Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方 (ウェズン)
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第零夜-誕生-

早速始めたいと思いますが、一話目は短いです。次からある程度長くなります。


 …それはまさに地獄だった。

 暗い空にはぽっかりと開いた底が見えない穴があり、そこから流れ出る赤黒い泥がこの街を汚染し、崩壊させた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 一人の男が燃え盛る街だった瓦礫の広場を彷徨い歩いている。何かを探し、求め、何体ものの焼けた死体の山をどかしながら歩く姿はまるで、幽鬼のよう。

 

「はぁ、はぁ――誰か、誰か、誰か!!」

 

 男はしきりに誰か、誰かと叫び探している。もうこの場には彼以外いないと思われる生きている人間を。

 

 何故、こんな地獄で探しているのだろうか。このような所を探したところで無駄だろう。分かりきっている筈だ。こんなところに生者は居ない。

 

 頭の中でそう誰とも知れない囁きが聞こえる。だが、男は諦めるつもりはない。何故か? それは知れたこと、彼は『正義の味方』だからだ。

 正義の味方は諦めない。諦めを知らない。故に、命尽きるまで足掻き、探し続ける。

 自らが起こした(・・・・・・・)災害から一人でも多く助けるため。

 だが、探せど探せど、ここに生命等ありはしないという現実が突きつけられるだけであった。

 

「はぁ、はぁ、くっ…! ……っ!? 今のは…!!」

 

 そんな彼でも諦めかけた時だった。その時、遠くから泣き声が聞こえた。まだ大分幼い泣き声だ。彼は聞こえたのと同時に影が差していた顔から僅かに光が灯り、最後の希望を掴み取らんがために全力で泣き声まで駆け抜ける

 けれども、いくら走れど、その泣き声の主は見当たらない。ただ、泣き声だけは確実に近づいている。彼は一際大きく聞こえる位置で立ち止まり辺りを見回す。すると、

 

「はぁ、はぁ…生きてる、生きてる…!」

 

 一人の女性だったと思われる焼き焦げた死体から泣き声が聞こえ、その死体をずらすと、まだ産まれてそう間もないであろう赤ん坊がいた。死体になった女性が庇っていたのか、その赤ん坊は多少傷があり、血は付いていれど、命には何の別状も無さそうだ。

 彼はその赤ん坊を大事そうに抱き、涙を流す。生きていてくれてありがとう、と。

 

 彼、衛宮 切嗣は赤ん坊をそっと地面に置き、その小さなお腹に手を添える。それから、何かを唱えた。するとそこから光が溢れ出す。

 

「…よし、これで大丈夫だ」

 

 溢れ出した光は暗い辺りを一瞬眩く照らしたと思えば徐々に萎み、やがて完全に消える。

 その後、衛宮 切嗣はまた赤ん坊を抱え、最後に一瞬だけ後ろを振り返り、この地獄から出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、そういう訳で…」

 

 辺り一帯全てが白い壁で囲まれ、診察道具と患者の資料が置いてある机と診察台がある部屋で、衛宮 切嗣は目の前にいる白衣を着た医者と対面して座り何か話している。

 

「分かりました。ではあの子は貴方が引き取るということで。それでは、あの子の名前はどういたしましょうか? 身分証明書となる物は一切無い上にまだ産まれて間もない赤ん坊。名前は無い状態なので」

 

 衛宮 切嗣が拾った赤ん坊は彼が引き取ることになったそうだ。その際、そのことを話していた医者から名前の話が振られ初めて赤ん坊に名が無い事に気付く。

 

「名前、ですか…うーん。そうですね、では、あの子の名は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の逡巡の後、出た名とは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――士郎と」

 

 こうして、一つの地獄を乗り越え、そこに新たな名を持って衛宮 士郎は誕生した。

 後に、赤ん坊衛宮 士郎は10年後に重大な戦争に巻き込まれることとなるが、衛宮 切嗣がそのことを知ることは無い。



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第一夜-運命の夜-

続けて二話目。割と急展開と言えば急展開なのでそこはご勘弁を。


「スゥ…スゥ…んんぅ」

 

 朝日が射し込む部屋。その部屋で幼い少年は気持ち良さそうに畳の上に敷かれた布団の中で寝息を立ている。

 

「…士郎くん、士郎くん、朝ですよ。早く起きないと学校に遅れちゃいますよ」

 

 パタパタと小刻み良く聞こえる足音が聞こえたと思えば、襖を静かに開けて誰かが入って来た。それは、長い紫色の髪と明るいベージュ色の制服を着た儚い雰囲気を纏った少女。

 

「んんっ、んむぅ。もう、ちょっと〜」

 

「ダメですよ。早く起きないとご飯冷めちゃいますよ」

 

 士郎を揺すって起こそうとしているが、一向に起きる気配も無し。なので、ついため息が出てしまうが、これもいつものことなのか仕方ない、と少女は部屋から出て行く。

 少女が部屋から出ると士郎の部屋はまた静寂に包まれたが、次の瞬間、

 

「おっきろー!! しろー!!」

 

「うわぁ!?」

 

 ダダダダーと騒がしい足音が聞こえ、襖をスタンといい音がなるほど勢いよく開けた人物は士郎の布団を強制的に剥ぎ取る。布団を剥ぎ取られた士郎はゴロゴロとw転がる。壁には当たらなかったが、硬い畳の上を転がったから痛そうだ。

 

「うう、ふじねえちゃん。いつも言ってるけどいきなり布団から転がさないでよ!」

 

「早く起きない士郎が悪いんですー。私は桜ちゃんに頼まれて士郎を起こしに来たんだからね! そうでもしないと起きようとしない士郎が悪い! 反省なさい!」

 

 フンスッ! と仁王立ちで寝ぼけ目の士郎の前に立って叱っている女性は虎柄のシャツが特徴的な、通称冬木の虎こと藤村 大河。士郎の姉貴分であり、士郎がもっと小さい頃から世話になっている保護者のような存在である。

 

「二回も言わなくったってわかってるよ」

 

「まあ〜、士郎ってば。こんなにもませちゃって〜、このこの〜!」

 

「うわっ! やめろよ、ふじねえちゃん!」

 

 冗談半分本気半分といった拳骨で頭をグリグリとされる。少しの間それが続いたが、台所から朝食の匂いが漂ってきた瞬間、大河は目を光らして「あっさごっはん~!」と士郎を離し、急ぎ居間へと直行する。

 残った士郎は不貞腐れながら朝食を食べに大河が走って行った方へと歩いて行く。

 

「わーい♪桜ちゃんの朝ご飯だー!」

 

 士郎が居間に着いた頃には大河はすでにテーブルの周りにある座布団に座っており、先程の紫色の髪の少女、間桐 桜はエプロンを着けて、できた朝食をテーブルの上に置いていた。

 

「あっ、士郎くん。起きたんですね」

 

「うん。ごめんさくらねえちゃん。おれが作らなきゃいけないのに」

 

 士郎は大河と同じく座布団に座る。

 本来、この家では士郎が料理担当である。こんな幼い子が? と思うかもしれないが、それに関しては追々。

 

「ううん。大丈夫だよ、士郎くん。お姉ちゃんはお料理が大好きだからね」

 

 優しく、慈愛に満ちた母の様にそう言ってくれる桜に士郎は頭が上がらない思いだ。

 桜は少し前にこの家に頻繁に居り浸るようになった。士郎にとっては大河に続く第二の姉のような存在である。

 

「…ありがとう、さくらねえちゃん」

 

「ん、どういたしまして」

 

 にっこりと、花が咲いたような笑顔で言う桜。士郎もそれを「うんっ」と、笑顔で応える。

 

「ふぁーひふぉー、ふぁふぁひにふぁふぁーんふぁにふぁふぁひへー」

 

 口に大量の食事を含みながら話す大河。ちなみに、何故桜にはそんなに素直なのかと言っているようだ。

 

「さくらねえちゃんはふじねえちゃんよりも優しいからだ! 後、食べながらそんなにしゃべるな!」

 

「まあまあ、士郎くん。藤村先生も食べながらお話したら口の中からこぼれちゃいますよ」

 

「む〜、桜ちゃんがそう言うなら仕方ない。モゴモゴ」

 

 最早、朝の衛宮邸では日常茶飯事のこの光景。これだけ円満な家庭ではあるが、あの時士郎を引き取った衛宮 切嗣だけがここにいない。彼が何故いない理由は至極簡単、亡くなったのだ。士郎が今より幼い時に。原因は不明、徐々に体が衰退していったのだ。

 それからというものの、士郎は一時涙を流し悲しんでいたが、悲しんでばかりはいられず、いつでも一人暮らしができるよう5歳の頃より料理を自分で調べて読めない漢字は大河や藤村家の人に聞き、少しずつ上手くなっていった。そして、今では家庭料理としては一人前と言えるほど上手くなった。

 

「それじゃ、士郎をよろしくね桜ちゃん」

 

「はい。ではまた後で、藤村先生」

 

「行ってらっしゃい。ふじねえちゃん」

 

 大河は学校の教師である。その学校名は穂群原学園、桜が通い、士郎も小等部で通っている学校である。

 

「さ、士郎くん。私達も行こっか」

 

 桜にそう促された士郎は「うん」と返事をして、部屋からランドセルを背負って、準備がすでにできている桜と手を繋いで二人は登校する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、放課後が過ぎた頃、今日士郎は居残ってやらなければいけないことがあり帰りが遅くなった。

 もう外は完全に夜になっており、小学生が外にいていい時間ではない。それなのに、士郎はまだ帰ってない。何故まだ帰っていないのかというと、掃除をしていたからだ。その掃除場所は桜達弓道部が部室として使っている弓道場だ。

 何故士郎がここを掃除していたのか、それは誰かに頼まれたとかそういうわけではない。士郎が自主的にやっていることだ。

 士郎はいつもここで桜が弓の練習をしているのを知っていた。また、兄にイジメに遭っているのも知っている。そんな桜を士郎は助けてあげたいと長い間思っていたが、小学生がどれほど(あらが)ったところで高校生に勝ち目はない。それでも士郎は助けたかった。士郎は、嘗て自分を拾ってくれた恩人と同じ正義の味方に憧れているのだから。

 だが、幼い士郎にはなにもできなかった。一度桜の兄に挑んだことはあったが、軽くあしらわれた末、容赦無く顔を殴られ、桜や大河に心配をかけてしまった。それからはというもの、せめて手伝いでもいいから何かできないかと思い、今に至る。故に、このことは誰にも秘密だ。

 

「よしっ、これで綺麗になったな」

 

 最後にぐるりと見回し見落としがないか確かめる。

 一通り確かめた士郎は帰るために外に置いておいたランドセルを取りに行こうとするが、その時、鋭い金属音が聞こえた。何だろう、と士郎は音のした方へと顔を向ける。聞こえてくるのは、すぐそこにある穂群原学園高等部の学校のグラウンドからだ。士郎は道場から出て外の様子を見に行く。

 鋭い金属音はそれからも不規則になり続ける。時には断続的に、時には連続して細く鳴る。

 何をやっているのか全く予想ができずに、グラウンドの周りに少しだけある木々に隠れて士郎は覗き見する。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「え、なに…あれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!!」

 

「くっ…!」

 

 暗い夜の学校のグランドにて、そこでは白と黒の中華刀を持った赤い男とその大柄の体と同じくらい大きい大剣を持ち、背中だけ開けた鎧を身に纏った男が戦っていた。それも通常の人間ができるとは思えない、まさに昔読んだことがあった伝説や神話の世界のようであった。

 そして、その傍で一人の少女がその戦いを見守っている。黒髮のツインテールが特徴の桜とそんなに変わらなさそうな歳の少女だ。

 名を遠坂 凛。魔術師御三家の一つ遠坂の名を継ぐ正当な魔術師。

 

(…これが、サーヴァントの戦い…!)

 

「弓兵が剣で渡り合えるとは…。お前は一体…」

 

 動きを止め大剣を構えたまま剣士は紅い外套の中に黒いアーマーを着込んだ白髪褐色肌の男性に聞く。

 

「そういう貴様は解りやすいな。その背中が開いた鎧、そんな特徴的な鎧を着、魔剣グラムを原点にしたであろうその剣を持つ英雄と言えば、ただ一人」

 

 淡々と褐色の男性が語ったことは、剣士の名前に関する証拠らしかった。

 

「…俺が誰か解ったというのか。その観察眼敬意を評する」

 

 剣士は大剣を正面に両手で持ち、降り下ろす構えになる。

 

「(…! この魔力の集まりよう、まさか…!)宝具を撃つつもり!?」

 

 凜は剣士が持っている剣に集まる魔力を見て何をしようとしているのか察する。

 

「これもマスターの命だ。――行くぞっ‼」

 

「避けはしない。いずれ越えねばならない壁だ。受けきって見せよう」

 

 一触即発。どちらかが少しでも動けば終わる中、動き始めた剣士がその大剣を降り下ろそうとした。その時、

 

「――何者だ…!」

 

 剣士は今この場で見えている者以外の人物がいることに気づき声と共に振り返る。すると、覗いていたであろう人物は気づかれたからか逃げ出す。

 

「うそ、まだ帰ってない人がいたの…!?」

 

 凜が信じられないと唖然としている間にも剣士は目撃者を排除しようと逃げた者を追いかける。

 

「あっ! いけない…! 追いかけないと!!」

 

 このままではあの者は殺されると思い、凜は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのもう一人とはもちろん、士郎のことである。

 士郎は見つかってこちらを振り返った剣士を見て、咄嗟にすぐそこにあった桜達が通っている学校の中に逃げ込んだ。

 何故こんな追い詰められそうな場所に入っていったのかは判らない。だが、今はそんなことを考えている暇はない。

 そのまま転びそうになりながら廊下を必死に走り、階段を上って逃げ切ろうとする。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 後ろは振り向かない。一瞬でも振り返ればあの鋭利な剣が襲って来るかもしれないからだ。

 だからこそ、逃げれるだけ逃げようと走りまくる。

 

「はぁ、はぁ…はぁ…はぁ」

 

 しばらくの間走り続け、もう逃げ切れたかなと、初めて後ろを振り返ると、

 

「…………」

 

 静かな廊下の風景しか見えない。

 士郎は逃げ切れた、とホッと一息吐きつつ、少しだけ前進する。すると、

 

「うわっ!」

 

 細く固い柱にぶつかった。

 なんでこんな廊下の真ん中に、と前を確認すると、それは柱等ではなく人の脚だった。士郎は嫌な予感がして視線を上へと移動させると、

 

「…!! そ、そんな…!」

 

「…その様な小さな成りでよくここまで逃げれたな」

 

 あの大剣を持った剣士が目の前にいた。

 

「すまない。これも宿命だ。その命貰おう」

 

「う、うわ――」

 

 剣を構えて斬りかかろうとする剣士を見て士郎は声をあげてまた逃げようとする。しかし、向こうの方が速い。

 

「さらばだ」

 

 そして、士郎の胸に大剣が突き刺さる。

 

「――あ、」

 

 士郎は一瞬だけきた痛みに叫ぼうとしたが、その前に絶命する。

 

「…俺は…本当に、このような…。…言われずとも解ってる。これも俺の役目なのだろう」

 

 剣士は一人言を言っているのかわからないが、士郎が死んだのを確認したのち、すぅっと粒子のようになって消える。

 

「…! …! はぁ、はぁ」

 

 少しして、静かになった士郎の死体が横たわる廊下に、走って疲れたのか多少息切れしながら凜がやって来た。

 そして、士郎の死体を見て絶句する。

 

「うそ、なんでこんな子供が。息は…! …そんな、いくらなんでも子供をこんな…」

 

 凜は今目の前の光景に言葉が途切れ途切れになっていた。いくらなんでも残酷だと思ったのだ。

 聖杯戦争、魔術師七人がそれぞれ七騎の英霊を喚び殺し合い、聖杯を奪い合う戦争。

 これは一般人には極秘に行っている神聖な儀式であるので、たとえ子供であろうと神秘を護るため目撃者は容赦なく消される。今のこの士郎のように。

 本来であれば凜もその魔術師としてそう決断しなければいけなかった。だが、

 

「こんなの間違ってる…! そうよ、まだ手はある」

 

 彼女は甘かった。魔術師としては致命的に。それでも、凜は助けたかった。こんな幼い子をみすみす死なせるわけにはいかないと、彼女は服の内側に隠していた手のひらサイズの紅い宝石を取り出す。それは代々宝石魔術を得意とする遠坂家に伝わる魔力が籠った宝石、その中でも一際魔力量が多く籠った宝石だ。凜はこれを士郎の穴が空き、血が出てきている胸の上でぶら下げ、その魔力を士郎に送る。

 

「お願い…!」

 

 そう念じながら凜は一つ一つほつれた糸をほどくように魔力を操作する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううん。…あれ? おれこんなとこでなにしてたっけ?」

 

 固い床から起き上がった士郎は周りを見渡す。ここは学校の廊下だ。ただ、士郎がいつも通っている学校ではない。

 ふと、床に視線を下げると、そこにはおびただしい赤黒い血の跡が。

 

「うわぁっ! なんでこんなのが…って…」

 

 その跡を見てようやく思い出す。あの時殺されたことに。

 だったらなんで今自分はここにいるのか、ここはあの世なのか? しかし、自分の心臓からはドクドクと血を流している音が聞こえる。

 一体なんでだと思いながら立ち上がった時、何かが体から滑り落ちた。士郎はなんだろうと拾い上げれば、それは宝石だった。赤く、士郎の小さな手のひらでは溢れそうなくらい大きい丁寧に磨かれた宝石のペンダントだ。

 

「…もしかしてこれを使っておれを助けてくれたのかな?」

 

 もしそうなら必ずお礼を言わなきゃと、この宝石の使用者に感謝して士郎は立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、士郎は夜道を一人歩き無事家へ何事もなく帰った。家に入った士郎は真っ暗なまま電気を点けず居間で一息つく。

 今日は桜も大河もいないようだ。士郎はそれには良かったと思っている。帰りの途中に気づいたが、今士郎が着ている服の左胸辺りに血の跡がベットリと付いており、更には大きな穴が空いてしまっているのだ。こんなのをあの二人が見ればなにを言ってくるかわかったもんじゃない。士郎はもう二人に心配をかけたくないのだ。

 とはいえ、それは無理な話だろう。あの士郎ならば、正義の味方ならば危険に遭わずにはいられない。

 士郎は幼く、まだ自分がそういう矛盾している事を理解しきれてはいないが、それでもなんとなくそうなんじゃないかとは思っている。

 とにかくだ、今日はもう寝て夜明けを待ちたかった。士郎は普通に振舞っているものの、恐怖心が湧いてしまっているのだ。それを忘れたく早く寝たいし眠気も酷い。なので、ふらふらと立ち上がろうとした、その時、

 

「!」

 

 あちこちからよさこいで使う鳴子のような音が聞こえてくる。怪奇現象ではない。これは衛宮 切嗣が仕掛けていった侵入者を知らせる警報だ。もちろん、そのことは士郎も知っている。故に士郎はまたあの剣士が来たのではないかと一気に体が恐怖心に襲われる。だが、恐怖心なんてのにやられちゃ正義の味方失格だと頰を叩いて己を奮い立たせ、まずはどこか隠れていられる場所を探すが、

 

「―!」

 

 それは突如天井からやって来た。

 

「うわぁっ」

 

 例の剣士が士郎を一度は殺した剣で上から突き刺そうと襲って来たが、間一髪でどうにか逃れる。

 天井を突き破った訳ではない。英霊には霊体化という能力が備わっている。それは戦闘はおろか、物にも触れることができなくなる代わりに、そこにいるだけで消費する魔力を抑え、視認されることもなくなるため、昼の間は基本霊体化で自身のマスターである魔術師の側にいたりする。

 この剣の英霊も霊体化で警報にはバレても士郎にはバレずに上から襲って来たのだ。

 

「…まさか、同じ人間を二度殺さねばならんとは」

 

 突き刺してきた剣を抜きながら淡々とした口調で言うが、士郎はそれが怖くて仕方ない。さっきはどうにか動けたものの、いざ前にすると、その恐怖心は侮れない。

 

「…俺が、怖いか?」

 

「こ、怖いわけあるかッ!!」

 

 剣士にそう言われ反射的に否定する士郎だが、その声もすでに恐怖に染まっている。しかし、それでも士郎は立ち上がろうとする。

 

「…たとえそれが虚勢であっても、恐怖に晒されても、立ち上がろうとするその心構え。敬意を払う。

 おそらく将来は大物になったに違いない。それが今ここで潰えてしまうのは俺としても不本意だ。そして、俺の意にも沿わない。だが、マスターの命には逆らえない。

 せめても抗って見せてくれ、それがせめてもの慰めになる」

 

 そう剣士が言い終わるのが合図だったのか、剣が振り下ろされる。士郎はどうにか体を転がして躱し、家の外に出ようと窓を突き破ろうとするが、幼い士郎の力ではいかに窓ガラスといえどなかなか割れない。そうしているうちに剣士は迫って来て首を狙って剣を横薙ぎに振るう。

 

「―っ! うわっ!」

 

 身を屈めて躱す。士郎の身長はそこまでないので、身を屈めたといっても、実際にはそこまで低くなってなく。剣は屈んだ士郎の頭上、十数センチあるかないかを斬っていた。

 躱された剣士はよくもこう躱し続けるなと、関心している。だが、感心したからと言って士郎を殺すことに変わりはない。ゆっくりと重そうな大剣を片手で上げ士郎を捉える。

 士郎はどうすればいいか考えている、と後ろの窓ガラスに今にも割れそうなくらいのヒビが入っているということに気づいた。先ほどの剣士の一撃でヒビが入ったのだろう。それに気づいた士郎は剣が振り下ろされる前に今度こそ窓ガラスを割って外に出る。

 

「…あそこからああも動こうと思えるとは、肝が据わっているな。それに、先ほどから思ってはいたが、大した魔力だ。魔術も無しでこうも莫大な魔力を感じるほどとは。あの幼な子がマスターであれば、俺は生前とほぼ変わらない力を出せただろう」

 

 剣士はそんな事をつぶやきながら士郎が小さく割った窓を全て割り、できた大穴を通り歩きながら士郎を追う。

 

「はぁ、はぁ(どうしよう、どうしよう)」

 

 士郎は外に出てからは家のすぐ側にある物置となっている土蔵に入る。

 

(なにか、ここになにか)

 

 士郎は乱雑と置いてあるガラクタからなにか武器になるような物を探すが。

 

「―!!」

 

 一閃、士郎の横顔を掠めた物があった。それはあの剣士が持っていた剣だった。

 

「そこまでだ。なかなかの機転だった。その志、そして魔力量、お前がマスターとなり名のある英雄を呼べば間違いなくこの聖杯戦争に勝利していただろう。そして、名を馳せる大魔術師にもなっていたに違いない」

 

「う…マス、ター? 聖杯、戦争?」

 

「なんだ、知らないのか? と言っても、ここまで幼いのだ。知られてなくても不自然ではないか。しかし、そうだとしても、お前は今ここで死ぬ運命(さだめ)

 

 剣士は今度こそ仕留めると言わんばかりに、切っ先を一直線に士郎に向ける。士郎は今度こそもうだめだと、諦めかける。だが、

 

「――ふっ…ざけるな。なんでおれはこんなところで死ななきゃいけない。おれはまだ何もしてない。まだジイさんとの約束を、夢をはたしてない…!」

 

 かつて、切嗣と約束したことを思い出し、それが士郎を奮い立たせた。

 

「………」

 

 士郎の言葉には力がない。だが、士郎の言った夢という言葉、それは剣士に届いた。

 いつか自分も夢を見た。剣士はこの少年にかつての自分が重なって見えたような気がした。そして、

 

「おれは、こんなところで死んじゃいけない。死んじゃだめなんだ。ジイさんのためにも、何よりおれがなりたいんだ…! 正義の味方に…!!!」

 

「―!!」

 

 かつての自分と同じ夢を見ていた。

 

「――っ! ハァ!!」

 

 剣士はもう士郎の話を聞いていられなかった。これ以上聞けば剣先が鈍くなりそうだったからだ。かつての自分を殺してしまうようで。

 剣士が出した一撃に士郎は目を瞑って、くるであろう痛みに耐えようとした。

 

「……ッ!!」

 

 ――だが、奇跡が起こった。

 

「なにっ…! 七人目のサーヴァントだと…!?」

 

 突然土蔵の奥が光り出し、そこから出て来たそれは、槍を構え士郎と剣士の間に入られ、剣士は後退せずにいられなくなる。

 士郎も何が起こったのかわからない。ただ、痛みがこないということは、剣に貫かれることがなかったということだ。おそるおそる目を開けてみれば、

 

「え…」

 

 そこにいたのは、聖槍とでも言うべき輝かしい槍を携え、赤いマントと西洋の鎧と獅子を思わせるフルフェイスの兜を被った英雄がいた。

 士郎は唐突に現れた騎士に目を白黒させていた。一体この騎士は何者なのか。士郎を守ってくれたのか。それとも別の理由か。わからないことだらけで、もう考える気にもなれなかった。

 すると、目の前にいる騎士は士郎の方へと向きを変える。

 

「サーヴァント、ランサー。召喚に応じ参上した。問おう――」

 

 向きをこちらに変えた騎士はおもむろに兜を取る。するとうかがい知れた顔は、

 

「――貴方が私のマスターか」

 

 月の光が反射するほどに綺麗な金色の髪とそれに見合う美貌を持った美しい女性であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二夜-戦争の開幕前夜-

なんとか早く終わらせれた〜。それにしても、まだ全然投稿してないのにお気に入り40件以上って…Fateの影響力ってすごいな。
それでは始まります。


「問おう――貴方が私のマスターか」

 

 暗い夜空に浮かぶ月明かりに照らされ、金色の髪が一層輝いて見えた。

 士郎は幻想でも見ているのかと思った。もとより、もう既に信じられない光景を見ていたのだが、それをして尚、幻想的だと思った。何故そのように思えたか、それはただ美しいからだ。この世の何よりと言っていい程に、そこにいた騎士は幼い士郎にもとても輝いて見えた。

 

「…痛つっ!」

 

 そう士郎が見惚れていると、左手の甲に痺れに近い痛みが奔り手を抑える。なんだとみれば、そこには見慣れない形をした血のように紅い複雑な模様の痣があった。

 

「これより、我が槍は貴方と伴に。ここに契約は完了しました」

 

 士郎がなんだと思って眺めていると、突然目の前の騎士は兜を被りあの剣士を追って土蔵から飛び出す。

 

「え!? ま、待って! け、"ケイヤク"って何!?」

 

 士郎の言葉が届く前に、騎士は剣士と戦い始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の戦いは、およそ先程のアーチャーとは一線を引く。騎士は自らを槍兵(ランサー)と名乗り、あの弓兵とは違いしっかり槍を主武器としている。つまり、今のこの二人はお互いが得意分野で戦っていることになる。

 

「ハアッ!!」

 

 剣士と槍兵、本来であれば、こと戦闘に置いては剣より槍が優勢になるものだ。だが、それは一般的な人間であればの話だ。彼らは人間などとうに超えた存在、そんな彼らに人間の常識など通用するわけがない。

 剣士は通常の剣の倍はありそうな大きさの剣を以って騎士の槍を撃ち返し、懐に入ろうとする。だが、槍の騎士とて負けてはいない。確かに懐に入られては槍の長所を活かせない。しかし、それもまた人間の常識、この騎士にもそんなことは通用しない。懐に入られたのであれば、槍の柄で吹き飛ばせばいい。

 このように、お互いに不利な状況は無い。それはつまり、力と力のぶつけ合いで決しなければならないと言うことだ。そして、今の所騎士が剣士を押している。

 

「ぐっ…!」

 

「どうした、剣の英霊よ。その程度では最優の名が泣くぞ」

 

 僅か一秒の間で十合以上の剣戟が行われる。否、実際はもっと多いだろう。その最中、剣士は騎士の槍から逃げ、仕切り直しをしたいのか距離を取る。

 

「…これほどまでの槍の使い手、さぞ名のある英雄なのだろう。それに加えあの幼な子がマスターとなれば、今この場を覆すのは無理だろうな」

 

 剣士は自分が士郎に発した言葉を思い出す。

 

「それに、言わせてみれば今回は偵察が俺の主な役目だ」

 

「…では、この場は――」

 

 引いて欲しい、と騎士は言おうとしたが、

 

「――だが、俺とて同じく英雄に数えられた者だ。戦いにははっきりとした形で終わらそう」

 

「! あれって…!」

 

 剣士が剣を両手で握り、振り下ろせるよう構える。

 士郎はこの構えに見覚えがある。それは士郎が剣士に見つかる直前のことだ。

 

「―!」

 

「だ、ダメだ…! 逃げて‼」

 

 危険を感じ取り士郎が騎士に向けて叫ぶが、騎士はその場から動くつもりがない。というより、騎士は剣士の宝具に勝負を挑もうとしているようだ。周囲から光が集まり槍に集束され覆われていく。

 それと同時に、剣士の剣に魔力が溜まった。その瞬間、

 

「行くぞっ!

 邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽に至る。撃ち落とす、――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 天から地へ降り下ろされ、解き放たれる魔剣の一撃はただの人間であれば相対しただけで死を覚悟しそうだ。

 だが、騎士は、諦めた様子が感じられず、依然としてその場から動く様子も感じられない。そして、

 

「…最果てより光を放て…其は空を裂き、地を繋ぐ! 嵐の(いかり)!! ――『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 剣士と同様、聖槍に纏った光を後ろから前へと突き出し放ち、迎え撃つ。

 

「う、うわぁっ!!」

 

 二つの宝具がぶつかり合った衝撃波はとてつもない。士郎はその衝撃に耐えきれず足が宙に浮き、後ろの土蔵の中に転がっていく。そのまま壁にぶつかり背中を痛め手を後ろに回している。

 だが、そんな事より、とすぐにあの二人はどうなったのか確かめようと土蔵から出れば、そこには地に伏せる剣士と未だに油断なく槍を構えて立っている騎士の姿があった。

 

「くっ…! 見事だな。まさか完全に押し負けるとは。この鎧がなければ重症だっただろう」

 

 剣士は地に伏せているものの、あれだけの一撃を受けながら存外に傷は浅い。それはあの鎧が関係しているようだ。

 

「…その剣、竜殺しの剣か。そして、その鎧…ということは、貴殿はネーデルランドの王子…!」

 

「…判ってしまったか。当然といえばそうではあるか。今宵はここまでとしよう」

 

 剣士はなんでも無いように立ち上がりこの場を去ろうとする。

 

「逃げるというのですか」

 

「そういうと語弊があるが、概ねそのようなものだ。追って来るのであれば構わない。だが、その時は無傷で帰れると思わぬことだ」

 

 決死の覚悟を持て、そう言われたような気がした。

 それを最後に剣士は跳んでこの場から姿を消す。騎士は追いかけようかと思ったが、先にしなければいけないことがあった。

 それは自身のマスターと思われる士郎のことである。騎士はこの世に現界してからは、この少年から魔力が送られるのを感じた。つまりこの少年がマスターで間違いはないであろう。しかし、どうもこの少年は未だに自分の身に何が起きたのか理解できていない様子だ。

 とはいえ、騎士はそこまで子供の相手が上手いわけではない。その昔、一応息子はいたが、それも自分の腹から産まれたわけではない。それに、正式な息子と呼ぶには微妙なものであった上に、自分は王としてしか接していなかった。故に子供との接し方を知らない。

 だが、だからと言ってこのまま立ち往生もできず、話しかけることにする。いつもの自分らしく、王として。

 

「ご無事でしたか、マスター」

 

「え、あ、え、えっと」

 

 士郎は様々な出来事に遭い理解しきれてないところで話しかけられ、ごもごもとどもってしまう。士郎には色々聞きたいことがあったが、それが多すぎて何から聞けばいいのかわからないでいた。そして、騎士もそんな士郎のどもり具合を見て何から説明すべきかと考えていると、

 

「ねえ、お取り込み中少しいいかしら?」

 

 と、突然やってきた声に騎士はバッと後ろを振り向く。すると、そこにいたのは遠坂 凛であった。

 いつの間にかそこに居た彼女は薄っすらと不気味さは感じない笑顔で月をバックに立っていた。側にアーチャーを連れて。

 

「…貴方も今宵の戦いに参加する魔術師(メイガス)ですか」

 

「ええ。その通りよ。遠坂家6代目当主遠坂 凛よ。以後お見知り置きを」

 

「! あの時の人だ…」

 

 士郎はあの剣士と弓兵が戦っていた時に見た少女だと思い出す。

 

「では聞く。魔術師よ、ここへ何をしに来た。戦いに来たというのであれば今すぐにでも、その男を仕留めてみせよう」

 

 すでにアーチャーがサーヴァントと見抜いた騎士は挑発に取れる言動で煽る。だが、そこには明確な殺気を持って槍を構えており、挑戦状にも取れる。

 

「待った。私達は別に争いに来た訳じゃないの。話をしに来たのよ。色々私も不可解なところがあるから」

 

「話だと? 敵に話を持ちかけようとは、何が目的だ」

 

 あくまでも穏便に済まそうと凛はしているが、騎士は構えを解かない。どうしたものか、と凛が思っていると、

 

「ね、ねえ! 少しだけでも聞いてあげようよ」

 

 ずっとまともに話していなかった士郎が騎士にそう言う。騎士はマスターがそう言うならと、一瞬の逡巡の後槍を下げる。

 

「ありがと。おかげでちゃんと話しができそうね」

 

「…一応言っておく。少しでも我がマスターを襲う素振りを見せたら貴方の命に保証は無い」

 

 騎士はマスターを守るため、凛に誓約を取る。口だけの誓約ではあるが、騎士からでるカリスマがそれを紙に書いた誓約のように感じさせる。

 それを凛は感じ取ったが、本当に危害を加えるつもりはないので、大して警戒はしてない。

 

「そ。いいわそれで。さて、こんなところで立ち話もなんだし、この家に上がらせてもらえないかしら、坊や?」

 

「う、うん。わかった」

 

 唐突に話しかけられた士郎は少しだけ体を強張らせる。

 

「うんうん、理解のある子は好きよ。さ、入りましょうか」

 

 家主から許可を貰った凛はアーチャーを連れて遠慮も無しに衛宮邸に入っていく。

 

「では我々もマスター」

 

「うん。あ、ちょっと待って」

 

 騎士は士郎を促して衛宮邸に入ろうとするが、その前に士郎が呼び止める。騎士は「なんですか?」と一度止まり士郎の方を向く。士郎は止まってくれた騎士に「あ、え、」と少し言葉が出ずらそうにしていると、

 

「な、なあ、おまえのその、マスターっておれのことなのか?」

 

「ええ。貴方からは魔力パスが感じられます。それに、その令呪が何よりの証拠です」

 

 騎士が指を指したところを見れば、あの赤い痣がある。この赤い痣は令呪と呼ばれるもののようだ。これが騎士の主人(マスター)である証拠らしい。

 士郎はまだこの時まで知らないが、この令呪とはサーヴァントを従わせる絶対命令権である。この令呪が体のどこかに現れたということは今回の聖杯戦争の参加資格を得ることと同義である。

 令呪は基本的に3画しかない。つまり絶対命令ができるのは3回まで。そして、この令呪の使用方法もまた聖杯戦争で聖杯を手にする戦略の一つとなる。

 

「その令呪はとても大切なものなので、無闇に使おうとはしないでくださいね」

 

「うん。わかったよ」

 

 使うなと言われても士郎は使い方がわからない以上使えない。だが、無意識に令呪を使用してしまうこともあるので、騎士はそのことに釘を刺したようであった。

 

「ちょっと〜何してんのよ〜。早く来なさいよ〜」

 

 衛宮邸から凛の声が聞こえる。それに騎士は「では行きますか」と言って士郎を見ると、

 

「あ、待って後もう一つあるんだけど」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 最後にと話しておきたいことがあり、士郎が呼び止める。

 

「えっと、その、おれがマスターっていうのはわかったんだけど。その、マスターって呼び方はやめてほしいっていうか、まだ自己紹介してなかったなって」

 

 そう言うと、騎士は一瞬驚いた顔をする。

 

「――ああ、そういえばそうでしたね。

 では、私はランサー、貴方に従うサーヴァントです」

 

「…おれは士郎、衛宮 士郎」

 

「エミヤ シロウ、ですか。ではこれからはシロウと」

 

 お互いの自己紹介を軽く終え、ようやく落ち着けそうだなと士郎は思う。今まで何が何だかわからずにいたのだ。少しでもわかることがあるというのがこれ程にも安心できるんだと士郎はこの歳にして思い知ることになった。

 とりあえず、今士郎の身の周りの危険は去ったようであり、士郎はそのことに安心する。すると、

 

「あっ…れ?」

 

 突然士郎は意識が遠のいていく感覚に襲われる。最早立っているのも限界なようだ。

 無理も無い。士郎はここまで生き延びる事ができたものの、まだ小学生だ。その疲労は想像できない程溜まっていたのだろう。いつ倒れてもおかしく無い状態だった。そんな中ようやく落ち着けたのだ。眠くなっても仕方ない。

 士郎はそのまま重力に従って倒れていこうとしたのを、「っと、大丈夫ですか?」と騎士が片手を出して士郎の体を支える。

 

「…眠っているのか。無理も無いことではありますが」

 

 騎士は仕方なく、士郎を抱き上げて運ぶことにする。凛の話は明日にするとして、今は士郎を休めよう。

 それにしてもと騎士は思う。この士郎(マスター)から送られて来る魔力は絶大だ。これほどであれば生前と遜色変わりない力を引き出せるであろうほど魔力が送られて来ていた。故に、先程の剣士を容易く払うことができた。

 

「これは、いい主人(あるじ)を見つけたかもしれませんね」

 

 騎士は「それに」と腕の中で寝息を立てる士郎の寝顔を見ながら兜の中で女神のように微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、士郎はいつもの布団の中で目を覚ました。目が覚めた士郎は上半身だけ起こして、呆っと窓の外を見やる。太陽はすっかり高い場所まで登ってしまっていた。つまり、それはもうどう足掻いても学校に遅刻することを示していた。

 

「…しまったーーー!!!!」

 

 朝一番、どでかい声を出しどこかのノルウェーのエドなんとかさんの作品の顔と同じ顔になって完全に目覚めた士郎は慌てて布団から出ようとして、背中に鋭い痛みが奔る。

 

「痛っ! うっ、な、んでこんなに背中が痛い……!」

 

 と、士郎はようやく昨日の出来事を思い出す。

 

(そうだ…! おれは昨日…!)

 

 未だに残るあの殺された瞬間の感触と、目に焼き付いて離れない人間を超越した神話の如き戦い。その全てを思い出すのと同時に、あれは夢でなかったと確認できた。この背中の痛みは騎士と剣士の宝具がぶつかり合い、それによって生じた衝撃に吹き飛ばされ背中を打ち付けた時の痛みだ。

 

「そんな大声出すなんて、割と元気なようね」

 

「!」

 

 突然声が聞こえそちらを振り向けば、部屋の出口にツインテールの少女遠坂 凛が立っていた。

 

「おはよう坊や。…出来事が一挙に押し寄せてきて混乱しているところ申し訳ないけどね、少し付いて来てくれるかしら。ああ、安心して。付いて来てったってこの家の居間だから」

 

 そう言って凛はスタスタ歩いて行ってしまう。士郎は少しの間なんであの人が家にと唖然としていたが、昨日士郎が入っていいと言ったのを思い出す。

 大体のことは思い出せたところで、士郎は布団から出て少しふらふらする身体をどうにか支えて、凛が言った通り居間に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、シロウ」

 

 士郎が居間に着くと、そこには昨日の騎士改めて、ランサーが鎧を脱いでラフな現代風というには少し古いシンプルな白いシャツと青いスカートを着て座布団の上に礼儀正しく正座で座っていた。

 今日に限ってあの二人はいなかったのだろうか。あの二人は毎日必ずいるとは限らない、家の事情や仕事などがあるからだ。キッチンが綺麗なまま昨日から使われた様子がないところを見るとどうやらそのようだ。

 

「あ、えっと、おはよう…」

 

 初めて鎧無しの姿を見たが、改めて綺麗だと士郎は思った。もみあげが長く垂れて丁寧に結われている金色の髪、整った顔つきに碧色の瞳、そして、極めつきにはその豊かに実った胸囲とそれを支えているバランスが取れた身体、どれを取っても幼い士郎ですら綺麗な人だと思えた。

 

「来たわね。それじゃ、お茶の用意もできてるし、始めましょうか」

 

 そう言って凛はランサーと対面する方に座る。それを聞いて士郎もどこに座ればとキョロキョロと凛の隣とランサーの隣を見ていると、

 

「シロウ、どうぞこちらへ」

 

 そう言ってポンポンとランサーが座る場所を教えてくれて「あ、ありがとう」と言って行きかけたが、そこで固まってしまう。

 

「? どうしました、シロウ?」

 

 そう首を傾げる仕草も綺麗だと思うが、そんなことより、彼女が示した場所が問題だ。その場所は彼女の膝の上。先ほども言った通り彼女はとても魅力的な身体をしている。故に、そんなところに座れば確実に当たる、その胸が。

 

「…チッ!」

 

 それを見ていた凛はあからさまに舌打ちをする。何故かはお察しを。

 士郎は行くべきかどうか迷う。まだ幼くとも、もうそろそろ性に目覚めてもおかしくない時期だ。故に、どこかのゴールデンボーイ並に純粋な士郎にはランサーの身体は刺激が強すぎる。

 というより、最初から妙に胸部が大きい鎧を着ていたなと思っていたら、そこにはこんなにも立派なものがなっていたのだ。その鎧姿と今の姿のギャップもあってより鮮明に感じてしまう。

 

「ほら、シロウが早く座らないと始まりませんよ」

 

 そう言ってランサーはまた膝を叩く。士郎はどうしようと視線を斜め下に落としていると、

 

「仕方ありませんね。よっと」

 

「え、うわぁ!」

 

 それを見かねたランサーが士郎の脇腹を持って軽々と自身の膝の上に乗せる。

 

「ふふっ。これで大丈夫ですね」

 

「う、うあ」

 

 士郎が思った通り、いやある意味思った以上のことが起こっている。ランサーの胸が頭の上に乗っかるという、色々とダイレクトに彼女の身体が士郎の身体をほぼ全身に包まれるように当たっているのだ。

 そんな光景を見ていた凛はというと、

 

「…チッ!!」

 

 と、さらに大きな舌打ちをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、解ったかしら?」

 

「…うん。つまり、おれは戦いに巻き込まれちゃったってことだね」

 

 凛からの話とは、今回の聖杯戦争についての概要であった。何故凛がこんな話をしたのかと言えば、全くよく解っていない士郎にこの戦争がどれほど危険なものかを理解してもらい、それでいて参加する意思があるかを確かめるためであった。

 士郎は初めて聞いたことを頭の中で整理しようと頭を働かせる。万能の願望機、聖杯を求めてすでに今回で5回目となる殺し合い。魔術師、サーヴァント、整理しなければいけない情報はたくさんある。士郎は幼い頭で一つ一つ確認して覚えようとしているが、中々うまくいきそうにない。それでもある程度は理解できたようなのでまだ利口と言えるだろう。

 

「………」

 

 そして、ある程度整理がついた頃に士郎は少し昔のことを思い出していた。それは5歳になる頃。きちんとした自我を持ち始めてまだそんなに間もない頃に、士郎は切嗣からこんな話を聞いたのを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねえ、士郎。僕はね、かつてある戦争をしていたんだよ」

 

 月がよく見える日、士郎と切嗣は二人で衛宮邸の縁に座り満月を見上げていた時だ。唐突に切嗣がそんな話を持ちかけてきた。

 

「僕はその戦争でね、魔法使いとして参加していたんだ。そこで僕は色んな人と戦って、そして大切な人を失った」

 

 何故切嗣がこんな話をしだしたのか、士郎には解らなかった。だが、今にして思うと切嗣はどこかで士郎はいずれ魔術に関わることになるんじゃないかと予測していたのかもしれない。

 その後も、切嗣はその話を続けた。どんな奴が強敵だったとか、その戦争の間ずっと話しかけず無視して共闘していた騎士に少しでも話をすれば良かったなとか、色々と話してはいたがその内容はほとんど覚えてない。だが、どれも後悔という感情が伝わってきていたのは覚えていた。

 そして、

 

「僕はね、本当は正義の味方になりたかったんだよ」

 

 そんな事を月を見ながら言ってきたのを今でも鮮明に思い出せる。何故なら、その時からだからだ。士郎が正義の味方になろうと思えたのは。

 

「なりたかった?」

 

「うん。正義の味方は期限があってね、それを過ぎればもうなることはできないんだよ」

 

 それで判った。この目の前にいる恩人はもうすでに正義の味方になることを諦めてしまっていたことに。

 正義の味方、それは確かに諦めなくてはいけないことだ。世の中、正義でいることは難しい。

 仮に人を救う事を正義としよう。その場合、如何にこの世の人達を全員救おうなどしても到底かなわないことだ。人を救うには代償というものが必ずある。つまり、大か小の違いである。大勢の人を救い、少人数の人を見捨てる。正義の味方になるとはすなわち、世界に必要とされているものだけを救い、後のものを切り捨てる存在ということだ。

 そんな存在が果たして正義といえるのか。そもそも正義は人によって価値観が大きく違う。正義の反対はまた別の正義とはよく言ったものだ。

 そんな矛盾が生じるものに誰がなりたいというのか。皆必ず一度は夢見、そして諦める。それが正義の味方だ。

 だが、士郎は違った。切嗣がなりたかったその正義の味方を聞いて、憧れてしまった。綺麗だと思った。故に、士郎は切嗣にこう言ってしまった。

 

「…おれが代わりになってあげる」

 

「――え?」

 

 切嗣の代わりになると。

 

「じーさんはあきらめちゃったんでしょ? だから、しかたないから、おれが代わりにセイギのミカタになってやるよ」

 

「――――――」

 

 士郎は然も当たり前のように言ったのだろう。だが、それで切嗣はどれほど救われたか。義理とはいえ、かつて夢見て諦めてしまった正義の味方を自分の子供がなってくれるというのだ。嬉しくない訳がない。

 

「だいじょうぶ。じーさんのゆめは、おれがかなえる」

 

「…ああ。そうか。良かった」

 

 切嗣はどこか嬉しそうに、悲しそうな表情で士郎を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…! …ロウ! シロウ!」

 

 シロウはランサーに呼ばれ、現実に戻る。

 

「どうしたのですか、シロウ。急に黙り込んでしまって」

 

「…あ。な、なんでもない。大丈夫だよ」

 

「本当ですか? もしかしてまだ疲れが取れてないのでは」

 

「本当に大丈夫だよ、ランサー」

 

 士郎は笑顔でランサーに大丈夫だというが、ランサーは不安な表情から戻らない。

 

「おれは大丈夫。ランサーが居るからな!」

 

「…本当に大丈夫かしら。昨日のことを考えたらまだ寝ていてもおかしくないのに」

 

 すると、今度は凛もボソリと心配し始めた。いや、凛の場合訝しんでいる。

 何故なら、凛にはずっと不審に思っていたことがあったからだ。それは士郎から漂う魔力である。

 昨日、士郎はサーヴァントを召喚したようだが、妙に元気なのだ。魔術師がサーヴァント召喚を行う際、基本的なことは聖杯が行ってくれるが、それ以外は全部自分でやらなければならない。するとどうなるか、身体中から魔力が絞り取られ、召喚して初日は凛並みの魔術師でなければ長く休憩しないと本調子にはほど遠くなる程体に支障がでる。

 だというのに、今目の前にいる少年はまるでその疲れを見せないどころか大気中にその魔力が溢れ出ている。強がっているとはとても思えない。

 これらが何を示しているのか、それは至極簡単なこと、士郎の魔力量は桁外れなのだ。それは凛をして上回るほどの。こんな子供がどうやってこんな魔力を手に入れたのか不明だ。士郎は今まで魔術とは一切関係のない人物だったのがそれに拍車をかける。

 

(回路何本あるのかしらね。まあ、気にしたところで詮無い話ね。本人もわかってなさそうだし、これは不問にしときましょ)

 

 しかし、これ以上追求しても無駄だろうと思われる。なので、この話は断念する。

 

「そうですか。…何かあったら言ってくださいね。なんでもしますから」

 

「えっ、な、なんでもするって…」

 

「こ〜ら、士郎くん〜? そんな事しちゃダメだからね〜?」

 

 ランサーになんでもすると言われ、士郎が赤面していると、凛が士郎を面白いものでも見るかのように叱る。

 

「ま、まだ何も言ってないだろ!」

 

「へぇ〜、"まだ"ねぇ〜」

 

 士郎の、まだという部分を強調して言う凛。自ら墓穴を掘ってしまった士郎は言葉に詰まる。

 

「む、むむうー!」

 

「オホホホ。可愛らしい抵抗ですこと」

 

 凛がなんとも面白おかしくからかっている傍、ランサーは首を傾げていた。

 

「? あの、なんのことかわかりませんが、シロウがしたいことでしたらなんでもしますが」

 

 とランサーが言う言葉に、凛は「ん?」とランサーを凝視する。

 

「えっと、待ってあなた、まさか自分が何を言っているか解ってない?」

 

「? なんのことでしょうか」

 

「………」

 

 これには士郎も絶句した。どうやら本当に解ってないようだ。

 

「…詰まるところ、天然という訳ね」

 

「?」

 

 通りで、なんの戸惑いもなく士郎を膝の上に乗っけれた訳だ。凛は最初士郎をからかうために膝の上に乗せたのかと思いきや、ただ単純に乗せたかっただけのようだ。士郎を見て母性が湧いたのか、もしくはお姉ちゃん心か。

 

「っあー、もう、危ないわねこの天然英霊」

 

 そんなことをつい口走ってしまうが、本当に危ない。今回は士郎のような純真な心の子供であった故に大事にはならなかったから良かったもの、他の欲にまみれた男だったらどうなっていたことやら。

 

「先ほどから何を…?」

 

「あーいや、なんでもないわ」

 

「凛、話が途切れているぞ。いい加減進めたらどうだ」

 

 と、話に割り込んできたのは先ほどからずっと霊体化して見ていたアーチャー。途中からどうでもいい話になっているのに見かねて出てきたようだ。

 

「そうね。それじゃ、二人ともよく聞いて。これから二人を連れて行きたい場所があるのだけれど、いいかしら?」

 

「その場所って?」

 

 そう言ったのは士郎だ。それに対して「そんなのは当然――」と凛は続ける。

 

「教会よ」

 

 

 

 

 

 

 




原作の士郎といえばへっぽこな魔術師としては三流以下のように言われてますが、こちらの士郎は魔術こそ何一つ使えませんが、魔力量だけ言わせれば完全規格外です。すごい魔改造だな〜、等思うかもしれませんが、実際士郎がここまで魔力量が多いのは理由があります。ですが、それは今は言わないでおきましょう。後々わかることですので。
それでは、今度は少し更新に間が空くと思いますが、なるべく早く更新できるように頑張ります。


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第三夜-戦争開幕-

どうにか一週間以内に投稿。そして、気づけばお気に入り四百以上って…
嬉しいけど、最初は十話くらいで二桁いけるように頑張ろう。って感じだったからすんごい驚いています。


 結果的に士郎達は夜になってから教会に行くことになった。それは何故か? ランサーが霊体化できないからだ。何故できないのかと問われると、そこには異常な士郎の魔力量が原因であった。曰く、士郎から送られる魔力が大きすぎて霊体化しようとしてもなかなか体内の魔力を減らせないらしく、これはほぼ受肉しているような状態だ。

 それだけであれば、服装などは誤魔化せば済む話だ。だが、相対していた凛がひしひし感じていたランサーから溢れ出る女神の如し神々しさはどうやっても隠すことができない。そんな状態で外に出たら嫌でも人の視線を集める。ただでさえランサーは美人なのだ。そこに神々しさを付け加えたら人の視線を集めて離さなくなってしまうだろう。そんなことになれば、民衆の噂というやつでランサーの存在が敵マスターにバレて居場所を暴かれかねない。

 故に、人目のつかない夜に出向くことになった。

 

「それにしても、驚いたわね。でかいでかい思っていたけど、まさか天然の状態でサーヴァントをほぼ受肉したような状態まで魔力を送れるなんて」

 

「ええ。送られている私も驚いています」

 

「おれはりんがさくらねえちゃんと同じ学校の生徒だったのが驚きだよ」

 

 あれからというものの、夜になるまで凛達は衛宮邸でくつろいでいた。そして、こんな夜遅くまでいれば昨日は来なかった大河や桜が帰ってくる。

 「ええぇぇーー!? いつの間にこんなに増えたのー!? っていうか遠坂さーん!? 今日は休みなんじゃって、そこの外国美人は誰じゃーー!? そして何故に士郎を抱きしめてんじゃーーー!!」とリアクションが多くて逆にこっちが驚くぐらい驚くのに忙しそうな大河に、

 「え、え!? 遠坂先輩、とあの、誰、でしょうか?」と驚いているのだろうけど、一周して落ち着いてしまっている桜がそこにはいた。

 後に、凛は昨日士郎の帰りにちょっとした縁があって今日は泊まらせてもらったということにし、ランサーは切嗣の遠い親戚で彼を訪ねてきたということにした。

 そんな微妙な設定に二人は最初は怪しんだもの、「切嗣さんに親戚なんていたっけなー。まあ、いっか! よく来てくださいました、ランサーさん! 歓迎するよー!」と大河、「遠坂先輩がそういうならそう、なんですよ、ね。わかりました」と桜も信じランサーと凛を迎え入れた。

 

「そんなに驚きだったかしら。まあいいわ。それにしても、あんたらそうしていると兄弟か親子みたいね。似てないけど」

 

 士郎とランサーが手を繋いでいる姿はまるで仲がいい兄弟か親子のようであった。それを言われた士郎はランサーを見上げる。こうして初めて気づくが、ランサーは身長が高い。どれくらいかといえば、士郎から見れば高い凛よりさらに高い。

 そして、士郎は赤面して目をそらす。目をそらしたのは、彼女を見上げた時に、つい目がいってしまうほどの大きい胸が歩く振動で揺れたからだ。衛宮邸でくつろいでいる間もずっと士郎はランサーの膝の上で抱きしめられていた。故に、その時からずっとあの身体全体で感じた感触が抜けきらずにいたのだ。何故ずっと抱きしめていたのかというと、ランサー曰く、「シロウに抱きついていると安心します」とのこと。

 そのことに凛は、何故召喚して間もないうちにこうも懐いているのか疑問に思っていたが、子供好きの英霊なんだろうと気にしないでおく。

 

(あ〜らら、顔赤くしちゃって。なんか妙に大人びた子だと思っていたけど、存外まだまだ純情ね)

 

「…………」

 

 凛がそう微笑ましく思っていた傍で、アーチャーは何か思うところがあるのか二人をじっと見ている。

 

(……おかしなものだ。どうやらこの世界は私が知っている世界と大分かけ離れているな。セイバーやランサーにしてもそうだが、何より、あの小僧がまだこれ程に幼いとはな。

 それはそうと、なんだ、あの小僧からくる魔力は…。私にそんなものは無かった筈だ。たとえここが完全なる平行世界だったとしてもあれはおかしい。これではまるで…)

 

「どうしたの、アーチャー?」

 

 先ほどから難しそうな顔でいるアーチャーが気になった凜は話しかける。それにアーチャーは「む、なんでもない。いや、ちょっとあの小僧がな」と言うと、

 

「…やっぱ、あんたも気づいてるか」

 

「当然だな。あれで気づかんという方がおかしい」

 

 二人は士郎とランサーに気づかれないようにマスターとサーヴァント同士の特権、念話で話し出す。

 

「どう思う、あれ」

 

「わからん。が、何かを取り込んでいるのは間違いない。でなければ、あれほどの魔力を持つなど到底不可能だ。――いや、一つだけ方法があるかもしれんな」

 

「何? その方法って」

 

 アーチャーは昔の記憶を手繰り寄せ、士郎と同程度。いや、それでも尚、士郎の方が上回っているかもしれないが、莫大な魔力を持った人物を思い出す。

 

「――それは、ホムンクルス。つまり、人造人間だ」

 

「! なるほど。確かにありえそうね。あの子、あの『魔術師殺し』って言われていた衛宮 切嗣の子供って言うけど、実際は養子。それに、衛宮 切嗣は前回の聖杯戦争参加者。それもあのアインツベルン陣営に付いていたのだからそこでホムンクルスを手に入れた可能性はあるわね」

 

 と、凛はすぐさま優秀な頭を働かせるが、アーチャーは自分で言っておきながらこれは無いなと確信していた。

 

(仮に本当にホムンクルスであれば髪は白くなり、目の色が赤くなっていただろう。だが、奴の髪と目の色は私が知っている通りだ)

 

 そうだとすれば、ますます疑問が湧く。だが、アーチャーはそれよりも気になった事が一つ、

 

「それにしても凛、君は前回の聖杯戦争を知っているのかね」

 

 凜の第四次聖杯戦争の知識の有無だ。

 

「え? ああ、まあ、少しだけ聞いたからね、あのエセ神父に。と言っても知っているのは衛宮 切嗣とあのエセ神父、綺礼が参戦していたってくらいだけど」

 

 それを聞いたアーチャーは本当に別世界だなと思う。

 

(私が知っている遠坂 凛はどのような戦争だったのかはもちろん、参加者すら自分の父親以外知らなかったというのにな。まあ、かくいう、私もこの状態の私が呼ばれたことはイレギュラーなのだがな)

 

 アーチャーは思い出す。自分が生前どのような事をしていたのか、そして、一番最初に(・・・・・)凛のサーヴァントとして呼ばれた時の事を。

 

(この二回目(・・・)となる、いや、厳密にいえば三回目となる第五次聖杯戦争。今度はあの小僧の覚悟次第では、協力も吝かでは無いな)

 

 ふっ、と士郎を見ながらニヒルな笑みを浮かべた自分のサーヴァントを見て、凛はなにか気持ち悪いもので見るような視線を送る。

 

「…なんだね?」

 

「いや、急に隣で笑っていたら誰でもこうなるわよ」

 

 なかなか失礼な物言いだと思うが、自分がこれだけ真剣に考えている傍で笑っていたらそれはおかしなものだ。アーチャーは「ああ、それはすまないな」と軽く謝る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは言峰教会。中は教会というだけあって神聖さが見て取れる。そして、礼拝堂の奥にこの教会の主はいた。

 

「―――では、聖杯戦争に参加する意志があると見ていいのだな?」

 

「もちろんだ!」

 

 教会に着いた士郎達はサーヴァントを外に置いて士郎と凜の二人だけで教会に入っていた。何故サーヴァントを外に置いたかは周囲に警戒を敷くためだ。まだ本格的に始まってはいないとはいえ、いつ何時敵が襲ってくるかわからないからだ。

 その後、凜は教会に入る前に士郎にこの教会の主の事を、仕事はマジメにこなすが侮れない信用できないエセ神父、と言っておいた。士郎に最低限でも警戒心を持たせるために。

 そして今士郎達はこの教会の神父、言峰 綺礼から聖杯戦争の詳しい話を聞き、それでいて参加意志があるかを確かめられていた頃であった。

 

「ふむ。最初、凜がこのような子供を連れて来るのだから、てっきり迷い子を預けに来たのかと思ったのだがな。まさかこれがランサーのマスターとは」

 

 この綺礼はとても神父と呼べるような風貌ではなかった。格好こそ、神父と言っていい神聖さを感じさせる黒い礼装を着ているが、その上からでも判る鍛え上げられた筋肉に、神父にあるまじき厭らしい笑顔を浮かべている姿からはとても神父を連想することはできない。

 

「冗談じゃないわ。あんたなんかに子供を預けるわけないでしょ」

 

 凜は声を強めに言葉を放つ。ちなみに、綺礼は凜の兄弟子にあたる人だったりする。

 

「フフ。そうか。まあ、それはいい。それにしても、衛宮か…」

 

 綺礼は厭な笑みを浮かべた後、先ほど聞いた士郎の性、衛宮の名を何か思い出すかのように呟く。

 

「なに、あんた、前の聖杯戦争の参加者の子供で驚いているの?」

 

「まさか。それで言ったら君もそうだろう? 凜」

 

 二人はなんの話をしているのか士郎にはわからない。ただ、あの神父は士郎の義理の父親、切嗣を知っているようだ。

 

「ジイさんを知っているのか。おまえ」

 

「言葉には気を付けたまえよ、少年。そして、その応えには、そうだと言おう」

 

 あっさりと肯定した綺礼。士郎は「それなら」と切嗣について何か知っていることがないか聞こうとするが、凛に遮られる。

 

「それじゃ、今回はこの子が聖杯戦争に参加できるかの確認だったし、今日はここまでにしてもらうわ」

 

 凜は先程から妙な気配が漂っている教会に長く滞在したくないのかさっさと早くおさらばしたいようだ。

 

「そうか。それは残念だ。折角いい麻婆があるのだがな」

 

「あのねぇ、あんたの麻婆なんざぜっっったいお断りよ。あれで一度死にかけたんだからね」

 

「ククク。あれが見れないと言うのも残念であるが。まあ、それよりだ」

 

「何よ」

 

 綺礼はそこで切ると視線だけで士郎を見る。士郎はその視線になんだと言わんばかりの視線を返す。

 

「…いや、なんでもない。もう行くのであろう。ならば教会の外まで見送らせてくれ」

 

「ふん。勝手にしなさい」

 

 そう言って、士郎達は教会から出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランサー、少しいいだろうか」

 

「はい、なんでしょうかアーチャー?」

 

 外で待機している二人のサーヴァント。その内アーチャーはランサーに気になっていたことを聞いていた。

 

「君は第四次聖杯戦争を知っているかね?」

 

「第四次? ということは前回のですか。一応知識としてはありますが」

 

「…そうか。ならいいんだ。すまなかったな下らない質問をして」

 

 アーチャーはランサーの答え方で全てを察したのか、これ以上聞くことはなくなった。そして、

 

「ただいま、アーチャー」

 

 士郎達が帰ってきた。帰ってきた士郎はランサーに近づいて行くと、軽々と持ち上げられ「お帰りなさい、シロウ」と抱きつかれる。抱きつかれた士郎はもう諦めたのか、顔を赤くしながらもされるがままになっている。

 

(ずいぶんと懐いているな彼女。あそこまで懐きやすかったか?)

 

 自分の記憶にある彼女を思い浮かべ、見比べても…色々疑問が浮かぶが、アーチャーはそんなに気にすることでもないかと、思うことにした。

 それに、アーチャーとしてもこの世界の士郎を険悪していないようだ。どうしてなのかアーチャー自身が不思議に思っているが、それも平行世界だからだ、と思うことにして気にしないでおく。

 

「さて、それじゃ帰りましょうか」

 

「あっ、待ってりん」

 

 帰ろうとする凜に士郎は呼び止め、ランサーの腕から解放してもらう。

 

「なにかしら?」

 

「えっと、その、な…。今までありがとうな、りん」

 

 士郎は少し照れたように顔を染めて凜にお礼を言ってきた。突然の事だったため、凜は驚いて目を白黒させていたが、

 

「ふふっ、どういたしまして。でもなんで急に?」

 

「あ、えっと、りんはさ、こんなおれをここまでちゃんと見てくれたからさ」

 

 そう言われて、凜はハッとなる。思えばそうだ。何故こんなに士郎に構っている自分がいるのだろうか。目の前にいるのは子供とは言え、立派な敵だ。本来こんなに親密になるなどありえない。

 敵は容赦なく討つのが魔術師だ。それがたとえ友人だったとしても敵として立ちはだかれば倒す。故に、魔術師には真に友人と呼べる者はいない。例外無くだ。

 と、そこまで考えた凜はこう思い至る。

 

(私って、やっぱり甘いのかしらね。多分、私は放っておけなかったんだ。この小さな危なっかしい子供を。はぁ、魔術師失格ねこれじゃあ――)

 

「そんなことは無いと思うぞ、凜」

 

 凜がそう思いながら士郎の頭を撫でていたら、おもむろにアーチャーが慰めた。

 

「ちょっと、勝手に心読まないでくれる」

 

「フッ、いやなに、私が読んだのではなく凜が判りやすいだけだろう」

 

 と、アーチャーの言葉に凜は言葉をつまらせる。多少は自覚があったようだ。普段は隠せても、感傷に浸るとわかりやすくなってしまうタイプなのだろうか。

 

「はぁ。まあいいわ、ありがとアーチャー」

 

「フッ、お礼を言われるようなことは言ったつもりないがな」

 

 と、凜がアーチャーにお礼をいい、それにアーチャーは皮肉を言うかのようにニヒルに笑う。

 

「それじゃ、今度こそ帰りましょうか。途中まで一緒でしょ」

 

 凛がそい言うと士郎達は帰路へとつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからというもの、士郎達は無言で帰り道を歩いていた。士郎はランサーと手を繋ぎ、凜は霊体化したアーチャーを側に置いて肩を並べて歩いている。

 無言になっているのは単純に話すことがないからだ。ただ、だからといって気まずいわけでもない。

 

「ねえ、りん」

 

 ふと、士郎は凛に声をかける。凛は「なぁに?」と微笑みを向けると、

 

「おれたちってさ、これから敵になっちゃうのか?」

 

「え?」

 

 どこか不安気な表情をする士郎に、凛は面食らって言葉を失う。この質問になんて応えようか迷っているのだ。ここ以前で言ったように彼は子供とはいえ敵だ。ここで敵だと言って完全に関係を断つのが本来であれば正解だが、士郎が悲しみそうだ。

 そして、凛は悲しんでいる子供を捨て置くことなどできそうにない。かといって、聖杯は自分以外のサーヴァントを倒さなければ発動しない。聖杯が欲しいわけではないが、いずれ敵対しなければいけないのだ。

 凜が言葉に迷い、とりあえずなにか言わないとよけいに不安にさせてしまうと、言葉を発しようとしたその時、

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオン‼︎‼︎

 

 

 

 

 

 

「うわぁ!!」

 

「きゃあ!!」

 

 突然、どこからともなく近くで隕石のように落ちてきた物体があった。凜はとっさに士郎を守るように立ち、サーヴァント達は反射的に戦闘体勢に入る。

 

「ちょ、な、何が落ちてきたの!」

 

 凜は焦って落ちてきた物体はなにか見ると、そこには、砂埃に隠れた大小の大きいが激しい物体の影が二つあった。すると、そのうち小さい方の影がこちらに向かって歩いてくる。

 

「こんにちは。リンお姉ちゃん」

 

 巻き上がった砂埃から姿を現したのは、士郎とそう歳が変わらなそうな白髪赤目の少女だった。ただ、その纏う雰囲気が士郎とは正反対だ。

 アーチャーは少女を見て驚いたかのように目を見開く。

 

「…! アレって」

 

 士郎を側に押し寄せて、出てきた少女に油断なく構える凛。

 

「私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ヨロシクね」

 

 ぺこり、と一目でどこかの令嬢だとわかる丁寧な礼をする白髪赤目に少女イリヤスフィール。

 

「…! アインツベルン…!」

 

 凜はアインツベルンと言う名を聞いただけで体を強張らせる。あのアインツベルンが相手となると一筋縄ではいかないと解っているのだ。そして、未だに姿を見せないサーヴァントと思われる影がそこの砂埃に隠れている。

 アインツベルン。それはここに来る前、凜とアーチャーが話していたホムンクルスの製造をしている遠坂と同じく魔術師御三家の内の一つ。

 

(…こうして見えるステータスだけでも、あれはランサーと同じくらい、規格外だわ…!)

 

 凛はマスターとなった者の特権とも言えるステータス確認をする。そのステータス曰く規格外。一体どんなサーヴァントなのかと思っていると、砂埃が晴れて初めてその姿を現す。

 そのサーヴァントはおよそ、二メートル以上はありそうな(いわお)のような大男。その手には岩や鉄が砕けたような刃が付いたなんら装飾の無い地味な大剣。弱者を寄せ付けない紅く輝く鋭い眼光。そして、そこにいるだけでその場の空気と大気を震わせるそのサーヴァントは、まさに自分こそが最強と言わんばかりである。

 

「…………」

 

 そのサーヴァントを鋭い目で睨んでいるランサー。そして、ランサーは何を思ったのか、鎧と槍を出して自ら前に出る。

 

「! ランサー…!」

 

「そこにいてください、シロウ。あのサーヴァントは私が相手をします」

 

「…確かに、あなたも規格外だけど、勝てるというの? あれに」

 

 凜はそう言うが、正直なところ、このランサーなら勝てるのではと思っている。というより、あれにまともに戦って勝てるとしたら未だ見ぬサーヴァントすらも差し置いて、ランサーしかいないであろう確信ができる。それほどに危険なサーヴァントだと一目でわかるのだ。

 

「ええ。私にはシロウがいます。負けはしないでしょう」

 

 何故そこで士郎が出てくるのか判らないが、とにかくランサーには勝算があるようだ。

 

「へー。私のバーサーカーに勝てると言うの? 確かに貴女は強そうだけど」

 

 そう言ったのはあのイリヤスフィール。彼女はどうやら自分のサーヴァントに絶対的な自信を持っているようだ。その目には敗北の二文字はないと謳っている。

 

「! やっぱり! あれはバーサーカー!」

 

「ふふ。そんな風に思っていられるのもいつまで持つかしらね。それじゃあ、殺しちゃうね。やっちゃえバーサーカー」

 

 子供とは言えない雰囲気を出していた少女は突然、ふわりと子供のように無邪気さを出して、バーサーカーにそう命じる。すると、

 

「■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!」

 

 バーサーカーは声にならない雄叫びをあげて元々あった岩のような筋肉がさらに膨れ上がる。

 

「来るわよ! アーチャー、私たちはランサーの援護に回るわよ。構えて!」

 

「言われずとも!」

 

 ランサーは槍を構え、アーチャーは狙撃するために黒塗りの弓と剣を出して、遠くにある高いビルを目指して去っていく。

 

「■■■■■ーーー!」

 

 そして、バーサーカーが動くと思った瞬間、バーサーカーの大剣は凛と庇っている士郎を既に捉えていた。

 

「!!!」

 

 あまりにも速すぎる。凛からバーサーカーまではおよそ五メートル程あった筈だ。そしてその間にはランサーがいたというのに、彼はそれを一気に通り抜けたというのだ。

 神速とも思えるそれに死の覚悟も許されず二人は死ぬかと思った。だが、

 

「ハァアッ!!」

 

 またもや神速の如き速さでバーサーカーの前に割り込んで来た人物が大剣から二人を護った。

 

「!! ランサー!」

 

「ご無事ですか! 二人とも!」

 

 それはランサーであった。ランサーは槍でその大剣を受け止めている。

 

「え、ええ。なんとかね」

 

 凛はここまでの状況に速すぎて、今ようやく殺されそうになったと実感した。

 

(なによ、今の速さ…! 想像してたけど、速すぎる…!)

 

「ハァッ!!」

 

 ランサーは槍を握り直し、そのまま力任せに足を踏み抜き、バーサーカーをぐんと前へ押し返す。

 

「…! ■■■ーーー」

 

「へー。バーサーカーを力ずくで押し返すなんて。やっぱり強いね。それとも……!」

 

 そこのマスターがすごいのかな、と言いかけて止まる。イリヤスフィールは何故か士郎を見て固まっている。目を見開いて。

 何故急に固まったのかと凛達が思っていると、

 

「っ! バーサーカー!! 命じるわ、あの子を絶対殺してっ!!」

 

「■■…! ■■■■■■■■■ーーーーー!!!」

 

 イリヤスフィールは突然焦ったように命じる。命じられたバーサーカーは一瞬戸惑いを見せたが、雄叫びをあげて士郎の方へと行こうとする。しかし、

 

「行かせません!!」

 

 そこへランサーが前に立つ。そして、

 

「■■■■■ーーーーー!」

 

 どこからともなく矢が飛んできて、バーサーカーに被弾したのと同時に爆発する。

 

「! アーチャー…!」

 

 矢を飛ばしたのは無論のことアーチャー。彼はもうビルの屋上で弓に矢を番えていた。

 

「ふむ。予想通り、奴にこの程度では傷一つつけられんか」

 

 アーチャーが言う通り、バーサーカーはまるで傷ついていない。そして、バーサーカーはお構いなしに士郎へ突っ込もうとする。

 しかし、何も邪魔をしているのはアーチャー一人ではない。バーサーカーと同じくらい規格外のランサーもいるのだ。故に、バーサーカーは突破できず、その槍に阻まれる。

 

「貴様の相手は私がしよう。来るがいい!!」

 

「■■■■■■ーーーーー!!!」

 

 一対一。今まさに規格外同士の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の戦いは最早神話そのもの、いや、もしかしたらそれすら越えているかもしれない。そんな戦いだ。

 バーサーカーはでたらめに大剣を振り回し、ランサーは一撃一撃を見切り、受け流す。士郎はこの戦いを見てわかったことがある、あのセイバーとの戦いで、まだランサーは全力を出していなかったことに。

 十合二十合、一瞬一瞬が過ぎる度に増えていく剣戟。両者の武器が振るわれる度に地面は抉れ、側にあった電柱は折れていく。

 バーサーカーの剣術は覚えたての子供のような腕ではあるが、体術は一つ一つの動きに無駄が無いとても狂戦士とは思えない動きだった。それ故に、剣術がなくとも振るうだけで破壊力が凄まじい。

 そして、ランサーもセイバーと戦っていた時よりも速く鋭い突きが繰り出される。その一回の突きに見えるそれは三回以上も連続して出しおり、凄まじい俊敏性で動き回る。

 最早、これが今回の聖杯戦争最終決戦では無いのか、と錯覚してしまいそうな最強クラスの戦い。凛は目に止まらない速さで目まぐるしく戦っている二人が信じられないでいた。今より昔、神話の時代に本当にこんな英雄がいたのかと。

 

(凄まじいな。これほどの戦いはサーヴァントでもできるものは限られているだろう。最早、サーヴァントの中でも規格外の戦いだ。

 全く、これではもう私が出ることはかなわないな)

 

 アーチャーはさすがサーヴァントと言うだけあって辛うじて、遠くからでも二人の状況が視えていた。そして、今の所ランサーが圧倒していることもわかる。

 

「ウソでしょ…!? なんで…! なんでバーサーカーが押されているの!?」

 

 また、イリヤスフィールもバーサーカーが劣勢であることに気づいていた。

 バーサーカーは確かに腕力、技術それらはランサーを上回り、他も優れている。しかし、ランサーは速さがバーサーカーを完全に上回っている。

 速さだけではあるが、戦闘で速さは全ての状況に於いて重要なステータスだ。攻撃、防御も自身の速さに依存する場合が多く、それによってかなり戦況が左右される。

 ランサーにとってみれば、バーサーカーはまだ遅い。更にいうなら、ランサーは平均的な身長でみれば女性の中でも大きい方であるが、バーサーカーは二メートルを超す大男。つまり自分より小柄なランサーに素早く動かれては攻撃も防御もままならないのだ。

 一応、バーサーカーには確かに最強たらしめる先ほどのアーチャーの矢を耐えきった防御系、蘇生系の宝具があるが、ランサーの槍はその金剛不壊の身体をも貫く。

 

「くっ…! バーサーカー! 令呪をもって命ずるわ! 必ず勝ちなさい!」

 

 仕方なく、イリヤスフィールは令呪を使う。イリヤスフィールが令呪を使うと、身体に一瞬であるが令呪の模様が浮き上がった。

 

「■■■…! ■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」

 

「くっ…!」

 

 令呪により強化され、鍔迫り合いになっていたバーサーカーはランサーを一振りで弾き飛ばす。そして、ランサーと同じくらいの速さになったバーサーカーは反撃を開始する。

 

「くっ…! あっ!」

 

「■■■■■■ーーーー!」

 

 同じ速さになられたランサーはもう圧倒できないと、攻勢だった状態から防御の構えをとる。

 

「令呪を使われたか…! アーチャー、サポートできる?」

 

「難しいな。あれは最早神霊同士の戦いに準ずる。私のような下級英霊ではとてもじゃないが、手助けもままならん」

 

 念話でアーチャーにサポートを頼んだところ、それは無理だと言われ凛は唇を噛む。確かにそうだ、下手にこの戦いに手を出せばこちらが不利になるのは目に見えている。

 それでも、強化されたバーサーカーを倒すにはランサーと後もう一つなければ倒せない。故に、仕方なくと凛は士郎を見る。

 

「ねえ、士郎くん」

 

「! りん?」

 

 凛はランサーが不利になっているのを見て顔が青ざめてきている士郎の両肩をがっしりと掴んで、こちらを振り向かせる。

 

「いい? 今から君に頼みたいことがあるの」

 

「たっ、頼みたい、こと…?」

 

「ええ。それはね、令呪を使うことよ」

 

 バーサーカーに勝つため、凜は士郎に令呪を使わせようと言うのだ。目には目を牙には牙を、令呪で強化された英霊には同じく令呪で強化された英霊を、ということだ。

 

「えっ、でもどうすれば…」

 

 だが、知っての通り士郎には令呪の使い方がわからない。

 不安に言う士郎に凜は大丈夫だと言う。

 

「令呪の使い方は簡単、念じるのよ。そして、ランサーにお願いするのよ。勝って、って」

 

 言われた士郎はランサーの方を見る。今ランサーはまだ完全に劣勢では無いが、少しづつ押されていっている。このままではやられるのも時間の問題だろう。

 それを見て、士郎は使うことを決心する。失いたくはないから、かつての切嗣のように衰弱していくのをただ黙って見ているのが、なにもできずに失っていくのがもう嫌なのだ。

 ランサーとはまだ会ってから一日しか経ってない。だが、それだけでも優しくしてくれたランサーは士郎にとってもう家族のようなものだった。だから、士郎は願う。

 

「念じて、お願い…! ―っ! 勝って、ランサー!!」

 

 そう叫んだ瞬間、士郎の手の甲にあった令呪の一画が弾けるように消える。そして、

 

「…! ハァァァッ…! ハァッ!!」

 

 押され気味であったランサーは溜め込むように槍に力を入れ、突撃してきたバーサーカーに向けて一気に解放する。すると、一気に解放され巻き起こった風圧と共にバーサーカーの巨体が宙高く飛ばされる。

 

「バーサーカー!」

 

 イリヤスフィールが叫ぶ。

 バーサーカーはそのまま落下するが、大して怪我はない。そのため、バーサーカーは態勢を瞬時に戻しまた突撃し、ランサーも構える。

 

「■■■■■■■ーーーーー!!」

 

「ハアアアァァァァッ!」

 

 令呪で強化された二人の戦いはますます苛烈を極める。このままでは決着が着く前にこの街一帯が崩壊してしまいそうだ。

 

「くっ…! 早く決着付けなさいよねっ!」

 

 そして、無論のこと側にいる凛達は一番被害を被ることになる。

 凛は士郎と自身を守るため、十数年間ずっと魔力を込めた宝石を使って自分たちの周りに結界を敷き外からくる風圧や瓦礫から身を守る。

 

「ランサー…」

 

 そして、凛に守られている士郎は心配そうにランサーを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。と、ここでランサーのステータスを公開!

クラス:ランサー
マスター:衛宮 士郎(見た目カプさばシロウ)
筋力:A+
耐久:A++
俊敏:EX
魔力:B
幸運:A+
宝具:A++

宝具

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

ランク:A++
種別:対城宝具

ロンゴミニアド。聖槍。星を繋ぎ止める嵐の錨。
真実の姿は、世界の表皮を繋ぎとめる塔であるという。真名解放時にはランクと種別が変化する。
十三の拘束によってその本来の力を制限されてなお、星の輝きをたたえて輝く、最果ての柱───。
聖槍ロンゴミニアドは、世界の表層を繋ぎとめる「光の柱」を本体とする。「世界を救う星の聖剣」と同等のプロセスを有する十三拘束の存在によって、かろうじて宝具としての体を成している状態。 (pixivから抜粋)
ちなみに、槍の見た目としては馬上槍に近い。

さて、では皆様、次回でまたお会いしましょう。後、感想はなるべく返事は書きますが、あまりにも忙しかったりしたら返せない可能性もあるのでご容赦を。


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第四夜-魔術鍛錬-

よーし。今回も一週間で投稿。さて、今回もまた士郎の中にあるものが少し見えてきたんじゃないかなと思います。




 士郎と凛達は教会で言峰 綺礼に聖杯戦争に参加意思を表明した。だが、その帰りの途中、士郎達はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと名乗る白髪赤目の少女とそのサーヴァントバーサーカーに襲われた。士郎と凛は反射的に一時的な共闘をとり、ランサーがピンチになりかけたところ、士郎の令呪でどうにか乗り越えた。

 ランサーとバーサーカーの戦いはまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人はなおも戦い続ける。

 徐々に激しさが増す一方の戦いは辺り一帯を粉砕していき瓦礫に変えていく。だが、未だ決着がつきそうにない。

 

「あーもう!! これ周辺の人達とか大丈夫でしょうね!?」

 

 今凛は士郎を脇に抱え、自身に肉体強化の魔術をかけて奔走していた。何故凛が奔走しているのか、それはランサー達の戦いが過激すぎるからだ。結界だけでは被害が防ぎきれず、逃げ惑うことにしたのだ。

 今、戦いはランサーが優勢に戻りつつあり、バーサーカーは徐々に後退を余儀なくされる。

 

「…狂化されていながらここまで卓越した技能、貴方は本来であれば勇猛な戦士だったのでしょう。できれば、狂化されていない貴方と戦いたかった」

 

 場所を移動しつつ、ランサーはバーサーカーの能力を称賛した後、徐々にバーサーカーを追い詰めていく。バーサーカーは自分が追い詰められていっていることに気づいたのか慎重に動くようになってきた。

 

「■■■■ーーー」

 

 ずっしりと、重く槍を構えているランサーにバーサーカーは少しづつ横に移動しながら突撃する機会を伺う。

 

(…このままいけば、宝具で倒せるか…)

 

 ランサーは素早く開帳できるよう槍に少しだけ魔力を溜めておく。そして、

 

「■■■■■■■ーーーーー!!」

 

 バーサーカーが腰を沈めて脚に力を込め、地面を蹴ろうとした――その時、

 

「――戻りなさい! バーサーカー!」

 

 急にイリヤスフィールがバーサーカーを止める。ランサー達は何故急に止めたのか、構えを解かず、様子を見ていると、イリヤスフィールは自身の後ろへとバーサーカーに命令して下げる。

 

「もうつまらないから、今回はここまでにしておくわ。けど、覚えてなさい…! そして、貴方は絶対に殺すから…!」

 

 捨て台詞のように凛に抱えられている士郎に向けて言い放ったイリヤスフィールはバーサーカーの大きな肩にその小さな身を乗せて、去っていく。

 

「…勝ったってことでいいのかしら」

 

 凄まじい速度で状況が変わっていったために凛は少しついていけなくなっていたが、イリヤスフィールが去って行ったのを見て危険が無くなったことはどうにか理解できた。

 

「どうだろうな。勝ちとも言えなくもないが、奥の手の宝具も見せず一方的に勝ち逃げされたような気もするな。まあしかし、捨て台詞なんぞ吐いていった辺り敗けを認めたようなものだろう」

 

 凜の質問に戻って来たアーチャーが応える。それを「そう」と凜は大して勝ったという気にはなれないのか曖昧な返事をする。

 

「っ! ランサー!」

 

「ちょ、おわっ!」

 

 ずっと凜に捕まっていた士郎は凛の腕から無理やり脱出してランサーの方へ駆け寄る。

 

「大丈夫だったか!? 怪我はないか!?」

 

 士郎はランサーの事が心底心配だったのか、今にも泣きはらしそうな顔でランサーに声をかける。

 

「ええ。この通り、私は大丈夫です。それより、シロウこそご無事でしたか?」

 

「あ、ああ。おれは大丈夫」

 

 ランサーは鎧を消して「ああ、それは良かったです」と目線を士郎の高さに合わせて士郎に付いた汚れを払ってあげる。

 士郎が急にランサーの顔が間近に迫って恥ずかしく思っていると、側に凜が寄ってくる。

 

「とりあえず、一応の危険は去ってくれたようね」

 

「ええ。…それにしても、とても強かったです、あのバーサーカーは」

 

 バーサーカーの一撃を防いだ時の感触がまだ残っているのか手のひらを見る。

 

「貴女がそれ言ったら、もう私の勝機はほとんど無いわね」

 

「――む。それはどういうことかね? 凜」

 

 凜の言葉が癪に障ったのかアーチャーは不満そうな顔になる。

 

「別にあんたを貶しているんじゃないわよ。ただ、正直自分に自信が無くなってきてね」

 

 凜が言いたいことはつまり、今まで自分が一流の魔術師と自負していて、それをこの聖杯戦争で確かなものにしようと頑張っていた。だが、こうして聖杯戦争が始まって間もないうちに自分より優れたマスターを二人も見つけた。それも、どちらも自分より年下だ。

 そして、極め付きに二人はどちらも規格外のサーヴァントを引き連れている。こんな状況誰だって自信を無くしても文句が言えない。

 ちなみに、凜と士郎は知るよしもなかったが、イリヤスフィールは凜より年上である。

 

「…………」

 

 アーチャーはそれを聞いて何も言えなくなる。アーチャー自身、あの二人の戦いを見て思っていたのだ。どう足掻いてもあの二人の内どちらか一人でも自分だけで敵う筈がないと。

 

「…なあ、りん」

 

 二人の沈黙が居たたまれなくなったのか士郎は凜に話しかける。

 

「…なに」

 

 凜は知らず知らず声に妬みに近い怒りがこもってしまっているが、士郎はそんなことに気づかずに笑ってこう言う。

 

「おれたちさ、協力しねえか?」

 

「――え」

 

 いきなり言い出したことに凜は唖然とする。今士郎は共闘しようと言ったのだ。

 何故、士郎がこんなことを言い出したのか。確かに士郎は魔術など全く使えないが、その代わり-と言えるかわからないが-莫大な魔力を持っている。そして、その士郎のバックアップを受けている大英雄と思われる英霊もいる。もうこれだけでこの聖杯戦争に勝つための布石は揃っているのだ。これ以上は必要無い筈だ。もし、他に考えれることがあるとするなら、それは弱い人を誘い込み、最後に倒すというくらいだが、この士郎がそこまで考えてはいなさそうだ。

 デメリットがあるわけではないがメリットもない。それなのに、士郎は凜に協力を申し出てきた。いくら幼くともあの戦いを見て凜と組んでも意味が無いのは判っているはずだ。何故なのか、凜は疑問に思っていると、

 

「おれはさ、さっきの戦いで思っていたんだ。ランサーに守られてばっかりなのは嫌だって。けど、おれには何もできないし戦えない。だから、凛に教えて欲しいんだ。魔術を」

 

「シロウ…」

 

 士郎は護られてばかりなのが気にくわないといった風であった。ランサーは感心できるところがあったのか嬉しそうだ。

 凛はその言葉に心底驚く。本来、マスターはサーヴァントに護られて当然だ。サーヴァント相手には同じくサーヴァントでなければ相手ができないからだ。守られるだけが嫌だという魔術師など見たことがない。だというのに、士郎は嫌がった。

 こんなにも幼い子供がそんなことを言ったとしても、それはただ現実を受け入れていない未熟者としか言われないだろう。だが、士郎はもう既に二回も死にかけ、こうして人間の手には有り余る戦いを見せつけられた。それだけで、士郎はもうこの戦争がどれ程危険なものか文字通り身をもって知った。故に、士郎は決して蛮勇でこのような事を言っているのではないと判る。

 

(…この子はいずれ世界を変えそうね。文字通り)

 

 そして、凛は思った。この子は魔術師として大成しないだろうなと。これだけの魔力を持ってそれはとても残念なことではあるが、同時に嬉しく思えた。この子も自分と同じくらい、いや自分よりも甘いのかもしれないと思ったのだ。そして、もしそうなのであれば、自分がこの子を見守っていないと危険なことになりそうだとも思えた。

 

(見るからにやんちゃ坊主だものね)

 

 凛は士郎の頰にある火傷跡にもとれない小さな傷跡を見て微笑む。こんな正義感がある子供だ。よくいじめっ子なんかを退治したりしていたのだろう。

 

「判ったわ。それじゃ、協力しよっか。これからビシバシ鍛えるから覚悟しなさいよ」

 

「イテッ」

 

 そう言って士郎の額を指で小突く。士郎は小突かれてふてくされた顔になるが、凛に笑顔が出たのが嬉しいのか士郎も嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

(……良い笑顔だ。これは、私もうかうかしていられないな)

 

 アーチャーは凛に笑顔が宿ったのを見て、自分も頑張らなければと思う。かつて、彼女に約束した通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからというものの、士郎達は何事もなく平穏無事に衛宮邸に帰ってきていた。

 

「…なんでりんまで来たんだ?」

 

 ただ、帰ってきたのは士郎とランサーだけではなく、何故か凛とアーチャーも同伴していた。

 

「ん? なんでって、そりゃ協力関係になるんだから、これからは士郎の家に寝泊まりするのよ」

 

「…え」

 

 凛の言葉が衝撃的で士郎は固まる。この魔術師は突拍子も無く急にここに住むと言ってきたのだ。これが衝撃的でなくてなんだというのか。

 だが、士郎は別にいいかと思った。この屋敷は旅館並の広さがある。桜や大河が来てくれてはいるが、基本的に一人暮らしだ。だから、こうして住人が増えたのは素直に喜ばしい。

 

「それじゃ、私の部屋は昨日寝た場所でいいわね?」

 

 士郎は「うん」と返事をすれば、凜は昨日寝た部屋に向かいながらアーチャーに自分の家から残りの着替えと荷物を持ってきてと頼む。「了解した」とアーチャーが出て言ったのを見た士郎は、居間の座布団に座って少し休むことにする。

 

「…なんだか、本当に増えた気がするなあ」

 

 これが聖杯戦争の間だけということは分かっている。故に聖杯戦争自体は嫌でも、この状況には感謝しようと士郎は思う。いくら慣れて来たとはいえ、やはり一人暮らしは寂しいからだ。

 と、聖杯戦争の事を考えていたら綺礼が言っていた事を思い出した。帰り際、綺礼は士郎だけに聞こえるようこう言った。

 

『――――喜べ少年。君の望みはようやく叶う』

 

(…あの言葉の意味はなんとなく分かった気がする。きっとあいつはおれのことを見抜いていたんだ。おれがジイさんと同じ正義の味方になりたいって思っていることが)

 

 綺礼は切嗣の事を知っていた。ならば、その子供が親の真似をしていてもおかしくない。だから、綺礼は願いが叶うと言ったのだ。

 何故士郎の願いが叶うのか、それはこの聖杯戦争が悪であるからだ。欲望のままに聖杯を求めて争い、他者が傷つくことを厭わない、まさに正義の味方として活動できる絶好のチャンスといえよう。

 だが、それはおかしい気がする。何故なら、それではまるで悪を求めているようではないか。正義の味方が悪を求めるなど本末転倒だ。だが、悪がなければ正義もまた名乗ることはできない。正義と悪は正反対であるが、どちらも欠けては成り立たないのだ。だからこそ、士郎は苦悩する。どうすれば正義の味方になれるのかと。

 

(まあ、考えるだけムダかな)

 

 結局は哲学、いくら答を出そうとしても出ないものだ。それに、深く考えるほど、正義の味方からかけ離れそうである。だから、深くは考えず自分が目指すヒーローになれさいすればそれでいいのだ。

 

(よし。お風呂に入ろ)

 

 とりあえず、昨日から入ってない風呂に入ってサッパリしようと座布団から立ち上がる。すると、

 

「シロウ、どこに行かれるのですか?」

 

「あ、ランサー。お風呂に入ろうって思ってね」

 

 ずっと士郎の側にいたランサーが話しかける。

 

「お風呂ですか。でしたら私も一緒に入ります」

 

「うん、わかっ…た…」

 

 衝撃的なこと本日二回目。凛より衝撃的と思われることをランサーは言った。

 

「え、ランサー今なんて」

 

「? ですから私も入ると」

 

 聞き間違いではないようだ。

 よもや説明など不要。ランサーと一緒にお風呂なんて考えただけで一気に逆上せそうだ。その上、あのランサーのことだ、湯船に浸かっている間は士郎を抱きしめようとするに違いない。ただでさえ服の上からでも辛いのだ、それが直になるともう耐えきれる筈がない。

 

「だ、ダメに決まっているだろう!?」

 

「? ですが、先ほどシロウは良いと」

 

「いや、間違って言っちゃったの! とにかくダメ! 絶対に!」

 

 顔を赤くして腕でバツの文字を作りダメだというが、それに何故かランサーは怒ったように眉間に緩くシワを寄せる。

 

「何故ですかシロウ。私はサーヴァント、マスターを守護する者です。ならば、如何なる時もマスターの側で守らなければいけないのです! それを拒まれては困ります!」

 

「困るのはこっちだー! それにそれは"キベン"…でいいんだっけ? とにかくそれだからダメだ!」

 

 騒がしく口論をしている大人の外国人女性と幼い日本人少年。なんとも奇妙な光景である。

 

「ええい! 尚も引き下がりませんか! なら、マスターにこのようなことはしたくありませんが、強行手段です!」

 

「! なにをするつも、うわぁ!」

 

 強行手段と言って行ったのは、士郎を持ち上げたことである。もう何度目であろうか、持ち上げられるのは。

 

「さ、行きますよ、シロウ。お風呂場はどこですか」

 

「うわっ、ちょ、離せー!」

 

 体格差でも断然勝るランサーに持ち上げられてがっしり抱きしめられては最早身動きが取れない。それでもと士郎が抵抗していると、「ちょっと〜、なに騒いでんのよ」と凛が部屋から出て角から顔を覗かせる。すると、外国人女性が日本人少年を攫っている光景が見えた。

 

「…ナニやってんの、アンタら」

 

 その後、士郎とランサーから事情を聞いた凛は頭を押さえて、「士郎が正しい」とランサーから士郎を解放する。士郎はよかったと安堵してようやく風呂場へと向かう。そして、残ったランサーは「何故ですか! 凛!」と尚も抗議するが、

 

「あのねぇ、いくら幼くたって男と風呂なんて駄目に決まってるでしょうが。少しは意識しなさいよね」

 

「? 意識するとはなんのことでしょうか。私は判ってやっていますが」

 

「…え? 今貴女なんて?」

 

 今ランサーがとんでもないことを言ったような気がした凛はもう一度聞こうとするが、

 

「持ってきたぞ。凛」

 

 先ほど出て行ったアーチャーが玄関を開けて荷物を抱え戻ってきた。

 

「あ、うん。ありがとう」

 

「…仕方ありません。私はすぐに動けるよう待機しています」

 

 ランサーは話はここまでと言うようにスタスタと奥へ行く。アーチャーから荷物を受け取った凛は「あ、ちょっと」と、ランサーを引き止めたかったが、それはかなわずランサーは角を曲がって見えなくなる。

 

「…彼女がどうかしたのかね?」

 

 アーチャーが凛に聞くが、凛は「ああ、なんでもない」とどこか心が抜けたような返事をしてこの話を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。士郎は目覚めると、身動きがとれないでいた。その原因は、

 

「…ランサー、朝だよ」

 

 昨日寝る際に、ランサーは士郎の護衛と言って当然のように士郎の布団に入り込んできた。無論、士郎はダメだと言ったが、どう言ってもランサーは引く気がない。頼みの綱である凜も、「もうあんたらで勝手にやってなさい」と、めんどくさいのか疲れたのか、ぐったりした様子で士郎を助ける気は無いようであった。

 それから、しばらくランサーとの口論-という名の意地の張り合い-が続き、ついに士郎が折れて仕方なく添い寝を許したのだった。それにランサーは勝ち誇った顔をしていた。実に大人げないランサーである。

 そして、いざ寝てみると当然と言おうか、ランサーの胸が惜しげもなく当たるわけで、士郎はずっと緊張したままでなかなか寝付けずにいた。だというのに、当のランサーは何故か、眠る必要が無いはずなのに士郎より先に寝ていたのだった。

 

「――ん、んん。朝ですか。おはようございます、シロウ」

 

「うん、おはよう」

 

 終いには、士郎よりも遅く起きるという。本当にサーヴァント(従者)なのか疑問に思ってしまう。

 

「とにかくランサー、そろそろ離して」

 

 ずっと抱きしめたままの状態からいい加減解放されたいのか、もぞもぞと動く。

 

「あ、はい」

 

 ようやく解放された士郎は布団から出て体を伸ばす。少し昨日の疲れが残っているようで、体が少しばかり怠く感じた。

 

「ふう。よし、朝ごはん作ろうっと」

 

 時間を確認したらいつもより早く起きてしまっていた。ランサーに抱きつかれていたからだろう。

 士郎は一度顔を叩いて眠そうな顔を幾分か目覚めさせる。そうしたら、朝食を作りに居間へ向かい、ランサーも士郎の後をついて行く。

 ちなみに今日は土曜日、休日である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。調理開始だ」

 

 居間に着いた士郎は、歩いている間に目が完全に覚めたのでエプロンを着けてキッチンに脚立の上に立つ。ランサーは座って朝食を待っていた。

 

「…………」

 

「………なんか、やりずらいな」

 

 士郎が料理している間、ランサーからずっと視線が突き刺さっていた。サーヴァントに食事は必要ないはずなのだが、士郎の料理に期待しているような眼差しだった。

 

「ふぁ〜あぁ。おはよ…」

 

「あっ、おはよう、り…ん…?」

 

 と士郎がラストスパートというところで凛が居間に来る。

 なのだが、様子がおかしい、昨日のようにキリッとした優等生然の雰囲気が微塵も感じられず、整っていたはずの髪も寝癖が数カ所跳ねている。

 

「…どうしたの、りん?」

 

 そのままふらふら~と歩いている姿はさながら足のある幽霊だ。

 士郎の質問に凜は「ああ」と言って全然目覚めていない目を向ける。

 

「私朝に弱いのよ。いつものことだから気にしないで」

 

 そうは言うが、あまりにも昨日と違うので嫌でも気にしてしまう。

 

「そ、そっか。あっ、そういえばりんって何か朝ごはんのリクエストとかってある? もう大分作っちゃったけど」

 

「ん? あ~、特に無いわ。そんなに朝は食べるほうじゃないし、って士郎って料理できたんだ」

 

「あーうん。昨日は作ってもらっててゴメンな」

 

 昨日、士郎達の昼食と夕食を作ったのは凜だった。その時士郎はランサーに捕まったままだったので作ろうにも作れず、凛もまさか士郎が料理なんてできると思っていなかったのだ。

 

「別にそんなこと気にしなくていいわよ~。それじゃ顔、洗ってくるから」

 

「うん。あ、場所は」

 

「昨日も使ったから判るわ~」

 

 と、ふらふらとしっかりとはしてない足取りで玄関に近い洗面所まで歩いていく。

 士郎はなんで知ってるんだ、と疑問に思ったが、思えば既に一昨日から泊まっていたのだからその時に探したのだろう。

 

「さて、りんも起きてきたことだし、後はさくらねえちゃんやふじねえちゃんもすぐに来るだろうし、早くしないと」

 

 桜はともかく、大河は大食らいな上に、早くー早くーと餌を求める雛鳥のようにうるさいのでせっせと作る士郎。その姿は、将来主夫になれるのではと思える程様になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は部活に行って来るから、いい子にしていてね、士郎くん。遠坂先輩に迷惑をかけたらメッですよ」

 

「いい子にしているんだぞー、士郎。さもないとこの私の竹刀が火を吹くぜ!」

 

「うん、わかっているよ、さくらねえちゃん。部活頑張ってね」

 

「…あれ、桜ちゃんだけ? 私は? ねえ、士郎。私は?」

 

 士郎が料理を作り終わった後、案の定桜と大河がやってきた。桜は士郎が早起きをしていることを褒めた後、士郎が作った朝食をテーブルを士郎、桜、凛、大河、ランサーの五人で囲んで-大河だけが-騒々しく食べていた。さながらその風景は士郎を除けば女子寮の食卓のようである。何故、当然の様にランサーまで入っているのだろうかは今更なので置いておこう。

 そして、食べ終わった後は士郎と桜が後片付けをして、桜は部活、大河は弓道部の顧問なので桜と同じく部活に行く準備をした。

 

「それでは、遠坂先輩。士郎くんをよろしくお願いします」

 

「ランサーさんも士郎のことお願いしますね。士郎ってば本当、なにをしでかすかわからないですから」

 

「む。それどういう意味だよ」

 

 頰を膨らましてジト目で抗議の目を大河に向ける。

 

「ええ、シロウのことは任せてください。私が見守っていますので」

 

「…はい。どうか士郎をよろしくお願いします」

 

 丁寧にお辞儀をする姿は普段どれだけ粗暴で雑多でも大人としての気品が感じた。士郎は珍しく大河が礼儀正しくなっているのを見て訝しむ。

 

「…どうしたんだろう、ふじねえちゃん」

 

 士郎の呟きは誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、私達たちだけになったし、今後について話すわよ」

 

 桜達を見送った後、士郎、凛、ランサー、アーチャーだけとなった居間でテーブルを囲み話し合っていた。凜はもう既に私服に着替え普段の凜とした、名前と同じ雰囲気に戻っている。

 

「まず、聖杯戦争についてはこのままでいくわ。戦力は申し分無いんだし」

 

「ええ。今度会ったら、必ずバーサーカーを仕留めてみせます」

 

 ランサーは昨日のことを思い出しながら、気合は十分と言うように握りこぶしを見せて意思表示をする。

 

「うんうん。それじゃ、後は士郎の魔術だけね」

 

「うん」

 

 聖杯戦争はこのままイレギュラーがなければ順風満帆といった風であった。つまり、今できることは士郎の魔術鍛錬のみである。

 

「それじゃ、早速基礎から教えるわねって言いたいけど、ちょっと場所を変えましょうか。ここじゃ家が壊れちゃいそうだしね」

 

 そう言って立ち上がった凛に続き士郎とランサーも立ち上がって居間から出て行く。

 

(…本当に順調だろうか。もし、この世界にも奴がいたら…いや、万が一そうなったとしたら私が相手をすればいいだけか。奴とは私の方が相性が良いからな)

 

 アーチャーは居間から出て行く士郎達を見てそう思っていた。だが、これもまた士郎達を成長させるための壁となるだろうと敢えてそれは言わないつもりらしい。それが後にどう結果を残すかはまだ判らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どういうことよ、これ。私が悪いの?」

 

「…ごめん」

 

 凛達は万が一を考えて土蔵の方に移動して、乱雑したガラクタを全て撤去した後、早速魔術の鍛錬が始まった。のだが、そこで一つ問題があった。

 それは士郎の魔術適性であった。人にはそれぞれ魔術を鍛錬するにあたって自分の属性を把握しなければいけない。その属性とはゲームなどによくある火属性や水属性などと同じだと思っていい。なのだが、士郎には基本的な四大属性、五大属性には当てはまらず、どの属性なのかわからないでいた。

 それでも、これだけの魔力があるなら自分に合ってなくともできるかもしれないと凛は考え早速実行したが、結果ダメであった。ただ、基礎的なことは時間をかければある程度できたので良かったとしよう。

 その後、物を強化する魔術を試しにと教えてみれば、これは思いの外上手くいった。だが、強化の魔術は効率が悪い魔術なので、これ以上は教えようがなく、そのほかにも、色々魔術を使わせてみれば、投影魔術も割と上手くいった。しかし、これは凛も驚いたのと、どう教えれば良いのかと頭がパンクしそうになっていた。

 

「シロウ…」

 

(…もしや、とは思ったが、やはりこういう結果になったか)

 

 そんな二人をランサーは危なっかしい弟でも見る姉のように心配し、アーチャーは何故だか納得といった顔をしていた。

 

「う〜ん。どうすれば良いのかしらこれ。なんで基本的なことはできて、いざ高度なものになると投影魔術しかできないのかしら。それも、普通の投影魔術とは一線を引くわよあれ」

 

 凛が何やらブツブツと悩んでいるようだ。士郎はその側で近くにある自分の魔術で産まれたガラクタを手に取る。

 中身は空っぽの出来としては悪過ぎる模造品だ。それをなんとなく剣を握るように持って構える。すると少し思い出したことがあった。

 それは、あの剣士に襲われた時のこと。あの剣士には今も尚恐怖心が湧いてくるが、そんなことより、あの剣士が持っていた大剣、あれは素人目からしても超が付くほどの名剣と言える。それほど研ぎ澄まされた剣であり、あの時月の光に反射していた様は美しく、自分が今持っている物が細い木の枝同然に感じてしまう。そして、恐怖に晒され極限状態の中だったあの時でさえ、あの剣には憧れのようなものが感じた。

 だからこそ、士郎はガラクタを一旦置き、何も持ってない状態で剣を構えるような態勢をとる。そして、目を瞑って思い浮かべるはあの剣。

 

「…っ!」

 

 少しだけ腕に痛みが奔ったと同時に、自分の中にある何か(・・)がその想像した物を型取り、気づけば手に物凄い重みのある物が握らていた。

 

「うわぁ!」

 

 士郎はその重量に耐えれず地面にその先端を落とす。すると、さっきから士郎に背中を向けていた凛は唐突に何か大きな物が落ちた音が聞こえ驚いて振り向くと、そこには見覚えのある大剣を握っていた士郎がいた。

 

「え…うそ、でしょ。それって…!」

 

 凛は信じられないものでも見ているのかと思った。士郎が握っているのは紛れも無いあのサーヴァント、セイバーが持っていた大剣、セイバーが一瞬だけ真名解放した魔剣『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』。

 

「…! あれは」

 

「なっ…! 馬鹿な…!」

 

 ランサーはその剣があの時の剣と同じものであることに気づき、アーチャーは凛同様驚愕しているが、それは別の理由だった。

 

(ありえん…! まだ投影魔術を習って数時間も経ってないぞ…! それでそこらに有るただの剣なら未だしも、いきなり宝具の投影に成功しただと…!? それに、あれは完璧では無いが、七割は完全に投影できている。これは一体…!)

