ラブライブ! Belief of Valkyrie's (沼田)
しおりを挟む

プロローグ

 このたびハーメルンでも、沼田式ラブライブ!の物語、プロローグですがひとまず完成いたしました! 歌って踊って戦う少女たちの愛と信念の物語が、どの方向に進むか分かりませんが力を尽くし書き上げるつもりです。

 なお原作メインメンバーのうち若干二名未登場の者がいますが……あの子ら面倒な事情を抱えていることにつきご了承ください(要として登場確定っす)。



 

 想いは挑むためにある。

 

 正か邪か、叶うか否か、そもそも種類が星の数ほどあれど、人はしばしば何かを想う。ただし、実際に思ったところでそれを行動に移すか否かは別であり、完遂できる完遂できる人物はそう多くなく、まして成功に至らせる事例は数えられる程度である。補足するなら、たとえ成功とその時点で判断できたとしても、のち振り返ってなお成功といえることは稀でさえある。つまるところ、不完全な人間が自らにないものを求め動いたとしても、新たな不完全に直面するという証明なのかもしれない。

 

 しかし、それでも。

 

 人は自ら信じるところに従い、古今東西想いに挑み続けていく。

 

 そんな規模程度を度外視すればごく当たり前な現象は、常に起こり続けている。この物語はそんな想いに力を持った少女たちが、仲間とともに挑むものである。彼女たちは何を思いどう挑み、その果てに何を得るのか? 人はおろか神ですら掴みかねるものだった。

 

 

 「ん~、春って良いよねぇ春って」

 

 「現在進行形でだらけきっている穂乃果には感心しませんが、私としても同感ですね。鍛錬の効率がかなり上がります」

 

 「海未ちゃあん!? もっと別の方向から考えてみなよ? 春だよ!? 高校二年生の! いろいろいま私たちも音ノ木も動きやすいし、進路も魔法点加味されるから心配ないし!」

 

 「魔法推薦で進路を決めたとしても、学力は問われます! そもそも、穂乃果の学力だってとてつもなく優秀とはいいがたいんですよ!?」

 

 「まぁまぁ穂乃果ちゃんも海未ちゃんもヒートアップしないで落ち着いたら? 桜、すっごくきれいなんだから」

 

 四月五日の東京都千代田区中心部――その割にはらしからぬレトロさのある通学路を、三人の女子高生が歩いている。オレンジ気味の茶髪の少女と紺色ストレートの少女が何やら衝突気味なところを、淡いブロンドサイドテールの少女が仲裁しつつ和気あいあいとしている具合だった。事実、彼女たちの立ち位置と母校の前途は、かなり安定したといえる状態だったのである。ただし、よくよく耳を澄まし観察すれば、会話の節々に非日常的な要素も混じっていた。

 

 「海未ちゃん。自分でいうのもあれだけどさ、桜舞い散る魔法の名門音ノ木坂と在籍三人のエースって図式、広告にしたらとっても絵になるよね?」

 

 「は、恥ずかしいですが……確かに絵になるとは思います。序列六位の私と四位のことり、『無尽蔵の可能性』と呼ばれた穂乃果が結果を出したうえで揃うとなれば効果も大きいです」

 

 「海未ちゃんが乗り気なら、私また衣装作ろっかな♪? 新作のアイディアとかそろってきたし、演技もあの時海未ちゃんうまかったから」

 

 「こ、ことりっ!? また特殊気味な固定ファンが喜びそうなあれで人前に立つのですか!? もう当面の危機は脱したのですし、別に必要がないと思うのですが」

 

 紺髪ストレートの少女――園田海未はブロンドサイドテールの少女――南ことりの発言にかなり動揺してしまう。冷静沈着なタイプであり十分な能力を有する彼女だが、そうである故かかなりはずかしがる性分でもある。それでも昨年は緊急性の高い事情につき、勇気を奮い着こなしてみせた。ただそうであってもまたやりたいといえば別であったのだが、彼女と最も緊密な相棒は違った見解を持っている。

 

 「そういう割に、海未ちゃんことりちゃんがもってきた魔法少女のアニメのイラスト集、かなり見入ってたよ? ブルーレイも結構テンション高めに見続けてたし、かわいい格好に対する願望は強い方だと思うな」

 

 「あ、あれは演じるにあたって本質を覚えないとどうにもならないと思ったからです! そうやって意識していたら、周りが目に入りづらくって……。だいたい、穂乃果も私が日常的にそっちの方向に走っていたら変だと思わないですか?」

 

 「思わないよ。どんな格好をしてもどんな能力があってもどんな立ち位置にいても、高坂穂乃果にとっての海未ちゃんは大切な存在だから。その海未ちゃんが本気で好きになっていることなら、全力で私は応援できるな。むしろ、私も一緒にやりたくなっちゃうぐらいだし」

 

オレンジ気味の茶髪の少女――高坂穂乃果はそれまでとは異なる真剣さを帯びた声音で、海未にそう返す。周囲からはしばしばこうした信じる姿勢がすごいといわれることが多いものの、当人は別に特別な意識はなかった。ただ単純に、目の前にいる鋭くも脆い刃のような幼馴染を心から大切にしようと決めているからである。もっともそうした特殊な立ち位置に対するありかたこそ彼女の魅力であり、海未やことりが強く惹かれる決め手であった。

 

「やっぱり穂乃果ちゃんはこれでこそなんだよ。海未ちゃんも私も、他の人たちもこれで好きになれるんだし。話は変わるけど……今日やる始業式ってあとには入学式が控えてるんだよね? 確かそこで新入生代表のスピーチをやる子、かなり話題なはずだけど」

 

「私とことりと同じ、単身で国家級の価値があると称された序列入りの生体技能保持者――第五位ですからね。しかも一大魔法家系である西木野家当主。道中テレビ局スタッフらしき人も随分いましたから、かなり注目されてます」

 

「あ、それ記者会見で音ノ木入りますって宣言した女の子のことだよね? UTX学院側が何かまずいことやったって話だけど……海未ちゃんやことりちゃんも似たことはあったんだよね?」

 

「あの会見のような襲撃ではないですが、五名一個小隊分の技能保持者が二年前張り付いていたのは確かです。特に実害とまではなかったので放置しましたが、表ざたにならないように裏で動いた部門があってもおかしくありません」

 

「私はむしろ穂乃果ちゃんが何かされるんじゃないかと不安に思ってたよ。高レベルの技能保持者なんて相手にしても厄介だから、関係者の方が狙われやすいんだし。誰が来ても私で何とかできるけど、それまでの間に穂乃果ちゃんがどんなひどい目にあうかって考えるたらが気でなかったかな?」

 

海未の発言に続く形で、ことりも高校受験に対する実情を説明する。東西冷戦期初期に『実在が公表された』超能力――生体技能は世界の常識を一変させた。オカルトめいた能力が正式に存在したことはもちろん、能力の発動に際し使用される魔力が発見されたのである。ワンオブめいた要素の強い生体技能に対し、技能保持者なら程度の差こそあれ誰でもある魔力は、多分に応用要素が強かった。故にさまざまな事象を再現する普遍性の高い『魔法』という形で、魔力運用技能は一気に形作られたのである。現代日本においては人口における技能保持者の割合こそ二割五分程度だが、生体技能・魔法による直接応用双方の獲得技術は通常科学と並び確固たる分野を確立しているのである。

 

「ことりちゃんが暴れたら音ノ木が本当になくなりかねないし、そもそもここ都心の真ん中だから日本が危ないよ。ことりちゃんはいろいろ思うかもしれないけどさ、私は今いる世界が好きなんだ。海未ちゃんがいて、ことりちゃんがいて、友達と家族がいて、一杯思い出のある音ノ木とそれを含むこの世界。もっと続いてほしいって私は思ってる」

 

「大丈夫だよ、穂乃果ちゃん。全部が全部じゃなくても穂乃果ちゃんのいるこの世界は私も好きだし、嫌なことがあっても穂乃果ちゃんがいれば何とかなりそうって思えるの。海未ちゃんもそうだよね?」

 

「こればかりは……ことりと同感というしかないですね。良くも悪くもいろいろな意味でとても目が離せません。それに、私というありかたのためにも――園田海未が剣をふるい続ける意味のためにも、穂乃果は欠かせませんから」

 

「ありがとね、海未ちゃん、ことりちゃん。あ、でも今日から私たち二年生だからクラス変わるかもしれない――っあ、でも基本うちの学校単位制だし選択科目もほぼ同じだから仮に別になってもそんな変化ないはずだよ」

 

幼馴染二人の返答を受け、穂乃果は本心からそう返す。将来どうなるかわからないとしても、彼女は三人でまとまっていられる今を心から愛しているのである。そんな気分に浸りつつ、肝心の音ノ木坂女学院に到着したのだが、学年が上がる都合どうしてもクラス替えが発生してしまう。二人を安心させる意味合いでそう言及した彼女だが、しかし結果は逆の事態を招いてしまう。

 

「まず大丈夫だと思いますが……万一のことがあれば職員室ですね、ことり」

 

「大丈夫だよ穂乃果ちゃん。間違いを確認するだけだからすぐ終わるし、もし間違っていても直す数は何であったとしても私の生体技能ですぐ終わるから」

 

「二人とも実力行使はだめだから、だめだからね!? 私たち三人去年広告塔のようなことやったからそのボーナスで暮らす三年間一緒にするって約束とれたじゃない、ねぇ!」

 

明らかに臨戦態勢となった海未とことりを見て、かなり切迫した口調で穂乃果は止めに入る。本来しっかりしているはずの二人だが、愛する幼馴染が絡むと見境をなくしてしまうのである。そうなれば止め役に彼女が回るよりほかないのだが、すぐ二人を落ち着かせる材料を発見する。

 

 

「ほら見て二人とも! クラス、クラス同じだよ! これでもう平気だって」

 

「当然の結果ですが……やはり落ち着きますね。物心ついてからずっと穂乃果が隣にいたからでしょうか?」

 

「ここまで来ると前世でも私たちってすごく仲好かったんじゃないのかな? 今なら信じられそうだよ」

 

「前世かぁ。死んだ後も生まれる前もわからないけど、私としては二人がいる今が一番好きかな? この今を守れるなら、どんな相手でも戦えるぐらい、強くね」

 

「あー、新学期のっけからのろけてるエースの皆さん、もうそろそろホームルーム始まるよ? 特に始業式答辞にも関わるんならなおさらだよ」

 

到着した学院内にあるクラス分けリストが張られた掲示板付近にて、三人と同じクラスとなった女子生徒が呼びかける。主に良い意味で強烈な印象を放つ穂乃果たちの存在は、クラスメートとして気にかけるべきものなのである。さすがにこれまで無視するわけにはいかず、彼女たちはすぐさま意識を切り替え対応する。

 

「大分長引いちゃったけど、そろそろ教室いこう? クラスの顔ぶれとかもあるし、スピーチの準備もあるからさ」

 

「準備準備と日頃から穂乃果に言っている立場として、こけるわけにはいきませんからね。手早く、すませましょう」

 

「穂乃果ちゃん海未ちゃん、きっとやれることはやれたしうまくいくよ。どうも、ありがとね~」

 

穂乃果、海未、ことりの三名はそれぞれそう返すやすぐ所属の教室へと足を運ぶ。学院内である意味もっとも普通でない要素の多い面々であるが、こうした折に見せる動きは真に年頃の女子高生と呼ぶべきものだった。無論、彼女たちは残り二年の生活すべてが平穏無事にすんでくれると信じているわけではない。ただそれでも、力を合わせれば昨年のように乗り切れる。幸運と不運が混ざった一歩に足を進めるべく、穂乃果たちは新たな一歩を踏み出すのであった。

 

 

 

 

決意は、果たす段階となれば緊張を伴う。

 

たとえどれだけの準備と意思を整え臨んだとしても、いざ実行に至ればどうしても人間は身構えてしまう。何しろ当人が望む要素に対し、明白に足を踏み入れる行為なのである。それの伴う同様なり、衝撃があったとて特におかしい理由はなかった。

 

 だがそれでも、人は決意を果たそうとする。

 

 望みをかなえ、己の想いに正しくあるために。

 

 布石を打ち尽くし覚悟を抱き、ある少女もまた己が決意に臨まんとしていた。

 

「とうとう、私も来たんだ……」

 

 誰に聞かれるまでもなく、少女は一言漏らす。間もなく満年齢十六歳の入学したての女子高生にしては、特段違和感ないともいえる。新たな舞台に踊りだす身として、あるいは何らかの理由で足を運んだことがあるのであれば、春四月の入学に伴い感慨に浸ることもあるからだ。事実、年相応の立場として彼女にそう言う気持ちがないわけでない。

 

ただし、それよりもはるかに重く悲壮な意味合いで、赤毛の少女の意識は定められていた。

 

 <お姉ちゃんが死んで、みんなのつながりが壊れてからもう二年。そのきっかけも経緯も、私は全部後追いにしかならなくて、どうにもできなかった。けど、残った人もいて音ノ木坂もあって、私だって準備もできた。チャンスは一年きりだし、本格的な学校通いは初めてだから不安だけど……そんなこと、関係ないじゃない>

 

悲報から始まったこの二年間を振り返り、少女はそう考える。世間的な分類で『お嬢様』に該当する彼女は、姉代わりとその友人三人を本当に愛していた。だがその少女は二年前亡くなり、結果として友人たちもバラバラになった。だが親しい人間の喪失を味わいながらも、直接の当事者でなかったがゆえに彼女は動けた。八方手を尽くし布石を整えたうえ、本日より姉の通った女子高へと入学と相成ったのである。なんとしても、姉の愛した仲間たちを治してみせる。年頃の女子高生が抱くには強靭な信念を、少女は内に秘めているのである。

 

<それにしても、意外と庶民的な感じがする雰囲気なのね。予算もかなり費やされてるし内部施設は充実してるけど、このあたりは変なエリート意識を持たせない配慮なのかしら? 入学式でスピーチやるから準備含めて遅れちゃまずいけど……まずは>

 

 ちゃんと、会いにいかないとね。

 

外装は意外に抑えめとなる敷地内を歩みつつ、少女はこれから移る行動を確認する。道中複数の視線が自らに向かい、明らかに話題としているような会話が聞こえたが、日常的であり特段気にしなかった。特徴的な赤毛と白地赤の釘貫の家紋を背負う責務から逃れるつもりはないにせよ、この件に関しては純粋な個人としてあたりたいのである。でなければ会う人物と今なお敬愛する姉に、とても胸を張れなかった。そんな思惑を秘めつつ移動していると、中庭にて件の人物を発見する。

 

 「傷、だらけなのね……」

 

 直接目にするのはおよそ満二年ぶりとなる相手の背中を見て、少女は短くそう評する。はた目に見える両手と頬にある小さな傷もそうだが、それ以上に心身両面で内面に傷がありすぎるといわざるを得なかった。数多の傷を負い座り込むその後ろ姿は、かつて初めての出会いの折自身を颯爽と助けたものと異なり、あまりに見劣りせざるを得ない。しかし少女は、若干の落胆よりもはるかに強い衝撃じみた悲しみを感じたのである。

 

 <いろいろ情報を集めて、当事者からも聞いたはずなのに、本物を見たらここまで悲しくなるものなのね。始まりも途中もそれにお姉ちゃんが死んだ二年前も……何回も『死』にまみれ続けてきたなら当然じゃない。どの経験だって、一回でもあれば自殺する例だって起こりかねない悲劇続きだわ>

 

自分を救った白馬の王子とでもいうべき小柄な黒髪ツインテールの女子生徒のことを思い、少女はそう結論付ける。姉からよく聞いた彼女の逸話はどれも明るく爽快なものだが、そこに至るまでかなりの曲折を有したのである。物心ついて以来傷だらけであった彼女は、姉と出会った中学入学当初は最悪に近い域で荒んでいた。故にこの女子生徒は必然的に姉と友人二人と三・四ヵ月ばかり衝突が絶えなかったのである。ぶつかり合いの中で女子生徒の本質を知った姉は、言葉と拳と心を交え、ついに彼女と深い友情を結ぶに至った。以降は一番の親友というべき間柄となった女子生徒と姉だが、それでも長年つき続けた傷がいえきったといい難かったと少女は聞いている。その最悪の結末が、姉の死を引き金とした四人の崩壊だった。少しでも冷静に考えれば、女子生徒の傷は最も親しい友人であったとしても始末できなかったといえるのである。

 

 にもかかわらず、私は挑む。

 

 当事者でないどころか、姉のように他者を救い導く言葉もない身であるのに。

 

 <関係ないのよ、直面する困難とか、遂行に際するリスクとか、何より折れそうになる私の気持ちとか。直に経験したのよ!? どれだけの差があっても向かい合い続けてくれたお姉ちゃんと、歴代最強の西木野でも第五位でもない私を助けてくれたお姉ちゃんの親友を! だったら、迷う理由なんてどこにもないし、そうだからここまで準備できた。やってやろうじゃないのよ! これこそが私の――西木野真姫の>

 

「なすべき、ことだから」

 

気合を入れなおした少女――西木野真姫は、意を決して行動を開始する。とはいえ行動自体はごくシンプルなもので、眼前の座り込んでいる女子生徒に呼びかけただけだった。ただ普通の高校生には何ともない行為でも、抱える特殊さゆえに彼女にとってかなり勇気のいるものだったのである。ただ幸いというべきか、声そのものはすんなりと反応した女子生徒は、暗い雰囲気は置くとして手早く真姫へと振り返る。

 

「なによ、さっきから私のこと見続けたみたいだけ……どって、まさかあなた!?」

 

「覚えてて、くれたんですね。前会ったときはかなりゴタゴタしてましたし、あんまり話す機会もなかったですけど」

 

「会わなくとも写真ならあいつから何回も見せてもらってるし、そもそも親友が一番大事にしていた妹なのよ!? そんなことより、音ノ木坂で良かったわけ? そっちの実力ならわざわざ高校通いする必要もないし、肝心の私たちが……こんなだし。そもそも、序列第五位で西木野の当主でしょ?」

 

「器がひっくり返っていないなら、どこまでも治せってのが西木野の流儀です。どれだけそれが困難でも、やり続け成し遂げることの意味を、私はお姉ちゃんとあなたの背中から学びました。だから、今すぐ立ち上がってなんて言いません。ただ、私が教わった正しさをこの学校で果たすところ、見ていてくれませんか?」

 

語気を強めることなけれども、これ以上にない譲れぬ意志を込めて真姫は女子生徒にそう話す。本来なら良くも悪くもどちらの意味で、目の前の彼女と言葉を交わしたかった。ただ、お世辞にもつながりが深いといえない段階でそれを求めるには、あまりに厚かましいと真姫は判断したのである。だからこそ、行動による背中で示す。有言実行の宣言をして、最後に彼女は女子生徒の名前を口にする」

 

「矢澤、にこちゃん。今度は……今度は私が、助けます!」

 

「ま、真姫ちゃん!? そ、そんなこと言われても今は」

 

言い終えるや否や駆け足で去る真姫を、女子生徒――矢澤にこは呼び止めようとするも叶わず終わってしまう。しかし、残った感情としてあったのは困惑だけではなかった。忘れようもない悲しみと後悔の日となった二年前以来、自身に対しここまでまっすぐ向き合う言葉を向けられたのは初めてなのである。もちろんそれで、永年の傷も悲しみがたちどころに霧消したわけではない。ただ、『一番の親友の妹』という意味以外で、彼女の言葉に説得力をにこは確かに感じていた。

 

幾度も死を潜り抜け戦いながら、矢尽き刀折れ心砕けてしまい、地に墜ちた王子。

 

幾度も死から生を手繰り寄せ、力と心を磨き続け、天を駆ける姫。

 

性格も経歴も素養も才能もことごとく対極ながら、この日確かな接点を二人は得た。その果ての帰結がいかなるものとなるか、神すら掴めぬ混沌を秘めている。だがそれでも互いに前へ歩む意思を帯びて、西木野真姫と矢澤にこの物語は、始まりを迎えたのであった。

 

 

 

 Ⅲ

 

 世界は天才のみで成立しない。

 

 革新的なアイディアは天才が生み出すものであり、それの具現化や普及もまた天才が行うものだが、人の営みは彼らのみではあり得ない。凡人の疑問なり視点から天才はアイディアを得ることもあり、普及や具現化にしても一般的な支持が必要となる。そもそも、従来の概念を一新するようなアイディアを持つ者が、その時点での基準で『天才』と評価されるかどうか怪しいものである。

 

 つまるところ、意外にも『天才』の基準はあいまいである。

 

 裏を返せば凡人と思う人間であっても、本心から挑んでみれば意外な才能を開花させる事例の存在を意味している。もちろん失敗終わってしまう例も多い。だが結末がどうであれ獲得した経験は無駄とならず、次への応用や別分野での活用が期待できる。こうした考察を抱いているかどうか怪しいが、ここ音ノ木坂学院にも新たな領域に挑もうとする『凡人』が動き出そうとしつつあった。

 

 「かよちん、凛初めてスピーチがかっこいいって思ったニャー!」

 

 「うん、今回は本気でそう思えたかな? 演壇に立ってる子が私たちと歳が同じの序列入りで、クラスが同じだって考えるとすごかったよね」

 

 「あ、でも序列入りって凛たちの一個上の学年にも二人いるんだよね? それに技能検査でかよちんか凛に『ランク7』の判定が下れば完璧にゃ!」

 

 「凛ちゃん!? さすがにそれは夢見すぎだよぉ……」

 

 明るい赤毛短髪の少女に、同じ短髪の茶髪の眼鏡少女が入学式を終えた教室への道中にて、そんな会話を交わしている。桁違いに該当する高坂穂乃果のような人望や西木野真姫のごとく才能に彼女たちは恵まれているわけでは決してない。世間一般における平均的な学力と生体技能を有した、ごく普通の少女たちである。ただし、あくまで『この時点』という但し書きが付随することもまた事実である。

 

 「技能検査(スキルチェック)で生体技能はっきりすれば、やれることがきっと増えるはずにゃ! 少なくとも凛たちは『ランク4』以上は確定なんだし」

 

 「魔法科推薦での必須条件だからね。まぁ、凛ちゃんの場合は内申点の方が……」

 

 「かよちん!? あの地獄の日々はあんまり触れられたくないにゃ! 定期と小テストだけじゃなくて提出物とか授業態度とか涙ぐましい日々をすぐ思い出すのは酷にゃ~!」

 

 「けどそのおかげで音ノ木坂に合格できたってことを思えば、悪くないんじゃないのかな? 私たちの年度がかなり入りやすかったのもあるけれどさ」

 

 朱毛短髪の少女の悲鳴に、眼鏡少女は落ち着いてそう返す。都内や関東地方はおろか、日本全国区から見ても有力な魔法科設置校である音ノ木坂学院だが、数年ばかりゴタゴタ続きだった。少女たちの二学年上が優秀ぞろいだったらしいのだが、二年前の五月の事件によりそのうち過半が失速してしまったのである。これだけならば競合校といえるUTX学院の優勢となるはずであったが、去年に入り大規模なスキャンダルが発覚した。同校のスカウト班が演壇にも立った西木野真姫に対し、『暴行』を伴った勧誘を行ったのである。被害を受けた彼女は事実を公表し、自身の入学と全西木野関係者・資産のUTXからの撤退を宣言し、実行した。有力魔法家系トップの突然の方針転換に当時二校はもとより、魔法教育界全体に激震を走らせた。

 

 「稀にみる好機をものにしたい音ノ木坂と、スキャンダルからの回復を狙いたいUTXは勧誘合戦をやって、他の学校もつられて随分な売り手市場状態。どこもかしこも募集人数を増やすような展開だったから、相対的に倍率も落ちたんだよね。だからこそ、推薦が狙いやすくもあった」

 

 「かよちんのいったことに間違いはないけどさ、ここに来るまでだってかなり大変だったんだよ? それに、凛が聞いた話じゃ、入ってからも音ノ木坂は苦労するって話みたいにゃ。今の生体技能の評価が、出力以上に応用幅で評価されることが多いし。凛の生体技能、出力はともかく応用でどこまで使えるのか……」

 

 「能力が直接使用者の身体に作用するタイプより、周辺に展開する方が確かに便利だからね。けど、凛ちゃんの生体技能だって悪いものじゃないよ! 強化ポイントを任意にいじれるなら、そこからの派生幅も広いって」

 

 「確かに……言われてみれば確かにそうにゃ。いろいろできるから良いことも、あの時みたいにひどいことだってやれちゃう。けど、そんなもの全部ひっくるめて星空凛のスクールライフが面白くなりそうだって思えるにゃ」

 

 朱毛短髪の少女――星空凛は一瞬憂いを見せたのち、明るく感想を口にする。外見からの想像通り、奔放な猫じみた声色ははた目どころか彼女と一定以上知る人間が聞いたとしても、予想通りと判断できるものだった。しかし、その奥に未だ残る暗さを、傍らの幼馴染は敏感に感じ取ったのである。

 

 <やっぱり、凛ちゃん意識し続けてるんだ。無理も、ないよね? あんな血なまぐさい事件、五年過ぎたぐらいじゃ忘れるなんてできっこないよ。しかも……私から始まったようなものでもあるから、重くもなっている。このこと、私がやっぱり何とかしなくちゃいけないよ>

 

 茶髪眼鏡の少女――小泉花陽はことさら明るくふるまう親友を見て、改めてそう考えてしまう。水準以上の生体技能を持ちながらもそれ以外は平凡な彼女と凛の関係は、五年前ある転機を迎えることとなった。物静かというより臆病に近い小学生だった彼女は、半ば必然的にいじめの標的とされた。しかし自体を察知した凛の介入により、致命的に至らないうちに事なきを得たのである。ただし、それは意図せざるうえ事後の追及もなかった代わりに血生臭さを伴う決着だった。特に加害者や被害者以上に、凛の負担が大きかったのである。

 

 すなわち、トラウマ。

 

 だからこその解決。

 

 かけがえようもない幼馴染に救われ、なおかつ相手が傷を残しているとするならば、それを癒やすことは責務といえる。そんな心情を抱く花陽は、高校受験に際し魔法科設置校を凛とともに受けることを考えた。後半に魔法・生体技能方面に三年関関わるこの選択に幼馴染は賛同するも、しかし学力という面で足枷を残していた。故にあの手この手で内申点を一定確保したのち、面接と実技試験方式による入試方式にかけたのである。

 

 「そもそも、入るまでにとんでもない苦労続きだったなら、楽しまなくちゃ損にゃ! クラスはかよちんと同じだったけど、部活どうしようかな……」

 

 「特に突き抜けて凄い部っていう意味なら、ない気がするんだよね。二年前は部単位でスクールアイドルが活動していたけど、今はストップ状態だし。去年のスキルコンテストだって優勝したのは個人部門だったよ」

 

 「あそこに出てた今の二年生の三人はすごかったにゃ~。戦い方もそうだけど、立ち振る舞い全部がきれいだったし。凛たちもああなれるかな?」

 

 「訓練次第じゃないかなぁ? 二年前の事件があっても、なんだかんだで魔法科の充実は高いレベルだし、元が良い凛ちゃんなら私はやれるって思うけど。というより、部活って魔法関係以外でも良いんじゃないの?」

 

 凛の質問に対し、花陽は何気なくそう返す。魔法科推薦合格を果たす程度に生体技能に優れた幼馴染なのだが、運動神経も実はかなりのものなのである。特に陸上と女子サッカーに優れており、公式大会でも上位に食い込むほどだった。彼女としては幼馴染が目指せる方向が複数ある以上、どうしてもますはそこを把握したかったのである。そんな花陽の問いに、凛はやや考えるそぶりを見せたのち答えを告げた。

 

 「魔法関係でも運動部でも良いんだけど、凛としてはかよちんと同じ部活に入りたいにゃ。実際中学の時は入賞しても助っ人での参加が多かったし、メインの所属はかよちんと同じ文芸部だったもん。やっぱりかよちんとしては料理部とかあった方が良いにゃ?」

 

 「その選択だと凛ちゃんが致命的になりかねないよ!? 文芸部とかで良いよ、それ以外なら経験活かして凛ちゃんが入った部活のマネージャーとかで上手くやれるから。その辺が私たちにとってプラスだと思うな」

 

 「ん~、ベターだって凛でもわかるけど、何となく今まで通りの気がするにゃ。なんかこう、有名人とすっごく仲良くなるとか、巨大な陰謀と戦うとか。あの音ノ木坂でも非日常の連続ってないはずにゃ」

 

 「やっぱりそうだよ凛ちゃん。物語みたいな事件に実際巻き込まれっぱなしなら、普通に高校生している私たちじゃ身がもたないよ。そういうのって、登場人物の友達ぐらいが一番な気がするかな?」

 

 「けど、世の中何が起こるかわからないにゃ」

 

 花陽の常識的な回答に、しかし凛は意味ありげにそうつぶやく。とはいえ考え込むタイプでない彼女の場合、何気ないつぶやきは大抵直感的に洩らされるものである。ただ経験則として、大きな変化に直面した際の直感がよく当たるとこの少女は肌で感じている。そんな発言にやや顔を驚かせている花陽に対し、凛は平素と同じ快活な調子で言葉をつづける。

 

 「そんな気持ちでいればさ、どんなことがあっても楽しめる気がするって凛は思うんだ。かよちん、本当にやりたいことが私たちで違うこともあるかもしれないし、進む道だって私たちで別になるかもしれない。けどさ、どんなことがあっても音ノ木坂での三年間――ううん、それから先もずっとお互い、大切でいよう? それならきっと、何があっても大丈夫な気がするから」

 

 「凛ちゃん!? 入学していきなりそんな湿っぽいこと言われても……けど、良い言葉かな? 私もさ」

 

 ずっとお互い、大切でいたいから。

 

 ともすれば告白じみたともいえるセリフを、しかし花陽は声こそ小さいがためらうことなく凛に返す。非日常のことはおくとして、ごく普通にこれまで生活を営んだ十五歳の少女が先々の見通しを長く考えるなどどたい無理がある。ただそうであっても、指針となりうる存在があれば別だった。いかなる困難が生じても、すがれる何かが存在する。効果のほどはいかほどなのか、そもそも該当する局面はあるかは別としても、花陽にとって存在自体がありがたかった。

 

 「ああ、もう長々しすぎてるにゃ! いこ、かよちん。私たちの新しい舞台、始まってるんだから」

 

 「そうだね凛ちゃん。じゃあ、一緒に行こう!」

 

 「さぁ、今日から元気にいっくにゃ~!♪」

 

 特徴的な掛け声とともに、凛はステップ気味に一路教室へと向かいだす。そんな目立ちがちな幼馴染を、しかし花陽はどことなく嬉しそうに後に続いていく。比較的ありがちで、主観的に明るい二人組は、こうして新たな舞台へと一歩を踏み出すのであった。

 

 

 かくして同じ舞台で違う物語が、ほぼ同時に始まりを迎えた。ただしそうであっても名うての火薬庫に強力な火薬が置かれ、乾燥を伴う季節のような情勢続きなのである。遅かれ早かれ出来事ひとつであっても、一つの巨大な火炎として具現化するはずだった。だが同時に、火薬と表現された少女たちはいずれも破壊の意思も持たず、時勢するための知恵と術もある程度働いているのである。少なくとも無用な刺激さえ与えなければ、集った少女たちは穏やかなつながりとして生活を送れただろう。

 

 だが焦る外部は、そんな事情も知る由もなく、火種を音ノ木坂学院に持ち込んだ。

 

 それも悪いことに、少女たちへ悉く、危機感と臨戦態勢をもたらすものである。

 

 すなわち。

 

 『魔法科高校集中運用に伴う、音ノ木坂女学院統廃合通達』、である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話

統廃合予告という衝撃を前に、仰天する穂乃果たち。あきらめる意思などない彼女は早くも対処に動き出す。一方の真姫も思惑を胸に秘め行動を開始し……とまぁそんな具合の第一話です。プロローグと合わせ、各キャラの初期段階での立ち位置は言及できたと思えます。


 Ⅰ

 

 青天の霹靂は誰にでもありうる。

 

 人間にとって衝撃と感じる事象は誰にでも発生する。人間にとって予想外はいくつも発生し、往々にしてそれらは当人を大きく左右する。ただし、同じ突発時でも幸運となるか不運となるかはまた別である。一分一秒か、あるいはそれ以上に短いとっさの判断や、そこからためらわず実行に移す力量。何よりとっさをものにしようとする気概。古今東西成功を収めた人物は、こうした突発時を乱れることなく制し続けているのである。

 

 故に、人は動く。眼前の機会を制さんとするために。

 

 完全に寝耳に水となった展開であっても、ぶれることなく高坂穂乃果は動き出す。

 

 「いったい、なんでこんなことに!?」

 

 「さ、さぁ……で済ませるつもりはもちろんありませんよ。ただ、この時期にこのパターンは私もとっさにはわかりません。ことり、兆候はありましたか?」

 

 「ううん、全くないよ。防衛省・文部科学省・内閣府と電子情報はかなり調べたけど……セキュリティーを強化してる様子すらなかったし。紙媒体での極秘のやり取りか、あるいはUTX側に一任された大規模な動きか、そのどっちかだよ」

 

 「だとしてもさ、今年の四月に将来的統廃合通知なんて妙じゃないの!? 西木野ショックもそうだけど、現状音ノ木坂のレベルに支障が出たわけでもないじゃない! その証拠は、去年私たちがあれこれと証明したはずでしょ?」

 

 釈然としないとばかりに、穂乃果は海未とことりの言葉にそう返す。始業式翌日発表された統廃合通達は、母校を愛する彼女を心底動揺させた。事実失神するのではと感じるほどのめまいに彼女は通知用紙を見た瞬間、襲われたのである。だが昨年と、そしてそれ以前からの経験が穂乃果を踏み止まらさせた。衝撃に見舞われた己の意識を復旧させた彼女は、すぐさま傍らの海未とことりに声をかけ、事態の対処を開始したのである。

 

 「ただそれでも、ともかく今大事なのはUTX側の――そしてバックにある主流派の思惑を知ることだよ。そしてそこから得た情報をもとに、音ノ木坂を守りきること。二人とも、これに異議はないよね?」

 

 「ええ、もちろんです。まず初めに情報の整理ですが……UTX学院からメールは届きませんでしたか? 編入の誘いと付与される特権の数々などが記載されたやつです。あくまで私宛のメールには穂乃果やことりの処遇も同等のものを保証するとありましたので、二人にも届いていると思うのですが」

 

 「うん、こっちにも来てるよ海未ちゃん。それに生体技能で少し調べたんだけど、音ノ木はもちろん今回で対象になった魔法科設置校の主要生徒全員にこの種のメールは送ったみたい。それに……お母さんも含めて魔法科教員にも近い感じにメールはあるの」

 

 「有力どころを軒並み集めて、自前の設備で一括効率運用って感じかな? それにしても、やることが随分と今までに比べ迂遠じゃないの? 他校まで巻き込むにしてもUTXがほしがっているのは私たち三人だってこと、去年までの流れじゃ明白なのに」

 

 合点がいかぬとばかりに、穂乃果は海未とことりの問いにそう返す。魔法科高校同士の双璧としてしばしば対立することの多い音ノ木坂とUTXだが、これ以外にも競合する箇所がある。というのは双方とも国立高校なのであるが、統括すべき文部科学省に二つの派閥が存在するのである。魔法科学開発における急進派と穏健派という潮流は、前者が生体技能の高練度を追及するUTXに、後者が一点特化型でも積極的に許容する音ノ木坂に関与する流れとなった。現状主流が高練度派である兼ね合い柄、穂乃果たち音ノ木坂はしばしばUTX側より嫌がらせを受けていたのである。西木野ショックのような事態こそなかったものの、あの手この手の執拗な勧誘が続いたのであった。

 

 「あまりに露骨に私たちを狙うには不都合と判断したのではないですか? 西木野ショックは無論ですが最高の技能保持者ランク7の頂点――序列入りの確保には相当数の神経を有する。だからこそ、即座でもなく一年後の計画であり拝み倒す勢いの勧誘だと思います」

 

 「向こうからしたら、私たちの動きがとにかく怖いんじゃないのかな? メールが送られた人たちの動きや他校のことを調べると、明らかにこっちの出方で対処を決めるって感じだったな」

 

 「ここでの方針が魔法関係を揺るがす引き金になるともいえるのかぁ……」

 

 「もう承知だと思いますが、意表を衝いてUTXに殴り込むなんてパターンはナシですよ? 遺憾ながら私たち三人と現時点の人脈ではA-RISEの撃破は無理です。あの面々が私とことりよりも上位の序列入りだという事実、よく重視してください」

 

 「正面突破もそうだけど、あの三人を出されると私のからめ手からの動きも無理になると思うよ。上手いところA-RISEを一時行動不能にしたとしても……きついかな?」

 

 敵側の戦力を明らかにする意味合いを込め、ことりは海未に続き現時点での見通しを口にする。『技能保持者の健全鍛錬』という名目で発展の一途をたどるスクールアイドルは、規模の大小こそあれ魔法科高校には大概存在する。故にUTXにも所属するのだが、それこそが一番の曲者――というより当代最強の戦力として君臨している。序列入り一位、二位、三位から構成されるA-RISEは、直接戦闘はもちろんアピール・応用面でも頂点に常時立ち続ける怪物ぶりだった。そのため活動幅は学生どころか日本が保有する最大魔法戦力として、国内外多方面に活躍するほどである。

 

 「ただ、それでもいきなりA-RISEとぶつからないってのは救いだよね。向こうとしては正当性の確保のためだとしても、こっちとしては貴重な時間になるし。海未ちゃん、これを踏まえて考えるとするならさ、UTX側の正当性の根拠を私たちが潰しちゃえば何とかなるんじゃないのかな?」

 

 「ですからそれをしようとするならA-RISEを倒すしか――まさか穂乃果!?」

 

 「まさかを狙いたいんだけど、今はまだピースが足りないかな? けど、ちゃんとあるはずだよ。それ以前に、私たちの因縁以前の段階に音ノ木坂が好きな以上、なんとしても統廃合なんて白紙にしないとだめだよ! だから」

 

 「穂乃果ちゃん!? 今から始めるつもりなの? 時間、押すかもしれないんだよ!?」

 

 「大丈夫、もう構想自体は六割がた浮かんだ段階だし、あとは細部の進め方を詰めるだけだよ。海未ちゃん、用意してくれた資料全部渡して。ことりちゃんはノートパソコン十分だけ貸してくれるかな? ちょっと、計画立てるよ」

 

 何か考えが思いついたのか、穂乃果は海未とことりにそう依頼する。幼馴染の変化をとらえた二人はすぐさま品を渡すのだが、瞬間その当人はすさまじい行動を開始した。百近いページの資料を一気に読み上げると、返す刀でノートパソコン内の資料と文章データを見つつ計画書を打ち始めたのである。腕利きのハッカーと見間違えるような鬼気迫る勢いで作業を進めつつも、しかし穂乃果の頭脳はそれ以上に事後の展開を想定していった。そして宣言通り作業を始め十分後、タイピングを終えた彼女は一呼吸を置いたのち、よどみなく二人に宣言する。

 

 「結論するよ。統廃合を阻止するにはスクールアイドルの甲子園――ラブライブでトップに立つ。この方向に尽きるって穂乃果は見たな。もちろん、根拠も説明するよ。海未ちゃん、『現時点の人脈ではA-RISEの撃破』は無理なんだよね?」

 

 「ええ、確かにそう言いましたが……人材を音ノ木に集めるのですか?」

 

 「集めるっていうより、集まるよう誘導するのがどっちかというと、まず本筋だと思うね。元々魔法の名門校って音ノ木は通っているし、そのうえでライブやらスキルコンテストで実績を出していけば、嫌でも関心は集まるよ。そうしたら学校内の人材やってくるし、他校から来る可能性だって見込める。まず最初の段階として、華々しく勝つのが肝要だよ」

 

 「確かに真違いないと思うけど……私たちで勝てるの? 個人じゃなくて、チーム戦なり演出って前提で、だよ? 去年は個人部門でのスキルコンテスト出場だったから上手くいけたけど、ラブライブだと……」

 

 大方針を認めつつ、しかし不安げにことりはそう答える。方針立案に関し天才的なひらめきを持つ穂乃果の言葉を疑っているのではないのだが、それでも現段階では脆さを補えているとはいえないのである。特に彼女としては、戦力以上に連携での実戦に関して不安が強かった。強大な能力を持つものの、それ故に連携するには生体技能や戦闘規模がどうしても大きすぎてしまう。その状態でもPRは十分可能であるが、あいにく小鳥たちにはそのノウハウがなかった。しかし、持論の展開を想定済みである穂乃果は速やかに対応策を説明する。

 

 「ノウハウが、ない。でしょ? もちろん練習して何とかしようよってだけは言わないし、そもそもできないし、できても言っちゃいけないよ。だったら、誰かできる人に教えてもらえば良いじゃない。幸い、一人当ては見つけてるんだ」

 

 「当て? 不確定要素が多い企てにすぐ賛同してくれる生徒がすでにいるのですか? 話しぶりからして成功の見込みが大きいとにらんでいるとして――穂乃果」

 

 「お? 海未ちゃんは私の意中、もうわかったりするの? そうだとするならこれまでの流れからしていけると私は考えてるよ」

 

 「成功率は確かにありますし、効果も見込めるでしょう。ですが、ただで済むと思いますか!? 相手の立ち位置を思えば、何か協力と引き換えに要求を呑む必要だって」

 

 「そういうときこそ、穂乃果が対処するよ。それでこその旗振り役だし責任の取り方かな? 幸い、多少とっかかりは持っているからさ。話をつけられる自信はあるけど、失敗したときはまた、何とかするからさ」

 

 語尾を若干しんみりさせながら、穂乃果は何ら躊躇なく海未にそう返す。突飛でいてほぼベストアンサーに近い方針をしばしば組み立てる彼女だが、己のプランのもろさに関しても自覚があった。最適解であるがゆえに、実践には大きな負担を伴う結果が多いのである。それ故にこそ、穂乃果は自らで終える負担なら積極的に臨み対処するつもりだった。大胆かつ突飛とみられやすいこの少女は、実は相当繊細な部分を併せ持っているのである。

 

 「というわけで高坂穂乃果、計画第一段階の実行に移ります。海未ちゃん、ことりちゃん。その間プラン読んで戻ってきたら改善点を教えてくれないかな? やっぱり実行にはそっちが強い人の意見がほしいし」

 

 「ほ、穂乃果。まだ私は」

 

 「海未ちゃん、ああも動くって宣言した穂乃果ちゃんを今止めるのはかえって良くないよ? 私も穂乃果ちゃんが狙ってる相手の見当はついたけど、少なくとも取って食われる相手じゃないから大丈夫だって思うな」

 

 「そりゃ、そうですよ……大変になるのはこっちですし。とにかく穂乃果、やるからにはきっちり成功させてくださいね? いつでもどこでも、私たちの根幹はあなたなんですから」

 

 ことりに軽くたしなめられた海未は、観念したとばかりに空き教室を後にする穂乃果にそう告げる。とはいえ振り回されたはずの彼女には、例のごとく不快感を覚えなかった。強引で無鉄砲でいながら、もたらされる結果と過程がたまらなく面白いとこれまで思え、今回も期待できたのである。ならばこそかける価値があるうえ、それ以上となる自らの在り方のためにも戦える。結局いつもの形として、海未は苦笑交じりに幼馴染を見送り己の行動にことりとともに移るのであった。

 

 

 

 

 突発時を予測する人間はいる。

 

 それをある程度見越して動いたならば、当然ながら対案を設け人は臨むものである。ただし、突発時であるがゆえに当人の読みとは異なる事態の発生も往々にして起こりうる。選択一つで今後の明暗を分かつともいえるのだが、真に優れた人間はこのあたりの揺れを表に出さずやってのける。そしてまた、西木野真姫も試みださぬような威信を秘めながら、母校に生じた突発時の対処を考え始めた。

 

 <UTX側がアクション起こすとは呼んだけど……思いのほか大きく出たものね。音ノ木をピンポイントで狙うならともかく、これで争点のごまかしはかなりやれた形だし。そんでもって、私に対する拝み倒し。あいつら、随分焦ってるのね>

 

 穂乃果たちの作戦会議とほぼ同刻、やや騒々しい昼休みの教室にて真姫は統廃合の知らせを考察する。昨年のこともありUTX側の対抗があること自体は読めており、ある程度の対処ならすでに構築済みだった。ただ敵側の譲歩が予想外であったことと、さらに別の懸案が彼女に深い考えを起こさせる。

 

 <統廃合完了時に新理事長への就任要請。UTX側が保持する生体技能研究七件の譲渡。去年の襲撃犯主要陣の引き渡し。現在の経営陣はなりふり構わず私の歓心を買いたいらしいけど、これは政府側の意向かしら? こうも下手に出てるとなると奴らの動きは当面おとなしいとして……例の予言なのよね>

 

 ある種の気味の悪さすら感じる条件提示の数々に、真姫はひとまずそう推測する。前年の西木野ショックもあるためか、UTX側は嫌に丁重な具合で彼女の引き込みを合作しているのである。無論当人に応じる意思はないのだが、敵側の動向が知れたうえ適当に茶を濁す対応をつづければ当面捲けるものと読めて良かった。しかし真に真姫が気にすることは、朗報とはいえる情報と、あらゆる意味合いからして毛色が異なるものだったのである。

 

 「『赤き癒しの姫は伯楽を得て思いがけぬ功をなす』……ね」

 

 周囲に聞こえない程度の小声で、真姫は自らに下された予言を口にする。とはいえ西木野の頂点の割に彼女が迷信深いわけでも占い好きというわけでもない。故に少なくとも自ら占い師に占いを依頼するタイプではないし、星座等の簡易的な占いも気に留める質でなかった。そんな彼女がこうも意識する理由は、予言の出所が出所なのである。何しろ西木野一族にとって、あまりに縁深い相手だった。

 

 <それがよりによって東條の――それもアイツからの内密と報告となれば、嫌でも考えるわよ。生体技能の精度も、これまでのつながりからも、予言に悪意があるとは思えないし。ただ、だとすると伯楽が一体誰を指すかって話になるのよね。にこちゃんたち三人の誰かなのか、私が会おうとする人の誰かなのか、それ以外なのか。ホント、イミワカンナクなっちゃう>

 

 長身で柔和な一つ上の幼馴染からの報告を考え、真姫は内心独語する。千年以上前から独自のネットワークを構築し諸国の情報を掌握する魔法家系――東條家と西木野家は代々緊密な関係を保っている。その縁で東條次期当主と親しい彼女は、生体技能による未来予知含めた様々な情報の提供を受けることがあるのである。中でも今回は機密度を高くして送られたものであった。それ故にある種頭を抱えざるを得なかったのだが、一定より先に答えが出なかったことからやむなく真姫は意識を切り替える。

 

 <まぁ、東條はこの学校にも一人いるし、落ち着いたらちゃんと聞いてみようかな? そのためにも……私がしっかりしないと。とにかく、なるべく目立つことでにこちゃんたちを勇気づけなきゃいけないわ>

 

 改めて大方針を確認した真姫は、その具体策の検討に取り掛かる。統廃合阻止か誰かへの勇気づけという違いこそあるも、出力される行動は高坂穂乃果たちに近いものを取ろうとしていた。ただ、彼女の場合実施に際していくつかのためらいが存在するのである。逃げるつもりはないものの、意識せざるを得ない事態に対し真姫は懸念を整理する。

 

 <今回の統廃合につながる始まりが二年前につながるなら……やっぱりやるべきはスクールアイドルにすべきよね。最初に持ち掛ける相手も序列入り第四位と第六位にすれば大丈夫。けど……いけるのかしら? いきなりやってきた相手から『活動休止状態の部活を立ち上げましょう』って提案されて、応じてくれるか不安だわ。それに、応じてもA-RISEと勝負するには手札が足りない>

 

 「って、開始前からネガティブになってどうするの! やるって決めたしそもそも伯楽だってこっちが動かなきゃ出会いようがないじゃない」

 

 「にゃ!? も、もしかして凛たち悪いことしちゃった!? ご、ごめんなさい」

 

 「ヴェエッ!? ち、違うのよ。こっちがかなり考え込んでて、周りが見えなかっただけだから。あ、そのメモ拾ってくれたの? あなたは確か……」

 

 「星空凛にゃ。こっちは私の一番の友達でかよちんこと小泉花陽。西木野さん、このメモに一杯部活の名前書いてあったけど……もしかして入る部悩んでいるの?」

 

 独り言に仰天した少女――星空凛は、誤解を解消すると真姫にそう確認する。結果を見ればトップクラスの有名人とまともに会話することとなったので、声をかけるまで彼女はかなり動揺していたのである。ただ、意外にも普通に対応してくれたことから、凛は本来のペースで臨むことができた。そんな相手の様子を見てか、真姫も比較的自然な様子で眼前のクラスメートの問いに答える。

 

 「候補はある程度絞れたんだけど……正直微妙だから、いっそ新規に立ち上げた方が早いかなぁって思い気味なのよ」

 

 「にゃにゃ!? 考えてることが違うにゃ……凛たちも入る部活どーしよーかなーって考えてるけど、もし作ったとして入って大丈夫?」

 

 「そこは……いけると思うわ。私も考えなしに言ったわけじゃないし、どうにかするプランだって組み立ててる。だからええと、星空さんで良いわよね? そこの小泉さんとあなたもさ、もし良かったらだけど」

 

 「もし良かったら、入ってほしいんですか? 聞いた感じ何かすごいことやるみたいな響きがしますけど」

 

 口ごもった真姫の問いに、ちょうど凛の隣にいた花陽はそう尋ねる。彼女からすれば眼前のクラスメートの提案は、まさしく勧誘のそれだった。ただ同い年との付き合いがほぼなかった真姫にとって、何気ない提案に本人にとって想像以上の好感が返ってきたことは予想外だったのである。内心激しく動揺する心を何とか抑えつつ、彼女は確認に対し言葉を返す。

 

 「ま、まだ細部とか詰める必要があるんだけど、もし良かったら来てくれると嬉しいなぁって考えちゃったわけ。私、今までが今までだったから、こんな形で学校が良いってほとんどなかったのよ……」

 

 「そ、そうなんだぁ。ええと、まだ完全に構想が固まったわけじゃないんでしょ? 少なくとも私は興味が持てたし凛ちゃんも興味ありそうな感じだけど、まず西木野さんが完全に計画を固めてからで大丈夫だよ」

 

 「やっぱりそうなるわよね。ごめんなさい、少し舞い上がっていたわ」

 

 「序列入りのお嬢様暮らしって、やっぱり大変なのかにゃ? 少し凛は気になるにゃ」

 

 かなりきわどいといえる発言を、しかし凛は臆面なく真姫にぶつける。その様子に花陽は思わずハッとするも、言った当人は何の成算もなく選んだわけではなかった。直感的であるが、世間的でいう『日常的な生活』に眼前のお嬢様は憧れていると読めたのである。その判断を裏付けるように、やや考えるそぶりを見せたのち真姫は実情を語りだす。

 

 「広めの自室とお屋敷に研究所、あとは依頼を受けて各地の病院がだいたいの行動半径だった。窮屈って感じたわけじゃないし、西木野の役目柄責任だって信じてるし、私を必要としている人が多いのも嬉しかったわ。けど、それだけじゃ足りなくなってきたし、憧れてる人に追いつけないって今は信じてる。だから、ここでの高校生活を私は期待しているっていうのが……本音かな?」

 

 「こっちでいうのもあれだけど、結構きわどいこと言われたんだよ? 本当に平気だよね?」

 

 「何だろう、意外と気分がほぐれたのよ。ホント、不思議なものだわ。イミワカンナイ展開だけど、悪い気はしない」

 

 <といっても、さすがにこの子が伯楽になるとは……思えないけどね。私にとってそうなるとしたら、にこちゃんかお姉ちゃんみたいにぐいぐいしてくれる人だけど、こんなことがあるならきっといるかもしれない>

 

 当人が知れば失礼になることを意識しつつ、真姫は己の心理を分析する。だが目の前のクラスメートたる凛は想像以上に話しやすい相手だった。絶対日数が少ないとはいえ、クラスメートと長く会話をつづけられた経験は、彼女にとって新鮮だったのである。何事もなければしばらく会話を続けたいところであるが、なすべきことをいまだ残す身として真姫は離脱を申し出る。

 

 「ありがとね、二人とも。今の話でアイディアも見えてきたから、私はこれで」

 

 「うん、頑張ってにゃ~」

 

 「あの、頑張ってくださいね!」

 

 花陽が凛に続けてそう言うと、真姫はそのまま教室を後にする。彼女も幼馴染と同じく新たな出会いの引き金を得た形だが、こと時はまださして意識することはなかった。一方颯田真紀もまたのちにこの出会いの意味を考えさせられるのだが、懸案の解決を急ぐ当人に思考の余力は残されず行動を開始する。

 

 <ああいって離脱したけど……どこ行こうかしら? 二年生の教室とかも良いけど切り出し方が微妙だし。ホント、どうしよっか――ってあれは>

 

 当てが錯綜気味に廊下を歩く真姫は、不意にあるものに視線が向かってしまう。内装の充実があるものの特に代わり映えのない音楽室なのだが、彼女にとってそこは特に思い出深いものがあった。といっても彼女がかつてこの教室に入ったわけではない。音ノ木に進学した姉からしばしばこの部屋でピアノを弾いていたことを聞いたからだった。それでも話題として出てきた――それも姉が使っていた思い出の場所を目の当たりにして、真姫はどうしても惹かれてしまったのである。あたりをひとしきり確認したのち、彼女はそのまま音楽室のドアを開け内部へと入る。

 

 「お姉ちゃん、ここでピアノ弾いてたんだよね……」

 

 しげしげとピアノを観察し、真姫は感慨深くそうつぶやく。魔法はもちろん医術を含めた世にある大概の技術を生体技能により習得できる彼女だが、ピアノ演奏に関しては例外だった。一族や両親より数々の芸事を仕込まれる中、姉の演奏を目撃して以来自主的に覚えたいと申し出たのである。以降自力で練習を重ねコンクールでの入賞経験もしばしばとなるまでに腕を上げた。担当する研究が忙しくなった兼ね合い柄小学校卒業時点で離れたものの、その後も個人的な研鑽を続けたほどである。

 

 <誰かが近くに来る気配はないし、防音設備も良いみたいだから……一曲弾いても良いわよね?>

 

 しばしの逡巡を経て、真姫は気分の切り替えの意味も込めピアノの演奏を決意する。手早く腰掛け鍵盤に向かい、そのまま滑らかに弾く様子はまさしく熟練者のものだった。とはいえその良し悪しも誰かしらの目撃者があってこそ、判断可能なものである。音楽室にいる人間が彼女のみの現在、批評にこの演奏がさらされることはないはずであるが――

 「いやぁ、うまい、うまいよ! 少し聞いただけでもまた聞きたくなっちゃうぐらいだよ!」

 

 「ヴェエ!? それは嬉しいけど……弾いてるの、分かったの!?」

 

 「たまたま音楽室の中が見えて何やってんだろうなーって中に入ったら、すっごい良い曲が聞こえてきたって感じかな?」

 

 いつの間にか音楽室に入っていた女子生徒は、親しげな口調で真姫の演奏を好評する。これには当人も突っ込むよりも、まずは感謝の念が困惑混じりながらも先行することとなった。ただそうした中でも、真姫の理性は別の可能性をこの時導き出す。

 

 <あの茶髪サイドテールがどこかで見たことあるようなのは置くとして……リボンの色からして二年生よね? 第四位と第六位と同じ学年なら、もしかして知り合ってるかもしれないわ。だったら>

 

 「どうしたの? 何か考えてるみたいだけど」

 

 「ああ、はい少しだけです。ええと、リボンからして二年生の方ですよね? でしたら序列入り第四位と第六位――じゃない、南ことりさんと園田海未さんと知り合ってらっしゃるんですか?」

 

 「知り合いも何も、二人とも私の幼馴染だよ!? それよりもこんな場面で聞いても少し失礼かもしれないけど……入学式で新入生代表やった西木野真姫さん、ですよね?」

 

 「は、はいそうですけど……まさかあなたは」

 

 動転気味に応じる真姫だが、同時に女子生徒の正体と自らの目的へのカギが眼前に舞い込んだと確信する。相手も何らかの思惑をもってこちらを訪れた模様だが、度外視してでもつかむべき好機だった。意を決して話そうとする彼女を制する格好で、女子生徒は自らの名と来意を明らかにする。

 

 「私は高坂穂乃果。この音ノ木坂の二年生で海未ちゃんとことりちゃんの幼馴染をやっています。実を言うと、今西木野さんを探してて、初対面で申し訳ないんだけどお願いが」

 

 「ええと、呼び方は……高坂先輩か高坂さんか、さすがに下の名前はないわよね?」

 

 「そこはお任せするけど、私は穂乃果って呼ばれるのが好きかな?」

 

 「あーもー、いきなり心地良いぐらいフレンドリーすぎませんか!? イミワカンナイんですけど――じゃなくて、ひとまず穂乃果さん。私も実を言うと、あなたと幼馴染のお二人にお願いがあるんです。多少突飛かもしれないんですが」

 

 「おお、互いにお願い事とか珍しいじゃん。じゃあ、同時に言ってみる?」

 

 女子生徒――穂乃果はノリが良さそうに真姫からの提案にそう応じる。もっと交渉が難航すると想定していた彼女にとって、この展開は意外と同時にかなり好ましかったのである。だが、本当の意味での驚愕はこの直後訪れた。それは――

 「スクールアイドルのトップ、一緒に目指しませんか?」

 

 唐突な目標提示。

 

 しかも大概の人間が見れば大言壮語と処理される一言。

 

 だが真に驚くべきは、全く同じ言葉を穂乃果と真姫は口にしたのである。この結果を偶然か必然か見るか、あるいはその両方で見るべきか、解釈の幅は広い。だが当事者にとって、明白なのは仰天ただ一つだった。

 

 「え、ええ~~!?」

 

 防音材がなければまず外部に漏れるであろう絶叫が、音楽室中に響き渡る。とはいえ両者とも互いが望むカギを、ベストなタイミングで得ることができた事実に違いなかった。かくして少女たちは、新たな歩みに向けここにかじを切ることとなるのであった。

 

 

 

 

 望むものが唐突に手に入れば、人間はどうなるか?

