアイリスくらいスタイル良くないと、こんなの似合わないよね……」

 絞り出すような声。

 何時もは気丈な桜が、震えて小さな声を出している。

「トアイリスは、ボクよりも綺麗だし可愛いしスタイル良いから……結城がトアイリスの事好きになるんじゃないかなって思って、だから結城に聞いてやってみたんだけど。……ボクじゃ、駄目だよね」

「そんな事は無い」

 『駄目だよね』と。

 そう言いながら、弱い自分を隠すように痛々しい笑みを浮かべた桜を―――俺は強く抱き締めた。

「トアイリスより、桜の方が綺麗だし可愛い。スタイル何かで人間の価値そのものが変わる訳じゃない。それに、俺は結構一途な人なんです。かれこれ15年間、ずっと同じ人が好きなんだ」

 桜の体は、冷たくなっていた。

 どれだけ前から俺の事を待っていてくれたのか。台所から聞こえる、何かを煮込んでいる音。漂ってくる良い匂い。そこまで準備しながらも、不安を押し殺して勇気を振り絞って桜は俺の前に出てきた。

 俺の胸に顔を埋めて、時折嗚咽を漏らしていた桜が、俺の言葉で泣き止む。

 そして、胸に口元を押し付けたまま、ちらりと上目遣いで俺の顔を見つめた。

「……本当?今も、15年間ずっと好きだった人が好き?」

「勿論」

「嫌いになったりしない?独占欲が強くて、嫉妬深くても」

「当たり前だろ。寧ろ俺が嫌われそうだ」

「それは、無いと思うよ。……ねえ、結城」

「ん?」

 桜は、俺に何個か確かめるようにゆっくりと質問をして。

 そして、確かな笑みを浮かべる。

 

「――――ボクもね、15年間ずっと同じ人が好きなんだ。大好きなんだ」

 

 そう言って、桜はぱっと俺から離れた。

 裸エプロンで、泣いてた所為で少し目元が赤い美少女。少し変な情景だけど。

 それが気にならないくらいに、俺は嬉しかった。

 

 数秒経ってから、桜は大きく息を吸い込んで話し始める。

「ね、ねえ結城?」

「なんだ?」

「その、ね……」

 桜は少し気まずそうに目線を逸らしつつ、エプロンの裾を掴み、そしてゆっくりと引き上げる。

「えっ、えっちょっ待って!?」

 膝上の、白く膨らんでいる太ももが露わになる。

 段々と引き上げられて、足の付け根が見えて、

 

 そこには、薄青の布地があった。

 

 桜はエプロンを取り、顔を羞恥で真っ赤に染めつつ告げる。

「は、恥ずかしくて……その、実はエプロンの下に水着を付けてたんだ……」

 今の桜は、エプロンを持っている水着に黒ニーソの美少女という状態。

 どうやら俺が『エプロンの下に水着なんて邪道だ!』的な事を言うのかもしれないと怯えているらしい。さっきから全然視線を合わせようとしない桜に向けて、俺は真剣に言葉を放つ。

 

「裸エプロンに水着合わせるとか、お前ナイスすぎるぞ」

「台無しだよこの変態ッッッ!!!」

 

 直後、俺の頬に鋭い黒ニーソの蹴りが入った。




読者様………。




巫女服は………


―――――見たいですか―――――(殴(蹴(斬


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と巫女服

更新速度、上げます。

お待たせしました!!ご期待には応えきれてないかもしれませんが、巫女服です!


 五月の半ば。

 分厚い灰色の雲が空を覆い、風景は暗い。学校の窓から見える海は荒れ模様で、今にも雨が降りそうな感じだった。

 そんな中、帰りのHR直後。自分のバッグに宿題で使う教科書や筆箱を丁寧にしまい込んでいる少女の元へ、二人の同級生が話しかけた。

「ねえ桜ちゃん、ちょっと良いかな?」

「ん?どうしたの?」

 バッグのチャックを閉めて、顔を上げたのは学校でも一位二位を争うだろう美少女。

 といっても彼女と争える人物は一人しかいないが。

 彼女の動作一つ一つで甘い香りを漂わせながら揺れる黒髪ロングストレート。

 大きな蒼い瞳に、端正な顔立ち。幼さと優雅さを併せ持ち、凛とした雰囲気の中にも木漏れ日のような優しさを含ませるその美少女は、雪柳桜(ゆきやなぎさくら)と言う。

 そんな桜に、同級生の片方が両手を合わせて頭を下げた。

「ちょっと頼みたい事があって!桜ちゃんにしか出来ないんだけど、頼んでもいいかな!?」

「んー……」

 桜としては、はっきり言って聞かなくても良いと思っていた。

 多少好感度が下がっても別に彼女は気にしない。正し一人を除く。

 そう瞬時に考えて、今日の夕飯をカレーに決めた桜は断ろうと口を開いた。

「ごめn――――

「きっと暁君もメロメロになるよ?」

「――――話を聞こう」

 頼み込んでいた同級生の横に立っていたもう一人の少女が小さく呟くと、桜は断るという選択肢を切り捨てて話を聞き始める。

 

☆★☆

 

「朝はパンっ♪パンパパンっ♪」

「パン派だっけ?」

「白米が最強だろ」

「キミは何なんだい?」

 桜の作ってくれたカレーを二杯程食し、食後のテレビタイムを楽しむ時間帯。夜の七時半頃。

 俺こと、平均平凡な男子高校生である暁結城(あかつきゆうき)はソファに座りつつ歌っている。

 その内容を桜にツッコまれつつ、金曜日にやっている気の抜けるような旅番組を俺はぼけーっと見ていた時。

「……ねえ結城。巫女服は好き?」

「ど、どうしたんでせう!?急に!」

 突然桜がお盆にコーヒーとお菓子を載せて台所からリビングにやって来て、俺に言い放った。

 慌てふためく俺の前で桜は目をそらし、ソファとテレビの合間にあるガラステーブルの上にお盆を置きつつ事情を話す。

 どうやら、クラスメイトに頼まれてとある神社のお手伝いに行かなければならないらしい。

 それもその日は中学生の見学活動があって、どうしても外せない。それに神社に興味を持たないだろう現代っ子の中学生にやる気を持たせるためにも、超絶美少女である桜に巫女服を着てもらい神社の説明をしてもらいたいんだとか。

 さて、ここで質問だ。

 巫女服が嫌いな男性は居るか?いや、居る訳が無い。

 恐らくここで俺が『巫女服きらーい』と言えば90パーセントくらいの確率で桜は神社の手伝いに行かないと思う。え?自意識過剰?ハハハ、まさかー……。

 そして俺は、平均平凡な男子高校生。

 こんなチャンスを、逃しはしない!!!

「巫女服は好きです!」

「ふうん、誰のでも良いの?」

「いや、今年初詣に行った時にお守りを売ってくれた巫女服のお姉さんが最高だった……ハッ!」

 やべえ地雷踏んだ!! 

 あの日も桜さん機嫌悪かったのに!

「……ふううーん?そうかいそうかい、そんなにお姉さんが良いならさっさとあの神社行ってこいばーか!」

 そんな事を言いつつ、四人くらいが座れるソファに座る桜。俺との距離は約30cmで、裸エプロンの時からおよそ10cmくらい縮んだ。

 俺としては零距離でも良いのだけれど。

「いや、ね?まだ桜の巫女服見てないからさ、何とも言えないっていうか……」

「ボクの巫女服姿を想像出来ないのかな?」

「出来るに決まってんだろ。……はっ!」

「変態。へーんーたーいー」

「へ、変態ちゃうしっ!?」

 ジト目で、コーヒーカップを両手で持ちつつ桜は変態と繰り返す。

 そこまで言われたら反撃するしかない。俺はコーヒーを一口飲んで、なるべく声を低くして、

「それ以上言うなら押し倒すぞ(低音)」

 そう桜に告げた。

 すると彼女の顔が一瞬呆けたように固まって、そしてみるみる内に真っ赤に成っていく。耳まで一気に赤くなった桜は、コーヒーカップをガラステーブルに置くと、ソファに横たわった。

「その……き、キミならいつでも良いよ……?」

「いやごめんちょっと心の準備がががが」

「死ね!!死ねこの変態!!」

 横たわったまま、クリーム色のパーカーに短パンで晒した素足で俺をゲシゲシと蹴り付ける桜。さっきよりも怒った風に、桜は俺の腹部を的確に穿つ。

「やめて!?ねえ、やめてくらさい!」

「死ね!ボクの覚悟と期待を踏みにじった愚か者は死ね!」

「高1で卒業とか早すぎんだろーが!」

「ヤれよ!さっさとさあ、男なんだからさ!!」

「何をだよ!」

「ナニだよ!」

「アウトだよおおおお!!!!」

 段々変なテンションに成っていく桜の叫びに叫び返す。

 かくして夜は更けていき、やがて土曜日の朝が来た。

 記念すべき、桜が巫女服を着る日である。

 

 ☆★☆

 

 中学生の神社見学学習のお手伝いとして、俺と桜はこの町の高い処にある古い神社へと向かっていた。

 桜は春の終わり、温かい気候の為水色のパーカーに同色のスカート。俺はジーンズにワイシャツである。

 荷物は全部俺持ち。と言っても、着替え程度しかないから楽なものだ。因みに着替えをもって逃げようとすると殴られる。経験者は語るぜ。

「……はあ。今更なんだけどボクが巫女服着たところで中学生諸君にやる気がでるかい?」

「一番真面目に勉強したらなでなでしてあげる♡とか言えば?」

「うわきもっ」

「酷い!」

 俺だったら真面目に勉強するのに。

「……大体、巫女服なんて恥ずかしいよ。似合わないだろうし」

「いいや、似合うね! 絶対に!!」

「い、言い切るね」

「勿論。桜は可愛いからね!」

「……ばーか」

「あ、因みに巫女服は本来下着でだな……」

「死ねっ!!」

 顔を赤らめて殴ってくる桜。学校ではいつもアイリスに絡まれていたから、二人っきりの時間というものは久しぶり……でもなく、最近はものっそい俺の家に居座るようになった。

 最近なんか、俺が胡坐で座って本読んでるとその胡坐の上に乗ってきて、俺の腕が桜を抱きしめるような形を作ってから自分も本を読んだりし始めるんですよ。もうね、本どころじゃ無い。

 しかもそれを何気なくやるフリして、顔が耳まで真っ赤なんです。

 柔らかくて温かい女の子の体、美少女が体を預けてくる。

 良く理性持つよな、俺。

 

 数分歩いて、やっと山の上の神社に着いた。もう中学生はいるらしくて、桜は、

「覗くなよ」

 とだけ言って着替えに行った。ワクワクしながら待っていると、やがて後ろの方から声が聞こえた。

「……着替えた、よ」

「待ってましたああああ…………あ……あ?」

 元気よく、突発的に振り向く。

 叫びながら振り向いたつもりが、途中から声が消えていった。

 理由は単純。桜が、俺の幼馴染である雪柳桜が、美しすぎた。

 

 紅白の巫女服に、黒髪を簪でポニーテールの様にして纏めている。真っ赤に染まっている頬と耳。潤んだ蒼い瞳に、白い足袋を履いた足。

 肩は空いていない。脇も見えない。が、それ故に桜は清楚であった。

 大和撫子というのは、清楚であり静かであり、強かな物だ。

 日本古来の、四季の様な固い、それでいて美しさを持つ存在。静かに燃ゆる炎の様に、桜の巫女服は唯の美少女が巫女服を着たとかいう次元を超えて、一つの芸術作品と呼べる物だった。

 肩空きを、否定する訳では無い。

 しかし。

 清楚な黒髪の大和撫子には、肩が開いていない清楚なイメージを持たせる、露出が少ないものが合っている。

「……何とか言ったらどうだい」

 桜は、ジト目で感想を言わない俺を睨む。

 口元を腕で覆いつつ、自分の顔が真っ赤になるのを感じながらも俺はしっかりと口を開き。

「可愛い。似合ってる。……その、綺麗だ」

 そう告げた。

 桜はそれを聞いて、頬を綻ばせる。しかし直後に俺に背を向けて、にやけ顔を隠した。

「そうかい。……じゃあ、安心かな。そろそろ神主さんの所に行こうか」

 そう言うやいなや、桜はさっさと歩き始める。その後を慌てて着いていき、神主さんの元へ。

 神主さんは優しそうなお婆ちゃんで、丁寧に詳しく桜にこの古い神社の事を説明した。今日の仕事内容を教えて貰った桜と、何故か巻き込まれた俺はお婆ちゃんに続いて中学生の元へ。

 総勢、100人くらいだろうか。中学一年生の、この辺りの歴史を調べるというテーマの授業らしい。

「今日は、宜しくね。ボ……私は、雪柳桜って言うんだ……言います」

「俺は暁結城です。皆、よろしくな!」

 桜は自主的に「ボク」というのを控えている。恥ずかしいのだとか。いつもは俺やクラスメイトに言ってるのに、変な所で恥ずかしがるのだ。かわいい。

「じゃあ、聞いてみようかな。この神社の名前は?」

「はい!染井吉野稲荷神社です!」

「正解。偉いね?」

「はい!後で撫でてください!」

「ふえっ!?」

 許さんぞ小僧。

「え、えっと、じゃあこの神社の御利益はー?わかる人ー?」

「はあい!」

「お、違う子だね。どうぞ」

「お姉さんと僕が結ばれるように祈るための、縁結びの神社として有名です!結婚してください!」

 許さんぞ小僧。

「え、ええと……」

「好きな人は居るんですか!?」

「そ、そのう」

「居ないなら良いですよね!?」

「あーっと……」

 ちらちらと、此方を伺う桜。

 狼狽える桜の様子を楽しむのも中々良かったのだけど、しかしここまで来たらアウトだ。先生に少し頭を下げると、担任なのか眼鏡をかけている先生がその生徒に向けて頭をぐりぐりし、何かを言っていた。

 静かになる一帯。疲れたような笑みを浮かべる桜の前に出て、俺は続きの説明を始めた。

 『染井吉野稲荷神社』。

 昔、ソメイヨシノの前で結ばれた二人の男女が、死後も稲荷神社の狐となって二人で居続けたという伝説が元の縁結び神社。

 その効果は凄いらしい。伝説もハッピーエンド? の事から、結構その面でも有名だ。

 説明を終えて、自由行動。入ったらいけないところを説明し、俺は桜の手を握る。

「……何さ」

「いや、こうでもしてないと絶対男子どもがお前のところ来るから」

「嫌なの?ボクが他の人に囲まれるのは」

「嫌だよ」

「……ふーん。ふふ、そっか」

 耳元に囁いて来て、最終的に笑みを漏らす桜。吐息がくすぐったいです。 

 先生方からも説明と注意があって、やっと神社内の自由探索が始まった。立ち入り禁止区域には入らないようにして、しっかりと石に刻まれている文字や看板、伝説の染井吉野も見ていく。

 案の定群がってきた男子どもを威嚇して、質問には答えて、威嚇して、桜を守る。

 何人かしつこく気合の入った奴も居て、

「はい!貴方は邪魔です、僕はその巫女さんになでなでしてもらうんです!」

「その必要はないだろうが!」

「はあい!僕のお嫁さんに手を出さないでください!」

「……×××」

「ダメだよ!それは流石にアウトだよ結城!」

「はい!」「はあい!」「はい!はい!」「はあい!はあい!はあい!」

「質問なんですけど……」

「ああ、それは私が答えるよ」

 散策時間は、30分程度。

 それなのに滅茶苦茶疲れた俺たちは、最後に中学生との挨拶を終えた後に、神主さんの元へ行った。

 

 神社内を歩きつつ、神主さんの居る所へ歩いていく。室内へ入って、桜が中で会話している時に俺は神社内の散策へ。

 余談だが、俺は結構神社が好きだ。だからこの染井吉野稲荷神社も来た事はある。

 ……縁結び神社だから、流石に桜とは来た事は無い。意気地なしと言われそうだけど。

 それにしても、巫女服は似合っていた。桜を見慣れているはずの俺でも見惚れるレベル。あの中学生が桜に執着するのも分かる所が空しい。

 特に「はあい!」の奴、お前は許さん。

「桜の夫は俺だz

「話し終えたよ……って、え?」

「z……ぞとか言うわけないじゃん!」

「死ねばかあほおっ!」

 どこん!と背中に蹴りを喰らって、神社の道に倒れる俺。打ち付けた顔面を擦りつつ、地面に座った状態のまま後ろへ振り替えった。

「全く。そのだね、ボクは結構アピールしてるんだけどな」

「うん。うん」

「もう少し、踏み込んできてくれても良いというか、カモンといいますか」

「うん。うん」

「…………」

「…………」

「寝取られるぞ」

「それだけはやめろ」

 大分キレ気味に言った桜は、ポニーテールを揺らし腰に手を当てて怒り始める。

「そのだね、ボクはその、……何回も言ってるけど!キミの事がす――――――――」

 桜の言葉。

 大事な時に。

 突如として、強い風がブオオオッッ!!! と吹いた。

 こ、これは俗にいうKAMIKZEじゃないか!! と、俺が脳内で叫び、そして予想通りに巫女服のスカートが巻き上げられて、

 

 その下に隠されていた布地が―――――!!

 

 見えなかった。

 

「…………………………え?」

 

 そこに広がるのは、肌色一色。決して視力も動体視力も悪くない俺は、その肌色一色の景色をしっかりと見ていて。

 やがて、自然にスカートがふわりと落ちて、再び下半身を隠す。目を見開き、顔を真っ赤っかにさせて固まる桜。突然の事に動けない俺は、暫し見つめあい。

「――――――変態っ!変態っ!へんたい!!ばーかばーかばーか!なんで見るんだよう!こう言うのは場所と時間を考えてよばかーー!!」

「知らねえって!風の所為だから!というかお前、ツルツルって………」

「うにゃあああああああ!!!わすれろおおおおおおおお!!!!」

「ふぐうっ!!痛い!拳痛いふがあっ!」

 

 俺が桜に殴られて、そのままぽかぽかとやられ続ける。

 運命の悪戯か、しくまれた事か。

 

 桜が途中まで何かを言いかけたその場所は、伝説の染井吉野の前だった事に、この時は誰も気づいていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と勉強合宿#1

 馬鹿(永大)が言った。

「うおおおおお!!!やっべえ、一週間後テストやんけ!」

 その言葉は、忘れようとしていた現実を俺たちに突きつける言葉。勿論、俺は間髪入れずに永大へとボディーブローを叩き込み、凛は回し蹴りを打ち込んだ。

 桜とアイリス(白状態)は呆れたように俺たちを眺める中で、突然アイリスが告げる。

「じゃあ、明日からの土日、私の家でお勉強合宿しますか?」 

 と。

 永大は行くと一瞬で答え、凛も行くと言う。最近、俺についてくる様になったアイリスは自然と永大や凛とも仲良くなったのだ。未だに桜とは熾烈な争いを繰り広げてはいるけれども。

 とまあ、そんなこんなで。俺もアイリスの無防備な私服姿を拝みたいという願望があったので行くと答えたら、頑なに行かないと言い張っていた桜が急に行くと言い始め、最終的にはいつものメンバーで行く事に。

 そして、今日。

 俺と桜、凛と永大はアイリスの大きい家の前に集合していた――――――

 

☆★☆

 

「でっかいなあ……」

「確かに凛もアイリスさんも大きいけど、朝っぱらからそういう事言うのはどうかと思うぜ?」

「マジで永大爆発しろよ」

「ひどっ!?」

 土曜日の、朝十時ごろ。アイリスの家の前に集合した俺たちは、インターホンを押す手前で躊躇っていた。

 理由は、目の前の家が大きすぎるのだ。どれくらいかっていうと、豪邸という表現が一番似合う程度には大きい。永大は取りあえず凛が成敗してくれているので、着替えや勉強道具の入っているバックを肩から下げたまま桜と目を合わして、ゆっくりとインターホンを押した。

 ピンポーン、と機械音が鳴り響き、同時に声が発される。

「いらっしゃい。今日は来てくれてありがとうございます。そのまま玄関から入ってきてください!」

 アイリスの声だった。俺たちはその声に従って、ぞろぞろと歩いていく。玄関を開けた先には、白いワンピースのアイリスが立っていた。

 金髪碧眼の美少女。身長は高く、スタイルも並みのモデルを軽く凌駕する。

 女性らしく体は全体に丸みを帯びていて、ゆったりとしたワンピースの下からでも存在を強く主張する二つの膨らみは桜よりも、そして凛よりも大きかった。

「おはようございます。じゃあみなさん、早速ですが私の部屋にどうぞ」

「やったぜ!アイリスさんの部屋だ!」

「……アイリスちゃん、私がこの馬鹿を締め出そうか?」

「い、いえ!大丈夫ですよ!」

 凛が拳を握りしめ冷徹に告げる。俺の隣に張り付くようにしている桜は小動物の様にアイリスを睨んでいて、その様子を知ってか知らずかアイリスは永大と凛を先に行かせて、俺の傍へそっと寄り添ってきた。

 桜は右側。アイリスは左側。

 両手に花という奴だが、そんな呑気なことは言っていられない。苛烈な争いが、俺を中心として勃発するのだから。

「……結城、勉強でそういう事をしている暇がなかったら、何時でも言ってね?口でも手でも、望むのなら何処ででもシてあげるから」

 アイリス(黒)が耳元で囁く。ぬるい吐息が耳たぶをくすぐり、背筋がぞくっと跳ね上がった。

 左腕に絡みつき、柔らかい体を押し付けるようにして俺の傍に寄り添う。ぐにゅんぐにゅん形を変える双丘がさっきから腕に当たり、柔らかいやら気持ちいいやらで俺は何も言葉を発せなかった。

「悪いけど、そーゆー変な事をしようとしたらボクが黙ってないからな」

 そして、右側から放たれる殺気満々の言葉。

「つるつるは黙ってたら?」

「は?ホルスタインも口を閉じてればどうだい」

「ふふふ、そんなにおっ○い小さいんだもの。ホルスタインって人を呼ぶのって、自分のコンプレックスを認めてるのよねえ?……まな板さん?あらやだ、まな板もつるつるね?」

「脳に行く栄養が全部○っぱいに行ってるんじゃないかい?後貧乳じゃない。つるつるじゃないし!というかあれはだね、結城が巫女服が下着だとか言うから下着を履かなかっただけで、本来なら見られる筈は無かったんだよ!だからそれで揶揄うな牝牛」

「そうね、本来ならみられるのはくまさんパンツだもんねえ?」

「くまさんパンツなんて履いてないし!!」

 ……すげえ、桜が押されてる。

 これがアイリス(黒)の強さか。口喧嘩で殆ど負けなしの桜がここまで押されるとは思っていなかった。というかつるつる事件を話したのは不味かったですね。フルボッコされたぜ。

 それに桜がくまさんパンツ履いてたのは小4までだ。今は水色と白の縞々が多い。

 え?変態?なんのことかな!

「……どうせまだ処女なんでしょう?」

「ははははああああああああああ!?!?ちょっ、な、何を言ってるんだい!?」

「ふふふふふふふふ、結城とあれだけ一緒に居てまだ処女なの?お子様すぎない?あれだけ結城と一緒に居たのにいたのにいたのに居たのに居たのにイタノにイタノニイタノニ」

 アイリス(黒)が俺の左腕を引きちぎらんばかりに握力を込める。ミシミシと軋む腕に、真っ赤になって慌てふためく右側の桜。混沌と化した状態で、桜が再び爆弾を投げ入れる。

「ふ、ふーんだ。ボクはもう結城と……そ、その……えっと、キ、キスまでしたこと在るんだからな!?」

 自爆する桜。言葉の途中で恥ずかしがって赤くなって、最後はテンションに任せて叫ぶ。

 その言葉を聞いたアイリスは、動かしていた足を止めた。俺と桜も止まると、ここぞとばかりに桜は得意げに言葉を発する。

「はーん!まさかキミ、キスもしたこと無いのかい?お子様だね!」

「………そうね」

 桜の言葉に、アイリスは足を止めたまま俺に体を向けた。その方向に顔を向けていた俺は、

「じゃあ、今経験しちゃおうかしら」

「ふえっ?」

 突然両頬をアイリスの白くしなやかで細い指に包まれて、変な声を上げて。

 そして迫ってきたピンクの唇が俺の唇と密着し、彼女の整った顔が直ぐ間近に迫った。

「ッッ!?」

「な、な、な……!?」

 驚く俺と桜。アイリスは俺に頬にあてていた手を背中へ回し、抱きしめるようにして俺にキスをしてくる。突然の行動に反応もできず、そのまま窒息しかけるまでキスをされ続けて、解放された瞬間に大きく息を吐いた。

「ふふふ、ご馳走様です」

 俺が過呼吸気味になっているのにも関わらず、アイリスはけろりとしている。

 真っ赤になって固まっている桜をちらりと見て、俺を抱きしめたまま、アイリスはにやりと笑った。

「じゃ、お代わりしますね」

「え?」

 そして、呆然としている俺に顔を近づけて、再び唇を重ねる。

 更に今度は。

「んっ……っふ……」

 にゅるり、と。

 口内に、アイリスの舌が侵入してきた。

 ぬるぬるの舌は俺の歯茎を、歯の裏を凌辱してから俺の舌へと絡みつき、にゅるにゅると唾液の交換を貪るようにしてくる。気持ち良い不快感が俺の脳髄を麻痺させて、喉奥へアイリスの唾液が流し込まれているのを、されるがままの状態にしていた。

 くちゅ、くちゃと音がしてそれもまた俺とアイリスを興奮させる。キスは止まらずにアイリスは頬を染めて俺を強く抱きしめてもっと強く、もっと濃密に絡もうと舌を蠢かす。

 やがて、口が離される。俺とアイリスの唇の間に掛かった銀色の唾液の橋の奥で、アイリスは艶めかしく唇を舌で舐めた。

 濃厚なディープキスが終わって、放心状態の俺へと再びアイリスは抱き着く。

 左腕に柔らかい温もりを感じつつ、アイリスはそのまま歩き始めた。

 30秒後。

「こ、こら!!おいていくなばかああああああああああ!!」

 と、若干幼児退行したような声が聞こえたのは別のお話しだ。

 

 キスの余韻からも解放されて、桜から【イクスティンクション・レイ】を喰らい、勉強会は始まった。

 最初は数学から。桜とアイリス、学年……いや、学校でも1,2を争うレベルの成績上位者の講義を時々挟みつつ、テスト範囲を処理していく。その敏腕さと言ったらあの永大が数学を完璧に理解するレベルで、俺もまた助かっていた。

 因みにアイリスの部屋は広い。女の子らしく可愛らしい色彩に家具の部屋だが、机の一部分だけが禍々しいオーラを放っている。

 そのことを気にしないようにしながら、俺は必死に頭とペンを動かし続けた。

 甘い匂いのする部屋で、時々感じる桜の殺気を無視して、勉強をし続ける。その俺にしては珍しい姿に、永大は宇宙人を見るような視線を向けてきた。因みに、直ぐに凛が殴っていた。

 そしてもう一つの問題は、俺に問題の答えを教えようとしてくれるアイリス(黒)だ。

 分かりやすく丁寧に教えてくれるのは凄くありがたい。しかし、その途中でワンピースの胸元を緩めたり唇を舌で舐めたりするのは如何なものか。桜には無い大人の魅力に悶絶しつつ、気づけば12時30分。

「……そろそろ、お昼ご飯にしましょうか」

 アイリス(白)がそう呟いた。

 それを聞いて、俺と永大はシャーペンを机の上に放り出してぐでーっと地面に横たわる。

「疲れた……」

「もう勉強なんてしたくない!」

 そんな男子どもを尻目に、桜とアイリス、凛がすっと立ち上がった。

「じゃあ、ボク達はお昼ご飯を作ってくるよ。結城と永大は待っててくれ」

「んじゃ、行ってくるねー」

「行ってきますね」

 そう言って、三人は部屋を出ていく。残された俺と永大は特に何をする訳でも無く、ぼーっと天井を眺めていた。何時もは聞こえる料理の音も、豪邸だからか聞こえない。少しの寂しさを覚える静寂の中で、徐に永大が呟いた。

「……そういえば、アイリスさんとお前ってどういう関係なんだ?」

「俺が知りたい」

「アイリスさんはお前の事を好きなんだろ?知り合い?」

「いや、全く知らん」

「何なんだそれ。まあ、時間あるときに聞いてみたらどうだ?そしたら教えてくれ」

「ん。まあ、答えてくれたらな」

 会話が、途切れる。

 沈黙というのは、何も気まずい物だけではない。安心しきった感覚に沈みつつ、そのまま俺は目を閉じた。

 午前中にやった勉強の内容を頭の中で繰り返しているうちに、段々と睡魔が俺を包み込み始める。抗いがたいその欲求に負けて、俺はそのまま深い微睡へと落ちていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と少しの過去

政宗くんのリベンジ、良いですよね。

アニメ見てハマって、コミックス買ってきました。最高です。


 小高い丘の上の病院の白い一室で、僕は笑って話していた。

 話しかけている少女はつまんなそうに窓の外の青空を眺めているけど、それでも僕は話し続ける。

 海と山のあるこの町に、大きな病院は一つしかない。その中でも難病患者が入院するこの一室で、その難病患者の少女へと、僕はずっと身振り手振りを交えて話しかける。

 頷いてくれたりでもしたら良い方。悪い時は、無視。

 それでも僕は毎日この大きな病院の一室に来て、難病患者の血族でも無いのに少女と会い続ける。

 難病は、死ぬ確率が凄く高いらしい。死ぬって言うのは、怖い。

 この黒髪に蒼い瞳の女の子も、死ぬのを少しは怖がっていると思う。

 その怖さを柔らげたいなって思って、僕はここに学校が終わったら毎日通っている。雨の日も風の日も、嵐の日も。雪の日も吹雪の日も、そして今日みたいな晴れの日も。

 友達とは遊ばない。二時間くらいをここで過ごしている。

「ねえ、×××ちゃん。ほかに聞きたいことはある?」

 返事なんて来ないのに、僕は話しかけていた。

 そしたら珍しく、少女は振り返って僕に視線を合わせる。そして、小さな唇を開いた。

「どうして、ボクに構うの?」

 自分を”ボク”と呼ぶ×××ちゃんへと、僕は答えた。

「一人じゃ、寂しいでしょ?」

 両親が共働きだから、僕は寂しい感覚を理解している。

 どこか遠くを見つめて、ぼーっとしてて。

 その姿は、家に一人でいる僕みたいだった。

「だから、×××ちゃんが元気になってもならなくても、僕がずっと一緒に居るよ!」

 無邪気に元気に、僕は声を上げた。

 ×××ちゃんはすると珍しく、困ったように表情を変えた。何時もは無表情なのに。

 でも。

 次に聞いた言葉で、僕は一気にどん底へと突き落とされた。

 

「……ボク、あと少しで死ぬんだって。だから、そろそろ誰とも面会出来なくなるの」

 

 少女は、告げる。

「じゃあね、―――――」

 

☆★☆

 

 頭の後ろが柔らかいです。

 Q、今の俺の状態を答えよ。

 A、アイリスさんの部屋で寝てます。

 

 ……昼飯直前で寝てしまったらしい。まだ寝ぼけている頭を軽く振って、頭の後ろの柔らかい物に深く頭を沈ませる。目元を擦って、ゆっくりと目を開けた。

 飛び込んできたのは、白いワンピースでした。

 状況を良く把握できないまま、視線を右に向けるとそこはアイリスの部屋。左へ向けると、白いワンピースに隠されているお腹。

 もう一度視線を上に向けると、大きな胸の向こう側に、微笑みながら俺を見ているアイリスがいた。

 Q、今の俺の状態を答えよ。

 A、アイリスさんに膝枕されてます。

「おはよう、結城。よく眠れた?」

「え、あ、まあ……。今何時?」

「一時くらい。まだ皆、下でお昼ご飯を食べてるわ」

 三十分くらい寝ていたと言う事らしい。まあまあな時間寝てしまったし、お腹が空いているしで俺は起き上がろうとするが、アイリスに額を押さえつけられて止まった。

「……何ぞや」

「ふふふ、寝てなきゃだーめ。女の子の部屋で寝ちゃうなんて、疲れが溜まりすぎじゃない?」

 有無を言わせず、アイリスはそのまま俺の頭を撫で始める。

 心地いい暖かさとあふれ出る母性に安心しきったのか、欠伸をしそうになるのを俺は堪えた。

 アイリスは、どうも俺を開放する気は無いらしい。二人っきりの時は大抵目からハイライトが消えているアイリスだけど、今は光が宿っている。

 彼女も安心しているんだ、と思い。俺はそのまま寝ころんだまま、さっきの永大との会話を思い出した。

「なあ、アイリス」

「ん?どうしたの?」

「俺とお前ってさ、どこで会ったんだ?」

 その言葉に、アイリスは一瞬考え込んだ。

 唇に人差し指を当てて、首を捻る。その後に、ぽつり、ぽつりとアイリスは話し始めた。

 

「そんなに大層な事じゃなくて、はっきり言って小さい事なんだけどね」

 

☆★☆

 

 数年前。

 ゴールドクレイス・トアイリスは大財閥の一人娘で、公園の砂場で遊ぶだなんて以ての外。遊びと言えば、着せ替え人形やぬいぐるみ、絵本を読んでいるくらいだった。

 が。

 残念なことに、トアイリスはお転婆だった。純粋だった。

 なので、豪邸を抜け出し、住んでいた町を着ていた水色のツーピースと共に駆け回り、目を輝かせながら町中を練り歩き。

 豪邸の中では母親と父親、使用人が血相を変えて叫んでいる中でトアイリスは公園へと辿り着く。

 勿論興味の沸いたトアイリスは真っすぐに公園へと入り、そのまま滑り台やブランコ等を他の子の見よう見まねで遊び、砂場で城を作り、遊んでいた。

 しかし、彼女は一人。

 他の子が全員友達と遊んでいる中で独りぼっちだったのはトアイリスのみ。

 金髪碧眼の美少女。人形の様な女の子に興味は持っても、話しかける様な子供は居なかった。

 ただ一人を除いて。

「ねえねえ、一人?僕と遊ばない?」

 はっきり言って文面だけ見ればかなりヤバい奴かナンパ男の台詞なのだが、言ってるのは子供。

 しかもトアイリスと殆ど変わらない、平均平凡な特徴の無い少年だった。

 無垢で純粋なトアイリスは笑顔で頷いて、そのまま少年と遊び、何事も無かったかのように帰った。

 家では父と母に怒られかけて――――――両親を論破して―――――翌日も、少年と遊びに公園へ行っていたが、ある日を境に少年は公園に姿を現さず、まだかまだかと待っている間にヤンデレて、そのままトアイリスは親の仕事によって引っ越す事になる。

 

☆★☆

 

「……それだけよ。私が貴方の事を好きになった理由は」

「へ、へえ。そうなのか」

 やっべえ全然覚えてないでござる。

 俺が僕と言っていて、公園で一人ということは小2くらいだろう。はっきり言ってその年は大変だったからそっちの事しか覚えてない。

 寧ろアイリスと会っていたのか!っていうレベル。記憶からすっ飛んでましたしね!

「覚えてないでしょ?」

「マサカーハハハー」

「正直に答えないとホルマリン漬k

「覚えてませんすみませんっ!!」

 すっと光が消えたのを察知した俺は勢いよく叫んだ。アイリスは直ぐに目に光を宿すと、優しい笑みを浮かべて俺の額を撫でる。

「結城に取っては忘れるような事だったとしても、私にとっては忘れる事が出来ないくらいの事だったの」

 アイリスはそう言うと、俺の頭を膝から下して立ち上がった。

「じゃ、お昼ご飯食べに行きましょ?そろそろ行かないと、桜さんが拗ねちゃうしね」

 

 ご飯を食べに下に降りると、もう皆は半分以上食べ終わっていた。

 そのリビングというよりは食堂に見える場所の一角に固まっている皆の処へ行って、桜の横に座る。

 すると桜は不機嫌そうにもしゃもしゃと肉を頬張りつつ、低い声で呟いた。

「……随分遅かったじゃないか」

「うん、まあすまん」

「何してたの?」

「寝ちゃってな。アイリスが起こしに来てくれたんだ」

 膝枕云々のところを言えば桜が不機嫌度マックスになるのは目に見えているため、嘘は付かずにそこは答えない。席の前に置いてあったフォークとナイフを取って、俺は早速用意された昼食を食べ始める。

 少し冷めていたけど、美味しかった。

 途中、アイリスのあーん攻撃や桜の蹴り、永大が(何時も通り)凛に吹き飛ばされる等の事はあったものの、一時半くらいにはもう勉強に戻っていて、やはり桜とアイリスに教えを乞う時間が続いていた。

 英語と数学、マジで爆ぜろと脳内で念じつつ公式と単語を頭に叩き込んで、気づけばもう六時。

 合宿と言う事で、今日は泊まります。どこに?女の子の家に!

「……暁、俺少し勉強頑張ろうと思う」

「奇遇だな、俺もだ」

 確かに俺と永大は変態だ。いつも脳内ピンクだ。

 しかしチキンである。

 女の子の家にお泊り、しかも男子二人に女子三人という状況から現実逃避するために、俺と永大はさっきまで恨んでいた英語と数学を快く迎え入れ、勉強を続ける。ひたすら手を動かし、文字の羅列を頭に叩き込む。

 テスト範囲が終わったら、次は国語と理科。理科も覚える単語が多くて泣きそう。

 だが今の俺たちは現実逃避真っ只中。その程度の事は障害にも入らず、ひたすらノートと教科書に向かい続ける。

 時刻は七時。凛が俺たちを現実に引き戻した所で、夕食。

 ハンバーグでした。美味しかったです。

 そして部屋に戻って、お風呂に入るまでに再び現実逃避。無我の境地へ、賢者タイムへと手を伸ばす。

 その様子に度肝を抜かれたのか、凛はいつも雑に扱っている永大の体調を心配したり桜は俺へと普段は殆ど見せない優しい笑みを浮かべたり、アイリスは俺を胸元に抱き寄せる(後で桜に俺が蹴られました)等、男子勢へと優しさを見せて、お風呂タイムである。

「じゃあ、結城さん、私と一緒に入りませんか?」

「べ、勉強頑張ってたしね。偶にはその、ぼ、ボクが背中を流してあげようか?」

 アイリスと桜の誘い。

 大変に魅力的だが、今の俺達には通用しない。それらを丁重にお断りし、血涙を流しつつ男二人で浴場へ。

「……ひっろ」

「女の子と一緒に来たかったよ」

「暁、ちょっと性転換して?」

「今時TS物!?」

 白く濁っているお湯に肩まで漬かり、男二人で他愛の無い話をする。

 やれ誰が可愛いやら、次のテストの話やら、夏休みの話やら。

 永大とはかれこれ10年以上の長い付き合いで、こうして話していると話題は殆ど尽きない。そろそろ出るか、と言う事になって出て、その後女子が全員で入った。

「悪霊退散煩悩退散………!!」

 二人で唱え続けてたのは別の話。

 

 翌日―――――。

 朝早く帰路に付いた俺と桜は、勉強のし過ぎで疲れ切った脳を癒すためにコンビニで甘い物を購入し(俺のみ)家に入った。一度桜は家に帰るらしく、自分の部屋へ行った俺はベランダのカギが開いている事を確認して、コンビニのビニール袋を床に置くや否やベッドにダイブした。

 昨日の夜はアイリスが乗っかってきて柔らかくて大変だった。桜の蹴りで起こされるし。

 まあ、これで中間テストの赤点は回避できただろう。袋からポッキーを取り出して口に含んだ処で、ベランダの窓が開いてぶかぶかのパーカーにショートパンツの桜が入ってきた。

「……ポッキー……か……」

「どうした、そんな神妙な顔して」

 入ってきた瞬間に表情を険しくした桜はポッキーを一本取ると、そのまま固まって先っちょを口に入れた。

 そして、もう片方の先っちょを俺に突き出してくる。ふりふりとポッキーを揺らす桜をじーっと眺めつつポッキーを食べていると、やがて桜はサクサクサク!とポッキーを食べて、

「何で反対側咥えないんだよ!」

「ええ!?寧ろなんで咥えるのさ!?」

「……トアイリスとは……その、し、舌まで入れたのに……!ボクとはキスもしたくないって言うのかそうなのか!」

 顔を真っ赤にさせて叫び、ポッキーを高速で食べ始めた桜。

 数秒経って、ああ、拗ねてるのかと俺は気づく。俺にしては早く気付けたのだけれど、何をしたら良いのか分からずそのままベッドに横たわっていると。

「この………っ!!」

 桜が言葉を溜めてから、

「アホチキン野郎がああああああ!!!!」

 ぴょーんと飛んで、空中で一回転。そのまま華麗な飛び蹴りを叩き込んで来て、俺の持っていたポッキーが全部木っ端微塵になった。

 




次回は桜さんのターンです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と梅雨のとある日

遅れてすみませんでしたあっっ!!!
マジで!すみませんでしたあっっ!!!

テストとか色々あって忙しかったんですごめんなさい!!!!!!!!

そして10万UAありがとうございます!
では、どうぞ!