 

 アーチャーは士郎の魔術について何か知っているようである。

 

(…あーもう、何が何だか判らなくなってきた。とにかく、この子は危ないわ。もし、他の魔術師がこれに気づいたら攫われてホルマリン漬けにされるわね、絶対)

 

 それだけ今士郎がやったことはとんでもないことである。故に、凛は方向転換する。今から士郎に教えるのは魔術というより、魔力の操作を教えることにした。ダダ漏れの魔力を少しでも抑えて他の魔術師に気づかれにくいようにするためだ。

 

(…この子、もしかしたら魔法使いになれるかもしれないわね)

 

 ふと、凛はその様な事を思う。魔法使いになること、それは即ちこの世にたったの五人しかいない偉大な存在になるということだ。

 魔法使いと魔術師は区別されている。魔法使いは魔術師の高位な存在であり、魔法とは現代の文明では不可能な事を可能とするものを言う。まさに、今士郎は投影魔術で古代の神秘を完全再現しようとしていた。それに完全ではないものの、まだ伸び代はありそうである。

 

(だとしたら、なおさらこの子をしっかりと鍛えなきゃ)

 

 ただ、そうなれば士郎は魔術協会という魔術の研究をしている魔術師の憧れの組織に封印指定され、一生涯追われる身となる。魔術協会はこの様な希少な魔法に近い魔術を扱う魔術師を保護しようと名目上はそう言っているが、実際はホルマリン漬けにして標本の様に飾られるという非道極まりない事になるだけで、そんなことになってしまえば、人生を奈落の底に落とされるも同然。助かることはほぼ皆無だ。

 

「…士郎、これから教える事をよーく聞く様にね」

 

「え? う、うん」

 

 突然肩を掴まれそんな事を言われた士郎は訳がわからないといった風だ。もともと強くなるため凛の話は一切聴きこぼしが無い様にと決めていたらだ。

 

「よし。それじゃ、続けるわよ」

 

 凛が気合を入れて教えている傍、アーチャーはどこか訝しげな表情で士郎を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで、さてさて、どうでしたか士郎の魔術は?この士郎なら本当に魔法使いになれるんじゃないかと自分は思っています。それにしても、士郎の投影魔術って本当に使えたら便利だよね。
それから、前回の回でランサーのステ公開しましたが、スキルを公開してませんでした、すみません。ですが、クラススキル、保有スキル共に変化はありません。
それでは、また次回まで。

P.S …大河まさかのサーヴァントに唖然


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第五夜-不穏な囁き-

いや〜、ついに一週間投稿できなかった。待ってくださった方、もしいたら申し訳ありません。
最近は学校やFGOが忙しかったもので。言い訳ですが誠に申し訳ありません。


 あれから、士郎は凛の教えの元、魔術を習い様々な物を投影させて練度を上げ、それに強化の魔術も織り込み投影した物を実際に扱える様実践も兼ねて訓練もした。その結果、

 

「うっ、いつつ。う、動けない…」

 

「大丈夫ですか? シロウ」

 

 次の日には酷い全身筋肉痛になり布団の上から動けないでいた。今日は日曜日であるため、学校に行かなくても良かったのが幸いだ。

 

「…ごめんなさい。少しやり過ぎたわね」

 

 そして、筋肉痛の要因である凛は、士郎が凜に体を鍛えてもらい筋肉痛になったと、魔術の事は伏せて知った桜と大河に叱られた。一応、士郎が望んでやった事であるのでそこまで咎められることはなかったが、二人の怒りの剣幕は割と恐ろしかった、と凛は語る。

 

「全く。幾ら何でも初日から実践など早すぎるだろう、何を焦っているんだ凛」

 

「うっ、しょ、しょうがないでしょ。早く身に付けてもらわないと士郎が危険な目に遭うかもしれないんだから」

 

 アーチャーが凛を戒めるが、凛はそっぽを向いて仕方ないと言う。だが、その表情には罪悪感がきちんとある。

 

「はあ、そうか。それならいいが。それはそうと、凛」

 

「なに?」

 

「少し、あの小僧の特訓、私に任せてはくれないだろうか」

 

 ため息を吐きつつ、凜の表情を伺ったアーチャーが言ったことに凛は驚いて一瞬目を見開く。

 

「任せてくれないかって、あんたが士郎を鍛えるっていうの?」

 

「ああ。そうだと言っている」

 

 何故急にアーチャーがこの様な事を言い出したのか判らないが、凛は丁度いいかと思った。

 アーチャーは英霊だ。その力は例え下級であろうとも人間を超越した力。ならば、アーチャーに鍛えさせて貰えば、凄まじい速度で成長できるであろう。

 

「そうね。お願いするわ。けど、士郎の戦い方は特殊よ? 投影魔術にそこに強化を組み込んだ魔術の戦いに見えて実際は肉弾戦。確かに、あなたは接近戦ができるアーチャー、肉弾戦に関しては心配してないわ。けど、魔術の方はどうするのよ?」

 

「安心して構わない。もとより、私も似た戦法をしているものだ」

 

 アーチャーの言った似た戦法と聞いて凛はまた驚くが、凛が驚いたのは似た戦法をしているからではなく別のことである。それは、

 

「え、似た戦法って、あんた記憶が…」

 

「おっと、そういえば言ってなかったな。ああ、僅かにではあるが戻ったよ。と言っても、自分がどの様な戦術を編んでいたのかぐらいではあるがな」

 

 アーチャーの記憶である。

 凛がアーチャーを召喚した当初、その時召喚に不備があったのか、それともうっかりか、乱暴な召喚になってしまい一応英霊はこの様に喚ぶことができたものの、記憶に混乱が見られ自分がどこの英霊なのかも判らないでいた。つまりは記憶喪失ということだ。

 だが、今アーチャーには僅かにではあるが記憶が戻ったようだ。アーチャー曰く、前回の戦いの影響だろう、とのこと。

 

「それにしても運が良いわね。まさか、あんたの戦い方が士郎と同じだったなんて」

 

「フッ。私自身驚いている」

 

 とそんなことを言っているが、知っての通り実際のところアーチャーはもう既に記憶を取り戻していた。というより記憶を失っていない。故に、これから起こる事は大体ではあるが知っている。なのだが、アーチャーはそれは秘密にするようだ。

 なぜなら、この世界はアーチャーが知っている世界と似て似つかぬ世界であるようなので、その事を教えでもしたら混乱を呼びかねない。そんな事をして凛を危険な目に遭わせたくはないのだ。

 

「さて、それでは私に任せてもらって構わないかな? ああ、安心したまえ。奴の戦い方は同じ故教えられるが、基本的な魔術は君が教えた方が良いだろう」

 

「フフッ、なにそれ。私が出番が無くなるのを嫌がっているって思っているの?」

 

「そうではないのか?」

 

 と、アーチャーはあからさまに面白がっている顔で言う。

 

「ふう、あんたのその人を食ったような顔にも慣れてきたわ。そうね、やっぱり出番は欲しいわね」

 

 と、珍しく素直に答えた凜。凜としてもこのままなにもせずにいるのは嫌だったのだろう。

 

「なら決まりだな。私が戦闘を指導し、君が魔術を教える」

 

「ええ。私達で士郎を鍛えましょ」

 

 二人がそう決意している旁、士郎はランサーの介護のもと辛そうに唸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから次の日。士郎は幼いだけあって回復力はなかなかのため、一日で筋肉痛が回復した。

 

「う~ん。まだ痛いけど、どうにか動けるかな」

 

「気をつけてください、シロウ」

 

 少しふらふらとした足取りだが問題無く動けそうではある。だが、それでも若干不安定である。なので、今士郎はランサーに支えてもらいながら歩いている状態である。ランサーに支えられているその姿はまるで親に支えてもらっている子鹿のようだ。

 

「おはよう。大丈夫? 士郎くん」

 

 どうにか居間にまで歩いてこれた士郎は早速料理中の桜に心配される。

 

「おはよう。うん、大丈夫。それよりもごめん、今日もさくらねえちゃんに朝ごはんまかせちゃって」

 

「ううん。私は大丈夫だからね」

 

 そう笑顔で言ってくれる桜に少し安心と申し訳なさを持ちながら士郎は足を震わせながら座蒲団に座る。座ることができた士郎は支えてくれたランサーに「ありがとう」と言い朝食を待つのだが、

 

(…なんか落ち着かないな)

 

 こうしてじっとしたまま待つというのは以外と苦痛であり何かできないかと思うが、今の士郎は動くのにも体力を使ってしまうため、手伝いどころか迷惑をかけてしまうかもしれないので、動かない方が賢明であろうとじっと待つことにする。

 

(今日、学校に行っても大丈夫かな)

 

 そんな心配が(よぎ)るが、それは果たして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行ってくるね。ランサーはここで大人しくしててな」

 

「…はい。お気をつけて…」

 

 そして、登校時間になった士郎と桜と凜の三人は鞄を持ち、出て行こうとする。のだが、その際ランサーが「シロウが心配です」と言ってついていきたがっていた。が、知っての通り彼女は士郎の莫大な魔力により霊体化ができないので、衛宮邸で待機することになる。その事にランサーは愕然と落胆していた。恨み言まで吐いていたような気がしないでもないが、余程心配なのだろうか。

 それを凜の側で霊体化して見ていたアーチャーは彼女はこんなにも心配性だったか、と疑問符を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、凜達と途中まで歩いていた士郎は別れた後、自分が通っている学校、穂群原学園小等部の学校に入る。そして、教室に入ると、クラスメイト達が妙に騒がしかった。

 いつも騒がしい教室だが、今日は一段と騒がしい。士郎はなんでこんなに騒がしいんだ? と思いながら自分の席に着き、周りの話しに耳を傾けると、

 

「なあなあ、知っているか? 昨日家の前にある店がさー爆発したんだって」

「うちもうちも、お父さんが働いているお店が爆発していたんだ。お父さん不思議がっていたな。昨日の帰りはきっちりと元栓は閉めたのになって」

 

「最近さーおれ恋ってやつをしているんだよねー」

「えー!? 誰に誰に!? 六年のあの人か!? それとも二年のあのかわいい子か!?」

「いやいや、大人の人だぜ? 綺麗な紫色の髪の毛の人でさー」

 

「ねえ、隕石が落ちたって話知ってる?」

「あれでしょ? 三日前の夜に隕石が落ちてきて辺りが瓦礫になったってニュース。たまたま見たけど、すごいよねー」

 

 と一部どうでもいい話だが、隕石については聞き捨てならない気がした。なので、その話に注意してもう少し聞き耳を立てると、

 

「なんでも新都で大きめの隕石が降ってきて小さく別れた後、いろんなところに落ちて瓦礫だらけにしたって言っていたけど」

 

(…新都、瓦礫だらけ…それって、もしかして…!)

 

 士郎はこの単語だけでクラスメイト達が何を言っているか判る。なぜなら、それは紛れもなくランサーとバーサーカーが戦っていた現場のことだからだ。

 士郎は今気づく、あんなに激しく戦っていた後、なんの事後処理もせずに帰った事に。

 故に、疑問がある。何故あれだけの事をした跡が隕石等の仕業になっているのか。普通ならもっと怪しんでいいはずだ。それなのに、なにも怪しまれず、かつ他の仕業になっているということは、

 

(誰かが隠しているってこと?)

 

 他の、凛やイリヤスフィール以外の誰かが隠蔽工作を行っているということに他ならない。だとしたら、それは誰かという疑問が新たに生まれるが、それにはすぐに思い当たった人物が一人。

 

(もしかして、あいつか?)

 

 士郎の頭の中ではあの嫌味な笑顔を浮かべる神父が思い浮かんでいる。

 つまりは、言峰 綺礼が今回の隠蔽工作に関わっているのではということだ。そして、それは確信を持っていいだろう。何故なら言峰 綺礼は聖杯戦争の監督役だからだ。監督ということはこの戦争の監視役ということにもなる。ならば、聖杯戦争で起こったことなどを隠す役割がある筈だ。

 知っての通り、この戦争は神聖なる儀式であり一般人に知られるのは禁忌(タブー)なのだ。だが、歴戦の猛者たる英雄同士の戦いでなんの被害も出さないでいられるかと言われるとそれは不可能だ。故に監督役がいるのだろう、隠蔽工作のために。

 

(そういえば、確かそんな事を言っていたなあいつは)

 

 士郎は教会で綺礼と話した内容を思い出す。あの時はよく理解してなかったが、自分が体験したことも合わせておおよそ理解できた。

 

(…それにしても、あれ、本当にすごい戦いだったな。…これからもあんな戦いばかりなのかな)

 

 とそこでふとあの戦闘場面を思い出す。もし、本当に神話の再現ともいえるあの戦いがこれからも続くのであれば、士郎としてはとても心苦しく感じる。

 何故なら、士郎はランサーに傷ついてほしくないからだ。士郎はあんなにも綺麗な人がいくら自分のためとはいえ、傷つき血に染まっていく姿を見ていたくない。だからこそ士郎は凛から魔術を学んで少しでも自分で対応できるようにしたいのだ。そうすれば、ランサーが傷つく回数も減らせるだろうと。

 と、そう思っている士郎だが、現実はそう甘くない。如何に士郎が規格外の存在とはいえ、それはあくまでも人間の範疇。人間などという枠をとうに超越した存在たるサーヴァントを相手になど、幾ら何でもできるわけがない。それに、士郎はまだ小学生だ。人間の大人にも勝てないその身体ではサーヴァントにしてみれば薄氷を崩すようなもの、温情もしくは慢心でもなければいとも簡単に殺されるだけだ。いつかの夜のように。

 

「(…でも、おれじゃ全く敵わなくて簡単に殺されるかもしれない。

 ――けど、なにもしないでただ殺されるより全然ましだ)…よし」

 

 とは言うものの、士郎にはそんなことは関係ない。たとえ士郎は自分では敵わないと判っていても立ち向かうだろう。そこにランサーのためという理由が有る限り。正義の味方である限り。

 そんな士郎であるので、今日も凜に鍛えてもらおうと意気込む。そして、いつの間にか時間は過ぎ予鈴のチャイムと共に担任の先生が入ってきたのでそちらに意識を集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、穂群原学園高等部の学校。そこの校門を凜と桜が並んで潜ろうとしていた時だ。

 

「やあ、遠坂。こんなところで会うなんて奇遇だね。運命を感じるよ」

 

「…あら、間桐くん。おはよう。何かようかしら? なにも無いならそこを通させてほしいのだけど。間桐さんも困るから」

 

 芝居がかかった言い方で凜達に近づいたのは群青色の縮れた髪型をした顔が整った少年、間桐 慎二。凜の同級生であり、名字から判る通り桜の兄だ。そして、士郎が挑んで大人気なく負かした相手でもある。

 

「いやだな、冷たいじゃないか遠坂。君と僕の仲だろう?」

 

 凜の声は比較的明るい筈なのだが、どうもその声には冷たさしか感じない。

 

「あら、いつ私と間桐くんが仲良くなったのかしら? 私は貴方と仲良くなった記憶なんてこれっぽっちもないのだけれど」

 

 慎二はモテそうな男が言いそうな台詞を並べて執行に凜と絡もうとしているが、凜は意に介さず、笑顔と冷たさを感じる言葉で突き放す。慎二と凜による一進一退の攻防、いや一方的に逃られているが、とにかく始まってしまった。

 

「とにかく、あなたのことなんてなんとも思ってないから余り付きまとわないでね」

 

 が、笑顔と共に放った辛辣な言葉が慎二に突き刺さったのか、慎二は苦虫を潰したようなひきつった笑顔で引き下がることになる。これは、凜の勝利だ。

 

「…そうかい。まあいいさ、僕だって君にいつまでも構っていられるほど暇じゃないんだ。

 それより、だ。桜!! 何度も言っているだろう! 朝練はサボるな! 何度言えば判るんだお前は!」

 

「…っ」

 

 慎二は先程から凜の影に隠れていた桜にいきなり標的を替えたと思えば、先程あった穏やかさがどこにいったのか、兄とは思えないほど乱暴に怒鳴り散らす。急に話しかけられたのに驚いたのか、もしくは怒鳴られたからなのか、桜は体を一瞬震わせてより凜を壁にして隠れる。

 

「おい! 遠坂に隠れてないで出てこい! さもないと…」

 

「やめなさい」

 

 慎二が近づいて桜の肩を掴もうとしたが、その間に凜が割り込み、慎二の手を遮る。

 

「…遠坂、そこを退いてくれないか。まだそいつには躾が足りないようなんだ。なら、兄として躾てやらないとな」

 

「あら? 間桐さんになにが足りないのかしら。料理もできて面倒見もよくて、優しさもある。十分人としても女性としても足りていると思うのだけれど。

 それから、あなた彼女が朝練に来てない事を怒っているようだけれど、弓道部の朝練は自主性のはずよ。無理に参加しなきゃダメって訳じゃないんでしょ? それに、彼女は面倒を見ていなきゃいけない子供がいるの。なら余計に仕方ないと思うのだけれど」

 

 また凜の圧勝だ。何一つ外していない。

 完全に論破された慎二は何も言えず凜を睨み付け、舌打ちをした後「いいだろう。今回は引いてやる。まったく、なんであんなガキの面倒なんかを見ているんだか」と負け惜しみでも言うように学校に戻っていく。

 

「…………」

 

「…あの、遠坂先輩」

 

 しばらく、何を思っているのか判らないが去っていく慎二を見ていた凜に桜は話しかけ、「あの、ありがとうございます」と礼儀正しく礼をする。すると凜も「いえ、あの家に棲まわしてもらっているお礼よ」と手を振って応える。

 

「それじゃ、ここら辺で。また後でね」

 

「はい。また後で」

 

 そう言って二人は別れてそれぞれ教室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 教室に入る前、廊下を歩いている凜は周囲に気づかれないようこっそりと周りを確認する。周りには思い思いに歩いている自分と同じ高校生。なのだが、

 

「……なにかしらね、これ」

 

 凜はこの学校からなにか異変を感じていた。

 

(いつも通りの風景。誰かが欠けているというわけでもない。けど、なにかしら、この感じ。まるで、何か檻に入られているこの感じ)

 

 いつもと変わらない。変わることなんて滅多にない。そんな学校なのだが、少しだけ空気が違った。周りの生徒はそれを気にしてはいなさそう。というより、気づいていなさそうだ。

 異様な雰囲気に気持ち悪く感じながら教室に入ると、すぐに凜に気づいた女子生徒が席から立ち上がり近づいて来て、

 

「よっ! 遠坂。窓から見えていたよ。今日もあいつはうざったいね」

 

 そう旧友に挨拶するが如くに親しげな挨拶をする。

 

「おはよう、美綴さん」

 

 その女子生徒は、武に関してはあの冬木の虎と恐れられる大河に届くのではというほど武芸達者であり、凜のライバルでもある弓道部所属にして主将、美綴 綾子。

 様々な女を手篭めにしてきた慎二すら手を焼く、どころか逆らえない人物である彼女はいつも通りで少し安心する。おかしな空気の中で変わらないものがあるというのは以外と安心できるものだ。

 ただ、もちろんのこと彼女は魔術とは一切関わりのない一般人。故に、この話をしてもいい相手ではないというのが少し辛くはあるが。

 

(これは、ちょっとばかし対策を立てないと)

 

 さもなければ、この学校は何者かの餌食になるだろう。そう思った凛は普段通り穏やかに、優雅に今日の学校を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という訳よ。判ったかしら」

 

「………」

 

 あれから、何事もなく放課後になり、学校から帰宅した士郎は衛宮邸で同じく帰宅した凛から学校の現状を聞いて絶句していた。

 何故絶句しているのか? それは信じられないと思っているからだ。この聖杯戦争で死者が出てもおかしくないことはわかっている。だが、それはあくまでも関係者だけだと思っていたのだ。今凛が言ったことが事実だとすれば、それは関係がない人達をも殺そうとしていることに他ならない。それが士郎には信じ難く、同時に許せないでいた。

 これがまだ他の学校だったらここまで士郎が怒りを露わにすることはなかっただろう。しかし、凛が通っている学校ともなれば話は別だ。凛が通っている学校、穂群原学園高等部であれば、桜も通っている。士郎にとって姉同然の桜を危険に晒すなど許せるわけがなかった。

 

「……許せないのは私も同じよ士郎。けど、今はそれを抑えてね」

 

「…っ! …うん、判った」

 

 士郎から出ている怒りを感じた凛は今はダメと戒める。士郎は納得がいかなそうではあるが、一瞬だけきた凛からの威圧におし黙る。

 

「…いい子ね。さて、それじゃ対策を立てたいけど、敵は誰なのかしらね。まずはそこから探さないと。きっと、あの時見つけた刻印よね。結構大掛かりなものらしいから発動したらどれだけ被害が出ることやら。まあ、幸い、あれは時間をかけないと発動できないタイプのようだし、見積もって、後五日くらい余裕はありそうだし。慎重に探る時間はあるわね」

 

 怒りを鎮め、凛は早速対策を考案しようと今わかっている情報と現在の状況を思い出す。そして、あの日、あの夜に見た学校にあった何かの術式と思われる刻印が原因と考え、頭の中で策を巡らす。

 

「…………」

 

 そんな傍らで、士郎は何を思っているのか、ただ俯いて拳を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、訓練、開始だ」

 

「はい! よろしくお願いします! アーチャー師匠!」

 

 凜はしばらくの間対策を練るために今日の魔術鍛練は中止ということになった。

 その事に士郎は心底残念に思っていたが、凜から今回は別の人が士郎の特訓に付き合ってくれるそうで、衛宮邸の敷地内にある道場へ行けと言われた。

 そして、士郎が道場に入れば、そこには少しだけ淡い黒色の道着を着たアーチャーが仁王立ちで待ち構えていた。なんでアーチャーがここにと聞けば、士郎の戦法は自分に似ているから教えるならば自分が最適だろうとのこと。

 突然のことで言葉を失っていたが、英霊に鍛えてもらうなど一生に一度あるかないかなので、嬉々として士郎はアーチャーを師事するのであった。

 

「それでは、まずはお前の投影魔術を見せてみろ。投影するものは、そうだな…ではこれを投影してみろ」

 

「はい!」

 

 そう言って士郎は早速、アーチャーが出した白と黒の双剣の投影を開始する。

 

「ん~と、ここがこうなっているから――よし、投影(トレース)開始(オン)

 

 士郎はアーチャーの双剣を観て、己の中でイメージを形作り、アーチャーより教えてもらった掛け声を唱える。すると、

 

「…ほう。見事だな」

 

 士郎の手の中にはアーチャーの双剣と同じものが握られていた。

 

(完成度は…およそ九割といったところか。さすがというべきか、異端というべきか。とにかく、これなら)

 

 凛が教えた解析はほぼ感覚的にできていると見ていいだろう。なので、アーチャーはまずは投影の練度を上げることから始めようと思った。その後は軽く実践もしてみようかと算段する。

 

「かなりの完成度だな。だが、それではまだだ。今回投影したこの剣、『干将・莫耶』だが、これは私が使う剣の中でも一番基本的な剣だ。神造兵器というわけでもない、であればこれくらい完全な投影ができ且つ素早くできなければ、まだ高ランクの投影はさせられないな」

 

 アーチャーの言葉を一字一句聞き逃さすまいと、真剣な眼差しで頷きながら鎮座している士郎。

 

「む…(こうも真剣に聞いているとはな。師匠なんぞと呼ばれているだけでも違和感しかないというのに。ま、これも私にある一つの側面の可能性なのだろう)」

 

 少しだけやりづらいという風であるが、アーチャーは一つ一つ丁寧に教えていく。

 

「いいか、投影魔術をする上で大切なことはすでに気づいているだろうが、イメージだ。投影するものを正確にイメージをするのだ。

 ただし、ただ形を思い浮かべればいいというわけではない。その中身も正確に理解し、それを全て含めてイメージするのだ。さて、ではもう一度だ」

 

 事細かに説明をしてくれるアーチャーに士郎は感動を覚えながら言われた通り投影を開始する。今度は今までよりも鮮明にイメージを膨らませ、一寸の間違いすらも無くす。

 

「―っ! よし、投影(トレース)開始(オン)っ!」

 

 こうして、アーチャーによる士郎の特訓は夜中の一時まで続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
少し短かったかもしれませんが、そこはご容赦を。






P.S 人理修復(グランドオーダー)完了!
とてもいい最後でした。最後は悲しいことはありましたが、これもまた運命(さだめ)と思い、否定はしません。
それよか、キングハサン、あんたカッコよすぎ。なにあの絶望から救われた感。是非ガチャにきて欲しい。


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第六夜-真名-

どうも、待ってくださった方、もしいましたらありがとうございます。ようやく第六夜です。
みなさんはFGOの福引ガチャはされましたか?自分は無課金勢なのでできませんが、どうか望んだ☆5が出るよう願っています。



 次の日の朝、時間は午前六時を回ったところのようだが、外はまだ暗い。それも当然、今の季節は冬なのだ。雪は見られないが、外の空気の冷たさが、今は冬だと報せる。

 そんな空気の中、衛宮邸では士郎が今起きそうであった。

 

「…んんっ…朝?」

 

 珍しく早起きしたものの、まだ辺りは薄暗く夜明けまではもう少しかかりそうだ。

 もう一眠りしようかと思ったが、時計を見上げれば二度寝できるほど時間はなさそうなので、起きて朝食の準備をするため布団から出ようとしたが、

 

「……そうだった、ランサー…起きてくれないかな…」

 

 今日もランサーにがっしりと体をホールドされており、動こうにも動けない状態だった。

 どうしようかと思うが、とにかくランサーを起こして朝食を作らねばと身動ぎでランサーを揺らして起こそうとする。のだが、夢の中でなのかわからないが、逃げられると思ったのかより腕の力を強められてしまった。これでは余計に動こうにも動けない。

 どうしたものか、とついついため息が漏れてしまうが仕方ない。とにかく出なければ色々まずいともう一度身動ぎで揺らそうと思えば、

 

(―!? ま、全く動けない…!)

 

 思った以上に腕の力を強められ、ついには動けなくなった。何故寝ている状態でこうも力めることができるのか謎だが、そんなことよりも、こうなってしまえばもう大声を出して起こすしかないと、凛が起きないかと心配しつつ、唯一動く頭を少しだけ動かすと、そこにはなんとも気持ちよさそうに眠っているランサーの顔がすぐそこにあった。

 突然ランサーの整った寝顔がすぐそこにあったのに驚き、一気に顔が熱くなって火でも出るんじゃないかというほど顔が赤くなり、先ほどまで起こそうと思っていた筈が、ランサーの寝顔に魅入ってしまった。

 

「――!! これは、ズルいよ…」

 

 いつまでも直視しているわけにもいかず、すぐに戻す。そして、

 

「ん、んんっ、んっ」

 

「のひゃ!」

 

 うめき声を発したと思えば、ランサーは士郎を抱きしめたまま寝返りを打ち、天井が見える体勢になる。

 

「あわわ、あわわわわ」

 

 するとどうだろうか、士郎の頭はランサーの胸を枕とし重力に従って沈んで行く。

 そして、士郎の頭の中は熱で徐々に混乱していき、ついには、

 

「う、あっ」

 

 ショートしてしまい、そのまま眠ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………大丈夫?」

 

「……うん、大丈…夫」

 

 それから夜明け、居間に集まった人たちは、一様にして士郎の心配をする。何故なら、士郎はどうも寝惚けているというか、この世の終わりでも見たようなそうでないような顔のまま朝から変わってないからだ。

 本人は大丈夫と言うが、どう見ても大丈夫ではない。ちなみに、霊体化して見ているアーチャーは昨日の鍛錬がやりすぎたのか、と少し焦り気味でそのようなことを考えていた。

 

(…本当に大丈夫かしら。アーチャーの奴、一体どんな鍛錬施したわけ?)

 

(だ、大丈夫かな士郎くん。倒れたりしないよね? 大丈夫だよね…!?)

 

(むー、士郎なんか元気なさそうだなー。ここは一発元気が出るように私が喝を入れるか!? …いや、それはまずいか。

 それはそうとー今朝はすごい夢見ちゃったなー。私が神様になって世界を救うだなんてー。テレちゃうな〜。…ちょっと痛い目にあったことも多かったけど。てか、プロレス使う女神って…)

 

(今日もご飯が美味しい…! 素晴らしいです! ジャガイモなんかとは比べものになりません)

 

 皆三者三様、いや四者四様? はいいとして、どうも微妙な空気のまま食事は進んだ。後、ジャガイモはきちんと料理すれば美味しいです。

 

(…今日、学校休もうかな…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、登校時間になった士郎たちは学校へ行く支度をした後、ランサーに留守を頼み、出て行く。

 

(結局行くのか…)

 

 少し落ち込み気味な士郎だが、行かなければいけないものは仕方ない。

 と、そんな風に思っていた時だ、凛がごくごく自然に優雅に側まで近づき、こっそりと士郎だけに聞こえるよう話す。

 

「今日の放課後、高校(うち)に来て」

 

 それがどういう意味なのか判っている士郎は少しだけ体を緊張で強張らせる。

 

「…判った」

 

 士郎も凛だけに聞こえるよう軽く頷いて応える。

 

「(よし)それじゃ、行きましょうか」

 

 凛を合図に士郎達は歩き出す。

 歩いてすぐに凛と桜は延々と長くなりそうなほどに話し出し、士郎は桜と手を繋ぎながら少しだけ昨日凛から聞いた話を思い出しながら、学校で何をするのかと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、放課後が過ぎ、士郎は高等部の学校へ来ていた。

 

「それじゃ、早速だけどこの学校を覆っているものを引き剥がすためにも呪印を探すわよ」

 

 士郎が学校に辿り着いたら、校門で凛が待っていた。その後、士郎は将来この高校に入る小学生として見学にやって来たということにし、他の学生や教師に見つかっても大丈夫なようにしておく。ちなみに、大河と桜にはすでに話している。大河は少し悩んだ後特別だと意外にもあっさり認めたが、桜はどうも仕方なくという感じだった。

 以上のことを簡単に説明した後、ここに張られているものを引き剥がすためにすることを伝え、早速始めようとしていた。

 

「全部見つけて一斉に剥がすんだね。うん。それは判ったけど、どうやって探すんだ?」

 

「さっき、君はここがどんな雰囲気か言ったか覚えているわよね。つまりはそれよ、それがとりわけ濃いところを探し出せばいいの」

 

 士郎が校門を潜った時、士郎もここの異様な空気に当てられた。その時、士郎はまるでテレビで見たことがある食虫植物に誘われているようだと言った。これに凛は「例えるならウツボカズラかしら」と言ったが、士郎には通じなかった。

 

「なるほど。判った! それじゃ色々と探してみる」

 

 そう言うと士郎は学校の中の探索を開始する。凛は「いざとなったら、令呪でランサーを呼びなよ〜」と駆けていく士郎に向けて言った凛は士郎の背中が見えなくなってから自身も探索を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜む。どこにあるんだろ。その"ジュイン"だっけか」

 

 今現在、士郎は弓道場を探索していた。士郎が初めにここを探したのは、士郎にとってここが一番馴染みがある場所だからだ。

 ここに来てから士郎は今弓矢の練習を行なっているであろう桜達には気づかれないようにこっそりと探しているが、呪印と思いしきものは一つもない。ここには無いと断定できそうではあるので、士郎はそろそろここから離れて別の場所に移動しようかと思っていた時だ。

 

「こんなとこで何やってんだい。そこの君」

 

 唐突に背後から話しかけられ驚き体が跳ねそうになったが、それは抑えて後ろを振り向くと、

 

「君、誰かの弟さんか? だったらダメだよ。こんなところで一人でいちゃ」

 

 そこにいたのは、男勝りな性格が声から滲み出ている女子高生、綾子がいた。無論のこと士郎とは初対面である。

 とにかくだ、この状況はまずいと思う士郎。このままであれば捕まって身動きが取れなくなるかもしれないのだ。士郎は一旦慌てている自分を抑え、凛に言われた通りのことを言う。

 

「あっ、えっと、お、おれ、えっとぼくはショウライここの学校に入ろうと思っているから、ここのセンセーとお話しして特別にって見学をさせてモラッテいます!」

 

「へ〜。ってことは、小学生のうちから下見か。えらいじゃないか。うちの弟も見習ってほしいよ」

 

 ところどころ声が上ずってしまっているが、それが逆に小学生らしさを出したおかげで誤魔化せたようだ。

 だが、士郎は緊張が解けてない。どうも、直感で彼女には苦手意識があるようだ。

 

「と、そうだ。見学ならちょっと弓道部見に来ない? 少しだけ教えてあげるからさ」

 

 など誘われているが、もちろんのことそんなことをしていられるほど暇じゃない。なので、士郎はきっぱり断ろうとしたが、

 

「あ、えっと、ぼくちょっと忙しく―」

 

「うんうん、見た感じ弓道に強そうだし、決定!」

 

 と強引に話を進められ「え、ちょっ!」と抵抗する間も無く手を掴まれ道場に連れて行かれる。

 

「おーい。いずれここに入る将来有望な子見つけたぞー」

 

「あっ、美綴先輩。休憩はもう十分…って、え? え!? 士郎くん!?」

 

「あっ、さ、さくらねえちゃん」

 

 無理やり入られた道場の中では休憩時間なのか、矢が空気を裂く音はしなくタオルで汗を拭きながら休んでいる人ばかりだった。そして、当然ここには道着を着た桜がいる。

 

「ん、この子もしかして間桐とこの弟? なら丁度いい。ほれ、この子任せたよ間桐」

 

 ぐいっと背中を押され士郎は桜に駆け寄る。

 押し付けられた桜は色々驚いていた。士郎がこの高校を見学に来ることは一応知ってはいたので士郎がいることに驚いたのではなく、まさか弓道部に来たことが何よりも驚き、そして最悪だと思った。

 士郎が自分の部に来てくれる、そのことは素直に嬉しい。嬉しいが、桜には非常にまずい状況だった。

 何がまずいのか、それは慎二の存在だ。慎二もこの弓道部の部員だ。そして、以前士郎は慎二に喧嘩を仕掛けて返り討ちにされていたことは桜ももちろん知っていた。

 だからこそ最悪だ。また慎二が士郎を殴って済むならそれはまだいい、一番最悪なのは慎二に執拗にイジメ倒されたときだ。

 ここ弓道部では妙に退部している人が多い。それもそのはず、慎二が気に食わないからという理由で部員をイジメて退部させているのだ。中にはトラウマになるほどだって人もいた。

 

「…え、えっと、士郎くん。どうして弓道部()のところに来たの?」

 

 とにかくだ、来てしまったものは仕方ない。幸い慎二はまだ来ていない。きっとまだ女子と遊んでいるのだろう。ならば、今のうちに士郎をここから出さなければと思う。せっかく連れて来てもらった綾子には悪いと思いながら桜は士郎がここに来た理由次第では適当に教えてすぐに帰ってもらおうと思う。

 

「えっと、その無理やり…」

 

 少し気まずそうに正直に言う。

 それを聞いて安心した。無理やりというなら帰しやすいだろう。

 

「そっか。なら少しだけにしておくね」

 

 そう言った桜は大河を呼ぶ。

 

(げっ、そういえばここふじねえちゃんが先生だった)

 

 いまさらだが、弓道部は大河が顧問を勤めている。

 桜は大河を呼んで士郎の弓道部の見学を許可してもらおうとしていた。

 その時大河も士郎がまさか自分の部に来るとは思っていなかったのか驚いていたが、綾子からもお願いされ、いいだろうと受け入れた。

 

「それじゃ、見ていてね」

 

 とてもそんなことしている場合じゃないのに、と思いながら士郎は少しの間桜達弓道部を見学するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、なかなか見つからないわね」

 

 一方その頃、凜は学校から出て呪印を探していた。だが、見つかる様子はない。凜はそのまま歩き回っていると、士郎同様弓道場まで来ていた。

 ここは友人の綾子がいて桜、大河がいる。自分と関わりがある人物が全員弓道部にいるということに凛は因縁を感じ得ない。慎二すらも弓道部なんだからますます感じる。自分がアーチャーを引いてしまったのはある意味運命だったのかもしれない。

 それでも、やはり一番引きたいと思っていたセイバーへの未練は無くならないが。

 

(…それにしても、なんの騒ぎかしら?)

 

 弓道場に近づくにつれて騒がしさは大きくなる。いつもなら静かで唯一の音が矢を放つ音のみ。なのだが、弦の音はしてもそれ以上に人の声が大きい。

 

(有名人でも来ているのかしら)

 

 すぐにあり得ないとその考えを捨てて、道場を覗き込んでみると、

 

(…え。あれ、士郎、よね?)

 

 士郎が子供用の道着を着て小さめの和弓の弦を必死になって引っ張っていた。

 

「ふんぎぎぎ…!」

 

「がんばれーしろー!」

 

 そして、その側では大河が応援をして、その周りでは弓道部のメンバーが囲んで自分のことはそっちのけで士郎に声援を贈っていた。

 

「よーし、頑張れー! 間桐弟ー!」

 

「いえ、ですから士郎くんは私の弟では…」

 

「さっきの話じゃほとんどそんなもんじゃん」

 

 その中には綾子と桜も見える。

 

「どういうことよ、これ」

 

 何故一緒に探していた筈の士郎が弓道部に捕まり弓道を教えられているのか。が、理由はなんとなく察した。ともすれば、これは自分にも責任があるかもしれない。凛は士郎を助けるべきかと弓道場の入り口で立ち往生してしていると、

 

「やあ、遠坂じゃないか。今日も僕の練習を観に来てくれたのかい? なら少し待っていて欲しいんだけど」

 

 この前、凛にこっ酷くやられた慎二が性懲りもなく声をかけてきた。

 

「お生憎様、私はあなたを観に来た覚えなんて一回もないし、今後見に来ることもないわ」

 

「ぐっ…そうか、なら何しに来たんだよ。こんなところに遠坂が観に行きたくなるものなんて無いはずだけど」

 

 慎二は自分目当てでは無いと判った途端態度を悪くする。

 

「ちょっと、知り合いがここに来ているからね」

 

 それだけ言うと、もう話すことは無いと言うように慎二から視線を外す。

 慎二はあの凛の知り合い、ということは綾子のことかと道場の中を見ると、そこには人集りができていた。そして、その中心にいる人物を認めた瞬間、慎二は目の色を変えて入り口に立っている凛を突き飛ばして遠慮なく入る。すると、

 

「おいおい、何こんなところに子供(ガキ)なんて連れて来ちゃってんの。邪魔なんだけど」

 

「…! 兄、さん」

 

「…! あいつは、さくらねえちゃんの…!」

 

 慎二は険悪感がたっぷりと篭った目を士郎に向ける。そのことに、桜はまずいと思い咄嗟に無理やりにでも士郎を外に出そうとするが、

 

「…ようやく来たか。安心しな、この通り許可は取ってある。お前が心配に思うことはない」

 

 綾子が手を出して静止させ、慎二に真っ向から立ち会う。

 

「はあ? 誰の許可とか関係ないよ。とにかく邪魔だ。ここは高校生が弓道をする場所だろ、小学生がいていい場所じゃないんだよ」

 

「普段サボってばかりなあんたが言っていいことじゃないね。この子は将来有望な子供だ。なら今のうちに教えといたらここに来たときバケるかもしれないだろ」

 

 お互い一歩も引く気がない口論を開始する。それを見ていた桜はどうしようかと内心ものすごく焦っていたが、

 

「――そもそも、お前にどうこう言われるようなことはない。部長は私なんだ。副は黙っていてもらおうか」

 

「はあ? そんなのどうでもいいじゃん。そもそも、僕らコイツが来た時にはもういないじゃん。そんなことする義理が無いね。ほら、他はどうなんだよ。今コイツ鍛えたって無駄だろ? こんな面倒なことより――」

 

「――いい加減にしなさい。間桐くん」

 

 と、それまで生徒たちの問題だと傍観を決めていた大河が慎二の言葉を遮る。遮られた慎二は大河に軽蔑が篭った目を向けて、

 

「…なんですか、藤村先生」

 

 そう、敬語なのに敬いが微塵も感じない声で大河の名を呼ぶ。呼ばれた大河は大して気にしてもいないのか普通に応える。

 

「士郎が邪魔なのは判ったけど、何もそんなに挑発的に言わなくたっていいじゃない。

 確かに、間桐くんが士郎のことを嫌っているのは私も知っているし、言っていることは間違ってないよ。でもね、だからといって人を傷つけるようなことを言ったらダメ。言ったら言った分だけ後悔しちゃうからね」

 

 普段のふざけた雰囲気が一切ない教師然とした大河。その言葉は重く、真撃なまでの生徒思いな感情が伝わる。

 そんな大河の雰囲気にさすがの慎二も観念するほかなく、

 

「――チッ、わかりましたよ。それじゃ、今日は帰ります」

 

「あっ、おいっ、間桐!」

 

 綾子の呼びかけにも応じず、不機嫌なまま帰っていく。慎二の敗北だ。

 

「…ふじねえちゃん」

 

 そして、じっとその様子を見ていた士郎は珍しく真面目な大河に感動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー! 今日の夕飯おいし〜! どうしたの士郎、また腕上げた!?」

 

「ん、いや、今日はふじねえちゃんに世話になったからちょっとフンパツしただけだよ」

 

 あれから時間が過ぎ、七時を回ろうかとしている頃、衛宮邸の夕食は今までと比べ豪華だった。

 

「本当、ありがとうございます藤村先生。一時はどうなるかと思いました」

 

「ん? イヤイヤ、そーんなに気にしなくていいって〜。先生として当然のことをしただけだからなっ!」

 

 あの後、慎二が帰ってから弓道部はそのまま続け士郎の名目上だけの見学は終わった。

 あの後士郎が慎二に何故あそこまで嫌われているのか、と聞かれたために、その話の過程で桜を守ろうとしていた話をすれば綾子から絶賛の嵐だった。それにより、士郎の弓道部入部はほぼ確定した。士郎としてはどうしてこうなったのかと項垂れていたが、実際弓道をやって面白いと思ったので良しとしよう。

 

「そういえば、士郎君の弓の腕前はどうでしたか? 藤村先生」

 

「んー。それがね、聞いて聞いて、士郎ってば絶対才能あるよ~あれ」

 

 食事中、凜は士郎がどれだけ弓の才能があるか問うてみれば、曰く天才。あのままいけば高一で全道大会優勝間違いなし、と大河は言うが、さすがに大袈裟だろう。

 ただ、弓の才能があるのは間違いないだろう。何故なら弓道を全くやったことがない凜からしても士郎の弓に矢を番えるその姿は才能を感じさせたからだ。

 

(ふむ。丁度こっちのサーヴァントはアーチャーだし、ちょっと弓も教えるようにしておこうかしら。それに、弓なら士郎の能力を考えても相性はぴったりね。あの能力なら矢は無限に出せるということだし。うん、我ながらいいアイディアね。

 …それにしても、妙にアイツと士郎の能力は、こう合うっていうか…一体何者なのかしら? …案外士郎のご先祖とかだったりして)

 

 うんうんと一人なにかに納得しつつ、妙な笑顔を浮かべている凜を見ていた士郎はこの後なにかきつい訓練にでもされるのか、と後の事を考え腹八分あたりまでにして食べ終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう? そのようなことがあったのか」

 

「うん。今日ばかりはふじねえちゃんにお礼言わなきゃって今回は献立少し増やしたんだ」

 

 その後、食事が終わってから凛による魔術の指導を受け、8時を回ろうかというところで魔術鍛錬を終え場所を移動して、今度はアーチャーから戦闘訓練を受けようとしていた。

 そして、先ほどまで士郎が弓道部に体験入部していたことをアーチャーに教えていた。アーチャーは話の最中、さすがだなあの人は、と記憶の奥底にある思い出を見ていた。

 

「さて、それでは始めるとしよう。今日は私と手合わせだ。無論手加減はするが、少しでも隙を見せれば容赦無く一刀で再起不能にはする。覚悟しておけ」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 そう言った二人はそれぞれ竹刀を構える。構えた士郎は早速一撃をかまそうとするが、

 

(うっ、打ち込みたいけど全然隙がない。どうしてだ、今師匠は片手で構えているだけなのに)

 

 相手はサーヴァント。ならば、たとえどんな構えであろうともそこに隙が生じるなどそうそうあるわけない。

 仕方なく突撃しようとしたとしても、言った通り隙を見せればそこに一太刀入れられて地に伏すだけだ。

 とにかく、焦って行動に移すわけにはいかない。一つ一つ動きを見て、僅かでも隙が見えたら後は、

 

「―! せいやっ!」

 

 先制攻撃を仕掛けるまで――!

 

「甘いっ!」

 

 だが、それは簡単に防がれるどころか、カウンターを仕掛けられ、一刀の元士郎は倒れる。

 

「うっ、せっかく隙が見えたのに」

 

「言ったろう、甘いと。あんなものはただの見せかけだとわからんか。お前も戦うのであれば、あれくらい見分けがつかんと命を落とすことになるぞ」

 

 槍のように突き刺さってくるアーチャーの言葉に士郎は挫けず立ち上がって「はいっ!」と威勢良く応える。

 

「よし、ではもう一度だ」

 

「はいっ(強くならなきゃ…! そうじゃなきゃおれは本当にただの…!)」

 

 士郎は心を研ぎ澄まし、アーチャーの動きを見る。その姿を見てアーチャーは思うところがあった。

 

(…いい目をする。最早、私とは別人と思って差し支えないな。この分であれば私のようになることはないだろう。…それに、もしかしたら)

 

 など、思想に耽っていると、

 

「はあっ‼」

 

「! せいっ!」

 

 士郎がここぞとばかりに仕掛けてくる。ハッとなってアーチャーは士郎を軽くいなし、後ろへ転げるように足を払う。

 

「ぐふっ! まいり、ました…」

 

「ふう。では、ここいらで剣の鍛練は終わりだ」

 

 倒され仰向けに倒れこんだ士郎に言うと、

 

「え!? ま、待って、もう今日の訓練終わり!?」

 

「たわけ、誰が訓練が終わりと言った。次は違う事をする」

 

 違うことと言われ、士郎は安心し、何をするんだ、と首を傾げる。すると、アーチャーは竹刀を置いて、「投影(トレース)開始(オン)」と唱えると、

 

「次の鍛練はこれだ」

 

 黒塗りの弓を出す。あのバーサーカーと戦っていたときに使っていた弓だ。

 あの戦いではほとんど見なかったが、士郎はそのときからアーチャーの弓術はすごいと思っていた。そして、今そこにあるあの空気を穿った矢を射った弓を目の当たりにした感想としても、すごいの一言だった。

 一見すればその弓は先ほども言ったようにただ黒いだけのなんら装飾もない弓。だが、その弓は構造がとてもしっかりしているのだ。末弭(うらはず)から本弭(もとはず)まで弦もしっかり張られている。一寸の間違いなくできている丈夫な弓はまさに英雄が使う武器と見ていいだろう。

 

「凜から聞いたが、お前は弓に関しては強いらしいな。それは戦闘においてとても重要なステータスだ。なにか一つでも武器の才能があるというのは戦いで勝つために貴重なものだ」

 

 アーチャーは「では、始める」と言っていつの間にか道場に飾られている弓道で使っている的に向け、手本といい、これまたいつの間にかアーチャーの手にある矢を番えて、放つ。すると、

 

「っおおぉ! ど真ん中に当たった!」

 

 距離にして約七メートルといったところだろうか。こんなものは余裕と一直線にブレず中心に矢が当たる。

 

「今度はお前が射ってみろ。ああ、安心しろここにちゃんとお前用の弓がある」

 

 そう言って手渡される弓は、平安時代で出てくる貴族の子供が使うサイズの弓、雀小弓。威力は弱く飛距離も大したことないが、これならば士郎でも簡単に射てるだろう。

 士郎はアーチャーの動きを真似て弓を構え、一緒に手渡された矢を番える。そして、

 

「…っ! ちょっとだけずれちゃった」

 

 距離約五メートル、真ん中よりも数センチ以上もずれた位置に矢が刺さる。

 

「ふむ。かなりずれたが、なかなかだな。これならばいくらでも修正は効く。凜が言った通りだな」

 

 アーチャーは何か納得できたのかうんうんと頷く。

 

「よし。それでは、お前に弓道を教えよう」

 

 そう言って、アーチャーは基礎から士郎に叩き込み、時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。シロウ」

 

「うん。痛つつ」

 

 そして、時間は十一時を回っていた頃、士郎は自室に入り寝ようかと思っていた。

 そして、自室に入るとランサーが行儀よく正座で士郎を待っていた。その姿はまるで疲れた旦那を癒そうとする奥さんだ。少し年が離れ過ぎている気もしないが。

 

「今日も鍛練を欠かさないで続けて偉いですねシロウは」

 

「あはは、こうでもしないとあんなやつらと戦うなんて夢のまた夢だしね」

 

 ランサーに誉められ素直に喜びたい士郎だが、こんなことで浮かれていては本当に言葉通りになりそうになる。

 そんな士郎を見て、ランサーは少し言いずらそうに声をかける。

 

「…あの、シロウ。少しいいでしょうか?」

 

「ん、なんだ?」

 

 ランサーはどういう思いかわからないが、なにやら神妙な顔で士郎を呼ぶ。それに士郎は笑顔で応えると、

 

「その、突然で申し訳ありませんが、シロウは…聖杯にかける願い事はあるのですか?」

 

「え? 聖杯? なんでそんな、って今それで争っているんだったな。聖杯、か~」

 

 急に聖杯の話を振られ一瞬戸惑うが、それはともかく、正直な話、士郎には万能の願望機と言われても素直に頭に入らない。何故なら、士郎はそこまでして欲しいと思っていないからだ。

 今回聖杯戦争に参加しているのも悪いやつに聖杯を渡さないためだ。自分が手に入れたところで大した願いなど…いや、もしあるのだとしたら、

 

「う~ん。…世界平和とか?」

 

「世界、平和ですか。なんといいますか、いまいちピンとこない願いですね」

 

 ランサーはそんなことを言うが、実際彼女が生きていた時代は平和等とは言えない世界なのだからそう思ってしまうのは仕方ないと思われる。

 

「え~。そうかなぁ。結構みんなが願っていると思うけど」

 

 確かに、士郎の言う通りだ。全世界中とは言わないが、ほとんどの人が平和を望んでいるだろう。…歪んだ形で思う人もいるであろうが。

 とにかくだ、士郎の願いはなんら偏屈もないように思うが、ランサーとしてはどうも不思議というより実感が湧かない。ランサーもかつて平和を望むことはあったが、自分の国を存続させることに精一杯で平和など二の次だったからだ。

 

「…なあ、ランサー」

 

「…! はいっ、なんでしょう」

 

 いつの間にか難しい顔で考え事をしていたランサーに士郎は呼びかけ、ランサーもハッとなって応える。

 

「…ランサーも、さ、その聖杯にかける願い事ってあるのか?」

 

「…私、ですか」

 

 そう言われてランサーは悩む。本来であれば願い事など一つしかない。だが、ランサーとしてはそれが正しいとは思えないのだ。この願いは今までの功績全てを台無しにしてしまうのではと。故に、ランサーの口から出た願いは、

 

「そうですね。でしたら私も同じ世界平和ですね」

 

「えー。ランサーも同じじゃつまんないじゃん」

 

 など不満を言う士郎だが、正直安心している。

 もしランサーが世界を脅かすことを願っていたらどうしようかと思っていたのだ。無論、今までのランサーを見ていた自分としてはそのようなことを考えているとは一切思ってもいないが、万が一もある。

 そして、ランサーが言い淀んだ理由も考えてみる。何度か口を開けようとしては閉じていたので、先ほどのこの応えを言うまで妙に時間がかかった。おそらく本当の願いは別なのだろう。だが、士郎がそれを判るはずもない。士郎としても無理やり聞いていい話ではないだろうと思う。

 とそこで判らないことといえば、一つ重要なことをまだランサーから聞いていなかった。

 

「そういえばさ、ランサーってさ、本名じゃなくてクラスっていう名前なんだよな?」

 

「えっ? ああ、はい。確かに私の本来の名ではないですが」

 

 それは名前。彼女達は昔に存在した英雄達だ。ならばそこに名があって然るべし。であれば、ランサーの名前は一体なんだというのか。

 

「それじゃ、本当の名前ってなんなんだ?」

 

「私の名ですか。えっと、その知りたい、のですか?」

 

 少し不安にそういうランサーはどうも自分の名を名乗りたがらない。何がそこまで躊躇させるのか、など考えても仕方ないことだ。と思ったが、

 

「あっ、大丈夫だからっ。まさか戦っている時に名前で呼んだりはしないよ。英霊達の名前がどれほど重要かってのはさしっかり教えられたし」

 

 少し、慌て気味にそう言う。士郎はランサーの真名を知ったら勝手にバラしてしまうのではないかとランサーが危惧していたのではと思ったのだ。

 

「ふふ。判っていますよ」

 

 その姿が可愛らしかったのか可笑しかったのか、ランサーはクスクスと笑う。

 

「あはは。あーえっと、他にもさ、少しおれは思っているんだ。名前ってのは重要なものなんだって」

 

「名前が重要、ですか」

 

「うん。今のおれの名前もさ、全部ジイさんがくれた名前なんだ。これ知った時は驚いたな。この時おれは本当のジイさんの子供じゃないって知ったんだから」

 

「…! 本当の、子供では、ない」

 

 一瞬、ランサーの頭の中にある騎士の顔が思い浮かぶ。かつて、自分を裏切り叛逆をせしめし騎士の顔が。

 

「…大丈夫か?」

 

「えっ。ああ、大丈夫です。少し昔のことを思い出していただけです」

 

 心配して顔を覗き込む士郎に大丈夫だと言う。

 

「そっか、なら続けるけどさ。こんな風にジイさんが遺してくれたのってこの家だけじゃなくて、おれの名前もなんだ。だから、おれはこの名前がすごく大切なんだ」

 

 淡々と語っている士郎の言葉は幼いはずが、どこか重みがある。これが士郎の経験したことなんだろう。そして、その重みはどれだけ士郎が本気でそう思っているのかの裏付けでもある。

 

「…だからさ、おれは知りたいんだ。ランサーの名前が。もちろん戦っている時は呼ばないけど、こうやって二人だけの時は名前で呼びたいなって」

 

「…………」

 

 そう言われてしまえば、もう言う他ないだろう。故に、ランサーは少し考えた後に、

 

「…そうですね。言っても問題はないでしょう。ランサークラスですし」

 

 何か一人言を言ったと思えば急に立ち上がり、高らかに宣言するかの如く、その真名を言う。

 

「わかりました。我がマスターがそのように言うのでしたら、私も名乗らねばなりません。

 私の名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アルトリア・ペンドラゴン。アーサー王とも呼ばれしブリテンの王です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。
原作に合わせるのも限界になってきたこの頃、そろそろオリジナルの展開を考えねばなりません。
まあ、もうすでに大まかに考えてはいるのですがまだ時間がかかりそうなので、今度からは投稿がかなり遅くなる可能性があります。大変身勝手で申し訳ありませんが暫し、どうか待っていてくださるとありがたいです。




P.S
新章やったー!


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第七夜-そこに潜むもの-

よっしゃー!思った以上に早くできたぜー!
ども、武蔵ちゃんに石を使ってキングハサンの十連ができなくて絶望しているウェズンです。
少し皆様にお伺いたいのですが、今この小説の更新は不定期状態なのですが、それってタグで知らせた方がいいんですか?なんだかそういうのは邪魔な気がしまして今までつけていなかったのですが。
では、始まります。


「――アルトリア・ペンドラゴン。アーサー王とも呼ばれしブリテンの王です」

 

 アーサー王、かつてブリテンという今ではイギリスのロンドンとなっている国を治めていた選定の剣を引き抜きし選ばれた王。

 

「―――――」

 

 士郎はその名を聞いて絶句してた。何故なら、士郎はここまで強いなら相当すごい人なのだとは思ってはいたのだが、完全に予想以上の人物だったのだ。

 アーサー王のことは昔アーサー王伝説の本を切嗣に読んでもらっていた時があった。士郎には難しい内容だったためにあまり覚えていなかったもの、その物語に出てくる聖剣エクスカリバーの名はいまだに忘れられない。そして、それを扱っていたアーサー王のことも。

 思い返してみれば、すでにそのヒントは出ていた。それは彼女の槍、『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』。アーサー王が持ちし聖槍。アーサー王の最期、カムランで反逆者であり、自身の息子サー・モードレッドを討つ際に使用した槍。

 士郎はなんで今思い出したんだと思ったが、『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』はあまり印象に残っておらず、むしろアーサー王の武器といえばエクスカリバーが一番有名だ。士郎もそっちしか覚えられていなかったために覚えていなかったのだろう。

 とにかく、今士郎はものすごく武者震いとは逆の震えが起こっている。

 

「――えっ、アーサー王ってあのアーサー王っ!? ウソ、本当に!?」

 

 しばらく固まっていた士郎がようやく出せた言葉はというと、正真正銘の王に対して随分と失礼なことだった。つまり、それほどまでに信じられないと思っているのだ。

 

「はい。この身は確かにアーサー王のものです。それがどうかしましたか?」

 

「うえっ!? いや、えっと、その…」

 

 どうしたも何もない。 もし本当に目の前にいるのが彼の王なのであれば、今までの自分の行いがどれほど失礼だったのかということになる。思い返してみれば、抱きつかれたり、手を繋いで歩いたり、留守を頼んだり、挙句には添い寝をしたりと…ほとんど向こうが原因だが、大変失礼なことばかりをしていたのではと思うと頭の中がスクランブルエッグのようになってしまう感覚がする。

 

「…今まで申し訳ありませんでした、王様」

 

「え、え? え!? ど、どうされたんですか、シロウ!?」

 

 とにかく、第一に謝らなければ。かつて切嗣から教えてもらった言葉を思い出し、大河から教えてもらった土下座を披露する。

 すると、ランサー改めアルトリアは突然の土下座で謝ってきた士郎に何をどうすればいいか判らず困惑してしまう。

 

「え、えっと、とにかく、(おもて)をあげてください。急に謝られては困ります」

 

 だが、士郎は上げることをよしとはしない。

 

「えっと…それでは、王として命じます。面を上げなさい」

 

「はいっ!」

 

 王命、そのように言われてしまえば上げるほかない。背筋をしっかりと伸ばしてアルトリアの顔を見る。

 

「ようやく上げてくれましたか。では、シロウ、確かに私は王ですが今はあなたのサーヴァントです。ですので、どうかそのように振る舞うのはやめてください。その、せっかくなんですし、仲良くしたいといいますか…」

 

 最後あたりは声が小さくて聞き取れなかったが、とにかくアルトリアは今までの関係がいいらしい。だが、正直それは難しい。今士郎はアルトリアの名を知ったその瞬間から自分はアルトリアよりも完全に格下の人だと思ってしまっているからだ。

 

「わ、わかり、ました…王様」

 

「いえ、ですから敬語もやめてください。なんだか違和感がありますので」

 

 畏れ多くも彼のアーサー王相手に敬語を使わないというのはなんとも言えない怖さがあるが、こう頼まれてしまっては仕方ない。

 

「わ…わかっ、た」

 

 微妙ではあるが、敬語は取り外せたのでアルトリアは満足そうな笑顔で頷く。士郎はいまだに納得がいかないという顔ではあるが。

 

「それでは、今日はもう遅いですし、寝ましょうか」

 

「えっ。えっと、今日も、その、一緒に…?」

 

 と士郎が聞くとアルトリアは何を今更とでも言うような顔になる。

 

「ええ、当然です。これはマスターの身を守るためです。敵はいつ何時やってくるかわかりません。ならば、私がしっかりと見張ってなければ」

 

「え。でも、いつも眠ちゃっているような…」

 

「ご安心を。あれは油断を誘っているだけです。いざ敵が来れば寝ていようとも反射的に起きて串刺しにできます」

 

 と豪語するが、士郎としては疑わしい。何故なら、今朝士郎はアルトリアを起こそうとしても起きなかったからだ。

 だが、アルトリアの顔には自信しかない。若干の不安はあるがここまで自信があるなら信用してみようと思う。

 

「う〜ん。わかった。他にもあるけど、もうそれはいいや。それじゃおやすみ」

 

「はい。では私も」

 

 そう言って士郎は布団を畳の上にひいて、士郎が寝そべるとアルトリアも隣にそっと寝転がる。

 

(やっぱりこうなっちゃうのか。正直、名前知ってるから今までとは別の緊張感があって寝づらいなあ)

 

 と言いつつ、三十分後ぐっすりと寝るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。鳥の囀ずり、は季節が季節なので聞こえないが清々しい朝、士郎は眠りから覚める。外を見れば大分明るくなっているので時間は七時過ぎる頃だろう。

 

「…ラン…アルトリア、でいいんだよな。起きて」

 

「ん、んむぅ。んっ? …おはようございます、シロウ」

 

 欠伸をしながら起きたアルトリア。今更だが、アルトリアは寝るときネグリジェのような寝間着を着ている。ちなみに凜からもらったものだ。

 

「(今日は起きてくれたか)それじゃ、居間に行こっか」

 

 アルトリアが起き上がると士郎も続いて起き上がり居間へと歩いていく。

 

「あっ、おはよう士郎、ランサー」

 

「おはよう、りん」

 

「おはようございます、凜」

 

 居間へ行くと、凜が朝食を作って待っていた。今日はあの二人はいないのかと士郎が首を動かしていると、

 

「あっ、そういえば桜はもう来ないわよ」

 

 と突然衝撃的な事を言われ目を見開く。

 

「…え? さくら、ねえちゃんが、来ない…?」

 

「ええ。と言っても聖杯戦争中はね。この家にいたら間違いなく危険だから一時的に離れてもらったわ。藤村先生はなんだかんだ大丈夫そうだけど」

 

 淡々と理由を言うが、桜が来なくなったということが考えられない士郎はなんでと聞かずにはいられない。

 

「なに? 桜がいないのがそんなに寂しいの? でも、仕方ないわよ。さっきも言ったけどこの家は危険よ。魔術と何も関わりのない人がいていい空間じゃないの。それとも、桜を聖杯戦争に巻き込みたいわけ?」

 

 凛の言う通り、このまま桜をこの家に通わせていたら危険だ。セイバーに襲われた時だってこの家にまで侵入してくるくらいだ。あの日はたまたまいなかったから良かったものの、もしいたら遭遇して死なせてしまっていたかもしれない。ならば、凛の判断は正しい。

 ただ、士郎は桜がいない生活が想像できないために寂しく思う。幼い士郎にとってそれだけ大事なのだ桜は。だが、今は寂しく思っている場合ではない。故に、士郎は涙を飲んで切り替える。切り替えるしかないと自分に鞭を打つ。

 

「…わかった。おれだってさくらねえちゃんを危険なことにあわせたくない」

 

「ん、いい子いい子。なんだったら私が桜の代わりにお姉ちゃんになってあげよっか?」

 

 頭を撫でられながら言われ、士郎は一瞬「えっ」と驚いたような反応をする。何が驚きだったのかと思った凛は「何、もしかして私のようなレディで嬉しいの?」と都合よく解釈するが、

 

「いや、りんだとさくらねえちゃんの代わりになれないかな、って」

 

 そう視線を顔から少し下げつつ言う士郎に全てを察した凛は、

 

「…士郎、後で即効魔術鍛錬するから、覚悟していてね」

 

 急にいい笑顔になったと思えば、最後だけ低く恐怖心に呼びかけるような声で言った凛。士郎は自分の最期を悟ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 登校時刻、士郎と凜は特に会話もなく歩いていた。

 

(…今朝のりん、怖かった)

 

(少しやり過ぎたかしら)

 

 あの後、凜は鍛練の時間などほとんどない中、笑顔のまま無理やり様々な事を頭の中に詰め込ませ、無理やり手加減なしの体術訓練もされた。そのようなことをすればもちろん疲れはてて倒れているはずだが、士郎は自前の根性と膨大な魔力により耐えきれていた。これを見越しての鍛錬らしいが、それでもそうとう堪える。

 そんな凛を見て士郎は悪魔だと思ったそうな。そして、それを霊体化で見ていたアーチャーはトラウマでも見ているかのように顔を横へ反らして祈りを捧げていた。

 それから、反省した、いやさせられた士郎は凜と共に登校時間になって今に至る。

 

「…なあ、りん。ちょっといいか?」

 

「何かしら?」

 

 しばらく無言のままだったが、士郎が少し言い澱みつつ話しかけることによってその静寂は断たれる。

 

「えっとさ、おれ少し考えたんだけど、これからしばらく学校を休もかなって思うんだ」

 

「え?」

 

 そして、士郎が言い出したことといえば、それは不良生徒が言いそうなことであった。

 なんでと不思議に思った凛が問おうとしたが、その前に士郎が理由を言う。

 

「りんがさくらねえちゃんを危険な目に遭わないようにしたようにさ、おれも何かの拍子に学校とか巻き込まないように少し離れておきたいんだ。決してサボりたいとかじゃないんだけど」

 

「…うーん。そうよね、確かにその通りといえばそうなんだけど、でも、それでもしも学校にいるマスターに勘付かれたらまずいわよね…」

 

 士郎が言ったことには一理ある。ならば凛もそうするべきかもしれないと考えているが、若干の不安もある。

 その不安というのが、学校にいるマスター達のことである。聖杯戦争という中で今も凛が学校に通っているのも自分と同じ高校に通っている生徒もしくは先生のどっちかにいるマスターに気づかれないよう、不自然な行為はしないようにと思いこんな状況でも通っているのだ。

 それがいきなり途切れたらまずいかと考えるが、もう戦争が始まって何日も経ってる。ならば、そろそろ不登校になっても怪しまれないかなと思う。

 

(そうね、士郎の鍛錬もあるし、士郎も休むってんなら私も休んで士郎を鍛えた方がいいわよね。よし決まり)

 

 これで凛は士郎と共に学校を休み、魔術鍛錬に精を出すことにすることが決まった。

 

「そうね、確かに言う通りだわ。でも、それなら私も一緒に休むわよ」

 

「え? りんも?」

 

「ええ。だって休むってんならその間に鍛えておいた方が何かといいでしょう?」

 

 つまり、一日中鍛錬の時間だということなのだろう。士郎にとってもそれはいい提案だった。

 

「…! うん! よしっ、頑張ろう!」

 

 気合い十分に張り切っている士郎は学校へ向けて走り出す。

 凜はそんな士郎を「やっぱり子供ね」と微笑ましく見ているが、途中転けた士郎を見て慌てて駆け寄っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…今日も大した収穫無しか)

 

 それから昼休みになり、凜は屋上で弁当を広げていた。

 

(このままじゃちょっとまずいわね。早急に手を打たないと。けど、今のところ判っているのは…)

 

 凜はいまだ発動していない学校中に張り巡らされているものを剥がすために動いていたが、今のところ判明しているのは張り巡らしたのがギリシャ系の英霊ということだけ。

 

「これだけじゃなんとも言えないわねー。どうするべきかしら」

 

 など一人言を言っても仕方がない。とにかく、わからないのであれば動きようがないので、悔しくはあるが今は傍観しているしかないようだ。

 

(前のように士郎を連れて行きたいけど、また足止めというか、慎二に絡まれでもしたらまずいしなぁ)

 

 あの騒動の後、凛は何故初見だと思っていた慎二があそこまで士郎を毛嫌いしていたのか気になり大河達から話を聞いた。その後で、何故桜が士郎の高校見学を渋っていたのか含めて理解した。

 

(まあでも、士郎には弓の才能があるということがわかっただけでも収穫はあったから良かったわね)

 

 とそこまで考えたところで、凛は立ち上がる。

 

(さて、今度はどうやって探すか。…そうね、最近の噂とか聞いてみようかしら)

 

 これだけ探して見つからないとなると、先に結界を張ろうとしているサーヴァントを見つけた方がいいと思う。

 中身が空になった弁当を片付け、早速友人の綾子に最近耳にする噂を聞こうかと屋上を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーごめん、私そういうの結構疎いんだ」

 

「…そっか。ありがとう美綴さん」

 

 結局のところ、聞いてみても判らない状態が続くだけであった。知らないものは仕方ない。魔術と関わりがない綾子相手にこれ以上この話題を出してもいいわけないので、話を切ってまた学校の中を彷徨う。

 

(やっぱり知らないか。となるとどうするべきか、他の人に聞いて怪しまれたくないしなぁ)

 

 現状八方塞がりだ。何か行動を起こそうにも情報が足りなさ過ぎる。とそんな事を思っていた時だ、

 

「そこで何をしている、遠坂 凛」

 

「…あら、生徒会長じゃない」

 

 と喧嘩腰に話しかけられ振り向く。

 話しかけたのは厳格な雰囲気を漂わせる男子生徒、柳洞 一成。容姿端麗、頭脳明晰と実直で真面目な好青年。そして、この高校の生徒会長を勤めている。洞察力にも優れた人で、普段猫を被っている凛の本質を即座に見抜くことができる唯一の生徒。ちなみに、凛のことは自身の天敵と思い嫌っている。

 また、寺育ちで柳洞寺という寺の跡取り息子でもある。

 

「ここに貴様の興味を惹くものなど、どこにもありはしないぞ」

 

 どうやら凛はフラフラと歩いているうちに生徒会室前まで来てしまっていたようだ。

 

「別に用があるってわけじゃないけど…そうね、この際だからあなたにも聞いてみようかしら」

 

「ん? 俺に聞きたいことだと? あの遠坂が珍しいこともあるもんだな。で、なんだ、女狐の質問というといささか聞きたくなくなるが、答えれる範囲で答えよう」

 

 一成は警戒しつつも、凛の話を聞くようだ。

 凛はその様子に相変わらず気真面目ねと思いながら聞きたいことを言うと、

 

「最近の噂、だと? 何故そのようなことを聞きたがる。なんの意味があるというのだ」

 

 案の定怪しまれる。当然と言えばそうだが、今ここで何か勘付かれてはまずいので無理やりにでも押し通す。

 

「あー、それはまあ、色々とね。とにかく、最近気になったこととか不思議なことが起こったとかでもいいし、何かないかしら?」

 

「ふむ。質問の意図が以前判らんが、まあよかろう。貴様とて何かしら事情はあるだろうしな。と言っても、生憎そのようなことは何も…」

 

 と言われ、また何もなしかと凛が少し落ち込んでいると、

 

「…いや、そういえば一つあったな」

 

「え!? 本当!?」

 

「あ、ああ。なんだ、随分と嬉しそうだな」

 

「あっ、き、気にしないで続けて」

 

 あまりの食いつきに若干引いた一成は、今日は一段と得体の知れない奴だと思いながら話し出す。

 

「最近起こったことなのだが、何日か前にうちの寺で籍を入れた者がいてな。それは良いのだが、その相手が真に美しい女性()でな。この様な女性がまだこの世にいたとは、と感動を覚えたものだ」

 

「…………」

 

 凛は一成の言葉を聞いて思案している。

 少し引っかかるのだ。一成が言っていることはなんて事はない、ただの結婚報告だ。なのだが、今の時期に籍を入れるというには少し怪しい面がある。

 もう少し詳しくと思ったが、その時、ふと自分とは違う魔力が感じられた。

 

(…あれ? 今の何かしら)

 

 どこからと思い周囲を少し探ると、何故かそれは目の前にいる一成から感じた。

 

「…!(これって!)」

 

「ん? なんだ、どうかしたか?」

 

 まだ確証はできない。だが、今の気配、間違いなく一成から感じたもの。

 だが、一成は魔術師ではない。それは彼とは同中であった凛であるために知り得ていることだ。ならば、今の魔力は間違いない。他の誰かのもの。それもかなり強い。

 とにかくだ、これ以上の詮索は危険と思い、この魔力の主に気取られない内にこの場を立ち去るのみ。

 

「いえ、なんでも無いわ。ありがと生徒会長」

 

「うむ。まさか貴様から礼を言われようなどとは、明日は嵐かもしれんな。喝」

 

 最後にそれだけ言って二人は別れる。

 別れた後の凛はというと、これから柳洞寺に行く必要があるかもしれないと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから放課後が過ぎ、夜に差し掛かった頃、士郎達は桜がいない夕飯を済ませ、魔術鍛錬を行っていた。

 

「さて、それじゃ今日もこれを強化してみて」

 

 衛宮邸の一室、凜が借りている部屋の中で行われているのは強化の魔術。

 士郎の強化はできないことはないが、それでも必ずうまくいく確率ではない。これではいざ戦いになれば失敗して命を落としかねない。なので、その可能性を少しでも無くすために強化の魔術を鍛えていた。

 

「判った」

 

 今凜が士郎に手渡したのはランプ。それもかなり年期が入った物で、今ならそうそう売ってはいなさそうなある意味貴重なランプ。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

 早速士郎は集中してランプの構造を解析する。

 

「えっと、こうなっているから…ここに魔力を通せば良いんだっけ」

 

 そして、解析が終われば、次に魔力を通して使われている材質の質を高める。

 

「…よし。できた!」

 

「ん、さすがね。それじゃ、まだまだランプはたくさんあるからもっとやるわよ」

 

「よっしゃー!」

 

 その後、士郎は調子に乗ってランプを魔改造できるのではとやった結果、爆発し凛に傷を治されつつ叱られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…毎日鍛錬を怠らない姿勢はいいがな、無理は禁物だ。それにお前はまだ子供なのだから、少しくらい甘えても問題は無いぞ」

 

「いえっ、おれは早く、もっと強くならなきゃいけないんです! だから、少しも休みません!」

 

 その後魔術の鍛錬を終え、休む暇無しにアーチャーの元へと士郎は向かった。

 

「全く。一つ言っておくが、無茶が過ぎては強くなろうとしても…いや、お前はそういう奴だったな。

 わかった、ならば始めるとしよう」

 

 アーチャーが竹刀を構え、士郎も構える。互いに向き合い、士郎はアーチャーの完全な隙を見抜こうと目を凝らしたとき、

 

「…そうだな。よし、では衛宮 士郎」

 

「! はいっ、なんでしょうか!」

 

 アーチャーが竹刀を下ろして士郎を呼ぶ。呼ばれた士郎はなんだと思いながら同じく竹刀を下ろす。

 

「今日は少し鍛錬の内容を変更する。衛宮 士郎、投影魔術で剣を出せ」

 

「―! えっ、それって…」

 

 アーチャーは士郎に投影魔術をやれと言った。つまり、より本格的な武器を使った訓練を開始するということだ。

 

「ああ。まだまだ未熟だが、これ以上時間もかけてはいられまい。だからこそ、今からお前にはもっとも効率が良い鍛錬をする」

 

「効率が、良い? そんなことができたなら早く教えてくださいよ」

 

「いや、これがなかなかに危険なことでな。下手をすれば命に関わる」

 

 アーチャーが言うには、投影をする際のイメージをするには極限までの集中力が必要のようだ。何故だか士郎にはそこまでの集中力がなくとも構成できてしまっているが、それはともかく、普段の状態ではイメージに集中しても未熟なうちはどうしても雑念が入ってしまう。

 そこで、アーチャーはある状態ならばそれも可能になると言う。その状態と言うのが、命の危機に瀕した時。

 人は自分の命が危険だとわかると助かりたいと思い、これならば助かるかもしれないと思えることがあればそこに爆発的な集中力を見せる。だからこそ、今から行う事は、命の危機に立ち会ってもらい、投影へ全集中力を集めることが目的となる。

 それを聞いた士郎は納得したようなしてないような顔でいるが、百聞は一見に如かず、実際にやってみた方がわかるだろう。

 

「では、お前の投影魔術、見せてみろ…!」

 

 とそう言った瞬間、アーチャーから殺気が溢れ出す。

 

「…!!」

 

 すると、士郎は体に電気が奔りあの時の状況を思い出す。

 それは、セイバーに追われていた時の光景だ。士郎はその時と同じくらい、否セイバー以上の鋭利な剣の刃を首に押し当てられるくらいの殺気を感じ取り、士郎は瞳孔が狭くなった目を見開いて冷や汗を流しながら膝を床につける。

 

「…どうした。まさか、この程度で恐怖心に襲われたか? ハッ、滑稽なものだな。戦うと言いながらいざ本当の殺気に当てられるだけでその様か」

 

「うっ…っ! くそっ…!」

 

 そう暗に立てと言われてしまえば座ってはいられない。ならば立つしかない。だが、士郎の足は立つことを嫌がっている。

 

「はぁ、はぁ」

 

「…立たないと言うのか? それでは簡単に斬られるぞ」

 

 そんな事は判ってる、と思いながらも士郎の足は震えてばかりで立ってくれない。もういっそのこと足が棒のようになってくれてればいいのに、とさえ思えるほどである。

 

「くっ、あぁ…! はぁ、はぁ…! そ、いうわけには、いかない…!」

 

 あの夜、一度剣が振るわれる度、士郎はその剣から逃げ惑うばかりだった。その時を思い出し、根性で脚の関節を伸ばし足の裏を床に張り付ける。

 

「…よくぞ立った。これでお前は戦士と戦う資格を得た。だが――」

 

 刹那、アーチャーの竹刀が一直線に士郎の頬を掠める。

 

「………!!」

 

 士郎は倒れることも叶わず痛がることも出来ず、ただ立ち尽くして何が起こったのか理解する他なかった。頬から血が一滴垂れてくる。

 

「…判ったか? 言っておくが、これでも私は三割の力しか出してない。つまり、彼女(ランサー)達は更に上の次元を行くということだ」

 

 それを聞いて士郎はゾッとなる。もし本当ならば、よく自分は生きているものだ、と自分の幸運に感謝しなければならない。

 もしそうなのであれば、あの時、あの夜でセイバーが少しでも本気を出したら今頃自分はここに立ってすらいなかっただろう。

 

「…さて、ではもう一度行くぞ。ああ、言っておくが、そのまま立っているだけでは――」

 

 瞬間、アーチャーの竹刀が士郎の目を捉える――――

 

「―――うわぁ!!」

 

「死ぬぞ」

 

 間一髪、咄嗟に避けたおかげで竹刀は空を切る。

 

「――はっ――はっあ――はぁ」

 

 士郎はあまりの恐怖に呼吸が安定しない。

 これが英霊の力、人間では到底敵わない存在の力。今それを目の前で見せつけられた士郎は挫けそうになる。

 

(そっ…んな。こんなの敵うわけない! 死ぬ。死ぬ、死ぬ、死ぬ…!)

 

 本気の殺気に襲われた士郎は頭の中が狂っていく感覚に陥る。

 無理もない。経験がほとんど無い士郎では真の戦士の殺気を当てられて正気でいられるわけがない。今までは加減をされたり、護られたりしたが、今士郎にはそのどちらもがない。

 

「どうした? そのままでは本当に死ぬぞ? 死にたくなければ、速く武器を出すがいい。…もしくは、いっそのことそのまま死ぬか?」

 

 アーチャーの言葉で少しだけ我に帰った士郎はすぐさま投影を開始する。だが、

 

「はぁ、はぁ、はぁ(ダメだ…! 安定しない…!)」

 

 頭の中が混雑しており、ノイズが入ったように頭の中が擦れ集中できない。

 

「(でも、やらなきゃ、集中しなきゃ、ダメ、だ……! な、なんで、こんなときに…! ……嫌だ、イヤだ、イヤだイヤだイヤだ、死ぬなんて…い、や…!)うぐっ…! あ、ああああああ‼︎‼︎」

 

 一瞬士郎は自分が死ぬイメージが視えてしまった。その瞬間、体から何か(・・)が士郎を蝕んでくる。それは士郎の弱い部分が露見したとき好機とばかりにそこに入り浸ろうと侵食しているようだ。

 

「!? なんだ⁉︎ …! これは…まさか…!」

 

 アーチャーはこれがなんなのかを知っている。知っているが故に、竹刀を捨て投影魔術で『干将・莫耶』を出し身構える。

 

「あ、ああ、あああアアアアァァァァ‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎は身体中が何かに喰われ意識が遠のいていく中、海の底から出しているような、響きがある声が聞こえる。

 

 お前の望みは、なんだ?

 

 うっすらと目を開ければ、そこはなにもない世界。もし、『無』の世界があるとすればこんな感じではないのかと言うほど暗いのか明るいのかもわからない世界だ。

 

(望、み…?)

 

 それは士郎の奥底にあるものを探るかのように聞いてくる。

 

 お前は何になりたい? それとも、何をしたい?

 

 その声は徐々に近くなってくる。

 

(お、れがしたいこと…)

 

 そうだ。お前は何を望む? 何が欲しい? 何を求める? 何が起こって欲しい? お前ならなんでも叶うぞ?

 

 惹き込むように、それは士郎に呼び掛け続ける。

 

(おれは…な、りたい)

 

 士郎はなんでも叶うといわれ、その言葉に誘われる。

 

 何にだ?

 

 士郎が望みを言うと、煽るかのように質問を返す。

 

(せい、ぎのみかたに…)

 

 そして、士郎がそう願った途端、

 

 ひ、ひひ、ひゃ、ひゃははは、ヒャハハハハハハハハーーーーー!!

 いいぜ‼ お前の望みを、叶えてやる!! 目の前にいるもう一人のお前(・・・・・・・)を使ってなぁ‼!!

 

 そして、その世界は士郎を黒く覆い呑み込もうとする。だが、

 

 …! な、なんだ、これはぁぁぁァァァアアァァァァ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎が膝をついてもがいていると、士郎の体から何か黒い靄が出てきて、それが士郎を取り込もうとする。それが見えたアーチャーは警戒し数歩士郎から下がり見据える。すぐに動けるよう構えているその時、

 

「…! なっ…! この光は…!」

 

 士郎の体から眩い光が溢れ出し、士郎はその光に包まれる。

 

「あ、ああ…うっ」

 

 そして、黒い靄と光は相殺するように消え去り、士郎はマリオネットの糸が切れるようにそのままぐったりと倒れる。

 

(…完全に想定外のことが起こったな。…不思議に思っていたが、この衛宮 士郎の中にまさかあれ(・・)があるとは…。クソッ、なんとなくそうではないかと思っていたが、まさか本当にあったとは思わなかった。そして、ここでその片鱗を見せるとはな…)

 

 アーチャーは冷静な頭でこの事を凜に伝えるかどうか考える。

 

(…いや、止しておいた方がいいな。これは、凜では手に負えん。それに今しばらくはあの二人(・・)が護ってくれているようだしな。全く、この男はついているのかいないのか)

 

 そのようなことを思いながらアーチャーは士郎を抱え、寝室まで運ぶのだった。

 

(…そうだな。せめても彼女にだけは話しておくか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …夢を見た。どこだかわからないけど、なんだか見たことがあるような、でも、どこでだろう。そんな光景。こことおれは、どんな関係があるんだろう。

 

 おれは、なんとなくそこを歩いた。不思議と足は動いた。こんなところを…そういえば、ここのような場所って何て言うんだっけ。…思い付かない。仕方ないや、今は歩いていよう。

 

 少し歩いたら沢山の人が見えた。ただ、おれのように歩いている人はいなくて、みんな太陽を寝転びながら見ている。太陽が眩しいのか、みんな顔を歪めているけど、見るのを止めるつもりはないようだ。

 

 けど、なんだろう。ここは明るいけど、なんだか太陽は暗い。なんでだろう。暗い太陽ならここも暗いはずなのに。みんな眩しく思わないのに。

 

 …ああ、そうだ、そういえば一つあるじゃないか、ここを表すのに一番いい言葉が。うん、ここは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …地獄だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで!
士郎の中にあるものとは一体…!?
知りたくば――待て、しかして希望せよ。







P.S
見事にクラスがかぶることなく当たる☆5キャラ達。あとは弓と槍だけという。
そして、最近妙に当たりやすいけど、運営さんガチャの排出率を上げてくれたんですかね。


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第八夜-欠落-

 …今までほとんど一人だった。
 ジイさんはおれが3歳の頃からどこかに行っては、おれをふじねえちゃんのところに預けていった。
 …ふじねえちゃんの家はいい人達がいっぱいいて、よくおれを気遣ってくれた。遊んでもくれた。ご飯も美味しかった。けれども、いつまでも頼ってばかりじゃダメな気がした。
 …ジイさんが死んだ。おれは一人になった。ふじねえちゃんのところのお父さんがおれを引き取ってくれるって言ってた。
 …けど、おれは行かなかった。嫌だったとかじゃない。ただ、おれは正義の味方になりたいんだ。なら、いつまでも悲しんでいられない、一人でも生きられなきゃって思った。
 そんなおれの気持ちを素直に受け入れてくれたふじねえちゃんのお父さんにはお礼を言わなきゃ。
 …そうだ、おれは正義の味方になる。それがおれの正しい生き方、おれの人生だ、正しい生き方だ。

























 …ホントウなんだろうか






 次の日の朝。士郎は妙な倦怠感を持ちながら起き上がる。

 

「…あれ?」

 

 自然と起き上がった士郎だが、少し違和感がある。そう、いつもなら抱きつかれていて起き上がれないはずが何故か今日に限って普通に起き上がれた。なんでだ、と横を見れば、そこにはいつも一緒に寝ていたアルトリアがいないのだ。

 というより、昨日寝る際アルトリアとは一切話していなかったどころか、寝室まで来たことすら記憶にないのだ。なんでだと士郎は昨日のことを思い出そうとする。

 

(えっと、確か昨日の夜は調子に乗ってりんに叱られて、アーチャー師匠と訓練して、それから…)

 

 とそこまで思い出して、それからの記憶が無いことに気づく。

 

(…あれ、なんで思い出せないんだ? おれはいつものように師匠と訓練していたはずだけど……!)

