簪の奇妙な冒険 -宇宙翔け夢物語- (原作未読の魔改造フェチ(百合脳))
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第0部【或いは星達の第6部】
更識家の日常


原作を知らないって事はな……いくらでも原作クラッシュできるって事なんだよ……
キャラも物語も設定も全てが俺の思うがままよ……(暴論)


 『更識家』―――

 

 それは日本国に古くから存在する暗部の家系である。忍者の流れを汲むとも言われるこの一族の主な役割は、日本という国家に対して陰謀を企てる者達を未然に察知し、その企みを阻み、彼らを排除すること。要は「毒を以って毒を制す」の諺の如く、「暗部を以って暗部を制す」為の対暗部用暗部である。

 

 国家を守護し、無辜の民の流血を防ぐべく、日の当たる世界の裏側に身を潜め、血で血を洗う暗闘を続けてきた更識の一族。その長きに渡る経験と磨いてきた技術の集大成こそが、『更識流諜報術』である。

 敵対組織が如何に巧妙な偽装を施し地下に潜ろうとも、必ずその尻尾を掴み白日の下に曝け出す情報収集術や、敵対者を迅速且つ秘密裏に抹殺し、表に生きる人々を守り抜く隠密戦闘術、その他諸々の技術の組み合わせによって成る『更識流諜報術』の殆どは、更識の家に仕える諜報員達に須らく叩き込まれている。だがしかし、その真骨頂たる【秘伝】を受け継げるのは一つの時代にたった一人だけ。

 ―――そう、更識家の当主は代々『楯無』の名と共にこの『更識流諜報術』の【秘伝】を受け継いでいる。故にこそ『楯無』は一族最強であり、一族最強であるからこそ『更識楯無』なのである。而してそれは『楯無』以外の更識家の諜報員が無能であることを意味しない。『楯無』に率いられた『更識』こそが日本国の誇る最強の暗部なのだ。

 

 現に、遡ること10年前。IS―――インフィニット・ストラトスと呼ばれる、既存の兵器を遥かに凌駕する性能を持つ"女性にしか起動できない"パワードスーツ―――が世に知られるようになった『白騎士事件』とそれに続く世界の混乱期。

 政情不安定となり、世界各国の諜報組織の格好の的として、様々な裏工作を受けたことで一度は国家として崩壊しかけた日本国。それが「女尊男卑」という偏りを孕んだにせよ、現在に至るまで独立国としての形を保っていられたのは、先代『楯無』率いる更識家の決して表沙汰になることの無い活躍があってこそだったのだ。

 

 

 ともあれ、更識家という一族、特に『楯無』と呼ばれる当主の特異性や実力の片鱗はご理解頂けたかと思う。その上で『当代の』更識家とそれを率いる17代目楯無の、現在の様子をご覧いただこう。

 

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

 

「妹は生命(いのち)なり!」

 

当主(オサ)!』 『当主(オサ)!』 『当主(オサ)!』

 

 

 ほらこんなもん。

 

 

 ……一応説明しておくと、壇上で自らの妹である「更識簪」を模した仮面を被り、「簪ちゃんLOVE」と書かれた扇子を振り回して踊っている彼女が当代の更識楯無。その周りで「簪ちゃん鉢巻」と「簪ちゃん団扇」を装備し我を忘れて熱狂してるのが更識家の幹部連中である。こんなでも諜報員としては有能だってんだから始末が悪い。仕事はキチンとこなす以上、下の者は個人の趣味嗜好に対して何も言えないのである。

 

 真っ暗な部屋の中、壇上をビビットなスポットライトが照らし、色取り取りのレーザーライトが飛び交い、ミラーボールまで吊り下がったこの場所は何処ぞのディスコでもクラブでもなく、更識本家の屋敷内に最近設けられた『簪ちゃん神殿(楯無命名)』……「簪ちゃんを愛する同志諸君が一同に会し想いを高め合う為の神聖なる殿堂(楯無談)」だそうである。日本語訳すると、シスコン極まった彼女が職権濫用して建てた妹萌え専用の大広間である。

 (やく)しても(わけ)が分からないって? それは貴方の萌えが足りないからです。お手元の「簪ちゃんの素晴らしさと尊さを伝道するパンフ」を読みながら私と一緒に世界の真理(妹萌え)を解き明かして逝きましょう……てな具合で更識家の幹部達を楯無直々に説得(洗脳でも可)していった結果がこの有様だ。無論、『更識流諜報術』の【秘伝】、その一端である人心掌握術をフルに活用した。碌なもんじゃねえな。

 

 

「お嬢様っ、緊急事態です!!」

 

 と、この馬鹿騒ぎの魔窟に飛び込んできた女性が一人。

 彼女の名は布仏虚。楯無付きの側近兼侍女であり、親友でもあり、更に楯無が洗の……説得するまでもなく『妹萌え』を心に刻んでいた魂の盟友(ソウルメイト)でもある。彼女と楯無は昔から互いの妹を自慢し合い語り合って萌え上がる仲だと言えばどんな人物かは察して頂けよう。………そこ以外は割りと真面目で仕事のできる女ではある。

 

 その彼女が血相変えて部屋に飛び込んで来たのだ、楯無とて何事かと気にかかる。とはいえ、楯無とて伊達に当主を、『楯無』をやってる訳ではない。焦りを隠し切れない様子の虚に対し、沈着冷静な態度でなだめるように言い聞かす。

 

「落ち着きなさい虚、『風林火山』の『山』のような動じない精神で落ち着いて報告なさい。私は更識最強の『楯無』、どんな事態が起ころうと一切の心配も焦燥も無用よ。一体何があったの?」

 

「『妹達』が、この集会を嗅ぎ付けましたっ」

 

「撤収! 撤収よ! 全員今すぐ持ち場を放棄! 何としてもあの子達が来る前に脱出するのよ! 私では事態の収拾は不可能! 全員今すぐに一目散に脱兎の如く逃げるのよォォーーー!!」

 

 その掌返しの速度たるや。

 一瞬で前言を撤回した楯無に従い、というか恐慌に駆られて蜘蛛の子を散らすように逃走する更識家の構成員達。それに続いて慌てて楯無も逃げ出そうと走り出すが、どうしたことか『何も無いところで躓いて』転んでしまった。そこに世界の終焉を告げるかのように響く、今一番聞きたくなかった声。

 

「……お姉ちゃん……こんな所で『何してる』のかな……?」

 

「ひっ……か、簪ちゃん!? ち、違うの! これはきっとそう、悪の秘密結社(亡国機業(ファントムタスク)とか)の陰謀で……!」

 

 見苦しい言い訳をしている間にも、冷たい微笑を顔に貼り付けた更識簪(愛しの妹)は一歩ずつ歩み寄ってくる。対して楯無の方はというと、必死に逃げ出そうとしても何故だか『足がその場に固定されたかのように動かせない』。楯無にはもう何がなんだか分からなかった。一つ確かに分かっていることは、自分がもう詰んでいる、ということだけだった。

 

「さあ、お姉ちゃん……覚悟はいい?」

 

「……お、お手柔らかに…………ぐふっ!?」

 

 妹からの全力の平手打ちというお仕置き(ごほうび)をもらい、意識が暗転していく中で密かに思う。

 

(簪ちゃん、『あの日』から随分とアグレッシブになった気がするわね……『あの目』の事といい、一体何があったのかしら? 何が簪ちゃんを変えたのかしら……)

 

 しかしまぁ、『あの日』以前の、――自身が更識家の当主となって以来続いていた姉妹間のギクシャクした雰囲気が解消された、という意味では決して悪い変化ではないのだろう。

 そう結論付けたどこまでもシスコンな彼女が失神する直前、最後に瞳に映したのは、彼女に対して呆れを含んだ……しかしどこか温かい表情で楽しげに苦笑する愛しの妹の『()()()()』と『()()()()』であった。

 

 

 以上が「妹萌えで暴走した楯無が簪に制裁を受ける顛末」、つまり更識家の日常的風景である。日常なのである。

 

 

 

 

「……お嬢様、貴女の犠牲は決して忘れません……」

 

「……お姉ちゃん、ひょっとして『自分は関係無い』とか思ってないかな~?」

 

「ひぇっ!? 本音!?」

 

 

 ―――日常、なのである。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 ―――その後。恙無くそれぞれの姉への制裁を終えた二人の妹は、簪の自室へと向かっていた。

 

「まったく、あの人たちはアレさえ無ければ『自慢のお姉ちゃん』なのにね~」

 

「そう言わないであげなよ、お姉ちゃんにも虚さんにも息抜きは必要なんだし……少しくらいは大目に、ね?」

 

 部屋への廊下を歩く道すがら、ぷんすか、と口で言いながら頬を膨らませているのは虚の妹、布仏本音。長さが合っていないのか合わせていないのか、だぼだぼに余っている服の袖口が真っ赤に濡れているのはきっと気のせいだし、同様に赤い液体が付着した金属バットを携えているのも目の錯覚である。

 

 その隣を並んで歩きながら本音の呟きに応えたのが件の更識簪。楯無の妹であり、姉と同じく侍女として仕える本音のご主人様兼親友であり、何より先の集会(儀式)で崇め奉られていた張本人でもある。

 困ったような笑みを浮かべてはいるものの、本音ほど姉達の奇行に対し不満がある訳では無く、ある程度の理解を示している。楯無への制裁も、彼女に言わせれば姉妹間のコミュニケーションの一環だ。本気で憤っているというよりむしろ『仲良し姉妹の戯れ』なのである。……ツッコミを入れなければ際限無く暴走する、という事情もまた事実ではあるが。

 

「かんちゃんもかんちゃんで、そこまで寛容になれるのは流石としか……」

 

「そうかな? ……まぁ私もアニメとかマンガとか『全身全霊で愛せるモノ』はあるから、お姉ちゃん達の気持ちは分からなくも無いんだよね」

 

「……かんちゃんの趣味とお姉ちゃん達のアレは一緒にしていいモノなのかな?」

 

「一緒にしていいんだよ、本音。どっちも本質は一緒なんだから」

 

 可愛らしく小首を傾げる本音。その頬に返り血が付いていなければ、さぞ微笑ましい光景だったろう。

 そんな本音に向き直り、簪は真面目な顔で主張する。

 

「私はアニメやマンガが好き。特にコテコテのヒーローものは、必殺技を叫んだり変形合体だったりドリルだったり、『浪漫(ロマン)』に満ち溢れてるから大好物……ってのは本音も知ってるよね?」

 

「うんまぁ、ドリルってのはよく分からないけどロマンってのは何となく分かるよ。……どちらかって言うと『男の子のロマン』って気はするけど」

 

「ロマンに男も女も無いんだよ……ってのは置いといて。お姉ちゃん達の、所謂『妹萌え』っていうのも、『ロマン』の一つの形なんだと私は思ってる」

 

「えー……『妹萌え』ってロマンの一種に分類されちゃうのー……?」

 

「いいじゃない、『妹萌え』と書いて『ロマン』と読む。妹萌え(ロマン)。そもそも、人間には一人ひとり『自分だけのロマン』があるんだよ? ……っと、到着」

 

 会話を続けながら歩き続けるうち、簪の自室の前に辿り着く。部屋のドアノブに手を掛けた簪は首で振り返り、意味深な笑みを浮かべて本音に告げる。

 

「私には私の『趣味(ロマン)』があるし、お姉ちゃん達にはお姉ちゃん達の『妹萌え(ロマン)』がある。人それぞれの『情熱(ロマン)』を否定する事は誰にも出来ないの……人間は、自分自身の『物語(ロマン)』を追い求める生き物なんだから」

 

 簪の持つ紫と青のオッドアイが本音を真っ直ぐに射抜く。互いの視線がぶつかりあったのは数秒にも満たない間であったが、その瞬間確かに本音は簪の纏った『凄み』に圧倒されていた。齢16にも満たぬ少女から感じられるその『凄み』は、まるで幾つもの死線を潜り抜けてきた歴戦の勇士のような貫禄があった。

 

 

「……ま、さしあたって本音も本音自身のロマンを見つけるために。これから私のコレクションの鑑賞会と洒落込もっか! 私のロマンをみっちり教え込んであげるからね?」

 

「…………えっ? ええええっ!? ちょ、待ってよかんちゃん! 今日は来週のIS学園入学に向けて荷造りするんじゃなかったの~!?」

 

 纏っていた雰囲気を一瞬で霧散させると、簪はさっさと部屋に入っていってしまう。一拍置いて我に返った本音は、簪の宣言に慌ててツッコミを入れて後を追うが、その間にもアニメだか特撮だかのディスクがいそいそと準備されていく。どうやら簪の頭の中では既に荷造りの事など忘却の彼方の様子。

 

 やれやれと溜息を吐きながら、しかし本音は思うのだ。

 ―――人それぞれにロマンがあるというのなら。この何事も無い平穏な時間こそが、私の愛する『日常(ロマン)』なのだろうな、と。

 

 

 

 

 かくして日常は過ぎていき。

 運命のIS学園入学の日は近付いてくる………訳だが。

 

 

 

 

 物語の舞台をIS学園に移す前に一つだけ、語っておかねばならない因縁(ロマン)がある。

 それは楯無が疑問に抱いていた、『あの日』の更識簪に起こった出来事であり、彼女に『変化』を齎した原因。

 別に彼女が何かを成し得た訳ではない。が、彼女自身の『変化』――『成長』の為に必要だった過程。

 ある一族に纏わる数奇な運命の『収束点』であったその一連の闘いは、彼女にとっては『出発点』となった泡沫の夢。

 それは、彼女――更識簪が自分自身の物語を歩み出すまでの、『もう一つの物語』。

 

 

 

 

 故に、舞台は。

 『IS』――『インフィニット・ストラトス』の存在しない『並行世界』の2011年、アメリカ。

 

 

 ――――――『グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所』に移るッ!

 

 

 ……To Be Continued→




執筆前の俺「物語の導入部だしかんちゃんの魔改造部分だけ仄めかせれば後は軽く流していいかな(慢心)」

投稿前の俺「なんか知らない設定生えてきた……なんだよ『更識流諜報術』って俺の脳内プロットには無かったぞ(困惑)」

なお一番の被害者は虚さんの模様。やっぱりノリと勢いで書くもんじゃないね、あの人何時の間にシスコンになったんだろ(他人事)


(追記)
すっげー便利だわ『更識流諜報術』……よくこんな謎設定考えたな偉いぞ過去の俺


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更識簪は迷い人

あばばばば魔改造タグ付け忘れてた魔改造フェチなのにあばばばば……
1年程ROMって来ます……あ、オリキャラ登場注意です……


 外から鍵の掛かった薄暗い部屋。二段ベッドや机のほか、トイレや手洗い場も備え付けられたこの場所は刑務所の監房。宵も更けて他の部屋の者達も殆ど寝静まった中、この部屋の住人―――二段ベッドの上段で、頭まですっぽり毛布に包まっている少女はまだ起きていた。……否、眠れないのだ。恐怖と不安、孤独と絶望に苛まれた彼女は未だ混乱の渦中にあった。

 

「……どうして。こんな事に、なっちゃったんだろう……」

 

 もぞもぞと身動ぎ、毛布から顔を出した彼女の目元は赤く腫れている。涙の跡も見え、つい先程まで泣いていた事が窺える。ついでに眼も充血というレベルを超えて真っ赤だが、これは泣いていた事とは関係なく、彼女の水色の髪と対比するように映える『紅色の瞳』は生来のものだ。

 

 嗚咽を抑え、涙も枯れ果てたという様子で途方に暮れる彼女こそ『更識簪』その人であった。

 

 

 彼女が収監されたのは州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所、通称『水族館』。

 

 島一つが丸ごと施設となっているこの刑務所の敷地面積は約120平方キロメートル。収容人数は男性708名と女性523名で合計1231名、その内18歳以下の未成年者は452名。

 簪もその内の一人だ。罪状は『密入国』ということになっている。当然の事ながら『公正な裁判』の結果として下された判決だ。尤も、簪本人は未だ罪を認めないどころか納得していない。………彼女からしてみればそれ以前の問題なのだが。

 

「……考えても意味は無いだろうけど……羊を数えるよりは、眠くなるかな……?」

 

 精神的な不安定さから眠れない簪ではあったが、肉体的には既に限界なのだ。少しでも眠たくなるかもしれないと、とりあえず現在に至るまでの経緯を回想してみることにした。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ―――私は、何の為に産まれてきたのだろう。

 

 それは更識簪が自分自身に対して抱いた、自らの存在理由(レゾンテートル)への疑問。

 

 簪は更識家という特殊な家に産まれた。その家系が国家の防諜を担う対暗部用暗部である以上、彼女は無能である事を許されなかった。例え才能が無かろうとも、『結果』を出せる人間でなければならなかった。そのように育たねばならなかった。

 そして彼女には暗部の人間としての才能が無かった。それは努力次第でなんとかなる事だったかもしれないし、実際のところ更識本家の娘として相応しいとは言えなくとも、訓練次第では更識の一員として及第点レベルにはやっていけるようになったかもしれない。

 

 しかし、彼女には姉が居た。『無能』な彼女と違って『優秀』な姉が。

 

 姉の名は更識刀奈。彼女は所謂「天才」と呼ばれるタイプの人間であった。まさしく更識本家の娘として相応しい、類稀なる才能の持ち主。それは暗部としての才能に限った話ではなく、運動だろうが勉強だろうが何をやらせてもそつなくこなせる、万能で完璧な人間。少なくとも簪は姉の事をそう思っていたし、周囲の者達も簪と同意見だった。

 刀奈の事を自慢の姉として誇りに思っていた時期もあったが、次第にそれは簪にとってのコンプレックスとなっていった。

 何をするにしても簪には姉の評価が着いて回り、比較される。失敗すれば「姉に出来た事が何故お前には出来ない」と罵倒され、成功しても「あの姉の妹なら出来て当然だ」と流される。実際には簪の方が刀奈より上回っている才能も探せばあったかもしれない。だがそれを見つける前に簪の心が折れ、無意識の内に自身を姉の劣化品だと思い込んでしまう程度に彼女の姉は優秀すぎた。

 

 それでも刀奈は妹の事を愛していたし、簪も姉を嫌ってはいなかった。

 ……刀奈が更識家の当主を継ぎ、『楯無』の名を襲名するまでは。

 

 

 ―――貴女は何もできないままでいなさい。

 

 刀奈が『楯無』を継いだ際、簪に告げた言葉だ。何もできない、『無能』のままでいろ、という。この一言が姉妹の亀裂を決定付けた。

 彼女は『無能』な自分が『優秀』な姉に勝てる訳が無いと心のどこかで悟っていたが、しかしそれを意識して受け入れられる程諦めきれてもいなかったのだ。それを仲が良いと、自身の事を慮ってくれていると信じていた姉自身に告げられた―――。「お前は一生、私に勝とうなどと思い上がるな」……楯無自身の本意がどうだったにせよ、簪は姉の言葉をそう受け取った。

 それからの彼女は、姉にすら心を閉ざし、幼馴染の本音すら遠ざけるようになった。姉の言葉を覆そうと、姉の呪縛から逃れようと様々な努力を試みたが、何をやっても自分と姉の埋められない差を思い知らされるだけ。姉の影はどこまで逃げても彼女を追いかけてくる。……そんな日々を繰り返すうちに、彼女はとうとう自分自身の存在理由(レゾンテートル)まで見失ってしまった。

 

 

 ―――私は姉には勝てないのだろう。私は『完璧な姉』の『劣化品』に過ぎないのだろう。

 ―――じゃあ私は何の為に産まれて来たの?

 ―――私が生きている『意味』はあるの?

 

 ―――…私みたいな『無能』は、この世に産まれて来ない方が良かったのでは……?

 

 

 

 日に日に強くなる強迫観念のような不安と焦燥。それをどうすることも出来ない自分自身への苛立ちと失望。

 ……ある日、遂に簪の心は限界を迎えた。現実逃避の一手段として、気付いた時には着の身着のままで家を飛び出していた。

 とはいえ、行く当ても無ければ目的も無い。ただ現状から逃げ出したい、全て放り出してしまいたいという彼女の心の弱さが表れただけの幼稚な家出。すぐに姉や更識家の者に見つかって連れ戻されるだろう。それは分かっている。だがそれでもなお、今はあの家に居たくなかった。

 当て所無く彷徨う内にたどり着いた海辺の堤防の上で、彼女はただ立ち竦んでいた。

 

 

 ―――今思えば、本当になんで家出なんてしてしまったのか。せめて海になど近付かなければ、こんなことになっていなかっただろうに。

 

 

 しかし今更何を言っても遅い。過ぎてしまった過去はどうしようもない。

 つまり彼女が急な突風に煽られ海にダイブしてしまった事も、急に発生した渦潮に巻き込まれて意識を失ってしまった事も、―――そして目が覚めたら『アメリカの海岸に打ち上げられていた』事も。全ては今更どうしようもないのである。

 

(……いや、何度思い返してみても最後のはおかしいでしょ!?)

 

 と思っても事実なのだから仕方が無い。彼女も現在地がアメリカだと気付いた直後は一瞬思考が停止し、次にパニックに陥った。溺れ流されるうちに太平洋を渡りきってしまった、などというありえない発想はすぐに捨てた。

 では一体何が起こったのか? パニクりすぎて逆に一周回って落ち着いてきた簪は、とりあえず情報収集を始めた(姉に対抗する為の猛勉強で英語の読み書き会話全て問題無いレベルになっていた事は幸いだった)。

 そうして発覚した事実は、先の発想以上に『ありえない』ものであったが、どう足掻いてもそれ以外の解答が見つからなかった。

 

 

 他に考えられる答えが無い以上、簪は「ここは自分の居た世界とは別の、『並行世界のアメリカ』である」という信じがたい『事実』を受け入れざるを得なかった。

 

 

 何せこの世界には『IS』が存在しないらしいのだ。一縷の望みを掛けて道行く通行人に尋ねて回ったが、誰一人として『IS』を知らなかった。ここが『簪の知る世界』だったならばそんな事はありえない。なら『この世界』が『簪の知らない世界』である事を認めざるを得ない。

 

 

 そして途方に暮れる彼女を更なる不運が襲った。目が覚めてから今までの行動が挙動不審に思われたらしく、警察から職務質問を受けた挙句に署に連行されてしまったのだ。

 その過程で彼女がパスポートも無ければ入国記録も無い、『密入国者』である事が判明、敢え無く逮捕。裁判も受けたが、まさか「並行世界から迷い込んだだけなので密入国者じゃありません」なんて戯言が信じられる訳も無ければ言い出せる筈も無く、言い訳すら出来ないままに実刑判決を受けて現在グリーンドルフィンストリート刑務所に服役中、という訳である。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 簪が目を覚ますと既に他の囚人達も起床し始めているようだった。監房が開放され、食堂へ向かう受刑者達の声が聞こえてくる。どうやら昨晩はいつの間にか眠ってしまったらしい。

 この刑務所に入れられてから数日、夜毎に不安が押し寄せて泣いていたため殆ど眠れなかったが、漸くまともに睡眠を取れたおかげで肉体的な疲労感は幾分マシになった気がする。

 

 改めて現状を確認しようと、体を起こして改めて自分の監房を見渡す。備え付けられた必要最低限の家具の他にも、この部屋には囚人の住む場所とは思えないほど色々な物品が置かれていた。

 例えばベッド脇に置かれたラジカセやコミック雑誌。壁際には鉢植えの観葉植物と、隣には室内用の小さなバスケットゴール。だがその付近に転がっているのはサッカーボールやラグビーボール、テニスラケット……とりあえずバスケットボールは見当たらない。

 部屋の隅の方には双子の美少女の人形(といってもフィギュアじゃない、ドールだ)。この人形は昨日までは無かった筈だから、きっとまた『勝ち取った』のだろう。

 机の上にはサイコロや麻雀牌、散乱したトランプは床にまで零れている。果ては酒や煙草までベッドの下に隠されているが、これらの中に簪の私物は一切存在しない(荷物の一つも持たずに家出したまま『この世界』に来てしまったので当然といえば当然だ)。

 つまりこの部屋の物は全て、簪の『同居人』である『もう一人の女』の私物なのである。

 

「おはようカンザシ……昨夜はよく眠れたか?」

 

「…………はい。……昨日までと、比べれば……」

 

「そうか。そりゃ何より」

 

 二段ベッドの下段から声が掛けられ、簪もそれに応える。たった今起床してきた彼女こそが、簪と相部屋となった『同居人』、名前は『ルミルノ・シャネーラ』。机の上に置かれたグッズを見れば分かるが、彼女はギャンブルマニアであり、違法賭博がバレて捕まった為にこの刑務所に送られてきた。

 中でも「トランプゲーム」が好みらしく、彼女の着ている服には至る所にスペードやハートなど、トランプの4つのスートの模様が散りばめられている。また、髪のサイドテールを結んでいるリボンの端は腰元まで長く余っていて、大きく「Joker」の文字が刺繍されている。正直、簪には理解不能なファッションセンスだが敢えて口には出すまい。

 ルミルノは刑務所にブチ込まれてなお全く懲りていないらしく、他の囚人や時には看守までも相手取って賭け事を行っている。この部屋の彼女の私物は、自分で隠して持ち込んだトランプを除き殆ど賭博で『勝ち取った』物だ。

 「看守を相手にゲームする時は相手に分からない程度に手加減して勝たせて、『イイ気』にさせてやるのがこの刑務所内での賭博と戦利品の所有を黙認させるコツさ」とは彼女の弁。その逞しさには簪も感心するしか無かった。

 

「昨日までは毎日朝方までメソメソ泣いてたみたいだからな……ま、こんな所に押し込められてブルーになっちまう気持ちも分かるが。人生、前向きに生るこったね」

 

「……!? き、聞こえてたんですか!?」

 

「まぁ『入所初日の件』もあるし様子を気に掛けてたんだよ。他人を心配するような性質(タチ)じゃあないが、いつまでも不調のままでいられるとこっちまで心が暗くなっちまって迷惑だからな」

 

 ちなみに『入所初日の件』というのは、簪がこの刑務所にやってきた日の夜中に高熱を出して倒れた事である。尋常ではない苦しさに、その夜は遂に一睡も出来なかった。

 翌日には熱が引いたが、熱に魘される間は見知らぬ世界に一人放り出された不安すら感じる余裕がなく、精神的に追い詰められる事は無かった……という意味では、もう少し寝込んでいても良かったかもしれないとすら思う。

 

「それで思い出したんだが……お前が言ってた『ペンダント』、確かまだ返してもらってないんだよな? どうする? お前が望むなら私が『ギャンブル』で取り戻してやるが……」

 

「い、いえ結構です……元々、私の物じゃ無かったし、思い入れも何も無いし……」

 

 というか貴女は理由を付けて賭博を楽しみたいだけですよね、とは面と向かって言えない内気な簪である。

 話題に上がった『ペンダント』というのは、同じく入所初日に『エルメェス』という女囚から貰ったものだ。

 

 

 初めて入る刑務所、その上周りを本物の犯罪者達に囲まれて恐怖の余り人前にも関わらず泣き出してしまった簪を見かね、エルメェスはどうにか彼女を宥めようと四苦八苦し、最終的に自身の持っていたペンダントを譲ったのだ。

 

 簪はそのペンダントが元々エルメェスの物ではなく、彼女が拾っただけの『誰かの落し物』だったことや、エルメェスがそのペンダントで手を切って出血したからムカついて厄介払いしたがっていたこと等は知らなかった。

 だが彼女の「取り敢えず泣いてる子供には何でもいいから何かプレゼントすれば落ち着くだろう」と言わんばかりのおざなりな態度を見て逆に冷静になってしまい、結果的には泣き止んだ事はハッキリ覚えている。

 そしてエルメェスは「良い事したぜ」って感じの顔で去っていった。きっと余程の「アホ」か「大物」のどちらかに違いない(何となくだが後者の気がする)。

 

 その後簪もエルメェス同様にそのペンダントで手の平を切ってしまい(その傷に菌か何かが入ったのが初日の熱の原因だと思っている)、「こんな危ないペンダント持ってたくないなぁ」とか考えてた所に他の囚人(確かグェスとかいう名前だったハズ……多分)がやってきて、「綺麗で気に入った」という理由で勝手にペンダントを奪われてしまいちょっと不快に思ったが、厄介払いできた事だしと放っておくことにしたのだった。

 

 

 まぁそういった理由で、ペンダントを取り戻して貰う必要も無いし、むしろ取り戻されても困るので簪はルミルノの提案を丁重に断った。

 

「そういう事なら仕方ないが……まぁいい、そろそろ朝食の時間だな。食堂へ向かおう」

 

「……あ、その……私、も……」

 

 話しているうちに朝食の準備が整ったようだ。食堂の方から食器が重なり合うような音が響いてくる。さっさと部屋を出て行ってしまったルミルノに続き、簪も食堂へ向かった。例えここが刑務所だろうが並行世界だろうが、お腹が空くのは止められないのである。

 

 

 

 

 

 そして簪は振り返る事も無く監房を出てしまったので、気付く事はできなかった。

 部屋の隅に置かれていた筈の『双子の人形』が、忽然と『姿を消している』という事実に―――

 

 

 ……To Be Continued→




お久しぶりです、精神と時の部屋の中で1年ROMってきました。

という訳で今回は、
・ネガティブだった頃の簪さん
・オッドアイになる前の簪さん
・ロマン厨になる前の簪さん
の三本でお送りしました。
次回辺り魔改造されて1話の簪さんに近付く予定です。

そしてオリキャラ登場。一発キャラのつもりが予定よりキャラが濃くなった。
さっさと刑務所編は流して入学編に行きたいけど簪覚醒の部分は丁寧にやりたいジレンマ。


【ひっそり追記】
楯無さんの発言の真意はコチラ↓

(簪ちゃんには危ない事とかして欲しくないし更識の諜報員として扱われちゃったら血生臭い世界で生きてく事になっちゃうし、私の可愛い簪ちゃんがそんなリスクを背負ってまでわざわざ物騒な技術を身に付ける必要なんて無い!)
(幸い今の簪ちゃんは『更識』としてはギリ落第点だし、ちょっとだけキツイ事言っちゃうかもだけど『これ以上頑張る必要は無い、のんびり生きてきましょう』って伝えてあげなきゃ……)
(……えっ待って? 私が? 頑張ってる簪ちゃんに? 『頑張るな』って言うの!? 面と向かって!!?)
(無理無理無理無理絶対無理!!! 私にはそんな酷い事できないゼッタイ!! でもでもっ言わなくちゃ簪ちゃんが裏の世界に入ってきちゃうし、でもやっぱりこんな……)
(ああああああああどうすりゃいいのよ!? もう簪ちゃん呼び出しちゃったし、ていうか目の前にいるし、とっとりあえず何か、何か言わなきゃ、カッコいい姉としての威厳とか尊敬とか諸々がッ……)
(どうするどうするどうするッッ!? えっとえっと、『何もしなくていいよ』『できる必要も無いよ』『むしろやめてね』を一言で言い表すにはっ……!?)

↓出力結果

「―――貴女は何もできないままでいなさい」
(―――はっ? えっ? 何コイツ(わたし)? 可愛くて健気な簪ちゃんに何言ってんの殺すぞこのアバズレ(わたし)???)

※以降、姉妹関係がギクシャクしてしまいオロオロしながらも、なまじ自分が悪いと自覚してるので却って話しかけ辛いポンコツ姉貴が時間を浪費して現在に至る。


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『もう一つの物語』その1

あれおかしいな、今回中には簪さん覚醒する予定だったんだがな……
やっぱり前フリ長すぎたか? でも『スタンド攻撃を受けているッ』感は必要だよなぁ……


 G.D.st(グリーンドルフィンストリート)刑務所内の規律は乱れに乱れている。ルミルノが行っている賭博行為を始め、囚人間でのイジメやカツアゲなど日常茶飯事。看守達は咎めるどころか賄賂を推奨する始末で、一応は法が統べる檻の中だというのに無法地帯もいい所だ。

 この場所で面倒事に巻き込まれたくないならば、「力を示して黙らせる」か「金を握らせて黙らせる」か、どちらかが最も手っ取り早い方法だろう。どちらにしろ、それ自体が既に面倒事な気もしなくは無いが。

 

 その中にあって、簪は少しばかり特殊なケースであった。暗部の家系の出身とはいえまだ年端もいかぬ少女である簪に、暴力的手段で周囲の人間を抑え込むなど出来る筈も無い。

 そもそも刑務所に収監されている以上、誰も彼もがそれなりの犯罪者。中には殺人すら犯した者もいるだろう。そんな成人女性(しかもガタイが良い連中が多い)の札付き共に喧嘩を売買するような度胸は無い。かと言って賄賂で身の安全を買う訳にもいかない。というより着の身着のままこの刑務所(というかこの世界)に放り込まれた簪に手持ちの金などある訳も無い。普通に考えて詰んでいた。

 

 にも関わらず、今のところ簪は囚人達から標的にされていなかった。それは偏にルミルノのおかげである。

 と言っても、本人は別に簪を助けようとか思っていないし、彼女がどんな扱いを受けようがどうでもいいと考えている。ルミルノの同室である簪を相手に、周りの人間が勝手に一歩引いた対応をしているだけだ。

 ルミルノはこの刑務所内で一定以上の『私財』を貯めこんでいるばかりか、一部の看守すら巻き込んだ賭博の元締めとして一目置かれていた。そんな彼女の相部屋となった『新入り』を相手に皆が距離感を掴みかねているからこそ、簪は未だ手出しをされていないのだ。

 一言で言うと「虎の威を借る狐」の状態だが、それで平穏に過ごせるなら簪はそれで構わなかったし、ルミルノも自分に影響が及ばないなら止めはしなかった。

 

 

 そんな訳で簪がルミルノと朝食を食べている間も、好奇の目で見られてはいるがちょっかいを出してくる者はいない。時折ルミルノに話しかける人間はいたが、簪は殊更に避けている。それが日常であった。

 

 

 だがその日は少し違った。

 別に誰かが何かアクションを起こした訳ではない。いつも通りこちらを眺める視線を感じるだけだったが、簪はその視線にこそ違和感を感じた。今まで感じていた視線はこちらの隙を窺うかのような、粘ついたものばかりであった。しかし今感じる視線の中には、ほんのちょっぴり異質なものが混じっている気がする。もっと無機的にこちらを見つめる、淡白な視線。その出所が気になり、そちらに目を向けると―――

 

「……人形?」

 

 何時からそこにあったのか、離れた所に落ちている美少女の人形(ドール)がこちらを向いていた。いやに無機質な視線だと思ったがなるほど、無機物が向ける視線ならば納得だ。しかしあの人形、どこかで見覚えがあるような……と思い返してみれば、今朝自分の房で見かけたルミルノの『戦利品』では無かったか。

 遠目でよく分からないが、取り敢えず本人に尋ねてみた。

 

「……あの、ルミルノ、さん……あれって……」

 

「ん? どうしたカンザシ、何か用か?」

 

「いえ、あそこの人形って……あれ?」

 

 貴女の人形ではないか、という問いが口から出ることは無かった。ルミルノに話しかける為に少し目を離した隙に、人形は姿を消していたからだ。一瞬混乱したが、何の事は無い、誰かが拾って持っていったのだろう。よく考えればルミルノが人形を持ち出している様子は無かったし、きっと今朝のとは別物だったのだと結論付けた。

 

「……いえ、何でもないです……ごめんなさい」

 

「……? よく分からんが……まぁいい」

 

 そして二人は何事も無かったかのように食事を続けたのだった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 午前の刑務作業―――この日は刑務所敷地内にある農場での畑仕事だった―――を終え、昼休憩の為に戻ってきた簪とルミルノ。慣れなのか体格の差なのかは知らないが、体力を使い果たし息が上がっている簪を尻目にルミルノは余裕な顔して先に行ってしまう。

 彼女とは単に相部屋であるというだけの関係で、別段仲が良い訳では無いのだが、それでも一応相部屋の誼なのだから多少は気遣ってくれてもいいんじゃないかな……などと益体も無い事を考えながら、何の気無しにふと農場の方を振り返る。

 

「……えっ……?」

 

 

 ―――振り返ったそこには、どこかで見た『双子の美少女の人形』が並んで立っていた。寒色系のドレスに身を包んだ金髪の人形が二体。紛れも無く今朝見かけたルミルノの人形であった。その二体が互いの手を結び、何の支えも無く起立してこちらを見つめているのと『目が合った』。

 

 

「……っ! …………!? え、あっ?」

 

 ぞっと身震いし、目を擦って二度見する。すると朝食の時の人形と同じく、二体の人形の『影も形も見当たらない』。その事実に困惑し、そして背筋を伝うような寒気を覚えた。

 

(きっと疲れてるんだ。最近は色々ありすぎたし……幻覚でも見たんだよ、きっと)

 

 そういう事にした。幻覚でないとするならば、あの人形は『呪いの人形』か何かとしか考えられない。非科学的だとか何とかは現在進行形で並行世界に居る自分が言える筋合いは無いのだが、ルミルノの『戦利品』である人形が本当にオバケか妖怪の類だったとしたら、私はそれと同居しなければならないという事ではないか。そんな恐怖体験は御免なので、現実逃避気味に自身の疲労の見せた幻だと思い込むようにした。

 

 

 そうして足早にルミルノの後を追っていく簪の背中を、二体の人形の四つの瞳が見つめていた。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 午後になって、二人は看守に呼び止められた。用件を尋ねると、図書室に溜まっている古新聞を近いうち処分したいのでヒモで縛って図書室前の廊下に置いておけ、との事だった。どうも看守が上司に言われた仕事を面倒だからとそのまま簪達に押し付けてきたようだったが、相手は看守でこちらは囚人。断れるはずも無いし、午後の作業はチャラにしてくれると言うので、そこまでの手間でも無さそうだと引き受けた。

 

「しかし……ったく、何で私達があの看守の仕事を肩代わりしなければならないんだ? アイツが私の賭博に関わってたら上手く言い包めたものを……賭け事に興味無いヤツには影響力ないからなァーーー私」

 

「……いえ、私に愚痴られても……。……大した仕事でも無いですし、早く済ませましょうよ……」

 

「真面目なのは良いがなカンザシ、足がフラついてるぞ……その新聞の束、お前には重いんじゃあないのか? まあ私には関係無いし持ってやるつもりも無いが」

 

 縛った古新聞を両手に持って歩いているが、量が量なので結構重い。午前の作業で体力を使い果たした簪には少々きつかったのか、足取りが覚束無い。それに引き換えルミルノはまだまだ余裕そうだったが、手伝う気は無さそうだ。

 ルミルノも同じ重さを運んでいる以上は文句も言えず、ただ自分の体力の無さを情けなく思っていた時に『ソレ』を見つけた。見つけてしまった。

 

「………!? きゃっ!?」

 

「なっ、おい、どうしたカンザシ!?」

 

 ふと見上げた本棚の上。天板に腰掛けるようにして、青いドレスの少女が彼女を見下ろしている。言うまでもなく例の『双子の人形』の片割れであった。思わず運んでいた新聞紙を取り落とした簪であったが、それも構わず本棚の上を指差し叫ぶ。

 

「ルミルノさんッ、あそこに! あそこに『人形』がッ!!」

 

「は? 人形? ……何も無いが?」

 

 そうしてルミルノは簪の指差した方を向くが、そこには何も無い。簪自身も訳が分からなかった。ほんの一瞬、瞬きした間に『人形』は再び消えてしまったのだ。半狂乱になりながらも、簪は必死でルミルノに言い募る。

 

「い、居なくなっちゃいましたけど、……確かに居たんです! あそこに! 貴女の『人形』がッ!!」

 

「おいおいカンザシ……マジに大丈夫か? 何言ってるんだオマエ? 私の人形って……」

 

「あ、貴女が昨日『賭け』で貰って来た『双子の女の子の人形』です! それがあそこに……」

 

「落ち着けカンザシ、『何も無い』のは見て分かるじゃあないか……そもそも私は昨日、『賭け』で『負けた』んだぜ? 何も『貰ってなんか無い』し、むしろバスケットボールを持ってかれちまったくらいだ。まっ、看守相手にわざと勝たせてやったんだがね……」

 

「…………え?」

 

 

 ―――今、彼女は何と言った? 『賭け』で『負けた』? なら、今朝部屋に『増えていた』あの『双子の人形』は、一体…………どこから湧いたというのだ? 頭に冷水をぶっかけられたかのように思考が凍り付いていく。もはや半狂乱ですらいられなくなった。

 

 

「………ッ!」

 

「お、おいカンザシ? どうしたんだよ、おいってばッ」

 

 いよいよ薄ら寒いものを感じてきた簪は、先程落とした新聞紙の束を慌てて拾いあげると部屋の外に向かって歩き出す。何がなんだか分からないが、とにかくこの部屋から出たかった。動いていないと恐怖でどうにかなりそうだった。困惑するルミルノを置いて、簪はさっさと仕事を終わらせるべく歩き去っていった。

 

 

 ……尤も、体力の差で後から追いついたルミルノの方が先に古新聞を片付け終えて、簪を捨て置いて夕食へ向かってしまったというのは余談である。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 さて、そんなこんなで夕方の食堂。他の囚人達と共に、簪も夕食の配膳を受けるべく列に並んでいた。普段と違いルミルノの傍に居なかったせいか、何人かの囚人が簪の前の列に割り込んできたりしたが、どうでもよかった。とにかく人が沢山いるというだけで安心できた。

 おかげで簪の分は殆ど残らずに、いつもより少なめの夕食となったが、早く食事を済ませて部屋に戻って布団を被って眠りに落ちたい簪としては却って都合が良かったかもしれない。彼女の精神はもう限界だった。昨日までとは別の意味で泣き出しそうだった。

 

「カンザシ……今日のお前、なんかおかしいぞ? 本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「…………。……大丈夫、です……少し疲れてるだけ、ですから……」

 

 ルミルノの近くに座ると彼女の方から話しかけてくる。普段は余り簪に干渉してこないルミルノも、流石に今日の挙動不審っぷりは気になったのだろう。対して簪は、少し疲れているだけだと、自分の弱った心が見せた幻覚なのだと、むしろ自分自身に言い聞かせるように返事をした。

 

 そうして食事を始めようとした瞬間、紫色のヒラヒラした何かが視界の端に映った気がした。

 

「なっ……あ、あぁ………!!」

 

 反射的にそちらを向けば、それは紫のドレスを身に纏った金髪の『人形』。食堂の端の方―――朝食の際に落ちていたのと同じ場所から簪を見つめていた。それに気付いてしまった瞬間、全身から冷や汗が吹き出る。心臓の鼓動が早鐘のように聞こえてくる。

 

「カンザシ? 急に立ち上がってどうしたんだ、何なんだ一体?」

 

「あ、……その、あ、あぁ……!」

 

「………どうしちまったんだ、本当」

 

 知らぬ間に席から立ち上がっていたようだ。隣のルミルノが話しかけてくるが、呂律が回らず答えられない。辛うじて『人形』を指差すが、彼女がそちらを見る前、簪達と『人形』との間を他の囚人が横切り視線が遮られた隙に『人形』は消えていた。訝しげに首を傾げるルミルノ。

 

 その瞬間、違和感を覚え簪は視線を落とす。つい今しがたまで自分が座っていた座席。

 

 

 ―――そこに、『双子』のもう片方。青のドレスの少女が座っていた。

 座って、こちらを見上げていた!

 

 

「き……きゃああああああああああああああああああ!!」

 

「か、カンザシッ!?」

 

 もう限界だった。後ろも振り返らずに走り出すと、何事かと寄って来た看守に「気分が悪いので監房に戻る、夕食はいらない」と早口に告げて食堂を飛び出した。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 廊下を一目散に走りぬけ、自分の房を目指す。早くベッドに横になって眠ってしまいたい。目が覚めた時には何事も無く、全ては悪い夢であって欲しかった。あと少しで到着する、と思ったとき、彼女の足は止まった。

 

「あ、ああああっ……!」

 

 廊下に置かれたゴミ箱の横に、『双子人形』が並んで置かれていた。ゴミ箱で死角になっていて気付かなかったため、すぐ傍にまで近付いてしまったッ!

 

 思わず立ち竦んでしまった彼女は、何かが自分の頬を撫ぜたのを感じた。否、頬だけではない。全身を撫ぜるこの感覚は、まるで『そよ風』のようだったが……それにしては『おかしい』。まずここは室内で、風が入ってくるような隙間も無い。窓も近くには無いし、そもそも開いてないだろう。

 だがそれ以上に奇怪なのは、「風を受けている『感覚』はするのに、『風圧』は感じられない」事である。確かに風が吹いているのを感じるのに、それに髪が揺られる事も無い。まるで風が体をすり抜けるかのように、風が物理的な影響を及ぼす気配がないのだ。

 

 戸惑っている間に、段々と風が強くなってきた。今や突風と言っても過言では無い強風だが、やはり風は簪の体を吹き飛ばすような事も無い。ただ『吹いている』だけだ。何かヤバイ、と感じて今来たのと逆方向へ逃げ出そうとした簪だったが、その瞬間何かにぶつかってしまう。

 

「わっ、と……漸く追いついたぞ、カンザシ」

 

「あ、ああぁぁ……!?」

 

「少し『聞きたい事』があるんだが……どうした?」

 

 簪がぶつかったのは、食堂から彼女の後を追いかけてきたルミルノであった。よろめいた簪を支えるルミルノだったが、簪はそれどころでは無い。『新たな恐怖』を発見してしまったからだ。

 

「う、うし、うしろ……!」

 

「後ろ? 後ろがどうしたんだ? ほら、『言わなきゃ何も分かんない』ぞ、落ち着いて『説明』してくれ」

 

 

「あ、貴女の後ろにッ……『怪人』がッッ!!」

 

 簪の紅色の両目に映っていたのは、まるで特撮番組の怪人のような、ヒトガタの異形。全身緑色のその怪人はどこか女性的なフォルムだが、その耳の部分はまるでエルフのように伸びている。またその緑色の肌からは、同じく緑色の付箋のようなものがビッシリと生えている。

 何にしろ、人間には見えない『ソレ』が、床から少し浮遊しながら、ルミルノの背後に立っていたのだ!

 

 そして簪は半ばパニックに陥りながらルミルノに叫んだが、彼女の反応は非常に淡白だった。

 

 

 

 

 

「そうか、やはり『見えている』のか……いや『説明』ありがとうカンザシ、『聞きたい事』はこれで分かったよ。やはりお前は『獲物(ターゲット)』……『スタンド使い』だった」

 

「え……!? う、ぐぅぅぅッ!?」

 

 言うが早いか、ルミルノは簪の腹を蹴り飛ばす。吹っ飛ばされて廊下を転がる簪の右腕に、突如鋭い痛みが走った。見れば、何かに『切り裂かれた』ような傷から出血している。傍には、スペードの3……一枚の『トランプ』が落ちていた。

 

「な、何!? 何がっ起きて、これは!? ルミルノさんッ!?」

 

「何……って言われてもな。『何故お前がこんな目に合うのか』って意味ならば、お前は『運悪く運が良かった』んだよ。例えば麻雀だと『九蓮宝燈』って珍しい役があるが、「この役でアガった奴は死ぬ」なんて言われてる……まぁ迷信だがな。そしてコッチは私が『裏カジノ』で実際目撃した話なんだが、賭けポーカーで「ロイヤルストレートフラッシュ」なんて揃えちまったばっかりに、大負けして逆上した対戦相手にブッ殺されちまった、なんて奴もいる……」

 

 コツ、コツと足音を立てながら一歩一歩接近してくるルミルノ。簪も逃げようとするが上手く立ち上がれず、半分倒れたまま体を起こし、わたわたと後退る様にして退いていく。

 

「……まぁ何が言いたいかっつーとだな、お前は『スタンド』という常人には無い『超能力』に目覚めた。或いは『素質』があってもまだ目覚めてないのか……それは分からんが、とにかくその『才能』を持ってた『幸運』は同時に『不運』でもあったって事さ。―――私に目を付けられちまったんだからな」

 

 じりじりと後退していったが、やがて廊下の壁に背が当たった。これ以上は退がりようもない。そう思ったとき、ルミルノが何かを投げつけてきた。

 それは数枚のトランプ。ひらひらと舞い落ちるかと思われたそれは、ルミルノの背後に立つ『怪人』が腕を振るうと同時に吹き荒んだ『乱気流』に乗り、不規則に舞い上がって簪の体を何度も掠めた。と同時に、トランプが掠めた部分の肌が薄く切り裂かれるッ!

 

「あ、うあああああああああああ!! 何!? 何なの一体!?」

 

「その『何』ってのが『今起きている現象の正体は何か』って意味ならば、それは私のスタンド『ルーネイトエルフ』の能力さ」

 

 簪の言葉にルミルノが答えるが早いか、背後にいた『怪人』―――『ルーネイトエルフ』が彼女の前に歩み出た。屹立するルミルノと『ルーネイトエルフ』は全く同一のポーズを取って佇んでいる。

 その様子を見た簪は、目の前の『怪人』がルミルノの分身……むしろ一心同体の『彼女自身』である事を何となくだが理解した。

 

「私の能力は「風を起こすこと」……とはいえ、この風は他のどんな物質にも物理的影響を及ぼす事はできない……ただ一つ、『紙』という物質を除いてな。そして、『ルーネイトエルフ』の『風』に舞う『紙』はッ!」

 

 ―――瞬間、背筋に走る悪寒。簪は殆ど反射的に、横滑りに跳んだ。と同時に、さっきまでへたり込んでいた場所をトランプが通り抜け、周囲に舞ってゴミ箱に殺到する。無数のトランプに切り裂かれ、ゴミ箱はバラバラになった。

 

「このように『切断力』を持つって寸法さ! ……さてカンザシ、一応相部屋の誼で心の準備ができるまで待ってやった心算だが……そろそろ覚悟はできたか?」

 

「あ……あぁぁ……!!」

 

 当然、心の準備などできる筈も無い。背中の壁を支えに何とか立ち上がるが、逃げ道が無いのは変わらない。

 

「お前に恨みは無いが、私も賭博の為に『金』が必要でね。……何、ギリギリで殺しはしない、『生け捕り』が条件だからな。『ホワイトスネイク』の奴が『DISC』を取り出すのに死体じゃ都合が悪いんだとよ。面倒だが、私に与えられた『命令』なら仕方ない……『金』と『DISC』の『ギブ・アンド・テイク』だしな」

 

 喋りながらルミルノは懐から新品のトランプの箱を取り出すと、中身を全てバラ撒いた。同時に彼女の周囲を風が取り囲み、五十余枚のトランプはルミルノの周囲を回り始める。

 

 

「それじゃあカンザシ、お前はここで再起不能(リタイヤ)だッ!!」

 

「いやっ、こんな……こんなァァァァ!!」

 

 

 未だ壁に張り付いたままの簪に次々とトランプが飛び掛っていく。周囲のゴミ箱の残骸なども巻き込んで、簪の体は徐々に切り刻まれていった……。

 

 

 ……To Be Continued→




今更ですがオリスタンド注意です。

さて絶体絶命ですねかんちゃん。
果たして助かるのでしょうか、それともここで『勝ったッ! 第6部完!』されてしまうのか!?


(ネタバレ1:次回こそかんちゃん覚醒です)
(ネタバレ2:ルミルノ氏は一発キャラです)


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『もう一つの物語』その2

あれ何でだろう、まだ終わらない……
さっさと元の世界に戻して入学させたいのに……
ま、まぁルミルノ戦終わったら殆どすっ飛ばして最終神父戦まで大幅カットの予定だし多少はね?


 体中に鋭い痛みが走る。一つ一つは耐えられない程の苦痛ではないが、それが無数に、しかも絶え間なく続くとなれば話は別だ。ルミルノの目的が『生け捕り』である以上殺される事は無いだろうが、いずれは失血により気を失ってしまうだろう。いや、痛みに耐え切れずに気絶するのが先かもしれない。

 どちらにせよ、生け捕られた時点で彼女の言う『ホワイトスネイク』なる人物に引き渡され、『何か』される事には変わり無かった。「『DISC』を取り出す」と言うのが何の事なのか簪には分からなかったが、「その為に死なれるとマズイ」と言うからには「用が済んだら殺される」だろう事は充分に予想できた。

 いやいや、もっと穿った考え方をするならばルミルノの『生け捕り』という目的が真か偽か、簪に見抜く術は無いのだ。ひょっとすると彼女の気分次第でコロっと殺されるかも……。

 

(……発想がネガティブ過ぎるかな? でもこの状況だし、仕方ないよね……)

 

 そう、今のこの状況。自分の"ルームメイト"に襲われている、というだけならまだいい。いや良くは無いのだが、まだ理解の範疇だ。

 問題なのは、その方法。「風によって紙を操り、切断力を持たせたその紙で攻撃する」……『超能力』など信じてもいなかったが、目の前で実演されるどころか自身の身で味わってしまっては、「そういう物もあるのだ」と認めざるを得なかった。

 そんな人知を超えた力を使われた時点で、尋常の方法ではこの状況を覆せまい。ルミルノが言うには、自分にもこの『超能力』―――『スタンド』の才能があるらしいが、それが本当だとしても扱い方はおろかその糸口さえ掴めていないのなら意味は無い。要するに現状を打開できる可能性は皆無と言って良かった。

 

(……現状を打開する可能性、なんてある筈も無いのに。どうして私、『考えるのを止めない』んだろう?)

