やはり俺が入隊するのはまちがっている。 (ユンケ)
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比企谷八幡は入隊する。

初投稿ですがよろしくお願いします


 

「……三門市、そして人類の未来は君達の双肩に掛かっている。日々研鑽し正隊員を目指してほしい。君達と共に戦える日を待っている」

 

1月8日、俺、比企谷八幡は体育館のようなステージで白い隊服を着て壇上にいる男性の話を聞いている。

 

(……遂に今日から俺もボーダー隊員か。何としても稼いでお袋と小町に楽をさせないとな)

 

俺は今日から界境防衛機関『ボーダー』という組織に入る事になった。ボーダーは簡単に言うと異世界からの侵略者から街を守る仕事だ。

 

今から2年半前、俺が住んでいる三門市に『近界民』と呼ばれる化け物が現れて三門市を蹂躙した。それによって俺の親父も殺された。

 

こちらの世界とは違う技術を持つ近界民には地球の兵器の効果は薄く俺含めて誰もが都市の壊滅は時間の問題だと思っていた。

 

しかし突如現れた謎の一団が近界民を撃破して世間に宣言をした。

 

『こいつらのことはまかせてほしい。我々はこの日のためにずっと備えてきた』

 

彼らはわずかな期間で巨大な基地を作り上げ、近界民に対する防衛体制を整えて三門市の平和を守っている。

 

俺は当初はボーダーに入るつもりはなかった。ぶっちゃけ怖いし働きたくないし。

 

しかしそうもいかない事態が起こった。

 

 

 

 

親父を失い女手一つで俺と妹を養っていたお袋が過労で倒れてしまった。それを見た俺は少しでも負担を減らしたいと色々考えたが中学生は基本的にバイトが出来ないからいい案が浮かばなかった。

 

その事に絶望しながらも諦めず色々と調べていたらボーダーのホームページで正隊員になったら給料も出るし作戦室という部屋も与えられると知った。

 

それを見た俺は「これだ!」と叫んで即座に試験を受けた。そして合格したのでお袋に許可を貰いにいった。初めは拒否されたがこれ以上お袋に苦労をかけたくないと食い下がった結果、「無茶だけはするな」と入隊許可を貰った。

 

 

まあそんな訳で今日から入隊だ。何としても正隊員になって金を稼いでやる。

 

そんな事を考えていると騒めきが生じたので前を向くと騒がしい理由を知った。

 

壇上にはいつの間にか本部長はいなくなっていて4人の男性が立っていた。

 

(……あの2人は確か嵐山准さんと柿崎国治さんだっけ?2年くらい前にテレビに出てたな)

 

曖昧な記憶だがテレビに出て街を守るとか言ってた気がする。オリエンテーションはあの4人がするのか?

 

すると嵐山さんが前に出て口を開ける。

 

「さて、これから入隊指導を始めるがまずはポジションごとに分かれてもらう。アタッカーとガンナーを志望する者はここに残り、スナイパーを志望する者はうちの佐鳥について訓練場に移動してくれ」

 

佐鳥と言われた人が近くの出口に立ち狙撃手志望と思われる隊員を連れて行った。

 

狙撃手志望がいなくなると同時に壇上を見る。

 

 

「改めて、アタッカー組とガンナー組を担当する、嵐山隊の嵐山准だ。初めに入隊おめでとう。忍田本部長もさっき言っていたが、君たちは訓練生だ。B級に昇格して正隊員にならなければ防衛任務には就けない。じゃあどうすれば正隊員になれるのか、最初にそれを説明する。各自、自分の左手の甲を見てくれ」

 

そう言われて左手を見ると左手には1000という数字が表示されていた。

 

 

「君たちが今起動しているトリガーホルダーには、各自が選んだ戦闘用トリガーがひとつだけ入っている。左手の数字は、君たちがそのトリガーをどれだけ使いこなしているかを表す数字だ」

 

……なるほどな。これで大体の実力がわかるって訳か。となるとこの数字が一定以上にかとB級やA級に昇格できるって事か?

 

「その数字を4000にする。それがB級になる為の条件だ」

 

なるほどな。つまり後3000稼げばいい訳だ。B級で4000って事はA級だと10000か?やだ何それ怠い。

 

「ほとんどの人間は1000ポイントからのスタートだが、仮入隊の間に高い素質を認められた者はポイントが上乗せされている。当然、その分即戦力としての期待がかかっている。そのつもりで励んでくれ」

 

何だと?仮入隊ってあったのかよ?やれば良かった。

 

 

「ポイントを上げる方法は二つある。週2回の合同訓練でいい結果を残すか、ランク戦でポイントを奪い合うかだ。まずは訓練のほうから体験してもらう。ついて来てくれ」

 

そう言って歩き出した嵐山さんを先頭に訓練生たちが続々と部屋を後にするので俺もそれに続く。

 

訓練は何となくわかるがランク戦って何だ?トーナメントでもやって順位に応じてポイントが貰えるのか?

 

わからない事が多いが後で説明をさせるだろう。今は訓練で良い記録を出す事だけを考えよう。

 

暫く歩いていると広い部屋に到着した。

 

「さあ、着いたぞ。対近界民戦闘訓練だ。これから仮想戦闘モードの部屋の中でボーダーの集積データから再現された近界民と戦ってもらう」

 

え?いきなり戦闘訓練?てっきり理論による説明があるかと思った。

 

周りもかなり騒めいている。どうやら殆どの人も予想外だったようだ。

 

「仮入隊の間に体験した者もいると思うが仮想戦闘モードではトリオン切れはない。ケガもしないから思いっきり戦ってくれ」

 

あ、怪我はしないんだ。それなら安心だな。

 

「今回、君達が体験するのは初心者レベルの大型近界民だ。攻撃力はないがその分硬いぞ。制限時間は1人5分で早く倒すほど評価点は高くなるから自信のある者は高得点を狙ってほしい。……説明は以上!各部屋始めてくれ!」

 

嵐山さんがそう締めくくると訓練が始まった。正直言って緊張するがやるしかないな。

 

そう思いながら息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練は始まって訓練生は訓練室に入り早速始めている。

 

俺は少し離れたベンチに座って様子を観察している。どうせやるなら徹底的に分析してからやるべきだろう。

 

先ずは自分のトリガーの特性の確認、その後に近界民の動きや癖、弱点を調べ自分のトリガーの特性と擦り合わせてどう攻めるか調べ上げるつもりだ。

 

俺に支給されたトリガーは攻撃手用トリガーの『スコーピオン』

 

 

入隊した際に貰った説明書には重さが殆どなく、体中どこからでも出現させることが可能な上、形を自由に変えられると記されていた。

 

ただし刃の耐久力が低いため受け太刀には不向きでまさに攻撃に特化されたトリガーだろう。

 

しかし俺が思うにスコーピオンは怒涛の攻めだけでなく、足や背中から生やして不意打ちをするのにも適していると思う。

 

まあ今回は攻撃力はないと言っていたら受け太刀はしないだろう。

 

となると問題は攻め方だ。

 

 

 

再度訓練室を見ると偶然にもスコーピオンを使っている訓練生がいたので見ると近界民の足を狙って斬っているが殆どダメージはない。どうやら本当に硬いようだ。

 

スコーピオン使いは時間切れで失格となった。制限時間があるって事は倒せない事はない。しかしやり方次第では時間切れとなる。

 

となるとあの近界民には何処かに弱点がある筈だ。もしもないなら制限時間5分は短すぎるし、そこまでB級隊員はいないからな。

 

(……しかし何処にある?)

 

可能性があるとしたら目の部分と装甲の繋ぎ目部分だろう。他の部位は硬そうだから攻撃するのに適していない。

 

(……おそらく今訓練している連中も弱点を探しているだろう。それをじっくり見れば…)

 

そう思っていると訓練生の1人が近界民の目を撃ち抜いて動きを停止させた。

 

(……ビンゴだ。弱点は目だな)

 

そう判断した俺は立ち上がり訓練室に向かって歩きだす。最後の方だと間違いなく目立つからな。やるならちょうど半分終わった頃だろう。

 

 

 

 

 

訓練室に並ぶ事10分、ようやく俺の番だ。

 

 

訓練室に入り息を一つ吐く。ここで良い記録が出るかどうかで向いてるかどうか大体分かるだろう。

 

倒す青写真は出来ている。問題はそれを実行できるかだ。

 

(……頼む、上手くいってくれよ)

 

 

 

 

 

 

『3号室用意、始め!』

 

俺が祈り終わった瞬間、アナウンスが流れる。

 

それと同時に走り出して近界民に突っ込む。近界民は足を上げて近寄ってくる。

 

 

近界民が足を下ろそうとした瞬間、俺は足に飛び移り、足に着地すると同時にジャンプして近界民の背中に乗る。

 

 

……乗り心地は余り良くないな。

 

そんな事を考えながら俺は背中から頭に向かって走り出す。ここでミスるとタイムロスになるので注意しよう。

 

 

しかしそんな心配も杞憂に終わり特に問題なく近界民の頭に乗れた。これで準備は整った。後は……

 

 

 

 

 

俺は近界民の頭から正面に飛び降りる。それと同時にスコーピオンを手から出す。絶対に決めてやる。

 

 

そう固く決意して弱点と思われる目にスコーピオンを振るった。

 

 

 

 

 

重力によって地面に背中をぶつけると同時に目から煙が生じて近界民は倒れこんだ。どうやら成功したようだ。

 

安堵の息を吐いているとアナウンスが流れる。

 

 

 

 

『3号室。記録、29秒』

 

どうやらかなり良い記録が出たらしい。訓練室を出るとかなりの騒めきが生じている。

 

「30秒切りやがったぞあいつ……」

 

「やばいな」

 

「凄いな……目は腐ってるけど」

 

ちょっと最後?目の腐りは関係ないですよね?それは言わないでくれるかな?

 

呆れながらベンチに座る。どうやら俺の記録がトップのようだ。この調子でガンガン行って正隊員になってやる。

 

 

 

そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『2号室。記録、24秒』

 

『3号室。記録、27秒』

 

『5号室。記録、32秒』

 

立て続けに好記録が出て更に騒めきが生じる。マジかよ?一気に好記録が出たなり

 

 

そう思っていると2号室からは人の良い雰囲気を出すいかにもリア充みたいな少年が、3号室からは猫目っぽい目をした少年が、5号室からは品のありそうな可愛い女子が出てきた。

 

3人同時に訓練室から出てきたのでかなり注目を浴びている。そんな中3号室から出てきた少年が明らかに嫌そうな雰囲気を出しているのが印象的だった。……あそこまであからさまに出すなよ。

 

 

呆れている中戦闘訓練が終了した。俺の記録は3位だった。

 

 

 

 

 

 

その後も訓練は続いて、地形踏破、隠密行動、探知追跡訓練と色々な訓練をこなした。

 

ちなみに俺の記録は地形踏破訓練が4位、隠密行動訓練がぶっちぎりの1位、探知追跡訓練が2位で終わった。

 

……隠密行動訓練でぶっちぎりの1位だったのは影の薄さが関係してるのか?

 

「それじゃあ最後にC級ランク戦についての説明をするから付いてきてくれ」

 

そう言われて嵐山隊に続く。

 

左手の甲を見ると1071と表示されていた。どうやら1つの訓練で満点を取ると20点貰えるようだ。

 

合同訓練は週2回、つまり毎週満点を取ったら160点入る。仮に訓練だけでポイントを稼ぐなら19週間かかる。普通に考えたら時間がかかり過ぎる。

 

つまりランク戦はかなりポイントを稼ぐ手段として重視されているのだろう。

 

 

そう思っていると広い場所につく。そこは壁に大量の部屋があり中心に巨大なモニターがある部屋だった。

 

「ここがC級ランク戦のロビーだ。それじゃあC級ランク戦のやり方を説明する。C級ランク戦は基本的に仮想戦場での個人戦だ」

 

マジか。てっきりトーナメントかと思ったぜ

 

「C級ランク戦のやり方は簡単だ。ブースの中にあるパネルにブースの番号と武器とポイントが出ている。それが現在ランク戦に参加している隊員だ。好きな相手を選んで押せば対戦が出来る。逆に向こうからも指名される場合もある。対戦をやめたい時はブースから出ればいい」

 

しみじみ思っている中嵐山さんの説明は続く。

 

「そして、ポイントが高い相手に勝つほど点がたくさん貰える。逆に自分よりポイントが低い相手だと勝っても余り貰えず負けた時に沢山取られる」

 

つまり大量に増やしたい場合は3000以上の相手に挑めばいい訳だ。仮に負けてもポイントに差があるから殆ど取られない、と。まあ3000クラスはキツイから1500以上あたりから挑戦してみるか。

 

俺が意気込んでいる時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ2人組になって試しにやってみよう!好きな相手と組んでくれ」

 

嵐山さんがそう言った瞬間絶句してしまった。

 

 

好きな人と組めだと?それはボッチの俺にとっては厳しいです!何せ学校で組む時は必ず余った生徒、下手したら先生と組むのが俺だぜ?

酷い時は運動会の組体操で教師と組む俺にそれは酷な話だ。

 

しかもこの場の先生は嵐山さんだ。もう2年くらいボーダーで働いている嵐山さんと組んでも間違いなく瞬殺される未来しかイメージ出来ない。

 

しかも周りからは「あの目の腐った奴、強いからやりたくないな」とか聞こえてくるし。好記録が仇となる。

 

こうなったら流れに身を任せよう。この場にいる訓練生の数が偶数ならそれで良し。奇数なら嵐山さんに「見るだけでいい」と言えばいい話だ。

 

 

そう思いながらポケーっとしている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、私と組んでくれませんか?」

 

後ろから声をかけられたので振り向くとさっき戦闘訓練で好成績を出した品のある女の子が話しかけてきた。

 

え?マジで?こんな可愛い子が俺に組めと頼んでくるか?何を企んでるんだ?

 

「えーっとだな。俺じゃなくても他にも人はいるぞ?」

 

「そうですね。ですが私は実力のありそうな貴方と手合わせをしたいんです。組んでくれませんか?」

 

顔を見る限り特に含みはなく企んでいるようには見えない。……大丈夫か?

 

「……わかった。じゃあよろしくな」

 

「はい、よろしくお願いします。私は照屋文香です」

 

そう言って頭を下げてくる。随分と礼儀正しいな。どこか良いところのお嬢様か?まあこれだけ礼儀正しいならこちらも礼を返さないと失礼だな。

 

「俺は比企谷八幡だ。こちらこそよろしくたにょむ」

 

 

 

 

 

 

 

 

……噛んでしまった。よりによって自己紹介で噛むってどんだけコミュ力低いんだよ俺。

 

照屋はキョトンとしてから、

 

「ふふっ……」

 

クスクスと笑いだす。それを見た俺は恥ずかしくなり顔が熱くなってきた。

 

「頼むから笑わないでくれ」

 

「ごめんなさい。ちょっと可愛くて…」

 

いやいや、女子に可愛いって言われても嬉しくないからな?

 

「言わないでくれ。てかそろそろペア決まったみたいだし前向こうぜ」

 

こういう時は話を逸らすに限る。すると照屋は「あ、そうですね」と頷いて俺の横に立ち前を向いた。どうやら話を逸らすのは成功したようだ。

 

「ペアは決まったみたいだな。それじゃあ1ペア毎に個人ランク戦をやってくれ!」

 

嵐山さんがそう言うと1番前にいるペアの2人が2つのブースに入っていった。

 

それから20秒くらいしてから巨大なモニターにさっき入った2人が映り向かい合っていた。

 

「なるほどな。本当にタイマンという訳か」

 

しかも試合開始地点は敵の真ん前だから隠れて奇襲も出来ないな。ステージにいる2人は弧月とスコーピオンを出して戦闘を開始している。

 

確か照屋は弧月を使っていたから弧月使いの動きを学んでおこう。

 

 

すると弧月使いはスコーピオンを避けて弧月を振るう。スコーピオン使いはスコーピオンで防ごうとするもスコーピオンは呆気なく砕け散りそのまま真っ二つにされて敗北した。

 

どうやらスコーピオンは本当に脆いみたいだな。となると照屋と戦う時は防ぐんじゃなくて避けて戦うしかない。

 

横を見ると照屋も真剣にモニターを見てブツブツ言っていて対策を練っているのがわかる。

 

どうやら俺は厄介な相手と戦うようだ。

 

ため息を吐きながら試合を眺め続けた。

 

 

 

 

 

あれから何試合も見てみた。

 

その際に色々な隊員を見て勉強になった。

 

特に身長の高い女子と小学生と思える男子ペアの試合と俺より早い記録を出した2人のペアの試合はかなりレベルが高かった。

 

特に後者のペア、あの2人は間違いなく仮入隊していただろう。2人とも俺と同じスコーピオンを使っていたがある程度形になっていた。あの2人に勝てる奴はこの中にいないだろう。

 

「じゃあ次のペアの番だ!」

 

嵐山さんにそう言われていよいよ俺の番だ。俺と照屋は前に出て歩き出す。

 

「では比企谷先輩、よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしくな」

 

挨拶を交わしてブースに入る。操作方法はさっき嵐山さんが言っていたので理解できる。

 

俺はパネルを見て照屋がいる102室を探す。

 

暫く探していると『102 弧月 1069 』と表示されているのを発見したので該当する番号を押す。

 

 

それと同時に体が光に包まれる。

 

 

光が消えるとそこはブースではなく住宅地が広がっている道路だった。

 

数秒後俺の正面15メートルくらい離れた場所に照屋が現れた。いよいよ試合開始か。

 

さっきまでの訓練を見ているとそこまでの差はない。油断した瞬間負けるだろう。

 

 

俺は左手からスコーピオンを出して照屋に向ける。てか今更だが怪我をしないとはいえ可愛い女子に剣を向けるって明らかにヤバイ絵面だろ?

 

そう思っていると照屋も弧月を出して構えを取る。

 

剣同士のぶつかり合いじゃ敵わない。となると取れる戦法は照屋の攻撃を躱して斬るしかない。

 

 

 

 

 

 

方針が決まったので俺は照屋に向かって突っ込んだ。それと同時に照屋もこっちに向かってきた。

 

距離が3メートルを切った所で照屋が走りながら弧月を振るってきた。

 

俺はそれを紙一重で躱そうとするが……

 

(……ヤバい!予想以上の剣速だ)

 

モニターで弧月を振るっているのは何度も見たが予想以上だった。実際に見るのと体験するのは違うのか、はたまた照屋が他の弧月使いより優秀なのか……多分両方だろう。

 

 

俺は横にジャンプして照屋の弧月を躱そうと横にジャンプしたが肩から若干の緑色の煙が出る。やっぱり完全には躱すのは厳しいか。

 

しかし弧月を振り切った照屋には隙がある。

 

俺はスコーピオンを横薙ぎに振るう。狙いはシンプルに照屋の首だ。すると照屋は後ろに下がりながら左腕を出して首を隠すようにしてきた。

 

急にスコーピオンを止める事は出来ずそのままスコーピオンを振るった。

 

その結果照屋の左腕には切り傷が出来て俺と同じように緑色の煙が出る。

 

照屋はそれを一瞥するだけで再び弧月を振るってくるので後ろに大きく跳んで照屋の攻撃範囲から出る。

 

 

 

(……ダメージは与えられたが腕を落とすのは無理だったか。しかもあの振り方からしてそこまで影響はないみたいだな)

 

俺は頭を冷やしてスコーピオンの特性を考える。

 

(……スコーピオンは受け太刀に不利で腕以外でも使える。対して弧月はバランスが良いが重くて腕を斬られたら使えない)

 

となると腕を斬るのが良いと思うが向こうもそれを読んでいるだろう。

 

となるとそれは危険だ。だったら……

 

俺はスコーピオンを起動して腕からではなく手首から出してみる。どうやら本当に腕以外からも出せるようだ。

 

(てかそれだったらバカ正直に手から出す必要なくね?)

 

うん、それがいい。攻撃する時だけ出そう。そうすれば向こうの判断力を鈍されられるだろうし。

 

 

 

 

方針は決まった俺は再び照屋に突っ込む。今度は手にスコーピオンを持たずに。

 

照屋を見ると若干驚いた表情をしながらも突っ込んでくる。作戦は決まった。後は運に身を任せるだけだ。

 

 

照屋との距離が5メートルを切ったので俺は右腕を照屋に向かって思い切り突き出す。

 

照屋は戸惑いながらも弧月を振るってくる。

 

(……さあ思い切り振るってこい)

 

俺が祈った為か照屋は全力で弧月を振るった。それによって右腕は斬り落とされて、胸から腹にも大きな斬撃痣が付けられる。

 

それによって大量の緑色の煙が上がるが俺の戦闘体はまだ壊れていない。

 

それを自覚した瞬間、笑みが浮かんでるのを実感した。今の照屋は弧月を振り切った為に直ぐに体勢を立て直す事は出来ない筈だ。

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ、照屋」

 

 

 

 

 

俺はそう言ってスコーピオンを先に纏った左足を照屋の脇腹に叩きつけた。

 

それによって照屋の腹は真っ二つになった。照屋は驚いた表情をしながら光に包まれて空に飛んでいった。

 

 

 

 

 

『個人ランク戦終了。1-0 勝者 比企谷八幡』

 

そんなアナウンスが耳に入り俺も光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブースに戻り息を吐く。腕を見ると個人ポイントが1102になっていた。おおっ、同じぐらいのポイントの相手を倒すと30近くも貰えるのか。となると1500ぐらいの相手だと50ポイントくらいか?

 

そんな事を考えながらブースを出ると視線を感じたので周りを見渡すと他のC級隊員が引いていた。

 

 

(……まあ勝ち方が女子の腹に蹴りを入れてだからな…。照屋にも謝ろう)

 

そう思っている時だった。

 

「比企谷先輩、ありがとうございました」

 

ブースから出てきた照屋が頭を下げてくるが罪悪感しか感じない。

 

「ああ。それとさっきの試合だが……腹蹴って悪かった」

 

俺がそう言って頭を下げると照屋はキョトンとしてから直ぐに笑う。

 

「気にしないでください。実際のお腹じゃないですし勝負だから恨みっこ無しです」

 

どうやら本当に怒ってないようだ。良かった。場合によっては土下座を覚悟してた。

 

「そうか」

 

「はい。でも次は負けませんよ」

 

そう言って勝ち気の笑みを浮かべてくる。それを見て俺も苦笑を浮かべる。

 

「悪いが次も負けるつもりはない」

 

会釈をして元の場所に戻る。

 

ボーダーには家計の為に入隊したが……訓練やランク戦は割と楽しいな。

 

クソみたいな中学生活を送っている俺としては実力さえあれば認められるボーダーはかなり気に入ったようだ。

 

 

そう思いながら残りのランク戦を見学した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ペアのランク戦が終了して新入隊員は初めの入隊式があったステージに戻った。

 

「これでオリエンテーションを終了する。君達が正隊員に上がり一緒に防衛任務に就ける日を待っている」

 

嵐山さんがそう締めくくりオリエンテーションは幕を閉じた。

 

さて早速だがランク戦に行くか。お袋は夜まで仕事で小町は友人の家に泊まると言ってたから暇だし。

 

「比企谷先輩はランク戦ですか?」

 

「まあな。照屋は?」

 

「私は用事があるので帰ります。次は3日後の合同訓練で会いましょう。その時にまたランク戦をお願いします」

 

「いいぜ、またな」

 

「はい。失礼します」

 

照屋はペコリと頭を下げて去って行った。

 

今回は勝てたが次は向こうも対策を講じてくるだろう。それまでに強くなっておこう。

 

 

 

 

 

 

そう思いながら俺は個人ランク戦をする為に走り出した。




読んでいただいてありがとうございます。

俺ガイルとワートリのクロスは大抵高2からスタートですがこの作品では中3からスタートです。

予定としては10話くらいやってから高2に入りたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。



パラメーター

比企谷八幡(中3時点)

攻撃手

PRFILE

ポジション:アタッカー
年齢:15歳
誕生日:8月8日
身長:169cm
血液型:O型
星座:ペンギン座
職業:中学生
好きなもの:妹、金、MAXコーヒー、平穏

PARAMETR

トリオン 7
攻撃 6
防御・援護 5
機動 6
技術 5
射程 1
指揮 4
特殊戦術 2

TOTAL 36




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比企谷八幡は同期のメンバーと交流する(前編)

 

 

 

1月11日、学校が終わった俺は即座に帰りの準備をして教室を出る。

 

新しく居心地の良い場所が出来た所為か、元々居心地の悪い学校は更に嫌いになった。だから俺としては1秒でも早く帰りたかったので全力疾走で駐輪場に走り全速力で自転車を飛ばして家に帰るった。

 

家に着いた俺は制服を脱いで私服に着替えて机からトリガーを取り出してポケットに入れる。

 

訓練生である俺は訓練以外でのトリガーの使用は禁止されているので常日頃持ち歩く必要はないので訓練に行く時以外は家に置いてある。

 

俺は学校では嫌われているから万が一盗まれたりしたらヤバイしな。

 

 

 

ポケットにトリガーを入れた俺は台所に行って夕食の支度をする。今日の合同訓練は6時からで、今は4時前だから余裕がある。5時には家を出たいからそれまでにお袋と小町の夕食を作らないといけない。

 

今日は冷蔵庫に沢山野菜があるし野菜炒めにするか。お袋あんまり野菜とらないし。

 

米を炊き終えて、フライパンで野菜を炒めていると玄関で物音がした。どうやら帰ってきたようだな。

 

「お兄ちゃんただいまー」

 

そう言ってくるのは妹の小町だ。アホな行動を取る事が多いが可愛い妹で大切な家族だ。

 

「おう小町おかえり。今日は野菜炒めと豚の生姜焼きでいいか?」

 

「いいよー。ていうかお兄ちゃんボーダーの仕事あるんだし小町がやるよ?」

 

優しい気遣いだ。本当に可愛い妹だな。

 

「いや、俺はまだ訓練生だから仕事はないし、訓練は6時からだから問題ない」

 

「そっか。ところでボーダーって楽しいの?」

 

「まあ割と」

 

ランク戦は結構楽しい。まあ試合をするだけで話す相手は殆どいないけど。てか入隊してから話したの照屋だけだし。

 

「ふーん。じゃあ今度茜ちゃんにボーダーの話聞かせてあげて」

 

「日浦に?あいつもボーダーに入るのか?」

 

「うん。何か茜ちゃんのお兄ちゃんの友達がお兄ちゃんと同じ時期に入隊して興味持ったみたい」

 

へー、日浦の兄貴の友達が俺の同期なんだ。まあ日浦とは偶に話すしそんぐらいは構わない。

 

「わかったよ。今度日浦がうちに泊まりに来た時にでも話してやるよ」

 

そう返しながら野菜炒めを皿に盛りながら冷蔵庫から豚肉を出して生姜焼きを作る準備を始める。

 

俺の鼻には野菜炒めのいい匂いが襲っていた。ヤベェ食べたくなってきたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を作り終えた俺はボーダー基地に行く為靴を履く。

 

「じゃあ行ってくるわ。帰りは8時くらいだから腹減ったら先に食ってろ」

 

「そのくらいだったら待ってるよ。頑張ってね」

 

小町から見送りを受けた俺は玄関を出て自転車を走らせた。

 

 

 

 

 

自転車に乗って市街地を走る。この辺りはもう復興してきてショッピングモールも建っている。大規模侵攻から2年、三門市はかなりの勢いで立て直している。これもボーダーのおかげだろう。現に三門市から出て行く人間は少ないし。

 

そう思いながら信号を待っている時だった。

 

 

 

 

「あ、比企谷先輩」

 

横から声をかけられたので振り向くと知った顔がいた。

 

「おう照屋。久しぶりだな」

 

俺が初めてランク戦で戦った相手、照屋文香がいた。照屋を見るとお嬢様学校の星輪女学院の制服を着ていた。言動から薄々感じていたが本当にお嬢様だったのかよ。

 

「お久しぶりです。先輩も合同訓練ですか?」

 

「まあな」

 

「でしたら一緒に行きませんか?」

 

照屋はそう言ってくる。その顔には何かを企んでいるように見えない。しかし同じ中学の連中の所為でどうしても疑ってしまう。

 

「でもいいのか?俺みたいな目の腐った奴と一緒に行って不快にならないか?」

 

俺がそう聞くと照屋は何を言っているのかわからないような表情を見せてくる。

 

「え?別に不快になんてなりませんよ?」

 

……嘘を言っているようには見えないな。

 

「いや、俺はこの目の所為で学校でかなり疎まれてるし」

 

「私は人を見かけで判断しません。少なくとも比企谷先輩は悪い人ではないですから不快にはなりませんよ」

 

きっぱりと答える照屋に俺は言葉を返せなかった。正直言って凄く嬉しかった。

 

「……ありがとな」

 

「お礼を言われる事ではないですよ。それより行きましょう」

 

そう言って笑顔を向けてくる照屋を見ると苦笑が湧いてくる。

 

「そうだな。後ろに乗るか?」

 

俺がそう言うと照屋はキョトンとしてから詰め寄ってくる。

 

「比企谷先輩、2人乗りはダメです」

 

めっ、と指を立てて注意してくる。しまった毎日小町を送っているから忘れてたが2ケツは違法行為だったな。

 

「悪かった。基地も近いし歩こうぜ」

 

そう言って自転車から降りる。中学の女子ならともかく照屋なら嫌じゃないし。

 

「はい」

 

ちょうど信号が青になったので俺と照屋は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「そういえば比企谷先輩はどのくらい個人ポイントを貯めたんですか?」

 

基地に向かって照屋と2人で歩いているとそんな事を聞いてくる。

 

「確か1542だったな。お前は?」

 

「私は1384だったと思います。先輩はかなり稼いでいますね」

 

「まあな。ノルマは1日200ポイントで何としても今月中にBに上がるつもりだ」

 

そうすりゃ防衛任務に就くことが出来て金を稼げるからな。

 

「何としてもって言ってましたけど急ぐ理由があるんですか?」

 

不思議そうに聞いてくる。まあ照屋なら話していいか。会って間もないが不思議と信用出来るし。

 

「ん?実は俺、大規模侵攻で親父を失ったんだよ」

 

「え……す、すみません!軽率に聞いてしまって……!」

 

照屋は頭を下げてくるがお前は悪くないからな。

 

「別に気にしてないから頭上げろ。親父の死は受け入れたから問題ない」

 

まあ墓参りに行くと思い出して悲しくなるけど。墓参りは当分先だから問題ないだろう。

 

照屋が頭を上げたので続きを話す。

 

「んでお袋が俺と妹を養ってたんだけど去年の11月に過労で倒れたんだよ。そんでお袋の負担を減らしたくて中学生でも金を稼げるボーダーに入隊したって訳だ」

 

もう2度とお袋を倒す訳にはいかない。その為に何としても稼ぎまくってやる。

 

そう思っていると照屋は俺の手を握ってくる。いきなりの行動に驚いていると優しい目で俺を見てくる。

 

「……比企谷先輩は優しいですね。今話している時にも強い信念を感じました」

 

「そうか?」

 

あんまり熱意を出した事がないからよくわからん。

 

「はい。月並みな言葉ですが頑張ってください。心から応援しています」

 

そう言って貰えると胸が嬉しさで一杯にある。俺の中学に照屋みたいな奴が10人いれば絶対に良い学校になりそうだ。

 

俺が返す返事はただ1つだけだ。

 

「当然だ」

 

一言だけそう返して基地に向かって歩くのを再開した。

 

 

 

 

照屋と歩く事15分、基地の入り口が見えたので近くにある駐輪場に自転車を置いてトリガーを出す。

 

「んじゃ入ろうぜ」

 

そう言ってセンサーにトリガーを当てようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?照屋ちゃん?」

 

後ろから声が聞こえたので俺と照屋が振り向く。

 

そこには1人の女子が立っていた。

 

(……見覚えがあるな。確か俺や照屋と同期の奴だったっけ?)

 

そう思っていると照屋も挨拶を返す。

 

「こんにちは熊谷先輩」

 

「こんにちは。それでそっちにいるのは……確か入隊日に照屋ちゃんと戦ってお腹に蹴りを入れた人だっけ?」

 

そのネタは言わないでくれ。いくら照屋が許したからって未だに罪悪感があるんだよ。

 

「はい。比企谷先輩ですね」

 

「そうなの?私は三門市立第二中学3年、熊谷友子。よろしくね」

 

そう言って挨拶をしてくるが俺を見てもそこまで変わった目で見ていない。どうやらこいつも照屋と同じく見かけで人を判断しない奴だろう。ならこちらも礼をもって返そう。

 

「第一中学3年の比企谷八幡だ。こちらこそよろしくたにょむ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……また噛んでしまった。もう嫌だ。よりによってまた同じ場面で自噛むってコミュ力低過ぎだろ?

 

熊谷はキョトンとしてから、

 

「プッ……」

 

吹き出して笑い始める。

 

「ふふっ……」

 

隣では照屋もクスクスと笑いだす。俺は恥ずかしくなり前みたいに顔が熱くなってきた。

 

「頼むから笑わないでくれ」

 

「ごめんごめん。ちょっと可愛くて…」

 

「あ、やっぱり熊谷先輩もそう思いますよね?」

 

「うん。たにょむって……」

 

そう言ってもう一度笑い出す。もう嫌だ。この場所にはいたくない。

 

俺は急いでセンサーにトリガーをかざす。

 

『トリガー認証。本部への直通通路を開きます』

 

そんなアナウンスが聞こえるとドアが開いたので俺は逃げるように基地に入った。

 

「あ!ごめんってば…!」

 

「比企谷先輩、すみませんでした」

 

2人の声を背に受けると同時にドアが閉まったので俺は早歩きで本部へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとごめんってば」

 

「だから気にしてないからな?」

 

「だったら足を緩めてよ」

 

熊谷がそう言ったので仕方なしに足の速度を緩める。まあ元はと言えば噛んだ俺が悪いからな。

 

「いや、すまん。恥ずかしくてな」

 

「ううん。私が笑ったのがいけないんだし」

 

「まあもう気にしてない。それより少し急ごうぜ。後10分で訓練開始だ」

 

「あ、本当だ!急ごう!」

 

そう言って熊谷は走り出すので俺と照屋もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

訓練室に到着すると既に沢山のC級が並んでいたので俺達も並ぶ。

 

それと同時に訓練開始のアナウンスが流れたので最前方にいるC級は訓練室に入ってバムスターとの戦闘を開始した。

 

「ねえ比企谷」

 

順番を待っていると熊谷が話しかけてくる。

 

「何だよ?」

 

「訓練が終わったら私と個人ランク戦しない?」

 

個人ランク戦か。まあ元々やる気だったし知った顔とやるのも良いだろう。

 

「わかった。やろうぜ」

 

「ありがとう。仮入隊を除いたら今期最強の比企谷とは戦いたかったんだよね」

 

熊谷はそう言ってくる。仮入隊と言ったら俺より早い記録を出したあの2人だろう。

 

「ちなみに仮入隊の2人ってどんな奴なんだ?」

 

俺は強いくらいしか知らないからな。

 

「私も知らないですね。熊谷先輩は知っているのですか?」

 

「まあね。昨日その内の1人の歌川遼君と戦ったんだけど殆ど一方的にやられちゃったよ」

 

「熊谷先輩が一方的にですか?」

 

照屋は驚いた顔で見てくる。俺は熊谷の実力を知らないから良く分からないが照屋の驚きぶりからして強いのだろう。

 

「そんなに強いのか?」

 

「うん。何せ仮入隊の時に加算されたポイントは2950だからね」

 

2950だと?!仮入隊の時にどんだけ好成績を収めたんだよ?!

 

この数値は完全に予想外だ。照屋も絶句してるし。

 

「マジかよ……」

 

「マジマジ。折角だから比企谷も戦ってみなよ。負けてもそこまでポイント取られないし」

 

まあ差が1500近くあるなら負けても10ポイントくらいしか取られないだろう。ならやってみるのも悪くない。

 

「じゃあ今日いたらやってみるわ」

 

「そうしなよ。……っと、次は比企谷の番だよ」

 

言われてみたら俺の番だった。

 

後ろを待たせるわけにはいかないので俺は急いで訓練室に入る。

 

それと同時に

 

 

『2号室用意、始め!』

 

アナウンスが流れてバムスターが現れる。

 

 

それと同時に俺はバムスターに突っ込んでジャンプをする。ランク戦で鍛えたからか入隊日より動ける気がする。

 

跳んだ先はバムスターの首の横あたりで目にはスコーピオンが当たらない。

 

だから俺はスコーピオンを出してバムスターの首の横にスコーピオンを刺してバムスターにぶら下がる。

 

落ちない事を確認したので空いている手でバムスターの耳を掴み足をバムスターの首に当てる。

 

それと同時に一気にバムスターの首を蹴ってその勢いでバムスターの弱点の目の正面に跳んでスコーピオンで一閃する。

 

それによって目からはトリオンが漏れて活動を停止する。

 

それと同時にアナウンスが流れる。

 

 

 

『2号室。記録、18秒』

 

……一気に11秒も縮められたか。

 

俺は小さくガッツポーズをしながら訓練室の出口に向かった。

 

その時に視界には熊谷と照屋が笑いながら手を振っていた。

 

俺はそれを見て苦笑しながら2人に近づいた。



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比企谷八幡は同期のメンバーと交流する(中編)

すみません。初めは2話構成にする予定でしたが予想以上に長くなりそうなので3話構成に変更しました。申し訳ありませんでした。


訓練室を出ると照屋と熊谷が話しかける。

 

「一気に10秒以上縮みましたね」

 

「凄いじゃん。私も負けてられないね」

 

そう言って熊谷も訓練室に入る。さて熊谷の実力は知らないからな。どんな腕前が楽しみだ。

 

 

 

 

そう思っているとバムスターが現れて熊谷に近寄ってくる。

 

すると熊谷は足を上げたバムスターに突っ込んで足に飛び乗る。何だ?俺みたいに背中に乗って頭に近寄る作戦か?

 

しかし熊谷は背中に乗らずにそのままバムスターの目に向かって跳躍した。……なるほどな。一気に距離を詰めるつもりか。

 

熊谷は弧月を出して目を狙って振るう。

 

 

しかし残念ながらバムスターの目を守る唇のような部位に阻まれて目を斬る事は出来なかった。惜しいな。

 

地面に着地した熊谷は間髪入れずにバムスターの方を向き再度足に飛び乗る。今度は上手くいくか?

 

そして再びバムスターの目に向かって跳躍し弧月を振るう。

 

 

 

今度は弱点の目には当たったものの倒すには至ってない。また飛び降りてやり直しか。

 

 

そう思った時だった。

 

熊谷は弧月をバムスターの首に突き刺す。……ん?

 

そして空いている手でバムスターの耳を掴み足をバムスターの首に当て一気にバムスターの首を蹴ってその勢いでバムスターの弱点の目の正面に跳んで弧月で一閃する。

 

それによってバムスターは活動を停止した。

 

「あれはさっき比企谷先輩がやった技ですね」

 

「まあ技でいう程のもんじゃないけどな」

 

でも見ただけで成功するとはかなり凄いな。今からランク戦をするのが楽しみだ。

 

 

そう思うと同時にアナウンスが流れる。

 

 

 

『2号室。記録、39秒』

 

アナウンスが流れると同時に熊谷が訓練室から出てくる。

 

「やった。一気に15秒も縮められたよ」

 

「そいつは良かったな。てか最後のアレは……」

 

「うん。また地面に着いたらタイムロスになるからあんたがやった技を真似してみた。ぶっつけ本番だったけど上手くいって良かったよ」

 

ぶっつけ本番で出来るってやっぱり凄いだろ?

 

「あ、次は私の番ですね」

 

「頑張れよ」

 

「頑張ってね!」

 

「ありがとうございます。行ってきます」

 

 

 

 

そう言って照屋も訓練室に入る。

 

そしてバムスターが現れたので訓練が開始される。

 

照屋は軽やかなステップでバムスターに詰め寄り右足に飛び乗る。バムスターは照屋を振り落とそうとするが照屋はそれを気にしないでバムスターに向かってジャンプする。

 

それと同時に右腕に持っている弧月を振るう。しかし勢いが余ったのか唇に当たっただけで目には当たってない。となると地面に落ちてやり直しか。

 

 

 

 

しかし俺の予想は外れた。

 

照屋は弧月を右手から左手に投げ渡し左手で弧月を掴む。

 

そして今度は左手を振るってバムスターの目を一閃した。

 

まさか空中で持ち手を変えてタイムロスを防ぐとは器用な奴だ。どうやらこの数日で照屋も相当腕を上げたようだな。

 

 

 

そう思うと同時にアナウンスが流れる。

 

 

 

『2号室。記録、23秒』

 

それと同時に照屋は訓練室から出てくる。

 

「お前もかなり縮まってんじゃん」

 

「そうですね。ランク戦をやったからか入隊日より動けました」

 

どうやら体を動かせば動かす程自由に動きやすくなるようだ。だったらもっと動いて自在に動けるようになろう。

 

そう思っている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『3号室。記録、12秒』

 

『5号室。記録、10秒』

 

更に早い記録が出た為にC級の間で騒めきが起こる。3号室と5号室を見ると入隊日に俺より早い記録を出した2人が訓練室から出てきた。

 

「あ、あれが歌川君よ」

 

熊谷が指差したのは5号室から出てきたリア充の雰囲気を出す方だった。

 

「あいつが歌川か。ところでもう1人の方は誰なんだ?」

 

俺は周りを見て嫌そうな顔をしている少年を指差す。てかどんだけ不機嫌なんだよ?俺でもあそこまであからさまにはあんな雰囲気出さないぞ。

 

「ごめん。彼はわからないな。でも今の訓練を見る限り相当強いわね」

 

それはわかる。正直言って俺よりも1枚も2枚も上手だ。多分戦ったら勝率はかなり低いと思う。

 

 

俺はそんな2人の内の1人と後で戦うのかよ?

 

 

その事に若干辟易している中、戦闘訓練は終了した。

 

 

 

 

 

 

その後も地形踏破、隠密行動、探知追跡訓練と色々な訓練をこなした。

 

ちなみに今回の俺の記録は地形踏破訓練が3位、隠密行動訓練がぶっちぎりの1位、探知追跡訓練が3位で終わった。

 

……何で前回同様隠密行動訓練でぶっちぎりの1位なんだ?やっぱり基本的に影が薄いからか?

 

 

納得出来ない状態で左手を見ると1615と表示されている。4つの訓練は80点満点で、その内73点取れたから問題ないだろう。

 

 

 

 

そう思いながら個人ランク戦ステージに到着した。

 

「えーっと歌川君は……いないね?」

 

熊谷がキョロキョロしながら周りを見ている。俺も探してみるが見つからない。

 

「用事があって帰ったかトイレだろ?無理に探さなくていいだろ?」

 

トイレならともかく帰ったなら探すだけムダだし。

 

「そうね。じゃあ比企谷、私とやろう」

熊谷がそう言ってくる。

 

「別に構わないが……照屋、熊谷と先にやっていいか?」

 

「はい。その間に2人の戦いを観察してます」

 

観察と言いつつ対策を講じるのだろう。怖いな。

 

「じゃあやろっか」

 

熊谷はそう言って俺の手を引っ張ってくる。ちょっとちょっと?!ぼっちにそんな行動は毒ですからね!!

 

熊谷の性格は裏表がないのは理解できているがそんな風にされるのは苦手だ。

 

内心ドキドキしながらブースに入った。

 

 

 

 

 

 

ブースに入った俺は熊谷がいる隣の106号室を探す。えーっと106は……ん?!

 

 

熊谷のブース番号を探しているととんでもない数値を目の当たりにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

何とモニターには『306 弧月 28653』と表示されていた。まさかの2万オーバー?!そんな人がいるのかよ?!他の数字で次に高いのは『219 スコーピオン 9652』なのに……!!

 

これ絶対にA級トップだろ。

 

 

疑問に思っていると体が光に包まれたので熊谷とのランク戦がある事を思い出した。どうやら熊谷から対戦を申し込んだようだ。とりあえず今は試合に集中しよう。

 

 

 

 

そして俺はステージに転送された。前方には熊谷がいる。しかし熊谷が動いてこない。

 

このままって訳にはいかないので俺が前方に動いても動かない。その行動に疑問を感じる。

 

今日までに俺は照屋を含めて5人くらい弧月使いと戦ったが、全員自分から動いたり、俺が突っ込んだら動く奴で動かない奴はいなかった。

 

疑問に思いながらも俺は熊谷との距離を詰める。その距離約3メートル

 

それと同時に俺は手からスコーピオンを出して熊谷に斬りかかる。狙いは熊谷の頭蓋だ。

 

俺がスコーピオンを振り下ろし始めると熊谷は漸く動き出し、弧月を上に掲げてスコーピオンを防ぐ。まあこんくらいは出来て当然だろう。

 

弧月をぶっ壊すのは不可能なので弧月を避けてぶった切ろう。そう思った時だった。

 

熊谷はいきなり弧月を振り上げる。

 

それによってスコーピオンは跳ね上げられて俺もバランスを崩す。こいつ……

 

熊谷はその隙を逃さずに弧月を振るってくる。

 

慌てて後ろに下がるもののバランスを崩した所為で完璧には避けられず脇腹からトリオンが漏れる。1度体勢を立て直す為に後ろに下がり熊谷を見ると追撃を仕掛けてこない。弧月を構え直して俺を見てくる。

 

どうやら熊谷は徹底的にカウンターを仕掛けるタイプのようだ。クソ面倒な相手だな。こういう時に特殊攻撃があればそれで攻めまくれば勝て……いや、ミラーコートを使ってくるかもしれん。そしたら負ける。

 

冗談は置いておいて本当に面倒くさい。少なくとも普通の攻撃じゃさっきみたいなカウンターをくらうだろう。

 

(……となったらマトモじゃない攻撃でいくしかないな)

 

そう判断すると同時に俺は再び熊谷に突っ込む。熊谷が俺を見据えたまま構えを変える。

 

距離を5メートルを切った所で俺はスコーピオンを手に出して熊谷の顔面目掛けて全力で投げつける。

 

熊谷は意外そうにしながらも弧月を軽く振るってスコーピオンを叩き割るが予想の範疇だ。

 

 

 

 

 

 

おかげでノーダメージで距離を詰めれた。その距離約1メートル。

 

ここまで近づけたら問題ない。俺は左足を振り上げて熊谷の脇腹目掛けて蹴りを放つ。

 

「それは知ってるよ!」

 

熊谷はそう言って弧月を振るって俺の左足の膝から先を斬り落とす。それによって足からは大量のトリオンが漏れる。

 

その光景を見た俺は口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったな熊谷。本命はそれじゃない」

 

俺はそう言って右手からスコーピオンを出して熊谷の首を狙う。

 

そう左足は囮だ。以前俺が足にスコーピオンを纏い照屋を蹴りで倒した事は見ていた人からすれば強く印象に残っているだろう。

 

だから熊谷は蹴り=スコーピオンによる攻撃と思ったのだろうが今の攻撃はスコーピオンを纏っていないただの蹴りだ。当たっても倒す事は出来ないだろう。

 

そして蹴りの目的は熊谷に弧月で防御をさせない為だ。現に熊谷は俺の左足を斬り落とした為に弧月を振り切った状態だ。スコーピオンならともかく割と重い弧月なら直ぐに防御は出来ないだろう。

 

よって熊谷の首は完全に隙だらけだ。

 

 

勝ちを確信した俺はそのまま熊谷の首を飛ばした。

 

熊谷は信じられない表情をしたまま光に包まれた空に飛んでいった。

 

 

 

『個人ランク戦終了。1-0 勝者 比企谷八幡』

 

そんなアナウンスが耳に入り俺も光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

ブースに戻り息を吐く。腕を見ると個人ポイントが1635になっていた。増えたのが20ポイントぐらいって事は熊谷の個人ポイントは1300から1400くらいか?さっき例の2万オーバーのポイントに目を奪われた為に見てなかったからわからん。

 

そう思っていると熊谷から通信が入る。

 

『やられたよ。まさか足が囮だったとはね』

 

「まあな。照屋との試合を見たお前からすれば囮って発想はなかっただろ?」

 

 

『そうね。あれだけ印象強い試合だったし』

 

……否定はしないが余り蒸し返さないで欲しい。今でも照屋に申し訳ないと思ってるし。

 

『でも次は負けないからね』

 

顔は見えないが声から察するに強気の笑みを浮かべているだろうな。柄でもないがこの会話をかなり気にいっている。こんな会話が出来るならもっと早めにボーダーに入れば良かったぜ。そうすりゃ学校でも余計な黒歴史を作らないで済んだかもしれないし。

 

(……まあ過ぎた事を言っても意味ないか。それにもう直ぐ卒業だし)

 

そんな事を考えながら口を開ける。

 

「悪いが次も負けるつもりはない。次は照屋とやるから出るぞ」

 

そう言ってブースから出ると熊谷も同時に出てくる。それを確認して歩き出すと照屋の横に小さい男子が座っているのが見えた。……あいつどっかで見たな。

 

「あ、巴君だ」

 

熊谷がそう言ったので思い出した。確か入隊日に熊谷とペアを組んだ男子じゃねーか。確かすばしっこい動きで熊谷を撹乱して勝ってたな

 

そんな事を考えながら照屋達の元に近寄る。

 

「あ、2人ともお疲れ様です」

 

「ありがと。負けちゃったけどね。巴君も比企谷と戦ってみたら?こいつ強いよ」

 

熊谷が俺を指差すと同時に巴は立ち上がり頭を下げてくる。

 

「比企谷先輩ですね?初めまして巴虎太郎です。よろしくお願いします」

 

うわ、礼儀正し過ぎだろ。礼も綺麗だし。照屋といいボーダーでは先輩にこんなに礼儀正しくしないといけないのか?

 

「あ、ああ。俺は比企谷八幡だ。よろしく頼む」

 

「あ、今回は噛まなかったね」

 

熊谷が余計な事を言ってくる。それを言うな。噛んだらまた笑われると思って頑張ったんだよ。てか3回目で漸く噛まずに済むって遅過ぎだろ?しかも照屋もクスクス笑ってるし。噛んでないのに顔が熱くなってきた。

 

「……まあそれはともかく照屋、やるなら早くやろうぜ」

 

とりあえず話を逸らす事を最優先だ。

 

「あ、でしたら巴君と先に戦ってあげてください。私は1度戦っていますので」

 

「まあ照屋がそう言うなら構わないが……巴もそれでいいか?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

巴から了承を得たので再びブースに入る。

 

 

 

ブースに入った俺はパネルを見て巴がいる102室を探すと『102 弧月 1315』と表示されているのを発見したので該当する番号を押す。

 

 

それと同時に体が光に包まれる。

 

 

光が消えるとそこは川の近くの土手にいた。このステージは見たことないな。

 

そう思っていると前方に巴が現れて弧月を構えている。

 

巴は俺を見ると同時に突っ込んできた。やっぱりこいつはガンガン攻めるタイプか。

 

俺は迎え撃つべくスコーピオンを出して振るう。

 

しかし巴はステップ1つでスコーピオンを躱して横に跳び弧月を振るってくる。俺はそれを避けようとするが完全には避けきれず肩に掠りトリオンが漏れる。

 

すると巴は無理な追撃はしないで少し後ろに下がる。

 

(……こいつはヒットアンドアウェイスタイルか)

 

面倒くさいな。巴の動きからして無理な攻めはしないで少しずつ、しかし確実に俺のトリオンを削るつもりなのだろう。

 

現に巴は再び俺に突っ込んでいる。ならこっちも大振りは絶対にしてはいけないな。

 

スコーピオンを軽く振るって迎え撃つ。すると巴は弧月でスコーピオンを凌いで距離を詰めてくる。しかし弧月で凌いだ以上直ぐには攻撃出来ない筈だ。

 

俺はスコーピオンを右手から消して左手に持ち替える。するとそれに気付いたのか距離を取る。こいつ……本当に無理な攻めをしないな。こういうタイプが1番やりたくないな。

 

だったら……今度は俺が巴に突っ込む。受けに回っていたらトリオン切れで負けるだろうし。

 

スコーピオンを振りかぶると弧月で受け止められる。このまま打ち合いになると耐久力の差で負ける。だから俺は打ち合いをしない。

 

 

俺は巴の腹に蹴りを叩き込み後ろに跳ばす。巴は驚いた表情をしながら体勢を崩すのでその隙を逃さずに弧月を持っていない左手首を斬り落とす。

 

それを確認すると同時に更に詰め寄りスコーピオンを振るう。やっぱスコーピオンはガンガン攻めるに限るな。

 

巴は迎え撃とうとするが動作は遅い。弧月使いは片手を落とされると剣速が鈍くなる事は学習済みだ。スコーピオンは守りに入ったら弱いが攻めている時は強い。

 

巴が弧月を構える前に俺は手を引いてスコーピオンの軌道を変える。片手では急な変化に対応出来ないだろう。

 

俺は体を屈めて右手を狙うつもりだった攻撃を左足狙いの攻撃に変更してスコーピオンを振るう。

 

そして無事成功。巴の左足を斬り落とし巴は崩れる。後は楽だろう。

 

 

 

しかし確実に仕留める為に俺は正面から攻めないで後ろに回る。今の巴じゃ後ろの攻撃には対応出来ないだろう。案の定動きが遅い。

 

俺は巴が振り向く前にスコーピオンで首を刎ねた。

 

巴の首は地面に落ちて顔を確認する前に光に包まれて空に飛んでいった。

 

 

 

『個人ランク戦終了。1-0 勝者 比企谷八幡』

 

そんなアナウンスが耳に入り俺も光に包まれた。

 

 

 

 

ブースに戻り息を吐く。腕を見ると個人ポイントが1653になっていた。今日はこれで大体100ポイントちょい稼いだな。

 

息を吐いてブースを出ると巴が頭を下げてきた。

 

「どうもありがとうございました」

 

こいつ本当に礼儀正しいな。照屋の様に良いところの人間か。

 

「おう、こちらこそ」

 

挨拶を返すと照屋と熊谷がやってくる。

 

「あんた本当に強いわね。正直言ってかなりやりにくいよ」

 

「そりゃそういうスタイルを目指しているからな。じゃあ照屋、やろうぜ」

 

そう言って照屋を見ると勝ち気な笑みを浮かべてくる。

 

「はい。負けませんよ」

 

「悪いが俺が勝つ」

 

こちらも笑いながら照屋に返す。照屋はもう1度笑ってブースに入るので俺もブースに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブースに入った俺はパネルを見て照屋がいる102室を探すと『102 弧月 1458』と表示されているのを発見したので該当する番号を押す。

 

それと同時にステージに転送される。今回は市街地ステージか。

 

正面からは照屋が現れる。照屋とは2度目の対戦だが間違いなく前回より強いだろう。

 

入隊日に使った蹴り技や今日使ったスコーピオンの投擲や蹴りを囮にした攻撃は通用しないだろう。気を引き締めて行こう。

 

深呼吸をすると同時に照屋が詰め寄ってくる。今回は照屋から攻撃か。

 

俺は右手からスコーピオンを出して迎え撃つ。すると照屋は弧月を振りおろしてくるので俺は攻撃を逸らそうとスコーピオンを弧月の横っ腹に当てようとする。

 

 

すると照屋はスコーピオンと当たる直前に弧月の向きを変えて横に振ってくる。それによって俺のスコーピオンは破壊される。

 

そして……

 

 

 

 

いきなりの攻撃変化に俺は満足に対応出来ずに右手首を斬り落とされる。

 

(……何やってんだ俺は?戦闘中に呆然とするのは厳禁だろうが)

 

俺は内心舌打ちをしながら後ろに下がろうとするが照屋はそれを許さない。

 

横に振った弧月を今度は振り上げてきて俺の胸に一筋の傷を付けてくる。

 

何つー猛攻だよ。照屋の奴たった数日で化け過ぎだろ?

 

そう思いながら下がるも照屋は再び距離を詰めてくる。どうやら今回は徹底的に攻めるようだ。しかも巴とは違って多少リスキーでも攻撃をするタイプだ。

 

本当に強い。そして俺は右手首を斬られ、胸にも傷ができているという不利な状況だ。

 

 

 

 

 

……でも、凄く楽しい。

 

ランク戦は色々な戦い方があって俺は3日間経験したが照屋との戦いは本当に楽しい。

 

だからこそ負けたくない。

 

 

 

 

 

 

内心笑いながら照屋を見ると再び弧月を振り下ろそうとしている。

 

それに対して俺はスコーピオンで右手を作る。その手は光り輝く正義の拳のようだ。……まあ冗談だけど。

 

俺は半歩右に跳んで照屋が振り下ろしてくる弧月の横っ腹に義手を思い切り叩きつける。

 

それによって弧月は照屋の手から離れる。

 

「なっ…?!」

 

照屋は驚いているが容赦はしない。俺はそのまま必殺の右ストレートを照屋の左肩に叩き込んだ。

 

いくら形が手の形でもスコーピオンは刃だ。俺が放った右ストレートは見事照屋の左肩を破壊した。

 

俺は追撃を仕掛けようと照屋との距離を詰めようとするがその前に距離を取られて弧月を持たせてしまう。

 

……一旦仕切り直しだな。

 

そう判断した俺は義手を消して体勢を整える。

 

状況は悪くない。お互いに片腕が落ちたが俺はスコーピオン使いだから腕がなくても戦える。対して照屋は弧月使いだから片手が落ちると剣速が鈍くなるので俺が有利だ。

 

しかし照屋の事だ。油断はしない。

 

さて……どうするべきか?蹴り技は既に照屋に使ってるし、蹴り技を囮にした攻撃はさっき見られてるし……ん?

 

 

(待てよ。昨日見たランク戦で見たあの技ならいけるかもしれん)

 

昨日正隊員同士のランク戦を見てたら香取って正隊員が使っている技で興味を持った技があった。あれなら照屋を騙せるかもしれん。

 

 

 

そう判断すると同時に照屋に詰め寄る。照屋が何か企んでいるなら実行に移す前に倒すべきだ。

 

それと同時に照屋は構えを取るので俺はスコーピオンを照屋に向かって投げつける。

 

照屋は弧月を軽く振るってスコーピオンを叩き割るが予想の範疇だ。

 

おかげでノーダメージで距離を詰めれた。その距離約1メートル。

 

照屋を見ると訝しげに俺を見ている。さっきの熊谷戦と同じ事をしているから不思議に思っているのだろう。安心しろさっきの技より1つレベルが高いから。

 

内心そう突っ込みながら俺は左足を振り上げて照屋の脇腹目掛けて蹴りを放つ。

 

すると照屋は弧月を振るって俺の左足の膝から先を斬り落とす。それによって足からは大量のトリオンが漏れる。

 

ここまでは予定通りだ。次は…

 

 

俺は無くなった右手首の先からスコーピオンを出して照屋の首を狙う。

 

しかし照屋はさっきの試合を見ていた為左足を斬り落としてから直ぐに弧月を振り上げていた。

 

 

そして弧月が右手の肘に当たりそうになる。……今だ。

 

そう思うと同時に照屋の弧月は俺の右肘を斬り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれと同時に俺の右肩からスコーピオンの刃が出て照屋の首を貫いた。

 

「……え?」

 

照屋は信じられない表情をしたまま光に包まれて空に飛んでいった。

 

 

 

『個人ランク戦終了。1-0 勝者 比企谷八幡』

 

そんなアナウンスが耳に入り俺も光に包まれた。

 

 

 

 

ブースに戻り息を吐く。作戦が成功して良かった。やっぱりスコーピオンは色々な使い方があって便利だ。

 

そう思うと同時に照屋から通信が入る。

 

『比企谷先輩、最後のは何なんですか?スコーピオンは右手に持っていた筈なのにどうして肩から出てきたんですか?』

 

やっぱり聞いてきたか。まあ別に隠すことじゃないしいっか。

 

「あれか?簡単に言うと俺の体の中でスコーピオンを枝分かれしてたんだよ。つまり最後に使ったスコーピオンは右手首と肩から両方出るように作ったんだよ」

 

この時の俺は知らなかった。この技の名前が『枝刃』であるという事を。

 

『……なるほど。比企谷先輩って本当にスコーピオンの使い方が上手ですね』

 

そう言ってくれるのは嬉しいが……

 

「違う違う。俺が作った技じゃなくて昨日正隊員が使ってるのを見たんだよ」

 

俺はそんな高評価を貰う存在ではない。

 

しかし……

 

『それでも凄いと思います。正隊員の技をしっかり勉強するなんて熱心だと思います』

照屋はそう言って褒めてくる。止めてくれ、ぼっちは褒められるのに慣れてないからむず痒いんだよ!!

 

俺は照れくさくなったので逃げるようにブースから出た。

 

すると俺は立ち止まって絶句してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故なら何と熊谷と巴の隣に今期最強の入隊者と思える歌川遼が立っていて俺を真剣な表情で見ていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 



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比企谷八幡は同期のメンバーと交流する(後編)

お気に入り数が100を超えました。自分の作品を読んでいただいてありがとうございます。

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ブースから出ると歌川遼がいたのは驚いた。まさかいるとはな……さっきまでいなかったから帰ったのかと思ったぜ。

 

そう思っていると後ろから声をかけられる。

 

「比企谷先輩、ありがとうございました」

 

照屋が後ろからやってきた。歌川も気になるが礼を返さないとな。

 

「おう。楽しかったぜ」

 

これは本心だ。照屋との戦いはかなり気分が高揚した。

 

すると照屋は笑顔を見せてくる。

 

「私も悔しかったですけど楽しかったです。またやりましょうね」

 

まあ向こうも楽しんだなら良いか。

 

「わかったよ。またやろうぜ」

 

「はい。……ところであそこにいるのは歌川君ですよね?」

 

「多分な」

 

「さっきから比企谷先輩を見ていますよね?」

 

そうなんだよなー。さっきから視線を感じるし。

 

「まあとりあえず熊谷達の所にいるし挨拶くらいするべきじゃね?」

 

「そうですね。行きましょう」

 

とりあえず照屋と一緒に熊谷達の所に行く。

 

「比企谷に照屋ちゃんもお疲れ」

 

「凄い試合でしたよ」

 

熊谷と巴が労いの言葉をかけてくる。

 

「サンキュー」

 

「ありがとうございます。ところで歌川君は……」

 

そう言って照屋は歌川を見るのでそれにつられて見ると会釈をしてくる。

 

「あ、そうそう!歌川君なんだけど比企谷と戦いたいんだって。比企谷、元々やるつもりだったんだしやりなよ」

 

熊谷がそう言うと歌川が頭を下げてくる。

 

「初めまして歌川遼です。比企谷先輩、俺とランク戦をしてくれませんか?」

 

こいつもマジで礼儀正しいな。とりあえずこちらも返さないとな。

 

「比企谷八幡だ。こちらこそよろしく。それとランク戦なら受ける」

 

「本当ですか?ありがとうございます」

 

どのみち戦うつもりだったんだ。仮入隊組の実力も見ておきたい。

 

「じゃあ今からやるか?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

歌川はそう言ってブースに入るので俺も続こうとする。

 

「比企谷先輩」

 

「何だ照屋」

 

「頑張ってくださいね」

 

そう言って笑顔を見せてくる。その顔には含むものがなく俺には眩しすぎた。

 

「……あ、ああ」

 

顔を背けとりあえず了承の意を示しながらブースに入る。

 

 

 

 

ブースに入った俺はパネルを見て102室を探すと『102号室 スコーピオン 3318』と表示されていた。

 

……俺の倍に近いじゃねーか。マジで勝てるのか?

 

まあ賽は投げられた。やるしかない。てか照屋にあんな笑顔をされて頑張らないのは違う気がする。

 

 

そう思うと同時に体が光に包まれる。

 

 

光が消えるとそこは川の近くの土手にいた。これはさっき巴とやったステージか。

 

そう思っていると前方に歌川が現れてスコーピオンを構える。

 

今日までランク戦でスコーピオン使いとは戦ったが最高で2005ポイントの相手だった。そいつには勝ったが目の前にいる相手はそいつより遥かに強いだろう。気を引き締めていこう。

 

 

俺は一度深呼吸をして歌川に突っ込む。それに対して歌川も俺に突っ込む。

 

高速で接近した俺達はスコーピオンをぶつけ合う。それと同時にスコーピオンは弾かれるので再びスコーピオンを構え……?!

 

(……速い!)

 

見ると歌川は既に攻撃態勢に入って斬りかかってくる。俺は咄嗟にスコーピオンを横にして受けるがスコーピオンは受け太刀に弱いので呆気なく割れて、歌川のスコーピオンは俺の肩を削る。

 

それによってトリオンが漏れていると思うがそれを確認しないで俺は歌川の腹に蹴りを叩き込む。こいつを相手に余所見は厳禁だ。

 

若干歌川の体勢を崩したので俺は歌川に突っ込みスコーピオンを振るう。すると歌川はほんの少しだけ体をずらす。

 

それによって俺のスコーピオンは歌川の脇腹を削った。しかし俺は喜びを感じない。寧ろ恐怖を感じた。

 

 

 

さっきの歌川の回避は俺の攻撃を完璧に避けることより多少ダメージを受けても体勢を整えるのを優先したのだろう。

 

現に歌川は既に完璧な体勢でスコーピオンを振るっている。

 

対して俺はスコーピオンを振るったばかりで体勢が悪い。俺は奴の狙いと思える右腕にスコーピオンを纏わせる。気休めにしかならないが仕方ない。

 

 

 

 

 

しかし俺の予想は外れた。

 

何と歌川は攻撃の途中でスコーピオンの軌道を変えて左腕を狙った。

 

(……マズイ!)

 

そう思うものの一足遅かった。

 

俺の左腕は肘から先を斬り落とされてしまった。それによって大量のトリオンが漏れている事がわかってしまう。

 

歌川は追撃とばかりにスコーピオンを振るってくる。スコーピオンの軌道から察するに今度は俺の胸や腹を狙うだろう。

 

 

 

 

 

そうはさせない。

 

俺は右手首から先にスコーピオンを纏わせて全力で歌川のスコーピオンを殴りつける。

 

それによって歌川のスコーピオンは破壊されて、俺のスコーピオンの拳は表面の一部が剥ぎ取られて本当の右手の一部が見えた。

 

しかし俺のスコーピオンは全て破壊された訳ではないのでまだ使える。

 

逃さんとばかりに拳を振るうも歌川は既に拳の攻撃範囲から逃げていた。

 

 

一旦仕切り直しだ。しかし俺が圧倒的不利だ。

 

俺は左腕の肘から先を失い肩からもトリオンが漏れている。対して歌川は脇腹からトリオンが漏れているだけだ。俺がスコーピオンを使っていて正解だった。これがもし弧月やレイガストだったら歌川の剣速に追いつけずになす術もなく負けているだろう。

 

(……しかし俺の不利には変わりはない。マジでどうしよう?)

 

マジで強い。こいつ下手したら弱いB級より強いんじゃね?てか何でそんな奴が俺に挑むんだよ?

 

まあそれは置いとこう。とりあえず策は……

 

(やっぱり真っ向勝負じゃ勝てないし相手の意表を突くしかないな)

 

そう決定づけると同時に攻めの構えを取る。スコーピオンは守りに入ったら負けだ。相手の意表を突くにしろ攻めの中で突くしかない。

 

見ると歌川も構えを取っているので腹をくくるしかない。

 

 

俺と歌川は再度突っ込んだ。それによって再びスコーピオンがぶつかり合う。そして再びスコーピオンが弾かれる。

 

普通に攻めたらさっきのように歌川の方が早いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

だから俺は普通に攻めない。

 

俺は左足にスコーピオンを纏わせて歌川目掛けて蹴りを放つ。普通に体勢を立て直してからスコーピオンを振るうよりこっちの方が早い。

 

 

 

 

しかし再び予想外の展開が襲いかかる。

 

何と歌川はとっくに体勢を立て直していてスコーピオンを振るってくる。

 

マジかよ?予想以上に早すぎる……!!足なら俺の方が早いと思ったのに…!

 

 

しかも足を突き出していているから完全に無防備だ。歌川もそれをわかっているのかスコーピオンの軌道を変えて足を狙ってくる。

 

(マズイ。足を落とされたら間違いなく負ける…!)

 

 

俺は急いで足に纏ったスコーピオンを解除して腕にスコーピオンを出す。間に合えよ……!

 

歌川は足からスコーピオンが消えたのを確認したのか顔を上げてくる。

 

 

 

それと同時に俺はスコーピオンを歌川の顔面目掛けて投げつける。

 

俺が投げると同時に歌川は足を狙うのを止めてスコーピオンを振り上げて投げたスコーピオンを弾いた。

 

こんなので倒せるとは思っていない。本命は……

 

それと同時に俺は歌川との距離を詰める。そして……

 

 

 

 

 

 

俺は歌川の腹に拳を叩き込む。

 

「……ぐっ!」

 

向こうは体勢を立て直すと思っていたのだろう。呻き声を上げて体勢を崩す。もう体勢を立て直すつもりはない。持久戦になったらこっちが負けるので短期決戦をするつもりだ。

 

体勢を崩した歌川に追撃をかけるべく右手にスコーピオンを持ち歌川との距離を詰める。狙いは一撃で勝負が決まる首だ。

 

俺はスコーピオンで歌川の首目掛けて袈裟斬りを放つ。決まってくれよ……!

 

 

 

しかし俺の願望は叶わず歌川はそれをギリギリで回避する。こうなると隙だらけなのは俺だ。

 

歌川は即座に左手からスコーピオンを出して俺の右手首から先を斬り落とす。これで両手を失ったがまだ戦える。

 

歌川は反撃はしたものの体勢は崩れたままだ。今なら完全に崩せる。

 

俺は手首を失った両腕で歌川の腹を押す。

 

「……何をっ…?!」

 

歌川は驚く中、俺に押し倒される。地面に倒れた状態なら逃げられないだろう。

 

「もう逃さねぇぞ歌川」

 

俺はそう言って好戦的な笑みを浮かべる。

 

……ん?何か今脳内で「キマシタワー!!」って聞こえて悪寒がしたような……いや、気のせいだろう。

 

そう判断して俺は右手首からスコーピオンを出して歌川の首目掛けて突きを放つ。

 

(……勝った!)

 

内心喜び突きを放ちながら歌川の顔を見た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹に衝撃が走り俺の体の動きが止まった。……え?何で?

 

 

腹を見るとスコーピオンが突き刺さっていた。

 

歌川を見ると歌川の腹からスコーピオンが出ていて俺の腹に伸びていた。

 

今までのダメージに加えて、腹へのダメージで俺のトリオン体は限界になっていたようだ。

 

「……俺の負けだよチクショウ」

 

俺が捨て台詞を吐くと同時に俺の体は光に包まれた。

 

 

『個人ランク戦終了。1-0 勝者 歌川遼』

 

光に包まれているとそんなアナウンスが耳に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光が無くなると同時にベッドに叩きつけられる。なるほどな、今日初めてランク戦で負けたが負けるとこうなるのか。

 

息を吐きながらブースを出ると照屋達がこっちにやって来た。

 

「比企谷先輩、惜しかったですね」

 

「負けたけど良い勝負だったわよ」

 

「はい。かっこ良かったです」

 

上から巴、熊谷、照屋がそう言って俺を褒めてくるが今まで碌に褒められた事のない俺からしたら正直信じられない。

 

「そうでもねーよ。俺の戦い方なんて女子の腹に蹴りを入れたり、相手の意表を突くばかりの小癪な戦い方だよ」

 

俺がそう返すと熊谷は真面目な表情を浮かべながら口を開ける。

 

「私はそんな事ないと思う。私は歌川君と戦った時余りの実力差に最後らへんは半分諦めたけど、あんたは最後まで諦めずに戦っていて凄いと思ったよ」

 

はっきりと俺の意見を否定してきて呆気にとられてしまう。

 

「そうですね。俺も最後の方はどっちが勝つかって夢中になって見てましたよ」

 

更に巴も言ってきて言葉を返せない。

 

「私もそう思います。比企谷先輩が入隊した理由を知っている私からすれば、本気で強くなって夢を叶えたいという強い意志を感じて凄くかっこ良いと思いました」

 

照屋の言葉がトドメとなり俺の胸の中では感情が溢れ出てくる。しかしそれが本当か限らないので表には出さない。

 

 

「……じゃあ俺は今の戦い方でも良いのか?」

 

確認の為につい質問をしてしまうあたり疑り深いな。

 

内心自嘲している中3人は口を開ける。

 

「「「もちろん」」」

 

そう返されて絶句してしまった。

 

この3人は間違いなく本気でそう思っているだろう。

 

今まで小学校や中学校で否定され続け、マトモに肯定された事ない俺にとっては3人にそう言って貰えて本当に嬉しい。マジで泣きそうだ。

 

俺は何とか堪えて口を開ける。

 

「……その、何だ、あ、ありがとな」

 

しどろもどろだが礼を言わずにはいられなかった。3人には感謝しかない。

 

「「「どういたしまして」」」

 

3人が笑顔でそう言ってくるので俺も笑ってしまう。こいつらに会えて本当に良かった。

 

そう思っているとブースから歌川も出てきて頭を下げてくる。

 

「比企谷先輩、ありがとうございました」

 

そこに含むものはない。多分こいつも純粋なのだろう。なら俺も気にしないでいいだろう。

 

「ああ。こっちこそありがとな。……ただ、次は負けないからな」

 

俺がそう言うと歌川は一瞬キョトンとしてから笑ってくる。

 

「いえ、次も勝ってみせます」

 

歌川がそう返すと他の3人も笑い出す。俺もそれにつられて笑ってしまう。

 

 

 

 

 

元々は家計の為に入隊したボーダー。入隊当初は金さえ貰えれば後はどうでもいいと思っていたが……

 

 

(……俺がこんな風に笑えるなんてな。正直言ってボーダーに入って良かった)

 

 

 

 

そう思いながら俺は4人を見てまた笑ってしまった。

 

腹は減っているが不思議と胸は満たされていて気分が良かった。



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比企谷八幡は飯を食べに行く(前編)

「ふっ」

 

前方から熊谷が弧月を振るってくる。対して俺はスコーピオンをトンファーの様な形にして出して弧月にぶつける。

 

 

 

それと同時に右肘からスコーピオンを伸ばす。枝刃によって肘から生えたスコーピオンの狙いは熊谷の首だ。

 

「くっ!」

 

熊谷は弧月を引いて肘からのスコーピオンを防ぐ。まあ防がないと負けだからな。

 

そう思うと同時に俺はトンファー状のスコーピオンを振るう。それを弧月にぶつけることで熊谷の体勢を崩そうとするも既に俺の枝刃を何度も経験している熊谷は焦らずに2つに枝分かれしているスコーピオンを防ぐ。やっぱり何度も繰り返すと効きにくくなるな。

 

 

 

 

 

 

だったら更に増やすだけだ。

 

俺は更に左肩からスコーピオンを生やして熊谷の腕を狙う。既に2つのスコーピオンを防いでいる熊谷には対処出来ないだろう。

 

案の定簡単に右腕を落とす事が出来た。

 

「しまった!」

 

熊谷はそう叫ぶ。まあ片手落ちた時点で俺が有利だからな。

 

しかし叫ぶのは悪手だぞ?

 

俺は右肘と左肩にあるスコーピオンを消してトンファー状のスコーピオンで左手を集中して狙う。熊谷の基本スタイルは両手弧月だから片手になると脆くなる。

 

よって俺の剣速に追いつけず左手も落とされる。これで勝ちは決まったな。

 

そう思いながら俺は熊谷の首を刎ねた。

 

 

 

熊谷は悔しそうな表情をしたまま光に包まれ空に飛んでいった。

 

 

 

『10本勝負終了 8対2 勝者 比企谷八幡』

 

 

そんなアナウンスが耳に入り俺も光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、最後の枝刃はやってくれたわね。3方向から来るのなんて防げないわよ」

 

「痛い、痛いから止めろ!」

 

個人ランク戦10本勝負を終えた俺は熊谷にヘッドロックをくらっている。てかマジで首痛いし背中にはマウント富士が当たってるんですけど!!マジで柔らかくてヤバイですからね?!

 

俺は半ば無理やり引き離す。

 

「それは俺やお前がC級だから全部防げないんだよ。Bに上がったらシールドが使えるようになるから大分勝率は変わると思うぞ?」

 

「ふーん。まあ確かにシールドは早く使ってみたいわね。正直言ってシールド無しだと弾丸トリガーの使い手に勝つのは厳しいしね」

 

そう、C級同士だとシールドが使えないから変幻自在なスコーピオンや中距離から攻撃できる弾丸トリガーを持ってる奴が有利だと思う。まあそれでもポイントが低い奴はいると思うけど。

 

真面目な話、Bになったら俺は熊谷に対する勝率は下がると思う。

 

「ところであんた今個人ポイントはどのくらいなの?」

 

「今日の勝負でジャスト3600」

 

「じゃあ後一歩じゃん。今期の3番手はあんたか文香で決まりね」

 

まあそうだろう。仮入隊の歌川と菊地原は先週Bに上がり風間さんって人の部隊に入った。この前会って話したが中々興味深い事も聞けて満足した。俺も早く昇格したい。

 

「照屋って今何点だっけ?」

 

「今は3529ですよ」

 

いきなり後ろから話しかけられたので振り向くと照屋がいた。

 

「こんにちは比企谷先輩、熊谷先輩」

 

そう言って頭を下げてくる。毎回毎回礼儀正しい奴だな。

 

「よう」

 

「こんにちは文香。一時期は比企谷と差があったけど大分追いついたわね」

 

「それは比企谷先輩が受験生で色々と準備もあるからですよ。受験生でなければ比企谷先輩はB級に上がっていると思いますよ」

 

そう、一応俺は受験生だ。本当なら1日3時間、休日は1日中ランク戦をやりたいが志望校が総武校という県内有数の進学校なので勉強を重視しなくてはいけない。

 

試験まで1ヶ月を切っているので平日には1時間、休日はランク戦が出来ないと中々厳しい。

 

三門市立第一高校ならそこまで勉強しないで済むがあの学校には中学の奴らが割と志望しているので受験したくない。

 

「まあ否定はしない。そういや熊谷はどこ受験するんだ?」

 

「私?私は第一高校だよ?あんたは総武だっけ?」

 

「まあな」

 

「でも総武ってボーダー提携校だけどかなり難しいけど大丈夫なの?」

 

熊谷は割と心配そうに聞いてくるが多分大丈夫だと思う。

 

「まあ模試ではB以下はないから大丈夫だろ。照屋は高校はやっぱり星輪の高等部を考えてるのか?」

 

「はい。私は自分の学校を気に入っていますので」

 

いいねぇ、自分の学校が好きなんて。俺なんて大嫌いだし。

 

そう思っているとメールが来たので見ると小町からで今日は日浦と飯を食うらしくて夕食はいらないとの事だった。お袋は泊まりの出張だから飯を作らなくていいのか?

 

だったら今日は外食にするか。時間は6時だし帰り際に食べるか。

 

「悪いが俺はそろそろ帰るがお前らはどうすんだ?帰るなら途中まで送るぞ」

 

流石に冬の夜に送らないのはアレだし。

 

「じゃあお願いしてもいいですか?」

 

「私もお願い」

 

「へいへい」

 

適当に返事をしながら俺達は基地の外に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー、寒っ」

 

外に出ると風が吹いていて寒かった。やっぱり1月は寒過ぎる。

 

「今日は夜から雪が降るらしいですから」

 

「マジか?明日は学校ないし炬燵で勉強だな」

 

「何か比企谷に炬燵って似合う気がする」

 

「おい。それは俺が炬燵に依存しているダメ人間って言いたいのか?」

 

ダメ人間なのは否定出来ないがはっきりと言われるのは割とキツい。

 

「ダメ人間とは思ってないよ。ただ炬燵でグデーって突っ伏してるイメージが浮かんじゃって」

 

「あ、確かにイメージできます」

 

まあ実際にグデーってしてるからな。でもそんなイメージがあるとは……

 

「もう直ぐ中学も終わりか……」

 

熊谷はしみじみ、しかし寂しそうにそう呟く。

 

「熊谷先輩は中学校生活は楽しかったんですか?」

 

「結構楽しかったね。でも高校は違う場所に行く友達もいるし、勉強も付いていけるか不安だよ」

 

前者は友達がいないのでどうでもいいが後者については俺も不安がある。特に数学についてはガチで不安だ。

 

「まあ高校になったら更に勉強は難しくなるだろうな。てか熊谷と照屋、俺に数学を教えてくれよ」

 

「いや、文香は学年違うでしょうが……」

 

「いや多分数学においては照屋の方が上だと思う。星輪は偏差値高いし、俺数学は学年最下位取ってるし」

 

「最下位ですか?!」

 

「どんだけ数学苦手なのよ?!」

 

メチャクチャ苦手だ。元々苦手だったがそれを克服しないでいたらいつの間にか学年最下位まで落ちていた。

 

「マジで苦手だ」

 

「あんたねぇ……試験まで1ヶ月を切ってるのにそれは…」

 

「だから何とか頑張る。いざとなったらB級に上がってボーダー推薦を使う」

 

調べてみたらボーダー提携校に推薦制度があるらしい。

「でも数学が苦手でも模擬試験でB判定を取れているんですよね?」

 

「ん?ああ」

 

数学が無かったらAだと思う。

 

「でしたら少しでも数学を伸ばせば合格出来ると思います。いつもやっているランク戦みたいに最後まで諦めないでください」

 

「そうそう。あんたいつもランク戦だと負けが決定するまで粘ってるじゃん。数学もその調子でやれば今からでも伸びるって」

 

そうは言われてもなぁ……ランク戦と数学じゃモチベーションが違い過ぎる。まあ落ちたくないならやるけど。

 

「そうだな。頑張るわ」

 

「はい。頑張ってください」

照屋は笑顔でそう言ってくる。仕方ない、帰ったら勉強するか……

 

 

 

そう思っている時だった。

 

 

「あ、お兄ちゃん」

 

後ろから声をかけられた。俺をお兄ちゃんと呼ぶのは1人しかいない。

 

「小町」

 

名前を呼んで振り返ると妹の小町が友人の日浦茜といた。

 

「八幡さんこんばんは!」

 

日浦が挨拶をしてくる。相変わらず元気な奴だ。見ていて癒やされる。

 

「あれ?茜じゃん」

 

横から声がしたので見ると熊谷が驚いた表情で日浦を見ていた。

 

「あ、熊谷先輩。こんばんは」

 

「あ、うん。こんばんは。ところで茜は比企谷の知り合いなの?」

 

「はい!友達の小町ちゃんのお兄さんです!」

 

日浦がそんな事を言ってピンときた。そういや以前に小町が言ってたな。

 

「日浦、俺の同期でお前の兄貴の友人って熊谷か?」

 

「そうですよ!」

 

そう言われて納得した。まさか熊谷がそうとはな……

 

「ほーん。既にお兄ちゃんとは知り合ってたんだ。ところでそちらは……」

 

そう言って照屋をチラリと見てくる。照屋は一歩前に出て挨拶をする。

 

「初めまして。比企谷先輩の同期の照屋文香です。よろしくお願いします」

 

「比企谷の妹さんとは初めて会うわね。私は熊谷友子。よろしく」

 

「あ、これはご丁寧にどうも〜。お兄ちゃんの妹の比企谷小町です。兄がお世話になっています」

 

「初めまして!日浦茜です!よろしくお願いします!」

 

とりあえず初顔同士挨拶を交わしている。そんな中、俺は小町に話しかける。

 

「てか小町は外で飯か?」

 

「うん。そうだよ。お兄ちゃんは?」

 

「あ?帰りがてら2人を送っている。飯はどっか適当な場所で食べる」

 

そう返すと小町がガタガタ震えている。どうしたんだ?

 

「お、お兄ちゃんが女子を送る……あの面倒くさがりのお兄ちゃんが……」

 

何でそんな信じられない表情をしてんだよ?流石に冬の夜だしな。

 

「小町、嬉しいよ……。けど、あれ、変だな。お兄ちゃんが遠くに行っちゃったみたいでちょっと複雑」

 

そのよくわからない親目線止めろ。割と恥ずかしいし、他の連中呆れたり苦笑いしてるからね?

 

「お前が俺をどう思っているかはよく分かったがそれは置いておく。お前らは飯食べたのか?」

 

「ううん。小町達はまだ……はっ!!」

 

小町はいきなり何かを思いついた表情を浮かべる。なんか知らんが嫌な予感しかしないんですけど。

 

そしてその予感は当たった。

 

「あのー、熊谷さんに照屋さんでしたっけ?お2人もご飯を食べてないなら一緒に行きませんか?ボーダーの話も聞きたいですし」

 

小町はそう言って誘ってくる。うん、何かやるとは思っていたけどね。

 

熊谷と照屋は顔を見合わせてから小町を見る。

 

「私はいいわよ。文香は?」

 

「私も大丈夫です」

 

すると小町は笑顔を見せてくる。

 

「本当ですか?!ありがとうございます!」

 

小町が礼を言うと2人も笑顔を見せてくる。うん、早速仲良くなったみたいで良かった良かった。

 

「じゃ小町、俺は帰るがあんまし遅くなるなよ」

 

後は俺が帰るだけだ。さーて、飯はコンビニで惣菜でも買うか。

 

そう思って歩き出すと肩を掴まれる。痛い痛い。何すんだこら?

 

「いやいやいや!!お兄ちゃんは何帰ろうとしてんの?!」

 

振り向くと小町が信じられないといった表情で詰め寄ってくる。

 

「いやだって2人って言ったじゃん」

 

「お兄ちゃんが来るのは決定事項です!」

 

小町は胸を張りながらそう言ってくるが……

 

「いやいいよ。女子4人の中に俺がいても空気悪くなるだけだし」

 

小町や日浦は偶に飯食ってるからともかく照屋や熊谷はそうとは限らない。モテる男ならともかく俺なんかがいても嫌だろうし。

 

「むぅ……じゃあ聞いてみよっと」

 

「……は?」

 

俺が疑問符を浮かべていると小町が後ろを向く。

 

「友子さんに文香さーん。お兄ちゃんも一緒にご飯食べていいですか?」

 

直接聞きやがった!しかももう名前呼びかよ?!俺とは違ってコミュ力高いな!

 

「私はいいわよ」

 

「はい。比企谷先輩ともお話したいですから」

 

「ありがとうございます!……だってよお兄ちゃん」

 

小町はそう言って良い笑顔を見せてくる。しかし目は逃さないとばかりにギラギラ鈍い輝きを放っている。怖ぇ……

 

 

「いや、でもだな…….」

 

「もし行かないなら今後小町はお兄ちゃんをお兄ちゃんって呼ばないよ」

 

「何してる小町。寒いからさっさと行くぞ」

 

「うわ、即答……」

 

何かドン引きしてるが知らん。小町にお兄ちゃんって呼ばれなくなるのは嫌だ。

 

そう思いながら俺は照屋達のいる場所に戻る。

 

「じゃあ悪いが俺も行くことになったが……その、よろしく頼む」

 

一応挨拶はする。

 

「こっちこそよろしくね」

 

「悪くないですよ。こちらこそよろしくお願いします」

 

「八幡さんとご飯なんて久しぶりですから楽しみです!」

 

良かった。もしも拒絶されたら立ち直れなかったかもしれん。

 

「お兄ちゃんは心配性だなぁ……その程度で拒絶される訳ないじゃん」

 

「待て、心を読むな」

 

「お兄ちゃんの考えている事はわかりやすいからねー。それじゃあ行きましょう!」

 

小町はそう言って歩き出したので俺もそれに続いた。

 

(家族や日浦以外の女子と飯を食いに行くのは初めて緊張はするが……そんなに嫌な気分じゃないな)

 

その事に少し驚きながらも小町に付いて歩き出した。



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比企谷八幡は飯を食べに行く(後編)

 

 

小町が案内した店は少し小洒落た洋食店だった。……何つーか、あんまり男子に向いてない店だな。

 

店に入り席に座る。

 

てか座る場所が熊谷と照屋の間なのは止めて欲しかった。普通隣は慣れている小町か日浦にするべきだろうが

 

「小町はナポリタンにします!皆さんは決めましたか?」

 

「私はハヤシライスにしよっかな。茜は?」

 

「私は海老グラタンにします!」

 

「じゃあ私は……ホワイトシチューで。比企谷先輩は?」

 

「俺はハンバーグランチでいいや」

 

「ほいさっさー。すみませーん!」

 

小町が店員を呼んで注文するのを見ながら水を飲む。

 

店員が去って行った所で小町が俺達3人を見てくる。

 

「じゃあ早速ボーダーの話、お願いします!」

 

「お願いします!」

 

小町と日浦は目を輝かして聞いてくる。話したいのは山々だが……

 

「話すのはいいけど私も比企谷も文香もまだ訓練生だから余り話すことはないよ?」

 

そう、俺達はまだ訓練生だ。防衛任務にも参加してないどころか、チームにすら入れない人間だ。そこまで話す事はないだろう。

 

「うーん。じゃあ訓練ってどんな事をやってるんですか?」

 

「訓練?訓練は全部で4つあって近界民と戦う戦闘訓練、複雑な建物を突破する地形踏破訓練、近界民に見つからない様に行動する隠密行動訓練、標的を探知して追跡する探知追跡訓練よ」

 

「あのー、最後の探知追跡訓練は何の為にやるんですか?」

 

日浦が聞いてくる。まあこれは詳しく説明しないと無理だろう。

 

「探知追跡訓練はレーダーの使い方を学ぶ訓練だ。それで敵はどっちにどのくらいの距離にいるかを学ぶ為にある」

 

あれは初めは下手くそだったからな。上位だったのは完全に運が良かったからだし。

 

「他にもボーダー隊員同士が戦って腕を上げる個人ランク戦もあるわ」

 

まあ照屋の言う通りアレも訓練の1つだろう。どちらかと言えば娯楽に近い感じがするけど立派な訓練だ。

 

「ボーダー隊員同士が?!面白そう!!」

 

小町が楽しそうにそう言ってくる。まあアレは楽しいからな。俺もかなり気に入っている。

 

「じゃあ3人の中で誰が1番強いんですか?」

 

日浦がそう聞くと同時に熊谷と照屋は俺を見てくる。

 

「比企谷(先輩)」

 

「え?お兄ちゃんが1番強いの?」

 

「まあね。今日戦ったら2勝8敗でボロ負けだったし。文香は?」

 

「昨日20本勝負をして7勝13敗でした」

 

「八幡さん強いですね!今期で1番強いんですか?」

 

「いや。1番は俺じゃない。歌川と菊地原って2人が2トップだ」

 

あいつらはガチで強かった。歌川がC級にいた時には計20本勝負をしたが戦績は6勝14敗だったし、菊地原ともそんぐらいだった。

 

てか菊地原とはやりたくない。あいつかなり嫌味ったらしい。歌川と同じく風間さんの部下になったみたいだが礼儀正しい歌川の爪の垢を煎じて飲んでろ。

 

「なるほど……ところで八幡さん達はBに上がったらチームに入ったりするんですか?」

 

チームね。正直考えていない。一応何人か正隊員の人にはスカウト的な意味で声をかけられたが保留にした。

 

理由としては俺がコミュ症なのもあるが、俺自身チームを組むとしたら心から信頼出来る人と組みたい。だから会って間もない人からの誘いに即答するのは無理だった。

 

「俺は余り考えてない。2人は?」

 

「私も深くは考えてないね。今はB級に上がる事が最優先だし」

 

「そうですね。何度か声をかけられましたけど決めてはないですね」

 

へぇ、照屋も声をかけられたんだ。まあ照屋は強くて美人だしな。声をかけたい気持ちはわかる。

 

俺なんて金髪でいかにも不良って見た目をした諏訪さんに話しかけられた時はてっきりカツアゲかと思ってビビったし。まあその後に面倒見のいい人って知ったけど。

 

すると小町が予想外の事を言ってきた。

 

 

 

 

 

「だったらお兄ちゃん達3人で組むのはダメなの?」

 

小町がそう言ってきたので俺達は顔を見合わせる。

 

俺が熊谷と照屋と組むだと?これは完全に予想外だ。

「へぇ……まあ確かに比企谷や文香と組むのも悪くないね」

 

「そうですね。私は楽しそうだと思います。比企谷先輩はどうですか?」

 

いきなり聞かれたので内心ビビる。しかし答えないと変に思われるので慌てて口を開ける。

 

「あー、まあ確かに強いチームにはなるかもな」

 

割と強いチームにはなると思うが……美少女2人と同じチームなんて俺の胃が持たない。てか間違いなく男子の隊員に嫉妬で殺される気がする。

 

それに……俺なんかといても楽しくないだろうし。

 

そんな事を考えていると頼んだ料理が来た。いかん、ネガティヴな考えは止めよう。周りの空気を悪くするのは申し訳ないし。

 

全員に飯が行き渡ったので全員が自然と口を開ける。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

とりあえず今は食事を楽しもう。

 

そう思いながらフォークを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

肉を口にした瞬間、肉汁が俺の口内を蹂躙する。

 

(何だよコレ。肉汁もさる事ながらソースの味付けも良い。これで千円以下ってお得過ぎだろ)

 

更に付け合わせのサラダも口にするが玉ねぎの風味のドレッシングが刺激的で美味い。他の4人の料理も美味そうだし、また食べに来よう。

 

……ん?

 

「おい熊谷。ちょっと動くな」

 

「え?……ん」

 

俺はそう言って熊谷の頬の近くに付いてあるルーを拭き取る。流石に女子がそれはマズイからな。

 

「よし……取れた」

 

「あ、ありがとう。でも恥ずかしいから次からはいきなりやらないで」

 

熊谷が若干顔を赤くしながらそう言ってくる。

 

「あ、いやすまん。いつも小町にやる癖が出た」

 

「お兄ちゃんったら……小町はともかく女の子にいきなりやるのはダメだよ?」

 

「悪かったって。次からは気をつける」

 

謝りながら食事を再開する。そう思っているといきなり頬に何かが当たったので顔を上げると小町が俺の頬に触れていた。

 

「ソース付いてるよ」

 

そう言って小町はソースを舐める。そして俺に笑顔を見せてくる。

 

「今の小町的にポイント高くない?」

 

……アホか?

 

俺がそう思っていると事情を知っている日浦は苦笑いをしていて、熊谷と照屋は頭に疑問符を浮かべていた。

 

てか前から思っていたが小町のポイントって何なんだ?貯まると何が起こるんだ?スーパーで全品半額になるのか?何それ素敵。

 

 

そんなバカな事を考えながらも食事は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

食べる事、15分……

 

「「「「「ごちそうさまでした」」」」」

全員でごちそうさまの挨拶をして立ち上がり会計を済ませる。

 

会計を済ませ外に出ると雪が降っていた。その上、風が吹いていてクソ寒い。

 

「さ、寒いですぅ……は、早く帰りましょう」

 

日浦はそう言ってくるが同感だ。早く帰るべきだ。

 

「俺と日浦は家から近いがお前らは近いのか?」

 

「私は新弓手町駅に近くて歩いて5分くらいだよ」

 

「私は三門市蓮之辺の境界あたりですから……歩いて30分くらいですね」

 

マジかよ?今は8時半だから帰りは9時かよ。悪い事した。全員そこまで遠くない場所にし飯屋にしときゃ良かったな。

 

「小町、先帰ってろ。俺ちょっと照屋送ってくわ」

 

「え?!それは先輩に申し訳ないですよ!!」

 

「うん。わかった。しっかり送ってあげてね」

 

照屋が遠慮すると同時に小町が俺の顔を見て言ってくる。

 

「小町から指令がきたから気にすんな。熊谷はここまでで良いか?」

 

「うん、ありがとう。それよりしっかり文香を送りなさいよ」

 

そう言って背中を叩いてくる。痛ぇな。でも熱の籠った良い一撃だ。

 

「つー事で行くぞ」

 

そう言って照屋を見ると申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 

「……じゃあお言葉に甘えてもいいですか?」

 

「はいよ。んじゃ小町、また後で」

 

小町が頷いたのを確認して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

雪が降る中、照屋と2人で歩く。俺達の着ているコートにも雪が付着する。

 

「本当に迷惑をかけてしまって申し訳ありません」

 

既に3回は謝られている。

 

「だから気にすんなって。てかもし送らなかったら小町にしばかれてるだろうし」

 

あの妹の事だ。間違いなく怒るだろうし。

 

「は、はい」

 

未だに申し訳なさそうな表情をしているが本当に気にしていない。てか寒そうに震えながら謝ってくるのちょっと可愛いな。

 

「にしても久々に降るな」

 

「そうですね。今週一杯降るようですけど……」

 

「まあ今は学校少ないから良いけど入試本番当日には降らないで欲しいな」

 

「その時には微力ながら晴れるように祈りますよ」

 

そう言って笑顔を見せてくる。やっぱり照屋の場合笑顔が似合ってるから申し訳なさそうな顔はしないで欲しい。

 

「ありがとな。じゃあよろしく頼む」

 

「はい。……あ!ここが私の家です」

 

そう言って見るとかなりデカいお屋敷だった。デカいな!星輪に通ってるからお嬢様なのは知っているがまさかここまでとは……

 

「んじゃ俺は帰る。またな」

 

「あ、待ってください。先輩も体が冷えてると思うのでうちで少し休んでいきませんか?」

 

待て。俺はともかく他の男子は間違いなく勘違いするぞ?

 

気持ちは嬉しいが断らないと。照屋の両親が俺を娘に纏わりつく悪い虫と勘違いされたらヤバイし。

 

「あー、気持ちは嬉しいが遠慮しとく。ここで休んだら帰りが更に遅くなる」

 

「……あっ。確かにそうですね」

 

どうやら照屋も納得したようだ。良かった良かった。

 

そう思っていると照屋が近寄ってきた。そして……

 

 

 

 

「じゃあ……せめてこれを……」

 

そう言って照屋は自分の首に巻いてあるマフラーを俺の首に巻いてきた。

 

俺がその行動に驚いていると笑顔を見せてくる。

 

「これで少しは暖かくなったと思います。送ってくれてありがとうございました」

 

そう言って頭を下げてくる。こんな高級そうなマフラーを借りるのは申し訳ないが照屋の性格からして返すのは却下するだろう。知り合ってから結構頑固なのは知ってるし。

 

……ここは素直に感謝しよう。

 

「ありがとな。明後日の合同訓練の時に返す」

 

「わかりました。その時にまた会いましょう」

 

「ああ。じゃあまたな」

 

「はい。お休みなさい」

 

「お休み」

 

照屋が自分の屋敷に入ったのを確認して俺も歩き出す。

 

借りたマフラーは凄く暖かく、雪の降っているにもかかわらず不思議と寒さを感じなかった。

 

俺はその事を不思議に思いながら家に帰った。



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比企谷八幡は熊谷友子ら同期の訓練生と共にモールモッドに挑む(前編)

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「ほいっと」

 

俺は軽く跳び上がり一気にバムスターの顔面に向かう。もう何度も戦っている為、作業をするようになっている。

 

バムスターの顔面に近寄った俺は唇の様な部位に手をかけてぶら下がりながらスコーピオンを肘から出してバムスターの目を破壊する。

 

それと同時にバムスターが崩れるので手を離し地面から着地する。

 

バムスターが倒れこみ活動を停止したのでアナウンスが流れる。

 

『2号室、記録 9秒』

 

そんなアナウンスを聞くと同時に訓練室から出る。

 

もう既に何回もやっている為、バムスターは敵じゃない。

 

「お疲れ様です」

 

すると巴が近くにやってきて挨拶をしてくる。相変わらず礼儀正しい奴だ。

 

「よう。お前はもう違う訓練室で終わったのか?」

 

「はい。今回でようやく20秒を切りました」

 

おっ、伸び代があるな。以前聞いたら初めの訓練では1分って聞いてたし。

 

「やるな。ところで熊谷と照屋知らねーか?」

 

あいつら2人ともいないのは珍しい。徳に照屋にはマフラー返さないといけないし。いつまでも俺なんかが持っているのは申し訳ないしな。

 

「今日は見てないですね。お休みじゃないですか?」

 

まあそうかもな。真面目なあいつらが訓練をサボるとは思えん。大方風邪か家の用事だろう。

 

「そうか。すまん」

 

「いえ。それより次の訓練室に行きましょう。それが終わったらランク戦をして貰ってもいいですか?」

 

「おう。いいぞ」

 

 

そう返しながら次の訓練室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も地形踏破、隠密行動、探知追跡訓練と色々な訓練をこなしたが今回の俺の記録は全ての訓練で1位だった。

 

これについては初めてだったので割と嬉しい。

 

これで4000ポイントまでは後320ポイントだ。これなら目標の2月までにBに上がるのは叶うだろう。

 

 

そう思っている時だった。

 

 

「比企谷先輩!」

 

後ろから声をかけられる。俺を先輩呼びする奴は巴以外には1人しかいない。

 

振り向くと照屋が若干息を切らしながらやって来た。

 

「おう照屋」

 

「照屋先輩こんにちは」

 

「こんにちは。ところで訓練は……」

 

「ん?もう全部終わったぞ。何か用事があったのか?」

 

「はい。学校のグループ課題が少々……」

 

あー、アレか。アレ放課後を巻き込んでやるパターンになるからな。それなら仕方ない。

 

「まあ訓練で稼げなかったポイントはランク戦で稼げ。……それより」

 

俺は近くにある自販機でお茶を買って照屋に投げ渡す。

 

「飲めよ。息を切らす程走って疲れただろ?」

 

「え……あ、ありがとうございます」

 

そう言ってお茶を飲み始める。全く……訓練を休まないよう全力疾走するなんて真面目過ぎだろ?

 

 

 

 

 

 

 

「お茶、ありがとうございました。お幾らですか?」

 

そう言って照屋は財布を出すが……

 

「いや、別に気にしなくていい。奢りだ」

 

別に基地に行く途中で拾った500円で買ったからそれで金を返されても……

 

「いえ。そういう訳にはいきません。……えっと、はいどうぞ」

 

照屋はそう言って130円を差し出してくる。ここで遠慮しても照屋は諦めないだろうから受け取るか。

 

「わかったよ」

 

仕方なく金を受け取る。照屋はそれを見て頷いている。

 

「あ、それとマフラーありがとな。あの後更に吹雪いたから助かったよ」

 

礼を言って綺麗に折り畳んだマフラーを返す。アレはマジでヤバかった。マフラー無かったら首が凍るんじゃねって思ったぐらいだ。

 

「どういたしまして。話は変わりますけどこの後ランク戦をしませんか?」

 

「巴の次になら構わない」

 

「はい。じゃあその後に巴君と戦ってもいいかな?」

 

「もちろんです。よろしくお願いします」

 

そんな風に笑いながら個人ランク戦ステージへと歩き出そうとした時だった。

 

 

 

「比企谷!」

 

前方から熊谷が息を切らしながらやって来た。こいつもかよ……

 

「お前も学校の用事か?」

 

「うん。受験前の最後の面談があって……訓練は終わったの?」

 

「ああ。終わった。とりあえず飲めよ」

 

そう言って熊谷にもお茶を投げ渡す。熊谷は受け取って一気に飲む。

 

「ふぅ、ありがとう。幾ら?」

 

「いや、奢りだ」

 

「本当に?ラッキー」

 

笑顔でお茶を飲むのを再開する。照屋と違って遠慮はないが不思議と不快には思わなかった。

 

「まあ訓練はやれなかったからランク戦で稼げ」

 

「あ、それなんだけど後でやりたい事があるんだけど付き合って貰えないかな?」

 

熊谷以外は顔を見合わせる。何だいきなり?

 

「やりたい事?何だよ?」

 

俺がそう言うと熊谷は予想外の事を言い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘訓練なんだけど……戦闘用トリオン兵と戦ってみない?」

 

……?!

 

戦闘用トリオン兵との訓練だと?!戦闘用トリオン兵って確か……

 

「あのサソリみたいな奴だよな?」

 

「うんそう。確か名前はモールモッドだっけ?」

 

「それはわかりましたが……何で急に?」

 

巴の言う通りだ。確かにモールモッドとの戦闘訓練は興味があるが何でいきなりそんな事を言い出したんだ?

 

「さっき基地に入る前に歌川君と会って少し話したんだけど……モールモッドを無傷で倒せたら防衛任務は支障なくこなせるって聞いて興味がわいたの」

 

……なるほどな。確かに防衛任務で速攻でベイルアウトしたら待機している人にも迷惑がかかるしな。その上B級はトリオン兵を倒せば倒すほど金を貰えるし俺みたいな人には防衛任務は支障なくこなしたい。

 

「……話はわかった。俺は構わないが照屋と巴はどうだ?」

 

「俺はいいですよ。一度モールモッドと戦ってみたいですし」

 

「私も大丈夫です。B級に上がる前に学ぶのもアリだと思います」

 

「決まりね。じゃあ早速訓練室に行かない?」

 

そう言われて俺達は了承して訓練室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練室向かって歩いていると入口近くから人が出てきた。

 

「ん?訓練室に忘れ物かい?」

 

そう尋ねてきたのは嵐山さんだった。後ろには他の嵐山隊メンバーの柿崎さんに時枝に佐鳥に綾辻が揃っていた。

 

すると熊谷が話しかける。

 

「あ、すみません。そうじゃなくて訓練室を使用したいんですけど借りれますか?」

 

「借りれるは借りれるが合同訓練じゃないからポイントは入らないぞ?」

 

「いえ。ポイント欲しいんじゃなくてモールモッドと戦う訓練をしたいのですけど……」

 

熊谷がそう返すと嵐山さんは若干目を見開いている。見ると他の嵐山隊メンバーも驚いていた。いや、時枝は驚いていなかったが。つーか表情全く変わってないし。ポーカーやったら無敵じゃね?

 

「理由を聞いてもいいかい?」

 

嵐山さんがそう聞いてくるので熊谷は自分達はもう直ぐB級に上がるから戦闘訓練で体験した事のないモールモッドと戦ってみたくなった事を説明する。

 

すると嵐山さんは笑顔で頷いてくる。

 

「なるほど……わかった。モールモッドの戦闘訓練の為に訓練室を貸そう。綾辻」

 

「了解しました」

 

綾辻はそう言って何処かへ行った。大方コンピュータールームだろう。

 

それを見送った後に4人で頭を下げる。

 

「「「「ありがとうございます」」」」

 

礼をすると嵐山さんは笑って手を振ってくる。仕草が一々爽やか過ぎだろ……。

 

「いや、そこまでやる気のある君達に協力するのは当然さ。ただ後1時間位で俺達は防衛任務だから30分くらいしか使えないけどいいかい?」

 

「はい」

 

熊谷が頷く。まあ貸してもらう立場としては文句は言えないし言うつもりもない。寧ろ訓練生の俺達の為に時間を割いて貰って感謝しかない。

 

 

俺達は訓練室に案内されて中に入る。

 

「じゃあ誰からやるのかい?」

 

嵐山さんがそう聞いてくるが普通に熊谷だろう。元々提案したのは熊谷だし。

 

「じゃあ比企谷、よろしく」

 

そうかい。初めは俺が……ん?

 

今なんか聞き捨てならない事を言われたような気がするんだが……

 

「おいコラ熊谷。何で俺なんだよ?」

 

「だってこの中で1番B級に近いのあんただし」

 

「いや、だからって……照屋や巴が了承するか……」

 

「俺は良いですよ」

 

「私も構いませんよ」

 

「だってさ」

 

「……あいよ」

 

ここでごねて時間をかけるのは嵐山さん達に悪いから俺がやるか。

 

「じゃあ俺からお願いします」

 

「わかった。じゃあ1号室に入ってくれ」

 

「うす……」

 

息を1つ吐いて歩き出す。

 

「比企谷先輩」

 

すると後ろから照屋に話しかけられるので振り向くと笑顔を見せてきた。

 

「頑張ってくださいね」

 

「……ああ」

 

返事を1つ返して訓練室に入る。

 

それと同時に俺の正面から20メートルくらい離れた場所に光が出現して中からトリオン兵が出てくる。

 

そこにいたのは自動車くらいの大きさで白色のバムスターとは違いねずみ色のトリオン兵がいた。

 

(……こいつが戦闘用トリオン兵モールモッドか。思ったより小さいが油断は禁物だ)

 

見たところ4足歩行なだけで武器は見当たらないが何処かに武器がある筈だ。

 

(先ずはどんな攻撃をしてくるか確認。それが終わったら無理な攻めはしないで隙を探す。そんな感じで行くか)

 

 

息を1つ吐いて手からスコーピオンを出して構える。

 

それと同時にアナウンスが流れる。

 

『1号室用意、始め!』

 

綾辻の声が聞こえると同時に俺はモールモッドに突っ込んだ。

 

 

さあ、戦闘用トリオン兵と呼ばれる実力を確認しないとな。

 

 

 

 



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比企谷八幡は熊谷友子ら同期の訓練生と共にモールモッドに挑む(後編)

 

俺がモールモッドに突っ込むと同時にモールモッドは背中からバクン、バクンと音を立てながら先にブレードの付いた6本の足を出してきた。いや、腕か?……どっちでもいいか。それにしても……

 

(……おいおい。マジかよ。バムスターと違ってやる気満々じゃねーか)

 

こいつはマジで強そうだ。気を引き締めていこう。

 

そう思いと同時に俺はスコーピオンをモールモッドの弱点の目を狙って投げつける。

 

するとモールモッドは1本のブレードでそれを防ぐ。まあ予想通りだ。こんなんで倒せるなら苦労しない。

 

俺がスコーピオンを投げた目的は目眩しだ。トリオン兵はプログラムに沿って状況に適した動きをする、こちらの世界で言うとロボットに近い存在だ。

 

おそらくトリオン兵は弱点の目から状況を見る。だから目眩しをすれば行動が鈍る筈だ。

 

(……その隙にブレードを斬って向こうの攻撃手段を奪う。弱点の目を破壊するのはその後でいい)

 

方針を決めた俺は再度スコーピオンを手から出してモールモッドのブレードに斬りかかる。

 

 

 

 

 

 

しかし……

 

 

 

(何だこりゃ……硬すぎるぞ)

 

はっきり言ってメチャクチャ硬い。攻撃力のあるスコーピオンですら傷を付けれたものの斬る事は出来なかった。

 

 

そしてそこで動揺したのが俺のミスだった。

 

視界に影が見えると同時に冷静になって一歩下がるも少し遅かったので左肘から先を丸々ぶった斬られた。

 

腕からトリオンが漏れるのを見ながら後ろに下がる。

 

(油断したのは俺のミスだが……速いな)

 

ブレードの攻撃速度も速い。今の俺の実力なら集中してギリギリ躱せるが雑念があったら今のようになるだろう。

 

とりあえずどうするか?ブレードはさっきやったけど斬れないし。

 

ブレードをかいくぐって弱点の目を狙うのは論外だ。絶対に目に届く前にベイルアウトするだろう。

 

(……やっぱりブレードを減らすのは絶対だ。先のブレードそのものは斬れないから狙うはブレードの付け根部分だ。てか弾丸トリガーがあればかなり楽になるだろ)

 

Bに上がったら絶対に弾丸トリガーを入れてやる。

 

そう決心しながら再びモールモッドに突っ込む。モールモッドはそれに対して6本のブレードを振りかざし襲ってくる。

 

真正面から細かい動きで避けるのは今の俺の技術では無理だ。だから真正面から戦わない。

 

6本のブレードが俺に当たる直前に俺は横に一気に跳んでモールモッドの側面に回る。これならブレードの有効射程外だ。

 

地面に着地すると同時にモールモッドに飛びかかりブレードの付け根に向かってスコーピオンを振るう。

 

それと同時にモールモッドは俺の方を向いてブレードの1本を振るってきた。

 

 

 

 

 

 

 

それによって俺のスコーピオンは1本のブレードの付け根をぶった斬り、モールモッドのブレードは俺の左肩の一部を穿った。

 

トリオンが漏れるのを無視して俺はもう1本狙いに行く。現時点でブレード1本無力化するのに左肘から先の腕と肩にダメージを負った。ここで引いたら確実に負ける。多少無理してでも攻めに行く

 

(左肩には穴が開いているがまだ動かせる。だったら……)

 

俺は左肘から先をスコーピオンの義手を作りさっき俺の肩の一部を穿ったブレードの付け根を殴りつける。

 

それによって2本目のブレードを無力化する事に成功した。

 

(……後4本……いや、わざわざ全部無力化する必要はない。ブレード2本くらいだったらかいくぐれる)

 

今の俺の実力だとモールモッドのブレードをかいくぐれるのは2本だと思う。

 

となると実質後2本か。それまでにトリオンがなくならなければ俺の勝ち。次に大ダメージを受けたら俺の負けだ。

 

モールモッドが再度ブレードを振るってくるので義手で殴りつける。今回はブレードを殴った為、義手は呆気なく破壊されたが元々左腕は落ちてるのでトリオンは漏れない。

 

俺は義手が砕けると同時にバックステップで後ろに下がる。

 

 

 

するとモールモッドは速度を上げて近寄り今度は4本同時にブレードを振るおうとしてくる。こいつは予想外だ。

 

はっきり言って逃げきれない。ここでケリをつけるしかないな。

 

俺は枝刃を利用して右手にブレードを、左腕に義手とブレードのスコーピオンを作り上げる。

 

作戦はシンプルだ。ブレードを振り下ろしてくると同時に両腕を振るってブレードを2本無力化する。

 

成功すれば多少ダメージを受けても残ったブレード2本ならかいくぐれるだろう。トリオン体が破壊される前に目を斬れる自信がある。

 

モールモッドがブレード4本を振り下ろしてくる。今だ。

 

 

俺は集中して両腕のスコーピオンを振るった。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

モールモッドのブレードは1本だけしか無力化出来なかった。

 

右手のスコーピオンは付け根を斬ってブレードを無力化出来たが、左手のスコーピオンはブレードに当たってしまい無力化出来なかった。

 

よってモールモッドのブレードは残り3本。そして俺がかいくぐれるブレードの本数は多分2本だ。

 

少なくとも3本は今の実力じゃ無理なのはわかる。

 

(……負け、か)

 

悔しさの余り呆然としている俺はモールモッドの3本のブレードに貫かれて敗北した。

 

 

 

 

 

 

ため息を吐きながら訓練室を出ると3人が近寄ってくる。

 

「比企谷先輩、お疲れ様でした」

 

照屋が俺を労ってくる。

 

「……ああ。悪いな。応援されたのに負けちまった」

 

「いえ。惜しかったですよ。凄く勉強になりました」

 

照屋は手を振ってそう言ってくる。まあ俺の試合を見て何かを掴めたなら良いけど。

 

「それにしても戦闘用ってあんなに強いんだ。次は私が行ってくる」

 

次は熊谷のようだ。とりあえずアドバイスはしておくか。

 

「熊谷、モールモッドのブレードは硬くて斬れない。狙うならブレードの付け根部分を狙えよ」

 

アレを知っていれば勝っていた可能性も少しはあっただろう。

 

「わかった。じゃあ行ってくる」

 

熊谷が訓練室に入ったのを見送って俺は見通しの良いベンチに座って息を吐く。

 

すると気配を感じたので振り向くと嵐山さんと柿崎さんが近くにやって来た。

 

「惜しかったな。でもC級であそこまで戦えるなんて凄いじゃないか!」

 

嵐山さんはそう言って褒めてくるが負けたので素直には喜べない。まあ元々素直じゃないけど。

 

「……ありがとうございます」

 

「まあ今回は残念だったがB級に上がったらシールドや弾丸トリガーを使えたり、チームメイトの支援もあるから直ぐに倒せるようになるさ。俺も昔は手も足も出ずにボロ負けしたぜ」

 

柿崎さんもそう言ってくる。確かにそうだろう。言ってる事は間違っていない。いないけど……

 

(……凄く悔しい。少し前ならどうせ俺だから仕方ないって割り切れたのに……)

 

胸の中でモヤモヤが広がっている。こんな気持ちは子供の頃以来だろう。

 

ボーダーに入って俺はほんの少し変わっただろう。それが良い方向か悪い方向かはわからない。

 

わからないが胸のモヤモヤだけは本物だ。何としても強くなってモールモッドを倒してモヤモヤを晴らしてやる。

 

そう思いながら俺は訓練室を食い入る様に見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして30分が経過して訓練室を使う時間は終わりとなった。

 

結局全員1度も勝てずに終了した。

 

俺は始めの一戦以降は試合をせずにとにかくモールモッドの動きを観察した。トリオン兵はプログラムに沿った動きをする。調べ尽くせば行動パターンは読めるようになる。

 

多分今回だけじゃ行動パターン全ては覚えられないだろう。

 

(だが絶対に防衛任務をするまでに覚えて勝てるようになってやる)

 

 

そんな考えを胸に秘めながら嵐山さん達に頭を下げて礼を言う。

 

「今回は勝てなかったが皆良い動きだったぞ。B級に上がるのも遠くないだろう。これからも頑張れよ」

 

『はい!』

 

4人で返事をすると嵐山隊は去って行った。

 

それを見送ると同時に息を吐く。

 

「あーあ。結局1度も勝てなかったな」

 

「そうですね。俺なんて殆ど何も出来ませんでしたよ」

 

「そうは言っても巴君も最後の方は粘ってたじゃん。そう言えば何で比企谷は1回しかやらなかったの?」

 

「ん?観察してた」

 

「……なるほど。モールモッドの動きを学んでいたんですね」

 

「まあな。でも次は勝つ」

 

「それは私もよ。絶対に強くなってみせるわ!」

 

「私もです」

 

「俺も強くなりたいです」

 

どうやら全員敗北しても闘志は失っていないようだ。まあ俺もだけど。

 

 

入隊同時は金さえ稼げればどうでもいいと思っていたが……こいつらと実力をつけれるのは良かったな。

 

 

 

そんな事を考えながら俺達は訓練室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

3日後……

 

「クソッ……何だよそれ…!」

 

目の前で俺と同じ服装をして左腕を失った男が呻き声を出しながら弧月を振るってくる。

 

俺は即座に右手にスコーピオンを纏わせて弧月の横っ腹に叩きつけて隙を作る。

 

それと同時に枝刃で肩からスコーピオンを生やして男の右腕を斬り落とす。これで両腕を失ったこの男に勝ち目は無くなった。

 

そう思いながらスコーピオンで首を刎ねる。

 

「ちくしょう……!」

 

男は捨て台詞を吐きながら光に包まれ空に飛んで行った。

 

 

 

『個人ランク戦終了。5-0 勝者 比企谷八幡』

 

そんなアナウンスが耳に入り俺も光に包まれた。

 

 

 

 

ブースに戻り息を吐く。そろそろだな……

 

 

そう思いながら左腕を見る。

 

 

 

 

 

するとそこには『4021』と表示されていた。

 

 

 

 

それを見た俺は内心凄く喜んだ。

 

遂にだ。遂に4000を超えた。

 

これで俺は防衛任務に参加出来る。

 

参加しまくってトリオン兵を殺しまくり家計を助けてやる。

 

そして絶対にお袋に楽をさせてやる。

 

 

俺は改めて入隊した理由を心の中で力強く叫びながらブースを出た。

 

 

 

 

 

 

 

比企谷八幡 B級昇格決定




今回で八幡はC級卒業です。


次回は防衛任務には入らずに、祝賀会や八幡がトリガー構成について悩むシーンを入れたいと思います。

今後もお気に入り登録、感想、評価をお待ちしています


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比企谷八幡はトリガー構成を決めて試してみる(前編)

 

 

今日俺はB級に上がった。

 

凄く嬉しいがまだ俺は何も成し遂げていない。俺は今後防衛任務に就いてトリオン兵を倒して金を稼がないといけない。

 

その為にもやるべき事をやろう。

 

そう思いながら俺はとある場所に向かって歩き出した。

 

「えっと……ここが開発室か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること5分前……

 

 

 

B級に上がった俺には色々とする事がある。

 

 

上がった事を事務に報告して色々な書類を貰った。そして最後に……

 

「こちらが正隊員専用のトリガーです。基本装備は一通り入っていますが武器トリガーは入っていませんので開発室に行って入れておいてください」

 

そう言って事務の職員は俺にトリガーを渡してくる。これが正隊員のトリガー……つまりレーダーやベイルアウトなどが入っている訳だ。

 

「どうもありがとうございました」

 

頭を下げて歩き出す。とりあえず武器トリガーを入れに行くか。武器ないと戦えないし。

 

(……開発室は15階か)

 

エレベーターを使って15階まで向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

目的の場所に着いた俺はインターホンを鳴らす。

 

『はいはい』

 

呑気な声が聞こえてドアが開くと若干太っている男性が出てきた。見た感じ大学生くらいだと思うがその歳で開発に携わるなんて凄い気がする。

 

「あ、えっと……先日B級に上がった者なんですけど……」

 

「ああ、はいはい。武器トリガー入れに来たんだ。入って入って」

 

男性は納得したように手を叩いて開発室に招いてくる。開発室に入ると様々な機器が存在する。

 

機械に詳しくない俺でも相当凄い機械であるのは何となく理解できる。

 

興味深そうに見渡していると男性が話しかけてくる。

 

「あ、名乗るのが遅れたね。俺はエンジニアの寺島雷蔵」

 

「あ、自分は比企谷八幡と申します」

 

「比企谷君ね。じゃあ早速だけどトリガー貸してくれる?」

 

「あ、はい」

 

言われてトリガーを渡す。すると寺島さんはドライバーの様な物を使ってトリガーを開ける。それと同時にパソコンのコードに接続する。

 

(思ったよりハイテクだな)

 

トリガーを開けると寺島さんが口を開ける。

 

「じゃあまずはトリガーについて説明するよ。ここに小さい穴が8つあるだろ。そこに入れるチップがいわゆる『トリガー』ってやつなんだ 」

「つまり最大でトリガーを8つ入れる事が出来るんですか?」

 

随分と入るな。これなら色々と選択肢がありそうだ。

 

「そう。そしてこっち側が利き手用の主トリガーで、そっちが反対の手用の副トリガーだ。両手で2種類同時に使えるって訳だ。それじゃあ入れるトリガーを決めようか。トリガーの種類についてはどれくらい知ってる」

 

そう言われて少し考える。

 

「武器トリガーについては理解してますが……B級以上しか使えないトリガーは殆ど知らないですね」

 

「OK。じゃあ先ずは絶対に必要なヤツを入れておくよ。C級の時は何を使ってた?」

 

「スコーピオンです」

 

「じゃあ先ずはメインにスコーピオンを入れよう」

 

そう言ってチップの1つをはめる。

 

「次に必要なのはバッグワームとシールドだな」

 

シールドは知っているが……

 

「すみません。バッグワームって何すか?」

 

「バッグワームはレーダーに映らないようにするマントだよ。使用中はトリオンを削るけど狙撃手は絶対に使うし、不意打ちをする時や敵から隠れる時にも使われるね」

 

なるほどな。つまりバッグワームを着て奇襲をする為にはサブに入れるって事か。狙撃手ならともかく攻撃手はいつも使う訳じゃないし。

 

「じゃあそれをサブにお願いします。それとシールドはメインとサブ両方に入れて貰っていいですか?」

 

「もちろん。というか殆ど全ての隊員はメインとサブ両方にシールドを入れてるから」

 

そう言って寺島さんはメインにシールドを、サブにバッグワームとシールドを追加する。これで後4つか……

 

「B級以上から使えるオプショントリガーの説明は後にするとしてC級の時に使いたいって思った武器トリガーはある?」

 

寺島さんにそう言われて真っ先に思いついたのは射撃トリガーだ。

 

(使うとしたらアステロイドかハウンドだな。メテオラは爆風が凄いから相手も見えなくなるから接近戦では使いたくない。バイパーは使いこなせれば便利だがC級でマトモに使える人は殆どいなかったから相当難しいだろうから却下)

 

となると……

 

「メインとサブ両方にハウンドをお願いします」

 

アステロイドも捨て難いがアステロイドの場合一々相手に狙いを定めなきゃいけない。出来るならスコーピオンに意識を割きたい俺としては追尾性能があるハウンドの方がいい。

 

メインにも入れたのはバッグワームで奇襲をする際にスコーピオン以外にも選択肢を増やしたいからだ。

 

「メインとサブ両方にハウンドね。……入れたよ。他にも武器トリガー入れる?」

 

「いや、今はこれでいいです。オプショントリガーについてはある程度理解してから入れるか考えみます」

 

「わかった。じゃあひとまずこれで……っと。はい」

 

そう言ってトリガーを差し出してくるので受け取る。

 

「ありがとうございました」

 

「オプショントリガーについて詳しく知りたかったら資料室に行ってみな。オプショントリガーの特徴の説明書や見本に動画もあるから」

 

「わかりました。どうもありがとうございました」

 

俺は頭を下げて開発室を後にした。

 

とりあえず……資料室に行ってみるか。

 

そう思った俺は資料室へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

資料室に着いた俺は適当な椅子に座りパソコンを起動する。そしてオプショントリガーについて調べる。

 

 

 

調べ始めてから20分……

 

「俺が使うとしたら……カメレオン、グラスホッパー、テレポーターあたりだな」

 

他のやつは特にピンと来なかったのでとりあえずその3つの映像を見てみる。

 

カメレオンはトリオンを消費して姿を消す事が出来るトリガー。消えてる状態はトリオン兵にも気づかれないのが利点で、欠点は使っている間は攻撃も防御も出来ない。対人戦だとレーダーで大体の居場所がバレるので射撃されたら面倒だな。

 

 

グラスホッパーはジャンプ台トリガーで踏めば一気に相手との距離を詰められれる、と。しかし慣れない内は上手く攻撃が出来ないようだ。まあ逃走用トリガーとしてはかなり使えるだろう。

 

 

んでテレポーターは視線を向けた先へ瞬間移動が出来るトリガー。嵐山隊の武器の1つだ。移動距離は最大数十メートルだが長い距離をテレポートすると数秒使えないって欠点がある。テレポートした直後に狙撃されたらヤバいがトリオン兵にはあんまり関係ないだろう。

 

(……さて、どのトリガーにするか)

 

俺は改めて集中して考える。どのトリガーにも短所はある。その短所を補えるように策を考える必要がある。

 

俺のスタイルは色々な場所からスコーピオンを出すスタイルだ。そして相手の虚をつくスタイルを目指している。て事は……

 

 

(……よし。こいつにしよう)

 

使うトリガーを決めた俺は資料室を後にして開発室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんでメインには……を。サブに……を追加をお願いします」

 

開発室に着いた俺は寺島さんにトリガーの追加を頼んだ。

 

「……に、……ね?……良し、入れたよ」

 

それによって俺のトリガーは完成した。とりあえず今から早速個人ランク戦やりに行くか。

 

俺は寺島さんに頭を下げて訓練室を出た。

 

すると知った顔がこっちに歩いてきた。

 

「あ、比企谷先輩。こんにちは」

 

そこには風間隊攻撃手で俺の同期の歌川がいた。良いタイミングで会ったな。

 

「よう。久しぶりだな」

 

「そうですね。比企谷先輩は開発室にいるって事はB級に上がったんですか?」

 

「ああ。今日上がった」

 

「そうですか。おめでとうございます」

「サンキューな。ところでお前は防衛任務上がりか?」

 

「はい。それで今から個人ランク戦に行こうかと」

 

ますます良いタイミングだな。なら頼んでみるか。

 

「じゃあ俺とやらないか。たった今トリガーセットしたから試してみたい」

 

ランク戦をやるなら互角か少し上の相手が良いだろう。そういう意味じゃ歌川は絶好の相手だ。てか訓練生時代に負け越してるから少しでも差を埋めたいし。

 

「わかりました。では行きましょうか」

 

歌川が頷いて了承したので俺達は個人ランク戦ステージに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個人ランク戦ステージのブースに入った俺はパネルを見て歌川がいる102室を探すと『102 スコーピオン 4396』と表示されているのを確認して通信を行う。

 

「本数は10本勝負でいいか?」

 

『わかりました』

 

了承を得たので102号室の番号を押した。

 

それと同時に体が光に包まれる。

 

 

光が消えるとそこは住宅街のど真ん中だった。

 

正面には歌川が立っていた。

 

『10本勝負。 歌川VS比企谷。 個人ランク戦 開始』

 

そんなアナウンスが流れると同時に俺達はスコーピオン以外出して距離を詰めた。

 

さあてB級に上がった初のランク戦だ。気を引き締めていくか。

 




比企谷八幡

トリガーセット

主(メイン)トリガー
スコーピオン
シールド
ハウンド
???

副(サブ)トリガー
バッグワーム
シールド
ハウンド
???


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比企谷八幡はトリガー構成を決めて試してみる(後編)


お気に入り数が300を超えました。読者の皆様、誠にありがとうございます。


最近思うのが今回で10話なのに……未だにヒロインと入る部隊が全然決まってない事ですね。

マジでどうしましょう?




 

 

 

俺と歌川は距離を詰めてスコーピオンをぶつけ合う。

 

(歌川は強い。歌川はBに上がってそこそこ戦っているから自分のトリガーの戦術はある程度理解しているだろう。対して俺はぶっつけ本番。この差はでかい)

 

だがそんな理由は負けて良い理由にはならない。てか負けたくない。

 

1ヶ月前までは誰からも期待されずにいたから負けてもいいと思っていたが今は負けたくないと思っている。

 

こんな俺を変えられるなんてランク戦すげーな。

 

そう思っていると歌川は反対の手からスコーピオンをもう1本出して振るってくる。これがサブトリガーってヤツだろう。

 

俺はサブにスコーピオンを入れてないので代わりに肩からスコーピオンを出して歌川に向ける。

 

 

 

 

それと同時にお互いの肩にスコーピオンが刺さる。

 

「ちっ、開始早々やってくれんじゃねぇか」

 

「開始早々枝刃使う比企谷先輩に言われたくないですよ」

 

お互いに苦笑しながら距離を取る。この距離なら……

 

俺はスコーピオンがない方の手を歌川に向けてトリオンキューブを出す。

 

そこには手には収まらないくらいの大きさのトリオンキューブが存在した。

 

生憎と今の俺じゃキューブを細かく分割するのに若干時間がかかる。それは歌川には悪手だろう。

 

 

 

 

 

結論、よってそのままぶっ放す。

 

「ハウンド」

そう叫ぶと同時に俺の手から巨大なキューブが歌川に飛んでいく。

 

「シールド!」

 

歌川はそう叫んでシールドを展開する。

 

それと同時に俺は走り出す。ハウンドが歌川のシールドを壊せば良し。壊せなくても隙を作る事が出来ても良し。

 

 

そしてハウンドは歌川のシールドに当たる。シールドは……壊れなかったか。

 

まあ良い。今から攻めまくればどうにでもなる。

 

そう思った時だった。

 

 

何と歌川の手からもキューブが現れる。そしてそのキューブは3×3×3の27の小さいキューブに分割された。

 

「ちっ、シールド」

 

俺は発射される前にシールドを展開しながら前に進む。

 

 

「メテオラ!」

 

歌川がそう叫ぶと同時にキューブは俺の方に飛んでくる。

 

 

そしてシールドに当たると同時に大爆発が起こった。

 

爆風によってトリオンが少し漏れたが戦闘に影響はないだろう。

 

そう思いながら爆風が晴れるのを待って来た瞬間にカウンターをかます。

 

 

方針を決めた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

いきなり俺の左足が失った。

 

 

……え?

 

俺は左足が跳ね上がっているのを見た。え?何があったの今?

 

そう思って地面を見ると絶句してしまった。

 

 

何と地面からスコーピオンが生えて俺の左足を穿っていた。

 

マジかよ?!地面からも出せんのかよ?!今まで見た個人ランク戦で使ってる奴がいなかったから知らなかったぜ。

 

驚く中、爆風は段々晴れていき歌川が突っ込んでくる。その手にスコーピオンを持って。

 

……なるほどな。メテオラの目眩し、地面からの奇襲をして特攻か。かなり慣れているのがわかる。

 

内心舌を捲く中、歌川は正面から詰め寄ってくる。

 

俺は迎え撃つ為にあるトリガーを起動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は歌川の真横に現れ、それと同時にスコーピオンを振るって歌川の首を刎ねた。

 

 

いきなりの奇襲で歌川も対処出来なくてベイルアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

歌川がベイルアウトすると同時に俺もブースに戻る。

 

さて次は2本目か……っと、その前に…

 

俺は歌川のブースに通信を入れる。

 

「ところで歌川、さっきの地面の奇襲は何だったんだ?」

 

あれ凄い気になるんですけど。

 

『アレはもぐら爪って名前の技で風間さんから教わりました』

 

へぇ、良い技だ。絶対に会得してやる。

 

『それにしても比企谷先輩はテレポーターを入れていたんですね』

 

そう俺がサブに入れたのはテレポーターだ。

 

「まあな。瞬間移動した後の奇襲は効いただろ?」

 

『そうですね。メテオラで目眩しをしたのは良いですけど、比企谷先輩の視線が見えなかったのが敗因ですね』

 

あー、なるほどな。確かに爆風は完全に晴れてなかったから俺の視線の向きがわからなかったから対処出来なかったんだろう。

 

となると歌川は今後テレポーターを警戒してメテオラを乱発してこないだろう。警戒が必要だ。

 

「じゃあ2本目行くぞ」

 

『はい』

 

歌川の返事を貰うと再びステージに転送される。

 

 

 

 

転送されると同時に歌川は手からトリオンキューブを出して放ってくる。

 

俺は避けるより防御を取った。

 

「シールド」

 

そう呟いてシールドを展開する。

 

 

瞬間、爆発が起こる。

 

それによって爆風が生じるが俺は歌川の意図を理解出来ずにいた。

 

 

 

(……またメテオラ?さっきメテオラが敗因で負けたのに何でだ?)

 

そう思いながら俺はもぐら爪を警戒して少し下がる。アレで足止めを食らったら面倒だ。

 

地面を見ているとブレードは生えてこない。マジで何なんだ?

 

(……とりあえず守り重視にしとくか)

 

そう思いながら爆風がある方向にシールドを展開する。これなら射撃トリガーの攻撃も防げるだろう。

 

そう思っていると爆発が晴れてきたので正面を見る。

 

 

しかし……

 

 

 

(……あれ?いないだと?)

 

正面を見ると歌川の影も形もなかった。

 

(マジでどこ行った?まるで消えたとしか……っ?!)

 

俺は慌ててレーダーを起動する。

 

するとマーカーが直線に俺の方向に向かっていた。

 

(……歌川の奴、まさか…?!)