 

 それよりも何か別の記憶が混入しているような感覚がする。とその時、いきなり頭の中に鋭利な刃が入ったような感覚に襲われるのと同時に、昨日の出来事を朧げに思い出す。

 

(そうだ…! 昨日おれはアーチャー師匠に殺されると思って武器を出そうとした時…時…あれ? うまく思い出せないな。でも、なんだろう。あれは絶対にこの世にあってはいけないもののような…そんな気がする)

 

 士郎は霧がかかったように思い出せないことがあるが、気にしても仕方ないと今は頭の中を切り替える。

 

(と、そうだ。もう大分明るいからりんも起きているよな。なら早く朝ごはん作らなきゃ)

 

 布団から出た士郎は頭痛とは少し違うが、頭が重く感じながら居間へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きられたのですね、シロウ」

 

「あ、アル…ランサー、起きていたんだ」

 

 居間に着くと、アルトリアが朝食を待っていた。台所からは飯の匂いがする。凜が作っているのだろう。結局作れなかったが、とりあえず士郎も座る。

 

「…シロウ、しばらくの間学校を休まれるようですね」

 

「え? ああ、うん。おれが離れてさえいれば学校は安全だと思うし」

 

「ええ。だから私も休んだのよね。と言っても、私以外のマスターがいることはわかっているから意味ないような気がするけどね」

 

 台所から朝食を運んで来た凛が話に割り込む。

 

「凛もですか。では、今日は一日中鍛錬ですか?」

 

「ええ。みっちり鍛えてあげようってね」

 

「あんまりきついことはやめてよ」

 

 士郎は昨日のことがまだ記憶に残っているのかそう言うが、「さあ、どうかしらね〜」と凜は悪魔のような悪戯めいた顔で返す。

 士郎はそれに嫌な予感がしつついると、あることを思い出す。それは、昨日のアーチャーとの訓練だ。今日も昨日と同じことをやるのだろうかと思うと士郎は少し落ち込む。あの恐怖をもう一度感じるのかと言われれば誰でも落ち込むだろう。とそう思っていたら、

 

「うっ…な、なんだ…」

 

「? どうしたの急に。具合悪いの? 変なものでも混ざってた?」

 

 急に目眩のような感覚、それと同時に吐き気に襲われる。一体なんだと士郎は必死にそれを抑え込む。が、治るどころか耳鳴りまでしてくる。

 

「ちょっと、本当に大丈夫? 吐き気がするならトイレに行って出しちゃいなさい。楽になるから」

 

 凛は苦しそうに口を押さえている士郎の背中を撫る。

 

「―!」

 

 そんな中、アルトリアは何かを察したようだが、

 

「うっ、ぷ、はぁあ。はぁ、はぁ。もう、大丈夫…」

 

 どうにか抑え込むことができたのか、士郎は一息ついて土気色の表情から安心した表情に移る。

 

「本当に? 今日の鍛錬は休んで寝たほうが…」

 

「いや、本当に大丈夫だよ」

 

 どう見ても体調が悪そうではあるが、士郎は大丈夫だと言う。だが、凛はそれが見栄を張っているようにしか見えない。

 

(…今のは…あれはアーチャーが言っていたことと関係があるのでしょうか)

 

 アルトリアは朝食を口に運びながら昨日の夜、ぐったりと気を失っていた士郎を運んで来たアーチャーから聞いた話を思い出す。

 あの日、アルトリアはいつものように寝室で士郎を待っていたのだが、その日は何故かアーチャーが士郎を運んで来た。珍しいなと思いながらも、いつもの士郎を思い出せばこんなことがあっても不思議ではないか、と気にしないでアーチャーから士郎を受け取ったのだが、そのすぐ後にアーチャーから鍛錬中に起こったことを聞かされた。士郎の体からいきなり漏れ出て来たもの、それを抑えた光、それが一体どういうものかは一切触れられなかったが、このままでは危ないかもしれないということの旨は伝えられた。

 

(…何故アーチャーは教えてくれなかった…? いや、それよりアーチャーが言っていた"護れ"とは一体…)

 

 その話をしている時、アーチャーはおもむろに、「この小僧を失いたくなくば、君が護れ」と言った。一体どういう意味が隠されているのかはわからないが、士郎を護るのであれば既にしている。そんなことはアーチャーも知っているはずだ。

 ならば、アーチャーは一体どういう意図を持ってそのようなことを言ったのか。それに、その際手渡してきた物に魔力を溜めておけとは一体どういう意味か。

 謎は尽きないが、何かしら士郎の身に異変が起こっていることは確か。ならば、自分は士郎のサーヴァントとして助けねばならない。それが主人(マスター)に仕えし従者(サーヴァント)の役目だ。

 

「だーもう! 大丈夫だってばっ!」

 

「今ので大丈夫なわきゃないでしょうがっ! いいから大人しく見せてみなさい!」

 

 そんなことを思っていた傍ら、士郎と凛は何故か取っ組み合いになっている。どうやら凛が世話を焼こうとして、士郎がそこまでしなくていいと拒んだようだ。なんとも陽気な二人にもう少し緊張感を持って欲しいが、どちらもこのことは知らないようなので仕方ないと諦めて、黙々と箸を動かすのであった。

 

(…凛の料理は少し辛いですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、今日は珍しく見学? ランサー」

 

「はい。マスターがどれほど強くなられたのか確認をしに来ました」

 

 それから食事が終わって少し経った頃、士郎は凛の元で魔術の鍛錬を行なうのだが、今日は何故かアルトリアも士郎について来ていた。

 

「ふーん。まあいいけど、はっきり言ってあなたがいた時代の魔術と比べられても多分天と地の差が…ああいや、士郎の魔術はまだいい方か」

 

「ご安心を、それに関しては把握していますので」

 

(…なんで、アルトリアまでー! 正直アルトリアに見られながらなんて緊張して…うまく、できるかな)

 

 そんな士郎の不安にアルトリアが気づくはずもなく、魔術鍛錬は開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしいではありませんかシロウ…!」

 

「いや、そんなことないよ。りんがしっかり教えてくれたからだ」

 

「あら? それは謙遜よ。これは間違いなくあなたの才能よ」

 

 一通り終わった頃、アルトリアは自身のマスターを褒め称えていた。緊張はしたものの、集中した結果うまくできたようだ。

 士郎はまさかこんなに褒められるとは思っていなかったのか、少し照れくさそうだ。

 

「これならば、サーヴァントに対抗できる可能性がありますね」

 

「…! サーヴァント相手、か」

 

 アルトリアが言ったことに士郎はまた昨日のことを思い出す。

 昨日、アーチャーから教えてもらったサーヴァントの力。初めてその力を見てから思ってはいたが、いざ目の前にするとその力は本当に絶大なものだった。だからか士郎は少し自信が無くなりかけていた。

 士郎がこうして訓練しているのも元はと言えばサーヴァントに対抗するためだった。凛やアーチャーに才能があるということを言われていたのもあってこれならばいけるのでは、とずっと思っていた。だが、その力を実際に教えられた士郎は、こんなのいくら才能があっても勝つどころか勝負にもならない、と言うことを知っただけだった。

 

「…? どうかされましたか? シロウ」

 

「えっ? あっ…いや、なんでもないなんでもない。今日は調子いいのかなーってね」

 

 アルトリアは少し落ち込み気味な士郎を心配するが、こればかりはアルトリアに話してもどうしようもないだろう。

 

(…どうしたのかしら。なんだか随分元気がないような…。やっぱり調子が悪いのか、もしくは…)

 

 いつもの威勢が感じられない士郎に凛は疑問を抱く。昨日、最後に会った時までは変わらない様子だったので、変わったのはその後、アーチャーの特訓の時だろう。一体何をしたのか、されたのかを知るにはアーチャーに聞くしかないだろう。

 

(…でも、あまり思い上がらせるのも危険よね。なら、後はこれからどれだけ立ち上がれるかを見る他ないか)

 

 とはいえ、実際のところ最近の士郎は少し油断していたところがあったかもしれない。ならば、ここで少し現実を見せるのも一つの手だろう。凛はこのまま傍観するつもりのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、今日は思いにも寄らない客がおいでのようだな。ランサー」

 

「はい。シロウがどれほど強くなられたのか気になりまして、先ほど魔術の鍛錬も観させてもらいましたのでこちらも観ようかと」

 

 凛の魔術鍛錬が昼頃に終了し、次にアーチャーの訓練が開始する。

 

(…今日は一日中見ているつもりなのかな、アルトリアは…)

 

(――などと思っているな。まあ、わからない訳ではないが、遅かれ早かれ通る道だと諦めるのだな)

 

 アーチャーは士郎の思いに気づき同情しているが、助けるつもりは一切無いらしい。

 そんな士郎のことは放っておき、今日も投影魔術を使った訓練をするようであるが、前回ほどの殺気は出さないでやるらしい。あれはさすがに早かっただろうとのことで。

 士郎としても昨日のアーチャーの訓練は少しトラウマになっているのでそれはありがたかった。

 

「では…と言いたいところだが、そろそろ昼だ。一旦食事を摂ってから来たまえ」

 

 早速始まる、かと思えば、アーチャーはストップをかけ、食事をしてから戻って来いと言った。ずっと鍛練に打ち込んでいたために時間が経っていたのを忘れていたようだ。太陽はもう直ぐで一番高いところを通過しようとしていた。

 そういえば、と士郎が気づくのと腹の音がなるのはほぼ同時だった。

 

「…食事をして来ます」

 

 それに少し気恥ずかしさを覚えながら士郎は居間に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、改めて始めるとするか」

 

 当然のようにいたアルトリアと凛の三人の昼食時間が終わり、再び道場に来た士郎はアーチャーの合図と共に投影を開始する。

 

「ウオオッ!」

 

 投影魔術で『干将・莫耶』を出した士郎は竹刀を持ったアーチャーに僅かに躊躇しながら斬りかかる。

 

「ぬるいっ!」

 

「うぐっ! …っ、オオォ!!」

 

 当然ながらそれは防がれ反撃を食らう。だが、そんなことではめげていられない士郎はすぐに体制を整え再び斬りかかる。

 アルトリアに見られているため、緊張して動けないかと思えば、アーチャーから感じる殺気がそれを消してくれていた。そのため、士郎はただアーチャーに一太刀でも入れられるように集中していられた。だが、やはり士郎の剣はアーチャーの竹刀に防がれる。

 ちなみに、実際は防いではいなく、士郎の持っている剣の腹を狙って叩き、勢いを完全に削いでいるだけである。

 

「うあっ! くっ、くそっ!」

 

「……………」

 

 突き飛ばされ、士郎は床に片膝をつけて急に動かなくなる。心なしかいつもより息切れも早い気がする。

 そんな士郎の眼を伺い見れば、まだ燃えるかのような意志の強さが垣間見えるが、どこか揺らいでいるようにも見受ける。

 

「…なんだ、今日は随分と覇気が感じられないな。いつものように撃ち込んでくるがいい。判っているとは思うが、今の貴様ごときでは私に傷一つ負わせられんのだ。がむしゃらにでも斬りかからなければ何も進展しないぞ」

 

 アーチャーはそう言って士郎を促し、それに応えるようにフラフラと覚束ない足取りだがどうにか立ち上がる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「……おかしなものだ。昨日の貴様はどこへ行った。その樣では勝てるものも勝てんぞ」

 

 アーチャーは厳しくそういうが、士郎は頷きもしない。

 何故こうまで覇気がないのか。気づいているであろう通り、昨日のアーチャーから教えてもらった真の戦士の殺気、それが士郎を決定的に弱めてしまっているのだ。今は加減してくれてはいるものの、いざ武器を持ちアーチャーに斬りかかろうとする度あの恐怖心が剣の動きを鈍らせる。

 そのことは士郎自身が気付いており、同時に自分はこんなにも弱かったのかと改めて確認された。

 

(…こんなんで正義の味方になりたいなんて…おれってバカだなぁ)

 

 そして、これは士郎自身気づいているか判らないが、士郎は心のどこかで諦めてしまっている。あまり表に出てはいないが、昨日のアーチャーの訓練がよほど堪えたようだ。

 

「…貴様…まさかとは思うが、諦めてはいないだろうな」

 

 そんな士郎をアーチャーは目敏く見破る。言われた士郎は目を見開いて驚いた。やはり自分では気づいていなかったようだ。

 また、士郎はそう言われて驚きはしたが、同時にどこかでその通りだと思ってしまっている。

 

「…そうか。心底残念だよ衛宮 士郎。もう少し期待していたのだが、所詮貴様は貴様か。仕方ない、この方法でやるか」

 

 そう士郎が落ち込んでいる時、アーチャーの竹刀が士郎の顔を捉えていた。突然のことで避けれない士郎はもろに受け、首が裂けるのではというほどの勢いで吹き飛ぶ。

 

「!!」

 

 今のは訓練とはいえ明らかに異常な威力。流石にそれを黙って見過ごすことができないのか、アルトリアは咄嗟に構えようとするが、

 

「ランサー‼︎ 君はそこで大人しく見ていることだ。君のマスターを殺されたくなくばな…!」

 

 そう殺気を出しながら言われてしまえば、ランサーは下がるしかない。士郎はアーチャーの直ぐ前にいるのに比べ、こちらからは少し遠い。同盟を組んでいる以上アーチャーが殺すとは思えないが、ここで一歩でも動く素振りでも見せたら士郎は何をされるかわからない。

 

「ゲホッ、ゴホッ、うぐっあっ、カハッ」

 

 士郎はあの一撃で口の中が切れたのか血を吐き出す。

 

「…何故急にそのようなことを」

 

「フン。この小僧にはまだしっかりとした戦う覚悟ができてないらしいからな。少し痛い目に合わせ、戦場の厳しさを教える。その上で問おうと思ってな。君にどうこう言われる筋合いはないぞ、ランサー」

 

 それだけ言うと、アーチャーはアルトリアの返事も待たず話を切り士郎を見る。

 

「…どうした。立てないのか? 立てないというならば結構。貴様はただマスターとして後方に控えているがいい。もとより、マスターとはそういうものだろう。

 それとも、貴様には何かあるのか? 後ろにいることをよしとはしない何かが」

 

 起き上がってくれない体を震える腕で少しだけ浮き上がらせ、アーチャーへ視線だけ動かす。

 このようなことを言われているが、確かに士郎は前に出ることを止めることをよしとはしない。何故ならば、

 

「うっぶっ、はっ、はっ。お、おれは…なりたい、なりたいんだ正義の味方…に」

 

 正義の味方にと士郎は僅かに言葉を震わせそういうが、そこで切れてしまう。自分が先ほど思ったことを思い出したのだ。そして、再びアーチャーの竹刀が振るわれる。

 

「うぶっ」

 

 今度は胴体に直撃した。

 

「おぶっ、ぐっ」

 

「…反撃はなしか? そのままではやられて終わるぞ」

 

 そう言ってまた一振り。立ち上がろうとしたところを狙われる。

 

「がっああ…!」

 

「…どうした、正義の味方になりたいのだろう? そのような男が、傷つけられたからと言って寝ていてばかりでいいのか? 」

 

 また一振り。今度は吹き飛びはしない。下へと叩きつけたからだ。

 いよいよ士郎の体に限度が来た。手加減しているとはいえ、サーヴァントの一撃を何度も食らえばさすがに立てなくなるだろう。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ゲホッ! あ、ああ」

 

「最後だ。貴様に問うぞ。貴様は何のために、どういうことのために戦う。貴様が目指しているものは、なんだ!?」

 

「…………」

 

 だが、士郎は答えない。否、答えられないのだ。今の士郎に答えは無い。

 正義の味方になりたい。言えば簡単だった。だが、それは果たして正しいのか? なったとして、果たして自分は正義でいられるのだろうか。いや、いるかいられないかでは無いはずだ。そのはずだった。

 士郎はアーチャーを見る。アーチャーを見ていると何故か正義の味方になった後を考えさせた。いや、正義の味方になった後の記憶が流れ込んできたような気がした。

 自分は正義の味方になった後、自分はどうなっているのか。生きているのか死んでいるのか。いや、それ以前にそこに自分という個人は存在しているのか。そう思ったら、足が竦んでしまう。嫌だと思ってしまった。

 

「はぁ、ぐっ、はぁはぁ、はっ、うぶっ」

 

「…ここまでか。いや、残念だ。まさか、これほどまで弱いとはな。本当に期待外れだ衛宮 士郎。正義の味方など大層な願いを持ちながらその樣か。…ああそうか、つまり――」

 

 そこで区切ったアーチャーはうつ伏せになって僅かに呼吸をしている士郎の髪を引っ張り顔だけを見えるようにする。

 

「うぐっ…!」

 

「――貴様のいう正義の味方とは、このような軟弱者のことを言うのか。

 だと言うならば、捨てろ。そのような理想を掲げたところで貴様ではなる資格すらない。

 …もしくは、貴様が憧れた正義の味方とは――」

 

 アーチャーの言葉に切嗣の顔を思い出させる。士郎にとって憧れた正義の味方とは切嗣のことに他ならないからだ。

 そして、途中で切ったアーチャーは一呼吸おいてこう言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――衛宮 切嗣とは、ただの"偽善者"か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、何かが士郎の中で弾けた。

 

「――――あ、ああ…っ! あああアアァァァァ‼︎!」

 

 偽善者、士郎はこれだけは聞きたくなかった、今の士郎は自分がそうではないかと思ってしまっているからだ。何よりも、それが士郎にとって憧れの人、衛宮 切嗣に向けているのが許せなかった。

 士郎はアーチャーの手を強引に振り払い、怒りのまま剣をアーチャーに向けるが、

 

「………!!」

 

 士郎の剣はアーチャーの竹刀で砕かれる。

 剣を壊された以上もはや何もできず、士郎はそのまま力なく、手は空を切りぶら下がる。

 

「フン。まさか、砕けぬとでも思ったか? 甘いな。貴様ごときの剣製ではまだ私を倒すに至らん。それよりも、貴様は早々にその理想を捨てることだ。そのような理想を抱いていたところで貴様には何の価値もない紛い物だ」

 

 アーチャーの言葉は士郎にはもう届いていない。ただ自分のなりたかった正義の味方とは一体何なのかを必死に考えていた。

 だが、答えなど出ない。出るはずがない。もとより、そんなこと判っていたはずなのだ。だが、理想を偽物と否定された士郎は探さずにいられない。それが正しいと言える答えがないと、自分の理想は夢は、本当にただの紛い物になってしまう。そんな気がした。

 士郎はただそれだけ考えて、ふと切嗣の顔が頭を過る。偽物、偽善者、切嗣がそんな紛い物ではない、ないと思いたい。だが、今の士郎ではそれを肯定するだけのものが無かった。

 

「…っ、くそぉっ…! おれは、おれは…! どうすれば…っ、いいんだよぉ」

 

 士郎は完全に自分の世界が崩れていく感じがした。やはり無理だったのか。自分が正義の味方になるなど不可能なのか。こうして殺されることに恐怖し、怯えるような自分では到底なれるようなものではなかったのか。

 

「…今の貴様には決定的に足りないことがある。それが解らなければ、貴様は一生そのままだ。

 ただその理想に、正義の味方に憧れ続けるのであれば…! そのまま理想を抱いて溺死しろ!」

 

 アーチャーはそれだけ言い終わった後に、「今日の訓練はこれで終わりだ。ああ、もう来なくて構わん。今の貴様では到底強くなろうとしたところで無駄だ」と言う。

 

「――――」

 

 士郎は動かない。傷があって動けないと言うこともあるだろうが、それ以上に何かが完全に壊れてしまって動けなかった。

 

「…シロウ」

 

「…………」

 

 士郎は悔しいからなのか判らないが、光が消えかけている眼で、知らず知らず目の前にいるアーチャーに救いでも求めるように手を伸ばそうとした。その時だ、

 

「…!? うっ、ゲボッ…! ぐっ、おぶっ…!」

 

 一瞬、急に体が跳ね上がるくらい士郎の心臓が脈打ったと思ったら、頭の中が何かに支配されそうな感覚になる。

 

「…!?」

 

 敏感に異変に気付いたアーチャーとアルトリアはとっさに構える。

 

「う、んぐっ、ごぼっ」

 

 すると、士郎は喉の奥から何かがこみ上げて来て、口からそれは吐き出された。それは今朝の朝食、昼食でなければ、血でもない。黒い液状の形容し難い何か。

 

「…!? あれは、一体…!?」

 

「―!」

 

 アルトリアは士郎から出てきたものに驚き、アーチャーは驚きで眼を見開きながら冷静に出てきたそれを見ている。

 

「がはっ、ゲホッゲホッ」

 

 士郎は口からそれを出した後、横へと倒れる。

 士郎から出てきた黒い何かはひとりでに動き、時折細い蜘蛛の脚のようなものだけ出して立とうとしているのか動こうとしているのかわからないが、徐々に周囲を侵食しようと広がる。が、どうも少量しかなく広がろうとしても広がりきれないようだ。

 形容し難いそれに、アーチャーは冷静に見据え、アルトリアは何故かそれが懐かしいような、ついこの前見たような感覚がしており気味悪く感じている。

 

「…アーチャー、これは…」

 

「…全く、どれだけ私を困らせればいいのだね、これは。とりあえずは、そうだな…ランサー、君の槍をあれに当ててくれないか」

 

 何故急にそのようなことを言ったのかアルトリアにはわからない。が、とりあえず言われた通り聖槍を出す。すると、黒いそれはまるで怯えるように槍から逃げようとうぞうぞと動き出す。

 アルトリアはそれにも不思議に感じながら槍の先を当てる。当てた瞬間、黒い何かは弾けるように消え去る。

 

「…消えた。アーチャー、もう一度聞きます。これは一体なんですか? 貴方はこれを知っているのでしょう?」

 

 王としての威厳を纏わせ聞いてくるアルトリアにアーチャーは困り果てたような顔になる。

 

「これがなんなのか、か。答えたいのは山々なんだが、いかんせん私も不思議に思っていてね。申し訳ないが、答えようにも答えが思い浮かばないのだ」

 

 無論、そんなのは嘘だ。アーチャーはあれがなんなのか最適な答えを知っている。

 だが、今は教えない。今教えては混乱を招きかねないからだ。さらに言わせれば、アーチャーが知っている彼女のことを思い出せば、士郎の体にあるものを教えた途端、何をしでかすかわからない。とても彼女がそのようなことをする人物とは思っていないが、彼女はいざとなれば冷酷な判断も下せる人だ。万が一がないわけではない。

 もしアーチャーの想像通りになればここまでしてきた意味がなくなってしまう上に、もしかしたら想像以上の惨劇を引き出してしまうかもしれない。

 とそのように考えているアーチャーだが、実際のところそれは杞憂である。このアルトリアはたとえこれがなんだったであろうと士郎(マスター)を優先するだろう。だが、アーチャーがそれを知り得ることはない。

 

「…そうですか。わかりました。では、このことは不問にします」

 

 アルトリアは納得がいかないようだが、仕方ないといざとなれば向ける気だった槍も消す。

 

(すまない。だが、いずれ知るだろう。その時になれば教えてもいいだろう)

 

 もし、本当にその時まで自分が現界していればの話だが。

 

(…さて、ここからは君に任せよう、ランサー…いや、アーサー王)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うっ、ゲホッ…! …はっ!」

 

 それからしばらく経った頃、夜に差し掛かる頃に士郎は目が覚めた。

 目覚めた士郎は布団から起き上がって周りを確認する。ここは自分の寝室だ。ふと自分の体を見れば、傷はほぼ完治している。

 なんでまたいつの間にここに来ていたのかと思うが、直ぐに思い出せた。それと同時に、絶望感と虚脱感が体を支配していく。

 

「大丈夫ですか、シロウ」

 

 そんな時、心配そうな表情のアルトリアが部屋に入って来た。

 

「アル、トリア…」

 

 士郎はしばらくアルトリアを見つめていたが、そのうち目から涙が溢れる。

 

「シロウ…」

 

 そうな士郎を想ってか、アルトリアは近寄って士郎を優しく抱きしめる。

 

「…すみません。今の私にはこれ位しかできなくて」

 

「ううん。ありがとう、アル、トリア…」

 

 そう言っているうちに、士郎から嗚咽が聞こえてくる。

 

「大丈夫ですから。今は涙を流してください」

 

 アルトリアに抱きつかれていると、士郎は暖かな温もりに包まれ、今まで感じたことがない母を思わせた。おかげで、士郎は涙が枯れるまで泣き続けることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう、アルトリア。もう、大丈夫」

 

「…はい」

 

 小一時間の間士郎は泣き止むことはなかったが、ようやく落ち着く。

 だが、それでも晴れやかにな気持ちにはなれない。士郎にとってそれは本当に辛いことだったのだろう。憧れの人を、誰よりも輝いて見えた人を偽物だと言われたことが。

 

「…シロウ。少しよろしいでしょうか」

 

「えっ。えっと、なんだ」

 

 暗く沈んだ空気だったが、アルトリアが士郎に話しかける。

 

「シロウは、あのアーチャーが言っていたキリツグという人が憧れなのですか?」

 

「…うん。ほら、前にも言ったおれの名前をつけてくれた、おれのジイさんだよ」

 

 士郎が切嗣の話をするときは嬉しそうに顔を僅かばかりに綻ばせる。それほどにまで大切に思っているのだろう。

 

「なるほど、シロウの名付け親でしたか」

 

「うん。おれ、ジイさんには感謝しているんだ。

 ジイさんは、正義の味方だった。自分じゃ違うって、なれなかったって言っているけど、ジイさんは間違いなくおれにとって正義の味方だったんだ。だから、憧れた。おれは正義の味方になりたいって思った」

 

 それを見ているアルトリアは我が事のように嬉しそうに微笑む。

 

「そうですか。士郎が言うのであれば、それはよほど素晴らしい方だったんですね。でしたら、きっとその人は今頃あの世で喜んでいるでしょう」

 

「え〜。そうかなぁ」

 

「ええ。なれなかった夢を子供がなろうとしている。それは親からすればとても嬉しいことですから」

 

 少し照れ臭そうに顔を赤らめる士郎。嬉しいのだろう、誰よりもアルトリアにそう言ってくれたが嬉しいのだ。

 

「…私は、親どうこう以前に、親として接する機会などありませんでしたから。私はその人が少し羨ましいです」

 

 そう憩いを帯びた表情で言うアルトリアに、士郎はアーサー王伝説を思い出す。

 叛逆の騎士モードレッド。アーサー王の息子であり、彼の叛逆によってブリテンは滅びたという。

 

「…もしかしてさ、アルトリアの本当の願いって、自分の国を建て直すこととかだったりする?」

 

 そこで、ふと思い至ることがあった。それは、あの時言い淀んだアルトリアの本当の願いだ。

 

「…はい。もう少し言うなら、選定のやり直しです」

 

 アルトリアは士郎にバレたことに大して驚きもせず、肯定する。

 

「選定のやり直しって、アルトリアが王様でなくなるってこと?」

 

「はい。私は、私という王だったためにブリテンは滅んだのではないか。といつもそう思っているんです。あの時、選定の剣は間違った人を選んでしまったのではと」

 

 アルトリアはこう言うが、士郎はこれを肯定していいのか判らない。誰か他の人が王だったとして、本当に滅びずに済んだのか。そのようなこと士郎には判断しかねる。

 

「ですが、これは願ってはいけないことです。これを願うと言うことは、今まで私のそばで信じて戦ってくれた騎士達を冒涜することと同義です」

 

 どこか、遠いところを見るように視線を彼方へと向ける。

 

「国とは王一人にあらず、国とは民とそれを支え護っている人たちがいるからこそ、成り立つんです。私一人の独断でその歴史を塗り替えるのは間違っていると、そう思うんです。

 …すみません。私ばかり話していますね」

 

「ううん。アルトリアがそんなに話してくれておれは嬉しいよ」

 

 士郎はアルトリアに無邪気な笑顔を見せる。

 

「…フフ。そうですか。だったら良かったです。正直、士郎にこのような話をしては退屈なのではと思っていたので」

 

「そんなことないさ。おれ一応アーサー王伝説知っているんだからなっ。…あれ、そういえば…」

 

 ドヤ顔でそう言った後、何か引っかかったのか口元を抑え唸る。

 

「…? どうかしましたか?」

 

「えっと、ちょっと待ってね。今思い出すから」

 

 そう言って、胡座をかいて少しの間考え込んでいると、

 

「…! ああ、そうかっ、これだっ! なんか違和感あると思ったんだよなー」

 

「…? 一体、何のことですか?」

 

 アルトリアは首を傾げる。士郎はそんなアルトリアの方を向いて、真剣な表情になる。何を言い出すのかと思うと、

 

「うん。一つ聞きたいんだけどさ、アルトリアってさ、なんで女の人なんだ?」

 

 今の今まで何のツッコミがなかったことを言い始めた。確かにそうだ。もともとアーサー王伝説に伝わるアーサー王とは男のはずだ。というより、その時代では女性が王になるには厳しかったはずだ。

 

「…えっとですね、それは…」

 

「確かあの時代って女の人が王様になることはできなかったよな。いくら選定の剣に選ばれたからって女の人じゃ絶対反発とかあったはずだよな? どうやって周りを説得したんだ?」

 

 どうも、興味津々という様子だ。アルトリアはその士郎の期待が篭った眼差しに少し威圧されながらも答える。

 

「えっと、確かにそのことを危惧していたようで、そのため私は男として育てられたんですよ」

 

「えっ? お、男…?」

 

 アルトリアが言っていることに士郎は首を傾げる。その胸を見ながら。

 

(えっ、これで男のフリをしていたの? …ちょっと無理がないかな)

 

 そう思っている士郎だが、確かに皆そう思わずにはいられないだろう。

 身長は男性のそれだ。顔も美形の男性といえばまだ通るが、その胸だけはどうあっても誤魔化しようがない気がする。だが、こうして世には男性と伝わっているあたり、見事誤魔化せたのだろう。どういった方法かは不明だが。

 とそこで、さらに疑問が湧く。

 

「…あれ? だったらさ、えーと、なんだっけか。あっそうだ、グィネヴィアって人! あの人も実は男の人だったり…?」

 

「グィネヴィア…ああ、ギネヴィアですか。いえ、彼女は女性ですよ。というより、もし男でしたらランスロットに惚れたりなんかしませんよ」

 

 確かにそうだ。湖の騎士ランスロット。伝説では円卓最強の騎士とされるアーサー王の親友であり、後にアーサー王の王妃を奪い去る事態に遭い裏切りの騎士と言われることになりし罪深き円卓の騎士。

 

「まあ、そうだよね。…ってあれ? 二人って結婚していたんだよね…?」

 

「ええ。表面上は」

 

 表面上はということは正式には違うということなのだろう。恐らく、アーサーは男として育てられていたのだから女性と結婚したことにしたのだろう。

 だとしたら、実際二人の関係はどういうものなのか。アーサーが女ということは形だけの夫婦でも気づいていたはずだ。

 

「ええ。ですから、彼女とは表立っては夫婦を演じ、二人の時は友人と言えるかわかりませんが、そんな間柄でした。なので、本当は祝福していたんですよ。彼女にもランスロットという恋人ができたことが。

 ランスロットは私の友人でもありましたし、彼は誠実…誠実…? ま、まあとても悪い人ではなかったので。ですが、私の周りのランスロット含め騎士達は…」

 

 それまで懐かしむように話していたのが、急にしょげるというか、落ち込んで哀愁を漂わせるアルトリア。その様子からしてよほど苦労したのだろう。

 

「え、えっと、それじゃ他にも、えーと、そうだ。モーガンって人はどうなの? 確かアーサー王の姉ちゃんだったはずだよな」

 

「モーガン…モルガンですね。確かに私の姉です。…彼女には散々酷い目に遭わせられましたね。もしまた会えたらこの槍で…!!」

 

 並みならぬ怒りが湧いてきているようだが、ここでは抑えさせてもらう。

 

「…すみません。ついあの人のことになると」

 

「いや、それはいいけどさ。それじゃあさ、モーガンとの結婚で産まれたモードレッドとかは本当にアルトリアの息子なの?」

 

 と士郎が言うと一瞬の間が空く。どうしたんだろうと士郎が思っていると、

 

「ああ、いえ。そうですか、彼女もここでは男として伝わっていたのですか」

 

「えっ? それって…まさかモードレッドのこと言ってる?」

 

「ええ。モードレッドは女です」

 

 士郎がそう言うとアルトリアははっきりと肯定する。

 

「ええぇ。まあ、アーサー王が女の人だった時点で今更だけどさ。モードレッドもだったんだー」

 

「ええ。それで、モードレッドですが、彼女は確かに私を基としていますが、正式にはモルガンが魔術で産んだ人造人間(ホムンクルス)です」

 

 つまり、本当の自分の子供とは言い切れない、と言うことだろう。

 士郎は驚きを隠せない。まさか魔術で人を造れるということにも驚きだが、何よりモードレッドがその造られた存在だったということの方が驚きだった。

 

「…なんか、聞いた話と大分違ってくるなぁ」

 

 どこか遠い目をしてそう言う。

 

「そうなんですか?」

 

「うん。まあ、アーサー王がすでに女の人だっていう時点で色々と違ってくるんだろうけど」

 

 と言うが、もともと伝説や叙事詩は実際と違ってなんぼだろう。むしろこうして間違えだらけな方がそれらしいといえばそうなのかもしれない。

 

「フフ。それより、もう大丈夫なようですね」

 

 ふと、アルトリアが言うと士郎は一瞬目を丸くする。

 

「…うん。正直、まだ立ち上がれそうにないけど、いつまでも落ち込んでいちゃいダメだと思うし」

 

「……………」

 

 果たして、子供がこのようなことを言っていいのだろうか。幾ら何でも抑え込みすぎではないのか。…いや、もしかしたら士郎は長い間こうだったのかもしれない。

 士郎は今より小さな頃に切嗣を亡くしたという。ならば、様々なことが自分でできなければいけない人生だったのだろう。それは例え手を差し伸ばされても借りるわけにはいかない、孤独な生活。士郎を見ているとそう思ってしまう。

 アルトリアは孤独でいることがどれほど辛いか知っている。自分も王として必要最低限にしか周りと接する機会は殆どなかった上に、もう既にこの身は人間とは違うものになってしまっているのだ。周りとは近いようで、どこか遠くに感じていた。実質それは士郎と同じ孤独同然だった。

 

(…もしかしたら、士郎は私と似ているのかもしれない。だから、こうして私が呼ばれたのだろうか)

 

「あっ、もうこんな時間じゃん。もうそろそろご飯の支度しなきゃ」

 

 そう言って士郎は忙しなく居間に向かい、アルトリアも今はそのことを気にかけることでもないかと、切り替えて今日の夕飯を楽しみにその後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
初めて前書きであんなん書いちゃったけど、大丈夫だろうか。今回の話読む前に少しここでの士郎の人生を知ってほしいなー的な感じで書きました。相変わらず下手な書き方でしたが。

あっ、みなさんどうもウェズンです。今回は先に書いた通りあんなの書いてしまったのでここで挨拶です。
それではまず、みなさん貴重な意見をくださり誠にありがとうございます。その通りにしたいと思います。
後ですね、口調がおかしいと、やはりくるか的な感じの感想をいただきましたが、正直自分も完全に口調が合っているかどうか不安なのです。ので、もしおかしいところがあれば、どの部分がおかしく、どのように直せばいいか書いてくださると直します。(どのようにかは書いてなくとも直しますが、その場合ちゃんと合っている保証はありません)

それにしても、実際女性のアーサー王伝説ってどんな話なんですかね。そこら辺があまり触れられておらず全くわからないので、ここで語ったアーサー王の話は四分の一くらい捏造です。
もし、本編に出てきた時は、ここの話はこの世界のアーサー王の話ということで。
ではこれにて、次回またお会いできれば。


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第九夜-顕現の時きたれり、其の者の名は-

アーチャー「…………」

凛「…どうしたの? さっきから落ち込んで」

アーチャー「いや、少し…気分が悪いだけだ」

凛「ふぅん(サーヴァントの体調ってマスターが悪くなくとも変わるっけ?)」




と前回のことで落ち込んでいるアーチャーでした。



 あれからまた時間が経ちいつの間にか来た大河と凜、アルトリアの四人で夕食を済ませ8時を過ぎようかという頃、

 

「――えっ? それって、本当に!?」

 

 大河が帰った頃を見計らって凛は士郎に柳洞寺、ひいては近辺の情報も集めたらしくそのことについて教えていた。

 

「ええ。ここ最近衰弱していっている人が妙に多い。死んだ人は今の所誰もいないけど、これは明らかにサーヴァントによる仕業ね」

 

 その情報は周辺で起きた奇妙な事件の数々。凛が言うにはここ最近急に体が弱りだした人が大量に発見されたとの事。それも老若男女関係なくだ。

 

「…! それって、サーヴァントが普通の人達を襲っているってこと?

 …けど、なんで?」

 

 凛はそう言うが、何故そのような事をしているのか。ただ目撃者だったのであればまだ判るが、殺していないところを見る辺りそういうわけではなさそうだ。

 

「まあ、襲っているというか、このサーヴァントは魔術で人から生命力を吸いとっているのよ。つまり、キャスターのサーヴァントってことね」

 

 何故生命力を、と士郎が問うと生命力は魔力になるらしく敵が狙っているのはこれだろうとのこと。

 だが、そうだとしても疑問はまだ湧く。

 

「でも、そんなことしてどうするんだ?」

 

「…う~ん。まあ、考えられるのは魔力を集めて何か最大級の魔術、もしくは宝具を解放するといったところかしら。

 けど、そんなことをしないといけないほどって一体…。

 それに、もし本当にそんなことならギリギリ生かすような真似なんてしなくてもいいと思うんだけど」

 

 確かに、本当に一般人を巻き込むのはご法度だ。だが、そんな人の生命力を貰わなければいけないほどの大がかりなものならば生かしておいたところで発動すれば諸とも吹き飛ばすと思われる。

 無論、そのような事をすれば、隠蔽はほぼ不可能だ。そのため前回の聖杯戦争でもあったように神秘の秘匿を害したと見なされ、複数のサーヴァントに狙われかねない。だが、

 

(――って言っても、あのサーヴァント達からすればルールなんてほとんど有って無いようなものだしね。

 その時は綺礼にばかり任せずに私もセカンドオーナーとしてそのサーヴァントを討たないと)

 

 いざというときの状況も想定内にいれておかなければセカンドオーナーとして失格になるだろうと考えておく。

 

「…大がかりな魔術って言ってもさ、どんな魔術があるんだ?」

 

 しばらく考え事をしていた士郎はふと気になったのか聞いてくる。

 

「ん? ん~。まあ、よく知られているもので固有結界とか、町一帯を吹き飛ばす魔術とかいろいろあるけど、大まかに言えば広範囲に広がる魔術が大体ね」

 

 そこまで言って凜は少し気づいたことがあり、また考え込む。

 

(でも、どれもキャスタークラスのサーヴァントなら簡単にできそうな魔術よね。

 …だとしたら、もっと大きな魔術、それも魔法クラスの魔術を使おうとしているんじゃ…)

 

 凜はもしかしたら、最悪な状況になるかもしれないと考える。

 まだ固有結界のような魔法に近いだけならどうにかなるかもしれない。が、完全な魔法レベルの魔術だった場合、その対処法はほとんど限られる。

 

(…いや、そうだったとしても、こっちにはランサーっていう最強の切り札があるんだし、そこまで深刻に考えなくてもいいか)

 

 とはいえ、その数少ない対処法たるサーヴァントがこちらにいるのだ。そこまで不安に思う必要はないだろう。

 それすら破ることができるとしたら、それこそ神話において最強クラスの英霊、ほとんどが語られることないアサシンの頂点。もしくは最古の英雄王に、エジプトのファラオ、その中でも特に栄えさせた偉大なる太陽王。他にもサーヴァントとして喚べるか判らないが施しの英雄にその宿敵授かりの英雄、等のようなものだろう。

 

(…あといるとしたら、ギリシャのアキレウスとか。

 ああでも、確かあれって神性を持っている英霊には効果無いんだっけ。ランサーは見た感じ神性持っていそうだし)

 

 ギリシャ神話に伝わりし二大英雄、アキレウス。

 様々な英雄を育てた下半身が馬の賢人ケイローンに師事した者。駿足の速さを誇り、神でなければ傷つけることが不可能の体を持ちし、アキレス腱の名前のもととなった不死身の英雄。

 この英雄を倒せる者はほぼ限られているだろう。

 

(そう考えると本当に強いわねー。セイバーこそ最強だ、って思っていたけど、これは認識を改めないとね)

 

 凛はちらりとランサーを見る。女性から見てもつい惹かれてしまう美貌、無表情だというのにその美しさは本当にこの世の人かと疑わしく思えるほどだ。

 

(…やっぱり、大きいわね…)

 

 そして、自分の胸とアルトリアの胸を見比べる。

 

「…? どうかしましたか? 自分の胸を見て何か思案しておられるようですが」

 

「へ? ああいや、なんでもないわ」

 

 手を振って苦味が混じった笑顔で応える。これ以上、この話題について触れたくなかった。そのためにさっさと切りたかったのだが、

 

「そうですか。…そういえば、凜の胸はとてもつつましやかで動きやすそうですね。少しうらやましいです」

 

 瞬間、空気が凍りついた。一番聞きたくないことを聞いてしまったからだ。

 

「……………」

 

「…?」

 

「え? え!? ど、どうしたんだりん? なんだか怖い、よ?」

 

 士郎は恐る恐ると一瞬にして雰囲気が変わった凜に話しかける。

 その凜はというと、たいへんいい笑顔なのだが、黙ったままピクリとも動かない。つまりは、貼り付いた無機質な笑顔である。

 

「(…! …!! …れ、冷静に…! 冷静に…!! 優雅たれ、優雅たれ…!)な、なんでもないわ。そうよねー、胸が大きくちゃ戦いづらいもんねー」

 

「…? ええ、確かに戦いづらいです。こんなものがなければもう少し速く動けると思うんですが…」

 

 凜が冷静になろうと努めて笑顔を崩さないようにしているところに、さらに火に油が注がれる。

 

「…! …くっ! え、ええ。そうよね。で、でも、貴女十分速いと思うけど」

 

 確かに、アルトリアを越えるなど相当な大英雄だろう。だが、アルトリアは首を横に振る。

 

「いえ、もしかしたらまだ私より速い人がいるかもしれません。油断は禁物です」

 

 士郎からの恩恵をもらっているアルトリアを越えるとなれば、それこそアキレウス程度なものだろう。

 まさかそんなサーヴァントが召喚されているわけがない、とは言い切れないので確かにアルトリアの言い分は正しい。

 

「ま、まあ、そーよね。って、そんなことより話を戻すわ。

 今のところ大した動きが無くても、キャスタークラスのサーヴァントはこういうときが一番危険なの。だから、今からでも討伐する必要があるかもしれないってことよ」

 

 正論を聞いたからか、凜は冷静になり話を戻す。

 

「今から…つまり、万全前に奇襲を仕掛けると言うわけですか」

 

「う~ん。それはわかったけど、それじゃ柳洞寺とどういう関係があるの? りん言ってたよな、柳洞寺と町の人が弱っていることに関係があるって」

 

 この話をする際、凜は「始めに言っとくけど、今から話すことと柳洞寺は関係があるわ」と言っていた。

 その真意がどういう意味か、まだ判っていない士郎は訊ねる。

 

「判らないわけ? つまり、キャスターは柳洞寺を根城にしているってことよ。何で判るかなんて理由は簡単、町の人から取られている生命力が柳洞寺に向かっているからよ」

 

「―!」

 

 それで納得がいったのか士郎は目を軽く見開く。

 

「…判った。それで、どうするんだ? 本当に今からでも仕掛けるのか?」

 

「それをどうしようかって話なのよ。こっちの戦力は申し分ないけど、相手がキャスターの上に柳洞寺なんて場所を占めているんじゃ少し判らないわ」

 

「…? どういう意味?」

 

 士郎は全く判らないと言う風に傾げる。

 

「ふむ、そうね。あなたって寺とか教会がどうやって建てる場所を決めているか知ってる?」

 

「建てる場所? …知らない。っていうか、何か意味とかあるのか?」

 

「あるわ。いい? 寺とか教会はね大気中の魔力が一ヶ所に集まる場所に建てているの」

 

 そう言われて士郎は思い出す。凜から教わった自然に宿っている魔力(マナ)と自身が作り出す魔力(オド)についてを。

 

「それって…」

 

「ええ。だからまずいって言っているのよ。キャスタークラスのサーヴァントがあそこにある魔力を利用しないわけがない」

 

 つまり、キャスターはもしかしたらある意味バーサーカーより厄介な存在になっているかもしれない、ということだ。

 

「あ~もうっ。迂闊だったわ。こっちにはランサーがいるからって油断なんてしてるんじゃなかった。さっさとあそこを占めておくべきだったかしら」

 

(……なんか、こうやって見ているとりんって詰めが甘い気がするなあ)

 

「…何よ」

 

 とそんなことを思いながら頭を抱えている凜を見ていた士郎はじろりと睨み返される。

 

「な、なんでもない。と、とにかくさ、キャスターが今厄介な場所にいるのは判った。それで結局どうするんだ? いつまでも攻めないわけにはいかないし」

 

「そーよねー。もう聖杯戦争が始まって既に四、五日くらいかしら。そのくらい経っているわけだしいい加減行動を起こすべきだとは思うのよ」

 

 そう言って、凛は士郎に向き直し、

 

「というわけで、そこの判断お願い」

 

 士郎にその判断を決めてもらうことにした。

 

「えっ、ええっ!? な、なんで急にって、お、おれにそんなこと聞かれても…」

 

 と言われても、幼い士郎にこのような遊びのない判断を任せるのは酷というものだろう。それは判ってはいるのだが、もともとこの同盟は士郎から持ちかけた同盟であり、士郎の傘下にいる凜では決定できない事案なので、やはり士郎に判断を委ねるしかない。

 

「うっ、そういわれても…あっ、そうだ、ランサーはどう思う?」

 

 だが、やはり士郎は決められない。ので、先ほどから黙ったままのアルトリアに助け船を求める。

 

「私、ですか。そうですね…やはり攻め込んだ方がいいと思います。サーヴァントである以上遅かれ早かれ敵対することになります。

 ですので、今からでも攻めて素性だけでも割り出すことができれば成果はあったと言えます」

 

 アルトリアが言うことはもっともだ。攻め立て相手の宝具を出させることができれば、それでそのサーヴァントの正体を割り出せる可能性がある。

 それでたとえ素性が判らずとも、どんな宝具を持っているかわかるだけでも対策が立てやすい。

 それならば、士郎は攻めた方がいいかな、と考えるが、

 

「――ですが、それは危険も伴います。相手の素性が判るということは隠密機能がないこちらでは素性を教えることにもなり得ます。それに、そこにいるサーヴァントがキャスターという曲者であれば、迂闊に近寄ってどんな目に遭うか判りません」

 

 確かにそうだ。キャスタークラスは全体的な戦闘力はアルトリア達セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士クラスと呼ばれる者からすれば大したことない。

 だが、それでは本当にハズレクラスということになる。無論のことそんなことはない。キャスターはこと戦闘においては弱くても戦略でもって戦況を変化させることにはとても優れているクラスだ。さらに言わせるなら、キャスタークラスと言えど三騎士に魔術で対抗できるサーヴァントも少なからず存在するのだ。決して油断などできない。

 と見れば、メリットとデメリットが両立してしまっていることになる。こんな中どうすればと判断に迷う士郎。そこにさっさと決めなさいよ、と苛立ちを隠せてない凛がよりプレッシャーを与える。

 

「うぐぐ、いや、待てよ。でもな〜。ああくそ、おれはどうすれば…!」

 

 迷い過ぎて頭が痛くなる士郎。とそこで、士郎は凛はどっちがいいかを聞いてみればいいのではと考える。凛が言うように自分がリーダーならば、自分の下についている人の意見を聞いてもいいだろう。との考えだ。

 

「私? 私は、そうね。やっぱり迂闊に攻めるのは得策じゃないと思うわ――って言いたいところだけど、案外攻め立てた方がいい気もするわね」

 

 最初の言葉で攻めない方がいいかと思いきや、凛は意外にも攻めていこうという算段らしい。何故なのかと聞いて見れば、

 

「確かに厄介といえば厄介よ。けどね、こっち側の戦力だって、私のアーチャーとあなたの規格外のランサー。敵側からすれば身震いを起こすこと間違いない面子よ。これでほとんど負ける道理はないわ」

 

 つまり、最強のカードがこちらに揃っているのだから、こんなことでてごまめてないで一気に攻め立てていこうとのこと。

 それは慢心にも見れるが、確かにこちらのサーヴァントを相手にできるなど現時点でバーサーカーのみだ。そのバーサーカーですら、前回の戦闘では圧勝とはいかないものの、相手に辛酸を舐めさせたのだ。ならば、如何にキャスターが曲者であろうとも恐るに足らず。

 ならば、この選択肢は一つ、

 

「…判った。行こう柳洞寺に」

 

 そう言うと凛とアルトリアはどちらも頷き、立ち上がる。

 

「さて、聞いていたでしょ。行くわよアーチャー」

 

「…了解した」

 

 凛がそう呼びかけると、霊体化を解除したアーチャーが現れる。

 アーチャーは、どうも納得がいっているようでいってないような微妙に難しい表情をしている。

 

「…? どうかした?」

 

 様子がおかしいことに気づいた凛はそうアーチャーに聞くも、アーチャーはかぶりを振るだけだ。

 

「…いや、なんでもない(…キャスターか。確かに奴は厄介だ。だが、今のアーサー王がいるならば大丈夫…だろう)」

 

「…? そう、ならいいけど…」

 

 少しの間沈黙が広がるかと思えば、「お〜い。早く行こうよ〜」と士郎が玄関から呼んできたため、「今行くわ」と凛も上着を持って玄関へ向かう。

 

(…なんだろうな、この胸騒ぎは。奴は注意さえしていれば裏をかかれようとも対処できるはず。…そのはずだ)

 

 不安の種が抜けきれないままアーチャーは凛について行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曇りはなく星々が見えている夜空の下、余裕を持って士郎達は柳洞寺の前に歩いて来ていた。

 柳洞寺は高い山の頂上にそびえている。そして、ここまで来ればここの魔力を感じることができるはずだが、まるで感じない。

 恐らく、キャスターが全て奪い取ったのだろう、と凛は考える。

 

「…これは、結界ね」

 

「結界…それじゃあ入るのは難しそう?」

 

「…いいえ。これは侵入者を妨げるものではないわ。これは視覚を誤魔化す結界よ」

 

 柳洞寺まで来た凛は門の前に何か罠が仕掛けていないか確かめていた。それで判ったのは、この柳洞寺周辺に結界が敷かれていること。

 ただ、その結界は視覚を惑わすだけ。侵入者を妨害するセキュリティ的なものは一切ない。つまり、これはキャスターが何かを柳洞寺に隠すため外から見えないようにしているのだ。

 しかし、だとしても柳洞寺に住んでいる人などはどうやって誤魔化しているのか。

 

「でも、住んでいる人は…」

 

「何かしら魔術でもかけられているのでしょうね。キャスタークラスならできておかしくないわ。もしかしたら、私が聞いた情報も誤りかも」

 

 もしそうなのであれば、これ以上進むのははっきり言って自殺行為だ。キャスターに限らず、こういった姑息な手段を持ち合わせている者相手に情報も無しで突っ込んでは見えている罠に自ら乗り込むようなものだからだ。

 

「けど、ここまで来たからには、最後まで行くわよ! 準備はいい!?」

 

「うん!」

 

「私も問題ありません」

 

「…私もだ」

 

 士郎に続きアルトリア、アーチャーも大丈夫だと言い、それを聞いた凛は頷き慎重に結界内へと手を入れる。すると、水の波紋のように結界は揺れて入る者を簡単に許す。

 凛の手は結界から先は消えている。だが、なんともないあたり今見えているものは偽物ということで間違いないのだろう。

 少しの間、手だけを差し入れ本当に何も害がないことを確認し終えた凛は一回深呼吸してから、思いっきり一歩を踏み込み、士郎達もそれに続く。

 

「…!? 何よ…これ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…お嬢様、何かお持ちいたしましょうか?」

 

「…要らないわ」

 

 一見して判るおとぎ話に出て来そうな古めかしい豪邸の城。その一室、レンガでできた暖炉がある部屋で白髪赤目の少女イリヤスフィールが不貞腐れたように椅子に座りテーブルに伏していた。

 

「一体どうされたのでしょうか。戦いに赴いたときはお元気であらされたのに」

 

「イリヤ、機嫌悪い?」

 

 そんなイリヤスフィールを少し離れた距離で心配しているのは二人のメイド。白いドレスのような服を着ており、目はイリヤスフィールと同じ赤色。髪は白い被り物をしているため判らないが、恐らく白髪だろう。

 

「…リーゼリット、いい加減お嬢様を名前で呼ぶのはおやめなさい。失礼でしょう」

 

「イリヤ、名前で呼んでも怒らない。だから、私は悪くない。セラは堅い」

 

 妙に片言の喋り方をしているメイドはリーゼリット、堅く主従という関係を重んじているメイドがセラというようだ。

 

「これくらい当たり前でしょう。全く、なんで貴女はいつもいつも」

 

 神経質なのか、リーゼリットの態度に苛つきが隠せないセラだが、対照的にリーゼリットは穏やか、というよりぼんやりとしているような印象を受ける。

 

「…イリヤ、この前戦いに行ってから機嫌悪くなった。その時誰と戦ったんだろう?」

 

「…恐らく、衛宮 切嗣の忘れ形見でしょう。お嬢様も会いたがっておられたのだから」

 

 つまりは、士郎と戦い終わってからイリヤスフィールは機嫌を損ねてしまったのだろう。

 

「でも、会いたがっていたなら、なんであんなに機嫌悪い?」

 

「さぁ? それは私が知るところではありません。というより、そういうことは本人でなければわからないことです。

 かといって聞こうとするんじゃないですよ。大変失礼なことなので。わかりましたね? リーゼリット」

 

 セラがそう言って隣にいるリーゼリットの方を見ると、忽然とリーゼリットはいなくなっていた。

 

「…リーゼリット?」

 

「イリヤ、会いたい人会えなかった?」

 

 とリーゼリットの声が聞こえた方を見れば、いつの間にかイリヤスフィールと対面するように同じ体勢で座っていた。

 

「リーゼリット!!」

 

「ううん。大丈夫だよリズ。シロウには会えたから」

 

「それじゃ、どうして機嫌悪い?」

 

 セラの呼び声など一切気にせず、リーゼリットはイリヤスフィールに機嫌が悪い訳を聞く。

 

「ちょっとね。なんでシロウにもあんな物があるんだろうなって」

 

「あんな物?」

 

 リーゼリットが首を傾げる。

 

「…うん。あんな物があるシロウなんて嫌い…! あんなシロウは死んじゃえばいいんだ…!」

 

 イリヤスフィールの言うあれとはリーゼリットには判らない。だが、イリヤスフィールが嫌いというのであれば、

 

「…判った。私、イリヤの嫌いなシロウ倒す」

 

 リーゼリットはイリヤスフィールのため嫌いなもの全てを葬るだろう。

 

「うん。ありがとうリズ」

 

 ニコリともせずに礼を言ったイリヤスフィールは半目で何か考え込んでいる。と思ったら、

 

「…ふぅ、こんなことしててもつまんないや。セラ、リズ、もう夜になるし誰か殺してくるね」

 

「いってらっしゃいませ。お嬢様」

 

「イリヤ、ファイトー」

 

 なんとも対照的な見送りをされたイリヤスフィール。が、いつものことなのかまるで気にせず、紫色のコートと帽子をセラから受け取り、バーサーカーと共に外へ出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒いね、バーサーカー」

 

「…………」

 

 イリヤスフィールが暮らしている城は街から離れた森の奥に建てられている。イリヤスフィールは街までバーサーカーに乗って飛ばして来てもらい、街に入ってからはバーサーカーから降りて歩いていた。

 周囲は完全に夜になっており暗く街灯だけが頼りなのだが、イリヤスフィールの白髪は否応に目立つ。だが、それ以上にイリヤスフィールの後ろを歩いているバーサーカーは全体的に暗い色だというのに、その覇者とも言える気配によって、より目立っている。

 イリヤスフィールは話すことなど一切できないバーサーカーに話しかけながら歩いているという、なんとも奇妙な光景だが、周りには誰一人いないのでそう思う人物はいない。

 そのまましばらく目的もなく二人は彷徨い歩いていると、柳洞寺周辺にまで来ていた。

 

「………? なんだろうこれ」

 

 柳洞寺の前まで来たイリヤスフィールは目の前に結界が張ってあるのを瞬時に察知する。

 

「…これ、外部からの視覚を惑わしているんだ。

 それに、これ内側からの魔力を遮断している。…中で何をしているのかしら?」

 

 小首を傾げ、そんなことを言ったイリヤスフィールは、「ん〜、侵入を防いでいるものもないし、気になるし、入っちゃえ! 行くよ、バーサーカー!」と言ってなんの警戒も無しに入り込む。すると、

 

「! …これって、固有結界?」

 

 一瞬、眩い光が見え、目を細めたが徐々に慣れてくる。すると、そこはまさに別次元と言っていい世界だった。

 夜だったはずのそこは天国の如し美しき晴れやかな草原。周囲は街中にいたはずがなにも無く、夜だった筈の空も明るくなっている。イリヤスフィールとバーサーカーはそのただただ永延と続く草原に立っていた。

 

「わぁ…! すごく綺麗だわぁ」

 

 ここは敵のテリトリーだというのに知らず知らず、そう感嘆してしまう。

 

「気に入ってくれたかな。アインツベルンのお嬢様」

 

 不意に声が後ろから聞こえたイリヤスフィールは振り向く。

 振り向いた先には、ここの太陽とも言えし空に浮かぶ光帯の輪とその下に何もない草原かと思われたが、そこに唯一岩のような瓦礫で囲んだ階段とその先にある玉座があった。

 そして、今イリヤスフィールの前には、いたるところが跳ねた癖毛のある白髪と焼けた肌に様々な装飾を施された魔術師の格好した青年がいた。

 

「…あなた、サーヴァントね」

 

「いかにも。私はキャスターのサーヴァントだ、聖杯を宿されしホムンクルス」

 

 そう言われ、驚愕する。

 何故判ったのか、イリヤスフィールの身に聖杯があることを。

 

「…なんで判ったか、って顔だね。そんなこと私には造作もないことだというのに」

 

「あなた…一体何者…!?」

 

 直接見たわけでもないのにイリヤスフィールに聖杯があることを知っている。どうやってた知ったというのか、彼は造作もないと言った。つまり、それができるスキルか何かがあるということだ。そして、このサーヴァントはそれだけではないだろう。

 イリヤスフィールは直感する。このサーヴァントは今までのサーヴァントとは桁違いだ。まさに、あのランサーと同じか、もしくはそれ以上の。

 

「私が何者か、だと? 何故教えねばならない。…と言いたいが、そうだな…君は面白い存在だ。特別に教えてあげよう。私は、――」

 

「――いいえ、いいわ。そんなこと聞いたって、あなたを殺すことには変わりないんだから――!

 やっちゃえっ! バーサーカー!」

 

 とにかく、一刻も早く倒さなければいけない、そう思ったイリヤスフィールはバーサーカーに命令し、バーサーカーは雄叫びと共にキャスターに突撃する。

 

「…私を殺す、か。随分となめられたものだ。

 まあいい、それならば来るがいい――十二の試練を乗り越えし勇者、ヘラクレスよ」

 

 どこで判ったのか、バーサーカー、ヘラクレスの真名を看破し、その名を判っても突撃してくる光景にキャスターはあせる様子を見せない、どころか余裕に構える。

 

「■■■■■■■■ーーーーー!!」

 

 諦めたのではないかとも思えるほど微動だにせずヘラクレスを見据えるキャスター。

 ヘラクレスはそんなキャスターに容赦などするつもりもなく――一直線に剣斧が降り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ…これ…」

 

「…! バカな、これは一体…!?」

 

 凛はこの光景が信じられず目を見開き、アーチャーも同様に、いや凛以上に驚いている。

 

「…ここは、一体…」

 

「…私もわかりません。けど、これは恐らく固有結界だと思われます」

 

 士郎達も驚いているが、それ以上にここの美しさに目を奪われていた。

 

「おや? 今日は来客が多いようだ。まさか一気に四人も来るとは」

 

「…!」

 

 士郎達は一斉に振り向く。すると、そこにいたのは青年くらいの魔術師。

 

「…貴方ね、この結界を出しているのは」

 

「その通りだ。ようこそ、私のテリトリーへ。歓迎するよ、ランサーとアーチャー、そして、そのマスター、遠坂家の魔術師と名もない魔術師の少年君」

 

 手を広げそう言うキャスターには残酷性と言ったものが一切感じない。というより、相手はこちらの情報が割れているようなのに敵対するそぶりすら見せない。余裕の表れだろうか。

 

「さて、決まり文句はここまでにして。ふむ、先ほどの魔術師は面白い娘だったが、君たちは…」

 

 何か見定めるようにキャスターは腕を組みアーチャー、凛、アルトリアの順に見ていき、最後に士郎で目が止まる。

 

「…ほう。どうやら君はあの娘より面白そうだ。

 嬉しいよ、これでも生前はただ王として民に尽くしているだけの人生だったからね。せめてサーヴァントになってからは面白いものを見て楽しみたいというものだよ」

 

 キャスターが言っていることの意味は何も判らない。だが、どうやら感じる雰囲気とは裏腹に若干ながら残虐性を持っていそうだ。少なくともそう感じさせるだけのものがあった。

 

「…アーチャー」

 

「なにかな?」

 

 キャスターがそう話している間に凛はアーチャーにこっそりと話す。

 

「すぐに構えて。あのサーヴァント、思った以上に厄介な気がするわ」

 

 そう指示を送り、アーチャーはそれに黙って頷き、剣と弓を出す。

 

「…それにしても面白い。君は…なるほど、二度の幸運に恵まれここまで生きてきたわけか。

 だが、それだと…ああ、そういうわけか。面白い、本当に面白いよ、エミヤ シロウ君」

 

「―! な、なんで、おれの名前を…!」

 

 得体の知れないキャスターは名乗りもあげてないというのに士郎の名前を言い当てた。

 それに士郎は身震いが起きる。怖いのだ。ただ名前を言われただけ、ただこっちに向かって邪気のない笑顔で話しかけているだけ。だと言うのにだ。そこには恐怖しか、無しか感じない。

 キャスターが言っていることは全て、なにもないところに何かを、形のないものを無理やり入れたような、そんな感じがする。つまり、あの物腰も、あの笑顔も、全てが虚構に満ちているようなのだ。

 

「なんで君の名を、なんてことは些細な話だよ。それはつまり、ただ私はそれだけのことが簡単にできる、なんてことだからさ。

 そんなことより、エミヤ君。いや、シロウ君と呼んだ方がいいかな? まあ、この際呼び方はどちらでもいい、こっちに来て少し話さないかい? ああ、安心していいよ。私はただ話がしたいだけさ。こっちに来た代償に魂を貰うとか監禁するとかは一切ないとここに誓おう」

 

 またもや、まるで邪気も何も無いような口調で話すキャスター。士郎は恐怖心から返答に困っていると、

 

「――応えてはダメよ士郎」

 

 凛が制止し、ランサーが槍を構え前に出る。アーチャーは後ろで構える。

 

「こう言った魔術師はね、簡単に人を騙してその人をいいように利用するのよ。だから応えたらダメ」

 

「…酷い言われようだ。本当に話がしたいだけなのに」

 

 そう言ってキャスターは僅かに肩を落とす。

 

「ふん、どうだか。あんた、気づいているんでしょう? 士郎の魔力に」

 

 キャスターはなにが面白いのか、凛の言葉に僅かに口端を曲げる。

 

「ああ、勿論。そして、何故そこまで異常なのかも、そこに潜んでいるのも知っている」

 

 これに凛は、「えっ?」と驚く。士郎の異常な魔力はなにかしら士郎に才能があるからと凜はずっと思っていたのだが、キャスターの口ぶりからすると何か別の理由があるようだ。

 何故今まで対面することすらなかった士郎の魔力の正体を知っているのか、本当に得体が知れない。絶対に警戒を怠ってはいけない相手だ。

 

「…あんた、一体…」

 

「私の名かい? そうだね、せっかく面白い少年が来たんだし、さっきの娘には言いそびれたしね。

 良いよ名乗ろうか。折角だしね。私の名は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――全て魔術の祖を作りし者、魔術王ソロモンだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
どうでした? タイトルからしてすでに出るキャラが判ったと思いますが、この方登場です。そして、わかる通りここから先は前言った通り完全にオリジナルです。と言っても、原作でも割とありえる世界線ではないかなと自分では思っています。






P.S
1/24 キングハサン当たったぁぁぁ!!!


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第十夜-正義の味方と王さま-

今回は早めに投稿。
そして、ついに来ちゃったか…! バーサーカーアルトリア…!
では、始まります。


「ま、魔術王…!? そ、そんな、嘘でしょ。魔術を創り上げた創始者じゃない…!!」

 

 凛は上ずった声で言う。

 

「魔術を、創り上げた…!?」

 

 士郎は自らを魔術王と名乗った者を見る。名乗ってからも相変わらず中身のない笑顔でこちらを見てくる彼が、士郎や凛が使っている魔術、その概念を創り上げたヒト。

 

「いい反応だ。さすが、永きに渡る遠坂の名を継ぐ者だね。私のことはよく知っていると見ていいようだ。

 では、判っているね? 現時点で私に対抗しうる手段を持っているのは、そこにいる騎士王と君だけだと言うことに。ねえ、シロウ君」

 

 急に呼ばた士郎は体がびくりと跳ねる。その士郎を庇うように殺気が籠った目でアルトリアは前に立つ。

 

「そんなに警戒しないでくれ。大丈夫、今の私は君たちと争うつもりはない。いや、無くなったんだ」

 

 手を上げて何もしないと首を振る。

 

「…それはどう言う意味だ、魔術王」

 

「どう言う意味もなにもそのままの意味だよ、騎士王。私は君のマスター、シロウ君に興味が湧いたんだ。

 彼の人生は観させてもらったよ。不幸にも二度も命を落としかね、幸運にも二度も命を助けられた。そして、今も尚その幸運は続いていて、そして、彼は今も尚苦悩している。

 真の意味で幸運に恵まれているのに苦悩してばかり、そんな面白い人生を送っている人なんてそうそういないだろうからね、もう少し観ていたいんだ」

 

「……! 何故、貴方がシロウのことを…!?」

 

 魔術王はまるで今まで側で見ていたかのように士郎の身の回りに起きたことを話す。

 

「何故か、か。それなら私に聞くよりそこの遠坂の魔術師に聞いた方が早いんじゃないかな」

 

 そう言われ、アルトリアは凛の方を向く。

 そして、気づく。凛の顔が青ざめていることに。

 

「大丈夫ですか、リン!」

 

「…大丈夫、とは言い切れないわね。そんなことより、魔術王のことね。

 彼、魔術王は魔術師の頂点に座する人。つまり、千里眼保有者というわけ。それで士郎の過去を観たのでしょうね」

 

 千里眼。高位の魔術師のみが持つ魔眼。様々な事象を観ることができる眼であり、今現在でも優秀な魔術師が多く誕生したのにも関わらず、その保有者はソロモンと後三人しか確認されていない。それだけ希少で特別な眼なのだ。

 それから、千里眼は持つ人によって能力が若干ながら変わってくる。ソロモンの千里眼はその中でも特に高い性能で、過去と未来両方を見ることができる。

 

「なっ…! 千里眼だとっ!? では、彼はマーリンと同じ…」

 

「…確かに伝承じゃマーリンも持っているけど、なんで貴女からマーリンの名前が…。それに、さっきの騎士王とか、貴女…まさか…」

 

 花の魔術師マーリン。アーサー王伝説に出てくる魔術師であり魔術王と同じく千里眼保有者。

 

「…いえ、今はそんなことどうでもいいわ。それより、もう判っていると思うけど、あのサーヴァントに挑もうなんてしないで。あれは貴女と同じくらい規格外の存在よ。なんの策もなしに突っ込んだら死ぬわよ」

 

 凛は今の状況をまとめ上げ、ここは逃げた方がいいと判断する。相手はあの魔術王だ、ならば現在考えられる宝具は恐らく七十二柱の魔神達だろう。

 ソロモン七十二柱、これは魔術王のことをあまり知らなくともかなり有名な悪魔の一覧だ。その中にはあの七つの大罪の悪魔もいる。

 そして、もし本当にこの状況で魔神達を喚べるのであれば、それはとてもまずい。魔神達がどれほど強いのかは判らない。だが、魔神などというくらいだ、一人一人、いや一柱一柱の実力はサーヴァントに対抗しうるだろうと考える。それはつまり、ソロモンはサーヴァントを七十二人所持していることと同義だ。

 ただでさえソロモン本人でも規格外だというのにその配下七十二柱が全員サーヴァントレベルなどと笑い話にもならない。とにかくだ、今相手に戦う意思が無いというのなら、早々に逃げた方が得策だ。

 

「…判りました。今はマスターの安全を第一に考えましょう」

 

「話はまとまったかな。って言っても君たちがここから逃げていくのは判っているのだけどね。まあ、さっきも言った通り今の私に戦う意思は無いからね。逃げても良いし追うつもりもない。だから、――」

 

 そう言った瞬間、魔術王はテレビ画面のようにブレたと思えば、

 

「――!!」

 

「――少し、見させてもらうよ」

 

 士郎の目の前で傷のある頰に手をかざしていた。

 

「――! シロウ!!」

 

 とっさにアルトリアは槍を振るう。が、また同じように消える。

 

「あはは、ごめんね。少し驚かせてしまったかな」

 

 すると、またさっきと同じ場所に移動していた。

 

「…っ!」

 

「そう殺気立たせないでくれ。さっきのは悪かった。けど、もう大丈夫。見たいものは見れたからもう十分だ。

 …と言いたいところなんだが、最後に一ついいかな?」

 

 魔術王は先ほどの一瞬の出来事で恐怖心から放心しかけている士郎に話しかける。

 

「…大丈夫かい? 今君に聞きたいんだけど」

 

「…っ」

 

 士郎はもう訳が分からなくなってしまい、とにかく返事をしなきゃと頭を縦に勢いよく振る。

 

「なら聞くけどね。君のその魔術なんだが、随分と特異なものだね。その投影は魔術王の私といえどもできない。そんな魔術、一体どうやって会得したんだい? 君の過去にはそういったものが無かった。だから気になるんだ。君はどうやってその特異で希少な魔術を手に入れたのか」

 

「どっ、どうやって、って言われても…」

 

 そう言われても、士郎に限らずこの場にいる全員が答えられないだろう。凛も、同じ能力のアーチャーでさえも自身の能力をどうやって得たのかなど知りようがないからだ。

 

「ふむ、判らないと。つまり生まれ持った能力ってことか。…面白い。君はなんて面白い子なんだ。是非とも私の下で魔術を教えたいものだ。

 …おや? もしかしたらこれは本当にいいアイディアではないかな。…うんうん、シロウ君、君は今からでも僕のところに来るといい。そしたら、君に僕の魔術を特別に伝授させてあげよう。君に潜むそれも教えてあげるし、それの制御法も教えよう。

 どうだい? 決して悪い話ではないと思うんだ。あっ、それとも彼女たちと一緒にいたいのかな? だったらいいとも。一緒にいたいのなら連れてきて構わない。面倒はこちらが全て行おう。僕は懐が大きいし、君は何より彼女が大切なんだろう? いいね、大事な異性がいるというのは」

 

 士郎が答えた途端、急に捲し立てて言う魔術王。士郎は一気に色々と言われ何を言っているのか理解しきれず混乱してくる。

 

「ああ、ごめん。もう最後だって言ったのにこんなに長くなってしまった。

 だから、返事はまた後ででいい。とにかく、ここから出たいならこの玉座と反対の方向に進めばいい。そうすればここに来たところと同じ場所に出られる」

 

「……………」

 

 最早、士郎達はこの魔術王の言っていることが理解できない。

 何故、こうも簡単に見逃す、どころかそれを手伝う。何故、敵を前にして簡単に自分の下に来ないかなど言えるのだ。判らない、判らないことだらけだ。

 今士郎達はこの魔術王の言動が何一つ理解できていない。これであればいっそのことバーサーカーの方がまだ理解できるというものだ。

 

「…行くわよ」

 

 凛を合図に士郎達は後ろを向いて走り出す。

 その際、士郎は一度魔術王の方を少しだけ振り向く。魔術王は変わらず空虚な笑顔で走って行く士郎達を見ているだけで、本当に何かするつもりはないらしい。だが、逆にそれが堪らなく恐ろしい。

 ゾッとしつつも確認した士郎はもう振り向くのはやめて走ることに意識を向ける。

 すると、魔術王は士郎を見ながら少しだけ口を開き、

 

「…今の君は悪だよ」

 

 とそう言われたような気がした。

 

「…っっ!!」

 

 士郎達は走り、まだ眼前には草原しか見えないのだが、ある場所を境に結界のようなものに当たり通り抜け、再び周囲が光に覆われたと思うと、無事柳洞寺の前に出られていた。

 出て来れた彼らは緊張していたのか、ドッと疲れたようでサーヴァント達は大丈夫でもマスター達はその場に崩れる。

 

「…大丈夫、士郎?」

 

「…ちょっと、かな。りんは大丈夫?」

 

 生気のない目で、「大丈夫、だと思う」と言う凛と士郎。余程緊張したのだろう。二人の体は今休んでいる状態だと言うのに体の痙攣が収まっていない。

 

「…とにかく、移動しましょう。いつまでもこんなところにいられません」

 

 それを見かねたアルトリアは二人に提案する。それに士郎達は頷く。

 

「では、アーチャー、貴方は凛をお願いします。……アーチャー?」

 

 二人の了承を得てアルトリアはアーチャーに凛を運ぶよう頼んだが、返事がない。何やら考え事をしているようだ。

 

「…ん? と済まない、考え事をしていた。なんと言ったのかな?」

 

「…いえ、凛を運んでくださいと」

 

 そう言うとアーチャーは「了解した」とぺたんと座っている凛を軽々と持ち上げる。

 

「…ちょっと、なんでこんな持ち方なのよ」

 

 凛は怒る気力もないのか不機嫌な顔をするだけでされるがままに横抱き、所謂お姫様抱っこをされる。

 

「む? いや、すまないがこちらの方が運びやすいのだ。少し我慢してくれたまえ」

 

「ああもういいから、早く運んで。はぁ、こんなところ誰にも見せられないわ」

 

 それを聞いたアーチャーは「了解だ」と言って早速跳び上がる。

 

「では、私達も行きましょうか、シロウ」

 

 そう言いつつ、アルトリアはシロウを抱きしめるように持ち上げる。

 

「あっ、うん。判ったよ」

 

 士郎はアルトリアの温もりが来たことに安心感を覚える。そして、そのままアルトリアもアーチャーと同じく跳び上がる。

 

(…今のおれは悪だ、ってあいつ言っていたな。…そんなはずない。おれは、正義の味方なんだ。悪を倒すんだ…!)

 

 アルトリアの腕の中で士郎は拳を握りしめてそう自分に言い聞かせるが、その想いも、もう懐疑的なものに薄々だがなってきてしまっている。

 

(…そういえば、なんだか眠たい、なぁ)

 

 そう思っているうちに、重たい瞼は徐々に垂れ下がっていき、そのままアルトリアの腕の中で眠ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから士郎達は無事衛宮邸についた。凛は風呂に入ってそのまま別棟で寝るようでフラフラと覚束ない足取りで入って行った。

 一方、アルトリアはいつの間にか腕の中で士郎が眠ってしまったことに気づいたようで、仕方なくそのまま寝室まで運んで来ていた。

 

「……………」

 

 部屋の電気を点け、腕の中で眠っている士郎を起こさないよう、布団が入っている襖を開けて布団を取り出して敷き、その上にシーツと枕を置いてそこに頭が乗るように慎重に寝転がせる。

 そしたら、掛け布団をかけてそっとしておく。

 

「これで、大丈夫ですね」

 

 スヤスヤと眠っている士郎の顔をアルトリアは傍で座りただじっと見つめている。

 こうしてみると本当に士郎は子供だ。まだ顔は丸く尖っている部分がほとんどない。手足もまだ小さく、腕や脚もまだ短い。全体的に見積もっても、身長は大体140を越すかどうかだろう。

 

「……………」

 

 そんな幼さが全然抜けきれてない士郎なのだが、一つ普段の士郎からは考えられない部分がある。それは、何度か出てきた頰の傷だ。

 そこまで大きくないが、まだ小さい士郎からすれば大きめの傷跡がある。料理か何かで失敗でもしたのだろうか、それは火傷跡にも見える。一体いつできた傷なのだろうか。

 アルトリアは改めてじっと士郎の顔を見つめる。

 

(…そういえば、あの時、シロウの身に何が起こったのでしょうか)

 

 しばらく見つめていると、ふとアーチャーと士郎の特訓を思い出す。その時、士郎から出てきた黒い液体、あれがよくないものだと言うのは明白だ。だが、今の自分では何もできずにいる。それがどうしても悔しい。この身は主人を護るサーヴァントだと言うのに。

 

「…シロウ。貴方に何が隠されているのか、私にそれを知る術はありません。アーチャーが言った通り、今の貴方には想像ができない危険が迫っているのでしょう」

 

 そう言って、アルトリアは頭を下げる。

 

「…すみません。私は貴方のおかげでこうして強くさせてもらい、楽しく温かい二度目の人生ともいえる環境を謳歌させてもらい、私の話も快く聴いてくれた。貴方はこんなこと当たり前だ、と言うのでしょうが、私は…嬉しかったです。

 なのに、私は何も貴方に返せていませんね」

 

 そこでアルトリアはまたふと士郎と昔の話をしたことを思い出す。

 

(シロウは、私の人生をどのように思っているのでしょうか。随分と素晴らしいもののように思っているようですが。

 …私の人生、それはとても虚しいものでした。王として先陣を走り、時に村を犠牲にして数々の戦いを潜り抜けた。周りも私を王としてしか接しなかった。だから、私はそれが正しい判断だと思い続けた)

 

 まだ選定の剣を抜いたばかりの時を思い出す。

 

(だが、いつしか言われた、『王は人の心がわからない』と。その時、ようやく自分がもう人の身ではないと気づき、私の信念は決して正しくはないのだと気づいた)

 

 だが、気づくのが遅かった。もう戻れないところまで来てしまっていたのだ。

 ならば、周りと違う存在でも自分を信じて進むしかなかった。そうして疑惑を持ちながら無我夢中に突き進んでいるうちに、ランスロットが離反しモードレッドが叛逆を起こした。

 その後、カムランの丘にて自身の手でモードレッドを討ったが、ブリテンは滅び、円卓の騎士もその殆どが戦死した。

 

(私は限界だった。祖国は崩壊し、円卓もほとんどが戦死し、生きていたのはベディヴィエール卿くらいなものだった)

 

 そして、アルトリアは彼に今まで使うことなど一度たりとなかった聖剣の返還を頼み、安らかに眠っていった。アーサー王最期の話だ。

 

(…思えば、私の事を唯一判ってくれていたのは彼だったかもしれない)

 

 ベディヴィエール。隻腕の槍兵であり、円卓の騎士の中では比較的貧弱とも言える騎士であったが、その心は誰よりも輝いていた。少なくともアルトリアにはそう見えていた。

 

(彼は、優しく思いやりのある騎士だった。周りの者は彼を未熟者だと蔑み、私も蔑むことはなかれ彼は騎士としては優しすぎると思っていた。

 だが、今思えば、彼のような思いやりが私には必要だったのかもしれない)

 

 彼のような慈しみのある笑顔、これがアルトリアにもあれば、ブリテンは滅びの運命を辿らず叛逆も起こらなかったかもしれない。

 だが、もう後の祭り、今更悔やんだところで時間が戻るわけではない。

 そうして思うと、士郎はベディヴィエールに似た優しさがあった。つまりは彼はアルトリアだけでなくベディヴィエールにも似ているのではと思う。だとしたら、

 

「シロウ、貴方は私に似、彼とも似ている。そんな貴方なら、きっと選択肢を間違えることはないでしょう。

 ですが、今の貴方にはアーチャーの言う通り一つ欠けているものがあります。それが判ったときに貴方は――」

 

 ――また、強くなれるでしょう。

 

 そう言い残して、アルトリアは今日一日中起きているつもりなのか部屋の電気を消し外に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、今日は君も見張りか」

 

「アーチャー…。ええ、少し夜風にも当たりたかったので」

 

 星が輝いている空の下、屋根の上に登ると、そこには紅い弓兵が座って見張りをしていた。アルトリアはアーチャーより少し離れた場所に座る。

 アルトリアは先ほどの一声だけでそのまま黙って座っていたが、ふとアーチャーの方を盗み見る。今アーチャーはずっと遠くを見渡すように、視線を遠くに飛ばしている。そのアーチャーの横顔を見ていると、なぜか今まで見たことがないはずだというのに、ここ最近何度か見たことがあった気がした。

 そして、まだ恐らくであるものの、なぜこのように思えるかアルトリアは一つの答が出ていた。それは魔術王と相対した時から疑問に思っていたことだった。

 

「……アーチャー、一つ訊ねたいのですが、よろしいでしょうか」

 

「…何かな」

 

 しばらくの間お互い無言だった状況も、アルトリアがアーチャーに訪ねたことで破られる。

 

「単刀直入に聞きます。貴方は、何者ですか?

 貴方はどうも彼、シロウのことをよく知っているようでした。それだけではありません。貴方のその能力は士郎と同じものと聞きました」

 

 アーチャーはアルトリアが何を言いたいか察しながら黙って耳だけ立てる。

 

「私は魔術には疎い。だから、凛があのようなことを言っていても、貴方も使うのであればシロウの魔術はさほど珍しいものではないだろうと思っていました。

 ですが、キャスター、魔術王は士郎の魔術を知らなかった。

 それはおかしい。凛が言っていたことが本当だというのであれば奴が知らない魔術など何一つないはずです。それで知らないということは、あれはシロウの固有魔術ということになります。

 …もう一度聞きます。貴方は、何者ですか?」

 

「…そこまで判っているのであれば、自ずと答えは出てきているのではないのか? アーサー王」

 

 そうニヒルな笑みで当たり前のようにアルトリアの真名を言うアーチャー。これでアルトリアの疑惑は確信へと変わった。

 

「…やはり、貴方は…ですが、どうやって。いや、それ以前に何があったのですか? 貴方がもし本当にそうなら、何が貴方をそこまで変えたと言うのですか?」

 

「…変わったか…確かにそうだろうな。ところでアーサー王。君はマスターから自身の夢を聞いたかね?」

 

 アーチャーが唐突にそのようなことを言うものだからアルトリアは一瞬惚けてしまう。

 

「…はい。彼の夢は正義の味方でしたね」

 

「そうか。ならば話は早い。そうだ、私は正義の味方を愚鈍にもなろうとし、失敗したのだ。

 …私は今まで百を切り捨てその何十倍と言う数の人を救ってきた。これが本当に私の目指した正義の味方なのか、と疑問に思いながらな。それでも、救える命があるなら全て救ってきたさ。

 だが、その先に待っていたのは批判と罵倒だけだった」

 

 アーチャーが話している内容に、アルトリアはまさに自分と同じだと共感に近い思いでいた。それと同時に、やはり似ていると再確認した。

 

「そして、いつしか俺は皆の恐怖の対象となっていた。どこを見ても俺を見る目は全てが恐怖に染まり、中には憤りが篭った目の人もいた。そのあげく、俺を指差し正義の味方ではなく『化物だ』と叫ぶ者もな。

 笑えるだろう。正しいと思った判断を続けた結果がこれだ。これこそが正義だと信じた結果がこれだ。あまりにも愚かな行為を続け、結局俺は、正義の味方になれなかったんだ」

 

「………それは、」

 

 痛いほど気持ちが判ると思った。なぜなら、本当に同じだからだ。様々な戦いで少数を切り捨てそれ以外を助ける。その方法は形や立場は違えど、全く同じだった。

 そして、その先にあったのが批判だけだということも、王に相応しくないと思ったことも。

 となれば、彼も後悔しているのだろうと思った。だが、

 

「――それでも、俺が後悔することはなかった」

 

「…え?」

 

 後悔はないと言った。

 

「確かに俺は最終的には処刑台に立たされ、そこで命を絶った。だが、悔いはない。その後、死後を世界に売り渡していた俺は守護者となり絶望し、本当に後悔した。だが、それも無くなった」

 

 アーチャーは何か思い出すように夜空を見上げる。

 

「なぜ俺に悔いがないのか、だがな。俺には最近気づかされた…教えられたとも言えるか。ともかく、俺は知ったんだ。この選択は決して正しくなくとも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――決して、間違っていない、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

 アルトリアはその言葉に心底驚いていた。

 確かにアーチャーの人生は正しいものではない。しかし、その想いは、その行いは、決して間違いなんかではないと言う。

 そして、これはアルトリアの心にも響いていた。もしそうなら、自分の人生も行いも決して間違いではないのではないか、と。

 

「――と以上が私の話だ。このようにくだらない愚かな男の話だったが、如何だったかな?

 ……アーサー王? …っ!?」

 

 ニヒルな笑みのままからかうように締め括ったが、返事が来ず振り向くと、思わずアルトリアの顔をギョッとしながら見てしまう。

 涙を流しているのだ、あのアルトリアが。表情は至って変わっていないが、それが逆に不安を煽ってくる。

 何かまずいことでも言ってしまったのではないか、と思った彼はいつものクールで落ち着いた雰囲気が無くなるほどあわふためく。すると、

 

「…ありがとう、ございます。おかげで私の心は救われました」

 

 アルトリアはいつもの凛とした声と笑顔でそう言ってきた。

 そのことに一瞬唖然となりながらも、そのアルトリアの笑顔に見惚れてしまう。

 

(…ああ。いくら姿が変わっていようとも、この笑顔だけは変わらんな、セイバー)

 

 そう思っているうちに知らず知らず自身も屈託のない笑顔を浮かべてしまう。それだけ彼女の笑顔は輝いているのだが、それ以上にかつて愛した者の笑顔は一層輝いて見えてしまうのだ。

 

(…全く、もう昔の自分とは違うと思っていたのだが、存外まだ昔の部分は残ってしまっているようだ)

 

 そのように思っていると急に周囲が明るくなり始める。

 

「そろそろ夜明けのようだ。私はこのまま見張りを続けるが、君はどうするんだ?」

 

「私は…朝食を摂りたいですから、もうしばらくしたら戻ります」

 

 アルトリアがそう言い、最後に、

 

「ですので、楽しみに待っていますよ、シロウ(・・・)

 

 そう、側にいる嘗て衛宮 士郎だった彼に言う。

 

「――フッ、それはあの小僧に言いたまえ」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 二人は朝焼けを見ながら、どこか柔らかな空気のまま士郎の声が聞こえるまで揃って座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 夜が明け始めた頃、柳洞寺の中にある一室、そこで魔術王が何か確かめるように手から魔術による光を出していた。

 

「……先ほどからずっと思案しているようだけど、大丈夫なのかい?」

 

 そんな彼に念話で話しかけてくる人がいる。

 

「大丈夫だよ、マリスビリー。全ては順調だ、と言いたいところだけどまだ判らないかな。

 けど、大丈夫。今回の聖杯戦争でとりわけ強いのは二人だけ。それも、すでにその内の片方、ヘラクレスは片付けたからね」

 

 魔術王はくつくつと笑い出す。だが、対照的に魔術王のマスター、マリスビリー・アニムスフィアは納得がいかない雰囲気を出す。

 

「…ふう、倒したと言っても最後だけ残したじゃないか。なんで最後まで仕留めなかったんだ? バーサーカーを倒しさえすれば聖杯はこっちの手に渡るというのに。

 それに、なんでバーサーカーが撤退した後に来たランサーとアーチャーまで見逃したんだ。三騎士のうち二人を倒せば、残った三騎士は同盟を組んでいるセイバーのみの上、あんなマスターだ、簡単に倒すこともできるだろう?

 それとも、思いの外バーサーカー相手に手間取ったからか?」

 

 次々と疑問を言ってくるマスターに、魔術王はそれに淡々と答える。

 

「それもあったかな。ヘラクレス、彼は確かに伝承通り強かったよ。私の魔神達を半数近くまで減らしたのだから。

 それから今あの聖杯を手に入れたところでまだ一体分の魔力しか溜まっていない。あの私が召喚し、始末したアサシンの分しかね。持っていたところでほとんど意味はない上、あのまま戦った後に連戦で騎士王相手は苦戦すること請け合いだからね。一応、保険として魔神達を残しておきたかったから見逃したんだ」

 

 そう彼が言うとマリスビリーはふむ、と言ったのち、

 

「だとしても、君にはあの宝具があっただろう? そもそも、ヘラクレス相手に宝具を使わないとはどういうことだい、キャスター?」

 

「ああ、確かにそうだけど、まだ魔力が溜まっていないんだから仕方ない。それはわかっているだろう?」

 

 そう言うとマリスビリーは黙ると思ったが、

 

「だから、何度も言っているだろう。そこまで溜める必要はないと。君が言うには、あれは溜まれば人理すら滅ぼすとか言っていたが、そんなことする必要ないし、やってはいけないことだ。せめて対城までで抑えてくれ」

 

「はぁ、そうは言うけどね。あれ対城にするまでにも時間がかかるんだよ? 全く、あれに私自身の魔力を入れればもっと早くできたんだけどな」

 

 そう言ってため息を吐き出す。

 

「そんなこと言っても、できないのであれば仕方ない。だからこそ、こうして町の人たちから集めているんだろう」

 

「と言っても、ただの人間から採れるエネルギーは少ないというのに殺さないようギリギリまでなんて余計に少ない。加えて余り採りすぎるなとなれば、どうやっても対軍宝具にするだけでも後一週間近くかかる」

 

 と言われマリスビリーはむぅ、とこの場にいなくとも難しい顔で考えているのが判る声を出す。

 

「何か方法はないのかい? こう、一気に集める方法は」

 

「…そうだね、無くはないかな」

 

 少しだけ思案して言ったことにマリスビリーは追求するするようにして、「何だって? あるのか? それなら…」と早速しようと言いかけたら、

 

「けど、はっきり言うけど、それは難しい」

 

 と遮って言う。それに「…なんでだ?」と聞くと、

 

「うん。その方法っていうのがね、シロウ君なんだ。あの子の魔力を吸いとればあの宝具は一気に対界宝具にまで登る」

 

 衛宮 士郎。彼のことは魔術王を通して知っていた。魔術王ですらできない特異な魔術を扱う少年と。

 

「…なるほど、確かに難しい。けど、君の魔術ならできるのでは?」

 

「それはもっと難しいな。彼女が側にいる限り私の魔術は察知されるだろうし、察知されないにしても何かしら報復を考え、捨て身の策をとりそうだ。そんなことになっては本末転倒だよ」

 

 もし、本当に捨て身でかかってこられては相討ちでやられる可能性がある。それだけは避けたいので、士郎のことは諦めることにする。

 

「結局のところ時間が経つのを待つしかないか」

 

「ああ。でもそれで良いと思うよ。なぜなら、彼らも私にはしばらく手出ししないだろうし、彼らなら他のサーヴァントを倒してきてくれるしね。つまりはこっちは楽に事を進めれるって訳だ」

 

 そのため、魔術王はしばらくの間自身の宝具に魔力が溜まるまで傍観を決め込むようだ。

 その事にマリスビリーは「なるほど」、と納得し、もう活動限界が来ていたのか欠伸の声が聞こえ、「では、私はしばらく眠る。君も必要ないと思うが、休憩を摂りたかったらとっていて構わない」と言って念話を遮断する。

 

「…まあ、それ以外にも、彼らがサーヴァント達を倒してくれればあの娘にある聖杯に魔力が溜まり、その五体分か四体分の魔力を使えばこの宝具はお望みの対城宝具にまで威力が上がるってこともあるんだけどね。

 それにしても、彼は今回の聖杯がどんなものかわかっているのかな。まあ、判ってないよね、見た感じ。

 あんな穢れた聖杯に願ったところで彼の望みは真の意味では叶えられないけど、彼はどうするのかな?

 まあ、そんなことよりも、と」

 

 マリスビリーとの念話が切れた魔術王は目を瞑り、未来が見える眼で士郎のその先を見る。だが、

 

「…やはり、見えないか。過去や君が出ても大して関係の無い未来は見えても、彼が深く関わる未来はどうしても視れない。もう一人の方は視えるというのに。

 私の眼で以て視れないとなると、君の未来はまだ確定していないということになる。フフフ、ますます面白い」

 

 士郎に深く関わる未来は一切見えず、他でも士郎が出て来た瞬間砂嵐状態になったりして見えずらい。

 魔術王はそのことにまた面白みを見出し、眼を開きゆっくりと手を上に広げ高らかではないが、宣言するように言う。

 

「…もともと君には魔術の才能なんてものは、なにも無い。けど、私は君に期待している。なぜなら、君には体に宿るそれがある。それが有れば、ベクトルは違えど、いずれ私以上の魔術師ないし魔法使いになるだろう」

 

 「そして」、と魔術王は続ける。

 

「君は、死後英霊となるだろう。

 近代の英霊、それはとても珍しい英霊だ。楽しみだよ、その時が非常に。と言っても、既に一人いるけどね」

 

 最後に魔術王は穏やかで空っぽな笑顔を浮かべ、崩れるようにしてその場から消え去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジャガー「ふんふふん、ふーん♪ エミヤからのチョコおいしいな〜。ククルんのは勘弁ニャ〜。
…ニャ!? ついに始まったか‼︎ トウッ!」


ヒュウウウゥゥゥゥ、ズダン‼︎


ジャガー「やあやあ、画面の前にいるみんな! 元気〜? 私は誰だ!? 私は鳥だ! 鳩だ! 豆柴だ! いや、ライ…ジャガーだ! というわけで、みんな大好きジャガーマンだニャ! えっ? タイガー? 知らない人ですね。

 とにかく! みんな今回はここタイガー道場ならぬジャガー道場へようこそ! えっ? ゲームオーバーになってないし、これ小説だよねって? そんな細かいことは気にスンナ。てかここタイガー道場じゃねえし〜。

 そんなことより、なんでいきなりジャガー道場? なんて人のためにちょこっと解説しようではないかっ。
 今回、ここができたわけとしては〜、ズバリ言って作者が唐突に書きたくなったから、ニャ! 是非もないね。
 そ〜んなわけで、弟子もいない状況…ハッキリ言って寂しいです。けど! みんなが応援してくれる限り! ジャガーはくじけないのニャ‼︎ というわけで、本題に入りましょー。

 さてさて、ここジャガー道場で主にやることはですね、この小説に関する質問を答えたいと思いまーす。つまり質問コーナーってことよ!
 今回の小説では出番がほとんどない世界一美しい英語教師に代わってみんなの質問に答えてやるぜっ! って訳でどんどん書いてってね!

 ではでは、最後の〆にお決まりの予告で締めましょう!」

『佳境に立たされたマスター士郎達! 彼らは見事魔術王ソロモンを討伐できるのか!? 本来のラスボスの運命やいかに!? ガンバレ士郎! ガンバレジャガーマン‼︎ 内なる想いを秘めながら今ランサー陣営、最後の戦いに…!!
 次回‼︎ ランサーVSキャスター! そして、別れの時…』

ジャガー「というわけで、次回も気が向いたら書くニャー。えっ? ランサーはランサーでもあんたじゃないって? うるさーい‼︎ いいだろー‼︎ ヒロイン! ヒロインだよ!? ランサーがっ! 珍しくヒロインだよ!? てか、結局最後しまってn」プツン



…申し訳ない。なぜか急に魔が指して…。これは今回限りにする予定ですので、心配いりません。(ついでに、予告も無論のことウソです)


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第十一夜-初めて湧き出るもの-

 負の感情って、なんだと思う? いろいろあるよね。悲しみとか、妬みだったり、恐怖心。他にもいっぱいあるんだろうけど、ぱっと思いつくのはこれくらいかな。
 みんなにはどんな負の感情があるかな? ああ、恥ずかしがらなくしていい。負の感情は誰しもが持つものであり、それがあるから生きているんだ。逆に、負の感情がなければ生きていられなんかいないさ。
 …と言っても、負の感情っていうのはその人間の獣性、すなわちビースト。本来では有ってはいけないものだ。けど、なければ生きていられない。全く、皮肉なことだよね。
 さて、シロウ君。君に言った私の言葉は覚えているかな? 君はその獣を抱えている以上正義の味方になんてなれない。ただ、そちらに転べば君は死ぬ。けれど、君ならそれを厭とは言わないだろう。あっちの君と同じならね。
 君の苦悩、その本質は自身にある獣との戦いだ。それに勝利すれば君は正義の味方だし、負ければ、君は獣となる。
 …どういう意味か判るかい? 君は今瀬戸際に立たされているんだよ。この世の悪となるか、それとも世界を救うべく立ち上がる者になるか。
 それが決まる時が、非常に楽しみだ。それで初めて君の未来が見れそうだからね。



 それから時間が経ち、夜も完全に明け、朝食を済ました士郎は今日も凛から魔術を教わろうとしたが、

 

「あー、ごめん。今日はちょっと気分悪いから無しで」

 

 とかなりやつれた顔で言われたので、仕方なく今日の魔術鍛錬は無しになってしまった。ならば、後は戦闘訓練だが、知っての通りアーチャー、エミヤはもう来なくていい、と言われているので行こうと思っても行けなかった。

 

「はぁ。今日はどうしよう。すること何もないなあ」

 

 ふらふらと屋敷の廊下を歩いていると、

 

「あっ、アルトリア!」

 

 居間でアルトリアが座ってテレビを見ていた。

 

「シロウ。どうされました? 今の時間なら凜から魔術を教わっているのでは?」

 

「今日はりんが体調悪いからって休みになったんだ」

 

 士郎はアルトリアの方に駆け寄る。すると、ひょいと持ち上げられアルトリアの膝に乗せられる。もう慣れたのかこれがほぼ当たり前になっている。

 

「凜が…仕方ありませんね。昨日の今日ですから。

 では今日はどうしましょうか」

 

 エミヤの訓練に関してはアルトリアも知っているので、その事に関しては触れない。

 

「そうだなあ…今日はアルトリアと何か話そうかな」

 

「私と、ですか。それは構いませんが、大した話はできませんよ」

 

 とアルトリアが言うも、「そんなこと気にしないよ」と士郎はそれでもいいと言う。

 それなら、とアルトリアも了承したところで、士郎は早速何から話そうかなと思っていると、

 

「…ん? 誰だろう」

 

 突然屋敷に備えてある電話からコール音が鳴り始める。

 士郎はこんな時間に誰だ、と思いながらアルトリアから解放してもらい、居間を出てすぐそこにある電話の受話器を取って「もしもし」と話しかけると、

 

「やあ、久しぶりかな? 僕のことは覚えているかい」

 

「…! お前…!」

 

 聞こえてきた声は忘れる筈の無い桜の兄、間桐 慎二の声だ。

 

「ああっと切るなよ? 今回僕が君の家に電話をかけたのは、君と少し話がしたいからなんだ」

 

「話…? お前が…?」

 

 一体あの慎二が士郎に何の話をしたいと言うのか、嫌な予感しかない。故に断ろうとしたが、

 

「聖杯戦争…」

 

 その一言により聞かないわけにはいかなくなった。

 

「―! なんでお前が…」

 

「さあ。なんでかは君が来れば判ることだ。それじゃ、高校で待ってるから。ああ、あとサーヴァントは連れてきた方がいいよ」

 

 士郎の返事も待たず、言いたいことを言ってすぐに切られてしまう。

 

「お、おい! くそっ、切りやがった。…」

 

 士郎は少し悩む。これは士郎でも判るくらいあからさまな罠だ。何かしら学校に仕掛けていると見るべきだろう。もしかしたら、前感じた高校の空気と何か関係があるのかもしれない。

 ならば、これは行くしかない。たとえ罠だと判っていても、このままでは高校が、桜や大河が危険な目に遭うかもしれないからだ。

 

「……………」

 

「…大丈夫ですか? シロウ」

 

 そう決めていた時だ、士郎の声が聞こえていたのかアルトリアがやって来る。

 

(そういえば、あいつサーヴァントを連れてこいって言っていたな)

 

 慎二はサーヴァントを連れてきた方がいいと言っていた。あの口ぶりからして慎二はマスターである可能性がある。ならば、恐らく自分のサーヴァントとぶつけよう、ということなのだろう。よほど自信があるのか。

 これは相手のサーヴァントは大英雄と見ていいだろう。少なくとも一筋縄ではいかない英霊と思われる。

 

(…本当なら、おれ一人で行きたい。けど、おれじゃ何もできない…! よし)

 

 本来であれば士郎は自分の手で桜達を守りたい。だが、腹立たしいことに士郎一人では何もできない。

 ただし、それもアルトリアがいれば話は別だ。アルトリアの強さはもう骨身に染みている。

 故に、士郎はアルトリアを頼ることにする。

 

「なあ、アルトリア。頼みたいことがあるんだけど…」

 

 士郎は先程の慎二と話した内容を教える。

 

「…判りました。行きましょう。確かにこのままでは二人が危険です」

 

 お互い頷き、士郎はアルトリアに学校まで運んでもらおうと背中に乗る。

 

「凜はどうします?」

 

「…凜は疲れているようだし、今はそのまま休んでいてもらおう」

 

 今朝の凜を思いだし、今はそのままそっとしておこうと思う。あの疲れようではさすがに危険かもしれないからだ。アルトリアは「判りました」と言って人気のない道を走り出す。

 

(待っててくれ…。さくらねえちゃん…! ふじねえちゃん…!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少し経った頃、士郎達は学校前に着いた。学校の様子は至って変わらない。まだ授業中なのか一切音もせず、校舎は静まり返っている。

 

「…行こう。なるべくみんなに気づかれないようにね」

 

 生徒達が士郎達を見ればたちまち騒がしくなるだろう。それは前回の弓道部で経験した。それに、今回はランサーもいる。ランサーもランサーでかなり人の目を集める容姿だ。騒がられること間違い無しだろう。

 そのため、士郎達は最低限物音を発てないように学校に入っていく。

 

「……………」

 

 静かな校内をひたすら音を立てず忍び足で歩く。周囲にも警戒しているものの、今のところ何か起こる気配はない。

 

「……………」

 

 しばらくして、一階は一通り確認し何もないと判ったので、次の二階に上がる。

 

「…本当に何をしようとしているんだ?」

 

「少なくとも、ここに何か仕掛けられているのは確かなようですが」

 

 教室からは教師の声とチョークの音しか聞こえない。思えば、何故こんな授業中に呼んだのか、何が目的なのか。検討もつかないまま調べ終わり次の三階まで登る。

 

(…なんだろう。こんなに静かなのに、なんですごくまずいことが起こりそうだって思えるんだろう)

 

 と胸騒ぎが治らなく不安に思っているが、何かが起きそうな気配は未だに無い。その事が余計に気味悪く感じる。

 もしも、ここまで来て本当になにも起こらないのであれば、ここに呼び出したことが罠だったということもありえる。

 なぜなら、それなら目的が一目瞭然だからだ。士郎と凜を分断させ、個別に叩く。至ってシンプルにして一番確実性がある戦略だ。

 

「…アルトリア、一旦戻ろっか」

 

 もしそうだったとしたら早急に戻る必要がある。こうしているうちにも凜が危険な目にあっている可能性があるからだ。無論、凜とエミヤが負けることなどそうそうないだろう。そこまで不安に思うのはある意味失礼だ。

 だが、何事にも万が一がある。もし、慎二が本当にそんなことを考えていた場合、誰かと繋がっているだろう。何故なら慎二は、凜の居場所をしらない筈だ。故に、誰か…あの魔術王のようなこちらの情報を知っている強力なサーヴァントと繋がっていれば、その可能性も高くなる。

 故に、士郎が戻ろう、とアルトリアに言う。――だが、その瞬間、

 

「――! な、なんだっ!?」

 

「――! これは…!?」

 

 一瞬で周囲が血のような赤紫色で染まった。

 空気が一瞬にして変わった。これは完全に何かが起こったのだろう、二人は咄嗟に構える。

 不気味な色合いに染まった風景はそこにいるだけで恐怖を感じてしまう。が、それよりも、妙なことが起こった、先ほどまで聞こえていた先生の声もチョークの音も何もかも急に聞こえなくなったのだ。これは、この学校にいる人達全員に何かあったに違いない。

 とはいえ、焦っても仕方ない。二人は一体ここで何が起こったのか理解しようとするが、その前に、

 

「…! そうだ、さくらねえちゃん!!」

 

 桜達の安否が気になった。

 

「! シロウ! 迂闊に動いては危険です!」

 

 桜を探そうと、突然走り出した士郎を追いかけようとするが、

 

「…!」

 

 突然、目をバイザーで隠した美女が横から現れ、

 

「…貴女はこちらです」

 

 鎖がついた杭を、アルトリアに突き刺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ。…っ! さくらねえちゃん!!」

 

 士郎は桜を失いたくない一心で探し回る。もう嫌だった。誰かと死に別れなど、切嗣で十分だった。だから、士郎は必死になって一年教室と書かれた教室を開けて探す。桜の学年は知っているものの、クラスまでは知らないので適当に手当たり次第探すつもりだ。

 

「…っ! うっ、あっ、ああ…あ…」

 

 教室の横開きのドアを開けてみると、そこはいつしかの見たことのない筈の地獄が再現されていた。

 そんな惨状に思わず後退りする。まさにこれは周りの雰囲気も合わせて地獄だった。椅子に座って机に向かっていたはずの生徒達は殆どが椅子から落ちて倒れている。その様は大量の人が飢えで死んでしまったようだった。士郎はその状況がどうしても怖く、歯を鳴らして目を見開く。足もガクガクと震えてばかりで、探しに来たはずがなかなか教室の中に入れない。

 

「っ! あっ!? くあっ…! な、なんだこれぇ、ぇ…!?」

 

 そうして立ち往生していると急にフラッシュバックのように、ある光景と今見えている光景が重なり合う。その光景は見たことがないはずなのに、夢で見たことがあるようなないような、不思議と縁を感じる。そんな曖昧な記憶であるが、少なくともかつて自分もここの生徒達と同じ状態に紛れていたことは覚えている。

 

(っっっ!! は、入んなきゃ…! さくらねえちゃんを、探さなきゃ…!)

 

 体に鞭を打ち、意を決して教室に入る。

 中は依然として静まり返っており、意識のある人は誰もいない。だというのに、死体のように生徒達が転がっているのだからここは死体安置所かなんかじゃないかと錯覚しそうである。

 

「…っ! …っ!! ひっ!?」

 

 体の震えは以前にも増して止まることはなく足を震わせながら歩く。歩いている間桜を探してキョロキョロとしていると、時々光が消えた瞳と目が合い悲鳴が出る。何度か腰が抜けそうにもなった。

 士郎は一通り探したが、桜はどこにもいない。恐らく別のクラスなのだろう。ならば、ここに用はない。

 

「…っ、はっ…! はっ…! はあ、あぁっ!」

 

 呼吸がおかしくなりながら急いでこの恐怖から逃れたいがために次の一年教室を探す。ここも先ほどと同様だった。生徒達が死体のように転がっている。またフラッシュバックがくる。

 士郎は頭を抑え、怯えながら少しの間探していると、見覚えのある紫色の長髪の女子を見つけたので近寄ってみると、案の定桜だった。

 

「…! さ、さくらねえちゃん…! さくらねえちゃん!! あっ、ああ、…よかった。まだ、生きてる」

 

 士郎は泣き崩れながら幸いにまだ息をしている桜に近寄る。といっても、それも風前の灯火だ。一刻も早くこの状況を戻さなければ完全に息絶えてしまうだろう。

 だとしてもどうしろというのか。こういったものの解き方など士郎が知るはずもない。ならばどうすればいい。どうすればこの状況から桜を助け出せる。それだけじゃない。ここにいる生徒達も別の教室にいるだろう大河もだ。このまま誰一人見殺しになんてできない。

 

(このままじゃ…! でもどうすれば…! おれに何ができるんだ…!)