 

 全身を切り刻まれ痛みが思考を圧迫して尚、頭の片隅では冷静に状況を分析する自分が居る事に少し驚く。そして呆れもする。この状態で思考する事に、分析する事に何の意味があるというのだろう、と。

 ―――確かに、この最後に残った思惟すら放棄してしまえば私は気絶するだろう。そうなればこの身の破滅は免れ得ない。

 だが今の様に必死で痛みに耐えて脳を回転させ続けた所で、現状を打開する方法は無いのだから結局は時間稼ぎにしかならない。つまり今の私は無為に苦痛を長引かせているに過ぎないのだ……と、理解はしている。倒れてしまえば楽になれると、分かってはいるのだ。

 

 だがしかし、それでも簪は耐えていた。どうにもならない絶望を前にして、抵抗に意味は無く苦痛しか得るものは無いと分かっていて、それでも簪は足掻き続ける。それはもはや理性から来る判断では無い。理性的な思考ではとっくに諦めている。だからこの足掻きはもっと本能的なものだ。

 とは言うものの、ただ「死にたくない」というだけの『生存本能』でも無い気がする。既に『生存本能』も無視して逃げ出したくなるレベルの苦悶が続いているのだ。相変わらず致命傷となるような一撃は無いが、だからこそ『意識を閉ざす』という安易な逃避を選択してしまう程に追い込まれている。今の簪の支えとなっているのが『生存本能』だけならば、とっくに倒れ伏していただろうと確信していた。

 では一体何だというのだ、『生存本能も、死にたくなる程の苦痛すらも凌駕する本能』とは? 何か、心の一番奥……根幹となる部分に引っ掛かるものを感じる。胸の奥から、熱いものが込み上げてくるような感覚。

 もう少し……何か『きっかけ』さえあれば、『大切な何か』を掴める気がする……。

 

 

 

 と、不意にルミルノが口を開く。予想外に耐え続ける簪に、そろそろ痺れを切らしたようだ。

 

「なかなか頑張るな、カンザシ……辛いだろう? そろそろ楽になったらどう、だッ!」

 

「……ぐ、ぅぅああッ!」

 

 

 『ルーネイトエルフ』が腕を突き出す、と同時に飛んできたトランプが簪の肩を抉った。深い傷では無いものの、いよいよ出血は激しい。激痛で一瞬思考が途切れ、ブラックアウトしつつある意識。

 頭の中を走馬灯が巡る。物心着いた頃から現在までの記憶。楽しかった事や、悲しかった事。親しい者達との思い出。姉―――楯無との確執。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 その瞬間、視界が一気にクリアになる。遠のきかけた意識が戻ってくる。痛みは気にならなくなり、思考回路が高速で回転し、つかえが取れたかのように心の奥底から『意志』が湧き上がる。

 

(そうか……そうだったんだ。私は、()()()()()。……『だからこそ』ッッ!!)

 

 『答え』は見つかった。『全てを凌駕する程の本能』……それは更識簪を『更識簪』たらしめる、唯一にして最大の『意志』。簪が生まれ持った衝動でありながら、今の今まで自覚すること無く、而して更識簪という人間の自己同一性(アイデンティティ)に多大な影響を与えてきたそれは、姉に対するコンプレックスの中に垣間見えた。

 覆しようの無い才能の差を自覚しながら、苦しむだけだと理解してなお届かぬ目標へと挑み続け、存在理由(レゾンテートル)まで見失ってもまだ諦め切れずに足掻き続ける。……正に今の状況と同じではないか。どうする事もできない攻撃に晒されて、苦痛を長引かせると分かっていても抵抗を続け、理由すら自覚できないまま諦め切れずに足掻き続けている、現在の簪と。

 

 ならばその根幹は同じ物だ。

 それこそが生物としての本能すら超える、彼女の根源的な『意志』。

 

 

(『()()()()』じゃん。諦めたら、立ち止まったら、最期まで貫けなかったら。……そんな『私』は、『私』じゃ無い……『更識簪(わたし)』とは認めない!! 『私』は、『更識簪』は―――愚かだろうが意味が無かろうが、最期の(とき)まで『()()()()』を追い求め続けるッッ!!)

 

 ……そこに『結果』は必要ではない。重要なのは『過程』だ。彼女自身が全てを投げ打って、決して諦めず『結果』に向かって走り続け、最期まで貫き通したならば。最終的に辿り着いた『結果』がどんなに愚かしく無意味であったとしても、彼女は『納得』して受け入れるだろう。

 彼女にとっての判断基準は『格好良さ』だ。少なくとも、彼女が『格好良い』と信じるアニメやマンガのヒーローなら、最後の最後まで絶対に足掻き続けるだろう。もし仮に物語がバッドエンドだったとしても、彼女はそれを受け入れるし、そこに至った『物語』を『格好良い』と肯定する。例えその様子が滑稽で無様に見えても、他の誰にも認められなくとも、それで自己の理念を貫き通せるならば、彼女だけはそれを『格好良い』と認める。

 何故も何も無い。それが彼女だからだ。『格好良さ』を追求する為なら理性も本能も超越して命だって惜しまない。それが彼女の生まれ持った衝動であり信念だからだ。それを目指す事こそが更識簪の存在理由(レゾンテートル)であり、何にも侵されない彼女自身の、彼女だけの『意志』だからだ。

 

 そんな『格好良さ』を、そこへ向かおうとする『意志』を。……きっと、彼女は。

 

 

 

(―――きっと、私は。『浪漫(ロマン)』と、呼ぶのだろう)

 

 

   ※   ※   ※

 

 ここまで、ほんの一瞬の思考。次の瞬間、背中に激痛が走る。予想だにしなかった箇所への深い痛みに不覚にも倒れ込んでしまうが、それが彼女の『勘違い』を霧散させた。

 

   ※   ※   ※

 

 

「……なんだ、まだ動けるのか? 思ってたよりタフな奴だったんだな、カンザシ」

 

 倒れた簪を見て気絶したのかと一端攻撃を中断したルミルノだったが、彼女が再び起き上がったのを見てポケットから新たなトランプの箱を取り出した。その中身を宙にばら撒くと彼女の周囲を旋回するトランプは先の二倍になる。

 

「……諦める訳には、いかないもんね」

 

「……?」

 

 しかし、簪の様子が先程までと違う事に気付き、僅かに警戒心が芽生える。その間にも簪は立ち上がる。

 

「でも、『現状を打開する力』が無ければここで終わってしまう。……だから、『貴女達』は『傍に立って』くれようとしたんだね。……私の、無意識下の『立ち向かう意志』に応えて! そして今、私は『意志(ロマン)を自覚した』ッ!」

 

「何の話だ……いや、『誰』と喋ってる?」

 

 突然語り出した簪に困惑するルミルノだったが、すぐに『会話の相手が自分では無い』ことに気が付いた。簪は彼女に構わず話し続ける。俯いたまま、『自分自身に言い聞かせる』ように。

 

「私は壁を背にしていた……背中が切られる筈は無かった、でも『背中は傷付いた』……なら、切られた『()()()()』はどこにあった? ……答えは、()()()()()()()

 

「……ハッ!?」

 

 一見、支離滅裂に聞こえる発言。しかし、確かに簪の目の前には『()()()()()()』があった。

 

 ルミルノも漸く気付く。簪を庇うようにして彼女との間に立つ、『双子の美少女の人形(ドール)』の存在に。簪の左側に青い目を持つ少女、右側には紫の目を持つ少女。髪はどちらも金髪で、自分の目と同色のドレスを身に纏っている。

 そして正面に居るルミルノからは見えなかったが、簪からはその『双子人形』の()()に切り傷が開いているのが見て取れた。

 

「ルミルノ……貴女はゴミ箱の残骸に埋もれていた『この子達』に気付いていなかったのかもしれない。でも私への攻撃の『流れ弾』が、この子達の背中に当たって……そのダメージが『私に返ってきた』、だから『気付けた』……」

 

 双子の人形が簪を振り返る。それに応えるように顔を上げた簪の瞳は、『左眼が青』、『右眼が紫』のオッドアイに変化していた。『双子人形』の二人それぞれと同じ色だ。

 

「『この子達』は『()()()()』ッ! ……朝から怖がって大騒ぎしてたのが恥ずかしいほど『馬鹿馬鹿しい真相』だけど……まあ、これもまた喜劇(ロマン)、かな?」

 

「『お前のスタンド』ッ! 目覚めていたのか!? 本人の『気づかぬ間』に!」

 

 

『Oui mademoiselle.(はい、御主人様。) 私達は、御主人様のスタンドです』

 

 驚愕するルミルノを無視して、双子は微笑みながら簪に自らの名を告げる。

 

『青の私が、オルタンス』

『紫の私は、ヴィオレット』

 

『私達は、二人で一人……御主人様、『私達』の名を呼んで?』

 

「『貴女達』……『私のスタンド』の、名前……」

 

 双子はそれぞれの個体としての名の他に、もう一つ……二人の総称、『スタンド』としての『自分達』の名前を欲した。それは本体である簪が名付けるべきもの。そして『彼女達』を自らの一部として受け入れた瞬間から、彼女の脳裏には一つの名前が浮かんでいた。まるで遠い昔から、もう決めてあったかのように。

 

 

「……『貴女達』は、私が迷い込んだこの『もう一つの世界』で、私が新たに紡いでいく『物語(ロマン)』の始まり。……自身の存在理由(レゾンテートル)を、『浪漫』を自覚して歩み始める、『生まれ変わった(かくごをきめた)』私の精神(こころ)表象(あらわれ)―――」

 

 

「―――『もう一つの物語(アナザーロマン)』。それが『貴女達』を意味する名だよ」

 

畏まりました(Je comprends)、御主人様』

 

 

 ……To Be Continued→




散々もったいぶってようやっと登場簪さんのスタンド、『もう一つの物語(アナザーロマン)』。

ただ分かる人にはとっくにスタンド名モロバレだった説。
そもそも簪さん第1話からロマン厨だったしなぁ。
あからさまに"物語"に"ロマン"ってルビ振ったりしてるしなぁ。

それはそうと、今作品のスタンド名は洋楽から取るつもりはありません。
いつかジョジョ原作で使われるかもしれないので。被り防止です。
(訳:洋楽はよう知らんので無理しません)


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『もう一つの物語』その3

第0部のサブタイ【或いは星達(かれら)の第6部】を英語で表記すると【Or Stone Ocean(オア ストーンオーシャン)
このSSのサブタイ【宇宙(そら)()夢物語(ロマン)】を英語表記に直すと【Infinite Strato's Roman(インフィニット・ストラトス・ロマン)】。

ダカラ『ドーダコーダ』言ウワケデハ ナインデスガネ
……英題を先に考えてから和訳する。
すると何故かこうなる(永遠の厨二病)


 簪が自らのスタンドを得る一部始終を目の前で眺めながら、ルミルノは動けずにいた。思いも寄らぬ場面に遭遇した事で動揺し、思考が止まってしまったのである。

 無論、簪が得た未知のスタンド能力を警戒していたのもあるが、様子見をしていても簪がスタンドを得た事実は取り消せない。ならば尚更、簪が自身のスタンドに気を取られている間に先手を取って動くべきだったのだが、そこに思い至らなかった辺りやはり動揺していたのだろう。

 

「さて、ルミルノ……今度は、こっちの番だよ」

 

「……ッ! な、舐めるなァァァァ!!」

 

 簪がルミルノを睨み付け、彼女のスタンド『もう一つの物語(アナザーロマン)』が一歩前に出る。そこで漸くルミルノも動き出した。テレフォンパンチのように自らの腕を突き出すと、それに連動するように『ルーネイトエルフ』も同じ動作で動く。それに伴い発生した風によって放たれたトランプが簪に殺到する。だがそれは作戦あっての事ではなく、ただ焦りに任せて放たれた、闇雲に攻めているだけの直線的な攻撃。

 対して簪は落ち着いていた。先程までとは違う、飛来するトランプに対する対処法を持つが故の自信と余裕。スタンドが発現したばかりではあるが(しかもつい直前まで気付いてすらいなかったが)、羽化したばかりの蝶が誰に教わらなくとも空の飛び方を知っているように、スタンドを自覚した簪は『もう一つの物語(アナザーロマン)』の……自分自身の『能力』を完全に把握できていた。

 

 

()()()『ヴィオレット』……『オルタンス』は()()()あげて」

 

『Oui mademoiselle(はい、御主人様)』

 

 双子の人形が流麗な動きで両腕を振るう。目にも留まらぬ速さで繰り出される拳の連続突き(ラッシュ)。二体合わせて四本の腕が飛来するトランプの一枚一枚を的確に捉え、打ち落としていく。……いや、訂正しよう。『もう一つの物語(アナザーロマン)』のパンチは確実にトランプにヒットしていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……これはッ!? うああああああああッ!?」

 

 紫の人形……『ヴィオレット』が殴ったトランプは、打ち落とされる事無く『その場で停止』していた。舞い落ちる事も無ければ『ルーネイトエルフ』の風で再び舞い上がる事も無く、『空間に固定』されていると言った方が正しいのかもしれない。飛んでいったトランプの半分ほどはそうして停まっている。

 だがルミルノが絶叫するほど驚いたのは青の人形『オルタンス』に殴られたトランプの方だ。そちらのトランプは、あろう事かルミルノへ向かって一直線に()()()()()()のだ! 風や重力の影響を忘れてしまったのかのように『等速直線運動』でルミルノへ戻ってくるトランプ。余りの事に咄嗟の回避行動も取れずただ叫び声をあげるばかりだった彼女に、逆風の中とは思えない速度で返ってきたトランプは遂に命中し―――

 

 ―――ぺしっと彼女の体に当たると、足元に落っこちたのだった。

 次から次へと打ち返されては、ルミルノに当たって落ちるトランプ。

 

(い……いや……よく考えれば当たり前の事……焦るまでも無かったか)

 

 一瞬呆けたような表情を見せたルミルノだったが、すぐに理解する。そもそもトランプそれ自体には何の殺傷能力も無い。トランプによって物体が切り裂かれるのは、飽くまで『ルーネイトエルフ』の能力。「切断力を持ったトランプを風で操っている」のではなく、「風の影響下にあるトランプが切断力を持つ」のである。故に、簪のスタンドがどんな能力だろうが、トランプの支配(コントロール)を奪った時点で『切断力は消える』のだ。打ち返されたからといってルミルノが傷付く事は無い。

 

「……ハッ!」

 

「どうやら『手札』は尽きたみたいだね」

 

 一旦は安心して冷静を取り戻そうとしたルミルノだったが、気付いた時には既に全てのトランプが静止するか打ち返されてしまっていた。つまり自身の攻撃は完璧に防がれたという事。……思わず冷や汗が垂れる。

 それに加えて簪は何か……『鉄の破片』を持っていた。それが何かは分からないが、手に持っている以上は用途があるのだろう。例えばそう、先程打ち返してきたトランプのように、あの破片も『打ち出せる』のであれば―――

 

「……ッオアァ!」

 

「おっと、勘がいいね」

 

 一瞬早く気付く事が出来たのが幸いした。その鉄片もさっきのトランプ同様、『オルタンス』が叩いた……否、『触れた』瞬間、一直線にルミルノへと射出された。ギリギリで回避に成功したが、鉄片が壁にめり込んだのを見るにその威力は銃弾並。取り戻しかけた平静も彼方、もはや焦燥を抑えきれない。それでも彼女は思考を巡らし、簪の能力の正体に当たりを付ける。

 

「カンザシっ、お前の『能力』! 『動かす』のと『止める』のが出来るのかッ!?」

 

「……もう分かっちゃったんだ。隠しても無駄みたいだしバラしちゃうけど、その通りだよ。より正確に言うならば、『運動エネルギーを操る』のが私の能力。『静』を司る『ヴィオレット』が触れた物は『運動エネルギー』を失い、その場に停止……固定される。そして『動』を司る『オルタンス』が触れた物は」

 

 説明しながら簪は地面に落ちている『鉄片』……ルミルノが切り刻んだ『鉄製のゴミ箱の欠片』を拾い、『オルタンス』の方に放り投げた。

 

「『運動エネルギー』を与えられ『任意の方向』『任意の力』で発射されるッ!!」

 

 元より薄い鉄板が更に細かく刻まれた欠片とはいえ、()()さえ持たせればそれなりの威力になる。『動』を司る彼女の腕が再び振るわれ鉄片に触れた瞬間、ルミルノへと勢い良く撃ち出された!

 

「クッ……ウオオォォォォッッ!?」

 

「貴女の『トランプ』は私の能力で封殺できる。諦めて降参してくれると楽だったんだけど………逃げちゃったか」

 

 転がるようにしてそれを避けたルミルノは、不利を悟ってそのまま逃げ始めた。簪も鉄片を持てるだけかき集めてからその後を追う。

 

「あいつには『ホワイトスネイク』とかいう仲間がいるハズ……合流されると2対1、それは避けたいし、他にも仲間はいるかもしれない。つまり私は、『他の誰かに接触される前にルミルノを倒す』必要がある……逃がす訳にはいかない、ここで仕留めるッ!」

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「ハァ、ハァ、……グっ!?」

 

「追いついたよ、ルミルノ……貴女には再起不能(リタイヤ)になってもらう」

 

 追撃の末、辿り着いたのは図書室前の廊下。ルミルノの足元に鉄片が命中し、躓いて倒れ込んだ。簪は悠々と彼女に近付くと、最後通告を行う。

 

 だが。

 

「クク……再起不能(リタイヤ)だと? 思い上がるなよカンザシ、お前如きが私に既に『勝った気』でいるんじゃあないぞッ!!」

 

「!? これはッ?」

 

 突如として巻き起こる突風……いや、もはや竜巻と呼んだ方が相応しい暴風。相変わらず簪の肉体に物理的な力を与えないその風。それに舞い上がるトランプは、簪ではなく『図書室前に置かれていた物』を細切れにしていく。

 

「私が何のプランも無くただ惨めにトンズラこいてるとでも思っていたのか!? 違うな、私は最初から()()を目指していたんだよ……『図書室の前』まで来れば私の勝ちだからなッ!」

 

()()()! ()()()()()()()!」

 

 目の前で微塵切りにされていく()()に簪は見覚えがあった。それもその筈、ほんのちょっと前……今日の午後に看守に言われて、ルミルノと二人で片付けた()()は。

 

 

 

「『()()()』!! それも束になる程大量のッ!」

 

「ハッ、理解したみたいだなカンザシ! 私の能力は『紙に切断力を与える』こと! それは何もトランプだけに限った話じゃあ無いんだぜェェ~~~」

 

 見る見るうちに小さく細かくなっていく古新聞。その一片一片が互いに切りつけ合い、更に細断され、最後には辛うじて白色の粒が目に見えるのみ、という程度にまで粉々になった。その粉雪のような塵の大群が、ルミルノの周りを囲うように回る竜巻に乗って(うごめ)(ひしめ)いている。余りの光景に、簪は思わず『鉄片(弾丸)』を手から取り落としてしまったが、拾い直せるような状況でもない。

 

「確かに私の『トランプ』はカンザシ、お前のスタンドに阻まれ届かないさ……だが『この数』! 『この質量』なら! 流石に全てを防ぐことはできねーよなァ~~カンザシィ!?」

 

「……!」

 

「言葉も出ねぇか? これが私の『切り札』だよ! ハッハハハハァーーーー!!」

 

 思わず身構える簪の姿を見て、高笑いを上げるルミルノ。彼女は勝利を確信していた。

 

 

「それじゃあァ~~そろそろ! 私の勝利を祝う『紙吹雪』を! お前の血飛沫で真っ赤に染めて()()めでたくしてやるぜェェーーー」

 

『遅くなりました、御主人様』

 

「……間に合った!」

 

「……あん?」

 

 勝利を確信していたルミルノは、結局気付かなかった。先の追撃の途中から、簪の傍らにいる人形が一体減っている事に。『ヴィオレット』が、いつの間にか単独行動を取っていた事に。

 『簪とルミルノの監房』まで行って、ライター(ルミルノが煙草を吸う為に使っていた)を取ってきていた事に、彼女が簪の下へ戻ってくるまで、終ぞ気付くことは無かった。

 

「貴女に何か思惑がある事は、途中から気付いていた。尤も、それが『何なのか』までは分からなかったけど……だから『ヴィオレット』には、『切り札』を取ってくるよう命じておいた」

 

「『切り札ァ』? そのライターが、か? おいおい笑わせるなよ、確かに『紙』は所詮『紙』だ、火には弱いだろうさ……だがそんなちっぽけな炎で何ができるってんだ? 結局は圧倒的物量の前に……」

 

「もちろん、こんなちっぽけな火種には期待してないよ……本命は、こっちッ!」

 

「…………なっ!?」

 

 言うが早いか簪はライターを点火すると、同じく『ヴィオレット』が持ってきた布切れ(部屋に置いてあったルミルノの着替えか何か)に火を着ける。同時に『オルタンス』が()()に向かってそれを打ち上げた。ほんの一瞬だけ呆気に取られたルミルノも、その『向かう先』を見て狙いに気付き顔を青ざめる。

 

 

 

 だが気付いたところでもう遅かった。メラメラと燃える炎の塊が飛んでいったその先にあったのは、『防災用スプリンクラー』!

 

「これが私の『切り札』……所詮『紙』なら火にも弱いし、当然『水』にも弱い!!」

 

「う……うわああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 炎を検知したスプリンクラーからは辺り一面に放水が開始され、ルミルノの『紙吹雪』は文字通り雪のように溶けて消えていった。もはや簪を追い詰める事が出来なくなったばかりか、ルミルノの身を守る物も何も無い。

 

「さあ、これで丸裸……」

 

「ひっ……く、来るなァ!」

 

 一歩ずつ歩み寄る簪と、その両隣に浮かぶ二体の人形。ルミルノは懐から撥水加工されたトランプを取り出し必死で抵抗するが、今更()()()()()()()で簪を止められる筈も無い。

 

「『もう一つの物語(アナザーロマン)』」

 

「くっ……うぅ……!」

 

 雨のように降りしきる放水の中、真正面から飛び掛るトランプの群れを、簪の操る双子が一枚一枚的確に対処していく。

 それでも流石と言うべきか往生際が悪いと言うべきか、この状況下でなおルミルノは諦めてはいなかった。正面のトランプ群を囮に、ジョーカーのカードを簪の死角から回り込ませる。

 

「"()()"だね」

 

「うっ!」

 

 それを簪は一目もくれずに把握すると、『ヴィオレット』に『停止』させた。簪からは死角になっていても、彼女の『人形達』にとってはそうではない。そして今の簪は、その『二人の従者』と()()()()()していた。

 スタンドには本体と視界を共有できる特性を持ったものがいる。特に遠隔操作型に多いが、簪も御多分に漏れず自身のスタンドの視界を借りる事ができた。それぞれ青の左眼は『オルタンス』の視覚と、紫の右眼は『ヴィオレット』の視覚と繋げる事ができる。

 

()()()()も」

 

「や、やめろ……」

 

 スペードのA、ダイヤのJ。左右から回り込んできた二枚も阻まれた。今の簪は3人分の視覚情報を一人で処理し、位置座標を正確に把握して『もう一つの物語(アナザーロマン)』に指示を送っている事になる。そんな複雑な芸当が可能なのかと問われれば、答えはYES。

 実のところ、自覚こそしていなかったものの『情報分析』や『空間認識』は彼女の得意分野。その才能は姉の楯無に勝るとも劣らない。その本人すら気付いていなかった『秘められた才能』が、今この瞬間、確かに発揮されていた。

 

「そことそこ、最後にそこ!」

 

「あ、ああ……あああ……!」

 

 クラブのK、ハートのQが『ヴィオレット』に停められると、真上から狙っていたもう一枚のジョーカーも『オルタンス』が弾く。それが自らの頬を掠めて飛んでいくのを感じながら、ルミルノは遂に目前まで到達した簪を怯えた目で見つめていた。

 

「さて、トドメの前に質問があるんだけど……『ホワイトスネイク』ってのは何者? 他にも仲間はいるの?」

 

「し、知らない! 仲間なんて知らない! 『ホワイトスネイク』が奪った『スタンドのDISC』を使ってスタンド使いを増やしてるのは聞いた事があるが、それだけだ! 誰が『そう』かなんて知らないし、『ホワイトスネイク』の本体も知らない! 私はただ『スタンド』と『命令』を与えられて、金と引き換えで()()してただけなんだよォォーーー!」

 

 嘘を吐いているようには見えない。ならば「知らない」と言った事は本当に知らないのだろう。だがそれでも分かった事はある。

 

 何人いるか、誰が()()かは分からないが、スタンド使いはやはり彼女以外にもいるようだ。そのスタンド使いは『DISC』なる何かによって増えた者らしい。

 彼女は初めに、「簪がスタンド使いだったから襲った」「『ホワイトスネイク』が『DISC』を取り出す」とか言ってたハズだから、今聞いた話と併せて推測するに『ホワイトスネイク』はスタンド使いの本体からスタンドを『DISC』として取り出す事ができ、それを一般人に使う事で『スタンド使いを増やせる』能力を持っているのだろうか。

 その一人であるルミルノは『ホワイトスネイク』から命じられて『DISC』にする為のスタンド使いを狩っていた。ならば他のスタンド使いも何かしらの『命令』を与えられているのかもしれない。少なくとも、有事の際には『ホワイトスネイク』の指示に沿って行動するのだろう。

 つまり簪にとって『敵』となる存在はまだ沢山いて、場合によっては()()()かもしれないという事。予想以上に厄介な展開ではあるが、今はどうしようもない。

 

 ……取り敢えず、現時点で彼女から得られる情報はこれ位だろう。後は()()()だ。

 

 

 

「じゃあ、もう一つ試したい事があるから……()()()になってもらうよ」

 

「ヒィッ!? な、何をす―――」

 

 ルミルノが口答えする間も与えず、『オルタンス』が彼女を打ち上げ、『ヴィオレット』が空中で固定する。困惑するルミルノに、簪は『これから行うトドメ』の詳細を告げる事にした。

 

「私の能力は『運動エネルギー』……それを物体に与えたり奪ったりすること。それはさっき言ったとおりなんだけど……もしも『運動エネルギー』の付与と収奪が、()()()()()()()()()()()どうなるか? ……分かるかな?」

 

「し、知らん! 降ろしてくれ! 金か!? 金なら幾らでも()()()きてやる、だから……」

 

 質問の答えは分からなくとも、自分に良くない事が起こるだろうと理解したルミルノは空中でジタバタもがきながら必死で命乞いするが、簪は初めから彼女の話など聞いてもいないという風で言葉を続ける。

 

「……自分の能力だからかな、理屈は分からなくても()()()()()は分かるの。―――行き場を失った『運動エネルギー』は、『破壊エネルギー』に変換されて放出される……その様子を実際に目で見て確認しておきたいんだ、『オルタンス』も『ヴィオレット』も、正確に精密に、私の『指示』に合わせて殴ってね?」

 

『分かっています、同時且つ同地点を攻撃すれば良いのですね?』

『私達にかかれば容易い仕事です、御主人様』

 

「や、やめ……冗談だよな? おい、カンザシ、私とお前はその、同室の誼とか何かこう……」

 

 ルミルノを完全に無視して『双子』と簪の間で物騒な話が纏まった。ルミルノはもう涙目だ。

 『もう一つの物語(アナザーロマン)』はルミルノを前後に挟むように立ち、簪は彼女達の視界を通して拳を叩き込むべき場所を見極める。10や20では済まさない、全身余すこと無く幾つも攻撃部位を見定める。

 

 

「そ、そうだ! お前には私との賭けで勝つ権利をやろう! 八百長で負けてや―――」

 

「―――さぁ、いっておいで」

 

『Oui mademoiselle(はい、御主人様)』

 

 

 そうして、簪に促され。

 『もう一つの物語(アナザーロマン)』は動き出す。

 

 簪の『指示』に合わせてルミルノをフルボッコにする為に。

 

 

 

 

 

「―――そこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこォッ!!」

 

「あがっぐわばァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 体中至る部分に叩き込まれる二拳一対の打撃。『運動エネルギー』が流し込まれると同時に奪われ、『破壊エネルギー』と化して弾け飛ぶ。体全体から血を噴き出して、なおも止まらぬ連打。

 最後には壁までブッ飛ばされ、びたーんと打ち付けられた。

 

 

 

 スプリンクラーの放水が漸く止まる。火災か誤作動か確認する為、看守達が近付いてくる気配がする。白目を剥いて意識を失ったルミルノを尻目に、簪は看守達が駆けつけ騒ぎになる前にその場を立ち去ったのだった。

 

 

其処(そこ)に貴女の命運(ロマン)は無かったみたいだね……ルミルノ」

 

 

 

 

 ルミルノ・シャネーラ(スタンド:ルーネイトエルフ)

 ―――駆けつけた看守達により、スプリンクラー誤作動の重要参考人として取り押さえられる。

 生きてはいるものの意識不明の重体。快復しても暫くは会話すら侭ならないだろう。

 再起不能(リタイヤ)

 

 更識簪(スタンド:もう一つの物語(アナザーロマン))

 ―――全ての責任をルミルノに押し付け何食わぬ顔で医務室へ。全身びしょ濡れ+切り傷だらけで驚かれたものの、「階段から転げ落ちたところでスプリンクラー誤作動の巻き添えを食らった」の一点張りで何とか誤魔化した。命に別条も無く、すぐに治療も済んで元の監房へ。

 置きっぱなしだったルミルノの私物を着服し、部屋も一人でのびのび使えて案外ラッキー。

 

 ……To Be Continued→




ルミルノ戦終わったー
これ、元は一話分に纏める予定だったんだぜ……

ともあれ、かんちゃん覚醒も済んだ事だし、これで後は徐倫達と合流してジョジョ原作を(ダイジェストで)なぞって最終戦にちょこっと触れて入学だな!
……あれこれ徐倫合流編でまた話数使う予感が(ry

   ※   ※   ※

せっかくなのでルーネイトエルフのスタンドパラメータを。

『ルーネイトエルフ』―――本体:ルミルノ・シャネーラ
【破壊力:C/スピード:B/射程距離:C/持続力:C/精密動作性:D/成長性:C】
能力―――『紙』にのみ作用する特殊な風を発生させる。この風に吹かれた『紙』は『切断力』を持ち、薄い鉄板程度なら軽く切り裂ける。ただし所詮は『紙』なので、火や水には弱い。また分類上は近接パワー型だが能力特化の為にスタンド自体の戦闘能力も低い。その割に能力自体もなんかしょぼい。典型的なかませ犬のゴミスタンドである。


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「星」の導き! その1

やはり1話で収まらなかったか……
伏線張ってただけでこの文字数。目立った動きも無い完全なる中弛み回。
というかルミルノ戦が動きすぎなんだよなぁ、このssのピークはあそこだったかもしれん()

あ、あと『もう一つの物語(アナザーロマン)』の表記は面倒なので今回より『アナザーロマン』の書き方を基準とします。あしからず。


 皆が寝静まった夜。狭い部屋の中でボールが跳ねる。野球のボールだ。地面にバウンドし、部屋の反対側へと跳んでいく。途端、誰かが捕球したかのように動きが止まり、そのまま逆方向……元来た方向へと投げ返される。そしてボールは再びバウンドし、部屋の反対端で同様に捕球され、また投げ返される。

 

 まるでキャッチボールのような球の動きだが、ボールを投げる者も受ける者も、どちらも存在しない。無人の空間で、ただボールだけが勝手に動いているのだ。とんだホラー映像である。この光景を目の当たりにすれば大抵の人間は恐怖を抱くだろう。

 しかし、この部屋の住人にとってはそうではない。ベッドの上に寝転がって、ボールが往復する様子を眺めながら、恐怖どころか微笑ましそうに口元を緩めている。心霊現象とも思しき事態を前にしながら、完全にリラックスしていた。

 それもその筈、この現象は彼女にとって何ら不自然な物では無いのだ。

 

 

 

 ……ではそろそろ、この不可思議なキャッチボールの種を明かそう。

 何の事は無い。()()()()()()()()()()である。それ以外の何物でもない。

 

 一般人の目から見れば上記のようにホラー極まりないが、それ以外の人間から見れば真逆の印象を抱く事になる。それ以外の人間………言わずもがな『スタンド使い』の事だ。

 

 無論、この部屋の住人も『スタンド使い』であった。というか、ぶっちゃけ更識簪であった。

 

「……楽しい? 二人とも」

 

『ええ、それなりに』

『少し狭い気もしますが、仕方無いですし』

 

 数日前、晴れて一般人を卒業した簪。オッドアイになったその両目には、『アナザーロマン』の二人……『オルタンス』と『ヴィオレット』がキャッチボールで仲良く遊んでいる姿がハッキリと映っていた。双子の美少女の人形がボールを投げ合ってきゃっきゃうふふ……大変微笑ましい風景である。簪が柔らかな眼差しで見守ってしまうのも無理は無い。

 

 彼女達はスタンド……本体の分身たる身ではあるが、自らの意思を持っていた。ルミルノの『ルーネイトエルフ』のように『意思を持たないスタンド』の方が多数派ではあるが、彼女達のような『意思を持ったスタンド』も少なからず存在する。珍しい事ではない。

 簪は彼女達の意思を尊重し、時折自由行動をさせてやる事にした。尤も、スタンドはスタンド使い以外の一般人には不可視の存在だ。そのルールは簪も理解しているので、部屋の中で誰にも見つからないようにこっそり遊ばせてやるくらいしかできないが。スタンドを知覚出来ない一般人の目の前で騒ぎを起こせばそれこそ心霊現象になってしまうし、逆に油断しすぎてスタンド使いに彼女達の姿を見られるのもまずいのだ。

 

 

(ルミルノは『ホワイトスネイク』の手先だった。意識を失っているルミルノから話を聞ける訳は無いけど、逆に『ルミルノが倒された』=『敵対者が居る』という情報は『ホワイトスネイク』に伝わった筈)

 

 相変わらずボール遊びを楽しむ二人を眺めつつ、簪は思考を巡らせる。

 

(『ホワイトスネイク』にはルミルノの他にも手下……『DISC』で増やされたスタンド使いが居る。そいつらがこの刑務所のどこに潜んでいるかも分からない以上、迂闊に動く事はできない、か……はぁ、自分のスタンドすら自由に遊ばせてやれないのに、()()なんて夢のまた夢かな)

 

 そう、簪の現在の目標は『脱獄』である。一つの修羅場(ルミルノ戦)を乗り越えた事で精神的な成長を遂げた簪は、取り敢えず前向きに生きる事にした。かと言って元の世界への戻り方など見当も付かない現状、思いついた当面の行動指針が『脱獄』だったのである。

 と言っても、右も左も分からない異世界で、牢の外に出たからといって何がどうなる訳でも無い。知り合いも居ないし、生活基盤すら用意できるか怪しいものだ。それを分かっていながら、簪がこの『石の海(けいむしょ)』からの脱獄を決意した理由は至ってシンプル。

 

 ―――ここは刑務所、自分は無実。ならば『脱獄』というお約束(ロマン)を体験せずして何が更識簪か!

 

 ……真面目な脱獄囚が聞いたら怒りそうな理由だが、彼女は本気だった。ロマンに目覚めてからこっち、頭のネジが外れかけてるんじゃないかってくらいロマン中毒になってる気がするが、彼女にとっては些細な事である。少なくとも、姉への劣等感で押し潰されそうになっていたあの頃と比べれば、今の自分の方が万倍充実している実感がある。

 

 ならば何を迷うことがあろうか、Let'sロマン。ビバ、ロマン。ロマン万歳。

 ……今や簪は完全なるロマン至上主義者であった。多分ロマンが足りないと禁断症状起こす。

 

 

(……ま、焦ることは無いか。困難が多いほど私の脱獄(ロマン)も面白くなるってもんだし、のんびり気長にやってこう)

 

 最終的な結論もやはりロマンに侵食されていたがそれはさておき。思考を切り上げて意識を目の前に向けると、『アナザーロマン』の二人はキャッチボールに飽きたのか「輪投げ」で遊んでいた。赤や青、黄などカラフルに塗られた木製のリングが飛ぶのを何の気無しに眺めていたが、さっきの野球ボールはどうしたのか、ふと気になって部屋を見渡すと、鉄格子になっている出入り口の扉の付近……部屋の外側に転がっていた。何かの拍子に鉄棒と鉄棒の間から転がり出てしまったらしい。

 

「二人とも、遊んだらちゃんと片付けなよ……看守に見つかったら取り上げられちゃうかもよ?」

 

 そう言いつつボールを拾おうと鉄格子の外へ腕を伸ばす簪。

 しかし、その手がボールを掴むことはなかった。

 

 

「はいこれ、ボール……」

 

「え?」

 

 横から伸びてきた『別の手』が、簪より先にボールを拾い上げて彼女の方に差し出したのだ。野球のグローブを嵌めたその手の主は、まだ幼い雰囲気の少年だった。こんな夜中に監房の外を出歩いているなら囚人では無いだろうが、看守という訳でも無さそうだ。この少年が何者なのか、簪には全く想像も付かなかった。

 一瞬の困惑の後、簪は奪うようにして少年の手から野球ボールをひったくると、部屋の内側へ後ずさった。その左右には既に『アナザーロマン』が控えて臨戦態勢を取っている。

 

「あ、貴方は一体……!」

 

「落ち着いて、えーと、そう『カンザシ・サラシキ』って言ったっけ? 僕は君の敵じゃあないよ、どちらかって言うと『味方』に近い」

 

「み……『味方』……?」

 

 一触即発、少しでも怪しい動きを見せれば即座に『アナザーロマン』を叩き込める体勢を崩さない簪に対し、少年は慌てる風もなく落ち着き払っている。そして『味方』という単語に彼女が反応したのを見て、更に話を続けた。

 

「君がどこまで知ってるかは分からないけど、『ホワイトスネイク』には「スタンド()()()()を『DISC』にして取り出す」能力がある……そして奴はきっと、『ルミルノの記憶』を取り出して()()()()()()()。僕はルミルノなんて奴の事は知らなかったけど、状況から察するに『ホワイトスネイクの手駒』だったんでしょ? なら彼女が『誰にやられたのか』を知る為に、その記憶を確認したのは間違い無い」

 

「……ちょっと待って、貴方の言う事が事実だと仮定すると、つまりそれって……!」

 

「そう、君は既に()()()()()()()()()はずだよ。何時でも始末できるという余裕なのか、或いは他に優先すべき事があるから放置されてるのかは分からないけど……少なくとも『顔』と『能力』はバレてると思っていい」

 

 突然の凶報に、冷や汗が流れる。この少年の言葉が真実だという確証は無いが、嘘を吐く理由も見当たらない。会話の内容から、彼も『スタンド使い』であろう事は分かる。敵意があるなら、それを匂わせるような事はしないだろう……騙し討ちと仮定するにはあまりにお粗末な彼の態度から、とりあえず『敵では無い』と考える事にした。

 

「……貴方……ううん、君の名前は? ルミルノの事を知らなかったなら、何故私の事を?」

 

「一応は信用してくれた、って所かな? 僕の名前は『エンポリオ・アルニーニョ』11歳、この刑務所で産まれ育った……自分の『能力』で看守や囚人からは隠れて暮らしてる」

 

 戦闘の意思を無くした事を示すため、語気を弱める簪。対してエンポリオと名乗った少年は、一つ息を吐くと彼女の質問に答える。

 

「君を見つけたのは簡単、スタンド能力を引き出す『ペンダント』の行方を追っていたから……『徐倫お姉ちゃん』が手放した『ペンダント』が再びお姉ちゃんの下へ返るまでに辿った道筋、『エルメェス』と『グェス』の間を繋ぐミッシングリンク……それが君だったんだ」

 

「スタンドを引き出す……薄々そんな気がしてたけど、あのペンダントが? ならエルメェスさんや『徐倫お姉ちゃん』とやらもスタンド使いなの?(グェスはどうでもいいけど)」

 

「うん、二人とも『仲間のスタンド使い』だよ(グェスは違うけど)。他にも居る。……とにかく、一度『彼女達』と会って欲しい。詳しい話はその時に……」

 

「……断ってもメリットは無い、か。分かった、何時何所に行けば良いのかな?」

 

 

 ……なんかナチュラルに無視された人物が居る気がするが、彼女は冗談抜きで面倒くさい性格してるのできっと無意識下の拒否反応だろう……それはともかく。こうしてエンポリオ少年は、翌日に『仲間達』と簪を引き合わせる約束を取り付けると、場所と時間を告げてどこかへと去っていった。それを見送った簪は、深く溜息を吐いてベッドに横たわる。

 

(想定してたより厄介な事になってるみたいだけど、私の目的(ロマン)には依然問題無し。元より『脱獄』するからには『ホワイトスネイク』とも戦うのは必然だったろうし、むしろ『仲間のスタンド使い』なんて予想外の戦力とも合流できるかもしれない。……そう考えれば悪いことばかりでも無かったかな?)

 

 色々考えては見るが、とにかく実際に会ってみなければ話は始まらない。まだ見ぬ『仲間達』に思いを馳せながら簪は眠りに付いたのだった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 翌日、簪は『待ち合わせ場所』へと繋がる廊下を歩いていた。昼食の時間も近く、他の囚人は食堂に集まりつつある為に人数は疎らだが、全くの無人という訳ではない。その中の一人、すれ違おうとした大柄なスキンヘッドの女囚が突然簪の方へ動き、ぶつかってきた。明らかに故意だ。

 

「痛ェーーーなァーーーーードコ見て歩いてんだこのチビッ!」

 

「……ぶつかってきたのは貴女だと思うけど」

 

「お? アタシに因縁つけようってか? 舐めんじゃねーぞコラァ!!」

 

 凶悪な顔で凄んでくるチンピラ風の女にメンチを切られながら、簪はちっとも怖くはなかった。むしろ面倒くさかった。こういう手合いはルミルノが医療監へ入院して以来、ちょくちょく絡んでくるようになった。囚人の間でも序列が上の方だった彼女がいなくなった事で、抑え込まれていた気性の荒い連中が簪に対する新人イビリを試み始めたのだ。『虎の威』を借る『狐』だった頃の簪なら、碌な抵抗もできずパシリなりサンドバッグなりにされていただろう。

 

「ごめんなさい、人を待たせてるので失礼します」

 

「あんだとテメー! 何逃げよーとしてんだッこの糞ジャップがわらばッ!?」

 

 しかし今の簪は『(ルミルノ)』すら撃退した『猛獣』である。威を借りずとも、自らの実力でどうとでもできた。殴りかかってきたスキンヘッド相手に一切焦ることなく、簪はポケットから『パチンコ玉』を一球取り出すと指で弾く。それは強すぎず弱すぎず適当な速度で以ってスキンヘッドの額に当たり、一発で気絶させた。無論、自らの指と重なるように一瞬だけ展開した『オルタンスの指』を使って発射したのである。ちなみにこのパチンコ玉、やはりルミルノの私物だった。……刑務所内にパチンコなど無かろうに、こんな物を賭けで勝ち取って一体何がしたかったのか。むしろ最初にこれを刑務所内に持ち込んだ者は何を考えていたのか。……多分何も考えてなかったのだろうが、何にしろ簪にとっては扱い易い武器だったのでありがたく頂戴した。

 

「本当、毎日毎日懲りないなぁ……私に突っかかると痛い目に会うって、まだ分からないのかな? それとも囚人同士で情報共有がされてない? 「返り討ちにされたのが悔しかったから他のヤツラも同じ目に会えばいい」的な……うわどうしよう、すっごくありえそう」

 

 取りとめもない事を呟きながら歩く簪は、背後でピクピク痙攣しているスキンヘッドなど気にも留めていない。一連の流れはここ数日で完全にルーチンワークと化し、気を張って臨む事でも無いし記憶にすら残らない瑣末事となった。それが例え殺人を犯した事のある囚人だったとして、今の彼女にとっては取るに足らない相手だ。

 

 

「随分タフになったなァ~~、初日にはピーピー泣いてあたしにあやされてたガキンチョがよぉ!」

 

「! 貴女は……エルメェスさん! 見てたんですか!?」

 

「あぁ、よくやったなカンザシ……ああいう輩には実力行使が一番手っ取り早いんだ」

 

 一部始終を見物していたのか、後ろからやってきたエルメェスが声をかけた。彼女達は入所初日の一回だけしか顔を合わせた事が無いが、お互いにインパクトは抜群だったのでよく覚えていた。

 エルメェスは感慨深げに簪の成長を褒め称える。その表情はまるで手のかかる問題児が卒業するのを見守る教師のようだった。尚且つ、思わず「兄貴」と呼びたくなるような(オトコ)らしさと面倒見の良さが透けて見えるような顔だった。

 

「……すみません、"兄貴"と呼んでもいいですか?」

 

「は!? いきなりナニ言ってんだテメー!?」

 

「あ、いえごめんなさい、あまりに兄貴分の風格だったものでつい、『刑務所の中で出会った二人が義兄妹の契りを結び娑婆(シャバ)に戻る』って東映的情緒(ロマン)溢れるシチュエーションが頭に浮かんで……」

 

「そもそもあたしはオンナだァァーーーーー!!」

 

 ……いよいよもって簪脳内のロマン汚染が深刻であるが、この件に関してはある意味で凡百の男共よりも『兄貴』してらっしゃるエルメェスさんサイドにも問題はあると思うのでノーコメントとしておこう。

 そんなこんなで、二人は漫才かましながら歩き続け、『待ち合わせ場所』……『階段の踊り場』に辿り付いた。

 

「ここが……そうなんですか?」

 

「ああ、一見ただの壁だがな……」

 

 簪の問いに答えながら、エルメェスは踊り場の壁に手を当てる……もとい、手を()()()()()。同時に壁がピシッと音をあげるように割れていき、その間に『部屋』が見えてきた。率先して隙間を通って中に入って行ったエルメェスに続き、簪もおそるおそる中に入る。そこは壁の中とは思えないほど広い部屋だった。前日にエンポリオから説明を受けていた簪も、現物を見て流石に驚きを隠せない。

 

「本当にあった……これが、エンポリオ君の能力の……」

 

「厳密に言うと『部屋自体』は僕の能力じゃ無いけどね。僕の能力は飽くまで『()()()()()()()()を使う事ができる』だけ……この『部屋の幽霊』は僕とは関係なく()()()()()()ものだよ」

 

「おう、お前がカンザシか? 話は聞いてるぜ、あたしの名前は『F.F(フー・ファイターズ)』……よろしくな」

 

「あ、はい。知ってるだろうけど一応……更識簪、です。……これ、つまらない物ですが」

 

 部屋の中で簪を待っていた二人が彼女を出迎える。片方は昨日会ったエンポリオで、もう片方の『F.F』と名乗った囚人とは初対面だった。簪も二人に挨拶を返しつつ、持参していた『手土産』を渡す。

 

「おいおい、『つまらない物』って自分で分かってんなら人に渡すなよな」

 

「違うよF.F、日本人はお土産を渡す時にへりくだった言い方をして相手への敬意を示す文化があるんだ、本で読んだ事がある……それで、何を持って来たの?」

 

「顔合わせと現状確認のついでに懇親会を兼ねた食事会を開くって聞いたから、私の部屋にあった食べ物とか飲み物を……」

 

 そう言って広げた風呂敷の中からはポテチなどの菓子類や缶ジュース等、色んな飲食物が出てきた。よく見ると酒の瓶とか、チーズやサラミといった肴的なものまで混じっているが、無論これらはルミルノが賭けでかき集めた物である。ついでに言うならこれらを包んでいた風呂敷はルミルノのベッドのシーツを千切ったもの。恨みでもあるのかってくらいルミルノに対してやりたい放題の簪であった。実際恨みしか無いしね。

 

「か……カンザシ、あんたの部屋一体何なんだ!? 充実しすぎだろ、本当に刑務所か!?」

 

「おい見ろF.F、これアルコール……本物のワインだぜ!? しかもボジョレー・ヌーボー」

 

「あ、それオススメです。ワインとか詳しく無い私でも分かるくらい美味でした」

 

「飲んだのか!? 未成年だろーがッ!!」

 

「そんな細かいこと一々気にしちゃ駄目ですよー……ああ、部屋にもう一本"ウォッカ"っぽいのがありますけど、そっちの方が良かったですか? 何なら取ってきますけど」

 

 もう皆大はしゃぎであった。無理も無い、刑務所の中でこれだけの嗜好品が集まる方が特殊なのである。ちなみに簪の飲酒については興味本位で手を出そうか迷っていた折、どこからともなく聞こえてきた『なに簪? 未成年の飲酒は自重すべきじゃないかって? 簪、それは君が未だ無実にこだわってるからだよ。逆に考えるんだ、「刑務所の囚人なら法を破っても不自然じゃ無いさ」と考えるんだ』という英国紳士の天の声に従った結果だ。まだ成仏して無かったんすかジョージ卿。

 こうして「罪状:密入国(無実)」だった簪も今では「罪状:密入国(未成年飲酒)」に進化した。目指すは最終進化形、「罪状:密入国(脱獄)」だ。頑張ろう。

 

 

 

 

 そんな感じでワイワイやってる内に、今日集まる予定の『最後の一人』がやってきた。

 

「遅れてごめんなさい、食堂から料理をちょろまかしてきた……って何コレ、食事会どころか宴会でも開くつもりなワケ!?」

 

「あ、お姉ちゃん」

 

 声を聞いて簪もそちらに目を向ける。そこに立っていたのは一人の女性。線が細く女性らしい体つきでありながら、同時に逞しさと力強さを感じさせる体格。なかなかに独創的なヘアスタイルと蝶の刺青が特徴的だが、それ以上に目を引くのは彼女の強い意志を宿した瞳だ。簪は彼女の双眸の奥に黄金の輝きを見た気がした。首の付け根に『星の形の痣』を背負うその女と簪は互いに向かい合って自己紹介を交す。

 

 

 

「初めまして、私は簪。更識簪です。貴女が噂の『徐倫お姉ちゃん』さん?」

 

「そ、あたしが徐倫……『空条徐倫』よ、『ホワイトスネイク』を()()()()()

 

 

 

 これが更識簪にとって生涯忘れ得ぬ、徐倫……『星の一族(ジョースター)』との運命の出会いであり。

 ―――また同時に、『星の一族(ジョースター)運命(ロマン)』との出会いでもあった。

 

  ……To Be Continued→




(アニメジョジョ4部38話視聴して)
やっぱり形兆兄貴は男前だなー……あっそうだ(唐突)
エルメェスのこと兄貴って呼ばせよう(その場の思い付きで文章を考えるss作者の鑑)

ともあれ、徐倫一行と合流成功。よかったよかった。
……え? グェス? 知らない子ですね(
少なくともこのssでは出番ありません。6部で唯一神父と関係無いスタンド使いだけど仲間では無いし登場させても何かする訳で無し、字数の無駄なので今作では徹底して存在をスルーさせて頂きます。無駄な事は嫌いなんだ……無駄無駄……


(追記)
そっかー……ここ書いてた頃はまだジョジョ4部放送中だったのかー……(遠い目)


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「星」の導き! その2

年末年始で忙しい時期も過ぎ、何とか書きあがったので初投稿です。

これからは更新頻度も戻せると思います。
……って言う人ほど失踪率が高い気がする(当社調べ)
でも実際問題、月一くらいのマターリペースが性に合うんだよなぁ。
そも自分用に書いてるようなssだし、気長にやってくか。
うん、更新頻度は隔月くらいで()


「父親を助ける為、か……人情(ロマン)溢れる話だね」

「並行世界、とはね……やれやれだわ」

 

 簪と徐倫一行は互いに情報(自身の能力や『ホワイトスネイク』の一味と戦った経緯など)を交換し合い、互いの状況を把握した。並行世界からやってきた、という俄かには信じ難い簪の事情は殊の外すんなりと受け入れられた。超能力(スタンド)や幽霊が実在するのだから並行世界云々が存在していてもおかしくは無いだろう、という見解で一致したからだ。ましてや『知性を持ったプランクトン』なんて存在まで身内に抱え込んでおいて、今更『並行世界人』を否定する事はできなかった。