 

考えられるのはそこまでだった。

 

 

 

 

虚空から現れた歌川がスコーピオンで俺の首を刎ねたからだ。

 

「ちっ……」

 

俺は舌打ちをしながらベイルアウトした。

 

 

 

 

マットに叩きつけられると同時に通信を入れる。

 

「開始早々カメレオン使ってくるとは良い性格してんじゃねぇか」

 

『比企谷先輩に寄られるとかなり危ないので寄られる前に攻めた方が良いですから』

 

「その言い方俺が不審者みたいだから止めろ。次行くぞ」

 

『はい』

 

今回は速攻で負けたが次こそは……

 

 

 

そう思いながら転送された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9戦目か終わってマットに叩きつけられる。

 

今のところ戦績は3ー6と負けが決定している。

 

しかも俺が勝っている理由はとにかく隙を作ってからのテレポーター奇襲で真っ向勝負だとかなり分が悪い。

 

剣の腕なら付いていけるが弾丸トリガーの経験の差によって負けている。何しろ俺のハウンドはカメレオン対策以外は余り効果がなくて、歌川のアステロイドとメテオラは俺を倒す立派な武器として活躍してるし。

 

ラスト1本、最後は勝つ。

 

(……今の今まで使わなかった最後のトリガーを使えばいけるかもしれん)

 

 

「じゃあラスト行くぞ」

 

『わかりました』

 

 

 

最後の一戦が始まる。

 

 

 

 

転送されたステージは河原だった。最後の一戦が河原って完全にチンピラの決闘みたいだな。

 

そう思いながらスコーピオンを出して歌川に投げつける。

 

歌川はそれを避けると同時にトリオンキューブを放ってくる。それがアステロイドかメテオラかわからないので俺は防がないで避ける選択をした。

 

そして走りながらメインとサブのハウンドはそれぞれ8分割、計16発のハウンドを歌川に放つ。試合終盤になってようやくマトモに分割出来るようになった。

 

放ったハウンドは歌川を追尾するように動く。勝手に追ってくれてマジで便利。

 

歌川はシールドを張って防ぐのでその隙に詰め寄る。

 

俺は右手からスコーピオンを振り下ろしシールドを叩き割る。そして割ると同時にスコーピオンを跳ね上げて歌川の首を狙う。

 

しかし歌川も首を少しズラして避ける。マジかよ。ノーダメージは想定外だ。

 

若干驚いているともう1本にスコーピオンが振るわれてくるので紙一重で避けようとする。しかし完全には避けきれずに肩からトリオンが漏れる。

 

それを認識すると同時に後退を止めて再び歌川に詰め寄りスコーピオンを振るう。歌川はそれに対してスコーピオンを2本出して受け太刀をする。

 

1本は折れたがもう1本で防ぐことに成功した。

 

やっぱり地力の違いがあるな。真っ向勝負じゃ勝てない。

 

そう思って俺は歌川の腹に蹴りを入れる。

 

いきなりのトリオンじゃない攻撃で予想外だったのか体勢を崩している。今がチャンスだ。

 

(……テレポーター!)

 

内心そう叫びながらテレポーターを起動する。

 

それと同時に俺は歌川の横に現れる。狙いは首。これでこの勝負は勝った。

 

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

俺のスコーピオンは歌川の首を刎ねる事は出来なかった。

 

(……何でだ?歌川の首にはちゃんと狙いを定め……?!)

 

俺は歌川の首を見て驚いてしまった。

 

 

 

 

何と歌川の首にはいつの間にかスコーピオンが展開されていて俺のスコーピオンを防いでいた。

 

「……比企谷先輩はテレポーターを使うと必ず首を狙ってくるから読めましたよ」

 

ちっ、一撃で仕留める為に毎回首を狙い過ぎたか!

 

攻撃に失敗してしまった。となると今度は歌川のターンだ。

 

歌川は膝からスコーピオンを伸ばしてきて俺の左足を斬り落とした。

 

(……しまった。機動力が落ちた)

 

もちろんそんな俺を待ってくれる訳もなく歌川はガンガン攻めてくる。何とか頭と心臓は守っているが俺の肩、肘、腹とあらゆる場所からトリオンが漏れる。

 

(……このままじゃジリ貧だ。こうなったらアレを使うか)

 

 

そう思いながら俺は後ろに高く跳んだ。その高さは地面から6メートルくらいだ。

 

それに対して歌川は手からトリオンキューブを出してくる。この一瞬が勝負だ。

 

 

「アステロイド!」

 

歌川がそう呟くと同時にアステロイドが放たれる。アステロイドは一直線に俺の元に向かっている。

 

(……今だ!)

 

俺は内心そう叫びながら口を開ける。

 

 

「グラスホッパー」

 

そう呟いて俺の足元の近くにジャンプ台トリガー『グラスホッパー』を設置する。

 

それを踏むと同時に俺はアステロイドの真下を潜り地面に向かって一直線に飛んでいく。

 

歌川を見ると驚いているのが目に入った。まあ今までの9戦で1回も使ってないからな。てか使う前にやられただけだ。

 

俺はそのまま地面に向かって飛んでいるが思った事がある。

 

 

 

 

(……アレ?てかこれ速くね?)

 

 

というかここまで速いとは思わなかった。これ攻撃に繋げられるかのか?

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は勢いを止められず攻撃に繋げられないまま頭から地面にぶつかった。

 

それによって俺は地面に突っ伏した。

 

「………」

 

歌川から視線を感じる。トリオン体だから痛みは感じないが心が痛い。

 

「……すみません」

 

歌川から謝罪の言葉が聞こえると同時に俺は首を刎ねられた。

 

(……最後間抜け過ぎだろ?しかもこれモニターに映ってたら新しい黒歴史の誕生じゃね?)

 

 

そんな事を考えながら俺はベイルアウトした。

 

 

 

『10本勝負終了 勝者歌川遼』

 

こうしてB級に上がって初めての個人ランク戦は何とも言えないまま幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

マットに叩きつけられた俺はため息を吐きながらブースから出た。

 

 

すると視界には何とも言えない表情をした熊谷と苦笑している照屋がいた。おいマジか?よりによって顔見知りに見られるとか死ねる。

 

「あー、お疲れ比企谷」

 

熊谷が苦笑いしながら話しかけてくる。

 

「……見てた」

 

「……うん」

 

やっぱりな。予想はしていたがはっきり言われるとキツい。

 

「仕方ないですよ。まだ慣れてないトリガーなんですから。これから頑張って使いこなせるようになりましょう」

 

照屋はそう言って励ましてくる。ヤバい、優しさが身に染みて泣きそう。

 

そう思っていると歌川もブースから出てくる。表情は苦笑いだ。

 

「あー、悪かったな。最後の試合があんな締まらなくて」

 

対戦相手の歌川には本当に申し訳ない事をした。

 

「いえ。寧ろ成功していたら負けていましたよ。正直言ってあの速さは今の俺じゃ見切れませんでしたし」

 

そう言ってくるとは……しかも含むものもないし。やっぱり後輩組は優しいな。

 

「まあ今回は色々と勉強になった。もう少しトリガーについて理解を深めたらまた付き合ってくれ」

 

「わかりました。その時には俺も強くなってますから」

 

「というか比企谷、あんた何時B級に上がったの?」

 

「今日」

 

「え?!そうなの?!おめでとう」

 

「おめでとうございます」

 

「ああ。サンキューな」

 

「あ、そうだ。折角だし今から比企谷のB級昇格祝いでもしない?」

 

「止めろ。あんな負け方した俺に鞭打つな」

 

あんな負け方をして祝われても微妙な気分になるだろう。

 

「まあそうね。じゃあ私や文香や巴君がB級に上がったらやらない?」

 

えー、マジで?俺祝い事とか苦手なんだけど。今までも誘われたから行くと言ったら苦い顔とかされたし。てか俺なんかの為に祝う必要ないだろ?

 

俺が苦い顔をしていたのか熊谷と照屋が詰め寄ってくる。

 

「あんた今苦い顔してたけど『どうせ俺なんかが……』とか思ってたんでしょ?私はあんたが来る事に文句なんて一切ないから。てか来なさい」

 

「熊谷先輩の言う通りです。私は比企谷先輩の昇格を祝いたいですから是非参加してください」

 

怖い。熊谷さん怖いですから。その『ネガティヴ発言は許さない』みたいな雰囲気は出さないでください。

 

……まあ2人が本気でそう思ってくれてるのはわかる。

 

だったらもう一度勇気を出してもいいだろう。

 

「じゃあ……行ってもいいか?」

 

不安混じりに聞くと

 

「「もちろん」」

 

いい笑顔で返された。それを聞いた俺は本当に嬉しく思った。

 

 

 

 

 

こうして初のB級個人ランク戦は終わり、後日祝賀会に参加することが決まった。



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比企谷八幡は初めての防衛任務に挑む

ヒロインについては書いている内に考えてみる事にしました。アドバイスをくださった皆様ありがとうございました


2月4日、ちょうど総武高校の入試10日前だ。熊谷と照屋に言われて数学が少し伸びて好調な気分の中、憂鬱な気分になってしまった。

 

 

B級に上がってから3日。

 

遂に初の防衛任務だ。B級はトリオン兵討伐の出来高で給料が決まるので頑張らなきゃいけない。

 

金を稼ぐ為ある程度の事は我慢するが……

 

 

(いきなり知らない人と組むのは緊張するな)

 

俺は今回組むチームの作戦室の前にいる。

 

ったくいきなり知らない人と関わるようになるなんて……今のままじゃヤバイので少しでもコミュ力を上げないとな。

 

 

そう思いながらインターホンを鳴らす。

 

『ほ〜い。どちらさま〜?』

 

おっとりした女子の声が聞こえてくる。女子かよ?!ただでさえ会話が苦手なのに……

 

「えっと……すみません。今日の3時からそちらの隊と防衛任務をする比企谷と申します」

 

『お〜。聞いてるよ。入って』

 

そう言われると同時に扉が開くので中に入るが……

 

 

(……随分と生活感が溢れているな。作戦室ってこんな感じなんだ)

 

そこはゲームや雑誌、シャツや鞄など色々な物が散らばっていて住んでる感じがある。てかこれ家じゃね?

 

そう思っているとふわふわした雰囲気を醸し出している女子が近寄ってくる。

 

「太刀川隊の国近柚宇だよ。よろしくね〜」

 

「は、はい。個人の比企谷八幡です。よろしくお願いします」

 

よし、何とか今回は噛まずに済んだ。俺も成長したな。

 

(……にしても初めて組む部隊がA級1位とはな)

 

俺が今日組むのはつい最近A級1位の東隊が解散して代わりに1位になった太刀川隊だ。

 

隊長が個人総合ランクで1位の太刀川慶さんが率いる部隊が初めて組むって運が良いんだが悪いんだか……

 

「太刀川さんと出水君は任務開始10分前に来るから少し待っててね〜」

 

「あ、すみません。少し早く来過ぎましたか?」

 

流石に30分前は早過ぎたか?

 

「気にしないでいいよ〜。それより比企谷君」

 

そう言って国近先輩は真面目な表情をして俺を見てくる。何だ?初陣だから心構えを説いてくれるのか?

 

俺も真剣な表情をして国近先輩を見る。さあ、何を言ってくるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷君、ゲームは得意?」

 

………は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15分後……

 

俺は今テレビの前で大乱闘を国近先輩と2人でやっている。ちなみにルールはストック10だ。

 

大乱闘は小町や日浦としょっちゅうやっているからかなり自信があるが国近先輩はかなり強い。

 

しかしやるからには勝つ。

 

俺は配管工を操作して何でも食べるよくわからない生物から距離をとり、くす玉を割る。

 

すると大量の動く爆弾が現れるので地面に落ちる前に手に取り投げつける。

 

国近先輩は巧みに操作をして爆弾を躱す。しかし俺はそれと同時にもう1つ拾って投げつける。

 

投げつけた爆弾は何とか当たる。それによって未確認生物は爆発に巻き込まれ画面外に飛んで行った。

 

『GAME SET!!』

 

そんなアナウンスが流れて配管工がはしゃいでいる画面に変わった。今回は俺の勝ちのようだ。

 

BGMを聞きながら国近先輩を見るとプルプル震えているがどうしたんだ?

 

「……あの、国近先輩?」

 

おそるおそる尋ねると国近先輩はこちらを見てくる。

 

 

そして…….

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁ〜!!」

 

いきなり泣きながらヘッドロックをかけてきた。

 

(……はい?!)

 

いきなりどうした?ゲームに負けて泣くとか完全に予想外だ!!

 

てか背中!背中に何か柔らかい物が当たってますから!!偶に小町や日浦に抱きつかれる時はあるがあの2人とはレベルが違うくらい柔らかいな!!

 

「ちょ、ちょっと!!落ち着いてください!」

 

慌てて引き離そうとするが全然引き剥がせない。てか力強いから!

 

「うわぁぁぁ〜!」

 

そして更に締めが強くなる。ヤバイ……これは

 

 

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

「遅れて悪いな。ちょっと怖い師匠からの説教が長引いて……」

 

「うーっす。お、もう新人は来て……」

 

髪がモジャモジャした人と金髪の2人組が作戦室に入ってきて俺達を見て黙る。

 

そして「あー」と全てがわかっているようなため息を吐く。どうやら事情はわかっているようだが知ってるなら助けてください。

 

その後国近先輩が泣き止むまでヘッドロックを受けた。

 

 

 

 

「はっはっは。防衛任務初日から国近からヘッドロックをくらうなんてついてないな」

 

笑いながら肩を叩いてくる。まあついてないのは確かかもな……

 

 

「あ、俺は隊長の太刀川慶な。よろしくな」

 

「俺は部下の出水公平。よろしく」

 

「B級個人の比企谷です。よろしくお願いします」

 

そう言って頭を下げる。

 

「おう。よろしくな。んじゃ早速だが警戒区域行くから付いて来い」

 

「……うす」

 

そう言って作戦室を出る。

 

「比企谷君、初めてだけど頑張ってね〜」

 

後ろからは既に泣き止んだ国近先輩が激励の言葉をかけてくる。とりあえず泣き止んで良かった。

 

安堵の息を吐きながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それで基本的には市街地と警戒区域の境界あたりを巡回するって感じだな」

 

「つまり市街地にトリオン兵が出ないことを最優先にすると?」

 

「そういうことだ」

 

本部から出た俺は現在、警戒区域にある民家の屋根の上に立って太刀川さんから防衛任務の基本的な流れを聞いている。しっかり聞いて今後も頑張らなくてはいけないな。

 

「そんな肩に力入れんなよ。気楽に行け、気楽に」

 

出水はそんな事を言ってくるが……

 

「こっちは初めてなんだよ。無茶言わないでくれよ」

 

「まあそうかもしれないが力の入れ過ぎはミスの元だ。今回は俺がお前のフォローにまわるから安心しろ」

 

そう言われると少し安心する。やっぱりA級1位の言葉には安心感があるな。

 

そう思っている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の正面から黒い門が現れた。そして門からはモールモッドが1体出てきた。

 

『来たね〜。太刀川さん達の真ん前にいるからよろしく〜』

 

国近先輩から通信が入る。いよいよか。

 

息を1つ吐くと太刀川さんが俺の方を向いてきて……

 

 

 

 

 

「比企谷、モールモッド1体いるが、お前の実力を見たいからお前がやってみろ」

 

そんな事を言ってくる。顔は笑っているが目は真剣だった。

 

(……まあモールモッドには借りがあるから構わない)

 

「わかりました」

 

「もしもヤバくなったら俺と出水がヘルプに入るから全力でやれ」

 

「頑張れよ」

 

「はい」

 

そう言われて腕からスコーピオンを出す。

 

訓練じゃない初めての実戦。ゲームだと訓練と実戦は同じくらい簡単だがここは残念ながら現実だ。上手くいく保証はないだろう。

 

 

しかし不思議と不安はない。

 

初めて戦った照屋、お互いに何度も訓練した熊谷や巴、格上として何度も俺と戦った歌川や菊地原……

 

あいつらと戦った経験があるのか不安はない。ただ今まで自分が磨いた腕を目の前にいるモールモッドに見せるだけだ。

 

 

俺は息を1つ吐いてモールモッドに突っ込んだ。

 

するとモールモッドは背中から6本の腕を出してくる。

 

(……先端のブレードはクソ硬い。狙うはブレードの付け根部分)

 

モールモッドの特性を頭の中で思い直しながら距離を詰める。

 

それと同時にモールモッドはブレードを振り下ろしてくる。

 

もう奴の癖は理解している。6本まとめて振り下ろした後は隙が出来る。

 

「グラスホッパー」

 

俺はそう呟いて自分の足元にグラスホッパーを設置してブレードが振り下ろされる前に真上に跳び上がる。

 

下を見るとモールモッドは地面にブレードを叩きつけていた。

 

それを確認すると同時に再度グラスホッパーを踏んで一直線に落下する。

 

初めて使った時は勢い余って地面に激突したがあれから何度も練習してグラスホッパーによって起こる速さには慣れた。

 

勢いに乗ったままスコーピオンを振るいながら地面に着地する。

 

俺が起き上がりモールモッドを見ると左側の付け根を斬ったブレード3本が地面に落ちる。

 

それを確認すると同時にモールモッドは残った3本のブレードを振るってくる。

 

対して俺は退かずに前へ踏み込む。初めて戦った時はブレードは2本までしか対処出来ないと思っていたが今なら大丈夫だろう。

 

振り下ろされるブレードをスコーピオンで逸らし空いている左手を弱点の目に向けてサブトリガーを起動する。

 

「ハウンド」

 

それと同時に左手からトリオンキューブが現れて分割されないまま放たれる。

 

 

 

 

 

 

そして放ったハウンドは弱点の目に向かって飛んでいき、そのまま穿った。

 

モールモッドは目から緑色の煙を出すと同時にブレードを止めて地面に倒れこんだ。

 

(ふぅ……初めての実戦は成功か)

 

あれから何度もモールモッドのデータを見直した努力が報われて良かった。

 

息を吐いて呼吸を整えていると後ろから拍手を受ける。

 

振り返ると太刀川さんと出水が拍手をしていた。

 

 

「よー、お疲れさん。初めてにしちゃ中々良かったぜ」

「この実力なら1ヶ月もしないで支障なく防衛任務をこなせるぞ」

 

「……あざす」

 

マトモに褒められたのは久々だから対処に困ってしまう。とりあえず目を逸らしながら礼を言う事しか出来なかった。

 

「そんじゃ、比企谷の実力もわかったし本格的に防衛任務に入るぞ。前衛は俺と比企谷で、出水は比企谷優先で援護な」

 

「うす……」

 

「出水了解」

 

え?何?返事する時は了解って返事しないといけなかったのか?だとしたら次から気をつけよう。

 

そう思いながら配置についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから3時間……

 

防衛任務をこなしている俺は正面から来るバムスターに飛びかかり弱点の目を削る。今のでバムスターの群れは終わりだ。

 

そう思いながら太刀川さんの所を見ると凄まじい光景が目に入る。

 

太刀川さんが剣を振るう度にトリオン兵はなす術なく斬られていく。

 

そして太刀川さんや俺を狙う砲撃型トリオン兵、バンダーって奴は俺達の後ろにいる出水が正確無比な射撃で殲滅させている。

 

 

(凄い。これがA級1位の2人かよ……!)

 

 

凄い、それ以外の言葉では言い表せない。

 

圧倒的な剣才を持つ太刀川さんに、圧倒的なトリオン制御能力を持つ出水。たった2人しかいないのに百人力としか言いようが無い。

 

おかげで初めての防衛任務だが全く緊張せず恐れる事なくこなせている。初めて組むのがこのチームで良かったな。

 

そう思っていると太刀川さんが残ったモールモッドを弧月専用のオプショントリガー『旋空』で一掃した。いや、マジで強過ぎるからな?

 

圧倒的な実力に戦慄していると国近先輩から通信が入る。

 

『防衛任務終了だよー。トリオン兵の回収は次の嵐山隊が引き継ぐから皆はそのまま本部に帰還してね〜』

 

「了解っと。んじゃ帰るぞ。比企谷は中々筋が良かったぞ。強くなったらランク戦しようぜ」

 

そう言って肩を叩いてくるが個人総合1位とのランク戦なんて恐れ多いだろ!!無理無理無理。いくら強くなっても瞬殺される未来しか見えないですから。

 

「は、はぁ……」

 

俺は曖昧な返事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

基地に戻り太刀川隊の作戦室に戻り報告書とやらを書き始める。

 

中学生にも報告書を書かせるとは……本当に職場みたいだ。

 

そう思いながら巡回時間や倒したトリオン兵の種類や数を記入した。これが給料に関わるのは簡単に予想が出来るので間違いないように記入しなくてはな。

 

 

念入りを報告書を書き終えると太刀川さん達も書き終えたようだ。それを太刀川さんに渡せば今日の防衛任務は終わりだ。

 

「ほいっと。……って、比企谷報告書書くの上手いな。今度組む時は俺のも書いてくれよ」

 

……え?

 

「だーっ!自分の報告書は自分で書いてくださいよ!また本部長に怒られますよ!」

 

予想外の言葉に呆れていると出水が太刀川さんに説教をしていた。どういう事だ?

 

そう思っていると出水が話しかけてくる。

 

「報告書き終わってるなら上がっていいぜ。それと太刀川さんから頼み事されてもはっきり断われよ」

 

「お、おう。じゃあ今日はこれで失礼する」

 

「おう。またな」

 

「今度俺ともランク戦しようぜ」

 

「お疲れ〜」

 

3人から挨拶を受けて俺は頭を下げて作戦室から出た。さーて、今日は帰るか。

 

そう思いながら廊下を歩きエレベーターを待つ。

 

そして俺がいる階に着いたのでドアが開くと

 

「あ、比企谷じゃん」

 

熊谷がいた。

 

「よう。お前は訓練帰りか?」

 

「うん。それと今日文香がB級に上がったよ」

 

「マジか?そいつはめでたいな。ちなみにお前はどうなんだ?」

 

「私は3924で巴君は3895だから今週にはB級に上がれると思う」

 

「ほう」

 

顔見知りがB級に上がるのは何というか……嬉しいな。

 

「そういえばあんたは今日防衛任務だったんでしょ?どうだった?」

 

興味津々に聞いてくる。

 

「それが組んだチームがA級1位の太刀川隊でメチャクチャ頼りになった」

 

あれは完全にラッキーとしか思えない。

 

「そうなんだ!初めからそんなチームと組めるなんて運がいいわね!」

 

「それについては否定しない」

 

そう返すと1階に到着したのでエレベーターから出る。

 

「お前は帰んのか?」

 

「私はご飯食べてから個人ランク戦やるから帰らないわね。あんたは?」

 

「俺は小町が飯作ってくれてるから帰る」

 

「そっか。あ!それと携帯番号教えてよ。文香達がB級に上がったら祝賀会するって言ってから連絡手段欲しいし」

 

マジで?中2の頃色々あって女子とはメールしないと思っていたが……

 

 

(……まあ熊谷なら大丈夫か)

 

熊谷と知り合ったから一月も経ってないが裏表のない熊谷なら大丈夫だろう。

 

「わかった。ほらよ」

 

そう言って熊谷に投げ渡す。

 

「私が打つの?というか比企谷、あんた迷わず携帯渡せるって凄いね」

 

「別に見られても困るもん入ってないし」

 

まあ本当の理由は携帯番号の交換なんて殆どしないからやり方を知らないだけだ。

 

「ほい。入れといたよ。私達がB級に上がったら連絡するね」

 

「おう。サンキューな」

 

「どういたしまして。じゃあまたね」

 

そう言って熊谷は食堂に向かって歩き出した。俺は熊谷が見えなくなるまで見送ってから基地の出口に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして3日後の夜……

 

 

 

from:熊谷友子

 

件名:B級昇格祝賀会について

 

私と巴君B級に上がったし前言ってた祝賀会やるから

 

明日、以前小町ちゃんや茜と食べた洋食屋でいい?

 

 

 

 

そんなメールが来ていた。どうやらB級に上がったようだな。

 

俺は『了解した。集合時間が決まったら連絡頼む。それとB級昇格おめでとう』と返信して布団に入った。

 

 

 



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比企谷八幡は中学最大のイベントを終わらせる

こんにちは。

突然ですが活動報告でアンケートをやっていますのでよろしければ記入お願いします。

それでは本編へどうぞ


 

 

 

 

熊谷からメールを貰った翌日……

 

大雪の中俺は走っている。何てこった……炬燵で寝落ちしたらかなり際どい時間になっていたので全力疾走をしている。

 

俺が目的地に到着すると店の前には照屋、巴、熊谷がいた。

 

「すまん遅れた」

「遅いよ比企谷。何かあったの?」

 

「炬燵で寝落ちした」

 

「比企谷先輩、炬燵で寝るのはダメですよ」

 

照屋に注意される。こいつの「めっ」って指を立てて注意するの似合うな。

 

「まあまあ。比企谷先輩も来たんですしお店に入りましょうよ」

 

「おう。てか歌川と菊地原は?」

 

「歌川君は家の用事で菊地原君は興味ないだって」

 

……うん。あの捻くれ野郎ならそう言うと思ったぜ。

 

「いやあんたも十分捻くれてるからね」

 

熊谷がいきなりそんな事を言ってくるが人の心を読むな。

 

内心熊谷に突っ込みながら店の中に入る。

 

 

 

 

 

 

店の中に入りそれぞれ注文をする。

 

1番初めにドリンクが来たので全員がグラスを持つ。

 

「じゃあ……全員B級に上がった事を祝って……乾杯!!」

 

「「乾杯!!」」

 

「乾杯」

 

4人でグラスをぶつける。そして各々飲み始めると音頭をとった熊谷がジト目で見てくる。

 

「比企谷、もうちょっと元気に言いなさいよ」

 

まあ祝い事をする時は元気な方がいいだろう。それはわかる。それはわかるが……

 

「じゃあ熊谷。俺が元気に言ってるところを想像してみろ」

 

「……ごめん」

 

熊谷が謝ってくる。ほらみろ。元気な俺なんて俺じゃねーよ。ハイテンションの俺とか不気味過ぎだからな?

 

「まあそれはともかくこれで俺の顔見知りは全員Bに上がったな」

 

「そうね。ところで比企谷と文香はどんなトリガー構成にしたの?」

 

「あ、それは俺も気になります。俺と熊谷先輩はまだトリガー構成決めてないので参考にしたいです」

 

「教えるのは構わないが照屋はともかく俺のは絶対に参考にならないぞ」

 

何せここにいる4人の中で俺だけメインがスコーピオンだし。

 

「まあそうかもね。でもあんたのトリガー構成は予想がつかないから気になるよ」

 

「あっそ。俺はメインでスコーピオン、シールド、ハウンドにグラスホッパーでサブにバッグワーム、シールド、ハウンド、テレポーターだ」

 

「ハウンドを入れているという事は万能手を目指してるんですか?」

 

巴がそんな事を聞いてくるが……正直微妙なところだ。一応射撃トリガーは入れているが……

 

「あんまり考えてないな。ハウンドはあくまで牽制でトドメがスコーピオンのつもりだからな。もし万能手を目指す事になったらアステロイドは入れるだろうし。てか熊谷はトリガー構成決めてんの?」

 

「私?私はとりあえず弧月だけかな。射撃トリガーは弧月でマスターになったらって考えてる」

 

まあ1つに絞るのも選択の1つだろう。現に太刀川さんは弧月1種類だけで最強の地位にいるしな。

 

「私は万能手を目指していますので射撃トリガーは入れてますね」

 

「へえ。文香は何入れてんの?」

 

「メイントリガーに弧月、旋空、シールドでサブトリガーにはアステロイドとハウンドとシールドとバッグワームです」

 

「随分とバランスタイプだな。銃は使うのか?」

 

「はい。突撃銃タイプの銃型トリガーにしました」

 

「銃型トリガーって扱いはどうなんですか?」

 

「そうね……初めは銃を撃った事がないから緊張したけど慣れれば良い武器ね」

 

ほー、まあ俺としても銃を撃つのは興味があるが手が塞がれるのは割と痛いからなぁ……。それに手を斬り落とされたら銃は使えないし。

 

「巴はトリガー構成はイメージ出来てんのか?」

 

「一応照屋先輩と同じように万能手を目指していますが射手タイプにするか銃手タイプにするかは決めてないですね」

 

「じゃあひとまず弧月だけ鍛えて組むチームによって決めたらどうだ?」

 

巴の入るチームによってからでも遅くはないだろう。

 

「それもそうですね。ありがとうございます」

 

「おう、気にすんな」

 

「そういえば文香は防衛任務どうだった?」

 

「あ!それは俺も気になります」

 

「てかそれ以前に何処のチームと組んだんだ?」

 

「私は風間隊ですね。歌川君や菊地原君と顔見知りもいた上、風間さんは凄く頼りになる人でした」

 

ああ、あの人確かにクールでかっこいいからな。頼りになる雰囲気があるし言いたい事は理解できる。

 

「それで防衛任務なんですけど終盤にモールモッドを倒す事が出来ました」

 

嬉しそうに顔を綻ばせている。その笑顔を見るとこちらとしても気分が良くなってくる。

 

「私も早く防衛任務をやってみたいわね」

 

「まあお前は受験終わってからにしろよ」

 

確か第一中学の試験日は1週間切ってるし。

 

「それもそうね。あんたは受験大丈夫なの?」

 

「ん?死ぬ気で数学やったから少しは伸びたから大丈夫だと思う」

 

てかあれだけやって落ちたら泣くぞ?

 

「そう。頑張ってね」

 

「お前もな。さっさと終わって防衛任務に集中したい。受験さえ終われば高校入学までかなり暇だから大量に防衛任務をやりたい」

 

俺がそう言うと事情を知っている照屋だけは真剣な表情で俺を見てくる。

 

「頑張ってお金を稼いでくださいね。……ところで比企谷先輩は何処のチームに入る事は考えているんですか?」

 

照屋はいきなりそんな事を聞いてくる。チームだと?また難しい質問だな。

 

「特に考えてないな」

 

正直言って俺が誰かとチームを組むのは想像出来ん。ボーダー入って多少はコミュ障が改善されているが知らない人が多い場所に馴染めるのは難しいだろう。

 

「あ、でもこの間茜と会ったけど、もしボーダーに入隊出来たらあんたとチームを組みたいって言ってたよ」

 

マジで?……まあ知り合い、しかも割と仲の良い奴なら……

 

「まあその話はあいつが入隊出来てからでいい。とりあえず今は組む気はない」

 

少なくとも入隊出来るかはまだわからないんだ。そういう話は入隊出来てからでいい。

 

「ところで照屋はどうなんだ?」

 

照屋の場合、今期でトップクラスの実力で美人で優しいときてるし、争奪戦が激しくなりそうだ。

 

「私ですか?そうですね……支えがいのある人はいるんですけどその人はもうチームに入っていますから今のところは特に考えていないです」

 

「支えがいのある人?誰だそれ?」

 

「嵐山隊の柿崎さんです」

 

「柿崎さん?何だ知り合いなのか?」

 

「いえ。2年前にテレビで見た時にあの人は支えがいがあると思ったんです」

 

2年前って言えば嵐山さんと柿崎さんがボーダーの宣伝番組に出てたと思う。まああんまり記憶にないけど。

 

「あ、俺もそれ見てかっこいいと思いました」

 

巴も見ていたようでかなり好評みたいだ。

 

「まあ柿崎さんは嵐山隊にいるから無理だろうな。これからゆっくり違う支えがいのある人を探してみたらどうだ?」

 

「そうですね。とりあえず私は今のところチーム入りは考えていないですね」

 

「私も自分の実力を向上を優先したいからあんまり考えてないな。巴君は?」

 

「俺もですね。先ずは自分自身が強くならないとダメですし」

 

どうやら全員現時点ではチーム入りは考えてないようだ。

 

そう結論づけていると頼んだ料理がやってきたので話すのを一旦止める。

 

それと同時に香ばしい料理がテーブルの上に並べられるので各々料理に合った食器を取り出した。

 

料理が全て並ぶと同時に全員で手を合わせ挨拶をする。

 

 

 

「「「「いただきます」」」」

 

挨拶を交わして食事を始める。やっぱりこの店の料理は最高に美味いな。

 

 

「美味しいですね」

 

「まあな。外食は余りしないから新鮮に感じる」

 

「普通は中学生はこういうお店じゃなくてファミレスだからね。そう言えば総武高はいつ試験なの?」

 

「バレンタイン」

 

今年は確か2月14日だったと思う。俺が嫌いなリア充が騒がしい日だ。中2の頃は特に騒がしかったし。そんな日に試験でも問題ない。

 

「頑張ってくださいね」

 

「おう。ところで巴、お前はどこ中行くんだ?」

 

「俺は第二中学です」

 

「私の所ね」

 

第一は碌な面子がいないから正しい判断だろう。まあ巴は知らないだろうけど。

 

「中学になったら小学校と変わりますか?」

 

「勉強だね」

 

「勉強ね」

 

「勉強だな」

 

3人が一斉に答える。小学校から中学校に変わった時に一番感じたのが勉強だ。算数は数学となり、理科は生物だの物理とか細かくなってより深い勉強となったくらいだ。

 

「小学校のテストは勉強しなくてもある程度は取れるが中学校のテストは勉強していてもガチでヤバいぞ」

 

クラスでも勉強しなくても余裕だぜ、とか言ってる奴がテストになって焦るのは毎回恒例だし。

 

「そうね。私も中1の時は驚いたわ」

 

熊谷が意見に同意する。

 

「そうですか。色々とありがとうございます。俺、頑張ります」

 

そう言って意気込む巴を見て軽く笑いながら食事を再開した。

 

 

 

祝賀会はこんな調子で楽しいまま終わった。

 

 

 

 

 

 

 

食事を済ませ食後のコーヒーを飲んで祝賀会はお開きとなった。

 

 

「んじゃまたな」

 

「比企谷先輩と熊谷先輩は受験頑張ってくださいね」

 

「ありがとう文香」

 

「先輩達の受験が終わったらこの4人で防衛任務しましょうね」

 

巴の意見に全員が頷く。同期として競い合ったこのメンバーで防衛任務とは柄じゃないがワクワクする。

 

「じゃあまたね」

 

熊谷がそう言って全員がそれぞれの帰路についた。

 

(……さて、帰ったら勉強やるか)

 

どうせやるなら合格して楽しい気分で防衛任務をしたいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あったけぇな」

 

帰宅した俺は即座に炬燵に入る。やっぱり帰ったら炬燵に限る。

 

俺はそのまま鞄から教材を取り出して勉強を始める。試験まで余りないし少しでも数学を向上しておきたいし。

 

 

 

暫くの間勉強していると玄関から物音がしてリビングの扉が開いた。

 

「あ、お兄ちゃんただいまー」

 

「八幡さんこんにちは!」

 

小町と日浦が入ってきた。すると同時に飼い猫のカマクラが日浦に近寄っている。あいつ……俺の時は飯を準備した時しかこないのに。どんだけ俺は舐められてんだ?

 

「やっぱりカマクラ可愛い〜!」

 

そう言って日浦は頬ずりをしている。その顔は本当に幸せそうだ。

 

(……うん。これだけ可愛がってるなら懐かれて当然だな)

 

そう結論づけて2人に話しかける。

 

「おかえり。日浦はいらっしゃい。今日は飯食ってくのか?」

 

「はい!というより明日は土曜日ですからお泊りしに来ました!」

 

「わかった。一階で遊ぶならどくぞ?」

 

「ん?いいよ。小町の部屋で遊ぶから。お兄ちゃんは炬燵で勉強してて大丈夫だよ」

 

随分気遣いのできる妹になったな。お兄ちゃん嬉しい。

 

「サンキュー」

 

「いやいや」

 

「勉強頑張ってくださいね!!」

 

2人に励まされて一層やる気を出して勉強に励んだ。

 

(……この調子なら行けるな)

 

俺は少し前の自分以上に自信を持ちながら問題を解く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決戦の日は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

2月14日、試験当日

 

今日は雪は降っているが大雪ではなかった。昨日の予報では大雪になる可能性があると言っていたので良かった。これなら電車も止まらないだろう。

 

「受験票持った?筆記用具やハンカチある?」

 

小町が心配そうに確認してくるので再度確認する。……全部あるな。

 

「大丈夫だ。全部ある」

 

すると小町は笑顔で頷く。

 

「よし!はい、じゃあこれ!」

 

そう言って小町はラッピングされた包みを差し出してくる。これって……

 

 

「チョコか?」

 

今日はバレンタインだしそう考えてもおかしくない。

 

「うん!試験のお昼休みにでも食べて頭をリフレッシュしてね!」

 

何て良い妹なんだよ。やっぱり俺の家族は最高だ。

 

嬉しくなった俺は小町の頭をワシャワシャする。

 

「ありがとな。頑張ってくる」

 

「うん!」

 

そう言って顔を見合わせる。俺が言う事はただ1つだ。

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい。気をつけてね」

 

小町に笑顔で見送られながら俺は駅に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

駅に着いて切符を買おうと券売機に行こうとした時だった。

 

 

「八幡さん!!」

 

聞いた声がしたので振り向く。

 

「……日浦?どうしてここに?」

 

目の前には日浦がいた。てかお前ここは通学路じゃないだろ?何でいるんだ?

 

「は、はい!これどうぞ!!」

 

そう言って差し出してきた物はラッピングされた包みだった。

 

「バレンタインチョコです。良かったら試験のお昼休みに食べてください!」

 

ヤベェ嬉しい。日浦と小町からは毎年貰っているがここまで気遣って貰えると嬉しい。

 

「サンキューな。ありがたく貰うぜ」

 

「はい!それとこれもどうぞ!」

 

そう言って差し出してきたのはお守りだった。しかもこれ湯島天神のお守りじゃねぇか。

 

「ありがとな。チョコのお返しは来月にちゃんと返す」

 

「はい!試験頑張ってください!」

 

笑顔で頭を下げられて日浦は去って行った。

 

(……こりゃ合格しないとな)

 

 

改めて決心した俺は切符を買って改札に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

電車に乗って目的地の駅に着いた俺は係員の案内の指示に従って総武高に向かう。

 

(……中々立派な学校だな)

 

そんなどうでもいい事を考えながら指定された席に着く。

 

 

最後の復習をしているとメールが来たので見てみると照屋からで『試験頑張ってください。終わったら基地に来てくれませんか?』とメールが来ていたので『了解』と返事をする。

 

 

送信すると同時に試験官が来たので問題集を仕舞って前を向く。

 

 

そして間もなく試験が始まった。絶対に合格してやるぞ。

 

改めて決心してペンを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

午前中の試験が終わって現在は昼休みだ。

 

数学は幸い昨日集中して解いた問題が割と出たのでそこまで悪くないだろう。これで午後の国語で高得点を取れば受かるだろう。

 

少し気が楽になった俺は朝小町と日浦から貰ったチョコレートを包みから取り出して食べ始める。

 

 

「甘いな……」

 

つい声に出してしまうくらい甘かった。でも頭を使ったばかりの俺にとってはこの甘さはありがたい。しっかり休んで次の試験に挑もう。

 

俺は念には念を入れて問題集を再度見直す。合格する事を信じて

 

 

 

 

 

 

 

そして昼休みも終了して午後の試験が続き……

 

 

 

 

 

 

 

 

「試験終了です」

 

試験官のその言葉を聞いてドッと息を吐く。周りの連中も同じような空気だった。

 

解答用紙を集められて試験は終了した。

 

俺は歩きながら小町と日浦には『終わった。多分受かる』と、照屋には『終わったから基地に行く。今から30分くらいしたら着く』と送信した。

 

しかし照屋の奴何で呼び出すんだ?

 

疑問に思いながら校門を出て歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

ボーダー基地に着いた俺は扉を開ける為にトリガーを取り出す。それと同時に扉が開き……

 

 

「あ?比企谷来た」

 

扉が開くと照屋と熊谷がいた。

 

「何でお前らここにいるんだ?」

 

普通扉の外か個人ランク戦ラウンジにいるかと思った。

 

「初めは外で待ってたんだけど寒くてさ」

 

それを聞いて納得した。確かに今日は寒いからな。

 

「それはわかったが何で俺を呼び出したんだ?個人ランク戦なら構わないぞ」

 

試験も終わって暇だし。

 

「それもあるけど……はいこれ」

 

「試験、お疲れ様でした」

 

そう言って照屋と熊谷は鞄から美味そうなパッケージのチョコレートを出してきた。

 

「……え?これを俺に?」

 

 

今まで小町と日浦以外からは貰った事ないので正直信じられなかった。

 

「あんた以外に誰がいるのよ。お疲れって事ではい」

 

そう言って2人は俺の手にチョコを持たせてくる。色々と言いたい事はあるが……

 

「ありがとな」

 

そう言って頭を下げて礼を言う。先ずはお礼を言う事が第一だろう。

 

「「どういたしまして」」

 

2人からそう言われて頭を上げる。

 

「お返しはちゃんとする。そんじゃ個人ランク戦行くか?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「ちょうど試験勉強でストレスが溜まってたからね。思いっきり発散しないとね」

 

「どうでもいいがお前はまだ試験終わってないんだしやり過ぎるなよ?」

 

「わかってるわかってる。それより早く行きましょ!」

 

熊谷がそう言って走り出すので俺と照屋は苦笑する。

 

 

とりあえず中学最大のイベントは終わったんだし久々に思いっきり暴れるか。

 

そう思いながら俺も走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして1週間後、自宅に総武高の合格通知が届いて総武高に入学する事が決定した。



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比企谷八幡は同年代の正隊員とランク戦をする(前編)

お気に入り登録数が400を突破しました。読者の皆様ありがとうございます。




雪がしんしんと降る中、俺は白い息を吐きながら歩いている。

 

2月も後数日で終わる。受験が終わった俺は完全に暇なのでボーダー基地に向かっている。やる事というと防衛任務とランク戦くらいだ。

 

今日は深夜から防衛任務でぶっちゃけ夜まで暇なのでランク戦をしに来た。

 

扉が見えてきたのでトリガーを取り出してかざす。それによって扉が開いたので中に入る。

 

さっきまで寒かった場所にいたので凄く暖かく感じる。

 

冷えた体が温まる中、俺は個人ランク戦ラウンジに向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個人ランク戦ラウンジに着いた俺は早速ブースに入る。そしてパネルを見ると大量の番号が表示される。

 

(……俺のポイントは5121だからやるとしたら4500から7000くらいの相手を狙うか)

 

そう思いながら戦う相手を探す。

 

……よし。こいつにするか。

 

俺は『206 アステロイド 5923』と表示されている場所を押す。本数は……5本でいいか。

 

 

そう思いながら仮想フィールドに転送される。

 

 

 

 

 

転送された場所は……市街地A、つまりノーマルマップだ。

 

目の前には眼鏡をかけた割とイケメンな男がいた。

 

「ん?見ない顔だな」

 

眼鏡の男がそう言ってくる。歳はわからないからとりあえず敬語を使っておくか。

 

「そりゃあれっすよ。俺は今期入隊したんだからだと思いますよ」

 

実際俺を知ってる正隊員なんて同期の照屋、熊谷、巴、歌川、菊地原を除いたら俺とランク戦をした奴くらいだし。

 

「そうか。一応名乗っとくぞ、香取隊の若村だ」

 

香取って事はあの女攻撃手のチームメイトか?とりあえず自己紹介をしとくか。

 

「個人の比企谷っす。んじゃやりましょうか」

 

そう言ってスコーピオンを出すと向こうも突撃銃が出してくる。銃手タイプか。俺、基本的に攻撃手とやるから新鮮に感じるな。

 

そう思いながら俺は若村に向かって突っ込む。

 

対して向こうはガンガンアステロイドを放ってくるのでシールドを小さく展開して防ぐ。集中シールドならアステロイドを防げるだろう。

 

すると向こうはあらゆる方向にアステロイドを放ってくるのでシールドの面積を広げる。

 

面積を広げたので耐久力が下がったシールドにはヒビが入ったり穴が開いて俺の体を襲うが絶対に足は止めない。攻撃手が銃手相手に距離をとるのは愚行だ。多少ダメージを受けても攻めあるのみだ。

 

俺はスコーピオンをしまってメインのハウンドを大量に放つ。

 

対して向こうは銃を囲むように自分の頭と心臓部前方にシールドを展開してハウンドを防ぐ。

 

それと同時に俺はサブのシールドを消す。それによって若村からの銃撃に襲われる。

 

体に幾つも穴が開く中俺はテレポーターを起動して距離を詰める。

 

飛んだ先は若村の前方3メートルだ。

 

テレポートすると同時に地面スレスレまで顔を近づけながら更に距離を詰める。

 

「なっ?!」

 

若村が驚くがもう遅い。

 

俺はスコーピオンを出して一気に若村の両足を斬り落とす。

 

それによって地面に崩れる若村の後ろに回り再度スコーピオンを振るって首を斬り落とした。

 

それによってベイルアウトしたのを確認して息を吐く。先ずは一本だな。

 

そう思いながら俺自身も光に包まれた。

 

 

 

 

 

ブースに戻り息を吐く。相手は銃手だが嵐山さんみたいにスコーピオンを使うタイプじゃないようだ。それならテレポーターやグラスホッパーを使えば撹乱は出来るな。

 

そう思いながら次の試合の準備をしていると転送された。

 

 

 

 

 

 

転送されると再び正面に若村が正面に現れたので俺は若村が銃を向けると同時にメインとサブ両方のハウンドを分割せずにぶっ放す。向こうもいきなりフルアタックしてくるとは思わないだろう。

 

それと同時に俺と若村の左肩はお互いの弾丸トリガーによって破壊された。

 

(……ちっ。フルアタックはシールドを展開出来ないから攻撃を食らいやすいな。……だが俺は腕が落ちても問題ない)

 

何せ俺が入れている攻撃トリガーは全部腕がなくても使えるからだ。対して若村は銃手、しかも両手で撃つのが基本的な突撃銃タイプだから片腕になるとキツいだろう。

 

勝つのは俺だ。そう思いながら突っ込もうとした時だった。

 

若村が周りの背景に溶け込んで姿が見えなくなった。

 

(……これはカメレオン?!歌川と菊地原以外と戦うのは初めてだな)

 

レーダーを見ると横に回り込もうとしている。俺は油断せずに若村がいる方向に顔を向けてシールドを展開する。

 

ハウンドを使えば倒せるかもしれないが、カメレオン使い(歌川と菊地原)に無理に攻めて痛い目を見た俺は絶対に自分からは攻めない。

 

シールドを展開して隠れている場所から攻撃を待つ。

 

カメレオンは使うだけでトリオンを消費するから長時間は使えない。ましてや若村は腕が落ちてるからそこまで長くは使えないだろう。

 

こっからは我慢勝負だ。

 

俺からは攻撃しないで待つ。攻撃するのは若村が攻撃してきた時、もしくは一定距離に近づいた時だけだ。

 

俺はレーダーを常に意識しながらシールドを展開し続ける。さあ……さっさと攻めてこい。お前を倒す算段はついた。

 

 

 

 

暫くの間にらめっこをしていると

 

「ちっ……!!」

 

しびれを切らしたのか若村がカメレオンを解除して銃をこちらに向けて発砲してくるのでそれと同時に俺はハウンドを放つ。

 

お互いがシールドを展開して弾丸を防ぐ。

 

瞬間、俺は高くジャンプして若村を見据える。対する若村も銃を上空に向けて発砲してくる。

 

(……この1発が勝負だ)

 

「グラスホッパー」

 

 

そう呟いて俺の足元の近くにジャンプ台トリガー『グラスホッパー』を設置する。

 

それを踏むと同時に俺は弾丸の真下を潜り地面に向かって一直線に飛んでいく。

 

 

 

 

 

ここからが勝負だ。

 

以前歌川と戦った時も似たような戦法をとった。しかしあの時は地面に激突するという黒歴史を作る結果に終わってしまった。

 

あれから約2週間……俺はグラスホッパーを特訓した結果、あの戦法の成功率は8割を超えるようになった。

 

しかし確実ではない。ミスしたら地面にぶつかって隙が出来て負ける。

 

 

よって俺はグラスホッパー特攻にさらなる戦法を加えた。

 

 

 

俺は若村との距離が5メートルを切った所で新しいカードを切った。

 

 

 

 

 

 

(……テレポーター)

 

 

内心そう呟くと同時に俺は若村の真上に現れる。

 

若村はテレポーターを使ったのは理解したようだが左右を見渡しているだけで上は見ていない。

 

こいつが新しく作った戦法でグラスホッパーとテレポーターの合わせ技だ。

 

グラスホッパーを使った後、テレポーターを使うかどうか意識を散らせて相手の判断力を鈍らせる戦法だ。

 

 

 

 

はっきり言って俺はそこそこ剣の才能はあると思うが本当の天才、太刀川さんや風間さんには単純な斬り合いじゃ一生勝てないだろう。

 

でも天才達の戦闘体の耐久力は天才以外の人間と同じで個人差はないから、もし1発急所に当てる事が出来れば勝てる。

 

だからこそ俺はオプショントリガーを熟知して相手の隙を突く戦法に特化するつもりだ。オプショントリガーを駆使して相手の隙を作り、スコーピオンで一撃急所に当てる、そんなスタイルを目指している。

 

そんなスタイルは人によっては批判する奴はいるだろう。だが俺の知った事じゃない。持てるカードを使って何が悪いんだって話だ。

 

 

そんな事を考えながら俺は若村の真上から滑空して距離を詰める。

 

3メートルを切った所で向こうも気付いたがもう遅い。銃を真上に向ける前にこっちが首を刎ねる方が早い。

 

俺はスコーピオンを手から出して振るった。

 

 

そして俺の予想通り銃を向けられる前に首を刎ねる事に成功した。

 

それによって若村がベイルアウトしたのを確認して息を吐く。

 

 

 

 

調子が上がってきたな。この調子で行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして10分後……

 

『5本勝負終了 勝者比企谷八幡』

 

そんなアナウンスを聞いてブースに戻る。結果は4-1で俺の勝利。4試合で若村の胸を刺した瞬間に若村が俺の脇腹に銃口を当てて大量に銃弾を放って俺が先にベイルアウトした。

 

(……心臓を1発で刺せば勝ってたな。首だけじゃなくて心臓部を狙う練習もしとかないと)

 

 

息を吐いて次の対戦相手を探そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『良い試合だったぜ。やるなお前。次は俺とバトろうぜ!』

 

 

いきなり通信が入ってきた。

 

モニターを見ると『332 弧月 8025』と表示されていた。マジかよ?マスタークラスから挑戦が来るとはな。

 

「わかった。ところであんた誰だ?」

 

モニターには名前が表示されないから誰だかわからん。

 

『あ、悪りーな自己紹介もしないで。三輪隊攻撃手の米屋陽介だ』

 

三輪隊……てことはこいつ、元A級1位の東隊のメンバーの1人、三輪秀次の部下って事か?

 

元A級1位のメンバーが選んだ部下だ。間違いなく強いだろう。

 

(……まあ俺がマスタークラスとのどれくらい差があるか知るのも悪くないな)

 

そう判断して口を開ける。

 

「個人の比企谷だ。それで勝負形式は5本勝負でいいか?」

 

『いいぜ。そんじゃお前の所の番号押すぞー?』

 

「構わない」

 

そう返すと同時にステージに転送させる。

 

それと同時にアナウンスが流れ正面に米屋が現れる。

 

『対戦ステージ 市街地B 個人ランク戦5本勝負開始』

 

アナウンスが流れ終わると同時にスコーピオンを右手から出す。それに対して米屋も武器を………ん?!

 

 

「……槍?」

 

そこには弧月ではなくて槍があった。何だあの武器は?

 

俺の視線を理解したのか米屋は笑いながら槍を軽く手の中で遊ばせる。

 

「気になるか?こいつは俺がエンジニアと一緒に弧月を改造したんだよ」

 

へぇ……そんな事も出来んだ。

 

まあそれは今は関係ない。問題はどう対処するかだ。初めて見るトリガーだから迂闊に攻めたくない。しかし……

 

(……俺のメインはスコーピオンだ。タダでさえ守りに弱いのに対戦相手は格上だ)

 

守りに入ったら反撃に転ずる事なく負けるだろう。となると攻めしかない。

 

(……槍は狭い所や密着されるのが苦手な筈だ。1発避けて距離を詰めるしかない)

 

 

方針が決まった俺は米屋を見据える。格上相手に様子見はダメだ。速攻で決める。

 

 

俺は全力疾走をして米屋に詰め寄る。

 

対する米屋は楽しそうな表情を浮かべ槍を構える。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の首目掛けて高速で突いてきた。

 

(……速い!!でもギリギリ避けられる…!)

 

俺は首を横に動かして紙一重で穂先を避ける。

 

槍は突いたら隙だらけの筈だ。今のうちに決め……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで俺の視界は揺れた。

 

 

(……え?)

 

 

不思議に思って周りを見ると首のない俺の体があった。……え?首がないって事は……

 

(……俺の首が刎ねられたのか?でも何で?)

 

 

確かに穂先は避けた筈だ。間違いなく当たっていない。

 

 

頭の中が疑問に埋め尽くされながら俺の体は光に包まれてベイルアウトした。

 

 

 

 



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比企谷八幡は同年代の正隊員とランク戦をする(後編)

 

 

 

 

ベイルアウト用のマットに叩きつけられた俺は起き上がる。

 

(……何だったんだ今のは?)

 

俺の思考はさっきの戦闘で埋め尽くされていた。あれは確かに躱していた。にもかかわらず首が飛んだ。……どんなタネがあるんだ?

 

『先ずは1本貰ったぜ』

 

米屋から通信が入ってくる。ヤバいな……何とかしないと5本とも何も出来ないで終わる。

 

何としてもトリックを見抜いてみせる。

 

 

そう思いながら次のステージに転送させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転送されるとまた正面に米屋がいて槍を構えている。

 

 

さて……さっきはリスキーな手段を取ったが今はする気はない。何せあの槍の正体を知らないといけないからな。

 

そう思っていると今回は米屋から突っ込んでくる。それに対して俺もスコーピオンを構える。

 

距離が5メートルを切った所で米屋が槍を向けてくる。そして……

 

 

 

 

 

 

再び俺の首を狙って突いてきた。

 

(……やっぱり来たな。でも対策は出来てる)

 

 

「シールド」

 

俺は首の近くに集中シールドを展開する。これならどうだ?

 

そう思いながら槍を見た。

 

 

 

 

 

 

 

すると槍の穂先の形が変わりシールドを避けて俺の首を貫いた。

 

それによって俺の体にヒビが入る。これで俺の2敗は決定した。だが……

 

 

(槍の特徴はわかった。なら戦いようがあるな)

 

 

幸い奴の槍に対して有利なトリガーは入れてるからいけるかもしれん。

 

そう思いながら俺は光に包まれてベイルアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マットに叩きつけられた俺は次の試合の為に作戦を練る。

 

おそらく奴の槍が変化するのは穂先だけだ。いくら何でも柄とかから出るとは思えん。そして槍を突いたなら隙だらけの筈だ。1発避ければ俺が有利になる。

 

そう思っていると次のステージに転送される。

 

 

 

 

 

 

 

ステージに転送された。次こそは勝つ。

 

俺は米屋が視界に入ると同時に突っ込んだ。それに対して米屋は再び槍を構えて突いてくる。狙いは先の2戦と同じように首だ。

 

狙いはわかった。対策はある。この一瞬が勝負だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(テレポーター)

 

 

俺は槍が首にぶつかる瞬間にテレポーターを発動した。飛んだ先はほんの1メートル斜め前。つまり米屋の直ぐ近くだ。

 

瞬間移動したと同時に俺はスコーピオンを出して米屋に振るう。狙いはもちろん首だ。

 

しかしマスタークラスだけあって米屋は槍を引いてスコーピオンを防御する。

 

俺が槍の柄をぶった斬ろうと力を込めていると米屋が話しかけてくる。

 

「なるほどな。テレポーターで俺の幻踊の攻撃範囲から逃げたってわけか」

 

幻踊って言うトリガー……聞いた事ないな。俺がBに上がってから出来たヤツか。

 

まあそれは置いとく。でも今はチャンスだ。槍の欠点は長いから狭い所や密着された状態とは相性が悪い筈だ。

 

それに対してスコーピオンはそんな場所でもガンガン使えるから距離を詰めたら有利だ。

 

(……このまま密着したまま倒し切る)

 

方針を決めた俺は肘から枝刃を出して米屋の首を狙う。

 

「おっと」

 

米屋は首を動かして避ける。やっぱり身のこなしも一流だな。だったら……

 

 

「ハウンド」

 

威力重視のサブのハウンドをぶっ放す。

 

対して米屋はシールドを展開して防ぐが隙が出来た。

 

再び枝刃を使って腹からスコーピオンを出して米屋の脇腹を削る。

 

「おっ、やるな」

 

「そいつはどうも。このまま押し切る」

 

そう言ってスコーピオンを再度振るう。密着してれば負けはない筈だ。

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

「悪いな。近寄られた場合の対策は出来てんだよ」

 

米屋がそう言うと槍の柄の部分の長さが短くなり普通の弧月と同じくらいの長さの槍となった。

 

……マズイ。あの長さなら密着してもあんまり意味がない。

 

舌打ちをしていると米屋は後ろに跳んでガンガン突きを放ってくる。狙いはさっきまでとは違って首を狙わずに体のあらゆる場所を突いてくる。

 

紙一重で避けているが奴の幻踊のせいで少しずつ色々な箇所からトリオンが漏れる。このままじゃヤバい……

 

(仕方ない。博打をはるか)

 

そう決心した俺はダメージ覚悟で米屋に突っ込む。

 

すると米屋はさっきまでの細かい突きを止めて鋭い一撃を放ってくる。狙いは……心臓部だな。

 

(……これは避けられないな。だったら……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

避ける必要はない。

 

俺はシールドを展開しないで速度を速める。米屋は一瞬ギョッとした表情を見せてくる。どうやら俺の考えがわかったようだな。

 

それと同時に米屋の槍は俺の体に突き刺さる。それによって腹にヒビが入るのを理解した。

 

しかし俺はそれを無視して更に突き進む。

 

どうせ避けれないんだ。だったら避けないで道連れだ。

 

「ハウンド」

 

俺はそう呟いて米屋の顔面目掛けてハウンドをぶっ放した。それと同時に米屋はシールドを展開してハウンドを防ぐが問題ない。

 

これで米屋は槍とシールドを展開しているからトリガーを使えない。対して俺はシールドを使ってないからスコーピオンを使える。間に合え……!

 

俺はシールドにハウンドが当たると同時にスコーピオンを脇腹目掛けて振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし脇腹に当たる直前に動きが止まってしまった。

 

(……間に合わなかったか)

 

自分の腹を見ると槍が刺さった場所には大きな穴が開いていた。どうやら米屋に攻撃が届く前に俺の戦闘体の限界が来たようだ。

 

(……まあ道連れ狙う前から大分ダメージくらってたからな。仕方ない)

 

ため息を吐きながら光に包まれてベイルアウトした。これで3敗目か。

 

 

 

 

 

3度マットに叩きつけられて息を吐く。これで負けは決まったが諦めるつもりはない。

 

息を吐いてステージに転送される。次こそは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3分後……

 

4度マットに叩きつけられる。これで0ー4だ。後一戦。

 

(……ヤバいな。単純に強い)

 

4戦目は再度距離を詰める事が出来て攻撃したが致命傷になるダメージは与える事が出来なかった。そして俺の隙が出来たら大量の突きを放ってトリオンを削ってジリ貧になった所で首を突いてきた。

 

これがマスタークラスの実力か。はっきり言って勝てるビジョンが全く見えない。

 

でも全敗は嫌だ。何としても最後に一勝してみせる。

 

とはいえ真っ向から挑んでも負けるだけだ。相手の予想を上回る攻撃で倒すべきだ。

 

(……オプショントリガーはグラスホッパーとテレポーター。グラスホッパーによる撹乱は今の俺の実力じゃ無理だ。テレポーターは槍回避以外では余り役に立たない)

 

うーむ。倒すための一手が見つからん。てか槍を回避すんのが難しいって……ん?

 

(……槍を回避すんのが難しい?だったら……)

 

槍と勝負する必要ないじゃん。てか何で格上相手と斬り合ってたんだ?そんな必要ないだろ?

 

そんな事を考えながら転送される。さあ、最後の一戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転送されたのでスコーピオンを出して前を見る。米屋はいつも通り飄々とした表情をしながらも構えを取っていて隙が見当たらない。

 

とにかく幻踊によって細かくトリオンを削ってくるのが一番厄介だ。近距離戦による細かい突きを対処する方法は出来ている。

 

行くか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始と同時に俺は米屋に背を向けて全力疾走をする。

 

「……は?!」

 

米屋が驚いた声を出したのを確認すると同時にレーダーを見ると俺を追いかけてくる。

 

それを確認すると同時に俺はグラスホッパーを起動して距離を更に開ける。何度も何度もグラスホッパーを起動して遂に米屋との距離は30メートルくらいになった。

 

 

それと同時に俺は米屋の方を向き両手からトリオンキューブを出した。

 

「ハウンド」

 

そう言ってメインとサブのハウンドを放つ。

 

それに対して米屋は両防御して防ぐ。ここまでは予想通りだ。更に………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハウンド」

 

もう一回両攻撃ハウンドを放つ。

 

すると米屋はまたシールドを2枚展開して防ぐ。まだまだ……

 

 

 

 

「ハウンド」

 

俺はとにかくこれを繰り返す。

 

米屋が回りこもうとしたらグラスホッパーでその方向に進んでハウンドを撃ち、建物を盾にしようとしたら後ろに跳んで遮蔽物のない場所に立ってハウンドを撃つ。

 

俺が撃ったハウンドを米屋は両防御で全て防いでいるが表情には若干に疲れと苛立ちが見えている。

 

(……そうだ。もっと疲れて怒れ)

 

俺が今やっているのは挑発だ。マトモに戦っても勝てないのでとにかく冷静さを奪うのが最優先だ。向こうが純粋な攻撃手で射撃トリガーを入れてないようで良かった。入れてたら対策を出来ていたかもしれん。

 

 

そう思いながら再度ハウンドの両攻撃をしようとした時だった。

 

 

 

米屋はシールドを1枚しか展開しないで槍を構え突進してきた。

 

それによって何発かハウンドは当たるが多少ダメージを与えるだけで米屋を止めるには至らない。

 

だがそれでいい。ハウンドははっきり言って囮だ。

 

俺はメインのハウンドをしまってスコーピオンを展開して米屋に突っ込んだ。

 

それと同時に左手からトリオンキューブを出す。今度は弾速重視に調整する。

 

 

 

 

「ハウンド」

 

俺はそう呟いてハウンドを放つ。左右から米屋を挟み込むように。

 

すると米屋は足の速度を速めた。どうやらハウンドに挟み込まれる前に突っ切る算段なんだろう。槍を鋭い突きをする構えになってるし。

 

それと同時に俺もスコーピオンを構えながら更に距離を詰める。米屋との距離は約5メートル。

 

 

すると米屋が槍を思い切り引いて突きの準備をする。あの引き方からしておそらく一撃で仕留めるつもりなのだろう。

 

そして米屋は槍を突き出してきた。今までとは違う圧倒的な速度の一突き。対して俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……テレポーター)

 

テレポーターを使って米屋の懐に飛んだ。

 

米屋は俺を見て驚いた表情をしているがもう遅い。

 

 

 

 

 

俺は持っていたスコーピオンを横振りして米屋が腹を真っ二つにした。

 

米屋は自分の腹を見ながら光に包まれてベイルアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『5本勝負終了 勝者 米屋陽介』

 

最後は勝てたが。結局のところ真っ向勝負じゃ1本も取れなかったか……

 

俺の実力はマスタークラスにはまだまだ遠いな。

そう思いながら俺も光に包まれた。

 

 

 

アナウンスを聞いてブースに戻り息を吐く。手を見ると数字は5253と少し増えていた。若村に勝って米屋に負けたからプラスに働いたのか?

 

そう思っていると米屋から通信が入る。

 

 

『最後の1本は良いやり方だったな。まんまとハメられたぜ』

 

「まあな。お前絶対に一突きで倒すつもりだっただろ?」

 

『まあなー。時間かけたらハウンドが鬱陶しいだろうし』

 

 

そう。今回の狙いはまさにそれだ。

 

距離を取ってとにかく相手に当てやすいハウンドを相手が苛立つまで撃ち込み、相手に短期決戦を強いらせるのが俺の戦術だ。

 

真っ向勝負、特に沢山の突きでこられたら勝てないので一撃必殺の攻撃に絞らせる必要があった。沢山の突き技は相手のトリオンを削るのを重視する技で倒すのに特化した技じゃないから倒すのに時間がかかるだろう。

 

ハウンド連発という苛立つ攻撃を何度もされたら勝負に時間をかけるする奴はいないだろう。

 

そして一撃必殺の突き技ならテレポーターを使えば回避出来るし、動作が大きい突き技を放っている間は反撃されないだろう。

 

 

結果は予想通り、苛立って短期決戦のつもりで動作が大きい突き技を放った米屋はスコーピオンによる強襲に対処出来なかった。

 

 

「でも次やったら効かないだろうな」

 

あんなもん完全な初見殺しだ。一度負けた以上米屋もあの技に対して警戒心が強くなっただろうから動作が大きい突き技を多用しないだろう。

 

『まあ楽しかったぜ。お前もさっさとマスターに上がってこいよ。そしたらまたバトろうぜ!』

 

マスターか……。先は長いだろう。今回の戦いで身に染みたからな。

 

でもいつか絶対に辿り着いてやる。

 

「はいよ」

 

俺はそう一言返した。今回は負けたが次は負けるつもりはない。

 

 

そう返事して俺は次の対戦相手を探しだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから2時間経ち、ランク戦を切り上げた俺は防衛任務前の腹ごしらえをする為に一度本部から出た。

 

本部でも飯は食えるが何となく外で食いたくなったので外にした。

 

「さーて、食うとしたら……ラーメンだな。いやでもな……」

 

受験終わって暇だし前から行きたかった『お好み焼き かげうら』も行ってみたいな。あそこのお好み焼き安いから手軽に行けるし。

 

そんな事を考えている時だった。

 

 

 

 

「八幡さん!」

 

前から日浦が走ってやって来た。相変わらず元気な奴だな。

 

「よう。1人か?」

 

「はい!私は今日塾だったので終わってご飯を食べに行こうかと。八幡さんは?」

 

「俺は深夜から防衛任務あるから腹ごしらえ」

 

「じゃあ一緒に行きませんか?行きたいお店があるんですけど1人じゃ不安で……」

 

1人じゃ不安?女子が1人じゃ不安って事は牛丼屋とか焼肉屋か?

 

「別に構わないがどこの店だ?」

 

俺がそう言うと日浦が口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お好み焼き屋さんです!!」

 

 

俺の行く場所が決まった。

 

 

 

 

 

 

店に入ると結構な人数がいて騒ついている。案内された近くの席に座ってコートを脱ぐ。

 

「豚玉と海老玉で」

 

店員に注文して息を吐く。

 

「すみません。私が行きたい店にして貰って……」

 

「気にすんな。元々ラーメンかお好み焼きで悩んでたし。てか今日は小町は一緒じゃないのか?」

 

「小町ちゃんは食後も授業があるのでお弁当を持っていました」

 

ああ、そういや今日は夜遅くまで授業だったな。忘れてた。

 

「それにしても深夜に防衛任務があるって大変ですね」

 

「まあな。以前やったら朝が辛かった」

 

受験終わってたから良かったが授業ある日はキツい。高校になったら深夜に防衛任務入れないようにしよう。

 

 

そう思っていると頼んだ品が来たので鉄板の上に乗せて焼き始める。それによって時間が経つにつれて香ばしい匂いが鼻を刺激する。うん、やっぱりお好み焼きにして良かったな。

 

 

「ところで八幡さん、来週の日曜日は空いていますか?」

 

「来週の日曜日?ちょっと待て」

 

言われてボーダーから支給された端末を見てみる。来週の日曜日は……

 

「1日非番だ。何かあるのか?」

 

「はい。実はさっきくじ引きで遊園地のペアチケットが当たりましたので八幡さんと行きたいと」

 

「あん?俺より小町誘えよ」

 

友達と行くのはともかく友達の兄と行くのは違うだろ?

 

「小町ちゃんのクラスは日曜日テストがあるので断られたんです。そしたら小町ちゃんが「だったらお兄ちゃん貸すから2人で行って来なよ」って……」

 

あいつ……人を貸すとか言うなよ。

 

まあそれはともかく……

 

「わかったよ。週末は空けとく」

 

そう返すと笑顔を見せてくる。

 

「やったー!ありがとうございます!」

 

いやいや、俺なんかと行っても楽しくないと思うぞ?そこまで喜ぶ理由がわからん。

 

内心考えていると焼き色がついてきたのでひっくり返す。後3分もしないで食べれるだろう。

 

「じゃあ集合時間とかは適当に決めてくれ」

 

「はい!」

 

日浦が返事をしたのを確認してお好み焼きを見る。まあ遊園地なんて久しぶりだしゆっくりと平和に楽しむとするか。

 

 

そう思いながらお好み焼きをひっくり返してお互いの皿にのせて食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがこの時の俺は知らなかった。

 

 

遊園地でゆっくりと平和に過ごすことが出来ない事を。



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比企谷八幡は中学最後のイベントとして遊園地に行った

お久しぶりです。この作品は1年ぶりですね。

大学生活が忙しくて更新が遅れました。

アスタリスクの方は……すみませんがモチベーションが上がらない為まだ少し更新に時間がかかると思いますがご了承ください


冬の風が吹く中、俺は駅のロータリー近くで端末を弄っている。以前戦った米屋との試合を見直している。

 

……やっぱりマスタークラスはマスター以下と一線を画するな。しかも米屋の奴、今は使ってないけどスコーピオンもかなりの実力じゃねぇか。この前の試合、あいつが槍とスコーピオンを合わせて使ってきたら一勝もできなかったな。

 

とりあえず俺も少しトリガー構成を弄るか?最近じゃカメレオンを入れる事も考えている。攻めパターンを少し増やしたいし。

 

 

 

そう思っていると……

 

 

 

 

「お待たせしました八幡さん!!」

 

横から声をかけられたので振り向くと日浦が一生懸命走っていた。

 

「いや、集合時間前だから気にすんな。それより疲れただろ?呼吸を整えろ」

 

「は、はい!」

 

そう言うと日浦はスーハーと呼吸を整え始める。その間端末の電源を切ってポケットにしまう。

 

「落ち着いたな?」

 

「はい!それじゃあ行きましょう!」

 

そう言うと日浦は俺の手を引っ張ってくるので俺は若干慌てながらそれに続いた。

 

 

 

 

 

電車を乗って目的地の遊園地に向かう。

 

「遊園地は久しぶりですから楽しみです!」

 

「まあ俺もだな」

 

最後に行ったのは小学校時代だし。

 

「八幡さんは楽しんでくださいね。受験勉強頑張ったんですから!」

 

「サンキューな、お前も楽しめよ」

 

「はい!」

 

そう言うと日浦は笑顔を見せてくる。天真爛漫なこいつの笑顔を見てると癒されるな。

 

そう思いながら電車の揺れに身を任せた。

 

 

 

 

1時間後……

 

「着きましたね!!」

 

電車から降りるとすぐ近くに巨大な遊園地があった。ちなみにディスティニーランドじゃない遊園地だ。まああれも最近行ってないから行きたいな。

 

「ああ。ところで今日のプランって考えてんのか?」

 

ディスティニーなら細かいプランを立てるが……

 

「とりあえず初めにジェットコースターに乗ってもいいですか?」

 

ジェットコースターか。まあ学生なら一番始めに乗るパターンもあるからな。

 

「わかった。じゃあその後はジェットコースターの近くから回ろうぜ」

 

「いいですよ。ところで八幡さんは小町ちゃんからお土産は頼まれたんですか?」

 

「ん?ああ。……ほれ」

 

そう言って携帯を見せる。

 

そこには『お兄ちゃんへ。お土産はお母さんにはバタークッキーを、小町にはカステラと茜ちゃんとの楽しい思い出をお願いね!!……あ!今の小町的にポイント高くない?!』

 

と表情されているが……アホか?

 

「あ、あはは……」

 

日浦も苦笑いしてるし。マジで何のポイントなんだよ?

 

「と、とりあえず!私も協力しますので楽しい思い出を作りましょう!!」

 

そう言うと日浦は拳をギュッと握り頑張るの意を見せてくる。まあ小町から頼まれたし、久々の遊園地って事で楽しむのも悪くないな。

 

「わかったよ。じゃあ今日はよろしくな。そろそろ入ろうぜ」

 

「はい!!」

 

日浦から返事を受け取ったので俺達は入場券を購入して中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊園地の中に入ると沢山の人が色々な場所に走っている。そんな中、俺達はジェットコースターの並ぶ場所に向かって走り出す。

 

最後尾に到着すると待ち時間は30分と遊園地にしては微妙な待ち時間だった。お菓子を買って時間を潰すのは早過ぎるし。

 

「そう言えば受験勉強も終わってボーダーも落ち着きましたか?」

 

「ん?ああ、まあな」

 

「それは良かったです。それと4月から私も入隊しますのでよろしくお願いします!!」

 

「おう……っと、次かよ」

 

前をを見ると次の番だったので係員の人が指し示した場所に立つ。

 

 

すると直ぐにコースターが来たが……

 

「最前列かよ……」

 

「いいじゃないですか。インパクトがあると思いますよ」

 

まあそれは否定しないが……

 

 

息を吐いてコースターに乗り安全バーを付けると同時に動き始める。隣にいる日浦はかなり楽しそうだ。

 

「お前はジェットコースター好きなのか?」

 

「はい。遊園地の中では一番好きです。帰る直前にもう1回乗りましょうね」

 

まあジェットコースターと観覧車は最後に乗るのが定番だからな。

 

俺が頷くとコースターはゆっくりと登り始める。後30秒くらいで高速で降りるのだろう。

 

 

息を吐いて景色を見ると遥か遠くにボーダー本部が見えた。ボーダー本部は今の千葉でディスティニーランドと同じくらい有名だ。そんな場所で働くなんて人生は何が起こるか本当にわからないな。

 

 

するとコースターは頂上に着いて下を向く。それと同時に右腕を掴まれて、バーから手を離される。横を見ると日浦が楽しそうな表情で俺を見ている。おそらくバンザイしろと言う事だろう。

 

俺は苦笑しながら日浦と手を繋いだまま左手も上げる。

 

それと同時にコースターは勢いよく下り始める。

 

 

 

 

「きゃあぁぁぁ!!」

 

日浦は両手を挙げて歓声を上げている。その顔は本当に楽しそうだ。

 

 

(……てか予想以上に速いし怖いな。バーに掴まりたい)

 

俺が手をバーに掴まろうとするが日浦はそれを許さない。

 

「ちょっ、日浦…マジで勘弁…!」

 

そう叫ぶも日浦は思い切り笑いながら首を振る。このドSめ……

 

(……もういいや。どうにでもなれ…)

 

投げやりになった俺はバーに掴まる事を諦めてそのまま流れに身を任せてジェットコースターを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

ジェットコースターが止まり降りる。初っ端から疲れたので呼吸を整えていると日浦が近寄ってくる。

 

「楽しかったですね!」

 

笑顔でそう言ってくる。普段ならこの笑顔に癒されるが今はイラってきた。

 

「お前、バーに掴まるのを邪魔したのにいい笑顔してんじゃねーよ」

 

そう言って俺は日浦の頬っぺたを引っ張る。

 

「ふぇ?!はひはんしゃんほへんなはい!!」

 

驚きの表情でそう言ってくる。おそらく「八幡さんごめんなさい!!」と言っているのだろう。

 

……まあ悪気があった訳じゃないしこの辺にしておくか。

 

「わかったよ。もう離す」

 

そう言って頬っぺたから手を離す。

 

「ごめんなさい……」

 

今度はシュンとした表情を見せてくる。表情豊かだな…

 

「もう怒ってないから気にするな。それより次は何処行く?ジェットコースターから近いのはコーヒーカップとお化け屋敷だが「あれ?比企谷に茜?」……ん?」

 

いきなり声をかけられたので振り向く。するとそこには私服姿の熊谷と照屋がいた。

 

「あ、やっぱり比企谷に茜じゃん。奇遇だね」

 

「そうだな。お前らは2人か?」

 

「はい」

 

俺の問いに照屋が軽く頭を下げてから答える。相変わらず礼儀正しい奴だ。こん中で1番精神年齢が大人なのは間違いなく照屋だろう。

 

「そっちはデート?」

 

すると熊谷がニヤニヤした笑みを浮かべて聞いてくるがそんな訳ないだろ……

 

「で、でででデート?!ち、違いますっ!」

 

呆れる中隣にいる日浦が真っ赤になりながらそう返す。おいおい、否定するのは構わないが、そんな風にテンパりながら言うと逆に怪しまれるぞ?

 

「別にデートじゃねぇよ。日浦がくじ引きで当たってから一緒に行っただけだ」

 

「だよね。言っちゃなんだけど比企谷がデートするのは想像し難いし」

 

否定はしない。俺みたいに目の腐った男が天真爛漫を地でいく日浦と一緒に歩いてたりしたらデートではなく誘拐に思われるだろうし。

 

「ほっとけ。そういやお前らは何処のアトラクションに行くつもりなんだ?」

 

「私はジェットコースターかお化け屋敷。そっちは?」

 

「コーヒーカップかお化け屋敷だな」

 

「あ、そうなの?じゃあ被ってるお化け屋敷に一緒に行かない?」

 

熊谷がそう言った瞬間、照屋が若干顔を青くして震え始める。その仕草から察するにお化け屋敷が苦手なのだろう。しかし遊園地にいるという手前断れないって所か?

 

「良いですね!八幡さん、行きましょう!」

 

一方の日浦は楽しそうな表情を浮かべながら俺に話しかけてくる。実に断り難い顔をしやがって……

 

すると俺はいつの間にか日浦に手を掴まれてお化け屋敷の方に引っ張られた。見ると熊谷も楽しそうに日浦と並んで、照屋は震えながら俺の後ろを歩き出していた。お前ら対称的だな……

 

 

「それじゃあ行きましょう!ペアはどうします?」

 

そんな事を考えているといつの間にかお化け屋敷の前に到着していた。ここのお化け屋敷はテレビでも特集された事があるが、日本でも10本の指に入るくらい怖いと有名なお化け屋敷だ。

 

そんなお化け屋敷だから俺自身も割と興味あるが……

 

「普通にグッパーで良いでしょ」

 

言いながら熊谷は手を出すので他の3人もつられて手を出す。どうでもいいがマジで照屋は震えてるが大丈夫か?

 

しかし手を出してるので参加する意思はあるのだろう。ならば俺は何も言わん。

 

そう思いながら手に力を込めて……

 

「グッパー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私と茜が先に行くね」

 

「おー、行ってこい」

 

「はい!行ってきまーす!」

 

熊谷と日浦がそう言ってお化け屋敷に入った。

 

グッパーの結果、熊谷・日浦ペア、俺・照屋ペアとなった。俺の場合照屋と組む事に不満はない。女子は苦手だが、照屋の性格は入隊した頃から知っていて信頼出来る。それについては日浦や熊谷についても同じだ。てか誰と組んでも女子だし。

 

しかし……

 

「なあ照屋。怖いなら無理しないで入らなくても良いぞ?」

 

横に並んでいる照屋は顔を青くしながら震えている。ここまで怖がっていると一緒にお化け屋敷に入る俺が悪いように感じてしまう。

 

「い、いえ!折角来たんですから入ります!」

 

明らかに痩せ我慢だが、入らない選択を取らないようだ。目は怯えてないし。

 

それを見た俺は照屋に入らないかどうか尋ねるのを止めた。照屋と知り合ってから2ヶ月弱、照屋は意外と頑固であり、こうなったら譲らないのを俺は知っている。

 

「……へいへい。じゃあ行くぞ」

 

お化け屋敷に入ろうとした時だった。

 

「は、はい!」

 

言うなり照屋が俺の服の右袖を摘んでくる。やっぱり怖いんじゃねぇかよ。

 

「なぁ、やっぱり「大丈夫です!」そ、そうか……」

 

話してる途中に遮るという事は怖いけど入る気はあるようだ。これ以上は野暮だな。

 

今度こそ説得するのを諦めた俺は右手に若干の重みを感じながら中に入る。するとそこは江戸時代の街並みで所々に青白い火の玉がウヨウヨと浮いている。

 

それらは薄暗い環境にあり、時偶涼しい風が吹くからか、中々と雰囲気があって俺もちょっとビビっている。俺でもちょっとビビってるのだ。照屋は言うまでもないだろう。

 

「………っ!」

 

はい。メチャクチャビビってます。入った瞬間、涙目になってガタガタ震えてます。

 

しかし入った手前引き返すのは厳禁だ。てか後ろの扉は閉まってるし。

 

「おい……とりあえず歩くぞ。怖いのは嫌かもしれないがいつまでもここにいるのはもっと嫌だろ?」

 

「……っ、は、はいっ……!頑張りますっ……!」

 

健気だ。小町や日浦とは違う意味で守りたい顔だ。

 

「じゃあさっさと行くぞ」

 

そう言って一歩踏み出した時だった。

 

 

 

 

 

『あぁぁぁっ!』

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

「うぉぉぉぉい?!」

 

声が3つ生まれた。

 

最初に出たのは近くの和風の家の扉から飛び出してきた全身血塗れでボロボロの死体を模した人形の口から漏れた低い声。

 

次に生まれたのはそれを見て驚いた照屋の叫び声。

 

そして最後に生まれたのは驚いた照屋に抱きつかれて驚いた俺の声だった。

 

(……って、それどころじゃねぇ!い、いきなり抱きつくなよ?!)

 

見ると照屋は正面から俺に抱きつき俺の背中に手を回していた。女子に抱きつかれるなんて小町以外には初めてだが……破壊力がヤバい……

 

女子特有の良い匂いや照屋の柔らかな身体が俺を変な気分にしてくる。

 

「て、照屋……落ち着け。可能なら離れてくれないか?」

 

「す、すみません……ですが、もう少しだけっ……」

 

流石に無理矢理引き離すのは良心が痛むので離すように頼んでみるも……照屋は涙目+上目遣いで俺を見ながらそう言ってくる。

 

「……少しだけだぞ」

 

ダメだ、断れなかった。あの目を見ている断れる奴はいない。俺が断ったら胃痛が生まれるだろう。

 

「はいっ……」

 

言うなり顔を俺の胸に埋めて、ギュッと俺の背中に回す手の力を強めてきた。

 

(にしてもお化け屋敷に入ってから30秒もしないで抱きつかれるとか完全に予想外だな……って、考えるな。でないと変な気分になっちまう)

 

俺は暫くの間無心となりながら照屋の抱擁を受け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ご迷惑をおかけして済みませんでした」

 

それから2分、漸く俺から離れた照屋は涙目のまま頭を下げてきた。その事については怒ってない。しかし照屋に抱きつかれたり、他の客に抱きつかれているのを見られたから羞恥心によって顔が熱くて仕方ない。

 

「き、気にするな。それより早く行くぞ」

 

予想より時間を食ったし早めに行った方が良いだろう。外には先行した日浦と熊谷が待ってるだろうし。

 

「あ……先輩。それなんですけど……手を繋いで貰って良いですか?」

 

言うなり俺の手を握ってくる。お前俺の返事を聞く前に繋いでんじゃねぇか。

 

とはいえ、アレだけお化け屋敷が苦手なのだ。ここで拒否するのは無理だ。拒否したらまた抱きついてくるかもしれん。嫌って訳ではないが緊張で死ぬし、それだったら手の方がマシだ。

 

「……好きにしろ。後怖いなら目を瞑っとけ」

 

お化け屋敷の意味は大分無くなるが。

 

言いながら照屋の手を振り解かずに歩き出す。手に感じる柔らかで温かな温もりを感じないように努力しながら。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

言いながら照屋も続く。チラッと横を見ると目を瞑っていた。これなら大丈夫だと思うが……

 

バタンッ!

 

『ゔぁぁあっ!』

 

「……っ!」

 

音を無視するのは無理なようでお化けが出てくる度に生まれる音が出るとビクンと震えて俺の手を握ってくる。どんだけお化け屋敷が嫌いなんだよ……そんなに嫌なら一緒に外で待っても良かったのに。

 

「……大丈夫か?」

 

「は、はいっ大丈夫ですっ……」

 

いや絶対に嘘だろ。俺は別に揶揄わないし気にしなくて良いものを……

 

 

若干呆れながらも俺達は道を進む。その間照屋は一度も目を開けなかったものの、お化けの声やお化けが出てくるときに付随してくる音が出る度に小さく喘ぎ震えだす。その度に俺の胸に罪悪感が湧くのは気の所為ではないだろう。

 

そう思いながら進むこと3分、人面巨大蜘蛛を俺達に近寄るのを無視して曲がり角を曲がると薄っすらと光を目にした。それはセットの薄暗い光ではなく……

 

「照屋、多分アレが出口だ」

 

おそらく太陽の光だろう。お化け屋敷のセットの光にしては明る過ぎるし。

 

すると……

 

「本当ですか?!」

 

照屋は閉じていた目を開けて一歩を踏み出した。そして……

 

 

 

 

 

『ぶぁぁぁぁっ!』

 

次の瞬間、正面の天井から顔面の半分から骨が剥き出しになっている血塗れお化けが降ってきた。

 

瞬間、照屋は一瞬で笑みを消し……

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

ドゴムッ!

 

泣きながら拳を構え、可愛い叫び声と共に可愛くない拳をお化けに叩き込んだ。鈍い音が響くと同時に天井から吊るされたお化けはプラプラと揺れる。血塗れ且つ骨が剥き出しになっているお化けがプラプラ揺れるのは不気味極まりない。

 

それは照屋も同様みたいで、

 

「いやぁぁぁぁぁっ!」

 

ドゴッ、バキッ、ガッ!

 

更にお化けに拳を叩き込む。それは正に暴風のような攻撃で隣にいる俺は圧倒されていた。

 

しかしそれも一瞬だ。暫くすると辺りに警報音が鳴り出す。間違いなく壊れる寸前だろう。これはガチでマズい!

 

「これ以上は止めろ!」

 

そう判断した俺は後でセクハラと怒られるのを覚悟で照屋を羽交い締めにして動きを封じようとするも……

 

 

「来ないでぇぇぇぇっ!」

 

ドガァァァァンッ!

 

完全に動きを封じる前に放たれた照屋の拳はお化けの顔面に叩き込まれお化けの顔面は木っ端微塵となり、天井からドサリと地面に落ちた。

 

同時に警報音が更に強くなり、薄暗かったお化け屋敷に照明が灯されて係員がやってきた。やはりお化け屋敷に入らないのが正しかったのだろう。

 

現実逃避気味にそう考えながら、俺は漸く正気を取り戻し現状に気付き真っ青になっている照屋から離れた。こりゃ説教は確定だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後……

 

 

「では、今回はこれで終わりにしますが次からはこういう事がないようにしてくださいね」

 

「「「申し訳ありませんでした」」」

 

係員のお姉さんに対して3人の頭が下がる。頭の正体は俺と照屋、照屋の母親だ。

 

照屋がお化けを返り討ちにした後、俺と照屋は係員に捕まり事務所に連行された。係員に連れられてお化け屋敷を出た俺達を見た熊谷と日浦の驚いた顔は一生忘れないだろう。ちなみに2人には事務所に連行される直前に2人で遊んでろと言ったので今頃微妙な空気の中、ジェットコースターにでも乗ってるだろう。

 

事務所に連行された俺と照屋は言うまでもなく説教を食らった。そんで弁償云々の話になって親を呼び出すように言われ、照屋が母親を呼んでたった今弁償し終えた所だ。

 

(てか照屋の家がデカいから金持ちなのは知っていたが、数十万をポンと払うって財の力は凄いな……)

 

そう思いながら頭を上げるとお姉さんはため息を吐きながら頷く。

 

「ではもう行って良いですよ」

 

「「「失礼しました」」」

 

言いながら事務所を出ると辺りは夕焼けに包まれていた。まあ3時間近く窓のない事務所に居たからな。

 

そう思いながら熊谷達に連絡を入れようとした時だった。

 

「比企谷先輩!私の勝手な行動によって迷惑をかけてしまいすみませんでした!」

 

照屋が頭を下げてくる。角度は45度。実に綺麗な礼だった。

 

「文香がごめんなさいね」

 

照屋のお袋さんも軽く頭を下げてくるが、止めて欲しい。大人に頭を下げられてるからか視線が痛いし。

 

「どうか頭を上げてください。自分は別に怒ってないから気にしないでください」

 

実際俺は殆ど怒ってない。俺は弁償してないし、事務所で説教を食らったのはとばっちりかもしれないが大人に頭を下げられてまで怒るほどでもない。

 

そう返すとお袋さんは頭を上げるも照屋だけは未だに上げない。

 

「でも……他にも先輩に抱きついて先輩の服を涙で濡らしたりと迷惑をかけたので……」

 

「いや、アレはだな……っ!」

 

「あらあら。青春ね」

 

一方照屋のお袋さんは楽しそうに俺と照屋を見ているが笑い事じゃないですからね?

 

とりあえず照屋を落ち着かせよう。でないと話は出来ないし。

 

「それも含めて怒ってないから気にすんな。お願いだから頭を上げてくれ」

そこまで言うと照屋は漸く頭を上げる。しかし表情には申し訳なさが若干残っている。

 

「はい……申し訳ありませんでした」

 

「だから謝んなって。それよりこれからどうすんだ?お前の場合親が来てるし帰んのか?」

 

とりあえず少しでも話を逸らそう。でないとこいつ、いつまで経っても謝り続けそうだし。

 

「あ、えと……」

 

すると照屋は俺の思惑通り、顔から罪悪の色を消して俺と自分の親を交互に見る。

 

するとお袋さんの方がニコニコしながら俺に近寄ってくる。

 

「私達は帰るけど、まだ時間もあるし比企谷さんさえ宜しければ文香と遊んであげてくれるかしら?」

 

そんな事を言ってくる。すると照屋は若干驚きの色を浮かばせる。まあ予想の範疇だ。さて、どう返事をしようか?

 

返事に悩んでいると……

 

「お願いしても良いかしら?」

 

「あ、はい」

 

笑顔のままプレッシャーを掛けられて思わず了承してしまった。

 

「ありがとうね。じゃあ私は帰るわ。文香も9時過ぎになるなら出る時に電話しなさいよ」

 

「あ、うん。今日は迷惑かけてごめんね」

 

照屋はお袋さんにも謝る。まあ休日にわざわざ遊園地にアトラクションの弁償をさせる為に呼んだなら普通謝るよな。

 

「別に良いわよ。私としても例の比企谷君の顔も見れたし」

 

「は?」

 

予想外の言葉に思わず「は?」なんて言ってしまったが例の比企谷君って何だよ?

 

するとお袋さんはニコニコしながら俺を見てくる。

 

「文香からは殆ど毎日比企谷君の話を聞いてるわよ。ランク戦?とかいう試合で負け越して悔しいとか訓練の記録が勝って嬉しいとか色々。ボーダーに入ってからの文香は毎日楽しそうだけど比企谷君のおかげかしら?」

 

「お、お母さん!」

 

文香は焦るようにお袋さんに詰め寄る。どうやら変な事は言ってないようだが、何かモヤモヤするな。

 

「あらあらごめんなさいね。それじゃあ私は帰るけど……比企谷君」

 

「何ですか?」

 

俺が尋ねるとお袋さんは俺の耳に顔を寄せて

 

「貴方の事は文香から友人に近い関係って聞いてるけど……それ以上の関係になりたいなら頑張りなさいよ?」

 

とんでもない発言をしてくる。

 

 

「いやいや、それは多分ないですからね?」

 

普通にないだろう。見た目も性格も照屋に比べたらショボいし。普通に考えて照屋にはもっと素晴らしい男がいるだろうし。

 

「あら?意外とわからないわよ。それじゃあ私はこれで。今度ウチに遊びに来て頂戴、歓迎するわよ」

 

言いながらお袋さんは笑いながら手を振って去って行った。ただ話しただけなのに予想以上に疲れたな……

 

「あの……比企谷先輩、さっきお母さんに何を言われたんですか?」

 

お袋さんが見えなくなると同時に照屋が聞いてくるが……

 

「まあ色々だ。それより日浦達に連絡を入れよう」

 

「むぅ……」

 

言いながら携帯を取り出して日浦の携帯に電話をかけ始める。その際に照屋は頬を膨らませながら俺を見てきて不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

 

「あ、比企谷に文香じゃん。お説教は終わったの?」

 

しかし電話をかける前に熊谷と日浦がこちらにやって来た。偶然というのは恐ろしい。

 

「まあな。だから今電話をしようとしてた」

 

「そうでしたか。それで結局どうなったんですか?」

 

「照屋のお袋さんが賠償金を払った。ちなみに帰った」

 

「あ、そうなんだ。それにしてもそんなにお化け屋敷が怖いなら言ってくれたら良かったのに」

 

熊谷の言う通りだ。さっきの事については実害が無かったから怒ってないが、そんなに苦手なら無理する必要はないだろう。

 

「そうですね……次からは気をつけます。ご心配をおかけしました」

 

ぺこりと頭を下げる。まあいきなり知り合いが係員に連行されたら心配するよな。

 

「気にしてないから良いよ。それより私達今からアレに乗りに行くんだけど2人は大丈夫?」

 

熊谷の指差した方向を見ると最初に乗ったジェットコースターが目に入る。え?もう一度あれに乗るの?さっき乗ったら予想以上に怖かったし遠慮したいんだけど。

 

「あー、悪いが俺はジェットコースター苦手だし「大丈夫ですよ!アレさっき八幡さんと乗りましたから」……」

 

「じゃあ比企谷は大丈夫だね。文香は大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

「決まりだね。じゃあ行こっか」

 

熊谷はそう言って歩き出すが日浦ェ……余計な事を言うなよ……純粋無垢な笑顔の癖にドSだな。

 

そう思いながら行列を並ぶこと1時間、いよいよ俺達の番になったが……

 

 

「また最前列かよ……」

 

空が真っ暗の中、俺は気分も真っ暗になりながらジェットコースターに乗る。タダでさえ最前列は怖いのに真っ暗だと更に怖くて嫌だ。

 

「いいじゃん。もう乗ったんだしグチグチ言わない」

 

隣に座る熊谷はガチで楽しそうだ。後ろからは後ろに乗っている照屋と日浦の楽しそうな声が聞こえてくる。どうやら憂鬱な気分なのは俺だけのようだ。

 

ため息を吐くと安全バーが準備されて間髪入れずにに動き始める。そして直ぐにコースターは線路をゆっくり登る。熊谷は既に手を離していて楽しむ気満々のようだ。

 

「アンタは手を離さないの?」

 

「さっきやったら怖かったらパスで。言っとくが俺の手をバーから離すなよ」

 

「はいはい。わかったよ」

 

さっき日浦にやられたらメチャクチャ怖かったし。

 

そして遂に……

 

『きゃぁぁぁぁぁっ!』

 

約20名を乗せたコースターは悲鳴を空から地面に降らせながら一直線に降り始めた。

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日は楽しかったです!」

 

帰りの電車の中で日浦は楽しそうにはしゃぐ。ジェットコースターに乗った後も幾つかのアトラクションに乗った俺達はお土産を買って帰路についている。

 

「それは私も……って、比企谷は疲れ過ぎでしょ」

 

「ほっとけ。俺は基本的に外出しないから慣れてないんだよ」

 

てかこいつらのテンションがおかしいだけな気がする。

 

「お疲れ様です。お茶どうぞ」

 

言うなり照屋がお茶のペットボトルをくれる。それにしてもこんな礼儀正しい奴がお化け屋敷で暴れたのは未だに信じられないな……

 

「サンキュー。それにしても遊園地は久しぶりに行ったな」

 

「私も久しぶりです!最後に行ったのは1年位前ですね」

 

「私もそのくらいかしら?熊谷先輩は?」

 

「私は受験が終わって直ぐにお疲れ会としてディスティニーに行ったから久しぶりでもないわね」

 

「なるほどな。まあ中学最後のイベントとしちゃ悪くなかったな」

 

一部トラブルはあったが、まあまあ楽しめたし悪くないだろう。

 

「そうね。中学最後と言ったらもう直ぐ卒業ね。4月からは高校入学だし」

 

ああ、そうだな。漸く最低の中学生活も終わる。俺は総武に行くが、ウチの中学の奴らは殆ど海浜総合に行くからな。平和な高校生活を送れると信じたい。

 

「私は来月に入隊しますね!今から楽しみです!」

 

「そういえばアンタは来月に入隊するわね。B級に上がったら一緒にチームを組まない?」

 

早速チームの勧誘か。ランク戦は2月から4月、6月から8月、10月から12月に3シーズン行われるが、熊谷は6月から始まるランク戦に備えているのだろう。

 

「良いですね!あ、その場合八幡さんも一緒にどうですか?」

 

すると日浦はそんな事を言ってくる。

 

「あれ?アンタもチームを組む事を考えるの?」

 

熊谷は俺にそう聞いてくる。

 

B級に上がった頃の俺はチームに興味無かったが、今の俺はチーム入りを考えている。本来ならコミュ障の俺はチームを組むなんてしないだろうが、そうしなきゃいけない理由がある。

 

今は3月4日で俺は一昨日ボーダー本部から2月分の給料を貰った。金額については中学生が使うにしては破格と言って良い値段だったが、家計を助けられるかと聞かれたら微妙だ。助けにはなるとは思うが、お袋は過労で倒れて以降勤務時間を減らしている以上そこまで余裕はない。

 

そうなると俺が取れる方針は2つ。防衛任務の時間を増やすか、固定給のあるA級隊員になる事だが、前者は厳しい。防衛任務の時間を増やし過ぎて学業に支障が出たら本末転倒だ。高校に行かないでボーダーに就職する事も考えたが、流石にそれはお袋に却下された。

 

となると残りは必然的にA級隊員になる事だ。A級隊員になる方法は2つ。チームを作るもしくは何処かのチームに入ってB級ランク戦に参加してB級1位か2位に上がり昇格試験を受けるか、A級チームに勧誘される場合だ。俺自身今まで何度が色々な部隊から勧誘を受けたがその中にA級部隊からの勧誘は無かったので、B級ランク戦を勝ち上がる以外の道はない。

 

以上から……

 

「ああ。俺も何処かのチームに入る事は考えてるな」

 

そう返す。元々お袋に楽をさせる為に入ったボーダーだ。他人と組むのが勘弁して欲しい気持ちはあるが、私情を挟むつもりはない。

 

「そうなんだ。じゃあ茜の誘いについては?私としてはアンタと一緒でも良いけど」

 

熊谷の誘いについては悪くない提案だが……

 

「どんなチームになるかは知らんが今は保留にしてくれ」

 

やるからには本気でA級を目指さないといけないので簡単に頷けないからな。

 

「別に良いわよ。ランク戦までまだ時間はあるし」

 

そこまで言った時だった。電車は降りる駅に到着したので俺達は立ち上がり電車から降りる。そして改札を出て出口に到着した。ここからは皆バラバラだ。

 

「じゃあ今日はここで解散。次はボーダー本部で会いましょう」

 

「へいへい。んじゃぁな」

 

「お疲れ様でした。比企谷先輩は今日ご迷惑をおかけしました」

 

「ありがとうございました!」

 

各々言葉を交わしてそれぞれの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

夜10時過ぎ、ドアを開けると同時に風呂場の方からパジャマ姿の小町がやって来た。

 

「あ、おかえりお兄ちゃん。お土産は買ってきた?」

 

「バタークッキーとカステラだろ?ほれ」

 

「おー、ありがとー。それと茜ちゃんとの思い出は?」

 

そういやメールにはそんな要求もあったな。途中から熊谷と照屋もいたけど。まあ……

 

「悪くはなかったな」

 

途中にデカいハプニングもあったが楽しくなかったと言えば嘘だろう。

 

「なら良かったよ。中学最後に楽しい思い出が出来て良かったね」

 

「まあ中学生活は碌なもんじゃなかったからな」

 

寧ろ最悪だったし。

 

「まあ総武は進学校なんだし平和な学園生活を送れるんじゃない?」

 

「そうなる事を祈る。今日は疲れたから風呂入ってちゃっちゃと寝るか」

 

「ほーい。ゆっくり休みなよ」

 

「へいへい」

 

言いながら靴を脱ぎ、自室へ向かう。明日も防衛任務はあるし早めに休まないといけない。

 

(にしても、俺が働くのを頑張るって……環境の変化って凄いな)

 

ため息を吐きながら自室のクローゼットから着替えを取り出して疲れを癒すべく風呂へと向かった。

 

明日への頑張りを胸に秘めて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1ヶ月後……

 

俺は総武高に入学した。



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新学期早々、比企谷八幡は災難な目に遭う

活動報告欄にアンケートを実施しました。

今後の方針について割と重要なアンケートですので、読み終わった方は是非回答してください


「じゃあ小町、行ってくる」

 

新学期早朝、目が覚めるのが早かった俺は総武高の制服を着た状態で小町に挨拶をする。

 

「ほーい。でもこんなに早く出るの?」

 

小町の言うように俺はかなり早く起きた。今から学校に着いても入学式まで1時間くらいあるだろう。

 

「起きちまったもんは仕方ないだろ。じゃあな」

 

適当に返しながら玄関を出て庭にある自転車に鞄を乗せて漕ぎ始める。別に家で寛いでから学校に行っても良いがそれをやって遅刻なんてしたら笑えないからな。早く出るに限る。

 

 

 

 

 

風を感じながら自転車を漕ぎ、交差点で信号につかまったので自転車を止める。4月だからか朝の風も中々気持ち良い。俺はまだ深夜の防衛任務を体験したことがないから朝の風を浴びるのは久しぶりだ。

 

(そういや今日は午後から照屋と熊谷の3人の混成部隊の防衛任務だったな。憂鬱だ……)

 

オペレーターは混成部隊故に中央オペレーターの誰かとは思うが十中八九女だろう。ボーダーに入ってから、ある程度他人と交流するようになったし、照屋と熊谷が良い奴なのは理解しているが、男女比が1:3はキツ過ぎるな……

 

そこまで考えている時だった。

 

「あっ!!サブレ!!」

 

いきなり女子の叫び声が右から聞こえてきたので横を見ると、パジャマ姿の女子の手から犬が離れて車道に出るのが見えた。さらに運の悪いことに、そこにいかにも高級そうなリムジンが近づいてきた。

 

(おいおいマジか?しかもあのバカ犬、道路で止まってんじゃねぇよ!)

 

此処まで来ると、S級隊員の迅さんのサイドエフェクトがなくてもその後に起こる未来は簡単に想像出来る。

 

「ちっ!」

 

それを認識すると同時に俺は舌打ちをしながら自転車を投げ出してその犬の下へ駆け込み、犬を拾い投げて少し強引だが歩道に投げつけた。これで犬は無事だろう。犬は。

チラッと横を見るとリムジンは勢いを無くす事が出来ずに俺に突っ込んでくる。犬を拾う際に若干屈んだから今から回避するのは無理。トリガーを使ってトリオン体になろうにもトリガーは内ポケットにあって、『トリガー起動』が間に合わないのは言うまでもない。

 

結論を言うと……

 

ドゴォォォォォンッ

 

周囲に轟音が鳴り響き、衝撃が俺の体の中に走り、足から何かが折れる音を耳にしながら俺は宙を舞った。内心痛みに悶えながら下を見ようとするも身体が動かない。

 

そして車に突き飛ばされた勢いのまま俺は地べたを思いっきり転がる。同時にだんだん意識が薄くなっていくのがわかった。

 

薄くなる意識の中、辺りを見渡すとパジャマを着ている犬の飼い主は呆然としていて、視界の端からは……

 

「大丈夫ですか!?救急車呼びますから頑張ってください!」

 

女の人が叫んでいる声が聞こえる。声からして俺と同年代だろう。

 

そんな声を聞く中俺の胸中には3つの考えがあった。

 

見ず知らずの俺の為に救急車を呼んでくれる女の子に対する感謝の気持ち

 

入院したら防衛任務も就けない上、入院費もヤバいという危機感。

 

そして……

 

(足が痛え……)

 

メチャクチャ痛い。多分折れたのだろう。意識を失うなら早く失ってくれ。痛みから逃げたい。

 

そんな考えを最後に俺は視界を暗転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると知らない天井が見えた。どこだここ?

 

それを認識すると意識が徐々に回復するので、周りの状況を確認しようとして体を動かそうする。すると全身から痛みを感じ、同時に俺はこの痛みの正体を理解した。確か俺は……

 

「犬を庇って車に轢かれんだっけか?」

 

「うん、そうだよ」

 

確認の独り言を呟くと返事がきた。不意に掛けられた声に思わずびくっとして、

 

「痛え!」

 

再度鈍い痛みが体を走るがそれを無視して横を見ると……

 

「無理しないで。右足と全身打撲だからね?」

 

ベットの横には可愛らしい女がチョコンと椅子に座っていた。総武の制服を身に纏っている。初めて見たが声に聞き覚えはある。

 

「もしかして……救急車を呼んでくれた人か?」

 

意識を手放す前に聞いた声に良く似ている。初対面な女子がわざわざ俺の見舞いに来るとは思えないし十中八九そうだろう。

 

「そうだよ。私は三上歌歩、命に別状はなくて良かったよ」

 

三上という女子は小さく会釈をしてくる。

 

「そうか。俺は比企谷八幡だ。救急車を呼んでくれてどうもありがとう」

 

言いながら頭を下げる。身体に若干痛みが走るも気にしない。わざわざ見ず知らずの俺に対して救急車を呼んで見舞いに来てくれるような人間に礼節を欠くのは論外だ。

 

「どういたしまして。比企谷君が無事で良かったよ。私から見たら凄い勢いで轢かれたしね。あ、それと比企谷君が助けた犬は無事だよ」

 

あ、犬は無事だったんだ。なら良かった。流石に轢かれたのに犬が死んだらマジで笑えないし。てか……

 

「そんなに凄かったのか?」

 

「うん。漫画みたいに派手に轢かれたよ。右足の骨折に全身打撲、全治1ヶ月の大怪我だよ」

 

三上はそう言ってくるが聞き捨てならない言葉が耳に入る。

 

「全治1ヶ月だと?!本当か?!」

 

「え?う、うん。そうだよ」

 

マジか……全治1ヶ月とは予想外だ。新学期早々これは痛い。何故なら……

 

「クソッ……4月の防衛任務は全部取り消しかよ」

 

全治1ヶ月、つまりは5月になるまで入院生活なので、4月の防衛任務は全てキャンセルだろう。その上入院費もあるので2月と3月に稼いだ金は入院費に消えるだろう。

 

内心頭を抱えている時だった。

 

「え?防衛任務って事は比企谷君もボーダーなの?」

 

三上が若干驚いたような口調で聞いてくる。これには俺も少なからず驚いた。まさか助けてくれた人がボーダーとはな。偶然にしては凄い。

 

「あ、ああ。B級個人だ。三上の事は基地で見た事ないからオペレーターか?」

 

「うん。私はトリオンが少ないから戦闘員じゃなくて中央オペレーターだけどね」

 

なるほどな。他所のチームと組んだ場合はそのチームのオペレーターと、混成部隊の場合は中央オペレーターと組むが、中央オペレーターは数が多いからな。知らないのも仕方ない。

 

 

しかし……

 

「三上。もし間違えたら悪いが、お前今日の午後3時から混成部隊のオペレーターをやるのか?」

 

思わず聞いてしまう。

 

「え?!何でわかっ……もしかして比企谷君って……」

 

「ああ。その混成部隊の一員だな」

 

何つー偶然だよ。救急車を呼んでくれた三上が俺と同じボーダーの人間で、しかも夕方に一緒に防衛任務をする人だなんて……色々な意味で奇跡じゃね?良い意味か悪い意味かは知らないが。

 

「ふふっ……凄い偶然だね」

 

それは三上もそう思ったのか小さく笑いだすが俺も似たような気分だ。

 

「だな」

 

ここまで偶然だと笑ってしまう。しかし救急車を呼んでくれた人が彼女なら都合が良いから助かる。

 

「なら三上。済まないが防衛任務に行く時に休みって熊谷……一緒に組む奴らに言っといてくれないか?」

 

「もちろん。それと上層部に比企谷君の4月の防衛任務のシフトの取り消しも申請しとくね」

 

「あ、いやそこまでは迷惑だろうし、後で自分が電話しとくぞ?」

 

救急車を呼んで貰った上にそこまでして貰うのは申し訳ない気がする。

 

「気にしないで。比企谷君は電話するのも大変だろうしやっとくよ」

 

三上の言葉に返すことが出来なかった。全身打撲だからか身体を動かすのは困難で、電話するの大変なのは間違いないだろう。そこまで見抜かれたら断れん。

 

「……済まん。じゃあ言葉に甘えても良いか?」

 

「もちろん。比企谷君は身体を治す事に集中してね」

 

三上は俺の頼みに対して嫌な顔1つしないで了承してくれる。この子優し過ぎだろ?

 

そこまで考えていると急にアラーム音が鳴り出す。三上がポケットから携帯を出して弄るとアラーム音が止まる。

 

「じゃあ比企谷君。今2時半で例の防衛任務があるから私は行くね」

 

「わかった。何から何まで済まなかった」

 

そう言って再度頭を下げる。ここまでして貰ったんだ。退院したら菓子折りをオペレータールームに持って行こう。

 

「私は当然のことをしたんだし、頭は下げないでよ。じゃあまたね」

 

三上は苦笑しながら病室から出て行った。それと同時に一息吐く。にしても三上か。あの子、マジで可愛かったな………優しいし天使の生まれ変わりか?

 

(しかし1ヶ月も動けないとはな。防衛任務も取り消しになって入院費もかかる……こりゃ一刻も早くA級にならないとな)

 

その前に5月の防衛任務の回数を増やそう。多少学校の授業を削って、土日の殆どをつぎ込めば4月の給料の補填は出来る。そして6月から8月の防衛任務を増やして入院費を稼がないとな……

 

働くのは嫌いだが文句は言ってられん。給料を稼ぐようになってからわかったが、生きるってのは大変だからなぁ……

 

そう思いながら俺はベッドに倒れ伏す。全身が痛いので身体は動かさずに休んだ方が良いだろう。

 

同時に睡魔がやって来たので俺は逆らわずに目を閉じて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よ。わざ……うね」

 

「……照…文…です。……先輩……」

 

「熊……です……よろ……す」

 

「三……。……にどう……」

 

暗闇の中、そんな声が耳に入る。

 

声の正体を知るべく目を覚ますと……

 

「あ!目が覚めましたよ!」

 

そんな声が聞こえてくるので横を見ると知った顔が4人。

 

内2人は同期の熊谷と照屋、次の1人は救急車を呼んでくれた三上、最後の1人は……

 

「目が覚めたな。新学期早々親に心配かけてんじゃないよバカ息子」

 

俺のお袋が呆れた表情を浮かべながら立っていた。辺りを見渡すと窓の外は真っ暗だった。その事から照屋達は防衛任務を終えてから見舞いに来て、その時にお袋と鉢合わせをしたようだ。

 

とりあえず……

 

「悪かったな」

 

心配を掛けた事を謝るべきだろう。

 

「全くだよバカ息子。今回は骨折程度で済んだから良かったけど、家族を2度失うなんてアタシはごめんだからね?」

 

お袋の言葉には重みがあった。下手をしたら死んでいたのは事実だし、俺がお袋の立場なら同じことを言っているだろう。

 

「……次からは気を付ける」

 

「なら良いけど。そっちの3人も心配してたようだし謝りなさいよ」

 

まあわざわざ見舞いに来てくれたんだし。恥ずかしいがその位はしないとな。

 

「わかってる……心配を掛けたようだな。済まなかった」

 

「いえ。心配はしましたが今回は仕方ないと思いますので謝らないでください。命に別状がなくて良かったです」

 

照屋が優しい笑顔を浮かべてそんな事を言ってくる。癒しになるなぁ……

 

「そうね、アンタは正しい事をしたんだし誇るべきでしょ?それにしてもアンタが犬を庇うなんてヒーローみたいな事をするとは予想外だったよ」

 

熊谷がニヤニヤしながらそんな事を言ってくる。若干イラってきてしまった。

 

「そのニヤニヤ笑いは止めろ。俺はヒーローなんて柄じゃないからな」

 

どっちかって言うとダークヒーローの方が似合ってる気がする。

 

俺はそう返すも熊谷がニヤニヤ笑いを消さない。

 

「と、本人は言ってるけど目撃者の歌歩本人からしたら比企谷はどう見えたの?」

 

「うん。躊躇いなく犬を助ける比企谷君は格好良かったよ」

 

三上ェ……

 

「だそうだよ比企谷」

 

「比企谷先輩は正しい事をしたんですから胸を張ってください」

 

「そうだぞヒーロー」

 

「止めろ。そんな目で見るな」

 

三上と照屋は優しい笑みを、お袋と熊谷はニヤニヤ笑いを浮かべて俺を見てくる。てかお袋も悪ノリしてんじゃねぇよ?

 

「ごめんごめん。にしてもアンタ、ボーダーではちゃんとやってるみたいで安心したよ。コミュ障のアンタが上手くやっていけるか心配だったしね」

 

お袋はそんな事を言ってくる。まあ確かにな。俺も自分がコミュ障だって事は自覚してるし、入隊当初は不安もあった。

 

しかし……

 

「生憎、コミュ障だとやっていけないからな。嫌でもコミュ障は改善されている」

 

個人の俺は他所の部隊の人やオペレーターと組まなきゃいけない。その場合必要最低限のコミュ力がないと冗談抜きで防衛任務に支障が出る。よってコミュ障の人間は防衛任務をこなしている内にコミュ障が改善されていくのだ。半年前までディスコミュニケーションだった俺も今じゃ、噛まずに女子と話せるようになったし。

 

「ふーん。そう言った意味じゃアンタがボーダーに入ったのは正解かもね」

 

言いながらお袋は視線を俺から照屋達3人に移して……

 

「まあこんな感じで余り他人と関わるのが苦手な子だけど、よろしくお願いね」

 

軽く頭を下げる。まるで出来の悪い子を気にかけてくれみたいな感じだが、実際に出来は良くないから文句は言えん。

 

一方の3人は軽く目を見合わせてから小さく「はい」と答える。同時に笑いが生まれているが俺としてはメチャクチャ恥ずかしい。わざわざ見舞いに来てくれて悪いが早く面会時間が終わってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私達はこれで失礼します」

 

「またね比企谷」

 

「ゆっくり休んでね」

 

「おう、またな」

 

お袋が照屋達3人からボーダーについて聞くこと20分、照屋達が一礼してから病室から出て行った。

 

「いい子達じゃない」

 

扉が閉まるとお袋はそんな事を言ってくるがそれについては賛成だ。照屋と熊谷がボーダーで1番付き合いが長いが良い奴なのは知っている。一方の三上も今日初めて会ったが、打算で優しくしてないのはわかる。ぶっちゃけ優し過ぎるし。こんな奴らが同中ならもう少しマトモな中学生活を送れたかもしれないな。

 

「まあな」

 

「アンタの事を第三者の立場から聞いたけど、楽しそうにやってて良かったよ……あ、それと八幡。アンタに聞いとくことがあるんだけど」

 

「聞いとくこと?何だよ?」

 

「実はアタシ、夕方にも一回アンタの見舞いに来たんだけど、そん時にアンタを轢いた車の人が来たの」

 

「え?もしかして車の弁償の要求か?」

 

だとしたらヤバい。あんな高級なリムジンの弁償なんて無理だ。この歳で借金するとか絶対に嫌だ。

 

「違う違う。その車の持ち主って雪ノ下家ーーー県議会議員の人で、入院費を払う代わりに事故の事を無かった事にして欲しいって取引をしてきたのよ」

 

なるほどな。県議会議員の持つ車が人を轢いたとなればマスコミにとってはそれなりのネタになるだろうから揉み消すつもりのようだ。

 

「それで?取引をしたのか?」

 

「いや、アタシはアンタの意見に従うって言ったからアンタに任せる。入院費はありがたいけど、会っていきなり高圧的な態度で事故を無かった事にしろって言ってきてムカついたからね。アンタが公にしたいなら止めないし好きにしたな」

 

お袋は不機嫌そうに鼻を鳴らしながら予想外の返事をしてくる。なるほどな……取引するにしても上から目線でされたら誰も良い顔はしないだろう。それについてはわかる……が、

 

「じゃあ無かった事にして構わない。公にして向こうが叩かれたところでメリットはないからな。それ以前に俺が飛び出したのが原因だし」

 

俺は名より実を取る。入院費を払わずに済むならそれで構わない。重要なのは家計だからな。

 

それを聞いたお袋は考えるような素振りをしながら俺を見るも、やがてため息を吐いて頷く。

 

「アンタならそう言うと思ったよ。明日雪ノ下の家にそう伝えとく」

 

やはりお袋だけあって俺の判断を理解していたようだ。そんな事を考えていると……

 

『面会時間終了15分前です。面会に来ている方は速やかに退出の準備をしてください』

 

そんなアナウンスが流れだす。照屋達と話していたらいつの間にかそんな時間になっていたようだ。

 

「じゃあアタシはもう帰るけど大事にすんのよ。明日仕事の帰り際にまた来るから」

 

「おう、またな。明日は小町も連れてきてくれ」

 

「小町は今日は夕方に一度来たわよ。まあ伝えとく」

 

最後に挨拶を交わすとお袋は病室から出て行った。これで1日は終わりか……

 

チラッとお袋が持ってきた荷物を見ると、着替えの他にゲームやラノベもあった。流石お袋。俺の趣味がよくわかってるな。

 

(でもボーダーから支給されたタブレットはないな。明日持ってきて貰うようにメールをしとくか)

 

1ヶ月防衛任務やランク戦が出来ない以上腕は落ちるから、その間はデータを見たりとやれる事はやっておきたい。

 

場合によっては何処かのチームに入らず、自分でチームを作る可能性もあるのだから。

 

まあ今は寝るか。どうにも遊ぶ気にならないし。

 

息を吐いて身体をベッドに倒し、眠りにつく。まさか新学期早々入院とはな……ボーダーに入隊した事といい、本当人生は何が起こるかわからないな。

 

そんな考えを最後に俺は意識を手放した。



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比企谷八幡は入院中、色々と考える。

「ふーん……やっぱりこいつは安定してるな……」

 

俺はタブレットを弄りながらそう呟く。

 

入学式の日に犬を助けて車に轢かれ、入院してから2週間が経った。俺は今ベッドの上でタブレットを弄っている。

 

理由は来シーズンのランク戦に備えてだ。俺がボーダーに入隊した理由は家計を助ける為。しかし固定給のあるA級と違って、B級はトリオン兵討伐の出来高払い故に安定しておらず、現時点では余り家計の助けにはなっていない。

 

となると防衛任務を増やすかA級に上がるかの2パターンだ。前者は学業に支障が出る可能性もある故に、俺が取る選択は必然的に後者となる。

 

A級に上がるにはA級部隊からスカウトされるかB級ランク戦で勝ち上がる必要があるが、前者は今の所芳しくない。他の部隊から勧誘を受けた事はあるが、どれもB級部隊からだった。

 

つまり現時点の俺が取れる方針はB級ランク戦で勝ち上がる以外ないのだ。だから俺は入院してから既存の部隊のB級ランク戦を見たり、俺同様チームに所属していない個人の隊員のランク戦を見ている。

 

(俺が既存の部隊に入るか新しく部隊を作るかは不明だが、勉強しておくに越した事はないだろうな……)

 

そう思いながらタブレットを操作する。現在俺同様個人の隊員の戦闘データを調べている。

 

(新人発掘は重要だからな。チームを作るかはまだわからないがやっといて損はない)

 

風間さんが良い例だ。あの人、俺が入隊した時に直ぐに同期の歌川と菊地原をスカウトして、今シーズンのランク戦で勝ちまくってる。現在の風間隊はB級1位でA級入りは確実と言われてるし。

 

その事を考えたら退院したら5月に入隊する新人にも目を通しておくべきだろう。

 

このデータ収集は入院してから本格的にやり始めたが案外楽しい。他人の戦闘スタイルや実力を見ると色々と考えるからだろう。

 

入院してから一週間、既にメモ帳には沢山の名前が表記されている。これは全部フリーの隊員だ。

 

その記録を再度見ようとしたが……

 

「比企谷さーん。検査の時間ですよー」

 

残念だが一旦中止のようだ。俺は立ち上がり松葉杖を使って病室から出て若いナースに会釈をする。

 

入院してから一週間も経ったので漸く外に行くのも慣れてきた。身体を動かす度に若干痛みを感じるがこればっかりは仕方ないだろう。

 

そう思いながら俺はナースに連れられて検査室に向かった。

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「失礼しました」

 

医師に一礼して松葉杖を使って立ち上がり検査室を出る。予想以上に順調に回復していると判断されたので良かったものだ。

 

検査の結果に満足しながら病室に向かうべくエレベーターの元へ歩き、待っているとエレベーターが俺のいる階に到着する。

 

同時に扉が開いたので中に入ろうとしたら見知った顔が目に入る。同時に向こうも俺に気が付いたようで眉を動かしてこちらにやって来るので俺は頭を下げる。

 

「どうもっす、風間さん」

 

そこに居たのはB級1位風間隊隊長の風間蒼也さん。俺の同期の中で2トップだった歌川と菊地原をスカウトしてステルス部隊を作り上げた凄い人だ。何度か防衛任務や個人ランク戦をしたが、この人を前にするとどうしても緊張してしまう。

 

「比企谷か。そう言えば噂で車に轢かれて足の骨折と全身打撲、肺に肋骨が刺さって入院したと聞いていたが大丈夫なのか?」

 

「いえ。足の骨折と全身打撲は合ってますが肺に肋骨は刺さってないです」

 

ボーダーではどんな噂が流れてんだよ?てか肺に肋骨が刺さってたら集中治療してる気がする。

 

「そうだったか。まあ見る限り快復は順調みたいだな」

 

「はい。今の所は順調です。風間さんはどうしてここに?」

 

見る限り風間さんは健康そうだが、誰かの見舞いか予防接種あたりか?

 

「俺は大学の友人が3日前にお前同様車に轢かれたから見舞いに来たんだ」

 

なるほどな。それなら病室に居ても納得だ。

 

そこまで考えた時だった。この人ならチームに関してアドバイスをくれるんじゃね?

 

「あの、風間さん。今時間ありますか?」

 

尋ねると風間さんはピクリと眉を動かしてから時計を見て口を開ける。

 

「今から1時間後に防衛任務がある。基地に行く時間も考えたら2、30分位しか取れないが、それで良ければ構わない」

 

「それで充分です。えっと、その……チームについてなんですが……」

 

俺は一息吐いてから風間さんに説明を始める。B級の給料だと生活が不安定だからA級を目指している事、その為にB級ランク戦に参加する腹積もりである事、その際に既存のチームに入るか自分でチームを作るか悩んでいる事について話した。

 

風間さんは偶に相槌をうちながら話を聞いてくれて、俺が話し終えると一息吐いて口を開ける。

 

「……なるほどな。話はわかった。それで比企谷。お前は今までに勧誘された事はあるのか?」

 

「ええ。3、4チームからありますね」

 

「そこでチーム入りしないという事はピンとこなかったわけだな」

 

「……まあ、そうですね」

 

「じゃあ次に聞くが、お前は何処か「絶対にこのチームに入りたい」と思うチームはあるか?何が何でもと思うチームだぞ」

 

絶対、か。入りたいと思うチームは幾つかあるが何が何でもってチームは……

 

「……ないですね」

 

ないだろう。というか既存のチームって大半が既にチームとしての空気が出来上がってるし。

 

「なら新しいチームを作ったらどうだ?何が何でも入りたいチームがないならその方が良い。中途半端な気持ちで既存のチームに入るのはお前にもそのチームにもメリットはない」

 

すると風間さんは即答する。風間さんの意見は間違ってないが……相談してから5分以内に悩みの答えを出すとは予想外だ。

 

「随分と結論早いっすね……」

 

俺がそう口にすると風間さんの目が鋭くなる。アレ?何か怒らせたか?

 

「当たり前だ。A級になりたい奴は俺を含めて腐るほどいるんだ。そんな人間が多い中、早い行動を取らなくてどうする?」

 

「それは……」

 

「決断を下すのが遅ければチーム以外にも、防衛任務や大学生活、社会に出てからも苦労するぞ。だから今の内に改善しておけ」

 

正論だ。確かに俺は行動が遅い。大分改善したが、コミュ障とか言ってそこまで積極的に動いてない。動いてる奴は既存のチームに売り込みをしたり、チームを作るからとメンバーの募集をしているだろう。

 

「……すみません」

 

「俺に謝るのではなくて行動で示せ。言っておくがチームを組む場合急いだ方が良いぞ。噂で聞いただけで確証はないが二宮と加古はそろそろチームを作るとの噂も出ている」

 

その言葉に少なからず驚く。元A級1位の東隊のメンバーである二宮匡貴さんと加古望さん。東隊が解散して今はA級個人として活躍しているがチームを組む場合フリーの隊員をスカウトするが、間違いなく才能のある奴をスカウトするだろう。

 

俺?残念だが現時点ではあの2人に認められる可能性は低いだろう。当真先輩とか烏丸とか俺より優秀な個人隊員もいるし。

 

「お前が既存のチームに入るか新しくチームを作るかは知らんが、遅ければ何も出来ずにグダグダになる可能性が高い。退院するまで行動出来ないのは仕方ないが、退院した後直ぐに行動出来るようにしておくんだな」

 

そこまで言うと風間さんは持っているコーヒーを一気飲みして立ち上がる。

 

「俺が言えるのはこれ位だ。俺としては絶対に入りたいチームがないなら新しくチームを作るほうが良いとしか言えん。……が、最終的には決めるのはお前だ。後悔しないように妥協しないでしっかりと考えろ。時間だから俺はもう行くぞ」

 

「……助言、ありがとうございます」

 

そう言って俺は風間さんに頭を下げると、風間さんは小さく頷いてから空き缶をゴミ箱に捨ててから去って行った。

 

風間さんが見えなくなるまで頭を下げて、見えなくなってから頭を上げて息を吐く。説教は食らったが自分が甘い事を認識した。コミュ障がどうたらなんて言ってられない。形振り構わず行くしかないようだ。

 

「やれやれ……大規模侵攻は色々な意味で人を変えるな……」

 

まさか俺が形振り構わずなんて言葉を使用する機会があるとは予想外だ。もしも大規模侵攻が無かったら俺は間違いなく適当な日々を過ごしていただろう。それは楽かもしれないが、今の俺からしたら色々と思う所がある。

 

(まあ、たらればの話を言っても仕方ないし病室に戻るか)

 

俺は再度息を吐いてから松葉杖を使って立ち上がり、身体に若干の痛みを感じながらエレベーターのボタンを押して自分の病室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室に戻ってから1時間、再度タブレットで個人ランク戦を見ながらノートに試合や隊員のデータを記入しているとノックが聞こえてくる。時計を見ると4時前。同時に誰が来たのか理解する。

 

「どうぞ」

 

「失礼します……こんにちは比企谷君」

 

入ってきたのは三上だった。総武の制服を着た彼女はベッドの近くにやって来て鞄から紙を取り出して渡してくる。

 

「はい。今日の分のノートとプリント」

 

言いながら近くの机に置く。俺と三上はクラスが同じなようで、三上は授業で作った自分のノートをコピーして毎日放課後になったら俺に持ってきてくれているのだ。

 

しかも三上のノートはガチで凄い。読みやすい綺麗な字で書いてある事は当たり前で、今日あった授業のことが細かく記されている。その上、教科書には載っていない先生独自のオリジナル問題に関しても、細かく書いてあってわかりやすい。具体的に言うと数学の嫌いで苦手な俺でも三上のノートを見れば多少マシになるくらいだ。

 

「いつも悪いな」

 

「だから気にしなくて良いって。授業で作ったノートをコピーして持っていくだけでそこまで手間はかかってないよ」

 

三上はそう言って苦笑しているが毎日病室まで持ってきてくれるのはありがたい。この三門総合病院は総武高やボーダー基地から割と離れているから間違いなく手間だろう。

 

「だとしてもだ。お前には何度も世話になってるし感謝しかねぇよ」

 

言いながら頭を下げる。ノートだけでない。事故に遭った時も救急車を呼んで貰った事や、ボーダー上層部に4月の防衛任務の予定のキャンセル手続きをして貰ったりとこの2週間、三上には何度も世話になっているからな。マジで退院したら菓子折りを持っていくつもりだ。それも割と高級のヤツを。その位しても文句はないくらいだ。

 

「も、もう!わかったから頭は下げないでよ。同い年の人に頭を下げられても困るよ……」

 

しまった。恩人を困らせるつもりは無かったんだがな……

 

「悪い、困らせるつもりはなかった。許してくれ」

 

「べ、別に怒ってないけどさ……それよりも身体は大丈夫なの?」

 

空気が気まずいから話題を変えようとしてるのは丸分かりだが、俺のこの空気は好きではないので乗らせて貰おう。

 

「今の所は順調だ。このままなら予想より早く退院出来そうだ」

 

担当医は入院直後は5月の初め辺りに退院と言っていたが、今日の検査の結果、早ければ4月の終わりに退院出来ると言われたからな。

 

「なら良かったよ。早く元気になってね」

 

「ああ。そんで急いでブランクを取り戻さないといけない。1ヶ月の入院で防衛任務もランク戦も出れないからな」

 

「比企谷君は入院したから新人王争いから脱落したしね」

 

新人王とは新入隊員でそのシーズンに1番個人ポイントを上げた隊員だ。今シーズン、つまり2月から4月にかけて個人ポイントを稼いだ新入隊員が新人王の座を手に入れる。

 

俺は3月の終わりまでは照屋や歌川、奈良坂に菊地原と首位争いをしていたが、事故に遭った為新人王争いから脱落してしまったのだ。

 

しかし……

 

「それについてはそこまで気にしてない。俺としては防衛任務に就けない事と腕が落ちる方が気にしてるな」

 

新人王になった際に貰えるものは個人ポイントであって金じゃないからな。貰えりゃラッキーくらいにしか考えてない。

 

「そっか。もしも困ったら私に出来る事なら力を貸すよ」

 

ヤバい、優しさが身に染みる。こんな優しい子が存在したのかよ。

 

「……ありがとうな」

 

「どういたしまして」

 

三上は軽く笑いながら手を振る。そこには含むものは一切ない。純粋な善意でそう言っているのがわかる。

 

こんな優しい子がオペレーターになってくれたら……いや、それはないか。言っちゃアレだが彼女は優れてる人間だ。頼んでも断られ……

 

 

(いや、さっき形振り構わずに行くって決めたしダメ元で聞いてみるか)

 

そう思うと同時に俺は一度深呼吸をする。決心したとはいえ結構緊張するな……

 

「比企谷君?」

 

三上が訝しげな表情をする中、

 

「なぁ三上。実はさーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の窓の外の景色に夜の帳が下りる中、俺はペンを動かして数式を解いている。普段なら匙を投げているが、とある理由から諦めず三上が作ってくれたノートを参考に頑張っている所だ。

 

一通り終わった所で次のプリントをしようとしたら扉がノックされた。誰だ?今日の検査は終わったし、ボーダーの誰かか?

 

とにかく誰かを確認しないとな……

 

「どうぞ」

 

「邪魔するぞー」

 

すると入ってきたのはお袋だった。これは予想外だ。お袋は昨日着替えを持ってきたから今日は来ないと思っていた。入院してからも仕事の関係で来ない日もあったし

 

「ん?アンタ何か機嫌良さそうだけど、良いことでもあったの?」

 

「あー、まあな」

 

今の俺は割と機嫌が良い。数学をやっていてもそこまで不快な感情が湧いてこないし。

 

「ふーん……って、アンタが数学をやってるなんて意外ね。明日は雨か?」

 

そんな俺の考えを他所にお袋は失礼な事を言ってくるがこれには理由がある。

 

「好きでしてる訳じゃねぇよ。ボーダー提携校に所属してると定期考査の結果がボーダーに送られるんだよ。それで成績が悪いと防衛任務の回数を減らされたり、最悪減給らしい」

 

「うわ……それは大変だね」

 

これも給料の為だ。我慢してやっている。三上のノートはマジで助けになるし、定期考査の前には借りよう。

 

「てか何でお袋はいるんだ?昨日着替えを持ってきたから今日は来ないと思ったぞ」

 

「ん?実は今日、ウチに例の犬の飼い主がアンタにお菓子を持ってきたから……ほれ」

 

そう言ってお袋が渡してきたのは鹿のやのどら焼きだった。鹿のやは三門市にある和菓子屋でオペレーターを中心にボーダーで大人気だ。俺も偶に食べているが甘くて最高だ。割と高いから余り手を出さないが。見舞い品に鹿のやのどら焼きとは中々良いチョイスだな。

 

「何か彼女は総武の生徒らしく、アンタが退院したら学校で礼を言うって言ってたわよ」

 

それはわかったが礼を言うなら普通病院に来て言うんじゃないのか?何で学校で言うんだ?