 

 だが、何度も言うように、士郎一人では何もできない。そのことに士郎は自分自身の無力感を改めて思い知らされた。

 

(…はは。本当に何もできないな、おれって。こんなんじゃ、アーチャー師匠に見限られてもおかしくないよな…だったら…)

 

 自嘲気味にそう思う。

 

「…結局、おれって何ができるんだろう。おれは、正義の味方になるため頑張ってきたの、に。おれは、……。…そうだ、おれは正義の味方だ。そうだ、それなら…」

 

 士郎は恐怖と無力感から思考が徐々にグチャグチャに混ざり合ってきた。うわ言のように正義の味方を口ずさみ、しばらくの間考え込んでいた士郎は一つの結論に至る。それは、

 

「……こんなことを…! こんな酷いことをあいつはしたんだ。なら、死んじゃってもいいよな。全部あいつが悪いんだ、殺しちゃえば、いいんだ」

 

 本来の士郎であれば出るはずのない答えだった。士郎は拳を握りしめ、声を震わせながらも呪いでも吐くかのように恨めしくこれを作った張本人と思われる慎二に向けて言う。

 今士郎は桜が死ぬ恐怖心と自身の信念を天秤にかけていた。どちらが大切か、カタコトと左右に揺れている天秤はやがて、一方向へ傾く。

 

「…殺すんだ。こんなことをしたんだ。誰も許すわけないし、死んじゃっても構わないだろ。殺せばいいんだ。

 そうだ、殺すんだ。あいつを引き裂いてやればいい。体を千切ればいい。殺す…殺す…! 殺ス…!! 殺すんだ、絶対に!!!」

 

 天秤は無力感から恐怖心へと傾いてしまい、結果恐怖心は強力な殺意となった。さらに、士郎は知らず知らず体から黒い瘴気のような靄を出してくる。

 士郎はゆっくりと立ち上がり、慎二を、この惨状を招いた元凶を消すために走り、探し出す。それが、士郎に潜むものを肥やすだけだということに気づかず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎖に繋がれた二本の杭と光輝く馬上槍が激しく音を立てながらぶつかり合う。

 

「ハァッ!」

 

 士郎と切り離されたアルトリアは薄紫色の長髪で妖艶な女性、ライダーを相手にしていた。

 

「…やはり、お強いですね。走っていったあの子のおかげでしょうか。でも、これは決してそれだけではありませんね」

 

 ライダーは目が隠されているはずだというのにまるで見えているような、しなやかな動きを見せる。

 

「…ライダー、これは貴女の仕業か」

 

「この結界のことですか? ええ。そうですよ。これは私の宝具『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』。これは中にいるもの達を溶かし魔力とするものです」

 

 ライダーはもう発動したからなのか、まるで隠すつもりもない様子だ。

 アルトリアはこれが完全に部外者に害を与えるものだと判っても決して怒り出すこともなく、ただ険しい目で睨むだけだ。

 

「…なるほど、では貴女を倒しさえすればこの結界は解かれるということか」

 

「…ええ。出来るものならの話ですが」

 

 そう言うと同時に杭を構え、また襲いかかってくる。

 

「―!」

 

 アルトリアは咄嗟に対処し、金属音と共に後ろへと流す。が、後ろへと回った瞬間、またライダーは尋常じゃない速さで襲いかかる。

 ライダーは不意を突いたと思ったが、アルトリアはライダー以上の速さで槍を振り向きざまに横薙ぎに振るい、ライダーは咄嗟に上半身を反らして躱し、そのままの体勢で勢いよく後ろに飛んでアルトリアから距離を取る。

 この狭い空間では考えられない速度で槍を扱うアルトリアに素早くしなやかな動きを見せるライダーの戦いは、さながら踊りでも踊っているようだった。アルトリアはライダーの見た目からは想像できない速くも重い一撃を巧く受け流し、ライダーはアルトリアの一直線に向かってくる槍を杭で反らし僅かにできた隙間から体を滑り込ませ巧く躱す。

 

「…どうやら貴女は、優しく殺せそうにないですね」

 

 しばらくの間攻防が続いていたが、ライダーは一度吹き飛ばされ杭を床に突き刺すようにして勢いを殺し、一度止まってから目を覆っているバイザーに手を掛ける。

 アルトリアは宝具が来るかと思い、いつ来ても大丈夫なよう身構える。だが、

 

「…!」

 

「なっ…!」

 

 ライダーは唐突に光のベールに包まれたと思えば、一瞬にしてその場から消え去った。

 

「…今のは、令呪による強制転移…」

 

 一瞬何が起こったのかと唖然としたものの、すぐに冷静な思考で結論を出す。つまり、ライダーのマスターがどこかへと令呪で命令し送ったということになる。

 どこへいったのかは、まだ近くにいるようなので気配から判る。故に追いかけようとするが、

 

「…!」

 

 その前に、急に何か妙な気配を感じた。それは以前も感じたことがあるものだ。なぜいきなりこれがと思っていると、また唐突にこの学校を覆っていたライダーの結界が消えた。そして、立て続けにライダーの気配も彼方へと去っていく。

 

「…これは一体…」

 

 次から次へと状況が変わっていくために、まだ状況判断ができていないものの、どうやらこの学校から危険は去ったと見える。ので、ここでじっとしていても仕方なく、士郎のところへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルトリアがまだライダーと戦っていた頃、

 

「はぁ…! はぁ…! はぁ…!」

 士郎は血眼で慎二を探している。どこにいるのか検討なんてない。だが、探さずにはいられない。足も見つけるまでは止まることもない。

 

「どこだ…! 出てこい!」

 

 そう叫びながら士郎はずっと探し回っていた。それでも、なかなか見つからず苛立っていた。その時だ、

 

「あん? なんだ、全然元気じゃん。なんでお前には効いてないわけ?」

 

「…!」

 

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。後ろを振り向けば、十メートル先あたりに慎二の姿が見える。

 

「テメェ…!」

 

「おいおい、やだなぁ。なんだいその目。そんなムカつく目なんてされたらさぁ、思わず潰したくなるじゃん。はぁ、いやだねえ、本当にこういうガキが僕は大嫌いだよ」

 

 士郎が威嚇するかのような視線を後ろから現れた魔導書のような本を一冊持った慎二に向けていたら、慎二はまるで逆撫でするように煽る。

 

「…っ! お前だけは…! お前だけは、許さねえ!!」

 

「吠えんなよ、鬱陶しい。ああ本当、お前といい、藤村といい、なんでこうも鬱陶しい奴らばっかなんだか。死んじゃえって、いっつも何度も思うよ」

 

 慎二は懲りずに士郎達を馬鹿にする。この感じからして、この惨状は正しく慎二が作り出したようだ。

 

「さっきなんかも、この結界が張られても藤村の奴まだ動けていたんだ。もうフラフラの状態のくせにさー、『慎二くん。救急車を呼んで』なんて、僕の服掴んで息絶え絶えに言って来たんだぜ? あっはは!! 馬鹿なんじゃねえの!? これ作った張本人にそんなこと言ってさー」

 

 士郎の額に血管が浮き上がる。慎二の言葉は全てが士郎の殺意へと変換されていく。

 

「あんまりにも面白かったもんだから、思いっきり蹴ってやったらそのままピクリとも動かなくなってさー、あっははは!!」

 

 その瞬間、士郎の血管が切れた。

 

「…っ! テ、メェェェ‼︎」

 

 我慢の限界だった。ただでさえこの状況が許せないというのに、慎二は士郎を馬鹿にし、桜に手を挙げているだけに飽き足らず、大河にまで手を出してきた。それが何より許せなかった。

 

「ああもう! 吠えるなって言っただろう!! いい加減鬱陶しいんだよっ!!」

 

 すると、慎二は形相を変えて黒い柱のようなものを三本出す。

 

「さあ、さっさと死ね!!」

 

 そして、慎二が手を振りかざすとその三本の黒い柱が士郎目掛けて飛び出してくる。

 

「…! こんなものが、なんだってんだあぁぁぁ!!」

 

 だが、士郎はそれに怯えることなく、むしろそれに自ら突っ込んでいくようにして走り出す。

 慎二はこれで士郎が死ぬかと思ったが、思いの外士郎は易々と間を縫うように躱していく。

 

「なっ…! う、うそだろ!?」

 

(っ! これくらいアーチャー師匠の剣と比べれば、どうってことない!)

 

 士郎のあの体からは想像ができないほどの身体能力を前にした慎二は後退りする。いや、それだけじゃない。慎二はあの士郎から漏れ出ている黒い靄にも怖がっている。あの黒い靄は見る者全てが恐ろしいと言えるような、そんな雰囲気を晒していた。

 とはいえ、慎二とてここまで来たからにはそうそう引けない。再三黒い柱を出していく。だが、やはり躱されていく。そして、士郎は慎二のすぐそばまで来た。

 

「ひっ、ひぃっ!!」

 

「すう、はあ。投影(トレース)開始(オン)‼︎」

 

 側まで来た士郎は一呼吸置いて、投影魔術で『干将・莫耶』を投影し、腰が抜けて座り込んでいる慎二の鼻根あたりに突き出す。

 

「あ、ああっ!! あ、ああ、あああ、か、かかか」

 

「…お前は、殺す。お前がいるから、さくらねえちゃんはいつも酷い目にあっていた。今もこうして、さくらねえちゃんだけじゃなくて、ふじねえちゃんも学校にいるみんなも、酷い目にあっている…。お前のせいでなぁ!!」

 

 士郎は慎二に言いたいことを言ったら、顔に当たるギリギリまでで止めていた『干将・莫耶』を一旦引いて、怒りの形相と涙と共に勢いよく同じ位置に突き刺そうと振り上げる。だが、その瞬間、

 

「こ、こここい! ライダー!!」

 

 そう叫ぶように令呪でライダーを呼んだ。

 

「…っ!」

 

 そして、士郎は令呪によって瞬間移動して来たライダーに突き飛ばされる。

 

「ガハッ!」

 

 廊下の上を転がり、慎二から少し距離が開いたところで止まる。

 

「ご無事ですか? マスター」

 

「…っ! おっ、そいんだよ! この間抜け! さっさとこいつのサーヴァントを倒してこっちに来いって言っただろう!!」

 

 慎二は助けられたというのに、それに感謝の念は一切無い。むしろなんでもっと早く来ないのかと罵倒していた。

 だが、ライダーは依然として態度を崩すことはなく、それを受け入れている。

 

「申し訳ありません。あの子のサーヴァントが思いの外強かったので」

 

「そんなの、理由になってないよっ! 僕が倒せって言ったんだ! なら、僕のサーヴァントらしくさっさと倒してこいよ! 全く、使えないサーヴァントだな…!」

 

 ますます吐き気がする。士郎はそう思っていた。

 やはり、こいつはここで殺す。そうしなければ今度はさらなる被害を出しかねないからだ。そう思って、士郎は先ほどの一撃で壊された『干将・莫耶』をもう一度投影して構える。

 今目の前にはライダーがいる。ならば、アルトリアがここにいない以上こちらの勝機は無いと見ていい。だが、それがどうしたというのか。今の士郎はそんなことで止まるつもりは一切ない。たとえ刺し違えても、ここで慎二を殺すことに決めているのだから。

 

「…………」

 

 それにライダーは無言で同じく杭を構える。ライダーとしても、アルトリアの存在は厄介だと思った。ならば、マスターの士郎を殺せばいい。だが、こうして士郎と相対していると妙だと思えることがある。それは士郎から感じる魔力が異常だということだ。この結界に吸い取られているはずだというのに、士郎の魔力はまるで無くなっていない。

 本来であればこの結界に閉じ込められた者は生命力を完全に吸収され死に至る。今回はまだ準備が不十分だったために不完全であったものの、それでも大部分は吸われ如何に大魔術師といえども、その変化に一度膝をつけてもおかしくない。だが、この少年はそれだけ吸われて尚有り余る魔力が感じられており、その魔力は小さくなるどころか、一層大きくなっていっている。これは一体どういうことなのか。

 ライダーはこの少年を侮ってはいけない、とそう直感する。そして、

 

「はぁ、はぁ、…っ、そこを、どけええぇぇぇ!!!」

 

 士郎の黒い靄が一層激しく暴れ出すと同時にライダーの体に戦慄が奔る。

 

(これは…! まずい…!)

 

 今の士郎から感じる気配はサーヴァントたるライダーでさえ危険信号を感知させる。それほどまでに、士郎から漏れ出ている黒い靄は禍々しく恐ろしいものなのだ。

 

「ひっ…! に、逃げるぞライダー! なにかないのか!?」

 

 慎二も何がどうなっているのか全く判っていないものの、今の士郎は危険だということは判っているようだ。

 

「判りました。では、この結界を解き早急にここを立ち去ります」

 

 そう言うと、学校を覆っていた結界は消え、ライダーはおもむろに杭の先を自身の首に当て、一気に切り裂く。その行為に士郎はもちろん、マスターの慎二も驚いて見ているが、次の瞬間、切り裂いたことで飛び散ったライダーの血がなにか模様を宙に描き、古い神話に出て来そうな魔法陣を形成する。そして、

 

「うわっ!!」

 

 そこから眩い光が見えたと思えば、何かが目にも止まらないほどの速さで士郎の横を一気に通り過ぎる。

 通り過ぎた後、士郎は眩い光で瞑っていた目を開ける。すると、そこには無残に抉られた廊下の風景だけだった。慎二もライダーもいない。

 

「…っ! くそっ! 逃げられた…!!」

 

 士郎は歯を食いしばって『干将・莫耶』の片方を床に投げつけて苛立ちを表す。

 

「次こそは…! 絶対にあいつを…!」

 

 もう片方にある『干将・莫耶』を血が出るんじゃないかというほど握り締める。すると、黒い靄もそれに呼応するようにして大量に湧き出てくる。その靄は士郎の心が負の感情で埋められると比例して大きくなっていき、士郎を覆うように蠢いていく。だが、

 

「シロウ…! ご無事でしたか」

 

 アルトリアがやってくると同時に、士郎は頭の中からその感情が一気に抜け落ち、黒い靄が全て消え去った。つまり、冷静になれたということだ。

 

「…アル、トリア…」

 

 冷静になった士郎は先ほどまで自分は何をしようとしていたのか振り返る。

 

(…あれ? おれ、今何しようとしていた? おれは…殺そうとしていたのか? 人を? おれは人を殺そうとしていた…のか…)

 

 そう自覚した瞬間、士郎は吐き気に襲われ口を抑えうずくまる。

 

「!? シロウ!? 大丈夫ですか!!」

 

 ただ事じゃない雰囲気にアルトリアは瞬時に士郎に近寄っていく。

 吐き気が収まらない士郎はそのまま今朝の朝食を吐き出す。吐き出した士郎は多少スッキリとはしたものの、まだ気分が優れないようだ。アルトリアはシロウを運び、学校に備えてある無事だった水道で士郎の口の中を濯いであげる。

 

「もう大丈夫ですか?」

 

「…うん。ちょっとは良くなった。ありがとうアルトリア…」

 

 と言っても、士郎の声はあからさまに弱まっている。これは少し休ませたほうがいいだろう。ここも時期に騒がしくなるであろうから、ここからも早急に去った方が良いと考えアルトリアは士郎を抱いたまま素早く学校を離れて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほどね。まさかあれがそんなものだったなんて」

 

「…………」

 

 無事帰宅したアルトリアは早速いつの間にかぐったりと気を失っていた士郎を寝室にまで運び寝かしつけた。そのすぐ後、士郎を見に幾分か気分が戻った凛がやってきた。

 凛はアルトリアから何があったのか大体のことを聞き、あとの詳しいことは士郎から聞いた方が良いと士郎の回復を待っていた。

 

「とりあえず、ご苦労様。学校のことは心配しないで。綺礼の奴がなんとかしてくれるでしょうし、今はそんなことより士郎の心配をしましょう。致命的な傷らしきものは一切無いようだし、時期に目覚めるとは思うけどね」

 

「…はい」

 

 凛の労りの言葉にそう素直に頷くアルトリアだが、今アルトリアには疑念とでもいうべきか、一つの思いがあった。だが、それを決めるのも士郎自身だ。凛が相手でも今ここで言うべきではない。

 

(シロウ…。っ! 私は、どうすれば…!)

 

 アルトリアは今己の不甲斐なさを呪っていた。確かに凛が言う通り士郎に外傷は殆どない。だが、それはあくまでも外傷の話だ。内に潜む傷はどうなっているのか。アルトリアにそれを知るすべはない。何故なら、内なる傷というのは本人でしか気づけないし解決もできない。外部の人ができることはそれを多少手伝うことだけ。

 心底嫌になってくる。こうして今大切な主人が危険な状態だというのに、こうして何もできず指をくわえて見ていることしかできないというのが何より嫌だった。

 

(…もし、まだ手段があるとしたら…)

 

 考える。アルトリアはこのままでいるつもりは毛頭ない。ならば、今自分ができる最大の方法で士郎を救うだけだ。

 

(…どうか、無事でいてくださいね、シロウ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 人間の獣性、それは誰しもが持ちしものでありながら、それは有ってはいけないもの。士郎は今その獣性と戦っているところだ。だが、今士郎は負けかけている。それはなんでだ? 衛宮 士郎のその想いは高潔なはずだ。
 …そこに潜むものの所為だって? 残念ながらそれは違う。何故そう言い切れるか? それは当然だ、何せ彼は本来の衛宮 士郎とは違う。
 実は彼は良くも悪くも普通の人間と大差ないんだ。それが獣を育てる要因になっているのだ。ならば、どうすれば彼は獣に勝てるのか。その最大の武器は誰が握っているのか…
 それは、――――










今回はここまで。
今回の話は割とさらりと終わりましたが、ここら辺でようやく具体的な本来の士郎との違いが見てと取れたんじゃないかと思います。


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第十二夜-そこにある想いは-

ども、みなさんウェズンです。
今回は少しお伝えしたいことがありまして、マリスビリーがなぜこの戦争に? と思われている方がやはりいました。
そうなるだろうと事前に設定は一応作っておきました。なんで今まで出さなかったの? と思われますが、これ完全に後から作ったものですのでどうしても微妙な出来でしたので。
そして、作中でそのことが出てくることはないと思うので、後書きで言いたいと思います。
では、始まります。


「…ん、んん。…あれ、おれ確か学校に行って、それから…?」

 

 夜、暗い部屋で士郎は目が覚め、起き上がる。

 周りをキョロキョロと見回すとそこは自分の寝室だった。今まで学校に呼ばれていたはずが、何故自分の家に戻っているのだと思っていると、

 

「目、覚めた?」

 

 誰かが襖を開けてきた。それは凛だった。

 凜は士郎のまだ状況が判ってないという顔を見て少し苦笑をこぼす。

 

「り、ん…?」

 

「…まあいいわ。ほら、起きなさい。そろそろ夕飯だから。話はその時よ」

 

 そう言うと凜はスタスタと歩いて見えなくなる。

 何がなんやら、と士郎は状況がつかめないでいるが、凜の言った通りもう外はすっかりと濃い青色に染まっているため、布団から出て士郎も凜の後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロウ…お目覚めになられたのですね」

 

「あっ、アル…とと、ランサー」

 

 士郎が居間に着くと、アルトリアは緩やかな笑顔で士郎を迎える。

 ランサーの笑顔を見ていると少し元気になれた。

 

「…なあ、ランサー。おれ一体何があったんだ? どうも、高校に行った後の記憶が曖昧っていうかさ…」

 

 だが、まだ思い出せていない士郎は僅かに覚えている記憶からアルトリアも一緒だったので、学校に入ってからの出来事についてアルトリアに教えてもらおうとする。

 

「…覚えていられないのですか」

 

「う、うん。なんでか、そこだけぽっかりとっていうか、ぼんやりとしていて」

 

 申し訳なさそうに頭をかいて言う。アルトリアは一瞬険しい目をしたが、すぐに戻す。

 

「…判りました。では、私が知っている限りを教えます」

 

「うん、頼む」

 

 そう言って、アルトリアが知っている範囲のこと全てを、時々苦悶の表情に変えながら話し始める。それを聞いているうちに士郎は大体のことを思い出してきた。

 

「…以上です」

 

 教え終わり、士郎の表情を確かめると、真っ青に青ざめていた。あの時の記憶が戻ってきたのだ。

 

「…そうだ。おれはあいつに会いに…! っ! そうだ、さくらねえちゃんは、ふじねえちゃんは…!?」

 

「…ご安心を…とは言い切れませんね。一応、命に別状は無いようですが、魔術師でもない一般の人がサーヴァントの宝具にやられましたから」

 

 それを聞いて士郎は頭を抱えて床に膝をつける。

 

「うっ、嘘…だろ…。おれは、護れなかったのか…? そんな…そんな…!」

 

「落ち着いてください。先程も言ったように命に別状は無いので」

 

 だが、それでも護りきれなかったのは間違いない。

 どうしようもない事実に士郎は悔しさから涙を流す。

 

「くそっ…! おれが…! …おれにもっと力があったら、護れたかもしれないのに…」

 

 嗚咽を漏らしている士郎の背中をアルトリアはどうすればいいか判らず、そっと丸まっている背中を撫でる。この程度では慰めにもならないと判っているのだが、アルトリアにはこれ以上できることがなかった。

 すると、

 

「あーもうっ! こんなところで暗い話をするな!!」

 

 凜が料理を運びながら怒鳴りつけてくる。

 怒鳴りつけられた士郎は一瞬体が驚きの悲鳴と共にビクリと跳ねる。

 

「全く、ようやく元気になったと思ったら、過ぎたこといつまでもうじうじ気にしてんじゃない! 今はそれよりもやることがあるでしょ!」

 

「…りん」

 

 眉間にシワを寄せ我儘な様に激しく振る舞うも、そこにはしっかりとした優しさが感じられる。

 

「判った!? なら、今はもうそんなことはいいから、これからのことを考えるわよ!」

 

「…うん」

 

 凛の叱咤により、士郎は幾分か気分が晴れたようだ。まだ沈んではいるものの、これからのことを考えられるだけの余裕は戻ってきた。

 

「ふう。それじゃ早速考えましょうか」

 

 凛は座って箸を手に話し始める。士郎も昼食を抜いていたためにお腹が異常に空いているので同じく箸を手に取る。

 

「それじゃ、まずは状況確認といきましょうか。

 今日、士郎達は慎二に呼ばれて罠だとは判りながらも桜達のために学校へ行った。

 合っているわね?」

 

「うん。…あいつ、急にサーヴァントを連れて学校に来いって言ったんだ」

 

「うんうん、正直無謀なことだけど、桜達のためなら仕方ないわね。

 それじゃ次、貴方はしばらく学校で警戒しながら探索をしていたら、いきなりあの呪刻が発動して学校のみんながやられてしまい、意識をしっかりと持っていたのは貴方とランサー、そして慎二達ライダー陣営ね?」

 

 士郎が応えとして頷くと凛はふむ、と顎に手を当てて考える。

 

(確か、ランサーが言うにはあの呪刻による結界はライダーの宝具なのよね。えっと確か、――『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』だっけか。それで、能力は閉じ込めた者を溶かし魔力を吸い尽くすものってランサーは言っていたけど、ギリシャ神話でそんな英霊って言ったら…)

 

「…? りん、どうしたんだ?」

 

 急に考え事を始めた凜に士郎はいきなりどうしたのかと思い聞く。

 

「へ? ああいや、ちょっとその慎二のサーヴァントについてね。ランサーから聞いた宝具で何者なんだろうなって」

 

 そう言われて士郎は少し考え込む。慎二のサーヴァントはどこかで会ったような、そんな気がしたからだ。

 すると、そのサーヴァントと関係ないが一つ疑問が湧いた。それは、今の今まで気づいていなかったことだが、普通に考えると不思議だと思えたことだ。

 

「…なあ、りん一ついいか?」

 

「ん? 何?」

 

 士郎は早速そのことについて凛に尋ねる。

 

「…あいつってさ、サーヴァントのマスターってことは魔術師、なんだよな? それならさ、さくらねえちゃんも魔術師なのか?」

 

 少し声を震わせながら士郎はそう聞いてきた。

 確かにそうだ。魔術師とは家系で成り立っているもの。慎二が魔術師ならば、その妹の桜も魔術師となる。そういうと、凛は忘れてたとでもいうかのように顔に手を当てため息を吐く。

 

「ああ、そういえば。

 えーと、そうね、まあズバリ言うと桜は魔術師、というか、間桐自体が魔術師の家系、それも私と同じく御三家と呼ばれる家系よ」

 

「…間桐が、魔術師の家系? それも、りんと同じ御三家、だって?」

 

 つまり、凛と同格の魔術師の家系ということになる。それに士郎は慎二がそこまですごい家系の出だったのか、と驚いていた。そして、桜もそこの出だということにも。

 

「ええ。っていっても、"元"だけどね」

 

「…"元"?」

 

 だが、間桐は既に魔術師として廃退した家系である。

 なんでも、凛が言うにはある時から後継者たる子供に魔術回路ができず、朽ちていく一方だったらしい。

 

「それじゃ、なんであいつはマスターになれてんだ?」

 

「うーん。そこはよくわからないけど、まあ何かしら魔術でも使ったのでしょうね」

 

 結局は不明だ。けど、これで士郎は少し安心していた。凛の言う通りであれば桜も結局のところほとんど一般人というわけだ。

 

「まあ、何にせよ、慎二がライダーのマスターってことには変わりないわよ。なら、早くそのライダーの正体も掴みたいところね」

 

 まだ少し気になるところはあれど、今は目の前の問題の対策を考えようと凛は状況確認を再開しようとしたが、

 

「…あいつのサーヴァント、か。…っ!」

 

 その前に士郎は慎二のサーヴァントライダーについて考えていると、ようやく慎二と対峙した時のことを思い出せた。

 

「それじゃ、次の確認だけど――」

 

 そう凜が話を続けようとしているところに、「なあ、ちょっと待ってくれ」と士郎が遮る。

 いきなりなんだと思いながらも、重要なことかもしれないと凛は「どうかした?」と言って士郎の話に耳を傾ける。

 

「それなら、多分だけど少しおれも見た宝具があったんだ」

 

「――え? それ本当?」

 

 凛は疑わしいのか若干顔をしかめる。士郎が一人でライダーの宝具を見たと言うのであれば、生きていられると思えないからだ。宝具は英霊の必殺の武器。それを発動されて生身の人間が生きていられるなどそうそうないだろう。

 

「うん。ちょっと思い出したんだけど、あの時さ、おれはあいつのサーヴァントと戦おうとしたんだ。けど、あいつはサーヴァントに命令して逃げようとしたんだ。

 それで、あのサーヴァント、逃げる時いきなり自分の首をこう、切ってな」

 

 その時のことを思い出しながら、箸を杭に見立てて自分の首に向けてその時のように手を移動させる。

 それを聞いて凛は目を見開く。士郎がライダーと生身で戦おうとしたことにも驚いたが、それ以上に言っていることが本当なら、それは自ら自害したようなものだ。

 

「それって…」

 

「うん。で、そのあとはおれもよくわからないんだけど、なんか昔の魔法陣みたいなものがそのサーヴァントの血で浮かび上がったんだ。そして、そこから何か光るものが出てきて。そこからは何も見えなかったから判らないけど、あいつらはいなくなっていたんだ。

 だから、多分それであいつとサーヴァントは逃げたと思うんだ」

 

 凛はそう言われ悩む。おそらくだが、これはとても重要な手がかりだと思われる。その光る何かが判りさえすれば、そのサーヴァントの正体は大方わかるだろう。

 

「…他に何かない?」

 

「う、うーん、おれもまだ曖昧なところがあるしなぁ」

 

 これ以上はさすがに期待できないようだ。とはいえ、ライダーが逃げる際に使ったのであれば、ギリシャ神話に登場する幻獣などの類だと思われる。ならば、自ずと正体は絞れてくる。

 

「判ったわ。まだ断定はできないけど、ある程度情報は手に入ったし、あとは直接確かめるしかないわね」

 

 そう言った後に、「それじゃ、一時解散」と言って話を終わろうかと思ったが、「あの、役に立つか判りませんが少しいいですか」と今度は今まで黙ったままだったアルトリアが遮って続ける。

 

「(主従二人揃って遮って質問してくるわね)なにかしら?」

 

「はい。あの時、ライダーは令呪で移動される直前、奴は目を覆っているものを取ろうとしていました。結局のところあれがなんだったのかは判りません。ですが、ライダーは私に敵わないからと取ろうとしていたので、何かしら武器になるような目を隠していたのでは、と思うんです」

 

 またライダーの正体の重要な手がかりと思われることだ。目が武器というのであればまた限られてくる。

 

「…目が武器、ね。

 …首を切って出てくる幻獣、眼が武器…まさか…!」

 

 そこまで考えて、凛は一人の英雄が思い浮かぶ。いや、それは本来は英雄ではない英雄に倒される神話の悪役。かつて神だった存在が、ある一言で怪物に堕とされた悲しき女王。その名は、

 

「…間違いないわ。きっとその英霊はゴルゴン三姉妹の一人、メドゥーサね」

 

 メドゥーサ、ゴルゴン三姉妹の末妹。ギリシャに伝わりし海神ポセイドンの妻であり、後に女神アテナにより怪物の女王となった者。

 日本でも目が合えば石にされるなどのような話で有名だ。

 ライダーの正体がメドゥーサであれば、自ずとその士郎が見た光の正体も判る。

 

「ともすれば、その士郎が見た光はペガサスね。あれって伝承によればメドゥーサとポセイドンの間にできた子供で、ペルセウスに首を切られたときに産まれたそうよ」

 

 何とも身震いがする話ではあるが、そんなことより、メドゥーサとなればそれはとんでもない大英雄である。相手は元とはいえ紛れもない女神だからだ。

 慎二があそこまで自信を持ってしまうのも仕方ないと言える。が、恐らくだが慎二はそのすごさを判っていないだろう。あの時、メドゥーサが首を切った時慎二も驚いていたからだ。ともすれば、何が慎二に自信を持たせているのか疑問が湧くが、それは気にしないでおく。

 

「え…それって、つまりペガサスってあのメドゥーサの子供ってこと? …なんかイメージできない」

 

 日本においてもペガサスの話は有名だ。士郎もペガサスの親までは知らなかったが、どんな幻獣かくらいは知っていた。

 

「まあ、神話の世界なんてそんなもんでしょ。とにかく、相手はメドゥーサか。厄介といえば厄介だけど、マスターが慎二ならどうとでもなりそうねえ」

 

 そう言って凜は人が悪い笑顔をする。敵に回ったのであれば普段の鬱憤ばらしも兼ねていくらでも葬れるとでも思っているのだろうか。

 それを見て士郎は思う。やはり、凛は悪魔か何かではないのかと。

 

「…………」

 

 とはいえ、実際のところ士郎もそれは少し思っていた。今までは慎二は一般人であったためにサーヴァントや魔術を用いた攻撃はできなかった。だが、今の慎二は聖杯戦争のマスターだ。つまり、それは殺しても問題ないということ。全ては聖杯を手に入れるためとマスターの命は軽く扱われる。

 そう思うと士郎はまた殺意が湧いてくる。遠慮なく殺せるのであれば是非とも殺したいと徐々に徐々に、その殺意は膨れ上がってきて――

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 凛の声で一気に萎んだ。士郎はハッとして凛を見る。

 

「あ、ああ、うん。大丈夫だよ」

 

「…そう、ならいいけど(…なんか、今一瞬変わった? 何があったのかしら)」

 

 一瞬雰囲気が変わった士郎も気になるが、今はそれより優先すべきことがある。それは、

 

「それじゃ、今後は慎二とそのサーヴァント、メドゥーサにどう対応するか決めるわよ」

 

 凜は気が引き締まる声で発破をかけ、それに呼応するように士郎は姿勢を正す。

 ここからは確かに重要だ。今後慎二たちがどう動くのかまだ判らない。可能性は薄くてもまた学校に結界を張るかもしれない、どころか今度は街中で結界を張る可能性もある。相手はあの慎二と神話の悪役、つまりどちらも道徳というものが薄い二人だ。何をしでかすか予想もできない。

 そのような存在を士郎は見逃せない。少なくとも野放しにはできない。つまり、今後の対応次第によって慎二の処遇が決まる――

 

「――と言いたいけど、今日はもう眠いからまた今度」

 

 と思われたが、気の抜ける凛の一言で話は閉じてしまった。そのことに肩透かしを食らった士郎は座ったままガクッと倒れそうになる。

 

「え、ええ…!? ここまで話しておいてそれぇ!?」

 

「うるさいわね〜。そんなこと言ったってもう眠いのよ。それに、もうそろそろ子供は寝る時間でしょうが」

 

 そのようなことはもはや今更な気がするが、確かに時計はもう9時を指し示めそうとしている。子供は寝ていなければいけない時間帯だ。

 

「そんなこと言っても、眠くないんだけど」

 

「あ〜、まああんなに寝ていたらそりゃそうよね。それじゃ、アーチャーにでも訓練施してもらったら〜」

 

 それを最後に凛は空になった皿を片付け、あくびをしながら居間から消えていった。ついでとばかりに士郎のトラウマを抉って。

 

「…アーチャー師匠の訓練って言ってもなぁ」

 

 士郎は困ったような声を出す。今もなお忘れられない、あの時の訓練で言われたこと、行われたこと。

 

「……………」

 

 その傍でアルトリアは凛のアーチャーと聞いて少し微笑んでいた。まるで聖母のように。

 いきなりそんな表情になったからか、士郎は訝しんでアルトリアに「…? どうしたの?」と聞く。

 

「あ、いえ、なんでもありません」

 

 しかし、アルトリアはなんでもないと言う。だが、士郎は確実に何かあったなと珍しく目敏く見抜いた。

 なぜなら、まだ比較的最近の話、要は今朝の話だが、士郎は起きてからまたアルトリアがいないことに気づき、もう側で寝るのはやめたのかな、と少し寂しいような、もう安心して寝れると嬉しいような、微妙な思いのまま朝食を作り居間にもいなかったアルトリアを呼びに行った。

 だが、アルトリアがどこにいるのか判らず、探し回って外まで出た。そして、ようやく屋根の上にいるのを見つけた。

 士郎はそのまま叫んでアルトリアを呼ぶが、その時アルトリアの側に自身の師匠もいたのに気づいた。彼は無表情でアルトリアの名を叫んだ士郎を盗み見るように視線だけ這わせ、すぐに戻した。

 

(…あの時は特に何も感じなかったけど、なんだったんだろう)

 

 あれが何を思ってのものかは判らない。

 と今はそんなことよりアルトリアはその時彼と一緒にいたのだ、故に何があったのだろう、と気になった。そして、凛がアーチャーと言ったあたりから微笑んだのだ。これは確実に何かあったに違いない。

 とはいえ、男性と女性が揃って何をしていたか聞き出すなんてことは野暮なものだろう。誰でもそう思うはずだ。……子供でなければ。

 

「なあ、今朝さ、アーチャー師匠と一緒にいたようだけど、何していたんだ?」

 

 これは子供の素朴な疑問なんだろう。聞く人によっては少々聞いている内容が怪しくなるが、アルトリアはまるで気にしないどころか気づいていないようで、

 

「少しお話をしていただけですよ」

 

 と笑顔で応える。すると、士郎は自身でも気づかずに機嫌が悪くなっていく。アルトリアはそれに気づき何故急に、と不思議に思っていると士郎はその二人で何を話していたのか聞いてくる。

 

「え? えーと、その…シ、シロウのことですよ」

 

 そう聞かれアルトリアはどう応えるか少し迷ったのち、一番最適で無難な答えを出すが、判りやすくどもっていれば士郎も気づかないわけなく、

 

「…本当?」

 

 と聞いてくる。どうもまた機嫌が悪くなってきているようだ。

 

「ほ、本当ですよ! ウソなんて言ってません!」

 

 確かに、士郎の話というのは嘘とは言い切れない。だが、本当かと言われると悩むところではある。なんとも奇妙な話だ。

 

「…判ったよ。はぁ、それじゃどうしよう。おれ本当に寝れそうにないんだけど。かと言ってアーチャー師匠のところはな〜」

 

 だからといってこのまま何もしないというのも落ち着かない。アルトリアとしてもそれは同意で、苦笑をこぼす。

 

(…はぁ。まだ彼はシロウにこの事について教えていないようでしたから咄嗟に隠してしまいましたが、よろしかったのでしょうか?)

 

 アルトリアはエミヤを思い浮かべる。とそこで、ふとあることを思い出す。それは、あの士郎にから出てきた正体不明の黒いオイルのような液体。

 あの黒い液体は一体なんなのか。今もなお正体は判らずにいるが、よくないものだというのは判る。

 とはいえ、そんな情報だけでは少なすぎる。ただ、アルトリアがあれを無意識のうちに知っているもので、聖槍で消えたということは何かしらの悪が込められたものだということ。

 

(…あれは野放しにしていたら危険だということは判りきっている。ならば、どう対処をすれば…)

 

 と考えたところで、エミヤから渡されたものを思い出す。

 

(…彼はこれに私の魔力を溜めておけと言っていた。まだそこまで溜まってはいませんが、どれほど溜めればいいんでしょうか?)

 

 一応エミヤからは最低でも二、三日は溜めておけと言われているが、溜めてどうするのかも具体的にはどれくらい溜めればいいのかも聞いていない。

 アルトリアは懐から渡されたものを出す。それは凛が普段使っているよく磨かれ綺麗に丸くなっている深みのある紅い標準な宝石だった。凛からくすねたのだろうか。

 

「? どうしたんだ、その宝石。凛からもらったのか?」

 

「え? ああ。いえ、これは…アーチャーからもらったものです」

 

 一瞬エミヤの真名を言うか迷ったが、今は言わないでおこうとクラス名で呼ぶ。すると、士郎はまたあからさまに不機嫌になった。

 

「ど、どうかされました?」

 

 士郎が急にムッとした顔になったので何かまた気に障ることでも言ってしまったのか、と思ったアルトリアは少し躊躇しながら士郎に聞く。

 

「え? い、いや別に…」

 

 と言うものの、どう見たって不機嫌だ。ソッポを向きながら言っているのがそれを物語っている。どうもエミヤがアルトリアに宝石を渡したということが気に食わないらしい。

 そして、アルトリアはなぜそれが嫌なのか判るはずもなければ、それで不機嫌になっているのも気づいていない。

 

「は、はあ。そう、ですか…」

 

 何も判っていないアルトリアは淡白な返事しかできず黙ってしまう。

 士郎も黙ってしまい二人はしばらく無言で気まずそうだったが、

 

「…それ、どうして渡されたの?」

 

 沈黙の気まずさからか、おずおずとしながら士郎がまた聞いてきた。

 

「え、えっと…その、私もよく判りませんが、何か贈り物ではないでしょうか?」

 

 これが士郎のためということは今は一応伏せておき、言葉を選んで言ったつもりが士郎はますます不機嫌になってくる。それを見てなぜまた不機嫌に、ともうアルトリアはどうしたらいいかと判らず混乱してくる。

 

(…宝石、か。確か宝石にも花言葉みたいに何か意味があったよな)

 

 ふと、士郎は宝石にも石言葉があることを思い出し、その宝石に込められている言葉がわかりさえすればエミヤが渡した意味も想いも判るだろうと、今度そういうことに詳しそうな凜に聞いてみようかと思う。

 

「………………」

 

 その後、二人はまた気まずそうに無言になってしまい、流石にいつまでもそうしていられなかったのか士郎が寝室に移動するまでそのままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、それ多分ガーネットね」

 

 翌日、士郎は早速凜にアルトリアが持っていた宝石について聞いていた。

 

「ガーネット?」

 

「そ。少し暗めで紅い宝石ならガーネットよ」

 

 案の定というか、凜は宝石に詳しかった。他にも紅い宝石はあるようだが、士郎が言った特徴と誰かに贈り物として渡しそうな宝石と言えばその宝石になるらしい。

 

「それにしても、どうしたの急に。宝石について教えて欲しいだなんて」

 

「えっと、ちょっとね。それより、そのガーネットって何か言葉とかある?」

 

 エミヤがアルトリアに渡したということは伝えていない。凛にこの手の話をすればからかわれるのは目に見えているからだ。

 

「…(これは、まさか)ふーん。まあいいわ。それで、その宝石なんだけど、もちろんあるわよ。ガーネットの石言葉は、愛情だったわね」

 

 それを聞いた士郎は一瞬目を見開き愕然とした想いに駆られる。

 

「……………」

 

 士郎はこれで間違いないと思ってしまった。と同時にどうしようかとも思えてきた。

 

「? …どうしたの、士郎」

 

「…あ、いや、なんでもないよ」

 

 そうは言っても、明らかに何か諦めてしまったような雰囲気を出している。

 

「何でもないわけ無いでしょ。ほら、言ってみなさい。お姉ちゃんが聞いてあげるから」

 

「……………」

 

 凛が心配して士郎の肩に手を置いて、そう言って促すと少し間を開けて、

 

「…いや、りんがおねえちゃんって言うにはちょっと小さ…」

 

「どっせいっ!!」

 

 凜の拳骨が容赦なく士郎の頭に奮われた。

 

「…っ! …っっ!! うっ、おおああぁぁ…」

 

「ふんっ。全く、せっかく相談に乗ってあげようってのにあんたねぇ」

 

 怒りを露わにして佇むその姿は、やっぱり悪魔…いや、鬼だ。自業自得とはいえそう思わずにいられない。

 

「…イテテ。ごめんなさい」

 

 頭を擦りながら(こうべ)を垂れる。

 

「はぁ。いいわよ。それで、相談する? しない?」

 

「えっと…うん。頼む」

 

 確かに、こういうことを言えばからかわれるのは目に見えている。だが、このまま誰にも相談しないで苦しむよりはいいだろうと思い、その想いを打ち明ける。

 

「最近さ、おれさ、そのまだはっきりしていないんだけど、…ランサーがその…」

 

 やはりそう決めても恥ずかしいのか判らないが、言い淀んでしまう。それでも、凛は最後まで聞こうと真剣な顔で待ってくれているため喉に突っかかっている言葉を出そうと思えた。

 

「…おれ、さ、最近ランサーのことが好きなんじゃないかなって思ってきたんだ。ランサーがいてくれると安心するし、暖かいし、綺麗だしさ。だから、さっき凛に聞いたのも、アーチャー師匠がランサーにその宝石を贈ったようだからさ。それで…」

 

「うんうん」

 

 言い終わった後の士郎は火が出るんじゃないかっているほど真っ赤に染まっていた。

 そして、期待して聞いていた凛はと言うと、

 

「……なるほど、そういうことか。うん、よく打ち明けてくれたわね(やっぱりキター!! こんな面白い話遊ばないわけにはいかないわー!! それにしても、士郎ったらランサーにベタ惚れねー。フフフ)」

 

 案の定内側で興奮していた。

 

「…うん(意外にもからかわなかったな。良かった)」

 

 など安心しているが、それが誤りだといつ気づくのか。まだ定かではないが、そう遠くない未来だろう。

 

「…さて、それで士郎はどうしたいの?(それにしても、あいつがランサーに宝石の贈り物って一体…まさか…! アーチャーめ、なんて抜け目の無い。あんなクールぶっていても所詮男か)」

 

「…正直言うと、判らない。ランサーは好きだけど、相手がアーチャー師匠じゃなあ」

 

 士郎はスペックにおいて全て負けている状況では勝ち目など無いと思っている。エミヤ相手にスペックで負けているのはある意味当然ではあるが。

 

「まあ、あいつ見た感じルックスも顔も良いし、ステータスは低いのにあいつの戦闘技術とかはさすが英雄と言うだけあって高いしね。性格もちょっとアレだけど、別段悪くはないしね~(…待って、これはちょっと…)」

 

 本音だからか判らないが、次々と出していく凜の言葉は全て士郎へと容赦なく突き刺さっていく。

 

「正直、士郎じゃ完敗かしらね(…正直遊べるか不安ね。ここは素直に応援するか)」

 

 そして、追い討ちといわんばかりに止めを刺され、がっくりと全身で項垂れる。

 

「…相談に乗ってくれるんじゃなかったのかよぉ」

 

「あ、ああ~ゴメンゴメン。つい、ね?」

 

 ついで言われたのであればますます負けていることを認めるようなものだ。士郎は更に落ち込む。

 

「うぅ。どうすればいいんだ」

 

「う、う~ん。これは難しいわね」

 

 英霊っていうのは恋愛にも人間じゃ敵わないのかしら、などどうでもいいことを考えながら今の士郎のスペックで勝てそうな部分を捜索する。

 

(いやいや、待てよ。大人っぽさとかそういう普通の女性なら好きそうなところをあげても意味無いかもしれないわね。ランサーだって英雄で人間を超越した人物。ならそういう好みも偏っている可能性も否定しきれないわ)

 

 凜はわりと真剣に失礼なことを考えて、そうおかしな答えを出す。何故こんな結論に? と思うかもしれないが、凛にとって英霊は特殊な者たちというイメージを持っているからかもしれない。

 

(それで、ランサーのような雰囲気で好みの男ともなれば…)

 

 そこまで考えて凛は士郎を見定めるように凝視する。

 

「? どうした?」

 

「……………」

 

 と士郎が聞いても黙ったままだ。パソコンがフリーズしたように黙ってしまい一体どうしたのか、と首を傾げていたら、

 

「うん。これだわ!」

 

 凛は突然指を鳴らして起動し始めた。今度はいきなり叫んでどうしたのかと疑問符を浮かべる。

 

「よく聞きなさい士郎。今貴方の最大の魅力を見つけたわ」

 

「…え?」

 

 そして指を立てながらそう宣言した。が、士郎は何がなんだか判らず浮かべる疑問符は増えていく。だが、そんなのは御構い無しに凛は断言する。

 

「それは、子供っぽさよ!」

 

「…え、えぇぇ…? こ、子供っぽさがおれの魅力?」

 

 それはなんとも微妙な…と言えるか判らない魅力である。

 

「ええ。いい? 最近の大人の女性はね、そういう可愛らしいところが大好きな人もいるのよ。他にも母性をくすぐられたりね。その点で言えば士郎の容姿はそれを非常に湧き立たせるわ。子供っぽいし、なんだか放って置けないし、子供っぽいからね」

 

「…なんで二回言ったの? というより、それ本当なのか? うちのクラスじゃ、『そんなお子様じゃだめよ』なんていう女子ばっかりだったんだけど。あと、可愛いとかやめてくれ。おれのことはおれがよく判っているんだからさ」

 

 凛の言った可愛らしい、というのにコンプレックスでも抱いているのか若干傷つき凹んでしまう。

 

「あら? それも士郎の魅力だと私は思うけど? それから、あんたのクラスって小学生でしょ? なら、それは当てにしないほうがいいわよ。背伸びしたい年頃じゃ真に良い男性にどんなものがいるか判っていないでしょうし、女性が真に好むのも判っていないだろうからね」

 

「うーん。そういうものなのか?」

 

 士郎にしても同じ小学生故かまだ納得がいかないようだが、「だから」と凛は容赦なく続ける。この手の話はだいぶ好きなようだ。

 

「あのランサーのハートを射止めるって言うなら、正攻法に大人の魅力勝負より、母性本能をくすぐらせてノックアウトしたほうがいいかもよ? ああいう背が高くて落ち着いた女性は大抵そういうのが好きだしね」(注:あくまでも恐らくです)

 

 だが、本当にそうなのか疑問に残る。どうも的を得ているようでそうでない感じなのだ。

 

「…うん、判った。どっちにしろアーチャー師匠相手に大人の魅力勝負しても勝てるわけないし。でも、どうすればいいんだ?」

 

 とりあえず、納得はいかないが納得した士郎は今度は何をどうすればいいかを凛に聞く。

 

「うーん。そうねえ。…アーチャーに怪しまれたらアレだし、今は普段通りでいいわ。もし行動を起こすなら、ランサーと二人きりの時よ」

 

 二人きりの時、それは士郎達で言えば寝るときになる。その時に子供っぽく甘えてみてはどうかとのこと。

 だが、士郎は今更そんなに子供のように甘えていいものかと不安に思う。今までは対等でありながら主従関係を維持しているという感じであったために、このようなことをして崩れたらどうするというのか。

 

(…でも)

 

 それでも、やはり相手が誰であれアルトリアを取られたく無い、とそう思う。ならば、少しでも可能性のある方法を取るべきだ。

 士郎はそう自分に言い聞かせ、一度大きく頷き決意する。

 

「判った。おれ頑張ってみる…!」

 

「うん、頑張りなさい。貴方なら大丈夫よ」

 

 最後に凛は士郎の肩を叩いてそう言い、士郎もそれに頷く。

 

「ふふ。それじゃ、今日の鍛錬開始と行きますか」

 

 凛はそう言ってランプやら魔導書やらを取り出し準備する。

 

「うん。…ありがとう、りん」

 

「…! ふふ、どういたしまして」

 

 笑顔でお互いにそう言い合う仲はまるで姉弟(してい)のようだった。

 さて、この色々と勘違いから始まった恋愛成就作戦、その行方はどこへ向かっているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ハックシュン! …なんだ? 今ものすごくとばっちりを受けたような…」

 

 …果たして、屋根の上で見張りを続けているエミヤへと降りかかる勘違い(とも言い切れない勘違い)は、一体いつまで続くのか。

 それは神のみぞ知るところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
それでは、前書きでも言った通りここで発表です。
今回のこの聖杯戦争の情報は一級の魔術師でも調べることができないほど厳重で、現在汚染されているのを知っているのは、汚染した張本人のアハト翁と間桐 臓硯のような御三家の中でも長年生きている人物と第四次の関係者のみとなっています。
まだご不明な点がございましたら何なりと、答えれる範囲で答えたいと思います。


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第十三夜-分岐点-

ども、みなさん、バレンタインイベント楽しみましたか?
私は、何名かチョコを貰えず少し落ち込んでいます。時間がないからね!
それにしても、もう直ぐで新章始まりますね〜。もう楽しみです。
CM見た限りではアベンジャーの二人と、あのエミヤそっくりな黒人男性、その他6章で出てきたシャーロック・ホームズも出てくる感じですか。あと最後に出てきた紳士風なおじさんはアレですかね。シャーロック・ホームズが出るならば欠かせない犯罪紳士ですかね。
とまあ、いろいろ気になる点はいっぱいあります(エドモンと戦っていた人とかアルトリア・オルタがバイクで戦っていた人とか)が、それは後のお楽しみということにしますか。
では始まります。


 あれからしばらく、鍛練が終わった士郎は凜に言われたその時まで悶々としながら昼食を済ませた後、時間を買い物ついでに外に出て費やしていた。

 

(なんか、ちょっと緊張するな…)

 

 子供がこんな時間に出歩いていていいのかと思うが、実のところ士郎は実質一人暮らしであるために食料を買うための時間が放課後か休日しかない。だが、買い物をするために商店街までの道は意外と遠く、子供の足では放課後から行っては夜になる可能性が大きい。夜に出歩くのは危険だ、かと言って休みの日だけではいざという時食料不足になる可能性もある。故に、学校から特例として平日でも一ヶ月に数回だけ無断欠席を許されていたりする。ただし、教師がお目付け役という名の保護者付きで。

 しかし、義務教育期間である士郎が一ヶ月に数回だけとはいえ休んでしまっている状況に加え、聖杯戦争により長期休暇を取ってしまっているために、今度の春休みはほぼ無いに等しいだろう。

 

(…なんか、今更ながらやめたい)

 

 と色々と深刻な問題がありそうではあるが、今の士郎はそんなこと以上に考えるべきことがあった。無論、今朝の凜が言った話だ。

 士郎は今更ではあるが、なんであんなこと言ったんだと後悔している。しかし、もう凛の前であれだけ啖呵を切ったのだ。ここでやめてしまえば凛になんて言われるか火を見るより明らかだ。

 

(…はあ。なんでこんなことになったんだっけか)

 

 改めて自分の行動を振り替える。思えば随分と些細な話から始まった気がする。なんでこんなことから、と嘆かずにいられないが始まってしまったのであればもうとことん最後まで行くしかない。

 

(…そういえば、少し忘れかけていたけど、アルトリア達って昔存在した英雄なんだよな)

 

 ふと、そのようなことを思い出す。今までそのような素振りはほとんどなかったため忘れがちだが、彼らは全員なにかしら偉業を成した人達だ。

 

(…待てよ、それってつまりアルトリア達は死人、っていうことだよ、な…)

 

 そこまで考えて、士郎は今自分はとても愚かなことをしようとしているのではと思えてきた。

 

「………………」

 

 士郎は立ち止まる。額に冬場には相応しくない汗を流しながら。

 

(お、おれは…何をしようと、しているんだ…こんな…こと、早くに気づくはずだろ)

 

 少しづつ、頭の中にあった想いが崩れ去っていく感覚がした。

 今気づいたのだ。アルトリア達はどう言っても、もうすでにこの世を去っていった亡者。今でこそ聖杯という奇跡のおかげで存在していられるが、この戦争が終われば消える運命にある者たちだ。そんな存在に恋などしたところで叶うはずもないことだ。

 

(…いや、そうだ、まだ手はあるだろ)

 

 士郎は少しゾッとするが、思えばまだ手はある。

 それは、聖杯だ。聖杯は万能の願望機。ならば、サーヴァントをこの世に繋ぎ止めることができるのではと思う。

 

(そうだ…! そのためにおれは聖杯を使おう。そして、アルトリアとさくらねえちゃん、ふじねえちゃんとも一緒に暮らせば、いいんだ)

 

 そう自分に言い聞かせるように言うと、幾分が気が軽くなった。

 

(まだ強いやつはいる。けど、アルトリアならあいつも倒せるはずだ)

 

 士郎は今のところ一番の強敵と思われる魔術王を思い浮かべる。まだ魔術王の底は判らないものの、アルトリアならきっと倒してくれる。そう思えた、いやそう思いたかった。

 

(アルトリアだってこれなら嬉しいはずだ。アルトリアの願いは今のところ無いようなもんだし、いいよな)

 

 そう思うと希望が湧いてきた。アルトリアと一緒にいられる方法が判ってきたからだ。士郎の想いを知っているものであればこれがどれ程嬉しいか判るだろう。

 望みはまだある。それが判っただけでも嬉しくて仕方ないのか、子供故か、嬉しさを体現するべく商店街へ向けて走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…結局、今日も来なかったか)

 

 衛宮邸の側にある道場にて、エミヤは壁にもたれ掛かって誰かを待っていた。

 

(来ないということは、まだ奴は答えを見つけていないということか…。

 はぁ。私事でありながらなにかと面倒ではあるな)

 

 エミヤはもうこれ以上待っていても仕方ないと思い、道場から出ていく。

 

(…これ以上待っていては時間がないか。どうするか。…アレに関してもまだ解決できそうにないしな)

 

 道場からエミヤが出ていくと、道場は静寂に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道場から出た後、エミヤは居間に立っていた。居間には人は誰もおらず静かだ。

 

(…いくら違う私とはいえ、家の管理を怠っていることはなさそうだな)

 

 台所にある料理道具一式をそれぞれ手にとって様々な角度から眺める。どれも整備が行き届いておりとても子供が管理しているとは思えないほど整理整頓ができている。

 一通り見た後は元にあった場所に戻し、次へと場所を移す。

 

「……………」

 

 廊下を歩いている時、アーチャークラスが持ち得る千里眼、鷹の目とも呼ばれるその目で廊下のすからすみを見渡す。

 

(ふむ。なかなか掃除されてはいるが、やはり子供だな。まだ詰めが甘い)

 

 何かと辛口に評価しながら歩いた先には、士郎の寝室があった。

 

(生前の私はここを寝室として使うことはあまりなかったな。ここの衛宮 士郎は使っているようだが)

 

 といっても、本来はそれが正しい寝室であり、土蔵が寝室と言う方がおかしい話なので、これに関してはどうこう言うつもりは無いらしい。

 エミヤは寝室の襖を開ける。すると、そこにはアルトリアが正座で座っていた。アルトリアは既にエミヤの気配に気づいていたのか驚くことなくエミヤの方を見ていた。

 

「……………」

 

「……良いお部屋ですね」

 

 エミヤは黙ったままアルトリアの顔を見ていたら、おもむろにアルトリアはこの部屋を褒める。

 

「…そうか? なんの変鉄もない和風なだけの寝室だと思うが」

 

「ええ。ですが、この部屋は決して蔑ろにされている所がなく綺麗にされています。この部屋の主がとても善良な人だと言うことの証です」

 

 アルトリアは部屋を見渡しながらそう言う。

 

「…フッ、善良、か。皮肉なもんだな。その善良だった者のなれの果てがこれなんだからな」

 

 エミヤは自身を嘲るようにして言う。

 

「…シロウ」

 

「…すまないが、君にその名で呼ばれるような者ではない」

 

 まるでその名で呼ばれることそのものが罪と言うように言う。

 

「…いえ、ですが貴方も紛れもないシロウですから。貴方は確かに私のマスターです、そのマスターには申し訳ありませんがその申し出には応えられません」

 

 だが、アルトリアはその申し出を首を振ってやんわりと拒否する。

 

「………。はぁ、判った。全くいつまでたっても君には敵う気がしない」

 

「フフ。では、貴方と出会った私は私とあまり変わらないのですね」

 

 と面白そうにアルトリアが言うと、エミヤは何か引っかかったのか考え込む。

 

(彼女と今目の前にいる彼女の違いか。…確かにほとんど無いと言えば無い。しかし、)

 

 目の前にいるアルトリアと自身が愛したアルトリアを思い浮かべ見比べる。

 

(…やはり違うな。体格などの身体的特徴もそうだが、何より、私の知っている彼女はこうも笑顔を浮かべることはあまりなかった気がする)

 

 あくまでも気がするという範疇だが、少なくともここまで感情を顔に露にすることは少なかったと思うエミヤ。

 

「…? どうしました? 何かおかしなことでも?」

 

「ん? ああいや、気にしなくていい。少し昔を思い出していただけだよ」

 

 ニヒルな笑みでそう言うと、

 

「そうですか。良かったです。てっきりまた何か貴方を不機嫌にすることを言ってしまったのでは、と思ったので」

 

 胸を撫で下ろしながらそう言われ、エミヤは一瞬「ん?」と疑問符を浮かべる。

 

「一体なんの話かね。私は君と話していて不機嫌になった覚えはないが」

 

「ああいえ、私のマスターの方ですよ。昨日話していたら急に不機嫌になられたので。

 何か私の話し方にはシロウにとって嫌なところでもあったのかと」

 

 そう言われまた考え込む。

 確かに彼女の言い分で激しく怒った記憶は何となくある。あれに関しては自分も熱くなりすぎたと反省している。だが、それはあくまでも彼女の全く自分を考えていない姿勢に苛立っただけであり、こちらの彼女はそういった自己犠牲を考えている雰囲気はない。

 

「…? すまないが、その件もう少し伺えないだろうか」

 

「はあ、それは構いませんが」

 

 そう言うとアルトリアは昨日の出来事を話す。それを聞いていたエミヤは徐々にまさか、という顔になり頭を押さえる。

 

「…以上ですが」

 

(…なるほど、これは悪いことをした。完全に勘違いしているな)

 

 アルトリアの話から大体想像がついたのかため息を出すと同時にめんどくさいなとも思う。

 

「あの…頭を押さえてどうされたのですか?」

 

「あーいや、こちらの話だ。君は気にしなくていい」

 

 エミヤはこれをどう解決させようかと悩む。

 

(…そういえば、確か宝石にも花言葉のようなものがあったな。私が渡した宝石は赤色の宝石で、名前は…あれは確か、ガーネットだったか)

 

 ふと、自分が渡した宝石を思い出し、名前がわかればその意味も思い出そうとする。

 

(ガーネットは豊穣や希望の石と呼ばれている石だったな。他には確か…恋が実る、と…)

 

 そこで思考は途切れる。不味いと思ったのだ。もし士郎がこの宝石の意味を知ってしまったらますます虚実が一人歩きしていってしまう。もう手遅れであるが。

 

(しかし、どうする。奴とはあの一件以来一言も話せていない状況だというのに。

 全く、そんな気まずいときにそんな勘違いをされるとはついてないな。流石は奴と同じ幸運値だな)

 

 といえども、まだどこかの青い猛犬よりはましな事案、だと思われる。

 

(…はぁ。仕方ない。こればかりは自ら出向くしかないか)

 

 このようなことを凜に相談するわけにもいかず、目の前にいる自らが発端の一つだとは判っていない天然な王様にもできない。

 となれば、もう自分だけで動くしかないと結論に至ったエミヤは行動を起こすことを決意する。

 

(しかし、そうしようにもまずはどうやって話す機会を得るかだな)

 

 と言っても、結局はそこに突っかかってしまう。これではいつまで経っても進展は見込めない。

 

「あ、あの、本当に大丈夫ですか?」

 

 エミヤはしばらくじっと黙ったままだったからかアルトリアは心配して話しかける。

 

「ああ。心配させてすまない。私は大丈夫だ(…ここで考えることでもないな)」

 

 単なる見回りついでにかつての実家を堪能していたのが、思いにもよらない事件が発覚してしまうというのは一体どういう現象なのか。エミヤの悩みは尽きることはない。

 

「はぁ、なんでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっちゃん、これお願いっ!」

 

 一方そのころ、士郎は元気な声で青髪で赤い目をしたまだおじさんというには少し若そうな魚屋の人に話しかける。

 

「おう、まいどありっ! 今日も学校休んで買い物か、大変だな~ボウズ。本当に藤村さんとこの親っさんに世話にならなくてよかったのか?」

 

「ああ、うん。いつまでも世話ばっかりしてもらっても仕方ないしね。一人でもしっかり生きていかなきゃってさ」

 

 もうこの魚屋の店員とは親しいのか、完全に砕けた話し方をしている。それだけ士郎がここに来ることが多かったのだろうか。

 

「まだ若いってのにしっかりしてんな~。うちんとこのボウズも見習ってほしいぜ。っと、ほれ、釣りとおまけの魚一匹だ」

 

「ありがとう。いつもおまけもらっているけど、本当にいいのか?」

 

 士郎がこの魚屋へ買い物に行けば、ほぼ毎回おまけとして様々な種類の魚をもらう。このことに士郎は感謝してはいるが、こんなにもらっていいのかといつも思う。

 

「いいっていいって! ボウズはいっつもうちで魚を選んでくれるからな。そのお礼とでも思ってくれ!」

 

 そう言って豪快に高笑いをする。

 士郎はここの商店街の人達とは何かと交流が多く、特に寄るところが多い店などではこのように顔なじみとも言えるほど仲がいい。そのためかこうしておまけをもらったりして何かとお得な買い物ができている。

 それが長く続いているためか最早、士郎はここの商店街の人たちにとって息子や孫のような存在となっている。

 

「ありがとな〜おっちゃん」

 

「おぉう! また来いよ〜」

 

 そう言って士郎は魚屋を離れる。

 士郎は今日もいい魚が手に入ったのが嬉しいのか、今日の夕飯は魚料理をしようかなと考えながら次の店へと足を運ぶ。

 

「……………」

 

 そうして様々な店に寄った後、ふとある店の前で足が止まる。その店とは服屋だった。

 士郎はここで少し思ったことがあった。アルトリアに服をプレゼントしたら嬉しいんじゃないかと。

 

(よく女の人って服とか好きだって聞くし)

 

 だが、自分の財布の中身を見ても、そこまで持ってきておらず服を買えるだけの余裕はない。なので、今回は諦めて残りの買い物を済ます。

 

(…今度、アルトリアを連れて見に来ようかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 あれから士郎は全ての買い物を終わらせ帰宅していた。

 

「お帰りなさい、シロウ」

 

「…! ただいま、アルトリア」

 

 帰宅した士郎を待っていたのは、いかにも士郎を待っていましたという雰囲気を出していたアルトリアだった。

 今まで出迎えたことはあったが、このように出迎えてくれたことはあまりなかったためか、もしくはアルトリアだからなのか判らないが士郎は嬉しそうにアルトリアに返事をする。

 

「今日はどこへ行かれたのですか」

 

「今日は商店街に行ったんだ。ほら、こんなに買ってきたんだ」

 

 士郎はまるで初めてのお使いが成功したことを親に話すかのように買い物籠を見せる。

 中には様々な野菜や肉類があったが、何より目を引かれるのは一目見てわかるほど立派な魚だった。

 

「これは…随分と買ってきましたね。今日は魚料理でしょうか」

 

「うん。そうしようかなって思ってる」

 

 士郎は買い物籠の中にあるものを台所にある冷蔵庫に入れに行く。

 

「これでよし」

 

 脚立に乗り大きめの冷蔵庫を前に試行錯誤しながら入れていったら、空っぽに近かったはずがその大部分は食料で敷き詰められた。

 

(これだけあればしばらくは持つかな)

 

 人も増えたこともありここ最近は消費が激しかったために買い物に行ったのだが、やはり子供の体では限界があり、いくら慣れているからと大量に持ってきてこれたものの、大変なものは大変である。そして、こちらが思う以上に消費が激しいのか、これだけあっても足りるかな、と不安に思う。

 

(家の大食らいといえばふじねえちゃんだけだったのに、アルトリアも意外に食べるんだよなあ)

 

 そう言って、少し疲れたのかため息を吐き出す。ちなみに、士郎はこう言っているものの実際のところアルトリアの食べっぷりには少し嬉しく思っている。なぜなら、アルトリアは一口運ぶ度にすごく嬉しそうに頬張るからだ。その笑顔を見ているとついつい沢山作りたく思ってしまうらしい。

 ついでに、大河に関してはいつも通り過ぎて大してなんとも思っていない。

 

「買い物も終わったし、今日はもう…そういえば、しばらくアーチャー師匠と訓練してないなぁ」

 

 今日のやることは全て終わった。なので、これから何をしようかというところで、士郎はこの時間はエミヤのところで訓練を受けるはずだったことを思い出す。

 あの一件以来訓練は途切れたまま。その成果は多少出たものの、今も受けて入ればこんなものではないだろう。エミヤから教わる訓練は全て士郎にうってつけだった。慎二と戦ったときにそれを感じた。

 

(…どうすれば、もう一度受けることができるのかな)

 

 そう思ってくると、なんとも惜しく思う。もっと強ければ、覚悟ができていればまだエミヤから教わることができたかもしれない。

 だが、そうなるとまた落ち込む。覚悟を持てと言われても、あれだけのことをされて持つことができるかと言われたら、それは士郎には無理だった。覚悟を持とうにもどうしても恐怖心が勝るのだ。

 

(…そういえば、アーチャー師匠はおれには足りないものがあるって言っていたな)

 

 その時エミヤに言われたことを思い出す。

 

(…おれに足りないものってなんなんだろう)

 

 そう言われても、士郎には見当がつかない。自分を完璧な人間だと思っているわけではない。ただ、これ以上何か必要なものがあるのか判らないのだ。

 

「………………」

 

「……あの、いつまでも開けっ放しにしておくのは」

 

 と考えに耽っていたのかハッとなって、開けっ放しになっていた冷蔵庫を慌てて閉める。

 

「ごめん、ありがとうアルトリア」

 

「いえ、何か考え事をしていたようなので」

 

 士郎はいつの間にか来ていたアルトリアを見て少し思う。アルトリアなら、今の自分に足りないところが判るかもしれないと。ただ、こんなことを人に教えてもらっていいのかと思う。こういうのは自分で気づかなければいけないのでは、とそう思うからだ。

 しかし、このままでは立ち往生するばかりだ。ならば、

 

「……なあ、アルトリア」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 士郎に呼ばれたアルトリアは士郎の真剣な顔を見てこちらの顔も引き締める。

 

「アルトリアはさ、あの時アーチャー師匠の訓練で言っていたおれに足りないものって…何か判るか?」

 

 まだ僅かに躊躇してアルトリアに聞く。アルトリアはそれを表情を変えることなく聞いている。

 

「…シロウに足りないもの、ですか」

 

 アルトリアはそう言って黙り込んでしまう。どうしようかと思っているのだ。このまま素直に教えるか、まだ教える時ではないか、と。

 黙り込んでしまったアルトリアに士郎は不安に駆られていた。もしかしたら教えてくれないのか、もしくは判らないのかと。そう思っていた時だ、

 

「…あの、それでしたら今から私とも訓練をしませんか?」

 

 といきなりそんなことを言ってきた。そのことに「へ?」と一瞬惚けてしまう。

 

「え、え? な、なんでいきなりそんなことを?」

 

「少し、思いまして。士郎の足りないところはこうして言葉で教えるより、訓練で叩き込むように教えたほうがいいのではと」

 

 士郎はそれに唖然としていた。それではまるでどこかのスパルタ王の言い方みたいだからだ。

 だが、それで判るというのであれば是非もない。ならば、

 

「…判った。それじゃ、道場に行こうか」

 

 そう士郎が言うと二人は移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

「お願いします!」

 

 道場に入った二人はお互い竹刀向け合い構える。

 

「…安心してくださいね。こちらは本気を出しません」

 

「う、うん(…本当に大丈夫かな。なんか、アルトリア不器用そうだけど)」

 

 アルトリアは流石というか今まで使うことがなかった筈の剣でもその扱い方は判っているようで、セイバークラスになれてもおかしくないだろうと思われる達人の技術を感じさせる構えだ。

 

「さあ、行きますよっ!」

 

 そう言って、いきなりアルトリアは竹刀を一直線に突き出してくる。

 

「! うわっ!」

 

 士郎はギリギリで体を転がし躱す。どうにか躱すことができたが、士郎は冷や汗を流す。今のは少し危なかった。

 

「ちょっと! 手加減してくれるんじゃなかったの!?」

 

「何を言っているんですか! こんなのまだまだ一割程度ですよ!」

 

 それを聞いて士郎は耳を疑う。今ので本当に一割なのか。今の速さはエミヤに勝るも劣らない突きだった。

 そう考えている間にもアルトリアは竹刀を振るう。

 

「くっ…!(強いって思ってたけど、まさかここまでだなんて…!)」

 

 これではまだエミヤの方がましだと思えた。アルトリアでは少し強すぎる。このままではオーバーワークで訓練にすらならなさそうである。

 

「ハァッ!!」

 

 どうにか振るった竹刀も防がれ、その隙にアルトリアの竹刀が士郎の頭目掛けて降り下ろされた。

 

「んがっ!」

 

 竹刀を弾かれたまま、体制を整えることができなかったため、避けることもかなわず直撃した士郎は目を回して倒れる。

 

「一本ありっ‼︎ です!」

 

「イッテテ」

 

 本当にできるだけ手加減したのだろう。しかし、手加減しても幼い士郎では敵わなかったのだ。

 

「どうしました! これではアーチャーとの訓練が意味の無かったことになりますよ!」

 

「…! くっそぉ…!」

 

 それは嫌だった。せっかく少しでも強くなれたのに、それが全て無駄になるのが嫌だった士郎は立ち上がる。

 

「立ちましたね。では、もう一本!!」

 

「…っ! ウオオォォッ!」

 

 またアルトリアが竹刀を振るう。淀みなく振るわれる竹刀はそのまま士郎に当たるかと思われた。

 しかし、今度は防がれた。ほんの僅かにしか出していないとはいえ、サーヴァントの攻撃を士郎は竹刀で防いだのだ。

 

「…! いいですねっ!」

 

 アルトリアは褒め称えてから竹刀をすぐに引き、再度横に振るう。

 士郎はそれをしっかりと見る。横凪ぎに振るう竹刀を見て、軌道を読み当たるかどうかというところで素早く屈み避ける。

 アルトリアはまさか避けるとはと思っていたのか一瞬驚いた顔をしたが、すぐに戻し竹刀を構え直そうとした。だが、

 

「っ! そこっ!」

 

「―!」

 

 その間に屈んだ状態から身体をバネにして、勢いでアルトリアに向けて竹刀を突き出す。

 士郎の竹刀は完全にアルトリアを捉えており、この距離でその体勢では避けられない。これは当たると、見ている者がいれば皆一様にしてそう思っただろう。だが、

 

「………………」

 

「…あっ」

 

 瞬間、アルトリアは周りの時間が止まったのではと思えるほどの速度で竹刀を構え直し、士郎の竹刀に宿る勢いを僅かに横へと逸らして、できた隙を狙って流れるように竹刀で叩きつける。

 

「イデッ!」

 

「………一本あり、です」

 

 あまりにも完璧な動きに見惚れる暇もなく、士郎は床に平伏した。

 

「イッタタ。本当に手加減する気あるのかよ〜」

 

「…申し訳ありません。意外にも良い動きをされていましたので。それからもう一つ申し訳ありません、アーチャーとの訓練が無駄になると言って。貴方のその動きはアーチャーとの訓練の賜物なのでしょう」

 

 アルトリアは素直に謝り倒れている士郎を起き上がらせる。

 

「……………」

 

 それを聞いて少し思う。確かに、アルトリアの竹刀を防いだり避けたり、これらは全て以前のままではできなかっただろう。つまり、これができるようになったのもエミヤから教わったからということになる。

 

(…やっぱり、アーチャー師匠はすげえな。こんなおれでも、ここまで強くしてくれたんだから)

 

 改めて思うと、彼には感謝の念しかない。そう思うと、また受けてみたいと思うようになってくる。

 

「……………」

 

 ただ、また彼から厳しいことを言われたらどうしようかとも思う。エミヤの言葉は全て士郎の核心をついてくる言葉ばかりだ。その彼が士郎を悪く言えば、容赦なく士郎の心を穿つ。

 

「…シロウ」

 

 黙ったままの士郎に何を思ったのか、アルトリアは士郎に話しかける。

 

「貴方は…確かに弱いです。貴方には特別な力があります。ですが、貴方はまだ幼く臆病です。臆病ではどのような力を持とうとも、それは意味のないものとなってしまいます」

 

 アルトリアの言葉は素直に士郎の頭に入ってくる。その通りだと思えてしまったからだ。

 

「…ですから、シロウ。私は貴方に一つ提案があるのです。これは、貴方の覚悟を、決意を否定することになるかもしれませんが」

 

 そう、少し言いづらそうに、申し訳なさそうに言ってくるアルトリアに士郎はなんだろうと耳を傾ける。すると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――シロウ、この戦争からおりませんか?」

 

 

 耳を疑いたくなることを言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
ここは正に士郎の分岐点になるところです。どちらを選ぶか、それによって士郎の今後の人生は大きく左右されます。
みなさんはどうですか? 何か重大な分枝点と思われる場所に立ったことはありますか?
その時は、どうかお忘れなきよう。自身の目前だけの幸福を求めた道は必ず後悔します。














な〜んて、無駄にカッコつけました☆


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第十四夜-覚悟の行く末は-

ども、ウェズンです。
皆さん、ここ最近感想の返事をあまり返せず申し訳ありません。決して無視しているというわけではないので、どうか感想はご自由に書いてくださって結構です。
それでですね、感想にこの小説のタイトル変更した方がいいのでは、とありましたが、申し訳ない。言っていることは尤もなのですが、あんまり長くしては最初から読む気が失せるなんてこともあり得ますので。
タイトルではなるべくぼかす感じにして少しでも興味を持ったら読んで、それで面白かったら読み進めてほしいなという考えですので、タイトル変更は無しになります。
あと、誤字の指摘ありがとうございます。
では、少し無理やりですが始まります。


「――シロウ、この戦争からおりませんか?」

 

 それがどう言う意味なのか、一瞬考えてしまうほどアルトリアの言葉を素直に受け取れなかった。

 アルトリアが言ってきたことは、簡単に言って諦めろと言うことだ。何故あのアルトリアが急にこんなことを言い出したのか。

 

「貴方は、まだこの戦争を知るには幼かった。貴方にこの戦争は早すぎたのです」

 

 アルトリアは今士郎が一番疑問に思っていることの答えを言う。

 

「貴方にいくら特別な力があろうとも、その幼さでは何もできません。現に貴方はアーチャーに恐怖し、アーチャーの言葉で心を折られた。貴方は、その能力(ちから)に見合うだけの覚悟も、力もない。それでは戦場に立てません」

 

 士郎はそれを黙って聞く。アルトリアの言っていることは、以前エミヤからの特訓時に気づいたことだ。

 自分は口先だけだった。正義の味方になりたい。だけど、その覚悟ができていなかった。ただ切嗣の道を歩もうとしていただけだったのではと思う。ただ敷かれたレールの上を歩こうとしていただけでは、とそう思っていたのだ。

 その先にあるものが何か知らず、自身でも知らず、その道が正しいと思っていた。それこそが自分の道だと思っていた。

 

「…お、おれは…」

 

 何が自分らしくだ。結局のところ士郎は切嗣の後を追っていただけだった。そこに自分の意志があるかと言われれば、それは無いと言える。以前は自分が目指す正義の味方になれればいい、そう言ったにもかかわらず、その目指す正義の味方は切嗣だったのだ。

 そう思うと急に寒気がしてきた。これでは、ただ切嗣の道を歩くよう設定された機械人形ではないか。

 

「…シロウ。ですから、もう一度考えてはくれませんか。私のことはお気になさらず。元より、聖杯に願うものなど有りはしない身の上ですから」

 

「………………」

 

 士郎は考える。アルトリアの言うように、戦争からおりてしばらくの間教会に身を潜め、また普段の生活に戻った方がいいのか。

 思えばそうだ。もとより、この戦争にはただ巻き込まれただけだった。こうして参加しているのも、あの神父が言っていたこと、聖杯戦争に参加する魔術師は平気で人を巻き込み殺す人がいるから。そう、あの慎二のように。士郎はただそういう奴らに聖杯を渡してはダメだと思ったのだ。

 つまり、正義の味方として活動できる絶好の機会だった。そう、それはあの神父の言っていた通りだったのだ。

 だが、そんな考えは甘かった。どうあっても敵わない相手に何度も殺されかけ、自身に宿る得体の知れないものを暴走させた挙句、こうして怯えてばかりだ。

 判っただろうか。士郎はこの通りなんの覚悟もできていなかった。ただ幼稚な正義の心を暴走させただけ。そんな者に戦う資格などあるのか、それは否。士郎はアルトリアの言うようこの戦争を知るには早すぎたのだ。

 

(…そうだ。それにおれにはまだこれから色々と大変なことがあったな。学校や生活だってそうだし、さくらねえちゃんやふじねえちゃんのご飯も用意しなきゃいけないんだ)

 

 なら、こんな戦争を続けている場合ではない。士郎には二人の姉とも言える存在がある。そして、今その二人はこの戦争により病院で寝たきりの状態だ。すぐにでも二人の見舞いに行って退院したら祝ってあげなければ。

 だが、

 

(…けど、それでいいのかな。

 おれは確かに助かるかもしれないし、アルトリアは…りんに任せれば大丈夫だろうし何も問題なんて…無い…)

 

 ふとアルトリアが凛と戦っている場面を想像してみた。

 

(…なのに…なんで…。何も問題なんて無い。なのに、こんなにも嫌だなんて。

 おれ、どうしちまったんだろうな。こういうことはちゃんとはっきりと決めようって思っていたのに)

 

 士郎はなんでこんなにも胸が締め付けられるんだと思っていた。だが、その答えはすぐに出る。それは、アルトリアへの想い。士郎はどうしようもなくアルトリアが好きなのだ。

 

(…そっか。おれ、本気でアルトリアが好きなんだな。まだ半信半疑なところあったけど、今はもう確信できる。おれは、アルトリアが好きだ)

 

 アルトリアと離れるのが嫌だった。アルトリアがどこかに行こうものなら、自分もついて行きたい、とそう思えるほどだった。それは聖杯でアルトリアをこの世に繋ぎ止めたいという程に。

 つまり、士郎の初めての我儘であった。

 

(けど、そう思う度におれには怖いことばかり遭う)

 

 しかし、そう願えば願うほど士郎にはとんでもなく大きな壁にぶつかる。内側にある正体不明のもの、魔術王の脅威、エミヤから指摘されたこと。その全てが士郎の歩みを阻んだ。そして、いまだに何一つ乗り越えられていない。

 

「…シロウ。まだ迷っておられるのでしたら、もう一本まいりましょう」

 

 そう言ってアルトリアは士郎が立つよう促す。

 士郎はそれに力なく頷き、竹刀を持ってフラフラとしながら立ち上がる。

 

「…いきます!」

 

 立ち上がったのを見て、アルトリアは竹刀を士郎に叩き込む。士郎はどうにか防ぐも大して力が入っていないため簡単に弾き飛ばされ、そのまま倒れる。

 

「…どうしました。先ほどと比べたらまるで力が入っていませんでしたが」

 

「……………」

 

 呼びかけられてもまるで返事がない。疲れているのか、ただ気力が無くなっただけか、士郎はもう何もかも諦めようとしていた。どれだけ前向きに考えようとも、結局は無為となる。結局、自分に戦う資格は無かった。エミヤの言った通り、自分は軟弱者だった。そういった思いが駆け巡っているのだ。

 アルトリアはジッと動かなくなった士郎を見る。そうしているうちに、アルトリアは眉間に皺を寄せ険しい顔で口を動かす。

 

「……シロウ、貴方に一つ問います」

 

「…え?」

 

 この後に及んで今更何を問うと言うのか。もう、諦めようと思っていたのにアルトリアはそれを許さないと言うように士郎の目を鋭い視線で射抜く。

 

「――問おう。我がマスターは、貴方か」

 

 士郎は何を聞かれるかと思いきや、もうとっくに判りきっていることを聞いてきた。何故いきなりこんなことを? と思いつつも、早く言えと言わんばかりの雰囲気に圧され答える。

 

「お、おれが、マスターだ…」

 

 あまりにも頼りない言い方であったが、そう応えた。こんなことは本当に今更すぎる。これで普通に終わる質問だ、と思った。だが、

 

「…それは、本当ですか?」

 

 以外にもそれは聞き返してきた。それに士郎はなんで、と思わずにいられない。アルトリアの意図が全く読めない士郎は不安に駆られる。すると、

 

「では、なんですかっ…!! その体たらくはっ!!!」

 

 唐突に叱られた。

 何が何だか判らず「え? え??」と疑問符を浮かべるしかない士郎。そうしている間にもアルトリアの叱咤は続く。

 

「貴方は、そんなくよくよと考えてばかり…! それでは戦士になるなど夢のまた夢です!! 本当に戦いたいと少しでも思っているのであれば、そんな悩みなんて捨ててもっと戦いに集中したらどうですか!!」

 

「…アルトリア」

 

 これを聞いていると少し思う。本当はアルトリアは士郎にこの戦争をおりて欲しい訳ではなかったのではないかと。ただ、士郎のことを思っての気遣いであったのではと思う。

 実際、アルトリアは誰より士郎のことを考えていた。何故ならば、アルトリアにとっても士郎はもう大切な存在だからだ。

 

「…ですから、立ってください。私のマスターはとても弱く何もできていない。ですが、貴方のその夢に愚直にも進む姿は、誰より輝いていた」

 

 士郎の心に呼びかけるようにアルトリアは言葉を紡ぐ。

 

「ですから、どうか立ってください。貴方はまだここで終わっていいはずがない。貴方はなるんでしょう、『正義の味方』に…!!

 何かを失わないで何かを得ることは難しい。けど! 貴方なら…貴方ならきっと! 私より大勢の人を護れます! 救えます!! ですから、どうか挫けないでください…」

 

 懇願するかのように言うアルトリアには王としての威厳はなく、一人の個人として本心から願っているようだった。

 アルトリアがこう願えたのも、士郎のこれから辿るであろう未来を知っているからだ。それは誰が止めても変わることのない、衛宮 士郎の未来。変えようがないというのであれば、せめても後悔の無いようにしてほしかった。

 

(…。…そっか。そうだよな。おれは…)

 

 士郎はそんなアルトリアを見て立ち上がらなければダメだと思った。だから、少し昔を思い出す。自分が目指したものを、憧れの人を。そうしたら、また何かを思い出すきっかけになりそうだったからだ。

 

(…おれは、正義の味方に…なるんだ。今がチャンスだからとか関係ない。正義の味方になれるんだったら、全部呑み込んでやる…!)

 

 かつて見た切嗣の背中を思い出す。そうだ、正義の味方になるならば、毒でも受け入れよう。死すらも受け入れよう。

 ――正義の味方とは、誰かを護る者だ。そこに善人も悪人も関係ない。

 ――正義の味方とは、誰かのために思いやれることだ。無論ただ思いやるだけではない、行動することもだ。

 即ち、正義の味方とは――皆のために立ち上がれる者のことだ。

 ならば――

 

「…ありがとう。アルトリア」

 

 士郎は起き上がる。その行いがどれだけ愚かなのか判っていながらも、士郎はその道を諦めることはない。いや、そもそも士郎には諦めの二文字があってはならない。諦めた時、その時こそ衛宮 士郎が、正義の味方が終わる時だ。

 矛盾を抱えたものになるなど、普通の人から見ればただの愚者の進行。だが、士郎はそれでもいいと言うのだろう。真に正義の味方を追い求めているのだから。

 

「おれ、もう一度、頑張ってみるよ」

 

「…シロウ」

 

 起き上がった士郎の顔は今まで見せたことがなかった、まだ一歩だけではあるが成長が感じられる笑顔だった。

 

「…では、まだ私と共に戦ってくれるんですね」

 

「ああ。おれは、最後まで戦う。相手が誰だろうと関係ない、戦わなければいけないなら、そいつが悪をやっているなら、おれは、おれはそいつらを――蹴散らすだけだ!!」

 

 そう決意した士郎の目にはいつもにも増して燃えていた。決意が、覚悟が籠っていたのだ。

 

「…よろしいのですね。貴方のその道には苦行しかありませよ」

 

 最後の確認と言うように重く哀感が感じられる声で聞く。それに士郎は口端を僅かに曲げて、

 

「ああ。おれは全部受け入れるよ。確かに、おれがやろうとしているのは悪にも見えるかもしれない。けど、それでもおれはおれを信じる。どれだけ苦しくったって辛くったって、おれは諦めるつもりはない。おれは、乗り越えてみせる!」

 

 そう熱意が籠った決意表明する。

 アルトリアは士郎の目を見てその熱意が本物か確かめる。する必要はないと思われるが。

 

「…判りました。貴方の道を私は肯定します。これからもよろしくお願いします、シロウ」

 

「ああ。よろしくな、アルトリア」

 

 アルトリアと士郎は笑顔でそう頷く。

 

「さて、今日の方はどうしましょうか。早速アーチャーに会いに行きますか?」

 

「うん。とりあえず、アーチャー師匠におれの覚悟を聞いてもらわないと。そうじゃなきゃ、おれはいつまで経っても弱いままだ」

 

 士郎は拳を握る。エミヤへの恐怖心は残っている。だが、それくらい乗り越えないと、と自分に誓う。

 

「判りました。では、アーチャーを探しましょうか。彼の気配はまだ屋敷にあります」

 

 それを聞いた士郎は「わかった!」と言い颯爽と道場から出て、アルトリアを待たずエミヤを探しに行った。

 

(いつまでも逃げてばかりじゃダメだよな。それじゃ正義の味方なんてなれないんだからな…!)

 

 …こうして、士郎が辿る道は決まった。果たして、この道に待ち受けるものが何になるのか。それはまだ誰もわからない。だが、この士郎が成すことは、恐らく――

 

「…ようやく、一歩前に進めましたね」

 

 アルトリアはそう呟いた後、士郎が出て行く際に放り投げていった竹刀を片付け、これから来るであろうと思う二人を正座で座りながら待つことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 晴天の空の下、柳洞寺で魔術王は縁側に腰を下ろし空を眺めていた。側には先ほど柳洞寺の人から淹れてくれた緑茶がある。

 

「黄昏ているのか」

 

「マリスビリー…」

 

 そんな彼にマリスビリーはからかうように話しかけてくる。

 

「フフッ。私がそんなことをすると思っているのかい? 私はただ、次シロウ君達が来たらどう出迎えてあげようかなって考えていただけだよ」

 

 そう薄ら笑いで応える姿には虚無感を感じさせる。

 

「ふむ、まあ、今のところ一番の脅威ではあるからね。

 …しかし、どうにも判らないな」

 

「何がだい?」

 

「キャスター、以前君は彼に興味があると言ったな。何故君は彼に興味を持っているんだい? 確かに君が言うよう不思議な子供だ。だが、言わせればそれだけだ。完璧と謳われた君ほどの者が興味を持てる存在とは思えないんだ」

 

 マリスビリーのこの質問は以前魔術王の話を聞いてから疑問に思っていたことだ。

 

「ああ、そのことか。…ん〜、なんて言ったらいいかな。そうだね、彼は私と互角になれる可能性があるから、かな」

 

「…!! な、なん、だと…。キャスター、それは一体どう言う意味だ…」

 

 魔術王が言ったことはマリスビリーを動揺させるのに十分な衝撃があった。魔術の王と呼ばれし者と互角になりうる。それは大気の魔力が薄れ、神代がとうに終わっているこの時代ではあり得ない話だからだ。

 

「そのままの意味さ。彼はその身に潜むものを制御できた時、私の前に現れるだろう」

 

「…それはつまり、事実上最終決戦ということか」

 

「まあ、そう思っても相違ないかな。と言っても、そこまで後どれくらいかかることかな」

 

 魔術王はただ遠くの虚空を眺めているだけだというのに、その目は何かを捉えているようだった。

 

「…? どうも、君の言葉は要領を得ない。どういうことなんだ?」

 

「…さて、私はもう一度結界に入ってあの宝具の具合を確かめてくるよ。ああそうそう、あの時は傍観だけって言ったと思うけど、少し間接的にちょっかいでもかけようかなって思っているから」

 

 まだ温かい緑茶を一気に飲み干し、スクッと立った魔術王はマリスビリーの前から消える。

 

「あっ、キャスター! まだ話は…って、もう行ったのか。全く、頼りにはなるんだが、いかんせん面白半分で隠したがることが多いな。それにちょっかいだって…? 何をするつもりなんだ。…まあ、それはいいとしよう。

 …エミヤ シロウ、か。そういえば、私の娘ももうあれくらいの歳になる頃…だったかな。時間が経つのは早いな…」

 

 朧気な記憶にある自分の娘を思い出していた時、

 

「少しいいかな。アニムスフィア君」

 

 いかにも高級感漂う格好をしたどことなく慎二を思い起こす金髪に顔が整った男が話しかけてきた。

 

「…アトラム・ガリアスタか」

 

「こうして会うのは二回目だね」

 

 男、名をアトラム・ガリアスタは軽そうな雰囲気で接しながら、少し腰を折ったような雰囲気で話す。

 

「何の用だ。君と話すことなどないだろう」

 

「まあまあ、そう言わずに。もっとも、君のいう通りではあるのだがね。君のサーヴァントと僕のサーヴァント、これら二人が合わされば、勝てない戦いはないと言っていい」

 

 そう自信に満ちた言い方も慎二を思い起こさせる。

 

「確かに、君のサーヴァントも素晴らしい大英雄だ。彼の竜殺しの英雄なのだからな。そして、今の私たちは同盟を組んでいる状態、負けはほぼ無いと言って差し支えないだろう」

 

「いや〜、まさしくその通りだよ。本当、君とはいい同盟が結べたと思うよ。これで聖杯を手に入ることは確実だ。

 で、そういうわけだから、少し相談があるんだが…」

 

「…それが本題か。何だ」

 

 アトラムは腰を低くしつつも、軽いいつもの態度を崩さずに顔を少しだけ面白そうに歪めて話し続ける。

 

「なに、そんなに難しい話じゃないし悪い話でもない。ただ、聖杯をこちらに譲ってくれないか、とお願いしたいんだ」

 

「…正気か?」

 

 マリスビリーの眼光が鋭くなる。

 

「無論、ただでとは言わない。というより、僕の願いは君と同じだろうからね。だから、山分けしようじゃないかって話さ」

 

 それを聞いてマリスビリーは考える。聖杯にかける願いは、巨万の富。確かに、魔術の家系としては歴史の浅いアトラムの家では現代の科学も利用しているのだからそこに金は必要だ。つまり、魔術と科学を併用してとある開発を進めようとしているアニムスフィア家と同じことをしているのだから、必然と願うことも同じになっているわけだ。

 

「…なるほど。聖杯が真に万能で願うものが同じであれば、今願いたいことの倍を叶えてもらい山分けか。確かに理にはかなっているし、悪い話ではない。

 だが、それならこちらが手に入れても変わらないのでは?」

 

「ああ。それに関しては、単純に実績が欲しいだけさ。ご存知の通り僕の家系は歴史が浅いからね。そこに聖杯を獲得した家系という賞があれば、魔術協会も無視できない存在になること間違いないからね。

 それで、いかがかな?」

 

「……………」

 

 マリスビリーは考える。確かに、アトラムの言う通りだった。アニムスフィア家は聖杯を獲得しなくともすでに栄誉ある家系だ。そして、今開発しているものが完成すれば、それはさらに上がるだろうと思われる。つまり、デメリットが何もないのだ。

 

(けど、それでいいのだろうか…)

 

 だが、それはつまり、自分の友である魔術王を見捨てることになる。彼とはまだ短い付き合いとはいえ、それでいいのだろうか、とマリスビリーは考えていた。

 

「…すまない。返答はもう少し後で頼む」

 

「…そうだね。そういうのは手に入れてから考えるべきだった。こちらこそ申し訳ない。あんまりにもいい状況だったものだから少し焦っていたみたいだ」

 

 少し申し訳なさそうに眉毛を外側に寄せるようにして言う。

 

「ああ。ではまた」

 

 それを最後に二人は別れる。

 

「…チッ。上手くはいかないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「…イリヤ、大丈夫?」

 

 森の奥に潜むお城にて、セラとリーゼリットはある一室の前で心配そうに部屋の扉を見つめていた。

 

「…判りません。あれからずっとふさぎ込んだまま、部屋から出ることも僅か。今日も、この通りあまり手をつけられていないご様子。大丈夫とは言えませんね」

 

 そう言って、部屋の前に置いてあった全く減っていない朝食が乗った高級感漂うトレーを持つ。

 

(…あれから数日経ったというのに。お嬢様…)

 

「…私、中様子見てくる」

 

 そうセラがトレーを見ながら心配していたら、突然リーゼリットはそのようなことを言い出した。

 

「!? 何を言っているのです! リーゼリット! 今お嬢様は情緒不安定な状態なのですよ!? そんな時に押しかけてはますます酷くなります!」

 

 そうセラはリーゼリットを叱るが、リーゼリットはセラを見たまま黙っている。

 

「…でも、それじゃ、いつまでも同じ。これじゃイリヤ、立ち直らない」

 

「…!」

 

 リーゼリットが言ったことは尤もだった。このままではどちらにしろ悪化していく一方だろう。ならば、少しでも可能性のある方にかけた方がいい。

 そして、そういうことだったらセラには何もできない。メンタル的な問題は完全に専門外なので何もできないのだ。むしろ、そういうことだったらリーゼリットの方がまだましだ。セラは唇を噛んで「…お嬢様をお願い、します」と後のことはリーゼリットに任せる。

 

「うん。任せて」

 

 そう言った後、リーゼリットは扉を叩いて、「イリヤー。入るねー」と許可も得ずにささっと入って行ってしまった。

 

(…大丈夫でしょうか。任せたとは言え、やはり不安ですね)

 

 とはいえ、入って行った直後にイリヤスフィールの叫び声がしなかったあたりまだ大丈夫なのだろう。

 ならば、イリヤスフィールのことはもうリーゼリットに任せるとして、セラは別のことについて考えるべきだろうと思考を切り替える。

 

(…此度の戦い、おそらく今までの聖杯戦争では類を見ない戦いなのでしょう。

 あのギリシャ神話に於いて最強の一人に数えられたヘラクレスがやられて帰ってくることが二度もあったのですから。これは、こちらも何か対応策を練らないといけませんね)

 

 全てはアインツベルンを、イリヤスフィールを守るため、セラは全力を尽くして思考を張り巡らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、イリヤ?」

 

「……………」

 

 イリヤスフィールの部屋に入ったリーゼリットは早速イリヤスフィールと対面して話しかけていた。だが、イリヤスフィールからの返事はなく、暗く沈んでおりとてもまともに話せそうにない。

 

「…イリヤ」

 

「ごめん。今誰とも話したくない」

 

 二度目の呼びかけでようやく応えてくれたものの、弱々しく顔も伏せたままだ。

 

「…何が、あったの?」

 

「……………」

 

 本当に誰とも話したくないようで、拒絶とも取れるほど沈黙を保ったままでいる。

 

「……………」

 

 さすがにリーゼリットもこれはお手上げなのか、同じく黙ってしまう。ように見えたのだが、

 

「えいっ」

 

「ひゃわっ!」

 

 ささっと後ろに近づきイリヤスフィールの脇腹を掴んで軽々と持ち上げた。

 

「ちょっと! リズ、何するの! おろして〜!!」

 

「ほーれ、ほーれ」

 

 リーゼリットはイリヤスフィールの抗議の言葉を完全に無視し、持ち上げたまま左右へゆらゆらと揺らす。ちなみに、揺らす速度は結構速く、そのまま手を離せば壁を突き破ってぶっ飛ぶんじゃないかって速さで揺らしている。

 

「高い高〜い」

 

「ひゃぁぁっ!! 本当に高いっ!」

 

 すると、今度は部屋の天井にぶつかるんじゃないかって程に持ち上げたまま高く飛ぶ。ちなみに、イリヤスフィールの部屋はさすがお城というだけあってなかなか天井が高く、その高さ目則でも約四メートルあると思われる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。きゅ、急に何するの〜?」

 

「イリヤ、全然元気なさそう。だから、元気が出ることした」

 

 ようやく解放されたイリヤスフィールはなぜこんなことをしたのか息が切れながらリーゼリットに聞く。それにリーゼリットは自分が何をやっているのか判っているのかいないのか、判断がつかないトーンの声で答える。

 

「ほ、他のものが出てきそうだよ。今朝のご飯とか」

 

 はっきり言ってそんな場面を描写したくないので出さないで。

 

「…イリヤ、元気出た?」

 

 リーゼリットはイリヤスフィールの目線くらいにしゃがみ込み、そう問う。それでイリヤスフィールはまた黙り込んでしまう。

 それを見たリーゼリットはまだ足りないのかな、と思ったのかイリヤスフィールの脇腹を掴もうとしたが、イリヤスフィールは「わっわっ、も、もういいから!」と手を振ってやめてほしいという。そう言うとやめてくれたので、ほっと一安心したが、また表情は暗く沈んでしまう。

 

「…イリヤ。何があったの? 私、イリヤの力になりたい。から、教えて?」

 

「リズ…判った」

 

 リーゼリットの普段ぼんやりしている雰囲気からは考えられない真摯な目に射抜かれて、観念したのかぼそぼそと話し始める。

 

「私、ずっとバーサーカーが最強だって、世界一強いんだって思っていたんだ。けど、負けてばっかりで…もうどうしたら勝てるんだろうって思って…シロウもあんなのがあるし、キャスターは怖いし…! もう嫌になったの…戦うのがもう嫌なの…!!」

 

 イリヤスフィールはここまで負け続きなのが悔しくて嫌で苦しかった。何より、バーサーカーがやられていってしまうのが見ていられなかった。嗚咽を交えながらそう言う姿は本当に士郎と同い年なのではと感じさせる。

 それを聞いていたリーゼリットは依然と変わらない表情で黙って聞いている。今のイリヤスフィールにとってはそれが最善だったのか、最後には全て吐き出すように泣き出した。

 

「よーしよーし」

 

 リーゼリットは泣き出したイリヤスフィールの背中を撫でながら泣き止むのを待っている。

 

「うっ…ひぐっ、あり、がとう、リズ」

 

 そう言って、また大声で泣きだす。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 イリヤスフィールはリーゼリットに優しく撫でられながら、しばらくの間泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
高校受験終わりましたね。これを読んでいる方々がどの年代の方かは存じあげませんが、受かることを願います。


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第十五夜-ライダー戦-

久々に更新。
ぐだぐだ本能寺復刻万歳!!←復刻前当時はFGO始めていない勢。いろいろ事情があったからネ! 仕方ないネ!
という訳で始まります。


「ん〜、アーチャー師匠どこだ?」

 

 あれから士郎は衛宮邸を探し回っていたが、旅館並みに広い屋敷では探す場所が多くなかなか見つからずにいた。

 現在士郎は居間にきたが誰もいない。なので、まだ探していないところを探しに行こうかと思っていたら、

 

「…! 電話? こんな時間に誰だ?」

 

 今現在昼を過ぎ太陽が地平線に近いところまで傾いて来ている時間。基本的にこの時間で平日は誰もいない。ので、滅多にかかることのない時間の筈だ。

 士郎は一旦探すのをやめて受話器を取って「もしもし」と決まり文句で話しかけると、

 

「やあ。久しぶり士郎クン」

 

「…! この声…!」

 

 慎二の声だった。一体なんの話だと思ったが、それはすぐに判る。

 

「…なんの用だ」

 

「ん? なんの用かって? アッハハハ!! 何の用かなんて、そんなの――お前と戦おうって以外何があるんだよ」

 

 つまりは、前回の学校でのリベンジ、ということだろう。

 

「………………」

 

 前回のことを考えれば今回も罠があるだろう。声からも前回のことがなかったかの様に自信に満ちてる。そう考えたら、こちらも凛を連れてくるか何かすれば相手の裏をかくことができると思われる。

 

(けど、なるべくあいつとはおれ自身の手で決着をつけたい)

 

 だが、こうして慎二と対峙するのは聖杯戦争の出来事以外も合わせて今回で三回目。ならば、最後まで自分の手で白黒を決したいものだ。

 

「(…よし!)判った。それで、どこで戦うんだ」

 

「場所は新都の橋。そこで決着(けり)をつけようじゃないか」

 

 慎二が言っている場所は新都とその隣の町を繋げる赤いタイルの橋のことだ。橋の名の通り、あそこは下が川となっている大通りの一本道。つまり、何の邪魔も入らない一対一で決するには最適な場所だ。

 慎二は本気で士郎と決着をつける気なのだろう。ならば、士郎はそれに応えるのみ。

 

「判った。あの橋だな。それじゃ、何時に始めるんだ?」

 

「ああ。それはそっちが決めていいよ。僕はいつでもいいからね」

 

「………」

 

 士郎は少し考える。いつ戦うのかではなく、先程から溢れるほど自信に満ちている慎二の言動についてだ。

 慎二は結果的に見れば学校の戦いは完全敗北したといえる。あの慎二のことだ、それならば報復を考えてもおかしくないとは思っていた。だが、だからといってこの自信はどこからきているのか。

 アルトリア達の戦いを見ていないとはいえ、その実力はライダー、メドゥーサを通してある程度判っている筈だ。いくら何でも慢心しすぎている気がする。

 

「…それじゃ、今日の夜だ。人があまりいない時間、8時頃に始めよう」

 

「いいじゃないか。判ったよ。それじゃ、その時間まで精々楽しい一時を」

 

 そう言って電話を切られ、ツーツーという音だけが聞こえる。

 

「…いよいよ、あいつとも決着をつける時が来たな」

 

 おそらく、これが慎二と最後の戦いになるだろう。だが、勝つ自信はある。相手のサーヴァントは厄介でも、マスターがあの様だ。勝算は十分にあるといえるだろう。しかし、

 

「… 何でだろう。どうも不安だな」

 

 慎二のあまりにも自信と余裕に満ちたあの言い方、元々そうであったものの、どうもあれはそれだけではない様な気がした。

 

「いや、だとしてもアルトリアが負けるわけない」

 

 とにかく、そうとなれば、一旦エミヤのことについては後回しにする。今は、アルトリアにこのことを伝え戦闘準備をしなければいけない。

 

(あと、りんにもこのことを伝えておこう)

 

 いざという時のため凛にもこのことを伝えておこうと思う。それだけ不安が拭いきれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、本当ですか…!?」

 

 道場の中、正座で待っていたアルトリアは誰も連れずに来た士郎を見て「? アーチャーはどうしました?」と聞いたが、士郎がそれよりも、と遮って先程の慎二の会話を伝えた。

 

「あいつ、いよいよおれらと決着をつけるつもりらしい。

 アルトリアは夜までに備えておいて。アルトリアが負けるとは思わないけど、何か嫌な予感がするんだ」

 

「嫌な予感、とは…?」

 

「…判らない。けど、あいつはきっと何か仕組んでいると思う」

 

 士郎は真剣な顔でそう言う。それを見てアルトリアも顔を引き締める。

 

「…判りました。シロウの勘を信じます」

 

「ありがとう。それじゃ、昼がまだだったから作るね」

 

 そう言って、二人は居間へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間は経ち、太陽が沈み空気が冷たい時間帯、士郎達は十年前とある英雄同士がぶつかり合った赤いアーチが掛かった橋に来ていた。

 

「…ここだよな」

 

 約束した時間ちょうどにアルトリアを連れてやって来た士郎は周囲を確認する。慎二はまだ来ていないようだ。

 

「そろそろ来ていてもおかしくないんだけどな」

 

 しかし、周囲に慎二はおろか人影すらない。真っ暗な橋では照らす物が街灯だけであるものの、その街灯の数は多いのでこの橋を渡ろうものならすぐにわかる筈なのだが。

 

「…罠の可能性もあるかもしれませんが、前回のことを考えるとその線は薄いですね」

 

「うん。だから、必ずあいつはここに来る」

 

 そう確信しながら士郎はいつでも投影魔術が使えるよう構え、アルトリアは槍を構えて待つ。すると、

 

「あっははははははははハハハハハハハハハハッ!!!」

 

 どこからともなく高笑いが響いてきた。どこからだと士郎達は周囲を見渡し探していると、

 

「ここだよ、ここ! いやー、待たせてごめんごめん。ちょっとこっちも準備に手間取ったからさぁ」

 

 そう言われ、上を見る。すると、そこには赤いアーチの上に立っている慎二がいた。

 

「あいつ…! いつの間にあんな所を…!」

 

「ククク。そうして馬鹿正直に来てくれたなんてなぁ。てっきり、遠坂も来ると思ったんだけどねぇ。プッククク」

 

 何が面白いのか、慎二は終始肩を震わせて笑っている。士郎はそれに違和感に近い何かを感じていた。前々から上から目線な奴だとは思っていたが、どうもそれが輪にかけて強くなっている気がするのだ。

 

「それなら遠坂諸共葬れたのになぁ、クックク。ああそうそう、さっきも言ったけど、待たせてごめんごめん。そのお詫びと言っちゃあ何だけど、」

 

 スッと片腕を何もない天めがけて上げ、

 

「――すぐに殺してやるよ。やれライダー!!」

 

 そう叫ぶ。すると慎二の背後から羽ばたく音と共に白い何かに乗ったメドゥーサが出て来る。否、あれは白い何かなどではない。あれは――

 

「――あれが…ペガサス…」

 

 初めて見るそれに士郎は見惚れていた。天馬、幻想種と呼ばれる名の通り天駆ける馬。月明かりに反射している純白のみるからに肌触りの良さそうな毛並み、その姿は誰もが人生で一度は見たほうがいいと言えるほど美しかった。

 天馬に跨ったメドゥーサは士郎達に向かって光を纏いプロ野球選手の投げるボールより何倍も速い速度で突撃して来る。

 

「『騎英の(ベルレ)――――」

 

「…!」

 

 あれは避けれない。いや、直撃ならまだ間に合うかもしれない。だが、あれはそれだけではダメだ。直接当たらなくともその余波だけで死ねるであろう威力だ。

 士郎は目前に死が迫っているのを実感する。すると、足が震えるが、ハッとなってそのことに気づき自分の指を噛み震えを抑え、とにかく逃げようと思考を無理やり切り替える。

 

「――――手綱(フォーン)』……!!!」

 

「――ランサー!!」

 

 天馬が迫ってくる前にそう叫ぶ。この状況で助かるにはアルトリアの力を借りて一気に駆け抜けるしかない。士郎に呼ばれたアルトリアは、「はいッ!」と鋭い返事を飛ばした瞬間――『騎英の手綱(ベルレフォーン)』が士郎達の目前まで迫って来た。だが、アルトリアに抱えられ凄まじい速度で移動することで間一髪避けることができた。

 

「…! まだ向かって来る…!」

 

 あの宝具の的から外れそのまま何もないところにぶつかると思ったが、橋に当たる直前、方向を切り替えあの速度を維持しながら追って来る。やはり、生き物であるがために弾道ミサイルのようにはいかない。

 士郎はアルトリアに抱えられながら肩越しに追って来るメドゥーサを見る。真名を以って放たれた天馬の速度は凄まじく、このままでは追いつかれてしまうのが判る。士郎はどうすれば、と考えるが、何も思いつかない。士郎の投影魔術程度ではあれの速度を僅かに落とすことも敵わない。

 このままでは徐々に追い付かれてしまう。

 

「さあ、終わりです」

 

 そんなことを思っている隙にメドゥーサからそんな言葉が聞こえたと思ったら、天馬は一度羽を大きくバタつかせさらに倍ほど加速して来た。あれが全力ではなかったようだ。さすがにこの速度では最早数秒も逃げれない。

 

「――くっ!」

 

 追いついた天馬はその光でアルトリア共々士郎を飲み込んだ瞬間――

 

(――ダメだ、死ぬ…!)