 季節は、六月の半ば。中間テストも終わり、俺たちを待つのは夏休みだ。

 今は梅雨真っ盛り。今日もまた、しとしとと雨が降っている。そう、それは……

「まるで傘を忘れた俺の心の様に、冷たく悲しい雨だった……!」

「傘を忘れただけだろ。そこまで詩人っぽくならなくていい」

 ぐっと拳を握りしめて、悔しさに打ち震える俺。それを呆れたようにジト目で見る幼馴染。

 平均平凡、俺こと暁結城と、成績優秀容姿端麗才色兼備文武両道の幼馴染、雪柳桜。

 普通ならば接点も何も無いようなステータスだが、俺たちはお互いの家をベランダから行き来できるような関係。親同士も仲が良く、所謂家族がらみの関係というやつだ。

 今日は桜が先生に任せられた仕事を片付けるまで待っていたのだが、それが裏目に出た。天気予報では言われなかった急な雨が降り始め、校門の所で傘を持っていない俺と桜は立往生しているのが現状。

「桜、何かポケットから出せない?」

「ボクはド○えもんじゃないよ」

 渾身のボケも簡単に受け流されて、俺はそれっきり黙ったまま空を見上げた。

 黒い雲が空を覆い尽くしている。降り続ける雨は止む様子も無く、暗い空から目を離して俺はため息を吐いた。

「……そういえば、この学校は傘貸出してたよな」

「うん、そうだね。職員室前だったかな?」

「分かった。取ってくるわ」

「お願いするよ。相合傘はしないからな」

「くっ……!わ、分かった……」

「どれだけ狙ってたんだい」

 呆れた風に息を吐いて、さっさと行ってこいと告げる桜。さりげなくパシリにされているが、俺は直ぐに傘を取りに行った。

 

 ……数分後、戻ってきた俺の手には傘が一本。

「相合傘はしないって言っただろう!?」

「傘が一本しか無かったんだって!信じてくれ!」

「ちょ、ちょっと待っててくれ。ボクが直々に見てくるよ」

 走っていく桜。そして俺と同じように数分後帰ってきた桜の手には、傘は握られておらず肩に掛けるバッグの紐を握りしめていた。

 顔を赤らめつつ、桜は口元をむにゅむにゅさせる。無言で立ち尽くす俺たち。

 やがて口を開いたのは、俺の方だった。

「……あれだ。桜が傘使っていいぞ?俺は頑張って帰るからさ」

「キミが風邪を引いたら看病するのは誰だと思っているんだい?」

「え?いや、俺一人暮らしだぞ?」

「ボクはキミの家に風邪の看病で行った事があるはずなんだけどね!?」

「え?……あー、ああー」

「忘れてたなこのアホ!全く、だから中間テストで赤点をギリギリでしか回避できないんだよ!」

「うっせー!うっせー!桜こそ保健体育だけ満点じゃないじゃん!このムッツリ!」

「んなっ!?あ、あれは度忘れしただけだし!」

「ふーん?お前がバツ付けられた所は文字がぐちゃぐちゃで読めないって先生が言ってませんでした?」

「……知らないね。ああ知らない。覚えてない。今日の夕ご飯はトマトと茄子とゴーヤの炒め物にしようかな」

「悪かった。俺が悪かった」

 桜の実質晩飯抜き発言を聞いて、俺は直ぐに引いた。再び場が静かになり、雨が地面を叩く音だけが聞こえる。その中で、やがて桜は俺をジト目で見上げた。

「……今日だけ、だからね」

「相合傘?」

「言うなアホっ!……そうだよ。ほら、早く帰ろう?」

 桜が赤らんだ頬を俺から隠すようにしてそっぽを向く。ばさっとビニール傘を広げた俺は、桜をその中に入れて自分も入った。

 何も言わずに、殆ど同じタイミングで歩き出す。高校の正門までの道を何も言わずにあるき、雨の音に耳を澄ませて。正門の前に広がる桜並木はもう葉桜に塗り替えられていて、そろそろ完全な緑に染まるだろう。そうなればもう蝉が鳴き始める、夏になる。

 この町は山と海がどっちもあり、両方がかなり綺麗だ。知る人ぞ知る名スポット。

 夏になると、少しだけ観光客が来てここら辺が賑わう。『染井吉野稲荷神社』での夏祭りも名物だ。

 さて、今の状態はと言うと。

 俺の左半身がぐっちょりでやんす。ええ。

 右側に桜が居て、俺は桜を濡らさない為に全力で傘を桜の上に持って行っている。そろそろ右腕が死にそうだけど、そのおかげもあって桜は少ししか濡れていない。

 そうして何も言わずに歩いていると、桜が突然立ち止まり、バス停の屋根がある所へすっと入った。

 俺もそれに付いて行って屋根の下に入るやいなや、桜が俺へ背を向けたまま呟く。

「……随分左っかわが濡れてるみたいだね」

「え?ああ、しょうがないよ。傘は狭いからさ」

「その、もう少しボクに近づいても良いんだよ?多少胸に触っても許すから……」

「いや、良いよ。帰って直ぐに風呂入れば風邪も引かないだろうしさ。ほら、行こう?」

 そう言うと、桜は素直に傘の下に入ってきた。桜がしっかりと傘の下に居る事を確認して、俺は歩き始める。

 直後。俺の右腕に、柔らかくて暖かいものが押し付けられた。

「っ!?」

 慌てて右側を見れば、桜が自分の全身を俺の右腕に密着させている。胸も形を変えて、傘にも空きスペースが出来ていた。

 隙間から見える桜の顔は真っ赤で、耳も熱くなっている。

 俺自身も鼓動が早まるのを感じながら、そっと傘を俺と桜の中心に持ってきた。今度は、俺も全身入る事が出来た。

 ……のは良いが。

 いつも通り、俺の脳がオーバーヒートしそうである。二人揃ってそっぽを向いていて、傘で跳ねる雨音が絶え間なく続いている。地面で跳ねる水滴をズボンの裾に浴びながら俺と桜は角を曲がって。

 急にトラックが至近距離を駆け抜けた。

 驚き、立ち止まる俺と桜。そこへ、トラックが駆け抜けた水溜まりの水が跳ねて、

「うおっ!?」

「ひうっ!」

 予想通りに、俺と桜の全身を濡らした。ぐっしょりと滴るシャツが肌に張り付いて、髪からも水が滴っている。

「桜、大丈夫?」

「大丈夫なのかどうか。……うう、全身ぐっしょりだよ」

 桜の方を向き、そして俺はそのまま固まった。

 ビニール傘の下、俺の直ぐ隣の桜は夏服。薄いシャツが肌に張り付いて、濡れて透けている。うっすらと見えるのは、水色の下着と淡い肌色。白い二の腕を、水滴が滴っている。

 長く綺麗な黒髪からも水を滴らせ、桜は蒼い瞳で自身の体を見回し、そのままシャツの裾をスカートから引き抜き、ぎゅうっと強く絞った。

 水が地面へと落ちる。それと同時に、真っ白な臍がちらりと見え、くびれの付いている腰が覗いた。

 濡れた服が張り付いているせいで、桜の体のラインがくっきりと浮かび上がっていて、その体のラインが綺麗すぎて、俺はそっと顔をそらした。

「……ふう。おーい、結城。行こ?」

 隣の桜から声が掛かる。もう準備できたのかな、と思いそっちを向くと、桜は少しだけ顔を斜めに傾けて俺の顔を覗き込むように上目遣いで見ていた。

 濡れている髪を、耳に乗せるように手で軽く流す。何時もは黒髪に覆われていて見えない耳と、うなじ。そしてうなじに張り付いている髪を視界に捉えて、自分の心臓がひと際高鳴ったのを感じる。綺麗な桜の、その儚い姿を見て、俺は半ば衝動的に傘を深く俺たちの上に被せた。

 ビニール傘が、俺たちを完全に覆う。

「……結城?ねえ、どうしたの……っ!」

 怪訝そうに俺を伺う桜の言葉を遮るように、俺は桜の頬に傘を持っていない左手を添えた。そのまま顎まで滑らせると、それにつれて桜の顔がどんどん赤くなり、蒼い瞳の焦点が合わなくなってきている。

「ちょ、ちょっと?結城、ねえ結城……あ、あの……どうしたのさ……」

 顎を左手で支えて、少し上に持ち上げる。そのまま顔を近づけていくと、桜の言葉からは力が無くなっていく。やがて、桜の吐息だけが聞こえて、もう触れ合う寸前まで来たところで。

 桜は目を閉じて、俺を受け入れた。

「ゆうき……んっ、あっ………っふ……」

 衝動に任せての、数秒のキス。ビニール傘を深く被っての行為を終えて顔を離し、桜と俺は同時に息を吐いて、そのまま。

 

 俺は、傘を投げ捨てて全力で額を地面に打ち付けたッッ!!

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!!!!」

 引かれた嫌われたヤバい死ぬ死ぬ!!

 脳内で勢いよく叫び続けること数十秒。何も言わない桜を不審に思い、恐る恐る俺は上をちらりと見て。

 桜は、唇を自身の腕で覆っていた。雨に濡れる彼女は、耳まで真っ赤にしていた。俺の視線に気づいたのか、桜は小さくか細い声で、告げる。

 

「………ボクは……その、い、嫌とは……言ってないよ?」

 俺とは絶対に目を合わせず、聞こえるかどうかも分からない大きさの声。

 雨に打たれて、濡れながら、彼女は胸元を抑えて俯く。そのまま一、二分が経った後に桜は地面に落ちていた傘を拾うと、俺の上にかざしてそのまま俺の腕を取り、そのまま歩き始めた。

 自然な流れで桜と腕を組んだまま、さっきよりも密着しながら家への桜並木を通り、家の前へ。

「じゃ、じゃあね?その……着替えたら、キミの家に行くから」

「お、おう」

 お互いにそれぞれの家に行き、バッグから鍵を取り出して家のドアを開ける。

 ぐしょぐしょの靴下を玄関で脱ぎ、手に持って廊下に踏み出した所で、突然俺の家のドアが強く開かれた。

「結城……」

 そこに居たのは、桜。

 涙目のまま、彼女は呟く。

「……家の鍵忘れたあ……!」

「ほえっ」

「ちょっと着替え貸して……!後出来ればシャワーも貸して……!お願い……!」

「わ、分かった!シャワーの位置わかるよね?今すぐお風呂沸かすから、服脱いだら洗濯機に入れておいて!」

「うう……ありがとう」

 勝手知ったる俺の家。桜は俺に言われたとおりに廊下を進み、お風呂場へと入っていく。そのまましゅるしゅると服を脱ぐ音が聞こえて、なるべく気にしないようにしながら上へ。

 桜の着れそうな物を探しているも。

「……今朝、全部洗ったんだよなあ」

 Tシャツもパジャマも今朝洗ったため、まだ乾いていない。あるのはただ一つで、勿論桜の下着も無いわけだが、これしかないから着て貰うしかないだろう。

 じっとそれを見つめて、俺はお風呂場へ。ガラスの向こうの水音と湯気をちらりと伺いながら、そっと俺は着替えを置き、そのまま自室へと戻った。




受け身な桜さんでした。
次回に続く!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と予兆

 桜がお風呂を使っている中で、俺は一人部屋で本を読んでいた。

 ぐでーっとベッドに横たわっていると、階段からどだどだどだ!と騒がしい音が聞こえて、本から顔を上げると突然強くドアが開かれ。

「君は……ここまでバカだったのかあああああああああ!!!!!」

 そして、顔を真っ赤にさせた桜が部屋の中に突っ込んで来た!

「ふおおっ!?落ち着け、落ち着けって……ふおおおおお!?何その恰好!?ええ!?」

「き、み、が!置いておいたんでしょうが!!」

 今の桜の姿は、俺でも目を見張るレベルの服装だった。……いや、服なのかも疑問である。

 

 裸に、ワイシャツ一枚。

 

 火照ったお風呂上りの体に湿っている長い黒髪、俺のワイシャツだからまだ隠せているものの太ももの付け根のほんの少し下まで見えてしまっている。当然、その下には白く健康的な肉付きの生足。すらっと伸びる足には汚れ一つ無く、ボタンを三つくらい開けているため鎖骨まで見える。

 焦る俺を前に、桜はドアの前で腕を組み俺から顔を逸らした。

「ま、まあ……そのだね、ボクだって君の要望とあらば裸エプロンくらいはやろうと思うk

「いやいやいや、俺が置いておいたのはタンクトップのTシャツに前桜が置いていった短パンですよ?」

「……は?」

 桜がそっぽを向きながら早口で何かを捲し立てているのを、焦った俺は遮った。

「それにそれ俺が着てたワイシャツだからね!?汚いから早く脱ぎな!?」

「結城が、着た、物……?」

 呆然とした桜は頬を赤くしたままシャツの胸元を両手でつまみ、そっと口元まで持っていく。シャツの裾が上がって、太ももの更に上まで見えそうになる。ガン見していたい気持ちを必死に押さえつけて、俺はそっぽを向いた。

「……うん、体をちゃんと洗ってるかい?全く、君の匂いが凄い染みついてるよ……」

「ごめんなさい……今度から二十回くらい洗います」

「いや、良いよ。水の無駄だしね、洗剤の無駄だしね。……ふふふ、じゃあ着替えてくるよ」

「あい」

 視線を戻すと、何故か満面の笑みを浮かべている桜はスキップでもするかの様に部屋を出て、階段を下りて行った。

 ……というか、さっき桜が裸エプロンとか何とか言ってませんでしたっけ……?

 

 数分後、タンクトップのシャツに短パンに着替えた桜が部屋に入ってきた。外は未だに大雨で、空は少しづつ暗くなっていく。ベッドに寝っ転がっている俺の隣に腰を下ろした桜は、蒼い瞳でじっと俺を見下ろした。

「……どした?」

「ん、いや。何でもないよ。何時も通りの変な顔だなって」

「俺今日は何もしてないのに罵倒された!?」

 やれやれと首を振った彼女は寝っ転がっている俺へと四つん這いで這いより、俺の上に乗ってきた。体全体を被せるようにした桜は、俺の胸に顎をこつんと乗せる。顔を赤らめ、俺のシャツをぎゅっと掴んでいる桜は唖然としている俺と目を合わせると、

「……寒いからね。少し、くっ付いてても良いかな……?」

「あ、じゃあ暖房つける?」

「キミ、分かってやってるかな?」

 気を利かせたつもりなのに、桜の視線は何故か厳しくなった。仕方ないのでそのままで居ると、俺の上に居る桜はじいっと俺を見てきた。

 何かを求められているのだろうけど、その何かが分からない。

 困惑して動けないでいると、桜の視線は段々と鋭さを増していった。まるで猫みたいだな、と思いながら、思わず俺は桜の頭を優しく撫でた。

 艶があり、綺麗な黒髪は少し湿っている。すっと気持ちよく手が滑る髪を撫でていると、桜はいつの間にか幸せそうに笑みを浮かべていた。どうやら、これが当たりだったらしい。そのまま撫でて、撫でられての時間が続く。まったりゆったりと、安心するような雰囲気が俺たちを包み込んでいた。

「……ねえ結城」

 しかし。

 

「最近また、机の二重底が厚くなった気がするんだけど……?」

 

 その雰囲気を、桜は木っ端微塵に吹き飛ばした。どっ!と滝のように汗が吹き出し、桜は俺の胸に人差し指でくるくると円を描いている。

「……ねえねえ、どういう事かな?」

「え、えええ永大さんに借りてるんでごわす。間違えた、押し付けられてるんですよ」

「『金髪ヤンデレに愛されすぎて夜も眠れない』……んー?」

「ひいっ!!」

 んー? と首を傾げる桜。動作だけなら、可愛い。

 しかし、彼女の瞳孔は開ききっている。瞬きすらしていない。濁った蒼い瞳で、彼女は俺をじっと見つめた。

「『クーデレの幼馴染との同居生活』……許そう」

 最近購入……げふん、永大から借りている物のタイトルを一通り言われ続ける。時折、俺の胸に桜の人差し指が突き刺さるが彼女は今俺の上に寝っ転がっている。逃げようにも逃げれないのだ。

 

 そして。

 

 解放されたのは、それから二時間後だった。

 

 




色々な事情で、短くしました。

本当にすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と水泳授業

アイリス回削除してすみません。

……またもや桜さん回ですすみません!!!

(もしも居たら)アイリス派閥の皆さま、頑張って話を捻り出しますので……暫しお持ちください。

では、どうぞ。


 七月に入った、夏休み直前の今日。学校に登校したのちに朝のHRを終え、1-Aは騒がしく成っていた。一時間目は数学。二時間目は英語と続き、三、四時間目は体育。

 授業内容は、水泳だ。

 騒がしいのは勿論それが理由で、男子も女子も盛り上がっている。

 そんな中で、俺―――――暁結城は友人の岡取永大と話していた。

「……はっきり言ってさ、暁は誰の水着みたい?」

「悩む。うん。候補は三人だよな」

「ああ。まずは金髪碧眼、誰もが認める巨乳の……」

「アイリスだな」

「それだ」

 ゴールドクレス・トアイリス。金髪碧眼、スタイルが抜群に良い転入生。身長も高く、並みのモデルは軽く凌駕する。ヴィーナスを思わせる母性に滲み溢れる魅力、時折浮かべる優しい笑みには何人物の男子が吹き飛ばされてきた。

 しかしそれは表の顔(白)。丁寧で優しい、敬語のアイリスの真の正体は腹黒いヤンデレである。

 裏の顔(黒)は俺に異常な執着を見せている。急にディープキスされた事もあった。最近の俺が良く殴られるのは大体アイリスの所為だ。

「二人目は、何とも意外に」

「「吉相凛」」

「……だな。分かってるじゃないか暁」

 吉相凛。

 同級生の女子高生、家事スキルが高いことはアイリスの家での合宿で判明しており、栗色の髪をポニーテールに纏めている。陽気でノリの良い、普通の女子高生。

 周りと比べれば容姿は整っていて、アイリス等が居なければクラス中から人気を集めていただろう。

 水着の話で話題に上がるあたり、スタイルが良い事も服の上から分かる。

 ここだけの話、永大はどうやら凛押しらしい。

 そして、最後。

 

「桜、だな」

「流石幼馴染。即答か」

 

 雪柳桜。

 黒髪ロングストレート、ボクっ娘であり俺の幼馴染である。ベランダでお互いの家を行き来出来るため、結構昔から交流がある。親同士の付き合いでもあって他の人たちよりも全然仲が良い。

 彼女は特別スタイルが言い訳でも無い。顔立ちは整っていて綺麗だが、胸などは凛にもアイリスにも負ける。

 だが、桜は体のラインが綺麗なのだ。慎まやかな、と言ってもDくらいの胸におへその線、膨らんだ臀部に程よく肉の付いた白い足。体のどの部位を取っても芸術品の様な美しさを持つ彼女桜はアイリスの様に輝く宝石みたいに派手な美しさとは違うベクトル。

 厳かな雰囲気に、和服を纏う静かな黒髪の女性。大和撫子の、静謐で雅な美しさを持つ。

 三人の美少女。甲乙つけがたい彼女たちにはそれぞれ派閥が出来始めていたりもする。

「……ま、水着は指定じゃないからな。見てからのお楽しみだ」

「そだな。ああ、桜はビキニよりもスク水が似合うと思うんだけどどう?」

「胸にひらがなで「さくら」、だな超分かります」

 流石永大。そういう事は直ぐに理解する。

 そうこうしている間に、一時間目の数学が始まった。まるでモンスターボールみたいな柄のジャージを着た先生が授業を始めて、教室にはカリカリとシャーペンの走る音が静かに響く。俺はその中で、ずっと晴天の空を見上げていた。

 

☆★☆

 

 俺たち男子一同は、女子が来るよりも早くにプールサイドへ滑り込んで来ていた。

 何故か?理由は簡単、アイリスと凛と桜の水着を見るためであるっっ!!

「お前誰押し?」「雪柳さんは……暁居るしな。暁爆ぜろ。アイリスさんかな!」

「俺はNTR厨だから雪柳さんで」「死ねお前」「爆ぜろ」「溺れろ」「蹴られろ」「転生しろ」「ごめん」

「アイリスさんだろJK」「いやいや意外に凛さんだな」「雪柳さんだろ」「「「やんのかオルァ!!」」」

 とまあ、朝の俺と永大見たいな会話が全体で繰り広げられている。取りあえずNTR厨さんにはお帰りいただこう。……あっ、プールに誰かが突き落とされた……。

 興奮は収まらず、その後も三分間続いた。収まるどころか段々とヒートアップして行っていた彼らは、扉の空く音で動きを止める。一瞬で静まり返る男性勢。ゆっくりと女子更衣室の方へと目を向ければ。

「お、おうっ?どうしたの、皆こっち見て……」

「「「「「「「「凛さんキタ―――――!!!!!!」」」」」」」」

「おおうっ!?」

 ピンクの水着に零れんばかりの胸を押し入れて、タオルを肩に掛けて居る凛の姿があった。どっと沸きあがる男子の中には勿論永大も居て、若干引き気味の凛は唯一叫んでいない俺の横へと速足で駆け寄って来た。

「ど、どうしたの?」

「凛の水着に反応してるだけだよ」

「うわあ……そんなに良いの?見えてないしさ、このクラスには桜ちゃんとアイリスちゃん居るんだよ?」

「スタイル良いからね、凛は」

「ほほう。そう言って貰えるのは嬉しいですなあ」

 にやにやと笑みを浮かべる凛。彼女が俺の隣で立っていると、やがて他の女子も更衣室から出て来始める。それらにもしっかりと注目しながら、凛と永大と話していると。

 突然、女子の列が割れた。その中心に、大きく輝く物が急に現れる。

「……え、えっと……皆さん、どうしました?私の水着、変ですかね?」

「「「「「「「「「「アイリスキタ―――――!!!!!!!」」」」」」」

「き、来ましたよ!」

 さっきよりも大きい歓声。両こぶしを小さく握って、答えるアイリス。

 来ている水着は青のビキニで、白く眩い肌がこれでもかとばかりに露出されていた。クラス一大きな胸も、膨らんだ臀部も、綺麗な背中も、生足も。

 本人が全く気にしていないのが、寧ろ艶めかしい。白いパーカーの前を開けて、彼女もまた凛と同じように俺の傍へと歩み寄ってきた。男子からの視線が刃物レベルで突き刺さる。冷汗がだらだらと流れる中で、アイリスは俺の耳にそっと口を近づけた。

「……どう?この水着。周りのエロ猿が騒いでるけど、結城もシたいって思った?ねえねえ、別に私は授業サボって盛っても良いんだけど。どう?」

「ダメデス。シタクナイデス。……コウフン、シテマセン」

 耳に吐息が当たって、アイリスは明らかにわざと柔らかい体を俺に押し付けてくる。むぎゅむぎゅと腕に当たって形を変える双丘を視界から除外しつつ、全力で俺は心を落ち着ける。目を強く閉じて、唇を真一文字に結んだまま黙る。

 そうしなきゃ堕ちそうです。はい。

「ざーんねん。私は何時でも良いから……ね♡」

「ハイ……」

 そう言って耳から口を離し、アイリスは俺の腕にしがみ付いたままニコニコとしている。

 左に凛、右にアイリス。そろそろ血が出そうなくらいに怨念の籠った視線が俺を容赦なく貫く。

 ……そして、女子が完全に出終わり、扉がぱたりと閉まる。しかし周りには桜の姿はどこにも無かった。

 ざわざわ、と男子勢が眉を顰める中で、静かにもう一度ドアが開く。女子も男子も、全員がその音に反応してそっちへと振り向き、硬直した。

 扉を閉めて、タオルを腕に掛けて、顔を真っ赤に染めた桜がそこに立っていた。

 特筆すべきは、その水着―――――旧スク、である。

 俺たちの視線を余す事無く集めた桜の頬は真っ赤で、ぺたぺたとゆっくり俺の方へと近づいてきている。アイリスや凛の時の様に何かを叫ぶ余裕は全員無かった。

 旧スクとは、上下で分かれているスクール水着。藍色の生地に、水抜き穴はワンポイント。

 膨らんでいる胸元には白い場所があって、そこには「桜」ではなく「さくら」と書かれていた。どれだけ男を殺しに来ているのだろうかと俺は本気で悩み、そして思い出す。

 

 桜の旧スクに「さくら」って書いたの、俺だ……っ!!

 

 スクール水着は体にぴったりと張り付くため体のラインがくっきりと浮かび上がる。よって桜の綺麗な肌も体の線も見えて、それが如何に整っている黄金比かが誰の目から見ても明らかだった。

 旧スクに美しいというのも変態チックだが、正にその言葉が一番相応しい。

 胸のひらがなも良い。過去の俺、ナイス。

 様々な要素が集結した結果、崩れ去りそうな黄金バランスの上に桜は成り立っていた。長い黒髪を無造作に背中へと流している彼女はちらちらと自分を見つめる周囲を伺いながら、やがて俺の元へ。俯いたまま、桜は俺へと寄りかかってきた。

「……水着どうしたんだ?他に無かったっけ?」

「サイズが合わなかった。その、去年キミに貰ったこれは少し伸びるから胸が入ったんだよ……」

「え、大きくなったの?」

「黙れ変態」

 小声でぼそぼそと会話をする俺たちを睨む男子。最早慣れ始めてきた嫉妬と憎しみの視線に半ば諦めつつ、俺は桜の背に軽く手を回した。授業開始まで、後一分。

「結城……」

 すると、突然桜が俺の名を呼んだ。声の方向を見れば、潤んだ瞳で彼女は俺をじっと上目遣いで見つめている。ドキッとしつつも平静を装い、俺は無言で言葉の続きを促した。

「今度、ボクの水着一緒に買いに行ってくれる……?」

「お、おう。勿論行こう直ぐ行こう。夏休みは海にも行こうな」

「うん」

 素直に頷いた桜は、そっと俺から離れた。それと同時に始業のチャイムが鳴り、俺たちはぞろぞろと整列する。体育の筋肉質な先生は良く通る声で指示を出して、準備体操。その後は一列に並んでから冷たいシャワーを浴び始める。

 永大と馬鹿話や夏休みの事を話していると、もう直ぐにシャワーの順番がやって来た。冷たいシャワーを全身に浴びて、震えながら帽子を被る。そのまま25mプールに入水し、今日は最初の水泳と言う事で自由。友達と遊んでもよし、泳ぎまくっても良し。俺は勿論、桜と凛とアイリス、永大とプールの隅っこで固まった。

「……いやはや、圧巻ですなあ。我がクラスの三大美女が目の前に居るだなんて」

「別にあんたの為に居る訳じゃ無いんだからね勘違いしないでよね」

「凛さん、凛さん、ちょっと俺に対して酷くないすか?その、マジトーンはツンデレやないぞ?」

「うん。本気だもん」

「永大は、5000のダメージを受けた」

 凛が真顔で頷くと、永大はそのまま後ろへと倒れこんで水中へ。ごぽぽ……と泡が膨れて、直後。

「とうっ」

「ひゃんっ!ちょっと、どこ触ってんの!?」

「えっ、お腹のつもり何だけど」

「胸に当たったぞこのやろー!」

「えっごめんうわっ何をするやめろちょっと待って周囲の男子共やめろあああああああああああ!!!」

 途中までは凛の攻撃を受け流していた永大だが、騒ぎを聞きつけた男子は素早く奴を捕獲した。そのまま手早く連行して、永大は遠くへ消えていく。

 数分後に戻ってきた永大は……ボロボロだった。うん。ちょっと同情した。が、一歩間違えれば俺もああなるのである。

 凛は気まずそうに永大と話して、アイリスは他の女子に絡まれている。

 段々とその輪に男子も混ざりはじめ、桜の周りにも人込みが出来始めた。強引に俺と桜の間へと割り込んでくる奴の所為で後ろに流された俺はプールを上がり、プールサイドに腰を下ろす。

 青い空と白い雲の下で、水を掛け合ったりしてはしゃぐ様子をじっと眺める。

 どこか寂しくて、それでもその賑やかさが近くにあって。この何とも言えない感覚が、俺は好きだった。

 そうして佇んでいれば、やがて体は乾く。水着からも水気が無くなってきたくらいの時に、俺を小さな影が覆った。

「……結城、どうしたんだい?そんな処で体育ずわりして。ぼっちか、ごめんね」

「自己完結すんな!桜こそどうしたんだよ、さっきまで人に囲まれてたろ」

「嫉妬かな?残念、適当に会話して抜けてきた。ボクは彼らに微塵も興味が無いからね」

 流麗な黒髪から水を滴らせて、白い肌に水滴を流して、桜は微笑を浮かべた。逆光の彼女は張り付いていた髪を指ですくって耳に掛けると、肌が触れ合うくらいの距離に座る。

「キミは昔から、こうやって皆が騒いでいるのを一歩引いて見てたね。つまらなくないのかい?」

「……ま、俺は昔ずっと病院通ってたしな。友達も、永大だけだった」

「昔はボクも君の事が嫌いだったしね」

「今は?」

「言わせるな、恥ずかしい。……まあ、多分だけどセロリよりはマシだよ」

「そっか。……え!?俺食材と比べられるの!?というかセロリって桜が一番嫌いな野菜ー!!」

 俺の叫びに、桜は小さく笑みをこぼす。

 騒がしい雰囲気からどこか隔離されているここで、桜は懐かしむように瞳を細めた。

 

「……結城のお陰で、ボクは今ここに居られる。ありがとう、結城」

「うんにゃ。もう昔の事だし気にすんな」

 

 そう言えば。

 あの日もこんな、夏の始まりだった―――――――――

 

 俺は目を閉じて、古い記憶を少し掘り起こす。良くも悪くもない、記憶。

 その後俺は直ぐに目を開けて、立ち上がった。桜も俺と同じように立ち上がって、俺の手を引いてプールの方へと歩く。二人で水の中へ入るやいなや、桜はすいーっと泳いで行ってしまう。

 さて。

 今年の夏は、どんな事をしてやろうか。

 

 桜を追いかけながら、俺は一人心の中で呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染とドライな妹

新キャラドーン!




 夏休みに入った。

 扇風機が羽を回し、開け放たれた窓からは夏の強い日差しと風が舞い込んでくる。生ぬるい空気の漂う中で、俺は机に一人向かっていた。昼間だから、電気はつけていない。黙々とシャーペンを走らせて、消しゴムを空いた左手で弄る。

 汗をだらだらと流しながら全力で右手と脳を動かす俺の後ろから、気だるげで居ながら澄んだ声が聞こえた。

「ほら、頑張れ頑張れ。七月中に宿題全部終わらせるんだろう?ボクはもう終わったからね。ほら、今日の目標は20ページまでだよ」

「死ぬ……っ!マジで死ぬっ!暑いし何より宿題終わらねえ!」

「ほら、早くしないとキミのゴリゴリ君が無くなるよ」

「もう一本食べてるでしょうが!」

 そう。七月の終盤、夏休みの序盤。俺は宿題を終わらせるべく、全力で机に向かっていた。七月も残り僅か。八月中目一杯遊ぶために、今頑張っているのだ。

 そんな俺こと、暁結城をじっと眺めているのは俺の幼馴染である雪柳桜。

 ベランダでお互いの部屋を行き来できる関係。十数年の付き合いがある彼女は今、俺のベッドに腰かけていた。

 自分の部屋のほうが涼しいのに、律儀に桜は俺の部屋へと来る。本人曰く、

『宿題の監視だよ』とのこと。

 と言いつつも宿題終わった後にルイカー(注・ルイーズカート。レースゲーム)を起動させる当たり、相当暇なんだろう。

 タンクトップのTシャツに膝上の短パン。全身を汗でじっとりと濡らしながら、溶けかけている水色の棒アイスをちろちろと舐めている。もう桜は宿題を終わらせて居るらしい。

「……にしても、今日はあれか。キミの妹君が帰ってくるんだね」

「オワタ。マジでオワタ」

「全寮制の学校かあ。大変だね」

「無駄に遠いしな。きっと今頃電車の中で本でも読んでるんだろ」

「……ところで、キミのお母さんと妹は美人なのにどうして結城は美形じゃないんだい?」

「性格に全振りしてるのさ」

「死ねば?」

 心に深い傷を負い、俺は涙目で宿題を進める。

 俺の妹は現在中学生。全寮制の学校に通っていて、春休みと夏休み、正月にしか帰って来ない。結構ドライな奴だが、兄から見ても美人だとは……思う。うん。きっと学校で告白されまくってるんじゃないかな。

 中学校はかなりの進学校で部活も強い。名門と言えば、という質問をされたら確実に上げられるような学校だ。勿論俺はそんな学校に入れないが、妹は何時も勉強していた。そして何を隠そう、俺の妹に勉強を叩き込んだのは桜である。ぶっちゃけて言うと、桜はその名門で主席を取れる位には頭が良いだろう。

 だからと言うべきか、妹は桜に対して尊敬の念を抱いているらしい。

 ……俺に向ける視線?ははっ、絶対零度超えてんじゃないかな。

「そう言えば、彼女はドクターペッパーとねるねるねるねが好きだったね。ストックは?」

「………あ」

 忘れていた。完全な失念。

 あいつはドクペとねるねるねるねが無いと、とんでもなく機嫌が悪くなる。ましてや今日は夏休みの初日。寮から実家へ帰って来る日なのだ。

 そして悲しいことに、家での地位は妹の方が高い。

「すまん、買ってくる」

「忘れてんだね……行ってらっしゃい」

 机から立ち上がって、財布をポケットに突っ込む。一応スマホも持つと、俺は自分の部屋のドアを開けて外に飛び出した。

 瞬間。

 

 ピンポーン。

 

 と、無慈悲なチャイムが鳴り響いた。現在は昼前。きっと、朝早くから出ていれば丁度家に着く時間だろう。

 そう。妹様が。

 やばい、やばいやばいやばい。

 

 ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん。

「はあああああああいいいい!!!!!」

 叫んで、半ば階段を転がり落ちるかのように俺は一階へ。そのまま飛びつくように玄関のドアノブを握り、勢いよく開いた。すると、そこには―――――

 短く切りそろえられた髪。

 黒髪に、少し焼けて黒くなっている肌。手には何かしらの大きな荷物が持たれていて、そいつは半ズボンにスニーカーを合わせている。

 

 そして、俺よりも背が高かった。

 

「よう暁!元気してたか?さあ―――――宿題しようぜ?安心しろ、コーラとポテチとたけのこの里は完備してある」

「とりま爆発しろ」

「ええっ!?」

 ドアの外に居たのは、岡取永大。長い付き合いの悪友で、彼は大げさにリアクションを取った。

 

☆★☆

 

 新幹線を降りて、重たいキャリーバッグを転がす。海風の香りが鼻孔を刺激して、久々の故郷に少し立ち止まった。山と海があり、学校やファミレス、デパートがあると言ってもここはまだ田舎。

 こんな駅で降りるのも私だけでしょうか。改札を通れば、外は快晴。遠く連なる山々。青い海。

 ……本当に良い所ですね。と、しみじみ感じながら歩き始めます。

 白いワンピースの裾を伸ばしながら、麦わら帽子の位置を直して。こういう時に送り迎えに来ないから私の兄はダメなんですね。ええ。ねるねるねるねとドクターペッパーはあるでしょうか。……何ででしょうか。今全力で買いに行ってる兄の姿が凄い想像できますね。あの人は馬鹿ですので。

 とはいえ、あの人と血が繋がっているのは事実。そうじゃなかったら家族会議です。

 どうやら私は兄に怖がられているようですが、私は兄を慕っています。

 優しいですし。頼んでも無いのに私の好物を用意してくれますし、祭りとかに行けば必ず何かしらプレゼントをくれますし。

 ……その所為で、私は毎日アクセサリーに悩むのです。

 今日は兄の好きな服装です。白ワンピに麦わら帽子。少しは兄へのサービスも、ね。

 

☆★☆

 

「ドクペ箱で」

「は、箱ですか!?」

「ねるねるねるねるねも箱で!」

「ねるが一個多いですお客様!」

「残念!二つ多いんだなこれが!」

「くっ!間違えましたか……!お会計、こちらになります!!」

「はい!お釣りはいらねえ!」

「丁度頂きます!ありがとうございましたああ!!」

 

「……お前、テンション高かったな」

「……すみません。あの人に釣られました。花のJKなのに……」

「自分で花言うのか」

「もちろんです、プロですから」

「突っ込まんぞ」

「突っ込まないって……先輩、いきなり何ですか……卑猥ですねえ」

「……」

「スルーは辞めてください!」

 

 後ろの方での喧騒を聞き流しながら、箱を二つ抱えて俺は全力で街を駆け抜けた。

 我が妹はもうそろそろ家に着く頃だろう。それまでには何としてでも帰っていたい。さもなければ、死ぬ。

 どうして俺の周りの女の子はどれも怖いのだろうか(凛除く)。というか家で永大と桜が二人っきりとか不安すぎる泣けてくる。

 脳内でアソパソマソマーチを流しながら全力疾走。何とか俺は、妹よりも先に家へと帰って来る事が出来た。

 

「お帰り」

「おう、お帰りー!今二人でポーカーしてたんだ、お前も混ざれよ!」

「ドクペ冷やしてからな……」

 永大と桜はリビングでトランプをしていた。因みに見ている限りは桜の圧勝。

 いつの間にか桜は薄いパーカーを羽織っていて、短パンの上に長いスカートを履いていた。可愛いが隙の無い恰好。そう言えば妹もこんな格好をしていたな、と思っていると。

 

 ぴんぽーん。

 

 控えめになる、チャイムの音。それを機に桜は立ち上がり、エプロンを付けて素麺の調理に取り掛かる。永大は机の上を片付け始めて、俺は玄関へと向かった。

 もう何度も俺の家に来ている桜と永大だからこそ、こういう時の仕事をしっかりとしてくれる。

 正直、ありがたい。俺はドアノブを捻って、そして開けた。

「……お帰り」

 そこには、ショートカットの艶やかな黒髪に、静謐な黒い瞳。

 150cmちょっとの小柄な体躯に、ほんの少しだけ発育のみられる体。整った容姿に端正な顔立ち。

「ただいまです、兄さん」

 ―――――俺の妹、暁葵(あかつきあおい)が立っていた。

 

 ソファに座って、麦わら帽子を取った葵は卓上のドクターペッパーを一口飲み、大きく息を吐いた。

 キンキンに冷えているだろう缶の表面にはたくさんの水滴が滴っている。それを人差し指で掬うと、葵は口を開いた。

「こんにちは、永大さん。いつも兄がお世話になっています」

「久しぶり、葵ちゃん。こちらこそお世話になってるぜー」

 礼儀正しい我が妹は俺の向かいに座っている。俺の隣には永大。丁度男女で別れる形になっていた。

「兄さんもお久しぶりですね。宿題はどうですか?」

「微妙。……うんまあ、頑張る」

「桜さんに余り迷惑をかけては駄目ですからね、兄さん。もっと頑張って下さい」

「はい」

 淡々と言葉を紡ぐ葵。長旅の疲れなんぞ感じさせないくらい、彼女は何時も通りだった。

 その間に、桜は素麺を茹で上げたらしい。透明な食器(俺の両親公認、桜は食器類全て使用可能)に麺を山盛りにして、テーブルの上にどんと置く。めんつゆとカップも配って、桜は自身もソファに腰かけた。

「さて、食べようか。葵ちゃん、どんどん食べてね」

「はい。何時もありがとうございます。兄がこう……生ごみ的な感じですみません」

「ううん、大丈夫だよ」

「否定してくれ。後少しで泣くぞ」

「兄さん、否定出来ません」

 葵の辛辣な一言に、俺は崩れ落ちた。マイペースに永大はそうめんと食べまくり、桜もにこにこと薬味を揃えている。俺もネギとわさびを汁に入れて、早速食べ始めた。

 話題は、自然と葵の学校生活のことに成る。俺と桜はもっぱら聞き役、永大はしきりに話しかけていた。

「……処でさ、葵ちゃんはどこか行きたいところあるかな?連れてくよ?……暁結城が」

「お前じゃないんかい」

 永大がそう言うと、葵は珍しく悩んだ。即決即断の妹は、あまり悩まない。しかし直ぐに遠慮する癖もあるらしく、兄としては不安だ。

「兄さん」

 そう考えていると、葵はおずおずと話を切り出してきた。

 久しぶりに見る葵へと目を向ける。未だに敬語なのは、学校で染みついているからか、俺とそんなに会っていないから他人と言う意識があるのか。

 少なくとも後者だとは信じたくない。俺が首を傾げると、葵はゆっくりと言った。

「私、海に行きたい……です」

 その言葉に、俺と永大、桜は顔を見合わせる。

 直後、特に悩むことも無く俺は告げた。

「良いよ。……葵は水着を変えなくても良いとして、まずは桜とかの水着買わなきゃな」

「どういう事ですか兄さん!」




へっへっへ……妹の存在、忘れてましたよね……?

俺もでs(殴


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染とショッピング

お待たせしましたああああああああああああ!!!!!

マジですみませんでした!!
服や行かない私に服屋なんか無理でしたごめんなさい!!

もっと投稿早くします……ごめんなさい。

後少しで総合評価が4000行きます。皆さんのお陰です。本当にありがとうございます!!

それでは、最近萌え要素が少なくなってきたから次回から頑張るという気持ちも込めて。

どうぞおおおお!!!