 たとえば一等が億単位の賞金が手に入る宝くじと仮定しよう。大概の――高額当選の経験がない人間は当たったとして大喜びすると答えるはずである。事実、純粋な事象のみ評価するなら生涯賃金クラスの収入を得た以上、これ以上を見だすのが難しい幸運に違いない。だが少し考察すれば税金の問題や使用方法、そして金銭に群がるように発生する対人問題などリスクとなるべき懸案が無数にある。つまるところ、望外の幸運に巡り合った人間は、歓喜以上に驚愕と当惑の念が強くなる例が多い。

 

 そしてそれは、世間的評価で天才に該当する西木野真姫もまた、等しいのであった。

 

 <ええと……日を改めたいからオコトワリシマスって、言えた雰囲気じゃないなぁ>

 

 過半の達観と困惑、そしてある種の左隣に対する感謝を伴い、真姫は己の現状を分析する。とはいえ別段この状況が彼女にとって、必要な案件でありそもそも不利なものでもなかった。昼休みの音楽室で高坂穂乃果との共闘を決めた関係柄、その打ち合わせを放課後行うことは特に不自然なものでもないのである。加えて事前に渡された計画概要も、具体的な詰めは置くとして大方針としてかなり的確なものだった。にもかからわらず俎上の鯉のような状態にあるかといえば、同席者に原因があったのである。

 

 「目的は、いったい何なんです? 私なのかことりなのか、それとも穂乃果なのか。返答によっては」

 

 「海未ちゃん落ち着いて! なんにしたってそんなケンカ腰じゃ真姫ちゃんも話しようがないんだよ!? 考えがどうであれ、まずは協力を感謝しないといけないよ」

 

 「けど穂乃果ちゃん、万一があったら遅いんだよ!? 相手が私たちと同じ序列入りだし、もし何かあったら」

 

 「何かするつもりなら穂乃果はとっくにされてるよ。生体技能の性質からしてことりちゃんと同系統なんだから、やりようはもっといくらでもあるはずなんだって」

 

 打ち合わせ冒頭から不信の目で指摘する海未とことりを、同じく冒頭から穂乃果は説得を続ける。計画第一段階での必要な人物がそろっての会合だったが、経過は冒頭より険悪なものだった。とはいえ彼女としても、幼馴染二人の気持ちについてかなり深く理解できるのである。

 

 <ほとんど即決で連れ込んできた序列入りの子が何か思惑があるって疑うことぐらい、この状況じゃあ誰でも感じるよ。それも、昔からいろいろ抱え気味な海未ちゃんとことりちゃんならなおのことだし、あの二人だって妙な勧誘を何回も受けてた。そりゃ、勘ぐりたくもなるよ>

 

 当事者として同じ経験を有する人間として、穂乃果は海未とことりを分析する。単身での国家クラス戦力価値を有する称号である序列入りであるが、それによる負担もまた大きなものがあった。生体技能そのものが狙われることはもちろん、その特異さによりどうあがいたとしても周囲から浮いてしまうのである。事実、急激に生体技能を開花させた十歳前後の折幼馴染二人の状態は崩壊寸前といえた。その困難を当事者として臨んだ穂乃果は、二人が抱える周囲への不信感と自身への想いが痛切に共感できるのである。

 

 <ただそういう経験で見れば、真姫ちゃんだって同じと判断して間違いないよ。でたらめな性能と支えるだけの強い心。それだからこそ、些細なことで思い詰めたり助けも呼べない脆さ。特に調べなくとも、すぐに分かることだから>

 

 だが一方で、穂乃果は真姫の事情も本質的に把握し理解する。厳密に言えば()()()()より情報を得ているのだが、爆弾めいたそれを明かす意思はない。だが予備知識を抜いたとしても、現状の真姫は彼女から見て危ういと思えたのである。強力な生体技能とそれを使いこなすべく磨かれた当人の技量は、自他とも大概はやれると思わせるものである。だが同時に、負担に誰も気づかず壊れるまで抱えてしまう危うさと同義だった。過去の経験柄その意味を知る穂乃果は、到底座視することなどできなかったのである。

 

 「というかさ、いい加減真姫ちゃんにも話してもらおう? そのために集まったわけだし、ことりちゃんも海未ちゃんも一方的に言いっぱなしじゃどうにもならないよ。というわけで、真姫ちゃんどぞっ」

 

 「え!? そ、そうよね。私がだんまりじゃあまずいわよね。取り敢えず、私が穂乃果さんと全く同じ提案をした理由を話せば良いのかしら?」

 

 「うんうん♪ やっぱり一緒にやる以上、穂乃果としてもそこは気になるところでして」

 

 「三人は、二年前の五月にあった音ノ木の襲撃事件のこと、ご存じ?」

 

 場を明るくしようと努める穂乃果に感謝の念を覚えつつ、真姫はまずそう切り出す。ことが事だけにどこまで話すべきか悩んだものの、行動を共にする以上きちんとした内容は必要と判断したのである。切り出した話題がきわどいからか、三人が表情を真剣にしたのを見計らい、彼女は言葉を紡ぎだす。

 

 「有力魔法科高校にあった襲撃事件だけど、最終的には女子生徒一名のみの死で撃退成功。以降のごたごたはみんな知っての通りだけど……私にとってはお姉ちゃんの――誰よりも大切な姉代わりの人を喪う結果だった」

 

 「まさか……そのお姉さんを死に至らしめた犯罪組織への復讐ですか?」

 

 「違うのよ。その組織自体はそもそも壊滅したし、実行の構成員だってもう全員墓地か監獄だし。あの事件での死傷者はお姉ちゃんだけで済んだけど、被害はそれだけじゃなかったの」

 

 「それだけじゃない被害? 何か揉み消しとか行われたの!?」

 

 至極常識的な疑問を、ことりは真姫に対しぶつける。事件の舞台と性質柄、『被害はそれだけじゃなかった』と言及されたならば、何らかの理由で隠ぺいが行われたのではと踏むのは当然である。だが彼女の問いに、真姫は短く首を横に振るのみだった。合点がいかなくなった面々に対し、当事者は確信にあたる内容を口にする。

 

 「迎撃にあたったお姉ちゃんの友人三人の関係が……壊れてしまったのよ。お姉ちゃんと一緒に戦っていた一人の救援に、残り二人は間に合わず、一人はお姉ちゃんが命を捨てる瞬間に立ち会わされた。それも満身創痍で、何もできない格好で」

 

 「そ、その流れだと西木野さんは二人を恨まなかったのですか!? どのような経緯か知りませんが、お姉さんを助けられなかったこ」

 

 「恨めるわけなんてありえないのよ! 私もその二人が大好きなのよ!? 一人の方も含めて箱入り状態の私のところに遊びに来てくれた! お姉ちゃんと同じぐらい、かけがえなんてない大切な人たちなのよ! そんな人たちが、もう二年もまともじゃないんだよ!? 私にこれを、見てろっていうの! そうじゃないでしょ!?」

 

 「その人たちのこと、真姫ちゃんは助けたいんだね?」

 

 「思っちゃいけないの!? 大切な人がいるなら、助けようと思っちゃいけないの!? どんなことをしてでも、助けようと思える人がいるなら、動くしかないじゃないの! やってみるしかないじゃないの! だから……三人ともスクールアイドルやっていたからそこで活躍して勇気づけられればって、考えてたわけよ。そこで、提案を受けたわけ」

 

 爆発させた己の感情に恥ずかしさを最後覚えつつ、海未と穂乃果を超え言い切った真姫はそう締めくくる。行き過ぎた行為に反省の念こそ湧いたが、しかし彼女は自身の行動理念を否定する意思は毛頭なかった。優等生タイプが突然見せた激情に向かいの二人は呆然とするも、しかし彼女の左隣に位置する穂乃果は新たな言葉を口にする。

 

 「やっぱり、イメージしてた通りだったかな? 初対面でもわかるぐらい、人付き合いがあんまり得意そうじゃないタイプの子がああも必死になるケースって、よほどのことでないとありえないからね。取り敢えず、穂乃果が思ったのは」

 

 「何が言いたいわけ?」

 

 「その三人の人たち、()()()()()()()()()()()助けてくれることを望んでるの?」

 

 「そこま」

 

 「そこまでしようとしてでも助けるつもりになってるって、私には見えたよ? それくらい、お姉ちゃんとお友達の方を大切に思ってるって、嫌でもわかるぐらいに。けど、よく考えて? 真姫ちゃんがそこまで大切に思う人たちが、傷ついてでも何かをしてほしいって考えたりするの? 経緯も背景も知らないけど、きっといつも笑ってほしいって思っているんじゃないの?」

 

 言いかけた真姫を制する形で、穂乃果は本質を指摘する。絶句する当事者を見て、彼女はこれまで周囲からの留がなかったものと確信した。ただ、それもまた好機とも思えたのである。言下に否定するでも対話を拒否するでもなく、聴く態勢をとり続けているのである。ならば話をさらに進めることが可能であり、実際思惑通りの反応を真姫は見せる。

 

 「それでも……何かしないといけないじゃない。これはもう確率とか効率の問題じゃ私にはないの! だから」

 

 「話してみなよ、少なくとも絶対私は聞くよ? ううん、それだけじゃない。ここにいる海未ちゃんとことりちゃんはもちろん、もっといろんな人を巻き込んで解決できるように私は動くよ。そもそもラブライブで勝とうとするなら、メンバーはもちろんあらゆる人の共感を得ないといけないからね。そういう意味でも、真姫ちゃんの目的は果たさないといけないよ。それで海未ちゃんとことりちゃんは良い?」

 

 「良いも何も、こうなった穂乃果を止める術を私は持ち合わせていません。それに、今の話は私にとっても……とても人ごとに思えませんでした。先ほどまで疑ってかかってしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

 「海未ちゃんと同じになるけど私の方こそ、ごめんなさい。やっぱりというか、私たちと同じで抱えていたんだよね? 穂乃果ちゃん、そうしたつらいことをよくわかってくれるから、こういう時はホントに頼りになるんだよ」

 

 「そんな……そんな至れり尽くせりで良いの? いくら目指す方向が一緒だからって、いきなり深入りしすぎてないの?」

 

 急展開すぎる事態に対し、真姫は困惑と動転交じりにそう返す。確かに長期的な共闘をする以上互いのすり合わせが必要だとしても、あまりにも穂乃果たちが踏み込んできたと思えたのである。まともな対面が初めての段階でなぜここまで言えるのか、どうしても真姫には合点がいかなかった。そんな彼女に対し、穂乃果はさらりと回答を提示する。

 

 「誰かと深くつながりたいときは、こんな風に思い切るものなんだよ。そうやって何回も思い切っていたらそれが自然になって、その誰かからも思い切られることも増えてくる。だから真姫ちゃんだって、つながりたいって思ったからこそ私たちに本心を話せたんじゃない。そうでしょ?」

 

 「そ、そうよね。やっぱり知ってほしかったから、私も話せたんだと思うわ。それとこれは提案なんだけど……呼び方、お互い下の名前にしない? 立ち位置超えたチームでやるなら、何となくそうするってお姉ちゃんたちから聞いているの。良いわよね、穂乃果さ――じゃない、穂乃果?」

 

 「おおっ、ナイスな提案だよ真姫ちゃん! ちゃんといえたじゃない」

 

 「冷静なタイプとみていましたがかなり初々しいとは……穂乃果風に言えばギャップ萌え、ですかね? ええと、真姫」

 

 「じゃあことりは真姫ちゃんということで良いかな? これなら楽しくなりそうだよ」

 

 ことりが海未に続いてそう締める形で、呼称に関する方針は帰結に至る。互いが強大な力を有するがゆえに、どうしても彼女たちは団結に至りづらかった。だがそれでも当人の意思と引き金さえあれば、確かな関係を気付くことができるのである。道理であると同時にありがたさを伴うこの実感を抱きながら、四人は引き続き打ち合わせに臨むのであった。

 

 

 

 

 無風の地帯は往々にして発生する。

 

 どれほど衝撃的な出来事がある地点で発生したとしても、その伝わり方はさまざまである。無論情報インフラの整備が進んだ現代においては、事態の拡散が爆発的に起こりうるケースも多い。逆に、情報の伝達が遅れる売屋あるいは伝達されたとしても動きを当初起こさない例も存在する。いずれにしても、いかに情報の制度と速度があったとて最後に動くのは人間だという証拠といえた。

 

 そしてここ音ノ木坂女学院にも、現在無風の地帯が存在する。

 

 「ではこれで、本日の定例会を終了します。皆さん、お疲れ様でした」

 

 「お疲れ様でしたっ」

 

 司会役の女子生徒の一声に応じる形で、列席する他生徒が一斉にそう返す。日常に該当しながらも、一般生徒にとってはある種憧れ混じりな高めの領域に該当する、生徒会定例会議の席だった。議題を一通りすませ、まず上場の終わりを迎えたこの一座は、必然的に参加者を撤収という答えに導かせる。結果生徒会室に残った者は、ごく限られた人物となった。

 

 「絵里ち、今日もお疲れ様。相変わらず良い司会ぶりやったね」

 

 「ありがと、希。まぁできることぐらいやらないと会長の名折れよ。いろんな意味で、今私がトップにいるんだから」

 

 「そやね。うちらもそうやけど、外でもいろいろ動きはあるみたいよ? 昨日の発表が発表やったし」

 

 「あれ、引き金は私たちなのよね。今更だけど……痛感するわ」

 

 金髪ポニーテールの少女は、愁いを帯びた音階でそう返す。白目の肌と蒼い目という外国系の特徴を色濃く見せる外見がかたどる表情は、はた目から見て絵になるともいえる域にあった。だがたとえそんな好評を知りえたとしても、この少女の悲しみはまず癒えてくれることはない。それほどまでに、彼女が味わった経験は重いものがあった。

 

 「そこは、うちも同じだよ。けど、あの時とは違うことだってある。エースが三人おるし、真姫ちゃんだって来てくれた。だからうちらも変わることだって」

 

 「二年もほったらかしにしたあげく、問題を真姫に丸投げしている私が!? 冗談よしてよ。あの子たちにケチをつける気も、真姫の頑張りを認めないわけじゃないわ。応援するし、助けたいとも思ってるのよ!? ただ、もう私じゃ無理なのよ。何かをするには、ボロボロになりすぎてる。実際希だって、二年前からにこと話せたの!?」

 

 「ううん。何回かやろうとしたけど、にこっちに全部避けられちゃった。結果が出てないのは絵里ちと同じ。けど」

 

 生徒会長の指摘に、関西弁風の少女は穏やかにそう返す。黒髪を二つに分け下げたグラマラスなルックスは、会長とは異なるベクトルで人気を醸し出すものだった。そんな彼女は、言葉をつづける代わりにタロットカードを一枚取り出し、そのまますっとかざすしぐさを見せる。

 

 「カードとウチの能力が告げるんや、好機到来って。絵里ちもうちの実家のことは知ってるでしょ? それに、似たような見解に聡もいたっとるみたいやし」

 

 「聡君が? あの子の予言なら精度はあるけど……どうなるのかしら? そういえばだけど、もうそろそろのはずだけど」

 

 「そやね。うちらが話題にしてた子が、もうやってくる約束やもの。って、噂をすれば」

 

 「失礼します、約束を入れている西木野真姫です。ご都合、よろしいでしょうか?」

 

 噂をすれば影が差すとばかりに、事前に予約を入れていた少女がドアをノックしそう確認する。何度も聞きなれた声なのだが、同じ学校の生徒として聞くとなると二人は感慨深いものがあった。そんな思惑を知ってか知らずか、声の主は二名の了承を受け中に入る。

 

 「真姫、久しぶりね! 入学式のスピーチ良かったわ」

 

 「私からも久しぶりなやね真姫ちゃん。それにしても、やっぱりこの髪形の衝撃は大きいかな? 昔は伸ばしてただけに」

 

 「お久しぶりです絵里さん、希さん。髪はまぁ……一種の願掛けってことで。ただお姉ちゃんの背中を見ていただけとはもう違うって意志を、ちょっと表したかったからですよ」

 

 「もう違う……か。本当に、強くなったわね」

 

 入室した真姫を前に、生徒会長――絢瀬絵里は本心より妹分を評価する。彼女と真姫の姉代わりは中学入学以来の親友であり、その縁でしばしば真姫とも会ったのである。姉妹双方の気質を知るものとして積極的な評価だが、同時に何もしていない自身への蔑みをこの一言は帯びていた。

 

 「能力だけやない、もうその気構えはお姉さんに匹敵するよ。スタイルは……後二、三年もしたら完成するってうちは見る。それで、今日は何しに生徒会室まで? 単純に挨拶するだけなら、もっと別の場所とか学校の外でもできるけど」

 

 「はい、ちょっと公式な形でのお願いがあるんです。魔法関係の、ですが」

 

 「魔法関係やとスキルコンテストとか? それとも」

 

 「それともの、方になります。もっと言ってしまえば、この学校で二年前からストップ状態になっている部活のことです。今回、活動再開の要望と活動計画の提出に参りました」

 

 「ま、そやろなぁ。課題提出する感覚で新発見の論文をポンポン作る真姫ちゃんが動くとしたら、これくらいしか思いつかんもん。それに、噂として結構スクールアイドル関係で動き出しとる生徒が数名って話も聞いてるし」

 

 独特の柔和な口調で副会長――東條希は真姫の説明に対しそう返す。彼女も絵里と同じく姉代わりの親友であり、妹分とも親しい間柄なのである。ただし気質でいえばぐいぐい通す一同の中で、一歩引き広い視野で思考するタイプだった。それ故最悪の事態となった二年前の事件にかかわる案件でも、比較的冷静に判断できたのである。そんな状態で計画書を手渡された希は、一読してこれの製作者が何者かをすぐに理解する。

 

 「方向性も具体案もええもんやし、うちも賛成で絵里ちも特に異議はないんやけど……これ作ったの真姫ちゃんじゃないでしょ?」

 

 「私も結構考えたんですよ? 実際は別のメンバーの方とかなり方向が重なったので合作みたいになりましたけど」

 

 「あのね真姫、別にケチをつける気はないの。ただね、この計画書の文体、私は結構見慣れてるのよ。何しろ去年さっそうと現れて、結構生徒会ともやり取りを交わした相手だから。高坂さんとそのお仲間が動いて、真姫はそれに乗っかったんでしょ?」

 

 「ゆ、有名なんですか!? スキルコンテストと魔法科目の成績はかなりすごいと私から見て穂乃果――じゃない、高坂さんは思うんですけど」

 

 慌てて一部を言い直し、真姫は絵里からの指摘にそう答える。情報をある程度集めつつあるものの、実態的な穂乃果の評価というものにどうしても彼女は現状疎いのである。そんな妹分の動揺をあえて聞きとがめず、希は詳細を説明する。

 

 「各クラス対抗やら学年対抗とか……とにかく行事という行事で高坂さんはクラスを勝利に導き続けたんよ。それも、かなーりとっぴかつ派手気味なやり方を使ってね。しかもそうでいながら根回しも相当上手いもんで、私たち含め受けがかなり良いっておまけつきや。最終的な成否はノーコメントさせてもらうけど、うちが見るに真姫ちゃんはベストな相手を選んだと思う。まぁ、巻き込まれた以上いろいろ振り回されると思うけどね」

 

 「振り回すって、たとえば何かあるんですか?」

 

 「予算的な寄付なり手続きを取り付けたうえで、行事の宣伝にアカウント作ったりとか学園祭に有名人呼んだりとか、テレビ局の取材を引き出したりとか。取り敢えず、希と私はもちろんお供の二人も目を回すレベルのサプライズを繰り出してきたわ。といっても、終わった後がなんだかんだで心地良いから、追認できちゃうんだけどね。毛色でいえばあの子の――お姉さんと同じ肌合いだわ」

 

 「お姉ちゃんと同じかぁ……あんな引き込む感じは確かに近いかも? ただ」

 

 真姫は絵里と希の説明を受けつつ、同意しつつも同時に違和感を覚えてしまう。確かに強烈な行動力に関する印象と逸話は、敬愛する姉と同系統といえるだろう。ただ彼女の場合、明るく快活ながらも立ち位置の都合上ある意味陰を抱えていたのである。それと比べると、穂乃果の場合そうした暗さが感じられなかったのである。無論当人の深い個所を知るわけではない。ただ真姫は彼女がもつものが暗さとは異なる、とてつもない何かを秘めていると思えてならなかったのである。もっともそんな印象は言葉として固まらず、もやもやとした感情のみだった。

 

 「ただ、これまで会ったどの人とも穂乃果は違う気がします。上手く言えないんだけど、規格外なのかな……? スクールアイドルのこととか抜きとしても、ずっと見て学びたい相手だって、私は思ってる。今のところ、そんな感じです。そして」

 

 「そして、何かあるん?」

 

 「そして、私がまた立ち上がってほしい相手はにこちゃんだけじゃない、目の前の二人もいるんです。今すぐ仲直りしてとも、手助けしてとも言いません。それでも――それでも、私が本当にすごいと思った人たちの中に絵里さんと希さんはいるんです。このこと、ちゃんと覚えてください」

 

 「にこに拒絶されて、A-RISEとの負けを引きずってる私でも? 真姫にとって、私は助けるに値する人間なの!?」

 

 いさめようとする希も、読み切れている回答も無視して絵里はあえてそう言ってしまう。歩みの足掛かりを得た真姫の話を聞けば聞くほど、止まってばかりの自らがみじめに思えてしまうからである。そうして具現化した負の感情を、しかし眼前の妹分は否定しなかった。暗い想いを包み超えるように、真姫は本心を口にする。

 

 「助けたいって本気で思えるから、ここにいて初めてのことでもできる。そう、私は信じています。お姉ちゃんはいないけど、お姉ちゃんが遺したモノは私を含めてこの世界に一杯ありますから。なんだか本筋からそれたことも話しちゃいましたけど……部活としてのスクールアイドルのこと、どうかよろしくお願いします。それじゃ、私はこれで失礼します」

 

 「うん、うちは賛成よ? 絵里ちもそれで良いん?」

 

 「そう、よね。特に異議はないわ。いろいろ苦労続きになるでしょうけど――頑張って」

 

 「やり抜くつもりです」

 

 希と絵里からの賛意を得た真姫は、そのまま生徒会室を後にする。静かに言い切ったその背中は、迷いを抱える二人にとってあまりに堂々としたものだった。そんな見送りを終え、すぐ気鬱そうな様子を見せ始めた絵里に対し希は話を持ち掛ける。

 

 「人間、きっかけさえあれば変わるってうちは思うよ? 真姫ちゃんもああして頑張っとるなら、うちらだけボーっとはあかんって」

 

 「そんなことぐらい、言われなくてもわかっているわよ。ただ、踏み出せる引き金が私にはないの」

 

 「だったらなんでさっきから、入学式の時の写真見っぱなしなの? あの頃みたいにワイワイできる日々、絵里ちも恋しいんでしょ?」

 

 「実姫……私って、どうしたら良いのかしら?」

 

 希に答えたわけでもなく、絵里は手元の写真に写る少女の名を呟いてしまう。ちょうど二年前の今頃撮られたその写真は彼女を含め四人の少女が写るものだった。左端に位置する自身右隣の赤毛トリプルテールの少女――西木野実姫に思いをはせ、絵里の思考は再び迷いに陥るのであった。

4/4

 




ストックまだあるのでもうちょい連日投稿モードです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

初ライブへ向け準備を進める穂乃果たちは、一部プランを前倒しを検討する。そんな彼女たちと遭遇した小泉花陽の答えとは? 一方にこは不意に真姫と遭遇するが……? とまぁこんな具合の二話目です。いろいろ時間を食いましたがともかくアレンジ混ぜてもまとめた次第です~


 

 ギャップ萌えという概念が存在する。

 

 ある人物が通念的なイメージと真逆な行動・要素を有することで心奪われる事例だが、萌えではなくとも落差はしばしば衝撃を与える。特に親しいなり尊敬する人物の意外な一面が垣間見えたのなら、なおのことである。影響の良し悪しは置くとして、かくのごときギャップの破壊力は絶大といえた。そうした衝撃を、真姫はまたしても目の当たりとする。

 

 「あんなに人間……戦えるものなの? というか第六位の海未についていけるランク5の穂乃果って一体何なの!?」

 

 「戦えるからこそ、私も含めてエースって呼ばれてるんだよ。実際、純粋な近接戦闘そのものの腕前だけなら穂乃果ちゃんと海未ちゃんの差はないし。狙われたりする力だけど、何かをやる分にはありがたいかな? 真姫ちゃんだって、生体技能であんなタイプの使い方の経験はあるでしょ?」

 

 「なくはないし、一定以上のことはできる自信はあるけど……あんまりする主義じゃないわ。西木野の――事象解析(アテーナライズ)事象解析は私も含めて戦闘以外の使用がメインだし。そもそも、医療に携わる身が誰かを壊す側に回るのって、個人的に好みじゃないの。あ、もちろんスクールアイドル戦ではちゃんと戦いうわよ? ただ、どうにも私としては好き好んで魔法戦闘に突っ込むタイプじゃないのよ」

 

 <どんな人も治せる力が、どんな人も壊せる力に化けることもそれがどれだけ悲劇になるか、分かりすぎるのよ>

 

 一番の本音をあえて口にせず、真姫は傍らのことりにそう返す。現在彼女たちは放課後音ノ木坂学院内での訓練場にて模擬戦を観戦しているのだが、相当な激戦と化しているのである。とはいえ幼馴染として見慣れていることりは、特に感慨を抱かず隣の同志に話しかける。

 

 「そういうスタイルも悪いことじゃないと思うよ? というか、私たちの経験柄だと穂乃果ちゃんが真っ先に反応しそうだし。去年はもちろんだけど、それより前からいろいろありすぎたんだよねぇ……」

 

 「序列入りの経歴って、どうしてもそうならざるを得ないんじゃないの? どう転んだとしても私たちが国家クラスの能力を発揮できるって事実に変わりはないんだから。もっとも、良い方向に使うことぐらいできると思う」

 

 「良い方向かぁ……真姫ちゃん、一つ確認して良いかな?」

 

 「ん? やけに改まってどうしたわけ?」

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 特に平素と変わらぬ口調で、ことりは真姫にそう尋ねる。だが何気ないはずのその言葉には、有無を許さぬ響きが込められていた。スクールアイドルの練習最中になぜ鋭い感情を向けられるのか、聞き手の彼女は合点がいかなかったのである。そんな様子を前に、ことりは話の本筋を口にする。

 

 「私の能力ってどんな奴だか有名だよね? 最大五十億ボルトの電気を発生・制御させ周辺空間の電子を制御できる生体技能(電界女帝エレクトロンエンプレス)。応用幅はいろいろあるんだけど……これで心が読めるって知ったら驚くかな?」

 

 「程度の差はあれ、電気操作系の能力なら相手の生体電流を見て読心は可能なんじゃないの? 深層心理とかそれ以上のレベルの読み取りはランク7ぐらいじゃないときついと思うけど」

 

 「その深層心理の読み取りが制限なく広範囲で起こって、周りの人間がほぼ全員どす黒い感情だらけだったら、どう思う? その中で穂乃果ちゃんがどす黒さなく私に心を向けてくれるとしたら、どう感じる?」

 

 「そ、それは――すごくうれしいと思うわ。感謝もするし尊敬も、できると思う」

 

 「うん、私もそうだったよ。だから穂乃果ちゃんのためなら、誰だろうと何だろうと、どこまでだって戦える。もし何かが穂乃果ちゃんを狙ってくるなら、その前に私が相手になる。個人でも集団でも国でも世界でも――私が絶対、倒してみせる。生体技能の全部を使って、どんな手段を使って、徹底的に。消し炭だって残さないから」

 

 底冷えさせるような冷たい狂気を帯びた口調で、ことりは己の意思を披歴する。ただでさえ強烈な発言を、序列入り第四位が口にしたとなれば大概の人間は恐怖する代物だった。だが、言った当人は別段それで構うつもりはないのである。あらゆる負の感情に幼少期から晒され続けたことりにとって、混じり気ない明るさを向けてくれた穂乃果は、神に等しい存在だった。だからこそ、そんな彼女のためならばすべてを投げ打つ覚悟であり、現実に実践さえしているのである。凄絶な決意に動揺気味の真姫を前に、彼女はさらに言葉を口にする。

 

 「だから、スクールアイドルでの対決でも徹底的に私は相手を倒すつもりだし、他のみんなもそうしてほしい。真姫ちゃんの意思にケチはつけないけどいざって時は」

 

 「はいはいことりちゃんストップストップ。そんな昼間からこわ~い話振っても真姫ちゃんに毒でしょ? 人間だれでも本気でかなえたい何かがあるときは、逃げることなんてありえないんだから。ほら真姫ちゃん、ことりちゃんああ言ってるけどちゃんとほっぺ柔らかいんだよ? 触る?」

 

 「ホノカチャン!? も、模擬戦切り上げたの?」

 

 「このままでは千日手状態でそろそろ切り上げかと思っていたら、今のことりでしたからね。私から見ても、そう脅迫めいたことをせずに真姫は動くと思えますよ? 方向は違えども、私たちと同じ毛色なのですから」

 

 両頬を穂乃果につままれ動揺することりに対し、一戦終えた海未は得物たる大太刀型魔法兵装を鞘に納めそう話す。長大な得物を超高速で体の一部に等しく扱える彼女にとって、この程度の練習などごく当たり前なのである。そんな非日常の連続故ある種の狂気を秘めた幼馴染を前にしても、全く海未は動じなかった。そのためことりの心情を理解したうえで、彼女はさらに話を進める。

 

 「現に、ことりは真姫の脳波を読もうとしていないじゃないですか。人間不信のあなたが、穂乃果が認めたとしても会って間もない相手に、ですよ? 協力相手とか有益な価値とか以上に、あなたが同じ存在として彼女を認めている。違いますか?」

 

 「ことりちゃんの心にあるのは、危なっかしいところだけじゃないんだよ? 人間不信だけじゃない、誰かを信じたい気持ちだってちゃんとあるから私が言わなくても自分で動く。そんな心理だから、真姫ちゃんにも本音を明かせたんだよ」

 

 「ん~、言われると海未ちゃんや穂乃果ちゃんのいう通りかも? ごめんなさい真姫ちゃん、ちょっと私気分がどうかしてたよ」

 

 「べ、別にそんな改まらなくても気にしないわよ。あなたたち三人のつながりを見れば、どれだけ強いかってことぐらい、私でもわかるぐらいだし。それにしてもだけどさ、穂乃果ってどこまで鍛えれば序列入りと太刀打ちできるまで強くなれるのかしら? 事象解析で見ても、あなたの細胞の状態ってかなり突き抜けてたわ」

 

 幼馴染トリオの掛け合いにやや面喰いながらも、真姫は事態を承認しつつ新たな話題を振る。ほんの一、二分前まで大剣型魔法兵装で海未と斬り合いを演じた穂乃果だが、この事象には様々な意味が込められている。単純に近接戦闘の技量が序列入りの一角と拮抗しているとも取れるのだが、つまるところ彼女の練度が海未に匹敵しているのである。鍛錬で才能の核たる生体技能差を埋めることは一定域可能だが、それにも限界は存在する。己の解析結果の理由を問いかける真姫だが、実にシンプルかなたちで回答が示される。

 

 「実をいうとさ真姫ちゃん……穂乃果、高校二年にもなった今でも生体技能の正体がつかめていないんだ。何回か解析して能力自体はちゃんと高レベルで宿っているけど、覚醒が不完全だって話なの。あ、でも魔力の質がかなり特殊だから、身体機能が高かったりカンが良くなるってメリットはあるみたい」

 

 「軍隊で戦術価値以上の判定を下されるランク5でしょ? 解析が不完全でもそれだけの判定が出たってことは、かなり調べられたってことなの? それで読めなかったなんて……」

 

 「厳密に言うと何回か生体技能が発動した例もあるのですが、どれも効果が違うものでした。保持者の精神状態で差が出るらしいとの見解が、今のところの最新です。つかぬ事を聞きますが、真姫なら解析できますか?」

 

 「こうしてる間にも一旦やってはいるんだけど、さっぱりに近いわ。印象、現序列入り第一位の綺羅ツバサに近い感じはするけど、あれと根本からベクトルが違う気がするし、ホント未知ね」

 

 「真姫ちゃんでも穂乃果の力はブラックボックスかぁ。けど、こんな力でも誰かのために役に立つならそれで良いな。才能が世の中すべてじゃないにしても、鍛えていたらちゃんと決定打になってくれるのは間違いないし」

 

 不本意なはずの回答を得ても、穂乃果はさばさばとそう答える。目的を見据えた彼女にとって、生体技能の正体いかんにかかわらずやることは決まっていたのである。ならば使えるものを徹底して使い、全員の勝利に貢献するのみ。シンプルながら、そうであるが故に至るにはかなりの経験を有する考えを穂乃果は体現しつつあった。

 

 「決定打になりうる才能、ですか。そう思うとある意味呪わしく感じる生体技能もありがたく思えますね。実際、ひと月そこそこでのライブという荒業がともかく可能となっているのも、真姫と身に宿す事象解析のおかげです。応用幅は広いだろうと睨んでいましたが、ああいう使い方ができるとは思ってもいませんでした」

 

 「別に事象解析が直接医療的な効果を発揮するわけじゃないのよ? 魔力を含めた保持者の身体の一部がふれた対象を解析し、最適解を算出して魔力的にその実行を可能にさせる。治癒なり新薬開発は能力を単に医療方面に向けた産物よ。だから応用すれば、人間が治療した人の技能を解析して、対象者が再現することだってでるの。たまたま私が治した人の中にダンスに強い人がいたから、その技術をちょっと拝借したってわけ」

 

 「獲得した技術を私たちに直接植えつけることだって、確かできるんだよね? 練習や発表で魔法と生体技能の利用は認められてるけど……真姫ちゃん、それはやらないよね?」

 

 「というか、デフォルトが良いからやる必要もなかったってのが正解よ。練習の進捗が思わしくないなら、ことりあたりに肉体活性を頼んだかもしれなかったけど、杞憂だったわ。エースだけあって、鍛えているのね」

 

 穂乃果の確認に対し、真姫は感心気にそう返す。生体技能を買われ、当人もその力を持って練習に貢献するつもりだったのだが、やはり自力での習得がより好ましいのである。とはいえそれにはある程度の下地が必要なのだが、歴戦の勇士として鍛えられた身体が見事に補った。指導と素材がそろった以上、スクールアイドルメンバーは一気にライブ技能を高めたのである。上々に近い滑り出しを飾った一同だが、しかし懸案もまた存在する。

 

 「作曲は私がやって歌詞は海未、衣装はことり、全体統括と渉外活動は穂乃果が担当してるけど……グループ名ってまずどうするの? そろそろ決めた方が良い気がするけど」

 

 「ペーパーとインターネット双方でアンケートを募集していますが……私たちでも腹案を決めた方が良さそうですね。真姫は何かありますか?」

 

 「音楽に関係するか、それとも直接戦闘に関係させるか……系統としては二つあるわ。海未たちの考えもまずは聞かなきゃいけないけど、初ライブの段階までこの四人で回すの? 現状話題はかなり高い状態でいてくれてるけど、ある意味敷居が高くなっちゃってる気がするのよ。何しろ、序列入り三人と学院一の勝負師の集まりなのよ?」

 

 「穂乃果ちゃんの計画では初ライブの後その成果をもって、メンバー募集に移る手はずだけど……早めに移った方が良いんじゃないのかな?」

 

 「確かにね。すぐにでも勝てるメンバーでまずは対処する予定だったけど、逆にそれが仇になっちゃってる面も否めないかな? それでさ、皆は誘いたい子とかいるの?」

 

 ことりたちの指摘を受けて、穂乃果は一堂にそう尋ねる。すでに勧誘候補を見つくろい終えている彼女だが、いきなりそれを告げる意思はなかった。スクールアイドル計画を己が主導で立案し指揮する立場であるからこそ、独走に陥ることを嫌ったのである。それ以前に優れた他人の考えがあるのなら、形式は置くとして受け入れるつもりだった。質問に質問を返された形の三人は、ややまごつきながらも答えはじめる。

 

 「誘いたい子となると……弓道部の部員とかも、考えられますね」

 

 「クラスの子とかも、結構面白いことか入るし……」

 

 <肝心なところ、穂乃果頼みになってるじゃない。といっても、私だって言えた義理にあるわけじゃないんだけど>

 

 目を泳がせて茶を濁すような回答をするばかりの海未とことりを見て、思わず真姫は内心で突っ込みを入れる。とはいえ自省の念を彼女は覚えながらも、しかし腹案がないわけではなかった。ただ、成算が見込める話題としてこの場で提示できるか否か、はっきりいって怪しかったのである。しかしそんな葛藤を、観察力の鋭い穂乃果は油断なく見とがめ話を振る。

 

 「なんだか候補がありそうだって今の真姫ちゃんは見えたけど、何かあるの?」

 

 「ヴェエ!? あ、あるといってもごく雑談程度で話題に上った程度なのよ? 一応こっちに合流する前クラスメートの子と入る部活の話になって、私が決めたところに来てほしいって誘っただけよ。向こうだってどの程度本気にしたかわからないし、来たとして参加するかどうかわからない。そもそも、もうどこか入ってるかもしれないのよ? そんな状態で、私だって二人のことよく知らないのに……平気なの?」

 

 「平気へーき♪ 確かに今の真姫ちゃんは良い状況分析をみせてくれたよ? 不確定要素だらけで、成功のほどがおぼつかない。このことに、穂乃果も異論はないよ。けど」

 

 真姫の考察を肯定しつつ、しかしと穂乃果は言葉を区切る。メンバーの明晰さを改めて実感した彼女だが、根底に決定的なずれがあると感じたのである。欠点というべき要素だが、しかし穂乃果は平易かつ温和な口調で話しをつづける。

 

 「私たちが一番すべきことは、無理だってあきらめることじゃないよ。私だって何かをするときは、あらゆる可能性を考えて計画を立てる。けどそれは、誰かを巻き込んででも本当にやりたいことがあるからこそ、やることなんだよ。不安ばかり気にしていたら、成功できるプランでもダメになっちゃうよ。だからこそ、機会がちゃんと見込めるなら動くべきって穂乃果は思うな? ダメだったらそれで、すぐ次の考えに移れるし」

 

 「無茶ぶりに近いことをよく振ってきますが、とにかく穂乃果は一度立てた軸をぶれさせないんですよ。このあたり、私たちも見習うべきですね。少し悲観的になりすぎてました」

 

 「そうよね……やっぱりそうじゃない。私だってやりたいことがちゃんとあるからこそ、穂乃果たちと一緒に動いてるわけなんだし。ためらうわけにはいかないじゃないの」

 

 「うんうん、真姫ちゃんがやる気になってくれたことだし、善は急げだよ♪ 一年生の教室に、このまま」

 

 ――あ、あの~、失礼します。

 

 穂乃果の温度とともに移動を開始する瞬間の一同を、不意に訓練室に備え付けられたインターフォンからの音声が聴覚を刺激する。一座の面々とは違う声と映し出された映像に、当然穂乃果たちはその主が何者かわからなかった。だが真姫のみは、その相手がまさに話題に挙げた人物の片割れだと、瞬時に理解したのである。固まったというにふさわしい状態となった訓練室内に向け、外の女子生徒はさらに挨拶をつづける。

 

 ――こちらに西木野真姫さんはいるでしょうか? クラスメートで同じく学年協議員になります小泉花陽です。協議会がもうすぐ始まりますので、西木野さんを呼びに来たのですが……

 

 「ま、まさか……こっちの話題が筒抜けになったわけじゃないわよね?」

 

 「ええと、真姫ちゃん。今の子――小泉花陽さんって話題に出したクラスメートの一人なの?」

 

 「正解よことり。向こうから結果的にやってくるってイミワカンナイ展開だけど……こんな時って今話した穂乃果みたいにするべきかしら?」

 

 思考回路を回復させた真姫は、一同に対しそう確認する。動揺をいまだ抑えきれずとも理性的なタイプの彼女が示した意志に対し、彼女たちの回答は至極明白だった。かくて外に待つ小泉花陽は、プッシュからやや間を置いて現れた四人によって、迅速かつ丁寧に任意同行という名の連行を受けたのであった。

 

 

 

 

 有名人と同じ土俵に立てたらどうなるか?

 会うだけならば大歓喜に大概至る。声を掛けられたら嬉しいし、写真なりサインを手に入れられたら御の字だろう。それで顔を覚えられるとしたらさらに喜ばしいことである。なぜならば、これらは質の良い非日常のことだから。

 

 だが、一歩進み常時かそれ以上に行動を共にするとしたら?

 テレビ番組の企画のように、一つのプロジェクトに挑む。もしくはオーディション企画で発掘を受ける程度ならばまだ良い。だがそれ以上にチームを結成し長期間同一の案件に臨むとしたら。通常の領域の生活しかない一般人にははっきり言って処理しきれない沙汰である。

 

 小泉花陽が臨んだ沙汰は、そうした非日常であり、恐ろしくリアリティーを伴うものであったがゆえに質が悪かった。

 

 <本当、どうしようかなぁ……>

 

 春分を過ぎて夕日が若干残る通学路にて、花陽は心よりそう思ってしまう。水準よりやや良い程度の学力と生体技能を有する程度の彼女は、ごく日常的に三年間を過ごせると信じていたのである。とはいえ、現時点においてはそうした平和な日々も残されているといえた。しかし、それとは対極な非日常が、具体性を帯びて花陽の心にこびりついているのである。

 

 <二年の先輩たちがスクールアイドルに挑み始めているのはすごいし、西木野さんもそっちに合流できたのも嬉しかった。確かに私はアイドルが好きだし、魔法だって使ってみたい。けど、あの四人の中に私って、入れるのかな?>

 

 衝撃的な事実を吟味し、まず花陽はそう考える。委員会の呼び出しで真姫を迎えに言った彼女が直面したのは、当人と同志三名による勧誘だった。やや強引な切り出しの素提示された内容は、『スクールアイドル』への挑戦だったのである。世間のカテゴリーでドルオタと評される程度にアイドル全般に入れ込んでいる彼女だが、そのアイドルに勧誘されるとは夢にも思っていなかった。

 

 <話を聞く限りやる気満々……というか、具体的に確実な形で勝てるやり方を持ってたみたい。あれだけすごい人たちが集まれば、そんな考えも浮かぶかもしれないけど、それにしたって素人の私から見てもトップが狙えそうに思えた。突飛なようでいて計画だっていて、目標がそもそもはっきりしてたし。だからこそ、そこに私がいることがどうにも想像できなくて……>

 

 説明の印象を振り返り、さらに花陽は自らの答えを出そうとする。委員会終了後改めて冊子付きで説明された計画は、素人目から考えても勝てるのではと感じさせるものだった。計画の参加者はもちろんのこと、目標設定と工程に無理がなかったのである。その上で、技能運用経験の薄い自分でも安心して活躍が見込めるものだった。至れり尽くせりでありながら相当な現実味を帯びたこの話を、そうであるがゆえに彼女は困惑してしまう。

 

 <いじめにも遭うぐらい恥ずかしがりやで、こんな目立たない私がアイドルとして戦えるのかな? あの時の凛ちゃんみたいなことにならない――じゃなくて、その凛ちゃんを私が何とかしないと! そうしたらやっぱり入部、なのかな?>

 

 恵まれた資質に反比例する自信のなさで、花陽は懊悩してしまう。率直に言って、彼女はこの勧誘がごく普通かそれともフィクションでありがちな突き抜けた非日常風であればありがたいと考えた。方向こそ対極だが、双方ともある程度出力は気楽な応対として発生するからである。しかし打診の内容は、突き抜けた非日常を堅実な日常として具体化するものだった。故に「できる」という印象といてはいけない気恥しさの間で、どうしても彼女は揺れてしまうのである。そしてそれは、はた目であってもわかりやすいものだった。

 

 「かよちーん、なんか考え事にゃ?」

 

 「り、凛ちゃん!? 部活見て回ってたんじゃなかったっけ?」

 

 「一通り見終わって帰ろうとしたら、かよちんがなんか思い詰めていたんだよ? そりゃ駆けつけるにゃ。察するに部活がらみ? 委員会でならかよちんは頑張れそうだし」

 

 「ちょっとその偏見ひどくない!? 委員会だって頭を抱える案件はいくらでもあるんだよ!? って、だけなら良いんだけど、実際部活のことで考え中なのは事実なんだよね。リアリティーがありすぎて」

 

 「いっそ、カンで決めちゃう?」

 

 深刻そうな花陽に対し、凛はあえて爆弾に近い発言を投下する。あまりものをいう際考えるタイプでない彼女でも、この一言が親友を逆なですることはさすがに理解できた。ゆえに当人としては珍しく、かなり詳しい理由を説明する。

 

 「前にテレビの特集で見た話なんだけどさ、直感って七割ぐらい正解らしいにゃ。しかも、その直感も今までの経験が積み重なってイメージされるみたいだから、本当に強く残ったものがなるんだよ。だから、かよちんがもし悩んでるなら、それが一番良い答えだって凛は思うな」

 

 「凛ちゃんはさ、私がアイドルしてるところなんて想像できるの? 昔いじめられるぐらい地味でおとなしい私が、ステージ立てる?」

 

 「立てるにゃ! だってかよちんアイドルと魔法が係ると目の色変えるじゃん。凛知ってるよ? ためたお年玉八年分でアイドルグループグッズを買占めレベルで買ったの春休みじゃない。卒業祝い全額を投入してライブツアーも行ったでしょ? それ以前に、スクールアイドル関係の雑誌とか訓練とか、よくやってるじゃん」

 

 「あ、当たり前だよ! アイドル大好きなんだから……ただそれを自分でやるのは別だよ? やったとしても」

 

 花世は強めに反応するも、語尾を後半すぼめてしまう。一見引っ込み思案気味な性格によるものと解釈できるが、これに関しては別の面もあった。それも、彼女にとってはかなりつらい案件を伴うものだったのである。

 

 「やったとしても……誰に何を言われるかわからないよ。いじめが起こった時だって、私がオーディションの選考通ったって言ったことがきっかけだったし」

 

 「そういえばそうだったにゃ~、けど今度は大丈夫。何があっても、凛がかよちんを守りきるから。あの時みたいに、かよちんを悲しませたりはしないよ」

 

 「凛ちゃん!? 分かって言っているの!? 私が無事だとしても、他の人たちが無事だとしても、凛ちゃんが傷ついたら意味がないんだよ!?」

 

 「かよちん、大丈夫にゃ。あの時より凛は強いし、そもそも……憂さ晴らしみたいにかよちんが傷つけられたら、そっちの方が嫌だよ。絶対、あんなことさせやしない」

 

 快活なタイプの彼女からは想像がつかないほど負の決意を込めて、凛は花陽にそう返す。幼馴染二人に多大な影響を残したいじめであるが、その方向は互いに別となった。本心の発露に抑制がかかってしまった花陽と異なり、凛は危機感を伴った積極性を獲得したのである。すなわち、花陽に危害を及ぼす事象への闘争心である。初めて全力での生体技能しようとなった事件以来、彼女は力への嫌悪とは別に己を鍛え続けた。その産物としての推薦にとおるほどの魔法的素養に至ったわけである。きっかけこそ暗く、今なお手放して喜べる代物ではない代物だが、それでも自他ともに認める切り札として機能しつつあった。

 

 「だから、別に凛に遠慮しなくてもためらわなくてもかよちんはやりたいことをやって平気だよ? 私はそんなかよちんを守れて、一緒にいるのが好きだから。すぐ判断できないなら見学とかも良いんじゃないのかな? 確かライブが近々やるみたいだし」

 

 「それも……そうだよね。私でもやれるチャンスがあるなら、やらないといけないよ。箱入りから抜けて間もない西木野さんでも、あんなに頑張っているんだから」

 

 「あ、そういえばスクールアイドルの方に今西木野さんっているんでしょ? あんまり溶け込めてないあの子が一生懸命になるってなんだかすごいよね。そっちの意味でも、かよちんは注目してるの?」

 

 「上手く言えないけど、そうなるかな? 私の興味のあることに、人付き合いが不慣れな子が取り組んでるって普通にすごいなぁって思うの。その意味だと、見学も良いかもしれないし、ライブも見てみたい。その後に……」

 

 「入って歌って戦って、輪の中に入りたい。そう言いたいんじゃないの? めったにないとんでもない好機、逸さずやっちゃいなさい。私と違ってあんたたち二人とも、翼を折られていないし、折れた翼を癒してくれる相手もいるんだから」

 

 言いかけた花陽と聞く凛の聴覚を刺激する形で、唐突に第三者の声が響き渡る。当然二人は声の主を探そうと辺りを見回すが、視界に移る他人はいずれも距離がある状態だったので特定することはできなかった。ただ、はるか前方に映った制服にピンクセーターの音ノ木坂女子生徒の姿だけは、明確な印象として記憶に残ったのである。

 

 「かよちん、さっきの声って前の方にいる人なのかな?」

 

 「どうなんだろう……ただ、ライブと見学の必要性は上がった気がするよ。こんなチャンス、見逃すなんてやっぱりしたくない。入るにしてもそうでないにしても、自分で決めないとおかしいよ」

 

 「おお、かよちんがやる気になってるにゃ! だったらその意気で一気にやるのが一番だよ。かよちんなら上手くやれるって」

 

 「凛ちゃん、ありがとう。いろいろ悩んだけど、今なら全部やれそうな気がするんだ。私……少しだけ前に出てみる!」

 

 凛の励ましに対し、花陽もまたはっきりと明るく決意を帯びた口調でそう返す。我ながら随分思い切ったと思う彼女であるが、その遺志に寸毫の迷いもなかった。かくしてきっかけを得た一年生二人は、各々次の行動への思いを強く胸に抱き帰路に就くのであった。

 

 

 

 

 時間は平等に経過する。

 

 いかなる事象も世界の法則として、平等な時間の流れの中に身を置いている。故に生物はいずれ老いて死に、物質は朽ちていく。ただし、主観として感じられる時の流れは状況により一瞬とも悠久ともなりうるものだった。特に複雑な心を持つものならば、様々な状況により時間の流れに変化を感じるものである。

 

 故に、現在時が止まったに等しい矢澤にこであっても、唐突に動き出す可能性は大いに転がりつつあった。

 

 「なぁーんで私はあんな臭いセリフ伝えたんだか……」

 

 通りすがりの女子生徒二名に助言めいたセリフを残したにこは、しかし自嘲気味にそう漏らす。彼女の主観では、もう自身はこの手の新たな動きに対し口をはさむ資格などないはずである。さらに言えば親友から託された形の少女も、立派かつ懸命に自らの足で進みつつある状態だった。もはや自分の出る幕などないはずだとにこは思うのだが、裏腹に出力される行動は別に至る。

 

 <多分、私と同じ轍を踏んでほしくなかったはずなのかしら? それに、あの子たちが真姫ちゃんと関わる可能性が大きいならなおのことね。箱入り続きだった実姫の妹が前に進むには、支えがたくさんいるんですもの>

 

 託され守るべきと定めている少女のことを意識して、にこはひとまずそう考察する。直接接する例こそ少なかったにせよ、様々に情報を得て真姫の人となりを熟知する彼女は、その積極ぶりに驚かされているのである。決して引っ込み思案でないものの、日常生活に関する経験値がどう考えてもあの少女は少なすぎた。その状態で新規のプロジェクトの立ち上げに臨み、果敢に対処する。大きくプラスの変化を遂げた真姫のことを思うと、心よりにこは嬉しく思うのである。

 

 <引き換え私はこの二年何をしてきたわけ!? 実姫から後を託されて何をしてきたわけ!? 絵里と希を傷つけて、絵里が死にかけてもそっけなくして、真姫ちゃんまでやってきても、表立って動いていない。今の私に……何の価値があるのよ>

 

 一方二年ばかりの己を振り返ると、にこは本心より慚愧の念に駆られてしまう。主観はもちろん世間大勢レベルにおいても、彼女にとって二年前の事件は大いなる悲劇だった。だがどう考えたとしても、親友二人が西木野実姫の死に対して原因となりえなかったのである。にもかかわらず、目の前で親友に死なれた悲しみすべてを、絶縁通告としてにこは絵里と希にぶつけてしまった。そして残された悲しみと負担に懸命に向かう彼女たちに、自身は実にそっけなくあり続けた。自らの不徳の限りと認識している一連の流れを、にこはどうしても許せなかったのである。

 

 <分かっているのよ。もう私は動いちゃいけない、動くことなんて許されないほど誰かを傷つけ続けていることだって。多少応援はできたとしても、輪の中に入ることなんて、ありはしないじゃない。そもそも真姫ちゃんが輪に入れたんなら、私があれこれする理由も>

 

 「にこちゃん、こんなところで何してるの!? ここ、神田明神に近い方面だけど」

 

 「ま、真姫ちゃん!? どうしてここ――じゃ、ないわね。希とでも話してたの? あの子の拠点――というか東條一族の拠点って確かあの神社だしね。耳寄りな情報でも聞けた?」

 

 「いろいろ込み入った話をいくつかしてたわ。ここ二年間大分希さんも大変だったけど、最近ラッキー続きだったみたいよ」

 

 出くわし気味の対面に動揺中のにこに対し、真姫は明るめにそう話す。現状多忙かつ平時よりも消耗の多い日々を過ごす彼女だが、話す相手と得た情報が吉報なら気分も晴れやかなのである。直接の事情こそ知らないものの、挙動からしてあらかたの展開はにこにも予測できた。ただ、最も大切と考える相手を前にしても、彼女の心は晴れようがなかったのである。

 

 「そりゃ、真姫ちゃんたちの進めるプロジェクトが順調なら、希だって喜ぶわよ。自分たちが挫折したことを、成功できそうな勢いでやっているなら当たり前じゃない。私もスクールアイドルプロジェクトのサイトを見てるけど、結構いい塩梅なんでしょ?」

 

 「いい塩梅かどうかわかりかねるところもあるけど……今は順調に進められてるわ。それに、私個人としても部活以外の学校生活がなかなか面白いって思えるの。やっぱり、外に出てみるものね。小学校の頃は明らかに浮いちゃってトラウマ気味になってたけど」

 

 「なんだかんだで音ノ木坂よ? あなた以外に序列入りが二人いるし、勝負師高坂穂乃果も行動半径にいる。それ以外にもぶっ飛んだ生徒だって少なからずいるわ。実際、私たちの世代がそうだった。絵里がいて希がいて、何より実姫がいて……私も一緒になって突っ走ってたあの頃は特に、ね」

 

 もう手にすることはないと思っても――あるいはそれゆえに、かつての経験をにこはしみじみと語る。過去行動を共にしていた自らの仲間は、自身も含めどこか常ならざる面を抱えていた。ただそうであっても、周辺が平凡といえばまったくのウソなのである。序列入りこそではないがランク7との対決や、あるいは国家クラスの組織との駆け引き。何よりそれ以上に身近な突き抜けたクラスメートなど多々いたのである。それらから鑑みれば、真姫の経験は相対的に程度が低いとにこには思えた。

 

 「真姫ちゃん、失敗したにこが言うのもあれだけど……今ある仲間、大切にしてよね? きっと学校生活やもっと長い人生で支えてくれる相手に、違いないんだから。ううん、もっとそういう相手増やしていった方が面白いわよ」

 

 「にこちゃん……その仲間の中に、にこちゃんたちは入れないの?」

 

 「ごめんなさい、気持ちも嬉しいしこっちの責任だけど……私は入れない。当然の報い、だから」

 

 「だったらなんで、にこちゃんは今も音ノ木坂にいるんですか?」

 

 事態の本質というべき案件を、あえて真姫は口にする。あらゆる角度から見て、二年前の襲撃事件により矢澤にこは精神的に癒しきれない傷を負った。しかし、その事実のみでは彼女の行動を説明しきれないのである。すぐ考えれば思いつきながらも、しかし触れられていなかった案件に、彼女は意を決して踏み込み始める。

 

 「お姉ちゃんを目の前で喪って、絵里さんと希さんを切り捨てたのに、どうして音ノ木坂に今もいるんですか? 確かに肉体を分解させたお姉ちゃんからの遺言と私のことも大きいです。けど、それだけなら別にこの学校にとどまる必要なんてないし、絵里さんが搬送された病院まで行く必要もなかったじゃないですか。四人で一緒に過ごせたこと――お姉ちゃんたちと一緒に前に進み続けたことをずっと好きでいる。だから私のことで目をかけてくれるだけじゃなくて、スクールアイドルプロジェクトのことにも投稿してくれる。違います、か?」

 

 「仮にそうだとして……真姫ちゃんは私に何を望むわけ? ううん、違うわ。私は何をすべきなの? どれだけアイドルが好きでも、どれだけ絵里と希が大切でも、どれだけ実姫と真姫ちゃんを想い続けても! 私の罪は消えないのよ!? どう、すれば良いのよ! 真姫ちゃん、分かってそんなこと聞いたの!?」

 

 「周りが許しても、絵里さんと希さんが許しても、多分私が許しても、にこちゃんの罪の意識は消えないはずです。けど、それなら私たちだって同じです。間に合わなかった二人はもちろん……あの日海外の研究所に出張っていて遅れた私だって、考えます。もしあの日日程を変えて日本にいたなら、お姉ちゃんを治せたはずだって。それに、あの日お姉ちゃんはにこちゃんを致命傷から回復させたとしても、命まで散らす必要はなかったんです」

 

 「『西木野は傷つきし者を見逃さない』って家訓、絶対じゃなかったの!? 実姫はあの時以外にも負傷者が出た時は必ず動いたのよ!?」

 

 「例外だって認められてます! 自分自身が重傷か、もしくは致命的な危機にさらされている時なら当人の保全が優先されるんです。二年前のあの時は、まさしくそうでした。しかも、お姉ちゃんにとっては一番大切な一人であるにこちゃんが、目の前で死にかけてたんですよ!? 『数倍の襲撃者を撃退し、多数の死者を出しながらも学院を防衛し、なおかつ親友を救った』、って結末をお姉ちゃんは選べたんです。しかも、それを選んだとしても誰からも非難されようがないし、称賛もされるであろうやり方を、です」

 

 面食らうように返すにこに対し、真姫は自らの一族の流儀について説明する。医の名門として長く続く西木野一族は、家訓として癒しの流儀を掲げている。その内容は多岐であり意識のレベルも各員によりけりなのだが、実姫はある事情につき特に重視していたのである。故に先頭に長けていても、彼女は負傷者があればまず癒し、可能なら敵側の捕虜の傷も癒し続けた。そうまでして守り抜いた信念にかかわる本質を、真姫は己の主観も混ぜつつ、にこに話し続ける。

 

 「お姉ちゃんはこれ以上、にこちゃんの目の前で誰かが死に続けることを可能な限り避けたかったと思います。物心ついてから、ずっとにこちゃんは死で誰かを喪い続け、二年前もお姉ちゃんを喪ってしまった。けど仮にお姉ちゃんが生き延びる選択をとったとしても、何十人も目の前で死を見たら、にこちゃんは自責の念でどうしようもなくなるんじゃないですか? また、私はたくさん死なせてしまたって。だからこそ、お姉ちゃんは自分の命を捨てても、何十人を助ける道を選んだ。西木野のこと以上に、絵里さんと希さんと、それに私と、何よりにこちゃんがまた立ち上がって進んでくれると信じて」

 

 「あの時……実姫はそこまで――そうよね、あいつって昔からそうじゃないの。ノリが良い割にやたら理屈というかこだわり強くてさ。あの時の実姫だって、ずっと考え抜いたはずじゃないの」

 

 「私は、そんなお姉ちゃんの想いを尊重したい。お姉ちゃんが死んでも、お姉ちゃんの気持ちは続いているんです。時間もかかるし、もともとの予想の形にならないかもしれない。けど、形にしたいんです! だったら、負い目も罪の意識も恥じることはないんです。あったとしても、進み続ければ、答えはきっと見えてきますから」

 

 「まったく、随分私は買われているのね。この分じゃお仲間方より上なわけ? まぁ、それも道理か。これでも自分のやったことには責任を意識するキャラだわ。私があの時――二年前の今頃真姫ちゃんを病院での襲撃事件から救出したってこと。言っちゃ悪いけど、あの手の事件は私にとってある意味日常的だったわ。けどそれが、今に至るまでの真姫ちゃんの原点になったこと、すごく嬉しく思ってる。誰かを失い続けた私でも、誰かを救えてるんだって」

 

 これまでと違い感慨深い笑みを浮かべながら、にこは本心を口にする。悲劇の一月ばかり前、彼女と三人の親友はとある病院での用心襲撃事件の迎撃にあたった。その最中にこは標的とされた真姫を救出したのだが、これが二人の直接的なつながりとなったのである。それも、若き序列第五位の精神的な呪縛を破壊してというおまけつきだった。以来真姫は颯爽と舞い降りた白馬の王子の如きにこのありようを、自らの基準に据えたのである。

 

 「そうよ、そもそも私は成功も失敗も二年前から何もしてないじゃない。やって上手くいかないどころか、二人に拒まれるかもしれない。けど……けど、そこに真姫ちゃんがいるのなら、私にもやるべき理由があるわ。あなたに背中を見せた、スクールアイドルとしての責任がね。最終的にどうするか思いついたばかりだし全くの未定なんだけど、一度見させてくれるかしら? 真姫ちゃんたちのデビュー戦、それを見てにこは何をするか見定めたいの」

 

 「にこちゃん。今の、今の言葉って……」

 

 「ちょっとだけ、前進できるようになったのよ。人の本気って、どんどん伝播していくのが常みたいだわ。というか真姫ちゃん!? い、いきなり涙目にならなくても大丈夫なのよ? ほらほら、泣かれると私もあれだし――にっこにっこにーっ! ほら、昔私に送ってくれたビデオレターで真姫ちゃん随分はまってたでしょ!?」

 

 「え、ええと――にっこにっこにーっ! はい、よくやってました。あの頃は髪伸ばしてにこちゃんと同じツインテールにしたことがありましたけど……どうでした?」

 

 一瞬感涙を見せた後、懐かしい掛け声を聞いた真姫は、やや戸惑いながらもごく自然な調子でそう返す。一見すればある種チープなアクションだが、にこの代名詞ともいうべき属性がある以上彼女はしばしばまねたのである。事件以降余裕ない状況では特にしなかったのだが、本質的な好みに変わりはなくオリジナルの実行を前に嬉しくリアクションといたるのだった。

 

 「うんうん、よくものにできてるわ。真姫ちゃんのスペックと素直さに、にこに~直伝のスキルがあれば大概の人間は落ちるわよ。にしても、真姫ちゃんでここまで親和性あるんなら、実姫ももっとやってくれたら楽しかったんだけどね」

 

 「お姉ちゃん曰く、『あれはにこみたいに突き抜けた子じゃないと様にならない』って聞きました。私からみたら確かににこちゃんは突き抜けてますけど、実際だとどのあたりなんだろう?」

 

 「んー、私でいっちゃうとあれな気がするけど……アイドルへの本気さなら負けないって胸を張れるわ。そのためならどれだけ苦労しようがぼろぼろになろうが構わないって、なんだかんだで思えるのよ。実姫の言い回しは何かに対する本気の姿勢だとするなら、真姫ちゃんだっていつか――伏せて! マジックオン!」

 

 和やかにこたえようとしたにこだが、しかし次の瞬間鋭い支持とともに左腕で真姫の身体を伏せさせる。次の瞬間二人が立っていた地点めがけ、青い閃光が通過したと思うと、かなり後方で着弾しそのまま爆発したのである。あまりにも明白な魔力砲撃であるが、しかし狙われた二名とも――ことに歴戦の兵たるにこは久方ぶりに戦意を強くたぎらせる。

 

 「真姫ちゃん。あの時と同じみたいかも知らないけど、にこに任せてね? これしき、ちゃっちゃと蹴散らすわ」

 

 「けどにこちゃん、魔法狙撃の対処ってかなり難しいんじゃないの? 感知が強力じゃないと」

 

 「最悪真姫ちゃんの手も借りるけど、あれくらいならにこでも割り出せるわよ? そもそも、どんな相手が来ても対処するのがプロの技能保持者ってわけ。いずれにしても、今回私は本気で行くわ」

 

 獲物を狙う肉食獣じみた鋭い言葉とともに、にこは手持ちの魔法兵装を起動し、得物と黒のライダースーツにグレーのと白のスカートとブーツ姿の技能装束(スキルジャケット)技能装束を展開する。二丁拳銃型の魔法兵装『アンタレス』を構える両腕は、久々にたぎるものを覚えていた。かくして不意の襲撃事件は、地に墜ちた王子を再び立ち上がらせる引き金へとなるのであった。

 

 

 

 

 本気になると人間はどうなるか?