 

 ――閃光と共に爆発が巻き起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文字通り高みの見物をしていた慎二は橋が決壊するほどの爆発を見て顔を笑顔で歪める。

 勝った。これは確実に勝ったと思ったのだ。メドゥーサが乗る天馬は神代から持ってきたもの。その神秘は破格のものだ。あれでは士郎は確実に死んだだろう。アルトリアにしても、いくら規格外とはいえあの一撃を食らえばタダでは済まない。ならば、あとはじっくり痛めつけて自分のモノにしてしまえばいいだけだ。

 

「クッ――ククッ――アハ、アハアハハハハハハハハハハハ‼︎!!」

 

 慎二はそう思うと笑いが止まらないでいた。ようやく忌々しい子供(ガキ)が死んでくれたのがよほど嬉しいらしい。

 そして、何よりそのサーヴァントを奪えるのが嬉しいのだ。あのサーヴァントが士郎にとって大切な存在だと知っているから、それを自分が取り上げられることの何という快感か。

 

「ハハッ、ハハハハ。ああ、最高だ。全く、素晴らしいよ、本当にあの人は――!!」

 

 これ見よがしに令呪がある手を広げながら天を仰ぎ見そう言う。

 

「さて、そろそろあいつのサーヴァントとできれば令呪も取りたいところだけど、あれ体残ってるか?」

 

 そう言いながら慎二はアーチの上を移動し始める。

 が、ピタリとその足が止まる。何故止めたのか、それは煙の中で何かが動いているのに気づいたのだ。慎二はメドゥーサか、と目を凝らして見ると、それはメドゥーサではなかった。

 

「…!? ウソだろ、おい…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 メドゥーサの宝具が当たる瞬間目を瞑っていた士郎は死んだと思っていたが、手に硬く艶やかで無機質な感触がし、体は上下に揺れている。体の熱もある。

 一体何があったんだと思い徐々に目を開けてみると、目の前には鎧を着た馬がいた。

 

「…え?」

 

 士郎は状況が飲み込めずにいた。メドゥーサの宝具で死んだと思えば、いつの間に自分は馬に乗っている上に、こんなにも無傷なのかと。

 すると、「大丈夫でしたか?」と上から凛としたいつもの声が聞こえた。士郎はそちらに振り向くと手綱と槍を握っているほぼ無傷の鎧を着たアルトリアがいた。

 

「アルトリア…。この馬って…もしかして、…」

 

 アルトリアが乗っている馬はどう考えても今どこからか調達して来たものではないだろう。ということは、これはアルトリア、アーサー王の馬ということになる。

 史実においてアーサー王の馬といえば二頭いる。その名はそれぞれラムレイとドゥン・スタリオン、今乗っている馬はその内のどちらかだろう。

 

「しっかり掴まっていてくださいね。――駆けろ…! ドゥン・スタリオン!」

 

 アルトリアは士郎にそう忠告した後に自身が騎乗している馬、ドゥン・スタリオンに鞭を打ち加速させる。

 

「―! 来た…!」

 

 すると、鳥が羽ばたく音にしてはやけに大きい音が聞こえ後ろを見ると、メドゥーサがまた天馬で追いかけて来る。まだ真名解放を行なっていないのか、先ほどの速度ではない。とはいえ、こちらは地上を走っているのに対して相手は空中を駆けている。

 

「まずい…! このままじゃあ…!」

 

 今二人は橋から大分遠のいてしまっており、新都の道路を滑走している。そのためカーブするときなどどうしても減速してしまい、その隙に障害物のない空中を走っているメドゥーサは減速することなく追いかけている。このままでは追いつくのも時間の問題かと思われる。

 だが、いくら相手の方が神秘の高い幻獣とはいえこちらとて彼のアーサー王が跨っていた馬だ。その性能はそんじょそこらの馬とは文字通り桁違いだ。

 

「! ドゥン・スタリオン!」

 

 アルトリアがそう叫ぶと、ドゥン・スタリオンは更に加速していく。

 

「…! やりますね」

 

 メドゥーサはアルトリアのドゥン・スタリオンを見てそう呟いたのち、合わせるように加速する。

 

「う、わ…(なんてスピードだ…! こんなの車よりも全然速いよ…!)」

 

 士郎の思うように、もうすでに速度は時速約150km…いや、更に加速していっている。とても馬が出せる速度とは思えない速さだが、天馬も負けず劣らず食らいついていく。

 こんな速度であれば、アルトリアは無事でも士郎は大丈夫なのかと思われるが、士郎は多少風が当たる程度でなんともなさそうである。

 

「…このままでは埒があきませんね」

 

 メドゥーサはこのまま速さで競い合っていても勝負がつかないと思い、目のバイザーを取り外し、初めて露出した目を士郎達の方へ向ける。

 

「…! あの目…! アルトリア! 気をつけて、石にされる!!」

 

 いち早く気づいた士郎が焦るようにそう叫ぶ。だが、アルトリアは少しだけメドゥーサの方を振り向いただけでなにか対応するつもりは無いらしい。

 

「ご安心を。あれは私には届きません」

 

「え?」

 

 アルトリアがそう言うと、側で何かが弾き飛ばされたような音が響いた。それはあまり大きな音ではないが、高音な音だったので以外に響く。

 

「…! ほう。随分と高い対魔力をお持ちで。ですが…」

 

(くっ…! 石化は逃れましたが、いくらか身体が痺れてきましたね)

 

 アルトリアが石化せずにすんだのは一重に自身の持つスキルにあった。そのスキルとは三大騎士クラスが持つクラススキル、対魔力。対魔力はその名の通り魔術系統の威力を抑えてくれるものだ。

 しかし、アルトリアの持つ対魔力は確かに高ランクだ。凛くらいの魔術ならば傷一つつかないだろうが、メドゥーサが持つ魔眼のランクもかなり高い。完全な石化は避けれても、いずれかのステータスは下がったと思われる。その証拠に速度が僅かに落ちてしまっている。

 

「…といっても、止めれないのでは仕方ありませんね」

 

 メドゥーサは魔眼を出したまま急降下して、士郎達に近づく。どうやら、直接ぶつかるつもりらしい。

 士郎達の横に並ぶとあの杭のような短剣を出して、横にずれていく。アルトリアも槍を小回りが効くように構え、その体勢のままメドゥーサに対抗する。

 

「ハアッ!!」

 

 一度ぶつかり、弾けるようにして離れる両者。速度は全く落ちていない。

 士郎はドゥン・スタリオンにしがみつき目をつぶって奥歯を噛み締めて振り落とされないようにする。

 次々とお互い武器の持ち方を僅かに変えては幾度となくぶつかり合っては弾けて距離を取る。

 

「ンググオオ…!!」

 

 そんな激突を間近で見ている士郎からすれば、まるで嵐か何かだ。そんな九死に一生を得たような感覚が何度も続いている状態、よく気を失わずにいられるというものだ。

 それもこれも士郎が吹っ切ることができたからこそだろう。

 

「くっ…!(先程から思ってはいたが、ライダーの一撃が重い…! ここまで重かったか…?)」

 

 アルトリアはメドゥーサとぶつかり合っている最中、そんなことを感じていた。それは最初メドゥーサに宝具を撃ってきたそのときから感じていたものだ。

 前回、学校で戦ったときはここまで重い一撃は出していなかった。限られた空間の中ということもあったかもしれない。だが、どう考えてもそれだけではない。あからさまに以前よりも大幅に強化している。

 

(…通常、英霊のステータスはマスターで決まるもの。だが、ライダーのマスターははっきり言って一般の人と変わらない程度の魔力だったはずだ…)

 

 ならば、何がメドゥーサをここまで強化したのか。一番可能性があるのは何か強化魔術を施したということだ。

 だが、そうだとしてもここまで強くするには相当な実力を持つ魔術師でないと不可能だ。凛と同等の才能を持っているかつ、士郎並の魔力を持つものでないと。

 と考えてアルトリアは一人の魔術師が思い浮かんだ。あの規格外の魔術師ならば可能でないかと。その魔術師とは、

 

(まさか…! 魔術王が…!?)

 

 魔術王である。魔術王ならば、これほどの強化を施せるだろう。何故魔術王が慎二などに手を借したのかは判らないが、現状考えれる可能性はそれだけだ。

 

「ア、アルトリア! アルトリア!! 前、前見て!」

 

「―! くっ!!」

 

 士郎にそう言われたアルトリアはハッとなって前を見る。すると、後十数メートルくらいでビルの一つに突入するところだった。気づいたアルトリアはとっさに方向転換する。

 あのままビルに突撃したとしてもそのまま貫いて進むこともできただろうが、そんなことをしては残業中の社員が中にいた場合、ビルが崩れて死んでしまう恐れがあるのでそれは避ける。

 

(いや、今はそんなことを考えている暇はない。何にせよ、ここでライダーを倒すことには変わりない…!)

 

 考えるのはやめて、今はメドゥーサを倒すことだけを専念する。メドゥーサは変わらず隣で滑走している。

 

「…なかなか決着がつかないですね。やはり、厄介ですね。そのマスター共々」

 

「フッ。負け惜しみか? ライダー。それならば、このまま降参でもするか?」

 

「フフッ、まさか。負けるつもりも降参するつもりも毛頭ありません。私にも叶えたい願いはありますので」

 

「ほう。そのような魔物に堕ちた神でも願いはあると言うか」

 

「…その口振り、私が何者か判っているようですね」

 

 メドゥーサは何かを察したのか、目を細める。

 

「それなら、手加減は一切必要ないですね。では――」

 

「――! 来る…! アルトリア!!」

 

 メドゥーサは唐突に空へと高く飛び、弧を描くように廻ると、光を纏って再び戻ってくる。

 

「ええ、判っていますとも!」

 

 アルトリアがそう言うと、ドゥン・スタリオンは減速した分を取り戻さんがために先ほどよりも速くなっていく。最早周りからでは何が走っているのかすら判らないだろう。

 メドゥーサはその速さに付いて行きつつ士郎達を捉えながら、真名を唱える。

 

「―――『騎英の手綱(ベルレフォーン)』……!!!」

 

 その姿は光の弾丸とでも言うべきか、真っ直ぐに障害物も全て砕きながら向かって行く。

 

「…!」

 

 さすがにすぐに追いつかれないにしても、このままではいずれ当たる。どうにかしないと、と士郎は考えるが、やはり思いつかない。こうなれば、無駄だと判りながらも投影魔術で複製した武器を投げつけてみようかと思う。多少目くらまし程度にでもなってくれれば僥倖だ。

 そう思えば、早速投影魔術で何か邪魔ができそうなものを考える。すると、

 

「…マスター」

 

「! な、なんだ?」

 

 静かにアルトリアが士郎を呼んだ。こんな切羽詰まった状況でもアルトリアは汗一つ流さず凛とした態度を崩していない。

 

「少々危険かもしれませんので、歯を食いしばって捕まっていてください」

 

「え? わ、判った。って、わっ!!」

 

 アルトリアは士郎から了承を得た途端、更に加速したと思えば急に方向をぐるりと変えて、まだそこそこ距離のあるメドゥーサと向き合った。士郎が何をするつもりなんだ、と思っていると隣から何かが輝き出す。

 士郎はなんだと首だけで振り向けば、輝いているのはアルトリアの聖槍だった。そう、アルトリアは宝具を撃つつもりだ。それも今までのように光を放つのではなく、その光を纏ったまま突撃するつもりだ。

 

(…! あれだけの威力を、それも手加減なしで叩き込むつもりなんだ…!)

 

 士郎は実質初めて全力の『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』が目の前で見れると思うと少し興奮して来た。やはり士郎もまだ幼い男の子である。

 

「行きますよ…! 最果てより光を放て…『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!!」

 

 アルトリアが真名解放を行うと同時に、聖槍に溜まっていた光が漏れ出し、それが士郎達を包み、そのままメドゥーサに向かって跳び、閃光の如く突撃する。

 

「…!」

 

 対するメドゥーサもこのまま突撃するつもりだ。速度を落とすこともしなければ、標的をずらすこともない。

 両者は凄まじい速度の中で睨み合い、そして――

 

(ぶ、ぶつかる…!)

 

 ――激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、どこまで行きやがったんだよ! あのバカは…! はぁ、はぁ、」

 

 一方、慎二はメドゥーサに追いつかんがために全力で走っていた。だが、走れども走れども、追いつく気配は一切しない。

 それもそのはず、あれだけの速度で走っていたのだ、短い時間とはいえ走っていった距離は相当なものだろう。

 

「はぁ、はぁ、クソッ。主人を置いていくとか何考えてんだよ…! アイツは…!」

 

 メドゥーサへの悪態をつきながら走っていくと、どこかで大きな爆発に似たような爆音がそう遠くないところで響いた。

 

「! 今のか…!」

 

 明らかに尋常ではない衝撃音。慎二はそこにメドゥーサがいると確信して、急いで向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ…! はっ…! ぐっ、くっ…! まさか、私のペガサスが押し負ける、とは。くっ」

 

 あの衝突の後、地に伏すことになったのはメドゥーサであった。アルトリアの全力の『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』によって天馬は完全に消し飛ばされ、自身も咄嗟に躱したと言えど、重傷を負ってしまった。それに対し、アルトリアはドゥン・スタリオン共にまるで無傷だ。これは完全にアルトリアが勝ったと見ていいだろう。

 

「…私の勝ちだ、ライダー」

 

 それを証明するかのようにアルトリアはそう宣言する。

 だが、メドゥーサはそれを否定するように顔を歪め、肩で息をしながら、震えて今にも倒れそうな身体を支えて杭を構える。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。…フ、フフッ。"私の勝ち"ですか? それは、…まだ判りませんよっ!!」

 

 こんな状況だというのに、メドゥーサは最後まで足掻き続けるのか、襲い掛かりながら二本の杭を投げる。

 アルトリアは意表を突かれながらも、冷静にそれを槍で弾く。メドゥーサは杭についている鎖を引っ張ることで杭を瞬時に戻し近づいて振りかざす。

 

「ハァアアッ!!」

 

「くっ…! ここまで来てまだ足掻くか! 貴女をそこまで動かすとは…! よほど叶えたい願いとは大きなものなのですね!」

 

「ええ! 私には見過ごせない者がいるんです! この願いを…叶えるまで、私は…! 最後まで戦います!」

 

 二人は武器を交えながらそう言葉を交わす。

 

「いいでしょう…! 貴女のその覚悟、私も負けていられません!」

 

 アルトリアはドゥン・スタリオンから降りて槍を構える。

 

「ハァアアッ…!!」

 

「ハァッ!!」

 

 二人はぶつかり合う。メドゥーサはその満身創痍な身体を無理やり動かし、アルトリアを討取らんとする。アルトリアはそれに対抗し、槍を振るう。

 拮抗はしてない。メドゥーサはすでに死に体だ。対してアルトリアはほぼ無傷。こんなの勝敗が見て取れていた。そして、

 

「ぐっ! …!」

 

「…。ハァアアアッ!!」

 

 身体が一瞬悲鳴をあげ、その隙にアルトリアの槍が天から地へと一直線に振るわれ、メドゥーサは身体の左半分を斬り裂かれた。

 

「――ああ。私の…負け、ですね。フ、フフ。やっぱりダメでしたね。ゴホッ。こんな…英雄などではない身の者が、誰かのために願うなど、ゴホッ、許されるはずが…ないのですね。申…し訳…ゴホッ、ありません。さ…くら…」

 

 身体を斬り裂かれたメドゥーサは血吹雪と共に地に倒れ、最後にそう言い残して粒子となり、この世から消え去った。

 

「…………」

 

 アルトリアはそんなメドゥーサに対して何も言わずただ目を瞑っていただけだった。

 

「…さて、戻りますか」

 

 これにて、ランサー陣営とライダー陣営の戦いは幕を降ろす。ランサー陣営の勝利という形で。

 短いようで長らく続いた慎二と士郎、両者の因縁の決着はついた。ならば、もうここに用はない。

 

「…………」

 

 士郎は気を失ってはいないが、ぐったりと疲れている様子だ。言葉は一切出せず、またドゥン・スタリオンの上から動くこともできなさそうだ。

 アルトリアはドゥン・スタリオンに跨り、周辺を見渡す。先ほどの宝具同士の衝突により辺り一帯はヒビ割れ、瓦礫だらけだ。近くのビルは傾き、いつ崩れてもおかしくない状態になっている。ここも後々騒がしくなるだろう。

 そうなる前にアルトリアは移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ウソだろ。なんで…っ! なんでアイツ死んでんだよッ!!」

 

 アルトリア達が去ってからしばらく、ようやく追いついたと思った慎二はその惨状を見て絶句していた。ここにはあの忌々しい士郎はおろか、メドゥーサも見当たらなかった。つまり、これはメドゥーサが死に、こちらの陣営の敗北したということを示している。

 慎二は敗北したのが許せないのか、もうすでに去っていったメドゥーサに目一杯悪態をつく。そして、士郎達にも恨みを増幅させる。

 許せない。ここまでコケにした士郎達が許せない、と自分が行ったこと全てを棚に上げ逆恨みにも近い思いを募らせる。

 

「おや、負けてしまったようだね」

 

 すると、慎二の後ろから誰かが声を発した。慎二はバッと振り向くと、そこにいたのは、

 

「!! キャ、キャスター…!」

 

 うっすらと不気味なのかそうではないのか判らない笑顔を浮かべた魔術王だった。

 慎二は魔術王がいたのを見て顔を輝かせる。いや、歪める。

 

「き、来てくれたんだな!? ああ、あんたには感謝の念しかないよ…! 優秀なサーヴァントってのはこうでないと。さあ、早く! 僕にもっと! もっとアイツらを殺せる力――」

 

「――それじゃ、君とはさよならだね」

 

「――を…え?」

 

 慎二は魔術王にもっと、と懇願したが、返ってきた言葉はそんなのとは一切関係ない別れの言葉だった。

 

「え? …え? ま、待ってくれ。一体どういう意味だい? 僕らは協力しているんだよなぁ?」

 

「うん。だから、さよならだって言っているんだよ。君との関係もここまでだ」

 

 それがどういう意味なのか。慎二は一瞬考え、答えが出た。すると、身体が一気に恐怖で震え上がる。

 

「ま、待ってくれ!! ま、まだ、まだチャンスはある!! あんたが僕にもっと力を貸してくれれば、今度こそアイツらを殺してみせるから…! だから…!」

 

「だから、なんだい? 令呪まで渡してもらったのに無様に敗北したのを許してくれって、そう言いたいのかな? だったらそれは無駄だと言おう。何せ、君がここで消える運命は変わらないからね」

 

 そう言って魔術王は手を慎二に向けてかざす。慎二はそれを見てドッと冷や汗が身体中から溢れ出し、体の震えが一層速まる。

 

「ひっ、ああ、い、嫌だ…イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだ…! イヤだああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 慎二は顔を恐怖で歪めながら悲鳴を上げ、魔術王から必死に逃げようとしたが、

 

「さようなら、シンジ君。君には何も期待していなかったよ」

 

 詠唱が終わった魔術王の魔術により、塵も残さずこの世から消え去る。慎二の人生最期の瞬間だった。

 

「…ふぅ。少しライダーを強化してみたけど、容易く討ち取られたか。全く、本当に君達は面白いよ。

 さて、マリスビリーにこのことがバレる前に最後のお節介でもして消えるか」

 

 最後に軽く指を振って、この場に残ったサーヴァント同士の戦いの痕跡を消し去り、魔術王は闇に溶け込むかのように消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
え? 士郎とエミヤの話はって? 逆に考えるんだ。ここまで延ばしておけば後々の楽しみが増えると…
という訳なんで、エミヤとの話は次回まで持ち越しとなります。もし期待していた方、申し訳ない。








P.S
沖田さん欲しいな〜


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第十六夜-無限の剣製-

さてさて、これはもういい加減突っ込むべきか悩みましたが、突っ込みます。なんで、新しい話投稿する度にお気に入り数がごっそりと減るんでしょうか…
そんなお気に入り削除するくらいなら最初からお気に入りにするなー!!
と最近気分が悪く暴走気味なウェズンでした。
始まります。


『先日の夜に崩壊したと思われる新都の橋ですが―――』

 

 メドゥーサとの戦いが終わった次の日の朝。士郎は居間で座布団の上に座りながら、テレビとにらみ合っていた。

 テレビには高い場所から映した、あの決壊した橋の映像とその現場を説明しているニュースキャスターが映っている。こうして上から見るとどれだけ酷く壊れたのかがよくわかる。

 

「…………あっ」

 

『では続きまして、次のニュースに入ります』

 

 と思っていたら、もうニュースが替わってしまった。あの戦いで壊れたのは橋だけではないはずなのだが、そのことについては一切触れることがなかった。

 

「昨日の戦場なんて見てどうかしたの?」

 

「あっ、りん。うん、ちょっとね」

 

 昨日の夜、士郎達は帰宅した後、待っていたように居間で座っていた凛に慎二との決着について報せた。それを聞いた凛は満足したように頷いて、「よくやったじゃない、士郎」と士郎の頭を撫でて言った。士郎はそれに少し照れ臭そうに顔を赤らめていたら、何故かアルトリアからも抱きしめられながら頭を撫でられた。

 

「それにしても、結構ハデに壊れていたわね〜あの橋」

 

「うん。あれライダーの宝具で壊れたんだ。かなり威力が高かったよ」

 

 呆れるように腰に手を当てて言う凛に、士郎はテレビに指をさしてそう返す。

 

「へぇ。あれライダーの宝具なんだ。あんなに壊れていたってことは、大体A++ってとこかしら。かなり強いわね、それ」

 

 凛がそう言うと、士郎は何か判らないところでもあったのか首を傾げる。

 

「? A++って、何?」

 

「ん? ああ、えっとね、A++っていうのはね、サーヴァント達のステータスを数値化してランク付けしたものよ。ちなみに、A++は魔法にほぼほぼ近いレベルね」

 

 士郎はそれに「えっ」と反応する。

 それはつまり、あの時メドゥーサの宝具に打ち勝ったアルトリアの宝具は同等かそれ以上のランクという訳だ。そう思うと今更であるが、アルトリアは強い。これが、騎士の頂点、騎士王の実力。そんなものを自分の使い魔としていることに、士郎は畏怖の念を感じ得ない。「やっぱり、メドゥーサって強いのね〜」と凛は呑気にそんなことを言っているが、士郎の耳に入ってこない。

 

「……………」

 

「ねえ、士郎」

 

 そのことで思うところでもあったのか、思案していると、キョロキョロとしていた凛が呼びかけてきた。ハッとなって何かと聞き返せば、

 

「今日はランサー見当たらないけど、どうしたの?」

 

「えっ? ああ。アルト…えっと、ランサーなら…ランサー、なら今、屋根の上で…アーチャー師匠、と話してる…」

 

「…ああ」

 

 徐々に元気が無くなってきた士郎を見て凛は何か察したような顔になる。

 

(はぁ。全く、ぞっこんね〜。そんなにランサーのことが好きなのね。…判っているのかしら、この戦争が終わったら…)

 

 この戦争が終わればどうなるか、凛はその時を思い浮かべる。

 士郎がこの事をよく判っているかは凛には判らない。だが、あの士郎のことだ。もしかしたら気づいているかもしれない。凛は今聞いておくべきか悩むが、判断がつかない以上、これはその時まで話さないでおこうと思う。

 

(それはそうと、ランサーで少し思い出したけど、ランサーの真名って本当にあれでいいのかしら? もし本当にそうだったらセイバーとしてしか呼ばれなさそうだけど。

 まあ、確かに最期では槍を使っていたしね。ランサーでもあり得ない話じゃないわね。…そうなると、本当に大英雄だわ。よくそんな強いサーヴァントを聖遺物無しで召喚できたわね)

 

「シロウ。少しよろしいでしょうか」

 

 噂をすれば影。凛がアルトリアについて考えていると、士郎を訪ねにやってくる。

 

「うん。大丈夫だよ。どうかしたの?」

 

「はい。昨日は急な話がありましたのでできませんでしたが、今日なら大丈夫だろうとアーチャーとあの話をしていました」

 

 あの話、と聞いて、士郎は少し体が強張った。アルトリアの口振りからしてその了承が取れたということだろう。つまり、いよいよ覚悟が決まる時が来たということだ。

 

「…判った。おれは道場に行けばいいの?」

 

「はい。では行きましょうか」

 

 そう言って、士郎は緊張で重くなっている足を動かして移動する。

 

「…え? なに、私置いてけぼり!?」

 

 凛を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む…来たか。…ほう、確かに以前とは違う顔つきだな」

 

 道場に入るなり、エミヤは仁王立ちのままその様なことを言って来た。

 

「ええ。先ほども言いました様に今度の彼は今までと違いますよ」

 

「フッ。些か親バカなところでもあったのか、と思っていたが、どうやら違うらしいな」

 

 まるで挑発するように煽るエミヤ。アルトリアはそれに乗ることはなく、真っ向から立ち向かう。

 

「当然です。私のマスターは日々精進するお方です。いつまでも弱いままだと思わないでください」

 

「ククッ、おかしなものだ。彼の人の心が判らない王とは思えない発言だな。よほど自分のマスターが気に入っていると見える」

 

 エミヤが言うように、生前親心を出せなかった影響か、士郎のことを語るアルトリアの姿は、まるで成長した子供を自慢する親そのものだ。

 

「ええ。私のマスターはとても素晴らしい子ですから」

 

「…よろしい。ならば早速始めようか、衛宮 士郎」

 

「う、うん(…なんか、おれが戦う雰囲気じゃなかったような)」

 

 道場に掛けてある竹刀を持って定位置に着いたエミヤより前方、少し離れた場所に士郎は立つ。

 緊張が周囲に奔る。今からすることは決して遊びなどではないと報せるように。

 

「それでは、――開始だ」

 

 そう言うと同時に、周囲の緊張が殺気に変化した。それは、いつか感じた手加減無用のエミヤが出す本気の殺気だった。

 

「…っ!」

 

 やはり士郎は足がすくんでしまう。だが、拳を握り締め、歯を食い縛って身体が動かなくなることだけは避ける。

 

「…っ! 投影(トレース)開始(オン)!」

 

 そして、士郎は恐怖心に勝たんがためにイメージに一点集中し、乱れることの無く一対の双剣を出す。

 これを見てエミヤは、確かに成長が感じられるな、と思う。

 

「…動かなくなることはなくなったか。よろしい、では…行くぞ!!」

 

 エミヤは竹刀を構え、一気に振り下ろす。

 凄まじい速さで迫ってくるそれに士郎は怯えず、臆すこともなくしっかりと見切り、金属が弾ける音を響かせる。

 

「うぐっ…!」

 

 しかし、その一撃はあまりにも重い。たとえ手加減をしていてもそれは重く、鋭い。この殺気も相まって相手が持っているのが竹刀でも本当に斬ることができるのでは、と思わせる程だ。

 

「う、ぐっぅぅ…! ああああぁぁぁ!!」

 

 士郎は完全に押さえ込まれる寸前、エミヤを解析魔術で解析した(見た)

 

「…!」

 

 今の筋力ではエミヤに到底敵わない。ならば、今のエミヤと互角の筋力を身につければいいと考える。

 エミヤの身体構造を全て読み取った士郎は、投影魔術で自身に写す――

 

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「なに…!?」

 

 あまりにもイメージがしやすいそれを、全て隈なく写し取った士郎は両腕に力を込め、エミヤを一気に押し返す。

 急激な筋力増強にエミヤは驚いて、たたらを踏みながら飛び退く。

 

(今のは…! 私の筋力を解析して憑依経験で写したのか…! なんという無茶を…!)

 

 まだまだ弱く幼い身体で曲がりなりにも英霊の力を投影することは自殺行為に近い。このままでは士郎が死んでしまうかと思ったエミヤだが、

 

「ぐっ、あああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! ッ!!! ぐっ、うぅ…!!」

 

 士郎はエミヤの殺気を押し返すほどの気合いを入れて痛みに耐えきる。今ので身体は一気に軋み、崩壊しようとしているが、それを根性で士郎は乗り越えようとしていた。

 

「なっ…!?(バカな…! 今のを耐えきったと言うのか…!? あれほどの負担を堪えるなど物理的に不可能…いや、待て…!)」

 

「がっ…!! ぐっ、うっ…!!」

 

 エミヤは士郎と同じく士郎を解析する。すると、士郎の体の中で何かが輝き、それが士郎の体の崩壊を防いでいた。それはエミヤもよく知り得るものだ。

 なるほど、確かにこれならば耐えれてもおかしくない。だが、それでも疑問は出る。

 しかし、今はそんなことより、士郎は英霊の力を写し取るということがどういうことか判っていたはずだ。それでも、士郎はエミヤに勝つために自身に最大級の負荷をかける。それほどまでに覚悟ができていたのだ。

 

「…なるほど、どうやら本当に以前と違うらしいな。では、こちらも少し本気を出そう」

 

 そう言うと同時にエミヤは竹刀を捨てる。

 竹刀を捨てたエミヤを見て、士郎は身構える。判っているからだ。竹刀を捨てた、つまりエミヤも自分と同じ投影魔術で臨むということ――

 

「――行くぞ」

 

 エミヤは瞬時に『干将・莫耶』を両手に持ち、一歩を力強く踏み込み、斬りかかる。

 

「…っ!!」

 

 あれは完全に自分を殺しにかかっている。その刃は必ず士郎の体を真っ二つにする。そう予感ができたと同時に体から冷や汗が流れ出す。

 刃が迫ってくる。後少しというところで、士郎はハッとなって足を踏ん張り防いだが、身体が悲鳴をあげる。

 

「うっ…! ぐっ」

 

「ほう。完全に殺されると思っても、意識を保ち防いだか。

 いい成長だ。これであれば、戦場に立って戦うこともできるであろう。では、もう一撃は、どうだ――?」

 

 しかし、士郎が防いだのはあくまでも『干将・莫耶』の片方。それを士郎は両方の『干将・莫耶』で防いでいるため、続けてやってくる一撃を防ぐ手段がない。とそう思っている間にも、刃が迫ってきていた。

 

「…! うがぁ!!」

 

 士郎は身体が崩壊することを気にせず、一瞬だけ全筋力を押し出す力に変え、体を一気に前に押し出してエミヤの剣を弾き飛ばし、距離を取ることで避ける。

 

「はぁ、はぁ、っ! ぐっ…! がっ…!」

 

「…随分と無茶なことをするな。もう貴様の身体は限界に近い。そのまま続ければ――死ぬぞ」

 

 満身創痍で今にも崩壊しかけている身体になっていれば、自ずと心も弱まってくる。その隙にエミヤは死ぬ、ということを強調し、その恐怖を心に刻み付けようとする。だが、

 

「はぁ、はぁ、…だったらなんだよ」

 

「…何?」

 

 士郎はそれでは怯えはしない。なぜなら、

 

「そんな、死ぬことに怖がっていたら、おれは一生正義の味方になんて、なれない…! はぁ、はぁ」

 

 怯えては正義の味方になれないと判っているから、士郎は今まで弱かった自分を独白するように、一つ一つ息絶え絶えながら言葉を紡ぐ。

 

「…判ってるんだ。おれは臆病だ。あんなこと言ってながらさ、全く覚悟も持たないでおれは戦っていた。はぁ、はぁ。ライダーと戦う時もそうだった。おれはアルトリアを助けたかったのに、結局何もできないで任せっぱなしだった。はぁ、はぁ。おれは…! 正義の味方として、これは参加しなきゃって思っていただけだった…!

 そして、判っていなかった…戦うっていうことがどれくらい怖いのか、それでどれだけ犠牲が出るのか。おれは全然判っていなかった…!」

 

 悔しそうに言う様は、まるで初めて戦争を経験した新人の軍人だった。

 士郎のその姿を見て、エミヤはやはり自分とは違う、と思った。なぜなら、実際のところ、この士郎の覚悟は本来の衛宮 士郎が既に持っていたものだった。ここの士郎は幼い故か、はたまた特異な存在だからか、まだその覚悟が持てていなかったのだ。

 

「…ほう。ようやくそこに至ったか。それで、貴様はそれを判っていながらも戦うと」

 

「当然だ! はぁ、はぁ、おれは、戦う! どんなに苦しくっても、おれは正義の味方として、戦うって…覚悟を決めたんだ‼」

 

 今の士郎は、エミヤから見て、まだかつての若い自分だった。そして、ここまでこれたというのであれば、もうあれを見せてもいいだろうと思う。

 

「…よろしい。それだけの覚悟が持てたと言うのであれば、お前に『現実』を見せてやろう」

 

「――え?」

 

 エミヤが言い出したことがなんのことか判らず、士郎は疑問符が浮かぶ。

 エミヤはそんなのはお構いなしに、突然詠唱を始める。それは、詠唱というより、ある一人の人生を謳った詩みたいだった。

 

「―――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている )

 Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子 )

 

 その言葉の意味は英語ができない士郎では判らない。

 

I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗 )

 Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく )

 

 だが、何故かその言葉は士郎の頭の中に入るのは容易だった。

 

Nor known to Life.(ただの一度も理解されない )

 Have withstood pain to create many weapons. (彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う )

 

(…なんだろう。何を言っているのか判らないのに…)

 

 判らない筈なのに、何故かそこに宿る悲しみだけは感じ取れる。

 

Yet, those hands will never hold anything.(故に、その生涯に意味はなく )

 So as I pray,(その体は)―――」

 

 士郎は胸を締め付けられるような思いで、その詩の最後を締めくくる一節を聴く。そして――

 

「―――UNLIMITED BLADE WORKS.(きっと剣で出来ていた )

 

 ――その瞬間、世界が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん。…あれ? おれは一体……!」

 

「…これは」

 

「………………」

 

 士郎はエミヤの詠唱が終わると同時に襲いかかって来た炎に焼かれると思い、腕で庇い目を瞑っていたのだが、熱さは微塵も感じず目を開けてみれば、そこは剣の丘とでも言うべき荒野だった。

 無数の剣が突き刺さっている丘に動いている歯車が曇で覆われている空に掛かっている。

 今この場にいるのは士郎を含め三人。その三人は士郎にエミヤ、アルトリアだ。この内、エミヤはこの丘で一番高い位置で立って士郎を見下ろしている。

 

「これって…」

 

「―――どうだ、この世界は」

 

 士郎が何か言いかけたのをエミヤが遮る。

 

「どうって言っても、こんなのただいっぱい剣が刺さっ、ている、だけ……!」

 

 そこまで言って、士郎は何かが引っかかった。

 

「…何か、気づいたか?」

 

 何が引っかかったのかは判らない。だが、これは明らかに自分とは無関係とはいえない世界だと言うことは直感できた。

 

「…この世界は一体……っ! あぐっ…!」

 

 と考えたところで、急に激痛が頭を奔る。

 そうだ。思えば、出だしからして何か見覚えがあるものだった。あの一瞬見えた炎、あれは、いつか夢で見たあの光景を再現した様だった。

 他にも、ここにある剣は全てが墓標の様で、それがあの炎に中にいた人達の墓ではないのかと思わせる。

 

「…シロウ」

 

 その後も頭痛は続く。それをアルトリアは心配そうに見つめていた。

 

「あぐっ…! くっ…!」

 

 士郎は頭痛に耐えながら空を見上げる。雲に亀裂は無く、ほぼ見えることなく覆われている空に大きな歯車。これが何を指し示しているのかは判らない。いや、判らない筈だ。筈なのだが、なぜかそれも判りそうだった。

 

「…いつまでそう頭を抑えて蹲っているのかな」

 

 そう言われ、ハッとなってエミヤの方を見る。エミヤのその瞳は何かを伝えている様だった。悲しみ、絶望、そのどれかは判らない。判らないが、そこに希望と呼べるようなものはなかった。

 士郎はその視線に射抜かれながら、力の入らない腕で無理矢理立ち上がる。

 

「さて、それでは第二ラウンドといこうか」

 

「――っ!」

 

 そう言うと同時に、エミヤは一瞬の間に詰め寄り『干将・莫耶』を振り上げる。士郎はギリギリのところでそれを防ぐ。

 

「ぐっ、ぎぎっ!」

 

「…どうした。私と互角の力を得たんだろう。ならば、早く反撃してみせろ」

 

 そう言いつつ、エミヤは込める力を徐々に大きくする。

 

「…っ、うおおおぉぉっ!!」

 

 それに士郎は気合を入れて弾き、そのまま振り上げるが、エミヤは簡単に避け、一歩後ろへ下がる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 士郎は投影魔術による負担か、もしくはこの風景が起こす昔の記憶か、身体が異様に重く、方膝を地面に付かせる。

 

「…どうした。動きが鈍くなっているぞ。よもや、諦めたわけではないだろう。ならば、もっと遠慮なくかかってくるがいい」

 

 挑発のようなエミヤの言葉に士郎は剣を突き立てて立とうとする。だが、膝は笑ってばかりで上手く立てない。

 

「くっ…! うっ…!(しっかり立てよ! おれの足…! 立たなきゃダメなんだ。おれが…正義の味方がこんなところで屈しちゃダメなんだ…! だから、だから…! 立ってくれ…!!)」

 

「…フン。年齢的に覚えていないかと思ったが、その吐き気がする顔、先程の苦悶するかのような様子、どうやら断片的には覚えているらしいな」

 

「…! な、に…? どう…いう、こと…だ」

 

 士郎はエミヤの言葉に驚き、目を見開く。

 

「その事については自ずと判る。今は、私を倒すことだけを意識しろ」

 

 そう言うと、エミヤは一歩踏み込み、身体を突きだしてまた襲いかかる。

 士郎はどんどんと近寄ってくるエミヤに対抗して、『干将・莫耶』を目の前で重ねて構える、とその瞬間にエミヤの一撃が構えた剣にぶつかってくる。

 

「くっそっ…! …!?」

 

 相変わらず重い一撃が襲いかかるも、エミヤと同じ筋力で抑えた。その時だった。士郎は一瞬何か映像が見えた――

 

「ムンッ!!」

 

「がっ…!!」

 

 だが、それがなんなのかを考える前に蹴りを食らわされ飛んでいく。

 

「いっつ…っ!(なんだ…? 今見えたのって一体…)」

 

 士郎は立ち上がり、エミヤを一度見据える。すると、エミヤのその姿に何かが重なった、ように見えた。

 

「――――――」

 

 それは画質の悪い画面の映像、もしくは残像を見ているようだった。何かが時折ノイズと共に現れては、性能の悪さ故に掻き消えていく。

 一体これがなんなのか…。士郎は考えるが、

 

「フンっ!!」

 

 その隙にエミヤは更に追い撃ちをかける。士郎はハッとなって、防ぐ。すると、また映像が見えてくる。今度は先程よりもハッキリと、正確に。

 

(―――なんだ…これ)

 

 流れてくる映像は、どれも悲惨な状況だった。

 一人の男が弓を持って、何人も何人も、無惨に、機械的に殺していく映像。男が現れた場所には、必ず死体の山が出来上がっていた。

 

「ハァッ!!」

 

「! うっ、がっ!!」

 

 また刃が交えた。また映像が流れてきた。

 今度は戦争の光景だった。あの男も兵士として参加している。

 男は、また大勢の人を殺していた。殺して殺して、死体の山がいくつも出来上がっていた。ただただ、男は一刻も早くこの戦争を終わらせようと、一人でも多く救おうと、何人にも向けて銃声を鳴らし、悲鳴を上げさせていた。

 そして、気づけば男は荒野に一人立ち、剣を一本、また一本、至る場所に突き刺していった――

 

「…っ!!」

 

「休んでいる暇は無いぞ!」

 

 士郎の『干将・莫耶』が片方砕かれる。

 

「…! くそっ…!」

 

「フンッ!」

 

 砕かれた『干将・莫耶』をもう一度投影するが、また砕かれた。

 

「どうした。集中が解けている。それでは私には勝てん」

 

「……………」

 

 そうは言っても、今の士郎は他に考えるべきことがあった。先ほど視えた映像の中にいた男は間違いなく、目の前にいる男だ。ということは、あれはこの男の過去ということになる。

 なぜ士郎はこの男の過去が視えたのか。なぜ先ほどからこの映像が流れてくるのか。

 

「……………」

 

 士郎は再度、エミヤを見る。あの過去が本当にエミヤの過去であるなら、エミヤが、彼が成してきたこととは――

 

「(あれ、は…)っ!!」

 

 だが、そう考える隙も与えず、エミヤは攻撃を再開する。

 

「ぐっ、くそぉっ!!」

 

 士郎としてもこれ以上考えることはできない。ならば、もう言葉はいらない。あとは、お互いが持つ刃で語り合うのみだ。

 

「フッ、ハァッ!!」

 

「うおおぉ!!」

 

 一合、二合、繰り返し士郎とエミヤの刃は交差する。

 交差する度、エミヤの記憶が見えてくる。その中には、彼が今まで戦いで極めてきた技、技術などが数々ある。士郎はそれらを読み取り、使えそうなものから、劣化しながらも、己の技として写していく。故にか、士郎はエミヤと打ち合う度、少しずつ着実に強くなっていった。

 

(っ! 見える…! さっきまで防ぐのがやっとだったのに、だんだんとアーチャー師匠の剣が見えてきた…!)

 

 徐々に目も慣れてきた頃には、士郎とエミヤは互角にまでなっていた。

 

(…そろそろか。全く、もっと早くいくかと思えば、存外時間がかかったな。仕方ないとはいえ、どの時空の私でもその根本的な部分は変わらないということか…)

 

 エミヤは自嘲気味にそう思うと、更に速さを増していく。

 

「がっ…!(更に速くなった!? まだ全力じゃなかったってことか…!)」

 

 もうここまで来れたのであれば、手加減はいらない、と言うようにエミヤは更に加速、一撃を重くしていく。

 だが、士郎も負けていない。相手が更に強くなったのであれば、同じく自分も強化すればいい。

 

「……っっっ!!!」

 

 しかし、もう士郎の身体は限界に近かった。これ以上はいくらなんでも回復が追いつかなくなるだろう。それはつまり、自滅する寸前というわけだ。

 だが、ここまで来て少しでも緩めたら一気に押し込まれる。ならば、士郎は自滅覚悟でその投影をする。

 

「うっ、があああああああァァぁぁぁァァぁぁぁアアアアアアァァッ!!!!」

 

 身体が壊れるのを感じる。細胞が一つ一つ急激に失っていく。体内の内臓がぐちゃぐちゃにかき混ざっていく。筋肉が弾けるように張り裂けていく。回復するおかげでそれらは蘇っていくが、崩壊していくほうが速い。

 身体は徐々に激痛よりも酷い痛みに悲鳴を上げていくが、士郎は意識を手放すことなく、強靭な精神でもって死に物狂いでエミヤと戦い続ける。

 

「! シロウ…! 駄目だ、それ以上は…!」

 

 崩壊していく身体にアルトリアは目を見開き、士郎が壊れてしまうのでは、という恐怖で瞳が揺れる。

 

「はっ…! はっ…! ぐっ…!! ウゥッ…!!」

 

 とうに限界は超えた。もしこれ以上体を動かそうものなら、一生動かなくなるどころか、この先生きてすらいられないだろう。今動けているのも、この回復能力によるものだ。

 

「…いい加減限界なようだな。よろしい。ならば、最後に問おう」

 

 エミヤは一度動きを止め、士郎を見据える。士郎も動きを止めてエミヤを見る。

 

「―――衛宮 士郎、貴様は何故戦う!!」

 

「――お、れが、戦う理由…?」

 

 朦朧とする意識の中、士郎は僅かに口を動かす。

 

「そうだ! 貴様は何故戦い!! 何を求めるというのだ!!!」

 

「――おれが、戦う理由…求めるもの…」

 

 士郎は今一度考える。今まではなんとなく戦っていた。ただ正義のためなんていう偽善者のように。

 しかし、今の士郎はそうして戦うのをやめた。ならば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――……それは、地獄だった。

 

「……………」

 

 周りに生き物はいない。いや、そもそも生き物が存在していられるのか、そんな世界だった。

 周囲は暗く、炎で囲まれており、灼けそうだった。

 だが、不思議と怖くはない。士郎は目の前にある灼けた丘を見上げ、その丘を歩き出す。

 

 

―――よせ、その先は地獄だ

 

 

 そう声が聞こえる。

 

「…………」

 

 士郎は一度足を止め、振り返る。振り返った先はいつか見たあの地獄と再現するのに相応しい光景。

 

 

―――なんのためだ。なんのために、お前はその道を行こうとする。戦おうとする

 

 

「………………」

 

 どこからともなく聞こえてくる声に、士郎は答えない。が、僅かに口を開く。

 

「……なんのためか、なんて。おれにはしっかりした理由なんてない。

 いや、もともと、理由なんて必要ないよ。だって、それが、おれが進んでいく道。正義の味方になるための道…」

 

 自分の掌を見て、もう一度丘を見上げる。

 

 

―――それが、絶望しかなくてもか。正しい道でなくてもか

 

 

「――ああ。おれは、今まで正義の味方は正しいと思っていた。…ジイさんの後を追うのが正しいと思っていた。

 けどさ、こうして戦って、あの人の過去を見て、思ったんだ。おれの道は正しくなんかない。正しくはない」

 

 士郎は拳を握り締める。

 

「けど…それでも、おれが進んでいる道は決して、―――決して、間違いでもないんだ」

 

 士郎は進み始める。一歩ずつ、確実に進もうと足を動かす。

 

「…お前はたくさんの人を殺してきたよ。悲しんだ人も多かった。けど、それでも助かった人は絶対にいたと思うんだ。笑顔になれた人もいたと思うんだ」

 

 士郎はあの記憶を見てからずっと思っていた。あの映像には絶望しか映らなかったが、きっと、どこか見えないところで、きっと、彼に感謝していた人はいたはずだと。そうでなければ、彼は正義の味方ではない。

 

「それに、もう判っているんだろ? お前は答えを見つけているんだから」

 

 また、他にもこんな記憶が見えた。それは、彼が自分と同じ赤髪の少年と戦っている光景。その戦いで泣かせた一人の黒髪の少女。

 

 

―――……………

 

 

 声はもうしない。士郎は今もなお進む。

 そして、その先にあった突き刺さっている一振りの剣。それの柄を持ち、

 

「だからお前は、この道をもう一度進んだんだろ? なら、おれも進むよ。正しくなくったっていい。これがおれ…いや、おれら(・・・)なんだから―――」

 

 一気に引き抜く――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…そうだ。判りきっていたんだった…。おれの、おれらの道は――)

 

 結果的に、士郎が今までやっていたのは偽善者となんら変わらなかった。だが、今は、今は違う。今の士郎は戦う理由ができた。それは無論のこと正義の味方だ。

 ただ、少し違った。士郎は正義の味方だから戦うのではない。士郎が戦うのは――

 

「…!」

 

「…おれは、おれが、戦うのは…! おれが…! おれが…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『正義の味方になるため(・・・・)だ』!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…! なるため、だと…?」

 

 エミヤはそれに少し驚いていた。

 エミヤとしては、士郎は正義の味方だから戦うというと思っていた。だが、実際は正義の味方だからではなく、正義の味方になるためだと言った。それはつまり、自身はまだ正義の味方ではない、と言っているようなものだった。

 

「そうだ。おれは、まだ正義の味方じゃない。だから、だからなるんだよ!! お前を超えて! おれは正義の味方になる! そのためにおれは戦う…!! ゴホッ!!」

 

「シロウ!」

 

「……………」

 

 血を吐きながら言う姿を見て、エミヤはまた過去の自分と照らし合わせていた。そして、それは見事合致した。今の士郎は嘗ての自分だ。だからこそ、更に確認しなければならないことがある。

 

「…いいのか? その先は地獄だ。何もない。絶望と死体しかない、そんな世界だ。見ただろう? 俺の過去を。あれが真相だ。あれが、正義の味方の成れの果てだ」

 

「はっ、はっ。だったらなんだよ。おれはお前じゃない! おれは怖くなんてない!!

 ――何もないからなんだ! おれは何もいらない!!

 ――絶望がなんだ! おれはそんなものに屈しない!! おれは乗り越える! ゴフッ! っ…必ずな!!」

 

 士郎の言葉には力があった。それは誰よりも強く、剣のように研ぎ澄まされた強固で決して崩れ去ることのない、鋼の志。

 その意思に、エミヤは…

 

(……ああ、やはりこれが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こうなるのが、俺か…)

 

 穏やかな顔で、自分の過去を思い出していた。

 

「………フッ。いいだろう。ならば、貴様がなれるかどうか、この俺が確かめてやろう!! 俺に…! 一撃でも食らわしてみせろ!!」

 

「…っ、うっおおおぉっ!!!」

 

 士郎は動き出す。その刃に覚悟と決意を乗せて。来る、嘗てまでエミヤにとっては忌まわしい刃が。

 エミヤは今にも倒れそうになりながら走ってくる士郎に、こちらも剣を宙に投影、凍結して、エミヤの合図と共に弾丸のように向かって行く。

 士郎は迫ってくるその剣を止まることなく弾く。一本一本の威力は腕が持っていかれるほどであったが、全て受け流していく。

 そして、―――

 

「…!」

 

「うおおおぉっ!!」

 

 遂に、目の前まで迫った――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
次でお判りでしょうが、エミヤ戦最後となります。
それにしても、なんだか、エミヤの過去EXTRAと若干混じってしまったかもしれません。
後、UBWの士郎が強くなっていった理屈ってこれであってましたっけ? そこら辺が少しうろ覚えなんで、もし違ったら指摘してください。





P.S
沖田当たらねー。50連もしたのに沖田どころか☆4すら当たらない…ここ最近当たった反動ですかね。


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第十七夜-神話戦争開始前-

はぁ〜〜〜。沖田、当たらなかったよ。チクショーーーー!!!
では、始まります。




―――…また古い鏡を見る羽目になるとはな。

 

 

 一歩、また一歩。士郎は止まることなく、刃を持ってエミヤに向かって来る。その瞳には頑固なまでの意思、想いが宿っている。それが揺らぐことはない。

 

 

―――…これで、俺と同じにはならないだろう。ならば、もう思い残すことはない。

 

 

 エミヤは全てをやりきったというような、とても穏やかで晴れやかな表情で空を見上げる。いつの間にか覆っていた雲はなく、歯車も無くなり、焼けた空が見えていた。

 

 

―――全く、またこんな無茶ばかりする馬鹿が出来上がってしまったな。すまない、遠坂。また任せることになってしまった。

 

 

 心の中でエミヤは凛に謝る。すると、頭の中で厳しく叱りつけ、怒りながらも心配してくれる甘く赤い未熟な魔術師の姿が想像できた。

 

 

―――さて、そろそろか。

 

 

 エミヤは士郎を見て、迫って来る自身と同じ物とも言える刃を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――フンッ!!」

 

「ぐあっ!!」

 

 弾き飛ばす。

 

「くっ、くそっ…! まだ――」

 

「―――合格だ」

 

 士郎は再度立ち上がってエミヤに向かおうとする。だが、それはエミヤの一言で止まる。

 

「――え。合格、って…」

 

「お前の勝ちだと言っているんだ。お前は俺に勝った。お前は正義の味方になるその一歩を踏み出せた、ということだ。

 誇りに思え、今お前は自分に勝てたんだ。一番の壁である己に勝てた。ならば、俺が教えることはもうない」

 

 エミヤが言ったことはつまり、士郎は成長しきれたということだろう。エミヤの想像通りか、もしくはそれ以上か。

 士郎はエミヤの言葉と共に力が抜けたのか、その場に崩れる。

 

「勝っ…たのか、おれ…」

 

 まだ実感が持てないのか、目を見開き呟くように言う。すると、

 

「やりましたね! シロウ!」

 

「ブッ」

 

 アルトリアが走ってきて、そのままの勢いで士郎を抱き上げる。

 

「やっぱり私のマスターは素晴らしい子です! サーヴァントとして、とても鼻が高いです!」

 

「ア、アルトリア…苦しい。おれ、死んじゃう…」

 

 よほど嬉しいのか、アルトリアは満面の笑顔で士郎を抱きしめ褒め称える。

 

「……………」

 

 そして、エミヤは士郎の剣を弾き飛ばした瞬間からあの世界を消し、元の世界に戻していたので、そのまま黙って去ろうとするが、

 

「ま、待って!」

 

 それを見た士郎が呼び止める。エミヤは「なんだ」と背中を向けたまま立ち止まる。

 士郎はアルトリアから解放してもらい、エミヤの前まで走って、口を開く。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。…ずっと思っていた。いや、多分最初から判っていた。……アーチャー、師匠。お前の名前って――」

 

「――それ以上は言わなくともいい」

 

 だが、それはエミヤに閉ざされる。

 

「…! …やっぱり、今も憎んでいるのか。おれのような未熟な奴が…」

 

「…憎んでいない、と言えば嘘になるな。だが、安心しろ。私はもうあのようなことをするつもりはない。もう、決着がついているからな」

 

 振り向かず、背中のみを見せてエミヤはそう言う。

 

「…アーチャー師匠」

 

「もう師匠ではなかろう。それに、私を師匠と呼ぶには些か奇妙なものだと思うが」

 

「――ううん。アーチャー師匠はアーチャー師匠だ。やっぱり、お前はおれが憧れている正義の味方なんだ。…おれなんかに言われるのは、ちょっと変だし嫌かもしれないけど…」

 

 そう士郎が少しだけ悲しそうに言うと、エミヤはいつものニヒルな笑みを浮かべ、

 

「――そんなことはない。いついかなる時も、そうして認めてもらえるのは良いものだ。

 おっと、そうだ。教えることはないと言ったが、これだけ言っておこう」

 

「! な、なんだ…?」

 

 士郎は僅かに顔を嬉しそうに輝かせ、エミヤの言葉を待つ。

 エミヤは一呼吸おいて、自身にも言い聞かせるようにこう言う。

 

「――自身にとって、超えねばならない敵は、常に己自身だ。今後とも勝てるかは判らない。故に、決して油断はするな。常に己に勝ち続け、彼女を、お前の大切な人達を、護れ。

 …以上だ。ここまでの訓練、よく耐えたな。あとは自分でいける限界を目指せ」

 

 それを最後に、エミヤは道場から去って行く。

 並行世界の自分でも、去って行くその背中はとても偉大だった。士郎はいつか自分もこうなるのだろうか、と思うと、とても誇りに思えた。

 だからこそ、士郎は姿勢を正して、

 

「…ありがとうございましたっ!!」

 

 と大きな声と共に深く礼をする。すると、エミヤは振り向いてもいないのにその様子が判ったのか、微かに笑ってくれたような気がした。

 

「…終わりましたね」

 

「…うん。おれ、強くなれたのかな」

 

 士郎は自分のボロボロになった手を見る。無残なとまではいかないものの、ところどころが裂けており、血が出ている。この様な手でよく剣を握って戦っていられたものだと皆一様にして思うだろう。

 

「ええ。シロウは強くなりました。顔を見れば判ります」

 

 そう言って笑顔を見せてくれるアルトリアに、士郎もつられる様に自然と笑顔になり、そして、

 

「…あ、」

 

 士郎は糸が切れたように倒れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時は過ぎ、暗い夜空にまん丸な月が空高く昇ろうとする頃、自室に運ばれた士郎はようやく目が覚がめた。

 

「…あれ? ここは……! そうだ、あの後倒れたのか、おれは」

 

 士郎は掛け布団を退かせて上半身だけを起こし、自分の体を見る。士郎の体にはいくつもの包帯が巻かれており露出している部分はほとんどなく、身体中からは薬のような苦い匂いがする。おそらく、凛が治療してくれたのだろう。

 士郎は今体はどれくらい回復しているのかを見るために自身を解析する。

 

「…どこも大丈夫だな」

 

 あれだけ負担をかけた後だったが、どこも使い物にならなくなることはなかった。凛の治療が良かったのか、もしくはあの回復によるものか。それは定かではないが、とにかく異常がないと言うのであればじっとはしていられない。

 士郎は布団から出て居間へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロウ、起きられたのですね。もう体は大丈夫なのですか?」

 

「あ、うん。もう大丈夫だ。心配かけちゃった?」

 

 士郎が居間へ移動すれば、早速アルトリアに話しかけられた。

 今、アルトリアは凛とエミヤの二人と対面して座っている。何か会議でもしていたようだ。テーブルの上には飲み物のお茶しか乗っておらず、凛は真剣な顔で肘をつけている。

 

「起きたわね。それじゃ、今後の聖杯戦争について話し合うわよ」

 

 自然な流れで士郎はアルトリアの隣…ではなく、膝の上へ乗せられると、凛が話し始める。

 

「まずは状況確認。現在のサーヴァントは、確認できているもので5騎。セイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、バーサーカー。それ以外、ライダーは脱落。アサシンは不明。

 次に、現在生きている5騎のサーヴァントの中で真名が判明しているのは、キャスターの魔術王だけで、私たちのサーヴァントはお互い隠している状態、でいいわね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 凛からの情報を聞いて、本当はもう知っているんだけどな、と三人は一致したことを思っていた。

 

(…そういえば、りんは知らなかったんだ。う〜ん、教えるべき、かなぁ?)

 

(私はセイバーの真名も判っていますが、今ここで伝えるべきでしょうか…)

 

(私に限って言えば、セイバーはおろか、バーサーカーの真名も判っているのだが)

 

(本当はランサーの真名はある程度目星がついているんだけどね)

 

 それぞれで言い出すか悩むことを抱えながら話は進む。

 

「それで、今のところ私たちの陣営は順調、と言いたいけど、それは魔術王の存在によって揺らいでしまっている。バーサーカーも脅威だけど、勝てない相手ではない。セイバーに関して言えばまだ未知数だけど、魔術王と比べればそんなんでもないわ。

 よって、今のところ一番の強敵は魔術王ってことね」

 

 凛が言ったことは外れていない。魔術王、彼をどうにかしない限り、士郎達に勝ち目はないだろう。それほどまでに脅威なのだ。

 

「それで、これらの情報で私たちはどう行動に移すべきか。それを決めて欲しいんだけど、いいかしら、士郎?」

 

 そう凛が振ると、士郎は一瞬キョトンとした顔になる。

 

「ん? おれか。う〜ん、どうするべき、かなぁ。

 …そうだな。おれは、いっそのこと、今からでもどこか攻めていった方がいい、と思う」

 

「……それは、なんで?」

 

 凛は意外にも決断が早かったので少し驚きながら、士郎にその理由を聞く。

 

「んー。おれはさ、思ったんだ。このままじゃ何も進展しないって。ライダーを倒してもどこも様子見ってことはさ、気づいていないか、どうでもいいって思っているってことだろ? ならさ、こっちが動かないと何も起こらないと思うんだよね」

 

「…確かにそうかもね。けど、それが間違いってこともあるわ」

 

 凛は士郎から聞いた理由に納得し賛同しながら、他の可能性を教える。

 

「今朝のニュースで昨日どこかの陣営が戦っていた、っていうのは判るはず。もしかしたら、魔力を察知して使い魔とかで見ていたかもしれない。だとしたら、決着がついたところまで見られていた可能性がある。なら、その時勝った陣営は調子に乗ってこっちまで攻めてくるかもしれない、って予想してこっちの意表をついてくるかもしれない。

 まあ、これはあくまでも可能性の話。実際はどうなのかも結局は攻めないと判らないんだけどね。ただ、攻めて行くならこうなる可能性を覚えておいて。

 それで、どうする? やっぱり、攻めて行く?」

 

 凛は再度士郎から聞く。

 

「……………」

 

 士郎はしばらく腕を組んで目を閉じ、口をへの字にしながら瞑想する。

 小一時間くらいだろうか。もっと長かったような短かったような気がするが、士郎がまた目を開けると、

 

「攻めよう。やっぱり、このままじっとしていても始まらないし、多分だけどキャスターは何もしなくてもいつか動く。けど、その動く時にはきっと何かを完成させているような気がするんだ」

 

「…何かって?」

 

「…判らない。これはおれの勘だし。けど、あいつはきっと何か俺たちを一瞬で倒せるような、そんな宝具を持っていると思うんだ」

 

 士郎の言葉にそんなまさか、と凛は思いたいが、相手が魔術王ともなればあり得ない話ではない。もしかしたら、あの初めて邂逅した時も、その宝具の完成のために戦うつもりはない、と言ったのではないのか。確証はできないが、可能性としてはあり得る。

 ならば、時間の猶予はそんなにないと見た方がいいだろう。今すぐにでも行くべきか、と凛は言うが、士郎がそれに待ったをかける。

 

「今あいつと戦うのはやめたほうがいいと思う」

 

 士郎が言うには、今は戦うべきではない、だそうだ。凛はそれに何故と問う。士郎の言う通りであれば今すぐにでも攻めるべきだと言うのに、何故今戦うべきではないのか。

 

「えっと、それはなんて言うか。あいつはおれらが他のサーヴァントを倒してきてほしいような気がするんだよね。理由は判らないけど。

 とにかく、それなら今はその通りにした方がいいと思うんだ。いざあいつと戦う時邪魔されたら敵わないし、もし本当にそんな宝具を準備しているなら邪魔されたくないだろうから、全力で妨害してくると思う。すごい結界とかで」

 

 つまり、魔術王はその宝具を完成させるために何かしら妨害機能がある結界を作るかもしれないということだ。それもかなり高性能なものをだ。あの魔術王が全力で防戦に徹されてはこちらはまるで歯が立たないだろう。

 色々と釈然としないが、あり得ない話ではない。それはあの魔術王だからこそ言えた話だった。

 

「…判ったわ。さて、これでまとまったわね。私たちは今後攻める方針で。

 それじゃ、丁度いい感じの時間だし、士郎も元気そうだから、早速攻めて行こうかしら」

 

 少し疲れたのか、絡めた指を上に上げて体を伸ばす。

 

「…凛。君のその行動力は素晴らしいが、些か根を詰め過ぎではないかね。小僧もまだ回復しきっていないのだ。あまり無理をさせるものではない」

 

「大丈夫よ。士郎の怪我は見た目よりも大分治っているようだし、いざとなれば私がどうにかするわ」

 

 エミヤはそう凛を戒めるが、凛は大丈夫だと言う。確かに、士郎はエミヤとの戦いでできた外傷はほぼ無くなっており、本人も不調はないと言う。

 

「……………」

 

 士郎の傷が治っていると聞いて、アルトリアは少し考え込む。

 アルトリアは、士郎がエミヤと戦っていた時、正確には投影魔術で自身に最大級の負担をかけていた時、士郎から身に覚えのある魔力が感じ取れた。あれがなんだったのかは判らない。だが、あの回復力で身に覚えのある魔力、これらから推測すると、おそらく士郎にはあれがあるのだろう、とアルトリアは思った。

 

(もしや、士郎にはあれがあると言うのですか? でも、だったらどうやって士郎はそれを手に入れたのでしょうか。あれはあの時から失ったあの剣の―――)

 

「――それじゃ、攻めに行くためにも、目標地点を決めるわよ」

 

 というところまで考えたら、凛の声が聞こえ中断され、ハッとなって話に参加する。

 

「っで、まずはどの陣営からいく? キャスターは最後にするとして、後はセイバー、バーサーカーしかないけど」

 

 凛はどこから持ってきたのか、冬木の地図を取り出してテーブルの上に広げた。

 

「…セイバーの居場所って判っているのか?」

 

「いいえ。残念ながら、セイバーを攻めることには捜索も入っているわ」

 

 凛は首を横に振って言う。

 

「それじゃ、バーサーカーは?」

 

 セイバーの居場所が判らないのであれば仕方ないので、今度はヘラクレスの居場所を聞く。すると、

 

「――それなら、判るわ。この森にある城よ」

 

 そう言って、地図にある街から離れた郊外の森の中を指差す。

 

「城? そんなのがここ(冬木)にあったのか」

 

 士郎はよく絵本などに出てくる洋風な城を思い浮かべる。

 

「そこにバーサーカーがいるんだな?」

 

「ええ。アインツベルンはこの戦争の優勝者候補の中でもダントツだからね。その住みかなんてとっくに調べてあるわ。…まあ、本当は昨日の昼過ぎにアーチャーに調べてもらったんだけどね」

 

 それを聞いた士郎は地図を見ながら少し考え、

 

「それなら、バーサーカーから行こう。探索なんてしていたら、いつ、どこから襲われるかわからないし」

 

「判ったわ。それじゃ、目標はバーサーカーで決まりね」

 

 出した答えに凛は頷き返す。他にもその同意を求め、視線を送ると、エミヤ、アルトリアどちらも頷いて了承してくれた。

 

「次の敵はバーサーカー、ということでよろしいのですね」

 

 アルトリアが最後の確認とそう言うと、士郎と凛は揃って首を振り肯定する。

 目標は決まった。ヘラクレスの居場所が判っているのであれば、後は向かうだけだ。

 

「決まったな。では、どう動く。アインツベルンが前回の反省をしていないとは思えない。ここは少し作戦も考えた方がいいやもしれんぞ」

 

 エミヤは早速出向こうと準備している士郎達に向けて言う。

 

「…確かに、それもそうよね。あのアインツベルンのことだし、なにかしら姑息な手でも使いそうね。って言っても、結局最後は力任せでしょうけど」

 

「それでしたら、私がバーサーカーの相手をして、アーチャーがお二人を護る、でどうでしょうか」

 

「…単純だが、確実だな。確かに、私ではバーサーカーの相手は勤まらない。

 そういうことであれば私は二人の護衛に徹した方がいいか」

 

「決まったな。それじゃ、早く行こう。もしかしたらもうあっちは気づいているかもしれない」

 

 士郎を合図に、四人はアインツベルン城を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ついに来るわね。準備はいい? 二人とも」

 

「はい。用意はできております」

 

「準備、万端。モーマンタイ」

 

 一方、アインツベルン城では、地下にある広場でイリヤスフィールを先頭に構えていた。側にはセラと白を基準とした赤い模様が入ったハルバードを携えたリーゼリットが両脇に並び、ヘラクレスはイリヤスフィールのすぐ後ろで佇んでいる。

 そして、この場にはイリヤスフィール達四人だけではなく、その更に後ろには大勢の人がいる。その数は約500といったところだろうか。

 一人一人は全てが白髪で血のように赤い瞳、同じ白い服装をしている。どうやら、ここにいる人全てがイリヤスフィール達と同じホムンクルスのようだ。

 

「行くよ。絶対に…絶対に勝つんだから!!」

 

 そう言って、イリヤスフィールは城の外へと出る。

 

(お嬢様を勝たせるための布石は揃えるだけ揃えた。後は、出たとこ勝負ですね)

 

(イリヤのために頑張ろう!)

 

「■■ー」

 

 そして、それに続くようにセラ、リーゼリット、ヘラクレスとその他のホムンクルス達も出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これは、完全に誘ってるわね」

 

「ってことは、もうこっちの行動はバレているんだな」

 

 冬木市郊外の森の中。士郎達はサーヴァント達に運んでもらい10分もかからずに森の前に到着した。

 着いた士郎達は早速アインツベルン城目指して歩いていた。その間、凛は結界を気にしながら歩いていたのだが、結界はおろか、防犯セキュリティ的なものは一切見当たらない。

 その事から、既にこちらの行動はお見通しなんだろうと推測する。つまり、凛が言ったように誘っているのだ。

 

「ええ。あの中に誰かが居るのは確実だしね。そうでしょ?」

 

「ああ。間違いなく、あの城にバーサーカーはいるな。この距離からも判るほど気配が漂ってくるよ」

 

 凛がエミヤにそう聞けば、エミヤはアインツベルン城があると思われる場所に視線を投げながらそう言う。

 

「こうなったら仕方ないわね。一気に走ってさっさと片付けるわよ!」

 

「ちょっ! りん、待って!」

 

 そういうと同時に凛はもう警戒は要らないと走り出す。それに士郎は続き、サーヴァント達も置いていかれないようについていく。

 

「はっ、はっ、はっ…そういえばさ、りん少しいいか?」

 

「ん? なにかしら」

 

 走っている途中、士郎は気になったことがあったのか凛を呼ぶ。

 

「バーサーカーのことなんだけどさ。りんはバーサーカーの真名ってわからないのか?」

 

「…! そういえば、すっかり忘れていたわね、その事。そうねえ、今じゃなんとも言えないわね。宝具なんて一切見ていないし」

 

 そう凛が言うと、「やっぱりそうだよなあ」と士郎は頷いた後、ふと思うことがあったのか思考を巡らす。

 

(そういえば、バーサーカーはアルトリアと戦って負けたけど、それでもバーサーカーは渡り合っていた方だったな。きっと、バーサーカーもアルトリアと同じくらいの大英雄なんだろうな。

 ってことは、バーサーカーと戦っている間、アルトリアはこっちを気になんてしていられない筈だ。

 …もしかしたら、)

 

 あの夜、戦争が開幕した時に戦った際、確かにあの戦いはこちらの勝利と言っていいだろう。だが、それでも圧勝とはいかなかったどころか、あれで勝てたのも凛の機転があったから勝てた。つまり、紙一重だったのだ。

 その事から考えると、今度の戦いはなにかしら対策を用意している筈だ。向こうにも勝算がない訳じゃないだろう。こうして誘っているのが何よりの証拠だ。

 

(…もしかしたら、おれも戦うことになるかもしれない。そのときは覚悟しないと)

 

 一応、手筈としてエミヤが護ってくれるものの、もしかしたら足りないかもしれない。

 士郎はその万が一のために覚悟しておこうと思う。

 

(…なるべくサーヴァントだけで決着が着いたらいいけど)

 

「よし、もう直ぐね。ラストスパート!」

 

 凛がそう叫んだので士郎は下げていた視線を上げて前を見る。すると、御伽噺に出てきそうな城が見えた。あれがアインツベルン城、イリヤスフィール達が根城としている場所。

 

「大きいなぁ」

 

 士郎は知らず知らず感嘆の声が出る。士郎の言うようにアインツベルン城は城というだけあって大きい。衛宮邸よりも大きいだろう。

 

「…! 止まれ」

 

 このまま何もなく進むかと思ったら、急にエミヤが止めてきた。

 なんだ、と士郎達は止まってエミヤの方を向く。エミヤは辺りを千里眼で確認しているようだ。様々な方向を睨んでいる。すると、何か見つけたのか一方向だけを凝視する。

 

「……どうやら、こちらの行動を確認しているようだ。それもかなり用心深くな」

 

 そう言うなやいなや、エミヤは弓と矢を投影して凝視していた方向へ矢を飛ばす。そのまま矢は一直線に飛んで行き、見えなくなった頃に遠くでガラスが割れたような音が小さく響いた。

 

「…ただ開けっ広げにして誘ってる訳じゃないようね。この先は何か罠があると見た方がいいかしら」

 

「ああ。だが、このまま強行軍でいいだろう。罠は全て私が見つけ、速やかに排除する。何、心配する必要はない。私のクラスを忘れたわけではないだろう」

 

 確かに、アーチャークラスであれば暗い中だろうと見えづらい罠を容易に見つけ、遠距離から対処、排除できるだろう。ここへ来てようやくエミヤに出番が回ってきたというわけだ。

 

「ええ。それじゃ、任せたわよ!」

 

 士郎達は再び走り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…向こうにアーチャーがいる限りこちらの罠は全て無為となりますね。いかがなされますか、お嬢様」

 

「…………」

 

 アインツベルン城にて、イリヤスフィールは士郎達が映っている水晶を手で覆って見ながら、セラの言葉を聞く。

 

「…罠を増やしてきて。見つけやすいのと見つけづらいのを作ってできるだけ錯乱させるのよ」

 

「畏まりました」

 

 セラはそう言うと、側にいたホムンクルスの一人に話しかけ、罠を増やすように言う。

 

(…こんなことしても無駄だとは思うけど、今は少しでもシロウ達の体力を削らないと)

 

 現在、イリヤスフィールは士郎達の体力を減らしていき、ここに辿り着いたときは圧倒的な兵力で押し潰す、という算段らしい。

 

(ランサーはバーサーカーが相手をして、その内に私達は他の三人を殺す。如何にランサーって言っても、マスターがいなければ消えるだけだしね)

 

 イリヤスフィール達はアルトリアを倒すことは諦めたようだ。その代わり、士郎を殺すことでアルトリアの無力化を図っている。

 サーヴァントはマスター無しでは現界していられない。どれだけ強いサーヴァントでもその依り代となるマスターがいなければ意味がないというのは全てに共通する。例外はあるにはあるが。

 

「…シロウにあんな物があったらダメ。絶対にあれは壊さなきゃいけないもの。でも、」

 

 本当に壊していいのか、イリヤスフィールは少し迷っていた。

 もともと、イリヤスフィールは士郎から聞きたいことがあった。それは自身の父親、衛宮 切嗣について、士郎の義父でもある切嗣について聞きたいことがあったのだ。

 最初はそのために準備をしていた。アインツベルン当主からは聖杯を得て、悲願を達成するのだ、と言われてきたが、イリヤスフィールにとってそれはどうでもいいことだった。イリヤスフィールはただ切嗣が前回の聖杯戦争以降、何故会いにきてくれなかったのかが知りたいだけだった。

 だが、士郎にあるものが見えた瞬間、その考えは消えた。イリヤスフィールにとって、士郎はもう殺すべき対象でしかない。だが、そのようなことをしては永遠に切嗣のことを聞ける機会はないだろう。

 故に、どちらを選んでも、イリヤスフィールの望む結果は得られないのだ。

 

「私は…どうしたらいいの? …お母様」

 

 頭を抱えてイリヤスフィールは自分の母を思い出す。優しく自分の名前を呼んでくれた母。もうすでにこの世を去って行ってしまった、今では会うことが叶わない人。

 

「……ダメね。こんなところで悩んでちゃお母様に怒られちゃう。しっかりしないと」

 

 イリヤスフィールは自分の頬を両手で叩いて前を向く。いつまでも落ち込んでいられないのだ。イリヤスフィールはすでに幼い頃から親はいない。切嗣は知っての通り、謎の病で倒れ、母親は第四次聖杯戦争の折に亡くなった。現在では家族と呼べるのはセラとリーゼリットのみだ。つまりは、士郎と似た境遇だった。

 

「また新しいのを作らないとね。今度はもっと魔力を込めて作らないと」

 

 そう言って、イリヤスフィールは自身の髪を一本抜き取り、アインツベルンの針金細工の技術で、そこから鳥の形を模した使い魔、『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』を作り出す。

 

「行けっ!」

 

 イリヤスフィールは窓から『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』を外に放つ。

 外に出た『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』はそのまま自動で動き、士郎達がいる方向へと羽ばたいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!」

 

 また遠くでガラスが割れる音が聞こえる。

 士郎達はあの後ずっと走り続けている。エミヤの指示で時には進路を変更することもあった。何故なら、罠の中にはとりわけ大きいものがあったからだ。さすがに排除するには手間が多少なりとも掛かってしまうので、そういったものは無視し、小さい罠だけを排除、進行していく。

 

「全く、とんだ歓迎会ね! でも、判るわ。罠の殆どは簡単なものばかり、つまり焦っている! このまま走り抜けさえできればこちらのモンね!」

 

「油断はいかんぞ、凛。あの規模の城を建てられる連中だ。この程度の罠、まだまだ序の口だろう。本命が来た時が真の勝負だ。

 その時になって油断したままでは足元をすくわれかねん」

 

 エミヤは数多くある罠を矢で一発一発的確に破壊する。エミヤが罠を破壊する度にガラスが割れる音が響く。

 

「それもそうね。けど、なんにせよこのまま走り切らないと!」

 

 凛は目の前に来た中くらいの岩を跳び越える。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

「…大丈夫ですか、シロウ」

 

 凛達が会話をしながら走っている間、士郎はずっと胸を押さえながら走っていた。

 

「う、うん。おれは、大丈夫だ」

 

「……………」

 

 士郎はそう言うが、アルトリアとしてはどうも不安だった。何故なら、士郎の呼吸が明らかに不安定だからだ。

 疲れていると言うには妙に苦しそうなのに加え、目は見開き、瞳孔は揺れ、口は切り裂けそうなくらいに開けて呼吸をしている。明らかに異常だ。もしかしたら、エミヤとの戦いで何か後遺症みたいなものが出ているのか。

 アルトリアは少し士郎を休ませたいが、今ここで休んではどこから敵の一撃が襲ってくるかわからない。故に、

 

「少し失礼しますね、シロウ」

 

「え? どうした、アル…うわっ!」

 

 アルトリアは士郎を抱えて走ることにした。

 

「ちょ、アルトリア! こんなことしなくてもおれは大丈――」

 

「――大丈夫ではありません。今のシロウは明らかに異常をきたしてます。そんな状態のシロウをこのまま走らせるわけにはいきません。シロウには申し訳ありませんが、今だけでもこのまま大人しくしていてください」

 

 アルトリアは離すつもりはなく、がっしりと持ち上げられているので、仕方なく士郎はそのまま大人しくするほかない。

 

「…っ、判っ、た」

 

 士郎としても、こうしてアルトリアに抱えられると不思議と落ち着けた。

 

(くそっ! こんなときになんだってんだよ!)

 

 士郎は自分に悪態をついていた。今は戦いの最中、そんなときに不調を起こすなど以ての外だからだ。

 

(何なんだ、一体。なんだか、急に身体中がざわざわしてくるのって)

 

 士郎は走っている途中、身体の至るところが何かに呼応するかのようにざわざわと騒ぎだしたのだ。それは、筋肉、血、髪の毛の一本に至るまで全てだ。

 何故急にこんなことになったのか、それは判らないが、今はアルトリアに抱えられているからか、それも落ち着いてきている。

 

(…奴の状態が不安定だな。やはり、無理をさせるべきではなかったか。と言っても、今はそのようなこと言っていられる状況でもないか)

 

 エミヤは横目で士郎の状態を確認する。士郎の体調はかなり不安定だった。心臓はものすごい速さで脈打ち、肺の伸縮も大きすぎる。ただ疲れているというわけでもなさそうだ。

 

(まるで何かに共鳴しているかのような反応…まさか)

 

 エミヤはそこまで考えて思ったことがあった。それは、士郎の中に潜んでいるもの。

 エミヤはその正体を知っているがゆえに、もしかしたらあれと共鳴しているのではと。そう思った。

 

(だが、そうだとしたら何故あのときは反応しなかった? …まだできるだけの何かが無かったのか?)

 

 謎は深まる一方だ。ただ、そうなのであれば、士郎をこのまま行かせるわけにはいかない。そう考えるが、士郎の性格上どうしても行くと聞かないだろう。それは自分自身がよく知っている。

 

(…仕方ない。できる限り譲歩して様子見とするか)

 

 エミヤは士郎から視線を外し、罠を探ることに専念する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
うーむ、色々書きたいことがありすぎてなかなか書ききれない。これは、バーサーカーとの戦いは3話くらい続くかもしれないです。


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第十八夜-この世全ての悪-

今回は早めに投稿。
しかし、やっぱりこれは長くなるなぁ。根気強く頑張らねば。
あ、それから、アルトリアVSヘラクレスは少し先延ばしにします。期待してた方、いたらすまない。
では、始まります。


 あれからしばらくの間、士郎達は森の中で奔走していた。だが、目的地であるアインツベルン城には未だたどり着いていない。何故なら、

 

「はぁ、はぁ、はぁ。あ〜もうっ!! 何個あんのよ、これ! っていうか、なんでたどり着かないのよ!」

 

「ふむ。どうやら様々な罠を駆使し、誘導し彷徨わせているようだ。その証拠に、あの木の枝の折れ方、見覚えがあるな」

 

 この様に、アインツベルンのホムンクルス達が一丸となって罠を設置、方向転換させてなるべく近寄らせない様にしているからだ。

 

「…少し止まっていただけませんか?」

 

「! 何? なにか方法でも…って、どうしたの士郎!?」

 

「今気づいたのかね、凛」

 

 アルトリアに呼ばれ、凛達は止まる。

 

「少しの間シロウを頼みます」

 

 アルトリアは止まってくれた凛にぐったりと疲れはてているような士郎を一旦預けると、唐突に槍を出して構える。

 

「! ちょっと、何をする気!?」

 

「ここからあの城までの森を吹き飛ばします。危険ですので、お二人は私の後ろにいてください」

 

 そう言うと、アルトリアは槍を構えたまま、平行に後ろへ引き、魔力を溜める。

 

(…! まさか、宝具を撃つつもり!?)

 

 凛は士郎を抱えたまま、エミヤと共にアルトリアの後ろへと下がる。

 アルトリアはそれが見えたら、槍に光を一気に集束させ、

 

「『最果てにて(ロンゴ)――!」

 

 集まった光は槍を見えなくなる様に覆い、全てを覆った時、解放される――!

 

「――輝ける槍(ミニアド)!!』

 

 解放された光は巨大な渦を巻く様にして、森を包み込んでいく。

 そして、光が全て放たれた跡は、草木の跡すら全てなく、アインツベルン城までの一直線の道のりが出来上がっていた。

 

「す、すごい…! こんなことができるなんて…!

(ロンゴミニアド…。間違いない、ランサーの真名は…!)」

 

 凛は巨大なクレーターのような道を見てそう思う。やはりアルトリアは規格外だと。そして、今は味方でいてくれる安心感と、敵対するときの恐ろしさを同時に感じとる。

 

「…少々強引なやり方でしたが、そんなに時間もかけていられないと思い、このようなことをしました。それでは、行きましょう」

 

 アルトリアは凛から士郎を返してもらい、凛達は再び走り出す。

 

「…ねえ、なんだか苦しそうだけど、大丈夫なの?」

 

 凛が言っているのは士郎の容態のことだろう。アルトリアから少し預かっていただけでも、士郎の状態は異常だと判るほどだったらしい。

 

「判りません。走っている最中、士郎は少しづつ苦しそうになっていきました。

 最初は疲れているだけだと思ったのですが、それにしては苦しそうだったので、こうして私が抱えているのです。こうしていると士郎も少し落ち着いた感じがありますので」

 

「…そう。ならよかったわ。ごめんなさいね、本当は休ませたいところだけど」

 

 凛が申し訳なさそうに言う。それにアルトリアは表情を変えずに、

 

「…これは私の推測ですが、士郎はそんなことを気にはしていないと思います。ですから、大丈夫ですよ」

 

 そう言うと、アルトリアは口を閉ざし、士郎を気にかけながら走ることに集中する。凛もこれ以上聞くことがないのか、口を閉ざして走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強行突発されてしまいましたね。ですが、思惑通り二人のマスターは大分疲れている模様。こちらも多少被害は出たようですが、何も問題ありません」

 

 アインツベルン城の一室からその様子を見ていたセラは忌々しそうに目を細める。

 

「…うん。それじゃ、準備しなきゃね。行くよ、バーサーカー」

 

 先程からイリヤスフィールの側で佇んでいたヘラクレスはイリヤスフィールの言葉に反応を示し、呻き声のような声を出しながら、部屋から出ていくイリヤスフィールについていく。多少ドアを壊しながら。

 

「いい加減壊すのはやめてほしいのですが…」

 

 一人残ったセラは苦労人よろしく頭を押さえながら言った後、イリヤスフィールの後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し。ようやく着いたわ! いよいよ決着を着けるときね!」

 

 あれから、アルトリアが作った道を駆け抜け、アインツベルン城前に着いた士郎達は早速扉を蹴り破って中に入っていこうとしていた。

 

「…アル、トリア。もう、大丈夫だから。おろ、して」

 

「…! ダメです。まだ苦しそうではないですか!」

 

 凛に続きアルトリアも入っていこうとするが、そこで士郎が降ろしてくれと言ってくる。どう見ても士郎は苦しそうな状態、それも、先ほどよりもかなり辛そうにしている状態の士郎を動かすわけにはいかないとアルトリアは言うものの、士郎は頑なに降ろしてと言う。

 

「大、丈夫だ。アルトリアのおかげで少し、よくなったんだ。ちょっと苦しいけど、これならまだ戦える。いつまでもアルトリア達の足を引っ張ってばかりじゃダメだから」

 

「…っ。…判りました。そこまで言うのでしたら降ろします。ですが何かあったら必ず凛に言ってください」

 

 アルトリアはさすがに折れるしかなく、士郎をゆっくりと立たせる様にして降ろす。

 

「ありがとう。それじゃ、おれらも行こっか」

 

 もう既に先に行った凛達を士郎はふらふらと少しだけよろめきながら追う。

 アルトリアは士郎を心配そうに見るが、アルトリアとしてもここから先は誰かを気にしてはいられないだろうと切り替えるしかない、と首を振って入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さすが、外観もまさに昔ながらの西洋の城って感じだったけど、中もすごい西洋の豪邸って感じね」

 

 突撃し、中へ入っていった凛から出た感想はそれだった。

 アインツベルン城の中は一見して判るほど高級感あふれるもので埋め尽くされていた。ここはホールなのだろうが、その広さというと、少し小さめかもしれないが学校の体育館ほどあるのではと思われる。

 装飾も暗い中を照らしている天井に吊り下がっているシャンデリアと壁にあるランプ。目の前にはよくお屋敷などで見られるような赤い絨毯が敷かれた階段等、高級感が凄まじい。

 

「……。嫌に静かね」

 

「…気を緩めぬことだ。こういう何もないと思ったときこそが一番危険だからな」

 

 アインツベルン城に突撃したのはよかったが、いざ入ってみても気配はすれど何も出てこない。

 

「…静か、だね」

 

「! ちょっと、歩いて大丈夫なの士郎」

 

 凛はアルトリアと歩いて来た士郎に向かって少しだけ叱るかのように言う。

 それに士郎は「大丈夫だよ。少し良くなったからさ」と笑顔を見せれば、「そう。ならいいけど、何かあったら言いなさいよね」と先程のアルトリアと同じことを言われる。

 

「…! 来るぞ。構えろ」

 

 周囲を確認していたエミヤが何かに気づいたらしく、士郎達に警告する。すると、

 

「……いらっしゃい。シロウにリン」

 

 イリヤスフィールが目の前にある高級感溢れる階段から降りてくる。その後ろに覇気を纏い、円状に刃が付いた刺々しい金色の新たな武器を携えたヘラクレスを連れて。

 

(…!! バーサーカーのステータスが上がってる!? 一体何をしたの!?)

