【完結】パワー系ハリー・ポッター (ようぐそうとほうとふ)
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「私たちに足りない力」

「ねえ…ハリー。私たちヴォルデモートがニワトコの杖を手にした前提で戦略を組んだほうがいいと思うの」

ハーマイオニーが手にしたスリザリンのロケットをぎゅっと握って決心したように言った。

ハーマイオニーはダンブルドアから貰った死の秘宝と3兄弟の物語を読んですぐにヴォルデモートの真の目的を見抜き、天才的頭脳により魔法省でも見事アンブリッジらを出し抜いた。

しかし頭脳だけで切り抜けるには敵の数や力が圧倒的に多く、ハリーたちは拠点であるブラック家の屋敷を失い辛酸をなめていたところだった。

ロンも姿くらましに失敗しばらけてしまい、今は森の中でテントを張って療養に専念している。

今もロンの沈鬱そうなうめき声がテントの奥から聞こえる。

「うん…そうだね。僕たちには今のやつを止める手段がないし、むしろ今のうちに分霊箱を全部壊して力を蓄えるべきだ」

「そう、私が言いたいのはそれよ!力を蓄えること。分霊箱よりそっちが大事だわ」

「え…分霊箱よりかい?」

ハーマイオニーの言葉にハリーは思わず聞き返した。

「僕を除いて作戦会議か」

不機嫌そうなロンが奥のベッドから出てきた。

「違うわ!ちょうどいいからロンも聞いて」

ハリーとロンはハーマイオニーの正面に座って次の言葉を待った。

「魔法省への潜入で私たちわかったでしょう?私たちには力が足りないわ」

「たった三人だったしね…確かに僕らはまだまだあの人にかないっこない。でも、そんなのわかってたことだろ」

ロンは日に日に僻みっぽくなっている。おそらくスリザリンのロケットのせいだろう。

 

「人数なんて関係ないわ。いい?よく聞いて。私たちに足りない力っていうのはね…筋肉よ」

 

「は?」

「ん?」

ロンとハリーは思わずほうけた声を出した。ハーマイオニーは呆れたようにため息をつく。

「だから筋肉が足りないのよ私たち。筋肉をつければ失神呪文の一つや二つ食らったってはね返せるじゃない。そもそも私たち、たった三人なのよ?全ての呪文を避けきる気?」

「正気かよハーマイオニー…」

「天才的だ!ハーマイオニー。なんで今までそんなことに気づかなかったんだろう!」

「ハリーまで何言ってるんだい?!いくらマッチョになっても筋肉は呪文を跳ね返さないよ?!」

「その考え方がすでに間違ってるのよロン。可能不可能じゃないわ。いい?経験や知力は一気には上げられないわ。でも筋肉は違う。魔法を駆使すれば一ヶ月で誰にも負けない体になれるの。魔法は結果にコミットするの」

「そりゃ筋肉はつくだろうさ!けど筋肉が魔法を跳ね返すなんて僕は聞いたことがない!」

「誰も試してないからだわ。筋肉もりもりマッチョマンの魔法使いなんて見たことないもの。でも筋肉が魔法を跳ね返すいい例が私たちの身近にいるでしょ」

「わかった!ハグリッドだね?!」

「その通り!五年生のころアンブリッジたちの失神呪文を食らってもハグリッドはピンピンしてたわ。それは筋肉のおかげだったのよ」

「なるほど。数の劣勢を筋力で補うなんて思いつかなかったよ。もっと早く気付いていればロケットも楽々だったのに」

「そうと決まれば早速鍛えましょう」

「ああ、そうだね!…まずはこの森の大木を素手でなぎ倒せるようにならなきゃ」

「さすがわかってるわね、ハリー。ロン、あなたは体が治ってからでいいわ。でもできれば毎日このダンベルは持ち上げて欲しいの」

ハーマイオニーは例のハンドバックから3キロのダンベルを取り出した。

「め、滅茶苦茶だ…」

ロンは唖然としている。

しかしハリーとハーマイオニーは意気揚々と森へ出かけてしまった。

 

それから二人は何かに憑かれたようにトレーニングに勤しんでいた。

出される食事も生卵ばかりでロンは辟易したが、二人は平気で口の中に直接卵を割り入れていた。狂気の沙汰としか思えなかったが、体が万全でないロンは何もできなかった。

やっとばらけた腕が完治した頃、ハリーとハーマイオニーは見違えるようなマッチョに変わっていた。

「一ヶ月でここまで変わるなんて!見てよロン!この上腕二頭筋を!!」

ハリーが丸太より太く黒々と健康的に日焼けした腕を見せつけてくる。筋肉がつきすぎて冬にもかかわらず上半身裸だ。

ロンは力なく笑うことしかできなかった。

「ロンの腕もそろそろ治ったわね。今日は私たちのチートデーで、あなたのトレーニング前の最後の晩餐よ。好きなだけ食べてね」

ハーマイオニーは三十キロはあるダンベルを片手で持ち上げながら先ほど素手で仕留めた鹿を石を砕いて作った大包丁で解体していた。

最早原始人のような格好の二人は、その膨大な筋肉の発するエネルギーによりいつも湯気が立つほど熱かった。

大雪の中彼らの後についていけば自然と雪が溶けるほどに。

ハーマイオニーの言うとおり、彼らは一ヶ月で最強の肉の鎧を手に入れてしまった。

「そろそろ、ね」

「そうだね」

2人がじっとロンを見つめた。ロンは反射的に肩を抱いて怯えた目で二人を見た。食われる、と本能が警告していた。

「怯えないで!ロン」

「獲物は君じゃない」

2人の目はギラギラと輝き血に飢えた獣を思わせた。ぬうっとハーマイオニーの腕が伸びてきて、ロンの首から下がっているロケットをむしり取った。

ゴツゴツの大きな手に握られるロケットは子供のおもちゃくらい頼りなさげだ。

「ハリーがやってみてよ」

ハリーはハーマイオニーからロケットを受け取ると、徐にそれを握りしめた。

ぎち、ぎち、と金属が軋む嫌な音がした。

ロンがぞっとしながらその様子を見た。普通に握ってるようにしか見えない拳だが、ハリーの額には青筋が立ち、目は虚ろで歯を食いしばっている。

修羅か般若か、鬼か悪魔か。

地獄から這い出してきたような顔をしていた。

額にある稲妻の傷跡も筋肉と青筋により節くれ、引き連れ、薄れている。

この姿をホグワーツの同胞に見せてもきっとハリーだとは気づかないだろう。

ややあって、ハリーの拳から断末魔のような破壊音がした。そしてもわっとした黒い霧が立ち上ると、ハリーがようやっと拳を開いた。

そこには金色の金属片と黒い焦げ跡のようなカスがこびりついているだけだった。

「やっぱり筋肉はすごい!ほら、傷ひとつないよ」

「熱湯と氷で鍛え上げられた拳は闇の魔術をも防ぐ…!この調子なら他の分霊箱も壊せるわね」

「ええ……」

「さあロン!もうロケットで気分が憂鬱になることもないよ」

「明日から鍛えましょう。そして次の分霊箱を探し出すのよ」

つい先ほど邪悪な魂の破片を握り潰したのをまるで忘れてしまったかのようにきらめく笑顔で二人はいった。

彼らにとって分霊箱など夕食前のトレーニングですらないのだ。

筋肉により極限まで防御の上がった2人にとって、防御と攻撃の区別はない。

筋肉が触れるものすべてからその身を守り、筋肉が触れるものすべてを攻撃する。

攻守最強の武器にして防具。

それが筋肉なのだ。

己が肉体こそすべて。

ヴォルデモートが、ダンブルドアがたどり着けなかった境地に今二人は立っていたのだ。

もちろんそこまでの筋力を手にできたのは一重にホグワーツ始まって以来の秀才、ハーマイオニーの才能全てが筋トレに向いたことと、ハリーのグリフィンドールの血筋による筋肉の質のおかげだ。

そう、かつての魔法使いは魔力の他に筋力が力の源であったのだった。

圧倒的筋肉。

ゆえにグリフィンドールはスリザリンに打ち勝った。

歴史書にも書かれていない事実を、二人は本能で嗅ぎ取ったのである。

 

二人の次なる行き先はゴドリックの谷。

新たなる力を手に入れた二人とロンははじまりの森と名付けた深い山奥に別れを告げた。



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「筋肉のおかげ」

ズボンしか身につけていないハリーと、最低限の部位しか隠していないハーマイオニーは閑静な住宅地には掃き溜めに鶴だった。ロンは仕方なく空き家からカーテンを持ってきて二人のマント代わりに手渡した。

しんしんと雪の降る夜。教会からは聖歌が聞こえてきた。

三人は気づいていなかったが、今日はクリスマスだった。去年の今頃、ハーマイオニーと喧嘩していたっけ。ロンはぼんやりそう思いながら、二メートル以上ある二人のゴツゴツした背中を見上げた。

どうしてこんなことになったんだろう…。

ロンは逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。

「墓地だ。…父さんと母さんに祈りを捧げてもいい?」

「ええ。私たちここで待ってるわ」

ポッター家のあった場所でもあるゴドリックの谷。どこにヴォルデモートの罠があるかわからないが、今の彼らが罠にかかってどうこうなるとは思えなかった。

しかし、死喰い人たちは躊躇いなく禁じられた呪文を使う。

筋力をあげたハリーたちは死の呪文に太刀打ちできるだろうか。もし二人が筋肉を過信するあまり不意をつかれたら?そう思うと義務感からかロンは逃げ出せなかった。

ロンは世紀末覇者のようなハーマイオニーの横でしんしんと降る雪を見た。

「なんだか思い出すわね」

遠くでチラチラと光るろうそくの明かりをみて、ハーマイオニーが言った。

「何を?」

「去年のクリスマスよ。私はスラグホーンのパーティーに行ったけど本当に散々だったわ。言ったかしら?」

「いいや。聞いてない」

この雪を見て同じことを思い出していたんだ。過ごした時間が長いからきっと考えることも似ているんだろう。

ロンは心が温かくなるのを感じた。もはやハーマイオニーは家族と同じくらい大切な存在だった。ちょっと…いや、かなりムキムキになっても彼女の心は変わらないはずだ。

「ハーマイオニー」

今なら彼女にキスできるような気がした。

いくら筋肉がついて背が伸びても彼女はロンの恋した女の子に違いない。そう思ってハーマイオニーの唇へ背伸びすると、驚くべき光景が広がっていた。

ハーマイオニーの髪の毛はほのかに逆立ち、まるでライオンのようになっていた。目はまっすぐと虚空を射抜くように見開かれ、白眼に真っ赤な血管が走っているのがわかった。

ぴき、ぴき、と筋肉が臨戦態勢に入る音が聞こえる。

「誰かあそこから見てるわ」

悲鳴をあげることすら覚束ないロンに、ハーマイオニーは蛇の声みたいに静かでシューシューした声で警告した。獣のような瞳の向く方向は闇が広がり、ロンには何がいるかわからなかった。

「あれは…バチルダ・バグショットだ」

「ひっ!」

突然暗闇から音もなく現れたハリーにロンは悲鳴をあげた。闇に溶け込む体と気配だが、メガネだけがろうそくと月明かりを反射して輝いている。

「彼女は確かダンブルドアと旧知だ。何かしら分霊箱について知ってるかもしれない」

「大丈夫さ」

無言で進んでしまうバチルダの後を三人は追った。ロンは不安でいっぱいだったが、筋肉の鎧を身につけた二人はずんずんと進んでいってしまう。

バチルダの、あばら家みたいな家に着いた。廃屋に等しい家はハリーとハーマイオニーの重みに怪しく軋んだ。ロンはもし家が倒壊した時のためにとっさにフードをかぶって頭を保護した。

バチルダは不気味なほど無言だ。

家に着くとハリーにだけ目配せをして、二階へ行こうとする。

「私たちも行くわ。危ないわよ」

「僕たち二人が二階に登った方が危険だ」

ハリーの言うことは最もだった。階段はハリーが足を置いただけで今にも折れてしまいそうな音を出している。

「二人で死喰い人が来ないか見張っててくれ。なにかあったら天井をぶち抜いてくれ」

「わかったわ」

ハリーはロンとハーマイオニーを残してバチルダとともに二階へ上がった。

家は不快な臭いで満ちており、本当なら鼻と口を覆いたいくらいだった。しかしそんなことしたら失礼だ。ハリーは鼻周りの顔の筋肉を引き締めることでまるで蛇のように鼻の穴を閉じることが可能だった。感覚器官はたとえ嗅覚だって塞ぐのは危険だ。全ての感覚を研ぎ澄ませば済ますほどに筋肉の鋭さは増す。