 

「でもよー、並行世界の件に関してはあたし達がしてやれる事は何もないと思うぜ……脱獄の方は手を貸せる事があるかも知れないが、それよりあたしは徐倫の事情に手を貸したい……あんたの事は二の次だ、簪。悪いとは思うけどな」

 

「うん、それでいいよ。私も貴女達の都合を曲げてまで脱獄を手伝って欲しい訳じゃ無いし、並行世界の件については最初から期待してなかったから。ただ私の現況を理解してもらうのに必要だったから喋っただけだしね」

 

 件の『知性を持ったプランクトン』ことF.F(フー・ファイターズ)の発言は簪への協力に対して消極的だったが、簪はそれを許容した。むしろ徐倫の事情―――姦計に嵌まりスタンドと記憶をDISCにされ奪われた仮死状態の父親、『空条承太郎』を助ける為に『ホワイトスネイク』を追うという目的―――を聞いた後では、自分の方が徐倫に手を貸したいとすら思う。だからそれを提案してみる事にした。

 

「貴女達さえ良ければ、私にも手伝わせて欲しい……駄目かな? 少しは役に立てると思うけど」

 

「それはありがたいけど……無理してあたしの事情に付き合う必要は無いわよ?」

 

「ううん、私が『そうしたい』から『そうする』の。脱獄は焦る必要も無いし、どうせ『ホワイトスネイク』が邪魔になる。なら皆と一緒に戦った方が効率的だし、その過程で後の脱獄の為の布石も打てるかもしれないしね」

 

 そもそも徐倫達とは無関係に『ホワイトスネイク』とは敵対状態にあったのだ、どの道戦闘は避けられなかっただろう。なら敢えて孤軍奮闘する理由も無し、共闘すれば徐倫の目的も手伝えて一石二鳥。更に『ホワイトスネイク』一派との戦闘に伴う騒動が激しくなれば、一般の看守達もそちらに気を取られるだろうし、脱獄の良いカモフラージュになるかもしれない、と考えれば、手を貸すしか無かろう。

 ……とまぁ、色々理由は付けてみたものの、簪の飾る事ない本音をぶっちゃけると。

 

「それより何より、貴女の事情(ロマン)に対して手伝える事があるのに黙って引き下がるなんて……そんな浪漫(ロマン)の無い展開、私は絶対認めない!」

 

「……簪、お前本当に『ロマンに生きる女』なんだな……さっきの事情説明も半分くらいロマン云々の話だったし」

 

「最近まで自覚してませんでしたけど、私にとって『生きる事』と『ロマンを追求する事』は同義なんです。だからロマン第一で行動しますし、つい熱く語っちゃうのも仕方ありません」

 

「……ついでに聞きたいんだが、なんであたしにだけ敬語なんだ? 「タメ口で構わない」って言った筈だし、現にF.Fや徐倫にはタメで話してるじゃねーか」

 

 簪は年上である徐倫達に対し、最初は敬語で話していたのだが、「そーゆうのムズ痒くなるっていうか、変に畏まられても面倒なだけだから」と言われたので口調を崩す事にしたのだった。……エルメェス以外に対しては。

 では何故エルメェスにだけ引き続き敬語なのかと言えば、それは―――

 

「え、貴女は私の『兄貴』ですし、『妹分』としては敬うのは当然じゃ無いですか」

 

「いつの間に妹分に、ってかあたしはオンナだって言ってんだろーがッ!」

 

「大丈夫、『心の兄貴』って意味だから身体が女性でも精神的に『(オトコ)』なら問題ありません!」

 

「あたしは心もカラダも正真正銘『乙女』だァァーーーー!!」

 

 

(…………乙女? いや流石に無理があるんじゃ……)

 

 エルメェスの発言に対し、皆の心は一致した。斯く言うエルメェス自身、(自分で言っといて何だがあたしって『乙女』ってガラじゃあねーよな~~くそっ、何か恥ずかしくなってきたッ!?)とか思ってたりする。

 顔を赤らめながらも徐倫達を睨みつけるエルメェス、慌てて視線を逸らす彼女達。その光景を見ながら簪は、やっぱり兄貴って弄り易い人だなー、私の目に狂いは無かった……とか若干失礼な事を考えながらくすくすと笑う。まるでコントのようなやり取りは、簪が彼女達に馴染み始めた証だった。

 

 何はともあれ、こうして簪はこの石の海(けいむしょ)を共に航る(たたかう)、(愉快な)仲間達を得たのだった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「さてと……そろそろ部屋に戻らなくっちゃ……」

 

「待って簪……今はまずいわ、あれを見て」

 

 話し合うことは粗方話し終え、自分の監房へ帰ろうとした簪を徐倫が制止する。何事かと彼女の指し示した先……幽霊部屋の出入り口である壁の隙間から外を覗くと、階段の上に人影が見えた。

 人影は二人。向こうからはこの部屋……壁の隙間が見えていないようだが、こちらを見下ろして何か話し込んでいる。その二人の内の一人に、簪は見覚えがあった。先ほど、ここへ来る途中で絡まれたスキンヘッドのチンピラ女囚だ。もう一人の方は知らない顔、短髪黒髪と右目の下の縫い傷が特徴の女。

 

「今出て行ったらあの二人に目撃されてしまう……彼女達が立ち去るのを待とう」

 

「分かった、そうする」

 

 そう言って待機することにした簪だったが、ふと隣を見るとエルメェスが思案顔で階段上の二人、というか縫い傷の方の女を見つめている事に気づいた。

 

「兄貴、どうかしたんですか? 何か気になる事でも?」

 

「……兄貴云々については置いとくが、あの黒髪の女……見覚えがある気がするんだよな」

 

「見覚え? そりゃあ、同じ刑務所に服役してるんだからどこかで見かけた事があってもおかしくは無いんじゃないですか?」

 

「いや、そういうんじゃなくって、何つーか……例えるなら『植物図鑑』でしか知らないような、『食虫植物』とかの()()()()()を偶々そこらの道端で見つけて、「ああ見たことある植物だ、でも何て名前だったっけ」って感じの……」

 

「シッ、二人とも黙って……あいつらの声が聞こえるわ」

 

 徐倫に言われ耳を傾けると、部屋の外から二人の女の会話が聞こえてきた。……いや、会話というより何か言い争っているようだ。

 

「だから! アタシは知らねーッつってんだろ!」

 

「『知らない』という事は無いだろう……ここまで案内したというのに、何故『ここから先』を隠そうとするのかね?」

 

「隠すも何もねェーよ! もう一度言うぞ、アタシは目が覚めてすぐにあの『青髪のジャップ』を追った……アタシに対して舐めたマネしてくれた()()をする為にな! 目に付いた囚人共を片っ端から締め上げて行方を聞き出して、漸くこの階段で追いつきかけたんだ……もう一人の女と一緒に階段を降りる後姿は確かに()()!」

 

「ああ、そこまでは納得しよう。だから私はここまで案内して貰ったのだからね……それで?」

 

「だがアタシが階段に差し掛かった時には、既に居なくなってた……消えちまったんだよッ! 下の階に降りた様子も無い、誰に聞いても『見ていない』とほざきやがる! まるで『階段の途中』から『どこか別の場所』に行っちまったみたいにッ! 忽然と姿を消しやがったんだよあのガキはッ!!」

 

「それで納得できると思うのか? ン? 私はその少女が『今どこにいるのか』を知りたいのだ! 階段を降りた後()()()()()()()()? それを正直に話せと言っている!!」

 

 話を聞くに、スキンヘッドの女は簪が階段から姿を消した事を訝しんでいるようだが、それは問題無いだろう。どんなに考えても「何も無いように見える『壁の中』に『幽霊の部屋』があり、そこに隠れたのだ」という結論は導き出せまい。

 問題なのはもう一人の縫い傷の女。彼女は簪の事を探しているらしい。だが簪とあの女は知り合いでは無い。では何故彼女は簪を追っているのか? スキンヘッドと同じように新人イビリ、という訳では無いだろう。あそこまで執念深く追いかけようというのだ、それだけの理由がある筈だ。まさか、ひょっとすると彼女は、『ホワイトスネイク』の―――

 

 そんな事を考えているうちにも、外の二人の口論はヒートアップしていく。顔を突き合わせてスキンヘッドと言い争う縫い傷の女。簪から見えるその背中には、黒地のベストに映える白い頭蓋骨の刺繍がされていた。よくあるドクロマークのデザインの筈なのに、彼女が身に纏うソレは異様に目を惹いた。

 

「『ジョリー・ロジャー』だ……」

 

「え?」

 

 後ろから覗いていたエンポリオがボソリと呟き、皆の視線が集中する。

 

「あれはジョリー・ロジャー、所謂『海賊旗』ってヤツだよ……」

 

「まぁ、そうだな、ドクロマークといえば『海賊』だもんな」

 

「違うよ、そういう意味じゃないッ! 見覚えのある顔だと思ってたけど今思い出した、アレは『本物』なんだ! 新聞で読んだことがある! 彼女はあの、二年前の……!」

 

 二年前にはまだこの世界に存在すらしていなかった簪はピンと来なかったが、他の皆には充分伝わったらしい。徐倫、エルメェス、F.F……皆一様に驚いた顔を見せている。

 

「二年前って……あの『海賊』のこと? マスコミが散々騒ぎ立てたヤツ……」

 

「ニュースで言ってたあの『狂人』かよ、道理で見覚えがある訳だ……同じ刑務所に居たとはな」

 

「あたしの記憶の中にもあるぞ、確か名前は……」

 

 

 

「もういい、分かった……君はこの私『アディ・D・アース』船長(キャプテン)に対して虚偽を報告すると言うのだな? ここが私の船の上だったなら海に沈めていた所だぞ貴様ッ!」

 

「だ・か・ら! アタシは嘘も吐いてねーし何も知らねーッてんだろこのガイキチがッ!」

 

 一段と大きな怒鳴り声が聞こえ、思わずそちらに意識が向く。興奮して喚き立てるスキンヘッドだったが、『アディ』と名乗った縫い傷の女は今までと打って変わって落ち着いた態度で、宥めるように話し始める。

 

「まあ落ち着き給え、私は今「海に沈める」と言ったがな、ここは生憎(おか)の上だ。私の船上じゃあないんだよ、ン?」

 

「……?? だから何だってんだアタシを馬鹿にしてんのかアァァーー!?」

 

「落ち着けって……簡単な話だよ、「海に沈める」なんて脅し文句使った所で肝心の()が無ければお話にならん……そうだろう?」

 

 言いながらアディはスキンヘッドと肩を組むような形で彼女の背に腕を回す。スキンヘッドは気付いていないようだが、彼女の肩に置かれたアディの腕はいつの間にやら、ゴムのような質感の真っ赤な『着ぐるみ』のような物に包まれていた。

 

「だからな、やはり海に沈める事にしたよ……」

 

「は?」

 

 そう言うとアディは肩を掴む腕に力を込める。それに伴い遠目からでも分かる程に、彼女が纏うゴムに圧力が加わり張り詰めていく。呆然と目前の出来事を眺めていた簪達も、ここに到って漸く我に返り制止しようと飛び出すが、一歩遅かった。

 

「!! 待っ……」

 

 

「貴様から流れ出る()()()の中になァァーーーー!!」

「だばっ……」

 

 ゴムの反動は予想以上に強く、反発力で弾かれたスキンヘッドは頭から床に突っ込み、その衝撃で頭部が炸裂し弾け飛んだ。頭を失った亡骸はそのまま階段を転がり落ち、幽霊の部屋から飛び出した簪達の目の前に血液の大海原を創出する。その中に沈むスキンヘッドの女だったモノに、今更彼女達がしてやれる事は何も無かった。

 

「……ん? 何だ貴様達は……()()()()()()()()()()!?」

 

「ハッ!!」

 

 そして当然、アディも彼女達の存在に気が付いた。『発見』された事を悟り、簪達の顔に冷や汗が滲む。

 

「その容姿、その面貌……知らない顔も混じってはいるが! 『ホワイトスネイク』が言っていた『賞金首』! 『更識簪』、そして『空条徐倫』の一味に相違無いな!?」

 

「くっ……やはりあの女! 『ホワイトスネイク』の!!」

 

「『刺客』だ! アイツは『刺客』! 簪を追ってきたんだ!!」

 

 徐倫とエンポリオが叫ぶ。それと同時、既に行動を開始している者も居た。

 F.Fの右手の指が拳銃に変化し、そこからF.Fの体の一部……本体から切り離された分体のプランクトンの塊が発射される。通称F.F弾、プランクトンの群体であるF.Fの特性を活かした攻撃であり、彼女が最も多用する得意技である。

 その隣では簪がポケットから取り出した数発のパチンコ玉をその場に放る。その直後、彼女の体から飛び出すように出現したオルタンスの連続突き(ラッシュ)により銃弾並みの速度で射出された。

 先手を取ったのは簪とF.F。しかし二人の先制攻撃にも動じずにアディは自らのスタンドを展開する。

 

 

「『ウィーアー!』」

 

 

 その声を契機に、アディが腕に纏っていたゴムの着ぐるみが、今度は彼女の全身を覆い尽くす。全身タイツのようにも見える厚手のゴムスーツは目下に広がる血の海よりも紅かった。一箇所だけフルフェイスヘルメットの如く透けている顔の部分から見えた彼女の表情は、不敵な笑み。

 そして着弾。過たずアディの体に命中したF.F弾とパチンコ玉。だがその衝撃は全てゴムスーツに緩和・吸収され、アディ自身にダメージを与える事は無かった。

 

「ふむ、『ホワイトスネイク』の危惧は正しかったようだな……本当に『更識』と『空条』が合流しているとは。本来なら合流前に『更識』の方から叩き各個撃破する『予定』であったのだが……問題無いな、どうせ『皆殺し』にする『予定』は変わらんのだから」

 

「うっ……あれは!?」

 

「危ない! 避けろ二人とも!!」

 

 自身に向けられた攻撃を意にも介さず独り言を呟くアディ。彼女が行動するまでもなく既に反撃は始まっていた。ゴムの反動によってF.F弾とパチンコ玉が射手の下へと返ってきたのだ。その弾速は打ち込んだ時のおよそ二倍!

 

「くっ、ヴィオレット!」

 

「ぐあぁっ!?」

 

 簪はヴィオレットの連続突き(ラッシュ)によってすんでの所でパチンコ玉の停止に成功したが、F.Fは回避も防御も間に合わずF.F弾の直撃を食らってしまい吹っ飛ばされる。

 

「F.F!? 大丈夫!?」

 

「……いって~、が大丈夫だ。ブッ飛んだのは痛かったが……弾丸自体は元々()()()()だからな、命中して体内にめり込んだ所で私に戻るだけだ。そっちは問題ないけどよォ~~……どうする? この状況」

 

「ヤツのスタンドは全身を覆う『スーツ型』……『ゴム』のように衝撃を『吸収し』『跳ね返す』のか!? だとすると、僕らはどうやってヤツにダメージを与えればいい? 全身が隙間無く防御されてるし、きっと近距離パワー型の連続突き(ラッシュ)すらヤツは『跳ね返す』ぞッ!」

 

 F.Fの無事は確認できたが、エンポリオが解説したように状況は悪い。こちらの攻撃は殆ど封殺されたも同然だし、無理に攻めても反撃によってダメージを負うのは自分達だ。逆にアディは防御をスタンドスーツに任せて攻撃し放題。どう考えても一筋縄では行きそうも無い。

 

 仲間達と共に往く石の海の『初船出』は、波乱の幕開けであった。

 

 

 ……To Be Continued→




オリキャラ二人目、もちろん一発キャラ。
「二年前」がどうとか言ってるけど、実は伏線でも何でもなかったりする。
その辺は次回語られると思うけど、吉良吉影の下半身のスタンドがモナリザでレクイエムしたエピソードと同レベルでどうでもいい話なので気にしないで下さい。

次回で何とか、撃破まで書きたいが……どうだろ?


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「星」の導き! その3

ガヴリールドロップアウトの百合ss書きたい(時候の挨拶)

書き上がったはいいもののやっぱり撃破まで行けなかったよ……
や、撃破までは書いたんだけど長すぎてね……
なので二つに分割しました。残りは校閲が済み次第うpします。

………何時になったら入学するんだろうこのかんちゃん


 階段上から簪達を見下ろすは『ホワイトスネイク』の放った刺客、アディ・D・アース船長(キャプテン)。その身に纏う紅色のゴムスーツは、あらゆる打撃を跳ね返す『身に纏うタイプのスタンド』。その絶対的防御力を前に、簪達は完全に攻めあぐねていた。

 迂闊に動くわけにも行かない彼女達を暫く眺めていたアディであったが、次弾を放ってこないと見るや鷹揚に口を開く。

 

「ふむ……もう撃ってはこないようだな、私のスタンドの前ではあらゆる攻撃が無力という事を早々に理解してくれたようで何よりだ。では『砲撃戦』も終わったところで―――」

 

 アディが脚に力を込め、前傾姿勢になる。大地を踏みしめるにつれ張り詰めるゴム。それを見た全員がアディの次の行動を悟り、咄嗟にその場を飛び退く。

 

「避けろォーーーッ! ヤツは()()()()()気だッ!!」

 

「―――『突貫』! からの『白兵戦』と行こうでは無いかァァ!!」

 

 番えられた矢が弓から放たれるように、ゴムの反動で真っ直ぐに突っ込んできたアディ。その超高速度に加え咄嗟の事だったので迎撃する間は無かったものの、すんでのところで全員が回避に成功する。アディはそのまま地面に激突した。

 が、その身に纏うスタンドは落着の衝撃すらも反発力に変える。皆が体勢を立て直す間も無く床から天井へと跳ね上がり、そこからまた跳ねて天井から壁へ、壁から床へ、床からまた壁へと目紛るしく反射し続ける。縦横無尽に跳ね回るアディのスピードに翻弄され、攻撃も防御も侭ならない簪達。そこに生まれた隙を見逃してくれる程相手も甘くは無い。

 

「そ~ら、『接舷』だッ!」

 

「うわぁあああああああッ!?」

 

「しまった、エンポリオッ!?」

 

 二度目の突撃には対応しきれずエンポリオ少年への接近を許してしまう。勢いそのままに体当たりをかまされるが、それ自体にダメージは無い。衝撃は全てゴムスーツが吸収するからだ。

 しかし次の瞬間、反発力によってお互いに凄まじい勢いで跳ね飛ばされる。自らのスタンドで身を守っているアディと違い、何の防御も無いエンポリオがこのままの速度で壁に激突でもしようものなら熟れたトマトのように体は潰れ、真っ赤な液体が飛び散る事だろう。

 

「ッ! お願いヴィオレット!!」

 

『……間に合いました!』

 

「ああああッ……!? と、止まった……ありがとう簪……」

 

 そうはさせじと簪はヴィオレットを先回りさせ、その能力によってエンポリオ少年を()()する。あわやという瀬戸際だったが、何とか助かりホッと息を吐くエンポリオ少年。その様子を見て簪も安堵しかけた。

 しかしスピードで勝る敵の目の前でそんな姿を晒す事は、戦闘中においては致命的な隙となる。

 エンポリオに衝突後反動で壁まで跳んでいたアディは空中で反転し壁に着地、一瞬の溜めの後に簪へと狙いを定めて一直線に再突入!

 

「隙アリだッ! ()()()()()!!」

 

「簪ッ!? 『ストーン・フリィーーー!!』」

 

「くそッ、『キッス』!……駄目だ通じねえ!?」

 

「!? しまっ……!!」

 

 反応が遅れた簪に迎撃する余裕も回避する余地も無かった。代わりに応戦した徐倫の『ストーン・フリー』とエルメェスの『キッス』、二体の近接パワー型スタンドは拳のラッシュを放つが、アディはそれを自らの両の(かいな)によるラッシュで弾き、すり抜ける。

 そうして簪に到達するや否や彼女に肩からタックルをかまし、自分は再び天井へ離脱。一方の簪は先程のエンポリオと同様に吹っ飛ばされるが、先程彼を助けたヴィオレットは未だ彼の下にいる。つまり本体である簪の救援には間に合わない!

 

「きゃああああああああッ!!」

 

『御主人様ッ!?』

 

「簪ィィィィ!!」

 

「あたしたち二人の突き(ラッシュ)をそれ以上の突き(ラッシュ)で打ち払うなんて、恐らく『スタンドのスーツ』自体が身体能力を底上げしてるんでしょうけど……それにしたってこの近接格闘のセンス! 『流石』と言ったところね。けどまぁ、やれやれ……『救助』は()()()()()()()()()わ」

 

 為す術も無ければ手を打つ間も無い。その場に居るほぼ全員が一瞬後の簪の死を想起した―――彼女を助けるために()()()()()()()者を除いて。

 

「ああああぁぁっ……!? ってあれ? これは……」

 

「……ムッ、『ストーン・フリー』で編んだ『救助ネット』だと? 小賢しいマネを……」

 

 壁に向かって飛んでいた簪の体が壁際に張られたネットに受け止められ、その衝撃は緩やかに受け流される。一瞬遅れて自身が助かった事を自覚した簪は冷や汗を流しながら息を吐いた。

 ネットの正体は徐倫のスタンド『ストーン・フリー』。その能力は「体を糸状にほつれさせる」こと。徐倫は先ほどアディを迎え撃つと同時に、自らの糸を編んで後方へと『網』を張っていた。それで吹っ飛んだ簪をキャッチした、という寸法だ。

 

 そして徐倫はそのままネットを大きく振りかぶり、階段から繋がる廊下の向こう側へと簪を放り投げた。

 

「オォォラァ!!」

 

「え、ちょ、きゃっ!?」

 

「ヌ、味方を投げ飛ばすとは……何のつもりだ?」

 

 助かったと思った次の瞬間に投げ飛ばされた当の簪はもちろん、アディの方も困惑気味だ。姿勢制御で上手く勢いを殺してブレーキをかけ、彼女達から離れた位置に着地し様子を見る。

 

「ともかく場所が悪い。この階段じゃあ三次元的な動きが可能なヤツの方に分がある、一旦退いて場所を変えるわよ……()()()()()()()から先に行きなさい」

 

「いたた……うん、()()()()()追いつくんだね? ならそいつの足止め宜しく!」

 

「分かってるわ」

 

 徐倫の言葉を受け、簪は痛みを堪えつつも即座に立ち上がり、何処かへと走り去っていく。だがそれを見送るアディに焦りは見えず、残った面々に向き直った。

 

「ふむ、逃げたか……まあ良かろう、死ぬのが少し遅れるだけだ。それよりも許せんのは貴様らの態度! 『足止め』? 『すぐに追いつく』だと? よもやこの私を相手に戦って「生き残れる」と思い上がっているのでは無かろうな!? この『大海賊』たるアディ・D・アースを舐めているのかッ!」

 

「い~や、これっぽっちも舐めてなんかいないぜ……なんせアンタの『武勇伝』は全米に知られてるからな、危険性は充分に理解してるつもりだ」

 

「……ほう、私の事を知っているのかね。全くの蒙昧という訳でも無さそうだ」

 

 一瞬激昂しかけたアディだったが、エルメェスが自身の事を知っていると分かるや否や満足げにニヤリと笑って怒りを収める。どうやら自己顕示欲の強い性格のようだ。そんな彼女の心の琴線に触れるようにしながら、エルメェスは自分の知る『アディの武勇伝』を語り始める。

 

「そりゃアメリカ人なら誰でも知ってるさ。なんせ二年前の『マンハッタン海賊事件』は()()()()歴史に残るレベルの大事件だったからな……『現代に甦った大海賊』さんよ?」

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 エルメェスの言う『マンハッタン海賊事件』とは、この世界において二年前のある日―――2009年の9月19日に発生した、まるで「酔っ払った三流作家がメモ帳に書き連ねた妄言」の如き珍事件である。

 

 

 

 全ては空から降ってきた『一発の砲弾』から始まった。

 

 その日、ニューヨーク州はマンハッタン島に店を構える喫茶店に、一発の『砲丸』が降ってきた。榴弾ですら無い為爆発もしなかったその鉄の塊はしかし、貫いた天井の破片と共に幾人かの客や従業員に降り注ぎ、ミンチに変えてしまった。

 何が起こったか理解が追いつかずに呆然としていたその他の人々も、店の外の道路を通りかかったバスが『二発目』の直撃を受けてスクラップになった瞬間、我先にと逃げ出した。

 この騒動は新たに砲丸が降ってくる度に加速度的に広がっていき、あっという間にマンハッタン中にパニックが伝播していった。

 

 特にハドソン川河畔の住人の混乱は凄まじかった。何せ『髑髏の旗(ジョリー・ロジャー)』を掲げる一隻の()()()が大砲から砲弾を撃ち出しながら徐々にこちらへと近付いて来るのだ。機械動力を積んでいる様子も無く、帆の力だけで航行しているその船は、榴弾が発明される以前の砲弾……全体が鉄でできた砲丸を使っているのも相まってあまりに時代錯誤。明からさまに異常、明からさまに元凶。接近する海賊船に恐怖し動揺するのも仕方ない事だったろう。

 そして遂に岸へと接舷したその船からは、一人の女が降り立った。言うまでも無くアディ・D・アース船長(キャプテン)その人である。そしてこの船には彼女しか乗っていなかった。彼女は驚くべき事に単独で船を操舵し、大砲をぶっ放し、そして今度は両手に海賊刀(カットラス)を携えて逃げ惑う市民の群れの中に切り込んで行ったのだ。

 彼女は一路銀行を目指しながら殺戮を繰り返した。途中で警官隊が大混雑の人の波を掻き分け漸く彼女の下へと辿り着いたが、当時の彼女はスタンドなど持っていなかったにも関わらず、臆する事無く銃弾の雨の中に飛び込んでいき、その全てを躱しながらも類稀なる格闘センスで警官を一人ずつ切り刻んでいった。

 

 最終的には軍の特殊部隊まで出張ってきて、とても生身の人間一人に対するとは思えないほどの過剰戦力の投入によって彼女は漸く降伏し事態は収束したのだった。むしろ何故彼女が生き残れたのか不思議なレベルの飽和攻撃であった。

 

 当然この事件はマスコミが大きく取り上げ世間を騒然とさせたのだが、とりわけ注目されたのは裁判における彼女の言動、特に『動機』の部分であった。

 

 

 ―――海賊たるもの、『金塊』を求めて『略奪』を行うのは当然だろう? 銀行の金庫に辿り着くまでの間、少しでも官憲の足止めになればと思い一騒動起こしてみたのだ―――

 

 

 ……なんとこの女、世界の金融の中心地であり、国連本部も存在するマンハッタン島を襲撃した理由を、政治的・宗教的その他いかなるテロでも無く、ただ純粋に「金銭目的の略奪行為」だと言い放ったのだ。

 当初は真の目的を隠すための方便だと思われたが、どれだけ背後を洗ってもテロ組織との繋がりなど見受けられず、政治や宗教等の思想に熱狂しているような形跡も無かった為に、その証言が唯一の事実であり真実であるのだと受け入れざるを得なかった。つまり、正真正銘()()()()()()()であったのだと。

 

 そうして彼女は稀代の狂人として益々メディアの脚光を浴びる事となった。帆船や砲丸など時代に逆行するようなそのやり方から『現代に甦った大海賊』と呼ばれ、死刑判決が下され刑務所に収容される頃にはアディ・D・アース船長(キャプテン)の名は全米に知れ渡っていたのだった。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

「ほぉーう……私自身は獄中だったので()の騒ぎは実感が無かったが、そうか、私の名はそこまで広く知れ渡っていたか……フフ」

 

 エルメェスがおさらいした事件のあらましを聞き、その自己顕示欲が満たされたのかアディはニヤニヤとだらしの無い笑みを浮かべていた。

 

「それで……『大海賊』たる私の武勇を認識しているのならば。さっき貴様らがほざいていた『足止め』だの『追いつく』だのといった言葉は絵空事だと、貴様ら自身も理解できているのではないのかね?」

 

「いや……そうとも限らないぜ。この時点で既に相当時間は稼げたしな」

 

「………あぁっ!? 謀りおったな貴様ッ!?」

 

 ニヤついた顔のまま自信たっぷりで訊ねてきたアディだったが、エルメェスの指摘を受けて血相を変え怒り出す。自尊心をくすぐられるのに夢中で、会話そのものが時間稼ぎである事に気付かなかったようだ。この海賊、案外マヌケらしい。

 

「ふざけたマネを……フン、認めよう。まんまと『足止め』に引っかかったのは、確かに私のミスであった。しかし! こうなった以上はもう侮らん、もう一方の絵空事―――先に行った更識に『追いつく』というのは完璧に阻止してやろう。貴様らの皆殺しを以ってな!!」

 

「いや……残念だけど、『追いつく』のも既に()()()がある。今更止めらんないわ」

 

「は……?」

 

 一旦は平静を(内心はどうあれ表面上は)取り戻したアディだったが、次に聞こえた徐倫の台詞に呆気に取られる。見れば、徐倫はいつの間にやら一枚の布切れを持っていた。……いや、布切れではなく一着の服だ。先ほどまで簪が着ていた服と同一に見えるが、唯一の違いは「一枚の()()()が貼られている」こと。

 

「さっき簪が吹っ飛ばされた時、あたしが救助ネットを張るのと同時にエルメェスは簪(の服)にシールを貼っていた……そして十分に『足止め』が済んだ今、このシールを剥がす。それで『追いつく』のも完了ってワケ」

 

「あたしが延々お前と"おしゃべり"してたのはよォーー、時間稼ぎ以外にも『床に落ちた服とそれを拾う徐倫から目を逸らす』って意味もあったんだぜ……ほんと今更だけどな」

 

「じゃ、行くわよ皆」

 

 徐倫がシールを剥がすと同時に服はひとりでに動きだした。宙に浮かび上がったかと思うと凄まじい速度で何処かへと飛び去っていく……その服を掴んでいた徐倫と、彼女が自分の『糸』にくくり付けた他の全員も一緒に。

 これがエルメェスのスタンド『キッス』の能力。「『シール』を貼ったものを二つに増やす」という一見シンプルな能力だが、「シールを剥がすと増えた物は引き合って一つに戻る」という性質を活かせばこのような使い方もできる。

 その速度たるや、アディの機動力を以ってしても容易には捉えられないレベル。まして予想外の事態に固まってしまったアディは、咄嗟に反応できずみすみす彼女らを取り逃がしてしまった。

 

 

「………………」

 

 階段に残されたのは先ほど彼女が殺したチンピラ女囚の遺骸とそこから湧き出した血の海、そしてアディ自身だけ。束の間の静寂が流れる。

 

「こ、こ、こ……コケにしおってからにィィ~~~!! ヤツらただ殺すだけでは飽き足りん! 死体を帆柱(マスト)に吊るし上げた後に脚から少しずつ切り刻み肉片を海に投げ入れて鮫のエサにしてくれるわッ!! ……あ、船は無いのだったな……鮫もいないし、ええい、この刑務所にはワニが放し飼われていたな、この際それでも構わん! とにかくエサだッ!」

 

 漸く事態を飲み込んだアディは完全にブチギレた。未だ昼食時で他の囚人が食堂に集まっているのを幸いに、目撃者も気にせず自らのスタンドで廊下中を跳ね返り徐倫達を追っていくのだった。

 

 ……To Be Continued→




次回決着。書けてるのですぐ上がると思う多分。
就活で忙しくならなければだけども(就職浪人一周年)

   ※   ※   ※

他に書くこと無いのでアナロマのパラメータ置いときますね

もう一つの物語(アナザーロマン)』―――本体:更識簪
【破壊力:D/スピード:C/射程距離:A/持続力:B/精密動作性:A/成長性:A】
能力―――運動エネルギーを操る双子の美少女、自我を持った二体一対の人形(ドール)。……遠隔操作型のように見えるが群体型としての側面も併せ持つ、両者の中間のようなスタンド。
"動"を司る青の少女は『オルタンス』、触れた物に任意のベクトルのエネルギーを与え射出する。
"静"を司るのが紫の少女『ヴィオレット』で、触れた物のエネルギーを奪いその地点で停止する。
物理的打撃力は無いが、二体の能力が同地点に同時に働くと溢れたエネルギーが物体を破壊する。
余談だが本体の簪は彼女達の視界を、それぞれ青と紫に染まった左右の瞳を通じて認識できる。


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「星」の導き! その4

予告通りすぐ上がりました(当社比)
予告通りは気分がいい~~~~ッ

あ、簪さん、その節は本当に申し訳ありませんでした。
思い付いてしまったんです。そしたら筆が走ってたんです。
だから服に貼ったのに悪気は無かったんです。ただちょっと期待しただけで(ry



(追記)
女の子の服飾事情に対する無知によりチョンボかましてたので修正修正。
俺の迸るDT力(ちから)が功を奏した形だな(?)


「さて、着替えは……と」

 

 一方その頃、簪は自分の監房に戻ってきていた。乱雑に散らかった部屋のどこかから服を見つけ出し、着替えようとしている。余談だが今着てる服も探そうとしてる服も最高級のブランド品。もちろん不在のルミルノ氏から着服したものである。ブランド品にそこまで興味も無いが、ルミルノがそれ以外持ってなかったのだから仕方ない。

 

「……おーい簪ぃーーーー!」

 

「え、皆!? ちょ、意外と早かったっていうかまだ着替えが!?」

 

 そこへやってきたのは徐倫一行、そしてシールによって増えていた簪の服。徐倫達は直前で手を離して部屋の前に着地、飛んできた服は簪の着ていたそれと一体化……というか一つに戻り、そして―――ビリィ、という破裂音。

 

「きゃわっ!?」

 

「あー……ごめん簪、悪気は無かった」

 

「う、ううん、大丈夫。私がもっと手早く着替えれば良かっただけだし」

 

 シールによって増えていた物は、シールが剥がされ一つに戻った際に()()される―――それが『キッス』という能力のルール。それを聞いていた簪は先に着替えておこうと思っていたのだが、予想より早く皆が追いついてしまった為に間に合わなかったのである。

 

 ……何が言いたいかと言うと、着ていた服を破壊された簪の上半身はあられもない姿を晒している、という事だ。現在の簪は中学生、ほんのちょっと前まで小学校に通っていた彼女の胸はつい最近膨らみを感じられるようになったばかり。

 小さいながらもその存在を主張する左右二つの桜の蕾を手で隠しながら(所謂"手ブラ"という状態だ)頬を染めるのは子供からオトナになり始めた、しかし多分に幼さが残る年頃の美少女。

 

 ここにいるのは同性ばかり、唯一の異性であるエンポリオ少年は気を利かせてそっぽを向いているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。ルミルノの収集品(コレクション)の中に何故か紛れていた子供服を、顔を真っ赤にしながらいそいそと着込む簪を中心に、何となく微妙な気まずさが皆を包み込みましたとさ。ちゃんちゃん。

 

 

 

 閑話休題。

 

「それでお姉ちゃん、これからどうするつもり? 一旦は窮地を脱したけど、ヤツはすぐに追いかけてくるだろう……不利な地形からは逃れても、僕たちがヤツの"絶対防御"を抜けない限り勝ち目は無い! いや、あの「ゴムスーツ」だけなら攻略する術はあると思うよ、打撃が効かないなら刃物で斬るとか、でも……」

 

「ああ、エンポリオの心配の通りだと思うぜ徐倫。さっき二人でラッシュをかけた時の事だが、あたしの『キッス』のシールは純粋な破壊を生むからな、防御も通じないんじゃないかとあの海賊女のスタンドスーツに直接貼ってやろうとしたんだが……」

 

「見てたわ、アイツ『キッス』の手が自分に届かないように全部()()()()()()。真に恐るべきはその格闘戦力! おそらく正面からの殴り合いならあたしたち全員が束になっても敵わないと思う。距離をとった今の内に何か対策を考えないと……」

 

「対策ったって、正面から戦うのが無理なら……不意打ちか? すると方法は……」

 

「あの……その事についてなんだけど」

 

 皆でアディを倒す術を模索する徐倫一行だったが、そこに声をかけたのはやっと着替えを終えた簪だった。彼女は部屋に散乱した幾つかの品々を見渡してから言葉を続ける。

 

 

「逃げてる途中で考えたの、あいつを倒す()()()を……そして思いついた『策』があるんだけど、この話、乗ってくれる?」

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

「やっと追いついたぞ……このクソ生意気なエサ共め!」

 

 暫く経って。真紅のゴムスーツに身を包んだアディが廊下の向こう側から姿を現したかと思うと、跳ね回りながらあっという間に接近してきて簪の監房の前で急停止、中に居る簪達を睨む。

 簪達は部屋の中で寄り集まって屈んでいた。そんな彼女たちの様子を見て自分に怯えているのだと思ったアディは、少し余裕を取り戻し勝ち誇った顔で罵倒する。

 

「フン、そんなところで一所に固まって……私が怖くて惨めに震えていたのか? いいザマだな」

 

「『怖がる』? 見当違いも甚だしいね、私たちは『貴女を倒す』ために準備をしてたの」

 

 言葉を返しながらアディに向き直った簪の手には、ルミルノと戦った時にも使用したライターが握られていた。そしてもう片方の手の指に挟む形で持っていたのは数個の木製のリング―――昨日『アナザーロマン』の二人が遊んでいた輪投げの輪っかだ。それに火を放ったのだろう、半ばほどまでメラメラと燃えている。

 

「む? それは……」

 

「発射してオルタンス!」

 

『ていっ』

 

 訝しむ間も無く、簪の傍に出現した『オルタンス』の能力により燃えるリングが次々と射出されてアディに襲い来る。だがその速度はシールによる高速移動よりも格段に遅い。まして真正面からの攻撃ともなれば、この強敵には掠りもしない。

 

「何かと思えば、『火の輪潜り』でもやらせる心算か? 『打撃』によらぬ『熱』によるダメージなら可能性はあるとでも考えたか? この程度の弱火で? ハッ、涙ぐましい工夫じゃあないか。全く、私にとっては容易い……」

「今だッ! 喰らいやがれェーーーーッ」

 

 簪を小馬鹿にするように嘲笑いながら一歩二歩とステップを踏み炎のリングを回避したアディ。しかし向かってくる炎に一瞬気を取られた隙を突きF.Fが動いた。銃に変形させた指先からF.F弾を発射する。

 

「お次は何だ、ヤケクソか? その弾丸が私に通じないのは分かって―――?」

 

 いよいよ苦し紛れの自暴自棄か、と思ったアディだが、その狙いが自分から外れている事に気付く。彼女の頭上に大きく弾道を逸らしたF.F弾だったが、直後に響いたのはガチャン、というガラスが砕けるような破砕音。同時にアディの頭上から異臭のする液体が降り注ぎ全身ずぶ濡れになった。

 思わず上を見上げればそこには一本の壊れたガラス瓶。空中に完全に静止しているそれは予めヴィオレットが仕掛けておいたのだろう。F.Fはこれを狙い撃ち、中身の液体をアディにブチ撒けたという訳だ。

 そして、この独特の匂いは―――

 

「……アルコール、か?」

 

「ご名答。私のウォッカ(ルミルノの酒)だよ、それも世界最高峰のアルコール度数を誇る『スピリタス』……ここまでくればもう分かるよね」

 

「なるほど、全身がアルコールに包まれた今の状態ならさっき程度の火力でも十分という事か。とはいえ、再び火炎を撃ってきたなら再び躱せば良いだけのこと……いや、第二射を撃つ前に貴様らを始末する方が早いな。どちらにしろこの私がこれ以上貴様らの好きにさせると思うのか?」

 

「確かに、あなたが本気で私達を殺しにかかれば次の一手を打つ暇なんて無くなるだろうね。……尤も、次の手はもう『打ってある』んだけど」

 

「何を……!? こ、これはッ!?」

 

 

 簪の言葉に対し疑問を抱く間も無く、背後から迫る気配。反射的に振り返れば、今しがた避けたばかりの燃え盛る輪の一つが後ろから()()()()()()()

 

 

「気付かなかったでしょうけど……あたしの『ストーン・フリー』の糸をこっそり伸ばして、あんたの背中まで一本の『()()』を敷いておいた。『本命』は予め輪の中に導線を通してから発射されたそれ一つっきり……あとは目くらましよ」

 

 よくよく注視して見れば、簪達の手元から伸びてアディの背中に伝わる一本の糸が存在しているのが分かる。この『ストーン・フリーの導線(レール)』に導かれて、本来直進するしか無かった筈の『射出後の炎のリング』は空中で軌道を変えたのだ。

 

 そうして導線(レール)に沿って戻ってきたリングはアディの死角となる真後ろから再度襲い掛かる―――が。

 

 

「う……うおぉおおおおおおおおおおっ舐めるなァアアアア!!」

 

 アディは超人的な反射神経と身体能力で咄嗟に体を逸らした。常人ならば確実に反応できず当たっていた筈の炎を、まるでマトリックスのような体捌きでギリギリ回避することに成功する。

 

 

「う、うむ! 少し驚かされたが、これで貴様らの目論見は―――」

「そしてこれが()()()()()()()って奴だぜ」

 

 息を吐く間も無く、エルメェスがその手に持っていた木の輪から『シール』を剥がした。同時にその輪っかは彼女の手元を離れ、アディの体スレスレを飛行中の燃えるリングの下へ向かって行き―――ひとつに戻って()()した。当然の事ながら、砕け散ったその破片も燃えている。破片手榴弾の如くばら撒かれた火花を避ける術は今度こそ存在しなかった。

 

 

 遂にアディの体に火の粉が触れる。と同時に、度数の高いアルコールが付着するスタンドスーツの全体に一気に炎が回り、その熱は内部にまで届いて彼女を蒸し焼きにする。

 

「うがぁああああああああああああッ!? 燃えるッ! このままでは焼け死んでしまう! 早くスタンドを脱がなければッ……!!」

 

 火達磨になって転がるアディだったが、自らスタンドを『解除』する事で対処して纏わり付いていた炎から『は』解放され、焼死の危機から『は』逃れる事ができた。だがこれは悪手である。

 放っておけば死は確実で、更に体中が燃える中で冷静に判断しろという方が難しかろうが、彼女は自身を守る"絶対防御"を自ら取り払ってしまったのだから。

 

 

 

 

 そして、この後の展開は想像に難くない。

 

 

 

 

「やれやれだわ……やっとその鬱陶しいガードを下ろしてくれたわね」

 

「あ、トドメは私も……私が裸にされたのも元はと言えばコイツの所為だし」

 

『御主人様、それは流石に八つ当たりかと』

『でも最後に殴っておきたいのは私達も同じ気持ちです』

 

「し、しまっ……」

 

 徐倫と簪がアディの前に並び立つ。打撃を阻むゴムのスーツは今や無く、二人を迎撃することは愚かその場を逃れる事すらできないほどに衰弱している。

 

「くっ、『ウィー……』」

 

「オラァ!」

「そこっ!」

 

「あぶっ……」

 

 自らのスタンドの再展開を試みたがその前に拳が突き刺さる。ここにアディの命運は尽きた。

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーー!!」

「そこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこォーーー!!」

 

「がだばっらぐぅああああああああああああああああっっ!!」

 

 『ストーン・フリー』と『アナザーロマン』、二つのスタンドによる計三体分の拳の連打(ラッシュ)を全身余す所無く叩き込まれたアディは全身から血を吹いてぶっ飛び落着、そのまま息絶えた。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「……死んだみたいね」

 

「これなら『ホワイトスネイク』も記憶を探る事はできないだろうね」

 

 アディの死亡を確認した徐倫一行は漸くといった感じで息を吐く。スタンド能力・身体能力共に並外れた強敵ではあったが、皆の力を合わせた策でどうにか撃退することができた。

 

「強敵だったな……しっかし良い作戦だったぜ簪、素直に感心した!」

 

「えへへ、兄貴に褒められると照れちゃいます」

 

「……うん、まぁ、もう兄貴でいい」

 

 気が緩んだのか漫才のようなやり取りを交わす簪とエルメェス。それを眺めて和む徐倫とF.F。

 しかしそこでポツリとエンポリオが呟く。

 

「……ところでその死体どうするの? このままだと間違いなく関与を疑われるけど……」

 

『あ』

 

 今は昼食の時間帯。殆どの囚人は食堂に集まって食事をしている。つまりアディの死体が見つかった時、真っ先に疑われるのは食堂に居なかった(アリバイの無い)人間……つまり徐倫達だ。

 付け加えるなら死体があるのは簪の部屋の前。食堂に居なかった人間の監房付近で死体が発見されれば怪しまれない訳が無い。

 

 

 

「……あ、そろそろあたしたち自分の房に戻らないと……」

 

「……僕も他の囚人に見つかる前に部屋の幽霊に帰るね」

 

「あーっ!? 私に後始末を押し付ける気だ!? ちょ、逃げないで皆!」

 

「いや面倒だし、そもそも看守はスタンドとか知らないんだから最悪簪一人でも何とか誤魔化せるだろ……っておい待て、ヴィオレットで足を固定するな!?」

 

「こうなったら皆道連れに……」

 

「あー、簪、あたしはお前の『兄貴』なんだよな!? あたしだけは逃がしてくれてもいいんじゃ無いかなーーって……」

 

「てめーコラ! 一人だけずるいぞエルメェス! 都合の良い時だけ兄貴ぶるんじゃあねーーッ」

 

「駄目です。兄貴も連帯責任です!」

 

 

 ……なんとも締まらない幕引きである。

 

 最終的に観念した皆が協力して知恵を絞った結果、F.Fがアディの死体に分体のプランクトンを潜り込ませて肉体を操作し、数時間の間生きているように見せかけてから外に居るワニに襲わせることでアリバイと死因を誤魔化し、全員が事無きを得たのであった。

 

 

 

 

 

 アディ・D・アース船長(キャプテン)(スタンド:ウィーアー!)

 ―――死亡。

 発見場所から死因はワニに襲われた事と推測されるが、損傷が激しく詳細は不明。

 また階段で遺体となって発見された囚人とは昼頃に一緒に居る姿が目撃されていた為、アディの犯行と推定された。

 

 

 更識簪(スタンド:もう一つの物語(アナザーロマン))

 ―――アディの死体をF.Fが操作する際、「部屋に鍵をかけ自ら閉じ篭ってからプランクトンの分体のみ脱出させることで他殺死体だけを室内に残す」という案を主張。その理由は『密室殺人はロマンだから』。エルメェスに諌められる。

 

 F.F(スタンド:フー・ファイターズ)

 ―――結局後始末の殆どを担当することになり、文句を垂れながらも律儀にこなしてくれた。

 その礼として簪から高級ミネラルウォーター(ルミルノから接収)を貰いご満悦。

 

 エンポリオ・アルニーニョ(スタンド:バーニング・ダウン・ザ・ハウス)

 ―――簪の部屋の前のアディの死体が片付いた後自分の部屋に戻るが、その目前に広がる血の海と放置されたチンピラ女囚の遺体を見て自分も簪と同じ状況だったとテンパる。そもそも幽霊部屋の存在も自身の存在も知られてないのだから何も問題無いと気付くまでずっとあわあわしてた。

 

 エルメェス・コステロ(スタンド:キッス)

 ―――どう考えても怪しすぎる『密室殺人』なんて事件を『ロマン』という理由で演出しようとする簪を説得しながら「このガキ、あたしが見てなきゃ何しでかすか分かんねぇ」とますます簪の世話を焼く事を決意。

 

 空条徐倫(スタンド:ストーン・フリー)

 ―――エルメェスが簪を宥めつつも世話を焼く事を決意した、その面倒見の良すぎる姿を横目に見て「こりゃ確かに兄貴だわ」と密かに思ったとか。

 

 ……To Be Continued→




以上、『「星」の導き!』でした。以下裏話。

ぶっちゃけ『簪が射出した弾を徐倫が糸で導いて軌道変更する』ってシーンが書きたかっただけ。

そのシーンに至るまでの展開を逆算した結果、アディの能力と必要な小道具が決定。

伏線として小道具(輪投げと酒)は先にチラ見せしておこう。『その1』あたりで。

あれ簪さん普通に飲んでるけど未成年……ま、承りだって学生時代にビール飲んでたし多少はね?

岸部ロハンも殺された。

成長したキラに殺された。


……つまり何が言いたいかっつーと、数話前の簪さん飲酒事件は物語の伏線という已むを得ぬ事情によって発生した不可避の必然であり、目的達成の為の致し方ない犠牲(コラテラルダメージ)という奴なのです。
決して私がやさぐれ少女フェチだからとか、そんな疚しい理由はちょっとしか関係ありません。
ところでGDP(ガヴリールドロップアウト)のガヴちゃんってやさぐれ可愛いよね。


   ※   ※   ※


 2018/05/29 今更追記:アディ船長のスタンド紹介し忘れてたんでこっそり置いときますね。

『ウィーアー!』―――本体:アディ・D・アース船長(キャプテン)
【破壊力:C/スピード:A/射程距離:E/持続力:B/精密動作性:B/成長性:D】
能力―――あらゆる物理衝撃を『受け止めて』『跳ね返す』ゴムスーツ。()()タイプのスタンド。
相手からの攻撃に対する『絶対防御』となるだけでなく、飛び道具を打ち返したりもできるし、ゴムに圧をかけて跳ねる事で殺人級の体当たりを繰り出す事も可能。
反面、()()()()()弱点はゴムであるが故に斬撃や物理以外の攻撃に弱い事。
だが彼女の場合、本体の類稀なる戦闘センスで複数の近距離パワー型スタンドを相手取っても互角以上にやりあえる。本体性能ありきで考えるとかなりの難敵と言えるだろう。


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F.Fの思い出

 無理矢理一話に詰め込んだら過去最長のボリュームに。そしてこの文量がデフォになっていきそうで怖い(文を短く纏められないss書きの屑)
 ストーンオーシャン真のヒロインことF.Fの思い出論を語りたかっただけー。そして書いてたら自分で訳分からんくなってごっちゃごちゃに。まぁいいや。
 因みに今回登場するオリ敵は今までの噛ませ犬共とは格が違う、ジョジョ原作キャラ並みの強さを誇る敵として描いたつもりです。

 そう、怪人ドゥービーとか鋼線(ワイヤード)のベックとか、ケニーGやヌケサクのようなお歴々と並んでも見劣りしないようなキャラに仕上がったハズだ(白目)


「なァ簪、『ロマン』ってそんなに大事なのか?」

 

「……F.F、それは私に対する宣戦布告なの?」

 

 

 

 「今日の夕飯は何にする?」って質問と同じくらい気楽な感じで何気なく投げかけられた質問はしかし、簪にとっては聞き逃せない一言だった。目を据わらせて『アナザーロマン』を出現させる簪に、F.Fは慌てて言葉を繋ぐ。

 

「いやいやいや、そういうんじゃあなくってさ! ただ何つーの、純粋に『疑問』なんだよ……『ロマン』ってのは()()()()()を負う事すら厭わない程大切なモンなのか? ってさ。あたしにはそこん所の感覚がイマイチ理解できなくて、どーも気になってさぁ」

 

「……まあ、私の個人的な信条だから……他の人には余り理解できない、のかな? それこそ私には分からない感覚だけど。ロマンの無い人生とか、何の為に生きてるの? って感じ」

 

「お、おう……そこまで言うか」

 

 そんな会話を繰り広げている場所は医療監のベッドの上。包帯だらけで横になっている簪と、それを見舞いにきたF.Fという構図。

 

「でも私がロマン第一主義だって事は承知だったと思うけど……今更なんで?」

 

「確かにお前が『ロマン』ってモンに拘ってたのは知ってたけどよ。そんな怪我を負ってまで追及する程だったのかって、改めて思ってさ……お前がエルメェスの『復讐』を手伝ったのも、結局は『ロマン』なんだろ?」

 

「ん、……まあね」

 

 そう、簪が怪我を負ってこんな場所でベッドに寝込んでいるのには『理由(ワケ)』があるッ!