 

(……いや、もしかしたら例の雪ノ下の家の示談が関係してるのかもしれないし、突っ込まないでおこう)

 

「わかった。ついでにそいつの名前は?」

 

しかし名前くらいは聞いといても良いだろう。

 

「ん?そいつの名前はーーーー」

 

 

由比ヶ浜結衣だって。

 

それを聞いた俺は思った。随分変わった苗字だな、と。

 

しかしそれ以外の感情は浮かばない。あの事故は俺が勝手に助けただけだ。彼女に対してそこまで思う所はない。強いて言えばリードの管理はしっかりしろって思ったくらいだ。

 

そう判断した俺はその話を切り上げ、面会時間終了までお袋と他愛のない雑談をしてその日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2週間後の5月1日

 

遂に俺は退院した。

 

 



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退院してから比企谷八幡は目標に向かって動き出す(前編)

「……では俺はこれで。1ヶ月間ありがとうございました」

 

そう言って担当医に頭を下げてから病院を出る。するとお袋が入口で待っていた。小町がいないのは土曜日で学校があるからだろう。

 

今日は俺の退院日だ。久々に外の空気を感じたが、薬品の匂いが一切ないのは素晴らしいな。

 

「お帰り。忘れ物はない?」

 

お袋は俺が持つ手荷物を取りながらそんなことを聞いてくる。別にそこまで気を遣わなくても大丈夫なんだがな……

 

「いや、大丈夫だと思う」

 

仮に忘れ物があっても、ウチから病院は近いし取りに行けばいい話だ。

 

「なら良いわ。それよりアンタは今日は学校やボーダーで忙しいんじゃないの?」

 

「まあな」

 

授業や防衛任務ではない。退院したから、その旨を学校とボーダーの事務所に報告しに行くのだ。今日は土曜日だから授業もあるし事務所が開いていると思うが、明日の日曜日だと事務所が閉まってる可能性がある以上今日の内に済ませたい。ぶっちゃけ怠いがこればかりは仕方ない。

 

「とりあえず荷物を家に置いたら一息してから学校に行って、ボーダーに行く感じだな」

 

「ふーん。じゃあ帰りましょ」

 

言うなりお袋は病院の前に停車しているタクシーの元に向かった。タクシーに乗ると自動でドアが閉まり、自宅に向かって一直線に進んで行った。

 

タクシーに乗ること15分、停車してドアが開いたので車から下りると1ヶ月ぶりの自宅が目に入る。見ると門の横には俺の自転車もあった。どうやら回収されていたようだ。

 

そう思っていると、料金を支払い終わっただろうか、お袋もタクシーから下りてタクシーは去って行った。

 

「じゃあ開けるわね」

 

言いながらお袋は玄関の鍵を開ける。同時に1ヶ月ぶりの自宅に入る。何も変わってないようで安心した。

 

「昼ご飯は今から作るから30分位待ってて」

 

なら自室に行って休むか。そう判断しながら自室に戻ろうとした時だった。

 

pipipi……

 

俺の荷物の入ったカバンから着信音が鳴り出したのでカバンからスマホを取り出す。画面には『三上歌歩』と表示されていたので、それを認識すると同時に電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『もしもし比企谷君。電話に出れるって事はもう病院から出てるの?』

 

「ああ。丁度今自宅に着いた」

 

『そっか。退院おめでとう』

 

「ああ。入院中は何度も世話になったな」

 

『だから気にしなくて良いって』

 

三上はそう言っているが、本当に感謝しかない。救急車を呼んでくれたり、授業のノートのコピーを取ってくれたり、林檎を切ってくれたりと何度も世話になっているしな。

 

「それは厳しいな。てかお前も学校は大丈夫なのか?」

 

『今は休み時間だから大丈夫。それよりも……』

 

「ああ、例の返事だろ?」

 

電話をしているだけなのに思わず身構えてしまうが仕方ないだろう。何故なら……

 

 

 

『うん。比企谷君のチームに入るかについてなんだけど……』

 

そう、俺が三上をチームに誘ったので、その返事を聞くのだ。事の発端は入院していた時ーーー

 

 

ーーーなぁ三上。実はさーーー俺、チームを組んでA級を目指すつもりなんだが、オペレーターとしてウチに来ないか?ーーー

 

2週間前に三上が見舞いに来た時に、風間さんに説教を食らって目が覚めてチームを組むと決めた俺は三上にそう頼んだ。女子を誘うのはクソ恥ずかしかったが、風間さんが遅ければ何も出来ない、決断は早く下せと言って説教したので、恥を捨てて頼み込んだのだ。

 

その際三上は多少驚きを露わにしたが、少ししてから考える時間が欲しいと言ってきた。それについては予想していた。自分の今後がかかっているのだし慎重になるのは当然。

 

って訳で話し合った結果、俺が退院する日に三上から答えを聞くことになり、今がその結果発表だが……

 

(やはり形振り構わなくなったとか言っても緊張してしまうな……)

 

中学時代にした告白とは別ベクトルな緊張だ。まああん時は半ば振られる事がわかっていたからそこまで緊張しなかったが、今回は違う。オペレーターになるよう頼んでから即座に否定されなかった為、多少の望みがあるからか結構緊張している。

 

果たして結果は……

 

,

 

 

 

 

『ーーー良いよ』

 

俺が望む返答だった。………え?

 

「マジで?良いのか?」

 

思わず問い返してしまうが仕方ないだろう。多少期待していたとはいえ、ダメ元で頼んだ事が叶うなんて思わなかったし。

 

『うん。比企谷君に頼まれてからチームのオペレーターと中央オペレーターの違いについて調べたら私にも出来そうだったし、チームを組むなら気心の知れた相手が良いと思うし』

 

「そうか……済まない」

 

『相変わらず固いなぁ、頭を下げなくても良いのに』

 

「待て。何故俺が頭を下げるのがわかった?」

 

『だって比企谷君、私がお見舞いに来たら毎回頭を下げてるし。声音で簡単にわかるよ』

 

ぐっ……そこを突かれたら返す言葉がないな。確かに何度も世話になったから何度も頭を下げたけど……

 

「そ、そうか……とりあえず狙ってやってる訳じゃないからな?」

 

『それはわかってるよ……あ!もう直ぐ4時間目が始まるけど切るね』

 

そういや今は土曜日の午前、4時間目があっても仕方ないだろう。ただ……

 

「わかった。それと俺は昼飯を食ったら学校に復学の旨を伝えに行く予定だが、そん時に合流してボーダーに行ってチーム申請をしないか?」

 

どのみち学校の事務所に行ったらボーダーにも退院した事を伝えに行くんだ。その時に三上と一緒に行ってチーム申請をした方が合理的だ。風間さんの言うように早く行動しないとな。そんでチーム申請をしたら他のメンバーの確保する作戦を立案しないといけないし。

 

『良いよ。じゃあ午前の授業が終わったら図書室で待ってるから、復学手続きを終えたらメールして。じゃあね』

 

その言葉を最後に通話が切れるのでスマホをポケットにしまう。と、同時に息を吐く。

 

(良かった……とりあえず第一目標のチームを組む事は出来た)

 

チーム結成の最低条件は戦闘員1人とオペレーター1人だ。三上の勧誘に成功した事でチームを組むという第一関門は突破出来た。

 

(だが関門はまだまだあるからなぁ……)

 

他のチームメイトの確保、自身の戦闘力や作戦立案能力の向上、チームの連携の練度の向上などやる事は山程ある。

 

しかし文句など言ってられん。愚痴っていても始まらないし、家計の為にも頑張らないといけない。コミュ障など言ってられない。こう考えると人間は非常時になると大きく変わると考えられる。

 

しかし、とりあえず今は……

 

『八幡、飯出来たから早く降りてこーい』

 

少し早い昼飯を食べるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「ーーーはい。では月曜日から登校しますので」

 

飯を食った俺が総武高の職員室にて教頭と担任の平塚静教諭に復学の旨を伝え終えた。これで明後日から学校に行くことになる。

 

「うむ。遅れを取り戻すのは大変だろうが頑張りたまえ」

 

それは大丈夫だろう。入院中にも定期考査が悪くて防衛任務のシフトを減らされたら嫌だから勉強してたし、

 

「うっす。失礼します」

 

改めて一礼した俺は職員室に出て、扉を閉めると同時に三上に『手続き完了』とメールを送る。

 

すると3分もしないで三上がこちらにやって来る。

 

「遅くなって済まん」

 

「大丈夫だよ。身体は大丈夫そうだね」

 

「ああ。多少倦怠感?みたいなものはあるが日常生活には支障はない」

 

「なら良かった。それじゃあ今から基地に行って、復帰申請とチーム申請をしよっか?」

 

「ああ。最後に確認するが、本当に俺と組んで良いな?」

 

一応最後の確認はしておく。俺個人としては見知らぬオペレーターより気心の知れた三上と組む方が良いと思っているが、重要なのは三上本人の気持ちだからな。

 

「大丈夫だよ。私としては知っている人と組む方が気が楽だし」

 

どうやら不満はないようだ。顔を見ても含むものは見当たらない。それを聞いて安心した気分になる。三上とは救急車を呼んで貰った事から生まれた縁だが、この縁は間違いなく当たりだろう。そう考えたらあの事故も悪いだけのものとは思えない。

 

「なら良かった。じゃあ頼むわ」

 

「うん。それより、そろそろ行こうか」

 

「ああ」

 

言いながら校舎から出て駐輪場に向かい、自分の自転車ーーー事故の時に使ったヤツの鍵の解除をする。同時に三上も同じように自転車の鍵の解除をしていた。

 

そして俺達はペダルを漕いで校舎から出る。自転車によって感じる春風は1ヶ月ぶりだが中々心地良かった。それは俺自身の内にある気分の良さも関係しているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?今のって……ヒッキー?」

 

「結衣ちゃーん?どうしたの早く行こうよー?」

 

「え……あ、うんごめんさがみん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ三上よ。マジで俺なのか?」

 

忍田本部長の執務室の前にて、俺は手に持つ紙をピラピラしながらそう呟く。その紙の上部には『部隊申請書』とデカデカと書いてあり、その下にはシャーペンで『隊長 比企谷八幡』『隊員 三上歌歩』と表示されている。

 

そう、隊長欄には俺の名前が書いてあるのだ。受付にて復帰申請をして、部隊申請書を貰った俺と三上は記入する事になり、隊長をどうするかの話になった時俺は三上を、三上を俺を指名した。

 

俺としては気遣いが出来て、カリスマ性の高そうな三上が良いと思ったが、三上は自信がないと言って反対した。

 

俺も隊長なんて柄じゃないと返したが、三上が「私は草壁さんと違って隊長業務をやっていたらオペレーターの仕事に支障が出る」と言ったので俺が折れる形で隊長が決まった。

 

まあオペレーターが隊長をやってるのは草壁隊だけだしな。

 

「大丈夫だって。自信がないなら私も出来るだけ力になるから」

 

「マジで頼むぞ……はぁ」

 

まあ決まったものは仕方ないし、諦めるか。隊長に自信がないのは事実だが、三上の反対意見も理にかなっているからな。俺のチーム入りに了承してくれた優しい奴を無理に隊長をさせる訳にはいかん。

 

そう判断した俺は一度深呼吸をしてから本部長の執務室のドアを叩く。

 

『どうぞ』

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

ドアの向こう側からどうぞと言われたので俺と三上はドアを開けて一礼する。中に入るとボーダー本部長の忍田本部長が執務机にて書類作業をしているのが目に入った。

 

「比企谷か。先程復帰申請を確認したが、無事に退院出来て何よりだ」

 

「ありがとうございます。それで本部長にこれを提出しに来ました」

 

言いながら部隊申請書を本部長に手渡す。すると本部長は軽く目を見開く。

 

「復帰申請をして30分もしないで部隊申請をしてくるとは驚いたぞ」

 

「ええ、まあ……復帰して直ぐは無理なのでしょうか?」

 

「いや、問題ない。申請書に不備はないから受理出来るぞ」

 

言いながら本部長は執務机にある書類を脇に置いて、引き出しから判を取り出す。

 

「とりあえずは、2人からスタートということか?」

 

「はい。残りのメンバーは6月から始まるランク戦までに集めるつもりです」

 

「なるほどな。入院中に遊んでいた訳ではないようだな」

 

「ええ。何分暇でしたので」

 

特に消灯時間になるとガチで暇だった。個室を使えたとはいえ消灯時間は早くて退屈過ぎたくらいだ。

 

「そうか」

 

そう言いながら本部長は申請書に判を押してからおもむろに口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「では比企谷八幡及び三上歌歩に告げる。本日5月1日をもってボーダー本部所属、B級15位比企谷隊の結成を承認する」

 

こうして退院した俺は新しい一歩を踏み出したのだった。




八幡は新しくチームを組む事になりました。

ちなみにチームメイトは色々考えてます。

今のところ公開できる情報は……

戦闘員は八幡を除いて2人〜3人

内1人は既に名前が出てるキャラ

ってところです。

ちなみに一部のガイルキャラもボーダーに入る予定です。


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退院してから比企谷八幡は目標に向かって動き出す(後編)

「しっかし作戦室か……今までは他所の作戦室で過ごしてたからな。自分の作戦室となると変な物にならないか不安だな……」

 

「でも私は楽しみだな。作戦室に入るのは初めてだから」

 

忍田本部長から部隊申請書の受理をして貰った俺とチームメイトの三上は執務室を後にして、廊下を歩き割り当てられた作戦室に向かって歩いている。

 

 作戦室とは名前の通り、部隊が作戦を練る場所である。ランク戦のミーティングや防衛任務の打ち合わせ、待機任務の待機場所など多種多様な使い方が存在している。俺は未経験だが、ボーダーには深夜任務もあるので場合によっては泊まり込みで利用する機会もある。

 

しかしそれと同時に、チームの憩いの場ーーー第2の自宅と評される場所でもある。

 

ボーダーで作戦室を持つチームの大半は自身の作戦室に色々と手を加えている。子供っぽい言い方をすれば秘密基地みたいな場所でもあるので、学生からすれば隣を歩く三上のようにワクワクしてもおかしくない。俺自身も若干楽しみにしている。

 

「ん?お前は作戦室に入った事がないのか?てっきり同年代の綾辻や小佐野がいる嵐山隊や諏訪隊の作戦室に入っていると思ったが」

 

「遥ちゃん達部隊オペレーターが中央オペレータールームに来る事はあっても、その逆は余り無いんだよ。それで私は作戦室に入った事がないの。だから作戦室って初めてだから楽しみなんだ」

 

「なるほどな……っと、ここか」

 

本部長に言われた場所に辿り着くと機械の扉がある。まさに近未来的な扉だ。まあトリガーやボーダー基地そのものが近未来的だけど。

 

そう思いながら扉の横にあるロックを解除すると……

 

「おおっ……」

 

「わあっ……!」

 

そこには畳三十畳くらいの大きさの部屋があった。

 

とはいえ中にあるのはオペレーター専用のデスクと、壁を挟んだ先にある緊急脱出用のベッド4つだけで、ソファーや机などの調度品はない。

 

しかし自分達だけのプライベートスペースが手に入ったと考えると、嬉しい気持ちが舞い上がっているのがわかる。

 

「なるほど……始めの作戦室はこんな感じなのか。他の部隊の人達は改造し過ぎだな」

 

予想はしていたがどの部隊も大半が未成年だけあって好き勝手改造しているようだ。

 

「え?他所の部隊はそんなに凄いの?」

 

「ああ。作戦室に徹夜でゲームをする為の仮眠ベッドを置いてる部隊もあれば、麻雀卓を置いてる部隊、筋トレマシンや謎の石像や大型スクリーンプロジェクターを置いてる部隊とかあるぞ」

 

「そ、そうなんだ……私達もそこまで改造するの?」

 

三上はそう言ってくるが、俺個人とはそこまで改造するつもりはない。今挙げた部隊の作戦室はどれも汚いからな。あそこまで汚くなるならハナから改造するつもりはない。

 

とはいえ……

 

 

 

 

 

「とりあえず三上。今から開発室に行ってソファーやテーブルなど最低限の調度品を用意して貰うように申請しに行くぞ」

 

本部長から作戦室を与えられた時に、開発室に申請すれば作戦室にトリオン製の机や椅子などを設置して貰えると教えて貰った。

 

俺自身作戦室の改造にはそこまで興味ないが必要最低限のものは用意したい。現時点での作戦室は殆ど丸裸だし。

 

「あ、うん。そうだね」

 

それは三上も賛成のようで小さく頷き作戦室を出たのでそれに続く。作戦室のドアが閉まると同時に俺は歩き出す。

 

「比企谷君は開発室の場所はわかるの?私はオペレータールーム以外の場所は余り詳しくないんだよね」

 

「ああ。B級に上がった際に開発室でトリガーチップを入れるんだよ」

 

まああの時はチームを組むなんて微塵も考えてなかったけど。本当ボーダーに入ってから予想外の道ばっか歩んでんな俺。

 

「とりあえず必要最低限の調度品以外は自分達で調達するんだが、お前はなんか作戦室に入れたい物はあるか?」

 

本棚やクローゼットならトリオン製の物を作ってくれるし、ランク戦を見る為のモニターやデータ収集に使うパソコンは開発室が支給してくれるが、それ以外の物ーーーそれこそ麻雀卓とかは自分達で調達しないといけないからな。

 

「うーん。特にないな。比企谷君は?」

 

「俺?俺としては冷蔵庫とかだな」

 

そして中にはMAXコーヒーを入れたい。MAXコーヒーが売ってある自販機はボーダーには少ないし買いだめをしておきたい。

 

「あ、冷蔵庫は私も欲しいな。ある程度落ち着いたら買いに行かない?」

 

「だな。にしても高校生が冷蔵庫を買うって普通はあり得ないだろうな」

 

「あー、そうかもね。大規模侵攻は三門市や三門市の住民を大きく変えたよ」

 

だよな……未成年の人が簡単に人を殺せる武器を持って異世界からの侵略者と戦ってるし、あの大規模侵攻は三門市を大きく変えたのは間違いない。

 

(まあ俺自身もコミュ障を改善されたけどな……)

 

そんな事を考えながら三上と駄弁っているといつの間にか開発室の前に到着していた。

 

「んじゃ入るぞ。失礼します」

 

「失礼します」

 

言いながら扉を開けて開発室の中に入ると、そこには先客がいた。

 

「ん?」

 

「あ、どうも比企谷先輩」

 

「げ、比企谷先輩だ」

 

「おー、ハッチ君に歌歩ちゃんじゃん!久しぶりー」

 

開発室にいたのは先日A級に昇格した風間隊のメンバー4人だった。しかし以前あった時と違って隊服が違った。B級自体はジャージタイプだったが、今はSF映画に出てくる宇宙スーツのような隊服を身に纏っていた。

 

そんな事を考えていると風間さんが近寄ってくる。

 

「比企谷か。後ろにいるオペレーターや開発室に来た事から察するに、新しくチームを組んで、その際に貰った作戦室の改良をしに来た所か?」

 

……流石風間さん。会って数秒でここまでわかるとはな。恐れ入る。

 

「そうっす。オペレーターの三上で、車に轢かれた時に救急車を呼んだのが彼女だったんです」

 

「は、初めまして。三上歌歩です」

 

「よろしく」

 

隣に立つ三上が小さい体を縮こまらせて頭を下げ、風間さんはそれに応じる。

 

「退院して直ぐにチームを組むという事は既にチームの構成についても考えているんだな?」

 

「ある程度は。風間さんのおかげで。あの時は説教をしてくれてありがとうございます」

 

そう言って頭を下げる。風間さんのおかげで自分の甘さを認識出来たんだ。感謝しかない。

 

すると風間さんは口にほんの少しだけ笑みを浮かべる。笑うんだこの人……

 

「……どうやら入院中に遊んでいた訳ではないようだな。お前がどんなチームを作るか楽しみにしているぞ」

 

「ええ。いつか絶対にA級に上がります」

 

「僕より弱いのに?」

 

「おい!」

 

菊地原の毒舌を歌川が咎める。相変わらず歌川は良心の塊だな。実際ブランクのある俺は間違いなく菊地原より弱いし、別に気にしてないのに。

 

「歌川、俺は別に気にしてない。寧ろ口の悪くない菊地原なんて、剣のない太刀川さんみたいなものだからな」

 

「何それ?つまり口の悪くない僕はダメ人間って事?」

 

「おい!仮にも先輩の事をダメ人間呼ばわりするな!」

 

「いや、剣のない太刀川は正真正銘のダメ人間だから気にするな」

 

「風間さん?!」

 

話題を振った俺が言うのもアレだが太刀川さんェ……まああの人、dangerをダンガーって読む人だからなぁ……大学もボーダー推薦を使ったみたいだし。

 

そこまで考えていると風間さんのポケットから電子音が聞こえる。

 

「時間か。悪いが俺達はこれから防衛任務だから失礼する」

 

「あ、はい。どうもっす」

 

「ああ、またな」

 

「失礼します」

 

「次にランク戦をする時はボコボコにするんで」

 

「こーら、きくっちー。じゃあまたね2人とも。6月からのランク戦頑張ってね」

 

風間隊の4人はそのまま開発室から出て行った。次に菊地原とやる時までにブランクを取り戻さないとな……

 

「何か……凄い人達だね」

 

風間隊が去った後三上は苦笑しながらそう言ってくる。まあ確かに漢気溢れる風間さんを筆頭に毒舌キノコの菊地原、良心の塊の歌川にメガネ教の法皇の宇佐美、全員癖が強いのは否定出来ない。

 

「まあな……それよりも作戦室の申請をしないと」

 

「あ、そうだね」

 

三上から了承を貰ったので俺はチーフエンジニアの1人である寺島さんの元に向かい作戦室改造の申請をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後、作戦室に戻ると……

 

「おぉ……マジで出来てやがる……」

 

「トリオン技術って凄いんだね」

 

寺島さんにリクエストしたトリオン製の巨大テーブルと椅子6つ、ソファーに本棚2つが作戦室に配備されていた。これには思わず感嘆の声を出してしまう。

 

(マジで開発室の技術は凄えな。次に開発室に依頼するときは指を鳴らしただけで地面から出てくるテーブルや椅子を作って欲しいものだ)

 

「とりあえず座ろっか?」

 

そんなアホな事を考えていると三上がそう言ってくるので、俺が椅子に座ると三上は向かい側に座る。

 

向かい合って三上を見ると、三上に対する感謝の気持ちが改めて生まれてくる。チームも組めたし一言くらい言っておくべきだろう。

 

「三上」

 

「何?」

 

「これからよろしく頼む」

 

頭を下げる。一度チームを組んだ以上余程の事がない限り直ぐに解散する事はないし、挨拶をしておくべきだろう。

 

頭を上げて三上を見ると、向こうも真剣な表情を見せて……

 

「こちらこそ。不束者だけどよろしくね」

 

同じように頭を下げる。三上は優しい奴だし俺がバカをやらかさない限りは上手くやっていけそうだ。

 

「ああ。そんじゃ早速今後の予定を立てるが大丈夫か?」

 

俺が三上に確認を取ると三上は顔を上げて頷く。

 

「いいよ。今後の予定って言ったら他のチームメイトの勧誘の話?」

 

「他にも防衛任務の予定を組んだりとかだな。これはさっき本部長から貰ったシフト表だが空いてる日にチェックを頼む」

 

言いながらシフト表とボールペンを渡す。

 

「あ、うん。でも比企谷君は書かないの?」

 

「後で良い。俺は毎日暇だし入院したツケもあるから殆ど毎日入れるつもりだ。あ、でもだからって俺に合わせなくても大丈夫だからな?お前の予定がある日は混成部隊と組むから」

 

俺は金の問題があるから文句はないが、それを三上に押し付けるつもりはない。てか無理を強いてチームから抜けられたら困る。

 

「……防衛任務をどう入れるのは自由だけと無理はしないでね」

 

「安心しろ。日曜日は絶対に休むから」

 

金の為とはいえ、休む為に存在する日曜日には働きたくない。この考えはボーダーに入って色々改善されている俺でも変わらないだろう。

 

「なら良いけど……はい、書いたよ」

 

三上が用紙を返したので見てみると31日中16日マークを付けていた。しかも俺が日曜日は絶対に休むと言ったからか知らないが日曜日には1日もマークされてない。

 

(気遣いが上手すぎだろ……三上を勧誘したのは大正解だな)

 

やっぱりあの事故は起こって正解だっただろう。犬を助けられて、三上との縁も出来たのだから。

 

「サンキュー。んじゃ俺も……」

 

俺もそのまま書き始める。先ずは三上が書いた欄16箇所、次に三上の名前が書かれてない欄に数7箇所、計23箇所の欄に俺の名前を記入した。今までは月に16回〜20回ぐらいだったので今月はかなり疲れるだろうな……

 

「よし。これで大丈夫っと。後で提出しとくぞ?」

 

「うん。防衛任務の予定を立てたし、次はチームメイトの勧誘?」

 

「ああ。入院中に個人隊員は調べまくったからな。組んでくれる可能性のある人間はピックアップした」

 

「あれ?でもボーダーのネットで隊員募集はしないの?」

 

ボーダー独自のネットでは隊員募集をしている時もある。例を挙げると現時点では諏訪隊が攻撃手を、影浦隊が狙撃手を募集している。

 

しかし……

 

「しない。した所でネームバリューのない俺の元に来るとは思わないし。だから自分から進んで行くことにした」

 

新人王を取っていれば話は別だが現時点の俺が隊員募集をしても集まらないだろう。

 

風間さんは行動は早くと言っていた。ネームバリューのない俺が隊員募集という名前の待ちに徹しても、有力隊員は見向きもしないでネームバリューのある隊員の募集に応じるだろう。それだったら自分から行く方が合理的だ。

 

「そんな訳で俺達は隊員を集める。目標としては来シーズンのランク戦が始まる2週間前の5月18日までに2人引き入れる。4人目の戦闘員を入れるかどうかは三上のオペレートを見てから決める」

 

ボーダーのチームはオペレーターを合わせて最大5人だが、5人編成の部隊は、旧東隊、嵐山隊、片桐隊、生駒隊と極めて少ない。

 

以前聞いた事があるが、戦闘員が5人編成つまり戦闘員が4人だとオペレーターの負担がデカくなって充分な情報支援が出来ず隊員が落とされやすくなり易いとの事だ。

 

だから6月からのランク戦は戦闘員3人で挑み、4人目を入れるなら次のシーズンからにさせると考えている。

 

「引き入れたらランク戦が始まるまでチームの練度を上げるんだよね?それは良いんだけど、もしも18日まで隊員を集められなかったら、もしくは1人しか引き入れなかったらどうするの?」

 

「1人も集められなかったなら6月のランク戦は捨てて、その間を鍛錬と勧誘に注ぎ込む。1人集められたらランク戦に参加しながら勧誘をする感じだな」

 

流石に未熟な俺が1人でランク戦に参加してもリンチされるのは目に見える。それなら鍛錬と防衛任務と勧誘をしてランク戦を次に回した方が良い。

 

「わかった。それで問題の勧誘する2人は決まってるの?」

 

「一応な。だが1人はそこそこ関わりがあるからともかく、もう1人は難しい」

 

「難しい?性格に問題でもあるの?」

 

「いや違う。そいつとの接点が殆どないんだよ。前に1回ランク戦をしただけだし」

 

それも俺がBに上がったばかりの頃だし。向こうは多分覚えてないだろう。俺自身もチームを組むと決めてデータ収集をするまでは忘れてたし。

 

「とりあえず今日はチーム結成の際に生まれた雑務をこなして、明日から勧誘に動くぞ。お前の力を貸してくれ」

 

「もちろん。全力でサポートするからね、隊長」

 

「それはありがたいが隊長は止めろ」

 

「ふふっ……ごめんごめん。ところでその2人の名前は何て言うの?」

 

ああ、そういや言ってなかったな。これは俺のミスだ。

 

内心反省しながら鞄からタブレットを取り出し、集めたデータの中から勧誘する隊員の情報をモニターに映し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が勧誘したいのは照屋文香と辻新之助、この2人だ」

 

三上に見せる。そこには見知った顔の女子とイケメン男子が映されていた。



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比企谷八幡は交渉に向かう(前編)

日曜日は好きだ。働かなくて良いからだ。学校も休みだし。昔は土曜日も休みだったが、中学に上がると土曜日も学校があり苦痛だ。

 

そんな中、日曜日は基本的に予定がないから思い切り休める。この日だけは防衛任務も入れてないし完全な休みだ。日曜日は昔から寝て過ごすのが基本だ。

 

しかし……

 

「ご馳走様。紅茶飲んだら基地に行ってくる」

 

俺は至極忙しいので寝て過ごせない状態にある。

 

退院してチームを組んだ翌日の朝9時半、俺は最愛の妹の小町の作ってくれた朝食を流しに置き、小町の淹れた紅茶をテーブルに運び飲み始める。

 

「ほーい。日曜日は寝て1日を過ごすお兄ちゃんがチームメイトを確保する為に外に出るなんて……小町嬉しいよ」

 

小町はよよよっ……と泣き真似をし始める。若干ウザいが我慢だ。今までは小町の言う通り、日曜日は寝て1日を過ごしていたからな。

 

「まあアレだ。積極的に動かないと目的を達成出来ないからな。嫌でも頑張るだけだ」

 

今日はチームメイトの勧誘をする為10時半に作戦室で三上と待ち合わせをしている。

 

本音を言うと今直ぐベッドに飛び込みたいが、チーム結成をするまでは私情を挟まずに頑張るつもりだ。

 

「お兄ちゃん本当に変わったね」

 

「変わらなくちゃ生きていけないからな」

 

ついでに言うと風間さんにケツを引っ叩かれたからな。マジであの時風間さん病院で会わず説教を食らわなかったら、今頃ベッドで爆睡していただろう。

 

「そっか。まあ頑張ってね。ちなみに勧誘する人って女子?」

 

「あん?男女1人ずつだけど」

 

まあ男子の方は殆ど接点がないから厳しいと思うが。

 

「ほうほう。お兄ちゃんが女子を誘うねぇ〜」

 

「そのニヤニヤした笑いは腹立つからやめろ」

 

言いながら紅茶を一気飲みして身体を温める。5月にもかかわらず今日は妙に寒い。俺が風邪なのか千葉の気温が寒いのかは知らないがしっかりと温めないとな。

 

「とりあえず三上を待たせると悪いし俺はもう行く。帰りは4時くらいだと思うが何か買ってくる物はあるか?」

 

カップを流しに置いて、トリガーをポケットにしまい、小説やボーダーから支給されたタブレットが入った鞄を肩にかけて行く支度を済ませる。

 

「うーん……あったらその時間にメールするよ。チーム決めるの頑張ってね。歌歩さんに嫌われないようにね?」

 

当たり前だ。てかメチャクチャ優しい三上に嫌われるって相当屑なことをしないと無理だと思う。そこまでの屑になるつもりはない。てかなったら色々な意味で終わるだろう。

 

「努力はする。じゃあまたな」

 

そう返した俺は家を出て自転車に乗ってボーダー基地に向かって漕ぎ始めた。

 

暫く自転車を漕いでボーダー基地に近づくにつれて辺りに巨大な店が目に入る。大規模侵攻が起こってから3年弱、ボーダー基地に関してもそうだが三門市の復興は思ったよりも早い。侵攻直後ならともかく今三門市に住んでいる住人は、ボーダーの頼もしさから三門市を離れずにいる。

 

(まあもう一度大規模侵攻が起こったらどうなるかはわからんがな……)

 

大規模侵攻が起こって市民から死傷者が出たら、三門市を離れる人も出るだろうし、マスゴミはボーダーを叩くのが目に見える。大規模侵攻直後もボーダーの事を『子供に兵器を持たせる危険組織』とか『トリガーという力で三門市を牛耳ろうとしている』とか好き勝手言って、今でも叩いてる記者もいるし。

 

本当に馬鹿馬鹿しい。そんな風に叩くならテメェらが近界民から市民を守れよ。自身の生活の為にありとあらゆる事に対して叩いてんじゃねぇよ、ってのがマスゴミに対する俺の気持ちだ。

 

(って、らしくもねぇ事を考えても仕方ないな。ったく……嫌な気分になったし甘いもんでも買ってくか……)

 

三上との集合は10時半。今は10時丁度で、寄り道しないで基地に向かえば10分で着くし、多少ーーー10分くらいなら寄り道しても大丈夫だろう。

 

そう思った俺は自転車の向きを変える。自転車のハンドルの先には和風の建造物ーーー『和菓子 鹿のや』があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぃーす」

 

10時20分、つまり集合時間10分前に俺は作戦室のドアを開ける。すると……

 

「あ、おはよう比企谷君」

 

私服姿の三上が可愛らしい笑顔で迎えてくれる。三上の服装は白いワンピースだが涼しそうだ。

 

「よう三上。遅れて悪かったな」

 

「ううん。集合時間前だから大丈夫だよ」

 

「なら良かった。それと基地に行く途中でこれを買ってきたから食いながら話すぞ」

 

言いながら持っている紙袋をテーブルの上に置き中を取り出すと、三上は子供らしく目を輝かせる。

 

「あっ、いいとこのどら焼き?」

 

「ああ。妙に甘いものが食いたくなったから買った」

 

まあそれ以外にも目的はあるけど。

 

「どうもありがとうね。これでお茶を淹れられたら良いんだけど……」

 

「残念ながら給湯室はA級部隊の作戦室にしかないから今は諦めろ。A級に上がったら淹れたら良い」

 

「えっ、そうなの?」

 

「ああ。A級の作戦室はB級のそれより少しだけ広くて、給湯室と小部屋が付いてくんだよ」

 

太刀川隊は殆ど使ってなかったけど。てかやりっぱなしで汚いから使ってないだけだと思うが。

 

「まあそれは今は関係ない。それより例の勧誘の話をするぞ……あむっ」

 

言いながらどら焼きの入った袋を開けてパクリとかぶりつく。同時に上品な餡の甘味が口の中に広がる。マジで美味すぎる。ボーダーに入る前は高いからと忌避していたが、給料を貰っている今なら不満なく買える。

 

「うん、やっぱり美味しいね……それで?照屋さんと辻君を勧誘するのは良いけどどうやって勧誘するの?」

 

三上もどら焼きを食べながら質問してくる。何でも良いが三上の食い方、小動物みたいで可愛いな。

 

「照屋は今日の朝6時から11時半まで王子隊と防衛任務があるから、12時に作戦室に来てくれとメールをしたからそん時に話す。一応どら焼きは6個買ったけど2個残しとくぞ」

 

「了解」

 

勧誘する相手を作戦室に呼ぶんだし、もてなしの準備もしとかないといけないからな。どら焼きを買った目的は俺の欲求以外にもあるのだ。

 

「問題は辻なんだよなぁ……俺あいつの連絡先知らないし。お前知ってる?」

 

「ごめん。知らない」

 

「だよなぁ……」

 

しかもあいつ誰かと連んでるの見たことないし。

 

「うーん。やっぱり個人ランク戦のロビーに行ってみるのはどうかな?チームを組んでないなら作戦室はないんだし」

 

「ま、それが一番だな」

 

仮に辻が居なくても辻の連絡先を知ってる奴が居れば聞いてみれば良い話だ。

 

「じゃあ早速行く?」

 

「だな。善は急げって言うし行くか」

 

言いながら残ったどら焼きを飲み込んでゴミを丸めて立ち上がると、三上も同じような仕草をして立ち上がる。

 

さて、可能なら居れば良いんだが……

 

そう思いながら作戦室を出て個人ランク戦のロビーに向かうと……

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、丁度やってんじゃん」

 

「ラッキーだね」

 

丁度個人ランク戦のモニターでは俺が目を付けている辻本人がランク戦をしているのが見えた。まさか着いて早々見つかるとは実にラッキーだ。

 

対戦相手は生駒隊攻撃手の南沢だが、辻が押している。

 

南沢がグラスホッパーを使って辻を翻弄させようとしているが、辻は焦らずに南沢を注視して、南沢が斬り込んだ瞬間に自身の弧月を南沢のそれとぶつけ鍔迫り合いの形に持ち込む。

 

しかしそれも一瞬で辻は鍔迫り合いの状態のまま体当たりをして南沢を弾き飛ばし、間髪入れずに旋空を起動して南沢を真っ二つにした。

 

『10本勝負終了 勝者辻新之助』

 

同時にブザーが鳴り機械音声が勝者を告げる。結果は7ー3で辻の勝ちだ。

 

「私、戦闘は詳しくないけど辻君の戦い方は綺麗だね」

 

三上が感心しながらそう言っているが、俺が辻を勧誘しようとした理由はまさにそれだ。

 

弧月使いはゴロゴロいるが辻の戦い方はどれも基本に忠実なのだ。弧月の振るい方、回避や受け太刀などの防御の仕方、立ち回り方などそれら全てがお手本のように綺麗なのだ。

 

だからだろうか辻は格下との戦いでは余り黒星を生まない。入院中にランク戦の記録は山程見たが、格下の奇策を殆ど無効化していた。

 

あそこまで基本に忠実ならば弧月による援護能力も期待が出来るし、メンタルも強いだろうからチームの支えにもなると、判断して俺は奴を勧誘すると決めたのだ。

 

「ああ。だからこそチームに入れたい。って訳で奴が出てきたら交渉を始めるが協力を頼むぞ」

 

「うん。頑張ろうね隊長」

 

「だから隊長呼びは止めろ。明らかにからかってるだろ?」

 

三上の奴、中々茶目っ気があるじゃねぇか。その程度では怒りはしないが恥ずかしいから止めて欲しい。三上に負担がかかるから隊長をやったんで俺自身は隊長の器じゃないし。

 

「ふふっ、ごめんごめんって、辻君出てきたよ」

 

見ると辻がドリンクを飲みながらブースから出てきた。ドリンクを飲んでいるだけなのにイケメンオーラを出していて、若干気遅れしかけている。

 

(いや、気遅れなんてしたらまた風間さんに怒られるし、そんな事を言っている場合じゃないな)

 

俺は一度自身の頬を叩き気付けをする。A級を目指すと決めた以上コミュ障なんて言ってられん。

 

「良し。じゃあ行くぞ」

 

「了解」

 

三上から了解の返事を貰ったので俺達は辻の元に向かって歩き出す。辻との距離が3メートルまで近付くと、向こうも俺達の気配を感じたのかこちらを見てくる。

 

しかしその後の仕草が奇妙だった。さっきまではクールな表情だったのに俺達を見ると若干目を見開き驚きを露わにするも、直ぐに俯いて俺達と目を合わせないようにし始める。いきなりどうしたんだ?

 

「なぁ、話があるのだが、お前が辻で合ってるよな?」

 

俺が話しかけるも……

 

「あっ……えっと……」

 

顔を上げずにしどろもどろになっている。さっきまでのクールな辻とは別人のようだ。

 

「えっと……体調が悪いのかな?」

 

三上が心配そうに辻に近寄るも……

 

「なっ……!えっ……あっ……!」

 

しどろもどろな口調のまま辻は後ずさる。その際にチラッと表情が見えたが怯えの色があった。

 

同時に俺は辻が急に変わった理由を理解した。

 

(こいつ……多分女子限定のコミュ障だ)

 

昔の俺も辻ほどじゃないが女子と目を合わすのを苦手だったし簡単に予想が出来る。

 

しかしこうなるとは思わなかった。とりあえず三上をこの場から離さないと交渉は無理だろう。

 

そう判断した俺は三上の耳に顔を寄せる。少し、いやメチャクチャ恥ずかしいが我慢だ。

 

「(三上。済まんがお前は一回辻の視界から出てくれ。こいつ多分女子限定のコミュ障だからお前がいるとコミュニケーションを取れなそうだ)」

 

「(これ女子が苦手だからなの?!)」

 

「(俺も似たような経験があるからな。とりあえず一回作戦室に戻っててくれ)」

 

「(りょ、了解)」

 

三上は戸惑いながらも俺の指示を聞いて、辻から距離を取り個人ランク戦のロビーから出て行った。

 

同時に辻は安心したように息を吐く。ビンゴだ。やっぱりこいつは女子が苦手のようだ。

 

「さて、これで話せるか?」

 

「……ああ、済まない。彼女には悪いが女子は苦手でな」

 

「別に三上はその程度の事で怒らないから大丈夫だろ。それより話がしたいんだが、時間はあるか?」

 

「時間はあるが、その前に名前を聞いて良いか?」

 

「ああ、悪い。B級16位比企谷隊隊長の比企谷八幡だ」

 

「比企谷?ああ……君が例の」

 

「何だ例のって?」

 

嫌な予感しかしないが妙に気になってしまう。

 

「ウチの高校……総武の入学式当日に事故に遭って1ヶ月入院して新人王争いから脱落した……」

 

「ああ。それは間違いなく俺だな」

 

「そうか。それで俺に何の話が?」

 

辻に問われる。いよいよ勧誘をするが思った以上に緊張してしまう。

 

(落ち着け……落ち着いてハッキリと用件を伝えないと……)

 

俺は一度深呼吸をして……

 

「ああ。単刀直入に言うが、ウチのチームに入って欲しい」

 

ハッキリと伝える。噛まずに言えて良かった……!

 

対する辻は軽く目を見開き驚きを露わにするが、それは一瞬のことで直ぐにクールな表情に戻る。

 

「チームに入れ?俺と君は接点がないが、何故俺を?」

 

即座に否定しないならば交渉の余地はあるだろう。これからは慎重に……!

 

「俺は入院中に色々な奴の記録を見たが、お前の戦い方がシンプルーーー安定した戦い方だった。どんな状況でも落ち着いて対処する戦い方を持つメンバーが居ればチーム全体に安定感をもたらすからな」

 

照屋を誘った理由もそれだ。安定した戦い方を持つメンバーが居ればチームそのものがどんな状況でも揺らぐ事は無くなるだろう。

 

「……なるほど。ちなみに目指す場所は?」

 

「当然A級」

 

その為にコミュ障を改善してチームを組むと決めたんだ。ここまで来たら最後までやり切ってやるつもりだ。

 

「………」

 

俺の返事に対して辻は考える素振りを見せる。直ぐにOKを貰えるなんて都合の良い考えはないが、僅かに希望を持ってしまう。さてさて、どうなるやら……

 

内心祈る中、辻が顔を上げて口を開ける。

 

「……話はわかった。俺も何処かのチームに入る事は考えている。……が、俺は君の実力を含めて何も知らないから今この場で決めるのは無理だ」

 

「だろうな」

 

当然の回答だ。一応一度だけ戦ったが、それは3ヶ月前だし互いに名乗ってないから覚えてないだろう。俺も記録を見るまで忘れてたし。

 

「だからボーダー隊員らしくランク戦で判断したい。君が俺の隊長に適しているかどうかを」

 

まあ予想の範疇だ。会ったばかりの人間の誘いなんて大抵は断られるし、そう考えたら辻の返答はかなり良いものだろう。

 

そう考えている中、辻の口が開く。

 

「そうだな……1週間後、5月の正式入隊日があるからその日に俺と個人ランク戦をして比企谷が勝ったら君のチームに入る。それでどうだい?」

 

「それは構わないが、何故1週間後なんだ?」

 

「比企谷はつい最近まで入院していたんだろ?ブランクがある中やってもフェアじゃないし」

 

これはありがたい提案だ。確かにブランクのある俺がやっても負けるだろう。となるとこの1週間が勝負になる。

 

「そうか……じゃあ、ありがたくお前の提案に乗らせて貰う。それと勝負は一発勝負じゃなくて運が絡まない複数勝負にして欲しい」

 

もしも戦闘直前に転んだりして呆気なく勝敗が決まったりしたら双方納得しないだろうし。

 

「……わかった。じゃあ5本勝負で3本取った方の勝ちでどうだ?」

 

「それで構わない。じゃあまた1週間後に」

 

「ああ。その時に比企谷の熱意を確かめさせて貰う」

 

言うなり辻は立ち上がり去って行った。とりあえず最初の勧誘としては合格だろう。これから1週間、実に忙しくなりそうだ。

 

そう思いながら俺は三上のいる作戦室に向かって歩き出した。



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比企谷八幡は交渉に向かう(中編)

「あ、おかえり比企谷君」

 

辻との交渉を終えた俺が作戦室に戻ると、現在唯一のチームメイトの三上がオペレーターデスクに座ってパソコンをいじっていた。

 

「ただいま。お前は何をやってんだ?」

 

「私はトレーニングステージの製作の練習。中央オペレーターだった時はトレーニングステージの製作は説明はされたけど、実際にした事ないし今の内に慣れておきたいと思ってね」

 

随分と勤勉なオペレーターだ。やっぱりあの事故に遭って良かった。でなきゃ三上との出会いは無かったんだし。

 

「そうか。慣れたら色々試してみても良いか?」

 

チームランク戦の対戦相手次第ではトリガーのセットも変える可能性があるし俺としても色々試しておきたい。

 

「もちろん。そういえば比企谷君はどうだったの?辻君との交渉」

 

「とりあえず俺のことを知らないからあの場での返事は無くて、ランク戦で決めることになった」

 

「まあ殆ど初対面の比企谷君の交渉に即答しないのは当然だし、そう考えたら良い結果だよ。ちなみにランク戦の詳細は?」

 

「1週間後の正式入隊日の日に個人ランク戦の5本勝負。3本取れたら入ってくれる事になった」

 

「そっか、でも大丈夫?比企谷君ブランクがあるし……」

 

「何とかする。とりあえずあの人に1日じゃなくて1週間だけ指導するように頼んでみるか」

 

「あの人?」

 

「それは後で説明する。あの人今は基地にいないし明日にする」

 

元々ブランクを取り戻す為、手伝って貰おうと考えていて昨日電話したら、「翌日は朝から夜まで防衛任務があるから明後日以降なら構わない」って断られたし。

 

(まあ……その際に提示された条件はガチで面倒だけど)

 

しかし辻とランク戦をすると決まった以上、全力で勝ちに行かないといけないし、怠いが条件を呑むか……

 

「よくわからないけど比企谷君がそう言うなら任せるよ。じゃあこれからどうするの?今11時過ぎで照屋さんが来るまで30分くらいあるよ」

 

微妙な時間だな。その時間じゃ食堂に行って飯を食ったら12時近くになって照屋を廊下で待たせる可能性もある。それは失礼だから止めた方が良いだろう。

 

「じゃあ折角だし、トレーニングステージを作って貰っても良いか?今の自分の腕を確かめておきたい」

 

昨日はチーム結成とかのゴタゴタがあってランク戦が出来なかったが、来週辻と戦う以上早い内に自身の今の実力を把握しておきたい。

 

「いいよ。私としてもトレーニングステージを試してみたかったし」

 

「サンキュー。じゃあちょっと付き合ってくれや」

 

「わかった。じゃあ早速トレーニングステージに転送するね」

 

言うなり三上がパソコンを操作すると俺の身体が光に包まれた。これは個人ランク戦でも経験した事があるが、今俺は仮想フィールドに転送されているのだろう。

 

そして5秒もしないで俺は作戦室ではない場所に転送された。辺りを見渡すと一軒家が幾つも並んでいる。普段個人ランク戦で使用するステージと違うのは大きさと背景だ。大きさは普段使うステージと違って壁が見える事から小さいし、背景も白い壁で随分と殺風景だ。

 

(トレーニングステージというより実験場に近い雰囲気だな)

 

『比企谷君、三上だけど私の声が聞こえる?』

 

そこまで考えているとステージ全域に三上の声が響く。おそらく三上はパソコンで俺を見ているのだろう。

 

「大丈夫だ。しっかり聞こえる」

 

『良かった。じゃあ早速始めるね。とりあえず最初は初めからパソコンに入ってたトレーニングプログラムをやるけど大丈夫?』

 

「ん?その言い方だと自分でもトレーニングプログラムを作れるのか?」

 

『うん。だけどそれは時間がかかるから今はやらなくて良いよね?』

 

随分と便利なシステムだな。まあ今から作っても照屋が来るまでに完成するのは無理だろうし、今は実力の確認が目的だし作らなくても大丈夫だろう。

 

「ああ。じゃあ早速頼む」

 

『了解。初めはB級トレーニング、ステージ1からね。ルールはステージの各場所に出てくるターゲットを破壊する事。後ステージに出てくるターゲットを全て破壊したら新しいターゲットが出てくるからね』

 

「了解。開始地点とかはあるのか?」

 

言いながら軽く屈伸運動をして久々に使う自分のトリガー構成を確認する。

 

確か……

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

バッグワーム

シールド

ハウンド

テレポーター

 

って感じだった。1ヶ月トリガーを使ってないし切り替え速度が遅くなっていたり、間違えたトリガーを使いそうだ。もしもそうなら今日の内に改善しておかないといけない。

 

『ターゲットはランダムに出てくるからどこでも大丈夫だよ。ターゲットはレーダーに映るから逐次確認してね。それじゃあ始めるよ』

 

「はいよ」

 

俺が了承すると顔面にカウントダウンの数字が現れる。3、2、1……

 

 

『B級トレーニング、ステージ1 開始』

 

機械音声が開始の宣言をすると同時に正面に人型の的が現れた。アレがターゲットだろう。

 

そう思いながらも俺は主トリガーのスコーピオンを起動しながらターゲットに詰め寄り……

 

「先ずは1つ」

 

即座に首の部分を刎ねて、レーダーを確認する。レーダーに映りターゲットは2つ。7時の方向と9時の方向にある。しかし横には一軒家があるのでターゲットがあるのは……

 

「屋根の上だよな」

 

言いながら左にある一軒家ジャンプすると、予想通りターゲットが2つあった。真ん前にあるターゲットは近いが、斜め左にあるターゲットは距離がある。だから……

 

「ハウンド」

 

副トリガーのハウンドを起動して射程重視で斜め左にあるターゲットに放ちながら正面にあるターゲットをスコーピオンで一閃する。

 

それから3秒後、物が砕ける音がしたのでチラッと左を見るとハウンドがターゲットを蜂の巣にしていた。

 

『次のターゲットが出るよ』

 

三上の声が聞こえたのでレーダーを見ると、新たに3つのレーダー反応があった。どれも俺がいる場所から100メートル位の場所と距離がある。

 

(テレポーターは大体30メートル位までしか飛べないし、長距離飛ぶとインターバルが長いしグラスホッパーを使うか)

 

方針を決めた俺はスコーピオンを消して足元にグラスホッパーを起動して、踏むと同時にターゲットがある方向に向かって跳ぶが、胸中には暗雲のように暗い感情が湧く。

 

(やっぱりトリガーの切り替え速度が下がってるな……入院前ならスコーピオンを消すと同時に飛べた)

 

昔より力が劣っているのを理解するとどうにも悔しい感情が湧いてしまう。一刻も早くブランクを戻さないといけないな。

 

そう思いながら空中でグラスホッパーを再度踏み、ターゲットとの距離を30メートル近くまで詰め……

 

(テレポーター)

 

副トリガーのテレポーターを使用することで一瞬でターゲットとの距離を詰めて、主トリガーのスコーピオンで目の前にあるターゲットを一閃する。

 

残り2つは左右真横にある。テレポーターは30メートル近く跳ぶのに使った為数秒は使えないので俺は先ず右の方を向いて、視界に入るターゲット目掛けてスコーピオンを投げつける。

 

一直線に飛んで行ったスコーピオンはそのまま人型のターゲットの頭に突き刺さり、ターゲットは消滅した。

 

そしてそれを確認すると同時に手を後ろに回して副トリガーのハウンドを放つ。ハウンドは名前の通り追尾するので、少しするとターゲットが破壊される音が耳に入る。

 

『次くるよ』

 

三上の声と同時に新たにレーダー反応がある。今度は4つか……

 

(上等だ)

 

そう思いながら俺は最寄りのターゲットに向かうべくグラスホッパーを起動した。

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

 

『ターゲット全滅、トレーニングプログラム終了。記録12分54秒』

 

俺がターゲットに向けてスコーピオンを投げつけて粉砕すると、同時にブザーが鳴りトレーニングプログラム終了を告げる機械音声が鳴り響いた。

 

『お疲れ様比企谷君』

 

「おう。お前もお疲れ。ちなみにこのトレーニングプログラムの記録ってどの位なんだ?」

 

後半は改善されたが、序盤はトリガーの切り替え速度が鈍かったからな。ブランクは結構あるって所だが、今の記録は良いのか悪いのかわからない。

 

『ちょっと待ってね……えーっと、B級上がりたての人がやった場合平均が16分30秒で、マスタークラスになったばかりの人がやった場合の平均が10分50秒だね』

 

「つまり今の俺の実力はマスタークラスの二歩手前って所か?」

 

『多分ね』

 

マジか……やはり1ヶ月もトリガーを使わないと腕が落ちるな。辻の実力はマスタークラス一歩手前だし、来週の戦いは結構厳し戦いになりそうだ。

 

「わかった。とりあえず1回戻るから、今の記録を再生出来るようにしてくれ」

 

自分の動きを見る事で直すべきポイントを見つけたい。場合によっては新しい技術を身につけるきっかけになるかもしれん。

 

『了解。今から準備するから』

 

三上がそう言うと同時に俺の身体は光に包まれて、気が付いた時には作戦室のベイルアウト用のマットの上にいた。

 

やはり仮想フィールドの技術は半端ないな。この技術が世間に広がればマジでSAOが作れるかもしれん。トリオン技術は門外不出だから無理だけど。

 

そんな事を考えながらベイルアウト用のマットから降りて三上がいる場所に向かうと三上がパソコンを弄っているが、俺に気付くとチョイチョイ手招きしてくる。

 

「お疲れ様。さっきの訓練の記録を見れるようにしたよ」

 

俺が三上の後ろに立つと、三上はモニターに映るカーソルを再生ボタンに合わせマウスをクリックする。すると俺がターゲットを破壊する動画が再生されるが……

 

「うーむ……結構動きが固くなってるな」

 

改めて自分の動きを見ると結構恥ずかしい。ブランクがあるのもそうだが、俺自身まだまだ未熟だというのがわかる。1週間でブランクを取り戻し、更に強くならないと辻には勝てないだろう。

 

(この1週間は厳しくなりそうだし、今の内に気合いを入れておこう)

 

動画がありとあらゆる事を学ぶ為、穴が開くくらい動画がガン見している時だった。ピンポーンとインターフォンが鳴る音が聞こえてきた。

 

『こんにちは比企谷先輩、照屋です』

 

三上と顔を見合わせていると昨日会う約束をした女子の声が聞こえてくるので俺はオペレーターデスクから立ち上がり、ドアの前に立ちロックを解除する。すると照屋が視界に入る。

 

「呼び出して悪かったな。とりあえず入ってくれ」

 

「失礼します。三上先輩もお久しぶりです」

 

「久しぶり。あ、それとこれ食べて」

 

「わぁ……!どうもありがとうございます」

 

照屋が座ると三上は先程俺が買ったどら焼きを差し出す。すると照屋は顔をほころばせる。普段は割とクールな照屋だが、こういう時は年相応の顔を見せてくる。

 

そんな照屋に癒されながらも照屋の正面に座ると、三上は俺の隣に座る。その光景はあたかも面接会場みたいだ。

 

「ご馳走様でした。美味しかったです」

 

「まあいいとこのどら焼きだからな」

 

「はい。それと比企谷先輩は退院とチーム結成おめでとうございます」

 

「サンキュー。お前こそ何度も見舞いに来てくれてありがとな」

 

1ヶ月ーーー約30日入院していたが照屋はその内15日くらい来てくれたし。ちなみに一番来たのは三上。まあ三上の場合クラスが同じだからノートを届けるって理由があったからだけど。

 

「どういたしまして。それで何故私を呼んだんですか?」

 

照屋がそう聞いてくるが、いよいよか。辻の時もそうだったが若干緊張が走る。

 

しかし一度経験したからかそこまで焦る気持ちにはならない。俺は息を吸って……

 

「照屋、ウチのチームに入って欲しい」

 

ハッキリと要求を口にする。対する照屋は薄々予想していたのか特に驚きを露わにしてない。

 

「そうですか。ちなみに私を選んだ理由を聞いても良いですか?」

 

「もちろん。照屋の戦い方は攻撃、支援、防御、どれを取ってもバランスが良いからな。どんな状況でも点が取れるチームを作りたい」

 

A級に上がる為のランク戦に挑む以上、安定して点を取れるチームを作りたいし。

 

「なるほど……ちなみに私以外に声をかけた人はいるんですか?」

 

「さっき辻に声をかけた」

 

「辻先輩ですか……納得の人選です」

 

まあ安定したチームを作るなら辻はうってつけの存在だ。欠点としたら女子が苦手……あ、ヤベ、照屋の勧誘に成功したらチームメイトに女子が2人。奴にとっては厳しいかもしれない。

 

(だからといって辻を諦めるのは嫌だし……仕方ない。辻には女子恐怖症を治して貰おう)

 

俺もボーダーに入ってコミュ障を大分改善出来たので大丈夫だろう……と、信じたい、マジで。

 

「では最後に。目標は?」

 

「A級」

 

照屋と視線を交える。A級、それ以外は眼中にない。B級中位や上位で燻るつもりはない。何としてもあそこまで辿り着くつもりだ。

 

暫くの間、違いに視線を逸らさず交差していると……

 

 

 

 

 

 

 

「……わかりました。比企谷先輩のチームに入ります」

 

俺が望む答えを口にした。



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比企谷八幡は交渉に向かう(後編)

「……わかりました。比企谷先輩のチームに入ります」

 

照屋の返答によって、俺の胸中は歓喜に包まれる。

 

(良かった。これで第2目標である三上以外のチームメイトの確保は達成出来た)

 

まだまだ目標まで遠いが確かな一歩を踏み出した感覚はある。……っと、先ずは礼を言わないとな。

 

「そうか……先ずはどうもありがとう」

 

「ありがとうね」

 

俺に続いて三上も礼を言うと照屋は笑顔で頷く。

 

「いえ。元々チームに入る事は考えていましたので。それに……」

 

「それに?何だよ?」

 

疑問に思いながらも照屋に問うと……

 

「比企谷先輩って何というか……放っておけないというか……支えがいがありそうですし」

 

待て。何だそれは?支えがい?それはつまり「お前ダメっぽい」って暗に言っているのか?だとしたら泣くぞ多分。

 

すると……

 

「あ、私もそう思った」

 

三上も同意してくる。マジで?俺の予想が当たってたらガチで泣くぞ。

 

「そ、そうか。とりあえず話はわかったし、今から時間あるか?あるなら本部長の所に行って申請しておきたい」

 

善は急げって言うからな。早めに申請するに越した事はないだろう。

 

「大丈夫ですよ。では行きましょうか」

 

「あ、私も行って良い?」

 

「ああ。大丈夫だ」

 

そんな感じで3人で行くことが決まり、俺達は作戦室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか2日連続で本部長の執務室に入るとはな……」

 

「だよね。チーム結成が上手くいってる証拠だけど緊張するな……」

 

執務室の前に着いた俺と三上はつい愚痴ってしまう。幾らチームメイトが決まったからとはいえ執務室に入るのは緊張します。

 

「2人は良いじゃないですか。私は初めてですから凄く緊張してますよ」

 

まあそうだろうな。俺も昨日入った時メチャクチャ緊張したし。まあ何時までもここに居てもアレだから入るか。

 

「じゃあ行くぞ……」

 

言いながら昨日と同じようにノックをする。

 

『入ってくれ』

 

昨日と同じように忍田本部長の声がドア越しに聞こえてくる。

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

ドアを開けて3人で執務室に入ると忍田本部長が執務机に向かっていた。しかし昨日と違う点がある。それは……

 

「おっ、比企谷じゃねぇか。1ヶ月ぶりだな」

 

「治ったのか?怪我は」

 

「誰っすか?」

 

本部長以外の人もいたのだ。B級12位荒船隊の荒船さんと穂刈さんと、帽子を被った知らない男子がいた。その事から察するに……

 

「お久しぶりっす。荒船さん達がここにいるって事はチームメイトの追加っすか?」

 

頭を軽く下げてから帽子の男子をチラ見しながら聞いてみると荒船さんが頷く。

 

「ああ。半崎はお前や照屋と同期の狙撃手でな。目に入ったから引き入れたんだよ」

 

「どうも。半崎義人っす」

 

帽子の男子ーーー半崎は軽く頭を下げるが、どうにも怠そうだ。理由はないがこいつとは仲良く出来る気がする。

 

「比企谷八幡だ。よろしく。ーーーそんで荒船さんは手続きを済ませたんですか?」

 

「まあな。つーかお前が昨日チームを組んだのは知ってたが、やっぱり照屋と組んだんだな」

 

「やっぱりって……照屋と組むのを予想してたみたいっすね?」

 

荒船さんの言い方はあたかも照屋と組む事は必然のように言っている。

 

「ああ。だってお前って照屋と過ごしてる時が一番楽しそうだし、その逆も然りだし」

 

言われてみれば……

 

「まあ……ボーダーに入って最初に知り合ったからかもしれないですけど、照屋と戦う時が一番楽しいですね」

 

「そうですね。私も同じですね」

 

「だろ?」

 

今はブランクがあるから俺の方が弱いと思うが、入院前は実力もそこまで離れてなかったし照屋との戦いは楽しいと思ってる。

 

「そっすね。じゃあ今度は照屋と協力してB級ランク戦で荒船さんを倒しますよ」

 

「はっ!生意気な後輩だ。逆にぶった切ってやるから楽しみにしてな」

 

荒船さんは不敵な笑みを浮かべながらそう言ってくる。この人に不敵な笑みは絵になるな……

 

「うむ。ランク戦が始まる前からやる気なのは結構な事だ。私も楽しみにしているから全員頑張るように」

 

『はい』

 

俺達のやり取りを見ていた忍田本部長はそう言ってくるので、この場にいる全員が了承の返事をする。

 

「んじゃあなお前ら」

 

「よろしくな、ランク戦では」

 

「どうもっす」

 

荒船隊の3人は執務室から出て行った。つーか前から気になっているんだが、何故穂刈さんは毎回倒置法で喋るんだ?

 

まあそれはともかく今はチームメイトの追加申請だ。

 

「すみません本部長。今荒船さんと話していた事なんですが……」

 

「わかっている。照屋隊員をチームに入れるのだろう?」

 

言いながら本部長は執務机から紙を複数枚取り出す。見ると内一枚は昨日俺が提出した部隊申請書だった。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

「うむ……では照屋文香に告げる。本日5月2日をもってボーダー本部所属、B級15位比企谷隊への加入を承認する。今後も頑張るように」

 

「精進します」

 

言いながら本部長は認可の判を書類に押すと照屋はペコリと頭を下げる。これで照屋がウチのチームに入った事になる。

 

「これで比企谷の部隊の戦闘員は2人になったが、3人目は考えているのか?」

 

本部長は判を押された書類を執務机に仕舞いながらそんな事を尋ねてくる。

 

「そうですね。6月からのランク戦は3人の参加を目指してます」

 

2人なら2人でも構わないけど。

 

「そうか。もし3人目を決めてないなら来週入隊してくる人から探すのも良いと思うぞ」

 

まあ実際風間さんは1月に入隊した歌川と菊地原をスカウトして2月のランク戦に参加したからな。その方法も正しい手段だ。

 

でも……

 

「それはまだ考えてないです。自分達は今、3人目に交渉中なんで。来週入隊してくる連中から選ぶとしたら交渉が失敗してからですね」

 

まあ失敗するつもりは微塵もないが。断わられるだけならともかく、辻が敵に回ったら厄介極まりないし、勧誘は成功しておきたい。

 

「そうか。ならば私は交渉が成功するよう祈らせて貰うとしよう」

 

「ありがとうございます。そういや照屋がチームに入ったのは良いんですが、その場合シフトってどうなるんですか?」

 

既に5月のシフトは全隊員が提出しているだろう。しかし照屋の場合個人として提出しただろうから比企谷隊のシフトとは齟齬が生じるだろう。

 

「その場合は、とりあえず1週間、つまり正式入隊日までは提出したシフト通りにこなしてくれ。その後照屋隊員のシフトを比企谷隊のシフトに合わせる。その際に照屋隊員が比企谷隊のシフトに異議がある場合、3人で話し合って決めてくれ」

 

「了解しました。じゃあ早めに決めたいんでシフト表を貰って良いですか?」

 

今週は仕方ないとして来週の予定は早い内に決めておきたい。

 

「わかった。少し待て」

 

言いながら本部長は再度執務机の引き出しに手をかけていじり始め、少ししてから俺に2枚の紙を渡してくる。

 

「確かに渡したぞ。可能なら今日中に提出してくれるとありがたい」

 

「了解しました。とりあえず話は終わりのようですし、失礼しました」

 

「「失礼しました」」

 

3人で頭を下げて執務室を後にする。と、同時に息を吐いて照屋と向き合う。

 

「んじゃ照屋、これからよろしく頼む」

 

「よろしくね」

 

「はい。未熟者ですがよろしくお願いします」

 

3人で挨拶をして、改めてチームメイトになった事を実感したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、辻先輩を引き入れる方法はあるんですか?……あ、シフトの変更終わりました」

 

作戦室にて、照屋は自身のシフトを変更して俺にシフト表を渡してくる。ラッキーな事に比企谷隊として俺が提出したシフトと殆ど被っていたので、そこまでシフトを変えることはなかった。

 

「サンキュー……んで、辻を引き入れる方法だが、来週の正式入隊日の時にあいつと個人ランク戦をする事になった」

 

「勝ったら入ってくれるんですか?」

 

「ああ。5本勝負で3本勝ったらな」

 

「ブランクのある先輩には厳しいとは思いますが頑張ってください。私に出来る事なら何でもしますので」

 

マジか……三上もそうだが、良い子だな。前からわかってたけど。

 

「そうか……じゃあ後でトレーニングルームで模擬戦に付き合ってくれ。ただし条件としてお前は銃型トリガーを使わないでくれ」

 

「つまり私を仮想の辻先輩として練習をするって事ですね」

 

「そうだ」

 

照屋の弧月技術も辻と同じように基本に忠実だから参考にはなるだろう。

 

照屋とは何度も戦っているがB級に上がってからだと、照屋は銃型トリガーを使うようになって、弧月だけ使う照屋とは久しぶりに戦うからな。勘を戻しとかないといけない。

 

「わかりました。シフトの変更も終わりましたし、今からランク戦のブースに行きますか?」

 

「いや、作戦室でやるぞ。トレーニングステージを使えば問題ないし、個人ランク戦をやったら俺のデータが流出されるからそれは避けたい」

 

辻も戦うと決まった相手の戦闘データを見るくらいはしてくるだろう。わざわざ個人ランク戦をやってデータを渡すつもりは毛頭ないからな。

 

「それは便利ですね……わかりました。今からやりますか?」

 

「お前が用事がないなら」

 

「5時には家に帰らないといけないので4時半ぐらいまでなら大丈夫ですよ」

 

時計を見ると丁度1時を示していた。帰りの支度とかを計算に入れても最大3時間くらい出来るだろう。

 

「そうか……じゃあ先ずは1時間位付き合って貰って良いか?その後休憩を挟んで再開って感じで」

 

「大丈夫ですよ」

 

「助かる。三上」

 

「了解。ステージはどんな形にする?」

 

「建物とかの障害物は一切無しで頼む」

 

今回は剣の腕を取り戻すのが課題だ。よって小細工を仕掛けるのに適した障害物はいらない。

 

「わかった。じゃあ始めるね」

 

三上がそう言って立ち上がりオペレーターデスクに向かって歩くので俺と照屋も立ち上がり、所定の位置に立つ。

 

すると間髪入れずに光に包まれ、気が付いたら先程いたトレーニングステージに転送されていた。前回と違うのは障害物になり得る建物が一切ない事と俺以外の人間がいる事だ。

 

「これがトレーニングステージ……聞いたことはありましたが凄いですね」

 

俺以外の人間ーーー照屋は驚きを顔に表しながら辺りを見渡していた。

 

「まあな。俺も初めて入った時は驚いた。それより準備は良いか?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

「じゃあ頼む。三上。仮想戦闘モードにしてくれ」

 

『了解』

 

仮想戦闘モードはトリオンの働きをコンピュータ上のデータに置き換えて再現するーーー要は格闘ゲームの中で戦う感じだ。実際はトリオンが消費されないので何百回戦っても大丈夫って事だ。まあ精神的な疲れとかはあるけど。

 

『準備OKだよ』

 

三上の声を聞くと同時に俺はスコーピオンを出して構えを取ると、照屋も同じように弧月を出して構えを取る。

 

互いに武器を持って見つめ合うと……

 

『模擬戦開始!』

 

機械音声が流れる。同時に俺は照屋に突っ込み袈裟斬りを放つも、予想していたようにバックステップで回避される。

 

「ちっ……」

 

「やっぱりブランクがありますね。前より遅いです」

 

舌打ちをすると、照屋はそう返しながら弧月を上段の構えから俺目掛けて振るってくるので、スコーピオンで弧月の横っ腹を斬りつけていなして再度スコーピオンを照屋の首を刎ねようとする。

 

しかし振るおうとした直前に嫌な気配を感じたので咄嗟に後ろに下がると、さっきまで俺がいた場所に弧月が通っていて、回避し切れなかったのか俺の右腕から微かにトリオンが漏れていた。

 

どうやら照屋の弧月をスコーピオンでいなした時に直ぐに横に振るって反撃したのだろう。これは俺のいなし方が下手だったのか照屋の対応が早かったのかわからんな。前者なら早めに何とかしないといけないが、後者ならチームメイトとして頼もしく嬉しい。

 

とりあえず仕切り直しだ。俺は息を吐いてから更に後ろに跳んで再度スコーピオンを構えようとした時だった。

 

「旋空弧月」

 

照屋の声と共に弧月が振るわれ、伸びる斬撃が俺に襲いかかってくる。マトモに食らったら間違いなく負けるのでスコーピオンでさっきの様に横っ腹を叩いていなそうとするが、その前に照屋が旋空をOFFにして此方に向かってくるのでスコーピオンを照屋に向ける。が、照屋は予想以上に早い。スコーピオンの迎撃は無理だ。

 

 

だから……

 

「ハウンド」

 

副トリガーのハウンドを弾速重視で適当に分割して放つ。

 

「シールド」

 

すると照屋はシールドでハウンドを防ぐ。予想通りだ。こんなんで倒せるなんて微塵も思っていない。ハウンドはあくまで牽制だ。

 

放ったハウンドが全て照屋のシールドに防がれると同時に俺は……

 

(テレポーター)

 

即座に照屋の真横に瞬間移動する。ハウンドは照屋にシールドを使わせて目眩しをする為に放ったのだ。

 

「………っ!」

 

もちろんこれは俺の十八番である事は照屋も知っているので反応が早い。即座に横を向いて弧月で守りの態勢に入る。しかし……

 

「甘い」

 

「えっ……きゃっ!」

 

俺はスコーピオンを出さずに照屋の膝に蹴りを放つ。すると照屋の足は地面から離れて俺の方にゆっくりと倒れてくる。同時にスコーピオンを照屋の心臓目掛けて振るう。

 

 

俺は入院中、他人のデータだけでなく自分のデータも調べていた。その結果、俺はテレポーターを使うと直ぐにスコーピオンで攻撃する癖がある事が改めてわかった。

 

それを確信した俺はテレポーターを使った後直ぐにはスコーピオンで攻撃しないで相手を揺らがせて防御を外す戦法を考えた。テレポーターを使って直ぐに攻撃だけでは上位の連中相手にはやってけないからな。

 

即座に攻撃しないで様々な方法で揺らがせれば、スコーピオンの攻撃が生きてくる。トリオン体には耐久差がないし、1発でも攻撃が通れば戦局が有利になる。

 

まあもっとも……

 

 

(外したか……)

 

理論は生み出していたが、実践するのは今日が初めてなので上手く決めるのは無理なようだ。

 

照屋が身体を倒しながらもズラしたので、俺の振るったスコーピオンは照屋の心臓を仕留める事は出来ずに右腕を斬り落としただけに留まった。

 

しかし弧月使いの腕を斬り落としたのは大きい。戦局は一気にこっちが有利になった。このまま一気に仕留める。

 

そこまで考えながらスコーピオンで照屋の胴体を斬ろうとした時だった。

 

「まだです!」

 

照屋の叫びと同時に俺の足に若干の痛みを感じて俺の身体は後ろに倒れ始める。チラッと下を見ると照屋の足が俺の足に当たっていた。おそらくやり返したのだろう。お嬢様の癖に勇ましいな、おい。

 

そんな事を考えながら下を向いていた視線を上に向けると絶句してしまった。

 

視界の真ん前には照屋の身体ーーー具体的に言うと女性特有の膨らみが俺に迫ってきているのだ。

 

よく考えたらそれは必然だろう。照屋は足に蹴りを食らって俺の方に倒れていて、俺は照屋に蹴りを食らって背中から地面に倒れているのだから……って!これはマジでヤバい!下手したらセクハラじゃねぇか!

 

俺は横に跳んで逃げるべく慌ててグラスホッパーを起動しようとする……が、それより一歩早く……

 

 

「むごっ?!」

 

膨らみが俺の顔に当たってしまう。それによって俺の顔には柔らかい感触が伝わり、熱を生み出してくる。

 

そんな状況の中、グラスホッパーを起動する事など出来るはずもなく……

 

 

 

ドンッ……!

 

俺達はそのまま地面に倒れこむ。背中には鈍い痛みが、顔には柔らかい膨らみが襲いかかる。

 

「んっ……んんっ……」

 

視界は真っ暗だが照屋の艶かしい声が聞こえてくる。この体勢で妙な声を聞いたら妙な気分になってしまいそうだ。

 

しかし何時までもこの体勢はヤバいので照屋には早く退いて貰わないと……

 

「むぐ、うむっんむむむっ(照屋、早く退いてくれ)」

 

「んんっ……!せ、先輩っ……くすぐったいですぅ……!」

 

しまった。この体勢で喋ったらそうなるよな。マジで済まん。

 

内心照屋に謝罪していると照屋は俺の上から退いて、顔を赤くしながらウルウルした目で俺を見てくる。右腕は俺に斬り落とされたので左腕で自身の胸を隠すような仕草をしていて、それを見ると更に罪悪感が湧いてくる。

 

すると……

 

『トリオン漏出過多、照屋ダウン。……何やってるの2人とも?』

 

三上の呆れ声と共に、照屋の右腕が再生する。仮想戦闘フィールドの効果が発揮したのだろう。それと三上、その呆れ声は心に来るから勘弁してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後俺は照屋に土下座をして誠心誠意を込めて謝罪した。照屋は訓練中の事故と言って気にしてなかったが、俺の気が収まらなかったので帰りに照屋の好物の高級プリンを奢ることにして話は終わった。

 

話が終わった後は照屋が帰る時間直前まで模擬戦をやった。序盤は負けが続いたが、後半は俺が巻き返したので大分ブランクは取り戻せただろう。

 

何時間も戦ってくれた照屋、何時間もオペレートしてくれた三上には感謝しかないので、帰りには謝罪のプリンに加えて、2人にはケーキを奢った。昔の俺なら他人に奢るなんて絶対に嫌だったが、その時は嫌な気分が一切なかった。

 

やはり大規模侵攻やボーダーは色々な意味で三門市の街や人を変えるのだろうと改めてわかったのだった。

 



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比企谷八幡は1ヶ月ぶりに学校に向かう

退院してからの俺は割と忙しかった。退院すると同時に三上とチームを組んで、その翌日に辻をチームを引き入れる為交渉したり、照屋をチームに引き入れたり、照屋と模擬戦をしてちょっとした事故が起こったりと色々と濃厚な休日だった。

 

そんな訳で俺にしては珍しく忙しい休日を終えて、遂に初登校となる月曜日を迎えたのだが……

 

「お兄ちゃん。今日は小町いるから事故らないでね?」

 

現在俺は小町を後ろに乗せて自転車を漕いでいる。いや、まあ中3の時も自転車に乗せていたけどさ、退院して2日でパシるか?気にしてないから良いけど。

 

「わかってる。無茶はしない」

 

そう言いながらも自転車を漕いでいると遂に小町が通う中学校に到着した。

 

「ほらよ」

 

「行ってくるであります!ありがとねお兄ちゃ「鞄を忘れるなバカ」えっ?あっ……てへっ」

 

小町は鞄を忘れたまま校門に向かおうとしたが、俺が指摘すると事態に気付きテヘペロをしてから自転車の籠から鞄を取った。このアホが……鞄を忘れるとは、兄として頭が心配だ。

 

若干、いや……かなり呆れながら俺は小町が見えなくなるまで見送り総武高に向けて自転車を漕ぐ。HRが始まるまで40分近く時間はあるので問題ないだろう。……入学式の様な事が無ければ。てか起こるな。流石に退院して2日で再度入院なんて絶対に嫌だからな。

 

そんな事を考えながら自転車を漕ぐと総武に向かう途中の道にある小学校の近くで知っている顔を見つけたので、俺は自転車の速度を遅めて話しかける。

 

「よう三上。奇遇だな」

 

俺が後ろから話しかけると三上は足を止めて振り向き笑顔を見せてくる。朝から癒されるな。

 

「あ、おはよう比企谷君。奇遇だね」

 

「ああ。てかお前土曜はチャリだったのに何で今日は歩きなんだ?パンクでもしたのか?」

 

「ううん。私の弟2人と妹はそこの小学校に通ってるんだけど、平日は3人を歩いて送ってて、自転車を使うのは小学校が休みの土曜日だけなの」

 

なるほどな……って事は三上は総武まで歩くのか。総武までチャリで10分とかなりある。

 

そう考えていると……

 

 

「……乗ってくか?」

 

思わずそんな事を口にしていた。

 

「え?」

 

三上は変な声を出す。もう言っちまったし再度聞いてみるか……

 

「だから後ろに乗っていくかって聞いたんだよ。流石にチームメイト放っていくのもアレだし」

 

「良いの?」

 

「ああ」

 

てかチームメイトにして俺の心のオアシスである三上を放って1人で学校に行ったら俺の胃が罪悪感で穴が開きそうだし。

 

「じゃあ……乗せて貰うね」

 

「はいよ」

 

「失礼します」

 

そう言って三上は後ろに座り、俺の腹に手を回して抱きついてくる。

 

(ヤバい……自分で誘っておいてなんだがドキドキしてきた)

 

小町も同じように抱きついてくるが妹だからと直ぐに慣れたが、三上は家族じゃないので話は別だ。

 

三上の綺麗な手が俺の腹に当たり、三上の良い匂いが微かに鼻を刺激してくる。少し気になっている女子だからか?

 

「じゃあ行くぞ」

 

「お願い」

 

三上がそう言ったので俺は自転車を漕ぎ始める。舌を噛みながらチャリを漕ぐことで三上が無意識にやってくる誘惑に耐える。

 

「どうもありがとうね」

 

「チームメイトだから気にすんな。それより今日は6時から防衛任務だったよな?」

 

「そうだよ。時間に余裕はあるけど比企谷君は一旦帰る?」

 

「俺はそのまま本部に行く。お前は?」

 

俺は訓練をする為に他の隊の作戦室にいるだろう。例の通り、辻にデータを見せない為だ。

 

「ちょっと中央オペレーターの方に顔を出すかな。訓練頑張ってね」

 

「ああ。辻を逃すつもりはない」

 

「あ、その辻君なんだけどさ……私に加えて照屋さんが入ったけど大丈夫かな?」

 

それは俺も悩んでいる。女子限定とはいえボーダーに入る前の俺よりコミュ障の奴なんて初めて見たし。仮に俺が辻を引き入れることに成功しても、照屋と三上に自己紹介をする時に間違いなく話す事が出来なそうだ。

 

それだけならまだ良いが、このままだと防衛任務やランク戦にも悪影響が出そうだ。照屋が弧月を持ってる時は連携に支障が出そうだし、ランク戦で香取みたいに女隊員と相対したら何も出来ずにベイルアウトしそうだし。

 

「……とりあえず入った場合はランク戦が始まるまでにある程度改善させてみる。元々俺もコミュ障だったし色々考えとく」

 

「困った事があったら手伝うよ?」

 

「気持ちはありがたいが、辻の場合逆効果になる可能性もあるから遠慮しておこう」

 

「それは……そうかもね」

 

チームを組むのって結構大変だな……まあ分不相応だが隊長なんだし頑張らないないとな。

 

そんな事を考えながらも俺は三上と他愛ない雑談をしながら総武高に向けてチャリを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから15分後。総武高に着いた俺は駐輪場にチャリを置いて三上と共に自分の教室に入る。すると教室に居た連中は一斉に俺と三上を見てヒソヒソと話し始める。大方『誰だあいつ?』とでも話しているのだろう。

 

しかしそれは予想の範疇なのでシカトして三上に話しかける。

 

「で、三上。俺の席は何処だ?」

 

「席はあいうえお順で比企谷君は左から2列目で前から3番目」

 

「んっ、サンキュー」

 

言いながら自分の席に着くと……

 

「ん?お前は隣なのか?」

 

「そうだよ。よろしくね」

 

「ああ。にしてもお前とはつくづく縁があるな」

 

車に轢かれた時に救急車を呼んで貰ったり、入院中にプリントを持ってきてくれたり、席割りが隣だったりと高校に進学してからは三上とかなり一緒にいる気がする。

 

「そうかもね。あ、1時間目は比企谷君の苦手な数学だけど頑張ろうね」

 

三上がイタズラじみた笑顔でそう言ってくる。そう、1時間目から俺の嫌いな数学があるのだ。まあ学校に行く以上避けては通れないから仕方ないっちゃ仕方ない。

 

しかし……

 

「悪い三上。ちょっと頭が痛いから保健室行ってくる」

 

退院初日の1時間目から受けたくはない。ちょっと保健室に行ってズルや……自主的に休もう。

 

そう言って立ち上がり保健室に行こうとするも三上に腕を掴まれる。

 

「ダメだよ比企谷君。1時間目からサボるなんて」

 

「サボりじゃない。自主的に休むだけだ」

 

「いやそれサボりだよね?!」

 

「自主的に休むだけだ。じゃあ三上、隊長命令だ。俺が保健室に行くのを見逃せ」

 

「比企谷君前に隊長になりたくないって言ってたよね?!なのに隊長権限を使うなんてどんだけ数学が嫌いなの?!」

 

「三輪が近界民を嫌うぐらいだ。じゃあな」

 

そう言って俺は三上の制止を振り切って保健室に行こうとした時だった。

 

「それ数学を不倶戴天の敵と思ってるよね?!って、行っちゃダメー!」

 

自身の腕から俺を逃した三上は後ろから俺の腰に抱きついてきた。瞬間、辺りからは騒めきが生まれ、俺の頭に登校中の出来事がフラッシュバックして顔に熱が溜まるのを自覚する。

 

「わ、わかった!サボらない!サボらないから抱きつくな!もしも知り合いに見られたらヤバ「歌歩ちゃんいる?英語の辞書を貸して欲しいんだけ……」…….Oh」

 

狙っていたのか違うクラスの綾辻が教室に入ってきて、俺と三上を見た瞬間ポカンとした表情を見せてくる。端から見たら三上が俺の背中に抱きついているように見えるだろう。

 

綾辻は目をパチクリしながら俺と三上を見て……

 

「……失礼しました」

 

ペコリと頭を下げる。待て!頼むから待ってくれ!マジで誤解だからな!

 

俺が慌てて止めようとするが綾辻はそのまま教室から出て行った。

 

こうして俺の学校生活は初日から頭痛がするものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから6時間後……

 

「ではHRを終了する。部活のない者は寄り道しないで帰るように」

 

担任の平塚先生がそう締めくくり教室から出て行くと、俺は息を吐く。

 

「クソッ、初日から疲れたぜ」

 

「比企谷君が1時間目からサボろうとするのが悪いんじゃない」

 

三上がジト目でそんな事を言ってくる。それについては紛れもない事実なので否定はしない。否定はしないが……

 

「だからって抱きついて止めようとするのは止めてくれよ……てかいきなり抱きつかれるとは思わなかったぞ」

 

おかげで休み時間になった瞬間、三上の友人の女子達が関係を聞いてくるので逃げまくったし。その際三上は何とか説明しといてくれたようだがマジで済まん。

 

「そ、それはごめん」

 

「別に怒ってる訳じゃないんだが……それより早く本部に行って綾辻に説明しないと」

 

昼休みに誤解を解きに綾辻のところに行ったら、綾辻のクラスメイトの宇佐美から綾辻は4時まで防衛任務と言われた。今からボーダー基地に行けば4時前なので綾辻に会えるだろう?

 

「あ、そうだね。じゃあ行こうか」

 

「はいよ」

 

鞄を持って教室から出る。そして昇降口に向かって歩き出した時だった。

 

「あっ……ヒッキー!」

 

近くから叫び声が聞こえてくる。予想外に大きい声なので辺りから騒めきが聞こえる。誰だか知らんが今は精神的に疲れているから騒がないでくれ。

 

「ヒッキーってば!」

 

しかしそのヒッキーとやらがいないのか女子は叫び続ける。ちょっとヒッキーさん?無視は良くないですよー?

 

「ねぇ、ヒッキーって比企谷君じゃないの?」

 

三上がそんな事を言ってくる。確かに俺の苗字はひきがやと読むから三上がそう言うのも仕方ないが……

 

「いや、違うだろ。ヒキタニやハッチ、エイトマンと呼ばれた事はあるがヒッキー呼びはないぞ」

 

ちなみにエイトマンは王子先輩が呼んでいる。前に初めて一緒に防衛任務をした際に俺が名乗ったら、「比企谷八幡……なるほど。よろしくねエイトマン」と言ってきた時は張り倒したくなった。

 

「てか俺ボーダー以外の女子の知り合い居ないし、聞き覚えのない声だから違うだろ?」

 

「うーん。じゃあ一度振り向いてみたら?それで彼女が反応しなかったらそれで良いんじゃない?」

 

まあそうか。振り向いて違うならそれで終わりだし。三上の意見に納得した俺は振り向くと……

 

「あー、やっと振り向いた!」

 

ピンク色に染めた髪を振り回した女子がこっちにやって来る。予想はしていたが俺かよ……

 

「やっぱり比企谷君じゃん」

 

「俺も予想外だわ。……おいお前、一応聞くがヒッキーって俺か?」

 

「え?うん。比企谷だからヒッキー」

 

初対面でアダ名かよ……まあ宇佐美や王子先輩も初対面でアダ名呼びだから特に怒ってないけどよ、人によっては馴れ馴れしいと怒る奴もいるから止めた方が良いぞ。

 

「まあ良い。で、お前は誰だ?」

 

俺の覚えている限り目の前の女子を知らない。中学時代の連中は殆どが海浜に行ったし、ヒッキー呼びする女は目の前の女子以外会った事ないし。

 

「あ……えっと、私は由比ヶ浜結衣って言うんだけど……」

 

「由比ヶ浜……あー、お前がね」

 

それを聞いて思い出した。こいつ入学式の日に俺が助けた犬の飼い主だ。お袋が見舞いに来た時に聞いて変わった苗字だと思ったし。学校で礼をするとか言ってたがソレだろう。

 

とりあえずこんな場所で話すのはアレだし……

 

「場所変えるか?」

 

「あ、う、うん」

 

「はいよ。三上受け取れ」

 

「え?」

 

言いながらポケットからチャリの鍵を投げ渡す。すると三上はテンパりながらも受け取る。

 

「待つのが怠くなったらそれ使って先に行ってて良いぞ」

 

「え?!いや、良いよ待ってるから!」

 

「別に気にしなくて良いんだが……」

 

「気にするよ!とにかく、私は駐輪場で待ってるから」

 

三上は鍵を投げ返してそのまま昇降口に走って行った。相変わらず律儀な奴だな。

 

(っと、先ずは場所を変えないとな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって校舎裏、ここなら余り人がいないから大丈夫だろう。

 

「で、大体わかるが用は何だ?」

 

まどろっこしいのは嫌いなのでさっさと本題に入る。てか早く基地に行って訓練をしたい。

 

「あ、うん……えっと……」

 

そう言うものの由比ヶ浜は口をモゴモゴしてマトモな事を口にしない。大方俺が入院した事を気にしているのだろう。別に気にする必要なんてないのに。

 

(このままじゃ長引きそうだし俺から言うか……)

 

「大方事故の事を気にしているのだろうが、そんな必要はない」

 

「えっ?」

 

「アレは俺が勝手にやっただけで、お前が気にする事はないんだよ」

 

「……怒ってないの?」

 

「怒ってねーよ」

 

寧ろ感謝してるし。あの事故のおかげで俺は三上という最高のオペレーターをチームに引き入れることが出来たんだし、1ヶ月学校をサボれたのもあって感謝しかねーよ。

 

(まあ流石に馬鹿正直に「事故に遭わせてくれてありがとう」とか言わないが)

 

幾ら俺でもそれはマズいって事くらいはわかる。

 

「そもそも俺の中ではこの話は終わってんだよ。だからお前も気にしなくて良い」

 

「で、でも……」

 

でも何だよ?俺は別に気にしてないのに何で蒸し返そうとしてんだよ。

 

「デモもストもテロもねーよ。俺が良いって言ってんだからこれで終わりで良いだろうが」

 

「じゃ、じゃあお礼を……」

 

「どら焼き貰った時点でお礼は貰ってる。美味しかったから充分なお礼だ。治療費も車の持ち主が出してるしこれ以上謝罪を要求するつもりはない」

 

「で、でもそれじゃあ私が……」

 

私が何だよ?俺が気にしてないって言ってんのに……こいつマゾか?

 

ともあれ俺は気にしないと言っても平行線だろう。大分面倒になってきた。

 

(てか早く基地に行って訓練したいし逃げるか)

 

そう判断した俺は……

 

「ところでよ、アレなんだ?」

 

「えっ?アレって何?」

 

俺が後ろを指差すと由比ヶ浜は簡単に引っかかり後ろを向いた。……今だ!

 

「じゃあな。俺はもう行くが今後事故の事は気にしなくて良いし口にしなくて良い」

 

そのまま全力疾走して校舎裏を後にする。

 

 

「え?!ちょっと待つし!」

 

後ろからそんな風に呼び止める声が聞こえてくるが気にしない。気にしたら時間がかかり三上を待たせてしまうし。

 

そう思いながら俺は全力疾走を続けて駐輪場の元に走る。そこに居た三上は全力疾走をする俺を見て驚きの表情を浮かべる。

 

「比企谷君?!そんなに急いでどうしたの?」

 

「話は後だ。さっさと乗れ」

 

言いながら自転車の鍵を外して椅子に座り、後ろの席を叩く。

 

「あ……う、うん」

 

三上は戸惑いながらも後ろに乗って俺の腹に手を回してくる。それを認識した俺は内心ドキドキしながらも三上が落ちないギリギリの速度で自転車を走らせる。

 

校門を抜けて右に曲がると同時に「ヒッキー!」って声が聞こえてきたが恐らくバレてないだろう。このまま広い道を使わず入り組んだ路地を使って回り道をすれば捕まらないだろう。

 

「ねぇ、さっきの由比ヶ浜さん?、が呼んでるみたいだけで良いの?」

 

「良いんだよ。俺の中では話は終わったし」

 

「いや、それはダメでしょ……というより何を話したの?」

 

「ん?例の事故の時の話。あいつが犬の飼い主なんだよ。てかお前は救急車を呼んだ時にあいつを見たんじゃないのか?」

 

「え?彼女がそうなの?髪の色が違ってたから分からなかったよ」

 

あー、由比ヶ浜は多分高校で髪を染めてる奴が多いからと真似をしたんだろう。それなら三上も気が付かなくても仕方ない。

 

「そうだったのか……まあ、それはともかく、俺は事故の事を気にしてないんだが、あいつは気にしているみたいだ。俺が気にしてないって言ってんのに礼をするとか言って聞かなかったんだよ」

 

「それで平行線だから逃げた、と?」

 

「まあな。ちなみに三上はどう思う?」

 

「難しい質問だね……。比企谷君が気にしてないって思っていても、由比ヶ浜さんからしたら簡単に割り切れる事じゃないからね……」

 

「そりゃそうだがよ……で?結局俺はどうしたら良い?」

 

「うーん……由比ヶ浜さんがお礼をしてきたら受け取れば?」

 

俺としては別に要らないんだがな……

 

(面倒くせぇな……まっ、大したことじゃないんだしなるようになるか)

 

そんな事を考えながら俺は三上を乗せてボーダー基地に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

それから20分経ち、現在は3時45分。俺達はボーダー基地の入口に到着した。そしてゲートをくぐり基地の中に入った。

 

「じゃあ防衛任務開始15分前に作戦室で。訓練頑張ってね」

 

三上はそのまま中央オペレータールームに行ったので俺はエレベーターに乗って目的の階に向かう。

 

到着した俺はそのまま目的の部屋に向かう。その場所は入院する前には週一のペースで行っていたので場所は把握している。

 

そして目的の部屋の前に着いたので……

 

「比企谷です。約束の件で来ました」

 

インターフォンを押してそう告げると間髪入れずにドアが開くのでそのまま中に入る。

 

「おう、時間前に来るとはな。久々に会ったが相変わらず真面目だな比企谷」

 

作戦室に入るとその部屋の主が好物の餅を食べながら挨拶をしてくるので俺は頭を下げる。

 

 

 

 

 

 

「どうもっす……太刀川さん」

 

そこにいたのはボーダーA級1位にして、個人総合ランク1位とNo.1攻撃手の称号を持つ太刀川隊隊長の太刀川慶さんだった。

 



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比企谷八幡は最強の戦闘員と戦う

「ほーん。そんじゃ今回のリハビリは、辻との戦いに備えて弧月1本でやって欲しいんだな?」

 

「はい。大丈夫っすか?」

 

太刀川隊作戦室にて太刀川さんは餅を食べながら俺の話を聞いている。

 

俺は退院した後リハビリの相手として、国近先輩のゲーム繋がりからそこそこ交流のある太刀川さんに頼んだ。その際太刀川さんは条件付きで呑んでくれたのだ。やはり強者との戦いは得るものが多いから太刀川さんに頼んだのは間違いではないと思う。

 

(まあ条件が条件なんだがな……てか高校生に頼むことじゃない気がする)

 

 

閑話休題……

 

そして今、辻との戦いに備えて弧月1本で戦ってくれと頼み込んでいる。ちなみにまだ国近先輩が居ないからトレーニングステージは作れないので模擬戦は始めていない。

 

「別に良いぞ。偶には弧月1本でやるのも悪くないし」

 

太刀川さんは簡単に言うが、弧月を2本使うのは異常ですからね?

 

スコーピオンは軽いから2本同時に使う奴は結構いるが、弧月は結構重みがあり片手で扱うのは難しいのだ。だから弧月使いと戦うときは片腕を落とすのが基本なのだが太刀川さんは片手で普通に振るうからな。ボーダーで弧月を2本使うのは太刀川さんだけだし。

 

そんな事を考えていると……

 

「おー、比企谷君。お久しぶり〜」

 

「退院おめでとさん」

 

緩やかな声が聞こえたので顔を上げると太刀川隊射手の出水とオペレーターの国近先輩が挨拶をしてくる。

 

「どうもっす。お見舞いありがとうございます」

 

俺が入院している時には色々な人がお見舞いに来たが、国近先輩は俺とゲームをする為か割と見舞いに来た方だ。俺としても退屈な入院生活に刺激が与えくれたのは感謝しているが、負けたら泣くのは止めて欲しい。1回お袋に見られて言い訳が大変だったし。

 

「どういたしまして〜。話は太刀川さんから聞いてるよ〜。模擬戦が終わったら久しぶりにスマブラをやらない?」

 

国近先輩はそんな事を言ってくる。確かにゲームは楽しいし魅力的な誘いだが……

 

「すみません。今4時前ですけど6時に防衛任務があるんで厳しいっすね」

 

断らせて貰おう。

 

「でも2時間ぶっ続けで模擬戦をやる訳じゃないんだろうし、少しくらい出来んじゃね?」

 

出水はそう言ってくる。

 

「ああ。予定としては5時まで模擬戦をする事になってる」

 

「じゃあ出来るだろ?」

 

「無理だ。5時からはリハビリをする事を頼んだ際に太刀川さんに提示された条件をやらないといけないからな?」

 

「条件?なになに〜?」

 

「場合によっては協力するぜ」

 

俺がリハビリをする事を頼んだ際に太刀川さんに出された条件、それは……

 

 

 

 

 

 

「大学のレポートの手伝いだが、大丈夫か?」

 

大学のレポート課題の手伝いだ。電話で言われた時はドン引きしてしまった内容だった。

 

それを聞いた出水と国近先輩はこれ見よがしにため息を吐いて太刀川さんをジト目で見る。

 

「いやいや太刀川さん。俺達ならまだしも他の隊の人間、それも鍛える条件にレポートってのは無いでしょ?」

 

その口振りから察するに出水や国近先輩も手伝いの経験があるのだろう。

 

「いや比企谷って報告書書くのが上手いし」

 

「それは否定しないっすけど……」

 

「大丈夫だ。現役ボーダー最強の手ほどきを受けられるんだ。これで辻が手に入るならレポートなんて安いものだ」

 

渋る出水にそう言った。怠いが実力向上の為なら何でもやるつもりだ。風間さんからも形振り構わずにやれと説教を食らったし。

 

「ん?何で辻が出てくんだ?」

 

「ああ。実は……」

 

俺は出水と国近先輩にチームを結成した事、辻に目を付けて勧誘した事、入る条件としてランク戦で勝つ事など全てを話した。

 

「へぇ、お前もチームを組んだんだ。チームメイトはもう居るのか?」

 

「ああ、戦闘員は照屋、オペレーターには三上歌歩って奴がいる」

 

「ヘェ〜、みかみかをチームに入れたんだ〜。みかみか凄い良い子だから比企谷君運が良いね〜」

 

それは俺も同じ意見だ。ボーダーにはオペレーターが沢山いるが、三上は間違いなく当たりだろう。顔良し性格良し腕良し、欠点がないと言っても信じるくらい素晴らしいオペレーターだ。

 

「そうですね。事故った時に救急車を呼んだのがあいつなんですけど、そのおかげでチームに入れられたんで割りかし運が良いと思いますよ……っと、すみませんが国近先輩。そろそろ本題に入って貰っても良いですか?」

 

「ほーい。じゃあトレーニングステージを作るね」

 

国近先輩はおっとりした表情のまま、オペレーターデスクに向かいパソコンを操作し始める。

 

「良し。じゃあやるか。レポートを手伝って貰うんだし、しっかり模擬戦をしてやるから安心しろ」

 

「いや、前半の言葉で全然格好良くないですからね?」

 

立ち上がりながらそう口にする太刀川さんに対して出水が突っ込みを入れる。協力して貰う人間である以上強くは言えないがら高校生にレポートを頼むのは普通におかしいからなぁ……

 

そんな事を考えていると俺の身体は光に包まれた。例の仮想フィールドのトレーニングステージに転送されるのだろう。

 

 

 

 

そして気が付いた時には殺風景な空間ーーートレーニングステージにいた。向かいには太刀川さんがいるが、さっきと違って服装は漆黒のロングコートの戦闘服を纏っていた。

 

「そう言えばお前と戦うのは初めてだったな」

 

太刀川さんが弧月を出して両手で持って構えを取る。どうやら俺の要望通り弧月1本で戦ってくれるようだ。

 

「そうですね。よろしくお願いします」

 

太刀川さんと戦うのは初めてだが緊張している。しかし俺を責める事は出来ないと思う。相手はA級1位の隊長にして現役ボーダー隊員の中で最強を務める男だ。個人ポイントも唯一3万を超えている人だし、この試合が賭け試合なら俺に賭ける人がおらず、賭けそのものが中止になるだろう。

 

そんな事を考えていると……

 

『じゃあ頑張ってね〜。模擬戦開始〜』

 

国近先輩の何とも気の抜けた声が聞こえてくる。

 

その時だった。

 

「じゃ、行くぞ〜」

 

太刀川さんがノンビリとした口調でそう口にすると空気が変わった。太刀川さんの構えは特に変わってない。変わったのは表情だけだ。

 

しかし表情1つ変わっただけで俺の全身に刺すような殺気とプレッシャーが襲いかかってくる。さっきまでの太刀川さんも笑ってはいたがそれは国近先輩と同じでノンビリとした笑顔だったが、今の太刀川さんの笑顔は獲物を前にした餓狼が舌舐めずりをする時に浮かべるような笑みだった。

 

その笑顔に恐怖していると……

 

「……っ!」

 

いきなり殺気が強くなったので本能がヤバいと叫び、考える間もなく後ろに跳んだ。

 

と、同時にさっきまで俺がいた場所を太刀川さんの弧月が斬りつけていた。しかも完全に回避しきれずに俺の肩からはトリオンが漏れ出している。

 

「おっ、今の一撃で殺るつもりだったんだが、やるな」

 

太刀川さんは感心しているように言っているが、冷や汗が止まらない。

 

(ヤバい……マジで次元が違う。No.1攻撃手の肩書きは伊達じゃないようだ)

 

勝ち目なんて万に一つあるかないかだろう。となると守っていては勝てない。太刀川さんに主導権を握らせたら反撃のイメージが出来ずなす術なく負けるだろう。

 

そう判断した俺は……

 

(テレポーター!)

 

副トリガーのテレポーターを使って太刀川さんの懐に潜り込み、スコーピオンで斬りあげる。が……

 

「おっ、やる気充分じゃねぇか」

 

太刀川さんは軽いステップで1本下がり弧月でスコーピオンを受け止め、そのまま間髪入れずに鍔迫り合いの状態のまま体当たりをしてくる。

 

それによって耐久性の低いスコーピオンは砕け、俺は後ろに跳ぶが俺の胸中には驚きしかなかった。

 

瞬時に距離を詰められ懐に潜られても一切動揺しないメンタル、即座に防御する反応の速さ、防御から攻撃への切り替え速度。そのどれもが一級品だ。

 

吹き飛びながら俺は空中体勢を戻して地面に着地して前を見ると太刀川さんが高速で斬りかかってくる。

 

「ハウンド!」

 

言いながら副トリガーのハウンドを威力重視で3×3×3の27分割で太刀川さんに放し、同時に主トリガーのグラスホッパーを起動して太刀川さんの周囲に大量のグラスホッパーを設置する。

 

(未完成の技だが太刀川さん相手に妥協は厳禁だ。やるしかない……!)

 

そう思いながら俺は近くのグラスホッパーを踏んで跳び、その先ーーーハウンドを弧月でぶった切っている太刀川さんの近くにあるグラスホッパーを踏んで更に跳ぶ。

 

そして更にその先にあるグラスホッパーを踏んで、同じような事を繰り返す。跳びながらもグラスホッパーを設置して俺は太刀川さんの周囲を跳びまくる。

 

「おっ、中々面白いことをやってくれるな」

 

一方の太刀川さんはあちらこちらを見渡しながら楽しそうな表情を浮かべている。実際に知っていたが本当にバトルジャンキーだなこの人。

 

呆れながらもグラスホッパーを展開して跳びまくる。そして5秒くらい跳んだ時、遂に太刀川さんがグラスホッパーによる高速移動を見切れなくなったのか俺がいる場所と反対方向を見る。

 

(来た……ハウンド!)

 

この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。副トリガーのハウンドを分割せずに太刀川さんの頭に向けて放った。

 

しかし……

 

「甘いな」

 

太刀川さんは俺の方を向かず、前を向きながらも身を屈めてハウンドの一撃を回避する。

 

(何っ?!シールドで防がれるならまだしも見てない状態で回避するって……マジで化け物か?!)

 

そんな事を考えていると太刀川さんがこちらを見て獰猛な笑みを浮かべながら……

 

「残念だったな」

 

そのまま弧月を振るってきた。不意打ちが決まらず、それも防がれたのでなく見てない状態で回避されて動揺した俺は回避などする事が出来ず……

 

俺の胴体は真っ二つにされた。予想はしていたがやっぱり負けたか。

 

『比企谷ダウン』

 

国近先輩のおっとりした声が聞こえると同時に俺の戦闘体は元に戻る。やっぱり仮想戦闘モードはクソ便利だな。

 

「グラスホッパーを俺の周囲に大量展開して撹乱して隙を探り、隙を見つけたら大玉を叩き込む……中々良い作戦だったぞ。グラスホッパーをあんな風に使う奴は見たことないし」

 

そんな事を考えていると太刀川さんが楽しそうにしながら俺を褒めるが腑に落ちない点がある。

 

「太刀川さん、何で最後のハウンドを回避出来たんですか?」

 

防御されるならまだ納得がいくが、真後ろからの攻撃を回避されるとは予想が出来なかった。

 

「アレか?お前がグラスホッパーで俺の周りを囲んだ時、俺はお前が隙を突いて攻めてくるのがわかったから、ワザと隙を作ったんだよ。そしたら案の定お前が攻撃してきたって訳」

 

なるほど。あの時はグラスホッパーの制御に意識を割いていたから判断が付かなかったが、今考えてみたら少しあからさまだった気がする。

 

「それはわかりました。ですが何故回避出来たんですか?」

 

「お前は確実性を重視する人間だからな。不意打ちをするなら間違いなく『トリオン伝達脳』を破壊するべく首を狙ってくると思っただけだ。結果は大成功。確実性を重視する、それについては間違っちゃいないが、だからこそ回避出来たって訳だ」

 

確かに俺は首を狙う癖がある。首を落とせば即勝利だからな。しかしだからこそ読まれたって訳か。

 

それについては納得したが今回は相手が相手だし仕方ないと思ってしまう自分がいる。格上、それも現役ボーダー最強の男が対戦相手なんだし。

 

(まあ文句を言ってる場合じゃねぇ。次は首以外も狙っていくようにしよう)

 

そう思いながら俺はスコーピオンを出して……

 

「……もう1本、お願いします」

 

「おう、来い来い」

 

太刀川さんに一礼すると太刀川さんは楽しそうに弧月を構える。勝つのは今の実力じゃ無理だと思うがせめて一撃当ててやる。

 

そう強く決心しながら俺は太刀川さんに突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「お疲れ様〜」

 

「お疲れさん」

 

精神的に疲れ果てながらトレーニングステージから作戦室に戻ると国近先輩と出水が迎えてくれる。

 

「うっす……まさか50本やって1本も取れないとは思いませんでした」

 

結局俺は太刀川さんと50本やって1本も取れなかった。1本くらい取れるかと思ってはいたかのだが、やはりNo.1攻撃手は伊達じゃないようだ。

 

「でも終盤は太刀川さんの腕を斬ったり、20秒近く斬り合えたんだし結構成長したんじゃね?」

 

「そりゃアレだけやったからなぁ……っても直ぐにジリ貧になったけどな」

 

出水の言う通り、終盤辺りには太刀川さんの剣の軌道を大分見切れるようになり、ある程度は対処出来るようになった。

 

しかしある程度だけだ。多少対処出来ても、直ぐに身体がついてこなくなりジリ貧になって負けた。

 

「それは単純な実践不足だな。こればっかり経験を積まなきゃどうにもならないぞ」

 

太刀川さんが疲れを知らぬかのように餅を食べながらそう言ってくる。まあ太刀川さんが3年近く剣を振っているのに対し、俺は半年も振っていない。実践不足なのは間違いないだろう。

 

「そうですね。とりあえず今は少しずつ実戦経験を積んどきます」

 

1週間でどこまで出来るかはわからないがやるだけやってみるか。

 

「そうしとけ。実戦経験を積めばカンも良くなるからな。さて、とりあえず今日の訓練は終わったし……」

 

言うなり太刀川さんは鞄から紙を取り出し……

 

「レポートの手伝い、よろしく頼むぜ」

 

満面の笑みを浮かべながらサムズアップしてくる。一瞬太刀川さんの顔面に拳を叩き込みたいと思った俺は悪くないだろう。

 

とはいえ、模擬戦に付き合って貰ったし、明日以降も付き合って貰うので……

 

「了解っす」

 

内心ため息を吐きながら太刀川さんからレポート用紙を受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしレポートって大学が始まってから直ぐにやるんですね。俺はてっきり学期末にやるかと思いましたよ」

 

それから20分、現在俺は化学のレポートをやっている。

 

理系科目は苦手だから断ろうとしたが、俺に与えた仕事は太刀川さんが大学でやった実験の結果をレポートに纏める簡単な仕事だったので断れなかった。実験結果があるので作業の難易度は低いが、パソコンではなく手書きなので怠い。

 

「それは授業にもよるぞ。この科目は毎週実験があるから毎週レポートが出るが、経済の授業は学期末だけだぞ」

 

「そうなんですか。てか毎週レポートって鬼ですね?」

 

「だろ?だから模擬戦の報酬で手伝いを要求したんだよ」

 

「気持ちはわかりますけど、高校生にレポートを頼むのはどうかと思いますよ」

 

隣に座って俺同様に化学のレポートで実験手順を纏めている出水は呆れ顔を向けているが、同感だ。報酬を支払った俺が言うのもアレだが有り得ないだろうな。ちなみに国近先輩は「私はアホだから無理〜」と言って奥の部屋に行ってゲームに逃げた。俺もゲームに逃げたい。

 

そんな事を考えているとインターフォンが鳴りだす。どうやら来客のようだ。

 

誰かと思っていると……

 

『俺だ太刀川。レポートはちゃんとやってるだろうな?』

 

鋭い声が聞こえてくる。この声、間違いない……

 

「やべっ、風間さんじゃん!出水、比企谷。一回レポートを止めてテーブルから離れて国近の所に行け!お前らにやらせているのがバレたら殺される」

 

そんな事を言ってくる。まあ風間さんはクソ真面目だからな。絶対に怒るだろう。

 

とはいえクライアントの要求には従わないといけないので、俺は出水と一緒に立ち上がり奥の部屋に行く。

 

すると少ししてドアの開く音が聞こえて人の気配が近付いてくる。

 

「邪魔するぞ……どうやらちゃんとやっているようだな」

 

「そ、そりゃ大学生にもなったんだしちゃんとやってるさ」

 

いやいや。どの口が言っているんですか?

 

呆れながら2人がいる部屋をチラッと見ると風間さんが机に向かいレポートを確認し始める。

 

しかし何故か直ぐに額に青筋を浮かばせながら太刀川さんにレポートを見せる。

 

「太刀川、この実験手順と実験結果のまとめだが明らかに筆跡が違うが、これについて弁明はあるか?」

 

あ、俺と出水がやったヤツだ。

 

「あ、いや、風間さん。これに深い訳があってだな、話せばわかる」

 

俺と出水が2人がいる部屋を見ると太刀川さんが20cmくらい小さい先輩に対して冷や汗をダラダラ流していた。ヤバい、風間さんからはドス黒いオーラが見える。

 

ちなみに国近先輩は隣の部屋の光景から現実逃避しているのか、凄い集中してゲームをやっている。しかし冷や汗が垂れていることから完全に現実逃避するのは無理みたいだ。

 

「ほう……ならば聞かせて貰おうか。……そこで盗み見ている連中と一緒に」

 

俺達がいる方を向かずにそう言ってくる。どうやらバレていたようだ。まあステルス戦闘を得意とする部隊の隊長相手に覗き見してもバレるだろう。

 

俺と出水は顔を見合わせ、やがて観念しながら風間さんの前に立つ。

 

「出水はともかく比企谷もいるとは思わなかったぞ」

 

風間さんは予想外の物を見た表情を浮かべるも、直ぐに冷たい表情を浮かべる。

 

「おそらくお前も太刀川のレポートをやっていたのだろうが、お前にそんな余裕があるのか?ランク戦まで後1ヶ月、チームメイトの増員、部隊としての戦術の構築、ブランクを取り戻す事などやる事は山ほどあると思うが?」

 

「あ、いや……比企谷はブランクを取り戻す為に太刀川さんに協力を求めたんですけど、その報酬としてレポートの協力を要請されたんですよ」

 

「ほう……」

 

出水がそう言った瞬間、風間さんから湧き出ていたドス黒いオーラが増加する。ヤバい、震えが止まらない。

 

「あ、いや風間さん……俺はただ比企谷と出水に大学に上がった時に備えて予習をあげたんで……」

 

「言い訳は以上だな。これは俺の手には負えないから忍田本部長の所に連れて行くとしよう」

 

風間さんはそのまま太刀川さんに足払いを仕掛ける。太刀川さんがバランスを崩して地面に倒れるや否や風間さんは太刀川さんの襟首を掴み作戦室の外に出ようと歩き出す。

 

「ちょ!待ってくれ風間さん!忍田さんはマジで勘弁!マジで死んじゃ……!」

 

2人はそのまま作戦室から出て行き、扉が閉まると太刀川さんの声は一切聞こえなくなった。

 

「………」

 

「………」

 

作戦室には無言の空気が流れ、隣の部屋の国近先輩のゲームの音しか聞こえなくなった。

 

「……なぁ比企谷」

 

「……何だ出水?」

 

「……お前の防衛任務が始まるまで柚宇さんとゲームやらね?」

 

「……そうだな」

 

 

こうして俺は無言の空気の状態のまま出水と国近先輩の3人で集合時間までゲームをやった。空気が微妙だから国近先輩は負けても首を絞めることはなかった。

 

 

その後、防衛任務が始まる直前に三上に何かあったのか聞かれたので全部話したら三上も微妙な表情をしたのは言うまでもないだろう。

 

 

 



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比企谷八幡は鍛錬の中、自信をつけている

5月6日木曜日、正式入隊日は9日の日曜日なので3日を切っている。

 

今のところ、辻との戦いに備えての太刀川さんとの模擬戦、照屋との連携の訓練、俺個人の実力の向上などは割と順調に進んでいると自分でも思っている。ボーダーでの活動については上手くいっている。

 

ボーダーでの活動については。

 

 

 

「ねぇ待ってよヒッキー!」

 

「だから俺は怒ってないから礼は要らないって言ってんだろ!本人が要らないって言ってんなら話を切り上げるのが筋だろうが!」

 

「それじゃあ私の気が晴れないんだし!」

 

「知るかぁーっ!」

 

放課後、俺は由比ヶ浜から逃げている。これで何回目か数えてない。アレから俺は何度も気にしてないから気にするなと言っているが、由比ヶ浜は礼がどうこう言ってきて諦めないのだ。俺自身はマジで礼を要らないので辟易している。

 

ちなみに三上は既にボーダー基地に行っている。火曜日から追われているが待たせては迷惑がかかるからだ。

 

(仕方ねぇ、これ以上時間を食うのも嫌だし一気に撒くか)

 

そう判断した俺は男子トイレに入る。ここなら入ってこないだろう。俺が入る直前に違う男子も入ってたし。

 

 

「あー、ズルいし!」

 

トイレの外からそんな叫び声が聞こえてくる。上手くいったようだ。

 

俺は内心ほくそ笑みながらトイレの窓から外に出る。一階だから飛び降りないで済んだぜ。

 

そのまま上履きのまま昇降口に向かう。奴のことだからトイレの前で待ってるだろう。学校に通うようになってからわかったが、アイツは間違いなくアホの子だし。

 

そう思いながら昇降口に向かうと知った顔がいた。

 

「おー、ハッチ君じゃん。今帰り?」

 

「というか何で比企谷君は上履きを履いて外からやって来たの?」

 

そこに居たのは風間隊オペレーターの宇佐美栞と嵐山隊オペレーターの綾辻遥がいた。しかし綾辻はいつもと違っていた。

 

「色々あったんだよ。ところで何で綾辻は眼鏡をかけてんだ?」

 

なぜか綾辻は眼鏡をかけていた。普段は綺麗で可愛いお姉さんの雰囲気を持つ綾辻だが、今は可愛さの色は薄く、知的の色が強く見える。

 

「これ?今日私が遥ちゃんに布教した伊達メガネだよ。中々似合ってるでしょ?」

 

宇佐美がドヤ顔でそんな事を言ってくる。

 

「確かに似合ってるな。てかお前は伊達メガネは邪道とか思ってないのか?」

 

宇佐美が眼鏡オタクなのは知っているが伊達メガネをどう思っているか気になる。

 

「いやいや、メガネがファッションとして取り入られるのは歴史の必然であり自然の摂理だからな問題ないよ」

 

「よくわからん世界だな……」

 

「大丈夫。私もよくわからないから」

 

綾辻はそう言ってくる。少なくとも俺には一生理解出来ない事だろう。

 

「そういえば歌歩ちゃんにも伊達メガネをあげたんだけどさ、何で今日は歌歩ちゃんと一緒に基地に行かなかったの?」

 

「用事があって長引きそうだから先に行かせた」

 

「そうなんだ。あ、じゃあハッチ君にもあげる」

 

宇佐美がどこからともなくメガネを差し出して俺の手に持たせてくる。予想以上の手際の良さに思わず驚いてしまった。返そうにも宇佐美の手は俺から離れていて返せない。

 

というか幾つ持ってんだよ?さっきの話から察するに綾辻と三上と俺にあげたのなら最低3つ持ってんだよな?

 

どうしたものかと悩んでいると宇佐美がキラキラした表情で俺を見てくる。かけろと?伊達メガネをかけろと?

 

「ねえハッチ君、是非かけてよ」

 

遂には口を出して言ってくる。口調はいつもと変わらないが妙にプレッシャーを感じる。理由はないが何故か逆らえん。

 

「……了解」

 

逆らえないと判断した俺はため息を吐きながら伊達メガネをかける。俺のメガネ姿なんて誰得って思いながら。

 

「……かけたぞ。これで文句は……って、どうしたお前ら」

 

何故か宇佐美と綾辻はポカンとした表情で俺を見てくる。優秀なオペレーターである2人がこんな表情をするとは思わなかった。

 

「えっ?あ、ううん。なんでもないよ」

 

「そうそう。あ、後写真を撮っても良いかな?私があげた眼鏡をかけてる所を記録したいから」

 

「私も撮って良い?」

 

「別に構わないが、SNSとかに上げるなよ?」

 

ポカンとした表情から一転、2人は若干顔を赤くしながらそんな事を言ってくる。2人が良い奴なのは知っているが、念には念を入れて釘を刺しておく。

 

「いやいや、そんな事はしないからね」

 

言いながら2人は写真を撮る。シャッター音が聞こえたのでメガネを外そうと思ったがメガネケースが無い事に気がついたので外すのを諦めた。

 

「なら良いが……ところでお前ら基地に行くのか?」

 

話しながら靴を履き替えて外に出る。早めに出ないと由比ヶ浜に捕まって再度平行線の話し合いをする事になるだろうし。

 

「ううん。私は非番だし今日は家に帰る。遥ちゃんは上層部から広報部隊の話について呼ばれてるから基地に行くよ」

 

「広報部隊?名前から察するに市民にPRする部隊って事か?」

 

「うん。ボーダーのPRをして、入隊志願者やスポンサーを増やすのを目的としてて、上層部からウチの隊に誘いが来たの」

 

まあ嵐山隊は基本的に顔が良いし性格も問題無いからな。妥当な判断だ。ウチの隊の場合隊長の俺が論外だから誘いは来ないだろう。

 

「それで?その誘いを受けるのか?」

 

「決めるのは嵐山さんだからわからないな。私個人としては受ける事を視野に入れてるな」

 

ご立派な事で。自分から進んで公に出るとはな。まあ世間では未だにボーダーに対しるアンチ勢はいるし、それを対処する方法の1つとして大衆を味方につける為の広報部隊は必須だろう。

 

「まあ広報部隊になったら頑張れ。それより俺も今から本部に行くが乗ってくか?」

 

言いながら自転車の鍵を解除する。

 

「え?良いの?」

 

「別に構わない。毎日の行き帰りに三上を乗せてるし」

 

月曜日に三上を自転車に乗せて以降、俺は毎朝小町を送った後に三上を後ろに乗せて登校して、防衛任務で早退する時や下校する時も同じ部隊のメンバーだから三上を後ろに乗せて基地に行っているし特に問題ない。

 

行き先が同じだから三上と同じノリで尋ねたが引かれてないよな?

 

そんな事を考えていると……

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

綾辻は後ろに乗って三上と同じように腹に手を回してくる。その際に背中に柔らかな膨らみを感じる。三上より柔らかく感じるのは大きさがちが……ゲフンゲフン。

 

「お、おう。じゃあ宇佐美、またな」

 

「また明日」

 

「じゃあまたねー。2人とも眼鏡似合ってるよー」

 

そんな風に挨拶を交わして俺は綾辻を後ろに乗せながら自転車を漕いで校門を出る。

 

「しっかし宇佐美はああ言っていたが、俺に眼鏡なんて似合わないだろ」

 

校門を出て視界の先にある巨大な建物ーーーボーダー基地を見ながらそう呟く。改めて見ると本当バカでかいな。

 

「そうでもないよ。見てみなよ」

 

信号が赤になったので自転車を止めると綾辻が後ろから携帯を見せてくる。先程撮影した写真だろう。見てみると……

 

「これが俺?」

 

そこには眼鏡をかけている俺が写っているのだが、本当に俺か?何て言ったって……

 

「目がそこまで腐ってない……!」

 

俺の特徴である目の腐りが少しだけなくなっている。完全に腐りが取れた訳ではないが少しだけ目に輝きがある。

 

何だ宇佐美の眼鏡は?魔法でもあるのか?

 

「しかし目の濁りが薄まった俺なんて久しぶりに見るな」

 

「久しぶりって事は前は腐ってなかったの?」

 

「ああ。小学校を卒業した頃から腐り始めて、大規模侵攻で親父が死んで完全に腐りきったかんじだな」

 

まあ親父が死ななくてもいずれ腐りきっていたと思うけど。

 

「そうなんだ……ところで比企谷君は復讐とかは考えてるの?」

 

「あん?何だ藪からスティックに」

 

「いや、家族を殺された人は結構復讐を考えてる人がいるから」

 

「特に考えてないな。恨みがないわけじゃないが、近界民を皆殺しにしたところで親父が蘇る訳じゃあるまいし」

 

恨みはあるが最優先は家計を楽にする事た。今後復讐をすると考えるようになっても家計が楽になるまではするつもりはない。

 

「比企谷君は結構ドライなんだね」

 

「否定はしない。復讐心を持つ事を否定する訳じゃないが俺にとっては復讐の優先度はそこまで高くない」

 

そんな事を言っていると青信号になったので自転車を漕ぐのを再開する。

 

(まあもう1人家族を殺されたら復讐に走るかもしれないがな)

 

頼むから運命よ、俺を復讐の道に落とさないでくれよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私はここで。送ってくれてありがとね」

 

「ああ。じゃあな」

 

基地に着いた俺達はエレベーターに乗って各々が行くべき場所に向かった。俺は8階、綾辻は6階で降りるので綾辻は礼を言ってエレベーターから降りて行った。

 

今日は太刀川さんは防衛任務なので居ない。よって照屋との辻との戦いに備えた模擬戦及び、チームとしての連携訓練をする予定だ。

 

ちなみに太刀川さんは俺や出水にレポートをやらせた事に関して忍田本部長から大目玉を食らったようだか、その翌日……

 

「今後比企谷や出水に頼む時はパソコンを使っても良いレポートを頼むことにする。そうすりゃ筆跡はわからないし」

 

と、ぶっ飛んだ事を言って俺と出水をドン引きさせた。そこは後輩に頼らないようにするべきじゃね?

 

閑話休題……

 

それともしも辻に負けた場合に備えて違うメンバーについても考えなくちゃいけない。正式入隊日に勧誘する事も視野に入れるべきだろう。

 

(全く……隊長ってやる事が多過ぎだろ?高1には結構負担だな)

 

まあ投げ出すつもりはないが。俺自身がA級に上がりたいからという理由もあるが、俺に付いてきてくれて、慣れない隊長業務を手伝ってくれる照屋と三上を裏切るのは嫌だし頑張るつもりだ。

 

そんな事を考えているといつの間にか自分の作戦室の前に到着していた。どうやら長い間考え事をしていたようだ。

 

何時もの様に暗証番号を打ち込んで作戦室のドアを開けると……

 

「うーん……何度記録を見ても先輩と私が近距離の時の連携は結構ぎこちないですね」

 

「栞ちゃん曰く攻撃手の連携は難しいみたい。風間隊は早くA級に上がったけど、まだまだ改善の余地はあるみたいだよ」

 

「そうですか……しかし辻先輩が入ると近距離の連携攻撃の難易度は更に上がりますし、6月のランク戦には到底間に合わないですね」

 

「その辺は比企谷君が来てから話し合おうよ。今日は太刀川さんは防衛任務で居ないみたいだし作戦室に来るでしょうし」

 

そんな会話が奥の部屋から聞こえてくる。どうやら俺が来ない間に作戦会議をやっていたようだ。勤勉な隊員をチームに引き入れることが出来て俺は本当に幸運だな。

 

内心幸せな気分になりながら俺は奥の部屋に向かう。

 

「うぃーす」

 

「あ、比企谷君。お疲れさ……ま?」

 

「先輩、こんにちは。今ちょうど連携についての話し合いをして、い……て?」

 

奥の部屋に入るとそこにいた三上と照屋は笑顔を浮かべるも直ぐにポカンとした表情を浮かべてくる。三上は眼鏡をかけているが宇佐美から貰った伊達メガネだろう。

 

(この表情……さっき綾辻や宇佐美がしてた表情に似てるな)

 

と、そこで俺は伊達メガネを掛けっぱなしだった事を気がついた。度がないから忘れてたぜ。

 

「……一応言っとくが俺は比企谷八幡だからな。偽物じゃないからな?」

 

「えっ?!も、もちろんわかってるよ!」

 

「ええ!ただ普段の比企谷先輩とは結構違うので驚いただけです!」

 

2人は真っ赤になって否定をしているが、その反応から察するに少なくとも疑っていただろ?

 

(まあ怒りはしないけどよ……俺自身も一瞬、本当に俺なのかと疑ったし)

 

「まあ何でも良いけどよ……それより遅れて悪かったな。あいつを撒くのに手間取った」

 

由比ヶ浜も頼むから割り切ってくれよ……俺自身お前に思うところはないんだし。

 

「あ、うん。それは良いよ。その時に栞ちゃんから眼鏡を貰ったの?」

 

「まあな。お前も宇佐美から貰ってるのは聞いていたが似合うな」

 

三上も眼鏡をかけるといつもより頭が良さそうに見える。まあこいつの場合元々頭は良いけど。

 

「あ、ありがとう。でも比企谷君の方が似合うと思うよ」

 

「いや俺の場合完璧に別人じゃね?」

 

綾辻に写真を見せて貰った時は疑ったくらいだし。

 

「ううん。違うのは目だけで後は同じだよ」

 

「その目が違いすぎるけどな」

 

「あー、それは……まあ、ね」

 

三上は苦笑いしながら否定をしない。隣の照屋も似たような表情を浮かべていた。分かってはいたが、俺の目は眼鏡をかけると大きく変わるようだ。

 

「はぁ……まあ良い。それより訓練をやろうぜ」

 

「あ、うん。その前に写真を撮って良いかな?」

 

「私も良いですか?」

 

「何でだよ?さっきも宇佐美と綾辻に撮られたが、俺の眼鏡姿なんて撮っても意味ないだろうが」

 

「えっと……何というか……(凄く格好良いし)」

 

ん?最後だけ声が蚊の鳴くように小さい声だったが何て言ったんだ?

 

「はぁ……SNSやネットにupしないなら構わない」

 

こいつらなら宇佐美達同様大丈夫だとは思うが念の為に釘を刺しておく。

 

確認しながら2人を見ると、2人は頷き携帯のカメラで写真を撮る。俺の写真なんて価値がある訳ないのに……そんなに目が腐ってない俺が珍しいのか?

 

「撮ったか?じゃあトレーニングステージの製作を頼む」

 

「了解」

 

三上も俺が命令するとオペレーターとしての意識に切り替わり、真剣な表情になりパソコンを操作し始める。

 

少しすると俺と照屋はトレーニングステージに転送される。

 

「んじゃ照屋、やろうぜ」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

既に何百回も模擬戦をしている為、慣れた動きで互いに武器を顕現する。

 

チームを結成してから1週間も経っていないが、俺はトレーニングステージで照屋と軽く500回は模擬戦をしている。

 

その為互いの手札は全て把握しているので、勝ちを得る為には常に新しい戦法を模索しないといけない状況にある。

 

これは実に素晴らしい環境だ。おかげで俺も照屋も戦いの中で様々な戦法を身に付ける事が出来た。

 

しかし俺達が戦ってる場所はトレーニングステージーーー自分の隊の作戦室であり記録が残る個人ランク戦ブースではないので、辻は俺が照屋や太刀川さんとの戦いの中で会得した戦法を知らないのだ。

 

これは間違いなく3日後の辻とのランク戦で大きなアドバンテージになるだろう。

 

 

そんな事を考えていると……

 

『模擬戦開始』

 

三上の落ち着いた声がステージに響き、同時に俺と照屋は距離を詰める。

 

(さて、今日こそは完成させてやる……!太刀川さんとの訓練で磨いた『乱反射』を………!)

 

「グラスホッパー!」

 

そう叫びながら俺はジャンプ台トリガーを起動して飛び乗って照屋に突っ込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

 

「お疲れ様」

 

トレーニングステージから出ると三上が労いの言葉をかけてくる。

 

「おう、お前もオペレートありがとな」

 

「気にしないで。それにしても比企谷君、いつの間にあんな技を身に付けたの?」

 

あんな技とはグラスホッパーを敵の周囲に展開して撹乱する技だろう。出水が『乱反射』と名付けた技だが中々ネーミングのセンスはあると思う。

 

「完全に完成したのは今日だ。それまでは太刀川さんとの模擬戦で練習をしていて、照屋との模擬戦で使ってなかっただけだ」

 

「そうなんだ。まあアレは直ぐに対処出来ないよね」

 

「はい。おかげで序盤は黒星をあげすぎました」

 

今日の模擬戦の結果は100戦73勝27敗で俺の勝ちだ。その内30勝は照屋が『乱反射』に翻弄されているが故の勝ち星だ。しかし後半になるにつれてちゃんと反撃してきたので明日やる時は模擬戦の勝率は間違いなく下がるだろう。

 

「明日までにまた新しい戦法も考えないとな……とりあえず今日の訓練はここまでだな。俺は15分後に防衛任務に行かないといけないし」

 

「お疲れ様でした。連携の訓練は明日にしましょう」

 

「ああ。6月までにどこまで伸ばせるやら……」

 

残念だが照屋との連携の訓練はまた今度だ。警戒区域でトリオン兵相手に訓練したいのは山々だが、照屋は今週一杯は比企谷隊のシフトでなく、個人の時のシフトをこなさないといけないので無理だ。

 

「可能な限り頑張りましょう。ランク戦の中で新しい戦術を見つけられるかもしれないですし」

 

「そうだな。そん時は協力を頼む」

 

「はい。……そういえば先輩に聞きたい事があるんですけど良いですか?」

 

「何だ?」

 

「いえ。つまらない質問なんですけど、先輩は隊服を作らないんですか?」

 

隊服とは文字の通り戦闘服だ。しかしこれは部隊によって大きく異なる。大半の部隊はジャージタイプだが、太刀川隊はロングコート、風間隊は宇宙スーツに近い隊服と千差万別だ。

 

「隊服は考えてない訳じゃないが隊員の意見も聞きたいし、辻が入ってから話し合って決めるつもりだ。隊服のデザインがダサいから嫌だと拒否られたら笑えないし」

 

「なるほど……確かにそうだね。でも比企谷君はやる気があって良かったよ」

 

「待て三上。今の発言のどこからやる気が伝わったんだ?」

 

「だって比企谷君今、『隊服は辻が入ってから話し合って決める』って言っていたじゃん。それはつまり辻君に勝ってチームに引き入れるって事だよね?」

 

「確かにそうですね。自信があるようで何よりです」

 

照屋がそんな事を言ってくる。自信か……

 

正直に言うと確かにある。圧倒的な力を持つ太刀川さんとの模擬戦、実力が拮抗する事で毎回戦法の幅が広がる照屋との模擬戦。

 

それらは1日100回以上やっているからか、柄じゃないが今の俺は……

 

「そうだな……負ける気がしない」

 

自信を持ってそう答えた。何が何でもA級に上がるんだ。こんな所で躓いてなどいられない。

 

自信を胸に秘めながら俺は防衛任務が始まるまで三上と照屋の3人で今後の方針について話し合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして3日後の5月9日

 

遂に正式入隊日を迎えたのだった。

 



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入隊式には色々ある(前編)

5月9日、日曜日。今日は正式入隊日だ。

 

正式入隊日は1月、5月、9月と年に3回つまり4ヶ月毎に行われていて、その日に一斉に入隊するのだ。

 

入隊する人数は大体30人程度。その中で有力な新人ーーー例えるなら1ヶ月以内に正隊員に上がれる新人は、一度の正式入隊日で大体5、6人だ。

 

既に正隊員となっている人物の中には、チームを組んだり、新しい人材の追加の為に有力な新人を探す人間もいる。

 

俺としても辻をチームに引き入れる事が出来なかった場合に備えて正式入隊日に有力な新人を見に行こうと考えていたのだが……

 

 

 

「10時半……完全に遅刻じゃねぇか!」

 

現在全速力で自転車を漕いでいる。オリエンテーションが始まるのは10時。完全に遅刻だ。

 

何故遅刻をしたかというと理由は簡単。目覚まし時計の電池切れだ。そうとも知らず俺は目覚ましが鳴らないのを良いことに爆睡してたら、枕元に置いてある携帯に三上から着信が来て慌てて起きたのだ。

 

(てか何で正式入隊日当日に目覚まし時計の電池が切れるんだよ?アレか?今日だけ俺の右腕に幻想殺しが装備されたのか?)

 

そんな馬鹿な事を考えながらも自転車の速度を上げる。不幸中の幸いなのが辻とのランク戦は12時に約束してある事くらいだろう。こっちから勧誘しといて遅刻じゃ失礼極まりないからな。

 

それから自転車を漕ぐこと5分、遂にボーダー基地の秘密経路に到着したので自転車を専用の駐輪場に置いてから、懐からトリガーを出してセンサーに翳す。

 

『トリガー認証、本部への直通通路を開きます』

 

機械音声と共に本部への直通通路が開くので……

 

「トリガー起動」

 

トリオン体になり全力疾走で走り出す。ここはもう市民がいないし、直通通路は幅が広いから他人とぶつかる事はないし大丈夫だろう。

 

そのまま1分走り続けると漸く通路を抜けてボーダー基地の中に入れた。ここからは早歩きで行かないといけない。

 

(さて、まだ1番最初に行う戦闘訓練はやってると思うが……見込みのある奴はいるだろうか)

 

現在時刻は10時45分、戦闘訓練は大体1時間〜1時間半くらいで終わるし丁度半分くらい終わった所だろう。

 

そう思いながら早歩きで訓練室に向かうと、幸いな事にまだ戦闘訓練は終わっていなかった。

 

「良かった……戦闘訓練終了までには間に合ったみたいだな」

 

「完全に遅刻だけどね」

 

いきなりそんな声が聞こえたので横を見るとチームメイトの三上と照屋が立っていた。照屋は苦笑しているが三上はジト目で見ていた。

 

「いや待て三上。俺が悪いからそのジト目は止めろ。マジで目覚ましの電池が切れたんだよ」

 

「……嘘は吐いてないみたいだね」

 

「嘘じゃない。これはマジだ。ともあれ正式入隊日に新人を見に行くと提案した俺が遅刻したのは悪かった。何か2人には埋め合わせするから許してくれ」

 

「埋め合わせ、ですか?」

 

「うーん……」

 

さて、何を要求してくるのか?