的確に敵を狙い撃つには五感全てを使う必要があるが、正確性を棄てるほどにきつい臭いだった。

 

『…ハリー・ポッターか』

 

バチルダがやっと口を開いた。

『そうです』

『本当にハリー・ポッターか』

念も押されるのも当然だと思った。ハリーも自身の変身ぶりは自覚している。体重は倍以上になっているし、今はシーカーというよりもキーパーやビーターをやったほうがいいほど肩に筋肉がついている。

『そうです。ハリーです』

バチルダはぴくりとも表情を変えなかったが、疑っているような空気が漂っている。しかし妙だ。筋肉で感じるこの場の空気は底冷えするほと冷たく、そして澱んでいる。

とても老婆が若者を歓迎したり秘密を話す空気ではない。

そう、この空気は幾度か森で遭遇した肉食獣を相手にした時のような…。

「ハリーッ!」

刹那、空気がビリビリと震えた。ハーマイオニーの怒声が木の天井を貫きハリーに突き刺さった。反射的に左腕を突き出すと、バチルダの口が大きく裂けて大蛇が飛び出していた。

ナギニ。ヴォルデモートのそばに常にいるはずの、あの蛇がバチルダの死肉を纏いハリーを待ち受けていたのだった。

「くっ…!」

左腕にナギニの牙が食い込んだ。

ハリーの判断は早かった。蛇は牙に空いている極小の穴から血管に通常毒を注入する。

ナギニのような魔法で作られた大きな蛇の場合、血管でなくとも肉体から中を溶かしてしまう。

忘れもしない。二年前のクリスマスにロンの父親、アーサーがナギニに噛まれて毒にやられて暫く苦しんでいた。

「ふんっ…!」

ハリーが噛まれた部位に力を込めるのと同時に、乾いた音がしてナギニの牙が砕け散った。そして傷口から挿入された毒が血とともに吐き出された。

一瞬のことで、ナギニは自身の牙が砕け散ったことを理解できなかった。

「牙というにはあまりに脆いぞ!」

ハリーはそのまま左腕をぐっと胴へひいた。筋力を集中させ、一撃に全てを込める。

ハリーの左腕が唸ると同時に、床が崩れ落ちた。

バランスを崩したハリーはナギニを仕留め損ね、空を切った拳は風圧でナギニを吹き飛ばしただけだった。

ナギニは窓を破り、バシッと音を立てて虚空に消えた。

「ハリー!無事だった?ロンが死体を見つけたの」

瓦礫の中、ロンを庇うようにハーマイオニーが屈んでいた。

「あ…あ…」

「バチルダは死んでたんだ…まさかナギニが待ち受けているなんて…」

ハリーは左腕をさすり、患部を確かめる。毒はほとんど外に出せたようだった。左手でそのまますっかり怯えたロンの背中をそっと撫でてやった。

「噛まれたの?」

「ああ。でも筋肉のおかげで助かったよ」

「鍛えておいてよかったわね」

「でも筋肉のせいで仕留め損ねたよ…蛇の体はああ見えて筋肉質だ。僕の拳の風圧を筋肉で防いだんだ…。僕はまだまだ力が足りないッ…!」

悔しそうなハリーを信じられないと言いたげにロンが見つめた。ハーマイオニーはもっともらしく頷いているが、ロンはもう二人についていけなかった。

「とにかくここはもう危険だわ。行きましょう」

姿くらましをするために重ねた二つの手のひらはあまりに厚くて硬く、ロンはもう自分がどうすればいいかわからないまま為すがままに年相応の手をそっと上に置いた。



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それは、スピードである

ロンは疲れ果てていた。

体脂肪率を極限まで絞り栄養を全て筋肉に当てている二人のトレーニングに付き合うのはもはや死にに行くに等しい。

もちろんハーマイオニーもそれをわかっていてロンにはまだ人間がこなせる並みのトレーニングしかさせなかった。しかしあくまでそれは筋肉の化け物が考える人並みだった。

ロンはトレーニングの後疲れ果てて寝てしまうのが常であった。

ハリーとハーマイオニーは以前にも増して筋トレに勤しんでいる。

見た目はクリスマスの頃となんら変わらないが毎日見ているロンにはわかった。

 

以前にも増して疾くなっている…!

 

食料調達のためハーマイオニーと二人で川に行った時、ロンの気づかないうちにハーマイオニーの釣り上げた魚がどんどん増えていくのだ。

竿を持っていないにもかかわらず。

そう、ハーマイオニーは常人の視力を超えたスピードで川の中の魚を素手で生け捕りにしていたのだ。

「あっ!やだ。袖がちょっぴり濡れてるわ」

というハーマイオニーの一言でやっと気づいた。

ハリーもハーマイオニー程ではないが格段に速くなっていた。しかしハーマイオニーと違って速さをパワーに換えることに専念している。

巨人は巨大さと凶暴さゆえに危険とされている。しかし最恐と呼ばれるほどに恐れられてはいない。自然界に於いてもっと危険とされる生物はごまんといる。

それは巨人より体が大きかったり凶暴だったり、単に炎を吐いたりなど理由は様々だ。しかし巨人が最恐格にされない理由は明白だ。

それは、スピードである。

 

巨人の動きは鈍い。

 

もちろん巨大であるという点で回避は困難で、受けきることも難しい。それでも魔法の達人であればのろさゆえにその動きは見切られる。

 

今のハリーの大きさは小型のトロールを凌ぐ。

巨大なハリーが目に見えない速さで全力でぶつかってきたらどうだろうか?

マグルなら粉微塵になる。

重さと速さは即ち力である。

ハリーはその両方を鍛えているのだった。

ロンははっと目を覚ました。辺りは暗い。

もう真夜中だろう。ハリーとハーマイオニーは最近森の中で座禅を組んで休息しているためテントはひんやりして静かだった。

そっと外に出ると、二人が森と一体になったかのように静かに座っていた。

その巨体にもかかわらずそこらへんにある岩のように自然に溶け込んで気配を微塵も感じない。

ロンはこの二人がいればもうヴォルデモートなんてパンチ一発で勝てるだろうと思った。

しかし最近は二人が分霊箱のことを忘れがちで己の肉体を鍛錬しだすので、ロンが尻を叩かなければいけなかった。

そういう意味でロンはなくてはならない存在になってしまったのだ。

 

もうどうしょうこの化け物…。

いっそ逃げちゃいたいよ。

 

ロンがそう思った刹那、いつの間にかハリーが立ち上がっていた。

小さな悲鳴をあげると、ハリーは人差し指に指を当てて優しく振り向いた。

「守護霊だ…」

ハリーがそう言ってすぐ、木陰から雌鹿の形をした守護霊が出てきた。

ハリーの姿を確認した雌鹿は一瞬躊躇した。

当然だ。

しかしハリーをハリーと認識できたらしい。じっと目を合わせた後まるで後をついてくるのを待つかのようにこちらを向き、きた方向とは違う茂みへ入っていった。

「罠かもしれないよ…」

ロンは一応忠告した。

「それなら好都合さ」

どう好都合なのか、ロンは聞けなかった。

ついて行きたくなかったが、ハーマイオニーが微動だにしないしまさかテントに戻ることもできないのでロンは渋々ハリーについていった。

ロンはここ数週間で、もはや一緒にいれば敵にやられることは無いと確信していた。ハリーたちの筋肉の巻き添えで死ぬことはあっても…。

ちょっとハリーと距離を置いて後を追うと、大きな湖に着いた。

雌鹿は氷の上でふっと消えた。

その場所に目を凝らすと、氷の中にグリフィンドールの剣があった。

月の光を受けてルビーが怪しく光っている。

「ふんっ!」

ロンが何か言おうとする前に、ハリーは拳を湖面に叩きつけた。分厚い氷がバキバキと音を立てて割れ、ハリーを中心に放射線状に細かい水滴が霧のように立ち上った。

そしてハリーは氷塊の隙間にするりと消えた。

零度を下回る外気。水温だって同じくらいだ。

正気の沙汰とは思えなかったが、筋肉がそれを可能にした。

ハリーはあっという間に湖の底に眠っていたグリフィンドールの剣を片手に岸へ戻ってきた。

ハリーが持つと、まるで食器だ。

「分霊箱を壊す用なんだろうね。…どうしよう、これ要らないよね」

ハリーが信じられないことを言う。

そりゃあ素手で分霊箱を破壊する筋肉があるんだ。剣はいらないかもしれない。

「けれども持っておくに越したことはないだろ…?」

「そうかな…自分の肉体以外は持ち歩きたくないな」

ハリーは変わってしまった。ロンはめまいがするのを抑えながら必死に言った。

「あー、じゃあ僕が持ってるよ。ほら、君たちほど筋肉がないから」

「そう?助かるよ」

ハリーは震え一つ見せずにっこり微笑んだ。極寒の冬に似つかわしくない半裸で。

ロンはむしろそんなハリーに寒気を覚える。

「あのさ…分霊箱は早いとこ全部壊しちゃおうよ…」

これ以上親友が筋肉に支配されていくのをロンは見たくなかった。というか、自分がこんな風になるのが一番嫌だった。

「そうだね。そろそろかな」

ハリーの緑色の瞳はこんな明るい夜にもかかわらず、深く暗く冷たく澄んでいた。

 

 

「えっ」

ヴォルデモートはナギニの報告を聞いて我が耳を疑った。ようやくニワトコの杖の持ち主だったとされるグリンデンバルドについて突き止めたという時に信じられないことが起きていた。

「風圧で、だと」

ナギニの横っ腹をめちゃくちゃに破壊し尽くしたのはあのハリー・ポッターの拳だという。しかも当たったわけではなく、風圧。

ゴドリックの谷から命からがら帰ってきたナギニは相当混乱しているが、どうやら言っていることは確からしい。

「あのハリー・ポッターが筋肉モリモリマッチョマン…?信じられん」

振り上げられた腕は、噛み付いたその腕はナギニより太かったという。

そしてその筋力に無残にも牙を砕かれた。

ナギニの牙はちょっとやそこらじゃ折れないような硬さだ。それを粉々にするなんてダンブルドアほどの魔力でも困難。

それを、筋肉で砕いたと?

にわかには信じられなかった。そしてそれが真実だとしたら、ニワトコの杖を一刻も早く手に入れないといけない。

筋肉により自分に対抗してきた者は見たことがなかった。それどころか、魔力という圧倒的力を手にしてなお筋肉を鍛える人間なんてそうそう見なかった。

ましてや、それを戦闘に使う魔法使いなんて…。

ヴォルデモートはナギニを魔法で作った球体に入れた。

分霊箱を兼ねたナギニを今後うっかりで死なせてしまっては困る。

ハリー・ポッターの筋肉が今どれほどなのか、人並みの筋肉しか持たないヴォルデモートにはわからなかった。

それが命取りになるとも知らずに。



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「論点はそこじゃないよ!」

「というわけでさ、見かけだけでもその…普通の人っぽくできないかな…」

ロンはおずおずと切り出した。

話題はズバリ《その外見目立ちすぎ》

これでは人里に降りた瞬間にマグルに通報されてしまう。

「やだな。そのための透明マントだろう?」

「ハリー、君気づいてないのかもしれないけどそのマントは君の上半身しか覆えてないよ」

「あっ本当だ」

ハリーたちは筋肉の化け物となってからもまだ飽き足らずに筋肉を増やそうとしていた。

そのせいか最近は心なしか頭も筋肉になってきた気がする。

「見かけだけでも、ね。確かに最もだわ。いくら鍛えたとはいえいく先々で呪文をかけられたら鬱陶しいもの」

鬱陶しい程度で済むのだろうか。ロンはぼんやり心の中で突っ込んだ。

「それもそうだね」

「早速魔法をかけましょう」

ハーマイオニーがハンドバッグからおもむろに杖を取り出す。ハーマイオニーが杖を出すのは久々だ。

「いくわよ…あっ!」

バキッと乾いた音がしてハーマイオニーの杖が粉になった。

「ど、どうしましょう。力んだら砕けちゃったわ」

「ぼ、僕がやるよ!」

慌ててロンが制止し、自分の杖をふるった。

呪文に自信はなかったがこの調子じゃハリーも杖を粉々にしてしまうだろう。そうなれば結局やるのはロンなのだ。

幸い魔法はうまくかかり、ハーマイオニーは数ヶ月前の華奢な女の子に戻った。

「体が軽いわ。とっても不安になる…」

ハーマイオニーはガクガクと震えだした。

「筋肉がないと人ってこんなに弱いのね…私、知らなかったわ!ああ…怖いわロン。戻してちょうだい!」

「我慢するんだ!ハーマイオニー」

小さいハーマイオニーならまだ強気に出れるロンだった。ハリーにも呪文をかけようとしたが、ハリーは大きな手でロンを制した。

「断る」

「な、何を言ってるんだい?一番君が目立っちゃいけないんだよ?」

「絶対にやだ」

頑ななハリーにロンは少し苛立ちを感じた。筋肉、筋肉、筋肉。こんなの全然魔法使いらしくない。

もう別の世界から来たかのような二人は嫌だった。ロンは多少辛くても苦しくても今まで通りの二人と戦いたかった。

「だ、大丈夫だよ。筋肉がなくても」

「そんなことないッ!!」

ロンの言葉に、ハリーは激高した。

「君は筋肉がないからそんなこと言えるんだ!!筋肉をつけたらわかる!これで救えた命がいくつあるか、僕の腕の筋繊維一本一本が教えてくれる!これさえあればヘドウィグは死ななかった!ムーディーだって死ななかった!ダンブルドアも、シリウスも!!」