 フィクションにありがちな展開では、何かの能力の覚醒なり本心の絶叫など、とにかく目立つ事例が多いだろう。物語として絵になり、続く展開も期待が持てる。だが現実において一定以上の玄人は、そのような無駄な動作というものが基本生じないのである。なぜならば、彼らの技量はもちろん心理までもが、完成された一挙一動に表れるのだから。

 

 久方ぶりに臨戦態勢となった矢澤にこの挙動もまた、そうした本気と呼ぶにふさわしいものだった。

 

 <状況からするに、十中八九狙いは私ね。日本の文字通り中心で西木野当主を襲撃するなんて暴挙、あまりにもリスクが大きすぎるもの。まぁ私にしたってこの立場から随分恨みも買ってるでしょうし、売られたケンカぐらい買うつもりだけど>

 

 狙撃の第二波を警戒しつつ、にこはまず事態の整理を試みる。魔法関係者の襲撃事件はそれなりに発生するのだが、実行の危険度は状況により大きく異なるのである。その中でも西木野真姫の場合、一族による分もさることながら重要度により日本政府も協力し護衛戦力を送っていた。故に彼女に手を出すことは、西木野一族のみならず国家そのものを敵に回すも同義なのである。それでもなお襲撃を試みるならば、徹底して大規模かつ隠密裏に行うべきだった。先ほどの狙撃にそれらが感じられなかった以上、標的は自分とにこはすぐ確信できたのである。

 

 「誰より優しいあの子の眼前でこんなことしでかしたつけ、重いわよ?」

 

 ほんの小声でそう呟いたにこは、狙撃の方向へと高速移動を開始する。標的が自身であり真姫に被害が及んでおらずとも、彼女の怒りはこの時沸点近くまで達していたのである。接した絶対時間こそ短いものの、にこは守るべき赤毛の少女の根底が強い優しさにあると考えた。最高峰の生体技能とこれまた最高峰にある社会的立場にありながら、利己的な悪用に陥らない。特殊な環境下で奇跡とでも呼べるほど他者を慈しみ、彼らを救うべく力をふるう。それほどの相手が親友実姫の妹で、なおかつ自らを最も慕っている。死を幾度も感じ歩み続けたにこにとって、彼女は今やは歩むべき道を指し示す絶対の指針というべき存在なのである。

 

 だからこそ、そんな真姫を傷つけ穢す存在の撃滅を、にこは一切躊躇する意思はなかった。

 

 「隠れたままさっさと離脱したいでしょうけど、させやしないわよ! 多弾製造(マルチパレット)狙撃弾(スナイプ)!」

 

 にこは自身から斜め右方向にアンタレスを構えると、そうコールし白い光球を二つの銃口の先に生成する。一見すれば魔力を用いた射撃魔法の展開であり、特に生体技能を必要としないポピュラーな攻撃法といえる。だが傍目に平凡なはずの弾丸は、放たれるや否や特異性を発揮したのである。

 

 <魔力弾が紡錘上になって急激に加速した!? 確かに射撃魔法で魔力弾の性質をいじれば軌道操作とか着弾効果の調整は利くけど、それだって限度もあるし、瞬間的な発動で可能なわけじゃないわ。だとするとあれは>

 

 「驚きのところ中申し訳ないけどねぇ、真姫ちゃん。スクールアイドルがおしゃかになっても鍛錬は続けたのよ? それに単独で依頼とかもやったわ。だからこれしき――射程超長距離と誘導・貫通効果付与の魔力弾を多弾製造で作るなんて楽なわけ、よ!」

 

 驚く真姫を尻目に、にこは説明とともに二発の弾丸を発射する。彼女が今しがた繰り出した魔力弾は、通常の魔法で生成されたものではなかった。保持者のイメージした性質を付与した魔力弾を生成する生体技能――多弾製造の産物によるものなのである。これにより通常魔法では及ばぬほど高速かつ繊細な魔力弾生成を可能としたにこは、近・中距離戦で無類の強さを発揮した。仲間たちと袂を分かってしまった彼女だが、その力は衰えるどころか鋭さを増している感さえあった。

 

 <これ一撃で済めば楽でしょうけど、まぁ絶対そんなことないでしょうね。あの攻撃にしたって、結構な精度はあったわ。次攻撃が来るとしたら>

 

 「にこちゃん! 魔力弾二十発が接近中、タイプは通常弾の火炎性質入り!」

 

 「援護感謝よ! これしき全部撃ち落す! 多弾製造、水流弾(ストリーム)!」

 

 真姫の艦力情報を得たにこは、すぐさま多弾製造で同数の魔力弾を生成し、迫る敵弾を相殺する。強力な水流と拡散効果を帯びた弾丸は、火炎による延焼もしっかりと制し被害を周囲に一切及ぼ最中った。狙撃から多弾による面制圧に映った点を見て、彼女は舞を敵が一気に詰めてきたものとすぐさま判断する。そしてその読みは正しいものだと、最適な形で証明された。

 

 「隠れたって、無駄なんだからぁっ! 多弾製造、突風弾(サイクロン)!」

 

 「ヌギョオオオッ!?」

 

 <魔法迷彩で視認できなかった相手に直撃させた!? あの手の隠密補助って感知はできても攻撃の確実な命中なんて骨なのに。これが、にこちゃんの戦いなのね……って、あれは!>

 

 「にこちゃん! 今度は五人別別の方向から迫ってきてるよ! 魔力の質からしてかなり強いわ!」

 

 突風の性質と炸裂滞留効果を帯びた魔力弾で視界に映らぬ襲撃者を撃破したにこに、感知でとらえた情報を真姫はすぐ伝える。鮮やかとすら言える手際で相手を倒すにこだが、第二陣の相手の数と質を思えば容易でないと確信したのである。ただ、結果としてではあるもののこの時真姫は彼女の実力をまだ知り切れていなかった。初対面で強烈な印象こそ受けたものの、逆にそれ以上の想像が及びづらかったのである。

 

 だからこそ、次のにこのアクションは真姫にとって想像を絶するものだった。

 

 「んな連中、見ずとも――たった一撃よ!」

 

 「な!? 我々の接近にこう――もっ!」

 

 「あ、あがァアアアアアアアアアッ!」

 

 「グゲェエエエエッ!!」

 

 五方向から迫るはずだった刺客たちは、何らアクションも起こせぬままにこが展開した魔力弾によりその意識を刈り取られる。一定以上の威力の射撃を、多方向に同時展開という芸当は、早々できるものでなかった。しかも瞬時かつ特に視認せずともやってのけたという結末は、真姫にはただ仰天でしかなかったのである。茫然とする彼女に対し、鋭さを失わぬにこはさらりと解説を行う。

 

 「やり方はそれぞれだとしても、この程度別に私じゃなくとも絵里や実姫でもできたものよ? そんなメンバーと私は一緒になってたんだから、別に造作もない芸当だわ。それに」

 

 「それに?」

 

 「どーも敵さんのリーダー格が残ってるみたい。厄介極まりないけど片を付けるに都合が良いわ。真姫ちゃん、前には出ないでよね?」

 

 「う、うん……にこちゃんがそういうなら」

 

 許容値上限近い衝撃続きの展開に、真姫はどうにかそう返す。とはいえ現在進行形で戦うにこが前にいることもあり、それほど彼女は不安を感じなかった。むしろ、亡き姉の一番の親友がどれほどの力を秘めているか、底知れぬ驚きと頼もしさを覚えているのである。そんな視線と想いを意識しながらも、にこは乱れることなく悠然と迫ってきた敵首領格に相対する。

 

 「あんたがこの襲撃の下手人――というより実行部隊のトップってところかしら? 仕掛けた理由とか依頼人の名前とか明かしてくれるとありがたいけど……」

 

 「それをこちらが言うとでも?」

 

 「でしょうね、戦って吐かせるわよ! アンタレス! 多弾製造、音速弾(ソニックパレット)

 

 「高々超高速の銃弾――で!?」

 

 黒のスーツ風の装束をまとった屈強な傭兵風の男は、回避と右に持つ銃剣型魔法兵装で誇張う高速の魔力弾に対応しようと試みる。矢澤にこ襲撃の指揮を執るだけあって、彼の実力は生体技能者のレベルから言って決して低いものではなかった。だが次の瞬間繰り広げられた光景は、その彼が見ても面食らうものだったのである。なぜならば、自らを終焉させるにはあまりに十分すぎる内容だった。

 

 「散針式(ヘッジホッグ)!!」

 

 にこのコールとともに相手から回避された魔力弾は、瞬間針山を爆発させたかのごとくおびただしい魔力針をまき散らす。突然の魔法効果に男は対処しきれず被弾するが、驚きはそれにとどまらなかった。なんと被弾箇所が蒼く変色し、身動きを完全に封じさせたのである。即興での攻撃では到底説明しきれないち密さを帯びた細工を揃え、にこはただ膝をつき固まる標的へと歩を進める。

 

 「そっちも任務だし思うところあるかもしれないけど……それはこっちだって同じなのよ。だから――吹き飛びなさい!! 火焔弾(ナパームパレット)!!」

 

 「ヌギュォおおおおっ!!」

 

 アンタレスから半垂れた大型火炎弾が標的に命中し炸裂すると、断末魔を発し男はそのまま倒れてしまう。プロの襲撃者六名を相手に五分未満で完勝という、まず華々しい結末を得てなお、勝者たるにこの心は晴れなかった。いかに言いつくろったとしても、もっとも守るべき対象の前で戦闘を演じてしまった事実に変わりはないのである。時間に反比例するような猛烈に濃い流れが終わる中、真姫はにこへと話しかける。

 

 「にこちゃん……あんまり浮かない顔してるけど、私も無事だし今倒した相手も全員私で治せるよ? ついでに周辺被害もあんまりなかったから」

 

 「真姫ちゃんを含めた他の誰が見れば、確かにそうよ。こうして変に頭抱えてることだって私のこだわりだし。けど、それでも私はポリシーを破っちゃったのよ。真姫ちゃんの目の前で、私の問題に端を発する戦いをするってミスをね」

 

 「私が気にしないって言っても……無理ですよね? 多分いろんな意味でにこちゃんの中で私の存在が重いと、考えるしかないはずじゃない。けど」

 

 「けど?」

 

 一度言葉を区切った真姫に、思わずにこはそう返す。続く言葉こそ読めなかったものの、しかしこの時彼女は言い回しの中に引かぬ意志を感じていた。活発と物静かの違いこそあれど姉たる実姫と同じ気質を持つ真姫は、はっきりとした考えを言葉に表す。

 

 「考えても、苦しんでも、それ以外のことだってにこちゃんは思えるはずです。私は詳しく分からないけど、お姉ちゃんとにこちゃんたちの関係はお互い助け合ってたって思ってます。だから……今度は私が、にこちゃんを助けられるようになります。この状況じゃ安請け合いに聞こえますけど、必ず果たすつもりです」

 

 「真姫ちゃんあなた――そうね、いざって時はお願いしようかしら? けど、背伸びしすぎはだめよ。まだまだ経験不足に違いないんだから。ともかく、後始末よろしくね」

 

 「はいっ!」

 

 にこからの言葉を受けた真姫は、明るくそう答え周辺に治癒魔法と事象解析を展開する。元々この手の作業は彼女の本分であるのだが、基準とすべき存在から期待をかけられたこともあり平素以上にはかどった。かくて小さな規模の戦闘は、あっけない結末以上の価値を勝者たちにもたらす流れに至るのであった。

 

 




 もうちょい連投モードナウ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

 来る初ライブに向け、最終的な調整に励む穂乃果たち。そんな動きは一度挫折の者達も注目できるものであり……とまぁやや改定作業ごたつきましたがμ’s初陣回なお話です。


 

 嵐の前には静けさが存在する。

 

 本格的な大事件の前には前兆として異様なほど平常であることを指す事例がある。無論その裏面では重大な動きが生じているのだが、少なくとも表面上は平穏無事である。故に表立つ動きはごく平素なはずなのだが、それもまた陽動を兼ね大きな意味を持つ場合も存在する。

 

 スクールアイドルプロジェクト開始から一月ばかりの園田海未は、まさしくそれに直面しつつあった。

 

 「ややや、やっぱりやるのですか!?」

 

 「延べ八回目だけど、やることに意味があるんだよ海未ちゃん。魔法戦闘じゃない私たちを盛大かつ華々しく見せる――というか魅了する字の魅せるかな? それをやってのけるためのきっちりとした予行演習。大丈夫、お客さんっておっかなくないからさ」

 

 「それはまぁ――そうですし意義も私における必要も認めますが……」

 

 「よし聞いたことりちゃん!? 海未ちゃんがやる気だしてくれたよ!? チラシ二十部がすぐ消えるよ!」

 

 「うわぁ~、海未ちゃん凄いじゃん! 初めて数分でそこまでやるなんて大胆だよ♪」

 

 穂乃果に続く形で、ことりは動揺しっぱなしの海未を無視しそうあおる。放課後学校近辺にて宣伝用チラシを配る彼女たちだが、これには相応の理由があった。ライブ宣伝という意味もしかりだが、それ以上に重視すべき点が内在しるのである。その理由たる当人は、見事に嵌められたと思い知らされても、なお抵抗を試みつつあった。

 

 「も、もちろんやりますし――私が大会以外で人目になれる必要も、あるのも事実です。ですが、その手のことはメンバー全員で行うべきではないのですか? せっかくグループ名が決まったのに、真姫抜きで進めるのは」

 

 「その真姫ちゃんは対戦校との調整で現地入りして、調整任せるって決めたの海未ちゃんでしょ? ことりは知ってるよ? 西木野一族の生徒が向こうのスクールアイドルにいるって理由でさ」

 

 「一緒になってやりたいって希望してた真姫ちゃんをあえて抜いたんだったらさ~、その分もっと頑張らなきゃだよ海未ちゃん。そもそもバニーガール姿でトラメガ片手にプラカード宣伝するわけじゃないんだから、ちょろいものだよ」

 

 「もっとダメに決まってるじゃないですか! そもそも、穂乃果もことりもチラシを渡せ」

 

 何とかチラシ配りにあらがおうとする海未だが、すぐに己の論拠が破たんしていると悟らされてしまう。散々にあおりながらも穂乃果とことりは、初期手持ちのチラシをすべて配り終え、新たなストックを取り出そうとしていた。見事なまでに謀られたと悟った彼女は、ほとんどやけ気味に行動を開始する。

 

 「わ、渡せてるなら私だって……やりますよ! 生体技能使いますね!?」

 

 「良いけど海未ちゃん、そしたら殺到のレベルで人来るよ? 平気?」

 

 「穂乃果だってできたんですよ!? なら、私だって……やれます! 天候覇者(ウェザーロード)好機流来(ラックウィンド)!」

 

 「う、海未ちゃん!? 穂乃果ちゃんにあおられたからって、いきなり好機流来はしなくても良いんだよ? もう人が――多い!」

 

 あおられた形で希少技能を発動させた海未を見て、ことりは思わずそう漏らしてしまう。天候・海洋事象一切を創造制御する海未の生体技能――天候覇者は非常に強力かつ応用幅の広い代物である。直接戦闘や戦闘補助はもちろん、天候全般への干渉による天候操作・気流海流干渉・静電気の制御と多岐に及ぶ。それゆえに能力を応用すれば気流干渉による周辺空間の酸素濃度操作によって、効果範囲内の人間をある方向に誘導させるという芸当も可能だった。宣伝における能力の使用は自分たちの立場柄避けたかったのだが、欠点の克服ならばことりは追認できたのである。

 

 ただし、克服のための荒療治は、当人はもちろん傍目から見てもすさまじいものと化した。

 

 「みなさーんっ! 機たる五月第二月曜日、音ノ木坂に新たなスクールアイドルがデビューいたしますのでよろしくお願いしまーすっ!!」

 

 「あ!? 序列第六位の園田海未!? うっそぉー、ライブに序列入りでるの?」

 

 「あ、ライブ見に行きますんでサイン頂けませんか!? 私、園田さんに憧れて魔法兵装を日本刀型にしたんです!」

 

 「同じ序列入りになる南ことりさんも出たりするんですか!?」

 

 音ノ木坂の生徒はもちろん、他校生や地元住民と思われる人間が次々海未にそう問いかけながら、渡されるチラシを受け取っていく。生体技能による効果もさることながら、それを行う人物が序列第六位であることが大きかったのである。魔法関係でもトップに該当するスキルコンテストエースが、積極的に街頭で動く。さらに音ノ木坂生にしてみれば、昨年度の躍進中心人物が、物静かさをかなぐり捨ててPRする。否が応でも注目の度合いは高まらざるを得なかった。みるみるうちにチラシは予備分も含め消えていったのだが、しかしその代償として海未の精神は深刻な摩耗を余儀なくされる。

 

 「押さないで、あわてないで、大声にならずとも! チラシもサインもストックは十分ですよーっ! 当日は応援、よろしくお願いしますっ!」

 

 「あわわ、これはまずいよことりちゃん。海未ちゃん限界無視してはげみすぎちゃってるって」

 

 「穂乃果ちゃん、一回海未ちゃん後退させよう? このままじゃ海未ちゃん潰れちゃうよ。ただ能力解除しても落ち着いて下がらせるのは……」

 

 「ん~、そういう時はなぁ、いわゆる『続きはウェブで』ってみたいなキャッチコピーが必要なんよ。現状よりも魅力的な情報を、こっち側の領域においておく。対象が人気度の高い場合かなり効果が見込めるとうちは踏むね」

 

 「列解体の広報と誘導、気を付けてやってよ? 救護のことは私がいればなんとでもなるけど、何が起こるかわからないのがイベント終了時の撤退時だわ」

 

 人集りを前にやや困惑気味の穂乃果とことりの聴覚を、関西弁風の声と聞き慣れた理知的な声が刺激する。二人は振り返るのだが、そこには当然声の主たる真姫と、その同行者と思しき黒髪二つ下げの女子生徒がそこにいた。どちらとも見覚えがしっかりあるはずなのだが、始めてみる組み合わせに思わず穂乃果は質問をぶつけてしまう。

 

 「真姫ちゃんと……生徒会副会長さん!? 確か生徒会の方も他校との折衝であちこち動いてるって聞きましたけど」

 

 「うち個人も音ノ木坂生都会としても、スクールアイドルプロジェクトの成否は大注目やからね。だから協力できるところはできるだけするようにしとるんよ。けどなぁ高坂さん、このままやと園田さんファンの洪水におぼれてまうで?」

 

 「あ、そうでした! みなさーんっ! ライブ直前の私たちの意気込み模様は、チラシ記載のアドレス先にしっかりと掲載します! なので本日はどうもありがとうございましたーっ!」

 

 「慌てず、落ち着いてお帰りくださーいっ!」

 

 穂乃果に続く格好で、ことりは生体技能による意識介入も多少行いながらそうアナウンスする。人気物販ブースも真っ青な混み方をした音ノ木坂学院校門付近の人集りは、徐々にであるが撤退へと移りつつあった。そうした状況を見計らい、よれよれになりながらも、海未は何とか脱出を果たし穂乃果たちへと合流する。疲労困憊と化した幼馴染を前に、まず穂乃果はその功をねぎらった。

 

 「お疲れ様海未ちゃん。ほら、やれば結構あっけなくできたでしょ? 天候覇者まで使ってあれなら、本番も大丈夫だよ」

 

 「去年のスキルコンテスト決勝の方が楽に、思えましたよ……けど何とかやれました。そして気づいたのですが、なぜ真姫と副会長が一緒に?」

 

 「同じ学校の所属やからルートが同じなのと、そっちの活躍がどうだか気になったからかな? 随分宣伝盛んにしてくれとるし、生徒会としてもこの目で見ときたいかなーって」

 

 「その割に、随分真姫が気を許しているように見えますが……付き合いが深いのですか?」

 

 当然といえば当然の疑問を、海未は副会長――東條希に問いかける。自らの立ち位置柄観察力の鋭い彼女は、箱入り娘のメンバーが彼女と接して親しそうな様子を、すぐ見とがめたのである。指摘された希としても、状況と相手との兼ね合い柄話すことそのものに異議はなかった。ただ切り出した場合、彼女にとって重い案件を明かさねばならなくなる以上慎重に言葉を選び説明する。

 

 「その前にこっちから園田さんたちに質問。うちのこと、真姫ちゃんから何か聞いた?」

 

 「え? 初めてだからこそこうして尋ねたのですが……」

 

 「話すこと自体はうちも異議なしやし、そっちに真姫ちゃんがいる以上絶対必要よ? ただ、うかつにどんどん広げていくと、うちの方でちょっと困ることになる。もちろん園田さんたちのせいやないよ? ウチの大親友が結構……深刻な心の傷を抱えているから。だから取り敢えずいえるのは、名前で呼び合える程度に真姫ちゃんと近いことと、うちの友達の問題に目途がついたら話すってことかな? それとライブに真姫ちゃんのこと、いろんな意味で応援するで」

 

 「す、すみません。変なことを聞いてしまい」

 

 「ええって、ええって。誰だってこんな組み合わせ見たら聞きにくるのが自然やし、それでも話さなかったうちの方が珍しいもん。それじゃ、うちはこれでお暇――って!?」

 

 海未の謝罪に微笑で応じた希だが、次の瞬間言葉を失ってしまう。穂乃果たちの様子を窺いに動いた彼女だが、想定外の遭遇が発生したのである。固まる希と同じく呆然とする真姫と、二人の様子にあっけにとられる穂乃果たち三人を前にして、件の人物はスタスタと歩み寄る。

 

 「ここでライブの宣伝やってたのね? あの人ごみの中、なかなかやるじゃないの」

 

 「ええと、もしかしてライブ興味があるのですか? でしたらチラシ」

 

 「いらないし、そんなもの貰わなくともこっちから出向くわよ。実績十分だからって油断なんかしないでよね? そっちのプリンセスが」

 

 三年生のリボンをつけた小柄黒髪ツインテールの女子生徒は、穂乃果に言い終え一度真姫へと視線を向ける。穂乃果たちの様子を窺おうとした彼女だが、表にこそ出していないものの希との遭遇は想定外だった。だが本題を果たしていない以上、まだ引き下がるわけにはいかなかったのである。故に短くはっきりと、女子生徒は本筋を口にする。

 

 「あんたたちに本気で賭けているんだから、しっかりとやりなさいよ? 結末がどうであれ、見届けるわ。そこから先は、こっちの勝手にさせてもらうけどね」

 

 「そちらの望みになるかどうかはわかりませんが――ライブ、勝ち抜きます。それだけじゃない、勝って勝ってトップまでその後も、絶対に!」

 

 「その気概、どんな時でも持ちなさいよ? たとえ仲間倒れても心折れかけても、何度だって立ち上がれるぐらいずっとだからね。期待させてもらうわ」

 

 女子生徒はそこまで言い終えると、そのままこの場を後にする。小柄な体躯にかかわらず、ブレのないその背中は残った者全員に大きく映った。そうして訪問劇は幕を閉じたのだが、彼女を知る希と真姫は思わず本心を口にする。

 

 「にこっち、動く気になったんだ……」

 

 「やっぱりいつ見てもにこちゃんの背中、カッコイイなぁ……私もいつか」

 

 「ええと真姫ちゃんと副会長さん? さっきの三年生の人の下の名前、『にこ』ってことで良いんだよね? 見るからに仲良さそうだったけど」

 

 「希さんの方はまた別だけど……私にとっては欠かせない人だわ。何しろ、この学校に来ることとなった理由ですもの。ううん、そうじゃない。ここにいる西木野真姫の引き金になった人っていうべきかしら?」

 

 「真姫ちゃんの音ノ木坂入りの理由で原点となったってことは……まさか」

 

 真姫の言葉を受けた穂乃果は、言いかけて脳裏に答えがよぎる。眼前の赤毛の少女は、どれほどの困難を伴おうとも助けたい相手がいて、その人物の背中から多くを学んだといった。それでもって、先ほどの引き金と入学理由という言葉。正解には十分すぎるヒントを得た状態で、彼女は真姫からの端的な事情を説明される。

 

 「あの人の名前は矢澤にこ。お姉ちゃんの親友で、二年前の事件で一番被害を受けて、その少し前私にあり方を示してくれた人。世界で一番カッコイイ、私の王子様ヒーローです」

 

 「ええと真姫……その方同性」

 

 「海未ちゃん! それ明らかに野暮だよ!? 同性でも格好良い人は穂乃果ちゃんとかみたいにいっぱいいるんだから」

 

 「それよりも、そこまで真姫ちゃんに言わせているのが純粋にすごいよ。どんな事情かまでは分からないけど、とっても大切なんだね真姫ちゃん。参った参った、ある意味託されちゃってる状態だけど……なおさら頑張らないとね」

 

 「ありがとう、っていうには私も当事者だから適切じゃないわ。だからみんな、これからもよろしくね。私だって、にこちゃんにカッコイイところを見せなきゃならないんだから」

 

 穂乃果の意気込みに応じる形で、真姫もまた己の本心を言葉として表現する。思いもかけない遭遇と、それに伴う衝撃に直面した彼女だが、結果として己の目的を再認識したのである。言葉にこそ出さなかったものの、ことりと海未も意識を新たにし現段階で直接の関係者でない希もまた、決意を新たにした。この半年後あたりから、『音ノ木坂のダブルエース』と称される高坂穂乃果と矢澤にこの対面は、様々な副産物を残し終わったのであった。

 

 

 

 

 タヌキという生き物とは何か?

 生物学的にはイヌ科の動物で、印象的には愛らしい野生動物で、比喩表現としては他者を気付かれぬうちに知略で制していく存在。まとめてしまえば、周辺から胡散臭がられながらも評価を得て愛される存在といえるだろう。なぜなら彼らはつかみどころがなくとも憎めず、それでいて要所で役立ってくれるのである。人間の性格に色々な例があるが、集団にこうしたタイプがいると潤滑油として大いに機能してくれる。

 

 こうした意味合いを知る立場として、東條希は物心ついて以来、徹頭徹尾タヌキであり続けた。

 

 「今日もみんな練習盛況やな……」

 

 特に誰かから聞きとがめられぬことのない小声で、希は夕暮れ時の階段先に視線と意識を向ける。とはいえその先にいる人物たちにすれば、生体技能なり魔法による感知で自身の存在を認知しているはずだった。ならば尾行まがいに隠れるような真似をしても意味をなさないはずなのだが、あえてそうするには相応の理由があったのである。

 

 <スクールアイドルプロジェクトは順調、にこっちは立ち上がってくれて、真姫ちゃんのクラスメートも関心高め。物語の配役とシナリオは確実に動きつつある。うちもそこに入りたいし――というか、二年前の決着のためにもやらなきゃならん。けど、今のうちにそれの選択をできる状況にない……>

 

 現状を整理しつつ、希はそうまず定義する。生徒会副会長として、また東條一族分家の個人としてすでに彼女は穂乃果たちグループの支援を行っている。校内でのフォローはもちろん下校時間後の神田明神内地下訓練場のレンタル、さらには宣伝や方針へのメールフォームでの提言。およそ外部から打てる支援策がほぼすべて講じられる中、当人の想い入れが強いとなれば正式参加に至るはずだった。だが、そのアクションを希はある切実な理由により今に至るまで取れないでいるのである。

 

 <今ここで――絵里ちの心が定まらんうちに入ったらあかん。最後に残った大親友を追い詰めたのは、他ならぬうちやから>

 

 金髪碧眼の親友の姿を脳裏に描き、希はそう内心独語する。彼女と絵里の関係は緊密な親友といえるのだが、意識の理由はそれのみでなかった。二年前の事件は希たち四名を崩壊させるに十分な打撃を与えたものの、悲劇に更なる続きが存在したのである。そのことこそが、彼女をして絵里を置き去りにするという選択肢を消すに至っていた。

 

 <事件が終わってうちたちアイドル研究部も何とかかどうか脳までに落ち着きだした頃から、絵里ちはおかしくなりだした。ううん、そうやない。あの子はみっきーとにこっちの抜けた穴を必死になって埋めようとしただけ。だからこそ、うちが止めなあかんかった。生き急ぐように折衝にあたりながらオーバーワークで訓練に臨むし、何より心が焦りに焦ってる。ガタがくることなんて……わかっとったのに>

 

 悔やんでも悔やみきれない破局を――ラブライブ地区予選決勝での絢瀬絵里撃墜の光景を脳裏に描き、希は改めてそう悔やむ。親友二人の死と絶縁通告に遭いながらも、少なくとも傍目において事件以降絵里は以前に増して精力的に動き続けた。目に見えるスコアとしてアイドル研究部の再建と公式戦での連勝を挙げる彼女を、誰もが立ち直ったものとしてみなしたのである。しかし希から見れば親友の動きは、破滅衝動ともいえる強迫観念にとらわれたものとしか思えなかった。にもかかわらず、結果として同じ痛みを抱える彼女は絵里に対し強く諌められなかったのである。

 

 故にそのつけは、生命の危機として絢瀬絵里に降りかかった。

 

 <二年前のラブライブ東京地区予選決勝でうちら音ノ木坂はUTXにストレート負けしてしまった。主力二人いない状態であるから結果はしゃあないとしても……藤堂エレナとの対戦中、絵里ちの身体は限界を迎えた。生体技能と身体増強系魔法の制御崩壊による魔力内部暴走。格上との戦闘で限界以上に出力を上げられた大量の魔力は容赦なくぼろぼろの体内を破壊していった。生死の境を文字通り、三か月もさまよう程度に、あの子は破滅しかけた>

 

 二年前の敗北がもたらした絵里の破滅を、勤めて冷静に希は振り返る。とはいえこの件は立場柄客観的かつ冷静な思考パターンを有する彼女であっても、恐怖するしかない代物だった。何しろ治療を担当したほぼ全ての医師が、絵里の死亡ないし植物状態を宣言したほどである。幸い事態を知った真姫による手術と治療で無事回復できたものの、彼女でさえ高い確率で後遺症が残ると判断するほどだった。非常にきわどい経緯であるにせよ、後遺症なく絵里は復帰に成功する。ただしその代価は、決して小さくないものだった。

 

 <後遺症が残らんかったとはいえ、絵里ちは半年のリハビリに戦闘含めたスクールアイドルに対する微妙なトラウマ。バリバリの近接格闘で戦闘狂のあの子が、生体技能のほぼ半分しか使わずに中・遠距離戦闘に変わった。周りは丸くなったってゆうても、あれはちゃう。絵里ちの賢さは、元々あるガンガン走る本音をベストに活かすために作ってきたものなんや。なのにこの一年以上そっちがないのはどう考えて良くはない。そして、そうさせた原因は>

 

 「希ー、さっきから話しかけて反応ないんなら……わしわしするわよ?」

 

 「言いながらわしわしされとるんやけど!? そんなこといきなりされても」

 

 「あなたねぇ、双方合意を大義名分にどれだけの子の胸をもみ続けてきたのよ? いくらちゃんと補てんをしたとしても、ほぼ全員希に丸め込まれたようなものじゃないの。そもそも、私にもにこにも、実姫にだってもみ続けてたじゃない」

 

 背後から迫りそのまま胸をもみ続ける絵里は、やや呆れ気味に親友へそう返す。生徒会の業務を終え下校した彼女だが、その帰りがてら希を発見したのである。当然彼女は声を掛けたものの、まるで反応を示さない様子を受けてその得意技を持って対応したのだった。自分がもむのは良くとも自らがもまれるのには脆い希は、同意しつつももみ終え離れた絵里に抗議の声を発する。

 

 「女性特有の魅力的な二つの身体特徴、フェアーに利用しない方なんてないやないの!? ついでに言えばうちのわしわしはバストごとのツボを的確に抑えることによって相手の血行を良くしたりなんかのおまけもあるんよ」

 

 「はぁ……相変わらずその手の理論武装は巧みよね。それで、神田明神近くにいるってことは、真姫や高坂さんに助言した帰りなの?」

 

 「そういうわけやないけど、何となく気になったんよ。うちらが希望を託してるグループの練習、少しでも感じられたらなぁって」

 

 「つかぬ事いうようだけどさ希、助言に留まらないでスクールアイドル活動を再開させても良いんじゃないの? 現状休部状態にしても組織としてはあるし、あの子たちがアイドル研究部を引き継ぐ形なら万事収まるわ。それに、ああいう勢いある集団にこそ、希みたいなアドバイザーは絶対必要よ」

 

 「入るとしても、絵里ちと一緒じゃなきゃうちは嫌や。もう絶対、絵里ちを見離さないって決めてるから」

 

 平素のはんなり風の口調でいて、誰にも譲らせない根幹の意志を希は口にする。撃墜事件以来、ただ一人隣にいる親友を彼女は何としても守り助けようと心に決めているのである。冷静に考察すれば、西木野実姫の死以来の流れ全てに希が責任を感じる必要があるわけでは決してない。むしろ被害者ともいえる立場で親友の死と絶縁宣言に加え、事後処理に冷静にあたれた姿勢は敢闘ものさえ言える。だが当事者としての立場からすれば、彼女は親友たちの崩壊を述べ三度も短期間のうちに目の当たりにさせられたのである。しかもただ見ることだけしかできないという格好であり、そのため残された絵里への想いはひときわ強くなった。

 

 「覆水はね、盆に返らない。しかも私は返らないまま何もしてないのよ? そんな私が……進む意味ってあるの!?」

 

 「水は方円の器に従うんよ絵里ち。意味ならある、うちらは確かに何もしなかった。みっきーに託されたのに、こっちで何とかするべきなのに、真姫ちゃんに泣きつく形までなった。けど、うちたちはみっきーと違って五体満足でここにいる。真姫ちゃんやにこっち、高坂さんたち、何より学校のみんなと必要としてくれとる人たちがいる。分かる? 絵里ち、力や実績より以前にみんながみんなうちら個人を必要としとるんよ」

 

 「分かるわよ、けど怖いのよ。あの時みたいに――私が事故で死にかけた時みたいに、また何も周りを見ず失敗するのが。被害が私だけにとどまらなくても、みんな良いの!? 大好きなものを私のヘマで台無しにしても良いの?」

 

 幾度も煩悶しつづけた感情を、思わず絵里は口にする。実姫の死に端を発するにしてもとてつもない過ちを犯した彼女にとって、疾駆はどうしても恐怖が生じてしまうのである。ただしこの言葉は計らずも、今なお絵里がスクールアイドルへの強い関心を有していることを表していた。ようやく大きく見えてきた本音を前に、希はさらなる言葉で対応する。

 

 「うちも含めてみんな、絵里ちと同じような失敗をしたかもしれへんし、これからするかもしれない。だから、みんな同じなんよ。高坂さんたちも真姫ちゃんにしてもそう。あの子らは、経験って面でまだまだ不足や。せやかからこそ、うちらみたいな上級生が入用やないかな? いきなり参戦せずともまず顔だしてみるのもありやと思うな。少なくとも、真姫ちゃんだけ孤軍奮闘させるわけにはあかん」

 

 「そう……よね。真姫だけ頑張らせるわけには、どう考えてもいけないじゃない。一歩でも二歩でも、やれることはちゃんとやらないと」

 

 「それに、うちは知ってるで。音ノ木坂の狂犬――ううん、()()()()()()は今でも続いてるってこと。意外やもしれへんけど、まだ無敗なんよ? A-RISEとの試合も審判陣による中止命令やし、校内でも他校戦でも絵里ちは一敗もしてへん」

 

 「たとえそうだとしても……今更私が名乗るにはまず過ぎるわよ。それこそ今のスクールアイドルが名乗るべきだわ。現に高坂さんたちは、『認められない』の一言じゃ絶対に済みようがないんだもの。本人たちには申し訳ないけど、そうじゃなかったら楽かもしれないわ」

 

 自嘲気味な笑みを浮かべ、絵里は希の指摘にそう返す。親密とは言えぬまでも一定域穂乃果たちを知る彼女は、その力量を高く評価しているのである。行動力や説得力もさることながら、己ができると自負する戦闘技能すらも、圧倒してくると思わせるほどだった。その言葉を嘘でないと認識しながらも、しかし希はさらなる言葉をもって刺激する。

 

 「そうはいっても去年の手合わせの時絵里ち、生体技能の半分やったろ? 高坂さんも状況柄全力やないにしても、絵里ちもカードをすべて切ったわけやない。だったら、最強の全力見せるべきやないやろか? うちらがどんなアクションをとるにせよ、それがあの子たち――μ’sのプラスに違いないんだから」

 

 「その口達者……今回は乗っても良いかしら? 初ライブ、真姫は本業でライブパートに出られないとしてもバトルパートには出るんだし、見る価値はあるわね。直接出向けば今の私でも、多少答えぐらいは見える気がする」

 

 「その意気やで絵里ち♪ さぁ、その日の準備とか二人でがんばろな」

 

 「ちょっと希ぃ!? いくとは決めたけどいくらなんでもそのあと早すぎじゃないの?」

 

 肯定の返答を受けるや否や嬉々とし行動を開始する希を見て、思わずそう返してしまう。だが表情と内心は、意外にも不快の色を帯びていなかった。中学以来の親友を信頼しているともいえるのだが、おぼろげでも何らか心の傷をいやす引き金を無意識ながら感じた産物なのである。かくて無風状態の二名もまた、一歩を踏み出すべく動き出すのであった。

 

 

 

 Ⅲ

 

 初陣はとてつもない緊張を伴う。

 

 命の獲り合いか、さもなくば全身を傷つけてでも行う闘争の違いあれど、基本的には妥協なき勝負を初めて行うものである。当人にどれだけの実力があれど、不測の事態で正にも負にも大きく化けてしまう。だからこそ、戦人(いくさびと)は初陣を絶対勝てる戦いにするよう古今東西努めつづけた。ただし、どれほどの布石をもってしても臨む若武者の緊張のみは如何ともしがたいものである。

 

 そうした初の大一番に、西木野真姫は臨もうとしつつあった。

 

 「ここまでで平気よ。後は、自分で何とかするわ」

 

 「では御武運をお祈りいたします」

 

 「祈り終える前に、こっちで勝ってみせるわよ。じゃあ、私はこれで」

 

 外見としては高級車の助手席より、真姫は運転手にそう告げるやシートベルトをはずしそのまま外に出る。音ノ木坂学院スクールアイドル初ライブの日であるが、現在の時刻はすでにライブの開始中に該当するものだった。μ‘sの一員たる彼女がなぜ途中参加の形かというと、いくつかの事情が存在するのである。

 

 <研究会と海外での要人手術っていうことももちろんだけど……もっと言えばまだ私がダンススキルに追いつききれてないのよね。備蓄してるダンススキルを使えば確かに踊れるし教えられたけど、それは本当の意味で私のものじゃないわ。大事な勝負時に不完全さがあっちゃ、それこそどうにもならないもの>

 

 学院内部を移動しつつ、真姫は現状をそう考察する。彼女が持つ事象解析は確かに他者の技能を最適解で再現することができる。だがその技能がオリジナルと常に同じ域に達するかといえば、必ずしもそうとは言えないのである。なぜなら最適な動かし方を知り可能としても、動かす当人はコピー元でない西木野真姫なのである。故にその動かし方なり思考パターンが彼女の理解に追いつかねば、技能の再現は不完全にならざるを得なかった。もっとも、技能への理解がオリジナルより優った場合、コピーされた技能はオリジナルを超える場合も存在する。

 

 <だから、ライブパートで私はまず作曲の方に力を入れた。元々私の方向性はそっちだし、それを踏まえて連携がうまくいき始めた段階でダンスにも参戦。ともあれこの方針も、まずは勝ってナンボね>

 

 自らの意思を再確認し、真姫は改めて勝負の舞台たる講堂へと急ぐ。ダンスに加勢できない己の立場を悔やむ彼女だが、客観的に見た場合μ‘sにおける貢献度は相当域に達していると評価できる。生体技能と戦力はもちろん、渉外活動――何より矢澤にこたち有力者への影響度は大きなものだった。だが間接的な役回りが多いがために、真姫は表舞台での活躍を切望していたのである。そのような気持ちは極力表に出さないよう努めているのだが、油断なく見とがめるものに彼女は道中出くわしてしまう。

 

 「な~んでかったいの? 真姫ちゃん」

 

 「初陣なのよ!? それもスクールアイドルとしての! こうなっても当たり前――ってにこちゃん!? なんでここに」

 

 「ライブパートとバトルパートの休憩時間中だし、少しぶらついてたのよ。なかなかすごかったわよ? グループ名……μ‘sだったわよね、相手の地区ベスト3相手に僅差でもライブパートで勝つなんて相当なものだわ。ベースが真姫ちゃんのコピーした絵里のダンススキルだったとしても、そもそも難度高い以上使いこなせる相手も相手だって証拠ね。で、良いもの見た私としてはさらに良いもの期待して真姫ちゃんを探していたら、出会えたって寸法よ」

 

 「そっか……穂乃果たち勝ったんだ。なら次のバトルパート、初戦私だから頑張らないと」

 

 「頑張るのは良いとしても、はた目から見てガチガチじゃダメよ? アイドルは辺りを笑顔にさせて何ぼなんだから、初陣でも余裕の一つぐらい持たなきゃいけないわ」

 

 答える真姫の様子を見て、にこは軽くたしなめる意味合いでそう返す。能力的に十分申し分のない赤毛の少女でも、経験という面できたす緊張は如何ともしがたい。だが如何なる状況においても結果を出すのがアイドルであり、加えてにこは真姫の成功を心底望んでいた。故に彼女は現時点で最適の助言を、餞として託しにかかる。

 

 「といってもこのにこに~すら、デビュー戦はかなり焦りまくりだったのよ? けどそれでも無事勝てた。その頃は何でうまく行けたかわからなかったけど……今振り返れば憧れの人と同じことをできてるってイメージがあったからだと思うの。だから真姫ちゃんも、勝負中どうにもならないくらい緊張したら、私が闘ってるところをイメージして。目標と同じようになろうって思えたら、勝手に体が動いてくれるわ。それくらい私も真姫ちゃんも、憧れへの思いは強いんだから」

 

 「にこちゃんでもやっぱり……緊張するんだよね? あんまりイメージができなくて」

 

 「あのねぇ、実姫の脚色だか希のリップサービスだか知らないけど、にこも完璧じゃないのよ? 二年前含めて何度も失敗はやらかすし、品行方正ってキャラじゃない。ただ、それでももっと良くなろうって気持ちは持ち続けた。個人的に、肝はそこかなぁって思うのよ」

 

 「前に進もうとする、気持ちなのかしら? そういえば、お姉ちゃんもそんなことよくいってたわ。人間、やってみて何ぼよって、ね」

 

 姉の言葉を思い出し、真姫はしばし緊張を忘れ感慨にふける。どれほど緊張しようがにこたちが自らを見ようが、彼女の本来の目的と意思に変更はなかったのである。なら本心を発揮できる状態を外部が作れば、最大のパフォーマンスを発揮するのは至極道理といえた。決意を新たにした真姫は、左腕につけた時計の時刻を確認し、離脱時と判断する。

 

 「にこちゃん、もうそろそろ時間だから……私行くね」

 

 「行ってきて、そして勝ちなさい。真姫ちゃんならやれるって、私は信じるから」

 

 「了解っ!」

 

 短く真姫はそういうや、会場たる講堂へと足を進める。標準的な建物ながらスクールアイドル用設備も充実したこの施設は、無論のこと魔法戦闘フィールドも完備されており、周囲防御や観戦精度の面で高い評判をとるほどだった。裏口から内部に入った彼女は控室にてメンバーの出迎えをさっそく受けることとなる。

 

 「お疲れ様真姫ちゃん! こっちは何とかいけたよ」

 

 「僅差でダンスパートは抑えたんでしょ!? 後は何とかできるじゃない。ちなみに穂乃果、オーダーは当初通りで行くの?」

 

 「この中で公式での戦闘記録がないのが真姫ちゃんだけだからね。『生体技能はすごくても戦闘向けじゃない』って子が初戦去年スキルコンテストの実力者に勝ってごらん? 与える衝撃はぶっ飛んだものになるよ。自慢になっちゃうかもしれないけど、去年私と本気で競り合った相手だからね」

 

 「とはいえ、勝てない相手ではありません。近接戦闘以外なら、確実に真姫は対戦相手に勝る上、近接にしても一気に崩れるほど脆くない域まで仕上がっていますから。何より……私も思い知ったのですけど、西木野真姫という物差しはまだ知られていないアドバンテージも存在します」

 

 控室にて穂乃果に続く格好で、海未は真姫にそう話す。本格的戦闘経験がない眼前の少女に戦闘技能を指南した彼女だが、その伸びの良さに心底驚いたのである。事象解析による産物では決して説明しきれない当人の技量と意欲を、海未は数週間のうちに真姫から感じ取った。自信を持って送り出す形ともいえる場面で、彼女はさらに言葉を発する。

 

 「案ずるより産むがやすし、です。私たちはダンスパートも含めて打てる手は打ちました。集客もインターネット配信の視聴率も上々であれば、間違いはなかったともいえるでしょう。後は穂乃果じゃないですが……当たって砕けろです」

 

 「意外と海未ちゃん、フランクな表現混ぜてくるんだよ? 今回は参戦形式の兼ね合いで私は出ないけど、予定通りの二勝ストレートで決めてよね?」

 

 「そのためには真姫ちゃんだけじゃなくて私も勝たなきゃいけないけど、なんとでもなるよ。真姫ちゃん、今回バトルパートに出ないことりちゃんの分も私たちで魅せよう?」

 

 「言うまでもないじゃない! それじゃ、行ってくるわ」

 

 穂乃果たちの激励に、真姫は短くそう返し戦闘フィールドへと向かう。ある程度歩き抜けた先にある勝負の舞台は、旗下場で見るとなかなかに迫力を感じさせるものだった。フィールド内のみ証明がともされる中、舞台を上った先で待ち構えた対戦相手は、快活そうな様子で声を真姫へと掛ける。

 

 「あなたって梨姫が話題に出してきた当主の子ね? テレビと写真で見たことあるけど、やっぱり尋常じゃない雰囲気じゃない」

 

 「勝負の前だけど……ありがとう。けど、負けないわ」

 

 「そりゃお互い様よ。統廃合騒ぎのあおりを受けたのは、音ノ木だけじゃないんだよ? この東神田第一校も、序列入り抱えてるそっちを倒して名をあげなきゃいけないんだから。そんなわけで、東神田第一アイドル部副部長三熊綾香、推して参るっ!」

 

 対戦相手の細い茶髪ツインテールの女子生徒――三熊綾香はそういうや、手持ちの魔法兵装を起動し、技能装束姿に変わる。へそ出し赤茶ベースセーラー服風のその姿に薙刀型の魔法兵装を構えた様子は格闘ゲームにも登場するかのような風貌だった。相手の臨戦態勢を受けて、真姫も意を決し、魔法兵装を展開する。

 

 「アスクレピオス、行くわよっ!」

 

 使い手のコールに対し、両刃剣型魔法兵装――アスクレピオスは彼女を臨戦形態へと変貌させる。赤のボディースーツをベースに白と黒のドレス風スカートと背部に家紋を入れた白衣風コート、黒のブーツとグローブは現代医療科学とファンタジーをバランスよくまとめた具合だった。素人目から見れば接近戦型を思わせる彼女の姿は、意外にも熟練者から見ても様になるらしかった。

 

 「公式初戦闘の割に隙がない……こりゃ、面白くなりそうじゃないの! それじゃあ、行くわよぉっ!」

 

 「こっちだって、負けないんだから!」

 

 試合開始のブザーとともに、真姫はほぼ同時に突っ込んできた綾香と斬り合いを開始する。元来の性能と海未による指南のおかげか、近接巧者の対戦相手でも五分にわたり合いつつあった。だが序列第五位を相手取ることを念入りに計算した三熊綾香は、読みの的中を確信しさらなる行動に移る。

 

 「やっぱり近接でのネガを潰したつもりだけどさぁ……もっと速くなっても平気かしら!?」

 

 「急に速く――って強いっ!」

 

 「私の身体加速(アクセルボディ)、事象解析ほどじゃぁないけどいろいろできるのよっ!」

 

 綾香は挑発的にそういうや、速度のみならず自らの肉体がなすすべての機能を加速させる。彼女の持つ生体技能――身体加速は保持者の肉体を加速させるという効果のみならばいたってシンプルな代物である。その名の通り高速移動を可能とするように思われがちだが、字面とは裏腹の汎用性を対峙する真姫は思い知らされる。

 

 <移動速度だけじゃなくて、身体機能全てが加速されてるの!? 攻撃も反応も魔力展開もかなり速いわ。予想よりも手強い感じがするけど……>

 

 攻撃を捌きながら、事象解析を用い真姫は相手の戦術を分析する。身体加速は移動速度上昇以上に、攻撃や魔法戦闘時の反応速度の上昇がむしろ主流なのである。戦闘技能全般が加速される以上、汎用性が極めて高いものであり、生体技能での干渉を主体とする彼女にとって相性が悪いといえた。ただし、種が割れ加えて対処法が見えているならば話は別である。そうとも気づかない三熊綾香は、速攻での決着を果たさんとすべく、さらなる加速を発揮する。

 

 

 「解析しようにもさぁ、本人も内部魔力も早かったら狙えないでしょ!? 加速全集中、音斬り舞!」

 

 「衝撃波付の、連続斬撃くらいなら!」

 

 「ぶっちゃけて、それだけじゃあないんだけどぉっ!?」

 

 ヒットアンドアウェイの要領で切りつつ魔力人を連射する三熊綾香は、ある程度真姫の対処が鈍った隙を衝き、一気に必殺の突撃を敢行する。加速はもちろん限界まで穂先に集中させた魔力刃の威力は、各上の実力者であっても一撃で仕留めきれる域だった。事実、単純な対応のみでは真姫の回復能力をもってしても大打撃が見込めたのである。ただし、この事実は真姫当人も自覚しており、その対応も構築済みだった。しかもそれは、彼女自身の勝利につながる王手の一撃でもあったのである。

 

 「もらっ、た――て、体が、うごか、ない!? ま、麻痺なの!? それとも事象解析で何かされた!?」

 

 「何かしたのは事実だけど、そうして突撃直後に倒れた原因は私の魔力じゃないわよ? 実際、事象解析でこっちの魔力を送るには速過ぎたんだもの」

 

 「ゆ、有効な手を打てたとしても……このざまだけどね。なんなわけ? こっち、どうやっても動けないんだけど」

 

 「人体ってさ、魔力による増強に限界があるのは知ってるでしょ? 許容量を超えた魔力が入ると身体機能って程度の差こそあれダメージを受けるのよ。倒れた理由だけ言うなら、あなた自身の魔力暴走が答えよ」

 

 王手から相手を詰ませた真姫は、ネタあかしとばかりに答えを説明する。超高速での突撃を崩した決め手は、意外にも三熊綾香自身の魔力が原因だった。無論彼女の自滅ではなく真姫による反撃によるものであるが、少しでも考察すれば恐るべき要素をこれは含んでいた。案の定、気付いた綾香は驚愕もあらわに質問を重ねる。

 

 「事象解析でも、魔力波長のあわせは、かなりきついのよ!? それを初見の相手で、高速かつ一瞬でなんて……やっぱりでたらめじゃないの」

 

 「でたらめでもなんでも、これが今の私なのよ。今までの自分になかった、μ‘sの一員で憧れの人みたいに戦うって決めた西木野真姫ならこれくらいやるわ。ともかく……この勝負、私の勝ちで良いかしら?」

 

 「動きようも、まぁないし、あなたのことを単純に『序列第五位』ってだけ思っていたことが敗因かな? ギブアップさせてもらうよ」

 

 麻痺による不快感が残るものの、初陣に戦士として臨んだ真姫の立ち振る舞いを見て、三熊綾香はそう返す。敗北感は相応にあるものの、こうも一瞬に高等技能を見せつけられたことにある種のすがすがしさを覚えたからである。審判の勝利宣言と沸き立つギャラリーの声援の中、勝者たる真姫も落ち着き払って勝ち星を受け入れた。かくて赤毛の少女の初陣は、想定の通り観客を沸かせる快勝として無事幕引きと相成るのであった。

 

 

 

 

 勝負時は臨むことが難しい。

 

 緊張が過ぎても逸する危険は大きいが、到底緊張なしには成功できぬ局面である。そもそも、一定以上のパフォーマンスには緊張が適切に必要であるのだが、その加減も難しい。ただし、勝負師と呼ばれる人間たちは、かくも複雑なさじ加減をしっかりとこなしことを成功させるのである。その方法はさまざまであるのだが――

 

 「いやぁ、予想通り――というか予想外の奮闘! 真姫ちゃん、さすがだよ! 配信動画のコメントや視聴数も予想値よりも大きいよ♪」

 

 「そ、それは嬉しいし褒められるのも悪くないけどさ……なんで私が抱き着かれてるのかしら? 悪い気はしないけど、どういうことなの!?」

 

 「真姫ちゃんから真姫ちゃん分もらってるだけってことで良いかな?」

 

 「ヴェエエ……海未、この場合私は穂乃果を回復させるべきなの?」

 

 「特に何かする必要は現状ありません。真姫からすれば随分衝撃的かもしれませんが、穂乃果の癖ということで処理してください」

 

 困惑気味に話を振った真姫に対し、若干達観気味に海未はそう返す。彼女としても、眼前の赤毛の少女が試合での勝利後控室に戻るやいきなり穂乃果に抱き付かれたとなれば、ただ困惑することも道理といえた。その点で共感し親友に代わり謝罪する用意もある海未なのだが、しかし譲れない点を彼女は解説する。

 

 「勝負師高坂穂乃果が行う、プリショット・ルーティーンが抱き着き褒めなんです。本人曰く、『ものすごく勝負事って緊張するから、人肌のぬくもりをその前に補給したい』だそうなので、割り切ってもらえると幸いです」

 

 「海未ちゃんの引き締まった感じとも、ことりちゃんのふわふわした感じとも違う、あったかさと良いにおいが売りかな? さすが穂乃果が見込んだ真姫ちゃんだよ」

 

 「もうくどくど言える状態じゃないんだろうけどさ、ちゃんと勝ってよね?」

 

 「それこそ、当たり前だよ。メンバーを集めて協力者も募ったのなら」

 

 真姫の確認に対し、穂乃果はそう返して彼女から離れる。先ほどまでの至福の時を過ごした緩めの表情は、見慣れたはずの幼馴染二名すらはっとさせる鋭いものへと変わっていた。臨戦態勢に移行したμ‘sのリーダーは、短くもはっきりと、己が異議を宣言する。

 

 「勝つことを、誓って実行するものだよ。それでこその仕掛け人でありリーダーだからね。後は、私に任せてね?」

 

 「はい、今回もよろしくお願いします」

 

 「穂乃果ちゃん、頑張ってね」

 

 「ショック収まってないけど……お任せ、させてもらうわ。ここまでぐいと魅かれた言葉なんて、お姉ちゃんとにこちゃん以外初めてだもの」

 

 ぎこちないながらも、海未とことりに続く格好で真姫は穂乃果に後を託す。つい先ほどまでの人懐っこさとは対極でありながら、心引き込む言葉を見せつけられた彼女は率直になれたのである。そうしたエールにありがたさと、同等な域での緊張感を主役は感じていた。だが内心の葛藤が不安につながりかねないと理解する彼女は、一切出さず悠々と控室を後にする。

 

 <さて、今回の対戦相手は……真姫ちゃんと同じ西木野一族だったよね。前に公式戦での対戦経験はあるけど、やっぱりスタイル変えてくるかな? あっちだって負けられる状況じゃあないし>

 

 戦闘フィールドに向かうがてら、対戦相手の情報を最終確認の意味合いで改めて穂乃果は吟味する。西木野一族分家にあたる彼女の実力は、今年の二月の公式戦でほぼ把握済みだった。だがそこから三か月の時間と、何より状況柄自身の分析は徹底的に進んでいるといわねばならなかったのである。ただし、そうであってもなお穂乃果は『圧勝』を算出できるだけの論拠を有していた。

 

 <真姫ちゃんとことりちゃんから手にした情報があるし、そもそも対西木野の戦術は前々から経験済みだからね。問題は、判定含めた勝利自体は難しくないけど圧勝しようとするとリスクが大きいってこと。ただ、スクールアイドルライブがリーグ式ポイント制だと、稼げるところで稼がないとまずいし>

 

 己がプランの成功根拠とリスクを天秤にかけ、穂乃果は状況をそう分析する。『生体技能保持者の多価値的な育成』を題目に掲げるスクールアイドルライブは、単純な勝敗で勝負を決するものでなかった。無論、ライブパート・バトルパート双方での勝敗の意義は大きい。だが勝敗の線引きが項目ごとのポイント制によるものであり、状況によっては質の高い試合の場合敗北しても獲得ポイントで優る場合すらある。故に臨むスクールアイドルは、勝敗以上にポイント獲得を意識するものなのである。

 

 「たださ、ポイントに目を奪われて負けちゃあ意味ないんじゃないの?」

 

 「それもそうだよねー、ってあなたは!?」

 

 「あー驚く? といっても高坂さんに会ったのは偶然だよ。まぁ対戦相手がふらりなんて面食らうよね?」

 

 「だよねぇ。西木野さ――真姫ちゃんがいるから違くて、梨姫さんも実は驚いてる?」

 

 「実は結構やられてますって。勝負に影響は出させないようにするけどさ」

 

 真姫と同じ赤毛ながらツーサイドアップかつ黒ベースのセーラー服で彼女より高めの身体の少女――西木野梨姫はフランクにそう返す。真姫という規格外を前には相対的に劣るものの、十二分に優秀といえる実力者だった。双方のチーム代表が試合直前対面する形となったものの、しかし意外にも和やかに事態は推移する。

 

 「時間も時間出し状況も状況だから話すのは後にして……私も負けないよ? 西木野の戦いはいろいろあるし、真姫様には負けるけど私だっていろいろ鍛えてる。続きは、試合で味わってね」

 

 「こっちこそ、勝つんだから」

 

 「相変わらず、勝負師してるじゃない」

 

 短くそう言った梨姫は、穂乃果とほぼ同時にその場を後にする。決戦を前にして、偶発的であったが両者は適度なレベルで気をほぐせたのである。賭すラバ続きは、真剣勝負によりなすものとなる。二人の戦士は一切の迷いをなくした状態で戦闘フィールドに立ち、試合開始とともにぶつかり合う。

 

 「マジックオン、グアータ!」

 

 「アンサラー、行くよっ!」

 

 グレーと青のパイロットスー痛風の魔法装束に銃身の下半分が刀身と化した大型銃を構えた梨姫と、白とオレンジのドレスに半袖エメラルドブルーコート、ガントレットに金属製ロングブーツに大剣型の魔法兵装『アンサラー』を手にした穂乃果はそのまま激突を開始する。双方基本的にバランス重視型の近接戦闘が主体であり、早くも激しい斬り合いが勃発した。武器の形態柄果敢に攻めを加える穂乃果だが、梨姫の側も座して崩されるわけでもなく、冷静に隙を窺う。

 

 <案の定刀身に強めの魔力コーティングを施しているけど……こっちは干渉なんて狙わないわよ? 乱戦での魔力掌握なんて真姫様クラスじゃないと、とてもまともに決められないしね。大体、西木野の戦いなんて他にもあるんだし>

 

 「押されっぱなしじゃ、私に勝ちを譲るだけだよ!?」

 

 「懐に引き込んで、一気に巻き返すのも勝利の戦術だよっ!? 証拠に、こうさっ!」

 

 「こっちの動き、もう読んできた!?」

 

 攻撃の対応速度を上げ、銃口からの射撃まで交え出した梨姫を見て、回避しつつも思わず穂乃果はそうこぼす。とはいえ彼女はこの展開を――事象解析により己のモーションが割り出されることを予測していないわけではなかった。ただし、こうも序盤に機会を制されるとまでは想定していなかったのである。態勢の立て直しをともかくも図ろうとするが、させじとばかりに追撃を梨姫は開始する。

 

 「変な隙なんて与えないんだから! ダウニングショット!」

 

 <神経含めた人体機構を内部から破壊する射撃魔法! ここはよけなきゃ!>

 

 「バージョン、ホーミングスプレット! 私も前回の教訓意識してるんだよ!?」

 

 「これ捌ききるの、結構きつ――い!?」

 

 間合いを取ると即座に繰り出されたりきの射撃魔法の弾幕に、穂乃果は対処が遅れてしまう。過半を剣捌きで切り裂いたものの、数発の誘導散弾の被弾を余儀なくされたのである。その被害は直接攻撃力もさることながら、事象解析の効果による内部機能の損害がより重い形だった。痛覚と神経・筋肉のダウンにより動きを鈍らせている穂乃果に対し、梨姫は満を持して必殺の一撃を放とうとする。

 

 「いくら高坂さんでもさぁ、手持ちの手段でこの一撃って対処無理でしょぉ!? ダウニング・ジャッチメント!」

 

 「二月の私じゃまず無理で、今の私でもひとたまりもない、かな? けど、今にあるのはそれだけじゃあない」

 

 「最大出力の事象解析乗せた、上段切り迫ってるけどぉ!?」

 

 「止めれば、問題ないよね?」

 

 穂乃果はさらりとそう告げるのだが、その意図と説得力を梨姫はもとより会場のどの面々も理解できなかった。現に至近距離での高速斬撃を前にすれば、強力な生体技能でもない限り対処は不可能であり、穂乃果はそれに該当しないのである。この点は当事者である彼女自身もよく心得ていた。ただし、該当させる方法を、彼女は三か月ばかりのうちに身に着けたのである。

 

 故に、現出される結果は、高坂穂乃果意を除くすべての目撃者を侠客させるに十分すぎた。

 

 「そ、その力……ランダムじゃあなかったの!? 偶然私との戦いで出てきてくれたんじゃなかったの!?」

 

 「最近になってだけどさ、桜花光翼(ルーウィング)の出し方を多少理解できたんだ。肉体ないし、精神状態が、一定以上の危機と能力の必要性があるって……覚悟できたときにこの力は出力できる。だから、今は白い大翼として梨姫さんの攻撃をしのいだ。保持者のイメージで能力の形が決まるなら――」

 

 「刀身に乗せて、一撃を放つこともできるわけね。けどそれだけで私は」

 

 「倒してみせるのが、リーダーだから! ルーアブソリュート、エッジ!!」

 

 背中より顕現した魔力とは異質のエネルギー状の大翼で梨姫の一撃をしのいだ穂乃果は、対処の暇など与えんとばかりに翼すべてをアンサラーにまとわせ斬りつける。事象解析による無力化許容量をはるかに超えた一戦は、一撃をもって梨姫をフィールド場外へと吹き飛ばし、意識を奪わせるに十分だった。真姫と同じ一撃必殺の決着にして、劣勢からの逆転劇は、μ‘s初勝利として観客たちは大いにこの勝利に沸いたのである。小野が描いたシナリオの通りに勝ちを収めた穂乃果だが、ギャラリーに微笑と手を振って応じつつ、きわどかった対潜を冷静に振り返る。

 

 <こっちの危機的状況が生体技能の発動条件だとしても、それまで持ちこたえられなきゃ意味がないからね。あるいは、能力を発動させてもそれで勝負がつかなくてもまずかった。こっちの一撃で決着がつく劣勢を何とか作れたけど……本当にきわどかったな。けど>

 

 ――やっはり勝ちって嬉しいものだよ。

 

 綱渡りじみたパフォーマンス要素と己が計画を意識しつつ、それでも穂乃果は勝利の味をかみしめる。同じ目的のため力を尽くしてくれる仲間や協力者への想いに偽りはないにせよ、勝負師の二つ名を持つ者として純粋に勝ちは嬉しく思えるのである。自己と他者双方の意味で祝えてこそ、勝利に意味はあるものだと彼女は改めて持論を意識した。かくてμ‘sの初陣は、勝負師の計画通り世間を沸かせる白星をもってその始まりを無事終えたのであった。

 




 次回も二日以内で投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

 初ライブを終え、次なる戦力増強へと動き出す穂乃果たち。そんな折一年生各員は各々のやりたいことを徐々に見出していく。その果てにあるものは――? とまぁ予定よりやや遅れましたが、沼田式ラブライブ!再動と相成りました。まきりんぱなとユ~具合な最新話です。


 

 勝利ははた目にどう見えるか?