 

昨日三上と一緒に食べた『味自慢らーめん。三門店』の豚骨ラーメン大盛りなら余裕、鹿のやの和菓子セットも文句はない。

 

ただし、ボーダー隊員御用達の『炭火焼き肉、寿寿苑』の焼肉セットはちょっと勘弁して欲しい。前に家族3人で行った結果、3人で食べると1万位飛ぶし。

 

さて、2人は何を要求するのか……

 

若干ビビりながら2人の答えを待っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、じゃあ明日から1週間、ボーダーでは伊達メガネをかけて過ごしてよ」

 

「あ、私もそれで良いです」

 

「は?」

 

三上と照屋は予想外の要求をしてきた。これには思わず素っ頓狂な声を出してしまう。今なんて言ったこいつ?

 

「済まん三上。聞き間違いかもしれないからもう一度言ってくれ」

 

俺が淡い期待を抱いて三上に尋ねてみるも……

 

「明日から1週間、ボーダーでは伊達メガネをかけて過ごしてって言ったんだよ」

 

聞き間違いではなかったようだ。三上は俺に1週間伊達メガネをかけて過ごせと言っているようだ。

 

「何でだよ?埋め合わせにしちゃ安いから構わないが理由を説明しろ」

 

『焼肉を奢れ』ってなどの金銭を必要とする要求をされずに済んだのは良かったが、せめて理由を知りたい。

 

「もちろんファンクラブの一員としてもう一度見たいからだよ」

 

「待て。今ファンクラブって言わなかったか?何のファンクラブだよ?」

 

「眼鏡をかけてる比企谷君のだよ」

 

「何でだよ?!何で俺のファンクラブがあるんだよ?!普通ファンクラブってイケメンに対して出来るもんだろ!」

 

思わず叫んでしまった俺は悪くないだろう。てか話から察するに三上と照屋も俺のファンクラブに入っているんだろうが、チームメイトが自分のファンクラブのメンバーってどうなんだ?

 

「そう?眼鏡をかけた比企谷君ってボーダーの女子の間では烏丸君、嵐山さんに次いで人気で、一部の人間は比企谷君にずっと眼鏡をかけさせる計画を立ててるよ」

 

「今直ぐその計画を立てている人間を全員教えろ。見つけてころーーーしばき倒す」

 

「今殺すって言いかけたよね?」

 

「気の所為だ。てか何で伊達メガネをかけた俺が有名になってんだよ?まさかとは思うがお前ら、ネットにupとかしてないよな?」

 

2人に限ってないとは思うが、念には念を入れて確認しておく。ここで頷いたら泣くぞマジで?

 

「いえ。比企谷先輩、あの時ボーダー基地を出るまで眼鏡をかけていましたよね?ですから先輩がボーダーで過ごしている時に色々な人が隠し撮りをして……」

 

「広まったわけだな……はぁ。事情はわかったがどうしてこうなったんだよ?」

 

普段の俺ならともかく、伊達メガネをかけた時の俺のファンクラブって言われても何とも言えない気分だ。

 

「まあまあ。これを機会にずっとかけてみたら?」

 

三上はそんな事を言ってくるが、俺が微妙な気分だというのに随分と楽しそうだな。マジで泣きたくなってきた。

 

「ずっとはかけねーよ。……だが、まあ……約束は約束だ。明日から1週間はかけてやる」

 

「本当?じゃあ明日から楽しみにするよ。ね、文香ちゃん?」

 

「そうですね。他の会員にも伝えておきましょう」

 

遅刻した俺が悪いんだしそれ位は甘んじて受けよう。焼肉を奢れとか言われるよりはマシだ。しかし……マジでどうしてこうなったんだよ?

 

「ついでに聞いておくがそのファンクラブの概要を教えてくれ」

 

眼鏡をかけているとはいえ自分のファンクラブだ。若干気になっている。

 

「えっと……出来たのは金曜日つまり一昨日で、会員数は中央オペレーターを中心に総勢31人ですね」

 

「31人って多いのか?」

 

ボーダーにある綾辻遥ファンクラブは総勢50名弱と聞いているが、よくわからん。ちなみに総武高の綾辻遥ファンクラブは、綾辻が入学して1ヶ月にもかかわらず総勢100名を超えているらしい。

 

「多いと思うよ?烏丸君のファンクラブが70名弱で、嵐山さんのファンクラブが40ちょっとだし」

 

烏丸人気あり過ぎだろ?まあ烏丸はイケメン+強いから納得っちゃ納得だけど。てか31人って多いな。

 

「ちなみに会長が宇佐美先輩で、副会長が三上先輩と綾辻先輩です」

 

「おい!何でお前が副会長なんだよ?!」

 

照屋の言葉を聞いた俺は思わず三上にツッコミを入れてしまう。

 

「あ、あはは……ファンクラブに入会したら『同じチームなら写真を撮れるチャンスがある』とか言われていつの間にか……」

 

「今直ぐ退会しろ!」

 

「え、えーっと……あ!今1分切った人が出たよ!」

 

三上はそう言って訓練室を指差してくる。あからさまに誤魔化しているのは丸分かりだが、今は新人発掘が重要だしこの話は後回しにするしかないようだ。

 

「……この話は後でじっくり聞かせて貰うからな」

 

そう言いながら訓練室を見ると、3号室の訓練室を使ったらしきそばかすの男子が56秒の記録を出していた。

 

「まあまあの記録だな……ちなみに俺が来ない間に1分切った奴は居たか?」

 

俺がそう尋ねる三上と照屋はさっきまでの雰囲気から一転、真剣な表情に変わる。ちゃんと切り替えているので、俺も一旦ファンクラブの件を頭の隅に退かそう。

 

「居たよ。あそこにいる2人の男子が50秒台だったよ」

 

三上が指差した方向を見ると角を模した髪を持つ2人の男子が駄弁っているのが見えた。あいつらか……

 

「使ってる武器は何だった?」

 

「2人とも弧月でした」

 

弧月か……実際の戦闘は見てないから何とも言えないな。とりあえず今言えるのは遅刻をするべきじゃかったことくらいだろう。

 

そんな事を考えながら訓練室を見ると、2号室に入った女子に思わず見惚れてしまった。

 

そこにいたのは儚げな雰囲気を醸し出す美人だった。ボーダーでも美人は沢山いるが、どちらかと言えば可愛いに近い女子が多い。あそこまで美しい女子はボーダーでも少ないだろう。

 

「あ、那須先輩だ」

 

すると照屋が軽く驚いた顔をして2号室の訓練室に視線を向けていた。どうやら照屋は彼女を知っているようだ。

 

「先輩っていうことは文香ちゃんの学校の先輩なの?」

 

「はい。先輩達と同い年です。しかし那須先輩がボーダーに入るとは思いませんでした」

 

「まあお前の学校の生徒ならお嬢様だろうし、大抵の親は反対するだろうからな」

 

「そうではなくて、那須先輩は生まれつき身体が弱く学校でも毎回体育の授業を見学してるんですよ。そんな那須先輩がトリオン体とはいえ身体を動かすボーダーに入るのはちょっと想像が出来ませんでした」

 

なるほどな……幾らボーダーの仕事はトリオン体でやるとはいえ、生身の肉体が弱い奴がやっていくのはキツいだろうし照屋の思考は間違っていないだろう。

 

「てかそんなに身体が弱いなら普通親は反対するんじゃね?」

 

「そこは私にもわかりませんが、ここにいるって事はご両親は賛成したのでしょうね」

 

まあ親の了承を無ければ入隊は出来ないかな。俺も入隊する時に親と軽く揉めたし、何らかの理由があるのだろう。

 

そう思っている間にも2号室……那須の訓練が始まった。

 

ブザーが鳴ると同時に那須の手からキューブが現れる。その事から那須のポジションは射手であることがわかる。

 

(さて……使うトリガーは何だ?)

 

若干楽しみに思いながら訓練室を見ると那須の手に現れたキューブは3×3×3の計27の小さいキューブに分割されてバムスターに向かって飛んでいく。一直線に進んでいる事からアステロイドかメテオラだろう。

 

そう思った時だった。ある程度弾丸が進むと、途中で傘のように広がったかと思いきや再度一直線に進みバムスターの弱点周囲に大量の弾丸が叩き込まれ、沢山の傷を生み出した。

 

(あの軌道……ハウンドに比べてかなり精密な動きだ。って事は那須の使うトリガーはバイパーか!)

 

これには俺も驚いた。

 

射撃系トリガーを使うC級の殆どは威力の高いアステロイドか命中させやすいハウンドを使う。

 

メテオラは強いが、爆風で自分の視界を封じるデメリットもあるので微妙な評価だ。

 

そして残るバイパーはボーダーでは人気が無いどころか皆無とも言える。その理由は簡単、扱いが難しく使いこなせないからだ。

 

バイパーは撃つ前に弾道を自由に設定できるが、制御することがとても困難なのだ。たとえ出来たとしてもそれは止まった的に集中した状態でのことで、常に動き回る実戦では殆ど使い物にならない。

 

 

正隊員の中でも三輪や烏丸はバイパーを使用しているが、使いやすい弾道を何パターンか予め設定して使用している程度だ。

 

毎回リアルタイムでしっかり弾道を引けるのは出水だけだが、初めて使うトリガーであそこまで出来るなら那須も出水同様リアルタイムで弾道を引けるタイプだ。

 

感心する中、訓練室を見ると那須がいる部屋のバムスターの顔面には大量の弾痕があるが倒すには至っていない。後一押しって所だろう。

 

すると那須は再度手からキューブを顕現して射出する。放たれた弾丸は再度傘のように広がりバムスターの弱点周囲を蹂躙する。それによってバムスターは目からトリオンを出しながら沈黙した。確実に当てる為に広範囲を攻撃するとは中々理に適った戦法だな。

 

『2号室 記録30秒』

 

機械音声が流れて周囲から騒めきが生じる。まあ俺の時も1分を切れば騒めきが生まれたからな。新人隊員からしたら驚くべき事だ。

 

「やるなあいつ。女じゃなかったら間違いなく勧誘したかった」

 

俺は思わずそう呟いてしまう。残念なのは女ーーそれも美人である事だろう。後でやるランク戦の結果次第では辻がウチの隊に入るが、奴は女子に対してコミュ障の男。

 

仮に辻がウチに入る事になっても、既に女子2人が入っているウチの隊に更に女子が増えたらコミュ障の改善以前に逃げ出しそうだから諦める。

 

俺の発言の意図を理解した三上と照屋は苦笑いを浮かべる。

 

「あー、そうかもね。ちなみに比企谷君と文香ちゃんの記録はどうだったの?」

 

「俺は確か30秒を切ってたな。照屋は確かギリギリ30秒を切らなかったんだったか?」

 

「はい。確か32秒だったと思います」

 

「へー。2人とも凄いね。私は戦闘員としては落ちたからね」

 

まあそれは仕方ないだろう。三上のトリオン量は少ないので防衛任務で活躍するのは厳しいと思う。

 

しかし……

 

「俺からしたら感覚支援や敵の位置情報の伝達、トリオン兵への警戒警報などの支援を簡単にこなしてるお前の方が凄いと思うがな」

 

既にチームを組んでから1週間、三上のオペレートによる防衛任務は何度かこなしたが、非常に助かっている。俺が欲しいと思った情報を直ぐに提供してくれる三上の腕は純粋に凄いと思う。

 

「え……あ、うん。ありがとう……」

 

すると三上は軽く頬を染めて俯く。可愛いなオイ。

 

内心ドキドキしてきたので三上から顔を逸らし訓練室を見る。那須が居なくなってからの新人を見ると……

 

 

 

『1号室、記録3分12秒』

 

『3号室、記録1分45秒』

 

どうにもパッとしない記録の新人しか出てこない。どうせなら10秒切る奴いない……ん?今3号室でやった奴……見間違いじゃないよな?あいつは……

 

「ねぇ比企谷君。3号室にいる人って由比ヶ浜さんじゃない?」

 

三上がそう言ってくるので確信を持った。あいつも入隊してたのかよ?

 

「あのピンクの髪の人ですよね?知り合いですか?」

 

「入学式の時に俺が庇った犬の飼い主」

 

「あ、そうなんですか」

 

「まあな。でもぶっちゃけ関わりたくない」

 

「先輩は彼女を恨んでいるんですか?」

 

「違う。恨んでる訳じゃないが、俺が退院した後にお礼がどうこう言って構ってくんだよ。俺は気にしてないって返してんのに、自分の気が済まないって言って聞かないんだよ。ぶっちゃけ面倒」

 

そもそも事故の件に関しては寧ろ感謝している。あの事故が無ければ三上という逸材を引き入れることは無かっただろうし。

 

「まあ自分の所為で他人が1ヶ月も入院してしまったら仕方ないと思いますよ。面倒って思うなら礼を受け取って終わりにすれば良いのでは?」

 

「そりゃそうだけどよ……ぶっちゃけ欲しい物って言われても……」

 

そこまで話してる時だった。訓練室から出てきた由比ヶ浜と目が合った。ヤバい、面倒な予感が……

 

その予想に違わず、由比ヶ浜は驚きを露わにしてからこっちにやって来る。遂に学校の連中にボーダーバレしちまったよ……

 

「な、何でヒッキーがここにいるし?!」

 

「そりゃ俺もボーダー隊員だからに決まってんだろうが」

 

後照屋、「ひ、ヒッキー……」とか言って笑うな。そんなにヒッキー呼びが面白いのか。

 

「そ、そうなんだ」

 

「まあな。って訳でじゃあな」

 

「あ、うん。またね……って待つし!」

 

チッ、この程度で逃げるのは無理か。

 

「何だよ?何度も言うが礼は要らないからな?アレは偶々起こった事だから気にすんなって言ってんだろうが」

 

「で、でも……」

 

あー、また平行線の会話になりそうだ。こうなったら選択肢は2つ。俺が礼を受け取るか逃げるかのどちらかだ。

 

いつもなら逃げているが正直今回は悩んでいる。大分こいつとのやりとりが面倒になってきたし、ボーダーってバレた以上ここで逃げたら今後ボーダーでも追いかけられるだろう。それは今より面倒な事になりそうだ。

 

そう判断した俺は……

 

「あー、わかったわかった。礼を受け取る」

 

逃げるのを止めた。てか逃げ疲れてこれ以上逃げるのは怠い。

 

「本当?!」

 

「ああ。だからさっさと寄越せ」

 

それで追いかけっこは終わりだ。これ以上逃げるのは非合理的だ。

 

俺がそこまで言った時だった。

 

「あ……やー、えーっと……」

 

急に由比ヶ浜が口をモゴモゴしながら愛想笑いを浮かべてきた。何だその表情は?

 

「どうした?礼は受け取るから早く寄越せ」

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……何をあげるか……決めてない、というか……」

 

思わずズッコケてしまった俺は悪くないだろう。

 

 



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入隊式には色々ある(中編)

「えっと……何をあげるか……決めてない、というか……」

 

由比ヶ浜の予想外の回答に思わずズッコケてしまった俺は悪くないだろう。完璧に予想外だわ。

 

しかしそれも一瞬で俺は起き上がり口を開ける。

 

「アホかお前は?決めてないから礼をする云々言ってんじゃねぇよ!決めてから話しかけろよ」

 

今まで逃げたのが完全には無駄じゃねぇか!あの時に無駄に消費した俺のスタミナを返せ。

 

「う、うぅ……で、でも!元はと言えばヒッキーが逃げたのが悪いんじゃん!その所為で私はつい追いかけたんだし!」

 

ま、まあ確かにその点は否定出来ん。しかしだからと言って俺が全て悪いとは言えないだろう。要らないと言ったのに執拗に来るから逃げたんだし。

 

「わかったよ。俺が悪かった。てかお前は新規の訓練生なんだし持ち場を離れんな」

 

言いながら訓練室を指差すとこちらに注目が集まっている。まあ今日入隊した連中と正隊員が話していたら注目を浴びるのは仕方ないだろう。

 

「あっ……うん。じゃあまたねヒッキー!」

 

言いながら元の場所に戻るが他所であの挨拶はマジで止めてくれ。三上はともかく初めてヒッキーと言う呼び名を聞いた照屋は笑ってるし。

 

「照屋、笑い過ぎだ。そんなに笑えるか?」

 

「す、すみません。予想外に可愛い呼び方で……」

 

「そうかい……にしてもあいつ、まさか礼の内容を決めてなかったのかよ」

 

「あはは……それは私も驚いたよ」

 

三上は苦笑しているが同感だ。ただ逃げ損じゃねぇか。退院したばかりだというのにチームの結成だの、チームメイトの勧誘の為に沢山模擬戦をしたりだの、事故の後始末関係のいざこざなどでかなり疲れてしまう。

 

(とりあえず辻の勧誘に成功したら1日だけ一切働かない日を作ろう)

 

でないと精神的に限界が来てしまうだろうし。退院して直ぐに過労で入院とかマジで笑えない。

 

そんな事を考えながら訓練室を見ていると……

 

「おっ、次の女子は珍しく小さい女子だな」

 

3号室に入る小さな女子が目につく。見る限り小学生っぽいが珍しく思った。小学生の内に入隊する奴は少ないがいる。俺の同期だと巴がいるように。

 

しかし女子小学生が入隊するのは初めて見る。女子小学生の内にボーダーに入隊したのは玉狛支部の小南位だろう。まあ彼女の場合は旧ボーダー時代の話だけど。

 

少女が訓練室に入るとバムスターが現れて開始のブザーが鳴る。

 

と、同時に彼女はバムスターに向かって全力疾走をして、ある程度走ると思い切りジャンプする。小柄の身体が空高く飛ぶのに呆気に取られてしまう。

 

そして彼女はそのままバムスターの頭に飛び移り、間髪入れずに手からスコーピオンを出すや否や、バムスターの弱点の目がある口の方に手を向けてそのままスコーピオンを振るった。

 

それによってバムスターの弱点の目は真っ二つにされて、そのまま地面に向かって落ち始める。同時に少女がバムスターから飛び降りて地面に着地すると同時に、バムスターが倒れる音と訓練終了を告げるブザーが鳴り響いた。

 

『3号室、記録14秒』

 

少女の出した記録に辺りが騒めきが生まれる。

 

「凄いね……」

 

三上の感想は単純なものだったが、声音から驚きの色を感じる。しかし俺も同意見だ。14秒はこの訓練が導入されてから最高記録なので驚いても仕方ないだろう。

 

「アレは素人の動きじゃないな……もしかして仮入隊をした奴か?」

 

「そうかもしれませんね。動きの1つ1つの間にある繋ぎが短いでしたから」

 

「だろうな。しかしマジで勧誘したいな……」

 

あれ程の逸材を見逃すのは嫌だ。

 

「まあチームを作る人からしたら欲しいだろうね。彼女は女子だから……」

 

「辻がチームに入った場合がヤバそうだ」

 

女子である以上、辻のコミュ障が発揮するから厳しい。いっそ辻には女子3人と同じチームで我慢して貰うか?

 

内心辻に対して鬼畜な対応を考えていると遂に戦闘訓練が終了した。結局最高記録は例の14秒で次点が那須とやらの30秒だった。やはり毎回逸材は出るようだな。

 

そんな事を考えていると、嵐山さんと柿崎さんと時枝の元に訓練生が集まり、嵐山隊3人を先導に次の訓練がある場所に向かい始めた。

 

「私達も行きませんか。那須先輩にも挨拶をしておきたいですし」

 

「ああ、そうだな……」

 

俺達も訓練生の後を追いかけ始める。次の訓練室がある通路に向かうと最後尾に美人ーーー那須が歩いていた。

 

「那須先輩!」

 

照屋が話しかけると那須が振り向き微かに驚きの表情を浮かべる。

 

「文香ちゃん?文香ちゃんもボーダーだったの?」

 

「はい。お久しぶりです。さっき訓練を見ましたがバイパーでアレだけの記録を出すなんて凄いですね」

 

「どうもありがとう……ところでそっちの2人は?」

 

「はい。私が所属するチームの隊長とチームメイトです」

 

「あ、そうなの」

 

言ってから那須は俺と三上を見て一礼する。それだけの仕草なのに育ちの良さが簡単に理解出来る。それほどまで上品なのだ。

 

「初めまして。那須玲です。よろしくお願いします」

 

「比企谷八幡だ。それと照屋から聞いた話じゃ同い年らしいし敬語はいらねぇからな」

 

「私は三上歌歩。宜しくね」

 

「うん、宜しくね。文香ちゃんはもうチームに入ったみたいだけど楽しい?」

 

「はい。入ってから1週間ですが、2人とも尊敬出来る先輩です。そう言えば那須先輩はどうして入隊したのですか?先輩はお身体が……」

 

「ああ……それはね、私のイトコが『ボーダーで病弱な人間はトリオン体で元気に出来るのかどうかを研究しているから参加したらどうか?』って言われてね。折角だから入隊したの」

 

へぇ……そんなプロジェクトがあるんだ。まあトリオン体になれば人間離れした肉体になるし、元気になる可能性も充分にあるだろう。開発室の人は常に色々な事を研究していて頭が上がらないな。

 

そんな事を考えながら4人で他愛のない雑談をしていると次の地形踏破訓練を行う訓練室に到着した。さて、次はどうなるやら……

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「うーむ……やっぱりあの2人がぶっち切りだな」

 

俺はそう呟く。新入隊員の訓練は続いて、地形踏破、隠密行動を終えて、今は探知追跡訓練をしている。

 

既に終わっている訓練は、戦闘訓練で歴代最高記録を出した鶴見留美っていう少女が全て1位を取っていて、2位は全て那須が取っていた。

 

それもぶっち切りで。他にも優秀な奴がいたが、2人に比べたら霞んでしまう。

 

「そうだね。特に鶴見さんはもうB級でも通用すると思うな」

 

隣にいる三上も感心しながら頷いている。三上の言う通り鶴見はもうC級にいるべき存在じゃない。

 

そんな事を考えていると……

 

「そうですね。彼女は仮入隊での活躍の結果、3400スタートですよ」

 

いきなりそんな声が聞こえので声のした方向を見ると、入隊指導担当の嵐山隊の時枝がそんな事を言いながら近寄ってくる。

 

「マジで?3400スタートって歴代最高じゃね?」

 

「はい。次点で歌川の2950です」

 

「桁違いだな……やっぱり声をかけておくべきか?」

 

「それはチームに勧誘するって事ですか?でしたら無理ですよ」

 

「何でだ?」

 

「仮入隊の時に二宮さんが勧誘していて、彼女も誘いを受けたらしいですから」

 

マジか?!仮入隊は確か4月ーーー俺が入院している間にやっていたから全然知らなかったわ!

 

しっかし二宮さんが勧誘したのかよ……つまり二宮さんは新しいチームを結成するということだ。

 

「なら仕方ないな。ちなみに時枝、二宮さんは他に誰かと組んだって話は聞いてるか?」

 

今の二宮さんの立場は知らないが、4月前の二宮さんはA級個人だ。A級個人がチームを組む際。1シーズンに1人加えるだけならA級部隊として始まるが、2人以上加わるとB級からになる。

 

つまり二宮さんが鶴見だけを勧誘していたらA級のままだが、鶴見以外にも勧誘していたら二宮さんはB級となりB級ランク戦に出るのだ。

 

(太刀川さんの次に個人ポイントを持っている怪物とやり合うなんて真っ平御免だ。頼むから鶴見以外は勧誘すんな)

 

内心祈りながら時枝の返事を待っていると……

 

「はい。他に犬飼先輩と鳩原先輩がいますね。鶴見さんがB級に上がったらチーム申請をすると言っていました。……あ、そろそろ探知追跡訓練が終わるので失礼します」

 

そう言って時枝は嵐山さんの元に向かうが俺ね胸中には絶望しかなかった。

 

(……終わった)

 

つまり二宮隊はB級から始まる事になる。鳩原って人は聞いた事がないので狙撃手だろう。しかし犬飼先輩は知っている。マスタークラスの銃手でかなりの実力を持っていることで有名だ。

 

それに加えて大型ルーキーの鶴見。想像するだけでヤバそうだ。下手したらA級上位クラスのチームかもしれない。

 

(勝てるビジョンが全く見えねぇ……こうなったら当たらない事を祈ろう)

 

そんな事を考えていると探知追跡訓練が終わる。言うまでもなく鶴見が1位だった。まあ仮入隊で慣れているから当然だろう。

 

「探知追跡訓練はこれで終了だ。最後に個人ランク戦について説明をするから付いてきてくれ」

 

全員が訓練室から出て嵐山さんが歩き出すと訓練生もそれに続く。まるでカルガモ大行進だな……

 

「そういえば比企谷君。辻君とは今日のいつ頃ランク戦をするの?」

 

「12時から。つまり後15分くらいしてからだな。それと辻が来たらお前ら2人、俺から離れろよ」

 

でないと奴のコミュ障が発揮してしまうからな。見る限り結構不憫だし、試合前に女子を近付けるのは避けよう。

 

「「了解」」

 

2人も事情を理解しているので特に質問することなく頷く。しかしマジで入ってからどうしようか……いっそ三上と照屋のトリオン体の見た目を男にするか……?いや、噂じゃ見た目を大きく変えると生身との違和感が原因でトリオン体の操縦が難しいらしいからやめておくべきだな。

 

そんなアホな事を考えながら歩いている時だった。

 

「ヒッキー!」

 

そんな声が聞こえてくる。俺をヒッキー呼びする奴なんざ1人しかいないだろう。

 

「何か用か?由比ヶ浜よ」

 

顔を上げるとC級隊服を着た由比ヶ浜が前からやってくる。

 

「さっきのたんちついせき?訓練なんだけど、私順位が低かったの……だからお願い!アドバイス頂戴!」

 

アドバイスねぇ……そうは言われても……

 

「普通にレーダーを見て、レーダーが表示している箇所に行くだけ、としかアドバイスはないぞ?」

 

俺は訓練生時代特に訓練で梃子摺る事は無かったし。アドバイスの仕様はない。

 

「うー……」

 

何でそこでジト目で見る?アドバイスが下手なのは否定しないが勘弁してくれ。

 

「まあマトモなアドバイスが欲しけりゃ嵐山さんあたりに頼んでみるんだな」

 

「わ、わかったよ……それとヒッキー。さっきのお礼の件なんだけど……」

 

「何だよ?」

 

「お礼なんだけど……ヒッキーが欲しい物をあげようと思うんだけど、ヒッキーは何が欲しい、かな?」

 

「金」

 

そう言った瞬間、隣にいる三上と照屋がずっこけそうになっていた。何だその仕草は?

 

「先輩……」

 

「流石にそれは……」

 

2人は若干呆れた表情を浮かべている。お前らのその表情は止めんかい。何か変な扉が開きそうだし。

 

「そうは言ってもなぁ……俺がボーダーに入ったのもチームを組んでA級に上がろうとするのも金の為だし。欲しい物と言ったら本くらいだけど、どら焼きだけじゃ気が済まない由比ヶ浜が相手じゃ納得しないだろうし」

 

以前俺は入院に対する詫びをどら焼きで許すと言っても、由比ヶ浜は気が済まないと言ったのだ。本を要求しても由比ヶ浜は納得しないだろう。

 

「うぅ……あ!じゃあ私がヒッキーのチームに入ってヒッキーがA級に上がるのに協力するのはどう?!」

 

「いや、良い、要らん」

 

「即答?!もうちょっと考えても良いじゃん!」

 

当たり前だ。これ以上女子が入ったら辻のコミュ障が悪化するに決まってる。仮に4人目を入れるなら男子を入れるつもりだ。

 

仮に辻のコミュ障を敢えて無視して女子を入れるなら、それこそ鶴見のように桁違いの才能を持つ女子を誘うつもりだ。

 

それに……

 

「お前が訓練で使っていたトリガーは突撃銃でハウンドだろ?悪いが4人目の戦闘員を入れるとしたら攻撃手か狙撃手と決めているから諦めろ」

 

俺が4人目を入れるとしたら点取り屋の人間を入れるつもりだ。となると近距離で暴れる攻撃手か離れた所から攻撃出来る狙撃手を入れるつもりだ。

 

バランスタイプの照屋と辻が攻撃や防御や援護をやって、比較的攻撃タイプの俺が前線で暴れる、これが3人でチームを組んだ場合の戦術だ。

 

しかし俺はそれなりに才能に恵まれていると思うが、太刀川さんや風間さん、小南に比べたら霞むのは事実なので、B級ランク戦では火力が足りなくなるかもしれない。

 

そこでもう1人点取り屋が居れば大きく変わるだろうから、点取り屋になり得る攻撃手か狙撃手を4人目に据えたい……ってのが俺の考えだ。

 

閑話休題……

 

そんな訳で由比ヶ浜の提案を蹴った俺だが……

 

「うー……」

 

「だからジト目で俺を見るな。てかもう個人ランク戦のロビーに着いたからさっさと行け。でないと説明を聞き逃すぞ」

 

こいつ以外のC級は既に嵐山さんの近くにいるし。

 

「えっ?……あっ!」

 

こいつも状況を理解したのか慌てて嵐山さんの所へ走り出す。

 

「先輩、4人目は点取り屋を入れるつもりなんですか?」

 

由比ヶ浜が居なくなると同時に照屋が話しかけてくる。

 

「入れるとしたらな。お前や辻は安定して点を取れる為に声をかけた。その上で更に点を取りに行くには点取り屋が必須だ。まあ前提条件として三上の負担にならなければの話だが」

 

「私?」

 

「ああ。三上に負担がかかってオペレートのレベルが下がっちゃ話にならないし。お前に無理をさせるつもりはないから安心しろ」

 

「あ、うん……ありがとう」

 

三上は俯きながら礼を言ってくる。マジで可愛いなコイツ。中学時代の俺なら告白して振られてる自信があるぞ。……振られるのかよ?

 

そんなアホな事を考えながら嵐山さん達の近くに向かうと、C級隊員が近くにいる者とペアを組み始める。恒例のペアを組んでそいつと個人ランク戦をするのだろう。

 

となると……

 

(やっぱり)

 

鶴見と那須相手に組む奴はおらず、鶴見と那須が組んでいた。まあ気持ちはわからんでもない。初試合が明らかにトップクラス2人とやるなんて絶対に嫌だろう。てか俺も避けられたんだよなぁ……

 

(懐かしいな……あん時俺は照屋と戦って、それ以降しょっちゅう戦うようになって、今は一緒のチームにいる……本当人生ってのは何が起こるかわからないな)

 

そう思いながらペアを組んでいる連中を見ると右側から肩を叩かれた。見ると照屋が……

 

「先輩、あそこにいるのは辻先輩じゃありませんか?」

 

そう言われたので見ると、今日戦う辻がランク戦のロビーに入ってくるのが見えた。リアクションをとってない事からどうやら向こうは俺達に気付いてないようだ。

 

「おっ。本当だ。んじゃちょっと行ってくるか、待っててくれ」

 

「はい。頑張ってくださいね」

 

「負けたら2週間伊達メガネね?」

 

「待て三上。それは聞いてないぞ?」

 

「今言ったからね」

 

「この野郎……まあ良いわかった」

 

「え?良いの?」

 

「負けるつもりはないからな。それと俺が勝ったらお前が罰ゲームな?」

 

「ええっ?!」

 

三上は驚きの表情を浮かべるが、人に罰ゲームを要求するのだから必然だろう。それとも俺が非道な罰ゲームを要求すると思っているから驚いているのか?

 

 

だとしたらその心配は杞憂だ。

 

「肉体的、精神的に傷つくような罰ゲームを強いるつもりはない」

 

三上は大切なチームメイトだしそこまで酷い罰ゲームをするつもりはない。

 

「そう?じゃあ比企谷君が決めて良いよ……でも余りエッチな罰ゲームは止めて欲しいな」

 

「しねぇよ!」

 

てか照屋、ジト目で見てんじゃねぇよ。お前のジト目って変な扉が開きそうだから止めろ。

 

しかし三上に罰ゲームか……ノリで罰ゲームを提案しといてアレだが……特に考えてねぇ。

 

どうしようか?もちろん非道な罰ゲームを要求するつもりは無いが……

 

そう思いながら三上を見ると、不安そうな表情をしながら上目遣いで俺を見上げてくる。

 

それを見ると妙に保護欲をくすぐられる。小町とは違うベクトルだが、妹のような雰囲気を醸し出している。

 

(ヤバい……破壊力がヤバ過ぎる。三上に甘えられたい……)

 

そう思ったと同時に俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ三上、俺が勝ったら今後はお兄ちゃんと呼んでくれ」

 

………やっちまった

 

 



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入隊式には色々ある(後編)

 

 

 

 

「じゃあ三上、俺が勝ったら今後はお兄ちゃんと呼んでくれ」

 

………やっちまった。新しい黒歴史の誕生だ。それも過去最大クラスの黒歴史の誕生だ。

 

しかし時すでに遅く、俺の要求は口から放たれて三上の耳に入り……

 

「えぇぇぇぇっ?!」

 

三上の口からは驚きの声が放たれる。三上にしてはとても大きな声で辺りにいる正隊員や前からボーダーに滞在しているC級隊員、今日入隊したC級もこちらを見ていた。

 

「み、三上。声を小さく頼む」

 

俺がそう言うと三上はハッとした表情になって口を噤む。若干顔が赤い原因は、大声を出した事による恥じらいか俺のぶっ飛んだ要求を聞いた事による怒りかは判断出来ない。

 

「比企谷先輩、何があって罰ゲームを内容をそれに決めたんですか?」

 

照屋が訝しげな表情を浮かべながら聞いてくる。そこには侮蔑の色はなく、本当に訳がわからないと言った表情を浮かべている。顔を見る限りとりあえずドン引きはされてないようだ。

 

「いや……なんか三上を見てたら庇護欲を掻き立てられてな。小町とは違うが妹のような雰囲気を感じたからつい……」

 

「なるほど……確かに三上先輩って見てると守りたくなっちゃいますよね」

 

おおっ……照屋のお墨付きだ。良かった……キモいとか言われてドン引きされたら死んでたぞ俺。

 

そんな事を考えている中、三上は顔を俯かせている。もしかして怒っているのか?普段怒らない奴に限って怒ると怖いからな……ぶっちゃけビビってきたぞ。

 

若干……訂正しよう。メチャクチャ恐怖を感じながら三上の様子を見ると……

 

「……わ、わかった」

 

真っ赤になった顔を上げてから、コクンと小さく頷く。え?わかっただと?それはつまり……

 

「え?マジで?」

 

「うん……比企谷君が勝ったら今後比企谷君の事をお兄ちゃんって言えば良いんでしょう?別に良いよ……」

 

最後辺りは蚊の鳴くような小さな声だったが、俺の耳にはハッキリと聞こえた。

 

(マジか……?!良し、負けれない理由が1つ増えた)

 

勝てば辻がチーム入りした上に、三上が俺のことをお兄ちゃんと呼ぶようになる。負けたら辻はウチのチームに入らない上に、2週間伊達メガネを掛けて過ごさないといけない。

 

「わかった。じゃあ交渉成立だな」

 

「う、うん」

 

死んでも勝つ。人生には負けてはいけない戦いが幾つもあると思うが、俺の人生でこの勝負はまさに負けてはいけない戦いだろう。

 

辻を引き入れる為、2週間伊達メガネを掛けるのを避ける為、三上にお兄ちゃんと呼ばれる為……いかん。いつの間にか1番最後の為に頑張ろうとしている。

 

「さて……時間も時間だし、そろそろ行ってくるからここで待っててくれ」

 

こいつらが来ると辻が挙動不審になっちまうし。チームに入ってからの事も考えないとな……

 

「はい。頑張ってくださいね」

 

「えっと……頑張ってね」

 

照屋はいつもの笑みを、三上は若干複雑そうな表情をしながら俺を見送る。三上の表情が複雑なのは自分の中で辻の件とお兄ちゃん呼びの件の2つがせめぎ合っているからだろう。

 

そんな事を考えながら辻の方に向かって歩き出す。一方、視界の先にいる辻は三上と照屋が付いてこないのを理解したのかあからさまにホッとした表情を浮かべる。お前どんだけ女子が苦手なんだよ?

 

若干呆れながら遂に辻との距離が1メートルを切ったので俺は口を開けて話しかける。

 

「さて、約束の時間だしやろうぜ」

 

「ああ。それじゃあ最後に確認をするが、勝負形式は個人ランク戦の3本先取した方の勝ち。比企谷が勝ったら俺は比企谷のチームに入る……これで良いな?」

 

「問題ない。俺は106に入るからお前は107に入れ」

 

「わかった。だがその前に聞きたい事があるんだが良いか?」

 

「答えられることなら構わない」

 

「じゃあ聞くが、比企谷は本当にブランクを取り戻したのか?」

 

そんな質問をしてくる。これについては聞かれる可能性があると思っていたので特に問題ない。

 

「何故そんな質問をする?」

 

「今日まで比企谷の戦闘記録は毎日確認したが、退院してからの個人ランク戦の記録は更新していないし、個人ポイントも全く変化していないからブランクを取り戻したのか疑問に思っただけだ」

 

「そりゃそうだろうな。俺は作戦室の中でしか鍛錬をしてないから記録はないだろうな」

 

そう口にすると辻は軽く目を見開く。どうやら作戦室でコソ練しているとは思わなかったのだろう。

 

「今回は本気で勝ちに行くからな。手の内は見せたくなかったんだよ。それと先に言っとくがトリガーセットも若干変えたから入院前の俺のデータは役に立たないと思うぞ」

 

これは試合前の言葉による撹乱ではなく紛れもない事実だ。今の俺は入院前の俺とは全然違うだろう。戦闘スタイルも実力も。

 

1ヶ月のブランクなんて1週間の地獄で簡単に埋まり、寧ろ実力は大きく伸びたと確信している。

 

「っと、話が過ぎたな。時間だし始めようぜ」

 

「ああ。楽しみにしているよ」

 

言いながら俺達は互いに別々のブースに入る。ブース番号107を見ると『弧月 7458』と表示されている。マスタークラス一歩前の相手だ。遠慮も手加減も妥協もいらないだろう。

 

そう思いながら辻がいるブースの番号を押して3本先取を選択する。

 

と、同時にステージに転送させる。視線の先には辻がいる。距離にして50メートルだろう。

 

『対戦ステージ 市街地A 個人ランク戦5本勝負開始』

 

開始の合図であるアナウンスが流れると同時に走り出し……

 

(テレポーター)

 

数秒してから副トリガーのテレポーターを起動して即座に辻との距離を一気に詰める。

 

まさか開始早々テレポーターを使って奇襲してくるとは思っていなかったのだろう。クールな表情が若干崩れている。

 

そんな辻を見ながら主トリガーのスコーピオンを起動して斬り上げる。しかし向こうも切り替えが早く、驚きの表情を消して弧月を起動してスコーピオンを迎え撃つ。

 

両者の武器がぶつかる事で金属音のような音が耳に障るが無視だ。そんな事に気を取られている暇などない。

 

すると辻は弧月を構えたまま体当たりをしてくる。俺はこれを知っている。体当たりをして俺を弾き飛ばし体勢を崩した所に旋空弧月を叩き込むのだろう。

 

相手の動きを制限してから高威力の攻撃を確実に当てる。非常に理に適った戦法だ。基本に忠実な辻らしい戦法だ。

 

そう思いながら俺は辻の体当たりを食らって後ろに跳ぶ。と、同時に辻は弧月を構え直す。アレは間違いなく旋空の構えだろう。データで何度も見たから把握している。攻撃の合間の繋ぎも短く、まさに優等生らしい技術だ。

 

 

 

 

 

 

 

……が

 

「甘ぇ!」

 

辻が旋空を起動しながら弧月を振るうや否や辻の手元にグラスホッパーを起動する。

 

それを認識した辻は驚きを露わにするがもう遅く、辻の右手はグラスホッパーに当たり跳ね上がる。それによって弧月も跳ね上がるので旋空によって拡張された攻撃は上空を空切って俺には当たってない。

 

確かに辻の戦い方は基本に忠実だ。入院前の俺ならなす術なく斬られていただろう。

 

しかし……

 

(こっちは太刀川さんと500回、照屋と800回以上模擬戦をやったんだ。その戦法は飽きるほど見たんだよ……!)

 

思い出すのはあの地獄のような模擬戦。

 

太刀川さんの攻撃は1つ1つが一撃必殺で対処するのは至難だ。太刀川さんも鍔迫り合いの状態から体当たりをして旋空でフィニッシュの技を使っていたが、辻や照屋のそれとは次元が違い、対処出来るようになるまで50回は斬られたからな。

 

しかしそのおかげで辻の技に対して問題なく対処が出来た。辻の技も一流なのは否定しないが超一流の技を何百も食らった俺なら対処出来る。

 

そう思いながら俺は、グラスホッパーによって手を跳ね上げられた辻を見ながら……

 

(テレポーター)

 

再度テレポーターを使用して辻との距離を0距離まで詰める。と同時に辻は首の周辺にシールドを展開するので……

 

「残念だったな」

 

辻の右足を斬り落とす。

 

太刀川さんに「お前は首を狙い過ぎ。だからこそ対処し易い」と言われたから首以外に足も狙うようになった。しかしその訓練は記録に残ってないので辻は対処出来ないだろう。

 

辻の足が斬り飛ばされると同時に……

 

「グラスホッパー」

 

足元にグラスホッパーを起動して少し離れた場所にある一軒家に飛び移る。辻との距離は約20メートル。

 

それはつまり……

 

「ハウンド」

 

旋空の範囲外ーーー辻の攻撃範囲外である。

 

主トリガーと副トリガーのハウンドを起動して大量に分割するや否や辻に向かって放つ。

 

対する辻は弧月を消してシールドを周囲に展開するが、少しずつ削れていて辻の身体からトリオンが漏れ始める。

 

足を斬り落とされたので一軒家の屋上にいる俺の元には来れないだろうし、一方的に攻める事が出来る。

 

少々大人気ないかもしれないが今回は確実に勝たないといけないので、容赦なく攻めさせて貰う。

 

そう思いながら再度ハウンドの両攻撃をすると、遂に辻のシールドを破壊して辻を蜂の巣にした。それと同時に辻の身体は光に包まれて空に飛んで行き、気が付けば俺はランク戦のブースのマットに叩きつけられていた。

 

『先ずは比企谷の一勝だな』

 

するとパネルの横にあるスピーカーから辻の声が聞こえてくる。

 

「悪いな。随分と嫌らしい戦い方で」

 

端から見たら虐めに見えてもおかしくないだろう。てか新入隊員がこの試合を見ていたら引いてんじゃね。

 

『いや……ランク戦は何でもありの試合だ。確実に勝ちを取りに行く為に容赦しないのは当然だから文句はない』

 

辻が器のデカい奴で良かった。これで引かれてチームに入るのを辞退したらどうしようかと思ったが、そうならずに済むだろう。

 

「そいつはどうも……んじゃ2本目行くぞ」

 

言葉と同時に再度ステージに転送される。正面にはさっきと同じように辻が立っていて今度は辻の方から突っ込んでくる。

 

対して俺はスコーピオンを出して迎撃の構えを取る。グラスホッパーやテレポーターを使っても良いが、今回は真っ向勝負だ。オプショントリガーの乱発は向こうも対策をしてくるだろうし。

 

(最悪の場合『乱反射』を使えば負けはないだろう)

 

俺が唯一自信を持つである『乱反射』。アレを使えば時偶に太刀川さんからも勝ち星をあげた事がある。まあ500回以上戦って4本しか取れなかったけど。

 

しかしアレは余り使いたくない。理由としては偶に展開したグラスホッパーを踏み損ねたりするからだ。凡ミスで負けたんじゃ話にならん。まあ状況によっては使うかもしれないが。

 

そう思っていると辻が上段から斬りつけてくるので軽いステップで横に躱して返す刀でスコーピオンを振るう。しかしその程度の攻撃でマスタークラス一歩手前の男がやられる筈もなく、振り下ろした刀を振り上げて迎撃してくる。

 

これはマズい。そう判断した俺は攻撃を中止して一歩下がり、弧月の一振りを躱すな否や副トリガーのハウンドを放つ。

 

対する辻は弧月を出したままシールドを展開してハウンドを防ぐ。予想通りだ。

 

そのままスコーピオンを振るい弧月とぶつかり合い鍔迫り合いの形になる。さっき辻は体当たりをして俺の体勢を崩しに来たが、それをやって負けたので違う戦法を取ってくるだろう。それこそ俺が経験した事ないような戦法を取ってくるかもしれない。

 

そんな事はさせて溜まるな。勝ちを取りに行く為不確定要素は排除しないといけない。だから俺は……

 

「はっ……!」

 

辻に体当たりをする。違う戦法を考えていたら厄介なので、カウンターを狙うのは止めて一気に畳み掛ける。

 

枝刃による複数攻撃、ダメージが入ったかを確認する前に、足技によるバランスを崩す攻撃、スコーピオンを持ってない左腕からの掌底打ち、全身を利用した体当たり。

 

それら全てを隙を与えず放ちまくる。攻撃は最大の防御、弧月使いやレイガスト使いならともかく、耐久性の低いスコーピオン使いが守りに入るのは負けを意味するからな。

 

暫く攻め続けると辻の身体のありとあらゆる場所からトリオンが噴出する。この調子で行けば……

 

そこまで考えてながら再度体当たりをした時だった。妙に手応えがなく違和感を感じたので見ると、辻は早く体勢を立て直して突きの構えを見せてくる。

 

(あの野郎……自ら後ろに跳んで衝撃を少なくさせたな)

 

 

そう思うも時すでに遅く、辻の突きは放たれて……

 

「ぐっ……!」

 

俺の脇腹に突き刺さり、トリオンが漏れ出す。今の所は致命傷じゃないが、辻が弧月を動かしたら俺のトリオン体は即座に破壊されるだろう。

 

そう判断した俺は左手で脇腹に突き刺さる弧月を抑えて、右手を辻の腹に向けて、辻の腹を斬り飛ばしにかかる。

 

向こうも俺の意図を理解したのか手に持つ弧月に力を込め、俺の左手の拘束を無理矢理解除して……

 

 

俺と辻の身体は真っ二つになり、それを認識すると同時に身体が光に包まれて個人ランク戦のブースのマットに叩きつけられていた。

 

殆ど同時にベイルアウトしたが、どっちの方が早かったんだ?見た限りじゃわからなかったのでコンピューターの判断が頼りだ。

 

 

そう思いながらパネルを見ると……

 

比企谷 ◯◯

辻 ××

 

そう表示されていた。どうやら間一髪のところで俺の方が早かったようだ。

 

『比企谷の2本連続先取だ。後1本で俺の負けだが全力で行かせて貰う』

 

「そうでなくちゃ困る」

 

互いに一言だけ交わすと3度目のステージ転送を体験する。ここで勝てば3人目のチームメイトが手に入る。今の所俺が2本連続で勝っているので正に後一歩の状態だ。

 

しかし勝負に絶対はない。それは俺もよくわかっている事だ。実際現役ボーダー最強の太刀川さんも偶に、本当に偶にだが格下相手に勝負を取りこぼすこともあるのだから。

 

よって最後の一戦は確実に勝ちに行く為に切り札を切る。

 

ステージに転送されると同時に俺は辻に突っ込む。今回は手にスコーピオンを出さないで徒手空拳で。

 

それを見た辻は若干訝しげな表情を浮かべながらも何も言わずに旋空を起動して斬撃を拡張してくる。

 

それを見た俺は……

 

「グラスホッパー」

 

言いながら副トリガーのグラスホッパーを起動して旋空の攻撃範囲から逃れる。

 

グラスホッパーを使って上空に逃げた俺は再度グラスホッパーを使って空中から辻目掛けて滑空する。対する辻は再度弧月を構える。辻との距離は10メートル近くある。この距離で構えるって事は旋空を使う可能性が高いだろう。

 

だから俺は……

 

(やるか……両グラスホッパー)

 

言いながら主トリガーのグラスホッパーを自身の足元に、副トリガーのグラスホッパーを大量に分割して辻の周囲に展開した。

 

足元のグラスホッパーを踏んで辻との距離を一気に詰め、近くにある副トリガーが展開したジャンプ台を踏む。

 

それによって再度身体に浮遊感を感じ、跳んだ先にあるジャンプ台を踏んで、更に跳ぶ。

 

こいつが俺が太刀川さんから1本取る為に編み出した『乱反射』。

 

グラスホッパーを敵の周囲に多数配置し、3次元的に高速移動して相手を惑わす技。そして相手に隙が出来た時に攻撃を叩き込む技でもある。

 

しかも今回はトリガー構成を変えている。いつものトリガー構成なら……

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

バックワーム

シールド

ハウンド

テレポーター

 

……って感じだが、今回は……

 

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

テレポーター

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

って感じで、個人ランク戦では使わないバックワームを外して副トリガーにもグラスホッパーを入れたのだ。更に機動力を上げる為に。

 

両方のグラスホッパーを使って辻の周囲を回っているが、奴からしたら分身しているようにも見えるだろう。

 

しかしこの乱反射、強力だが欠点もある。

 

1つは大量にトリオンを消費する事。特に主トリガーと副トリガー両方にグラスホッパーを入れて乱反射をしたらアホみたいにトリオンが消費するのだ。

 

俺のトリオン量はボーダーでは平均クラスで以前試したら、4分間乱反射をしたらトリオンが切れた。

 

チームランク戦の制限時間は1時間弱と長時間だし、記録を見る限り試合開始から終了までかかる時間は大体30分位だ。チームランク戦では先のことを考えると開始早々に乱発出来ない技である。

 

 

もう1つの欠点はタイマンでしか使えない事だ。

 

乱反射はグラスホッパーを使って敵の周囲を跳び回り撹乱する技だが、その際グラスホッパーの設置場所を決める際に強い集中力が必要なのだ。

 

乱反射を使っている間は標的とグラスホッパーの設置場所以外の事を考える暇は無く、第三者からすれば格好の標的であり奇襲を食らったらなす術なくベイルアウトするだろう。

 

しかし今は大丈夫だ。まだ乱反射をしてから30秒も経ってないし、個人ランク戦だから第三者はいないし、邪魔は入らないからな。

 

そう思いながら俺は更にギアを上げて、辻の周囲を跳び回る。対する辻は辺りを見渡すが徐々に追いきれなくなっている。

 

しかしそれは仕方ないだろう。完成した乱反射は太刀川さんですら初見では見切れなかったんだし。

 

(……まあ、2回目には普通に見切られて跳び回ってる最中にぶった切られたけど)

 

あの人マジで何なの?人が一生懸命生み出した技を簡単に打ち破って化物だろ?2回目に破られた時なんてマジで心が折れかけたぞ。

 

閑話休題……

 

しかし辻は乱反射を初めて見るのだから、対処は出来ないだろう。このまま続けば……

 

「……っ……!」

 

遂に辻は俺がいる真逆の方を向いた。それはつまり俺を捉えきれなくなった事を意味する。

 

それを認識した俺は主トリガーの方のグラスホッパーを使うのを止めて、同時に副トリガーのグラスホッパーを使ったまま……

 

「せいっ!」

 

辻の右腕を斬り落とす。それによって弧月は右腕ごと地面に落ちる。

 

それを認識した辻は右腕に持ったままの弧月を消して左腕に新しい弧月を生み出す。腕を斬り落とされても慌てずに武器を再度準備する切り替えの速さは実に見事だ。

 

……が、

 

「悪いがもう終わりだ」

 

言うなり俺はグラスホッパーを使った勢いのまま、辻の脛に蹴りを入れて、バランスを崩した隙を逃さずに左腕も斬り落とす。

 

「詰みだ。両手を失った以上俺の勝ちだ」

 

言いながらスコーピオンの切っ先を辻に向ける。

 

「ああ、俺の負けだ。……しかし比企谷はどんな訓練をしたんだ?明らかに俺を知り尽くしている動きだったし、実力も1週間でここまで上がるとは思わなかったぞ」

 

「最強の弧月使いである太刀川さんと俺のライバルの弧月使いの照屋の2人を相手に1000回以上模擬戦をしただけだ」

 

俺がそう口にすると辻は明らかに驚きの表情を浮かべる。

 

「なるほどな……確かにこれでは入院前のデータは役に立たないな」

 

「そういう訳だ。おかげで弧月使いとの戦いには自信が出来た」

 

多分マスタークラスの弧月使いともマトモにやり合えると思っているくらいだ。何せあの太刀川さん相手にボコボコにされたんだし。

 

「さて……話はここまでにしよう。止めを刺して良いか?」

 

「構わない」

 

辻が潔く頷いたのを確認した俺は首を刎ねた。

 

『3本先取終了、勝者比企谷八幡』

 

アナウンスが俺の勝ちを告げると同時に個人ランク戦ブースに戻される。とりあえず目標は達成したな……

 

そう思いながらブースから出ると視線を感じるので辺りを見渡すと、ロビーにいる殆どの人間が俺を見ていた。その事から察するにさっきまでの俺達の試合を見ていたのだろう。

 

やれやれ……目立つつもりはなかったんだがな……

 

内心ため息を吐いていると隣のブースを使っていた辻もブースから出てくる。

 

「俺の負けだ。約束通り比企谷のチームに入ろう」

 

辻は一度息を吐くとチームに入る旨を伝えてくる。良かった……これで目標は達成した。

 

「そうか。んじゃこれからはよろしく頼むな」

 

「ああ、よろしく」

 

互いに挨拶を交わした時だった。

 

「先輩!」

 

横からそんな声が聞こえてくる。と、同時に辻の身体はピクンと跳ねる。あー……そういや辻は……

 

辻の弱点を思い出しながら横を見るとチームメイトの2人がこちらにやってくる。出来れば来て欲しくなかったが、遅かれ早かれ顔合わせはしないといけないので致し方ないだろう。

 

「あー……辻。悪いがチームには女子が2人いるから……頑張って慣れてくれ」

 

苦い口調になりながらもそう説明する。対する辻はガタガタ震えだす。済まんが耐えてくれ。

 

そう思いながら辻を見ると、辻はさっきまでのクールな表情は見る影もなく震えながらも三上と照屋の方を向く。顔を俯かせて目を合わせていないが。

 

今日の正式入隊日で新しい出来事が2つ生まれた。

 

1つは……

 

「あっ……え、えっと……つ、つ、辻、新之助、です……よ、よろしく」

 

1つは新しいチームメイトが出来た事。もう1つは……

 

「う、うん。よろしくね」

 

「は、はい。照屋文香です。よろしくお願いします」

 

「とりあえず顔合わせは終了だ。済まんが辻、大変だとは思うが少しずつ慣れてくれ」

 

「あ、ああ……」

 

「大丈夫かなぁ……」

 

「これについては勧誘した俺が協力して何とかしてみるわ」

 

「わ、わかった。頑張ってね。お……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃん……」

 

「ガハァッ!」

 

新しく義妹が出来ました。破壊力がヤバ過ぎる……

 



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比企谷八幡はオフの日でも休まらない①

月曜日

 

それはありとあらゆる人間が忌避する曜日だろう。理由は簡単。一週間の始まりだからだ。学生には学校が、社会人には会社があるが月曜日に家を出るのは苦痛だろう。前日の日曜日は「あー、明日から会社だぁ〜」とか「学校怠ぃ〜」と愚痴る声が世界中から聞こえるだろう。

 

かく言う俺も同じ考えだ。しかも俺のクラスは月曜日から大嫌いな数学があるし……

 

「今直ぐ帰りてぇ……」

 

「いやいやお兄ちゃん。気持ちはわかるけど頑張りなよ?新しいチームメイトも手に入れてこれからって時にやる気を出さないでどうするのさ?」

 

おっと口に出していたようだ。自転車の後ろに乗っている小町の呆れ声によって注意される。

 

「いや悪い悪い……っと、着いたぞ」

 

いつの間にか小町の通う中学に到着していた。それを認識するや否や小町は自転車から降りて籠に入ってある鞄を取り敬礼をする。

 

「行ってくるであります!ありがとね」

 

言いながら小町は校門をくぐって校舎の方に走り出す。それを見送った俺はため息を1つ吐いて総武高に向けて自転車を漕ぎ始める。

 

「あー、マジで怠い……」

 

思わず愚痴ってしまうが仕方ないだろう。先週はガチで忙しかったのだ。

 

退院して直ぐなのにチームの結成をしたり、チームメイトの勧誘に勤しんだり、防衛任務をしたり、ブランクを取り戻し尚且つ実力を上げる為に1000回以上模擬戦をしたり、来月のチームランク戦に備えて1人目の戦闘員のチームメイトの照屋と連携したり、正式入隊日に辻とランク戦をしたりとマジで忙しかった。

 

おかげで昨日は早く寝たにもかかわらず疲れが取れておらず、今も若干疲れている。

 

(こんなに動いたのは人生で初めてだからな……マジで学校を休むか?いや……ウチの学校は出席に煩いからな。事故の時はともかくズル休みをするのはもっと怠くなりそうだから止めておこう)

 

マジで疲れてるし、どっかに癒しの泉でもねぇかなぁ……

 

ため息を吐きながら自転車を漕いでいると視界の先に知った顔がいたので俺は自転車の速度を上げて彼女の横に並ぶ。

 

「よっす三上」

 

チームメイトの三上歌歩に話しかける。すると三上は今俺に気が付いたのか横を向き……

 

「あっ……おはよう。お、お兄ちゃん……」

 

若干顔を赤くして恥じらいながらも笑顔を見せてくる。と、同時に俺は自分の中の何かが溢れ出るのを理解する。

 

(ヤベェ……!昨日も聞いたが、三上からお兄ちゃんって呼ばれるとガチで幸せになるな……!)

 

昨日辻とランク戦をする際に俺は事前に三上と賭けをしたのだ。賭けの内容は……

 

俺が負けて辻を引き入れることに失敗したら2週間ボーダーでは伊達メガネを掛けて過ごし……

 

逆に俺が勝って辻を引き入れることに成功したら三上は俺を今後お兄ちゃんと呼ぶ

 

って内容だ。結果、俺は勝って辻を引き入れることに成功したので三上は俺をお兄ちゃんと呼ぶようになった。

 

なってお兄ちゃんと呼ばれるようになったが、ガチで破壊力がヤバい。しかも恥じらいながら、それでありながら何処か嬉しそうに言ってくるのだ。男として幸せを感じるのは普通、感じない奴は間違いなくホモだと断言出来る。

 

「お、おう、おはよう。いつものように乗ってくか?」

 

「あ、うん。いつもありがとね、お兄ちゃん」

 

俺がそう尋ねると三上は小さく頷いて、慣れた動きで俺の後ろに乗って腹に手を回して抱きついてくる。

 

(ダメだ……マジで三上可愛過ぎる。今直ぐハグしたい)

 

まあしたらセクハラだからしないが、万が一いや……億が一三上がハグしても良いと言ったら速攻でする自信がある。

 

そんな有り得ない未来を想像しながら自転車を漕ぐのを再開する。三上を後ろに乗せて登校するのは初めてではないが、お兄ちゃんと呼ばれたからか初めて乗せた時のような緊張がある。

 

暫くの間自転車を漕いでいる時だった。

 

「ねぇお兄ちゃん。お願いがあるんだけど良いかな?」

 

後ろから抱きついている三上がそんな事を言ってくる。三上からのお願い……何でも聞いてしまうそうで恐ろしいな。

 

「なんだ?言ってみろ」

 

「うん、あのね……学校でお兄ちゃんって呼ぶのは、その……」

 

「恥ずかしいから勘弁してくれって頼みなら構わないぞ?」

 

「あ……う、うん。ありがとう」

 

寧ろ俺から頼もうとした時だった所だ。教室で三上にお兄ちゃんって呼ばれてみろ。クラスの連中に『クラスのマドンナに兄妹プレイを強いる変態野郎』って扱いを受けそうだし。

 

「気にすんな。それと俺をお兄ちゃんって呼ぶのが嫌なら呼ばなくて良いぞ?」

 

三上にお兄ちゃんって呼ばれるのは気分が良いが、三上が嫌なら呼ばなくても良いと思ってる。

 

「え?!だ、大丈夫だよ!私も、お兄ちゃんって呼ぶの……好きだしね」

 

「え?マジで?」

 

これは予想外だ。賭けに乗ったからそこまで嫌じゃないのは知っていたがら、好きと言われるとは思わなかったぞ。

 

「うん。私、家では長女なんだけど、偶にお兄ちゃんやお姉ちゃんがいたら甘えたいなぁって思っちゃうんだ。……あ!お兄ちゃんが嫌なら甘えないからね?」

 

三上は誰かに甘えたいと言うが、俺が嫌なら甘えないって慌てて言い出す。それを聞いた俺は三上に呆れる。お兄ちゃんが嫌なら甘えない?何を言ってんだこいつは?

 

それを認識すると俺の口を開く。

 

「三上」

 

「え?何?」

 

「良いことを教えてやる。妹ってのはな……兄に思い切り甘えて良いんだよ。お前が甘えたいなら、俺で良ければ好きなだけ甘えて構わない」

 

 

というか三上に甘えられたい。小町とは違うベクトルの妹力を持っている三上に思い切り甘えられたい。

 

「……良いの?」

 

「ああ」

 

「そっか……じゃあお兄ちゃんに甘えるけど、よろしくね」

 

言いながら後ろに乗っている三上は抱きしめる力を強める。

 

(あ、ヤバい。自分から言っといてアレだが、三上の甘える攻撃は破壊力が桁違いな気がする)

 

今さっき俺に礼を言ってきたが、その時の声が既に甘い声だったし。これは眠れる竜を起こしてしまったか?

 

しかし一度言ってしまった手前、断ることなど出来ず……

 

「ああ、好きなだけ甘えろ」

 

もうどうにでもなれ。三上に甘えられて悶死するなら本望と思っちまったし、好きに甘えさせよう。

 

「うん。どうもありがとうお兄ちゃん」

 

三上にそう言われていると、いつの間にかさっきまであった疲れは薄れていた。三上の甘える攻撃、恐るべし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事もあって退屈な授業を余裕でこなすこと6時間、漸く授業も終わったので俺は立ち上がり帰りの支度をする。同時に隣に座る三上も立ち上がり俺と同じように帰りの支度をしながら話しかけてくる。

 

「今日は防衛任務はないけどどうするの?」

 

「一応基地には顔を出すつもりだ。っても、今日は照屋も辻も居ないから個人ランク戦をする感じだな」

 

照屋は家の用事、辻は昨日ウチの隊に正式に入隊したが今週一週間のシフトは5月の初めに申請した個人の時のシフトで、今日は防衛任務で居ない。よって今日は連携の訓練が出来ないのだ。

 

「そうなんだ。私も行くから一緒に行こ?」

 

可愛らしく首を傾げながら誘ってくる。それを見た俺は顔が熱くなるのを理解する。

 

「あ、ああ。っと、その前に手洗いに行きたいから先に駐輪場で待っててくれ」

 

そう言って俺は三上の返事を聞かずに手洗いに行った。そして息を吐く。

 

(三上のお願い破壊力あり過ぎだろ?)

 

しかも狙ってやってないのがより一層恐ろしい。普通にわかるが、アレは素でやっている。純粋な存在は時として恐ろしい存在になるのは理解していたが、ここまで恐ろしい存在になるとは思わなかった。とりあえず深呼吸をしてドキドキを無くそう。

 

それから30秒間、ゆっくりと深呼吸をした結果、大分ドキドキは収まった。これなら問題なく三上と面を合わせられるだろう。……まあ、すぐにドキドキすると思うけど。

 

そんな事を考えながらトイレを出て昇降口に向かう。下駄箱で靴を履き替えて駐輪場に向かうとそこには三上がいて、宇佐美と綾辻の3人で駄弁っていた。

 

俺が3人の元に近付こうとすると向こうも俺に気付いて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえりお兄ちゃん」

 

三上が失言をぶちかました。

 

それを聞いた宇佐美と綾辻は一瞬で無表情となり、互いに顔を見合わせるや否や……

 

「「えぇぇぇぇっ?!」」

 

思い切り叫び声を上げる。三上ェ……お前学校が終わって校舎を出たからって完全に油断しただろ?

 

すると三上も自分の失言に気が付いたのか顔を真っ赤にし始める。

 

「えっ……あっ……こ、これは違うの!」

 

慌てて弁明をするが時すでに遅く、宇佐美と綾辻は勢いよく俺に詰め寄ってくる。

 

「どういう事ハッチ君?!何で歌歩ちゃんにお兄ちゃんって呼ばれてるの?!」

 

「何があったの?!」

 

2人の勢いは凄まじく止められるものではなかった。これは恥ずかしいが正直に話した方が良いだろう。

 

「実はだな……」

 

そう前置きしてから昨日あった賭けについて全て話した。

 

全て話し終えた俺は2人の顔を見ると……

 

「ほうほう……ハッチ君中々良い趣味してるねー」

 

「歌歩ちゃんにお兄ちゃん呼びされるなんて羨ましいな」

 

それはもう良い笑顔で俺と三上を見ていた。予想はしていたがマジで恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だ。

 

「うぅ……ごめんねお兄ちゃん。学校が終わったから油断しちゃった……」

 

三上は顔を真っ赤にしながら謝る。今更だから怒るつもりはない。三上にお兄ちゃん呼びを要求した時からこうなる可能性はあると予想はしていたし。

 

てか三上よ。バレたからって2人の前でお兄ちゃん呼びは勘弁してくれ。物凄い良い笑顔で見てきてるし。

 

「別に怒ってないから気にするな。それよりもお前ら、頼むからこの件は黙っていてくれ。口止料が欲しいならスイパラぐらいなら奢る」

 

大体5000円近く飛ぶかもしれないが、それでこの件が他の連中に知られないなら安いものだ。

 

同時に2人の顔が更に良い笑顔になる。

 

「んー……スイパラは良いや。代わりにハッチ君にはやって欲しい事があるんだけど」

 

聞きたくない。聞くまでもなく(俺にとって)碌でもない事である事は簡単に予想がつくし。

 

しかし……

 

「嫌な予感しかしないが、一応聞いておこう」

 

背に腹はかえられない。無駄に逆らわず宇佐美達の要求を呑もう。多少のことなら我慢してやる。

 

「うん。それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「じゃあハッチ君、次はこのトリガーね」

 

ボーダー基地のとある一室にて、宇佐美が満面の笑みで俺にトリガーを差し出してくる。周囲には大量の女子がいる。その殆どがオペレーターの隊服を着ている女子である。

 

「……はいはい。トリガー起動」

 

言うなりトリガーを起動すると身体が光に包まれて俺の身体は生身からトリオン体になる。

 

ただしそのトリオン体に問題があり、今の俺が身に纏っているのは……

 

『きゃぁぁぁぁぁっ!』

 

 

 

 

 

 

白銀の鎧だった。それによって辺りにいる女子は叫び声を上げて写真を撮り始める。

 

「良いねー!眼鏡の騎士ってのも中々良いじゃん!」

 

そう言いながら写真を撮るのは眼鏡を掛けた俺のファンクラブの会長である宇佐美だ。

 

彼女が口止料として俺に要求したのは『伊達メガネを掛けた状態のまま様々な姿のトリオン体になる事』だった。

 

よって俺は今、昔オペレーター達が開発室の人とノリで作ったらしい様々な衣装のトリオン体が収まった護身用トリガーを何度も起動して色々なポーズを取らされている。

 

ちなみに今までに体験したのは、タキシードに袴、中華服にライダースーツと様々た。

 

本来なら絶対に却下したい位嫌だが、三上からお兄ちゃん呼びされている事がボーダーで知られるのはもっと嫌だ。女子の情報網が恐ろしいのは昔から有名だし、口止しなければ絶対に広がるだろう。

 

よって俺は恥を捨ててコスプレショーの被写体になっているのだ。マジで新しい黒歴史の誕生だな……全然嬉しくないけど。

 

てかマジで俺のファンクラブの会員30人以上居たんだな。てっきりガセかと思ったがマジだった。

 

(クソッ……マジで死にてえ。いっそ殺してくれ)

 

冗談抜きでくっ殺状態になってしまっている。てか三上よ、申し訳なさそうにしているならこいつらを止めてくれ。

 

そんなアホな事を考えていると綾辻がとんでもない事を口にしてくる。

 

「ねぇ比企谷君。折角騎士の格好になったんだしアレをやってみてくれない?」

 

「アレってなんだよ?」

 

物凄く嫌な予感しかしないが聞かないと始まらないので渋々聞いてみる。

 

「ほら……騎士が女性の手にキスをする「頼む!それはマジで勘弁してください!」えー……」

 

それはガチで無理だ。恥ずか死ぬ自信がある。それをやるならお兄ちゃん呼びがバレる方がまだマシだ。

 

「大体手とはいえお前だって手にキスなんて嫌だろうが」

 

「え?別に嫌じゃないよ」

 

即答か?!てか何で眼鏡を掛けると俺はファンクラブが出来るくらいイケメンになんだよ?!アレか?!宇佐美の眼鏡には浄化の力があるのか?!

 

「とりあえずそれはマジで勘弁してくれ。俺が悶死する」

 

そう言って俺は頭を下げて頼み込む。こればっかりは何としても認めて貰わないといけない。

 

暫くの間頭を下げていると……

 

「うーん。じゃあいいよ」

 

すると綾辻は頭上から了承の意を口にしてくれた。良かった……これで悶死しないで済む……

 

 

内心感謝しながら頭を上げると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ代わりにお姫様抱っこをお願い。ファンクラブのメンバーもこのファッションショーをやると決めてから、伊達メガネを掛けて騎士の格好の比企谷君にされたいって言ってたし」

 

………OH

 

その後の記憶は曖昧だが、新たな黒歴史が誕生した事だけはハッキリと覚えていた。

 




パラメーター

比企谷八幡(左=入隊時、右=辻を勧誘した時点)

PRFILE

ポジション:アタッカー→アタッカー
年齢:15歳→15歳
誕生日:8月8日
身長:169cm→171cm
血液型:O型
星座:ペンギン座
職業:中学生→高校生
好きなもの:妹、金、MAXコーヒー、平穏

PARAMETR

トリオン 7→8
攻撃 6→8
防御・援護 5→6(防御は弧月が相手なら9)
機動 6→10
技術 5→7
射程 1→3
指揮 4→5
特殊戦術 2→4

TOTAL36→51



カバー裏的なヤツ

メガネは勘弁 はちまん

ボーダーに入隊する前はコミュ障の塊だったが、環境の変化によって強制的に矯正された男で、普段は余りやる気を出さないが、やると決めたら太刀川に500回以上斬られることも厭わない何だかんだ真面目な男でもある。メガネを掛けると目の腐りが消えてイケメンとなり女子は狂喜乱舞する。それを知った根付さんはとりまる、嵐山と組ませてアイドルデビューをさせる事も視野に入れている事をこいつは知らない。最近の悩みはみかみかのお兄ちゃん呼びに悶えている事と、太刀川に斬られまくった事によりドMになりかけている事。


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比企谷八幡はオフの日でも休まらない②

「あー、疲れた……」

 

夕方6時、漸くファッションショーから解放された俺は作戦室で一息吐く。ただトリガーを起動して少し動いただけなのに俺のライフは風前の灯火だ。

 

これというのもファンクラブの熱意の強さが理由だ。てっきり大した熱意はないものだと思っていたが殆どがガチ勢だったのには驚いた。

 

特に宇佐美と綾辻が別次元だ。

 

宇佐美はチームメイトの三上に交渉して俺自身のトリガーセットにオプションとしてトリオン製の眼鏡を備え付けようとしてくるし、綾辻はさっきのファッションショーの時に俺がお姫様抱っこをしたら俺の首に腕を絡めて思いっきり身を寄せて甘えてきたし、マジであの2人には注意だ。

 

そしてトリガーは肌身離さず持っていた方が良いだろう。でないとトリガー起動した瞬間、眼鏡を掛けていそうだし。

 

「ごめんねお兄ちゃん……私が口を滑らせたから……」

 

そんな事を考えていると隣に座っている三上は申し訳なさそうに俺を見て謝ってくる。別にそこまで怒ってないから気にしなくて良いんだがな……

 

「気にすんな。元を辿れば俺がお前にお兄ちゃんって呼ぶように言ったのが悪いんだし」

 

1番の原因はそれだ。いくら三上がポカをやらかしたとはいえ、俺がアホな要求をしたのが悪いのは間違いない。寧ろ三上はそんなアホな要求を呑んでくれるし感謝しかない。

 

「でも……怒ってるよね?」

 

それでも三上は納得しないままだ。これはアレだ。由比ヶ浜の時と同じで平行線の会話になりそうだ。経験者からすれば、ぶっちゃけアレは割と面倒だし、今回は早めに終わらせないとな。前回の由比ヶ浜と違って三上はチームメイトだ。このままの状態だとチームの活動に支障が出る可能性も考えないといけないし。

 

「だから気にしてないって。それでもお前が納得しないってなら、今後も俺に甘えてくれればそれで良い」

 

「え……そんな事で許してくれるの?」

 

「実際そこまで怒ってないし、お前が誰かに甘えたいように俺も甘えられたいし」

 

「……じゃあ、これからも甘えていいの?」

 

「ああ」

 

寧ろ推奨。メチャクチャ甘えて欲しいくらいだ。

 

今日1日三上と一緒に行動して俺は完全に三上に甘えられたいと思ってしまっている。前から三上に甘えられたい気持ちはあったがらお兄ちゃん呼びされてからはその気持ちが一層強くなったし。

 

「うん……ありがとうね、お兄ちゃん」

 

言うなり三上はコテンと俺の肩に頭を乗せてくる。たったそれだけの仕草なのに俺の心はドキドキしている。

 

(ヤバい……マジで破壊力が桁違いだ。宇佐美や綾辻からは以前、三上はオペレーター女子をメロメロにしていると聞いた事があるが、今の三上を見ていると納得だ)

 

三上の魅力には逆らえん。小町とはベクトルが違うが、三上もかなりの妹属性を持っている。メチャクチャ甘えられたいし甘やかしたい。

 

そう思っていると俺は思わず三上の頭を撫でていた。ヤバいと思い、手を離そうとするが……

 

「あっ……お兄、ちゃん……もっと」

 

無意識かどうかは知らないが三上がいきなりおねだりをしてきたので、手を離すことなく頭を撫でるのを再開する。

 

ダメだ……実の兄妹ではないとわかっているのに……

 

「お、兄ちゃん……撫で方上手……」

 

三上の甘え方が上手すぎて逆らう事が出来ない。つい実妹の小町にするような事をやってしまう。

 

こうして俺は三上の気が済むまで頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……今日は防衛任務もないし、ファッションショーで大分時間は潰れちまったがお前はどうすんだ?」

 

俺は未だに自身の肩に頭を乗せている三上に話しかける。

 

時刻は6時半。それはつまり三上の頭を20分以上撫でていた事になる。まあ俺も癒されていたから退屈とは思わなかったけど。

 

「今の所予定はないけど……お兄ちゃんは?家に帰ってご飯を食べるの?」

 

「いや、今日はお袋は仕事で小町も9時まで塾だから外食だな」

 

流石に今から家に帰って飯を作ると8時を過ぎそうだ。流石にそれは怠いし、ボーダーの食堂か帰りに通るレストランでの飯になるだろう。

 

「っても、まだ腹は減ってないし個人ランク戦で少々運動してから夕飯だな」

 

「あ、じゃあ私も行っていい?お兄ちゃんがランク戦をしている所を見たいし」

 

「別に構わないぞ……あ、でもランク戦の時は眼鏡を外して良いか?もしも乱反射をする場合、途中で眼鏡が邪魔になりそうだし」

 

アレだけ高速移動をしたら眼鏡は顔から外れるだろう。場合によっては集中力が切れる可能性もあるし外しておきたい。

 

「あ、そっか。それなら仕方ないね」

 

三上は了承してくれた。良かった、これで目立たずに済む。今言った理由も嘘ではないが、1番の理由はファンクラブに見つかったら面倒な事になりそうだからだ。

 

「悪いな。じゃあ行こうぜ」

 

「あ、待ってお兄ちゃん」

 

そう言って伊達メガネを外して作戦室を出ると、三上が慌てた声を出しながら付いてきた。可愛いなぁ……

 

 

 

 

個人ランク戦のロビーに着くと、いつものように大量のC級隊員が巨大なモニターで試合を見ていた。今やってるのは太刀川さんと風間さんの2人とボーダートップクラスの攻撃手だった。

 

試合を見ると30本勝負で丁度今終了したようだ。19ー11で太刀川さんの勝利だ。太刀川さん相手に11本を取るとはな……

 

「凄えな」

 

シンプルな感想しか言えなかった。あの領域に届くまでどれほどの時間がかかるのだろうかわからない。

 

「そうだね。そういえはお兄ちゃんは太刀川さんと模擬戦したって言ってたけど、どのくらい勝てたの?」

 

「500回以上やって4本だけ」

 

「ええっ!お兄ちゃんも決して弱くないのに?!」

 

「まあな。それと大声でお兄ちゃんは止めてくれ」

 

幸いそこまで大きくなかったし、顔見知りはしなかったので問題ないが次も安全とは限らないし。

 

「あっ……ご、ごめんね」

 

「別に構わない。それよりも俺も対戦相手を探さな「ヒッキー!」この声は……」

 

俺のことをヒッキーと呼ぶ奴なんざ1人しかいない。顔を上げると個人ランク戦のブースの一室から由比ヶ浜が出てきてこちらにやって来る。

 

「由比ヶ浜か。何か用か?まさかと思うが俺とランク戦か?」

 

流石にそれはないと思うが。

 

「いやいや!ヒッキーに挑んでも負けるだけだから!……そうじゃなくて!あんまり勝てないの!だからアドバイス頂戴!」

 

「アドバイスねぇ……ちなみにポイントはどれ位あんだよ?」

 

「えーっと……1165点」

 

由比ヶ浜が手の甲を見ながらそう言ってくる。1165点か。

 

由比ヶ浜が入隊したのは昨日で、受けた訓練は戦闘訓練、地形踏破訓練、隠密行動訓練、探知追跡訓練の4つだ。

 

どの訓練も満点を取れば20点貰える。つまり1回の合同訓練で貰えるポイントは最高で80点だ。

 

昨日由比ヶ浜の訓練を見たが殆どがそこそこの記録だったので、昨日の訓練で貰えたポイントは大体40点前後だろう。それで今は1165点。入隊時に1000ポイントなので由比ヶ浜がランク戦で稼いだポイントは大体……

 

1165ー1000ー40で125点位だろう。

 

「昨日今日で100点ちょい稼げれば十分だと思うが?」

 

今のペースで行けば6月までにB級に上がれると思う。そんな由比ヶ浜に対してアドバイスは必要ないと思うのが俺の意見だ。

 

「そうじゃないの!さっきまでは1200を超えてたんだけど、1500以上の相手に挑んだの」

 

「それで?」

 

「私が撃ったら殆どが家を盾にして攻撃を防ぐの。それで相手を探していたら後ろから襲われて……」

 

あー、なるほどな。

 

「一応聞くがお前が負けた時に戦った相手は全員攻撃手か?」

 

「え?うん、そうだよ」

 

やっぱりな……

 

B級になればシールドを使えるが、C級は武器トリガーは1つしかセット出来ない。

 

つまりC級の攻撃手はシールド無しで敵に突っ込まないといけないのだ。攻撃手同士が戦うならともかく、互いにシールド抜きで戦うなら銃手が有利なのだ。

 

よってC級の攻撃手が銃手に挑む時は建物を盾にして近付くのが基本だ。俺もC級時代は状況によっては建物を盾にしたり待ち伏せをした事があるからな。

 

そして由比ヶ浜は案の定銃手対策をしている攻撃手に負けたのだろう。

 

本来なら自分で対策をしてこそのランク戦だが、少しくらいならアドバイスをしても良いだろう。

 

「じゃあ1つだけアドバイスをしてやる。その前に聞くがお前が使ってる武器ってハウンドだよな?」

 

「そうだよ」

 

「なら敵が建物の後ろに隠れたりして見えなくなったらハウンドを空に撃ち上げてみろ」

 

「何で?」

 

「ハウンドは自動追尾する弾だから空中に撃ち上げたら敵のいる方向に飛んでいく。そうすれば敵の位置は大体わかるから後ろから襲われるってのは少なくなるぞ」

 

これは実体験から得たやり方だ。俺も建物の後ろに居たら真上からハウンドが降ってきてビビったからな。

 

「あ、うんわかった。ありがとうヒッキー!」

 

「それは構わないから大声でヒッキー呼びは止めろ?」

 

「えー、何で?」

 

恥ずかしいからに決まってんだろうが。三上のお兄ちゃん呼びに比べたら大分マシだが、他所でそのアダ名は止めて欲しい。

 

そう思ったが言うのを止めた。理由としては由比ヶ浜の顔を見る限り本気で理由がわかってないようだからだ。間違いない、こいつはアホの子だ。

 

「もう良い……それよりも早く実践してこい」

 

「うんわかった!またねヒッキー!」

 

だから大声でヒッキー呼びは止めろ。ヒッキー呼びはともかく大声は止めてくれ。

 

内心ため息を吐きながら由比ヶ浜が再度ブースに入るのを見送った俺は立ち上がる。

 

「さて……俺も適当に戦ってくるか」

 

「うん。見てるから頑張ってね、お兄ちゃん」

 

「ああ」

 

三上にお兄ちゃんと呼ばれて幸せな気分になりながらブースに入る。やっぱりあの事故は起こって正解だったな。でなきゃ三上にお兄ちゃん呼びされる事はなかっただろうし。

 

そう思いながらブースの中にあるパネルを起動してみる。するとそこにはトリガーの名前とその横にポイントが表記されている。

 

(さて……誰に挑むか。現時点で4000以上の隊員は10人。内2人は20000超えをしてるがこれは太刀川さんと風間さんだろう)

 

この2人とは止めておこう。瞬殺されるのがオチだ。

 

そして弧月使いも止めとこう。先週は弧月以外の相手とは一切戦わなかったし、久しぶりに弧月使い以外とも戦いたいし。

 

となると俺が選べるのは4人。さて、誰にするか……

 

そこまで考えている時だった。俺のブースに対戦申請が来た。誰かと思って見てみればパネルには『スコーピオン 4158』と表示されていた。

 

つまり俺が戦おうと候補に入れていた人間の1人だ。しかしまさか申請されるとは思わなかった。俺の個人ポイントは6257。申請をしてきた奴とは2000以上離れている。普通は4〜5000代を狙ってくるかと思っていたのだが、スコーピオン使いと戦いたかったのか?

 

(まあ申請を拒否する理由もないし受諾するか)

 

そう思いながら受諾ボタンを押すと自身の身体が光に包まれる。

 

『対戦ステージ、市街地A 個人ランク戦10本勝負、開始』

 

そして気が付いた時にはいつものように仮想空間に立っていた。

 

視界の先にいるのは1人の女子。俺はその女子に心当たりがあって驚きの感情が沸き上がる。

 

(こいつ……戦闘訓練で歴代最高の記録を出した鶴見留美だったか……)

 

まさか大型ルーキーに挑まれるとは思いもよらなかった。余程自信があるのだろう。

 

しかし俺が1番驚いている理由はそれじゃない。1番驚いているのは……

 

(な、何でスーツを着ているんだ?!)

 

対戦相手の着ている隊服についてだ。鶴見が着ている隊服は真っ黒のスーツだ。それこそ式典とかでも使えそうな雰囲気を醸し出しているスーツだ。

 

(確か鶴見は二宮さんにスカウトをされたって聞いたが……って事はあの隊服、二宮さんが考えたのか?)

 

わからん。何故スーツにする必要がある。これ絶対に浮くだろ。アレか?二宮さんってエージェントとかに憧れているのか?

 

そんな事を考えている時だった。鶴見の奴がいきなりスコーピオンを出してこちらに突っ込んでくる。

 

何も言わずに不意打ちかよ……っと、一瞬思ったが、既に開始の合図が出てる時点で不意打ちも何もないな。

 

そう判断した俺は迎撃の構えを取ろうとすると、向こうは足元にグラスホッパーを設置して俺の真横に跳ぶ。

 

チラッと横を見ると再度グラスホッパーを設置してこちらに詰め寄り袈裟斬りを放ってくるので後ろに跳んで回避する。速いっちゃ速いが対処出来ない速さじゃない。

 

そして俺は後ろに下がると同時に……

 

「ハウンド」

 

主トリガーのハウンドを鶴見の顔面に向けて放つ。対する鶴見はシールドでそれを防ぐ。もちろんこれは予想の範疇だ。大型ルーキーなら余裕で対処出来るだろう。

 

(テレポーター)

 

そう思いながら俺は副トリガーのテレポーターを起動して鶴見の真横に移動する。ハウンドを放ったのはテレポーターを使う際に視線の向きを読まれない為だ。

 

ハウンドを防いでいた鶴見は急に横に現れた俺を見て驚きを露わにするが一歩遅い。反撃しようとする前に主トリガーのスコーピオンで首を刎ねた。

 

すると鶴見が光に包まれて空に飛んで行き、それと同時にブースのマットの上に叩きつけられる。先ずはこちらが1本だ。

 

 

一度深呼吸をして息を整えていると再度光に包まれて仮想空間に飛ばされる。正面を見ると鶴見が居て、スコーピオンを出しながらジリジリと近寄っている。さっきとは違って随分慎重な姿勢だな。

 

これは待ってても来ないだろうし俺から行くか。そう判断するや否や俺はスコーピオンを出して一直線に突っ込み、先程の鶴見同様袈裟斬りを放つ。

 

対する鶴見は身を屈めてそれを回避するや否やスコーピオンを俺の脇腹目掛けて振るってくる。モロに受けたら負けるので腹の前にシールドを展開する。

 

スコーピオンとシールドが衝突すると鈍い音が聞こえ、シールドにヒビが入る。どうやら鶴見のトリオン量も結構あるのだろう。

 

しかしシールドは直ぐに壊れる訳ではないので体勢を立て直す時間はある。俺は一歩バックステップをして後ろに下がるや否や、同じタイミングでシールドを叩き割った鶴見のスコーピオンを回避して、鶴見の頭の上にグラスホッパーを設置する。

 

俺の袈裟斬りを回避する際に身を屈めた鶴見はスコーピオンを振るった後に、身体を起こそうとしたが……

 

「っ……!」

 

次の瞬間、頭上に設置したグラスホッパーに頭が触れて、鶴見の頭は地面に叩きつけられる。

 

そんな隙を俺が逃す筈もなく……

 

「2本目、っと」

 

そのまま鶴見の首を刎ねる。それによって鶴見の身体は再度光に包まれて空に飛んで行き、俺はブースのマットの上に叩きつけられる。

 

確かに鶴見は強い。入隊して1日でB級に上がるのは凄いと思うし、たった1日でグラスホッパーを使うのは見事だ。

 

しかしそれだけだ。実戦慣れしてなく馬鹿正直過ぎる。スタイルが俺に似ているからって理由もあるが動きは簡単に読める。

 

将来はわからないが、今の時点で俺が負ける確率は殆ど0だろう。

 

そう思いながら3戦目を始める為に深呼吸をして仮想空間に飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分弱……

 

「次で最後だな……」

 

ランク戦のブースのマットに叩きつけられながらそう呟く。10本勝負で丁度今9本目が終了した。今のところ俺が全部勝ち星を挙げている。

 

しかし俺は不気味な気分になっているのを理解している。戦績だけ見れば俺の圧勝だが、余りに勝った気になれてない。

 

理由は簡単、鶴見の奴、俺に斬られる度に俺がやった技を実践してきて不気味だからだ。勿論向こうからすれば一度見ただけの技だから今の所は未熟だ。よって全て対処出来たが、どの技も初めてにしては出来が良くて驚いた。

 

今回鶴見が俺に勝負を吹っ掛けたのは勝つ為ではなく俺の技を盗む為だろう。戦闘スタイルも似てるし、戦っている最中も俺を観察するような目を向けてくる時があったし。

 

(入隊して1日でB級に上がっただけじゃなく、技術を盗もうとする……冗談抜きで末恐ろしいな……)

 

こんな小学生が本当にいるのか?悪の組織の作った薬を飲んで小学生の姿になった高校生とかじゃないよな?

 

そんなアホな事を考えながら再び仮想空間に飛ばされる。向かい合う鶴見は冷たい表情をしながらも俺をジッと見てくる。

 

(さて……最後はどんな手を使ってくるんだ?)

 

そう思いながら鶴見を見ると鶴見は一直線に突っ込んでくるので、迎撃するべく副トリガーのハウンドを放つ。当てることが最優先の弾丸だ。

 

すると……

 

「グラスホッパー」

 

言うなり足元にグラスホッパーを設置してジャンプする事で、ハウンドの有効半径から逃れる。

 

そして……

 

(これは?!乱反射だと?!)

 

俺の周囲に大量のグラスホッパーが設置されるのを理解する。何故こいつが乱反射を?!鶴見には使ってないので自分で編み出したのか?

 

(いや……昨日の辻とのランク戦で俺が使ったのを見たからだろう。でなきゃもっと早く使ってる筈だ)

 

しかし乱反射を使ってくるのは予想外だ。どんだけ貪欲なんだこいつは?

 

半ば呆れる中、鶴見はグラスホッパーを踏んで俺に近寄り、周囲にあるグラスホッパーを踏んで高速移動をする。俺以外が使うのは初めて見るが思った以上に様になっている。おそらく鶴見は昨日の内にB級に上がって練習したのだろう。初回でここまで出来たら天才を通り越して鬼才だ。

 

が……甘い。開発した俺が何の対策もしてない訳ないだろうが。

 

そう思いながら俺は自身の体内から大量に分割したスコーピオンを針鼠の如く周囲に突き出す。それによってスコーピオンは当然グラスホッパーとグラスホッパーの間にも伸びて……

 

「……っ!」

 

乱反射の途中に急な回避など出来るはずもなく、鶴見の全身をスコーピオンの刃が蹂躙する。それによって大量のトリオンが漏れ出す。

 

しかしまだ倒すには至っていない。どうやら頭と心臓には当たっていないようだ。

 

(まあこれだけトリオンを削れば何も出来ないだろう。これで終わりだ)

 

そう思いながら俺はスコーピオンでそのまま首を刎ねる。と、同時に鶴見の身体は光に包まれ……

 

『10本勝負終了、勝者比企谷八幡』

 

そんな言葉と共に俺はブースのマットの上に叩きつけられる。10ー0……結果だけ見れば圧勝だがどうにも腑に落ちないなぁ……

 

そんな事を考えながらブースから出ると……

 

 

 

 

 

「げっ……二宮さんいるじゃねぇか」

 

そこには鶴見同様真っ黒なスーツを着た二宮さんがこちらを見ていた。

 

それを認識するや否や嫌な予感に襲われた。

 

……もしかして観察されていたのか?



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比企谷八幡はオフの日でも休まらない③

ブースから出ると今直ぐ回れ右したくなった。

 

何故なら正面には先程までランク戦をした女子ーーー鶴見留美の隊長の二宮匡貴さんが鋭い目でこちらを見てからこっちにやってくる。

 

「1ヶ月ぶりだな、比企谷」

 

「……そうっすね。お久しぶりです、二宮さん」

 

久しぶりに会うが、互いに顔に笑顔を浮かべず仏頂面に近い表情で挨拶を交わす。

 

二宮さんの表情はデフォルトだが俺は自分で表情が固くなっているのを実感する。

 

理由は簡単。俺自身、二宮さんの事は苦手と思っているからだ。

 

悪い人ではないのは知っているが怖いので苦手だ。理由としては何度か防衛任務で組んだ事はあるが、メチャクチャ怖く一度ミスをしたら罵倒に近いアドバイスを受けて恐怖対象となった。

 

ただの罵倒だけなら昔から浴びていたのでスルーするが、罵倒と共に言ってくるアドバイスの内容は的確で合理的なのでしっかりと聞いてしまう。すなわち必然的に罵倒も耳に入って心にクるのだ。

 

「二宮さんは鶴見のランク戦の見学ですか?」

 

「そうだ。というよりお前がランク戦のブースに入るのが見えたから比企谷に挑んでこいと指示を出したのが正確だな」

 

「……それは俺の技術を盗ませる為ですか?」

 

「そうだ。お前と戦闘スタイルが似ている鶴見は早めにお前とぶつかるべきだ。昨日の辻との試合を見た時に入院前に比べて実力が大きく向上しているのがわかったからな」

 

やっぱり二宮さんの差し金かよ?!そして昨日の試合は予想以上に注目を浴びていたようだ。まあ乱反射は俺が初めてやった大技だから仕方ないか……

 

そんな事を考えていると俺と同じように鶴見がこちらにやってくるのが見えた。そして二宮さんの前に立ち口を開ける。

 

「……終わった。全敗だった」

 

「それは予想していたから問題ない。それで?何か盗めたか?」

 

「うん。色々と便利で覚えたい技が一杯あった。来月までのランク戦までにはマスターする」

 

うわ断言しやがったよこの子。鶴見の才能から本当に出来そうで恐ろしい。

 

しかし1番恐ろしいのは……

 

(こいつ二宮さんにタメ口を聞いてやがる……恐れを知らないのか?!)

 

二宮さんに敬語を使ってない事だ。しかも二宮さんを見る限り特に怒っているようには見えない。

 

小学生だから大目に見ているのか?

 

違う、二宮さんは小学生だからって遠慮はしない筈だ。

 

内心怒っているが顔に出してないのか?

 

違う、二宮さんの性格からハッキリと口にする筈だ。

 

そうなると考えられるのは……

 

(実力があれば文句はないって事か?)

 

二宮さんならあり得そうだ。この人才能のある人間が好きだし。

 

「いや、ランク戦の1週間前に物にしろ。最後の週はマスターした技を連携に組み込む時間にしたい」

 

そして二宮さんはスパルタだ。目が「絶対にやれ」と語っているし。マジで怖い。俺二宮さんのチームは合わないな。

 

「わかった。1週間前にマスターする」

 

そして鶴見本人は乗り気である。二宮さんの命令に躊躇いなく従うって……マジでこいつ小学生なのか?

 

「なら良い。それよりも今日のランク戦はここまでにして連携の練習をするぞ。作戦室に来い」

 

ヤベェ……二宮さん小学生にも容赦ねぇ。わかってはいたが生粋のドSだこの人。

 

「わかった」

 

「じゃあ行くぞ。今日は部下に付き合って貰って悪かったな比企谷」

 

そこまで言うと二宮さんは俺を見てそんな事を言ってくる。

 

「いえ……ランク戦で当たったらよろしくお願いします」

 

「ああ。じゃあ行くぞ」

 

「うん……次は負けない」

 

鶴見は最後に鋭い目で俺を見ながらそう言って、二宮さんと一緒にランク戦のロビーから出て行った。余りのオーラに周りにいたC級隊員はモーセの海割りの如く、二宮さんと鶴見に道を開けた。

 

2人が見えなくなるまで見送っていると、三上がこっちにやってくる。

 

「お疲れ様お兄ちゃん。はいこれ」

 

そう言って三上は笑顔でMAXコーヒーを渡してくる。この子良い子過ぎだろ?

 

「マジかサンキュー。今金渡す」

 

言いながらMAXコーヒーを受け取り、ポケットから金を取り出そうとするが、その前に三上が俺の手を掴んで止める。

 

「お金は良いよ。代わりにお兄ちゃんに頭を撫でて欲しいな」

 

三上のおねだり……ダメだ逆らえん。

 

「はいはい……よしよし」

 

「えへへ……ありがとうお兄ちゃん」

 

あ、ダメだりマジで可愛過ぎる。三上の奴、頬を染めながら小さくはにかんでるし。兄としてこの笑顔は是非守りたい。血は繋がってないけど。

 

出来れば1時間くらい撫でたいが、人目につくので止めておこう。今のところは知り合いがいないが、長時間撫でて他の人に見られたら面倒臭いし。

 

名残惜しく思いながらも三上の頭から手を離して残ってるMAXコーヒーを一気飲みする。

 

「これで良いか?」

 

「ありがとうね。お兄ちゃんは今からもう一度ランク戦?」

 

「いや……少し考えたい事があるから作戦室に戻る」

 

「考えたい事?さっき二宮さんと話していた事に関係あるの?」

 

「無くはないな。実はさっき……」

 

そう前置きしてから俺は鶴見が俺とランク戦を挑んだ理由はデータ収集であることを話した。

 

「そんな訳で来シーズンのランク戦では鶴見も要注意って訳だ。奴の才能からして乱反射は完成してるだろう」

 

下手したら独自で新しい技を開発してくる可能性もゼロではないし、注意は必要だ。

 

「それはわかったけど何で作戦室に戻るの?」

 

「トリガー構成について改めて考えるからだ。今は辻とのランク戦の為にバックワームを外しているが、ランク戦では装備しないといけないからな」

 

今の俺のトリガー構成は……

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

テレポーター

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

って感じになっているが、副トリガーにはランク戦までにバックワームをセットしないといけないからな。

 

入院前は……

 

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

テレポーター

シールド

ハウンド

バックワーム

 

って感じで、入院前と同じように戻すパターンという選択肢もあるが……

 

(太刀川さんや照屋との訓練で乱反射を生み出した結果、グラスホッパーを主トリガーと副トリガー両方に入れたくなったんだよなぁ……)

 

一応グラスホッパー1つでも出来ない事はないが、強敵を相手にする場合は2つのグラスホッパーを使いたいと思っている。

 

「そっか……じゃあ私も手伝うよ」

 

「良いのか?」

 

「だってお兄ちゃんトリガーチップを変える事出来ないじゃん」

 

ぐっ……そういやそうだった。そういえばバックワームを外してグラスホッパーを入れる時も、トリガーケースを開いた瞬間に匙を投げて三上に任せたな。

 

「……悪いな」

 

「気にしないで。部下として、義妹として助けるのは当然の事だから」

 

三上は笑顔でそう言ってくる。俺は本当に良い部下に恵まれたな。

 

それについては本当に嬉しいが気になる点がある。

 

「なぁ三上。気の所為かもしれないが……お前お兄ちゃん呼びしてる時に楽しんでないか?」

 

昨日や今朝は恥ずかしがりながら俺をお兄ちゃんと呼んでいたが、今は特に恥じらうことなく、寧ろ楽しそうにお兄ちゃんと呼んでいる気がする。

 

「え?うーん……そうかも。初めは恥ずかしかったけど、お兄ちゃんに甘えてたら恥ずかしさは無くなったかな」

 

「そうか……変な質問をしてる悪かった。行こうか」

 

「あ、うん」

 

そう言って俺達は作戦室に向かう。しかしどうしよう……自分から提案しといてアレだが、妹属性を持つ三上はヤバ過ぎるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……そんじゃトリガー構成を考えるか」

 

所変わって比企谷隊作戦室。俺はソファーに座りながら隣に座る三上に話しかける。隣にて俺の肩に頭を乗せて甘えてくる攻撃に耐えながら。

 

「そうだね。そういえば前からお兄ちゃんに聞きたかった事があるんだけど良いかな?」

 

「聞きたかった事?何だよ?」

 

「うん。何でお兄ちゃんはスコーピオンを主トリガーだけにしか入れてないの?スコーピオン使いの戦闘記録は何度か見たけど、風間さんとか影浦先輩はスコーピオンを2つ入れてるし」

 

「ああそれか。別に大した理由はねぇよ。Bに上がった当初は二刀流に自信が無かったからスコーピオン1本で戦っていたんだが、それに慣れちまったからだよ」

 

一応チームを組む前に何度か二刀流も試してみた。が、一刀流に慣れたからか余りしっくり来なかったのだ。結果として俺は二刀流より一刀流+スコーピオン以外のトリガーのスタイルと思うようになったのでスコーピオンを入れてない。

 

「あ、そうなんだ。答えてくれてどうもありがとう」

 

「別に大した質問じゃないから構わない。それより本題に戻るが……副トリガーのどれを抜こうか?」

 

言いながらトリガー構成を頭の中でイメージを浮かべる。

 

今、俺の副トリガーにはテレポーター、シールド、ハウンド、グラスホッパーが入っている。この内1つを外してバックワームを入れないといけない。

 

「やっぱりハウンドじゃないの?シールドは言うまでもなく重要だし、テレポーターとグラスホッパーはお兄ちゃんの十八番だし」

 

三上の言っている事は正しい。普通に考えたらハウンドだろう。

 

「それはそうなんだがな……そうなると中距離戦が弱くなるのが嫌なんだよ」

 

ウチの隊で射撃系トリガーを使うのは俺と照屋。俺はメインとサブにハウンドを2つ、照屋はサブにアステロイドとハウンドをいれている。

 

この時点なら十分中距離戦が出来ると思うが、そこから1つ外すと少々心許なく思ってしまう。

 

「じゃあ照屋さんや辻君の空きトリガーに射撃系トリガーを入れて補うのはどう?自動追尾性能があるハウンドなら直ぐに使えるだろうし」

 

「なるほどな……」

 

確かにハウンドは勝手に敵を追尾するから簡単に使える。これなら攻撃手の辻でも簡単に出来るだろう。

 

しかし今この場に照屋も辻もいないし、2人のトリガーに追加するのは無理だ。

 

「……わかった。この件は明日2人に相談する。俺のトリガー構成を決めるのはその時にするわ。明日は初めて4人でミーティングをするしな」

 

「それが良いよ。そういえば辻君は大丈夫なの?」

 

あ、そうだ。ランク戦に備えて訓練をしまくっていたから忘れていたが、辻は女子が苦手だったんだ。ミーティングをするにしても何かしら対策をしないとミーティングにならないだろう。

 

「うーむ……とりあえず作戦室のテーブルの上に仕切り板を立てて顔が見えないようにするのはどうだ?」

 

「……それ、刑務所の面会所みたいじゃない?」

 

「気にしたら負けだ」

 

それは俺も思ったが他に方法が思いつかないので仕方ないだろう。

 

「まあいずれ辻には女子に対するコミュ障は何とかして貰うが初めは

こうするしかないからな。とりあえず明日は仕切り板を使う」

 

無理矢理女子をぶつけても悪化するのが目に見えている。だから最初は仕切り板を使う。その後少しずつ慣らしていく方向で行くつもりだ。とりあえず目標はランク戦が始まるまでに三上と照屋相手にマトモに話せるレベルまでコミュ障を改善するつもりだ。

 

(しかしコミュ障だった俺が他人のコミュ障改善に動くとはな……)

 

そんな事を考えていると……

 

ギュルルー

 

キュル、キュルル

 

俺と三上の腹から空腹を告げる音が鳴り出す。瞬間、三上は顔を真っ赤にしながら上目遣いで俺を見てくる。

 

「えーっと……とりあえずご飯食べない?」

 

三上の言葉に俺は無言で頷き、一緒に作戦室を出て食堂に向けて歩き出した。

 

「んで三上。お前は何が食いたいんだ?」

 

「うーん。あんまり食堂には行かなくてメニューは覚えてないから向こうで決める。お兄ちゃんのお勧めは?」

 

「俺も余り行かないが、マグロ丼は美味かったな。てか加古さんの炒飯が食いたくなってきたな」

 

「加古さん?加古さんってA級個人の?」

 

「そうそう。以前一度防衛任務で組んだ後に食堂のキッチンを使って炒飯を作ってくれたから食べたらそれがガチで美味かったんだよ」

 

アレはマジで美味かった。今まで食べた炒飯は腐っているのかと思える位美味く、食べ終わった後に思わず財布を出して金を払おうとしてしまったし。

 

「そうなんだ。私も是非食べてみたいな」

 

「あら?それならご馳走してあげよっか?」

 

いきなりそんな声が聞こえたので振り向くと、ちょうど話題になっていた加古さんが笑みを浮かべていた。相変わらず美しいな……ボーダーでは可愛い女子が多いが美しい人は加古さんと月見さんくらいだろう。

 

「どうもお久しぶりです加古さん」

 

「ええ。随分前だけど退院とチーム結成おめでとう。そっちの子はオペレーター?」

 

「そうです。三上って言って事故から生まれた縁でウチのオペレーターになって貰いました」

 

「は、初めまして。三上歌歩です」

 

「よろしくね。それで話を戻すけど、私の炒飯が食べたいなら作ってあげるわよ」

 

加古さんが本題を口にする。マジで?加古さんの炒飯を食べれるのか?

 

一瞬ガチで喜んだが、直ぐに冷静になる。

 

「いえ……気持ちは嬉しいですが迷惑じゃないですか?」

 

「大丈夫よ。太刀川君や堤君も誘って元々作るつもりだったのよ」

 

あ、そうなのか?てか加古さん優しいな。色々な人にあんな美味い炒飯を振る舞うなんて。

 

「じゃあお言葉に甘えて。三上も良いか?」

 

普段なら女性の誘いをホイホイ受けないが、加古さんの炒飯の誘惑には勝てん。もう一度食べたい。

 

「じゃあ私も良いですか?」

 

「もちろんよ。それじゃあ行きましょう」

 

そう言って加古さんは歩き出すので俺はそれに続いた。

 

いやぁ……まさかこんなところで加古さんの炒飯を食う機会を得れるとは……今日はツいてるな。



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比企谷八幡はオフの日でも休まらない④

「そういえば昨日のランク戦、見たわよ。中々面白い戦い方をするじゃない」

 

ボーダー基地の廊下にて俺はチームメイトの三上とA級個人の加古さんの3人で歩きながら雑談をしている。

 

今俺と三上は加古さんの炒飯を食べるべくボーダーの食堂に向かって歩いている。前に一回だけ加古さんの炒飯を食ったが、アレはマジで美味い。店で売ってるなら1000位は出しても構わないと思える位美味い。それをわざわざ作ってくれるとは感謝しかない。

 

「グラスホッパーで相手との距離を縮めたり離したりするのは飽きる程見たけど、相手の手にぶつけて攻撃の軌道を変えたり、相手の周囲を跳び回るなんてやり方は初めて見たわ。入院前に比べて桁違いに強くなったけど何かあったの?」

 

「いえ。実は辻を勧誘する際に条件としてランク戦で勝てと言われたんですよ。そん時にブランクを取り戻す兼実力を向上する為に太刀川さんと模擬戦を500回以上したんですよ」

 

「その中で太刀川君に勝つ為に色々考えた、って感じ?」

 

「はい」

 

アレは地獄のような訓練だったが有意義だと思える。おかげでグラスホッパーを使った新しい戦術も生み出せたし、弧月との戦いにも自信が出てきた。現時点でNo.1攻撃手の太刀川さんにはまだまだ勝てる気はしないがマスタークラスになりたての弧月使いには負けないだろうし、太刀川さんの次に強い弧月使いの生駒さんともある程度戦いにはなると思う。

 

「そう……比企谷君は入隊した頃から知ってたけど化けたわね。これで頭文字がKならよかったんだけど……」

 

「は?なんですがそれ……って、何で上のボタンを押すんですか?食堂は一階ですよ?」

 

加古さんが頭文字とか良くわからないことを言ったかと思えば、加古さんはエレベーターの上ボタンを押していた。

 

「知ってるわよ。今日はウチの作戦室で作るのよ」

 

すると加古さんは予想外のことを口にした。

 

「え?加古さんもチームを作ったんですか?」

 

三上が驚きながら加古さんに質問をする。まあ元A級1位部隊の隊員が新しく部隊を作ったのだ。気になっても仕方ないだろう。現に俺も気になってるし。

 

「ええ。と言ってもまだオペレーターだけで戦闘員は私だけだけど」

 

「マジすか?あれ?でもA級の作戦室にキッチンってありましたっけ?」

 

給湯室はあるがキッチンはなかった気がする。

 

「開発室の人に作って貰ったわ♡」

 

満面の笑みでそう言ってくる。この笑顔で開発室の人を虜にして作って貰ったのだろう。前に聞いたが開発室の人は女に飢えていると聞いた事があるし。

 

「そうっすか……とりあえず作戦室に行く理由はわかりました。それじゃもう1つ聞きたいんですけど俺の頭文字がKだったら良かったってのは何すか」

 

俺の頭文字は比企谷ーーーひきがやだからHでKではない。

 

「ウチの部隊は全員頭文字をKで揃えるつもりなの。それで頭文字がKで才能のある人を探してるんだけど、比企谷君の頭文字がKじゃなくて残念ってわけ」

 

今俺の中では加古さんに対して2つの感情が生まれている。

 

1つは、元A級1位部隊のメンバーである加古さんに才能があると評価された事による嬉しさ

 

そしてもう1つは……

 

(何言ってんだこの人は?)

 

純粋な戸惑いだった。才能のある人を探すのはわかる。俺も照屋や辻など将来性のある奴に声をかけたし。ちなみに三上は人徳から声をかけ、結果オペレーターとして優秀である事が判明した。

 

しかし頭文字もチームメイトの基準に入れるとか予想外だわ。天才は少しズレている所があると言われるが、加古さんもそうなのだろう。

 

「良く分かりませんが頑張ってください。というか今目を付けている奴はいるんですか?」

 

エレベーターが来たので俺達は乗って上の階に行く。

 

「少なくとも今期の新人には居なかったわね。前期ーーー比企谷君が入隊した時は菊地原君に1番目を付けていたんだけど、風間さんに取られちゃったし」

 

そういやあの毒舌野郎も頭文字がKだな。あいつも仮入隊で2800位ポイントが加算されたし才能はあるだろう。

 

「では熊谷さんはどうですか?」

 

三上が俺達の会話に入ってくる。確かに熊谷もボーダーでは数少ないカウンタータイプの攻撃手だし加古さんの目に入ってもおかしくないだろう。

 

「熊谷ちゃん?一応くらい前に声をかけたんだけど、新しくチームを作るかもしれないからって良い返事は貰えなかったわ」

 

新しくチームを作るかもしれない?あいつもチームを作る事を考えているのか?

 

そんな風に頭に疑問符を浮かべているとエレベーターが止まってドアが開くのでエレベーターから降りる。この階は行った事がないな……

 

暫く歩いていると正面から知った顔がやって来る。

 

「あら太刀川君に堤君。丁度いいタイミングね。こっちにいる比企谷君と三上ちゃんも一緒に食べる事になったから」

 

やってきたのは先週俺を500回以上ぶった切った太刀川さんと諏訪隊の銃手の堤さんだった。

 

「そ、そうなのか……」

 

「は、ハハ……」

 

しかし2人は何故か目が死んでいた。まるで俺のように目が腐っていて不気味極まりない。顔もやつれていて例えるなら刑を待つ被告人のような表情だ。何でそんな表情をしているんだ?加古さんの炒飯を食べるってのに何でそんな表情なんだ?

 

微妙に嫌な気分になっていると加古さんが自分の作戦室らしき前立ち、ドアの横にあるコントロールパネルを操作してドアを開ける。

 

見ると加古隊の作戦室は家感がある作戦室だった。太刀川隊も家感はあるが、それとはベクトルが違う。新しく入るメンバーにとって居心地が大丈夫なのか不安だ。

 

「じゃあ今から作るから適当にかけといて」

 

加古さんはそう言って奥の部屋に入って行った。同時に太刀川さんと堤さんが勝手知るように椅子に座って両手を合わせて祈りだす。

 

「当たり来い当たり来い当たり来い当たり来い……」

 

「俺はまだ死にたくない……」

 

2人の口からは祈りの言葉が出てくる。表情は鬼気迫っていて俺も三上も気圧されてしまっている。

 

「あの……何故炒飯を食べるだけでそんなに必死なんですか?アレ美味しいじゃないですか?」

 

思わず尋ねると2人は死にそうな表情を向けてくる。マジで怖いです。三上なんて震えているし。

 

「比企谷は加古の炒飯を食べた事があるのか?」

 

「一度だけ。あの時食べたガーリックビーフ炒飯は最高でした」

 

「そうか。ならお前は知らないと思うがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

加古の炒飯には外れがあるんだよ」

 

「………はい?」

 

太刀川さんの言葉に思わずほうけてしまう。外れ?外れってなんだ?

 

「えーっと……もしかして外れにはタバスコとかが入ってるんですか?」

 

だとしたらちょっと勘弁して欲しい。加古さんの腕から察するに美味いとは思うが俺は辛いのが嫌いだからな。

 

しかし……

 

「いや、そんな温くない。4〜5回に1回外れがあるんだが、外れにはお菓子関連の食材が入る」

 

「「………は?」」

 

太刀川さんの言葉に俺と三上は思わず声に出してしまう。お菓子関連だと?

 

流石に嘘だと思うが、太刀川さんの表情はマジな顔だった。目の中に恐れが見える。

 

「え?嘘ですよね堤さん?」

 

太刀川さんの冗談だと淡い期待を抱きながら堤さんに尋ねるも堤さんは沈痛な表情で首を横に振る。

 

「残念ながら本当だ。俺は以前いくらカスタード炒飯を食べた事があるからね」

 

………

 

「俺はこの前チョコミント炒飯を食べて気が付いたら医務室にいたな」

 

………ヤバい、全身から冷や汗が出てきて止まらない。2人の表情から察するにマジだ。

 

隣にいる三上も同じように冷や汗が出ている。

 

これは何とかしないといけない。そう思った俺は三上の手を掴んで逃げようとするが……

 

「お待たせ〜」

 

一足遅かった。加古さんが奥の部屋から湯気が上がっている皿をお盆に乗せて持ってきた。来てしまったか……

 

(いや待て。話を聞く限り4〜5回に1回外れがあるなら確率は2割前後。当たりが出れば問題な……い?)

 

俺はそこまで考えた所で思考を停止した。何故なら……

 

「ブルーベリートマトタバスコ炒飯の完成。どうぞ召し上がれ!」

 

視界には何とも形容し難い不気味な炒飯があるからだ。

 

(何だよブルーベリートマトタバスコ炒飯って?!タバスコ炒飯ならわかるぞ!トマトタバスコ炒飯でもまだ我慢出来るけど、何でブルーベリーを入れるんだよ?!)

 

どうやら太刀川さんと堤さんの話はマジだったようだ。そして俺達は外れを引いてしまったようだ。

 

(てかマジで食べるの?食うまでもなく不味いのが丸分かりのこの炒飯を?)

 

未来視のサイドエフェクトが無くても、食ったらゲロを吐く未来が見える。てかゲロで済む気がしない。気絶するかもしれない。

 

今直ぐ全力疾走で作戦室から逃げたいが、食べ物を粗末にしない主義であるので逃げるのを躊躇ってしまう。

 

それに……

 

(何で加古さんはそんな美しい笑みを浮かべてんだよ?!あんな笑顔を見たら食べないって選択肢はないだろうが!)

 

俺達4人の正面には加古さんが頬杖をつきながら満面の笑みを浮かべ俺達を見ている。あたかも俺達の反応を期待しているように。

 

これは食べるしかない。それは三上も太刀川さんも堤さんも同じ考えのようで……

 

(南無三……!)

 

炒飯を一口食べる。瞬間……

 

(ま、不味い……!)

 

口の中にタバスコの微妙な辛味やトマトの酸味、ブルーベリーの純粋な甘みが混ざりカオスな世界となる。

 

感想文を書くとしたら原稿用紙3枚は書けるくらい不味い。今直ぐ吐き出したいが……

 

「どう?美味しい?」

 

当の加古さんは純粋無垢な笑顔で味を聞いてくる。これはある意味凶器な笑顔だ。

 

「(ダメだっ逆らえん……!)お、美味しいです……」

 

「あ、ああ。中々個性的な味だな」

 

「そ、そうだね……加古ちゃんらしい料理だよ」

 

「は、はい。初めて感じる味ですね……」

 

俺達4人は笑顔(目は死んで頬を引き攣らせながら)でそう返す。どうやら全員加古さんの笑顔には逆らえなかったようだ。

 

「そう?なら良かったわ」

 

加古さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。この笑顔を無くす訳にはいかない……

 

そこまで考えている時だった。

 

pipipi……

 

いきなり電子音が鳴り出したので辺りを見回すとテーブルの上にある加古さんの物と思える端末が鳴り出していた。

 

加古さんが端末を開いて見ると、あちゃーとばかりの表情を浮かべる。

 

「ごめんなさい。20分位席を外すわ」

 

「どうしたんですか?」

 

「大学の友人に中央オペレーターがいるんだけど、貸して欲しい資料があったの。わざわざ来て貰うのも悪いし取りに行くの。もしも食べ終わって帰るならお皿はテーブルに置きっ放しで良いわよ」

 

言いながら席を立ちあがりそのまま作戦室から出て行った。残ってるのは俺達4人と恐ろしい炒飯が4つ。全員一口しか食べておらずまだまだ量は残っている。

 

どうしたものかと悩んでいると太刀川さんと堤さんは慣れた様子で炒飯を食べるのを再開する。

 

「え?食べるんすか?」

 

俺はてっきり逃げると思っていた。てか2人が逃げるなら俺も便乗するつもりだった。

 

「逃げたいのは山々だが、逃げたら面倒な事になりそうだからな」

 

「俺や太刀川は大学も殆ど加古ちゃんと同じ授業を取ってるからね。ここで逃げても明日に持ち越しだからね」

 

どうやら2人の胸中には逃げても無駄という考えが定着しているのだろう。そうなると俺も逃げたら面倒な事なるだろうし逃げれない。

 

それに……

 

「うぅ……」

 

俺の隣で涙目になりながら炒飯を食べようとする三上を見捨てる訳にはいかない。

 

(そもそも三上は完全なとばっちりで、炒飯を食う必要が無かったんだよな……)

 

今三上が地獄を見てるのは紛れも無く俺の責任。にもかかわらず三上は俺に恨み言を言わずに炒飯を食べようとしている。

 

全部食べたら三上は死ぬだろう。それだけは許されない。俺の所為で大切なチームメイトが、義妹が死ぬのだけは阻止しないといけない。

 

そう思うと俺は三上の手からスプーンをひったくり……

 

「お、お兄ちゃん?!」

 

三上の前に置いてある炒飯を口にかっ込む。隣では太刀川さんと堤さんも信じられない表情で俺を見ている。堤さんなんて目を見開いているがイケメンだな……

 

そんな事を考えながらもスプーンを持つ手は止めない。炒飯が口に入ると同時に口の中が地獄になるがそれを無視して食べる。吐き気も催してくるが無視する。

 

三上にこれを食わす訳にはいかない。こうなった責任を取る為にも……

 

(俺の分と三上の分……2杯食ってやる!)

 

そのまま三上の炒飯を食べ切った。そしてそのまま自分の炒飯に手を掛ける。気分は悪いが我慢してかきこむ。ここで休む選択肢もあるが、休んだら休憩が終わってから躊躇う可能性もある。

 

「おい比企谷!無理すんな!」

 

「一度に2杯も食べたら危険だ!」

 

「良いから!私が食べるからもう止めて!」

 

3人が必死になって止めるが無視。確かに俺は無理をしている。2杯も食べたら間違いなく倒れるだろう。

 

しかし三上に食べさせない為にも止まる訳にはいかない。その為なら……

 

(この命、惜しくない……!)

 

俺はそのまま3人の制止を振り切って……

 

「ごちそうさまでした……」

 

その言葉を口にして空皿とスプーンをテーブルの上に置いた。

 

同時に限界を超えたからか、頭がクラクラしてそのまま地面に向かって倒れているのを実感する。

 

「………!」

 

「………!」

 

「………!」

 

3人が何かを言っているが今の俺に3人の声を聞く力は無かった。俺はそのまま地面に倒れ伏し……

 

(うん、やっぱ2杯はキツイな……)

 

その考えを最後に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

(知らない天井だ)

 

目が覚めると真っ白な天井が目に見える。意識はまだ朦朧としているが、何があったかは不思議と覚えている。

 

夕飯に加古さんの外れ炒飯を、それも自分の分と三上の分の2人前を食べて意識を失ったのだろう。自分で言うのも自画自賛かもしれないが、アレを食べて良く生きてたな俺。

 

そんな事を考えていると……

 

「お兄ちゃん!」

 

横から話しかけられたので頭を動かすと、チームメイト兼義妹の三上が横にいた。

 

「お兄ちゃん大丈夫?!私が分かる?!」

 

まさに鬼気迫る表情で迫っている。それによって思わず身体を引いてしまう。

 

「ああ大丈夫だ。義妹の三上だろ?」

 

「良かった……ごめんねお兄ちゃん。私の分も食べたから……」

 

初めは安堵の表情だったが、話すにつれて顔を曇らせる三上。その顔は止めろ。お前は悪くないんだから。

 

「気にするな。元はと言えば外れ炒飯を知らなかったとはいえ俺が加古さんの誘いに乗ったのが悪いんだから」

 

少なくとも三上が謝ることはない。ついさっき地獄を見たが後悔はしてない。

 

「……でも」

 

一方の三上は表情が曇ったままだ。全くこいつは……

 

「三上。さっきの事は本当に気にしなくて良い。俺は隊長として、義兄として当然の事をしただけだ」

 

言いながら三上の頭を撫でて甘やかす。すると三上はハッとした表情で俺を見てからくすぐったそうに髪を揺らす。

 

「だからこういう時は「ありがとうお兄ちゃん。今の小町的にポイント高い」って言っときゃ良いんだよ」

 

「いや私小町ちゃんじゃないからね……でも、ありがとうお兄ちゃん」

 

「それで良い」

 

義妹に謝られたても困るだけだ。それなら礼にして欲しい。俺としてもそっちの方が気が楽だし。

 

そう思いながら俺と三上は暫くの間穏やかな時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「じゃあまた明日な。学校が終わったら作戦室に集合して4人でミーティングをする。その時にトリガー構成も決めるから助言よろしく」

 

「うん。わかったよお兄ちゃん」

 

医務室を出た俺は三上を家まで送った。丁度今三上の家の前に着いたので三上は自転車から降りる。

 

「じゃあまたな」

 

「うん。さっきは本当にありがとうね」

 

「だから気にすんなって。俺は当然の事をしただけだ」

 

「それでもだよ。だからお兄ちゃん……お礼をしたいから目を閉じてくれない?」

 

「目?別に構わないが」

 

そう言って目を閉ざす。すると真っ暗の中、三上がこちらに近寄ってくる気配を感じる。まさかとは思うがイタズラを企んでるのか?

 

若干三上に対して警戒していると……

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

小さなリップ音と共に頬に柔らかい感触を感じる。こいつまさか……!

 

反射的に目を開けると、三上が磁石の反発の如く俺から離れる。

 

「あ、あのね……!この前読んだ漫画で主人公の女の子が義理の兄にお礼をする時にこうしてたから……!お、お休み!」

 

三上は真っ赤になりながらも一礼してそのまま自宅に入って行った。

 

俺は暫くの間その場から動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜!漫画だと主人公は恥ずかしがって無かったけど凄く恥ずかしかったよ〜」

 

「何が恥ずかしかったのよ?」

 

「お、お母さん?!な、何でもないよ!」

 

「何よその反応は?もしかしてボーダーで彼氏でも出来たの?」

 

「かれっ……!ち、違うよ!私とお兄ちゃんはそんな関係じゃ……!」

 

「ヘェ〜、お兄ちゃんがいるんだ。これはお父さんにも聞かせないとね〜」

 

「待ってお母さん!誤解だからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、おかえりお兄ちゃん。お疲れ様……って、何それ?!」

 

「あん?何がだよ?」

 

「頬だよ頬!何で頬にキスマークがあるの?!」

 

「あっ……!いやこれはだな……!」

 

「彼女?!ボーダーで彼女が出来たの?!」

 

「彼女じゃねぇよ!義妹からだよ!」

 

「………は?義妹?ねぇお兄ちゃん、義妹ってどういう事?」

 

「あっ、やべ……」

 

「ふーん。お兄ちゃんボーダーで義妹を作ったんだ〜?実妹がいるのに?」

 

「いや、それはだな……」

 

「へー、そうなんだー、義妹ねぇ」

 

「誤解だぁぁぁぁぁぁっ!」



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比企谷八幡は朝から疲れ果てる

晴れやかな朝、俺は陰鬱した気分で登校している。自転車の後ろは軽いが俺の気分は重い。

 

内心ため息を吐きながらチャリを漕いでいると知った顔が2人、登校しているのが見えた。

 

同時に顔が熱くなるのを自覚する。よりによってあの2人かよ……

 

決して嫌いって訳じゃないが昨日色々あって話しかけるのが難しい。

 

内心悶々としていると向こうはこちらに気付いたようだ。1人は満面の笑みで大きく、もう1人は頬を染めながら小さく手を振ってきた。

 

(……これはスルーするのは無理だな。したら失礼だし)

 

内心少しだけ辟易しながらも2人に近寄り自転車から降りる。

 

「おはよー比企谷君。朝に会うのは奇遇だね」

 

元気良く挨拶をしてくるのは嵐山隊オペレーターの綾辻遥。学校でもボーダーでも5本の指に入るくらい可愛い女子で、ボーダーでも学校でもファンが多い。

 

オペレーターとしての腕も良く、容姿端麗、成績優秀、品行方正と絵に描いたような完璧美少女だが、(眼鏡をかけた)俺のファンクラブの副会長という残念な面もある。

 

「お、おはようお兄ちゃん……」

 

恥じらいながら挨拶をしてくるのはウチの隊のオペレーターの三上歌歩。綾辻同様ボーダーや学校でトップクラスに可愛い上、見た目も成績も性格も最高クラスの女子である。天は二物を与えずという言葉があるが、アレは絶対に嘘だと思う。

 

2人とも凄く優しいが、今の俺としては余り会いたくなかった。

 

理由は簡単。恥ずかしいからだ。

 

俺は昨日三上にお兄ちゃん呼びされている事を綾辻と宇佐美にバレ、口止料として眼鏡をかけさせられて様々なコスプレをさせられたのだ。

 

それだけならまだ良いが、俺が騎士の格好をした時、綾辻は俺の腕に乗ってお姫様抱っこの形となり、物凄く甘えてきたのだ。あの時に感じた綾辻の髪の匂いや柔らかな胸、華奢な身体の感触は一生忘れないだろう。

 

そして三上には昨日頬にキスを……いかん。思い出しただけで顔が熱くなってきた。とにかく今は挨拶を返さないと。

 

「あ、ああ。おはよう。お前らが一緒って珍しいな」

 

俺は基本的に朝は三上と一緒に登校しているが、その際に綾辻も一緒にいるのはなかったからな。俺の中で2人が一緒に登校しているのは割と珍しい光景だった。

 

「まあね。私は防衛任務上がりで登校してたら歌歩ちゃんと会ったの。ところで比企谷君、少し疲れてるようだけど大丈夫?」

 

「あ、私もそう思ったな。大丈夫お兄ちゃん?もしかして眠れなかったの?」

 

2人が心配そうな表情を浮かべて詰め寄ってくるので思わず一歩下がってしまう。幾らしょっちゅう顔を合わせているとはいえ、美少女2人に迫られたら緊張してしまうのが男だからな。

 

「いや、昨日少し妹と喧嘩しただけだ」

 

嘘は吐いてない。メチャクチャ省略したけど。

 

「へー、比企谷君妹いたんだ。でも何で喧嘩したの?」

 

「そうだよね。お兄ちゃんと小町ちゃん仲良いし」

 

「あー…….昨日帰った時にうっかり小町のプリンを食べたんだよ」

 

これは嘘だ。本当の理由は昨日俺の自爆によって三上にお兄ちゃんと呼ばれていることがバレたからな。

 

それで小町は臍を曲げてネチネチ嫌味を言ってきたのだ。普段の俺なら文句1つ言わずに嫌味を受け入れていたのだが、加古さんの炒飯を2杯食べた所為か、精神的に疲れていた俺は嫌味を受け入れられず……

 

ーーー別に俺が三上にお兄ちゃん呼び頼んでも俺の勝手だろ

 

言ってしまったのだ。その後は予想出来るだろう。案の定小町はキれた。

 

ーーー実妹がいるのに赤の他人にお兄ちゃん呼びを頼む事自体おかしいでしょ。そんなんだから中学時代に虐められるんだこのゴミいちゃん、と。

 

今冷静になって考えたら紛れもない事実なので否定は出来ないが、昨日の俺は精神的に疲れ果てていたので逆ギレをした。

 

ーーー退院してからは色々なイベントがあって疲れていて癒しが必要なんだよ。大体三上からは了承を貰ったんだし問題ないだろうが。家でならともかく学校やボーダーでの俺の行動に一々茶々入れてんじゃねぇよ。ハッキリ言ってウザい、と。

 

それから俺達はお袋が帰ってくるまで喧嘩をした。小町と喧嘩をするのは生まれて初めてではないが、あそこまで下らない理由で揉めたのは生まれて初めてだろう。

 

仕事から帰ってきたお袋は何事かと俺達に事情を聞いてきたので俺達が説明すると……

 

『下らない事で喧嘩してんじゃないよ!』

 

俺達の頭に拳骨を振り下ろして風呂に向かって行ったのだ。我が家では親父が居なくなってからはお袋が首領なので逆らう事は俺にも小町にも出来なかった。あの拳骨はマジで痛い。

 

そんな訳で俺と小町の喧嘩はお袋の拳骨によって終了した。終了しなければ再度お袋の拳骨が唸るのはわかっていたので俺も小町も矛を収め再度抜く気はなかった。

 

しかし腹の中に燻るものが残ったのは事実だ。今日になって大分冷静になったが何となく小町と話したくなかったので、今日は小町を送らずに登校したのだ。

 

しかしそれを馬鹿正直に言うつもりはない。言ったら三上は間違いなく気に病む。三上が俺をお兄ちゃん呼びしてるのは俺が要求したからだ。最近乗り気でお兄ちゃん呼びをしているとはいえ1番の元凶は俺だからな。

 

そう判断した俺は2人に嘘を吐いた。

 

「あー、それは怒るよお兄ちゃん。女の子にとって甘い物は大切だから」

 

「そうだね。今度プリンを買って仲直りしなよ」

 

一方の2人は俺の嘘を疑う事なく信じてくれた。2人が純粋で助かったぜ。

 

「まあそうするよ。とりあえず学校行こうぜ」

 

2人の言う通り、今日の帰りにでも謝罪の品を買っとこう。

 

言いながら自転車から降りる。いつもなら三上を乗せているが今日は綾辻もいるのだ。流石に三上だけ自転車に乗せるのはアレだし偶には歩くか。

 

自転車から降りると2人は頷き俺の横に並ぶ。それによって辺りにいる他の総武の人からは視線が集まる。まあ1年トップクラスのルックスを持つ綾辻と三上と一緒に歩いているんだ。仕方ないっちゃ仕方ない。

 

「そういえば比企谷君達は今日は本部に行くの?」

 

「ああ。今日初めて4人が集まれるからな。今後の対策をしたい」

 

A級に上がる為に必要なB級ランク戦の対策や、辻の女子対策などチームを組んでからもやる事が山積みだ。

 

「そっか。結成当初は結構大変だと思うけど頑張ってね」

 

「うん。そういえば遥ちゃんの時も大変だったの?」

 

「私の場合嵐山さん達が優秀だったから連携とかはそこまで苦労しなかったよ。ただ結成当初、私が4人に支援するのが大変だったな」

 

まあ戦闘員4人を支援するのは難しいだろう。俺は一応4人目の戦闘員を入れる事も視野に入れているが、三上の状況次第では戦闘員を増やさないつもりだ。

 

「大変そうだね」

 

「ああ。とりあえず出来ることからやって行くつもりだ。三上の力を借りるかもしれんが、そん時はよろしく頼む」

 

俺は隊長として未熟だし、頼りになるチームメイトに頼らせて貰う。少なくとも三上はオペレーターとしても人としても信用出来るし。

 

「うん。お兄ちゃんの為に一緒懸命頑張るね。妹の仕事はお兄ちゃんを助けることだから」

 

三上は満面の笑みでそう言ってくる。いつもならドキドキしてしまうが、今はしていない。昨日三上のお兄ちゃん呼びが理由で喧嘩したし。

 

本来なら三上に昨日の事情を説明してお兄ちゃん呼びを取り下げるのが筋だろう。しかし……

 

(い、言えねえ。こんなキラキラした目を見たらお兄ちゃん呼びを止めろなんて言えねえ……!)

 

初めの頃は恥じらっていたが、既に三上は俺をお兄ちゃんと呼ぶ事に対して恥じらいを捨てていて、寧ろ俺にメチャクチャ甘えていて俺の前では完全に妹と化しているのだ。俺でもわかる。今の三上はこの状況を心底楽しんでいる。

 

そんな状況でお兄ちゃん呼びを止めろなんて言ったら、顔に出さずとも三上は間違いなく揺らぐだろう。

 

「そ、そうか。ありがとな」

 

俺はそう口にすることしか出来なかった。済まん……

 

「2人って本当に兄妹みたいだね。そういえば2人って誕生日はいつなの?」

 

「何だ藪から棒に?」

 

「だってもし比企谷君か歌歩ちゃんより遅生まれなら……」

 

あー、確かにな。俺の誕生日は8月だが、もしも三上が6月や7月生まれなら俺が三上をお姉ちゃん呼びしないといけないな。

 

「私は2月23日だよ。お兄ちゃんは?」

 

「俺は8月8日だ」

 

「じゃあ比企谷君の方がお兄さんだし呼び方は変えなくて良いね」

 

良かった……三上が7月生まれとかだったら、知らなかったとはいえ早生まれの奴にお兄ちゃん呼びを強要する変態って扱いを受けるところだったぜ。

 

「ああ、そうだな」

 

「良かったよ。そういえば遥ちゃんは何時誕生日なの?」

 

「私?私は5月4日、丁度1週間前だね。だから2人よりお姉ちゃん……あっ」

 

すると綾辻はハッとした表情を浮かべて俺を見てくる。何だろう、理由はないが物凄く嫌な予感しかしない。

 

「ねえ比企谷君。今さ、伊達メガネは持ってるかな?」

 

「一応あるが。それがどうかしたのか?」

 

昨日から1週間、ボーダーでは伊達メガネを掛ける罰なので肌身離さず持っている。しかしここで眼鏡の存在を尋ねるって事は何かしら要求をしてくるのだろう。

 

「あのさ……眼鏡をかけてさ、私の事をお姉ちゃんって呼んでくれない?」

 

「……はい?」

 

こいつは何を言っているんだ?俺がお前をお姉ちゃん呼びしろと?

 

「私って一人っ子なの。それについては不満はないんだけど、偶に兄や姉、弟妹が欲しいって思う時があるの」

 

「だから俺にお姉ちゃん呼びしろと頼んだのか?」

 

「うん。ダメかな?」

 

ダメに決まってんだろうが。三上を妹扱いしたかと思えば、綾辻を姉扱いするだと?高校生にもなって姉弟ごっこや兄妹ごっこをするって……三上を妹扱いしている俺が言うのもアレだがヤバいだろ?