 

 凛はヘラクレスが変わっているのに気づきステータスを確認してみると、ただでさえ高かったステータスが更に上がっていた。

 

「今度のバーサーカーは強いよ。何て言ったって、令呪を5画使って強化したからね」

 

「なっ…! ちょ、ちょっと待ちなさい! あんた、今5画って言った!? どういうことよ、令呪は普通3画まででしょ!!」

 

「ええ。ですから、他所から奪ってきたのですよ。遠坂の魔術師」

 

 凛が冷静を乱しながら指を指して言うと、どこからともなく現れたセラが凛の疑問に答える。

 

「奪ってきた、ってどこから…」

 

 セラの冷静さに感化されたのか、凛は少し落ち着き、さらに疑問を述べると、

 

「言峰教会から、ですよ」

 

「…! なんですって!?」

 

 凛はセラが言ったことに驚き目を見開く。

 

「あの教会にいた神父、言峰神父ですが、あの男調べてみると今までの聖杯戦争参加者で脱落した人達の令呪を持っていたではありませんか。ですから、少しだけ貰ったのですよ」

 

 そうセラは言うものの、どう考えてもただ貰った訳ではないだろう。つまり、イリヤスフィール達は言峰教会を襲撃したということで間違いないと思われる。

 

「…あんた達ね、判ってるの? 聖杯戦争の監督役を襲うってどういうことか」

 

「ええ。ですが、どうもキナ臭いのですよ。此度の聖杯戦争、通常の戦争とはいかない気がしましてね。そんな状況、ルール違反などと言っていられません」

 

 セラはまるで当然とばかりに堂々と言う。

 

「っ! あんたね――」

 

「――お話はそこまでよ」

 

 凛がセラに文句を言おうとしたら、イリヤスフィールがそれを止める。

 

「無駄話がしすぎよ、セラ。ここでみんな殺しちゃうんだから、話したところで意味なんてない」

 

「…出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません、お嬢様」

 

 イリヤスフィールに一喝されたセラは一礼した後、後ろへ下がる。

 

「何よ。少しくらい聞いてもいいでしょ」

 

「…私は、あなた達を殺す。そのために準備してきたんだから」

 

 イリヤスフィールは凛の言葉を無視して話を進める。

 

「特に、あなたは絶対に殺す。殺すんだから!!」

 

 士郎を険しい表情で見ながらイリヤスフィールは言う。

 士郎はそう言われてもなぜここまで恨んでいる様な事を言われるのか理解していないため、朦朧とすることもあってかまるで頭が働かずどう返事を返したものか、と悩む。

 

(…あいつは、なんであんなにもおれを…)

 

 なぜ彼女はあそこまで士郎に対して殺意を抱いているのか。彼女に対して一体何をしたというのか。士郎は全くわからない。判らないが、一つ判ることがある。それは――

 

「――やっちゃえ! バーサーカー!」

 

「■■■■■■■ーーーーーーー!!!」

 

 だが、そうこう考えている暇もなく、イリヤスフィールに命じられたヘラクレスが襲いかかってくる。

 

「下がって、シロウ!」

 

 一直線に向かってくるヘラクレスに、アルトリアは鎧と槍を持って前に躍り出る。

 

「ハァッ!!」

 

 鎧を着、槍を持ったアルトリアはヘラクレスの一撃をどうにか押し留める。周囲にその衝撃が地震のように伝わってくる。

 

「ぐっ…!!(以前よりも重くなってる…!?)」

 

 アルトリアは防ぐのがやっとという感じなようで、全身の力を使い、自身の下へと受け流す。それによって、ヘラクレスの武器は勢い余って床に突き刺さる。

 

「…! ハァッ!」

 

 アルトリアはここで戦っては危険と思ったのか、受け流した後、流れるような動きで宝具を一部解放、ヘラクレスを天井から突き破らせ外へと出す。

 

「ランサー…!」

 

 その後、アルトリアはヘラクレスを追うために穴が開いた天井へ向けて跳び、外に出る。

 

「衛宮 士郎! 心配なのは判るが、今はこちらを気にしろ!」

 

 士郎はふらつきながらアルトリアを追いかけようとしたが、エミヤに止められる。なんでだと思い、士郎は上に向けていた視線を戻すと、いつの間にか周囲は大勢の人で囲まれていた。

 士郎達を取り囲んでいるのは、全員イリヤスフィールと同じ白髪赤目。そして、全員男女差はあれど、不気味なほど整った顔、不気味なほどに似通っている顔立ち、不気味なほどに無表情と一見すればホラーな印象しか受けない怖ろしい集団だ。

 

「な、なんだこいつら…」

 

「…大方、大量生産して廃棄するつもりだったホムンクルスってところかしら」

 

「ご名答。こちらは我がアインツベルン製作のホムンクルスです。一体一体の力量や魔力はお嬢様や私達と比べればそうでもありませんが、貴方達を相手にするのでしたら十分です」

 

「…随分と舐められたものだな。確かに、これだけ数を相手取るのは些か骨が折れるというものだ。だが、所詮はそこまでだ。私がサーヴァントという事を忘れてはおるまいな」

 

 セラが挑発、いや確信して言っていることにエミヤは眉間を寄せる。

 

「ええ、もちろん。貴方のことは忘れていません。ですが、いくらサーヴァントと言えど、これだけの数を相手にしながらマスターを護っていられますか?」

 

「…なるほど、それが狙いか。随分と姑息な手段を用いるな。それほど彼女が恐ろしいか」

 

 エミヤはアインツベルンの目的がマスター殺しだと気づき、嘲るように言う。

 

「…無駄話はここまでです。お行きなさい!」

 

 セラは手を広げ、ホムンクルス達に命令する。

 すると、白い服装のホムンクルス達が予備動作を感じさせない機械的な動きで一斉に襲ってくる。その様はいうならば綺麗なゾンビといったところだろうか。

 

「くっ…! 凛、君は小僧を護れ! 奴らの目的は小僧を殺すことだ!」

 

「もうこっちも気づいているっての! こっちに来なさい、士郎!」

 

「う、うん!」

 

 士郎はまだ辛い体を無理やり動かして、凛の側に寄る。

 凛が側に寄って来た士郎を抱えるのを見たエミヤは、早速目の前に来たホムンクルスの頭を斬り、血を噴きださせる。

 

「フッ。この程度…!?」

 

 如何にホムンクルスといえど頭さえ斬れば動かなくなるだろうと思われた。だが、そのホムンクルスは執念にしがみつくかのように斬られた頭から血を滝のように流しながらエミヤの腕を掴む。人間とは思えない握力で。

 

「なっ…! くっ!」

 

 エミヤは空いてる手で掴んでいる腕を斬り落とし、続けて胴体を斬り裂くとようやく動かなくなる。今の生命力はなんだ、と思っているとまた一体襲ってくる。

 

「ちょっと! 何なのこいつら!」

 

 凛も士郎を抱えながら、宝石魔術、ガンド、八極拳、とこの聖杯戦争の準備として極めて来た技術全てを駆使し、ホムンクルス達を蹴散らしているものの、それもうまくいっていないようだ。

 士郎を抱えているというのもあるのだろうが、ホムンクルス達が異様にしぶといというのもあるだろう。

 このままではいずれ倒されると思い、凛とエミヤは一旦集まり、お互いに背中を向け合いながら立ち止まる。

 

「…凛、小僧は私が預ろう。多少ハンデを与えても私は戦える。だが、君は危険だ」

 

「…そうね。こいつら一体一体雑魚とは思えないしぶとさだしね。それじゃ、士郎はあんたに任せるけど、死なせたら容赦しないわよ?」

 

「フッ。それだけ口が開けれるようならまだ余裕そうだな。…行くぞ」

 

「ええ」

 

 凛はエミヤに士郎を渡し、八極拳の構えを取る。エミヤは片方だけに剣を持ち、宙に剣を投影する。

 

「手強いですね。さすがと言いましょうか」

 

「セラ、私達、行かなくていいの?」

 

 リーゼリットがハルバードを持ちながらセラに問う。セラは一瞬だけリーゼリットに視線をやると、

 

「いえ、私達も行きますよ。ですが、今はもう少し様子見としましょう」

 

 そう言って、セラはイリヤスフィールに視線を向ける。イリヤスフィールはどうも気難しいそうに眉間を寄せながら士郎達…いや、士郎だけを見ている。

 

(…大丈夫でしょうか。どうも、立ち直ってはくれたようですが、あの日からお嬢様は険しい顔をしてばかり…)

 

「イリヤ、悲しい顔してる」

 

 セラがそうイリヤスフィールを心配していた時だ。リーゼリットは突然そんな事を言ってくる。

 

「悲しい? どうしてそう思うのですか、リーゼリット」

 

「だって、私わかる、イリヤ無理してる」

 

 なんとも呑気そうな雰囲気で話しているが、リーゼリットはイリヤスフィールの話し相手でもあるのだ。そのリーゼリットが言うのであれば、おそらくそうなのだろう。

 セラはイリヤスフィールをもう一度見る。イリヤスフィールは依然と眉間を寄せて士郎を凝視している。

 セラには判らないが、今イリヤスフィールは辛そうにしているのだろう。故に、セラはどうするべきか悩む。イリヤスフィールの命の通り士郎を殺すべきか、ここで止めるべきか。いや、後者はもう遅いだろう。すでに戦いは始まっている。今更止めようとしても止まらないだろう。

 

(…とにかく、今は目の前のことに集中しましょう)

 

 一度視線を戦場へと戻し、今そのことは考えないようにする。

 

「ハァッ!!」

 

 エミヤは剣を一直線に振り下ろし、ホムンクルスを一刀両断する。

 

「はぁ、はぁ、全然減る感じがないわね。見た目以上に多いのかしら?」

 

「いや、単純に減る量が少ない故にそう錯覚しているのだろう」

 

 エミヤはそう言ってから片手で抱えている士郎を確認する。

 

(…彼女がいなくなったからか、徐々に不調になって来ているな。このままではどっちにしろ衰退して死ぬ恐れがある。一体なんだというのだ)

 

 士郎は徐々に息が荒くなり、体温も異常に上がっている。このままでは死ぬのも時間の問題だろうと思われた。

 

(…どうする。私の結界で一掃したいところだが、この状況では詠唱している暇もない)

 

 エミヤはそう思いながら、前方から向かってくるホムンクルスを斬り、士郎を抱えている方から来るホムンクルスを宙に投影した剣で穿つ。

 

「くっ…!」

 

「…アー、チャー、師匠。お、ろしてくれ」

 

 すると、士郎が薄っすらと覇気が微塵も感じない声でエミヤに呼びかける。

 

「…! 何を言っている貴様! おろせるわけがないだろう!」

 

「でも、たた、かわなきゃ。おれが、たた、かわない、と、おれは、正義の、味方に…!」

 

 士郎は途切れ途切れの言葉で苦しそうに言う。

 

「たわけ! 死んでは元も子もないだろう! 正義の味方になりたいのならば、今だけは生き抜け!」

 

 エミヤはそう士郎に叱りつける。すると、

 

「でも、それでも……! ウプッ!」

 

 士郎は何かが込み上げて来たのか、口を押さえる。

 

「…! どうした。…! まさか…!」

 

 エミヤは嫌な予感がした。その瞬間、

 

「ウブッ!! ゴホッ! ガハッ!!」

 

 士郎はそれを吐き出した。それは、以前と同じあの黒い液体。

 エミヤはこれはまずいと思ったが、遅かった。そこからさらに士郎から黒い靄のようなものが出てき、一瞬暗く煌めいたと思えば、

 

「ぐおっ!!」

 

 突然強力な突風で抱えていたエミヤを砲弾の如く吹き飛ばした。そのままホムンクルスの群に突っ込んでしまったエミヤはすぐに起き上がり士郎を確認する。すると、士郎は黒い靄を身体から勢いよく噴出しながら悶え苦しみ、呻き声をあげていた。

 

「あっ、あぁぁ…!! ぐっつ、お、あ、ああ、ガフッ…ぎっ、あ、ああ…!!」

 

 士郎の至るところからあの黒い液体が流れ出す。目から、鼻から、口から、血のように垂れ出ていき、まるで意思があるような動きで徐々に士郎の身体を包み込んでいく。

 

「!? ちょっ…! 何よ…あれ…!!」

 

 凛が士郎の異常に気づいたときには、すでに9割ほど士郎の身体を包み込んでいた。

 

「あ、ああ、ぎぎ、あっぎ、がぁ…! あ、ぐ、ああああぁぁぁぁアアアアアアアァァァァァァああああぁぁ!! あっ、が…!」

 

 そして、全てを包み込み、士郎は叫ぶだけ叫ぶと、突然倒れて動かなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――…あれ? ここ、どこだ?」

 

 士郎は瞑っていた目を開ける。天井が見えた。どうやら、いつの間にか仰向けで寝ていたようで、起き上がる。外は暗くなく、すでに朝を迎えていたようだ。朝日が部屋に入り込んでいる。

 

「…えっと、確か、おれはバーサーカーと戦いに城に行ったんだよな。で、それから…あれ?」

 

 どうも記憶が曖昧だ。なんでだ、と思いながら、立ち上がると、

 

「…痛つ。なんでこんなに頭が…! それに、ここよく見れば、ってよく見なくてもおれの家、だよなぁ」

 

 頭痛がする頭を押さえながら周りを確認した士郎はここが自室だということに気づく。いつの間に帰って来たんだと思いながら、士郎は部屋の襖を開けて廊下を歩き出す。とりあえず、状況確認をしたいからだ。

 

(きっと、また気絶しちゃって部屋に運ばれたんだろうな。それなら、居間に行けば凛達がいるよな)

 

 こうして戻ってこれたのであれば、ヘラクレスを倒して無事に生還したということなのだろう。士郎はまた役立てれなかったことに悔しく思いながら凛に会い、そのことについて聞こうかと思う。

 

(アルトリアにも会いたいしな)

 

 あのヘラクレスと戦った後だ。きっと傷だらけになっただろうと、会ったら労おうと思う。

 

(何したらいいかな? やっぱり豪華な食事とか? アルトリアって結構食いしん坊だしな)

 

 メニューは何がいいかなと楽しそうに考えながら歩いていると、居間の前まで着いた。すると、朝食の匂いが漂ってくる。

 

(あっちゃー。またりんに作らせちゃったか)

 

 そう残念に思いながら居間に入ると、

 

「おっはよー!! 士郎!!」

 

「うわっ! な、なに、って、ふ、ふじねえちゃん!?」

 

 懐かしの住居人の大河が士郎を見つけた途端、虎の如く襲いかかって来たので、とっさに避ける。

 

「ぐふっ! お、おねえちゃんのハグを躱すとは…! 成長したな士郎」

 

「な、なんで、…ふじねえちゃんもう退院したのか!?」

 

 大河はあの結界によりまだ入院していた筈だ、それが何故家にいるのか。そう思っていたら、

 

「おはよう、士郎くん」

 

「…! さ、さくら、ねえちゃん」

 

 桜まで家に帰っていた。二人ともこうして帰っているということは、どうやら無事あの学校にいた生徒達は退院したようだ。

 士郎はそう思うと安心した。あの時、慎二を止められなかったばかりに二人だけではなく、大勢の生徒と教師たちを危険な目に遭わせてしまい、全員無事だと判っていても不安だった。それが、こうして無事に退院したのだから、士郎にとって喜ばしいことだった。

 

「ちょっと〜、毎度毎度騒がしいわよ。もう」

 

「…! り、りん!」

 

 すると、今度はまだ目覚めたばかりと思われる凛までやって来た。

 

「り、りん。ちょっと聞きたいことが…」

 

 士郎はようやくヘラクレスと戦った後のことが聞けると思い、凛を呼ぶ。そこでふと、今ここには大河達がいるということに気がつく。

 

「? どうしたの、士郎」

 

「あ、えっと、あ、後で。後ででいいから」

 

 凛は急に止まった士郎に話しかけるが、士郎は慌て気味にそう言ってこの話を無理やり切る。大河達は聖杯戦争とは無関係な人達だ。聞かれるわけにはいかない。

 

「? あっそう。ならいいけど。あっ、桜私はいつも通り少なめでいいからね」

 

「はい、判りました」

 

 凛は桜にそう言うと、顔を洗いに洗面所に行く。士郎はそれを見て驚いたような表情になる。あんまりにも慣れたような会話のやり取りをしているからだ。いつの間にそこまで自然な流れで会話ができるようになったのか。

 

「い、一体、おれが気絶してからどれくらい経ったんだ?」

 

「出来上がったぞ桜君」

 

「あ、はい。今運びますね」

 

 士郎が頭を悩ませていると、今度はいつもの赤い外套を脱ぎ、黒色の私服姿でエプロンを身につけたエミヤが台所から出てくる。

 

「え、えええ!? ちょ、ちょっと! アーチャー師匠!?」

 

「む、どうした衛宮 士郎。起きたというならば、桜君ばかりに任せずお前も手伝え!」

 

 エミヤに叱られた士郎は「は、はい!」と考える時間も質問する暇も無く、台所から朝食を持ってくる。

 

(…これは、一体どうなってるんだ? おれが寝ている間に一体なにがあったんだろう)

 

 疑問ばかり浮かぶが、こうして平和な朝食をしようとしているのだから、今は良しとしよう。

 

「おはようございます。おや、今日の朝食は魚ですか」

 

「! ア、アルトリア」

 

 士郎が朝食を運んでいると、アルトリアまでもが普段着となっている白いシャツと青いスカートを着てやって来る。

 

「おはようございます、シロウ」

 

 そう言って女神のように微笑んでくれるアルトリアはいつもと変わりはない。いや、アルトリアだけではない。ここにいる全員が変わりない。もし、変わったというなら、エミヤがいつの間に馴染んでいたのかくらいだ。

 

(…みんな、戻ったんだろうか。完全にじゃないと思うけど)

 

 少なくとも、ここは平和だと判る。すると、

 

「おっはよ~諸君。今日もいい朝だね~」

 

「あ、おはよう(…こいつもいつも通りだな)」

 

「おっはよ~! よし! 全員揃ったところで! いっただきます!!」

 

 最後の住居人が来たので、士郎達はテーブルを囲み、先ほどまで倒れていた筈の大河を合図に、手を合わせ「いただきます」と食事の時間になる。

 

「はむっがぶっもぐんぐっハフハフんぐっがつはむっおかわり!」

 

「…すんごい勢いで無くなっていく…」

 

 すると、大河が物凄い勢いでテーブルの上にあったものを目に追えない速度で平らげていく。

 

「はははっ、全く、相変わらずだな、あの人は」

 

「ふふっ、藤村先生らしいです」

 

 その様子にエミヤは昔でもあったと言うような、微妙な表情で見、桜はとても微笑ましそうに見ている。

 

「藤村先生もすごいけど、こっちはこっちですごいわね。どんだけ口に詰め込む気よ」

 

「あむっあむっ、ふぃん! ほれをふめこまふふはふわれまふえん!」

 

 大河の食いっぷりに負けず劣らずのアルトリア。これに凛は苦笑いで見ている。

 

「あーもう、何言ってるのか判らないし、口からこぼしてるから黙って食べなさい」

 

(…今度、作るならもっと多く作らなきゃ)

 

 アルトリアの食べている様子を見て、士郎は今度買い物に行くならば買う量を増やそうかと思う。

 

「いや~平和だね~。それにしても、美人はよく食うって聞くけど、あの王様見ていると本当にそうなんじゃないかって思うな。あの虎の姉ちゃんはともかく。あっ、醤油とってくれ士郎」

 

「んっ、ほい醤油」

 

 隣から取ってくれるよう頼まれた士郎は側にあった醤油を渡す。

 

「…お前はそんなに食わないんだな」

 

「んっ? オレか? まあ、そんな食うほうじゃないな〜。あそこまで食事に、こう憧れとか、尊敬とか、そんなもんは無いからな〜」

 

 醤油を大根おろしにかけ、それに魚を付けながら士郎に応える。

 

「あれ? 君いらないの? じゃ、いっただき〜!」

 

「だからってあげねえからな!? これ旨いし! 美味しいし!」

 

 食うほうじゃない、と言う言葉だけを都合よく聞いた大河は目を光らせ、虎の如く獲物(食事)を取らんとする。それにさせるか、と瞬時に茶碗等を持って回避するが、大河はそれで諦めるつもりはない。

 

「おんどるりゃぁぁ!!」

 

「ぬお〜!! なんでこの姉ちゃんから虎の幻影が浮き上がって見えるんだよ!! スタ○ドか!」

 

「コラ! 食事中に騒ぐな!」

 

 居間の中で追いかけっこが始まり、エミヤの側を通った瞬間に二人は引っ捕らえられ、共々叱られる。

 

(…平和、だなぁ。前まであんな戦争していたなんて嘘みたいだ。みんな無事なようだし、アーチャー師匠のこと二人には話していなかったけど、見た感じもう打ち解けているようだな)

 

 士郎は順にここにいる全員を見渡す。エミヤに叱られしょげている大河と次の献立の内容を話している桜とエミヤ、静かに食事を楽しんでいる凛に頰に目一杯詰め込んでいるアルトリア、そして――

 

(…あれ?)

 

 最後の一人だけ名前が浮かばなかった。

 

(あれ? なんでだ、おかしい。あいつとはずっと一緒にいたじゃん。それこそ、あいつはジイさんが死んだ時よりも前からおれの家にずっと居候している…)

 

 そう、彼とは縁があって昔から居候している筈だ。なのだが、何故かその名前が思い出せない。そこで、ふと思った。何故彼のことをよく知っていると思ったのか。彼のことはなにも知らない筈だ。

 

(いや、そもそもあいつは誰だ? おれはあいつを知らない、はず…)

 

 だと言うのに、何故か士郎は何度も見たことがあったような、何度も言葉を交わしたことがあったような感覚があった。と思ったら、何故か今度は彼のことはよく知っている筈だと思えてきた。

 

(あれ? あれ、あれ? アレ? どうなってんだ…)

 

 わけが判らない。そう思った士郎は一度そのもう一人の住人を見る。もう一人の住人はいつの間にか立っており、士郎をジッとなにも感じない視線で見ていた。すると、もう一人の住人が口を嗤うように曲げたと思ったら、

 

「……!!?」

 

 周囲の景色が一瞬にして黒色に消え去った。

 

「なっ…!? なんだよ…! これ…!! さくらねえちゃん、ふじねえちゃん!! りん、アーチャー師匠!! アルトリア!!」

 

「よお。こうして会うのは二回目、だな。ご主人様?」

 

 頭の理解が追いつかぬまま、士郎は話しかけてきた者を見る。

 

「…!! だ、誰だ…お前は…」

 

 士郎の目の前にいるのは、焼けた肌に黒い刺繍が身体全体に施され、黒い髪に赤いバンダナと腰布だけを巻いた士郎を少しだけ成長したような男。

 

「おいおい、オレが誰かなんて今更すぎな気がしないか? あーでも、そもそも存在にすら気づいてなかったようだし仕方ないといえば仕方ないか。よし、そんじゃ、まずは自己紹介といきますか」

 

 男は、押し殺したような声で楽しそうに笑い、悪魔と呼ばれしその名を名乗る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お呼びと聞いて、即参上!! あんたに寄生(宿)させてもらっている最弱英霊アヴェンジャーだ。名前で呼びたきゃ『この世全ての悪(アンリマユ)』とでも呼んでくれ。これからもよろしく頼むぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
イリヤの令呪って3画だけ、なのかな?
後、アーチャーの桜への呼び方これであっていただろうか。







P.S
いよっしゃー!!! 明治維新開幕じゃ〜!! 俺は新撰組応援すっぞー! 沖田〜! 土方〜!


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第十九夜-真相-

ども、ウェズンです。
みなさん維新は頑張っておられますか〜?
では、始まります。


「ハァッ!!」

 

「■■■■ーーー!!!」

 

 アインツベルン城外にて、アルトリアとヘラクレスは激突していた。

 二人が刃を交える度、周囲にある木が何本も根ごと吹き飛んでいき森を更地にしていく。遠くにある山も崩す。最早、二人の戦いは厄災かなにかだ。

 今まで行われたサーヴァント同士の戦いで、これ程までに苛烈を極めることは数少ないだろう。それほどまで規模が桁違いのまさに神話の戦い、彼のインド兄弟の戦いに匹敵するであろう戦いだ。

 

「■■■■■■■ーーーーー!!!」

 

 ヘラクレスの斧剣が横凪ぎに振るわれる。

 

「ぐっ…! おおぉぉ!!!」

 

 アルトリアは避けきるも、振るわれた際の衝撃だけで身体に傷がつく。だが、そんなことには気にしていられず、ヘラクレスの心臓を貫こうと神速ともいえる速さで槍を突き出す。

 二人の戦いはまるで終止符はないと言うかのように止まることはない。どっちかが武器を振るう度、辺りにはクレーターのような巨大な跡がくっきりと付く。

 

「■■■■■■■■ーーーーーー!!」

 

 少し落ち着こうと距離を取っても、逃がさんと言わんばかりに距離を詰めて来る。そして、その勢いのまま斧剣をただ大振りに振る。

 

「ぐっ、うっ…!!(重い…! 抑えられな…!)」

 

 アルトリアは躱せなく足を踏ん張り全力で防ぐが、ヘラクレスの一撃が余りにも重く抑え切れない。ヘラクレスはそのまま斧剣を振り切り、アルトリアを弾丸の如く空へと飛ばす。

 

「うっ、あっ…!」

 

 凄まじい勢いで飛んでおり、アルトリアは空気が圧力となり体勢を立て直すことができずにいる。

 

「■■■■ーーーー!」

 

 ヘラクレスは更に追撃を試み、アルトリアよりも速く跳び上がる。そして、追いついた瞬間、斧剣で地面に叩き落とす。

 アルトリアはそのまま地面に衝突し、隕石が落ちてきたのと似た衝撃波を辺り一帯に起こす。

 

「……………」

 

 砂埃が舞い、晴れて来ると直径約50くらいの隕石でも落ちてきたんじゃないかというほど巨大なクレーターができており、その中央にアルトリアはぐったりと倒れている。

 

「…っ! くっ…!」

 

「■■■■■ーーー!!」

 

 ヘラクレスはその後も確実に殺さんと、すでに死体のような状態のアルトリアに向けて空気を蹴って更に襲いかかって来る。

 

「――!!」

 

「■■■■ーーー!!」

 

 アルトリアはハッとなったように瞬時に動いて避ける。そのままヘラクレスが落ちてきた衝撃により、また舞ってきた砂埃に紛れて少し距離を取ろうとする。だが、そうはさせないと周囲に広く拡散した砂埃を一振りで全て搔き消し、一息にアルトリアまで直球に跳ぶ。

 

「ぐっ、くっ…!!(どうする。このままでは…!)」

 

 戦力差はこの通り一目瞭然、ヘラクレスが有利だ。前回はアルトリアの方が速さが上回りヘラクレスを翻弄できていた。だが、今はどうか、ヘラクレスは令呪で強化されアルトリア以上の速さで以って完全に翻弄している。完全に前回と逆の展開だ。

 アルトリアも傷を付けれていない訳ではない。だが、それはほんのかすり傷のようなもの。致命傷となる傷が無ければ、動きすら鈍らすこともできていない。

 

「■■■ーー」

 

(くっ…! このままでは本当にまずい! …こうなったら、宝具を一気に…いや、更に溜めて解放するしかない)

 

 さすがのアルトリアと言えど、今回ばかりは勝利は難しい。現状も殆ど防御体勢のまま攻め込むことができていない。

 それでいて、今アルトリアの身体には何ヵ所にも小さいとは言えない傷が見える。つまり、完全なじり貧状態というわけだ。

 

「■■■■ーー!!」

 

 この場に士郎はいなく、令呪による応援は期待できない、まさに絶体絶命だ。故に、今の状態で撃てる最大限の宝具解放を行おうとしている。しかし、

 

(だが、それをするには少し時間がかかってしまう。僅かな時間とはいえ、あのバーサーカーがその隙を見逃すとは思えない)

 

 相手がもう少し理性があれば、少し油断させて時間を稼げたかもしれない。だが、相手は理性という理性を捨てきった狂戦士。油断も隙もない。そうなってしまうと、完全に八方塞がりかと思われる。

 

(…いや、今の私ならたとえ完全開放でなくとも…)

 

 だが、諦めるつもりは一切ない。ヘラクレスの猛攻から逃げ惑いながら、槍を握り締め考える。

 士郎からの恩恵を全面的に受けている今でも、多少加減した『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』では致命傷を入れられないどころか、殆どダメージも入らないと思われる。だが、如何に令呪で強化されたヘラクレスといえど、大きく距離を取ることはできるだろう。つまり、限界以上を解放するまでの時間が稼げるということだ。

 

(…よし。これならば…!)

 

 これがうまくいけば、ヘラクレスに決定的な一撃を入れることができる。そう確信した。後は隙を見て解放すればいい。

 アルトリアは逃げ惑うのを止め、ヘラクレスと向き合う。本来ならここで何故向き合ったかと敵は止まるものだが、バーサーカーであるヘラクレスにとってそんなことはどうでもいいことだ。

 

「■■■■■ーーー!!」

 

「くっ…! まだだ。もう少し…!」

 

 アルトリアは槍で軌道を逸らす。

 

「■■■ーーーー!」

 

(もう少しだけ隙があれば…!)

 

 常に隙なく細かい動きと俊敏な動きで斧剣を振り回すヘラクレスになかなか一瞬の隙も見えない。だが、如何に神話の頂点の一つたるヘラクレスでも、狂戦士であるならば必ず隙は生まれるはずだった。

 

「■■! ■■■■■■ーーーーーー!!!」

 

 ヘラクレスは動きが鈍ることもなく、アルトリアに向けて斧剣を確実に仕留めん、と大きく振りかざす。その一撃は構えた瞬間でも一般の人なら体が真っ二つになったような感覚を味あわせる。

 

(―! そこだ!!)

 

 しかし、それが仇となった。大きく振りかざそうとすれば必ずタイムラグというものが僅かに起こる。ほんの僅かな、コンマ一秒にも満たない隙だが、アルトリアが宝具を僅かに解放するには十分な時間だった。

 

「ハアアァァァァァッ!!」

 

 アルトリアは槍を剣のように下段から上段へ振ると同時に溜めた魔力を解放する。

 

「■■■■■ーーーーー!!!」

 

 その高さ約50メートルくらいだろうか。ヘラクレスは大きく吹き飛び、空中浮遊する。

 ヘラクレスは瞬時に体勢を立て直し、アルトリアの方を向き、また空気を蹴って突撃しようとする。しかし、

 

「!!!」

 

 アルトリアは尋常ではない魔力を槍に溜めていた。周囲から光が大量に集まっているが、それは今までの比ではない。アルトリアは『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』に限界以上の魔力を溜め込んでいた。それは、頑丈なバスケットボールが空気の入れ過ぎで破裂しそうなのを無理やり押し留めて更に空気を入れ込むように。

 

「ぐっ…! 『最果てにて(ロンゴ)―――!!」

 

 限界を超えて、さすがに抑え切れなくなった瞬間、アルトリアは槍を引いて構える。槍には今にも溢れ出しそうな光が渦巻いているのが、暗い夜なのも相まってよく見える。

 

「■■…!!」

 

 ヘラクレスは直感した。あの狂化し、令呪でより一層強化され、危機感や警戒といった全神経から出る危険信号が殆ど薄れたヘラクレスでさえ、これはまともに食らえば危険だと直感した。それほど、槍に込めた魔力は尋常ではなかった。

 ヘラクレスは空中で咄嗟に体勢を変えて逃げようとする。だが、すでに時遅し、アルトリアは限界を超えた『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』を放つ寸前だった。

 

「―――輝ける槍(ミニアド)』ーーーーー!!!!」

 

「■■■■■ーーーー!!!」

 

 ヘラクレスは最後の悪あがきというように咆哮し、己を守るように構える。だが、そんなのは全く意味を成さないというように、放たれた光の厄災が、命を射止める嵐が、飲み込んでいく。

 

「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 巨大な光の柱が、暗い夜空を朝のように眩く照らす。いくらヘラクレスと言えど、この一撃は致命傷以上だろうと思われる。

 その夜中に照らされた巨大な光の柱は、遠くにある新都まで見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、アインツベルン城内では急に真っ黒に染まりピクリとも動かなくなった士郎を好機だというようにホムンクルス達が一斉に襲いかかろうとしていた。が、それを易々と許すことを二人はしない。「やらせはせん!!」「やらせるかっての!!」という叫びと共に、二人は士郎を護るように背中と背中の間に置き、それぞれで180度を塞ぐ。

 

(…今の感じからして、最早一刻の猶予もないな。早く、あの宝具を発動させなければ小僧の命が危ない)

 

 エミヤは視線を後ろに少しだけ窺い見てからホムンクルス達に戻す。

 

「…ねえ、アーチャー。今の何かあなたは判る?」

 

 凛は何を思ったのか、構えを解かず背中を向けたままエミヤに聞く。それを聞いてエミヤは思う、凛にしては妙に落ち着いていると。いつもならここで慌ただしくなっていてもおかしくはないのだが。

 

「…! いや、私も判らないな。とにかく、衛宮 士郎は危険な状態だということ以外は」

 

 エミヤは同じく背中を向けたままそれに簡素に応える。エミヤの応えに凛は「そう…」とだけ言って何も話さなくなる。

 

(今のって…)

 

「セラ、今の何?」

 

「…私にも判りません。とにかく、あの子供は危険です。このまま放置しておけばお嬢様の害になる可能性があります。

 様子見もそろそろ頃合いですね。行きますよ、リーゼリット」

 

 イリヤスフィールが何かに気づいている傍でセラがそう言えば、リーゼリットは「うん」と一回頷き、セラと共に士郎達の前に降りる。

 

「…真打の登場と思っていいのかな」

 

「ええ。気をつけることですね。私達は他のホムンクルスと同様にはいけませんよ」

 

 セラは詠唱を始め、リーゼリットはハルバードを低く持って構える。

 

(…どうする。これでは本当にまずい。あの二人が本当に他のホムンクルス以上だというのならば…)

 

 これ以上マスター達を護りながら戦うのは難しいと思われる。特に、士郎は一体何が起こったのか判らず迂闊に触れることもできない。つまり、ここから一時離脱もできない。

 

(くそっ、こんなことならあの時点で引き返すべきだったな)

 

 エミヤは士郎の体調が悪くなった時から引き返すべきだったと後悔している。すると、

 

「…アーチャー。あんたは引き続きホムンクルスの群を頼むわ」

 

 凛がセラとリーゼリット二人の前に出る。

 

「! 凛、何を考えている。まさか、君一人であの二人を相手取る気か。無謀だ。あの二人はこのホムンクルス達の中でもとりわけ強い二人だ。君一人ではとても――」

 

 エミヤは凛を案じてそう言うものの、凛は唇を噛んで、

 

「あーもう!! ゴチャゴチャうっさい!! マスターの命令が素直に聞けないわけ!? 何だったら令呪を使ってでもやらせるわよ!!」

 

 とエミヤを怒鳴り付ける。

 

「なっ…、しかし――」

 

「いい!? 私はこれでも魔術師御三家の跡取りよ! それが、こんなわけのわからないホムンクルスなんかにやられるわけないでしょ!! あんたは士郎を護りながら、そこでマスターの実力ってモンをしっかり見てなさい!!」

 

 凛はそう言ったのち、もう言うことはないのかエミヤの方を振り向くことなく、セラとリーゼリットに立ち会う。

 

「さて、あんた達の相手はこの私よ」

 

「……ふぅ。全く、これだから野蛮な日本は嫌いです。あなた判っているのですか? 先ほどあのアーチャーが言ってた通り、あなた一人で私達を相手にするなど無謀です」

 

 セラは凛を挑発するかのようにあからさまにため息を吐いて誘う。

 

「…ふん。全く、あなた達だって判っているのかしら」

 

「…何がでしょうか」

 

 凛はこの程度エミヤと比べれば全然平気だと挑発を返す。

 

「そんなのなんてね、やってみなきゃ判らないってもんでしょ。それを最初っから決めつけないでくれる?

 あっ、それとも〜、アインツベルンはそうやって自画自賛しないと生きれない種族なのかしら~。わぁ〜、それってなんて浅ましくて哀れな一族なのかしら〜」

 

「…っ! 減らず口を…!」

 

「セラ、気をつけて」

 

 セラが凛のペースに飲まれそうになったところで、リーゼリットがセラに忠告する。

 

「気をつけて…? 何を言っているのです。あの小娘如きに警戒する必要など――」

 

「アイツ、強い」

 

 必要ない、と言いかけたら、リーゼリットは遮り気味に凛を強いと言う。

 

「アイツ、強い。油断、大敵」

 

 リーゼリットは無表情なまま警戒を強める。凛を強者として認めたようだ。

 

(…あのリーゼリットが、警戒している)

 

 本来、リーゼリットには警戒心というものが薄い。それは何も恐れずにイリヤスフィールを護る盾となるために意図的に薄められた感情だ。それが浮き出ているということは、凛は間違いなく二人にとって強敵となりうる、ということだ。

 

「へぇえ? あなた、案外判っているじゃない。ええ、そうよ。私は強い。少なくともあなた達に勝てるくらい」

 

 凛はリーゼリットが言ったことに便乗して挑発めいたことを口走る。

 

「…………」

 

 セラはそれが冗談のように聞こえなかった。なぜなら、あのリーゼリットが警戒するのだから。

 

「…判りました。いえ、判っていませんが、それはもういいです。後は戦闘で拝見させてもらうとしましょう」

 

「ふふ、そうこなくっちゃね」

 

 完全に計画通りだという風に凛は気分がよくなる。

 

「さぁ、行くわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア、アンリ、マユ?」

 

「そーそ、この世全ての悪と書いてアンリマユだ」

 

 からかうように言うこの男は『この世全ての悪(アンリマユ)』と言うようだ。

 士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』がどういったものなのかさっぱりだ。先ほどこの『この世全ての悪(アンリマユ)』は自身を最弱英霊と称した。少なくともただの人間ではないことは判る。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。とにかく、士郎には聞きたいことがいくつもあった。

 

「さーて、簡単な自己紹介が終わったところで、本題に入りたいけど、何から話すべきか…」

 

「お、おい。その前に、ここは一体どこなんだよ!」

 

 その一つとしてここはどこなのか。先ほどまでここは衛宮家の風景を映していたが、それは今や真っ黒、だが暗くはない空間になっている。

 

「ん? ここはお前の精神の中だけど?」

 

 さらりと、ものすごく当然と言うように『この世全ての悪(アンリマユ)』は応える。

 

「え…お、おう」

 

「んーそうだな。お前もまだ混乱気味だし、ここはいっちょお前の質問に答えますか。そんじゃ、どんどん聞いてくれ。ここでのことならお前よりも判っているからな」

 

 先ほどの質問があまりにも簡素なものだったので、士郎は少し動揺しているが、質問の許可が出たので早速色々聞いてみる。

 

「だ、だったらさ、お前はおれに寄生しているって言ってたよな。それって、一体どういうことなんだ」

 

「ん? どうも何も、オレはあんたの体の中で生きているってだけだけど〜」

 

 士郎が真剣に聞いているのに対し、『この世全ての悪(アンリマユ)』はおちゃらけたように応える。そのためか士郎はイラつき声を荒げ、

 

「そうじゃない! お前はいつからおれの体に入ってたんだよってことだ!」

 

 そう怒鳴り散らすように叫ぶ。

 

「なんだ、そんなことかよ。それなら最初っからそう言ってくれ。で、オレをいつ宿したって話だな? なんなら答えは簡単。十年前、お前が生まれて間もない時期だ」

 

 士郎は驚き瞳を震わせる。一体何故、どうやって士郎の中に入って行ったのか。疑問はまだ尽きそうにない。

 

「ん? どうやって入ったのかって? それを話すならちょいと昔話をしないとな。

 今から十年前、お前が住んでいる所、冬木でとある大火災が起こったのをお前は知っているか?」

 

「十年前、大火災…」

 

 10歳である士郎に十年前の出来事を聞いたところで記憶に残っているはずがない。だが、大火災と聞いて士郎はあの夢の光景を思い出す。

 

「…ふーん。どうも断片的にって感じだな。まあいいや。話を進めるけど、その大火災はとある泥が聖杯から流れ出たことで起こり、何百人ものの命を奪っていったんだ。これは生存者は誰もいないだろうって思っていた。

 だが、いたんだなあそれが。んで、ここまで言えば判ると思うが、その生存者ってのが、お前だ」

 

 ビシッと黒い刺繍を施された指を士郎に向ける。

 士郎はあの大火災が聖杯によるものだということに驚くのと同時に理解した。何故自分はあんな光景を夢で見ていたのか、エミヤの心象風景にそれを連想させるものがあったのか。

 あれらは全て自身の身の回りで起こった出来事だったのだ。

 

「で、ここからが本題。お前はあの時、本当の母親にせめてこの子だけでもって護られて生き残ったんだが、それでも多少怪我はしていたんだよ。それはほんのかすり傷だったから命に別状はなかったんだけどな。

 それでだ、そのかすり傷は泥によるものでな。その際にオレはお前に入り込んだ。つまり、オレの入り口は今も残っているその頰の傷跡だ」

 

 そう言われ士郎は反射的に自分の頰を触る。少し凸凹とした感触がする。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』はその様子を見て全体的に黒い身体から唯一白い部位である歯を悪戯小僧のような笑顔で見せる。

 

「…それにしても、本当なら今頃お前は死んでいるはずだったんだよなぁ」

 

「…え? えぇっ!? それどういうことだよ!!?」

 

 とそこで『この世全ての悪(アンリマユ)』はふと思い出したようにそんなことを呟く。その内容に士郎は驚かずにいられない。もし本当にとっくの昔から死ぬはずだったのならば、何故今生きていられるのか。

 

「そう! そこなんだよな〜。お前はさ、この時人生最大の幸運とも呼べる出来事に遭遇したんだ。だから生きていられる」

 

 少しだけ笑いながら面白おかしく、両手の指で士郎を指す。

 

「その幸運ってのが、お前の親父さんだ。

 お前はあの親父さんに拾われたのがとんでもなく幸運だったんだよ。それこそ、二度にわたってな」

 

「ジ、ジイさん、が…?」

 

 そこで何故衛宮 切嗣が出てくるのか。『この世全ての悪(アンリマユ)』が言うには、さらなる幸運も切嗣がいたからだと言う。

 

「まあ、正確に言うなら、あの親父さんがとある聖遺物を持っていたっていうのが幸運なんだがな。

 とにかく、お前はあの親父さんにその聖遺物を入れられたことによって延命できたんだよ。まあ、本人は自覚なしだけどな」

 

「せ、聖遺物をおれに、入れた…」

 

 士郎は自分の胸辺りを触る。この身体のどこかに切嗣が入れた聖遺物があるのだろう。

 

「っと、ちょいと与太話もしちまったけど、これがオレがお前に入ってこれた理由だ。他にも聞きたいことは?」

 

「……さっきお前はおれが死ぬはずだったって言ってたよな。それってなんでだ?」

 

 他にと言われ、士郎は少し考えてからあまり聞きたくないと思いながらも興味本意に聞く。

 

「あー、それはな、本来オレは一種の呪いなのよ。それもとりわけ強力のな。お前に入ったのはそのほんの一部だったけど、それでも強力な呪いに変わりない。

 から、お前の当時の身体の大きさから考えて、後どれだけ生きようとも数ヶ月が限度だったな。それを過ぎれば、お前と言う養分を得て成長したオレが容赦なくお前を内側から全部食いちぎり、結果オレの一部になっていた。ってな感じだ」

 

 士郎は体から生気が抜けるような感じがした。悍ましすぎるのだ。下手したらとっくの昔から死んで、また周囲に呪いを振りまくところだったのだから。

 

「ケケッ。いい顔するね〜。そんな顔してくれたんなら話した甲斐があったってもんだよ」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は愉快そうに笑う。イラつくがそれに怒る気力すら湧かない。

 そこで、ふと指を指している『この世全ての悪(アンリマユ)』を見ていると気になったことがあった。

 

「そういえば、さっきお前はおれに聖遺物が入っているって言っていたよな。その聖遺物ってなんなんだ?」

 

 それは聖遺物の話だ。士郎に聖遺物が入っているとは言っても、その聖遺物とはなんなのか。

 そう聞くと『この世全ての悪(アンリマユ)』はここで初めて顎に手を当てて「ふむ」と考える素振りを見せる。

 

「ん〜、それか〜。教えたいところだけど、ちょっと、それはいけないというか。まあ、今は教えらんない」

 

「な、なんでだよ。ここまで教えてくれたんなら最後まで教えてくれよ」

 

 今まで気軽に教えてくれたと言うのに、唐突に教えてくれなくなる。これは一体どう言うことなのか。

 

「いや〜、こっちにも事情ってものがあるんだよね〜。悲しきかな、オレはこっち側である以上、そのことについては教えられなんないんだ。ごめんな。

 ま、とにかくその聖遺物がお前を護っているってことさえ理解できてりゃ大丈夫だ」

 

「…"こっち側"?」

 

 彼の言うこっち側とはどう言う意味なのか。士郎は首を傾げる。

 

「…なあ、ちょっと聞きたいんだけど、お前はおれの敵、なのか?」

 

 士郎はここへきて今更なことを聞く。そうだ、今こうして普通に話しているが、そもそも彼は味方なのか敵なのか。

 

「ん? オレがお前の味方か敵かってか? そりゃ、オレは―――」

 

 士郎は身構える。彼がなんて応えるかおおよそ想像できるからだ。そして、その通りだとすれば士郎は彼を倒さねばならなくなる。手を出し、いつでも投影できるようにしていると、

 

「―――お前の味方だよ」

 

 と完全に予想外な答が返ってきて、士郎は呆気にとられる。

 

「…え?」

 

「プッハハハッ! お前、オレが敵だって言うと思っていたのに、実際は違ったから唖然としているって感じだろ。クククッ」

 

 一体何がそこまで面白いのか。『この世全ての悪(アンリマユ)』は腹を抱えて笑う。

 

「ふぅ。んで、こんなオレが言うのもなんだけどお前の味方ってのは確かだぜ。

 なんでか、ってのは、単純にオレは人間が好きだからさ。おっかしいよな〜。オレはこの世の悪なんて言われているのにその実態は人間大好きマン。歪んでるって思わねえ? ま、どうでもいいんだけどな」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』はやれやれ、とでも言うかのように手振り身振りしている。

 士郎は何が何だか判らなくなってきており、何も言葉を発せれない。だが、彼が士郎の味方となると少し気になるところがある。

 

「ま、待てよ。それじゃさっき言ってたこっち側っていうのはなんだったんだよ」

 

「あー、えっとな、オレはお前の味方ではあるんだけど、敵でもあったりするんだ。

 よし、この話さえできたならこれでようやくこっち側の本題に入れるな」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』はそう言うと、早速その本題というのを話す。

 

「えー、まずオレの目的から話そう。今回のオレの目的、それは衛宮 士郎、お前を殺すことだ」

 

「………」

 

 士郎は驚かない。先ほど敵でもあると聞いた瞬間から嫌な予感はしていたからだ。そして、それは見事に的中した。

 

「おろ? あんまり驚かないんだな。つまんねえな。ま、それはそれで話しやすいからいいけど。

 んで、多分理由も気になっているだろうから教えるけど、オレはとある奴からもうお前は不要だから始末しろって言われてね。オレはそいつにゃ逆らえないのよ」

 

 士郎はそこで少し反応を見せる。彼の言ったとある奴というのが気になったのだ。

 

「そのとある奴って、誰のことだ」

 

「あー、えーっと。それ話するならまず、オレらはどういうものかってのを知らないとな」

 

 どうも、この『この世全ての悪(アンリマユ)』はただの最弱英霊というわけではないようだ。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は話すのに疲れていたのか、一呼吸置いて話し出す。

 

「オレらはな、ハッキリ判りやすく言えば、『聖杯』その中身なんだ」

 

「…!? な、なんだって!!?」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』が言ったことの衝撃はとても大きかった。もし彼の言った通りなら士郎の体には聖杯が宿っていることになる。

 確かに、そう言われれば納得だ。士郎の魔力が桁外れだったのはここが起因していたのだろう。聖杯の中身、つまりは聖杯の魔力を宿していれば桁外れな魔力になるのは間違いない。

 そして、今まで士郎の投影魔術を行使する際にイメージが全く必要なかったのも、全ての英雄を記録している聖杯を体に宿していたからだったのだ。つまり、設計図がすでにインプットされている状態というわけだ。

 

「と言っても、正確にいうならその一部なんだけどね。

 それでも、オレらはずっとお前の中に居座り、徐々に成長していったことにより膨大なものになったんだ。ンなもんだから、実質お前は人型聖杯のようなもんだ」

 

 士郎はすでに満ちた状態の聖杯だという。そうなるとだ、もし『この世全ての悪(アンリマユ)』の言うことが全て真実ならば、

 

「そ、それってつまり…」

 

「うん。ぶっちゃけ、今回の聖杯戦争の意味って何も無いんだよね。

 だって、お前の中で聖杯に必要な魔力は出来上がってんだもん」

 

 そういうことになってしまう。士郎達は聖杯など求めていないからいいものの、血眼になってまで欲しがっている人からすれば今までの戦いはなんだったのかと悲観に暮れそうだ。

 

「だから、お前を聖杯に捧げれば聖杯は起動する。というか、そんなことしなくともお前が望めば自身の魔力を消費する代わりに願いが叶うんだよね。まあ、ある意味ドラ◯もんだな」

 

 など冗談のように言うが、あながち間違ってないのではと思われる。

 

「んで、お前の気になったとある奴がその聖杯のことだ。

 それじゃ、お前もさっさと見切りつけてオレを倒した方がいいぞ。今もこうしている内にお前さんの仲間は戦っているだろうし、あいつのことだ、きっとロクでも無いことをしようとしているだろうよ」

 

「…? ロクでも無いこと?」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の言うあいつとは聖杯のことなのだろう。彼はその聖杯が何かをしでかすと言っているようなのだが、それは一体…。

 

「ああ。お前は不要だってあいつに言われたことは判るな」

 

 一応の確認として聞けば士郎は頷く。それを見た『この世全ての悪(アンリマユ)』は話始める。

 

「あいつはさ、今までお前を完全な聖杯として自分の物にしようとしていたんだよな。だけど、あいつはそれを諦めたんだ。なんでかってのは今度な。

 とにかく、お前を諦めたあいつは帰ろうとしているんだよ」

 

「帰ろうとしている? どこに?」

 

 聖杯は士郎を諦め、帰ろうとしていた。そして、その帰る場所とは、

 

「そりゃ、聖杯の中身が帰るってんなら決まってる。聖杯にだ」

 

 士郎はなるほどと思ったが、一つ不可解な部分がある。それは聖杯がどこにあるのか、だ。

 

「それがあるんだなあ。まあ、正確に言うなら聖杯を宿したやつがな」

 

「!? せ、聖杯を宿してる…!?」

 

 士郎はそれを聞き心底驚く。まさか、聖杯が誰かに宿っていたなど思いもしなかったのだ。

 

「んで、その聖杯を宿しているやつってのが、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。お前らが今戦っている相手だ」

 

 それを聞いてさらに驚く。だが、そこで『この世全ての悪(アンリマユ)』はさらに驚愕せざるを得ない事を言ってくる。

 

「あいつってさ、一度目的の物が見つかると目にも止まらない速さで食らいつこうとするからな〜。早くどうにかしないと一気にあの嬢ちゃんを食っちまうだろうよ。

 んで、戻った時、呪われた聖杯はあの大火災よりも酷い、それこそ60億人を呪うだろうな」

 

「……!!!」

 

 60億人。つまり、全世界を飲み込む厄災になるということだ。

 士郎はそれを聞いて、もうこんなことをしている場合じゃ無いと思った。一刻も早くこの聖杯達をどうにかしなければ。

 

「…なあ、最後に一つだけいいか」

 

「何なりと。これが最期になるかもしれないからな。お互いに」

 

 士郎は最後にこれだけ聞いて終わろうと思う。

 

「おれは、お前を倒したとしてもおれはどうすればいい?」

 

「ん? オレを倒した後? どうしたいっても、お前はどうしたいんだ?」

 

「…そんなの決まってる。お前らをおれの中から引きずり出したい」

 

 士郎は決意がこもった目を『この世全ての悪(アンリマユ)』に向ける。

 

「…なるほどな。お前はオレ達と決別したいと。ま、確かにそうだよな。けど、残念ながらそれは無理だ」

 

 士郎はそう言われると「なんでだ」と眉間にシワを寄せて睨む。

 

「まあ待て。まず言わせてもらうけど、オレ達はすでにお前の魂の領域まで結びついちまってな。剥がそうものなら、お前も死ぬことになるんだ」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』達はすでに士郎の身体に住み(寄生し)始めてすでに十年。魂と結合するには十分すぎる時間だった。故に、彼らを引き抜くことはすなわち死を意味する。

 

「と言っても、絶望しなくてもいいぜ。なんせ、別の解決策があるからな」

 

「…! 別の解決策?」

 

「そ。さっきお前には聖遺物があるって言ったな。あれを完全発動すれば、オレらと言う害となる部分だけ消えて本来の物だけが残る。つまり、お前は解放される」

 

 その方法とは、先ほど『この世全ての悪(アンリマユ)』が言っていた士郎の中にある聖遺物。それは今も発動しているが、まだ完全に発動してはおらず、外側だけができた重要な部品がないロボットのようなものだと言う。ならば、それを完成させてしまえば士郎は助かるということだ。

 

「…判った。けど、それっておれでもできるのか?」

 

「その辺に関しては問題ない。確かにあれを完全に発動させるにはその所有者本人の魔力が必要だ。けど、さっき言ったようにここには聖杯がある。全ての英霊の記録と魔力がな」

 

「…そっか。判ったもういいよ。ここまで話してくれてありがとうな。お前がおれの味方なのは本当なんだな」

 

 聞きたいことは全て聞けた。ならば、後は言われたように『この世全ての悪(アンリマユ)』と戦い、その聖遺物を発動させなければいけない。

 

「どういたしまして。そんじゃ、始めようか! お前の身体を賭けた戦いを――よッ!」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は奇形な短剣を二本出して襲いかかり、士郎は投影魔術で『干将・莫耶』を投影する。

 

「うおおおおっ!!」

 

 今、正義の味方とこの世の悪がぶつかり合う刻が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
今回は士郎とアンリの話が難しく少しわからなかった部分があったかもしれません。もしわかりずらいところやわけわからんというところがあった場合は遠慮なく聞いてください。できる限りお答えしたいと思います。


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第二十夜ー異変とその戦いー

ども、しばらくぶりな気がするウェズンです。
さてはて、コラボが始まり皆さんガチャに勤しんでいるであろうこの頃、少しお知らせがあります。
それはですね、今後の小説書きなのですが、今現在こちらはかなり忙しくなりまして、更新期間をかなり大幅に空けることになりました。(具体的には一ヶ月間か半年)
今までこの小説を読んでくださった方々には申し訳ありませんが、どうか気長に付き合ってくだされば嬉しいです。
では以上、始まります。


 『この世全ての悪(アンリマユ)』に幻覚を見せられ、彼から様々な真実を聞いた士郎は最終的に敵となった彼を倒し、自身の中に未だ目覚めきっていない聖遺物を覚醒させようと奮闘する。

 その頃、アインツベルン城にて、イリヤスフィールは凛達の戦いを階段の上から観ていた。

 

(…リンはセラとリズに任せておいていいわね)

 

 イリヤスフィールから見て凛は劣勢状態のようであった。一対二だからというのもあるのだろうが、それでもセラとリーゼリットのどちらかだけでも相手にするには苦戦を強いられただろうと思われる。

 

「…………」

 

 それだけ確認できたイリヤスフィールは視線の先を移す。じっと見ているその赤い瞳が一瞬動揺するように揺れる。

 イリヤスフィールがそんな目で見ているのは、エミヤとホムンクルス達。現在エミヤはゆっくりとではあるが確実にホムンクルス達を減らしていっている。自身に傷が付くことなく、士郎にも誰一人近づけさせていない。

 さすがは英霊だ。たとえ下級英霊でも、その力は人智には及ばないということがこの戦いでよく判る。

 

「…っ」

 

 また一人体を真っ二つに斬られ死んだ。

 イリヤスフィールは目を背けたい想いに駆られるが、リーダーたる自分が背けるわけにはいかない。

 それが、彼女達を戦わせている自身の、イリヤスフィールの責任、罪、罰だ。

 

「…お母、様」

 

 頭を抱え、今にもこぼれそうなくらいの涙を目に浮かべ、藁にもすがる思いで自身の母を呼ぶ。助けて、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぇい!!」

 

 凛は八極拳でもって、リーゼリットを攻め立てる。

 リーゼリットはハルバードで自身を護ってばかりで攻めに入れない。それだけ凛の猛攻が激しいのだ。

 

「ほっ!」

 

 だが、だからといってそのままやられっぱなしとはいかない。リーゼリットも隙が見えた瞬間に空気を穿つ勢いでハルバードを振るう。

 

「くっ、なんのっ」

 

 凛はとっさに身を引いて避ける。しかし、多少掠めたのか腹部辺りの服が斬れ、血が少しだけ滴る。少し痛むがその程度の切り傷など気にしていられない。

 凛はもう一度猛攻を仕掛けようとする。だが、

 

「!」

 

 白い針金のような物でできた刃が横から飛んでくる。凛は素早く回避し出所を確かめると、そこにはセラがいた。

 やはりというか、セラの魔術はイリヤスフィールと同じ魔術だ。髪を一本抜き、それを変形させている。

 セラは凛がリーゼリットに気を取られている間、いくつもの針金細工を作っていた。何本ものの刃がセラを中心に宙に待機している。

 

「まだいきますよ」

 

 セラのその一言と共に休み無く凛に襲いかかる。

 凛はそれに小さな宝石を魔弾に変換して応戦しようとしているが、弾かれるばかりでまるで歯が立たない。

 

「その程度ではただ無駄に無くすだけですよ」

 

「くっ…!」

 

 悔しいがセラの言う通りである。これでも凛は強めの宝石魔術を使用しているのだが、その尽くが針金細工に弾かれてしまっている。そして、

 

「えいっ」

 

「―! チッ!」

 

 動きが止まった瞬間を狙い済ましたようにリーゼリットのハルバードが襲ってきて、床を砕く。

 

「はぁ、はぁ、はぁ(この二人、本当に強いわね。このままじゃやられる…!)」

 

 凛は今もっている宝石を確かめて思考を巡らす。

 

(…これだけあれば、あれが出来るか。っていっても、その前に勘づかれたら終わり。絶好のチャンスでやらないと…!)

 

 体に緊張が走る。瞬時に頭の中で作戦を立てたはいいが、それをするだけの隙ががあまり無いのを考えて慎重に行わなければいけない。さもなくば、二人を倒す勝機はほぼ無くなるだろう。

 

(アーチャーにあんだけ大口叩いたんだから、絶対に倒さないとね!)

 

 エミヤに向けて放った言葉を思いだし、もう一度気合いを入れ直して二人と対峙する。

 

(…チャンスはそんなにない。なるべく一発勝負でいきたいところよね)

 

 凛は頭の中で作戦内容を繰返し、緊張する手で宝石をいくつか取り出した。

 勝負はこれで決せられると思われる。これがうまくいけば凛の勝利となり、失敗すれば敗北だ。そして、ここで敗北することはすなわち死を意味する。それは両者重々承知していることであり、暗黙の了解ともいえる命を賭けた戦いの鉄則だ。

 

(…って、まてまて、優雅たれ優雅たれ、焦ってはいけない。

 …ふう。さーて、そんなにないとはいったけど、実質一度きり。

 ――失敗は許されない。誰がじゃなくて、ここまで啖呵切った自分が何より許さない)

 

 少し焦りぎみなのに気づいた凛は一旦落ち着くことに努める。それが終われば、お互い構え、目の前の敵を見据えて――

 

「――さあ、行くわよッ!!」

 

 動き出す――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その瞬間、思わぬことが起こった。

 

「―――っ!! な、なにっ!?」

 

 突然、城内一帯に爆風が舞った。それも、その発生源は士郎からだ。

 凛は突然のことに驚くが、凛が驚いているのはそれだけではない。この爆風が起こった瞬間から莫大な魔力が感じられたのだ。それも、この城と周囲の森を巻き込まんとするほどの。

 

「…!!? なんですか、この魔力…! …ッ!!」

 

 セラは莫大過ぎる魔力を感じとり、顔を動揺で歪める。

 

「キャアアァッ!!」

 

「お嬢様!!」

 

 その爆風に、体が軽いイリヤスフィールは耐えきれず、かなり距離があるのにも関わらず体が浮いて飛んでいってしまう。

 セラとリーゼリットはイリヤスフィールの無事を確認するためにその下へ駆けつける。

 

「ちょ、ちょっと!! 一体何が起ころうとしているの!!?」

 

 凛は腕で顔を覆って踏ん張っているが、距離も近いこともあってか、体が浮きそうになる。

 

「…っ、キャア‼」

 

「――凛!!」

 

 ついに体が浮いてしまったが、ホムンクルス達と戦いを止めたエミヤが駆けつけてくれたことにより助かる。

 

「ぐぅっ!」

 

 エミヤは凛をしっかりと抱え、その場に剣を突き刺して止まる。

 しばらく暴風は続き、周囲にいたホムンクルス達を散らばっている瓦礫共々吹き飛ばしていく。そして、壁に衝突すると、瓦礫は更に砕け散り、ホムンクルスは血を撒き散らす。

 収まる頃には周囲にいたホムンクルス達の全てが死に、残っているのは凛とエミヤ、イリヤスフィール達、そして爆風を起こしても未だに黒く染まったままの士郎だけだった。

 

「い、一体、何が…」

 

「判らん。が、今小僧には近づかん方がいい」

 

 エミヤは凛を抱えるのを止めずに突き刺していた剣を構えて警戒する。イリヤスフィール達も同様に、セラがイリヤスフィールを抱えてリーゼリットがハルバードを握りしめて構える。

 嫌な空気が流れてきた。周囲に変化は起こってないが、それが逆に不気味に感じるほど静まり返っている。まるで、嵐の予兆みたいな静寂だった。

 

「…………」

 

 この場にいる全員が士郎を最大限に警戒する。あれだけのことが起こって何もないと思っている人がいないのだ。

 誰かが緊張で息を飲む。すると、

 

「……ッ!!!」

 

 士郎はなんの前触れもなく急に起き上がった。まるでマリオネットに吊るされるように。

 それに呼応するように全員が体を震わせ、余計に警戒心を高める。

 

「Aaaa…」

 

 そして、士郎は少しだけ唸っているような声を出すと、人形のように首だけを動かして一方向を見据える。その視線の先には、イリヤスフィールがいた。

 

「GaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

 その瞬間、士郎は急に地響きにも似た雄叫びを発した途端、とんでもない跳躍力でイリヤスフィールの下まで弾丸の如く飛び込んでいく。

 

「…ッ!!」

 

 セラはとっさにイリヤスフィールを護るように抱きしめ目を閉じる。

 士郎はそんなセラなど御構い無しに丸ごとイリヤスフィールに襲いかかるかと思われたが、

 

「やらせない」

 

 この中で唯一冷静なリーゼリットの声と共にハルバードが士郎の体を腰から上下に別れるように切り裂く。

 

「――士郎!!」

 

 突然のことで凛、それとエミヤは言葉を失っていたが、士郎が切り裂かれたのにはっとなって叫ぶ。

 

「……………」

 

 上半身と下半身が断たれた士郎はそのまま勢いをなくし、悲鳴もあげずに倒れる。体の中から赤黒い血と思われる泥のようなものが滝のように流れ出ている。

 これは死んだと思われた。否、誰しもが死んだと思っただろう。これで生きていたら不死身だと思わざるを得ない。だが、

 

「GaaaAA…! GaaaaaaaaAAAAAAAA!!!!」

 

「……!!!」

 

 一瞬痙攣のような動きが見えたと思ったら、瞬時に体が泥のようにくっつき復活する。

 復活した士郎は間髪入れずに再びイリヤスフィールめがけて襲いかかるが、

 

「えいっ」

 

 またもやリーゼリットに阻まれ、今度はハルバードの柄で遠くに飛ばされる。

 

「Ga…! GaaaaaaaAAAAAAA…」

 

 空中で体勢を直して床に着地し、またイリヤスフィールを一直線に直視する。

 

「Aaaa…Aaaaaaa…。…s、せ、いhaiぃ…!」

 

「…!!」

 

 イリヤスフィールは士郎の言ったことに僅かに体を震わせる。今士郎は間違いなく"聖杯"と言った。つまり、イリヤスフィールの中にある聖杯が目的ということだ。

 

「なん、なの…」

 

 呟くように、士郎だったようなそれに問いかける。だが、返ってくる応えは唸り声だけで何を言っているのか全くわからない。

 

「応えなさい…! あなたは一体、何がしたいのよ!!!」

 

「GaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 イリヤスフィールの叫びを掻き消すかのように吠えた士郎は目を紅く煌めかせ、手を床に付けて獣のような構えをとる。

 そして、そのまま獣の如く襲いかかった士郎をリーゼリットが阻む。士郎はリーゼリットが邪魔だと認識したのか、先に倒そうとする。しかし、いくら姿が変わろうとも、ホムンクルスの中でも強いリーゼリットを圧倒できる筈もなく一方的にやられてばかりいる。が、傷ができたそばから瞬時に治るためリーゼリットも決定打をいれられない。

 

「Gaaa…」

 

 奈落の底から放つような呻き声、これを見たら百人中百人が異常だと思える士郎の変化。この場にいる全員が…否、数名以外は士郎の身に何が起こったのか理解できてない。

 

「…凛、小僧を止めるぞ」

 

 そんな中、冷静になったエミヤが動き出す。

 

「…! ちょっと。止めるって言っても、そもそも私何が起こっているのかさっぱりでどうしようもないんだけど」

 

 凛も比較的落ち着いているように見受けるが、目からは動揺が隠しきれていない。

 

「とはいえ、あのまま放置しておくわけにもいくまい。君はサポートを頼む。アレは私が対処しよう。幸い、あの状態でも身体能力に変わりはないようだからな」

 

 振り向かず、淡々と凛に指示する。凛はそれを聞いて目を怒らすように鋭くなる。

 

「…アーチャー、あなた何か知ってるわね」

 

 エミヤの体がピタリと静止する。まるで何かいけないものを見てしまったように。

 

「…何故そう思うのかね」

 

 それでも冷静さは失わずに質問する。

 

「あまり私をなめないで。あなた、なんでこんな状況なのに冷静でいられるのよ。

 それだけじゃないわ。あんた今対処するって言ってたわね。それってつまり、その方法を知っているってこと…なんで士郎があんなことになったのか知っているってことよね」

 

「…………」

 

 エミヤは背中を向けたまま応えない。それは、肯定しているも同然だった。

 

「…アーチャー、あれは一体なんなのよ…! どうして士郎はあんなことになっちゃったのよ…!!」

 

「………すまないが、今は教えられん。どうしても口を割りたいのであれば令呪で聞くがいい」

 

 凛の焦り声が聞こえてきた。だが、それでもエミヤは頑なに話そうとしない。令呪を使えというのも凛のプライドがそれを許さないということを判っておきながら言ったことだ。

 

「なんでよ…! あんた、まさか私が足手まといだとでも言いたいわけ…!?」

 

 言葉に怒気までが滲んできた。それでも何も話すつもりはないのか、依然として態度を変えるつもりはないようだ。だが、凛も何か言うまで待つつもりなのかエミヤの背中を睨んだまま視線を離そうとしない。

 エミヤはこれは何か言わねばならないなと一瞬だけ逡巡したのち、口を少しの間だけ開く。

 

「凛が信用できない、実力がないということはない。ただ、これを知るには君はまだ早い。

 …すまない。これは、我がマスターへのせめての恩情だ。それだけは判ってくれ」

 

「………そう。判ったわ」

 

 それだけで会話を切った凛はエミヤのいうように士郎を止めるため、宝石を取り出して構える。

 一応は理解してくれたということなのだろうが、これはエミヤへの信頼あってのことだろうと思われる。

 

「それじゃ、その対処法だけでも教えなさいよ。私にできることは最大限やるから」

 

「ああ…(すまない、凛。だが、君もいずれ知ることになるだろう)」

 

 エミヤは心の中で凛に謝り、剣を構える。

 

(今頃小僧の中では何が起こっているだろうか。早くアレを発動させねば、ここにいるもの全てが絶滅するぞ)

 

 士郎自身があの姿から戻るのを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「が…っ!!」

 

「ほーれほーれ、オレなんかに負けてどうすん、だッ!」

 

 士郎と『この世全ての悪(アンリマユ)』が戦い始めて十数分。意外にも士郎は苦戦を強いられていた。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の腕力はエミヤの筋力を投影してそのままの士郎と比べれば大分弱い。士郎の筋力をもってすれば赤子の手を捻るようなもの。だが、『この世全ての悪(アンリマユ)』の持つ短剣、あれが厄介だ。

 彼のもつ奇形な刃がついた短剣、『右歯噛咬(ザリチェ)』と『左歯噛咬(タルウィ)』。これにはソードブレイカーの性能があるらしく、筋力の関係上壊すことはできないものの、士郎の剣を絡め取りいなすことはできる。故に、士郎は思うように剣を振れないのだ。

 

「く、くそっ」

 

「ケケッ。いいぜ。もっと来いよ。オレから行くのめんどいから」

 

 士郎はもう一度剣を握りしめて飛びかかる。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は襲いかかってくる士郎の剣に自分の剣を当てて、クルリと刃の方向を逸らす。士郎からすると幽霊を斬ったのではと思わせるほど自然体に逸らされ、そのまま前のめりになったまま一瞬だけ放心する。

 そして、その隙に『この世全ての悪(アンリマユ)』は短剣を首めがけて振り下ろす。

 

「―!」

 

 ハッとなって跳びのき避ける。

 

「ハハッ。いいじゃねえか。さすがあのアーチャー相手にあそこまで戦えただけあるよ。こりゃ、最弱なオレには辛い仕事だな」

 

「…随分と余裕じゃねえか。おれに勝てるのかよ、そんなので」

 

「ん〜? ああまあ、どうだろうな」

 

 挑発するように煽るが、『この世全ての悪(アンリマユ)』は少しだけ唸っただけで乗ることもなく変に意地を張る様子も「うわっ!」ない。

 士郎はこうして戦っている時も態度を一切変えない彼を見て判ることがある。『この世全ての悪(アンリマユ)』、彼はまるで殺す気がないのだ。それは手を抜いているとか、人間が好きだからとかではなく、単純に面倒くさいのだろう。言動からもそれが滲み出ている。

 

「ま、でもこうして今有利なんだから勝てないことはないだろ、多分。ほれ、判ったらさっさとかかって来い」

 

 油断しているようで一切の油断もしていない『この世全ての悪(アンリマユ)』に士郎はどう戦うか悩む。

 

(…どうする。あいつは本当に大して強くない。けど、あの剣じゃおれの剣は通用しない)

 

 これでは負けることはなくとも、勝つこともできない。それはまずい話だ。一刻の猶予もない中、士郎は聖遺物を完全発動させなければいけない。さもなくば、表に出て来ようとしている聖杯がイリヤスフィールに宿る聖杯を奪わんとするからだ。

 

(考えろ…! 考えるんだ…! おれができることであいつに勝つ方法…)

 

 相手はこちらの攻撃を絡め取る。闇雲に突撃したとしても無駄だろう。 そう、剣をただ普通に使うだけでは。

 

(…! そうだ。剣を振ってダメなら、剣を飛ばすのはどうだ)

 

 エミヤと戦っていた時、最後の方で彼は剣を宙に投影して飛ばしていた。それができれば勝てるのではと思う。

 士郎は早速今持っている剣を消して集中する。

 

「お…?」

 

 投影する場所に複数の線を集めるようにイメージし、象り、そこへ魔力を置く。そして、

 

投影(トレース)開始(オン)!!」

 

 その一言を発した瞬間、宙に何本もの剣がまばらに投影される。

 

「はっはー、あのアーチャーがやっていた戦法だな? なるほど、確かにそれじゃオレの剣は通用しないな。お前がどれだけ早く飛ばせるか判らないけど、アイツ並みに剣を次々と飛ばせば、いくら絡め取ろうにもその間に着弾する」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は余裕なのか何も考えていないのか、ただ冷静に分析しているだけで焦りを一切見せない。

 士郎は投影した剣達の切っ先を『この世全ての悪(アンリマユ)』に向けるように動かす。

 

(よし…ここまでなら大丈夫だ。後は狙いを定めて…!)

 

「いい考えだ。伊達に正義の味方を目指してないな。これはオレも死ぬかも、なッ」

 

 そう無駄話をしている間にも、士郎は手を振りかざし剣を飛ばしてくる。

 

「……!!」

 

「おっとぉ! やっぱな、さすがにアイツほど速くは飛ばせねえか。そんな速さじゃ当たるもんも当たらねえぜ」

 

「ぐっ…! 投影(トレース)開始(オン)…!」

 

 だが、士郎が飛ばした剣はエミヤと比べたらかなり遅い。まだ慣れていない上にハッキリと飛ばすイメージができていないからだろう。そんな速度では簡単に避けられてしまう。

 

(くそっ、ダメだ。もっと速く、もっともっと…!)

 

 エミヤと戦った時を思い出し、士郎はもう一度剣を飛ばす。

 

「おっ、少しは速くなったじゃん!」

 

 それでも、まだ避けられる。士郎は休む暇もなく「投影(トレース)開始(オン)」と剣を出し続ける。

 

「ぬおっと! これはさすがに受けてばかりでいられなくなったな」

 

 そう言うと同時に、『この世全ての悪(アンリマユ)』は反撃を開始する。

 

「そーらよっと!」

 

 振りかざしてきた剣を士郎も瞬時に投影した剣で防ぐ。だが、

 

「ほれ」

 

「うわっ!」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は剣を横に引っ張りあげる。すると、士郎は腰から糸で引っ張られるような感覚とともに横へ倒れてしまう。

 

「そら、もういっちょ!」

 

「! させるか!」

 

 倒れた士郎に容赦なく剣を振るうも、士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』の横にとっさに剣を投影して飛ばす。

 

「チッ、そうそう簡単にはいかないだろうと思ってたけど、予想以上に粘るなお前。これはアイツも諦める訳だ」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』飛んできた剣を後ろに跳んで避ける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ(くそっ、これでもダメなんて。どうすれば…!)」

 

 剣を飛ばす戦法は良かった。だがそれでもまだ互角に持ち込めた程度で、有利でもなければ不利でもない。そして、そんな曖昧な境界線を保った戦いに終止符など打てるのだろうか。

 

「(でも、今はこれでやるしかない…!)投影(トレース)開始(オン)!」

 

「おいおい、まだそれやるのかよ。あんまり無理しない方がいいぞ。その魔術自体お前に負担をかけているんだからな」

 

 士郎が再び投影してのを見て『この世全ての悪(アンリマユ)』は急にそのようなことを言ってくる。ハッタリというわけでもないようで、どうやら本気で忠告している様子が感じられる。士郎の投影について何か知っているのだろうか。

 

「な、なんだよ急に…」

 

「言ったろ、オレはお前の味方だって。だから忠告してんだよ。

 そいつは本来ならお前が持てるような生半可な魔術じゃない。今でこそ聖杯(オレら)のおかげで魔力的な負担は無い。だけど、お前には、いやお前の魔術回路への負担は大きいままだ」

 

 その後に「例の聖遺物が聖杯の魔力に触れて少しだけ解放しているおかげで感じないですんでいるけどな」と剣を揺らしながら付け加え、話し続ける。

 

「お前のその投影魔術ってのは本来であれば正式な投影魔術じゃない。だからといって擬きとかじゃねえから安心しておけ。むしろ逆、それは最早投影魔術と言う名の一種の宝具、それも固有結界の類だ。

 …ああ、固有結界って何かってか? ほれ、あのアーチャーの宝具、あんな感じで自分の心象風景を映し出したりするもんだよ」

 

 一呼吸入れながら『この世全ての悪(アンリマユ)』の話は続く。

 

「お前はその固有結界にある物を"投影魔術として"引っ張り出しているものでしかない。つまり、お前の場合の投影魔術を使用するってことはサーヴァント達で言う宝具を使うのと同義なんだよ。んで、たかが人間、それも子供がそんな魔術を乱雑に扱っていていいと思う? 子供の未発達な脳に膨大な量のパソコンのデータを入れるようなもんだぜ。

 そんなの耐えられるわけがねえよ。良くて重度の障害を持つか、最悪脳が壊れて死ぬ」

 

 士郎は眼を見張る。胸を抑える。身体が震える。今まで自分の一部というように使っていたが、それも恵まれたが故のことだった。もしそうでなかったら死んでいたところだったと彼は言う。もしそうならば、このことをエミヤは知っているのだろうかと士郎は思う。

 

「ちなみに、あのアーチャーはこのことを知らねえ。けど、心のどっかではそのことに気づいているようでな。そのためか、あいつは知らず知らずの内にセーブしてんだ。他にも単純に本人の能力不足ってのもあるけどな。

 それで、お前の魔術回路は聖杯によって何本か作られた。といっても、お前は魔術の才能が貧しくてね。精々作れても十数本が限界だった。

 まあ、あの赤い嬢ちゃんのおかげで結構増えているようだが」

 

 士郎はそれを黙って聞く。『この世全ての悪(アンリマユ)』の言うことは今後重要になりそうだからだ。

 

「さて、もう一度聞くぜ。聖杯の魔力、そして神秘すら再現できる魔術。そんなものに十数本程度しかない魔術回路に子供の体が扱う。いくらあの聖遺物があっても耐えていられると思う?

 オレが言っているのはそこだ。だから忠告しておく。あまり無理な投影は止めておけ」

 

 指をさしてそう言う。

 士郎は眼を瞑って震える体を抑えて考える。彼が言っていることは間違いないだろう。つまり、下手すれば命を落としかねない。

 鼓動が早まる。今にも逃げ出したいくらいの恐怖が体を支配していく。この何もない空間がよりそれを際立たせた。

 だが、士郎は一度深呼吸すると眼を開ける。その眼は怯えてなどはいなかった。

 

(…そっか。おれは、本当に恵まれていたんだな。

 …ここまでおれは恵まれていたなら、それならなおさらおれは負けるわけには、いかない。

 だって、そうじゃなきゃ恵んでくれた人に失礼だ。応えて生きないとな)

 

 士郎は今まで自分を育ててくれた人、感謝しなければいけない人たちを思い出す。

 切嗣、桜、大河、凛、エミヤ、そしてアルトリア。全員が士郎をここまで成長させてくれた人達。全員が士郎の恩人だ。

 士郎は今後この恩人達のために生きなければいけない。絶対に正義の味方にならなければいけない。ならば、今は無理をしてでもこの場を乗りきらなければいけない。そう思うと、自然と体の震えが止まったのだ。

 

「…判った。けど、お前を倒すならおれにはこれしかない。だから、今は無理してでもこれで倒す!」

 

「ま、そうですよね~。判ってたこの展開。しょうがない、こっちも全力で抗いますか」

 

 また両者は構え、最初に士郎が剣を飛ばし、『この世全ての悪(アンリマユ)』が動き出す。

 相変わらず両者は拮抗したままだ。剣の速度が遅く簡単に回避されるが、相手も懐に入りきれずにいる。

 攻防も今までの英雄達の戦いと比べれば地味で質素な戦いだ。激しい一撃はなく、かといって決め細やかな技術も感じられない。

 

「ま~ったく、いつまでこんな泥試合よりも酷い戦いが続くんだか」

 

「そんなこと、言うくらいなら、さっさと、やられろよッ!」

 

 それに嫌気が差してきたのか、『この世全ての悪(アンリマユ)』がぼやき出す。

 

「だ~か~ら~、そうはいかないんだって。さすがのオレも上司の命令に背けないんだ。そこんとこ判ってくれ」

 

「こっちだって、りんたちが待ってんだ。邪魔してんじゃ、ねぇっ!!」

 

 士郎は避けることに夢中になってがら空きになった背中を直接剣をもって狙う。

 

「うぉっと! それ今関係なくない!? いや、そうでもない――とぉっ!」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は避けるが、今度は避けた先に剣が飛んでくる。それは一本ではなく何本も飛んできて『この世全ての悪(アンリマユ)』の足元に衝突する。

 それも間一髪ではあったが、避ける。だが、士郎の攻撃は止まない。その後も立て続けに剣を飛ばしては、隙を見て剣で直接切りかかる。

 

「うおおおおっ!!」

 

「あ~、こりゃ休む暇は与えてくれないって感じか。はぁ、めんどくさい」

 

 その後も、どちらかが倒れることなく戦いは続く。

 もうすでにあまり時間がない事を知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
では、前書きで書いた通り、しばらくしたらまた会いましょう。




P.S
昨日ガチャを二十連して☆4すら出ずに落胆していたところ、マナプリで交換した呼符を使ったらメルトリリスが当たったという…(パッションリップの方が欲しかった)
なぜ、自分のところでは期間限定☆5は呼符の方が当たりやすいのだろうか…(石返せよこんにゃろう)


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第二十一夜-絆と壊-

ども、久々に感じる方はお久しぶり、そうでない方はどうもこんにちは。
さて、対アインツベルンもあと数話したら終わると思われます。
では始まります。


「…………」

 

 聖槍による光は消え、またあたりは暗闇が支配した頃、アルトリアは目の前にある四肢が完全に断たれてしまったヘラクレスを見つめていた。

 アルトリアは慎重に近づく。死んだかどうか確かめるためだ。本当に死んだのであれば魔力の粒子となって消えるが、まだヘラクレスの体は残っている。分解が始まっていないだけかもしれないが、生きている可能性もあった。

 それを確認するためにも、できるだけ慎重に歩み寄る。そこで、

 

(…死んだのだろうか。…いや、この気配…まだ生きている…!)

 

 生命の活動が終わってないことに気づき、アルトリアは瞬時に一歩離れて槍を構える。すると、

 

「■■…! ■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 断たれたヘラクレスの体が瞬時に粘土のようにくっついて治り、起き上がると再びアルトリアと雌雄を決するために斧を振りかざす。

 

「くっ…! (これは…!)」

 

「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 宝具、『十二の試練(ゴッド・ハンド)』。ヘラクレスは神より与えられた難行を乗り越えたことにより不死身の肉体を手に入れたという。この宝具はありとあらゆる一撃をものともしない防御宝具でもあり、命を十二個持つ蘇生宝具でもある。つまり十二回殺すことでようやく彼は倒れる。これがあるゆえにヘラクレスは最強の一角に数えられている。

 アルトリアは突然のことで不意を打たれたように固まってしまったが、寸前で対応し槍で防ぐ。だが、相変わらず筋力ではあちらの方が断然上であり、抑えたのも一瞬でその後はどんどんと地面を削りながら押し込まれていく。

 

「■■■■ーーーーーーー!!!!」

 

 ヘラクレスが雄叫びを上げると筋肉がさらに膨張していく。ここまでくると彼には限度などあるのだろうかと疑いたくなってくる。

 このようなことができるのもヘラクレスだからこそなのだろう。仮に他の人がヘラクレスと同じものを持っていたとしても、ここまで果敢に立ち上がることができるだろうか…。

 

「ハァアッ!!」

 

 とはいえ、こうして起き上がりアルトリアを押し込んでいるものの、よく見ればほとんど死に体だった。

 宝具によって蘇ったが、死んだ者を生き返らすのには限度がある。アルトリアの聖槍の一撃はその限度を容易く撃ち破り、一回の死では済まされなかった。

 結果、それを埋めるのに使用した命は十一。後一回死ねば終わるところまで来てしまっていた。さらにいえば、これでも傷を完全に回復するには至らなかったようで、最後の命も既に風前の灯火だった。

 

「■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 だが、ヘラクレスはたとえ本能的にそのことを判っていようとも最期まで諦めるつもりはない。

 何故なら、それは英雄ヘラクレスにとってイリヤスフィールは、自身の娘のように感じていたのだから。

 

「■■■…!」

 

 ヘラクレスは思い出す。イリヤスフィールと初めて会ったときのことを、召喚された時のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘラクレスとイリヤスフィールの出会いははっきり言うならば最悪と言って差し支えないだろう。召喚されたその瞬間から縛られ、令呪で体の自由をほとんど奪われたのだから。

 ヘラクレスとしうてはこれくらいなんともなかった、というよりも狂戦士として喚ばれたからか、それを感じることもなかった。

 

「………………」

 

 令呪で縛るマスターであるイリヤスフィールはヘラクレスを見ても険しい顔をするばかりで自分のサーヴァントへの思いやりみたいなものも、ただの従者、便利な人形とも思わずその赤い眼を一直線に向けるだけだった。それ以上それ以下でもないというように。

 イリヤスフィールの隣ではセラが「素晴らしい大英雄ですよ! お嬢様!」と妙に興奮したように騒ぎ立てているが、そのことも耳に入ってきていないようだ。

 この少女がヘラクレスに何を求めているのか。否、なにも求めていないのか。それすらも判らず、ただマスターとサーヴァントの契約が結ばれた。

 その日からも、イリヤスフィールによるヘラクレスの扱いは何とも言い難いものだった。ただの従者としてでもなく、かと言って英雄として讃えるような素振りも何もない。このまま淡々と聖杯戦争のコマとして無情に戦って終わるだけかと思われた。

 ヘラクレスとしてはそれでも構わなかった。狂化された故か、聖杯への願い事も思いつかず、戦う理由も見出せなかった。一つ気がかりがあるというのであれば、それはイリヤスフィールだろう。戦う理由を見出せないならばマスターの願いを叶えることを戦う理由にしてしまえはいいだろうと思った。

 だが、それも判らなかった。何日も共に暮らしているというのに仮初めの願いすらも聞けず、聖杯戦争が開幕するまでの時間が一刻一刻過ぎていくばかりだ。

 ただ、その時間で少しだけ判ったことがあった。それは、イリヤスフィールは親からの愛情に飢えていたことだ。こうして何日も過ごしたことで判る。イリヤスフィールには両親がいない。どこにいるのか、それとも亡くなっているのか、その判断はつかない。とにかくだ、イリヤスフィールが両親からの愛情に飢えているのであれば、ヘラクレスはその代わり…にはなれなくとも、彼女のために戦いその喉を麗してやりたいと、戦う理由を見出せた。

 とはいえ、依然と二人の関係は冷め切っていたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな何もない主従関係に機転が起こったのはある日のことだった。

 雪面で覆われたの森の中、そんな中をイリヤスフィールは一人で歩いていた。それも白いシンプルなキャミソールを一枚着ただけで。

 

「…………」

 

 この森には野生の獣がよく出没する。そんな森を一人で何も持たずに歩こうなど自殺行為に近い。

 

「……!」

 

 案の定、野生の狼が現れた。それも一匹などではなく群でだ。

 牙を見せ威嚇してくる狼にイリヤスフィールは怖がり逃げ出す。すると、狼達は背中を見せたイリヤスフィールを完全に餌として認識し追いかける。

 後ろを振り向かず、必死になって逃げる。さもなくば、あの鋭い牙と爪が肌を切り裂いてくるだろう。なんとしても逃げなければならなかった。だが、

 

「あうっ! …! い、いやっ…!」

 

 イリヤスフィールは走っている途中坂を下りようとし、足を持っていかれ転げてしまう。その隙を突いて、一番前にいた狼がイリヤスフィールに噛みつく。それに続き他の狼もイリヤスフィールに噛みつき、新血が真っ白な雪を染めていく。

 イリヤスフィールは痛みに嘆き、逃げようと必死にもがくも狼達は離す気がまるでなく、泣き叫ぶがここには自分しかいない。いつも助けてくれるセラもリーゼリットもここにはいない。誰も、誰も助けてくれない。

 そう思った時だ。

 

「…っ!」

 

 突然、イリヤスフィールのいた場所に何かが落ちてくる。雪煙が舞い、噛みついていた狼達は吹き飛んでいく。

 イリヤスフィールは何があったのかと、自身を覆っているものを見上げると、そこには、

 

「バー、サーカー…?」

 

 ヘラクレスが守るように立っていた。

 誰も助けてくれない。そう思っていたが、それは間違いだった。いたのだ、たとえ地獄だろうと助けてくれる存在がイリヤスフィールにはいた。

 

「どう、して…」

 

 イリヤスフィールはそれに疑問に思うことがあった。

 何故彼はあれだけのことをした自分を助けてくれたのか。ただ自由を奪い、その後も冷めきった対応しかしていないはずだというのに。

 そう疑問に思っている間に、狼達がヘラクレスに噛みついてくる。その(獲物)を寄越せと。だが、狼ごときの牙でヘラクレスの体が傷つくわけがなく、この場にヘラクレスが現れたことで狼達の運命は定まったも同然だった。

 

「…………」

 

 震える手をゆっくりと伸ばす。少し力を込めれば折れてしまいそうな、雪と同化してしまいそうなくらい細く白い腕を伸ばし、手でヘラクレスの黒い肌に触れる。

 そこには確かな暖かみがあった。もう触れることはないだろうと思われた人の暖かみ。イリヤスフィールはその温もりがもう出会うことのない父親を思い起こす。

 

「…やっちゃえ」

 

 イリヤスフィールは俯き命じる。ただ一言で。

 

「やっちゃえ、バーサーカー…!」

 

 瞬間、ヘラクレスに噛みついていた狼達は体を二つに裂かれた。彼の強靭な気迫のみで。

 狼達が死に、まだ僅かに生き残りはいたが、ヘラクレスに恐れをなして森の中へと逃げ込む。

 二人は立ち上がり、イリヤスフィールはヘラクレスのその大きな手を握る。父親に甘える子供のように。

 

「………行こっか」

 

「………………」

 

 今二人には絆が結ばれた。ただの従者と主の関係よりもずっと強く切り裂かれることのない確かな絆が。

 その絆に名を付けることは無粋と言うものだろう。それほどまでに、美しく儚かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、ヘラクレスには聖杯に願うことなど本当に何もなかった。それは狂化されているからではなく、純粋にだ。

 ただ、そんなヘラクレスにも願いができた。それは―――イリヤスフィールの救済。ヘラクレスは何がなんでもイリヤスフィールを助けたかった。かつて殺してしまった自身の子供に報いるためにも。

 

「ハァアアアッ!!」

 

 それだけの理由。されど、それだけで命をかけるのに値した。彼女が傷ついた姿を、彼女の絶望で歪んだ顔を見たくない。彼女に勝利を、彼女に笑顔を分かち合いたい。

 父親のような気持ちが彼を最期の最期まで奮い立たせる。体は傷つきもう勝てないと判っていようとも、その想いだけで体を動かせる。握り拳が作れる。

 

「■■■…!」

 

 だが、そんな彼にもついに終わりを迎えようとしていた。武器が、ヘラクレスを呼ぶのに触媒としたその更に上の次元を越えた斧が、アルトリアの渾身の一撃で砕かれた。

 そして、その瞬間にできた隙をアルトリアは逃すはずもなく、一瞬の間で槍を心臓に向けて構える。

 ヘラクレスは僅かばかりの自我でついに命運が尽きたことを察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ…はっ…はっ…」

 

 士郎と『この世全ての悪(アンリマユ)』が戦い始めてどれほどの時が経ったか。未だ終わる気配の無い戦いに士郎はついに体の限界が来ており、方膝を付けて肩で息をする。

 

「ふぃ~。ようやく終りかなっと。

 やっとこさ終わるときが来たぜ。お前もいい加減限界だったろ。すぐに楽にしてやっからその場で動かないでくれよ?」

 

 士郎はもう体を動かす体力がほとんど無い中でも彼を射止める視線に衰えは感じさせない。むしろ、先程よりも視線の強さが増しているようにも感じられた。

 

「ケケッ。そんなに睨んだところで意味なんてないぜ。…まあ、お前もよく頑張ったよ。オレも久々に人間の善性ってモンに会えたからな。割と心地よかったぜ。

 …それにしてもまぁ、お前がサーヴァントになりさえすれば、きっと世界を救う戦いに行くことになったろうによ。ま、オレにはどうでもいいことか」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は片膝を付けて荒い呼吸をする士郎に短剣を向ける。

 その刃はたとえ最弱が持つ刃であろうと人間一人を殺すことなど造作もないだろう。その刃はゆっくりと士郎を切り裂こうと動き出す。向けられていた刃は士郎の頭上高くまで登り、

 

「んじゃ、これで別れってことで」

 

 容赦なく振り下ろされ刃が頭皮を裂き頭蓋骨を割る――

 

「………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――と思われた。

 

「…………」

 

「………………」

 

 そのまま士郎の頭を二つに裂くと思われたが、何故か士郎の頭上十数cmというところで刃は止まった。

 士郎は何故止めたのかと疑問に思っていると、

 

「…もう死ぬってのにさ、お前全然諦めようとしてないのな」

 

 そんなことを言いつつ、『この世全ての悪(アンリマユ)』は得物を戻す。

 

「スゲえな、お前。普通死ぬ間際になったらみんな怯えるモンだぜ。だっていうのに、お前は全く怯えもしなければいまだ諦めるつもりはないときた」

 

「……だったらなんだよ」

 

 何が言いたいのか判らない。確かに士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』に殺されようとも諦めるつもりはなかった。だからといってそんなことは彼になんの関係もないはずだ。

 

「おっと、別にオレはバカにしてんじゃないぜ。むしろ讃えてんだよ。お前のその勇気に、志に少しチャンスでもやろうかなーーなんて」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉に眉間のシワを寄せる。彼の言おうとしていることが読めないからだ。

 彼はしゃがみ、士郎と同じ視線の高さになって話し続ける。

 

「つー訳でよ、オレはお前を試したいんだ」

 

 悪魔が囁きかけるように。

 

「…試す、だって? 何をするつもりだよ、最弱野郎」

 

「お前案外口悪いのな。まあいいや。でだ、オレが試したいことってのは、お前がどれだけ苦痛に耐えられるかって話さ」

 

 と『この世全ての悪(アンリマユ)』は言うが、具体的には何をするつもりなのかさっぱり判らず疑問符を浮かべる。正直、彼が士郎に苦痛を与えるという状況が想像できないため一体何をしようというのか。

 

「さて、早速始めたいんだけどよ。その前に言っとくぜ。これからオレがやろうってのは所謂ゲームだ。そして、ゲームとくれば必ずルールとクリア方法がある。それらを今から説明するぜ」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は短剣を懐にしまう。どうやってしまっているのかを聞くのは無粋だろうか。

 

「ルールは簡単。お前の心が折れれば負け、折れずにクリアすればお前の勝ち。そんでもって、クリア条件は苦痛に負けずにオレを殺す(・・・・・)ことだ」

 

「………」

 

 士郎はそれを聞いて一体どういうつもりなんだと思った。

 彼が言った内容は至ってシンプルで判りやすい内容だった。それでいてクリア方法も簡単。もともと彼は倒す予定だったのだ。今更ゲーム式にして何になるというのか。

 

「あっ、ちなみに何度でもやり直してやるから安心しろ。お前はオレを殺すことだけに集中すればいい」

 

「…そうかよ」

 

 なぜやり直しシステムまでつけたのかは判らないが、何にせよこれでさらに難易度が下がった。

 

「んじゃ、準備はいいか?」

 

「ああ」

 

 士郎からの承諾が取れた『この世全ての悪(アンリマユ)』は少しだけ口尻を曲げ厭らしい笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、ゲーム開始(スタート)だ」

 

 そういうと同時に『この世全ての悪(アンリマユ)』は指を鳴らす。すると、

 

「――!!? な、なんだこれ…!?」

 

 何もなかった筈の風景が一瞬にして切り替わった。

 

「…?? これ、どうなってんだ。って、ここおれの家じゃん」

 

 士郎は辺りを見回す。

 士郎が言った通りここは衛宮邸の一室、和装で趣味の良い落ち着くこの部屋は居間だった。周囲に『この世全ての悪(アンリマユ)』はいない。外の方を見れば、晴天なのか晴れており非常に明るい。

 

「…外じゃまだ夜だよな」

 

 まだ夜のはずだった外が明るいということは、これは完全に幻覚なのだということが判る。

 

「あの野郎、一体何をするつもり――」

 

「あれ? 今日は早いね。士郎くん」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の真意が何なのかと考えていたら、いつもの優しい声が聞こえ振り向くと、全体的な印象が紫色の桜が居間に入ってきた。

 

「…! さ、さくらねえちゃん…(いや、偽物だ。これはあの時も見た幻覚だ)」

 

「…? どうかした? 士郎くん」

 

 だが、その首を傾げる仕草や雰囲気は本物といっても差し支えないほど同じだった。よくもこれほどまでの幻覚を見せることができるなと、冷静な思考が『この世全ての悪(アンリマユ)』を評価する。

 

「ううん。なんでもないよ」

 

「そっか。なら待っててね。すぐ朝ごはんの支度をするから」

 

 そう言って桜は手に持っていたエプロンを身に付けながら台所に入っていく。

 今は朝らしい。だからこれほどまでに明るいのだろう。

 

(あの野郎、本当になんのつもりなんだ。またこんなもの見せやがって)

 

 偽物とはいえ、桜にああ言われたのであれば待つしかない士郎は座布団の上に座って待つ。すると、

 

「おっはよ~~!! さーてさて、今日の桜ちゃんの朝御飯は~っと。ありゃ、士郎!?」

 

 どこからともなくやって来た大河が大層愉快に挨拶をしながら居間に入ってきた。

 

「め、珍しい…! あ、あの士郎が、こんな朝早くから起きているなんて…!」

 

 すごい細部までできているなあ、と士郎は大袈裟に驚いている大河を見ながらぼんやりと考える。

 

「うるさいなあ。いいだろたまには早く起きてたって」

 

 とりあえず士郎はこの会話に乗ることにする。偽物とはいえ、このやり取りも久方ぶりな感じなので少し楽しみたいのだ。

 

「ふーん。ま、いっか~♪早起き三文の徳ってね。そんなことよりあっさごはん~と」

 

 英語教師らしかぬ台詞だが、そんなことは置いといて、こうして二人目だ。これは全員が来てもおかしくないだろう。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』がどんな目的でこれを見せているのかはまだ判らない。だが、彼のことだ、恐らく自分もこの幻覚の住人として出てくるだろう。そのときに詳しく聞けばいい。士郎はそれまではしばらく待つことにする。

 

「あら、今日は早いわね士郎」

 

「む、今日は早起きだな衛宮 士郎」

 

「おはようございます、シロウ」

 

(…みんな全く同じだ)

 

 その後も案の定他のメンバーが集まってきた。これで、あといるとしたら一人だけだ。

 

「おっはよ~」

 

 そうこうしている内にその最後のメンバーがノコノコと当然のようにやって来る。

 

「…『この世全ての悪(アンリマユ)』」

 

「ん? オレがどうかしたか」

 

 士郎は隣に座ろうとしている『この世全ての悪(アンリマユ)』の名をなんとなしげに呼ぶ。

 

「なあ、これは一体なんのつもりなんだ。お前は何を試そうとしているんだ」

 

「……? どうした士郎」

 

 士郎が真剣に話そうとしているのに、それに対して『この世全ての悪(アンリマユ)』は何故そのような事を聞いてくるのか全く判らないと首を傾げる。

 

「ふざけてんじゃねえ…! 一体何をしようとしてんだよ!!」

 

「コラッ! 士郎! アンリ君になに怒鳴っているの! アンリ君困ってるじゃない!」

 

 士郎はそれに立ち上がりつつ怒鳴るが、大河がそれを諌める。

 

「あーいいッスよいいッスよ虎の姉ちゃん。きっと早めの厨二病でもきたんでしょうよ」

 

「…………」

 

 士郎は大河に叱られ唖然となっている。ただ『この世全ての悪(アンリマユ)』から聞きたいことがあっただけだったというのに、本物となんら変わりの無い大河に叱られたのが驚きだったらしい。

 

「ほら、士郎。お前も座って飯を待とうぜ。話なら後でいくらでも聞いてやっからよ」

 

 士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』を見て歯軋りをならす。

 

(くそっ。訳判らない。こいつ、何がしたいんだよ)

 

 とにかく、今はおとなしくした方がいいだろう。先程からアルトリア達もこちらを静かに威嚇するように見ている。

 

(後でいくらでも聞けるか…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

(…味までしっかり再現してやがった。いつもと全く変わってない)

 

 それからしばらく、士郎達は食事を済ませた。食事の味は幻覚とは思えないほど再現度が高く、つい自分の精神の中だということを忘れて頬張っていた。

 

(ようやくアイツと話せるな)

 

 士郎は座布団から立ち上がり、隣にいる『この世全ての悪(アンリマユ)』に話しかける。

 

「ん? ああ、ちょいと待ちな」

 

 士郎が話しかければ、それだけで察した『この世全ての悪(アンリマユ)』は簡単に解釈して居間から出ていく。その後を士郎もついていく。

 二人は出てすぐの廊下で話始める。

 

「んで、話ってのはなんだい」

 

「…一体いつまでとぼけているつもりだ」

 

 ここまで来たのなら察してもいいだろうに、『この世全ての悪(アンリマユ)』は白々しくしらばっくれていれるのか全く判らない。

 

「? なあ、さっきからお前はなんの話をしたいんだ? なんだ、また何か新しい遊びか? なんだったらいくらでも付き合うぜ。お前と遊ぶってのも大分久しぶりだな」

 

「……………」

 

 訳が判らない。何故こうも何も知らないふりができるのか。何故本気で楽しそうな笑顔になれるのか。これではまるで自分こそが間違っているように感じる。そんなことはあり得ない。この空間自体間違った世界だ、自分が正しいんだ。

 

「テメェ…! いい加減にしろよ…! お前は一体何がしたいんだよ‼」

 

「…? お前本当に今日はどうしたんだ? 何か悪い夢でも見たか…?」

 

 だが、何故か『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉を聞いているとその認識が揺らいでしまう。本当に自分が正しいのかと。

 士郎はそれに焦りに似た感情を抱いていた。このままでは本当に認識が変わってしまう。その前にどうにかここからでなければ。そこまで考えて、彼が言った勝利条件を思い出した。彼は自分を殺せばクリアだと言っていた。つまり、今目の前にいる彼をここで殺せばクリアだということだ。

 幸い魔術は問題なく使えそうだ。これならば致命傷を与えることなど容易だ。

 

「なあ、さっきから黙っているけど。なんか調子悪いなら今日は寝てた方がいいぜ。学校も休んだ方がいい」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』が言った。

 

「……!」

 

 彼の言葉には本当に士郎を心配している様子が伺えた。そんな言葉につい、殺そうとした自分を止めそうだった。

 いけない、と首を振る。これはあくまでも幻覚だ。彼の言葉はただの演技だと士郎は必死になって彼を家族と思えてしまっている自分を振り払おうとする。

 

(ダメだ、ダメだダメだダメだ…! アイツは敵、アイツは敵…!)