ハリーは轟音を立ててテントの支柱を殴った。

めきめきと音を立ててテントが崩壊し、ハリーの肩にふんわりした布がかかった。

ハーマイオニーはそんなハリーを黙って見ていた。

ロンは今度こそ本当にハリーたちとはやっていけないと悟った。

「残念だけど、僕はそんなゴツイ体にはなれないよ…散々君たちのトレーニングに付き合ってきたけど、もう限界だ」

「そんな!ロン、考え直して。貴方の筋肉は絶対成長しているはずよ」

「論点はそこじゃないよ!!いい加減にしてくれ。僕は降りる…」

ロンはテーブルの上のランプと自分のリュックをひったくりテント跡から出て行った。

「ロン、行かないで!ロン!」

ハーマイオニーが必死に追いかけるが、筋肉のない彼女の足では全速力で駆けていくロンに追いつかなかった。

曲がりなりにも数週間トレーニングをしていたロンはちょっとした陸上選手並みの速さで森を駆け抜けていった。

「筋肉さえあれば…」

佇むハリーの元に帰ってきたハーマイオニーは力無くつぶやいた。

「しかたない。これからは2人で分霊箱を破壊するしか…」

「でもロンにかけられた魔法が解けないことには私は戦力にならないわ」

「確かにそうだ。ロンに魔法を解いてもらわないと!」

ハリーはクラウチングスタートのポーズをとった。力を込めた太腿の筋肉がはち切れんばかりにブワッと膨れ上がる。

「乗って、ハーマイオニー」

まるで大きな魔獣にしがみつくようにハーマイオニーはハリーの大きな背中にしがみついた。

そこにあるのは確かな筋肉。

肩甲骨よりも硬くしなやかな筋肉。

安心と信頼の筋肉。

「すぐ追いつくさ」

ハリーは土が消し飛ぶほど強く、地面を蹴った。

 

 

「はあ…!はあ…!」

ロンは五キロほど全速力で走ったところでやっと止まった。

現時点でロンに知る由もないが、彼の走るスピードは当時の世界記録を上回るほどだった。魔法を併用した筋トレと走り込みは常人をはるかに超えた効果をもたらすのだ。

「絶対に家に帰るぞ。ヴォルデモートなんて知るか!」

鬱蒼とした森はだんだん開けていく。

草原が木々の隙間から見えた時、突然体が石のように固まった。

「…!」

声さえ出せず、ロンは目だけ動かして周囲を確認した。

「おっと赤毛だぜ」

軽薄な声が背後から聞こえた。目の前にも数名、浮浪者のようなヒッピーのような柄の悪い大男が現れた。

「えーっと、赤毛は場合によっちゃすげー金になるんだよな?」

「ウィーズリー家の奴らだったらな」

ロンはゾッとした。こいつらは人攫いだ。しかもロンには懸賞金がかけられてる。

「おっ!ビンゴだ。しかもハリー・ポッターの親友のロナルド・ウィーズリー様じゃねえか!」

「大当たりだぜ!!」

下卑た笑いが森に響いた。ロンは石のようになったままされるがままに鎖を巻かれ拘束されてしまった。

「マルフォイんとこ行くぜ」

ロンは二人から離れたことを後悔した。筋肉さえあればこの状況を回避できたのかもしれない、と一瞬頭によぎったがすぐに打ち消した。

 

「お、おい。なんかくるぞ!」

 

人攫いの一人が上を見上げて叫んだ。

遠くの方でめきめきと音を立てて大木が次々に倒れて行ってるのだ。

「巨人か?!トロールか?!」

「やばい、ずらかるぞ!!」

人攫いが姿くらましする直前、ロンは確かに見た。

ハーマイオニーを背中に乗せて弾丸のように飛んでくるハリーを。

ハリーの鷹の爪のような手が届く前に、人攫いはロンを連れてバシッと虚空へ消えてしまった。

「ロォオオオオオオオオーーーンッ!!!!」

ハリーの大砲のような声が森じゅうに響き渡り、びりびりと空気が揺れた。

ハーマイオニーはがっくりとうなだれた。

「そんな…ロンが連れ去られてしまうなんて!なんで!なんで私には筋肉がないの!?」

「僕のせいだ。その気になればすぐ追いかけられたのに…」

しかしハリーはくじけていなかった。獣よりも鋭い聴覚で人攫いたちの行き先をしっかり聞いていたのである。

「マルフォイの家に行こう。ロンを取り返しに!」

「ええ!当然よ」

二人は立ち上がった。ハーマイオニーは小さいままだったのでハリーが杖を貸し、ハーマイオニーには久々に魔法を使ってもらうことにする。

「マルフォイの家に着いたら何よりも先にロンを奪還して、君の魔法を解いてもらうんだ。そしたら手当たり次第に壊そう」

「まって。それよりもいい案があるわ」

「なんだい?」

「マルフォイの家にはぜったいにマルフォイがいるわ」

「当たり前じゃないか」

「そこへハリーの親友で今まで行方不明だったロンが連れてこられる、ということはきっと死喰い人のうちヴォルデモートに近い人が派遣される」

「まとめてやっつけよう」

「やっつけるけどちょっと待って。分霊箱の一つのリドルの日記は、確かルシウス・マルフォイに預けられていたのよね?それなら他の部下にも何か預けてると思うの」

「なるほど!聞き出すのか!」

「そうよ。そのためにはまず死喰い人を誘い出さなきゃいけないわ。つまりこっそり様子を見て待たなきゃいけないの」

「わかった。僕は三キロ先なら建物内の音を聞き分けられる」

「ええ。万が一ロンだけじゃ獲物として弱かったり殺されそうになったら私が出るわ。うまいこと時間を稼いで死喰い人が来た場合と、私も殺されそうになった時はあなたが来て」

「君が先に?危ないよ、そんな体じゃ」

「貴方が捕まるのが一番まずいのよ。それに今筋肉があるのは貴方だけだわ。切り札は最後に切らないと」

「それは、筋肉の流儀に反する」

「とにかくうまいことロンに魔法を解いてもらうわ。そしたら思う増分力を振るえるはずだから」

「筋肉がないと、君は臆病だね」

「人間はそういうものみたい。不完全なのよ」

ハーマイオニーは小さな手を突き出した。

「準備は?」

「いつでも」



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「僕の友達に手を出すな」

 

ロンはマルフォイ邸の大きな門を前にして大きなため息をついた。

こんなに金持ちじゃ性格も歪むよな。

高い柵の向こうには庭園が広がっていて、奥にある邸は霞んで見えた。

人攫いに引っ張られながらロンはハリーたちと離れたことを後悔していた。

しかし後悔と同時に逃げられたという安堵も存在し複雑だった。

人攫いはロンを雑に大広間に蹴り出した。

靴を音を響かせてやってきたのは厚ぼったいまぶたに血色の悪い唇をした魔女。ベラトリックスだった。

 

最悪だ…。

 

ベラトリックスはロンを見るとにんまり笑った。

「あんたの顔は見覚えがあるねぇ、ウィーズリー。お友達とはぐれちまったのかい」

「…僕が逃げたんだ」

「血を裏切るものは友達まで裏切っちゃうの?」

ベラトリックス耳障りな声で高笑いする。ロンは悔しさで顔が真っ赤になるが自分があの二人から逃げたのは本当だった。何も言い訳しようがない。

しかしロンの荷物を持った人攫いを見て、ベラトリックスはさっと青ざめた。

「なぜ剣がそこにある?!」

「へえ、こいつの持ち物でさ。駄賃代わりに頂きますよ」

グリフィンドールの剣をニヤニヤ笑いながら弄る人攫いに一瞬で足縛りの呪いをかけ、ベラトリックスは剣を取り上げた。

「これは金庫にあったはずだ!お前、どうやって盗んだ?!」

「ち、違う!贋作だよ…!金になると思って作ったんだよ!」

ベラトリックスは激昂してロンに掴みかかった。その声を聞いてやってきたらしいマルフォイ夫人がロンの顔を見て狼狽しながらベラトリックスに提案する。

「地下牢にゴブリンがいるわ。ねえ、落ち着いて…そいつに真偽を見てもらいましょう?」

「ああ、そうだ…そうだったねシシー」

ベラトリックスは振り乱した髪を整え深呼吸した。

「ルシウスを呼んできな。もしこれが本物だったら…」

想像するのも恐ろしいと言いたげにベラトリックスは黙った。マルフォイ夫人は慌てて階段を登って行き、ベラトリックスはピーターを呼びつけてゴブリンを連れて来させた。

ゴブリンは同じ魔法界に属し、グリンゴッツを運営してはいるが明確にヴォルデモートとダンブルドアどちらかの味方をしたことはない。

ゴブリン個人の考えによるのだろうが、魔法族とは根本的価値観は異なる。

この剣を偽物だと言ってくれ、と連れてこられたゴブリンの瞳に訴えかけた。

奇跡的に祈りは通じたらしい。ゴブリンはその剣の刃をじっくり眺めた後に贋作だと断言した。

ベラトリックスは納得がいってない様子だった。

「ハリー・ポッターはどこにいる?」

「わからないよ。はぐれてだいぶ経ったから」

「本当のことを言え!」

「本当だよ!僕もうハリーたちについていけないって逃げたんだ…」

ベラトリックスは嘲るように唾を吐くと、腹いせにロンの腹を殴った。

「臆病者が。…いいさ。お前はしばらく地下牢にいるがいい」

ベラトリックスはゴブリンを残してロンを地下牢へ閉じ込めてしまった。

「ロン?」

地下牢の暗闇から夢見がちな声がした。

「誰?」

「あたしだよ。ルーナ。久しぶりだね。逞しくなったみたい」

埃と泥で薄汚れたルーナがひょこっと顔を出した。後ろには同じく汚れてよれよれした老人、杖作りのオリバンダーがいた。

「ルーナ、なんでこんなところに?学校はどうしたの?」

「パパが死喰い人を怒らせちゃったんだ。学校はもう安全じゃないもん…ここの方がむしろいいかも」

「そんなわけないだろう…」

「ハリーは?」

やはりみんな同じことを聞く。当然ではあるが今のロンには答えにくい質問だった。

「僕はハリーたちと別れたんだ」

「ハリー・ポッター…彼は無事なのかい?」

「無事…っていうか……」

ますます答えにくかった。口ごもるロンを見てオリバンダーは勘違いしたらしく辛そうな表情で目を伏せた。

「例のあの人はおそらくニワトコの杖を手に入れるだろう。…もう彼を止められない」

「あー…」

ロンはハリーの筋肉を不気味がってはいるし怖がってはいたが、信じていた。

ニワトコの杖を持っていようと、ヴォルデモートに一発当てれば勝てそうだという見込みはある。

「まだなんとかなる…と思います。うーん」

しかしハリーはまだ死喰い人と戦ったことがない。本当に筋肉で呪文をはねかえせるんだろうか。

今ここにいないハリーを思っても無駄かもしれないがロンはここにハリーがいればと強く後悔した。

「あのゴブリンは誰?」

「彼はグリップフックだ」

オリバンダーの言葉の後に、上から悲鳴が聞こえた。

「大丈夫かな…どうしよっか、ロン。杖は?」

「取り上げられた。拷問でも受けてるのか?」

「何故拷問を?」

「グリフィンドールの剣を僕が持ってたから、ベラトリックスが怒り狂ってるんだ」

「ゴブリンは人とは価値観が違う…」

どちらの味方でもないグリップフックには拷問にかけられてまでグリフィンドールの剣が偽物だと主張する理由はないはずだ。もし本物だとバレたら次はきっとロンの番だ。

案の定すぐにロンが呼ばれた。

「この、剣をッ…どこで手に入れた!」

ベラトリックスは般若のごとく怒り、ロンの首元に杖ではなくナイフを突きつけた。

「これは主から預かったんだ!もし持ち出されたことが知れたら…ッお前の首の皮を剥いで飾ってやる!お言い!どう手に入れたんだ!」

鋭いナイフの切っ先が食い込み、白い首に一筋血が滴った。

「わからないよ!本当にとってない!川の底にあったんだ!」

ベラトリックスにはもう何を言っても通じなかった。

血が流れたところだけがいやに暖かかった。ナイフの当たってる場所は燃えるように痛む。

筋肉があればナイフなんて怖くないんだろうか?