 葵が帰宅してから数時間後。俺と桜、永大と葵は早速デパートへ行こうという話になった。葵が疲れてないかが心配だったが、本人が気丈に大丈夫と言っている。という事でぱぱっと着替えて、家を出たのは二時くらいだった。

 道すがら、葵はひっきりなしに桜へと話しかけていた。永大と俺は特に何を言うでもなく、黙々と歩いている。

 夏の外は暑く、アスファルトがじりじりと焼けている。陽炎も遠くに見えて、街路樹の蝉が五月蠅く鳴いていた。せみ時雨の中で歩く俺たちはそのまま数十分歩き、この町で一番大きいデパートへ。中に入ればクーラーが効いている涼しい空気が肌を優しく包み込んだ。

「……さて、じゃあ桜の水着を選ぶか」

「私のも、です」

 俺が何となく呟くと、葵は厳しく言葉を発した。

「いやお前そんなに成長してないじゃん……」

「兄さん、実は私学校で護身術を習ってるんです。少し組手でもしますか?」

「すみませんでした買いましょう」

 殺気を出した葵にひれ伏し、俺たちは水着売り場へ。夏も真っ盛り、水着売り場には多数の人が居た。

 商品の並んだ台の真ん中を歩く。時折立ち止まり物色しては、また次の水着を手に取る。葵と桜が楽しそうに選ぶ中で、水着を変える必要が無い俺と永大は後ろからゆっくりと着いて行っていた。

「いやあ……若い美少女が水着を選んでるのって眼福ですなあ」

「お前は何歳だ」

 永大がしみじみと言い、俺はすかさず突っ込んだ。

 しかし、その気持ちは分からなくも無い……と言うか、全面的に同意である。美少女二人が楽しそうに何かを見ているのは何というかこう、心が洗われる的な何かがあるのだ。

 母親似の葵に対して、父親似の俺は何ともまあ平凡である。これでも母親の血は通っているんだけど。

 因みに葵の味覚は父親似だ。あの人もねるねるねるねとかが好きだった。ルートビアやドクターペッパーを主飲料とした生活を送り、母親に良くあきれられていた思い出がある。

 やがて水着が決まったのか、桜と葵はそれぞれ一つずつ手に持って俺たちへと振り返る。二人は服の上から適当に水着を体に当てて、首を傾げた。

「どうかな?まあ、そんなに何時もと変わらないんだけどさ」

 桜の水着は水色のビキニ。

 彼女の言う通り、桜は毎年モノトーンの水着を選んでいる。地味な筈なのに、一番華やかに見えるから恐ろしい。永大もただただ無言で拍手を送っていた。

 対する葵は、無言で俺をじっと見つめている。

 手に持っているのは黄色のパレオ……とか言う奴だ。サイズは恐らく発育の良い小6と同サイズ。中学校三年生なのに、と思いながらも似合っているのは確実。

「似合ってる。良いんじゃない?」

「そうですか。……そうですか。じゃあこれにします」

 葵は俺の言葉に二回頷き、満足げに水着を抱きかかえた。

 

 お昼も食べたし、水着も買った。用は全部終わらせたが、直ぐに帰るのはつまらないと言う事で喫茶店へ。大きいパフェを永大と葵は黙々と食べて、俺と桜はそれぞれショートケーキとモンブランを食べていた。時間は三時くらい。丁度おやつの時間だ。

「この後はどうする?俺はどこでも良いぜー」

 パフェをいち早く食べ終えた永大がそう言うと、桜も小さく頷き同意した。葵もそれで良いらしく、じゃあそこに行こうかと言う話になる。

「葵ちゃんの行きたいところに行くのは?」

「俺は別に良いぞ」

「ボクも良いよ。葵、どこがいいとかある?」

「えっ、えーっと……」

 突然話を振られ、葵は珍しく戸惑ったように首を傾げる。暫く天井を見つめながら考えて、彼女は口を開いた。

「洋服を見たいかなって……思います。永大さんが居るのであまり女の子だけが楽しめる所は避けてたんですけど……」

「俺は全然問題ないぜ!寧ろ葵ちゃんと桜さんに色々なお洋服を着せたい」

「……では、良いでしょうか?」

「ボクも少し服を見ようかな。じゃあ、行こうか」

 葵の問いに頷いた全員はさっさと食べ終え、席を立つ。先に会計を済ませておくタイプの店なのでそのまま出て、目指すは服屋。

 歩いていると、突然葵が俺に駆け寄ってきて、そっと耳打ちした。

「ありがとうございます、兄さん。毎回何も言わずに、行きたいところに連れて行ってくれて」

「ん。まあ、可愛い妹の為ですよ」

「……えへへ。私もお兄ちゃんの事、カッコいいと思ってるからね」

 屈託のない、純粋な笑顔を葵は浮かべた。

 砕けた口調に、普段見せない表情。直ぐに彼女は離れて行ってしまったが、俺は久々に見た妹の姿に感慨深い物を感じていた。

 ……あいつ、高校はどうするんだろうか。まさか、俺や桜と同じところには来ないよな。

 

 葵が気を抜いた時にだけ見せてくれる顔を見てから数分後、やっと洋服屋についた。

「さて、じゃあ葵ちゃんと桜さんの服でも選びますかね」

「結城、どんな服が見たい?なんでもいいよ?」

「メイド服かチャイナドレスか裸エプロン」

「兄さんは一回紐なしバンジーしてきたらどうですか……?」

 さらっと妹に死ね発言をされる兄。俺ですね。

 良く考えれば水着着用の裸エプロンなら見たことあるな、と思いながら四人で棚の列を見ていく。良さそうな奴があったら手に取って桜にかざしたりしてみるも、こいつと服屋に来ると困る事が一つ。

「……どうしたんだい、頭を抱えて。そんなにその服が気に入ったの?」

 桜は、全部の服が似合いすぎるのだ。

 雑誌に載ってるモデルがうんたらこうたらとかの次元をぶち壊して、格が違う。きっと白ワンピースをかざしただけで向日葵畑と青空が浮かぶのはこいつだけだ。

 葵の白ワンピースは見たから、桜のも見たい。パーカーに短パンもみたい。スカートも見たい。

「あのさ、結城。ボクは言ってくれればどんな格好でもするよ?時と場合によるけど」

「メイド服でも?チャイナ服でも?」

「う……う、まあ。その、結城が言ってくれるならやぶさかではないよ?でも、誰にも見せるわけでは無いからね?あと、その前に色々夜戦の準備をしておいてね?」

「桜さん、色々暴走してるぜ!?」

「桜お姉さん、そろそろストップです」

 夜戦……夜戦……?夜の戦……?

 魚雷は用意出来ないぞ……。

「まあ、それは良いんだよもう!結城、早く服選んで!」

「え?お、おう。お前はどんなのが良い?」

「キミが選んでくれた奴なら何でもいい!結城が喜んでくれる奴!」

 全部なんですがそれは。

 さて、一番似合うやつって何だろうか。黒髪ロングの女の子に、……。和服だよなあ。和服って無いもんなあ。洋服で似合うのは、ワンピースとパーカー短パンだろうか。というか俺、服をそんなに知らないぞ。

 でも確かそれらは全部桜が持っている筈。去年、麦わら帽子もプレゼントしたし。

 どうしよう。他に服って何があるんだ……?

 ……。

 ………青白のチェック、とかはどうだろうか。

 うん。それにしよう。組み合わせは他に選んでもらおう……。何より、青と白はかなり組み合わせとして良いと思う。縞パンだって、青白か黒白だし。

 一度頷いてから、近くにあったシャツを取って桜に渡す。

「おお、まさかキミが普通のをボクに渡すなんて」

「今までマイクロビキニとかしか渡した事ないだろ。変なものとか渡してない!」

「それが変な物なんですよ兄さん。変態ですよね兄さん。甘えすぎですよ屋上からダイブして下さい兄さん」

「葵、お前俺に結構辛辣だよね」

「兄さんですから」

 泣きそうだ。

 桜を見ると、どうやら気に入ったらしい。そのまま服を買いに行こうとする。

 ……が、それを止める。振り向いた桜に、恥ずかしながら告げた。

「……それ、俺、買う」

「何で片言なのさ。……ありがとうね、結城」

 服を俺に手渡した桜は、照れくさそうに笑みを咲かせた。

 これだけで幸せになれるんだから、俺は何て安い男なのだろうか。それも、悪くはないが。

 

 葵の服もついでに買って、家に帰る事になった。途中で永大と別れて、桜並木を通ってから坂を上る。

 この坂からは町が一望出来て、その直ぐ向こうには青い青い海が一望できる。坂を上って、真っすぐ行くと緑溢れる山が並び、その一つの頂上に染井吉野神社があるのだ。

 海と山が揃う、田舎の町。

 夏の夕暮れ、今にも燃え落ちそうな空の下で蝉時雨を浴びて歩く。海に沈む太陽を、藍色に染まり始める空を見上げて、葵はそっと呟いた。

「やっぱり、良いところですね」

 彼女は寮生活だ。この町に居るのは、夏休みと正月だけ。それだけに、故郷への思いは俺や桜が抱く物とは違うのだろう。

 部活に入って居ない俺と桜、永大に凛やアイリスは基本的に暇人だ。

 早く入りたい。どちらかというと、少人数の部活に。文化祭も、夏休みが終わったら直ぐにある。

 ……暇人、と言えば少し聞こえが悪いかもしれない。でも、その分時間があると言う事にもなり、その時間を如何に使えるかが重要になってくる。

 この夏は、友達と何処かに行きたい。葵にも、楽しい思い出を残してやりたい。

 暁結城としても、そして兄としての思いもある。それを両立出来るのかは、分からない。

 けど、まあ何とかなるだろう。桜も永大も居る。何なら藻部にだって居るだろうし。

 海を眺めて、揺れる水面に移る太陽を眺めながら、更に一つ、俺は考える。

 

 ――――桜とも、もっと近づきたい。

 

 その為には何が出来る?だなんて、そんな事は考えない。答えはもう出ている。俺が攻めていく。今のままじゃなくて、変わる。

 暁結城を進化させる。雪柳桜に並び立ち、その手を取るために、駆け上がるしか無い。

 桜と葵が楽し気に坂を上っていくのを見ながら、一人距離が離されている俺はポケットからスマホを取り出した。電話帳を開き、登録されているメンバーの中から一人を選択。

 もう、仕事は終えているだろう。全く、大企業の社長の秘書だなんてあの人も大変だ。

 電話を掛けながら待つこと2コール。耳に当てたスピーカーから、直ぐに声が聞こえた。

『もしもし。どうしたの、結城』

「もしもし。えっと、少し聞きたい事があるんだけどいいかな?」

『良いわよ。子供の作り方?』

「ちゃうわ!えっとね」

 若く聞こえる女性の声。聞きなれた、声。

 その主に向かって、意を決してから俺は尋ねた。

 

生徒会に入る為の演説(、、、、、、、、、、)……そのコツを教えてくれ、母さん(、、、)

 

 太陽は消えていく。

 だが、俺はまずここから始める。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染とギャルゲー

毎回言ってる気がしますが……。

遅れてすみませんでしたあああああ!!!!

GWですね……。
何とかもう一本……行けるかなあ……。

では、どうぞ!


 夏休み。七月の、終盤。朝6時から机に向かっていた俺――――暁結城は、シャーペンを走らせていた。机の端には読み終えた本があり、原稿用紙は最低枚数を超えている。苦手な人が多い読書感想文を最後まで取っておき、二時間かけて――――

「終わったぞおおおおおおおおおおおおお!!!」

 遂に、終えた。

 夏休みの宿題を、自由研究も含めて七月中に終える事が出来た。俺史上最大の快挙である。

 勿論、俺一人の力ではない。平均平凡な成績の持ち主を、宿題終了まで導いてくれた人は今ベッドから降りて、傍に歩み寄ってきた。

「お疲れ。大分時間掛かったね」

「三日間で終わるお前に比べたらな」

「あれでも手は抜いたんだけどね。簡単すぎるのが悪いよ。……うん、良いじゃないか。これでキミは、明日からずっと自由だ」

 読書感想文を読み、微笑む。

 黒い流麗な髪を腰まで届かせ、静謐な雰囲気を纏う蒼い瞳の少女。成績優秀文武両道才色兼備、完璧と呼べる大和撫子であり、俺の幼馴染。

 ベランダでお互いの部屋を行き来できる関係。雪柳桜は、俺の頭をよしよしと撫でた。

「頑張ったね。今日は遊ぼっか」

「ええい、撫でるな撫でるな!それでだな、今日は永大から借りたゲームをしようと思う」

「ゲーム?何だい?スマッシュシスターズとかルイーズカートかい?」

「違う違う、恋愛シュミレーションゲームって言うのかな、ギャルゲーってやつ」

「……ボクが居るのに?」

「た、たかがゲームだから……。ま、朝ご飯を食べたら始めよう。昨日、既にコーラとかは買ってきている」

「カルピスある?」

「原液ならいつでも」

「握り潰すぞ」

「ごめんなさい」

 流れる様な会話をしながら一階のリビングへ。

 因みに俺の服装は赤いジャージ、桜は水色のタンクトップに薄いパーカー、白い短パンだ。

 下に降りるともう机には朝ごはんが並んでいて、エプロンを付けた少女が箸を並べている所だった。

 決してシスコンではないが、それでも可愛いと思う我が妹。黒髪ショートの黒髪黒目、どうやら寮生活の学校では上位から三人には入る成績優秀者らしい、名前を暁葵と言う。

「おはようございます。兄さん、桜お姉さん。どうやら珍しく勉強をしてるようだったので、私が朝ご飯を作っておきました」

「ありがとうね、葵ちゃん。結城の宿題は終わったよ」

 いつも通りの無表情で、敬語で報告する葵へと桜は微笑んだ。身長は少しだけ桜の方が高く、二人とも美少女だからか見ていると姉妹の様に見える。俺と葵が並ぶと、兄妹だとは余り信じてもらえない。

 三人で席に着くと、一斉に食べ始めた。

 典型的な和食だが、全部美味しい。どうやっても俺には到達できないレベルの料理に兄としての存在価値を失いかける。……いや待て、俺の存在価値って……考えるな。感じろ。

 食べ終え、今日の予定を確認する。俺と桜はゲーム、葵は久々の自室を堪能した後に少し出掛けるらしい。ナンパに気を付けるように、と言って置いてから昨日買っておいたお菓子等を持って部屋に帰り、備え付けのテレビを起動。そこに繋がっているゲームにカセットを差し込んで、コントローラーを持つ。

 ゲームが起動して、タイトルが表示される。

『ときメギイッ! メモリアル』

 色々可笑しいだろ。

 これあれだよな。ときめきメモリアルだよな?無理にパクろうとしてどうして壊したし。

 取りあえず、ニューゲームを選択。

 ユーザーネームを片仮名の「ユウキ」にして、ゲームを開始する。操作としてはノベルゲームに近く、ヒロイン達との会話は基本的に選択肢で行われるらしい。

 テレビの前で桜と隣り合って座り、チュートリアルを終わらせる。

 攻略対象は、四人。

 まずは幼馴染。ツインテール、ツンデレ系。……貧s、スレンダーな体。

 次いでクラスメイト。ショートカットの、ふんわり系。平均くらい。

 転入生。金髪碧眼の外人。でかい。

 先輩。クール系の黒髪ロング。でかい。

「……凄いな。面子濃いな」

「幼馴染を攻略する? 転入生は論外として、クラスメイトかい?」

「なにゆえ論外なのじゃ。……んー、先輩かな。先輩良いよね。クールだし黒髪ロングだし」

「……ふふ」

「ん? どした?」

「いや、何でも」

 何故か嬉しそうな桜を一瞥してから、ゲームをスタート。朝起きて幼馴染に起こされて、一日が始まる。まずは遭遇イベントらしい。

『三ケ野 奏。俺の幼馴染で、弁当とか作ってくれる。が、ツンツンしてる』

 主人公のテロップが表示されて、静止画が映された。

 覆いかぶさってきている幼馴染の姿。盛大に見覚えがありすぎて笑えないぜ。

『早く起きなさい!ご飯冷めちゃうでしょ!』

「あのねえ、起きる時間とか計算してご飯作るんだよ。初歩の初歩だよ」

「高レベルすぎないか!?」

 さも当然の様に言ってのけた桜。ゲームは淡々と進み、どうやら入学式の少し後から始まるらしい。幼馴染とは同じクラスで、席は隣同士ではない。主人公……ユウキの隣は、二人目のヒロイン。

『加峰 涼花。クラスメイトで、話しやすい人だ』

 ……ふむ。台詞を見るに、どうしても某ヒロインの普通な方が……思い浮かぶ。♭良いぜ。

 転入生はどうやらゲームの序盤終了から乱入してくるらしい。放課後になり、今日主人公と奏は部活動体験に行くらしい。律儀にユウキの机に来た奏についていくと、選択肢が出た。

 

『1、文芸部 2、テニス部 3、美術部 4、校舎裏』

「校舎裏だな」

「どうしてそうなるんだい」

 冷静なツッコミが入り、渋々俺は1を選択。

『じゃあ、行きましょうか。……意外ね。文芸部に興味あったなんて』

『1、先輩に会いに行く 2、俺より強い奴に会いに行く』

「……2だな」

「キミはバカかな!?」

 桜の鋭い一撃が後頭部に入って、間違えてボタンを押してしまう。

『俺より強い奴に会いに行く!』

「あーあ……」

「お前が叩いたからだぞ!?」

 残念そうな声を出す桜に言い返してから、ゲームを進める。ギャルゲーをやるのは初めてだから、新鮮で面白い。部室に着くと、居たのは黒髪ロングのクール先輩だけだった。

 主人公、ユウキは部室に入るなりさっきの言葉を叫んだ。マジで馬鹿だった……え?リアルと一緒?

「ユウキは馬鹿だなあ」

「同じ名前として凄くきついぜ」

「結城はバカだなあ」

「イントネーションの些細な違いは気づかないぜ……」

 突然叫んだ主人公を驚いたように見ていた先輩は、本を閉じるとふっと笑みを零した。

 椅子の背もたれにぎしっと背を預け、苦笑しながら呟く。(CVはお好きな人を当てて下さい)

 

『それは、私が強い奴になるのかな?新入生君』

 

「……ちょっと学校行ってくる」

「夏休みだから先輩は居ないよ……多分」

 くくくと笑う先輩とイベントが進んでいく。

 話に混ぜて貰えないのが不満なのか、時折映る奏の表情は段々と険しくなっていった。

 隣の桜も胡坐のままカルピスを飲んでいた。クーラーの効いている自室は涼しいが、外から聞こえる蝉の声が嫌でも夏だと言う事を分からせる。

『さて、ところで後ろの女の子は何て言うんだい?彼女かな?』

『か、かか彼女!?えー、えっと……まだそこまでは……』

 

『1、そうです彼女です 2、違います! 3、先輩が彼女の方が良いです』

 

 ……さて。

 突然隣の桜が俺の服をつまんで、上目遣いで此方を見上げてきたのだが。

 コントローラを持ったままそちらに視線を向けると、目が合う。少し潤んでいて、じっと訴えかけるような目だった。ゲームの軽快なBGMが流れる中で、そのまま見つめ合う事数秒。

「……別に、好きなの選べば良いじゃないか。ボクは気にしないよ?キミが幼馴染を彼女と言おうが先輩に惹かれて行こうが結城の勝手だしね」

 じゃあその上目遣いを辞めていただきたい。何も出来なくなる!

 それでは、選択肢を選ぶとしよう。画面に向き直り、コントローラを再び握りしめる。

 と言っても、半分以上決定している。2,3にカーソルを合わせると桜が服を強く握るのだ。可愛い。……どころじゃ無い。そろそろ鼻血出そう。

 と、煩悩を垂れ流していた時だった。突然、俺の電話から着信音が響く。

 机の上に手を伸ばして携帯を取ると、掛けてきたのは永大だった。一瞬出ないという選択肢も考えたが、桜が服から手を離したのを見て立ち上がり、部屋の外へ。スマホの画面をスライドして、電話に出た。

 

「もしもし」

『やあ少年。……そろそろ、先輩ルートに入りかけの部位で幼馴染との関係をどうしようか悩んでいるんじゃないかな!?』

「ストーカーかよ変態だな通報しました」

『ちっげえよ!』

「じゃあ何で分かったんだよ!」

『お前が先輩みたいな人が好きなのは桜さん見てて分かるし、何より俺も好きだしな。先輩』

 そうだ。この岡取永大とは、何かと好みが合う。

 黒髪ロングストレートは至高とか、夏のタンクトップ貧乳女子が屈んだ時に胸が見えるの良いよねとか、部活帰りの電車内で延々と萌えについて真剣に語った時もある。因みに、生徒会の後輩も巻き込んだ。中学生時代だ。

「……で?電話の内容は?」

『おう、簡単な説明だ。まず2。これはゲームが進む。3。先輩ルートに入って、幼馴染ルートに再入するのが難しい』

「ふむ」

『で、1だが……幼馴染ルート確定のENDだ。ゲーム終わる』

「つまりは?」

『長く遊ぶなら、2か3だ。3なら一応全部のルート入れるしな。2は後々好感度上げが大変になる』

「桜とずっと遊びたいなら、3かなあ……」

『それが良いと思うぞ。……ふっふっふ……じゃあな!』

「おう、またな」

 ストーカーじみた永大の言葉を受けて、俺は部屋に戻った。中では桜がポッキーを咥えてサクサクと食べ進めている。俺の方を見ると、じゃがりこレベルの速さでポッキーを食べ終えた。前にふざけて反対側を咥えたのを覚えていて、警戒しているのだろうか。

 机の上にスマホを置いてから、床に座ってコーラを一口。炭酸が喉を刺激する。

 昔は飲めなかったんだよなあ、と思いながらコントローラを握り、カーソルを3に合わせた。

 すまん桜。長く遊ぶためにはこれだって、永大が言ってたんです―――――――!!

 強く押される、○ボタン。

『えっ?』

『ん……その、告白かな?』

 ふう。これでゲームは続く。桜の機嫌は後で取るとして、今はこれで進めよう。

 と、思った矢先だった。

「うぐうっ!」

 突然、首に何かが激突し、勢いに任せて背中を床に叩き付けてしまう。コントローラが手から放り出されて、ぶつけた所が結構痛んだ。

 横たわる態勢になると、突如影が俺を覆う。未だに焦点の合わない視界がやがて捉えたのは、かなりムスッとしている桜の顔だった。彼女は今、倒れている俺に覆いかぶさっている。長い黒髪が自然に垂れて頬をくすぐり、ふわりと良い香りがした。

「……先輩を選んだな」

「いやそのえっと、あのう、さっき気にしないと言ってませんでしたか?」

「怒らないとは言ってないよね?」

「いやそれ気にしt」

「うるさい」

「……はい」

 蒼い瞳でじっと見据えられ、何も言えなくなる。有無を言わさぬ視線で俺を制した彼女は、黒髪を指先で掬い上げて耳にかけた。その煽情的な動作、普段は髪に隠れて見えない首の横と耳にドキリとする。

 十数年一緒に居るのに、動作一つ一つで心が動くのは如何なものか。

 まあ、しょうがない。桜が可愛いのだ。

 彼女は俺のお腹に腰を下ろした。柔らかな温もり、少し尖った骨、重くは無い体重が乗ってくる。

 安心する重さと温かさ。桜はそのまま腕を伸ばして、俺の頭のすぐ横に右手を置いた。そこに体重を掛ける様にして彼女は前傾姿勢に。顔が近づいて、耳に髪を掛けた桜がすぐ傍に来た。

 息が、当たる。

 鼻と鼻が、触れ合いそうだ。

 至近距離で見つめ合う内に、自分の頬が段々熱くなるのを感じる。

 それは夏の暑さでは無い。冷房は、充分に効いていた。蝉の声は、やけに遠い。

「結城。あそこで先輩選ぶだなんて、酷いじゃないか。幼馴染のボクが居るのに、幼馴染選ばないなんて」

「……いやでも!それがギャルゲー何d

 反論しようとした瞬間に、冷たい人差し指が唇に押し付けられた。桜の細くて白い指が俺の唇を抑えて、何も言えなくなってしまう。紅潮させた頬を緩めた彼女は、そうして呟いた。

 

「だから――――ボクがもう一度、幼馴染(雪柳桜)の良さを、教えてあげるよ」

 

 唇に当てられていた人差し指が外される。瞳を閉じて、桜はそっと俺に顔を近づける。

 動けない俺の唇と、桜の柔らかい薄紅色の唇が優しく触れ合った。じんわりと伝わってくる暖かさ。口を離した彼女は、つっかえ棒にしていた右手から力を抜く。自然に、桜は俺に全身を預ける形となった。

「……どう?」

 彼女が、小さく尋ねる。聞こえるかどうかの、瀬戸際。

 吐息交じりの言葉に、どもりながら答えることしか出来なかった。

「えっと……その、最高、です」

「そうかい?それは良かった、な……」

 再びの口づけ。唇同士が押し合い、形を変えて、気持ちを相手に押し入れる。

 桜の舌が口内に侵入し、成されるがままに俺は蹂躙された。息が詰まるような長い長いキスを終えて、口を離す。繋がっていた銀の糸が切れた。桜は、頬を赤く染めて煽情的に俺を見下ろす。

「……良いものだね。どうかな?これで、分かったかい――――」

 潤んだ瞳を此方に向けた彼女が口を開いた瞬間、突然部屋のドアが開いた。

 音に反応して視線を向けると、そこに立っていたのはボーイッシュな恰好した葵。我が妹は俺と桜を見た後に、手に持っていたパンフレットをバッグに閉まった。質問があったのだろうか。

「えと、すみません。兄さん、避妊と洗濯はお願いしますね。私は嫌ですよ、兄さんのアレが付いた服洗うの」

「しねえよ!おいちょっと待て葵、待ってよ葵ちゃーん!!!」

「キモイです。では。桜さん、童○の兄をどうかよろしくお願い申し上げます」

「ふぇっ!?あっ、うう……」

「桜が恥ずかしさでオーバーヒートしてる!?」

 冷めた視線の妹。俺の上で羞恥に染まる桜。そして、幼馴染に馬乗りされたまま叫ぶ俺。

 ……中々にカオスな絵面なのは、言うまでも無いだろう……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と林間学校

えっとですね・・・。
実は、毎日投稿を一時中断しているんです。
で、どうせならこの間に幼馴染の方を更新しようと思いまして。
毎日更新とは行きませんが、新作が出来るまで少し短くして幼馴染を大量に投稿しようと思いました。
今回は何時もの二分の一、2000文字ちょっとです。
一週間くらいだとは思いますが、どうか宜しくお願いします。

最後に。

遅れてすみませんでした!!!


 夏休みも中盤に差し掛かる頃。外で蝉が鳴き、カーテンの掛かっていない窓からは朝の日差しが照り付ける。赤い大きなバッグに着替えを詰め込み、ジッパーを閉めた。ここでやっと一息。早朝の今、時間は午前六時。しかし夏の太陽と言う物は中々に上るのが速く、もう外に出ても違和感は無い明るさだった。

 冬や春とは違う感覚。夏と言う季節を感じるうえで分かりやすいのが太陽だが、もう一つは更に分かりやすい。

 ……暑い。いやもう、めっちゃくちゃ暑い。

 こんな時でも俺の妹は汗一つかかずにご飯を作るのだが、最近ショートカットの後ろを少しだけポニテにしている。ちょっとは暑いと感じるのだろうか。

 因みにだが、妹萌えと言うジャンル。

 あれ、兄はマジで分からない。本当に、妹の居る人は妹に萌える事は無いのだ。ソースは俺。

 それが幾ら容姿の整っている妹でも、勉強スポーツ家事が出来る妹でも、だ。兄は逆に、姉に憧れる事が多い。俺も姉さんが欲しかった。胸が大きくてふんわりとしたロングで、多少のセクハラは許してくれる姉が欲しかった。今姉が出来ると結構やばいのでもう無理だが、憧れは消えないだろう。

 うん。どうして朝っぱらから姉への思いを爆発させているんだろうか。

 そう思っていると、突然ドアが開かれた。目を向けると、そこに居たのは自慢の妹。

「……にーちゃん。ご飯、食べちゃって」

「あ、ごめんごめん。直ぐ食べるね」

 少しの会話をして、立ち上がる。部屋を出て一階に降りると、机の上にあった食パンへと手を伸ばす。

 朝は必ずパン。白米も嫌いではないけど、パンの方が好きだ。

 それが俺、平均平凡普通の高校一年生―――――

 

 紅月 雄一(あかつき ゆういち)の、何時もの朝である。

 

☆★☆

 

 朝。

 最早太陽は天高く上り、むわっとした暑さが部屋中に充満している。普段なら寝ている時間帯の午前六時だが、今日に限って俺は起きていた。

 何故か?

「林間学校当日の朝にどうして準備をするのかな君は……」

「忘れてたんだようるさいな! 手伝ってくれてありがとう!」

 そう、夏休み中のイベントである林間学校。その当日だからである。

 だからこそ、早朝の今―――平均平凡、どこを取っても普通の高校生、俺こと暁結城は赤いバッグに荷物を詰めていた。

 昨日まですっかり林間学校の事を忘れていた。流石に宿泊行事はサボれないので、こうして頑張って準備をしていると言う訳だ。

 そして今、布団の上でしおりを確認しながら俺に指示を出すのは幼馴染。

 成績優秀容姿端麗才色兼備文武両道。四字熟語がずらっと並ぶ完璧美少女、雪柳桜。

 彼女はもう既に林間学校の準備を終えていた。何時ものように、朝から俺の家に来ているだけ。というか夏休みは毎日ここに来ている。二人で本を読んだり映画を見たりゲームをしたりと、ゆったりと過ごしている。

 が、一回も男女関係を持った事は無い。

 理由はただ一つ。俺がヘタレだからだ。

 今回の林間学校は様々な行事がある。つまりは”漢”を見せるチャンス!

 例えどんなライバルが現れても、そいつら全員ぶっ飛ばして桜の隣に立ち続けるのだ……!

 そんな思いを胸の中で燃やしながら準備し、妹の葵が作ってくれたサンドイッチを持って玄関から駆け出す。集合時間まで残り20分、間に合う時間帯だが気持ちは焦っていた。

 

 学校に着くと、もう一年生の皆は集まっていた。

 早速先生から五人班を作れとの指示が出され、俺と桜は端っこの方に居た三人の元へと歩み寄る。男一人に女二人。声を掛けると、三人は駆け寄ってきた。

「よう暁! 元気だったか? ……宿題、終わらないよなあ」

「やっほ永大。終わってるぞ」

「はあああああああ!? お前、じゃあ残りの夏休みはずーっと雪柳さんとイチャイチャすんのかよけしからん!」

「うるせえ黙ってろ!」

 岡取永大。

 良い奴でありながら、勉強は普通よりちょっと上。中学では生徒会書記、部活動ではテニス部に所属していたステータスイケメンだ。

 そして、残りの二人はジャージに身を包みながらも、その豊かな胸が目立つ女子。

 いつも元気が良い、吉相凛。今日も茶髪をポニーテールにまとめている。

 もう一人は、転入生でありながらその美少女と性格の良さ(白状態)であっと言う間にクラスに馴染んだ金髪碧眼の美少女、ゴールドクレス・トアイリス。

 ヴィーナスを思わせる華々しい美しさを持つ、裏の性格(黒状態)がある少女。

 大和撫子の様な桜と双璧を為す存在だ。男子も、結構割れている。

 自然な流れで、俺たちはこの五人で固まった。班の申請を出そうとすると、突然他クラスのイケメンが集まる。勿論俺や永大は論外です。

 困った風に笑うアイリス。(白)

 迷惑そうに顔を歪める桜。

 無視する凛。

 今回の林間学校は宿泊行事。無論、クラスメイトと一緒に居る時間は普段よりも遥かに長い。

 俺と桜は寧ろ短くなるが。

 だからこそ狙われる美少女。桜達と同じ班になって仲良くなろうという魂胆を隠そうともしない人の中を強引に掻き分けて先生の元へと進み、桜が手早く班長になることで班が成立。そこでやっと諦めたイケメン‘sは、余っている中で可愛い子の所へと歩いて行った。

「……ほんっと、ウザいわね」

 アイリス(黒)。怖いよ。

 そしてそれからに二十分くらいが経ち、開会式の後にバスへの乗り込みが始まる。

 班で固まれ、と言われたのにも関わらずさり気なく俺を押しのけて桜の隣に陣取ろうとする男子共。欲に忠実な彼らは桜の巧みな回避運動により空振りに終わり、俺と隣になる。窓際に座った彼女は淵に頬杖を突き、やがてバスが走り始める。

 天気は快晴。目が痛くなるような透き通る青一色が窓の外に広がっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と林間学校#2

 今回の林間学校は他校との合同である。宿泊施設で落ち合い、交流を深めるために班を二つくっ付けてのレクや活動を二日間行う。その学校は決して遠いところではなく、頑張れば行ける場所にあるのだが。

 まあ、俺の班には永大が居る。あいつのコミュニケーション能力ならば、他校との関係も持ってくれるだろう。不快な事をされなければ桜もアイリスも基本的に美少女、で済むので心配は要らない。寧ろ班の合併によるイケメン介入は爆ぜろ。ギルガメッシュに滅多打ちにされた時くらいに爆発しろ。

 ……まあ、そんなこんなでも楽しみな俺が居る。

 何時も桜関連でフルボッコされたりアイリス関連でフルボッコされたりしている様な連中でも……イラッとするなあ……クラスメイト。大事な知り合いだ。

 そいつ等と二泊三日居れるのだから、楽しい行事と言って差し支えは無い。

 トランプやUNOは持ってきてオーケー。宿泊施設は高速道路に乗って二時間くらいの場所にあり、バスに降りてからまず開会式、その後に班の顔合わせをして各自昼食を食べると言った予定だ。勿論と言うか、お弁当は桜のお手製。

 ……何故か葵が作ってくれた分もある。うん、お腹破裂するぞ俺。

 こういう行きのバスに良い思い出はあまり無い。蘇る告白予行。あれは本当に恥ずかしかった。

 バスの中ではそんな思いを他所に賑やか。隣の人や、近くの人と夏休みの事についてしきりに話している。宿題終わったー? や夏イベント終わったー? など。他愛も無い話し声に包まれる中で、無言の俺と桜。ちらりと横を見ると、桜も此方を見ていた。

 視線が合う。無表情のまま、こてんと首を傾げる桜。

 意味は「どうしたの?」だ。直ぐに分かる。

 ここで言葉を発するのはそこはかとなくルール違反の様な気がしたので、笑みを含ませつつ首を振る。すると彼女は蒼い瞳をすっと細め、不満そうに頬を膨らませた。

 これは恐らく「暇だから何か話題出せ」的なニュアンスだろうか。

 と、言われても。そんな直ぐに会話のタネを出せるなら苦労はしていないし、出せていたらもう少し友達は居た筈だ。結構友人の少ない俺は、狭く深くのタイプである。永大みたいに使い分けは出来ない。

 ここで無難なのは、しりとりだろうか。

 ……いや、考えろ俺。桜にしりとりで勝てるか? 卑猥な言葉を並べれば勝てそうだけど、そんな事をしたら徐々に形成されてきている桜親衛隊(非公認)に殺される。

 そうなると、自然に会話はこれからの夏休みの予定になっていく。

 やがて高速道路にのるバス。広大な海と、広がる自然。その中に作られた高速道路は空いていて、バス三台しか無い。全て俺の高校のバスである。

 堂々と青空の下を駆け抜け、時間は過ぎていく。クーラーの効いた車内では、涼しさとは裏腹に林間学校への熱はどんどん上がっていく。

 

☆★☆

 

 俺、紅月雄一は友達が多いとは言えない。

 何となく何時も話しているメンバーとしては、幼稚園から何気に一緒だけど記憶の無い奴。

 小5から一緒の奴。小学校から一緒の奴。等だ。

 高校からの人間に仲の良い人は居ない。まあまあ泣ける。

 彼女居ない歴=年齢の寂しい俺は、今回の林間学校に希望を抱いていた。

 何せ今回は合同だ。他校との共同宿泊行事。つまりは、まだ見た事の無い女の子と出会える確率が高い!

 ……とまあ、そんな事を隣の女子(友人)に話したら「紅月さん変態!」と言われたのだが。まことに遺憾である。俺はただ、目の前のロマンを追い求めているだけなのに!

 

 それに、だ。

 

 聞けば、どうやら合併相手の学校にはずば抜けての美少女が二人も居るらしい。これは俺の友達の一人、小学校から一緒で視聴覚委員の変態……じゃねえ、男子のツテだ。確かである。

 更に更に、その子達は現在フリー。俺にもチャンスはあるんじゃなかろうか!

 

 まあ! こんな平均平凡DT野郎が彼女作るとかハードル高すぎるんだけどね!

 

 ……。

 ………ああ、どっかに黒髪ロングストレートの美少女居ないかな。

 ………金髪碧眼の美少女でも良いや。胸大き目の。

 

☆★☆

 

 着いた。

 途中、得体のしれない悪寒に襲われる事数回。バスから降りた俺たちは先生の元へと集合し、班の合併先を記した紙を配られる。そこには他にも今後の予定が簡単に書かれていた。

「……じゃあ、夏休み中にドラクエクリアね」

「分かった。準備しとく」

 桜の囁きに頷き、両校の校長先生の話を軽く聞き流す。暑い気温、時々吹く風が汗を冷やす。大空から照り付ける太陽は木の葉の隙間から落ちて、見上げれば木漏れ日の先に快晴の空。

 首筋を流れる汗を手の甲で拭うと、俺たち五人は立ち上がる。近くにあった川へと歩を進め、そこから大声で相手校の合併班を呼んだ。

 すると、相手は直ぐにやってきた。眼鏡の奴を中心に、ぞろぞろと六人組が歩いてくる。

「初めまして。雪柳桜です。今日から二日間、短い間ですがよろしくお願いします」

「初めまして。塩谷栄と言います。よろしくお願いしますね」

 班長二人の挨拶につられて、俺たちは向かい合うようにそっと歩み寄る。俺の目の前に来たのは赤いバッグを背負い、俺と同じくらいの身長の平均平凡な男。

 同時に手を出した俺たちは、これまた同時に口を開いた。

「紅月雄一です。よろしくお願いします」

「暁結城です。此方こそ、よろしくお願いします」

 奇しくも同じ苗字。

 ……そしてその目は、最早俺と同じ目――――――

 

 こいつ、桜に惚れてやがるッッッ!!!

 

 視線の向き、同種の瞳。

 それはまるで、俺の生き写しだった。

 

☆★☆

 

 見つけた。神様、心から感謝しますぜ。

 黒髪ロングストレートの美少女が。金髪碧眼の美少女が。

 そこには、居た――――――!!

 

 というか何だこいつ。暁だっけ。

 平均平凡な奴だな。……おい、それまんま俺じゃねえか……?




紅月君はですね。
結城君のライバルさんです。モチーフとしては、桜の居ない結城、ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と林間学校#3

 宿の部屋は流石に学校ごとで違うらしく、俺の部屋は永大と藻部、イケメン(桜と同じ委員会)との四人部屋だった。因みにイケメンと藻部は同じ班らしく、聞けば小学校以来の付き合いだとか。

 ……腐るなよ。

 一日目とは言え、まだ昼過ぎ。この後には予定が詰まっている。

 まずは学校合同班で、近くの山の遊歩道を探索。一応学校活動の一環と言う事もあり、遊歩道で見かけた鳥や虫、草などをスケッチしてレポートしろよ、と言う内容だ。その間に先生たちは打ち合わせをし、今後の事を決めるらしい。

 とは言え、レポートなんてのはでっち上げで済ませて良い。

 この遊歩道探索の真の目的は、学校同士での交流を深めるためとの事。行きのバスで先生がぶっちゃけてた。良いのか社会教師!!

 と言う訳で、自室でジャージに着替えた後に集合場所へ。桜達と合流し、山へと向かう。

 山の名前は修菊山。しゅうぎくやま、と読むらしい。遊歩道の長さは全部で3km程度だ。

 ……長いのか短いのか分からない。紅月らと合流して、先生に報告してから遊歩道に入る。山の中は夏という事もあり蝉の声が五月蠅いが、それでも俺の住んでいるところよりは全然涼しかった。時々吹き抜ける爽やかな風が汗を乾かし、髪を揺らす。

 先頭には桜と凛とアイリス、他校の女子二人。最早打ち解けているらしい。

 早いな、と思いながら俺は永大とぼちぼち歩く。隣のこいつは、他校の女子へと目を光らせていた。

「……胸は大きいな。だがトアイリスさんよりは小さい。顔は、ふむ。桜さんよりも可愛くない。愛嬌は凛の方が上か。分かってはいたけど、俺たちの班の女子レベル高すぎないか?」

「それな。と言うか、比べること自体間違ってる」

「確かにな。まずはあの人たちの良い所を上げていこう」

「胸」

「微妙に平均以上の顔」

「……し。身長」

「社交性あるんじゃねえかな……」

「……パス」

「ええ。んーっとだな、暁には見つけられない良い所……? ええ……?」

 幾つか言っただけで言葉を詰まらせる。遊歩道散策よりもそっちがメインになって来た中で、突如桜が此方を振り向いた。

「結城、ちょっと来て」

「ん。わかった」

 桜に手招きされて、俺は先頭の女子グループに近づく。永大も少し後ろから付いて着た。

「えっと、これがボ……私の幼馴染。まあ冴えないけど、これでも良い所はあるんだ」

「別にボクっ子でも構わないから! 寧ろ萌えるし!」

 おおっと。

 どうやら他校のショートカットの女子は拗らせてるっぽい。やべえ。

「う、うん。分かった」

「で!? で!? 幼馴染にありがちなすれ違いとか近すぎる距離感の話とかは!? はよ!」

「あ、それ私も聞きたい」

「だってさー桜ちゃん。ほらほら、日常生活で良いと思うよ?」

「……桜さん、どうぞ?」

 控えめなもう一人の他校女子、凛、アイリスが桜を急かす。困ったように、少し照れた風に頬を掻きながら、彼女はおずおずと口を開いた。

「えっと……その、お弁当を毎日作ったり」

「「「うんうん!!」」」

「何でトアイリス以外はそんなに元気なのかな!? ……朝起こしたり、一緒にゲームしたり」

「「「ほおほお!!」」」

「そ、その……ベッドに引きずり込まれたり……っっ!」

「「「「えええええええええええええええええええええ!!??」」」」

 永大が自然にフェードインし、女子三人と小声で会話を始める。アイリスがにこにこしつつ氷河期を展開する中で、真っ赤になった桜は顔を隠して俯いた。流石にこんな大勢の前で言うのは恥ずかしかったのだろうか。

 いやまあ、巻き込まれた俺はもっと恥ずかしいんですけどね!

「いやはや、ラブラブじゃ無いですか~!」

「そこまで行くと幼馴染と言うか新婚さん?」

「桜ちゃん大胆ー!」

「暁サイテー!」

「最後のだけは全力で否定するぞ永大イ!!」

「はっはっは!! お前みたいなもやしが俺に追いつけるかな!?」

「上等だ鬼ごっこしてやんよオルア!」

「俺に追いつこうだなんて114514年早いわ!」

 割と全力で走り始める俺と永大。遊歩道を少し走った瞬間に案の定永大はすっ転び、追いついた俺は頭をすぱあん! と叩いた。

 割と強めの一撃に永大も声を上げる。後ろでは桜たちが、その更に後ろでは三人の他校男子が話している。

 その中の一人は、やはり桜を見ているようだった。

 ……多少の警戒心を抱き、永大と一緒に桜の元へと戻る。

 いやまあ桜は俺の彼女でもないし婚約者でも無いしであいつが誰と付き合うがぶっちゃけ何も言えないのだが、それでも警戒してしまうのが男と言うものである。見ず知らずの相手だし。

 恐らくだが、少しばかりの警戒心に永大は気づいている。

 へらへらしているし、今現在進行形で凛に蹴り飛ばされている。が、あいつはそう言う事には聡い。

 桜の次に信用できる相手だ。まずNTRは無いし。こいつに限ってとられる事無いし。

 ……無いよな永大。信じてるぞ。

「で、山頂に行ったらどうすんの?」

「山頂に着いたら、少しの休憩。先生が居るらしいから班の皆で写真を撮って下山だって。ボクはそうやって説明されたけど」

「ふーん。何だ、つまらん」

「しょうがないですよ。学校行事ですからね」

 永大の言葉に笑みを浮かべて返すアイリス(白)。

 こいつの黒状態は果たしてこの林間学校で出るのだろうか。見たくねえ。

 でも、アイリスは桜と同じくらいに頭が良い奴だ。勉強面でもそうだが、普通に頭の回転が速い。最適な答えを直ぐ出せる脳を持っている。

 困ったら、こいつを頼ろう。……桜に頼めない時が出来たら。

 

 そんなこんなで、林間学校はスムーズに進む。

 大した事件も無く、紅月も桜を見てはいるがあまり行動はしていない。胸を撫で下ろしつつ、風呂を終えて、一日目は滞りなく終了した。

 二日目は確か、昼間っからバーベキューとか川下りとか忙しい筈だ。

 俺の班は消灯時間から二時間程布団の中で会話をし、寝付いた。

 

 藻部が好きなのは町で見かけた黒髪ショートの中三くらいの女の子らしい。

 イケメンはトアイリスだとか。

 ……おい待て藻部野郎。それ、滅茶苦茶見覚えあるんだが……っ!?