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 それは先日の事。エルメェスが遂にその本分……『復讐』を果たしたのだ。彼女は元々、この刑務所に服役中の『スポーツ・マックス』という名のヤクザを追い、わざと罪を犯して収監された。全てはスポーツ・マックスによって命を奪われた自身の姉、グロリア・コステロの仇を討つ為。

 『復讐とは自分の運命への決着をつけるためにある』というのはエルメェスが語った自身の信条だが、彼女は当初自分の復讐に仲間を巻き込むつもりは無かった。今や大事な友人でもある仲間達に自分の都合を押し付けたくは無かったし、できる事なら姉の仇は自分自身の手で取ってやりたかった。

 

 ……が、その事を知った簪は自ら『復讐のお手伝い』を志願したのである。

 簪曰く、「兄貴の悲願を手伝うのは『妹分』として当然の事だし、何より『亡き姉の鎮魂の為、そして自身の運命を拓く為に決行する復讐』なんて劇的な物語(ロマン)、関わらずにはいられない」との事。主に後者の理由の方が大事であった。

 簪の協力を固辞しようとするエルメェスとすったもんだの口論の末、『復讐の実行はエルメェスに任せ、簪はそのサポートに徹する』という結論に落ち着き、彼女達は行動を開始。経過は割愛するが、ともかくスポーツ・マックスの殺害()()成功した。

 

 

 だがここで誤算が生じる。スポーツ・マックスは『ホワイトスネイク』により既にスタンド使いとなっており、その能力によってゾンビ化しこの世に留まってしまったのだ。最終的には駆けつけた徐倫やF.Fの助けもあって、エルメェスの機転と覚悟でスポーツ・マックスのゾンビは完全敗北し消滅、復讐は完全に『完了』したのだが……その戦闘で簪は全く良い所無しに、エルメェスを庇って負傷。こうして医療監に入院する羽目になったのだ。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

「まぁ復讐を手伝いたいって気持ちは分かるよ、あたしだってエルメェスを応援してた。だけどその源泉にある思想が『ロマン』だってのが今一つピンとこねぇ! だからこの際詳しく聞いてみようと思ってさ」

 

「なるほどね……」

 

 詰まるところ、F.Fはただ知りたいだけなのだ。簪の言う『ロマン』とは一体『何なのか』を。

 その問いかけに対して、簪は少し考えた後に口を開いた。

 

「……うん、難しく考える必要は無いと思うよ。きっと自覚が無いだけで、貴女もまた『自分だけのロマン』を持ってる筈だから」

 

「……、? えーと、それってどういう意味?」

 

 ぽかんとした表情で解説を求めるF.F。それに応え、もう少し詳しく述べてやる。

 

「つまりさ、人は皆、多かれ少なかれ『ロマン』に突き動かされて生きるものなんだよ。それを私ほど深く自覚できるかは別としても……ううん、ひょっとすると人によっては、それを『ロマン』以外の別の言葉で表現したり、或いは別の解釈で説明するのかもしれない。だけどそれらは全て、本質的には同じ事なんだよ」

 

「んー……つまり、簪にとっての『ロマン』に相当するものが私の中にもある、って事か?」

 

「そういうこと。だから私の言う『ロマン』がどういう物なのかを知りたいなら、F.Fにとって『一番大切な信念』とか『人生の中で最重要な事柄』を思い浮かべれば良いの……思い浮かんだ『それ』が、私にとっての『ロマン』だよ」

 

 それだけ伝えると言葉を切り、F.Fの反応を窺う。彼女は俯いたまま口に手を当て暫く考え込んでいたが、不意に顔を上げると独白するように喋りだした。

 

 

「……『思い出』だな。あたしは、生きるという事は『思い出』を作る事なんだと思ってる。人は思い出があるから友達や家族の為に頑張れるし、思い出の為に命を懸ける事ができる。徐倫が父親を救いたいのも、エルメェスが姉の復讐を果たしたのも、何かしらの良い思い出があるからだ……思い出が人間の心にエネルギーを与えてくれるからだ。だからあたしは、人は皆『思い出』の為に生きているんだと思う。……そっか、これが簪にとっての『ロマン』なのか」

 

 簪に確認するかのように呟かれた最後の一言。それには肯定で返してやる。

 

「そう、その通りだよF.F。貴女の言う『思い出』を、私流に言うと『ロマン』なの」

 

「つまり簪も『思い出(ロマン)』の為に生きてる、って訳か……そう考えると、うん、確かに納得できる」

 

 

 得心行ったという表情で頷くF.Fであったが、「でもよ」と前置きしてから言葉を続ける。

 

「それならもう一つ気になる事ができたぜ。簪がロマンの為にエルメェスの復讐を手伝ったって言うなら、その根源となる『思い出(ロマン)』がある筈だろ? それってどんなロマン(おもいで)か、心当たり無いか? エルメェスの『姉との思い出』に共感できるような何か、とかさ」

 

 それを聞いて、即座に頭に浮かんだのは姉―――楯無の事。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 簪にとっての姉、楯無は、憧れでありコンプレックスでもあった。何をやらせても優秀で、非の打ち所の無い完璧な姉。その姉から、何も出来ない無能のままでいろ、と伝えられて以来、簪の劣等感は加速し、どうにか姉を越えようとあがき苦しみ、それでも『才能の壁』は越えられず絶望し、逃げ出した果てに……何故か『世界の壁』は越えてしまい、今この『水族館』の中に居る。

 

 ある意味で現状の遠因とも言えるし、それを抜きにしても反抗心から嫌っていた筈の姉ではあるが、実のところ今の簪からは彼女へのわだかまりなど消え去っていた。

 

 簪はこの世界にやってきて、初めて自分自身の原点を―――即ち更識簪という人間の根幹である『ロマン』を自覚できた。その時点で、姉へのコンプレックスは消滅していたのである。何故ならば、彼女は『更識簪』で、姉は『更識楯無』だから。簪には簪の人生(ロマン)があるし、楯無には楯無の人生(ロマン)があるからだ。

 要は『どう生きたいか』が重要なのである。ならば優劣など関係無い、簪が楯無に対抗心を抱く必要も無い。ただ後悔の無いよう、己が心の命ずるがまま好き勝手に生きるだけだ。その上で真に姉を越えたいと思うなら、ただ挑み続ければいいだけ。結果はどうあれ、それで簪は満足できるだろう。そういう生き方そのものがロマンなのだから。

 

 そして簪の中から楯無への劣等感が消えた時、代わりに浮かび上がってきたものがある。それは『疑問』と『信頼』。

 精神的余裕を持って振り返って見れば、あの姉は自分から見ても十分シスコンだった。そんな姉が一体どんな理由があってあんな暴言を吐いたのか? それが疑問。

 しかし同時に、きっと悪い理由では無いのだろうと―――形はどうあれ私の為だったのだろうと、そう確信していた。それは精神的に成長した今の簪だからこそ思い出せた、実の姉への信頼。

 ギスギスしていたとはいえ姉妹なのだ。姉が自分を嫌いになった訳では無いという事にも、疎遠になってからもずっと距離を縮めたがっていたという事にも感付いていた。それを自分が意固地になって、頑なに拒絶し続けただけの話。単なるすれ違いである。

 

 だからきっと、楯無のあの言葉には何か意味があったのだと、今の簪はそう信じている。具体的な理由はまだ想像も付かないが、あの姉が、大好きなお姉ちゃんが私を傷付けるだけの言動を取る筈が無い―――と、簪にとってそれは確定事項。なんだかんだ言っても、本質は姉同様シスコンな簪であった。

 

 

 

 ……とまぁ、姉・楯無とは本当に色々とあったが、今となっては全て良い『思い出(ロマン)』だ。だからこそ、簪は元の世界へと―――大切な姉の下へ帰りたいと、そう願っている。思えばエルメェスを『兄貴』と呼び慕っているのも、姉と会えない寂しさからきた無意識の代替行為だったのかもしれない。

 だからこそ、そんなエルメェスが『姉』の為に復讐を決意してこの監獄に入ったのだと聞いて、居ても立っても居られなくなった。どうにかして力になりたいと思った。だって、簪には痛いほど共感できる姉妹愛(ロマン)だったから。

 

 

 

 ―――といった感じの事を、黙り込んでつらつら考えてはみたけれど。

 質問に対する答えを期待して待っているF.Fには悪いが、本心を赤裸々に語るのは気恥ずかしいし、何となくだがこの思い出(ロマン)は、胸の内に秘した方がよりロマンチックな気がしたので。

 

 

「……うん、お姉ちゃんとの思い出(ロマン)には心当たりあるかもね。でもヒミツ」

 

 なんて、暈して曖昧に答えたのであった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「さて、話しておきたかった事も大体済んだし……あたし、そろそろ行くよ」

 

「……『厳正懲罰隔離房(ウルトラセキュリティハウスユニット)』。本当に行くつもりなんだね?」

 

「ああ、幾らなんでも徐倫一人じゃあ危険すぎる」

 

 そう、徐倫は今『厳正懲罰隔離房(ウルトラセキュリティハウスユニット)』と呼ばれる、囚人の中でも特に凶悪であったり問題があったりする者のみ収監される特別な独房に入れられているのだ。その理由はある意味シンプル、スポーツ・マックスの一件で看守達から疑いの目を向けられたから。それ以前のスタンドバトルによる騒ぎと合わせて、めでたく『問題児』扱いと相成った訳だ。

 

 しかし、徐倫の『目的』は別にある……そう、彼女は()()()()()その懲罰房へと向かったのだ。その目的とは勿論、父親・空条承太郎を助ける為―――即ち、ホワイトスネイクからDISCを取り戻す為。

 

 実は先日、DISCの一枚……『スタンド能力のDISC』は仮死状態の承太郎の元へと無事に届けられた。そもそもスタンドDISCの方は、徐倫がF.Fと出会った際の一件で既に回収されていたのだ。それを刑務所の外へ持ち出す方法に困っていたのだが……ホワイトスネイクの刺客から襲撃を受け奪い返されるよりはと、徐倫は強攻策に出た。承太郎の肉体を保護している外部の協力者であるスピードワゴン(SPW)財団と連絡を取り、彼らにDISCを受け渡す事にしたのだ。

 それは危険な賭けだった。徐倫が財団に連絡を取った事は即座にホワイトスネイクの知るところとなり、阻止の為のスタンド使いが派遣された。徐倫はそれを承知の上で突破するつもりだったが、それは時間との戦い。簪や他の皆は刑務作業中、看守達の目を盗む事もできず徐倫のサポートに赴く余裕は無かった。

 辛うじて、エンポリオ少年の紹介で引き合わされたスタンド使いの男囚が援護に回り、刺客を返り討ちにして、『ザヴェジ・ガーデン作戦』と名付けられたDISCの移送計画は成功に終わった……と、簪は聞いている。

 

 その結果、仮死状態だった承太郎は生命活動を再開したという。だが彼が意識を取り戻すには、後一枚……『記憶のDISC』が必要である。そしてそれは、ホワイトスネイクの本体が肌身離さず持ち歩いているのだろう。

 先日スポーツ・マックスから手に入れた彼の記憶のDISCを読んだ結果、ホワイトスネイクにとって重要な『何か』が厳正懲罰隔離房(ウルトラセキュリティハウスユニット)のどこかにあると知った徐倫は、それを餌にホワイトスネイクを誘き寄せる為、単身そこへ乗り込んで行ったのである。

 

 

 

「だけどよ、それは余りに無謀だ……だから私も行く。警備は厳重だろうが、何としても……とりあえずエンポリオにも知恵を借りて見るよ」

 

「……分かった、止めはしないよ。それは貴女の『思い出(ロマン)』からくる行動なんだろうしね。危険を覚悟の上なら応援する。……本当は私も行きたいんだけど……」

 

「まだ安静にしてなきゃ駄目なんだろ? 無理はすんなよ」

 

「うん……これじゃ足手まといになりそうだしね」

 

 そう、簪の怪我はまだ完治していない。これでは警備を突破して徐倫の下へ行く事は勿論、予期される刺客とのスタンドバトルなどできる筈も無い。

 

 

「悔しいけど、徐倫の事をお願い」

 

「ああ、任せときな」

 

 最後にそう言葉を交わすと、F.Fは振り返る事も無く退室していった。今回ばかりは生還の保障は無い。徐倫はホワイトスネイクの急所を押さえようとしているが、それだけに敵の抵抗も激しいだろう。どれだけの刺客が動員されるかも分からない。

 しかしF.Fに恐怖は無かった。あるのは闘志と覚悟のみ。だからこそ、簪は彼女を送り出した。もし二人の立場が反対だったとしたら、簪だって命懸けで徐倫を助けに行っただろうから。出会ってからまだ日は浅いが、徐倫達と過ごした日々も、大切な『思い出(ロマン)』なのである。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 それからどれだけ歯痒い時間を過ごしただろうか。事態は急変する。

 

「……簪……緊急事態だ…………」

 

「! 貴方は確か……ウェザー・リポート?」

 

 部屋に入ってくるなり声をかけたのはウェザー・リポートと名乗る男囚。彼もまたホワイトスネイクに記憶を奪われた為、ヤツを追っている。『ザヴェジ・ガーデン作戦』の時に徐倫に協力してくれた男だ。その際に負った怪我で今まで医療監に入院していたが、もう殆ど回復したらしい。

 

「今、F.Fから無線連絡が入った……どうやら状況は切羽詰まっている」

 

「彼女に何かあったの!?」

 

「分からん……少なくともF.Fは口を利く事もできない程追い込まれているようだ……とりあえずF.Fが怪我を癒せるよう『雨』を降らせたから一先ずは無事だと思うが……」

 

 そう、彼のスタンド『ウェザー・リポート』(記憶が無い為に自身のスタンドの名をそのまま自分の名前として使っている)の能力は『天候を操る事』。水さえあれば増殖し、傷を癒す事が出来るプランクトンの群体であるF.Fの救援として、これ以上頼もしい人物は居ない。

 

「俺はこれからF.Fの下へ向かう……そこで簪、君の『アナザーロマン』も一緒に来て欲しい」

 

 そう助力を求められたが、簪は力無く首を横に振る。

 

「私も助けに行きたいのは山々だけど、無理なの。いくらアナザーロマンが遠隔操作型とはいえ、隔離房は流石に『射程範囲外』……本体である私が動けない以上はどうしようも……」

 

「いや、そうでもない……喋る事は出来なくとも、F.Fは『モールス信号』で情報を送ってくれている……だから現在位置は分かるが、どうやら既に厳正懲罰隔離房(ウルトラセキュリティハウスユニット)は脱出したらしい……」

 

「それ本当!?」

 

 ウェザーの言葉に食い付く簪。その目には期待が宿っている。

 

「ああ……今も敵に追われ逃走中のようだが、このまま行けば君の『アナザーロマン』の射程内に入ってくるだろう……それでどうする?」

 

「今すぐ準備する! さあ、行っておいで!」

 

『出番ですね』

『行ってきます、御主人様』

 

 そう言うが早いかアナザーロマンの二人を展開する簪。彼女らを連れ、ウェザーは医療監を出る。簪はそれを見送ると、目を瞑って目蓋の裏に映る二つのスタンドの視界に集中するのだった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

『ウェザー様、F.F様はまだ移動中ですか?』

 

「ああ、だが敵の追撃も激しいようだ……振り切る為に霧を濃くして欲しいと要請が入った」

 

『それは急がないとなりませんね』

 

 F.Fと合流する為、屋外へと出た一行。ウェザーが発生させた霧の中を進んでいる。

 道中、アナザーロマンの二人と会話しながら走るウェザー。その手に持った無線機からは、小石を地面に打ち付けるような音が規則的なリズムで聞こえてくる。F.Fの発するモールス信号だ。

 だが次に送られてきた信号に、思わずウェザーの足が止まる。

 

 

「……F.F……やってくれたな…………!」

 

『ウェザー様? どうかなされましたか?』

 

 普段は冷静沈着な態度を崩さないウェザーが、柄にも無く喜色を隠さず興奮している。怪訝そうに事情を尋ねるオルタンスに、再び足を動かし始めながらウェザーは無線機を突き付けた。

 

「スタンド越しに簪にも聞こえるか? この報告、F.Fの奴大手柄だ……!」

 

 コンコン、と小石を叩く音。曲がりなりにも暗部の出身である簪は、その手の教育も受けていたおかげで、聞こえてくるモールス信号の意味する所を難無く解読できた。その内容は―――

 

 

 

 ―――繰り返す。

 ―――ホワイトスネイクの正体は、

 ―――教戒師のエンリコ・プッチ神父だ―――

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「や、やったっ! F.Fがホワイトスネイクの正体に辿り着いたんだッ!」

 

 医療監のベッドの上、思わず目を見開いて簪は歓喜した。

 今まで謎に包まれていた『ホワイトスネイク』の本体、プッチ神父。教戒師としてこの刑務所に勤めている彼の事は、簪も度々見かける。職員からも信頼の厚い敬虔な聖職者である彼がホワイトスネイクだったとは、夢にも思わなかったが……考えて見れば、彼はその立場故に、刑務所内でもある程度自由に動き回れる。そういう意味では、正体を隠し暗躍するのに彼ほど適した人物は居なかったろう。尤も、それも今日で終わりだが。

 

 ホワイトスネイクが今まで暗躍を続ける事ができたのは、その正体が不明だった事が大きな理由であった。然るに本体さえ割れてしまえば、後は袋叩きにするだけ。少なくとも、今までのように好きにはさせないし……DISCを使って新たな部下を作るのだって、阻止できるようになる。F.Fが挙げた戦果はそれほどの大手柄なのだ。

 

 だが喜びも束の間、事態が動く。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「……? 何だ……この音は……」

 

『地鳴り……ですか? 駄目です、モールス信号が聞き取れません』

 

 突如として響き渡る、まるで地震のように大地が震える音。それに掻き消されるようにして、F.Fの発する小石の音は聞こえなくなってしまう。余りに都合の悪いタイミングの地響き、それもずっと続いて止まる様子は無い。と、いう事は。

 

「『敵』……だな。これは俺達の通信を阻む為の妨害電波(ジャミング)……いや妨害()()、或いは()()と言った方が正しいか? とにかくこれではF.Fの位置が掴めん」

 

『御主人様から伝言です。「F.Fがホワイトスネイクの正体を掴んだ、という事は、彼女は今現在ホワイトスネイクに……プッチ神父に追われているという事。事態は一刻を争う、アナザーロマンを分散させて地鳴りを起こしている敵を探索させる」……との事ですので、早速行ってきます』

 

「待て……そういう事ならこれを持って行け」

 

 すぐさま索敵に赴こうとする二人に待ったをかけると、ウェザーは近くに設置されていた鉄条網をスタンドで引き千切る。その千切った有刺鉄線の、数十センチにも及ぶ細長い棒状の切れ端をアナザーロマンに持たせた。

 

『? この針金は……?』

 

『一体何に……御主人様? ……あぁ、なるほど』

 

 ウェザーの意図が掴めず困惑するオルタンスとヴィオレットだったが、本体である簪はすぐに彼の思惑に気付いたようだ。二人に意思を伝達すると、納得したように頷いた。今更ながら実に人間味溢れるスタンドである。

 

「それでは『アナザーロマン』、頼んだぞ……」

 

『お任せを』

 

 二人は声を揃えてそう言うと、深い霧の中へと消えていった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 濃霧に覆われた刑務所敷地内のどこか、F.Fとウェザーそれぞれの現在地の中間辺り。

 そこには一人の中年男性の姿があった。小太りで背の低いその男は、土下座のような体勢で体をピッタリ地面にくっ付けている。頭は横に傾げ、耳を地面に当てて大地の振動音を確かめている。

 

「げへへへへ……もっともっと揺れろ、震えろ、モールス信号なんて掻き消しちまえ……」

 

 まるで何かに押し潰されているかのような姿勢で地に伏しているこの男の背には、一見何も無いように見えるが、見るものが見れば……即ちスタンド使いが見れば、男に折り重なるようにして上に乗っているカエルのような姿のスタンドが視認できるだろう。

 そのスタンドの頭に当たる部分には顔が無く、代わりに機械的なハンマー、というか杭のような物が付いている。そしてそのハンマーは、小刻みに上下運動を繰り返して地表を叩き、大地全体を震わせている。

 

 言うまでもなく、彼こそが通信妨害を行っている張本人。付近で刑務作業をしていた所を、たまたまプッチ神父に見つかり、その場で「F.Fの信号を妨害せよ」という命令の刷り込まれた記憶DISCとスタンドDISCを埋め込まれ、即席のジャミング装置として利用されてしまったのだ。

 

「げへへ、しかしオイラに与えられたこの能力! スゲーなァーーーカッコイーなァァァァ! 『地震を操る能力』なんて、控えめに考えてもムテキすぎるよなァァーー! 今はまだ『命令』に従わなきゃだけど、これが終わったらこのチカラを使って好き放題に……」

 

『見つけました。すごく頭の弱そうな顔の男性です』

 

「ナヌッ!?」

 

 力に溺れて一人ニヤニヤしていた男の背後には、いつの間にやらヴィオレットの姿。男は慌てて飛び起き、拙いながらも彼なりのファイティングポーズを取る。

 

「なんだオメー……人形? オメーもスタンドって奴か? ()るなら相手になってやるぞ!」

 

『ええ、勿論アナタを止めに来たのですが……その前に、これをどうぞ。ほいっと』

 

「わわッ、と? 何だこれ……針?」

 

 精一杯粋がる男に対し、ヴィオレットは欠片も戦意を見せないまま何かを投げ渡した。それは先ほどウェザーから手渡された適当な長さの鉄線。まっすぐな形を保つその固い針を突然パスされ、ついキャッチしてしまった男であったが、何故自分がそれを渡されたのか、何のための針なのかが分からずに混乱中。

 色んな角度からまじまじと針を見つめる小太りの中年の頭からは、既に目の前のヴィオレットの事は抜け落ちている。しかしだからといって不意打ちを仕掛けるでもなく、彼女は穏やかに語りかけた。

 

『ああ、違います違います。それは縦に持って、先端を上に向けて出来るだけ高く掲げるんです』

 

「ん、縦? 上に? ……こう?」

 

『もうちょっと高く』

 

「高く、高く……っと、これで良いんか? で、これ何の意味があるん?」

 

 手の内の針に夢中になりすぎて、自覚も無いままに敵である筈のヴィオレットの言葉に素直に従ってしまっているこの男、一言で言って馬鹿である。そしてそんな馬鹿が相手でも手加減なんてしない。今は時間が惜しいのだ。

 

 

『それじゃあオルタンス、合図を』

 

「は? オルタンス?」

 

 ヴィオレットが男を発見すると同時に、オルタンスの方はウェザーの下へと戻っていた。遠く離れた場所ではあるが、二身一体のスタンドである彼女達は本体である簪を介して自在に意思の疎通ができる。それを利用した『伝令』は、ウェザーに()()()()()()事を知らせた。

 

 そしてウェザーの放った次なる天候―――『落雷』は、その低い精密動作性にも関わらず、吸い込まれるように男へと……男の持つ『針』へと落ちていった。

 

 

「……って、あんぎゃああああああああああ!?」

 

 全身を雷撃が通り抜け、一瞬骨まで見えた……ような気がする。とにかく男は膝から崩れ落ち、スタンドも維持できずに消えていく。

 

「ひ、避雷針だったのね……ガク」

 

 最後にそれだけ言い残して男は気絶。ちなみにヴィオレットはとっくに立ち去っていた。

 

 

 

 

 プラダ・チェグマ(男の名前。スタンドは『ラヴレター・フロム・ベネズエラ』)

 ―――前科69犯、全て食い逃げ。電光石火の早さで再起不能(リタイヤ)

 徐倫達が懲罰房で起こした騒動の所為で、居なくなった事に気付かれないまま一晩この場に放置される。後に看守達が気付いて回収したが、こっぴどい風邪を引いた上感染症に発展して数ヶ月の入院を余儀なくされた。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「阿呆が相手で思うより早く済んだね」

 

『ああ……これでジャミングは消えた』

 

 こちらは医療監からアナザーロマンの指揮をしていた簪。スタンドを通してウェザーと会話している。本当はあの針を何とか敵本体に突き刺して、それから雷でトドメ……という流れの予定だったのだが、相手がアホっぽかったのでヴィオレットが急遽作戦変更、普通に手渡したら普通に倒されてくれた。

 気の抜けるような顛末だが、何はともあれ時間短縮ができたのは嬉しい。F.Fの下へ急がなければ……と思っていたが、またしても予想外の事態が起こる。いや、『起こっていた』。

 

 

『おかしい……地鳴りは無くなったのに、今度はF.Fの信号が聞こえない……途絶えている』

 

「……え?」

 

 

 ―――嫌な予感がする。何か、『とんでもない事』が起きている予感が……。

 そんなネガティブな思考に傾きかけた時、不意に一陣の風を感じ、咄嗟に部屋の窓を確認する。閉まったままだ。ではこの風は、と思いながら正面に振り向くと、そこには不思議な質感を持った煙が立ち込めて見えた。

 

 そしてその煙は、次第に纏まって一つの形を形成する。それは―――

 

 

「……F.F……?」

 

 そう、今正に連絡が取れなくなったF.Fの姿を象ったのだ。その幻想のF.Fの口が動き、何事かを呟くが声は聞こえない。ただ、簪は実家に伝わる『更識流諜報術』の一環として読唇術を扱えた為、彼女が何と言ったのかを知る事ができた。

 

 

 

 ―――さよなら、と。F.Fの形をした煙はそう呟き、微笑んだのだ。

 

 

 

 次の瞬間、F.Fの姿は煙と共に立ち消えて、もはやその痕跡すら見当たらない。

 自身の不安な気持ちが幻覚として現れたのか、とも一瞬思ったのだが……心のどこかで分かってしまった。今のは、本当にF.Fだったのだと。F.Fの魂が、()()に『さよなら』を伝えに来たのだという事を、理屈ではなく単なる事実として、確信できてしまったのだ。

 

「そっ、か……そうなんだ。間に合わなかったんだね、私達……」

 

 呆然と呟いた後、目端から一条の涙が零れた事に気付いた。F.Fの魂が去り際に見せた満足げな表情から察するに、『徐倫を守る』という彼女が自身に課した使命(ロマン)だけは果たせたのだろうという事が唯一の慰めだ。

 彼女は、自らの命を賭して。立派に、やってのけたのだ。

 

 

「……F.F、貴女と友達になれて良かった。貴女との『思い出』を作れて、本当に良かった……」

 

 

『……応答しろF.F……君を見失っている……F.F……今どこにいる……応答しろ!! F.F……』

 

 未だ事態を把握できていないウェザーが必死で呼びかける声が、どこか遠くに聞こえた。

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

 ―――私は、F.Fとの思い出(ロマン)を、決して忘れない。

 

 

 

 

 F.F(スタンド:フー・ファイターズ)

 ―――死亡

 

 

 

 ……To Be Continued→




 という訳でF.F退場です。お疲れ様でした。後でジュースを奢ってやろう(謙虚)

 プロットでは原作突入までにこなさなきゃいけない戦闘はあと一戦。はよくたばれや電波神父。
 まぁ戦闘以外でまだ時間掛かりそうですが。簪さんに予定されてる最後の魔改造がまだ済んでない(次回憑依経験共感予定)。
 加えて今回から『楯無さんの与り知らぬ所でかんちゃんの好感度爆上げ作戦』を遂行中。IS世界に戻るまでには好感度ゲージをMAXにしときたい。

   ※   ※   ※

『ラヴレター・フロム・ベネズエラ』―――本体:プラダ・チェグマ
【破壊力:A/スピード:E/射程距離:E/持続力:D/精密動作性:E/成長性:E】
能力―――スタンドに付いたハンマーで地面を叩き、『地震』を発生させる。その気になれば震度5強~6弱くらいまで出せるが、射程距離の関係上震源地はどうあがいても自分の足元である。自滅して死にたくないなら、素直に震度1未満の地響き程度で我慢しとくべき。


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そこにロマンはあるのかしら

 就職したので初投稿です。
 そして就職したので今まで以上に投稿は不定期になる事でしょう。
 ただ第0部だけは今月中に終わらせたい(願望) まだ入学してすらしてねーよ……

 ……信じ難い事に。当初の予定では、過去編は神父戦まで含めて三話くらいで終わらせる予定だったようです。過去の俺はどんな計算をしていたのか、コレガワカラナイ


 突然ではあるが、更識簪は落下中である。

 

 

 

 

「く、うっ……! これはロマンというよりスリルだねっ……!」

 

 全身に風を受けながら、果てしなく流れていく景色に目が眩みそうになる。だがいつまで経っても地面には辿り着きそうも無い。それもその筈、彼女は『地面に向かってはいない』のだから。

 地球上の万物は、地球の中心に向かって『落下』する。それはニュートン以降の人類にとって常識となった物理法則である。だが時として、物理法則をも超越するのが『スタンド能力』なのだ。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 特別懲罰房での一連の戦闘において、空条徐倫は『ホワイトスネイク』―――プッチ神父と対峙した。最終的にはあと一歩のところで取り逃がしてしまったものの、命を落としたF.Fや、徐倫に恋する殺人鬼『ナルシソ・アナスイ』の助力もあり、父親・空条承太郎の記憶DISCを取り戻すことには成功したのだった。

 その記憶を読んだ結果判明した、神父の『目的』―――それは嘗て神父の親友であった、最悪の吸血鬼『DIO』が目指した『天国』へと辿り着く事。DIOはその野望を実行に移す前に空条承太郎によって滅ぼされたが、その『方法』を記したノートも彼の手で焼き捨てられていた。故に、神父は承太郎の記憶を欲した―――『天国へ行く方法』は、もはやそこにしか残っていなかったから。

 

 神父は特別懲罰房での戦いの末、『天国』への鍵となるモノを手に入れたらしい。承太郎のDISCを取り戻した徐倫には目もくれず、彼はDIOによって預言された『天国への階段(ステアウェイ・トゥ・ヘブン)』となるべき()()……【北緯28度24分・西経80度36分】の場所へと旅立っていった。

 徐倫にも他の仲間達にも、()してや承太郎にすら、彼らの求める『天国』とは一体何の事なのか、まるで理解できていない。ただ一つだけ分かるのは、それが()()()()()()であろうという確かな実感だけ。他者を押し退け、踏み躙り、どんな犠牲を強いてでも辿り着こうとする『天国』とやらが、人々にとって()()()()だとは到底思えなかった。

 

 

 空条徐倫は、神父を止める為に後を追う事にした。それは神父の目的に計り知れない(おぞ)ましさを感じたから、というだけではない。記憶DISCを通じて、父の意思を知ったからだ。

 徐倫は幼い頃から父親と離れて育った……承太郎は、自らの家庭を避けている節があった。それは両親が離婚した後も変わらず、彼女は父の愛情を感じられずに育ち、この刑務所に入るまで―――神父の放った刺客と『ホワイトスネイク』自身との連携攻撃から命懸けで庇われるまで、己の父親の事を嫌っていた。

 だが今、父親の記憶を垣間見た事で、漸く彼の思惑が分かった。承太郎は徐倫を、自分の娘を確かに愛していた。愛していたからこそ離れていったのだ……自分の事情に愛する家族を巻き込まない為に。

 彼は徐倫が生まれるずっと前から、世界中の『悪』と戦い続けていた。学生時代に打倒したDIOを筆頭に数え切れない程の悪党スタンド使いと敵対してきた承太郎は、自らが誤解され家族から憎まれるのも厭わず、徐倫や母親を危険から遠ざけ一人戦いの道を選んだのだ。

 

 承太郎の思いを知り、自らの感じてきた『孤独』の意味を―――父の愛を理解した徐倫は、だからこそ父親と同様に危険を冒してでも戦う事を選んだ。父が仮死状態でさえ無ければ、きっと神父を止めただろうから。()()承太郎の娘・()()徐倫として、悪を見過ごす訳にはいかないから!

 

 

 ―――こうして彼女は、簪達と共にG.D.st刑務所を()()()()のだ!

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ……図らずも当初の目的であった『脱獄』を(案外簡単に)果たす事となった簪だが、感慨に耽る余裕も無い。DIOの『預言』によれば、『天国』到達への制限時間(タイムリミット)は『次の新月の時』。それまでに神父に追い着かねばならない上、これまで以上に強力な刺客達が次々と襲い来る。

 それでもなお、神父に手が届きかけた場面もあったが……まるで運命が神父に味方するかのように、偶然が重なって取り逃がしたばかりか、逆にウェザー・リポートが神父の手に掛かってしまった。

 ……悲しみに暮れる暇は無い。神父の野望を止めるため、F.Fやウェザーの仇を取るため、彼女たちは決戦の場所―――北緯28度24分・西経80度36分に存在する『ケネディ宇宙センター』へと向かっていた。

 

 そこで起きた異変こそ、『あらゆる物が"横向き"に落ちていく』という……『重力が()()()()に働く』という超常現象。徐倫や簪達には知る由も無いが、これは神父の『ホワイトスネイク』が進化して生まれた新たな能力、『C-MOON』による重力操作の影響である。

 突然の出来事に対処できず、『横』から()()()()()瓦礫に巻き込まれ、あれよと言う間にエルメェスは遥か彼方へ吹っ飛ばされて(落っこちて)行ってしまった。となれば、彼女を兄貴分と慕う簪が救助に向かうのも自然な成り行きである。

 神父との決戦を前に戦力を分散するという愚を犯そうとも、仲間の安否を気にして目の前の敵に集中できないよりはよっぽど良い……と理屈を捏ねるより早く、反射的に行動していた。徐倫達に「すぐに追い着く」と言い残し、簪は自ら地平線の果てへと身を投じたのだった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 そうして、終わりの見えない落下を幾らか続けた後。

 あっと言う間に落ちて行った所為で一時は見失いかけた兄貴分の姿が視界に入った。

 

「……見えたッ! エルメェスの兄貴、今行きます!!」

 

「!? 簪かッ!? 助けに来てくれたのか!!」

 

 スタンドで落ちてくる障害物を捌きつつも、為す術無く落ち続けていたエルメェスだったが、簪が救援に来た事に気付くと表情を明るくする。

 オルタンスの能力で自らの落下に別ベクトルの動きを加え、進行方向を微調整した簪は遂にエルメェスに追い着いた。彼女の体を抱えるように(体格差から抱き着いているようにしか見えないが)しながら、ヴィオレットを繰り出して全ての運動エネルギーを停止させる。

 

 

「はぁっ……これで一先ずは安心、かな……?」

 

「ああ……いや、そうでも無いみたいだぞ簪ッ! 『上』だッ!!」

 

 一息吐く間も無く叫んだエルメェスの声に、ハッと上方向……自分達が今落ちてきた方向を見遣れば、落ちてくる一台の車。とはいえ、そこらの乗用車とは訳が違う。もっとデカくて、重くて、恐らくは大量の『中身』を積載しているであろう()()は、一言で言うならそう―――

 

「え、ええ……『こんな物』まで降って来るの!?」

 

「何してる簪ーーーッ 早く止めろォーーーーッ!」

 

 

 

 

 ―――『()()()()()()()()()!!

 

「わぁあああああああっ!?」

「うぉおおおおおおおっ!?」

 

 

 ……全ての元凶たる吸血鬼の幻聴が聞こえたかは定かでは無いが、気付いた時には既に目前まで迫っていたその大型車両が彼女達に激突する寸前、ギリギリでヴィオレットを滑り込ませる事に成功する。その細い腕が猛然と迫るタンクにちょんと触れた瞬間、それまでの勢いが嘘だったかのように鉄塊は中空で動きを止めた。

 

「あ、危ねェーーッ! あとちょっぴり気付くのが遅かったらと思うとゾッとするぜ……」

 

「そ、そうですね……警告ありがとうございます、兄貴……」

 

 冷や汗をだらだら流しながら今度こそ一息吐いた二人。その鼻に焦げ臭いような匂いが届いたのは、ほぼ同時だった。

 

「……なァ簪、何か匂わねぇか……?」

 

「……確かに、この匂いは……まさかッ……!?」

 

 再びタンクローリーを見上げた時にはもう手遅れ。降って来る途中で他の瓦礫やらとぶつかったのか、よく見ればタンクローリーはボコボコにヘコみ、その運転席からは小さいながらも火の手が上がっていた。それは今まさに、燃料を満載したタンク部分に燃え移り―――

 

「ま、マズイッ!? オルタンス―――」

「ダメだ、間に合わ―――」

 

 慌ててオルタンスを前に出し、タンクローリーを遠くへ吹っ飛ばすよりも早く。

 タンクの中の燃料に引火して、その車体ごと大爆発を起こす。無情にも一瞬で燃え広がった爆炎は、直近に留まっていた簪とエルメェス、二人の無防備な身体を無遠慮に飲み込んだ。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 炎に全身が包まれた瞬間―――それと()()に、彼女達二人は離れた所から爆発を見つめていた。

 

 呆然としたのはほんの一瞬、すぐに自分達の無事に気付き、安堵するよりも混乱が先に出る。

 

 

「……えっ? あ、あれっ? こ、これは……?」

 

「……は? な、何だ? アタシ達、今確かに爆発に―――」

 

 

 

「爆発の瞬間……私が君達を安全な位置まで移動させた。()()()()()()……やれやれだぜ」

 

『ハッ!!』

 

 背後から聞こえた声に振り向けば、そこに立っていたのは身長2mにも届こうかという長身の美丈夫……被っている帽子が後ろ髪と一体化して見えるのは気のせいだろうか。西洋人のように彫りの深い端正な顔立ちは、彼にヨーロッパ系の血が流れている事を示しているが、彼自身は日本生まれ・日本育ちの日本人だ。その理知的で穏やかな双眸の裏には、正義の熱情と誇り高い精神が隠されている。

 既に40代に差し掛かったというのになお若々しい、というか学生時代よりも若く見えるこの男性とは、簪もエルメェスも初対面だ。にもかかわらず、彼女たちはこの男の事を()()()()()

 その人物は、徐倫が神父から取り戻した後、SPW財団に受け渡す前に見せてもらった彼女の父親の記憶DISCで知った男。否、正確に言うならば、その記憶の()()()()()。―――即ち、徐倫の『父親』。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 ―――その男は『正義』だった。

 

 ……人々を虐げる理不尽への義憤を込めたその拳は、蔓延る悪を悉く討ち払ってきた。

 

 

 ―――その男は『無敵』だった。

 

 ……"希望"を暗示する名を冠する能力で、強大な相手にも果敢に立ち向かい、打倒してきた。

 

 

 ―――――その男は、正に『英雄』だった。

 

 

 

 

 ―――その名は、『空条承太郎』―――!

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 その男が今、目の前に居る。道端の大きな案内標識の(よこ)に立ち、(よこ)に落ちないよう簪達もその場に引っ張ってきたのだ。無敵と呼ばれるそのスタンド、『スタープラチナ』の()()()()()()()()能力によって。そうして彼女たちは、間一髪助けられたという訳だ。

 

「エルメェス・コステロ、更識簪……君達の事はSPW財団から聞いている。私の娘……徐倫に協力してくれているらしいな。こんな事に巻き込んでしまい、すまないと思うが……できれば、力を貸してくれ」

 

 簪達を気遣う素振りを見せながら、やはりプッチ神父という巨悪を前にしては猫の手も借りたいのだろう。申し訳無さそうにしつつ協力を要請する承太郎に対し、慌ててエルメェスが口を挟む。

 

「い、いや、徐倫の親父さんよォ、そんな気にしないでくれって……どの道神父は放っておけないし、何より徐倫は親友なんだ。言われなくたって協力するし、むしろ『着いて来るな』って言われても聞かねーぜ」

 

「……そうか。……徐倫は、良い友と巡り会ったようだな」

 

 一見無愛想に見える友人の父親からの素直な賛辞を受け、少し照れ臭くなるエルメェス。だがここで、隣にいる妹分の様子がおかしい事に気付く。先ほどから硬直したまま、一切身動ぎもしなければ一言も喋ってはいないのだ。承太郎も、訝しげに彼女を見つめている。

 

「オイ簪、どうかしたのか……?」

 

「あ、あ……あ……!」

 

「あ?」

 

「あ、握手して下さい承太郎さんッッ!!!」

 

「……は?」

 

 漸く出てきた言葉がそれかよ、という表情で固まるエルメェス。承太郎さんなんて「イカれてるのか? この状況で」とでも言い出しそうだったが、何とか堪えた。学生時代によく周りで騒いでいた、鬱陶(うっおと)しい女子達を思い出しながらも、断る理由もないので適当に握手に応じてやる。

 ……これがもし、もっと切羽詰まったのっぴきならないピンチに、突然「娘さんを下さい」とか言う空気の読めない求婚とかだったなら、先ほど思った台詞も口をついて出たかもしれないが……まさかそこまで意味不明な人間はいなかろう。そんな風に思案しながらも、表面上は全く顔色を変えず淡々と簪の手を握る。

 

「……これでいいのか?」

 

「は、はいッありがとうございます!! うわ~兄貴どうしよー、ナマ承太郎さんと握手しちゃったよ私ー!」

 

「分かった、分かったから落ち着け簪……あー、承太郎さん、気にしないでやってくれ……。コイツ、あんたの記憶DISCを読んでからすっかり()()()になっちまったみたいでさ」

 

 

 

 ……念の為補足しておこう。ご存知の通り、更識簪はオタク気質を持つ少女である。アニメは勿論、マンガでも特撮でも何でも、正義の味方が悪を挫くという勧善懲悪で王道なヒーローの物語が特に大好物だ。デパートの屋上で開かれるようなヒーローショーにも当然の如く参戦し、並み居る幼稚園児や小学校低学年の子供ら低年齢層に混じり、歓声を上げながら最前列でステージを楽しむタイプの少女! ……以前までの簪なら流石に恥ずかしがったかもしれないが、色々吹っ切れた今の彼女なら本当にやりかねなかったりする。

 

 ともかく。たった今そんな彼女の目の前には、正真正銘本物の『英雄(ヒーロー)』がいる。神父の情報を得ようと少し覗かせてもらった承太郎さんの記憶は、想像していたよりもずっと強烈で、濃密で、輝いていた。

 先祖から受け継ぐ因縁、海の底から蘇った邪悪の化身、突如目覚めた特別な能力、仲間達と往く50日の旅路―――。それは今までに見てきたどんな物語よりも奇妙な、そして心震える叙事詩(ロマン)。それもフィクションでは無く、全てこの世界で現実に起こった出来事だというのだ。

 故に、その主人公とも呼ぶべき男……吸血鬼DIOを倒し冗談抜きに世界を救った英雄(それ以外にもシリアルキラーと戦ったりと色々武勇伝は有るが)空条承太郎に対して、このロマン厨少女が強い憧れを抱くのも必然と言えよう。

 

 

 ……まあ、それだけが理由では無いのだが。

 

 

 

「ところで承太郎さん……一つだけ、言っておきたい事があります」

 

「……何だ?」

 

 さっきまでとは打って変わって、真剣な表情で語りかける簪。対する承太郎は大人らしい落ち着き払った雰囲気を崩さぬまま顔を向ける。

 

「徐倫と再会したら……一言、謝ってあげて下さい。今までの事を」

 

「……!」

 

 そんな彼も簪の一言を受けると微かに、だが確かに動揺の色を見せる。

 

「貴方が徐倫を放っていた、本当の理由は知ってます。『巻き込みたくなかった』っていう気持ちは分かる……徐倫だって、『知った』今ならもう納得してると思う……でもやっぱり、寂しいものは寂しかったんだし、傷付くものは傷付くんです。―――私も、そうだったから」

 

 それこそが、簪が承太郎の『ファン』になったもう一つの理由。彼女の姉、楯無との共通項。

 

 簪は承太郎の記憶を垣間見て、彼が徐倫や家族を遠ざけた理由を知った時―――自らの姉の真意を、完全に理解した。過去の彼女を呪いの様に縛り続けた、何も出来ないままでいなさい、という言葉は、妹を暗部という危険な生業に極力関わらせたくないと願う姉の、精一杯の優しさだったのだ。……その事に、ようやく気付く事ができたのだ。

 もう少し言葉の選び方があったんじゃないか、とか思う所はあるが、シスコン拗らせ過ぎて妹限定で不器用になるあの姉の事だ。ある意味仕方無いのだろう。今となってはほとんど笑い話みたいなものだし、姉妹仲に罅が入ってから自分の失言を後悔して相当あたふたしただろう様子を想像すると、若干微笑ましい気もする。

 ……いや、寧ろ()()()()。つーか抱きしめたい。そんで二度と離したくない。何かもー、姉への感情が溢れ出して止まらない。今までの反動か、好感度がマイナスからプラスにガクンと傾いて、傾き過ぎて限界突破している気がする。だがまあ、元より楯無に劣らずシスコンの気があった簪である。改めて考えれば『異世界の英雄(ヒーロー)と同じやり方で自分を守ろうとしてくれたお姉ちゃん』という状況だったのだ、姉への憧憬更に倍率ドン。そりゃあ、こうもなろう。

 

 ―――とはいえ、あの言葉で散々傷付いて、苦しめられたのもまた事実。すれ違いの結果であって、お姉ちゃんの意図する所では無かったとはいえ、そこはしっかり謝ってもらおう。そしたら私もお姉ちゃんに謝って、きちんと仲直りして、それから―――

 

 ……なんて心の中で考えつつ、必ずお姉ちゃんの下に帰ってみせる、と決意を新たにしながらも、今はとりあえず目の前の()()()な『父親』へと自分の考えを告げる。

 

「だから必ず、謝ってあげて下さい。……そして、認めて上げてください。徐倫は、もう貴方が思うほど子供じゃ無い……貴方に守られなくとも自分の人生を歩んでいけるほど、十分に強く逞しいんだから」

 

「そう、か……そうだな。『親』としては『子』が自立して守ってやれなくなるのは、ちと複雑な気もするが……俺も子離れできない父親になるつもりは無いからな。……徐倫とは、後でゆっくり話がしたいものだ」

 

 苦笑しながら独白する姿は、『英雄』ではなく一人の『父親』だった。

 

 

 

(―――本当に、徐倫は良い友と巡り会えたようだ。嘗ての私のように)

 

 ……その脳裏に浮かんだのは、今は亡き星屑のような戦友達か。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 何はともあれ、考え得る限りの最大戦力を味方に加えた簪達。

 その後、約3km先まで続くという重力操作の射程の外まで一旦下り、支援の為にやってきたSPW財団の部隊と合流。エルメェスの『シール』を貼り増やした銛を、彼らの設備を用いて重力異常の中心部に『砲撃』した後、シールを剥がし一つに戻す事で高速移動。スタンド使い三人纏めて、落ちて来た時と同じかそれ以上の速さで決戦の真っ只中へと突入する事に。

 

 

 

「……着いたっ、ここに皆居るはず……」

 

「!! 見ろ! あそこだッ!」

 

 早く皆を援護しようと辺りを見渡せば、少し前方にエンポリオ少年と殺人鬼アナスイを発見。相変わらず滅茶苦茶な重力の所為で、思うように動き回れず四苦八苦しているようだ。そんな彼らの視線の先には―――

 

「プッチ神父と徐倫!?」

 

「不味いッ、徐倫が追い詰められて―――!!」

 

 宇宙センターの建物の中、神父に追い込まれ絶体絶命の徐倫と、一人重力の影響を受けずに自在に動き回るプッチ神父が居た。神父は拳銃を手に、徐倫に向けて銃撃を放つ。もはや救援は間に合わなかった―――()()()()()()()限りは。

 果たして、友人達が焦るまでも無く『父』はとっくに行動を開始していた。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

「『スタープラチナ・ザ・ワールド!!』」

 

   ※   ※   ※

 

 

 

「―――問題なかったみたいだな」

 

「ですね」

 

 ほっと一息吐く二人。その前方では残りの二人も漸く状況を察し始める。

 

「徐倫が消えた……いや移動した? って、エルメェスに簪! 戻ってきたんだね!」

 

「エルメェスと更識が来た、っつー事は、あそこで徐倫を抱えてる男……あの人が徐倫の……」

 

 エンポリオとアナスイも、援軍の到着に安堵したように緊張を解く。

 そして建物の中を見れば、突如姿を消した徐倫に困惑する間も無くスタープラチナで殴り飛ばされる神父の姿。簪はその様子を目端で捉えながら、もう一方の……少し離れた地点で、漸く再会し久方ぶりに言葉を交わす親子を眺めた。ここからでは遠くて声が聞こえないが、父親が何かを告げているようだ。対する娘も、何事か言い返している。たった二言三言のやり取りだったが、遠目からでも分かるほど潤んだ徐倫の瞳と安らかな表情は、親子の(わだかま)りが氷解した事を示していた。

 

 

(素晴らしきかな、親子愛……これも一つのロマンの形だね。……元の世界に帰ったら、私も取り戻せるかな……ううん、必ず取り戻して見せる。お姉ちゃんとの姉妹愛(ロマン)を―――)

 

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 ……さて。いよいよ舞台の上に役者は揃った。

 

「遂に囲まれたぞ……プッチ神父」

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ならばこれ以上、語るべき事も無い。

 

「『位置』が来るッ!!!」

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 運命の奔流は紛れた異物(かんざし)など容易く飲み込み―――

 

「最後に一つ言っておく……『時は加速』する」

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

 そして物語(ロマン)は残酷なまでに流転し、一つの結末へと向かう。

 

「『(オーシャン)』に出ろッ!」

 

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

 

 ―――そう、残酷なまでに。

 

「『二手』……遅れたようだな」

 

 

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

   ※   ※   ※

 

   ※   ※   ※

 

 ……To Be Continued→




漸く終わりが見えてきた……やっと入学させてやれる(神父に勝てるとは言ってない)


本文中では特筆してないけど、かんちゃんは記憶DISCを読んだ事によって承太郎さんの戦闘経験値をラーニングしました。今作品中一番のチートな魔改造です。
「このスタンド攻撃、空条ゼミで見た奴だ!」

あと前回に引き続いて『楯無さんの与り知らぬ所でかんちゃんの好感度爆上げ作戦』実行中。というかほぼ完了。好感度MAX状態です。卒業式の日に伝説の木の下に呼び出されるレベル。後は告白イベントさえこなせばルート確定します。(ヒント:たっちゃんはヘタレ)


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君が迷わぬように

くぅ~疲れましたwこれにて完結……え? まだ(本編)始まってすらいない? ……何をバカな


実際問題、去年中にはプロローグ終える心算で書き始めたんだが……ま、とはいえ、投稿開始から一年以内には余裕で間に合ったんだし、誤差だよ! 誤差!


(追記)
このクソ長いプロローグをたった一年で書いたのか……なかなかやるなお前(遅筆の極み)


(何が……起きたの…………?)

 

 ……一瞬、気を失いかけたらしい。気付けば、尋常ならざる速度で寄せては返す海の波間に浮かんでいた。意識は朦朧として、身体は動かない。腹にパックリ開いた傷口から血液がだくだくと流れ出しているのは分かるが、感覚が麻痺しているのか痛みは余り感じない。

 

(たしか……そうだ、プッチ神父の……進化したスタンド……『メイド・イン・ヘブン』の……『時を加速する』能力が……)

 

 

 ―――簪達が徐倫一行と合流し、神父を完全に追い詰めたかと思われた時。あろう事か、プッチ神父は偶然に助けられ(まるで運命全てが神父に味方しているかのように)DIOの預言を達成し、『天国』へ到達するためのスタンドである『メイド・イン・ヘブン』を手に入れてしまった。

 全世界、いや全宇宙の『時間』が加速し始め、プッチ神父以外の全人類はその時の流れに取り残される。文字通りの誇張抜きで『目にも留まらぬ』彼とスタンドの速度に翻弄されながらもどうにか海へ逃れ、昼と夜が目紛るしく変わる中、アナスイの捨て身の策により反撃に出る事となった。

 即ち、アナスイのスタンド『ダイバー・ダウン』の()()()()()()()能力によって、全員への攻撃を彼一人が肩代わりし、彼が倒れる寸前に承太郎が()()()()、攻撃の瞬間で無防備となっている神父に逆撃。停止時間五秒の間に致命打を叩き込み決着(ケリ)をつける―――。

 

 その唯一の勝機に賭け、簪達は神父が仕掛けてくるのを待った。そして。

 

(……そして……よく分からないけど、多分……承太郎さんが時を止めて……ああ、神父が言ったんだ……『二手遅れた』って……『娘がお前の弱点だ』って……)

 

 ……停止した時間の中で一体どんな攻防が繰り広げられたのか、簪には分からない。だが神父の言葉から察するに、きっと承太郎さんは娘を―――徐倫を盾に取られた事で攻撃が遅れ、その拳は神父に届かなかったのだろう。結果、決着は着かないまま時は動き出し、皆は……

 

(……そうだった……私達は……()()()()()()()()

 

 何とか首を動かして周囲を見れば、死屍累々。アナスイが、エルメェスが、そして空条承太郎が。皆倒れ伏し、海に漂っていた。時の加速により、生きている人間はともかく、死んだ人間の遺体は即座に腐敗する。見る間に腐り落ちていく皆の姿を見れば、全員が事切れているのは明白だった。

 それでも一応、全滅という訳では無い。簪はまだ命を繋いでいるし、徐倫は同じ様に血を流して波に揺られているものの、体が腐る様子が無いので多分息はあるのだろう。

 そしてもう少し遠くに目を向ければ、一人無傷のエンポリオ少年。とはいえ、彼もまた無事に済みそうにはない。少年が震えながらも銃を向ける先には、余裕の表れか自身の加速を緩め姿を現し、冷淡な表情で一歩ずつ歩み寄っていくエンリコ・プッチ神父が見えた。

 

 助けなきゃ、と頭では思うのに、体は鉛のように重い。腕や脚どころか、指の一本も動かせるかどうか。ならばと簪は、掠れた声で自らの半身である二人に呼びかける。

 

「……『アナザー……ロマン』……どこ……?」

 

『御主人様……オルタンスは……ここに』

 

「……ヴィオレット、は……?」

 

『…………』

 

 簪の生命の限界を示唆するのか、現在進行形で崩壊していく人形(ドール)の片割れに相方の行方を尋ねれば、彼女は無言である方向を指し示す。振り向けば、そこにあったのは無残に切り刻まれ残骸と化した紫の少女。

 

「……そう……道理で、体半分が……()()()()()()()()()()()()……」

 

 ……この時点で簪は、既に半分死に体だった。スタンドへのダメージは本体へ返る。ヴィオレットが『破壊』された事により、彼女の右半身は完全に機能を停止していた。単に手足が動かないというだけでなく、目も見えなければ音も聞こえない、完全なる『右半身不随』。大ダメージではあるが、『アナザーロマン』が群体型スタンドの性質も備えていた事が幸いし、オルタンスが無事だった為にもう半分は辛うじて生きていた。

 とはいえ、それも時間の問題らしい。オルタンスは軽傷で済んだものの、本体はそうではなかったのだ。自らの脇腹に開いた裂傷を押さえつつも、簪はそれが致命傷である事を自覚していた。今は()()生きているが、長くは持たない。命の灯火が完全に消えるまで、精々数分といった所か。

 それは確信だった。もはや抗いようも無い事実として、これから()()()()()()()()

 

 

 

(―――でも、()()()()()()。私は、()()()()()()()()()()()!)