ナギニの牙を粉砕したハリーの腕を思い出した。

ベラトリックスがナイフを引こうと腕に力を込めた瞬間、ロンは死を覚悟した。

しかし、それとほとんど同時にシャンデリアが崩壊しロンとベラトリックスの真上に落ちてきた。

流れ星が落ちてきたのかと思った。

ガラスと宝石が砕け散り星屑のように輝く中、大岩のような巨体が瓦礫と埃の中ゆらりと動いた。

「僕の友達に手を出すな」

それは殺気に満ちたハリーだった。唖然としているベラトリックスの顔が見えた。

「ロン!」

ハリーの背中に乗っていたらしいハーマイオニーが杖を投げよこした。

「私の魔法を解いて!」

ハリーの筋肉に慣れている分、ロンが有利だった。ハーマイオニーの魔法を解くために杖を振り上げるとほとんど同時にベラトリックスが我を取り戻しハリーへ呪文を放った。

「クルーシオ!」

禁じられた呪文だった。ロンとハーマイオニーを庇うためにハリーは回避できず、もやっとした光の球にあたり、くぐもった唸り声をあげた。

形容しがたい苦しみそのものが身体中を駆け巡るようだった。

しかし

「筋肉痛よりなまっちょろいぞ!!」

ハリーは自分を一括し、無理やり筋肉を駆動させてめちゃくちゃに腕を振った。

痛みと苦しみは変わらずあった。しかしそういった感覚や感情と乖離したところで筋肉は己のために動くのだ。

ロンがハーマイオニーの呪文を解くと、ベラトリックスは身を翻して二人から距離を取ろうとした。

このまま突っ込んでも、負ける。

ベラトリックスの直感は正しいもので、その判断は長年の経験がなせる技だった。

ハリーの動きは磔の呪いでかなり抑えられた。しかし別の獣が解き放たれたのだ。

「ベラトリックス、なにを…!」

やっと駆けつけたルシウス・マルフォイが大穴の開いた天井を見て息を飲んだ。

「いったい…これは…?」

そして杖を取り上げられ心身ともに弱り切ったその貧弱な体を、ハリーのめちゃくちゃに振り回した腕が容赦なく刈り取った。

風圧がルシウスの軽い体を吹っ飛ばし、ナルシッサが庇う余地もなく壁に打ち付ける。

そしてナルシッサが姉、ベラトリックスの安否を確かめるために顔を向けた時。すでにベラトリックスは吹っ飛んでいた。

折れた歯が弾丸のようにナルシッサの頬をかすめた。そしてやっと肉の砕ける音がして、拳を振り抜いたハーマイオニー(と言う名の筋肉の塊)が先ほどまでベラトリックスがいたところに立っているのを確認した。

「やっと…安心できたわ」

ハーマイオニーのスピードはついに音を置き去りにした。

ナルシッサは二人が一瞬で戦闘不能にされたのを見て、思わず杖を取り落とした。

それを確認した二人は無言で床に拳を振り下ろし、中に閉じ込められた人質三人をすくい上げた。

「わー。ハリーとハーマイオニーおっきくなってるね」

ルーナは流石だった。

「君がこんなところにいるなんて」

「ハリーこそよく来たね」

「ロン、無事でよかった」

ハーマイオニーがぎゅっとロンを抱きしめた。ロンのあばらが悲鳴をあげた。

「君たち…どうして?」

「親友じゃないか」

「そうよ。…ロンのばか」

ロンは思わず顔がほころび、なみだがあふれるのを止められなかった。

筋肉ダルマになっても、まだハリーたちは人の心を持っていたんだ。

助けに来てくれないと諦めかけた自分が恥ずかしかった。

「き、きみたち。それより早く脱出だ」

グリップフックが命からがらといった様子でグリフィンドールの剣を拾い上げ、オリバンダーがそれを支えた。

「手を合わせて。姿くらましだ」

「行き先は、貝殻の家だ。そこなら安心だ」

こうして六人はマルフォイ邸から見事に脱出した。

 

 

「な、なんだこれ…!」

突如半壊した自宅を前にしてドラコは崩れ落ちた。

瓦礫の中からボロボロのベラトリックスと父を支える母を見て、慌ててかけよった。

「いったい何が…?爆発でも起きたの?」

「ハリー・ポッターだ…ハリー・ポッターがきた…」

うわごとのようにハリー・ポッターという名を繰り返すベラトリックスにドラコは困惑する。

ハリー・ポッターにベラトリックスがこんなボロボロにされる?

確かにハリーは強いがベラトリックスだってその倍くらい強いはずだ。それが半殺しに?

「ドラコ…筋肉………化け物……鍛えるんだ……」

ドラコは仕方なくフクロウで応援を呼び、ベラトリックスの歯を拾い集めた。

そのうわごとの意味はよくわからなかったが、とにかくハリーがものすごく強くなったということだけが分かった。

 

 

 

「無事で何よりだわ。グリップフックが傷つけられたのを見てハリーが飛び出した時はどうなるかと思った」

「ごめんよハーマイオニー。黙って見てられなくて」

「…どこから見てたんだい?」

「屋敷の外に生えてた一番高い木の上だよ」

一キロ近く広がる庭と窓の少ない壁を越えて見えるのか?という問いをロンは飲み込んだ。

「君たちがいなきゃ死んでた。あの時はついていけないなんて言ってごめん。助けに来てくれてありがとう」

「当たり前じゃないか…」

「私達こそごめんね、ロン」

ハーマイオニーがぎゅっと手を握った。関節が折れそうな音を立てた。

しかしロンは腹をくくった。

危険を承知で駆けつけ、二人を庇うために禁じられた呪文を受けたハリーを見て決めたのだ。

「君たちが許してくれるなら、また僕を連れて行ってくれないか?力になりたいんだ」

この二人は、筋肉のおかげで基本的に強い。

しかし禁じられた呪文は効くのだ。

このままパワープレイを続けてしまったら…きっと二人はふとした瞬間に死んでしまう。

たとえどんなに脳筋になっても六年以上付き合ってきた二人を失いたくない。

ロンは決意した。

ハリーとハーマイオニーは笑顔でロンを抱きしめた。三人抱き合いながら笑いあった。

「明日から早速作戦会議だね!ロン!」

「もちのロンさ」



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「僕もっと魔法使いみたいに戦いたい」

 

「グリンゴッツに行くよ、ロン」

ハリーが朗らかに言った。ロンはめまいを覚えながら情報を処理する。

「えーっと、ごめん。理由と作戦を一応教えて?」

「分霊箱がそこにあるからさ」

「作戦は…?」

貝殻の家で暖かくロン達を迎えたビルとフラーだが、内心ハリーたちを不気味がっているのはわかっていた。

早く出て行くのが兄のため。しかし…

「作戦もなしにグリンゴッツって、正気かい?」

「えっ?」

ハリーはまるでわからないようだった。

ここのところロンは筋肉に支配されたハリーたちに気遣いする余裕がなかった。しかし奥歯に物が挟まったような言い方をしたって彼らには全く伝わらないことが最近わかってきた。

というかむしろストレートに言わないと絶対にわかってくれない。筋肉は心にもまとうことができるらしい。

「君たちは強いよ。でもグリンゴッツの警備っていうのは強くて、多いんだ。レストレンジ家の金庫なんて相当古いだろうし、そりゃもうものすごいセキュリティがかされてるんだよ」

「全部突破すればいいんじゃないの…?」

ハーマイオニーが思慮深げに何も考えてないことを言ってくる。ロンはきっぱりと言い返す。

「君たちまるでわかってない。僕らの目的は例のあの人を倒すことだよね?そりゃグリンゴッツで半年くらい暴れ続ければ例のあの人以外だーれもいなくなるさ。でも君、半年もあの人を野放しにするの?」

「なるほど!」

「隠密こそスピードの要だよ。ハーマイオニーはスピード好きだからわかるよね?」

「わかるわ!ロン、あなた冴えてるわ」

「うん…」

それでも頑なに変身術を拒むハーマイオニーとハリーに、ロンは渋々妥協してポリジュース薬で手を打ってもらうことにした。

グリンゴッツの検問を突破してしまえばあとはトロッコで目的地までGOだ。

そのためにはグリップフックの協力は不可避だった。

グリフィンドールの剣を要求するグリップフックにロンは反感が募るばかりだったが、ハリーは剣なんてなくても素手で破壊可能なので快諾した。

「案内は可能ですし、金庫のドアを開けることも協力します。ですが行方不明の私が突然帰ってきても銀行にははいれません。とにかく中に入ってください」

ロンは頭を捻り、ハーマイオニーが殴り抜ける時にごっそり抜けてからまったベラトリックスの髪を使って受付を騙すことにした。

「うまくいくとは思えないわ。ハリーはどうするの」

「ハリーはこっち…僕の服についてた人攫いの毛で変身してくれ。僕がマントに入るから」

「本人確認はどうやってやるのかしら?」

「顔と杖ですね」

「どうしましょう。ベラトリックスの杖がないわ…」

「君の皮膚に突き刺さってた欠片ならあるよ。これでなんとかごまかすしか無い」

「いざとなったらロンの魔法だけが頼りだね」

ハリーの真剣な言葉にロンは頷く。2人が杖を捨ててからはもう慣れっこだった。

「それじゃあ…いこう」

ハーマイオニーのバックをもって、ロンは決心した。後ろにいるのはガラの悪い大男と顔が綺麗なままのベラトリックス。

体が普通のサイズの人間と歩くのはずいぶん久々な気がした。

 

堅牢な城壁も叩き続ければ壊れる。

筋肉だっていつか壊れるんじゃないかと思うとロンはハリーたちを放って置けなかった。

しかし、燃えるように熱い魔法で増えた偽のカップにまみれながら本物をがっしりつかんで「ちょっとここ暑いね」と言われた日には決して破られない城壁があると信じるに足ると思うのも無理ないことだった。

あらゆる魔法を落とす盗人落としの滝でポリジュース薬の効果は消えた。しかしそこからがハリーたちの本番で、無残にレールからはじかれるトロッコから放り出されようが、たどり着いた先で双子の呪文にかかったカップに揉まれようがもう何もその筋肉には通用しない。

「ば、化け物だぁあ!」

悲鳴をあげてちゃっかりグリフィンドールの剣を持ち逃げしたグリップフックも意に介さない。

「どうしようか?登るには時間がかかるな」

「跳ぶにしても限度があるわよね」

わんわんと警報が鳴り響く中で平然と、霞むほど小さくみえる地上の明かりを見て二人は言いのけた。

続々とやってくる警備員の呪文を浴びても2人はけろっとしている。

 

まるで小蝿を払う人間じゃないか。僕らは虫けらなのか?

 

ロンはなぜか警備員の気持ちになっていた。

魔法が効かないとなると、次出てくるのはドラゴンだった。盲の年老いたドラゴンは条件付けにより侵入者を見分け、排除する。

ロンは普段全ての魔法攻撃を2人が弾いてしまうせいで警戒を怠っていた。

あっと気づいた時にはドラゴンの口から真っ赤に燃える炎が吐き出されていた。

灼けるー!