 

「いや、悪いが綾辻それは「お姉ちゃん」……おい」

 

「お姉ちゃん」

 

「いや、だからな「お姉ちゃん」……ちょっと待て」

 

「遥お姉ちゃん」

 

ダメだ。お姉ちゃんしか口にしなくなったよ。しかも名前呼びしろと?綾辻の奴マジで「遥お姉ちゃん」心の中を読むな。

 

しかしこうなった以上俺が眼鏡をかけてお姉ちゃん呼びしないと止まらないだろう。……やれやれ。

 

内心俺はため息を吐きながら鞄から伊達メガネを取り出し、掛けると同時に……

 

「は、は……遥姉さん」

 

顔に熱を生みながら姉さん呼びをする。クソ恥ずかしい……三上が初め俺をお兄ちゃん呼びするのを恥ずかしがっている気持ちがよくわかった。

 

「うん、何かな弟君?」

 

言いながら綾辻は「遥お姉ちゃん」……遥姉さんは満面の笑みを浮かべて俺の頭を撫でて良い子良い子してくる。マジで何をやってんだ俺達は?てかマジで心の中を読むな。

 

「い、いや……呼んだだけで用はないからな?」

 

「えー?つまり弟君は私をからかったの?」

 

そう言いながらも綾辻「遥お姉ちゃん」……遥姉さんは楽しそうな表情で頬をプニプニつついてくる。何なのマジで?眼鏡を掛けると俺の顔ってそんなに変化するの?!

 

「お姉ちゃんをからかうなんて弟君はいけない子だなー」

 

今度は顎クイをして、キスをするくらい顔を近付けたかと思えば……

 

「ふぅ……」

 

「うおいっ!」

 

「ふふっ……弟君ったらかーわいい」

 

顔をズラして耳に息を吹きかけてくる。それによってゾクゾクしてきた。あや……遥姉さんって絶対にドSだ。ヤベ……若干興奮して……違ぇ!

 

「み、三上!ヘルプヘルプ!」

 

言いながら三上にヘルプを求めるも……

 

「頑張って、お兄ちゃん」

 

満面の笑みで手を振るだけだった。おい!お前さっき妹の仕事はお兄ちゃんを助けることだから、とか言ったよな?!今こそ助けろよ!

 

三上にヘルプの目を向けるも助ける素振りを見せない。薄情者め……

 

結局俺は暫くの間、あや……遥姉さんにからかわれまくった。義妹問題が生まれたと思ったら義姉が出来ちゃったよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は瞬く間に過ぎて放課後……

 

「んじゃ行くぞー」

 

「うん。でも大丈夫?」

 

何時ものように帰りの支度を済ませて席から立ち上がると三上に心配そうな表情で見られる。

 

「大丈夫だ。昼休みに姉さんにからかわれた事によって溜まった疲れは体育をサボって回復した」

 

「いや授業をサボるのはダメでしょ……」

 

仕方ないだろ。昼休み、俺は駐輪場の近くで飯を食っている。三上はクラスメイトと食べるので基本的に1人で食べている。そこは放課後になるまで人が殆ど来ることがなく、風も気持ち良く中々良い場所なのだ。

 

しかし今日は1人ではなかった。ベストプレイスに行く前に飲み物を買おうとしたら遥姉さんに捕まって一緒に飯を食う事になったのだ。それだけならまだしも食ってる最中に眼鏡を掛けさせられ、撫で撫でされたりと甘やかされた上に、耳に息を吹きかけられたり脇をくすぐられたり膝の上に乗ってきたりとイタズラをされまくったのだ。

 

昼休みが終わった頃には精神的に疲れ果てていたので、体育は体調が良くないと休ませて貰った。男女別で本当に良かった。でなきゃ真面目な三上がサボりを見逃してくれなかっただろうし。

 

「終わっちまったものは仕方ない。行くぞ」

 

そう言いながら教室を出ると……

 

「「あ」」

 

丁度同じタイミングで辻が廊下を歩いていて鉢合わせした。本当に偶然だな。

 

そんな事を考えていると急に辻がピクンと跳ねる。おそらく後ろからやってきた三上にビビったのだろう。

 

「あれ?辻君?」

 

「あ、いや……」

 

途端に俯きしどろもどろな口調になる。コイツマジで女子と交流するの苦手だな!

 

「よう、今から基地に行くのか?」

 

さりげなく辻の前に立つと、辻は顔を上げていつものクールな表情に戻る。お前変わり過ぎだろ?

 

「ああ。今日は初めてミーティングに参加するがよろしく頼む」

 

「こっちこそ。そんじゃ一緒に行くのは……無理そうだな」

 

「済まない……」

 

明らかに三上にビクビクしているし一緒に行くのは無理だろう。

 

「わかった。じゃあ俺達は先に行って準備しておく。4時までに来いよ」

 

「わかった。それまでには必ず行く」

 

「ああ。行くぞ三上」

 

「あ、待って」

 

俺は三上を連れて早歩きで校舎を出る。そして自転車に乗っていつものように三上を後ろに乗せて漕ぐ。

 

「やっぱり辻君は女子が苦手みたいだね」

 

「まあな。あいつに悪気がある訳じゃないし、何とか付き合ってくれないか?」

 

俺としても優秀な隊員を手放すのは避けたいし、三上と照屋には少々付き合って貰いたい。

 

「大丈夫だよお兄ちゃん。私は気にしてないから」

 

三上は優しい声でそう言ってくる。本当に出来た子だなぁ。将来はこんな子と結婚したいな……

 

そんな事を考えながら俺は自転車を漕ぐ力を強めて基地に向かった。

 

初めて4人で訓練をやるが……上手くいきますように。いや、マジで。

 

 



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比企谷隊の訓練が始まる

「……って、訳で改めて説明するが俺が目標としているチームは、どんな状況でも安定して点を取れる攻撃を重視したバランスチームだ。既存のチームを使って例えるなら嵐山隊に近いな」

 

比企谷隊作戦室、隊長である俺は嵐山隊が縦横無尽に動くシーンを映しているモニターの前に立ち説明をする。

 

作戦室の席にはチームメイトの照屋文香、辻新之助、三上歌歩が座って俺の話を聞いている。作戦テーブルの真ん中に巨大な仕切り壁を作って男女別々にしながら。

 

理由は簡単、こうしないと辻がキョドッてミーティングにならないからだ。これについては辻本人からも了承が得たので問題ない。

 

「バランスチームという事は狙撃手の勧誘もするんですか?」

 

照屋が律儀に手を上げて質問をしてくる。

 

「一応勧誘することも考えているが。今シーズンはこれ以上メンバーの増員はしないつもりだ。理由としては現時点でB級個人の狙撃手がいないのと、戦闘員4人は三上の負担になるかもしれないからだ。勧誘するとしたら来シーズン以降だな」

 

その頃には三上もオペレートに慣れているだろうし、狙撃手の数も増えているだろう。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「気にすんな。んで次に行くぞ。そんな訳で狙撃手は今シーズンはいないから遠距離戦は無理だ。よって近距離戦と中距離戦を出来るようにしないといけない」

 

そう言ってモニターの近くにあるパネルを操作すると比企谷隊のメンバーのトリガー構成が表示される。

 

比企谷八幡

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

テレポーター

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

 

照屋文香

 

主トリガー

弧月

旋空

シールド

FREE TRIGGER

 

副トリガー

アステロイド:突撃銃

ハウンド:突撃銃

シールド

バッグワーム

 

辻新之助

 

主トリガー

弧月

旋空

シールド

FREE TRIGGER

 

副トリガー

FREE TRIGGER

FREE TRIGGER

シールド

バッグワーム

 

 

「これが今のトリガー構成だが、俺は副トリガーにバッグワームを入れないといけないので、ハウンドを外すつもりだ」

 

「そうなると中距離トリガーの数が減るから俺や照屋さんの空きトリガーに射撃トリガーを入れろ、と?」

 

「俺としてはそれを望んでいる。お前と照屋の得物は弧月と突撃銃で腕を無くしたら戦えなくなるからな。どんな状況でも戦えるように射手の仕事もやって欲しい」

 

俺はスコーピオン+射手タイプのハウンドを使うから腕を斬られても普通に戦えるが、2人は違う。特に現時点の辻なんかは腕を無くしたら何も出来なくなるからな。

 

「もちろん射手の仕事をやる事で従来のポジションに支障が出るなら断ってくれ。嫌だと思った場合もハッキリと断ってくれ」

 

それで本来のポジションの仕事が出来なくなったら本末転倒だしな。無理を強いるつもりはない。

 

そう思いながら仕切り壁によって左右に分かれている2人を見ると、どちらも頷く。

 

「私は大丈夫ですよ。バイパー以外なら実践済みです」

 

「ハウンドで良いなら俺は構わない。アレなら一々狙いを定めないでも使えるから攻撃手の仕事に支障は出ないだろう」

 

どうやら2人は特に反対はしないようだ。俺の考えに不満はないようで良かった……

 

「わかった。じゃあ射手タイプの戦闘も出来るようにしないといけないな……三上」

 

「何お兄ちゃん?」

 

「今からトリガーの構成を変えるから調整を頼む。辻と照屋のトリガーに何を追加するのかは2人と相談してくれ」

 

「三上了解。じゃあ早速やろうか」

 

三上はそう言って作戦机の近くにある椅子から立ち上がり、オペレーターデスクに向かう。照屋も三上に続いて立ち上がるが、辻は立ち上がる気配はないので俺は辻に近寄り手を差し出す。

 

「三上の所には俺が代わりに行くからトリガーをくれ」

 

「……済まない。頼んで良いか?」

 

俺がそう口にすると辻は申し訳なさそうにしながら懐からトリガーを取り出して俺に渡してくる。

 

「別に構わない。だがいつかは改善してくれよ?」

 

「わかってる……このままじゃチームとして支障が出るだろうからな」

 

「わかってるなら良い。とりあえず三上に持ってくが要求はあるか?」

 

「とりあえずメインとサブにハウンドを2つ頼む。残った空きは状況によって考える」

 

「はいよ」

 

辻のトリガーを持ってオペレーターデスクに向かうと、三上は既に照屋のトリガーを開けて新しいチップを入れていた。

 

「出来たよ。主トリガーにアステロイドで合ってるよね?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

どうやら照屋はアステロイドを入れたようだ。まあアステロイドはシンプルだからハウンドと同じくらい扱いやすいし納得だ。

 

「じゃあ辻のを頼む。メインとサブ両方にハウンドな」

 

「メインとサブ両方ね。わかった」

 

辻のトリガーを渡すと三上はドライバーのような物を使ってトリガーを開き、色々な機器をトリガーに接続する。メカ系が苦手な俺からしたら凄い技術だと思う。オペレーターやエンジニアからしたら当然かもしれないが戦闘員からしたら別ジャンルだしな。

 

そう思いながら三上を見ると、三上がパソコンを見ながら真剣な表情でトリガーの調整を行っていた。普段の三上は可愛い印象だが、今の三上は美しく見えた。

 

(人は色々な面を持っているのは知ってるが、俺の義妹がこんな凛々しい表情をするとは思わなかったぜ……)

 

暫くの間三上の事を見ていると、三上がこちらを向いてくる。

 

「どうしたのお兄ちゃん?私のことジッと見て」

 

「あ、いや……今の三上は綺麗だなって……」

 

「い、いきなり何言ってるの?!お兄ちゃんのバカ!」

 

しまった、いきなり質問をされたから馬鹿正直に答えてしまった。てか赤面してバカ呼ばわりしてくる三上マジで可愛いな。そして俺は頬とはいえこんな可愛い女子にき、き、キスを……

 

(ダメだダメだ!これ以上考えたらあの柔らかな感触とリップ音を思い出してしまう!)

 

「わ、悪い……今のは聞かなかった事にしてくれ」

 

「べ、別に怒ってないけど……とりあえず辻君のトリガーは終わったよ」

 

「じゃあ最後は俺か……副トリガーのハウンドを外してバッグワームを頼む」

 

「わ、わかった」

 

三上は頬を染めながらも俺のトリガーを受け取り、調整を始める。その間俺は三上の顔をマトモに見れないのでオペレーターデスクから離れて辻の所に向かう。

 

「はいよトリガー」

 

「わざわざ済まないな……そういえば比企谷に聞きたい事があるんだが良いか?」

 

「答えられる事なら構わない」

 

「何故お前は三上さんにお兄ちゃん呼びをされているんだ?」

 

お兄ちゃん呼びされたくて賭けをして勝ったからだ。

 

しかしそれを馬鹿正直に言うと、ド変態扱いを受けそうで怖いので嘘を吐かせて貰おう。

 

「色々あったんだよ。とりあえず同意の上だから問題ない」

 

「……よくわからんが聞かないほうが良さそうだな」

 

「懸命な判断だ」

 

そう返していると三上がやってきて俺にトリガーを渡してくる。

 

「はいトリガー。それでお兄ちゃん。今からどんな訓練をするの?」

 

「サンキュー。先ずは照屋と辻は新しく追加したトリガーのチェック。明らかにやり辛いなら外さないといけないからな。それが終わったらトレーニングプログラムを使った連携訓練をやる」

 

言いながら俺は懐から巨大なUSBを2つ取り出して三上に渡す。

 

「何これ?」

 

「太刀川隊と嵐山隊が普段使ってるトレーニングプログラムだ。国近先輩と遥姉さんが以前作ったプログラムをさっきコピーして貰った」

 

「ええっ?!」

 

その言葉に俺以外の3人が驚きの表情を浮かべた。まあそりゃそうだろうな。

 

「凄いですね……どうやって手に入れたんですか?」

 

「俺の睡眠と羞恥心の犠牲の末にだ」

 

「「「は?」」」

 

3人が頭にクエスチョンマークを浮かべる。まあ睡眠(オフの日に国近先輩と徹ゲー)や羞恥心(今週末に伊達メガネを掛けて遥姉さんと1日姉弟ごっこ)の犠牲の末って言われてもわからないだろう。

 

ウチの部隊は結成したばかりなのでトレーニングプログラムの数が少ないのだ。三上曰く制作には時間がかかるらしいので他所の隊のプログラムをコピーしたのだ。その際国近先輩と遥姉さんに頼んだら世にも恐ろしい条件を出されたのだ。

 

本来なら断りたかったが、チームの為と割り切った。というか初めは断ろうとしたが2人(特に遥姉さん)が条件を呑めとプレッシャーをかけてきて断れなかったが正確だな。

 

閑話休題……

 

「まあ色々あったんだよ。とにかく!これは紛れもなく太刀川隊と嵐山隊のトレーニングプログラムだ。三上は射撃訓練が終わったらそれをインストールしてくれ」

 

「りょ、了解。とりあえずトレーニングステージを用意するね」

 

三上がそう言って再度オペレーターデスクに向かってパソコンを操作し始める。色々な犠牲の末に手に入れたのだ。是非有効活用しないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーニングステージはこんな風になっているのか……初めて見たが中々便利だな」

 

トレーニングステージに転送されると辻は興味深そうに辺りを見渡す。まあ辻はつい最近まで個人だったから仕方ないだろう。

 

てかさりげなく照屋から離れて目を合わせないって……どんだけ徹底してんだよ?

 

「まあな。ほんじゃ三上。適当に的を用意してくれ」

 

『了解』

 

三上の声と同時に少し離れた場所に人型の的が数十個現れた。それは屋根の上や塀の上、壁の横とあらゆる場所にある。

 

『初めてだからその場から動かなくても狙える場所にしか配置してないけど大丈夫?』

 

「問題ない。んじゃ先ずは照屋からさっき入れたアステロイドを確かめてくれ。ただし副トリガーの突撃銃も使いながらやってくれ。その状態で両攻撃が出来るかを確かめたい」

 

「了解」

 

照屋はそう言って銃を生み出して準備を始める。同時に俺と辻は照屋から距離を取り、的がしっかりと見える位置に立つ。

 

『基礎プログラム、スタート』

 

同時に開始の合図が出る。すると照屋は右端の一軒家の屋根の上にある的に銃口を向けながら自身の周囲にキューブを浮かし……

 

「アステロイド」

 

そのまま両攻撃をする。放たれた弾丸は一直線に進んでいき、先にある的を次々と破壊していく。……が、

 

(結構外しているな……)

 

見ると銃口から放たれた弾丸はほんの少しだけだが、キューブから放たれた弾丸はかなり外している。これはおそらく両攻撃をしているが故だろう。元々射手タイプの撃ち方は命中精度が荒いのだ。それに加えて銃に意識を集中しているとなれば命中率は更に下がるだろう。

 

そう思いながら照屋を見るとちょうど最後の的を破壊し終わった。

 

「どうだった?」

 

「そうですね……銃に意識を集中していたからかキューブとして放つアステロイドに意識を割くのが難しかったです。ですからアステロイドではなくメテオラかハウンドにしたいと思います」

 

メテオラは爆発して広範囲を攻撃する炸裂弾、ハウンドは自動で追尾する誘導弾。どちらもアステロイドに比べたらそこまで意識を割く必要はないし妥当な判断だな。

 

「わかった。もしそれでもダメなら外してくれ」

 

「了解しました。それでは一度トレーニングステージから出ますね」

 

言うなり照屋がトレーニングステージから居なくなり、この場は俺と辻の2人だ。今なら一切問題ない状況だろう。

 

「さて、今のお前なら問題なくやれるだろ?」

 

「ああ……三上さん、もう一度的の設置を頼んでいいかな?」

 

『わかった。ちょっと待ってね』

 

言うなり照屋が壊した的は消えて新しい的が生まれる。てか辻の奴、女子と通話するのは出来るみたいだな。つまり顔を見れないだけで女子と関わるのは可能って事だな。女性不信とかじゃなくて良かったぜ。

 

そんな事を考えていると辻は弧月を出して構えを見せてくる。そして周囲にキューブを浮かすと……

 

『基礎プログラム、スタート』

 

再度開始の合図が出る。同時に……

 

「ハウンド」

 

辻は走りながらハウンドを大量に分割して放つ。自動で追尾する弾丸だけあって辻がバラバラにしてから飛ばしたハウンドはありとあらゆる方向に飛んでいき破壊する。そして破壊し損ねた的を……

 

(旋空で破壊する、と。シンプルだが実に合理的なやり方だな)

 

流石バランスタイプの戦闘員だけあって、弧月の振り方もお手本のように綺麗だ。

 

弧月を振り終えると即座に弧月を消して両手からハウンドを上空に打ち上げる。放たれたハウンドは自動追尾機能を持っているのでそのまま的へと飛んでいく。あの技は敵の炙り出しにも使えるからな。C級時代に銃手が良くやる戦法で、この前由比ヶ浜に教えた技でもある。

 

的が壊れる中、辻はその間を一直線に進み次々と破壊していく。一撃一撃の間に隙がなく実に合理的だ。

 

そんな風に感心しながらも見ていると、遂に最後の的が破壊される。

 

「どうだった?」

 

「特に問題ないな。強いて言うなら両攻撃をした後に弧月を使おうとすると若干使いにくいな」

 

「なら極力両攻撃はしなくて良い。両攻撃をするのは腕を斬られてからにしてくれ」

 

辻本来のスタイルを崩しちゃ本末転倒だからな。それだったら無理を強いるつもりはない。

 

「わかった。それでこれからは例のトレーニングプログラムか?」

 

「ああ。予定としては全員が中距離の訓練、近接2人中距離1人の訓練、近接1人中距離2人の訓練をやっていきたいと思う」

 

「それで近距離での連携についてだが……」

 

「安心しろ。近距離3人の訓練はお前が照屋と話せるようになってからにする」

 

「済まん……」

 

「別に構わない」

 

それ以前の話として近距離3人の連携訓練をするつもりはなかったし。

 

理由は6月のランク戦までには間に合わないだろうからだ。以前から照屋と2人で攻撃手の連携をやっているが結構難しい。それが3人となれば難易度は跳ね上がるに決まっている。

 

3人の訓練は辻のコミュ障が改善してから防衛任務などでやって行くようにしたい。

 

「とりあえず今日の近距離連携訓練は俺とお前、もしくは俺と照屋が近距離をやるから……っと照屋も来たな」

 

チラッと横を見るとトリガー構成を変えたのだろう照屋が再度トレーニングステージに現れたので辻と照屋の間に立つ。

 

「変えてきたな。どっちを入れたんだ?」

 

「今回はメテオラを入れました。ランク戦では相手によってハウンドを入れます」

 

「わかった。さっき俺と辻が話していたのを聞いていたと思うが今日から3人の連携訓練をやる。初めは俺と辻が近距離、お前が中距離担当で良いか?」

 

「問題ないです」

 

「なら良し。三上、さっき俺が渡したプログラムはインストール出来たか?」

 

『出来てるよ。太刀川隊と嵐山隊、どっちを先にやる?』

 

「嵐山隊で頼む」

 

嵐山隊は万能手3人に狙撃手とウチの隊と編成が似ているし。

 

『了解。それじゃあ起動……っと』

 

三上がそう口にするとさっきまであった住宅地や壊れた的が消えて、新しい住宅街が生まれる。さっきに比べて家の数も増えて巨大なマンションをある。

 

『準備完了だよ。これで私がスタートボタンを押せばトリオン兵が出てくるよ』

 

「了解した。じゃあ行くぞお前ら。訓練だからって油断しないで街の安全を守るべく全力でやれよ」

 

「「了解」」

 

俺の左右に立つ2人は落ち着いた声で頷く。どんな状況でも落ち着いているのはありがたいが、辻は距離が遠過ぎるから早めに改善してくれ。

 

「良し……じゃあ三上、頼む」

 

『了解。それじゃあ……』

 

『嵐山隊トレーニングプログラム、開始』

 

次の瞬間だった。ありとあらゆる場所に警戒区域で見る黒い門が生まれたかと思いきや大量のトリオン兵が出てきた。数から察するに結構いるだろう。

 

さて……1日姉弟ごっこをする事を約束してまで手に入れた物なんだ。思い切り使わせて貰おうか。

 

そう思いながら俺は辻と平行して近くにいるトリオン兵に向かって走り出した。



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こうして本格的な訓練が始まる

俺と辻が突っ込んだ先にはモールモッド3体とバムスターが1体、バンダーが2体いた。

 

さて……となると照屋にやらせるのは……

 

『私がバムスターとバンダーをやります。先輩達はモールモッドをお願いします』

 

俺が言おうとした瞬間、照屋が考えていた事を口にする。やはり照屋は俺の考えを読んでいたか。ボーダーで1番付き合いが長いからか、どうにも照屋の考えは読み易く、照屋には考えが読まれやすいんだよな。

 

「任せる」

 

言いながら走ると左右にいるバンダーが砲撃を放ってくるので俺は自身と辻の足元にグラスホッパーを設置して跳ぶことで大きく回避する。

 

背中に爆風を感じる中、いきなり跳んだ事に辻は驚いていたがそれも一瞬、直ぐにいつもの表情になって上手く着地する。

 

「いきなりだな」

 

「悪い悪い。次から気をつける……っと!」

 

軽く謝りながら近くにやって来たモールモッドのブレードを伏せて回避して間髪入れずに右のブレードをぶった斬る。同時に辻が左のブレードを斬ってくれたので今のモールモッドは隙だらけだ。

 

トリオン兵はその場に応じて最善の手を打ってくる理に適った動きをしてくるロボットのようなものだ。

 

つまり次にモールモッドがやろうとしている事は背中に格納してあるブレードを出して俺と辻を斬ろうとする事だろう。

 

だから……

 

「死ね」

 

その前にぶった斬る。弱点の目から煙が出て沈黙を確認。先ずは1体……

 

そこまで考えている時だった。

 

ガキンッ

 

ガガガガガガガガッ

 

ドゴンッ

 

鈍い音と銃撃音と爆発音が聞こえたので見ると、近くでは辻が2体目のモールモッドの攻撃を防いでいて、離れた場所では照屋がバンダー2体に弾丸トリガーを浴びせていた。

 

右のバンダーには突撃銃によるアステロイドを、左のバンダーにはキューブ状のメテオラを放って爆発を起こしていた。

 

『右のバンダー沈黙確認。左のバンダーはまだ生きてますが先輩達の邪魔はさせませんので、バンダーに気を取られないで大丈夫です』

 

照屋から頼もしい通信が入る。照屋がそう言うなら大丈夫だろう。信頼なんて言葉は俺には似合わないかもしれないが、俺は照屋の事はボーダーでもトップクラスに信頼している。

 

だから……

 

「了解した……そらっ」

 

照屋にバンダーを任せて、ジャンプすると同時に辻に攻撃をしているモールモッドのブレードを2つ纏めてぶった斬る。これで2体目のモールモッドも隙だらけだ。

 

「そいつを倒したらバムスターの所に向かえ」

 

「了解」

 

辻と一言だけ交わして俺は3体目のモールモッドに向かう。バムスターは鈍いから俺達の所に来る前にモールモッドを全滅させる事は可能だろう。

 

そう思いながら最後のモールモッドに突っ込むと向こうは両手のブレードを振るっつくるのでスコーピオンを振るって、右のブレードを受け流し、ジャンプをしてブレードを回避する。

 

既に防衛任務で何百のモールモッドを殺したんだ。ヤツの行動パターンは完全に熟知しているのでタイマンなら負ける気がしない。

 

これは俺だけじゃなくて照屋や辻、B級上がりたてのルーキー以外の人間なら、殆ど全員が普通にモールモッドを倒せるだろう。

 

だから俺はいつものように左手をモールモッドの目に向けて

 

「じゃあな」

 

スコーピオンを投げつけて弱点の目を貫く。これで2体目。後は……

 

『こちら辻、モールモッド撃破完了』

 

『照屋です。バンダーを撃破しました』

 

「後はバムスターだな」

 

言いながら巨大な身体を持つバムスターが今更ながらやってくる。ヒーローは遅れてやって来ると言うが、こいつの場合雑魚は遅れてやって来るだな。

 

そんな事を考えながら俺はバムスターに手を向けて……

 

「「ハウンド」」

 

ガガガガガガガガガガッ

 

俺の副トリガーのハウンド、辻の両攻撃ハウンド、照屋のアステロイドがバムスターに放たれる。

 

威力の低い弾丸トリガーとはいえ、これだけ火力を集中すれば防御力の高いバムスターでもひとたまりもないだろう。案の定弱点の目どころか全身が粉々に砕け散った。

 

『第1ステージは終わったよ。新しくトリオン兵の存在が確認出来たから位置情報送るね』

 

すると三上からそう言われてレーダーに新しい反応が映る。数は6で、トリオン兵の種類は不明だ。

 

「了解。距離的に俺と照屋が近いから先行する。辻は援護重視で後から付いてきてくれ」

 

『『了解』』

 

2人から了解の返事が来たので俺はレーダーに映る反応の方向に向かうべく近くの住宅地の屋根の上に乗る。道なりに行くよりこっちの方が……っ!

 

するといきなり砲撃が3発来たので反射的にジャンプして躱す。内1発はシールドを展開するも防ぐことが出来ず破壊され、俺の右手首より先が吹き飛んだ。

 

見ると視界の先にはバンダーが3体こちらを向いていた。射線の通る屋根の上に乗ると同時に砲撃をしてくるとは中々いやらしいプログラミングだな。

 

同時に右から照屋も少し離れた場所にある住宅地の屋根の上に上がるのが見えるが砲撃はない。バンダーは一度砲撃すると次の砲撃まで若干のインターバルがあるからだ。

 

『大丈夫ですか?』

 

「問題ない。それよりも行くぞ。ただしシールド1枚じゃ防げないから、バンダーとの距離が30メートル以内になるまでは両防御をしろ」

 

『了解』

 

言いながら照屋が走り出し、照屋の更に右では辻も屋根の上に上がるのが目に入るので俺も走り出す。足が撃たれたならともかく腕なら問題ない。俺が使う武器は手が無くても使える武器だし。

 

屋根から屋根にジャンプしていると砲撃のインターバルが終わったらしいバンダー3体の砲撃がやって来る。狙いは3方向、つまり俺達3人を纏めて潰すつもりだろう。

 

だが……

 

「よっと」

 

3体纏めた砲撃ならともかく1体の攻撃なら問題ない。軽いステップで横に跳んで回避するとさっきまでいた場所に砲撃が叩き込まれ爆発が生じる。爆風で体勢は崩れたが戦闘に支障はないので問題ない。

 

そのまま距離を詰めながらレーダーを見るとバンダー以外の3つの反応がバンダーに近寄っている。同時に顔を上げてバンダーの方を見ればモールモッド3体が俺達と同じように屋根の上に上がってきた。

 

どうやら一気に攻めて潰す算段なのだろう。トリオン兵の癖に中々やるな。モールモッドの狙いは動きから察するに俺達3人の中で中心の位置にいる照屋だろう。となると辻はフォロー出来ないだろうし俺がやるしかない。

 

そう思いながら照屋との距離を詰めようとすると砲撃のインターバルが終わった3体のバンダーが3度目の砲撃を準備してきた。しかもバンダーも照屋に顔を向けている。

 

「照屋、モールモッドに両攻撃をしろ。防御はしなくて良い。バンダーの砲撃は俺がお前を跳ばして対処するから信じて攻撃しろ」

 

『っ……!了解』

 

言うなり照屋は自身の手に突撃銃を展開しながら自身の周囲にキューブを展開して……

 

ガガガガガガガガガガッ

 

ドドドドドドッ

 

大量の弾丸を叩き込む。メテオラを使ったからか爆風が凄くてモールモッドの姿が見えない。しかしレーダーを見ると1体だけ生きてるな。

 

そう思っているとバンダーが砲撃を放とうと目を光らせるので、それを認識した俺は主トリガーからはハウンドを、副トリガーからはグラスホッパーを起動して……

 

「跳べ」

 

砲撃が放たれると同時に照屋の足元にグラスホッパーを設置しながらハウンドを放つ。

 

それによって照屋は右へ大きく跳び、バンダーの砲撃は照屋が跳ぶ前にいた場所を大きく穿ち、俺が放ったハウンドは生き残っていたモールモッドに止めを刺した。

 

さてこれで後はバンダー3体。各自1体ずつ撃破していけば『えっ……!あっ……うっ……!』『す、すみません!』……ん?

 

いきなり変な声が聞こえたので横を見ると

 

「何やってんだあいつらは?」

 

見ると辻が尻餅をつきながら照屋に怯えていて、辻に謝っている照屋がいた。どんな状況だアレは?

 

疑問符を浮かべていると三上から通信が入る。

 

『えっと……お兄ちゃんが照屋さんを跳ばしたらその先に辻君が居てね。それに驚いた辻君が足を止めちゃって勢いに乗った照屋さんと衝突しちゃったの』

 

しまった。照屋をバンダーの砲撃範囲から逃すことに夢中になって辻の弱点を忘れてしまっていた。次からは跳ばす先のことも考えよう。

 

「って、砲撃の準備が完了してるぞ!照屋は辻から離れろ」

 

『了解!』

 

俺は走りながらバンダーに向けてハウンドを放ち牽制しながらそう指示を出す。少なくとも照屋が辻から距離を取らない限り辻はここで脱落だろう。

 

「良し、照屋は離れたし辻も急いで跳べ」

 

この距離だとグラスホッパーの設置は無理なので声しか出せないので指示を出す。

 

『あ、ああ……済まない』

 

辻は未だに戸惑いながらもバンダーの砲撃をギリギリで回避する。本当にギリギリだったな。後0.5秒でも遅かったら辻は脱落していただろう。まあ無事だから良しとしよう。

 

そう判断した俺はグラスホッパーを踏んで1番左にいるバンダーとの距離を一気に詰める。バンダーとの距離が5メートルを切ると、向こうも砲撃のインターバルが終わったのか目から光を出してくるが……

 

「遅い、死ね」

 

スコーピオンを出してそのまま弱点の目をぶった斬る。すると目に充填されていた光は溶けるように消えてバンダーはそのまま崩れ落ちた。

 

(さて次のバンダー……いや、もう大丈夫だな)

 

見れば照屋が弧月+旋空で真ん中にいるバンダーをぶった斬り、辻がハウンドを放ちながら動き回り最後のバンダーの気を引いて照屋から意識を逸らすように心掛けていた。

 

つまり最後のバンダーは照屋に対して隙だらけであり……

 

「旋空弧月」

 

最後のバンダーは呆気なく真っ二つとなった。これで第2ステージは終了だな。

 

『第2ステージも終了。新しいトリオン兵の反応が出たよ』

 

三上から通信が入るのでレーダーを見ると新しい反応が8体あった。さてさて、数も増えたしこれからが本番だろう。

 

「見る限り次はモールモッドが多くバンダーが少ない。射撃を中心に攻めるぞ」

 

『『了解』』

 

言いながら俺達はレーダー反応がある方向に走り出す。さあて……さっさと片付けますか。

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

『太刀川隊トレーニングプログラム 終了』

 

機械の音声がそう告げるとトリオン兵の残骸やボロボロになった住宅街は一瞬で消えて殺風景なトレーニングステージに戻った。

 

「とりあえず訓練はこれで終わりだ」

 

「お疲れ様です」

 

「ああ。辻も初回だがお疲れ。どうだったか?」

 

「チームの戦略については不満はないな。ランク戦までには何とか照屋さんと顔を合わせられるようにする」

 

そう言いながら辻は若干申し訳なさそうな表情を浮かべている。そんな表情を浮かべながらも照屋から離れている辺り徹底してるな。

 

「ああ……」

 

訓練の最中、辻は何度か照屋の近くに行くこともありその度にぎこちない動きをした。それを知ってチームに引き入れたのでそこまで責めるつもりはないが、ランク戦まで味方と顔を合わせられるようにはなって欲しい。

 

「まあ初回だから仕方ないが、少しずつ直していけ。お前が何で女子が苦手なのか知らんが照屋にしろ三上にしろ、お前と同様女子が苦手だった俺が問題なく接することが出来る位良い奴だから」

 

俺がそう口にすると辻は驚きの表情を見せてくる。

 

「比企谷は女子が苦手だったのか?そうは見えない」

 

「確かに私と初めて話した時は若干ぎこちなかったですけど……そこまで苦手だったんですか?」

 

後ろからは照屋もそんな事を聞いてくる。

 

「まあな。告白したら振られて翌日には全員に知られてクラスの笑い者になったし、告白されて真面目に断ったら罰ゲーム告白でキモい呼ばわりされたからな。結構トラウマになったぜ」

 

しかもその後に再度違う女子から罰ゲーム告白されたので手酷く断ったら、ガチ泣きして次の日には「女子を泣かせた屑」扱いされたし。もしもボーダーに入隊してなかったら今でもトラウマが残っていただろう。

 

「お前……そんな酷い扱いを受けていたのか?」

 

「酷過ぎますね……」

 

『お兄ちゃん……』

 

そこまで話すと辻の表情が驚きの表情から同情に溢れた表情に変わっていた。後ろにいる照屋や、俺の言葉を作戦室で聞いていたらしい三上も悲痛な声を出している。どうやら2人にとってはヘビーな話のようだ。

 

「別に気にしなくて良い。今後あいつらと会うことはないだろうし」

 

大抵の奴は大規模侵攻で死んだか拉致されたし、生き残った連中も殆どが海浜総合に進学したしな。

 

「まあそんな訳で女子が苦手だった俺だが、ボーダーに入って照屋みたいに良い奴と知り合ってある程度改善出来たんだ。だからお前も少しくらい踏み込んでも大丈夫だと思うぞ?」

 

「……頑張ってみる」

 

「あの先輩、先輩は私のことを過大評価していると思うのですが……」

 

後ろにいる照屋はそんな事を言っているが、俺はそうは思わない。

 

ボーダーに入隊して1番初めに知り合ったからか、照屋と話したり戦うのは楽しいし、チームを組む時にも1番欲しい戦闘員に照屋を思い浮かべたしな。実際今では入隊初日にこいつに話しかけられて良かったと思う。

 

「まあ気にすんな。それより訓練は終わりだしお菓子でも食おうぜ。どら焼きは食えるか?」

 

「どら焼き?食べれる事は食べれるが俺も食べて良いのか?」

 

「そりゃチームメイトだから構わないぞ。茶は給湯室がないから我慢してくれ」

 

言いながら俺はトレーニングステージを後にする。トレーニング後のお菓子は最高だからな。しっかり味わうとしますか。



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トレーニングが順調に終わる中、比企谷八幡は……

「ふーむ……やっぱり近接戦闘の連携は難しいな」

 

俺はどら焼きを食べながらモニターを見てそう呟く。

 

現在比企谷隊作戦室では4人でどら焼きを食べながら、さっきやったトレーニングプログラムをリプレイしている。丁度今俺と辻の2人が照屋の援護射撃で動きを止めたモールモッドを殺している。

 

「そうだな。改めて見ると結構粗が見えて恥ずかしいな」

 

隣に座る辻はどら焼きを食べそう呟く。お前そう言ってるが殆ど表情が変わってないからな。目の前にある仕切りを外して照屋と三上の顔を見たら間違いなく恥ずかしがりそうなのに……

 

「この粗については練習するしかないからな。まあお前がウチの隊で防衛任務が始まったら警戒区域でも練習出来るし何とかなるだろ」

 

「防衛任務を実践練習って……普通逆じゃないの?」

 

仕切り板の向こうにいる三上が呆れた声を出してくる。まあランク戦ってのはA級に上がる為の試験と同時に防衛任務の為の実践訓練でもある。それを俺は防衛任務をランク戦の為の練習と言ったが、普通は三上の言う通り逆だろう。

 

「まあそうかもな。それより三上としてはどう思う?」

 

「私?」

 

「ああ。オペレーターは俺達戦闘員と視点が違うからな。思った事を素直に言ってくれ」

 

「うーん……今のところ動きが硬いってのもあるけど、訓練を見る限り照屋さんと辻君に比べてお兄ちゃんが速すぎる。そこも連携のぎこちなさの一因だと思うな」

 

なるほどな……確かにそうだ。

 

銃手トリガーを使っているとはいえウチの戦闘員3人のポジションは全員攻撃手だ。ボーダーの定義として万能手になるには攻撃手トリガーと銃手トリガーの両方の個人ポイントが6000以上にならないといけない。まあ照屋は後一歩で万能手になるが。

 

閑話休題……

 

しかし攻撃手と言っても俺はスピード特化型の攻撃手で、照屋と辻はバランスタイプの攻撃手とスタイルが全然違う。速度の差から照屋と辻が俺に合わせようとしたら2人に負担がかかりパフォーマンスレベルは下がるだろう。

 

「今のは参考になったぞ三上。ありがとな」

 

「ううん。お兄ちゃんの役に立てて嬉しいよ。その代わり後で頭を撫でて欲しいな」

 

「任せろ3時間位撫でてやる」

 

「いやいやお兄ちゃん。残念だけどそこまでやったら帰りが遅くなっちゃうから20分位で」

 

「それでも20分はやるんですね……」

 

仕切り板の向こう側から照屋の苦笑じみた声が聞こえてくる。俺としては別に3時間位撫でても構わないんだがな。

 

「っと、話が逸れたな。話を戻すと三上は俺は照屋達と近接連携はしない方が良いって事か?」

 

「しない方が良いとまでは言わないけど、どちらかと言えばお兄ちゃんが暴れて照屋さんと辻君がそのフォロー……みたいなスタイルが良いと思うな」

 

「そうなると近接連携は私と辻先輩の2人がやった方が良いですね。武器も同じですし」

 

「……それが最善だな。一応照屋さんの目を見て話せる位改善出来るよう頑張ってみる」

 

辻は無表情ながらゲンナリした表情を浮かべながらそう口にする。まあ確かに辻と照屋って弧月の使い方も似てるし、辻の女子限定のコミュ障が無くなれば高度な連携が出来ると思う。

 

「頼む。けど無理はするなよ。無理に改善しようとしたら悪化する可能性もあるし」

 

「了解」

 

「まあいつかは治るだろ。ウチの隊の女子は2人とも良心の塊だし」

 

照屋と三上はマジで素晴らしい女子だと思う。この2人との縁が出来て良かったと心から思う。

 

「お、お兄ちゃん?!」

 

「先輩……そこまで言われると恥ずかしいです……」

 

仕切り板越しからそんな声が聞こえてくる。別に謙遜する必要はないと思うがな。

 

「悪い悪い。んじゃ話を戻すが辻よ。ゆっくりで良いから改善してくれや。その後に照屋と近接連携を磨いてくれ」

 

「わかった。それまでに比企谷と戦う時は援護を中心にするように心掛ける」

 

「おう……っと、やるべき課題が見抜けたし6月までに少しずつ進んでいくぞ」

 

「「「了解」」」

 

即座に3人が了解と返事をする。そこには一切の迷いはなく頼もしさを感じる。やはり俺のチームメイトは間違いなく当たりだろう。柄じゃないがこいつらに失望されないように頑張って隊長しないとな。

 

そう思いながら残ったどら焼きを食べながら反省会をして今日の訓練は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練を終了してからは各々別行動となった。三上は月見さんの所に戦術を学びに、辻は個人として防衛任務に行っている。

 

そんな中俺と照屋は……

 

「そこっ!」

 

「クソがっ……!大分見切りが良くなってやがるな」

 

「もう何百も体験してますから」

 

個人ランク戦にて楽しく互いの武器をぶつけ合っている。丁度今、乱反射を使って照屋を撹乱しようとしたが、照屋は俺の軌道上に弧月を振るって俺の腕を斬り落とす。

 

「そりゃそうか。にしてもお前本当に楽しそうだな」

 

言いながら空中で体勢を立て直しハウンドを放ち、テレポーターで照屋との距離を詰める。

 

しかし……

 

「はい。先輩とのランク戦は楽しいですから」

 

笑顔のまま照屋は前方にシールドを展開してハウンドを防ぎながら身を屈める。首を刎ねようとする中、照屋が見せたのは地を這うように低い体勢だったので思わず思考を停止してしまう。

 

しかしそんな隙を逃す照屋ではない。間髪入れずに身を屈めたまま弧月を振るってくる。

 

慌てて後ろに回避しようとバックステップする。この距離なら……っ!!

 

そこまで考えていると、俺の右足が斬り落とされるのを理解する。何故だ?!弧月のリーチから……いや、旋空でリーチを伸ばしたのか。

 

旋空はトリオンを消費してリーチを伸ばすトリガー。特徴として先端に行く程威力が向上するのが特徴なトリガーだ。そして至近距離で使っても威力は低いので使い所が難しいトリガーでもある。普通は至近距離で使わないトリガーだ。俺自身も無意識のうちにこの距離では使わないと考えていたし。

 

しかし照屋は俺からリードを奪う為に普通ならあり得ない『至近距離での旋空の使用』を使ってきた。

 

(こいつ……可愛い顔して良い性格してやがるな。隊長としては嬉しいがランク戦をしている時はこの上なくウザいな……)

 

そう思いながら後ろに下がるも片足が斬られたから動きが鈍い。よって……

 

「旋空弧月」

 

照屋が放つ2度目の旋空を回避出来なかった。左足が背後にある住宅地もろともぶった斬られた。

 

両足を失い地べたに座る俺を見て照屋が弧月を構えてくる。そこには油断は一切なくジリジリと迫っている。おそらくテレポーターを警戒しているのだろう。数千回も戦ってりゃ俺の癖も知っているし、テレポーターも警戒されるか。

 

だが……これならどうだ?

 

「グラスホッパー」

 

言いながらグラスホッパーを起動する。対して照屋は後ろに下がる。グラスホッパーを踏ませて跳ばしてくると思ったのだろう。

 

しかし……

 

「なっ?!」

 

次の瞬間、照屋の顔面にある物がぶつかる。俺が跳ばしたのは瓦礫だ。俺は照屋の旋空によって生まれた住宅地の瓦礫にグラスホッパーをぶつけて照屋に向けてぶっ放した。

 

流石にグラスホッパーで瓦礫を飛ばしてくるのは予想外だったようで、顔面に瓦礫をぶつけられた照屋は得物を落として蹌踉めく。

 

(千載一遇のチャンス……今!)

 

俺はそのままグラスホッパーを身体にぶつけて照屋に詰め寄る。足が無いので身体にグラスホッパーをぶつけているが端から見たらシュールだろう。

 

そしてそのまま照屋の胴体を真っ二つにした。どうでも良いが女子中学生に瓦礫をぶつけてからぶった斬るって悪役過ぎだろ?これがボーダー基地でなかったら通報モノじゃね?

 

『30本勝負終了 勝者比企谷八幡』

 

こうして30本勝負のランク戦は17ー13で俺が勝利した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきは悪かったな」

 

ランク戦を終え俺と照屋は帰宅するべく廊下を歩く。謝罪の内容はさっきのランク戦の最後の試合で瓦礫を顔面にぶつけた事だ。アレは明らかにやり過ぎたと思う。ブースから出た時その場にいたC級隊員からはドン引きされたし。

 

「いえ。作戦としては合理的ですから問題ないです。それよりもいつの間にあんな手段を考えたんですか?」

 

「いや元々はチームの援護技として考えてたんだよ。瓦礫を相手にぶつけて隙を作って味方に殺させるって感じで」

 

「なるほど……トリオンでない攻撃でも使い方次第ですね」

 

照屋はふむふむ頷きながら考える素振りを見せるが、俺は照屋のこの仕草が見ていて好きだ。戦った後は毎回一緒に反省会をしているが考える素振りを見る度に癒される。

 

そこまで考えている時だった。

 

「弟君!」

 

「ええっ?!」

 

いきなりそんな声が聞こえてきたかと思いきや背中に衝撃が走り、後ろから俺の腹に手が回され、背中に柔らかな感触が伝わる。それによって照屋は驚きの表情を浮かべていた。まあ普通驚くよな。

 

俺を弟呼びする奴なんざ1人しか思い浮かばない。

 

「姉さん……いきなり抱きつくのは止めてくれ」

 

「えぇー?弟君のケチー」

 

ぶーたれながらも俺の背中から離れるのは嵐山隊のオペレーターの綾辻遥。そして色々あって俺の義姉である人だ。

 

「人前で抱きつくな。てか何か用か?」

 

「ん?ちょっと柿崎さんにオペレーターの紹介しようとしたら弟君がいたから抱きつきたくなって抱きついたの」

 

ヤバい……当然のように抱きつきたくなったなんて言われたら何も言えねぇ……これが姉キャラの力か?!

 

(いや、違うか。てか……)

 

「済みません。今柿崎さんにオペレーターの紹介と言いましたが、何の話ですか?」

 

俺が気になった事を照屋が口にする。後半にぶっ飛んだ事を言ってきたから最初は失念していたが、それも割と気になる。

 

「あ、うん。実は柿崎さん、ウチの隊を抜けたの」

 

「え?マジで?」

 

これには俺も驚いた。チームに勧誘する話やチームを解散した話は聞いた事はあるが、チームを抜けた話は初めて聞いたぞ。これには照屋も驚いている。まあこいつは元々柿崎さんとチームを組みたがっていたからな。

 

(ん?そうなると照屋はウチの隊から抜けたがるのか?)

 

一瞬、そんな考えが浮かぶ。

 

と、同時に胸にチクリと痛みが走る。照屋がチームを抜ける事を想像したら嫌な気分になってきたぞ。

 

「先輩?」

 

「弟君?」

 

すると目の前にいる照屋と遥姉さんが心配そうな表情を浮かべていた。しかも2人ともキスしかねない距離だったので思わず距離を取ってしまう。

 

「ど、どうしたお前ら?」

 

「どうしたも何も弟君、凄い表情をしてたよ?」

 

何だ凄い表情って?漠然としていてどんな表情かわからんぞ姉さん。

 

「凄く悲しそうな表情をしていて……何か嫌な事でも思い出したんですか?」

 

お前がチームを抜けるのを想像して嫌な気分になっただけです。まあ馬鹿正直に言うのは恥ずかしいから言わないけど。

 

「な、何でもない。大丈夫だ。それより何で柿崎さんが抜けるんだ?」

 

本題に戻す。対する2人は訝しげな表情を浮かべるも、俺が話す気がないと判断したからか、暫くして訝しげな表情を消す。悪いが何故凄い表情をしたのかは言えん。

 

「えーっとね。ウチの隊が正式に広報部隊になる事が決まったからだと思うな」

 

ふむ。理由は知らんが柿崎さんは広報部隊として表に出るのが嫌って事なのか?

 

だとしたら解せぬ。柿崎さんは確か2年位前にボーダーの広報イベントでテレビに出ていた筈だ。嫌だって言うならあの時も出ないと思うが……時の流れによって変わったのか?

 

「(まあこれについては嵐山隊の問題だし口を挟むのは野暮か……)……なるほどな。とりあえずお前が柿崎さんの今後の為にオペレーターを紹介しようとしている理由はわかった。そんでその時に俺がいたから抱きついた、と?」

 

「うん」

 

いや、うんじゃねぇよ。居たから抱きつくってスキンシップ激し過ぎだろ?俺は姉がいないからわからんが姉ってこんな風なのか?後で三上に聞いてみるか。

 

しかしここまで即答されたら何にも言えないな。綾辻、恐るべし……!

 

「そ、そうか。ちなみに普通オペレーターをチームに入れるとしたらどうやってやるんだ?基本的に戦闘員とオペレーターってそこまで縁がないだろ?」

 

俺の時は車に轢かれた際に三上が救急車を呼んでくれた事により縁が生まれ、その後三上に頼んだ結果了承して貰いオペレーターを確保出来た。

 

しかしもしもあの時に事故が無かったら俺は三上と組む可能性は低かっただろう。その場合俺はどうやってオペレーターを確保するのか若干気になる。

 

「中央オペレーターがチームを組みたい場合、部隊付きオペレーターへの転向の希望を出すの。そしたら人事部の人がチームを組みたい戦闘員を紹介してくれて、部隊の一員となる……って、感じだよ」

 

「つまり当たり外れがあるって事か?」

 

「まああるんじゃない?少なくとも私は嵐山隊で良かったと思うよ。弟君のチームのオペレーターは歌歩ちゃんだけど間違いなく当たりでしょ」

 

だろうな。三上が外れならオペレーターの9割以上が外れだと思う。能力的にも人格的にも三上より優れたオペレーターはそうはいないだろう。

 

「あ!待ち合わせの時間だしもう行くね!」

 

「お、おう。またな」

 

「うん!それとトレーニングプログラムの報酬を忘れないでね」

 

「へいへい」

 

ぶっちゃけ恥ずかしいが我慢だ。約束を違える訳にはいかないからな。

 

俺が頷くと姉さんはそのまま走り去って行った。元気過ぎだろ……

 

若干呆れていると肩を叩かれたので横を見ると照屋が不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「先輩。さっき言っていたトレーニングプログラムの報酬とは何ですか?場合によっては私も協力しますよ」

 

何て良い子なんだこの子は?ヤバい三上同様義妹にした……いや、それやったらマジで小町にぶっ殺されそうだし止めておこう。

 

「いやお前じゃ無理だ。トレーニングプログラムの報酬は今週末に姉さんと姉弟ごっこをする事ーーーつまり向こうの狙いは俺だ」

 

「そういえば綾辻先輩はさっき比企谷先輩を弟君と言っていましたね……三上先輩のことと言い……先輩ってそういう趣味が?」

 

「違うからな!三上は否定しないが、遥姉さんの方は違うから!向こうが弟扱いして姉呼びを強要したんだよ!」

 

照屋のジト目にビビりながらも否定する。これについては嘘偽りない。そりゃ姉さんって呼ぶと若干気分が良いのは否定しないが、自分から弟になりたいなんて志願はしていない。

 

「……まあ良いでしょう。先輩がどんな趣味でも私には関係ないので」

 

絶対に嘘だな。目がジト目のままだし。てか何でそんな面白くなさそうな表情なんだよ?

 

それから暫くの間照屋の機嫌は直らなかったが、食堂でプリンを奢ったら少しだけ機嫌が直り基地を出る頃にはいつもの照屋に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば照屋よ。さっきの姉さんの話についてなんだがよ」

 

「はい。何でしょうか?」

 

午後8時。俺は今自転車を転がして照屋を自宅まで送っている。本来なら三上のように2ケツで送るつもりだったが照屋は生粋のお嬢様だからか「2人乗りはダメです」と怒られたので歩いて送っている。

 

「いや……その、アレだ。もしも柿崎さんの作る部隊に入りたいなら言ってくれよ」

 

「え?」

 

「いや……確かお前以前柿崎さんが部隊を作るなら入りたいとか言っていたし、もしも今でも同じ考えならウチの部隊を抜けても「先輩」……何だ?」

 

俺が話している途中で照屋が口を挟む。気の所為か少し……訂正しよう。かなり怒っているように見える。

 

「私は比企谷先輩の部隊に入って良かったと思います。ですから抜けても良いだなんて簡単に言わないでください」

 

強い口調に思わず黙ってしまう。どうやら怒らせてしまったようだ。

 

「確かに綾辻先輩の話を聞いた時は驚きました。ですが私は先輩に誘われた時に先輩の部隊でA級を目指すと決めました。先輩と一緒に戦いたいです。なので私は抜けるつもりはありません」

 

ヤバい……不覚にもジワッと来た。マジで泣きそうだ。ここまで言ってくれてメチャクチャ嬉しいんですけど。

 

「……もちろん、比企谷先輩が私を不要とするなら話は別ですけど。先輩が嫌だと思うなら「それ以上は言うな」……先輩」

 

照屋を不要とするだと?嫌だと思うならだと?

 

「そんな事はない。俺にはお前が必要だ。ずっと一緒にして欲しい。手放したくないと思ってる。A級に行く為にもお前の力を貸してくれ」

 

そんな事は一度も考えた事はない。戦闘員で1番欲しいと思った照屋を不要と思う事は一度もないだろう。

 

そう思いながら照屋を見ると……

 

「……どうした?」

 

何故か照屋は顔を俯かせていた。気の所為か顔の色も真っ赤になっているような気がする。

 

「な、何でもないです……先輩のバカ」

 

「待てコラ。何でバカ呼ばわりされないといけないんだよ?」

 

「し、知りませんよ……!送りはここで結構です!」

 

「は?お、おい照屋?!」

 

予想外の発言に戸惑っていると照屋は顔を上げて……

 

 

 

「失礼します!次の防衛任務でよろしくお願いします……八幡先輩!」

 

真っ赤になって涙目で俺を睨みながら走り去って行った。その速さは正に神速と言っても過言ではなかった。

 

 

 

……ん?今八幡先輩って名前で呼ばれたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今の……まるでプロポーズみたいで……うぅ……!」



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比企谷八幡は報酬を払いに行く①

三門市の夜には2つの特徴がある。

 

1つは繁華街。大規模侵攻から2年近く経過して、ボロボロだった街は漸く復興して、夜の三門市を明るく照らしている。その光は今年度に入った辺りから大規模侵攻が起こる前に存在した繁華街と同じくらい明るくなったと考えている。

 

そしてもう1つは……

 

「良し……んじゃバムスターとバンダーは任せた」

 

『『了解』』

 

遠く離れた場所にある繁華街の光を浴びる警戒区域での戦闘だろう。

 

正面にいるモールモッドの目を斬り裂きながら指示を出すと、照屋と辻から了解の返事を貰う。

 

今日は土曜日で、今日から辻は比企谷隊として防衛任務に参加している。今回のフォーメーションは俺が前衛、照屋と辻が中衛で援護をしている。とはいえ辻はまだ女子に近寄るのが無理なので照屋とは距離を取り、俺を中心に置いたフォーメーションとなっている。

 

現時点では割と順調だ。照屋と距離を取っているからか辻はどんな状況でも安定した動きで援護をしてくれるし、照屋も俺の動きを読めているのか絶妙なタイミングで援護をしてくれる。

 

結論から言うとマジでやり易い。やはり三上の言ったように俺を軸にした攻め方は便利である。

 

(マジでチームメイトに恵まれたな……俺も隊長として頑張らないとな)

 

そう思いながら残りのモールモッドに突っ込み、全ての弱点をスコーピオンでぶった斬り動きを停止させる。同時に射撃音と地響きが聞こえてける。音から察するに照屋と辻が射撃トリガーでバムスターとバンダーが倒れ地面に倒れた音なのだろう。

 

『お疲れ様。時間だから上がって。トリオン兵の回収は次の生駒隊がやる事になってるから』

 

三上から通信が入る。今日は割とトリオン兵が来たにもかかわらず誰もベイルアウトしなかったので点数をつけるとしたら90点はかたいだろう。今回みたいに次の防衛任務も調子が良ければ良いんだがな。

 

そんな事を考えながら俺達は基地に帰還した。

 

 

 

 

 

 

「にしても報告書がダルすぎる……あむっ」

 

パソコンで文字を打ちながらどら焼きを食べて一息つく。

 

防衛任務を終え基地に帰還した俺達は作戦室で各々報告書を書いている。しかし俺は隊長だけあって他の面々より若干多いのだ。太刀川さんのレポートを手伝っているから報告書を書くことは慣れているがダルいものはダルい。

 

「頑張ってください八幡先輩」

 

言いながら隣に座る照屋がフキンを持って俺の口をキュッキュ拭いてくる。何事かと思って照屋を見てみれば……

 

「どら焼きの餡、付いてましたよ」

 

仕方ないなぁと言った表情で微笑みを見せてくる。瞬間、自身の胸が高鳴るのを自覚する。

 

(ここ最近どうも照屋が可愛く見えるんだよなぁ……)

 

柿崎さんが嵐山隊を抜けたと知り俺を名前で呼ぶようになって以降、照屋が凄く可愛くなっているのだ。

 

一緒に歩いているといきなり手を繋いできたり、三上の頭を撫でていると自分の頭も撫でてくれとおねだりをしてきたり、ランク戦が終わって作戦室で寛いでいたら隣に座って肩を頭に乗せてきたりと凄く甘えてくる。

 

三上はメチャクチャ甘えてきて、遥姉さんは結構激しいスキンシップを取ってくる。対する照屋は適度に甘えて適度にスキンシップをしてくるので慣れてないのだ。

 

「あ、ああ。ありがとな」

 

「どういたしまして。あと一息ですから頑張ってください」

 

「へいへい」

 

言いながらパソコンに引き継ぎの旨を記入して、本部長のパソコンに送信する。これで報告書の作成は終わりだ。

 

「終わりっと……んじゃ今日はここまで。お疲れさん」

 

そう言って俺はチームメイト3人に小さく頭を下げると、3人は差はあれど軽い会釈を返してくる。

 

「お疲れ。ところで比企谷。これから時間はあるか?スコーピオン対策として何度か模擬戦をしたい」

 

少し離れた場所にいる辻がそんな事を言ってくる。今ウチの作戦室には仕切り板はない。辻が少しずつ努力して仕切り板が無くても支障はなくなった。3メートル以上離れていれば目を合わす事を出来るくらい成長した。

 

……まあ3メートル以内になったら面白いほど豹変してキョドリまくるけど。

 

ランク戦が始まるまでに照屋と近接の連携は無理だろう。とりあえずランク戦が始まるまでの目標は辻が女子と2メートルまで近寄っても目を合わせるレベルだな。

 

閑話休題……

 

俺としてもやりたいのは山々だが……

 

「済まん……俺はこれから別の仕事があるんだ」

 

残念ながら俺は他の仕事があるんだ。投げ出したいのは山々だが、向こうが出した条件を俺が呑んだから拒否は出来ない。

 

「仕事?混成部隊の防衛任務か?」

 

「違う。防衛任務は関係ない」

 

「だったらお兄ちゃん。私も手伝おうか?」

 

三上が手を上げてそう言ってくる。本当に良い子だな。

 

「私も手伝います。八幡先輩のお役に立ちたいです」

 

「俺も出来るなら構わない」

 

残り2人も同じことを言ってくる。気持ちはありがたい。それについては感謝しかないが、呼ばれてるのは俺だけなんだよなぁ……

 

そこまで考えていると携帯が鳴り出す。見ると画面には『出水公平』と出ていた。

 

「すまん。ちょっと仕事先から連絡がきた……もしもし」

 

一言断って電話に出る。

 

『あ、比企谷?例の件なんだけど、太刀川さんが出れなくなった』

 

「あん?何でだ?あの人今日は諏訪さんと麻雀の予定はなかったんじゃないのか?」

 

『そうじゃなくてレポート。俺達に手伝わせたのが本部長にバレて拉致されたんだよ』

 

「何だと?パソコンでやったから足はつかない筈だぞ?」

 

初めてやった時は筆跡でバレて、以降はパソコンでしかやってないのに何故バレたんだ?

 

そこまで言うと三上達は頭にクエスチョンマークを浮かべながら俺を見ている。まあ麻雀とか足がつかないみたいに訳のわからない会話をしていたらそんな反応だよな。しかし俺達は真面目に話しているつもりだ。

 

『それが本部長がレポートを確認したら太刀川さんに「こんな丁寧な文章お前に書けるはずがない。誰に手伝って貰った?」って問い詰めて、太刀川さんが比企谷の名前をゲロしたって訳だ』

 

「そうきたか……!」

 

『まあ俺も改めて読んだら「あっ、これは太刀川さんにしては良い文章だ」って思ったし。お前の文才が仇になったみたいだな』

 

「ちっ……!太刀川さんの馬鹿さ加減も考えないといけなかったみたいだな」

 

『そんな訳で太刀川さんは不参加だ。って訳で誰か1人居ないか?』

 

「3人じゃダメなのか?」

 

『残念ながら柚宇さんは4人プレイを希望している。お前のチームメイトはどうだ?』

 

「ウチのチームメイトをあの地獄に誘うのは凄く気が引けるんだが……」

 

チームメイトと言ったからか3人が俺を注視してくる。まあ地獄なんて言葉が出たら気になるよな。

 

『一応聞いてみてくれ。槍バカは防衛任務でいないんだよ。頼むぜ!』

 

「あっ、おいっ!」

 

そこまで言うと通話が切れた。あの野郎……!

 

「あの、八幡先輩……何の話をしていたんですか?」

 

内心出水にキレていると照屋がチームメイト3人の心の声を代弁したような質問を聞いてくる。出来ることならこいつらを巻き込みたくないが……一応聞いてみるか。他にアテはいないんだし。

 

俺は息を吸って……

 

 

 

 

 

 

「お前ら……ゲームは得意か?」

 

「「「は?」」」

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「邪魔すんぞー」

 

「お、お邪魔します」

 

太刀川隊作戦室に俺と三上は入る。俺は何十と入ってるから特に問題ないが、三上は若干緊張しているようだ。

 

俺達は以前太刀川隊オペレーターの国近先輩からトレーニングプログラムを貰った報酬として徹ゲーをしにやって来たのだ。本来なら太刀川隊の3人+俺でやる予定だったが、太刀川さんはレポート関係で本部長に拉致されたので追加メンバーとして三上が選ばれた。

 

俺個人としてはチームメイトに徹ゲーをさせるのは酷だと思ったが、三上は「部下が隊長を、妹が兄を助けるのは当然」と言って乗り気だった。

 

照屋と辻の2人はゲーム経験がないので候補から除外されてしまった。しかし2人も、腕があれば参加していた、と言ってくれたので隊長としてガチで嬉しかった。

 

閑話休題……

 

そんな訳で弟妹とゲーム経験がある三上が参加することになったのだ。俺はそのまま部屋の奥に向かうと既に宴は始まっていた。

 

「おー、比企谷君にみかみか〜。今日はよろしくねー」

 

大乱闘で出水をボコボコにしている国近先輩がほんわかとした笑顔を見せてくる。相変わらず癒されるなぁ……てか前から思ったが、ボーダーの女子ってレベル高くね?

 

「どうもっす国近先輩。てか出水お前弱過ぎだろ?」

 

ストック勝負をやっているようだが、出水の残機が残り1機に対して国近先輩は4機。これはまさに詰みって奴だろう。

 

「うるせーよ!俺の土俵は乱戦なんだよ!」

 

「射手なのにか?」

 

「大乱闘に射手関係ねぇよ!」

 

言ってる間に出水の操る黄色いネズミは国近先輩の操るDKに吹っ飛ばされた。やっぱり弱いなこいつ……まあ前から知ってたけど。

 

「じゃあ比企谷君とみかみかは今から参戦ねー。みかみかはスマブラ出来る?」

 

「は、はい何度かやった事があります」

 

「よーし、やろう〜」

 

気が抜けるような声をしながら国近先輩は俺と三上にコントローラーを渡してくる。

 

「じゃあ三上。よろしく頼むわ」

 

「う、うん。頑張るね比企谷君」

 

今回は第三者もいるので三上はお兄ちゃん呼びはしない。チームメイトと姉さんと宇佐美以外には知られたくないからな。

 

「ああ。がんばろうぜ」

 

さて徹ゲーの開始だ。覚悟を決めてやるか……

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

『GAME SET!』

 

「うわぁぁぁん!」

 

「国近先輩!ちょっ?!胸!胸が当たってますから首絞めは勘弁してください!」

 

「うわぁぁぁん!」

 

「だ、大丈夫?!」

 

「無駄だぜ三上ちゃん。ああなった柚宇さんは誰にも止められないから」

 

「悟ってないで止めろや弾バカ!」

 

 

 

 

更に1時間後……

 

『メインターゲットを達成しました』

 

「良し良し。剥ぎ取りの時間だねー」

 

「おっ、天鱗来た」

 

「クソッ!急がねぇと剥ぎ取れねぇ……!」

 

「ごめんね出水君。私が爆弾を仕掛けたから」

 

「気にすんな。誰だってミスはある」

 

「お前が励ますなよ腐り目!爆弾仕掛けたのは三上ちゃんだけど爆弾に攻撃したのはお前だろうが!」

 

「安い犠牲だ」

 

「蜂の巣にするぞコラ」

 

 

 

 

 

 

 

更に2時間後……

 

『K.O!』

 

俺が使っていたキャラが国近先輩の使うキャラにノックアウトされる。

 

「やったー、私の勝ち〜」

 

国近先輩は楽しそうにはしゃぐ。時計を見ると既に日が変わってから1時間以上経っているにもかかわらずに、だ。それによって国近先輩のメロンがプルンと揺れる。凄い破壊力だ……!

 

「(いかんいかん!そんな事を考えるのはダメだ……)そうっすね、負けました」

 

自分の気持ちを顔に出さず負けを認める。煩悩を出すわけにはいかないからな。

 

「お前本当に格ゲーは弱いな」

 

「良いんだよ。大乱闘だけは強いから」

 

出水の言葉に適当に返す。大乱闘はともかく、俺余り格ゲーはやらないからな。こればっかりは経験がモノを言うし。

 

「じゃあ次は……ふぁ……私、だね」

 

そんな事を考えていると三上が欠伸をしながらコントローラーを手に取ろうとする。明らかに眠そうだ。

 

「おい三上。眠いなら寝ても良いぞ。俺や出水は良く徹ゲーに付き合わされてるから慣れてるが、お前は慣れてないだろ?」

 

そもそも今回三上は無理に来なくて良かったのだから。無理をして明日に響いたら可哀想だ。

 

「え?でも……「寝ろ。国近先輩。悪いんですけど仮眠用ベッドを貸してやってくれませんか?」……お兄ちゃん」

 

俺が三上の意見を却下して国近先輩にベッドを貸してくれるように頼むと、三上は寝惚けているのかお兄ちゃん呼びをしてくる。

 

最悪な事に出水と国近先輩にも聞かれたようだ。2人はニヤニヤした笑みを浮かべている。

 

「良いよ〜。それにしてもお兄ちゃんか〜」

 

「噂では聞いていたが、お前マジでお兄ちゃんって呼ばれてんだな?」

 

噂って……マジか?確かに偶に食堂やランク戦のラウンジで呼ばれた事はある。一応周りに気を使っていたが……壁に耳ありってヤツか?

 

「ほっとけ。それよりも国近先輩、ベッドを借りますよ」

 

言いながら俺は三上をおぶって仮眠ベッドがある部屋に向かおうとした時だった。

 

「んっ……お兄、ちゃん……」

 

三上の声が背中から聞こえる。とはいえ限界なのかメチャクチャ小さく蚊の鳴くような声だ。

 

「どうした?」

 

俺が尋ねると……

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんも……いっ、しょに……寝よ?」

 

とんでもない爆弾を投下してきた。



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比企谷八幡は報酬を払いに行く②

「お兄ちゃんも……いっ、しょに……寝よ?」

 

え?今何て言ったの?

 

俺は背中におぶっている義妹の言葉を聞いてフリーズしてしまう。それは俺だけでなく、この部屋にいる出水と国近先輩も同じようにフリーズして俺を見上げている。

 

(聞き間違いじゃないよな……?三上の奴、一緒に寝ようって言わなかったか?)

 

てか聞き間違いであって欲しい。三上と一緒に寝るだと?恥ずかしくて死ぬわ。三上は義妹だが可愛い女の子だ。そんな女子と一緒、それも国近先輩のベッドで?

 

(無理だ。マジで洒落にならないし聞かなかった事にしよう)

 

そう思った俺は三上のおねだりに返事をしないで国近先輩のベッドがある小部屋に向かおうと足を運ぼうとするが、その直前……

 

「お兄、ちゃん……あった、かい……」

 

後ろから俺をギュッと抱きしめてくる。すると三上の微かだが、柔らかな膨らみが俺の背中に当たり、気持ち良い感触が背中に伝わる。話している内容や仕草から察するに三上は夢の中で俺に抱きついているのか?

 

しかも三上の奴、ガッシリと抱きついているしマジでどうしようか?

 

そこまで考えていると……

 

「だ、そうだぜお兄ちゃん?一緒に寝てやれよ」

 

「そうそう〜。お兄ちゃんなら妹の要求に応えてあげないとね〜」

 

出水と国近先輩がそれはもう良い笑顔でそんな事を言ってくる。明らかにこの状況を楽しんでるな……

 

「いや、でも男の俺が国近先輩のベッドに入るのは「私は気にしないよ〜」……」

 

いや、しろよ!先輩だから口にはしないが正直に言うと今直ぐ口に出したい位だ。女子である国近先輩のベッドに男の俺が入るんだぞ!普通嫌がるだろ?!前から思っていたが、本当この人ゲームに全てを賭けていて女子力低いな!

 

「そんな訳で比企谷君も上がって良いから、ゲームの代わりにみかみかと寝るように〜。これはトレーニングプログラムを渡した時の報酬の代わりだから拒否権はないよ〜」

 

ぐっ……そこを言われたら返せねぇ。国近先輩からトレーニングプログラムを貰った際に徹ゲーに付き合えと要求された。俺がそれを呑んだ以上国近先輩が報酬内容を変更しても拒否権はないのだ。

 

故に……

 

「……了解しました」

 

了解する事しか出来なかった。俺は首を縦に振った。もう良いや、どうにでもなれ。

 

「ほ〜い。じゃあ2人ともお休み〜」

 

「良い夢見ろよ」

 

対する2人はゲームをやりながらもニヤニヤ笑いを消さずに手を振ってくる。ヤバい……本気であの2人の顔面に拳を叩き込みたい。

 

しかし出水はともかく国近先輩は先輩且つ女子なのでグッと堪えて、俺は2人に背を向けて国近先輩のベッドがある小部屋に入る。そこにはピンク色の可愛らしいベッドが置いてあった。明らかに男が使うものじゃないな……

 

そう思いながら俺は背中に抱きついている三上を一度引っ剥がして、靴を脱がす。その時にチラッとスカートの中から緑が見えた気がするか気にしない事にした。気にしたらマジで死ぬ。色々な意味で。

 

内に生まれた煩悩を表に出さず、三上を国近先輩のベッドに入れて布団をかける。さて……さっきはああ言ったが女子と寝るなんてガチでアレだから全力で逃げさせて貰おう。そして自分の作戦室のベイルアウト用のマットで寝れば良いか。

 

そう思いながら俺はこっそり作戦室を出るべく行動に移そうとするが……

 

「お、兄、ちゃん……行かないで」

 

いきなり隊服の裾を引っ張られたので振り向くとベッドに入った三上が、ほんの僅かだけ目を開けて俺の隊服を引っ張りながらおねだりをしてきた。

 

「いや、そのだな三上……流石にそれは「お願い……」………」

 

三上はその言葉を最後に目を閉じた。しかし隊服を掴んでいる手は全く離れる様子はない。その気になって力づくで引き離すのは可能だと思うが……

 

「義妹にそこまで頼まれたら断れねぇよ……」

 

ここまでおねだりをされて力づくで引き離すのはガチで良心が痛む。やれやれ……今日だけだからな。

 

俺はため息を吐いて靴を脱ぎ、そのまま国近先輩のベッドに入る。同時に女の子特有の良い匂いがしてくる、いくら国近先輩が女子力が低いと言っても女子だからだろう。

 

すると……

 

「お兄、ちゃん……」

 

ベッドに入るや否や三上は俺の背中に手を回し抱きついてくる。お前本当に寝てるのか?実際は起きてるんじゃないのか?

 

一瞬だけそう思うも寝息が聞こえてくるので、寝ていると判断した。

 

(全く……起きていても寝ていても甘えん坊だな…….)

 

そう思いながらも三上を引き離すことはしないで左手を三上の背中に回し、右手で三上の頭を撫でる。兄だからな。三上が甘えてくるならそれを否定するつもりはない。

 

そこまで思うと同時に、ベッドに入ったからか俺も眠くなってきた。やはりベッドには睡魔を呼び寄せる力があるようだ。

 

「お休み……三上」

 

最後にそう言って俺はゆっくりと瞼を閉じた。その時に感じた感情は幸せ以外存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう……2人とも仲良さそうに寝てるね〜」

 

「こりゃ槍バカに土産話が出来たな」

 

「ダメだよ出水君。そんな事しちゃ〜」

 

「いや、携帯のカメラを起動しようとしてる柚宇さんが言っても説得力ないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

俺は今完全にフリーズしている。目の前にあり得ない光景があるからだ。

 

「んっ……お兄ちゃん……」

 

理由は簡単、俺の大切なチームメイトにして、可愛い義妹の三上歌歩が俺に抱きつきながら寝ているのだ。

 

そこで俺は三上が国近先輩の徹ゲーに付き合っている途中で寝落ちして、その際に一緒に寝ようと誘われて断る事が出来ずに、国近先輩のベッドで一緒に寝た事を思い出した。

 

それだけならそこまで問題ない。充分に問題かもしれないが、三上本人から誘われたし、国近先輩からベッドの使用も許可されているし咎められる事はないだろう。

 

そこまでならな。問題は俺達の体勢だ。

 

現在俺と三上は抱き合っている体勢になっているのだが俺の手の位置がヤバい。俺の右手は三上の背中に回されているが、左手は……

 

「んんっ……あんっ……」

 

寝ている間に何があったのか三上の臀部ーーー尻を鷲掴みにしているのだ。手にはこの世のものとは思えない柔らかな感情が……

 

(って、違ぇ!寝ている間に何があったのか知らないがコレはガチでヤバい!)

 

三上が起きたら完全にセクハラと間違われる。この歳でブタ箱行きとか絶対に嫌だ!

 

そう判断すると意識か明らかになる。俺は急いで三上の尻から手を離す。

 

「んっ……ああっ……」

 

しかしそれだけで三上は寝ながらも喘いできて、俺の理性を刺激してくる。マジで恐ろし過ぎる……俺以外の男なら襲っていてもおかしくないだろう。

 

ドキドキしながら左手を離し、そのまま三上自身からも離れようとするも……

 

「んっ……お兄ちゃん……」

 

更に強く抱きついてくる。あたかも俺を逃さないように。予想外の強さに俺はとまどってしまう。力づくなら離れられると思うが寝ている義妹を起こす訳にはいかない。

 

よって俺が取れる選択肢は……

 

「はいはい……甘えん坊め」

 

離れるのを止めて三上を甘やかす以外の選択肢はなかった。抱きつく三上に対して何も干渉しないで好きにさせる事にした。

 

 

 

 

 

どれだけ三上と抱き合っていたのだろう。暫く抱き合っていると……

 

「んっ……んんっ……」

 

俺の胸板に頬をスリスリしていた三上が薄っすらと目を開ける。細めた目が凄く可愛らしい。

 

「漸く起きたか」

 

一度起きてからは、とにかく寝ている三上に甘えられたので眠れなかった俺がそう呟くと、三上は薄っすら目を開けたまま俺を見てくる。

 

「お、兄ちゃ……ん?」

 

「そうだよ。おはようさん」

 

俺がそう返すと三上は……

 

「お兄、ちゃん……お兄ちゃ、ん……お兄ちゃん……え?」

 

何度もお兄ちゃんと呼んで意識がハッキリすると直ぐにキョトンとした表情に変わる。しかしそれも一瞬で……

 

「なっ?!な、なななな何でお兄ちゃんが?!」

 

真っ赤になって大きな声を上げる。起きたばかりなのに随分とデカイ声を上げるな。

 

「何でってお前が一緒に寝ようって言ってきたんだろうが」

 

「えっ?……あっ」

 

すると三上はハッとした表情になってから、真っ赤になる。どうやらあの時のやり取りを思い出したようだ。

 

「ご、ごめんお兄ちゃん。私から誘ったのに……」

 

三上は真っ赤になりながらも申し訳なさそうに謝ってくる。別に怒ってないから謝る必要はないんだがな……

 

「気にすんな。起きて目の前に男が居たらビビるだろうからな。それよりどうする?もう起きるか?」

 

時計を見ると6時前。起きるにはまだ早い気がするが、その辺りは三上に任せるとしよう。

 

対する三上は……

 

「あ、あの……えっと……」

 

何故か真っ赤になりながらキョドリだす。モジモジしている三上は何かを言いたがっているようにも見える。

 

「どうした?何か俺に言いたい事でもあるのか?」

 

すると……

 

「あ、うん……お兄ちゃんさえ良ければ……このまま甘えて良いかな?」

 

予想外の要求を口にしてきた。そう来たか……てかマジで?さっきまでメチャクチャ甘えてきたのに足りないの?寝てたから記憶にないのか?

 

返事に悩んでいると……

 

「お願い……」

 

上目遣いでおねだりをしてきた。

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ……お兄ちゃんあったかいね……」

 

三上は全力で甘えている。俺の身体に抱きついてスリスリしている。

 

はい結局断れませんでした。三上の上目遣いのおねだりに逆らう事は出来ませんでした。でも仕方ないよな?義兄として義妹のおねだりに逆らうのは御法度だしな。

 

しかし……

 

「お兄ちゃんの匂い……落ち着くなぁ……」

 

「なぁ三上。気の所為か前より甘えてないか?」

 

俺に抱きつきながらクンクンしている三上につい尋ねてしまう。俺の気の所為でなければ最近の三上は前より甘えん坊になっている気がする。

 

「え?……あ、うん。多分そうかも」

 

「何でだ?」

 

「その……最近のお兄ちゃん、文香ちゃんにも結構構っていて寂しくて……」

 

「は?照屋?」

 

「うん。最近の文香ちゃん、しょっちゅうお兄ちゃんに甘えてるし……文香ちゃんと何かあった?」

 

……まあ確かに。最近の照屋も妙に甘えん坊になっているな。何かあったと聞かれても……

 

「俺の知る限り特に何もないな。だから照屋に聞いてみてくれ」

 

心当たりがないのでそう返す。強いて言えば俺を名前呼びするようになってから照屋は甘えん坊になった気がする。しかし何故名前呼びするようになったからはわからないので答えようがない。

 

「わかった……話を戻すけど、文香ちゃんもお兄ちゃんに甘えるようになって、お兄ちゃんがその……」

 

「その?」

 

「わ、私に構ってくれる時間が少なくなったから……その分もっと甘えたくなったの……」

 

消え入るような声をしながら俺の胸に顔を埋めてくる。と、同時に俺の顔に熱が溜まるのを自覚する。

 

(何この子?メチャクチャ可愛いんですけど?)

 

そこまで言われたら拒否する訳にはいかないな……

 

「わかったよ。今は6時だし、9時までなら好きに甘えろ」

 

俺が了承すると三上は更に強く抱きついてくる。そして間髪入れずに上目遣いで俺を見てくる。

 

「ありがとうお兄ちゃん。じゃあさ、私のこともギュッてしてくれない?」

 

いきなり凄い要求をしてきたよこの子。遥姉さんのスキンシップとは別ベクトルでヤバい破壊力だな。

 

「え、いやそれは「お兄ちゃん………」わかった!わかったからその目は止めろ!」

 

「えへへ……お兄ちゃん、ありがとう」

 

三上が捨てられた子犬のような目で俺を見てくるので断り切れずに抱きしめると、途端に可愛らしい笑顔を浮かべてくる。マジでこの子って存在そのものが反則だろ?

 

「どういたしまして……」

 

ため息を吐きながら俺は義妹の背中を撫でて、好き放題甘えさせた。

 

ここは太刀川隊の作戦室なので当然他の人がいる。ゲームの音は聞こえないので国近先輩と出水は寝落ちしたようだが、バレたら面倒な事になりそうだな……

 

(いや、もうお兄ちゃん呼びされてるのはバレてるし一緒に寝たのもバレたから今更だ)

 

そして寝る前は寝惚けていて口止めを忘れていたので、おそらく今日明日で俺と三上の関係は知れ渡りそうだ。その辺りは覚悟を決めないとな。覚悟を決める場面は全然違うが、その辺りは気にしない事にしよう。

 

そう思いながら俺は三上と抱き合いながら思いっきり甘え合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三上と甘え合う時間について感想を述べるならただ一言、ガチで幸せだ。三上は抱きつきながら俺の胸に顔を埋めたり、スリスリしてきたり、俺の頬に沢山チュッチュッしてきて、俺は常に幸せだった。

 

しかし楽しい時間はいずれ終わりを告げる。

 

pipipi……

 

9時を告げるアラームが鳴るので俺は頬にキスをしている三上を離して起き上がる。

 

「悪いが三上。俺は10時から人を待たせているから甘えるのはこれで終わりだ」

 

「わかったよお兄ちゃん。一杯甘えさせてありがとう。すごく幸せだった」

 

「そうか。俺も義妹が幸せなら良かったぞ」

 

「うん。ところでお兄ちゃん。今日は何の用事があるの?」

 

「ん?いや実は遥姉さんに呼ばれてな。トレーニングプログラムを貸して貰った礼として1日姉弟ごっこを付き合わされ……って、どうした?」

 

さっきまで幸せそうだった三上の表情だが、今はジト目で俺を見ていた。え?何か怒らせることをしたか?

 

「ふーん。遥ちゃんと姉弟ごっこねぇ〜。楽しそうだね」

 

さっきとは一転ネチネチした口調に変わっている。マジでどうしたんだ?

 

「いや楽しそうじゃないぞ?多分俺が激しいスキンシップに疲れるだけだ……って、何で更に目が冷たくなるんだよ?」

 

「別に……お兄ちゃんのバカ」

 

言いながら三上は胸をポカポカ叩いてくる。怒ってるのに物凄く可愛いな……

 

「おいおい。叩かないでくれよ」

 

「むうっ……」

 

謝りながら三上の頭を撫でると三上は膨れっ面になりながらも叩くのを止める。

 

「てか何で怒ってんだよ?お前とも兄妹ごっこをしてんじゃん」

 

もしかして三上もお姉ちゃん役をやりたいのか?だとしたら無理だ。俺は三上よりお兄ちゃんだし。

 

「そ、そうだけど……お兄ちゃんが遥ちゃんに弟扱いされるのは何か嫌なの。理由はわからないけど……」

 

理由はわからないけど何となく嫌なのか……まあ俺も何となく嫌な事を経験した事があるからどうこう言うつもりはないけど。

 

「そいつは悪かったな」

 

「あ、いや……お兄ちゃんは悪くないよ。これは私の八つ当たりだしお兄ちゃんは気にしないで」

 

三上はワチャワチャ手を振って慌て出す。別に怒ってないからそんなに焦らなくても良いのに。

 

「ただ……今度私もお兄ちゃんと1日過ごしたいなぁ……なんて」

 

今度は一転して恥ずかしそうにそれでありながら期待の混じった目を向けてくる。そんな表情をされたら……

 

「わかったよ。今度のオフの日は1日一緒に過ごしてやるよ」

 

断れないに決まってるだろう。

 

「そっか……ありがとうお兄ちゃん」

 

三上は笑顔に変わってギュッと抱きついてくる。表情が豊かだなぁ……

 

そんな事を考えながら三上に甘えられた俺は苦笑しながら、行く準備を始めた。

 

 

だがこの時の俺は知らなかった。

 

遥姉さんと過ごす1日が悶死する位ハードなものである事を。




現時点の八幡のボーダーの人間関係


比企谷八幡→A

Aが下記の人物の場合

照屋文香 相棒
三上歌歩 可愛い義妹
辻新之助 チームメイト・元コミュ障として女子恐怖症を何とかしてあげたい
太刀川慶 レポート……
出水公平 友人・レポート関係の苦労人仲間・徹ゲー関係の苦労人仲間
国近柚宇 ゲーム……
風間蒼也 尊敬
歌川遼 同期
菊地原士郎 同期・嫌い
宇佐美栞 眼鏡バカ
綾辻遥 優しい義姉
加古望 炒飯……
二宮匡貴 怖い先輩
鶴見留美 凄い後輩
那須玲 美人
熊谷友子 同期・姉御肌
日浦茜 妹の友人
巴虎太朗 同期
由比ヶ浜結衣 同級生・ヒッキー呼びは勘弁




比企谷八幡←B

Bが下記の人物の場合

照屋文香 相棒
三上歌歩 優しい義兄
辻新之助 チームメイト・信頼
太刀川慶 レポートの救世主
出水公平 友人・レポート関係の苦労人仲間・徹ゲー関係の苦労人仲間
国近柚宇 ゲーム友達
風間蒼也 期待
歌川遼 同期
菊地原士郎 同期・嫌い
宇佐美栞 ずっと眼鏡をかけて欲しい
綾辻遥 可愛い義弟
鶴見留美 技術を学ぶ際参考になる先輩
熊谷友子 同期・友人
日浦茜 友人の兄
巴虎太朗 同期
由比ヶ浜結衣 同級生・恩人
忍田真史 弟子のレポート事情に巻き込ませてしまい罪悪感
根付栄蔵 眼鏡を掛けて広報の仕事に就いて欲しい




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比企谷八幡は報酬を払いに行く③

午前9時40分。新弓手町駅前のロータリーにて、俺はボーダーから支給された端末でランク戦の記録を見ている。今は今月入隊した超大型ルーキーの鶴見留美の記録を見ているが……

 

(ヤバいこいつ……半端ねぇ)

 

画面では鶴見がNo.4攻撃手の影浦雅人先輩と嬉々とした表情でやり合っている。結果は9ー1で影浦先輩の圧勝だが、鶴見の入隊時期を知っている人がこの記録を見たらマジで笑えない。

 

鶴見の奴、乱反射を殆ど完全にモノにしてるし、グラスホッパーを相手にぶつける戦術もガンガン使っていて完全に俺と同じスタイルだ。

 

しかも最後の10本目の試合では影浦先輩が考案したスコーピオンを2つ繋げて鞭の様な一撃『マンティス』も使ってたし。

 

入隊した日にB級に上がり、1ヶ月もしないでNo.4攻撃手から1本取れる鶴見。才能だけなら太刀川さんや風間さんも上回っていると思う。現時点では俺の下位互換だが、年が変わる頃には間違いなく俺の上位互換になるだろう。

 

(マジで俺も強くならないとな……A級を目指す以上、俺もA級クラスのエースにならないといけないし)

 

A級予備軍と言われるB級上位には基本的にA級クラスのエースがいるからな。俺自身もA級で通じるレベルにならない限り上位相手とやり合うのは無理だし。とりあえず俺も師匠を探すか……

 

そこまで考えていると……

 

「弟君!」

 

横からそんな声が聞こえたので端末をポケットに入れて顔を上げると待ち合わせをしていた人がこっちに走ってきて……

 

「おはよう弟君!」

 

そのまま元気良く抱きついてきた。勢いに若干気圧されながらもしっかりと受け止める。それによって自然と抱き合う体勢となる。

 

「おはよう姉さん……早速で悪いが離れてくれない「もうちょっと」……何故だ?」

 

「昨日は会えなかったら弟君成分の補給をしたいから」

 

いや、弟君成分って何だよ?!俺の成分って体力向上能力でもあるのか?!

 

そんな事を考える間も遥姉さんは抱きしめている。三上にも散々抱きしめられたが、三上とは違う魅力を感じる。しかし気持ち良さは三上のそれと同レベルだ。

 

そうして5分位抱きしめられていると、漸く姉さんは離れてくれた。

 

「うんっ!弟君成分も補給完了したし今日は宜しくね!」

 

それはもう良い笑顔でそう言ってくる。そんな笑顔をされたら文句を言えなくなっちまうな……

 

「はいよ。てか姉弟ごっこって何をするんだよ?」

 

要求された時から思っていたがマジで何をするんだ?俺が三上にやられているような事を、姉さんにするって感じか?抱きついたり頬にキスをしたりするのか?

 

だとしたら何としても拒否しないといけない。やられるならまだしもやる側に立つのは嫌だ。

 

「午前中はお姉ちゃんとデートして、午後はウチに来て貰うつもりかな」

 

アレ?普通じゃん。てっきり激しいスキンシップを要求してくると思ったが、普通の姉弟がするような事じゃねぇか。

 

(いや、普段激しいスキンシップをしてくる姉さんの事だ。油断は出来ないな……)

 

しかし拒否権はないので覚悟を決めないとな……

 

「わかった……そんじゃ行こうぜ」

 

「うん。じゃあ先ずはショッピングモールに行こっか」

 

言うなり姉さんは自身の腕を俺の腕に絡めてくる。俺は姉が居ないから知らないが普通腕を絡めるのか?

 

疑問に思うも、姉さんはガッシリと腕を絡めているので、腕を解放するのは無理と判断して口には出さない事にした。

 

どうせ聞いて貰えないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?何処に行くんだ?」

 

ショッピングモールに入るなり俺はそう尋ねる。今日の予定は午前にデート、午後に姉さんの家に行くらしいが俺としては早めに姉さんの家に行きたい。

 

これは姉さんの家を楽しみにしているからではなく、人目につかない場所に行きたいからだ。

 

何故かと言うと……

 

現在の状態→超絶美少女の遥姉さんと腕を絡めている

 

場所→ボーダー隊員を含め大量の人が来るショッピングモール

 

結論、明らかに目立ちます。

 

今の俺は姉さんの強い、それはもうメチャクチャ強い要請により眼鏡をかけているが、ボーダー隊員は眼鏡をかけた俺の存在を知っている。

 

つまりもしもボーダー隊員に見られたら『比企谷八幡は綾辻遥と付き合っている』と勘違いされる可能性もゼロではない。それは避けたいからな。

 

「えっと……予定としては本屋行ってから下着を買って、カラオケに行ってから私の家に行く感じかな?」

 

「待て姉さん。途中で下着を買うとか聞こえたが、気の所為じゃないよな?」

 

「気の所為じゃないよ。最近ちょっと胸がキツくなっちゃって」

 

言われてつい姉さんの胸を見てしまう。うん、高1にしちゃ割とデカいな。

 

「あ、そう……でもそれって俺はいらないだろ?」

 

「いやいや、弟君には見繕って貰いたいんだよ」

 

「いや俺の意見なんか参考にならないだろ」

 

普通は女子の意見を参考にするだろう。俺の意見なんか参考にならないに決まっている。

 

「そうでもないと思うよ?私が弟君に見せる場合……」

 

「なっ?!」

 

姉さんの発言に顔が熱くなるのを実感する。姉さんの下着姿を?!ヤバい、顔が熱くなってきた。姉さん呼びしているが、三上同様実際は血は繋がってない。つまり他人、それも姉さんみたいな美少女の下着姿を……

 

そこまで考えていると……

 

「ふふっ……弟君照れちゃって……可愛い」

 

姉さんが不意にそんな事を言ってきて頭を撫で撫でしてきた。優しくて柔らかな感触が俺の頭に伝わり、顔の熱の温度が少し下がる。てか同級生に撫で撫でされるって……

 

(思ったより悪くないな。三上を撫で撫でして気持ち良いと知っていたが、撫で撫でされるのも気持ち良いな……)

 

そんな事を考えながら撫で撫でされている中、姉さんは苦笑しながら口を開ける。

 

「冗談だよ。流石に弟君でも下着を買うのは刺激が強そうだし、それはまた今度にするから安心して」

 

「待てコラ。今度って何だ?今度って」

 

「それじゃあ先ずは本屋から行こうか。新しい小説を買いたいんだ」

 

まさかのスルーですか。って事は次に行くときは下着を買うのに付き合わされると?もしそうなら次から姉さんの誘いは絶対に断らないといけないな。

 

そう思いながら俺は姉さんに引っ張られて本屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弟君はどんな本を読むの?」

 

本屋に着くなり姉さんはそんな事を聞いてくる。ここの本屋はかなりデカい上、割と古い物を売られているので三門市ではかなり人気の本屋だ。

 

「普通の日本文学や漫画だな……あっ、ちょっとあの漫画買って良いか?」

 

「それはもちろん弟君の自由だけど、少女漫画を買うの?」

 

「俺じゃなくて三上が読むやつだ。あの漫画、三上がウチの作戦室に持ち込んだ漫画なんだけど、最新刊は今日発売なんだよ」

 

「あ、そうなんだ。良いよ。でも歌歩ちゃんには連絡を入れときなよ。歌歩ちゃんも買ってたら被っちゃうし」

 

「了解」

 

言いながら三上にメールをする。すると1分もしないで『お願い。お金は明日渡すね』とメールが来たので漫画を取り姉さんの元に戻る。

 

「姉さんは欲しい本があるのか?」

 

「私も日本文学かな。弟君と同じ趣味で嬉しいよ」

 

言いながら頬をプニプニしてくる。表情を見るとニコニコしている。毎回思うが姉さんのスキンシップって激しいだろ?

 

(いや……今日の三上に比べたらマシか)

 

今日の三上、太刀川隊の国近先輩のベッドで一緒に寝た時に俺に抱きついて、クンクンしたりスリスリしたりチュッチュッしてきたし。アレは幸せだったが、同時にメチャクチャ恥ずかしかったし。

 

「そいつはどうも……てか買うなら早く買おうぜ」

 

さっきから周りの視線ーーー特に男からの視線が痛いし。マジで刺されそうだ。

 

「あ、うん。そうだね」

 

言いながら姉さんは頬をプニプニするのを止めて再度腕を組んで歩き出すので俺は引っ張られる形でそれに続いた。にしてもスキンシップって恐ろしいな……

 

 

 

 

 

 

「あー、良い買い物出来た!」

 

本屋を出ると姉さんは元気よくそう言ってくる。声には出してないが俺自身もそう考えている新刊を3冊も買えたし、まあ良い買い物だろう。

 

「で?次は何処に行くんだ?」

 

「うーん。ブラブラしながらカラオケに行くつもり?弟君はカラオケに行った事ある?」

 

「1回もねーな」

 

行く相手がいないし。中学の時に文化祭の打ち上げでカラオケに行く話になっても俺だけ誘われなかったし。

 

「私もあまり無いんだ。中学時代に文化祭の打ち上げでカラオケに行ったんだけど、その後は何故か誘われなくなったの」

 

意外だ。姉さんの場合、メチャクチャ美人で性格も良いから毎日遊びに誘われているように思えた。カラオケなんてそれこそ週一で行っているイメージがあったんだが、違うようだ。

 

「(姉さんに限ってないと思うが虐められていたのか?だとしたら聞くのは野暮だな……)意外だな。まあ今日は思いっきり歌えよ」

 

「うん!ありがとう弟君!久しぶりだし楽しませて貰うよ!」

 

姉さんは満面の笑みを浮かべる。その表情を見た俺は思わずドキッとしてしまう。俺は今まで女子に満面の笑みを浮かべて貰った事は少ない。殆どの女子は大した理由もなく蔑んだ目や、嘲笑を向けてきたし。

 

しかし姉さんの満面の笑みは、今まで俺に満面の笑みを浮かべてくれた女子ーーー三上や照屋のそれに匹敵する笑みだった。

 

今この場において姉さんの笑顔を独り占め出来ている俺は間違いなく幸せ者だろう。それほどまでに姉さんの笑みは魅力的だった。

 

しかし……

 

(何だ?理由はないがドキドキと共に嫌な感情も湧いてきたぞ?)

 

何故か胸の内に嫌な感情が湧き出て、脳裏に誰かから逃げろと命令される。何なんだこの気持ちは?

 

自身の中に生まれた感情に戸惑っていると、姉さんは俺に近寄りいつものように腕に抱きつき……

 

「それじゃあ行こっか。弟君♡」

 

そのまま引っ張るので、俺はいつものように引っ張られる形で姉さんに続いた。

 

未だに脳裏に妙な警告を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

そんな嫌な感情に対して警戒しながら歩くも、特に問題なくカラオケ店に到着した。

 

普通ならショッピングモールにカラオケは余り無いが、この新三門ショッピングモールは大規模侵攻以降、集客率を上げる為に、カラオケやボウリング、大規模ゲームセンターなどアミューズメント施設を大量に取り入れたのだ。

 

結果として目論見は成功。今では三門市の外からも客が来るようになった。大規模侵攻があった三門市が今でも活気に満ちているのはボーダーに対する信頼だけでなく、このショッピングモールを始め様々な店が市外からも人が来るように工夫を凝らしているからだ。

 

閑話休題……

 

カラオケ店に着いた俺と姉さんは受付で部屋の予約をする。すると受付のお姉さんが俺達に妙な機械を渡してくる。

 

「姉さん、それなんだ?」

 

「これはデンモクって言って、これを使って曲を選ぶの」

 

へぇ、そんな機械でやるのか。初めてだから色々知らない事がありそうだ。

 

「じゃあ行こっか。私はドリンクバーで飲み物を用意するから先に行ってて。弟君何が飲みたい?」

 

「MAXコーヒーで」

 

「了解」

 

そう言って姉さんはドリンクバーの方に向かったので俺は受付のお姉さんに言われた部屋に入る。すると中は畳にして約8畳位の部屋でソファーが2つとテーブルが1つ、奥にはテレビがあって最新曲のコマーシャルが流れていた。

 

「お待たせ。はいMAXコーヒー」

 

すると姉さんが部屋に入ってきてコップを渡してくるので一口飲む。うん、やっぱりMAXコーヒーは最高だな。

 

「サンキュー。そんじゃ歌うのか?」

 

「うん。じゃあ先ずは弟君からで良いよ。何か歌いたい曲はある?」

 

歌いたい曲ねぇ……てか歌える曲が少ない。歌えるのなんて有名歌手の有名な歌や最近テレビのミュージック番組でやってるような歌、後はプリキュアの歌位だろう。前2つはともかく、最後の歌はドン引きをくらいそうなので止めておこう。

 

とりあえず……

 

「じゃあ……×××の◯◯◯で」

 

1番始めの選択肢、有名歌手の有名な歌を選択した。

 

「おっ、いきなり有名な曲だね。じゃあ入力するから見ててね」

 

言うなり姉さんはデンモクを操作するのて見てみると、曲名のボタンを押して俺が言った曲の名前を打ち込む。そしてデンモクをテレビに向けて予約ボタンを押す。

 

するとテレビに映っていたコマーシャルが消えて、画面には曲名や作詞者、作曲者の名前が映り、音が流れ出す。

 

「じゃあ弟君、テレビ画面に歌詞が出たらそれに合わせて歌ってね」

 

姉さんがマイクを渡してくるので、それを受け取った俺はスイッチを入れて画面を見る。歌を歌うなんて中学校の合唱祭以来だ。あの頃は歌ってない奴が多く、俺はちゃんと歌ったのにサボり扱いされて後ろ指を指されていたなぁ……

 

(いかん、黒歴史が蘇ってきた。忘れろ。どうせ殆どの連中とは2度と会わないんだし覚えていても意味が無い)

 

一度深呼吸をして調子を戻した俺は画面を見ると歌詞が出てきた。音の流れからしてそろそろだろう。さて、やるか……

 

「あー……」

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜……ふぅ」

 

それから3分ちょい。フルで歌った俺は一息吐く。隣では姉さんがパチパチと拍手をしてくる。

 

「お疲れ弟君。結構上手いね」

 

「それはどうも……んで点数は……」

 

テレビを見ると審査画面に切り替わり……テレビでよく聞く発表のBGMが流れ……

 

 

「76.752点か……」

 

良くも悪くもない点数だった。まあ初めてのカラオケでこの点数なら問題ないだろう。

 

そこまで考えている時だった。

 

「嘘?!凄い?!」

 

姉さんはそんな事を言って携帯を取り出して写真を撮る。その行動に思わず首を傾げる。

 

「済まん姉さん。今の何処に凄い要素があるんだ?」

 

100点や90点以上ならともかく、この点数で凄いと言われる理由がわからん。

 

「凄いじゃん!全国平均を見てみなよ!」

 

全国平均?えーっと、全国平均は76.752。ほー、俺と同じ点数って……え?

 

「マジで?」

 

思わず二度見してみる。しかし俺の点も全国平均も変化が無く、どちらも76.752と表示されていた。

 

「全国平均と全く同じなんて凄いよ!ある意味100点より珍しいよ!」

 

確かにそうだ。点数は小数第3位まで表示されるのだが、それを含めて全く同じ、狙ってやった訳じゃないが姉さんの言う通り100点を取るより難しいだろう。ある意味凄いのは否定出来ない。

 

しかし……何というか微妙な気分だ。そりゃある意味凄いけどさぁ……

 

「(何か釈然としないな。まあ良いか)そんで?とりあえず俺は歌い終わったし次は姉さんだろ?」

 

「あ、うん。そうだね。写真も撮れたし頑張らないと」

 

姉さんはそう言って握り拳を作り、えいっ!……って仕草を見せてくる。マジで可愛いな……

 

姉さんの子供っぽい仕草にドキドキしていると音が流れ出すと。画面を見ると姉さんも俺と同じで有名歌手の有名な曲を選択していた。さて、姉さんの歌の実力はどうなんだ?

 

期待を持って姉さんを見ると、姉さんは息を吸って……

 

 

「ボエ〜〜〜〜〜」

 

物凄いダミ声で歌い始めた。

 

予想外の破壊力に意識が飛びかけた。何だこれ?!思わず姉さんを見るも、姉さんはそれはもう楽しそうに歌っていた。様子を見る限り姉さんは真剣に歌っている。真剣に歌っていてこれなのだ。

 

(や、ヤバい……加古さんの外れ炒飯とは別ベクトルのヤバさだ……!)

 

ベクトルは違うが破壊力そのものは大差ない。並の精神力の人間が聞いたら気を失うかもしれん。言っちゃ悪いがマジでジャ◯アンと思っちまったぜ。

 

(中学の連中が姉さんをカラオケに誘わない理由はコレかよ……!とにかく耐えないと……)

 

俺は気絶防止の為に舌を噛んで、姉さんの歌を耐え続けた。その中で思ったことはただ1つ。

 

何でカラオケに行って耐える行為をしないといけないんだろうか?



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比企谷八幡は報酬を払いに行く④

「んー!久しぶりに一杯歌えて楽しかったー!」

 

午後2時半。カラオケ屋から出た姉さんはそれはもう満足そうに伸びをしている。表情から察するに心から楽しめたのだろう。

 

「そうかい……」

 

一方の俺は顔には出していないが完全に疲れ果てている。理由は簡単。姉さんがガチで音痴だったからだ。リアルジャ◯アンと言っても言い過ぎではなく、点数も一度も40点を超えなかったくらいだ。まあ当の本人は気にしないでガンガン歌っていたけど。

 

とにかく姉さんの歌を聴きまくった為、俺の耳はキンキン鳴って結構辛い。気絶はしなかったが、意識が飛びかけた事は5回はあっただろう。まあ何とか耐え抜いたけど。

 

「じゃあ予定通り私の家に行こうか?」

 

「あ、ああ。その前に手洗いに行って良いか?」

 

念の為に言っておくが吐く為ではい。ドリンクバーでMAXコーヒーを飲み過ぎたからだ。

 

「もちろん。私はエスカレーターの所にいるから」

 

「おう」

 

一言そう言って俺は手洗いに向かった。

 

そして用をたして手を洗っている時だった。ポケットにある携帯が鳴り出したので見てみるとLINEの通知を知らせるものだった。

 

グループは男子正隊員グループ……嫌な予感しかしねぇ……

 

そう思いながらもLINEを起動してみると……

 

【男子正隊員】

 

出水:凄い写真手に入れた

 

出水:《比企谷と三上が抱き合いながら寝ている写真》

 

米屋:マジか?!

 

太刀川:やるな比企谷の奴

 

諏訪:あの野郎いつの間にリア充に?!

 

 

 

 

……よし、出水は明日ブチ殺す。ランク戦ではなく生身の喧嘩で沈める。とりあえず……

 

比企谷:出水、明日の放課後に腕を折るから、病院の予約をしとけ

 

一言そう打ち込んで携帯をポケットにしまう。それまでに何度もLINEの通知を告げる音が煩いのでマナーモードにしておく。あの野郎マジでブチ殺す。楽しみにしておけよ……

 

内心ドス黒いオーラを巻きながら手洗いから出る。するとそこには……

 

 

 

「……から、弟が……」

 

「……じゃん。そんなの……」

 

 

姉さんが高校生と思える男にナンパをされていた。距離が遠いので良く聞き取れないが弟、つまり俺を出して断っているがナンパ男は諦めてないようだ。まあ仕方ないだろう。姉さんは美人だし。

 

だがよ……

 

(このタイミングで人の連れをナンパしてんじゃねぇよ……!)

 

ただでさえ出水の愚行により苛立っているのに、ナンパの撃退なんて面倒な事をしろと?

 

は、ははは……

 

 

 

 

 

ブチッ

 

(ざけんなぁぁぁぁぁっ!)

 

内心完全にブチ切れながら俺は姉さんの元に向かって歩き出す。同時にナンパ男が姉さんに触れようとしたので……

 

「があっ……!」

 

「……悪ぃな。姉さんは今忙しくて俺はブチ切れてるから他の女をナンパしてくれないかなぁ?」

 

その腕を掴み間髪入れずに捻る。お前に恨みはないが俺は出水の所為で最高に機嫌が悪いので容赦はしない。さっさと目の前から消えろ。

 

「わ、わかった。アンタの姉ちゃんには手を出さねぇから離してくれ!」

 

「……絶対だぞ。もしも俺の大切な人に手を出したら関節を砕くからな?」

 

「ええっ?!」

 

ん?何か姉さんが叫んだので横を見ると真っ赤になって見ていた。どうしたんだ?

 

……まあ良いか。今はナンパ男の撃退が重要だ。俺が最後に一度捻りを加えてから手を離すとナンパ男は手を押さえながら去って行った。ったく……ショッピングモールでナンパなんかしてんじゃねぇよ。

 

内心呆れていると肩を叩かれたので横を見ると姉さんが真っ赤になって見ていた。

 

「どうした姉さん?」

 

「そ、その弟君がさっき言った事って本当?」

 

「どれだよ?」

 

「そ、その……私って弟君にとって大切な人(女)なの?」

 

予想外の質問が来たな。さっきは勢いに任せて言ったが、振り返ってみると……

 

(まあ、アレだな。スキンシップは激しいけど、最近は姉さんのおかげで前向きになったと思っているし……)

 

そのことを考えると……

 

「そうだな。大切な人(義姉)だな」

 

そう返した瞬間……

 

「うぅ……」

 

姉さんは突如真っ赤になって俯き出す。気の所為か顔にチラッと赤みが見えた。

 

「姉さん?大丈夫か?」

 

思わず更に距離を詰めて姉さんに話しかけると……

 

「お、弟君……」

 

真っ赤になって涙目になりながら上目遣いで俺を見てきた。同時に心臓が高鳴るのを理解する。今の姉さんは凄く可愛く見えた。それこそ食べてしまいたいくらいに。

 

「ど、どうした?」

 

「う、ううん。弟君にそこまで想われてるなんて思わなかっただけ」

 

言うなり姉さんはギュッと抱きついてくる。ちょっと待て!マジで何なんだ?!今の姉さんはマジで可愛過ぎるんですけど?!

 

内心そうツッコミを入れるも姉さんは離す気配はなく、俺の胸に顔を埋めながら抱きしめていた。

 

結果、俺は10分以上この場で抱き合い続けて他の客から注目を浴びていたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「お、お邪魔します」

 

本来の予定である姉さんの家にお邪魔する事になった。

 

「う、うん。お父さんとお母さんは夜まで帰って来ないから……あ、安心してね?」

 

何を安心しろと?!安心出来る要素がどこにもないからな?!

 

内心そうツッコミを入れている間にも俺は姉さんに案内された部屋に入る。案内された部屋は実に女の子らしい部屋だった。可愛らしいベット、整理整頓された机、沢山のぬいぐるみなど、当たり前だが男の俺の部屋とは全然違う。

 

「じゃ、じゃあ座って?」

 

「あ、ああ」

 

俺は部屋の中央にあるテーブルの近くに腰を下ろす。床に敷いてある絨毯もピンク色の可愛らしいものだった。

 

そんな事を考えながら座って鞄も地面に下ろすと……

 

「ね、姉さん?!」

 

姉さんはテーブルの向かい側ではなく、俺の隣に座った。しかも姉さんの左手は俺の右手をギュッと握ってくる。柔らかな感触が伝わる中、俺は顔に熱が溜まるのを自覚する。マジで何なんだこれは?女子の部屋で2人きりだけでも充分ヤバいのに密着されたら……!

 

「お、弟君……」

 

「な、何だ?」

 

「そ、その……さっきは助けてくれてありがとう」

 

さっきってナンパの事か?別に気にしなくて良いのに。アレは当然の事だし、出水のバカによって溜まったストレスの発散にもなったし。

 

「別に気にすんな。礼を言われることじゃない」

 

「それでも嬉しかったの……そ、その時に大切な人って言ってくれたのはもっと嬉しかった……」

 

言いながら姉さんは手を握る強さを強めて、トロンとした表情で俺を見てくる。ヤバい……何か変な気分になってきた……!

 

「だからね弟君………お礼として……」

 

「お礼として?」

 

問い返すと姉さんは色っぽい表情で俺の耳に顔を寄せて……

 

「……弟君の言う事、何でも聞いてあげる」

 

とんでもない爆弾を投下してきた。何でもだと?!それはつまりあんな事やそんな事でも?!

 

(って、イカンイカン!何て事を考えているんだ俺は?!そんなのダメに決まってるだろうが!)

 

若干姉さんの誘惑に負けそうになったが、何とか立て直した時だった。

 

pipipi……

 

携帯の音が鳴り出す。音源は俺のポケットではない。その事から姉さんの携帯が音源である事を意味する。

 

「あっ……もう。こんな時に誰?」

 

途端に姉さんは不満ありげな表情で携帯を開き操作を始める。暫く操作をしているとピシリと動きを止めた。何だ?凍り付いたように動きを止めたが嫌なニュースでもあったのか?

 

思わず話しかけようとするが、その前に姉さんがこちらを向き……

 

「……ねぇ弟君。これは何かな?」

 

満面の笑み(ただし瞳は絶対零度の眼差し)を浮かべながら携帯を見せてくる。そこには……

 

 

 

 

「何で弟君は歌歩ちゃんと寝てるのかなぁ?」

 

例の写真があった。さっきとは微妙にアングルが違うので国近先輩が撮ったのだろう。マジで何やってんだあの人?明日出水の折る骨の数を増やそう。

 

「いや、それはだな……」

 

「弟君、さっき私のことを大切な人って言ったのに……歌歩ちゃんと寝るんだ?」

 

ネチネチと嫌味を言ってくる。これはアレだな。朝三上にも言われた嫌味と似ている気がする。

 

(確か三上は姉さんに関することで、姉さんは三上に関することで嫌味を言っているが、2人って仲が悪いのか?)

 

「い、いや待て姉さん。これは三上に誘われたから寝たんだ。兄妹として一緒に寝ただけで間違いは起こってないからな?」

 

起きた時に三上の尻を触っていた事件はあったが、アレはバレてないから問題ない。てか問題ない事にしないとマズいのが本音だ。

 

すると姉さんはジト目で見てくる。

 

「ふーん。兄妹として、ねぇ……」

 

そして身体を寄せてくる。

 

「な、何だよ?」

 

義姉の行動に対して身体を仰け反らせながら尋ねると、姉さんは一度息を吸って……

 

「じゃあ……今から姉弟として一緒に寝よう?」

 

……はい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへー……弟君の身体あったかい……」

 

姉さんは俺の身体に抱きついて甘えてくる。現在俺は姉さんのベットで姉さんと一緒に寝ている。姉さんから一緒に寝るように言われた際、初めは断ろうとしたが……

 

「ふーん……歌歩ちゃんとは義妹とは一緒に寝るのにお義姉ちゃんとは寝てくれないんだ?」

 

頬を膨らませながら拗ねたり……

 

「お願い……お義姉ちゃん、弟君と一緒に寝たいな……」

 

っておねだりをされていたら、いつの間にか姉さんのベットに入って抱き合っていたのだった。姉さんの誘惑、三上のそれと同レベルだったので逆らえませんでした。

 

「……そいつは何よりだよ」

 

「うん。歌歩ちゃんが一緒に寝た気持ちがわかるよ。弟君可愛いなぁ……」

 

言いながら姉さんは自分の頬を俺の頬に当ててウリウリしてくるが、お前の仕草の方が遥かに可愛いからな?何なのこの子?

 

「いや可愛いって言われても嬉しくないからな?」

 

「ごめんごめん。でも可愛くて……」

 

「そうかい……てか姉さんも結構甘えん坊だな」

 

いやまあ、悪くないんだけどさ。

 

「弟君を見ると甘えたくなっちゃうの。それより弟君」

 

「何だよ?」

 

「改めて言うけど、ショッピングモールではナンパから助けてくれてどうもありがとう。だから……」

 

言うなり姉さんは抱き合いながらも顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

俺の頬にそっとキスを落としてきた。三上とは違う柔らかい唇が頬に当たるのを自覚すると顔が熱くなる。不意打ちは反則だから止めてくれ。せめて事前に言って欲しかった。

 

内心姉さんに毒づいていると姉さんは唇を俺の頬から離れて……

 

「これがお礼……ありがとね♡」

 

そう言って笑顔を浮かべて再度抱きついてくる。それを見ると愛おしくなってくる。

 

「……どういたしまして。にしても何で女子のキスってこんなにドキドキさせるんだよ?」

 

「それは弟君が男の子だからでしょ?私達女子も男の子にキスをされたら……ちょっと待って弟君」

 

「何だよ?」

 

「さっき女子のキスってドキドキするって言っていたけどさ、その言い方だと他の女子ーーー歌歩ちゃんとかにキスされたの?」

 

「……あ」

 

確かにそうだ。この言い方だと姉さん以外の女子にキスをされた事があると捉えられても仕方ないだろう。やっちまった……

 

後悔するも時既に遅く、姉さんはジト目で見てくる。

 

「ふーん。歌歩ちゃんにもキスされたんだ。弟君ってプレイボーイだね」

 

「いや待て。キスをされたのは事実だが、俺からキスした事は一度もないからな?」

 

これだけは断言出来る。まあ朝三上にキスをされまくった時に何度か唇同士がぶつかり合いそうになったけど。

 

「……本当?」

 

姉さんは尚も疑わしい眼を向けてくる。どんだけ信用されてないんだ俺は……?

 

「ああ」

 

「そっか……じゃあ信じるよ。ちなみに何回されたの?」

 

「えーっと、それは……」

 

され過ぎて数えてなかったです。多分200回ちょいだと思う。おかげで基地を出る前に頬に付いたキスマークを落とすのが割と大変だった。

 

「……数え切れない程って訳だね?」

 

「いや、それはだな……何というか「弟君」はい数え切れない程です」

 

思わず認めてしまう。マジで怖かった。てか何で姉さんは怒っているんだ?別に三上が俺にキスをしようと姉さんが怒る理由は……

 

(まさかヤキモチを妬いて……それはないか)

 

それはないだろう。てか事実だとしても口にはしない。して違ったら新たな黒歴史の誕生になるし。

 

そこまで考えていると……

 

「ふーん。弟君は随分とモテるんだ……ね!」

 

ちゅっ……

 

再度右頬にキスをしてくる。予想外の行動に驚いていると今度は左頬にキスをしてくる。そしてまた右頬に。

 

「姉さん?いきなりどうしたんだよ?」

 

いきなりのキスの雨に思わず声を上げる間にも姉さんは頬にキスをしてくる。耳には姉さんの唇から生まれるリップ音が耳に入る。

 

「別に。弟君がキスされるのが好きみたいだからしてるだけだよ……」

 

「いや別に好きって訳じゃ「数え切れない程されてるのに?」はい好きです」

 

ダメだ。姉さんには逆らえない。思わず本音を漏らしてしまう。ハッキリ言おう。つい最近知ったがキスをされるのは気持ちが良い。どんな時でも一瞬で幸せな気分になる。三上の時もそうだが、姉さんのキスも負けず劣らず幸せにしてくれる。

 

「やっぱりね。だから今日はナンパから助けてくれたし、いっぱいしてあげるね……?」

 

その言葉を最後に姉さんは俺の頬に一杯チュッチュッしてくる。ああ……もう良いや、どうにでもなれ。

 

俺は姉さんに50回キスをされた辺りで数えるのを止めて全てを流れに任せる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3時間後……

 

「じゃあ弟君。今日は楽しかったよ」

 

6時を過ぎたので俺は帰宅することにして、姉さんは玄関まで送りに来ている。結局俺は姉さんの家に来てから、姉さんのベットで抱き合いながら一緒に寝てずっとチュッチュッされていた。要するに朝三上とした事を殆どそのままやっていたということだ。

 

今考えると恥ずかしい。それは事実だが……

 

「まあアレだ。俺も悪くなかった」

 

幸せだと思ったのは否定しない。あんな風に思いっ切り甘やかされるのは気持ちが良かったし。

 

「なら良かった。じゃあまた明日ね」

 

「ああ。また明日」

 

最後に軽く会釈をして俺は姉さんの家から出る。さて……幸せな気分になったし家に帰るか。

 

そう思いながら暫く歩いていると……

 

「八幡先輩!」

 

横から話しかけられる。この声と呼び方から察するに……

 

「照屋か?」

 

チームメイトの照屋が笑顔を浮かべてこちらに走ってきた。ああ、ただ走っているだけなのに癒される。

 

「はい。先輩は基地に行っていたんで……す……か?」

 

途端に声が小さくなってくる。どうしたんだ?いつもはハキハキ喋るのに照屋らしくないな。

 

不思議に思った俺が話しかけようとすると照屋は笑みを消してジト目になり……

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩……そのキスマーク、誰のですか?」

 

低い声でそう言ってくる。

 

……姉さんの家で落としてくるの、忘れてた。

 

 

 

結果として全てを白状したが照屋はジト目を向けたままで、そのジト目を消すのに20分の時間がかかってしまった。その時には幸せだった気分は無くなり精神的に疲れていた。

 

その時に俺は思った

 

何でオフの日なのに平日より疲れてんだ俺は?



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比企谷八幡は色々な事を考える。

「そういえば八幡先輩、ウチの隊の隊服ってどうするんですか?」

 

照屋がいきなりそんな事を言ってくる。ランク戦が始まるまで後1週間。いつものように防衛任務を終え、いつものように連携の訓練を終わった後にお菓子を食べていた時にそんな話題が出てきた。

 

「そういや隊服については忙しくて考えてなかったな……お前ら何か希望はあるか?」

 

最近になって大分連携の練度も上がっし、気分転換的な意味でも少し考えてみたいと思ってチームメイト3人に尋ねてみる。

 

「うーん。私は特にこだわりはないですけど、露出が激しくないのが良いですね。辻先輩はどうですか?」

 

「えっ……あっ、俺は「はい落ち着け深呼吸」あ、ああ。ふぅ……」

 

深呼吸すると辻は落ち着く。最近になって漸く照屋と三上とは目を合わせることが出来るようになったが、今のようにいきなり話しかけられるとキョドッてしまうが、こればかりは仕方ないだろう。

 

今のところ辻は照屋との近接戦の連携はやっていないが、3人による中距離戦の連携と2人が俺を援護する場合の連携は割りかし上手くいっているので責めるつもりはない。ゆっくりと確実に進むならどうこう言わない。

 

「ふぅ……話の腰を折って悪かったな。話題を戻すと俺としては赤みたいに派手な色は止めて欲しいな」

 

「露出が激しくなくて、派手な色じゃない隊服……まあその辺りは俺も同感だな。三上は?」

 

「私はオペレーターだから専用の制服はもう持ってるよ」

 

「そういやそうだったな」

 

「寧ろお兄ちゃんの希望を聞きたいな。お兄ちゃんはどんな隊服が良いのかな?」

 

「そうですね。八幡先輩の希望も聞きたいです」

 

「隊長はお前だ。余程変な隊服でなければ比企谷の希望で構わない」

 

チームメイトからそんな事を言われる。自分の意見を口にするって結構恥ずかしいな。

 

「(まあ他の3人も言ったんだし言わないとな……)俺としては……うーん……黒が良いな」

 

「黒?ということは比企谷は太刀川隊や二宮隊みたいな隊服が良いのか?」

 

うーん。そう言われると即答出来ないな。太刀川隊の服は見た目重視だ。グラスホッパーを使う俺からしたらあのヒラヒラは結構邪魔だ。

 

一方の二宮隊のスーツは機能性は問題ないが、スーツは目立ち過ぎる。犬飼先輩曰く二宮さんはコスプレ感を嫌ってスーツにしたらしいが、俺からしたら逆に最もコスプレ感が出ているとしか思えない。

 

まあ先週それを口にして二宮さんに100本勝負でボロクソにされたから2度と口にしないけど。

 

閑話休題……

 

そんな訳で太刀川隊や二宮隊の隊服はどうかと聞かれたら首を横に振るのが俺の意見だ。どちらかって言うと……

 

「俺としちゃ影浦隊みたいに動きやすいジャケットみたいなヤツが良いな」

 

丸パクリするつもりはないが、見た目も悪くなく動きやすい影浦隊の隊服は俺が理想とする隊服だろう。

 

「なるほどな……まあ俺としては文句ないから比企谷に任せる」

 

「と、言っても俺にデザイン力はないからな……んじゃ開発室には『黒いコート、機能性重視、格好良いヤツ』って申請しとくぞ」

 

「八幡先輩、随分と無茶な要求をしますね……」

 

「別に絶対にそうしろとは要求しねぇよ。無理強いはしないし、開発室が用意した隊服についても余程酷いものじゃなかったらやり直しを指示するつもりはない」

 

「あ、それなら大丈夫だね」

 

三上はそう言っているが当たり前だ。折角作って貰った隊服なら余程酷いものじゃないなら文句を言うつもりはない。そこまで俺は横暴じゃない。

 

そこまで考えている時だった。

 

pipipi……

 

携帯が鳴り出す音が聞こえてきた。音源は……

 

「俺の鞄の中か。済まん照屋。ちょっと鞄から取ってくれないか?」

 

「わかりました」

 

1番鞄に近い照屋にそう頼むと照屋は頷いて俺の鞄から携帯を取り出す……が、次の瞬間照屋は俺をジト目で見てくる。な、何だいきなりその目は?俺なんか悪い事をしたか?

 

頭に疑問符を浮かべていると……

 

「先輩、綾辻先輩から電話です」

 

照屋はそう口にする。すると次の瞬間三上もジト目で俺を見てくる。

 

「ふーん。遥ちゃんから電話が来たんだ?良かったねお兄ちゃん、綺麗なお姉ちゃんから電話が来て」

 

途端に何故かネチネチした口調に変わる。マジで何なんだ?最近の照屋と三上、遥姉さんの事を口に出すと途端に不機嫌になる。逆に姉さんも俺が照屋や三上の事を口に出すと不機嫌になるし。3人って仲が悪いのか?

 

「電話の内容も知らないのに良かったも何もねーよ……もしもし?」

 

『あ、もしもし弟君?』

 

三上にそう返しながら電話に出ると姉さんの声が聞こえてくる。

 

「ああ。どうしたんだ?何か用か?」

 

『弟君の声が聞きたくなった……それじゃダメかな?』

 

「何言ってんだ?毎日聞いてるだろうが」

 

最近ーーー姉さんと1日姉弟ごっこをして以降、姉さんは学校でもかなり絡むようになっている。特に昼休みなんかはベストプレイスで一緒に飯を食って、食後は俺の頬に沢山チュッチュッしてくる位だし俺の声なんて飽きる程聞いてるだろう。

 

『いやいや、弟君の声は聞いても聞き足りないくらいだよ』

 

「は、恥ずかしい事を言うな!からかうのが目的なら切るぞ!」

 

てか気の所為か知らないが照屋と三上の目が冷たくなっている気がする。理由はわからないが姉さんと電話している事が関係しているのは間違いないだろう。

 

『あ、ごめんごめん!ちゃんと用があるから切らないで!』

 

どうやら本当に俺の声を聞く以外にも用があるようだ。それならそれでからかってないで早く言ってくれよ……

 

「で、何の用だよ?」

 

『うん。実はさっき広報部隊関係の話で本部長の執務室に行ったの。そしたら……』

 

「そしたら?」

 

俺が尋ねると姉さんは電話の向こう側で息を吸って……

 

 

 

 

 

『執務室に東さんが居て、新しいチームを結成して6月からのB級ランク戦に参加するのがわかったの』

 

予想外の事を口にしてきた。

 

「マジで?!」

 

思わず叫んだ俺は仕方ないだろう。それによって作戦室にいるチームメイト3人は驚きの表情を見せてくるが、それに構っている暇はない。

 

東春秋……元A級1位部隊の隊長で、我の強い二宮さん、加古さん、三輪の3人を率いた歴戦の猛者。上層部からの信頼も厚く、後輩からも尊敬の念を送られる、超人と呼ぶに相応しい男である。

 

ボーダーで尊敬してない人は居ないと言われても信じてしまう位のカリスマ性を持った東さんがB級に降格してB級ランク戦に参加するのかよ?!

 

『うん。だから弟君には早い内に対策を講じれるように教えたんだ』

 

「そいつは助かる。ありがとな」

 

『気にしないで。弟を助けるのは姉の仕事だから。でもご褒美は欲しいなー』

 

「ご褒美だぁ?まあ俺に出来ることなら構わないが……」

 

『うん。じゃあさ……偶には弟君からチュウして欲しいな』

 

「出来るか!」

 

思わず叫んでしまう。俺の方に耳を傾けている3人がビクンと跳ねるが仕方ないだろう。姉さんの奴……どんだけ恐ろしいご褒美を要求してくんだよ?!

 

『えー、良いじゃん。私は何度もしてるんだし』

 

「アホか。キスをするされるじゃ全然違うからな?俺がお前にキスをしたら……っ?!」

 

そこまで話した時だった。いきなり寒気を感じたので顔を上げると……

 

「………」

 

「………」

 

照屋と三上が絶対零度の眼差しで俺を見ていた。アレは殺し屋がする目であって女子のする目じゃねぇよ……

 

「さて……俺は眠いからベイルアウト用のマットで寝るか」

 

そして辻はいち早くこの場から逃げ出す。状況判断力や実行に移す決断力の速さは見事の一言だ。使い所は絶対に違うが。てか助けて!俺をこの場に残さないで!

 

『弟君?』

 

とそこで元凶の姉さんの声が聞こえてくる。こっちの事情を知らずに……!

 

「あ、いや……とにかくそれは勘弁してくれ」

 

『えー、じゃあまたオフの日に私の家に来て』

 

「まあそれなら……ちなみに何をするつもりだ?」

 

『前みたいに一緒に寝てチュウしたり、一緒にご飯作ったり、勉強したり、かな?』

 

え?そんなんで良いのか?チュウされる事については気にしない。姉さんには学校で毎日100回はされてるから慣れてるし。それ以外の要求は特に変な物がない。ハッキリ言うと俺が姉さんにキスをするよりずっと楽な報酬だ。

 

「わかった。それなら引き受ける」

 

『ありがとう。じゃあ後日に日程を決めようね。楽しみにしているから』

 

そう言ったのを最後に電話が切れた。さて、姉さんから情報を手に入れたんだし新しい東隊の情報収集をしないとな。B級から参加する以上、スタートはB級下位つまり俺達比企谷隊と同じ土俵なのだから今の内にしっかりと対策を練らないといけない。

 

だがその前に……

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡先輩。先ほど綾辻先輩との電話に出たキスについて聞きたいのですがよろしいでしょうか?」

 

「お兄ちゃんのバカ……!」

 

目の前にいる2人の怒りを鎮めなきゃいけないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「って訳で新東隊は東さんを隊長に、今月に入隊した奥寺常幸と小荒井登の3人部隊だ」

 

漸く照屋と三上の怒りを鎮めた俺は、姉さんから貰った情報を元に新東隊の説明をしている。

 

「ポジションは狙撃手1人に攻撃手2人……三輪隊と同じチーム構成だな」

 

そう言うのは照屋と三上の怒りが鎮まるまでベイルアウト用のマットが敷いてある部屋にずっと居た辻だ。漸く2人の怒りが鎮まったと思った瞬間戻ってきて、シレッとした表情でバターどら焼きを食べる辻を見て殴りたくなったのは仕方ないだろう。まあ殴ってないけど。

 

「ああ。と言っても奥寺と小荒井は三輪と米屋に比べてまだまだ未熟だから戦術のあり方も違うだろう」

 

三輪隊は前衛の三輪と米屋が攻めて、逃げようとした奴を狙撃手の奈良坂が仕留める戦術を得意としている。

 

しかし奥寺と小荒井の個人ランク戦のデータを今見たが、まだまだ未熟なので三輪や米屋の様に上手く敵を追い詰めるのは無理だと思う。

 

「となると東隊の戦術は必然的に奥寺と小荒井が餌となり、東さんが狙撃で仕留める感じだな」

 

「狙撃手とは戦った事がないですから注意は必要ですね」

 

「まあ俺達はチームランク戦は今期からスタートだから仕方ない」

 

つまり狙撃手の対策は必然的に実戦で慣れていかないといけない。

 

「まあこればかりは個人ランク戦じゃどうにも出来ないから諦めよう。だから今は出来ることをやるぞ」

 

「そうだね。今やれる事と言えば連携の訓練、データの見直し、個人ランク戦で腕を磨く、トリガー構成の確認って所かな?」

 

「あ、そのトリガー構成についてなんですけど、ちょっと開発室の人に話があるんですけど、終わったら開発室の方に行ってきて良いですか?」

 

照屋が手を上げて聞いてくる。わざわざ開発室の方に行くってことは専門家の意見を聞きたい様だ。だとしたら断る理由はない。

 

「はいよ。ついでに隊服の要望も言っといてくれないか?」

 

「わかりました」

 

「んじゃ何か質問とか提案はあるか?」

 

言いながら辺りを見渡すと誰も手を挙げない。って事はないのだろう。

 

「んじゃ今日はここまで。次の防衛任務は明後日だからその時にまた」

 

その言葉を最後に今日の比企谷隊としての活動は終わりとなる。ここからは各自自由に過ごすことになる。

 

「では私は開発室の方に行きますので、これで失礼します」

 

照屋はそう言って作戦室から出て行った。

 

「私は元々後少ししたら中央オペレーターの方に顔を出す予定かな」

 

「俺は個人ランク戦に行くつもりだ。可能なら東隊の攻撃手2人と戦っておきたい。比企谷は?」

 

「俺?俺はちょっと予定があるな」

 

「……また遥ちゃんに会いに行くの?」

 

三上がジト目で見てくる。

 

「違ぇよ!太刀川さんのレポートの手伝いだよ!」

 

本来ならやりたくないが、手伝ったら対弧月使いの対策をしてくれるからなぁ……

 

てか何でことある事に姉さんと思うんだよ?!どんだけ信用されてないんだよ?!

 

「あ、そうなんだ……良かった」

 

「ん?何が良かったんだ?」

 

「な、何でもない!行くなら早く行きなよ!」

 

「お、おい!」

 

何故か真っ赤になった三上に背中を押されて作戦室から追い出される。何で真っ赤になってんだ?ワケガワカラナイヨ?