次回から紅月君頑張るよ。

……なんかこう、ネタバレすると……

ラギアさんはNTRが大嫌いですぜ(*‘ω‘ *)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と疎遠関係?

えっと……その……
ごめんなさい。
とんでもなくお待たせしました。すみません。
毎回言ってますねこれ……直したいのに!!
毎度毎度、遅れてしまいすみません!もっと頑張って、投稿早くしたいと思います!!

後、UA21万ありがとうございます!!
凄い励みになります!更に上を目指して、頑張って行きたいです!

では、どうぞ!


 二日目の朝。

 ……それは、初っ端から(何故か)BBQから始まった。

 肉と串と野菜、コンロなどは支給されるが、明らかに量が足りない。ならばどうするのか?

 そう。俺たち1-2の担任、社会教師はこう告げた―――――――。

 

『え? 足りない? ああ……釣れば良いんじゃない?』

 

 宿泊施設の敷地内にある川。そこでは今、男子勢が水しぶきを上げて駆け回り転び、釣竿を振り回し、素手で魚を握りしめていた。

 河原では班の女子がきゃっきゃわいわいと男子を応援していた。

 そう。決して働かない女子と、無条件で働かされる男子!!

 男子共は青く澄み切った夏空を見上げ、入道雲へと叫ぶ。

 

「「「「「「持ち物水着(男子限定)って……こういう事かああああああああ!!」」」」」」

 

☆★☆

 

 魚って、ぬるぬるしてるんだぜ。

 そう、掴んでも手からするっと抜けてしまう。釣り竿は釣りの経験がある藻部が使い、永大はどこからか取り出した網を振り回し、イケメンは女子から網を受け取っていた。

 どうも。素手の暁結城です!

「結城結城、その大きな岩に向けてちっちゃめの石落として」

「……なにゆえ?」

「魚は石の下に隠れるんだけどさ、そこに向けて強い衝撃加えるとぷかーって浮いてくるらしいんだよね。コナンで読んだんだよ」

「へー。あれか、じっちゃんの名にかけて! か」

「それは金田一少年だよ」

 ジャージを腕まくりして、川岸でしゃがんでいる桜。何時もは下している長い黒髪を、今は持ってきた白いしゅしゅでポニーテールにしていた。頬に浮かぶ汗を手の甲で拭う桜は、気だるげに俺を見ている。木陰に居れば良いのに、彼女はずっと俺と一緒に移動していた。

「……暑くない?」

「暑いよ。見てわかるだろう」

「日陰に行けば?」

「めんどくさい。主に日陰で休んでる女子と男子に囲まれるのがめんどくさい」

「ああ……モテる人間の特権か。どんまい」

「全く、何で女子も水着持って来ちゃダメなのさ。ボクだって川で遊びたいのに」

「遊んでないからな!? 今絶賛魚獲る為に奮闘中だからな!?」

「じゃあほら早く。今、向こうの学校の人がBBQの用意してくれてるからさ」

「ん。了解」

 時折、桜のアドバイスを貰いながら魚を集めていく。網を使っていたイケメンと、釣り竿使いの藻部は結構な数を取っていたが、幸いにも俺も同じくらい取れていた。

 クーラーボックスに魚を突っ込み、宿泊施設に戻り始めたのは丁度昼前。太陽がてっぺんに昇り、入道雲が空を白く覆っている。広がる青空を仰ぎながら、森の中の小道を歩く俺たち。最後尾を歩く俺と桜は特に会話をせずに、淡々と歩いていた。

 ……夏と言う季節を見るならば、それは俺と桜にとって波乱の季節でもある。

 今となっては過去の話だが、俺と桜が出会ったのも夏だ。

 そして、その頃。俺は桜に嫌われていた。もう、目を合わせる事すらしてくれなかった。

 本当にもう、仲良くなれたよなあと思いながら目を閉じる。

 蝉の声が、体に染み渡る様だった。その喧噪と暑さに取り残された様な、不思議な感覚が俺を包む。世界から隔離された――――――そんな気持ちが、体の奥から滲み出る。寂しさと安堵感を同時に味わいながら、目を開く。少し離れた所では、永大やアイリス達が笑っていた。

 残されてるのは、俺と桜のみ。クーラーボックスを肩に掛けなおして、少し急ごうと一歩踏み出した。

 が、何かに引っ張られてバランスを崩す。何とか立ち止まって後ろを見ると、桜が服の裾を掴んでいた。

「…………」

 何を言うでもなく、彼女は一歩前に出ていた俺の横に並ぶ。そのまま右手を、俺の左手に絡めてきた。

 俯いている桜の表情は見えない。繋がれた手は、恋人繋ぎでも無くただ握り合っているだけだ。

 それでも、俺は一気に引き戻された。蝉時雨は五月蠅い。暑さに、汗が滲み出る。

 お互いの手は、汗で濡れていた。だけど離す事は無くて、俺たちはそのまま歩き始める。地面を踏みしめる足は、やけにゆっくりと、しかし進んでいた。

 

 だけど。

 戻ってからが、一番、きつかった。

 

 ……魚を持ってきた頃にはもう、BBQの道具が全て設置され、元々支給されていた肉や野菜はしっかりと下ごしらえが完了。火が付けられていて、もう直ぐに焼ける状態だ。

「そういえば、魚はどうすんだ? 網の上で焼くの?」

 永大が呟くと、間髪入れずに向こうの班の班長が答える。

「塩焼きとかしたいから……薪でも取ってくる? さっき先生たちもそうしたら、って言ってたんだよね。ただし扱いには注意すること、だってさ」

「ふーん。じゃあ、誰か薪を……」

「あ、俺行くよ」

 真っ先に手を挙げたのは、紅月。あいつは一度俺たちを見渡すと、あろうことか。

「えっと、雪柳さん?だっけ。一緒に来てくれる?」

「え?ああ、良いけど」

(!?)

 桜を指名し、二人で森の中へ消えていった。向こうの班長が指示を出し、皆が動き始める。その中で唯一動けない俺は、永大に無理やり建物の裏手へと連れていかれた。

「……おいおい、やべえんじゃねえか」

 何も言えない。

「暁?へい暁!元気してるかーい!?」

 何も言えない。

「やばいぞこいつ。何言っても反応しない……。あっ、桜さんと紅月が凄く濃密に絡み合ってるー(棒」

「!?」

 殺す。

「嘘だよってか反応速すぎだろお前!後端的すぎるわ殺すって!」

「えっ、口に出してた!?」

「溢れ出る殺気がオーバーフローだわアホ野郎!」

 桜が紅月と共に薪を取ってきて、魚を塩焼きにする事に。担当は再び立候補紅月と指名桜、お手伝いで向こうの学校の男子。俺とアイリス、永大や凛はその他の仕事に掛かりっきりだ。

 準備が終わっているコンロの網の上に、まずは火の通りにくい野菜から置く。

「私、バーベキューって初めてです!楽しみですね!」

 と、アイリスは現在白状態だ。他の学校が居るからだろうか。上のジャージを腰に巻き付けて結び、腕には日焼け止めを塗っていた彼女は現在体育着+下ジャージである。

 汗かサイズの小ささか、ぴったりと体のラインが浮き出る服装。

 さっきからやけに近い彼女の柔らかい肌が当たるたびにびくっと跳ね上がってしまうのは如何な物か。

 俺だぞ俺。しっかりしろよ俺。

 でもまあ、しょうがないよね。許してくれ、アイリスはクラスで一番胸が大きいんだ。スタイルも桜に負けてないし、顔だって滅茶苦茶良い。はっきり言って桜が居なければ一発で落ちていたと確信できる。

「コーン、このくらいで良いでしょうか?暁さん、どうですか?」

 因みに今、桜は紅月と談笑している。ああっ、今塩焼き魚の串を持つ手が触れ合った!?

(……結城、無視すると今すぐここでディープキスするけど良いのね?)

「何かなアイリス!え?野菜が焼けたって!?そうかそうかなら追加しようか!」

 一瞬だけ降臨したアイリス(黒)に過剰反応。焼けた野菜を端へと退かしつつ、再び新しい野菜を投入していく。横目で見る桜と紅月は、楽し気だった。

 

☆★☆

 

 結局――――。

 あの後も、桜はずっと紅月と一緒だった。と言うよりは、丁寧な誘い方ながらも断らせなかった紅月と周囲の人間の手腕が大きいだろう。その分俺は(何故か)アイリスと一緒だった。

 ……正直、水まきを先生に頼まれて、途中で濡れ透けアイリスが見れたのは本気の眼福ですありがとう。

 そして夜。もう晩御飯が終わり、消灯時間も過ぎた。俺達の部屋でも就寝しようという話になってから数十分が経った頃、トイレに行こうと起き上がる。

 部屋に備え付けのトイレ。用を足した後ドアを出ると、そこには何故か永大の姿があった。

「なあなあ、少し抜け出そうぜ」

 小声だった。男からの誘いだったし、ましてや相手は永大である。

 それでも、あいつは有無を言わせずに俺の手を掴み、窓へと近づく。一階なのが功を奏し、俺たちはジャージのまま窓から部屋を脱出。12時近い深夜、二人っきりの逃避行。

 先生に見つかれば説教では済まないかもしれない。

 それでも、そんな事はどうでも良かった。一つの木が植えられた、小高い丘へと二人で上る。

 会話は、無い。さくさくと、草を踏み分ける音が夜風に消えていく。

 涼しい。

 真っ暗だ。

 

 星が綺麗な、夜だった。

 

 徐に丘の草むらへと寝ころんだ永大。それにならい、俺も仰向けに倒れる。頭の後ろで両手を組むと、そのタイミングで永大が口を開いた。

「……明日どうすんだ?」

 何を?何の事を?

 それは愚問。何の事かなんて、自分自身が一番良く分かっていた。

「さあ。……取りあえずは、先手打たなきゃ」

 雪柳桜。俺の幼馴染の事だ。

 もう、明日で最終日。林間学校で大した思い出を作れないまま終わってしまうのは、片思い中の青春男子としては相当辛い。

 それに。

「紅月に、負けてられないもんな」

「……うん」

 あんな会ったばかりの奴に、負けてはいられなかった。永大がわざわざこんな時間に抜け出したのも、この話をするためだったのだ。

「幼馴染は負けフラグ」

「ギャルゲーかよ」

「ギャルゲーだったら女の子が負けるけどな、敗因は大体が幼馴染って言うポジションに慣れすぎちゃって踏み出せなかった人間の末路だろ?だったら暁、お前もそうなるんじゃねえのか?」

「……幼馴染って言う事だけに甘えて、何もしない人か」

「それだよ。言っておくけど、積極性って結構重要だぜ。桜さんの視線に気づかなかったお前はちょっと酷いしな」

「えっ?」

「視線だよ視線。桜さん、ちょこちょこって言うかずっとお前の事見てたぞ」

 マジか。知らなかった。

「さて、で、明日なんだけど……暁、作戦ある?」

「……朝一に桜の所行くとか」

「それだと他の行動の時に紅月に後れを取るぞ。……と言う事でだな、今日凛と話したんだけどさ」

「うん?」

 永大の話が、大事な事へと変わり始めた気がした。満天の星空の下、草の上で寝っ転がる俺たちを夜風が涼しく撫でていく。暗い世界で、お互いの顔はぼんやりとしか見えない。時折空を駆ける流れ星が、儚く消えていく。

 そして、あいつは言った。

「明日凛が迷子になるから、一時間とか30分とか、お前と桜さんと二人っきりで話して来いよ」

「……は?」

 唐突なカミングアウト。

 

 ―――――――宣言する迷子って、迷子なんですかね――――――!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染とお仕置き

今回は早いですよ!
どうですか!?やれば出来るんです!(殴(蹴(斬

……すみません。すみません。
これからもこのくらいを維持します……!頑張って!!行きます!!!


 それは翌日の事だった。

 濃密な二日間を過ごした俺たちは、今日は手早く帰る予定である。もう後小一時間でバスに乗って、お別れの時間だ。

 ……こう言うとあれだが、嬉しいですはい。

 早く帰って、桜と一緒に俺の部屋でぐったりしていたい。ゲームもしたいし、何より静かに寝たい!!

 そう、トラブルも何も無い平和な日常を送りたいのである。

 しかしまあ、永大の宣言通り……。

 

 凛が迷子になりました。

 

 そして今、俺は担任に頼まれて桜と共に凛を探していた。どうやら彼女は先生に頼まれて林道の奥にある体育館に忘れた、先生の買い物籠を取りに行ったらしい。で、明らかに戻ってくるのが遅いらしい。誰か様子を見に行ってと言われ、近くにスタンバイしていた永大がすかさず俺と桜を呼び、直ぐに行かせた。

 そう、今現在進行形で俺と桜は林道を歩いていた。目指すは体育館……で、待機中の凛である。

 少しばかり卑怯すぎるマッチアップ。紅月、ごめん。

 

 ザマアとしか思えない俺が居ますごめんなさい。

 

 とは言え、桜と二人っきりなのは男子としても、暁結城としても嬉しい。

 初日、二日目も晴れ続けた空は今日も絶好調。雲一つない快晴の空から降り注ぐ日差しは木の葉に阻まれて木漏れ日を彩っている。木の枝と石が落ちている林道をゆっくりと歩いていも、汗が滲み出る暑さだ。勿論水筒何て物は持って来ていない。

 早くも喉が渇き始めた俺が喉を擦っていると、そっと隣から未開封のペットボトルが渡された。

「……飲みなよ」

「んあ、せんきゅ」

 涼しげな桜に言葉を返してから受け取り、中の温いお茶を口に含む。

 隣の彼女を見れば、彼女はジャージのズボンに体育着(上)を着ていた。腰には長袖のジャージを巻いていて、少し下を向きながら歩いている桜。頬を流れる汗を手の甲で拭う様を見ていると、俺の視線に気づいた桜が手を差し出してきた。

 なのでそっと握ってみた。

「……キミは、何を、しているのかなっ……!?」

「痛い痛い痛い!! 悪かったってごめんって!! 冗談冗談いっつヨーロッパジョーク!」

「アメリカンジョークだろそこは!」

 結構本気で握りつぶされかけた右手をぷらぷら振りつつ、入れ替わりにペットボトルを渡す。もう、と言いながらお茶を一口飲んだ桜は、俺にもう一度お茶を押し付けた。

「どうした?」

「持て。女の子には荷物を持たせないのがモテるコツだと思うぞ」

「わかった全力で持つよ!」

「持ちすぎもウザいけどね」

「どうしたら良いんだよ!」

 辛辣な我が幼馴染は両手を後ろで組んだ。暑そうに気だるそうに、普段は無表情な顔を少しだけ不機嫌そうにしながら。日影があるし、地面はコンクリートでは無いから暑さは緩和されている方だ。一応。

 ところで、ジャージを腰に巻いてる女の子って良いよね。

 あれだからな!!! ジャージズボン履いてるのも絶対条件だからな!!!!!

「ねえ」

 ……と、そんな事を考えていると。

 桜は少し小さく低い声で、俺の方を見ないで口を開いた。

「昨日は随分とボクを放置していたけどどうしたんだい。おい。薪拾いにも行ったんだけど。おい」

「……もしかして滅茶苦茶不機嫌です?」

「不機嫌じゃないよ」

「怒ってらっしゃいます?」

「怒ってないよ」

 明らかに低く、重い声。きっとオーラが見えたら黒くなってるだろう今の桜は、長い黒髪を耳に掛けた。

「ボクが言いたいのはだね。女の子が困ってるのに助けない馬鹿野郎は埋まれって事だよ」

「俺昨日、アイリス助けたぞ。一緒に作業したし」

「初めての共同作業はボクとだからな!! 絶対だからね!!」

「いやまあそりゃあ付き合い長いし……幼稚園くらいに二人で砂山作ったしな。それが初めての共同作業だろ」

 というか埋まれってどこにですかね。何に埋まるんですかね。

 土?やっぱり土なのかな?

「マグマに埋めるぞ」

「それは落とす、もしくは沈めるだと思うんです」

 ギロリ、と透き通った瞳……しかし殺気は凄まじい。に、睨まれて身を竦ませる。コツン、と足元の小石を蹴り飛ばした彼女は、そこで立ち止まった。

 それと同時に俺も立ち止まる。両手を後ろで組んだ彼女は振り返り、余り晴れない視線のまま呟く。

「……構って欲しかったんだよ。言わせんなばか」

 ジト目のまま、上目遣いで俺を睨む桜。

 少しだけ恥ずかし気に頬を染めた彼女は、夏の日差しに、木漏れ日に身を彩られていた。鮮やかな黒髪と蒼い瞳が背景の森林に映えている。どこかの絵画か、もしくは幻想の中から出て来たような美しさ。

 何も言えずに黙った俺に近づくやいなや、桜が背後に回り込む。

 すると、背中にこつんと重さが掛かった。夏の暑さとは違う、優しい温もりのある重さ。

「ボクは独占欲が強くて、嫉妬して、あまり素直じゃないんだけどさ」

 くぐもった声で、桜は言葉を紡ぐ。額を汗が伝い、俺は何も言えずに空を見上げた。

 ただひたすらに広く、青かった。

「……それでも、ボクは結城と一緒に居るのが良いって言うよ。言ったからな。覚えててよ」

 一拍。

「……絶対にね」

 ぎゅ、と体操着が引っ張られた。桜が掴んでいるらしい。その儚い、今にも消えてしまいそうな不思議な雰囲気に心が締め付けられる。

 桜は人間だ。

 何時までも俺の隣に居るっていう確証は無い。今ここで死ぬかもしれないし、俺では無い人と結婚したりするかもしれない。

 急に感じた、幼馴染と言う脆さ。ただ一緒に居た時間が長いと言うだけの関係。

 昨日の、いや今日のだろうか。永大の言葉が不意に思い出された。

「忘れたら、おしおきするからね。怖いぞ。ボクの考えた本気のお仕置きだからな」

「……死ぬだけで済まなそうだな」

「ある意味死ぬよりも辛いぞ」

「なにそれ怖すぎない!? どんな内容ですかね!?」

 今の感傷的な思いを吹き飛ばすように、大きな声を上げる。考えたく無い事から、目を逸らす。

 桜の不穏な言葉の直後、彼女は俺の言葉に少しだけ押し黙る。どうしたのか、と振り返ろうとした瞬間に、突然腕が体に回された。背中に柔らかい体が押し付けられるが、それを意識するよりも先に桜の言葉が響いた。

 

「ボクより早く死ぬな。交通事故でも癌になってもマグマに落ちても、ボクより先に死ぬな」

「ずっとずっと、余生を長くボクが死んだ悲しみを背負って生き抜け」

「それで絶対ボクに会いに来い。天国でも地獄でも追いかけて来い」

「自殺はダメだ。最低限ボクよりも10年は長く生きろ」

「思い出話をして、ボクを楽しませられなかったらまたお仕置きだからね」

 

 途切れて、繋げて。思いを一気に吐露した彼女は更に強く俺を抱きしめる。

 幼い子供がぬいぐるみに抱き着く様に、何かにしがみ付くように。縋る様に、逃がさないように。

 不安だ、と。

 桜の思いが、ひしひしと伝わってくる。語気が強まっていったさっきの言葉も、全部全部それの現れだ。その思いはきっと、傍から見れば自分勝手な言葉かもしれなかった。無謀な言葉だったかもしれない。

 それでも。

「……分かったよ。約束する」

 俺にはそれを、切り捨てる力も思いも強さも無い。桜が死んで、立ち直れるかも分からない。

 

「で、すまん。桜。忘れた」

 

 受け止める弱さ。受け止める事しか出来ない弱さしか無い俺には、きっとこれ以外の選択肢は見つからない。

「……は?」

「お前に何を言われたのかを全部忘れたんだってば。何も覚えてない。お仕置きは怖いけど、残念ながら受けるしか無いな……これから野菜食うよ俺……」

 待ってろトマトアボカド茄子ゴーヤ。克服してやんよ!!

 某さくら荘の引きこもりもトマト食べてたしね。あれやったら間違いなく吐くけど。

「うん。うん。……やっぱりキミ、大分バカだろ」

「何を今更」

 少しだけ笑みを含んだ桜の声音。何時も通りに戻った彼女に安堵しつつ、俺も普通を意識して返す。

「バカだなあ……本当に、もう、ばかだなあ……!」

 震え始めた声を隠すように、桜は言葉を切る。体に回されていた腕が離されて、後ろでは嗚咽が聞こえた。

「嫌だなあ。何でボクがキミの為に死んでまでお仕置きしなきゃなんないのさ」

 やがて聞こえた、一つの声。

 

「ずっと一緒に居たいな……結城より先に死にたくないよ。嫌だよ。ずっと隣に居てよ……」

 

 その呟きは、俺に答える事を許さない。桜は直後、林道を一人で駆け抜けていった。

 

☆★☆

 

 やがて凛は見つかり、先生に少し叱られるも俺に小さくウィンクをしながらバスに乗り込んだ。最後に先生同士の挨拶が終わり、出発。

 行きと同じ、桜と隣の席。彼女は窓際に座ると、俺から顔を背けたまま窓の外を眺める。

 出発してから15分程だろうか。どうやら桜は寝てしまったらしく、隣からは穏やかな寝息が聞こえて来た。バス内では会話が飛び交い、その中に時折混ぜて貰いながら時間を潰す。

 着く直前に起きた桜と共に、夕焼けの我が故郷を無言のまま歩く。因みに桜の荷物は俺が持ってます。

「たぢあまああああああああああ!!!」

 まるでタイピングミスをそのまま放置したかのような叫びに反応して、家の奥からとてとて足音が聞こえてきた。桜とは家の前で別れた為に、勿論家に入ったのは俺だけだ。

「お帰りなさいです、兄さん。ご飯にしますか? お風呂にしますか?」

「それとも……?」

「ぶっ殺しますよ」

「悪かったごめんなさい!」

 俺の妹、暁葵は私服にエプロンをつけ、短い髪を小さなポニテに纏めていた。料理途中だったのか右手にお玉を持ちつつ、冷静な鉄仮面は崩さない。寧ろ崩さないからこそぶっ殺しますよが怖い。怖すぎる。

「まあ。ご飯ですかね。今日は少し豪華ですよ、兄さん。……無事で良かったですね」

 そう言って、微笑もつけて、葵は家の奥に引っ込んでいった。

 リビングに向かうと、もうご飯の準備がされている。出してあるご飯はもう水分が飛び始めていた。

 ……どれだけ前からあいつはここで待っていたんだ。

「兄さん? どうしましたか? ……ってあ、ご飯固いですよね。すみません。変えますね」

「いや、良いよ」

 断ってから、椅子に座る。

 俺を待っていてくれたんだろう。なら、それを無下にする訳には行かない。

 加えて、久々の家だ。ここは楽しく食べる為にも、妹の気持ちを削ぐわけには行かぬ。兄としてな!!

 

 ―――――こうして、二泊三日の林間学校が終わった。

 しかし、夏休みはまだ長い。帰省に海、夏祭り。

 まだまだ、忙しくイベントが尽きない夏は、終わらない――――――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と海水浴

少し遅れました。すみません。

えっと……。

海回です。少しボリュームが足りないかも知れませんが、どうぞ!


 さて。

 夏と言えば――――――何だ。

 かき氷? アイス? 冷やし中華? ラーメン? 鍋? こたつ? とうもろこし? それとも私?

 ……いいや、違う。ナンセンス。至って違うそれらの選択肢。夏といえば、花火に夏祭り、更には夏休み等沢山のイベントが盛り上がる季節の代表格だ。

 暑さと青春。蝉時雨の中、好きな女子に思いを馳せる男子も多いだろう。

 そしてここ、俺たちの住む町には山があり、同時に海がある。

 この海はかなり綺麗だが、この町が結構な田舎であり隠れ名所として知る人ぞ知る、絶好の海水浴スポットになっているのはご存じだろうか。知らないよね。うん。言ってない気がするもん。

 さて。

 時は夏休み、俺の周りには美少女四人。

 こう来れば――――。

 

 海に行かない訳、無いだろう?

 

☆★☆

 

「夏だ!」

「海だ!」

「「水着、だあああああああああああああああああああ!!!!」」

 永大、俺が叫んでから透き通った青い海へとダイブする。浅瀬の為に砂へと顔面を突っ込んでしまったが、海水がそれを洗い流してくれ……いった! 塩水! 塩水目にいったあああああああああああ!!!

「ああっ!ああっ!ァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!!!」

「どうしたお前!シャンプーが目に入った様な奇声を上げて!」

「どこの奏撫さんだお前!違うよ、塩水が目にあああああ!!鼻にああああああ!!!」

「テンション押さえろアホ!まずは海水から顔を離して水中メガネを装備するんだ!あと浮輪!」

「ど っ ち も 葵 が 持 っ て る」

「葵ちゃあああああああああんん!!!!」

 やけにテンションの高い俺たち。海水浴場でこんな事をしよう物ならば普通とんでもなく迷惑なのだが、この海には今俺たち以外に人が居ない。勿論、海水浴は許可されている場所だ。人気が少ないため、海の家などは無く、砂浜は汚れていない。

 天気はおあつらえ向きの快晴。照りつける太陽が肌をじりじりと焼き、砂浜は灼熱の熱さだ。

 相乗効果、海はとても気持ちいい。まだ女子たちは着替えているため男子勢で水の掛け合い(本気)をやっていると、一番最初に来たのは凛だった。彼女はビキニでも包みきれない豊満な胸を揺らし、永大へとドロップキックをして海へと吹き飛ばす。

 その流れる様な動きに感動していると、永大と凛は二人で遊び始めた。

 ぼっちになった俺は凛の来た方向へ視線を向ける。するとそこには、これまた赤の扇情的な水着とパレオ……つまり、腰巻をしていた。こう言っては何だが、桜よりもグラマラスなアイリスの水着は授業で見た時もだが目のやり場に困る。

 しかも彼女は迷いなく俺の元へと向かってきて、熱い熱い砂場を小走りで向かってきて、

「えへへ……水着はその、少し恥ずかしいですね……?」

 そんな事を狙ったような前かがみと上目遣いで言うのだ。長い金髪をサイドに纏めて、碧眼を潤ませている。彼女の足跡は波にさらわれて、呼吸を整えたアイリスは俺の手をきゅっと握った。

「その、少しだけ、深い所に行きませんか……?」

「お、おう」

 許せ。抵抗なんて出来る訳無いんだ。

 しかもアイリス(白)。一切の黒いオーラが見えない純粋な彼女に身の危機は感じる事が出来ない。

 生存本能と防衛本能を掻い潜られては、最早抵抗など不可能。優しく、指先だけをつままれたまま海の奥へと引かれる。膝下から、腰の高さ。俺の胸より上に来た時にはもう、アイリスは俺の肩に掴まって浮いていた。彼女の足は地面についてなく、楽しそうに俺から離れない。日焼け止めを塗ったのかどうか、その体は艶艶に輝いていた。

「ん……どうしました?私の体を見て。オイルでも塗りたかったんですか?」

 塗りたく無かった!

 と言えば嘘になる。が、それを言ってしまうと負けな気がするので押し黙ってしまう。

「すみません。頼むつもり満々だったんですが、桜さんが急に全身をぬるぬるに……してしまって……」

 見透かされてたって事だよね!

「もう、激しくって乱暴で……顔を赤くして……少し、感じてしまいました……」

 顔を赤くして言うアイリス。その煽情的な動きに、声音に、胸が一瞬高鳴って―――――。

 

「……憤りを」

「怖いよアイリス!?抑えて、気持ちを静めるんだゴールドクレス・トアイリス!!」

 

 その直後に溢れ出たヤンデレオーラに、夏ながら寒気を感じてしまった。

 何時の間にか俺の肩から手を離していたアイリスは、立ち泳ぎのまま水面を両手で叩くという器用な事をしてのけている。自分の世界に入ってしまったアイリスからそおっと距離を取る様に砂浜へ。熱い砂には行かず、波打ち際に胡坐で座り込む。

 海に居るのは、三人だけ。

 永大と凛、アイリスだ。永大と凛は今も沖の方で水かけ合戦をしている。若干永大が劣勢だ。理由はきっと、凛の水着による視覚的精神攻撃だろうか。

 因みにアイリスの黒いオーラによってそこだけ雷雨が降っている様に見えてしまう。怖い。

 そうしてぼけーっとしていながら、徐に俺は後ろへと倒れた。空を見上げる形になった俺の視界に、影が差し込む。それは何故か腰元を抑えて見下ろしてくる葵の姿。

 先に言うと、兄は妹の裸を見ても興奮しません。ソースは俺。

 と言う事で、アイリスや桜だったら爆発しそうになっていた俺でも平然としていた。

「おー、葵。それ何て水着?」

「……あれですね。女性の水着を見て、何の感想も無しに最初にそれを聞いてくるあたりマジで本気でガチで……はあ。顔面踏みつぶして良いですか?」

「何で妹に踏まれなきゃ行けないんだよ!」

「兄さんが……そう言う事を、無理やりやれって言うから……!」

「言ってねえし!?」

「ウルサイですよこのドM。黙りなさい」

「葵がドSすぎんだよ!」

「はいはい。この水着はオフショルビキニ。体のラインと露出で勝負する水着ですね」

「胸無いもんなー。お前」

「………」

「悪かった。悪かったからその目と拳を止めろ」

「実は私、中学校で護身術習ってるんです。喰らいます?金的」

「死ぬぞ!というか、将来使えなくなるからマジでやるなよ!」

「使う相手なんて……ああ、居ましたね。ええ。というか妹に何て話をしてるんです、かっ!」

「ふごおっ!」

 話を振ってきたのはお前だろ! と叫ぶ間もなく、鳩尾に突き刺さった蹴り。大した腹筋も無い俺の腹部へと激痛が走り、そのまま悶え転がる。

 葵は浮き輪に体を通し、倒れている俺の上に水中眼鏡を叩き付けた。

「……変態兄さん。後少しで桜さんが来るので、しっかり感想を言うんですよ。良いですか?」

「感想?」

「可愛い、ムラムラした、ちょっと岩陰行こうか。とかですね」

「三分の二がアウトなんですけど!?」

「いつも言ってるじゃないですか。まあ、それでは。私はぷかぷかしてるので」

 嵐の様な妹だな。

 浮き輪を使って、海の上をぷかぷかしていく葵。アイリスがやっと我に返ったらしく、葵とアイリスはそのまま二人で遊び始めた。ビーチボールを後で膨らますか、とか思いながら起き上がろうと体に力を込める。

 瞬間、再度影が差す。上に現れたのは、長い黒髪を耳に掛けて俺を見下ろす幼馴染の姿。

「……やあ」

「……っ!?」

 着替えが終わったのか、じゃあ遊ぶか!

 と言おうとした。言おうとしたのだが、直前で言葉に詰まる。蒼い瞳と目が合い、吸い込まれそうになる。

 見慣れていたはずだった。もう何年間も見てきたから、桜の水着がどんな物かも熟知しているのだ。これだけ言うと変態みたいだけど、桜の水着は今までワンパターンだったのだからしょうがないだろう。

 しかし、今年は外してきた。

 水色のビキニに、前を開けた白いパーカー。

 簡素ながら、それは俺の好みのど真ん中を貫いてきた。剛速球で。

 以前まで桜の水着と言えば露出の少ない薄ピンクの水着だったのだが、今年は肌色多めである。スタイルの良い体の魅力は、水着では隠しきれておらず。寧ろ増幅させていると言っても過言ではない。

「何だい、そんなにぼーっとして。そんなに似合ってないかな?」

 白いパーカーのポケットに両手を突っ込み、少し不満気味に呟く桜。真っ白な肌と、艶やかな肢体に目を奪われつつも俺は全力で首を横に振る。似合ってない、なんて事は絶対にない。

「……ちょっと見ない間に、言語機能も失ったかな。ボクの幼馴染がこんなのになってしまうなんて」

「喋れる!喋れるから!」

 ようやく口が動くも、焦って早口になる。

 やばい。

 長年ずっと一緒に居て、ここまで耐性が付いていないとは思わなかったぞ……!

 脳内でそんな事を苦し気に唸る。その様子を見ていた桜は口角を上げると、やや挑戦的に言葉を発した。

「ボクが可愛くて見惚れてたとか、じゃないだろうね?」

「んな訳ねえだろおおおおおおおおおおおお↑↑↑↑!?!???!??」

 発狂。

 本心を言い当てられてか、声が裏返って裏返った。とんでもなく跳ね上がった声に桜は体を震わせ、更ににやりとする。パーカーを少し緩めに脱いで、肘で引っ掛ける形に。肩と二の腕、胸元が大きく露出した。その姿のまま被さるように前かがみになる桜は、蒼い瞳をすっと細める。

「やあ結城。ん?どうしたんだい?そんなに顔を赤くして。え?何?口をパクパクさせてるだけじゃ何も分からないよ?……んふふ、ゆ、う、きいー。どーうしたのかなー?ねえねえ、言ってくれなきゃ分かんないぞ?」

 猫なで声で、楽しむように声を出す桜。にやにやと、あからさまに俺をからかっていた。とは言え、悲しいかなそれが分かっていても何もできない。ぐぐぐと言葉に詰まるだけのまま、桜は更に調子に乗る。

「おいおい、一緒にお風呂にも入ったじゃないか。キスも何も済ませたじゃないか。今更ボクの水着で、何を思う事があるんだい?ほらほら、何時も通りに接してみなよ」

「水着……可愛いぞ……っ!」

「ありがとう。ほらほら結城、おいでおいでー」

 華麗にスルーされた俺の感想は空しく散った。桜は俺の後ろから顔を覗き込ませていたが、今度は回り込んで足の方から俺を見下ろす。何だろう、このゾクゾク感。

 直後、桜は波打ち際の水にぬれた地面に手と膝を付いた。

 所謂四つん這いと言う姿勢でずいずいと前進し、まるで押し倒されているかの様な状況に。心臓がバクバクして何も言えなくなるが、桜も頬を朱色に染めて恥ずかしそうにしていた。

「ほらほら、ほらほら。話せ言語を交わそう言葉を。キミが最近見ている女性が話している生放送みたいに好きな台詞を言ってあげるよ。ロリ声で悶えてたキミは実に滑稽だったね」

「どうして知ってるんですかっ!?」

「ベランダで行き来できる……つまりは深夜でもカーテン空いてたら見えるんだよばーか」

「嘘だろ!?うっそ、うっそ!俺の最近の癒しなのに!!」

「言ってくれればボクがするのに」

「顔がわからないからこその妄想があるんだよ」

「……理想の顔を正直に答えてみろ。怒んないから」

 理想の顔……?

「目が大きくて蒼くて、白めの肌で黒髪ロングストレートで顔立ちがしっかりとしてれば」

「どこの誰の紹介をしてるんだい」

 

 ☆★☆

 アイリスのスパイク。膨らませたビーチボールを鮮やかなトスで上げた凛に合わせて跳び、振り切られる右手。ボールの威力もかなり高いが、注目すべきはその、胸。

 女子vs男子で別れ、今は適当な高さを決めての軽い試合中である。

 俺と永大は欲望に振り回されながらも、一瞬反応が遅れてボールを上げる。二人なので、基本的に最初に触れた人が最後返す形だ。

 アイリス、凛、桜のスパイクは反応が一瞬遅れる。苦戦しつつも、俺たちは何とか繋いでいた。

「葵ちゃーん、ほれっ!」

 ドンッ!

「よいしょ」

 ドカッ!

 ただし葵への反応は通常と変わらない。欲を刺激するものが無いからね。

「うっしゃ暁、とーう!」

「てーいっ!」

 上がったトスを、ジャンプ力の無さとテニス部の癖で手首のみで打つ。それでもある程度の速度を出した打球は桜の元へと飛んでいき、普通に上げられた。きれいに。

 凛のトス。跳ぶのは葵。

 そして。

 

「私の時だけ普通なのは真に遺憾です!!!」

「お前の全力スパイクとか痛いだろグハウス!!!!!!」

 

 顔面に突き刺さったボールは放物線を描き、海へと消え去っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と夏祭り

直せば直せるし、キリが無いと思うのでもう投稿しまする。
遅れてすみませんでした!!今回で夏休みは最後です。

どうでも良いですけど、FGOのジャンヌ・ダルク・オルタ可愛くないですか!?
もう、最高ですね。ずっとSS漁ってました。可愛い。最高。
後プリズマ☆イリヤ最高ですね。
ニコ生の一挙放送、全部見ました。私のTwitter見てる人なら知ってると思うのですが、そんな事ばっかりtweetしてました。
因みにラギアは美遊ちゃん押しです。最高。特にドライの最後、むくれ顔の和服美遊ちゃんが神でした。

それよりも艦これ、夏イベですね。はい。

もう、FateのSS書きたくて書きたくて。
まあ、にわかなんですけど!

では、夏祭り回、どうぞ!!


 夏祭りの張り紙を見た。

 それは何気ない、珍しく俺が――――暁結城が、一人で出掛けていた時だ。まあ単純にラノベを買いに行った帰り、夕暮れの住宅街の掲示板。日差しは弱くなるも、まだむわっとした熱気に包まれながら蝉の声を聞き流す。そんな中で見たのは、とある神社の夏祭りの知らせだった。

 それはこの町では有名な夏祭り。

 長い階段を上り、そこからまた階段までの長い通りを屋台と提灯、人が埋め尽くす。奥にはぼんやりと淡く浮かぶ社があり、夜だがかなり賑やかになる場所だ。

 俺も毎年、友人たちと行っていた。射的や宝釣り等は定番、今や数少ない型抜きもやっている。

 道中で買ったガリガリ君(メロンパン味)を一口齧り、これまた自然と頭に思い浮かんだ事は一つ。

「……今年は、ちょっと頑張ってみるかあ……」

 あ、ガリガリ君当たった。

 

☆★☆

 

 扇風機を消し、クーラーを26度に設定。部屋は十分に涼しくなった今日この頃、夏休みの中盤。宿題は終わり、部活動には入っていない俺と幼馴染は、お互いに本を読んで過ごしていた。ぺらり、ぺらりと紙をめくる音とクーラーの音のみの空間。会話は無い、真夏の朝。

 そんな静寂を破る切っ掛けは、俺の読んでいた本(廃線上のアリス。表紙の子可愛い)が終わりを迎えた事。そして、LINEに一通の通知が来た事だった。

 差出人は、永大。メッセージは、

『お前明日の祭りどうする?』

 との事だった。

「……誰だい?」

「んー? ああ、彼女」

「は?」

 床に座って本を読んでいた俺に声を掛けてきたのは、ベッドの上で寝っ転がりながら本を読んでいた我が幼馴染、雪柳桜。成績は常にトップ、どんな服装でも確実に世界のトップに君臨できる容姿に抜群の運動神経。中学校の体育では、器械運動でバク転→ブリッジ→逆立ち→側転→ロンダート→バク転(三連続)をやってた。

 Tシャツに短パンと言うかなりラフな格好のまま、彼女は俺の発言に目を鋭く細める。蒼い瞳が凄まじい殺気を帯びたのは見ないでも分かる所がまた怖い。

「冗談です許してください。永大だよ。夏祭りどうする? だってさ」

「ああ、明日のかい? 今年も何時も通り皆で行こうか。と言っても、今年はトアイリスと凛……二人増える感じかな。去年まではボクと結城、永大に葵ちゃんだったからね」

「いや、それなんだけどさ」

「ん?」

 桜が良く分からない外国語の分厚い本から目を離す。殺気の収まりを確認し、俺は本題を切り出した。

 

「祭り、俺と二人で行かない?」

「ん?」

 

 桜が呆気に取られたように呟く。呆然とする彼女の手から分厚い本が離れて、ベッドに沈んだ。

 

 俺がその話をした直後に、桜は何故か家に帰って行った。陽光で熱された屋根の上を素早く駆け抜けて、自分の部屋にダイブした桜を見届けると、ドアが三回ノックされる。返事も待たずに入ってきたのは、エプロンを着けた葵だ。

「兄さん、お昼ご飯は何が良いですか? 桜さんは……帰ったんですか?」

「うん。二人で祭り行こうぜって言ったら帰った」

「お昼ご飯はお赤飯とかにしましょうか。ちょっと頑張ります」

「何故!?」

「……はあ。冗談ですよ、兄さん。お昼は二人分だけ作りますね。後、」

 葵は無表情のまま、俺をじっと見据えた。強い視線に少し後ずさると、彼女は少し声音を低くして呟く。

「お兄ちゃん、服装をどうかした方が良いと思うよ。明日はもう、滅茶苦茶気合い入れて行ってね」

「どうして急に呼び方と口調変えた!?」

「私もテンション上がってるんです。ああ、このヘタレが遂に……! って」

 芝居がかった口調は珍しい。それを言い残した葵は階下へと行き、一人残された俺は昨日買ってきたラノベ(君と四度目の学園祭)を手に取った。ヒロインよりも花火ちゃん可愛いと思いつつ、1ページ目の文字列を追いかけ始める。

 お昼ご飯は牡蠣フライとすっぽん。どうしてすっぽん? そして、何故こんな暑いのに当たりやすい牡蠣なんだろうか……?