死を覚悟したが、ロンの体を包んだのは灼熱の地獄ではなく、人肌よりちょっと熱い、燃えんばかりの筋肉だった。

「とんだ歓迎よね」

ハーマイオニーの悪戯っぽい笑みに、ロンは笑みを返せなかった。ついにドラゴンにまで防御力において勝ったのか、と人知を超えたパワーに愕然とした。

「乗り物だ。ちょうどいい」

ハリーがそういうが早いか、ドラゴンをつなぐ鎖は砕かれ、ドラゴンは遥か上の出口を見上げた。

「飛べ!自由は己の手で掴め!」

ハーマイオニーがロンをつまんでさっと飛び乗ると、ハリーがドラゴンの尻尾をひっぱたく。

ドラゴンが筋肉に励まされたように雄叫びをあげ、ボロボロの翼をめいいっぱい羽ばたかせた。

物凄い風が筒状の地下に渦巻き、やっと息ができるようになったらもうそこは空だった。

しばらく誰も口をきかなかった。大きな湖に差し掛かったところでやっと三人はドラゴンから飛び降りた。

寒空に水だ。

ガタガタ震えながら着替えるロンと対照的ににケロっとしているふたりを見て、ロンは叫んだ。

「もおぉぉぉおおやだあぁああ!」

「ろ、ロン?!」

「僕もっと魔法使いみたいに戦いたいよ!なんでドラゴンの炎をうけて髪の毛すら焦げてないんだい?!」

「お、落ち着いてロン。髪の毛っていうのは元はというもの皮膚が変化したもので…」

「そういう話をしてるんじゃないよ!こんなの絶対おかしいよ!筋肉、筋肉、筋肉!!僕だってそりゃ、筋肉に頼らない視点で君たちをサポートしようとしたさ!でも要る?僕いらなくない?!」

「必要よ!私たち、あなたがとっても大事だわ」

「ああ、ハーマイオニー。グリンゴッツに行く前だったらそれで思いとどまってたよ。でももう君たちには死の呪文すら効かない気がしてきた」

「そんなことないわ!さすがに死ぬわよ!ねえハリー?」

「いや…心臓は筋肉の塊だから…あるいは…」

「ハリー!」

ハーマイオニーが責めるように言うがもう遅かった。ロンはもう見切りをつけてがむしゃらに走り出した。

「待って、待ってよロン!」

「止めないでくれ!もう行かせてくれ!」

バシッと筋肉のぶつかり合う音がしてハーマイオニーは固まった。ロンの決意はそれほど硬かった。

ハーマイオニーの虚をついて、ロンは姿くらましした。

ハリーとハーマイオニーはただ黙ってロンのいなくなった湖畔に立ち向くした。



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「ちょっと大きくなった?」

「ハーマイオニー…その手…」

「ええ…折れてるわ」

バキィ!と乾いた音を立ててハーマイオニーがほんのちょっとずれた骨の位置を直した。

ロンに払われた箇所がほんのちょっと赤くなる。

ハリーはかすかに赤らんだハーマイオニーの皮膚を見てにやりと笑った。

 

「本当に…ありがとうございます」

ロンは震える手で暖かいバタービールの入ったカップを包んだ。

指先からじんわり暖かくなっていくのが気持ちいい。

「お前さんがハーマイオニーのバックを持ってたのは幸運だった」

ここはホグス・ヘッド。ホグズミードの寂れた飲み屋だ。店主はあのアルバス・ダンブルドアの弟アバーホースだ。

「ハリーの鏡、あなたが持ってたんですね」

「ああ。ここんとこ何も見えないから死んだかと思ったわ」

ぶっきらぼうな物言いだが、要するに鏡をいつも確認していたらしい。ロンが走り疲れてお腹が減って、すがる思いでハーマイオニーのハンドバックをひっくり返していたらドビーが現れた。

ドビーは姿くらましでロンをここまで連れてきてくれた。

「ハリー・ポッターはご無事ですか」

という問いに、ロンはありのままを話した。

筋肉、破壊、そして銀行破り…。

「お前が逃げるのも仕方ないだろ」

遥か彼方から落下して無傷。ドラゴンの炎を浴びて無傷。そこでアバーホースはそう言い切った。

「化け物だ」

そう呟いて立ち上がると、女の子の肖像画の方へ歩いていく。

「アリアナ、頼む」

優しい声で名前を呼ぶと、女の子はふっと微笑んで遥か奥へ消えていく。

「もうハリー・ポッターは一人の方が強いだろうさ。でもそれならそれで別の戦い方がある」

「別の…」

「別の場所といってもいいな。とにかく、お前さんは別に弱くはないんだから」

少女が遠くから戻ってくる。誰かを連れてきている…

肖像画のかかった場所がぱかっと開いて、穴から誰かが出てきた。

 

「ね、ネビル…」

 

「やあ、ロン。ちょっと大っきくなった?」

「き、君も…」

ネビルは、ちょっと会わないうちにゴツくなっていた。ハリーと比べれば些細だがマッチョだ。

「き、筋肉…」

「あ、これ?いろいろ事情があってさ。アブ、あと2人ほどくるから!」

ロンはアバーホースにお礼を言ってネビルとともに肖像画の穴を潜る。

「カロー兄妹ってのが規律係でね、めちゃくちゃなんだ。逆らって拷問を受けてたらこうなってた。まあ前よりかっこいいでしょ?」

よく見るとネビルは顔中傷だらけで、前と打って変わってワイルドな印象すらある。

「ああ、全然かっこいいよ」

暗い洞穴を歩いて、ロンはネビルに今まであったことをポツリポツリと話していった。

 

ハーマイオニーの突然の"閃き"

鍛え続けた1ヶ月

人智を超えた力

大蛇をも退ける筋肉

崩落するマルフォイ邸

破られたグリンゴッツ

 

ネビルは黙って聞いてくれた。

「僕…逃げてきたんだ。2人といて自分の無力さに嫌になったっていうか、僕が必要ない気がして」

ロンの苦渋の表情を見て、ネビルが優しく背中をさすった。真っ直ぐな瞳でロンの言葉に真摯に答える。

「僕も、5年生の時はずっとそう感じてた。僕なんて足手まといじゃないか?僕は必要なのか?って…。でも、

君たちは僕が行ったことにすごく感謝してくれたしあの経験があったから僕は今こうして学校で死喰い人たちに恐れず立ち向かえる。ロンは必要なくなんかないよ。今こうして学校に戻ってきたのもきっと何か意味があるって、後で気付くんじゃないかな」

ネビルの心はこの1年ずっと感じていたロンの劣等感の塊をゆっくりと溶かしていくようだった。

ネビルがそんな風に思っていたなんて知らなかったし、こんなにまっすぐで心強い奴だなんて知らなかった。

「ネビル、僕君に会えてよかったよ」

「僕もさ!…さあそろそろ出口だ。みんな驚くぞ」

肖像画の穴から出ると、たくさんのグリフィンドール生とレジスタンスに加わった多寮の生徒がロンを温かく迎えた。

ロンは久々に普通の人間に囲まれて心の底から安心感に包まれた。

しかしそれも束の間、ジニーが肩で息をしながら寮に飛び込んできた。

「スネイプが全校生徒を呼び集めたわ…ハリーが、ホグズミードにきたって」

ロンは耳を疑った。

なぜハリーが?

まさか自分を追って?

 

しかしすぐに考え直す。

 

もし僕を追ってきたなら、ハリーたちならもっとすぐに追いついたはずだ。

ならばホグズミードに現れたのは目的があってのことに違いない。

まさか、ホグワーツに分霊箱が…?

 

ロンは迷った。

もしハリーが学校に向かってるのなら騎士団も程なくホグワーツに集結する。

もはや分霊箱は残り3つ。しかもハリーは今や死の呪文すら跳ね返しかねない肉体になっている。

ならば、恐らくここが決戦場だ。

ロンはローブを掴んだ。

 

 

「……ハリー・ポッターに協力するものは処罰の対象となる」

スネイプが黒いマントを引きずって土気色の顔でぐるっと全生徒を見回した。

寮ごとに整列させられ、一様に口を真一文字に結んでいる生徒たちには希望と絶望が入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。

ロンはその中で、俯き気味に久々に羽織るローブの裾を握った。

 

「さて…この中にハリー・ポッターを見たものは…」

 

そこで、ガラスの割れる音が響き渡った。

大広間のステンドグラスが粉々に砕かれ、向こうに夜空をうつしている。

キラキラ光るガラス片が、その中央に仁王立ちする人物を照らし、彩る。

トロールのような体。

筋肉の権化。

力の象徴。

ハリー・ポッター。

 

「この学校は警備を強化しているそうですが…たかたがディメンターで周囲を見張るだけでは生温い!」

その手に持ったボロ布はディメンターの残骸だった。ハリーは窓から飛び降り、ハーマイオニーがそれに続いた。

生徒からは悲鳴が上がり、みんなが壁の方へと逃げた。

新手の化け物だと思われたらしい。無理もない。

「やっと会えたぞ。ダンブルドアの仇!よくも校長の座に!」

スネイプすら当惑している。

頭からつま先までハリーを眺め、ハーマイオニーを眺め、ハリーの瞳を3秒ほど見つめてようやく口を開いた。

「貴様、ポッター…ここに生身で来る意味をわかっているのか?」

「当たり前だ!」

「……」

スネイプは色々悟ったらしい。早々に身を翻すとふわっと舞い上がり、出口から矢のように出て行こうとする。

「逃がさない!」

ハリーの脚力は強靭なバネを誇る。しなやかな鉄板を折れる限界まで曲げて離す様を想像してくれればわかりやすいだろう。

すなわち、その筋肉が生み出すのは瞬間的爆発力。

ハリーは50メートルまでならその足のひと蹴りだけでハーマイオニーを越えられる自信があった。

それ程までの威力を、スネイプは長年の戦闘経験からハリーのシルエットを見た瞬間判断できたかと言えばできていなかった。

しかし生来のスネイプの用心深さと立ち回りのうまさがプラスに役立つ。

スネイプはその威力を受け止めきれないと判断し、いなしたのだ。

ハリーは自分が確かに敵を捉えたにもかかわらず、そこから僅かにずれた壁に激突する自分を認識するのに時間がかかった。

 

僕のタックルが当たらない、だと?

いや違う!自分は軌道をずらされたのだ…!

インパクトの瞬間、スネイプは僕の力をそのまま壁の方へ流した!

 

その一瞬でスネイプはまるで霧のように消えてしまった。

ハーマイオニーにも視認できない素早さで、ハリーの仇敵は消え去った。

「南無三…だわ」

「クソ…クソ…!」

「そ、その声は…まさか、ポッターなのですか?それにグレンジャー?」

マクゴナガルが怯える先生生徒を代表してハリーたちに声をかける。ハーマイオニーがにっこり微笑みかけた。

「先生、お久しぶりです」

「ずいぶん…ずいぶん大きくなりましたね」

「ええ。色々あったんです」

マクゴナガルはどう言えばいいのかわからないといった表情だったが、かといって何か言わないわけにもいかずに会話を続ける。

「学校には何をしに…?」

「探し物があるんです。それさえ見つければもうあの人を倒せるんです」

「わかりました…何か私に手伝えることは?」

「いいえ…ヒントはもう、ありますから」

「は、ハリー!」

ロンは思い切ってハリーに声をかけた。ハリーとハーマイオニーの顔がパッと微笑んだ。

「ロン!無事でよかった」

「やっぱり、ここにあるんだね?」

「うん。そうだよ。…また君の力を貸してくれる?」

ロンはちょっと悩んだ。

2回も逃げ出した自分が役にたつだろうか?

「ロン!」

自分を呼ぶ声に振り向くと、ネビルが声を張り上げてロンを叱咤する。

「君は2人に必要とされているんだ!」

「そうだよ、ロン」

「ネビルの言う通りだわ」

「ネビル…みんな…」

ロンの瞳には涙が浮かび、ハリーとガッシリと抱き合ってそれがこぼれ落ちた。



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物理で殴られるなら、物理で守ればいい

 

筋肉は力の象徴だ。

如何なる城壁にも勝る力そのものが味方として目の前に現れた時、人はその筋肉に流れる血の巡りと筋を立てて己の秘める力を解放せんと盛り上がる力こぶを見て熱狂する。

ハリーの筋肉は敵の恐怖を煽り、味方の戦意を向上させた。

 

魅せる力

 

それがハリーの鍛え上げられた肉体に宿った筋肉の副産物であった。

逆三角形の全身に宿る淀みなき力と、失踪期間何があったのか黙っていても理解させられる禍々しいオーラが見るものの心を否が応でも奮い立たせるのだ。

 

美しい

 

攻めて来た死喰い人の先遣隊をハリーが薙ぎ倒した時にロンはそう思った。

「ここから先一歩でも入ったら」

生き残りの一人の首を掴み上げ、ハリーは後ろで尻餅をついている残党に言った。

「容赦しない」

ハリーの一撃は結果的に敵陣営にとって効果的なデモンストレーションとなった。

即ち、見せしめとしての暴力。

それはヴォルデモートの力に酔いしれ配下に降ったものにとってはその忠誠を揺らがずほどの衝撃だ。

程なくして闇の陣営はホグワーツを遠巻きにして集まるが仕掛けてくる気配はない。

 