 

 たとえその過程でどれほど損害が出たとしても、微細に見れば戦果が些末であったとしても。勝ちには違いないのである。故にそれはどれほどの言葉にも優り、説得力を帯びて影響する。歴史においても、一回の局地戦が大勢を決するような価値を帯びる例すらあった。

 

 そうした勝利をつかみ取った穂乃果たちは、慢心することなく最大限利用し次の手を打ちつつあった。

 

 <ええと、私ってどうしてここにいるんだっけ? まだ正式なメンバーのはずじゃあないんだけど……>

 

 今更ともいえる案件を、眼鏡アイドルマニアの小泉花陽はふと考える。だが傍目から見るなら、彼女の現状取る立位置はかなり明確なものになりつつあるのである。加えるならば、件の現状にそのまま身を委ねたとしても自他双方問題なく推移する確信もあった。ただそうした明白なレールが引かれているがゆえに、ただの十五歳にすぎない花陽はためらわざるを得なかったのである。それは――

 

 「ねぇねぇ、今度使う予定のダンスプランだけど、小泉さんどう思う?」

 

 「ええと……露骨なテーマの打ち出しは慎んだ方が良いと思います。皆さんとも強烈な素材としての属性を持っていますし、さりげなさ重視の積み上げで行くのが良いかと。何より、バトルパートでの点に売りを出す面が強いなら、あっさりとしたライブパートも手だと」

 

 「今更ですが、スクールアイドルへの造詣は本当に目を見張るものがあります。魔法なりダンスなりは、私たち自身や真姫の事象解析で進められますが……目の肥えた観客と審査員を魅せるのは別ですからね。本当に、感謝の限りとしか言いようがありません」

 

 「そんなことないですよ~。私なんて先輩たちや西木野さんに比べたら、ほんのエキストラみたいな立ち位置にすぎませんって。実際、ごく軽くした私の提言がとんでもない質になってライブに表れたじゃないですか」

 

 心底から褒めるような海未の言葉に対し、若干照れ気味に花陽はそう返す。昼休み時彼女は空き教室にてスクールアイドルメンバー四人と過ごしているのだが、その席でライブの相談を受けたのである。ファーストライブ以降彼女はしばしば穂乃果たちの誘いに応じ、がアイドル関係の話題で重宝された。通常なら同じような雑談と考察がしばらく続くはずであるが、この時ばかりは常と様相が異なった。

 

 「謙遜している割に、毎回顔を出して嬉しそうに乗ってくるのも珍しいって感じるのは、私だけかしら? ほぼ箱入り状態だった私だから言えるけどさ、人付き合いって疲れる面もあるのよ? それも有名人クラスとなら、余計そうじゃない。にもかかわらず、足しげく通うには相応のわけがあるって踏むわ。そうでしょ? 小泉さん」

 

 「それって……遠回しの勧誘ってことですか?」

 

 「そういい返すあたり、自分でも自覚があるんじゃないの? その上で聞くけど、勧誘だとしてどうしたいの? 取り敢えず、アイドル関係の知識と魔法技術全般だけ見るなら、加入と同時に即戦力になりえるわ。ソロでのスキルコンテストじゃない、チームでのスクールアイドルはさまざまな要素があった方が強いんですもの」

 

 「チームでのスクールアイドル……かぁ。だったら私だけ今加入するには、ちょっとはばかりがありますね。ええと、誰かと一緒じゃなきゃ不安とかじゃなくてですね」

 

 「加入によって……その相手が抱える傷を何とかさせるつもりなの?」

 

 近い事例を身近に抱えている真姫は、察したようにそう確認する。これまで彼女たちは花陽に対しそれとなく加入勧誘を行ったのだが、決定的な合意に至れていなかったのである。ただ、それでも加入とスクールアイドルへの関心について、かなりの熱意を持っているとは感じられた。それだけに、踏み込めない理由に届いた真姫としては、あらゆる意味で身構えざるを得なかったのである。

 

 「ありていに言えばそうなる……かな? やっぱり自分が原因になったことでもあるから、筋をつけたいって気持ちがありまして。すっごく変なこと聞くかもしれませんけど、西木野さんは私が小学生のころ、アイドルオーディションに通ったって言ったら意外ですか?」

 

 「運動神経以外は魔法技能もルックスもかなりの域でしょ? スクールじゃないプロのアイドルでも魔法技能による演出もメインになりつつある現状だと、どこか採用ってケースも違和感はないわ。ともかく、すごいことじゃないの」

 

 「そのすごいことで少し舞い上がったって言っても、ですか?」

 

 「過去の小泉さんの事情は存じ上げていないので何とも言いかねますけど……オーディションに合格したことをクラスに話したら、妬みを買ってしまった格好でしょうか?」

 

 ひとまず穏当であろう推量を、海未は口にする。あたりさわりをできるだけ避けたつもりであるものの、同時に現状において妥当と判断したのである。その読みはおおむね正解だったらしく、問われた花陽はまず首を縦に振った。ただし、続く内容は彼女の想像を超えたものとなる。

 

 「クラス過半数から無視されるは教科書破かれるは、机に花瓶置かれるわって……要するにいじめられちゃいました。それも大分参っちゃう具合ですけど、一番つらいとこは解決の時だったりします」

 

 「解決の時? ニュースでマスコミに追いかけられたとか?」

 

 「いじめの主犯格のクラスメート八人から魔法含めて暴力を受けていた時……駆けつけた星空凛ちゃんが――私の幼馴染が助けてくれました。いじめ相手を、生体技能を使って瀕死近くまで追いやって」

 

 早々表に出せる沙汰でない事態の肝を、静かに花陽は口にする。幼心に血生臭く、そして一番の親友に大きな傷を残したこの事件の結末を説明することは、誰であっても彼女は苦痛だった。しかし、穂乃果たちの誠意をこうも前にし続けている以上、引くわけにはいかなかったのである。茫然とする四人を前に、さらに花陽は詳細を話し出す。

 

 「結果だけ見れば死者とか後遺症とかがあったわけでもないし、凛ちゃんも事態柄お咎めなく終わりました。もちろん、私も後遺症どころか傷跡も残らず元気になれましたし。ただ、事件以来凛ちゃんは心に傷を負いました。自分の生体技能があそこまでの惨禍になったことと……泣きながら私が止めに入るしかなかったことに」

 

 「生体技能の暴走とも取れる自体ですけど……確かにそれはトラウマになりますね。良かれと思ってやったことが、最悪すれすれともなれば、確実に」

 

 「このあたり私と海未ちゃんに比べたらかわいいっていうわけにも……いかないか。穂乃果ちゃんを傷つけるなんてこと、絶対嫌だもん」

 

 <私が口に出せる立場じゃないけど……これってスケール的に大丈夫なの? あの二人の詳細まではわからないけど、七年前のごたごたってかなり危ないものだったわ。どうするのよ、穂乃果>

 

 衝撃を受ける海未とことりを尻目に、内心で真姫はそう考える。確かに二人も眼前の花陽と同じく能力に伴う失敗をやらかし、今なお苦い記憶として残っている点では共通する。だがランク4,5ほどの彼女とは異なり最高位たる序列入りとなるとどうしても規模が異なってしまう。情報隠ぺいあるにせよ、第四位が終末戦争を引き起こしかけたとか、第六位が超巨大台風を起こしたという話は一時出回った。そうした規格外がいくら親身に助言したとしても、花陽にどこまで響くか怪しいものがあった。

 

 「厄介で長引きそうなことだよね……私も似た事例が身近にあるから、共感できるよ。ところでさ、そんな小泉さんの気持ちって星空凛ちゃんにどの程度伝えたの?」

 

 「え? それは何というかええと……ぼかして言ってるのかな? 直球でどうこうにはチョットしかねる話題でしたから」

 

 「当事者じゃない私があれこれというのもあれだけど、案外星空さんってこれだから動きをとりかねてるんじゃないのかな? 今の小泉さんと同じで、迷惑をかけてしまって申し訳ない以上どうしようもないって。ぼかされてるとなると、トラウマは相当なものだって思えるんじゃないの?」

 

 「あの元気系の凛ちゃんに限ってそんな……けど、まさか」

 

 「ただね、これも当事者じゃない私が言う形でもあるんだけど、狙い目の状態でもあるんだ。私が調べた限りの星空さんって」

 

 ハッとする花陽に対し、意味ありげに穂乃果はそう告げる。自身の毛色としては正面突破を好む彼女であるが、同時にそこに至るまでの綿密な理論も並行して構築するのである。そのためもたらされる言葉は常に、相手にとって明確かつ妥当なプロセスをもって成立する代物だった。加えて自身に近似の事例を抱えていたこともあり、常と比べ丁寧さをまし穂乃果は説明を開始する。

 

 「小中時代の星空さんの運動系大会出場記録を調べたんだけど、全部生体技能併用部門だったよ。魔法関係にトラウマあるなら純粋な身体能力部門で出場するし、素の身体能力も高い。なのに今も魔法に一定以上手を出し続けてて、内申の兼ね合いもあると思うけどスキルコンテストにも出ている」

 

 「た、確かに凛ちゃんは結構生体技能絡みの大会にも出てますが……もしかして」

 

 「もしかしなくても、魔法に対する強い関心は持ち続けてるよ。それに、個人技だけじゃない、他人のために魔法を使うこともかなり好んでる節もあるしね。小泉さん、これ分かる?」

 

 「ええと、凛ちゃんと私が参加した地域ボランティアの記事で……あ、この時凛ちゃん表彰されたんですよ! 確か参加回数と成績の方が良くて」

 

 穂乃果の指摘にうなずきながら、懐かしい過去について花陽は言及する。自身にもかかわる事情を知られていたのは驚きだったが、思い出そのものはかなり良いものだったのである。だが同時に、ふと眼前の彼女が何を意図しているのか読めてしまった。ある種乗せられたともいえるのだが、しかし事ここに至れば腹をくくるしかないと判断した花陽は、意を決して答えを口にする。

 

 「もしかして……高坂先輩。私が凛ちゃんに魔法は誰かのために使えるんだって実感させれば勧誘できるって、睨んでるんですか?」

 

 「正解♪ 細部の判断を改めてしないといけないにしても、それがベストな選択肢だと私は思うよ。この場の五人でこれから増えるμ‘sの誰にとってもね」

 

 「私もカウントされてるんですね、けど嬉しいかな? なんだかいけそうなお話ですし、こっちもやる気が出てきます。ただ、私のやる気が上がっても凛ちゃんの負ってるトラウマは」

 

 「割り込む形になるけど、一言良いかしら? 多分、私の領分になりそうだわ」

 

 懸念を示す花陽に対し、おもむろに真姫はそう口をはさむ。勧誘交渉は穂乃果の領分と判断した彼女であるが、内容にナイーブさが出てきたとなれば話は別である。求められる答えは少なくとも海未とことりでは不適格であり、穂乃果であっても満たせるか怪しいものに彼女は思えた。部活勧誘という不慣れさに伴う不安を、己が得意分野での自負で補い、真姫は改めて言葉を紡ぐ。

 

 「小学校時代のあなたたちの事件、とてつもなく重いって私でも理解できる。それを踏まえれば勧誘でも、その先の活動でも衝突だって起きるはずよ。もちろん、直接乗り越えるのは当事者同士でやらなくちゃならない。けどね、これだけは絶対に保証するわ。二人がどれだけ傷ついても、もしくは誰かに傷つけられても、西木野真姫が全部守って治してみせる。生体技能でもたらされる力が決して不幸だけじゃないってこと、見せてあげるわ。だから、気になるところだらけだけど……私たちを信じて? ()()

 

 「そんなに真剣に言われたら、信じるしかないじゃない。それにしてもええと――なんで花陽って呼んだの?」

 

 「ヴェエエ!? いや、その、これは――にこちゃんだったらこう締めるって気がしたから言ったのであって。ってなんでにこちゃんの話題こっちから出してるのよ! そもそも、そうじゃなくて……気を悪くしたらごめんなさい。とっさに、近かったから」

 

 「これから仲間になる赤毛のお嬢様が意外と抜けてるところもあるってわかって、花陽としてはシンパシーが持てました。そんなわけでこちらこそよろしくね、真姫ちゃん」

 

 最高峰の天才の意外すぎる一面を垣間見た花陽は、しかし咎めることなく仲間として微笑をもって受け入れる。己とはあらゆる意味で次元の異なる彼女であるが、親しみをこれならば強く感じられると思えたのである。無論、その直前に真姫が宣言した言葉を信じられたのも大きかった。当事者二名が合意に至る中、衝撃の展開から回復した穂乃果たちも話し出す。

 

 「盛大にやらかしたって感じてるけどね真姫ちゃん、なんだかんだで新メンバー勧誘の決定打につながったんだよ? そこは誇っても大丈夫だよ」

 

 「世の中結果オーライって言葉もあるしね。穂乃果ちゃんはもちろんこの手の失敗は海未ちゃんもするんだよ? ついでに言うと、はた目にはすごくかわいかったんだ」

 

 「ことり、余計なことはと……いえそうにないですね。ある種、腹をくくるような感覚をお勧めします。最初は身構えますけど、見れる範囲は広がりますからね。真姫もそうなりますよ」

 

 「うぅう……ああもうっ、そのあたりはもう決めてるってば! でなきゃ、ここまで積極的になりはしないのよ!? とにかく、決めちゃいましょう。新メンバー勧誘作戦の具体的な流れ。やってやろうじゃないの」

 

 穂乃果・ことり・海未と三者三様にフォローされながら、赤面気味に真姫はそう宣言する。予想外の事態とペースにさらされ混乱する彼女であるが、同時にそれを心地良いとも思い始めるようになったのである。かくて流れは星空凛勧誘の具体策に至り、五名の結束は雨から地固まりへ至るのだった。

 

 

 

 Ⅱ

 

 道具の性能は使い手に左右される。

 

 いかに優れた性能の道具雖も、使いこなせなければ意味がない。無論腕さえあればすべて事足りるわけでは断じてないにしても、一定レベル使い手の技量なり応用力でカバーリングが可能という証座なのである。ただし、逆説的に使い手の技量が同程度であったとするならば、道具の性能によって結果が左右されるという証明につながる。万物に当てはまるこの法則は、現代の基盤ともなった魔法と生体技能にも、恐ろしく端的に当てはまっているのである。

 

 そしてそれは、星空凛にもしっかり該当するのであった。

 

 「よぉ~し、今日も良い感じだにゃ!」

 

 穂乃果たちμ‘sの会合から数時間後の放課後午後四時ごろ、話題の人物たる星空凛は元気良くそうつぶやく。現状彼女は音ノ木坂学院からやや離れた多目的総合運動場にいるのだが、半ば退避的な意味合いがあった。魔法関係施設に充実のある音ノ木坂であっても――むしろそれゆえに施設使用率が非常に高く、個人での利用がしづらいのである。さらに言えば、彼女の場合いささか切実な事情も含まれていた。

 

 <生体技能対応の運動場で全力疾走なんてしたら、凛目立ちすぎちゃうもん。馴染みのここで訓練するのが一番じゃ。そろそろ入部する部活決めなきゃいけないし>

 

 内心そう独語して、凛は自信の事情を顧みる。序列入りクラスの桁違いは別枠にせよ、彼女の持つ生体技能と運用実績はかなり優秀なのである。小中学生時代の公式大会での実績は無論、最近では音ノ木坂で推薦入試の際披露した生体技能使用短距離走記録が際立っていた。何しろ入試時最速記録を更新したうえ、それを踏まえ伸びしろ代と判定されたのである。もっとも当人としては、全力疾走をしたことと無二の親友である花陽と三年間過ごせるようになった結果が大きく記憶されている。

 

 「さて、最初から使ってみよう!」

 

 短く凛はそういうや、クラウチングスタートの構えでトラックのレーンに待機する。一見すれば赤いジャージ姿の明るい茶髪の少女が、長ズボンタイプの裾を膝までまくっているのみであった。しかし次の瞬間、彼女はいろいろな意味で非日常な要素を帯びて全力疾走を開始する。

 

 「いっくにゃあっ!」

 

 独特の掛け声とほぼ同時に、星空凛は生体技能を発動させ疾走する。瞬間彼女のまくった個所に炎が展開されるや、時速百キロオーバーまで加速した。四百メートルトラックをわずか十二秒弱で走り終えた凛であるが、しかし傍目にかなりの結果も日常的なものでしかなかった。

 

 <受験勉強で大分ブランクできたんじゃないかなーって思ってたけど、思いのほか本調子にゃ。最初で百二十キロなら数をこなしていけば自己ベストの百五十キロもいける。よし、頑張るにゃ!>

 

 おおよその目算を意識しつつ、凛なひとまずそう考える。魔力も生体技能も軽く一分程度しか使っていない状態であるが、それでもってこのタイムは上々といえるのである。少なくとも、受験期当時は下半身すべてに生体技能を発動させないとつらい数字だった。故にこの結果は予想よりはるかに好ましかったのであるが、そう感じたのは彼女以外にもいたのである。

 

 「ハラショー、相変わらずすごい走りね。一度見たはずなんだけど、ある意味見惚れそう」

 

 「そんな、凛をほめたって何か出るわけじゃ――って生徒会長さん!? なんでここに? もしかして凛何か校則に引っかかったとか?」

 

 「そんな校則とか規則絡みじゃないし、ほとんど偶然なのよ? 最近はだいぶ無沙汰だけど、生徒会の仕事終って下校がてらここの運動場のトレーニングルームをよく使ってるの。で、今回使って帰ろうとしたら、『生体技能で走ってる子がいる』ってスタッフの話を聞いて覗いたらこうだったってわけ。星空さん、あなたが推薦入試でうちに来た時、生体技能の計測やったの、私だって覚えてる?」

 

 「にゃ、にゃあ……あ、確かそうだったにゃ! 会長さんがストップウォッチとパソコンを使ってて――ええと、驚いてたんでしたっけ?」

 

 トラックのベンチから出てきた格好の生徒会長――絢瀬絵里の不意な質問に、記憶する限り凛はまずそう答える。推薦雖も無試験の入学ではない音ノ木坂は、合否判定として魔法科では面接と実技披露が設定されている。当然この形態で入学を果たした彼女は試験のため現地入りしたのだが、言われると確かに見かけた記憶はあった。とはいえも『目撃した』程度の印象でしかなく、少なくとも自ら話しかけた覚えはないのである。ならばどうして覚えているのかと考える凛であるが、あっさりと回答が絵里より提示される。

 

 「実技披露で星空さんが出した四百メートルのタイム、歴代最速だって言われたでしょ? そんな瞬間に立ち会ったから嫌でも印象に残ったのもあるんだけど、私としては自分の記録が塗り替えられたのが衝撃だったのよ。ああもちろん、恨み妬みじゃなくて好意的な意味でね」

 

 「そうだったんだぁ……けど会長さん、それって入試の時のタイムでしょ? 二年以上もたっているなら会長さんの今のタイムはもっと早いんじゃないかにゃ?」

 

 「ええ、そうなるわ。自慢できるほどじゃないんだけど……何だかんだで鍛えているのよ。入学直後も、あの事件と事故の後も、欠かさなかった」

 

 「あの事件とあの事故?」

 

 「ああごめんなさい、ちょっとしたこっちの事情なの。ところで話は変わるんだけど、せっかくの機会だし確認と助言をしたいんだけど良いかしら?」

 

 危うく妙な方向に流れかけた展開を制し、絵里はひとまずそう提案する。凛との遭遇は完全に偶然なのであるが、同時に彼女はこれを好機と感じていた。何しろ現状眼前の後輩のポジションは絵里にとってかなりの関心事だったのである。あまり露骨にならないよう意識しつつ、彼女はおもむろに質問する。

 

 「私の知る限りじゃ星空さんって……真姫とクラス同じよね? あの子、あなたから見てどんな感じかしら?」

 

 「西木野さんのことですか? 例のスクールアイドル絡みじゃ頑張ってるし、かよちん――幼馴染の小泉花陽って女の子のことですけどあの子とも仲が良い感じです。凛としても悪くないなぁって印象かな……。けどどうして会長さんが気にかけるの? 呼び方も名前の方だったし」

 

 「あの子のお姉さんが私の親友だった縁で、結構長く付き合いがあるのよ。その兼ね合いで仲良くなったから、音ノ木に真姫が入学するって聞いた時には喜ぶのと同時に心配になったわ。何しろここに入学するまで、箱入りに近い状態で過ごしてたんですもの」

 

 「箱入りっていうと、中学までお嬢様学校育ちとかだったんですか? ああでも研究所とか病院って前に話してたから違うのかも」

 

 事前の情報にのっとって、凛は絵里への質問にそう返す。多少ではあるにせよ序列第五位の過去を知る格好であるが、しかし言いつつも彼女はこれのみでは到底ないと思えたのである。案の定、金髪碧眼の生徒会長から告げられた内容は一般人にとって衝撃的だった。

 

 「おおむね間違いでないとしても、実際のところはだいぶ衝撃的よ? 七歳でランク7認定されてから親元から西木野本邸に移されて、そのまままる二年かけて医療技術と生体技能技術の徹底研鑽。結果が西木野一族歴代最速の医師免許取得と序列第五位認定。後は史上最年少ノーベル賞と特許メーカー状態での医療・科学技術の大量生産ね。同族であっても比較的バラバラになりやすい西木野一族が、真姫のデビューで宗家の下結束した格好になるわ。去年真姫が家督を継いでからは、関連相手も含めてあの子が西木野全部を従えてるといえるわね」

 

 「そ、それってもうお嬢様ってレベル超えてるにゃ……けどそれじゃどうやって会長さんが接点を? それにニュースとか聞いた限りじゃ西木野さんにお姉さんがいるって話聞いたことがないし」

 

 「正確には一族の従姉の子なのよ。修行中の真姫のサポート役としてつけられたんだけど、親元から離されたあの子にとっては実の姉以上に慕ってるからそんな言い回しに落ち着いたの。で、その従姉――西木野実姫と私は中学校に入学して知り合って仲良くなって、引き合わせてもらったわけ。入り方が『お姉ちゃんの親友』って形だったから、自慢じゃないけど結構なつかれたわ。それに、私にとっては命の恩人でもあるしね」

 

 「命の恩人っていうと、交通事故とかがあった時に西木野さんに治してもらったとか?」

 

 「これも、おおむねそれで間違いないわ。それもあって色々私としては真姫に頭が上がらないというか、少なからず心配だし応援したいのよ。あの子が自分の意志で外に出て繋がりを作ったのなら、私としてはできるだけ手助けしたいって思ってる。そこでなんだけど、星空さん」

 

 さらなる掘り下げがあるのではと不安を隠しつつ、絵里は本筋へと話題を転換する。現状未行動たる彼女だが、真姫はもちろん穂乃果たちμ‘sメンバーや親友たちの想いに応えたい気持ちは本気なのである。にもかかわらず過去の案件で動けないという現状を、彼女は心底申し訳なく思っていた。故に今の自分であってもできるサポートを行うべく、絵里は言葉を口にする。

 

 「決めるべきはあなただし、無論できる範囲で構わないの。けどもし星空さんの都合が良いとするなら、真姫のことをどうか助けてくれないかしら? 私が真っ先にすべきなんだけど……学年差もあるし事故のこともあってすべてはしきれないの。もっとも、本来なら私と希――今の副会長ともう一人で何とかしなくちゃならなかったことを、いきなり会った新入生に頼み込むのもどうかと思うんだけどね」

 

 「そ、そんな改まらなくてもかよちんが仲良くしてるし、私も気になるからこっちもやりますよ? けど、その言い回しだと会長さんは何かあったんですか? 多分事故で西木野さんに命を救われたことともつながると思いますけど」

 

 「情けない話なんだけどさ、二年前の六月に文字通り私は死にかけたのよ。スクールアイドルライブのバトルパートでA-RISEのメンバーとの対決中に、体内魔力と生体技能が暴走して三か月生死の境をさまよったわ。一応後遺症もなく回復できたんだけど、盛大に失敗した私が果たして昔みたいに真姫にあれこれ指図して良いのかって思うのよ。負傷の原因自体その一月前から続いてたオーバーワークが原因だったし。それにオーバーワークだって……実姫の死を受け止めきれなかった私が悪いんだから」

 

 「事件ってまさか音ノ木坂であった二年目の襲撃事件のことでそこで亡くなった女子生徒が……」

 

 当初の予想よりもあまりに重い回答に、凛は思わず言葉を失ってしまう。自分も花陽のいじめに関して失敗してしまった身であるが、この生徒会長の場合はそれよりも質が悪かったのである。まだ何かあると感じ彼女はさらに聞こうとするのだが、悲しそうに沈黙を保つ絵里を見てとてもそうするわけにはいかなかった。衝撃と困惑により動揺する凛を見て、絵里は自虐的ながらも微笑を浮かべ言葉をつづける。

 

 「あくまでこちらが知る限りだけどさ、私に比べて星空さんは随分状況が良いと思うわよ? 同じ推薦で一緒にいた親友の小泉さんとも仲が良さそうだし、それ以外の人付き合いだって悪くない。何より魔法のセンスも十分ある。これなら、本気になればどんなことに手を出しても高校三年間で成功できるわ」

 

 「会長さん、凛だって全部が全部成功じゃないんですよ!? かよちんとは」

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()、失敗があっても取り返しがつくのよ。私はもう、それができないの。逃げ続けた私に、そんな資格なんて……ないんだから。当然の報い、だわ」

 

 資格がない。

 

 当然の報い。

 

 事故以来己を縛り続ける言葉を、今更ながら絵里は自覚してしまう。希がどれほど気にかけてくれても、真姫がどれほど挑み続けても、穂乃果たちがどれだけ結果を残しても止まってしまうのである。我ながらあまりに情けなく、無念が続く事態を当然と処理してしまっていることも彼女は悲しかった。そうであるのに口を出す自己矛盾もまた覚えつつも、もう一つの本題を忘れず絵里は話題を切り替える。

 

 「随分いっちゃったけど、こっちのことはこっちで何とかするわ。でもって、もう一つの助言なんだけど、星空さんの高速移動って改善できるっていえば信じてくれる?」

 

 「にゃ!? うーん、いきなりですけど本当かなぁって気がします。会長さんって音ノ木坂最強を張ったって評判をよく聞きますし。どのあたりなんですか?」

 

 「まだ慣らしの段階って面もあると思うけど、生体技能の発動箇所を絞りすぎてバランスの悪さが目立ってるのよ。発動箇所を膝下ぐらいまで絞れば確かに制御に割ける意識を減らせるわ。けど、そうすると必然的に加速は技能に頼りっぱなしになってしまう。それに、生体技能による変化が全身に及んでいないから動きの無駄が出てくる。今回は魔力だけにしても、安定した広く薄い状態が使えるとこんなこともできるのよ?」

 

 「それは凛としても気になるにゃ――って速い!?」

 

 絵里の説明に興味を抱いた凛であるが、しかし言葉は途中で途切れてしまう。動体視力の良さで視認こそできたものの、先ほど自らが出したほぼ同じスピードで件の生徒会長がトラックを疾走したのである。これだけでも驚きであるが、その速度はさらに増し自身を追い抜くほどだった。あらゆる感情に先んじ驚愕のみが主を示す凛に対し、走り終えた絵里は少し自信ありげに解説する。

 

 「単純な魔力加速でも、全身の内側からまんべんなくふるえば、巡航でこのペースは余裕で出せるわ。訓練はそれなりに必要だけど、できるとなかなか面白いわよ? それに」

 

 「それに――ってにゃぁあっ!?」

 

 「背後もあっさりとれるものだから、あらゆる意味で狙い目のスキルだわ。それじゃ、トレーニングすることがあればまた会いましょう」

 

 「か、会長さん! ってもう行っちゃってるにゃ……けど重い話をした割にそのあと随分明るかったかな? 多分あれは」

 

 凛はそこまで言い終えすらっと後にした絵里を改めて思い返す。直に接した機会こそ今回が初であるが、彼女は生徒会長が見せた二つの面がどちらも本物に思えたのである。盛大な失敗とそれでもなお抱く魔法への強い気持ちという要素は、奇しくも凛自身の経験と重なるものだった。故に凛は絵里への興味と加えて自信の事情を改めて振り返る意識が起きたのである。

 

 <本音で想いをぶつけあえる……そうだとしたら凛の本音は一体何なのかな? それだけじゃない、かよちんの本音や西木野さんたちの本音だってちゃんと知らなきゃならない。それに難しいかもしれないけど、会長さんの本音も凛は知りたい。全部知ってちゃんと想いをぶつけ合えたら、きっと良いことがある気がするから。そうと決まれば>

 

 「行動開始にゃあッ!」

 

 自身らしからぬかなり深めの考察を終えた凛は、気合を改めて入れるや運動場を後にする。あれこれと考えることも悪くないのだが、自身の性分として何か動く方があっていたのである。かくして意外な方面から引き金を得た少女二人は、各々の最善をつかむべく動き出すのであった。

 

 

 

 

 どんな人物にも役割はある。

 

 個人もさることながら、組織単位で動くとなれば、構成員たる面々が何かしらの役割を負うのは道理である。その際当人の希望が反映される場合もあるが、そうでない場合もまた往々にある。ただし、望まぬ役割をあてがわれても有効に働く場合も、その逆もありうる。故に構成員の性質を見抜き適切な役を見つくろうことこそ、組織のトップに問われる資質なのである。

 

 そうして見抜きによって選ばれた西木野真姫は、しかし己の役割を図りかねていた。

 

 <この場に私が呼ばれる意味って、どの程度あるのかしら……>

 

 これからの行動を意識しつつ、真姫は己に与えられた役目を吟味する。花陽の勧誘成功から三日後の放課後、彼女は穂乃果の指示により、星空凛勧誘作戦を実施すべく動き出したのである。とはいえ真姫の主観では、ターゲットの説得は自身よりも、むしろペアーを組むもう一人の領分であると考えた。故に本筋から少し離れて背景についての思索を行うのであるが、そんな彼女の内心を知ってか知らずか相方が声を掛ける。

 

 「何か考え込んでるようだけど……真姫ちゃん緊張してるの?」

 

 「それもあるっちゃあるけど……今回私が呼ばれた理由を考えているのよ。相手を思えば花陽が出向くのは当然として、私に何の意味があるのかなぁって。万一があった時に、一番対処がしやすいのは確かなんだけど」

 

 「そこは言えてるねぇ。ただ、穂乃果先輩――じゃない、穂乃果ちゃんのやり方からして絶対考えあってのことじゃないの? 今回のことだってかなり調べでたし、この人選で行くって話を出された時もWord睨みながら計画書をいじってたから」

 

 「無鉄砲に傍目に見えて、その実恐ろしく緻密に鉄砲も弾薬もターゲットも、そして環境まで最適を見繕うのが穂乃果なのよね。あの徹底ぶりは恐れ入るものだわ。だからこそ安心できてありがたいんだけど……」

 

 「考えの背景とか全体が見えてこないのが玉に瑕って、考えてるとか?」

 

 真姫の心理を代弁する格好で、今回の相方小泉花陽はそう返す。μ‘sの面々で現状新参の彼女であるが、トップたる高坂穂乃果の特徴はすぐつかめたのである。破天荒かつ緻密という彼女の二面性は、次々指示を下す中、傍らのメモ帳をせわしなくめくることに表れていた。一度花陽は件のメモを覘かせてもらったのだが、その詳細具合に驚かされたのである。二ページ程度見たのみで自身はもちろん凛や真姫、その他注目すべき一年生の情報が記されていたのだった。改めて衝撃を振り返っていると、真姫がかねての不安を口にする。

 

 「そんな感じ。あそこまで丁寧にやっていて申し訳ないんだけど――というか丁寧だからこそ、逆に不安もあるのよ。私も知らない何かが、穂乃果に見透かされてるんじゃないかって。付き合い短いけど、彼女がそのことで私に害になることをしないって確信は持てるわ。けど、やっぱり知らないところで動かれるのって、どことなく踊らされてる感じにもなるのよ」

 

 「けど問題がないんだったら、踊ってみるのも悪くないんじゃないのかな? いろんな経験を、最適な形でとれるって意味で。付き合い短い花陽が言うのもあれだけど、初めて会った時と比べて真姫ちゃんって印象が柔らかくなった気がするんだ。なんかこう、無駄に張りつめていた感じがなくなったというか」

 

 「ヴェエ!? ま、まぁ確かに張りつめすぎた感覚は……減ったかな? けど私ってそういうところ出やすいのかしら? 付き合い短い花陽でも読まれちゃうぐらいって相当よ」

 

 「それは真姫ちゃんが友達付き合いの経験がほぼゼロだからだよ。けど、悪くないんじゃないの? 私にはよくわからないけど、多分真姫ちゃんはあんまり感情を表に出せない状況にあったから出せる今の生活ってかなりプラスだと思うな」

 

 「そう、よね。そのあたりも踏まえて、穂乃果はもっと私に経験積んでこいって感じなのかしら? チームで動くならこうしたやり取りは必要不可欠だし」

 

 花陽の指摘を受け、真姫は納得がいったようにそう返す。確かに少し現状を振り返れば、彼女が得つつある経験は心地良いものなのである。基本年上とのやり取りがほぼ全てを占めていた真姫は、常に一定以上の緊張を強いられてきた。それ自体は必須であるものの、どうあがいても精神的な負荷につながっているのである。そうした要素から解放され、人生で初めて同年の友人を得たことは、彼女の在り方を劇的に変えたのである。何しろ初めて対等に気持ちを表せるようになったのだから、その表現が大きくなるのも道理だった。

 

 「私が言うのもあれだし、真姫ちゃんがどうなるかもわからないけど、花陽としては今の気持ちを忘れないでいてほしいと思うの。自分で作った繋がりって、とっても大切なものだから、続けたくもなるんだよ」

 

 「花陽と幼馴染みたいな間柄か……私で、できるのかしら? 友達はできても、にこちゃんたちが戻ってきても、それは今から始まるのよ? それなのに長い時間かけての関係は」

 

 「真姫ちゃんが望んで、そこまで至れるよう頑張っているのなら、絶対できるよ。現に、花陽がそうなりたいと思っているのだし」

 

 「ヴェエエエエ!? ほ、本気として……なんで私なわけ? 自慢じゃないけど第五位の西木野当主、なのよ!? 下手に巻き込まれたら」

 

 「会って間もない相手でもすぐに助けてくれるぐらい優しいクラスメートの部活仲間って、私は信じていますから」

 

 一番の幼馴染と同じぐらいの意識を込め、花陽は真姫にそう告げる。とはいえこれは、決してリップサービスによりモノではなく、彼女を観察して得た答えだった。強大な能力とそれを正しく扱える責任感を持っていながら、意外にも隙だらけの仲間。ギャップの印象以上に、様々な出来事にひたむきに臨もうとする真姫の姿勢に、花陽は好感を持てたのである。故にこのセリフへとつながった次第であるが、立て続けの刺激的な言葉は当人にとって想定以上の威力をもって影響する。

 

 「そんなツヨイセリフいわれたらさ……私、本気になるわよ? 少なくとも、海未かことりの最大出力を食らっても一発で花陽を治せるぐらいの回復は請け負うわ。大船に乗った気になりなさいよね、うん」

 

 「いざって時はじゃあ真姫ちゃんを頼りにしますから。って、凛ちゃん! 早いじゃない」

 

 「大事な話があるなら、さすがの凛も早く動くにゃ。当然ながら西木野さんも一緒で……この教室なら大丈夫かな?」

 

 空き教室で待っていた凛は、来訪した花陽と真姫に対しそう返す。大概の人間から見れば平素の猫チックな女子高生に思えるのだが、しかし花陽が受けた印象は違った。相当な真剣さを帯びた表情と空気は、明らかに尋常ではないと思えたのである。案の定、彼女から降られた話題は相応に重いものがあった。

 

 「それじゃ二人に……ってよりは西木野さんがメインになるんだけど、凛の生体技能って知ってるよね?」

 

 「確か焔狩豹(フレイムチーター)、でしょ? 空想上含めた特定の生物に肉体全てないしその一部を変化させる獣化型の生体技能で、スピードが優秀だと聞いたわ」

 

 「そう、全身メラメラ燃えてビューンって速く走れる凛自慢の能力にゃ。元々足は速かったけど能力に目覚めてからはもっと速くなって、猫アレルギーも治ったの。これ初めてかよちんに見せた時、すっごく喜んだんだよ……」

 

 「生体技能はわかったけど、それがこれからの話とどう繋がるの? 確か、本心を見せるとかだったわよね?」

 

 感慨深くも嬉しそうに語る凛を見て、ひとまず真姫はそう返す。花陽からの話で生体技能へのトラウマがあると知らされているのだが、この話のみならばそうとも思えなかったのである。それ故次の言葉をどうすべきかと考えるのだが、当事者から告げられた内容は衝撃的だった。

 

 「けど、五年前みたいなことは嫌かな? いくらかよちんが男子八人から襲われていても、リアルスペアリブにして相手を食い殺しかけたんだから。後悔はしなくても、かよちんをあんなに悲しませちゃったことは……反省してる」

 

 「凛ちゃん、もう昔のことで誰も死ななかったから良いんだよ? もっとやりたいことをやって良いんだよ?」

 

 「そう、凛はやりたい。かよちんと西木野さんと本気で一緒にやりたい。スクールアイドルの先輩たちと一緒に何かやりたい。それ以上に、もっともっといろんな人を巻き込んで何かやってみたい! だから」

 

 一気に凛はそこまで言うと、不意に焔狩豹を発動させる。ただしその発動範囲は以前のような二の足のみならず、全身に設定されていた。全身変化に伴う変化と連動した魔法装束の展開は、黄緑ベースの忍者装束姿かつ橙色の鬣と体毛が印象的な猫型肉食獣の獣人姿へ至らせたのである。事態の急変に仰天する花陽と真姫を前に、委細構わず凛は己が意志を口にする。

 

 「何かをやるために、凛は本心を知りたい。かよちんも、西木野さんも、他のみんなも、教えてくれる会長さんも、何より凛自身も! だから、ずっと迷って止まってたことをちゃんとぶつけるね? まずはかよちんの本心が見たいから、今から出すこっちの最大出力、ちゃんと止めてね?」

 

 「り、凛ちゃん……その後は、どうするの?」

 

 「花陽!? 本気であれを受けるつもり!? いくら私がいるからって、あの攻撃を食らうのはあなた自身なのよ!?」

 

 「やっと動いてくれた凛ちゃんに、私が何もしなかったら申し訳ないよ。元々防御には自信あるし、いざとなれば真姫ちゃんがいますから。だからさ――凛ちゃん、遠慮なくやって。ディアマンシュロッス、マジックオン!」

 

 花陽はそう言い放つや否や、待機モードの魔法兵装を起動させる。コールと同時に閃光が彼女の身を包み晴れると、そこには橙色ベースの和装風ジャケットに白インナー、同じく橙ベースのギャザードレススカート姿と化していた。フィクションでありがちな魔法少女ともいえる外見だが、得物として持つ巨大な琥珀色のハンマー型魔法兵装――『ディアマンシュロッス』が強烈な自己主張をしつつある。臨戦態勢になった親友の姿を見て、最後の確認を凛は行う。

 

 「これ終わったら凛もちゃんとかよちんに本心を見せるけど……大丈夫?」

 

 「大丈夫じゃなきゃ、この場にいないよ。それに大丈夫じゃなくても私は凛ちゃんを受け止める。私たち、いつもそんな感じでしょ?」

 

 「それもそうにゃ、これで凛も思いっきりぶつかれるよ」

 

 「何なのよ、下手したらじゃなくてもどれだけ被害が出るかわからないよ!? あの二人は……」

 

 盛大なぶつかり合いを前にある種晴れやかともいえる凛と花陽を見て、訳が分からないとばかり真姫はそうつぶやく。ただ、理性的な思考パターンとは異なる根源の部分で、彼女は二人の対決にある種のうらやましさを感じていた。言葉以上の想いを分かり合うために、言葉以外の手段でぶつかり合う。かつて姉やにこ達がやっていたであろう繋がりの確認を、当事者として目の当たりにすることができる。あこがれの光景をこの瞬間拝める感動と、直接の当事者でない立ち位置へのもどかしさで、真姫の心は一杯だった。故に彼女もまた、言葉以上の本心の発露をもって、二人に報いることを選ぶ。

 

 「調和宮(ハーモニパレス)、あたりを静謐にして」

 

 生体技能による技の名が告げられた瞬間、真姫の足元から回路図とも数式ともいえる文字列が高速かつ大量に伸びわたる。教室中をに展開されたそれらは、そのまま蒼白く発光し幻想的なまでに染めていった。非日常的とたんに言うには美しすぎる自体を前に、花陽と凛は思わず固まってしまう。そんな彼女たちの反応を見越し、真姫はからくりを説明する。

 

 「この教室一帯を、事象解析の力で三人がそろった時の状態に固定したのよ。だから、あなたたちがどれだけぶつかっても、被害も騒音も魔法効果も外には一切漏れない。もちろん、どっちかが怪我しても私が治すわ。ちなみに……強度としては理論上だけど序列入りの大技ぐらいまでなら持ってくれる恰好ね」

 

 「でたらめにゃー……」

 

 「世間一般から見てでたらめをしようとしてるのはそっちでしょ!? だからでたらめを上回るでたらめがいなきゃいけないのよ。このこと、絶賛燃えてる野獣だけじゃなくて花陽も同罪なんだからね?」

 

 「アハハ……穂乃果ちゃんのプランにそれてないとはいえ反省はします。ただ、真姫ちゃん。後の調整はよろしくね?」

 

 世界最高峰のでたらめから道理な指摘を受ける格好で、花陽はひとまず謝ったのち後事を託す。いくらすさまじいサポートが存在するとはいえ、こうした手法は元々己のやり方ではないと彼女は自覚していた。しかし、凛が最も望むやり方こそ一切の飾り用のない本心がわかる以上、花陽は受けて立つ覚悟なのである。そうした意識を形にすべく、彼女は自らの得意分野たる魔法を発動させる。

 

 「今も昔も私はこんなことしか人に誇れないけど……やってみるから! ディアマンシュロッス、地中国主(グランドデューク)! ディアマンウェンデ!」

 

 「いっくにゃあっ! バーンインパクト!」

 

 花陽がハンマー型の魔法兵装の石突で床を突き三重の防壁を発生させると、それを破壊すべく凛が全速力で高温の炎をまとった右手の突きを繰り出す。火焔と鉱石の衝突は、巨大な爆発を伴い、たちまち教室中を覆い尽くしていく。しかし、臨戦態勢が解除された当人たちはもちろん、真姫や教室の備品等に逸し被害が及ばずただ爆音と閃光をまき散らすのみだった。

 

 「予想よりも威力が大きかったけど……なんも問題なかったでしょ? ついでに言えば、音漏れも光漏れも外部には起きなかったわ。取り敢えず伝えるけどさ星空さん、花陽はあらゆる意味で本気よ。過去あなたの事件も、それ以外のなにもかもひっくるめて、あなたと共に歩もうとしているわ」

 

 「ハハハ……かよちんが予想外に頑丈で驚いたにゃ。凛、分かったよ。かよちんの本心と西木野――じゃない、一緒に動くなら真姫ちゃんの本心が。このまま入っても凛はきっとうまくやれるって確信できたにゃ。ただ、正式参加前に凛の本心も見せたいけど、良いかな? 二人だけ見せて私だけ何もなしじゃ不公平だし」

 

 「呼び方地味に変わったけど……良いわ。ちゃんとその手の調整ができるよう私から穂乃果に取り計らって」

 

 「その要望、聞き入れたーっ!」

 

 すっきりとした雰囲気の下会話が続くはずだった真姫と凛の聴覚を、突如第三者の大声が刺激する。二人はもちろん花陽も反射的に辺りを見渡すが、声の主はあっけなく見つかった。何しろごく普通に鍵を開け入室したうえ、彼女たちのいずれも極めてなじみのある人物だったのである。あっけにとられる一同を前に、闖入者――高坂穂乃果は歯切れよく事態を説明する。

 

 「想定よりも結構荒っぽかったけど、真姫ちゃんと花陽ちゃん、勧誘ナイスだよ! それからええと、星空凛ちゃん。あなたが言った本心を見せる舞台、私たちはちゃんと用意しておきました。ご希望ならすぐにでも実行に移せるけど、どう?」

 

 「こ、こんなとんとん拍子に!? けど……かよちんに真姫ちゃんがあそこまで信頼しているんなら、凛も乗っかってみるにゃ。だから、この提案星空凛は乗ります!」

 

 突然の穂乃果の登場に面喰いながらも、しかし凛は己の直観を信じ即座に賛意を示す。十五年ばかりの人生で最速にもなる急展開であるが、それ以上に最高の楽しさを見いだせたのである。かくしてこのしばらくの後名をはせることになるμ‘s一年組は、初の共同作業をもって始まるのであった。

 

 

 

 

 言葉の意味は、正確に伝わらない。

 

 人間が人間として生き続ければ、良くも悪くも人付き合いなる行為が発生する。それは綿密な準備や明白な意思を定めたとしても、程度の差こそあれ誤差というイレギュラーが等しく発生する。故に十全な意思を言葉地して表せずとも、人間同士繋がりを保たねばならないのである。かくも当たり前であるゆえに厄介に事態を、現在進行形で星空凛は味わい続けつつあった。

 

 覚悟の表現が、暴風雨の中小泉花陽を抱えての逃走劇であるということに。

 

 「り、凛ちゃ~ん!? なんだかいろいろ激しいよ!? 大丈夫だよね?」

 

 「大丈夫にゃ! かよちんは凛が絶対守る……からぁっ!」

 

 「なんかかまいたち来てる!? 雷落ちてくる!」

 

 「かよちんのためならたとえ火の中嵐の中にゃーっ!」

 

 暴風雨と呼ぶにはあまりに矛先が向きすぎる状況下で、凛は花陽を背負い疾走する。生体技能を発動せずとも高い身体能力を有する彼女は、迫る暴風と電撃を巧みによけつつあった。だが件の悪天候は衰えるどころか、勢いをますます盛んにし二人へと襲い掛かっていく。明らかに尋常ではない事態であるが、これに至る経緯もまた尋常といえるものではなかった。

 

 <危機は人間の本質をさらすもの……とは言いますが、実際にごく局所で生み出すなんて芸当、普通はしませんよ?>

 

 暴風雨の現出役の一人――園田海未はいささか複雑な感情を抱きながらも、淡々と役目を遂行する。とはいえ彼女はこれを渋々請け負ったというわけではない。真姫及び花陽からの報告に基づき発動された星空凛勧誘作戦として、当人の本心に筋をつける必要は大だった。それが『危機でも花陽を守りきる』という状況での訓練であり、穂乃果主宰のプランなら異存はないのである。故に海未も真剣になるのだが、ある理由により若干の気鬱を生じさせてしまっている。

 

 「海未ちゃん、そこまで落ち込まなくても大丈夫だよ? 計画の進み具合も予定より順調だし、あと一週間もしたら私たちも全力戦闘をやれるよ。あの穂乃果ちゃんが、私たちを大和ホテル扱いするなんてありえないじゃない」

 

 「その点は信頼してますし、毎度私たちがバトルパートで出張ればワンサイドゲームにしかならずよろしいとは言えないでしょう。ただ、魔法で戦う――いえ、穂乃果の為に剣を振るう身としてストレスを感じないといえば嘘になります。むやみやたらと破壊を生み出す意思など毛頭ありませんが、大切な相手の前で華々しく戦いたいと時折思います」

 

 「だったら私とこの後模擬戦する? 結構派手になるけど真姫ちゃんがいるなら何とかなるよ」

 

 「何とかなるとしても、最小に見積もって市街地一つを確実に消し飛ばす勝負の後始末を何度も真姫に押し付けられますか? 次善ですが……私も出てみることにします。豪雨の中の勝負というのも面白いものですし」

 

 「凛ちゃんならまだしも、この状況じゃ真姫ちゃんまで出てくるよ? 事前に難度が上がった時は参戦するって取り決めだったし」

 

 訓練場の屋根付きチームベンチに手天候操作を行いつつ、ことりは海未にそう返す。凛が望み、穂乃果が提示した本心を見せる機会は、危険下における逃避訓練だった。内容そのものだけならば、保護対象役である花陽を抱え、多数の障害を切り抜け訓練場を一周という、単純なものだった。しかしその内実となると悪天候はもちろん、トラップや自立機械兵器など並以上の魔法戦闘の局面を再現しているのである。加えて状況に応じ、二人は直接参戦も許可されているのである。もっともこの方法をとった場合、凛たちの援護として真姫の参戦も発生する格好だった。

 

 「構いませんよ、それに負けるつもりもありません。同じ序列でも私とことりとは違って医療方面に真姫は伸びた以上、戦闘経験はどうあがいても見劣りします。事象解析による際限もあるにしても、その本人が動きを信じられていなければ意味がありません。第六位の本領、少々見せに参ります」

 

 「油断はしないでよ? 真姫ちゃんだって海未ちゃんが出たとなれば、それなりの対応策だってあるんだし」

 

 「それも踏まえ、仕掛けます。刃舞一乃型、雨斬舞あまきりまい!」

 

 ベンチから飛び出しフィールドに入った海未は、魔法兵装を起動し臨戦態勢となるや、そのまま初撃を凛たちへと放つ。愛用の大太刀型魔法兵装――『村雨』の一閃から放たれる高圧水流の斬撃波は、プロからでもかなりの速度で凛へと迫った。威力の調整はしかるべくしても、クリーンヒットは間違いない一太刀は、高速で標的へと迫っていく。

 

 「これくらいなら、凛でもよけられるにゃ!」

 

 「生憎、よけさせると思いますか? 刃舞二乃型、風斬舞(かざきりまい)!」

 

 <風の衝撃波!? 速い攻撃だけどこれでも凛ならちゃんとよけられる!>

 

 せまりくる真空波を分析しつつ、凛は速やかに回避に移る。剣型の魔法兵装を扱わない自分から見ても精度の高い斬撃は、なおも彼女にとって対処可能なものだった。速度と威力こそかなりであると読み取れたが、斬撃ゆえなのか比較的攻撃範囲そのものは狭かったのである。放たれる段数も一発であり、これならば対処可能と凛は楽観視した。

 

 しかし。

 

 「種も仕掛けもないとしても、後後に種なり仕掛けをセットすることは別に難しくないんですよ?」

 

 「何が言いたい――って!」

 

 「例えば、弾数が増える展開ぐらいすぐ起こせます」

 

 回避されたはずの真空波から別の真空波を発生させ、海未は一言そう語る。通常何らかの術式を施さない限り、遠距離攻撃タイプの魔法が発射後増えることはない。事実、彼女の真空波は直接分裂を命じる術式は施されていなかった。ただし、周辺空間に魔力や必要物質があれば、話は別である。それらを取り込むことで魔法の構成要素は拡大し、必然的に分裂を可能とする条件も成立する。悪天候という環境を、海未は最大限利用し、次の矢を繰り出したのである。

 

 「それでも、まだよけられるっ!」

 

 「それでも、まだ増やせると返しますよ? もっとも」

 

 「ああっ! 攻撃が……って当たってない? 凛ちゃんいったい何が」

 

 背負われる格好の花陽は、三発目の真空波が直撃寸前に消滅する瞬間を目の当たりにし、思わずそう漏らす。本来なら自身も防御で参加するものの形式柄それがかなわない彼女としては、先ほどの芸当はかなり気になるところなのである。もっとも彼女の考察はそれ以上進むよりも早く、件の人物が戦闘に介入することとなる。

 

 「解析完了、食らいなさい! 調和剣(ハーモニブレイド)!」

 

 「あの斬撃は――ガードじゃ危険、ですねっ!」

 

 「真姫ちゃん!? 凛とかよちんがメインだから参加はしないんじゃなかったの?」

 

 「海未が出てきた以上、もうそんな余裕なくなったわ。私が抑えに回るから、二人はゴールに向かって」

 

 魔法構成破壊効果を持つ斬撃波を放った増援――真姫は端的にそう告げる。フィクションのヒーローじみたセリフという格好の彼女だが、不思議と違和感は覚えなかった。自身の基準たる矢澤にこと同じアクションが取れていることも無論、今回守るべき凛と花陽へ素直に賭けられたのである。それも西木野としての責務でない、西木野真姫個人にできた友人に対してのものだった。

 

 「良いセリフと気概ですが、じゃあどうぞお先ですませるほど」

 

 「甘いと海未を思ったことはないわよ! 調和鎖(ハーモニチェイン)!」

 

 <魔力分解だけではない、身体機能掌握付きの拘束魔法ですか。しかし、その程度が当たるほど私は柔じゃありません!>

 

 得物たるアクレスピオではない、真姫の軽い一踏みで地面より放たれる半透明の鎖を見て、海未は回避しつつそう推測する。戦闘では支援タイプの序列第五位であるが、それが必ずしも近接戦闘の不得手に該当するわけではなかった。当人の経験値こそ発展途上にしても、治療により獲得した『接近戦の経験』を利用すればこれのみでもかなりができるのである。加えて、バトルパートに伴う戦闘訓練で海未より指南を受けたことも、この局面でプラスになった。それら油断ならぬ要素を持ちながらも、しかし第六位は動じることなく、反撃を開始する。

 

 「雨斬舞・五月雨!」

 

 「さっきと同じ斬撃じゃ――ないっ!?」

 

 「やはり、解析による無力化といっても魔力攻撃と物理攻撃では異なるようですね。回避の様子から見るに、大威力の物理攻撃の解析は不得手ですか?」

 

 「ベッツにそう言うわけじゃあないんだけどね……」

 

 否定を口にするも早いタイミングの回避と沈黙によって、真姫は海未の言葉を事実上肯定する。確かに事象解析は魔力の関わる事象により強く、それの及ばない物理的事象への作用が遅い面がある。ただ彼女クラスの実力者であれば、それでも特段問題になるわけでもなかった。それでもなお回避につながったのは、相手も海未という序列入りであり、一分でも隙を見せれば突き崩されかねなかったのである。敵側の得意分野で格上の戦いという事態に陥った真姫であるが、しかし彼女の手札はいまだ尽きていなかった。

 

 「たださ、訓練の兼ね合いでこんな設定にしたけど、私の得意な状態にしても別に平気でしょ? ルール違反じゃないんだし」

 

 「何が言いたいんです。この状態、私とことりが生み出したモノなんですよ?」

 

 「だったらこう返すわ。第五位の本気、舐めないでよねっ!? 万物解析(オールズライズ)……」

 

 真姫がそう言い生体技能を発動させるや、彼女の足元から回路図にも似た半透明の魔力鎖が地面一帯に無数に伸びていく。訓練場をあらかた覆い尽くすと、今度は上へと鎖は伸び、多数の情報を使い手にもたらしていく。これだけでも彼女の狙いをあらかた海未はつかめたが、それによって彼女は混乱してしまう。

 

 「まさか……訓練場すべてを解析するつもりですか!?」

 

 「まさかじゃなきゃ、こんなことしないわよ! 理想回帰(イデアスターン)!」

 

 真姫は技の名を叫ぶと、防風雷雨の訓練場は一瞬にして元の照明の状態まで回帰する。強力な生体技能――それも序列入り二名により発生させられた空間の消失は、侮ったわけではないにせよ海未にとって衝撃的な展開であった。しかし彼女は至高をつづける間もなく、別の衝撃に直面してしまう。なぜならば、真姫が繰り出した手はその続きが存在しているのである。

 

 「な、なんですかこれは――体が動かなっ……い!?」

 

 「理想回帰はね、解析と同時に解析対象の魔力なり生命活動なりを逆算して、干渉することができるのよ。今みたいに、魔法の術者の動きを一定時間とれなくさせるぐらいにね。序列入り相手に、拘束なんて芸当普通はできないけど、私の接近戦強化に海未が付き合ってくれたから、仕留めるぐらいの時間は稼げたわ」

 

 少なからず息を切らせながら、それでも真姫は目の前で村雨を落とし身動きが取れずにいる海未へそう告げる。序列入りへの能力干渉のみでも相当な芸当だが、それ以上の術者拘束となれば恐ろしい難度に化けてしまう。だが、短期間であるにせよ彼女は戦闘時の第六位についてかなりの情報を得たことが幸いした。魔力量及び質と流れ、そして生体技能発動時の身体機能の情報を有した真姫は、二十秒海未の動きを完全に止めてみせたのである。あまり長い代物とは言えないが、標的を戦闘不能にするには十分な状況下であった。

 

 だがそれも。

 

 「んふふ~、戦ってるのは海未ちゃんだけじゃないんだよ?」

 

 海未とは異なる序列第四位(電界女帝エレクトロンエンプレス)の介入によって。

 

 「焼き鳥になっちゃえ♪」

 

 高密度の白い電気の砲撃の前に、脆くも崩されるものでしかなかった。

 

 「このタイミングで電撃は――無理じゃないっ!」

 

 「ん~~、無理っていう割にとっさでも回避して回復を展開するなんてなかなかできないよ? それでも私の攻撃を解析するんじゃなくて、被弾箇所の集中回復に回すあたり、真姫ちゃんの余裕がない状態なのはわかるんだけどね。なんにしてもさ……序列第四位の本気、舐めないでよね?」

 

 左足をかすって引きずる真姫に対し、白と緑ベースのドレス風スカートに白と薄ベージュの長袖ジャケット姿のことりは、微小交じりにそう告げる。一見すればフィクションに登場するような魔法少女風の外見であり、実際彼女の戦闘スタイルは後衛かつ手に持つ魔法兵装も長杖型だった。ただし、強大な生体技能と、何より能力行使に伴う瞳の光彩消失は相対する者に絶望的な恐怖を与えるものでしかないのである。同等の序列第五位である真姫の場合、戦意喪失こそなかったものの内心の危機感は一気に跳ね上がり、次の手を思考する。

 

 「それでも……今の私は、引かないわよ!?」

 

 「だとしてもさ、今この場で私が二人を狙い撃つって言ったろどうするのかな?」

 

 「させるもんですか! 調和鎖!」

 

 「ス・キ・ア・リ・エ・ラー・ナ・シだよっ! 電獅子吼(ライガーブレス)!」

 

 生体技能でからめとろうとした真姫に対し、それより早くことりは標的と逃走する凛と早嫁掛けかざした腕から電撃の砲撃を放つ。獅子をかたどった一撃は威力と攻撃速度からして解析も回復もとても間に合うものではなかった。ダメージを覚悟する真姫であったが、しかし電撃の獅子は自らに命中することはなかった。なぜならば――

 「多弾製造マルチパレット、狙撃弾スナイプス!」

 

 <今の弾丸は――ってことりの腕に命中させて砲撃をそらさせた!?>

 

 「ちょっと何なの!? 私たちの訓練中にいきなり入ってくるなんでどこの」

 

 「序列入りってのは加減を知らないわけ!? あんな相当補強されてる天井に大穴開けるやつを、食らったら真姫ちゃんでも危ないわよ。まぁ、だからこそ通りすがりでも宇宙ナンバーワンアイドルが駆け付けたんだから」

 

 どう聞いても大言壮語に該当するセリフを、しかし誰もを安心させる堂々さをもって闖入者は真姫たちへと向かいつつそう語る。黒のライダースーツ風の魔法装束と小柄な黒髪ツインテール姿は、当事者いずれにも衝撃を与えた。だが真姫の場合、奇しくもある出会いと状況が酷似していたのである。それを踏まえてか、彼女の前に躍り出た闖入者は同じセリフを新たな決意とともに話し出す。

 

 「二年前の病院の時とだぶっちゃうけどさ――遅くなっちゃってごめんね。真姫ちゃんが私に言いたいことも、私が真姫ちゃんにきちんと言わなきゃいけないことも一杯ある。けどさ、今この場にはあなたが何よりもやりたいことがちゃんとあるでしょ? だったらきちんとやり遂げなさい。そのための力なら誰よりも真姫ちゃんは持ってるんだから。それでも難しい時は」

 

 淀みなく語る闖入者であるが、内心の一部で随分こっぱずかしいセリフであるとも感じていた。加えて真姫とは異なり、あの時と同じ内容を使うにしても二番煎じではないかと気が気でなかったのである。だが――というよりそれが故に、彼女は自らの言葉を疑う気が不思議となかった。地に墜ち無為に這いつくばっていた己にとっては再出発であるし、足りなければ背中で補えば片が付く。故に、彼女は締めの一言を高らかに宣言する。

 

 「このにこに~が、切り拓くっ!」

 

 ライダースーツの少女――矢澤にこは、吠えると同時に改めて両手に持つアンタレスを構え、臨戦態勢に入る。序列入り三名がひしめく異常な戦場であっても、その雄姿は強烈な雰囲気を放つものだった。かくて新メンバー勧誘訓練は、新たなメンバーを結果的に招き寄せる展開へと推移するのであった。

 




 連投したい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

 己があるべき意志を見定め、ついに再び立ち上がる矢澤にこ。スクールアイドルプロジェクトの主導をめぐり決闘を申し入れる彼女を、高坂穂乃果は受け入れ開戦する。エース対エースの激突に、西木野真姫が下した決断は……とまぁpixivよりいくつか手を入れ完成させたお話です。


 吊り橋効果という概念がある。

 

 不安や恐怖などを感じている際に出会った人間へ恋愛感情を抱くという意味だが、それゆえ一過性になりやすい。なぜなら突発的な不安が引き金であり、それゆえ対象の人物なり行為が相対的に目立つという面が強いのである。ただし、必ずしも一過性だけというわけではなかった。印象への残り方が強ければ恋愛感情は持続するし、まして人物が当人にとって重要な存在であればなおさらである。よって、吊り橋効果による好感度の上昇が、決定打となることもままあった。

 

 すなわち矢澤にこの緊急参戦は、西木野真姫にとって彼女への評価を改めて決定的なまで高めたのである。

 

 「に、にこちゃん……どうして助けてくれたの?」

 

 「出会ったあの時みたいに――ていうかそれよりもずっと頑張ってる女の子を、このにこに~は守りたかったのよ。これまでの付き合いとか、実姫の妹とかって意味よりも先に、不安でおろおろしても一生懸命になって真姫ちゃんはやってる。そんな子が誰よりも私を必要としてくれた。一応今回用の段取りとか準備もしたんだけど、入った瞬間真姫ちゃんが見えたから全部すっ飛ばして駆けつけたわけ。取り敢えず、質問の答えはこれで良いかしら?」

 

 「ヴェエエ!? そんな、私にこちゃんやお姉ちゃんに比べたらまだまだだよ! 今やってるスクールアイドル絡みだって穂乃果がいなければ無理だったし、知識だって新しく入ってきた花陽の方があるよ。私は……誰かに手を引っ張ってもらってるだけだわ」

 

 「そうだとしてもさ、引っ張りたいって思ってくれるからみんな真姫ちゃんにそうするのよ。それに、今まさににこをあなたは引っ張ってくれてる。考えを変えろって言えるほど私に偉ぶる資格はないけど、それだってれっきとした事実だから覚えてよね? 真姫ちゃん、あなたにも純粋に個人の意味合いで応援したくさせてること、自信の根拠にして問題ないわ」

 

 顔を赤らめしどろもどろの体で反応する真姫に、にこは穏やかにそう返す。経験不足から自らを卑下するきらいのある赤毛の少女だが、しかし傍目より考察するなら相当踏ん張ったというべきだった。いかに周囲が好意的であっても、踏み出したのは真姫自身であり、常識的に判断するなら阻む枷も多いのである。そんな状況下においてもこの少女は踏み出し仲間を得たのであり、二年も無為に過ごした以前の段階でにこは心より喜べた。

 

 「結論だけ話すけど、三日後をもって私も真姫ちゃんたちが主催しているスクールアイドルプロジェクトに参加するわ。時間かかっちゃったけど、私もちゃんと前に進めるようになれたのよ。まずは、よろしくね?」

 

 「ほ、本当!? 良かったぁ……けど、どうして三日後なの? 何か都合があるの?」

 

 「完全に個人の問題になるんだけどさ、参加前にどうしても済まさなきゃならないことがあるのよ。もちろん真姫ちゃんに負担を強いるものじゃないし、やること自体は単純なの。それに、どんな結果が出たとしても引きずらずに一緒にやるって約束するわ。幸い、このこと頼む相手はこの場に今いるんだし」

 

 「私以外のメンバーに頼まなきゃいけないの? そうすると……」

 

 次第に見えてくるにこの希望に対し、真姫はそう言い思案を開始する。確かに相当のブランクと悲劇を経てスクールアイドル再開となれば、相応の整理は必要といえる。ただし、そうだと仮定した場合、彼女の次の手が読めなかった。にこ個人で済むものなのか、あるいは誰かも関わるものなのか? 相手が相手だけに真姫は非常に気を揉まざるを得なかったのである。そんな心境を察してくれたのか、にこは穏やかかつ端的に説明する。

 

 「大丈夫よ、幸いもう来てくれたみたい。真姫ちゃんたちμ‘sの代表者が、ね。ロマンチックな対面は区切りつけたから、のぞき見なんて野暮しないで出てきなさい。高坂穂乃果」

 

 「突然乱入しといてケンカ腰はちょっとなんだけど……まずはようこそというべきかな? 音ノ木坂学院アイドル研究部部長、矢澤にこ先輩」

 

 「いかにもにこがアイドル研究部部長よ。初めに宣言するけど、どう結果が出ても参加はするし、積極的に臨むわ。ただし、その前に済まさなくちゃならないことがある。二年も何もしなかった私が言うのもおこがましいって気持ちは――もう捨てた」

 

 「捨てて、何をお望みで?」

 

 口調こそ穏やかだが標的をとらえる目線で、魔法装束姿の穂乃果はそう返す。にこの登場柄必然ともいえるのだが、同時にこの勝負師は油断なく彼女を観察した。小柄で平素ならあざとくも愛らしい部長が、それと対照的なぎりぎりまで研ぎ澄まされた静かな闘志を放っているのである。これと構えのみでも、彼女が練達の技能保持者だと穂乃果は思えた。そんな様子を知ってか知らずか、にこはさらなる意思を表明する。

 

 「決闘よ、スクールアイドルプロジェクトの采配を誰がとるべきかをね。いやしくも一軍の大将なら、堂々と売られたケンカぐらい堂々と買うものでしょ?」

 

 「根拠は? そちら個人の都合じゃない、私たち全員に通じるレベルのですけど」

 

 「現状あんたたちμ‘sは、()()()()()として活動しているわけじゃないわ。それでも規定として活動に支障があるわけじゃないけど、これが部になればいろいろと違ってくる。公式大会統括やっている『スクールアイドル協会』から支援が入るし、過去の積み上げがあるうちの部のノウハウも入る。何より、結果がどうであれここにいる腕利きがあと二人仲間引っ張って合流するわ。メリットは読めたかしら? 高坂穂乃果だけじゃなくて、真姫ちゃんたち他のメンバーも含めてだけど……質問あるなら受け付けるわよ」

 

 「メリットは読めましたが、それがどうして決闘につながるので? 身びいきを除いても、穂乃果の采配にこれまで問題があるとはとても思えません」

 

 「第六位――じゃない、園田海未。切り出しからして、にこの嫉妬めいた主張であることは否定しないわ。ただね、どうであれアイドル研究部と一本化する以上、指揮系統の問題は発生せざるを得ないのよ。なぜならにこは、アイドル研究部の部長だから。いざライブって時に上に立つのが部長かμ‘sリーダーかって割れたら、シャレにならないでしょ?」

 

 二年も休部状態にしていた情けない奴って批判は甘受するわと付け加え、にこは海未の質問にそう返す。切実な彼女個人の事情を除いたとしても、部活単位でスクールアイドルプロジェクトが進むとなれば、筋をつける案件が多いのである。経験者だといい募る意思はないものの、指揮系統はしっかりさせるべきとにこは思っていた。一定の客観的妥当性を持たせた自己主張に対し、今度はことりが確認する。

 

 「実際決闘を受けるかどうかは穂乃果ちゃん次第だけど……仮に受けたとして審判はどうするの? というより、決闘のルールはどうするつもりなの? 明らかにあなた有利の土俵だったらお断りしたいけれど」

 

 「第四位――違う、南ことり。普通にバトルパートの勝負形式で構わないわ。審判だけど……にこにもあんたたちμ‘sにも縁がある相手として、真姫ちゃんを希望したいけどどう?」

 

 「なるほど……悪くはなさそうだね。そもそも私たちはもっと上に目標があるなら、ここでの決闘ぐらい超えないといけないし、穂乃果以外のメンバーにも絡んできてる。ということでさ真姫ちゃん、この申し出受けるかどうかどう思う? 穂乃果としては異存ないけど、事態が真姫ちゃんの目的に関わってるとなれば話は別だよ」

 

 「ヴェエエ!? わ、私に振られてもいきなりじゃ……」

 

 急変が続く事態に対し、思わず真姫は動転してしまう。とはいえ内容のみ見れば、確かに結果は彼女の目的に合致する。新たな環境におろおろしながら、それでも進むべき理由がにこ達の回復だった。そのゴールが唐突かつ急速に提示されれば確かに喜ばしいものの、ある点が彼女の気がかりとなったのである。そのため真姫は、ある点をにこに対し確認する。

 

 「にこちゃん……戦わないと、やっぱり駄目なの? 年下の下につくのが気に入らないとは思うけど、穂乃果ってすごいんだよ? ううん、穂乃果だけじゃない、海未たちだってみんな頼れるんだから」

 

 「ちゃんと自信持って思えてるわ。真姫ちゃんが信じてるこのメンバーが、すごいし頼れるってね。だから、私としてもボスの本気が見たいし、にこも見せたいのよ。それに、心配しなくても平気よ? 実姫や絵里と仲良くなるきっかけだって、散々やった模擬戦がきっかけなんだしどうにでもなるわ。それに」

 

 「それに?」

 

 「一番本気を見せたい相手が、見届け人を請け負ってくれるのよ? 意地でも成功させる気になるじゃない。真姫ちゃん、それにμ‘sのメンバー全員。ちゃんと目に焼き付けてよね? この矢澤にこ、人生最高の戦いを見せつけるんだから」

 

 気取っていると自覚しながら、だからこそ形にしたい思いを込めて、にこは真姫を含めた面々にそう語る。一気呵成にここまで進んだならば、我ながら予想外と思いつつ決意を言葉にしたのである。ともあれ急展開が続く具合であるが、ひとまずの落ち着きを見たことで穂乃果が最終確認を行う。

 

 「一気に話が進んで穂乃果としても置き去りにされそうになったけど……三日後決闘ってことで良いんですよね? 勝負の後はその時話すとして」

 

 「そうなるわね。というか、いきなりなのに助かるわ。実質こっちが言いたいこと言いまくっていたに近い状態だったし――ともかく、いざ勝負となったら別よ? 全力でてっぺん分捕ってやるんだから」

 

 「そうでなきゃ困ります。というか、そうであるからこそ迎えたくなるんですよね。真姫ちゃん云々以前から、私の経験・・・・にもにこ先輩の名前は入っていたんですから」

 

 「そいつはありがとだけ、この場じゃ答えておくわ。それじゃ、三日後勝負の場で会いましょう。最高の状態で、お互いね」

 

 「期待して、お待ちしています」

 

 にこのあいさつに対し、穂乃果も端的かつ丁寧にそう答える。強烈な自己主張をする相手であるが、不思議と不快どころかある種の爽快さをもたらした挑戦者へ好意的になれたのである。そんな穂乃果と仲間たちに手を軽く振って、にこはその場を後にした。かくしてダブルエースの初対決は、いよいよ秒読みと相成るのであった。

 

 

 

 Ⅱ

 

 待ち人が不意に現れればどうなるか?