 

 私は、これから死ぬのだろう。―――だから何だというのか。確かに未練はある。特に、仲違いしてそのままになってしまう姉の事を考えると死んでも死にきれない思いだ。

 だが今は感傷に浸るべき時ではない。何故なら、まだ息があるからだ。まだ(スタンド)を動かせるからだ。まだ自分にできる事があるかもしれない、目の前で凶悪にして強大な敵に立ち向かわんとする少年の為に、してやれる事があるかもしれない……ならば悔やむのは後、成すべき事を成さずして逝ってしまっては、それこそ自分で自分を許せない。―――たかが命を落とす()()で屈して諦めるなど、更識簪(わたし)の『死に様(ロマン)』では無い!!

 

 

 

(……それに……)

 

 ついと視線を向けたのは、目に見える速度で腐り行く兄貴分―――エルメェスの亡骸。その体に残っていたのは人間一人を殺すにしてはオーバーキル気味な、致命傷の度を越して不自然なほど過剰な傷跡。他の仲間の遺骸と比べても明らかだ、余分に攻撃を受けたとしか思えない……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()簪とは反対に。

 そんな彼女が、簪のすぐ傍に、寄り添うようにして事切れていた。そこから導き出せる答えは。

 

 

(……私は、()()()()()()。兄貴は、最期の瞬間……神父の攻撃を避けようとするよりも、咄嗟に私を()()()()()()()()!!)

 

 

 極限まで加速した時の中から訪れる、須臾にも満たぬ急撃の瞬間の出来事。考える暇などある訳が無い。脊髄反射的に、本当に無心で、ただ勝手に体が動いたのだろう。……詰まる所、自らを『兄貴』と呼び慕う少女の事を、なんだかんだ言って彼女もまた妹のように可愛がっていた。そういう事なのであった。

 

 そうしてエルメェスは簪の盾となり、だから彼女はまだほんのちょっぴり『生きている』。

 

 

 

「……だから……私が、兄貴から託された……『希望』は……伝えなくちゃ、まだ戦っている……仲間(エンポリオ)に……! ……私が、『死ぬ前』にッ……!!」

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 そうして最後の気力を振り絞り、もはや動かぬ体の代わりに、自らの分身であり己自身でもあるオルタンスを操作する。ポケットからパチンコ玉を取り出しつつ、左目にリンクさせた彼女の視覚を通じて見たのは、近くを泳いでいたイルカに伸びて絡まった『糸』。徐倫のストーン・フリーだ。簪は即座にその思惑を悟る。

 

(『イルカ』……そうか、徐倫はイルカでエンポリオを逃がす気なんだ)

 

 今の神父は地球上の何よりも速く動けるといっても過言では無い。泳ぐスピードだって、イルカなんかより断然速いに決まってる。だがいくら時を加速させた所で、神父が人間である事に変わりはない。息も続かないし、体力にも限度は有る。水に潜ったままいつまでも行動できない以上、最初に距離さえ稼げれば。

 

 

(……()()()()()()!! なら……私の、役目は……!)

 

 思考する間にも事態は動き出した。神父によって追い詰められていたエンポリオにストーン・フリーの糸が巻きつけられ、イルカに牽かれる形で遠ざかっていく。対する神父は徐倫の策にも即座に気付いたのか、若干慌てながらも懐からナイフを取り出し、投擲の構えに入る。

 イルカは神父から離れつつあるとはいえ、未だ射程圏内。()して、加速する時の中で放たれたナイフならば一瞬で追い着き、命中するだろう。そうなれば全てはご破算だ。

 

 

 

()()()()()()()!!」

 

「!! キサマは更識簪! 即死のハズッ!?」

 

 神父が再び時の加速の中に身を隠すより早く、オルタンスが放ったパチンコ玉が神父の手を撃ち貫く。頭部と心臓部を狙った弾こそ瀬戸際で避けられたものの、攻撃を中断させるという目的は達成できた。『妹分(かんざし)を守る』というエルメェスの最期の抵抗に気付けなかった神父の慢心は、この土壇場で追撃の機会を外されるという必然を生んだのだ。

 思わず取り落としたナイフは時間の加速の影響で瞬時に水底へ落着するが、そちらに気を取られる暇もない。振り返ったプッチ神父の目に映ったのは、同様にオルタンスの手で『射出』され猛然と己に迫る『簪自身』!

 自らの体を砲弾として使った特攻は、正しく捨て身。ぶち当たれば神父諸共に自身も無事では済まないだろうが……元より後数分と持たぬ命、余さず使い切っても損は無い。そう考え、最期に残った生命力を全てスタンドパワーとして注ぎ込み、身の安全など考慮しない出せる限りの最高速で神父に体当たりを敢行したのだ。

 

 

 ……だが、それでも無限に加速する時には追い着けない。予想外の奇襲となった初弾こそ油断しきった神父に届いたものの、既に神父は加速を『完了』していた。残像すら残さずその姿が掻き消える直前、身を刺すような悪寒と殺気を感じた簪は、気配を感じた方向にオルタンスの拳を突き出す。視認など不可能だが、確かに()()

 

 

「それでも私はッ『もう一つの物語(アナザーロマン)』をッッ―――!!」

「邪魔だ小娘!」

 

 

 すれ違った……のだろう。多分。簪が知覚出来ない速度で終わった刹那の交錯の後、彼女の五体は無残に切り刻まれ、飛び散る血潮が海を緋色に染めていた。今度こそ間違いなく即死だった。

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 ―――来いッ! プッチ神父!

 ―――『ストーン・フリィィィーーーッ』

 

   ※   ※   ※

 

 

(…………えん、ぽりお……は…………)

 

 意識が途絶える直前、雄叫びが響く。簪が最期に見た光景は、既に彼女の事など捨て置き遠方へ泳ぎ去るプッチ神父の高速移動の軌跡と……その神父の前にファイティングポーズを取って立ちはだかる、空条徐倫の勇姿。それだけだった。それだけしか見当たらなかった。

 

 

(…………よかった…………)

 

 そう、視界に捉えられたのは()()()()だった―――つまり、イルカとエンポリオは水平線の向こうへと消えていた。彼は無事に逃げおおせたのだ。そして例え僅かでも徐倫がプッチ神父を足止めしたのなら、もう心配する事は何も無い。神父には今更追い縋る術も無ければ、見失った少年とイルカを探し出す当ても無い。

 

 

 

 ―――希望は、ちゃんと未来へと繋がったんだ……。

 

 そんな風に安堵しながら、更識簪は自分自身の死を静かに受け入れたのであった。

 

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

 

 ―――暗い闇の中。上下左右も分からない、前後不覚で曖昧な場所。厳密には場所と呼ぶのもおかしいが、とにかくその空間は無限に、そして永遠に広がる暗黒だけだった。他には何も無い……己の身体さえ。ただ自我というか、意識だけがその場に漂っている……そんな感覚だ。

 

 ここは、死後の世界か何かなのだろうか―――と、霞がかったように虚ろな思考のままぼんやり考えている内に、自分の……魂、とでも言うべきか、何にせよ自分という存在が、一方へ吸い寄せられるように『落ちていく』事に気付く。上も下も無い空間で『落ちる』とは奇妙な言い方だが、それが一番近い表現なのだ。

 同時に意識はますます薄れていき、やがて永い微睡みへと誘われ―――

 

 

 ―――寝てはいけないよ。君はまだ()()()に来るべきじゃ無い―――。

 

 

 ……意識を手放す直前、どこからか声が聞こえてきた。穏やかで爽やかな、それでいて力強い、理性と優しさが滲み出るような男性の声だ。未だ朦朧としながらも、その声に耳を傾ける。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ―――先ずは謝らなきゃならない。無関係の君を、僕達の世界の過酷な運命に巻き込んでしまった事を……。許してくれとは言わない。けど、どうか僕の話を聞いて欲しい。それは、()()()()()にも関わりがある事だから……

 

 ―――君を『あの世界』に送り込んだのは『僕』だ。どうやら僕の()()には、『異なる世界同士を繋ぎ魂を行き来させる』能力……と言うか、寧ろ『奇跡』が宿ってしまっているらしい……

 

 ―――『魂の往来』は物理的な身体の移動を伴わない。ただ魂だけが時も場所も無関係に世界を越えて、辿り着いた先で『魂』に合わせて新たな身体が構築される。だから『あの世界』で命を落とした君も、『元の世界』では無事な体で生きている筈だよ……

 

 

 ―――……本来このチカラは、『死者の魂に対して』働くものなんだ。死んだ人間の魂が、他の世界で生者の体を得て『転生』する。その人選は完全にランダムで、僕の意志の及ぶ所では無かった……

 

 ―――その最初の一人は、『彼』だった。そして『彼』の魂に引かれる様にして、僕自身の肉体も『彼』が偶然転生した世界……『君の世界』へと渡ってしまったんだ。それ以来、僕の故郷だった『あの世界』と『君の世界』との繋がりができ、幾人かの死者が渡り、生き返った……

 

 ―――でも一番重大なのは、一人目の『彼』が()()()()()()()事なんだ。僕にはどうする事もできなかった。自分の肉体の能力を制御する事は、()()()()()()()僕には不可能だった……

 

 ―――希望的観測で言えば、君達の世界にも『彼』に対抗するだけの力と心を持った人がいるかもしれない。或いは、『あの世界』から流れた"転生者"の中に『彼』と戦う意志を持つ者が現れるかもしれない。そう信じたい……

 

 

 ―――でもだからと言って、『彼』をそのまま野放しにはできない。自分自身の肉体に宿ったチカラが原因なら、その責任の一端は僕にもある。そうでなくても、僕には『彼』を止める義務がある。何かできないかと、我武者羅に精神の手を伸ばして、……たまたま海辺で佇んでいた君に、ほんの一瞬だけ手が届いたんだ……

 

 ―――迷っている暇は無かった。僕は残っていた魂の精神力を限界まで燃やし尽くして、君を『あの世界』へと送り出した。君に、『あの世界』で起こった出来事を知ってもらう為に。かつて『あの世界』の裏側で暗躍した、悍ましい『悪』の存在を知ってもらい、伝えてもらう為に……

 

 ―――まさか君が彼らのような『能力』に目覚めるとは、流石に予想外だったけど……それ以上に、君の精神の成長力には目を(みは)るものがあった。意図的に君を選んで送った訳じゃあ無いけど、僕の手が届いたのが()()()()()()と、今は心からそう思う……

 

 

 

 ―――だから、恥を忍んで君に頼ませてくれ……更識簪さん。生きている人々の世界にはもはや干渉できない僕に代わって、どうか、どうか『彼』を止めて欲しい。君達の世界の命運を、君達自身の勇気で切り拓いて欲しい。無責任な事を言ってる自覚はあるけど、それでもどうか……!

 

 

   ※   ※   ※

 

 

『―――――! ―――――!』

 

 朧げな意識のまま、簪がその男性の声に答えるよりも、今言われた事を頭の中で噛み砕くよりも先に、今度は『上』の方から、別の声が聞こえてくる。女性の声……それも、よく聞き覚えがあるような……。

 

 ―――どうやら、()()が来たようだね。……さあ、そろそろ目覚めるべき時だよ。君の『大切な人』が、君の『帰り』を待っている。……()()()、するんだろう―――?

 

 直後、闇に包まれていた空間に暖かな光が差し込む。その光が瞬く間に闇を祓い空間全体を満たすと同時に、声に引き揚げられるが如く一気に意識が浮上し、覚醒し―――

 

 

 

『簪ちゃん! お願い、目を覚まして簪ちゃん!』

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

「―――て……! 私が……私が悪かったから……だから、目を……開けてよぉ……」

 

 ……耳に入ってきたのは今まで聞いた事も無い程弱々しい、涙声の姉の懇願。

 

 目覚めれば、波の打ち寄せる海岸で抱かれていた。少し離れた所には、実家を飛び出したあの日、『あっちの世界』に飛ばされる直前に立ち寄った堤防が見える。どうやら『戻ってきた』という事らしい。

 始めはぼんやりと寝ぼけたような心地だったが、麻痺していた感覚が戻るにつれて現在の自分の状態を把握する。全身は海水でびしょ濡れだったが、神父に受けた多くの傷は跡形も無かったかのように……いや、夢で聞いた声が言っていた通り、『この世界』の自分の体はそもそも無傷だったのだろう。

 服装もあの日あの時、渦潮に飲まれて世界を渡ったその瞬間に着ていたものと同じ。……そういえばあの声は『時も場所も無関係に世界を越える』とか何とか言っていた。時間の概念が関係無いとするなら、状況から推察するに、『この世界』では私が家出した後海に落っこちてから、それ程時間は経過していないようだ。

 

 痛みや違和感も特には感じず、手足も問題なく動かせそうだ―――などと考えていたら、口元に違和感。唇に触れる柔らかな感触と温もり。僅かに開いた口の隙間から、生温かい空気が喉奥を通り肺へ向かって、極めて規則的なペースで送り込まれているのが分かる。目の前に迫った姉の顔から察するに、これは人工呼吸という奴だろう。

 どうやらこの姉、相当錯乱しているようだ。私が意識を取り戻し、うっすらとだが目を開いて至近距離から彼女を見つめている事にもまだ気付いていないらしい。今にも泣き出しそうに、というか半分泣きじゃくりながら、必死で人工呼吸を施し続けている。

 

 妹の事となると途端に冷静な判断力を失ってしまい、普段の余裕ぶった態度が何処かへ吹っ飛んで行ってしまう超が付く程シスコンな姉に抱いたのは、若干の呆れと……己の事をこんなにも大事に想ってくれる彼女への、無限大の愛しさと恋しさ。何だかんだで簪も、姉同様に超弩級のシスコンなのだ。その自覚も既に有る。故にもう色々辛抱堪らなかった彼女にとって、今こそが千載一遇の機であった。

 

 

「んっ……♪」

「っ!? か、かん……んんぅ……!」

 

 

 何も知らずマウス・トゥ・マウスで息を吹き込み続ける楯無の口内に、(おもむろ)に舌を差し入れると相手側の舌を絡め取る。突然の事態に驚き口を離そうとする彼女の動きに先んじて、両腕で頭を押さえ込み無理矢理に唇同士を密着させ続ける。暫くは抵抗しようとしていた楯無も、容赦無く責め続けられる内に大人しくなっていった。

 その後数分間、為す術無く妹にされるがままの楯無と、思うままに姉の味を確かめる簪。口内を余す所無く蹂躙し、激しくなる一方の熱い吐息を堪能し、口内に分泌される幸福の蜜を存分に交換し合い、漸く満足して口を離した頃には楯無は完全に蕩けきっていた。

 

「ん、ふふ……ごちそうさま。そして()()()()、お姉ちゃん」

 

「ぷはっ、ぁぁ……はっ!? か、簪ちゃん! 今のは一体っていうか私いまスゴイ事っていうか初めてっていうか……ああもうとにかく目が覚めたのねッ!! 生きてるのね無事だったのね簪ちゃわぁああああああんん!!!」

 

「わわっと、そんなに泣かないでお姉ちゃん……私は死んでないよ、……()()()()()

 

 まだ頭は混乱の極致にあるようだが、とりあえず妹の無事だけは確認できたので他の全ては思考の端に追いやったらしい楯無は、簪の存在を確かめるようにきつく抱き締めながら、ぼろぼろと涙を零して嗚咽している。

 そんな姉の頭を穏やかな顔で優しく撫でて(なだ)めてやる簪だが、心の中では(私のお姉ちゃんが可愛すぎて辛い、なでなでぺろぺろはぐはぐしたい)とか思ってたりする。かつて同じ監房で暮らしてた某ギャンブラーも見れば驚くポーカーフェイス!

 ……ちなみに、ホントは別の世界で一度死を経験した訳だが、只でさえキャラ崩壊レベルの大号泣を見せる姉上がショック死しかねないので敢えて黙秘しておく事にした。(なお信じてもらえない云々等とは微塵も考えていない。お姉ちゃんなら私を101%信じてくれるに決まってる、と簪は101%信じている)

 

   ※   ※   ※

 

「……あー、それと、……ごめんね、お姉ちゃん。家出なんてした事も、心配させちゃった事も……お姉ちゃんの事勝手に誤解して、一方的に嫌ってた事も、全部ごめんなさい」

 

「グスン、……え……? 簪ちゃん、ひょっとして私のあの失言の『意味』を……いえ、ううん、悪いのは私よ。言葉足らずで簪ちゃんの事傷付けて、その癖謝りに行く勇気も無くてぐずぐず引きずって……あなたが家出したのも海で溺れたのも、元はと言えば全て私の責任よ……簪ちゃんが謝る事なんて無いの、悪いのは全部私なのよ……本当に、本当にごめんなさい……!」

 

 簪が今までの事を謝れば、即座に泣き止んで自らの非を悔いながら頭を下げる楯無。心の底からの後悔と自己嫌悪が滲むその謝罪を受けた簪は、敬愛する姉がこれ以上自責の念に駆られる事の無い様に、彼女の心を解放する為の()()を告げる。

 

「でも、家出の事を知ってすぐに追っかけて来てくれたんでしょ? そして海に落ちた私にいち早く気付いて、いの一番に助けに来てくれた。それで十分だよ……お姉ちゃんの気持ちは、確かに私に『伝わった』。その上でお互い謝り合ったんだから、これで『仲直り』って事で。ね?」

 

「簪ちゃん……でも……私の言葉が今まで、あなたを苦しめてきた事は……!」

 

 

「もう、私は気にしないってのに……これ以上自分を責める言葉を吐くっていうなら、無理にでもそのお口を閉じちゃうよ? ―――こうやって」

 

「ちょ、んむっ……!?」

 

 再び不意打ちのキス。簪への罪悪感で頭が一杯だったのか、二回目も避ける事は叶わなかった。そんな満杯の負の感情を解きほぐし昇華させていくかのように、優しく……しかし丁寧に、実の姉の口腔を舐り回す。そして楯無が余計な事を考えられなくなる程()()()()()のを見計らってから、名残惜しげに重ねた唇を別った。

 

「ぷはっ……え? 簪ちゃん、えっと、今の……っていうかさっきのも、あの……これ……?」

 

「えへへ……お姉ちゃん、大好きだよ♪」

 

「ふぁっ!? ちょ、簪ちゃんそれってどういうってこういう!? だ、ダメよ、そんなのだって私達は女の子同士はともかく家族でつまり姉妹でだからそんなの……」

 

「うん、姉妹だね。でも大好き。禁断の姉妹愛。ロマンだよね。姉妹愛(ロマン)!」

 

「へ? ろ、ろまん? 簪ちゃん何を言って……」

 

 突如盛り上がり始める簪と、完全に話に付いて来れていない楯無である。

 

「お姉ちゃんだって私の事、好きでしょ? ……あー、つってもお姉ちゃん、肝心な部分で()()()だしなァ~~~……うん、返答はお姉ちゃんが決心するまで保留でいいよ。今はとりあえず、私が『告白した』ってだけで」

 

「は、はい!? 告白って簪ちゃんホント待ってどうなってるの昨日までってか今朝まで私の事嫌悪っていうか憎悪してなかった!? あ、いえ論点はそこじゃなくて私達そのそんな関係はあばばばば……きゅう」

 

「あ、気絶しちゃった……色々衝撃的過ぎたかな?」

 

『御主人様のお姉様……なるほど、ヘタレです』

『御主人様が逞し過ぎる、とも言いますが』

 

「あ、オルタンスにヴィオレット、二人も無事……だったのは当然か、本体(わたし)が生きてるんだもんね。とりあえず二人とも、気絶中のお姉ちゃんを木の枝でつっつくのは止めてあげよっか」

 

 なんかもー、カオスな空間が形成されていた。収拾がつきそうも無いので、暫し時を飛ばそう(キング・クリムゾン)

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 この世界では一日にも満たない、しかし簪にとっては久方ぶりの……家出の後、姉妹の仲が回復(というか進化、或いは深化)して、漸く帰る我が家への帰り道。

 

 未だ目覚めぬ姉を背に負って歩きつつ、頭を()ぎるのは『あの世界』で散っていった仲間達や一人残してしまったエンポリオ少年の事。心残りが無いと言えば嘘になるが……自分は『あの世界』で精一杯生き切った、という実感はある。ならばあれは、成るべくして成った事……言ってしまえば『運命』だったのだろう。

 無論、運命だからといって"仕方が無かった"とは思いたく無いが……それでも、ただ諾々と運命に従った訳ではなく、皆と共に命の限り過酷な運命に抗い続けた。ならば最低限()()はできる。納得は全てに優先するのだ。

 ―――まあ、実の所『あの世界』の未来についてはあまり心配してなかったりする。仲間として一緒に行動した簪は、エンポリオがとても賢い子である事を、強い子である事を知っている。自分達皆で彼に希望を託し、そして確かに繋がったのだ。ならばきっと、彼は成し遂げる。必ずや神父を討ち果たし、邪なる野望を打ち砕いてくれただろうと、信じる事ができた。

 

 

 

 だから、私の物語は……あの奇妙な、しかし思い出の詰まった世界での物語(ロマン)は、終わったのだ。

 

 

 

『御主人様?』

『考え事ですか?』

 

「……うん、今までの事と……()()()()()()をね」

 

 

 故に、これから始まるのは。

 更識簪の、新たな……()()()物語。

 

 

「あの『声』は、この世界にも脅威が迫っているみたいな事を言ってたけど……何はともあれ」

 

 

 

 ―――即ち、星の一族(ジョースター)では無く更識簪が紡ぐ、『もう一つの(アナザー)物語(ロマン)』である。

 

 

 

 

「ロマンに満ち溢れた下らなくも素晴らしいこの世界よ、私は帰ってきた! ……なんてね!」

 

 

 

 

 

 簪の奇妙な冒険 ー宇宙(そら)()夢物語(ロマン)

  第0部【或いは星達(かれら)の第6部】完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 以下、その後の蛇足みたいな小話集。

 

   ※   ※   ※

 

 

1.

 

 

「簪ちゃんを連れ帰ってきたわよ」

 

「ただいまー」

 

「お帰りかんちゃん~……ってどうしたのその眼の色!?」

 

「カラーコンタクト……では無いようですが、お嬢様、これは?」

 

「……簪ちゃんその目は一体ッ!?」

 

『今気付いたんかい!?』

 

 

「……ちなみにかんちゃん、結局その目どうしたの~?」

 

「んー、オッドアイってロマンだよね!」

 

「なるほど、答えになってませんね」

 

 

(簪ちゃんの色違いの瞳……何だか綺麗ね……)

 

「お姉ちゃんの澄んだ瞳も十分綺麗だと思うけどなー」

 

「え、えっ!? もしかして私声に出て―――!?」

 

「ううん、出てなかったけど分かるよ、お姉ちゃんの事だもん」

 

「―――――!!?」

 

(お嬢様、顔真っ赤にして今にも火が出そうに……)

 

(っていうかかんちゃん、いつの間にお嬢さまと仲直り……寧ろ前以上?)

 

 

   ※   ※   ※

 

 

2.

 

 

「お嬢様、何ですかこの建築物は」

 

「よく聞いてくれたわね虚、これは『簪ちゃん神殿』! 簪ちゃんの可愛さと尊さとその他諸々を讃える為の聖なるモニュメントよ!」

 

更識家(うち)の予算使って何やってるんですかアナタって人は―――」

 

「ちなみにあなたの大事な本音ちゃんの事を祀る為の聖廟でもあるわ」

 

「GJですお嬢様。この建物は世界遺産として末代まで伝え残しましょう」

 

「勿論よ! 愛する妹達のため、これからも頑張っていきましょう!!」

 

「はいッ! 喜んで付いて行きますわお嬢様!!」

 

 

『ふーん、ご苦労な事だね?』

 

「ひえぁッ!?」

 

「い、妹達よ何故ここにッ!?」

 

「いや敷地内に突然謎の建造物が現れたら見に行くでしょ普通」

 

「で、お姉ちゃん……何か言い残す事は?」

 

「待ってやめて二人ともコレは更識家当主としての正当な仕事であって―――」

 

「ちょっと本音そのバットを下ろしなさい下ろしてください金属はマズい―――」

 

『成敗!!』

 

『ぎゃふん!?』

 

 

「……まったく、このヘタレ姉はなんであらぬ方向に暴走するのか……この行動力の一割でも私に向けてくれれば、即座に応えてあげるのに。っていうか何でもするのに。何でも」

 

「か、かんちゃん……?」

 

 

   ※   ※   ※

 

 

3.

 

 

「か……簪お嬢様、その口に咥えてる物は……?」

 

「んー? 煙草。承太郎さんが学生時代に吸ってたのと同じ銘柄、こっちにもあったから」

 

「か、簪ちゃんが不良になっちまっただー!? (ジョータロー?)」

 

「何で訛るんですかお嬢様……(ジョータロー?)」

 

「っていうかかんちゃん、こないだパチンコ屋から出てこなかった? (ジョータロー?)」

 

「ああ、()の補充の為にちょこっとね。……なんでケン○ロウがジャ○如きに負けんのありえないでしょ魔法戦士じゃあるまいしあの台イカレてやがる……(CR北○)」

 

「嗚呼、簪お嬢様がどんどん遠くへ行ってしまわれる……」

 

「うう、簪ちゃんが……不良に……ワイルドなやさぐれ簪ちゃん、……アリね」

 

「お嬢様っ!?」

 

 

「まあ今までの事考えるとグレたくなるのも分かるけどさ~、ほどほどにしときなよ~? これでお酒とかにまで手を出したら『トリプル役満』って感じだからね~」

 

「ははは」

 

「……え? かんちゃん何その乾いた棒読みの笑い……まさかかんちゃん」

 

「ははは」

 

「かんちゃん!? 手遅れなんだねかんちゃん! お酒の味覚えちゃったんだねかんちゃん!!」

 

「ははは」

 

 

「……協議の結果、とりあえずやさぐれ本音の魅力も発掘する事になったわ」

 

「とりあえずあなたの思う『不良少女』の演技してみなさい本音」

 

「死ねや糞姉貴(死ねや糞姉貴)」

 

「ああっイイわ! 最高にイイ! もっと私を蔑んで本音!! 養豚場の豚を見る様な目で!!」

 

「……それは何か違う気がするわよ虚」

 

「ははは(冷笑)」

 

 

   ※   ※   ※

 

 

4.

 

 

「……そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの? あの日の真相」

 

「まだダメ」

 

「でもあの日以来、簪ちゃんはちょっと……いえ、かなり変わったじゃない(主にロマン方面に)。それにあなたの周りで時折起こるようになった不思議現象も……本当、何があったのよ」

 

「私にも暗部の仕事手伝わせてくれるなら教える、っていつも言ってるじゃん」

 

「……駄目よ。危険な仕事なの。貴女が無理して関わる必要なんて無いのよ」

 

「じゃあ私も教えてあげない」

 

「……分かったわ、今日は諦める」

 

 

『……よろしいのですか? 御主人様』

 

「……まあ、私も『巻き込みたくない』って気持ちは一緒だけどね。スタンドの事を喋るとなると、どうしても『こっち側』に関わっちゃうからさ……せめて、私にも暗部の仕事を回してくれる程度に頼ってくれるなら、互いに互いの分野をカバーしあえるんだけど。今のお姉ちゃんだと、私をとにかく危険から遠ざけようと空回りしちゃうだろうから」

 

『だからお姉様の心の準備ができるまで、秘密なのですね』

 

「うん。とはいえ、少しずつ私の覚悟も伝わってるとは思うし、近い内とは言わずともそう遠くない未来には何とかなると思うよ。まあ焦ってもいい事は無いし、じっくり時間をかけて―――」

 

 

「かんちゃんかんちゃん! ISを動かせる男の子が見つかったってニュースが―――」

 

「あっ一波乱ある奴だコレ。うち暗部だしお姉ちゃんIS学園の生徒会長だし絶対事件が起こる奴だコレ。……お姉ちゃんが考えを改めるのが先か、スタンド絡みの厄介事に巻き込まれるのが先か……何にしろじっくりしてる暇無いね、どーしよ(途方)」

 

「か、かんちゃん? 目が死んでるよ? どうしたのかんちゃん~!?」

 

『……ファイトです、御主人様』

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ―――かくして物語の舞台は運命の地、『IS学園』へッ!!

 

 ……To Be Continued→




楯無「あ……ありのまま今起こった事を話すわ! 『私は妹に嫌われていると思ったらいつのまにかキスと告白を受けていた』 な……何を言ってるか分かんないと思うけど私も何をされたのか分からなかった……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない、もっと素晴らしいものの片鱗を味わったわ……」

Answer:『楯無さんの与り知らぬ所でかんちゃんの好感度爆上げ作戦』(満了)
 ……好感度MAX状態からの再会直後、熱烈な人工呼吸(口付け)を受けてしまった為、簪さんの中の何かが壊れました。理性の箍とかそんなのが。


   ※   ※   ※


 ちなみに今話を書く直前まで、簪さんが異世界転移した理由とか全く考えてませんでした。無説明のまま時間経過で読者が忘れるのを待とうかと。
 けれども何か面白そうな設定思いついちゃったので後先考えずぶっ込みました。この設定が活きてくるのは第4部以降になると思われます。……失踪してなければ。そしてこの設定を忘却しなければ。


(追記)
忘れる所だったぜ。


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第1部【引力に引かれる学園】
織斑一夏は詰めが甘い その1


原作を知らないって事はな……いくらでも原作クラッシュできるって事なんだよ……
つまり4組のモブなんていくらでも創作し放題って事さ……クク……
(要約:4組のキャラなんて簪さんしか知らないんで適当にオリキャラ突込みますね)


とまれ(ともあれ)、やっとIS学園に入学してくれましたよ簪さん。諸事情で今回は殆ど出番無いけども(


 ―――織斑一夏。

 

 それが人類初にして唯一の『男性IS操縦者』の名だ。

 彼の実姉はISの世界大会『モンド・グロッソ』の初代優勝者にして『世界最強(ブリュンヒルデ)』の異名を持つ女・織斑千冬であり、更に幼少期には『インフィニット・ストラトスの発明者』として名高い篠ノ之束とも交流があったと言われている。

 本来女性にしか起動できないISを男である彼が動かせるのも、その辺りに理由があるのでは無いかとする説もあるが……未だ詳しいことは分かっていない。

 

 そんな彼が今春からお世話になるのが『IS学園』と呼ばれる、世界唯一のIS操縦者養成学校である。21の国と地域が締結したIS運用協定、通称『アラスカ条約』に基づき日本国によって設置・運営されるこの学園は、首都圏近郊の港湾部に面した人工島(メガフロート)に存在する。

 島一つをまるまる全部学び舎として利用する贅沢さであるが、核兵器以上に世界各国のパワーバランスを左右するISという機械、並びにその操縦者・整備者等を一纏めに管理する都合上、通常の学校施設では決して見受けられない高度な防衛体制が整っており、学園……というか島自体が難攻不落の要塞と考えていいだろう。

 またその特性上、実際の運営は日本に一任されているものの、学園そのものはいかなる国家にも属さず、あらゆる国家・組織による学園への干渉は、これを受け付けないものとする―――という国際規約の為に、建前上は遍く外部干渉を寄せ付けない独立性を有している。

 ……飽くまでも建前上の事で、実質的には抜け道も探せば有るのだが……この手の高度に政治的な問題では、兎角建前こそが学生達の身の安全を保障する為の切り札なのだ。

 

 それはともかく、このIS学園はIS操縦者を始めとするIS関係者の為の教育施設である。そしてISは女性にしか動かせない以上、男子生徒は存在しない。

 現実には操縦はともかく、整備等の仕事は男性の手で行われる事もあるが……この学園の主眼は操縦者の養成であり、整備科等の学科はおまけに過ぎない。世界各国の女性権利団体等の要望もあって、IS学園は完全に女学校として成立している。各企業などでISの後方支援を行う男性達は、この学園では無くIS製品の整備・開発を教える専門学校や、工業系の学校に置かれたIS工学部などの出身者だ。

 故にこのIS学園、教師も生徒もその他関係者も、99%が女性。残りの1%の男性は用務員等裏方の仕事をしているか、時々学園にやってくる各国要人のオジサマ方、或いは設備の修理・点検や清掃の為に雇われる業者さんなどであり、まぁ一般の学生達の目に見える範囲では全員が女性だと言っても構わないだろう。

 

 

 つまり何が言いたいかというと、唯一の男性操縦者として一躍世界一の要人となり、そこらの国の大統領なんかよりよっぽど激しく命を狙われ、また厳重に守られるようになった織斑一夏は、その世界初の事象を観測・研究するという観点から見ても、世界随一の警護体勢が整った学術機関であるIS学園に入学する以外の選択肢を封じられたのである。

 ……言い方を変えよう。右を向いても左を向いても女の子だらけ、つーか女子しか居ない環境に、男一人だけで唐突に放り込まれたのだ。ハーレム状態を通り越して軽く拷問である。これで話題の一夏君が性格爽やか、ルックスもイケメンだったからまだしも、どこにでもいるような普通の根暗オタクとかが同じ立場だったら多分三日程で世を儚んで自害するだろう。

 

 

 そんな一夏君でさえ『女の園に自分一人』という状況はなかなか辛いものがあるようで、現在、自分の配属されたクラスである1年1組の教室内にて、好奇の視線を一身に受けながら冷や汗だらけになっている訳だが……ぶっちゃけ今回、彼の抱える事情は()()()()()()

 何故ならこの物語の主人公である更識簪は、1年4組……彼とは別々のクラスだからだ。ここまでの説明は本筋とは無関係である。全て読んだ読者諸兄、時間を無駄するもんじゃあないぞ、全く。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 織斑一夏が緊張に押し潰されそうになっているのと同じ頃、1年4組の教室。

 

 

「聞いた聞いた? 噂の男の子、1組に居るんだって」

 

「本当? 後で見に行ってみようよ」

 

「あっずるーい、私も行くー」

 

 ……1組に漂う謎の緊張感が嘘のように思える程穏やかな空気である。まだ担任の先生が入室していない事もあり、多くの女学生が姦しくおしゃべりしていた。さっき入学式が終わったばかりだというのに、既に仲良しグループが形成されつつある。流石は難関校のIS学園、コミュ力も優等生揃いだ。

 

 とはいえ、全員が全員雑談に興じている訳でもない。例えば窓際の席に座っている黒髪おさげ、モブ顔の少女は黙して一人机に向かったまま読書している。……読書とは言っても、読んでいるのは入学前に配布された、電話帳ほどの厚さがある参考書であるが。

 周囲の喧騒も気にせず、と言うよりは気にする余裕も無くむつかしい顔で活字とにらめっこ。どうも人見知りをする性格のようで、入学初日の朝っぱらから交友関係を広げるような真似はできないらしい。

 ……だが彼女が人と関わろうとせずとも、人が勝手に話しかけてくる事もある。傍にフラリと歩み寄ってきたのは、快活そうな茶染めの髪の少女。

 

「ねーねー、ちょっといいかな?」

 

「ひゃうっ!?」

 

 参考書に夢中になりすぎて、机越しの対面に立たれても気付けなかったらしい。奇声を発して顔を跳ね上げれば、思わぬ反応に苦笑しながら耳のピアスを弄るギャルっぽい女の子と目が合った。慌てて本に栞を挟み、背筋をピンと正して向き直る。

 

「わ、私なんかに何か御用でしょうかッ!?」

 

「あー、用はあるけど……そんな固くなんなくて良くない? もっと気楽に行こーよ、気楽にさ。アタシは笠井律、『りっちゃん』って呼んでよね。君の名前は?」

 

「う、牛矢冥と申しますッ!」

 

「ふんふん、冥、メイ……めいちん、ね! よろしく、めいちん!」

 

「め、めいちん……? あの、それってひょっとして……『アダ名』って奴ですかぁ? ま、参ったなぁ。私、中学時代はボッチで、アダ名なんて生まれて初めて……」

 

 『初対面の相手をいきなり愛称で呼ぶ』という、難度Sクラスの特殊スキルを発動したりっちゃん。生徒層の厚さには定評の有るIS学園といえども、同じ事ができるのは1組在住のマイペース系友好珍獣こと布仏本音だけだろう。

 対するめいちんの反応はと言えば、彼女の積極的な距離の詰め方に困惑し、頬を掻きながらオドオドと戸惑うばかり。

 長めに切り揃えられたパッツンの前髪が丁度目を隠している為にその瞳から感情の色を伺う事はできないが、しかし微かに緩んだ口元と仄かに赤みの差した顔色を見るに、単に照れているだけで嫌な気はしないらしい。

 

「そ、それでその。律さんは―――」

「ノンノン、『りっちゃん』ね。はいやり直し!」

 

「―――り、りっちゃん……は、あの、私に一体どのようなご用件で……?」

 

 顔を真っ赤にしながら尋ねる冥。律のようなモテ系ガールと違い、彼女のような部屋の隅っこ大好き系女子にとっては、知り合ってから1分経ったかも怪しい相手をアダ名で呼ぶのはハードルが高かった。

 一方、彼女に高すぎるハードルでの棒高跳びを強要した律はと言えば、この距離感こそが普通であるとばかりに平然と笑いながら質問に答える。

 

「んっとねー、リアル友達百人? みたいな?」

 

「えっと……つまり?」

 

「これからアタシら、このIS学園で青春送るワケでしょ? だったら沢山トモダチ作りたいなー、って。そんでとりあえず、クラス中の子と自己紹介し合ってるの。趣味とか話が合いそうなの誰かな~って。後で他のクラスにも行くけど」

 

「はあ……それで私みたいな日陰者にも一応声をかけた、と……」

 

「違うよ」

 

 得心行ったという風に呟いた瞬間、律は真顔になって彼女の鼻先にビシッと指を突きつける。

 

「確かに、気が合わなそうな人とか仲良くできそうに無い人にも一応声はかけてるけど、君は違う。アタシは君と本気で仲良くなれると思ってるし、親しくなりたいからね」

 

「え、え……? どうして私なんかに、そんな……」

 

()だよ。前髪で隠された奥に垣間見える、君のその()()()

 

 律はそう言いながら冥の前髪を掻きあげる。と、日本人らしい黒々とした瞳が露になった。

 人と目を合わせる事が苦手で、常に前髪を簾のように垂らし目線を隠している彼女にとって、その双眸を真正面から真っ直ぐに覗き込まれるのは顔から火が出る程に恥ずかしかった。だがしかし、至近距離から真剣な表情で自分を見つめる視線に惹かれ、何故だか目が離せない。

 

「そう、その目。物腰や雰囲気は弱気で地味っぽいけど……固い意志を奥に秘めた、黒曜石みたいに鈍く輝く綺麗な瞳。君は、周りが思うよりも……君自身が思うよりも、よっぽど強かで魅力的な女の子だよ。だからアタシ、一目惚れしちゃったみたい」

 

「ひひひひ一目惚れッ……!?」

 

 

「……な~んて、そんな重く捉えないでよ! 要するにアタシ、君の事マジで気に入っちゃったってコト! ねね、アタシら良い関係築けそうじゃない? つかもう親友? みたいな?」

 

「へっ、あっ、そうですね……こんな私で良ければ、喜んでお友達に……なりますケド」

 

 ふっと表情が緩み、にへりと笑んで語りかける律。未だ胸のドキドキが収まらない冥だったが、それを押し隠して何とか話を合わせる。

 なし崩しで流れに身を任せるまま、自分とは正反対の性格をした目の前のギャル風少女と友人関係になってしまったが……その太陽のような笑顔を見ていると、本当に親友同士になれそうな気がして、訳も無く嬉しい気持ちが溢れるのだった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ―――暫く経って。

 

 

「やっぱりめいちんは操縦士志望だよね?」

 

「うん、昔観戦したISバトルの公開練習に感動して以来、憧れてて……でもどうして分かったの? 私、臆病な性格だし、争い事とか向いてないって……両親にも中学の先生にも、IS学園を目指してるって言ったら当然のように整備科志望だと思われたのに」

 

「さっきも言ったっしょ、目だよ目。めいちんの目は『戦う人』の眼差しだったからね。まるで飢えた狼、って感じでイカしてるよ!」

 

「ほ、誉め言葉なのかな……? えと、ありがとう?」

 

 二人は既に打ち解けていた。元より人付き合いの上手い律はともかく、中学時代をボッチで過ごした冥までもが積極的に会話を楽しめているのは、或いは律ともっともっと仲を深めたいという無意識の願望の発露だろうか。

 

 

「じゃあ、りっちゃんは? 操縦者は目指さないの?」

 

「うん、整備科志望。こう見えても企業所属でバリバリ整備士として働いてんだよ、スゴイっしょー? ま、バイトみたいなモンだけどね。卒業したら正社員で採ってくれるって話だから将来は安泰だけど……っと、もうこんな時間か」

 

「あ、本当……もうホームルームが始まってもいい筈だけど、先生遅いね? 何かあったのかな」

 

「さあ、どうだろ……って、あああっ!」

 

 予定の時間を過ぎても一向に姿を見せない担任の事を訝しんでいると、唐突に律が声を上げる。

 

「ど、どうしたの!?」

 

「いやさ、さっきも言ったようにアタシ、クラス中の人と自己紹介して、全員と話したつもりだったんだけど……どうも一人だけ、話し忘れてた子がいるっぽい。ほら見て、この手帳」

 

「あ、本当だ。一個だけ空欄があるね」

 

 マスキングテープやらラメシールやらでゴテゴテにデコレートされたピンク色の手帳を開けば、そこには手書きで、クラス人数分の記入スペースが用意されていた。その殆ど全てに名前と簡単なプロフィールが書き込まれていたが、()()()だけ他と違う部分がある。

 その内の一方、明らかに他と比べて情報量が多い欄―――過分に詳細な情報が記されている上、要所要所に『かわいい』だの『綺麗』だの『大好き』だのといった戯言が挟まった箇所、要するに(じぶん)の欄からは(顔を赤らめながらも)そっと目を逸らし、もう一方の異部を見れば、確かに一人分の空欄があった。プロフィールは愚か、名前の欄も未記入である。

 

「あちゃー、うっかりしてたかー……でも、アレ?」

 

「? どうかしたの?」

 

「いや、さ……今教室中見回して見ても、やっぱり全員に話聞いたと思うんだよね。―――うん、間違い無い。なのになんで……始めに用意した記入欄の数を間違った? いやでも、出席番号と同じ数の欄を作ったのは確認したし……」

 

「……()()()()()()()()?」

 

 律の呟きの一部分を聞いて、ふと気付く。

 

「なに? どうかしたの、めいちん?」

 

「りっちゃんさ、出席番号と同じ数って事はクラス()()()の記入欄があったんだよね?」

 

「うん、1番から32番まで、間違いなくクラスメイト全員分だよ」

 

 

 

「…………『りっちゃん自身の分』も?」

 

「…………あっ」

 

 

「ハーイ、皆席に着いてー! ホームルームを始めるわよー」

 

 

 タイミングが良いのか悪いのか、金髪碧眼の女性が入室してきた。年齢と台詞から察するに、担任の教師だろう。冥も律も、その他のクラスメイト達も皆慌てて自分の席に座る。そうして教室内が落ち着いたのを見計らい、改めて先生が口を開く。

 

「遅れてゴメンナサイね、少し用事があったもので……コホン、改めて自己紹介するわ、私がこの1年4組の担任、ボローニャ・イルネリウスよ。昔はイタリアの代表候補筆頭だったけど、今はアナタ達の担任。教師としてはまだまだ新米だけど、アナタ達の先達としてしっかり導いていきたいと思っているわ、宜しくね♪」

 

 そう語って生徒達を見渡すボローニャは、一見すると教師らしい理知的で柔和な人物に見えるが、見る人が見ればその裏に燃え滾る情熱の烈しさに気付けるだろう。それを若さ故の青臭さと取るか、心から生徒を想える熱血教師と取るかは人それぞれだが……その美貌も相まってか、概ね好印象のようだ。

 

 

「さて、これからの流れを説明するわね。今朝の入学式の後、即行でこの教室に集合して待機してもらってた訳だけど……ここで重大発表! ()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

『えっ……ええええぇぇーーー!?』

 

 当然の如く響き渡る4組生徒達の驚愕の叫びが、教室を揺らした。その愕然とした表情を眺めながら、悪戯が成功したかのように満足気な笑みを浮かべてボローニャ先生は耳栓を外す。この反応も予め織り込み済みだったようだ。

 

「はいはい、話は最後まで聞くように! ちょっとドッキリさせちゃったみたいだけど、テストと言ってもそんなに大した事はありません! 入試問題よりも軽めな、要はISに関する理解度チェックみたいなもの。解ける人なら楽勝だし、例え赤点でも咎めないわ! だってアナタ達は入学したばかりのヒヨッコ達、授業も受けてないんだから分からなくても『当然』よ、むしろソレを()()()()()()()()()()為にこれからの授業があるの。今は自分の知識を整理する感覚で挑戦してみて!」

 

 手際良くテスト用紙を配りつつ説明を重ねれば、クラスに広がっていた混乱も大分収まってきた。別に成績に影響する訳でも無さそうだし気楽にやってみるか、と皆やる気を見せ始める。

 

「全員に用紙は行き渡ったわね? それじゃあ、何も質問が無ければ始めようと思うけど―――」

 

「あ、あの! 質問宜しいでしょうか!」

 

「あら、何かしら?」

 

 テスト開始の直前、手を上げたのは牛矢冥。何事かとクラス中の視線が刺さり、内気な彼女は少しビクリと震えたが気を取り直して言葉を続ける。

 

「えっとその、テストに関する質問という訳では無いんですけど……一つだけ、気になる事があって……というか、周りの人は皆気になってると思うんですけど……」

 

「何のことかしら? 答えられる質問には極力答えるけど……」

 

 優しげに応えるボローニャに対し、少し言い淀む。というのも、ボローニャ先生がこの『事態』に気付いていない筈が無し、なのに何の説明も無いというなら、それは彼女達が知る必要の無い事であり、先生が敢えて触れないでいる事なのだろう。……だが、だからといってこのまま何の説明も無いままだと気になって仕方が無い。

 故に、意を決して尋ねる。

 

 

「あの……私の前の席、『空席』なんですけど……何かあったんですか? まさか、入学初日から()()って訳でも無いでしょうし……」

 

「あー……やっぱ気になっちゃう?」

 

 ―――そう、冥の目の前の席には誰も座っていない。清々しいまでに空席だ。今度はボローニャが生徒全員の視線を受け止めながら、頬を掻きつつ罰が悪そうに答える。

 

「その、ね? その席の子は、ちょっとした『問題児』らしくて、……入学早々やらかした、っていうか……今、多分恐ろしい目に遭ってるっていうか……」

 

「……と、言いますと?」

 

「うん、まあ、簡単に言うとね? ただ今『折檻中』よ、()()()()の手によって……ね?」

 

 その言葉にクラス中の空気が凍る。よくよく見れば、ボローニャ先生自身も額に冷や汗が浮かんでいる。折檻中だという生徒の事を思うと、同情心というか何というか……得も言われぬ恐怖に支配されてしまうのだろう。皆も同じ気持ちだ。

 だって学年主任といえば、それは『世界最強』。現役を退いた今なお、IS戦闘において右に出る者無し……というか、生身で戦ってもISに勝ってしまうかもしれないレベルのチートにして、世界トップクラスの有名人。

 

 ―――()()()()先生その人に他ならないのだから。

 

 そんな世界最強(ブリュンヒルデ)直々の折檻……想像するだに恐ろしい。

 

「……先生、テストを始めましょうか」

 

「……そうね、よーいスタート!」

 

 想像するだに恐ろしいので、想像しない事にした。皆で問題を解く事に集中し、この教室に辿り着けなかった哀れな同級生の事は可能な限り意識の外に追いやる。

 思えば、ボローニャ先生は私達が受ける精神ダメージの事を慮って、敢えてこの件には触れずにいたのだろう……と、今更ながら己らの担任の優しさに気が付かされる。出会ってから未だ数分、ボローニャ先生は生徒達から急速に慕われ始めていた。……一人の生徒の、尊い犠牲のおかげで。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ……さて、件の『問題児』とやらは一体何を()()()()()のか。これからその一部始終を追ってみようと思うが……それを語るには、少々時を巻き戻さねばならない。それは体育館に全校生徒が集まって行われた入学式の直後、新一年生がそれぞれの配属された教室へと順次移動している最中の出来事。

 

 その時、唯一の男性操縦者、織斑一夏は一人―――

 

 

 

(どこだココ)

 

 ―――道に迷っていた。

 

 広大な敷地を誇るIS学園の、入学一日目。それも望んでここに来たのではなく、故に下調べも碌に済んでいなかったが為に起こった悲劇である。

 体育館とは別棟である教室棟へ向かって、ぞろぞろと列を成して歩く女子達に着いて行けば良かったのだが、道中を埋め尽くす女の子の波の中に飛び込む勇気は、まだ持てなかった(その内嫌が応にも慣れざるを得ないのかもしれないが)。だからこそ彼は一人で違うルートを通ったのだが、それが悪手。あっという間に現在地を見失ってしまったのだ。

 ……因みにこの男、過去には迷子がきっかけでIS学園の入試会場に迷い込んでしまった程の方向音痴である。その際に誤って触れたISを起動させてしまい、IS学園(こんなところ)に放り込まれるに至った訳だが……まるで成長していない。

 

 

「本当、どうしたらいいんだよ……今更誰かに道を尋ねようにも、人っ子一人見当たらないし―――」

 

「じゃあ私の出番ね♪」

 

「―――のわあっ!? い、いきなり誰だ!?」

 

 突如背後から聞こえた声に驚きつつも振り返れば、そこには『水先案内』と書かれた扇子を広げる水色髪の女子。リボンの色からすると二年生のようだが、悪戯っぽい笑みを浮かべながらにじり寄って来る姿からは怪しさしか感じない。思わず後退る一夏を逃がさぬよう必要以上に体を寄せ、そっと耳打ちする。

 

「そんなに避ける事ないわよ、取って食う訳じゃなし♪ 君が話題の織斑君ね、私は通りすがりの頼れる上級生よ。困っているみたいだったから見かねて声をかけたの。良かったら貴方のクラスまで案内してあげ―――」

 

「―――ああっ、思い出したぞ! どこかで見た顔だと思ったら、入学式で意味不明な儀式を取り仕切ってた変な人だ!」

 

「ちょっ!? 『変な人』!?」

 