「さて、分霊箱を破壊しに行かないとね」

ちょっとした準備運動を終えただけのように楽々ハリーは言った。

中庭ではマクゴナガルをはじめ多くの魔法使いが結界をはっている。

「私はこっちに残るわ」

ハーマイオニーはコキコキと肩の関節を慣らしていった。

「私たちの姿が見えた方が、敵も攻めにくいわ。ハリーのダミーも作ってもらいましょう」

「ハーマイオニー、君知力が戻ってきたんだね!」

「最終決戦よ。犠牲は少ない方がいいわ。それよりあなた達は早く分霊箱を破壊して」

「僕も残るよ」

ロンが進言するが、ハリーがそれを許さなかった。

「ハーマイオニーだけで十分だよ。それに…君には交渉役をして欲しいんだ」

 

ハリーが見つけ出したのはレイブンクロー寮のゴースト、灰色のレディだった。

彼女はルーナの友達で、本人に言うと嫌がるがレイブンクローの娘でもある、とハリーは道中説明した。

分霊箱のうちレイブンクローに関わる品、髪飾りは《永遠に失われた》と語り継がれる。

しかしハリーは例のあの人なら見つけ出したに違いないと確信していたし、事実それは的中していた。

と確認しに来たハリーを見て灰色のレディははじめひどく恐れて逃げようとしたが、ロンの説得によりなんとかその場に止まってくれた。

「壊してもいいですよね」

ヴォルデモートに対する誤った信頼と後悔をなんとか彼女から聞き出してから、ハリーがバキバキの筋肉を唸らせて尋ねるとレディは二つ返事でOKをくれた。

確認すら取らなかった。

ただヒントを言って灰色のレディは煙のように逃げ出した。

「…全てが隠されてる場所…知る人しか入れない…秘密の部屋?」

「違うよ、必要の部屋に決まってるだろ!」

ハリーとロンは大急ぎで必要の部屋に向かい、前で必死に唱えた。

 

全てが隠された場所ー

忘れ去られたものの集積場

 

山のように積まれたガラクタの中を、二人はかすかに見える光を追うように進んだ。

ハリーははじめから見当がついていたように真っ直ぐ進んでいく。

「やっぱり、ジニーとキスした時に見たと思ったんだ」

「まさかお膝元にあるとは思わなかったな」

ハリーがレイブンクローの髪飾りをつまんで、力を入れる。

あーあ、やはり楽勝だった。

ロンが油断した時

「ロン、避けろ!」

背中にどんっと衝撃が走って、ロンはガラクタの山に突っ込んだ。

たくさんの壊れた道具が上に降り注いでくる。

「なんだよ!」

怒りながら足の折れた椅子を押し退けてみると、ハリーが苦渋の表情を浮かべて両手を広げていた。

「そんな、ハリーッ!」

「逃げろ…ロン!」

ハリーの背中を業火が焼く。

その日の向こうには強張った笑みを浮かべたマルフォイと杖を構えたクラップとゴイルだった。

その杖からは全てを焼き尽くさんと燃える炎が噴射され、ハリーの背中を焦がしている。

ドラゴンの炎すら耐えるハリーがなぜ…?

ロンは熱気に揺らめく二人のシルエットを捉えるのに時間がかかった。だがマルフォイとくらべて巨大すぎるその体にようやく焦点が合い、悟る、

 

鍛えたんだ…!この10週間あまりで、無理やり…!

 

クラップとゴイルは元からガタイがいいのに、今は大型のトロールすら凌ぐ大きさになっていた。

一人一人を見れば筋肉の量はハリーに劣る。しかし二人合わせれば話は別だ。

その強制的筋肉に加え、魔法。

おそらくこの炎は闇の魔術の類だろう。

筋力と魔力の融合した地獄の業火は鍛え上げたハリーに届き得たんだ!

「あの二人は…僕がやる!」

ハリーが動いた。炎がその動きの後ろに発生した風で掻き消えた。

ほとんど同時にクラップが後ろのガラクタの山をなぎ倒し後方へ吹き飛ぶ。

しかし、飛び方が甘い。

「なんてタンキーなんだ!」

ハリーはフルタンクでアタックダメージを主として戦う。

しかしこの二人は相手に与える物理ダメージを捨てて、全ての筋肉を我が身を守る鎧へと鍛え上げたのだ。

 

物理で殴られるならー物理で守ればいい

 

単純かつもっともな意見だが、マルフォイの読みは当たっていた。

マルフォイは二人の盾を携えて今ハリーとロンへ刃を向けたのだ。

10週間前となんら変わらない姿形で、マルフォイは杖を持ち上げた。

 

「魔法の力を、思い知れ…!」

 

 

 

 



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「中身は決して折れたりしない」

「お出ましね」

ハーマイオニーは花火のように爆発が起きている空を見上げた。死喰い人の放つ呪文が防護呪文に弾かれて色とりどりの花を咲かせているのだ。

その美しい光景を眺め続けるわけにはいかない。

破られぬ守りなど存在し得ぬことをハーマイオニーは知っていた。

「だからこそ全力の出し甲斐ってものがあるわけ」

誰に語りかけるでもなくそう呟くと、軽く準備運動をはじめる。

「ハーマイオニー!貴方はどこを守るの?」

ジニーが尋ねるとハーマイオニーは笑顔で答える。

「全部よ」

えっと疑問符を浮かべるジニーは次の瞬間我が目を疑った。

ぶうん…と空気を震わす音とともにハーマイオニーが増えたのだ。1人、2人、そして10人。

どういうことだが全く分からなかった。杖は持っていないから魔法ではない。

「マックスで10人…ね。意外と少ないわ」

「は、ハーマイオニー…これは?」

「ちょっと考えればわかるわ。分身よ」

「分身…」

「高速で動くと人の目には分身に見えるってだけだけどね」

「高速で動く…」

ジニーは兄の苦労を一瞬で思い知った。逃げてきたのを責めるつもりはないが、むしろ逃げてと言ってあげたくなる。

 

魔法を使わないでこれ?意味がわからない

 

「…ちょうどきたわね」

ハーマイオニーの分身は散らばり、全員が臨戦態勢になった。

ヴォルデモートの発射した呪文の特大の火花が守りの呪文を貫き、ヴェールを焦がすように膜を焼いた。

 

「最終決戦よ」

 

 

 

「クソ…なんなんだこの威力は!」

ハリーは呪文を受け、狼狽しつつもクラップ、ゴイルの攻撃をしっかり受け切って2人を追い詰めていた。しかし反面、ロンから無理やり遠ざけられているのにも気づいていた。

 

クラップとゴイルが極めて短期間でハリーにダメージを与えうる力を手に入れたのは単なるゴリ押しによるものだけではない。

マルフォイはクラップとゴイルがハリーたちに勝っている特性を見抜いたのだ。

 

すなわち、食欲

 

彼らは食うことによって得たカロリーを魔法で溜め込むことで爆発的エネルギーをその体内に宿し、筋力と魔力へ昇華させることに成功したのだ。

食えば食うほど高まる力!

しかしこの決戦前に2人が摂取したカロリーは一人当たり10万Kcal。それは生物が1日に摂取するカロリーとしては異常な数値。

しかし、彼らは食べた。

そしてそのカロリー全てを仮初めの筋肉、仮初めの魔力へと投げ打ってハリーを窮地に陥れた。

まさに捨て身!

ハリーの筋肉に対抗せしめるのは己全てを投げ打つ覚悟とエネルギーだった。

マルフォイ達の努力が、ハリーの筋肉を上回った。

しかしカロリーというのは燃焼するものだ。そして、筋肉の消費エネルギーは洒落にならないほど多い。

つまり、早期決戦がカギだった。

 

「まずは邪魔者を消す」

 

マルフォイは杖をロンに向けた。

ロンも慌てて杖を握るが、躊躇しないマルフォイに完全に遅れをとる。

「セクタムセンプラ」

見えない刃がロンの薄い皮膚を切り裂いた。鮮血が炎に彩られ闇を塗りつぶす。クラップ、ゴイルの魔法を食らいながら拳を振るうハリーが悲鳴をあげる。

しかしマルフォイは攻撃の手を緩めない。

「インカーセラス」

血飛沫をあげるロンをロープが縛り上げ、ロンはほとんど宙づりになる。

杖を握っていても、振ることができなかった。

 

「無様だなウィーズリー…!」

 

自身の慢心と無力でロンの頭が憎悪とか悔しさとか、そういった感情で焼け切れそうになる。

マルフォイは笑ってるような怒ってるような、ぐちゃぐちゃな感情に身を割かれてるような表情でロンを見上げた。

「そのままここでポッターがやられるのを見ていろ。父上と同じ目に合わせてやる」

「やめろ…」

マルフォイはロンなんてもう無視して、苦戦し始めたクラップとゴイルの方へ駆け寄っていく。

ロンは、負けたと思った。

ドラコは筋肉に策略と魔法で勝負した。クラップとゴイルはハリーだけでなんとか倒せたかもしれないが、マルフォイは相当魔法の腕が上がってる。

いかなる魔法をも跳ね返すハリーだがクラップ、ゴイルの筋肉と魔法が合わさればもしかしたらその厚い筋肉を破ってハリーを傷つけるかもしれない。

 

マルフォイを止めるのは自分の役目じゃないか…!

 

血がぽたりと床に落ちた。

 

マルフォイなんかに負けてられるか

僕だって、僕だって逃げたりしたけどハリーたちとずっと鍛えてきたんだ

たかだか10週間でつけた力に、負けてられるか…!

僕は、半年以上筋肉の檻にいたんだ

いまさらこんなロープに

 

「縛られてたまるかああーーッ!」

「なんだと?!」

 

魔法出てきた頑強な縄を引きちぎり、ロンは跳んでいた。マルフォイはすんでの所でロンの飛び蹴りをかわし、体勢を崩して倒れてしまう。

「なんで…!普通ならその縄は切れないはず!」

「普通なら、ね」

ロンはまだ血を流す己の皮膚を見て吐き捨てるように言った。

「確かに僕の外見はまだひょろひょろで、ハリーたちから比べたら月とすっぽんさ。でもね…」

ロンは己の中に満ちる力を確信し、力拳をマルフォイへ向けた。

 

「僕は君より半年も前から無理やり筋トレさせられてたんだ!僕のインナーマッスルはハリーの筋肉と同じくらいに硬いッ!」

 

ロンの肉体は内側から光ってるようだった。事実、裂けた皮膚からそのエネルギーが流出してるがごとくわずかに露出した筋肉は素人目から見ても美しいものだった。

「僕の中身は決して折れたりしない」

「ぬ、ぬかせ!」

マルフォイとて、この10週間クラップとゴイルを鍛えただけではない。

 

ところで、スリザリン寮には純血しか選ばれない、という誤解が多く広まっているが本来サラザール・スリザリンはその血の正当性、というよりも魔力の濃さについて言及していた。

しかしグリフィンドールの筋肉に敗れ去ったことで彼の考えは広く誤解されて後世に広まった。

本来ならば、スリザリンは魔力の強さは血の濃さに大きく左右されると考えていたにすぎない。

それは八割がた事実であり、極少数の例外を除いて血の濃い、魔力の多いものがスリザリンに選ばれる。

だが本来の決め手は魔力なのだ。

そして、代々スリザリンに選ばれるマルフォイ家は魔力の濃さを誇る一族になる。

それは歴史に忘れ去られた遠い記憶だった。

しかし、ドラコの代でついにそれが花開くのだった。

「ステュービファイ!」

マルフォイの杖から閃光が迸りロンの体を切り裂いた。しかし麻痺呪文はロンのインナーマッスルに阻まれ、彼の動きを少々止めるにとどまる。

 

ならば何度でも打つまで!

 

マルフォイはとかくその魔力を振り絞りぶつけた。

しかし、倒れない。

いくら呪文をかけてもロンの皮膚がただれていくだけで倒れない!

 

「君はよくやったよ」

ロンが口を開いた刹那、瞬きの間より短い時間でマルフォイは自分が呪文をかけられて宙づりになってることに気づいた。

ロンを見ると、彼はいつの間にか杖を持ってこちらに向けている。

なぜ、気付けなかった?

マルフォイははっと周りを取り囲む火に視線をやった。

炎の揺らめき、光のちらつきでまるで時がねじ曲がったかのようにロンの動きが不規則なのだ。

不気味な緩急。

不自然な継足。

自然に反した動きがマルフォイの時間をゆがめていたのだ。

それは本来たゆまない努力と鍛錬により習得する"技"だった。しかしロンのインナーマッスルはロンの直感の赴くまま、彼の不自然な動きを可能にしたのだー!