 

『結城、さっきの話だけど』

『良いよ、一緒に二人で行こうか。待ち合わせは神社前に六時半ね。待ってるから』

『……遅れるなよ』

 

『永大ー』

『ん?』

『俺、桜と二人で祭り行くから。お前はアイリスとか凛といてら』

『マ ジ か よ』

『うわ、マジで? うっそ俺ハーレムじゃん』

『こ れ は 勝 っ た』

 

 ☆★☆

 

 日は明けて、翌日。神社までは片道三十分だが、今日だけはこの町全員が神社に殺到すると言っても過言ではない。六時半と言う祭りが一番盛り上がる時間帯も重なるということで、俺は少し早めに家を出た。隣同士だし一緒に行けば良いのに、と葵に言った所帰ってきたのは無言のぐーぱん。どうやら黙って行け、と言う事らしい。

 永大や凛は一緒に行くらしい。となるとアイリスが余りそうだけど、あいつならまあ手ごろな男性を捕まえるなんて一瞬だろうし、永大も一緒に居てくれるはずだ。

 一番不安だった葵へのボッチ疑惑は、小学校の友達(女子)と一緒に行くとの事で一段落。

 男子だったら殴ってたかもしれない。

 神社前に着いたのは、六時十分くらいだった。周りには男友達、女友達、グループで来ている人とリア充の姿が。祭囃子の中に入っていく人混みの中で、俺は一人鳥居の前で立ち止まる。一応葵に合格を貰った私服姿で、腕時計を眺めつつそわそわする。何故か緊張してきた俺の前をクラスメイトが通り抜け、お互いに軽い挨拶を交わした。

 六時二十分、来たのは永大達。俺が手を振ると、永大だけがそっと俺に近づいてきた。

「よっ。凛とトアイリスさんに見つかるとめんどくせえだろうから、手短に」

 奴は俺の背中を叩き、直ぐに戻っていった。

「頑張れよ、暁」

「ん。ありがと」

 そうして、彼らも提灯並ぶ階段の奥へと消えていく。夕空の空は紫色に染まり、遠くには燃え落ちる太陽。藍色の世界が広がる寸前―――――――

 

「ごめん。待ったかな?」

 

 彼女は、現れた。

 白を基調とした生地に、水色の紫陽花柄。足元には下駄を履いて、手には小さな巾着袋。蒼い瞳は夕暮れの中でも輝き、長く綺麗なロングストレートの黒髪はポニーテールに纏められていた。

 走ってきたのか、少しだけ息を切らしている桜。道行く人全ての視線を一身に受けつつ、呼吸を整えながら彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。カラン、カラン、と下駄の音を響かせ、ポニーテールを揺らして。赤らんだ頬のまま、桜は俺の傍ではにかんだ。

「じゃあ、行こうか? 結城」

 その可愛さに、声を失いかける。しかしその時蘇るのは、永大の手の感触。叩かれて、鼓舞されて。止まりかけた時が一気に動き出す。ヒグラシの声と周囲の喧騒、夏の暑さが俺を包み込んだ。

 むわっとした熱気の中で、俺はそっと手を差し出す。

「はぐれると嫌なので、手を繋いでくださいませんか」

「そこで敬語じゃなければ、もう少し良かったかな」

 呆れたように笑みを浮かべるも、しっかりと白く華奢な手を絡ませてきてくれる。

 手を繋いだまま、お互いの温もりと感触を確かめながら歩き始める俺と桜。幻想的な祭の風景へと、ゆっくり、ゆっくりと入っていった。

 

 祭りの定番と言えば、焼きそばにたこ焼き、お好み焼き等の鉄板で作れる料理。

 そしてチョコバナナやわたあめ、りんご飴にベビーカステラや水あめ、手軽に食べれる甘いもの。

 遊戯としては射的、宝釣り、金魚すくいにヨーヨー釣りだろう。

 この近辺での夏祭りでは一番規模の大きいここの神社では、その全てが揃っている。殆ど全ての住民がやって来るので、屋台の人も力を入れているのだ。大体ここの屋台には副業というか、他に仕事を持っている人が店を出している。その為、ここでの稼ぎには全力を注いでいないし、祭りを盛り上げたいというボランティア的な意思もあってか、品物の値段はかなり良心的だ。

 しかし、大量の人が買ってくれるので最終的には売り上げが高いんだ、とは父の言葉である。

 今も父さんは仕事中だろう。大変だなあ……。

「結城、結城。焼きそば食べよう焼きそば」

「そんなに反復しなくても良いんだぞ? えっと、焼きそばを一つ下さい」

 鳥居を潜ってすぐ。そこからは最早祭りの中心だ。

 手近な屋台で焼きそばを一つ買って、ビニール袋に入ったそれを桜に渡す。流石にこれを道の真ん中で食べるのは迷惑という事で道の端っこに行き、パックを開けた。

 それと同時に、ソースのいい香りが漂う。

 屋台の群れの中に居ても胃袋を刺激するその香りを近距離で浴びた俺は、自身の腹が悲鳴を上げるのを聞いた気がした。

「いただきまーす」

 そんな事は露知らず、軽快な音を立てて割り箸を割った桜は焼きそばを食べ始める。目を輝かせて麺を頬張る彼女は、どこか幼くも見える。暫く食べた後に、彼女は紅ショウガを麺とキャベツで巧みに隠してから持ち上げた。何をしているのかと見ていると、その箸は俺の口元に差し出される。

「はい、あーん」

「幾らお前が紅ショウガ苦手だからと言ってそれは酷く無いか!?」

「え? 何の事かな?」

「悪意しか見えないんですけど!」

 にっこりと笑って白を切る桜。その顔には何処にも違和感は無く、そこがまた恐ろしい。

 とは言え、紅ショウガ8に麺とキャベツ2の物など俺だって食べたくはない。紅ショウガとは、他の物と合わせる事によって良さが引き立つのだ。幾ら桜の頼みだとしても、ここは断r

 

「だめ、かな……?」

「頂きますっ!」

 

 迷いは消えていた。

 

 ……紅ショウガでひりひりしていた口内は、ラムネで何とか抑えることが出来た。しゅわしゅわとした炭酸が心地いい。焼きそばのパックを捨て、俺と桜は再び屋台の並ぶ道を歩いていた。下駄の音を響かせて、浴衣の裾を振るわせて進む桜。彼女は人混みの中、横にぴったりとくっ付きながら手を繋いで来ていた。右手にラムネ、左手に美少女の手。かなり満たされた祭りである。

「さて、次は何を食べようか。たこ焼き? お好み焼き?」

「えっと……そこにたこ焼き屋があるし、たこ焼き買っちゃおうか。桜、丸ごと小さい蛸が入ってるのと細かく切ってあるのどっちが良い?」

「食べ比べ」

「即答かい。分かった、じゃあ道の端で待っててくれ」

「あ、お金は出すよ」

「良いって。こっちは無駄にお金が余ってるんだから、こんなところくらいでは少しくらいカッコ付けさせて下さいな」

「……ありがとう、結城。でも一人にはならないからね」

 微笑を湛えて、お礼を告げてきた桜。しかし彼女は道の端っこに行くどころか強く俺の手を握り直し、すっととなりに並んだ。呆気に取られていると、桜は顔を上げてニヤリと笑った。

「ボクを一人で置いておいたら、間違いなくナンパしてくる人が居るんじゃないかな? その幼馴染の危機に、キミは絶対に遅れるだろうからね」

「否定できないんだよな……。分かった、じゃあずっと俺の傍に居てな」

「……一生?」

「いやいや、一生じゃないって。祭りの時だよ」

「ふうん。……ふーん」

 桜の問いかけに笑いながら答えた瞬間に、俺の左手が悲鳴を上げた。凄まじい痛みに叫ぶ事すら出来ず、悶えようにもここは公共の場。涙目になりながらも堪え、何とかたこ焼きを二つ購入した。

 俯いたまま顔を逸らしている桜は、それでも手を離さない。道の端に避けて、声を掛けてから左手を何とか離した。まだ痛む手を軽く振りつつ、熱々のパックを開く。箸では無く、爪楊枝を長くしたような奴が二本。これの名前を何というのかは知らないが、たこ焼きと言えばこれで食べる物だろう。

「桜? えっと、まずは丸ごと一匹の奴なんだけど、どうぞ?」

 そう声を掛ける。すると桜は顔をこっちに向けて、控えめに口を開いた。

 ……餌付けみたいだな。

「たこ焼きだから滅茶苦茶熱いと思うんだけど、それでも……その、俺が口に運べば良いの?」

 一回、首が縦に振られる。

「熱いぞ? 良いな? 行くぞ?」

 何回か確認を取ってから、俺は突き刺したたこ焼きを桜の口へと入れる。ソースと鰹節の掛かったたこ焼きは湯気を立てながら口へと入り、桜は目を白黒させて蹲った。

 相当熱かったのか、彼女はラムネを全て飲み干して直後、涙を浮かべた目で俺を見ながら手を振った。

「んー! んー!」

 そこで飲みかけのラムネを渡すと、それも一気に口へと流し込む。ビー玉を上手く止めながら全部を消費した桜は大きく息を吐き、

「熱いじゃないか!!」

「言ったよな!?」

 そう、叫んだ。

 

 焼きそばとたこ焼きを食べて空腹は落ち着き、次は屋台で遊ぼうと言う事に。射的や宝釣り、様々な種類の屋台に目を光らせつつ良さそうな所を探す。時々全然落ちない射的もあるし、この作業は何だかんだ重要だと思う。浴衣を着ているため歩幅の小さい桜に合わせて歩き、一つの良さそうな射的の屋台へと俺たちは入っていった。

 一回五発、三百円。安い!

「桜はどうする?」

「んー……ボクは見てるよ。結城、頑張ってね」

 顎に人差し指を当てて唸った桜は首を横に振った。屋台のおじさんからコルク銃とコルクを貰って、赤い布の敷かれた台の真ん中に入る。最初にレバーを引くのがコツで、こうすると空気が良く入って威力が高くなるのだ。そして、体を前に出すよりも銃がブレない様にする方が当たりやすいと思う。

 ……さて、どうせならばここで桜に何かをプレゼントしたいところだ。

 しかし、彼女が貰って喜ぶ物がここにあるのだろうか。ざっと景品を見渡しても、あるのはシガレットや安い玩具のみ。ここでプレゼントを落とすのは流石に安上がりすぎる、と思いつつも一発目。

 狙うはプリズマ☆イリヤの景品!!! さっきまでの思考は全て弾け飛んでいる!!

 ズドンッ! すかっ。

「……キミが何を狙ったかはともかく……へたくそ」

「うっさい! ええい、もう一丁!」

 ズドンッ! すかっ。ズドンッ! すかっ。 ズドンッ! すかっ。

「俺、射的には少しばかり自信があったんだけど」

「ロリk……こほん。狙ってるのが君の身の丈に合わないものなんだろうね。ドンマイ」

「尊すぎるのか」

「本当に結城は何を言ってるのかな」

 呆れた風に息を吐く桜。ぐぬぬと悔しさを噛みしめつつ、レバーを引いてから最後のコルクを装填。狙いを定めてから、トリガーガードに沿わせていた人差し指を引き金に掛ける。ゆっくりと押し込みながら、最後の一射。

 撃たれたコルクは直ぐに景品の元へと行くが、狙いの景品の遥か右側へと逸れて行った。

 負けを確信した次の瞬間、コルクはカツンッ! と何かを弾き飛ばす。景品棚から吹き飛んだそれは、下へと落ちた。

「おお。当たったね」

 驚いている声を聞きつつ、おじさんから景品を受け取った。手のひらに収まるそれは、桜の花弁を模っている髪飾り。

 屋台の列から外れ、通りを歩く最中。俺は桜に声を掛けて、その髪飾りを手渡した。

「……さっきのやつかな?」

「うん。えっと、そんなに高価な物じゃないとは思うんだけどさ……要りますかね?」

「勿論。キミがくれる物なら大体全部貰うよ。ありがとう、結城」

 そう言って微笑んだ桜は、早速髪飾りを左側に付けた。

 桃色の花弁が、提灯の光に照らされて輝いている。こっちを見て微笑んだ彼女は、自然に俺の手に指を絡めてくる。時刻は七時半。気づけば、もう一時間が経っていた。

 この祭りの醍醐味の一つに、海の上から打ち上げられる花火がある。

 大体三十分に及ぶ、連続して打ち上げられる花火は名物の一つ。俺が一番好きなのは、花を咲かせた後に落ちてくる金色の花火だ。イメージ流星群的なやつ。分かってくれる人は、居るだろうか。

 祭囃子の奥にある神社。

 本来神社は夜に入ってはいけないのだが、祭りだけは人と妖が入り混じる事の出来る。神隠しや、狐のお面を被った少年少女の怖い話を聞いた事は無いだろうか? そう言うのは、古来から日本で培われてきた神道の影響による物だ。

 ……とは言え、現代社会においてそんな知識を使う事は殆ど無いだろう。

 それより大事なのは、桜がくいくいと俺を引っ張っている事である。彼女が興味を惹かれているのは、祭りの定番と言えば定番の金魚すくいだった。

 取っても飼育に困る金魚。しかし桜は毎年これをやる事で、今や金魚の飼育が趣味の一環になっている。

 前見せてもらったのは到底金魚とはかけ離れた存在になっていた。

 屋台の人にお金を払い、ポイと器をもらう。浴衣のまましゃがんだ桜はポイを構える。俺は見ているだけ。理由は、その、絶望的に金魚すくいが下手なのである。ポイとか直ぐに破けるし。

 だがそこは桜。俺とは全然違う。

 数年前、中学生の桜が一回本気で金魚すくいをやった事がある。結果を言うと、金魚は全部器の中に入ってしまい、屋台のおじさんは冷や汗を流していた。それ以来、彼女は取る数を制限している。今日も三匹をすぱっと取り、出目金に向かってポイを構える。すくい上げるも重みにポイが破け、水面が揺れた。おじさんに破れたポイと器を渡し、代わりにビニール袋に入った金魚を受け取る。中に泳いでいる金魚は提灯から漏れるオレンジの光を透かし、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 浴衣に、金魚すくいの袋はとても似合うのは気のせいでは無いだろう。

 もうすっかり夜だ。しかし空には似合わない、明るい世界。珍しくずっと笑顔の桜は、俺の左手を握ったまま強引に持ち上げた。どうやら腕時計を見たかったらしく、首を捻りながらじっと時計を見つめる。

「七時、五十分か……。結城、そろそろ花火が良く見えるところに移動しないかい?」

「そうだな。じゃあその前に、なんか花火を見ながら食べれる物でも……」

「む。祭りの食べ物は美味しいけどね、食べ過ぎはダメだからね。明日は健康の事も考えて、豆腐ハンバーグだからね?」

「それは俺の大好物ジャマイカ」

 豆腐ハンバーグとは、その名の通り豆腐のハンバーグだ。聞くとあまり食欲はそそられないが、実際に食べてみるとこれがまた凄く美味い。

 と、会話をしつつお好み焼きやベビーカステラ、ふりふりポテトに竜巻ポテトを購入。

 両手にビニール袋を持ちながら、桜に案内されて神社の奥へと向かう。茂みの中、あったのは一つの柵。

「……そこ、鍵付きだぞ」

「ふっふっふ。ボクが前、巫女さんをやったのは覚えているかな?」

「うん」

「その時におばあさんが居たでしょ? あの人とここの神社の人が知り合いみたいでね。町で会った時に、鍵を貸してくれるって言ってくれたんだよ。キミに祭りに誘われたとき、直ぐ帰ったのはその……まあ、これもあったんだよ」

 巾着袋から鍵を取り出し、柵を開ける桜。どこか恥ずかしそうに、そそくさと彼女は先へと進んでいった。

「……これも、って事は他に何かあったのかな……?」

 取り残された俺は一人、そんな事を呑気に呟く。

 竜巻ポテト(じゃがいもを丸ごとリンゴの皮を繋げて切った時みたいにぐるぐるに切って、上から塩とかを掛けた物。美味い)を口に入れつつ、先に行った桜を追って柵の向こうへ。一応扉は閉めて、整備のあまりされていない道を進む。するとそこには、海が一面見渡せる場所があった。

 ここなら確かに、花火が良く見えるだろう。腕時計を見ると、暗くて良く見えないが針は恐らく八時直前。袋を地面に置いて、中からお好み焼きを取り出す。ちらりと横を見ると、桜が大きいりんご飴をちろりと舐めていた。

 その光景に目を奪われてじっと見つめていると、桜がジト目で俺を睨み付ける。

 少し頬を赤くしたまま、彼女は低く呟いた。

「なんだい、そんなに食べてるのをじーっと見て」

「いや……何でもない。俺の(買った)チョコバナナ食べる?」

「卑猥」

「なんでさ!」

 袋から取り出したそれを見せると、桜はぷいっと顔を背けた。美味しいのに、と思いつつ噛り付く。

 その瞬間。

 

 ヒュー……。

 

 海面から、光が打ち出された。空へと昇っていくそれを、自然と視線が追っていく。

 二人の間に言葉は消え、一発目が夜空に咲いた。大きく、青いそれを切っ掛けに、無数の花火が夜空を彩る。遠くに聞こえる、祭囃子の音。どこか日常とはかけ離れた景色に、意識が飲み込まれる。

 続く花火。消えた言葉。

 ……思えば。

 何時から俺は、この雪柳桜に恋心を抱いていたのだろうか。

 一目見た時からだろうか。でも、ファーストコンタクトは最悪だった思い出がある。昔、俺は桜に物凄く、世界最強レベルで嫌われていたのだから。

 いや、それは愚問か。

 花火が、幾つも幾つも空に明かりを灯す。じっとそれを見つめる桜を一瞥し、俺は長く息を吐いた。

 覚悟を決めろ。今年は頑張るって、決めただろうが。

 夜空の下。涼しい風が、俺と桜の髪を揺らす。漆黒のキャンパスを彩る極彩色の光が、海面に淡く映っていた。手汗をズボンで拭いて、背筋を伸ばす。

 伝える言葉は、一つだけ。

 率直に素直に簡潔に。ただ、思いだけを真っすぐに伝える――――――

 

「桜」

 

 ただ一言、名前を呼んだ。りんご飴を手に持ち、金魚すくいの袋を肘にかけ。白を基調とした布に青い紫陽花を刺繍した浴衣を纏う彼女は、雪柳桜は無言で振り返った。長い黒髪をポニーテールに纏めて、俺の当てた髪飾りを左側に付けて。

 花火を背に、微笑む幼馴染。彼女は何も言わずに、そこに佇んでいる。

 綺麗だった。これ以上ないくらいに、桜は綺麗で可愛くて、まるで手の届かない存在であるかの様でさえもある。

 だから俺は、緊張する鼓動を抑えるために一呼吸置く事が出来た。

 しかしそれも一拍。顔を上げて、彼女の青く透き通った瞳をしっかりと見つめて。

 

「ずっと、ずっと好きでした。俺と、付き合ってください」

 

 俺はずっと前から桜が好きだったんだ。何時からじゃない。そんなちっぽけな枠には、収まりきらない。

 だから。

 この幼馴染(好きな人)と、ずっと日常を過ごして行きたいんだ。

 

「そして、俺とずっと一緒に居て下さい!!」

 

 桜の持っている不安。ずっと一緒に居れないかもしれないとか、明日死ぬかもしれないとか。可能性の話をすれば尽きない、不確定な未来。幼馴染と言う、友人でも恋人でもない、ただただ長年ずっと一緒に居ると言うだけの不安定な関係だからこそ、その一見固そうで実は脆い関係がいつ崩れるか分からない。

 

 でも、そんなつまらない事はどうだって良い。

 

 俺は桜とずっと一緒に居る。こいつがどうなろうが、絶対に近くにいる。傍に居る。

 その手を取って、前に進み続ける。

 

 

 告白した瞬間に、桜は下駄で地面を蹴り飛ばした。

 カラン、カラン、と音を高鳴らせて、彼女は俺へと飛びついてくる。首に回される両腕。温もりが押し付けられて――――――

 唇に、柔らかくて優しい物が押し付けられた。

 桜の顔が、いい香りが、凄く近くにある。彼女の体を抱きしめ返すと、そのまま口を離す。

 頬を赤く染めて。

 青い瞳を細めた彼女は、

 

「ボクも、結城が好きだ」

 

 ……そう告げて、満面の笑みを咲かせた。

 

 その背景に、花火が大きく光る。

 それは祭りの最後を彩る、一番大きく一番輝いている、

 

 桜色の花火だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話休題「暁結城の生徒会」

注意!
・これは番外編的な扱いです!
・これは文字数がとても少ないです!
・本編ではありません!
・次の話へとつなげる為の物です。

 ……生徒会に入った事が無いし、今桜と絡ませると……その、やりたいネタが出来なくなってしまうので、この様な形を取らせて頂きました。すみません。
 次話はなるべく早く出せる様に頑張ります。
 それでは、どうぞ。


 ――――全校生徒が、俺を見ていた。

 握りしめて、汗で濡れた原稿用紙が小さく音を立てる。からからの喉と口。緊張で固まっている体を動かして、何とか台の前に立つ。伝えるのは、俺がこの学校をどうして行きたいか。堂々と、自信を持て。胸を張って、言葉を紡げ。

 全ては、雪柳桜の隣に立つために。

 

「……この度生徒会書記に立候補しました。一年二組暁結城でずうっ!」

 

 か み ま み た!!

 

 ☆★☆

 

 夏休みが終わり、学校が再開。一日目は始業式とか、先生の挨拶とかしかないので半日で終わる。が、放課後には一つだけ重要な用事があった。

 

 生徒会立候補者への説明である。

 

 俺、暁結城は平均平凡な高校一年生だ。完璧完全な幼馴染、雪柳桜と付き合い始めたは良い物の釣り合っていないのは明確。彼女に少しでも近づくべく、俺は生徒会に入る事を決意したのだ。

 アドバイスを仰いだのは、昔生徒会長だった俺の母。

 そして、桜と並ぶレベルの秀才であり美少女でもあるゴールドクレス・トアイリス。

 一応準備は終えた。後は、立候補するだけだ。

 特別教室に着いた俺は、先に帰ってもらった桜の事と昼ご飯の事を考えながら扉を開ける。恐らくアニメみたいに生徒会立候補者は沢山居て、取り合うのだろう……!

「失礼しまーす」

 そう思いながら入った教室。

 そこに居たのは藻部(以下モブ)、そしてイケメン(本名池田免(いけだ つとむ))のみ。

 立候補者はこれだけなのだろうか。いや、そんな事は無いだろう。無いよな……?

 

 そんな期待はどこへやら。

 

 結局、立候補者はこれだけだった。聞くと、モブは会計、イケメンは副会長に立候補。そして俺は元々書記に立候補するつもりだったので、丁度振り分けられている事になる。

 笑う。

 そのまま教室に入ってきた副生徒会長に説明を受けて、その日は解散。

 最早当選は確実だろうし、仕事の説明もするよーと言ってのけた副会長の言葉を反芻しつつ、帰路へと付くのだった。

「ただいまー」

 自宅に着き、靴を脱ぐ。家の中に明かりが無いのを見ると、どうやら桜は居ないらしい。リビングに行くと、机の上には一枚のメモがあった。

『ごめん。今日と言うか、一週間後まで少し忙しくてこっち来れないと思う』

 一週間……と言うと、丁度生徒会選挙翌日くらいか。

 今までもこんな事はあったし、特に驚く事は無い。俺は自室に戻って着替えてから、財布をポケットに突っ込んで家を出る。今日からはファミレスでのご飯になる。葵はもう学校に帰ったし、俺は料理が絶望的に出来ないのだ。目玉焼き? 難しいよね。

 ファミレス、ファミリーレストラン。

 老人から子供までが楽しめるメニューがある、今や日本中にある飲食店だ。勿論俺も、永大や桜と利用した事がある。良く頼むのはミックスグリルだが、それ以外にも鉄火丼やカルボナーラも好きだ。

 一人で席に座ると、ドリンクバーと一緒に今日はミックスグリルを頼む。

 健康的……とは言えないかもしれないが、お腹は膨れる。

 当面は、生徒会だ。一応、立候補演説の他にも友人等に演説を頼まなければならないらしい。

 頼める友人、と言えば永大だが……どこか心許ない。となれば、頼めるのはアイリス。桜と付き合ったばかりでアイリスに会うのは大分気まずいが、ダメ元で頼んでみるか。

 料理が来るまでの間を、メロンソーダとLINEで過ごす。

 アイリスの許可は取れた。明日にでも会って、演説の事を相談しよう。

 

 ☆★☆

 

 ……そんなこんなで時は過ぎ。

 一週間の間、夕食時にファミレスに行っていた俺とそれに合わせて一緒に食事をし、演説の内容を考えてくれたアイリスのおかげで何とか生徒会には入る事が出来た。

 今度改めてお礼をしなければ。念のために言うと、食事は勿論全て俺が会計をした。

 もうアイリスには頭が上がらない。演説の最初で噛んだ事で一躍騒がれたものの、生徒会室で俺とイケメン、モブは説明を受けて解散する。生徒会最初の仕事は、もう明日から始まる。間には期末試験を挟む物の、学校中の生徒が特に盛り上がる一大イベント。

 

 ―――――文化祭が、生徒会の初仕事だ。




要約
・暁結城が生徒会に入った
・次から、『文化祭編』スタート!!
 ↑その為の繋ぎの話でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と文化祭準備

「メイド喫茶ァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!!!!」

「お化け屋敷イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」

「お化け喫茶ァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!!!!」

 

「それは無い!!!!!!!!!」

 

 初っ端から、男子共の声が教室の窓を震わせる。そんなカオスで騒がしい会議の司会は、叫んでいる内の一人である岡取永大だ。隣に立っていた凛が永大を竦めるも、メイド喫茶vsお化け屋敷の熱は収まらない。収まる訳が無い。

 一時間目の、学活。

 生徒会選挙翌日に設けられたこの時間の目的は――――――

 ずばり、『文化祭』に向けて色々決めよう! だ。

 実行委員にはまさかのまさか、永大と凛が立候補した。賑やかな事が好きな二人は適任だろうし、生徒会として手伝う事になっている俺から見てもやりやすい。

 今決めようとしているのは、定番の「クラスの出し物」だ。

 演劇や飲食店、展示やちょっと遊べる様な場所……沢山の種類がある中での定番と言えば、やはりメイド喫茶かお化け屋敷だろう。お化け喫茶は誰も来ないと思うし。

 そして今、男子を中心にしてクラスは二分割されていた。

 言わずもがな、メイド喫茶vsお化け屋敷である。担任の先生は収集を付けきれないのか、椅子に座ったまま窓の向こうを見つめていた。……何かを悟ったような、そんな目だった。

「お前らっ……お前ら! 本当にアホだな!! メイド服のトアイリスさんを見たくねえのかよ!」

「見てえよ! 見たいけどよっ……和服桜さんも見たいんだよ! 桜さんに案内役をさせてみろ!? お化け屋敷に長蛇の列待ったなしだぞ!!」

「ああん!? 和服は露出すくねえじゃねえか!! それに比べて、メイド服は際どいのを選べば胸も足も背中も見れるんだぞ!! 絶対領域だって出せる!」

 変態多すぎて何も言えない。こんなクラスで大丈夫なのかと今更不安になるも、和服桜側も直ぐに切り返していく。

「たわけ! 和服の良さを分からない雑種は人生やり直せ!!」

「お前どこのAUOだ!!」

「日本だ! 俺の宝物庫、〔ゲート・オブ・エロホン〕見せたるから家来い!! 和服の良さを叩き込んでやんよ!!」

「是非」

「俺も行きたい」

「俺もメイド喫茶派なんで行きます」「俺も」「僕も」

 そーっと手を挙げかけた永大の頭を叩いた凛は、二回手を打ち鳴らした。そこで一気に静まり返る教室。何故無駄に統率が取れているのかは分からないが、これで実行委員の話が通りやすくなった。

「えっと、メイド喫茶とかお化け屋敷とかはどっちでも良いんだけど……その、会話の中心に居る筈なのにも関わらず一回も出て来ていない桜ちゃんとアイリスちゃんはどうなのかな?」

「私は別に、メイド服を着ても着なくても良いですけど……。流石に、露出が大きすぎるのは駄目ですけどね?」

「君たちお化け屋敷派はあれだよね。暗にボクが怖いって言ってるよね。口喧嘩で泣かすぞ」

 アイリス(白)がやんわりと微笑み、桜が机に両腕を乗っけて体重を掛けたまま答える。露出が激しく無いメイド服でも充分に目立つし、人が来てくれるのは間違いない。 

 要は千人か千一人か。あの某テーマパークと同じだ。

「そんな!! 桜さんが怖いなんてとんでもない!!」

「……どうだか?」

「ただ僕たち一同は和服の桜さんを見たいだけです! まあ和服のメイクしてる桜さんに夜中会ったら全速力で土下座しますがね!!」

「胸を張って言ってる所悪いけど、最近練習中の『永久連環(エンドアクション)』の的になってくれるかな?」

 桜がどこぞの神装機竜(バハムート)になりかけた所で、突然イケメンが立ち上がった。

「皆! このままじゃ収集が付かないから一旦落ち着こう?」

 彼は生徒会副会長。池田免である。またの名をイケメン。

 生徒会らしく、と言った所か。混乱極まる1-2を宥めた彼はそのまま黒板の前に出て、凛に許可を取ってから白いチョークを持った。俺は呼ばれもしないので、一番後ろの席で待機中だ。

 ……やばい、割と真面目に俺空気すぎて笑う。

 この文化祭準備は、いきなり二時間も取られている。まだ一時間目の半分当たりだから時間はたっぷりとあり、それを利用してイケメンは一人づつ意見を聞いていく事にしていた。普通なら非効率極まりない方法ではある物の、時間的余裕がある今ならやっても大丈夫だろう。

 男子は綺麗に割れており、女子はメイド喫茶に抵抗があるのか演劇等に票を集めている。

 因みに桜はメイド喫茶、アイリスはお化け屋敷と言っていた。

 自然と最後の発言は俺になる。列の一番前が当てられたくらいから考え始める物の、やりたい物がありすぎて決めきれない。焦りつつも必死に考え、考え。ペン回しを失敗させてシャーペンを吹き飛ばした直後、遂にイケメンからの声が掛かった。

「最後に暁。君は?」

「あー……俺は……」

 直前まで悩む。

 黒板に書かれた票数を見れば、お化け屋敷とメイド喫茶と演劇がまさかの同じ票数だった。ここで俺がそのどれか三つに入れれば、その瞬間に決まってしまう。決選投票をするかもしれないが、それでも最有力候補になるのは間違いないだろう。

 ……どうするか。

 和服桜も勿論良い。メイド服アイリスも良いとか言ったら桜に殺される。でも良い。このクラスの女子はかなりレベルが高い部類だから、それを生かせるとなるとどっちも有りなのだ。

 これはズバリ、完全に趣味の部類で決まる。

 俺の趣味は結構偏っているが、しかし洋か和か演劇か、と聞かれれば。

 

「……和風メイド喫茶、茶番ありで」

 

 ごめん、全部です。

 

 ☆★☆

 

 結局。

 何故か俺の案が通り、和風メイド服なる物を具体的に調べようと言う事で二時間目はpcルームへ。先生が鍵を取って来てくれ、俺たちは何人かで固まって一つの事を調べ始める。情報共有だ。

 無論、俺は桜の近くに。アイリスは他の女子に誘われて、(黒)を出す訳にも行かずに連れて行かれた。

「……で、和風メイド服って何さ」

「その名の通り、和風のメイド服を着た女の子ですよ。可愛いんだよな」

「……ああ、数学克服って名前のフォルダに「因数分解方面」ってあったね。そこの画像かな」

「そうそれ。……えっ」

 何故あの秘蔵フォルダの存在を知っているんだ!? わざわざUSBに作って、そのUSBも数学の参考書の内部にある答えの中に入れたのに!! 俺でさえも場所分からなくて探すレベルだったのに!!

「和服……浴衣寄りの着物に、メイド服仕様のエプロンを付けた感じかな? 色合いは結構何でも合うんだね。可愛いね」

「だよな。分かってくれるか」

「ところで結城、最近金髪巨乳物が増えてきたのはどういう事かな」

「どうもしないよ知らないよ」

「は?」

「……永大が悪いのさ」

「確かにあいつは馬鹿で変態だけどそれを持ってるキミもキミだよね?」

 反論できない。

 隣の席に座る桜からの視線がグサグサと突き刺さる。クーラーで涼しい筈の部屋の中で汗は止まらない。もう俺も彼女持ち。そういう物を持っているのは、彼女的にアウトなのか!? いや、でも桜がそんな作り物に対して俺が欲情する事に何か嫌悪感を覚えるか?

 ……無いな。嫉妬とか、そんなに無さそうだし。

「ごめん桜。今度からは見つからないようにするからさ。そういう物、見るの女子的に嫌だよな……」

「捨てないと許さないよ」

「後生だ頼む許してくれ!!!」

「はあ? 結城は彼女持ちのリア充と化したのにも関わらずそんな物に情欲を向けるのかい? 所詮二次元なんだよ? 触れないんだよ?」

「……ロマンって知ってる?」

「マロンなら。ロマンなんて知らないね」

 俺の隣でパソコンを睨みつつ、桜がすっとぼける。むすっとしながら画面を見つめて高速タイピングをする姿は、それとなくシュールだった。

「大体さ。あんなゲームよりも他にまず欲を向けるべきだと思うんだよね」

「え? 何かあったっけ」

「……ボクはキミの前でだけ大分薄着なの気づいてたかな……っ!?」

「えっ」

「有罪」 

 素で驚いてしまった直後、やばいと思うよりも早く桜が立ち上がった。一応授業中なのだが、先生が統率を諦めたりクラスメイト殆ど全員が話していると言う事もあって咎める者は誰も居ない。男子の視線が痛い割には、彼らは助け舟を出してくれないのだ。

 というか、何故か俺と桜が付き合い始めた事実はもう知られていた。

 プライバシーって何だっけ。

「この前も? ボクが一週間結城の家に行けなかった時? トアイリスとご飯を食べていたそうじゃないか!」

「何で知ってるんですかね!」

「女子のLINEグループの情報量舐めてるのかな。キミがボクの体操服姿を眺めて『ブルマってどう思う』って永大に話しかけた事も知られてるからね」

「待ってそれはあかん! というか俺よりも永大が傷つくじゃねえかそれ!」

 ポケットから桜色のカバーを付けたスマホを取り出して、見せつけてくる桜。黒い画面には何も映っていないが、俺にはありありと女子のLINEの厳しさが見えた。恐怖に震え始める男子(全員)。笑いを堪える女子(全員)。天井を見上げる担任(一人)。

「浮気か暁ー!」「サイテー!」「浮気だなんて……そんな……」「やばいトアイリスさんがトリップし始めたぞ!!」「戻せ! 現実に戻せ!」「衛生兵! 衛生兵!」「こ↑こ↓にお願いします!!」

 何時も通りに暁非難コールが始まり、しかしそれは直ぐにアイリスの方へと声が向く。桜がそっちの方に気を引かれた瞬間に、静かに俺は逃げ出した。四つん這いでパソコンの置いてある机の下を抜けて、永大とかの近くに回り込む。

「おい浮気者。どうした」

「浮気してないですー。出来る程甲斐性無いですー」

「それはそれで悲しいなおい」

 小声で永大と会話をする。凛はこっちを見ると苦笑いでため息を吐き、少しだけ椅子をずらした。

 ……あれ。俺って嫌われてたっけ。

 少しだけガラスのハートにヒビが入り掛ける。何とか耐えようとするもダメージは逃しきれずに、俺のハートは砕け散った。心は硝子。幾たびの……。

 しかし、どうやらそれは俺の勘違いで良かったらしい。

 椅子を動かした凛は俺の方を向くと、一言。

「……保健室に行きたい時は、言ってね。連れて行ってあげるから」

「え?」

 本日何回目だろうか。四つん這いになったまま、俺は間抜けな声を出して――――――、

 

「見つけた」

「ほあっァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 突如、背中に人一人分の重みが落下。その勢いのままに、俺は顔面を床に叩き付けた。

「結城。幸い後25分間はあるみたいだし、ちょーっとお話ししよう?」

「桜」

「なんだい? ああ、言っておくけど根拠の無い言葉は信じないよ。浮気してるかどうかは絶対見極めて本当にしてたら……その、去s

 

「重い」

「去勢も待ったなしだね……?」

 

 素直に言った、根拠のある言葉。

 それを切っ掛けにして、俺は(男としての)生命の危機に瀕するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と買い出しデート

もう、言葉は要らないですね。
ちょっとマグマに浸かってきます。それでは。


……更新滅茶苦茶遅れて真面目に本当にすみませんでしたああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
本当に、本当にごめんなさい!!!
はい!!次話をもう書き始めますごめんなさい逝ってきます!!!!


 文化祭の準備は滞りなく進んでいる。教室の飾り付けや飲食物の手配、メインである和風メイド服も作られ始めていた。中心に居るのは永大と凛にイケメン、そして我が幼馴染。

 今日もまた、放課後なのにも関わらず殆ど全員がクラスに残っている。

 そんな中、俺は――平均平凡、生徒会なのにも関わらず殆ど空気の暁結城は準備を抜け出し、一人休憩に来ていた。

 いや、許してくれ。偶々作業がひと段落した所を女子に見つかり、重たい段ボール×3を持たされたのだ。そのまま一階から五階の教室まで登り、更にもう一往復。永大は目ざとく「作業に没頭してます」感を出ていた。あいつは後で殴る。

 とまあそんな事もあり、約十五分間の重労働を終え。

 俺は今、校内に設置されている自販機の前で一息吐いていたところだ。手には三ツ矢サイダー。美味しいよねこれ。

 窓の外は曇り模様。しかしそんな空模様は露知らず、学校中が文化祭へボルテージを高めている。

「……そろそろ戻らないと怒られるかなあ……」

 誰に言う訳でも無く呟き、残りを全て口に流し込む。空になったペットボトルをゴミ箱に入れて、俺はぐーっと体を伸ばしながら教室へと戻った。

 

 ☆★☆

「あ、暁ー。暇だよね? 買い出しよろ!」

「お前は俺に対しての優しさは無いのか?」

 教室のドアを開けて、開口一番そう告げたのはさっきも俺に雑用を押し付けた女子。栗色の髪を肩辺りで切り揃えている女子は、カッターナイフを持つ手を止めて。

「……無いね」

「そこはあるって言って良えや!」

「きゃーこわーい! 桜ちゃーん助けてー!」

 しっかりとカッターの刃はしまい、背後で皆に指示を出していた少女へと飛びつく女子。少し小柄な少女は勢いに体を縮ませるも、直ぐに態勢を立て直した。

「もう、危ないなあ……。で? どうしたんだい?」

「暁が虐めてくるのー!」

「……ほう?」

「デマだからな!! それ、全くのウソだからな信じるなよ!?」

 女子の言葉に目の色を変え、俺を見据える少女。心なしか、長い黒髪が揺らめきだった様にも感じられる。

 その少女の名前は、雪柳桜。やなぎなぎでは無い。笑いー合えるってー凄く~幸せなことー。

 艶やかな黒髪ロングストレート。青空の様に透き通っている蒼い瞳。特別胸が大きいわけでも無いが、細身でありながら黄金比を思わせるスタイルの良さ。成績優秀容姿端麗文武両道才色兼備美人薄命……最後のは止めろ。マジで止めろ俺。

 ……とまあ、四字熟語がズラッと並んだ上に何一つ嘘ではない桜は、俺の幼馴染だ。

 ベランダ一つで行き来できる距離に住んでいる俺たちは、ようやく彼氏彼女の関係になれた。が、対して恋人的な事はしていないのがネックである。

「で? 結城、何か?」

「いや、特には。強いて言うなら雑用は他の奴にも押し付けてくらさい」

「……む。ボクは別に君に雑用を押し付けてないよ。頭が腐ってるのかな」

「そーだそーだ! 私も暁以外にも(一割くらい)任せてるもーん!」

「そのかっこいちわりくらいかっことじって口に出すな口に! 普通に聞こえてるんだよ!」

「いやだって暁使いやすいし」

「それは同意かな」

「桜まで!」

 何とも言えない表情で頷く桜。ブルータスお前もか!