 

 士郎は魔術を発動させようと集中を高める。

 

「…投影(トレース)開始(オン)!」

 

「おろ? どうした、いきなり投影なんてしちゃって。なに、もしかして遊びじゃなくて訓練でもしたいのか? だったらオレなんかじゃなくて赤い兄さんにでも頼みな。お前の師匠だろ」

 

 体は震え、集中が散ってばかりだ。『この世全ての悪(アンリマユ)』を殺さなければいけないというのに、体はそれを嫌がっている。頭でもそれだけはいけないと警報が聞こえる。

 

「ぐっ、うっ…あっ…! あぁ…!!」

 

 士郎はそれを無理矢理抑え込もうとする。これはただ惑わされているだけだと言い聞かせる。

 しかし、いくら振り払おうとも、無尽蔵に湧いてまとわりつく羽虫のように振り払えきれない。

 そして、

 

「…おい。本当にどうした。何かあったのか――」

 

「あぁぁああああああああああああああアアアアアアアアァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の声が聞こえた瞬間、士郎は投影した剣を悲鳴にも聞こえる叫びと共に突き刺す。

 

「がっ、はっ…! お、お前…なに、を…」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は目を見開き、体を痙攣させながら倒れる。血が廊下を濡らしていく。

 

「はっ…!! はっ…!! はっ…!!!(殺した。殺した、殺した、殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した…!!)」

 

 士郎は速まる鼓動を抑え込もうと必死に胸を掴む。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』を殺した。これでクリア条件を達したことになるのだろうが、そんなことよりも罪悪感が士郎の体を蝕んでいく事の方が重要だ。相手は歴とした敵の筈。だというのに、今士郎の心境は最悪なものだった。

 

「はっ、はっ(なんだってんだよ…! アイツは敵だろ…!)」

 

 敵だからといって必ずしも倒せば気分が良くなるわけではない。ただ、ここまで気分が悪くなるのは奇妙だった。

 

「どうしたの!? 士郎く…キャアアアアアアアアアアッ!!」

 

 すると、先程の士郎の叫びを聞いてか、あわただしく駆けつけた桜は『この世全ての悪(アンリマユ)』が血を流して倒れているのを見つけて叫ぶ。

 

「さ、さくら、ねえちゃん。こいつは――」

 

「士郎くん!! これは、これはあなたがしたことなのっ!?」

 

 士郎は桜に事の事情を話そうとするが、その前に肩を捕まれる。

 

「お、落ち着いてよ、さくらねえちゃ――」

 

「答えなさい! これは、士郎くんがしたことなのっ!!?」

 

 士郎は必死に弁明しようとするが、桜は問い質すばかりでこちらの話を聞こうとしない。

 そうしている内に「ちょっと!! 何があったの!?」と凛、エミヤ、アルトリアも桜の叫びを聞いてやって来る。

 

「――ちょっと…何よ、これ…。士郎がやったの…」

 

「…いずれこうなるのではと思っていたがな。衛宮 士郎…!」

 

「…シロウ――」

 

 士郎はこの場にいる全員の視線に驚愕した表情を見せる。

 

(…何でだよ。なんで、なんで…そんな目でおれを見るんだよ…)

 

 何故なら、全員士郎を犯罪者として見ているからだ。温情も情けも要らない。ただ牢獄に容れるべきだと全員の目から読み取れた。

 頭が痛くなってきた。何が間違ったのか判らない。今自分でも敵を倒した実感が湧かない。疑問ばかりが頭を支配してくる。

 桜は鬼気迫る形相で必死に士郎の肩を揺すって問い質しているが、もう何を言っているのか判らなくなるくらい混乱している。目の前が歪んで見えてくる。

 歪んだ世界の中、奥に視線をやれば凛は軽蔑し、エミヤは士郎を完全に敵視し、そしてアルトリアは…判らない。ただ、信じていたものが裏切られたというような表情だった。

 

「……!!」

 

 衝撃が頭の中を駆け巡る。誰一人味方はいない。信頼していた凛も師として憧れているエミヤも、そして恋い焦がれているアルトリアにさえも誰も彼もただ士郎を敵として見ていた。

 死にたいと願ってしまうほどだった。アルトリアにさえそう見られては希望を失いかけてしまう。

 このままでは本当にまずかった。士郎はもう認識が変わってしまっている。敵を倒したのではなく、家族を殺してしまったと罪悪感を覚え体に重くのし掛かり、周囲からの批判、敵視、そして絶望が士郎を飲み込んだ。

 

「あっ…ああぁ…ひっ、あぐ…っ! ひっ、ああぁぁぁ…ッ!! 」

 

 狂う。耳鳴りがする。狂う。目の前が歪む。狂う。狂う、狂う、狂う。何もかもがどうでもよくなるような、それでいて気分がよくなるような、快楽が頭を支配する。

 

「ひっぐっ、き、か、かか、ぎ、ギギ、ギイイイイィィィィィィィ!!!!」

 

 狂った、狂った…。体の内へと忍び込んだものは体に広がり、全てが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、一回目のやり直しだ」

 

 突然目の前にいた桜は顔を歪め、男の声でそのようなことを言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
…もう少し重い雰囲気を出したいなぁ…。つくずく思うけど、中途半端な文才だなぁ。







P.S
最後のトリスタンとエミヤ・オルタかっこよかったな〜。Fateの男どもはどうしてこう、主人公以外は死の間際で魅せてくれるんでしょうかね。


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第二十二夜-続く暴走-

どうも。久々に投稿です。でもって、いつもより少し短いです。


「それじゃ、一回目のやり直しだ」

 

「……!?」

 

 その声が聞こえた途端、風景が真っ黒な状態に戻る。それと同時にまるで払えなかった罪悪感も消えてくれた。

 今のは一体なんだったのか。何故こんなにも罪悪感が体を支配していたのだろうか。それは今目の前にいる彼に聞けば判るだろう。

 

「どーよ。中々に辛かったろ? あっ、ちなみに今のはまだクリアしていないぜ。ていうか、オレ言ったじゃねえか。殺すのはあくまでもオレだって。幻影のオレ(・・・・・)を殺したって意味ねえよ」

 

「……………げんえいのお前?」

 

「そっ。さっきお前がぶっさしたのはニセモノのオレ。なんで、クリア条件を満たしていませ~ん。残念だったな。まあ次頑張ってくれや。

 あっ、ちなみにさっきのはあのマキリの嬢ちゃんを殺していれば正解だったぜ」

 

「…マキリ?」

 

「おっと、今はマトウだったか。すまん、聞かなかったことにしてくれ」

 

 急に言葉を濁した。士郎は"マキリ"とはなんのことかと首をかしげる。桜のことなのだろうか。何となくではあるが間桐の名字に似ている気がする。

 

「さーて、お前がオレを殺すのはいつになるっかな~。ケケッ」

 

 マキリのことは結局触れなくなってしまったが、今はそんなことはどうでもいいだろう。それよりも、まさか自分の幻影まで創れるなど知らなかった。それでいて誰かに成り済ますことができることも。

 士郎はその事に卑怯だと抗議するも、

 

「ケケッ。いい眼をすんじゃねえか。いいぜ。その調子で今度こそオレを見つけて殺すこったな」

 

 いたずらが成功したというように笑って流される。そして『この世全ての悪(アンリマユ)』はまた始めようとする。

 その事に士郎はちょっと待てよ、と息切れながら質問する。

 

「教えろ。お前がどれくらい正確にあんなのを見せれるのかは判ったけど、どうやってあんな気分にしているんだよ」

 

「ん? ああ。何かと思えばそんなことかよ。どうやっても何もよ、忘れたか? ここ、一応お前の精神の中だぜ? んでもって、今その主導権はご覧の通りオレらの方にある」

 

「………! それって…!」

 

 士郎は目を見開く。今彼が言ったことがもしその通りだったら、彼は自分の意思一つで士郎の心をいくらでも弄くれるということだった。

 士郎はそのことに恐怖する。いくら肉体面で勝てても精神面で惨敗してしまえば負けてしまうと、あのエミヤとの戦いで思い知っているからだ。

 つまり、実質『この世全ての悪(アンリマユ)』はこの空間では無敵だということなのだろう。

 士郎は体が僅かに震える。心が折れそうなのだ。ここまで抗って来たことは全て無意味なのか、ここまで戦ってきたことは無意味なのかと。

 彼はまだ本気を出していないだけでその気になれば士郎の心を砕くことなど赤子の腕を捻るようなものなのだろう。

 

「おいおい、なんつー顔してんだよ。絶望するにはまだ早いぜ」

 

 だが、ここまで無敵性を発揮していると言った『この世全ての悪(アンリマユ)』は自らそれを否定するような事を言う。

 

「確かに聞けばオレはここじゃ無敵ってことになる。けどよ、忘れたか? ここを支配しているのはあくまでもオレら(・・・)だってことに」

 

「……?」

 

 一体彼は何が言いたいのか判らない。その言い分からしてまだ士郎には勝機があるということなのだろうが、一体どういう方法なのか皆目検討もつかない。

 

「まあ、とにかく頑張ってオレを探して殺すこったな。せっかく見に来ている奴もいるしさ。さっさとしねえと、お前も今外で戦っているやつもみんないずれ呑まれて死ぬぜ。ま、それはそれで面白そうだけどなケケッ」

 

「………」

 

 最後に軽い別れを告げた『この世全ての悪(アンリマユ)』はこの場から風景と共にいなくなる。

 彼のゲームはまだまだ続くと言うことなのだろう。普通であればここで挫けてもおかしくなく、現に士郎はあの罪悪感から解放されてもまだそのときの感覚が残っている上に恐怖心もある。

 だが、勝機はまだゼロというわけではないと言うのだ。ならば、いつまでも膝を付いている場合ではないと、諦めるわけにはいかないと士郎は足に力を入れる。

 

(次こそは、次こそは絶対に――!)

 

 決意を新たにささやかな灯火を瞳に宿し立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 ひっそりとした夜。細く綺麗な弧を画く月明かりに照らされてようやく周囲は林の中だと判断できるほどの暗闇に包まれている寺の中、青年はある方向を真っ直ぐに視線を贈る。

 その視線の先はなにもない虚空が、夜空が広がっているだけなのだが何か感じるものがあるようだ。

 

「どうかしたか? キャスター」

 

 そんな暗闇を見据えるているのは、ぼんやりとした灯火で照らされている居間で座している魔術王。その向かいにはマスターのマリスビリーがいる。

 二人は今聖杯戦争でどのように行動するかを話し合っていた。魔術王はともかく、マリスビリーとしては計算外のことがあったからだ。

 その計算外のことというのは、言うまでもなく士郎とアルトリアの陣営のことだ。

 マリスビリーは魔術王さえ召喚できればもうなにも必要ないだろうと思っていた。強いても都合のよい工房を造るのに最適な場所があればなと軽く思っていた程度だ。故に、この柳洞寺を確保した時点でほとんど表には出さずとも勝利を心の中で確信していた。していたのだ、先程のイレギュラーがなければ。

 

「いや、何でもないよ。続けてくれ、マリスビリー」

 

「…そうか。判った。

 それで、このことについてだが―――」

 

 マリスビリーが今後聖杯戦争の進行について流暢に話している傍ら、魔術王は肘を台に乗せながら先程のことについて考える。

 

(…莫大な魔力の光の柱が遠くに見えてからまた妙な魔力を感じる。それもかなり異質で飲み込まれそうな…魔力だけで他者を喰らいそうな、そんな気配がした)

 

 士郎の体にある聖杯が暴走したことによる影響は早くも出始めていた。それはまだ微々たるものだが、魔力を持たない一般の人でも嫌な空気だと思える程禍々しい魔力が徐々に侵食するように空気中に広がっていっている。まだ魔術王のいる場所まではほとんど感じなく上級の魔術師でも認識も難しい程ではあるが、魔術王はそれに敏感に反応する。

 

(…ただ一方で、もう一つこの魔力に紛れている別の魔力が感じる)

 

 その魔力とは士郎の魔力のことだ。

 魔術王はこれらのことから確証はできないものの、これはもしかして聖杯の中身が士郎から溢れ出たのではないかと推測する。

 ともすれば、それは面白いことになってきたと目の前の彼にも気づかれずに口端を微かに曲げる。

 

(もしそうなら今頃シロウ君は聖杯の中に潜んでいたアレと戦っているのだろう。どこでかはさすがに予想がつかないが、少なくとも今シロウ君は危険な状態だろうね。

 是非とも打ち破ってほしいものだ。君はこんな所で死ぬような弱い人間ではないと私は思っているんだから)

 

 魔術王は士郎を大分高く評価している。一体士郎の何が彼にそうさせているのかは判らない。

 

(…フフッ。それにしても、彼は本当に私を退屈させない。ここまで予想通りに動いてくれているのだから。

 今一度彼と戦ってみたいものだ。そして、君と語り合いたい。どちらが真に正しいか、競い合おうじゃないか)

 

 士郎の姿を思い浮かべる。魔術王は士郎に何かを求めているようだった。それが何かは判らない。本人にしか、判らないことなのだろう。

 そこまで考えてから魔術王は一旦思考を止めてマリスビリーの話に耳を傾ける。既に「最後の相手は―――」と計画の佳境に入ろうとしているところだった。

 

「―――ということだ。それで、君は何か意見があるかい?」

 

「いや、特に無いかな。概ねそれでいいと思うよ。(…そろそろ彼も動き出す頃だろう。ああいうタイプはここぞというところで出てくるのが好きだからね)」

 

 耳をマリスビリーに傾けている傍らで魔術王は思い浮かべる。自身と同じ"眼"を持った男を。

 そして、その時になれば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「AaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

「くっ、このっ! いちいち妙な雄叫び上げてんじゃないわよッ!」

 

 凛の掌打が士郎の身体に深く入り士郎の体は衝撃を食らった向きに仰け反る。その威力は普通の人間であれば身体ごと内臓も潰れそうなほどである。

 凛の打撃はいつになく強力だ。強化している分を除いても相当な威力であろうことが感じられる。しかし、いくら身体が破壊されようともすぐに治ってしまう。打撃だけではなく魔術でも応戦してみてはいるが、決定打になることはやはりない。

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 そうしているうちに、一瞬だけできた隙を縫うように通り抜け、奥にいるイリヤスフィールに凄まじい速さで迫り来る。

 

「キャアッ!!」

 

 士郎の手が伸び、イリヤスフィールに触れる――かと思えば、二つの影がそれを遮る。

 

「ほっ!」

 

「ハァッ!」

 

 遊撃し続けているのは何も凛だけではない。リーゼリットやエミヤもそれぞれ武器を振るう。

 いつの間にか事態は思わぬ展開へと向かっていた。最初こそ士郎陣営とアインツベルンの戦いだったものが、士郎の突然の暴走により二つの陣営は急遽手を組むことになった。お互い不満はあれど、今はそれどころではないとその思いは封じ込める。

 

「Aaaaaaaa!!!」

 

「くっ! まだかっ!?」

 

「もう少しお待ちを。今半分程書き終わったところですので」

 

 凛達が士郎を相手にしている間、セラはエミヤに頼まれ針金細工による行動を封じ込める魔術の準備をしていた。自身の手から血を流して床に描いていく。

 

(あと半分か…それならば保つだろう。これ以上の進展がなければだが…!)

 

 士郎は現在進行形で強さを増していっている。最初こそ子供と同程度だった。だが時間が経つとともに凛とまともに戦えるほどになり、リーゼリットを圧倒できるほどになり、エミヤと互角に渡り合えるほどにまでなってきた。これはおそらく士郎の投影魔術及び、憑依経験による急速成長だろう。

 暴走している今でも使えるあたり、この魔術はほとんど己の一部となっているようだ。だからたとえ自我がなかろうとも息を吸うかのように自然にできる。

 本来であればそれは士郎の成長だと褒めるべきことなのだが、今に限って言えばそれは一番最悪だと言えてしまえる。

 

「Aaa…! GaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAA!!!!!!」

 

「…!! これは…!?」

 

 また一際大きく雄叫びを上げると士郎の体から赤黒い血が霧として一回噴出する。すると、そこから泥が、赤黒く一目見て判るほど危険な泥が流れ出て周囲を溶かしながら侵食していく。

 

(…! あれは、聖杯の泥か…! まずいことになったな。これでは動きを封じるだけではどうしようもない)

 

 このまま出し続けていてはこの場にいる物や人すべてを飲み込んでしまうだろう。

 せめても聖杯を内包しているイリヤスフィールだけでもこの場から逃げ出させれば最悪な事態は回避できる。

 しかし、それは一時的なもの。イリヤスフィールが逃げればアレはいつまでも追いかけるだろう。それはつまり、むやみやたらに呪いを周囲に振りまくも同然だ。そのようなことだけはできない。

 

(…くそッ。出し惜しみしていても仕方ないか。なるべく奴のためにも使用は控えていたのだがな)

 

 とはいえ、アレをこの場に止めるというのも無理があった。ならば、残された方法はただ一つ。

 

(アレを丸ごと私の固有結界に飛ばす…!)

 

 エミヤの固有結界、『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』でアレをこの世界から切り離すことのみだ。

 エミヤは覚悟する。切り離したとして、その後は自分一人で押さえつけなければいけない。他の者を巻き込むわけにはいかない。

 

「(…やるしかないか)凛、少しいいかな」

 

「なっ、何よ! 今切羽詰まっているんだから手短にしてよねッ!」

 

 少し上ずった凛の声が響く。よく見れば少しだけ顔が青い。本能的にかそれとも勘か、判っているのだろう。アレに触れれば死んでしまうことに。

 エミヤはそれほどまでに悍ましい気配を晒しているのかと思いながら凛を宥めてから短く話す。

 

「なに、大したことではない。アインツベルンの者達と共にこの場を少し離れていてくれというだけだ」

 

 そう言うと、察したのか凛の顔が強張ってエミヤを振り向く。

 

「ちょ、あんたまさかアレを一人でどうにかするつもり!?」

 

「ああ。そのまさかだ。といっても、精々押し留める程度にしようと思っているがね。なんにせよ、今は少しでも時間を稼がねばならない事態だ」

 

 冗談めかしく言っているが、いくらエミヤだろうとアレを抑え込むなど気が気でない凛は反対する。

 

「無茶よ! なんかわけわかんない泥みたいなものまで出しているし、今の士郎はあなたと同じくらい強くなっているのよ!? そんなのをあんた一人で抑え込もうなんて…」

 

 少しだけ悲しげに言う。エミヤが余程心配なのだろうが、エミヤはこれを知ってか、フッ、と口端を曲げる。

 

「甘く見られては困るな凛。なに、私には秘策というものがある。心配する必要などない。もとより私もここで死ぬつもりはない。なにも無茶してまでアレを押しとどめる気などないさ」

 

 ニヒルな笑みを見せながら前へと出る。正面には泥を出し続けながら赤く染まった目を向けている士郎がいる。

 

「…任せていいのね」

 

 凛は一瞬の逡巡の後、エミヤに最後の確認をとる。

 

「ああ。もちろんだ」

 

「…なら、任せたわよ。必ず士郎を助けるからね」

 

 士郎のことはエミヤに任せることにした凛はあんなものを見てもなお構えているリーゼリットを無理矢理引っ張り下がっていく。

 二人が下がったところで、魔術発動のための魔法陣を描いていたセラが私はどうすればいいか、と聞く。

 

「君はそのまま描き続けていてくれ。あんなものを噴き出している奴の動きを封じたところで何の意味もないかもしれないが、それでもないよりはマシだ」

 

「…判りました。では、ご健闘を祈ります」

 

「…フッ。本当はできればこのまま消滅して欲しい、ではないのか?」

 

 セラにエミヤは振り向かず皮肉るように言う。一瞬だけ動きが止まったセラは表情を一切変えずに言う。

 

「ええ。無論のこと消えていただければ助かるのは確かです。

 ですが、この状況は私達にとっても危険です。特に狙われているお嬢様は。そのような状況で我欲などに浸っていられるでしょうか」

 

「なるほど。いい忠誠心ではないか」

 

「当然です。私達はもとより、お嬢様をお守りするために生を授かったもの。この身が亡びようとも最期までお嬢様に慕う所存です」

 

 セラはさも当然というように胸を張る。それこそが、イリヤスフィールに従えていられるのが何よりも誇りなのだろう。

 それほどの忠誠心をイリヤスフィールに向けてくれているのが少しながら嬉しく感じつつ、エミヤは士郎を見据える。

 

「…そうか。さて、そろそろ始めようか。相手ももう痺れを切らしそうだ」

 

 士郎は最早動く必要はないというようにその場に止まり泥を出している。エミヤはそれを見つつ機会は今しかないと詠唱を開始する。

 

「―――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている )

 Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子 )

 I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗 )

 

(…! アーチャーの奴何をするつもり!?)

 

 凛は初めて聞く詠唱に何をするつもりなのかと振り向く。

 

Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく )

 Nor known to Life.(ただの一度も理解されない )

 Have withstood pain to create many weapons. (彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う )

 

「………」

 

 この場にいる者達は何となく悲しい気分に襲われる。

 

Yet, those hands will never hold anything.(故に、その生涯に意味はなく )

 So as I pray,(その体は)―――

 ―――UNLIMITED BLADE WORKS.(きっと剣で出来ていた )

 

 エミヤの詠唱が終わった瞬間、エミヤと士郎だけがこの場から映像が切れるようにいなくなる。あの泥も消え去っている。

 

「…アーチャー?」

 

 一体彼が何をしたのか、凛には判らないが一先ず時間稼ぎだけはできたと見ていいだろうと思われる。

 その事に一息つく。エミヤは秘策があると言っていたのだ、これでしばらくは大丈夫だろう。

 ならば、後は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「Aaaa…」

 

「…こうして貴様と相対するのは二度目だな。まあ、はたして今の貴様をあの衛宮 士郎として見ていいものか…」

 

 一人言を呟きながらエミヤは二対の剣を出す。

 

「さて、無茶はしないと言ったが、貴様を抑え込むとなれば多少なり無茶をしないといかんだろうな」

 

 スッと鷹のような鋭利な目を士郎に向ける。士郎もこちらをじっと見つめたまま動かずにいる。泥は今もなお流れ回りの剣を溶かしていく。

 

(…この平行世界では既に私では予測不可能の方向に進んでいる。これからどうなるか判らない。

 とても危険なことだ。何も予測できない以上ふとしたときに死ぬ恐れだってある。無論、それは私に限らず周囲の人全員にいえることだがな)

 

 流れ出ている泥を流し目で見てから少しだけ顔を上げ空を見上げる。変わらずの曇り空に大きな歯車がリズムを刻み回っている。

 思えば、士郎はこの空の意味を理解していなかっただろうと思われる。この空はエミヤの心境を表している。かつて、明るかった空は絶望と共に曇り、何もかも喪い感情を封じ込め機械のようになりはて歯車が出来上がった。

 この世界は衛宮 士郎の絶望の集大成と言っていい。だからこそ、士郎にとってこの世界でエミヤに勝つことは重大な意味があった。

 正義の味方になるのであれば、エミヤの、自分自身の絶望に打ち勝たねばなることなど到底不可能だ。

 

「…一度貴様はこの世界に勝った。だというのに、貴様はまたこうしてこの世界に踏みいることになるとは。全く、運命というのは本当に何が起こるか判らんな」

 

 自嘲するかのように笑い、構える。

 

「さて、そろそろ暴れたいだろう。構わんぞ。この世界にあるものは模造品のみだ。いくら壊そうとも代わりなんぞいくらでも造れる」

 

「Gaaa…! 」

 

「さあ、来い‼」

 

 自身の愛弟子を助けるためにエミヤは剣を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
次回の投稿も時間が空くと思われます。


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第二十三夜-最後の一矢-

ども、久々でございます、ウェズンです。
水着イベ始まりましたが、みなさんガチャはほどほどに。(あとどうでもいいですがノッブ当たりました)
ここ最近は暑くなったり涼しくなったりと体調が崩しやすい天候となっております。(自分が住んでいる地域では)
みなさん、水着イベにヒャッハーー!!と舞上がるのはとても良ろしいのですが、体調管理もしっかりしてくださいね。でなきゃイベント参加できなくなりますから。
では、始まります。







「―――はぁ、はぁ、はぁ」

 

 あれからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。

 

「はぁ、はぁ、は、あぁ―――」

 

 未だに周囲は暗いままだ。

 

「くくくく。随分と粘るじゃねえか。っていってももう限界に近いみたいだな。後一回くらいで壊れそうだし」

 

 面白そうに子供のような笑い声を聞かせる。

 あれから数え切れないほどゲームが開催された。士郎の精神は既にぼろぼろだ。少しでも揺すれば壊れそうな気配もある。

 だが、士郎は諦めるつもりがないのか、それとも無意識にか、倒れている体を起こそうと腕を立てる。

 

「…あんだけやっときながらまだ立とうとするとはねえ。やっぱお前人間やめているよ。普通あれだけやれば壊れるどころですむもんじゃないん筈なんだが。

 もう鋼メンタル何てもんじゃないな。一種の悟り開いた仙人かなんかじゃねえのか、なんて思えてくるよ。お前を見ていると」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉は最早届いているのかいないのか。震える腕で必死に立てようともがいてばかりで話を聞く気がないように思われる。

 

「あ―――あぐ、はぁ、はぁ」

 

「あっちゃ~。といってもこれはさすがに不味いか。

 …よし。仕方ねえな」

 

 何を意気込んだのか『この世全ての悪(アンリマユ)』は士郎の側に寄り、頭をつかんで頬を軽く叩く。

 

「おーい。おーい。聞こえてるか~? まあいいや。聞こえてようが聞こえてまいが言うけど、お前に最後のチャンスをやる。そんで、折角の最後だからよ、ヒントをやるよ」

 

「うっ、あぁ。ひ、ひん、と?」

 

「おっ、まだ感覚は機能しているか。本当にバケモノレベルのメンタルだな。

 まあいいとして。そうだ。これが最後になるかもしんねえからオレを見つけるヒントを直々に教えてやるよ。それでいい加減こんなゲーム終わらせな。お前はこんなところで終わるわけにはいかねえだろ?」

 

「…………」

 

 士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』からヒントをもらえると聞いて黙り込む。大人しく聞くつもりなのだろう。

 こんなにもおとなしく聞こうと思えたのはこれに嫌気が差したからと言う理由ではない。ただ一刻も早く抜け出して凛達を助けなければいけないと言う思いが強いからだ。

 「…聞く気があると見ていいな。んじゃ、一つだけ教えておいてやるよ」そう切り出す。

 「オレらはよ、一心同体の存在だ。お前の経験はオレの経験となる。それは判るな?」と『この世全ての悪(アンリマユ)』確認する。士郎が産まれて間もなくその体に忍び込みずっと潜んでいたのだからもう一心同体といっても差し支えない。

 士郎は掴まれながらも僅かに頷く。頷くのを見た『この世全ての悪(アンリマユ)』はうっすらと不気味に笑いながら続ける。

 

「けどよ、オレらは『考え方(・・・)』がまるで別だ」

 

 士郎は僅かに見開く。

 

「ケケッ。なんのことやらさっぱりだ、って顔だな。ま、安心しておけ。今オレが言ったことを覚えておけば大丈夫だろうからよ」

 

 考え方が別。それが一体なんだと思っていると、ヒントは以上だと締められる。

 頭を離し「んじゃ、後は頑張なよ。ゴールはすぐそこだぜ~」と後ろ向きで士郎にヒラヒラと刺繍だらけの黒い手を振りつつ、また風景と共に消えていく。

 

(…経験は同じでも、考え方が違う? それって一体どういう意味なんだ?)

 

 そうこう考えているうちに、また見覚えのある風景が出てきた。それも、

 

「…!? こ、今度は戦っている場所かよ」

 

 アインツベルン城だ。今までで様々な風景を映し出したが、この風景は初めてだ。

 始め、記念には絶対にしたくない第一回が終了した後、二回目以降が始まると風景は衛宮邸ではなかった。それは、学校、商店街、教会、柳洞寺など、果てには魔術王の結界の中もあった。場所によって出てくる人も違ったり同じだったりしたが、全員士郎が知っている人達だ。

 そして出てくる人達は全員幸せそうだった。士郎が正義の味方を追い求める上で望む平和そのものだ。ただ、魔術王だけは出なかったのが気になるが、行く先々の人達は英霊も魔術師もなにも関係なしに幸せを謳歌している。

 そして、士郎はそれらを全て壊さなければいけない葛藤に嵌まることになる。聖杯からの支配を逃れるために出てくる人達に紛れている『この世全ての悪(アンリマユ)』を倒さなければいけない思いと、この平和を壊さずにいたいという二つ思いが常に頭の中で混ざりあっていた。

 常にそれらを天秤にかけつつ、士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』を倒すために、ついさっきまで笑顔だった人のうち無差別に選び、震える手を抑えながら剣を突き刺した。

 それからは想像がつくだろう。士郎は最後の最後まで足掻くも、容赦なく突き刺さる言葉に壊れそうになり、意識を戻される繰り返しだ。

 

(…考え方は別…。わけわかんないよ。だったら一体どういうことになるっていうんだよ)

 

 士郎は彼が言ったことがどういうことなのか疑問に思いつつ、立ち上がる。彼の言葉は気になるが、だからといって目の前のことを疎かにもできない。今度こそ『この世全ての悪(アンリマユ)』を探し出さねば。さもなくば本当に士郎は決壊してしまう。

 

「…っ! 本当に戦っているところかよ…!」

 

 立ち上がった所で砂埃が士郎を襲う。今まで様々なシチュエーションで行われたこのゲームだが、戦闘中というのは初めてだった。

 

「士郎!! なにボーッとしてんのよっ! あんたも出来る限り戦いなさい!」

 

「り、りん…!」

 

 なにがどういう状況かも判らず、急にくる突風などが巻き上がる中、凛が叱咤してくる。

 

「そうだぞっ! 衛宮 士郎! そこで立ち止まっていないでせめても周囲に迷惑をかけるなっ!」

 

「…! アーチャー師匠!」

 

「そうです! 止まっていては的になりますっ」

 

「アルトリア!」

 

 大分状況は判ってきた。現在進行系で士郎たちは戦っている。そして、凛もエミヤもアルトリアも、全員満身創痍だった。余程苦戦しているのが見受けられる。

 凛という一級魔術師とそのサーヴァントにアルトリアを加えての戦い。本来であれば敵無しの構成だが、それでも苦戦しているということは…。

 砂埃に隠れている相手はゆっくりと姿を現す。すると、そこにいたのは―――

 

「―――な、なんだよ、あれ…」

 

 大きさは、約五メートルといった所だろうか。発達した筋肉は全てを圧殺せんと鉛色に盛り上がり、紅く輝く巨大な斧を携え、紅く煌めく眼光は睨まれただけでその格の違いを思い知らされる。まさに、絶望の象徴ともいうべき怪物が士郎たちの前に立っていた。

 

「こ、こいつは、バ、バーサーカー…?」

 

 士郎はまるで信じられないというように巨体を見上げる。それもそうだ、眼前にいるのは間違いなくヘラクレスだ。だが、士郎が記憶しているヘラクレスとは大分異なる容姿だ。元から巨体だった体は更に大きくなり、武器も変化している。

 これは『この世全ての悪(アンリマユ)』が作ったヘラクレスなのか。一体、どうやって士郎の記憶からこのような怪物が産まれたのか。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

「うっ…ぐっ…!」

 

 鼓膜が破れそうなほどの雄叫びをあげたヘラクレスは士郎に向けてその武器を振るう。

 

「シロウ!!」

 

 あまりの威圧感に動けずにいた士郎は間一髪のところでアルトリアに抱えられ、事なきを得る。

 

「くっ…! シロウっ! 言ったではありませんか!? 止まっていては危険と…!」

 

「あっ…ご、ごめん」

 

「まあ仕方ないでしょ。あんなプレッシャーかけられちゃ体が動かなくなるなんてむしろ当然よ」

 

 凛たちが寄ってくる。

 

「■■■■■■■ーーーーーー!!!」

 

 ヘラクレスは士郎たちが集まったところをまとめて潰さんがためにまた巨斧を振り上げる。

 

「っ! させるか!」

 

 振り上げたその斧はアルトリアによって止められる。凄まじい轟音が辺りに響き渡る。

 それだけでどれ程の重力をかけられているのかが判る一撃に、アルトリアは苦悶の表情を浮かべる。押し返すことも、弾き返すこともできないようだ。

 

「■■■■■■!!!」

 

「アルトリアっ!」

 

「行ってはダメよ士郎!!」

 

「で、でも、アルトリアがっ!」

 

「少しは判りなさい! 今行ったところでランサーの集中を乱すだけよ!」

 

 そう言われ士郎は言葉に詰まる。あれは士郎でも判る。ほんの一瞬でも気を抜けば一気に殺られることも。

 だが、士郎は迷う。ここで行かないのは士郎としてはとても歯痒い思いだ。そして、ここは偽物の世界でもあるのだ。本物のアルトリアが死ぬわけではない。

 だが、たとえ偽物でもアルトリアが死ぬその様を見たくない。

 「くそっ!」士郎は仕方なく引き下がる。

 

「…といっても、ピンチなのは変わりようないか」

 

 しかし、士郎が下がったところで状況が好転する訳ではない。凛は何か打開の一手を取りたいが、そうそう思い付けば苦労しない。

 一方で士郎はどうしようか悩む。無論、『この世全ての悪(アンリマユ)』を探す方法だ。

 正直なところ、士郎はそれが一番重要だ。アルトリアの死に様は偽物でも見たくなくても、士郎としてはこの世界から少しでも早く出たい。

 

「くっ、あぁ…!!」

 

 考えている間にアルトリアの体に傷が増えてくる。すると、

 

(…! そうだ、今思えば簡単なことじゃないか。今のこの世界を作るならアイツは一番安全な場所にいるはずだ。

 今までだってそうだったんだ。なら今もだって…)

 

 士郎は視線を動かす。

 そうだ、今まで『この世全ての悪(アンリマユ)』はその時その時で様々な人物に成り代わっていたが、それには法則があった。それが、自身が最も安全だと言える人物だ。

 彼は今までで、登場した人物の中でも士郎が手を出し辛いと思う人に成り代わっていた。ならば今回もそうだろう。今彼が成り代わっているのは―――

 

(―――バーサーカーに違いない…!)

 

 ヘラクレスである可能性が高い。今のヘラクレスは士郎どころか誰しも手に余るほどの凶暴性を見せつけている。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』があのヘラクレスになったというのであれば、一番安全な位置を取ったことになる。

 

(アイツは今一番強いやつになっているんだ。だから、アイツを倒せばようやくクリアだ!)

 

 それがどれ程難しいかを理解しながらも、それしかないと前を向く。

 

(…っ! アイツは、今ここで一番最強なんだろうな。この世界はアイツがつくった世界なんだから)

 

 士郎が思うように、この世界のヘラクレスは恐らく無敵だろう。『この世全ての悪(アンリマユ)』があのヘラクレスを創り、成り代わっているなら最強にしなければ意味がない。

 そうなると、ますます手段が失われていく。だが、まだ何かあるはずだ。完璧な存在などいない。どれだけ想像力がよくても完璧な存在には必ず矛盾がつきまとう。つまりどこかに穴があるはずだ。

 

(くそっ。何か、何かないのかよ。…冷静になれ、冷静になれ。アーチャー師匠も言っていたじゃん。おれはおれができることすればいいって……!)

 

 精神的に参ってきていても、エミヤの教えを忘れずにしっかりと頭を働かせようと自己暗示をかける。

 そこでふと妙案が浮かんだ。これならば弱点が判るのでは。

 

(けど…)

 

 しかし、そうだとしてもあの強力無比の怪力をどうにかしない限り弱点を知ってもどうしようもないだろう。

 何か、何か方法はないか士郎はまた必死に頭を働かせようとする。今すぐこの場でヘラクレスに対抗できる方法は。とそこでふと思い出す、あの存在を。

 

「………!」

 

 士郎は自身の左手を見る。そうだ、ヘラクレスに対抗できるかもしれない方法、令呪。

 それも、『この世全ての悪(アンリマユ)』のミスか二画しかなかったはずの令呪は三画に戻っている。これならば、全てを使い切ればヘラクレスを倒せるかもしれない。士郎はそう思うと、以前凛から教えてもらった令呪の使い方を思い出す。

 

(強く念じて…願う…!)

 

 左手首を握りながら、ただ一つ願う。

 

「強くなれ――! アルトリア!!」

 

 令呪が一画弾けるように消える。すると、アルトリアは自身の体に変化が起こったことに気づく。

 

「これは…! シロウ?」

 

 そして、これで終わるつもりはない。イリヤスフィールが行っていた方法で令呪を重ねる。

 

「もう一回!…もう一回!」

 

 三画の令呪全てを使い、アルトリアを極限まで強化する。恐らくステータスのランクは軒並み一段階上がっただろう。これならば、怪物と成り果てたヘラクレスを相手取ることができるはずだ。

 

「令呪を全部使った…! これなら…!」

 

 凛も今のアルトリアならヘラクレスを倒せるかもしれないと希望を持つ。

 

「行っけぇ!! アルトリア!!」

 

「――はいっ!!」

 

 士郎の叫びにアルトリアは応え、槍を低く構えると真正面から突撃する。

 

(…! よし、戦えている…! なら今のうちに…)

 

 士郎は自分の胸に手を当てて意識を集中させる。

 

「ぐっ…うっ、うぅ…!」

 

 唸り声をあげながら、「同調(トレース)開始(オン)」と唱える。

 

(探せ…きっと精神だけの体でもどこかにあるはずだ。いや、アイツが言ったことが本当なら絶対にある…!)

 

 探せ、探せ。自身の体全体に魔力が行き渡るように細心の注意を払いながら探る。

 脳、筋肉、骨、脊髄、肺、胃、肝臓、と全身を隈無く探しそして、心臓を調べたところで、目的のものが見つかる。

 

(…! あった! これが、聖杯の魔力(・・・・・)だな…!)

 

 そう、士郎が探していたのは聖杯の魔力、その中心部だ。

 何故士郎はこれを探していたのか、それはさっきも言ったようにヘラクレスの弱点となるものを探すためだ。

 たとえギリシャ最大の英雄といえど、それに弱点がない訳ではない。かのアキレウスでも名前の由来にもなっているアキレス腱が弱点なのだ。ならば、ヘラクレスにも何か弱点と呼べるものがあってもおかしくない。

 その考えの下、士郎は自身に眠っている聖杯を探していた。聖杯ならばすべての英雄達の記録がある。その聖杯と同調し、記録を覗ければ判るかもしれない、と考えたのだ。

 

(よーし、後はこいつを繋げればいけるかもしれない…!)

 

 士郎は早速開始する。人間の体は複雑でその中にある無数の電線を繋げるような作業は骨が折れるかもしれないが、自分の体だからかすんなりと巧くいく。あれよあれよともう聖杯の魔力を自身の脳に繋げることができた。

 

「うっ、ぐっ…!」

 

 脳に鋭い痛みが奔る。が、この程度今までの激痛と比べればなんともないと、繋いだ聖杯の中身を覗き見る。

 すると、様々な英雄の記録が見えてきた。

 

(…! す、すげぇ…。これが、英雄たちの…)

 

 何十万の兵を相手に戦いを挑む数百人の兵と王、その一矢で持って戦争を止めた弓兵、病弱な体でも尚戦い続けようとする女剣士、単身戦いを挑み自身の体を岩に縛り付けてでも戦う槍兵、神のもと旗を振り続け火葬される聖女、鎧も武術も全てを奪われ死ぬ施しの英雄、それを苦痛の表情で射抜く授かりの英雄。どれも人間なんていう枠に収まることのない英雄達の戦い。そして、士郎は子供を抱える白髪の老人の姿が見え―――

 

(これは…)

 

 最後のだけ妙なものだった。これまではどれも英雄というのに相応しい戦い、栄光が見えたというのに。最後だけは、どこかの親子か、祖父と孫か、が見えるだけだった。それに奇妙な思いを感じつつも、士郎はヘラクレスの記録を探す。

 

(…あのバーサーカーの記録はどれなんだ…)

 

 とはいえ、忘れてならないのは、士郎はまだヘラクレスだと正体を見抜いていない。だから、ヘラクレスと似た姿の人物が出てくるまで探し続ける必要がある。

 地道に進めるしかないこの作業に士郎は悲鳴を上げそうになるが、堪えて根気強く探し続ける。そして、

 

(…! いた! きっとアイツだ! よし、あとはこのまま見続ければ…)

 

 ついに見つかる。目は紅く光ってはいないが、体格や姿は酷似している。本人で間違いないだろう。

 士郎は早速ヘラクレスの記録をじっと見続ける。見続ける中、真名が判り、それがあの大英雄だったということに驚き、狂気に塗れていない彼はこれほどまでに紳士的な人物だったことにもはや驚きを通り越して納得してしまうこともあったが、ようやく士郎はヘラクレスの弱点を知る。

 

(…! ひゅどらの毒か)

 

 ヘラクレスの十二の偉業のうちの一つにヒュドラ退治があったが、ヘラクレスは後にこのヒュドラの毒に侵されその痛みに耐えかねて死を選んだという。その毒を使えばヘラクレスを倒せるかもしれない。

 士郎は早速ヒュドラの毒を投影しようとする。

 

(この記録からあの毒を読み取って…!)

 

 記録から読み取るのは思いの外難しく、更には神代に存在したものであるためにたったの十ミリリットルでもかなりの魔力を消費しそうだ。聖杯の魔力で持っても一リットルが限界ではないかと思われる。

 

「キャア!!」

 

「…っ! りん!!」

 

 士郎が投影準備に入ろうとしたところで、凛の叫び声が聞こえ集中を解いてしまう。

 ハッとなって士郎が戦場を見れば、アルトリアとヘラクレスの戦いによる暴風に吹き飛ばされている凛が見えた。すぐにエミヤが助けたので無事ですむ。

 士郎はそれにホッとしつつも、二人の戦いに目を向ける。戦いはとんでもないほど規模がでかくなりつつあった。先ほど見た英雄の記録にもこれほどの戦いがあっただろうか。そんな戦いだ。

 士郎はそれを見て焦る。早くしなければこっちも無事にすむとは思えない。そして、士郎はこの世界で死んだらどうなるのか想像ができず身震いと冷や汗が背中を伝う。

 

(早く、はやく、投影しないと…!)

 

 だが、逸る気持ちが邪魔してなかなか巧くいかない。

 士郎は焦るな、焦るな、と暗示を唱えるも、なかなか落ち着いてくれない。そして、

 

「っ! うわぁっ!!」

 

 士郎も爆風に呑まれる。

 

「シロウ!! …っ、おのれっ!」

 

 それが見えたアルトリアは士郎を助けたがったが、ヘラクレスを相手にそのような隙はない。

 

「うわああっ!! っ、ア、アーチャー師匠!!」

 

「ふっ。全く、貴様は空中で立て直すこともできんのか」

 

「そ、そんなに簡単に言わないでよ」

 

 士郎も凛同様エミヤに助けられるのとついでに半分説教を食らう。

 「士郎! 無事!?」凛が駆け寄ってくる。士郎は「うん大丈夫だよ」と言ってからアルトリア達を見る。

 

(どうしよう。こんな所じゃ集中できない。どこかに移動しなきゃ…。いや、ダメだ。ここがどんなところかなんてまだぜんぜんわかっていないのに城の外に出たら何があるか判らない)

 

 外を『この世全ての悪(アンリマユ)』がどう改装しているか判らない。判らない以上無闇に動くわけにはいかない。そう考えていた時だ。

 

「…衛宮 士郎。貴様、何をしようとしていた」

 

「! えっ、えっと…ちょっと投影、しようと…」

 

 エミヤから話しかけられる。急に聞かれたからか、少しだけしどろもどろになりながら応える。

 

「ほう。なんのだ?」

 

「…ひゅどらの毒」

 

「――ヒュドラの毒、だと? なるほど、確かに奴の逸話を考えれば妥当な作戦だ。だが、ヒュドラの毒など解析した(見た)こともない上に、武器と言えるか怪しい液体のもの。それも神代の代物だ。そのようなものを貴様は投影できるというのか?」

 

「…判らない。けど、おれならできそうな気がするんだ。なんでなのかって言われると、今は答えづらいけど…」

 

 もともと士郎の投影にも限度はある。いくら聖杯の魔力の恩恵が有ろうとも自身の性質とは異なるものを投影するのはかなりの魔力を有する。それもヒュドラの毒という形が定まっていないようなものを投影など本来なら不可能だ。

 だが、士郎はこう考えた。例え、全く形が定まっていなくとも聖杯の記録からヒュドラの毒となるような部分をハサミで切り取るようにして引き抜けばいいのではと。

 もともと士郎の投影魔術はただの投影魔術ではない。士郎の投影は自身に内包されているものを取り出すことだ。ならば、自身の一部となってしまっている聖杯からも取り出せるだろう。

 

「判った。衛宮 士郎、私が貴様の盾になろう。そのうちに投影を済ませろ」

 

「…えっ!?」

 

「何をボサッとしている。早くしろ。それとももう投影の心構えを忘れたか」

 

「い、いや、そんなことはない。判った。それじゃ少しだけ待っていてくれ」

 

 エミヤが前に立って守ってくれている状況ならば、集中できる時間はあるだろう。士郎は今のうちに投影を開始する。

 

「――投影(トレース)開始(オン)…!」

 

 まずは、ヒュドラの毒の性質だ。ヒュドラの毒は流石神代に存在した生物の毒というだけあってそんじょそこらの毒とは比べものにならない。想像もつかない情報量を読み解かなければいけないがためにそれだけで頭が割れそうな痛みに襲われる。

 士郎はそれに耐えきりつつ、次の工程に入る。次は、ヒュドラの毒の形状だ。先ほども言ったようにヒュドラの毒ははっきりとした形が定まっていない。それでは取り出しようがないが、それならば毒の個体を取り出せばいい。つまり、毒が入った内臓だ。

 もともと、ヘラクレスもヒュドラの毒は内臓から胆汁を矢に塗り使用していたという。

 ならば、士郎は内臓を投影しようとする。だが、内臓どころか生物を投影するというのは前代未聞の試みだ。今までで生物を投影しようなどした人は誰一人としていないだろう。それはエミヤの記憶を投影で通して見た士郎も判っていることだ。

 果たして成功するのか。否、成功しなければならない。さもないと本当にここで終わりだ。

 士郎は死ぬほど全力で集中する。ヒュドラの毒が入っている内臓を読み取り構造、質、組み合わせ、それらを読み取り解析する。服の糸を一本一本丁寧に縫い上げるような、繊細で透明度のある一ミリにも満たない厚さの硝子を扱うような、そんな慎重さで創造していく。途中何度も頭から火花が弾けるそうな感覚に苛まれる。

 

「■■■■■■■■■■■!!!」

 

「はぁぁッ!!」

 

 アルトリアたちの雄叫びが聞こえる。

 

「ぐぅっ! どれだけ激しさを増していくというのだっ」

 

「ああ〜もうっ! 私の宝石もそろそろ限界だっていうのに…!」

 

 エミヤたちも相当苦しそうだ。これ以上時間はかけていられない。一刻も早く終わらさねければ…

 

「う、ぐぐぐぐっ!! うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 そして、ついに全行程が終わり、士郎から魔力の流動し噴出すると、その魔力は一つの形に成り代わっていく。ヒュドラの内臓が士郎の手に握られる。

 

「…! で、できた…! やっぱり本物のようにいかないけど、できた!! アーチャー師匠!!」

 

「むっ…! できたのか! 流石だな。では、」

 

「うん。頼む、アーチャー師匠」

 

「ああ、言われずとも。私のクラスを忘れたわけではあるまい」

 

 士郎はエミヤにヒュドラの内臓を渡す。これをエミヤの矢に塗り、ヘラクレスを射止めてもらうためだ。エミヤも士郎の思惑を察して弓と矢を用意する。

 

「さて、これは慎重にならねばな」

 

 毒矢は一本しかない。もしこれ以上造るとしても造るだけの時間はもうない。

 

(チャンスは一回だけ。アーチャー師匠なら外さない。アイツはわざわざこんなところまで変えるとは思わない。アイツはできる限りは変化は少なくするはずだ)

 

 いくら偽物の世界、偽物の住人といえども『この世全ての悪(アンリマユ)』は基本的にはその人物の能力、人格を極力変えることはない。あのヘラクレスのような例外を除けば。

 

(だから、これで、今度こそ終わりだ…!)

 

 勝利を確信する。ヒュドラの毒はそれだけですさまじい毒だ。ヒュドラの毒に苦しめられたのはヘラクレスだけではない。あの射手座となっている大賢者ケイローンもこの毒に苦しめられ命を捨てたという。ギリシャの中でもとりわけ強いこれら大英雄二人を苦しめた猛毒だ。効かないはずがない。

 

「………」

 

 エミヤはゆっくりと狙いを定める。今ヘラクレスはアルトリアと目にも止まらないほどの速さで動き回っている。この速さで射抜くことができるのはそれこそアーチャークラスの者だけだろう。士郎もその様子を固唾を飲んで眺めている。

 そして、

 

「…! 射った!」

 

 遂にヘラクレスを射止める一矢が放たれた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
ようやくバーサーカー戦も終わりが見えてきました〜。この小説が終わったら、FGOの話も書きたいな〜。多分無理だけどね。
では、また次回お会いしましょう。


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第二十四夜-決する時-

 ――なあ、誰かに変装とか変身するときさ、どうやったらより完成度を高くできるか、知っているか?

 ああ、そうだな。そいつの性格、特徴やその他もろもろ知っとけば完成度は上がるだろうよ。けどな、もっといい方法があるんだよ。

 んっ? それはなんだってか? ケケッ、知りたい!? 知りたい!? なあ、知りたいか!? …ああ、そんな怒んなって、ちゃんと教えるからよ。

 誰かに変身する時はな、そいつのことを好きになればいいのさ。

 …え? そんなことかって? おいおい、舐めてもらっちゃ困るな〜。これ、案外難しいことなんだぜ?

 確かに、変装や変身なんてものを使うとしたらハロウィンの仮装とか劇でその役の格好に変装するんだから、好きなキャラになるわけだ。条件は簡単に満たしてる。

 けどよ、考えてみな。基本的には変装は敵を騙すとかそういう時に使うだろ? そして、敵を騙すのに変装するなら、そいつに親しい奴に変装するのがセオリーだ。

 お前は果たして、敵に親しい奴を好きになれるか? …こいうことさ。

 さーて、果たして士郎は人間大好きなオレの変装を見抜けるかな? ケケッ。
























 …まあ、オレ以上だろうし、大丈夫かな。















 エミヤはゆっくりと矢を引く。狙いを一寸の違いもなく狙えるよう定める。タイミングも合わせなければいけない。今ヘラクレスはアルトリアと激闘を繰り広げているのだ。下手に射ってはアルトリアに当たる可能性だってある。そのようなことになれば今度こそおしまいだ。希望は全て潰えたと言えるだろう。

 だからこそ、エミヤは焦らずに息を止めて狙う。そして、

 

「…! 射った!」

 

 アルトリアが跳んだ瞬間、その矢を解き放つ。

 解き放たれた矢は一直線にヘラクレスへと向かう。そして、矢はヘラクレスに当たる、かと思いきや、

 

「…っ!? 避けられた…!? 気づいていたのか…!!」

 

 矢が当たる寸前、ヘラクレスはその巨体を仰け反らせ掠りもせずに避けられてしまう。完全に不意を突いたと思ったが、誤りだった。

 終わった、あれは一本しか造れない。躱されたとあってはもう手段はない。士郎はそう思っているが、対照的にエミヤは余裕の笑みを見せる。

 

「…!? な、なんだあの動き!?」

 

 躱された矢はそのまま向こうの壁に突き刺さるかと思ったが、矢は急に転換してヘラクレスに向かっていく。

 あの奇妙な動きに士郎は驚かずにはいられない。まさか矢がひとりでに動き出すとは思っていなかったからだ。そして、向かってくる矢にヘラクレスも気づき、今度は武器で弾く。だがそれでもまた向きを換える。

 

(す、スゴい。なんだあの矢。なんであんなにバーサーカーを狙っているんだ)

 

 士郎はそう疑問に思う。

 エミヤが射った矢はわかる通りただの矢ではない。

 あの矢は狂戦士(ベルセルク)の名をもとに名付けられた竜殺しでもあるとある王が持ちし魔剣、『赤原猟犬(フルンティング)』。それを改造したものだ。

 

「安心しろ、衛宮 士郎。あの矢は標的を射るまで動き続ける」

 

 エミヤに言われ、ハッとなる。

 

「ね、狙い続けるってこと? それって一体どういう矢なんだよそれ」

 

「なに、いずれ教えよう。見ろ、ランサーにも邪魔をされ矢が当たるぞ」

 

「…!」

 

 エミヤの言う通りだった。矢の動きに合わせアルトリアに動きを抑え込まれたヘラクレスは避けることが叶わず、矢が体に突き刺さった。

 

「当たった…!」

 

 勝利を確信できた。矢に塗られた毒はヘラクレスの体を侵食していっている。これでヘラクレスは苦しみだす筈だ。あとはそこへトドメをさしさえすれば、こちらの勝利だ。

 

「…!? なっ…!」

 

 だが、

 

「そ、そんな、う、ウソだろ…! なんで…」

 

 目を見開いて有り得ないと、そんなわけないということを必死に伝えようとする。

 

「なんで―――」

 

 少し妙なことが起こった。侵食しているはずの毒に変化が起こったのだ。

 士郎は動揺しながらヘラクレスを解析する。すると、出た結果は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なんであいつ毒を取り込んでいるんだよっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精一杯の叫びだった。侵食していく筈の毒は何故かヘラクレスと一体化し、毒の体となっても尚生きている毒人間と化した。

 訳がわからなかった。あの毒はヘラクレスが死ぬことになった一端でもある猛毒。普通の人間はおろか、サーヴァントでさえ何かしら毒の耐性がない限り死に至る毒の筈だ。それが効かないどころか取り込み自身の物となったことが理解不能だった。

 士郎は膝から崩れる。もうダメだと、希望はもうないと示された。今も『この世全ての悪(アンリマユ)』の嘲笑うような声が聞こえる気がする。無駄なのだと、何をやっても所詮そこまでだと。最早貴様に生きる術はないと囁かれている気分に陥る。

 

「――!!!」

 

「――――――!?」

 

 エミヤも毒が効かなかったことに目を剥いて凛に何か叫んでいる。その凛も顔を青ざめて何か叫んでいる。そして、アルトリアも普段の冷静さが嘘のように焦った表情で一旦下がって士郎の肩を掴む。

 

「――――逃げましょうっ!! シロウっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―ッ! ハッ!!」

 

「AAAAAAAAaaaaaaaaaa」

 

 戦い始めてから何時間が経過したことだろうか。どうも進展がない。というのも、妙なことが起こっているのだ。こちらでは何故か士郎は警戒してエミヤに近づこうとしない。泥は絶え間無く流れているものの、それだけで特に襲ってくる素振りも見せない。

 エミヤはそのことに疑問に持ちながら、とにかく攻撃を始めようと剣を取り出し、泥には触れないよう戦っていた。それからも、泥が広がり続けさすがに剣では対応しきれなくなり、今は弓に持ち替えている。そして、矢を士郎の心臓部や脳を狙って射ち抜いているが、倒れる様子も泥が止まる様子も無い。

 これにはさすがに辟易とするエミヤだが、これしか攻撃手段がない以上続ける他ない。

 

(全く、何発射抜けばいいというのだ。このままでは本当にこの世界を飲み込みかねん。そのようなことになってしまっては今度危険に晒されるのは凛だ。何としても食い止めねば)

 

 エミヤは矢を射ち続ける中そう考える。

 

(…それに、あの連中(アインツベルン)に凛一人残していては危険だ。おそらく、今頃凛と戦っているに違いない。

 凛ならばそうそうやられはしないだろうが、もしも捨て身の覚悟で来られでもしたらいささか部が悪いだろう。私も早く加勢に行かなければ)

 

 時間もないこの状況でエミヤはどう切り抜けるか。凛の加勢に向かいたいところではあるが、士郎をこのまま放っておくわけにもいかない。

 

「…これはまだ長期戦になりそうだな」

 

 また剣を投影し、それを弓に番える。

 ここでどれほどまでに抗えるか。今、士郎と凛の命運はエミヤに掛かっていると言っても過言ではない。そして、もちろんのことエミヤはそれを自覚している。これで軍配が傾くのはどちらか判らなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ! はぁ、はぁ、はぁ。全くあんたら本当に執念深いったらありゃしないわね」

 

「はっ、はっ、貴女こそ、随分と強情ですね」

 

「ふん、どうとでも言ってろっ!」

 

 現在、エミヤの言う通り、凛とアインツベルンは戦っていた。

 何故戦っているのか、それはエミヤが固有結界を発動させた時に、残された凛とアインツベルンはお互いの存亡を賭けて共闘はここまでというようにアインツベルンの不意打ちから戦いは始まった。

 凛も凛で急に敵対してくることは予測済みだったのか、不意打ちは無駄に終わり、二言三言交わしたのち互いにぶつかり始める。

 お互いの実力はというと一見すれば互角だ。イリヤスフィールはどうも疲れており、休んでいるので残った二人と戦っているということもあるからだ。

 ただ、やはりそれでも二対一という状況で完全に互角に持ち込めるかというと、そうはいかないということになる。

 凛は徐々に押されていっているのを感じつつも、余裕の体制を崩さない。

 

(…流石ね。やっぱり正攻法じゃ勝てそうにないわね。なら、こっちの策略を披露しようじゃない)

 

 凛は手に持っている複数の小さな宝石を確認する。

 

(…先ほどから見させていただきましたがやはり、所詮はたかが小娘。一応いざというときのために仕掛けを施しましたが、徒労に終わりそうですね)

 

 セラはある程度で凛に挑み力量を測っていたが、出た結果は取るに足らないということだった。だが、それならば何故リーゼリットがあそこまで警戒していたのかということになるが。

 

(杞憂に思っていいことでしょう。後は、全力で捩じ伏せますか)

 

 荒くなっている息を整え、次の詠唱を始めようと口を動かそうとする。すると、ふと視界の端に映るものがあった。それは宝石だ。宝石が砕け抉れた床に無造作に置いてあったのだ。

 その宝石はそこそこ大きく、それで出せる魔術は個室を一瞬でボロボロにするくらいの威力は出せそうだ。

 

(あれは…遠坂の宝石でしょうか。あんなところに落としているとは。全く、おっちょこちょいな一族ですこと)

 

 セラは凛が気づかずに落としてしまったのだろうと大して気にも止めずに視線を外す。

 

(次の一撃で終わりにしましょう。これ以上は不毛ですから)

 

 もう観察は十分だと、魔術の詠唱を開始する。

 

(――! 結構長そうな詠唱ね。ってことは、次で決めるつもりってことね)

 

 凛は詠唱からどんな魔術が来るかを予測したのち、それに対抗すべく、凛も詠唱を開始する。

 

(今やるべきことは、私の最大の一撃で二人を倒すこと。それをするには――!)

 

 凛は手に持っていた宝石を握り締め、セラの詠唱が終わる前に二人の隙が見えた瞬間、それぞれに三つほど宝石を投げる。

 投げつけた宝石は凛の詠唱が終わるのと同時に砕ける。すると、

 

「―――!」

 

「――! これは…!」

 

 二人の周囲に重力場が現れ、体が地球に引っ張られて床に手をつく。

 凛はそこから更に追い討ちをかけるように先ほどの宝石より一回り大きいものを二つ取りだし、それぞれ一つずつ詠唱しながら投げる。

 

(これが――今の私の全力!)

 

 詠唱が終わった途端、宝石は意思があるような動きで宙を泳ぎながら身動きが満足に取れない二人に襲いかかり、遠坂 凛の属性たる五大元素(アベレージ・ワン)が虹色に輝く。

 

「くっ…!」

 

 輝きはこの広いホールの半分を巻き込むほどの爆発へと変わり、それにより舞った煙は凛も巻き込む。

 

「はぁ、はぁ(これで、どうかしら。これなら死んでてもおかしくないけど、さすがにそれは慢心でしょうね)」

 

 凛は煙から出てきて、肩で息をしながら爆発した位置をそれぞれ見る。

 煙により様子は判らないが、特にすぐに反撃してくる様子は無いようだ。まだ死んでいないと思われるものの、これならばあと少しだけの宝石で決着が着くだろうと思われる。凛としても、もう宝石の数は少なくこれ以上長期戦は無理なので少しだけ安堵できる。

 そう思った瞬間、

 

「!!!」

 

 凛の頰を僅かに掠めてきたものがあった。

 

「…外しましたか。

 どうやら本当に油断はできないようですね。まさか、あのようなことをたったの八つ程度の宝石で可能にするとは…」

 

 もうもうと立ち込めている煙が晴れてくる。そして、初めて二人の容態がわかった瞬間凛は頰から垂れてくる血をそのままに目を見開く。

 

「…ウソ。ほとんど無傷なんて…!」

 

 二人は共に無傷だった。なぜならば、白い針金がグリーンカーテンのように枝分かれに床から出てきており、二人を護っていたからだ。

 

「徒労に終わると思いましたが、何事も準備はしておくものですね」

 

 凛の宝石が当たる瞬間にセラはこの魔術を発動させたようだ。

 その白い針金のグリーンカーテンは徐々に萎れていくようにして消えていく。

 

「さて、いかがなされますか。もう宝石もほとんど残ってないでしょう。できればこのまま死んでくださるとこちらも手を煩わせずに済むのですが」

 

「…………」

 

 凛は唇を噛んだまま応えない。セラの言う通りだからだ。もう手元にまともな宝石は残っていない。悔しいのか、拳を握りしめて俯く。これ以上の手段は残されてないと言っているようなものだった。

 二人は凛の目の前で横に並んでそれぞれ針金細工、ハルバードを油断なく構える。

 

「…どうやら、ここまでのようですね。素晴らしかったですよ、遠坂の魔術師。私たち相手にここまで戦えたのですから」

 

 針金細工の刃を向ける。これで終わりにしようとする。この一撃で凛の頭脳と、ついでに心臓も潰そうと考える。念には念をということなのだろう。

 凛は俯いたまま何もしようとしない。本当に諦めたのか、握っていた拳も解いてしまっている。

 セラはそんな凛を見かねてか、「最期に言いたいことがあるのでしたらどうぞ」と無慈悲に近い慈悲を与える。それに凛はピクリと動きを見せると、

 

「…って、ない…」

 

「…はい? 何か言われましたか?」

 

 ボソリとほとんど消えかかっている声量で何か呟く。何を言っているのかよく聞こえなかったセラは耳を傾けてもう一度聞く。

 凛はそれに一度大きく息を吸い込むと、

 

「――まだ終わってないって、言ってんのよっ!!」

 

 そう叫び、短くなにかを唱えた。

 

「!! これは――」

 

 すると、床に落ちていた六つの宝石が輝きだし、二人を大きく囲むように六芒星と細かな模様が浮かび上がってくる。

 これは、凛が二人と戦っている間、凛はまともに戦って勝機を見出せなかった場合のことを考えて、床ににさりげなく宝石を置いていき、発動する機会を伺っていたものだ。

 とっさに嫌な予感がした二人は逃げようとするが、その前に凛の詠唱が終わり、

 

「さあ、二撃目は防げるかしらッ!!」

 

 先程よりも強力な爆発が二人を襲う。

 

「――セラ!! リズ!!」

 

 それを観ていたイリヤスフィールが二人の名前を叫ぶ。

 嫌な予感がした。あの爆発は見てわかる通り殺傷能力がすこぶる高い。このままでは二人は死んでしまうのではないのかと焦る。

 

「…っ!!」

 

 煙が晴れ、二人の姿が確認できたイリヤスフィールは息を飲む。

 爆発する寸前、リーゼリットはセラを庇っていたようだ。セラは無傷とはいかないが、あの爆発からよくあれだけ無事にいられたと思える程傷がそこまで深くない。一方、庇ったリーゼリットはもう虫の息だった。背中の肉がほとんど露出しており、血が大量に流れている。これは死亡していてもおかしくない状態だが、ホムンクルス故か奇跡的に生きている。

 

「うっ。まさか、落ちていた宝石はこのためだった…リーゼリット!?」

 

 少しだけ気が遠退いていたセラはリーゼリットの惨状を見て声を荒げる。

 

「な、なぜ庇ったのです!? 貴女が護るべきはお嬢様でしょう!? それなのになぜ私を…」

 

 セラはなぜ庇ったのかとリーゼリットに問う。セラやリーゼリットはイリヤスフィールを護るために造られたもの達だ。そのリーゼリットが味方とはいえ、なぜセラを護ったのか。

 

「……セラ、それ、違う」

 

 リーゼリットはこれだけ大きな傷がついてなおいつもの調子を変える様子はなく、か細くなってしまっている声で話し出す。

 

「私、イリヤを護る。…イリヤの大切なものも…護る。セラは、イリヤの大切なもの…だから、私、セラ護る」

 

「なっ、そんなことで…」

 

「…………」

 

 作られたリーゼリットやセラに人権といったものは一切ない。ただの捨て駒よりも扱いは下と見てもいいだろう。アインツベルンはもとより、悲願を達成するために使えそうなものが見つかれば即使うという一族だ。

 そんな中、リーゼリットとセラはアインツベルンが作ったホムンクルスの中でも失敗作だった。つまり、あの時戦っていたホムンクルスの軍団と変わらない存在だ。こうして生きていられたのも、それが自覚できるのも、イリヤスフィールが救ってくれたからに他ならない。

 だからこそだ、リーゼリットはイリヤスフィールを全身全霊で護ることを誓った。そして、それはイリヤスフィールが大切だと思う人たちも含めてだ。

 

「…行くよセラ。まだ、あいつ、倒れてない」

 

「…ええ」

 

 二人は満身創痍だと言うのにいまだ戦うつもりだ。凛はそんな二人を見ながらまた構える。今度こそ、全力で二人を潰さなければ。

 

「……セラ、リズ」

 

 そして、そんな二人を見ているイリヤスフィールは涙を零し出す。観ていて辛いのだ。ここまででどれだけ死人を見たことだろうか。まだそこまで思入れのある人はいなくても、それでも自身と似たような存在が死に絶えていく様は観ていて、まるで生き地獄を味わっているような気分だった。もう終わって欲しいと願う。もう誰も死なないでと願う。だが、願えば願うほど死は迫ってくる。戦いに縛られていく。

 

「…っ!!」

 

 また激しい音が聞こえる。また戦っている。観たくないとイリヤスフィールは目と耳を閉じてうずくまる。だが、うずくまったところで今度はあの光景が脳裏から蘇ってしまう。

 どうすればいいのか、と途方に暮れてしまう。もう戦いを止める手段は無いのかと。

 

「…! そうだ…」

 

 そこで一つだけ方法があったと思い出す。だが、それは今まで戦い続けて暮れたホムンクルスやヘラクレスに対する侮辱だとも思われることだ。

 

「…っ、けど、やらなきゃ…!」

 

 そして、自身の居場所を捨てるということでもある。それで果たしていいのか、疑念は残る。だが、迷ってばかりもいられない。今も尚戦っているのだ。自分のために。だからこそイリヤスフィールは立ち上がり、戦っている凛たちを見据え、そして叫ぶ。

 

「…ッ! ――やめなさいッ!!!」

 

「―ッ!!」

 

 イリヤスフィールの叫びに、凛たちの動きが止まる。

 全員がバッとイリヤスフィールを見る。その目にはリーゼリット以外は何故止めたという疑問があった。特にセラは。

 

「もう、もうやめなさい。もういいよ、この戦いは、私たちの負け…だから、もう戦わないで…」

 

「なっ、そんなっ!! 何故ですか、お嬢様!? 我々はまだ戦えます! 遠坂を倒せる機会はまだあります! なのに、どうして止めるのですかっ!!?」

 

 そんなのはわかっている、とイリヤスフィールは心の中で叫ぶ。ここで諦めては、今まで犠牲になったホムンクルス達は全くの無駄になってしまう。そんなことはしたくなかった。だが、イリヤスフィールはもうそんなことを言ってはいられなかった。

 確かに、現時点でもアインツベルンが不利とはいえ、まだ返せないほど差が開いているわけでは無い。しかし、もしその差を埋めようとすれば、確実にセラとリーゼリットのどちらかが死ぬことになるだろう。

 それが嫌だったから、イリヤスフィールは止めたのだ。

 

「……………」

 

 凛は警戒しながら少し後退して様子見している。本当にアインツベルンが諦めたのか確かめるためだ。

 

「お嬢様ッ!! まだ我々は負けておりませんッ!! 私も、リーゼリットもまだ戦えますっ! まだ勝機は――」

 

「――お願いだからもうやめてッ!!!」

 

 イリヤスフィールの魂から叫ぶような声にセラは信じられないと言うような表情をする。

 

「なっ、何故…」

 

「もう、いいの。もう戦わないで、傷つかないで。見たくないの、セラもリズも傷つくのはもう見たくないの…」

 

「…そんな、そんなことを仰らずに…! 我々のことはただの捨て駒と思ってくだされば――」

 

 セラがそう言おうとしたところで、肩を掴まられる。

 

「…何ですか、リーゼリット」

 

「セラ…もう、それ以上は、ダメ」

 

 肩を掴んだのはリーゼリットだ。

 

「何が、何がダメだというんですか!? 私たちは勝たなくてはならないんですよ!? アインツベルンのためにも、何よりもお嬢様をお護りになるためにも――」

 

「セラ、それ、違う」

 

 セラは肩を掴んで止めようとしてくるリーゼリットに抗議しようとするも、その一言に止められてしまう。

 

「…違う? 何が違うというのですか…」

 

「セラ、イリヤの、ためって、言ってた。けど、それイリヤのため、じゃない」

 

 息がしづらいのか一つ一つ紡ぐたびに呼吸を繰り返す。

 

「…どういう意味ですか」

 

 訝しげな表情のままセラはリーゼリットに聞く。そして、

 

「イリヤため、なら、私たちは、死んじゃ、だめ。

 …だって、イリヤ、悲しむ。それ、イリヤ、のため、違う」

 

 セラは頭が殴られたような衝撃が奔る。確かに、リーゼリットの言う通りだった。セラはいつの間にか勝つことこそイリヤスフィールのためになると固執していた。最早、後戻りはできないという思いがそれをより促していたのだろう。

 セラは今一度イリヤスフィールを見上げる。涙を浮かべているその姿はなんとも痛々しく、見ているこちらが胸を締め付けられるようだった。

 

「……………」

 

 セラの周囲に浮かんでいる針金細工が砕け散る。そして、膝から崩れ落ちる。負けを認めたということなのだろう。

 イリヤスフィールはヘラクレスの安否を確認するために、一度令呪を見る。すると、令呪はすでに消えていた。これは、すでにこの世を去っていったということなのだろう。つまりは、完全なる敗北だ。

 よって、現時点をもって士郎と凛対アインツベルンは士郎たちの勝利という形で決された。

 

「……。私たちの勝ちってことでいいのかしら?」

 

「ええ。あなたたちの勝利よ」

 

 イリヤスフィールは凛と面と向かって言う。

 

「そ。よかったわ。これ以上戦わなくていいのね。〜〜っ! はぁぁぁぁ。ようやく終わった〜。それじゃ、あとは待ちましょうか」

 

 凛は一回疲れた身体を伸ばすと、あとは他のメンバーを待つことにして、一旦適当な瓦礫に座る。

 

(…早く、戻って来なさいよ)

 

 休んでいる傍、そう願う。その思いは、果てして届くのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ども、今回も前書きであんなこと書いちゃったからここでご挨拶させていただきます。
いや〜、ここのイリヤはいろいろ恐怖体験しちゃってもう原作の雰囲気が完全になくなってしまっていますね…(汗
まあ、それはそれで良しとしましょう!(おい
では、また次回お会いしましょう。


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第二十五夜-全て遠き理想郷-

 さあ、お行き。君たちの未来は祝福で満ちている。たとえどのような障害があろうとも、君たちなら乗り越えられる。自分を信じなさい。

 安心して。決して哀しい別れなんてさせないさ。何せ、ボクがいるからね。ボクがいる限り最後は笑っていられる別れを用意しよう。














 ああでも、流石に全員とはいかないけどね。








 ヒュドラの毒が効かない。つまり、弱点は存在しないということだ。体が身震いする。太古の大英雄の唯一の弱点がないということは、不死身ということになる。

 そんなの無理だ。士郎は膝から崩れる。もうダメだと、希望はないと示された。

 アルトリアがヘラクレスに押し返される。押し返されたアルトリアも普段の冷静さが嘘のように焦った表情で一旦下がって士郎の肩を掴む。

 

「――――逃げましょうっ! シロウっ!!」

 

 ああ、そうだ。確かに逃げないと。まだ死ぬわけにはいかない。死んだら夢が叶えられない。約束したじゃないか、正義の味方になるまで戦い続けると。誓ったじゃないか、絶望にも地獄にも屈しないって。

 士郎は言われるまま立ち上がる。そして、こちらを向いているヘラクレスから逃げ出すために背中を向けた。

 鼓膜が振動する。雄叫びをあげているのだろう。不死身の大英雄の雄叫びは相手に凄まじい威圧をかける。

 

(…! ああもう。なんでこんな時にあの野郎を思い出すんだ…!)

 

 士郎は雄叫びに体が動きづらくなっている間に、こんな時に何故だと嘆きつつ、頭に『この世全ての悪(アンリマユ)』の声が響き渡る。鬱陶しいほどまでに奴のおちょくる様な声が聞こえる。

 それに嫌悪感を感じながら士郎は早く逃げなければと必死に重たい体を動かす。

 

(早く、逃げなきゃ…! 逃げないと、いけないのに…)

 

 頭ではそう叫んでも、体は思う様に動いてくれない。

 士郎は膝をつけて荒くなっている息を落ち着かせようとする。

 

「シロウ!! 大丈夫ですか!?」

 

 前からアルトリアの声が聞こえる。膝をついた音が聞こえたからだろう。アルトリアはこちらを向いて逃げろと叫んでいる。その叫びに応えるためにも、必死に立とうとする。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ぁ…!」

 

 その時、重たい足音がゆっくり近づこうとしているのが聞こえる。ヘラクレスだ。こんな重たい足音を出せるのはヘラクレスしかいない。

 このままでは本当に不味い。しかし、それだけ命の危機に晒されようとも体は固まってばかりだ。完全に体は生きることを諦めているようだ。

 そんなとき、アルトリアが走ってくる。

 

「早く行きましょう…!」

 

 腕が引っ張られる。引っ張られたことにより、ようやく体が動き出した。

 士郎はアルトリアに引っ張られながらヘラクレスの方を振り向くと同時にふと思い浮かんだことがある。

 

(―――…そういえば、アイツなんて言ってたっけ)

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉、その一部を記憶にある声と共に思い出す。

 

(…確か、おれとは考え方が違うだったっけ)

 

 士郎は思い出すと同時に自分が考えたことを思い出す。

 

「おれの、考え…」

 

 自分がどういう考え方をしたのか…

 

(おれは…バーサーカーを倒そうとした。だって、アイツが成り代わるのは…)

 

 士郎はまさかと目を見開く。もしも、これが『この世全ての悪(アンリマユ)』の言った通りなら、彼はヘラクレスに成り代わっていない。

 しかし、そうだとして問題が解決したわけではないどころか振り出しに戻ってしまった。もう一度考え直す。もし、ヘラクレスが『この世全ての悪(アンリマユ)』でないとしたら誰に成るというのか。

 士郎は考える。考えては考え直す。『この世全ての悪(アンリマユ)』が考えることは士郎とは別なのだから。

 だが、いくら考えても自分と違う考えがすぐに思いつくわけもなく、一旦考え事は止めようかと前を向く。

 すると、状況が変わっていることに気づいたと同時に、一つの考えが過った。

 

(…そうか。そうだ、なんでこんなことすぐに思いつかなかったんだろう…)

 

 士郎はアルトリアの手を払い、走るのを止める。それにアルトリアは振り向いて何故という顔をする。

 

「どうしたのですか、シロウ…! 早く逃げないと――」

 

「――そうだ。そうだよな…」

 

 士郎は虚空を見上げる。最早、迷いは無いというようだった。

 覚悟はできた。凄まじい警報が鳴っていてももう大丈夫だ。もうなれたのだから。これで終わりにしたい。もう終わりにしようと、士郎は投影を行う。迷いはない。だから、士郎は―――

 

「…なあ、もう終わりにしよう。お前も正直飽きてきているだろ? だからさ――」

 

「…? シロウ、一体何をッ――!」

 

 ―――士郎は、アルトリアの体を突き刺すことができた。

 

「なっ…何故、どうして、です、シロウ。どうして、どうして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――もっと早く判らなかったんだよ、士郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風景が消えていく。丁度塗った塗装が剥がれるように。

 終わった。ようやく士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』を当てることができた。

 

「…ようやく終わった、のか」

 

「ああ。お前の勝ちだよ」

 

 一人呟く士郎に『この世全ての悪(アンリマユ)』はそう応える。

 

「…『この世全ての悪(アンリマユ)』」

 

「ケケッ、オレの名前をちゃんと呼ぶの何気に初めてじゃねえか? まあどうでもいいか」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は士郎が投影した剣が刺さったまま座り込んでいる。その体は消えかかっている。

 

「それにしても、よく判ったな。あんなこと言っときながらなんだが、正直判らずに終わるかと思っていたんだけどな」

 

「…お前がおれを引っ張っていくとき、おれは少し違和感が感じたんだ。最初は何気なくだから判らなかったけど、いつの間にかバーサーカーの足音が聞こえなくなっていたり、気配も感じなくなっていた。

 それに、なによりもあのときアルトリアなら…アルトリアなら逃げるなんて言わないで自分が囮になってでもおれらを助けようとすると思うんだ」

 

 士郎は真っ直ぐな目で『この世全ての悪(アンリマユ)』を直視する。

 

「…なるほどね。やっぱこいつに変装したはいいけど、お前が本当にあのサーヴァントのことをよく判っていればって不安を大丈夫だろってごまかしたのが良くなかったか。こいつはやられたな」

 

 ため息を吐いてから士郎を見据える。

 

「さーて。勝者にはちゃんと賞品を与えねえとな。

 …この先をずっと進みな。この先に、お前が求めているものがある」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は遠くを指差す。士郎は暗闇しか見えないその先を眺める。

 

「……………」

 

「いや~、ついにオレもご退場、お役御免か~。ったく、十年間永かったなあ~」

 

「…なあ」

 

「ようやくこの体とはおさらばできるわけだし、ま、いいか」

 

「おい」

 

「ようやく聖杯とも離れられるし、良いことずくめか…? なんてな」

 

「…ありがとうな」

 

「……どういたしまして」

 

 士郎はそう笑顔で言った後、『この世全ての悪(アンリマユ)』が指差した方向へ走っていく。

 

「…あっ。そういや、結局言ってなかったな。士郎を聖杯にするのを諦めた理由。

 ま、いいか。ただ単にあいつが強固な意志を持ったから、なんて理由だし」

 

 士郎を聖杯にできなかったのは何よりも確固たる鋼の意思があったからに他ならない。

 士郎を聖杯にするには、何よりも士郎の意識を消し去る必要があった。拒まれたりしては顕現できないからだ。

 故に、聖杯としてはエミヤの修行はむしろありがたいと思っていた。これであればいずれ士郎は壊れてくれると。しかし、そう思い通りにはならなかった。結果的に士郎はより強固な意志を持つことになりこれはもう消すことは不可能だと悟った。

 聖杯は悟ると同時に最後の手段として唯一士郎の精神に直接干渉できる『この世全ての悪(アンリマユ)』を使って士郎を内側から殺し、自分は聖杯の元へと帰ろうとした。結果はご覧の有様だが。

 

「さて、それじゃ、あとは頑張れよ」

 

 最後にと、『この世全ての悪(アンリマユ)』は士郎にエールを送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ、はぁ…! 早く、早く行かないと」

 

 士郎は走る。その先にあるものを求めて。

 目的のものはなかなか見つからない。それでも、士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉を信じ走り続ける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…。…! これは…?」

 

 そうして走り続けた士郎は、いつのまにか未知の世界に来ていた。

 その世界は一言で言うならば理想郷と言うべきなのだろうか。自然が生い茂り、太陽が明るく照らすそこはとても居心地が良く、ここにいるだけで何もかもが浄化されどんな悪人でも心安らかになりそうな場所だった。

 士郎は何故急にこのような世界に来たのか疑問に思いつつ、進む。恐らくこの世界のどこかにあるのだろう、聖遺物が。

 

(…どこにあるんだろう)

 

 思えば、士郎は聖遺物があるということを聞いただけでそれがどのような物かは一切教えられていない。だが、恐らくその必要はないということなのだろう。

 たとえどのような形、物だろうと士郎ならば判る。そう『この世全ての悪(アンリマユ)』は言っているのだろうと思われる。

 士郎はしばらくの間探索を続け、森に入るとようやくその姿を現した。

 

「…! これが、聖遺物…か?」

 

 士郎は森の中を進んでいると、少し空けた場所に出た。すると、そこには日の明かりに照らされている木に立て掛けられている"鞘"があった。

 

「これを使えば、おれはアルトリア達を助けれる…」

 

「その通りだよ、シロウ君」

 

 士郎が鞘に手を伸ばそうとしたら、唐突に背後から声が聞こえた。

 

「…誰?」

 

 そこにいたのは白いフード付のマントを羽織った若い魔術師。

 

「私は…そうだね、花の妖精だと思えばいいさ。さてさてシロウ君、君はその鞘を求めてここまで来たのだろう。助かりたいから、なによりあの子達を護りたいから」

 

 急に出てきた魔術師に士郎はどう応えればと一瞬固まってしまう。

 

「…えっと」

 

「ああ、ごめん。急にこんなこと言われても戸惑うよね。失敗失敗」

 

 どこか緩く胡散臭さのある魔術師ではあるものの、別段敵対する素振りはなさそうだ。士郎は気を抜いて話す。

 

「えっと、誰だかわかんないけど、あんたこれのことを知っているの?」

 

「もちろん知っているとも。私とも縁が深い物だしね」

 

「…………」

 

 士郎はある程度察する。今目の前にいる魔術師はサーヴァントの一人ではないかと。

 何故なら、彼はこの鞘と縁が深いと言った。士郎からしてもこの鞘は大昔、中世辺りだろうか、そんな時代の物だと判る。

 そんな物と縁が深いのだから、何かしらの魔術を使って不老を実現して今も生きている伝説的な魔術師か、それかサーヴァントか、そのどちらかだろう。

 何にせよ、怪しい人物なのは変わらない。

 

「……………」

 

「ははは、そんなに疑わしそうに見ないでおくれ。正直、子供にそう見られるのはショックが大きいからさ」

 

「…それならさ、教えてくれ。この鞘は一体なんなんだ?」

 

「この鞘かい? あれはね、とある王様の剣、その鞘さ。あれは持つだけで不老不死の効果を得られるとんでもアイテムだよ」

 

 士郎は聖遺物を見る(解析する)。結果、あれはアーサー王が持つ聖剣エクスカリバー、その鞘だと判った。

 

「…! やっぱり、あれは…」

 

「うん。あれこそはアーサーが持ちし剣の鞘、その名も『全て遠き理想郷(アヴァロン)』」

 

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』…」

 

 静かに呟く。エクスカリバーの鞘、その存在は士郎自身よく知っている。故に、何故それがここにあるのかという疑問が出る。

 これが切嗣が入れたのは判っている。判らないのは何故切嗣がこれを持っていたのかだ。

 伝説通りならばこれは失ってから見つかることはなかった筈の物だ。それをどうやって見つけたのか。

 

「…考えても仕方ないや」

 

 その疑問に答えれるものはすでに他界している。ならば考えても仕方ないだろう。

 とにかくだ、ようやく聖杯から解放されるのだ。早く起動しようとする。

 

「ねえ、少しいいかな?」

 

 そう思って手を伸ばそうとしたら、また魔術師に止められる。士郎はなんだよ、と不機嫌な顔で応える。こっちとしてはさっさと起動させたいのだ。邪魔をされたくはない。

 

「大丈夫、すぐに終わるから。少しだけ老人に耳を傾けてはくれないかな」

 

 判ったからさっさとしろと眉間のシワを寄せる。

 

「それでね、君はアルトリアのことをどう思っているかなんだけど…」

 

 そう言われ、ハッとなったのと同時に一瞬だけ顔を赤くする。

 

「…うん。君の理想は見させてもらったけど、やっぱりね。まあ、それを伝えるかどうかは君次第だ。

 さて、とにかく君はアルトリアのことが好きだとして、シロウ君、君は覚悟ができているかい?」

 

「…覚、悟」

 

 魔術師の言う覚悟とは、もちろんあの事なのだろう。

 

「そうだ。君ももちろん判っているだろう。サーヴァントはいずれこの世からいなくなる。それは摂理だ。誰が決めた? と言われれば世界が決めたとしか言えない」

 

 淡々とあまり聞きたくない事実を述べられる。

 士郎としてもいずれそう言われることは判っていた。が、改めて言われると辛く感じる。

 

「それで、君はアルトリアとどうしたい? 君には選ぶ権利がある。もう判っているとは思うけど君には聖杯があるからね。それで彼女をこの世界に留めることも不可能ではない」

 

 そう希望的に言うが、「ただし」と付け加えてくる。

 

「彼女が、このようなことを望むかな」

 

 一気に叩き落とされたようだった。アルトリアがそのようなことを望むかと言われれば、答えは否。アルトリアが現世に未練を残したとして、留まることはないだろう。何せ、彼女は悲惨な人生を歩んだものの、そのやり直しは求めておらず、そしてその事に関しての罪だけは背負おうとしているのだ。罪を背負いながら現世に生きようと思えるだろうか。

 

「とても責任感が強い子だからね。国が滅んだのも自分の責任と思って死を選んだんだ。

 …君がそんな彼女の思いを理解しろ、とは言わない。けど、君が彼女に第二の人生を歩ませるのは彼女そのものを否定するようなものだよ」

 

「………………」

 

 正論であるがゆえに何も言い返せない。最早アルトリアを救うことはできないというのだろうか。何もできずにただ終わるだけなのか。

 そんなのは嫌だった。もうアルトリアが好きだと自覚している今、アルトリアのために全力で応えてあげたい。そう思う。

 しかし、こうして現実を突きつけられ、何もできないと知る。結局無力なんだと。どれだけ万能の願望器を渡したとしても、アルトリアは救われない、喜ばない。

 

「いずれ君はこの答を知らなければいけない。そして、そのときは約束してほしい。たとえどれだけ辛いことでもその現実をどうか受け入れてほしい」

 

 魔術師は士郎の肩に手を置いて言う。

 

「…判った」

 

 士郎は握り拳を作りながらも、頷く。

 

「うん。さて、引き留めて悪かったね。さあ、彼女達を助けにお行き」

 

 魔術師もそれに満足そうに頷くと手で促す。

 士郎は聖遺物、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』に触れる。そして、自身の体にある聖杯からアーサー王、アルトリアの魔力を探し、それを送り込む。すると、

 

「…!」

 

 『全て遠き理想郷(アヴァロン)』は輝きだすと、士郎を光で包み込む。それは決して嫌なものではなく士郎の全身を包むと、消え去った。

 

「…シロウ君。どうか、アルトリアをよろしく頼むよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ~。やっとこ自由になれるのかな。全く、元々聖杯(アレ)から逃げたくてこの体に乗り移ったのに、結局ついてくるんだもんなあ。

 それでもさっさとこの体が死んでくれればあとは自由気ままにできたのに」

 

 士郎が見えなくなってから『この世全ての悪(アンリマユ)』は独り言を溢す。

 

「あいつも強くなったな。前はもうちょいなよなよした奴だったんだけどな」

 

 上を見上げる。彼は今までのことを振り返っているようだ。

 思えば『この世全ての悪(アンリマユ)』が士郎の体に住み着いてから十年も経っているのだ。その間彼は士郎と同じものをずっと見続けていた。

 

「…今も覚えている。士郎が赤ん坊の頃、あいつは切嗣の親ッさんに育てられていたな」

 

 昔のことを昨日のように思い出せる『この世全ての悪(アンリマユ)』は時々クツクツと笑う。それだけ愉快なことがあったのだ。

 

(そうだ。あの親ッさんはいつも不器用ながら育てていた。士郎が泣きじゃくれば必死にあやすけど、全く泣き止まなくて困っていた。料理もぶっちゃけそんな上手くない。士郎の状態が判ったことも数度。全く、とんだダメ親父だな)

 

 ケケッ、と『この世全ての悪(アンリマユ)』は笑う。

 切嗣が士郎を育てていたものの、とてもいい育児とはいかなかった。だが、それでも『この世全ての悪(アンリマユ)』は切嗣が親でよかったと思う。何故なら、切嗣の育成はよくなくとも、士郎に夢を与えたのだから。

 

「それが決して良いものってわけじゃないにしても、あいつには正義の味方が一番似合っている」

 

 目を瞑って士郎と切嗣が縁側に座って話しているのを思い出す。

 

「…そろそろかな。…そういや、一つ士郎に言い忘れたことあったな」

 

 ふと思い出したのか、周囲が明るくなってくるのを見ながら呟く。

 

「――お前の世界、案外居心地よかったよ」

 

 そう言いながら『この世全ての悪(アンリマユ)』は周囲が完全に明るくなるのと同時に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!? なんだ!?」

 

 エミヤは士郎に異変が起こったのを察知し、攻撃の手を止める。

 

「Aa――Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 士郎は急にのたうちまわる様に暴れると、赤黒く染まった体から光が出てくる。それは徐々に広がり、士郎にまとわりついている聖杯の泥を剥がしていく。

 

「Gaa…! GaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAA!!!」

 

 必死の抵抗をする。聖杯の泥をかき集めて取り込み、消えた部分を修復していく。

 

「…! まだ抵抗するか。ならば」

 

 エミヤは手に持っている弓を消し、意識を集中する。

 

投影(トレース)開始(オン)…!」

 

 投影する武器は剣ではなく、一本の槍。その槍の中でも強力な光の柱とも呼ばれしもの。それこそ、

 

「『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 エミヤは投影が完了すると、すぐさまその一撃を放つ。

 

「Gaa…! Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!! A、Arrrrrrrrrrrcherrrrrrrrrrrrrrrrrrーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 放たれた一撃は、決して本物の様にはいかない。故に、聖杯の泥全てを消し去ることはできないが、その一撃ですでに脆くなっていた士郎にまとわりついていた泥が全て剥がれ落ちることになった。

 

「ぐっ…!」

 

 そして、エミヤもこれ以上結界を展開するのは限界の様だ。殺風景な光景が徐々に消え去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…! アーチャー!!」

 

 一方で、エミヤ達を待っていた凛は急に現れたエミヤに駆け寄る。

 

「凛か。無事、小僧は戻った。安心してくれ」

 

「あ、安心しろって言ったってあんたも結構傷ついているじゃない…!」

 

「なに、この程度どうとでもなる。それより…もう決着はついたのかな?」

 

 戻ってきたエミヤは周囲を見渡す。セラは傷だらけのリーゼリットを治療し、イリヤはこちらを向いている。

 

「ええ。あなた達の勝利よ。もうわたし達は戦う気はないわ」

 

「そうか。それはよかった…」

 

 そう言ってから、同じく戻ってきた士郎の方を見る。士郎はぐったりと倒れているが、聖杯で汚染されていた体も戻っており泥も出していない。もう大丈夫だろう。と思っていると、

 

「ん、んん…あれ? ここは…」

 

「ようやく起きたか、衛宮 士郎」

 

「! そ、そうだ。おれ戻ってきたんだ…! …って、あれ? 今どういう状況なの?」

 

「全部教えてあげるからこっちに来なさい、士郎」

 

 起き上がった士郎は周囲を見渡すが、すでに戦い終わった後という感じで、なにがあったのかわからないでいるが、凛から一部始終教えてもらい自分たちは勝利したということが判った。

 

「…そっか。おれたち勝ったんだ」

 

 安心して座り込む。とそこでふと周囲を見回す。

 

「あれ? そういえば、アルトリアは?」

 

「(…アルトリアね)まだ帰ってきてないわ。けど、時期に戻ってくるわよ」

 

 凛がそう言えば、そっか、と返す。士郎はとにかくそれなら良かったとアルトリアを待っていると、イリヤスフィールが寄ってくる。

 

「…ねえ、少しいいかしら」

 

「…! おれ?」

 

「ええ。あなたよ。あなたに一つ聞きたいの」

 

「何が聞きたいんだ?」

 

 イリヤスフィールは真剣な眼差しで士郎を見る。

 

「あなたは、どうして聖杯が入っているの?」

 

「…! 聖杯、ですって…!?」

 

「……………」

 

 イリヤスフィールの発言に凛は驚き、エミヤは静かに見つめる。

 

「…気づいていたんだな(そっか。だからあんな顔でおれを見ていたのか)」

 

「ええ。それで、どうしてなの?」

 

 士郎は一瞬考えてから切り出す。

 

「なんでっていっても、ぶっちゃけ偶然入ってきただけなんだよな」

 

「…そう。それじゃ、あなたは聖杯になるために入れられたわけではないのね」

 

 そう言えばうん、と頷く士郎。

 

(それじゃあ、キリツグが入れたわけじゃないんだ)

 

 イリヤスフィールが一番懸念していたのはここだ。彼女は士郎の体に聖杯が入っているのは、聖杯を求めるあまり士郎に聖杯を忍ばせていたんじゃないかということだった。無論、切嗣がその様なことを士郎に望むわけないが故に、それはまるっきり見当違いだといえよう。ただ、イリヤスフィールは切嗣がどの様な人物か教えられていただけに、その様に予測してしまったのだ。

 

「…そっか。それじゃ、もういいわ。あなたからは嫌な気配はしなくなったし。

 それじゃあ、他にも聞きたいことがあるんだけど――」

 

 と言って切り出すと凛が待って、と手を前に出す。

 

「その前に聞かせて頂戴。士郎の中に聖杯があるってどういうこと? こっちは全然話が判っていないんだけど」

 

 思えば、凛にはまだ真実を一切話していなかった。それに気づいた士郎はそういえば、と話してあげようとするものの、なんと言って話を切り出そうかと考えていると、エミヤが話し出す。

 

「凛、そのことに関しては戻ってからだ。我々は限界に近いのだ。休んでから話を聞いたほうがいいだろう」

 

 そう言えば、「それもそうね」と凛は聞くのを諦める。エミヤのような英霊はまだ余力を残していそうではあるが、他は程度はあれほとんどが限度に達する寸前だ。

 その話を聞いていたイリヤスフィールも顎に指を当ててうーん、と考え込む。

 

「…アーチャーの言う通りね。わたしたちももう限界。ここで話をするのは落ち着かないし。ね、シロウ、あなたのお家に連れて行ってはくれないかしら?」

 

「――! え、ええっ!? お、おれの家に!?」

 

 唐突にその様なことを言われ、士郎は動揺してしまう。もう決着がついているとはいえ、先程まで敵同士だったというのに急に親しく家に行こうなどとどうして考えられようか。

 

「ダメなの?」

 

「いや、ダメっていうか、それでいいのかな、っていうかもう違うって言っても敵だった人の家に、行ってもいいのかな? って」

 

 士郎は動揺して考えがまとまらず凛に助け舟を呼ぶが、凛はまあいいんじゃない、とでもいう様に無関心を決めている。エミヤも同様だ。そして、セラもリーゼリットも「私達は何も異論はありません」とでもいうような雰囲気を醸し出している。もう拒否できる要素は皆無になった。

 

「え、ええ…」

 

「ね、いいでしょ?」

 

 小首を傾げてそう言ってくるイリヤスフィールは幼い少女にしか見えない。そして、士郎はそんな少女の願い事をそうそう断れるわけもなく、

 

「はぁ。判ったよ…」

 

 と堪忍する。これにイリヤスフィールはぱっと明るい表情になると、「やったぁ!」と無邪気に喜ぶ。もう戦っていた時の雰囲気は無くなっている。緊張感が無くなったことにより素の状態でいられるようになったということなのだろう。

 

「それじゃ、あとは案内お願いね?」

 

「…お前、確か家を使い魔で覗いていたことなかった?」

 

 そんなことは聞こえません。というように弾んでいるイリヤスフィールは、士郎に手を差し出す。

 

「それじゃ、よろしくね?」

 

「…はあ。もういいや。うん、こっちもよろしくな…」

 

 イリヤスフィールは結果的に敗北したが、それでもかけがえのない従者二人を守ることができ、こうしてずっと望んでいたことが実現しようとしていた。もうアインツベルンに居場所はない。だが、イリヤスフィールにはリーゼリットもセラもいる。そして、何より大事な弟と和解できたのだ。もうアインツベルンにいる理由も無いだろう。イリヤスフィールは自由を手に入れたのだ。

 士郎はイリヤスフィールが差し出した手を握ろうと手を出す。士郎はこれでようやく家に帰れると思い、イリヤスフィールと同じくらい嬉しくなり自然と笑顔を溢し、その手を握る――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか見物だったぞ。雑種共」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ことはできずに、目の前で血吹雪が舞った。

 

 

 

 

 

 

 




ども、ウェズンです。まさかの二連チャンで前書きであんなことを書いてしまうとは…
まあそれはさておき、ようやくバーサーカー戦終了です。けど、立て続けにくるこれは…全く傍迷惑だ。といいつつも、これくらいしなきゃなあ〜と思うのでした。
では、また次回お会いしましょう。


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第二十六夜-英雄王-

ども、ウェズンです。
ネロ祭始まりましたね。私はどうにかスパルタクスを令呪二つ犠牲にして倒しました。
そして、今回のネロ祭でガチなカルナやアルジュナが二人揃って来ないか震えています。他にもキングハサンなんかもグランド携えて来ないか震えています。


 士郎は目を剥く。目の前には、剣が体を貫かれ鮮血を飛び散らしているイリヤスフィールがいる。

 そして、そのイリヤスフィールも何が起こったのか理解できていなかった。ただ、急に後ろから剣が突き刺さってきたということ以外は。

 

「――えっ? あっ…ああぁ、カフッ…!」

 

 イリヤスフィールはそのまま前に倒れる。口から血を吐き出しながら背後にいる存在に気付き、そちらに目を向ければ、

 

「…なに。あなたは、誰…? あなたなんて、知らない…」

 

 イリヤスフィールは一瞬だけその赤い瞳にその人物を写すと、絶命してカクンと首が垂れる。

 

「………………」

 

 士郎はただ目の前の状況に驚いているばかりだった。イリヤスフィールは死に、セラもリーゼリットも剣が至る部位に何本も刺さり死に絶えていく。

 凛はエミヤに護られ無事に済んでいる。そして士郎もエミヤに護られ、目の前まで迫ってきた剣が弾かれる。

 士郎は眼前を遮っていた物が無くなり、ようやく先に誰かがいるのが判った。

 

「…!! …なんだ…! アイツは…!!」

 

 震える声を出し、視線の先を見るといたのは、極めて独特な雰囲気を持つ男だった。金色の鎧を見に纏い、金色に輝く髪をオールバックにし赤い目をした不敵な笑みを浮かべるその男は、とてもただの人間とは言えない。かといって、サーヴァントというにもどこか異質な気配がする。

 あの男からは王という風格が異常なほどに漂っている。そこに存在するだけで格の違いを思い知らされているような気分である。

 

「…我が誰かだと? ハッ、不躾な輩よな。先に名乗るのが我への礼儀というものではないか」

 

 言葉の端々から判る自分こそは唯一無二の存在だと豪語する傲岸不遜の態度。よほど自身の実力に自信があると見える。

 

「………………」

 

「…黙りとは、随分と礼儀を弁えていないのか、それか我に恐れをなしているか。まあどちらでも良い。動かぬというならばそこで大人しく待ってろ」

 

 カツカツと音を立てて士郎の方へと歩き出す。士郎は目の前の男が何者かも判らずただじっとしていると、

 

「全く、随分と傍迷惑なことをしてくれたな。英雄王」

 

 エミヤが男、英雄王の前に立ち塞がる。

 

「…貴様のその手に持つ剣は紛い物か。で? そのような贋作を持って何故我の前に立った。よもやそれが我への献上品というのではあるまいな」

 

「フッ、無論これが献上品の訳がない。もとより、英雄王ともなればこの程度の剣いくらでも持っていよう。今更差し出したところで意味などない」

 

「フン、判っているではないか。ではそこを退けろ。一度だけ待ってやろう。今の我は気分がいいのでな」

 

 英雄王のその不敵な笑みに対抗するかのようにエミヤも返すと、

 

「ほう、彼の英雄王にしては随分と寛大だ。だが、生憎そういうわけにはいかないのでね。…貴様に聖杯を渡すわけにはいかん」

 

 宙に剣を投影する。

 

「…なんだ。存外に物分かりのいい雑種かと思えば、やはりただの愚かな贋作者(フェイカー)だったか。

 よかろう。ならば、我への不敬、そして醜い贋作を見せたその頭蓋、全て砕いてやろう!!!」

 

 突如英雄王が叫べば、宙に黄色い波紋のような歪みが見え、そこから何十何百の武器を覗かせる。

 

「――な、なんだありゃ!?」

 

 反射的にあれら全てを解析した士郎は驚愕せずにいられない。英雄王が出した武器、あれらは全て宝具だ。通常、英霊が持てる宝具の数は決まっている。だが、あれほどの数を持つ英霊など聞いたことがない。

 

「さあ、せめてその死に様で我を興じてみせよッ!! 『王の(ゲート・オブ)――」

 

「―――全工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)

 

 エミヤはそれに対抗して自身も大量の武器を投影し、二人はお互いに構えると、

 

「――財宝(バビロン)』ッ!!」

 

停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層射(ソードバレルフルオープン)!」

 

 全てを飛ばす。飛んでいった武器はお互いにぶつかり合い、相殺される。

 

「す、すげえ…」

 

 『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』、英雄王が持つその名の通りの英雄王がかき集めた財宝だ。その数はまさに無限。英雄王自身その数は把握できていないほどだ。英雄王はこれを贅沢にもほどがある使い方でエミヤと同じ戦い方をする。

 後ろで見ている士郎はその戦いっぷりに口をあんぐりと開ける。エミヤと英雄王の戦い方はほとんど同じであり、士郎もできなくない方法だ。だが、これほどの量はまだやったことがなかったので、自身の新たな可能性としてこの戦い方を記録しておく。

 

「…ほう。贋作にしては良くできている。まあ、どれほど精度が良かろうとも贋作である以上、この世に残すことなどないがな」

 

 英雄王はさらに勢いを増す。それに合わせてエミヤも投影を速める。

 現状互角のように見える戦いだが、エミヤは見るからに消耗している。このままでは押し切られてしまう。

 どうにかできないかと士郎もエミヤと同じく投影しようとするが、

 

「衛宮 士郎! 貴様でどうにかなるような相手ではない! 大人しくしてろ!」

 

「! で、でも…!」

 

 エミヤに止められる。エミヤ曰くこの者はいくら規格外な士郎であろうとも倒すには現状不可能だという。

 

「奴の相手は私がする! 安心しろ、奴と私では相性がいい。このまま互角に持ち込み倒してみせよう!」

 

 エミヤはそう言うが、どう考えてもそれは難しい話だろう。互角に戦えているように見えるだけで、英雄王はまだ余裕というような表情で佇んでいるのだから。

 

「――互角だと…? いつ我が、貴様に本気を見せたぁッ!!」

 

 英雄王は吠え立て、先が黄色い楔でできた鎖を何本も出してエミヤを捕らえようとする。エミヤは咄嗟に躱すが、鎖はひとりでに動き追ってくるので、さらに動き回りつつ剣で鎖を断つ。だが、鎖は思った以上に素早い。一本斬れたところで更に追撃が来る。

 

「(…『天の鎖(エルキドゥ)』で捕らえたところでやはり無駄か)フンッ…!」

 

 時に腕に絡みついたが、すぐさま断ち切られたので、英雄王はまた無数の武器を放射する。

 

(…ッ! 互角とは言ったが、やはりそう長くは持ちそうにないな…!)