「体幹を鍛えることにも意味があったのさ…」

ロンは大量に失血しながらも、二つの足でしっかり立っていた。

「クソ…結局、結局筋肉なのか…?」

「そんなことないよ。君が僕と同じ時期から魔力を鍛えてればわからなかった。日々鍛錬って…僕は苦手だけどね」

ロンはマルフォイを気絶させ、打撃音と爆発音の聞こえる方へ走った。

 

 

スリザリン寮に入る条件が恵まれた魔力の量だと言うのなら、グリフィンドール寮に入る条件が"勇気"ではないことはすぐにわかるだろう。

 

すなわち、筋力

 

グリフィンドール寮に入れられた生徒は皆絶対的筋肉を手に入れる可能性を持った者たちなのだ。

そして、代々グリフィンドール寮生であるウィーズリー家の遺伝子はまさに筋肉の申し子であった。可能性の化け物。それがロナルド・ウィーズリーが外見だけでなくまずインナーマッスルから手に入れた理由。

彼はまだ、外殻を手に入れる余地がある。

それほどまでの優れた筋肉の容量を持っているのだった。

マルフォイの敗因はハリーとロンを同時に相手にしたからに他ならないが、それと同時に一対一でロンと当たったことも彼の敗北に大きく関わる。

マルフォイの魔力をあげる戦略がチョキなら、鋼のインナーマッスルを持つロンは強固なグー。

もしかりにクラップ、ゴイルの2人で物量的にロンを攻撃すれば単純な手数の不利でロンは負けていただろう。

しかし、マルフォイにハリーが止められるわけでもない。

つまり結末は変わらないのだ。

筋肉をより多く持つものが勝つ。

 

人はそれを絶対という。



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「最終決戦といこう」

前回までのあらすじ
レベルを上げて物理で挑むことにしたハリー・ポッターたちは次々と分霊箱をぶっ壊し、魔法戦争とか関係ない次元の戦いをしてきたが、長き空白を経てようやく決着がつく予定ゾ





 

 

 

上半身の美しい三角形こそハリーの誇りでありプライドであった。

 

黄金比。

 

プロテインとたゆまない鍛錬が創り出すハーモニー。

かつての哲学者は純粋なものそのものは現実には存在しないと考えたらしい。つまり、存在している時点でそれは純粋なそのものでなくそのものの形をした純粋だ、と。

 

ハリーはよく、わからない。何故なら…純粋な力は筋肉で証明できると思っていたからだ。

そう、力とはこの三角筋。上腕が、胸筋が、轟々と血管を流れる血液の迸る音をハリーの鼓膜へ届ける。毛細血管がぱっくり開いて神経が研ぎ澄まされる。

 

心臓が、生きたエンジンみたいだ。

魔法使い風に言えば…なんだろう。

 

結局僕は、最後までマグル生まれの魔法使いだ。

けどそれでいい。

僕の筋肉はそんな所を超えて、遥か彼方概念の向こうにある。

 

 

 

夜の闇にオーロラのようなヴェールがかかっていた。

防護呪文はヴォルデモートの一撃により敗れ去り、それは焼け落ちた薄衣のように端を焦がしながら闇をかすかに照らしていた。

雪のように降る魔法の残骸。その橋の向こうから形容し難い地獄の音が聞こえる。

古の魔法使いが踏みしめてきた橋は主にハーマイオニーの打撃で倒壊する直前だ。そんな年寄りの肋並みに弱い石橋を、崩さんとばかりに踏みしめて彼は現れた。

 

 

ヴォルデモート。

 

 

その姿は以前と変わらない。

しかし背負ったオーラがハリーに一抹の不安を呼び起こした。

分霊箱はナギニ以外すべて破壊した。

もうヤツに残された魂は自身とちっぽけな蛇だけだ。

それなのに…

 

なんなのだ、この威圧感。

 

あろうことか筋肉の鎧がかえって重く感じる。

冷や汗が一筋額に流れた。

燃えるような身体に、その冷たさは妙に染みる。

ヴォルデモートは漆黒の衣を闇に溶け込ませて存在した。

 

 

「ハリー…ポッター…」

 

「トム…リドル」

 

 

ヴォルデモートの後ろにはスネイプと、顔に包帯を巻いたルシウスをはじめとする死喰い人たちがいる。

ハリーの後ろにはロンとハーマイオニー。そして愛すべき仲間たちがいる。

しかしそんな連帯とか仲間とかを置き去りにした領域で、二人は対峙していた。

恐ろしく圧縮された永い時代狭間で、ハリーはヴォルデモートの強さを目にした。

 

「…まさか……」

 

「そのまさかだ」

 

ヴォルデモートの体を包んでいる黒い衣が風で舞い上がった。

闇を透かすような布の下にあったのは、戦車のような下半身。

ハリーの上半身の美しさと真っ向に対峙した、恐ろしささえ感じる見事な三角形。プレス機よりも遥かに重く、力強い、黒鉄の筋肉。

 

「最終決戦といこう。ハリー・ポッター」

 

 

 

 

 



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体も鍛えておけよ

 

ロンは確かに視た。

 

はたから見れば、ハリーとヴォルデモートはただ跳んだだけにしか見えなかっただろう。

しかし二人が飛び上がる刹那、数十メートルも離れた二人の間に幾多もの太刀筋が…もっとも、刃とは筋肉だが…走ったのを。

 

二人の殺意が交差する刹那。それをロンが認識した瞬間二人は跳び上がったのだ。

常人にわかるはずもないだろう。

しかし二人の筋肉は確かに圧縮された時間の中を翔び、こだまする筋肉の叫びを感じ、億百もある勝ちと負けの境界線を縫って呼応したのだ。

ロンはハーマイオニーをみた。

ハーマイオニーもロンをみた。

二人は頷き合い、闇にうごめく黒衣の闇の魔法使いたちを見た。

 

心臓が脈打つ。筋肉に血が巡った。

圧縮、そして解放。

筋肉の思うままに、二人も跳び上がった。

風を切り、闇を切り裂く。

全ての境界を割いていく。

心の壁まで取り払われるような気がした。

 

 

眩い閃光が頭上で弾けた。

星の生まれるその時のような光。筋肉を滾らせて全てをぶつけ合う人間の誇りの瞬きが夜に浸かった校舎を照らし出す。

魔法使いたちはその美しい光景に見惚れ、そして杖を構えた。

杖先から発射される閃光が激しくぶつかり火花を散らす。

ハーマイオニーが人狼たちの間に飛び込み、ボスであるグレイバックを絞め落としたとき、ベラトリックスの赤い閃光が彼女の肩を穿いた。

「ぬ…う?!」

その痛みに思わず呻く。筋肉の鎧に守られて以来初めて通った攻撃だった。

「あの時の礼はたっぷりさせてもらうよ」

落ち武者のように髪は抜け落ち、まだ完治していない骨折だらけの体でベラトリックスはたっていた。火の手が周りを囲み二人きりの決戦場が出来上がる。

「…私を足止めしようって考えね。」

「そうさ。猛獣の扱いはこれでも心得てるからねえ」

あのプライドの高いベラトリックスがこのような捨て身の策を講じるとは思っても見なかった。

自らを犠牲に仲間の勝ちに賭ける行為。

それは時に「勇気」と呼ばれる。

火が蛇の舌のようにハーマイオニーを舐める。ちりっと焦げ付く髪先を感じつつ、ハーマイオニーは笑った。

「その覚悟、受け取ったわ」

ベラトリックスは凄絶な笑みを浮かべ、爪の剥がれた杖腕を振り上げた。

「減らず口を叩くな、化物!」

 

「ハーマイオニー…!」

炎の檻へ閉じ込められたハーマイオニーを見て、ロンは思わず名前を呼んだ。しかし今の彼女はマグマの中に放り込んでも生きてそうなので心配しても無駄だろうなと心の中では思っていた。

ロンは俊敏なステップにより次々と死喰い人を気絶させた。

右脚、左脚、半歩。

屈んで、掌底。

自分だけ違う時の流れを生きているかのようだった。

川の流れに点々と浮かぶ石に飛び移るように、人のまばたきする数コンマに移動し、拳を叩き込む。

ロンの強靭な体幹が織り成す軌道は常人には認知できない。

細切れのフィルムのように襲い来る筋肉の力に闇の魔法使いたちは地に伏した。

ハーマイオニーは閉じ込められた…。

ならばナギニを倒すのは自分の役目だ。

ロンは少しずつ闇の魔法使いたちの中心、ナギニに向かって進んでいった。

倒れ伏した人々が轍のようにロンのあとに倒れていた。

 

「一体何が起きてるんだ…!?」

「さあね!」

「とにかくやるだけさ!」

 

フレッド、ジョージを始めとした不死鳥の騎士団は徐々に闇の魔法使いたちを押し始める。

ネビルたちは何がなんだかわからなかったが、己のうちから沸き立つ筋肉の昂ぶりに身を委ね、戦った。

なんでだろう。力がいくらでも湧いてくる。

ハリーの筋肉に呼応するように、グリフィンドール生たちは雄叫びを上げた。

 

炎と筋肉により熱気に包まれるホグワーツ。その上空では今まさにハリーとヴォルデモートが命を、いや、筋肉を削って死闘を繰り広げていた。

 

時間にすれば数十秒。

体感では永遠とも呼べる時の中でふたりの筋肉がぶつかる。

ヴォルデモートの強靭な脚がハリーの上腕を薙ぎ払う。ハリーは咄嗟に筋肉に力を込め、その攻撃のダメージをそのまま返そうとする。しかし相手とてそれは同じ。

 

筋肉と筋肉。より強靭な方が勝つ。

叩き続けて壊れないものはない。

 

しかし、このままでは…!

ハリーはヴォルデモートの貧弱な上半身を狙う。しかし相手も同じ考えに至ったらしい。お互いがお互いの急所を狙い続け、的確に受け続けなければいけない。

 

ハリーは呼吸すら忘れて、全てを己の拳にかける。

振りかぶりヴォルデモートの弱々しい頭蓋を砕こうとした時だった。

ヴォルデモートのすぐ後ろに、長年過ごした懐かしのグリフィンドール塔があった。

 

ああ…僕、こんな時に思い出すなんて

 

走馬灯のように体を駆け抜ける郷愁の念に、ハリーの張り詰めた緊張が一瞬ほぐれた。

 

ほんのちょっとの隙だった。ヴォルデモートはそれを見逃さず、すかさず足を叩き込んだ。

いくら強靭な鎧でも、全てがカチコチに硬くては身動きは取れない。

ハリーの上半身で唯一内臓に届き得る部位、脇にヴォルデモートの大木のような脚がめり込んだ。

 

落雷のようにあたり一面が白く光った。

ハリーが全身を襲う激しい痛みにはっと我に返ると、自分が吹き飛ばされて校舎にめり込んだらしいことを理解した。

 

このままじゃ負ける…!

 

倒壊していく天文塔に膝をついて、上に広がる暗闇と下で瞬く仲間たちの光をみた。

負けるな。

仲間のために、死んだ両親のために。そして己自身のために。

 

 

信じろ、自分を。

筋肉を。

トレーニングの日々を。

 

 

飛来するヴォルデモートを見据え、ハリーは大きく息を吸った。

 

 

自身のつま先がハリーの脇をえぐり筋肉の下にある肉をついたとき、ヴォルデモートは勝利を確信した。肩の関節は粉砕し、筋肉はクズ肉と化しただろう。

目には目を、ならぬ筋肉には筋肉を。この対策は正しかった。

そして、自分の魔力とニワトコの杖を使えば最強の肉体を手に入れることができるのも想像通り。

ハリーが塔につっこんだ。

崩落する瓦礫がスローモーションで下へ落ちていく。

人ならざるものに堕ちてまでここまで戦ってきた。それもこれで終わりだ。

永かった。

まさか自身が魔力ではなく最終的に筋肉で仇敵を葬ることになるとは。かつての自分が見たら笑うだろう。

 

そんな子どもの俺様に俺様はこういうのさ。

 

体も鍛えておけよ、と。

 

 

随分長い跳躍の果て、大穴の向こうにハリー・ポッターの姿が見えた。

ヴォルデモートはとどめを刺そうと脚を振り上げた。

 

 

 

 

 

ハリーの強靭な上半身。それは当然インナーマッスルにも言える。

筋肉は鎧。しかし内臓もまた鋼。

燃えたぎる内熱機関はそれだけでまた武器足り得る。

ハリーは雄叫びをあげた。

人間離れした肉体は肺活量の限界を超えて空気を放った。空気は、重いのだ。

爆発と見紛うほどの、空気の圧縮と解放。

それは確実にヴォルデモートの身体を引き裂いた。

空砲に全身を叩き潰され、ヴォルデモートは一直線に地面に落ちた。

 

細胞一つ一つがぶちりと潰れ、拉げる感覚を脳にぶちまけられ、全身が叩き付けられる。

しかしそれでもヴォルデモートはかろうじて生きていた。

鍛え上げてきた下半身が緩衝材となり彼の命を救ったのだ。筋肉は時に人を打ち砕き、また時には優しく包むのだ。

息も絶え絶えのヴォルデモートのもとにハリーが飛来した。

 

敗北…。     負け?