「とは言えども、流石に結城だけじゃ可哀想だし。ボクも行ってくるよ。何を買ってくればいい?」

「おお、ありがとー! えとね、養生テープと、後は紙コップと……」

 桜の問いかけに、女子は指を折りながら答えていく。特にメモを取るでも無く、ただ聞いているだけの桜。やがて聞き終えた彼女は、一回頷くと俺の元へ。

「覚えたよ。じゃ、行こうか」

「おう。……お前、本当にハイスペックだよなあ……」

「別に? 出来ない事も沢山あるから、そんなにハイスペックでは無いよ」

「例えば?」

 教室を出ながら、そんな会話を交わす。他愛の無い日常風景は、しかし確実に熱気を纏っていた。

 

「……助走無しの「シライ」とかクロックアップとか双天破神焔魔炎撃拳(ツインバスターフランベルジュ)とか」

「お前は体操選手になりたいのか仮面ライダーになりたいのか双星の陰陽師になりたいのかどれなんだ」

「キミのお嫁さんに永久就職の予定だけど」

「……お、おう」

 きっぱりと目を合わせてから言い切り、少し歩調を早める桜。

 黒髪の隙間から覗いた耳は、ほんの少し赤く染まっていた。

 

 学校前、桜並木の坂の下。

 そこには通学に使われるバス停がある。『学校前』と書かれているバス停の時刻表を見れば、後三分くらいでバスが来るらしい。ポケットに財布があることを確認し、ベンチに腰掛けた桜の横に立った。

 スーパーやコンビニは高校の近くにもある。

 が、養生テープやビニールテープ、紙コップとかはなるべく安い所で買いたい。食材なら大量購入出来る場所があるが、教室を飾るだけなら業者に頼む必要はない。百均で済ませられる。

 まあ、百均があるのは少し開けている所だ。

 海と山があり、それなりに大きな町もあるこの地域。しかし、少し高台にあるここは市街地から遠い。

 多少の不便さを感じながら、スマホを開く。課金はしていないものの、全く来てくれない某沖田を求めてガチャを引くこと一回。バスが到着すると同時に、俺の元には某燕返しさんが参ったのだった。

 バスに乗り込むと、中には誰も居なかった。

 教室を出てから無言だった桜はそそくさと奥の方に行き、二人掛けの席に座る。窓側に陣取った彼女は、外を眺めながら隣のシートを叩いた。ぽすぽす、と音を立てた右手。何をしてるのかなーと眺めていると、やっと桜は俺の方を見た。

「座りなよ。……空いてるよ」

 やっと意図を理解し、俺はシートに腰掛ける。真ん中に置いた左手に、そっと右手が重ねられ。そのまま会話は無く、俺たちは市街地へとたどりついた。

 バスを降りて、百均に向かう。

 かごを俺に押し付けた桜は、そのまま真っすぐに目的の場所へ。文具の所に来た桜は、全種類を吟味しつつかごに物を入れていく。一応後で買った分のお金は貰えるが、安い物でも良い物は使いたい。そんな感じだろうか。

 俺は何もせずに見ているだけだが、それはまるで。

「……何かこれ、夫婦の買い物みたいだな」

「っ!?」

 思わず呟いた言葉に、しゃがんでペンを選んでいた桜が全力で振り返った。黒髪が舞い上がり、蒼い瞳は大きく見開かれている。

「……別にボクはキミと夫婦では無いんだけど?」

 ほんの少しだけ、速くて震えている声。

 怖いとか羞恥とかではなく、焦りからの口調であることは明確である。

「いやその、例えだよ例え。こうやって二人で何か見て、買ったりするのってなんか良いなって」

「そんなもんなのかい? 男子から見ると、女子の買い物はメンドクサイと感じるそうだけど」

「別に、俺は気にしないぞ。まあ、桜だからってのもあるけど……お前が何かを選んだりしてるのは可愛いし。見てて飽きないし」

「ふーーん。そう。別に気にしてないけど。別に気にしないけど、そっかへーふーん」

「……何でお前はペンのパッケージを顔に押し当てているんだ?」

「別に。ほら、行くよ」

 かごに物を入れてから、桜はさっさと立ち上がり次のコーナーへ。置かれたままのかごを持ち、俺は桜の後を着いていった。途中、おもちゃコーナーのコスプレをがん見しつつ。そこで桜に平手打ちを食らいながら、百均での買い物を終えた。

「さて。次はどこに行くんだ?」

「んと、買って無い物は特に無い気がするけど。念のため、電話でもしてみる?」

「おっそうだな。ちょい待ち、永大に掛けるわ」

 ポケットからスマホを取り出し、プリズマ士郎の赤銅色のカバーを開く。手早く電話帳へと行き、永大へと電話。

 何回かのコール。やがて、奴は出た。

『おーう暁! デートは楽しんでるか?』

「これはデートなのか? ……というか、他に買うものは?」

『んあー、ちょっと待ってな』

 遠くで、永大が皆に呼びかける声が聞こえた。10秒程待つと、永大がやっと声を掛けてくる。

『大して無いみたいだ。後、和風メイド服が一着完成したらしい。桜さんにサイズ合わせてあるらしいから、なるべく早く帰ってきてくれー』

「ん。じゃあなー」

『おう』

 スマホをポケットにしまい、一息吐く。両手で一つの袋を抱えていた桜に言われた事を話し、それとなく袋を受け取る。

 学校に戻れば、桜の和風メイド服。

 心が高鳴るのはどうも抑えきれない。メイドと言えば、最近はレムとラムが人気である。和風メイドと言えばごちうさの映画公開だ。やったぜ。

 停留所に着くと、運よく丁度バスが来た。高校の前まではおよそ20分。

 中には誰も座っていない。エンジン音を響かせて、ゆっくりとバスは出発した。

 

 ☆★☆

 

 教室に入り、買って来た物を渡して費用から代金を受け取る。そこで桜と一旦別れると、俺は一個だけ用意されている椅子に座った。前には机が置かれ、なけなしのテーブルクロスが掛けられる。簡易的な店内を作った教室の中で、俺以外の全員は皆壁へと寄り添う。

「じゃあ暁。今から桜さんが作ったマニュアル通りに接客するから、お客さん役頼む」

「分かった。えっと、感想とか言うの?」

「んあー、そうだな」

「おけ。最高だったよ」

「まだやってないのに過去形なのかよ……まあ、納得はするぜ!」

 元気よく頷いた永大。隣では凛がメモ用紙に何かを書き込み、それを持って扉の外へ。

 それから一分くらいが経ち、教室のドアが開いた。数名の女子……服を作る係がぞろぞろと入ってきてから、少しだけ間を置いて、

「入ってくるのにいらっしゃいませなのか。……いらっしゃいませ、ご主人様」

 桜が、中に入ってきた。

 着ているのは、深い緑色を主とした和風のメイド服。スカートは膝上のため、白いハイソックスが良く映えている。髪にはフリルを付けており、和と洋が上手くマッチしていた。

 というか誰だ。緑色ー、としか言ってなかった和風メイド服の色を深い緑にしたのは。

 桜の長い黒髪と絶妙に合っている。神だろ。このクラスには大分分かっている奴が居る。最高だ。

「ご注文はお決まりになりましたか?」

 うさぎでお願いします。

「えっと……?」

「あ、コーヒーならあるぞ」

「インスタントか」

「残念ブレンドだ」

 永大に目配せし、すかさずネタを挟む。コーヒーの他にも簡単なお茶菓子ならあるらしく、桜はぺこりとお辞儀をした後に取りに行く。簡素なお盆に全部を載せて帰ってきた彼女は、それらを丁寧に卓上へと並べた。

「ご注文は以上でよろしいですか?」

「えっと、はい」

 にっこりと、良い笑顔を浮かべる桜。さらりと揺れる黒髪が、良い匂いを浮かべる。

 紙コップの中にはコーヒー。当日は手作りらしいが、可愛らしい小皿に置いてあるお茶菓子。テーブルクロスを引いた机や、見渡せば半分以上飾りつけの終わっている店内。

 完成はしていない。しかし、まだ日にちはある。

 何よりも接客をしている桜が、しっかりと雰囲気を作り上げていた。

 決して目立たない場所にある訳では無い、1-2の教室。これならば本番でも、かなり賑わうだろう。

 ……どうしよう。やる前に永大に言った感想と、今俺が抱いている感想はなんら変わらねえぞ……。

 

 その時だった。

 

「では、ご主人様。最後にボ……私から、一つお言葉を……」

「え?」

 突然の桜の言葉に、素っ頓狂な声で聴き返す。

 お言葉とは何だろうか。初めて聞いたぞそんな繋ぎ方。

 そんな風に思っていると、桜はお盆を小脇に挟んでから髪を耳に掛けて。一つ息を吐き、ほんの少し赤らんでいる頬を緩めると、

 

「美味しくな~れ、萌え萌えきゅんっ♡」

 

 と。

 何時もより何段階か高い声色で、甘々な声で告げた。

 ――そのまま硬直する教室内。男子は皆心臓に大ダメージを喰らい、メモに何かを書き込んでいた凛は、恐らく原因の人間は全力で笑っていた。清々しいくらいに、笑っていた。

 女子は皆スマホを取り出してぱしゃぱしゃしている。

 その中心で、桜の満面の笑みを一身に受けた俺は―――――、

 

exquisite

「おい待て!!!!戻ってこい日本人!!!!!」

 

 日本語を忘れ、思わず英語で感情を表していたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と文化祭

文化祭ですよー!!
早いですよね!?投稿早いですよね!?
あっごめんなさい遅いですよね本当にすみませんでしたああ!!!!!

……処で。
最近、文字色を変えたり、太字にしたりと特殊ルビなる物を使っているのですがあれって要ります……?
正直作者的にはあった方が面白いか? と思っているのですが……。
はい。まずは話の内容ですねすみません。
もっと面白くしたいんですけどやり方が分からないです……。

こほん。
では、どうぞ!!


 文化祭。

 それは殆どの高校で行われる、学校の行事だ。クラスや部活ごとに出店や出し物を計画し、実行する。時には友人たちと集まりバンドをしたり、カップルコンテストやベストフレンズコンテスト……監督!! 戻って来て下さい!! ……をしたり。

 企画、準備、実施。生徒がある程度の主導権を握れる学校行事には、中学生や他校の生徒、近くの大人も訪れる。賑やかな、文字通り「祭り」だ。

 さて。

 ここまでが前置きだが――――――。

 

 文化祭。と言えば、何を思い浮かべるだろうか?

 

 友人と楽しむ? パソコン部制作のゲーム? 理科室のホルマリン漬けの子豚?(作者の実話) 文芸部の文集や漫画研究部の同人誌? はたまた、ただ単に食べまくる場所?

 ……いいや、違う。

 文化祭に置いて重要であり、最も人気を集める場所。

 これが無い文化祭は見た事が無いと言えるほどに、そう――――

 『お化け屋敷』。

 それが恐らく、文化祭最重要項目であり最上級の人気を誇る出し物だろう。

 俺は……平均平凡、暁結城は怖がりの為入りたがりはしない。が、永大に引っ張られたり友人の悪ノリで入った事はある。正直、怖い。怖すぎる。泣くぞおんどるあ!! 

 出た後にスマホのロックを解除できないのは日常茶飯事。

 それほどまでに震えを抑えきれない。怖がりの頂点になれるぞ俺は。

 ここまで話しておいてなんだが、どうしてこんな話をしているか、と言う処に戻ろうと思う。理由は単純に一つだけで、そして明快だ。

 それは今日。

 というか今。現在進行形で。

 俺が、文化祭の出し物であるお化け屋敷に入っているからだ。勿論、桜と一緒に。

 

 ☆★☆

 

「きゃーこわーい」

「お前絶対そんな事思ってないよな!? 楽しんでるよな!?」

 暗闇の中、段ボールやビニールテープで作られている迷路を進む。明かりは手に持つ小さなライトのみ。時折聞こえる壁を叩く音や、BGMに恐怖を覚える。……あれ? これのびハザのBGMか?

 おいよーそれってよー、のびハザネt

「結城、右」

「えっ? ああ」

 思わず脳内で変な節を付けて口ずさもうとした瞬間に、桜に囁かれる。左腕に腕を回し、ぎゅーっと体を押し付けてきているのは幼馴染の雪柳桜。黒髪ロングストレートに蒼い瞳、文武両道才色兼備……とまあ、何をさせても最高レベルの美少女だ。

 何故か超密着してきている桜は、勿論お化け屋敷に恐怖を覚える事は無いだろう。

 富士Qハイランドの病院のやつも、笑顔で出てきたし。と言うかこいつにライトを持たせると、お化けが出てくるタイミングでお化け役の人にライトを当てるのだ。完璧に。そして無言のままスルー。

 ……こいつ、女子としてそれで良いのか?

「だって怖くないんだもの。しょうがないよね」

「思考を読むな思考を。男は誰でも、吊り橋効果に期待を持つんだよ」

「はっ。今更そんなの意味無いよ」

 鼻で笑った桜は、そっと目の前の看板を指さした。ライトを当ててじーっと見れば、どうやらここからはライトを消して臨むらしい。……ふざけんな。

「さ、ライトを消して。ボクが先に行こうか? その代わり全く怖くなくなるけど」

「ぐ……。いや、それだと入った意味無くなるしな。その、男としての威厳もある!」

「……へーえ、威厳?」

「やめろ。その超上からの雰囲気を止めろ下さい」

「だってねえ? 今更キミに威厳なんて」

「うっせえ!」

「ふふふ。まあ、頑張ってよ?」

「ああ。彼氏だしな」

「……そう言うのを急に言うのは卑怯だと思うよ」

 ぱっと腕から体を離した桜は、しかし俺から完全に体を離さず背中に体を押し付ける。ぽかぽかと肩のあたりを叩かれながら、完全な闇の中を進んでいった。視覚が機能しない今、五感は聴覚と触覚を研ぎ澄ませる。段ボールが叩かれる度に体を跳ね上げ、足首を掴む手に飛び跳ねる。

 ずっと背中にある温もりを頼りに正気を維持しつつ、何とか進む。進み続ける。

 広くはない筈の教室。そこを使って作られたお化け屋敷なのに、何故かとんでもなく広く感じるのは気のせいだろうか。

 おーわーれ! おーわーれ!

 そろそろおーわーれ!!

 あ、でも桜が背中にもたれ掛かってきているこの状況は永遠に続け続かせろ終わるな。

 ライトは無い。そのまま歩いていると、唐突に壁が現れた。しかしそれは教室の壁ではなく、ダンボールで作られている物。そこだけ足元にライトが置いてあり、どうやら下に通路があるらしい。

「桜、一旦離れて」

「んう……? ああ、了解」

 吐息交じりの可愛い声を出して、桜はすっと身を引いた。消えた温もりへの名残惜しさに右拳を固く握りしめる。が、そこには幻想殺しなど宿っていないのが悲しいところか。

 ……好きな女の子との接触が消えて悔しがる男。

 控えめに言って俺、気持ち悪くないか……。

 かなりの自己嫌悪によるショックを受けつつ、しゃがんだまま四つん這いでダンボールの穴を進む。目の前には色の分からないビニールテープが大量に下げられており、それを掻き分けて進む。幾つかの突き当りにぶつかる度に横の壁が叩かれるのが辛い。怖い。

 やがてそのダンボール通路ゾーンを超えて、立ち上がる。

 視界の奥にはロッカーが見える。その横には、待ち望み続けたドア。歩いて数歩の場所にある希望。

「よし、俺は乗り越えたよ……」

「……止まるんじゃねえぞ、とでも言えば良いのかな?」

「どこのガンダムだよ」

 唐突にぶち込まれる桜のネタ発言に突っ込みを入れながら、後ろに居る桜の手を取る。そのまま繋いだ手を引いて進み、ドアに手を掛けた。

 ……こいつの手、本当に柔らかいし暖かいな。

 女子の手を握る。その感動に、俺は桜の手を無意識の内ににぎにぎしてしまった。

「ちょっ、その……結城、くすぐったいよ……」

 恥ずかしそうな桜の声。これは行けない、と俺はドアに引っ掛けている指へと急いで力を込めた。

 ―――――――でぃす いず あ えでん――――――

 

『ァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!!!』

「きえええええええええええ出たああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 直後。

 ロッカーから飛び出てきたお化け(人間)に対して絶叫(本気)をかました俺は、全力でドアをこじ開けて外へ。そのまま丁度そこを歩いていたメイドカフェ宣伝の人に正面から突っ込んでしまい。

 優しいメイド服女性には許してもらったものの、無論桜から罰が無いわけが無いのであって。

「結城……?」

「待て待て待て!!! どうしてお前はその無表情のまま低い声をだす!!」

約束された(エクス)……」

「待て!! その黄金の剣しまえ!! な? 話をしよう」

「彼女としての役目を終えてきます。 話はまた、その後で」

「パロってんじゃねええええ「勝利の剣(カリバー)!!!」なあああああああ!!!!」

 親方あ! 空からビームがあ!!

 

 ☆★☆

 

 ヒリヒリする脳天を手で摩りつつ、校舎の中を桜と歩く。頬を膨らませて未だに怒っている桜は、それでも俺と繋いでいる手を離そうとしない。試しに力を緩めてみる。すると、何も言わずにぎゅーっと強く手を握られ、ジト目の上目遣いで「離すな」と訴えられる。

 この状態で手を離す事が出来る人間は居るのか? いや、居ない(反語)。

 よって俺は一般の人も来ていて人口密度の増えている校舎内を、学校一の美少女と手を繋いで歩いている状況だ。視線? ああ、凶器の事だろ知ってる知ってる。あははははは!!

 ……はあ。

「――――ん」

「ん?」

 くいっ、と手を引かれる。桜を見ると、彼女は繋いで無い方の手で何かを指さしていた。

 そこまで行ってみると、どうやら指していたのは1-2、俺たちの店である。スマホを取り出してみれば、もうシフトの時間五分前。

「うわ、危な……気づかない所だった」

 時計も無しに気づいた桜と俺のシフトは同じ時間帯に組まれている。勿論、シフトを決めるときに桜と同じ時間帯は滅茶苦茶な争いだった。簡単に言うと、戦争レベルだった。

 一つ言わせてもらおう。

 俺は、雪柳桜の彼氏である。

 夏休みの夏祭り、花火を見ながら告白して成就したのだ。それはしっかりと桜にも、そして何故かクラスの皆にも伝わっている。

 それなのに。

 そ れ な の に !

 何故か俺はスムーズに桜と同じシフトに入れなかったのである。彼氏というのを理解しつつも、クラスメイトの男子は永大やイケメンを除いて全力で勝負を挑んできた。

『どうせ桜さんと暁は釣り合わないから直ぐ別れるだろう』

 そんな思考が見え見えである。

 しかし、そこは俺も男。その考えを持っている不特定多数の奴ら相手に、正々堂々真正面から戦った。同じ条件、同じ土俵で真っ向勝負。

 そう。

 

 じゃんけんである!!

 

 vs桜。その時間帯に入りたい人は、桜とじゃんけんをして勝たなければならない。そして、勝った順に入れる事となった。完全な運勝負。ここで学力や能力の勝負にならなかったのは幸いだ。

 そして、何とかじゃんけんを一番で勝ち越した俺は無事桜と同じシフトに入る事が出来たのである。

 大変だった。あの後も視線が……もう……怖い……。

 とは言え、今日は本番である。そんないざこざも最早無く、装飾の施された教室内ではクラスメイトが忙しなく動き回っている。俺と桜も手早く更衣室で着替え、交代して仕事に入った。

 女子は主に和風メイド服での接客。男子は一応和服に着替えて、調理室で売品を作る。

 男子まで和服に着替えるのは、調理室から教室に調理したものを持ってくる途中にも宣伝出来るように。後、もしも人手が足りなくなった場合に違和感無い服装でヘルプに入れるように、だ。和服の女の子が接客してくれていたのに、突然制服の男子が接客してくるのは……という案が出て採用された。

 そして、その案を採用したのは好手だった。

 アイリスに桜。二人の超絶美少女に加え、スタイルも顔もかなり良い凛。

 更には普段見れない和服のイケメン(池田免)。

 改めて考えると、1-2には結構な数の逸材が揃っているのだ。その為、今現在も店内はかなり繁盛している。それこそ、開店前に用意しておいたどら焼きが足りなくなったり男子もヘルプに入る状況になっていたり。

 繁盛しているのは嬉しいのだ。

 だが、人手が足らない。様子を見かねたシフト外のクラスメイトも来てくれ、ギリギリで回っている状況だ。

 俺も慌ただしく駆け巡っている中で、突然クラス内でざわっと声が漏れた。トラブルか? と思うも、そんな雰囲気ではない。寧ろ桜とかが急に現れた時の様な、そんな感覚と似ていた。

「暁ー! こーい!」

「え? 俺?」

 そこで何故か俺が呼ばれる。名指しとは珍しく、持っていたお盆を近くのクラスメイトに任せる。人でごった返す教室内を横切り、入り口の所へ。

「なんだ? 逆ナンパ?」

「いや、その……お客さん。お前の」

「はあ?」

 首を傾げつつ、クラスメイトの指さす方を見る。ドアの向こう側、つまりは入店待ちの列の一番前。

 そこには、膝下まであるスカートや栗色のカーディガンを着こなした、黒髪ショートの見慣れた美少女が立っていた。俺と目が合った相手は、そっと頭を下げる。

「こんにちは、兄さん。来ちゃいました」

「……あ、葵!?」

 暁葵。

 一人で寮生活を送る、桜には及ばずとも殆ど何でもできる俺の妹だ。時々血縁関係を疑ってしまうのは内緒である。

 しかし、寮生活と言うだけあって葵の学校はかなり遠い所にある。

 それなのにわざわざ来たのだろうか。……兄冥利に尽きる。

「あの……所で、ドクターペッパーはありますか?」

「あると思うか? あのな、あれは一般的に不味いと言われているんだぞ?」

「味覚を疑います」

「はあ。まあ良いや、今お前はお客様だからな。ただ今ご案内します」

「兄さんが敬語とか滅茶苦茶笑えますね」

「無表情で言うな無表情で」

 軽口を叩き合いつつ、教室の中に葵を誘導する。丁度一つ、席が空いたみたいだった。

 そこへ向かおうとするも、途中で葵は立ち止まる。そのままきょろきょろと周りを眺めた後に、葵は小さく呟いた。

「……人手、足りてないんですか?」

「ん? ああ、ちょっとな……まあ、しょうがないだろ。この人数に対応出来るのは、桜とアイリスと……まあ、凛とイケメンくらいじゃないか?」

「成程。ふうん」

 葵は手に持っていた小さなポーチを小脇に抱え、一つ頷く。

 顔を上げた彼女は、俺の目を真っすぐに見つめてから口を開いた。

「ところで兄さん。私は美少女だと自負しているのですが」

「自分で言うな自分で!!」

 

「―――――――ヘルプ、入りましょうか?」

「……………マジで?」

 

 ☆★☆

 

 葵の提案。

 正直ありがたかったが、受け入れられるとは思っていなかった。しかし、桜の鶴の一声で即採用。ささっと和服に着替えさせられた葵は、正直予想の数倍の働きを見せた。

 まずは料理の効率化。

 次に、注文を取ってから料理を運ぶまでの凄まじい時短。

 上げていけばキリが無いが、クラス内でも完璧と有名な桜と殆ど遜色無い働きを見せたのだ。直ぐに葵の株は爆発的に上がり、今やクラスの一員レベルで歓迎されている。

 まあ、美少女が故に和服も良く似合っているのだ。納得の結果と言えば納得だ。

 

 やがて、客足も収まり。少しづつ余裕が出てきた所で、誰かが呟いた。呟いてしまった。

 

「……こうなると、暇だな」

 その言葉は、忙しすぎて最早仕事に楽しささえ感じ始めた1-2(+葵)を刺激。そう、激しく燃え上がらせてしまったのである。

「呼び込め!! 客を呼び込め!!」

「もっとだ! もっと……俺にお客様の相手をさせろおおおおおおおお!!!!」

「無限の和菓子製」

「体はあんこで出来ている!」

「血潮はカステラで」

「心は硝子」

 カステラは確か南蛮のだから!! あと心は硝子で変化ねえのかよおい!

 そう、正に教室内はカオス。混沌。

 俺も桜もテンションは上がりつつ、しかしある程度冷静ではあった。

「……皆元気だなあ」

「元気なのは良いことだよ。ここまでだと、迷惑でもあるけどね」

 ぼけーっとした発言に、苦笑交じりの言葉。

 隣でお盆とメニューを抱えている桜が壁にもたれ掛かり、ため息を吐く。さっきまでの人気は多少収まり、働きまくっていた桜にはほんの少し休憩していいというお触れが出たのだ。

 しかし、だからこそそれは波乱を呼んだ。

 静かな教室内。桜と俺が居る状態。

 賑やかな文化祭の校内には珍しく、しっかりと放送が聞こえる状態のここで―――――。

 一つ、アナウンスが響いた。

 

『えー、ただいまよりー』

 一拍。

 

『ベストカップルコンテストを行います』

『参加者はグラウンド、特設ステージにお集まり下さい』

 

 ベストカップルコンテスト。

 ふっ。一昔前までならダイナマイト(爆発しない)を投げ込んでいたが、今や俺はリア充。カップルの単語を聞いても右手がボンバーしなくなった俺に、死角など無い!

「あー、……あー!」

「どうした? 遂にお前もコミケがGWにやると聞いてお前ふざけんなよと言う思いに目覚めたか?」

「お前政治の話をこんなとこまで持ってくんな荒れるぞ! そうじゃなくてだな……」

 突然怒られそうなネタを放り込んで来たクラスメイトはびしいっ! と俺と桜を指さし、教室中に響く大声で高らかに叫んだ。

暁と雪柳さんがコンテストに出て宣伝すれば良いじゃん!

 その提案、俺の右腕がボンバーアアアアアアアアアアア!!!!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染とカップルコンテスト

テスト等で遅れてしまいすみませんでしたあアアアアアアア!!!!
マジでごめんなさい。
すみません!!!!!


閑話休題

ところで、神崎蘭子って可愛くないですか?
滅茶苦茶好きです。後楓さんも大好きです。凛と加蓮も好きです。文香も好きです。
……全員coolって言うね。(確か)。


 校庭に設置された特設会場。馬鹿かと思うくらいに真面目に作られているステージの上では、数組のカップルが席に着いていた。観客は何故か沢山来ていて、最前列には永大と凛も見える。あと、数人のクラスメイト。

 和服の俺と桜は、自分たちの模擬店のアピールのためにカップルコンテストに参加していた。

 正直やりたくなかったが、押し切られてしまったのである。隣に居る桜はいつも通り無表情だが、さっきから雰囲気が柔らかい。怒らせると悪鬼羅刹が背後に現れるのだけれど。

『さー! 始まりましたカップルコンテスト! 今回の参加者は、四組!』

 そして、司会の人がマイクに声を吹き込む。盛大な拍手が巻き起こる中で、司会の文化祭実行委員は参加者を紹介していく。

『一組目は金髪に髪を染めていらっしゃる源一郎さんとTHE・ギャルな幸子さんです!!』

 名前とのギャップが凄まじいカップルは、チャラい見た目ながらしっかりと礼をする。しかもそのお辞儀はとんでもなく綺麗であり、観客も唖然としていた。うん、俺もしてる。

 顔を上げた直後に、二人は机の上で手を重ねる。

 それだけの動作で幸子さんは頬を染め、源一郎は視線を逸らした。

 ……もう何か、色々凄い。

『二組目は野球部のエース! 博文(ひろふみ)さんとそのマネージャー! 加賀(かが)さんです!』

 まさかの王道カップル。幽体離脱でもしそうなコンビ名の漫画のようなカップルに会場がざわつく。

 博文さんの方は投手として有名だ。打者になったとき、「十一万四千五百」とかを相手投手に言いまくり問題になったのは記憶に新しい。

 加賀さん……小さいポニテの彼女は、無口だが美員と評判の先輩だ。永大が叫んでいた。

『そして三組目! 普通の! 何も特筆することが無いふっつーのカップル! 平太(へいた)(はる)さんです!』

 普通だった。

 マジでその……特異なところが一つも無かった。

 

『さあ、最後の四組目! 異色の超絶完璧美人×平凡野郎のカップルです! 何故付き合えたのかは、私も気になります! 桜さんと結城さんです!』

 

 そしてラスト。桜の名前が呼ばれると同時にどっと会場は湧きあがり、俺の名前が呼ばれた瞬間にそれはブーイングの嵐へと変わる。泣くぞてめえら。

 しかし、司会は桜の事を超絶完璧美人と現した。分かってるな。流石だ。

『さあ! このカップルコンテストでは幾つかの種目をこなしていただき、その中で審査員の投票によりベストカップルが決まります!』

 審査員席を見れば、そこには池田と生徒会長。そして校長先生が座っていた。

 校長先生? 貴方真面目に何やってるんですかね?

『では一つ目! ……どきどき、わくてかわくてか! 最初はどれだけお互いの事を理解しているか、そのテストを行います!! では、出でよホワイトボード!』

 目の前の空間に黄金の波紋が浮かび、そこからホワイトボードとペンが落ちてくる。どこの英雄王だよと思いつつ、二枚あるボードを片方桜に渡す。どこからか仕切りが表れて、カップルの間を遮った。

 黒いペンと、ホワイトボード。簡素な物ながら、しかし恋人同士がどれだけ理解しているかのクイズをすると言う緊張感からとても重く感じる。下手すれば破局もあり合えるかもしれない魔のクイズ。さては俺たちをカップルコンテストに出したのは、別れさせるためだったのか……!?

『では一問! 『男性側の好きな食べ物は?』 女性は回答を、男性は答えをお書き下さい!』

 ふむ。

 つまり桜は俺の好きな料理を当てに来る訳だ。そして、俺は答えを用意する。

 悩む間もなく、俺はホワイトボードに答えを書き綴った。こんなもの、クイズにすらなっていない。

『おっと? 桜さんと結城さんは直ぐに書き終えましたね。他の組は少し悩んでいる様子です……では、出そろったようなので。回答、OPEN!!』

 源一郎『佃煮』

 幸子『わかめの味噌汁』

 

 博文『マック』

 加賀『モス』

 

 平太『カレーライス』

 晴『カレー』

 

 俺『ハンバーグ』

 桜『ハンバーグ』

 

『おっと!? 博文さんと加賀さんの間に強烈な溝が! ライバル店は大きいぞ……!? そして、正解したのは平凡カップルと何故カップル! 1pずつ加算されます!』

 流石桜。

 最初は『桜の作る料理』と書こうとしたのだ。が、それだと抽象的な答えとされかねない。

 取りあえず俺の好きな料理を書いてみたが、何とか功をそうしたらしい。やったぜ。

『二問目は、逆です! 男性が女性の答えを当てに行きます! ……二問!『好きなTVは?』』

 桜の好きなテレビ……?

 どうしよう。桜とテレビ見る時は大体適当に見てるからあいつの好みなんて知らない。何だ? イッテQか? 鉄腕DASHか? 

 待て俺、日曜日から離れろ!

『はい、時間でーす! では答えを、どうぞ!』

 司会の言葉に、俺は焦りながらしっかりと答えを書く。ギリギリ間に合い、ホワイトボードを観客へと提示した。

 

 源一郎『三分クッキング』

 幸子『男飯』

 

 博文『ZIP』

 加賀『めざましテレビ』

 

 平田『世界丸見え』

 晴『アンビリーバボー』

 

 俺『プリキュア』

 桜『生き物にサンキュー』

 

「結城……? キミは何時の話をしているのかな……!?」

「ひいっ!?」

 隣からの殺気に震え上がる。どこかで、ホワイトボードのようなものが軋む音が聞こえた気がした。

『全員不正解の中、広がる博文カップルの溝……怖いですね。はい。三問目は、『相手の得意教科』です!』

「あのー!」

『どうしました? 結城さん』

「相手が全教科トップでテストも100点なのですがー!」

『……気合で』

「うせやろ」

『今回は、お互いがお互いの答えと回答を書いてください!』

 俺の得意教科と、桜の得意教科を書くという訳か。

 ……さて、桜の得意教科。完結に言えばそれは全てなのだが、如何せん答えにはならない。つまりは100点揃いの中でも得意としている物を答えなければならないらしい。ふざけんな。

 因みに俺の得意教科は社会だ。中学校の時の先生が、滅茶苦茶良かったのである。尚変人。

『さて、結城さんはどう答えるのか? 回答、レッツゴー!』

 

 源一郎『得意→体育 幸子得意→現国』

 幸子『得意→現国 源一郎得意→体育』

 

 博文『得意→総合 加賀得意→数学』

 加賀『得意→国語 博文得意→体育』

 

 平田『得意→家庭科  晴得意→科学』

 晴『得意→家庭科 平田得意→家庭科』

 

 俺『得意→LHR 桜得意→現国』

 桜『得意→現国 結城得意→公民』

 

『これは両方が正解し合っていて、一点となります。つまり、源一郎カップルに一点加算! 平凡カップルと何故カップルは惜しいですねー。そして暁さん、教科を書きましょうね?』

「あっはい」

 何でや時間割にしっかりLHRあるやろ! 

 因みに俺は文系だ。桜はどっちも出来るが、読書を良くしているのを思い出して現国にしてみた。まあポエムとか一時期書いていたらしいし、納得と言えば納得だろうか。

 さて、ここまでで経過時間はおよそ十分。思っていたよりも速い進行の中で、この特設ステージの前に並ぶ人は段々と増えてきている。

 ……割と気恥ずかしいぞ。後最前列の永大、ずっとニヤニヤしてるんじゃねえ!!

「ねえ、結城」

「ん?」

 突然、隣の桜が話しかけてきた。小声で答えると、仕切りの向こうで彼女はそっと声を低くする。

「……勝ちたい?」

「いや別にどうでも良いけど」

「は?」

「勝ちたいなあーすっげえ勝ちたいなー!」

 最初から(5) 拒否権なんて(7) 無いんです(5)。

 桜の言葉にうなずくやいなや、司会の人が急に指を打ち鳴らした。途端に仕切りが消え、さっきと同じように黄金の波紋から赤いボタンが落ちてくる。百均などに売っている、安い赤丸の付いたボタン。どうしてこんなにも英雄王っぽい力を付けるのかは分からないが、そこを言及すると消されそうなので口をつぐむ。

『続いてのコーナーは、お二人の知力を試す! 貴方は馬鹿なカップル? それとも馬鹿みたいに愛し合ってるカップル? 始まれ始まれ、『バカップル選定の問』!』

 ……どうしてこんなにクイズ番組っぽいんだろう。俺はクイズ番組だとQ様が好きだ。一番難しいから、全然当たらないけどそこが良い。

 さて、こうなってくるとどこが強敵だろうか。

 まず最初に源一郎ペア。凄いちゃらちゃらしてるけど名前とか好みからして超堅そうだ。

 次に相性が悪い博文ペア。加賀の方が大分強そう、と言うイメージを勝手に抱いている。

 そして平田ペア。……平凡なカップル。特に何も言えないな。

 どれもこれも、勝てない相手ではない。さあ、行くぞ! 俺!

 

『では一つ目の問題です!』

 司会の声に応じて、再び空中に黄金の歪みが出来る。そこから出てきたのは白い看板であり、そこに黒い文字がプリントされていた。

『問題は某黒猫のクイズアプリの様に、幾つかのジャンルから選択していただきます。決めるのは観客の貴方! では、最初の問題は……最前列、そこのバカそうな貴方!』

「呼ばれてるぞ、凛」

『永大さんどうぞ!』

「名指しされてるよ、バカそうな人」

「ちくしょおおおおおおおお!!!!!!」

 やはりあいつは何処でも平常運転らしい。司会の人の代わりに実行委員がマイクを差し出すと、永大はじっと看板を睨み付ける。台の上から身を乗り出して見てみると、ジャンルは四つ。

 一つ目は『国語』。二つ目は『理科』。三つ目は『スポーツ』。四つ目は『アニメ・ゲーム』だ。

 1、2、3、ならば直ぐに桜が答えてくれるだろう。が、4は少し厳しいかもしれない。元々俺はアニメをそんなに見ないし、桜がアニメを見ているのは確認したことがない。ゲームもあまりやってないから、そこだけはどうか回避して欲しいのだが。

 まあ、あいつも幼稚園からの友人だ。そんなのは分かり切っているだr

「じゃあ、『アニメ・ゲーム』で」

 絶交だ岡取永大!!!

『はい、ジャンルが決まったところで……最初は小手調べ! 一問!』

 ででん! と言う効果音がどこかで鳴った瞬間に、白い看板が輝きを放ち、黒い文字が変化する。浮かび上がる問題文。看板は移動し、俺たち回答者と観客がどちらも見やすい位置になった。

 

(※少しずつ間を開けますので、スクロールを止めつつ皆様もどうぞ!)

 

『「闇に飲まれよ!」の訳を答えなさい!!』

 な ん だ そ れ。

 聞いた事が……な……い…………。

 

 ―――――――待てよ。

 

 思い出せ。そうだ、そうだよ、俺が昨日真夜中まで読んでいたss、それは確かアイドルマスターのssだった筈だ。その中に出てきていた。そう、確か訳は……!

 ぴんぽーん!

『おっと、押したのは暁結城さん。 では、答えをどうぞ!』

 合っているはずだ。恐らくだが、これで良い筈。

 

 

 

「お疲れ様です!」

『正解です! 何故カップル、1点加算!」

「……良く分かったね」

「ああ。何せ、ssを読んでいるときに一目ぼれしたらんらんの台詞だからな。直ぐに出て来なかったのは不覚だった」

「ふーん。本当に闇の飲まれさせようか……?」

「お前はイクスティンクションとか昇竜拳とか覚えて何をしたいの? ねえ?」

 桜の少し冷たい視線を受け流しつつ、一問目をクリア出来た事にそっと安堵する。今のところ、俺のペアが一位。後を追うのは源一郎ペア、平田ペアだ。

 博文ペアには頑張ってもらうとして、二問目。ジャンルは、数学。

 内容は……。

『これは回答が難しいです。では、行きますよ!』

 司会の人が一拍置くと、看板が再び変化した。

『1.4sinX+3cоs3X=2の方程式を満たし、かつ第一象限に存在するXの値を一つ答えなさい。』

 おいまてい(江戸っ子)。

 お前らは一体何を話しているんだ。なあ、日本語話せよ日本語。俺は日本語を聞き取りたいんだよ。な? 素直にJAPANESE話そうぜ。

 大体足し算引き算割り算掛け算出来れば日常生活は生きていける。

 そう信じて俺は今でも信じ続けて数学は何時も赤点回避ギリギリです!!

 ぴんぽーん!

 そんな事を考えていると、隣でボタンが押された。言わずもがな、桜だ。しかし彼女にしては遅かったの気がするが、一体どうしたのだろうか。

「……まあ、その。ね。あまりリードしても居心地が悪くなる。こういうのは拮抗してた方が良いと思ったんだけど……ま、このくらい待ったんだから良いだろう」

 その疑問を見透かすような桜の言葉。司会から答えは? と聞かれた桜は前を向き。

「X=Π/6」

『正解です!! いやあ、流石桜さんですね!! 素晴らしい!!』

 司会の賞賛の声に、桜は小さく一礼。俺は呆然。

 ……いつから日本語は変わったんだろうか。おっ、Πじゃないk

「結城」

「はい」

「……」

「ごめんなさい」

 無言の圧力。俺は死ぬ。

 三問目、ジャンルは……『スポーツ』。

『最後の問題は、次のステージ発表の都合上そろそろ終わらせなければならないので三点一気に加算です! では、ラスト問題!』

 三点。

 つまり、博文ペア以外のペアが正解すれば一瞬で勝敗が決まってしまう。ジャンルは『スポーツ』と言う、得意のなのか苦手なのか分からないジャンルだ。一応中学生の時にはソフトテニス部に所属していたが、今は帰宅部。どれだけ早く帰れるかを競う部活……え? 無い?

 看板が変化する。遂に違和感すら抱かなくなったのは危険な証拠だろうか。

『暁結城さんが得意なテニスのプレイは?』

 ぴんぽーん!

『どうぞ!』

 間髪入れずに、勝負に来た源一郎ペアがボタンを叩いた。閃く右手。彼の答えは……!

「アウト」

 何故!? 確かに十回に九回はしてたけど!

『ボールが範囲外に出てしまう事ですね。残念、違います!』

 ぴんぽーん!

 博文ペア。

「抵抗」

 てめえ。

『何年生?』

「21歳」

『かっこい』

 ぴんぽーん!

 平田ペア。

「敵前逃亡」

『惜しい!!』

「惜しくねーよ! 俺へのイメージどうなってんですか!?」

 我慢できなくなり大声で叫んでしまう。勢いよく立ち上がった拍子にボタンを押してしまった俺は、気の抜けたぴんぽーんと言う音の後にそっと告げる。

 俺の、一番得意なプレイ。それは、前にテニスの時に見せた、

 

 

 

「ダブルフォルト(二回連続でサーブをミスる事。相手に一点入る)」

『正解です!!』

 

 

 ……見せたものではなく。それはそれは、テニスプレイヤーの端くれとしても恥ずかしいものであった。

 

 




間に合え、あと二分。

 それは、十一月十一日の事だった。
「……ふぉら、ふぁやく」
「いやお前ポッキー銜えて何してんの?」
「今日はふぉっきーのふぃだよ」
「あー。で、何してんの?」
「……っ!」
「あっっちょ、やめ、口に突っ込むなやめろって誓い近いああああ!!!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と休日作戦

次話を書き上げれば、そこは新年だった。
(小説「新年」 冒頭部分より抜粋)

いやその、マジでごめんなさい。
いやでも今回はサボってた訳ではなくてですね!!理由があります。

勉強をしておりましt待って嘘じゃないから信じてください!!!
そのう……割と今、大事な状況でして。ブレンド・sとかかぐや様とか読み漁っている割には結構勉強もしている訳なのです。書きたいな、とは思いつつも時間が少なく、執筆も滞っておりました。

え?艦これの秋イベ?クリアしましたけどうわっなにするやめっ

二月が終われば、投稿速度は上がる(と信じたかった)気がします。

それでは、お待たせしてすみません。どうぞ!


 世界の誰かが残した言葉には、こんなものがある。

『変わらないのは、ときめく気持ち。』と。

 これは恋愛の格言として伝わっているものだ。関係性や年齢は変わろうとも、その気持ちだけは変わらないと言う事だろう。

 俺こと暁結城は、まだ15年間しか生きていない。

 故に人生経験は浅く、社会の事なんて半分も分かっていない。しかし、この言葉だけは少なからず共感できる。

 理由は簡単だ。それは俺が、ずっと一人の女の子が好きだからである。

 動作の一つ一つにときめく。誰よりも俺はその子の事が好きだったし、好きだ。 

 因みに話題の女の子との関係性は、何とか彼氏彼女まで発展した。しかし、俺と彼女は全くもって初々しいカップルらしいことをしていない。出来ていないのである。

 今日、と言うか今。件の彼女雪柳桜は、俺の部屋の俺のベッドに寝っ転がりながら本を読んでいた。

 分厚い本だ。表紙を見ればそれは外国の本らしく、時折覗くページにはびっしりと英語が横文字で描かれている。俺には辞書を片手に、有り余る時間を使わなければ読み切れないくらいのボリュームと難しさ。

 そんなのをすらすら読み続ける桜には、毎回驚かされている。そろそろ慣れそうだ。

 さて。ここで本題に戻ろう。

 初々しいカップルのような事を俺もしたい。という事で今日は―――――――

 

 全力で、我が幼馴染兼彼女に甘えてみようと思う。

 

☆★☆

 

 桜は俺の枕を顎の下に置き、短パンから出ている足をぼすぼすとベッドに叩き付けている。季節はもう冬で、上には水色のパーカーを羽織っていた。長い黒髪は艶やかに広がり、蒼い瞳は一見退屈そうに文字列を追っている。実際には割と楽しんでいそうだが。

 白い肌が大分露出されている服装。健全な男子高校生である俺は割とたじろぐも、手元の3DSに意識を集中させる。バルファルクの上から降って来るやつをダイブで回避し、ラセンザンを適当に打ち込んだ。

 さて。

 甘えると言ってもどうしようか。桜は今寝っ転がっているし、出来ることは限られている。

 そんな事を考えていると、クエストクリア。オンラインプレイだったので、メンバーの『黄金の花』『エターナルビッグ』『りんちゃんなう』に挨拶をしてから抜けた。DSを閉じてから、机の上に置く。

 ……ふむ。後ろから抱き着いてみると……?