 初対面の筈が突然の変人呼ばわり。これに慌てたのは自称『頼れる上級生』こと更識楯無。日本政府直属の暗部組織の頭領であり、学園最強(※教師陣除く)の代名詞たる生徒会長でもあり、自由国籍権を持つロシアの国家代表でもある―――という事実を、一夏はまだ知らない。

 

 だが、彼は彼女を知っていた。知らざるを得なかった。知りたくも無かったが。……それは先刻行われた入学式の最初の行程、在校生代表として生徒会長が行った挨拶での出来事。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

 

 

「妹は生命(いのち)なり!」

 

会長(オサ)!』 『会長(オサ)!』 『会長(オサ)!』

 

 

 ―――なんぞこれ。

 

 壇上でマイクを握り妹への愛を熱く語る生徒会長と、絶え間なく木霊する会長(オサ)コール。

 一夏はもちろん、新一年生の殆ど全員が、この意味不明の儀式に対してぽかんと口を開ける他無かった。見れば在校生達も多くは呆れたように事が終わるのを待っているが、取り乱す者や混乱する者が現れないという事は、この謎過ぎるインシデントにも耐性があるようだった。

 ……要するに『よくある事』なのだ、これは。新入生一同は戦慄した。

 

 なお、一部には率先してこの熱狂の中に混じろうとする者達もいた。在校生だけでなく、新入生の中にも狂ったように楯無(オサ)を讃える声がある。彼女達の共通点は、誰もが根っからの妹萌え(シスコン)であるというしょうもない事実。だが確かに、その唯一にして絶対の繋がりを以て彼女らは団結しているのだ。傍迷惑な事に。

 

 

 

「さあ、これで分かったでしょう? 『妹』とは世界の真理であり、宇宙の頂点であり、絶対の概念なのよ……分かったのなら是非、IS学園生徒会の下部組織『妹に萌え愛でる会(シスターヘブン)』への入会を!」

 

『うおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 今日一番の歓声が上がる。極一部の特殊なシスコン共にしか支持されていないにも関わらず、その熱量はその他大勢の一般生徒を飲み込んで余り有る程だった。この異常な光景を散々見せ付けられ続けた一夏達一般人は、もはや思考放棄の状態である。早くこの変な儀式が終わるといいな、とぼんやり考えていた。

 

 

 

 ……その時、体育館に設置されている備え付けのスピーカーが甲高いハウリング音を響かせた後、生徒会副会長―――布仏虚の叫び声を館内に伝える。

 

『会長、それに同志の皆様、申し訳ありません! 突破を許しました、すぐに離脱を!』

 

「ッッ!? て、撤収! 撤収ゥゥーーーーー!!」

 

 突然の事態に困惑する一同。新一年生のみならず、在校生にとってもこれは初めての展開であった。いつもは楯無が満足するまでノンストップで続く、生徒会長のシスコン大暴走。それを途中で止められる存在など、今まで居なかったのだ。

 ……()()()()()()()()、という事は、この事態を引き起こしたのは『今年入学してきた者』だという事。

 

 観衆達がざわめく一方、自身に迫る危機を正確に理解していた楯無は即座に壇上から下りて逃げ出そうとするが、目の前に現れた『金属バットを構えて微笑む少女』を見て顔を引き攣らせる。

 

「げえっ、関☆羽!?」

 

「……誰が三国志の英傑なのかな~?」

 

 常通りの間延びした喋り方だが、その声音は絶対零度。布仏本音の能面のように張り付いた微笑からは、憤怒しか伝わってこない。

 

「そ、そんな……虚はどうしたの!? 普段はともかく、今の彼女が抜かれるなんて―――」

 

「うん、まさかこんな下らない事の為に学園の『練習機』を持ち出すなんて思わなかったから、ちょっと梃子摺ったけどね~。目には目を、ISにはIS。かんちゃんが抑えてくれたおかげで何とか突破できたよ」

 

「なッ……まさか、『例の企業』から与えられた『専用機』を!? いくらISの携帯を許されているからって、非常時以外の無断使用は『厳禁』なのよ!?」

 

「お嬢さま……もとい会長にだけは言われたくないよ? こんな馬鹿騒ぎの為だけにわざわざ()()()()()()()()()()()ISを警備に使うなんて、どんだけ頭沸いてるのかと……」

 

 そう、彼女達シスコン同盟は何をどうやって許可を得たのか知らないが、練習用のISとして学園が所持する『打鉄』を借り受け、体育館内に簪と本音が入れないよう厳戒態勢を敷いていたのだ。阿呆の所業である。……尤も、ブチギレた簪が『自身のIS』で対抗した為に大した障害にはならなかったのだが。

 

「じゃあ……かいちょー、何か言い残す事は?」

 

「た、楯無死すとも正義(シスコン)は―――」

 

「死んじゃえ☆」

 

 無慈悲な鉄槌。哀れ生徒会長は、全校生徒の前で親友の妹に撲殺されてしまった。……まあ、峰打ちなので30分もすれば復活するだろう。「お騒がせしましたー」と朗らかな表情で、真っ赤に染まり動かなくなった楯無を引きずり去っていく本音。その光景を目撃した全員が思った―――彼女だけは怒らせないようにしよう、と。

 同時に、体育館の外から爆発音が聞こえたが……どうやら副会長も、敬愛する会長と同様の末路を辿ったらしい。

 

 

 暫し呆然と佇む全校生徒。そんな彼女らを尻目に、体育館の端の方の席に座っていた用務員のお爺さんがすたすたと壇上に歩み出て、楯無が手放したままその場に転がっていたマイクを拾うと、何事も無かったかのように告げる。

 

「―――では、これより入学式を始めます」

 

 いや、今までのアレは何だったんですか。……そんな質問を今更ぶつけるだけの気力が残ってる者も既に無く。その後の入学式は、万事滞りなく進んでいった。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

「全く、失礼しちゃうわねー……この美人生徒会長を捕まえて、事もあろうに変人扱いなんて」

 

「いや、どっからどう見ても変人以外の何者でもありませんでしたからね!?」

 

 そして現在、織斑一夏は不本意ながらもこの自称美人生徒会長の案内を受けて並び歩いていた。

 雲一つ無い青空の下、教室棟へ続く舗装された道を進む。通路の両側に植えられた桜並木から舞い散る花びらを背景に悠然と微笑を浮かべる楯無は、本人の言うように美人ではあるのだが……中身は入学式で見た通りの()()である。

 正直な所、一夏はこうして同道しながら話を聞くまで、彼女が生徒会長であるとは信じていなかった。むしろ信じたくなかった。だが現実は非情であった。

 

 

「……ところで織斑君、なんで私から微妙に距離を取ってるのかしら?」

 

「千冬ねぇ……うちの姉から『ハニートラップには気を付けろ』って言われてまして……あっいや、その、先輩の事信用してない訳じゃないんですけど、一応用心を―――」

 

「ふぅん、いい心掛けね。自分の立場を弁えてるみたいでお姉さん安心したわ、これで女の子にデレデレしちゃうような子だったらちょっと心配だったもの」

 

 感心したように頷く楯無だったが、一夏の本心は(ちょっとアレな人みたいだし近寄り難いな)である。姉の千冬からハニトラを警戒するよう言われたのは事実だが、建前に過ぎなかった。

 そうとも知らない楯無は、その場で立ち止まると一夏の方に向き直って警戒を解すように微笑みかける。同時に口元を隠すように開いた扇子には『心配無用』の文字が浮かんでいた。

 

 

「でも安心して、私は貴方の『味方』よ。すぐに信じろ、なんて言わないけどね。私は『IS学園生徒会長』更識楯無の名にかけて、一生徒である一夏君の安全を誠心誠意守って見せるわ!」

 

「あっはい」

 

 言い切ると同時にバッシィと扇子を閉じ一夏に向かって突きつける。どうやら決めポーズのつもりらしい。というか、台詞も予め用意しておいた決め台詞であった。

 できるだけ第一印象を好くする為の彼女なりのコミュニケーションだったが、悲しいかな一夏君からの第一印象は入学式の時点で『シスコンの変人』で固定である。何をしようと今更であった。

 

 ただまあ、それはそれとして、彼は出会ってから今までの会話を通して楯無の事を『悪い人では無い』と判断した。

 どんな相手だろうと、言葉を交わせば忽ち懐に入り込み、親しくなってしまう―――それは更識流諜報術の応用、人身掌握の手管を駆使した結果でもあるが、同時に彼女自身の生来の気質、人たらしな愛嬌のおかげでもあった。

 

 

「これから宜しくね、織斑君。仲良くやっていきましょう」

 

 そうして楯無から握手を求める手が差し出される。彼女の事を()()()()()だと思っていた先程までならともかく、ただ妹が好き過ぎるだけの()()()()だと理解した今となっては拒む理由も無い。

 

「……はい! こちらこそ―――」

 

 

 

 

「―――でもお姉ちゃんと必要以上に『仲良く』なったら、()()からね? その粗末なモノ……」

 

 彼の方からも握手を返そうと手を伸ばしかけた瞬間、聞こえてきた声と背筋を走る悪寒。そして縮こまる股間。噴き出す冷や汗を無視してバッと振り向けば、そこに立っていたのは見た目からして()()()少女。

 

 IS学園の制服を着ている以上、彼女もまた学生の一人なのだろう。リボンの色からして、一夏と同じ新入生である事は分かる。だが……その制服は、もはや一夏の知っているそれとはかけ離れていた。IS学園では改造制服が認められているとはいえ、これはどうなんだってレベルで。

 

 彼女自身の色違いの双眸に合わせるように左右それぞれが紫と青に染められたその制服は、其処(そこ)彼処(かしこ)がゴスロリ風のフリルやリボン等で装飾され、もはや"辛うじて制服と見えなくも無い"としか言えない程度に原型を留めていない。

 更に右腕の手首の部分には、これまた奇抜な形状のブレスレッドが嵌められている。蝶と短剣を象ったデザインのそれは、妙にメカメカしくゴテゴテしていて、まるで子供の玩具のようにしか見えない。一言で言い表すなら、『戦隊ヒーローの変身アイテム』だ。

 付け加えるならもう一点、角度的に一夏からは見えなかったが……彼女の背中側、ゴスロリ制服の襟元―――首の左後ろの部分に『星型の刺繍』が施されているが、そこに込められた想いは彼女だけしか知り得ない。

 

 

 そんな奇妙な風貌の彼女は、威圧感を放つ堂々たる佇まいでそこに立っていた。一見すると気弱で大人しげな少女にも見えるが、彼女の纏う『スゴ味』がその芯の強さを物語る。

 知らず気圧されていた一夏だったが、どこかで見たような水色の髪を認識した瞬間、ふと彼女が最初に喋った台詞の一部が引っかかった。

 

「……『()()()()()』?」

 

「あー……、先の入学式ではうちのお姉ちゃんが迷惑かけたみたいで、本当申し訳無く……」

 

「ちょっと簪ちゃん!? 迷惑だなんて酷い言いがかりよ、アレは我が同志達を導く崇高な―――」

 

「はいはい、お姉ちゃんは一回黙ろうね」

 

 楯無の言葉を途中で遮り、服の至る所に取り付けられた隠しポケットの一つからパチンコ玉を1球取り出すと、指で弾く。その玉は傍から見ていた一夏の目にも留まらぬ速さで楯無の眉間にクリーンヒットし、暴走寸前だったシスコンの意識を即効で刈り取った。

 この急展開に付いて来れず、一夏は混乱するばかりだったが……彼にも一つだけ理解できた事がある。

 

「えっと……君はひょっとして、楯無先輩の―――」

 

「うん、『妹』だよ。私はお姉ちゃんの『妹』」

 

 何故だか誇らしげに(薄い)胸を張りつつ、この物語の主人公は名乗りを上げる。

 

 

 

「国際複合企業『MCC』所属パイロット兼日本国代表候補、更識簪。……織斑君、君がこの学園で一体どんな物語(ロマン)を見せてくれるのか……楽しみにしてるからね♪」

 

 ―――『世界唯一の男性操縦者』織斑一夏と『(ジョースター)意志(ロマン)を継いだ少女』更識簪との、これが最初の遭遇―――

 

 

 ……To Be Continued→




オリ企業はIS二次ssの醍醐味よねー

   ※   ※   ※

簪さん登場までの場繋ぎの心算でオリキャラ出したら、いつの間にかナチュラルに百合ってた……どうやら俺は女の子二人ならべるとカップリングせずにはいられない性質(たち)だったらしい(知ってた)
因みに、予定にないオリ×オリのイチャイチャを書いてたら文字数が嵩んで案の定一話で収まらんかった。次回で終わるといいなぁ、この話……

   ※   ※   ※

あ、簪さんの制服ですか? 確か聞いた話だとIS学園って制服のカスタムが自由なんですよね? (杜王町の学生共の制服を横目に)もっと改造した方がよかったですか?


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織斑一夏は詰めが甘い その2

大体半年ぶりくらいなので初投稿です。



今更なんだけどさ、本SSの第一話で(150%のノリと勢いで)誕生した『更識流諜報術』とかいう謎設定が本当に謎過ぎて困る。一体何なんだろう……(無責任に設定を生やすss書きの鑑)


 更識簪、15歳。IS学園の新入生にして、日本国代表候補。そして国際複合企業MCC所属パイロット。それが世間に知られる彼女のプロフィールである。

 

 基本的にエリート揃いの狭き門であるIS学園の中においても、特にトップクラスの実力者だと言えるだろう。何しろ学園でISの知識・技術を学ぶ前、新入生の時点で既に国家代表候補なのだ。

 今年の入学者で彼女に匹敵する肩書きを持つ者なんて、入試成績首席のセシリア・オルコット(イギリス代表候補生、且つオルコット財閥当主であり同財閥IS部門所属パイロットも兼任)くらいのものだろう。こんな貴重な逸材が、よくもまあ二人も同時に入学してきたものだ。

 ……ちなみに昨年の新入生の中には、入学時点で代表候補どころか『国家代表』に任じられていた程の天才が居たりもしたが。―――そう、ロシア連邦代表のシスコンお姉ちゃん、更識楯無の事である。そう思うと、我らがかんちゃんの肩書きも騒ぐほどの事では無い気がしてきた。

 更に言えば、男性操縦者・織斑一夏と少しでも関係を持ちたい各国が大慌てで準備して、これから続々と代表候補の同級生が編入してくる予定だったりする。なんだ全然珍しくとも何とも無いじゃん、代表候補生。デフレかな?

 

 尤も、日本政府に属する対暗部用暗部『更識』本家の次女だったり、異世界帰りだったり、スタンド使いだったり、他にも色々……表に出せない『裏の』事情も勘案すれば、やはり簪という少女は群を抜いて特別なのは間違いない。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 さて、そんな少女と出会った一夏君であるが。

 

 

「―――なるほどなぁ、それが『代表候補』か。確かに言われて見れば、書いて字の如くだな」

 

「……それにしても、お姉さん驚いちゃったわ。まさかこのご時勢で、『代表候補』の意味を知らない子が居たなんて……」

 

「織斑君は相当の『天然』みたいだし、中学時代は鈍感で名を馳せたんじゃないかな? きっと『二束三文のハーレムラノベの主人公』にしかできないような女の子との接し方を、本気で現実(リアル)に持ち込めるタイプの人間! 私はそう推測するね」

 

 更識姉妹と並んで歩きながら、結構和気藹々と会話していた。

 この女尊男卑の世において、大層な肩書きを持った女性相手にも媚びず臆さず自然体で向き合えるのは、偏に彼の人徳である―――と言いたい所ではあるが。実際はただ単に、彼が『相手の持つ肩書きの意味』と『その地位の高さ』に気付いていなかっただけである。

 

 その国のIS操縦者の中でも、特に上位の数人しか選ばれない『代表候補生』。世界各国が核兵器の代わりにISの保有数を競い合うというこの世界において、国家代表やその候補は下手な政治家などよりよっぽど影響力のある存在だ。

 更に言えば、『ISを用いた戦争』を回避する為の方便として『ISは競技用のパワードスーツでありスポーツである』という建前が使われている現状、その扱いはオリンピックの代表選手と同等かそれ以上である。

 そういった理由から、メディア露出が多いのは勿論、中学レベルの社会科・公民のテストでは自国の代表や代表候補の名を答えさせられる事すらある。少なくとも、アイドルグループ宜しく追っかけやファンクラブができる程度には有名人扱いだ。

 

 ……そんな現代社会の基礎知識と言っても過言では無い『代表候補』という存在そのものを、今の今まで知らなかったというのだから、一周回って大したものだと呆れるほか無い。

 

 

「……もしかして、私の所属する『MCC』も知らなかったり……?」

 

「ああ、全く知らないぜ!」

 

「そんな胸を張るような事じゃ……無くも無いわね、逆に。世界に名立たる大企業よ? 『ディズニー』とか『マクドナルド』を知らないって言うのと似たようなものじゃない」

 

 と、感嘆を滲ませて呻る楯無。開いたまま塞がらない口を隠す扇子には、『( ゚д゚)』という顔文字が印字されている。口元は隠せても驚きは隠しきれない様子だ。

 ―――というか、この扇子何なのだろう。さっきから開く度に書き文字が変化するけど、ひょっとしてISのテクノロジーでも流用されてるんじゃ無かろうか。そうだとしたら技術力の無駄遣いにも程が有るぞ―――と、益体も無い事を考えている一夏であったが、簪から話しかけられ思考を打ち切る。

 

「じゃあ織斑君に―――」

 

「待った、さっきから気になってたんだが俺の事は『一夏』って呼び捨てでいいぜ。『織斑』だと、皆どちらかっていうと『千冬(ねぇ)』の方を連想するだろうし」

 

「ああ、確かに……世界最強(ブリュンヒルデ)だもんね、何しろ」

 

 

 IS業界の生きた伝説、織斑千冬。嘘か真か、『素手でISを粉微塵にできる』『睨んだだけで人を殺せる』『生身で宇宙遊泳できる』『篠ノ之束は彼女を恐れて雲隠れした』……などといった武勇伝に事欠かない、IS界の重鎮にして頂点。それが彼の姉である。

 『織斑』という名を出せば、100人中100人が千冬の事を連想するだろう。()()()I()S()()()()()()()()()。だからこそ、彼は名前での呼称を提案してきた訳だ。……いや、彼の事だからひょっとすると、この学園で姉が()()()()()()()()のを知らないかもしれないが。

 というか、多分知らないだろう。絶対知らない。考えて見れば、幾らなんでも一夏のISに対する無知っぷりは異常だ。千冬という誰よりもISに精通した女を姉に持っているのに、否、()()()()()無知なのだ。

 IS業界の酸いも甘いも光も闇も、全てを知り尽くした千冬()()()()()、今まで一夏をISから遠ざけてきたのだろう(今となっては無駄な努力だったようだが)。

 

 全てはIS業界一の要人である千冬自身の事情に巻き込まぬようにして、彼を危険から守るため。奇しくもそれは、暗部の仕事から簪を遠ざけようとした楯無や、家族を戦いに巻き込まぬよう自ら疎遠になった承太郎にも通ずるものがあるのかもしれない。

 

 

 

(……それはともかく、お姉さんが教員やってるって事だけは伝えといてあげようか……ううん、やっぱやめた。黙ってた方が面白そうだ(ロマンがある)し)

「なら私の事も呼び捨てでいいよ、一夏。お姉ちゃんと混同しちゃうしね」

 

 悪意のような善意のような、脳裏を巡ったそんな遊び心(ロマン)は裏に秘めたままにして、何食わぬ顔で親しげに話す簪。それを聞いた楯無も、すかさず流れに乗る。

 

「じゃあ私の方も呼び捨てで、何ならもっと気軽に『楯無お姉ちゃん』って呼んでくれても―――」

 

「じゃあそうさせてもらうよ、簪に楯無さん」

 

「即行スルー!? っていうか呼称にちょっと距離感無いかしら!?」

 

「いや、だって楯無さん一応上級生ですし……」

 

 あと貴女の後ろで『お姉ちゃんの事そんな馴れ馴れしく呼んだら下心有りと見做(みな)して誅殺するよ?』って言いたげな全く笑ってない笑顔を向けてくる子が居ますし……とは流石に言えなかった。

 

「そ、そんな事よりアレだ、さっき簪何か言いかけてたろ?」

 

「ああ、そうだった。一夏がMCCについて知らないみたいだったから、ちょっとだけ解説してあげようかなって……どうせその内『嫌でも関わる事になる』だろうし。色んな意味で」

 

「色んな意味……ってのはよく分からないけど、教えてくれるっていうなら頼む」

 

 という訳で、不満気に口を尖らせる楯無を無視しつつ、本校舎に着くまでの道すがら、簪先生による『国際複合企業MCC』がちょっと分かる話。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 それは初め、日本で創業された『桜花堂』という小さなゲーム会社だった。12年ほど前の事だ。

 その実態は起業者たる社長がほとんど自分の趣味でやってるような個人制作レベルの環境であったが、それが逆に功を奏したらしい。社長の趣味全開で作られた数々の『凝り過ぎた(マニアックな)』ゲームソフトは、コアなゲーマーの心を鷲掴みにし、破竹の勢いで有名企業となっていった。……つまり、社長は極めて優秀な『オタク』だったのだ。個人の趣味(ロマン)を商売に昇華できる程の。

 

 ……それだけだったら、単なる日本の大手ゲームメーカーで終わっていただろう。いや、それも十分凄い事なのだが、この会社の奇妙な歴史はここからが本番だ。

 創業から1年経ち、ゲーム業界の超新星として名が知られ始めた頃。桜花堂は突如として異業種に参入したのだ―――それも、全く畑違いな『国際運輸』という業界へ。当時世界的に有名だったアメリカの大手貿易会社『メロン・トランスポート』を電撃的に買収したという事件は、程なくしてその貿易会社の元幹部らが武器・麻薬の密売容疑で逮捕されたというスキャンダルと共に世界中を駆け抜けた。

 その余りのタイミングの良さも相俟(あいま)って、『メロン・トランスポートの役員達は陰謀によって冤罪を被せられ会社を奪われたのだ』とか『彼らの悪事を暴き正義を執行したのは桜花堂で、合併により幹部達から権力の盾を剥いだのだ』とか、数々の奇説珍説がお昼のワイドショーを沸かし、ネットの掲示板を飛び交ったが、最終的には『たかが1ゲーム企業如きにそんな事は不可能だ』とする至って当然の(ロマンのない)一般論に落ち着いた。

 

 何はともあれ、海外事業を展開する事となった桜花堂は社名を英語へと改名。『メロン・トランスポートと桜花堂の複合企業』、語呂良く訳して『Melon & Cherry Conglomerate』―――略称は頭文字を取って『MCC』、即ち現在の社名である。

 社名はこれ以降変わる事は無かったが、会社自体は次々と新しい事業を展開していった。時に他業種の企業を吸収合併し、時に自社内の技術を流用し、様々に商売の手を広げて行き―――その殆ど全てで成功を収めたのは、今や世界に名立(なだ)たる一大グループの総帥にまで上り詰めた桜花堂創業者の才覚による所が大きい。……尤も『優秀なオタク』である総帥本人にしてみれば、経営シミュレーションゲームで培った手腕を現実世界で試してみただけだったのだが。

 

 

 そして総帥の才の他にもう一つ、MCCが大躍進を遂げる要因となった出来事がある。それは桜花堂がMCCと名を変えてから更に1年後、今から10年前に発生した歴史的転換点―――そう、『白騎士事件』だ。

 

 

 ハッキングにより日本に向かって飛来した2341発のミサイルを『白騎士』と呼ばれる一機のISが全て撃墜し、直後やってきた各国の軍隊をも蹴散らして、篠ノ之束博士が発明した『インフィニット・ストラトス』の性能を世界に知らしめたこの大事件は、その後に起こった世界各国の政治・経済の混乱と変革―――俗に言う『ISショック』の発端となった。

 国際複合企業MCCは、このISショックの時期にいち早くIS産業に参画した企業の一つである。混迷極まる国際情勢の中を巧みに立ち回り、むしろ状勢を利用して急成長を遂げ、IS業界の大御所の一角に数えられるまでになった。現在、MCCのIS部門はゲーム・運輸と並ぶ最重要事業である。

 

 面白いのは、MCCは最初期からIS産業に携わっているにも関わらず、()()()()()()()()()()()()という事実だ。ISショック直後、各社が一斉に第一世代のIS開発に躍起になる中、MCCは只管にIS用の()()()()を作り続けた。それも、実用性より趣味に走った、外連味(ロマン)溢れる装備の数々を。

 同時に、競合各社の()()のデモンストレーションも兼ねた場として、ISを使った国際競技大会『モンド・グロッソ』の開催を呼びかけ、自らもスポンサーとして出資。運営こそ当時設立されたばかりの国際IS委員会に委ねたものの、彼らがモンド・グロッソという大会の誕生に一役買ったのは間違いない。

 

 ……或いはそれらの行動は、ISが戦争利用される事を避ける為の演出だったのかもしれない。事実、MCC製の"オモチャ"のような武装やモンド・グロッソでのIS競技を目の当たりにした世界中の人々は、ISを『スポーツ』として認識した。故に業界全体としても、(核に代わる抑止力としての最低限の軍事転用の他は)時代のニーズに合わせて『スポーツとしてのIS』製品の研究開発に力を注ぐようになったのである。

 

 各国が第二世代のIS―――即ち兵器としての汎用性・多様性を実現する機体の開発に目を向け始めた頃、MCCが組み上げた初の自社製ISがピーキー過ぎる専用機(燃費も安定性も極端に悪く、兵器としては欠陥品もイイトコ)だった事も、彼らがISを軍事から遠ざけたがっている証左だろう。

 

 そして数年前より、彼らはISによる宇宙開発事業の展開を発表し、月面基地まで建設中である。『宇宙開発用マルチフォームスーツ』というIS本来の在り方を一番理解し推進しているのは、間違い無くMCCだと評論家は言う。

 なお宇宙開発プロジェクトのリーダーは、IS部門最高責任者でありMCCグループ全体の技術開発統括者でもある『総帥秘書』が務めている。国籍・年齢・経歴・容姿等全てが社外秘とされ謎に包まれた秘書については、『篠ノ之束と同等かそれ以上の頭脳の持ち主』という噂のみが世間に知られているが……真偽は定かでは無い。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

「へぇ、MCCってIS業界じゃそんなに凄い会社なんだな。今まで聞いた事も無かったけど」

 

「……IS業界での活躍が特に有名ってだけで、グループ全体としては食料・衣服・建設・交通・娯楽・電機・IT・その他諸々……現代日本では日常生活で耳にしない方がおかしいって言われる企業なんだけど……」

 

 感心したように頷く一夏と対称的に、呆れ顔の簪。たった今概説したような社の沿革や特色など知らなくとも、社名だけなら誰もが一度は聞き覚えがある筈なのだ。普通なら。

 IS知識が無いのはまだ納得がいくが、ここまで来るともはや社会常識が著しく欠如しているのでは無いかと疑わざるを得ない―――と思い始めた折、横から楯無が口を挟む。

 

「じゃあ一夏君、『インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ』ってゲーム知らないかしら?」

 

「ああ、IS/VSの事ですか? 弾の奴……中学の友達とはよく遊んでましたけど……」

 

 IS/VS、世界的ヒットを記録した名作対戦ゲームである。実在のISパイロットや機体を忠実に再現したバトルを楽しめる本作は、ISに憧れを持つ女子だけでなく現実世界でISに乗れない男性諸氏にも大ウケし、現在も細かなアップデートにより最新の武装やパイロットが追加され続けている。

 で、この話の流れで言及されたという事は勿論―――。

 

「ええ、そのゲームもMCC製よ。タイトル画面の前に『MCC』って描かれたロゴマークとか映ってたと思うわよ?」

 

「マジで!? ……あ、言われて見ればそんなロゴ見たことある気がしてきた! いつもスタートボタン連打でメニュー画面まで飛ばしてるから印象薄かったけど……」

 

「ふふ、やっぱり一夏君も知ってたじゃない、MCC。普段意識する機会が無かっただけみたいね。…………で、簪ちゃん? なんで急に不機嫌そうに……」

 

 会話の途中から明からさまに不満顔になった妹の膨らんだ頬を突っつく楯無。すると簪、一夏を睨んで曰く。

 

「ゲーム起動時のタイトル前のロゴ表示をスキップするような、風情(ロマン)を理解できない人種とは仲良くできない」

 

「そ、そう……。一夏君、よく分かんないけど簪ちゃんがご立腹よ? 謝った方がいいんじゃない?」

 

「……え? 俺が悪い流れですかこれ?」

 

「ううん、一夏は悪くない。悪くないけど、とりあえず謝罪と賠償を要求する」

 

「何故に!?」

 

 

 ……なんて馬鹿話で盛り上がり親睦を深めながら桜並木の道を歩いていると、漸く本校舎に辿り着いた。後は一本道をそのまま進めば教室棟のエントランス―――という所で、彼ら三人は『厄介なモノ』と出くわす。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 道の前方、地面に設置されていたマンホール。その蓋が突然ガタリと音を立て、ズリズリ引き摺られつつ徐々に開いていく。どうも、マンホールの下から誰かが出てこようとしているらしい。

 漸く蓋が完全に開くと、暗い穴の中から人間の腕がニョッキリ生えてきた。そしてマンホールの淵に手をかけると、その腕の持ち主は滑らかな動きで『ズルゥーー』と這い出てくる。高級そうなスーツに身を包んだ、サラリーマン風のおじさんだ。

 

「ふぅぅ、疲れたなぁーーー……うん、私もちょっと休むとしよう」

 

 と、煙草に火を付け一服する男をきょとんとした表情で見つめる一夏。

 

 

「……え? 男? IS学園に? 何で……」

 

「別に珍しい事じゃないよ、一夏。IS学園と(いえど)も施設の点検とかは外部の業者に委託する事もあるからね」

 

「見た感じ、地下の電気ケーブルの確認かしら? そういえば生徒会の方に報告が上がってたわね、外灯の調子が悪いから業者に診てもらうって」

 

「へぇーー……」

 

 女子二人からの説明に一応は納得する一夏だったが、それでもまだ疑問は残った。そしてその疑問は、他の二人も同様に抱いている。即ち、

 

 ―――なんでこの人、スーツなの?

 

 ずっと地下に潜っていたからだろう、明らかにブランド物と思われるスーツは上も下も取り返しが付かない程に汚れきっている。どころか、作業中にどこかに引っ掛けてしまったのだろうか、そこかしこが破れていた。これではもう二度と着られまい。

 勿体無いと言う以前に、そもそも何故スーツ姿でマンホールの下に潜って作業を行おうと思ったのか。作業服でも着れば良いのに……と、そんな疑問の答えは、案外すぐに分かる事になる。

 

 

「ちょっとアンタ、何勝手に休んでるのよ!!」

 

「うぇっ、先輩……」

 

 突然の声に振り向けば、そこに立っていたのは気の強そうな年若い女性。男性と同じくブランド物のファッションに身を包んではいるが、彼のようなビジネス用のスーツでは無く、ただのオシャレ着だ。

 『先輩』と呼ばれた事からスーツのおじさんの同僚だと分かるが、明らかに彼の方が年配で、女性の方が若輩である。……別に珍しい事では無い。

 この女尊男卑の世の中、上司でも部下でも女性の機嫌を損ねれば、男性というだけであっと言う間にクビを切られる。そして必死こいて再就職した職場でも、このように一回りも年下の女性にへーこら傅いて絶対服従せねばならないのだ。

 

「休んでいいなんて一言も言ってないわよ、早く仕事に戻りなさい!」

 

「そんな、さっきからずっと私ばかり働いてるじゃないですか! 先輩もちょっとは手伝って下さいよ」

 

「うるさいわね、アタシはアタシで忙しいのよ!」

 

「そ、そんな事言って……そこの木陰で寛いでるだけでしょう!?」

 

 と、男が指差した先、人工芝で整えられた学園内の休憩スペースには、大木の根元に置かれたパラソルとテーブル。コーヒーや茶菓子、果ては携帯用テレビまで置かれ、完膚なきまでに『仕事』の要素は無い。一目で分かる、彼女はずっとサボってただけだ。男の不平も無理からぬ物だろう。

 ……が、世は正に女尊男卑。正論が何だと言うのか。

 

「なによ、アンタは男なんだからアタシの言う事聞いてりゃいいの! 大体そんな地下なんて潜ったら、アタシの自慢のファッションが台無しじゃない!」

 

「それを言うなら私だって、もうこの服ダメになっちゃったじゃないですか! 18万もしたのに……っていうか、『天下のIS学園にお邪魔するんだからちゃんとした服装になさい』って言って無理矢理この服買わせたのは先輩―――」

 

「何、アタシにケチ付ける気? 上に有る事無い事告げ口してクビにしてやってもいいのよォ?」

 

「ぐっ、……うゥゥ~~~!」

 

 怒りに震えながらも耐えるしかない男と、勝ち誇った顔で見下す女。それは現代社会の一つの縮図だった。

 というか、女の嫌味にニヤついた表情から察するに、地下の作業で服がおじゃんになるのを見越した上で男に高級ブランドを着て来させたのだろう。嫌がらせの為に。つくづく意地の悪い女だ。

 正義漢且つ熱血漢である一夏はこの時点で既に我慢の限界だったものの、ここで更にダメ押し。

 

「フンッ、いい気味だわ……ほら何突っ立ってんの、早く薄汚い地面の下に帰りなさいよ、役立たずのアンタにお似合いの仕事場に、ねッ!」

 

「うぐッ!?」

 

 

「―――おい! やめろ!!」

 

 特に何の意味も無く、ただのストレス発散として女は後輩男性の鳩尾を殴りつけた。

 ボグゥーと痛そうな音を立ててその場に崩れ落ちる男を見て、もはや傍観者を続けられず二人の間に割って入る一夏。追撃の蹴りを繰り出そうとしていた女を制止し地面に転がって呻く男性を庇うと、今度は一夏にも彼女の悪意が向けられる。

 

「IS学園に男子生徒? ああ、例の『男性操縦者』ってヤツね。それで、男風情がお姉さんに何かご用事?」

 

「用事も何もあるかっ! 何でこの人を殴ったんだよ!?」

 

「見て分からなかったの? ムカついたから。あと男だからよ。何か文句ある?」

 

「あるに決まってんだろ!!」

 

「ふ~ん、()? どうするつもりぃ? ISを動かせるとはいえ、アンタみたいな男如き、しかもお子ちゃまの身分でアタシをどうこうしようってのぉ?」

 

 小馬鹿にするように蔑んだ顔で一夏を睨む女。だが一夏は不敵に笑って目の前の性悪女に現実を突きつけた。

 

「へっ、確かに俺一人じゃこの場はどうにもできなかったかも知れないけどな……ここには()()()の良識人も居るんだぜ? なぁ、()()()()!」

 

 

「―――まっ、呼ばれたなら飛び出しましょうか。『ジャジャジャジャーン』ってね!」

 

「ん、お姉ちゃんが出るなら私も……」

 

 相手が女性の特権を笠に着るならこちらはそれ以上の権力で応えるまで。一夏の声に応えて彼の両隣に歩み出る更識姉妹、その姉の姿を捉えた女は顔色を変え、ぷるぷる震えながら指差す。

 

「うっ、今回の仕事の契約書に載ってた……アンタは確か『生徒会長』……!」

 

「そう、この学校の『治安維持』の象徴、更識楯無とは私の事。それで貴女、随分横暴に振舞ってたみたいだけど……ちょ~っと『お話』する必要があるかしらね?」

 

「うっ、ううう……! ―――クソっ、この男性操縦者ァ!!」

 

 この学園において高位の権力、それこそ侵入者の拘束権すら持つ『生徒会長』という肩書きに怯んだ女。だがそれも数瞬、悔しげに歪む顔を更に凶悪に歪ませ、突然一夏をギッと睨んだかと思えば彼に向かって手を伸ばす。

 自分に矛先が向いて、咄嗟に身構える一夏。そして既に迎撃体勢を整えた更識姉妹。その警戒を嘲笑うかのように、その女は―――

 

 

 

「き、今日はこの位で勘弁しといてやるわ! 次会ったら覚えてなさいよ! バーカバーカ!」

 

「……いや逃げんのかよ!?」

 

 ―――ビシッと一夏に指を向けたかと思えば、回れ右してものっそい(ものすごい)ベタな捨て台詞を吐いて逃げ去った。それはもう惚れ惚れする逃げっぷりだった。その逃げ足たるや、台所の最終兵器(リーサルウェポン)、コードネーム"黒光りのG"とも互角以上!

 ……どうでもいい話だが、この時の一夏のズッコケっぷりはギャグマンガの住人並だったとか。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「えー……と、大丈夫っすか?」

 

「あ、ありがとう少年……」

 

 気を取り直して、放置されたまま置いていかれてしまったおじさんに声をかける一夏。倒れていた彼に手を差し出し、立ち上がらせる。

 

「君のおかげで助かった。なんとお礼をすればいいか……」

 

「いや、何も悪くないのにおじさんが酷い目に遭ってるの見て、我慢できなかっただけで……別に気にしなくていいですから」

 

「……うぅ、こんなに若いのに良く出来た子で……感激だぁっ!!」

 

「いえそんな……ちょ、抱き締めるのはやめっ……頭も撫でなくていいですからぁ!」

 

 男に礼を言われ照れくさそうにする一夏だったが、流石に男からハグされ揉みくちゃにされても嬉しくはない。こういうのは美女や美少女にされるべきものだ。……一夏の場合、それでも嬉しくないかもしれないが。この典型的難聴系鈍感男子、本当に思春期なんだろうか。

 

 やがて一夏を放した男性は、真剣な顔で尋ねる。

 

「さて、先輩も逃げてしまった事だし、私はのんびり自分のペースで仕事に戻るが……君、例の男性操縦者って事は、この学園の生徒なのだろう?」

 

「あ、はい、そうですけど―――」

 

「……もうすぐチャイムが鳴る時間のようだが。教室へ向かった方がいいのでは無いかね?」

 

「え―――ああっ、忘れてた!? 簪、楯無さん、早く―――って、簪どこ行った!」

 

 おじさんの言葉に自分の状況を思い出し、慌てて二人を急かす一夏。だが振り返れば、いつの間にやら簪の姿が無い。キョロキョロ辺りを見渡す一夏に、楯無が近づいて一言。

 

「簪ちゃんなら先行っちゃったわよ? 『遅刻したくないし後任せた』って」

 

「うえぇーい、薄情者! 何なの俺嫌われてる!?」

 

 叫ぶ一夏だが、それで時間に間に合う訳でも無ければ簪が戻ってくる訳でもない。楯無は自らの持っていた『諸行無常』と書かれた扇子をパチンと閉じると、再度開く。書き文字は『遅刻厳禁』に変わっていた。うーん、謎技術。

 

「そんな事言ってないで、私達も急ぎましょう? 私は生徒会長の職権を濫用すればどうとでもなるけど、一夏君はそうも行かないでしょ?」

 

「そうだ、こうしちゃいられない! それじゃおじさん、さよなら!」

 

「ああ、達者でな少年!」

 

 こうして二人は校舎まで一目散に駆けて行ったのだった。

 ……ちなみに一夏はギリギリ間に合わなかったが、教室に居たのが『悪鬼羅刹の権化』こと彼の姉ではなく小動物系教師の山田先生だったので特に罰は受けずに済んだ。良かったね。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 で、その場に残ったのは一人のおじさん。

 

 彼は二人が走り去ったのを確認すると、屈みこみ右手でマンホールの蓋を閉じる。その左手―――さっきまで一夏に抱きつき頭を撫で回していた左手には、『一夏の毛髪』が握られていた。

 

 

 

「いやはや、カッコよかったよ『織斑一夏』……だが『詰めが甘い』なァ~~~どこの誰とも分からん男に接触を許すなんてなァ~~~♪」

 

 下種じみた表情で笑いながら、一夏の毛髪をポケットから取り出したケースにしまいこみ、勝ち誇ったように呟く。もはや先程までの、『女尊男卑の女に虐められる哀れな男性』はどこにも存在しなかった。

 

「いやしかし、それも仕方の無い事かもしれんなぁ。()()()()()()()()も迫真の演技をしてくれたし……あれは見事なものだった。私の正体も目的も知らぬままだが、彼女は逸材だったなぁ」

 

 上機嫌に鼻唄など歌いながら、ポケットにケースを戻して悠然と歩み去る男。向かうは学園外、本土へと繋がるモノレールの駅。彼の目的であった『人類初の男性操縦者の体細胞』は手に入ったのだ、後はそれを『雇用主』へと届けるだけ。

 

「全く、楽な仕事だったよ……目の前に『更識』が現れた時はヒヤリとしたが、『先輩』の演技力に助けられたといった所か? 次の仕事でもまたあの子を雇うとするかな、フフ……」

 

 

 

 

「あら、残念だけど貴方に『次の仕事』なんて巡ってこないわよ、『後輩』さん?」

 

「ハッ!?」

 

 後ろからの声に振り返れば、そこに立っているのはさっき走り去った筈の『IS学園生徒会長』―――更識楯無。『油断大敵』の扇子を見せ付けるように持ち、狼狽する男に毅然と告げる。

 

「『更識』の情報網を舐めてもらっちゃ困るわね。―――雇われスパイ・通り名『後輩』。特定の組織に属さず、報酬次第でどこからでも仕事を請けるフリーランスの『コソ泥』で、金で雇い入れた『先輩』役の女性を使って『女尊男卑の被害者』を装い相手の警戒を解き、その隙にエモノを掠め取る。裏の世界じゃそれなりに名の知れた存在みたいだけど……ま、私達(さらしき)を敵に回したのが運の尽きね」

 

「ぐっ、むむ……!」

 

 ……何の事は無い。この男は織斑一夏より一枚上手だったが、更識楯無の方が更にもう一枚上手だった。ただそれだけの話。日本政府お抱えの『対暗部用暗部』は伊達では無いのだ。

 

「さあ、大人しく投降してそのケースを渡しなさいな。バックの組織……恐らく男性の復権を狙う過激派団体でしょうけど、それについて吐いてくれるなら悪いようにはしないわよ?」

 

「……舐めるなよ。私とてスパイの端くれ、だッ!!」

 

 懐に手を入れた男が取り出したのは拳銃。それを楯無に向けようとするが、所詮は悪足掻き。安全装置を外す隙に、一瞬で距離を詰めた楯無は男の右腕、肘の辺りを思い切り強かに殴り抜く。

 

「せいッ!」

「がぁああああッ!?」

 

 肘が曲がってはいけない方向に折れ、銃を取り落とし悶える男。勝負は一瞬であった。

 

「更識流諜報術の格闘技が一つ、『関節外し』……この距離なら銃より早いわよ?」

 

(どこが関節外しだ、関節砕いてんじゃねーか!?)

 

 とツッコミを入れる余裕すらなく、男は敢え無く逮捕。呼んでおいた更識家の構成員によって速やかに連行され、本土の留置場に収容されるのであった。

 

 

「……まぁ、『詰めが甘かった』わね。『後輩』さん♪」

 

 

 この後楯無は何事も無かったかのように自らの教室へ。遅刻ではあったがそこは一夏に宣言した通り、生徒会長としての権限で有耶無耶に。まあ今回は本当に重要な仕事だったし仕方無い。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 同時刻、IS学園の敷地内にある人工林のどこか。人目に付かぬ木々の合間に身を潜める一人の女の姿があった。そして彼女の目の前には、楯無が『後輩』を捕らえるまでの一部始終がリアルタイムで映し出されている。

 

 

 と言っても、モニター等の装置が有る訳では無い。宙に浮かぶ『大きな目玉』から、立体映像として空間に投影されているのだ。

 

 

 そしてその目玉の裏側には数十本もの()()()が絡みつくように癒着し、その糸の一本一本はもう一方の末端に『小さな目玉』を備えている。それらが大きい方の目玉と共に浮遊しながらうじゃうじゃ蠢く様は、グロテスクな不気味さを漂わせる。

 ……察しの通り、この目玉は科学技術で作られた物では無いし、一般人の目に見える物でも無い。『スタンド能力』である。

 

 名を『スターゲイザー』。能力は一言で言えば『遠隔視』。予め設置した『子目玉』が見ている映像(ついでに目玉でどう聞いてるのかしらないが音声も)を、糸で繋がる『親目玉』で受信し監視できる。射程範囲は数kmから数十kmにも及び、一度設置した子目玉は本体が手元に戻すまでずっと機能する。そして子目玉の数だけ『チャンネル』があり、どの目玉から見た光景を映写するかは自由に切り替え(スイッチ)可能だ。

 現在設置中の子目玉は二個。うち一つは、大胆にも『楯無の胸元』に張り付いている。無論スタンド体なので、当の彼女は気付く素振りも見せない。

 

 

 

「―――さて。『詰めが甘かった』のはどっちかしらね……『更識』さん?」

 

 『後輩』に雇われた『先輩』役の女―――即ちこのスタンドの本体は、そう嘯いてほくそ笑む。

 とはいえ、これはもはや楯無の責任とは言いがたい。それはこの女も承知している。何しろ『この展開』になるよう仕組んだのは彼女自身なのだから。

 

 そもそもの前提として、『スタンドは一般人には見ることが出来ない』。故に、スタンド使いである彼女が何をしようが楯無には防ぎようが無いのだ。

 今回はその上更に、『後輩』という()を用意した。彼は自分が"男性復権を目論む過激派に雇われ、何も知らない女を雇い入れた"と思い込んでいるが、実際は違う。彼女こそが彼の()()()()()であったのだ。

 その目的は『保険』。自分がスタンド使いだという事は知りようも無い筈だが、相手はあの更識楯無。万が一にも『不審人物』として目を付けられてしまえば、いくらスタンド使いとはいえ尻尾を掴まれかねない。

 その為に用いたのが『後輩』だ。つまり、『学園に忍び込んだスパイのカモフラージュに利用された愚かな女』という立場こそ、彼女の施した()()()()()()()。『後輩』を意識させる事によって、本来警戒すべき『先輩』が取るに足らない存在であると錯覚させたのだ。

 

 後は簡単、隙を見てそれとなく織斑一夏に子目玉をくっつければ、後は本土でのんびり寛いでるだけで世界唯一の男性操縦者のあらゆる情報が四六時中彼女の下に届けられる。

 そのデータを男性権利団体に売るも良し、女性権利団体に売るも良し、或いは一夏がIS学園内の機密に触れる機会があれば、それも高値で各国に売却可能。何ともオイシイ話ではないか。

 

 

 

「さて、『後輩』は役目を果たしたようだし、男性操縦者君の方に『視点』を移そうかしらね……え?」

 

 暫くして、『後輩』が連行されたのを見届けた『先輩』は、一夏の方の子目玉にチャンネルを切り替え―――そして驚愕する。本来であれば教室の、校舎内の風景が映るべきであったが、そこに映っていたのは『自分自身の後ろ姿』!

 

「なっ!? これは―――!」

 

 

 

「まあ、いい作戦だったとは思うよ……『スタンド使いが相手側にも居るかもしれない』って点さえしっかり対策されていればね」

 

「っ!? アンタ、更識楯無の妹ッ!? それに……()()()()!?」

 

 背後からの声に身を翻せば、いつの間にやら忍び寄っていた青と紫の改造制服の少女。だが『先輩』にとってその派手な衣装よりも目を引いたのは、彼女に付き従う双子の人形(ドール)

 青と紫、それぞれ別色のゴシックドレスに身を包んだ『彼女達』は、明らかに自らの意思を持って動いていた。というか、紫の人形が手に持っているのは―――

 

「嘘っ、アタシの()()()ッッ!? まさか織斑一夏に付けたッ!」

 

「まあ、油断しすぎと言うか何と言うか……『詰めが甘い』んだよ、本当。私の目の前でお姉ちゃんや一夏にヘンテコな目玉を仕掛けるんだもん……一般人なら気付かなくても、同業者(スタンド使い)からすればバレバレだよ」

 

 呆れ顔で淡々と語る簪だったが、対する『先輩』の動揺はむしろ深まる一方だ。こんがらがった思考を整理する為か、この状況で今更過ぎる事実を口走る。

 

()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()!? ―――私の子目玉(スタンド)()()()()()って事は、その動く人形がアンタのスタンド!?」

 

Oui(はい). スタンド『アナザーロマン』の青の方、オルタンスです』

 

『紫の方、ヴィオレットと申します。お見知りおきを……とはいえ』

 

「貴女とはここで"サヨナラ"だから覚える必要は無いんだけどね」

 

 そう言いながら、ヴィオレットは手にしていた子目玉を力一杯握り締めた。するとスタンドからのダメージフィードバックにより、『先輩』には左手小指を思い切り(ひね)られたような感覚が走る。……地味に痛い。

 

「ぐッ……ゥゥ、き、聞いてないわよこんなの! 『更識』にスタンド使いはいない筈じゃあ無かったの!? 『無能』で有名な妹の方なんて、余り詳しく調べちゃいないけど……それでも暗部として活動してるって情報はどこにも!」

 

「うん、正しいよ。私はお姉ちゃんの過保護の所為で暗部の仕事には関われないからね。だから私が今ここに居るのは『暗部組織の更識』としてじゃあ無くて、『M()C()C()()()()()()()()()()()』としての活動。―――()()()()使()()()()()()()()()()()?」

 

 

「……MCC……『MCC』ですってぇ!?」

 

 眼前の敵を左右色違いの瞳で冷たく見据えながら、困惑する女に己の立場を表明する。

 その言葉を―――『MCC』という単語を耳にした『先輩』の頭に浮かんだのは、スタンド使い界隈で有名な(しかし今まで与太話だと思い込んでいた)或る『都市伝説』。

 

 

「き……聞いた事がある! 世界中に根を張る国際企業MCCには、秘密裏に設立された『()()()()使()()()()()()()』が存在すると……そいつらは総帥直属の秘密組織で、各地で発生する『スタンド犯罪』を取り締まる【自警団】として悪を裁いているのだと! まさかアンタが―――!」

 

「そういうこと。理解した? ならそろそろ再起不能(リタイヤ)になってもらうよ」

 

「うぐッ!?」

 

 『先輩』の驚愕がピークに達した所で、ヴィオレットは今まで捕えていた子目玉を放り投げ、それをオルタンスが殴る。『物体に運動エネルギーを与える』能力により結構な速度で打ち出された子目玉は糸で繋がる大目玉に直撃。本体にとってはどちらも自分のスタンド、自分で自分を殴り合ったような衝撃に襲われる。

 既に逃げるタイミングは逸し、だからといって戦闘向きでない『スターゲイザー』では戦っても勝ち目は無く。結局、彼女に残された手段はやぶれかぶれの特攻のみ。

 何十個もの子目玉を礫のように飛ばし、簪に対して最後の抵抗を試みる。

 

「くっ……い、いやぁああああああああああああ!!」

 

 

 ……言うまでも無く無駄な抵抗ではあったが。

 

 

 

「反射角計算完了。さあ二人とも、行っておいで!」

 

『Oui,mademoiselle.(はい、御主人様)』

 

 

 無駄に優雅な決めポーズで立つ簪をバックに、双子の拳が目玉の群れを迎え撃つ。

 

 

「―――そこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこそこぉ!!」

 

「ギニィアアアアアアアアアッ!!?」

 

 

 飛んできた目玉はヴィオレットの手で停止され、又はオルタンスの手で撃ち返される。それを大目玉にぶつけまくって本体をボコボコにすると共に、隙を見て二人同時の一撃を繰り出し一つ又一つと目玉を破壊していく。

 ラッシュを続けるうちにどんどん体中から血が噴き出し、最終的にはボロ雑巾のようになった『先輩』をズタボロの大目玉諸共にブッ飛ばし、林の奥の茂みにシュート。女はそのまま意識を手放した。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

「やれやれ……入学初日からこれかぁ。先が思いやられるなぁ……」

 

 数分後、道端の桜の木の下に置かれたベンチにて。

 MCCの仲間にメールで一報を入れ、茂みの奥で再起不能(リタイヤ)になっている『先輩』の拘束と連行を任せ一仕事終えた簪は、背凭(せもた)れに体を預けて火の付いた煙草を咥えていた。どこぞの某承太郎の影響とはいえ、もはや立派な非行少女である。

 

(今回は彼女個人の思い付きで起きた偶発的な悪事だったみたいだし、お姉ちゃんにも迷惑はかけずに済んだけど……問題は『()()()()』が動き出した場合かな。()()を相手にするとなると、流石にお姉ちゃんに何も知らせずって訳にもいかないし……)

「はぁぁー、憂鬱だなー……」

 

 煙を吐きながら溜息。できれば姉をスタンド使いの事情に巻き込みたくはないが、事前に説明しなかったらしなかったでもっとヤバイ連中に狙われるかもしれないジレンマ。世知辛い世の中だ。

 

 

(……やめやめ、今考えても仕方無いし。『あの組織』が必ずしも男性操縦者を狙っているとは限らないんだし、後の事は後で考えよう)

「……そんな事より。何か忘れてるような……?」

 

 と、最終的には問題の先送りをする事に決定。それよりも、今はもっと差し迫った用事があったような……と考えていると、屋外のスピーカーからチャイムの音が流れてきた。……()()()()

 

 

「……ああっ遅刻だぁ!?」

 

「ああ、遅刻だな……で、学生が煙草など吸って何をしているんだ? 更識妹」

 

「うぇぇえいッ!? 織斑先生ェェ!?」

 

 学生たる己の境遇を思い出した所でダブルショック! 通りすがりの学年主任(ブリュンヒルデ)の登場だ!