この俺様が?

 

筋肉…。

     死ぬ…。

 

なぜ  魔法使いの血が。

   いやだ。

筋肉に

 

 

負けるのか…?

 

 

 

「…諦めろ」

 

ハリーはヴォルデモートを憐れむような瞳で見下ろしていた。その宣告は慈愛に満ちており、それがなおさらヴォルデモートに背筋が凍るほどの憎しみと屈辱を味合わせた。

「殺せ…」

それしか言えなかった。

心までは折れていない。しかしもうどうしようもなかった。

 

負けたくない。

負けたくない。

 

「僕はお前を絶対に許さないしみんなも許さない。でもお前と拳を交えた瞬間…僕は……」

 

ハリーはヴォルデモートに蹴られた部分をそっとなでた。

 

「筋肉でなら、お前ともわかりあえるかもしれないと、思ってしまった…」

 

筋肉への惜しみない愛、賞賛。

筋肉のグリフィンドールの名に恥じぬ純粋な感情がハリーの胸から溢れていつの間にか頬を伝っていた。

 

「投降しろ」

 

ヴォルデモートはたった今、心でも負けた。

完全敗北…。

そのことを理解し、ヴォルデモートはがっくりと頭を垂れた。

そして数秒おいて

 

「く…くくくくく!」

 

笑い出す。先程までの空気を塗りつぶすような不吉な笑い声だった。

集まってきた人々がざわめく。

 

「馬鹿げた話だハリー・ポッター。俺様とお前が分かり合える?」

 

ヴォルデモートはギラギラと血の色に輝く目を見開き、ハリーを射殺さんとばかりに見た。

凍りつくような情念の眼差し。

ゾットするほど深い瞳の赤。

死…

 

「天は俺様に味方した!」

 

ハリーはその瞳に魅入ってしまい反応が遅れる。ヴォルデモートが一体何を持っているのかわかった時は、すでに死の呪文がハリーの心臓を貫いたあとだった。

 

ハーマイオニーの悲鳴が空いっぱいにこだました。

 



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心の筋肉

「う…」

目を覚ましてまず気づいたのは、ひどく喉がいがらっぽいと言うことだった。

そして次に頭を占めたのは悔しさだった。ウィーズリーに負けた。

マルフォイは宙吊りから降ろされて必要の部屋の外にクラップゴイルとともに寝かされていた。誰がそうしたかは明白だった。

 

敗者への礼節も忘れないってか?

気取りやがって。

 

痛む身体を引きずりながら、マルフォイはのそのそと立ち上がり廊下を進んだ。

爆発音と、遠くに燃え盛る炎。

ハリー達が負けているとは思えなかったが、それでもマルフォイはそこへ向かった。

轟音を上げて崩れ行く校舎。

 

まるで世界の終わりだ。

 

父と母の安否を祈りながら渡り廊下を走っていると、突然目の前に篝火が降ってきた。

それは火の粉を撒き散らし冷たい石板の上に投げ出された。

突然の明かりに目が一瞬使えなくなる。よくよく目を凝らしてみると、炎に焼かれてるのはハーマイオニーだった。

 

「やれやれ…あんたのおばさん、なかなか手こずったわ」

 

ハーマイオニーは頬についた灰を払うとマルフォイを見ていたずらっぽく笑った。

 

そして星が爆発したような眩い光が見えた後、マルフォイは倒壊する天文塔を見た。ハーマイオニーに担がれ、次の瞬間にはその現場に運ばれていた。

 

マルフォイは胃が投げ出されたような浮遊感を味わうと同時に例のあの人が地面にめり込み、力なく項垂れてるのを目撃した。

 

これが、力…

 

天から舞い降りるハリーを見て、マルフォイは確信した。

 

そうか、やはり筋肉が…

筋肉こそが魔法使いに求められる力だったんだ…!

 

 

あの人はハリーに敗北した。ハリーは筋肉の愛により心の筋力においてもあの人に圧勝したのだ。

あの人は今度こそ地面に崩れ落ちた。

しかし、地面に何か落ちているのを発見し、不敵に笑い始めた。

 

「天は俺様に味方した!」

 

そして緑の光がハリーを撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

ハリーは自分がさっきまで何をしていたのか思い出せなかった。自分の両手を見る。ひどくやせっぽっちで頼りない骨だけの両手。

 

ああ、夢か…。

 

ハリーは筋肉のない己を見てようやく先程の衝撃を思い出した。

緑の光と、心を引き裂かれるような悲しみ。

今自分がいるのは、真っ白な光に四方から照らされたキングスクロス駅だ。ひどく眩しいのに不思議と目は痛くない。

 

「久しぶりじゃのう」

 

懐かしい声が聞こえた。

ハリーのすぐ横に死んだはずのダンブルドアが立っていた。

これまた不思議なことに、いまダンブルドアが横に立っていることはひどく自然なことのように思えた。

「ダンブルドア先生…」

「ハリー、ようがんばった。誇りに思う」

「僕は死んだんでしょうか」

「いいや、死んじゃおらんよ」

ダンブルドアは生前と何ら変わらない優しい笑みをこぼす。

「まさか…呪文が筋肉を貫くなんて」

ハリーは安心感と悔しさと懐かしさと、いろんな感情ですっかり頭が混乱してしまった。キラキラした涙が頬を伝う。ダンブルドアがやわらかい紫のハンカチでそれをふいた。

「いいや、ハリー。君の筋肉は貫かれてなんかおらんよ。」

「けど、すごく痛いんです…」

「それは心の痛みじゃよ。…少し歩こうかの」

ダンブルドアは立ち上がると、どこまでも続くレールの先を見ながらホームを歩きだす。ハリーも慌ててついていく。

筋肉のない体は軽かった。

「君は立派に戦った。筋肉を鍛え、対話し、より高みへ登っていけた。その痛みは、同じ力を持つものと全力で戦い…そのものに裏切られた痛みじゃよ」

ホームの先にベンチがある。

真っ白い世界にそぐわないほど鮮やかな赤が行く手を遮っていた。ひどく嫌な感じがする。錆びた銅の匂いが立ち込めた。

 

「筋肉を裏切ったものの末路じゃよ」

 

ダンブルドアは悲しそうに言った。

 

「君は最後の分霊箱じゃった。ヴォルデモートの呪文はたしかに君を貫いた。しかし、君の中にあるヴォルデモート自身の魂を貫いたのじゃ。」

 

細切れの肉を思わせるそれは、胎児のように力ない6年前のヴォルデモートだった。影と霞に過ぎない哀れな生き物はがさがさの喉を震わせて必死に呼吸していた。

 

「君の心の筋肉は彼の力では貫けなかったんじゃよ」

 

心…とハリーは小さく繰り返した。

 

「先生…僕の、僕の筋肉はどこですか?」

「あるとも。君の心に」

「そういう問題じゃないんです!体のはなしですよ!」

ダンブルドアはキョトンとした顔でハリーを上から下まで見た。

 

「僕の筋肉は呪文を防げなかった!それが悔しくてたまらない!!早く帰ってトレーニングしないと」

 

「そうか…君はもうワシのしってる小さな男の子ではないのだな…」

 

汽笛がなった。

次第に大きくなる音とともに光も強くなっていく気がする。

ダンブルドアの姿が光に溶けていく。

「存分に鍛えるといい。筋肉はいつだって君を裏切らない」

「はい。あ!先生、ここは一体何だったんですか?」

次第にダンブルドアの輪郭が消えていく。ハリーの視界いっぱいが白く塗りつぶされていく。

神々しい光に包まれた駅に汽車がやってきた。

「ここはすべての筋肉がうまれ、やがて至る場所じゃよ」

ダンブルドアの着ている薄い布が光に溶けてしまったとき、ハリーははっと気がついた。

ダンブルドアの肉体に宿る老いてもなお輝く筋肉を…完璧な肉体を。

 

「すべての筋肉に幸あれ」

 

 

筋肉こそすべて。

筋肉が世界の真理だったんだ。

よく分からないが、きっとそういう事なのだ。

 

 

 

 

空だ。

夜明け前の溶かしたような空色が視界に広がっている。

星はまだ瞬いていて、数光年も前の光を放っている。何十億もある星星が雫のように煌いている。

清浄な気分だ。

ハリーは起き上がった。

身体は無事だ。

 

自分を殺そうとした男を見た。

彼は最後の力を全て出してしまったように、枯れ葉が枝から落ちてしまうときのように、風に吹かれて崩れ落ちた。

周囲は呆然とそれを見守っていた。

ハーマイオニーの歓喜の叫びが、ロンがハリーの名前を呼ぶ声が聞こえる。

世界は喜びに満ち溢れていく。

沢山の歓声と覚めやらぬ熱気にハリーの意識は塗りつぶされた。

けれどもあの駅の光景はいつまでもハリーの心に残っていた。

 

夜は終わったのだ。

 

 

 



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エピローグ「筋肉よ永遠なれ!」

 

ロンへ

 

最近忙しくて手紙を送ることができずに申し訳ないです。

一年目の時よりは遥かに要領は掴めてるんだけど、僕はもともと鈍臭いからまだまだ苦労しています。

生徒たちからもネビルネビルと親しまれてるけど、バカにされてないか不安です。今度僕の評判をこっそりローズに聞いてみてくれませんか?

 

ホグワーツの校庭は草木が生い茂っています。どこかの生徒が夏休み前にジャングル薬でも撒いたのか、倒壊した天文塔はすっかり蔦に覆われてしまいフィルチがイライラしながら必死に除草しています。

僕も僕で、教材用の植物が繁殖しすぎてついに新しい品種が生まれてしまったりと非常に難儀しています。

 

さて、今年は嬉しいニュースがたくさん!

まずハーマイオニーに、昇進おめでとうを伝えてください。

まさか魔法省に筋肉部ができる日が来るとは思いませんでしたが、新しい部門の管理責任者として頑張って!

君も闇払いとして日々筋トレに追われてると思うけど、もし筋肉痛に困ったらニガヨモギを砂糖で煮て塗るといいよ。実は僕も最近筋トレにハマっています。

今度食事にお呼ばれしたら成果を見せるね。

 

それと、スラグホーン先生がそろそろ引退を考えてるそうです。

そこで、ハリーやロンからスネイプ先生に後任をお願いできませんか?(僕はまだスネイプ先生が苦手です…)

スネイプ先生はめったに連絡を取ってくれないとマクゴナガル校長が嘆いていました。

僕も前に会ったのはハリーの結婚式のときかな?また会いたいような怖いような…

考えてくれるとありがたいです。

 

あと今年からハリーが特別講師として赴任することが決まりました。(君はもう聞いてるよね?)

知り合いの子どもたちはみんな両親そっくりなんだ。そのせいか僕はちょっとした同窓会の気分です。

ハリーが来るのが楽しみです。

返事待ってます。

 

ネビルより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蝋燭がふわふわ浮かんで真っ暗な湖から学校へ至る道を照らしていた。緊張した一年生たちは荘厳な石柱に落ちるくらい影やどこまでも伸びていく長い廊下の先を不安げに見回している。

今日は一年生の初めての授業だ。

カーテンのしまった薄暗い教室でばくばく脈打つ心臓を押さえながら先生を待つ。

今日はなんとあのハリー・ポッターが特別講師をしてくれるらしい。

ベルが鳴った。

同時にカーテンが前から順番に勢い良く開く。陽光が差し込み暗闇に慣れていた目を眩ませた。

目を細めて教壇を見ると、美しい筋肉を携えたクシャクシャ髪の男の人が立っていた。

男は力こぶしをぎゅっと作りながら黒板に大きく字を書いた。

 

 

筋肉

 

 

「みなさんこんにちは!筋肉学を教えるハリー・ポッターです」

 

ムキムキの筋肉は光に包まれていた。

美しく輝く上腕二頭筋。

陽光をはねかえすほど鍛えられた胸鎖乳突筋。

服を着ていてもわかるほどに磨かれた筋肉は話に聞くハリー・ポッターそのものだ。

 

 

「筋肉は闇の魔術に対する最大の防衛術です!さあ、早速腹筋をしよう!!」

 

 

僕たちは杖を置いて床に寝そべった。

僕達の筋トレはこれから始まるんだ!

 

 

 

 




ご愛読ありがとうございました。

【挿絵表示】

すべての筋肉にラブとピースを…


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