 1、抱き着く。

 2、トリガーエクスプロージョンが直撃する。

 3、俺が死ぬ。

 おっけ。わかった。やめよう。

 最初はやはり、小さく攻めるのが定石だろう。例えるなら歩の突き捨て。小さい攻めはやがて大きな攻めへ。小さい甘えは、段々と大きい甘えへ。

 まるで将棋だな。

 特に意味もなくスマホを取り出し、机の上に置く。

 今の動作に意味はない。決して何かを暗示しているとかではない。

 小さい甘え、と言うと何だろうか。手でも握ってみようか。頭でも撫でてみようか。いやそれだと甘えられていない。

 背中に顔を埋めてみる? 正直抱き着くより難易度が高い気がするぞ。

 なるほど。隙が無い……ッ!!

「……ゲームは終わったのかい?」

「ん? ああ、終わったよ」

 密かに拳を震わせていると、後ろから桜の声がかかった。パタン、と本を閉じる音。続いて、小さなあくびの音も聞こえた。

「ん……流石に、外国語の文を長時間読むのは流石に疲れるな。結城、カフェオレを作っても良いかな?」

「いいぞー。てか、桜の場合許可いらないって――――」

 その時俺に電流走るッッ!!!

 本を読み終えた桜。後ろを向けば、彼女は生足をぷらぷらさせつつベッドに腰かけているではないか!!

「そういう訳にも行かないだろう。ボクはこの家の住人ではないしっ……!?」

 先手必勝。

 桜が微笑を湛えて話している間に、俺は桜に真正面から抱き着いた。少し桜の体が強張るも、直ぐに力が抜けていく。そのまま、俺たちはベッドにぽすんと倒れた。

 柔らかい。

 良い匂いがする。

 というか、狙った訳ではないが顔面に特に柔らかい二つの膨らみが当たっている。控えめに言って天国だ。

「君は突然、何をしているのかな……?」

「甘えたい」

 尋ねられた事に対して、俺は率直に答えた。むぎゅー、と抱きしめる力を強くする。上の方で息を吐く音が聞こえて、直後に俺の髪が撫でられていた。

「あのねえ……。キミが疲れているのかとかはともかくさ」

「うん」

「胸に顔を突っ込むのは、取りあえずダメだよね……!」

 刹那、俺の体がふわりと浮き上がる。体の前面に押し付けられていた温もりが消え、どすんと背中からベッドに着地する。横たわる俺の顔を、桜がジト目で覗き込んできた。

「全く。発情した犬みたいな事をしないでほしいんだけど?」

 長い黒髪が視界を塞ぎ、桜の顔以外を全てシャットアウトする。不満げに頬を膨らませた彼女は黒髪を耳に掛けながら、蒼い目を細めた。

「ところで。突然ボクに甘えたいだなんて、どうしたのかな? 男としての尊厳も無くして、女であるボクにあまえようとして。ふふふ、胸の感触はどうだった?」

 楽しそうに口を開く桜。俺の胸板を人差し指でくるくるなぞりつつ、彼女はずいっと顔を近づけてきた。

「最近、成長したんだけど……?」 

 耳元で、吐息交じりの声が、低く響く。

 もう俺には物理的にも精神的にも桜しか見えない。質問に答える精神力すら削られていく中で、何とか口を開く。

「その……最近俺たち、カップルになったじゃないですか」

「そうだね」

「でも、全然イチャイチャしてないじゃないですか」

「んー。確かに普通の出来て間もないカップルだったらイチャイチャしまくるんだろうけど、長い付き合いだからね。今更何を、というのはあるんだよね」

「イチャイチャしたいんだよ!!」

「キミは何を堂々と叫んでいるのかな!?」

 渾身の叫びに、大きく身を引く桜。視界が一気に開けたところで、彼女は大きくため息を吐いた。

「……あのね。結城」

「ん?」

 小さな声で、桜は話しかけてきた。

 そして。

「……ボクだって、甘えたいんだからね」

 そう、優しい声で言うが早く。桜は俺の右腕を枕代わりにして、ベッドに横たわった。ギシ、とベッドが軋む音がやけに聞こえる。

「大体ねえ、普通は女の子の方から男の子の方に甘えたいって言うもんだよ。なのにキミったら、ボクよりも先に甘えて来ちゃって」

「いや、寧ろ男の方が甘えん坊の確率は高いと思うぞ」

「どうして?」

「……男は総じて、母性と言う物に弱いんだろうなあ……。あ、実の母は除くぞ」

 今の日本は、「ロリおかん」という言葉まで作り出しているのである。

 代表例でいえば艦これの雷。夕雲。霞。完全なロリ相手に母性を見出し、そこに甘えていくというスタンス。日本はこのままで良いのか? うん。良いと思うよ(全肯定)。

「ボクはまだ若いし母性なんて出てないと思うんだけど」

「うーん。何というか、俺の言ってる母性ってのは……甘えても許してくれるというか。包み込んでくれるというか。そういう、ある一種の優しさなんだよな」

「……つまり?」

「凛とアイリスの母性は最強レベル!」

 右腕は封じられているため、ぐっと左拳を握りしめる。ここまで力説出来るのは、俺が以前永大と同じ事を話していたからだ。こういう事ばかりは真剣になる永大である。

「彼女の前で他の女を最強レベルと言うとか一遍死ねば死ね死んでまたボクとやり直せ」

「一回も息を吐かずに言い切るのやめてくれません!?」

 枕替わりの腕をつねりながら言い切った桜は、次いで四つん這いになり俺の上に覆い被さった。

 無表情のまま、彼女は体同士を重ねるように乗っかってくる。俺の胸元には、桜の顔。身長さがあるため正面から抱き合うと差が出てしまうのだ。

 しかしまあ……柔らかく、温かい。

 安心とはこの事を言うんだろう。直ぐに眠気が俺を襲う。その抗いがたい睡魔を、桜の一言が一瞬で打ち砕いた。

「早く抱きしめてよ。寒いじゃないか」

 少し拗ねたように、桜は呟いた。今更だがここは俺の自室。冬という寒い期間、この部屋には暖房が効いている。暖かさは保障できるのだ。

 だから寒いと言う事は正直あり得ないのだけれど――――それとこれとは、話が別ってやつだろう。

 桜はあくまで俺から抱き着いてほしいらしく、じいっと蒼い瞳を向けてくる。彼女の両腕は猫の様に折りたたまれており、その上に自身の胸を乗せていた。柔らかい脂肪がぐにゅっと形を変えているのは中々に眼福である。

 しかしまあ、その光景を何時までも楽しむ訳にも行かない。五月蠅い心臓を感じながら、それでも恐る恐る抱きしめる。

 男子の体とは違い、女子の体とは柔らかいもので。

 第二次成長期だったか。確かその頃を迎えると女性の体は丸みを帯びてくるのだとか。

 そして胸は大体18歳までに成長が止まるらしい。あと、胸自体は暖かくない。脂肪の塊だからね。

 最初は優しく抱きしめていたものの、段々と俺自身のストッパーが外れてきている。自分でも分かるくらい腕に力がこもっていくし、桜が満足そうに微笑んでいるのも性質が悪い。

 胸板あたりに桜の頭があるから、髪から良い匂いがダイレクトに鼻腔を刺激する。

 やっぱり女の子の匂いと言うのは不思議な魔力を持っている……そんな事を実感していると、桜はずいっと体をずらした。具体的に言えば、顔と顔を至近距離まで近づけた。

 その表情はやけに嬉しそうだ。満面の笑み、とまでは行かないが。

 ただそれでも笑みを浮かべて、雰囲気はどこか柔らかい。桜は胸の下に置いていた腕を解放すると、俺の首に抱き着いてきた。

「ふふふ、どうだい彼女の体は」

「いやその……良いですよ? うん」

「まず目を合わせようか。まあ……結城にしては頑張ったんじゃないかな?」

 桜はニヤニヤしながら、俺の頭を優しく撫で始める。その安心感と優しさに、忘れていた睡魔が蘇ってくる。眠りを促すような、ゆっくりとした手の動きにつられて――――――。

 

 俺の意識は、闇に落ちていった。

 

☆★☆

 

 目が覚めた。

 首元に拘束感を感じると、目の前には桜。俺に抱き着いたまま寝てしまったらしい。

 動くに動けない。首だけを何とか動かして時計を見れば、大体二時間ぐらい経っていた。外はもう夕暮れ。冬空に、赤く燃える太陽が落ちていっている。木々の枝の隙間から差し込む茜色の光に目を細め、俺はそっと桜を眺めた。

 今さらながら、桜は大分薄着だ。パーカーに短パン。しかもうつ伏せで寝ているため、くびれから臀部にかけてのラインが物凄く色っぽい。

 ……すごくえろい。

 それは理性か本能か。俺の右腕が勝手に、勝手に動き始めた。震えながらも指はしっかりと広げ、やがてそれは桜の体に近づき。

 

 突然、手首が何かに捕まれた。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!?」

 驚きのあまり、全力で叫ぶ俺。ギリギリギリと力を掛け続けられる右手首を掴んでいるのは無論。

「何をしてたのかな?」

 寝ていたはずの我が幼馴染、雪柳桜だった。

「おおおお前、何で起きているのってか起きてたの!?」

「正直、抱き着いていた人が動いたんだし起きちゃうのは普通だと思うんだけどね。まさかセクハラされかけるとは思わなかったよ。ねえ、結城。どこ触ろうとしてたの?」

「いやその……許してくれない?」

 一拍の間。

 おずおずと切り出した俺の言葉に、桜は一瞬無表情になり、そして、

 

「許さないけど」

 

 にやり、と。

 完璧とも言える笑顔を浮かべながら俺の上に馬乗りになり、そのまま片手で俺の両手首を拘束。残った右手を構えながら、頬を赤くした桜はそっと呟いた。

「……ま、薄着で来たのもうつぶせで寝たのも全部わざとなんだけどね」

「嵌められたああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 絶叫。

 見事にしてやられた俺は、その後三十分間にわたり桜から悪戯を受けるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と初詣

これから更新頻度が遅くなります。一か月くらい。
え? 今までだって遅かっただろって?

・・・(知ら)ないです。


 新年になると、日本人は様々な風習を執り行う。おせちを食べたりお年玉を貰ったり、鏡餅を開いたり。因みにだが、鏡餅は蛇がとぐろを巻いている姿だとも言われている。カグツチやオロチ……チ、と言うのは民俗学的に強大な力を持つ蛇の事も表す。蛇の目はまるで鏡の様でもあるし、何と脱皮すると目も剥がれるのだ。

 いやまあ、そんな事はどうでもいい。

 流石に新年ともなれば葵も帰ってくる。両親は忙しいらしく、お年玉だけを送ってきた。桜の分も。俺と葵も何故か桜の両親からお年玉を貰い、俺――――暁結城は更に桜の父親とも二人で話した。すげえ緊張した。

 ……いやでも親父さん。式場は早いですよ。

 さて、今日は一月三日。三が日最後の日だ。元旦、二日、とおせちを食べつつ、炬燵でぬくぬくしていたものの、そろそろ外に出るべきだろう。

 

☆★☆

 

 平均平凡な俺は、完璧超人の幼馴染雪柳桜と共に住宅街を歩いていた。葵は中学時代の友人と二つ駅を挟んだ天満宮へ。中三のあいつは受験生である。どこに受験しようともあいつなら受かる気がするし、なんなら慶應義塾とかも行けそうだ。

 どこに行くのかは聞かされていない。兄なのに!!

「いやあ、寒いね。海辺だからか、やけに風が強いのもあるけどね」

「おっ、そうだな。まあ俺は着込みまくってるから大丈夫だけど、桜は和服だもんなー」

 桜が手に息を吹きかけながら呟き、俺もそれに賛同する。

 ユニクロの薄いダウンにダッフルコートを重ね、手袋にマフラーを装着した俺に死角は無かった。が、そこそこの温かさを確保している俺の隣には、白を基調とした和服姿の桜。寒そうである。

 あいつの家は、両親が割と行事に積極的なタイプだ。和服と浴衣は大量に揃えてあるらしく、祭り等にも着させるらしい。桜自身が和系統を好きなのもあって、彼女の和服姿はもう見慣れて……ないな。うん。今でもドキドキするしね。

 白い生地に薄桃色の花弁を咲かせている和服の上に、桜は十徳? だったかを羽織っていた。

 しかし、それにダッフルコートレベルの温かさを確保は出来ないだろう。事実、冬真っ盛りの寒さに桜は身を震わせている。コンビニでもあれば肉まんやコーヒーを買うのだけれど、この住宅街にそんな物はない。男女が並んで歩いていて、男が完全防寒というのは些か格好悪いか。

 少しだけ迷った後に、俺はマフラーを外す。寒気が露わになった首を冷やす中で、そっと黒いマフラーを桜に巻いた。

「……良いのかな? 寒くないかい?」

「大丈夫だ。手袋もいるか?」

「いや、いらないよ」

 桜はそう言うと、柔らかく微笑みながら俺の手を握った。指先をつまむ程度の、優しい握り方。そこで手をぐにぐにした後に、桜はしっかりと指を絡める。

「ん。あったかいね」

 俺の顔を見上げて、首を傾げる桜。彼女の頬は緩んでいて、赤くなっていた。

 

「あけおめーことよろーおとくれ」

「あけおめ、ことよろ、やらん」

 神社の鳥居のところには、永大と凛、アイリスが立っていた。永大が早速挨拶をしてきて、俺もそれに返す。

 因みに今のは、

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 お年玉くれ。

 の三文を縮めたものだ。そのハズだ。

「あけおめー!」

「あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」

 凛とアイリスとも挨拶を交わし、今年初の顔合わせも済んだ。スマホを見れば時間通りの集合。年末年始に起きた事を面白おかしく話しつつ、俺たちは境内へと足を踏み入れる。

 年始になれば、多少大きな神社であれば屋台が出るのはご存じだろう。

 それはこの神社とて例外ではない。入口近くにあったお好み焼きを早速食べながら、長い長い参拝客の列に並ぶ。交代制での買い出しをすることになり、一番最初は俺と永大だ。

「……さて。何食う?」

「なんでもいい。が、温かいものがやはり良いだろうな」

「例えば?」

「か き ご お り」

「オ ニ ゴ ー リ」

「ってそれはポケモンやないかーい!」

「あ、大判焼きの……あんこを三つ、カスタードを二つお願いします」

「てめえ素に戻ってんじゃねえぞ暁ィ!!!」

 叫ぶ永大をスルーしつつ、大判焼きを購入。近くで焼きそばとたこ焼きも買い、桜たちの元へと戻った。

 入れ替わりに桜、アイリス、凛が出店を見に行く。残された俺たちはもそもそとたこ焼きを食べ始め、熱さに敗北していた。

「祭りとかの悩みはあれだ、飲み物が少ない。それが致命的だな」

「確かに。でも、神社に自販機は合わないからな。やっぱ、水の一本は用意すべきだよな」

「当たり前だよなあ?」

 そして、やはり会話は斜め45度下をえぐり込む。

「で。女子の服装は新年早々良いですなあ」

「桜は勿論、アイリスの黒ストは神」

「知ってるか? 凛の白いダウンの下、縦セタなんだぜ?」

「あの胸で?」

「あの胸で」

「……自分の武器を理解してるよなあ」

「な。と言うか悪いが永大……」

「ん?」

「縦セタはアイリスのが似合うと思います」

「弁護人、意見をどうぞ」

 

「はい。まず、アイリスはお淑やかです」

 (白状態)が付くけどな!!

「なので縦セタだけを着て、下はまるで何も履いてないかのような『近所のえっちいお姉さん』と言う位置がとても似合います。あ、下着は履いてなきゃダメだぞ。その状態のノーパンは邪道だ。ブラも無しで揺れてる胸が見たい。それで家事力高いと尚良い。勉強できると尚良い。ちょっとだけドジなのもいとおかし」

「ふうん。で? キミはその『近所のえっちいお姉さん』と何をしたいのかな?」

「ナニをしたいに決まってんだr……はっ!?」

「死ね、この、アホ!!」

「吉田沙保里並みのパンチッッ!!!」

 こうかは ばつぐんだ!

 暁結城 は 倒れた! しかし 逃げられない!

「いやお前……吉田沙保里さん並みのパンチ食らったら死ぬだろ」

「死ぬ、で済まねえよ」

 鳩尾をさすりながら立ち上がると、目の前に薄桃色のダウンジャケットがあった。

 視線を上げれば、嬉しそうなアイリスの顔。隣には呆れたような凛が両手に袋を持っている。

「……どっから聞いてたの?」

「『はい。まず、アイリスはお淑やかです』からですよ♪」

「最初からじゃないですかやだー!!」

「うふふ。ほら、ぎゅーってしてあげますよー♪」

 アイリスの両腕がにゅっと伸びて、俺の首の後ろで組み合わさった。にこにこしているアイリスはそのまま俺を自身に引き寄せ、それに従って俺の顔も着地した。

 そう――――――その、聖なる女神の双丘へと(訳・胸に顔を埋められました)。

「あー、もう。何時でも言ってくれたらぎゅーっとしてあげますよ?」

 アイリスは抱きしめる力を強くしながら呟く。次いで胸元に顔を近づけた彼女は、あたかも俺の耳を舐るように囁いた。

「このままドロドロのぐちゃぐちゃになるくらい愛し合っても良いのよ……? 結城……♡」

 あっやべえこれ落ちる。

 耳元には熱い吐息。艶やかな声が、脳を刺激する。柔らかさに包まれながら、思わず頷きそうになって、

「全身の関節という関節を外したら人体ってどれくらい伸びるんだろうね結城気になるかなそんなに試したいのかな良いよ実験しようか人体実験だよ楽しみだね始めようか今すぐ」

「それは事件だ桜!」

 突然燃え上がった背後からの殺気に体を跳ね上げた。そのまま二、三歩後ずさりしつつ永大の後ろへ逃げ込む。間髪入れずの行動に、アイリスは残念そうな表情を浮かべ、桜はごきんっ! と右手を鳴らしていた。

「……浮気はなあ……流石に擁護出来ねえよ暁」

「待って! 許して下さい! 何でも志摩スペイン村!」

「帰ったら覚えておきなよ……?」

 蒼い瞳に怒りの炎を燃やしながらも、ひとまず桜は落ち着いてくれたらしい。俺の手から大判焼きの袋を取ると、あんこ入りのを取り出して食べ始めた。アイリスに警戒の睨みを利かせつつ、桜はさりげなく俺とアイリスの間に入り込む。

 うーん。むねってすごい。

「反省してるのかな……?」

「あー参拝の順番ださあーて十五円はあるかなあー!?」

 話題をそらしながら財布を覗き込み、十五円を取り出す。十ぶん、五円が、ありますようにと言う願掛けだ。

 参拝の作法は、二礼二拍手一礼。因みに住所と名前を言ったり、日ごろの感謝も伝えるのも作法の一つだ。何より、お願い事は目を開いてする。

 理由は単純で、俺たちは鈴を鳴らして神様を起こす。

 そこでお願い事をするんだから、やはり頼みごとをするときには相手の目をしっかり見なさい、ということだろう。

 そこはかとない豆知識としては、神社が一番多いのは新潟県。

 因みに、俺が好きなのは諏訪大社と白狐稲荷神社である。そこの歴史は最高に面白い。

 まあ、そこを話すと長くなる。俺は十五円を、汚れを落とす様なイメージで賽銭箱に入れた。間違っても投げて入れてはいけない。失礼だからね。場所によっては仕方ないところもあるけれど。

 住所と名前、日ごろの感謝を伝え。うっすらと目を開きつつ、俺は本題のお願いごとに入る。

(……永大、凛とアイリスとかと同じクラスになれますように。生徒会もうまく行きますように)

 それと――――――、

 最後に一番大事なお願い事をしてから、俺は一礼。足元に置いていたバッグを取って列を抜け、皆の居る販売所のところへ向かった。

「さて、お守りは……特にいらねえか。受験も無いしな」

「それよりさ、おみくじ引こうおみくじ!」

「おっ、いいねえ。じゃあ俺大吉ー!」

 選べねえよ。

 真っ先に走り始めた永大と凛を追いかけ、100円と書かれた場所にお金を入れる。八角形の木箱を振ってから棒を取り出し、その番号の書いてある引き出しを開けた。

 一番上の紙を取り出す。おみくじ、と書かれている紙の運勢は大吉だった。

「よし。これで一年間は安泰だな」

「……失物出ない病気長引く引っ越しやめとけ……それで本当に大吉なのかい?」

「えっマジで? ……うわ本当だ! いやでもまって! 待ち人来てるって! 縁談良いって!」

「彼女持ちだよね君は!!」

 そう叫ぶ桜の手には、やはり大吉のおみくじが握られていた。わき腹をついてくる桜の口に大判焼きを入れ、永大の結果をのぞき込む。

「やーい小吉でやんの!」

「うっせえ暁! てめえ何凶だ!」

「なんで凶って確定してるんだよ! 残念、大吉なんだよなあ」

「神は裏切ったのか……?」

「お前の運が悪いだけだと思うよ」

 凛は中吉。アイリスは大吉。結果的に、皆それなりに良い結果に落ち着いた。永大だけは不満そうだが。

 おみくじも引き、参拝もし、屋台も楽しみ。新年の顔合わせも終えた俺たちは、もう帰路に着いていた。長い石畳の階段を下っていると、途中で桜が肩を叩いてきた。

「結城、結城。……その、お願い事は何にしたのかな?」

「いやまあ、普通に色々だよ。桜は?」

「……君と同じことだよ、きっと」

 顔を赤らめ、そっぽを向く桜。恥ずかしそうにしている彼女を見て、俺は思わず告げる。

 

「お前まで……おでんのだいこんに溺れたいと思っていたのか……」

「君は何をお願いしているのかな!? バカなのかな!!」

 

 無論冗談である。

 しかしまあ、言うわけにもいかない。お願いしたことをほかの人に言うと、叶わなくなるらしいし。

 だから、と言う訳でも無いが。単に恥ずかしいというのもあるけれど、

 

 桜と今年一年間ずっと一緒に居るためにも、願い事は口に出さないでおこう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と誘惑作戦

遅れてすみませんでした!
もう用事もないし投稿出来ます!やったぜ!

えー、リアルの方でとても忙しく、書けない日々が続いていました。
ですがその用事も何とか終わり、投稿ペースを上げたいと思います。
ご迷惑をおかけして、すみませんでした。

では、どうぞ!


「ところで結城。付き合ってから半年の間に、大抵のカップルは初体験を済ませるらしいんだけど――」

 ガシッ(桜のガノンドロフが俺のアイクを横Aで掴む音)

 ガシッ(俺の脳みそが悲鳴を上げる音)

「キミはどう思う?」

 ヒューズドーン! (崖外で掴まれたことによる道連れ、しかもお互いに一機の為俺敗北)

 ヒューズドーン! (俺がベッドから墜落する音)

「……ねえ。聞いてるんだけど」

「いや急に何言ってはりますのん!?」

 冬。二月の昼下がり、休日のとある日の事だった。昼食も済ませた俺、平均平凡の暁結城と幼馴染の雪柳桜はスマブラをしていた。因みに300%のハンデありでボコボコにされるくらいの実力差だ。桜はガノンドロフかルキナ、俺はアイクかリンクかキャプテンを主に使用。どれだけ俺がゴリラーなのかは見ての通りだ。

「あのね、結城。キミがヘタレなのは百も承知だけどね、流石に毎日来て昼寝したりしてるのにタッチ一つないのはおかしくないかい? それとも何? もう枯れてるの?」

「いやだって勝手に触ったりしたらセクハラじゃん! ダメだろ! あと枯れてません!」

「合法! 冬に薄着って寒いんだから、早くしてよ!」

「厚着して!?」

 ベッドの下に居る俺の背中をげしげし蹴りつつ、桜は不機嫌そうに言葉を繋ぐ。しかし、興味はあってもいざ出来ないのが男子高校生だ。怖いもんね。緊張するもん。

「……結城がスカートか、短パンが好きだって言うから履いてるのに……」

「待ってそういえばそれ何時言った!? 俺そんな事を言った覚えは、

「変態とのLINE中の誤爆」

 あーそういえばやったなあ……。永大も誤爆してた。ドンマイ。

「今日はスカートか」

「そうだけど。結構寒いんだよ」

 今日の桜の服装は、白いスカートにTシャツ、水色のパーカー。黒の少し透けているニーハイを履いており、髪は何時も通り綺麗なロングストレート。なるほど、言われてみればスカートはすーすーしそうである。

「でもなあ……襲えとか言われても、怖いんだよ。男子は」

「何さ。ボクへの愛情は理性に勝らないとでも?」

「愛情じゃないと思うんだよなあ」

「む」

 俺の言葉を聞き、我が幼馴染は少し頬を膨らませた。3DSを閉じてベッドの上に置き、彼女はずいっと俺の耳に口元を寄せて、

「……君が耳舐めとかに弱いことしってるんだからね」

「うっひい!?」

 恐らく敢えて――熱めの吐息を吹きかけつつ、桜は耳元で囁く。思わず飛び上がった俺を見つめつつ、彼女はぽつりと一言。

「キミを陥落させるのは楽かもしれないね」

「それ、大体男が言う奴じゃない?」

 顔を熱くさせつつ言葉を返す。正直耳舐めボイスとか神だよね。うん。

「まあ、何にせよだな。幼馴染という関係上、お前の言動には他の人よりは慣れてるんだよ」

「うん」

「だからその……理性? は割と……えっと……せ、SEIYOKUに勝てる訳なんですよ」

「は?」

「え?」

「男子高校生って猿なんじゃないの?」

「全世界の男子高校生に謝れ」

 そう言いつつ、俺も3DSを閉じる。MHW欲しいなあ……いやでも、ベヨネッタも欲しい。あの即死コンボは異常だ。

 暖房の効いた部屋の中、俺と桜の間に少しの沈黙が下りた。特に何をするでもなく、どっちもぼーっとしている。窓の外では雲が空を覆い始めており、木原さんの雨予報をふと思い出す。

「桜、洗濯物干してたっけ?」

「干してるけど。ああ、雨が降りそうだね。結城、中に入れてくれるかな?」

「了解。畳むのは?」

「ボクがやろう。キミに任せると、時間が掛かりそうだからね」

「ぐぬぬ」

 反論できないのが悔しいところだ。からかうような微笑を浮かべている桜を後に、庭へと向かう。物干し竿に掛かっている洗濯物を緑色のカゴに入れていく単調な作業。本来、何の問題も無く終わるその行動。

 駄菓子菓子。そこに一つ、問題が発生した。

「……ッ!?」

 俺のTシャツの隣に干してある、水色の下着。それは形状的にも色的にも記憶的にも、俺の物では無かった。そして家に母親は帰ってきていない。葵の服は全て学校の寮に置いてあるハズだ。

 ならば、その下着は身内の物にあらず……!

 その下着は、他の女性の物であった!!

「いやこれ、桜のか?」

 寒空の下、詠唱風の思考を中断させる。流石に手は触れず、その下着を(女性の)じっくりと眺めてみた。

 思い出せ。桜の下着にこんな色のはあったか? というか思い出せで思い出せたらダメじゃないか? そう言えば巫女服の時はつるつるだった気がする。巫女服もう一回見たいなあ。

 迷走する思考。風に体を震わせつつ、結論を出した。

「……俺は気付かなかった。よし、これで行こう」

 そして、カゴに入れるために手を伸ばす。伸ばし、伸ばし――下着の直前で、手が止まった。

 さっき桜に散々言われたし言った様に、俺はチキンだ。

 チキン野郎が誰のかも分からない女性用下着を触れるか? いや、触れない。

「桜に頼むか……」

 カゴをリビングに置いて、とぼとぼと自室へ戻る。幼馴染に頼むこと自体がもう恥ずかしい事ではあるものの、自分で取るよりは遥かにマシだ。

 部屋の扉を開けると、ベッドの上では桜が本を読んでいた。最近のマイブーム、りゅうおうのおしごと! である。銀子と天衣ちゃんと山城桜花が可愛いのはご存知の通りだろう。

「なあ桜」

「ん? 終わったのかい?」

「いや、そうじゃなくて。……そのさ、誰のか分からない下着が掛かってるんだけど」

 俺がそこまで言ったところで、桜が無言で布団を被り始めた。

「……桜? おーい、さくらー」

「うるさいよ。うるさいよ結城。で? その水色のパンツをキミはどうするつもりなのかな」

「え? いや何で色まで知って――」

 少し早口になった桜に問いかけようとしたところで、俺は気づいた。と言うかその可能性が一番高いっちゃ高いのだが、この家で洗う必要が無いから除外してしまっていたのだ。

 あの下着は……桜のだッ!!

「ねえ桜」

「……何さ」

「もしかしなくても自爆してない?」

「うるさい。うるさいよばか」

 布団の中から罵倒してくる桜の言葉には迫力がない。早口でもあるし、何より少し見えている足がベッドをぼふぼふ叩き続けていた。照れと焦り。いくら俺でも、今二つの感情が桜に存在する事は分かる。

 そうか。分かったぜ神様。

 これは、いつもからかわれている俺が桜をからかい返す絶好のチャンスという事だな……!

 チキンな俺を抜け出せという事だろうという解釈。神様の意思を尊重するという建前をもとに、言葉を発し始めた。

「桜。ふふふ俺には分かるぞ分かってしまうぞ。大方、桜は俺の慌てふためく様子を見たかったのだろうが……」

 桜の足のばたばたが加速した。唸り声も聞こえてきた。

「今、下着を見られたら割と恥ずかしい事に気づいたんだろふっはあああああああ!!!!」

「ああああああああああああああ!!!!!」

 全力で叫んだ瞬間に、桜が布団を俺に向けて投げつけてきた。視界が塞がった一瞬の隙を付き、腹部に固い何かが……恐らく拳が突き刺さる。

「忘れろ! 記憶から消せ!」

「理不尽ふごおっ!?」

 素早い足払い。思わず転倒した俺が頭を地面に強く打ち付けてる間に、痛む腹の上に何かが乗っかった。

「何やってんすか桜さん!」

「うるさい! 軽い脳震盪でも起こせば記憶も飛ぶだろうから、そのまま楽にしてろ!」

「記憶が飛ぶ脳震盪は軽くねえだろ!!」

 それは最早致命傷だ。腹の上で暴れようとする桜を抑えるべく、覆い被さっている布団から手だけを出す。そのまま狙いを付けて、俺は思いっきり手を伸ばした。

 しかし、手のひらは空を切る。代わりにと言うべきか、重さが腹の下――――股間へ。

「あかん」

 いくら相手が昇竜拳イクスティンクション・レイリコイルバーストを使える舞踏家ロクでなし神装機竜でも、傍から見れば女子高生だ。こちとら男子高校生。筋力で言えば、もう全盛期に近い。

「とおおおおお↑う!」

「う、ご、く、な!」

「あうっ」

 だから押し切れる! と思ったのも束の間、桜の手が俺の胸を押さえつける。それだけならまだしも、今の攻防によって桜は俺の股間部で沢山動いていた。刺激が来ていた。

 やべえよやべえよスカイママ! と出川が脳裏を駆け抜けつつ、俺の俺が動こうとする。

 流石に気付かれたら死ぬ。止める手段は、

「オルア!!」

「自傷行為!?」

 俺は太ももを全力で殴りつけた。別の部分に刺激を集中させることで、気を紛らわせる作戦。その突然の行為による驚きからか、桜の手に入っていた力が緩む。一石二鳥、とは正にこの事である。

「せいっ!」

「ちょっ、結城……っ」

 気合い一声。上体起こしの要領で体を起こした俺は、布団ごと桜を抱きしめた。そのままベッドに布団in桜を投げ込み、大きく息を吸い込む。危機は去った。はずだ。

「むう。何するのさ結城」

「ええ!? 俺が責められる展開なの!?」

 布団を跳ね除けつつ、頬を膨らませる桜。真っ赤になっている頬や耳を触りつつ、彼女はゆっくりと立ち上がった。

「ガノンドロフ……力を借りるよ」

「ガード! ガードしてるから効かないもんね!」

「これはっ! 掴み部類だからガードは効かない!!」

 ベッドの上で加速した桜の右手は、俺の両腕をするりと掻い潜り首元へと迫る。開かれた右手のひらが首を掴むやいなや、人一人の体重を支えきれずに再度倒れこんだ。

 今度は抜け出せないようにだろうか。桜は両腕を広げて、俺の両手首をがっしりと押さえつけている。マウントを取られている関係上、抜けるのは難しそうだった。

「捕まえた……っ」

「ら、乱暴するつもりでしょ! 同人誌みたいに! 同人誌みたいに!」

「そうだけど?」

「えっ?」

 桜は当然、と言う風に頷いた。思わず驚きの声を上げる俺に顔を近づけ、彼女は言葉を紡ぎ始める。

「ボクが下着をわざわざ干してたのも結城の理性を壊すためだし薄着だって沢山してたし朝起こす前に耳元で暗示を掛けてみたり……色々してたけど効果ないなら……」

 そして、桜は舌で唇を舐めた。

「実力行使しかないよね?」

「えっ、ちょっ、」

 彼女の顔が迫る。止められないまま、桜の唇が俺の唇と密着した。彼女の熱と、匂いがダイレクトに脳を刺激するも、そこで桜は終わらない。

「んっ、ふぁ……んうっ……」

「!?!?!?」

 吐息を唇と唇の隙間から漏らして、彼女の舌が俺の口腔内に侵入する。そのまま口の中をぬるぬるした物が這いずり回り、舐りつくし、凌辱しつくした。

 桜の匂いも味も何もかもが、直接心にも響く。くちゅくちゅと水音を響かせ、組み伏せられた状態から抜け出せない。

 ずっと続くのだろうか。それでも良いかもしれない……と思ったその時だった。

 倒れたままの俺の視界に、一人、居ないはずと思っていた人間が立っているのが映る。彼女はショートの髪を揺らし、両手で抱えたスーツケースを壁にもたれ掛からせて、スマホで写真を撮っていた。

 スマホで写真を撮っていた。

「……っっ!?」

「ん? どうしたの……え、あっ……」

 驚いた俺につられて、彼女もその存在に気付く。顔色一つ変えないまま、彼女はスマホのシャッターを押す手を一旦止めた。

「あ、お構いなく」

「お構うわ葵ィ!!」

 ドアのところに立っていたのは、寮住まいであるはずの俺の妹、暁葵であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染とテスト勉強

今回は少し早いよ!やったねたえちゃん!!
えー、今回の話はリアル妹居る人なら分かるのでは、と思います。
では、どうぞ!


 桜が俺のベッドに顔を埋めて唸っている中、葵と俺は床で向かい合っていた。お互いの前にはココアの入ったマグカップが置いてある。我が妹はその淵をゆっくりとなぞってから、口を開いた。

「すみません。ギリギリまで悩んで居たので、帰宅の連絡をするのが間に合いませんでした」

「いや、良いんだけどさ。どうしたの?」

「受験ですよ、受験。私も中学三年生です。高校進学の、公立受験を受けるために帰ってきました」

「ああ……。そっか。そう言えば出願はそろそろか」

「はい。私立の方は今現在通っている私立中の姉妹校にしました」

 そこまで言ってから、葵はマグカップを傾ける。一息吐いて、彼女は言葉を続けた。

「で、公立も受けようと思いまして。散々悩んだんですが、ここは自分の意思を尊重する事にしたんです」

「自分の?」

「はい。この事を学校で話したら全員から反対されたのですが……まあ、仕方ないでしょう」

 葵は顔を上げて、俺の目をじっと見つめた。大事な事を言う雰囲気になったからか、桜も顔を上げている。あぐらを掻いている足が痺れ掛けている中で、

 

「私、兄さんと同じ高校に志願したいと思います」

「えっ」

 

 それはそれは、少し内容が違うものの、聞き覚えのある事を妹は宣言した。

 

☆★☆

 

 中学三年生の頃だ。

 一月くらいの時には、俺はもう志願校を決めていた。偏差値は平均よりほんの少しだけ上の公立高校。今の高校を目標としていたのだ。実は実力的にはかなり余裕があり、切羽詰まった受験では無かったのは救いである。

 そして、勿論同級生に桜は居る。紺色のブレザーに、今と同じくらい長い黒髪。膝より少し上のスカートを履いていた優等生雪柳桜は、昼休みにこう言ったのだ。

「ボク、結城と同じ高校に志願するよ」

 そして俺はこう返した。

「えっ」

 桜といえば、定期テストでは満点を総なめする超優等生。美少女でもあるし、決して人あたりも悪い訳では無い。無表情なのは寧ろ加点ポイントになる当たり、美少女の特権でもあるだろう。自身の力を誇示したりはしない彼女は、先生生徒含め大人気であった。後輩からも同級生からも、一二年の時は先輩からも告白が絶えなかった。

 全部断っていたが。断られても積極的にアタックしている人も居たが。

 まあ、何と言うか。当然の流れで、桜は県内でもトップ校か、私立の県外に行くと思われていたのだ。

 俺も例外ではない。

 あー、これで桜とお別れか。嫌だけど俺じゃ無理だよなー等思っていた矢先の出来事である。

 一応桜に追いつけるように勉強はした。でも、追いつけなかった。だからこその諦めであったが、桜はさも当たり前のごとくそれを覆す。俺の志願書を覗き、志願校を同じにして。そして先生に提出した後に、三者面談が開かれた。

 桜曰く、

「『雪柳桜さんはとても優秀な生徒です。もっと環境の良い高校に行き、ご自身の学力を高め、より良い将来に向けて努力した方が良いと思うのですが……』とか言われたよ」

 因みに桜の親は娘の意思に従ったらしい。特に親子間の問題は無く、先生や桜が狙うであろうトップ校を志願してしまった人たちの猛反対も押し切り受験。もう時は遅く、同じ中学の勉強が出来る人は皆血涙を流していた。

 桜を目指して勉強していたのに、桜が何も言わずに志願校を変えたのだ。

 今思えば、彼女は一切自身の志願している高校を言わなかった。それも作戦……と言うか。考えの内だったのだろう。

 

 そして今。

 恐らく桜とほぼ同じ状況である葵は、デジャヴの様に同じ事を言った。

 兄として妹の意思を尊重したい。こいつの人生はこいつの物なんだから、高校や大学をこうしろとは言えない。が、逆に兄として……妹の人生を見守り、支える事も役目の一つとしてある兄として、しっかりと聞かなければならないことがある。

「お前ならもっと良い高校に楽に入れると思うんだけど、どうしてあの高校を志願するんだ?」

「極論ですが――学びというのは、どこでも出来ます」

 葵は口を開いた。

「であれば、学び以外の物を考慮した方が良いんじゃないか、と私は思いました。勉学だけの人生はつまらないものです。なれば、私は何を優先したいか。……私は、家族を優先したい」

 言葉は続く。足の痺れも忘れて、俺は真剣に聞き入っていた。

「両親は殆ど帰ってきません。実家を離れ、寮で暮らすのも楽しいです。楽しいですが、そこに兄さんやお父さん、お母さんは居ません。私は今まで、殆ど家族と生活をしていない」

 静かに桜が隣に座った。葵は淡々と、だが途切れることのない思いを繋ぐ。

「兄さんには桜さんが居ます。いつも居てくれる人が居ます。……私もそんな人が欲しい。寮生活が始まって、三か月くらいでそう思いました」

 その話は、正直大人が聞けば間違いだ、という内容だろう。

 だが、葵の思いは俺がよく知っている。桜が他の高校に行くかもしれないと考えた時に、行き着く結論は毎回そこだった。俺は兄としての使命感があったし、桜もずっと隣に居てくれたから耐えれたその思い。だが、葵は寮と言う……いわば隔離された場所で生活していたのだ。

 その思いは、俺よりずっと強い筈。

 両親は直ぐにOKするだろう。俺も、妹のそんな話を聞いては何も言えない。というか、元々言うつもりも無かった。いわば儀式と、彼女の思いの確認みたいな物だ。

「そっか。まあ問題ないな! よし葵、早速俺の胸に飛び込んできても良いんだぞ!」

「えっ……うわあ……」

 すすす、と葵が遠ざかった。小さくないダメージを受けていると、桜が横から言葉を掛けた。

「油断はしないで勉強してね。ボクも結城も、そろそろ勉強を始めようかと思ってたから一緒にするかい?」

「良いんですか? 範囲的には全然前ですけど……」

「全然問題ないよ。結城には良い勉強になるだろうしね」

「えっ。と言うかなんで俺まで勉強するの?」

「期末テスト」

 部屋の掃除がしたくなった。

 文字にすればたった五文字の言葉だが、それは普段勉強しない学生にとっては死の宣告に等しい。

「きーまーつーてーすーとー」

「ごめん桜。最近耳鳴りが酷くてさ。聞こえないよ」

「分かった。今度のテストでボクが納得する点数を取れなかったら別れよう。ボクは言ったからね。聞こえてなかったらごめんね」

「葵! 桜! 何してるんだ、勉強始めるぞ!」

「一度頭地面に叩きつけてきてください兄さん」

「じゃあ、ボクは色々持ってくるよ。筆記用具とかの準備しといてね」

「わかった。リビングに居るぞー」

 ベランダから自分の家へ戻っていく桜。俺は自分の机から教科書とノートを取り出し、電子辞書……は使い方が良く分からないので紙の辞書を持っていく。葵もバッグから過去問らしき物を抜き取って、下に降りて行った。

 

 三人分の紅茶をいれて(桜が)、勉強は始まった。葵がストップウォッチを使い過去問を解いている中で、俺は桜とマンツーマンでの勉強? 授業となる。

 高校は50分の入試。故に葵は50分勉強し、丸付けし、わからなかった所を桜に聞くと言った方法を用いるらしい。桜の空き時間は全部俺との勉強に費やされる。つまりサボれない。

「で、結城。数学やれ」

「いやあ! 古典は楽しいなあ!」

 数学の問題集を目の前に叩き付けられる。家に戻って勉強道具を持ってきた桜は、何故かメガネを掛けていた。

「……どうしても?」

 懇願する。何を隠そう、俺は極振りの文系なのだから。

 正直数学と理科なんて中学校で死んでいた。英語も出来ないよ!