 

そんな事を考えながらも、今入っても再度追い出されるのは目に見えるので入るのは諦めた。ため息を吐きながら太刀川隊の作戦室に向かって歩く。

 

暫く歩くと太刀川隊作戦室に到着した。既に何度も入った事がある為扉の番号は理解しているので、番号を入力しようとした時だった。

 

「お〜、比企谷君。レポートの手伝いかね〜?」

 

その前に国近先輩が出てくる。気の所為か焦っているように見える。

 

「そうですけど国近先輩はどうしたんですか?」

 

「今は入らない方が良いよ〜。比企谷君が来るほんの少し前に本部長が来て太刀川さんにお説教をしてるから」

 

どうやら今日は手伝いをしなくて良いようだ。てか入ったら本部長の怒りが増幅しそうだし太刀川さんの為にも干渉しない方が賢明だろう。

 

「わかりました。止めておきます」

 

「それが良いよ〜。そういえばみかみかは比企谷君の作戦室にいるのかね?」

 

「俺が作戦室を出る時はいましたよ。国近先輩も中央オペレーターの方に顔を出すんですか?」

 

「そうそう。じゃあみかみかと合流するからまたね〜」

 

国近先輩はおっとりした口調で俺の隊がある方向に歩いて行った。毎回思うが本当にのんびりしてるなあの人。

 

(さて、太刀川さんのレポートも無いんだし、今日は帰るか)

 

連携の訓練はやったし、今は個人ランク戦の気分じゃないし。帰りがてらどっかで飯を食うか。

 

方針を決めた俺は作戦室から僅かに聞こえる怒号をスルーして近くにあるエレベーターに向かった。

 

 

エレベーターに着いた俺は帰るべく下ボタンを押す。すると上階からエレベーターがやって来て俺がいる階で止まりドアが開くので、中に入ると……

 

「八幡先輩?」

 

エレベーターには照屋がいた。キョトンとした表情を浮かべている。

 

「照屋?お前開発室に行ったんじゃないのか?」

 

「行きましたよ。話だけでしたので早く終わったんですよ。先輩は今帰りですか?」

 

「ああ。今日はもう帰るつもりだ。お前がランク戦をしたいなら付き合うぞ?」

 

照屋とのランク戦はどんな気分でも楽しいし。

 

「あ、いえ。それは良いんですが……」

 

「良いんですが何だよ?」

 

照屋にしては珍しくモジモジした態度を見せてくる。いつも毅然とした態度を取る照屋からは考えられない事だ。

 

珍しい照屋に対して不思議な気分になっていると……

 

 

「そ、その……一緒に帰っても良いですか?」

 

予想外の提案をしてきた。…………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に繁華街からは離れているので明るくなく、街灯の灯りが俺達を照らす。

 

そんな中、俺と照屋はゆっくりと照屋の家に向かって歩いている。

 

「……いよいよ来週にはランク戦が始まりますね」

 

暫くの間、無言が続いていたが後10分で照屋の家って時に照屋が口を開ける。

 

「そうだな。正直言って緊張している」

 

「それは私もですよ。初陣だから仕方ないと思います」

 

「それはそうだけどよ……俺は隊長だからな」

 

思わず愚痴ってしまう。自分の弱みなんざ余り出したくないが、照屋の前だとどうも正直になってしまう。

 

「お前にしろ、辻にしろ、三上にしろ全員本当に頼りになるよ。でも俺はお前らを上手く導けるか、上手く指揮が出来るか不安なんだよ」

 

もちろんこれはどの隊長も経験済みだろう。誰もが通る道である事はわかってはいるが、どうしても不安になってしまう。ネガティヴになるのは厳禁であるにもかかわらず、ここに来て不安が込み上がってくる。

 

すると……

 

「先輩」

 

照屋に呼ばれたので横を向くと……

 

「っ!」

 

照屋が両手で俺の両手を優しく包み込むように握ってきた。予想外の行動に驚くも……

 

(温かい……落ち着くな)

 

照屋の手から伝わる温かさが俺の中にある不安を打ち消している。それによって震えも無くなってくる。

 

「先輩はこれまで一生懸命頑張りました。ランク戦では練習でやった事を実践すれば良いんです。もし仮に練習通りに行かなかったり、想定外のことがあったら……」

 

言うなり照屋は手を離してそのまま俺に近寄り……

 

「私が、私達チームメイトが八幡先輩を支えます。4人で頑張りましょう」

 

俺に抱きついて力強い口調でそう言ってくる。

 

(ああ……こいつは本当に頼りになるなぁ……)

 

いつもそうだ。俺が困っていると照屋は何度も助けてくれる。

 

「照屋」

 

「……はい」

 

「ありがとな。もしも困ったら頼りにしている」

 

「……はい」

 

「A級に行くぞ」

 

「はい!絶対に行きましょう!」

 

「……ああ!」

 

その言葉を最後に気が付けば俺達は身体を抱き合う姿勢になっていた。三上や姉さんと抱き合った事はあるがそれは2人に頼まれたからで、自分から自分の意思で抱き合ったのは初めてだった。

 

しかし不思議と恥ずかしい気分にはならなかった。何というか……今はそんな気分はなく、ただこの温かい時間を過ごしたい気持ちで一杯だった。

 

必ずA級に行く。俺をここまで助けてくれる照屋を、三上や辻を連れて絶対に上がってやる。不安になっている暇なんてない……!

 

そう思いながら俺は暫くの間照屋と抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は過ぎて6月2日……

 

 

001草壁隊 002片桐隊

003生駒隊 004嵐山隊

005影浦隊 006弓場隊

 

 

007王子隊 008香取隊

009諏訪隊 010漆間隊

011早川隊 012荒船隊

 

 

013松代隊 014間宮隊

015比企谷隊 016二宮隊

017吉里隊 018東隊

019柿崎隊

 

比企谷隊 ボーダーB級ランク戦 開始

 



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いよいよランク戦が始まる

「はい。じゃあこれ」

 

「ありがとうございます」

 

6月2日、今シーズンのB級ランク戦が始まる日である。俺は今開発室にて寺島さんからトリガーを渡される。これは俺達比企谷隊のトリガーであり、隊服がB級に上がった時に使用していた青いジャージではなく新しい隊服となっているのだ。

 

「比企谷隊は今回からランク戦に参加するんでしょ?今シーズンは新しく出来たチームが多いから頑張りなよ」

 

寺島さんの言う通り、今シーズンからB級ランク戦に参加するチームは5部隊もいるのだ。しかも内2部隊の隊長は元A級1位部隊の隊員だし。

 

「そっすね。初っ端からキツイかもしれないですが頑張ります」

 

言いながら俺は端末で対戦カードを見る。

 

6月2日(水)昼の部

 

015比企谷隊

018東隊

019柿崎隊

 

 

いきなり元A級1位部隊隊長の東さんがいる部隊と戦うなんて思いもしないだろう。

 

(だが、まあ……夜の部じゃなくて良かったぜ)

 

言いながら端末を操作すると画面が変わる。

 

6月2日(水)夜の部

013松代隊

014間宮隊

016二宮隊

017吉里隊

 

何せ夜の部には二宮隊がいるのだ。二宮隊はNo.1射手の二宮さんを筆頭にマスタークラスの銃手の犬飼先輩にNo.3狙撃手の鳩原先輩、超大型ルーキーの鶴見とかなりヤバい。ボーダーでも二宮隊のポテンシャルはA級トップクラスに入ると噂されているし。てかマジで二宮隊はA級からスタートしろよ。

 

まあ文句を言ったところで意味ないし言わないけどよ。とりあえず今は目先の試合だ。

 

「まあやるだけやりますよ。俺は最後のミーティングがあるんで失礼します。トリガーに隊服を入れてくれてありがとうございました」

 

「ああ。しっかりやって来なよ」

 

寺島さんから激励を受けた俺は自分の作戦室に向かう。俺のトリガーだけでなく照屋と辻のトリガーも預かっているから急がないとな……

 

そう思いながら全力で走っていると……

 

「うおっ!わ、悪ぃ……って、由比ヶ浜じゃねぇか」

 

「痛た……ってヒッキー?」

 

誰かにぶつかったので顔を上げると由比ヶ浜がいた。しかしいつものC級隊服ではなく柿色の隊服を着ていた。それはつまり……

 

(こいつ……いつの間にB級に上がったんだ……って、今はそれどころじゃないな)

 

「悪い、立てるか?」

 

「あ、うん……ありがとう」

 

手を差し伸べると由比ヶ浜は俺の手を掴んで立ち上がる。

 

「本当に悪かったな。前を見てなかった」

 

「別に良いよ。私も携帯を弄ってたし」

 

「そうか。ところでお前、C級の隊服じゃないがいつの間にBに上がったんだ?」

 

ボーダーで最後に見たのは1週間以上前だが、その時にはまだC級の隊服でポイントは3000ちょいだった。いつBに上がったのかは知らないが相当努力をしたのだろう。

 

「5日前だよ。今は柿崎隊にいるんだ。今日は当たるけどよろしくね」

 

柿崎隊か。柿崎隊は柿色の隊服なのか。意外と似合ってるな。

 

「ああ。でも何で柿崎隊にしたんだ?」

 

「ん?後一歩でB級に上がる時に偶然個人ランク戦のロビーに居た柿崎さんにアドバイスを貰ったの。それでB級に上がった後に柿崎さんがチームメンバーを募集してたから入った訳」

 

なるほどな。確かに柿崎さんって面倒見が良くて偶にC級にアドバイスをしてんだよな。それで由比ヶ浜はチーム入りしたって感じか。

 

「なるほどな……ちなみに由比ヶ浜。今回柿崎隊が選んだステージって何だ?」

 

「うん。それは……って騙されないし!教える訳ないじゃん!」

 

ちっ、後一歩だったのに。

 

ランク戦では1番順位の低い部隊がステージを選択する権利がある。今回俺達比企谷隊が戦うのは18位の東隊と19位の柿崎隊。ウチの隊は15位なのでステージ選択権は19位の柿崎隊にある。

 

だから柿崎隊の由比ヶ浜にさり気なく聞き出そうとしたが、失敗に終わってしまった。

 

「残念だ。上手くいけばある程度対策が出来たが、簡単にはゲロしないか」

 

「馬鹿にし過ぎだし!これでも私、総武高に受かったんだからね!」

 

言いながら由比ヶ浜はポカポカと叩いてくる。まあ由比ヶ浜の言動はアホだが、総武に受かるならある程度の頭はあるのだろう。

 

しかし今はそれよりもポカポカと叩くのを阻止しないといけない。

 

「悪かったよ。それより柿崎隊の作戦室に行かなくて良いのか?俺もそうだが試合まで1時間を切ってるし早く行った方が良いぞ?」

 

「あ、そうだった!またねヒッキー!もしもランク戦で会ったら鳥の巣にするから!」

 

由比ヶ浜はそう言って走り去って行ったが……

 

「鳥の巣?蜂の巣の間違いじゃないのか?」

 

やはり由比ヶ浜ってアホだろ?鳥の巣って何だよ?イミワカンナイ。……って、それどころじゃないな。最終ミーティングをする為に俺も作戦室に戻らないといけない。

 

今度はぶつからないよう走ってはいけないな。そう思いながら前を見て早歩きで作戦室に向かっていると曲がり角から知った顔がいたので、思わず頭を下げる。

 

「どうもっす風間さん」

 

そこに居たのは前シーズンにA級に昇格した風間隊の隊長の風間蒼也さんだった。

 

「比企谷か。今から最終ミーティングの予定か?」

 

「そうです。さっきまで開発室に行ってトリガーを貰ってきました」

 

「トリガー……ああ、隊服を入れてきたんだな」

 

「まだどんな隊服は知りませんけど」

 

寺島さんは自信作と豪語していたが、どんな隊服か若干楽しみだ。あそこまで自信たっぷりなら酷い物ではない筈だ。

 

「そうか……まあ何にせよ。初めてのB級ランク戦だな」

 

「そっすね。風間さんにケツを叩かれる前は部隊を作るなんて思いもしなかったすよ」

 

あの時風間さんに説教をされなかったら、俺は個人のままだったかもしれない。転機を迎えられたのは間違いなく風間さんのおかげだろう。

 

「俺は当たり前の事を言っただけだ。お前が変わろうとしたから変われたんだ」

 

「いえ。風間さんが居なければ変わろうとすらしなかったでしょう」

 

「ならそういう事にしておこう……比企谷」

 

風間さんはそう言ってから俺を見上げ、小さくフッと笑い……

 

「こっちまで上がって来い。期待しているぞ」

 

ポンと肩を叩いて去って行った。

 

「はい」

 

そう言って風間さんの背中に向けて頭を下げる。本当に格好良いな……マジで憧れるわ。元々A級は目指しているが、今の言葉でより一層やる気が出てきたわ。

 

俺は風間さんが見えなくなるまで頭を下げて、見えなくなってから一息吐いて頭を上げる。何だか今日は試合前だってのに色々な人に会うな。こりゃ作戦室に着くまでに他にも「弟君!」……出会いがあったよ。

 

内心苦笑しながら声のした方向を見ると……

 

「弟君!」

 

義理の姉である綾辻遥姉さんが勢いよく走ってくるや否や俺に抱きついてくるので、俺は慣れた手付きで受け止める。同時に姉さんの良い匂いや柔らかな身体を実感するが、既に数十回抱きつかれた身なので特に焦ることなく抱き返す。

 

「姉さん、前から言っているがいきなり抱きつくのは止めてくれ」

 

俺は既に何十回も言っているが姉さんは止める気配を見せない。理由は色々あるが、1番の理由は……

 

「ごめんね。弟君を見たらつい抱きしめたくなっちゃうの……」

 

「……次からは気を付けてくれよ」

 

俺が甘いからだろう。でも仕方ないだろ?俺が止めろと言ったら泣きそうな顔で謝ってくるんだぞ?ここで拒絶したら罪悪感で胃が死ぬわ。

 

結局今回も拒絶出来ず、姉さんの抱擁を受ける。

 

「うん。次からは気を付けるね」

 

途端に姉さんは満面の笑みでギュッと抱きしめる強さを強める。ちくしょう、可愛いから怒れねぇ……

 

「はいはい。てか何で姉さんが基地にいるんだよ?嵐山隊の試合は夜の部だろ?」

 

今日は水曜日で平日なので普通に学校がある。昼にランク戦がある俺はともかく夜にランク戦がある嵐山隊の姉さんがここにいるのはおかしい。

 

「私は広報部隊の仕事の打ち合わせ。打ち合わせが終わったら雑誌の取材を受けてその後にランク戦に出るって予定なの」

 

「随分大変だな」

 

「まあね。弟君は今からランク戦でしょ?お互いに頑張ろうね」

 

そう言って姉さんは顔を寄せて……

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

いつものように両頬にキスをしてくる。キスをされた当初はメチャクチャ恥ずかしかったが今はそうでもなく、寧ろ元気が出てくる。慣れっていうのは恐ろしいな……

 

「ありがとな姉さん。俺も頑張るから姉さんも頑張れよ」

 

「うん……あ!そうだ!弟君も私に激励のキスをしてよ?」

 

すると姉さんはいきなりとんでもない事を口にしてくる。激励のキスだと?それはつまり……

 

「俺も姉さんの両頬にキスをしろと?」

 

 

いやいやいや。それは無理だろ。キスをされる事は慣れても、する事はした事がないし無理だ。

 

そう断ろうとするも姉さんは不安げな表情のまま……

 

「うん。私も本格的な広報の仕事は今日が初めてだから緊張しちゃってるの……」

 

そのまま俺を抱きしめる力を強め……

 

「だから……弟君から元気を貰いたいんだけど……ダメ、かな?」

 

上目遣いでそんな聞き方で聞いてくる。姉さんは卑怯だ。そんな風に頼まれたら普通の人は断れないだろう。ぶっちゃけ俺もかなり揺らいでいるし。

 

即座に断る事が出来ずに悩む中、姉さんは更に抱きしめ……

 

「お願い……!」

 

ウルウルした瞳で俺を見てくる。あー!ちくしょうっ!やる!やるからその目は止めろ!

 

内心俺は思い切り叫びながらも姉さんの顔に近寄り……

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

そのまま両頬にキスをする。躊躇ったら出来なくなるのは目に見えていたので速攻でキスをした。

 

キスをされた姉さんは不安げな表情を消して、ウットリした表情をして俺の首に腕を絡めてきた。

 

「……ありがとう弟君。今ので元気が一杯出たよ……」

 

「そ、そうか。てかそろそろ行って良いか。最終ミーティングをしたいし、隊服が入ったトリガーをチームメイトに分も持ってんだよ」

 

流石にこれ以上時間を使うと試合前のミーティングに支障が出るし。

 

「あ、うん。そうだね。私も集合時間まで余りないし」

 

姉さんも納得したのは俺から離れる。が、胸にあるドキドキは未だに残っている。

 

「じゃあ私は行くね弟君。どうもありがとう」

 

ちゅっ……

 

姉さんは最後に俺の右頰にキスをして走り去って行った。やれやれ、試合前なのにこんな恥ずかしい思いをするとはな……

 

(だが、今ので大分緊張は取れた……)

 

姉さんはそんなつもりだったとは思えないが、俺としては緊張が取れたのでありがたい。姉さんには感謝しておこう。

 

ありがとう姉さん。でもキスを要求するのはもう勘弁してくれ、マジで恥ずかしいから。

 

 

 

 

 

 

それから5分、色々な人と会ったが漸く自分の作戦室に到着した。俺は集合時間ギリギリだが、他のチームメイトは全員真面目だしもう集合しているだろう。

 

そう思いながら作戦室の扉を開けると案の定3人がいた。

 

「悪い、遅くなった」

 

軽く謝ると1番近くにいた三上が笑顔で首を横に振る。

 

「ううん。集合時間には間に合ってるから気にしな……い……で?」

 

すると三上は徐々に声を小さくしてくる。あ、何かデジャヴを感じる。

 

嫌な予感がすると同時に三上の目が冷たくなる。

 

「ねぇお兄ちゃん。頬にあるキスマークって遥ちゃんのだよね?」

 

「……あ」

 

しまった。遅刻しないように急いだから落とすのを忘れてた。前にもあったな……

 

内心後悔していると照屋の目も冷たくなり、辻は鞄から本を出して逃げの姿勢になる。

 

「……へぇ、八幡先輩は試合前なのにイチャイチャしている余裕があるんですね。そんなに余裕なら試合でも活躍出来ますよね?」

 

「いや、イチャイチャなんてしてないからな。いつものように一方的にキスをされただけだ」

 

「いつものようにキスをされている時点でイチャイチャしていると思うんだが……」

 

「何か言ったか辻?」

 

「別に何も」

 

ツッコミを入れるなら助けてくれよ。お前援護能力高いだろ?内心辻に文句を言っていると照屋と三上はジト目で俺を見るも、やがて

ため息を吐く。

 

「……まあ、今は試合前ですから問い詰めるのは後にしましょう。三上先輩?」

 

「うん。試合が終わってから逃げないでよ、お兄ちゃん?」

 

「……はい」

 

何だろう。試合より試合後の尋問の方が疲れそうだ。てか姉さんも口紅を塗っている時にキスをするのは勘弁してくれ。

 

「じゃあこの話はここまでにして、トリガーを渡してくれませんか?」

 

「はいよ」

 

言いながら俺は寺島さんに貰ったトリガーを渡す。3つのトリガーにはどれが誰のトリガーかわかるようにマークが付いてある。照屋のトリガーにはハートマーク、辻のトリガーには刀のマーク、そして俺のトリガーには髑髏のマークがある。どうでも良いが俺のマーク不気味じゃね?

 

そう思いながらも俺達はトリガーを握り……

 

「「「トリガー起動」」」

 

そう口にする。同時に身体が光に包まれて、次の瞬間総武の制服から隊服に変わるが……

 

「格好良いな……」

 

俺達が着ているのは黒のボマージャケットで首の部分は真っ白だった。隊服も全体的に黒で、両手足の部分には金属のように見える手甲とブーツがある。そして隊服の両肩部分には髑髏マークが付いてあり……

 

「ん?比企谷の隊服だけ左腕に赤いスカーフが巻かれているな」

 

辻に言われて見ると、確かに俺の左腕には赤いスカーフが巻かれていた。

 

「隊長の証か?まあ良い。それよりこの隊服に不満はあるか?特に照屋」

 

俺としては気に入ったが、女子の照屋からすれば不満があるかもしれない。今日の試合はこれで出て貰うが、嫌なら次以降は違う隊服で挑むのも仕方ないだろう。

 

「はい?動きやすいので特に問題ないですね」

 

「いや、そういう意味じゃなくて見た目的にどうかって話だよ」

 

「特に不満はないですよ」

 

「なら良いが……んじゃ辻は?」

 

「問題ないな。多少目立つかもしれないが不満はない」

 

どうやら2人とも不満はないようだ。なら変えなくて良いか。

 

「良し。じゃあ隊服に不満がないようだし最終ミーティングを始める。三上」

 

「了解」

 

三上の名前を呼ぶと三上が端末を弄る。と、同時に作戦室にあるモニターに東隊と柿崎隊の面々の顔が表示される。

 

「今回ウチと戦うのは東隊と柿崎隊で、3チームとも今回が初陣だ。よって個人ランク戦のデータはあってもチームランク戦のデータはない」

 

「つまり明確な対策は出来ないって事だよな?」

 

「ああ。隊の構成からある程度の対策からしか出来ない。先ずは東隊から」

 

言いながら三上を見ると三上が頷き、端末を弄ると東さんが狙撃をしている映像が映る。

 

「東隊は狙撃手1人に攻撃手2人。隊長の東さんがA級1位に居た時の記録を見ると、安定して結果を出している」

 

何度も記録を見たが、東さんはチームメイトを餌にして敵を仕留めたり、援護狙撃で敵の四肢を穿ちチームメイトに仕留めさせたり、上手く逃げ回って敵チームのエース相手に時間稼ぎをしたりと、素人から見ても狙撃手として一流なのが丸わかりだ。

 

「一方の奥寺と小荒井はまだそこまで強くないから、東隊はおそらく釣りの戦術を使用してくるだろう」

 

「奥寺君と小荒井君を餌にして?」

 

「多分な。だから奥寺や小荒井と遭遇した場合は狙撃を警戒しながら戦え。勝負を急いだらこっちの負けだ。三上も狙撃手の警戒を重視してくれ」

 

俺は奥寺と小荒井とは戦っていないが、辻が2人と戦って奥寺相手に8ー2、小荒井相手に9ー1で勝っている。相手が2人で来たらともかく、タイマンなら負ける相手じゃない。狙撃を警戒しながら戦っても充分に勝機はあるだろう。

 

「「「了解」」」

 

「良し。んじゃ次は柿崎隊だな」

 

同時にモニターには柿崎さんが映る。

 

「柿崎隊の構成は万能手1人に銃手2人。由比ヶ浜は知らんが巴は弧月も使う万能手寄りの銃手。まあこれは同期の照屋なら知ってるよな」

 

「はい」

 

「個人ランク戦の記録を見る限り、柿崎さんと巴は照屋や辻のようにバランスタイプだ。どんな作戦を立ててくるかはわからないが十中八九3人合流して一斉に攻めてくるだろう」

 

「そうなるとこちらも合流しないと厳しいな……」

 

辻の言う通りだ。東隊にしろ柿崎隊にしろ先ずはチームメイトと合流しようとするだろう。裏をかいて合流する前に潰しに行くのも戦術の1つだが、初陣でそんなリスクの高いことはやりたくない。

 

「ああ。だからこっちも合流優先。その前に敵と邂逅したら、やられない事を最優先に戦え。そしたらそこを合流地点にする。戦端が開かれたらどのチームも現場に行くと思うからな」

 

「「「了解」」」

 

転送位置にもよるが合流前に戦端が開かれたら、そこに早く介入出来るのは長距離攻撃が出来る東さんとグラスホッパーを2つ持ち機動力の高い俺だろう。ウチのメンバーが合流前に敵と邂逅したら、早い内にそいつを撃破して主導権を握りたい。

 

そこまで考えていると端末に通知が来たので見てみると、ボーダー本部からで柿崎隊の決めたステージの発表だった。ステージは……

 

「今本部から連絡が来た。柿崎隊の選んだステージは市街地Aだ」

 

「市街地A……またシンプルなステージですね」

 

「多分巴君と由比ヶ浜さんは初めてのチームランク戦だからじゃないの?」

 

「俺も三上と同じ意見だ。だがこれは俺達にもありがたい話だ」

 

「俺達の隊もチームランク戦はやった事がないからな」

 

ついでに言うと東隊も2人が今回の試合が初陣だし。柿崎さんは多分巴と由比ヶ浜にチームランク戦の空気に慣れて貰うために市街地Aにしたのだろうが、こちらとしてもありがたい。無駄に凝ったステージにされるよりはずっとマシだ。

 

「ああ。だから初陣だし基本に忠実に行くぞ。改めて言うが、先ずは合流。その前に敵と邂逅したらやられない事を最優先に戦闘。味方の合流を待つ。良いな?」

 

「「「了解」」」

 

「良し、そろそろ時間だ」

 

言いながら立ち上がり出撃場所に立つ。三上だけはオペレーターデスクに向かい会釈をする。

 

「私は戦えないけど、支援頑張るからね」

 

「それも立派な戦いだ。戦えないなんて言うな」

 

冗談抜きでオペレーターの存在は必要不可欠だ。防衛任務でも重要なのだ。ランク戦ではもっと必要とするだろう。

 

「え?……あ、うん。ありがとうお兄ちゃん」

 

「気にすんな。それより支援頼むぞ」

 

「了解」

 

そうこうしている内にいよいよ転送時間となった。これがA級に向けた第一歩だ。ここで勝って勢いをつける……!

 

 

同時に俺の身体は光に包まれて、気がつけばマンションの屋上にいた。無事仮想ステージに転送されたようだ。

 

 

さあて……戦闘開始だ。




比企谷隊の隊服はあるアニメのあるキャラの衣装がモデルです。全体的に黒い衣装で左手に赤いスカーフ……わかる人はわかると思います


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初陣で比企谷八幡は暴れる

比企谷隊の隊服ですが、デジモンテイマーズのベルゼブモンというキャラの服です。アレは格好良いので隊服のモデルとして1番始めに浮かびました


初めてのチームランク戦にて、俺が転送されたのはマンションの屋上だった。狙撃手ならベストスポットかもしれないが、攻撃手の俺からしたら無用の長物だ。

 

先ずは場所の確認だ。

 

「三上、俺達3人にマップをくれ」

 

俺はマンションから飛び降りながら指示を出す。

 

『了解。視界に表示するね』

 

三上の言葉と共に視界にマップが表示される。俺がいる場所はステージの端っこの方だった。こりゃ合流するのに割と時間が……ん?

 

『八幡先輩、レーダーに反応が5つしかないですよ』

 

俺が気付くと同時に照屋から連絡が入る。このステージにいる戦闘員は9人だが、レーダーには5つしか反応がない。内4つはレーダーから消えている事から、4人はレーダーに映らなくなるバッグワームを使っているのだろう。

 

1人は間違いなく東さんだろう。狙撃手は見つかってはいけないのだから。と、なるとレーダーから消えた3人は……柿崎隊だな。

 

多分安全に合流する為にバッグワームを使ってレーダーに映らないようにしたのだろう。

 

「こっちもバッグワームを使うぞ。1人が狙われたら洒落にならん」

 

『『了解』』

 

2人に対してそう指示を出しながら俺もバッグワームを使う。そして改めてレーダーを見ると、レーダーには2つの反応がある。多分奥寺と小荒井だと思うが……

 

「マジか……」

 

俺達がレーダーに反応しなくなったからか、2つの反応も無くなった。それはつまりこの場にいる全員がバッグワームを使用している事を意味する。

 

『全員バッグワームを使ったな……』

 

「ああ。まさか初陣で隠密戦をするとは思わなかったが、作戦に変更はない。先ずは合流するぞ。集合場所はステージ中央にある学校だ。開けた場所に行く時は注意しろ」

 

『『了解』』

 

言いながら俺は2人のいる方向に走り出す。本来ならグラスホッパーを使って一気に距離を詰めたいが、目立つ行動を取って見つかったらマズイからな。用心するに越したことはない。

 

暫くの間走り続けて、集合場所の学校が視界に入る。ここまで誰とも会っていない。それは照屋と辻も同じで、辺りから戦闘の音も聞こえないので東隊や柿崎隊も誰とも会ってないようだ。ここまで静かなランク戦はそうそうないだろう。

 

そんな事を考えながら曲がり角を右に曲がると……

 

「「あ」」

 

そこにはバッグワームを着た柿崎隊の巴がいた。向こうはポカンとした表情を浮かべているが、俺も似たような表情をしているだろう。まさか曲がり角で偶然会うとは思わなかった。

 

互いにポカンとしてしまうも……

 

「こちら巴!比企谷先輩が目の前に!」

 

「照屋、辻!巴と接敵!急いで来い!」

 

互いにバッグワームを解除して俺はスコーピオンを、巴は弧月を出しながらチームメイトと連絡を取る。

 

『了解。直ぐに向かう』

 

『私は時間がかかると思いますが出来るだけ急ぎます!』

 

2人から返事を聞いた俺はそのままスコーピオンで巴の頭に袈裟斬りを放つが、巴はそれをバックステップで避けながら腰にあるホルスターから銃を取り出し……

 

ガンガンガンガン

 

真横に向けて銃を撃ち出して、間髪入れずに突っ込んでくる。俺がスコーピオンで受けると同時に真横に放たれた弾丸が曲がって俺に襲ってくる。

 

ハウンドを使いながら弧月で斬りこむ、巴の十八番なのは知っている。久々に使われたが相変わらず面倒なやり方だ。

 

内心ため息を吐きながらシールドでハウンドを防ぐ。しかしスコーピオンと弧月が打ち合ったら耐久性の違いから俺が不利なので距離を取らないといけない。現にスコーピオンには罅が入っているし。

 

そう判断した……

 

「うおっ!」

 

俺はスコーピオンが壊れる前に巴の腹に蹴りを入れて距離を取る。そしてスコーピオンを消して主トリガーのハウンドを弾速重視で放つ。

 

対して巴はシールドで全て防ぐ。まあ予想の内だ。こんなんで負ける奴はB級にはいないだろう。

 

しかしそこは問題じゃない。問題は……

 

(多分東さんは狙撃の準備に入ってるだろうな)

 

理由は今俺と巴がいる場所はステージの割と中央である上に辺りには高層マンションーーー絶好の狙撃ポイントが幾つもあるからだ。俺が東隊なら狙撃ポイントの近くを集合場所の近くに陣を敷く。

 

(しかしどうするべきか?辻はともかく、照屋は来るまでに時間がかかるしな……)

 

東さんが狙撃の準備が完了していたら状況は良くない。レーダーには映らないが柿崎隊も後少しで合流するだろうし、速攻で巴を倒したい気持ちはあるが、欲を出したら狙撃される。俺が狙撃されたら人数的にも不利だし士気にも影響が出るだろう。

 

(せめて東さんの位置がわかれば……ん?待てよ。あるじゃねぇか。リスクが少なくて東さんの位置を知る方法が)

 

点数は手に入らないが仕方ないだろう。それで一撃必殺の狙撃手の場所がわかるなら安いものだ。

 

そうと決まれば動くか。俺は巴に向かってハウンドを放ちながら距離を詰める。対する巴はシールドで防いでからカウンターを狙って下段斬りを放ってくるのでスコーピオンで弧月の横っ腹を叩き軌道を逸らす。

 

そして……

 

「グラスホッパー」

 

巴の腹にグラスホッパーをぶつける。グラスホッパーは分割すれば複数枚ジャンプ板を出せるが数を増やせば1つ1つの出力は低くなる。

 

が、逆に分割しないで1枚だけのグラスホッパーなら……

 

「……っ!」

 

出力が高くなる。案の定巴は空高く舞い上がる。上空を見ると巴が天まで届くかのように勢いよく舞い上がり……

 

(……来た!)

 

最高地点に到達すると同時に青い高層マンションから一筋の光が巴に向かって突き進む。

 

対する巴は自身の前方にシールドを展開するも……

 

「……凄えな」

 

一筋の光は容易くシールドを打ち砕き、そのまま巴の頭も飛ばした。そしてその光は勢いを止めずに近くの民家に当たり、屋根を吹き飛ばした。

 

首が無くなった巴の身体を見ると全身に罅が入り、そのまま爆発して大空へ飛んで行った。

 

巴のシールドを見る限り面積が小さかったので相当強度があった筈だ。それを容易く破壊した事からアレは間違いなくアイビスだろう。

 

そしてアイビスを使う人はこの場に1人しか居ない。

 

(東さんを見つけたぜ)

 

東さん以外考えられない。これが俺の作戦。巴を空中に飛ばし射線を通した事で東さんに狙撃させて居場所を知るのが狙いだ。

 

巴の点を東隊にあげたのは痛いが、東さんの居場所が割れたのと柿崎隊の数が減った事を考えられば悪くないと思う。

 

東さんがいた青い高層マンションはそこまで遠くない。辻達との合流場所を変え……っ?!

 

そこまで考えていると、不意に殺気を感じたので上を見ると、東隊攻撃手の2人が飛びかかってきたので、受け身を考えずに反射的に横に跳ぶ。すると数秒遅れてさっきまで俺がいた場所に弧月が振られる。

 

「あーあ。避けられちまったぜ」

 

「別に良いだろ。目的は足止めだし」

 

東隊攻撃手の小荒井が残念そうにぼやき、同じ攻撃手の奥寺がそれにツッコミを入れる。会話の内容から察するにこの2人は俺が東さんを追えないように足止めに来たのだろう。

 

(マジで面倒だな……狙撃手を相手にする時は位置を知る事が重要だが、当然向こうはアフターケアはしてくるか)

 

とりあえず東さんがいる方角はわかるし動くなら早めに動くか……

 

そう思った時だった。

 

『比企谷、一旦退がってくれ』

 

辻から通信が入るので言われた通りに退がると、上空から大量のハウンドが雨のように降ってくる。って、予想外に攻撃範囲が広いな!

 

東さんを警戒しながら更に後ろに跳ぶと、奥寺と小荒井もハウンドの雨を避けるべくシールドを展開しながら俺達から離れる。

 

すると辻が俺の右に立つ。辻がハウンドを放ったのは俺と早めに合流する為、合流の邪魔をさせない為だろう。

 

『奥寺君の腕に何発か当たったよ。でも戦闘には支障はなさそうだね』

 

「牽制が目的のハウンドだし当たっただけラッキーだな」

 

「それは良いがもっと早く言ってくれ。俺も巻き込まれかけただろうが」

 

「悪かった」

 

三上の声に辻がそう口にする。若干危なかったが、とりあえずこっちも辻とは合流出来たし、やれる事は大幅に増えた。

 

そこまで考えていると視界の隅に柿崎さんと由比ヶ浜が見えた。どうやら向こうも俺がドンパチやっている間に合流出来たのだろう。

 

東さんからは狙撃が来ない。まあ今は大体の位置はバレてるし、戦闘中じゃないから当然だろう。次に狙撃が来るのは再度戦端が開いてからだろう。

 

「お待たせしました!」

 

東さんがいる方向を見ていると俺の左に照屋が立つ。どうやら話している間に追いついたようだ。

 

これで生きている面子は全員揃ったな。比較的有利なのはウチだが、狙撃の一発で戦況は覆るから油断は出来ないな。

 

「指示を出すが良いか?」

 

「ああ」

 

「はい」

 

『何かな?』

 

俺がそう口にすると両隣にいる辻と照屋、通信越しから三上の了承の声が聞こえる。

 

「先ずは辻。柿崎隊の2人は俺がやるから、お前は東隊攻撃手の2人を頼む。ただし2対1だから負けない事を前提に防御重視で頼む。俺が柿崎隊を倒したら援護に向かう」

 

2対1だが多分大丈夫だろう。柿崎さんは万能手だが弧月使いだ。辻を引き入れる為に太刀川さんに500回以上ぶった斬られた俺は弧月使いとの勝率は桁違いに高いから問題ない。

 

由比ヶ浜は何のトリガーを入れてるか知らないがタイマンなら負けないだろう。注意するとしたら柿崎さんと戦ってる時の援護射撃だな。

 

「了解」

 

辻が頷くのを確認すると照屋を見る。

 

「次に照屋。お前メイントリガーにメテオラを入れてたよな?」

 

「はい」

 

「だったらメテオラを東さんがいる方向にとにかくばら撒いてくれ。威力は低くて良いから爆発の規模は限界まで上げろ」

 

「それは目眩しをするのが目的ですか?」

 

「そうだ。今から東さんを追いかけても捕まえるのは厳しいし、それだったら東さんに狙撃をさせ難い状況を作った方が良い」

 

東さんは堅実な人だ。爆風が吹き荒れる時に狙撃をしたら仲間の奥寺や小荒井を狙撃をする可能性がある。東さんは博打打ちじゃないし撃たないだろう。

 

仮に狙撃ポイントを変えるとしても若干の時間がかかるだろう。現時点で大体の居場所は知っているから大きく移動しないといけないし。

 

「了解しました」

 

「最後に三上。お前は周囲の狙撃ポイントを俺達に送ってくれ。その後は辻を中心にサポートしてくれ」

 

『了解』

 

3人からは了解の返事を貰った。作戦が決まった以上速攻で動くに限るな。

 

「行くぞ」

 

俺がそう言ってグラスホッパーを起動して柿崎隊の元へと跳ぶ。同時に……

 

「メテオラ!」

 

照屋がさっき東さんがいた青いマンションの方向に向けてメテオラを放ち爆風を生み出す。チラッと横を見ると爆風によって視界が封じられた。これなら東さんでも簡単に狙撃は出来ないだろう。

 

だからは俺と辻は狙う敵に集中出来る……!

 

そう思いながら前を見ると柿崎さんと由比ヶ浜が突撃銃をこちらに向けて放ってくるのでグラスホッパーを使って巧みに避ける。空中ならあらゆる方向に飛べるので早々当たらないだろう。

 

俺に襲ってくる銃弾を避けて、遂に2人のいる広場に辿り着く。

 

「すみません柿崎さん。東さんが撃てない内に2点貰います」

 

「面白ぇ……やってみろルーキー」

 

「虎太郎君の弔い合戦をさせて貰うし!」

 

「「いや巴(虎太郎)は生きてるからな?」」

 

「ふぇ?」

 

俺と柿崎さんが同時にツッコミを入れる。弔い合戦は味方の戦死者の敵を討って、その霊を慰めるための戦だ。巴はベイルアウトしたが、普通に生きてるから霊を慰める戦はしないからな?やっぱりこいつアホだろ?

 

「ま、まあそれはともかく……殺らせて貰いますよ」

 

言いながら俺はテレポーターを使用して瞬時に柿崎さんの近くまで寄り首を狙う。

 

「うおっ!危ねぇ!」

 

対する柿崎さんはマトリックスのような動きをして回避する。このまま足を崩して、仕留めようと動く。

 

「させないし!」

 

しかしその前に由比ヶ浜が突撃銃から弾丸をガンガン飛ばしてくるので、思わず後ろに退がる。同時に柿崎さんも体勢を整えて突撃銃から弾丸を飛ばすのでシールドで防ぎながら間合いを測る。

 

(タイミングが良いな……ある程度の連携のレベルになっているし相当努力をしたのだろう)

 

こりゃ巴を東さんに仕留めさせたのは成功だな。3対1じゃ負けていただろうし。

 

まあ愚痴っても仕方ない……とりあえず早めにケリを付けないといけない。今は照屋が辺りにメテオラをばら撒いているが東さんが狙撃ポイントを変えたら意味が薄くなる。

 

(一気に決める……!)

 

そう思いながら俺は再度2人に向けて走り出す。対する2人は突撃銃をで狙いを定め引き金を引こうとするので……

 

「グラスホッパー」

 

2人の銃の手元にグラスホッパーを起動する。以前辻を引き入れる際に使った技である。

 

すると案の定2人の手はグラスホッパーに当たり跳ね上がる。それによって突撃銃も跳ね上がり銃口も上を向き、弾丸は上空へ飛んで行って俺には当たらない。

 

この隙を逃すつもりはない。

 

 

そう思いながら2人の持つ突撃銃の銃口がこちらを向く前に主トリガーのグラスホッパーを自身の足元に、副トリガーのグラスホッパーを大量に分割して柿崎さんの周囲に展開する。得意の乱反射で仕留める。

 

足元のグラスホッパーを踏んで柿崎さんとの距離を一気に詰め、近くにある副トリガーが展開したジャンプ台を踏む。

 

それによって再度身体に浮遊感を感じ、跳んだ先にあるジャンプ台を踏んで、更に跳ぶ。それを繰り返すことで俺は高速で柿崎さんの周囲を跳び回る。

 

本来なら集中力が必要とするタイマン用の技で、第3者がいる場面では使わない技だが、今回は大丈夫だと思う。

 

何故なら……

 

「なっ……え、えっと!」

 

由比ヶ浜の微かに聞こえる声からわかるように無闇に撃つのは無理だろう。下手に撃ったら柿崎さんに当たる可能性もあるのだから。柿崎さんが落ちたら残りは由比ヶ浜1人。その事を考えたら引金にかかる指は重いだろう。

 

しかし……

 

「撃て!当てても文句は言わない!」

 

どうやら柿崎さんは俺を倒す事を優先したようだ。これはマズい……!攻めに出るか……!

 

「了解!」

 

由比ヶ浜の声と同時に俺は柿崎さんの頭上に回り、上空から下段蹴りを柿崎さんの肩に放つ。どうでも良いが先輩にやる事じゃねぇな。ランク戦が終わったら謝ろう。

 

それによって柿崎さんのバランスが崩れるので、間髪入れずにスコーピオンで斬りかかる。

 

そして……

 

ビュカッ

 

ガガガガガッ

 

2種類の音が響く。同時に柿崎さんの首は取れて、俺の左腕が落とされる。それによって柿崎さんの身体は光に包まれて空に飛んで行った。

 

左腕は落とされたが問題ない。スコーピオン使いだから腕が無くても戦えるからな。

 

「三上、辻の様子は?」

 

『今のところお兄ちゃんの指示に従って無理に攻めてないから若干押されてるね』

 

「わかった。照屋、メテオラはもう良いから射撃で辻のサポートをしろ」

 

『了解』

 

そう言って俺は由比ヶ浜に視線を向けて距離を詰める。柿崎さんが落ちた以上由比ヶ浜1人。由比ヶ浜には悪いが今のお前じゃ俺には勝てないだろう。東さんを警戒しながらでも負けはない。

 

対する由比ヶ浜も突撃銃を構えるが、その前にスコーピオンを由比ヶ浜の顔面に投げつける。

 

「ひいっ!」

 

それによって由比ヶ浜はシールドを展開しながらもビビってしまう。まあいきなり顔面に刃物を投げられたら、トリオン体だから死にはしないとわかっていても反応しちゃうだろう。

 

しかしおかげで今の由比ヶ浜は隙だらけだ。俺はテレポーターを使ってビビっている由比ヶ浜の目の前に現れて……

 

「2点目」

 

そのまま掌を由比ヶ浜の首に向けて威力重視のハウンドを放ち、由比ヶ浜の首を根元から吹き飛ばす。

 

「おにー!」

 

その言葉を最後に由比ヶ浜のトリオン体は光に包まれて、爆発すると同時に空へ飛んで行った。まあ確かに鬼かもな……マジで済まん。

 

そこまで考えている時だった。

 

ボッ……

 

由比ヶ浜のベイルアウトによって生まれた爆風の中から一筋の光が現れて俺の右腕を吹き飛ばした。

 

(これは……狙撃……東さんか?!)

 

そこまで考えると同時に反射的に頭を下げると、さっきまで頭があった場所に再度光が飛んできた。

 

爆風が晴れたので光が飛んできた方向を見るも、そこには人影すら無かった。おそらく爆風が晴れると同時に逃げたのだろう。

 

それにしても倒した瞬間を狙ってくるとは……由比ヶ浜を倒して一瞬油断したのは否定しないがこれは予想外だった。

 

しかしこうしては居られない。このまま東さんを放置する訳にはいかない。無視して辻達に加勢するという事は東さんに背中を晒すという事なのだから。

 

「三上。狙撃地点から東さんの逃げそうなルートを表示してくれ。東さんを止めに行く」

 

このダメージじゃ仕留めるのは無理でも、辻達の戦いに介入するのを阻止するくらいなら可能だろう。

 

『了解。お兄ちゃんの視界に表示するね』

 

その言葉と同時に視界に予測逃走ルートが表示されるので、それを見ると同時に走り出そうとする。

 

しかし……

 

「ちっ……ここまでか」

 

身体が動かなかった。自分の身体を見ると落とされた両腕から全身に罅が入り、それが全身に広がっていく。

 

まあ当然だろう。乱反射の使用に両腕の破壊。普通に考えてトリオンは無くなるに決まっている。

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出』

 

そんな機械音声が聞こえると同時に俺の身体は光に包まれた。

 

 

……まあ2点取ったからそこまで文句は言われないだろう、多分




おまけ

比企谷隊作戦室

作戦室にはテレビや冷蔵庫、戸棚やソファー、本棚などがあり住んでる感がある。しかし隊員全員が整理整頓をするので太刀川隊と違って清潔である。

戸棚には大福とバターどら焼きが、冷蔵庫にはMAXコーヒーとプリンが大量に置いてあり防衛任務後に4人で仲良く食べている。

4人全員私物を持ち込まずスペースに余裕がある中、照屋がピアノを持ち込めるかと冗談半分で言ったらピアノを持ち込む事が決まって、近日中に比企谷隊はボーダー初、作戦室にピアノを持ち込むチームと化す。

八幡のベイルアウト用マットには毛布が置かれていて、偶に三上や作戦室に遊びに来る綾辻と一緒に寝ている。起きる度に八幡の頬に大量のキスマークが付いていて、それによって修羅場が生まれ八幡の胃にダメージが来る。




カバー裏的なヤツ(本作品バージョン)

姉と妹を兼ね備える女 みかみか

4人姉弟の長女であり、彼らの母親代わりを務めていた経験がある事から面倒見がよく、ボーダー内の女性隊員を軒並みメロメロにしていた。しかし賭けの代償で義兄を手に入れてからは甘え全開になり、所構わず義兄に甘えまくり、それを見た女性隊員はギャップ差に狂喜乱舞するようになった。最近の悩みは義兄が義姉にチュッチュッされているのを知る度に嫌な気分になる事。



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比企谷八幡はイチャイチャしたり、説教をされたり、またもイチャイチャしたり、終いに頭を痛める

ドサッ……

 

そんな音と同時にベイルアウト用のマットに叩きつけられる。チーム内で1番始めに脱落したのは俺か……

 

そう思いながら起き上がり、一度伸びをしてからオペレーターデスクがある部屋に向かう。

 

「お疲れ様お兄ちゃん」

 

すると三上が天使のような笑みで迎えてくれる。癒されるなぁ……

 

「おう。ちなみに俺の得点は東隊と柿崎隊のどっちなんだ?」

 

俺がベイルアウトした理由はトリオン漏出だ。その場合、俺に最もダメージを与えた者の得点となる。俺の場合左腕を由比ヶ浜に、右腕を東さんに落とされたからどっちが得点したかわからない。

 

「柿崎隊の由比ヶ浜さんの得点だね」

 

となると今の所、ウチが2点で東隊と柿崎隊が1点って事だな。

 

「辻と照屋の状況はどうなってる?」

 

「うーん。さっきまでは2人が奥寺君と小荒井君を追い詰めていたけど、東さんがフリーになって遠くから狙撃をしてる所為で攻めあぐねてるね」

 

「なるほどな……良し。三上、2人に無理な攻めはしないで射撃戦に移って1人ずつ確実に撃破しろと伝えてくれ」

 

ランク戦のルールとしてベイルアウトした俺もオペレーター経由で情報を伝えたり指示を出す事は可能だ。東さんがフリーな以上接近戦は避けた方が賢明だ。

 

『『了解』』

 

するとパソコンから2人の了解の返事が聞こえ、辻が奥寺達から離れて両攻撃ハウンドを放つ。狙いは……小荒井か。

 

同時に照屋も突撃銃からアステロイドを、周囲に浮かばせたキューブからメテオラを小荒井に向けて放つ。

 

向こうもシールドを展開するも……

 

『小荒井君を撃破しました』

 

小荒井のトリオン量が低いのか、辻と照屋の攻撃の圧が凄かったのか知らないが、小荒井のトリオン体は破壊されてそのまま空へ飛んで行った。これでウチの隊は3点。

 

これなら東さんを倒せなくても奥寺を倒せれば4点になるし充分だろう。

 

そこまで考えている時だった。

 

『奥寺君が逃げた。今から追いかける』

 

辻からそう言われたのでレーダーを見ると奥寺は狭い路地に入り、それと同時にバッグワームを使ったのかレーダーに映らなくなった。確かに奥寺は割とダメージを受けてるし、辻の意見も間違っちゃいないが……

 

「いや、追いかけないで辻はハウンド、照屋はメテオラで路地を吹き飛ばせ。狭い路地に攻め込んだら東さんの狙撃から逃げれないし、やられない事を最優先に動け」

 

万が一2人がやられたら生存ボーナスは東隊のものになる。別に生存ボーナスは取れなくても構わないが、他のチームに生存ボーナスを取られるのは何か嫌だ。

 

『『了解』』

 

その言葉と同時に2人が攻撃を仕掛ける。それによって爆発がモニターに映る。さて、どうなったか?

 

暫く待っているがベイルアウトの光はない。そのことから察するに奥寺はまだ生きている。

 

『どうする比企谷。今から奥寺君を探しに行くか?』

 

「……いや、さっき逃げようとした事から向こうは雲隠れしてるだろう。さっき仕留められなかった以上、お前らもバッグワームを使って遮蔽物が多い場所に身を潜めろ」

 

無理に探そうとして東さんに狙撃される必要はない。ここが引き際だろう。

 

『了解』

 

『了解。仕留められなくて済まない』

 

言いながら2人はバッグワームを起動してバラバラになる。照屋は元々の集合場所だった学校に、辻は先程東さんが狙撃していた場所から死角の位置にある民家に入る。これならバレないだろう。

 

チラッと制限時間を見ると後5分位で試合が終了する。

 

「今回はこれで終わりだな」

 

「そうだね。初陣で3点なら上出来じゃない?」

 

「そうだな。由比ヶ浜を倒した時に俺が油断しないで狙撃されなかったら、もっと上出来だったがな」

 

あそこで狙撃を食らわなかったらもっと良かったに決まっている。狙撃が来た方向に行けば東さんの援護を止めれて、辻と照屋は奥寺と小荒井の両方を仕留められていただろう。運が良ければその上、東さんめ倒せたかもしれない。

 

今回反省点を挙げるとすれば俺の油断だろう。

 

「そんな自虐的にならないでよ。お兄ちゃんは油断したかもしれないけど、指揮については良かったと思うよ?」

 

三上はそう言いながら自身の顔を俺の顔に寄せて……

 

ちゅっ

 

そっと頬にキスを落としてきた。

 

「い、いきなり何をするんだよ?!」

 

思わず叫んでしまう。ヤバい、顔に熱が溜まってきた……!姉さんとは違うキス……

 

「頑張ったお兄ちゃんにご褒美をあげたんだよ」

 

「だからっていきなりキスをするな!恥ずかしいだろうが!」

 

「ごめんごめん。でもさお兄ちゃん、さっきに比べて顔の曇りが無くなってるよ」

 

三上に言われてハッとする。三上のキスのインパクトによって、油断した事に対する悔恨の感情が薄くなっているのがわかる。

 

「確かにお兄ちゃんは油断したかもしれない。でも終わった事なんだから覆すのは無理だよ。だからお兄ちゃんがするべき事は、次のランク戦までにそれを改善する事だよ?」

 

「そう、だよな……ありがとな三上」

 

「気にしないで。私はお兄ちゃんの妹であると同時にチームメイトなんだから」

 

ああ、本当に頼りになるなぁ……三上をチームメイトに引き入れたのは正解だ。やっぱりあの事故は起こって良かった。

 

しかし……

 

「だからと言っていきなりキスをするのは止めろ」

 

不意打ちはマジで止めて欲しい。姉さんの場合は1日100回以上するから慣れているが、三上は(俺が寝ている時を除いたら)精々5回位だし慣れてないのだ。

 

「遥ちゃんは良いのに?」

 

「あ、いや、それはだな……」

 

良いというかダメと言っても聞かないので諦めただけだ。

 

「遥ちゃんは良いんだし、私もお兄ちゃんにキスして良いよね……?」

 

三上が上目遣いでこっちを見てくる。破壊力があり過ぎる……

 

「いや、だからってな……勘弁して「私、もっとお兄ちゃんに甘えたいな……」はいどうぞご自由に」

 

「やった……ありがとうねお兄ちゃん」

 

ダメだ。断り切れなかった。姉さん同様にウルウルした目を見せてきたので断れなかった。しかも三上の奴、良い笑顔をしてるから前言撤回出来ねえ……マジでどうしよう?

 

 

 

『八幡先輩、試合が終わったらお話がありますので逃げないでくださいね?』

 

そして照屋が帰ってきた後もどうしようか?

 

内心嘆く中、試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「さあ八幡先輩、ランク戦の反省会も終わりましたので試合前の綾辻先輩とのキスについて、そしてランク戦の最中の三上先輩とのキスについてお話しください」

 

現在俺は作戦室の床に正座して、満面の笑み(ただしは目は冷たい)を浮かべている照屋から尋問を受けている。

 

この場ーーー比企谷隊作戦室には俺と照屋の2人きりだ。三上は弁護しようとしたが、中央オペレーターの方から呼び出しがかかり申し訳なさそうに去って行って、辻は反省会が終わると同時に逃げて行った。アレは明らかに面倒事を避ける動きだった。

 

俺も便乗して逃げようとしたが、作戦室を出る前に照屋に肩を砕かれる位強く掴まれ逃げ切れなかった。あの時の照屋は二宮さんより怖かったと思う。

 

閑話休題……

 

そんな訳で俺は今照屋から尋問を受けているが……

 

「いや、2人ともいきなりキスをしたんで、俺から要求したりはしてないからな?」

 

「もちろんそれはわかっています。ですが簡単にキスをするのは良くないことです。簡単にキスをされていてはその内学校とかでも堂々とするようになってしまうでしょう」

 

「はい。仰る通りです」

 

照屋の言うことは完璧に正論だ。マジで返す言葉がない。

 

「いや、でも……あの2人が可愛くおねだりをすると、つい……な?」

 

そこまで言うと照屋の目が冷たくなる。

 

「へぇ……つまり八幡先輩は2人が可愛いから拒否出来ないと?」

 

「えっと、そのだな「何ですか?」はいそうです」

 

ドスの効いた声に嘘を吐けずに正直に答えてしまう。逆らったら命はないだろう。

 

そこまで考えていると照屋がジト目で俺を見てくる。

 

「全く……八幡先輩のバカ」

 

そう言って照屋はそっぽを向く。気の所為か知らないが冷たい表情から面白くないと言った表情に変わっていた。

 

同時に頭の中に1つの考えが浮かんだ。こいつまさか……いや、それはないか?そんな感情を持っているとは思えない。

 

でも照屋が雰囲気や怒る理由から察するに……

 

「妬いているのか?」

 

「ふぇっ?!」

 

しまった。思わず口にしてしまった。はい新たな黒歴史が誕生しました。それも特大レベルの。

 

(てか自分から妬いているのかって質問する時点で俺の馬鹿野郎!)

 

マジで首を吊りたい。内心自分を撲殺したいと強く願っている時だった。

 

「……はい」

 

予想外の返答が来たので思わず顔を上げると顔を真っ赤にした照屋が居た。え?マジで?

 

俺が驚く中、照屋は話し続ける。

 

「その……醜い感情かもしれませんが、先輩に対して三上先輩達のようにもう少し構って欲しいと思っているのは否定しません。私も先輩に甘えたいんです」

 

照屋はさっきとは一転、真っ赤になりながらも不安そうな表情をして俺をチラチラ見てくる。まさか妬いているとは俺も予想外だわ。今まで妬かれるって態度を取られたことがないのでわからなかった。

 

とりあえず……

 

「ま、まあアレだ。お前が甘えたいなら俺は構わないぞ?」

 

照屋の希望を聞いてやるか。三上や姉さんと同じ要求をしてきたらメチャクチャ恥ずかしいが、既に2人を相手にしているんだし今更だ。どうとでもなる。

 

それ以上に……

 

(そんな目をした奴のお願いを断れねぇよ!)

 

照屋の目は不安に満ちていて拒絶したら泣くんじゃね?って位不安そうな目をしていた。アレを断れる男はいないだろう。いるとしたらそいつはホモか血の通ってない人間だろう。

 

「良いんですか?」

 

「別に構わない。好きに甘えろ」

 

俺が照屋の問いに肯定すると照屋は不安そうな表情から一転、顔を綻ばせて喜びを露わにする。ヤバい、その表情を見るだけで幸せになってくる。

 

「………はい」

 

照屋はそう言って俺に抱きついてくるので、俺はゆっくりと抱き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩。先輩にお願いがあるんですけど」

 

1時間後、ベイルアウト用のマットが置いてある部屋にて俺のマットの上で俺と抱き合いながら寝ている照屋が急にお願いをしてきた。照屋が甘えだしてから暫くすると一緒に寝たいと言い出したので、こうして一緒に寝ている。

 

(しっかし照屋の抱き心地を良いな。姉さんや三上とは違うモノだが2人に対して勝るとも劣らないレベルだ)

 

てか3人の女子と寝るって……客観視したら三股をかけているようにも見えるな……

 

まあ今更手遅れだし諦めよう。それよりも照屋のお願いを聞くことからだ。

 

「何だ?言っとくがお休みのキスはしないからな?」

 

「え?!ち、違います!いきなり何を言っているんですか?!」

 

照屋は途端に真っ赤になって否定をしてくる。

 

「あ、悪い。姉さんはいつも寝る前にお休みのキスをねだってくるから、つい」

 

「あ、そうなんですか。それで八幡先輩、その……綾辻先輩にお休みのキスを、してるんですか?」

 

「してない。毎回断ってる」

 

断ると姉さんはその度に頬を膨らませてキスの雨を降らせてくるんだよなぁ……まあ今日は姉さんの頬にキスをしたけどこれは言わないほうが良いだろう。

 

「てか話を脱線させた俺が言うのもアレだがお願いって何だよ?」

 

このまま行くと何かの拍子に姉さんの頬にキスをした事をカミングアウトしそうなので本題に戻る選択をする。

 

「あ、はい。その……私の事なんですけど……」

 

言いながら照屋は俺の背中に回してある手を俺の首に回し、顔をキスしかねない位まで近づけたかと思えば、俺の耳に口を寄せ……

 

「私の事、文香って……名前で呼んでくれませんか?」

 

「………は?」

 

思わず変な声を出してしまう。完全に予想外のお願いだったので仕方ないだろう。

 

「な、何でだ?」

 

とりあえず理由を尋ねてみると照屋はモジモジし始める。

 

「え、えっと……言わないとダメですか?」

 

「そりゃそうだろう」

 

何か理由があるなら名前呼びしても構わないが、理由が無く呼ぶのは恥ずかしいから嫌だ。

 

すると……

 

「それは……八幡先輩には名前で呼んで欲しいから、です」

 

「っ!」

 

ヤバい、耳元でそんな事を言うなよ!変な気分になってくるわ!しかもこいつ狙ってやっているとは思えないからタチが悪い。無自覚故の破壊力ってヤツだな……!

 

「先輩……お願いします」

 

そんな俺を考えを他所に照屋は重ねておねだりをしてくる。あ、もうダメだ。そんな風に切ない口調で言われたら……

 

「ふ、文香……」

 

思わず名前呼びしてしまう。でも仕方ないだろう。俺が言わない限りこいつはずっと切ない口調でおねだりをしてくるだろうし。

 

俺が観念して名前呼びすると……

 

「はい……!八幡先輩……」

 

言うなりギュッと抱きしめる力を強める。表情は満面の笑みと良いくらい綺麗な笑顔だった。それを見るとこちらも表情を緩めてしまうなぁ……

 

「八幡先輩、もう1回呼んでくれませんか?」

 

「はいよ……文香」

 

「ふふっ……もう1回、良いですか?」

 

「文香」

 

「はいっ……!」

 

文香のおねだりを何度も聞いてしまう。俺が名前を呼ぶ度に可愛らしく返事をしてくる。しかも1回1回反応が違って見ていて楽しい。

 

よって……

 

「文香!」

 

「はい!」

 

「文香?」

 

「はい?」

 

「ふ〜み〜か〜?」

 

「は〜い?」

 

「文香♪」

 

「はい♪」

 

色々な呼び方をしてしまう。

 

結局俺は眠りにつくまで文香の名前を呼び続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから4時間後……

 

「……何をやってんだ俺は?」

 

目を覚まして目の前に文香がいるのを理解すると同時に眠りにつく前のやり取りを思い出してしまう。

 

思い出すのは文香の名前を呼んで、文香の反応を楽しんでいた事。ヤバい、改めてあのやり取りを思い出すとかなり恥ずかしい。新たな黒歴史の誕生かもしれん。

 

「んっ……はち、まんせんぱい……」

 

一方の文香は俺に抱きつきながら幸せそうな笑みを浮かべている。どんな夢を見ているのかは知らないが俺の名前が出ているのは予想外だった。

 

しかしそろそろ起こさないといけない。時計を見ると夜のB級下位ランク戦が始まるまで5分を切っていた。上位と中位のランク戦は見逃してしまったが、下位の試合ぐらいは見ておきたい。次に当たる可能性があるし。

 

「おい、文香起きろ」

 

言いながら文香の身体を揺すると文香は薄っすらと目を開ける。

 

「んんっ……せん、ぱい?」

 

「ああ。そろそろ起きろ。もう直ぐランク戦が始まる時間だぞ」

 

俺がそう口にすると文香は目をパチクリしてから目を擦る。するとウトウトした雰囲気はなくなり、いつもの文香になる。

 

「おはようございます八幡先輩。私のワガママで一緒に寝ていただきありがとうございます」

 

文香は抱き合いながらはにかんでくる。うん、やっぱり可愛いな……

 

「おはよう。それより起きれるか?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

言いながら文香は俺から離れて伸びをする。同時に女性特有の膨らみが揺れるのでさり気なく目を逸らす。

 

「ところで八幡先輩。ランク戦は作戦室のモニターで見ますか?それとも観戦室で見ますか?」

 

「それは三上や辻に聞いてから判断してみる……っと、メールが来てるな」

 

起きてから携帯を開くと2人からメールが来ていた。えっと、内容は……

 

「2人とも一緒に観戦するのは無理みたいだ」

 

三上は中央オペレーターの人達と一緒に見るらしく、辻は家の用事があるらしく明日のミーティングまでに記録を見ておくとの事だ。

 

「でしたら作戦室で見ませんか?わざわざ移動しないで済みますし、人が少ない方が落ち着きますから」

 

「別にいいぞ」

 

「では行きましょう」

 

言って文香は起き上がり、俺の手を握ってモニターがある部屋に向かう。それによって俺も引っ張られる形で続く。

 

そして俺がソファーに座ると文香は俺の隣に座って身体をくっつけて俺の肩に頭を乗せてくる。

 

「何ていうか、お前も結構甘えん坊だな」

 

この仕草、三上がよくやるような甘え方だし。

 

「否定はしません。何というか……八幡先輩には甘えたいんですが……ダメですか?」

 

「別にダメじゃねぇよ。好きなだけ甘えろ」

 

この程度の甘えでダメたら、三上と姉さんの甘えは全てがダメになるだろうし。

 

「ありがとうございます……ふふっ」

 

言うなり文香は頭を俺の肩に乗せたまま俺の足に手を当てて優しくさすってくる。それによって思わず顔が熱くなってくる。

 

「っ……!それよりそろそろ試合開始だぞ」

 

話題を変えるかのようにモニターの電源を入れる。すると丁度同じタイミングで隊員がステージに転送されていた。

 

「八幡先輩はどう見ますか?」

 

「二宮隊の圧勝」

 

そうとしか答えられない。夜の部で戦うB級下位は13位の松代隊、14位の間宮隊、16位の二宮隊、17位の吉里隊だが、二宮隊だけは次元が違う。

 

No.1射手の二宮さんにマスターランクの銃手と狙撃手、加えて今期の大型ルーキーがいるんだ。ハッキリ言ってポテンシャルはA級上位。トトカルチョをしても全員が二宮隊に賭けて賭けそのものが行われないだろう。

 

そう思う中、試合を見ると……

 

 

 

 

「圧倒的だな」

 

「圧勝的ですね」

 

開始10分で二宮隊の勝ちが殆ど決まった。

 

二宮さんの膨大なトリオンを駆使した圧倒的な制圧力、鳩原先輩の武器を壊す桁違いの狙撃能力、犬飼先輩の巧みな銃撃、犬飼先輩の援護を大いに利用して大暴れする鶴見の怒涛の攻め。

 

それら全てが他の3チームを容赦なく蹂躙している。

 

今回のランク戦でステージに転送されたのは松代隊3人、間宮隊3人、二宮隊4人、吉里隊3人の計13人だが内7人が落ちた。落ちた7人の内、5人を二宮隊が、松代隊と吉里隊が1人ずつ落としている。

 

残っている6人だが二宮隊は1人もやられておらず、残りは二宮隊4人と、松代隊と間宮隊のメンバーがそれぞれ1人ずつ生きている。

 

しかし松代隊と間宮隊の生き残りはバッグワームを装備して民家の中に引き篭もっている。時間切れを待つ算段だろう。

 

臆病者と罵るつもりはない。俺も向こうの立場なら同じことをしているだろう。

 

「さて、文香。おそらく今日のランク戦の結果で俺達は多分中位に上がるかもしれないし気を引き締めておけよ」

 

既に硬直した試合をぼんやりと眺めながら文香に話しかける。B級下位の中でウチのチームより順位が上の松代隊と間宮隊が1点と無得点なのだ。B級中位の結果にもよるが俺達が中位に上がる可能性も充分にある。それはつまり……

 

「そうですね。私達が中位に上がるなら二宮隊も中位に上がるでしょうし」

 

間違いなく二宮隊も中位する筈だ。下手したら次の試合で二宮隊と戦うかもしれない。

 

(頼む……!マジで二宮隊とは当たるな……!)

 

強く願いながら試合を見ると、試合が終了する。結果時間切れで生存点は無し。二宮隊5点、松代隊と間宮隊が1点、吉里隊が0点と予想通り二宮隊が圧勝した。

 

それと同時に今日の試合が全て終わり順位が更新される。ウチの隊は12位と中位の中では最下位だ。

 

それと同時に土曜日の試合の組み合わせも更新される。モニターに映るのは……

 

 

 

B級中位グループ

6月5日(土) 夜の部

 

008香取隊

010二宮隊

012比企谷隊

 

 

………終わった。頭が痛くなってきた



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比企谷八幡は作戦を立てる

木曜日の朝、俺は眠気を感じながら自転車を転がしている。時計をチラッと見ると時刻は10時半前。完全に遅刻だ。2時間目は10時40分に終わるので3時間目からの登校になる。

 

「やだなぁ、3時間目は数学だし保健室でサボろうか」

 

そんな事をボヤきながら自転車を転がすこと10分、漸く総武高に着いたので校門をくぐり駐輪場に向かう。

 

そして自転車から降りると同時に2時間目終了のチャイムが鳴る。とりあえず自販機でマッ缶を買ってから行くか。

 

自転車から鍵を抜いて自販機に向かおうとした時だった。

 

「お兄ちゃん!」

 

そんな声が後ろから聞こえてきたので振り向くと……

 

「お兄ちゃん、今日は遅刻だけど大丈夫?!」

 

俺の可愛い義妹の三上が心配そうな表情をしてこっちに近寄ってくる。

 

「三上か。おはよう。ただの寝坊だから大丈夫だ」

 

「なら良いけど……でもお兄ちゃんが寝坊って珍しいね。何かあったの?」

 

「あ、いや実は寝る前から次の試合の相手の記録を見てたんだよ。そんで気付いたら3時になってた」

 

「あー……」

 

それを聞いた三上は納得したように頷く。次の試合の相手は何度も記録を見直しても足りない相手だというのは三上も理解しているからだろう。

 

「お兄ちゃんは隊長だから頑張るのは仕方ないかもしれないけど、程々にしなよ?学生の本分は勉強なんだから」

 

「悪い。次から気を付ける」

 

「なら良いよ。今日はミーティングするの?」

 

「ああ。けど文香が家の用事があるから6時以降にしてくれって言われたから6時以降で良いか?」

 

「私はそれでだいじょう……文香?」

 

三上はいきなりポカンとした表情になり俺を見てくる。

 

「どうしたいきなり?」

 

「え?あ、うん。お兄ちゃんはいつから文香ちゃんを名前呼びするようになったの?」

 

「あん?昨日一緒に寝たら名前呼びしてくれって頼まれたから……って三上?」

 

気が付けば三上は冷たい目で俺を見ていた。え?俺なんか悪い事を言ったか?

 

「文香ちゃんや遥ちゃんは……呼びなのに、私だ……苗字……」

 

疑問に思っていると三上は突如ブツブツと呟き出す。メチャクチャ怖いのも気になるが、何故今の状況で遥姉さんの名前が出てくるんだ?訳がわからん。

 

暫くの間、俯きながらブツブツ呟く三上を見ていると、三上が急にハッと顔を上げて……

 

「お兄ちゃん!」

 

「な、何だ?!」

 

「お兄ちゃんはこれから私の事を歌歩って名前呼びして!」

 

いきなりそんな事を言ってくる。

 

「何だいきなり?」

 

昨日は文香、今日は三上が俺に名前呼びするように言ってくるが何かの前兆なのか?

 

そんな事を考えていると……

 

「呼ばないなら今後お兄ちゃんの言葉は無視するから」

 

三上はそう言ってそっぽを向く。怒っていますオーラが漂っているが普通に可愛いから対応に困ってしまう。

 

「おい三上?いきなり何を言ってんだよ?」

 

「………」

 

「三上」

 

「………」

 

対する三上はそっぽを向いたまま。こいつマジで俺が名前呼びするまでシカトするつもりだ。

 

はぁ……

 

「か、歌歩」

 

俺が羞恥に悶えながら三上を名前呼びすると……

 

「何かな?お兄ちゃん?」

 

ギュッ

 

途端に可愛らしい笑顔を浮かべて俺に抱きついてくる。背中に手を回されて良い匂いが鼻を蹂躙する。

 

「いや……何でいきなり名前呼びを強要したんだよ?」

 

しかもあんな強引なやり方で。いつもの歌歩なら絶対にあんな態度を取らないと思うんだがな。

 

「べ、別に!兄妹なのに苗字呼びは変だと思っただけだよ!お兄ちゃんだって小町ちゃんを比企谷って呼ばないでしょ?」

 

いやそれは実妹だから名前呼びしてるだけで……いや、止そう。理由はないがこれ以上突っ込んだら地雷を踏みそうな気がするし。

 

「……わかった。そんじゃこれからは名前呼びするから宜しくな」

 

「うん。ありがとうお兄ちゃん」

 

「どういたしまして。それよりもう直ぐ休み時間は終わるし教室に行こうぜ」

 

数学だから怠いが、サボったら歌歩に怒られそうだしちゃんと出ないといけない。

 

「そうだね。行こうお兄ちゃん」

 

言いながら歌歩は抱擁を解いて俺の手を引っ張って歩き出す。途端に辺りから視線を浴びるが気にしない。以前歌歩が教室でお兄ちゃん呼びをしてしまって以降俺は割と目立ってるし。

 

しかし……お兄ちゃん呼びがバレた当初は男子は殺意を、女子は侮蔑を目に乗せて俺を睨んでいたが、最近になって生温い視線に変わったのは何故なのだろうか?教室で歌歩がお兄ちゃん呼びをする度に教室にいる連中が、人の神経をくすぐる様な視線を向けてくるんだよなぁ……

 

まあ良いか……俺が歌歩の義兄である事はボーダーでも学校でも有名なんだし。

 

現実逃避気味に考えた俺は好奇の視線に晒されながら教室に向かって歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5時間。初めて姉さんと歌歩の3人で昼食を食べたり、食後2人に両頬にチュッチュッされたりしていたらいつの間にか学校は終わっていて、俺はチームメイト3人と共に作戦室にいた。昔が学校が終わるのが遅いと思っていたが、今は早いと思っている。やるべき事があるとそれ以外のことに対する時間感覚が変わるというの本当の様だな。

 

そんな事を考えながら俺はモニターを起動しながら口を開ける。

 

「さて、そんじゃ次のランク戦の話をするぞ。次は中位に挑むが、中位以上の部隊は基本的に部隊毎に戦術が成り立っている部隊だ。部隊としての練度は当然俺達より遥かに上だ」

 

言うと同時にモニターにスーツを着た無愛想な男と、割とスタイリッシュなデザインの隊服を着た勝気な雰囲気の女子が映る。

 

「次に戦う部隊は香取隊と二宮隊だ。先ずは香取隊から話すぞ。香取隊は攻撃手2人と銃手が1人の部隊であり、隊長の香取が暴れて三浦と若村がカメレオンでサポートする部隊。割とウチと似たチームだ」

 

「チームの練度が香取隊の方が上な以上、合流する前に1人を落とした方が良いだろうな」

 

「そうですね。若村先輩を早めに落とせれば香取隊は射程持ちがいないので、射撃戦においてこちらが有利になりますね」

 

「もしくはエースの香取さんをお兄ちゃんが落とせば主導権を握れるな」

 

「待て歌歩。俺が香取を落とす事を決定事項のように言うな」

 

「それはそうですよ。この中で香取さんに勝ち越した事があるのは八幡先輩だけですし。私は負け越していますし、辻先輩はまだ女子と戦うのは無理でしょうから」

 

そこを言われたら返す言葉はない。しかし文香が香取と戦ったら最高で4ー6だったし、文香でも充分に勝機はあると思う。

 

「まあそれは二宮隊の動き次第だな。次に二宮隊の説明をする」

 

俺がそう口にすると全員の表情がさっきより一段と厳しい表情に変わる。まあそれも必然だ。昨日の試合は圧倒的の一言だったし。

 

「昨日の試合を見る限り、二宮隊は二宮さんが単独で動き、鶴見と犬飼先輩が組んで、鳩原先輩が狙撃で3人を援護する形だ」

 

同時に昨日の試合が映るがまさに蹂躙という言葉が似合うだろう。

 

「ハッキリ言って隊としての力は向こうの方が遥かに上である以上、真っ向勝負をする気はない。さて、そこで何か案があるか聞いておきたい」

 

「二宮さんを3人で仕留めるのはダメなのか?」

 

「いっそ二宮さんを無視して速攻で2、3人倒して向こうに点を与えないのはどうでしょう?」

 

「全員バッグワームを付けて身を潜めて、漁夫の利を得るのはどうかな?」

 

3人が各々簡単に作戦を言ってくる。

 

辻の案は可能かもしれない。タイマンや2対1なら厳しいかもしれないが3人がかりで行けば二宮さんを倒せるだろう。

 

しかしそれがチームの勝ちに繋がるか、と聞かれたら返答に困る。二宮さんを3人がかりで獲りに行くという事は、比企谷隊は他の面々に背中を晒す事を意味するが、それは余りにも危険過ぎる。かと言って二宮さん以外の事を考え警戒しながら戦っていたら二宮さんには勝てないだろう。それほどまでに二宮さんは格が違う。

 

照屋の案も悪くはないが、二宮さんをフリーにするのは怖過ぎる。もしも二宮さんがバッグワームを着て、俺達と香取隊が争っている場所に急襲してきたらなす術なくやられそうだし。

 

そうなると歌歩の案が1番現実的かもしれないが……

 

(それだけじゃ足りないよなぁ……奇襲で漁夫の利を得ようとしても鳩原先輩がいる限り上手くいく保証はない)

 

離れた敵の武器をぶっ壊す程の変態狙撃手がいる以上、奇襲を仕掛けようとするも武器を壊されて失敗して返り討ちにあった……って事にもなりそうだし。

 

「うーむ……」

 

「お兄ちゃんは作戦がある?」

 

「俺としては香取隊を1人倒して逃げるが1番堅実だと思うが……」

 

香取隊を1人倒して雲隠れに成功したら、二宮隊が倒せる相手は2人だ。しかし香取隊も俺達比企谷隊が逃げに徹すれば、二宮隊に勝ち目がないと判断して勝負を捨てるだろう。そうすれば俺達が1点、香取隊と二宮隊が0点で勝つ事は不可能ではないが……

 

「上を目指す以上1点でも多く取りたい気持ちもあるんだよなぁ」

 

「まあそうかもね。お兄ちゃんの意見を否定するつもりじゃないけど、毎回二宮隊を相手にする際に逃げの一手を使うきっかけになっちゃうかもね」

 

歌歩の言う通り。上を目指すには得点が重要だ。早い内に逃げ癖が付きそうな戦法を取るのは悪手だろう。

 

「じゃあどうする?流石に無策で行くのは無謀だぞ?」

 

いや、そこまで馬鹿じゃない。無策で行くのは逃げ癖が付くよりタチが悪い。逃げるのは作戦の1つだ。しかし無策は作戦を立てない事であり、逃げ癖が付くより始末が悪いだろう。

 

結論を言うと作戦は立てる。それについては絶対だ。

 

「……とりあえずステージ選択権はウチにあるしそれも考えてみるか」

 

言いながらモニターを操作すると二宮さんと香取が消えて様々な風景がモニターに映る。今回はウチの部隊が1番順位が低いのでステージを選べる。

 

「建物が多い商店街はどうでしょう?隠れる場所が多く奇襲にも最適ですから」

 

「うーん。でも高さが低い建物が多いから狙撃の射線は通りやすいな」

 

「狙撃の射線は切りたいな。となると工業地区はどうだろうか?」

 

「比企谷に賛成だな。ただ工業地区は範囲が狭く行き止まりも結構あるから、場合によっては袋の鼠のような状況に陥りそうなのが怖いな……」

 

「じゃあ市街地Bは?そこなら広いし、場所によっては見通しも悪いし」

 

や、ヤバい……各々が意見を出していて中々纏められない。しかもどの意見も理に適っているので切り捨てられないし。

 

結局30分位話したが、ステージを決める事は出来ず明日に持ち越しとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

それから時間が経ち、午後9時。今日の訓練を終えた俺は1人で廊下を歩いている。他の3人は訓練が終わると同時に帰宅している。俺は1人になりたかったので3人の誘いを断った。

 

特にアテもなくブラブラしている。明確な目的もなくブラブラ歩くボーダー隊員なんて俺くらいだろう。

 

そんな事を考えながらぼんやりと歩いていると……

 

「ん?比企谷か?」

 

曲がり角に差し掛かった時に右から声を掛けられたので振り向くと……

 

「どうもっす、風間さん」

 

「どうしたんだこんな時間に?ランク戦か?」

 

「いえ、訓練が終わって何となく1人で居たかったのでブラブラしてました」

 

個人ランク戦をするって考えもあるが、どうにもそんな気になれない。

 

すると……

 

「次のランク戦の事について悩んでいるのか?」

 

「えっ?あ、はいそうです。何でわかったんですか?」

 

「今のお前に悩みがあるとしたら二宮隊との試合だと思っただけだ」

 

「まあ、そうですね……勝ち筋が全く見えないです」

 

「だろうな。二宮隊は結成して短いからチームの練度はそこまで高くないが、個々の実力がそれを補うくらい圧倒的だ。同じようにチームの練度がそこまで高くないお前のチームでは厳しい戦いになるだろう」

 

風間さんの意見は割と辛辣だが怒る気はない。言ってる事はまぎれもない事実なのだから。ここで素直に彼我の実力差を認めなければ上には行けないだろう。

 

「だが……勝負を捨てるつもりはないのだろう?」

 

「当然です」

 

勝ち目が無くても最善は尽くすつもりだ。でなければ俺のチームメイト3人に対して失礼だし。

 

「なら良い。比企谷」

 

「何すか?」

 

「確かにお前の部隊は二宮隊や香取隊に比べたら弱いだろう。だが、全てにおいて劣っている訳ではない。作戦を立てるなら、相手をどう倒すかではなく、自分達の長所を考えて作戦を立ててみろ」

 

「自分達の長所……ですか?」

 

「ああ。相手をどう倒すか考えるのも重要だが、戦闘は自分達の有利を押しつけるのが定石だ。先を見据えるなら自分達の長所を活かす戦法を考えた方が良い。俺もウチの隊の長所である隠密性を活かした戦法を最優先にさて作戦を立てていたぞ」

 

まあ……確かにそうだ。毎回毎回相手をどう倒すか考えるのも悪くないかもしれないが、その場限りの作戦になるかもしれない。それだったら確立した戦術を駆使した作戦を立てるべきだろう。

 

「俺が言えるのはここまでだ。お前がどう行動するかは知らないが、とにかく悩め。良い作戦は何度も悩んだ末にこそ生まれるのだから、それを忘れないで何度も悩み試行錯誤を繰り返せ」

 

「あ、はい。どうもありがとうございました」

 

そう言って風間さんは去っていくので頭を下げる。本当に格好良いなあの人。

 

しかし俺達の長所か……

 

あるとするなら俺の機動力や文香と辻の安定した戦い方だろう。特に機動力。自画自賛って訳ではないが、ボーダー最速は俺だと思う。逃げる事に集中すれば誰にも捕まらない自信がある。

 

だが逃げ足を武器にした所で役に立つとは思えない。逃げても点にならないし。

 

 

対する文香と辻の安定した戦い方これは言葉の通りどんな状況でも安定した戦いが出来る事を意味する。決して無理をしない攻め方が相手にチャンスを与えない事に繋がっている。

 

欠点があるとすれば火力不足ぐらいだろう。対戦相手が攻撃型の部隊なら火力がモロに出る。つまり二宮隊とは余り相性が良くないと言える。

 

しかし2人が火力を上げる為に無理に攻めたら元の形から逸脱して弱体化するだろうし、これについては変えない方が良い

 

(だったら俺の機動力だ。乱反射のように逃げる以外の用途に使えば……ん?)

 

待てよ。あるじゃねぇか。俺の機動力を活かした方法が。

 

(となるとトリガー構成も変えないとな。文香と辻のトリガーについても考えないといけない)

 

一度案を思い浮かぶとポンポンと浮かんでくる。転送の位置などの運も絡むがやってみる価値はある。今後上位に上がって上位チームと戦う場合になった場合でも使える作戦だし。

 

「そうと決まれば開発室に行くか。歌歩はもう帰っちまったし寺島さんに頼んでトリガーを変えてみるか」

 

方針を決めた俺は開発室に向かって走り出す。トリガーを変えたら開発室のモニタールームで試してみるか……

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺は開発室に行って寺島さんにトリガー構成の変更を頼んだら、変更内容を聞いた寺島さんは驚きを露わにした。

 

そして翌日にチームメイトの3人に作戦の内容を話したら全員が驚きの表情を浮かべたが、内容そのものは悪くなかったのでそれで行く事になった。

 

 

 

 

 

そして2日後の6月5日(土)

 

B級ランク戦ROUND2が始まる。

 



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こうして比企谷隊は2回目のランク戦に挑む

6月5日土曜日。B級ランク戦ROUND2がある日だ。対戦相手は香取隊と二宮隊。どちらもチームとして俺達よりも上だろう。俺達が持てる力の全てを出さない限り勝機はないだろう。まあ出しても勝率は低いんだけど。

 

そんな事を考えながら作戦室に入る。

 

「うーっす」

 

そんな挨拶をしながら部屋を見渡すと……

 

「こんにちは八幡先輩」

 

文香だけが居てテーブルを使って勉強していた。どうやら辻と歌歩はまだ来てないようだ。

 

「よう文香。何の勉強をしてんだ?」

 

「数学ですね。前回の中間試験で余り点数が良くなかったので復習をしてます」

 

「あー、数学な。俺は酷かったからなぁ……」

 

「はい。三上先輩が苦労したと言ってました」

 

俺の点数は32点。赤点は30点以下なのでギリギリだった。しかしこれは歌歩の協力があったから赤点回避に成功したのであって、歌歩が居なかったら10点未満だったと確信がある。

 

「ほっとけ。俺は私立文系志望だから良いんだよ。文系科目は全科目学年で20位以内だし、現代国語と古典に至っては学年3位だぞ?」

 

「凄いとは思いますが理系もやった方が良いですよ?」

 

「そこは歌歩に助けて貰うから大丈夫だ。それより文香、トリガー構成は変えてきたか?」

 

俺がそう口にすると文香は真剣な表情に変わる。切り替えが速いことは良い事だ。

 

「もちろんです。鶴見さんの対策も八幡先輩のおかげで出来てますよ」

 

「なら良い。今日はよろしく頼むぞ」

 

「はい。それより先輩は大丈夫なんですか?」

 

文香は不安そうな表情を浮かべながら俺を見ている。言いたい事はわかる。状況によって変わるが、今日のランク戦で俺が担当するかもしれない仕事がハードだから上手くこなせるか心配なのだろう。

 

まあ当然だ。俺自身も不安な気持ちがある。今回の作戦では俺の仕事の結果云々で勝ち負けが決まると言っても言い過ぎではない。しかも俺の担当の仕事はかなりハードで失敗する可能性は高い。

 

しかし……

 

「……大丈夫だ。何としてもこなしてみせる。だからお前らはお前らの仕事を頼む」

 

俺が発案した作戦をチームメイトの3人は驚きながらも認めてくれたんだ。3人の期待に応える為にも全力を尽くして、こなすつもりだ。

 

俺がそう返すと文香は優しい笑顔を見せてくる。

 

「そうですか。なら私は何も言いません。先輩を信じて自分のやるべき仕事をやりますね」

 

文香の目には俺に対する強い信頼が見て取れる。ここまで強いと寧ろプレッシャーの様にも思えてしまう。強い期待は時として重いプレッシャーになるのだから。

 

「頼む」

 

しかし俺は臆することなく文香の言葉に頷く。文香はやると言ったらやる女なので自分の仕事はしっかりこなすだろう。これは俺も負けてられないな。

 

そんな事を考えながら俺は歌歩と辻が来るまで2人きりで穏やかな時間を過ごし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は経ち、夜8時……

 

「んじゃ最終確認をするぞ」

 

比企谷隊作戦室にて、オペレーター用の服を着ている歌歩を除いた比企谷隊のメンバー3人は暴走族が着そうな黒い隊服を着てモニターを注視する。

 

「ステージは工業地区。鳩原先輩の狙撃を建物で切りつつ香取隊を中心に攻める。先ずは合流だ。集合場所は俺達3人の転送直後の位置から丁度中心の位置だ」

 

言いながら端末を操作するとモニターに工業地区が映る。工業地区は配管などが並んだ多数の工場を模したステージである。やや狭い範囲に建物が密集しており、射線が通りにくいので狙撃手が苦手とするステージだろう。

 

「合流してから香取隊の支援要員の若村と三浦を狙っていく。もしも合流する前に2人を発見したら倒せ。タイマンならお前らに負けはない。ただし二宮さんを発見したらプランBの実行だ。直ぐに俺に伝えてその場から離れろ」

 

「わかった」

 

「わかりました」

 

「歌歩は狙撃の警戒を重視した支援を。少ないとは言え工業地区でも狙撃ポイントはあるからな。ただしプランBが始まった場合は辻と文香のサポートに集中しろ」

 

「任せてお兄ちゃん」

 

「プランBの場合、点を取れるかはお前らにかかっている。俺も全力を尽くすから頼んだぞ」

 

プランAならともかくプランBなら仕事の内容から俺は1点も取れない可能性があるので2人に頼むしかない。

 

すると……

 

「「「了解」」」

 

3人は一切の躊躇を見せないで頷く。本当に頼りになるチームメイトだ。ボーダーに入って良い縁に恵まれたと改めて思ったぜ。

 

いよいよ転送30秒前となり緊張が高まっていく。色々と作戦を立てたがやはり緊張してしまう。しかし俺は柄じゃないが隊長だ。ベイルアウトするまで最後の最後まで粘るつもりだ。

 

(A級までの道のりは長く険しいが……今回も勝って新しい一歩を刻みたいな……)

 

そして遂に5秒を切った。3、2、1……

 

 

同時に俺の身体は光に包まれて、気がつけば巨大なタンクの上にいた。無事仮想ステージに転送されたようだ。

 

そして辺りを見渡すと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良し良し、ちゃんと天候設定は上手くいってるな」

 

辺りは真っ暗でありながら深い霧で溢れかえっていた。

 

さあて……戦闘開始だ。

 

 

 

 

 

 

「何よこれ?!」

 

『多分天気の設定で霧を選んだんじゃない?』

 

『深い霧だな……!少し先も見えないし敵と鉢合わせしたら出来るだけ近付いた方が良いな』

 

『そしたら僕と葉子ちゃんでろっくんを守るよ』

 

「は?何で私が麓郎を守んのよ?普通逆でしょ?」

 

『てめぇ……!』

 

『まあまあ……』

 

『3人とも、試合は始まっているんだし真面目にやって』

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、視界が真っ暗じゃん。ひゃみちゃん視覚支援おねが〜い」

 

『了解。視覚支援』

 

「うん。まだまだ視界は暗いけど大分マシになったね。でも二宮さん、これって……」

 

『十中八九比企谷が鳩原対策で選んだな』

 

『……狙撃手がいない向こうからしたら当然』

 

『まあ良い。作戦に変更はない。鶴見と犬飼は合流して香取隊を優先して獲りに行け。合流する前に接敵した場合はお前達の判断に任せる。ただし比企谷の場合は戦わずに退け』

 

「犬飼了解。って事でルミルミは比企谷ちゃんに借りを返したいなら俺と合流してからね」

 

『ルミルミ言うな……とりあえず鶴見了解』

 

『鳩原は2人の支援。ただしこの霧では長距離狙撃は厳しいから200メートル以上離れている敵の武器は狙うな』

 

『鳩原了解』

 

 

 

 

 

 

 

タンクの上から飛び降りながらレーダーを見ると、レーダーには9つの反応がある。ステージに転送されたのら10、つまりバッグワームを使っているのは1人だが、これは狙撃手の鳩原先輩だろう。

 

とりあえずレーダーを見る限り文香と辻は近く合流しようと動いている。比企谷隊以外の6つの反応の内、3つが合流しようとしているがこれは香取隊だろう。

 

(ラッキーだ。香取隊と思える反応が俺の進行上にいるし、仕留めるか……)

 

そう思いながら俺は副トリガーの漆黒のバッグワームを纏い、主トリガーのグラスホッパーを起動して速度を上げた。

 

すると5秒位して俺が狙っている敵が動きを止めたかと思えば、レーダーから消える。おそらく俺の奇襲を警戒してバッグワームを起動したのだろう。

 

しかし気付くのが一足遅かったな。今更バッグワームを使っても……

 

「若村見ーつけた」

 

グラスホッパーを使っている俺からすれば追いつけない距離ではない。見るとバッグワームを着た若村が俺に気付くこと無く走っているのが見える。

 

二宮隊と当たる前に獲れる駒を見つけたのはラッキーだったな。ここで仕留めて主導権を握る……!

 

そう思いながら俺はバッグワームを装着したまま再度グラスホッパーを起動して距離を詰める。

 

若村との距離が30メートルを切った時に向こうも俺に気が付いたようだ。こちらに銃口を向けて発砲してくる。

 

しかし……

 

(狙いが甘いな)

 

若村の放つアステロイドは狙いが甘く、軽くステップするだけで回避出来る。

 

これも作戦の1つ。ステージを選ぶ際に俺は夜の工業地区で天気は濃霧を選択した。それだけでも見えにくいだろうが、それに加えて比企谷隊の隊服は真っ黒で、バッグワームも闇夜に溶け込む真っ黒色に変えてある。視界が悪い上に服装は闇に染まっている。この状況で精密射撃を出来る相手は早々しないだろう。

 

しかし幾ら対策をしていても距離を詰めすぎると避けるのは無理だし、一気に仕留めるか。

 

そう判断した俺はバッグワームを解除して、同時に……

 

(テレポーター)

 

瞬時に若村の真横に現れる。濃霧の影響で視線の向きが読まれなかったからか、若村は隙だらけだ。

 

慌てて俺に向けて狙いを定めようとするも……

 

「遅い、ハウンド」

 

足払いをしてバランスを崩した若村の頭を掴み、威力に特化したハウンドを放つ事で若村の頭を吹き飛ばした。

 

それによって頭を失った若村のトリオン体は全身にヒビが入り、やがて光に包まれて空へと飛んで行った。

 

先ずは1点。開始3分で先制点を手に入れたんだ。幸先は良い。良過ぎると言っても過言ではないくらいだ。

 

さて、次に近いのは……

 

その時だった。

 

『お兄ちゃん!上空から高密度のトリオン反応!急いで離れて!』

 

レーダーを確認しようとした瞬間、歌歩にそう警告されたので上を見ると……

 

「うおいっ!」

 

上空から100を超える弾丸が雨の様に降り注いできたのだ。こんなことをするのは1人しか思いつかねぇな!

 

そう思いながら俺は反射的にグラスホッパーを使って、その場から距離を取る。咄嗟の判断でグラスホッパーを使ったので着地には失敗したが構わない。何故なら……

 

 

ドドドドドドドッ……!

 

グラスホッパーを使わかなかったら蜂の巣になっていただろうからな。俺は起き上がりながらさっきまで俺がいた場所を見ると、地面に大量の穴が開いていた。

 

(恐ろしいな。さっきの弾丸は動きから察するにハウンドだが、比較的威力の低いハウンドでこの威力とはな……!)

 

内心戦慄していると離れた場所からコツコツと足音が聞こえたので振り向くと……

 

「開始3分で俺が狙っていた獲物を獲るとはな、腕を上げたな比企谷」

 

スーツを着た魔王こと二宮さんがこちらにゆっくりと歩いてきている。やっぱり二宮さんかぁ……会う事は計算に入れていたがこんなに早く会うとは予想外だった。

 

だが、まあ……

 

『文香、辻、歌歩。丁度今二宮さんと接触した。よってこれよりプランBに移行する』

 

今のところ状況は悪くない。向こうは文香達に任せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

『文香、辻、歌歩。丁度今二宮さんと接触した。よってこれよりプランBに移行する』

 

文香が工場が隣接している道路を走っていると、隊長である八幡から通信が入り、文香は息を呑む。

 

(まさか試合が始まって5分以内にプランBに移行するとは……でも、香取隊の1人を撃破してプランBに移行……悪くない状況ね)

 

今の状況は悪くないので、ここから自分と辻が頑張れば勝つ事も可能だ、と照屋は考えた。

 

とりあえず辻と合流しよう、そう思いながら文香が辻に連絡を入れようとした時だった。

 

『右方のレーダー反応が高速で接近!鶴見さんか香取さんだろうから要注意!』

 

オペレーターである三上の声が聞こえたので右を見ると……

 

(香取さん……!)

 

香取隊隊長の香取葉子がグラスホッパーを駆使してこちらに接近している。そして瞬時に詰め寄りスコーピオンを振るってくるので文香はバックステップでそれを回避して、突撃銃を作り出し、香取目掛けて発砲する。

 

対する香取はシールドを展開して防ごうとするも……

 

「はぁっ!?」

 

放たれた弾丸は香取の展開したシールドにヒビを入れ、やがてシールドを破壊して香取の肩や、足の一部に穴を穿った。

 

文香はこのまま押し切ろうと射撃を続けていると、香取もこれ以上食らいたくないからか、自身にグラスホッパーを当てて強引に脱出する。

 

距離を取った香取に対して文香は銃口を向けてジリジリと間合いを測っている。すると……

 

「あんた、何をしたの?」

 

香取が鋭い目で文香を睨みながら話しかけてくる。対する文香は頭に疑問符を浮かべる。

 

「何の事?」

 

「とぼけなくて良いから。あんたのその銃よ。私のシールドを簡単に破壊していたけど、どうやってそこまでの破壊力を出したのよ?」

 

香取の質問は最もである。銃型トリガーは威力、射程、弾速は一定威力であり、射手と違って高威力の弾丸を放つ事が出来ないのだ。

 

香取に質問をされた文香は……

 

「悪いけど教えてあげられないわ。壁に耳あり、だしね」

 

そう言いながら文香はチラッと左を見る。対する香取は一瞬イラっとした表情を浮かべるも直ぐに現状を理解したのか横を見る。するとそこには……

 

 

「………照屋先輩と香取先輩を発見。戦闘を開始する」

 

二宮隊に所属する大型ルーキーが鋭い目で文香と香取を見据えながらスコーピオンを顕現する。やる気は充分のようだ。

 

文香は2人を警戒しながらもレーダーを見る。遠く離れた所には文香の隊長である八幡と二宮が居て、ステージの中心には文香自身と香取と鶴見が居て、中心に向かってくる3つの反応がある。これは女子に弱いチームメイトと敵チームの2人と文香は読んだ。そして通信を入れる。

 

「辻先輩。たった今香取さんと鶴見さんと鉢合わせしました。向こうはやる気ですので戦いますが、先輩に犬飼先輩と三浦先輩をお任せしてもよろしいですか」

 

『わかった。俺がそっちに行っても戦力にならないし、2人の相手をしておく』

 

 

即座に了解の返事が来る。彼がこう言ったのだからそっちは大丈夫だろうと思いながら文香は目の前にいる女子2人を見据える。

 

(さて……相手は攻撃型の攻撃手が2人……)

 

2人は強敵と言っても過言ではない相手である。しかし文香は不安になっていない。自分は2人より強い愛する隊長と常日頃から戦っているのだから。

 

(必ず勝つ……!)

 

言いながら文香は突撃銃を消して、弧月を両手持ちにする。

 

それが開戦のゴングとなり、3人が走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『辻先輩。たった今香取さんと鶴見さんと鉢合わせしました。向こうはやる気ですので戦いますが、先輩に犬飼先輩と三浦先輩をお任せしてもよろしいですか』

 

「わかった。俺がそっちに行っても戦力にならないし、2人の相手をしておく」

 

チームメイトからの頼みに辻は了解の返事をする。彼女の所に加勢に行っても敵は女子2人、足手纏いになるのは火を見るよりも明らかだ。

 

最近はチームメイト3人の協力によってチームメイトの女子2人とは問題なく話せるようになったが、それ以外の女子とは未だマトモに話せない。

 

(まあそれでもマシになったんだかな……さて、俺の相手は犬飼先輩と三浦だが……)

 

そこまで考えている時だった。

 

 

タタタタタタタタッ

 

斜め上から銃声が聞こえたので、反射的にシールドを広く展開する。同時に光り輝く弾丸ーーーアステロイドが辻のシールドに当たる。シールドにはヒビが入るが割れるには至っていない。

 

「ハウンド」

 

お返しとばかりに副トリガーのハウンドを弾速重視で返す。放たれたハウンドは標的に向けて飛んで行くが……

 

「やっほー、辻ちゃん」

 

先ほど銃撃をしてきた二宮隊銃手の犬飼澄晴は笑顔のままシールドでハウンドを防ぎ、再度銃を構えたので辻は張り合うかのように弧月を構える。

 

「申し訳ないですが、鶴見さんと合流は阻止させて貰います」

 

「別にいいよ〜。俺も丁度今二宮さんから辻ちゃんを照屋ちゃんの所に行くのを止めろって指示が来たからね。そんで……三浦ちゃんも、ね♪」

 

犬飼が笑顔のまま周囲にキューブを浮かばせたかと思いきや、右方向に飛ぶ。放たれた弾丸は若干曲がってその先にいた男に向かって飛ぶ。

 

「はは……バレちゃったか」

 

香取隊攻撃手の三浦雄太は苦笑しながらシールドを展開して犬飼の放った弾丸を防ぐ。

 

これによってステージでは3つの戦場が生まれた。

 

「バレバレだよ。悪いけど香取ちゃんの所には行かせないよ。まあ二宮さんが比企谷ちゃんを倒したら好きにして良いけど」

 

それを聞いた辻は犬飼の狙いが読めた。犬飼の隊長の二宮が自身の隊長を撃破すれば、必然的に二宮はフリーとなる。そうなれば比企谷隊にしろ香取隊にしろなす術なくやられるだろうし、こちらの合流します邪魔して万が一を無くすつもりなのだろう。

 

しかし……

 

「そう上手く行きますかね?」

 

辻がそう返すと犬飼と三浦はキョトンとした顔を浮かべる。

 

「え?辻ちゃんは比企谷ちゃんか二宮さんに勝てると思っているの?」

 

「いや全く」

 

辻は即答する。部下が隊長の勝ちを信じないのはどうかと思うがこの場合仕方ないだろう。八幡の二宮に対する勝率は1割弱だから。

 

しかし……

 

「ですが、今日の比企谷を倒すのは難しいと思いますよ」

 

辻は断言する。自分の隊長を義姉や義妹を作るマニアックな趣味を持つ女誑しだと思っているが、やる時はやる男だとも思っている。

 

だから今回も仕事をちゃんとこなすと思っている。そして2人のチームメイトもこなすと思っている。

 

だから……

 

「そんな訳で犬飼先輩、倒させて貰います」

 

自分もやるべきことをやらないといけない。

 

そう思いながら辻はオプショントリガーの旋空を起動して犬飼に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

こうして3つの戦場にて戦いが開かれた。



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比企谷八幡は危険な戦いに挑み、照屋文香は乱戦に挑む

工業地区の西のブロックにて2人の男がぶつかりあって爆音や爆風が辺りに巻き起こっていた。

 

比企谷八幡と二宮匡貴。

 

ボーダー最速の男とボーダー最強の射手の戦いは実にシンプルだった。

 

「ハウンド」

 

二宮がそう呟くと同時に両手からキューブが現れて、数十分割されて放たれる。

 

対して……

 

「グラスホッパー」

 

八幡がそう呟くとジャンプ台が現れて、それを踏む事で大きく跳びハウンドの有効半径から逃れる。

 

そんなやり取りが2分続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

(ヤベェな……単純に強い)

 

二宮さんのハウンドをグラスホッパーで逃れながらそう呟く。二宮さんと鉢合わせして戦闘が始まってから2分経過している。

 

今のところ俺にしろ二宮さんにしろ互いに1発も攻撃を受けていない。偶に俺が放つハウンドは簡単に防がれ、二宮さんの放つ射撃はグラスホッパーで逃れている。

 

それだけ聞けば互角に思えるかもしれないだろう。事実俺も現時点では互角だと思っている。

 

しかし……

 

(この均衡は遠くない時間に崩れるだろう……俺に不利な方向で)

 

理由は簡単。二宮さんの攻撃が徐々に鋭くなってきているからだ。最初の内は余裕で回避出来ていたが、俺の動きを先読みしてグラスホッパーで跳んだ先の方向に攻撃してくるのだ。今のところは当たる直前に副トリガーのグラスホッパーを利用して回避しているが、暫くすればそれすらも読んで攻めてくるだろう。

 

そこまで考えた時だった。

 

「メテオラ」

 

二宮さんはそう呟いて新たなキューブを出して2分割すると、上……俺の真上左右にある工場に向けて放つ。

 

一直線に向かったメテオラは工場に当たると同時に大爆発が生じて、工場の設備が雨のように降ってくる。

 

「ちっ……!」

 

生き埋めとなったらマズいのでグラスホッパーを使って瓦礫の及ばない地面に着地する。

 

しかしそれと同時に弾丸が上空から俺を取り囲むかのように襲いかかってくる。軌道は真っ直ぐでないのでハウンドだろう。さっきのメテオラによる瓦礫は俺を安全地帯に誘導する為のものか……!

 

(テレポーター……!)

 

即座に副トリガーのテレポーターを起動してアステロイドと思える弾丸から逃げる。

 

これで安全、そう思いながら跳んだ先には……

 

「終わりだ」

 

周囲にキューブを浮かばせて放つ二宮さんが居た。その事から俺は察した。さっきのメテオラによる瓦礫攻撃もハウンドによる包囲攻撃も、この一撃の為の布石である事を。

 

こちらに向かって飛んでくるアステロイドを見ながらも俺は落ち着いている。こうなる事は試合前から予測をしていたからだ。

 

(テレポーターはインターバルがあるから無理。グラスホッパーは今から使ってもアステロイドから逃れられない……仕方ない。こんなに早く使うのは嫌だがアレを使うか)

 

そう思いながら俺は地面に手を置き……

 

 

 

 

 

「エスクード……!」

 

そう叫ぶ。同時に俺と二宮さん及びアステロイドの間に巨大なバリケードが生まれる。

 

少ししてからバリケードの向こう側から轟音が聞こえるが、バリケードが破壊される気配はない。

 

エスクードは地面からバリケードを生み出し身を守るトリガーで、防御力ならシールドを遥かに上回っている。まあシールドと違って透明じゃないので相手の姿が見えないし、消費トリオンも多いので余り人気のないトリガーだけど。

 

安堵の息を吐きながらグラスホッパーを使ってエスクードの後ろから出る。エスクードは強力だが、自分の視界を遮る欠点もあるからな。長時間相手を見れないのは危険だ。

 

二宮さんが壊していない建物の壁に張り付くと二宮さんが不機嫌そうな表情で俺を見ていた。

 

「まさかエスクードを入れてるとはな。今ので確信した。お前……俺に勝つ気ないだろ?」

 

それに対する俺の問いは……

 

「ありませんね」

 

即答する。俺は今回二宮さんを倒すつもりは毛頭ない。自分の持てる力全てを使っての足止め、文香や辻の所に行かせない事が俺の目的だ。

 

二宮さんの対策としては『3人がかりで二宮さんを叩く』とか『二宮さんをスルーして速攻で他の連中を獲りに行く』などあるが、どちらも現実的ではない。

 

前者の作戦の場合二宮さんを倒すことは可能かもしれないが他の二宮隊の3人で背中を晒して危険だし、後者の作戦の場合二宮さんをフリーにするということだ。もしも二宮さんがバッグワームを使って奇襲をしてきたらなす術もなくやられてしまうし。

 

そこで俺は『機動力の高い俺自身が全てを賭けて二宮さんを足止めして、他の2人が点を取る』作戦を立案した。二宮さんを足止め出来るとしたら桁違いの防御力を持つ人間か高い機動力を持つ人間だ。

 

文香と辻はバランスタイプであって機動力は俺に比べたら劣っているので、二宮さん相手にそこまで時間は稼げないだろう。

 

よって俺が二宮さんの相手になり、仮にもしも俺が負けても文香と辻が頑張れば二宮隊が相手でも勝てる可能性がある。

 

(その為にトリガーの構成も変えたんだよなぁ……)

 

しかも二宮さんと邂逅する前に1点取っているから今の所最高の状況となっているのだ。今回のランク戦は俺がどれだけ二宮さんを足止め出来るかも勝負の鍵になっていると思う。俺が負けた瞬間、二宮さんはフリーになるという事を意味する。

 

レーダーを見ると、文香は香取と鶴見、辻は犬飼先輩と三浦と三つ巴状態となっている。今の所拮抗しているようだが、二宮さんが介入した瞬間二宮隊が一気に有利になるだろう。一応俺がやられたら逃げろと指示を出したが簡単には逃げれないだろうし。

 

(まあそれはやられたら考えよう。今は二宮さんに集中しないといけないし)

 

そう考えながら二宮さんを見る。

 

「って、訳で二宮さんは暫く俺と付き合って貰いますよ。チームメイトを助けに行きたかったらお好きにどうぞ」

 

「良く言うな。行こうとした瞬間後ろから奇襲をしてくるのが丸分かりだ馬鹿。だから……」

 

二宮さんは不機嫌そうにそう言いながら自身の周囲にキューブを浮かばせて……

 

「お前を倒してから安全に行かせて貰おう」

 

大量に分割して俺に放ってきた。さあて、第二ラウンドの開幕だ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡と二宮の第二ラウンドが始まる頃、ステージの中央付近で起こっている女同士の三つ巴にも動きが生じた。

 

「はあっ!」

 

文香が掛け声と共に旋空を起動しながら弧月を横に振るう。

 

「ちっ……!」

 

「……」

 

対する2人ーーー香取葉子と鶴見留美はグラスホッパーを起動してジャンプする事で回避をする。2人が跳んだ事で旋空によってリーチが伸びた弧月の一撃は2人に当たらずに、軌道上にあった工場のタンクをぶった斬った。

 

文香が弧月を振り切ると同時に香取がグラスホッパーで近付きスコーピオンを振るってくるので、弧月を起こしてスコーピオンを受け止める。同時に香取がスコーピオンを持っていない手ーーー拳銃を持った左手を照屋に向ける。

 

否、向けようとした。

 

「……っ!」

 

「来た……!」

 

その直前に少し離れた場所にいた鶴見が2人を纏めて倒すつもりなのか、スコーピオンを2つ繋げてリーチを伸ばす大技『マンティス』を使ってきたので、文香と香取は弾かれるようにバックステップをする。

 

と、同時にさっきまで2人がいた場所の地面には鞭の様な一撃が叩き込まれ穴を生み出した。

 

(マンティス……影浦先輩のそれに比べたらキレがないけど、それでも充分な破壊力。それに私と香取さんを纏めて倒そうとする貪欲さ……)

 

文香は純粋に恐ろしいと思った。鶴見とスタイルが似ている隊長と常日頃から戦っている為、攻撃を見切る事は可能だが、半年もしたら見切れなくなるだろうと考えている。

 

(これが続いていたら香取さんに集中出来ない……!だからと言って鶴見さんに集中したら香取さんに刺される。だったら……!)

 

文香はそこまで考えるや否や手からキューブを生み出し……

 

「メテオラ!」

 

主トリガーのメテオラを威力重視で鶴見ーーーより正確に言うと鶴見の足元に向けて放つ。対する鶴見は大きく後ろへ跳ぶ。アステロイドならともかく、爆風による広範囲の攻撃が可能なメテオラを避ける場合大きく距離を取る必要がある故だろう。

 

放ったメテオラが爆発すると同時に文香は地面を蹴って、近くの工場の壁に飛び移り、そこから壁を蹴って向かい側にある工場の壁に飛び移る。

 

これを繰り返しながらメテオラを鶴見の周囲に向けて放ち、目眩しをする。同時に香取がグラスホッパーを使ってこっちに向かってくる。

 

「(三上先輩!工場の屋上にて香取さんを先に叩きます!鶴見さんが屋上に到着しそうになったら報告を!)」

 

『了解』

 

内部通信でそう頼むと三上から了承が来たのでダメ出しとばかりにメテオラを放つ。今回は爆風の規模を高めて。

 

ドドドドドッ

 

文香が屋上に到達すると同時に放たれたメテオラが生み出した爆風によって鶴見の姿は完全に見えなくなった。

 

(これなら爆風の中にいる鶴見さんは『爆風から出た所を叩いてくる』と警戒して無理に攻めてこないはず……!その隙に……!)

 

「感謝するわ。あいつ邪魔だったから。暫くは来ないだろうし、その間にアンタを倒させて貰うわよ」

 

目の前にいる敵を倒す。そう思いながら文香は正面に立つ香取を見据える。どうやら香取も鶴見を邪魔だと思っていた様だ。

 

文香は息を吐いて突撃銃を出す。対する香取は不愉快そうに銃を見る。

 

「それは食らわないわ。あんたのその銃……徹甲弾を入れてるでしょ?」

 

「そうです」

 

文香が頷いた。

 

徹甲弾とは高い貫通力を持つ弾丸で、アステロイドとアステロイドを2つ合わせて作れる弾丸だ。合成弾は2つの弾を組み合わせる事で完成する強力な弾丸。

 

強力だがもちろん欠点はある。作る間は戦闘が出来ない上に時間がかかるので使う人間は余り居ない。

 

しかし文香は銃手。既に銃型トリガーに徹甲トリガーを設定しているので引き金を引くだけで直ぐに放つ事が出来る。

 

もちろんその場合も欠点がある。普通の銃型トリガーは2種類の弾丸を使えるが、合成弾を設定した銃は合成弾しか撃てなくなる。今回の文香の場合、普段は突撃銃にアステロイドとハウンドを入れているが、突撃銃に徹甲弾を入れた以上ハウンドを使う事が出来ないのだ。

 

元々二宮と相対した時に備えて用意したのだが、予想以上の破壊力で香取にダメージを与える事が出来たのだ。

 

文香の返事を聞いた香取は……

 

「ムカつく……!」

 

忌々しそうな表情をしながら文香の方に向かってくる。対する文香は迎撃するべく突撃銃を構えて発砲する。

 

しかしダメージを受けることで合成弾を威力を経験したからか、香取はグラスホッパーを使って左右に跳ぶことで合成弾を回避する。回避しながらも文香との距離を詰めてくる。

 

対する文香は落ち着いている。戦いは常に冷静でなければならない事は基本だからだ。

 

(落ち着いて。八幡先輩との訓練通りにやれば良いんだから)

 

グラスホッパーを使った攻撃手との戦い方は嫌という程経験している。だからどう動けば良いのかは熟知している。

 

文香は落ち着いたまま射撃を続けて香取の動きを注視する。相手の動きを先読みする為に。

 

香取との距離が5メートルまで縮まった時に文香は動いた。

 

「はあっ!」

 

掛け声と共に弧月を振りかぶり、香取目掛けて投げつける。投げられた弧月はブンブン回って香取に向かっていく。

 

「ちっ……!」

 

対する香取は舌打ちをしながらスコーピオンを使って跳ね上げる。剣同士の斬り合いならともかく、手から離れて投げられただけの弧月ならスコーピオンでも対処出来ると思ったのだろう。

 

香取が投げた弧月を跳ね上がるのを見た文香は、香取の右手が上がりきるのと同時に……

 

「やぁっ!」

 

手に持っていた突撃銃をフリスビーの要領で香取の顔面目掛けて投げつけた。

 

「はぁっ?!」

 

これには香取も予想外だったようで驚きを露わにする。それを見た文香は内心喜ぶ。

 

文香は愛する隊長とよく模擬戦をやっているが、その内何本かは八幡の予想外の行動に呆気に取られ、その隙を突かれて負けている。その度に八幡は、

 

「相手の予想外の行動を取れば大抵の相手は呆気に取られて隙が出来る」と言うので、文香自身もそれを重く受け止めた。

 

そして今回、銃を投げるという普通ならあり得ない光景を見た香取は案の定呆気に取られている。

 

そんな隙を照屋か逃す筈もなく……

 

「そこっ!」

 

先程香取が弾き飛ばし宙を舞う弧月を取り、香取の足目掛けて振るう。

 

結果……

 

「あぐっ」

 

銃が香取の顔面に当たり、弧月が香取の両足を斬り落とした。顔面に銃をぶつけられた挙句、足を失った香取はなす術なく地面に転がり落ちる。

 

このまま放置しても香取はベイルアウトして比企谷隊の得点になるが……

 

『文香ちゃん!爆風が消えて鶴見さんがこっちに来るよ!』

 

どうやら早めに仕留めないといけないようだ。文香は息を吐いて弧月を構えて一言。

 

「ごめんね」

 

そう言って旋空を起動して香取の頭を吹き飛ばした。状況を理解した香取は忌々しそうな表情をしながらも、そのまま光に包まれて空へと飛んで行った。

 

(これで比企谷隊は2点目……今の所は順調だけど……)

 

「………」

 

文香が前を見ると、下から鶴見が昇ってきた。レーダーを見ると他2箇所で行われている戦いは拮抗しているので文香にとってもここが正念場だ。ここで文香が勝てば文香は必然的にフリーとなり、違い場所にいる辻に加勢出来るし。

 

しかし鶴見が勝った場合、その逆で鶴見が犬飼に加勢出来る。それは鶴見も理解しているようで先程よりも強い目で見ている。

 

(強敵だけど負ける訳にはいかない。八幡先輩をA級に連れて行く為にも……!)

 

文香はそう思いながら弧月を構えて切っ先を鶴見に向ける。対する鶴見も迎え撃つ為に両手にスコーピオンを出して突っ込んだ。

 

女子2人の戦いはファイナルラウンドに入ったのだった。

 

 

現在の得点

香取隊 0得点 2アウト

二宮隊 0得点 0アウト

比企谷隊 2得点 0アウト




トリガー構成

比企谷八幡
主トリガー
ハウンド
グラスホッパー
シールド
???

副トリガー
テレポーター
グラスホッパー
バッグワーム
エスクード


照屋文香
主トリガー
弧月
旋空
シールド
メテオラ

副トリガー
突撃銃:ギムレット
突撃銃:ギムレット
シールド
バッグワーム


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こうしてランク戦は終わりに向かう

轟音が響く中、俺はとにかく空中を跳び続けた。それと同時に光の弾丸がさっきまで俺がいた場所を通過して背後にある工場を吹き飛ばした。

 

現在俺は工業地区の端にて、未だ二宮さんと戦っている。いや、正確に言うと俺が時間を稼いでいて二宮さんが足止めを食っているが正しい表現だな。

 

そう思いながら俺は地面に着地する。空中ではグラスホッパーを使って回避して、地面に着地すれば……

 

「エスクード……うおっ!」

 

いきなり上から弾丸が降ってきたので、俺反射的にグラスホッパーを腹に当てて後ろに跳ぶ。同時にさっきまで俺がいた場所に弾丸の雨が降り注いだ。危ねぇな……

 

地面に着地した場合、エスクードを正面に使って弾丸を防ぐが、今回の二宮さんはエスクードの『使っている最中は正面にいる相手を見れない』という弱点を突いてきた。

 

二宮さんは俺が地面に着地するとアステロイドを使ってきたので、俺がいつものようにエスクードを使ったのだが、二宮さんはエスクードを使うと同時にハウンドを打ち上げたのだろう。空中に浮かんだハウンドが俺を追尾してきた。

 

それを俺が回避して窮地を逃れたのだが……

 

(ヤベェな……エスクードの対策も出来てるし、攻撃のキレも徐々に上がってる)

 

足止めが目的とはいえこのままだと長くは保たないだろう。しかも二宮さんは常に冷静なのだ。二宮さんを足止めする際に冷静さを奪うべく、グラスホッパーを踏ませて壁に叩きつけたり、グラスホッパーを使って瓦礫を飛ばし二宮さんの顔面にぶつけたりもした。これなら二宮さんもキレて攻撃が荒れると思っていた。

 

しかし二宮さんの攻撃は荒れるどころかキレが増している。二宮さんの表情から察するに怒っているとは思うが、頭は冷えているようだ。

 

これはマジで厄介だ。てかランク戦が終わった後が怖い……

 

 

最も八幡は知らなかった。ランク戦の観覧席で個人総合1位の男や旧A級1位の紅一点が八幡が二宮に瓦礫をぶつける所を見て大爆笑している事、旧A級1位の戦闘員で最も若い男が戦慄している事を。

 

閑話休題……

 

しかし、それは後だ。いざとなったらランク戦が終わってから許して貰うまで土下座しよう。

 

そんな事を考えている時だった。

 

「ベイルアウトの光?」

 

少し離れた所からベイルアウトの光が空に向かって飛んで行くのが見えた。レーダーを見ると工業地区の中心地付近の反応の数が2つになっていた。文香は生き残っているな……

 

「歌歩、文香達の様子は?」

 

『丁度今さっき文香ちゃんが香取さんを倒して、今は鶴見さんと戦闘中』

 

良し、これで2点目だ。今の所順調だ。

 

 

「随分と順調だな」

 

そこまで考えていたら二宮さんが話しかけてくる。

 

「そっすね。文香が鶴見を倒したら殆どウチの勝ちは確定ですね」

 

「だろうな。だが鶴見が照屋を倒したらウチが巻き返すぞ」

 

二宮さんの言う通りだ。文香と鶴見、勝った方は必然的にフリーとなる。つまりバッグワームを着て違う戦場に奇襲を掛ければ戦局は一気に動くだろう。そしてさっき俺と二宮さんが言ったが、文香が鶴見を倒したら勝ちは殆ど確定だが、文香が負けたら二宮隊に逆転を許す可能性が高い。

 

(とりあえず文香の事は気になるが忘れよう。二宮さんを相手にしている時に他の事を考えていたら負ける)

 

「まあ二宮さんが勝った場合も二宮隊が巻き返す切っ掛けとなるでしょうし、もう少しここで俺と遊んでくださいな」

 

「よく言うな。嫌と言っても遊ばせるだろ」

 

「否定はしません」

 

当たり前だ。二宮さんが向こうに行った瞬間、ウチの負けは確定だ。もしも二宮さんが俺の誘いを拒否して他の戦場に行こうとしたら相討ち覚悟で攻めるつもりだ。

 

「……まあいい。お前のトリオンも少ないだろうし、そろそろ遊びは終わらせて貰うぞ」

 

言いながら二宮さんは自身の周囲に浮かばせているキューブを大量に分割してくる。毎回思うが何故二宮さんの分割方法は他の人と違ってユニークなんだ?

 

疑問符を浮かべていると二宮さんは弾丸を放ってくるので……

 

「エスクード」

 

バリケードを生み出して全て防ぐ。これで6回目のエスクードの使用だ。

 

エスクードの防御力桁違いだが消費トリオンが大きい。それに加えてグラスホッパーやテレポーターやシールドの大量使用、牽制用に放ったハウンド。

 

それらの使用によって未だ部位欠損はしておらず攻撃によってトリオンは漏れてないが、俺のトリオンは残り3割を切っている。二宮さんの言う通り長くは保たないだろう。

 

だが……

 

(俺が足止めをしている限り二宮さんはここから動けない。だったらトリオンが切れるまで足止めをしてやる……)

 

そう思いながら俺はバックステップをして上空から飛んでくるハウンドを回避する。

 

だから文香と辻よ、そっちは頼んだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡が二宮を足止めをしている同時刻……

 

「このっ……!」

 

「はっ……!」

 

ステージの中央付近では2人の女子が戦っていた。弧月とスコーピオンの光り輝く刃がぶつかり合って辺りに火花を散らしている。

 

照屋文香と鶴見留美、2人の女子は目に鋭い光を宿しながら剣戟を繰り返す。

 

今のところ勝負は拮抗している。

 

鶴見が文香の弧月とスコーピオンをぶつけている最中に膝からから副トリガーのスコーピオンを出して奇襲を掛ければ、文香の足に刺さる前に文香は身体をズラして回避しながら弧月を使って鶴見のスコーピオンに体当たりをして鶴見を吹き飛ばし距離を作る。

 

距離を作るや否や文香が旋空を起動しながら弧月を振るうと、体勢を崩している鶴見は自身の腹にグラスホッパーを当てて強引に旋空によって拡張された弧月の軌道から逃れようとする。が、完全に避けることは出来ずに脇腹から微かにトリオンが漏れ出す。

 

それに対して鶴見は全く同様しないで文香を見据える。そして弧月の軌道から逃れると同時に……

 

「ふっ!」

 

2つのスコーピオンを繋いでリーチを伸ばし鞭のような一撃を放つ大技『マンティス』を放つ。

 

高速で放たれた一撃に対して文香は、マンティスの軌道上に弧月を突き立てるも……

 

「くっ!」

 

完全にマンティスの軌道を見切ることが出来ずに肩に掠る。それによって文香の肩からは鶴見の脇腹同様にトリオンが漏れ出す。

 

(やっぱりマンティスを完全に見切るのは不利。この間合いは危険だから……)

 

文香はバックステップで更に鶴見から距離を取る。同時に弧月を鞘にしまって、肩にかけてある突撃銃を手に取って発砲する。

 

対する鶴見はこの間合いはマズいと判断したのかグラスホッパーを使って距離を縮めてくる。

 

文香は距離を縮めてくる鶴見を見ながら冷静に考える。

 

(やっぱり距離を縮めてきた。マンティスは主トリガーと副トリガーの両方を使わないと出来ない技だからこっちが攻撃している間は使って来ない筈。そうなると鶴見さんが使うのは……)

 

文香が先を見ると鶴見は距離を詰めながらもグラスホッパーを使って文香の丁度斜め前に向かう。同時に文香の周囲に大量のジャンプ台が設置されて、文香は鶴見の狙いを読めた。

 

(乱反射で来た……!)

 

乱反射

 

自身の恋い焦がれる隊長の八幡が生み出した技で、相手の周囲に大量のジャンプ台を設置してから飛び回ることで撹乱する技である。高速で飛び回って、相手が動きを読めなくなった瞬間に攻撃に転ずる技。

 

初見なら殆どの人が避けることが出来ないであろう大技で、鶴見のそれは開発者である八幡の乱反射と遜色ない出来だった。

 

それを認識すると鶴見はジャンプ台を踏んで文香の周囲を高速で飛び回る。ジャンプ台を踏む音と、新しくジャンプ台を作る音が耳に入り、目には高速で移動する鶴見の姿が見える。

 

しかし文香は全く焦っていない。落ち着いて鶴見の動きを見ていて焦る気配は見せない。

 

(八幡先輩の乱反射を500回以上経験したからか普通に見切れる)

 

そう思いながら文香は弧月の切れ味をオフにして……

 

「メテオラ!」

 

爆風の規模と威力と弾速を最小限にして、射程に特化したメテオラを正面に放つ。それによってゆっくりーーーそれこそ赤ちゃんのハイハイくらいの速度でメテオラが前に進んで行く。

 

それに対して鶴見はマズいという考えが浮かんだが、もう遅く……

 

 

ボンッ

 

軽い爆発と共に文香から離れてしまう。威力は全然ない為に当たった右腕は捥げる事なくトリオンが軽く漏れた位で済んだ。

 

しかし予想外の反撃によって鶴見は地面に倒れる。

 

鶴見自身、ランク戦で何度も乱反射を使っていた。その際に相手が対策をしてくる時は、全身からスコーピオンを生やす事や、乱反射に捕まらないように常に激しく動くなどの対策を見た事はあるが、メテオラを使う人間は見た事がなかった。

 

メテオラを使えば乱反射から逃れられるのは事実だが、その場合爆風で自分も巻き込む可能性が高いので使う奴がいないからだと、鶴見自身は思っていた。

 

しかし文香は……

 

(良かった……八幡先輩との練習が役立った!)

 

内心喜びを出す。文香は乱反射対策として自分を巻き込まないで済むメテオラを使う練習をしたのだ。記録の残らない作戦室のトレーニングルームにて。

 

何百と練習をした結果、文香は至近距離でも爆発に巻き込まれないよう、メテオラの調整をマスターしたのだ。その結果、実戦でも成功してメテオラは文香を巻き込まずに鶴見だけを吹き飛ばした。

 

とはいえ念には念を入れて、爆風に巻き込まれないように威力は下げていたので鶴見を倒すには至っていない。

 

(止めは弧月で……)

 

そう思いながら文香は弧月の切れ味をオンにして鞘から抜き……

 

「はぁっ!」

 

掛け声と共に地面に倒れ伏す鶴見に弧月を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

……が、

 

ギィンッ

 

鶴見に刃が当たる直前、鈍い音がしたかと思えば文香の手に衝撃が走り、文香の手にあった弧月が壊れていた。

 

それによって文香は呆然としたが、直ぐに理由を理解した。

 

(そうか!鳩原先輩の武器破壊……!)

 

前回の二宮隊のランク戦の記録を見た際に、文香は鳩原が敵チームの持つ武器を破壊しているのを確認している。

 

しかし文香自身、濃霧の中で正確に武器を破壊出来るとは思わなかった。

 

そこまで考えている時だった。

 

バランスを崩していた鶴見が文香が驚いた隙を突いて距離を取る。そして両腕を動かして独特の構えを見せてくる。

 

(アレはマンティスの構え……!マズい!)

 

そう思いながら文香は反射的に突撃銃を構え、牽制射撃をしながら距離を取ろうとするが……

 

ガシャ

 

文香の突撃銃に光が走り破壊された。銃はバラバラになって地面に転がる。

 

(この濃霧の中、2連続で武器破壊?!そんな!あり得な……っ?!)

 

そこまで考えた時だった。鶴見の両手から放たれたマンティスが文香の首を刎ねた。

 

文香は自身の首が刎ねられたのを実感する。同時に申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

(八幡先輩、辻先輩。申し訳ありませんでした……!)

 

悔しい気持ちが溢れる中、文香の身体は光に包まれて空へ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

『文香ちゃんが鶴見さんにやられたよ!』

 

「……っ!」

 

辻はチームメイトの歌歩から通信が入り息を呑む。

 

マズい状況だと辻は思った。文香がベイルアウトした事で戦場は3つから2つになった。隊長同士の戦場と、自分がいる三つ巴の戦場の2つだ。

 

しかしフリーになった鶴見は間違いなくこちらに来ると辻は判断した。隊長同士の戦場では、自分の隊長である八幡が足止めをしていて二宮がそれを打ち破ろうとしている戦場だ。それはつまり八幡は二宮を倒すつもりがないという事。

 

(二宮隊からしたら勝つ気が無く足止めに特化した比企谷を倒すより、点を取る仕事を担当する俺を狙うだろうな。そうすればウチの隊の点を取れる人間は居なくなる)

 

その事から鶴見は間違いなくこちらに来ると考えている。鶴見がいた戦場はここから割と離れているが、グラスホッパーを使える鶴見なら2分弱で到着するだろう。

 

鶴見が来たら比企谷隊の負けを殆ど確定する。

 

現在比企谷隊は2点、二宮隊は1点、香取隊は0点となっているが……

 

(今回立てたプランBでは、比企谷が二宮さんに負けることを計算に入れているから、実質二宮隊は2点手に入れている)

 

つまり実質的に比企谷隊と二宮隊は並んでいる。そこに鶴見が犬飼と合流したら自分と三浦は負けて二宮隊は4点となり、生存点の2点も加わり6点となる……と辻は考えている。

 

(今から逃げて点数を取られるのを避けるか?……ダメだ。俺が逃げても犬飼先輩と鶴見さんが三浦を倒したら二宮隊は3点となってウチが負ける)

 

今回隊長の八幡は本気で勝ちを狙っている。だから辻も部下の自分も本気で勝ちを狙わないといけないと考えている。

 

そうなると残りの選択肢は……

 

(鶴見さんが来るであろう2分以内に三浦を倒して、この場から離脱する。そうすればウチの勝ちになる……)

 

今のところ三つ巴は拮抗している。しかし鶴見が来たら拮抗は崩れるので早めに動かないといけない。

 

狙うなら三浦。理由としては犬飼を狙おうとしたら間違いなく鶴見が来るまで時間稼ぎをしてくるだろうから。足止めに特化した人間の隙を突くのは難しい。

 

一方の三浦は香取と若村が落ちて味方の援護がない状態だ。勝負を捨てるならともかく、捨てないなら同じ理由で辻を狙ってくるだろうから。

 

そう判断した辻は三浦との距離を詰める。すると……

 

「そうはさせないよ」

 

犬飼がそう言って2人の間に銃撃をする事で動きを止めようとする。犬飼としては鶴見が来てから辻と三浦から2点取るつもりなので、2人が争って獲れる点数が減るのが嫌なのだろう。

 

(やっぱり邪魔してくるか……仕方ない。多少博打をはるか)

 

そう思いながら辻は犬飼がいる方向にシールドを張ってアステロイドの雨を突っ切る。

 

しかし全てのアステロイドを防ぐことは不可能だったようで足や肩に数発当たりトリオンが漏れ出す。

 

しかし辻はそれを無視して三浦との距離を詰めにかかる。ここで引いたらもうチャンスはない。

 

「ハウンド」

 

辻は半ば強引に犬飼の生み出す弾幕を振り切り、同時にハウンドで犬飼を牽制しながら三浦に弧月を振るう。対する三浦も弧月で受け止めて迎撃の構えを見せる。

 

そして弧月同士が鍔迫り合うと同時に三浦の弧月の刃の部分から新しい刃が出てくる。

 

(来たな『幻踊』……)

 

弧月のオプショントリガーである幻踊。弧月はスコーピオンと違って変形ができないが、 これを使えば旋空と同じようにトリオンを消費して瞬間的にブレード部分を変形できる。

 

三浦以外にも三輪隊攻撃手の米屋陽介が使っているが、彼も槍を突く際に使用して、敵に攻撃を避けたと思わせて不意を付いたり、 シールドを展開した敵に対して敵の防御をかわして攻撃を仕掛けたりと、トリッキーな戦術を使ってくる。

 

三浦も相手の攻撃から逃れる為か、幻踊を使って刃から出た新しい刃を辻の手首を狙ってくる。

 

(三浦の狙いは俺の手に刺して、弧月を離してから追撃もしくは逃走をする筈。だったら……)

 

そこまで考えてからの辻の行動は早かった。

 

「えっ?!」

 

普通は退がって体勢を立て直す所を、辻はあろう事か三浦の幻踊弧月が腕に刺さる前に弧月を手離す。

 

対する三浦は驚きもしたが、直ぐに弧月を振るって辻の左腕を斬り落とす。それによって辻の左腕からは大量のトリオンが漏れ出す。

 

しかし、

 

(弧月は振り切っている。戻して守りに入る前に仕留める……)

 

辻は予想していたので特に焦ることなく、副トリガーのハウンドで犬飼を牽制しながら三浦の腹に手を当てて……

 

「ハウンド」

 

そのまま主トリガーのハウンドを威力重視、弾速と射程を殆ど0に設定して起動する。すると三浦の腹に巨大な穴が開き、そこから全身に罅が広がっていく。

 

「やられたよ」

 

三浦は最後に苦笑して、そのまま光に包まれて空へ飛んで行った。

 

(これで比企谷隊は3点。大幅にリード出来たし、このまま逃げ切ればウチの勝ちだが無理だろうな)

 

そう思いながらチラッと横を見ると……

 

「いやー、辻ちゃんって思ったより熱い男だね〜」

 

こちらが放った牽制目的のハウンドを全て防ぎ、銃口をこちらに向けている犬飼と、

 

「ごめん。遅くなった」

 

先程文香を倒した鶴見が工場の屋上から降りて犬飼の横に並ぶ。鶴見を見ると多少ボロボロだったが、戦闘には支障がない程度のダメージだった。

 

対する辻は無理に三浦を攻めた際に犬飼から受けた軽くないダメージを受けている。将棋で言えば詰みってヤツだろう。

 

(いや、まだベイルアウトはしていない。最後の悪足掻きで……っ?!)