 

 普通人間は良きにつけ悪しきにつけ、忘れる生き物である。いかに固く再会を約したとしても、その時期が不定ならば時の流れとともに意志は薄れていく。別段非礼というわけでもなく、記憶による負荷を考えれば進まぬ過去より進む現在に感覚が向くことは、妥当といえる。ただし、そうであるからこそ過去からの待ち人は衝撃を与えるともみなせる。

 

 よって矢澤にこの訪問は、これを待つ東條希と絢瀬絵里に対し、最大級の破壊力をもたらす事態と相成った。

 

 ――16:00に生徒会室訪問予定。忘れず待っているにこ♪

 

 タイトルのみとなる件のメールは、記された時間の十五分前に二人の生徒会メンバーに送られた。アドレスを変更していない(というよりはとてもする余裕がなかった)彼女たちは特に齟齬なく受信できたものの、発信者の名前があまりに因縁深かったのである。何しろ二年前決裂したはずの、親友だった仲間のメッセージだった。これには内心の答えがまだ落ち着いていない絵里はもちろん、理性的な希ですら動揺にさらされたのである。

 

 「ねぇ希、このメールって実は悪質ないたずらとかじゃ……ないわよね? 誰かがにこのアドレスを乗っ取ったとか、たまたま迷惑メールが届いただけとか」

 

 「にこっち使ってうちらを傷つけたいならもっとやりようがあるし、真姫ちゃんからもメールあったやろ? 本物よ、本物。パニック気味なのはうちも同じなんだけどね」

 

 「なんてにこは言ってくるのかしら? 私、恨まれることばかりしかしてないわ……」

 

 「それもうちだって同じ。一緒に怒鳴られるかなじられるか、まぁもっとかもね。けど、それでもうちは進みたい。絵里ちやにこっちと一緒に、スクールアイドルプロジェクトの面々と一緒に、そして真姫ちゃんと一緒に進みたい。こんな夢みたいな機会、うちはためらいたくないんよ」

 

 「夢みたい、そうよねぇ。本当にここ最近、変わりつつあるわ」

 

 予想よりも強く表明された希の意志に対し、絵里もまた感慨深く賛同する。いまだスクールアイドルプロジェクト参戦を明言していないものの、それも秒読みに近い域になっていた。匿名でμ‘sサイトに提言をすることはもちろん、個別に関係を結んだ星空凛を通じ様々な助言をするようになったのである。その上、彼女にも自らの戦闘技能やダンステクニックを仕込んでいることもあり、嫌でも絵里は己の接近具合に自覚的だった。ただし、それでもなお決定的な一歩に踏み切れないためらいを、彼女は口にしてしまう。

 

 「何もかも投げて構わないほど大切な人がいたから、真姫もにこもμ‘sの面々も変われたと思うの。けど、私にその資格……あるのかわからないのよ。やりたいことなら、星空さんのおかげで見えているんだけどね。情けない話よ」

 

 「うちじゃあ、不足なん? 絵里ちと多分一番付き合いの深い他人になる、東條希じゃ不足なん?」

 

 「希だからこそ私はこんなに悩んで」

 

 「あのねぇ、二年ぶりまともにやってきたと思ったらそこから変わってないワンパターンな夫婦漫才なわけ!? あんたたちいい加減婚約しなさいよ。あー……年齢的にもう入籍もできるんだし結婚したら? 式での司会役なら請け負うわ」

 

 言いかけた絵里の言葉を遮る形で、第三者の声が生徒会室に響き渡る。声の主は『変わっていないワンパターンな夫婦漫才』と評したが、彼女の対応もまたかつてと変わらぬお約束のものだった。当然のことながら新たな声に反応し二人は振り返るのだが、誰よりも待ちわびた親友がそこにたたずんでいたのである。

 

 「久しぶりね絵里、希。ここまで散々突き放すだけ突き放して……本当にごめんなさい。咎ならいくらでも受けるし、そもそもこうして二人と向き合える資格があるかどうかも怪しいわ。けど、それでも私は進みたい。どんな理由を並べても、それしきでにこが持つアイドルと真姫ちゃんへの想いは消えちゃくれなかったから。だから、にこがもう一度進むため――親友と新しい仲間と正しく進むために、今日はやってきたわ」

 

 「にこ……本当に、本当にごめんなさい! 私がもっとしっかりしてれば、実姫に目の前で死なれたあなたをつなぎ留められたのに、希や真姫にも迷惑を掛けなかったのに! 私は、バカバカしいぐらい、自分のことしか見てなかった。謝るなり咎を受けるべきは私なのよ、あなたじゃないのよ、にこ!」

 

 「ううん、そうなるべきはうちやった。みっきーがいるときから何かあった時、フォローするのやうちの役目やった! なのに、なのに……なんもできんままここまでなった。にこっち、本当にごめんなさい」

 

 「ちょっと!? 実姫から直接託されたのにここまで何もしなかった私が……ってノリですませるわけにもいかないわね。それよりも、頭あげてよね? 私にしたって、親友をひざまずかせる趣味は持ち合わせていないんだから」

 

 あまりの事態にやや面喰いながら、にこは己も含めた謝罪合戦をひとまずそう打ち切る。誰もが互いを大切に思い、自身の責任を痛感しているからこそであるが、それだけに流れのままであれば収拾がつかなった。そうして流れを整理した彼女は、己の今後にかかわる本題を口にする。

 

 「もしかしたら真姫ちゃんから連絡があったかもしれないんだけど……今さっきまでμ‘sの面々と会っていたのよ。にこも合わせたアイドル研究部と一本化して、スクールアイドルプロジェクトを本格稼働させるためにね。そんな具合だから、三日後私も正式に参加することにしたの」

 

 「すごいじゃない、ついににこもまた進み始めたのね……ってなんでわざわざ三日後? 魔法兵装が壊れたとか負傷したとかなら真姫に頼めば問題ないけど」

 

 「その日、決闘するって宣戦布告してきたの。スクールアイドルプロジェクトのトップの座を賭けて、今の代表高坂穂乃果とね。あいつの実力もやり口も実績も、それに気概も本物だって思ってる。上に戴いて戦える相手だし、二年も何もしなかったにこがあれこれ主張する立場にないとも思ってる。けどね、それでも勝負がしたいのよ。にこもスクールアイドルとして戦った身だし、何より真姫ちゃんがアイツのところにいるんだから。だから、それに絡んで二人に確認があるんだけど、構わない?」

 

 「ええけど、なんなん?」

 

 絵里に続く格好で、希もにこの質問にそう返す。とはいえ読心術に優れた彼女でも、親友の次の言葉を予測しかねていた。自身と絵里にかかわることなら推測がしかねたし、それ以外μ‘sに関することでは深入りしているとはいえなかったのである。だが幸か不幸か、にこの疑問はある意味必然的といえる端的なものであった。

 

 すなわち。

 

 「真姫ちゃんを抱き込んで、高坂穂乃果は何をしようとしてると思う? 真姫ちゃんが何か吹き込まれてる可能性、二人はどう見てるの!?」

 

 己が愛すべき強大な西木野真姫プリンセスを手中に収めた高坂穂乃果ライバルに対する、根本的な疑念。

 

 「あいつの力量と気概、真姫ちゃんの本心からの頑張りを、にこは決して否定しない。けどね、どんな言いつくろいをしたとしても、私たちの妹分は第五位にとどまらない西木野すべての統括者よ? 強大でも組織の所属じゃない第四位と第六位と、仲間にした意味が違うのよ!? 二人のつながりは、まず間違いなく学生生活以上続くはず。スクールアイドルプロジェクトの時は大丈夫でも……その先高坂穂乃果が真姫ちゃんを悪用しない保障なんてどこにもないのよ!? にことは比べ物にならないぐらい、あの子が使える要素はとてつもなく大きいんだから」

 

 「気持ちはわかるけど……真姫が一番信頼を寄せているのはにこに違いないでしょ? 何かあったって聞けば答えてくれるはずよ。たとえ隠したとしても、相手が相手ならじゃその兆候ぐらい読めるはずだわ」

 

 「確かにそうともみなせるわ。けど、ここ最近の時点で高坂穂乃果が真姫ちゃんに明かしていないとしたら? あれだけ緻密な計画練り上げる奴が、スクールアイドルプロジェクトの後を見据えてないなんてありえないじゃない」

 

 「せやなぁ……確かにそうおう考えているとは思うよ。良いか悪いかうちにもわからへんけど、あの高坂さんなら先々の布石として真姫ちゃんに接近したって面もあると思う。けどなにこっち、どのタイミングでも真姫ちゃんの悪用はあり得へんってうちは確信しとる。カードとかじゃない、うちらのよく知っとる相手からの証言でね」

 

 剣呑な雰囲気のにこに対し、希はおっとりながらも確信を込めた口調でそう返す。まったくの傍目から見れば、一族郎党悉く西木野を統括する真姫の立場は他の序列入りと一線を画していたのである。本業以外で、政界では文科・厚労の二省を軸に一族出身の政治家・官僚を多数輩出し、財界では有力多国籍企業が二十二社存在するのである。単独で強大であっても結合に乏しいこれら要素を、しかし真姫はこれらすべてを上回る事象解析アテーナライズの利益をもって、束ねている。下手をしなくとも先進国と対等以上に交渉可能と判断できる実力を、西木野真姫という少女は有しているのである。それほどの切り札が悪用の事態に遭わないという根拠を、端的に希は提示する。

 

 「実はなにこっち。二年前の事件の少し前、うちはみっきーが高坂さんと本格的に話し込んでいるところを目撃したんよ。後でみっきーにそのことを尋ねたんやけど、中学入学した時から知り合って個人的に鍛えてる弟子みたいなものだって答えてくれた。だから、うちは確信できる。みっきーは真姫ちゃんを託せるって判断して、高坂さんを鍛えてたってこと。妹を守るためにどこまでも戦える覚悟と準備をするみっきーが、あの子をカギだって認めてるに等しいんや。これで、大丈夫でしょ?」

 

 「あの実姫が……私たちが仲良くなり始めた時期から準備したていうの!? そんなこと――あいつなら確かにやるわね。元々用意周到に動くタイプだし、それ以上に真姫ちゃんのためなら本当に何でもする人間だったわ」

 

 「私からも良いかしら? にこ、あの事件がなかったら……私たちは何をしてたと思う?」

 

 「絵里!? 何を言ってるって……そりゃあ、よほどまずいことなければスクールアイドルしてたでしょ? あんたが墜とされたA-RISEとの対決では多分勝てなかったとしても、それしきじゃ実姫も揃ってるし諦めないじゃない」

 

 「ええ、多分諦めなかったでしょうね。私たちだってさらに特訓するし、実姫も実姫で次につながる新戦力を集めようととしたはずよ。たとえば、個人的に付き合いのある子を誘うとか」

 

 希に続く格好で、絵里はにこに根拠を説明する。断片的ではあるものの、彼女もまた亡き親友が備えた布石について、思い当たる節があるのである。何事かとばかり視線を向けるにこに対し、絵里は詳細を口にする。

 

 「事件の少し前に実姫の計画書を見せてもらったんだけど……来年度勧誘する部員候補の中に高坂さんの名前があったの。あの時は単なる優先候補かなって思ってたけど、希の話のことを思えばそれ以上の意味合いで誘ってくると見て間違いないわ。にこ、あくまで私の読みなんだけど、事件がなくても私たちは部活で高坂さんや真姫たちと出会うことになったとも思えるのよ。実姫がそうなるように、動き続けていたから。その意味でも、私は高坂さんを信じて問題ないって睨んでる」

 

 「確かに順当に推移すれば、そうなるわよね。最初面喰うにしてもあの実績と性格で実姫が連れてきたら、ごたついてもいずれ私も認めたわ。何事もなかった時でもそうなるはずなのに、今の状態じゃ口をあれこれと出せる立場じゃないって、にこだって承知済みよ。けど――違うわね、だからこそ、戦う理由がまたできたわ」

 

 「にこっち? まだ何かあるん?」

 

 「希、さっき絵里は事故がなくても高坂穂乃果とにこは出会うって言ったわよね? 多分そうなってもすぐあいつを認めると思うし、それだけの実績をきっと出す相手だわ。けどね、そうならなおさら逃げちゃいけないのよ。こっちだって実姫に託されて、真姫ちゃんには……引き金になったって思ってくれてるから。どれだけ無様に映ってもでも、どれだけこっちがつらくても、あの子が憧れる存在でなきゃにこはいけないの。こんな理由抱えてる以上、意地でもこっちは高坂穂乃果を倒さなくちゃならないわけだわ」

 

 敵意とは異なる前向きな闘志を、改めてにこは自覚し言葉にする。歴戦の生体技能保持者として、彼我の実力と気概の差は十分彼女は心得ていた。ただそれ故に我が身を傷つけようとも、強者(穂乃果)との勝負を逃げたくなかったのである。信念とライバルと、誰より自らが愛する者の為に、にこは決闘に身を投じつつあった。

 

 「とはいえねぇ、限界があるのも承知してるわ。いざとなれば真姫ちゃんを頼れば済んだとしても、無駄な心配をあの子にさせるわけにもいかないし。そのあたりできるだけ心得るつもりよ。つかねぇ、決闘の日あんたたち二人も見に来なさい? 特に絵里、必ず見とくべきよ。にこ並みにグダグダしている割に、外の訓練場まで顔を出しているなら答えのヒントになるわ。というか、私たち四人で一番戦いまくってたあんたが、いざ戦闘って時に無反応気味なことが異常じゃない」

 

 「にこっち、絵里ちもいろいろ」

 

 「良いのよ希……事実だし、書類上でもまだアイドル研究部を抜けたわけじゃないから。迷いっぱなしで答えまで至れてないけど、ちゃんと見に行くわ。私だって――私だって続きたいのよ、続き方がまだわからないけど」

 

 希の弁護を制する形で、迷いまみれでも絵里は本音を口にする。根幹の決着がついていないにしても、次第に彼女も奥底に抱く気持ちがスクールアイドルへの復帰だと理解できるようなったのである。後はそれを明確な前進として出力させる名分があれば良いのだが、絵里はにこと穂乃果の対決を引き金にするつもりだった。二年ぶりに親友たちとつながれた心地良い感覚を抱きつつ、好転した空気に常時にこは締めの言葉を告げる。

 

 「なら、にこも気合入れていきますか♪ 相手は本物の天才で勝負師、こっちは遅まきだけど立ち上がったヒーロー、でもって獲り合うは赤毛のお姫様。燃える構図じゃないの。ま、最高に笑って真姫ちゃんを迎えるのはこのにこに~だけどね」

 

 「久しぶりやなぁ、にこっちお得意の煽り文句聞くの。ホンマに元気出たんだね」

 

 「あらゆるもの出して勝ちを分捕るわよ、真姫ちゃんが絡んだとなれば絶対にね。それじゃ、続きは戦場でみせるとするわ。またね、希、絵里」

 

 さよならではなくまたねと告げて、にこは生徒会室を後にする。かつて何気なくも一等大切であった繋がりを、彼女はもとより絵里と希もこの瞬間取り戻せたのである。親友のどことなくさわやかなあいさつに、部屋の二人も笑顔でまたねと返し送り出す。かくて二年前から時を止めたままだった三人は、こうして動きを取り戻すのであった。

 

 

 

 

 

 人の意志を伝えるものは何か?

 

 統計すれば言語以上に、非言語の声色や表情の割合が多いとされている。しかし実際のところ、音という明白な形となりうる言葉は、しばしば大きな印象を与えるものである。ただこれらは言葉を主体とした演説なり対話におけるケースであり、意志の伝え合いは他にも存在する。すなわち――

 

 「極限の果し合いが、一番この場合は適切のようですね……」

 

 激突、決闘。世間に通りよく表現するならば、真剣勝負。

 

 相応の下準備を要するにせよ、双方が死力を尽くし行われる闘争は文字通りすべてをさらけ出すものである。言葉よりもはるかに鮮烈な情報をさらす戦いは、その片鱗のみでもあたりの気配を変えるものだった。練達の技能保持者として、そして一方の当事者の親友として園田海未はひしひしと気配を感じていたのである。

 

 「戦闘技能はほぼ五分五分で、尋常な気迫の相手じゃありません。文字通り喉首を命尽きるまで食いちぎろうと襲い掛かる相手、なんですよ!? 穂乃果、聞いてますか? 矢澤にこは、多分私たちがこれまで戦ったどの相手よりも結果に飢えた挑戦者です」

 

 「そんな未知のチャレンジャー相手前の最終調整だからこそ、海未ちゃんのコンパクトな胸部装甲を堪能しちゃいけないんだよ?」

 

 「時と場合をわきまえて……ますね、遺憾ながら。そして胸への感触からして、強敵だとちゃんと認識しているみたいですし。おかげでかなりむずかゆいんですけど」

 

 「まぁね、いざ戦うこととなったらまともな五感なんて多分イカれるから入念になるんだよ。もっとも、これから先戦う相手は今回以上に恐ろしくなるはずだけどね」

 

 両手から伝わる触感を堪能しつつ、それ故に相当真面目に穂乃果はそう返す。現在彼女と海未は目前に迫った矢澤にことの対決のため学院内訓練場控室にいるのだが、お約束の動作を当然実施した。とはいえ毎度こうした接触になるのではなく、勝負の内容によってかなり変えているのだが、同時に穂乃果の好みでもある。ついでに言えば揉まれる海未も周囲に人目がないこともあり、満更を通り越しかなり嬉しくあった。

 

 「随分、彼女を評価するのですね。真姫の憧れだからですか?」

 

 「それ抜きにしてもにこ先輩の戦歴は尋常じゃないよ。魔法戦闘経験は小学二年から始まって、個別任務成功率もほぼ九割。その中でも単独戦闘系に強くて、撃破したランク6以上は252人とこの年齢で序列入りを除けばトップスコア。厳密には生徒会長も同率であるんだけど、それにしたって本物に違いないね」

 

 「出力も応用範囲も優秀な生体技能と、強烈な勝利への執念がこれに加わりますからね。二年前の事件がなければ、精力的に部長を務めていたのではないのですか?」

 

 「多分そうだろうね。あのキャラクターで実績も出てるなら、その状況でも穂乃果は好きになれるな。真姫ちゃんじゃないけど、いろいろカッコイイのは確かだし。だから」

 

 絶対、負けたくないんだ。

 

 対戦相手が間違いなく思う感情も、寸分たがわず穂乃果は意識し言葉を区切る。単に決闘そのものの重要性のみではない。事前に知り得た情報と直接接した印象から、彼女もまたにこをかなり買っていたのである。加えてかつて自らを鍛えた人物との兼ね合いも、穂乃果の戦意を鋭く研ぎ澄ませつつあった。常とは異なる反応に対し、海未はあえて追求せず落ち着いて応じる。

 

 「私も負けてほしくありません。どれだけ優秀な相手でも――それこそあなたより上だとしても、私が引っ張ってほしいと思う相手は高坂穂乃果、ただ一人です。月並みかもしれませんが……必ず勝ってください」

 

 「了解海未ちゃん。それじゃ、行ってきます」

 

 リズムを整えた穂乃果は、手を海未の胸から離しそう言い控室を後にする。雰囲気を一気に臨戦態勢のそれに代えた背中を、今更ながら海未は頼もしく思いつつ見送った。嵐の前の静けさを無事すませた穂乃果たちであるが――

 

 「あんた、お得意のワシワシは遠慮なわけ!?」

 

 「フフフ、にこっち。それはうちのワシワシをご希望って認識でええん? 異様な空気じゃ止まらへんかもしれんよ?」

 

 「できれば手控えてもらいたいところだけど、それで止まった試しにこは知らないわよ?希、そもそもあんたは空気ごときでぶれるような、柔な心の持ち主じゃないじゃないの」

 

 「ん~、にこっちに久しぶりにほめてもらうのは嬉しいけど、うちかてとっさの衝動に乗りたいときはあるんよ? だって目の前の女の子が、長いこと音信不通の親友だったらなおさらやん」

 

 「ふざけた会話にしっかりと本音を混ぜてくる、歩き巫女の親友が変わっていないという事実は読めたわ」

 

 呆れ気味な言葉を、しかし安堵の念強くにこは希にそう返す。彼女たち二名も穂乃果たちとは反対の控室で開始直前の調整を行っていたのだが、とりとめもない会話となったのである。何気なく、そして久方ぶりに行われたこの流れを、親友同士は激戦前しっかりと味わっていた。もう少しこのまま浸りたいとも思えたのだが、あまりそれるわけにもいかず一番の案件をにこは口にする。

 

 「この段階で口にするのもあれだけど、真姫ちゃんに酷なこと押し付けたかもしれないわ。にこがいくら見せたいっていっても、あの子にしてみれば大切な相手同士が戦うことでもあるんだから」

 

 「真姫ちゃん特に嫌がらんかったようにうちには見えたよ?」

 

 「一番尊敬している相手から頼みこまれたのよ? 後後嫌になったとしてもなんとか応じようとするじゃない。まぁ、今になるまで真姫ちゃんが逃げなかった時点で、あの子もちゃんと本気になってくれるんだろうなぁってにこには思えるのだけどね。つか、本気で戦いたいって気持ちと同居して遠慮まで入る経験、こっちは初めてよ」

 

 「そんだけ高坂さん――ちゃうかな? ファーストネーム呼びのアイドル研究部の伝統にのっとり穂乃果ちゃんを買っとる証やと思うな。東條の事情とか諸々抜いて、にこっちとは別の方向で天性のリーダーって感じやし。だったら、ここは特に気負わずぶつかって問題ないと思うで?」

 

 にこの本心を証明する格好で、希は高坂穂乃果というトップをそう評する。東條分家という特殊なフィルタが存在するとしても、それ抜きで彼女はこのカリスマを親友同様に評価しているのである。側面支援という形で穂乃果と関わってきたのだが、事態が進んだ現状となれば一刻も早く直接混じりたいと希は思いつつあった。そんな心理はにこも同じなのか、軽い肯首ともに返答が返ってくる。

 

 「ま、にこ達の考えすぎってやつね。そろそろ時間だし、ぶつかってくるわ。審判役の真姫ちゃんには絵里がついてるし、万一あっても――というか、物理的被害だけなら序列入りのあの子なら平気じゃない」

 

 「せやな、後はしっかり行こう? にこっち、行ってらっしゃい」

 

 「ええ、行ってきますとだけこの場では締めるわ」

 

 一言にこはそう告げて、控室を後にする。すでに訓練場には魔法装束姿の穂乃果が待ち構えており、審判用スペースには真姫と絵里が控えている。貸し切りのためがらんどうとなっている客席には凛・花陽・ことりが張り詰めた空気がいつはじけるのか注視するように視線をフィールドへ注いでいた。決選直前の気配に乱れることなく、にこも魔法兵装を起動し、フィールド中央で先客の穂乃果と対峙する。

 

 「言うべきはこれから示すとして、にこの申し出を受けてくれてありがとね」

 

 「こちらこそ、真姫ちゃんが一番尊敬する人とこうして戦える機会を得られたんですよ? その点、感謝します」

 

 「フン、良い返しね。だからこそ」

 

 ――勝ってやる!

 

 互いの気合と魔法の発動音が混ざった轟音が、瞬間訓練場一帯に響き渡る。あっという間に魔力弾と剣戟の応酬が高速で繰り広げられるのだが、意外にもその構図はにこが穂乃果に接近戦を挑むものだった。二丁拳銃型のアンタレスであるなら初動は中距離より戦うものであるが、あえて原則を崩した彼女は効能を実感する。

 

 <案の定、攻撃速度そのものはにこと比べて遅いのね。攻撃一つあたりの威力と精度は尋常じゃないけど、返しに間があるわ。とにかく、ここから突き崩せば……>

 

 自らの被弾のリスクを顧みず、にこは至近距離から魔力弾を魔法と多弾製造で繰り出し続け、そう考える。直接攻撃力はもちろん、ブラックボックスじみた生体技能でも劣勢と判断した彼女がとった戦術は、間合いを詰めての速攻だった。攻撃速度で優位にある点を活かし、切り札を切る前に勝負をつける。相手の得意な間合いでの戦闘によるリスクを甘受しても、にこは果敢に攻勢に出たのである。

 

 「多弾製造・拡散弾(マルチパレット・スプレット)!」

 

 「弾速と散弾範囲が広い――」

 

 「だけじゃないわ、つなぎやすいのよ! 音速弾・集針式(ソニック・ホーネット)!」

 

 「貫通きの、うっ!?」

 

 最小の被弾で散弾型の魔力弾を避けた穂乃果は、しかし動きを一瞬鈍らせた隙を衝かれ高速魔力弾を食らってしまう。しかも防御貫通性能を高めているのか、強固であるはずの魔法装束を無視し打撃を与えたのである。重く入った一発に熟練の戦士たる穂乃果もよろめくが、なお闘志衰えず反撃の一手を分析する。

 

 <こっちの嫌な攻め方を受けているけど、それにしたって穂乃果が決定打を食らったわけじゃない。よろめかせるのが精々で、本命はある程度隙のできる一撃を撃ってくるはず。向こうもそこを承知で仕掛けているんだから、付け目はあるよ>

 

 先ほど以上にて数を増やした魔力弾の弾幕を、穂乃果は得物のアンサラーで的確にさばきつつそう考える。戦闘開始から先ほどの被弾まで押され気味の彼女であるが、受けたダメージそのもので見ればさほどではないのである。魔法装束はもちろん彼女の使う防御魔法の出力が高いこともあり、被弾と引き換えでにこの攻め手を分析できてもいた。そこから割り出された仮説は、メインでない戦法をとっているとみなせたのである。ならばそれによるぼろが出る瞬間まで粘り、叩く。実行となれば決して一筋縄ではいかない一手を、しかし穂乃果は楽しさを感じつつも冷静に待ち構える。

 

 「ジャブを何発も繰り出すだけじゃ、穂乃果は墜とせないよ?」

 

 「へぇ、だったらこのまま墜として」

 

 「そっちを逆に、倒すから! シャイニング・ストライク!」

 

 「アガァッ!?」

 

 多弾製造を繰り出そうとしたにこは、しかし一気に懐へ繰り出されたアンサラーの突きをもろに受けてしまう。刀身に光の魔力を帯びた一撃は、高密度の貫通魔力として彼女に少なからずダメージを負わせたのである。それで倒れるというわけではないが、これまでと異なりにわかに動きを速めた穂乃果が第二撃をすかさず繰り出す。

 

 「シャイニング・スラッシュ!」

 

 「やば、回避――がっ!」

 

 「やっぱり穂乃果の読み通りか。そっちの生体技能、使用時の脳負担が大きいんでしょ? さっきまで至近距離からやたら目ったら使ったせいで、動きが鈍ってるじゃん。だから、隙にもなる」

 

 「ご名答。さっそく見抜いてきたのね……」

 

 突きと水平斬りを応急的に回復させつつ、にこは穂乃果の指摘にそう返す。彼女の多弾製造含め、生体技能という能力は保持者の肉体を基軸に魔力を動力として発動する。とすれば必然的に能力行使は魔力と同時に体力を消耗し、脳を初め全身ないし一部の肉体部位に負担をかける格好となる。多弾製造の場合、保持者のイメージで生成される魔力弾の効果が決定される関係柄、特に脳への負荷が大きいのである。

 

 故にこの欠点を自覚するにこがとるべき対処は、至極シンプルなものだった。

 

 「じゃあ、こいつでチェックメイトと行きましょうかね? 多弾製造・時限式(マルチパレット・ピリオドシフト)……」

 

 「時差式で発動する射撃魔法でも仕込ん――で!?」

 

 「その程度の驚きじゃ、まだまだ足りやしないわよ? 何しろ展開予定の魔力弾発射スフィアは合計160基。発射する魔力弾も特殊だし、発射スフィアは魔法で賄ったから時間は食ったけど……当てれば問題ないわよね。重力弾(グラビティパレット)っ!」

 

 「ウッ! これは……重力負荷弾!?」

 

 直接打撃よりも命中対象に平時の十倍以上の重力負荷をかけると思しき魔力弾を食らい、穂乃果は見事に不意を打たれてしまう。そうこうするうちにも発射スフィアは彼女を包囲する格好で続々と展開され、魔力弾を生成し始める。激痛をこらえていると傍目にわかるほどつらさをにじませながら、しかし勝利を確信した笑みを浮かべにこは告げる。

 

 「今のでとっさにはもう動けないでしょ? それに、デビュー戦でみせた生体技能でもこのラッシュは防げないわ。魔力密度に比例して分解炸裂する層と、高密度魔力の層をセットに五重までした、切り札ですもの。理論上なら真姫ちゃんの回復速度を超えてダウンをとれるこの攻撃、味わいなさい。徹甲弾・斉射(ヘヴィーシェル・フルファイア)!」

 

 斉射を冠した技の名の通り、延べ160のスフィアから一斉に放たれた大型魔力弾は、寸分違わず数の暴力をなし穂乃果に炸裂する。にこが扱う多弾製造の中でも特に威力の高い徹甲弾は、当然ながら負担も大きいものである。それを150以上展開し、まして時差式での発動にしたということは、以降の戦闘を事実上不可能にするものだった。加えてこれまでの戦闘での負荷もあり、もう立つことも怪しい彼女だが、眼前に広がる爆風と爆音を見分し心底安堵したのである。

 

 <やば、意識飛びそうだけど……とにかく勝てたかしら? あいつが神髄出す前に勝負をつけられたみたいだけど>

 

 「さすがに今のは……穂乃果でもきついよ? というか、昨日ぐらいまでだったら倒れてたし。けど、間に合った新しい能力のおかげで何とかなれたかな? ともかく、これでこっちが王手になれたけど」

 

 「徹甲弾をあれだけ食らって、戦闘ができるの!? そもそもあれは防御魔法で防げるものじゃ、ないのよ!?」

 

 「防ぐでも弾くでも切り払うでもなくて、吸収したとしたら?」

 

 右のガントレットと半袖コートの袖が吹き飛び、全身至る所の魔法装束が破損し血を流す穂乃果は、しかし余裕をもってそう返す。確かににこが繰り出した徹甲弾は防御不能というべき代物であり、回避ままならず瞬時に150発以上食らえば致命的に違いなかった。しかし、うっすらと彼女の全身を覆っている桜花白翼が、一見の不可能を可能としてしまう。なぜなら穂乃果の生体技能は、決して攻撃一辺倒の能力ではなかったのである。

 

 「避雷針のシステムって知ってる? あれは落雷を意図的に地面に流して回避するものだけど、魔力でも再現は利くんだよね。だから、穂乃果はそっちの技に対して、魔法と桜花白翼でアースを構成して、対処したの。それでも、大分食らっちゃったんだけどね」

 

 「でたらめじゃない……」

 

 「勝つための最善手に、でたらめも何もないでしょ? 穂乃果にだって、譲れないものがいっぱいあるんだから、勝たせてもらうよっ!」

 

 <負けるの!? ここで、希と絵里が、真姫ちゃんが見ているこの場で、矢澤にこが負けるの!?>

 

 迫りくる巨大な桜色をした大翼の刃をまとった穂乃果の一振りを前にして、しかしにこは確定的な敗北の認識を拒否してしまう。どれだけ対戦相手を評価し差を理解しても、結局彼女の本質は強い負けん気であり、命ある限り抵抗するものなのである。ただそうであるとしても当人を含め敗北は覆らないと現場の誰もが確信していた――筈である。

 

 「ふざけてんじゃ、ないわよ」

 

 だが件の確信は、あっけなく覆される。奇跡でも突発的な事態でもない、己に課した禁忌を、矢澤にこが破ることによって、激変してしまう。亡き親友より託された、巨大な力を解き放ち、攻撃を受け止めることによって。

 

 「背負う情熱とか仲間とか、まして真姫ちゃんのため以前に、あっちゃいけないのよ! 手を残して敗北なんて馬鹿なこと! そんなことやらかしたら、何より自分に顔向けができないのよ! にこの在り方を決めるルールの方が、あいつの遺言を果たして真姫ちゃんのためにつながるのよ! だから」

 

 穂乃果の止めの一太刀を、突如自らの背から噴出した黒い回路式や科学式状の翼でにこは受け止め吠え続ける。親友を目の前で亡くしたあの日、彼女は件の友からある能力を託された。実際に発動するのは初めてであり、発動のタイミングもその時受けた言葉とは異なるのだが、諸々の要素をにこは一切弾いたのである。故に具現化された激情として顕現される翼は、託した親友――西木野実姫の思惑を上回る出力を発揮する。

 

 「力貸しなさい、実姫ぃいいいいいいいいいっ!!」

 

 翼で穂乃果の剣を弾くや、にこは絶叫し噴出を限界まで高める。文字通り己がすべてを燃やすまでして発動されたジョーカーは、眼前の強敵を上回る力を拡大しつつ示していた。かくしてスクールアイドルプロジェクトの今後を定める決闘は、常識を超えた血戦と変容し、第二幕を始めるのであった。

 

 

 

 

 天災とは人には対処できない脅威である。

 

 厳密には科学と扱う人間の進歩により克服しえた面も相当あるが、それでも異常気象や地震にたいしいまだ脆い。故に過去にはこれらを鎮める祈祷や自然信仰――人知の及ばぬものとし畏れ敬うという概念すら発生した。科学の進歩著しい現代においても、ひとたび大規模な自然災害に巻き込まれ、トラウマになる例も存在する。つまるところ、いまだ人間は自然に対し、適い切れていないといえる。

 

 それほどの脅威。

 

 のみならずそれが一つどころか二つ存在し、意志まで併せ持ち激突する。

 

 人間にとって悪夢と形容すべき案件が、不幸にして勢いを増しながら、現出される。互いの切り札を切った高坂穂乃果と矢澤にこの決闘は、戦闘を通り越した意志を持つ災害同士の激突と化したのである。

 

 「何なのよ、この戦いは……」

 

 主審スペースで試合を観戦する絵里は、眼前で繰り広げられる災害同士の戦闘を評し、本能的にそう呟く。真姫による増強と各種魔法により堅牢なはずの訓練場が、至る所で轟音と爆発にさらされ傷つく様子はそれのみでも破滅的だった。しかし()()()()のみならば、彼女は恐れなどしなかった。自身はもちろん序列入り等の実力者は該当するし、それらを物理的にねじ伏せる戦闘スタイルが絢瀬絵里なのである。彼女が根源的に恐れる要素というと――

 「異質、ですね。穂乃果もにこちゃんも。お姉ちゃんは、こんなことを望んでいたんですか?」

 

 「実姫の望みとか以前に、平気なの真姫!? 高坂さんの全力も、にこから出てきた別の生体技能も、物理的な領域の代物じゃないわ! あんな能力、綺羅ツバサぐらいの特殊な代物じゃないの。それににこから出てきた翼」

 

 「事象解析(アテーナライズ)、ですよね」

 

 異常の一端といえる要素を、絵里とは対照的に淡々と真姫は口にする。同じ生体技能保持者として、何より身近にかの翼を扱う人物を知る身として、彼女はいち早く事態を察したのである。そして大まかではあるものの、その経緯も読み取れた。意表を衝く言葉が出てきたこともあり、絵里は反射的に質問をぶつける。

 

 「あれが事象解析だとして、どうしてにこから出ているの!? 発動媒体が身体になる以上、人間が持てる希少技能って基本的に一つだけなのよ!?」

 

 「二年前の事件で、お姉ちゃんが最期の力で回復と同時ににこちゃんに仕込んだものになる筈です。かなり準備を必要としますが……人間に生体技能を移植することは可能ですから。お姉ちゃんがなんでああしたかはわかりませんが……」

 

 「そうよね。私の記憶が間違いじゃなかったら、にこの翼ってかなり危ないんじゃないの? あなたならともかく、ほとんどの西木野一族にとってバカみたいな負荷でしょ!? 実際、実姫だって使った戦闘の後は倒れてたじゃない」

 

 「はい。お姉ちゃんの切り札でにこちゃんも使う理想勝翼(イデアスウィング)は、極限まで出力を高めた事象解析を噴出させ、翼として用います。元来の解析や無力化はもちろん、飛行能力や純粋威力も高いし、噴出の形態の応用がききやすいです。だからこそ、絵里さんのいうようにあの技は……西木野一族にとって負荷の意味で諸刃の剣です」

 

 淡々と、しかし内心ににこへの不安を抱えながら、真姫は件の翼を説明する。直接攻撃の生体技能でない事象解析であるが、相当の修練を積めば絶大な攻撃手段としても機能するのである。しかし、効果発揮のため極限の出力を長時間強いる理想勝翼は、代々事象解析を有する西木野一族であってもとてつもない負担だった。まして西木野ではないにこが使用したとなれば、命の危険に直結しかねなあったのである。

 

 <媒体のおかげで普通に理想勝翼が使えるとして、理想強化(イデアスプラス)理想強化まで発動しているのはどいうことなの? 保持者の意識が続く限り、魔力と身体能力を上昇させ続けるあの技は、理想勝翼以上に危険なのに。にこちゃん、あなたは自分で何をしているのかわかっているの!?>

 

 事象解析の最高保持者として、さらに踏み込み真姫はにこの異常を考察する。遠目であるものの彼女の全身に回路図状の事象解析が展開されており、すぐに正体がつかめたのである。最高の攻撃と最高の強化の併用は、異質な力を振るう穂乃果であっても互角の戦闘を可能とするほど強力だった。しかしその代償は、力に比例した破滅への驀進なのである。このリスクを理解しているはずなのに、あえて力を使い続けるにこを思うと、真姫はあらゆる意味で不安覚えてしまう。

 

 <師匠の――実姫師匠いう通りの『本物』の技能保持者だよ。能力の発動もいきなりなのに、平然と使いこなしてこっちに肉薄してくる。気を抜けば負けるし負けられない一戦なのに……燃えてくるな?>

 

 また一方の当事者として、穂乃果もにこの猛攻を迎え討ちつつそんな感慨を抱く。希の目撃通り実姫に師事した彼女は、師の親友が実力を改めて評価したのである。現在に至るまで高速戦闘を続け、大負荷であるはずの生体技能も積極的に用いる姿勢。現在に至るまで見せ続ける高度な戦闘技能。何より強靭な勝利への執着。これほどの相手なら下についたとて喜んで戦える相手と、手放して穂乃果は思えたのである。ただし、これら肯定的な評価は、別の方向に向かうものだった。

 

 「譲る道理じゃ、決してないんだよねっ!」

 

 気合とともに桜花白翼を乗せたアンサラーの一太刀を、一切の躊躇なく穂乃果は繰り出す。実力も気概も評価に十分値するからこそ彼女はひくべきではないと思えるし、如何なる相手でも止まるつもりはなかった。世間は矢澤にこを挫折から這い上がった叩き上げと評し、高坂穂乃果を天駆ける天才と評するだろうが彼女の認識は違う。かけがえのない存在を眼前で失い、奪還の手段としてあらゆる策をいとわぬほどの狂気じみた覚悟をこの少女は有していた。この狂おしいまでの一念こそ、生来天真爛漫な穂乃果がその良さを損なわず対極な合理的思考パターンを会得する理由となったのである。故に、たかが所属校内での戦闘程度で音を上げるつもりなど、さらさらなかった。

 

 「あなたを叩き潰して、穂乃果は先に進むからっ! 桜花半月斬(ルーハーフムーン)!」

 

 「こっちのセリフでしょうがっ! 多弾製造・幸運弾(マルチパレット・イデアスシェル)!」

 

 半月状に前方一帯をまとめて切り裂く桜色の斬撃と、事象解析の効果を加えた大型魔力弾激突し、爆発と金属同士の激突のような轟音が鳴り響く。一撃の身でも強力な代物であるが、穂乃果の繰り出す斬撃波は第二第三と続き、にこも都度強化徹甲弾で迎撃する。小技や技巧の化かし合いを通り越し、必殺の一撃の応酬と化した戦局を、猛烈な負荷にさらされつつにこは勝機を確信する。

 

 <スピードと技量は五分で、攻撃力そのものはこっちが現状少し上。負担がやばいけど、逆を言えばそれまでに勝負をつければ問題ないわ。見様見真似だけど、実姫の能力なら今のところ……何とかなってるし>

 

 多弾製造の銃撃と、理想勝翼での打撃と突風を繰り出しつつ、にこはそう考える。実姫が最期の力で行った自身の治療と『切り札』の授与は知っているものの、実際に切った結果は予想を超えていた。初めて展開される能力、異質な力とも撃ち合える効能、そして多大なる負荷。親友として隣にあり続けたのに、初めて思い知らされる事象解析が持つ真相の力に驚くも、にこにとって些末だった。たとえ一時的であれ、怪物と対等に戦えているのなら、この場において後は軽微なのである。故ににこは、限界の近さを訴える肉体を無視し、更なる能力を発動する。

 

 「多弾製造・理想虹弾(イデアスレインボー)!」

 

 「魔力弾の雨あられ程度じゃ――ってあの種類は!?」

 

 「あんたの翼、たいていの魔法なり生体技能に対応して防御が適応されてるみたいだけど、六十種類分の攻撃ならどうかしらっ!?」

 

 <弾速も威力も効果までばらけてくるとつらいけど……!>

 

 火焔や氷結、電撃など一発ごとに性質の異なる魔力弾六十発の接近を前に、穂乃果は思わず焦ってしまう。桜花白翼の対魔法防御の性能は折り紙付きではあるが、基本的には特定攻撃ごとに対抗魔力を展開しての形なのである。故に複数種同時の攻撃に対して本質的な難があった。それでも練達によりこの点は補いが聞くものの、ここまでの同時攻撃では対処も間に合いきれないのである。

 

 「だったら、直撃より早くこっちが攻撃をっ!」

 

 「知っちゃあいるのよ! |理想破撃・弾式《イデアスインパクト・タイプパレット》!!」

 

 「実姫師匠の、切り札っ!?」

 

 「残念だけど、あんたの師匠に親友が改良を加えたバージョンよっ! 墜ちなさぁいっ!!」

 

 魔力弾の雨から逃れるように接近した穂乃果めがけ、にこは左右のアンタレスから超高密度に圧縮した事象解析の弾丸を発射する。限界まで高めた事象解析の打撃と内部破壊による大技――『理想破撃』は本来打撃ないし斬撃として繰り出されるものだった。しかし実姫の隣でこれを観察し、今また事象解析を扱える彼女は、射撃形式として繰り出したのである。完全に虚をつく形で繰り出された二撃と多数の弾丸は、一切の対処を許さず穂乃果に直撃し、大いに後方へ吹き飛ばす。これによる勝利を確信したにこであるが、しかし同等の一撃が次の瞬間迫ることまで気づけなかった。

 

 「まだ、まだ攻撃は……あるんだからっ! 桜花処刑斬(ルーエクスキュージョン)!!」

 

 「この――ってあああああッ!!」

 

 「流石、さすがですよ……予想よりもずっと強いけど、それでも穂乃果は立ててますから。とどめ、さしますよ!?」

 

 「にこより血まみれしてるやつにあれこれと――いわれるまでも、ないじゃないっ! そいつは、こっちのセリフよっ!」

 

 <あれだけダメージを受けて、あれだけ生体技能の負担が入って、まだ二人とも戦うの!?>

 

 魔法医療の第一人者として、二人に縁深い審判として、何より同じ仲間の西木野として、真姫は眼前の戦闘に内心悲鳴してしまう。その闘志も繰り出さんとする攻撃力も衰えるどころか最大に増す穂乃果とにこであるが、両名の肉体は危険域に達していた。戦闘による肉体被害もさることながら、それ以上に数瞬のうちに暴発しかねない過剰な魔力が肉体にたまっているのである。奇しくもそれは、絵里が生死の境をさまようこととなった体内魔力暴走と、酷似する展開だった。真姫ほど見識がない他メンバーであっても、一瞬で双方危険になりかねない。誰も望まぬ――しかも物理的にも論理的にも止める術などないと思われる悲劇への激突が、今まさに起きつつあったのである。

 

 ただし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、である。

 

 「長く続いたけどにこ先輩、これで」

 

 「そうよねぇ高坂穂乃果、終わりに」

 

 「なんて、私がさせないんだからっ!!」

 

 必殺を繰り出そうとする穂乃果とにこを上回る大音声と魔力が、訓練場一帯に解き放たれる。瞬間二人が纏う生体技能よりもはるかに巨大な白い翼が、両者を拘束し効果を発動させる。一見なら生体技能の解除だが、魔法医学に心得がある者が見れば非常に高度な危険域魔力に満ちた体内治療と魔力除去と読めるのである。あまりの事態に発動者を除いた面々は事態をつかみかねるも、発動者はまるで意に介さずさらに吠える。

 

 「何で……何で、二人はここまでして戦うの? 戦う相手は、これからの仲間なんだよ? 憎み合ってる、敵じゃないんだよ!?」

 

 治療を行う声の主は、しかし行為と同じくセリフもまたとっさのものとして紡がれる。本来の彼女の意識では、本気をぶつけ合う者たちを止める根拠というものは存在していないのである。しかし、眼前の破滅的な戦闘と、それ以上に二人から学び落とし込んだ正しさが彼女を突き動かしたのである。故に少女は、本能ともいえる深層から出る激情を、言葉に変えて語りだす。

 

 「戦いは、想いをぶつけて分かり合ううためのものでしょ? 自分を自分で傷つけてまでするものじゃ――尊敬しあった相手とするものじゃ、ないでしょ!? 答えてよにこちゃん! 答えてよ穂乃果! こんなこと、こんな悲しいことμ‘sじゃあっちゃ、いけないのよ!!」

 

 涙ながらに叫ぶ少女――西木野真姫の絶叫は、狂熱の巷にあった訓練場すべてを、一瞬にして冷水を浴びせたがごとく鎮めさせる。穂乃果もにこも、そしてそれ以外観戦の面々も、事態に追いつき切れていないものの常ならぬ真姫の強烈な意思は理解しつつあった。だが件の当事者といえば、絶叫と治療を終えるや明らかな動揺と驚愕の色を示したのである。よって出力の結果は、年頃の少女としてある意味順当なものであった。

 

 「ちょ――ちょっと、真姫!?」

 

 「真姫ちゃん!? って、回復されてもあの激戦の後じゃ」

 

 「真姫ちゃん、にこ達も勢いに乗りすぎたけど」

 

 「みんな落ち着きぃ! 細かいことも複雑になりそうなことも全部後回し! 今やることは一つ、この場を収めてくれた真姫ちゃんを今度はうちらみんなでフォローすることやで! うちがプラン出すから、とにかくみんな合わせて!」

 

 とっさの事態に訓練場から逃走した真姫に面喰う一堂に対し、控室から出た希は一喝と同時に対処案を提示する。心理学のプロたる彼女には、現状真姫は精神的に非常な危機に陥っているとすぐさま見て取れたのである。かくもとっさの状況故、反応を待つことなく希もまた訓練場を脱兎のごとく後にする。かくて手合わせ程度の意味合いだった決闘は、μ‘sの要三名が抱える本質と欠陥を浮き彫りとする形で終わりを迎えたのであった。

 




 もうちょっと連投


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

 予想外の結末を迎えた指揮優先をめぐる決闘の末、逃げたした真姫を追う希。彼女が切り出す言葉とは……? 一方活発に動くのはμ’sのみならず――

 とまぁそんなこんなで多忙気味ですが、のぞえりメイン回完成いたしました! 他にもA-RISEの面々も初登場もあり(一部は設定公表されても物語の都合上こちらのプロフィールを優先させることも)、割合いろいろ入れた次第です。



 

 火消し役という属性が存在する。

 

 トラブルという火を消し止め事態を収拾する役目であるが、これが意外と目立つものではないし、目立つべき立場でない。そのため、労多く功少ない役回りの癖に、高度な能力を問われるものである。しかし、組織が組織として回るには、こうした裏方の存在が必要不可欠といえた。まして、トップが万人を心服させてしまう強烈なカリスマの持ち主であるならば、一層に地固めは欠けてはならないのである。

 

 幸いにして、μ‘sは件の火消し役に最適の人材を有していた。そして該当する人物はというと――

 「あかんわぁ……見失ってもうた」

 

 捜し、火を消し落ち着かせるべき西木野真姫を見失い、東條希は音ノ木坂学院校舎内廊下でそう呟く。身体能力以上に、かの赤毛の少女が本気で身を隠そうとした場合、生体技能の地力から補足は相当困難となるのである。これは序列入りの技能保持者でも困難な域であり、平均的なランク4でしかない希では魔法で対処は無理があった。

 

 ただし――

 

 「けど、()()()()()()()()()行先は見え見えなんやけどね」

 

 小さめに独語し、希は迷うことなく再び歩み出す。繰り返すが、彼女は魔法も生体技能も、そして探索技術そのものも平均的でしかない。ただし、それをもってあり余る強みを物心ついて以来発揮し続けた。それこそが、東條希という少女の価値を絢瀬絵里や矢澤にこに比肩させる最たる理由なのである。無意識の域まで洗練された技を駆使し、彼女は迷うところなくある地点へと歩み出す。

 

 <さぁ~て迷子のお姫様はどちらにおわしますかなぁって……おったおった♪>

 

 数分校舎内を進み屋上へ至る階段の踊り場で、希は数歩先にいる目指す少女を目撃する。施錠された屋上のドアノブに触れんとしているところだが、生体技能で開錠できるはずだった。ごく簡単な行為を行おうとする彼女に対し、一気に希は近づいて――

 

 「迷子の姫様、みぃ~つけたっと♪」

 

 「ヴェエアアアッ!?」

 

 「あ~、そんなパニックにならんでも平気やで?今のワシワシの主が真姫ちゃんに分かるなら問題ないし、こんなお悩み相談ってうちの得意分野なんよ。まぁうちとしては、ピッキングなんてせずに一声かけてくれれらフリーパスできたのにって思うけどね」

 

 「ののの、希、さん!?なんでここがわかったんです!?事象(アテーナ)解析(ライズ)で探知不能にしたのに」

 

 希特有の胸揉み――通称『わしわし』を受けつつ、至極当然な疑問を真姫は発する。確かにとっさの離脱であったため、展開した事象解析に穴があったかもしれなかった。だがそれを差し置いたとしても、背後にいる姉の親友は自らを探知するすべはないはずなのである。にもかかわらず、さして苦労した様子もなく探り当てた様子というのは、まさしく意外だった。はた目には意外な事象のネタあかしを、満を持した様子で希は口にする。

 

 「あんなぁ真姫ちゃん、うちの得意分野分かるやろ?東條一族とか日本単位じゃあれやけど……少なくとも音ノ木坂所属で一番うちが強いモノ。それさえあれば、別に魔法使わなくとも真姫ちゃんの行方ぐらいお見通しやで」

 

 「心理分析……ですよね?私の行く先が分かった――というより読んだのって」

 

 「せや。これがあるからうちは戦えるし、絵里ちとにこっちたちをサポートできる。それにスクールアイドルプロジェクトのメンバーで、一番真姫ちゃんとの付き合い長いのってうちなんよ?あんまりにも見慣れた妹分の心ぐらい、暗唱レベルでうちには見える。今やったら、『自分でも突然のことで訳も分からなかったから、お姉ちゃんゆかりのところまで避難した』って感じでしょ?」

 

 当人以上に当人の心理に踏み込む形で、希は真姫の心理を説明する。魔法的な素養が平凡であるはずの彼女の価値が高い理由――それこそが心理分析なのである。この要素のみならば、一定以上の練度ある技能保持者は軒並み備えるものだった。しかし、『予言に基づく国内勢力の平和への誘導』を生業とする、東條一族の中でも一二を争うほど彼女は長けているのである。緊密な相手はもちろん、面識のない相手でも情報を広い完璧な心理的対処法を編み出すほどだった。かくのごとき心の読み合いにおいて、いかにそれ以外を優っていたとしても、経験値の少ない真姫では希に圧倒されるのである。

 

 「ともあれ立ち話もあれやし、にこっちの秘蔵写真と新作トマトジュース缶を渡すから、話してくれへん?」

 

 「トマトジュースと……にこちゃんの写真!?それなら、じゃなくてそれ以前で話しますね。希さん、こういうことは昔からちゃんと相手してくれますから」

 

 「フフフ、交渉成立やね。それじゃ、出張希式お悩み相談室、レッツオープン♪」

 

 真姫から賛同の言質を取って、希は掛け声とともに手持ちのカギで屋上への扉を開きその先へ向かう。初夏らしい心地良さと日の長さを感じさせる空は、幸いにして雨の降る気配ない快晴だった。適当な日向を見つけ直接座るのもあれなのでシートを広げた彼女は、そのまま真姫をいざない品を渡す。

 

 「ジュースはともかく写真は後後堪能してもらうとして……真姫ちゃん、最初に一つ伝えるね。にこっちと穂乃果ちゃん、そしてμ‘sを救ってくれて、ありがとう」

 

 「ヴェエ!?わ、私はあの時割って入ったんですよ!?にこちゃんと穂乃果か戦っているのに、本気で想いを貫こうとしてたのに。それを、私は邪魔したのに」

 

 「だとしても、二人を止めることが正解だったのは間違いないよ。でなかったら……二年前の絵里ちみたいなことになってた。真姫ちゃん、そのはずやよね?」

 

 「絵里さん以上にひどいことになりかねませんでした。二人に渦巻いて暴走寸前の魔力は、序列入り並みに一時的に上がっていましたので。そんな魔力をあそこまで消耗した身体で使おうとすれば……」

 

 希の確認に、専門家たる当事者として真姫は端的にそう返す。直接的な負傷と内臓への負荷もさることながら、あの時点で穂乃果とにこが真に受けた打撃は過剰な魔力だったのである。魔力量は無論のこと、質や制御難度の面でも暴走すれば二人の命どころか訓練場を中心に一帯がクレーターと化しかねなかった。そうした緊急事態故に彼女は介入したのだが、本当に正しいふるまいか否か疑問を残してしまったのである。

 

 「二人とも暴発で死ぬとか、訓練場が吹き飛ぶとかなんだよね。だからこそ真姫ちゃんは手を出した。その意味で真姫ちゃんの判断は間違いじゃないよ。それにな、これはさっきよりももっと大事なことになるんやけど、聞いてくれる?親友としてにこっちを見てきたうちの実感なんやけど」

 

 「にこちゃんが何かを抱えているんですか?」

 

 「抱えているといえばちょっと語弊があるんやけど……当たらずとも遠からずかな?うちが話すんはにこっちの本質。誰よりもあの子に憧れている真姫ちゃんだからこそ、知ってほしい大切なこと。うちは真姫ちゃんがこれを知って、にこっちを助けてくれるって、信じてる」

 

 「にこちゃんの本質で、私が何かできるんですか?」

 

 「平たく言うとな、にこっち――だけじゃなくて穂乃果ちゃんの二人は一のために十を投げ捨てられるんよ。信じた想いのために、あらゆる手と覚悟を尽くす姿は真姫ちゃんならよく分かると思うけど、ホンマにカッコイイ。うちもそうやし、他のみんなもそう思えるから、あの二人は自然と輪の中心から人の上に立てる。そうして想いを叶えてくれるけど……二人が間違った時止められない。輪のみんなは気づかないし、気付いても違うと言い出せない。その人のことが本当に好きで、否定できないから」

 

 主人公(ヒーロー)と呼ぶに値するにこと穂乃果の本質を、希は端的に説明する。人間は相応にかなえたい想いを持つものの、多くの場合はさまざまな要因が原因でそれらは断念されてしまう。だが、数多の困難をものともせず、想いに向かいそれを叶える者もまた存在する。そうした芸当をやってのける気概と才能に恵まれた人物こそ、人の輪の中心に立ち主人公と謳われる者たちである。強烈な個性で人を束ねる人種といえるのだが、それ故に彼らが間違えた時の対処も難しい。輪の者たちが主人公を否定せず、間違いに気づいても惚れた弱みに近い格好で強く言えないのである。

 

 「にこっちの心を一番知る親友として、本来ならこうなることも考えなきゃあかんかった。けど、結局うちはまたしてもにこっちの危険に手を打てなかった。絵里ちも、穂乃果ちゃんたちの方も多分同じ感じなはず。そんな中で、真姫ちゃんは動いてくれた。なんでやと思う?」

 

 「ええと……それは、とっさだったんで。ただ、おかしく思えたんです。穂乃果もにこちゃんも、本気の想いがあるのに、自分の身体まで傷つけ始めてました。想いをかなえる過程での困難で傷ついても、こんな風に自分から傷つく理由なんて、ないはずなのに。そんな気持ちでいっぱいになってたら、気付いたら事象解析を使ってました」

 

 「うちの見立てやけど、多分真姫ちゃんはうちらの中で一番にこっちと穂乃果ちゃんに魅かれたと思う。そうやからこそ、二人の違和感に気が付けた。それは誰かに言われたことやないし、二人の影響だけやない。あの時あなたが動いたことは紛れもない真姫ちゃんの根底に根差してるものだよ。だからうちは言いたい。今ここにいる西木野真姫は、自分の意志で立ち位置を決められたんだって」

 

 「私の根底があって、立ち位置があったとして、大丈夫なんですか?私だって、失敗するかもしれないんですよ!?少なくとも、穂乃果やにこちゃんより強いって自分じゃ言えません」

 

 希の指摘を受け動揺しても、それでも真姫は内容に対する確信が持てなかった。確かに彼女の指摘の通り、あの時自分は二人とは異なる理論を出せていたやもしれない。そしてとっさの局面での発露なら、本心より求めたとしてでも間違いないだろう。だがそうであるなら、自らとて穂乃果やにこと同じく盛大な失敗をするとも限らないのである。万一そうなれば、己の憧れほど強くないと思う真姫にとって、大いに不安だった。ただし、それを見越してか明白な回答を希は提示する。

 

 「それでこそ、九人がまとまる意義があるんよ。真姫ちゃんも失敗するし、にこっちたちも失敗する。もちろん、それ以外のうちらだって失敗する。けど、九人が九人ともトップを張れるものを持っている。その意味じゃ、リーダーの才能だって不可欠やけど絶対やないんやよ?真姫ちゃん、失敗するからこそ誰かに頼ればええ。でもって、真姫ちゃんも誰かの失敗しそうな時で頼りになれば問題ない。今なら、それが絶対できるから。そもそも」

 

  「そもそも?」

 

 「そんなどこにでもある当たり前を、真姫ちゃんは求めているんでしょ?なら、何ら問題なんてあらへんて。もうちょっと言えば、今回の後始末についてうちはいい考えがあったりするんよ。ちゃあんと、すぐできる準備は絵里ちと一緒に整えたから」

 

 「後始末って、私でも何かをやれるんですか?」

 

 当然のことながら、真姫は希のプランにそう質問する。穂乃果のような派手さはないが手回しの良さなら匹敵する彼女を知るだけに、次の展開を予測できなかったのである。無論、満を持して備えた回答が希にはあった。そしてその効果も折り紙付きではあるが、誤算だったのは提示と同時に赤毛の少女を絶叫させてしまったことだった。それは――

 「うちらの総意として、真姫ちゃんにアイドル研究部副部長をやってもらうこと♪」

 

 「ヴェエエエエエエエエエッ!?」

 

 独特な悲鳴は、無人の屋上一帯に大きくもむなしく響き渡る。そうした妹分のかわいいリアクションを堪能しつつ、希はともあれ、μ‘sのタヌキは無事に火を消し、それをもって一座の字を固めてのけたのであった。

 

 

 

 Ⅱ

 

 踊らされるという概念がある。

 

 他者の明白な思惑の下、それに気づかされずその通り動いてしまうという意味合いである。通常ならばされて好ましいものではないし、見抜くべき振る舞いでもある。言葉の意味合い柄悪意ある要素において使われるが、その逆であればいかなるものか。煮え切らぬ案件を抱えた者を動かすべく、友人がひそかにレールを敷いたとするならば?