 変な声が出てしまったのも仕方無いだろう、だって怖いもん。凄絶な笑顔で殺気を向けてくるんだもん。既に出席簿アタックの構えを取って粛清準備万端なんだもん。出席簿アタックは鋼塊をも凹ませるという噂だし……むしろ壊れない出席簿がすげぇ。

 

「貴様には『説教』が必要なようだな……何、あまり痛みは感じないから安心しろ」

 

「あっ痛覚が麻痺するまで折檻される奴だこれ……お、お手柔らかに……ぅぅ」

 

 世界最強・織斑千冬とはいえ非スタンド使い(いっぱんじん)。スタンド絡みの事情を説明する訳にも行かず、彼女はコッテリ絞られ『入学初日に遅刻して煙草吸ってた問題児』というレッテルを貼られる羽目になるのだった(本人的には不良のレッテル≒学生時代の承太郎さんなので満更でもないが)。

 

 

 

 ―――結局の所、更識簪も十分『()()()()()()()』のでした。ちゃんちゃん。

 

 

 

 ……To Be Continued→




 ご無沙汰です。某所で別名義でオリ小説書いてました。まだ一話だけだけど。何かオリ小説だと途端に筆が遅くなる気がする……と思ったけど、よく考えたら遅筆は元からだったわ。なら良し。



 さて、漸くIS学園編開始です。次回が何ヶ月後になるかは未定ですが、とりあえずIS二次SSの宿命として、一夏君とセシリア嬢との決闘イベントは避けては通れない道。
 とりあえずクラス代表決定戦とやらが終わるまでは原作通りに原作沿いな原作展開が続くと思われます。暫く出番薄いってよ、簪ちゃん。

   ※   ※   ※

 はい、今回のスタンド紹介コーナー。

『スターゲイザー』―――本体:『先輩』(仮名)
【破壊力:E/スピード:E/射程距離:A/持続力:A/精密動作性:C/成長性:D】
能力―――『子目玉』で撮影した映像・音声を、『親目玉』が受け取りリアルタイムに再生する。
子目玉は数十個存在し、本体の意思一つでチャンネルを変えられる他、ある程度自由に動かせる。
射程と持続力は高性能な反面、戦闘では丸っきり役に立たない諜報専門スタンド。
余談だが、子目玉は本体が『指を差す』動作をすると、その先に設置される。


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剣士 vs(たい) 銃士 その1

(三行で分かる前回のジョジョライブ!)
虐められてたおじさんを助けたらスパイだった、虐めてた方もスパイだった。
よく見ると一夏君は会長に任せただけで何も助けてないのは秘密だぞ!
実は更識姉妹は(裏事情込みで)無視する気満々だったから実質一夏が助けたようなもんだぞ!

   ※   ※   ※

予定通りに暫く原作沿い展開。いや原作知らんけど。
つまり今回、簪さん出番無し。すまんな、これも全部一夏って男の所為なんだ。


 見渡す限りの女、女。女学生の視線が突き刺さる、ここは1年1組の教室。

 これから級友となる彼女達の視線を真正面から受け止めて、教壇に立った一夏の頭の中は凄まじい勢いで漂白されつつあった。

 

(……やっべ、自己紹介って何話せばいいんだ!? 皆の期待の視線が痛すぎる!!)

 

 既に沈黙したまま約一分が経過している。時が経つほど皆の期待も高まっていくのを感じるが、それに反して思考はますます真っ白に。だが何か思いつかない限り、どんどん時間は過ぎていく。……これが負のスパイラルである。

 とはいえ、このまま何も喋らず席に戻る訳にもいかない。最低限、自己紹介としての体裁だけは整えなくては―――という思いから、やっとこ声を絞り出す。

 

「お、織斑一夏です! ……あー、よろしくお願いします! …………」

 

 とりあえず名前を言ってみた。次いでよろしくお願いしてみた。

 本人的にはこれで十分健闘した、というか精一杯を出し切ったつもりだったが、当然聴衆からすればこれでは全然足りない。『まだ何かある筈だよね?』という無言の圧力の高まりを感じ、彼は更にハードルを上げてしまった事に気付いたが、もうどうしようもない。

 やがて次の一言への期待が最高潮に達した時、彼は遂に意を決し、口を開く。

 

 

 

「……以上です!」

 

 期待など裏切ってナンボと言わんばかりの清々しい開き直りに、全員がズッコケた。それを見届けた一夏は、何故か誇らしげな顔で教壇を下りようとし―――直後、頭部を殴打される。

 

「あだっ!?」

 

「全く……自己紹介もマトモにできんのか、貴様は」

 

 不出来な生徒(おとうと)に激烈なツッコミを入れたのは、世界最強の教師(あね)。颯爽と教室に現れると同時に一夏の頭を謎材質な出席簿(鉄より固い)で居合い抜いた早業は、正しく神速。

 間違っても家族に放って良い一撃では無かったし、もっと言うなら生身の人間に放って良い一撃でも無かった。頭を押さえたまま、呻き声すら出す余裕無く地面に転がる彼の姿を見て、この教室の全生徒が戦慄と共に理解する―――このクラスの支配者はこの人なのだと。

 

 やがて痛みが引いてきたのか、ゆらりと立ち上がった一夏。突然の激痛に苛まれ我が身に何が起こったのかすら分からず悶えていた彼も、隣に立つ姉の姿を見て全てを悟る。

 

「げぇっ、……………………」

 

 

「……間が長い!」

 

「ぐげぇっ!?」

 

 暫しの沈黙を挟み、まさかの二撃目。教室の誰もが『あ、死んだ』と思う程のクリティカルヒット。だが長年しばかれ続け、すっかり慣れてしまった彼にとって、この程度なら致命傷には程遠い。千冬だってそれが分かっているからこそ殺人級の一撃を放ったのだ。これぞ姉弟の厚い信頼関係である。多分。

 そんな訳で、その場に倒れ伏し痙攣しながらも傷一つ無いタフな一夏。しかし実の姉からは厳しい叱責が浴びせられる。

 

「言いたい事があるなら一息で言い切らんか、馬鹿者」

 

「い、いや……そういえば関羽ネタは入学式の壇上で生徒会長(あのシスコン)がやってたな、と……」

 

「なら他のネタに差し替えろ、咄嗟の判断でもそれくらい出来るだろう」

 

「いや、他のネタっても、どれも既に使われてる気がして……(どこかの並行世界(他の二次創作)の自分に)」

 

「それこそ(書き手の)個性の見せ所だろうに、全く……創意工夫が足りんな」

 

 ……誰に対する何の批判かはさておき、数多の並行世界(他作者のSS)の一夏は自己紹介後、千冬の登場シーンで大喜利を行うことが義務付けられているのだ。そりゃあそろそろネタ切れにもなる。つまり一夏君の言い分は一厘の隙も無く完膚無きまでに正しい、この擁護には絶対の正当性があるだろう。

 

 

 

「ともかくお前は席に戻れ……ああ、遅くなって悪かったな山田先生。職員会議が長引いた挙句、教室に向かう途中で『問題児』に制裁を……と、この話は後だな」

 

 オホン、と咳払いを一つ、一夏を着席させた千冬は教壇からクラス全体を見下ろし、改めて口を開く。

 

「―――諸君、私がこのクラスの担任になった織斑千冬だ。私がお前達を導く以上、『落第』はありえない。お前達に『諦め』は許されない。これは別に"戦って必ず勝て、絶対に負けるな"などという無理難題を言っているのではない、精神(こころ)の在り方の話だ」

 

 その威、その圧は正しく『世界最強』。これが世界の頂点に君臨した女のカリスマか、さっきまで弟と姉弟漫才をやっていたとは思えない程の威厳を以て教室の空気を塗り替える。

 

「私が操縦技術・戦闘技能の全てを叩き込めば、お前達は一流のISパイロットになる。それは当たり前だ(私が稽古を付けるのだからな)―――()()()()()()()。『意志』無き力など所詮『暴力』に過ぎん。力とは『正しき心』によって行使されて初めて『武』と呼べるものになり、そして同量の『暴力』と『武』が衝突すれば必ず『武』が勝る。それは太陽が毎朝大地を照らすのと同じくらい明白な世の理というヤツだ」

 

 淡々と粛々と、裁判長が被告に対して判決文を読むかのように淀みなく、予め用意していたであろう長台詞を読み上げる千冬。だがその語り口調は冷然としながらも、言葉の節々から滲み出る凄みによって彼女の熱意が伝わってくる。

 

「いいか、『武』とは『正義の為に振るわれる力』だ。そして重要なのは―――教師として問題ある発言と自覚するが―――この場合の正義は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。武に求められる正義とは『自分自身が正しいと信じられる道を歩む』事ッ! 揺ぎ無い実力と曇り無い精神を併せ持ってこそ『真の強さ』となる……故に!」

 

 教壇に拳が振り下ろされる。教室中に響く鈍い音と共に、千冬から放たれる威圧感(プレッシャー)が倍増する……今まではこれでも抑え気味だったらしい。全員が緊張に体を縮こまらせた一拍後、生徒達をまっすぐに見据える教師が毅然と告げる。

 

教師(わたし)生徒(きさまら)に教えるのは二つ。『心身共に挫けぬ強さ』と『倫理道徳に(もと)らぬ正道』だ。このクラスでは私が規範であり模範となる。貴様等は私の命令には絶対服従、口答えなど認めん。私に従う限り、将来の進路はどうあれ輝かしい未来を約束しよう。逆らうというのなら……己が武を以て示して見せろ。我が武の全てで試してやろう―――私からは以上だ」

 

 

 

 

 

『き……きゃああああああああああああああああああ!!!』

 

 語り終え、静寂が訪れたのはほんの一瞬。直後、雷鳴のような歓声が教室を震わせる。いわゆる『黄色い悲鳴』という奴だ。

 

「千冬様! 本物の千冬様よ! 初めて見たぁ!」

「余りの急展開&長台詞で反応遅れた悔しい!」

「千冬お姉様私です! 結婚してください!」

「ちくわ大明神」

「流石世界最強(ブリュンヒルデ)! 私達に出来ない演説を平然とやってのける!」

「そこに痺れる! 憧れるゥ!」

 

 

「……今年もまたこんな感じか……いや、例年より酷くないか? 私の所信表明を聞いた上で()()だろう? ……まぁ、良くも悪くもブレない連中だな。その点は評価せんでもないが」

 

 女子生徒達の混声大合唱を聞き流しつつ溜息を吐く。やかましいし鬱陶(うっおと)しいが、もはや毎年の恒例行事なので慣れているのだ。諦めているとも言うが。

 だが同時に、世界最強を前にしても気圧されず、ここまで騒ぐ事ができる生徒達の活きの良さには感心もしている。これは教え甲斐がありそうだ―――なんて思って微笑を浮かべる織斑千冬は、やはり間違いなく『教師』の器なのだろう。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 まあその後は特段語る事も無い。

 どこかのクラスでは入学直後に抜き打ちテストとかいう前衛的な企画があったらしいが、このクラスのカリキュラムを組んだのは副担任の山田真耶先生。

 ISパイロットとしても教師としても『基礎に忠実』である事を旨とし、徹底して基本を重視する彼女がそんな変則的なスケジュールを組む筈も無く、ごく一般的な入学後の諸注意やガイダンスなどを終えて、休憩時間に入る。

 

「……にしても、驚いたぜ……まさか千冬姉がこんな所で教師やってたなんて……」

 

 自席で(ひと)()ちる一夏。本人が聞いていれば「学校では『織斑先生』と呼べ」とかいう叱責と共に出席簿が飛んで来た事だろうが、彼女は今必要な書類を取りに職員室へ戻っている。セーフ。

 

 それはともかく、今の一夏は実の姉が自身の『担任』だったという衝撃の事実に頭がいっぱいで、周りが見えていなかった。いや、見えなくて良かったのかもしれないが。

 彼は先程にも増して好奇の視線を集めていた。具体的にはクラス中の女子……いや、他クラスや他学年から駆けつけた女子も含めた大観衆が雲霞の如く押し押せて彼の一挙手一投足を舐めるように見つめている。針の筵のように視線が突き刺さる暴力的なまでの注目度。気付いてしまえば謎のプレッシャーで寿命が縮む事請け合いだ。彼の鈍感さがプラスに働いた珍例である。

 しかしその一方、誰一人として彼に話しかけようという者は現れない。いや話しかけようとしている女子も居るのだが、彼女達とてたった一人の男子相手に真っ先に話しかけに行くのは少々気恥ずかしかったのだろう。ちょっと躊躇した隙に彼を囲むように人が集まってしまい、今度はお互い牽制しあって誰一人前に出る事ができなくなった。

 その結果、一人姉への思索に耽って気も虚ろな少年とそれを完全包囲する有象無象の女子の群れ、という布陣が完成したのである。

 

 

 ……さて。暫くはそんな状態が続くかと思われたが、ここで人垣を掻き分けて一夏に近付く影があった。

 長い黒髪を真紅のリボンでポニーテールに結んだその少女は、他の女子が虎視眈々と一夏に近付く機会を窺っているのを押し退けて人垣から抜ける。当然皆の注視が一身に突き刺さるも、一顧だにせず真っ直ぐに進む様はまるで殿中を歩む侍のように威風堂々。

 一番槍を目論んでいたであろう者達の羨むような視線や、単純に男子の動向を見守っていたその他大勢が向ける期待に溢れた眼差しなどを全て無視し、やがて一夏のすぐ後ろまで歩み寄った彼女は徐に口を開いた。

 

 

「ちょっと―――」

「ちょっとよろしくて?」

 

 ……口を開いた瞬間、別の声が彼女の声を上書きした。

 その声の持つ威圧感……自分の事を『上に立つ者』だと信じきっている者特有の自信に満ち溢れた声音に気圧されたのか、気付いた一夏がハッと声のした方に顔を向ければ、その周辺の人波もモーセが紅海を割るが如くザッと退く。

 

 そこに立っていたのは一人の白人美少女。片手を腰に当て値踏みするように一夏を眺めている。

 着込む制服にはシャラシャラ輝く煌びやかな宝石飾りの数々や華美なリボンが取り付けられ、また裾や袖口は上品なレースのフリルで気品有る趣に仕上がっていた。そんな服装と言い、特徴的な縦ロールの金髪といい、正に市井の人間がイメージする『貴族令嬢』そのもの。

 容姿も態度も尊大そのものではあるが、それでも嫌味な雰囲気は一切感じられない。それは彼女にとって"そのように在る事"が自然体なのだと、本人含めた全員が認識しているから。これが上流階級出身者のカリスマなのか、その場の全員が一目で悟ったのだ。『この少女は人の上に立つべき人物だ』と。

 

 誰もが静かに見守る中、この麗しきお嬢様は一歩一歩優雅な足取りで一夏へと近付いていき、そして彼の目の前で立ち止まる。

 ふわりと香った花の香のような匂いは、恐らく彼女の付けている香水だろうか、全く知識の無い一夏でも少し嗅いだだけで一般人(パンピー)には手が届かない最高級品だと分かるほど高貴なフレグランス。それは清雅な少女をこれ以上なく引き立てており、『そもそも女性に興味があるかすら怪しい』と友人達の間で噂の超鈍感朴念仁織斑一夏も、これには少しクラッときそうになった(きそうなだけで実際クラッとこない辺りが朴念仁たる所以である)。

 暫し無言で視線を交わし合う美男美女。その光景は一枚の絵画のように大層美しく、彼らを囲う群集の其処彼処(そこかしこ)から溜息が漏れる。先程まで『我こそが』と一夏に興味深々だった者達も、今の彼らを邪魔する気にはなれなかった。

 

 ……既に現在進行形でこの一枚絵の邪魔になってる少女が一人、一夏の背後で所在無さげに立ち尽くしていたが。流石に今は割って入れる雰囲気では無いと空気を呼んだのか、目の前の令嬢を一睨みしてからすごすごと後退して人垣の中へと帰っていったのであった。

 なお向かい合う二人はお互いに意識が向いていたので、最初から最後まで後ろに居た少女の事は気付いてすらいなかった模様。

 

 

 

 

 一夏が謎の緊迫感に圧されて口を利けずにいる間、ずっと彼の事を見定めるかのように観察していた少女だったが、やがてふっと小さく息を吐くと呟いた。

 

「……まあ、及第点と言ったところでしょうか」

 

「……へ? えっ……と、それってどういう……」

 

「雰囲気で分かりますわ。貴方は人畜無害な一般人、『世界最強』を姉に持つといえども、()()()()()()()。貴方自身には世界に通用するような才能も無ければ個性も無い、実に平凡な一市民……本来この学園に居る事すら烏滸がましい凡夫。違いまして?」

 

「っ……!」

 

 上から見下すように吐き出される言葉。明らかな侮辱の意を孕んだそれに抗弁しようとするも、確かにその通りなのでぐうの音も出ない。

 彼の姉は超人であり偉人だ。世界最強のIS操縦者である事を実績で示し、世界からそれを認められている。しかしだからといって、弟の一夏まで特別な存在であるという事は無い。強いて言うなら剣道には少し心得があるが、それも常人の枠は出ず、精々県大会で何とか優勝できる、というレベル……つまり日本国内だけで見ても同格が47人居る計算だ。全然特別では無い。

 仮に特別な価値があるとすれば、それは『唯一の男性操縦者』としての価値であり、『織斑千冬の弟』としての価値。どうあがいても『彼自身の人間的部分』には世界が飛びつくような価値は見当たらないのである。

 

「ですが、まあ、たまたま偶然ISを動かしてしまっただけのド素人なのですから、今は何の覇気も感じなくて当然。ならば()()に手を差し伸べるのは()()として当然の事と(わたくし)は考えますわ」

 

 どうしようもない悔しさを覚える一夏の内心を知ってか知らずか、尊大に高慢に胸を張りながら、彼女は見下すような微笑みを浮かべて手を差し伸べる。

 

「ですから、この手を取りなさいな、男性操縦者。この(わたくし)、入試首席にしてイギリス代表候補のセシリア・オルコットを師と仰ぎ(こうべ)を垂れるならば、特別に面倒を見て差し上げても良くってよ?」

 

『…………!』

 

 俄かにざわつく教室の空気。

 

 衆人環視の中、唯一の男子に対し抜け駆けで唾を付けようというのだから皆が驚くのも無理はない。……惚れた腫れたの下世話な話では無くて、『イギリスの代表候補生』が世界に先駆けて唯一の男性操縦者に接触した、という意味で。

 飽くまで『生徒同士の自由な交流』である。『あらゆる国家から干渉を受けない』というIS学園の規則には反しない―――という抜け道だ。

 無論、この事自体は然程問題でも無い。世界各国どの国も生徒を使って彼に接触を図るのは遅かれ早かれ確定だろうし、学園側としても織り込み済みの予定調和。無理に接触を禁じて暴走されるよりは、法の抜け道を使った『節度ある交流』で満足して頂こう、という腹積もり。

 

 だがこの場合、皆が驚愕したのはイギリスの手の早さ! 他の留学生の内の幾人かも、織斑一夏と交流を深めるよう本国政府から要請されている事だろう。だがそういう者達ほど逆に慎重になるものだ。

 何しろマイナスの印象を抱かれては元も子もない。故に、彼女らの共通認識として"入学後数日は様子見だろう"と思い込んでいたのである。

 

 ところがどっこい、入学直後、唯一の男子に真っ先に向かって行ったのは裏の無い一般生徒でなく、明らかに国家の密命を受けたであろう『代表候補生』。皆に緊張が走るのも道理。

 何のしがらみも無い生徒達はともかく、多少なりとも国の命令を受けている者達は必死に思考を巡らせ始める。

 

(イギリスは何のつもり? この状況では悪目立ちするだけでデメリットの方が大きいのに)

(確実に織斑君と親密になる自信があるの? ……あの高圧的な態度で? 無いわー)

(それともブラフ? 本命は別で、他国を牽制する為の囮? ()()セシリア・オルコットが?)

(或いは……『独断』、か? 彼女には()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 ―――と、誰もが固唾を飲んで見守ったのはほんの数秒。僅かな思案の後、一夏が返答する。

 

「……いや、遠慮しとく。俺の事を侮って下に見るような人に教えてもらう事なんか無い」

 

「あら、別に侮蔑のつもりはありませんわ。『私が上、貴方が下』というのは客観的に実力を比較した結論としての事実。故に私が貴方を憐れみ慈悲を与えるのも真っ当な道理。それが悔しいのなら尚のこと、私に師事して実力を得る(ルート)をお勧め致しますが?」

 

()()()()だ。俺にだって男としての意地がある。憐れみも慈悲もいらないし、教えも受けない。()()()()()()()。誰に頼らなくともいつか絶対、他の誰でもない俺自身の実力で()()()()()()!」

 

「……大きく出ましたわね。代表候補生である私を相手に。『見返してやる』と? 『男の意地』などという、夏の空に浮かぶ綿菓子みたいな白雲なんかよりフワフワした動機で。……私の提案を蹴ってまで? ―――感情論以外、何の利益も無いのに?」

 

「ああ。男に二言はない。『下に見られてカチンと来た』、だから()()()()。……要するにムカついたから反発するだけだ。俺自身馬鹿だとは思うけど、撤回する気は無いぜ」

 

 ここで迷い無く感情任せに身の振り方を決められるのが、織斑一夏という男の長所であり短所である。良く言えば死ぬほど素直で前向き、悪く言えば考え無しで無鉄砲。おまけに直情的。

 これを今の世に忘れられがちな男らしさと称えるか、現実の見えていない愚かさと呆れるかは人それぞれだろう。男子に飢えた女子高生である観衆の中では前者が多数派のようだが。

 

 一方、一夏の真っ直ぐな視線を受けとめたセシリアは、自分の提案を無碍にした彼の答えを聞いて―――満足気に笑みを深めた。

 

 

「ええ、ええ。そうですか。そう来ますのね……愚かですわね。無謀にも程があります。けれどもその愚かな無謀、『嫌いじゃあありません』わ。Mr.織斑」

 

「……は?」

 

 思わず間の抜けた声が漏れる。

 

「本来は感情を抑え私の提案に乗るのが賢い行いでしょう。それはそれで評価できますが……卑屈な己を許さず、自尊が為に敢えて利を捨てる精神! 愚かとはいえ(たっと)き志……先ず私の敵手たる資格はある。それでこそ『()()』した甲斐があるというものです。ふふ、これ見よがしに過ぎたかも知れませんが」

 

 やたら上機嫌に聞かれてもいない事を語るセシリア嬢。対して困惑を隠せず、目を点にしたのは一夏のみならずその場の観客達全員。彼女の今の言葉をそのまま受け取るなら、それはつまり。

 

「えっと……オルコット、さん? もしかして、わざと俺に喧嘩売るような真似を……?」

 

「ええ、まあ。私に挑んでくる気概があったら良いな、と期待を込めて侮辱させて頂きました。別に普通に交友関係を築いても良かったのですが……それだと()()()()()()()()()()()()()

 

「つ、つまらない……?」

 

 あまりにもあんまりな言い草である。世界唯一の希少人物を前に、イギリスは何をトチ狂った事を考えてるのか―――と誰もが戸惑っていると、セシリア本人の口から「いえ、国は関係ありませんわ」と訂正が入る。

 

「確かに『唯一の男性操縦者と交流を図れ』と命じられはしましたが、別に『友好的に交流せよ』とは限定されませんでしたので。なら『敵対的に交流』した方が()()()()()でしょう? イギリス髄一の天才美少女ISパイロットであるこの私セシリア・オルコットが、"世界最強の弟である世界唯一の男子"と反目! 交戦! 華麗に勝利! 世界中の注目が私に集まりますわ!」

 

 ……彼女に政府の命令を伝達した担当官は叫ぶだろう。『そういう意味じゃない』と。

 だが彼女は明らかに分かっててやっている。暗黙の共通認識を悪用して、極個人的な目的の為に言葉の裏をかいたのだ。担当官涙目である。

 

 

「そう、私は『目立ちたい』のですわ! 世界中に発信し、世界中に知らしめたいのです! この私、セシリア・オルコットの勇姿をッ!! ()()()()()()!!」

 

 自分の台詞に酔い痴れるように、大仰な身振りを交えて叫ぶセシリア。ともすれば滑稽な光景にもなり得るが、彼女自身の高貴な雰囲気と端麗な容姿、そして言葉に込められた熱量が絡み合い、まるでミュージカルのワンシーンのように不思議と様になっている。

 

 

 ……さて、言いたい事を全て言い切った様子で満足げにドヤ顔決めるセシリアと、どういう反応をすればいいのか分からず呆然とする一夏、そして静かに見守る他無い観衆。全員が動きを止めて静寂が訪れたのも一瞬、響き渡ったチャイムは次の時限の始まりを知らせる予鈴。

 

「あら、もう先生がいらっしゃいますわね。早く席に戻らないと……ともあれ織斑さん、貴方からの素敵な挑戦、しかと承りましたわ」

 

「えっあっ、ちょっ!?」

 

 やりたい放題やるだけやって、さっさと自分の席へと帰っていくセシリア。彼女以外の全員が理解する、彼女は代表候補生の名に恥じぬ大物だと。ついでに色物だと。

 

「……何だったんだよ、一体……」

 

 取り残された一夏から漏れた呟きは、皆の総意だった。頑張れ一夏、君の前途は多難だぞ!

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 その後、山田先生による分かりやすい授業―――とはいえ初日なので、入試問題レベルのIS業界の基礎知識を復習しただけだが―――を終えて次の休み時間。

 

「分からん……全く分からん……」

 

 一人だけ授業に付いて行けず頭を抱えているのは勿論織斑一夏君15歳。特殊な事情による入学なので入試は自動合格だったのである。

 更に姉の方針により今までISの知識に一切触れてこなかったから、どんな初歩的な説明でも専門用語が出た瞬間にちんぷんかんぷん。ついでに言うと入学前に配布された電話帳程の厚さがある参考書は、厚さの通り電話帳と間違えて捨てた。

 ……特に最後のが決め手となって、先の授業では理解度0%という醜態を見せたのであった。

 

 

 なお、参考書誤捨事件を知った織斑先生から殺人出席簿が飛びかける場面もあったが。

 

『だって千冬姉の部屋に置かれてたし、ゴミの山に埋もれて見分けが―――』

『分かった一夏、この話はやめよう、この場は引き分け(イーヴン)だ』

 

 という姉弟の攻防の末に制裁は免れた。世界最強のお部屋は汚部屋なのである。

 

 

 

「ちょっといいか?」

 

「へ? ……え?」

 

 さて、そんな折に掛けられる声。振り向いた一夏は、その主を思わず二度見する。……久しく会っていなかったが、確かに見知った顔だ。

 一夏は気付いていなかったが、彼女こそ前の休み時間にセシリアに先を越されたポニーテールの少女。今度こそはと再び人垣を抜け出て、漸く目当ての相手との会話に漕ぎ着けたのだ。よく見ると一夏に気付かれないよう小さくガッツポーズ取ってる。

 

「あ……っと、ほ―――」

 

「まあ待て一夏、ここじゃあ何だ。屋上へ行くぞ」

 

「えっちょ、ちょっと待て!?」

 

 口を開きかけた一夏を制し、周囲の人だかりを煩わしいと言わんばかりに()め付けると、教室の外に向かってひらりと踵を返す。……一夏の手を握り締めて。『屋上へ行くぞ』とは、『これから一緒に屋上へ行こう』という誘いではなく『これから屋上へ連行するぞ』という宣言である。

 本人の意思を確認するまでもなく引き摺られるままの一夏は、好奇と羨望の眼差しを送る人波を一直線に突っ切る少女に連れられ教室を出て行ったのだった。

 

 ……一人の貴族令嬢が険しい目つきで一部始終を眺めていた事に、気付いた者は誰もいない。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「さて、改めて……久しぶりだな、一夏」

 

「お、おう……6年ぶりだな、箒。……だよな?」

 

「なんで自信無さげなんだ……」

 

 校舎の屋上に二人きり。目に見える範囲の邪魔者がいなくなり、一夏に向き直って挨拶を交わした少女の名は篠ノ之箒。6年前まで同じ小学校に通っていた幼馴染であり、ISを発明した天才科学者・篠ノ之束の妹でもある。

 

「いや、その……」

 

「まあいい……そういえば一夏、風の噂で聞いたぞ。お前、剣道続けてるらしいじゃあないか」

 

「えっ? ああ、まあ、続けてるというか再開したというか……一度やめたんだけど、4年前にドイツで色々あって。それで、最低限自分の身を守れる程度の強さは持ちたいと思ってさ。箒の方こそどうなんだ、剣道で活躍してるって噂は聞かないけど」

 

「…………私の方はまあ、色々込み入った事情があってな。大会などには出る暇が無かったんだ。……無論、剣を捨てた訳では無いぞ? 公の場で腕を振るう機会に恵まれずとも、鍛錬は続けてたからな。剣筋はあの頃より更に冴え渡り、白刃一閃紫電の奔るが如く、だ」

 

 会うのは久しぶりだろうともそこは幼馴染、互いに共通の話題である剣道トークを通じて既に往年の親しさを取り戻したように見える。……ちらちらと落ち着かない様子で箒の姿を見遣る一夏の挙動不審を除けば。

 

「……あのさ、箒。その―――」

 

「ああそうだ、大会といえば一夏お前、昨年は県大会で優勝したと聞き及んでいるぞ。全国大会に出場しなかったのは解せんが、とにかくおめでとう」

 

「あ……ああ、ありがとう。……全国大会は、その……道に迷っていつの間にか北九州に……」

 

「なるほど、阿呆だな。方向音痴は相変わらずか……いや酷くなってないか? 東北だったろう、去年の開催地」

 

「返す言葉も……じゃなくて箒ッ!」

 

「―――と、突然何だ!?」

 

「その、さ……えっと、一つ質問があるんだが!!」

 

 久方ぶりの馬鹿話に花を咲かせていた箒だったが、突如としてそれを遮った一夏。暫し逡巡するような素振りを見せたが、やがて覚悟を決めたのか意を決して問い質す……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「その『()()』は一体何なんだよ!?」

 

「『服装』?」

 

 そう問われ、どこかおかしな点があったかと自らの制服に視線を向ける。

 それはIS学園から支給された、ごく普通の学生服。白を基調とし黒と赤のアクセントが映える、シンプル且つモダンな制服。同年代の女子と比べて少々発育の良い体型に合わせて胸の部分は少しゆったり目に改造され、また剣を嗜み常日頃活発に動き回る事も考慮してスカートではなくパンツタイプ……一夏と同じズボン型の制服に変更しているが、それだけだ。際立って変に思える部分は一つも無い。

 

 

 そして()()()()()()()()()()のは、足首辺りまで丈がある厚手のロングコート。暗めの赤地を背景に、金色の桜吹雪が所狭しと刺繍されている。前のボタンは全開にしている代わりに、腰の部分に市松模様の風流なベルトを2本ほど。コートの上から巻いて留めている形だ。全体的な見た目としては、典雅な紋柄や箒自身の風格も相俟(あいま)って、まるで着物のような雰囲気である。

 

 

「うむ、どこもおかしな点は無い普通の制服だと思うが?」

 

()()()()()()!? ()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 箒としては何一つ違和感の無い一般的な制服のつもりだったが、どうやら一夏からすれば制服の上に着ているコートが明らかにおかしく見えるらしい。まあその辺りは個々人の主観による部分も大きいだろうと、箒は一言説明を重ねる事にした。

 

「なに、ただの改造制服だ。ここIS学園では、生徒一人ひとりの個性に合わせて制服を改造する事が認められているからな」

 

「いや認められねーよ!? 制服の改造が認められてたとして制服と別に上着を付け足すのは改造の範疇じゃあ無いだろ!?」

 

「改造制服の範疇だぞ。学年主任(千冬さん)を通じて学園の許可も取得済みだ」

 

「マジか千冬姉! 何でこれに許可出るんだこの学園!? 自由過ぎんだろ!!」

 

 錯乱したかのように叫ぶ一夏だったが、何一つ間違った事を言っていない箒としてはきょとんと眺めるしか無い。何を騒いでいるんだこの男は、と。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

「……落ち着いたか? 一夏」

 

「……百歩譲ってッ!!」

 

「お、おう!?」

 

 叫ぶだけ叫び、やがて一旦は落ち着いたかに見えた一夏だったが、まだ何か言い足りないらしい。宥めに入った箒の腰を指さし再び声を荒げる。

 

「百歩譲ってッ、そのコートは改造制服だとしてッ! その腰に着けてる『ソレ』は何だッ!?」

 

「『ソレ』……って、()()か?」

 

 一夏が指摘したのは彼女の腰元、左脇の辺りに佩いている―――()()()()()()

 

 

「……お前にはこれが()()()以外の何かに見えるのか?」

 

「そーだよな日本刀だよな何で学生が帯刀してんの!? 銃刀法違反って知ってるか!?」

 

「いやぁ……そんなこと言われても、これが私の『専用機』の『待機形態』だからな。おいそれと手放す訳にはいかんし、そっちの方が問題だろう?」

 

「た、待機形態……だからって……だからってさぁぁぁぁ!!」

 

 ―――ISの待機形態、即ち非使用時のISを持ち歩く為に本体を量子化してアクセサリーの形とした携帯用モード。

 日本刀がアクセサリーの部類に含まれるのかはさておいて、世界に467機しか存在しないIS(使い方によっては核兵器以上の危険物)を目の見えない所に放置する愚こそ避けるべきだ。……ぐうの音も出ない程に正論である。

 

「でも……だけど! いくら模造刀みたいなモンだからって―――」

 

「案ずるな、鈍らでは無いぞ。ちゃんと人も斬れる」

 

「そこは誰も心配してねぇよ!! つーかむしろ心配増したわ!!」

 

「ちゃんと学園からも許可下りてるぞ?」

 

「もうやだこの学園おうち帰るぅぅぅぅ!!」

 

 涙目で喚く一夏だが、悲しいかな彼は世界中から狙われる身。そんな簡単に家には帰れないのである。諦めて順応するしか無いのだ。慣れるしか無いのだ。真剣を佩いた幼馴染が居る日常に。

 ……まあ考えようによっては千冬(あね)の出席簿の方が真剣なんかより遥かに殺人的だし、それと比べればマシな方だと思えば許容範囲じゃないかな。そう思って耐えるんだ一夏君。頑張れ。

 

 

 

「……さて、そろそろチャイムも鳴りそうだし、教室へ戻るとするか。……雑談ばかりで『本題』に入れなかったのは痛い所だが、……ま、どうせ話せなかったろうしな」

 

 ちらりと屋上への出入り口へと目を遣りながら呟くが、一夏は未だ呆然自失。付いてくる気配は無い。どうしたものかと頭を掻くが、遅刻すれば織斑先生直々の『お叱り』が待っている。一夏に念仏を唱えつつ、箒は一人先に立ち去ったのだった。

 

 

 

 ※ちなみに一夏はこの後チャイムの音と共に復活。慌てて教室へ急いだが、道に迷った末に道中で千冬と鉢合わせて、一撃でKOされたそうな。

 

 

 ……To Be Continued→




ほら、原作沿いだけど原作読んだこと無いから(震え声)
貴方の知る原作と大きく異なる部分があったとしても、それは幻覚です。ホワイトスネイクが見せる幻覚。すぐに目覚めないと溶けてDISCが奪われる事でしょう。

次回で決闘まで行けるかな……行けたらいいな……


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剣士 vs(たい) 銃士 その2

2019年は更新しなかったので初投稿です。


ワイ原作未読やで? 一夏君や箒さんすらキャラクター掴めてへんくて性格改変のゴリ押しやのに、モブ女子とか分かる訳無いやん……

という訳で、1組モブ女子の皆様は名前だけ借りたオリキャラでお送りします。
とりま本ssにおける相川さん・谷本さん・鷹月さんの雑な設定メモを置いときます。
なお私にとっては顔と名前が一致しない程度には見知らぬ人達です。

   ※   ※   ※

相川清香 快活エネルギッシュな元気っ子。身体能力に自信ネキ。属性は熱血。
谷本癒子 ツッコミ体質。時々毒舌。基本的には優しい良い子。属性は冷静。
鷹月静寐 ですます口調。育ちの良さが滲み出る。地元の名家出身。属性は天然。


「しんどい……想像以上にしんどい……」

 

 色々……本当に色々あったIS学園生活初日、その放課後。織斑一夏は真っ白に燃え尽きていた。異性からの容赦無い好奇の視線によるプレッシャーもあるが、それ以上に辛いのは授業に付いて行けない事だ。

 IS学園の入学者に向けて行われる授業なのだから、その内容は当然ISに関する基礎知識を持っている事が前提である。然るに一夏は、これまでISについて全く勉強してこなかったどころか、ISから遠ざけたかった姉の教育方針により世間一般並みの知識すら危うい。授業内容が理解できないのも当たり前である。

 しかしだからと言って、泣き言は言っていられない。英国代表候補のセシリア・オルコットを相手に「見返してやる」などと大口を叩いてしまったのだ、この程度で音を上げる姿など見せられない―――見せてたまるものか! と、気合いを入れ直し己を奮い立たせる。ここで心が弱きに流れるで無く、むしろ逆境の中でこそ大きく羽ばたける点は間違いなく彼の長所であった。

 

 

「あ、織斑君! 丁度良かった、まだ教室に残っててくれたんですね!」

 

「―――山田先生? 俺に何か用事ですか?」

 

 一人物思いに耽っていた所で、教室に入って来た山田先生から声をかけられる。物腰柔らかな小動物系童顔教師と評判の山田先生の存在は、既に彼にとって一種の癒しとなりつつあった。というか、他の人物が余りに精神的負担過ぎて彼女以外に拠り所が無いのである。

 周囲を取り巻きヒソヒソと有る事無い事噂しながら不躾な視線を浴びせて来る有象無象の女子高生達―――は別に良い。立場上仕方の無い事だし、その内慣れる。てか慣れた。

 だが問題はそれ以外の、やたら『濃い』連中の事だ。ロマン厨少女(かんざし)はまだマシな方、変人シスコン生徒会長(たてなし)を筆頭に、目立ちたがりの色物英国貴族(セシリア)真剣常備な幼馴染(ほうき)など、ツッコミ所満載な人材の宝庫。この上更に、何か教師やってた世界最強の姉(ラスボス)まで控えてるという隙の無さ。

 もう本当に、癒しは山田先生だけなのである。

 

 閑話休題、豊満な胸を揺らしながら一夏の下へいそいそと歩み寄った山田先生は、一本の鍵を取り出し彼に手渡す。

 

「これ、織斑君の寮の鍵です。渡しておくようにと……」

 

「へ? 確か部屋の準備が出来てないから、向こう一週間は自宅通学って事になってたような……」

 

「その筈だったんですけど……やはり警備上問題があるという事で、政府から無理にでも寮に入れるように要請が……急な話でごめんね、一夏君?」

 

「あ、いや、そういう事なら仕方ないと思います」

 

 本当に申し訳無さそうに、瞳を潤ませながらペコリと頭を下げる先生に対し、文句など言える筈も無い。屈む体勢になった事で谷間が強調された胸元から咄嗟に目を逸らしつつ、鍵を受け取った。

 

「あ、でも家から荷物とか取って来なきゃ―――」

 

「―――荷物なら私が纏めておいてやった、ありがたく思えよ」

 

「千冬ね―――織斑先生!?」

 

 カツカツと靴音を立てて近付いてきた姉の言葉に、一抹の不安が(よぎ)る。だってこの世界最強、プライベートは壊滅状態なのだ。マトモに自分の部屋も片付けられないような人物が、果たしてマトモに荷物を纏めてくれているのかどうか。

 

「……中身は?」

 

「着替え一式とケータイの充電器。十分だろう?」

 

「千冬姉……いや、うん。分かってた」

 

 遠い目をする一夏と、本気で首を傾げる千冬。ちょっと洒落にならないくらい色々足りてなくて、最低限文化的な生活を送れるか不安になってくるが、一夏にとってこの展開は『よくある事』なので余り動じない。小中学校での宿泊行事とか、姉が変に気を回して荷物を用意する度、その頼り無さに苦労させられたものだ。

 ……とりあえずまぁ、一つだけ聞いておきたい事は、

 

「千冬姉、コレ千冬姉が昔失くした筈だったガラケーの充電器。俺のスマホのは?」

 

「えっ」

 

「……はぁ。他に必要な物も併せてメモしとくから、明日取ってきてくれよな。あといい加減、部屋の片付けくらいできるようになろうぜ?」

 

「……善処する」

 

 ―――これ絶対、善処する気無いな。

 目を泳がせながら答えた姉の内心を察した一夏は、隣で同じく察した様子の山田先生と顔を見合わせて苦笑するしか無かった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「……いかん、迷った」

 

 鍵に書かれた番号の部屋、1025号室を目指して寮棟を歩き始めて数十分。彼は自分の現在地を完全に見失っていた。目的地に辿り着く事は愚か、既に出入り口に戻る事すら不可能だろう。

 さっきから同じ所をぐるぐる回っているような気もするし、どうしたものかと思っていた時、前方から声がかかる。

 

「あれ? 織斑君?」

 

「こんな所で何してるの、おりむー?」

 

「あ、のほほんさん……それにえっと、相川さんと谷本さん? と、あと……」

 

「鷹月静寐です。よろしくね?」

 

「ご、ごめん……」

 

 歩いてきたのは、一夏と同じ一組所属の女子集団。まだ名前はうろ覚えだったが、唯一『のほほんさん』こと布仏本音だけは、初っ端から『おりむー』というあだ名で話しかけてきたインパクトもありバッチリ覚えている。あだ名で呼び合うくらいだし。

 ……なお、彼女の顔と名前を覚えてしまった一番の原因は、入学式の壇上で生徒会長(たてなし)をミンチにした勇姿が脳裏に焼き付いていたからであるが、精神衛生上の兼ね合いでその記憶は封印したので悪しからず。

 

「で、結局何してるの?」

 

「ああ、実は道に迷ってさ。俺の部屋、1025号室らしいんだけど……」

 

「え、それってここから真反対……一夏君、ひょっとして方向音痴?」

 

「……面目無い」

 

 怪訝な顔で尋ねられれば、顔を伏して恥じ入るしか無い一夏である。

 

「……しょーがない、ここはいっちょ私達で部屋までエスコートしてあげますか!」

 

「え、いいのか? 俺の都合に付き合わせて……」

 

「だいじょーぶだよ~、私たちもお散歩がてら寮の中を探検してたとこだしね~」

 

 案内を申し出る女性陣に若干の申し訳なさを感じるも、本音のゆる~い説得を受ければ罪悪感など一瞬で吹き飛んでしまうから不思議である。

 

 ……本音以外が知る術は無いが、其れこそは彼女の得意分野。更識の諜報員が須らく修める更識流の交渉術、その極地。

 『更識の頂点』である"才女"楯無も、当然の事ながら尋常ならざる対人交流能力を持つ。更識の一族が先祖代々受け継ぎ進化させ続けた、『更識流諜報術』。それを誰よりも深く理解し、実践できるのは間違いなく楯無である。

 ……しかし。『人とのコミュニケーション』という分野ただ一点のみに焦点を当てるなら。

 布仏本音という少女は、楯無―――周囲から『天才』と持て囃された自らの主どころか、歴代の更識家とその配下全てを引っくるめたあらゆる人材を遥かに凌駕する。

 

 彼女の言動一つ一つに始まり、身振り手振りや息遣いなどの細かな所作、相手の心の機微を敏感に読み取る直感力。常に自分のペースを乱さず相手を引き込み、さりとて不快感を与える事の無い奇跡的なバランス感覚等々……。とにかくあらゆる点において、彼女は相手の懐に潜り込む『天性の素質』を持っていたのだ。

 詐欺師や政治家になれば間違い無く世を掻き乱すだろう、使い方次第では『悪魔的』とも言える極悪な才能ではあったが……幸いと言うべきか、彼女自身は極めて善良な性格の上、生まれた家は代々暗部として主に忠誠を誓う一族。そして今代の主人は、彼女の才覚を正しい形で認識し活用出来る聡明さと、決して悪逆には染まらぬ信念を併せ持った『最良』の逸材であり、本人達の仲も良好。

 

 斯くして、布仏本音という少女の能力は緊急時でも無い限り、傍から見ていて思わず『のほほん』としてしまう程どこまでも平和的に利用されているのであった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「ところで織斑君、本当にオルコットさんの提案蹴っちゃって良かったの? ()()()()()だけど、彼女は世界の代表候補生の中でも『最強』って呼ばれるくらいだし、その教えを受けるチャンスって結構貴重だったと思うんだけど……」

 

「う。そ、そんなに凄い人だったのか? あのオルコットって女の子……」

 

「し、知らずにあんな啖呵切ってたの……!?」

 

 隣を歩く谷本癒子からの言葉を受けて、漸く自分が喧嘩を買った(押し売りされたとも言う)少女の世間的評価を知った常識知らずの一夏君。

 ……が、そもそも()()()()の事で怖気付くようなら格上に食ってかかるような非常識はしない。

 

「……まあ、オルコットさんが程度はともかく実力者だってのは分かってた事だしな。俺自身、誰かから教えを受けるよりはライバルとの切磋琢磨で鍛えてく方が性に合ってると思うし……オルコットさんも最初からそっちを期待してたみたいだし、精々失望されないように追い縋ってみせるさ。今すぐに彼女と戦わなきゃなんない訳でもあるまいし」

 

「おー、織斑君カッコイイー!」

 

「こういうのが『男らしさ』っていうのかな?」

 

 相川清香が上げた歓声を皮切りに、やんややんやと囃し立てる女性陣。無根拠な楽観論ではあるが、女尊男卑なこのご時世、例えハッタリでも同じ事を言える男が果たしてどれだけ居るものか。その他大勢的女子としては、これだけでも唯一の男子に期待を掛けるに十分足りた。

 

 

「……『前を向いて生きる者は、前向きな結果を呼び込む』。我が家の家訓です。その点、織斑君は心配いらないかな?」

 

「や、俺は結構ノリと勢いで言ってる自覚あるし、不安は不安なんだけどな……っていうか家訓? いやに仰々しいけど……」

 

「仰々しい、ですか……? 実家の掛け軸の言葉なんだけど……」

 

「ああ、静寐の実家、明治から続く由緒正しい家らしいから……感性が格調高いと言うか、うん」

 

「ちょっとズレてるって言うか、天然?な所がまた可愛いんだよねー」

 

「ちなみに~、私の実家は戦国時代からずっと同じ家に仕え続けるメイドさんの一族なんだよ~。忠義者ののほほんさんなのだ~」

 

「いや戦国でメイドってどゆこと本音!?」

 

 突然格言ぽい事言ったかと思えば首を傾げてぽわんとしてる静寐、そんな彼女を抱き寄せてかいぐる清香。マイペースに聞いても無い事喋り出す本音、それに律儀にツッコミを入れる癒子―――彼女達の性格(キャラクター)というか、気の置けない関係性が見て取れて、思わずほっこりする一夏。

 そんな彼の生温い視線に気付いたのか、静寐はほんのり顔を赤らめながら咳払い一つ、脱線した話を元に戻す。

 

「ええと、はい。とにかく、私の言いたい事はね? 織斑君の言う、その『ノリと勢い』って言うのが、意外と最後の決め手になってくるんです」

 

「そういうもんか……?」

 

「もちろん、それだけじゃ駄目なんですけどねー」

 

 そう言い加え、うふふと微笑む静寐。きっと彼女なりの激励の言葉なのだろう。割と真理でもあるのかもしれない。

 人事を尽くして天命を待つ、という諺もあるが、ネットに弾かれたボールはどう転がるか分からないもの。だがだからこそ、最後の最後は理屈ではなくノリと勢いに任せた方が良い結果に繋がるのかもしれない。「向こうに入らんかーっ!!」と気合で叫べばボールが相手のコートに落ちる事だって有るのだ。多分。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 そんな会話を楽しみながら道案内してもらい、漸く辿り着いた1025号室の前で女子達と別れた。

 

「さーて、俺の部屋はどんな……おおっ、思ってたより広くて綺麗で、快適そうじゃんか!」

 

 予定より一週間も早く寮に押し込められてしまったが、こんな良い部屋で過ごせるなら悪く無いかもしれない。そんな風に思いつつ、荷物を置いて早速ベッドにダイブし(くつろ)ぐ一夏は、完全に気を抜いていた。

 ……だからこそ、その事故は起こってしまった。

 

 

 

「ふう、良い湯だった―――?」

 

「へっ―――?」

 

 人の気配に思わず顔を上げてしまった一夏が目撃してしまったものは、一糸纏わぬ幼馴染の裸体。胸から股まで、何一つ隠さず余さず、真実をその目で(しか)と。

 たっぷり10秒程の沈黙が流れる。その間、一夏と箒は硬直したまま目を見合わせ続けた。……いや訂正、一夏の視線は胸やら何やらに引き寄せられている。無意識だろうが、やはり彼もオトコノコ。恋愛感情に疎いだけで、人並の興味はあるお年頃なのだ。恋愛感情には疎いが(大事な事なので2回目)。

 

 

 顔を赤くするやら青くするやら、一夏が愉快な顔色を演出していると、はぁーーー……という大きな溜息が沈黙を破った。

 未だ硬直したままの一夏を置いて、先に復活した箒はそそくさとバスタオルで裸身を隠す。と同時に、漸く一夏の金縛りが解け、あわあわと血相を変えて弁解を始める。

 

「いやその、スマン箒!! まさか男子の俺が女子と相部屋とは思わなくて、めっちゃ気を抜いてて……だからその……」

 

「いいから後ろを向いてろ、着替えられん。貴様のような朴念仁が、故意や悪意で妙な事しないのは分かってるから安心しろ」

 

 実力行使による制裁まで覚悟していたが、予想に反して帰ってきたのは至極冷静な指摘。慌てて壁の方を向いて、箒が服を着るのを待つ。

 しゅるりしゅるりと、背後から漏れる衣擦れの音は、画が無いからこそより一層艶めかしく……などと考える程彼は変態では無かったし、空気の読める男であった。

 

(でも箒の奴、昔と比べものにならないくらい冷静だな……身体だけじゃなくて精神的にも大人になった、って事か?)