 

辻の思考はそこで止まった。それはいきなり衝撃が走ったからだ。そして気付くと辻の身体は鶴見と犬飼の方に向かっていて……

 

「2点目」

 

その言葉と共に視界が大きく揺れる。それによって辻は自分の身体はグラスホッパーで2人の元に吹き飛ばされて、すれ違い様に鶴見に首を刎ねられた事を理解した。

 

しかし……

 

(ここまでか……)

 

首を刎ねられた以上やれる事はない。辻は悔しい気持ちを胸に秘めながら光に包まれて空へ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん!辻君が三浦君を倒した!でもそのあと直ぐに鶴見さんにやられちゃったよ!』

 

煙が漂う中、歌歩から連絡入る。少し前にも歌歩から文香が鳩原先輩の援護を受けた鶴見にやられたと報告を聞いたので比企谷隊のメンバーは俺1人だ。

 

現在の得点はウチが3点、二宮隊が2点、香取隊が0点でウチがリードしているが……

 

 

 

 

「俺を10分以上足止めしたのは見事だが……ここまでだな」

 

目の前にいる魔王が俺を倒して同点になるだろうからな。魔王こと二宮さんはキューブを浮かばせてこっちを見ている。

 

結局二宮さんの攻撃は1発も食らってないが、何度もグラスホッパーやシールド、エスクードにテレポーターを使用してトリオンは殆ど残って居なかった。

 

逃げ切りは不可能。一応ほんの少しトリオンは残っているからこの場から逃げ切れる可能性はあるが、逃げ切った所で試合終了までバッグワームを使える程は残ってないだろう。

 

つまりどの道生存点を手に入れるのは無理なのだ。二宮隊は4人いるし。

 

つまり試合の結果は既に決まっている。

 

二宮さんが俺を撃破して更に1点加わり、生存点ボーナスで2点入り二宮隊が5点で勝利するのだ。これはC級でもわかるだろう。

 

しかし……

 

(ただじゃやられねぇ。今の所、ウチは3点取っているが最後に二宮さんを倒して4点ゲットしてやる……)

 

そう思いながら二宮さんを見ると、二宮さんを俺を見ながら攻撃の合図を意味するかのように指を突きつけてくる。

 

「(今だ……!テレポーター!)」

 

内心そう叫びながら俺は二宮さんの真横に立つ。二宮さんは特に驚かずに冷静にこちらを向いて弾丸を放つが……

 

「(これなら俺の攻撃の方がわずかに早い!)メテオラ!」

 

俺は最後の最後まで1回も使わなかった道連れとして準備したメテオラを射程と弾速を0に、威力を最大に、爆風の範囲を最大にして周囲に浮かばせ……

 

 

ドゴォォォンッ

 

俺は最後に二宮さんの驚く顔を見ながら、二宮さんの放った弾丸に蜂の巣にされながら爆風に巻きこまれた。

 

『戦闘体活動限界 緊急脱出』

 

そしてその言葉を最後に俺は光に包まれて空へ飛んで行った。




最近Rー18作品でワートリのエロ小説を書き始めたんで18歳以上の方は時間があったら読んでいただけたら幸いです。


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こうして格上との試合は終了する

ドサッ

 

ベイルアウト用のマットに叩きつけられた俺は頭を起こす。

 

「最後のアレ……点数が入ったのか?」

 

ぼんやりと呟く。今回のランク戦、俺はとにかく二宮さんを足止めする仕事を担当していた。そしてトリオンが切れる直前に残ったトリオンを注ぎ込んで二宮さんにメテオラ特攻をぶちかました。

 

同時に二宮さんに蜂の巣にされた。アレで多分二宮さんに1点取られたと思う。つまり二宮隊は二宮さんが1点で鶴見が2点、生存ボーナスが2点より合計5点手に入れた事になる。

 

それは予想の範囲だ。問題はウチの隊だ。ウチは俺が若村を、文香が香取を、辻が三浦を倒して3点は確実に手に入れた。そして最後に俺が二宮さんにぶちかました自爆特攻が成功していたら4点手に入る事になる。

 

そんな事を考えながら俺はマットから降りてオペレータールームに向かう。すると視界には私服を着た文香と辻、オペレーターの制服を着た歌歩がいた。

 

「お疲れ様お兄ちゃん」

 

最初に歌歩が笑顔を浮かべて俺にMAXコーヒーを出してくるのでありがたく受け取る。本当に良い義妹だ。2人きりだったらハグしている自信がある。

 

「サンキュー。そういや最後の自爆特攻なんだが、二宮さんを倒せたか?」

 

俺が尋ねると歌歩は首を振った……横に。

 

「ううん。二宮さんの右腕と右足は吹き飛ばしたけど、頭と心臓は守られていたから得点にはならなかった」

 

歌歩に言われてパソコンを見てみると、二宮さんは俺が自爆する直前に頭と心臓部の部分に雪ダルマのような形でシールドを展開して俺の自爆から守っていた。

 

つまりウチは3点止まりって事か……

 

「済まん。俺が最後に二宮さんを倒していたら撃破点でトップだったのに」

 

俺が謝ると文香が首を横に振る。

 

「い、いえ!元はと言えば私が鶴見さんに負けたから向こうが有利になったんです。私が勝っていれば恐らくウチの隊が勝っていました。足を引っ張って申し訳ありませんでした!」

 

文香はそうやって頭を下げて謝る。

 

「そんなに硬くなるな。別に命がかかっていた訳じゃないんだし、俺は気にしてない」

 

ぶっちゃけ俺は怒ってない。文香は負けたとはいえ1点は取ったんだし役割は果たしたと言える、てかこれから週に2回ランク戦があるんだ。毎回怒っていてはキリがない。

 

「で、ですが……」

 

それでも文香は納得していないのか、申し訳なさそうな表情で俺を見てくる。それはいつかの由比ヶ浜と同じように見えた。これはこっちが何かしら言わないと無理だな。

 

「じゃあ罰を与える……次に二宮隊と戦う時は鶴見を倒せ」

 

これから先二宮隊と戦う機会は何度もあるが、文香にはその時に今回の反省を活かして打ち破って欲しいと思っているのでそんな要求をした。

 

それを聞いた文香はハッとした表情で顔を上げて……

 

「はい!必ず!」

 

力強い返事を返す。

 

「なら良い。歌歩も辻も苦労しただろ。一先ずお疲れ」

 

「いや。二宮さんを足止めしたお前に比べたら全然疲れてないな」

 

「うん。お兄ちゃんこそお疲れ様だよ」

 

2人からはそう返され労われる。本当に良い部下だよこいつらは。

 

「サンキュー。そういや次の試合の組み合わせは出たか?」

 

ウチの試合が今日最後の試合だし出ているだろう。

 

「あ、丁度次の試合の組み合わせも出たよ」

 

「何処だ?」

 

「嵐山隊と諏訪隊だね」

 

嵐山隊?二宮隊は上位入りしたから中位落ちしたのか?もしくは柿崎さんが抜けて戦力が下がったか?

 

まあ何処が相手でも全力でやる以上関係ないか。

 

「わかった。とりあえず今日は全員ゆっくり休め。んで明日の防衛任務までに各自データ収集をするように」

 

『了解』

 

「良し、んじゃ帰るぞ」

 

そう言って作戦室を後にする。肉体的には疲れてないが20分近く二宮さんを足止めしたからか結構頭が痛い。帰りに気分転換で美味いものを食べに行くか。

 

そこまで考えているときだった。

 

「よー、比企谷隊。面白い試合だったぜ」

 

正面からA級1位部隊の隊長の太刀川さんがニヤニヤ笑いをしながらやってくる。剣と餅を焼くこと以外全てがダメな人が現れた事に俺達は戸惑いの表情を浮かべる。

 

「面白い試合、でしたか?」

 

俺が尋ねると太刀川さんは笑顔のまま頷く。

 

「そりゃそうだろ。お前がグラスホッパーを使って二宮の顔面に瓦礫をぶつけるのを見たら腹筋が崩壊したぜ」

 

あ〜……確かにそんな事をしたな。でも笑われるとは想定外だ。

 

「八幡先輩そんな事をしたんですか?!」

 

「ランク戦とはいえ恐ろしいことをするな……」

 

文香と辻は驚きの表情を浮かべる。まあそれが普通の反応だよな。今更ながら俺の行動って命知らず過ぎじゃね。次に二宮さんに会ったら謝ろう。

 

「そんな面白い試合をしたお前らにこれやるよ」

 

言うなり太刀川さんは懐から何かを出してくるので見てみると……

 

「寿寿苑のランチセットチケット?」

 

「今日大学の友人から貰ったんだよ。どのみち比企谷には先週のレポートの礼も忘れてたし、反省会は焼肉を食いながらやれよ」

 

そう言って太刀川さんは去って行った。俺の手には焼肉屋のランチチケットがある。

 

(折角貰ったんだし使うか。使わなきゃ宝の持ち腐れだし、皆頑張ったからご褒美を与えるのも悪くないな)

 

そう思いながら俺は後ろにいる3人を見る。

 

「……って、訳で反省会は焼肉屋でやろうと思うがどうする?」

 

「私はそれで大丈夫だよ」

 

「次の試合に対しての景気付けとして良いんじゃないか?」

 

「私も大丈夫です。元々今日は食堂で食べるつもりでしたし」

 

3人からは了承を得たので行かない理由はないな。焼肉なんて久しぶりだし、俺も楽しませて貰うか。

 

そう思いながら俺達は焼肉屋を目指すべく基地の出口に向かったのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その20分後………

 

「焼けたぞ。さっさと取れ」

 

二宮さんがそう言って肉を指す。

 

「あ、ど、どうもっす」

 

「ありがとうございます」

 

俺と辻は二宮さんが指した肉を食べるが、緊張の余り味がわからなかった。

 

現在は俺達比企谷隊は二宮隊の面々と一緒に焼肉屋にいる。当初は比企谷隊4人で焼肉屋に向かっていたが、店に入ると順番待ちしていた二宮隊が居て一緒に食う事になった。

 

それだけなら問題ない。問題席割りだ。俺達6人がけの座敷席を2つ借りたのだが席割りは……

俺、辻、二宮さん

 

文香、歌歩、犬飼先輩、鳩原先輩、鶴見、氷見

 

感じに別れた。犬飼先輩は女子5人に囲まれてハーレムとなっている。俺は別にハーレムを望んでいる訳ではないが、変われるなら変わって欲しい。

 

女子を苦手とする辻はともかく、俺はついさっきまで二宮さんとタイマンで戦って瓦礫を飛ばしたりとか色々やったし気まずい事この上ないのだ。

 

味のしない肉を食べていると二宮さんが口を開ける。

 

「今回はお前らにしてやられたぞ」

 

今回とはランク戦の事だろう。

 

「え?二宮さん達は勝ったじゃないですか?」

 

「点数ーーー結果ではな。だがその過程ではお前達の作戦に乗せられて思うように行動出来なかったから、それを言っている」

 

「はぁ……どうもありがとうございます」

 

そう言われると嬉しい。俺としては二宮隊に自由にさせない事を考えていたので、本人から言われたら成功したという実感を感じる。

 

「後は個人個人の実力を上げるべきだな。お前は普段のトリガーでも俺を足止め出来るくらいになれ。でないと今後格上の足止めは苦労するぞ」

 

それは一理ある。今回二宮さんを足止め出来たのはスコーピオンを外してエスクードを入れるなど本来のスタイルーーー点を取るスタイルを捨てたから出来た事だ。

 

しかし次からは本来のトリガー構成でも足止め出来るようにならないといけない。これから先二宮隊とぶつかった場合、二宮さんは間違いなく、エスクードを使う俺の対策をしてくるだろうし。

 

それを抜きにしてもA級に挑む以上A級と渡り合えるエースが居ないと、昇格は無理だろう。ポイントは低いが現在の俺の実力はマスタークラスだと自負はある。

 

しかしそれだけじゃまだ足りない。A級を目指すなら個人ポイント10000超えの攻撃手になる位でないと厳しいだろう。現在個人ポイント10000超えしている攻撃手は4人しかいないので、それがどれだけ厳しいのかは言うまでもないだろう。

 

閑話休題……

 

「……そうですね」

 

「まあ俺も今回の試合で考える事が出来た。とりあえず後日出水に色々と聞いてみるか」

 

マジで?既にNo.1射手なのにまだ強くなる可能性があるの。これは俺もウカウカしてられん。

 

「良し辻。俺達も個々の実力を高めるぞ」

 

「もちろんそのつもりだな、具体的には?」

 

「今度から太刀川さんに模擬戦をやって貰え。俺もお前を勧誘する為に1週間で500本以上やったし」

 

今の俺がマスタークラスの実力で弧月使い相手に勝率が高いのは間違いなく太刀川さんとの模擬戦のおかげだ。辻も同じ事をやれば実力は大幅に伸びるだろう。

 

「了解」

 

辻からは了解の返事がくる。俺ももう一度太刀川さんに頼んでみるか。

 

 

「太刀川……ああ。例の報酬でレポートの手伝い有りの模擬戦か?」

 

すると二宮さんがカルビを食べながらそんな事を言ってくる。

 

「二宮さんも知っているんですか?」

 

「割と有名だぞ。俺はこの前に本部長に用があって執務室に行ったら、あの馬鹿が本部長に説教を食らっていたな。おかげでボーダーに所属する大学生はレポートをやらない馬鹿って風潮が流れて良い迷惑だ」

 

二宮さんは悪態を吐きながら肉を食べる。クールな二宮さんが愚痴を零すのは妙に不思議な感じがするな。

 

「大学のレポートはそんなに大変なんですか?」

 

辻が二宮さんにそう尋ねると二宮さんは首を横に振る。

 

「俺はまだ1年だから何とも言えないが、週に一度提出するレポートは割りかし面倒だな。が、しっかり授業を聞いていれば普通に提出出来る」

 

「つまり常日頃から勉強してれば問題ないと?」

 

「ああ。言っとくがお前らは太刀川みたいになるなよ。お前らの世代は特に人が多いが、成績が悪かったら防衛任務にも支障が出るかもしれないからな」

 

二宮さんの言う通りだ。授業をサボる為にワザと嫌な授業に防衛任務を入れる人は割りかしいるが、それでボーダーに所属する人間の成績が悪かったら、提携校からも「成績の悪い奴は授業がある時間に防衛任務を入れないでくれ」と苦情を入れてくるかもしれない。

 

そうなったらボーダーのシフトは大きく変わるだろうし、世間に知られて叩かれるかもしれないからな。

 

「そうですね。気を付けます」

 

「それは否定しませんが、俺と辻はそこまで成績は悪くないですよ」

 

「比企谷は数学で赤点ギリギリじゃなかったか?」

 

「赤点ギリギリ?あんなもん授業を聞いていれば平均点は取れるだろうが」

 

それを聞いた二宮さんは俺を馬鹿を見る目で見てくる。いや授業は聞いているけど、中学時代の知識が曖昧だから聞いてもわからないんだよ。まあそれを言ったら二宮さんに更に馬鹿にされるのは目に見えてるから言わないけど。

 

「ま、まあ次は気をつけますよ(辻、てめぇ余計な事を言うなよ)」

 

「期末は頑張れ(済まん。普通に答えてしまった)」

 

俺がアイコンタクトで文句を言うと、辻は同じくアイコンタクトで謝罪をしてきた。

 

「言っとくが赤点は取らない方が良いぞ。去年の太刀川は赤点を取り巻くって防衛任務のシフトを大幅に減らされたんだ。家計の為に入隊したお前には厳しいぞ」

 

「肝に銘じておきます」

 

次のテストでは辻や歌歩に習って50点台を目指そう。シフトを減らしてチームに迷惑をかけるわけにはいかないからな。

 

そんな風に感じながら俺は肉を食べるのを再開した。その際に俺は思ったのは、二宮さんって焼肉を食べている時は比較的口数が多いということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、美味かった」

 

「そうですね。チームで食事というのも良いですね」

 

歌歩と文香が楽しそうに話し合う。

 

あれから30分、食べ終わった俺達は防衛任務がある二宮隊と別れて帰路についている。

 

「久しぶりの肉は美味かったな」

 

「だな。ところで比企谷、さっきは二宮隊が居たし反省会は出来なかったが、それは明日にするのか?」

 

「そうだな。次の試合の対策の前にやるつもりだ……っと、着いたな」

 

気が付けばいつも別れる十字路に到着した。俺の家は右に曲がった先に、辻の家は真っ直ぐ行った先、歌歩と文香の家は左に曲がった先にある。よって今日はここで別れる。

 

「んじゃ今日はここまで。明日までに次の試合の意見を考えとけよ?」

 

『了解』

 

3人が力強く頷く。顔を見ると全員が真剣な表情を浮かべている。

 

それを見た俺は頼もしさを感じる。今日は負けたが色々と考える試合だったし、いつか二宮隊に借りを返すつもりだ。

 

「良し。じゃあかいさ「弟君!」うおっ!」

 

解散を告げようとしたらいきなり後ろから衝撃が襲ってきた。

 

「「ああっ!」」

 

「……ああ。修羅場が来るな」

 

すると歌歩と文香が声を上げて、辻は額に手を当ててため息を吐き出す。俺を弟呼びして抱きつく人間なんて1人しか思いつかないな……

 

「姉さん……」

 

振り向いた先には俺の義姉の綾辻遥姉さんが抱きついていた。

 

「さっきの試合見たよ。弟君は頑張ったね」

 

言いながら頭を撫で撫でしてくる。抱きついて頭を撫で撫で、おかげで辺りにいる人からは注目を浴びている。おまけに姉さんは最近デビューしたとはいえ広報部隊の人間だ。一部からは綾辻云々って声も聞こえてくる。

 

しかし離れてくれとは言えない。俺の経験上、離れてくれと言ったら物凄い悲しそうな表情をするのが目に見えるからな。

 

「さ、サンキュー」

 

よって俺はそんな風に無難な返事しか出来なかった。

 

「どういたしまして。チームの為に一生懸命頑張る弟君はお姉ちゃんの自慢だよ……弟君」

 

言いながら姉さんは唇を俺の頬に近付けてくる。あ、これは長時間チュッチュッされるパターンだ。姉さんにチュッチュッされるのは慣れたが、街中でされるのはちょっと恥ずかしいから勘弁して欲しい。

 

そう思っていると……

 

「「ダメ(です)!」」

 

歌歩が姉さんを、文香が俺を引っ張って半ば無理やり抱擁を解かせる。すると姉さんは不満タラタラな表情を浮かべる。

 

「ちょっと歌歩ちゃん。文香ちゃんもいきなり何をするの?」

 

「それはこっちのセリフだよ!遥ちゃんこそ何でお兄ちゃんにキスをしようとしたの?!」

 

「そうですよ!少し近過ぎると思います!」

 

「ただの姉と弟のスキンシップだよ。別に悪い事じゃないし、弟君も嫌がってないから良いじゃん。ねぇ弟君?」

 

ここで俺に振るのかよ?!すると歌歩と文香がジト目で俺を見てくる。これはマズい……

 

思わず辻に助けを求めようとするも……

 

「じゃあお疲れ。帰ったら次の試合について考えておく」

 

「ちょっ、待て……!」

 

俺が引き止めようとするも、巻き添えを食らいたくないからか一礼して足早に去って行った。

 

これで俺を助けてくれる人は居ない。よって……

 

 

 

 

「お兄ちゃん!人前でのスキンシップはダメだよね?!」

 

「そうですよ!ああいうのは良くないですよ!」

 

「あ、やっぱりそうだよ「弟君……嫌だったの?お姉ちゃん、弟君の頑張りを見てつい……」あ、いや別に嫌って訳じゃないからな?」

 

「お兄ちゃん(八幡先輩)!」

 

姉さんの悲しそうな表情を見て思わずそう返すと、歌歩と文香はジト目で俺を睨みながら怒ってくる。

 

(マジで誰か助けてください。てか見捨てた辻は明日ぶっ飛ばす)

 

俺は義姉と義妹と可愛い後輩の3人に詰め寄られながら、現実逃避気味にそう考えた。

 

結果、俺は3人に20分近く詰め寄られたのだった。

 

 

 

 

 

その時に周囲の男は……

 

(あの男、マジでモテモテじゃねぇか!リア充爆発しろ!)

 

血涙を流しながら八幡に殺意を向けたのだった。

 

 




次回は一気に時期が飛んで夏休みの修行編に入ります


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こうして夏休みが始まる

いつの間にか50話になりました。今後も頑張ります


ギィン ギィン

 

市街地にて金属がぶつかり合うような音が響く。音源は俺と俺と向かい合っている男の手元から聞こえる。

 

「ははっ、やっぱり弧月を使ってはエイトマンには勝てないね」

 

俺と向かい合っている男ーーー王子隊隊長の王子一彰さんは笑いながら弧月で俺のスコーピオンを防ぐ。

 

現在俺、俺達比企谷隊はB級ランク戦にて嵐山隊と王子隊を相手にしている。

 

現在生き残っているのは俺と王子先輩と嵐山隊の佐鳥の3人で、比企谷隊は樫尾と蔵内先輩、嵐山さんを倒して3点、王子隊はウチの辻と時枝を倒して2点、嵐山隊はウチの文香を倒して1点となっている。

 

「それはどうも。てかエイトマン呼びは止めてください……っと!」

 

言いながら王子先輩の頭にグラスホッパーを設置する。

 

「しまったな……」

 

それを食らった王子先輩の頭は地面に向かって突き進む。俺の十八番の1つだ。これを食らって体勢を崩せなかった相手はいないくらいだ。……まあ、太刀川さんや風間さんは平気で回避するけど。

 

まあそれはボーダトップクラスの人だけで、王子先輩はモロに食らって体勢を崩したから問題ない。

 

これは行ける、そう思いながらスコーピオンを構える。対する王子先輩は体勢を崩しながらも周囲にハウンドを浮かばせて放ってくるが、顔は地面の方に向いているので狙いが曖昧だ。

 

そう判断した俺はジャンプしてハウンドを回避して、王子先輩の首を刎ねようとした時だった。

 

『お兄ちゃん!右から狙撃警戒!』

 

そんな声が耳から聞こえてきたので反射的に頭にシールドを展開しながら右を見ると、二筋の光が俺達の方向に向かってきて……

 

「ちっ……!」

 

「おっと。エイトマンにやられると思っていたよ」

 

俺の右足と王子先輩の胸を貫いた。王子先輩はそのまま全身に罅が入り、そのまま空へ飛んで行った。

 

狙撃した人間は直ぐにわかった。この仮想ステージにいる狙撃手は1人しか居らず、何より狙撃トリガーを2つ使う人間なんてあいつしかしない。

 

「佐鳥め……やってくれるじゃねぇか」

 

俺は王子先輩が空へと消える中、そう呟く。これで嵐山隊も2点となった。

 

そして生き残っているのは俺と佐鳥の2人だけだ。つまり俺が倒したら撃破点4点に生存ボーナス2点が追加されて6点になるが……

 

「時間的に無理だな……」

 

制限時間は後2分で、佐鳥との距離は約500メートル。佐鳥自身が逃走することもあるのでグラスホッパーを使っても間に合わないだろう。

 

そう判断した俺は狙撃の射線から逃れる為に、バッグワームを着て近くにある民家に隠れる。俺が佐鳥を倒すのは無理でも、狙撃手の佐鳥なら俺を倒せる可能性は充分にあるので、ここは無理せずに制限時間になるまで隠れよう。

 

それから暫くして試合終了のブザーが鳴り、夏休みに入る前最後のランク戦が幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……こうして1学期最後のランク戦が終わり夏休みに入った訳だが、俺から提案がある」

 

所変わって焼肉屋寿寿苑にて、俺はホルモンを焼きながらチームメイト3人に対して話しかける。

 

「提案、ですか?」

 

首を傾げながら俺に話しかけるのはウチの隊の万能手の照屋文香。つい最近攻撃手トリガーと射撃トリガーの個人ポイントを6000以上にして万能手になったのだ。その時に文香は本当に楽しそうに喜んだので俺も祝福したが、いきなり抱きつくのは止めて欲しかった。抱きついた場所が個人ランク戦のロビーだったので思い切り目立ったし。

 

「ああ。防衛任務やランク戦があるとはいえ学校がないから時間がある。って訳で、本格的に修行をしたいと思う」

 

言いながら焼けたホルモンを口にする。うん、やっぱりランク戦の後のホルモンは最高だ。多少値が高くてもこの美味さなら文句はない。

 

「修行……それには賛成だが、改まってどうした?」

 

俺に疑問をぶつけてくるのは文香の隣に座る、ウチの隊の攻撃手の辻新之助。援護能力はボーダーでも指折りで剣の腕もあるので戦場では何度も助けられている。弱点があるとすれば女子とマトモに接する事が出来ない点だが最近は大分改善されていて、今も文香の隣に座っているくらいだ。

 

「お前らも薄々感じてるだろ?俺達はランク戦を通して実力は向上した。だけどーーー」

 

「上位相手に安定した結果を出せていない、かな?」

 

俺の言葉に付け加えるのはウチの隊のオペレーターの三上歌歩。ランク戦では的確な情報支援をしてくれる縁の下の力持ちだ。また俺の義妹であり、甘えん坊でメチャクチャ可愛い。ただ最近は一緒に飯を食ったらあーんしてきたり、作戦室でダラダラしてたら膝の上に乗ってきたりと少しスキンシップが激しくなっている気がする。いや、まあ、嬉しいんだけどさ……

 

閑話休題……

 

「ああ。俺達は中位と上位を行ったり来たりしている。今回の試合でまた上位入りしたが、次の相手は生駒隊と影浦隊の格上2チーム。全力で挑むがまた中位に落ちる可能性は高い」

 

俺がハッキリとそう言うと3人は差があれど暗い表情を浮かべる。ウチのチームは現在B級6位で、最高位はB級5位と上位入りを何度も経験している。

 

しかしそれだけだ。上位入りしても格上のチームと戦い負けて中位に落ちる。そしてまた中位から上位に上がる、を繰り返している。

 

「もちろん俺も今シーズンでA級に上がれるなんて考えちゃいないが、今シーズンの内に上位でも安定した結果を出せる位にはならないと来シーズンでA級に上がるのは無理だろう」

 

俺達はA級目指して全力でランク戦に取り組んでいるが、それは他のチームも同じだから簡単に上がるのは難しい。

 

「だから時間のある夏休みに他のチームよりも多く鍛えるというのが八幡先輩の考えですか?」

 

「ああ。それが俺の考えだが、どうだろうか?」

 

俺が肉を焼きながらチームメイト3人に聞いてみると全員が頷く。

 

「俺は賛成だ。俺自身夏休みに実力を伸ばしたいと考えていたからな」

 

「私も賛成です。八幡先輩をA級に連れて行くと思って八幡先輩のチームに入ったんですから当然です」

 

「私はオペレーターだから3人に比べたら何か出来るかはわからないけど、協力するよ」

 

どうやら全員やる気のようだ。これについては良かった。改めて俺はボーダーに入ってから良い縁に恵まれたと思ってしまう。

 

「そうか。礼を言う」

 

「チームメイトですから当然です。それで八幡先輩。修行についてですが、内容は決めているんですか?」

 

文香がそう聞いてくるが、実の所決まっていない。一応幾つかの案はあるが、全て普段の修行の延長に近い物である。一皮剥けるにはそれだけじゃ足りないのは間違いないだろう。

 

だから俺は……

 

「俺1人じゃ良い案が浮かばなかったからな。さっき風間さんに相談してみたら、明日の夜に時間を取ってくれると言ってた」

 

「じゃあお兄ちゃん、その時に私も行っていいかな?」

 

「いや……俺は急用が入って防衛任務に参加出来ない菊地原に変わって風間隊と防衛任務をするんだが、終わるのは深夜12時だから止めとけ」

 

防衛任務があるならともかく、無いのに深夜の外出をするのは良くない事だ。てか普通に考えて親が反対するだろう。

 

「そっか……わかったよ。じゃあ話を聞いたらメールをちょうだいね?」

 

「わかった……って、焼けてんじゃねぇか。焦げる前にさっさと食え」

 

俺がそう言うと3人が若干慌てながら肉を取り始めるので俺もそれに続いた。にしてもこうして同年代の人と焼肉を食うなんて中学の頃の俺からしたら全く想像出来ないだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「ふーむ。やっぱり8月は割りかし暇だな。防衛任務の回数も文香達と相談して結果次第では増やすか」

 

夕食を済ませた俺達は解散して、俺は自室で8月のスケジュールを立てている。普通の高校生なら塾に行くかもしれんが、俺は行くつもりはない。最近マシになったとはいえウチは余り裕福ではない。

 

塾という場所に大金を支払うつもりは毛頭ない。そもそも俺は歌歩という可愛くて聡明な義妹から勉強を教わっているし、行く理由がない。歌歩のおかげで期末の数学は40点を超えたし。

 

そこまで考えている時だった。

 

pipipi……

 

テーブルの隅にあった携帯が鳴り出したので見てみると文香かだった。解散する直前に8月のスケジュールを決めておけと言ったから、それ関係だろう。

 

そう思いながら電話に出る。

 

「もしもし。どうした文香?」

 

『あ、八幡先輩。8月のスケジュールについてですが、今大丈夫ですか?』

 

予想通りスケジュール関係か。てか解散してから直ぐに連絡をするとは相変わらず真面目な奴だな。

 

「大丈夫だぞ。俺も同じ事をやっていたし」

 

『ありがとうございます。それで8月の予定ですが……』

 

 

そう前置きして文香は空いている日を話し始める。ふむふむ、基本的には殆ど毎日大丈夫だが、6〜8日は家族旅行で、17日の夜は花火大会があるから無理なようだ。

 

「わかった。とりあえず歌歩と辻の予定も聞いてみてから空いている日に入れておく」

 

『それと先輩にお願いがあるんですけど……』

 

途端にさっきまでハキハキしていた文香の声が、不安の混じった声に変わる。何だか知らないが文香が不安の混じった声を出すなんて意外だ。可能なら文香のお願いを叶えてあげてやりたいものだ、

 

「何だ?言ってみろ」

 

『は、はい。実はさっき言った花火大会なんですけど……』

 

「花火大会?それがどうしたか?」

 

文香の言う花火大会とは多分ポートタワーの花火大会だろう。あれは千葉の夏の風物詩で、俺もガキの頃に言った事がある。まあ完全に夜店目的だったけど。

 

『そ、その八幡先輩さえ、宜しければ私と行きませんか?』

 

「は?」

 

予想外のお願いにキョトンとした声を出してしまう。

 

「え?お願いする前に花火大会に行くとか言ってたから他の奴と行くんじゃないの?」

 

『そうでなくて、父の仕事の関係です。私も自治体系のイベントに参加して挨拶をするんですよ』

 

そういや文香の父親は市議会の人間と聞いた事がある。長女の文香も挨拶をするようだ。

 

「それはわかったが、それ俺は要らなくね?」

 

普通にパンピーの俺が居ても普通に考えたら邪魔なだけだろう。

 

『大丈夫ですよ。挨拶が終われば結構暇ですから……だから、暇な時は八幡先輩と一緒に過ごしたいんです……』

 

最後に消え入るような声でそう言ってくる。同時に俺の顔に熱が溜まるのを感じる。そんな声で言われたら期待してしまうだろうが。何を期待しているからは想像に任せるけど。

 

返答に悩んでいる中、文香の言葉は続く。

 

『そ、その……八幡先輩に予定があったり、私と行くのが嫌だったら無理強いはしないですけど……』

 

こいつ……狙ってやっているとは思えないが、その頼み方は卑怯だろう。そんな頼み方をされたら断るに断り切れない。

 

防衛任務のシフトは開けれる日だから予定はない。文香と行くのも嫌ではない。よって……

 

「……詳しい予定は後日連絡しろ」

 

文香の誘いを受けることにした。

 

『っ……!はいっ!楽しみにしてます!』

 

途端に文香は明るい声を出す。顔を見なくても喜んでいるのがわかるが、俺と一緒に行っても楽しくないと思うぞ?

 

そう思いながらも俺は文香と10分くらい他愛のない雑談をして電話を切った。

 

「ふぅ……とりあえず17日は休みにしとくか」

 

スケジュール帳の8月17日の箇所に赤いペンで花火大会と記入する。まさか誰かと花火大会に行く事になるとは思わなかった。

 

(しかし文香とか……最近の文香、姉さんや歌歩のように激しいスキンシップをしてくるから緊張するな……)

 

最近になって文香も姉さんや歌歩と同じように膝枕をしてくれたり、頬にキスをしてくるようになったし。いや、まあ、嫌じゃないけどさ……

 

そう考えながらスケジュール帳を見ていると、再度携帯が鳴り出したので見てみると、今回はメールだった。しかも2通同時に。

 

メールを見てみると送り主の箇所には『三上歌歩』と『綾辻遥』と表記されていた。

 

(歌歩と姉さん?歌歩はスケジュール関係だと思うが姉さんは何だ?)

 

 

疑問を抱きながら先ずは歌歩から来たメールを開いて見ると……

 

from:歌歩

 

8月の空いてる日程がわかったのでメールを送るね。

 

1日、2日、3日、6日………31日

 

この日は大丈夫だよ。

 

それとお兄ちゃんが12日か13日に予定が無いなら2人でプールに行かない?四塚マリンワールドのチケットが手に入ったんだけど、お兄ちゃんと行きたいな……

 

あ、もちろんお兄ちゃんに予定があったり、私と行くのが嫌だったら無理強いはしないから!

 

 

そんなメールだった。

 

(こいつも……断り難いメールを送るなよ……!)

 

言いながら俺はメールの返信をし始める。女子と2人でプールなんて緊張するから避けたいのは山々だが可愛い義妹にそんな風に頼まれたら断れねぇよ。

 

俺は『12日なら空いてる』と返事を書くや否や歌歩に送信する。とりあえず今週末は水着を買っとくか。プールなんて久しぶりだし。

 

 

そう思いながら俺は姉さんから来たメールを見ると……

 

 

 

from:遥姉さん

 

弟君。いきなりだけど8月の4日と5日は暇かな?実はお父さんは出張で、お母さんは高校の時の同級生と旅行に行っちゃって、その2日は私1人なの。

 

1人は寂しいからさ、弟君さえ良ければその2日だけ私の家に泊まって寂しさを紛らわして欲しいな……

 

でも弟君に予定があったり、私と過ごすのが嫌なら無理強いはしないからね?

 

 

ねえ、何なの?姉さんにしろ、文香にしろ、歌歩にしろ狙って誘ってるのか?全員似たような頼み方じゃねぇか!

 

ともあれ4日と5日は空いている。暇であるなら文香と歌歩の誘いを受けた手前断るわけにはいかない。てか断ったら姉さんは絶対に悲しむ。

 

前に姉さんにカラオケに誘われた時、姉さんの歌の酷さを知っていた俺は思わず断ったが、その後に姉さんが涙目で物凄い悲しそうな表情を浮かべたし。結果そんな表情を見たくない俺は姉さんの誘いを受けて姉さんの歌を3時間聞かされて地獄を見た。

 

閑話休題……

 

そんな訳で姉さんの誘いは可能な限り断りたくないので……

 

「了解した……っと」

 

了解の返事を送信した。姉さんの家には何度も行ったが、泊まるのは初めてだ。どうしても緊張してしまう。てか何でスケジュールを組むのにこんなに疲れてんだ俺は?

 

そう思いながら俺はベッドに倒れ込む。もう疲れたし俺のスケジュールは明日立てよう。今は19日だが締め切りは24日だし。

 

一度休むと決めたからか、直ぐに睡魔が襲ってきたので俺は特に抵抗しないで意識を手放した。

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「ふふっ……八幡先輩との花火大会……三上先輩と綾辻先輩に差を付けるように頑張らないと……!」

 

 

「お兄ちゃんとプール……!お兄ちゃんはエッチだし少し派手な水着が良いよね……?ちょっと恥ずかしいけど文香ちゃんと遥ちゃんには負けたくないし……!」

 

 

「やったー、弟君が泊りに来てくれる。ここで弟君が喜びそうな事を一杯して歌歩ちゃんと文香ちゃん相手にリードを取ろう……!」

 

 

3人の女子が別々の場所でやる気を湧き上がらせていた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「さて、防衛任務も終わったしお前の相談を聞こうか」

 

風間隊との防衛任務を済ませ、俺はラウンジにてコーヒーを飲みながら風間さんと向かい合う。予定通り風間さんに相談する為にだ。

 

「はい、実は……」

 

1つ区切ってから口を開ける。最近はB級上位と中位を行ったり来たりしている事、A級を目指すには上位で安定した結果を出す必要があるであろう事、その為に夏休みを利用して修行しようと考えているが具体的なアイディアが浮かばない事全てを話した。

 

対する風間さんは無言で俺の話を聞いて、話し終えると自分のコーヒーを飲んでから口を開ける。

 

「つまり、今の状況を打破する為のトレーニング方法を会得したい、と?」

 

「そうですね。それも格上の人を追い越せるトレーニング方法を」

 

「まあお前の意見は正しい。お前にしろ辻にしろ照屋にしろ努力をしているのは試合を見ていればわかる。確かに今の努力を続けてもA級が上がるのは可能だとは思うが、それだと時間がかかるだろうな」

 

「はい。ですが俺は家計の為に入隊したので早い内に固定給を貰えるA級に上がりたいんです」

 

もちろんそれだけではない。チームメイト3人は俺をA級に上げる為に一生懸命努力しているのだ。にもかかわらず俺が努力しないのは3人に対する裏切りだし、出来る事はやっておきたい。

 

それを聞いた風間さんは何かを考えるような素振りをしてから顔を上げる。

 

「……わかった。俺が浮かんだ案で良ければ聞かせてやる」

 

「お願いします」

 

やはり風間さんは頼りになるな。相談して良かった。自分1人では碌なアイディアも出せなかっただろうし。

 

内心風間さんに感謝しながらも、風間さんを見ると……

 

 

 

 

 

「なら比企谷。俺がお前達比企谷隊を紹介しておくから、夏休みは玉狛支部で鍛えて貰ってこい」



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こうして比企谷隊は玉狛支部に向かう

「しかし今日は本当に暑いですね」

 

7月22日。夏らしい猛暑が外を歩く人間を照らす中、文香が俺にそう話しかける。それについては仕方ない。天気予報では今日は8月の暑さらしいからな。

 

「まあそうだがもう少しで到着するから頑張れ。荷物が多いなら持つぞ?」

 

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます……あっ、三上先輩と辻先輩が居ますよ」

 

視界の先を見ると文香と同じ俺のチームメイトの歌歩と辻が集合場所にいた。向こうもこちらに気付いたようで歌歩は手を振ってきて、辻は小さく会釈をする。

 

「済まん待たせたな」

 

軽く謝ると2人は首を横に振る。

 

「ううん。集合時間前だから大丈夫だよ」

 

「俺達が早く来過ぎただけだから比企谷達は悪くない」

 

「なら良かった。そんじゃあ行くぞーーー修行の地である玉狛支部に」

 

そう言いながら俺は一昨日の風間さんとのやり取りを思い出す。

 

 

 

 

 

2日前……

 

「なら比企谷。俺がお前達比企谷隊を紹介しておくから、夏休みは玉狛支部で鍛えて貰ってこい」

 

風間さんはそう言って俺を見てきた。対する俺は予想外の意見を言われて驚きの感情を抱いていた。

 

「玉狛支部、ですか?」

 

「そうだ。まさか知らない訳ではないだろうな?」

 

「それはないです」

 

C級の人間ならともかく、B級に上がってある程度経過しているなら誰でも知ってるだろう。

 

玉狛支部。警戒区域外縁部に6ヶ所存在するボーダーの支部の一つで特徴として戦闘員全員が旧ボーダー時代から在籍している歴戦の猛者なのだ。俺自身殆ど接点はないが、その実力は桁違いな事は理解している。

 

そしてもう1つの特徴として「反近界民」を掲げるボーダー本部に反して「近界民にもいいヤツがいるから仲良くしよう」という考えを抱いている異端の派閥なのだ。俺自身は復讐に染まってないから特に思う事はないが、三輪とかメチャクチャ嫌っているし、上層部の人間も良い顔をしないと聞いた事がある。

 

そんな訳で色々と規格外の支部って事で割と有名な支部だ。

 

「しかし意外ですね。城戸派の風間さんが玉狛支部を紹介するとは思いませんでした」

 

風間さんは「近界民は許さない」城戸派の人間だが、相反する考えを持つ玉狛を紹介するとは予想外だった。ちなみに俺は城戸派と自由派の中間辺りの人間だ。多少恨みはあるが平和が最優先であり、三輪のように皆殺しにしてやるとは考えてない。

 

「玉狛の考えは理解し難い気持ちはあるが、玉狛の隊員が優秀なのは紛れもない事実だし私情を挟むつもりはない」

 

流石風間さん。本当に格好良いなこの人は。

 

「本題に戻るぞ。俺は既に玉狛支部で何度か戦ったが、あいつらの戦い方は、近界民に近い戦い方や人型近界民を想定した戦い方と俺達とは大きく異なる戦い方だ。その上実力もあるからこの状況を打破する切っ掛けになると思って提案してみたが、どうだ?」

 

言われて考えてみる。確かに人型近界民を想定した戦い方は使えるかもしれない。てか今の俺達は八方塞がりの状態だし、ここらで刺激の強い修行をするのは悪くない選択だろう。

 

「(良し……玉狛で絶対に技術を盗んでやる)……わかりました。では紹介して貰っても良いですか?」

 

俺がそう頼むと風間さんは小さく頷いてから俺の肩を叩く。

 

「わかった。俺から後で林藤支部長に伝えておく……このチャンスを逃さないでしごかれてこい」

 

「はい」

 

 

 

そんな訳で風間さんに相談した翌日、つまり昨日の夜、風間さんから今日の12時に玉狛に行くようにと連絡が来たのだ。

 

 

そして今、俺達は玉狛支部に向かって歩いているのだ。

 

「しっかし戦闘員全員が旧ボーダーの人間の支部だからな。雰囲気とかヤバい気がする」

 

「そうかもね。私はオペレーターだから出来る事は少ないけどお兄ちゃん達の為に一生懸命頑張るね」

 

隣を歩く歌歩が握り拳を作ってグッとやる。可愛いなぁ……

 

「ありがとな歌歩。頼りにしてるぜ」

 

「あっ……えへへ。ありがとうお兄ちゃん」

 

歌歩の頭を撫でると、歌歩はキョトンとした表情を浮かべるも直ぐに可愛らしい笑顔を俺に見せてくる。暑さの中、精神的に疲れた俺の心を癒して……っ?!何だ?!急に寒気がしたぞ?!

 

思わず歌歩から目を逸らすと……

 

「へぇ……相変わらず八幡先輩と三上先輩は仲が良いですね」

 

文香が冷たい目をしながらも笑顔を浮かべている。寒気の原因は間違いなく文香だな。てか文香の奴は何で怒っているんだ?

 

「(おーい辻。文香の怒りを鎮める方法知らね?)」

 

アイコンタクトで辻に助けを求めるも……

 

「(自分で頑張れ。俺の管轄外だ)」

 

アイコンタクトで拒否される。薄情者!俺が文香に怒られても良いのかよ?!良いよな!俺が辻の立場なら同じ事をしてるだろうし。

 

その後、文香の頭を歌歩と同じように撫でたら文香からプレッシャーが消えたのだった。

 

 

そんなやり取りをしながらも歩くこと20分……

 

「ここか……」

 

俺達は川の上にある建物ーーー玉狛支部に到着した。玉狛支部は使わなくなった川の何かを調査する施設を買い取ったものらしいが趣がある建物で、秘密基地みたいな感じがして格好良いな。

 

そう思いながら俺はインターフォンを押すと……

 

『はい。どちら様?』

 

アニメ声に近い女子の声がインターフォンから聞こえてくる。

 

「すみません。ボーダー本部所属比企谷隊ですが、風間さんの紹介で参りました」

 

『ああ。話は聞いてるわ。ちょっと待ってて』

 

そんな声が聞こえてから建物の中からドタバタ音が鳴ったかと思えばドアが開き……

 

「どうぞ……って文香ちゃん!?」

 

亜麻色の髪をした女子が文香を見て驚きを露わにしていた。対する文香も軽く驚いていた。

 

「お久しぶりです小南先輩」

 

「あ、うん。今日玉狛に本部の一部隊が来るとは聞いていたけど文香ちゃんもなんだ」

 

「はい。今日はよろしくお願いします」

 

「よろしくね。とりあえず暑いだろうし上がって」

 

「「「「お邪魔します」」」」

 

小南と言う少女に案内を受けた俺達は玉狛支部の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介をするわ。私は玉狛第一の小南桐絵。こっちが隊長のレイジさん」

 

「木崎レイジだ。よろしくな」

 

「玉狛支部オペレーターの林藤ゆりです。林藤支部長の姪なの」

 

「おれはりんどうようたろう。こっちは相棒のらいじん丸だ」

 

リビングに案内された俺達はどら焼きとお茶を出されながら小南と隊長の木崎さんと林藤さんと陽太郎から自己紹介をされる。つーか林藤さん結構文香に似てるな。そして何故にカピバラが支部にいるんだ?てか柔らかそうだな……

 

って、それよりこっちも自己紹介をしないと。

 

「比企谷隊隊長の比企谷八幡です。よろしくお願いします」

 

「照屋文香です。よろしくお願いします」

 

「ひ、比企谷隊攻撃手の辻新之助です……よろしくお願いします」

 

「オペレーターの三上歌歩です。よろしくお願いします」

 

こちらも自己紹介をする。辻よ、少しキョどったが、目の前には女子が2人もいるのに喋れたな。良かった良かった。

「宜しく。お前達はA級を目指しているが、伸び悩んでいるから夏休みを利用して強くなろうとしているんだったな?」

 

「はい。その時に風間さんに玉狛支部を紹介されまして……」

 

「ああ。話は林藤支部長から聞いているし、林藤支部長からも面倒を見てやってくれと指示が来ている」

 

「私達が夏休みの間にガンガンしごいてあげるから弱音を吐くんじゃないわよ?」

 

木崎さんが冷静に、小南が不敵な笑みを浮かべながらそんな事を言ってくる。弱音?吐くわけないだろ。A級に上がる為には弱音なんて吐いている暇はないからな。

 

「頼む。ところで小南よ。もう1人ーーー迅さんは居ないのか?」

 

玉狛には戦闘員が3人いる。内2人は目の前にいる木崎さんと小南で、最後の1人にS級隊員の迅さんが居るはずだが……

 

「迅なら林藤支部長と本部に行ってて居ない。もう少し時間がかかると思うが、先に始めるか?」

 

「そちらが宜しければお願いします」

 

時間は有効に使うべきだ。A級を目指す俺達に空き時間なんて存在しないのだから。

 

「良いわ。じゃあアンタ、早速だけど私と勝負よ!」

 

言うなり小南がピシッと指を俺に向けてくる。

 

「俺か?」

 

「そう。見たところ3人の中じゃアンタが1番強いんでしょ?どれだけやれるか見せて貰うわ」

 

「わかった。よろしく頼む」

 

「ギタギタにしてやるわ」

 

不敵な笑みを浮かべてそう言ってくるがギタギタってどのレベルだ?普段太刀川さんにギタギタにされてるから大抵のギタギタなら大丈夫だと思うが……

 

「じゃあ私は歌歩ちゃんを、レイジ君は迅君が来るまで照屋ちゃんと辻君の2人かな?2人は大変かもしれないけど頑張ってね?」

 

「は、はい!もちろんです!」

 

木崎さんは急にシャキッとしながら林藤さんにそう返す。明らかに挙動不審だが、もしかしてホの字なのか?

 

「うふふ……じゃあ歌歩ちゃんは付いてきてね?」

 

「よろしくお願いします」

 

「私達も行くわよ!」

 

言いながら小南は俺の手を引っ張ってズンズン歩き出す。瞬間俺は理解した。

 

こいつ、間違いなくバトルジャンキーだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3分、俺は今殺風景な仮想トレーニングステージにて小南と向き合っている。

 

「じゃあ始めるわよ。全力で来なきゃ何も出来ずに負けるわよ!」

 

「だろうな。トリガー起動」

 

言いながらトリガーを起動して比企谷隊の隊服を纏う。すると小南は軽く目を丸くした。

 

「何それ?暴走族が着てそうな隊服ね」

 

まあ比企谷隊の隊服は全身が真っ黒のボマージャケットで、あらゆる場所に金属のようなパーツがあり、隊服の両肩部分には髑髏マークが付いてあるからな。暴走族が着ていても違和感はないだろう。

 

しかしこの隊服、文香が着ると妙に色気があって可愛いんだよなぁ。この前なんて隊服を着ている時に俺に抱きついてチュッチュッしてきたからメロメロになりかけたし。

 

「否定はしないが作ったのは寺島さんだ」

 

俺としてはこの隊服に文句はないが、自分で作るかと聞かれたら否定するだろう。

 

「まあいいけど……トリガー起動」

 

すると小南も同じようにトリガーを起動する。光に包まれたかと思いきや、次の瞬間彼女は緑を基調とした妙に色気のある隊服を着ていた。

 

「じゃあ始めるわよ。ボコボコにされても泣かないでね?」

 

言いながら小南は不敵な笑みを浮かばせながら腰にある収納から二振りの手斧を取り出して手に持つ。

 

(斧?また随分と変わった武器だな。それとも米屋のように弧月を改造したのか?)

 

しかし斧とやり合った事はないからな。その辺りを気をつけてやらないとな。

 

「泣くつもりはない。全力で技術を盗ませて貰う」

 

言いながらスコーピオンを出して小南と向き合う。すると武器を向けられたからか、小南の雰囲気がガラリと変わった。

 

そう例えるなら……

 

 

「ぶっ潰す」

 

野獣の様な荒々しい雰囲気に。

 

次の瞬間……

 

「……っ?!」

 

小南は瞬時に間合いを詰めて斧を振るおうとしていた。

 




おまけ

BBF的な設定

入隊時期
照屋や歌川と同期

モテ度
学校の場合……モテない、別にモテなくていい
鬼怒田の右横

ボーダーの場合……モテる、別にモテなくていい
菊地原の上

ボーダーで眼鏡をかけた場合……モテる、別にモテなくていい
唐沢の下、奈良坂の右横

派閥
自由派と城戸司令派の中間
氷見の下

成績
総合成績……加賀美の右

生身の運動能力
犬飼の下

異性の好み
人見の下




好感度(MAX100)

(A)→比企谷八幡

(A)が下記の人物の場合

照屋文香……150
三上歌歩……150
辻新之助……95

太刀川慶……90
出水公平……85
国近柚宇……85

風間蒼也……95
歌川遼……90
菊地原士郎……15

綾辻遥……150

二宮匡貴……80
鶴見留美……70
熊谷友子……85
日浦茜……95
巴虎太朗……80
由比ヶ浜結衣……100

比企谷八幡→(B)

(B)が下記の人物の場合

照屋文香……100
三上歌歩……100
辻新之助……100

太刀川慶……80
出水公平……85
国近柚宇……85

風間蒼也……100
歌川遼……85
菊地原士郎……25

綾辻遥……100
二宮匡貴……85
鶴見留美……75
熊谷友子……80
日浦茜……95
巴虎太朗……80
由比ヶ浜結衣……80



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比企谷八幡は小南桐絵の戦い方に戸惑う

それは一瞬のことだった。正面にいた小南は瞬時に間合いを詰めて斧を振るってきたのだ。

 

「……っ!」

 

予想以上の速さに驚きながら反射的に後ろに跳ぶと胸から微かにトリオンが漏れ出し、掠った事を証明していた。

 

後ろに跳んだ俺は地面に着地すると小南が軽く口笛を吹きながら目を丸くしているのが目に入った。

 

「へぇ、今のを躱すんだ。そこそこまあまあはやるみたいね」

 

そこそこまあまあ……?微妙な表現だな。普通にそこそこで良くね?

 

まあ今は関係ない。重要なのは今のやり取りだけで小南の強さが桁違いなのがわかった事だ。距離の詰め方、斧の振る速度は一級品だ。当たり前だが、俺よりも遥かに格上だ。

 

と、なると気になる事がある。

 

「そいつはどうも。ところで小南。お前と太刀川さんってどっちが強いんだ?」

 

「私よ!」

 

即答だった。しかし俺には判断がつかなかった。確かに小南の実力は間違いなくボーダーでもトップクラスだろう。しかし太刀川さんよりも強いのかと言われたら絶対にそうとは言えないと考えている。

 

(これは小南が負けず嫌いだからそう言っているのかもしれないな……)

 

小南とは知り合って1時間も経過してないが、小南がバトルジャンキーで負けず嫌いであるのは間違いないないだろう。それ故に小南が即答したのは負けず嫌いが発動したからと言う可能性もあるし。

 

しかしどっちが強いかはさておき……そこまで実力差はないだろう。よって俺が取れる手段は……

 

「(守りに入ったら負けだし……攻めるか)そうかい……んじゃ再開しようぜ」

 

言いながら小南に向かって突撃を仕掛ける。格上と戦う時は攻める事以外考えない。守りに入ったら反撃する隙すら与えられずに敗北するのが目に見えるし。

 

対する小南は右腕を振り上げて迎撃の構えを見せてくるので……

 

(グラスホッパー)

 

「おっ」

 

グラスホッパーを小南の右腕にぶつけて右腕を叩きおとし、それによって小南は頭から地面に倒れかけて体勢を崩す。格上相手に妥協したら負けなので……

 

(速攻で仕留める……!)

 

そう思いながらスコーピオンで小南の首目掛けて袈裟斬りを放とうとする。

 

が……

 

「甘いわよ!」

 

「がっ……!」

 

その直前、小南は地面に倒れかけながらも右足で思い切り地面を蹴り、反動で宙を一回転して、勢いに乗ったまま体勢を低くした俺の頭に踵落としをぶちかましてきた。

 

(踵落とし?!んな攻撃をするか普通?!)

 

トリオン体だから痛みはそこまでないが、予想外の一撃に思わず雑念が生じてしまう。

 

格上相手にそんな事をしたら悪手にもかかわらずに、だ。

 

「隙だらけよ!」

 

小南にそう言われた俺は慌てて雑念を消して後ろに跳ぶも一歩遅く……

 

「ちっ……!」

 

水平に振られた小南の手斧が俺の左腕を斬り落とし、それだけではなく胸にも一文字の傷を付けてきた。

 

舌打ちしている間も小南は怒涛の攻めで襲いかかってくる。俺はスコーピオンを使って迎撃をするも全てを捌くことは出来ずに徐々にトリオンがありとあらゆる箇所から漏れ出す。

 

「(このまま戦ってもジリ貧だだったら……)グラスホッパー」

 

「おっと」

 

俺は小南の腹にグラスホッパーをぶつける。対する小南は軽く驚きながら後ろに跳ぶが、直ぐに地面に着地する。大抵の人はグラスホッパーで跳ばされたら軽くパニックになるが、歴戦の猛者はその程度では揺らがないようだ。

 

(まあこれは予想の範囲内だ。この程度でパニックになる奴がボーダー最強部隊のエースになれる筈はないからな)

 

ここまでは想定内。問題は次だ。俺は小南を見据えながら、主トリガーのグラスホッパーを自身の足元に、副トリガーのグラスホッパーを大量に分割して小南の周囲に展開する。

 

(俺はもう余りトリオンが残ってないから残り全てのトリオンで乱反射を使用して倒す)

 

小南は今日まで俺を知らなかったようだが、それなら乱反射も知らない筈だ。初見なら殆どの人が対処出来なかった乱反射なら勝機はある。てかそれ以外の方法じゃ勝機はないだろうし、乱反射しかない。

 

足元のグラスホッパーを踏んでとの距離を一気に詰め、近くにある副トリガーが展開したジャンプ台を踏む。それによって再度身体に浮遊感を感じ、跳んだ先にあるジャンプ台を踏んで、更に跳ぶ。

 

それを繰り返すことで高速で小南の周りを跳び回る。

 

「へぇ……面白い技を使うじゃない」

 

一方小南は明らかに楽しそうな声を出しながらも一歩も動かずにあらゆる方向を見渡す。しかし焦りは一切なく、寧ろこの状況を楽しんでいるかのように笑っていた。

 

同時に俺は寒気を感じた。理由はない、理由はないがこの乱反射は失敗する気がする。

 

しかしだからと言って諦めるつもりはない。失敗する可能性はあるが、ここで乱反射を止めて別のやり方で戦ってもジリ貧になって負けるのは間違いないだろうし。

 

そう判断した俺は更にジャンプ台の数を増やして小南の周りを跳び回る。端から見たら俺が分身しているようにも見えるだろう。

 

そして俺の速度が最高になり、尚且つ小南が俺がいる場所と反対方向を見るなど、最高のチャンスが到来した。

 

俺はチャンスを逃さない為にも主トリガーのグラスホッパーを消してスコーピオンに切り替えながら、小南の背中に突撃を仕掛ける。女子の背中を刺すなんて端から見たらヤバい絵面かもしれないが、気にしたら負けだ。

 

(行けっ……!)

 

内心そう叫びながら小南に斬りかかる。これで勝ちだ……!

 

 

 

 

しかし……

 

「なっ?!」

 

スコーピオンが小南の首を刎ねる直前、小南は俺の方を向くことなく横に跳んでスコーピオンの一撃を回避する。高速で動いていた俺は小南に回避された事で、勢いを殺しきれずに地面に激突する。

 

急いで起き上がろうとするが……

 

「はい。先ずは1本ね」

 

小南からしたら隙だらけだろう。顔を上げた瞬間首を刎ねられた。

 

しかしここは仮想戦闘ルーム。模擬戦と違い緊急脱出がなく、首は直ぐに再生した。

 

首が繋がっているのを確認した俺は上を見ると、小南が勝ち誇った表情をして俺を見ていた。

 

「最近は本部に足を運んでなかったかあんたの戦い方は今日初めて知ったけど、中々面白い戦い方じゃない」

 

「そいつはどうも……でも何で簡単に避けれたんだ。言っちゃアレだが、お前最後の方は見切れなかっただろ?」

 

今までに何度も乱反射をしたからわかる。小南は最後の方は見切れなかったと思う。

 

格上の太刀川さんや風間さんは何度も乱反射を経験しているが、2人はある程度すると俺を見切れなくなるから、見切れる速度の内に倒す戦法を取っている。

 

案の定小南は頷く。

 

「ええ。最後のアンタの動きは完全に見切れなかったわ。次からは見切れる速度の内にぶった斬る事にするわ」

 

「じゃあ何で完璧に見切れたんだ?」

 

「簡単よ。攻撃する時アンタの殺気を感じたからよ」

 

さ、殺気だと?そしてそれを察知して簡単に回避する。マジかこいつ?

 

俺が絶句している中、小南の説明は続く。

 

「私は現役戦闘員の中では最古参だからね。向こうの世界でも何度も戦ったから気配には敏感なのよ」

 

「つまり実戦経験から培った察知能力、と?」

 

「そう。だから私に対して裏をかくなら殺気を消して攻撃しなさい。でないと奇襲は1本も成功しないわよ」

 

「殺気を消してって言われてもな……具体的にどうやって?」

 

攻撃しない時ならともかく、攻撃する時には無意識のうちに殺気を出してしまうだろう。一朝一夕でどうにか出来るとは思えない。

 

すると……

 

「決まってんでしょ。何度も私にぶった斬られる中で自分で編み出しなさい」

 

「んな無茶な……」

 

「私、ハッキリ言って感覚派だし他人に教えるのは苦手なの」

 

まあ確かに小南は戦い方から理論派ではなくて感覚派とわかるけどさ……

 

若干呆れている中……

 

「別に良いじゃない。A級を目指す以上地力を上げる必要があるんだから、私と戦って地力を上げながら殺気を消す方法を考えなさい」

 

そう言って小南は再度斧を構えてくる。

 

確かに小南の言う通りだな。どの道夏休みには地力を大幅に上げるつもりだったんだし、戦う事は文句無しに正しい。

 

「(そして小南の戦い方は誰よりも実戦的だったしな……)そうだな。んじゃよろしく頼むわ」

 

身体を起こしてスコーピオンを生み出す。折角玉狛に来たんだ。ありとあらゆる技術を盗んでやる。

 

「何度でも来なさい。ぶちのめしてあげるから」

 

「そう何度もぶちのめされてたまるか」

 

互いに一言だけ言葉を交わして、俺達は瞬時に距離を詰めた。一戦一戦大事にして勝ってやるよ……!

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「さて、2人は新しい戦い方を身に付けたいと言ったが、何を学びたい?」

 

八幡のチームメイトである文香と辻は仮想ステージではなく、リビングに残って木崎レイジと話をしている。

 

文香と辻はB級ランク戦を通じて実力を上げた。しかしそれだけでは足りないと思い、普段使っている以外の戦い方を身に付けようと考え、レイジに説明した所、具体的に何を学びたいかと聞かれて今に至っている。

 

レイジの質問に対して2人は……

 

「私は点を取れる手段を増やす為に狙撃を身に付けたいと思います」

 

「俺は点を取りやすくなれるようにオプショントリガーを追加した戦闘法を身に付けたいです」

 

迷いなく即答する。対してレイジは予想の範囲内ゆえに特に驚くことなく頷く。

 

レイジは同級生である諏訪のランク戦をよく見ているので、諏訪隊としょっちゅう対戦している比企谷隊の事もよく知っている。

 

レイジから見た比企谷隊はエースの八幡を中心とした全体的にバランスが取れて、中位では安定した結果を出せるが上位だと地力不足なチームと考えている。

 

上位で安定した結果を出すには失点より得点を重視必要がある。よって文香の『新しい得点手段を会得すること』と辻の『今のやり方より効率を上げること』は間違いなく正しい。

 

「それは構わないが、狙撃はともかく、オプショントリガーは俺もそこまで熟知している訳ではないぞ」

 

レイジは辻を見ながらそう口にする。レイジが自身のトリガーに入れているオプショントリガーはスパイダーとバッグワームと全武装。バッグワームはレーダーに映らないだけのトリガーであり、全武装はランク戦では使用不可のトリガー。

 

レイジが自身グラスホッパーやカメレオンも使った事があるが性に合わずトリガーには入れていない。それだったら風間や八幡の方が教え方が上手いとレイジは考えている。

 

よってレイジが教えられるのはスパイダーを使った戦闘になるが……

 

「構いません。現状今後どうしたら良いか悩んでいる俺にとってはありがたいです。どうしてもピンと来なかったら照屋さんのように狙撃ーーー点を取れる手段を増やしたいと思います」

 

辻は即答する。隊長の八幡や文香がA級を目指して頑張っているのだ。辻も自分自身、形振り構わずに強くなろうと考えているのでレイジに頭を下げて教えを請うた。

 

「わかった。先ずは照屋に基本的な狙撃のやり方を教えて、辻にはオプショントリガーの解説をするが良いか?」

 

「「はい」」

 

「良し、じゃあ俺達もトレーニングステージに行くぞ」

 

レイジがそう言って立ち上がるので文香と辻もそれに続き、レイジの後に続いて歩き出す。

 

「辻先輩。頑張りましょうね」

 

歩き出すと同時に文香はそう口にする。最近になってチームメイトの文香と歌歩限定でマトモに接することが出来るようになった辻は、握り拳を作っている文香を見て苦笑する。

 

「そうだね。比企谷の為にも頑張ろうか」

 

辻は文香は自分の為以上に隊長の八幡の為に頑張ろうとしているのがわかるのでそう返した。

 

(まあ俺も自分以上に比企谷の為に頑張るけどな)

 

そんな事を考えながら文香を見ると……

 

「はい!八幡先輩の為にも頑張ります……頑張って八幡先輩のお役に立って、私の想いを告白して……うぅ……」

 

 

真っ赤になって俯き出す。同時に辻はため息を吐く。

 

(やれやれ……相変わらず比企谷は女誑しだな。その内照屋さんや三上さん、綾辻さん以外の女子にもモテそうだ。刺されないと良いが……)

 

辻はそんな事を考えながらもおくびにも出さずに、真っ赤になりながらもニヤニヤする文香とトレーニングステージに向かった。



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比企谷八幡は自分の未来を知る

ギィン ギィン

 

スコーピオンと手斧ーーー双月がぶつかり合う音がトレーニングステージに響き渡る。

 

しかし耐久性はスコーピオンの方が遥かに劣る故に双月はスコーピオンを簡単に砕けた。

 

しかしそれは予想の範囲内なので俺は焦らずにグラスホッパーを起動して、小南の右腕にぶつける。すると案の定右腕が跳ね上がるので俺は後ろに退がる。これが同格の相手なら攻めに出るが小南クラスの実力者ならカウンターを食らうのがオチだ。

 

「あー、もう!アンタのグラスホッパー、本当にイライラするわね!」

 

同時に小南はギャースとばかりに叫びだすがこれが俺のやり方だから文句は言わないで欲しい。

 

そう思いながらも即座に体勢を立て直した小南に対して迎撃のハウンドを放とうとしたら……

 

『皆〜。おやつの時間だよ〜』

 

林藤さんののんびりとした声が聞こえてきた。余りの場違いな声に俺と小南は思わず動きを止めて顔を見合わせる。

 

しかしそれも長くは続かず……

 

「仕方ないわ。一旦ここまでにするわよ」

 

言いながら小南は双月を下ろしてトリガーを解除して出口に向かったので、俺もトリガーを解除して小南に続いた。

 

時計を見ると3時過ぎと、小南と3時間近く模擬戦をしている事を理解したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう。そんで文香は狙撃の練習をしていた、と?」

 

所変わって玉狛支部のリビング。俺達は林藤さんの用意したどら焼きを口にしながら各々の訓練内容について話し合っていた。

 

「はい。やってみた所、不可能ではないと思いました。今シーズン中は厳しいとは思いますが、来シーズンまでに実戦で使えるレベルまで上げるように尽力します」

 

文香は力強く頷く。ボーダーにいる人間では1番長い付き合いだが相変わらず頼りになる奴だ。文香がそう言うなら来シーズンのランク戦では大きな武器になるだろう。

 

「そうか。頼りにしているぞ」

 

「はい。そういえば八幡先輩はどんな訓練をしていたんですか?」

 

「小南とずっと模擬戦」

 

3時間ぶっ続けの模擬戦だった。これはメチャクチャやったと言って良いだろう。太刀川さんの時は最大で1日1時間半だったし。

 

「凄いスパルタだな……ちなみに結果はどの位だったんだ?」

 

辻がそんな事を聞いてくるが、確か……

 

「125戦20勝105敗だったな」

 

「つまり勝率は2割弱か」

 

「まあな。とりあえず夏休み終了までに勝率を3割以上にしたいな」

 

初めの方は小南の独特な動きに翻弄されて何も出来ない試合も数本あったからな。後半になってある程度勝ち星を挙げれたので、もう一度同じ本数試合をしたらもう少し勝率は上がるだろう。

 

すると……

 

「そう簡単には勝たせないわよ!」

 

小南が俺の後ろに回りヘッドロックを掛けてくる。ゲームに負けた国近先輩がするヘッドロックと違って威力がある。しかも小南は国近先輩と比べて胸が薄いからか背中に膨らみを感じな……

 

「あんた今失礼な事を考えたでしょ?!」

 

「痛い痛い!ギブ!ギブだから!」

 

「ギブは却下よ!」

 

俺の思考を読んだのかヘッドロックの威力を強めるが、何故俺の考えている事を読めたんだ?小南だけじゃなく文香や歌歩、遥姉さんも読む時があるが、俺ってそんなにわかりやすいのか?

 

てか痛いんですけど?そう思いながらヘッドロックから逃れようとした時だった。

 

「おいおい。帰ってきたらいきなり凄い光景だな〜」

 

横からのんびりした声が聞こえてきた。この声は……

 

ヘッドロックを食らいながらも横を見ると、青いジャージを着てサングラスを装備した割とチャラそうな男がぼんち揚げを食べ笑いながらこちらを見ていた。そこに居たのは……

 

「迅か。随分と遅かったな」

 

ボーダーに2人しかいないS級隊員の片割れの迅悠一だった。マトモに話した事はないが、未来視という破格のサイドエフェクトを持ち、太刀川さんのライバルと凄い肩書きを持った人なのは知っている。

 

「帰ろうとしたら太刀川さんに捕まって模擬戦をやってたんだよ。というか何で小南は怒ってるの?」

 

「小南は比企谷が失礼な事を考えていたと言ってヘッドロックをしたが知らん」

 

迅さんと木崎さんはそんな風に話しているが、助けてくれませんかねぇ?!

 

内心そう叫んでいると、俺の心の叫びが聞こえたのか迅さんが俺達に近寄り口を開ける。

 

「おーい小南。そこまでにしとけよ。比企谷はヘッドロックを1分されると1年寿命が縮まる特殊な病気を持ってんだぜ」

 

は?何を言っているんだこの人は?そんな幼稚園児が吐くような嘘でヘッドロックから解放される筈が……

 

「えっ?!そうなの?!」

 

マジか……

 

俺が呆気に取られる中、小南はヘッドロックを止めて俺と向き合い涙を浮かべた表情を見せてくる。

 

「ごめん比企谷!私、アンタがそんな病気を持っているなんて知らなかったの!本当にごめん!」

 

マジで信じてるよこの子……さっきまでと態度が違い過ぎる。

 

しかしどう接したら良いのか分からないのでチームメイト3人にアイコンタクトをしてみる。

 

(済まん。こういう時にどう接したら良いんだ?)

 

しかし……

 

(わからないな。こんな嘘で騙される人間なんて見た事ないし)

 

(わからないです。というか小南先輩、学校とは全然違いますね……)

 

(わからないな……とりあえず、ファイトだよお兄ちゃん!)

 

全員がわからないと答える。まあそうだよな。俺自身も全くわからないし。とりあえず歌歩は応援ありがとう。お兄ちゃん凄く嬉しいからな?

 

「ねぇ迅!どうすれば比企谷の寿命を戻せるの?!私何でもするから教えて!」

 

小南は迅に涙目で詰め寄ると迅さんは笑顔で首を横に振る。

 

「大丈夫だよ小南。そんな事をする必要はないか」

 

「はぁ?!何でよ?!」

 

「だってそれ、嘘だから」

 

「……は?」

 

「本当はそんな病気ないからな」

 

瞬間、小南がピシリと動きを止める。気の所為かピシリと凍り付いたような音が聞こえてきたぞ……

 

俺達が全員小南を見ていると……

 

「騙したなぁぁぁぁぁっ!」

 

小南はグルンと俺の方に振り向くや否や俺の後ろに回ってヘッドロックをしながら頭を噛んできた。

 

「騙したのは俺じゃねぇよ!てか痛ぇ!」

 

頭を噛まれるなんて漫画の中だけだと思っていたが、思ったよりも痛い。てか頭を噛むって……お前は何処の禁書目録だよ?!

 

「何で俺なんだよ?!普通迅さんの頭に噛むんじゃねぇのかよ!」

 

「うがぁぁぁっ!」

 

ダメだ、この野生児完璧に俺の声が聞こえてないようだ。てか女子がうがぁぁぁっ!、なんて叫び声を出してんじゃねぇよ。こいつ文香と同じ星輪の女子らしいが、素を見せたら浮くだろうし絶対に猫を被ってるな。

 

「はっはっはっ」

 

って、諸悪の根源の実力派エリート!アンタは笑ってないで助けろよ!

 

口にしてそうツッコミたいが頭を噛まれる痛みで声が出せねぇ!しかもチームメイト3人は思考を停止したのか呆然とした表情で俺を見るだけで動く気配はないし。

 

(マジで誰か助けてくれぇぇぇぇ!)

 

 

結局それから30秒位して木崎さんが小南を引っぺがしてくれました。それについてはマジで感謝してますが、出来ればもう少し早くお願いします

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっ、いやー、悪い悪い」

 

小南の噛みつきから解放されると迅さんは楽しそうに笑ってくる。ヤバい、殴りたい。

 

「悪いと思ってるならあんな嘘は今後止めてくださいよ」

 

思わず口調が強くなるのも仕方ないだろう。ぶっちゃけ先輩じゃなかったら殴り飛ばしてる可能性がある。

 

「次からは気を付けるよ。それとお詫びとして1つ、お前にとって良い未来を教えてあげる」

 

迅さんがそう言うと思わず息を呑んでしまう。迅さんは少し先の未来を見る事が出来るサイドエフェクトを持っている。そんな迅さんが俺にとって良い未来を教えてくれるというなら思わず期待してしまう。

 

「良い未来?どんな未来ですか?」

 

俺が聞いてみると迅さんはニヤニヤ笑いを浮かべて……

 

 

 

 

 

「比企谷さ、高校を卒業する前に恋人が出来るよ」

 

とんでもない事を口にしてきた。え?マジで?

 

予想外の言葉に俺が絶句していると……

 

「「ええっ?!」」

 

文香と歌歩は驚きを露わにして……

 

「誰だ?場合によっては俺の胃が……」

 

辻はげんなりとした表情で腹に手を当てて……

 

「あら、良い未来じゃない」

 

先程まで俺の頭を噛んでいた小南は既に怒りを鎮めながらそう言っている。

 

にしても俺に恋人か……誰かと付き合っている所は想像出来ないが、嘘ではないのだろう。

 

となると気になるのは……

 

「「誰が恋人になるんですか?!」」

 

俺が気になる事を文香と歌歩が迅さんに詰め寄りながらそう聞いてくる。2人を見る限り必死だが、そんなに俺に恋人が出来るのが信じられないのか?

 

若干悲しくなっている中、迅さんは笑顔で首を横に振る。

 

「それは教えられないな。比企谷と繋がりが深い君達に教えると未来が変わる可能性があるし。比企谷の将来が悪い未来になるのは2人も嫌だろ?」

 

迅さんは穏やかに言うが教える気はないようだ。笑顔だがオーラを感じるし。

 

「そ、そうですか……」

 

「なら聞かないでおきますね」

 

 

それを理解したのか2人は訝しげな表情をしながらも大人しく引き下がる。まあ悪い未来になるのは俺も嫌だから無理して問わないのはありがたい話だ。

 

(しかし話すだけで未来が変わる可能性があるって……便利なサイドエフェクトと思っていたが、結構キツそうだな)

 

今は恋愛関係という小さい未来だが、場合によっては大規模侵攻などの重要な未来について上層部と話し合うだろう。その際に大を救う為に小を切り捨てる選択をしなきゃいけないかもしれないし。

 

そんな事を考えているとアラームが鳴り出したので見てみると休憩時間を終了を告げていた。

 

「良し、休憩時間は終わりだな。照屋、辻、訓練に戻るぞ」

 

「「はい」」

 

「私達も行くわよ比企谷」

 

「はいよ。とりあえず後半は勝率2割を超えるように頑張るか」

 

互いに言葉を交わして俺達は各々の訓練に向かう。小南の戦い方は独特でやり辛いからな。これを俺も使えるようになって俺本来の戦い方と混ぜれば格上相手からも勝ち星を増やせるだろうし頑張ろう。

 

 

そう思いながらトレーニングステージに入り、俺は夜の防衛任務が始まるまでの4時間、みっちり小南にシバかれた。結果として勝率は2割2分1厘だったのでまあ悪くない戦績だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば迅君」

 

「何かなゆりさん?」

 

「結局比企谷君の恋人は誰になるの?私は比企谷君と繋がりが殆どないから聞いて大丈夫よね?」

 

「あー、確かにゆりさんは聞いても大丈夫だね」

 

「でしょ?だから教えてくれない?」

 

「別にいいけど他言無用ね。比企谷と恋人になる可能性があるのは沢山いるけど、可能性が高いのは照屋ちゃんと三上ちゃんと綾辻ちゃんだね」

 

「あ、やっぱりチームメイト2人は可能性が高いのね。ちなみに候補はどの位いるのかしら?」

 

「最大で5人だね。ちなみに小南も候補の一角だよ」

 

「桐絵ちゃんも?凄いじゃない」

 

「まあでも本当に凄いのはそこじゃないんだよ」

 

「これ以上凄い事があるの?」

 

「ああ。凄い未来だと複数の候補と付き合う未来もあるんだよ」

 

「あらあら……」

 

「1人も選ばない未来もあれば1人しか選ばない未来もあるし、恋人が2人できる未来も、最大で候補全員と付き合う未来も僅かながらもある位だし」

 

迅は苦笑しながらそう呟く。長いこと色々な人間の未来を見てきたが八幡程ぶっ飛んだ未来を見たのは数えるくらいしかない。

 

迅は八幡が誰と付き合うのか、また何人恋人を作るのか密かに楽しみにしながら自室に向かって歩き出した。



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比企谷隊は新しい戦い方を模索する

「比企谷、ちょっと良いか?」

 

夏休みが始まってから2週間近く経ち、8月3日。防衛任務が終わったので、作戦室でアイスを食べながらダラダラしていると、辻が話しかけてくる。

 

「何だ?模擬戦でもしたいのか?」

 

「いや、そうじゃなくて新しい戦術について話をしておきたい」

 

「あー、例のスパイダーを使用した戦術だな。もうモノにしたのか?」

 

辻は玉狛で木崎さんからオプショントリガーの使い方を、迅さんから実践練習を習っているが、戦術の話ということはスパイダー関係だろう。

 

「ああ。ワイヤーを狙った場所に設置する事は完璧になったし、少し付き合ってくれないか?」

 

「それは構わないが、俺必要か?」

 

スパイダーを使った戦術は大きく分けて2つある。1つはあらゆる場所に張って敵の動きや判断力を鈍らせるパターン、もう1つはメテオラを併用して地雷のような罠を作るパターンだ。

 

それは理解しているが、わざわざ俺の力が必要になるとは思えない。もしかしてアレか?罠の被験体になれってか?

 

そう考えていると……

 

「ああ。スパイダーを罠だけではなくてお前の移動支援にも使えないか試してみたい」

 

辻は予想外の言葉を口にしてくる。俺の支援だと?

 

「それはつまり……八幡先輩がワイヤーを利用して高速機動戦の戦術の幅を広げるという事ですか?」

 

「ああ。前にスパイダーを張る練習をしていたら、比企谷ならスパイダーを利用して高速機動戦を出来るかもしれない、と思ってな」

 

スパイダーを利用して高速機動戦か……なるほどな。確かに、もしそれを会得出来たら比企谷隊は戦術の幅を広げられるし、敵からしたらウザく思われるだろう。

 

結論から言うと……

 

「良しわかった。試してみる価値はあるしやってみるか。歌歩、防衛任務が終わって早々で悪いがトレーニングステージの製作を頼む」

 

歌歩に頼んでみる。俺個人として色々と試してみたいので辻の案を実行してみる事にした。

 

「わかったよお兄ちゃん。ちょっと待ってね」

 

言いながら歌歩はアイスのカップをゴミ箱に捨ててオペレーターデスクに向かったので、俺達戦闘員3人はトレーニングステージに行く準備を始めたのだった。

 

 

 

それから2分、俺達戦闘員3人はトレーニングステージの入口に立っていた。正面にはワイヤーが張りやすいように建物が沢山存在していた。

 

『準備OKだよ。辻君から見て建物の配置は不満はある?』

 

「大丈夫だよ。それにランク戦じゃ不満を言ってられないかね。どんな場所でも張れるようになりたいから変えなくて良いよ」

 

言いながら辻は建物が密集している場所に行き、手元に矢尻の付いたキューブを複数生み出した。同時に矢尻が伸びて建物に当たり、そこからワイヤーが張られる。

 

手元にあるキューブが全てワイヤーに変わると、辻は少し移動して同じように手元に矢尻の付いたキューブを複数生み出して同じようにワイヤーを張る。

 

2分くらいすると歌歩が用意した仮想の建物群には大量のワイヤーが張られ、ジャングルジムの一種のようにも見えるようになった。

 

「とりあえずある程度張ってみたから試してみてくれ」

 

「はいよ」

 

言いながらグラスホッパーを使って辻の横に立ちワイヤー群を見るが、近くで見ると……

 

「敵として見たらこの上なくウザいだろうな……」

 

大量に張られたワイヤーを見てそう呟く。今は割と見えやすいが、スパイダーは敵に視認し難いように調整する事も可能だ。敵が見え難いように大量に展開したら全てに対処する事は出来ずに1回や2回は転ぶ自信がある。

 

「ああ。色々考えた結果、俺は『自分自身の得点力を上げる』道じゃなくて『敵の得点力を下げながらエースの得点力を上げる』道にした。照屋さんも今狙撃の練習をしてるけど、ワイヤー陣と組ませたら役に立つと思ってな」

 

まあ確かにワイヤーがある中で長距離からの狙撃をされると絶対に嫌だな。俺自身ランク戦で結構狙撃手に落とされてるし。

 

「だろうな。そんじゃ早速試してみるか……よっと」

 

言いながら俺は建物から飛び降りて近くにあるワイヤーを踏んで蹴りを放つ。するとギシッと小さい音が聞こえ、身体は蹴りを入れた方向と真逆の方向に向かう。

 

その先にもワイヤーがあったので今度は右手で掴んでから、身体を捻り向きを変えてワイヤーを離す。同時に間近にある建物を蹴り視線の先に向けて移動をする。

 

そして近くのワイヤーを蹴って建物の屋根を掴み、そのまま屋上に上がる。

 

「どうだった?ワイヤーの移動方法は?」

 

すると俺がいる建物にやって来た辻が感想を聞いてくるが……

 

「悪くないな。慣れれば変幻自在の動きも可能だろうし、グラスホッパーと併用すれば尚良いな」

 

それが俺の感想だ。ハッキリ言ってかなり気に入った。極めればB級上位が相手でもエース以外なら速攻で倒せると思う。

 

「なら良かった。じゃあ実践練習をするか?」

 

「だな、文香。ちょっと付き合ってくれ」

 

「わかりました」

 

離れた場所にいる文香に頼むと、文香は頷いて走り出し、ワイヤーに囲まれた場所に移動する。

 

「んじゃやるが準備は良いか?」

 

「いつでも大丈夫です」

 

屋上から地面にいる文香を見るとそう言って頷く。今回はあくまで練習だが、当然倒すつもりで行かないとな。

 

そう思いながら俺は屋上から飛び降りて近くにあるワイヤーを掴み思い切り引き、途中で方向転換する。そして方向転換した先にある建物に足をつけて蹴り上げて地面に向かって突き進む。

 

対する文香は弧月を作って構えを見せる。構えからしてカウンター狙いだろう。身体を動かしていつでも準備万端と言った所を見せてくる。

 

俺は文香がいる場所に滑空しながら主トリガーのスコーピオンを起動して距離を詰める。そして距離を3メートルまで詰めると右側にあるワイヤーを掴んで引っ張る事で方向転換をして、文香の後ろに回ろうとする。

 

しかし文香も直ぐに後ろを、俺がいる方向に身体を向ける。背中を晒すのは愚策だから当然の行動だ。

 

しかし俺は文香が完全にこちらを向く前に上にあるワイヤーを引っ張って丁度文香の真上に上がる。すると文香は一瞬だけ辺りを見渡すも直ぐに上を向くが一歩遅い。

 

(このままスコーピオンで首を……)

 

そこまで考えた時だった。

 

「うおっ!」

 

いきなり足に軽い衝撃が走ったかと思えば空中で体勢を崩していた。チラッと上を見ると足にワイヤーが引っかかっていた。どうやら使用していないワイヤーを見落としていて、落下中に足に引っかかったようだ。

 

(いくらワイヤー陣での戦闘が初めてアホ過ぎだろ俺?これじゃあ……)

 

チラッと下を見ると文香が申し訳なさそうな表情で弧月を振るってきた。予想外の展開によって動きを鈍らせた俺に対処の方法などなく……

 

『伝達系切断、お兄ちゃんダウン』

 

首を刎ねられて、歌歩の声がトレーニングステージに響く。今回は初陣だから仕方ないが、次はもっと周囲を把握するように心掛けよう。ワイヤーは相手を撹乱するのに使えるが中途半端なやり方では今回のようにこっちも引っ掛かる可能性があるし。

 

そう思っていると、仮想戦闘モードの効果によって刎ねられた俺の首が元に戻り、その反動で足に引っ掛かっていたワイヤーが外れ、俺は重力に従って……

 

 

「え?!は、八幡先輩?!」

 

真下ーーー文香がいる方向に落ちていき……

 

「うおっ!」

 

「きゃあっ?!」

 

そのまま文香を巻き込んでしまった。俺は文香の上にいて文香が背中を地面に打つのが見えた。そして間髪入れずに俺は文香の上に迫ってしまう。

 

予想外の落下に思わず目を塞ぐと同時に……

 

ちゅっ ちゅっ

 

俺の唇と頬に柔らかい感触を感じながらそのまま文香の上に乗ってしまう。

 

衝撃が消えたのを確認して目を開けるとそこには真っ赤になりながら目を見開いている文香がいた。

 

同時に俺は理解してしまった。俺の唇が文香の頬に、文香の唇が俺の頬に当たっている事を。さっきの柔らかい感触は文香の唇と頬の感触だったようだ。

 

つまり俺と文香は今互いの頬にキスをし合っているのだ。それを理解した瞬間、頬が熱くなるのを自覚する。

 

(や、ヤバい……歌歩や姉さんの頬にキスをした事はあるが、文香は初めてだ!文香の頬……歌歩や姉さんとは違った感じの柔らかさ……って違ぇ!)

 

何を堂々と文香の頬を堪能してるんだ?!急いで離れて謝らないといけないってのに!

 

「わ、悪い文香!直ぐに退くから待っ……!」

 

慌てて文香の頬から唇を離して起き上がろうとしたが、俺は再度思考を停止してしまった。何故なら……

 

「やっ……は、八幡先輩……」

 

さっきまでキスの衝撃で失念していたが、俺の右手が文香の胸を鷲掴みしていたのだ。手にはこの世のものとは思えない程モッチリとした柔らかい感触が伝わってきている。

 

(待てぇぇぇぇ!どうしてそうなった?!どんだけ運があるんだよ?!)

 

幸運か悪運のどっちかだって?聞くな。

 

しかし何時までも揉んでいたら悪いと慌てて手を文香の胸から離す。

 

「んっ……あんっ……」

 

すると文香は顔を赤くしながら小さく喘ぐ。それによって内心ドキドキしてしまう。そんな声を出されたら変な気分になっちまうし。

 

内心そんな事を考えながらも文香に謝まろうとするが……

 

「……八幡先輩のエッチ。い、いきなりは困ります。その……嫌ではないですけど、恥ずかしいです」

 

『お兄ちゃん。ちょっと作戦室に戻ってきてね』

 

「……骨は拾ってやるからな」

 

3人の声が聞こえてくる。どうやら俺は作戦室に戻らないといけないようだ。後辻君、骨を拾うだけでなく助けてくれませんかねぇ?

 

その後、俺は歌歩に正座を強いられて1時間近く説教を食らったが、今回は俺が全面的に悪いので文句を言わずに歌歩の説教を大人しく聞いたのだった。

 

そして文香に何でもすると言って土下座をして許しを乞うたら、明日の4日に一緒に遊ばないかと言われた。

 

しかし4日と5日は遥姉さんの家に泊まりに行く約束があるので無理と断ったら、文香と隣にいる歌歩が物凄く機嫌が悪くなり、罰として夏休みの終盤に2人の家に泊まるように(半ば無理矢理)約束された。

 

本来なら拒否したい所だったが、2人の醸し出す雰囲気に逆らえず、気が付けばいつの間にか了承していたのだった。

 

しっかし、姉さんにしろ2人にしろ何を考えているんだ?俺なんかと1日過ごしても楽しくないと思うがな。

 

閑話休題……

 

まあ何はともあれ、文香と歌歩は俺が了承したらいつもの状態に戻ったので良しとしよう。

 

ただし作戦室に戻った瞬間、ダッシュで作戦室から出て行った辻はマジで許さん。次に会う時にはエロ本を見せて思い切り動揺させてやるつもりだ。

 

そんなアホな事を考えている間にも時間は経ち、翌日の8月4日……

 

 

 

 

 

「いらっしゃい弟君」

 

遥姉さんの家で2人きりのお泊まり会が幕を開けたのだった。



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比企谷八幡は義姉の家に泊まる①

数学、それはこの世で最も必要ない存在である。無くても生きていけるし、大学受験でも俺のように私立文系を目指す人には無用の長物である。よって夏休みの数学の宿題はやらなくて良いはずだ」

 

「いや良くないからね?はい次の問題に行くよ」

 

どうやら口に出していたようだ。遥姉さんがジト目を向けながら俺の頬を突いてくる。その仕草は可愛いが数学の宿題は嫌だなぁ……

 

現在俺は姉さんの家で夏休みの数学の宿題をやっている。夏休みの宿題は修行の邪魔になると思い、殆どは7月に終わらせたが数学だけはやる気になれず8月になっても残っていたので姉さんから教わっている。

 

そして何故図書館やボーダーの作戦室ではなく姉さんの家でやっているかと言うと……

 

「今日はお泊まりするからちゃんと頑張るようにね、弟君?」

 

そう。俺は今日と明日ーーー8月4日と5日は姉さんの家に泊まるのだ。理由としてはその2日、姉さんの両親は出張と昔の友人との再会の為に泊まりで外出していて、寂しさを感じると思った姉さんが俺に泊まるように頼んできたからだ。

 

最初は断ろうとしていたが、メールの内容を見て断ったら姉さんは間違いなく悲しむだろうと思い、それを避けるべく姉さんの誘いに乗ったのだった。

 

「はいよ……これで合ってるか?」

 

言いながら姉さんから教わったやり方で解いた問題を見せる。ノートを見た姉さんは目を動かし確認する。そして……

 

「うん正解。苦手なのによく頑張ってね偉い偉い……んっ……ちゅっ……」

 

姉さんはそう言うと笑顔になり、右手で俺の頭を撫でながら顔を寄せてきて俺の両頬にキスを落としてくる。

 

(……大問1つ正解したらご褒美に頭撫で撫でと両頬にキス……改めて考えると凄いご褒美だな)

 

既に数学の宿題を始めてから数時間、何十回もご褒美を貰っているが未だに飽きる気配がない位だ。今更だが俺も大分姉さんのスキンシップに慣れてきたな。少し前なら顔を熱くしながら慌てている自信がある。

 

「じゃあ次の問題に行くよ。次は難しいから頑張ってね」

 

「はいはい」

 

俺が嫌々そう返すと姉さんは頬を膨らませて指で俺の唇を突いてきた。

 

「弟君。めっ、だよ。はいは1回」

 

何この姉さんの仕草。小動物みたいでメチャクチャ可愛いんですけど?こんな風に言われたら従うしかないだろ?

 

「わかったよ。次からは気を付ける」

 

「良い子良い子。次からは気を付けようね?」

 

姉さんはそう言うと笑顔に変わって再度撫で撫でをしてくる。ダメだ、歌歩とは違うベクトルで癒される。義姉……姉さんから提案してきた事だが、グッとくるな。

 

そんな事を考えながら俺は姉さんに頭を撫でられてドキドキしながらも数学の宿題を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

それから更に数時間して……

 

pipipi……

 

アラームが鳴り出したので問題集から顔を上げると、テーブルの上にあった姉さんのスマホが5時を告げていた。

 

「もう5時かー。今日の勉強はここまでにして夕食を作ろうか」

 

姉さんはそう言うと伸びをする。すると姉さんが持つ割と立派な膨らみが揺れたので思わず目を逸らしてしまう。薄着だからか凄い躍動感を見てしまった……!

 

内心ドキドキする中、姉さんは俺のリアクションに気付くことなく立ち上がる。

 

「じゃあ今から作るけど、1時間位待っててくれるかな?」

 

「あ、いや。それは悪いし手伝うぞ?」

 

いくら客とはいえ姉さんに料理をさせて自分は1時間位暇潰しをするのはどうかと思うし。

 

「そう?じゃあお願いして良いかな?」

 

「ああ」

 

「ありがとね弟君。それじゃあ行こうか」

 

姉さんはそう言うと自室から出て行くので俺もそれに続く。階段を降りてキッチンに入ると結構立派なキッチンである事を理解した。

 

「で、何を作るんだ?」

 

「ちょっと待ってね……弟君はお肉とお魚、どっちが好き?」

 

姉さんは冷蔵庫を見ながら聞いてくる。うーむ……どちらも嫌いではないが……

 

「肉だな。朝は魚を食べたし」

 

夜は肉の気分だな。そう判断して返事をすると姉さんは冷凍庫から豚肉を出してくる。

 

「じゃあ豚の生姜焼きでどうかな?」

 

「構わない」

 

「決まりだね。じゃあ弟君はサラダを作ってくれる?」

 

「了解した」

 

言いながら俺は姉さんの出してきた野菜を水で洗う。全て洗い終えて、まな板を出して包丁で一口サイズに切り始める。隣では姉さんが生姜焼きの前に味噌汁を作るつもりなのか鍋に水を入れていた。

 

それを確認した俺は野菜を切っている時だった。

 

「ねぇ弟君」

 

「何だよ?」

 

いきなり名前を呼ばれたので横を見ると……

 

「こうやって2人で料理をしているのって……まるで新婚夫婦みたいだね」

 

「ガハッ!」

 

ウットリした表情で爆弾を投下してきた。や、ヤバい……!破壊力があり過ぎる……!

 

「馬鹿言ってないで料理を続けるぞ」

 

「むぅ……」

 

俺は姉さんから目を逸らして目の前にある野菜を切るのを再開する。断て煩悩よ!余計な事を考えずにサラダを作るのに集中しないと……!

 

 

しかし新婚夫婦か……あり得ないがもしも姉さんと夫婦になった場合……

 

 

『おかえりなさい、アナタ♡』

 

『ただいま姉さん』

 

『もう……私達は夫婦になったんだから姉さん呼びはお終い』

 

『わ、悪かったよ……は、遥』

 

『よろしい。それでアナタ……ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ、私にする?』

 

 

(って、何を考えてんだ俺は?!)

 

「え?!弟君?!」

 

とんでもない妄想をした俺は煩悩を断つべく首を思い切り振ると、姉さんは心配そうな表情で俺を見てきた。

 

「大丈夫弟君?!何かあったの?」

 

いや、姉さんとの夫婦生活を妄想したらヤバい妄想をしただけです。

 

「(まあ馬鹿正直には言えないけどさ)い、いや何でもない。気にするな」

 

「いや気にするからね?!本当に大丈夫?!」

 

言いながら姉さんは俺との距離を詰めて俺の顔を覗き込んでくる。それによって姉さんの顔が嫌でも目に入る。

 

麻栗色の艶がかった綺麗な髪、見る人に希望を与える美しい瞳、長くパッチリとした睫毛、俺の頬に何度もぶつけてきた小さくも美しい桜色の唇、端正な顔。

 

改めて考えると俺の義姉は凄く可愛いのだ。実際嵐山隊の特集でも姉さんは美人と評されているし、学校のファンクラブでは既に会員が20

0人近くいるのだ。

 

そんな姉さんが俺を心配してくれている。それについては嬉しいが……

 

「だ、大丈夫だ姉さん。気にしないでくれ」

 

そんな表情で見つめられたらドキドキが止まらなくなってしまう。俺はさりげなく姉さんを押して距離を取りながら心配ない事をアピールする。

 

「本当に?もし気分が悪いなら無理しないでね?」

 

「大丈夫だって」

 

俺がそう返すと姉さんは不満タラタラの表情を浮かべながらも俺から目を逸らして味噌汁を作るのを再開する。

 

危なかった。しかし姉さんも割と心配性だな。予想以上で驚いた。

 

(まあ他人に心配された事なんて碌に無かったし、嬉しかったけど……)

 

もしも姉さんと夫婦になったら同じように心配性を発揮するのだろうか?いや、するだろうな。

 

しかし姉さんと夫婦になった場合……

 

『じゃ、じゃあ遥にしたい』

 

『もう……昔から変わらないわね。本当にエッチなんだから』

 

『待て姉さん。俺は『遥』……遥。俺は別にエロい事をした事はないからな?』

 

『ふーん。文香ちゃんを押し倒したり、歌歩ちゃんとちゅっちゅっしたり、柚宇さんの胸に鼻の下を伸ばしたのに?』

 

『すみませんでした』

 

『やっぱりエッチじゃん。まあ過ぎた事だから文句は言わないけど……もう私以外にはエッチにならないでね?』

 

『あ、ああ』

 

『なら良し。その代わり私になら幾らでも……』

 

(ダメだ……!煩悩退散煩悩退散!色欲は消えろ)

 

「弟君?!」

 

煩悩退散の為に首を振っていると、再度姉さんが話しかけてくる。

 

何て妄想をしてるんだ俺は?!義理とはいえ姉に対してそんな感情を抱いているとは……!マジで恥ずかしいな。

 

「弟君?!やっぱり疲れてるんだね。私が料理するから座ってて」

 

「いやちょっと待て。俺は「良いから座る!」あ、おい!」

 

姉さんは俺の言葉を無視して、俺の背中を押して強制的に椅子に座らせた。同時に俺は立ち上がるのを諦めた。立ち上がった所で再度姉さんに座らさせられるのは間違いないし。

 

(それに場合によっては俺の妄想を知られる可能性も万が一にあり得るかもしれないし大人しくしておこう)

 

 

そう判断した俺は姉さんに逆らわずに食事が出来るまで椅子に座り続けた。そして夕食の時にも姉さんに心配されて、あーんで食べさせられたがアレは恥ずかしいから自重して欲しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば弟君さ。最近何かあったの?」

 

夕食後、俺は姉さんと一緒にリビングのソファーに座って前回のランク戦を見ているが、俺の膝の上に乗っている姉さんがそんな事を聞いてくる。

 

「どうしたいきなり?」

 

「うーん。今の試合を見てても、弟君の動き方がこう……野生的というか……少し激しくなった気がするんだよね。何か修行でもしてるの?」

 

そう言って姉さんがテレビを見ると、テレビに映る俺は影浦先輩と相対しているが戦闘中に蹴りを多用したり、空中で1回転して影浦先輩のマンティスを辛うじて避けている。

 

姉さんは俺が変わったというが正解だ。これは間違いなく玉狛で小南と戦った影響だろう。小南の動きはかなり独特で対処がし辛いので、俺も見様見真似で実行している。今は殆どの動きは猿真似だが、遠くない未来には会得するつもりだ。

 

しかし馬鹿正直に説明するつもりはない。姉さんの事は大切に思っているが姉さんは俺達比企谷隊と同じようにA級を目指す人間ーーーいわばライバルだ。おいそれとこちらの手の内を晒すつもりはない。

 

「まあ色々だよ」

 

「むぅ……教えてくれない?」

 

すると姉さんは一度俺の膝の上から降りたかと思えば、俺と向き合う形で再度膝の上に乗って膨れっ面を見せてくる。

 

つまりこの状況を説明すると、俺はソファーの上に、姉さんは俺の膝の上に座って見つめ合っている状況だ。姉さんの手は俺の肩に触れているので端から見たら抱き合っているようにも見えるかもしれない。

 

(姉さんに抱きつかれるのは慣れているが……ドキドキを完全に無くすのは無理だな)

 

いくら殆ど毎日抱きしめられているとはいえ、姉さんの匂いや美貌、身体の柔らかさに対して、ある程度焦らずに済むのは可能でも平静を保つのは無理だろう。

 

しかし……

 

「そんな顔をしてもダメだ。まあ嵐山隊が新しく考える戦術を教えてくれるなら構わないが」

 

しかしこれは拒否するだろう。俺が姉さんの立場なら絶対に断るだろう。案の定姉さんも膨れっ面のまま、ため息を吐く。

 

「まあ普通そうだよね。私が弟君の立場なら何があっても教えないだろうし……ごめん、さっきのお願いは忘れて」

 

「別に怒ってないから気にするな。敵チームの情報を調べようとするのは基本中の基本だからな」

 

「んっ……ありがとう弟君」

 

言いながら姉さんは優しい笑顔を浮かべて自分の頬を俺の頬に当ててスリスリしてくる。今更だが姉弟は普通こんなスキンシップを取るのか?いや、取らないだろうな。

 

(まあ俺自身嫌じゃないし、断ると姉さんが悲しむから断らないけど……)

 

そこまで考えていると………

 

 

piroro……

 

「あ、お風呂が沸いたみたいだね」

 

軽やかな音楽が流れたかと思えば姉さんがそんな事を言ってくる。そういや姉さんはランク戦を見る前に風呂を洗っていたな。

 

「じゃあ弟君。先に入って良いよ」

 

「ん?普通家主のお前が先じゃないのか?」

 

「弟君はお客様だから先で良いよ。わ、私は後で入るから」

 

言うなり姉さんは真っ赤になりながらも俺の膝の上から降りて俯く。何故真っ赤になるんだ?訳がわからん。

 

しかし姉さんを見る限り動く気配は全くない。無言で先に行けと言っている気がする。

 

「……わかった。じゃあ先に入らせて貰うぞ」

 

「う、うん。ごゆっくり……」

 

真っ赤になった姉さんに一言だけそう言って、俺は持ち込んだ着替えを持って風呂場に向かった。

 

そして服をパパッと脱いで風呂場に入る。見ると湯船はかなり大きかった。ウチの2倍くらいありそうだ。

(本来ならゆっくり入りたいが姉さんを待たせるのは悪いし、早めに身体を洗って出ないとな……)

 

俺は桶で湯船のお湯を掬って頭からぶっ掛ける。熱いお湯が全身に浴びる事になって気持ちが良い。

 

お湯を全身に浴びた俺は間髪入れずにシャンプーを頭に付けて擦り出す。大量の泡が生まれ目に入りそうになったので目を閉じた時だった。

 

「弟君、お湯の温度は大丈夫?」

 

扉の向こうから姉さんの声が聞こえてくる。

 

「大丈夫だ。丁度良い」

 

熱いお湯は俺の汚れと疲れを落としてくれるからありがたい。内心俺にピッタリの温度に合わせてくれた姉さんに感謝しながらシャワーを浴びてシャンプーを洗い流す。熱いお湯が頭から降り注ぐ中、手で頭を擦り汚れを落とす。夏ながら汗臭いし念入りに洗わないとな。

 

そう思いながらも俺はシャンプーを全て洗い流した。

 

(良し、次は身体を洗うか「お、お邪魔します」……え?)

 

次の方針を決めようとした時だった。扉の開く音と姉さんの声が聞こえたので振り向くと……

 

 

 

 

 

 

 

「せ、背中を洗いに来たよ……お、弟君」

 

バスタオル以外に何も身につけていない姉さんが顔を真っ赤に、恥じらいを露わにしながら風呂場に入ってきたのだった。

 

……え?



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比企谷八幡は義姉の家に泊まる②

パラダイス

 

それはかつてアダムとイブが住んだというエデンの園の事を意味する。

 

しかし最近の人間は正確な意味を知らず、幸せがある場所位の認識でしかない。まあ決して間違った意味ではないのでその辺は気にしないが。

 

とりあえずパラダイスを楽園と言うなら俺が今いる状況は世間一般から見たらパラダイスなのだろう。

 

しかし当事者である俺は……

 

「お、弟君……」

 

いきなりのイベントによって何も感じることが出来なかった。目の前では俺の義姉の綾辻遥姉さんがバスタオルを巻いて立っていた。

 

え?何で姉さんがここにいるんだ?今は俺が風呂に入っているのに?

 

改めて姉さんを見るとバスタオルを巻いている。しかし肩や美脚は惜しげもなく晒されているし、タオル越しでも胸の膨らみがハッキリて見て取れる。

 

大事な所は隠れているが物凄く色気を放っていて、顔に徐々に熱が溜まってきている事を嫌でも実感してしまう。

 

姉さんの艶姿から目を逸らせずにいると……

 

「お、弟君……恥ずかしいからあんまり見ないで……」

 

姉さんは恥ずかしそうに顔を赤らめて身を捩る。それを見た俺はもっと見たい気持ちが湧きだすが……

 

「わ、悪い!」

 

それ以上に悪いという気持ちが湧きだしたので後ろを向く。それ以前に姉さんの艶姿は長時間見ていたらヤバそうだしな。

 

そんな事を考えていると、後ろーーー姉さんのいる方から水音が聞こえて、直ぐ後ろから人の気配を感じる。

 

「お、弟君……背中、流すけど良いかな?」

 

そう言ってから俺の背中にひんやりとした感触が伝わるが、これは姉さんの手だろう。

 

「ね、姉さん。その前に聞きたいんだが……何でいきなり風呂に入ってきたんだ?」

 

俺は姉さんにそう質問してしまう。姉さんのスキンシップは激しいのは前から知っていたが、ここまで激しいスキンシップをしてくるのは予想外だった。

 

すると……

 

「そ、その……負けたくないから」

 

「は?」

 

姉さんはよくわからない事を言ってきた。負けたくないから?誰に対して?何について?

 

「あ、いや!何でもないよ!ただ弟君と一緒に入りたかっただけ!」

 

すると姉さんは焦りながらもそう言ってくる。これは嘘ではないだろう。姉さんは多分俺と入る気持ちはあったのだと思う。

 

しかし1番の理由は最初に言った負けたくないから、だろう。何について負けたくないかは理解出来ないが間違いなく本気でそう思っているのだろう。

 

そんな事を考えていると、姉さんが再度口を開ける。

 

「と、とにかく!お姉ちゃんは弟君と一緒に入りたいの。だから……入って良いかな?」

 

言いながら姉さんは俺に不安の混じった声で聞いてくる。姉さんは卑怯だ。そんな声をされたら嫌だ、なんて言えるはずもない。それにここで断ったら姉さんは悲しみながら何度も謝るのは容易に想像出来る。そんな姉さんを見るのは嫌なので……

 

「……好きにしろ」

 

姉さんを追い出すことは諦めて、姉さんの好きにさせる事にした。

 

「……うん。ありがとう弟君。大好きだよ……」

 

姉さんの言葉と同時に俺の背中に姉さんの手の感触以外の感触ーーースポンジと思われる感触が伝わってくる。

 

しかし今の俺はその感触を殆ど気にしていなかった。何故なら……

 

(姉さん、いきなり変な事を言わないでくれよ。姉弟として大好きって言ったのかもしれないが、こっちからしたら勘違いしちまったからな?!)

 

姉さんの大好き発言に顔を熱くしてしまう。幾らスキンシップが激しいからって、言葉でスキンシップをするのは止めてくれ。

 

内心思い切り叫ぶ中、姉さんはスポンジを使って俺の背中を擦り始める。

 

「どうかな弟君?痛かったりくすぐったかったりしたら直ぐに言ってね?」

 

姉さんはそう言って優しくスポンジを使って擦る。

 

(……参った。スポンジはそこまでくすぐったくないが、姉さんが背中を洗っていると考えたらむず痒くなってきた)

 

しかしそれは仕方ないだろう。姉さんはボーダーでも学校でもトップクラスの美少女なのだ。そんな姉さんがバスタオル姿で裸の俺の背中を洗っているのだ。変な気分になっても仕方ないだろう。

 

すると俺が返事をしなかった事が気になったのか姉さんが話しかけてきた。

 

「弟君?」

 

「っ……あ、ああ悪い。特に不満はないから大丈夫だ」

 

「うん……」

 

姉さんは切ない声を出して背中を洗うのを再開する。ダメだ……マジで鼻血が出てきそうだ。

 

暫くの間姉さんの優しい手つきに耐えていると、背中から伝わる感触が消えた。その事から背中を洗い終えたのだろう。

 

「背中は終わったよ」

 

すると姉さんが予想通りの言葉を言ったので俺はシャワーを浴びて背中の石鹸を洗い流し始めた。顔に溜まった熱も洗い流す為にシャワーの温度を若干下げて。

 

それから1分、シャワーを浴びて頭を冷やした俺は一息吐く。

 

「ありがとな姉さん。後は前を洗うからもう少し待っててくれ」

 

「う、うん……その、弟君さえ良ければ前もやる、よ?」

 

「すまん。それはちょっと勘弁してくれ」

 

「わ、わかった」

 

姉さんが了承したのを聞いたのて早めに前側を洗い始める。流石に姉さんに前側ーーー特に下半身を洗われたら理性が飛ぶ可能性もあるし遠慮しておこう。

 

俺は速攻で前側の部分を泡で覆わせてシャワーを使って洗い流す。一刻も早く風呂から出る度に。

 

そして全ての泡を流した俺はシャワーを止めて……

 

「じゃあ俺はもう出るからごゆっくり」

 

言いながら俺は風呂場から出ようと立ち上がる。俺は姉さんと違ってタオルの準備をしておらず隠すものがない。

 

従って姉さんに俺の裸を見せて不快にならないよう、早く風呂場から出ようとするも……

 

「ま、待って!」

 

いざ目を瞑って歩こうとすると、その前に姉さんに腕を掴まれる。姉さんの艶姿を見ないように目を瞑っているので姉さんがどんな表情で俺を止めたかは理解出来ない。

 

「な、何だよ?」

 

目を瞑っているとはいえバスタオル1枚の姉さんの姿が頭に浮かんでいてヤバいから早めに話を終わらせて欲しい。

 

そんな事を考えていると……

 

 

 

 

 

 

「そ、その……弟君。弟君さえ良ければ、一緒にお湯に浸からない?」

 

 

え?

 

 

 

 

 

 

それから5分後……

 

「じゃ、じゃあ入るね」

 

「あ、ああ」

 

身体を洗い終えた姉さんは湯船に浸かっている俺に話しかけてくるので、俺はお湯から顔を上げず俯いた状態で返事をした。

 

結局俺は姉さんの誘いを断れずに湯船に浸かっている。いや、最初は断ろうとしたんだが視界が真っ暗の中、いきなり正面から柔らかい感触が伝わってきたので思わず目を開けたら……

 

 

『お願い……』

 

バスタオル1枚で俺に抱きついて涙目+上目遣いでおねだりをしてくる姉さんが居て、気がつけば湯船に浸かっていたのだ。

 

しかしそれは仕方ないだろう。あんな表情をした姉さんのおねだりを聞けない男はいないと断言出来る。断る奴は血が通っていない奴位だろう。

 

閑話休題……

 

そんな訳で俺は湯船に浸かっていて、姉さんは今から入るようだ。

 

「んっ……」

 

姉さんの消え入るような声が聞こえると同時に、チャプっと水しぶきが飛んで、湯船の水位が上がる。その事実が姉さんが湯船に入った事を如実に表してきた。

 

その事を認識して顔に熱が溜まるのを実感している時だった。

 

「弟君……」

 

姉さんの言葉と共に、後ろから姉さんの色白とした手が俺の脇を通ってそのまま俺の胸に回されたかと思えば……

 

 

「ね、ねねね姉さんっ?!」

 

俺の背中に柔らかい感触が伝わってくる。それも今までに感じた事がない位の柔らかい感触が。

 

姉さんの両手は俺の胸に回されている。その事から俺の背中に伝わる感触の正体は……

 

(む、胸、だよな……しかもバスタオルは巻いてない……!)

 

バスタオルの感触は無く、ムニムニした感触。これ絶対に姉さんの生の胸だろ?!

 

つまり今は俺は全裸でお湯に浸かりながら、同じく全裸の姉さんに背中から抱きつかれている状態ということになる。

 

や、ヤバい!今まで何度目姉さんにドキドキさせられた事はあるが今回は別格だ。余りにドキドキしてきて恥ずかしいを通り越して、ムラってしてきたぞ……

 

てか姉さんがここまで迫ってくるならこっちも攻め返して良いんじゃね?据え膳食わぬは男の恥って……

 

(違う!アホか俺は?!そんな事をしたら洒落にならないからな!)

 

危ねぇ……一瞬マジで姉さんを食べようと考えてしまった。そんな事をしたらアウトなので気を付けないとな。

 

そんな事を考えていると……

 

「んっ……弟君の身体、逞しいね……」

 

姉さんはそう言って抱きしめる力を強める。それはつまり姉さんの胸が必然的に俺の背中に今以上に押し付けられている事を意味している。

 

「ね、姉さん……何でいきなり抱きつくんだよ……」

 

「あ……ご、ごめん。いきなり抱きつかれたら嫌だよね……」

 

「いや別に嫌って訳ではないが……いきなりで驚いたんだよ」

 

いきなり抱きついたことに関してはドキドキはしたものの特に怒ってはいない。今まで何度も抱きつかれてるし。今回は互いに裸だから気になっただけだ。

 

「その……弟君の背中を見ていたら抱きしめたくなっちゃって……」

 

そんな事を言ってくる。つまり本能に従って抱きついたと?なら責めることは出来ねぇな。何かしら狙いがあるならともかく、悪意無くやった事を責めるつもりはない。

 

「そ、そうか……」

 

「うん……弟君」

 

「な、何だ?」

 

「その……弟君が嫌じゃなかったら私も抱きしめて、欲しいな……」

 

姉さんは背中からとんでもない事を言ってくるが……

 

「済まん姉さん。流石にそれは勘弁してくれ」

 

こればかりは無理だ。姉さんの悲しむ顔を見ることになっても無理だ。

 

「そっか……」

 

「悪いな。でも裸の姉さんを抱きしめたりしたら襲ってしまうかもしれないしな」

 

そしたら俺はブタ箱行きで姉さんは心が壊れてしまうかもしれない。そんな事は誰も彼も望んでいないだろう。

 

そこまで考えていると……

 

 

 

 

 

 

「わ、私……弟君になら襲われても良いよ」

 

姉さんが予想外のことを言ってくる。

 

…………はい。姉さんは俺になら襲われても良いだと?それはつまり俺の理性がぶっ飛んで思う存分姉さんで楽しんでもお咎め無しって事だよな?

 

(マジで?いやいや流石にそれはないだろ?……いやでも、一緒に風呂に入ったり、全裸で抱きついたりしてる姉さんだし嘘ではなさそうだし……やっぱり良いの……んっ)

 

そこまで考えていると不意に頭がクラクラしてきた。何だこれは?

 

疑問に思っていると意識も朦朧としてきた。

 

(もしかしてのぼせたのか?)

 

あり得ない話ではない。長時間風呂に入り、姉さんに抱きつかれたりされていて顔に熱は溜まってるだろうし。

 

「(ダメだ……!もう限界……!)済まん姉さん!俺はもう出る!」

 

「えっ?!」

 

姉さんが驚きの声を出す中、俺は姉さんが怪我しない程度に優しく姉さんからの抱擁を解く。その際……

 

「あっ……お、弟君っ……」

 

俺の手が姉さんの胸を鷲掴みにしていた。しかし昨日の文香とは違って生の胸をモロに、だ。

 

この世の物とは思えない位モッチリとした至福の感触が俺の手の中で暴れ出す。

 

(マジか……凄く柔らかいって、違う!余計な事を考えるな!)

 

これ以上余計な事を考えたら理性がぶっ飛んでしまうだろう。

 

「マジで悪い!先に上がるけど、姉さんが上がったらちゃんと詫びをする!」

 

「んんっ……弟君……」

 

姉さんの嬌声を耳にしながら俺は湯船から出て、全速力で風呂場から出た。

 

(危なかった……とりあえず理性がぶっ飛ぶという最悪の事態は回避出来たな……次は不可抗力とはいえ姉さんの胸を揉んだし、姉さんが出てから謝ろう)

 

そう思いながら俺はタオルで身体を拭いてパジャマを着る。許して貰えるかはわからないが誠心誠意を込めて謝ろう。それが最善の手だろうし。

 

内心許して貰える事を祈りながらも俺はパジャマを着て洗面所を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「お、弟君のエッチ……私だって嫌じゃないけど、いきなりは恥ずかしかったな……」



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比企谷八幡は義姉の家に泊まる③

風呂から出た俺はリビングにて水を大量に飲んでいる。

 

理由は簡単、さっき全裸で姉さんに抱きつかれた挙句、姉さんの胸をモロに揉んだ事によって顔に生まれた熱を無くす為である。

 

アレはマジでヤバかった。思わず姉さんに手を出してしまいそうだったし。しかし姉さんの胸……本当に柔らかかったなぁ……って!

 

(アホか?!折角頭を冷やしていたのに再度思い出して再熱してどうすんだよ?!)

 

と、とにかく!姉さんが上がってきたら誠心誠意を込めて謝ろう。原因として姉さんが俺が入浴中に乱入したり抱きついたりしてきたのもあるが、手を出した時点で悪いのは俺だ。許して貰うまで謝って警察だけは勘弁して貰わないとな……

 

そんな事を考えていると後ろからガチャリとドアが開く音が聞こえてきたので、姉さんが風呂から上がったのだろう。そう判断して振り向くと絶句してしまった。そこには……

 

「あ……弟君」

 

そこには色っぽい姿の姉さんが居た。着ているのは真っ白のネグリジェだったが色がメチャクチャ薄く、その下に着ている水色のブラジャーとショーツが割と繊細に見える。

 

その上、姉さん本人のルックスのレベルも高い事もあり、メチャクチャ美しく、神々しくもあった。

 

俺はゴクリと喉が鳴って見惚れてしまうも、本来の目的を思い出して頭を下げる。

 

「姉さん……その、風呂場では済まなかった」

 

許して貰えるかはわからないが、俺が反省していることについては理解して欲しい。

 

「あ、ううん……弟君は悪くないよ。元々私が弟君が入っているのに一緒に入りたくて入ったのが悪いんだし」

 

頭の上から姉さんの声が聞こえてくる。姉さんの声音から嘘を吐いているとは思えない。本当に気にしていないのだろう。

 

「いや、でもだな……「そ、それに……」それに?」

 

「わ、私は弟君になら……い、嫌じゃないし……」

 

「…………」

 

ダメだ。今日はフリーズする事が多いな。全部姉さんの所為だけど。とんでもない事を言ってくるな姉さんは。

 

俺が絶句している中、姉さんは俺の横に座って太腿を優しく撫でてくる。すると俺は再起動して物凄い勢いで顔に熱が溜まる。今日はフリーズしたり熱を溜めたりと、俺の顔は忙しいな。

 

「だから弟君は気にしなくて良いんだよ……謝らなくても良いんだよ……」

 

「あ、ああ」

 

なんとかそう返すも身を寄せてくる姉さんばかり見ていて空返事だった。

 

姉さんの白魚のような手は俺の太腿を撫でて、姉さんの美術品のように美しい身体は俺の身体に寄せられて、姉さんの可愛らしさと美しさを兼ね備えた顔は俺の肩に乗せられる。

 

姉さんの全てが俺の理性を刺激してくる。姉さんの身体の柔らかさや匂いのフルコースは世界で最も魅力的で蠱惑的と断言出来る。

 

「弟君……」

 

「な、何だ?」

 

「弟君の顔、整ってるなぁって……」

 

「目の腐りが台無しにしてるけどな」

 

客観的に俺の顔は整っているらしい。眼鏡をかけた俺を見た奴の大半が「目の腐りが無ければイケメン」と口を揃えて言ってくる位だし。

 

「ううん。確かに弟君の目は澱んでるよ。でも目の奥には強い優しさが見える。私、眼鏡をかけた弟君のファンだけど、眼鏡をかけてない弟君の顔も好きだよ」

 

「ね、姉さん?!」

 

言いながら姉さんは俺の太腿を撫でていた手を太腿から離して、俺の手を握ってきて指を絡めてくる。俗に言う恋人繋ぎってヤツだ。まさか(義理の)姉とそんな事をするとは思わなかった。

 

思わず姉さんを見るとトロンとした瞳を俺に向けてくる。その瞳は人を魅了する魔力でもあるのか不思議と目を逸らすことが出来なかった。

 

俺が顔を動かさずに姉さんの瞳を見つめていると、姉さんは顔を近付けてくる。

 

(まだいつものように頬にキスを……っ!違う!)

 

姉さんの唇の軌道を見る限り、姉さんの唇の終着点は恐らく俺の頬ではなく……

 

(唇……なのか?)

 

姉さんの顔は横にズレることなく、ただただ真っ直ぐに近寄ってくる。

 

(ヤバいヤバいヤバいヤバい……!これ以上は……!)

 

慌てて顔を逸らそうとした時だった。

 

 

pipipi……

 

「……っ!」

 

突如テーブルの上にある姉さんの携帯が鳴り出し、同時に姉さんは真っ赤になって跳ぶように俺から離れる。危なかった……姉さんの携帯が鳴らなかったら唇を奪われていたかもしれん。

 

(いや、まあ姉さんとキスをするのは嫌って訳じゃないんだが、義理とはいえ姉弟間でキスをするのは問題だからな……)

 

姉さんは携帯を開いて操作し始める。その事から電話ではなくとメールだろう。とりあえず姉さんがメールを打ち終えたら寝る事を提案しよう。さっきの続きを要求される可能性もあるし。

 

そんな事を考えていると姉さんが携帯を閉じるのが目に入る。テーブルに携帯を置くと真っ赤な表情をしなから俺を見てくる。

 

「お、弟君……さっきは変な気分になっちゃって……ごめんね」

 

「別に構わない。それより夜も遅いし寝ようぜ」

 

またキスをするような空気になったらどうにかなっちまいそうだし、眠りに逃げるのは間違ってないだろう。

 

「う、うん……じゃあ……一緒に寝よ?」

 

……うん、予想はしていたが本当に要求してきたよ。一緒にお風呂に入って、全裸で抱きつかれて、胸を揉んで、キスをしようとして、最後に色っぽい格好をした姉さんと一緒に寝る流れ……

 

(完全に姉さんのフルコースじゃねぇか。このフルコース100万円以上の価値があるぞ……)

 

しかし姉さんの誘いに乗ると、ヤバそうな気がする。かと言って姉さんを出し抜くのは至難の技だし……

 

方針に悩んでいると……

 

「弟君……行こ?」

 

姉さんは俺が結論を出す前に自身の指を俺の指に絡めてから、手をギュッと握って歩き出す。

 

俺は姉さんの行動の早さに抵抗することすら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

寝室ーーー姉さんの部屋に案内された俺は姉さんに優しく押されてベッドに倒れ込む。慌てて起き上がろうとするも、その前に姉さんは電気を消して、窓から注がれる月の光を頼りベッドに上がって……

 

「弟君……」

 

俺に抱きついてくる。逃さない為か俺の首に両手を絡めてきて、それによって姉さんの胸が俺の胸板に当たり柔らかな感触を感じる。

 

「ね、姉さん……今日は妙にスキンシップが激しくね?」

 

姉さんが俺に抱きついたり頬にチュッチュッしてくるのは日常茶飯事だが、一緒にお風呂に入って抱きついてきたり唇にキスをしようとするように激しいスキンシップは完全に予想外だった。何かあったのかと気になってしまう。

 

「だって……寂しいから」

 

「寂しい?」

 

「……うん。夏休みだから学校が無いし、互いの防衛任務、嵐山隊の広報活動とかがあって弟君に会える時間が格段に減って……久しぶりに弟君に会えて……思い切り甘えたくなっちゃったの……」

 

姉さんは暗闇でもわかるくらい顔を赤くしながら理由を説明してくる。姉さんって甘えん坊だな……

 

「だからね……今日弟君が泊まってくれて凄く嬉しいの。ありがとね」

 

ちゅっ……

 

言いながら姉さんはいつものように頬にキスを落としてくる。ダメだ、そんな風に言われてキスをされたら離れてくれなんて言えない。

 

(仕方ない……今日は抵抗しないで姉さんに甘えられるか)

 

「どういたしまして。姉さんが甘えたいなら好きに甘えてくれ。今日はもう抵抗しないから」

 

「うん……ありがとう弟君……ちゅっ……ちゅっ……」

 

姉さんはそう言ってから頬にキスをするのを再開する。朝になったら洗い落としておこう。明日は防衛任務があるし文香や歌歩に見られたら説教は確実だし。

 

そんな事を考えていると眠気が襲ってくる。もう12時前だから仕方ないだろう。

 

しかしそれ以上に俺に抱きついている姉さんの温もりがとても気持ちが良く眠気を誘ってきているからだ。

 

「(ヤバ……もうダメだ。寝よう。おやすみ、姉さん)」

 

俺は未だにキスを続けている姉さんに心の中でおやすみの挨拶をする。その言葉を最後に瞼の重みが限界になったのでゆっくりと目を閉じた。

 

最後に感じた姉さんの温もりと匂いに幸せを感じながら。

 

 

 

 

 

 

「んっ……ちゅっ……弟君?」

 

「すぅ……ぐぅ……」

 

それからどれ位経過したのか、義弟の八幡の頬にキスをしていた遥はふとした瞬間、八幡が寝ている事に気がついた。

 

「ふふっ……寝ている弟君も可愛いなぁ……」

 

遥は楽しい気持ちになりながら八幡の顔を見る。すると……

 

「あっ……」

 

遥は八幡の唇を目に入れてしまう。少し前に奪おうとした唇を。

 

(弟君の唇……)

 

それを認識した遥は少しずつ自分の顔を八幡の顔に近付け、終いには互いの顔の距離を5センチ未満ーーー少し顔を前にやればキス出来る位まで縮めた。

 

「弟君……」

 

遥は更に距離を詰めようとするが、動きを止める。同時に最愛の義弟や義弟のチームメイトの女子2人の顔が頭によぎる。

 

(やっぱり弟君が寝ている時に抜け駆けは良くないのかな……でも).

 

我慢出来ない。

 

言葉に出さず、心の中でそう呟いた遥は自身の顔を前に出して……

 

 

 

ちゅっ……

 

一瞬だけ自分の唇を八幡の唇に重ねる。

 

触れるだけのキス。1秒もしていないにもかかわらず、遥の顔には熱が溜まる。しかし遥はこの熱を不思議と気に入っていた。

 

「寝ている時にごめんね。でも我慢が出来なくて……弟君……大好きだよ。本当に大好き。歌歩ちゃんや文香ちゃんは負けたくない。いつか絶対に私の気持ちを気付いて貰うから、ね?」

 

ちゅっ……

 

遥は再度八幡の唇にキスを落とす。本音を言うと今直ぐ義弟を起こして自分の想いを伝えたいが、今の遥には面と向かって話す事は恥ずかしくて出来なかった。

 

遥は八幡の唇から離れてから両腕を八幡の首に絡めて、頰ずりをし始める。

 

「んっ……んんっ……」

 

「弟君……本当に可愛いなぁ……おやすみ、弟君」

 

遥はそう言って幸せな気分のままゆっくりと瞼を閉じた。頭に浮かぶのはさっきした唇同士の接触。

 

遥は何度も何度もあの感触を思い出し、眠りにつくまでずっと幸せな気分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「んっ……んんっ……」

 

暗闇の中、光を感じて思わず目を開けると窓から朝の光が入ってくるのが見える。

 

(知らない天井……いや、そういや俺は昨日から姉さんの家に泊まって………んんっ?!)

 

そこまで考えていると俺はとんでもない事に気がついた。それは……

 

 

「んっ……んんっ……すぅ……」

 

姉さんが俺に抱きついて寝ているのだ。しかも俺の首には姉さんの両腕が絡められていて逃げれない。

 

や、ヤバい……朝っぱらから姉さんのフルコースを体験するのか?それは阻止しないといけない。でないと理性が危ないからな。

 

そう判断した俺は姉さんを起こそうとするが……

 

「んっ……お、弟君……」

 

姉さんが俺の名前を呼んでくる。しかし寝息が聞こえてくるので俺が出てくる夢を見ているのだろう。

 

こいつどんな夢を見ているんだ?疑問に思った俺は姉さんを起こさずにいると……

 

「んっ……ちゅっ…ちゅっ……んんっ……弟君、キスが上手いね……」

 

は?

 

今なんて言った?俺のキスが上手いだと?

 

呆気に取られている間にも姉さんの寝言は続く。

 

「やあっ……弟君、いきなり胸とお尻を、触るなんて……すぅ……本当にエッチなんだから……」

 

待てコラ。こいつマジでどんな夢を見てんだ?いや、内容から察するに姉さんの夢では俺が姉さんの胸と尻を触っているんだろうが、変な夢を見るな。確かに俺は転んだ際に何度か姉さんの胸や尻を触った事はあるが、アレは事故であって自発的に触った訳ではないからな。

 

そんな事を考えていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ちゅっ……じゃあ、弟君……私を抱いて……」

 

「アウトだこらぁぁぁぁぁっ!」

 

「んんっ!え?ここは……?」

 

姉さんの爆弾発言に俺は思わず姉さんを揺らす。すると姉さんは漸く目を覚ましてぼんやりとした表情で俺を見てくる。

 

「あ、アレ……弟君?何で服を着てるの?」

 

どうやら本当に姉さんはアレな夢を見ていたようだ。いかん、考えるだけで恥ずかしくなってきた。

 

「……何でも何も俺は裸で寝る趣味はない」

 

俺がそう返すと姉さんはポカンとした表情をしながらパチクリをするも……

 

 

「〜〜〜〜っ?!」

 

かつてない程真っ赤になって俯き出す。漸く現実を認識したようだな。

 

「お、弟君……私が寝ている時に変な事を言ってた?」

 

はいバリバリ言っていましたよ。

 

しかし馬鹿正直に言うと俺自身も恥ずかしくなるので言わない事にした。言ったら絶対に気まずくなる自信がある。

 

 

「……いや、特に変な事は聞いてないが」

 

「……そ、そっか。なら良かった」

 

俺の返事を聞いた姉さんはあからさまにホッとした表情を浮かべて安堵の息を吐く。こりゃ絶対にバレる訳にはいかないな……

 

そう思いながら俺は姉さんが落ち着くまでずっと、姉さんの抱擁を受けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

「じゃあ弟君。今回はありがとね」

 

「気にすんな。大したことはしてないから」

 

俺は朝食を済ませて姉さんと一緒にボーダー基地にいた。俺はこれから防衛任務、姉さんは広報活動の打ち合わせがあり、俺達は互いの作戦室に向かう為に別れの挨拶をしていた。

 

「ううん。私からしたら凄く楽しかったよ。じゃあまたね」

 

姉さんはそう言って俺に近寄り……

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

いつものように両頬にキスをして走り去って行った。俺は姉さんが見えなくなるまで見送ってからため息を吐いて自身の作戦室に向かって歩き出す。

 

「まあ姉さんが楽しかったら良いが……刺激的な泊まり会だったぜ」

 

「そうなんだ。それでお兄ちゃん、どんなお泊まり会だったの?」

 

「問題に正解したらキスのご褒美が付いてくる勉強会をしたり、一緒にお風呂に入って全裸で抱きつかれたり、エロいネグリジェを着た姉さんと抱き合って寝たりだな」

 

「へぇ……綾辻先輩は綺麗でしたか、八幡先輩?」

 

「ああ。凄くエロくて理性が危な……かっ……た?」

 

後ろから問われた質問に答えると寒気がするので恐る恐る振り向くと……

 

「まさかお兄ちゃんがそんなにエッチだったとは思わなかったよ」

 

「随分とお楽しみでしたね」

 

満面の笑み(ただし瞳は絶対零度)の歌歩と文香がいた。

 

何でこのタイミングでいるんだ……って今はそれどころじゃない。早く逃げないと……!

 

そう判断した俺は踵を返して逃げようとするも……

 

「「逃さないよ(ですよ)」」

 

その前に2人に捕まり、肩を破壊される勢いで握られる。反応が早過ぎる……

 

「まだ防衛任務まで時間はあるし、お泊まり会についてしっかり聞かせてくださいね?」

 

「じゃあ作戦室に行こうか?」

 

こうして俺は2人に作戦室に連行されて防衛任務が始まるまで正座で説教をくらいました。しかし「何で2人が怒っているんだ」と聞いたら「デリカシーが無さ過ぎる」と2人に言われたのが解せなかった。

 

こうして俺と姉さんのお泊まり会は、長時間による正座から生まれた足の痺れによって幕が下りた。




これで綾辻編は終了です。

次は三上編ですが、その前に何話か入れたいと思います。

予定としては……

綾辻編

部隊強化&勧誘編

三上編

同年代との絡み編

照屋編

???

二学期

って感じですね。あくまで予定なので変わるかもしれませんが悪しからず


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比企谷八幡は色々と模索する

「ふーむ……今日は23勝77敗……中々伸びないな……」

 

玉狛支部にて、夕食の時間となったので俺はトリオン製の髪をプスプスと焦がしながらトレーニングステージ1号室から出る。同時にトリガーを解除すると焦げていた髪は一瞬で元のアホ毛を生やした髪に戻る。毎回思うがトリガー技術便利過ぎだろ。

 

「そりゃこっちもアンタの戦い方を学んでるからね。まあ入隊して半年ちょっとで私から2割以上勝てんだから上出来じゃない」

 

的外れな事を考えていると後ろからそんな声が聞こえて、さっきまで俺と戦っていた玉狛第一のエースの小南桐絵が笑いながら俺の頭をポンポン叩いてくるが、子供扱いするな。

 

「そいつはどうも……って、向こうも終わったみたいだな」

 

見ればトレーニングステージ2号室からは木崎さんと文香が、3号室から辻が出てきた。

 

「お疲れ様です八幡先輩。調子はどうですか?」

 

「いつも通りボコボコにされたな。そっちはどうだ?」

 

「今日になって動く的を狙撃する事になりました」

 

マジか?やっぱり文香って努力家だな。やっぱりチームに誘って正解だったな。

 

「そいつは良かった。辻は?」

 

「俺はスパイダーと他のトリガーを色々と組み合わせてみたな」

 

「組み合わせ?メテオラによる地雷擬きみたいなヤツか?」

 

「それ以外にもある。例えばスパイダーでワイヤー陣を作ってから鉛弾とハウンドの合成弾を作って二重のトラップを仕掛けたりしてみたな」

 

「えげつないなおい」

 

見れば小南もドン引きしていた。まあ確かに、それをされたら敵はワイヤー陣を展開する辻を仕留めるのが難しくなるだろう。

 

しかし良い戦術だな。曲がり角とかに仕込んだら対処し難いぞ。

 

「まあな。だがA級に上がる為には色々とやっておきたいんでな」

 

「……そうか。頼りにしてるぞ」

 

そんな事を話しながらリビングに向かうと、良い匂いが食欲をそそってくる。思わず早足になりながらリビングに入ると……

 

「お疲れー。丁度夕飯が出来たから手伝ってくれない?」

 

実力派エリートの迅さんがエプロンを着て手をヒラヒラさせながらそんな事を言ってくる。手元にはグツグツと煮込まれた鍋がある。夏に鍋を食うのは余りないが迅さんの作る鍋はかなり美味そうだ。

 

よく見ると一足早く訓練を済ませたらしい歌歩と林藤さんは食器を囲んでいる。なら俺がサボる訳にはいかないな。

 

「了解っす」

 

俺は1つ頷き、皿を戸棚から取り出して運ぶ。途中で鍋をチラッと見たが、アレは美味そうだな。運動(小南との模擬戦100本)の後は美味い飯に限るぜ。

 

 

 

 

 

 

「そういえばお兄ちゃん。ちょっと良いかな?」

 

夕食が始まってから3分、右隣に座っている歌歩が話しかけてくる。歌歩が俺をお兄ちゃん呼びするのはもう学校で目ボーダーでは有名なので気にしていない。今更だが、とんでもない賭けを提案したものだな……

 

「何だ?今後のオペレーターの話か?」

 

「うん。さっきゆりさんと色々話したんだけど、戦術と指揮を学ぼうと思うんだ?」

 

「戦術と指揮?つまり草壁隊みたいに歌歩が指揮をするのか?」

 

「一応候補として、ね。お兄ちゃんは隊長であると同時にエースで負担が大きいから少しでも負担を減らせれば良いなぁ、って思ったの」

 

うわ健気だ……メチャクチャ癒されるわ。周りの空気も優しくなっていて、文香や小南は完全に歌歩にメロメロになってるし……やっぱり俺の義妹は凄いな。

 

まあそれはともかく……

 

「話はわかった。じゃあ今後防衛任務では練習としてお前が指揮を執ってくれ」

 

ぶっつけ本番のランク戦で指揮系統が変わってみろ。絶対に碌に動けずに落とされるのがわかる。

 

歌歩もそれはわかっているようで小さく頷く。

 

「わかった。私、お兄ちゃんの為に一生懸命頑張るね」

 

「ああ。頼りにしてるぜ」

 

「あっ……えへへ……ありがとうお兄ちゃん」

 

歌歩の頭を撫でると歌歩は幸せそうな表情を浮かべてくる。この表情を見ると大抵のことがどうでも良くなるんだよなぁ……

 

そんな事を考えていると……

 

「八幡先輩、食事中ですから三上先輩の頭を撫でるのは止めてください」

 

「あっ……」

 

左隣に座っている文香がジト目を向けながら俺の手を歌歩の頭から引き離す。

 

「悪かったよ。確かにマナーがなってなかったな。でも何でそんなに不機嫌になんだよ?」

 

「……っ!不機嫌になんかなってないです!八幡先輩のバカ……!」

 

いや、バカと言ってる時点で不機嫌丸出しだろうが。てか何で玉狛の人達は楽しそうに笑ってんだ?特に小南と迅さん。

 

「いやいや、やっぱり比企谷は面白いなぁ……誰になるか楽しみだよ」

 

誰になるか?迅さんは何を言っているんだ?俺は誰にもならず比企谷八幡のままだろうに。

 

「とりあえず悪かったな文香」

 

少なくとも文香を怒らせた原因は俺だろうから謝ると、文香は慌てて手を振る。

 

「い、いえ。私の八つ当たりですからお気になさらず」

 

「よくわからんが了解した。とりあえず食うのを再開しようぜ」

 

「は、はい」

 

文香が若干頬を赤くしながらも了解したので食事を再開する。その後に暫く談笑していると木崎さんが口を開ける。

 

「そういえばお前達は戦術や個々の実力は伸ばしているがそれ以外ーーー4人目のメンバーの勧誘は考えているのか?」

 

「4人目ですか。一応考えていますね。辻がスパイダー戦術を利用した場合チームの攻撃力は若干下がるので、高速機動戦が出来る攻撃手か狙撃手が欲しいですね」

 

辻のスパイダー戦術は魅力的だか、スパイダー戦術は設置に時間がかかるのは否定出来ない。つまり必然的に辻は攻撃に参加し難くなる。

 

順位を上げる以上得点を取らなきゃいけない。よって辻が援護に使うことで減る火力を上げる必要がある。

 

そうなると欲しい人材はワイヤー陣を利用出来る攻撃手とワイヤー陣の影響を全く受けない狙撃手となる。射手や銃手は引っかかる可能性があるしな。

 

「なるほどな……ちなみに候補はいるのか?」

 

「狙撃手の方は探せばいるかもしれませんが、攻撃手の方はフリーの正隊員では居ないですね」

 

一応個人ランク戦を通じて探しているが、ワイヤーを利用して戦えそうな攻撃手は見つかっていない。

 

「なら仮入隊する連中やスカウトされた人間を勧誘してみたらどうだ?意外な所で金の卵を手に入るかもしれないぞ」

 

なるほどな……確かに二宮隊の鶴見は仮入隊中に二宮さんに勧誘されたみたいだし、スカウトされた連中は大抵優秀だからな。生駒隊なんて戦闘員4人の内3人が関西からスカウトされた人間だが全員優秀だし。

 

すると……

 

「うーん。仮入隊の方はともかく、スカウトの方は無理だと思うよ」

 

迅さんが豚肉を食べながらそう言ってくる。ハッキリとした口調なので……

 

「何だ迅?そんな未来が見えたのか?」

 

やはり未来予知のサイドエフェクトか。毎度思うが本当にぶっ飛んだサイドエフェクトだな。

 

「まあね。比企谷がガッカリした表情で忍田さんの部屋から出てきてる未来が見えたし」

 

「つまり迅さんは俺が忍田本部長にスカウトされた人間の情報を聞いて断られた未来が見えたって事ですか?」

 

「詳しくはわかんないけどね。とりあえず4人目を入れるなら仮入隊の方を当てにしたみたら良いよ。そっちはそっちで大変だと思うけどね」

 

「どんな未来が見えたんですか?」

 

大変な未来?目をつけた新人が気難しい人間なのか?