 アイドル研究部部室にて絢瀬絵里が実感したことは、六名の同志からの期待の視線と親友に踊らされた己であった。

 

 <希のシナリオ通りに、事態は動いたわけね……>

 

 提案を一通りした絵里は、今更ながら内心そう考察する。化かし上手なタヌキの親友との付き合いはかれこれ五年を超えるものがあり、化かされ乗せられたことは幾度もあった。そういう意味で慣れはあるものの、しかし今回は殊の外強烈な印象として記憶された。なぜなら彼女が打った一手は、穂乃果とにこのみならず自身の懸案をも解決させるものだったのである。

 

 「絵里、新生アイドル研究部完全稼働のデビュー劇として、プランを進めるのね?」

 

 「そうね。私よりは高坂さ――じゃなくて穂乃果さんが言うと様になるけど、やるからにはとにかく派手かつ徹底的よ。『音ノ木のμ‘sは文武両道』だってことを外向きにも使えるスコアで見せつける。生徒会にも提出された計画書のプランをとる形だけど、構わないわよね?」

 

 「生徒会ちょ――じゃない絵里先輩がそこまでアグレッシブとは意外でしたけど、穂乃果としては問題ありません。学年別全国模試と前期スキルコンテストの参加、妥当だと思います」

 

 「妥当性と成果が見込めるとして……設定目標が高めではないですか?特に前者の場合、一部に不安が残るものがあります」

 

 提唱者の内心を知らない海未は、堂々とにこと穂乃果に応じた絵里に対しそう質問する。真姫の逃走で残された面々に対し、彼女は動揺を鎮めるや否やこの案件を受けての打開策を提示した。要の一つは希の動きであり、絵里の提案も計画の流用とはいえ、確かに十分な実効性と成果の見込める内容だった。魔法運用技術の高さはもちろん、それの基盤をなしているともいえる頭脳でもこの一座は優秀なのである。だが、その条件をもってしても前者の模試について海未は懐疑的にならざるを得なかった。なぜなら――

 「校内順位全員総合トップテン入りと都内トップ100入り、私なりことりはまだしも全員平気なのですか?学力レベルに関していえば音ノ木も東京都もかなりのものなんですよ?」

 

 「似たケースで今より難度が高いことなら、私はこなしたのよ?ねぇにこ」

 

 「中二の時にあったあれのこと?クラス全員に学年トップ席巻と都内トップランクもかっさらおうとした奴。中学と高校の違いはあるけど、それ思えば確かに楽っちゃ楽ね」

 

 「そ、それって凛も学年トップ並みにできなきゃいけないんだよね?」

 

 明らかに動揺が見られる口調で、凛は事実を確認する。壊滅的というわけではないが、ひいき目に平均以下の学力の彼女にとって、筆記試験点数上位入りは悪夢に近い夢物語なのである。だが不幸にして――μ‘sの面々には幸いにして、具体案はすでに成立済みだった。特段の悪意など全くない安心感ある口調で、絵里は回答を提示する。

 

 「星空さん、真姫には及ばないけどペーパーも私はそこそこやれるのよ。荒っぽい手法も混じるけど問題なく一夜漬けじゃないレベルまで完成するわ」

 

 「にゃああああ……」

 

 「凛ちゃん?生徒会長にコーチされてるって聞いたけど、何か関係があるの?」

 

 「あー……確実にしごかれたわね。実力も指導法も一級品だけど、才能あって努力するタイプだからとにかくスパルタになりがちなのよ、絵里は。あの子も結構仕込まれたって見て間違いないわね」

 

 怪訝そうな花陽に対し、にこは事態を読んでそう答える。腕っぷしも頭脳も優秀なロシアンクォーターは、それゆえにやや加減を知らない面があった。もちろんきっちりと定着させるだけの丁寧さを有しているが、その過程はかなり苦行なのである。にこも彼女から中学時代定期テスト対策を教わったことがあったが、学年トップ20入りの代償にトラウマに残る程度の地獄だった。ともあれその点に同情しつつも、しかし対策もまた提示されているので言及する。

 

 「えーとさ、凛。指導が絵里だけならまだしも、今回はもう一人いるのよ?にこも初めての経験だけど、荒っぽくないのは保証するわ。その子のやる気具合も、説得をやるのが希なら保証できる」

 

 「つかぬ事を窺うのですがにこ、先輩。真姫と副会長が親密だとして、そうそう上手くいくのですか?親しい相手には心をどんどん開くタイプですが、それだけに繊細な方だと付き合いの浅い私でもわかります。今回みたいなとっさのこと、短時間で何とかなるのでしょうか?」

 

 「あのねぇ園田さん――じゃない海未、あんたは巫女ダヌキの本領を知らないだけよ。生体技能以上に心理学に強い希は、それだけで社長室とか首相官邸でアドバイザーができるレベルだし、不定期で呼ばれてもいるわ。こっちが知る限りでも、職員会議中に全会一致で反対された案件を一回で逆の全会一致にしたこともあるわ。話術もアプローチもうまいし、それ以前に真姫ちゃんとこの中で一番付き合いの長い希が動いたなら、もう決まりなわけ。後は主賓が――って」

 

 「ただいまぁ~、真姫ちゃん連れてきたでぇー」

 

 噂をすれば影が差す形で、にこの話題とほぼ同じタイミングで希が部室に帰還する。当然ホクホク顔の彼女の後ろには、しっかりと赤毛の少女が控えていた。希の着席を確認し当事者九名がそろった形を見計らい、真姫は一堂に確認する。

 

 「全員合意済みだって話を聞いたうえで確認するわ。私が副部長をやるの、みんなは異議ないの?」

 

 「にこは賛成ね。今回のことでこっちも暴走するってことが改めて思い知ったし、そもそも校則として一名以上次席役の設置は義務付けられているのよ。そうなればにこと穂乃果、どっちにも偏らないで縁も深くある、真姫ちゃんになってもらいたい。希から説得されたと思うけど、こちらからもお願いするわ」

 

 「穂乃果もにこちゃんに同じく。一つ付け足すと、スクールアイドルプロジェクトの立ち上げメンバーの一人でもあるんだし、縁の深さでも不足はないかな」

 

 先陣を切る格好で、穂乃果はにこに続いて積極的な賛意を示す。副部長設置は早期の構想にはなかったものの、部長との対決とそれを受けた絵里からの説得により意義はなかったのである。無論この結論はにこも同じであり、真姫との付き合いもある以上その気持ちはより強いといえた。要二名から賛意を得てひとまず安心するものの、なお不安が残る彼女に対し、残りの面々が口を開く。

 

 「穂乃果との縁以前の段階で、私は生徒会お二人の提案に賛成します。あんな事故めいたことがあったのに、セコンド役の私が何もできなかった時点でトップの隣はふさわしくありません」

 

 「穂乃果ちゃんがやる企画の二番手は張りたかったけど、海未ちゃんに近い感じです。μ‘sは穂乃果ちゃんのものでも部長――にこちゃんのものでもない。だったらフラットな真姫ちゃんに賭けるのがベストかなって次第です」

 

 「とっても急展開に凛はびっくり続きだけど、だからその中で動けた真姫ちゃんはすごいと思う。能力とか立場とか以前で、こっちより先に進んでいる気がするにゃ」

 

 「異例かもしれないけど、今のアイドル研究部が事実上新規の部活っていえるから、その意味でも違和感ないと思うよ?それでなくとも、有力な新入生を獲得したスクールアイドルチームがその子を初手から使う例は多いです。賛成した以上及ばずながらだけど、そんな知識とかで花陽も真姫ちゃんをサポートしますから」

 

 「そんなこんなで全会一致状態だから、結論だけ伝えるわ。思い描いた正しいことを、やりたいようにやって大丈夫よ真姫。あなたの想いも事象解析も支えるから、そっちも力と想いを存分に使って私たちを助けてね。不安あるなら、この絢瀬絵里が蹴散らすわ」

 

 残留組の総意を表す格好で、絵里ははっきりと結論を述べる。至らぬところだらけを味わった彼女であるが、なればこそ己を含め至るところを持つ仲間と組み、大事をなそうという答えに至れたのである。その概念で考えれば、真姫もまた多くの至らぬところと補って余りある十分な至るところを持つ、一人の少女にすぎなかった。回答のボールは投げられた形だが、しかし赤毛の少女にとって決定的な回答までには至らなかった。

 

 「みんなは、不安じゃないの?今言った言葉が、自分の意志によるもの以外の力でなされているって、不安じゃないの!?ほぼすべての人間を思いのままにいじれる怪物がみんなを仕切って、不安じゃないの!?私は……怖いのよ。何か不安になれば、みんなを何もかも操れちゃうことがさ、怖いのよ」

 

 「真姫ちゃん、今真姫ちゃんが怖いとして、この展開は望んだものなの?にこ達を操って、言ってもらいたい言葉を言わせているの?」

 

 「そんなことないじゃないの! にこちゃんも、穂乃果も、他のみんなも、私にとってすごく大事なのよ! まともにつながりだして間もないのに、誰一人だって欠けてほしくないのよ! けど私は……強く、ないから。何かの拍子で、心に手を出すかもしれないの」

 

 「人間自由自在にいじるのをためらわないやつが、今にも泣きそうな表情で震えながら話すわけ? それこそ魔法の鏡みたいな対応になるわよ。そうじゃない時点で、真姫ちゃんは善人よ。人間不信抱えまくりの実姫が、呪われた因縁超えて守るって誓うぐらい、あなたは優しいのよ」

 

 不安げに声を荒げる真姫に対し、にこは逃げず本心から彼女を肯定する。彼女たち三年生組のムードメーカーとして明るく快活な西木野実姫であったが、容易に見せない根底はある種真逆のものだった。親友として知りえたが面喰うと同時に、近似の経験を持つ者として心底理解できたのである。その点を思い出させようと、にこは言葉を選び真姫に語り掛ける。

 

 「実姫のご両親が当時の西木野一族本家派との抗争で亡くなられて、あの子自身も随分たらいまわしにされたのは知ってるでしょ? 真姫ちゃん付きを命じられた時は、西木野本邸でテロでもやるか首でも吊ろうかって大まじめに考えてたって話じゃない。どす黒さでどうかしてた実姫が見つけた底抜けて優しい子が、真姫ちゃんだったのよ?これこそ信じられるだけの根拠じゃないの。だから、はっきり伝えるわ。これから先どんなことがあっても、矢澤にこが西木野真姫の正しさとして基準であり続ける。そう誓うわ」

 

 「にこちゃん、私……お姉ちゃんみたいに正しくできるよね?」

 

 「できるわよ。そんなわけで、ちょいと呪い解かせてもらうわ」

 

 「呪い?」

 

 反射的に真姫はそう返すが、それ以上の言葉を告げられなかった。というよりは、思考そのものが吹き飛んでしまったといっても良いやもしれない。なぜならにこの挙動は完全な想定外であり、彼女のみならず他の七名をも絶句させるものだった。それは――

 

 「実姫以来だけど、吸っちゃうにこ♪」

 

 「ヴェエエエエエエエエエッ!? キキキキキ」

 

 「唇じゃあないけど、右ほっぺにキスはしたわ。言っとくけど、こいつはかなりレアなのよ?今のところまともにしたのって実姫くらいしかいないし。けどま、古今東西呪縛されたプリンセスを解き放つのは、王子様の役目だから。そこんとこよろしくっつ♪」

 

 「あうあうあうあうあう……」

 

 「あかん、あかんわぁにこっち。ショック療法も悪くはないけど、キスは刺激強すぎるで。もう真姫ちゃんのフラグ高層建築並みに立った形やん」

 

 呆れの色も明白に、希はにこの暴挙じみたショック療法を批判する。とはいえ一同の中で最も思考回復が早かったからか、一応の妥当性は認めていた。ただそれをもってしても、あまりに今回の振る舞いは性急さを覚えざるを得なかったのである。至極当然の指摘に対し、にこは若干肩をすくめ返答する。

 

 「だからこそやったわけよ。つぅか、マウストゥーマウスじゃないし、それくらいならあんたも絵里としてたでしょ?どうあがいたって真姫ちゃんは今回の件を考えざるを得ない以上、あの子の憧れとして同じ責任を負うことにしたのよ。正しさの基準としての義務なら、道理でしょ?」

 

 「え、絵里ちとのキスはほぼ事故みたいなものやで!?それにしても正しさの基準かぁ……にこっち、ホンマに難儀になるよ?」

 

 「上等じゃないの、こっちから超えてやるわよ。ま、ともあれ今回のミーティングは方がついたってみて良いの?ともあれ、最終決定権はにこよりもリーダーにあるんだけどね。どうなわけ、穂乃果?」

 

 「こっちも仰天な展開だけど……大方針そのものは決したし良いと思うな。たださ、にこちゃん。気付けめいた目的だから今回は良いけれど、部活中は自重してよ?一応穂乃果も海未ちゃんなりことりちゃんなりにしたりされたりはあるけど、キスシーンって刺激強いんだから」

 

 現状を一通り追認したうえで、穂乃果はにこにくぎを刺す。彼女の性格からしてほぼないとは踏むのだが、それでも事態が事態だけに言わずにはおけなかったのである。そんな気持ちを察してか、すんなりとにこは首を縦に振った。いまだ思考不全の真姫を除き一応平穏になった状態を確認し、穂乃果は締めの言葉を告げる。

 

 「以上を持ちまして、本年度第一次アイドル研究部ミーティングを閉会といたします。最初から最後までゴタゴタ続きでしたが、明日に備えてコンディションを整えてください。 後にこちゃん、真姫ちゃんのケアよろしくね?」

 

 「任せときなさい。真姫ちゃんのスペックまではね上げてやるんだから」

 

 名指しを受けたにこは、いつも通り自信満々にそう返す。そんな様子を早くも慣れてきた面々は微笑という形で追認し、次々その場を後にし始める。かくて波乱だらけであった一日は、暴風雨を越え強固な地盤を生み出し、九人のアイドル研究部を高めた終わりと相成ったのであった。

 

 

 

 

 Ⅲ

 

 トップとは孤独を帯びるものである。

 

 常にとまではいかぬにせよ、一分野の第一人者として最終決定権を彼らは有している。事故の意志が第一に反映されるといえば聞こえが良いが、裏を返せばそこに他人へ委ねが存在しないのである。それ故に決断は重いものであるが、悪いことに真に共有ができる同志も存在しない。故に、一陣営のトップはしばしば敵方の代表に親近感を覚える例が多かった。

 

 そして、この事例は現在の序列第一位もまた、例外ではなかったのである。

 

 「つまらないなぁ……」

 

 とある地方都市の中心駅駅前で、一人の女子高生はそんな感想を漏らす。白を基調としたブレザータイプの制服姿は、端正な容姿と相まってこの場所ではやや浮く未来的な光景を周囲にもたらした。事実、彼女の所属校は東京都千代田区にあるのだが、そこからの指示による派遣なので何ら問題なかった。ただの女子高生が地方都市の中心でアンニュイに佇むのみならば、ドラマのワンシーンに収まる程度の常識的な絵面となっただろう。しかし、もし彼女の周辺を見渡せる者がいたとすれば、悉くが否と答える筈である。なぜならば――

 「一騎当千の四倍をしても、たった五秒で終わるなんて拍子抜けよ」

 

 死屍累々とばかり倒れる人間四千人と、無数に散らばる建造物の残骸広がる駅前にて、無傷の女子高生は不満を漏らす。言うまでもなく魔法戦闘によるものであり、勝者ゆえに少女は感想を口にできている。ただし、当人の主観では『魔法戦闘』と呼ぶには大分怪しいものを含んでいた。

 

 <生体技能でも切り札の魔法でもない、普通の魔法の一発で片の着く案件が、戦闘なのかしら?これで済むなら縛りプレイじみたこともしたくなるわよ……>

 

 惨劇の被害者なり目撃者からすればただ憤慨にしかならない不満を、女子高生は分析する。所属校――というよりはその上にあるスポンサー役の日本政府から依頼を受け、彼女が始末した案件はとある蜂起計画だった。立場柄荒事や裏の案件を数多く対処することの多い身であるが、頭数のこともあり先頭には期待していたのである。にもかかわらず、ふたを開ければ五秒での鎮圧だった。平均技能ランク5.2――魔法兵装の質も考慮し陸軍二個師団に匹敵する戦力であるが、彼女にとってあまりに物足りない質なのである。

 

 「今のところ、私と同じ()()()()の持ち主は限られてるのよねぇ……って?」

 

 「異質な、力だと……!?序列第一位が、第二位と圧倒的な質差があるというのは、本当らしいな」

 

 「へぇ、あの攻撃ともかくも耐えたんだ。すごいじゃないの、後でサインでも渡してもいわよ?」

 

 「何事もなければ、ねだりたいがな……」

 

 息も絶え絶えで全身至る所から流血している青年は、それでもよれよれながら歩み続け少女の背後からそう返す。義憤を根源としながら、それだけに慎重に慎重を重ね決起を待ったこの男は、決して弱小ではなかった。序列入りではないがランク7であり、一地方全体に広範な戦力的人脈を築けるだけのカリスマを有しているのである。それでもなお、彼女に対し彼とその戦力は無力であった。もっとも、彼以上の存在である序列入りを動員したとしても、結果は怪しいものかもしれないのがせめてもの救いである。

 

 「もう終わりにしない?一応決起の趣旨みたいなものはつかんでいるから私が動けば一応始末はつけられるわよ?」

 

 「我々を襲撃した相手を、無条件に信じろと?」

 

 「その襲撃者に雇い主がいて、ある程度フリーに動けてる現実を理解した方が良いんじゃない?ただ、これをあなたがこれから先覚えていられるかどうかは怪しいけれどね」

 

 「どうやら……選択肢はないらしい」

 

 「正解♪」

 

 至極明るく、少女は青年にそう返す。そして言葉のごとく、彼女の意志は現出された。眼前の惨劇を生み出した異質な力――薔薇色をした巨大な翼が彼を叩き潰したのである。無論条件に抵触しないのでほどほどに肉体を破壊するのみに抑えた形だが、それでも防ぎの利く代物でなかった。かくしてあっけなく反乱未遂を鎮圧した少女の聴覚を、記憶ある着信音が刺激する。

 

 ――ヒトマルヒトマル。ツバサ、始末はついたのか?

 

 「あっけなく終わったわ。後は支援班と隠蔽班に任せて、私は散策して良い?英玲奈」

 

 ――構わないが、あまり野試合ばかりするなよ?お前がまともに戦えば、勝利と引き換えに自治体一つが消し炭になる。

 

 「やるのはあくまで観光よ、もうちょっと具体的に言えばご当地のパン屋巡り。認識阻害とか諸々掛けるから、序列第一位が街中をうろついてるなんて夢にも悟られないわ。それじゃね」

 

 白に銀の本体カバーのスマートフォンの通話の締めを、少女は気楽に応じてそう締める。口調そのものは気楽な様子で終わった通話だが、内容と話者はどう解釈しても日常ではなかった。何しろ事務レベルで済むはずとはいえ反乱劇の後始末であり、話者もまた序列第二位なのである。桁外れの非日常を、だがそれ以上の非日常的存在価値を有する序列第一位は意に介さず休日を謳歌する。

 

 <パンといえば、あの子もパン好きだったのよねぇ……あー違う。今も好きじゃないの。μ‘sのWebサイトを毎日覗いているし、それ以前に一番深いつながりだったじゃない。うぅ、しがらみさえなければ今すぐにでも『穂むら』で突貫するところだよ。今のところ、難儀よねぇ>

 

 スマートフォンの地図アプリで位置を確認し、少女は件のパン屋へ向かう道中そう考える。現在相当な交友関係を持つ彼女だが、五年前までは特に自慢できる親友が三人いた。思い込みが強烈だが温和な子、おろおろしやすいが礼儀正しい大和撫子系女子、そして太陽張りに輝きあたりを照らしてくれる少女。幼い頃の願望に過ぎないやもしれないが、少女はいつまでも四人でまとまれると信じていた。しかし、幸せな日常は、唐突に終わりを迎えてしまう。しかも悪いことに、およそ常識的な別れでない結末というおまき付きだった。

 

 「『秋空邸襲撃事件――発生満五年を経ても糸口見えず』、ねぇ」

 

 一瞬視界に入った通行人が持つ新聞紙面に移った文字を意識し、少女は思わずそう漏らす。東京都内中心部で発生した魔法襲撃事件は、被害の残忍さから大きな衝撃を与えたものだった。一般住宅に平均生体技能ランク6オーバー二十五名が襲撃を行い、救援戦力との交戦の末住宅街一帯を焦土と変えたのである。にもかかわらず、犯人逮捕はおろか手掛かりに至る情報すらまともにつかめない有様だった。かくも大規模な割に迷宮入りという、フィクションじみたこの事件の真相を、少女はほぼ全容を知る当事者として振り返る。

 

 <そりゃそうですもの。一つの国家権力が最高機密の作戦で実施した案件で、死人に口なしのありさまじゃあどうにもならないわ。ま、死亡扱いされた事件の被害者が実は生き延びて、敵方の中枢深く潜り込んだ時点でどうこう言う資格はないんだけどさ>

 

 収支の勘定だけ見れば決してマイナスではないものの、それでもあまりに始まりの悪い案件を顧みて、少女は内心独語する。五年前の三月、事件の舞台秋空家の一人娘であった彼女は、標的として死亡するはずだった。しかし幸いなことに襲撃者と異なる勢力が少女を保護し、襲撃側の主目的をとにかくも挫いたのである。とはいえかなりの強硬策をとった襲撃側――日本政府内魔法関係強硬派がこのまま大人しく終わらないという、彼女の保護者には確信めいた予感があった。そこで先手を打つ形で襲撃の要因となった少女に眠る力を最大限高め、敵方の懐――UTX学院に送り込むという策を講じたのである。結果は日本政府そのものが誇る最高戦力としての価値に少女は到達し、当人としては別のかけがえのないつながりを得たのだった。

 

 <UTXの日々も、A-RISEと仲間の関係も本気で良いものって思ってる。けど、私が元々あって、今だって戻りたいと思う立ち位置はそこじゃない。といったって、お忍びでもそうじゃなくても、今の私が音ノ木坂まで顔を出しても意味がないのよね。あの子が率いるμ‘sが、A-RISEに挑んでくれないと。ま、私がどうこうするわけでもなく向こうから動くし、こっちにしたって負ける気もないんだけどね>

 

 かつての親友率いる今のライバルチームを思い、少女はそう考察する。スクールアイドルとして後発のμ‘sであるが、所属校と構成員の関係柄その注目度は高かった。圧勝を現出した初ライブ以来、勝利とポイントを稼ぎ続ける姿は、宣伝の良さも加わり相当な評判となったのである。それでも現時点ではA-RISEの優勢を妥当とする評価が主流であるも、動向次第で覇者の陥落もありうるという憶測さえ流れた。強敵の勃興という事態を、彼女は現トップとしてのみならず、一個人としても歓迎している。

 

 「あの瞳は、私を見据えているって思えるから」

 

 誰かが聞けば自意識過剰といわれかねないセリフを、聞きとがめられることなく少女はこぼす。μ‘sのトップたる親友と、彼女は五年来一切接していない。それにもかかわらず――むしろそれゆえに少女は親友の行動から根底に潜む想いを感じ取れるのである。なぜなら親友が動く動機には常に他者の要素が絡み、意図的な華々しい行動は己も含めた外へのメッセージに他ならなかった。

 

 だからこそ、確信が持てる。()()()()()()()として、自身もまた少女と同じようにあろうとしているのだから。

 

 <誕生日が同じ、生まれた病院も同じ、好きな食べ物だって同じ、幼稚園も学校もクラスがずっと同じ。性格も異質な力を扱う生体技能だって、私とあの子は同系統。生まれてからずっと隣にいるあなたを、これまでもこれからも私は大好きだって確信できる。だから、音ノ木の仲間たちから離されたのは身を割かれる想いだけど、そのおかげで見えたものだってある>

 

 親友の根幹を捉え共鳴を踏まえて、少女は己が根幹を改めて意識する。他者に対して最大限の評価を親友に送る彼女だが、その事実から出力される気持ちは独特のものだった。一切の掛値を抜き誇るべき存在の親友だが、それほどの相手を前にして()()()()()()()()()()()()のである。無論、もう二人の親友の在り方を彼女は尊重しており、強烈なカリスマが世間にもたらす付き従いたくなる魅力を心得ていた。しかし、同系統の存在の上離れた位置から客観視を可能とした少女は、これに満足しかねたのである。では己のすべきは何であるかと定義できるのだが、そんな思索を中断する格好で新たな着信音が鳴り響く。

 

 ――ハロ~♪ ツバサ、散策中だよね?

 

 「当面続くって展開は、分かるでしょあんじゅ?こっちとしてはパン屋巡りってかなり大事な案件だから」

 

 ――その点は承知せてるけど、今μ‘sのメンバーが面白いことをやり始めてるみたいなの。片が付き次第、偵察出向いても見れそうなくらい規模があるから戻った方が良いんじゃない?

 「気になる情報ね。こっちでも把握次第動いてみるわ、それじゃ」

 

 先ほどとは異なる序列第三位のメンバーからの情報を受け、少女はそう締めてスマートフォンから事態を確認する。見れば案の定、μ‘sメンバーが複数名とあるイベントに参加するとのスレットが立っていた。親友が選んだ仲間の動きを感心しつつ、彼女は第一の目的を果たすべく歩き出す。

 

 <最初は事故から立ち上がった先輩……となればあの子のライバルと赤毛のお姫様も動くのかな?何にしても、半年以内にμ‘sとA-RISEは激突する。私は新興のライバルを撃破して、ことちゃんとうみちゃん含めたあの子が選んだ仲間たちと巡り会って>

 

 「勝利して征服して、お持ち帰りするんだから。本気には本気をもって超えにかかるのが、流儀でしょ?早くこっちに来てよね? ほのちゃん、こっちは随分待ちわびたんだから」

 

 きわどいセリフを、優しくも楽しげな声音で序列第一位――綺羅ツバサは口にする。そしておもむろに彼女は制服の内ポケットから写真を取り出すと、懐かしそうにこれを眺めはじめた。襲撃事件の前日に、自身と穂乃果、海未とことりの四人の記念写真が現像されるとはある種皮肉なものだった。だが、苦さの意味を帯びてもこの一枚はかけがえのない思い出の象徴であり、再会してしまえば何ら問題ない。再会後の展開はいささか荒っぽいものとなるにせよ、同等の土俵で激突するならばフェアーといえたのである。なればこそ、不要な心配は本気である彼女たちの迷惑にすぎなかった。穂乃果とその仲間たちとの対決による凌駕を心待ちにしつつ、ツバサは写真を丁寧にしまい行動を再開するのであった。

 

 

 

 Ⅳ

 

 人間が各々基本と考えている物は、続くものである。

 

 相当な訓練や、それに類する強烈な意識の変化により修正や追加が可能であるとしても、存在する基本はそう変わるものでもない。当人が矯正したと思っていたとしても、何かの拍子に地がおもむろに顔を覗かせる事例はざらである。故に良くも悪くもあるのだが、些細な引き金で人間は基本を元に戻す生き物といえる。

 

 そしてそれは、悲劇にとらわれていると思い込む絢瀬絵里もまた、例外ではなかった。

 

 <煽りに煽った割には、糸口が見えないのよねぇ……>

 

 A-RISE達のやり取りから少し時間のさかのぼる午前中の都内にて、ランニングの最中絵里はふとそう考える。相当数を希の筋書きに乗ったものだとしても、混乱するμ‘sに方針を提示し主導したのは自身なのである。口下手ではないものの、こうした人心掌握めいた役回りはそれこそ彼女か実姫の領分の筈だった。柄にない立ち回りを請け負った反動も理由であるが、現在絵里が抱える悩みの根源はもっと深いものなのである。

 

 「私はしたいこと、どう向き合えば良いんだろう……」

 

 宙ぶらりんな気分のままに、絵里は小声でそう呟く。前に進もうとする妹分の力になりたい気持ちに嘘はない。傷つけてしまった親友と再び歩みたい気持ちも本気である。何よりも、魔法戦闘に燃えた己の想いも変わりない。だが、どれだけ意欲があったとしても、二年前の失敗がもたらした反動は消えないのである。だからこそ、ケリをつけねばならぬと思うのだが、一向に糸口が見えずルーティンのトレーニングと今回至ったのである。

 

 <物心ついてから大概なんでもそつなくこなせて、バレエから魔法戦闘移ったのも挫折じゃないのよね。小学生時代にロシアのトップ昇った産物だし。今振り返れば希もにこも、それに実姫も物心ついてから理不尽にさらされっぱなしで挫折だらけだったんでしょうね。あの三人は、どうするんだろう?>

 

 己の過去と親友たちの想いを振り返り、絵里は改めて考える。手前味噌な考えを承知でいえば、親友たち三人と比べ良い方の経歴だと自身思えるのである。発火能力(パイロキネシス)の生体技能の父と、氷結能力(ファーゴキネシス)を扱うロシアハーフの母を親に持つ彼女は、双方の能力を宿す形でこの世に生を受けた。特段の思惑なく派手な恋愛結婚の末成立した絢瀬家の家庭は、物心両面で絵里を育むには十分役立ったのである。物心ついて以来大概のことを高水準でこなす少女は、一番のめりこんだバレエ含め十二歳までに悉くトップ級であった。ただそれだけに生じてしまう虚無感も、絵里はまた抱えていたのである。

 

 <そんな物足りなさを抱えていた十二歳の誕生日から、祖父母に勧められて魔法戦闘にも手を出したのよね。魔力も生体技能も良い方だったから腕は上がりやすかったけど、ルーキーだから黒星も多かった。けど、負けても爽快で燃えてくれるなんて経験、この時初めて味わえたのよね。本気で好きなバレエ含めて、あのころまではとにかくできなきゃいけないって気持ち強かったし>

 

 己の転機に思いをはせ、絵里はしみじみと鑑みる。気だるげな気分を抱え祖父母の提案に乗った彼女だが、結果は歓喜という衝撃の連続だった。勝利の喜びもさることながら、自分を軽々上回る存在がおり、なおかつ努力で追い抜きが可能であったからである。戦えば戦うだけ青天井に登れるフィールドで、彼女は水を得た魚のごとく精力的に動き回った。開始数か月で一線級の能力を得た絵里は、両親の転勤に伴い日本へ帰国しその地に手ある出会いに恵まれる。

 

 「にこも希も、それに実姫も。出会いがちょっとしたケンカだったってこと、周りに話せば大体驚かれるのよね……」

 

 得難い親友たちとの馴れ初めを、小声で漏らしつつ絵里は思いにふける。闘気横溢していた中学入学当初の彼女にとって、同級生たちはどうしても物足りなく見えていた。故に言動もとげとげしくなりがちであり、周囲とのトラブルも相応に起こったのである。そうしたケンカ沙汰の一つとして、絵里は小柄な黒髪ツインテールの女子と交戦し、仲裁に入った西木野一族と東條一族の少女と繋がりを得た。当初は日常的な一幕として冷めた感覚で受け止めた絵里であるが、次第にそれでは収まらない濃さを覚えていくこととなる。

 

 ――競い合う味方って間柄も、面白いものでしょ?

 

 ――いつまでふんぞり返ってるのよ!?にこは将来の宇宙ナンバーワンアイドルなんだから、私以外に負けるんじゃないわよ?

 

 パフォーマー兼ムードメーカーの親友とやたら負けず嫌いな親友との馴れ初めが、不意に絵里の脳裏をよぎる。出会いよりしばしばケンカめいた衝突が続いたのだが、にもかかわらず彼女は絡む三人を嫌いになれなかった。ただその原因が分からず悶々としていた折に、向けられた言葉が回答となったのである。生ぬるいと思いこんでいた環境で見つけた競い合える仲間として、絵里は三人を受け入れ行を共にした。

 

 <中学部門のスキルコンテストの出場と、スクールアイドルもこの頃始めたのよね。でもって生徒会選挙にも出馬した。盛り上がるだけ盛り上がって、楽しむだけ楽しんで、高めるだけ高めて……音ノ木にやってきた>

 

 騒がしくも楽しく、それが故に充実した中学時代を総括し、絵里は内心そうつぶやく。明白な四人組としてまとまったのち、絵里たちは状況許す限り学業以外の分野に手を出し続けた。魔法技能絡みはもちろんであるが、それ以外にも校内行事や郊外の活動にも打ち込んだのである。結果として履歴を飾るスコアを得る格好となったにせよ、勢いに乗っての産物でその過程こそ楽しいものだった。そんな公私共にある楽しさが、高校進学で加速すると、絵里は信じていたのである。ただし、そんな展望は実姫の死とともに瓦解してしまう。

 

 <にこに縁を切られ、家族と希にものすごく心配されて、真姫に尽力されて実質生き返ったけど……半分抜け殻だったわ。どうしようもなくバカやらかして、その後の反動でどうかしてたから。けど、そんな曇りも変わりつつある。だから、私が本当に進むために――昔と今の仲間たちとμ‘sとして進むために、熱量操作(カロリーマネージャー)をもう一度>

 

 進む覚悟を確認するさなか、不意に絵里は足を止めてしまう。結構な距離と時間を走り続けた彼女だが、決して疲労による停止ではなかった。正にも負にも因縁のある舞台が、絵里の意識を釘づけとしたのである。ただ幸いに、今回の場合は正の方面から彼女を刺激する情報がもたらされた。

 

 「バトルパートの戦闘かぁ……」

 

 広場の中心部に設置された大型モニターの映像を見て、絵里は感慨深く印象を口にする。今いる地点が日本有数の多目的スポーツ会場『アキバドーム』前である以上、魔法技術関係のイベントがあってもおかしくなかった。事実チャリティーマジックフェスタと称する、中高生スクールアイドルを対象としたライブイベントがこの時行われていたのである。ついでに言えば、彼女含めた四名の同志は比較的敷居が低くも名のあるこの大会に参加し、四年連続好成績を収めた。そして――

 

 <私が統堂英玲奈と戦って撃墜されたのも……この時だった>

 

 最悪の結末を改めて意識した絵里であるが、意外なことに彼女の想いはそれほどマイナスに傾かなかった。消しようもない自業自得はそのままとして、今の絵里には立ち直る余力が残っていたのである。過去の好成績もさることながら、年度初めからの周辺の動きが、迷いにとらわれている彼女の背を推しつつあることも大きかった。

 

 そんな好条件がそろう中、一つの偶然が絢瀬絵里に発生する。

 

 半ば封じられたはずの、生体技能の発露という、最高の形で。

 

 「良い試合よね……私も――ってあれ?炎!?」

 

 「へぇ~、純粋な発火能力系統じゃない生体技能でその火炎……良いわね」

 

 「優木、あんじゅ!?何しにここにっ!」

 

 「今度は冷気を瞬間展開。けれど右腕にともった火炎は消えず……二年前の試合の時じゃそこまで同時展開は上手くなかったはずだけど。というか、綾瀬さんって冷気寄りだったかしら?」

 

「こっちもいろいろあったのよ。なんにせよ、A-RISEの序列第三位に注目とは光栄ね……」

 

  突発的なライバルとの遭遇を前にして、絵里は臨戦態勢で観察を続ける。体内及び周辺の熱量を操作する熱量操作は、発火と氷結の二つを併せ持った生体技能と表現できる。ただし、純粋な発火能力や氷結能力と比べ最大出力で劣る上、ある理由により体力消費が激しい能力でもある。故に技能保持者の応用力が特に大きく問われる代物であり、保持者ごとでどちらかに傾く傾向があった。絵里の場合、眼前の序列第三位――優木あんじゅの指摘通り火炎よりであったが、事故からの復帰後逆となったのである。実際は逆どころではないのだが、現状が現状だけにそれ以上彼女の意識は及ばなかった。

 

 「個人的な用事で外出してたら、見知ったライバルの姿を見たからね。声を掛けただけよ? あなたとここでぶつかるつもりもないし、そっちも太陽焔姫(アルティフレイム)とまさかケンカするつもりもないじゃないの。事故より前のあなたなら野試合ぐらい仕掛けてきたかもしれないけどね」

 

 「怪物といきなりエンカウントで勝負はあの頃の私もしないわよ。それで、その用事って何なの?」

 

 「今アキバドームでやってるチャリティーマジックフェスタの参加よ。団体でも個人でも挑めるし、当日参加可能種目もあるからいろいろ廻ろうって感じなわけ。というか、腕試しで綾瀬さんもエントリーしてみたら?復活のPRにはちょうど良い気がするけど」

 

 臨戦態勢の絵里に全く動じることなく、あんじゅはさらりとそう提案する。序列第三位を誇る彼女にとって、脅威となる対象がごくわずかという意味合いもさることながら、純粋に大会と眼前の他校生に対し好意的だったのである。高レベルの技能保持者として公式大会の参加は心躍るものであり、加えて有名でありながら敷居の低いこの大会は自由な方向にあった。そう返されれば絵里も生体技能の発動を解除し、参加の是非について考え始める。

 

 「個人飛び入りで参加となると……パフォーマンストーナメントが早いかしら?」

 

 「そうなるわねぇ。ちなみに私はシードで大きめのトーナメントに入る予定。ステージで対戦できることを楽しみにしているわ。もちろん観戦しても良いけどね」

 

 「煽り気味なセリフ言われて、炎熱も出せた私だったらさ、この後どうするかぐらいわかるでしょ?」

 

 「ふぅん、これがうわさに聞く音ノ木坂の」

 

 「おっとおっと、それ以上話しっちゃったら、ガブリよ?」

 

 平素の姿を知るものからすれば想像もつかない挑発的なセリフを、楽しげに絵里は口にする。能力を解いたとはいえこの『平素』という意味合いを彼女に当てはめた場合、むしろこの状態こそ本来と呼ぶべきものかもしれなかった。あんじゅの後方に一瞬で回り込み、左手の手刀を首に右拳を背に当てる。一瞬で大概の人物を詰ませるだけの早業を受けてなお、序列第三位は綽々と言葉を口にする。

 

 「音ノ木坂最強の狂犬、復活ってやつね。もっとも、ここでガブリしても逆に返り討ちなるわよ?」

 

 「だったら今ここで試す?てな話にはなるけど、今は遠慮するわ。野試合でA-RISE相手に手札をさらす真似はしたくないし、ちゃんと私の因縁にけりをつける意味でも正式な試合で戦いたい。そんな具合ね」

 

 「長いこと続いたトラウマ解決なんて個人的には意外だけど、新しいお仲間や東條一族の子と第五位がいるって前提で見れば妥当ね。ともあれ、後はステージで会いましょう?その方が技能保持者らしいし、ね。じゃ、スィーユー」

 

  「ええ、その時は存分に勝たせてもらうわ」

 

 「おお、これはおっかないおっかない」

 

 自然と絵里から離れたあんじゅは、最後にそう答えてドーム内部へと入っていく。最高クラスの技能保持者として揺らいだわけではないのだが、その身から見ても迷いを切った狂犬は侮れなかったのである。見送る形となった絵里だが、挑発的な行動を終えた割に落ち着き始めた内心は冷や汗まみれだった。二年前の試合と至近距離での対峙で感じた圧倒的な実力を、しかし彼女は恐れと同時に武者震いとして感じられたのである。かくてμ‘sの狂犬は、己が心に再び火を灯し燃え盛らせるべく行動を開始するのであった。

 




 ストック少ないがもうちょっと連投予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

 想いと繋がりを再び定め、CMFへと臨むμ’s三年組。そんな彼女たちの動きに他のメンバーは……

 とまぁこんな具合書き溜め最終話です。リアル忙しくやっと完成しましたがちまちまこれからも作る次第です。


 

 水を得た魚という諺が存在する。

 

 魚が水中を泳ぐことを本分としているように、自らが得意とする環境で人間が活躍することを表すことを指している。加えてある程度規則的に動く魚と異なり、様々な感情を抱える人間は、本領をひとたび得れば加速度的に動きを速めるものである。ましてそれが、長い抑圧から解き放たれた産物だとするならば、なおさらだった。

 

 故に絢瀬絵里は、久方ぶりに本領を発揮しその力を知らしめつつあったのである。

 

 「そぉおらっ!」

 

 バトルフィールド内中央付近で、絵里は気合と共にバレエのスピンに近い格好で回し蹴りを放つ。魔法装束姿の人間数名をそれのみで吹き飛ばすだけでも相当であるが、直接触れていない人間まで衝撃波が届くおまけつきだった。もはや純粋格闘のみでも一線級の戦力を誇る彼女であるが、対戦者をほふる武器は他にも存在するのである。だからこそ、絢瀬絵里という少女は入学一月足らずにして音ノ木坂女子学院の頂点に達したといえた。

 

 「次は、炎熱も混ぜるわよっ!?」

 

 接触する対戦者を吹き飛ばした絵里は、矢継ぎ早に拳圧で中距離の敵への攻撃を開始する。大気を殴って生じる風圧に攻撃力を帯びさせるのみでも尋常ではないが、これに熱量操作(カロリーマネージャー)が加わると始末に負えなかった。拳圧に発生させた火炎を乗せ放たれる弾丸は、射撃魔法以上の弾速と威力を誇り、標的を焦がしていったのである。数瞬での参加者三割近い撃破におののく対戦者たちだが、それでも勇を奮い攻撃直後の絵里へと襲い掛かる。

 

 「手としちゃ悪くないけど、こっちの攻撃手段は他にもあるのよっ!?」

 

 余裕しゃくしゃくの口調でありながら、絵里は全方向から一斉に迫る対戦者へ反撃を開始する。ただそれは意外なことに、その場で震脚を行うのみであった。しかし、拳圧の攻撃が可能と同じように、この動作もまた強烈な衝撃波を周辺に放つものだった。加えて熱量操作で発生させた冷気を乗せた形式である。たちまち襲撃者たちは吹き飛ばれ、戦闘不能な程度に凍結を食らってしまう。先の炎の拳圧と合わせ、彼女は十二秒の間に延べ五十名を撃破したのだった。

 

 <これはこれは……私たちとしても警戒した方が良いわねぇ。あそこまで動きが良くなってるとは思わなかった>

 

 試合開始一分未満で百名バトルロワイヤルの決着がつきかねない有様を眺め、優木あんじゅは観戦スペースよりそう考察する。復数日にわたり開催されるチャリティーマジックフェスタ(CMF)の中でも、バトルロワイヤル部門の敷居は比較的低い。しかしそれだけに強力な面々が参戦となるわけで、結果を残す難度でいえばかなり高いのである。その環境下で結果を出したのみでも恐るべきであるが、しかし序列第三位の警戒心は別の個所より生じていた。

 

 「徹底的に生体技能以外の土俵にする気、ね」

 

 時間と反比例し印象に残った要素を吟味し、あんじゅはそう独語する。先ほど含めた戦闘では能力で攻撃し、面制圧やそれ以上の範囲攻撃も絵里は十分モノにしている。しかし熱量操作の性質柄出力と燃費を意識せざるを得ない彼女は、それ以上に格闘技術を磨いたのである。生体技能の行使を制する体術技能は、各自が持つ能力を戦闘基盤とする技能保持者にとって、脅威となる代物だった。その格闘に熱量操作が加わって、絢瀬絵里という少女は頭角を現したのである。

 

 <いくら私が近接得意じゃないとしても、それなりに対処法は心得ているし、能力の出力と扱いにも凌駕がある。けど、あの狂犬は格上の打倒を有言実行できるだけの実力と実績があるわ。事故からのブランクと気落ちの割に動きの切れは増してるし、能力の出力も上がってる。昔の狂犬も牙を抜かれたって思ってる連中じゃ、瞬殺でしょ>

 

 まだ見ぬ手札の存在を意識しつつ、あんじゅは絵里の事情を考察する。するとそんな彼女の心理を察してか、バトルフィールドに新たな事態が展開される。といってもバトルロワイヤルの勝者同士による対決にすぎないのだが、続く内容が内容だった。それは――

 「二年もおねんねしてた腑抜けに、二年もバトルロワイヤル部門獲ったこっちが負けるわけないでしょ?」

 

 「そうね、二年もふぬけてたのは事実よ。けどさ」

 

 試合開始前の、ありきたりな挑発の応酬だった。Dブロック勝者の絵里をAブロック勝者が煽り、無言でBとCの勝者も追認する。それでも試合は始まり激闘となる――はずだった。

 

 「そんな奴に丸焼けにされちゃったら、果たしてどうなるわけ?」

 

 バトルフィールドどころか、観客席方面にも迫る巨大な火炎が、瞬時に展開される。威力も速度もさることながら、試合開始と同時に放たれた一撃は対峙する三名を瞬く間に飲み込み撃破したのだった。

 

 「あなたたちの方が、二年ものんべんとしてたってことになるんじゃないの?」

 

 感情に過度の揺れのない言葉と炎を乗せた拳圧による攻撃だった。事実、絵里にとってはまさしくそうであり、彼女の目標を思えば些事にすぎなかった。しかし現実は巨大な炎の拳がただの一撃をもって、対戦者三名をほふったという次第なのである。あまりの早業に目撃者は悉く呆然とするのだが、数瞬で思考回路を復旧させたあんじゅは先ほどのからくりを把握する。

 

 <集中力を相当高めて出力を上げただけじゃない、会場の熱量にも干渉したのね。おそらく一時的に水分を下げて大気にちりを寄せた結果の、爆発的発火。ここまでくると二年間のスランプも温厚理性的の仮面づくりって疑いたくレベルよ>

 

 ライバルのからくりを分析し、あんじゅはそう結論付ける。燃費と最大出力にやや難のある熱量操作だが、生体技能が持つ性能幅の広さは応用に有利なのである。熱量とそれに付随する物質に干渉してしまえば、大規模爆発や肉体大活性も容易に行えるほどだった。格闘ゲームに登場しそうな金髪碧眼にガントレットと金属ブーツ付の青ベースのドレス型魔法装束は、左胸の「Я」字と生体技能による見栄えも重なり鮮烈な印象を周辺に残したのである。

 

 ――こ、これはっ! 圧勝です! 第22回CMFバトルロワイヤル部門は絢瀬絵里選手の勝利で幕を閉じましたっ! 綾瀬選手、勝利の感想のほどをお願いします。

 

 「正直復帰戦でここまで動けたのが想定外でした……」

 

 テンション高く話を振るリポーターに、絵里はひとまず型通りな返答を返す。とはいえこの回答は、半ば彼女の本心でもあった。気持ちのふんきりと生体技能の安定度は保証できたとはいえ、大規模な実戦は久々だったのである。その状況で圧勝となればまず嬉しいのだが、真の目標が別に存在したとなれば勘定は別に存在した。

 

 「明日以降の日程でも想定外が発生するでしょうし、そもそも私が属するμ‘sも想定外に対する打倒を目標としています。個人的にも格上の打倒を目標としていますので」

 

 ここまでは、比較的平穏に絵里は対応した。当然目撃する者たちは、観戦者中最高の実力を持つあんじゅも含めて型どおりに終わると予測する。だがそんな展望は、賢狼の皮を脱ぎ捨てた狂犬により、あっけない崩壊を迎えてしまう。

 

 「誰であろうと、噛み破ります。今もご観覧中の序列第三位であっても、この場にいない第二位であっても」

 

 周辺に直撃しないよう一瞬程度としつつ、最大出力の炎熱と冷気を放出し絵里は鮮烈な宣戦布告を口にする。μ‘sとしての勝利もそうだが、真に彼女の過去を清算するには己を地に墜とした者を凌駕する必要が不可欠だったのである。あまりの内容に目撃者はあっけにとられるばかりだが、しかしあんじゅは逆に久しく燃え上がらなかった闘争心をたぎらせる。

 

 「そうよ、そうよねぇ……あの時みたいに心ここにあらずのあなたを倒したって何にも楽しくないんですもの。フフフ、楽しみだわぁ」

 

 本人からすれば心より楽しげな、それでいて傍目には瘧火にも似た暗い情熱をたぎらせた声色であんじゅは独語する。自らが並ばれるという経験があまりない彼女にとって、強烈な刺激となりえたのである。かくして狂犬と怪物は、互いの炎をたぎらせ近い将来の対決を心待ちとするのであった。

 

 

 

 

 天網恢恢疎にして漏らさず、という言い回しがある。

 

 どんな情報でも必ず広まり伝わるという意味合いであるが、各種情報機関が発達した現代日本おいては特にその面が強い。中でもソーシャルメディアの功績は殊の外大きく、情報発信と受信の難度を大きく下げたといって過言でなかった。

 

 つまり、CMFの観客が、実況形式で大会内容をソーシャルメディア上にアップする例も十分存在するのである。しかもその内容が、注目選手のものであるならたちまち話題となるのであった。

 

 「絢瀬絵里、鮮烈なる復帰戦……ですって!?」

 

 アイドル研究部部室にて、にこはPCのディスプレイに移った文字を見てそう反応する。休日でも部活の練習として校内で活動できる彼女だが、訓練のみならずこうした情報収集を行うこともある。無論トップたる穂乃果が最終的な判断を下す形であり、彼女自身も動きが多い。ただし、そのような事情をもってしてもμ‘sメンバー中最もスクールアイドル事情に精通するものとして、にこの見解は尊重されているのである。そうした役回りと、自らの興味によりインターネットを覗いていたのだが、入った情報はいささか面喰うものだった。

 

 <確かに絵里が公式戦で復帰するとは知っていたけど、のっけがバトルロワイヤル部門とはね。あいつの戦闘スタイル的に乱戦向きだけど、目立ち過ぎはしないんじゃないかしら? 炎熱を復活させたから大抵何とかなるはずだけど……>

 

 親友の事情を分析し、にこはひとまずそう考える。応用幅の広い生体技能と抜群の身体能力を誇る絵里の実力は、全距離の戦闘に十二分活きるものだった。特に本人のスタイルが格闘寄りであることもあって、一対多数の乱戦には滅法な強さを誇るほどである。ただし、生体技能の関係柄中距離戦に穴がある形だった。現状彼女が手を出しつつある大会はそれを衝けるだけの猛者が多い以上、懸念が大きかったのである。

 

 <とはいえ、どうする? 大会システム的にこっちが参戦するのもいけるけど、平気かしら? 連携も二年ぶりで色々追加した絵里と組んだとして、効果があるかも怪しいし。となると適当なタイミングであいつを連れて帰るのが良いけど……>

 

 「退かせる名分が見つからない、かな? にこっち」

 

 「希!? いつの間にかいたわけ――って昔からあんたはそんなもんよね。神出鬼没な割に溶け込んでくる巫女ダヌキ。てゆーか、試験勉強平気なわけ? 今回にしたって別件すませた絵里も入れて勉強会がメインだし。真姫ちゃんたち一年組と二年三人は勉強会の規模が大きくなりそうってことで、生徒会手伝いの名目で使ってるのよ?」

 

 「間違った表現やないけど、せめてそこはもうちょいカッコええ言い回しにしてくれると嬉しかったなぁ。それを言うんやったらにこっちも成績的に不安要素大きいんとちゃうん? ともあれ考えてることはうちも同じだよ。絵里ちが元気になってくれたのは良いとして、なりすぎて転ばれるのはこっちも困るから」

 

 親友の言い回しに対し、希は普段通りの口調でそう返す。ふんきりをつけてくれた絵里の動きは確かに喜ばしいのだが、懸念がないわけではなったのである。ただし、彼女の場合はにこと異なり、懸案への対処を持ち合わせている形だった。その内容を察したのか、にこは目算をつけて確認する。

 

 「真姫ちゃんの見立てがあるからって言いたいの? 確かにあの子がいれば大会での負傷ぐらいどうとでもなるし、二年前の事故だって完璧に治してもいる。けどね、あの絵里が万一あったとして、素直に真姫ちゃんを頼ると思う!? あれだけのことがあったなら、私たちでもとっさに頼るかどうか怖い面もあるのに……」

 

 「にこっち、それももちろんいう通りやと思う。けどね、うちらは二年前のアイドル研究部やのうて、μ‘sなんよ?」

 

 「何が――って、他の面々が動くからってこと? それで平気なの? こっちが言うのもあれだけど、内面結構絵里って面倒なのよ!? それを会って間もない面々で」

 

 「面々だから、やりたいことが見えてフラットになっとる絵里ちには届く。なんやかんやで絵里ちって、最後のところストレートなぶつかり合いが好みやし、むしろ好都合やとうちは思うな。穂乃果ちゃんとか凛ちゃんとか、そのあたりが動けばきっとうまくやれる」

 

 「ま、確かに絵里ならそういうタイプとの相性は良いでしょうね。実姫とも随分模擬戦楽しんでたし。にこもそれに混ざって、希は脇からそいつを眺めてたのが今までの図式――を踏まえて聞くわ」

 

 希の説明に納得しつつ、肝心な点を糺すためにこはそんな問いをぶつける。純粋な意外と若干の動揺が混ざった表情を見て、彼女は親友の性質に大きな変化が起こっていないと確信した。良くも悪くも東條希という本質を表す事態に対し、にこは同じく本気をもって語りだす。

 

 「いつまで希は、引きっぱなしなの?」

 

 「な、何ゆうとるんにこっち!? 絵里ちはうちにとって一番」

 

 「一番大切な存在のそばに、どうして希はいかないわけよ? 一番大切な存在をどうして他人に投げられるのよ? それとも何!? 絵里を大切だっていう自分に酔いたいわけなの?」

 

 「にこっち! 絶対に、絶対にそんなことはあらへん!!」

 

 露骨に挑発するにこに対し、ほぼ反射的に希はそう叫ぶ。しかし、言い終えるや否や彼女は親友のあおりに対しておおよその答えをイメージできた。言葉の粗さはあるものの、にこは絶対に友人を貶める真似はしないのである。だとするならば、必然的にその意図するところが読めて、それを見計らってか彼女はさらに語りだす。

 

 「だったら、駆けつけなさい。ついでに助けなさい。絵里は実姫と違って、今まさにこの世界で生きているんだから。もう私たちはね、誰も手放すわけにはいかないのよ。このこと、よく分かるでしょ?」

 

 「そや……やっぱりそうなんよ。いろいろ支えて、それでいて向き合えきれなく時もたまにあっても、うちにとって絵里ちは欠けたらあかん存在だから。なのになぁんで、こんななってまうんやろ?」

 

 「実姫から経由で細かい事情知らないんだけどさ……中学上がる前からかなりやばいもの見てきたんでしょ? 聡付きのおかげでフォローあっても、ご両親が内紛で戦死するわ組織に潜り込んで情報とって崩壊させるわの地獄と記憶してるわ。生体技能絡みで海未もことりも、それに真姫ちゃんもえぐい過去があるけど、希の経験だって質でいえば落ちるものじゃないわよ。そんな過去と二年前までのことがあれば、絵里に特別以上の感情持っても何ら違和感ないもの」

 

 「うわぁ……うち以上に整理して話せとるよ。せやな、やっぱりうちにとって絵里ちが特別やった。両親もみっきーも目の前で喪って、にこっちまで縁を一度切られたうちは、絵里ちのおかげで踏みとどまれたんよ。あの子が好きで欠かせなくて……もし男の子から告白されたとかあったら、こっちから押し倒すかその子を狙撃するかぐらい真剣に考えかねへんもん」

 

 「まぁ大体見当着いてたけど、真姫ちゃんに続いてあんたまで同性愛許容とはね。もっとも『絵里だから』って理由がメインだし、同性婚絡みだって法も技術も幸いそろってるならなんとでもなるわ。ただし、どう転んでもゴタゴタは覚悟しときなさい」

 

 まぁこっちの方がやばいけどね、と付け加えにこはそう締めくくる。常道とは異なる恋愛事情の発露であるが、幸運にもこの時代生殖含め同成婚は安定的な確立を見ていた。七年前、西木野真姫がIPS細胞研究を実用レベルまで完成させたのである。その功績により彼女は序列第五位認定を受けたのだが、同時に医療技術全般も革新しそれに伴う法整備も進んだのである。故にまだまだマイナーなれど十分な選択肢として同性愛は公権を得たのだが、流れを納得しつつ希は踏み込んだ事情を指摘する。

 

 「もちろん、うちはちゃんとするで? 絵里ちと一緒にいられるなら何でもできそうだもん。けど、にこっちの方はもっと大変とちゃうん? いくら望んでいても真姫ちゃんは真姫ちゃんで色々ある立場だし」

 

 「それもあるけどね……押し切れるだけの発言力をいざとなれば真姫ちゃんは行使するわ。ただ、もっと面倒なことであの子は頭を抱えると思うのよ。『自分の存在が、にこちゃんを縛っちゃうんじゃないか』って、過るはずだわ。ま、この点はにこも似た感じなんだけど」

 

 「ホンマ、みっきーのいった通り合わせ鏡みたいな性格やね。やってることと立場は真逆なのに、根っこは見事なまでに一途で目標に命を平気で賭けるタイプ。うちとしては、サッサとゴールインするのが正解やと思うけどなぁ」

 

 「たとえそれがベストだとしても、真姫ちゃんにもっと世界を広げてほしいって心から思うのよ。その過程で、にこ以上に好きだと思える相手を見つけられたとしたらそれでも構わない。人間の変わり方なんて、人それぞれなんだから一一口を挟む権利なんてにこにはないのよ。相手が実姫から託された真姫ちゃんなら、尚のことね」

 

 「やたら寂しげに締めた時点で、意中の相手は真姫ちゃんしかあらへんって言うとるモンとうちは見るよ?」

 

 言外に本音を表したにこに対し、希はそう親友を表現する。決着を見てほしい案件であり、にこと真姫が結ばれればなお良いと思う彼女だが、それ故に口の出しようがないとも感じた。誰よりもお互いを強く想い合う二人だが、そのために筋を正しくありたいと信じ続けているのである。ならば調整屋として己の役回りは、漏れのない地ならしと信じることのみである。そう改めて確信していると、にこは結論を口にする。

 

 「そんなわけだから、あれこれと悩むわけなのよ。ともあれ、いざって時は知恵貸してよね? それいて、さっさか行きましょ? 二年前で止まってた時間を今度こそ進めるんだから」

 

 「うん、今度はうちも前に進むよ」

 

 希はそう言い展開中の勉強道具を姉妹、移動を開始したにこに続く。どれだけ言いつくろっても、結局自らの在り方を偽ることは心理の名人でも能わなかったのである。かくて親友の二人は、友が待つ戦場へ向け行動を開始するのであった。

 

 

 Ⅲ

 

 発見はどこにでも存在する。

 

 それを得るにはたゆまぬ努力が必要だとしても、それが故に些細な案件から発見を得られるものである。しかし、発見がどのタイミングで起こり得るか、完全に未知のものだった。だからこそ至る過程は辛くも楽しいとも、どちらにも解釈可能なものなのである。結局個々の心理に帰結する問題であり、視点とやり方によっていくらでもポジティブに仕立てられるといえるものだった。

 

 しかし――

 

 「真姫ちゃーんっ! 和訳ワカンナイにゃーっ!」

 

 「ヴェエエっ!? さっきやり方教えたでしょ? タイトルの単語まず追いなさいって」

 

 「真姫ちゃん、現代文の傾向ってわかるの?」

 

 「割とこの筆者の作品読んだでしょ? 結構一貫してるわよ」

 

 気づきがあるかもしれないと思いながら、西木野真姫は第一に騒々しい勉強会に臨み、そんな対応を繰り返す。行為そのものは同じであるにもかかわらず、長机の反対側では穂乃果たち二年生組がテンポ良く対策を進めていた。付き合いの長さや元来の出来といった要素が大きいとしても、どうしても真姫は両隣の一年生二人と比較してしまうのである。彼女にとって勉強会は、これまでにないぐらい無駄のある騒々しさだった。

 

 <役回り柄私が何とかする必要があったとしても、回り道が過ぎる気がするのよね。学力があれだけど、凛もそこまで頭の出来が悪くないはずよ。なのにオーバーに絡み気味だし……>

 

 花陽と凛にテスト範囲を教えつつ、真姫はふとそんなことを考える。仲間との付き合いも接する相手も好きに該当する彼女であるが、こうも過剰ではいささか困惑気味なのである。ともあれそうした自分であっても苦笑交じりに合わせている身であり、あえて口を挟む意思はなかった。むしろ別の案件が、この時真姫を意識させていたのである。

 

 <箱入り上がりの私を少しでもなじませるためってのは……疑い過ぎなだけじゃない。けど、にこちゃんや穂乃果のことを思うとそんな考えも浮いちゃうのよね。決闘の時の言葉で、相当穂乃果とお姉ちゃんに縁があるって分かったし、にこちゃんたち三人も私を助けてくれてる。きっと、お姉ちゃんが生きててもこうなったはずだけど>

 

 なぜ、西木野実姫は高坂穂乃果を組み込んだのか?