 そんな俺を見て、桜は長く息を吐いた。机の向かい側に座っている彼女は背もたれに体重を預け、足を組み合わせる。メガネ越しの蒼い目は鋭く俺を射抜き。

「そんなにボクと別れたいのかい?」

「よおーし見てろよ確率と三角形!!」

 吐き捨てるように問いかけられれば、俺はもうやるしか無かった。

 問題集をめくり、一問目から手を付けていく。桜も筆箱からシャーペンを取ると、手の中でくるりと回した。

「結城、公式違う」

「待って何で見えてんの!?」

 

 ☆★☆

 

「なあ、何で葵って勉強してんの?」

「……満点ではないですよ?」

「いや入試で470取れてれば十分なんだぞ? 遊ばないの?」

「兄さん、そのままだと一生桜さんに迷惑をかける事になりますよ……」

 勉強が一段落し、休憩。桜にメガネの事を聞いてみたら、どうやら伊達眼鏡らしかった。

 今、あいつは台所で夕食を作っている。時々聞こえる鼻歌は可愛らしく、それだけで体が癒されていた。数学と理科(地学)が与えてきたダメージは異常に大きく、最早計算すら出来ない。

「桜さん、何かお手伝いしましょうか?」

「ん? いや、大丈夫だよ。ありがとね」

「そうですか……。兄さん、お風呂を頂いても良いですか?」

「おー。良いぞ。バスタオルとかの位置は変わってないからなー」

「はい。では行ってきますね」

 葵がリビングを出ていき、会話は無くなった。桜の料理する音だけが聞こえる。テレビも点けてなければ、外は雨でもない。窓から見える夕日は赤く染まり、海の方面へと沈みゆく。

「結婚したらこんな感じなのかな」

 ダガアン!! どぼぼぼっ! じゅうううう!!!

「えっ何そのどこかに体を打ち付けてタバスコ入れすぎて焼く予定のないものを焼いてしまった感じの音は!」

「その通りだよバカ! 急に、急に変な事を言うな!」

 髪を後ろで束ねている桜が強く叫んでくる。水色のエプロンにポニーテールが良く似合っていて、怒られている最中にも関わらずにっこりとしてしまう。

「いやでも、ね? ほら。やっぱ女の子が料理してくれる姿って良いよなあと」

「結構前からしてるじゃないか。まだ慣れないのかい?」

「ふっ……。お前には何時もドキドキさせられてるぜ」

「はっ」

「鼻で笑われたんですけど!」

 てきぱきとタバスコ入れすぎのリカバリーをする桜。少しイジけて、テレビを点けようとリモコンに手を伸ばす。

 

「ボクも、結城には……いつも、」

 

 その時、台所から小さな声が聞こえて――

 

「兄さん、ごめんなさいっ!!」

 リビングのドアが強く開かれ、葵が駆け込んできた。

「うおっ!? 葵、どうした!?」

「あの、その……と、取りあえず来てください!」

 珍しく慌てふためいている妹は俺の手を掴み、浴室まで引っ張っていった。桜も火を止め、俺達の後をついてくる。脱衣所の着替えからは目を逸らし、浴室へと足を踏み入れた。

「……うおっ!?」

 浴室の光景に、思わず声が出る。そこでは何と、湯船がぶっ壊れていたのだ。

「な、何があったんですのん?」

「その……転んで……」

「石頭かよ」

「護身術の受け身を使って、条件反射で技が出て……色々巻き込んで、気付いたら……」

「私立中学ってこわい」

 よく見れば、シャワーのところも壊れている。修理業者に来てもらわなければならないレベルの損害を見て、俺は自身の貯金を省みる。余裕で修理してもらえるな。

「葵、気にしなくて良いぞ。……良くあるから」

「あっちゃダメでしょ」

 桜からの冷静なツッコミが入る。エプロンを外した彼女は俺の服を引っ張り、口を開いた。

「ねえ。それならさ、最近できたお風呂屋さん行かないかい?」

「前行こうって話してたやつか。……そうだな、そうするか」

「今日はシチューと付け合わせの予定だったから、温めなおせば食べれるよ。ボクも一緒に行って良いかい?」

「勿論。家族風呂にも入ろうな!」

「は? ……じゃあ、準備してくるね」

 桜はそう言い残し、階段を上がっていく。俺の部屋から帰って、玄関から来るつもりだろう。

「葵にケガはある?」

「ないですけど……」

「じゃあ良いじゃん。さ、準備しようぜ」

 俯いている葵の頭を撫でて、俺もバスタオルを取りに行く。一拍遅れて、葵が後ろに付いてきた。




桜回のメインは次回です。多分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と家族風呂

遅れて本当にすみませんでした。
新生活に慣れぬまま、遅れに遅れ申し訳ありません。
今後、書く時間の確保は確実に出来るようになりました。
もっと投稿し、沢山楽しんでいただけるように頑張ろうと思います。
すみませんでした。

では、どうぞ!


 近くにできたお風呂屋さんに着いた。

 名前は「楓の湯」。どうでもいいけど、温泉って大体がほにゃららの湯な気がする。建物の中に入れば明るいロビーがあり、入場券を買って中に入った。大きい廊下の横には食堂、ゲームセンター、マッサージ機や自販機等が設置されている。

 新設と言うのもあって、内部はとても綺麗だった。

「混浴とかは無いのかな……」

「あってもキミとは入らないけどね」

「いや、別に桜が居なくても他の女の人が居るかもしれないじゃん」

「控えめに言って溺れろ」

「ボボッ! この温泉、深い!」(謎のアクセント)

 中身も何も無い会話を繰り広げつつ、俺たちは男湯と女湯に別れる。脱衣所には数人のおっさんが居た。「810」と書かれたロッカーに着替えと荷物を放り込み、体を洗う用のタオルを腰に巻く。そのまま鍵を閉めようとしたところで、ブブッとスマホが振動した。

 LINEの通知。見てみれば、桜からの連絡で――、

『30分で出てこい。食堂の入り口で待ってるから』

 と書かれていた。手早く了解と返した俺は時計を確認。しっかりと時間を覚えてから、浴場へと足を踏み入れる。

 中に入ると、お風呂特有の匂いと熱気が体を包み込んだ。

 このお風呂屋さんは幾つかのお風呂が集合している形らしい。手前に濁り湯、奥に普通の温泉、左手に岩盤浴とサウナと水風呂、右側に五右衛門風呂が置かれていた。外からは見えないように囲われてはいるものの、上は吹き抜けになっている。サウナ以外、全面露天と言えるだろう。

 中々良い雰囲気だ。このお風呂屋さんは当たりである。

 まずシャワーのところに向かい、椅子に腰かける。ここは手押しで、決まった時間だけシャワーが出る仕組みだ。これの悪いところは、ほんの少しだけお湯が欲しい時に出すぎる事だろう。毎回調節に失敗する。

 ところで洗う順番はどうだろうか。

 洗う順番は、男子中高生ならば女子のそれを聞くだけで妄想が捗るだろう。逆に聞けばセクハラになりかねないが、聞く機会もそんなに無い。

 俺は頭から洗って、体は左腕から洗う。右利きだから左側を最初に洗うことが多い。

 因みに桜は髪から洗って体は首から洗う。何故知ってるかって? 幼馴染の特権さ。

 まあ今は知らないけど。

 マナーとして一通り体を洗い、かけ湯をしてから湯船に足を踏み入れる。最初は濁り湯にずぶずぶと沈み、肌をじんわりと温める熱さに息を吐いた。無論、タオルは頭に乗せておく。

 温泉には様々な効能がある。が、男でそれを気にする人は居ないだろう。

 男が気にするのは湯加減、あとは女湯が覗けるかとか混浴かとかだ。温泉のお湯に浸かると、家のお風呂がぬるく感じてしまうのは俺だけじゃないはず。普段お風呂が余り好きではない俺も、温泉にはそこそこ長く入る。

 とは言え、今日は桜に呼び出されている。時間を見つつ、俺は全てのお風呂を楽しんだ。

 大体25分経った辺りで脱衣所へ。多少の名残惜しさを感じつつ着替えを済ませ、「810」と書かれたロッカーを閉じる。食堂の入り口、つまりは長い廊下。スマホを見れば時間はぴったりであり、もう桜は立っていた。

「お。珍しく時間に間に合ったじゃないか」

「失礼な。学校に遅刻したことは少ないし、待ち合わせにも間に合ってるぞ」

「学校に遅刻したときはボクが風邪とかでキミを起こせない時だったし、待ち合わせは大体ボクも一緒だからだよね? どうする結城、一か月ボクが居ない生活でもしてみるかい?」

「すみませんでした」

 素直に謝罪。桜は濡れた黒髪を左肩から纏めて前に下している。背中に垂らしているのも良いのだが、全ての髪を結わずに一方向から下しているのは大変大人っぽい。良い。

 浴衣などが無いのは、心の底から残念である。買ってこようかな。

「浴衣とかは買ってくるなよ。……さて、じゃあ行こうか」

「え? どこに?」 

 さらっと思考を読まれつつ、俺は歩き出した桜に問いかけた。彼女は歩みを止めずに、顔だけを後ろに向ける。

 

「――家族風呂。混浴。入るかい?」

「えっ」

 

 後から聞いたが、葵はこの時サウナ耐久をしていたらしい。

 

☆★☆

 

 ぽちゃん、と。

 シャワーヘッドから水滴が滴り落ちた。静かな浴室に音は響き、微かな余韻を残して消える。家族風呂と言うのは別途料金を払い、一つの檜で出来た丸い風呂を貸し切った物だ。当然そこには家族、もしくは恋人友人等しか入れない。

 露天、と言う扱いになるだろう。竹で出来た塀はあるものの、空は遠くまで見る。三日月が綺麗に光っていた。

 俺は桶状の檜風呂の中心当たりに正座している。タオルは頭へ置き、体は全裸。先に着替えて入った俺は、今脱衣所で服を脱いでいる桜を待っていた。

 残念なことに、俺はドアをずっと見続ける度胸は無い。故に外側を眺め続けているのだ。

 桜と混浴……か。混浴をするのは初めてでは無いが、いつになっても緊張はする。幼い頃はまあ大丈夫だったが、異性と言うものを特に意識し始める頃から一緒に入らなくなった。

 今流れている汗はお風呂の熱さの所為だけでは無い。

 俺の臆病……ではない。慎重な精神が告げているのだ。

『おいてめえ、桜の裸を見て生きてられるのか?』

 答えは決まっている。生きてられる訳ねえだろ。

 その状態で生きていられるのはクラスに数人居る陽キャくらいだ。てめえら絶対許さねえからな。

 永大? 永大は陽キャっぽい普通キャラだ。俺はどちらかと言うと陰キャに傾いている。

 悲しき現実、思考がマイナス方面に加速する中で。

 背後で、引き戸の開く音がした。

 俺は風呂の中央から端っこまで素早く移動。ぺたぺたと足音が近づいてきて、かけ湯をする音が響いた。

「体は洗ってないよね。さっき洗っただろうけど、ま、折角だしボクが洗い流してあげるよ」

 ことん、と桶が床に置かれる。

「ああ、体を洗っていなくても気にすることはないよ。温泉と言うのは効能があるから、決して洗ってからじゃなきゃダメと言うのは無いらしい。マナーとしては洗った方が良いだろうけど、ね」

 つらつらと並べられる言葉。水面が揺れて、淵で波が跳ねる。

「それはそれとして。ねえ、結城」

 そして。

 彼女は俺に、予想通りの言葉をかけてきた。

 

「そろそろ、こっちを向いてくれても良いんじゃないかな?」

 

 だ め で す。

 向いたら俺が死ぬ。しかし向かない限り桜は俺を風呂から出さないだろうし、寧ろ煩悩塗れのまま付いてきてしまった俺が馬鹿だったのだ。

 童貞は確かに女子とのそういうイベントに憧れる。

 しかし、いざ自分がそうなった時に行動できるか。それは別問題なのだ。

 考えろ。俺。この荒野行動しているときにクリアリングを怠る俺の脳。回れ!!

 直後、俺は頭に乗せたタオルを使って目隠しを作ろうと考え、動いた。ばちゃん! とお湯が跳ね、飛び散った水滴が落ちるよりも早い腕。タオルを掴む、しかしその直前に——

「だーめ」

 桜の一声と共に、タオルが取り上げられた。

 距離的に、足で取られたタオル。何とも器用な行動に舌を巻きつつ、次に俺はお湯を後ろにぶっかけた。

 まずは彼女の目を見えなくして、その隙に横を通り抜ける。

 裸は見たい、でも勇気はない! 複雑な感情をエネルギーにして動き、お湯が再度、大きく音を立てた。波紋が広がり、後ろで桜が息を飲んでいる。音だけで状況を察知しつつ、一気に湯舟から脱出する……!

 刹那。

「ちっさ」

「待って名誉のために言わせてもらうけどこれはまだ真の姿では無いから取り合えず男性の心をぼこぼこにするのは辞めて!!」

 確かに、言葉は短く声も小さかった。

 だがそこに込められているのはデトロイトスマッシュ、いやマキシマムファイア並みの破壊力。男性の心を砕きかねない魔の言葉……ッ!!

 しかし、よく考えれば桜から俺の体の正面は見えない。背を向けているのだから。

 落ち着けばブラフだと直ぐに分かるハズだった。だがもう振り返ってしまった俺は、桜の生足を見て、妖しげな笑みを浮かべている彼女を見て、吸い込まれるように体を見て———

「えっ」

 固まった。

 桜は、裸ではなく。

 薄緑色の、薄っぺらい浴衣のようなものを着ていたのだ。

「おや? どうしたんだい、そんなに驚いて。まさかキミは、ボクがわざわざ男に裸を見せに行くような女だとでも思っていたのかい?」

 固まる俺、湯船から身を出して淵に腰掛ける桜。楽しそうに、意地悪そうに、赤く上気した頬と体を震わせている。見とれるほど綺麗な笑みを浮かべ、彼女は俺にタオルを投げつけた。

「いくら裸を見慣れた仲だからと言って、思春期なのに隠さないのは頂けないかな」

「お前が取ったんだろ!」

 それに見慣れてなんかいない。あいつの体を見慣れる事は、多分一生無い。

「ね、結城」

「なんだよ」

 

「その、そんなに大きくなってるのは、入らないかもです」

「見てないだろあたかも見たかのように言わないで!!」

 

 ……あれ。でも今タオルを投げつけられたんだよな……?

 

☆★☆

 

 それから二十分くらい、俺と桜は狭い風呂に浸かっていた。体が少し触れるたびに、桜はほんの少しだけ体を押し付けてくる。ちょっとすると離れて、また寄り添ってくる。

 言葉は特になく、ただ俺がドキドキしているだけだった。

「……そうだ」

「どうした?」

 ふと、桜が呟いた。彼女は湯船の中で立ち上がると、逆上せそうな顔を拭う。

「結城、体洗ってあげる。椅子に座って」

「……冗談だよな?」

「本気だよ、ばーか」

 俺の額を優しくつついた彼女はそのままシャワーの前に行き、シャンプーを手の上に乗せた。そのまま少し掻き混ぜて、彼女は俺を目線で促す。

 桜のイケメン力にぼろ負けしつつ、普通に元から負けてる事にも気づきつつ、俺は素直に腰掛けた。

「じゃあ、目を閉じて」

 そして、優しく丁寧に髪が洗われ始める。こんなとこでも無駄に上手い桜。乱雑な男の手とは違い、華奢な指が髪の間を通り抜けていく。

「目隠ししていると、他の感覚が鋭敏になるみたいだね。二、三回目の時に試してみるかい?」

「何が二、三回目かは良く分からないけど桜さん逆上せてません?」

「いや、大丈夫だよ。ほら、流すよ」

 泡が全て流されて、桜は次にタオルにボディーソープを付けた。付けたところで彼女は固まり、恥ずかしそうに俺を見つめる。どうしたのか、と思った直後。

「あの……ごめん。手とか体で洗った方が良かったかな……?」

「やめて? 落ち着いて? いややって欲しいんだけど今じゃないかな?」

 スキル! ヘタレEX発動!

 

 そのまま特に何もなく(股間を洗われかけたり、背中に手を這わせてきたり、耳を舐められたりは例外)、桜によって俺の体は洗われた。

「じゃあ俺、湯船に浸かってそっぽ向いてるわ」

「何で?」

「何でって、洗う時には流石に湯浴み着? 取るだろ。だから」

「いやそうじゃなくて」

「え?」

 桜は椅子に座り、湯浴み着の前を解いた。

「洗ってくれないのかい? ボクは君のことを懇切丁寧に洗ったのに」

「……えっ」

 はらり、と。

 前の結び目が解かれ、肩から外れた湯浴み着が床に落ちる。

 頭から臀部の終わりまで、美しいくびれのライン。肩甲骨はうっすらと浮かび、その隙間に汗かお湯が溜まっている。白い肌を伝う水滴は臀部から滴り落ちる。はだけた湯浴み着は臀部を隠しているものの、少しだけ覗く臀部の割れ目が艶めかしい。

 桜は静かに、ゆっくりと湿った黒髪を背から肩に乗せ、胸の上あたりへと流した。

 露わになるうなじ。首を少しだけ捻り、彼女は蒼い目を俺に向ける。

 何も言葉はなかった。雰囲気に……いや、雪柳桜の魅力に呑まれた俺は、そっとシャンプーを手に乗せる。

 夜空の下。水滴が滴る音や桜の息遣いしか聞こえない、二人だけの空間。

 桜はそして、口を開いた。

 

「ごめん。髪はその、キミの為に綺麗に整えておきたいから……洗うのはそういうのを気にしなくなるであろう、数年後にしてくれないかな?」

「ちっくしょう洗うの下手でごめんなさい!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染とスキー旅行

もう二度と一年は待たせません。
お待たせしました。読んで下さり、本当に、ありがとうございます。


 葵が受験を終え、結果は合格。春からこっちに住む事が決まった中で、俺は自室のベッドに寝っ転がっていた。手に持ったスマホをじっくり見つつ、静かに呟く。

「……桜と旅行に行きたい」

 しかし、旅行とは幅広い。日帰りから泊まり、海や山や海外。季節によっても様々な選択肢が存在するのだ。今は冬の終盤。桜が可愛く、そして楽しめるような物は一体どんな物だろうか。永大や凛ともどこかに行きたいが、それはまた今度にして。二人で行くのならば、電車で行ける場所。

 スマホの画面には、旅行でお勧めな場所が書かれているサイトが開かれている。

 桜が下で昼ご飯を作っている音が途切れた。どうやら料理が終わったらしく、階段を上る音が聞こえてくる。最後に一度画面をスクロールすると、

「あ、そうだ。そうしよう」

 良いものが見つかった。それと同時にドアが開き、桜が姿を現す。

「結城、ご飯出来たよ。食べようか」

「おう。なあ桜」

「ん?」

 後ろ手にエプロンを外している桜へ、俺はにこやかに提案する。

「スキー旅行行こうぜ!」

「……んん?」

 エプロンが、ぽとりと落ちた。

 

☆★☆

 

 そして数日後。

 足にはスキー板、体には防寒着、頭にはニット、手には手袋。慣れないストックを握りしめて、俺はリフトに乗っていた。

 ……手すりにしがみついて。

「ああああああああああああ!! 怖い怖い! 高い! やべえよリフト!」

「うるさいよ。下は雪だし、多分骨折で済むから」

「あれ? 怪我前提?」

 電車に揺られ二時間程。現時刻は朝の九時。日帰りになるため、滅茶苦茶早く家を出たのだ。

 俺としては泊りが良かったのだが、桜曰く、

『多分超える』

 とのこと。何がだろうか。

 まあそれはさておき、彼女のスキー旅行だ。そろそろ七か月経とうと……ん? 八月から一月だから五か月だよな。七か月? 四月から十一月の計算になる。まだ半年も付き合っていないじゃないか!

 そう、俺は二人きりの旅行(日帰り)ということでテンションが上がっていた。

 高所恐怖症を遺憾なく発揮しつつも、桜の姿は目に焼き付けている。

 道具は防寒具以外レンタルだ。そう、逆に言えば防寒具は買ったものである。

 誰が選んだか?

 暁だ。

 あらゆる組み合わせを脳内で展開し、その中から最適解を導く。対象が桜である場合に限り、俺はスーパーコンピューターすらも超える……ッ!

 今日の桜は純白のニット、水色のウェアに白のズボン。髪型はお団子。かんざしで纏めてくれと土下座したところ、危ないからやだと断られた。その日は部屋で髪を結うところから見せてくれた。撮ったら殴られた。

 隣に座る桜は、いつものように無表情だった。が、さっきから周囲を見渡したり足を振ったりと、楽し気な雰囲気が伝わってくる。やはり究極の美少女こそ、白や水色などが似合う。強い主張もまた良いが、しかし清楚な感じの子には淡い色が良い。

 じっと桜を見つめている内に、頂上に着いた。気を付けながらリフトを降り、ストックを使って滑る。

 上からの景色は、とても良かった。

 昨日に雪が降ったらしく、状態はとてもいい。天気は雲一つない快晴。

 考える限り、最高レベルの条件と言えるだろう。

「ところで結城は滑れるのかい?」

「任せろ。初心者コースで雪だるまになった男だぜ」

「何も任せられないかな。じゃあ、八の字で滑れる?」

「男はパラレル」

「速くしろ」

「はい」

 桜に逆らうことは出来ない。やっぱり。

 俺は素直に板を八の字に開き、ゆっくりと滑り始めた。中学校の時の自然教室を思い出す。桜に真正面から衝突したことを。どことは言わないがふにふにに顔を突っ込んだことを。男女問わず殺されかけた事を。

 いや違う、そこじゃない。

 ゆっくり、ゆっくりと感覚が蘇ってくる。二泊三日で教わった技術が、体に馴染んでくる。

 ついでに思い出すのは、テニスの体重移動。それを応用し、俺は大きく曲線を描いた。

「よし! 行けたー!」

 嬉しさに叫び、そのままぐいんぐいんと曲がる。勿論周囲の人に気を付けつつ、俺は滑走していく。

 その横を、桜は付いてきてくれていた。彼女は無論パラレルで、楽々滑っている。

「感覚、思い出せたかな?」

「ああ! これならパラレルも行けるぜ!」

「調子に乗るな。バカ」

 そのまま特に何も無く、一回目の滑走は終わる。再度リフトのところに行こうとしてこけたくらいだ。

 鼻が痛い。

 リフトに乗るのも本日二回目。一回目よりは緊張せず乗り込み、俺は息を吐いた。もしここでこけてリフトを止めれば、恥ずかしさが半端ないだろう。それは避けたい。というか桜に冷たい視線を向けられる事必至だ。

 それはそれでありだな。

「一応言っとくけど変な事したら知らないふりするからね」

「どこまでセーフ?」

「……うーん、呼吸?」

「あれ? 生きるのがギリギリなの俺?」

 桜はそっぽを向いた。

 俺は泣いた。

 数分後。頂上へと降り立った俺と桜は、さっきと違うコースに向かった。同じ山の天辺から、二つのコースが作られているこのスキー場。

 こっちのコースは難易度が高いところだ。中級者コースといったところか。

「桜、コース変えるの早すぎない?」

「日帰りだし、結城も一応スキー経験済みでしょ? ならささっと難しいコースで楽しもうよ」

「カップルは!! 緩いコースで!! イチャイチャするのでは!?」

「緩いコースでイチャイチャしてるEasyカップルは秒で別れると思うよ」

「偏見!」

「あのね。いつもいつも好きを伝えてたら、肝心な時に衝撃が少ないの。恋愛は戦いだよ。いかに離さないか、いか相手の好きな自分を作るかのね」

 俺は桜をじっと眺めた。

「……え、じゃあ俺ダメでは?」

「そうだね。結城は本音言いまくってるからね」

「うぐっ」

 駆け引きとか自分を作るのが苦手な俺は、そこで大ダメージを受けた。

 悪戯っ子みたいな笑みを残し、桜はゴーグルを着ける。次いで、ネックウォーマーで口元を覆う。俺も慌ててゴーグルを下ろした瞬間、突然視界が何かに覆われた。

「好きだよ、結城」

視覚が消え、敏感になった聴覚。

桜の声は俺の鼓膜を、そして心を震わせた。

「……勉強になりました」

「ん、頑張ってね」

期待してる。と、桜は言い残して先に行った。多少覚束無いながらも、俺も滑り始める。時々振り向く桜の姿は、雪景色の中でも目立っていた。

角度が急で、少しだけでこぼこ。長めのコースはかなり辛い。

いや完全にコースを間違えてる。桜はスパルタだ。

何回も転びながら滑り、何とか下に辿り着く。なんてことない様子の彼女に比べ、俺は全身雪まみれだった。

「……そこまでかい?」

「そこまでだよ! ここ難しいって!」

「んー、ちょっと休憩しようか? 結城の雪も落とさなきゃだしね」

「俺より桜のが彼氏っぽいよね」

「ボクはそんなの嫌なんだけど」

軽く小突かれる。屋内に入った彼女は帽子をとり、長く息を吐いた。雪を落とし、ココアで体を温める。

「楽しいけど難しいな」

「転び方さえ間違えなければ、いくら転んでも大丈夫だからね。大丈夫、結城が雪だるまになってもボクが見つけてあげる」

「そこまで転ばないから!?」

「……まあ、数時間は笑って見てると思うけど」

「長くない? それ普通に長くない?」

ニヤリとする桜。焦る俺。体を温めた俺達は外に出て、もう一度同じコースへ向かった。

二回目ともなると、転ぶ回数は減る。さっきよりも雪を被らずに済んだ俺は、感覚を掴み始めたことを確信した。これなら、後何回か滑れば一つ上のコースにも行けそうだ。

「じゃあ結城、次のコースに行こうか」

「あのね?」

 その後。拒否権は認められず、俺は引きずられていった。

 付け足すなら、雪を着ているのか? とかそんなレベルで雪を被った。俺がゲレンデだ。

 

☆★☆

 

「ただいまー!」

「ただいま」

 夜の十一時ごろ。重いバッグを玄関に投げ、俺はリビングのソファへ飛び込んだ。桜も流石に疲れているらしい。彼女は俺の横に腰かけ、長く息を吐いた。

 突然の思い付き。日帰りの旅行。

 時間的には短い部類だが、スキーの影響で疲労は溜まりに溜まっている。

 これ以上何もしたくない。ここで寝れそうなくらいだった。

「……そういえば結城。どうして急に、旅行に行こうなんて言い出したんだい?」

「え? いやー、そのですね」

 蒼い瞳が、俺を見据える。からかいでもなく、ただただ疑問に思ったらしい。

 だがそこに、深い理由なんぞないのだ。

「桜と一緒に、旅行行きたいなー、って」

「……それだけかい?」

「それだけです……! 本当に思い付きなんだよこの旅行!」

「本当に突然だったもんね。……そうかそうか、そんなにキミはボクと旅行に行きたかったんだね」

「当たり前だろ。彼女なんだし」

 桜が仕掛けてきた直後。もうその流れが分かっていた俺は、間髪入れずに言い返した。

 この返しは永大にアドバイスを貰ったものだ。言わば男子高校生二人の知の結晶。いつもは俺がどもったり焦ったりしている。が、今回ばかりは違う!! 

 彼氏として多少の威厳を出すための秘策。

 これは行けた! と信じ込んだ俺は、ちらりと横を伺った。

「……ふーん」

 しかし、当の桜は無表情だった。

 顔を赤くしてもない。照れてもいない。興味無さげな視線が、俺を貫いていた。

 想定と違う。話が違う。完全に勝ちを確信していた故に、感情の行き場を失った。

「風呂……洗ってくる……」

「行ってらっしゃい」

 その場の雰囲気に耐え切れなくなった俺は、とぼとぼと立ち上がった。疲労を訴える体にムチを打つ。流石に、風呂も入らず寝るのは抵抗があった。温かいお湯に浸かって休みたいのもある。

 いつしか葵が壊した風呂は、既に直っている。シャワーで一度浴槽を流し、腕まくりをした。

 ……あれ、そういえば桜は実家があるはずだ。てか隣だ。

 桜の両親も旅行に行っているとは聞いていない。桜は俺の家のお風呂に入っていくのだろうか。

 ふと疑問に思い、俺は一度風呂場を出る。裸足で廊下を歩き、リビングのドアを開けた。

「結城がね、ボクと旅行に行きたかったの? って言ったら当たり前だろって言ってくれたんだよ。うん、うん……。そう、そこでは頑張って抑えたんだけど……いやもうダメだ。笑っちゃうのが自分でも分か……」

 桜は、電話の途中だった。

 

 それはそれは、満面の笑みで。頬を、紅潮させながら。

 

 俺に気付いた桜。普段無表情な彼女は、珍しく焦っているようだった。電話越しからは察した様な、凛の声。

「……あー……ごゆっくり……?」

「タイミングが悪いんだよこのバカっ!!」

 なんとも言えない雰囲気。おずおずと口を開くと、返事は桜の罵声だった。顔は真っ赤。照れ隠しなのは目に見えている。が、見ていたらスマホが飛んできそうだ。かなり急いでドアを閉め、一回、長く息を吐く。

 そのまま頬をぴしゃりと叩く。気を取り直し、お風呂を洗うべく浴室へ。

 廊下の途中で振り返れば、リビングへのドアから漏れる明かりが。

 そこに人が居るという証。桜が居るという証。

 永大と考えたとはいえ、あれは全て俺の本心だ。俺は、間違いなく、桜とどこかに行きたかった。

 ――その考えは、彼女も同じだったらしい。

 スポンジを手に取る。洗剤の蓋を開ける。

 そのままずーっと頬の緩みを、抑えることが出来なかった。

 桜が喜んでくれたという、ただそれだけの事なのに。きっと、彼女が喜びを感じることなんて無限にあるのに。

 でも、彼女は喜んでくれた。それは単純な事実だ。

 俺の心を幸せに漬けるには、十分すぎるほどに、分かりきった事実だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と幼馴染と花見

 不定期投稿を一年間おき投稿にするレベル。いつしか学年が桜と暁を追い抜いていた。正直書いている余裕のない学年だけれど、しかしAPEXとサマポケRBの時間を減らし、投稿を増やしたいです。そんな毎年言ってて説得力の無い言葉を述べつつ、土下座をさせて下さい。

 本当にすみませんでした!!


 春が来た。

 三月も終盤、終業式も終わった頃。学期末テストの結果も平均平凡だった俺――暁結城は、物置からレジャーシートを取り出していた。

 気温は十九度を記録。桜の花も咲き誇り、絶好のお花見日和だ。

 とまあ、そんな訳で。

「結城、準備が終わったよ」

「おけおけ。こっちもシートとか見つけた。……じゃ、行くか!」

 白のニットに、薄桃色のカーディガン。ふんわりとしたスカートをはためかせ、小さな帽子でアクセントを付けて。

 そんな我が幼馴染は、今日も可愛い。眉目秀麗才色兼備、雪柳桜は本日も煌びやかなり。

「……にしても、まさか二日連続でお花見とはね。そんなに桜が好きなのかい?」

「俺の彼女の桜も好きだけど、桜の花も好きだぞ」

 家を出て数歩。彼女から弁当箱を受け取りつつ、素直に返す。

 学んだんだ。やっと。こういうとき、変にプライドを持ってはいけない。素直に心が赴くままに、要は桜が大好きだという(この場合雪柳家の桜さんを指す)想いを隠さず伝える。

「そうかい……ちょっとは彼氏らしい返しが出来るようになってきたんだね」

 そっぽを向く桜に笑みを浮かべつつ、春の風にコートを揺らす。

 向かうはこの町の高い所、染井吉野稲荷神社だ。

 以前に巫女服姿を見たそこは、名前の通り桜が綺麗な場所でもある。

 染井吉野が咲き誇る神社は、鳥居の下から覗けばひたすらに絶景。澄み切った青空も相まって、風景は最高だった。

 あの頃は付き合ってなかったな、と思いつつ。 

 俺は桜の手を取り、意識して歩く速度を緩めた。

 

☆★☆

 

 無駄に長い階段を登り、やっと鳥居をくぐる。お参りを済ませた後に、隣接している公園へ。

 満開の桜並木は風に揺れ、雪と見間違うほどに花が舞う。

 その中を楽しみながら、ゆっくりと歩く桜。今日の清楚な格好も相まって、まるで絵画のような1ページだ。目立つ黒髪は麗しく流れて、ふと見上げる蒼い瞳は神秘的だった。

 いつまでも見ていられる。

 ……これを後世に残さないのは逆に罪では?

「桜」

「なんだい?」

「今から連射の限界に挑むから普通に歩いててくれ」

「ボクはモデルでは無いんだけど!?」

 恥ずかしそうに叫ぶ桜の写真は、間もなくホーム画面になった。

 歩いたのは十分程か。少しばかり開けた丘にシートを敷くと、桜は弁当を広げた。

「今日は二人分だったからね。その分、力を込めたよ」

 普段ならこういうイベントには永大や凛、アイリスを誘うところだ。

 しかし今日は声を掛けていない。理由を聞かれれば、対する答えは一つ。

 

「まさか……素直に二人で行きたいと言われるとはね」

 

 箸を受け取りつつ、はにかむ桜に返す。

「四月から高校二年生で、お互い忙しくなるだろ? 桜には色々声が掛かるだろうし、俺も受験を考えなきゃいけないし。だからスタートダッシュを切りたくてさ」

 二年生になり、生徒会に仕事も増えるだろう。忘れられがちだが、俺は生徒会メンバーだ。九月頃からは三年生が引退し、俺たちの代が主力になる。文化祭や体育祭、行事への責任は大きくなるだろう。

「……いらない心配だとは思うけどね」

「そう?」

「ああ。だって家が隣だし、キミのご飯はほぼボクが作っているんだよ? 朝は起こしてるし、帰り道も同じだし、買い出しは二人で行く。文系同士、同じクラスの確率も高い……要はね、ボクたちはお互いがお互いの日常の一部なんだ。今更、変わることはないさ」

 桜はそこで、手を合わせた。俺も倣って、二人でいただきますと唱和する。

 中身はおにぎり、卵焼き、ハンバーグなど。定番と言えるものは大体入っている。頑張って作ってくれたことが、手に取るように分かった。

 温かな風、青い空。桜の花弁が風景を彩り、白い雲に淡く映える。

 いつもより平和で、緩やかで、心地よい。丘の草や木々が揺れ、ざああ……と音を立てた。

「もしも心配なら……そうだ、ボクも生徒会に入ろうかな」

「桜が?」

「ああ。正直やりたくはないけどね。……でも、背に腹は代えられないよ」

 首を傾げると、桜は少しだけ口角を上げる。蒼い瞳と目が合った。

「キミが浮気をしないかどうかを監視しなきゃ」

「えっ!? そんな理由!?」

「ふふ。二割冗談、十割本気だよ」

 割合が限界突破していた。

 若干の恐怖を覚えた。

 食べかけのおにぎりを手に、固まる俺。桜は、「それに」と続けた。

「ボクも――結城と一緒に居たい。そのためなら、生徒会くらいなら……ね。やるよ」

 少しだけ、言葉の間を置いて……蒼い目を伏せながら、桜は呟いた。

 風に吹き飛ばされそうな声だったけど、確かに聞こえた。記憶に焼き付けた。代わりに数学の何かが消えたけど、そんなことはどうでも良かった。

 愛する幼馴染が、彼女が、愛情を見せてくれている。

 想いを伝えてくれる行動はいつでも嬉しくて、恥ずかしい。だからこそ、精一杯答えたい。

「桜、もしクラスが違ってもさ……」

「ああ、お昼とかは一緒に食べようね」

「授業に乱入するから……一緒に居ような!」

「そんなことしたら絶交に決まっているだろう、馬鹿」

 一気に視線が冷めた。桜はすっかり、いつもの無表情に戻ってしまう。あんなに良かった雰囲気はいずこへ。愛の伝え方は難しいなと、ソーセージと共に噛みしめた。

 その後も会話をしながら、風景を楽しみながら、ゆっくりと昼食を終えた。用意してくれていたデザートも食べきり、片付けを手伝う。その間も、俺たち以外に誰一人来なかった。

 こんな良い場所に、二人っきり。帰るのは惜しくて、二人でシートに寝転ぶ。太陽は眩しかったけど、それもまた気持ち良い。目を閉じれば、春の匂いがした。

 湿っぽいのか、花の匂いなのか、はたまた若草の香りなのか。

 なんとも言えない瑞々しさ。それは風に運ばれてきて、そのまま去って行く。

 満腹の体にそんな環境は相性が良すぎて、段々と眠くなってきた。自然の摂理だ。仕方ない。

「結城」

「んー?」

 そんなとき、桜が声を掛けてきた。目を閉じたまま返事する。

「腕、貸して」

 直後。その声が、ぬるい吐息と共に耳朶を打つ。尾てい骨に電流が走り、歯を食いしばった。

 慌てて隣を見る。悪戯っぽいにやけ顔を一瞥して、その近さに顔を逸らした。彼女は俺の右腕にぽす、と頭を乗せ、ぐりぐりと押しつけてくる。

「きょ、許可はまだ出して無いんだけど!?」

「ん? キミはボクのお願いを断ったりするのかい? しないだろう?」

「……しないけどさ!」

「なら良いじゃないか。そういうところ、好きだよ」

 ダイレクトアタックで心臓が破裂しかけた。暫くは桜の方を見られない。顔が熱く、赤くなっているのがひしひしと伝わってくる。

 春の匂いに混じって、安心するくらいに慣れた匂いがする。

 それは男の汗臭さとか、わざとらしいメンソールとは全く違う。香水のような華やかさも、石けんのような素朴な感じでもなかった。

 近い。桜がめっちゃ近い!!

 そりゃ、今までもこのくらい密着することはあった。お風呂だって一緒に入った。それでもドキドキが止まないのは、きっとこの環境も影響している。普段とは違う、特別感のある状況。景色は綺麗で、眠いから脳も回らなくて、そして――二人っきり。

「結城、こっちを向いてくれないのかい? いやはや、悲しくなるね。付き合って半年、そろそろ飽きてきたのかな?」

 桜の手が、俺の胸に乗せられる。円を描くように動かし、彼女は心臓の真上で止めた。

「……まだ、ドキドキしてくれるんだね」

「桜にドキドキしなくなる日は来ないと思う」

「そうかい? 奇遇だね」

 何が? とは聞かなかった。聞かなくても分かるから。

 その嬉しさに動かされて、俺は顔を動かす。右の二の腕、とてもとても近い顔。なるべく枕代わりを動かさないようにしつつ、左手を伸ばす。

 久々――でもないけれど。触れた桜の髪は、今日もさらさらだった。

 真っ黒だけど、そこから暗いイメージは感じられない。山奥の清流のような、綺麗な印象を抱かせる。

 頭を撫でていると、桜は目を細めた。体から力が抜けて、右手に掛かる体重が重くなる。

「良いね。……結城に撫でられるのは気持ち良い。ねえ結城。これから毎晩一緒に寝て、こうして撫でてくれないかい?」

「さすがに辛いから許してくれ」

 撫でるのを止めようとすると、桜の手が抗議する。指で髪を梳きながら、俺は尋ねた。

「桜、今日ちょっとテンション高い? いつもはこんなに、なんというか甘えないじゃん」

「……結城」

「ん?」

「ボクにも心はあるんだ」

 桜は恨めしそうに俺を見て、撫でている手に額を押しつけてきた。

 分かんないのかい、ばか。小さく呟いてから、唇が音を形作る。

 

「好きな人に二人っきりが良いって言われて、テンションが上がらない訳がないだろう」

 

 それから彼女は、俺の目を手で塞いだ。ぐりぐり、と押しつけられる顔。

 多分、きっと、二人とも顔が赤かったと思う。見たら笑っちゃうくらい、照れていると確信できる。

 だから俺は桜の手を退かさず、素直に目を閉じた。

 風を、感じる。優しい暖かさと、温もりが、すぐそばにある。

 それをゆっくりしっかり抱きしめて、俺は深く呼吸をした。眠気に身を任せて、沈んでいった。

 

☆★☆

 

 夕暮れ。あんなにも青かった空が茜色に染まり、蛍の光が遠くに聞こえる頃。俺たちはやっと起きて、シートを畳んだ。桜吹雪は夕景にも綺麗だ。塗りつぶすくらい強い茜の中に、時々淡い桜色が輝いていた。

「さて。帰ろうか」

 桜から荷物を受け取って、丘を降りる。桜並木の道に出ても、誰も居なかった。

 ここまで二人だけだと、全人類が消えたかのような錯覚をしてしまう。

 そんなことは、勿論ありえない。日常は日常として機能していて、歯車が外れることはそうそう無い。

 このまま二年生に上がることも、言わば必然なのだ。

「……桜」

「どうしたんだい?」

 名前を呼ぶ。手を出すと、彼女は直ぐに指を絡めてくれた。

「少しだけ、寂しくなってさ。このまま帰っても良い?」

「良いよ。全く、本当に心配性だね」

 呆れたような言葉で、嬉しそうな声色で。

 彼女は一度、強く俺の手を握った。色々な思いを返すように、優しく握りしめる。

「桜、」

 言葉を途切れさせるように、彼女をもう一度呼んだ。不思議そうにこちらを向いた桜に、俺はそっと顔を近づける。一瞬驚いた桜も、目を閉じてくれた。

 このまま進んでいっても、桜と一緒に居られますように。そんな望みを、胸にしながら。

 二人っきりの桜並木。吐息が唇に触れた。最後に見えた影は――少しだけ、重なっていた。




 正直作風が変わって行ってるのが自分でも分かってて、昔のノリと今のノリ、どっちが良いのか自分でも悩んでます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。