 

 俺の知ってる箒なら絶対に手が出てた。というか木刀が。と、過去のラッキースケベ案件を思い返しつつ、幼馴染の成長を喜ぶ一夏(痛い目に遭わずに済んだので)。

 

 ……とその時、自らの首に冷たいモノが当たっている事に気付く。

 

 

「それで……何枚が良い? やっぱり3枚か?4枚でも5枚でも良いが」

 

「ヒイッ、おろされるぅ!?」

 

 いつの間にやら着替えの済んだ箒さんが、真剣構えて三枚おろしの準備万端でいらっしゃる。

 

「わ、わざとじゃ無かったんだぁ!」

 

「重々承知だとも。それはそれとして、乙女の素肌を拝んでおきながらタダで済む訳無いよなぁ?」

 

(あかん、目が笑ってない)

 

 顔だけ笑顔なのが逆に怖い。つーか誰だよコイツの成長喜んでた馬鹿は、静かに冷たくキレる分だけ恐怖が倍増してるじゃねーか!! と、心の中で悪態を吐く馬鹿(いちか)も魚みたいに捌かれたくは無いので、とりあえず必死で命乞いをしてみる。

 

「ゆ、許してくれ箒……何でもするから―――」

「ん? 今何でもするって言ったよな?」

 

「お、おう」

 

 恐ろしく早い納刀。まるで最初からその言葉を待っていたかの如き反応速度に、己が嵌められた事を知る。一体何を要求されるやら、不安がいや増す一夏に告げられた示談の条件とは―――

 

 

 

「これからの学園生活、可能な限り私の傍に居ろ。まあ、無理に束縛する気は無いが……とにかく心がけてくれ」

 

「えっ……別に構わないけど……そんな簡単な事でいいのか?」

 

 もっと無理難題を押し付けられるかと戦々恐々だった一夏は困惑するも、対する箒は澄まし顔。意味深な笑みを浮かべつつ、言葉を重ねる。

 

「そんな簡単な事でいいんだよ。それで結果的に私が『やり易く』なる……んんっ、まあ何だ、お前には分からないかもしれないが、私にとっては都合が良いんだ。頼めるか?」

 

「うーん……よく分からんが、つまりなるべく一緒に過ごせって事だろ? そんなの頼まれるまでも無いぜ、なんたって『幼馴染』なんだからな!!」

 

「……そうか。ま、お前はそういう奴だったっけな」

 

 朗らかに言い切った一夏から感じる、あの頃と一切変わらぬ親愛の情。その様子に一瞬だけ目を瞠った後、苦笑しながらやれやれと首を振る箒。時を経ても決して朽ちない友情が、そこにはあった。

 

 

「さて、そういう事ならこれで手打ちだな。ああそうだ、この際お前もIS学園の風呂というものを体験してきたらどうだ? 凄いぞ、学生寮の個室風呂なのにジャグジー付きだ」

 

「マジか!? 流石は天下のIS学園……じゃ、じゃあお言葉に甘えてひとっ風呂浴びてくる!」

 

 豪華設備の誘惑に、居ても立ってもいられず一夏はワクワク顔で風呂場に駆け込んだ。

 その後ろ姿を見送り、シャワーの音に背を向けて窓際から暮れなずむ空を見上げる箒。

 

 

 

 

 

「……お前は変わらんな、一夏。私の方は、随分変わったと思うよ……自分では良い変化だと思ってるが」

 

 誰にとも無く呟く。小学生の頃から変わらず、まっすぐなまま成長した幼馴染とは違い、彼女はこの6年で随分と()()が得意になった。

 月が昇りつつある空を眺め、ニヒルな笑みを浮かべるロングコートの少女。

 夕闇はどんどん夕焼けの残照を追いやり、音を立てて夜が迫る。あっという間に星々が夜天に踊り、浴室の水音と備え付けの空調の稼働音が束の間の静寂を満たした。

 

 

()()にしてしまって悪いな一夏、だがこれも『仕事』だ、許せよ」

 

 夜空に鎮座する満月を、睨むように見上げる彼女の目は猛禽のように鋭く。そして口元は好戦的に歪んでいた。

 

 

 

「さあ、セシリア・オルコット―――どう動く? 本当に只の学生なのか? それとも―――」

 

 ―――貴様は、私の『敵』なのか?

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

「ああ、そうだ。そういえばクラス代表を決めていなかったな」

 

 明くる日の授業開始時、千冬はそんな呟きを洩らした。

 はて、クラス代表とは一体……と疑問を顔に浮かべる生徒一同を勝手に代表し、相川清香が質問する。

 

「せんせー、クラス代表って何ですかー?」

 

「クラス代表というのは、まあ世間一般で言う学級委員のようなものだ。とはいえここはIS学園、それだけじゃあ無いぞ。至近で言えば、月末に『クラス代表対抗戦』という行事がある。名の通り、各クラスの代表がトーナメントで競い合うISバトルだ。優勝クラスには、学食のデザート無料券が贈呈されるぞ」

 

『おお~~~!!』

 

 清香だけでなく、黙って話を聞いていた多くの生徒が歓声を上げた。彼女ら華の女子高生、スイーツに目が無いお年頃。

 そんな学生達の若さを眩しく思って苦笑する織斑千冬(スイーツより酒とツマミなお年頃)。だがこのままでは話が進まないので、手を数度打ち鳴らして場を鎮め、改めて担任としてクラス代表を募る。

 

「まあとにかく、自薦でも他薦でも良い、クラス代表になりたい者、薦めたい者が居たら手を挙げろ」

 

『はいはいはいは~い!!!』

 

 

 

「お~……凄い熱意。やっぱり俺と違って、自分の意志でここに入学したんだもんな。そりゃヤル気はたっぷりか」

 

 

『クラス代表は織斑一夏君が良いと思いま~す!!』

「って俺かよ!!!」

 

 皆の熱意に感心していた一夏もこれにはビビった。

 

「だって織斑君、唯一の男子だし」

「クラスどころか、学園、いや世界で唯一だよ?」

「この希少価値を利用しない手は無いでしょ!」

「男子のカッコイイ所、見てみたいなー(チラッチラッ)」

 

「いやいやいやちょっと待て、捲し立てるな! えっと、クラス代表って学級委員みたいなもので、対抗戦とかにも出るんだろ? 謂わばクラスの顔なんだからさ、俺みたいな初心者以下を据えるのはどうかと……」

 

「えー、でも皆期待してると思うよ? このクラスの皆だけじゃ無くてさ」

「学校中の女の子が一夏君の活躍を見たがってるんだよ? ここは応えないと!」

 

「うう……期待が重い……」

 

 一夏の反論は正論ではあるが、誰もが―――それこそ学園どころか世界中が彼の動向に注目しているのもまた事実。代表として推薦を受けておきながら、それを辞退すれば落胆・失望の嵐だろう。とはいえ、それだけで軽々しくクラス代表になるのも……と、理性的判断と寄せられる期待との間で悩む一夏。

 

「昨日オルコットさんに格好いい事言ってたじゃない! 早速見返すチャンスだよ!!」

 

「それは、確かにそうだけど……でも流石に昨日の今日でこれは予想できないって……でも……うーん」

 

 『いつか見返してやる』とは言ったが、まだ特訓も勉強も始めないうちから機会が巡ってくるのは計算外である。普通に考えて何か出来るとは思えない。

 

 ―――しかし、考えてみれば今の自分は彼女に追い付くどころか、自分がどれだけ出来るのか、何が出来なくて何が分からないのか、目指すべき方向性、努力の目標すら目処が立たないのだ。

 ならいっそ、敢えて火中の栗を拾うのも手かも知れない。元より小難しい理屈など苦手な、感覚派を自認する一夏である。自ら難局に飛び込んで、糧となる経験を貪欲に求めるのも有りなのでは無かろうか。

 

(『願わくば我に七難八苦を与え給え』ってか? クラスの皆もほとんど俺を推してるみたいだし、やってみるか……?)

 

 

(……とか考えてる顔だな、アレは。見事に飲まれたな、『場の空気』って奴に……というか何を格好付けてるんだ、山中鹿之介気取りかお前)

 

 真剣に悩む一夏を冷静に分析するのは解説の篠ノ之さん。心の中の台詞まで完璧に読み切れる辺り、流石は幼馴染と言った所か。

 とはいえ、彼女も別に一夏がクラス代表になるのに反対という訳で無く、どちらかと言えば賛成なので余計な口を挟んだりはしない。

 

 ―――そう、だからここで余計な口を挟むのは彼女を置いて他には無い。

 

 

 

「納得がいきませんわ!!」

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

『クラス代表は織斑一夏君が良いと思いま~す!!』

「って俺かよ!!!」

 

(まあ、こうなりますわよね)

 

 クラスメイトが一斉に一夏を推薦し始めた時、セシリア・オルコットは意外にも冷静だった。

 『目立ちたがり』の彼女は当然クラス代表にも立候補するつもりであり、故に一夏が圧倒的支持率を得ている現状は好ましくない……が、彼女にも物の道理は分かる。

 今や時の人である織斑一夏を擁する1組の皆様が、彼を捨て置く筈が無い。(こぞ)って唯一の男性操縦者を持ち上げたがる気持ちは分かる。政治的理由にしろ単なるミーハー的興味にしろ、彼のIS戦闘は誰しもが見たがっているのだ。

 というか、セシリアだって見たい。ただそれ以上にクラス代表になりたい(めだちたい)だけで。

 

 ……そんな彼女が何故自ら挙手して自薦しないかといえば、貴族らしい優雅な所作で手を挙げようとした所で級友達の威勢に機先を制され、タイミングを見失ったまま言い出せずにいる訳だが。

 

 

(ですが、流石にそろそろ立候補しなくては織斑さんがクラス代表に決定してしまいますわね。さて、どう切り出したものかしら……)

 

 と、暫くは様子見しながら静観していたセシリアも、群衆に乗せられ徐々にヤル気を出しつつある一夏の真剣な表情を察して、漸く動き始めようとする。

 ―――瞬間、天啓。

 

(!! そうですわ!)

 

 突如脳裏に閃いた妙案に、思わずニヤリと口角が上がる。そのまま机を叩いて立ち上がり、教室内の雰囲気を搔き消すように吼えた。

 

 

「納得がいきませんわ!!」

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「ただ珍しいからという理由で実力ある者でなくISの何たるかすら理解していない男が代表に選ばれるなど、クラスの恥ではありませんか!! そもそも―――」

 

 突然の怒声に誰もが虚を突かれた一瞬の間に、セシリアは思い付く限りの反論を並び立てた。立て板に水の弁舌は止まる事無く続き、口を挟める者など居ない。完全にセシリアのペース、さっきまで盛り上がっていた筈の教室は既に彼女の独擅場である。

 

「―――だからこそ、私のような『本物のエリート』を推薦すべきなのです! それを、そこの猿並みの知能しか持たない『極東の野蛮人』如きを選ぶなど……これでは、わざわざアジアの端っこの『未開な国』に来た意味がありませんわ! 全く、日本人などという『愚劣な民族』はこれだから……」

 

 ……いや、『反論』どころで無い。これは暴論、いや暴言だ。とてもじゃ無いが『代表候補生』としてあってはならない罵詈雑言、この失言が外部に漏れれば失脚は確実だ。それを分からぬセシリアでは無かろうに、余程頭に血が昇ってしまったのだろうか―――と考えるには、少々表情が不自然過ぎた。

 何しろ、笑顔である。言い草は怒り狂った勘違い高慢女そのものなのに、これ以上無く愉快げな満面の笑みなのだ。加えて、声音も雰囲気も上機嫌を隠す気が無い。つまり一言で言うと『とっても楽しそう』。

 次々に飛び出す差別的発言も本心からとは思えず、……どちらかと言えば、『オペラかミュージカルの主演が独演の舞台で観客に向けた台詞を読み上げている』と言った方がしっくりくる。

 

 ……そんな様子を暫し呆然と見つめていた一夏だったが、ふと彼女と目が合った瞬間、全てを察する。

 

 

 周りに勘付かれない程度に、しかし一夏にだけは伝わる程度に一層笑みを深めて、ウィンクしたのだ。それで理解した。要はこういう事だ、『一曲いかが(Shall we dance)?』

 

 

 全く無茶苦茶だ、なんて目立ちたがりだ。普通に伝えれば良いだろうに。別にこんな『劇的』にする必要は無かったろうに。考え無しにも程がある。

 もし真意に気付いて貰えなかったり、気付いても無視されたりしたら。或いは先に教師に咎められれば、どうするつもりなのだろう。そら、案の定と言うべきか、織斑先生がお怒りだ。

 

 

「……その辺にしておけ、セシリア・オルコット。なんのつもりか知らんが―――」

「イギリスだって万年メシマズ国家第1位じゃねーか、文明国ぶってんじゃねーよ!!」

 

 そう。だからこそ一夏が舞台に上がってくる。千冬が口を挟む前に、セシリアの名演を無駄にしない為に。彼女の『期待』に応える為に。―――目の前で実演販売中の()()を購入する為に。

 

「なっ、待て一夏、教師の私に任せておけ! お前まで失言したら国際問題が更に―――」

「何ですって、腐った豆をありがたがるような民族の分際で生意気な!!」

 

 慌てて一夏を制止しようとした千冬を遮り、待ってましたと言わんばかりのセシリアが満面の笑みで応じる。

 あとはもう、誰にも止められない。

 

「ニッポン舐めんなよ英国人(ライミー)、そもそもIS発明(つく)ったのは束さんだし最強の座に着いたのも千冬姉、どっちも日本人だろーが、遅れてるっていうならイギリスの方が後進国だろ!」

「産業革命発祥の我が祖国を後進国と? 本気で仰っているなら歴史の勉強をすべきですわね。同じ島国とはいえ、所詮は極東に引き篭もって外に出ようともしなかった小国。大航海時代以来、世界最大版図を誇った我が大英帝国(British Empire)と同列に並べる事すら烏滸がましいとは思いませんの?」

「あーあー、これだから過去の栄光に縋るしかないお貴族様は! 時代に取り残された耄碌(ロートル)国家はISよりパンジャンドラム作ってる方がお似合いじゃね?」

「あらあら、歴史と伝統の重みが理解できないとは、流石は日本人。維新に大戦、都合が悪くなる度に自国文化を切り捨ててきただけの事は有りますわね。ここは一つ、貴族として下民に『教育』を施して差し上げましょうか。……『伝統』の形式でッ!!」

 

 ここまで一切の隙を見せず、息ピッタリの舌戦の応酬。誰もが呆気に取られる間に、セシリアは貴族風の改造制服の胸ポケットから仄かに青白いシルクの高級そうな『手袋』を取り出し、一夏に向かって投げつけた。

 事ここに至り、漸く千冬はセシリアの……()()()狙いに気付いたが、もう止められない。

 顔に直撃する寸前、人差し指と中指の二本で払い落とすように手袋をキャッチして、真っ直ぐに敵手を見据える一夏。それを同じく真っ直ぐに見返すセシリア。どちらも好戦的な笑みを浮かべている。

 

 

「『決闘』ですわッッ!!!」

「ああいいぜ、四の五の言うより分かり易い! 方法は?」

「当然ッ『IS』ですわッ! 日時は一週間後の放課後! 精々特訓に励みなさいな!」

「おうサンキュ、場所はどうする!?」

「『第一アリーナ』! 今朝自主練習の為に申請した時には、丁度一週間後が空いてましたわ!」

「委細承知、逃げんなよ!!」

「貴方こそ!!」

 

 

『と、言う訳なので織斑先生あとはお願いしまーす!!』

 

「き、貴様ら……最初からこの展開が狙いか……!」

 

 誰にも、それこそ世界最強(おりむらちふゆ)にさえ口を挟む猶予を与えず、抜群のコンビネーションで決闘の約束を取り付けた2人の主演に、観客達は思わず惜しみない拍手を送ってしまう。

 そんな中で、顔を引き攣らせて頭痛すら感じ始めたのは千冬先生。弟が大分アレなのは知ってたが、まさかもう一人()()が居たとは。もはや止められる空気でも無いし、追認せざるを得ない。

 まあ確かに、一夏を鍛える意味でも、或いは対外的・政治的パフォーマンスとしても、ここで一戦経験させておくのは悪くは無い。……ただひたすら、()()()()で私闘を認めるのが面倒なだけで。

 大体、上に何と説明してアリーナの利用申請を出せば良いのか。上手い事言い包めるのは担任である千冬の役目である。

 

「……もうなんか何を言うか予想は付くが。お前達、さっきの国際問題大盛り発言については……」

 

 

「怒りの余り『思っても無い悪口』を叩いてしまいましたわ。『イギリスの代表候補』として謝罪致します」

「いや俺の方こそ悪かった、『唯一の男性操縦者』として無責任な言動だったよ」

「では『お互い様』という事ですわね。互いに互いの責任問題、なら『無かった事』にするのが互いの為かと」

「この国にゃ『喧嘩両成敗』って言葉もあるしな。どうせ音声記録が残ってる訳でも無し、ここに居る皆が口を噤めば万事解決」

「それが誰にとっても不利益無い『ハッピー』な落とし所でしょうね、ではそのように」

 

「事態の収拾も計算の内、と……お前達本当息ピッタリだな……」

 

 しれっと事も無げにスピード和解のポーズを見せる若い二人に、仕事を押し付けられる形となった千冬はそっと溜息。

 

 

 斯くして、全ては我らがお嬢様の思惑通り。クラス代表の選出は、誰もが予期せぬ決闘―――『世界最強の弟・唯一の男性操縦者』織斑一夏が初めての公式戦で、最新鋭第3世代機の担い手でもある通称『国家代表に最も近い女』セシリア・オルコットと戦うという、()()()()()()()大一番へと発展したのだった。

 

 

 

(ふふ、これで学園中、いえ世界中に私の勇姿が拡散されますわ!! うふふふふふふ……!)

 

 

 ……To Be Continued→




1年以上間を開けた上に主人公が登場しないSSが有るらしい。

次回でクラス代表決定戦終わらせるまで書きたかったけど多分無理(
せめて、せめて決闘開始のゴングまでは書きたい……




ではまた来年か再来年に会いませう。


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剣士 vs(たい) 銃士 その3

まさか今年中に投稿できるとは思って無かったので初投稿です。
書き進める度にセッシーの強さが盛られてく気がする今日この頃。

前回、一組クラスメイト女子という名のオリキャラを設定したけれど。
今回も一人、オリキャラ化したのでプロフィール載せとくね。

夜竹さゆか:クール属性。多分天然。口数少ない秀才少女。座学なら一年生トップクラス。



ところで前回、鷹月静寐さんを『地元の名家出身』と、セシリアとは違った形のお嬢様キャラとして設定しましたが。
名前だけは聞いた事のある『四十院神楽』さんが原作では旧華族出身の大和撫子お嬢様だという情報が飛び込んできて、どうしようかと絶賛悩み中。
……いやもうホントどうしようね? お嬢様キャラ、既に出しちゃったよ……。


 静謐な緊張感が場を支配する。向かい合うは二人の剣士、固唾を飲んで見守るギャラリー。

 放課後の剣道場、剣道部の部室での一幕である。

 

 

「せやあぁぁぁぁ!」

 

「――――――」

 

 睨み合いの静から、先に動へと転じたのは竹刀を上段に構えた男の剣士―――即ち織斑一夏。

 雷のような瞬発力で畳を蹴り、相対する敵手へと渾身の一撃を繰り出す。

 

 

「―――フッ」

 

 その竹刀(やいば)が届くかと錯覚した刹那、俄かに動へと転じたのは女の剣士―――即ち篠ノ之箒。

 

 数歩下がって直撃(ヒット)のタイミングをズラすと同時、ゆるりと下段に構えていた竹刀(つるぎ)を電の疾さで翻す。まるで居合。並の相手であれば、カウンターの一撃が勝負を決しただろう。

 しかし、今彼女が相対しているのは全国レベルの剣道選手。

 

「ちょいやぁっ!」

「っ、なんとぉ!」

 

 一夏は己に向かって振り払われた斬撃を瞬時に見切り、このままでは自分の剣が届く間も無く切り捨てられると確信し、―――それでもなお、だからこそ、()()を選択する。

 瞬きの躊躇すら見せぬ突貫は、最速不可避の筈だった居合様の切り払い、その出始めを潰す上段からの斬り下ろしを可能とし、箒の竹刀の根本を打ち崩す。

 

 これにはさしもの箒を眼を見開き、しかし試合は続行中、体勢を整える間を稼ぐ為、牽制の()()を放とうとし―――硬直。これは実戦の果たし合いでは無く『剣道の試合』である、蹴り技は御法度だ。

 思考が実戦に引っ張られたが故に起きた、一瞬の隙。勝敗を決するには十分過ぎる。

 

「せぇっ!」

「ム、―――!」

 

 大上段から相手の竹刀(えもの)に振り下ろした竹刀(かたな)を、即座に反転、燕返しの要領で放たれる下から上への斬り上げが箒の小手を狙う。

 咄嗟に体ごと退いて避けようとした箒だったが、先に見せた一瞬の硬直が明暗を分けた。紙一重の差で避け切れず、パシィィィン、と小気味良い音が剣道場に響き渡る。

 思わず手放した竹刀が床に落ち、ここに敗者は決した。

 

 直後、緊張の静寂から解き放たれた観客達が、わっと声を上げる。

 

「きゃー、織斑君カッコイー!」

「すごいすごーい、剣筋見えなかった!」

「剣道の大会に出てたって聞いてたけど、流石だね!」

「でも篠ノ之さんも凄かったと思うけど……」

 

 黄色い歓声の殆どは、一夏を褒め称える声。まぁ、ここに集った女子達は皆、『唯一の男子』である一夏を目当てにして来た者ばかり。彼の勝利を無邪気に喜ぶのは当然と言えた。

 とはいえ、ミーハー的興味だけで見物していた訳では無い者も居て、それは例えば段位持ちの剣道経験者であったり、或いはISバトルの参考にしようと(つぶさ)に見学していた者であったり。彼女らは、敗北した箒の実力にも気付いていた。剣道という形式に捉われない実戦であれば、勝敗は逆転していたかもしれない、と。

 

 そして、傍観者が気付いていたのならば、彼もまた。

 

 

「……流石だな一夏、いや恐れ入った。あの状況で守るで無く避けるで無く、よもや更に一歩を踏み出すとは。私の負けだ、完膚無きまでにな」

 

「箒こそ、謙遜すんなよな。これが『剣道』の試合で無きゃ、あの『蹴り』で状況は変わってたかも……いや、間違い無く俺が負けてたな」

 

 称えつつ歩み寄ってきた箒に対し、返す一夏の言葉こそ謙遜抜きの本音であった。

 

「俺のは飽くまで剣道で、箒のは『実戦剣術』。ISバトルにより近いのは断然後者、やっぱ俺もまだまだだな……」

 

「……それに気付けて、曲がりなりにも対応できた時点で、お前の剣も『只の剣道』の域を越えてると思うんだが」

 

 反省会ムードに包まれる一夏に苦笑しつつ、「しかし」と前置いて言葉を続ける。

 

「現役で剣道をやっているだけあって、『勝負勘』は既に実戦レベルだな。これなら()()セシリア・オルコットが相手でも、まぁ無様には負けないだろう」

 

「格好付けた負け方できる、ってか? そりゃありがたい話だぜ」

 

 ゲンナリした顔で軽口を叩く一夏。しかしながら、実際問題彼が決闘する事になったセシリアは全世界の代表候補の中でもトップの実力者。勝ち目が無いのは、自他共に認める事実であった。

 

「しっかし、悪いな箒。俺の私闘の為に色々手伝って貰って……」

 

「何、気にするな。私とお前の仲だろう?」

 

 ……とまぁ、この会話からも分かる通り、これは一夏とセシリアとの『決闘』に向けた特訓である。

 無論、剣道とIS戦では形式が違い過ぎて参考にはならないが、戦いの空気や駆け引きなどに慣れる意味はあるので、無駄にはならないだろう。

 

 

 

「……それに、ずっとお前の傍に付いていられるのは好都合だしな……」

 

「……好都合?」

 

「ンンッ、とにかくだ。これから決闘までの一週間、私がサポートしてやる。骨は拾ってやるから、安心して負けて来い!」

 

「嘘でも『勝てる』とは言ってくれないのな……」

 

「相手が相手だからな」

 

 ……若干締まらないが。何はともあれ、彼らは戦いの準備を始めた。

 一夏のIS学園生活、記念すべき1ページ目。『彼女』に言わせれば、この日々もまた『青春(ロマン)』なのかもしれなかった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 翌日の授業、山田先生によるISの基礎知識の講義。

 

「初めて稼働するISには、必要な事が2つ有ります。それでは……相川さん、何か分かりますか?」

 

「はいっ! 『名付け』と『試し撃ち』でーす!」

 

「ま、まぁそれも大切な事ですね! 愛称を付けてあげると愛着が湧きますし、初めて使う武装はしっかり試射する事で―――」

 

「次、鷹月! 答えろ」

 

 元気一杯の誤答をやんわり受け止めフォローしつつ脱線していく真耶を遮って、担任織斑千冬が次なる回答者を指名し、しずしずと立ち上がる鷹月静寐。

 

「……『 初期化(フィッティング)』と『最適化(パーソナライズ)』、でしょうか?」

 

「その通りだ。その2つの工程を経て、ISは『一次移行(ファーストシフト)』する事になる」

 

 「ああ、そっちかー」「そりゃそっちでしょ」とコソコソ授業中に私語を交わし合う相川清香と谷本癒子を見逃したのか気付かなかったのか、山田先生が補足する。

 

「そうです。そして一次移行(ファーストシフト)を完了して、晴れてそのISはその人の『専用機』となる訳ですね。……皆さんが普段の授業で使うISは練習機なので、一次移行までの過程はありませんが。覚えておいて損はありませんよ」

 

 いつか皆さんの中から専用機を持てる代表候補が選出されるかもしれませんしね、と続ける山田先生に対し、スッと挙手して質問を投げかけるのは、どこかクールな雰囲気を身に纏った少女、夜竹さゆか。

 

「先生、質問です」

 

「はい、何ですか夜竹さん?」

 

一次移行(ファーストシフト)、という概念については予習済みなので、教科書的な知識はあるのですが。具体的には、どういった現象なのでしょうか?」

 

「なるほど、良い質問ですね」

 

 確かに、本で読むのと実物を見るのとでは大きく違う。

 今この場で一次移行(ファーストシフト)を見せる事は出来ないが、実際を知る教師に尋ねるのは十分参考になるだろう。

 彼女ら生徒達にはあまり知られていないが、副担任・山田真耶も昔は代表候補生。同期に世界最強(ちふゆ)さえ居なければ、日本代表に選ばれていてもおかしくなかった実力者。

 現役時代は、彼女にも政府から専用機が供与されていた。当時まだまだ発展途上だった量産機のマイナーチェンジ版ではあったが、専用機は専用機。一次移行(ファーストシフト)も、自らの身で体感している。

 

 今や一線を退いた教師の身なればこそ、前途有望な()()()へ自らの知見を教えとして授ける事に否やは無い。

 

「そうですね、私の私見になりますが。一次移行(ファーストシフト)というのは―――」

 

(ドキドキ)

 

 固唾を飲んで山田先生の次の言葉を待つ夜竹さゆか、実は入試の実技はともかくペーパーではセシリアと並んで首位タイ(満点)の優等生。

 中学時代に「趣味は勉強、知らない事を知るのが楽しいから」と発言して、年相応に勉強嫌いな友人一同をドン引きさせた彼女である。その知識欲は旺盛にして留まる所を知らない。

 そんな、教師にとってこの上無く教え甲斐のある生徒に見つめられ、教職冥利な真耶は温かく柔らかな瞳で微笑みながら一言。

 

 

 

「光ります」

 

「光る」

 

「はい、めっっっっちゃ光ります」

 

「めっっっっちゃ光る」

 

「ええそりゃもう、何でこんなに光るんだってくらいギンギラギンに―――」

 

 

「張り切るのは良いが落ち着け真耶、もとい山田先生。それじゃ何も伝わらん」

 

 山田先生は割と天然であった。一生懸命に身振り手振りを交えて説明しようとする姿は和むし癒されるが、話を聞いていた生徒達は皆、頭に疑問符を浮かべ目を点にしている。

 千冬がやれやれと首を振りながら真耶を宥め、さゆかが瞳をパチクリとさせ「光る……」と神妙に呟いた所で、授業終了のチャイムが響き渡ったのだった。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 そのやりとりを、何の気無しにぼーっと聞いていた一夏。

 

(光る。光るのか……光る?)

 

 IS知識の不足により授業は大体ちんぷんかんぷんな彼でも、とりあえず『ファーストシフト』がありえん程光る、という事実は頭に入った。一歩前進である。

 

 と、その時、次の授業の準備の為一旦職員室に戻ろうとしていた彼の姉が、教室を出る直前で声を掛けた。

 

「ああ、そうだ。一次移行(ファーストシフト)と言えば、織斑、『要人』であるお前には特別に専用機が手配される事になった。例の決闘までには間に合う手筈だ、荷が届いた日の放課後に第二棟のA格納庫に来るように。初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)は操縦者本人が居なければ出来ないからな」

 

「……え、専用機?」

 

 突然の連絡にポカンとする弟を置いて、用件だけ伝えてさっさと退室した姉。交代で声を上げたのは、来週の敵手たる令嬢。

 

「あら、奇遇ですわね。私も丁度来週の決闘に合わせて、『私の専用機』を()()()()手筈になりましたのよ」

 

「……『受領する』? って事は、今まで持ってなかったのか?」

 

 一夏が首を傾げるのも無理からん事、彼女は『世界で最も国家代表に近い候補生』『代表以上の候補生』などと謳われる、エリート中のエリート。英国の国家代表選出の基準に年齢制限さえ無ければ、或いはロシアのように特例措置さえ認められれば、今すぐにでも代表として活躍を始められる存在。

 IS業界に関する猛勉強を始めたばかりの一夏でさえ、彼女ほど特出した人材に()()()()()()()()()()()()()()()()と分かる。例えISコアが世界に467個しか存在しない貴重品だろうとも、いや貴重品だからこそ、彼女のようなトップエリートなら専用機を持っていて然るべきなのだ。

 

 

「ええ、まぁ。確かに私はエリートですから? 以前専用機のオファーがあり、内定はしていたのですが……」

 

 一夏が上げた疑問の声に答えるべく、苦笑しながらセシリアが説明する。

 

「私の専用機……名称は機密では無いので申し上げますと『ブルー・ティアーズ』は、我がイギリスの技術の粋を結集して作り上げた最新鋭IS。皆様には決闘の日にお披露目できると思うのですが、試乗時点で問題が明らかになりまして……」

 

「問題?」

 

「ええ。アレは飽くまで『イギリスの代表候補生』が扱う機体としてチューンされておりまして、『()()()の専用機』としては少々ズレた代物だったのです。それで、私自らが修正案を提案し奏上致しましたの」

 

 しれっと語るセシリアではあるが、それって要するに。

 

「……つまり、貰った機体が気に入らなかったから作り直しを要求したって事か?」

 

「ノン、只の作り直しではありませんわ。エリートたるこの私、セシリア・オルコットが私自身(セシリア・オルコット)の為に考案した、()()()()()改装(リメーク)でしてよ!」

 

 ……と、本人は自信満々に胸を張っているが、要するに一夏の言った通りである。

 流石はお貴族様、我儘にも程がある……とバッサリ切り捨てるのは簡単だが。実際問題、()()専用機がセシリアに相応しいかと問われれば、それは否。

 十把一絡げの代表候補とは一線を画する実力を持つ彼女にとって、いくら最新鋭の第三世代とはいえ、どちらかと言えば技術実験機としての趣が強かったブルー・ティアーズでは最大限のパフォーマンスを発揮しきれなかった。

 故にこそ、『代表候補生用』では無く『セシリア・オルコット専用』にチューンし直す必要があったのだ。

 

 

「……まぁ、折角だからとディテールにも細かく注文を付け過ぎてしまった感は有りますが。それでこんなに受領が遅れてしまった訳ですし」

 

「お、おう……それで、俺との決闘が、その専用機の初披露になるんだよな? どんな機体なのか教えては……くれないか、流石に」

 

 と、尋ねる一夏の思惑としては、戦う前に相手の情報を少しでも得られれば何かの役に立つかも、という打算があるが。同時に無理だとも理解している。

 何せ英国の最新鋭機体だ。間も無く唯一の男子(じぶん)との決闘という大舞台で全世界に大々的に発表されるとはいえ、それまでは機密扱いに決まっている。

 いや、それ以前にこれから決闘しようという相手に、易々と自身の情報を与える訳が―――

 

 

「『ブルー・ティアーズC(セシリア)C(カスタム)』は、遠距離戦闘特化型のISですわ。主武装は我が国の誇る大出力レーザーライフル『スターライト』シリーズの(ニュー)モデル『スターライトmkⅢ』、私の要望でスコープの倍率とレーザーの出力を万分の一単位で手動微調整可能にして頂きました。それより何より、この機体の一番の目玉はBT兵器ですわね。我らイギリスの技術の結晶、遠隔無線誘導のオールレンジ攻撃は―――」

 

「ちょ、待て待て待て!?」

 

 隠す事無く、というか誇るように語り始めたセシリアを、寧ろ一夏が制止する。

 

「良いのかよ!? いや駄目だろ!? ダメ元で聞いた俺が悪いんだろうけど! そういうのって国家機密とか―――」

 

「あら、問題はありませんわ。こんなのはとっくに()()()()()()()()、秘すべき部分は弁えておりますもの」

 

 ※なお彼女の言う『出回っている情報』には各国が諜報戦で抜き取った機密も含む物とする。

 

「それに、どう言い繕っても貴方は初心者(ルーキー)、私は代表候補(ベテラン)。情報くらい気前良く渡さねば、初心者を嬲ろうとする狭量で嫌味な女と謗りを受けますわ」

 

「……舐められんのは悔しいけど、俺が圧倒的に格下なのは事実、か。そういう事なら、お言葉に甘えて情報は貰っとくか。けど、慢心し過ぎて負けたからって後悔しても知らねーぞ?」

 

「あら、この国には『慢心せずして何が王か』という諺があるのでしょう? 王ならぬ一貴族の身と言えど、我がオルコット家の家名に懸けて。ハンデを与えた上で完全勝利を収めて見せてこその私ですわ!」

 

 何やら日本を勘違いしている気もするが、とにかく自負と共に宣言するセシリア。これは単純な自信と言うより、自らに課す制約だろう。

 人々の注目を集めたいからと一夏に決闘を申し込んだセシリアだが、本人達も自覚する様に素人と玄人だ。注目されるからこそ、それなりのハンデを背負わねば上位に立つセシリアは非難される。

 

「故に、カタログスペックよりもう少し制限と条件を付けて……決闘のルールは、初心者の貴方にも十分勝機があるよう工夫します。意地があるなら、足掻いて見せて下さいな」

 

 そう言って微笑むセシリアに悪気は無い。ナチュラルな見下しも、二人の実力差を鑑みれば正当な評価でしか無く、その事は他の誰よりも一夏自身が自覚している。

 

 だからこそ、思うのだ。

 

 

 

 この慢心とも呼べない心の緩み、上位者として持たざるを得ない余裕。常識的に考えた結論としての必勝。

 

 ―――他でも無い、『初心者以下』という非常識(オレ)ならばこそ。討てる盲点(スキ)があるのでは?

 

 ……この時点では、無意識下の直感に過ぎなかったが。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 夜、寮の自室にて。

 

「風呂上がったぞ一夏、入るなら……って、何を読んでるんだ?」

 

 一心不乱にタブレット端末で資料を読み漁る一夏に、風呂上がりの濡れ髪からシャンプーの匂いを漂わせる箒が声をかけた。

 

「ああ……オルコットさんから渡された、専用機の資料。本当、割と明け透けに情報開示してくれてる……っつーか、傾向と対策のメモまで付けてくれてる……」

 

「それはまた……世話焼きもいいとこだな?」

 

 何とも言えない顔の顔の一夏と箒。まぁ、『打倒ワタクシ(セシリア)! 精々頑張るのですわ!』とか書かれたメモやら、IS初心者御用達の鉄板トレーニングメニューやらまでオマケで添付されてるのだからそんな顔にもなる。

 

「……確か最初はあれだよな、オルコットさんが『教えを乞いたければ頭を下げろー』みたいな事言ってきて、それに俺が反発したから対立するみたいな形になったんだよな?」

 

「その筈だな。……結局、押し売りみたいに色々お節介焼かれてる訳だが」

 

 頭を下げた覚えは無いが、相手方は既に教えを授ける気満々らしい。……まぁ、彼女も初心者と戦う手前、対外的には『試合形式で行う初心者への教導』だと思わせたいのだろう。

 というか、対外的にはそのように言い訳したからそのように見せかけろ、と担任教師(おりむらせんせー)から通達(めいれい)があった訳だが。

 

 

「……ま、タダでくれるっつーならありがたく貰っとこう。何にせよ、一週間で最低限『戦いになる』レベルまではISを動かせるようにならなくちゃいけない訳だし」

 

 そう割り切って、一夏はセシリアから渡された対策資料を更に調べる。

 今開いたデータは、セシリアの過去の練習試合の資料映像だ。本国においてはセシリア本人とその関係者以外閲覧禁止の部外秘資料だが、セシリア自身が持ち出して関係者(たいせんあいて)に渡したのだから無問題、らしい。

 

 再生中の動画の中でセシリアが搭乗しているのは、第二世代型ISの最高傑作と謳われるフランス製の量産機『ラファール・リヴァイヴ』。そのスペックは可も無く不可も無く、平々凡々ではあるが、それ故に扱い易く、またカスタムの拡張性も高い。初心者から上級者まで幅広く好まれる名機である。

 セシリア機を見れば、どうやら蒼く塗装されたセシリア用のカスタム機。素人の一夏では一見してどんなカスタマイズがされているのか判断が付かないが、代わりに見分し解説してくれるのはその幼馴染。

 

「ふむ、装甲を軽量化する事で耐久性と引き換えに機動力を確保しているな。これは格闘戦よりも寧ろ遠距離での回避を主眼に置いた改装だろう。使っているライフルは『スターライトmkⅡ』、エネルギーパックを増設して出力を上げている……というか、銃身(バレル)も長めの特別製にして精度も上げているから、これは射程の延長だな。機体各部に増設されたバーニアは、推力増強ではなく姿勢制御用……ほう、回避機動直後、あんな体勢からでも狙撃が出来るのか、あの速度で動く敵機に……いやはや、強い強いと聞いてはいたが、聞きしに勝るとはこの事か」

 

「すまん、箒。一言で頼む」

 

「アイツの狙撃(スナイプ)超ヤベー」

 

「なるほど理解した」

 

 つまり、セシリア・オルコットの戦法は遠距離戦が主体であり、専用機(ブルー・ティアーズCC)もそれに準ずる。先にそのデータを見た時は、『こんなに遠距離戦偏重の機体で、相手に接近されたらどうするんだ?』と思っていた。だが、この映像を見るに―――

 

「そもそも近付く前に撃たれる、という訳だ。よしんば被弾を覚悟で無理矢理前進しても、撃たれながらでは逃げる彼女に追い付けない」

 

「……遠距離仕様なら、間合いに入れりゃ剣道やってる俺ならワンチャンあるかも、って思ったんだが。流石にそんな分かり易い弱点は無いか」

 

 どの資料映像を見ても、明らかに初心者には不可能な機動でセシリアに迫る対戦相手の歴々が、輪をかけて華麗な機動のセシリアに易々と引き離されていく。一夏では絶対に追い付けない。

 

 ……と、そんな中から一つの動画が彼の目に留まった。

 

「お!? 何だ今の、バシュッて動いたぞ!」

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)だな。一直線の高速機動を行う、ISパイロットにとって基本技能の一つ……初心者がまず最初に習得すべき技術の一つだが、様々な派生技能もあるし、国家代表同士の試合ですら勝負の決め手になる事もある。極めればそれ自体が奥義にもなりうる、基本にして基幹。そんな技だ」

 

「あー、そういや弾……中学ん時の友達と遊んだIS/VS(ゲーム)でそんな技があったな。ゲーム上の演出かと思ってたけど、本当にある操縦技術だったのか」

 

 話しながら眺め続ける画面の中では、セシリアの対戦相手(サラ・ウェルキンという名らしい)は精密狙撃を何とか耐えながら、隙を見て瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、銃撃の合間を縫ってセシリア機へと接近を試みる。

 セシリアも距離を取ろうとするが、対戦相手のサラも中々の上級者らしく、致命打だけは避けながら強引な加速で銃撃の嵐を抜け、巧みな機動で先回りをする様にセシリア機との距離を徐々に詰め、そして必殺の間合いに入った所で剣を構えて―――。

 

 

「……すげぇ」

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 思わず感嘆の声が漏れるのも無理は無い。完璧なタイミング、完璧な間合い。完璧な切り込みであった。

 銃撃の後、レーザーライフルのエネルギーが一時的に空になり、再装填されるまでの僅かな隙。今まで致命打を避けてきたサラが、敢えて被弾を覚悟の上で突進する事による強襲。瞬時加速(イグニッション・ブースト)の限界距離ギリギリを見極めた、唯一無二の近接戦闘の好機。

 

 その急な動きの変化に、さしものセシリアも迎撃の発砲の余裕はなく、そして。

 

 ……サラの瞬時加速(イグニッション・ブースト)とほぼ同時、いや紙一重の差で遅れて(つまり相手の発動を見てから反射的に)セシリアも後方へ瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行った。背面への後退にもかかわらず、前へ突進してくるサラと変わらない速度だ。

 そう、サラの突撃と変わらない速度。相対速度を同じくして同じ方向へ動いた以上、互いの距離は一定のままだ。

 セシリアは慌てた様子を見せず、ライフルの銃口をサラへと向け直し、発砲。光条がサラ機へと走る。

 

 それに対し、サラは咄嗟に剣でレーザーを切り裂いた。

 彼女の剣はセシリアとの練習試合に備え、光を弾き分散させる特殊なラミネート加工を施されていた。世界最高峰のレーザー技術を誇るイギリスは、対レーザー技術に関してもまた最高峰なのだ。

 

 そうして、セシリアからの銃撃を防いだサラは。

 ―――次の瞬間、()()()()()()()()()2()()()()()()()に貫かれて撃墜された。決着である。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ……以上、僅か五秒、いや二秒にも満たない瞬く間の攻防。これが熟練操縦者同士のISバトルか、と一夏も感服する他ない。

 

「でも最後のアレ、何だったんだ? なんかオルコットさんとは別の誰かがビーム撃ってたように見えるけど……」

 

「ああ、アレは『BT兵器』だな。『ブルー・ティアーズCC』のデータにも載ってたんじゃないか?」

 

「BT……あ、『遠隔無線誘導砲台』って書いてあったアレか。文字で読むと小難しくてよく分からなかったけど……」

 

 そこでもう一度画面に目を戻すと、試合後のセシリア機に左右から二つの浮遊レーザー砲台が近付いてきて、ラファールの肩部に設置されたコンテナへと格納された。なるほど、これがBT兵器。

 

「要するにファンネルみたいなもんか」

 

 と、アニメ知識で自分なりに解釈する一夏。それに頷きを返しつつ、箒が補足する。

 

「まぁ、この動画で使われてるのは第二世代用の『試作型BT』……本体と有線で接続され、手元のコントローラーでラジコン操作する代物だな。主に戦術研究・練習用で、こっちは既存技術だが……」

 

 と言いつつ、一夏から自分の端末にもコピーしてもらったデータに目を通し、続ける。

 

「この資料を見るに、どうやらイギリスは完全無線操縦を実現したらしい。第三世代ISの"I2(イメージ・インターフェース)技術"を用いれば確かに出来ない事は無いが……事実なら、技術者共は変態だな」

 

 第三世代ISの特徴である、イメージ・インターフェース。要するに、機械的操作でなく頭で考えるだけで兵装を使用できる仕組みの事だが、それを使って複数の砲台を自由自在縦横無尽に動かそうというのは流石に変態技術という他ない。

 

「つーか、そんなもんマジに作れたとして、操縦者が実戦で動かせるのかよ?」

 

「普通は無理だな。レーザービット一機一機の位置と動きを常に計算し、それぞれの射角から狙いを付けて撃つ……それを全て頭の中で明確に思考しなければならないんだ、脳の処理が追い付かん。戦闘中なら尚更だ」

 

 有線ラジコン操作の試作BTなら多少はマシだが、それでも実戦使用は現実的で無い。

 イギリスのテストパイロットや代表候補達は、研究の為に一応これを扱えるよう訓練されるが、ぶっちゃけ普通に銃で撃った方が早い。

 要するに、遠隔無線誘導を実現した所で『理論上は強い筈』というだけの話、それを十全に扱えるパイロットがいない限り英国特有の面白兵器で終わる。……その筈だったのだ。

 

 

「いやでも……さっきの動画のオルコットさん、試作とはいえ実戦で使ってたじゃんか?」

 

()()()無理、と言っただろう? アレはセシリア・オルコットだぞ」

 

 居たよ、十全に扱えるパイロット! という事である。

 

「要は、個々のビットを三次元空間上に展開させる空間認識能力と、戦闘中にそれぞれを並列思考(マルチタスク)で操作するだけの情報処理能力。そのどちらにも高水準の適性を有していれば、理論上は扱い切れるし、実際彼女が扱って見せたんだ。イギリスではこの適性の事を『BT適性』と呼んでいるらしいが」

 

 イギリスの公式資料によれば、他のパイロットのBT適性は軒並み実戦レベルに至らない中、セシリアの適性はぶっちぎりでトップ、どころか即実戦投入可能なレベルだったらしい。

 だがそれが余りにも常軌を逸した数値だった上、秘密兵器であるBT兵器の実戦での使用シーンは極秘資料として秘匿されていた為、今までは殆どの国が半信半疑だった。

 今回のセシリアの専用機の初実戦で真相が明らかになる、と各国はそちらの意味でも注目していたのだが……一夏と箒は、一足早く真実を知ってしまったようだ。

 秘匿資料とは何だったのか。セシリア曰く「どうせCIA(アメリカ)GRU(ロシア)には抜かれた情報ですし今更ですわ」との事だが。

 

 

「……聞けば聞くほど勝ち目無いな、俺」

 

「それはそう……っと、待て」

 

 遠い目をし始めた一夏を元気付けようとしたのか追撃しようとしたのかは知らないが、口を開いた箒を遮るように響く電子音。

 箒が自らの携帯端末を取り出し、暫く弄るとその画面を一夏に向けた。

 

「どうやらお前の専用機の情報が届いたようだな。一緒に見るぞ、一夏」

 

「……えっ、なんで俺の専用機のデータが箒の所に届くんだよ!?」

 

「それはほら、姉さんが何時(いつ)に無く張り切ってたから私も気になってこっそり送って貰って……もとい、アレだ、ほら、そんな事より気になるだろ専用機!」

 

「お、おう、気になるのは確かに……前半聞き取れなかったけど何か重要な事言わなかったか箒?」

 

 この馬鹿が難聴系主人公で助かった、と内心呟きつつ彼の追及を努めて無視して更に話を逸らす、いや本題に戻す。

 

「敵の専用機の情報も確かに大事だがな一夏、それと同じくらい自分の専用機の情報も重要だぞ。自分に『何が出来て』『何が出来ないのか』を把握せずして戦えば、自ずから敗北は必定、逆も然りだ」

 

「昔の兵法書でいう所の『彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず』って事か」

 

「孫氏だな。まぁそういう事だ」

 

 と、簡単に言いくるめられた一夏は、何故幼馴染が自分の専用機の情報を持ってるのかなんて疑問はさっぱり忘れて、データを確認する。

 そして。

 

「……えぇ……」

 

「これは……ちょっと、相性が悪いなんて物じゃ無いな。武装は刀一本(ブレオン)の近接特化機体……」

 

 遠距離特化の『ブルー・ティアーズCC』に対しては、最悪と言っていい相性だった。

 

「最大限好意的に見て……一撃必殺は狙えるようだから、ワンチャン狙いには最適、と言えるのは確かだが……」

 

「『一撃必殺』? ……これか、『零落白夜』」

 

 それは、一夏の姉・千冬が現役時代に使っていたものと同一の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)。切った相手のエネルギーを消失させる、一撃必殺の剣。

 ……本来は各ISごとに固有で有る筈の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)が何故か姉と同じ物を発現してるとか、そもそも二次移行(セカンド・シフト)しなければ発現しない筈だとか、つーかぶっちゃけ発現前から詳細が分かってるってどういう事なのとか……ツッコミ所は満載であったが、幸か不幸か一夏の知識不足により全てはスルーされた。

 尤も、彼が気付いていたとしても納得できる答えが得られたとは限らないが。全てはウサギさんの胸先三寸、としか。

 

 

 

「だがまぁしかし、ここで不満を言っても仕方が無い。我々は結局、与えられた手札で戦うしか無い訳だからな。……一夏?」

 

 ザッと資料に目を通し、溜息を一つ吐いてから一夏に声をかけた箒は―――そこで漸く、彼の様子がおかしい事に気付く。

 

 

「『零落白夜』……一撃必殺? 俺の機体は……オルコットさんの…… 形態移行(フォームシフト)……さっきの動画の……」

 

 ブツブツと呟いていた一夏は、「あれっ?」と気の抜けた声を上げると、同じく気の抜けた顔で箒に振り返り、こう言った。

 

 

 

「箒、俺、勝てるかも」

 

 

 ……To Be Continued→




IS機体・武装名鑑1
『ラファール・リヴァイヴ(セシリア機)』
第二世代型量産ISの傑作『ラファール・リヴァイヴ』をセシリア用にチューンした機体。
飽くまでも練習機の専用カスタマイズであり、専用機では無い。
装甲パーツの一部をブースターユニットに換装、耐久性と引き換えに機体の安定性と瞬発力が向上している。
推力自体も微増しているが、専ら遠距離から優雅に狙撃するのがセシリアの戦闘スタイルなので、最高速よりも緊急回避とその後の機体制御に重きを置いている。
また、肩部に取り付けられたコンテナ内に試作BT兵器を二機格納。セシリア以外には実戦でマトモに運用出来ない為、実質専用装備と化している。

【武装】
【スターライトmkⅡ】:英国製レーザーライフル『スターライト』シリーズの現行品。
レーザーライフルの実現を果たした初代から、兵器としての安定性と実用性を強化されている。
本来、レーザービームは光の熱量により対象を溶断する兵器だが、この世界ではIS登場以来の謎技術によりアニメや特撮のような『着弾で爆発する派手なレーザー』として完成している。浪漫だね。
【インターセプター(レイピア)】:近接戦闘用武装。老舗の鍛治工房が大手鉄鋼会社と共同開発した実体剣。
レーザー等の光学兵器に力を入れているイギリスだが、ビームサーベルのような近接兵器への転用は未だ実験の域を出ない。その為、現在は信頼性の高い『インターセプター』シリーズが正式採用されている。
その形状は、基本的には短剣型かレイピア型の二択。だが鍛治職人に認められた希望者はオーダーメイドで形と機能を調整できる。サラ・ウェルキンの持つ対光学ラミネート大剣型インターセプター『キルセッシー』が特に有名。
将来的には光学系近接武装への転換が進む予定だが、その実績に裏打ちされた実戦での安定感から、完全撤廃はされず少数生産の希望者専用武装として愛され続けるだろう。
【エンフィールド・ライトモデル】:レーザー銃の小型化を目指して開発された、リボルバー拳銃型レーザーガン。
近距離での銃撃戦を想定して取り回しの良さ最優先の設計になっており、近接戦を挑もうとする敵への対処に使われる予定だった。
戦術研究が進むと、スターライト一本で近距離銃撃戦も十分対応可能である事が判明。そしてスターライトが対応不可能な距離ならインターセプターの方が有用、という訳で現在では完全に飾りと化した哀しい武器。
イギリス特有の面白珍兵器として、公式戦で偶に使われると一部のマニアから喝采が上がる。
ブルー・ティアーズCCには搭載予定無し。
【YBT-00(試作BT兵器)】:肩部搭載のコンテナから射出される、有線誘導型レーザー砲台。
戦術研究・練習用で、イメージ・インターフェース未搭載。よって操作は手元のリモコンで行う。
技術発展の途上で作られた大型の砲台なので、左右のコンテナに一台ずつしか搭載できない。稼働エネルギーは本体から線を通じて供給され、コンテナ部は動作制御用の演算機の役割も担う。
ファンネルというよりジオングの手、或いはブラウ・ブロのオールレンジ攻撃がイメージに近い。
扱い難いし実戦では役に立たないし、これも面白珍兵器の類の筈だったが、なんかセシリアが使い熟せたのでブルー・ティアーズCCに完成版が搭載された。

   ※   ※   ※


なんで決闘が始まらないんですか?(詰問

や、でも、次回は漸く戦えそう。出来れば一話で終わらせたい……。
決着までに必要な伏線は張ったし。
山札は混ざって手札は配られた。
後は勝敗を決するのみ……だといいなぁ。(呑気


   ※   ※   ※


結局どうしようね、四十院さんの扱い。
原作で一般家庭の鷹月さんを令嬢系キャラにしちゃったしなぁ……
なら原作で名家の出の四十院さんは……どうすれば……どうする……



   ※   ※   ※



IS学園生徒名簿1
『四十院 神楽』
曾祖母が皇族出身のまことにやんごとなきお嬢様。
その他、先祖を辿れば中国のラストエンペラー・宣統帝溥儀やら失われた筈のロシア・ロマノヴァ王朝の娘アナスタシアやら、世界中の貴き血筋が目白押しのウルトラロイヤルファミリーの末裔。実の母親がイギリス女王の妹だったりする。
彼女自身は物腰柔らかで礼節を弁えた言動ながら、その本質は誰よりも気高く豪胆、ぶれず歪まぬ芯の強い女。それでいて他人に優しく自分に厳しく、誰に対しても公正・公平に接する為、自然と人に慕われる、というか人を従える女帝。
生まれ持った『王威』とも呼ぶべきカリスマで皆を率い導く、1年1組の真の支配者。


   ※   ※   ※


良し。(良くない(ノリで設定作るな


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