 愛する妹のため、有益となる強大な戦力を引き入れる意図ならつかめる。ランク7序列第四位と第六位に緊密な間柄を持ち、当人も一騎当千の実力を有している。だがそれのみで、姉が親友矢澤にこと同等に後事を託すまで鍛えるかといえば、怪しかったのである。さらに言えば、そうさせるだけの「西木野真姫」という存在も、彼女は気にかかったのである。

 

 <史上最年少で序列入りした、歴代最強の西木野。それがお姉ちゃんにとって誰よりも守りたいって思える存在だから八方手を尽くしたって形になるけど……本当に私の価値ってそれだけなの? 私に対するレールが緻密に敷かれていることは良いとして、こんな形ってそうそうあるの? ()()()()()()()()()を誰かが知っているみたいじゃないの>

 

 かねてより存在し、近頃強まった感のある疑念を意識し、真姫は内心独語する。付き合いも深く最愛の姉たる実姫の誠意を、彼女は疑うつもりなどない。ただそうであるが故に、あそこまで周到に動いたと思われる姉の真意を、真姫は計りかねたのである。自らの死すら勘定に入れさえして、実姫は盤石な布石を用意した。存在自体は大変ありがたいのだが、尋常ではない背景に真姫も不安になってしまうのである。

 

 <ただそのあたりも、これからみんなで過ごしていけば見えていくのかしら? そもそも私自身、今の繋がりってかなり好きな方だし>

 

 「真姫ちゃ~ん、大分考え込んでるけど平気? さすがにお姉ちゃん心配だよ」

 

 「ん~、そのあたり平気よ。これでも考え込んで答えだすのが身分だし、お姉ちゃん含め見ててくれる人がいるから安心だわ」

 

 自らに掛けられた声に、真姫は半ば惰性的にそう返す。だがこの時彼女は考え込んでいたとはいえ、常ではあり得ない錯誤を犯したのだった。いくら言い回しが実姫と同じだったとはいえ、少しでも声を意識すればその主が誰かすぐにでも分かったはずなのである。もっとも声の主はそのあたりの事情を衝く形で、真姫にちょっとしたいたずらを敢行する。

 

 すなわち――

 

 「じゃあ、ご褒美を進ぜましょう♪」

 

 ある人の言い回しと声音に似せた声の主は、おもむろに後方から真姫の左頬と迫り――

 

 「ヴェエエエエッ!? キキキキス!? 今度は、左に!?」

 

 「パニックの割に嫌がってる感じがしないのと、さっきの言い回しで平気って言ったように穂乃果は思えたな? 真姫ちゃん、落ち着いた?」

 

 「落ち着くも何も別の意味で大混乱気味……ではあるけどある意味では悪くないわよ。この際だから言うけどさ、お姉ちゃんと相当縁深かったんでしょ、穂乃果? 他の誰かじゃいきなりキスなんて認められないわよ、ほんと」

 

 「ええ、本心から尊敬できる相手からのキスなら確かに私でも納得できます――ってそうじゃなくて! なんで唐突なキスシーンを二人で完結させてるんですか!? 真姫、あなたにはにこがいるでしょう!? 穂乃果も穂乃果です! そういうきわどい接触は正式に交際を始めてからが筋です! そもそも真姫との接点があまり浅いじゃないですか」

 

 あまりにも当然な正当性を持つ反応を、事態から数瞬して海未は返す。眼前の幼馴染が頬へのキスに及ぶ事態は、確かに存在する。だがその対象は自分なりことりなり、さもなくばもう一人いた幼馴染であり出会って数か月程度の真姫にするものではなかった。イレギュラーゆえのそんな指摘に対し、穂乃果は朗らかながらも真剣に返答する。

 

 「意外かもしれないけど、そうでもないんだよねぇ海未ちゃん。何しろ真姫ちゃんは出会う前から穂乃果にとって主筋ともいえるんだから。師匠が――二年前亡くなった真姫ちゃんのお姉さんが、「出会ったらよろしくお願い」って頼まれたんだよ。可能なら交際しても良いって言われるぐらい、関係は深かったね」

 

 「確か……五年前の事件の後ぐらいに『すごい師匠ができた』って話したよね? それが真姫ちゃんのお姉さんになる――西木野実姫さん?」

 

 「そう、実姫師匠。事件でツバサちゃんが行方不明になって本気で参ってた時、声を掛けてくれたんだ。それで色々話してて『何があっても勝てる方法を教えてください』って頼みこんだら、戦術とか教えてくれるようになったんだよ。師匠も私に依頼とか回してくれるようになったから、おかげで強くなれた。そんでもって……二年前の四月ぐらいに真姫ちゃんのことを実姫師匠は教えてくれた」

 

 <私の知らないお姉ちゃんを……穂乃果は知っているの?>

 

 立て板に水を流すように語られる穂乃果の話を受けて、真姫はそんな確信を抱く。実姫と最も深くつながったという自覚はあるものの、当然姉が持つ何もかもを知っていると彼女は思っていなかった。少なくとも親友や実の両親には違う顔を覗かせていると、真姫は睨んだのである。そんな思いを察してか、穂乃果は亡き師の実情について説明を開始する。

 

 「カッコイイって印象がとにかく強かった人だったなぁ。特例で大型含めた二輪の免許を持ってる人で、バイクとライダースーツが似合っててモデルもやってたし。それでノリの良い行動派の割に、緻密な理論立てが上手いっていうか……ここまでは真姫ちゃんも知ってるよね?」

 

 「お姉ちゃん、外でもツーリングとかよくしてたんだ……概ねそうね。大好きだし頼れるんだけど、何かあるっていうか」

 

 「穂乃果も穂乃果で何かが分からずじまいだったんだけど、今思い返せばわかるかもしれないことは一つあったんだ。二年前の四月ぐらい、師匠が待ち合わせ場所の公園でどこか遠くを見ながらつぶやいた言葉なんだけど――『なんであの子は上澄みで第五位なのよ』って」

 

 「上澄みで第五位ですって!?」

 

 「たまたま聞こえたから私も実姫師匠に聞いてみたんだけど、かなりぼかされちゃって本質までつかめきれなかったよ。けど、今なら結構なところまでわかる気がする。だって真姫ちゃんの事象解析、穂乃果にちゃんと機能してるから。師匠も含めて、真姫ちゃん以外の事象解析は異質な力に干渉できない状態で」

 

 真姫はもちろん、彼女以外の面々も仰天する爆弾を穂乃果は投下する。ある程度まで伏せたままにする予定だったのだが、予想以上に真姫との距離が詰まってきたので明かすこととしたのである。ある種緊密さの証明となる事態だが、同時に亡き師の計画に深く噛み始めることも意味していた。だが、そうしたリスクを許容できる価値を覚えつつ、穂乃果はさらに説明する。

 

 「記憶する限りじゃ、事象解析で読み取りと再現が可能な範囲って、科学で説明のつくものの筈でしょ? そういう意味で生体技能も腕利きの西木野一族は再現できるらしいけど……異質な力に関しては無理だって話だよ。けど、真姫ちゃんは穂乃果にも事象解析の力を及ぼせている。本当のところは知らないけれど、師匠の言葉に嘘はないって私は思うな」

 

 「そうだとして……私はいったい何なの?」

 

 「意味合いはいろいろあるはずだけど、μ‘sにとって真姫ちゃんは真姫ちゃんだよ。何があっても、これは揺らがせない。西木野宗家に事象解析を持って生まれて、師匠がレールを敷いていたとしても、現実に動いているのは真姫ちゃんなんだから。それに、穂乃果としてはここまでの展開も想定通りかといえば大分怪しいよ? 真姫ちゃんだって、新しい仲間を連れたしにこちゃんにも思いを届けているんだから、予測を上回りつつあるって思えるな」

 

 <そっか……そうだったじゃないの。お姉ちゃんとかにこちゃんとか、穂乃果じゃない。結局私自身が、こんな繋がりを好きだったのよ。力も家も関係ないってわけじゃない。切りようがないし、私だってそのことを誇りに思いながら過ごしてる。けど、それより前に来るものだって、今の私ならある。きっと、増えてくれるから>

 

 穂乃果の言葉をかみしめつつ、真姫は思いを新たにする。西木野当主というこれまでとこれからに責任を負う彼女だが、個人の想いにも影響を及ぼすものであった。しかし、それとは離れた――というよりそれ以前の原点の部分の想いを音ノ木入学の後は意識するようになったのである。事前の立ち位置を超え本当の意味で、穂乃果やにこ、仲間たちと向き合う。初めての事態に戸惑いを覚える真姫であるが、些末に感じさせるほど強い希望を実感できた。

 「なんだか脱線しているようですが――真姫が落ち着いたので良いでしょう。今飛び込んだ案件も、彼女が特に絡んでいるのですから」

 

 「海未ちゃん、わざわざ勉強会放り投げても動く必要のあることって――ああ、これは確かに考えモノかも。穂乃果ちゃん、確認して平気?」

 

 「そうだねぇ、ことりちゃんよろしく」

 

 「はいはい~、アテンションプリーズ♪ 現在進行形でCMFがやってるけど、ここにきて三年生組が一斉に参戦するみたい。その兼ね合いでにこちゃんが私たちに援軍の要請を入れてきたんだけど……どうする?」

 

 穂乃果から話を受けたことりは、そうメールの内容を開示する。毛色の違いから独断専行を懸念した彼女だが、一定の手続きを踏んだ三年組の動きを評価した。とはいえ加勢となるとまた違う格好だが、己の思惑を置いて彼女は決定を場に委ねたのである。案の定、一座から様々な意見が噴き出て、空気が動き始める。

 

 「勉強会すっぽかして動くなんておかしいにゃ……って言いたいけど、分かる気持ちかな?」

 

 「友達が危ない目に飛び込んですからねぇ。前のめりになるのも分かるけど、凛ちゃんはどうしたいの?」

 

 「一緒に行きたいけど言ってどうするかって思えるにゃ。会長さ――絵里会長って、結構プライド高いし、競技をどうするかってこともあるし」

 

 「出たとこ勝負をやるには、私たちではあまりにもリスクと目立ちがありますからね。はてさて、どうしたものやら?」

 

 口には賛否を濁しつつ、海未は次の発言を窺いに入る。とはいえ彼女はこの場の流れと結論を、彼女はあらかた読み切っていた。舞台監督が穂乃果であることも無論だが、海未自身も結果に注目していたからである。そんな思惑を抱きつつも、悟られぬよう彼女はさらに話を振る。

 

 「ともあれ、現状稼働中の三年組に最も近い人物がいますからね。真姫、にこ達はどう出ると思いますか? アイドル研究部副部長のあなたの意見をまず把握したいのですが」

 

 「わ、私に振る!? 答えるのは良いとして、この席で穂乃果はしゃべらないの? こういう時こそリーダーの見識が一番頼りになるんだけど」

 

 「穂乃果が話し出したら、それで片がついちゃうでしょ? だからまずはメンバーの意見を把握したいんだよ。最後の断はこっちで下すし従ってもらうけど、そうなるまでにこっちもベストを選びたいんだよね」

 

 穏やかでありきたりな言い回しながらも、言外に拒否を認めさせない口調で穂乃果はそう話す。彼女が終始一座を主導したとしておおむね問題ないのだが、チームとしてより良い発展にはつながらないと踏んでいるのである。故に組織としてのアイドル研究部とスクールアイドルチームμ‘sを分け、二頭制の要素を混ぜた。加えて真姫を副部長に据え、三年組と一年組の繋がりも取り込んだ。周到な布石を施しながらも、違和感のない実行に長けた穂乃果は、平素と変わらぬ安心感を抱かせる瞳で真姫に促す。

 

 「みんなに聞くけど、あの三人ってどんなタイプだと思う?」

 

 「どんな、といわれましても漫然としすぎてます。ただ全体通じての印象なら……ベテランらしいと言うべきでしょうか?」

 

 「そう、腕利きのベテランよ。自分の腕前と経験に誇りを持った、チームメンバー。個人個人だけじゃなくて連携もうまいから大抵大丈夫だけど、今回は大抵から外れかねないって私は見てる。絵里さんの――ううん、絵里さんだけじゃない。あの三人が抱えたトラウマを清算しようとしているから」

 

 「会長さん以外も何か引きずってるの?」

 

 「誰も悪い状況じゃないのに、盛大に一度けんか別れしたのよ? 悔やんで悔やみようのない失敗から、やっと立ち上がってきたのよ? 誰か一人が本気になれば、他の二人は続くわよ。誰にも止まられないぐらい、本気でね」

 

 当然に感じた凛の疑問に対し、真姫は端的にそう返す。絵里たちを腕利きのベテランと評した彼女だが、それも基盤となる想いあればこその産物なのである。故にその思いが絡む案件であるならば、三人は勘定を度外視しても突っ走りかねなかった。それを踏まえての回答を、意を決し真姫は提示する。

 

 「だから、私たちが後に続くとしても、本日実施のものには手を出さない方が良いわ。本当に緊急事態なら別だけど、そうでなければ想いを遂げさせるべきね。けど、その先は違う。個人の想いを超えた以上、私たちはμ‘sでまとまれる。協議に参加するのは、そのタイミングね。穂乃果、それにみんな。今のが私の考えだけど、良いと思う?」

 

 「穂乃果は賛成。というか、こっちの見立てと重なってくれたしやっぱり真姫ちゃんはすごいよ」

 

 「武人のはしくれとして、私も穂乃果に賛成です。一念を抱いて戦う者たちを、いたずらに留めるなんて野暮ですからね」

 

 「穂乃果ちゃんと海未ちゃんが賛成なら意義はないね。三年生組のお手並みも拝見したいところだし♪ 凛ちゃんと花陽ちゃんも異議はないよね?」

 

 真姫の意思表示に対し、要となる二年三人は一様に賛意を示す。筆頭の穂乃果が真っ先に賛同したという点も大きいが、他二名も各々個人の理由から絵里たちの動きを追認したのである。こうなれば一年生二名も特に異議もなく、ミーティングの方針は決定と相成った。そして、最後を飾る一言をおもむろに穂乃果は口にする。

 

 「さぁて、μ‘sベストメンバー編成での初勝負、勝ちに行くよっ!」

 

 「了解っ!」

 

 穂乃果の檄に対し、五人は特に示し合わせたわけもなくそう返し、彼女の後に続き部室を後にする。流れを他人に委ね静観を一時しても、μ‘sという個性を束ね導く存在は彼女なのである。かくして衆議を定めた六名は、決戦の舞台へと連れ立ち向かうのであった。

 

 

 

 Ⅳ

 

 人間は過去を記憶する。

 

 その事象全てが必ずしも良いことではないのだが、往々にして残った過去が人間を行動に至らせる。加えて言えば、忘れたと思い込んだとしてもかつて経験した事象は、意識無意識問わず自然と出るものである。故に一度解散したグループが、間をあけ再び活動を開始してもすんなりと動く例も多かった。

 

 幸いにして、二年前崩壊となってしまったスクールアイドルチームは、遺憾なく結束ぶりを見せつけつつあるのだった。

 

 「にこぉっ! 弾幕もっと張りなさい!」

 

 「無駄口叩かないで絵里もあぶり出しやりなさいよねっ! 随分多いのよっ!?」

 

 「私を、誰だと思ってるのよっ!」

 

 ――二人ともー、けんかせんでちゃんと散らしといてな? うちが狙撃するから。

 

 通信魔法の音声含め、バトルフィールドにてμ‘s三年組はそんなやり取りを交わしている。高機能ホログラムによる舞台が市街地かつ、バトルロワイヤル形式である関係柄混戦の様相を示すも、大会途中合流二名を加えた彼女たちは問題にしなかった。むしろ、対峙する人数がある程度限定されることもあり、戦いやすいほどだったのである。ともあれ対戦相手も的ではないので、果敢に反撃を開始する。

 

 「あんたたちがどれだけ強くてもっ!」

 

 「負けで終わる理由はこっちにないっ!」

 

 絵里とにこの猛攻に押されながらも、なお健在のスクールアイドル二名は反撃を開始しようと試みる。電気系の生体技能で増強された接近戦を仕掛けようとする少女と、彼女を支援する大気系の生体技能の少女の打ち手は特に悪いものではなかった。事実、絵里とにこは立ち回りこそ高速であるものの、これまで大きく接近戦を挑む様子に見えなかったのである。ならばモーションの大きい中遠距離を抜いてしまえば勝ちが見えてくる――という見方も決しておかしくはなかった。

 

 ただし。

 

 「そのセリフ、そっくりそのまま返すけど?」

 

 「狂犬の接近ぐらい、こっちも読んで」

 

 「だから、撃たれるんだけど?」

 

 迫る絵里に対し迎撃を行わんとしたスクールアイドル二名だが、しかし彼女たちを討ち取った一撃は別人がなしたものだった。魔力弾を調整し失神程度に済ませながらも、恐ろしく正確に脳天へ炸裂した格好である。見事なヘッドショットを目の当たりにしながら、しかしあまりに見慣れた光景である故さほど感慨を抱かないにこは、狙撃の主に通信を入れる。

 

 「今の一撃、狙ったの? それとも狙う先に人がいたわけ?」

 

 ――んー、後者やけど生体技能使ってへんよ? 絵里ちとにこっちが仕事してくれたわけやし。

 

 「人間心理バカみたく恐ろしい具合に見切って未来位置に狙撃なんて芸当、希ぐらいにしかできないわよ。ホント、あんたが味方で親友の事実に安堵するばかりだわ」

 

 ――アハハー、お褒めに預かり光栄です、ってなぁ?

 

 呆れ気味な親友の称賛を、通信先の物陰より希は嬉しそうにそう返す。生体技能を用いればよりえげつない状態でも狙撃は可能だが、それ抜きでも大概の支援を彼女は可能としているのである。何しろ心というものを読み切ってしまえば、彼女にとって標的の位置把握など造作もないことだった。もっとも、言葉にすればごくシンプルな事象を実践した場合、どれほどの難易度になるか絵里とにこはしっかりと理解してもいる。

 

 <単独でうろついている人間にも悟られず命中させるなんて芸当は骨だわ。まして私とにこが高速の乱戦を演じているさなかに読み切るなんて芸当、頭だけでやってのけるんですもの。『うちはμ‘sで一番弱い』って希は言ったけど、私からすればあなたが一番恐ろしいわよ>

 

 もっとも深く繋がった相棒を、絵里はある種の寒気を伴いながら考察する。狙撃手にとって技術や動体視力は欠かせない。無論希も十分満たすだけ能力はあるのだが、突出してそれらがあるというのではなかった。にもかかわらず、一流以上の狙撃を成し遂げられるかといえば、読心能力の域に達した心理分析によるものなのである。標的の心理はもちろん地形や味方の攻撃も勘案して割り出される希の照準は、寸分違わず敵を捕らえ銃弾を命中させるのだった。

 

 「とにかく、油売ってないで次を倒しましょう? 私たち、とにかく目立ってるからね」

 

 「そうそう、早いとこ動かないと――ってもういるじゃない! 多弾製造・追跡弾(マルチパレット・ホーミング)!」

 

 とっさに得物の引き金を引いたにこは、左右から迫ったスクールアイドル六名目掛け半自動誘導弾を発射する。標的追尾機能と任意誘導を併せ持った弾丸の雨は、たちまち標的を包み込み、防御の暇を与えず瞬殺を生み出した。単純な大威力攻撃とは異なる必殺を目の当たりにし、絵里は今更な感想を口にする。

 

 「『防がれなきゃ良い』ってにこは言うけどさ、射撃魔法であんな芸当できるの音ノ木じゃあなたぐらいよ?」

 

 「金髪の狂犬さんと違って、にこは技巧派なのよ。魔力量にどうしても制約がかかる以上テクニックでどうにかするしかないわけじゃない。とはいえ」

 

 ――袋小路気味、やね。撃破人数稼ぎやすいゆうても、閉塞されっぱなしじゃうちらももたへんよ。広場に出て絵里ちの最大出力で薙ぎ払えれば楽なんやけど……

 

 「やれば確実に私とにこは落とされておしまいだわ。ここまでスコア稼げてるのも、地形の入り組み具合を活かしての産物じゃない。そもそも、広場じゃ希の狙撃ポイントも割られやすいのよ?」

 

 希からの憂鬱な指摘を、絵里はやや重い気分でそう応じる。彼女たちμ‘s三年組は、多数の参戦者から攻撃を受け続ける状況であっても、悉く撃退を果たし続けた。無論それを可能にする戦闘能力や連携も事実だが、それと同等の要素が地形の活用だったのである。狭隘部に迫るスクールアイドルを引き込み、希の狙撃の援護の下、絵里の格闘とにこの弾丸で叩く。数的優位と攻撃選択肢を強制的に狭めての戦術は()()()()()を彼女たちにもたらした。それ故に――

 

 「遠巻き気味に包囲を食らえば、私たちは身動きが取れずにタイムアップだわ。方位を破るのに私とにこの大技なら使えるけど、その時点で狙われたら一環の終わり。ちょっと派手にやりすぎたかもしれないわね」

 

 「ま、普通に見たらそうなるんじゃないの? 今のμ‘sを知って、なおかつ二年前の私たちを知っている連中なら隙なんて逃さないわ。希もそんな見解でしょ?」

 

 ――うん、正面突破も絡めても現状きついかな? とりあえず今は粘るしか。

 

 「じゃあにこが囮で粘るから、それまでに二人で何とかしてね? 幸い二人いる親友はそれくらいできるわけだし。つぅか、ね」

 

 常識的な懸念と常識的な対処法を述べた絵里と希に対し、にこはあえて非常識な発言と行動を開始する。彼女たち三人に『当面の優位』を与えている地形戦だが、裏を返せば地形なければ成立しない産物であり、それ故周辺は焦れを待っている格好なのである。狭隘部から引きずり出せば、数的優位と大技の隙を衝くことも熟練のスクールアイドルは十分可能だった。同じ熟練者としてにこも重々承知であったが、しかし熟練者たちにはない切り札もこの時有していたのである。すなわち――

 

 「ぼやぼやしてたら、にこが全員倒すわよ?」

 

 亡き親友から託された、黒い化学式の翼を噴出させ、矢澤にこは包囲網へと突貫を開始したのである。

 

 「新手の魔法……いや、事象解析(アテーナライズ)事象解析!? なんで矢澤にこがあれを」

 

 「倒れながら考えなさい、こっちは時間ないんだから」

 

 「そんななめ切った態度」

 

 「こっちがとらせるものですか!」と言いかけたスクールアイドルは、しかしにこの翼を胸で多少掠るや意識を瞬く間に奪われてしまう。直接威力というより事象解析で相手の生体機能と一気にそいだことが理由なのだが、対峙する者たちにとって知る由もないことだった。原理不明瞭の翼に触れれば一巻の終わり。ひとまず明確となった事象のみでも――それだからこそスクールアイドル達は恐怖に襲われ身動きが遅れてしまうのである。

 

 そうした動揺は、反面にこにとって最適のシチュエーションでもあった。

 

 「理想矢雨(イデアスコール)!」

 

 噴出される翼の一部を、細かく矢状に変形させたにこは、一斉に周辺のスクールアイドル目掛けて放つ。高密度の事象解析で生み出された矢の雨は、常識的な対処では回避も防御も許さず一撃で標的を倒し続ける。はた目に見れば一方的な狩りとも形容できるありさまだが、当事者たる彼女にあまり余力があるとはいえなかった。

 

 <消耗した時にこれを使うと、魔力以上に制御で意識への負荷がでかすぎるわ。見え切ったけど持って五分未満なんだからね!? 希、絵里、頼むわよ?>

 

 失神しかねない激痛を、強引に押し込みつつにこは内心独語する。西木野の身体でないにこが事象解析――理想勝翼(イデアスウィング)を使うという負担は、想像を絶するものだったのである。穂乃果との戦い以後訓練で任意の発動を可能としたものの、負荷軽減まではかなわなかった。もっともそれを悟らせるわけにもいかず、攻撃密度をさらに跳ね上げていく。

 

 だが、彼女の焦りによる隙を読み取った者も、またいたのだった。

 

 「もらっ、たあっ!」

 

 「クウッ! なめた真似してくれんじゃないの……!」

 

 「なめているのは、そっちでしょうよμ‘sぅううううっ!」

 

 断続的な理想勝翼使用にできたラグを衝く格好で、グリズリーの獣化能力で獣人化したスクールアイドルはにこに格闘戦を仕掛ける。現時点でも彼女が繰り出す翼の攻略法は存在しないものの、しかし大技の隙は見切れたのである。故の突貫であるが、それは今のところ成功しつつあった。前衛要員の絢瀬絵里は地上で交戦中であり、援護付きの戦局を覆す手段を東條希は持ち合わせていないと見られていたからである。

 

 状況を鑑みるなら、この時出した熊のスクールアイドルの考察は、決して間違いでも悪手でもなかった。ただ、それがために彼女は矢澤にこと同じく隙を生じさせてしまったのである。

 

 ――後先の余裕あらへんし。

 

 「魔力全てを込めたこの一撃を!」

 

 「繰り出す前に、うちに墜とされる。なんてね♪」

 

 にこと熊のスクールアイドルに、柔らかいイントネーションの声が聞こえたと思うと、後者に三発の魔力弾がさく裂する。精密狙撃ではあるが、魔力集中の右拳の一発の直前に命中したというかなり特殊なものだった。見事というよりは摩訶不思議ともいえる結末を、しかし図式を理解するにこは声の主に通信経由で声を掛ける。

 

 「やっと干渉できたのね、希。こっちはひやひやものだったのよ?」

 

 ――にこっちもうちの未来抄い(フートルベーン)の効果知っとるやろ? 聡みたいに何もかもいじれへんし、読み取りの力も平均的。あれくらい乱戦なって、それとなく思いたい未来を見せるのが精いっぱいやもん。

 

 「ピンポイントで個人の記憶読んで、最適な未来を示して狙撃なんて真似、はっきり言えば相当緻密よ? それに未来抄いの射程そのものだってランク4の中じゃかなりあるんじゃないの」

 

 ――こないなうちでも絵里ちとにこっちに追いつこうとしたら、一生懸命を通り越して死に物狂いになるんよ。狙撃も磨くし心理学も鍛えるし、生体技能も上げる。もっともこれだけやっても、追いつけないことはあるんやけどね。

 

 自負と自重を半々にして、希は己の意志をそう表現する。生体技能そのものを見れば、彼女のランクは実戦前提で平均的なものである。必然的に発動を司る魔力量も平均的とならば、派手な立ち回りは見込めなかった。故に彼女は先天要素以外を磨き続け、強力な後衛要員としてポジションを確立させたのである。自らの力がにこと絵里の助けになっている実感はあるのだが、それが故に及ばない箇所も浮き彫りとなってしまい、半々の気持ちだった。

 

 「とにかく、だべるわけにもいけない以上、さっさと行くわよ? 絵里にしたって長期戦が続けば面倒なことに――」

 

 ――にこっち……どうも杞憂みたいやよ?

 

 「ええ、視認したわ。絵里の奴、よっぽど溜まってたわけ? いくら鍛えを怠ってなかったとしても動き良すぎるわよ!? 右腕に青い炎なんて展開させて」

 

 言いかけてにこは、不意に己の言葉に疑問を抱く。炎熱に関係する生体技能では、色を青に達するほど高温の火炎を発生させるものもある。だが絵里が生み出せる火炎の温度はそこまで達するものではないし、まして特殊な火炎を扱えるものではない。そんな事象を必死に追いかけるにこを尻目に、音ノ木の狂犬は次々に迫るスクールアイドルを倒し続ける。

 

 結果として、彼女が繰り出した代物の正体はすぐに明らかとなった。

 

 「冷たい一撃、食らってみる?」

 

 言いざま絵里は左腕からストレートとともに件の青い炎を展開し、至近の一名とその奥の二名をまとめて撃破する。拳と炎による貫通での代物だが、相手達の被弾箇所が妙だった。通常の焼け跡のほかに氷結跡まで見られたのである。あまりの事態ににこは呆然とするも、すぐに自体を理解する。

 

 「合成炎……炎熱系の生体技能って炎に性質持たせるって聞いたけど、絵里もそこに至ったの!?」

 

 ――どうも……そないな感じみたいやね。第二位を倒すって絵里ちは息まいとったけど、そのための切り札の一つって見るな。付き合い長いって自負はあるけど、ホンマ戦闘に絡むととんでもないもんだわ。

 

 「だから音ノ木で最強の狂犬張り続けてんでしょうよ、絵里は。そんでもってそこに満足するはずもないから、さらに強くなるでしょうね。今の一撃で終わった試合程度じゃ、まず間違いなくこっちに模擬戦挑まれそうだわ」

 

 ――にこっちとみっきー相手に、よくやっとったね。絵里ちの模擬戦って。これからはμ‘sのみんなに挑んできそうやね。うちは瞬殺されてまうけど……相性悪いし。

 

 無邪気に狂犬ぶりを見せつける絵里を見つつ、希はそうにこに返す。基本理性的で頭の出来も十分なのだが、己が見込んだ相手に対し半ば見境なく模擬戦を絵里は申し込むのである。もちろんそんな癖も無理のない収め方で回しているのだが、後始末に回る立場として希たちは振り回された。だがそんな想いでも再び現実となれば親友の復活を意味するものであり、喜ぶべきことだったのである。

 

 かくして二年前以上の実力をもって、μ‘s三年組はその力を改めて知らしめるのであった。

 




 ストック作成はじめます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

 CMFも進む折、新たな強豪が現れた。癖のある対戦相手を前に、真姫は真の力を解き放ち……

 とまぁこんな具合まこと久々ですが、最新話を執筆いたしました! 忘れてる方も多いと思いますが、戦うスクールアイドルの物語、再動です! 


 Ⅰ

 

 凱旋はとみに華やかとなる。

 

 実際は演出も粉飾も多々混じるが、それでも目に見える勝利というものはとみに耳目を集めるものである。だからこそ勝者は、勝利をより大きくするべく手を凝らした宣伝を凝らすのである。もっとも勝者が意図的に行うもののほかに、周辺が当事者以上に盛り上がる例もあるので、自然発生的な凱旋も起こりえた。

 

 μ‘s一年組及び二年組を迎えた凱旋も、そうしたある種当惑をもたらす形式だったのである。

 

 「先ほどの三年生の方々の試合、大変すばらしいものでした! 全員集合だととこまでいくのですか!?」

 

 「序列入り三名を有しても、決して力押し一辺倒じゃないところが素敵です!」

 

 「あの、サイン! サイン頂けないでしょうか!? できれば全員分!」

 

 「慌てずとも、ちゃんと順番に応えますからね? どうか皆さん落ち着いて落ち着いて」

 

 ドーム入りとほぼ同時に押し寄せてきた群衆に対し、若干の困惑を表に出さず穂乃果は丁寧に応対する。μ‘s三年生組の戦闘と絵里の啖呵の後で、他メンバー集結となればいかなる事態となるか、十分彼女は想定した。加えて舞台慣れという意味でも、穂乃果は十分余力があったのである。そうした意味でこのような一幕も、平時の沙汰といえなくもなかった。しかし、如才なく応じつつある内心で、ある種醒めた想いをこの時彼女は抱いていたのである。

 

 <一般の観客が興奮するならまだしも、一緒になってスクールアイドルまであそこまではしゃぐのはどうなのかな? 既に試合が終わったならともかく、そうでないなら競争相手なんだよ!? キラキラ目を輝かせる暇があったなら、少しでも勝つ算段を考えるべきなのに。単純な戦闘だけでライブの勝敗は決するんじゃない以上、やりようは存在するんだけどね>

 

 はた目にはいささかストイックな振る舞いを、勝負師の身として穂乃果は当然想定する。ライブ・バトル両パートにおいて生体技能のランクが勝敗に直結する以上、μ‘sの優位は確かに大きいものがある。しかし、ポイント加点制という対戦のシステムと、それ以前にチームを率い対決に臨む者として、妥協の余地はない筈なのである。しかるに倒すべき最大級の標的をいたずらにたたえる真似など、到底彼女はできなかった。

 

 仲間を巻き込む責務を果たせ。

 

 亡き実姫より教わり、自らも多々味わった確信を穂乃果は改めて反芻する。勝負事――なかんずく仲間を募った形式で、彼女は一切気を緩める考えを持ち合わせていなかったのである。敗北の屈辱は無論、物理的な損害、何より仲間の無念を思えば泥水をすすり石にかじりついても勝利こそしかるべきだった。無論、敗北や劣等感を穂乃果は軽視しているのではない。だがそれら負の要素も、屈することなく勝利につなげてこそ初めて生きると彼女は確信していた。

 

 「ぬるいリーダーばかりだよ、ここ等一帯」

 

 故に誰にも聞きとがめられぬような小声で、穂乃果は毒づいてしまう。彼女を知悉する海未やことりなら察するやもしれないが、その二人も対応に追われ、特に気付く様子もなかった。

 

 だが以外にも――

 

 「ぬるいリーダーばっかじゃん、ここ等一帯」

 

 穂乃果たちを取り巻く群衆より離れたドーム内入り口付近にて、赤と黒ベースのランニングウェア姿の少女は本能的に毒づく。彼女もまたCMF出場者として現地入りしたのだが、対μ‘sへ無駄に盛り上がる群衆に、ある種の怠慢を覚えてしまったのである。ただこのブラウンショートの少女の場合、渦中のμ’sたちとは違う反発を抱えていた。

 

 <序列入り三名チーム誕生とか、A-RISE対抗チームとか、やたら話題作ってるけど、こっちだって去年奴らに肉薄したんだよ!? それより前でもスクールアイドル公式戦でうちの学校は好成績だったし。ついでに言えば序列入りだって私入れて三人いる。目移りもここまでくると呆れものだよ、ホントに>

 

 一見嫉妬とも思える反発を、少女は思考という形で内心具現化する。だがこれも、彼女とそのチームの立ち位置を考慮した場合、それほど身勝手といえるものとはならなかった。個々の戦力としては強大でもスクールアイドルチームとして、μ‘sは現時点で新参でしかない。対して少女が率いるチームは公式大会上位常連の上、昨年ラブライブ準優勝のスコアすら自身の指揮でなしえるほどだった。過去の実績によりおごるつもりはないものの、μ’sとA-RISEばかり耳目が集まる現状は、気分の良いものでは決してなかったのである。

 

 故に――

 

 「さぁーて、思い出してもらいますかぁ」

 

 彼女はその片鱗を。

 

 「唯一公式大会で第一位に白星を与えなかった、格闘家(インファイター)が一体どこの誰なんだか、ね」

 

 ただの拳と己が技量のみで、数多の群衆へ知らしめる。

 

 「き、奇襲――うわぁあああああっ!!?」

 

 群衆たちも、その内側で応対中のμ‘s一年及び二年組たちも、突如たたきつけられた事象を理解することはできなかった。強力な風圧で群衆が吹き飛び、室内の壁や柱、床に激突し倒れていく。魔法でも生体技能でもそうそうできる芸当ではない真似が、いったいどうして発生したか、そもそも仕掛け人が何者なのか? 茫然とするしかない一同を前に、軽い口調で少女はネタを明かしにかかる。

 

 「いやぁ、あんまり虫がまとわりつくんでちょっと殴ってみたんですけど、余波出ちゃいました?」

 

 「こ、これのどこが余波!? 何が目的――で!?」

 

 「あー違った違った、このロビー虫だらけじゃないですか。ボッと出の蝶に群がる蛆虫がわらわら、じっつに気持ち悪い」

 

 「どなたか存じませんが、いくら何でも」

 

 少女の罵倒に海未は一言物申そうとするのだが、相手の姿を見て絶句してしまう。この芸当をやった時点で尋常な実力者でないと確信していたが、記憶に該当する彼女はその中でも最悪の存在だったのである。何しろ昨年スキルコンテストで直接対峙しており、個人戦こそ勝ち越したものの総合成績で自身を凌駕した相手だったからだ。少女も海未を認識したためか、若干口調を丁寧に直し対応する。

 

 「相変わらず第六位殿はご丁寧なようで……とは言え特に乱れた様子がないってことは、腕も上がったんでしょうけどね。本音言えばここまで派手にやるつもりはなかったんだけど、改めて言っておくわ」

 

 「しかと、承りましょう」

 

 「わらわらいる虫と、あんた方μ‘sと、A-RISE倒して――私たち以外の序列入り全員倒して一番になるのはね」

 

 少女はセリフを語りつつも、内心いささか恥じらいを覚えてしまう。それなりに名声欲もあるのだが、別段気取る主義ではないのである。とはいえ状況が状況であり、止め役の到着ももうしばらく先であることを思えば、あえて動くことにした。

 

 「ランク7序列第七位『国砕念力(ブレイカーキネシス)』、私立浦の星女学院スクールアイドルチーム『Atlantis』主将、高海美渡(たかみみと)! これより」

 

 「はいはい、ギャラリーも美渡も大人しくしてくださいね?」

 

 明らかに吠えようとしたランニングウェア少女――高海美渡を制する形で、赤のリボンとグレーのセーラー服少女がそう呼びかける。ばつの悪そうに押し黙る美渡とは異なり事態が飲めない群衆だったが、すぐに()()()()の意味を理解する。なぜならあまりに唐突に、全員が全員俎上の鯉とされたのだった。

 

 「魔法兵装盗られた上で、111人の心臓まひの犠牲者になりたくないんでしたら、引いた方が身のためですよ? 私だって、世界図移動(ワールドポイント)をこんなことに浪費したくないですし」

 

 「あらま、やってる事あたしよりえげつないんじゃね? 武器全部転移されて空間干渉の応用で心臓鷲掴み。どうにもならないよ志満ねぇ」

 

 「やり方が荒いにしても、あなたの感想にこっちも道意なのよ。でもってこの騒ぎを収めて、奥にいるμ‘sの方々にもこちらを見せつけるには、これがベストと判断したの。さて……皆さま改めて。ランク7序列第九位『世界図移動』、浦の星女学院スクールアイドル部部長、高海志満(たかみしま)。どうか、以降お見知りおきを」

 

 周辺に待機状態の魔法兵装を浮かせ、一帯に悶え倒れる群衆を前に黒髪ロングのセーラー少女――高海志満はそう話す。先行させた二卵性の妹が何かやらかすのではと思って自らも駆けつけたが、案の定ごたごたが生じつつあるありさまだった。とはいえその経緯を瞬時に読めた彼女は、効果的に活用する最適解を実施に移したのである。そのおかげか、群衆は畏怖と共に沈黙で高見姉妹へ応じたのだった。

 

 「といっても、そちらのリーダーの方にはもう説明不要かもしれませんけどね」

 

 「いやぁ、そんなことないですよ。ポピュラーを極めた怪物双子の姉妹を至近距離に見たわけですし。やっぱり驚きますよ」

 

 「つって、あんたの場合対策立ててんだろ? 特にあたしはそっちの第六位と去年やり合ったわけだし。ま、能力価値の序列と戦闘能力は別物だけどな」

 

 「戦闘家系の二つ名持ってる高海一族の序列入りなら、あれこれ考えるって」

 

 はた目には悠然と、しかし内心は努めて理性を維持してもなお感じる驚きを抑えつつ、穂乃果はそう返す。生体技能を代々発現する家系は、西木野一族の事象解析や東條一族の未来抄いのように、能力が基本的に固定されている。しかし、一族の成立過程故にこの『基本的に』という概念は、高海一族に当てはまらない。元来武勇の家系として日本中世初期より名をはせていたのだが、その過程で種々強力な生体技能家系の血を入れ続けたのだった。故に発現する生体技能はまちまちでありながらも、高ランク者を数多く高海一族は排出し続けているのである。

 

 <でもって、そんな戦闘民族の当代最高傑作があの高海双子姉妹なのよね。年の離れた妹もいるみたいだけど……その子もでたらめなのかしら? ともあれ、今は目の前よね>

 

 矢面に立つμ‘sリーダーを横目に一瞬見やったのち、真姫は改めて意識を集中する。自身も含め数の暴力という概念が通用しない序列入りであるが、それ故に見せた片鱗の先が気にかかるのである。単に生体技能そのものの実力のみならず、戦闘技能や戦術の質も考えねばならなかった。加えてしまえば彼女たちが率いるAtlantisの戦力は他に四名が控え、うち一名が序列第十位なのである。現在まで破竹の進撃をやってのけたμ’sでも、一分の油断もできる相手ではなかった。

 

 「で、ここまで派手な登場をしたということは、目的はμ‘sなのですか? あるいはもう少し絞って、私かことりか、あるいは真姫なのか」

 

 「まーもうちょい広く、参加者全員って感じかな? あたし個人は第六位殿に勝ち越したいけど、まずはチームだし」

 

 「余計に大胆不敵すぎませんか? というか、その他大勢に第四位の私が入るのもしゃくなんですけど」

 

 「なんなら私たちに勝負してみては? もちろんフェアな方法で、ですけどね。その意味でいえば新勢力になる音ノ木のみなさんの方こそ大概ですよ? 大言壮語を形にする実力と戦略は尊敬に値しますが、それだけで頂点に立てるほど、スクールアイドルは甘くありません」

 

 むくれ気味のことりの指摘に対し、熟練者として志満はそう返す。相当挑発的な行動をした彼女たちAtlantisであるが、こうした挙動こそ対戦相手を図るためのリトマス紙なのである。案の定問答と、そのさなかに感知できた魔力を含めた動きから、彼女はμ‘sを噂以上の実力者と認識した。ただし、妹ほどではないが対抗心を抱える志満は、ただで下がるつもりもなくある行動に出る。

 

 「ですので、その一端」

 

 「凛、花陽! 下がって!」

 

 「真姫ちゃん!?」

 

 「え? でも――ってわぁっ!?」

 

 真姫の警告に凛と同じく面喰った花陽だが、一瞬にしてその意味を理解する。自身と凛の頭上が揺らいだかと思うと、不意に十発の魔力弾が出現したのである。射撃魔法の発動としては、あまりに不自然な形式の展開に、回避も防御も生体技能の発動も彼女ではままならなかった。

 

 そう、彼女では。

 

 「調和開錠(ハーモニラック)!」

 

 切迫感を帯びた鋭い声が聞こえたと思うと、魔力弾は出現と逆再生の要領で消失する。魔法解析と分解という、それのみでも高度な芸当を瞬時に行える人物など一帯でただ一人しかいなかった。

 

 「冷静ぶった割に、私の実力も見たかったわけ!?」

 

 「そう、思えました?」

 

 「にゃっ!?」

 

 世界図移動からの不意討ちを事象解析で防いだ真姫と、防がれた志満の問答を目にした凛は、瞬間超高速で体が浮く感覚を覚える。瞬間加速をもろに受けたような急展開を、おぼろげに瞬間移動(テレポート)系の生体技能による対象取寄(アポート)と何とか理解した。だが理解できただけで同にも対処しようもない展開を、彼女は覆しようがなかったのである。だがこんな対象取寄も、またしても中断されたのである。

 

 「カウンターされることも、想定していたわけかしら? あの程度の対象取寄なら、余裕で始末できるわよ?」

 

 「Atlantisにもランク5の事象解析持ちはいますが……段違いですね。単純な妨害だけではなく、こちらの背後まで瞬間移動とは」

 

 「あなたに比べたらチャチなものよ。で、この辺で終わらせてくれると助かるんだけど」

 

 「ええ。続きはフェアにぶつかりたいので私たちはこれにて。次は、全力でお願いします」

 

 凛の対象取寄を中断され真姫に背後へ回れながらも、特段取り乱さずに志満はそういうと、何食わぬ顔で妹とともに後にする。心臓拘束と魔法兵装も元に戻したので、ロビー一帯に平穏が戻るのだが、浮ついた雰囲気は完全に消え去っていた。怪物同士の軍団が、本戦で激突する。強大の片鱗を見せつけたAtlantisと、平然と切り返したμ‘sの存在は、群衆にとって大きな衝撃だったのである。

 

 かくして不気味な静けさを伴い、凱旋は幕を閉じるのであった。

 

 

 

 Ⅱ

 

 二番の価値とは何か?

 

 上に一番を頂くも、決して低い順位ではない代物。獲得やその継続における栄誉は一番に引けをとるものではないのである。ただし、それら肯定的評価は他者が基本的になすものだった。実際にされる当事者が、いかほどな心理でこれらを受けたるか、まるで分らないのである。

 

 ランク7序列第二位――統堂エレナもまた、この一人だった。

 

 「宣戦布告が、二度までもとはな……」

 

 半ばVIPルームと化した選手控室にて、若干青紫がかった黒髪の少女は、そんな感想を口にする。挑発でも宣戦布告でも、挑まれるという経験は立場柄数知れずあったし、現在進行形であり、これからも起こり続けるだろう。それらに対し、彼女――統堂エレナはある種感慨を持って受け止めた。挑戦者として迎え撃てる店もそうなのだが、それ以上の勘定が、彼女を支配していたのである。

 

 「()()()()()()でも、価値があったとは意外だよ」

 

 墜とされた私。

 

 綺羅ツバサに敗れた二年前の第一位。

 

 公式的に特段の失態もない筈の彼女を、蝕むような感情として覚える記憶がこれだった。序列入りも含めて生体技能というものは、技能保持者の変化によりランクの上限が発生する。公的試験突破や技能運用の実績が認められればランクは上昇し、逆ならば低下するという具合である。その中でも序列入りの上昇下降は注目を集めるものだった。単身で国家以上の価値と謳われる者たちの動向は、国内外の耳目を集めるものであり、その環境下でエレナは第一位を続けていた。

 

 綺羅ツバサに敗れるまでは。

 

 生体技能も、戦闘技術も、戦略思想も、頂点の在り方さえも凌駕されたと現実を受け入れるまでは。

 

 <彼女への屈辱以上に己の無力さを馬鹿みたいに感じたものだよ。獣化系最強の生体技能でも、天域(・・)の(・)力(・)に及ばないどころか無に等しいざまだった。相手の桁がいかれていて、比べるのすらバカバカしく感じる敗北。認めても、ツバサを誉めても、癒えない痕が残るものだよ……>

 

 敗北と表現できるかどうかさえ怪しい完璧な圧倒を振り返り、エレナはただ自虐するしかなくなってしまう。一応己を倒した力の図式については、あらかた理解はできていた。この世に存在する魔力とは別種かつ、百倍単位で凌駕するエネルギー。現代魔法科学で制御できるか大いに疑わしいそれを、綺羅ツバサは完璧に操り矛として用いた。人知を超えた天域の力と呼ばれるそれに、なすすべなく二年前の彼女は敗れたのである。無論、敗北を糧にし、実力を磨き続けた自負はある。だが公式戦績や生体技能実績で敗北以前を上回るスコアを出しても、ただ一つ第一位に勝ち越すことはできなかったのである。

 

 「音ノ木の狂犬がうらやましいよ……あちらにしたら倒すべき標的がここまで醒めていたら面白みもないだろうが」

 

 「あら~、そこまでへこまなくても良いんじゃない?」

 

 「あんじゅ、いつの間にか来たのか」

 

 「ちゃんとした試合なんだよ? 気合入れなきゃダメでしょ、それに今日はツバサいないみたいだし」

 

 物憂げな親友を心配しつつ、入室した優木あんじゅはそう話を切り出す。彼女も彼女で綺羅ツバサの実力を当事者として目の当たりにした形だが、折り合いのつけ方でいえばお筆の絡みからの接近で上手く処理した。ともあれエレナの苦悩も大いに実感できるものであり、決してないがしろにするつもりはなかったのである。故に明るい情報をまずぶつけたのだが、対する返答は一応士気を回復させたものとなった。

 

 「確かにな、序列入りがご登場となったらこちらも油断はできないよ。音ノ木も浦の星も士気が高いおまけまであるからな。負けられないよ」

 

 「()()、負けないのかしら?」

 

 「さぁな? ご想像にお任せするよ」

 

 「今この部屋、セキュリティは完璧なんだよ? 要は誰にも漏れようがないし、漏れたとしたら私が消し炭にするわ。答えてエレナ? あなたが負けたくない相手、親友の私立て知る権利はあるわ」

 

 「誰だと思うとごまかすわけにも、いかないか。ただそれでも答えられない――いいや、答えようがないよ。己に負けたくないし、ツバサにも負けたくないが、果たして世間は綺羅ツバサの負けを認識するのかなってな。第一位の存在はそこまで大きい。曲がりなりにも一位でいた女としてそう言わせてもらう」

 

 やや真剣になりながら、しかし自虐めいた感情を混ぜエレナはあんじゅに答える。負け越しが続いているものの、戦闘や記録で彼女が翼を上回る例は確かに存在する。しかしそうして結果を叩き出しても、それ以上をすぐに現第一位は量産するのである。故に超えても超えても抜かされるパターンに、エレナは心底参ってしまうのである。

 

 「確かにツバサの規格外ぶりは手に負えないって感じても道理よ? けど、あの子だって最初無名だったじゃない。名を轟かしたのはわかりやすくあなたを倒してから。要するに――一回でも規格外を世間に見せればどうとでもなるのよ」

 

 「音ノ木と浦の星にいる序列入りを、全員倒すか?」

 

 「ま、そうなるんじゃない? ツバサが規格外でも、連戦で序列入りと戦えばどこかでダウンは免れない。そのあたりは、あの子の力が現状限界を抱えていることを知っている私たちなら、読めるじゃない。どう、目標にはちょうど良いんじゃない?」

 

 誘い文句としてはいささか露骨に、あんじゅはそう提案する。とはいえ彼女に悪意はなく、少なからず親友を思ってこれを選んだのだった。いくらいただくトップが恐るべき規格外であっても、圧倒されっぱなしではあらゆる意味で納得がいかなかったのである。故にあんじゅは、最後にこうも付け加えることも忘れなかった。

 

 「マーそれでも、私がそんなエレナを倒せば、もっと面白くなるけどね♪」

 

 「その言葉、そっくり巣のまま代えさせてもらうぞ? 炎ごときで焼かれる統堂エレナじゃないさ」

 

 「その後時と、試してみる? ってなっても時間だし、私はこれで。後は本番でよろしく」

 

 「ああ、精々食い尽くされないように頼む」

 

 相棒の煽りに、エレナもまたあおりをもって返答とする。つい先ほどまで沈んでいた気分は、今や完全に臨戦態勢のそれになっていた。綺羅ツバサに敗れようとも力を落としたわけでない彼女もまた、本質で勝利に飢えた怪物なのである。士気さえ取り戻せば、戦果を残すことなど疑いなかった。

 

 かくしてA-RISEの序列入りも、全力を持って参戦する帰結となった。怪物と怪物の対決は、怪物を狩らんとする挑戦者たちを交え、CMF全体を狂乱のるつぼと変えたのである。

 

 そんな抗争劇の裏で。

 

 暗躍のような後ろめたい代物とは異なる――しかし勝負とは別に進行する何かが。怪物の一角である、赤毛の少女の本質が。

 

 周到に仕込まれた脚本により、ある方向へと向かわんとするのであった。

 

 

 

 Ⅲ

 

 味の好みは、容易に崩れる。

 

 人間は味を記憶するが、件の記憶は永続するものでない。故に印象の記憶が変われば、味の好みとて容易に変わるものなのである。また、環境による影響も見逃せるものではなく、織田信長も高級な京料理より出身の味付けを好んだ例もある。

 

 つまりは実感する情報さえ変われば、この身なる意識は容易に動くものなのである。ともすれば不思議な案件を、西木野真姫は現在進行形かつ、急速に味わっていた。

 

 「まっさかのっけから対決とはねぇ……悪くないけど」

 

 「そうね、こういうのも籤運じゃないのかしら? けど、こっちだって引かないわ。私でもμ‘sの要なんですもの」

 

 「よく言うぜ、こっちより上の第五様がそうだとすりゃ、阿波氏は何なんだって話さ。とはいえ後は関係ない。あんたをぶっ倒して浦の星に勝ちを持ち帰る。そんだけさ」

 

 対戦ステージ上にて、真姫と高海美渡は軽く言葉を交わしていた。午後より開始となった個人総合部門トーナメントだが、いきなり序列入りの対戦と相成ったのである。当然のことμ‘s及びAtlantisの関係者はもちろん、観客の興奮も早くも最高潮に至っていた。しかしその中心二名は、静かに闘志をたぎらせていたのである。

 

 「だったら、言葉はいらないわね」

 

 「だろうよ」

 

 短く発された声の後は、刃と拳が奏でるリズミカルな打撃音の演奏だった。

 

 「その近接、どっから抑えたんだぁっ!?」

 

 「接近戦の名手が身近にいれば、覚えるわよっ!」

 

 事象解析を刀身に纏わせているものの、無駄のない挙動でアクレスピオスを振るう真姫は、そう言いつつ標的の強さを意識する。生体技能の打ち合いから外れた接近戦となったのだが、予想を超えて美渡の技量は長けていたのである。これのみでも驚異だが、現状刃をさばく彼女の身体に念動力が展開されていないことも脅威だった。実戦経験のみならず、事象解析の刃すらそうそう通じない肉体を、高海美渡は有していたのである。

 

 <相当経験を積んでやがるか……それに体内に事象解析を展開してこっちの干渉を全部解除するつもりでいる。今更ながら厄介じゃねーのよ、こいつ>

 

 一方の高海美渡も、近接戦闘を繰り広げつつ真姫の実力を意識する。案の定、対峙する序列第五位は直接攻撃以上に堅牢な存在だった。数度念動力で干渉を行い事象解析の割り出しを行おうとしたのだが、ほとんど情報を得ることなく分解されたのである。どころかわずかな干渉から逆算を掛けられ、逆に干渉を食らいかねない有様だった。見事なまでに無駄骨ともいえる展開であるが、しかし第七位の少女は対抗策を構築する。

 

  「おいおいおい……第五位様はこれでもポーカーフェイスかよ!?」

 

 「仮にもスクールアイドルに顔芸なんて求めるのもどうなの?」

 

 「だったら、こっちからさせてやらぁっ!! サイコプレッス!」

 

 「調和蚊帳(ハーモニネット)!」

 

 全方向より迫る巨大な念動力を、真姫は事象解析をドーム状に展開し無力化する。空間のねじ曲がりと金属が曲がるような異音が轟くが、結局それのみにとどまった。序列と序列の激突は、まるでそこを見せない様々な念動力と事象解析のせめぎ合いとなったのである。

 

 「個人総合部門トーナメント一回戦から対決だったら、これもありだろ? サイコロンギヌ!!」

 

 攻めあげくねぬ状況が続きながらも対戦者――高海美渡は巨大な念動力のやりを前方に発生させる。不健康な白い光を放ちながら伸びる柄と穂先は、単純な念動力の集まりではなかった。音ノ木坂面々と鉢合わせてすぐとなる、出場初戦で晒すにはあまりに複雑な機能をこの一撃は秘めているのである。

 

 「何回だって私からしたら解析するま」

 

 「そいつ、()()()()するんだ?」

 

 「こ、これって――っ!」

 

 「別パターンが何度も襲い掛かる展開、そっちは始末できんのか!?」

 

 愕然とする真姫を尻目に、念動力のやりをさらに強め美渡は攻勢に出る。実力さえ及べば事象解析による逆算からの分解は基本的に成立する。だが、そうした能力も事象一つに対し適応される解析も一つなのである。もちろん実力者ならば、同時並行で複数の解析も可能である。だが本質的な使用法でない運用は、保持者に対し深刻な負担を及ぼすものなのである。この弱点を突くべく美渡が繰り出した槍は、延べ三万種の事象――念動力で発生させた攻撃方法を込められていた。それでも一撃だけなら対処もできなくはないのだが、更なる衝撃が真姫に襲い掛かる。

 

 「こいつが一発だけって、誰が決めたんだぁ!?」

 

 「そんな――って二十三発!?」

 

 自身を突然包囲するよう展開された念動力の槍を前に、さすがの真姫も動転する。一発でも解析に骨の折れる一撃が二十以上もあれば、大打撃は免れないのである。そうなった以上、彼女は対処を変えた。槍が自らを包囲するなら、襲い掛かる前術者の美渡を倒せば良いのである。故に真姫は事象解析の魔力刃を飛ばそうとするのだが――

 

 「残念、二十四発だ」

 

 攻撃に意識が向かった真姫の隙を衝く形で、美渡は別のサイコロンギヌを彼女の背後に展開させ、そのままつき貫く。力場による攻撃なので人体に大穴があくことはなかったものの、解析許容をはるかに超えた念動力は巨大な打撃となって標的を吹き飛ばしたのである。これで片が付くとは思わずとも、一発でも相当な消耗を伴う大技を二十発以上も使った以上、決定打になってほしいのである。とはいえ見える限りでは幸いなことに、真姫へのダメージは大きなものとして表れていた。

 

 「クぅ……っ! 大した、一撃じゃないの」

 

 「さっすがに通ってくれたみたいだな。序列との戦いなら物量で殴るしかないとは睨んだが、とにかく糸口が見えて助かった。サイコプレッシング!」

 

 「念動力の圧力、じゃないっ!?」

 

 「そっちの事象解析で解析できないものを出すのはきついけど、得意不得意ぐらいはあるんでしょ? たとえば、念動力じゃない普通の大気とか、さっ!」

 

 「それくらい、へこたれない、わよっ!」

 

 またしても全方向から迫る圧力に対し、真姫は若干の焦りをセリフににじませながら、抵抗を開始する。内外の事象解析に加え、防御魔法と回復魔法を展開し、極力圧力を軽減しようとしたのである。だが序列入りの相手が繰り出す攻撃であり、さらには生体技能の穴を衝く形でくわえられる性質が、彼女を苦しめた。

 

 <定まった形のない魔力と違って、形ある物質に解析を掛けるって骨なのよ!? それも力が強力だったり精密ならなおさらなのに。だから医術って事象解析から見たら本筋から外れたやり口なのよ>

 

 自身も含めた西木野全体に課せられている実情を振り返り、真姫は内心そうこぼす。生体技能もまた体内で成立した術式を通じ魔力を行使する技能である以上、事象解析も魔力に及ぼしやすかった。だからこそ西木野一族全体で見た場合、医学・薬学方面のほかにこれら以外科学全般で活動するものも多いのである。そうした本来から外れたスタイルに自負するところ大の真姫であったが、この時ばかりは劣勢を呪ってしまった。

 

 そして、そんな事情を知らずとも、美渡の攻撃はさらに続く。

 

 「じゃあこいつで、へこたれるやぁっ!」

 

 「グゥウッ!!」

 

 念動力付与と肉体活性により強化された拳が、真姫に炸裂しその体を吹き飛ばす。分解処理も追いつかず、一撃でも甚大なダメージを彼女は受けるのだが、対処させる暇を与えず美渡はさらに拳を見舞い続けた。こうなってしまえば以下に真姫といえども戦闘経験が浅いだけに、耐え切れず倒れ伏してしまう。

 

 「そんでもってぇ、倒れちまえ! サイキックヘルウェーブ!!」

 

 「アアアアアアッ!!」

 

 物理・魔法合計五万に及ぶ事象を込めた黒い念動力の大津波は、倒れた真姫への追い打ちとして完膚なきまでに炸裂する。魔力打撃・斬撃・浸食・火焔・電撃・氷結・突風その他もろもろ、数々の大威力の攻撃は彼女に対する止めには十分すぎたのである。それでも目立った外傷があまりない点は、序列として高い回復・防御対応といえるものだった。ともあれ勝負がほぼついたとみて相違ない展開であり、半ば勝利宣言めいた言葉を、美渡はぶつける。

 

 「西木野のお嬢様も、ここまでやられりゃくたばるか。ま、ともあれそっちが掲げる矢澤にこのスタイルも、存外大したことないって証拠だろうよ。第七位のあたしで勝てるぐらいなんだし、この調子でのし上がりますか」

 

 挑発的なセリフを、多少の批判的な観客のリアクションを受けつつ美渡は口にする。上昇意欲の強い彼女は、ともすれば勝利とともに荒々しい言葉を吐くものなのである。それでも多少周囲の眉を顰めさせる程度のものであり、腕利きのスクールアイドルならば比較的ありがちなことだった。ただし、そうした日常とはいかずとも想定内の一幕も、対象の人物が人物ならまた別なのである。何しろ、機が満ちつつある少女に対し、致命的な引き金となりえる言葉をぶつけられたのだから。

 

 <()()()()()()()()()が、大したこともない!?>

 

 ただの挑発じみた言葉が、自身の聖域に対する侮辱として聞こえた感覚を、倒れた真姫は反芻する。立場柄ある自らの侮辱は耐え忍べる。怒りはしても家族や西木野への冒涜はある程度俯瞰も利く。新たに得た仲間たちへの冒涜であっても、文字通り意識のすべてが怒りに染まるかといえば、先々を踏まえ多少は違うはずなのである。それほどまでに、西木野真姫という少女は、歳に似合わぬ強い理性と自らの生体技能(じつりょく)生体技能が及ぼす責任について、自覚的だった。

 

 かくのごとき彼女が、己の全てと一生を費やし果たそうしていることこそ、二年前自覚した矢澤にこの在り方の実践だった。世界を踏みにじられた実感は、生れて始めて真姫に対し存在全てを怒りに染める経験をもたらしたのである。

 

 そして怒りの炎は、代々の西木野嫡流が宿す事象解析の本質を炸裂させるに、十分すぎた。

 

 「さっきの言葉……取り下げないのね?」

 

 「あ? こうしてあんたを見下ろしてる時点で、そうするわけが――」

 

 「だったら、糺さなきゃいけないわ。私の理想(この世界)からね」

 

 「な、何」

 

 ゆらゆら立ち上がりながら、それと反比例するような絶対零度の殺意をもって告げられた真姫の言葉に身とは一気に危険をとらえる。だが、その後に続いた現象を、彼女は正しく認識することはできなかった。真姫が魔法なり生体技能を発動させたことは違いないのだが、その意味を捉えきることは叶わなかったのである。

 

 すなわち――

 

 「桃源糺し(エデンクリーナー)

 

 朱い閃光と化学式の爆発が、会場一帯に炸裂した。しかし強大であるものの、この一撃が何をもたらすか、相対する高海美渡含め、他者は理解すること叶わなかった。だが本能的に、単純な攻撃や魔法的な作用を超えた規格外の代物と、爆発の広がりから察したのである。そんな予測は、想定には当てはまり、予想からは盛大に外れた代物となった。

 

 世界の()()全てが世界の道理から外れ、世界により糺されることと、これより相成るのである。

 

 

 

 Ⅳ

 

 人間は理解を通り越すとどうなるか?