 

「まだ曖昧だけど確定してる未来は、今期に入る新人に逸材がいる事。それとこれは確定してないけど、比企谷隊が加古隊や嵐山隊と戦う未来が見えるな」

 

「何で准や加古さん隊が出てくんのよ?」

 

小南はそう言っているが、おそらく加古隊や嵐山隊もその新人を勧誘しようとするのだろう。そんでその新人を賭けて勝負するって感じだろう。

 

つまり他の隊も認める逸材って事だ。これは是が非でも手に入れたいものだ。

 

「とりあえず話はわかりました。助言ありがとうございます」

 

「おー、比企谷はこれから色々な意味で大変になると思うが頑張れよー」

 

言いながら飯を食うのを再開すると、迅さんはニヤニヤ笑いを浮かべながら爆弾発言をしてくる。俺が色々な意味で大変になるだと?どうしよう、嫌な予感しかしなくなってきたぞ。てか迅さんも食事中に変な事を言わないでくれよ。

 

 

結局俺は夕飯を食べた後も迅さんの言った事が気になったままだった。

 

 

 

 

夕飯を食べた後はいつものように解散となり、俺は文香と歌歩を送った後、自宅に向かって歩いている。昼はメチャクチャ暑かったのに夜は涼しいのがありがたい。いっそずっとこの温度なら良いのに。

 

そんな事をのんびりと考えながら歩いていると、曲がり角から現れた人とぶつかってしまった。

 

「……っと、すみません。余所見をしてました」

 

「いや、こちらも済まなかった……ん?比企谷か?」

 

ん?俺の名前を知っているって事は知り合いか?疑問に思いながら横を見るとそこにいたのは風間さんだった。

 

「どうもっす風間さん。風間さんは防衛任務上がりですか?」

 

「いや、俺は会議に出ていたんだ。お前は玉狛帰りか?」

 

「そうですね。今日は防衛任務もないんでこのまま帰る感じです」

 

「そうか。どうだ?玉狛に入って何かを得られたか?」

 

「そうですね……玉狛で揉まれて色々と道標が増えましたよ」

 

まあ最近は割と増え過ぎているけど。勿論全て会得するつもりだが、かなりの時間がかかるだろう。

 

「なら良かった。とりあえず色々試してみろ。考えるだけで実行しないようでは強くはなれないからな」

 

「ありがとうございます。そういえば風間さん。聞きたい事があるんですけど大丈夫ですか?」

 

「構わないぞ。どうかしたか?」

 

「はい。実は4人目のメンバーについてなんですよ」

 

「4人目?火力を増やしたいのか?」

 

「そうですね。そんで県外からボーダーにスカウトされた人間を勧誘しようと思ったのですが、さっき迅さんに俺がガッカリした表情で本部長の執務室から出てきた未来が見えたって言われて……」

 

迅さんが無理だと言った以上無理だと思うが、今までスカウトされた人間は大抵か強いので勿体無いと思っている自分がいる。

 

「なるほどな……結論から言うと迅の予知は当たっている。今期県外からスカウトされた人間をお前の部隊に引き入れるのは不可能だ」

 

風間さんも無理と言ったよ。どうやら本当に無理なのだろう。

 

「マジですか。ちなみにどんな理由なんですか?」

 

「ああ。今日の会議にも上がったんだが、今度新しく鈴鳴支部という支部が出来るんだが、今回スカウトを受けた戦闘員はその鈴鳴に配属される事になる事が決まっているからな」

 

あ、なるほど。確かにそれなら勧誘するのは無理だな。やっぱり勧誘するなら迅さんの言っていた逸材を勧誘するか。

 

「そうでしたか。どうもありがとうございます」

 

「気にするな。とりあえず4人目のメンバー以外は順調そうだな」

 

「はい。今シーズンは点差的に厳しいですが、来シーズンにはA級に上がりたいですね」

 

今シーズンが終わるまで10試合もないがA級に挑戦出来る1位の二宮隊とは24点、2位の草壁隊とは22点離れている。これを追いつくのは新しい戦術を使っても無理だろう。

 

それなら今シーズンは新しい戦術を使わないで、点数がリセットされる来シーズンに新しい戦術を使って、対策を取れない序盤に大量に点を稼ぐ逃げ切り作戦で行くつもりだ。

 

「そうか。最近は何処のチームもA級目指して作戦を立てているから遅れを取るなよ?」

 

「もちろんです」

 

B級上位部隊はどの部隊も一癖も二癖もあるが、家計の為、チームメイト3人の為にも負けるわけにはいかない。

 

「なら良い……っと、済まんが時間だからもう行く」

 

「何か用事でもあるんですか?」

 

「諏訪と寺島と夕飯を食べる約束をしていた」

 

「そうでしたか。時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」

 

「気にするな、ではな」

 

風間さんはそう言って歩き去っていったので俺は風間さんが見えなくなるまで頭を下げ続けた。

 

暫くして頭を上げると風間さんは居なくなっていたので、再度家に向けて歩き出した。今後の方針や、小南の対策、指揮を止めた場合の動き方など様々な事を思い浮かべながら。

 

(やれやれ……隊長は忙しいな。だが……仕方ないな)

 

面倒を嫌う俺だが、ランク戦の事を考えるのはそこまで苦じゃない。それは固定給を貰えるA級になれるように真剣に取り組んでいるからだろう。

 

(もしくは……俺が楽しいと思っているからか?)

 

多分そうなのかもしれない。直ぐに否定の材料が出て来なかったし。

 

そんな事を考えながらも足の歩を速める。楽しいかどうかは置いとくが色々と頑張ってみるか……



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比企谷八幡は逸材に対して勧誘を勤しむ

突然ですが報告です。

ヒロインの候補数ですが最大5人にしました。流石に10人は多いので……


夏休みに入って大分経過した。千葉の上空では太陽が容赦なく外を歩いている人間に汗をかかせていた。

 

しかしトリオン体というものは便利で汗をかかずに済む。

 

『はーい。今日の防衛任務は終了だよ。トリオン兵の回収は次の二宮隊がやるから皆は帰還して』

 

灼熱の太陽が西に傾く午後2時。俺の耳からオペレーター兼義妹の歌歩から防衛任務終了の連絡がきた。

 

「良し、帰るぞお前ら」

 

俺はそう言って左右を見渡すと……

 

「「了解」」

 

戦闘員のチームメイトの文香と辻が頷く。つーか俺達の隊服って結構暑苦しい見た目だな。実際は暑くないが嫌な気分になるし、来年からは夏専用の涼しげな見た目の隊服も作るべきだな。

 

 

 

 

 

 

それから30分……

 

「んじゃ報告書も終わったし……お疲れ。今日は玉狛の訓練もないし解散とする」

 

俺個人としては小南と模擬戦をしたかったが、玉狛の人達は三門市外に旅行に行っているので無理だ。てか支部の人間全員で旅行とは、仲が良いな。玉狛以外でもやっている部隊もいるがウチの隊も……いや、計画1つ立ててないし、少なくとも今年は無理だな。

 

「じゃあ私は家の用事があるからこれで。次の防衛任務の時にまた会おうね」

 

歌歩はそう言って作戦室から出て行き……

 

「俺も友人と3時から約束があるからこれで失礼」

 

辻も歌歩に続いて作戦室から出て行った。よって俺は必然的に文香と2人きりになる。

 

「八幡先輩はこれからどうするんですか?」

 

「俺は例の4人目についての視察だな。早い内に迅さんが言っていた逸材に唾を付けておきたいしな。そんでそれが終わったら寝る。昨日は国近先輩に防衛任務開始直前までゲームに付き合わされていたんだよ」

 

迅さんの話じゃ俺達比企谷隊が嵐山隊や加古隊と戦うかもしれないと言っていたが、アレは多分例の逸材を賭けて勝負するのだと思う。

 

加古隊はA級だし、嵐山隊は勝ったり負けたりと互角の相手だ。馬鹿正直に戦ったら手に入らない可能性もあるので、2部隊が逸材を勧誘する前に引き入れるつもりだ。迅さん曰く勝負するのは確定した未来じゃないし充分可能だろう。

 

「そうですか。では私も行って良いですか?」

 

「好きにしろ」

 

俺が文香の行動に対してどうこう言うつもりはないからな。そんな事を考えていると、文香は俺に近寄ってから手を繋ぎ指を絡めて……

 

「では行きましょう。今日の合同訓練は終わってますから個人ランク戦のステージに行きましょう」

 

そう言って俺の手を引っ張って作戦室の出口に向かうので俺も引っ張られる形でそれに続く。てか文香よ、方針については不満はないがいきなり恋人繋ぎをするのは止めてくれ。姉さんがしょっちゅうやってくるとはいえ、未だ慣れていないのだから。

 

 

 

 

 

 

そんな訳で俺は文香と恋人繋ぎをしながら廊下を歩き、周囲から鋭い目で睨まれながらも個人ランク戦ステージに到着する。

 

個人ランク戦のブースでは有力な人の試合をリアルタイムで見る事が出来る。仮入隊とはいえ逸材が個人ランク戦をしていたら巨大モニターに映る可能性は充分にあるだろう。

 

そう思いながらモニターを見ると……

 

「おっ、早速見つかったかもな」

 

C級同士の試合が行われている。片や気の強そうな女子で片やナルシストみたいな雰囲気を醸し出している男の組み合わせだ。

 

しかし内容は一方的だった。女子の方が容赦なくプライドが高そうな男を攻めている。女子は高い機動力で電柱や家の壁、塀などを蹴って男の周囲を跳び回りながらハンドガンで男のありとあらゆる箇所に風穴を開けている。

 

「あ、藍ちゃんだ」

 

すると文香が軽く驚きを露わにしてモニターを見ているが……

 

「知り合いか?」

 

「はい。木虎藍って名前で、私と同じ学校に通っています。今は中学2年生です」

 

つまり小町と同い年ってわけか。にしても14歳の出す雰囲気じゃねぇな。

 

しかし問題はそこではない。重要なのは……

 

「文香、多分あいつが迅さんの言っていた逸材じゃね?」

 

多分というか絶対そうだ。最後にあった入隊式は5月と3ヶ月以上経過している。アレだけの動きを出来る奴が3ヶ月以上C級にいる筈がない。もしも出来るならとっくにB級に上がっているだろう。

 

そうなると必然的に彼女は仮入隊をした人間の1人と判断出来る。

 

「となると勧誘するんですか?藍ちゃんは銃手ですよ?」

 

文香の言う通り彼女は銃手だ。俺が考えている4人目は攻撃手か狙撃手だが……

 

「でもあの動きは攻撃手の動きに近いから見逃したくないな……」

 

「そうですね……」

 

文香も同意するように頷く。いくらハンドガンを使っているとはいえあの動きは攻撃手でも通用する動きだ。他のB級部隊に入って一皮剥けたりしたら厄介だし出来るなら勧誘したい。

 

「まあいきなり勧誘しても失敗するかもしれないし、今日は適度なアドバイスをして、こっちの心証を良くしておきたいな」

 

俺がやるギャルゲーでも直ぐに告白することはない。ギャルゲーはある程度好感度を上げてから個別ルートに入る。

 

これも同じことだ。アドバイスなどをして心証を良くしてから本題に入る流れだしな。

 

「そうですね。私はともかく、先輩とは初対面ですし正しい判断と思います」

 

文香がそう返すと試合終了のブザーがなるのでモニターを見ると木虎が10ー0で勝っていた。やはり強いな。既にB級下位が相手なら良い勝負が出来ると思える。

 

彼女の実力に素直に感嘆していると、彼女がブースから出てきてギャラリーの視線が彼女に向けられる。対する木虎は誇らしげに胸を張るも俺達ーーー正確には文香を見て、こちらに歩いてくる。

 

「照屋先輩、お久しぶりです」

 

「うん。1学期以来だね。藍ちゃんも入隊したんだね?」

 

「はい。宜しくお願いします……ところでそちらの方は?」

 

木虎が俺をチラッと見てから改めて文香を見て質問をする。

 

「私が所属する部隊の隊長の八幡先輩」

 

「比企谷八幡だ」

 

「初めまして木虎藍です。よろしくお願いします」

 

「よろしく。さっきの試合は見たが良い試合だったぞ」

 

「ありがとうございます」

 

木虎はそう言って誇らしげな表情をする。やはりこいつは結構な自信家だな。

 

「どういたしまして。ところで木虎よ、お前はスコーピオンは使わないのか?」

 

俺が尋ねると木虎は誇らしげな表情から不思議そうな表情を浮かべる。

 

「スコーピオン、ですか?」

 

「ああ。さっきのお前は高い機動力で相手を撹乱して多方向から射撃で倒していたな。スコーピオンはメチャクチャ軽いからお前のスタイルに向いていると思ってな」

 

言いながら俺はタブレットを起動して、ある個人ランク戦の記録を表示して木虎に差し出す。

 

木虎は訝しげな表情を浮かべながらもタブレットを受け取り動画を再生するも、直ぐに食い入るように見始める。

 

動画の内容は俺と二宮隊の切り込み隊長の鶴見の10本勝負の試合だ。どちらもさっきの木虎のように電柱や家の壁を蹴ったり、グラスホッパーを使って空中を飛び回ったりと激しい動きを繰り出していた。

 

暫くして俺が7ー3で勝利を収めたところで動画は止まり、木虎がタブレットを返してくる。

 

「どうもありがとうございます。確かに今の動きは私の上位互換の動きで参考になりました」

 

「それは何よりだ」

 

「はい、入隊まで1ヶ月以上ありますが、B級に上がったらスコーピオンを使ってみたいと思います」

 

木虎がそこまで言うと文香が口を開ける。

 

「あ、じゃあ藍ちゃんさえ良ければ、私達の作戦室でスコーピオンを試してみる?トレーニングステージを使えば他のトリガーも使えるよ」

 

文香の予想外の言葉に俺と木虎は軽く驚く。

 

「え?良いんですか?」

 

「もちろん。八幡先輩も良いですよね?」

 

「構わないが俺はトレーニングステージを作れないぞ」

 

俺はメカ系ダメだし、以前歌歩にトレーニングステージの作り方を習ってもチンプンカンプンだったし。下手にパソコンを操作してぶっ壊してデータが飛んだりしたら申し訳ないからな。実際俺は普段パソコンに触らない事にしている。

 

「私は作れますから大丈夫ですよ。それで藍ちゃんはどうする?」

 

「先輩達が宜しいのなら、お言葉に甘えて……」

 

「良いよ。じゃあ行きましょうか」

 

「はいよ」

 

そんな風に言葉を交わして、俺達は再度比企谷隊作戦室に向かって歩き出したが……女子2人と歩いているからか、個人ランク戦のラウンジに来る時よりも殺気を向けられている気がするな。

 

まあ気にしなら負けだし無視するけど。

 

 

 

 

 

 

「入って良いよ」

 

「お邪魔します。……作戦室って家みたいですね」

 

作戦室に入るなり木虎はそんな事を言ってくる。まあ作戦室にはテレビや冷蔵庫、ソファーに戸棚、挙句ピアノもあるからな。生活感が漂いまくりだ。

 

「否定はしない。作戦室はある意味第二の家って感じだからな」

 

「何だかんだ作戦室は落ち着くからね。それより……早速色々と試してみる?」

 

文香が木虎に尋ねると頷く。すると文香はオペレーターデスクにある椅子に座ってパソコンを操作し始める。

 

「では八幡先輩、私はトレーニングステージの製作と藍ちゃんに状況に応じてトリガーの追加をしますので、先輩はトリガーのレクチャーをお願いします」

 

「はいよ。んじゃトレーニングステージに行くか」

 

俺がそう言うと一瞬で殺風景の部屋に転送される。

 

「これがトレーニングステージ……思ったより殺風景ですね」

 

「直ぐに殺風景じゃなくなるぞ……ほら」

 

俺が指差すとそこからは家が大量に出現する。これには初めて見る木虎も驚きを露わにする。

 

「一瞬で建物が……」

 

「まあボーダーのトリガー技術は凄いからな」

 

誘導装置だの遠征艇とかもトリガー技術の発展によって完成したからな。鬼怒田さんマジで凄すぎる。

 

「トリガー技術?トリガーは武器の事じゃないんですか?」

 

「違う違う。ボーダーでは街を守る為に武器として扱われているけど、向こうでは向こうの世界をを支えている技術の総称で武器以外にも使われてるらしい」

 

「向こうの世界、ですか……」

 

「まあ俺も上の人から聞いただけで詳しくは知らん。それよりも本題に入るぞ。文香、木虎にスコーピオンを用意してくれ」

 

『了解』

 

文香が了解の返事をすると、暫くしてから木虎の手にスコーピオンが握られる光景が目に入る。

 

「え?!私スコーピオンを入れてませんよ!」

 

まあ普通そう思うよな。しかし……

 

「トレーニングステージなら基本的に色々出来る。今の俺達はゲームの中にいるような状況で、文香がゲームプレイヤーだ。そして文香が木虎にスコーピオンを装備するように操作したって感じだ」

 

「ゲームの中……」

 

「嘘だと思うなら試しに振ってみれば良い。文香」

 

『了解』

 

文香がそう言うと木虎の目の前に1メートル位の大きさのターゲットが現れる。同時に木虎がスコーピオンを振るうとターゲットは真っ二つとなった。

 

「ほらな?しっかりと斬れるだろ?」

 

「驚きました……もう少し試してみても良いですか?」

 

目を見るとやる気に満ちている。そんな後輩の頼みを無碍にする程俺は薄情じゃない。

 

「はいよ。文香、基礎プログラムを起動してくれ」

 

『わかりました。プログラム3で良いですか?』

 

「任せる」

 

文香がそう言うと建物の周辺や屋根の上に先程真っ二つされた同じタイプのターゲットが10体出現した。

 

これは初めからパソコンに入っていた基礎プログラムの1つで、新しいトリガーを試す時に使用されているプログラムだ。

 

「じゃあやってみろ。どうせなら正式に入隊してBに昇格した時に備えて、スコーピオンだけじゃなくてハンドガンタイプのアステロイドも一緒に使ってみたらどうだ?」

 

「そうですね。そうします」

 

言いながら木虎が空いている左手から腰のホルスターからハンドガンが抜く、同時に……

 

『基礎プログラム3、スタート』

 

機械音声が流れると同時に木虎は走り出し、距離を詰めながら1番近くにあるターゲットにハンドガンを放つ。とはいえ走りながらの射撃に加えて、真っ直ぐにしか飛ばないアステロイドを使っているからか、1発で仕留めるのは無理だった。

 

しかし木虎は気にせずにガンガン放ち、4発目で最初のターゲットを撃破する。そして崩れ落ちるターゲットを横切りながら、次に近いターゲットにハンドガンが向けて、同時に地面を思い切り蹴って空中に躍り出る。

 

そして空中で狙いを定めたターゲットに発砲しながら民家の屋根の上に飛び移りそこにあったターゲットをスコーピオンで振るうと、同時に2つのターゲットが破壊される。

 

(初めて使うトリガーを簡単に使うだけでなく、C級にしては破格の機動力や射撃技術……やっぱりこいつが迅さんの言っていた逸材だな。何としても引き入れたくなった)

 

迅さんは新人関係で加古隊や嵐山隊とぶつかると言っていたが、出来るなら嵐山隊には渡したくない。現在ウチの隊と嵐山隊は殆ど互角だが、来シーズンに木虎が入ったチームが有利にだろうし。

 

そんな事を考えていると木虎が最後のターゲットを破壊した。

 

『基礎プログラム3終了。記録3分12秒』

 

機械音声が時間を告げるが、Bに上がったばかりの俺がやったら2分ちょいだったし、仮入隊の時点でこの記録なら凄いと思える。

 

内心感心していると木虎が近くまで戻ってくる。

 

「どうでしたか?」

 

「ああ。初めてにしたら純粋に凄いな」

 

「ありがとうございます。何か私に改善するべき箇所はありましたか?」

 

こいつ……直ぐに改善するべき箇所を尋ねるなんて結構ストイックだな。まあ教えるけどさ。

 

「そうだな……今の状況ーーー仮入隊の時点なら文句はないが、先を見据えるならスコーピオンを投げれるようになった方が良いな」

 

「スコーピオンを投げる、ですか?」

 

「ああ。さっき実際にスコーピオンを使って軽いって思っただろ?……文香、ターゲットを1体屋根の上に頼む」

 

俺が尋ねると木虎は頷き、10メートル位離れた家の屋根の上にターゲットが1体現れる。それを確認した俺は自分のトリガーの主トリガーのスコーピオンを起動して……

 

「ふっ……!」

 

ターゲット目掛けて投擲する。投げられたスコーピオンは一直線に飛んで行き……

 

「なっ?!」

 

ターゲットの頭の部分に突き刺さる。ターゲットはそのまま崩れ落ちた。

 

「って感じだ。スコーピオンは刃トリガーだから弾丸トリガーに比べて桁違いに威力が高いし投擲武器としても使える」

 

スコーピオンは軽いから俺だけでなく、鶴見や影浦先輩や香取などスコーピオン使いは大抵投擲している。

 

一応弧月やレイガストも投げれないことはないが、弧月は形的に、レイガストは重量的に考えて投擲に向かない。一応レイガストにはトリオンを噴射してブレードを加速させるスラスターってオプショントリガーがあるが、試した結果狙いを定めるのが桁違いに難しかった。

 

(てか俺はスコーピオン以外の刃トリガーは下手くそだから使うつもりはないけどな)

 

そんな事を考えていると木虎が話しかけてくる。

 

「あの、質問良いですか?」

 

「何だ?」

 

「スコーピオンを投擲武器として利用出来るのはわかりました。ですか先輩は今、刃トリガーは弾丸トリガーに比べて桁違いに威力があると言っていましたが、そんなに違うんですか?」

 

ああ。才能があるから失念していたが、こいつまだ正式に入隊してないんだったな。ならば知らないのは仕方ないだろう。ウチの隊に対する信用を得る為にも教えておくか

 

「そうだな。んじゃトリガーの特性についても教えるが、その前に……」

 

「その前に?」

 

木虎が真剣な表情をして俺を見るので俺は息を吸って……

 

 

 

 

 

 

 

「3時のおやつの時間だ」

 

瞬間、木虎はずっこけた。

 

いやだって、今日は朝から昼の2時まで防衛任務だったから昼飯を食べてなく腹が減ってたんで……



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比企谷八幡は木虎藍を評価してチームに入るように頼み込む

「さて、おやつも食べ終わったしトリガーの特性について説明するか」

 

「漸くですか。いきなりおやつの時間と言われた時は驚きましたよ」

 

比企谷隊作戦室にて、鹿のやのどら焼きを食べ終えてそう呟くと、木虎からジト目を向けられる。まあいきなりおやつの時間と言われた……と、考えたらわからんでもないが。

 

しかしお前も何だかんだ美味そうにどら焼きを食べていたよな?まあ口にしたら地雷だろうから口にしないけど。

 

「悪かったからジト目を止めろ。ちゃんと説明するから耳の穴かっぽじって聞けよ?」

 

「……っ、はい。わかりました」

 

俺がそう口にすると流石優等生、直ぐに真剣な表情に変わる。切り替えが早いようでなによりだ。

 

「えーっと、確か刃トリガーは弾丸トリガーに比べて桁違いに威力が高い理由だったな……文香」

 

「はい」

 

文香が頷き端末を操作すると作戦室にある巨大モニターのスイッチが入り、そこに長方形の図が表示される。そして長方形の内部には2本の線が縦に引かれていて長方形内部を殆ど三等分に区切っていた。

 

「これが弾丸トリガーの構造で、弾丸トリガーは威力、射程、弾速の3つにトリオンを分けている」

 

そう口にすると長方形の図に威力、射程、弾速の文字が追加される。

 

「次に刃トリガーの構造を説明するぞ。文香」

 

「はい」

 

文香は再度端末を操作すると、弾丸トリガーの構造を表した長方形の下に同じ大きさの長方形が現れる。しかし線の数や配置場所は違い、線は1本しか無くて、配置場所は割と左側に縦に引かれて面積の違う長方形が2つ生まれる。この2つの長方形の面積を比で表すと左側:右側は1:4くらいだ。

 

「刃トリガーは威力と、刃トリガーそのものの硬度を高める硬質科の2つにトリオンを分けているが、トリオンは殆どが威力に割り振られる」

 

すると右側の大きい長方形には威力、左側の小さい長方形に硬質科と表示される。

 

「モニターを見ればわかると思うが威力の差は明らかだろ?トリオンを数値に例えて100と表してみれば……」

 

文香をチラッと見ると、文香は頷き端末を操作する。すると……

 

 

弾丸トリガー(総トリオン量 100)

威力 34 射程 33 弾速 33

 

刃トリガー(総トリオン量 100)

威力 80 硬質化 20

 

「こんな風に同じトリオンを使っても威力に差が出る」

 

まあ刃トリガーを使う場合も敵に接近しなきゃいけないという欠点はあるけどな。

 

「……なるほど。つまり弾丸トリガーだと敵を倒し難いと?」

 

「ああ。C級の時はシールドが使えないから弾丸トリガーは強いが、Bに上がると普通にシールドで防がれて初めは焦るらしい」

 

俺は元々攻撃手だからそうでもなかったが、弾丸トリガーでB級に上がった連中は上がりたての頃、結構シールドを恐れていたらしい。

 

しかもボーダーの技術は常に進歩していてシールドの性能も上がっていて、二宮さんや出水のように余程トリオン量が高くない限り弾丸トリガーでシールドを突破するのは難しい。

 

「って訳でお前みたいにC級時代に弾丸トリガーを使う奴がBに上がると2種類の人間に分かれる」

 

言いながら指を立てる。対する木虎は食い入るように立てた指を見るが指ではなくモニターを見ろ。真面目か?

 

「1つは支援要員。離れた場所で仲間が戦っている時に離れた場所から援護射撃をする人間」

 

説明をすると文香は俺が話しかける前に端末を操作してモニターを変える。するとモニターには二宮隊の犬飼先輩と香取隊の若村が映し出される。前者は二宮さんの猛攻から逃げた相手に追撃の射撃をして、後者は香取の攻撃を防ぐ相手の横から射撃をして意識を散らすなど立派にエースの支援をしている。

 

これは間違いなく銃手として正しいが……

 

「もう1つは刃トリガーを持って万能手になる事。攻撃と支援の両方をこなす人間になる。ウチの隊の文香が万能手で……木虎の場合は後者が向いていると思う」

 

さっき木虎がスコーピオンを使うのを見たが初めての割には様になっていた。アレだけの動きが出来るなら支援要員より万能手の方が向いていると思う。

 

「そうですね……実際スコーピオンを使ってみたら良かったですし、万能手の方が向いていると思います」

 

木虎も納得したように頷く。

 

「だな。そんでどうする?万能手……というよりスコーピオンの練習をしたいなら付き合うぞ」

 

ハンドガンの練習は、銃を使わない俺や突撃銃を使う文香には出来ないが、スコーピオンの練習なら俺が出来るし実践練習なら文香も出来るだろう。

 

「それはありがたいですけど……質問しても良いですか?」

 

俺がそう返すと木虎が質問をしてくる。

 

「何だ?」

 

「どうしてそこまで優しくしてくれるんですか?照屋先輩が手伝うならまだわかりますけど、今日初めて会った比企谷先輩が私にここまで良くしてくれる理由がわかりません」

 

そう言ってから俺を見てくる。疑いの目ではないが気になっている態度を隠すことなく俺を見てくる。

 

『文香、ここは勧誘しても良いか?』

 

予定変更だ。元々今日は勧誘するつもりはなかったが、ここで押しに出るか。迅さんの予知ーーー嵐山隊や加古隊の介入が来る前に。

 

木虎に聞こえないように内部通信で文香に話しかけると文香は小さく頷く。

 

『そうですね。先輩に任せます』

 

じゃあ話しますか。

 

「そうだな……正直に言うとお前をウチのチームに勧誘しようと思ったからだな」

 

「私を、ですか?まだ仮入隊の私を勧誘なんて随分と気が早いと思いますが?」

 

木虎は驚きを露わにしてそう返してくる。まあ正式に入隊してない木虎からしたらいきなりの勧誘だから驚いても致し方あるまい。

 

「そうでもない。今のB級1位の二宮隊にいる鶴見って奴は仮入隊の時に隊長の二宮さんにスカウトされていたからな。有望な新人が正式に入隊する前に勧誘を受ける事はあり得る話だ」

 

それに迅さんの話じゃ嵐山隊や加古隊と衝突するみたいだし、両チームとも夏休みの内に勧誘する算段で俺達比企谷隊とぶつかるのだろう。

 

「話を戻すとお前の個人ランク戦を見て勧誘しようと思ったんだよ。そんで俺の大切な部下の後輩みたいだし色々とアドバイスをしたんだよ」

 

流石に木虎に良い印象を持ってもらう為にって馬鹿正直に言うつもりはない。が、こっちも嘘偽りなくアドバイスしたし勘弁してくれや。

 

すると……

 

「は、八幡先輩……大切だなんて……ありがとうございます」

 

文香が真っ赤になり俺の隊服の裾を引っ張りながら礼を言ってくる。表情を見るとトロンとしていて見る男全てを魅了するであろう蠱惑的な表情を浮かべていた。

 

いかん、ドキドキしてきたが今はそれどころじゃない。

 

「……どういたしまして。そんな訳で本題に戻るぞ。木虎、入隊したらウチの隊に入ってA級に昇格する手伝いをして欲しい」

 

言いながら頭を下げる。プライド?んなもん知った事じゃない。俺は名より実を取るタイプの人間だからな。

 

「せ、先輩?!頭を上げてください!そんな風に頭を下げられたら反応に困ります」

 

頭の上からはそんな声が聞こえてくるので頭を上げる。頼んでいる側からしたら向こうのリクエストに応えないといけないからな。

 

「悪かったな。反応に困る行動をとって」

 

「い、いえ。それよりも……先輩は先程A級に昇格する手伝いをして欲しいと言いましたが、詳しく聞いても良いですか?」

 

そんな木虎の言葉に内心ほくそ笑む。即座に否定をせずにこちらの事情を聞くという事は、少しは勧誘を受ける考えも持っているからな。

 

「ああ。先ずA級に上がる条件を説明するぞ。A級に上がる為の昇格試験があるんだが、受験資格があるのはB級1位部隊と2位部隊の2部隊だけなんだ」

 

「B級2トップがA級に上がれる可能性があると?先輩のチームの順位は何位なのでしょうか?」

 

「今のウチの順位は19チームある内の6位だ。最高順位は5位で5位から8位を行ったり来たりしてる状態だ」

 

最近は中位に落ちることは減ったが、5位より上のチーム相手に生存点ボーナスを得た事は殆どない。

 

「で、ウチの隊は夏休みの間に新しい戦術を練ったり、個人個人の戦闘スタイルの幅を広げたりするなどチームの力の底上げに尽力しているんだ。そんで底上げのやり方として有望な新人の確保に乗り出したんだが……」

 

「そこで私に白羽の矢が立ったということですか?」

 

「ああ。おそらく他の部隊もお前に声をかけるだろうから早い内に声をかけたんだ」

 

特に俺達と同じようにA級を目指している連中は間違いなく木虎に声をかけるだろうし、先手を打っておくに越した事はない。

 

「改めて言うぞ……ウチの隊に入ってA級に上がる為に力を貸して欲しい」

 

改めて勧誘をしてみる。目の前にいる木虎は悩んでいるように唸るが、それも長くなく……

 

「お話はわかりました。ですが、直ぐに決められないので後日で宜しいでしょうか?」

 

そう返事をしてくる。

 

(後日か……俺としては嵐山隊や加古隊の介入がある前に入れたかったが、木虎の言い分も間違っちゃいないからな……)

 

今日会ったばかりの人間の勧誘に即答しないのは普通のことだ。残念だが今日は見送るしかないようだ。

 

「……わかった。では後日……そうだな、夏休みが終わるまでに返事をしてくれるとありがたい」

 

「わかりました。その時までに必ず返事を考えておきます」

 

木虎がそう返事をすると突如音楽が作戦室に響く。この着信音は俺でも文香でもないので……

 

「あ、すみません。母からメールが来たようなので確認しても良いですか?」

 

木虎の携帯ということになる。

 

「構わない」

 

母からのメールなら重要なものかもしれないし拒否する理由はない。木虎は一礼してから携帯を開く。そして徐々に顔が曇り申し訳なさそうな表情を見せてくる。

 

「すみません。急用が出来たので今日はこれで失礼しても宜しいでしょうか?」

 

「別に構わない。今日は俺達に付き合って貰って悪かったな」

 

「いえ。私としては有意義な時間でしたので……どうもありがとうございました」

 

「ああ」

 

「またね藍ちゃん」

 

挨拶を返すと木虎は一礼して作戦室から出て行った。扉が閉まると同時に一息吐く。

 

「とりあえず向こうの反応を見る限り悪くはない反応だったな」

 

「そうですね。ですが嵐山さん達と戦う可能性は濃厚になりましたね」

 

「まあ仕方ないな。そん時は頼りにしてるぜ」

 

嵐山隊とは五分五分だ。1人でも欠けたら負けるだろうから文香達も頑張って貰わないといけない。

 

「はい!任せてください!」

 

「ありがとな」

 

対する文香は満面の笑みを浮かべて頷く。それを見た俺は頼もしさを感じると同時に眠気が襲ってくるのを実感した。

 

「(そういや昨日は徹夜で国近先輩とゲームをしたんだったな)……済まない文香。俺は眠いから寝る。木虎の勧誘も終わったし今日は上がって休んでくれ」

 

「あ、はい。お疲れ様です」

 

互いに言葉を交わすと俺はベイルアウト用のマットに倒れ込む。すると直ぐに睡魔がやってきたので一切の抵抗をしないで瞼を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

それから15分……

 

「先輩……」

 

文香は笑顔で寝ている八幡の顔を覗き込んでいた。ただそれだけなのに文香は幸せな気分になっている。

 

「先輩の寝顔、可愛い……」

 

本当は一緒に寝たい文香だったが、寝てしまうと夜まで起きれなくなるのは目に見えている。今日家族と食事をする文香は残念ながら諦めないといけない。

 

「先輩、私はもう行きますけどゆっくり休んでくださいね」

 

言いながら文香は八幡の顔に近付き……

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

「んんっ……」

 

いつものように両頬にキスを落とす。対する八幡は身を捩るが起きる気配を見せない。

 

キスをした文香は立ち上がりベイルアウト用のマットがある部屋から出る。

 

そして最後に……

 

「大好きですよ、八幡先輩……今は面と向かって言うのは無理ですが、夏祭りには私の気持ちを伝えますので」

 

そう言って一礼してから作戦室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんっ……」

 

どれだか時間が経過したか知らないが、ふとした瞬間に目を覚ました。周囲からは人の気配がないので文香も帰ったのだろう。

 

何時だと思い携帯を見ると8時半前ーーー5時間弱寝ていた事を表していた。

 

「大分寝たなぁ……ん?メールが来てるな」

 

見るとメールの部分に着信マークが付いてあったのでメールを開くと……

 

 

 

from:歌歩

 

お兄ちゃん。明日私と四塚マリンワールドに行く際の集合時間なんだけど朝の8時半に三門駅前のバス停でどうかな?

 

 

メールを見た瞬間、俺はヤバいと思った。それは女子と2人でプールに行くことを改めてヤバいと思ったのではなく……

 

 

 

「水着買ってねぇよ……!」

 

すっかり忘れていた。急いで買いに行かないといけない。

 

俺はすっかり寝起き直後の倦怠感は吹き飛ぶのを自覚しながらベイルアウト用のマットから飛び降りて大慌てで作戦室を後にした。水着を買うなら三門ショッピングモールだが、あそこは9時に閉まるから急がないといけない。

 

内心焦りながら俺はボーダーの地下通路を他人とぶつからないように全力疾走をした。

 

その結果店が閉まる5分前に間に合って、店が閉まる30秒前に水着を買って店を出れました。

 

その時俺は次からは出来るだけ面倒な事を後回しにしないように頑張ろうと思ったのだった。

 

 



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比企谷八幡は可愛い義妹とプールに行き沢山ハプニングを体験する(前編)

8月12日、夏休みも半分以上が過ぎ太陽は夏らしく外出する人間を苦しませている。

 

俺も他の人と同じように苛々しながら太陽の光を浴びているが……

 

 

 

 

 

「お待たせ!お兄ちゃん!」

 

後ろから聞こえてくる義妹の可愛い声を聞いた瞬間、一瞬で苛立ちは消えて幸せな気分になる。

 

後ろを見ると可愛い義妹の歌歩が満面の笑みを浮かべながら俺に近付き……

 

「おはようお兄ちゃん。今日はよろしくね……」

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

いつものように両頬にキスをしてくる。既に慣れたからどうこう言うつもりはないが、文香にしろ姉さんにしろキスをし過ぎじゃね?

 

「おはよう。集合して早々悪いが、バスも来てるし走るぞ」

 

言いながら俺は今回の目的地の四塚マリンワールドに向かうバスを指差す。アレを逃したら次は20分後だ。このクソ暑い中、20分も待つのは絶対に嫌だ。

 

「そうだね。行こう!」

 

それは歌歩も同じみたいだ。俺の手をギュッと握ってバスに向かって走るので、俺もそれに続き2人でバスに乗る。

 

俺達が空いている席に座ると同時にバスが発車される。到着まで1時間弱、クーラーの効いたバスでゆっくりと休むとするか。

 

そんな事を考えていると右隣に座っている歌歩が話しかけてくる。

 

「お兄ちゃん。今日は私の誘いを受けてくれてありがとう。凄く嬉しかったよ」

 

言うなり歌歩は俺の手を握って指を絡めてくる。毎度思うが恋人繋ぎって流行ってるのか?

 

「気にすんな。兄は義妹の頼みは断らないんだよ」

 

てか歌歩の誘いのメールでは、嫌だったら無理しなくて良いって書いてあったがアレは狡いと思う。用事のない奴があのメールを見たら絶対に断れないと思う。

 

「ありがとうお兄ちゃん……大好きだよ……」

 

ちゅっ……

 

言いながら歌歩は右頬にキスを落としてくる。俺は同時に顔が熱くなる。歌歩や遥姉さんはお礼を言う時にしょっちゅう大好きと言ってくるが、アレは顔が熱くなるからやめて欲しい。

 

歌歩は義理の兄妹的な意味で、姉さんは義理の姉弟的で大好きと言っているんだと思うが、俺からしたらガチの告白と勘違いしてしまいそうだからな。

 

(まあ歌歩にしろ姉さんにしろ文香にしろ俺が止めろと言ったら毎回毎回凄く悲しそうな表情をするから止めるに止めれないんだよなぁ……)

 

いや、まあ俺もキスをされるのが大好きだから、2人の激しいスキンシップを止めてないのも原因の一つなんだろうな……

 

そんな事を考えている間にも、歌歩は俺の頬にキスを落としてくる。それを見た俺はどうでも良くなった。

 

もう良いや、好きにしろ

 

俺がアイコンタクトを歌歩に送ると、アイコンタクトの内容を理解した歌歩は喜色を露わにしながら更に頬にキスを落としてくる。

 

結局俺は四塚マリンワールドに到着するまでの1時間弱、無抵抗で歌歩のキスを受け続けたのだった。

 

 

 

 

 

そして……

 

「あー、緊張してきた」

 

四塚マリンワールドに着いた俺達は着替える為に一度別れた。そして着替えるのが早かった俺は女子更衣室の出口の近くで歌歩を待っているが、緊張して顔が熱くなってきた。

 

ボーダーに入隊してからはコミュ力もそこそこ上がり女子と2人で出掛ける事も増えたが、プールに行くのは初めてだ。女子の水着、それも可愛い可愛い義妹の水着姿だ。緊張してもおかしくないだろう。

 

え?姉さんと一緒に風呂に入ったから平気だって?馬鹿野郎、確かにアレはヤバかったが、だからと言って歌歩の水着を見て平気な保障は何処にもないだろうが。

 

そんな事を考えながらぼんやりと砂浜が付属してある波のプールを見ていると……

 

「お、お待たせ……」

 

歌歩の消え入るように小さい声が聞こえてきたので振り向くと……

 

「お、おう……」

 

予想通り歌歩の水着姿に見惚れてしまう。俺の視線を受けた歌歩は恥ずかしそうに、それでありながら不安そうに身を捩る。

 

「ど、どうかな?やっぱり似合ってない?」

 

歌歩が着ている水着はシンプルなビキニだった。全体的に青く、水着の淵や紐の部分は白で、マイクロビキニまでとは言わないが割と布の面積は小さいビキニで、歌歩の肌が輝いていた。

 

そんな歌歩の水着姿を見た俺は首を横に振る。

 

「いや……普通に似合ってるぞ」

 

「そっか……」

 

「ただ気になるのが何で派手な水着を着たんだ?俺の予想じゃそこまで派手ではない水着を着てくると思ったぞ」

 

俺は歌歩が着てくるのは露出が少なく落ち着いた雰囲気を持つワンピースタイプの水着だと思っていたので、割と露出が高いビキニを着てきたのには見惚れながらも結構驚いた。

 

すると歌歩は急に真っ赤になって……

 

「だ、だって……お兄ちゃんがエッチだから……」

 

「はい?!」

 

予想外の返事をしてきて俺は素っ頓狂な声を出してくる。俺がエロいから派手な水着を着ただと?てか……

 

「待て歌歩。俺は別にエロくはないか「私のスカートの中に顔を埋めたり、文香ちゃんの胸を揉んだり、裸の遥ちゃんに抱きつかれたのに?」………ぐっ」

 

そこを言われたら返す言葉はない。幾ら故意にやった訳ではないとはいえ普通に考えたらエロいと思われても仕方ないかもしれないな……

 

「そ、それでね……お兄ちゃんはエッチだからエッチな水着を着て、その……お兄ちゃんを喜ばせようと思ったんだけど……やっぱり胸の小さい私じゃ喜ばない、よね?」

 

歌歩は途端に悲しそうな表情で乾いた笑いを浮かべるが、俺は首を横に振る。

 

「そんな事ないぞ。俺はお前の水着を見て可愛いと思ったし、胸に対して拘りはない」

 

俺は胸の大きさに拘りはない。拘るのは胸の形と胸を持つ本人とのバランスだ。その点で言えば歌歩はかなり良いと思っている。まあそこまで口にするつもりはないけど。

 

「本当?私の事、可愛いと思う?」

 

歌歩は不安そうにしながら上目遣いで見てくる。破壊力がヤバ過ぎるな……

 

「ああ。俺は良いと思うぞ」

 

「そっか……お兄ちゃんにそう言って貰えると嬉しいな……ありがとう」

 

すると歌歩は不安な表情を消して可愛らしい笑みを見せてくる。俺はさっきまでの不安そうな表情とのギャップ差にドキドキしてしまい、思わず歌歩から目を逸らす。

 

「き、気にするな。それよりどのプールに行くんだ?折角プールに来たんだし泳がないと損だろ?」

 

本題に戻すべくそう口にする。

 

「あ、そうだね。じゃあ波のプールに行こうか」

 

「あっ、お、おい!」

 

言うなり歌歩は俺の手を引っ張って走り出す。対する俺は引っ張られる形で波のプールに向かうも……

 

(や、ヤバい……刺激が強過ぎる……!)

 

視界には歌歩の色白とした背中と、小振りで可愛らしい尻が目に入って顔が熱くなってくる。一応姉さんの裸は見た事があるが、あの時は色々とハプニングがあって鮮明に覚えてないが、今回は間近で見ているので絶対に時間が経っても忘れないだろう。

 

そんな風にドキドキしている間にも歌歩は俺に引っ張り続けて、遂に波のプールに来るとそのままプールの中を突っ切り、波の近くまで行くと……

 

「えいっ!」

 

いきなり俺に抱きついてそのまま波に突っ込んだ。同時に波が俺達に襲いかかり、そのまま砂浜の方に流される。そんな中、俺の中に波の強さによる驚愕と水による息苦しさが生まれるも、それ以上に……

 

(歌歩の身体……柔らか過ぎるだろ……!)

 

正面から抱きついて俺と一緒に流される歌歩の感触による羞恥の感情が強かった。水に流れながらも歌歩の感触が伝わる。

 

俺の胸板に当たる小振りで可愛らしい胸、俺の背中に回される白魚のように綺麗な腕、俺の足に絡まる健康的な美脚。

 

水の中でもハッキリと伝わる歌歩の感触に、俺はドキドキしてしまう。

 

そんな事を考えている間にも俺達は流され続け、砂浜近くに着いた時に漸く動きが止まった。

 

安堵の息を吐いていると先ほどまで抱きついていた歌歩が俺から離れて楽しそうな笑みを浮かべてくる。

 

「ふふっ……いきなりごめんねお兄ちゃん」

 

歌歩はそう言ってくる。別にそこまで怒っている訳ではないが……

 

「許さん、くらえ」

 

「えっ?!わあっ!」

 

俺が歌歩の顔面に水をかけると、歌歩はよろめく。そこまで怒っている訳ではないが、いきなり抱きつかれてドキドキさせた挙句に悪戯成功、みたいな笑顔を見せられるのはちょっとイラっときたのは事実だ。よってお返しをさせて貰ったぞ。

 

すると歌歩は膨れっ面になり……

 

「お兄ちゃんのバカッ!お返し!」

 

反撃とばかりに俺の顔面に水をかけてくる。それによって俺も歌歩と同じようによろめく。

 

よろしい、戦争だ。

 

「お返しだ」

 

「きゃあっ!」

 

今度は両手を使って歌歩に水をぶつける。顔面にモロに食らった歌歩はさっきよりもよろめきながら、反撃とばかりに水をかけてくる。同時に俺がやり返し、歌歩がまたやり返す。

 

次第に俺達は全力で水をかけ合う。ここで引いたら負けとばかりに全力でかけ合う。

 

そんな中、俺の胸の内にあった僅かばかりの怒りは消え失せて、楽しい気持ちになってきた。プールに行くなんてガキの頃以来だが、あの頃のように純粋な水のかけ合いを楽しいと感じている自分がいる。

 

暫く水を掛け合っている時だった。

 

「よっと」

 

「むぅ……きゃあっ!」

 

俺が両手を使って歌歩の顔に水をぶつけると同時に一際大きな波が俺達に襲いかかる。

 

それによって俺は多少グラつくだけで済んだが、歌歩は顔から水にぶつかるように倒れかかり。

 

それを見た俺は歌歩の肩を掴んで倒れないようにする。今回は波もあったとはいえ少しやり過ぎたな……

 

「大丈夫か?」

 

俺が尋ねると歌歩は顔を上げてコクンと頷く。

 

「あ、うん。大丈夫」

 

「なら良かった。今回は少し水をかけ過ぎて悪かったな」

 

「ううん。私は気にしてないよ。助けてくれてありがとう」

 

歌歩は言うなり、俺の背中に手を回してギュッと抱きついてくる。同時に歌歩の胸が当たりドキドキしてしまう。

 

「か、歌歩。わかったから離れてくれないか?」

 

「……ダメ?」

 

「……好きにしろ」

 

ダメだ。歌歩のおねだりには逆らえん。俺が了承すると歌歩は小さく頷いて更に強く抱きしめてくる。

 

俺は暫くの間、歌歩に抱きしめられるだけの存在と化したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「お兄ちゃん。そろそろお昼にしない?」

 

波のプールではしゃいだり、ジャグジーに入って歌歩が膝の上に乗って甘えてきたり、借りたボールを投げ合ったりしていると歌歩がそんな事を言ってきた。

 

時計を見ると12時前と、昼飯を食う時間だった。

 

「はいよ。じゃあ混む前に店に行こうぜ」

 

四塚マリンワールドには飲食店が幾つもあるが昼飯時は混んでいるので早めに席取りをしないといけない。

 

すると……

 

「あ、実はお弁当を作ってきたんだ。だからお兄ちゃんに食べてほしいな」

 

歌歩がそんな事を言ってくる。マジで?歌歩が弁当を作ってきてくれたのか?

 

「わかった。ありがたく貰う」

 

歌歩の料理が美味いことは知っている。混雑を避けれるだけじゃなく歌歩の弁当を食えるとか俺得過ぎだ。

 

 

そんな事を考えていると……

 

「良かった……あのねお兄ちゃん。私、お兄ちゃんが美味しいって思えるように沢山愛情を込めたから、ね?」

 

「がはっ……!」

 

歌歩の破壊力抜群の言葉を聞いて思わず吐血しかけてしまった。何なのこの子。そんな風に健気に言われたら……幸せ過ぎて死にそうだな。

 

「だ、大丈夫お兄ちゃん?!」

 

対する歌歩は心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくるが、お前の言動の破壊力がヤバいからだからな?

 

そう思いながら俺は歌歩に大丈夫と伝えて一緒にプールから出たのだった。

 

 

しかしこの時の俺は知らなかった。

 

これからもっともっと刺激的なやり取りがあるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ。今準備するから待ってね」

 

波のプールと砂浜の近くにあるベンチにて、歌歩が更衣室から弁当を持ってきて俺の隣に座ってくる。その距離はメチャクチャ近く、俺の肩と足に歌歩の肩と足がぶつかる程だ。その上、互いに水着なので生肌同士がぶつかり合って変な気分になってくる。

 

俺は舌を噛んで煩悩を断っている中、歌歩は弁当箱を膝の上に置いて開ける。

 

見ると中には旨そうな料理が揃っていた。

 

ハムやチーズ、卵にローストビーフなど様々な食材を挟んだサンドイッチ、色が濃く旨そうな衣を付けている唐揚げ、ホクホクのポテトサラダ。見てるだけで唾液が込み上がってくる。

 

「美味そうだな……本当に貰って良いのか?」

 

「もちろん。私、お兄ちゃんの為に一生懸命作ったから食べて欲しいな……」

 

歌歩は白魚のように綺麗な手を俺の膝に添えながら耳元でそう囁く。余りに蠱惑的な仕草に俺はピクンと跳ねてしまう。マジでこの子可愛過ぎだろ?

 

歌歩のボディタッチにドキドキしている中、歌歩はサンドイッチを一つ摘み……

 

「はいお兄ちゃん。あーん」

 

俺の口に差し出してくる。え?あーんって……マジか?

 

予想外の展開に俺がポカンとしていると……

 

「えいっ」

 

俺の口の中にサンドイッチを入れてくる。同時に再起動した俺は口の中に入ったサンドイッチを咀嚼する。同時に口の中には旨味が広がる。マジで美味すぎる……普段コンビニで買うサンドイッチが目じゃない位に美味いな。

 

「どうかな?美味しい?」

 

「最高」

 

「なら良かった……はい、あーん」

 

歌歩は次に唐揚げにフォークを刺して突き出してくるのでパクリと口にする。

 

(やっぱり美味いな。だが……歌歩が可愛過ぎて味がわかりにくい)

 

マジで歌歩が天使過ぎる。俺にボディタッチをしながらも健気に俺にあーんをしてくれる歌歩。そんな可愛い姿を見せられなら全然集中出来ん。

 

そんな事を考えながも俺はしっかりと咀嚼して味を知ろうとする。折角作って貰ったんだからしっかりと味わないと罰が当たるに決まっている。

 

それから10分、俺は歌歩にあーんをされながらも全ての料理を食べ終えた。

 

「お兄ちゃん、美味しかった?」

 

俺が食べ終えると歌歩は弁当箱を片付けながら感想を求めてくる。

 

「ああ。凄く美味かったよ」

 

「なら良かった。お兄ちゃんにそう言って貰えて嬉しいよ」

 

歌歩は幸せそうな笑みを浮かべてそう言ってくる。俺こそ俺なんかが褒めただけで嬉しくなる歌歩を見ると嬉しくなってくるな。まあ恥ずかしいから口にはしないけど。

 

「本当にありがとな。今度お礼に何か奢る」

 

美味い飯を食わせて貰ったんだから、こちらもそれなりの物をご馳走する位問題ない。

 

そんな事を考えていると歌歩は首を横に振る。

 

「あ、お兄ちゃん……お礼ならご飯じゃなくてお願いしたい事があるんだけど聞いてくれない?」

 

「お願い?何だか知らないが構わないぞ。俺に出来る事なら何でもしてやるよ」

 

俺がそう返すと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当?じゃあ……今度から作戦室で私と一緒に寝る時にお兄ちゃんからも頬にキスをして欲しいな……」

 

歌歩が真っ赤になりながら爆弾発言をしてきた。はいぃっ?!

 

「か、歌歩?!それは勘弁「さっき、何でもしてやるって言ったよね?」……いや、それはだな……」

 

しまった。歌歩は鬼畜な要求をしてこないと思って何でもしてやると言ったが、ある意味鬼畜な要求をしてくるとは思わなかったぞ。

 

「………」

 

歌歩はジーっと俺を見てくる。俺が目を逸らしてもジーっと見てくる。

 

「あの、歌歩さん?」

 

「………」

 

話しかけても返事をしないでジーっと見てくるだけ。これはアレか?了承の返事をしない限り喋らないのか?

 

「………」

 

はぁ……仕方ない。一度何でもしてやると言ったし……

 

「……わかったよ。次からはそうする」

 

「本当?ありがとうお兄ちゃん」

 

すると歌歩は漸く口を開けて、笑顔で抱きついてくる。てか本当?、とか言っていたが、お前俺が了承するまでシカトしてただろうが。

 

しかしとんでもない約束をしちまったな。一応歌歩の頬にキスをした事はあるが精々3、4回だ。歌歩や姉さんや文香がやるようにキスをするとなると一回寝る度に100回以上しなきゃいけないことになる。

 

……こうなったら今後は作戦室で寝る回数は減らすしか「ちなみに週一回は一緒に寝ようね?」……どうやら拒否権はないようだ。

 

「……了解した」

 

結果俺は抵抗するのを諦めて歌歩の要望を聞くことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな恐ろしい約束をしてから30分……

 

「お次の方、どうぞー」

 

「後5、6人くらいだし待つのは5分位だな」

 

「そうだね。並んだ甲斐があるよ」

 

俺と歌歩はウォータースライダーに乗るべく並んでいる。このウォータースライダーは長くてコースも独特であることから四塚マリンワールドでトップクラスで人気のアトラクションだ。

 

前を見ると1人ずつ滑ったり、カップルの内彼氏が彼女を膝に乗せて滑っているが、全員はしゃぎながら滑るという共通点があった。

 

そんな事を考えていたら……

 

「次の方、どうぞー」

 

漸く俺と歌歩の番だ。俺と歌歩が入り口に向かうと女の係員さんが口を開ける。

 

「お客様は1人ずつ滑りますか?2人一緒に滑りますか?」

 

1人ずつか2人一緒だと?んなもん当然……

 

「1人ず「2人一緒でお願いします!」……」

 

俺が1人ずつと言おうとしたが、その前に歌歩が2人一緒を要求した。これじゃあ……

 

「はい2人一緒ですね。それじゃあ彼氏さんが先に座ってくださいねー」

 

予想通りだ。係員のお姉さんは2人一緒と認識しているよ。

 

「か、彼氏?!違います!お兄ちゃんはまだ彼氏じゃないです!」

 

すると歌歩は真っ赤になりながらお姉さんに言い返す。するとお姉さんは……

 

「……え?お兄ちゃん?なのにまだ彼氏じゃない……?」

 

俯いて何かボソボソと呟き出す。何を言っているかはわからないが嫌な予感しかしない。

 

若干冷や汗を流しているとお姉さんは顔を上げるが、何故か引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「し、失礼しました。世の中色々ありますからねー。とりあえず座ってください」

 

言いながら俺を見てくるので釈然としないながらも指示に従ってスタート地点に座る。足にはウォータースライダーに流れる水が当たり涼しくなる。

 

「で、では次に貴女は彼の足の間に座ってください。」

 

「は、はい。じゃあお兄ちゃん。お邪魔します……」

 

歌歩はそう言って恥ずかしそうにしながらも俺の足の間に座る。同時に俺の足には歌歩のムッチリとした足が当たり妙な気分になる。

 

「で、では貴方は妹さんにしっかりとくっ付いてくださいね」

 

お姉さんがそう言うと俺の背中を押して歌歩にくっ付ける。同時に歌歩の温もりが直に伝わって顔に熱が溜まる。

 

「……お、お兄ちゃん」

 

「わ、悪い!でも我慢してくれ」

 

「だ、大丈夫。お兄ちゃんにギュッとされるの、嫌じゃないから」

 

歌歩の顔を見れない体勢で良かった。でなきゃ恥ずかしい事を言ってきた歌歩に対して碌に反応が出来ないだろう。

 

そんなことを考えていると……

 

「ではいってらっしゃーい」

 

係員さんが俺の背中を押して出発した。瞬間、尻に水の感触を感じ俺の身体はコースに沿って進み始める。

 

暫くすると目の前に急カーブが現れて俺達は倒れるように曲がり出す。

 

「ふふっ……気持ち良いな……」

 

俺の腕の中にいる歌歩は楽しそうにはしゃいでいる。顔は見えないがそんな風に楽しそうなら俺も幸せになってくるな。

 

そんな風にほっこりした気持ちになった時だった。前方に大量のカーブが現れて俺達の身体はメチャクチャ揺らされる。

 

そして最後のカーブを曲がった瞬間、俺の右手は歌歩の腹から離れて……

 

 

「ひゃあんっ!」

 

歌歩の右の胸に触れてしまう。歌歩の叫び声と共に手には柔らかな感触を感じる。姉さんの胸は大きくモッチリした感触だったが、歌歩の胸は小振り故、手にスッポリと収まって心地が良い……って、何を感想を考えてんだ俺は?

 

「わ、悪い!わざとじゃ……っ!」

 

「あんっ……!お、お兄ちゃん……!」

 

慌てて謝りながら歌歩の胸から手を離そうとするも再度カーブが現れて、曲がった瞬間、今度は俺の左手が歌歩の左の胸を揉みしだいていた 。

 

(何なんだマジで?俺にはラッキースケベの神様に憑かれているのか?)

 

俺がそう思いなが歌歩の胸から手を離そうとするも……

 

 

 

「きゃあっ!」

 

「うおっ!」

 

その前に出口にある巨大プールに落ちた。いきなりのゴールに俺は歌歩の胸から手を離すのを忘れたまま、勢いに乗ってプールの落ちた。

 

同時に着水の衝撃で俺と歌歩は離れる。良かった……このままさっきまでの体勢が続いていたらマジでヤバかったな……

 

そう思いながら俺はプールから顔を出すと……

 

 

「お兄ちゃんのエッチ……」

 

目の前では歌歩が両手で胸を覆い、顔を赤くしながらジト目で俺を見ていた。

 

「わ、悪い」

 

「べ、別にわざとじゃないから良いけどさ……エッチ」

 

「返す言葉もねぇ……」

 

事故とはいえ、悪いのは間違いなく俺だ。歌歩に何を言われても文句は言えない。

 

 

結局、俺はその後何度も謝り倒し、マリンワールドの店でパフェを奢ったら漸くジト目を消して許してくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

それから4時間……

 

「んー、今日は楽しかった」

 

「まあな……」

 

帰りのバスにて、歌歩は楽しそうにそう呟くが、俺も同感だ。色々とサプライズ的な物はあって割と疲れたが、楽しかったのは事実だ。

 

「機会があったらまた行こうね?」

 

歌歩は俺の肩に頭を乗せてそう言ってくるが、またラッキースケベを起こしそうだから勘弁して欲しい。あの後も流れるプールで流れていたら人にぶつかってその勢いで歌歩の尻を揉んだり、転んだ際に歌歩の股に頭を突っ込ませたし。全部許して貰えたとはいえ罪悪感が半端ない。

 

返事に悩んでいると……

 

『次は終点、三門駅前……』

 

バスから終点ーーー俺達が降りるバス停に到着する知らせが来た。バスはロータリーにある指定のバス停に到着すると動きを止めてドアが開く。同時に他の乗客は一斉に降りるが、俺達は最後で良いか。

 

そんな事を考えながら出口を見ると俺と歌歩を除いて全員が降りたので俺も立ち上がり運転手に金を払ってステップを降りてバス停に降りる。

 

(後は歌歩が降りて、解散を告げれば今日の予定は終わりだな……)

 

そう思いながら後ろを向くと歌歩がバスの運転手に払って……

 

「わあっ!」

 

ステップを降りようとしたが、踏み外してバスから地面に落ちようとしていた。あの馬鹿……!危ないだろうが。

 

俺は歌歩を地面に激突しないように咄嗟に前に出て受け止めようとすると、歌歩の顔が俺の顔に近付き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

そのまま互いの唇が重なった。

 

(………え?)

 

予想外の出来事に俺が呆然としていると、歌歩を支え切れず背中から地面に激突した。

 

しかし俺の頭の中では痛みは無く、呆然としたままだった。

 




いつも自分の作品を読んでいただきありがとうございます

活動報告にも書きましたが暫く執筆を休ませていただきます。


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比企谷八幡は可愛い義妹とプールに行き沢山ハプニングを体験する(後編)

キス

 

それは唇同士を重ねることである。無論頬や額、手の甲に唇を当てる事もキスというが、基本的には唇同士を重ねる事がメジャーだ。

 

唇同士のキスは基本的に恋人や夫婦がする事であり、それ以外の組み合わせの人間がする事は滅多にない。

 

しかし、今の俺はその滅多にない方の人間となっている。

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

三門駅前のロータリーにて、俺は地面に背中をぶつけながらチームメイトにして可愛い義妹の歌歩と向き合っていた。

 

 

互いに唇を重ねた状態で。

 

四塚マリンワールドに遊びに行った帰り、バスから降りてから後に降りる歌歩を見たらステップを踏み外して地面に落下しそうになった所を助けようとしたら、歌歩と唇を重ねて、そのまま背中から地面に激突した状態だ。

 

現在も唇を重ねた状態のままだ。歌歩を見ると目を見開いたまま全く動く素振りを見せないが、俺と同じように思考停止に陥っているのだろうと推測出来る。

 

俺の唇に伝わる歌歩の唇の感触は柔らかく、とても温かいものだった。歌歩の唇から伝わる熱が徐々に俺の身体全体に広がり温かくなってくる。

 

お互いに無言のまま何も考えられずにキスをしていると……

 

「ぷはっ……!」

 

「ふぅ……」

 

互いに息が限界になったので、反射的に唇を離して息を吸う。どうやら息が苦しくなるまでキスをしていたのだろう。

 

そこまで考えながら歌歩を見ると……

 

「お、お兄ちゃん……!」

 

歌歩はかつてない程に真っ赤になって俺を見てきて、同時に俺の胸中には罪悪感が半端ない程生まれていた。

 

(や、ヤバい……!よりによって俺は何て事を……!)

 

そこまで認識した俺は歌歩を俺の上から退かして頭を下げる。

 

「す、済まない!」

 

乙女のファーストキスを奪ったのだ。謝って済む問題ではないが、謝らないと気が済まない。

 

「お兄ちゃん?!違うよ!お兄ちゃんは悪くないよ!私の方こそごめん!」

 

そんな声が聞こえたので顔を上げると、歌歩が俺と同じように頭を下げていた。

 

何故お前が謝る?悪いのは俺だというのに。

 

「いや、お前は悪くない。悪いのは俺だ。今日は何度もお前にセクハラ紛いの事したし」

 

「あ、アレはわざとじゃないからお兄ちゃんは悪くないよ。それにさっきのき、き、キスだって私がステップを踏み外してたりしなければ起こらなかったんだし、私のドジでお兄ちゃんのファーストキスを奪ってゴメン!」

 

俺が歌歩は悪くないと言ったら、歌歩は悪いのは自分と言う。平行線だな……

 

マジでどうしようか?俺は自分自身が悪いと思ってるし、歌歩も歌歩自身が悪いと思ってる。

 

とりあえず最低でも俺は怒っていない事を歌歩に伝えないといけない。

 

そう思った俺は咄嗟に……

 

 

 

 

「だから気にしてないって。俺はファーストキスの相手がお前で嫌じゃなかったし」

 

「ふぇぇっ?!」

 

「……あ」

 

しまった、普通にとんでもない事をカミングアウトしてしまった。恐る恐る歌歩を見ると歌歩は俯いていた。身体はプルプルと震えている。

 

ヤバい、完全に怒らせてしまったようだ。土下座するか?

 

俺は急いで頭を地面につける準備をしようとするが、その前に歌歩が顔を上げて真っ赤になった顔を見せながら……

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私も!お兄ちゃんがファーストキスの相手で良かったよ!」

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分……

 

互いに無言で帰路についている。暗くなったので俺は歌歩を家まで送っているが、もう30分以上無言のままだ。気まずいことこの上ない。

 

理由は簡単。さっき俺達は……

 

ーーーだから気にしてないって。俺はファーストキスの相手がお前で嫌じゃなかったしーーー

 

ーーーわ、私も!お兄ちゃんがファーストキスの相手で良かったよ!ーーー

 

 

互いにとんでもない事をカミングアウトしてしまった。その際に歌歩は自分の言った事を理解するとこの上なく顔を真っ赤にして俯いたが、俺も似たような表情だったと思う。

 

以降俺達は30分の間、

 

ーーーとりあえず家まで送るーーー

 

ーーーありがとうーーー

 

これだけしか会話をしていない。今も一言も会話をせず、偶に歌歩の唇を見ようとチラッと視線をズラし……

 

「「……っ!」」

 

同時に歌歩と視線が合って、顔が熱くなるのを実感しながら目を逸らす。もうこれで15回目だ。どんだけタイミングぴったしなんだって話だからな?

 

しかし……

 

ーーーわ、私も!お兄ちゃんがファーストキスの相手で良かったよ!ーーー

 

ダメだ。歌歩の顔を見る度にあの言葉を思い出してしまう。

 

(まさかとは思うが、歌歩って俺の事が好きなのか?)

 

こんな考えを持つのはナルシストかもしれない。実際中学時代、ある女子と似たような事があってナルヶ谷なんて不名誉な渾名も付けられて虐められた記憶もあるし。まあ彼女大規模侵攻で死んだし、今更どうこう言うつもりはないけど。

 

しかし歌歩の場合は違う。あの時は詰まらない勘違いをしたからナルシスト扱いされたが、今回は実際にキスをしたにもかかわらず歌歩は怒らずにファーストキスの相手が俺で良かったと言ったのだ。これな

歌歩は俺の事が好きだという考えを持ってもナルシストとはならないだろう、多分。

(いや、もしかしたら歌歩もスキンシップと思って……いや、それはないよな)

 

頬ならともかく、唇同士のスキンシップなんてあり得ない。唇同士を重ねるキスをスキンシップ扱いする奴なんて……ん?

 

(何だ?気の所為か全く知らない女2人とスキンシップで唇を重ねている光景が頭に浮かんだぞ?)

 

何か暗闇の中でアイドルっぽい制服を着た紫色の髪の可愛らしい女子と、悲しそうな雰囲気を醸し出す白い髪の女子の2人と唇を重ねている光景が頭に浮かんだ。しかも歌歩と同じように事故に近い感じで重ねている光景を。どこか別世界の俺は違う女子とキスをしたのか?

 

いきなり訳のわからない事を思い浮かべ困惑している時だった。いきなり肩に手を置かれたので意味不明の考え事を止めて顔を上げると、歌歩が真っ赤になりながら俺を見ていた。同時に辺りを見渡すと見覚えのある場所、歌歩の家の前だった。

 

「……じゃあお兄ちゃん、2日後の防衛任務の時に、ね?送ってくれてありがとう」

 

「あ、ああ。じゃあまたな」

 

互いに妙な気分になりながらも挨拶をする。これで今日の予定は終わりだし、帰ったら速攻で休もう。

 

そんな事を考えながら歌歩を見ると、

 

「お兄ちゃん……」

 

歌歩は真っ赤になりながらも口を開ける。正直言って何を言われてもマトモに対応出来る自信はないがシカトする訳にはいかない、ら

 

「な、何だ?」

 

しどろもどろになりながらも返事をすると……

 

「さ、さっきの話だけど……嘘じゃないからね」

 

歌歩はそう言ってから一礼して家に入って行った。対する俺は歌歩の言葉に呆然として暫くの間動く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 

歌歩は自宅に帰るなり、自室のベッドに枕を抱きしめる。顔を林檎のように真っ赤にしながら。

 

「ダイレクトには言ってないけど……殆ど告白じゃん」

 

歌歩は先程自分が言った言葉を思い出す。

 

 

ーーーわ、私も!お兄ちゃんがファーストキスの相手で良かったよ!ーーー

 

ーーーさ、さっきの話だけど……嘘じゃないからねーーー

 

改めて振り返ってみると義兄の八幡とキスをして良かったと言っている。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

歌歩は更に枕を強く抱きしめる。言った事は紛れもなく事実だ。事故とはいえ、歌歩自身八幡とキスをした事について恥ずかしい気持ちもあるが、嬉しかった。だから嘘は吐いてないが……

 

「だからって馬鹿正直に言うなんて……私の馬鹿……」

 

流石にキスをして良かったと口にするのは恥ずかしく、歌歩は枕を離してうつ伏せになり、ゴロゴロと転がる。あたかも顔に溜まる熱を放出するかのように。

 

暫くゴロゴロすると、歌歩の顔から熱が徐々に消えていき、歌歩自身も落ち着きを取り戻す。

 

「……まあ、もう言っちゃったし仕方ないか。難しいとは思うけど、次にお兄ちゃんと会う時までに割り切らないと……」

 

でないと防衛任務やランク戦にも支障が出るだろうと歌歩は考えている。歌歩は八幡がA級に上がる為に一生懸命努力している事を知っている。だから自分が気まずいからって足を引っ張るのは許されない事と考えている。

 

「でも、こんな風に悶える位なら遠回しじゃなくてハッキリと好きって言えば良かった……」

 

キスをして良かった……一応告白とも取れるが、ハッキリした告白ではないだろう。

 

「まあ今更だよね……告白は次の機会にしようっと」

 

言いながら歌歩は再度枕を強く抱きしめる。顔には羞恥の色は薄れていて、幸せの色が濃くなっていた。

 

「大好きだよお兄ちゃん……本当に大好き。今日は楽しかったし、幸せだった……絶対にお兄ちゃんの彼女になりたい。文香ちゃんや遥ちゃんには負けないから……!」

 

思い浮かぶのは2人の恋敵。2人は大切なチームメイトや友人であるが、想い人に関しては譲るつもりは毛頭ない。それは恋敵2人も同じ考えだと歌歩は確信を持っていた。また新しく恋敵が増える可能性がある事も危険視している。

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

 

しかし歌歩は負けたくないと考えながら、枕を想い人に見立てて夕食の時間まで抱きしめる続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

俺は自宅に帰るなり、自室のベッドに倒れ込んで天井を見る。顔に溜まる熱は冷める気配はない。

 

理由は簡単、それは……

 

ーーーわ、私も!お兄ちゃんがファーストキスの相手で良かったよ!ーーー

 

ーーーさ、さっきの話だけど……嘘じゃないからねーーー

 

義妹の言った言葉が頭から離れないからだ。あの言葉からわかる事、それは……

 

「歌歩は俺とならキスをして良いと思っている……ぐっ……」

 

いかん、自分で言ってて更に顔が熱くなってきた。同時に唇に伝わる感触を思い出してしまう。

 

(よく漫画じゃ主人公とヒロインが事故でキスをするのはあるが、まさか俺が経験するとはな……)

 

まさか今日ファーストキスを失うとは思わなかったぜ(*八幡は遥にキスをされた事を知りません)

 

しかし今後は歌歩とどう接すればいいのやら……

 

(多分歌歩は俺の事が好きなのかもしれないな……でも、仮に歌歩が俺の事を好きだとしても今の俺は歌歩の気持ちに応えることが出来ない)

 

歌歩が嫌いだからじゃない。寧ろ好きか嫌いか聞かれたら好きと答えるくらいだ。中学時代と違って歌歩を信じてない訳でもない。

 

しかし今の俺はA級に上がるという目標がある。それは厳しい道である故に恋愛に時間を割きたくないというのが本音だ。

 

それに……

 

ーーー八幡先輩!ーーー

 

ーーー弟君ーーー

 

恋愛の事を考えると歌歩以外に文香と姉さんの事も思い浮かんでしまう。恐らくだが、俺の心の底では3人に対して、恋愛的な何かを抱いているのだろう。その正体を突き止めて対処しない限り一歩を踏み出すのは無理だと思う。

 

「まあ直接告白された訳じゃないし大丈夫だろ……多分」

 

もしもアレが告白だとしなら後日歌歩がその質問をしてくるだろうし、その時に対処すれば良い。

 

 

「とりあえず難しいとは思うけど、次に歌歩と会う時までに割り切らないと……」

 

でないと防衛任務やランク戦にも支障が出るだろう。辻にしろ文香にしろA級に上がる為に一生懸命努力している。自分と歌歩が気まずいからって足を引っ張るのは2人に対する裏切りだ。絶対に許されない事だし、明後日までに割り切らないといけないな……

 

前途不安な未来を考えて、疲れながら俺はベッドに寝転んだ。今日はもう飯は良いから寝よう……



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比企谷八幡は夢の中で別世界の自分の知り合いと出会った後に、基地に向かってトラブルに遭遇する

ーーー八幡、大好きーーー

 

ーーー八幡君、好きだよーーー

 

ーーー八幡さん、愛しています……ーーー

 

目の前には白髪の女子に紫色の髪の女子、、緑髪の女子が俺に愛を告げて寄ってくる。

 

彼女らは全員凄く可愛い。可愛いが、何故か誰の名前も知らない。知らない女子に愛を告げられている。

 

しかし何故かどこか別の世界で彼女らと出会った気がして、俺の心の中にいる。マジで誰なんだこの子達は?

 

不思議に思う間にも3人は俺に寄ってから目を瞑り近付いてくる。これはアレか?キスをしろって事か?

 

しかし名前も知らない女子とキスをするなんて論外だ。そう判断して距離を取ろうとするも……

 

ーーー八幡、逃げちゃダメーーー

 

ーーーそうだよ。キスしてよ八幡君ーーー

 

ーーーお願いします、八幡さん……ーーー

 

3人の女子は俺を逃がすつもりはないようでそのまま抱きついてくる。ちょっと待てちょっと待て!マジで何なんだこの子達は?!

 

俺が焦る間にも……

 

 

ーーー八幡(君)(さん)、大好きよ(だよ)(です)……ーーー

 

3人は俺に唇を突き出してきてくる。これはアレか?逆らってはいけないのか?

 

 

そう思いながら俺は半ば諦める形で3人の顔に近寄る。3人は逃がすつもりはないみたいだし受け入れよう。なぜか彼女らとは毎日キスをしていたような気がするに忌避感はない。

 

そう思っていると、俺達4人の唇が重なる……

 

 

 

 

 

 

ーーー八幡先輩!ーーー

 

ーーーお兄ちゃん!ーーー

 

ーーー弟君!ーーー

 

 

 

直前に背後から文香と歌歩と姉さんの声が聞こえたかと思えば首根っこを引っ張られる形で目の前にいる女子3人から引き離される。

 

同時に上空から光が生まれて思わず目を閉じてしまう。マジで何なんだこれは?目を閉じても光を感じるぞ!

 

予想外の展開に混乱していると光を感じなくなったので目を開けてみると……

 

 

pipipi……

 

「……あれ?」

 

そこは俺の部屋であり、目覚まし時計が鳴っている。周囲には文香も歌歩も姉さんも、名前を知らないながらも心に強く印象づいた女子3人も居なかった。

 

それはつまり……

 

「夢かよ……」

 

まあそうだよな。俺があんな美女3人と恋仲になっている訳がないよな……はははは……

 

(何故だろう。なんか凄く惜しい……まあ仕方ないか)

 

内心悔しい気持ちを胸に抱きながらも、俺はベッドから起き上がりクローゼットから服を取り出して着替え始める。

 

「てか今の夢なんだったんだよ?」

 

マジであの3人は何者なんだ?名前も知らないのに妙に印象的なんだよなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、暑い……」

 

朝起きた俺は朝食を食べた後、ボーダー基地に向かっている。夏休みの最中だが防衛任務がある故に。

 

しかし季節は8月とあってクソ暑い。歩いてるだけで脱水症状になりそうなくらい暑くて仕方ない。早くボーダー基地の作戦室に入って、冷蔵庫にあるキンキンに冷えたMAXコーヒーを飲みたいものだ。

 

そこまで考えながら道を歩いていると……

 

「「あっ……」」

 

曲がり角から俺の義妹である歌歩と鉢合わせする。向こうも俺に気付いたようでキョトンとした表情を浮かべるも……

 

「お、おはようお兄ちゃん……」

 

「……ああ、おはよう」

 

途端に顔を茹で蛸のように真っ赤にしながら俺に挨拶をしてくる。同時に俺の顔が熱くなる。

 

理由はわかっている。それは最後に会った時に事故とはいえ歌歩とキスをしたからだ。

 

 

それも頬ではなくて唇同士のぶつかり合い。すなわち俺のファーストキスの相手は歌歩で、歌歩のファーストキスの相手は俺って事になる。(*八幡は寝ている時に遥にキスをされた事を知らない)

 

加えて……

 

ーーーわ、私も!お兄ちゃんがファーストキスの相手で良かったよ!ーーー

 

 

ーーーさ、さっきの話だけど……嘘じゃないからねーーー

 

 

歌歩は俺とキスをして良かったと言ったのだ。嫌でも顔が熱くなってしまう。

 

しかしいつまでも気まずい空気では防衛任務やランク戦にも支障が出るので早いうちになんとかしないといけない。

 

 

「歌歩」

 

「な、なにかな?!」

 

「色々と恥ずかしい気持ちや言いたい事があるかもしれないが……今日もよろしく頼む」

 

いつものようによろしくと挨拶をする。普段やっている事をやっておけば少しは気まずさが解消されるだろうから。それを抜きにしても防衛任務では歌歩に世話になっているので挨拶をするのは当然だ。

 

すると歌歩は目をパチクリするも、直ぐに笑顔になって……

 

「うん!頑張るね!」

 

そのまま腕に抱きついてくる。畜生、やっぱり俺の義妹可愛過ぎるわ。

 

「ああ!それじゃあ行こうか」

 

俺がそう言うと歌歩は俺に抱きついたまま歩き出す。熱いし歩きにくいし恥ずかしいが、多少恥じらいを無くして笑顔を浮かべる歌歩を引き離すことは出来なかった。

 

結局ボーダー基地に到着するまで歌歩が離れなかったのは言うまでもないだろう。

 

 

それから15分してボーダー基地の入口に到着したので俺達はトリガーを出してゲートを開けて中に入る。

 

「そういえばお兄ちゃん。防衛任務までまだ少し時間があるけど、お兄ちゃんはどう過ごすの?」

 

地下通路を歩いていると俺の腕に抱きついて甘え全開の歌歩が話しかけてくる。

 

「そうだな……個人ランク戦ブースに行って戦い甲斐のある奴が居たら個人ランク戦、居なかったら作戦室に行って戦術の見直しだな」

 

辻のスパイダー戦術と文香の狙撃についても部隊の作戦に組み込まないといけないからな。

 

まあ今シーズンは後2週間ちょいだからチームランク戦では使うつもりはないけど。使うとしたら来シーズンの最初に初見殺しして大量に点を稼いで逃げ切り戦術をするつもりだ。

 

「あ、じゃあ私も行っていい?お兄ちゃんと一緒に居たいな」

 

「……好きにしろ。俺はお前の行動についてどうこう言うつもりはない」

 

俺は歌歩の義兄だが、歌歩の行動についてアレコレ指図するつもりはない。

 

「そっか……うん、そうするね」

 

「……この甘えん坊め」

 

ま、そんな甘えん坊な歌歩は可愛いから良いけど。つくづく俺は歌歩に甘いな。

 

内心苦笑しながら通路を歩いて基地に入ると……

 

「よっす辻」

 

「こんにちは辻君」

 

チームメイトの1人の辻が廊下を歩いていたので話しかける。すると向こうもこちらに気付いて近寄ってくる。

 

「2人ともおはよう……なんというか先週会ったばかりなのに3ヶ月以上会ってないように思えるな」

 

「奇遇だな。俺もお前らとは3ヶ月以上会ってないような気がするな」

 

なんというか……3ヶ月は別の場所にいた気がする。もしかして朝夢に出てきた3人もその別の場所にいる人間なのか?

 

「まあ良いや。それより俺は今から個人ランク戦に行くがお前も来るか?」

 

「俺は元々そのつもりだ。もう直ぐハウンドが6000ポイントを超えて万能手になれるしな」

 

「それは頼もしいな」

 

既に文香は万能手になっている。加えてマスタークラスの攻撃手の辻が万能手になったら戦術の幅も広がるだろう。

 

俺も負けてられないな。今の俺はマスタークラスの攻撃手だが、頑張って10000ポイント超えの攻撃手になるつもりだ。

 

そんな風に雑談していると個人ランク戦ラウンジに到着したので対戦相手を探そうとした時だった。

 

 

「さっきの試合を見ていたが、とても仮入隊のそれとは思わなかった。君さえ良ければ正隊員に上がったらウチに来て欲しい」

 

「え、ええっと……」

 

「待ちなさい嵐山君。彼女は私が先に目を付けていたのよ。ねぇ木虎ちゃん。正隊員に上がったら私の所に来て欲しいわ。貴女とならトップを目指せるわ」

 

嵐山さんと加古さんが木虎に対して勧誘をしていた。ヤバイな……前に迅さんが予知していた通りになったよ。これは加古隊と嵐山隊との戦闘もあり得そうだ。

 

そう思っていると……

 

「誘ってくれるのは嬉しいですけど、他の人にも誘われていて直ぐには決めれないです?」

 

「他の人?誰かしら?」

 

「比企谷八幡さんです」

 

「ああ……彼ね。まあ決めるのは木虎ちゃんの自由だけど、比企谷君の所に入るなら気を引き締めた方がいいわよ」

 

「……?何でですか?」

 

「彼、凄いモテモテで近くにいる女子をメロメロにし「してないですからね」あら比企谷君、久しぶりね」

 

加古さんがとんでもない事を言おうとしてきたので内心慌てながら遮る。この人マジで何を言ってんだよ?

 

「お久しぶりですね。それで加古さん、デマを言うのはやめてください」

 

「あら?何か間違った事を言ったかしら?」

 

加古さんは何を言っているのかわからない表情を浮かべているが極めて心外極まりない。

 

「いや普通に言ってますからね?何すか俺がモテモテって。俺を好きになる女子なんている訳ない……何故そこで馬鹿を見る目で見るんすか?」

 

すると加古さんと歌歩と辻は馬鹿を見る目で俺を見てくる。嵐山さんは苦笑して、木虎は何が何だかって感じの表情を浮かべている。

 

「……馬鹿だからに決まってるでしょ、あの子達も大変ね」

 

加古さんがそう口にすると歌歩がウンウン頷いてくるが、そこまで馬鹿扱いされるのは微妙にムカつくな。

 

「まあ良いわ。それで木虎ちゃん。入るならウチの隊にしなさいよ。私の隊はA級だけど特典として固定給やトリガー改造があるわよ」

 

ちっ!早速魅力的な提案をしてきたな。確かにB級のウチと嵐山隊では提示出来ないメリットだ。

 

「いやいや加古さん。幾ら才能があると言ってもB級上がりたてでA級ランク戦に挑むのは無茶ですよ。それでしたらB級ランク戦で技術を身につけてからの方が合理的です」

 

すかさず嵐山さんも反論するが理に適っている。実際才能があり直ぐにA級ランク戦に挑んでも、狙われまくって伸びないだろう。

 

「それを言ったら嵐山隊や比企谷隊みたいにB級上位じゃなくて下位のチームに入れた方が合理的じゃない」

 

加古さんも反論する。まあそれも否定出来ない。経験を少しずつ積ませるならA級だけでなくB級上位でも勧められないな。

 

ともあれ……

 

「決めるのは木虎です。これ以上当人差し置いて腹の探り合いをするのはやめましょう」

 

俺がそう口にする。このまま2人を放置すれば舌戦が止まらないだろうしな。

 

「それもそうだな……木虎はチームについてどう考えているんだい?」

 

「……今の状況ではなんとも言えないですね。私は3人のチームの動きを知らないので」

 

「それもそうね……あ!閃いたわ!」

 

すると加古さんが途端に笑顔で手を叩く。何となく嫌な予感しかしねぇ……

 

内心冷や汗をかいていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達加古隊と嵐山隊、比企谷隊が戦えばいいのよ」

 

はい、迅さんの予知が確定いたしましたーーー

 

面倒くさい事になったな……



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最新話時点でのステータス

感想で、久しぶりに見るからステータスを忘れたという意見をいただいたので最新話時点でのステータスを投稿します。

最新話は今夜0時に投稿出来たらします


パラメーター

 

比企谷八幡

 

PRFILE

 

ポジション:アタッカー

年齢:16歳

誕生日:8月8日

身長:171cm

血液型:O型

星座:ペンギン座

職業:高校生

好きなもの:妹、金、MAXコーヒー、平穏、チームメイト、義姉

 

PARAMETR (左=入隊時、真ん中=辻を仲間に入れた時、右=加古隊と嵐山隊とランク戦をすると決めた時)

 

トリオン 7→8→8

攻撃 6→8→9

防御・援護 5→6→7(防御は弧月が相手なら9)

機動 6→10→10

技術 5→7→8

射程 1→3→3

指揮 4→5→6

特殊戦術 2→4→4

 

TOTAL36→51→55

 

 

トリガーセット(ランク戦の組み合わせによって変更あり)

 

主トリガー

スコーピオン

シールド

ハウンド

グラスホッパー

 

副トリガー

テレポーター

シールド

バッグワーム

グラスホッパー

 

個人ポイント

スコーピオン:9056

ハウンド:5105

 

 

 

照屋文香

 

PRFILE

 

ポジション:オールラウンダー

年齢:15歳

誕生日:7月21日

身長:157m

血液型:O型

星座:つるぎ座

職業:中学生

好きなもの:八幡、プリン、そうめん、ピアノ、犬

 

PARAMETR

 

トリオン 7

攻撃 7

防御・援護 7

機動 6

技術 8

射程 6

指揮 5

特殊戦術 2

 

TOTAL 48

 

 

トリガーセット(ランク戦の組み合わせによって変更あり)

 

主トリガー

弧月

旋空

シールド

イーグレット

 

副トリガー

アステロイド:突撃銃

ハウンド:突撃銃

シールド

バッグワーム

 

 

 

個人ポイント

弧月::7296

アステロイド:6281

ハウンド:5712

イーグレット:3000(玉狛でしか訓練してないので変化なし)

 

 

 

辻新之助

 

PRFILE

 

ポジション:アタッカー

年齢:15歳

誕生日:8月16日

身長:174cm

血液型:B型

星座:ペンギン座

職業:高校生

好きなもの:恐竜、シュークリーム、バターどら焼き、チームメイト

 

PARAMETR

 

トリオン 6

攻撃 7

防御・援護 9

機動 7

技術 8

射程 3

指揮 5

特殊戦術 5

 

TOTAL 50

 

 

トリガーセット(ランク戦の組み合わせによって変更あり)

 

主トリガー

弧月

旋空

シールド

スパイダー

 

副トリガー

ハウンド

メテオラ

シールド

バッグワーム

 

個人ポイント

弧月:8126

メテオラ:4156

ハウンド:5281

 

 

 

 

 

三上歌歩

 

PRFILE

 

ポジション:オペレーター

年齢:15歳

誕生日:2月23日

身長:152m

血液型:A型

星座:みつばち座

職業:高校生

好きなもの:八幡、とんこつラーメン、大福、漫画

 

PARAMETR

 

トリオン 2

指揮 7

戦術 7

並列処理 9

情報分析 8

機器操作 8

 

TOTAL 39(トリオンを除く)



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比企谷八幡は防衛任務をしながら、木虎争奪戦について策を練り始める

「あ!八幡先輩に辻先輩に三上先輩、こんにちは」

 

防衛任務開始20分以内に作戦室に入ると、既に文香は居て俺達に気付くと笑顔を浮かべて頭を下げてくる。癒されるなぁ……

 

「うーっす」

 

「こんにちは」

 

「こんにちは文香ちゃん」

 

文香の可愛さに癒されたのは俺だけでないようだ。辻と歌歩も機嫌が良さそうに挨拶をする。

 

「はい。それにしても3人が同時に来るとは思いませんでした」

 

「待ち合わせした訳じゃないが、朝基地に向かったら歌歩と、基地に入ってから辻と会ったんだよ。それよりも文香、重要な知らせがあるから聞いてくれ」

 

「重要な知らせ……この時期ですとランク戦関係ですか?それとも藍ちゃんのスカウト関係ですか?」

 

文香は直ぐに真剣な表情を浮かべて俺に聞いてくる。この切り替えの早さは隊長としてありがたい。

 

「後者だ。今日木虎と会ったら嵐山さんと加古さんもアイツをスカウトしていた。そんで色々あって加古隊と嵐山隊と模擬戦をする事になった」

 

結局俺と嵐山さんは加古さんの提案を受け入れた。ここで逃げたら心証を悪くなりそうだったから。

 

「つまり迅さんの予知が当たったのですか……話はわかりましたが、いつやるのですか?」

 

「来月の正式入隊日ーーーつまり3週間後だ」

 

防衛任務や嵐山隊の広報もあって中々3部隊が揃って非番の日がなかったので木虎が入隊する正式入隊日当日にした。オリエンテーションが終われば嵐山隊は休みだから。

 

「3週間……長いようで短いですね」

 

「ああ。それで今回の作戦についてだが、具体的な作戦はまだないが大まかな方針は決めている」

 

「私と辻先輩の狙撃とワイヤー戦術ですか?」

 

「正解だ。本当は来シーズンのランク戦までに取っておくつもりだったが、確実に木虎を手に入れる為に出し惜しみはしないつもりだ」

 

文香の狙撃と辻のワイヤー戦術は来シーズンから使う予定だったが、木虎争奪戦で出し惜しみして負けたら意味ないし。

 

今シーズンウチの隊は嵐山隊と飽きるほどやったがそこまで差がない。しかし嵐山隊に木虎が加入したらこちらが不利になるだろう。嵐山隊はエースが居ないのが弱点と言われているが、才能に溢れている木虎が入ればその弱点を補えるだろうから。

 

だから3週間後の試合では出し惜しみはしないつもりだ。まあその時の文香と辻の成長具合によるけど。

 

「とにかくそんな訳だからよろしく頼む」

 

「わかりました。それでは八幡先輩。今回の防衛任務で狙撃手として動いてもよろしいですか?基礎練は玉狛でやっていますが、実戦経験は圧倒的に不足していますので」

 

「俺から頼もうと思ってたところだ。ただしヤバくなったら即座に本来のスタイルに切り替えろよ」

 

「了解です」

 

「頼むぞ。辻はスパイダーの展開を頼む」

 

「わかった」

 

そして辻が展開したスパイダーを俺が使ってトリオン兵相手に高速機動戦をマスター出来ないんじゃ話にならないからな

 

「んで歌歩はいつものように支援よろしくな」

 

オペレーターがいない部隊なんて脆いからか。いつものように支援してくれるのがなによりも頼りになる。

 

「任せてお兄ちゃん」

 

歌歩は満面の笑みを浮かべながら了承してくれる。本当に良い部下に恵まれたよ俺は。

 

「よし。んじゃそろそろ時間だから行くぞ」

 

そう言ってトリガーを取り出すと他の3人もそれに続くので……

 

「「「「トリガー、起動」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん!モールモッド二体にバムスター二体、バンダーが三体来るよ!』

 

防衛任務の最中、歌歩から通信が入る。防衛任務が始まってから2時間、今の所は順調にこなしている。というか今日はトリオン兵が余り来ない。今現れたのも最後のトリオン兵を倒してから30分以上経過してからだし。

 

「了解。文香、バンダーは任せた。辻は文香のフォローを最優先にしながらバムスターを叩け。モールモッドは俺がやる」

 

指示を出しながらグラスホッパーを起動してモールモッドとの距離を詰めにかかる。

 

『照屋了解』

 

『辻了解』

 

2人から了解の返事を聞くと背後から一筋の光が一直線に進み、一体のバンダーの目を破壊する。距離から察するに文香の狙撃だろう。

 

チラッとバンダーを見れば、目ではなく目の近くの装甲に当たっていてまだ生きてる。まあまだ狙撃を始めてから1月も経過してないからこんなものだろう。

 

そう思いながら俺はグラスホッパーを更に使用してモールモッドとの距離を詰める。するとモールモッドはプログラムに沿ってブレードを振り上げてくる。

 

本来の俺ならスコーピオンでブレードの根元を斬るかハウンドで先に目を破壊するだろう。

 

しかし今回は……

 

「よっと」

 

モールモッドがブレードを振り下ろす前に近くにあるワイヤーを掴んで、途中でグラスホッパーによる軌道を変化する。

 

そして更に跳んだ先にあるワイヤーを掴んでから近くにある壁を蹴って、遂にはモールモッドの後ろに回り込むことに成功する。

 

一度地面についた俺はそのままモールモッドの背中に乗って、顔面の近くまで寄って……

 

「じゃあな」

 

そのままスコーピオンを突き刺して頭を破壊する。同時にモールモッドは地面に倒れ込んだので、もう一体のモールモッドを叩きに行く。

 

すると頭上から分厚い光のレーザーが2つ俺の頭上を横切った。レーザーの分厚さや数から察するにバンダーの砲撃だろう。3つでないという事は一体は倒したのだろう。

 

そう思いながら俺は建物の上に上ると……

 

「うおっ!」

 

一筋の光が俺の鼻スレスレの場所を通り、そのままバンダーの目を撃ち抜いた。

 

『すみません八幡先輩!大丈夫ですか?!』

 

ヘッドホンから文香の謝罪が耳に入る。やはり今のは文香のイーグレットのようだ。

 

「いや、元はと言えば一声かけずに射線が通る場所に出た俺が悪いんだし」

 

文香にバンダーを任せた以上、文香の射線に入った俺が完璧に悪い。文香が謝る必要は全くない。

 

「だからお前は気にすんな。寧ろ終わったらアイスでも奢る……っと、モールモッドを仕留めるからまた後で」

 

『あ、はいわかりました』

 

文香から了承の返事が来たので俺はそのまま路地に向かってグラスホッパーを起動して一気に距離を詰める。このモールモッド周辺には辻の仕込んだワイヤーがないに普通に戦うか。

 

方針を決めた俺はスコーピオンを構えて、モールモッドの振り下ろすブレードの横っ腹を叩いて受け流して、返す刀で目玉を横薙ぎに斬り捨てる。

 

それと同時に……

 

『こちら辻。バムスターは全て撃破した。スパイダーの調子はどうだ?』

 

『こちら照屋。バンダーを全て撃破しました。三体仕留めるのに5回狙撃しましたので命中率は6割です』

 

チームメイト2人から撃破報告が入る。どうやら向こうも特に問題なく終わったので安心だ。

 

「わかった。じゃあ最初ーーー俺と辻が前衛で文香が後衛のフォーメーションで行くぞ」

 

今回は文香の狙撃がメインだから俺と辻がしっかりフォローしないといけないからな。

 

『『了解』』

 

2人の声が聞こえたので俺は地面を蹴って空き家となって警戒区域の家の屋根を蹴って2人と合流した。

 

 

その後も何度かトリオン兵が出ていたが、割と文香の狙撃で倒せた上に誰一人としてベイルアウトしなかったのでまあまあ上出来な成果だったと思える。

 

余談だが、次に防衛任務をするチームに引き継ぎをする前に辻が展開したスパイダーは全て斬っておいた。こういう所から情報漏れする可能性があるからな。加古隊と嵐山隊との試合までこういった証拠隠滅は徹底的にするつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりまだまだ動く標的に当てるのは難しいですね」

 

「だな。トリオン兵はプログラムされた動きをするし、直ぐに当てれると思うが……」

 

「例の試合で加古さんや嵐山さん相手に狙撃をするのは厳しいと思う。当日は俺のスパイダー戦術だけにする方が良いかもしれない」

 

「それが良いかもね。もしくはお兄ちゃんと辻君を餌にして引き寄せてから、近距離でライトニングを撃つのはどうかな?」

 

防衛任務を終えて基地に帰還した俺達は廊下を歩きながら、例の木虎争奪戦についての話をしている。

 

やはり文香の狙撃は当日までにモノにするのは厳しいって意見だ。とりあえず基礎の連携はするが当日は使わない方がいいだろう。ミスって居場所がバレたら面倒だから。

 

「そういえば八幡先輩。試合のステージとかはどのチームが決めるんですか?」

 

「公平を期す為に当日にランダム設定にすると決めた。加えて天候とかもランダムだから当日までに悪天候のステージを体験しておくぞ」

 

「そうだな。中には暴風雨とか猛吹雪とか砂嵐があるから、幾ら対策をしていてもし過ぎって事はないだろう」

 

「そうだね。じゃあお兄ちゃん。作戦室に戻ったら「弟君!」この声は……!」

 

聞き覚えのある声が俺の耳に入った瞬間、歌歩と文香が何故か臨戦態勢に入る。お前らどうしたんだ?

 

頭に疑問符を浮かべていると、右から足音が聞こえてきたので見てみると……

 

「こんにちは遥ちゃん、偶然だね」

 

「お久しぶりです綾辻先輩」

 

俺の義姉である遥姉さんがこちらに走ってきたかと思えば、歌歩と文香が俺と姉さんの間に割って入る。

 

すると綾辻が引き攣った笑みを浮かべて口を開ける。

 

「そうだね。ところで弟君と話がしたいから退いて貰って良いかな?」

 

「いやいや、この距離でも話せるよね?」

 

「そうですよ。何か不都合な点でもありますか?」

 

「うん。弟君に抱きつきたいから退いてほしいな」

 

「「ダメ(です)!」」

 

姉さんの要求を歌歩と文香が一蹴する。気の所為か3人の間に火花が飛んでいる気がする……

 

「さて、俺は腹が痛いから手洗いに行ってくる」

 

辻はそう言って逃げようとするがこの場で俺を見捨てるな!

 

急いで捕まえようとするも辻は信じられない速さで走り去って行った。あの野郎……後でしばく。

 

そんな事を考えていると姉さんが話しかけてくる。ただし両手を歌歩と文香に掴まれた状態で。

 

「とりあえずお前ら、流石に離してやれよ」

 

「でも離したら遥ちゃんがお兄ちゃんに抱きつくから……」

 

「いや俺は別に慣れてるから気にしな「「そういう問題じゃないの(です)!」」そ、そうか……」

 

2人に突っ込まれたら何も言えなくなってしまう。今回は歌歩と文香の勝ちのようだ。

 

「済まん姉さん。2人もこう言ってるし今日は抱きつくのは勘弁してくれ」

 

「むー、わかったよ」

 

姉さんは渋々ながら受け入れてくれた。良かった、とりあえずこれ以上は揉めずに済むな。

 

「助かる。そんで話ってなんだ?」

 

「あ、うん。話というより宣戦布告かな」

 

宣戦布告だと?俺に?どういった意味……あ。

 

「もしかして木虎争奪戦についてか?」

 

「うん。弟君がA級目指しているのは知ってるけど、今回だけは絶対に負けないから!」

 

姉さんはハッキリと宣戦布告をしてくる。正直意外だ。姉さんがそんな風に宣戦布告をしてくるなんて。

 

「そんなに姉さんもA級に上がりたいのか?」

 

「それもあるけど……」

 

「あるけど?」

 

俺が聞き直すと姉さんは恥ずかしそうにしながらも口を開ける。

 

「その……彼女が弟君のチームに入ったら……新しいライバルになるかもしれないし」

 

「は?」

 

なんだそりゃ?俺のチームに木虎が入ったらライバルになるのは当たり前だろ。

 

「「あー」」

 

すると歌歩と文香も納得したように頷く。マジでなんなんだ?

 

「そう考えると、私達のライバルになるね」

 

「ただでさえライバルが強いのに……」

 

マジでなんの会話をしているんだ?歌歩と文香のライバルにもなるって、イミワカンナイ。

 

しかしそんな俺の頭に浮かぶ疑問の解を出す前に姉さんが口を開ける。

 

「とにかく、当日は絶対に負けないからね?私が言いたいのはそれだけ。じゃあまたね」

 

姉さんがそう言うと歌歩と文香が姉さんの手を離す。何を言っているのかは分からなかったが、勝ちを譲るつもりはない。A級に上がる為にも有力な選手はスカウトしたいし負けるわけにはいかない。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「隙ありー!」

 

そんな声が聞こえたかと思えば姉さんが俺に抱きついてくる。

 

「「しまった!」」

 

瞬間、歌歩と文香が姉さんを引き離そうとするも姉さんは離れる気配はない。

 

「えへへー弟君あったかい……なんかほんの数日離れただけなのに3ヶ月以上離れ離れになっていた気分だったからね」

 

確かに……俺自身なんというか3ヶ月近く別の世界にいたような気がするんだよな。脳裏にはアスタリスクって言葉が強く残っているし。

 

「遥ちゃん!こんな場所でイチャイチャしちゃダメだよ!」

 

「そ、そうです!不純異性交遊ですからね!」

 

歌歩と文香が真っ赤になりながら遥を引き離そうとする。

 

「いやいや、ただ弟にスキンシップをしてるだけだからね」

 

そんな2人に対して遥は全く気にしないで俺に抱きついたままだ。すると痺れを切らしたらしい歌歩と文香は姉さんから離れて……

 

「「えいっ!」」

 

そのまま姉さんと同様に抱きついてくる。正面には姉さん、右に歌歩、左に文香が抱きついて、俺は今美少女3人に挟まれている状態となっている。

 

「お前らなぁ……」

 

「こ、これは兄妹のスキンシップだから大丈夫!」

 

「そ、そうです!チームメイト同士のスキンシップですから問題ないです!」

 

ダメだ。歌歩と文香も姉さん同様に離れる気配がない。もういいや、好きにしよう……

 

 

結局俺は暫くの間3人に抱きつかれたままスキンシップをされまくったのだった。

 

その後俺を見捨てた辻は模擬戦でしばき倒しておいたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、別世界の水上学園都市では……

 

「今日さ、なんか暴走族か着るような服を着た見た目が高校生時代の頃の俺が知らない美少女3人に抱きつかれた夢を見たんだよ」

 

「へー、随分変な夢を見たんだね」

 

「もしかして過去のパラレルワールドの夢を見たのじゃないかしら?アスタリスクに来ない場合の」

 

「あー、あり得そうだわ」

 

「だとしたら夢で良かったです。もしも八幡さんがアスタリスクに来なかったら……」

 

「だよね。八幡君が居ない人生なんて考えられないよ」

 

「そうね」

 

「ありがとなお前ら……愛してる」

 

「「「私も八幡(君)(さん)を愛しているわ(いるよ)(います)」」」

 

「「「「んっ……」」」」

 

 

 

 

 

 

どの世界でも3人の女子に愛される八幡であった。



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高1グループのLINEは中々カオスである

「ふーむ……やっぱり文香の狙撃じゃ厳しいし、いっそ全員にテレポーターを持たせるのはどうか?」

 

深夜の自室にて、俺は3週間後に戦う加古隊と嵐山隊の戦闘記録を見ている。

 

加古隊は射手と特殊工作兵の2人チームと中々独特なチームだ。喜多川が仕掛けたトラップを加古さんがふんだんに使用するのが基本的な戦術だ。

 

トラップにはワープや地雷、仕込みマシンガンと千差万別でありとあらゆる手段でこちらを攻めてくる。

 

しかも今まで加古隊のランク戦を見た結果、ある程度時間が経過すると喜多川はトラップを全て破壊されようが隠れる事に徹するのだ。結果、加古隊と戦った部隊が生存ボーナスを手に入れた事は数えるくらいしかないのだ。

 

加えて加古さん自身もスコーピオンを使える変則型射手でかなり腕がある。何度か個人ランク戦をやっているが10本勝負で1回だけマグレで4本と格上だ。しかもチームランク戦では喜多川の支援もあるのでかなり厳しい戦いになるだろう。

 

(いや、嵐山隊とさりげなく協力し合えば勝ち目はあるが……)

 

乱戦なら喜多川の支援をフルに活かせる加古さんに分があるが、ドッシリと構えられたらこっちが有利だ。ウチと嵐山隊は戦闘要員が3人でもいるし。もしも加古さんを倒せたら新しい戦術を持っているこちらが有利だ。

 

嵐山隊のスタイルは嵐山さんを軸にした3人による高度な連携。状況によって嵐山さんが自ら囮となる場合もある。俺も自分を囮にする事もあるが、嵐山さんの技術は俺よりも高い。

 

何度か戦った結果、対策としては嵐山さんを確実に落とす事だ。時枝とツインスナイプ野郎も優秀だが、軸が落ちれば対処出来る。実際、嵐山さんを落とせた際は大抵ウチが勝ってるし。

 

(嵐山隊と無意識のうちに協力し合って加古さんを倒しなが、どさくさに紛れて嵐山さんを倒すのが理想だけど、向こうも俺の首を狙ってくるだろうな……)

 

そこまで考えている時だった。ポケットにある携帯が鳴り出したので見てみるとLINEの通知を知らせるものだった。

 

グループは高1グループ……嫌な予感しかしねぇ……

 

そう思いながらもLINEを起動してみると

 

【高1グループ】

 

米屋:今度夏休みの宿題皆でやろうぜ!

 

 

 

 

そんな提案がやってきた。こいつの魂胆が見え見えだ。大方夏休みの宿題のヘルプだろう。

 

【高1グループ】

 

仁礼:賛成!

 

由比ヶ浜:私も賛成!皆で頑張ろう!

 

三輪:宿題を手伝ってくれの間違いだろ?

 

出水:同感だな、お前ら期末最悪の結果だったじゃん

 

米屋:あ、バレた?

 

比企谷:当たり前だ

 

米屋:そこを何とか頼む!

 

三輪:すまん、このバカに付き合って欲しい

 

出水:まあ三輪が言うなら……

 

綾辻:私は良いよ

 

三上:私も。お兄ちゃんは?

 

比企谷:別に構わない

 

米屋:マジで?!

 

仁礼:サンキュー!

 

由比ヶ浜:ありがとう!

 

出水:次からは自分でやれよ?

 

米屋:当然!

 

三輪:お前の当然ほど信用出来ないものは存在しない

 

米屋:うるせー秀次!

 

由比ヶ浜:まあまあよねやん落ち着いて。それでやるならいつが良いかな?

 

比企谷:明日は花火大会に行くから無理だ

 

綾辻:花火大会?!

 

三上:誰と行くの?!

 

出水:三上と綾辻必死www

 

米屋:頑張れ義姉と義妹www

 

比企谷:あん?文香とだけど

 

三上:ふーん……

 

綾辻:へー……

 

仁礼:義姉と義妹怖過ぎワロタwww

 

米屋:修羅場キターwww

 

由比ヶ浜:2人とも怖過ぎるよ……

 

辻:……胃が痛くなってきた

 

三上:お兄ちゃん、もしかして2人きり?

 

比企谷:一応。あ、でもあいつの親がイベント委員と繋がりがあるらしいから挨拶をするかも

 

綾辻:え?そ、それって……!

 

三上:文香ちゃんと結婚について?!

 

比企谷:おい待て、何故そうなる?

 

由比ヶ浜:え?ヒッキー、ふみかんと結婚するの?!

 

米屋:wwwww

 

出水:wwwww

 

仁礼:wwwww

 

辻:ちょっと胃薬買うから落ちる

 

ーーー辻新之助が退出しましたーーー

 

比企谷:逃げやがったな……

 

綾辻:そんな事より弟君!文香ちゃんと結婚するつもりなの?!

 

三上:嘘は吐かないでね!

 

比企谷:しねぇよ。てか何でそこまでムキになってんだよ?

 

綾辻:弟君に結婚はまだ早いからだよ!

 

三上:結婚というのはもう少し仲を深めてからだよ!

 

仁礼:おやおや、それだけかい?

 

米屋:実際は照屋ちゃんじゃなくて自分達がハッチと……ねぇ?

 

ーーー綾辻遥が仁礼光を退会させましたーーー

 

ーーー三上歌歩が米屋陽介を退会させましたーーー

 

出水:退会wwww

 

宇佐美:なんか凄いことにwww

 

ーーー宇佐美栞が米屋陽介を高1グループに招待しましたーーー

 

ーーー宇佐美栞が仁礼光を高1グループに招待しましたーーー

 

米屋:復活!

 

仁礼:光さんの復活だー!

 

比企谷:帰れ、もしくは死ね

 

由比ヶ浜:ヒッキーかられつwww

 

三輪:かられつ?

 

比企谷:辛辣ーーーしんらつじゃないのか?

 

由比ヶ浜:あ………

 

宇佐美:wwwww

 

出水:wwwww

 

由比ヶ浜:わ、笑うなし!それより本題に戻ろうよ!

 

米屋:ハッチが照屋ちゃんと結婚する話だっけ?

 

仁礼:んで歌歩と遥が私的な理由で反対なんだっけ?

 

ーーー綾辻遥が仁礼光を退会させましたーーー

 

ーーー三上歌歩が米屋陽介を退会させましたーーー

 

出水:二度目wwwww

 

ーーー出水公平が米屋陽介を高1グループに招待しましたーーー

 

ーーー出水公平が仁礼光を高1グループに招待しましたーーー

 

綾辻:弟君!光ちゃんと米屋君の事は気にしちゃダメだよ!

 

三上:気にしたらもうお兄ちゃんって呼ばないからね!

 

比企谷:よしわかった。絶対に気にしない

 

宇佐美:即答wwwまあ気持ちはわかるけど

 

比企谷:やかましい。歌歩がお兄ちゃんって呼ばなくなったらショック死するわ

 

三上:もう、お兄ちゃんったら……そんな事を言われたら甘えたくなっちゃうよ

 

比企谷:明後日以降なら好きなだけ甘えろ

 

三上:うん、ありがとうお兄ちゃん

 

比企谷:どういたしまして

 

綾辻:むー……弟君。私も甘えるから!

 

比企谷:……好きにしろ

 

出水:張り合いだしたwwwww

 

宇佐美:甘えん坊トリオwwwww

 

三輪:惚気るな。さっさと本題に入れ

 

比企谷:そうだった。とりあえずバカ3人は空いてる日を教えろ

 

米屋:18、20、21、22、25あたりだな

 

由比ヶ浜:私は17、19、20、21、23、25かな?後バカじゃないし!

 

仁礼:アタシは18、20、21、24、25だな!

 

出水:バカ3人が空いてるのは21と25だが、空いてる奴は?

 

比企谷:21は空いてるが、25は防衛任務

 

三上:お兄ちゃんと一緒

 

綾辻:私は両方大丈夫かな

 

三輪:俺も両方大丈夫だ

 

出水:俺も大丈夫

 

宇佐美:私は25は空いてるよー!

 

出水:じゃあ21に比企谷が義姉と義妹と一緒に、25に俺と三輪と宇佐美が教えるわ

 

米屋:いや、21に誰か1人追加してくれ。バカップル3人だけだと砂糖を吐きそうだ

 

比企谷:誰かバカップルだ。殺すぞバカチューシャ

 

出水:凄え斬新なアダ名だな……まあ確かに槍バカの言う通り、お前らカップルだけだと勉強そっちのけになりそうだし

 

綾辻:出水君!変な事を言わないでよ!

 

三上:そうだよ!私達はまだカップルじゃないよ

 

米屋:え?じゃあハッチ、キスはしてないの?

 

 

 

 

………

 

米屋のメッセージを見て思わずプールに行った時のことを思い出す。

 

ーーーわ、私も!お兄ちゃんがファーストキスの相手で良かったよ!ーーー

 

ーーーさ、さっきの話だけど……嘘じゃないからねーーー

 

可愛い義妹の歌歩としたキスやその時に言われた事を。

 

(歌歩は俺とキスをして良かったと言っていた……ぐっ……思い出すだけで顔が熱くなる……)

 

結論を言うと俺も事故とはいえ歌歩とキスをして恥ずかしい気持ち以外に嬉しいって気持ちもあった。歌歩の唇の柔らかい感触は今でもハッキリと覚えているくらいだ。ぶっちゃけもう一回したい……

 

 

(って、違う!何を考えているんだ俺は?!とにかくキスはしてないって返信をしないと……)

 

そこまで考えた時だった。いきなり着信画面に切り替わった。誰かと思えば文香からだった。

 

「(とりあえず出るか)もしもし?」

 

『あ、八幡先輩ですか?明日の集合場所についてなんですが、場所を変えていただけませんか?』

 

「確か集合場所は最寄りの駅だったな?なんでだ?」

 

『今お父さんから聞いたのですが、今年はイベントのスポンサーも増えていつもより活気的になるので、例年より混雑が予想されているからです』

 

「なるほどな……そんじゃあどこにする?」

 

『それなんですが、現地集合ではなく八幡先輩の家から最寄りの駅にしませんか?』

 

「じゃあ明日の6時に駅前のコンビニ集合でどうだ?」

 

『大丈夫ですよ』

 

「わかった。んじゃまたな」

 

『あっ、待ってください!その少しだけお話ししませんか?』

 

「話?」

 

『はい……その、久しぶりに聞いた八幡先輩の声が恋しくて……』

 

「いや3日前に話しただろ?」

 

『私は毎日八幡先輩の声を聞きたいんですけど……ダメですか?』

 

そんな声を出されちゃ断れねぇよ。マジで狙ってんのか?

 

「わかったよ。ただ夜も遅いから少しだけな?」

 

『はい!ありがとうございます!』

 

すると文香の元気な声が聞こえてくる。そんな声を聞くとこちらも元気になってくるなぁ……

 

そう思いながら俺は文香との雑談を始めた。話した時間は15分ちょいだが濃密な時間であった。

 

 

 

 

 

 

 

あれ?でもなんか大切な事を忘れてるような……

 

 

 

米屋:既読スルー……これはもしや……

 

由比ヶ浜:キスをしたから……?!

 

仁礼:やっぱりしたのか!どっちがしたんだ?!

 

綾辻:私はしてないよ!

 

三上:私だってしてないよ!

 

米屋:じゃあ照屋ちゃんか?

 

出水:え?でも俺綾辻ちゃんと三上ちゃんが比企谷とキスをしてるのを見たぞ?!

 

仁礼:マジで?!

 

三上:嘘?!見てたの?!

 

綾辻:そんな事ないよ!私は自分の家でしたから

 

出水:え?ハッタリだったんだけど……

 

三上:あ……

 

綾辻:出水君の馬鹿!

 

米屋:え?マジでしたの?!

 

由比ヶ浜:2人ともキスしたの?!

 

宇佐美:おめでとう!

 

仁礼:マジか?!明日の夜は赤飯だな……

 

三輪:いつか刺されそうだな……

 

出水:いやー、ハッタリが成功するとは思わなかったわ。で、どんな感じでキスをしたの?

 

宇佐美:もうキスをしたのはバレたんだし素直になりなよ

 

米屋:早く早く!

 

仁礼:早く早く!

 

由比ヶ浜:早く早く!

 

三上:わ、私はプールに行った帰りにバスから降りようとしたら転んで、その時に先に降りたお兄ちゃんを巻き込んで……

 

綾辻:私は弟君が泊まりに来た日に寝ている弟君に

 

三上:ちょっと遥ちゃん!お兄ちゃんが寝ている時にお兄ちゃんのファーストキスを奪うなんて狡いよ!

 

綾辻:ごめんごめん

 

 

三上:お兄ちゃんのファーストキスの相手は私だったと思ったのに……でも遥ちゃん!お兄ちゃんの恋人になるのは私だから!

 

綾辻:それはこっちのセリフだよ!弟君は誰にも渡さないから!歌歩ちゃんだけじゃなくて文香ちゃんが相手でも!

 

 

三上:私だって誰にも負けないよ!だから夏休み中に遥ちゃんがやったようにお兄ちゃんをウチに泊めて、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝るんだから!

 

綾辻:だったら私はもう1回弟君を呼んで同じ事をしてもらうだけだよ!

 

三上:だったら私はお兄ちゃんにキスして貰うよ!お兄ちゃん、私とキスして嫌じゃないって言ってたし!

 

綾辻:なっ……だったら私も弟君が起きてる時にキスをするから!

 

出水:あのー、俺達がいる中でそんな会話はやめてくれない?

 

綾辻:……

 

三上:あ……

 

ーーー綾辻遥が退出しましたーーー

 

ーーー三上歌歩が退出しましたーーー

 

出水:……とりあえず今日は解散な

 

米屋:だな

 

三輪:ああ

 

仁礼:そうだな

 

由比ヶ浜:だよねー

 

宇佐美:皆お休みーーー

 

 

 

 

…………八幡の運命が大きく動くように花火大会まで後16時間



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比企谷八幡は花火大会に行く前に1つトラブルを解決する

花火大会当日の12時、俺は今自室にて頭痛薬を飲んでいる。昨日全然眠れなかったからだろう。

 

(はぁ……マジで頭が痛い。それに顔も熱い……)

 

理由は簡単。昨日のLINEのやり取りのせいだ。昨日LINEで米屋にキスをしたかと質問をされて、してないって嘘の返事をしようとしたら文香から電話が来て話し込んでしまったのだ。

 

それだけならともかく、それによって米屋達には既読スルーと思われたのだ。その結果キスをしていると思われて、出水がハッタリをかわした結果姉さんと歌歩が自爆して、俺は歌歩だけでなく、寝ている時に姉さんにキスをされていたこともわかったのだ。

 

それもまだ我慢出来る。ぶっちゃけそれを知った時は恥ずかしかったが、姉さんは基本的に1日100回は俺の頬にキスをしてくるので耐性がついていたから、これについてはまだ我慢出来た。

 

問題は……

 

 

 

 

 

 

三上:お兄ちゃんのファーストキスの相手は私だったと思ったのに……でも遥ちゃん!お兄ちゃんの恋人になるのは私だから!

 

綾辻:それはこっちのセリフだよ!弟君は誰にも渡さないから!歌歩ちゃんだけじゃなくて文香ちゃんが相手でも!

 

文香との電話が終わった後にLINEを見てみれば、そんなやりとりが残されていたのだ。

 

歌歩の文には『お兄ちゃんの恋人になるのは私だから!』、姉さんの文には『それはこっちのセリフだよ!』、『文香ちゃんが相手でも!』と書いてある。これだけ見ればどんな馬鹿でも意味はわかるだろう。つまり……

 

 

(姉さんと歌歩、文香は俺の事を異性として好いているって事……)

 

いくら感情について鈍い俺でもここまでハッキリと書かれたら理解出来る。

 

同時に姉さんと歌歩や文香が一緒に寝たり、俺の頬にキスをしまくってきたり、恋人繋ぎをしてくる理由を理解した。3人とも俺の事が好きだからだろう。

 

そこまで考えると顔は更に熱くなる。姉さんと歌歩は本当に素晴らしい女だ。見た目も良くて性格も優しい。学校でもファンクラブが出来るいるほどだ。文香についてはファンクラブ云々については知らないが、見た目も性格も2人に劣らない素晴らしい女子だ。

 

そんな女子3人に好意を寄せられているのは恥ずかしいと同時に嬉しく思う。寧ろ思わない男子はいないだろう。

 

(しかしどうしようかこれ?)

 

一応朝姉さんと歌歩に電話をして昨日のLINEについて聞いてみたら即座に電話を切られて再度電話をしても繋がらない。

 

しかしいつまでもこうしてはダメだ。特に歌歩は同じチームだからスルーって訳にはいかない。ちゃんと話をしないとチームの活動にも支障が出る。

 

(まあ……流石に昨日の今日で話すのは無理だし明日以降にしよう。そんで腹が減ったし飯でも食いに行くか)

 

文香との花火大会は夜で今は昼だから昼飯を食わないといけない。普段なら家で簡単なモノを作るが今日はどうにもその気になれないので外に食べに行くか。

 

ラーメンだな。とりあえずラーメン食って少しでも気分をハイにするか。

 

そう判断した俺は好物のラーメンを食べるべく部屋を飛び出してから靴を履き、街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

20分後……

 

市街地についた俺は三門市でも有名なラーメン激戦区にある、お気に入りの店に入る。この辺りの店は全て回ったが1番のお気に入りの店だ。

 

だから気分転換の意味でこの店に入ったのだが……

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

失敗しました。店に入ってから店員さんにテーブルかカウンターを聞かれてカウンターと答えたのが間違いだった。案内された席の隣には歌歩が座っていたのだ。

 

向こうも俺に気付くとかつてないほど顔を真っ赤にしながら無言で俯いたので、それ故に俺も真っ赤になって何も言えなくなってしまっている。

 

なんせLINEのメッセージで歌歩の気持ちが書かれたのは今日だ。歌歩が恥ずかしがるのも当然だろう。

 

そして俺も恥ずかしい。以前歌歩から俺とキスをして良かったと言われたから歌歩の気持ちは薄々気づいていたが、改めて知ると恥ずか死にそうだ。

 

思わず歌歩をチラッと見ると……

 

「「っ……!」」

 

歌歩も同じように俺を見ていたのか目が合って即座に逸らしてしまっていた。もう嫌だ、マジで恥ずかしい……

 

「お待たせしました。スペシャルラーメンセットです」

 

すると先に注文をしていた歌歩の前にラーメンと餃子、炒飯が置かれる。同時に歌歩は物凄いスピードで食べ始める。多分気まずいからこの場から逃げたいのだろう。その気持ちはよくわかる。

 

わかるが……

 

「歌歩」

 

「っ!……な、何かな?」

 

「食い終わったら話す時間、あるか?」

 

このままにしておくつもりはない。明日は防衛任務がある。他にもランク戦や木虎争奪戦がある以上、チームメイトと気まずい空気のままってのは論外だ。

 

そう考えた俺は歌歩に話しかけてると、歌歩は悩みに悩んだ末に…….

 

「わ、わかった……」

 

顔を赤くしながらも了承してくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

俺は歌歩と一緒にボーダー基地の作戦室にいる。人目のつかない場所を考えたら真っ先に思い浮かんだ場所はここだからだ。

 

そしてお互いに向かい合って座ると俺は恥を捨てて口を開ける。

 

「なあ歌歩……」

 

「っ……!」

 

すると歌歩は明らかに怯え震えだす。あたかも悪い事をしたから親に怒られる子供のように。どうやら歌歩は俺に責められると思っているようだ。

 

「(先ずは誤解を解かないといけないな……)落ち着け歌歩。俺は別に怒ってないからそんなに怯えないでくれ」

 

俺がそう言うと歌歩は震えるのを止めて不安そうな眼差しで俺を見てくる。

 

「……本当?お兄ちゃん、私に怒ってない?」

 

「寧ろなんで怒られるって思ってんだよ?」

 

恥ずかしい思いはしたが、別に怒るつもりはない。寧ろ歌歩の方が恥ずかしい思いをしただろうし。

 

「だ、だって……義理、口約束で決めた関係とはいえ妹の私がお兄ちゃんの事をその……す、す、す、好きって、お兄ちゃんからしたら気持ち悪いかなぁって……」

 

歌歩は好きって部分を真っ赤になりながら言ってくるが、そんなに恥ずかしいなら無理に言うな。俺も恥ずかしいから。

 

「アホか。気持ち悪いって思ってんなら、この前のプールん時に言ってるわ」

 

てか口約束で決めた兄妹関係なら問題ないだろう。血は繋がってないんだし。

 

「本当?怒ってない?嫌ってない?」

 

「ねーよ」

 

歌歩は不安を露わにしながらそんな事を聞いてくるので即座に否定する。別に怒ってないし嫌ってもない。別に歌歩は何も悪い事をしてないのだから。

 

「良かった……お兄ちゃんに嫌われたらどうしようと思った……」

 

「いや大袈裟過ぎだろ」

 

「ううん。だって私はお兄ちゃんの事がす、す、好きだから……嫌われたくないの……!」

 

「そ、そうか」

 

歌歩の好きって発言によって顔が熱くなるのを実感する。歌歩の気持ちは理解しているが、本人の口から出るとどうしても恥ずかしくなってしまう。

 

「とりあえず安心しろ。俺はお前を嫌ってないから。それでだな……その、返事について「あ……今直ぐじゃなくて良いよ!文香ちゃんや遥ちゃんの事もあるから返事が難しいでしょ?」それはありがたい」

 

もしもLINEのやり取りが無く、歌歩が告白してきたら受け入れていたかもしれない。しかし歌歩と同じくらい大切な存在である文香と姉さんの気持ちを知ってしまった今正しい返事をする自信がなかった。

 

そう言った意味で歌歩の言葉はありがたかった。受け入れるにしても振るにしても流れに身を任せてしまいそうだし。

 

「それに今はA級に上がるので忙しいし、少し落ち着いてから返事をして欲しいな。ただ……」

 

「ただ?」

 

俺がそう尋ねると歌歩は真っ赤になってモジモジしながらも俺を見て……

 

 

「出来るなら、私を選んで欲しいな……」

 

そんな風におねだりをしてくる。は、破壊力がヤバ過ぎる……!そんな風に言うのは反則だろ?

 

「断定は出来ないがお前の気持ちは頭に入れとく」

 

こればっかりは簡単に決めて良い事じゃない。しっかり考えて納得のいく回答を出さないといけないのだ。

 

「うん……」

 

歌歩は艶のある瞳でチラチラと俺を見てくる。その顔止めろ。マジで変な気分になるか。

 

「とりあえず姉さんとも話を……いや、姉さんは広報の仕事だったな。俺の話はこれで終わりだ。お前はどうする?帰るのか?」

 

「私は5時までに家に帰らないといけないけど、お兄ちゃんはどうするの?文香ちゃんとの花火大会は夕方からだよね?」

 

「お前が俺に話がないなら5時までベイルアウト用のベッドで寝るつもりだ」

 

ぶっちゃけ昨日は例のLINE騒動で全然眠れなかったし。まだ姉さんと話はしてないが、歌歩とちゃんと話せた事から大分落ち着けているし、今なら寝れるだろう。

 

「そうなの?じゃあ……4時まで一緒に寝て良いかな?」

 

「え?昨日の今日でか?」

 

「うん……ライバルに差を付けたいから……ダメ、かな?」

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……お兄ちゃん、やっぱり温かくて気持ち良い」

 

はい、結局断れませんでした。現在ベイルアウト用のベッドの上で歌歩と抱き合ってます。いつものように抱きついて甘えてきているが、いつもよりドキドキしてしまっている。

 

「そりゃどうも……この甘えん坊め」

 

「私を甘えん坊にしたのはお兄ちゃんだよ……責任、取ってね?」

 

歌歩は蠱惑的な笑みを浮かべながら俺に頬ずりをしてそんな事を言ってくる。いつもなら可愛い義妹と思えるが、今日は1人の女のように思えてしまっている。これもハッキリと好きと言われたからだろうか?

 

「……善処する」

 

そう返すと睡魔がやって来て俺を眠りへと誘ってくる。昨晩は全然眠れなかったので俺は逆らう事が出来ずにゆっくりと瞼を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?お兄ちゃん寝ちゃったの?」

 

歌歩がそう呟きながら八幡を見ると、小さく寝息が聞こえてくる。

 

それを理解した歌歩は小さく息を吐く。好きな男の笑みを見る事によって生まれる幸せを感じながら。

 

「ふふっ……ラーメン屋で会った時は拒絶されないか心配だったけど、杞憂に終わって良かったよ」

 

歌歩はそう呟きながら八幡を抱きしめる強さを少しだけ強める。実際歌歩はラーメン屋で八幡と会った時や、作戦室で話をする時は拒絶されないかと緊張していた。

 

しかし今の歌歩は八幡に拒絶されずに、いつものように甘えさせてくれてくれていて安心感を持っていた。

 

すると歌歩の目に八幡の唇が目に入る。

 

(お兄ちゃんの唇……)

 

それを認識した歌歩は無意識のうちに自分の顔を八幡の顔に近付けて、お互いの唇の距離を3センチ以下まで縮めると……

 

 

 

 

 

 

「(遥ちゃんもお兄ちゃんが寝ている時にやったから良いよね……)お兄ちゃん、大好き」

 

ちゅっ……

 

一瞬だけ躊躇うも直ぐに自分の唇を八幡の唇に重ねる。

 

遥が八幡にやった時と同じように触れるだけのキス。しかし歌歩にとっては前回の事故によるキスではなく、自分の意思でしたキスである。

 

歌歩は顔に熱が溜まるのを実感しながら八幡から距離を取るも、八幡は起きる気配を見せない。

 

「寝ている時にごめんね。でもお兄ちゃんに気持ちを知られたから我慢出来ないよ……」

 

言いながら歌歩はもう一度自分の唇を八幡の唇に重ねる。高校に進学するまで恋愛について一切興味を持たなかった歌歩だが、今の歌歩は目の前にいる八幡の恋人になるべく奮起している。

 

「お兄ちゃん……本当に大好きっ……!」

 

ちゅっ……

 

結局歌歩は八幡が起こさないように触れるだけのキスを何度も繰り返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

pipipi……

 

「んっ、んんっ……」

 

耳元でアラームの鳴る音が聞こえるのでゆっくりと目を開ける。

 

(自宅の天井じゃない……そうだ、作戦室で仮眠をとったんだったな)

 

時計を見れば5時ちょうど。文香との集合時間までジャスト1時間だ。今からゆっくり行けば集合時間15分前に到着出来るだろう。

 

そう思いながら俺は身体を起こし、隣のベイルアウト用のマットの上にあるアラームを止めようとすると、アラームの横に手紙があるのを発見する。

 

十中八九歌歩が書いたのだろう。歌歩は4時まで一緒に寝て、起きてから手紙を書いたのだろう。

 

手紙を開いてみると……

 

『お兄ちゃんへ。先に帰るけど寝坊しないように。文香ちゃんとの花火大会、楽しんできてね。ただし文香ちゃんにエッチな事をしないように。それと来年は私と一緒に花火大会に行ってくれると嬉しいな。大好きだよ、お兄ちゃん』

 

……そんな内容だった。とりあえずエロい事はしないからな?ラッキースケベをやりまくってるから信用がないのは仕方ないがハッキリと言わないで欲しい。

 

内心苦笑しながらも俺は持ち物を確認して作戦室を出ると……

 

「おっ、比企谷じゃん。偶然だな」

 

ちょうどS級隊員の迅さんと遭遇した。

 

「そっすね。迅さんは上層部に呼ばれたんですか?」

 

「まあね。実力派エリートは忙しいから……それにしても、比企谷さ。三上ちゃんか綾辻ちゃんか照屋ちゃんとなんかあった?」

 

はい。ありました。3人の俺に対する気持ちを知りました。

 

「……まあ色々と。なんか未来が変わったんですか?」

 

「ああ。大きく変わったね」

 

「ちなみに方向は?」

 

良い方向に大きく変わったら大歓迎だが、悪い方向に大きく変わったら最悪だからな。

 

「それは両方だな。未来ってのは無限に選択肢があるからね。最高の未来もあれば最悪の未来もある」

 

両方か……最悪の未来ってのは気になるが……聞いたらヤバそうだから止めておこう。

 

「そうですか。なら最高の未来になるように祈っときます。では」

 

俺は迅さんに一礼してからその場を後にした。どんな未来が待っているかは知らないが避けて通れない未来があるならそれを乗り越えれば良いだけの話だからな。

 

そう考えながら俺は文香との待ち合わせ場所に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、複数の相手と付き合う未来はともかく、闇討ちされる未来は予想外だったなー」



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