 

 心霊現象と称したり、運命と称したり、神秘体験などと人は名づけるが、要するに人知を超えたなにかとして定義するのである。前近代であれば、そうした摩訶不思議な事態は宗教的に解釈され、一定の合理性を担保できた。しかし近現代に至り科学技術の進歩により、宗教やあるいはそれに近い慣習などの図式が暴かれ、合理性は高まったのである。それでも非合理な事態は生じるのであるのだが、宗教というバイアスがなくなった人間は処理への耐性が落ちてしまう事態となった。

 

 そんな世界と人間たちが。

 

 科学そのものをひっくり返される事態に直面したら。

 

 万人恐慌――この形容よりありえなかった。

 

 「魔力反応が――世界から消えた!?」

 

 魔法が顕在となってから、まずありえぬ異常事態を、自宅への帰路がてら綺羅ツバサは漏らすしかなかった。魔法と称する魔力運用は、基本的に体内で生成される魔力を用いるものであるが、それでも大気含めた外界に存在する魔力は大きいのである。魔法発動や魔力の充填、なにより純粋魔力として発動される魔法の伝導率にもそれ以上に大きな影響を及ぼすものだった。だからこそ、魔法の発動阻害のため周辺空間から魔力を消し去る魔法なり生体技能や、魔法科学も確かに存在する。そして規模の大小もあるが、彼女も直面した戦闘や襲撃で、こうした事態に直面するなり引き起こす例もあった。

 

 ただそうにせよ、この規模はどう考えてもおかしかった。

 

 <規模もそうだけど、発動痕跡がまるで読み取れないなんて異常だわ。オーソドックスな魔法でも、一品ものである生体技能も、効果が持続する場合痕跡が残るもの。それに鑑賞できるかどうかは別にして、影も形も感じ取れないのはおかしすぎる。魔力ってものが、初めから存在してないような……>

 

 ネットで流れる情報はもちろん、街頭ニュースにより周辺ですらパニックを起こす中、ツバサは根源的な違和感を考察する。手前味噌を承知で考えれば、自身の魔法における実力は数値上最大に該当する。事実魔力が存在しない不安定な空間でも高レベルの感知系魔法は起動でき、それ以外の魔法や生体技能も健全に動くのである。そうであるならば対象に追いつかずとも何か程度なら魔法の範域にある限り、理解が及ぶはずだった。にもかかわらずそれさえも叶わないとなると、前提から疑わなければならないのである。そう条件を定義しなおし考えを再び起こした彼女は、恐るべき可能性を推測する。

 

 <魔力を消すか移動させたんじゃない、魔力が大気にある事態を消し去った。今のところ術者が魔力の起点となって発動させる魔法はまだ使えるけど、そうじゃない持続型の魔法や生体技能がダウンして、情報の割り出しもできなくなった。でたらめ極まりないけど……これしか想定できない>

 

 世界の法則が書き換わる。

 

 フィクションであってもなかなかお目にかかれない、ましてフィクションを理詰めに体系化したような現実世界ではあり得ぬ異常。

 

 しかも恐ろしいことに局地的ではない文字通りの世界全域であるなら、世界の法則が糺されたともいう事態。

 

 夢のまた夢とさえ表現可能なこの状態を、崩壊すれすれの理性でツバサは認識する。これから先何が起きてもおかしくない有様であるが、それでも彼女は事態の原因について、かろうじて予測があった。その通りであるなら破局の可能性は低いものの、渦中の中心にいる愛する者たちが無事な予測はとても立たなかった。

 

 「ほのちゃんたちも、エレナもあんじゅも、無事でいてよね……!」

 

 わずかに独語し、ツバサは魔法による加速で一気に移動を開始する。一方渦中たるアキバドームは――

 

 「あがぁああああッ!!」

 

 「大口の割に、あっけないわね。自慢の念動力はどうしたの?」

 

 戦闘を通り越した虐殺のごとき一方的な惨劇が、淡々とする西木野真姫の主導により繰り広げられる。とはいえ厳密に言えば、高海美渡が自らの国砕念力の暴発によりひたすら傷つき続けるだけだった。目を覆うばかりの事態を、しかしごく一部を除き目覚めることなく意識を失っている観衆は何も起こさず当事者のみが対峙する。

 

 「てめぇ……何しやがったんだ!?」

 

 「なにも? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

 まるで雲がないと晴れといわんばかりの常識を告げるように、真姫は暴発で負傷する美渡にそう返す。確かに念動力で暴発は発生するものであり、大出力か効果が複雑であれば暴発による被害も大きいものがある。ただそうであっても、実力者ならば100%まではいかずとも成功を基本的に一定数出せるものなのである。にもかかわらず美渡は能力をいくら発動させても、そのたびに暴発の被害を受け続けた。とはいえこの結果が、真姫の干渉によるものかといえば、微妙なところがあったのである。

 

 「血が上っている状態で、やたら目ったら大出力の念動力を使ったら元々そうなっているあの力は、当然の結果になるでしょ?」

 

 「なに奇妙な――まさか、マジか!?」

 

 「だから、事象解析には勝てないのよ。世界にある万物の理想は、私が決めるから」

 

 「世界の法則が書き変えられた――というより、真姫ちゃんが思う形に正されたの!?」

 

 あまりにも恐ろしく、しかもそうとしか説明できない異常事態を、当事者ではなく観客席からにこは口にする。解析から派生する形で干渉・再現を事象解析は可能にするも、物理法則全てを書き換え可能にするという事態は聞いていないのである。だからこそなのでもあるが、眼前の事態を説明するに自らの仮説しか該当霊を見いだせなかった。そしてさらなる驚愕を、にこは目の当たりにする。

 

 「念動力ってのはね、こう使うのよっ!」

 

 「ぐがぁああああッ!!」

 

 シンプルだが極めて強大な国砕念力を、暴発ではない確たる形で美渡は直撃し、絶叫を発する。もはや勝負の体をなしているか怪しいが、この事態もまた傍目には恐ろしい案件を証明するものであった。その教学をにこは発しようとするも、更なる驚愕を叩きつけられてしまう。

 

 「刃舞三乃型・晴斬舞(はれきりまい)!」

 

 <国砕念力だけじゃなくて、天候覇者まで再現したの!?>

 

 天候覇者により高熱の閃光を帯びたアクレスピオスで必殺の突きを繰り出す真姫を見て、にこはさらなる衝撃に見舞われる。生体技能の再現ならまだ説明がつくのだが、いま彼女が行ったアクションは序列入りの再現なのである。あまりな規格外の連続に、いよいよにこは呆然となるしかなくなった。だが、それでも思考のある一点は最悪のシナリオを警告し続ける。

 

 この戦い方では、西木野真姫が壊れる。

 

 強大な能力と立ち位置にある意味似合わないほど、彼女の心は優しい。その彼女が元来の立ち位置を投げ捨ててまで行う破壊が、どれほどの負担になるか、火を見るよりも明らかなのである。しかも踏んではいけない領域を汚された彼女は、それこそ心を顧みることなどなく破壊を尽くすはずだった。あらゆる次元が違う破壊を前に、にこは打つ手を思いつけずにいたのである。

 

 「絶対零度、太陽温、同時展開……」

 

 「てめぇ!? その技能はそこまでじゃ」

 

 「忘れたの? 事象解析は手にした生体技能を最適化できるのよ? それも一年ぐらい身体を治療しつづけた絵里さんの熱量操作ならね。冷たいやけどで果てなさい、日輪氷獄!」

 

 熱量操作による絶対零度を左手に、一万度の炎をアクレスピオスを収めた右手に展開した真姫は、静かに水平に両手を広げたのち、一気に前に振るい攻撃を放つ。魔力と事象解析による調整を施された火焔と冷気の挟撃は、一切の抵抗を美渡に許さず、絶妙に虫の息にまで追い詰めたのである。しかも恐ろしいことに、周辺への余波がないことも、また会場の関係者以外の観客の記憶操作と失神までやってのけるおまけつきだった。うるさい周囲の目を断った彼女は、怨敵を葬るべく更なる絶望を顕現させる。

 

 「さて、現状私は生体技能を一種類ずつしか再現してないわ。使い分けを瞬時にやって的を絞らせないことはできるけど、再現幅と脳の処理能力の兼ね合いでそこまでしかこれまでの事象解析じゃ無理だった」

 

 淡々と、従来の経緯を真姫は語る。

 

 「けど、私は違う。これまでとは、違うの。ああ――不適切かな? 事象解析の本来から見たら、原点回帰だし。神域に至ることが目的なら、人の世の事象なんて、どれだけ再現できて当たり前じゃない」

 

 「人の世の……事象!? お前何言って」

 

 「これ以上は時間なんて上げないわ。ここで消えちゃうんですもの」

 

 「う、嘘だって、いてくれよ……第四位と第三位なんて、CGだろ!?」

 

 この世の終焉でも突き付けられたかのような狂乱と絶望を込め、美渡はただそう言葉を発する。だが不幸なことに真姫の動きは現実であり、発動と直撃による破壊は確実に終焉をもたらす代物だった。アクレスピオスの刀身に小型の構成が出現したような電撃と火炎が集まっているのだが、展開量と密度からして最悪に該当したのである。従来の事象解析では到底ありえない領域――序列第三位と第四位の生体技能の同時展開という事態、同じ序列入りとして想像したくもなかった。

 

 「私はにこちゃんを追いかけてにこちゃんのようにありたいと思っているけど、私はにこちゃんじゃない。誰でもない西木野真姫が抱いた矢澤にこから得た信念に、ただ忠実でいるだけ。だから……にこちゃんが止めても、この気持ちだけは妥協なんて、したくないっ!」

 

 淡々としたこれまでとは一転し、自らの根幹への強い自負を込め、真姫は一撃を放とうと宣言する。刀身のプラズマと同等か、あるいはそれ以上に熱のある言葉は強さと同時にある種のらしからぬものを含んでいた。そうした違和感を抱えつつも、誰も止めようがない筈であり、結果高海美渡は死を迎える。火を見るより明らかな結末であったが――

 

 「にっこにっこにー! アイドルなんだから、相手も自分も笑顔にならなきゃダメにこ! もし笑顔のやり方が迷ったときは」

 

 大破壊の場に似合わない、どこか作っていながら、明るい声が決めポーズと共にドームに響き渡った。だがその動きは何もかもを振り切ると覚悟した真姫ですら――否真姫だからこそ、己の全てが彼女へ向くものであった。棒立ちになり絶句する真姫を見据え、一人のアイドルは魔法兵装を展開し、姿と反比例した堂々とした歩みで舞台に上がる。

 

 「宇宙ナンバーワンアイドル、矢澤にこの姿を、とくと目に焼き付けなさい!」

 

 「ずるいよ、いつもいつもずるいわよ……にこちゃんは」

 

 不承不承とばかりであっても、隠しきれぬ嬉しさと安堵感を混ぜた微笑を浮かべ、真姫は登場したにこにそう返す。だがそうした揺らぎを見せたとしても、今度ばかりは彼女としても妥協するつもりはなく、一度緩めた目元の力をすぐに戻した。そうしたあまりにも強大な存在と、あまりにも異常な世界を前にしてもなお、にこもまた意志をぶらさず平素の勝気な表情で真姫を見据える。かくて世界を握り司る姫と、握り司られた世界に挑む王子は、余人を排し対峙の機会を得たのであった。

 




 第二の就活とユ~状況が収まり、再び書いた物語。この高ぶりを忘れず、物語のμ’sメンバーに負けぬよう書き続けたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話_pert1

事象解析空間で始まる三者三様の対峙。そして明かされていく真姫の真実と最大の怪物の動き。その果てには――

とまぁこんな感じですっごく久しぶりなラブライブ!の沼田版物語です。今回からは試験的に、pixivとは異なりワンブロックごとの投稿にしてみます。


 

 目は口程に物を言う。

 

 絶対というには安直な指摘であるが、瞳にこもった感情が言葉と音に表れるそれよりも強い意味合いを持つ例は多々存在する。そうした教訓的な意味のほかにも、遺伝や環境により別人同士の目元が近い形になる例もまたあるのである。ともあれ眼という器官が、いずれにおいても人間ごとの要であることには違いない。そうした象徴という意味合いを意識し、矢澤にこは西木野真姫をじっと見据えたのだった。

 

 <つくづく、似てるものじゃない……>

 

 それなりに見慣れたはずなのだが、改めてにこは内心そんな感想を口にした。鮮やかな赤毛と吊り目で大きな紫の瞳。髪型さえ除けば、(厳密には従姉妹であるものの)姉妹だけあって、実姫と真姫はかなり近い顔立ちだった。もっとも宿る性格と行動様式は対極である以上、仮に実姫が存命なら赤毛の姉妹に挟まれた自分はさぞ振り回されただろうとも考える。それでも重なる箇所は重なるものであり、親友の身としてあまり似てほしくない箇所まで似ていたのである。

 

 「思い詰めたその表情まで、実姫そっくりじゃないのよ」

 

 「私に迷いがあるって、にこちゃんは言いたいの?」

 

 「にこが何回あいつの顔を見続けたと思ってるの? それ以前にアイドルたるものが、コアなファンのこの気持ち一つ読めずして、どう立ち行くっていうのよ。断言するわ、今真姫ちゃんは迷っている。ううん、震えている」

 

 「誰よりも西木野らしくやってきた私がここまでして、考え一つでにこちゃんを消せたとしても?」

 

 「だったらなんで物騒なことをわざわざにこに見せつけるのよ。真姫ちゃんが本気になれば、にこなんてあっという間にお釈迦なのよ? 詳細なんて知らないけど、今のって事象解析の本気なのはわかるし」

 

 やたら冷たく返答する真姫に、にこは平素の勝気風な口調でさらに質問する。そんなやり取りを、彼女は予測が確信になった安堵と刃物の上を綱渡りする緊張感の双方を覚えていた。世界を理想から糺す立場にある真姫ならば、本当の意味で矢澤にこという存在など消去するなど容易い。実現の可能性は低いものの、裏を返せばそうなりかねない凶器を展開したという時点でどれほど彼女が怒りに打ち震えているか察するに余りあるのである。一見すれば迷いも枷もかなぐり捨てたような振る舞いだが、そのやり口こそ西木野姉妹が見せる最大級の迷いの兆候だとにこは判断できた。

 

 「実姫ってさ、どうしようもないことやろうとするとき、どんどん自分でつらい方向を取り続けるのよ。それを連続させてさ、考える間もなく終わらせるわけ。そんなことやってもつらい顔見せないで終わったら何食わぬ顔でにこ達のところに戻ってきた。少し、寂しそうな様子で。そのくせやたら明るくふるまうのよ」

 

 「今の私は、お姉ちゃんよりも迷ってない」

 

 「だったら長々と話さないでしょ? 迷いがなかったとしても、にこに話を聞いてほしい。だからこうしてるんじゃない」

 

 「にこちゃんはアイドルを笑われて――一生かけて負うものを踏まれて、自分の基準を踏まれて、何も思わないの!?」

 

 先ほどよりも若干熱量がこもった言葉で、真姫はにこに問いただす。他全てを仮に妥協したとしても、矢澤にこから得た在り方を踏みにじられることだけは彼女にとってあってはならないのである。そのオリジナルに対し、肯定以外認めぬとばかりの問いを、にこは逃げずに回答する。

 

 「そりゃあ、思うわ。真姫ちゃんほど派手にはできなくても、相手をハチの巣にやりかねない程度にはね」

 

 「だったら」

 

 「そう思うから、アイドルにこにーは今の真姫ちゃんを見過ごせないのよ。真姫ちゃん、今あなたの顔、どんな風になってるか分かる?」

 

 ひしひしと感じる重圧と、それをはねのけるだけの意志を感じ、にこは真姫へ確認する。文字通り西木野真姫というパーソナリティの根幹と己がなっているだけに、彼女が言わんとする意味を嫌というほど理解できた。情けない限りだが、自身が真姫の立場なら、それこそすべてをかなぐり捨ててでも、アイドルへの侮辱は阻止したとさえ考える。同類たる己と遺された妹という責任を自覚しながらも、しかしにこは事態の核心を指摘する。

 

 「アイドルは笑顔を見せる存在ではない、笑顔を周囲にもたらすもの。だからこそ、アイドルは内側にどんなつらい気持ちを抱えていても、見せる笑顔に信念をもって舞台に臨まなきゃいけないわ。今真姫ちゃんがやっている行動は、自分が笑顔でできることなの!? 心をずたずたにしてまで、やれることなの!?」

 

 「ずたずたでもボロボロでも、やり抜き続けるのがにこちゃんじゃないの!? 私はその姿に憧れて、どんなにつらくても、逃げずにここまでやり続けたんだよ!? それを――!」

 

 「ずたずたでもボロボロでも、やり抜き続けたし、これからだってにこはやり抜くわ。この言葉を、真姫ちゃんが信じてくれた気持ちを、にこは絶対裏切らない。けどね、真姫ちゃん。それだけじゃなかったのよ。それがわかんなくて、にこは四月までずっと失敗続きだった」

 

 「失敗続き?」

 

 自虐じみた独白を受け、真姫はオウム返しにそう漏らす。だが極限状態でない平素の彼女でなら、この言葉が意味する要素をすぐ理解できるはずだった。そうした気付きをもたらさんとすべく、にこは話を進める。

 

 「やり抜き続けるのは自分自身だけど、誰かに話を聞いてもらったり、助けてもらったり、大切な相手を思いながらでも構わないのよ。二年前に実姫がにこの目の前で死んでから、真姫ちゃん含めた周り全部から逃げていたわ。けど、そんなにこを真姫ちゃんは追いかけてくれて、絵里と希がいたから謝れて、穂乃果とμ‘sがあったからまた歩けて戦えた。やり抜き続けたい気持ちだからこそ、一緒になれる誰かが必要なのよ」

 

 「私にも誰かって、いてくれるの? ここまでできる力と、ここまでやれる気持ちを抱えている私に、歴代最高の西木野じゃない私でも。分かってくれるのかな?」

 

 「いっぱいいるし、増えていくものよ。馬鹿でもなさそうし、対戦相手もなってくれるかもよ? それにさ、もう確定で会員ナンバー1がここにいるじゃない」

 

 限りない不安を示す真姫に対し、自信を込めてにこはそう返す。散々バカをし続けた己よりも、ずっと彼女は良い道を歩めると確信している。そんな相手に心底頼りにされているのなら、にこがすべきことは明白だった。

 

 「真姫ちゃん、あなたが信じる矢澤にこはね、あんな性悪女ごときに屈するほど柔なアイドルじゃないのよ! だから、迷ってぼろぼろになった時は、いつでも助けを呼びなさい。そうなったら」

 

 「てめぇら、さっきから性悪だなんだ好き放題嫌がって! 序列入りなめんじゃねぇぞぉおっ!!」

 

 蚊帳の外に置かれた上、あからさまにコケにされた美渡は、余力も度外視し魔力を注ぎ込み、最大級の念動力を発動させる。高密度で力場を放っても変換されていない念動力の色は薄いものなのだが、この時ばかりは異なった。右手に集中させた赤い力場が球状となり巨大化し、赤黒い半径数メーターの赤玉ができつつあったのである。出力も、それを扱う制御の実力も、まさに序列の象徴といえる代物だった。しかし、そうした一発が迫り来ても、にこはいささかも乱れることなく魔法兵装を美渡へ向ける。

 

 「最っ高に頼れる背中、見せてあげるんだから! 実姫ぃ!」

 

 気合の掛け声とともに、にこはアンタレスを構えるや、穂乃果との対決で展開された化学式の翼が展開される。異質な力の象徴ともいえる代物であるが、しかしそれ以上に重要な役割をこの時彼女は理解していた。結果は当人が無意識で共鳴するよう発動した、真姫の赤い事象解析が、にこの翼とつながったことで具現化される。

 

 「にこちゃん!? こ、これってお姉ちゃんの」

 

 「実姫が色々試してた、事象解析の連結よ! あいつが試したところを見たことあるし、この空間が真姫ちゃんの考えが実現するとなれば、試したわけだわ!」

 

 「そんなこて先、潰してやらぁっ! 大陸砕き(コンネントキネシス)大陸砕き」

 

 「潰せるかどうかは、こいつを超えてから言いなさい! 多弾製造(マルチパレット)多弾製造・理想虹砲(イデアスブラスター)理想虹砲!!」

 

 放たれた美渡の赤玉をさらに上回る化学式の砲撃が、二丁のアンタレスからにこの絶叫と共に放たれる。数瞬拮抗した両者の一撃は、次第ににこの砲撃が虹色を帯び始め勢いを増し、美渡を押していった。そうした危機に序列の身として抵抗した美渡であるが、最後には押し切られ、砲撃に飲まれていく。序列入りのそれ未満による撃破の例はゼロではないにせよ、にこがなしえたという結果を真姫は仰天しながら認識した。

 

 「にこちゃんが、真正面の打ち合いで……国砕念力に勝った?」

 

 「勝ち目があるから、勝てたのよ。場所が場所で、真姫ちゃんが近くにいて、前よりは実姫の力を知っていたからね。根性論で突貫が全くないとまでは言わないけど、真姫ちゃんある限り勝ち残り続けるわ。まぁでも」

 

 「でも?」

 

 「派手に戦う分、今も含めてぼろぼろになりやすいのよ。それも死にかけるぐらい何度も何度も。真姫ちゃん、にこは必ず生きて戻るから、後のことお願いね?」

 

 「あれだけカッコよく戦いながら、私に丸投げするの!? なんて、セリフですませると思う? 逃げたりなんかしないわ。必ず立ち続けるアイドルがにこちゃんから学んだのが、西木野真姫って必ず生かし続けるアイドルだから」

 

 茫然から回復し、想いを整理できた真姫は迷うことなく自らの意志を宣言する。にこが見せつけた実力もさることながら、彼女が初めて己を頼りにしてくれたことがあり方を認めたことと並び嬉しかったのである。そうした真姫を見届けて、にこもまた心からの安堵を抱き、同時にかねてより気になった点を提案する。

 

 「真姫ちゃん、今あなたが使ってる事象解析、初めてやったんだよね? それも、この使い方は知らないって感じで」

 

 「戦闘中はあんまり意識しなかったし、すぐ戻せる感じはするから良いんだけど……このパターンは初めてだわ。世界レベルで作用する事象解析なんて、西木野一族の歴史書でやっと見るぐらいよ。それに、神域って言葉……」

 

 「綺羅ツバサや穂乃果と同系統の異質な力って意味じゃないの? それこそ物理法則なんてぶっ飛ばした――というか、物理法則をこの世界に拵えた神様が使う力って意味で。けど変っちゃ変ね。事象解析って魔力含めた触れたものを読み取ることが基本でしょ? そこから真姫ちゃんが一番やる医術諸々とか、干渉による分解とか、モーションの再現とか、生体技能のコピーじゃない。十分すごいけど、事象解析そのものが力を生み出しているわけじゃないわ」

 

 「そうよね、神域って言葉が本当だとするなら事象解析の系統からして異常よ。いったいこれって」

 

 省みればあまりに明白な、だがいずれ向き合わねばならない本質を、改めて真姫は口にする。とはいえ断片的な情報は存在するものの、中核に足りそうな要素を彼女は思いつくことができなかった。無論にこも同じなのだが、しかし彼女は何か考えがあるらしく、唐突に口火を切った。

 

 「私と真姫ちゃんだけじゃわからない、わね。とすると他から聞き出すしかないわ。というか、μ‘sに一人いるし。そういうわけで出てきなさい、穂乃果。いつまで眺めてるの?」

 

 「アハハ~……あんまりにも良い雰囲気だったし、口はさみようがなかったってのが事実なんだよ? もうゴールインなんて段階をにこちゃんも真姫ちゃんも超えちゃっているようなものだったし。けど、こうなったからには私も混ざるよ。師匠が言ったことが本当なら、この時に全容が見える筈だから」

 

 「穂乃果!? 私の干渉を受けなかったの?」

 

 「そのことも含めて、ちゃんと説明するから安心して真姫ちゃん。今までは断片で推測混じりだったけど、今回の一件で全部つながりそうだし。それに、私たち三人とも、決めなきゃいけなくなるから」

 

 観念とばかり微苦笑しながら登場し、しかし穏やかながらも強い意志を込めた口調で穂乃果は真姫にそう答える。西木野姉妹の実情についてある程度の情報は持っていたものの、短編的かつ成立した仮説を思えば彼女はこれまで動きかねていた。しかし、真姫自身の力が顕現したとなれば、もう猶予はないと判断できたのである。そうして腹を固めた穂乃果は、事象解析の干渉を受けなかったことを寄貨に行動をついに起こしたのだった。

 

 「人の身にして神域に達する家系――西木野一族の本当の意味と、そこから始まる私たちの決断、はっきりさせよう」

 

 「守る者が随分あるアイドルとして、その話乗っかろうじゃない。穂乃果、あの暗躍マニアが何を企んでたか、洗いざらい話してもらうわよ」

 

 「穂乃果が見たもの、にこちゃんが見たもの、それと……私の中にあるもの。お姉ちゃんがやろうとしてきたこと、私は確かめたいの。私の本当とその先を、自分で歩きたいから」

 

 王子と姫と、そして現れた英傑はそれぞれ決意を表明する。各々が抱えるパズルのピースが図らずもそろい、新たな道が見えたのである。かくて真姫をめぐる事態は、一気に本質へと向かっていくのであった。

 




もうちょい続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話_pert2

試験的なスタイルです。


 

 物書き(シナリオライター)物書きの醍醐味は何か。

 

 人それぞれ無論違うという前提はあるものの、多くの人間は文字という形で世界を表現する醍醐味を感じたのではないだろうか。もう少し掘り下げれば、文字という形で一つの世界を自ら創り出したともいえるのである。あるいは派生すれば、世界が作られる過程を楽しむなり、世界への自負を感じることにもつながるだろう。いずれにせよ、シナリオ作りという行為は、人を世界で動く一介の演者(プレイヤー)からから唯一の創作主(クリエイター)と変えることには間違いない。

 

 故に、物語というものは作者をこの上なく雄弁に語る。読者なり観客は創作主の意図を読み取らんとするが、逆にそれを隠させるようなシナリオすらあり得る。この点は西木野実姫が遺したシナリオにおいて、顕著であった。果たして彼女は、親友と弟子と、そして妹に何を残し伝えたかったのか? 高坂穂乃果、矢澤にこ、西木野真姫の三名が条件を満たしそろった今こそ、これは明らかとなるであろう。

 

 「端的に聞くわ、穂乃果。実姫が死ぬまでに私たちのこと、どこまで聞いたの?」

 

 「名前は出されなかったけど、師匠に親友が三人いて、スクールアイドルを音ノ木坂でやってるってことは聞いたよ。私をそこにスカウトしたいって打診されたし、真姫ちゃんをそこに入れたいってこともね。にこちゃんはどうなの?」

 

 「来年入れる一年で強力な子を三人ぐらい連れてくるって聞いたわ。もっとも弟子作ってるとまでは知らなかったけどね。後事象解析のことは一式聞いてるし把握はしてるけど、そのあたり穂乃果はどう?」

 

 「だいたい同じかな? ただ……師匠が今ある事象解析が上澄みだって言ってたのと、鍵を託すって言われたのは覚えてるよ」

 

 「鍵って、にこちゃんがお姉ちゃんの力を使ったみたいに、穂乃果も何か覚醒とかするのかしら?」

 

 にこと穂乃果のやり取りを見て、真姫はそんな疑問を呈する。姉が二人をことのほか重視していたのはわかったが、それをもって何をしたかったと考えた時見当がつかなかったのである。自身に何かあった時守り手として期待していた面もあるはずだが、それ以外もあってならなかった。

 

 「そもそも、なんで実姫は穂乃果を選んだわけ? 確かに手っ取り早く海未とことりを引き込むにはうってつけだけど、それだったら直接二人に声かけるって手もあるはずだわ。あるいは、他の序列でも良いし」

 

 「まぁ、海未ちゃんとことりちゃんはあの頃かなり人間不信だったから、引き込むって意味じゃ穂乃果をはさんでは妥当だと思うな。けど、それだけじゃ師匠は動かない。真姫ちゃんの悪用って可能性をなくさないといけないし、真姫ちゃんに見合うだけの戦闘能力だっている」

 

 「差し当たって、持ち前の生体技能と善性のカリスマが評価されたってことじゃないの? あいつの見る目は確かだし、その意味で心配してないわ。ブラックボックスの生体技能は気になるけど」

 

 穂乃果自身の疑問について、一通りにこはそう答える。加速度的に急成長する大器と強力な生体技能であるなら、確かに真姫に対し適任といえた。しかしこれも決定的とはいいがたいと、彼女は内心考えたのである。その疑問を進めるより前に、今度は穂乃果が質問をぶつける。

 

 「私の方からも気になるんだけどさ、師匠はカギにどうしてにこちゃんを選んだの? 確かに親友だしかかわりも深いけど、それなら絵里ちゃんとか希ちゃんとかでも良いし。ただたんに真姫ちゃんが憧れてるだけじゃ、託す理由には足りないと思うな」

 

 「多分だけど……お姉ちゃんは、にこちゃんのメンタルの強さを評価したんじゃないのかしら? 背景で見たらあの三人の中で一番ぼろぼろになっても立ち上がり続けてきたじゃない。私があんまり言えないけど……襲撃でお父様が亡くなられてお母様が負傷されて、そこからいろいろ苦労続きだったから」

 

 「真姫ちゃん、そのあたり隠してないし平気よ? ま、どっちかといえば私たちの親世代で超人クラスだったままの娘だってことがにことしては比較される意味で大変だったわ。無論、家族嫌いとかじゃないわよ? どんなに苦労しても、家族がいてちゃんと笑えることって、すごくありがたいんだから。それはそうとして話を変えるけど……穂乃果の鍵って何なのよ? こっちみたいに何か新しい能力が」

 

 ――新しい能力? んー、ぶっちゃけ違うかな。元に戻すって感じ。条件も揃ったしね。

 

 にこが言いかけたタイミングで、新たな声が突如割って入る。発生したタイミングも内容も衝撃を帯びたものであるが、居合わせの三人にしてみれば話者こそ面を食らうものだった。何しろ一連の謎の中心に上がる存在からの言葉なのである。

 

 「チョット、にこちゃん……今のってまさか」

 

 「まさかもへったくれもないわよ! あいつのことだから何か仕込むぐらい平気でやるとしても、何が目的なわけ!?」

 

 「あ、なんか映り始めたよ!」

 

 ――とはいえ、ネタあかしやるとしても段取り踏まなきゃ追いつかないだろうし、ちょっと西木野一族の歴史から説明するわ。真姫は良いとしても、確実に穂乃果とにこはわからないだろうし。とユ~訳でぇ、所要時間十五分ぐらいですが技能家系西木野一族のあらましを、わたくし西木野実姫がお送りします。

 

 黒幕の名を名乗ったその声は、穂乃果たちの前方に大型の空間モニターを展開させて、そうした口上を宣言する。同時にモニターにはやや画質が古いものの、それでも鮮明に映る邸宅が映し出された。歴史にさしたる知識がない人間が見ても、前近代の大型の武家屋敷のようなものだと理解できた。だが、門に描かれている家紋が映し出された瞬間、真姫の反応がにわかに変わったのである。

 

 「あの家紋であの規模の屋敷だと……まさか」

 

 「真姫ちゃん!? この後何が出てくるかわかるの?」

 

 「ええ、西木野一族の始まりの人……厳密にはその人の娘が西木野を名乗ったからだけど、初代で通る方だわ。その名は」

 

 ――曲直瀬道三(まなせどうさん)。戦国時代でのトップ級の医者にして、西木野一族の始祖にあたる人が、長いこと考えていたことが、発端になったりしています。

 

 穂乃果の質問に答えようとした真姫を制する形で、実姫の音声は屋敷の主と内部にいた十徳姿の医者の全身を映し出す。おおむね五十を過ぎた初老の男性という具合だが、その顔つきは穏やかながら深刻に考える様子からして鋭さを醸し出すものだった。何を言いたいのかと思案する穂乃果とにこであったが、それに応じる格好で実姫の音声は回答を提示する。

 

 ――彼は武将ではありませんが乱世の医者――なかんずく京都在住のものとして、延々続く騒乱を憂いていました。もっともそれだけなら特にアクションというわけではないのですが、ことは専門分野と重なってしまったのです。戦国乱世の混迷には、神域の生体技能がかかわっていたのですから。

 

 「神域の生体技能!? それ、穂乃果とかが持ってるやつのこと!?」

 

 ――日本国内に二種類存在するそれらをめぐり、武将達は領国の拡大と同程度に抗争をつづけました。おまけに悪いことに、性質が相反する両社は比較的別陣営に分かれて属することが多く、能力も同程度でした。なので神域の生体技能は獲得まで抗争を起こし、獲得後も抗争が続くというありさまとなりました。

 

 「私の力ってそこまであるのはわかるけど……それがどう西木野一族に」

 

 にこの問いへ解説をつづける音声に、穂乃果はそこまで答えて止まってしまう。なぜならそれは、正解に至る仮説を思いついたからであり、しかも恐ろしい内容だったのである。しかし、考えれば考えるほどこの仮説は説得力を帯びた。魔法技術の方面も含めてトップの医者が、動乱の根源となる生体技能を前にしたならば、対策はおのずと見えてきたのである。

 

 「この人が作ったからよ。志願した娘に様々な実験を行って、新たな生体技能を発現させた。それが万物を読み取り、解き明かす力。事象解析をね。私が知っているのはここまでだわ。神域に対抗だなんて話、初めて聞いたもの」

 

 ――医術のほかに、魔法や生体技能関係も強い道三は考えました。二つで収拾がつかないのなら、三つ目を送り込めば良い。単純で、けれどとてつもなく難しく、恐ろしい回答を彼は実現できる才能と環境を有していました。そして、あまりに忌むべくして切実な願いを、受け止め最高の形に昇華させてくれた、被験者にも。

 

 「本人同意で親としても悲痛な状態で始めた人体実験が、引き金とはね……流石にこれは実姫もうかつに話せないわよ。あ、シーンが変わって……この人が娘さん?」

 

 「黒髪だってこと以外は、かなり真姫ちゃんに近い顔つきだよね。けど、西木野一族って赤毛だったよね? どこからそうなったんだろう……」

 

 「実験の余波で、髪の色素構成が遺伝レベルで変わったからよ。このあたりは二人も知ってると思うけど、より強い事象解析ほど、西木野一族の髪色は鮮やかな赤になるわ」

 

 再確認の意味を込め、真姫は二人にそう解説する。とはいえ表面上冷静な彼女も、事象解析の本質については未知の箇所が多すぎた。家督を継承して日が浅いという面もあるにせよ、歴代当主すら事象解析の歴史へのアクセスは厳しいものがあるのである。そうした真姫の心情を察するかのように、実姫の音声はついに本質への言及を開始する。

 

 ――錬金術張りに有効な派生技術は多数出ても果てしなく困難な研究は、十年で事象解析という形に実りました。ご存知と思いますが、解析から派生する効果は出せても、無から有を生み出すような力をこの力は持ち合わせていません。ですが、曲直瀬父娘はそれで構いませんでした。神域に到達する器として――事象解析が記憶した生体技能をため込み、神域まで登らせるのですから。

 

 「事象解析が……ため込むですって!? まさか再現に成功した生体技能が遺伝するとでもいうの!?」

 

 ――もちろんそんなにうまくいくものでもありません。生体技能の再現をするまでのレベルは高いものがありますし、記憶された技能の引き出しはもっと高いレベルが必要になります。ですが、そこまでのレベルじゃない事象解析でも接触した人間の生体技能情報は残りますし、運用履歴という形で運用技術も遺伝されていきます。いずれにせよそれこそ遺伝ですから程度の差はありますが、平均五代150年程度で神域まで達した事象解析を行使できる西木野一族が出現する計算です。これにいくらか特殊なパターンも混じりましたが……真姫もこのスパンで当たりくじを引いた格好ですね。

 

 「だから西木野一族は、キャリーオーバーがピークに達しそうな真姫ちゃんを早いうちに手元に置いたってわけね」

 

 合点と若干の苦い感情を込めて、にこは実姫の音声のそう返す。家督を継ぐまで延べ八年ばかり親元から離された真姫もさることながら、実姫もまた西木野一族の悲願の犠牲にされたのである。一族内部の抗争により両親を殺害され、にもかかわらずその元凶たる一族の重鎮に手駒とされる。その上で暗躍をつづけ親しいものを犠牲に出しながら、唯一の妹を守るため動き続ける。当人があまり言及しないため意識はさしてなかったが、改めて思えばあまりに過酷な人生を親友は送っていたと思わずにはいられなかった。

 

 ――マー西木野だなんだの事情すっ飛ばして、私の妹が良い子なのは確定として……一国以上に価値のある力を有していることは間違いありません。そしてそれは先に話した通り神域のそれを目標としたものであり、モデル元と同系統といえます。だからこそ、真姫の中に穂乃果へのカギを組み込むことができました。白の神域――白光天主。桜花白翼の本質にあたる、創造を担う天上の主が振るう力です。

 

 「穂乃果の……本当の力!?」

 

 ――穂乃果。あなたを鍛えると決めた一番の理由は、当代の白光天主だったからなの。他にも第四位と第六位との絆に無類のカリスマもあるし、それらひっくるめて真姫の守り手に迎えようと私はしたわ。けど、私の弟子はこっちが用意したカードじゃなくて、自分で真姫に至って真姫もちゃんと応えた。だから、穂乃果なら神域の力を正しく使えると、私は信じる。

 

 「師匠――実姫師匠、私の夢にも、使えるんですか!? あの子に至ることにも使えるんですか!?」

 

 ――穂乃果の目的に使っても、その目的の先に使っても、平気だわ。そうやって巻き込んで押し上げていくヒーローが、私が選んで賭けた高坂穂乃果なのだから。

 

 平素らしからぬ切羽詰まった様子で答える穂乃果に、実姫の音声は迷いなくそう返す。実姫にせよ穂乃果にせよ、繋がりの理由として双方に目的を抱え現在も忘れたわけではない。しかし、その過程で確かに生まれた信頼もまた本物なのである。故に臨む領域へ自力にたどり着いた弟子に、実姫は白いカギを出現させ渡すという行為を行った。

 

 ――自分で本当に臨んたとき、これをかざしなさい。ぶれない思いに呼応して生体技能の起動キーとして機能するわ。ま、渡すものって意味じゃにこにもあるんだけどね。

 

 「こっちにもあるわけ!? てかねぇ、こんなものよこすぐらいなら実姫本人はどうなのよ」

 

 ――せかす我が親友にもこたえるとして……本当に、ごめんなさい。この状態になってる時点で私は死んだかそれに近い状態で、それでもにこがここまで来てくれたってことだから。死ぬほどつらい思いさせて、絵里と希のことも丸投げして、真姫のこともお願いして。本当に、申し訳ありませんでした。

 

 「ご丁寧に遺言よこすくらいなら、いたこでも用意して肉声聞かせなさいよ……! それで、他にもあるんでしょ? 希以上の暗躍マニアが、自分の死すら計算に入れて練った答え、見せなさい」

 

 ――私に万一あれば組み込んでいる事象解析、あれの最適化を行うわ。これが発動してるってことは、事象解析がなじんでくれた証拠だし、私もやった出力強化と真姫への接続もできるようにする。にこ、誰よりも諦めないあなたの在り方、親友として誇りに思うわ。末永くアイドルであり続けることを、西木野実姫は祈り続けます。

 

 ともに歩んだ親友への想いを余すことなく込め、実姫の音声はにこにそう伝える。当然聞こえずともわかってなおにこはさらに言おうとするが、それより先に彼女の右手に黒いカギが出現した。おそらくこれも穂乃果と同系統とにこが処理していると、さらに音声は言葉をつないだ。

 

 ――ともあれ、ネタあかし第一陣という名の概要説明はこれで終わりました。後は補足がもう少しあるのですけど、驚くかもよ?

 

 「お姉ちゃん、まだ何――え!?」

 

 「もう少しって師匠――ほ、ホント!?」

 

 「実姫、つまらないドッキリなんて連続――うそでしょ!?」

 

 実姫の言葉にそこまでだれたわけでなかった真姫たちであるが、次の瞬間茫然としてしまう。彼女たちにとって眼前の事態が、あまりに異常であったのである。いることが絶対にありえない人物が出現したとなれば、ある意味当然といえる反応だった。

 

 「イタコなんかよこさなくても、言いたいことならちゃんと聞くわよん? 面食らってるとこ悪いけどさ、今あなたたちの前に何があるかは、事象解析で見れば明白よ」

 

 その人物は一年生用音ノ木坂学院の制服をベースに、赤のカーディガンの上からブレザーを羽織っていた。

 

 その人物はリボンが示す学年にしてはかなりの高身長であり、スタイルの良い体つきと合わせ、長めの赤いスリーテールが印象的だった。

 

 その人物の左右の腕には、それぞれ槍と銃の飾りがついたブレスレット上の待機モードをした魔法兵装をつけていた。

 

 何よりも――

 

 「事象解析でも外見でも眼でも……お姉ちゃん、だよね?」

 

 茫然としながら、それでも真姫が漏らした通り、彼女の目元はつっており大きく鮮やかな紫色の瞳をしていたのである。

 

 「そうよ、真姫。まがい物でも留守電メッセージでもない西木野実姫が、こうして登場したんですもの。にこも穂乃果も悪いけど、もうちょっとネタあかしに付き合ってもらうわ。腰、抜かさないでよね?」

 

 二年前と変わらぬ明るい声音と微笑で、自室の体にある穂乃果たち三人に向け、現れた少女――西木野実姫はそう告げる。あまりに現実離れが続き、現状が最も現実から離れていると感じても、彼女たちは眼前の人物だけは嘘だとは到底思えなかったのである。そうした驚愕を、しかし実姫は落ち着いた様子で観察し、言葉のタイミングをうかがっていた。かくして現れた黒幕は、自らのシナリオの要たちと真の意味で相対することとなったのであった。

 




 さらに続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話_pert3

このスタイルだと誤字ケアとかがしやすいと感じたり。


 

 黒幕の望みは何か?

 

 わざわざ隠れて場合により長期間動き続ける以上、その望みは相当重いものであることが多い。しかも表舞台で動く当事者の想いからもえてして外れたものであることが多い。故に黒幕は表に出ることはなく、出たとしてすでに目的を果たした段階でのネタあかしのものでしかない。そうしたありようを突き詰めれば、思惑が当事者たちに知られてしまった場合、破たんを余儀なくされるからである。

 

 しかし、あえて途中で明かすとしたら。

 

 それも、自らの破滅となるものだとしたら。

 

 黒幕はその身を代価に、表の役者たちへ何を伝えたいのだろうか?

 

 「あららーご一同、茫然? そりゃあそうよねぇ、死んだと思った人物が、本物としてここにいるんですもの。まぁ、死んだのは嘘ではないんだけど」

 

 「何者……なのよ。あんたは、なんで、実姫の格好をしてるのよ!? 消滅死じゃなかったの!? そうじゃないならなんであんなことにこに伝えたのよ!」

 

 「何者も何もここで立っている女の子は紛れもなく六月四日に死んだ西木野実姫よ? 何なら思い出の確認でもしてみる? たとえばにこが音ノ木の入試で何点取ったとかさ。ぺ¬-パーが五科目410点で実技が450点でしょ? 他だと中学時代にこがもらったラブレターの総数とかだと252通だったわ」

 

 狂乱気味に詰問するにこに、実姫はさらりと(穂乃果と真姫には驚愕の)思い出を答えとして提示する。きわどい記憶をぶつかられ、なおかつ事実であった彼女は沈黙という形で肯定の意を示す。だがそれでも、にこは眼前の実姫がわざわざ『本物』と但し書きをつけたことが気になった。故に彼女は驚愕をひとまず修め、仮説を質問する。

 

 「仲間内にしか知らないことからして……死んだ実姫の直前の記憶でできているの? だから死んだのは嘘じゃなくて、本物っていったわけ?」

 

 「そうよ。勘ぐられたくないから最初に明かすけどさ、記憶じゃないちゃんと肉体ある私は某所で保存中。今の私のリンクからして間違いないわ」

 

 「実姫師匠が生きていて、何か伝えたいのはわかりました。けど、なんでこんなことそもそもしたんです? 死ぬことまでは想定外だとしても、そうまでしてやることは隠すつもりなんですか!?」

 

 「言いたいのはわかるし、非常手段まで切った私が言うのもあれなんだけどね。隠す云々を言えば穂乃果だってそうなんじゃないの? みんなで叶える夢は目的としてあるとしても、それを足掛かりにして是が非でも果たす、大望をあなたは持っているじゃない」

 

 <穂乃果の大望? 確かに視野が大きいとは思うけど……>

 

 穂乃果を指摘する姉の言葉を受け、真姫はそんな疑問を内心で抱く。μ‘sのリーダーとして、そして一個人として穂乃果が語るμ’sと勝利への想いは付き合いが短いとしても嘘はないと彼女は考える。だが穂乃果個人の夢は語られず、何より勝利への入れ込みの強さが天真爛漫な性格とは裏腹に異様なまでに強く冷徹であった。勝負事が絡まない日常での明るさを知る真姫は、能力への評価とは別に違和感をぬぐえなかったのである。

 

 「もうばらしても良いんじゃないの? にこも真姫も、ましてμ‘sのお仲間を利用するのでもないんでしょ? みんなでかなえたゴールの先の子、この状況じゃ出てくるわよ?」

 

 「穂乃果の大望とかは知らないけど、お姉ちゃんはどうして私に明かさないの? 私じゃ、頼りないの!? にこちゃんや絵里さんでも希さんでも、穂乃果でもダメなの!?」

 

 「頼って皆にすっごく迷惑になったら……嫌っていうのはだめかな、真姫? お姉ちゃんには真姫しか残ってなくて、それだけでも望外なのに親友が三人と弟子が一人できて。マイナスがゼロになって4になってそれ以上になった。ずたずたな器じゃもったいないぐらい、大切な中身なのよ」

 

 「だったらその大切な相手にだって」

 

 「つながりというつながりが全部悪意で壊されて、悪意でさらに押さえつけられて! 他人が当てにならなくて、それでも守りたい相手がいなきゃ! 私の気持ちなんてわからないわよ!!」

 

 真姫も穂乃果も、そして地の状態を相当見たはずであるにこですら見たことのない激昂と共に、実姫は本心を暴露する。彼女たち三名は西木野実姫という少女が相当悩みを抱え、それでも前を向き明るくふるまい続けていると信じていた。そんな前提が一瞬で崩壊したといえる事態に、一同は言葉を失ってしまったのである。

 

 「ごめんなさい、今のは柄じゃなさすぎるわ。ただ覚えておいて。今の段階のあなたたちに、西木野とそれに連なる闇は危険すぎる。あれはね、傷つきすぎた私でけりをつければ良いのよ。真姫が西木野を背負うのは、それからで平気だから」

 

 「私が15歳で西木野当主をやることにしたの、にこちゃん以外にもお姉ちゃんにも追いつけるようになるためだったんだよ!? それ分かって、言ってるの?」

 

 「そうよね、背負うものの重さだけ見たら、真姫が一番頑張ったわ。音ノ木に来てからもそうだけど、ある意味私と叔母様の仇を取ってくれたともいえることもしたんですもの。それに……私があの時死ななければ、ちゃんとみんなとい続けられたら、こうはならなかったわ。ひどいお姉ちゃんよね、私って」

 

 「だったらなんで妹の想いに応えないのよ、あんたは! 実姫! 真姫ちゃんはねぇ、あんたが思うほどもう柔じゃないのよ!? こんな子を、いつまで放っておくつもりなのよ!」

 

 家族を失った経験もある立場として、にこは実姫に激昂を示す。真姫の実姫への想いと、それ以上に実姫が示す真姫への想いを知るものとして、まるで逃げるような対応しかしない親友は許しがたかったのである。そんな激昂を前にしても、実姫は寂しそうな笑みを浮かべ、にこに確認をする。

 

 「ねぇにこ、あなたは自分が詰め腹を切って死んで家族が助かって幸せになるなら、死ねる? その選択肢しかなかったら、死ねる?」

 

 「死ぬって……なんでいきなりそこに飛躍するのよ!? 命云々以前に、そんなことしてこころやここあや虎太郎に、ママにまで負債負わせる事態を悲しむわよ!」

 

 「そうよ、間違ってもベストなんかじゃない。私だってそもそも無駄死にも自己犠牲もしたくなかった。けどね、もう危険域なのよ。黒の神域を政府が抱えているとなれば、もうなりふりを構えないのよ!? 真姫と穂乃果が目覚めきれないと、支えられない」

 

 「私と真姫ちゃんが目覚めるって、覚醒のことですか!? そうしないとどうにもならない事態って」

 

 穂乃果は当然そういう反応をするのだが、その問いに応えは得られなかった。答えるべき実姫の姿が、金色の事象解析に次第次第に分解されていったのである。出現の限界時間ともいえる事態であったのか、消えつつある実姫はやや名残惜しそうな表情を見せたのち、最後のメッセージを三人に伝える。

 

 「事象解析と魔力で同一体を仕込んでいたけど、このあたりの維持が限界みたい。三人とも、先を知りたかったら生身の私に聞いて。近いうちに会えるし、場所も身近だから。それと穂乃果、お目当てがもうすぐ来るわよ? このこと、ちゃんとみんなに話なさい。幼馴染の第四位と第六位以外の子はあなたとお目当ての絡みは知らないはずよ」

 

 「ししょ――うっ!?」

 

 眼前で消滅した実姫に言いかけた穂乃果であるが、その言葉は言い終えることなく途切れてしまう。通常の数倍に達する重力のごときプレッシャーが、一帯を一瞬覆ったからである。序列入りどころか、序列を超えたといえる真姫ですら上回る圧力が、こともあろうに彼女によって創られた空間に放たれた。異常に次ぐ異常だが、真の異常はその次に現出された。

 

 「μ‘sの要がこんなにそろって、何の相談?」

 

 有名人に該当する穂乃果たちであるなら、まずかけられてもおかしくない言葉だった。

 

 「ま、でも絶句するわよね。こんな空間で第一位とご対面なんて。私の目的?」

 

 しかし真姫の創り出した世界で動けるものが普通の筈もなく、まして闖入者が序列第一位では否応なく身構えるしかなかった。現に真姫とにこは、顔面蒼白になりながら魔法兵装を展開するありさまだった。かろうじて穂乃果は応じる姿勢を保てていたものの、彼女にとっての衝撃はこの後に訪れる。

 

 「条件も整ったし、ある女の子に会いに来たの。これならわかるよね? ほのちゃん。綺羅ツバサじゃない私の本名、知ってるでしょ?」

 

 「嘘……嘘でしょ!? 顔は似ていても魔力波長がまるで違うから空似って思っていたのに――本人なの!?」

 

 「嘘言ってどうするの~? というかそっちのライバルの先輩と後輩ちゃんに私のこと説明してよね? これでも幼馴染カルテットの一人だし」

 

 パニックすれすれの穂乃果を尻目にツバサは久闊を叙するようにすらすらと語る。何しろ当人からすれば、やっと訪れた再会なのである。話したいこと聞きたいこと、そして伝えるべき宣言。それこそ適当な場所を借りて延々過ごしたいほどであった。だが本筋のために穂乃果によるアクションを期待する彼女は、説明を促す言葉を送ったのである。

 

 「穂乃果……綺羅ツバサと、ううん綺羅ツバサが偽名の子とどんな関係なの? 廃校を止めてラブライブで優勝した先の目的は、その子なの!?」

 

 「話しなさい、穂乃果。中身だどうであれ、にこも真姫ちゃんも責めないし、応援もする。けど、こっちだって知りたいのよ。私たちが付くって決めたリーダーの本質を。渇望し続ける勝利の先にある実姫の弟子の本懐を」

 

 「五年前――ちょうど今の日ぐらいに、突然行方不明になった親友がいたの。ことりちゃんと海未ちゃんと同じぐらい、私には大切な子でさ、いつも一緒にいたんだよ。けど、いなくなったその日、穂乃果は何もできなかった。悲しいし、それ以上に自分の未熟さが悔しかった。あの時のことは絶対に負けるべき勝負じゃなかったって」

 

 「そこまで穂乃果に思わせて、そのためにお姉ちゃんに弟子入りしたのね。その名前は」

 

 「秋空、ツバサ。勝ち続けててっぺんに立てたら、ツバサちゃんの行方がつかめるかもしれないって思っていたから」

 

 絞り出すように、穂乃果は真姫の質問にそう返す。己が目指すべき真の目標を明かすことに、かなりの抵抗を彼女は抱えていた。害を及ぼすわけでないにせよ、自らが集めた仲間を利用するようなや利用に抵抗があったからである。そんなリーダーの告白は、にこと真姫にとって合点がいくものであり、大切な誰かを抱える身として共感できるものだった。そうしたμ‘s側の様子を見据え、ツバサはおもむろに宣言する。

 

 「ほのちゃんにそう思えてもらえて、こっちとしても光栄だよ。そんなわけで今更だけど初めまして。秋空だけど故あって改名中の綺羅ツバサ、ここに参上っ!ってな感じかしら? 私とほのちゃんたちの間柄と、これまでのこともいくつか伝えたいから、ちょっと付き合ってよね」

 

 平素の凛としたたたずまいから想像もつかないフランクな口調で、ツバサはそう宣言をする。神域に到達した序列第一位という怪物は、その内にある人間味を全開にし、本来の目的を果たそうとするのであった。

 




次がストックラストです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話_pert4

分割投稿、今回のラストです。あのお方が登場します……!


 

 魔王とは何なのか?

 

勇者が倒すべき巨悪としてか、あるいは勇者に比肩するカリスマとしてか?

 

 いずれにせよ当てはまることは、善なるものの頂点と対極にして、なおかつ比肩する悪なるものの象徴という属性であろう。これが故に魔王という存在は勇者と同等に輝くといえるのである。そして、強烈な輝きを放つ一方の極であるからこそ、真に存在感を放つにはもう一方の極が必要ともいえる。

 

 とはいえこれは、当事者でもない第三者――それもかなり多くの事象を俯瞰し考察できる人物の結論である。対して当事者たる魔王と勇者が互いに何を思ったか、それこそ千差万別といえる。魔王にとっての勇者は、野望の障害か、同胞の仇か、認めた好敵手か。

 

 あるいは――

 

 「世界の誰よりも一番好きな、憧れなのよねぇ」

 

 気取るでも媚びるでもない、どこまでも純粋な憧れを改めてツバサは一堂に表す。どこか懐かしそうに佇む穂乃果と対照的に、にこと真姫は仰天して次の言葉を待った。何しろ生体技能を始めあらゆる要素で彼女は幼馴染に勝っているのである。確かに穂乃果が持つ資質が驚異的だとしても、ここまで褒める理由が二人にはつかめなかった。

 

 「驚いた? 今の状態からは意外だけど、小学六年まで私とほのちゃんって差なんてほとんどなかったの。ぶっちゃけ身長と髪型以外ほぼ同じっていうくらいあってたのよ。誕生日と病院同じだし、パン好きだし、ことちゃんと海未ちゃんもつれてワイワイやっててさ」

 

 「確かにツバサちゃんと似てるし一緒にワイワイしてたけどさ、先に何か見つけてツバサちゃんがテンション上がってたよね? 穂乃果も騒々しかったけど瞬間的じゃツバサちゃん抜いてたと思うよ」

 

 「あれって元の性格もそうだけど、私なりにほのちゃんをリスペクトした結果なんだよ? ことちゃんだってあの髪型ほのちゃんの真似だし、最後はみんなワイワイしてたじゃない」

 

 「第一位の幼少期ってすさまじいのね……ってそんなねずみ花火系小学生が偽名使ってトップになったってこと?」

 

 ツバサの過去に面喰いながらも、にこは理性を復旧させてそう回答する。興味深いがあくまで本筋ではない以上、軽く要約して本題を待ったのである。そうした動きを察してか、ツバサも自らの経緯の本筋について説明する。

 

 「ま、確かにそういうことになるわ。中学入学以来綺羅ツバサはスクールアイドル界で破竹の躍進を続け、去年は序列第一位にまでなった。その理由、なんだと思う? 誰かに吹き込まれたとかその兼ね合いじゃないよ?」

 

 「穂乃果が関係してるの?」

 

 「ほのちゃんも確かにあるけど、どっちかといえば私自身のためかな? 拉致まがいで緊急避難して離れちゃったからこそ分かったの。私にとって、高坂穂乃果という存在は何なのか。そんな相手と私はどう向き合って答えを出すかって」

 

 ツバサは己にとって端的な本質を説明すべく、まずはそのように話を切り出す。彼女が目指すべき要素は多々あれど、一番に帰結すべき点はまさにそこなのである。故に彼女は特に力を入れて、本題に入り始めた。

 

 「お二人はさ、ほのちゃんとそれなりに接したけどどんな風に見える?」

 

 「なんでそんなことを……すごいの一言に尽きるんじゃないの? μ‘s立ち上げるまでの実績もそうだし、立ち上げた後も立て続けに勝ち続けて。それ以上に最高の答えを見せつけてくれるって、言うべきね。とにかく突っ走る割には一人当たりの観察力も鋭いし」

 

 「控えめに言って、リーダー中のリーダーなんじゃない? あんなカリスマと緻密の塊なんて、他に考えられないわよ。ま、それでもつくのはにこの意志って決めてるけどね」

 

 「性格も能力も実績も何もかも御誂えにリーダー向き。誰よりも声と笑顔に力のある女の子。みんなを大好きにさせ、憧れになっていく存在。だからほのちゃんの後ろにつくことに微塵の疑いも持たなかった。ほのちゃんから離れるまではね」

 

 「ツバサちゃん、離れて穂乃果のこと……嫌になった?」

 

 穂乃果は不安そうにそうツバサへ訪ねる。思うまま突き進み人を巻き込み押し上げたものとして、彼女はその振る舞いの悪影響を懸念したのである。しかし案に相違する形で、ツバサは本音を口にする。

 

 「逆だよほのちゃん。離れてからこそ分かったのよ、私はほのちゃんがほしいって。ことちゃんとうみちゃんたちと一緒にいた時は気づけなかった、どこまでも強くてどうしようもなくて、純粋な気持ちに。そう思ったらさ、ほのちゃんの後ろにいるだけじゃ足りなくなったのよ」

 

 「あなた……穂乃果に告白でもしたいの!? そんなにしたいなら音ノ木に来るとかは考えないわけ?」

 

 「真姫ちゃんの指摘ももっともだけど、立ち位置以前の意味でそっちはしたくないんだ。結局今までと同じでほのちゃんの後ろについちゃうし。そうやって中学高校とほのちゃんたちと一緒に過ごすのはすごく楽しいには違いないけど……別のやり方をすることにしたの。ほのちゃんを――高坂穂乃果を綺羅ツバサは超えて、征服する。私が告白するんじゃない、ほのちゃんに好きだといわせ圧倒させるの」

 

 静かで短く、それだけ煮詰められ純度の高い宣言を、ツバサは口にする。彼女は幼馴染を愛し尊敬し、目標とし続けた。その気持ちに偽りはないものの、離れたことによって満足できない何かを自覚したのである。それこそが穂乃果への恋であり、憧れへの帰結だった。当人には自明でも、それ以外には意外とも取れる内容であり、当然のことにこは質問をぶつける。

 

 「超えるも何も生体技能も戦闘の実力も言いたかないけど社会的な地位なんて、悉く穂乃果より上でしょ!? そりゃあうちのリーダーカリスマの塊に違いないけど、あんたがそれに劣るどころかそれ以上って目されてるじゃない。穂乃果を好きなのはわかったけど、そこまでする?」

 

 「じゃあさにこさん、すごいと思った相手にかなわないって思いっぱなしって納得できる? しかも誰より尊敬していて、その生き方を取り入れるぐらいの相手に。私はあなたが一番気持ち的に近いと思うんだけどなぁ」

 

 「そりゃあ止まりっぱなしはしゃくだけど、そこまで大上段に構えなくても――まさか」

 

 「対等に、勝負したいんだね? ツバサちゃん」

 

 にこがいたり、ツバサがかねてより行いたいアクションを、正確に穂乃果は言い当てる。自ら勝負師として読めたといっても相違ないのだが、眼前の親友と同じ気持ちを彼女は抱いているのである。軽く頷いたツバサに対し、穂乃果はさらに語りだす。

 

 「穂乃果に勝ちたいっていうけどさ、それなら私だってツバサちゃんに勝ちたいよ。勉強も運動も魔法だって私よりうまかったし。それで一番仲好い相手がいなくなったから届かせようと何とかしたんだけど……見つかったなら、こっちも挑んで良いよね?」

 

 「ほのちゃん、そんなけんかっ早いタイプだった?」

 

 「何だろう……勝負終わってノーサイドでわいわいだってもちろん好きなんだよ? けどさ、負けられない勝負を何回もしてたらさ、勝つことがうれしくなった。それに、そうして成功し続けてるツバサちゃんが、すっごく輝いてた。だから、穂乃果もその場に立ってみたい。そのために、全力で行ける」

 

 「マグロみたいに駆け抜け続けることがデフォルトなほのちゃんが、その駆け抜けに目的を作れたって感じだね。それでこそのほのちゃんだよ。そんな単純なことを、誰よりも輝いてやってのけるから、私も含めた大好きになれる。来なよ、ラブライブ本戦。そんな幼馴染が作ったμ‘s全てを、超えてみせる」

 

 穂乃果の決意に呼応する形で、ツバサもまた宣戦布告する。幼馴染のらしからぬふるまいに一瞬身構えたものの、続いた言葉が自らに呼応するものだったのである。にわかに気分が高まっている両者だが、半ば置き去りにされたにこと真姫も、続く形で言葉を告げる。

 

 「ちょっと、二人で盛り上がるのも良いけど挑戦するのは私だって同じなのよ? 学校後の代表って意味じゃアイドル研究部の部長がむしろふさわしいじゃない。絵里ほどけんかっ早くはないけどさ、いつまでも一番でふんぞり返ってるなら蜂の巣になることも覚悟しといてよね」

 

 「私もさ、西木野絡み以外でスクールアイドルってものが好きになってきたのよ。つながりを作って、新しい舞台を教えてくれたこの分野を、私はどこまでも行ってみたい。その先にあるのが綺羅ツバサとの対決でも、ね」

 

 穂乃果に続く形で、にこと真姫も宣戦布告する。当初ツバサに気おされたところもあった二人だがどうやっても消えない本心を各自で見出したのである。予想を超えた反応を受けたツバサは、しかし嫌がるどころか好ましい表情で言葉を返す。

 

 「そこまで言うなら、二人も本気で来てよね? 私もμ‘sにはほのちゃん以外の面でも注目してるんだから。期待して待ってるよ」

 

 「それじゃあ期待に応えてあげようじゃないの! 何なら今から」

 

 「ごめん、もうそろそろこっちも時間だからお暇するよ。真姫ちゃん、後処理はこっちでやるから生体技能解除するだけで大丈夫だよ」

 

 「ちょっといきなり何を――って消えた!?」

 

 去り行くツバサに真姫は声を掛けようとするも、そのままワープでもするように彼女は忽然と目の前で姿を消した。あまりに事態に面喰うも、同時にとてつもない緊張がやっと終わったとも認識できたのである。かくて最強との対峙は平和裏に収まり――

 

 ――あれまぁ、えろぅ荒れたもんで……これは僕ももうそろそろ出番かもしれへんわ。

 

 遠く静かに、だがかなりの確度をもって事態をとらえた観測者も合わせ、スクールアイドルの戦いは新たな局面へ移るのであった。

 




な、何とか終わった……次も頑張ります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。