 

 飛んでくる剣を撃ち払いながらチラリとエミヤは凛を見る。凛は少しだが息苦しそうに呼吸が荒れていた。エミヤへの魔力供給が大きいのだろう。もともと限界に近かったのだ。まだ保てそうとはいえ、このまま戦いが長引けば凛の魔力が枯渇して死に至らしめる可能性がある。

 長期戦はなるべく避けたいところだが、エミヤは英雄王相手ではそうはいかないだろうと考える。ならば、このまま聖杯を置いて撤退するという下策もあるにはあるが、

 

「…アーチャー。命ずるわよ、このまま戦いなさい。私はまだ大丈夫だから」

 

 凛はそれは許さないというように宝石を取り出しつつ言う。エミヤが心配していることが判ったのだろう。

 取り出した宝石を凛は飲み込む。これで魔力を少しでも回復させているようだ。しかし、凛の宝石は先ほどの戦いでもうほとんどなく、後一つとなった。

 その様子を見ていたエミヤはどうにか勝たねば、と思うもののだからと言って気持ちが変わっても戦力差は歴然として開いてしまっている。このままではまずいと顔を歪める。すると、

 

「――投影(トレース)開始(オン)!!」

 

 英雄王に向かって剣が数本飛んできた。英雄王は同じく剣を飛ばし相殺させる。

 誰が飛ばしてきたのかと視線を向ければ、剣を飛ばしたのは士郎だった。

 

「…小僧が。我に刃を向けるなどと赦されん行為を…!」

 

 英雄王は眼光を強くして怒りを露わにする。そして、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を士郎に向けて放とうとするが、その一瞬だけできた隙を突いて、エミヤが至近距離まで近づいて剣を振るう。

 英雄王はそれに咄嗟に反応して『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』から剣を取り出して防ぐ。

 

「ぐぅ…! ちょこざいな…! よもや贋作者二人が我に楯突こうとはな…!!」

 

「すまないが、英雄王、貴様を相手に卑怯も何も言っていられないものでね。こちらとしてはこれしか手段は残されてないのだ」

 

 だんだんと怒りがたまってきているのが判る。自身こそが至高の王と言う誇りを持つ英雄王としては士郎たちの行いは反逆のそれ。赦されることではないからだろう。

 そして、エミヤは少しだけ希望が見えた。先ほどの士郎の投擲、エミヤはまだそれを教えてなかったためにてっきりできてもまだ慣れないうちは難しいだろうと考えていたが、今の発射速度を見る限り問題はないように思えた。見誤っていたことに反省しつつも、士郎と共闘すれば勝てなくとも聖杯を渡さずに退かせることができるかもしれない。

 

(さて…小僧と二人ならば奴を撤退させることはできるかもしれんが、それもやはり凛次第か)

 

 それでも、やはり凛の魔力が底を尽きなければの話になる。凛は先程の戦いで大量の魔力を消費しているのにも立っていられるのは凛が優秀な魔術師であるがゆえだ。

 エミヤはどうしたものかと頭を悩ませる。凛の魔力が無くなるのが先か、英雄王が退くのが先か。結果は目に見えているようなものであるが故に解決法も見つけなければいけない。

 

「…! アーチャー師匠っ!」

 

 エミヤが思考していると士郎に呼ばれる。「なんだ」とエミヤは英雄王の前から退いて士郎の側に寄る。

 

「少し試したいことがあるんだ。多分、アーチャー師匠相手ならできると思う」

 

 士郎がそう言うと、おもむろにエミヤの腰辺りに触れる。

 

「――同調(トレース)開始(オン)

 

 一体何をするんだ、とエミヤが思った瞬間、凄まじい魔力が身体中に送られてきた。

 エミヤはこれは、と疑問に思っていると、

 

「今アーチャー師匠におれの魔力をたくさん送り込んだ。

 今アイツに勝つにはアーチャー師匠の力が必要だ。だから、凛のことはおれに任せてくれ」

 

 士郎は強化魔術を応用して、エミヤの魔力回路と自身にある聖杯の魔力を一時的に繋げてそこから魔力を送り込んだ。エミヤの、自身の体だからこそできた芸当だ。他の人ではその体の構造を知らないといけないため解析に時間がかかってしまう。

 

「…フッ。どうやら意識の無い間にまた強くなったようだな。

 了解だ。凛は貴様に任せよう」

 

 エミヤは何か察したのか、それ以上は言わずに英雄王と向き合う。

 

「ほう。聖杯(小僧)から魔力を貰ったか」

 

「ああ。おかげで最高の気分だ。魔力消費もあまり考えずに済む」

 

「…ハッ、その程度の魔力を貰ったところで、我の無尽蔵の財に敵うとでも?」

 

 英雄王は少しだけ眉間に皺を寄せたが、すぐにいつもの不敵な笑みで『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を展開する。

 

「舐めてもらっては困るな。物は使いようだ。大は小を兼ねると言うが、大と小で必ずしも小が負けるとは限らない。貴様こそ慢心を捨てたらどうだ?」

 

 お互いに挑発を繰り返す二人。どうも相性が悪い二人であるようだ。話が噛み合う隙すらもない。

 そのまま睨み合うと再び動き出す。エミヤは先程よりも容赦の無い攻防を繰り出す。投影する数を大量に増やして、自由自在に飛ばしている。

 エミヤと英雄王の戦い方は似て非なる。お互い大量の武器を使った戦法と共通していても、エミヤは技術を大事に大量の囮と攻撃を含ませ、英雄王は力こそが全てと言うように圧殺する、と方向性がまるで違う。それではいくら戦法が同じでも微々たる差は出てくるもの。

 そして、今その差が出てこようとしている。

 

「どうした? もう少し容赦なく来るべきではないかね、英雄王」

 

「ほざけ、雑種がぁ!!」

 

 力と技では必然的に技が勝っていくもの。エミヤは有利に立てている。

 だが、エミヤは決して慢心だけはしなければ、勝つ気も湧かない。判っているからだ。英雄王にはまだ奥の手があることが。

 ただ、それと同時にその奥の手は絶対に使ってこないだろうと言えるだけの自信もある。それは英雄王の性格をよく判っているがゆえだ。

 

(しかし、それもいつまで保つかだな)

 

 とはいえ、相手もバカではない。いざとなれば使ってくる可能性も多いにある。それが来た場合、打つ手なしに簡単に倒されるだろう。ただし、それはエミヤ一人に限った話で言えばだが。

 そうこう考えているうちに英雄王の武器の勢いが強まって来ていた。そろそろ容赦はしないということか、それか早く終わらせたいと思ったか。後者はあり得ないだろうと思いつつ、相手の勢いに合わせエミヤも投影する量を増やす。

 

「…フン。見るに耐えんな」

 

 英雄王はポツリと零す。その目にはエミヤを侮蔑していることが伺える。負けると判っていながら戦っていることが英雄王には滑稽でしかないのだ。

 英雄王はまだ余力を残している。それは奥の手があるということではなく純粋にまだ手加減しているという状態だ。

 ただ、それも飽きたのか、それかこのままでは一向に終わる気配がないと思ったのか、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を全て閉じる。

 急に攻撃が止んだのでエミヤは訝しみ動きを止める。

 

「このような舞台で使うものではないが、奴のこともある。そうも言ってられん」

 

 英雄王は『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を一つだけ開くと、そこから複雑な形状の鍵を取り出した。

 士郎はなんだあれは、と首をかしげる。あれも何かの宝具なのだろうか気になる士郎は解析しようとしたが、その前に英雄王は鍵を回す。

 

「…!!? な、なんだ…あれ…!?」

 

 英雄王が鍵を回すと、一本の剣が…否、あれは剣と言っていいのかわからない。刀身は円錐の筒の様であり、よく見れば三本続けて繋がっている。そして、紅い奇妙な模様が輝いている。

 士郎は目を見開く。英雄王の持つあの剣は一体どういうものなのか調べようとするが、いつの時代のものか聖杯で判るだけで、その構造や仕組みはノイズが入るばかりで何一つわからない。

 聖杯の記録でもっても判るのはいつの時代のものかまで。こんなことは初めてだった。士郎は一度聖杯の中身を覗いたことがある。その中には様々な英霊たちの記録と武器があったが、士郎はそのほとんどを読み込んでいた。なのにも関わらず全く解析できない武器があろうなどと予想だにできなかった。

 故に士郎は恐怖に襲われる。全く読み込めないのはその神秘を表しているだけでは無く、その強大さを示しているのだ。士郎はあれから何が放たれるのか警戒していると、

 

「――一掃せよ、エア」

 

 その命令が聞こえた瞬間―――凄まじい暴風がアインツベルンの城を破壊した。

 

「うわあぁ!!!」

 

 その暴風に士郎は巻き込まれ、宙高く浮いてしまうが、凛を抱えたエミヤがすぐに助けてくれ、そのまま落ちてくる瓦礫を避けながら城の外へと脱出する。

 明るくなりかけている外に出た後も、あれだけ大きかったアインツベルン城は脆くも崩れ去り、大きな瓦礫の山だけがそこに残った。

 

「うっ…なんだよ、あの剣」

 

「…あの剣は奴の切り札だ。まさかこんなにも早く使ってくるとは」

 

「ちょっと。私も下ろしてよ」

 

 エミヤは倒壊したアインツベルン城を見る。まだ英雄王は出てきていないが、死んだと言うことだけはないだろう。それだけは断言できる。

 

「……………」

 

 英雄王が出てくることに警戒しつつ、エミヤはあることを考える。それは英雄王の行動についてだ。

 エミヤは英雄王の行動にどこか焦りがあるように感じたのだ。なぜならば、奴が城を倒壊させるのに使ったあの剣は奴の切り札であると同時に奴の一番のお気に入りである。そんなものを士郎たち、奴にとっての醜い雑種相手に早く終わらせたいと言わんばかりに放つ。そんなことはあり得ないとエミヤは疑問でならない。

 一体何があの英雄王を焦らせているのか。とそこでふとあの存在を思い出した。

 

(…! まさか、魔術王の存在か…!)

 

 そう、それはいまだに様々なことが不明である魔術王。エミヤはその魔術王が英雄王を焦らせているのではないかと考える。

 確かにそれならば納得がいく。魔術王の実力は定かではないものの、ああして相対しただけで判る絶大な気配。あれは英雄王と同等かそれ以上だろう。

 英雄王はその魔術王の存在に警戒している。それは間違いない。そのためにも聖杯を早く回収して魔術王も討つつもりなのだろう。

 

「…全く。奴の唯一の弱点である慢心が薄れているなどと、笑い話にもならんな」

 

 慢心を捨てろ、とは言ったものの実際には捨てて欲しくなかったエミヤは溜息をつく。

 

「…? アーチャー、さっきから何難しい顔で呟いているのよ」

 

「いや、少しまずいかもしれないと思ってな。奴を相手にするならランサーを待ったほうがいいだろう」

 

「…確かに。なんか訳わかんないくらい武器出していたし、変な武器で一気にこの城を壊したんだものね。ランサーと合流した方がいいか。

 …ねえ、アーチャー。あなたあの英霊のこと何か知っているの?」

 

 凛は立ち上がってエミヤに尋ねる。

 

「…ああ。知っているとも。奴はこの世の全てを集めたとされるウルクの王だ」

 

 隠すことでもないのか、エミヤは簡単に凛に教える。

 

「…ウルクの王…この世の全てを集めた…それって、まさかメソポタミアに伝わる英雄王、ギルガメッシュのこと…!?」

 

「その通りだ、凛。奴こそは英雄の中の王であり一時期は暴君とさえされた英雄王だ」

 

「まさか、そんな大英雄が…。ってあれ? 待って。さっきの英霊がギルガメッシュって判ってけど、それってどういうこと? ギルガメッシュにアサシンとしての素質があるとは思えないし、アサシンという感じも一切なかった…」

 

 凛の言う通りだ。英雄王、ギルガメッシュはどう考えてもアサシンの素質がある人物ではない。だが、それだとおかしいことになる。こちらが確認できていないサーヴァントはアサシンだけ。だが、ギルガメッシュはアサシンではない。つまり、サーヴァントは全部で八騎いることになる。

 完全にルール違反だ。そもそも八騎目のサーヴァントなんて呼べる訳ない。ならば一体どうしてギルガメッシュは存在しているのか。

 

「…それに関しては後で教えよう。今は奴をやり過ごすことだけを考えておいたほうがいい」

 

「…なによ、ここ最近は隠し事ばっかだったのに、随分と教えてくれるようになってきたわね」

 

「フッ。もう隠すべきことではないだろうとね。それに、これ以上は主従関係が崩壊してしまいそうだと思った故にな」

 

 凛は急に教えてくれるようになってきたエミヤを少し怪しむが、エミヤはそう言うのでいいか、と怪しむのはやめる。

 士郎はそれを見て少し安心していた。士郎としてもこのまま凛に隠し事をしておくのは嫌だったからだ。

 その時、ガラリと音が聞こえた。

 

「話し合いは終わったか? 雑種ども」

 

「…!!」

 

 全員が同じ方向を見る。そこには鎖に繋がれたイリヤスフィールの死体を運んでいるギルガメッシュがいた。やはりと言うか当然と言うか、全くの無傷で。

 イリヤスフィールの死体が確認できたエミヤは聖杯がギルガメッシュの手に渡ってしまったことに悔しく思うが、それも時間の問題だったのだ、仕方ないと割り切る。

 

「どうやら、そこなアーチャーは我のことをよく知っているようだ。ならばもう判るであろう? 如何に抵抗が無駄であるのが」

 

「フッ、もとよりそれは承知の上だ。それでも貴様に屈するわけにはいかないのでね」

 

 エミヤは再三剣を構える。だが、ギルガメッシュは『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を開く様子はない。

 

「…どうした? まさか、このまま勝ち逃げなどとらしくないことをするわけではあるまいな」

 

「フン、ほざくな雑種が。目的のものは手に入ったのだ。最早貴様らに用はない」

 

 ギルガメッシュの言葉に凛と士郎は少しだけ緊張が緩み僅かに息を吐く。もう用がないなら退いてくれるのではないかと、安心できるかと思えば「だが、」と繋げていく。

 

「貴様らをこのまま逃すのはいささか危険だな。特に、そこの小僧」

 

 鋭い殺気が篭った目で士郎は射抜かれ身の毛がよだち、喉が噛みちぎられる錯覚が見えた。くだらない存在としか思っていなくとも、その内に秘めるものの強大さははっきりと判っているようだ。

 

「…ッ」

 

「フン。中身は強大だというのに、器はそのざまか。

 …ああ。そういえば、そこな小僧供はどちらもマスターなのだろう? それに、貴様ら話していたな。ランサーと合流したほうがいいと」

 

 急にそのようなことを言い出したギルガメッシュが何を言おうとしているのか判らない。ランサーと合流しても無駄だと言いたいのかなんなのか。

 エミヤは嫌な予感がした。ギルガメッシュであればランサーが何者かは知っているはず。ならば、いくらギルガメッシュでも油断はできないはずだ。それがあそこまで不敵の笑みでいられるというのは…。

 士郎と凛も一体どういう意味なのか考えあぐねていた。二人は疑問符が浮かぶ。すると、

 

「して、そのランサーとやらは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――こいつのことか?」

 

 ギルガメッシュが見せびらかすように宝物庫から出て来たのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!! ア、アルトリアッ!!!!」

 

 四肢が『天の鎖(エルキドゥ)』で縛られて拘束されたアルトリアだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
イリヤ生存を望んでいた方申し訳ありません。もともとここではイリヤは死ぬ予定だったので。
では、また次回お会いしましょう。


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第二十七夜-魔術王の求めるもの-

ども、毎度ウェズンです。
ここでもう言っちゃいますが、ギルガメッシュ退場いたします。
さて、サービスシーンは期待しないように。
では、始まります。




「……!!! ア、アルトリアッ!!!!」

 

 『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が一つだけ大きく開き、そこから鎖に四肢を拘束されボロボロの状態のアルトリアが出てきた。

 バーサーカーとの戦いが終わった筈なのにも関わらず、ずっと戻ってこなかったのはこういうことだったのか、とエミヤ目を見開いて驚き、凛はまさかあのランサーが、と信じられないようなものを見た表情でいる。

 

「シ、ロウ…」

 

 その今にも消え入りそうなほどのかすれた声が耳に響いた士郎は目を剥いて顔を歪め叫ぶ。

 

「テメェ…!! よくもアルトリアをッ…!!!」

 

 怒りを露わに剣を出して真正面から突撃しようとしているのを凛が必死に止める。

 

「バーサーカーと戦っていたのが目障りだった故にバーサーカー諸共始末しようとしたが、この女だったのでな。それで連れてきたが、そうか。そこの小僧が此奴のマスターか」

 

 ギルガメッシュは品定めをするような目でアルトリアを舐め回すように眺める。それにも士郎は許せないと青筋を立てながら食ってかかろうとする。

 

「落ち着いて…! お願いだから…!」

 

 だが、凛が必死に止めるためそれもできず、ただ睨みつけるしかできなかった。

 

「クックック。この女は後で我の好みにするとして、そうさな。それにもマスターはやはり邪魔だ」

 

 ギルガメッシュは目線だけを士郎に向けると、急に『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が何十個も開かれ、大量の武器が一斉に放たれた。

 

「――――ッ! 『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』…!!」

 

 これはまずいと思った瞬間、士郎たちを守るように盾が七枚重なって現れ、ギルガメッシュの宝具を全て防ぎきる。耳鳴りがしそうな鈍い金属音が鳴り響く。

 

「…! チッ。贋作者(フェイカー)が…小癪な真似をしおって…」

 

 その盾で士郎たちを護ったのはエミヤだ。士郎はその盾を見て、投影できるのは武器だけではなかったのか、と最早条件反射の勢いでその盾を解析をする。

 

「ふぅ。やはり魔力が十全以上あるというのは気分がいい。本来であれば出すのを戸惑うものでも簡単に出せる」

 

 エミヤは宝具の雨が止むと盾を消す。

 

「さて、少しばかり不利ではあるが、まだどうとでもなる。諦めるには早い。

 そのためにもまずは――ランサーを返してもらおうか、英雄王」

 

 エミヤは少しだけ怒りが篭った目を向ける。士郎ほどではないとはいえ、エミヤも怒りに震えていた。

 

「ハッ、よほどこの女が大事か。揃って愚かな贋作者供よ。もとより、この女は我のものだ。多少姿形が変わっていようともな」

 

 士郎はギルガメッシュの姿形が、というのがどういうことか気になるが、今はそんなことよりどうやってアルトリアを助けるべきかだ。

 士郎は考えを巡らす。怒りを抑え、逸る気持ちを抑えつつ、どうすればアルトリアを助け出せるか考える。今、ギルガメッシュはまたエミヤと戦い始めた。今のところは互角に戦えているが、いつまで続くか判らない。あんな剣を見せつけられたのだ。あのサーヴァントには士郎やエミヤでも絶対に敵わないと判りきっている。

 

「…!」

 

 倒すのは実質不可能。だが、

 

「あっ! ちょっ、ちょっと!」

 

 士郎は少しだけ緩んだ隙に凛の腕から逃れる。

 

「おれは大丈夫だから! りんはそこにいてくれ!」

 

 そうは言っても心配なので凛は追いかけようとするが、目の前に物凄い勢いで剣が飛んできた。ギルガメッシュのものだ。

 飛んできた剣は地面をかなり抉っている。もし士郎を追って後一歩ほど前に出ていたら当たって凛の体内にある内臓がいくつか飛び散っていただろう。その状況を想像して凛は息を飲む。

 こんなものが飛び交う場所に足を踏み入れるのは流石に無謀だ。凛は唇を噛みながらその場にとどまっている他なかった。

 

(確かにアイツは倒せない。あんな武器に対抗できるものなんておれでも、アーチャー師匠でも作ることはできないけど、それでもアルトリアだけでも助ければ…!)

 

 士郎はギルガメッシュの流れ弾を避けながら慎重に近づく。ギルガメッシュはエミヤを相手にしているため、こちらに気づいていないようだ。見向きもしない。

 

(後少し…)

 

 アルトリアまで後十数メートル。

 

(慎重に、慎重に…!)

 

 後数メートルは近づきたい。ギルガメッシュに気取られないようになるべく近寄って剣を投擲しアルトリアを助けようとする。

 

(よし。後は…)

 

 後はもう少しギルガメッシュの隙が見つかれば、と思ったら、

 

「雑種が、ふざけた真似をするなと言っただろう!!」

 

 ギルガメッシュの目がギョロリと蛇の如く士郎を睨む。すると、宝具が士郎に向けて一本放たれた。「うわぁ!!」と目前まで迫って来たところで体を無理に捻って倒れこむようにして回避できたものの、どうやら気づいていないというのは誤りで、とっくに士郎が近寄っているのは気づいていたようだ。

 

「衛宮 士郎!! 何をやっている!!」

 

「うっ、ごめん!! アーチャー師匠!!」

 

 何故士郎までここに来たのかと叱り、同時にあのまま殺されてしまっては流石にまずいとエミヤは焦り出す。「すぐに凛のところへ戻れ!」とエミヤは必死に叫ぶが、あの位置でそれが難しいのは一目瞭然だ。

 

「さて、我は貴様さえ殺せば用は何一つ無い。ついでだ、その魔力もいただくとするか」

 

 ギルガメッシュは適当な剣を取り出す。だが、その剣も匠が打っただろう名剣というに相応しい輝きを放っている。

 士郎は恐れずに手に地面のザラザラした感触を感じつつ投影を行う。

 

投影(トレース)開始(オン)…!」

 

 士郎は失敗してしまったものの、完全にダメになったとは思わなかった。むしろ、ここまで近づいたことでギルガメッシュは接近戦を余儀なくされるだろう。それは士郎にとって好都合だ。まだ剣の投擲が慣れていない士郎はなるべく接近戦で挑みたいと思っているからだ。

 ギルガメッシュとしてはここまで来たところで簡単に倒せる、それよりもエミヤだと思っているようだ。それがただの慢心だとは判らずに。

 

「さて、貴様はどう死に様を晒すのだろうな、小僧!!」

 

 ギルガメッシュは剣を容赦なく振るう。士郎はそれに地面を背に剣で受け止める。地面が僅かに沈む感触がある。

 

「ぐっ、ぐぐぅ…!」

 

 受け止めたはいいのもの、かなりギリギリだ。ギルガメッシュはただ武器を飛ばすだけでのように見えるが、その実ある程度戦うには申し分のない筋力があるようだ。

 

「ハァッ!!」

 

「甘いわっ!」

 

 ギルガメッシュが士郎をジリジリと押し込んでいると、その隙を狙ってエミヤがギルガメッシュまで一息に跳んで剣を振りかぶる。それをギルガメッシュは即座に宝物庫を開いて対処する。エミヤはそれを防ぐが剣の勢いに押し戻されてしまう。

 

「! うおおッ!!」

 

 ほんの一瞬エミヤに気が向いた隙に士郎は一気に体を起こして押し返す。押し返した士郎はそのままギルガメッシュに斬りかかる。

 

「…! まだ抗うか…!」

 

「どこまでも足掻いてやる…! テメェを倒すまでなあッ!!」

 

「ほざけ…! 雑種ッ!!」

 

 士郎とギルガメッシュは互いに武器を持ちぶつかり合う。白兵戦を極めた者からすれば滑稽な戦いではあるものの、互いに自身の誇りと想いを剣に乗せてぶつかり合う気迫は決して劣ることはない。

 

「チッ。無駄だと言っているだろう!!」

 

 ギルガメッシュの一撃を体を転がして避けてから少し距離をとって士郎は息を整える。その内にエミヤも士郎と合流し、二人揃ってギルガメッシュと相対する。

 

「全く。随分と無茶なことをしてくれたな」

 

「ごめん。けどおれ居ても立っても居られなくて…」

 

「…まあ、気持ちは判らないでもない。いや、むしろ共感できるというべきか」

 

 エミヤは士郎の軽率な行動に叱りつつも、それに理解を示してくれる。

 

「仕方ない。衛宮 士郎、次は私とお前で戦うぞ。ついて来れるな?」

 

「…! 当然だ!」

 

 士郎はまた立ち上がる。エミヤと共闘できるというなら百人力だ。これならギルガメッシュといえどそうそうやられはしないだろう。

 

「…………ッ」

 

 ギルガメッシュは再三立ち向かってくる二人を怒りの形相で睨み付ける。何故こうまで抗おうとするのか。勝てないと判っている筈なのに、あの剣を見せ、聖杯もアルトリアもこちらの手中だというのにだ。ギルガメッシュからすれば完全に理解の外としか思えない行動だ。

 とにかく、向かってくるというのであれば容赦はしない。もとよりギルガメッシュとしても感じている。あの二人は天敵だと。

 そうである以上生かしておくわけにはいかない。たかが雑種が自身の天敵などということはあってはならない、赦してはいけないからだ。

 

「おおおッ!!」

 

 だが、二人の勢いは止まらない。こちらがどれだけの宝具を見せようとも、絶望を与えようとも、二人は何度だって立ち上がってくる。

 

「…ッ! 何故だ…! 何故、何故そこまで我に…! 歯向かえるというのだぁッ!!」

 

 ギルガメッシュは徐々に押されていく。『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』で突撃してくる士郎を殺そうとするが、エミヤがそれらを一つ残らず撃ち落とす。そして接近戦に持ち込まれたギルガメッシュは仕方なくまた士郎と斬り合う。

 

「ぐっ…! この我が、ここまで押し込まれるなど…!」

 

「お前は油断しすぎたんだよ…! お前はおれをただの子供だって思っていたんだろうけど、言っておくぞ…おれを…! ただの子供だなんて、思うなぁ!!」

 

「ぐぅッ…!!」

 

 士郎はギルガメッシュが持つ剣を破壊する。最早完全に英霊と同等の筋力を得ている士郎はそのままギルガメッシュを押し込んでいく。

 ギルガメッシュは今劣勢に立たされている。どちらか一方に攻撃を専念することはできず、しようとする度に士郎の剣が振るわれ、いつの間にか弓を持っているエミヤに邪魔をされるためままならない。

 ギルガメッシュは青筋が徐々に立っていく。自分がここまで追い込まれているからというのもあるが、このままでは負けると考えてしまったからだ。

 

「おの、れッ…! おのれ…! おのれ、おのれ、おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれッ! おのれぇッ!!」

 

 それは、それだけは自身のプライドが許さない。何が何でも士郎達を消し去る必要があった。

 

「ぐあっ…!」

 

 ギルガメッシュは怒りが頂点にまで達したのか、士郎を渾身の力で弾き飛ばす。士郎は受け身をとってすぐに起き上がる。

 

「おのれ…! よもや、この我が貴様らに本気を出さねばならんとはなぁッ!!!!」

 

 ギルガメッシュの怒りの叫びと共に今まで見たことがないくらいの数の『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が開かれる。それだけに止まらず、更には士郎たちの四方八方を埋め尽くさんと展開される。この数では武器の雨などという表現は生温い。いうならば武器の嵐といえる。本気で士郎たちを殺しにかかっているようだ。

 

「――投影(トレース)!」

 

開始(オン)――!」

 

 それに対し士郎達は背中を合わせて投影を行う。エミヤがギルガメッシュの武器と同じくらいの数を投影し、足りないところは士郎が補い、飛んでくる武器の嵐と同等の嵐を起こす。ただし、それはギルガメッシュとは風向きが真逆の嵐。よって、武器は全て相殺されていく。

 ギルガメッシュはこれでも敵わないことに「雑種がぁ…!」と顔を更に歪める。かくなるうえはあの剣を出そうとさえ考える始末だ。

 だが、

 

「…! 今だ! 投影(トレース)開始(オン)…!!」

 

「…!? 何を…!?」

 

 士郎は新たに武器を四本投影し飛ばす。だが、それはギルガメッシュを狙わずその後ろに飛んでいく。ギルガメッシュは何故、と思った途端、後ろで鉄が断ち切れる音が鳴った。

 バッと後ろを振り向いたギルガメッシュは目を見開く。そこには、薄暗い周囲を明るく照らす輝ける槍を携え、今にも宝具を全開に解放しようとしているアルトリアがいた。

 もともと士郎はアルトリアを助け出そうとしていた。士郎達で勝てなくとも、それでもまだアルトリアなら勝てる可能性があると賭け、アルトリアを助けだしたかった。ギルガメッシュは士郎達に意識を向け過ぎて完全に隙を見せてしまったがために、それを許してしまったのだ。

 

「…ッ!!」

 

 ギルガメッシュはまずいと思った。いくら鎧を着ても、あの一撃を受けきれるとは流石のギルガメッシュでも思えなかった。

 すぐさま魔力の充電が終わるより前に素早く『天の鎖(エルキドゥ)』で再び拘束しようと一本出すが、

 

「――させるかッ!」

 

「何ッ!?」

 

 鎖はアルトリアに巻きつこうとして、横から介入された凛の宝石により弾かれてしまった。

 

「小娘が…!」

 

 もう間に合わない。アルトリアの魔力の充電は完了した。

 

「『最果てにて(ロンゴ)――」

 

 ギルガメッシュは咄嗟にあの剣を出すが、一歩及ばない。アルトリアの槍は収束された光を纏い、

 

「――輝ける槍(ミニアド)!!!」

 

 放たれた――最果てに届かんとする一条の光が、ギルガメッシュを飲み込む。

 

「―――おの、れぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 光はギルガメッシュの断末魔と共に天を目指し飛んでいく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 一同は光が向かった先を見つめる。光が見えなくなった頃には太陽が山から覗かせていた。鳥の囀りも聞こえてくる。

 辺りは静けさに支配されて行く。もう終わったのだと。その時、ふらりと士郎の体が揺れる。

 

「…ッ! ありがとう、アルトリア」

 

「いえ。お疲れ様です、シロウ」

 

 そのまま重力に従って倒れようとしたところで、アルトリアが優しく受け止める。

 

「…シロウ。貴方はとても強くなられたのですね。…貴方が意識のない間、私はずっと貴方が戦う姿を見ていました」

 

「え…? 見て…いたのか?」

 

 アルトリアはコクリと頷く。

 

「はい。私はその時奴に倒され意識を失っていました。私は貴方と契約しているため貴方の心象意識に入り込んだんです。

 それで私は見ました。貴方がずっと自身の苦痛と苦悩に抗い、みんなを助けたいと戦っていたのを、ずっと…」

 

 そこでアルトリアは士郎を抱き締める。

 

「…よく、よく頑張りました。貴方がマスターで本当に良かった。私にとって貴方は誇りです…!」

 

「アルトリア…」

 

 ずっとアルトリアは士郎のことを見守っていた。だからこそ、士郎がどれほど苦しんでいたかを知っている。どれだけ必死にみんなを助けるために抗っていたのかを知っている。それにアルトリアは目一杯の賞賛を贈る。

 士郎はそれが褒められたのはとても嬉しかった。何より、アルトリアに褒められたということが嬉しくて、思わず涙が出てしまいそうなほどだった。

 

「…終わったな」

 

「ええ。これでイレギュラーは去っていったってことになるのかしら」

 

 エミヤは凛の下に行き凛を労う。

 

「如何に英雄王とはいえ、流石にあの一撃をくらえばひとたまりもないさ。もう安心してもいいだろう」

 

「そーね。はぁあ。疲れたー。早く帰って朝ご飯食べたい」

 

 凛は危機は去っていったと判った途端にダラんと体をエミヤに預ける。

 

「全く。いくら危機が去ったとはいえまだ戦争は続いているのだぞ。そうだらけるな」

 

「そうは言っても今くらいいーじゃない。こっちだってあんたへの魔力供給で死にかけているんだからねー」

 

「…そういう割には元気そうだがな。ハァ、仕方ない。今回限りは見過ごそう」

 

「ふふ。ありがと」

 

 エミヤはそう言ったのち、士郎たちの方を見る。

 

「ア、アルトリア…おれもう立てるから…」

 

「ダメです。今シロウは動いてはいけません」

 

 アルトリアは士郎を甲斐甲斐しく抱き上げ、士郎は腕の中に収まっている。

 

「子供があれだけのことをしてまともに動いていいはずがありません。シロウはしばらく大人しくしてください」

 

「いやいや! だとしてもせめておんぶにしてほしいっていうか、これだとむ、胸が当たるというか…」

 

 士郎は徐々に声を小さくしながらそう言う。アルトリアは赤子を抱き締めるような持ち方をしているために、士郎の身体全体にダイレクトに当たってしまっているのだ。その胸が。

 

「…? 最後の方だけ聞こえなかったのですが、なんと言ってのですか?」

 

 そう言われあたふたと顔を赤らめながら「な、なんでもない!」と言って、仕方なくなすがままになる。

 

「さて…凛、私はまだ少し後片付けがある。ランサー達と先に帰ってくれないか」

 

「後片付けって、何をするの?」

 

「…なに、聖杯をな」

 

 凛がそう訊くとエミヤは一瞬悲しそうな表情をして答える。

 

「…そう。それじゃ、私は先に戻るわ」

 

 その表情からこれ以上理由を聞いてはならないことなのだろうと、エミヤから離れ士郎達の方へ行く。

 

「それじゃ、あんた達帰るわよー」

 

 凛の呼びかけに士郎とアルトリアは返事を返し、一行は残るエミヤを置いて帰ろうとした。その時、

 

「……! テメ…!」

 

「そのまま帰れると思ったか、雑種供ッ!!!!」

 

 いくつもの武器が襲ってきた。

 

「なッ…!?」

 

 咄嗟にアルトリアが槍を出して一振りで弾く。

 

「テメェッ…! まだ…!」

 

 士郎は目を剥いて驚く。そこにいたのは鎧がほとんど砕け上半身が裸のギルガメッシュがいた。身体は既に傷だらけでよく立てているなとその執念に敬意を表したくなるほどだ。手にはあの剣が煌々と紅く怪しく煌めいている。

 それだけではない。ギルガメッシュの側には心臓を引き抜かれたイリヤスフィールの死体が置いてあった。どうやら心臓にあった聖杯から魔力を補充したようだ。

 

「逃げ果せると思うなよ…! 貴様らは何人たりとも逃さん…! 今ここで、まとめて始末してくれるわぁッ!!!」

 

「いかん…!!」

 

 エミヤは焦り出す。ギルガメッシュが持つ剣にはすでに魔力が溜まっている。それも、アインツベルン城を破壊した威力などとは比べ物にならないほどだ。

 ギルガメッシュはその剣を掲げる。

 

「死して報いよッ!!!! 『天地乖離す(エヌマ)―――」

 

 刀身が繋ぎ目を境に交互に回転し出す。世界を滅ぼしかねんとするほどのエネルギーが凝縮、圧縮され解き放たれようとしていた。

 直感的に判る。あれは、あれだけは無理だ。アルトリアの宝具でもっても相殺させることは不可能だ。

 ゾッとする。命の危機を感じた。あれが放たれたら間違いなく死ぬ。この場にいる人、物関係なく全てを破壊し尽くすと予感できる。

 

(――まずい…!! あれだけは、あれだけは絶対に止めないと…!)

 

 士郎は何かないかと思案するが、当然何も思い付く筈がない。このままではあっけなく倒される。いや、そんなものではすまない。塵一つ残っていればいい方だろう。そう思わせるほど絶大な気配が辺りを支配する。

 ギルガメッシュの剣が振るわれる。誰しもが、ここまでかと思った瞬間、

 

「――――それじゃ、その聖杯を頂こうか、英雄王」

 

 突如、背後からギルガメッシュの胸を貫き手が出てくる。

 

「!!?」

 

「なっ…!? きっ、さまは…!!」

 

「私もこの聖杯が欲しくてね。…英雄王には大変申し訳ないが、君が受肉した魔力もろとも頂くよ」

 

「貴様ッ…! 魔術…! ガフッ」

 

 ギルガメッシュを貫いた手が引き抜かれていく。それと共にギルガメッシュは血を吐きながら倒れ、その手に吸収されていく。

 士郎達は唖然としてそれを見ている他なかった。いつの間にか止めが刺され、呆気なく死んだギルガメッシュは止めを刺した者に吸収されこの世から姿を消す。

 

「…お前は…!」

 

 士郎は震える瞳でその人物を写す。

 

「やあ、あの日以来だね。シロウ君に遠坂家当主とそのサーヴァント達」

 

 ギルガメッシュに止めを刺した人物、それは魔術王だった。

 

「な、なんでお前がここに…!」

 

「私がここに来た理由かい? それなら至極簡単なことだ。私は頂きに来たんだよ。この聖杯を」

 

 そう言っていつの間にか手に持っている聖杯を士郎達に見せる。

 一同は目を見開く。聖杯が魔術王の手に渡ってしまった。とても最悪な事態だ。

 

「ハァッ!!」

 

「おっと」

 

 エミヤが第一に斬りかかる。だが、斬れたのは魔術王の幻影だった。

 

「危ないなあ。まあ、そうしたくなる理由も判るけどね」

 

 魔術王は悠々とまた姿を現す。

 

「…ッ!」

 

 エミヤは歯を食い縛って魔術王を睨む。

 

「フフ…流石は未来から来た英霊だ。どうなるか予想がつくんだね。

 だから私に聖杯が渡るのは危険と」

 

「ああ。特に貴様のような得体の知れないキャスターにそれを渡すわけにはいかないのでね」

 

「…得体が知れない、か。ふむ、ではこう言っておこう。安心していいよ。私は何もこれを使って世界を滅ぼそうなんて考えていないさ…」

 

 エミヤはその言葉が嘘か本当か判断つかないでいる。どうも嘘を言っている様子はない。だが、相手は万能という奇跡を引き起こしたことがある人物だ。その底で何を考えているのか判らない。

 

「…それでも疑う姿勢は直らないか。まあ当然かな」

 

 魔術王はそれでもいいか、とエミヤへの興味が失せたのか、視線をアルトリアに抱えられている士郎に向ける。士郎はその視線をなんだと見返す。

 

「…いいね。どうやら私の思惑通り(・・・・)強くなったようだ。あのとき君を生かして正解だったか」

 

「!? 思惑通り…! だって!?」

 

 士郎はその言葉がどういう意味なのか気になる。

 

「うん。私は君に期待していたんだ。そして、君は私の期待通り…いやそれ以上かもしれないな。とても強くなってくれた」

 

「…それはどういう意味だ、魔術王」

 

 アルトリアが槍を向けながら魔術王に聞く。アルトリアとしては疑問に思ったのだ。魔術王の今の言い方、その言い方からして魔術王は士郎が強くなることを望んでいたということになる。

 それはおかしい。士郎は魔術王からすれば敵だ。なのに、その敵に塩を送るようなことをして魔術王はなにをしたいというのか。

 

「…私は、聖杯に興味はない。聖杯に期待するほど酔狂じゃないからね。聖杯を求めているのはあくまでも私のマスターさ」

 

 魔術王は急にそのようなことを言う。

 

「もともと私は欲しいものも、叶えたい悲願もない。何せ、私は万能の存在になったからね。だからただ無いと言うよりは必要が無いと言った方がいいかな」

 

 いつもの淡々とした口調で魔術王はそう言う。士郎達は別段それに驚くことはない。何せ、ここにいる全員が聖杯を求めているわけではないからだ。

 

「ただ、そんな私にもちょっとした願いが出てきた」

 

「…! 願いって…?」

 

 誰がともなくそう訊く。それに魔術王は一呼吸おいてから言う。

 

「私の願いは一つ。私は、"答"を知りたいんだ」

 

 士郎達は疑問符を浮かべる。魔術王は答えを知りたい、と言ったがそれはどんな答なのか。

 

「私はシロウ君ならその答を教えてくれるのではないかと思った。

 これは聖杯でも叶えることはできない。いや、真に万能ならできないことはないのだろうけど、それでも聖杯で知った答えと、君から直接教えてくれた答えではまるで価値が違う。

 私が知りたいのは真の答。聖杯では偽の答になってしまうだろう。それだけは嫌でね」

 

「…………」

 

 士郎はやはり疑問符を浮かべる。魔術王が知りたい答を何故士郎が知っていると思っているのか、それすらも判らない。

 

「君たちは思っているだろうね。何故シロウ君が知っているのかと。それはまだ言えない。先入観を持たせるわけにはいかないからね。

 さて、長くなってしまったけど、答を知るにはまだ早いだろう。私が求める答はシロウ君が私と全力で戦ったその先にある。それまでは私も君達と戦うための準備をしておくとするよ」

 

 そう言って魔術王は後ろを振り向く。今この場で戦うつもりはないようだ。

 

「…ああ、そうそう。言っておこう。アサシンはすでに私が始末した。そしてセイバーは私達と同盟を組んでいる。だから彼らを探す必要はない。私の所へ来ればいいだけだからね」

 

「…ご親切にどうも」

 

 最後にと急に振り向いた魔術王に一同はビクリとしたが、魔術王はただそれだけを言い残したあとどういたしまして、といなくなる。

 いなくなったあと、残った士郎達はじっと立ち尽くしているだけだった。

 

「…帰ろう」

 

 誰が言っただろうか。その言葉を合図に一同は衛宮邸へと歩き始める。それぞれで思案しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~つっかれたー! ようやく帰ってこれたって感じ」

 

「…うん。やっぱ本物の家が一番落ち着くな」

 

 それから士郎達が帰れたのは大分明るくなった頃だった。もう時間的にも7時を回っている頃だろう。

 

「さて。それでは君たちは休みたまえ。朝食は私が作ろう」

 

「! ええ、とても楽しみに待っています」

 

 エミヤが食事の準備をすると聞いて真っ先にアルトリアが反応する。

 

「あんた料理とかできたんだ。家にいたときから掃除とか色々やってくれたけど、料理までできるなんてまるでお母さんみたいね」

 

「誰がお母さんだ。とにかく、君たちは座って待っているのだな。ああ、あと手洗いはしておくように」

 

 本当に母親が言いそうな台詞を言い残してエミヤは台所へ向かう。

 

「…全く。あ〜あ、お腹減ったな〜」

 

 凛はエミヤの朝食を待つらしく、居間へ向かう。

 残った士郎を抱えているアルトリアも凛についていくのかと思いきや、

 

「あれ? どこに行くんだ?」

 

 アルトリアは士郎を抱き抱えたまま居間には行かずに別のところへ向かう。

 

「どこと言われましても、士郎は大分お疲れですから一緒に湯船に浸かってから身体を洗って差し上げようと思ったのですが」

 

「………!?!?」

 

 それはつまり、浴場へ行こうということだった。それが判った士郎は一瞬頭がフリーズした後顔を赤らめる。

 

「ちょ、ちょっと待ったぁ! どこにいこうとしているのさ!」

 

「ですから風呂に入ろうと」

 

「そうじゃなくて!」

 

 士郎はアルトリアの腕の中でもがく。どうやらアルトリアはまた士郎と風呂に入ろうとしているようだ。

 

「りーん!! アルトリアが風呂に連れていこうとしているーーー!!」

 

 士郎は必死になって凛に助けを求める。前回も助けてくれたのだから今度も、と思い凛に呼び掛けたものの、

 

「かってにすれば~」

 

 というだらし気のない声が聞こえてくるだけだった。そうとう疲れているのだろう。その声からはもうどうにでもしろ、と心の声がはっきりと聞こえる。

 士郎は嘘だろ、とがくりと項垂れ諦めるしかなかった。士郎も士郎で疲れているために抵抗もほとんど考えられないのだろう。

 

「では、一緒に入りましょうね、シロウ」

 

「…なんでさ」

 

 その朝、思った通り士郎とアルトリアは一緒に風呂に入り諸に裸同士でくっついていたそうな。他にもハプニングはあったがこれ以上は二人の秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、本気で殺す気で来るんだよ。シロウ君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
すまない、ギルガメッシュ。こんな噛ませ犬ポジみたいな扱いになって。けど安心していいよ! こんな噛ませ犬ポジなギルは多分ここだけだから!
…え? どこだろうと噛ませ犬は嫌だって? そんなこと言ったって、ソロモンをラスボスにするには仕方なかっt(ジュ
ではまた次回で。


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第二十八夜-拒絶-

ども、ウェズンでございます。
今回はこんなタイトルではありますが、別段本家ほどの重さはありません。ていうか書けません。わかっていると思われますが。
なんで気軽に見てください。
では始まります。




 あれから数日が経った。

 その間、凛に士郎の中にある聖杯の話と何故ギルガメッシュがいたかの話をした。

 それからは修行期間となった。無論、士郎の修行だ。

 これから戦う相手は魔術王。ならば、万全の状態で挑むためにも士郎は聖杯の魔力を使いこなせるようにならなければいけない。そうでもしなければ負けるのは目に見えているからだ。

 そうと決まったからには早速修行だ。士郎は自分の中にある聖杯を無理矢理全てを引き出して、それらを自身の魔力として扱う。だが、その強大な魔力を士郎の、大して本数も多くない魔力回路に全て流し込むのは至難の業だった。一歩間違えれば莫大な魔力が中から出てこようとして爆発しそうになったこともあったからだ。

 士郎はこれを越えねばならない。無理矢理にでも聖杯の全てを引き出せねば、それは聖杯を扱うに相応しくないということになる。その為士郎は毎日死と隣り合わせな修行を続けた。

 

「…ぐっあぁッ…!」

 

「…今日はここまでだ」

 

 痛みに悶え苦しむ士郎をエミヤは見下ろす。

 修行の相手はやはりエミヤだった。魔力の操作とその投影となれば相手ができるのはエミヤしかいないからだ。

 これ以上は危ないと思ったエミヤは終了を言い渡し、去っていく。

 

「…くそっ! なんでだ…! もう少しなのに…!」

 

 士郎は痛む腕で歯を食い縛って道場の床を叩く。

 聖杯の魔力を引き出すのはそうそう難しい話ではない。それは今までやっていたことだ。ただ、その魔力を全て通すことができないのだ。

 よってエミヤから指示された修行内容は、士郎に聖杯の魔力を通しても大丈夫なように自身の魔力回路を強化しろというものだった。これ以上魔力回路を作るのは才能がいる。だから、全て通すには今ある魔力回路をより強固にしなければいけない。

 そのようなことが可能なのか、と言われれば本来は不可能な話だし、前代未聞の試みだろう。だが、聖杯を宿す士郎なら話は別だ。聖杯の魔力でコーティングするように強化を施すことで本来以上の魔力を大量に流しても安全で丈夫な魔力回路に仕上げれる可能性がある。自身の特性と聖杯の力を知っているエミヤだからこそ考え付いた内容だ。

 しかし、如何せんここで士郎の不器用さが出てきてしまっている。強化ができてもその侵入口が閉じてしまったり、かといって弱めたら全部を流せるだけの強度にできず、先ほどのような痛みに悶えることになった。この繰り返しだった。

 

「あ~あ。どうしたらいいんだろ」

 

 少しすると痛みが引き、ごろりと大の字になって寝転がる。

 前途多難ではあるが、それでも魔力回路の強化自体はできた。もともとできるかどうか半信半疑から始まったことなのだから、これはいい進歩と言えるだろう。

 

「どうやら難航しているようですね」

 

 ふと顔に影が差した。

 

「…アルトリア」

 

「今日も欠かさず鍛錬お疲れ様です。これをどうぞ。凛からの差し入れです」

 

 寝転がる士郎を覗き込んできたのはアルトリアだ。あの白と青の私服姿でバスケットを持って士郎の様子を見にきたようだ。

 

「ありがとう。そこに置いといていいよ」

 

 少しだけ起き上がって応える。

 アルトリアは言われた通り士郎の側に置くと、士郎の頭付近に座る。すると、

 

「! ア、アルトリア…?」

 

 アルトリアは士郎の頭を自分の膝に置く。つまり膝枕をしたのだ。

 

「…シロウはいつも頑張っていますね。とても素晴らしいことだと思います」

 

 アルトリアはそのまま士郎の頭を撫でる。

 

「…そりゃ、おれはまだまだ弱いし、正義の味方になれていないからな。もっと強くなって、もっと大きくなってみんなを護りたい。そのためにも修行は欠かせない」

 

 アルトリアはそれを聞くとピタリと手の動きを止める。

 

「…? アルトリア?」

 

「シロウ…少しよろしいでしょうか」

 

 急に真剣な顔になったアルトリアに士郎は戸惑うが、返事をして待つ。

 

「…シロウ。私は貴方が正義の味方になりたいと思うその気持ちは素晴らしいと思います。とても真似ができるようなことではありません。…ですから、私は心配、なのです」

 

 アルトリアの表情に影が指す。

 

「私は…アーチャーがどのような人生を歩んできたのかを聞きました。だから、思うのです。正義の味方を目指すのなら、貴方もいつかアーチャーのような人生を送ることになるのではないかと」

 

 士郎の頭を撫でていた手が震えだす。

 

「…シロウ。私は、貴方が思うような輝かしい人生を送ってはいません。私の人生はアーチャーと同じです。同じようにして王となって王として戦い、そして最期は…」

 

 それ以上言うことはなかった。アルトリアは悔しそうに口を食いしばっている。

 本当はこんなこと言うべきではないとアルトリア自身判っている。だが、仮に士郎もエミヤと同じような末路を辿った場合、計り知れない絶望感と喪失感が襲うだろう。そんなものを士郎に味あわせたくなどないのだ。

 士郎は震えるアルトリアの手を握る。

 

「アルトリア…それでもおれは――」

 

「――判っています」

 

 士郎が言いかけたところでアルトリアが遮る。

 

「貴方は…たとえ誰がなんと言おうとも変える気はないのでしょう。ですから、これだけは約束してください」

 

 アルトリアは士郎を止めたい、それは本心だ。だが、それは不可能だと判っている。士郎は既に完膚なきまで叩き落とされたことがあるのだ。

 一度それを経験し立ち上がった以上、士郎は最早止まることを知らない。どこまでも突き進むだろう、徐々に徐々に傷を増やしながら。

 だから、アルトリアは士郎と約束を交わす。

 

「―――どうか、どうかせめても生きていて下さい」

 

 ただ生きてほしいと。

 

「どれだけ傷つくことがあっても、助けれず落ち込んでも生きているのであれば、それでいいんです」

 

「……………」

 

 士郎はそれに素直に返事はできなかった。正義の味方、そうである以上絶対に死なないなどあり得ない。事実、エミヤは若くして死んでしまっている。そんなエミヤの過去を知っているがゆえに、この約束を必ず守れるとは思えなかった。

 それでもアルトリアは士郎が頷くまで納得しないだろう。だから、士郎は首を縦に振る。

 

「…約束、ですよ」

 

 そう言うと士郎の頭を起こす。

 

「では、私は先に屋敷の方へ戻ります」

 

「……うん」

 

 アルトリアは道場から出ていく。

 士郎はまた床に寝転がる。そして少し後悔する。できもしない約束をしてしまったなと。

 

「………はぁ」

 

 士郎は少し落ち込むが、仕方ないと起き上がって瞑想を始める。投影する物を瞬時にイメージできるよう訓練しているのだ。

 前回の戦いでギルガメッシュの宝物庫から様々な武器を見ることができた。士郎はあれらを投影できればかなりの戦力になるだろうと思って瞑想を始め、ここ数日間は修行終わりに続けていた。

 しかし、

 

「…あーくそっ! イメージがまとまらない!」

 

 士郎は頭をかきむしる。先程のことが頭の片隅にちらついて集中できないのだ。

 

(…生きていて、か。そんなの、おれだってなるべくならそうしたいさ。けど、そんな生きることにしがみついていたら正義の味方になれるなんて思えない)

 

 士郎が想像する正義の味方は自己犠牲あってのものだ。そういう考えのもと生きてきたのだから今更変えることもできないし、エミヤとの戦いでそう生きるべきだと確信している。

 

(…どうすればいいんだろ。正義の味方でありながら生きることができる道なんてあるのだろうか)

 

 そんな都合の良い道が果たしてあるのか。答えは否だろう。正義の味方である以上死は免れない。エミヤがそれを証明している。

 士郎はそこまで考えてからため息がでる。そんな死を待つだけのようなものになることが正しいことではないのは判っている。けど、士郎はその道を歩むと誓ったのだ。

 黙々と頭の中でその悩みを繰り返し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…明後日戦うって、それ本当かよ!?」

 

 その日の夜、食事中唐突に凛からそんな話を聞いた。

 

「本当よ。流石にこれ以上時間はかけていられない。相手はキャスター、時間が経てばたつほど有利になるクラスなんだから。その中でも魔術王は特にね」

 

 凛は士郎が作った食事を口に運びながらそう言う。

 

「それにしたって、おれまだ聖杯の魔力を使いこなしていないのに…」

 

「判っているわ。けど、これ以上時間をかけてより不利になるのはもっとまずい。

 なら、せめても早く行動を開始しなきゃ」

 

 凛が言っていることはもっともだ。相手はキャスタークラスの中でもトップクラスの魔術王。そんなサーヴァント相手にいつまでも時間をくれてやるわけにはいかない。

 

「だから明日で覚悟を決めなさい。

 明日はフリーにするわ。修行等は一切無し。どこか出掛けるなりしなさい」

 

 凛は空になった食器を重ねて台所に持っていく。その際凛は意味深長に頑張りなさい、と士郎にウィンクをしていく。

 

「…というわけだ。明日は好きに過ごすと良い」

 

 凛のウィンクに士郎は首をかしげていると、霊体化していたエミヤも好きに遊んでこいと言った後、居間からいなくなる。

 

「……明日は自由にしてろ、か」

 

「そのようですね。どうしましょうか?」

 

 残った士郎とアルトリアは何をしようかと考える。

 

(…そう、だな。折角なんだし、どうせならアルトリアと…)

 

 折角今まで戦いか訓練かの日々だったのだ。たまの休みはアルトリアと交流を深めたいと士郎は思う。

 

「なあ、アルトリア」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 どこかで美味しいものを食べてみたいとぶつぶつ呟いているアルトリアは士郎に呼ばれ目線を合わせる。

 

「明日、おれらでどこか行かないか?」

 

「……………」

 

(…………あれ?)

 

 少しの沈黙。士郎は誘ってみてから気づいたが、これではまるでデートに誘ってないかと思い始める。年齢差があるので周囲からは判らないが。

 そう思うと徐々に顔が熱くなってくる。

 

「あっ、いや! 無理なら無理って言って――」

 

「いいですね。行きましょう!」

 

 士郎があたふたと慌て始めると、アルトリアは二つ返事で了承した。

 

「えっ。い、いいの?」

 

「ええ。折角のシロウからのお誘い、断る選択肢はありません」

 

 士郎はその言葉が嬉しく赤くなった頬をかく。

 

「そ、そっか。それじゃどこに行こうか。お金はあるし、行きたいところとかある? って、まず何があるかも判らないか」

 

「いえ、その心配はありません。この時代にあるものは大体把握しています」

 

 アルトリアはぐっと握った手を見せる。忘れがちではあったが、アルトリアたちサーヴァントは聖杯からこの時代の知識を得ている。どこに行きたいかくらいはすぐに思い付くだろう。

 

「そっか。それじゃどこに行きたい?」

 

 士郎がそう聞くと、アルトリアは少しだけ考える仕草をしてからバイキングというものをしたいです、と言ってきた。

 士郎は思わず吹いてしまう。普段からやたらと食事中おかわりの回数が多いアルトリアらしい選択だからだ。

 

「むっ、なんですかシロウ」

 

「いや、なんでもないよ。判った、それじゃ明日はバイキングできるレストランを探そうか」

 

 バイキングと言っても種類はいくつかある。食べ物全てがバイキングで取るもの、一部のサラダやドリンクのみというのもある。恐らくアルトリアの言うバイキングは前者だろう。

 士郎はそれがどこにあったかなと考えながら、今日の夜を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、あれ確実にデートに誘っているわよね? ね?」

 

「…いや、どうだろうな。あれは完全にお互い無自覚だ。小僧の方は途中で気づいたようだがな」

 

「ふふふ。なんにせよ、計画通りね」

 

「(小僧はまるで凛の計画など気づいていなかったが)ああ。結果的にはな」

 

 こっそりと部屋に戻るふりをして覗いていた凛はニマニマと小悪魔のような笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、士郎達は昼頃冬木の街中に来ていた。無論、アルトリアと二人きりで。

 

(今日のりん、妙に機嫌がよかったな…なんでだ?)

 

 二人は妙に明るい表情の凛に留守を頼み外に出て早速、手を繋いで街を目指していた。

 

(…まあいっか。それよりも、昨日調べた感じだとこの先だよな)

 

 士郎は昨日調べた事を思い出しながら道を選ぶ。

 

「こっちだよ」

 

「はい」

 

 士郎はアルトリアを誘導しつつ、少しだけ周囲から聞こえる声に耳を傾ける。すると、すっげー美人だとか綺麗な人が歩いているとか手を繋いでいる子は子供か弟か、など有名人でもやって来たのかというようなざわめき声が耳に入ってくる。

 

(…予想はしていたけど、やっぱり目立つなあ)

 

 それは仕方ないことだろう。事実アルトリアは背の高い外国人モデル体型の美人だ。更にいうなら、アルトリアからは神性と似たようなカリスマ性を感じさせる。誰しも一度は振り向いて拝みたくなってしまうというものだ。

 

(…そう思うとやっぱり外に出なくて良かったんだな)

 

 まだ聖杯戦争が始まったばかりの頃は霊体化ができないアルトリアを目立たせないように行動していたが、それは正解だったんだなと士郎は今更ながら思う。

 こんなに目立っては次の日噂になっている可能性がとても高い。そうなってしまえば、たちまち情報を嗅ぎ付けた他のマスターたちに奇襲を仕掛けられるところだった。

 今現在は奇襲を仕掛けてくるマスターもサーヴァントもいない。いるのはじっと柳道寺で待っているキャスターとセイバーのみ。それ以外はこちらの陣営だ。

 これほど安全な日は今までの聖杯戦争でも中々ないだろう。出掛けることができるのは今しかない。

 

「…よし、着いたな」

 

 そう言って士郎達が足を止めた場所は、とてもレトロな木造の店。とても雰囲気が良く食事をする場としてはとてもいいだろう。

 

「……あの、つかぬことをお聞きますが、シロウ」

 

 アルトリアはどこか不安そうにその店を眺める。それもそのはずだ。なぜなら、アルトリアはバイキングができるレストランに行きたがっていた。なのに、着いた場所は、

 

「この店ではバイキングができるのでしょうか」

 

 ただの喫茶店だったからだ。

 

「…その、ごめん。昨日調べてみたんだけど、バイキングができるレストランは一軒だけあったんだ。けど、そこはこの前謎の爆発が起こって閉店したんだって」

 

「……………」

 

 謎の爆発。それは十中八九サーヴァントの仕業だろう。まさか、こうも運悪く一軒しかないものが消えてなくなるとは思いもよらなかった。

 ただ、それならそれで他のレストランに連れていけばいいものを、何故喫茶店にしたのか。

 

「もちろん、他のレストランも考えたよ。けど、店長がいまだに意識不明で開店できなかったり、店員のほとんどが体調不良だとかで店がほとんど閉じちゃってて…」

 

 これもサーヴァント絡みだろう。恐らくこれは魔術王の仕業だ。レストランに限らず、大体の店舗は今日は閉店の所が多いだろう。向こうも本番に備えているだろうから。

 

「…それで、代わりといっちゃなんだけど、ここの店で出してくれる料理は旨いって聞いて選んだんだ。

 その、アルトリアの期待を裏切っちゃって悪いけど」

 

 士郎は気まずそうに声が小さくなる。アルトリアは唖然としていた。楽しみにしていた士郎とのバイキングができないことがショックだったようだ。

 とはいえ、これは仕方ない。聖杯戦争による被害は毎度凄まじい。本当ならこの町全てが更地になっていてもおかしくないのだ。そんな中生き残っていたのはある意味奇跡といえる。

 それに、アルトリアとしてはバイキングを期待していたのは当然だが、何より士郎と心行くまで食事をしたいというのが本心だ。アルトリアはこれがとても貴重な日だということが判っているのだから。

 

「…そうですか。判りました…入りましょう」

 

 それでも意気消沈しているのは否めない。そんなにショックだったのかと士郎は申し訳なさでいっぱいだった。

 二人は暗い雰囲気のまま喫茶店、お洒落な英語でアーネンエルベと書かれている看板が掛かっている店を潜っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はふっ! はふっ、んぐっんぐっ。あむあむ、ガツガツ」

 

「…………」

 

 入ってから小一時間が経った頃、アルトリアは落ち込んでいたのが嘘のように頼んだ料理を次々と豪快に頬張る。士郎はそれを呆然と眺めて、頼んだジュースをちびちびと飲んでいた。

 

「…お腹空いてたの?」

 

 士郎がそう聞くと、はいこのときのために空かしておきました、と口に料理を運びながら応える。

 

「ご注文はまだありますか? お客さん」

 

「あっ、えっと、ジュース同じのお願いします」

 

 やたらと特徴的な話し方で士郎を訪ねてくるネコのような士郎より小さいそれは注文を聞くとかしこまりました、と言ってカウンターの奥に消えていく。

 

(…何だろう、あの店員。普通に接しているけど、どう見ても人間じゃない…よな?)

 

 突っ込みどころ満載の店員に動揺するが、他の客は何故か疑問を持っている感じはないので、これが普通なのだろう。

 

(…初めてここに入ったけど、結構良い店だな。料理も旨いし)

 

 ここは喫茶店と言うわりにはメニューが豊富で値段もお手頃だ。おかげでアルトリアはかなり機嫌が良くなった。

 ちなみに、士郎が持ち歩いているお金は大河のお父さんが毎月支援してくれる生活費の余りなどを少しずつ貯め集めたものだ。

 士郎の性格もあってか、お金は今まで使うことがほぼなかったために大量にある。といっても、十数万しかないのでこれ以上アルトリアが食べ続けてはまずい。人一人が隠れれそうなほど大量に重ねられた皿に追加がくる。

 

「な、なあ、アルトリア。もうそろそろ終わりにしないか?」

 

「むっ、そういえばずっと食べてばかりでしたね。そろそろ終わりにしましょう」

 

 そう言ってくれたので、士郎はほっと胸を撫で下ろした。ではこれを最後にします、とアルトリアはデザートのアイスを食べ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 見通しが甘かった。士郎はもっと早く止めるべきだったと後悔する。

 あの後、デザートのアイスは少しで終わるだろうと思われたが、そんなことは全くなくまたデザートだけで幾十皿も積み上げた。

 おかげで財布の中身は今まであった分の四分の一しかない。

 

「ふう。たくさん食べました」

 

 満足そうにお腹を叩くアルトリア。その腹は膨れているが、どう見てもあれだけの量が全部入ったという大きさではない。一体残りはどこへ流れたのか。

 

(…まあいっか。いつ使うかも判らないでずっと貯めてばっかりだったし。たまには大量に使いきるのも大切だよね)

 

 それに、後数万はあるのでまだ物を買う分には問題ないだろう。

 

「次はどこへ行きましょうか?」

 

 とってもご機嫌になったアルトリアは楽しくなってきたのか次はどこに行くか嬉々と訪ねる。

 

「あー、えーと、次はショッピングモールに行こう。色々と売っているし、何か買っていこっか」

 

「はい!」

 

 また二人は手を繋ぐと歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお。これは、凄い」

 

 アルトリアは初めて入ることになった大型デパートに感嘆の声をもらす。

 

「それじゃ、何から見ていこうか」

 

 暗にここで何が買いたいか、とアルトリアに訪ねる。するとアルトリアはそれぞれの階で何があるのか大まかに書かれた掲示板を睨んで悩む。

 現代の知識はあっても、やはり体験してみない限りどういうものか一切想像できないものなのだろう。

 

「…そんなに悩むなら一個づつ見ていく?」

 

「! よろしいのですか?」

 

「うん。おれも久しぶりに来たからどうせなら全部見たいなって思っていたしね」

 

「でしたら是非よろしくお願いします!」

 

 士郎が許可を出せばアルトリアはとても喜び、早速側にある食品売り場から見始める。

 

「おお。いろんな食材がありますね」

 

(今日の夕飯どうしようかな。あっあれ安い)

 

 一通り回れば次へと移動する。

 

「ほっ、ほっ、やっ。むぅ、なかなか難しいですね。シロウ、百円をもう一枚お願いします!」

 

(ゲーセンとかほとんど行ったことないなあ)

 

 ある程度楽しむとまた次へ、

 

「シロウにはこの服がお似合いですね」

 

「…なあ、おれを着せ替え人形にしないでくれっていうかなんで子供用サイズばっかり選んできているのさ」

 

「…その、私に合うサイズですと男物ばかりで…」

 

 二人の時間を満喫する。

 

「あの。この人形…」

 

「え。これ欲しいの?」

 

「は、はい。その、とても可憐で…」

 

 アルトリアが持ってきた人形はライオンの人形。それもかなりデフォルメチックで可愛らしい人形だ。

 アルトリアはその人形をどこか恥ずかしそうに士郎に差し出す。士郎はアルトリアが選んだものが意外でぱちくりとしていたが、

 

「…うん、判った。買おっか」

 

「! 本当ですか!?」

 

 よほど嬉しいのか目を輝かせる。

 

(アルトリアってこうしてみると結構子供っぽいというか、なんかまだ大人になりきれてない感じだな)

 

 普段戦う姿ばかりを見ていた士郎はその様子がとても新鮮に感じた。

 

「…かわいい、な」

 

「? なにか言いました?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 士郎はどこか嬉しそうにその人形をレジに持っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく、夕陽が沈もうとする頃には二人はいくつか袋を持って帰ろうとしていた。

 

「今日は楽しかったですね」

 

「うん」

 

 二人は横から赤橙色の光を浴びながら改修工事が行われ、ほとんどが修復されたあの橋を渡る。

 

「……………」

 

 帰る途中、士郎は夕陽を見つつ考え込んでいた。

 結果的に、これはほとんどデートと言っていいだろう。ならば、今ここで想いを伝えるべきか否か。

 

(…どうあっても、これはアルトリアには邪魔でしかないんだろうな)

 

 士郎はあの花の魔術師と名乗る男の言葉を思い出す。彼はアルトリアをとても責任感の強い人と言っていた。ならば、士郎の想いはアルトリアにとってまた新たな負担となる可能性が高い。自分の恋心が想い人にとって負担となるなど死んでも嫌だろう。

 

(このまま、言わないで隠すべきなのかな)

 

「シロウ? 先程からどうされました?」

 

 アルトリアに呼ばれはっとなってなんでもない、と慌てぎみに返す。するとアルトリアはそうですか、とフワッとしたどこか少女の面影を残しているような微笑みを見せた。

 

(…いや、やっぱり言おう。もうどうなってもいいから言うべきだ)

 

 士郎はアルトリアの顔を見て思った。やはり、どうあってもアルトリアが好きだということを覆うことはできないのだ。彼女の大人なのに残っているあどけなさ、戦うときの凛々しい表情、今日の買い物でも見せてくれた嬉しそうに微笑む笑顔。そのどれもが幼い士郎を刺激し、恋してやまないほどの想いを芽吹かせた。

 士郎はいずれアルトリアと別れないといけないのは判っている。けど、それでもこの想いだけはしっかり伝えたい。

 

「…なあ、アルトリア。少しいいか」

 

 顔を引き締め、立ち止まって呼び掛ける。

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 アルトリアは士郎が真剣な表情をしているのを見てどうしたのだろうかと立ち止まる。

 

「アルトリア、おれさ…おれは―――アルトリアのことが、好きだ」

 

 少しだけ言い淀みはしたが、好きだとはっきり伝えることはできた。士郎は言ったと相手の反応を待つ。

 

「―――――」

 

 アルトリアからすれば突然の告白。そのためか、一瞬息が止まったかのように静止した。

 

「――えっ? えっと、シロウ、それはその、好きというのは…」

 

「もちろん、アルトリアを女の人として好きなんだ、おれは」

 

 予想通りの反応に迷いなくはっきりと言う。そんな純粋無垢な想いを一直線に伝えた士郎にアルトリアは顔を伏せると、どこか悲しげな表情になる。

 

「…シロウ、ですがそれは――」

 

「判っているよ。おれたちは、いつか別れなきゃいけない。そんなのは判ってる。けど! おれは、おれは好きなんだアルトリアのことが!」

 

 士郎の真剣な眼差しに射抜かれる。

 士郎はこれで全て言い切った。あとはアルトリアが返事をして終わりだ。

 アルトリアは俯いている。表情は伺いしれないが、どこか悪い雰囲気は無いように思えた。むしろ夕陽も相まって良い雰囲気といえる。アルトリアは伺いたまま少しだけ戸惑いと躊躇を見せた後、口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…すみません、シロウ。貴方の想いに私は、私は応えられ、ません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。
これで残すは予定五話。ようやく終わりも近くなって来ました。ここまで見てくださった方々には感謝を伝えます。あともう少しですのでお付き合いの方よろしくお願いします。


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第二十九夜-最期の幕開け-

どうも、ウェズンです。かなり久しぶりに投稿したような気がします。
皆さんハロウィンは楽しめましたか。今回はカオスを極めたような内容でしたねwww面白かったです。
では始まります。


 その日の夜。衛宮邸に帰ってきた二人を見て凛は首を傾げていた。

 

(どうしたのかしら二人とも。なんだかいつもより空気が暗いというかよそよそしいわね)

 

 凛は二人の間で何が起こったのか判らずにいる。二人は一見すれば大して変わった様子はない。だが、どこか距離を取っているというべきか、一線を引いているように感じられるのだ。以前まではそんなことはあり得なかった。むしろ二人は出会ってからずっと仲がよかったベストパートナーといえるほどだった。

 

(…何かあったのかしら。いえ、何かあったからこんなことになっているのよね)

 

 凛はある程度状況を理解できたら、詳しくは士郎から聞こうと決め、箸と米の入った茶碗を手に持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほど。そんなことがあったのね」

 

「うん…」

 

 食事が終わり風呂にも入った凛は、部屋に招いた士郎から話を聞き出した。その結果、判ったことは士郎は良い雰囲気になったから告白したが断られたということだった。

 

「どうして断ったか聞いた?」

 

 凛はやはり腑に落ちないのか、アルトリアが断った理由を訊ねる。

 

「…うん」

 

 士郎は俯いたまま、告白したあとのことを話し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。その想いには応えられ、ません」

 

「………………」

 

 はっきりとした拒絶だった。だが、士郎は決して落胆はしない。

 判っていたからだ。アルトリアが断るだろうということは花の魔術師からアルトリアについて聞いたときから確信できていた。

 しかし、

 

(…判ってる。判っていたことだ。なのに、なんで…!)

 

 士郎の顔に夕陽を反射して輝く縦線が引かれる。アルトリアはそんな士郎を見てとてもいたたまれなく胸を締め付けられる。

 士郎はやはり断られたことが何よりも辛かった。必死に涙を堪えようとしても、目からは止めどなく溢れてくる。

 

「…シロウ」

 

 アルトリアは士郎の顔に手を伸ばしかけて止める。そんな資格が自分にあるとは思えなかったからだ。

 

「…ごめんアルトリア。そろそろ暗くなるから帰ろっか」

 

「…はい」

 

 二人はまた歩き出す。さっきまであった雰囲気は消え去り、どこか憂鬱なまま衛宮邸を目指して歩く。

 

「…アルトリア」

 

「はい…なんでしょうか」

 

「一応さ、理由とか聞いてもいいか?」

 

「…はい」

 

 士郎は立ち止まり振り向かずにアルトリアから何故断ったのか聞く。

 

「私は、貴方といるこの時間は何より幸せでした。今までの人生の中でもこれほど幸せだったことはありませんでした。

 人として笑い楽しみ支え合う。そのようなことは生前のことを思えば、考えられないことでしょう」

 

 少しだけアルトリアから嗚咽が聞こえてくる。

 

「だから…だから、私はこれでいいのだろうかと思ったのです。

 私は、罪人だ。私はブリテンを滅ぼした元凶の一人です。私なんかが王にならなければ、ブリテンは滅びずに済んだのではないか。そう思うと、今の至福に満ちたこの状況は相応しくないんじゃないかと、間違いなんじゃないかと思ってしまうのです」

 

 士郎は徐々に震える体を拳を握ってこらえながら聞いていたが、最後の言葉を聞くとたまらず振り向く。

 

「それは違うだろ!! アルトリアはッ! アルトリアは、ずっと頑張ってきたじゃないか。ずっとみんなのために、戦い続けてきたじゃないか…」

 

 涙を流しながら訴えかけるように話す。

 

「それなのに…! それなのに自分なんかがなんていうなよっ! もう、いいじゃないか。何も、何も間違っちゃなんかいない。アルトリアは国が滅んだ原因なんかでもない。なにも悪くない!」

 

 士郎はもう自分でも何を言っているのかもわからないくらい心の中の想いがぐちゃぐちゃに混ざっていた。

 アルトリアは胸が締め付けられる思いでいた。士郎が言っていることは決して間違いではない。現にアルトリアはその言葉に手を伸ばしかけていた。だが、それでもふとした時に蘇るあの光景を思い出すたび逃げるわけにはいかない、背負わなければいけないと思ってしまう。

 アルトリアは拳を握りしめ、振りかぶり伸ばしかけた手を戻す。

 

「シロウ…ですがそれでも私は自分が許せないのです。許すわけにはいかない。この罪は死後も私だけが背負わなければいけない、一人の騎士として…何よりも、王として!」

 

「―――――」

 

 これ以上何も言えなかった。アルトリアは本当に折れる様子はなく、涙を見せながらも凛とした態度で頑なに断言する。

 

「…そうかよ。それがアルトリアの答かよ」

 

 握り締めていた拳を緩め、ぶら下げる。折れたのは士郎だった。

 

「…はい。すみません。貴方は――」

 

 最後に少しだけ俯いて言いかけたのを、もう何も言わないでくれ、と言いまた振り向いて歩き出す。アルトリアもその後をついていく。

 その後二人の間に会話はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そう。彼女はずっと罪から逃げるつもりはない。そして、その罪を士郎に背負わせたくない、とそういうことね?」

 

「うん。本当ふざけているよ。一体いつの話をしているんだって。もうとっくに許されてもいいって、そう思うのに死んでも背負い続けるだなんて」

 

 士郎は吐き捨てるように言う。それに思うところがあったのか凛は少し叱ろうかと思ったら、

 

「けど、判んない訳じゃないんだよな」

 

 士郎はポツリと虚しさを感じさせる。凛は一瞬意表を突かれたような顔になる。

 

「おれもさ、きっと同じこと思ったと思う。おれもいつかアーチャー師匠と同じようになったらきっと、ずっと自分がしたことが許せないでいただろうな」

 

 士郎は俯き縮こまる。

 

「…あんなこと言っておきながらなんだよって話だよ。一番おれが許していないのに、許しているだなんて」

 

 自身を嘲るような歪んだ笑顔で言う。凛は暗く落ち込んでしまっているのをどうしようもできず、ただ見ているしかなかった。

 

(大分参っちゃっているわね。それもそうか。…仕方ない。こればっかりは時間に頼るしかない。魔術王との戦いはもう一日、日を置いてから――)

 

「おれ、もう明日のために寝るな。明日は絶対に勝とう」

 

 凛は急に立ち上がった士郎の言葉を聞いてびっくりする。これだけ落ち込んでいるというのに明日魔術王と戦うつもりらしい。

 

「ちょっと、いいの? もし必要だったら明日も休んで――」

 

「明日しかないんだ。これ以上あいつを待たせたらヤバイんでしょ? 大丈夫だよ。おれは大丈夫」

 

 まるで自分に言い聞かせるように心配はないと言う士郎は自室に向かう。

 

「…本当に大丈夫かしら」

 

 凛は始終心配でならなかった。この先二人の仲が険悪したままでやっていけるのだろうか。もし戦いの最中に決裂するようなことがあったら、そこを魔術王に付け込まれる可能性がある。いや、絶対にするだろう。

 そんなことになったらおしまいだ。凛も士郎もアルトリアもエミヤもただの人形と成り果てるが関の山といったところだ。

 凛はそんな思いが渦巻いているが、ここまで来てしまった以上引き下がるわけにはいかない。今は、二人を信じる他なかった。

 

(…大丈夫、よね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。決戦の日。聖杯戦争は終盤を迎えようとしていた。今日の夜、ついに魔術王と全面対決だ。

 士郎達は神妙な雰囲気に包まれた居間でお互い向き合って座っている。

 

「…いよいよね。各々覚悟は決まったかしら」

 

「…うん」

 

「無論だ」

 

「………………」

 

 士郎、エミヤは頷き、アルトリアは頷きこそしないが雰囲気から覚悟はできていると感じられる。

 それを見た凛も頷き、改めて戦う相手を確認する。

 

「いい? 今回の相手はキャスターとセイバーよ。キャスターはあの魔術王でセイバーは現段階じゃ不明。なるべく万全な状態で挑みたいわね」

 

 凛は顎に手を当てる。セイバーについては諸々不明瞭なことが多い。そのため、現状判ることで出きる限り対策を立てたい。

 

「作戦も立てたいところだけど、果たしてあの魔術王に通用するか。だから策は無し。真っ向勝負で行くわよ。いいかしら、アーチャー」

 

「ああ、もちろん」

 

 凛は確認をとり、任せるわよ、と今回はニヒルな笑みを見せるエミヤに戦いは一任するようだ。

 さて、と凛がテーブルに両肘をついて顔の前に手を合わせ真剣な眼差しを全員に向ける。

 

「それじゃ、一番の問題は魔術王ね。といっても、こちらが持ちうる力で対抗できる手段は一つだけ。判っているわね、士郎、ランサー」

 

「うん」

 

「ええ」

 

 二人は頷く。凛はそれを見て痼が残っているかのように一瞬目を伏せるが、すぐに上げて見据える。

 

「よし。ならOKよ。決戦は夜中の12時。それまではみんな休んでいて。くれぐれも休んでいる間に問題を起こさないようにね」

 

 そう言うと、凛は立ち上がり居間から出て行く。エミヤも立ち上がり主人について行く。

 居間には黙ったままの士郎とアルトリアだけになった。気不味い空気が立ち込める。

 二人はお互い無口なまま話そうとはしない。いや、アルトリアだけは口を開こうとしているが、うまくいかないようだ。口が開きかけては閉じてしまうを繰り返している。

 対する士郎は目線が合うことさえも辛いのか、ずっと下の畳に視線を落として合わせないようにしている。

 今までこの二人でここまで雰囲気が悪くなることはなかった。それが故にお互いどうしたものかと動くに動けない状況だった。

 と思ったら、急に士郎が動き出した。なんだとアルトリアは仄かな希望を持つが、部屋に行くとだけ簡潔に言うと返事も待たずにその場からいなくなる。居間には手を伸ばしかけたアルトリアだけになった。

 

「…ふう」

 

 アルトリアは手を下ろし、ため息を吐き出す。

 

(…本当にこの選択は正しかったのでしょうか。…今もその答が出ない)

 

 一人になったアルトリアは天井を見上げながら愁う。

 

(私が幸せを謳歌する。それは許されることではない。それは確かです。ですが、だからといって誰かを不幸せにしてしまうのは、果たして正しいのでしょうか)

 

 昨日の夕方、士郎が泣いている様子を思い出す。

 

(…私は…傷つけてしまった。たった一人の少年を)

 

 しばらくその時の事を頭の中で反芻していると、アルトリアは立ち上がって歩く。

 

(……寝て、いますね)

 

 士郎の部屋の前までゆっくりと来たアルトリアは少しだけ襖を開けて覗く。すると士郎がまだ片付けていなかった布団の中に入って眠っていた。微かな呼吸が聞こえる。

 戦いは夜中に始まる。それまでは寝て夜中でも起きていられるようにしようと思ったのだろう。眠りは浅そうではあるがしばらくは起きそうにない。

 

「…………」

 

 アルトリアは士郎を起こさないように近づく。年相応な寝顔でいる目の前の少年はとてもじゃないが今までの激闘をくぐり抜けたとは思えないほどだ。アルトリアは枕元に座り寝顔を見つめる。

 

(…シロウはどうして私を、私なんかを好きだと言ってくれたのでしょうか。シロウだって知っているはずだ、私がどのようなことをしてきたのか。

 決してシロウの想いが嬉しくないわけではない。シロウは、とても素晴らしい人だ。おそらく、何年経ってもその人柄が褪せることはないでしょう。アーチャーを見ればそれがわかる)

 

 士郎の中に眠る揺るぎない夢、信念、信条。このような人間が世の中どれだけいるだろうか。おそらく、士郎が最初で最後ではないだろうか。そして、そう考えると今の自分がどれほど血濡れた存在かを改めて認識する。

 

(…私の手は既に赤く染まっている。士郎のような人が、罪人の私の手を握ることは赦されないことだ。私は、何もかもが散ったあの丘に立っているのが一番相応しい)

 

 アルトリアは見つめていた視線を上げると、部屋の隅に置いてある袋が目に入った。それは昨日士郎との買い物で買ったものだ。アルトリアはその袋を手に取って中身を出す。

 中身は士郎が買ってくれたライオンを可愛らしくデフォルトされた人形があった。いくら見惚れたからとはいえ、これを子供に買ってもらうというのは些かカッコ悪かったなと今更恥ずかしがる。

 アルトリアは人形を軽く玩ぶ。ふんわりとした柔らかな人形はとても軽く手触りも良い。ついつい抱き締めたくなってしまうような愛くるしさだ。

 

(…シロウは、私のために買ってくださった。こんな、私の我が儘に…)

 

 涙が頬を伝う。結局はそうだった。自身がしでかしたことで人を傷つけてしまった。

 こんなことだからランスロットにも、トリスタンにも見放されたのではないか。

 アルトリアは項垂れる。士郎とすることがまるで反対だ。士郎はその身を削ってでも人を笑顔にしようとしているのに、自分は我が儘にも振る舞って罪を背負おうとして人を哀しませる。

 

(私の行いは正しいのでしょうか…)

 

 救いを求めてはいけない。罪の清算など出きるわけ無い。だから、死後も背負い続けなければ。だが、その過程に人を悲しませることは含まれているのか。

 アルトリアは迷いが出てきた。これが正しい筈なのに、国の問題は全て王が背負うものだというのが正しい筈なのに、それに迷いが生じた。

 正しくは無いと言うのだろうか。それなら、今まで自分が生きてきた訳はなんだったのだろうか。

 頭が痛くなりそうだった。いくら考えても答が見つからない。あれだけ士郎に啖呵切ったというのに、結局はアルトリアも迷ってばかりだ。

 

(…おかしなものですね。こんなこと言うまでもない筈なのに)

 

 アルトリアは顔を上げる。妙だと思ったのだ。今までこの事に迷いなど無かった筈なのに、迷いが出てきてしまっている。

 どうしてだろうか、アルトリアは考える。何故このようなことを考えるようになった。いつの間に人間に似たような感情を抱いていた? 英霊の座に居たときはただの機械仕掛けの様だったアルトリアに何故こんなものが生まれたのか。

 答はすぐに出た。士郎だ。このように思えるようになったのは士郎がいたからに他ならない。士郎がいたから楽しいと思えた。士郎がいたから幸せを知ることができた。士郎がいたから迷うようになった。だから、

 

「シロウ…あなたは何故私を惑わすのでしょうか」

 

 誰かを愛することを覚えた。

 

(…そうだ。私は、私はシロウが…)

 

 大好きだ。アルトリアはようやく自身の想いに気づいた。それと同時に、

 

「………!?」

 

 ふとしたときに思い出すカムランでの出来事。その時思い知った罪が邪魔をする。いつまでも忘れてはならないと脳裏に焼き付いて離れないでいる。モードレッドの言葉が、モルガンの言葉が頭から離れない。

 

「…私は赦されるべきではない、というのですね。

 いいでしょう。どちらにしろ諦めるしかないことです。私は赦されなくともいい。私は、シロウのために、シロウを阻む者を退ける刃に、盾になるだけだ」

 

 新たに想いを胸に、アルトリアは静かに最期の時を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ? なんだここ?」

 

 士郎は寝ていた体を起こし、辺りをキョロキョロと見回す。

 

「…っていうか、おれ何していたんだっけ…?」

 

 起きる前の記憶が曖昧で最後何をしていたのか思い出せないでいる。

 

「…! なんだ」

 

 膝だけで立ち後ろを振り向く。何かが近づいている気配がしたのだ。ただ気配がするだけで周囲にはなにもない。

 気のせいか、そう思い始める。どれだけ警戒して待っても一向に影も見えないのでただの思い込みだったのだろう。

 とにかく、どうやらここは夢の中ではないのか。士郎はふとそう思った。何故なら、辺り一帯は黒く塗りつぶされただけの世界だからだ。

 

(…そういえば、確か夜中の戦いになるから先に寝て夜中動けるようにしておこうって思ったんだっけ)

 

 徐々に記憶もはっきりとしてきた。士郎はなんでこんな何もない夢を見ているのか不思議でならないが、とにかくこんなところにいつまでも居座っているだけではつまらない。少しこの世界を探索でもしようかと立ち上がる。

 少し興味があるのだ。こんなに夢の中で自我がはっきりしていることなんてそうそう経験できないことだ。疑問は残るが、だがそこまで深く考える必要もないこと。士郎は気楽に歩き出そうとして、

 

「私が出てくるってね」

 

 目の前の視界が埋まる。

 

「ぬおわっ!! きゅ、急に現れたぁっ!?」

 

 変な叫び声を上げて後ろに転げてしまう。

 

「イッテテ…」

 

「はは。大丈夫かいシロウ君」

 

「あっ、うん。おれは大丈、夫…」

 

 士郎は差し出された手を掴んで起き上がると、ふと差し出した人の顔を見て目をぱちくりとしていた。

 

「? 私の顔に何か付いているかな?」

 

「あ、いや、その…気のせいかもしれないけどなんか誰かに似ているような気がして…?」

 

 疑問符を浮かべる士郎にそうかな、と首を傾げて急に現れたその人は言う。

 

「まあ君がそういうならそうなのかもね。何せ、ここは君の夢だから」

 

(…! やっぱり。ここは夢の中)

 

「さて、それじゃ散歩の続きといこうか」

 

「えっ、あっ、ちょっと待って!」

 

 士郎が立ったのを見るとその人はすたすたと歩き出す。士郎は慌てて追いかける。

 

「おや。君もついてくるのかい」

 

「えっ? えっと、まあこんなところに来たところでなにもすることないし、おれも歩いていようかなと思ってたし」

 

「はっはっはっ。そうかそうか。なら一緒に歩こうか」

 

 二人は並んで歩く。どこへともあてもなく。

 二人は始終無言のままだ。士郎は初対面の相手に何か話題を出せるほど器用でもないし、相手の方もただ歩いているだけで楽しいのか笑顔のまま特に話しかけてこない。

 士郎は今更ながら一体何者なのだろうと勘繰り始めた。何故かこんな自然に並んで歩いてはいるが、相手が一体何者なのかわからないでいた。ただの夢の人だとしてもどこかが変だ。

 士郎は改めてその人を見上げる。身長はエミヤと同じくらいだろうか。長身で結構細い。というより、今気づいたがこの人は女性だ。胸の膨らみも僅かだがある。今までの女性らしい胸のイメージがアルトリアで固定されかけていた故に気づかなかった。他にも、顔はやや女性よりの中性的で鷹を思わせる鋭い青い瞳を持った整った顔だ。髪は薄い黄色の腰まで届きそうな長髪。毛先は艶やかな黒色になっているとても独特な雰囲気がある。そんな女性だった。

 

(この人、一体…)

 

「私のことが気になるかい?」

 

 横目で見ていたら唐突に話しかけられる。士郎はビクリとしながら肯定する。

 

「はははっ、まあ気になるよね。よし、いいだろう。散歩はここまでにして少し私のことについて話そうか」

 

 二人は立ち止まりお互い向き合う。士郎はやはり目の前にいる彼女に誰かの面影を感じる。

 

「見てわかる通り、私はこの世界、君の夢の住人だ。けど、ただの住人ではないのは確かだ。では、ここで問題だ。私は一体誰でしょう?」

 

「…クイズかよ」

 

「少し面白味があったほうがいいかなってね」

 

 何故わざわざ問題形式にするのか判らないが、とにかく真面目に答える。

 

「えっと……って、なにも知らないのに答えられるわけないじゃん」

 

「おっと、これは失礼。うっかりしてた。許してね。これでも結構年配なんだ」

 

「…………」

 

 その姿でなに言ってんだ、と士郎は視線だけで言う。

 うわー信用されてなーい、とどこが面白いのか勝手に笑う様は狂っているのか否か。

 

「まあ、それはさておき、私は決して君の知らない人ではないよ。

 ホラ、よく見て。私は君の、よく知っている、あの人だ」

 

 士郎はどこか変に感じながら見てごらんと手を広げている女性を凝視する。頭から少しずつ視線を降ろし、全体像を把握する。すると、

 

「…! ん? あれ、なんだこれ…なんか…変…だ…?」

 

 士郎は目の前にいる彼女を見ていただけなのに、立ちくらみしたかのような気持ち悪さが襲い、視界が歪んでくる。

 

「ほら。よーく見てごらん。私は君がよく知るものだよ」

 

 歪む、歪む、歪む。同時に声も混ざり誰の声か判断できなくなる。

 

「お…まえ…は…」

 

 ぐっちゃになっていく。何もかもが捻れ捻れ、混ざっていく。かき混ぜられていく。水面に映っていた映像に雨が降り注ぐように何もかもが見えなくなる。目の前のものが変わっていく。

 そして…見覚えのあるものに変わっていく。

 

「さあ、視るんだ。私は…」

 

「お前は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君だ(おれだ)…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、誰一人いない町の独特な雰囲気の静けさは嵐の前の静けさというものだろうか。暗い道に街灯だけがぼんやりと照らす夜の道を士郎たちは歩いている。その足取りは軽快なものではなく緊張感を漂わせる。

 

「…そろそろね」

 

 凛が言うように、柳道寺が見えてきた。異様な雰囲気を纏い、早くこちらに来いと言わんばかりのあの寺がキャスター達の拠点だ。外観は何一つ変わっていないというのに、禍々しく感じるのは緊張からくる幻覚か、魔術王がそうさせているのか。

 ここまでで会話らしい会話が無い四人だが、仕方ないだろう。皆次の戦いで死ぬかもしれないからだ。嫌でも緊張はする最中会話などしていられようか。

 

「………」

 

 士郎は緊張しているのかどこか上の空だ。いや、何か別のことについて考えているのか。

 

「……」

 

 アルトリアは前を向いたまま何を考えているのか判らない。

 結局のところ二人の仲は解消できていない。当然と言えばそうだが。

 

(…この際、仲は悪くてもいいから、せめて最悪な結果だけは出さないでね)

 

 凛はそう願わずにはいられない。今回の戦いは士郎とアルトリアが一番の肝なのだ。その二人がこうしていがみ合っては最悪躍り人形にされて弄ばれる。

 とそうしているうちに、柳道寺の階段前に着いた。目の前にそびえ立つ階段を前に士郎達は改めて顔を引き締める。

 

(…結界が、無くなっている? いや、向こう側にあるのね)

 

 結界の位置が少し変わっているのに気づく。前回ここに来た際はこの階段から先が結界の中だったが、今はこの階段には無くその向こうにあるようだ。

 凛から警戒しつつ一段目を踏む。その後ろを士郎達はついていく。一段、一段、足音を鳴らしながら慎重に近づいていく。辺りに罠らしきものは何もない。だからといってここはもう相手のテリトリー内。迂闊な行動はできない。ゆっくりと、ゆっくりと踏みしめていく。

 

(…罠らしきものは一切無い。逆に不気味ね)

 

 凛はそんなことを考えながら周囲を視線だけ動かして確かめる。

 罠が無いというのは果たしてどういう意味なのかと考える。自分達にはそんな小細工は無用だということなのか。はたまた、正々堂々と戦おうじゃないかと意外にも武人気質なのか。

 凛はそんなどうでもいいことを考えていないとこの雰囲気に飲まれそうだった。それほどまで階段を登ってからの空気の変わりようがすごいのだ。

 

(飲まれるな、飲まれるな。いついかなるときも優雅に優雅に)

 

 遠坂家の教訓を思い出しながら足音を響き渡らせる。その時だ。

 

「――伏せろ!!」

 

 いち速くエミヤが叫ぶ。エミヤの叫びに素早く反応した瞬間、士郎達の頭上を何かが凄まじい勢いで通り過ぎた。

 

「…今のを避けるか」

 

 士郎達は目の前に降り立ったその人物を見上げる。

 

「彼の大英雄が不意打ちかね…」

 

「すまない。マスターにそうしろと命じられたのでな」

 

 士郎はいつかの夜、自身の体を貫いた剣に視線を這わす。相変わらず素晴らしい剣だと思ったのと同時にあの時体に刃が入ってきた感触を思い出して身震いする。

 

「なるほど、随分と狡猾なマスターと見受ける」

 

 エミヤが普通に話しかけているその人物は、腰ほどまで届く長い灰色の髪に大柄な身体に背中が空いた鎧を身につけ、

 

「それには同感だ。だからといって代えられるものではない。それに、俺は今更誰がマスターだとしても構わない」

 

 その身の丈ほどもある銀色に鈍く輝く大剣を片手で軽々と振るう剛腕の剣士、

 

「――貴殿達に恨みはないが、その命貰いうけよう」

 

 セイバーが士郎たちの前に立ち塞がった。

 

「やってみるがいい…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
最終決戦始まりました。結果がどうなるかは…実はまだ決めてなかったり決めていたり。とまあ、まだ曖昧なんで楽しみにしていてください。


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第三十夜-最終決戦、開幕-

どうも、ウェズンです。
Fate/Apocrypha第22話見た感想、
「…………やっば、カルナかっこよすぎね、強すぎね」
でした。やっぱりカルナはFateで一番好きなキャラです。
では始まります。


「っ! セイバー…!」

 

「シロウ、貴方は下がって」

 

 一方、士郎はセイバーが現れたことで戦闘体勢に入るが、アルトリアに止められる。

 

「…久方に会ったな。ランサー」

 

「ええ、そうですね、セイバー」

 

 アルトリアは武器を構える。

 

「あの時、貴殿の槍に我が剣は負けた。だが、二度も負けるとは思わない方がいい」

 

「判っています。あの時、貴方はまだ真剣ではなかった。恐らく、様子見として令呪で縛られていたのでしょう」

 

「その通りだ。アーチャーもすまない。俺はあの時本気を出せていなかった」

 

 セイバーはエミヤに向き直す。

 

「…話し合いはここまでにしよう。俺の役目はここで貴殿たちを仕留めること。

 貴殿たちは既に俺を知っている。ならば、名乗ることに躊躇いは要らない――」

 

 ゆっくりと大剣をエミヤとアルトリアに向けて構え直す。すると、

 

「ネーデルランドの遍歴騎士、ジークフリート。推して参る!!」

 

 セイバー、ジークフリートは二人のサーヴァントに襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――以上、これが私の考える方針だ。何か異論があるかい」

 

「まさか。彼の魔術王が考えたことなのだから異論など有ろうか」

 

 柳道寺の居間で三人の男が話し合っていた。

 

「しかし、あの少年と戦わせて欲しいとは」

 

「意外、かな?」

 

「いや失敬。貴方ほどの偉大なる魔術師殿が一人の少年を気にかけるなど思いもしなかったものでね」

 

「フフ…あの少年は特別だよ。なに、君も対峙してみれば判るさ」

 

「…そうですか。ではその時を楽しみにしましょう」

 

 アトラムは魔術王の底を読もうとしているかのように睨み合う。

 

「いつまでも話している余裕は無いぞ。もう敵は山門にいるセイバーと交戦したようだ」

 

 マリスビリーが言うように魔力のぶつかり合いが感じられる。間違いなくサーヴァント同士が戦っているのだろう。

 

「来たね。予想通りだ」

 

「予想もなにも、君の千里眼で見えたのだから確実なことだろう」

 

 それもそうか、魔術王は乾いた笑いをする。

 

「さて、では見たついでにこれも言っておこう。――彼らは、アーチャーの陣営を置いてこちらに来る」

 

「…ほう。何もかも思い通りということか」

 

 マリスビリーの言葉に、そんなことはないさ、と冗談を言っているのかいないのか判らない返事をする。

 

「今回の戦争で初めて判ったことだけど、私の千里眼にも限度がある。その証拠に、未だシロウ君の未来は見えない」

 

 魔術王は今一度士郎の未来を見ようとするが、やはり砂嵐状態で見れない。

 

「…どういうこと何だろうな」

 

「さあ。それはさすがの私でも判らない」

 

「お前が判らないというなら誰にも判らないな」

 

「少し買い被りすぎてない? いつの時代にも上には上がいるものさ」

 

「…お前より上の魔術師がいるなど考えたくもないないが」

 

 そう言ってマリスビリーは額を押さえる。マリスビリーは魔術王こそが魔術師の頂点であってほしいと思う。これ以上のインフレはごめんだということだろう。

 

「まあ、それはよしとしよう。

 マリスビリー、私はそろそろ結界の中で待機しておくよ」

 

 魔術王は立ち上がる。それに判ったとだけ返事すると、魔力の粒子となって消える。

 

(…魔術王ソロモン。やはり侮るわけにはいかないな)

 

 残った二人のマスターの内アトラムはそのようなことを考える。彼は魔術王から底知れない圧巻を感じた。先程睨みあったとき、こちらが底を読もうとしているというのに、何故だかこちらが何もかも読まれそうになった。

 引き込まれるかのような威圧に思わず令呪でセイバーを呼び出してしまいそうだった。

 

(…恐らく、奴は私が考えていることを見透かしている。これは、下手に出るべきではないな)

 

 アトラムは少し後悔する。これはとんでもない人物を味方につけてしまったなと。

 

(まあいい。聖杯さえ手に入れば何も問題はない)

 

 とにかく、今は潜伏しておく時と変に行動はしないよう心がける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッ!!」

 

「くっ…!」

 

 ジークフリートの剣が容赦なく降り下ろされる。エミヤはそれを二本の剣で受け止める。だが、そこにジークフリートは更なる追い撃ちを仕掛ける。あの夜見せたジークフリートとは段違いの重さ、速さが感じられる。

 エミヤはジークフリートの剣を紙一重で受け流し、反撃に出るも、剣は鎧に阻まれるばかりで傷一つ入らない。

 そうして相手の攻撃を鎧で受け止めるとその隙を狙ってまた剣を降り下ろす。

 

「…!」

 

 だが、剣は横から雪崩のように入ってきた槍に止められる。

 

「ッ!!」

 

 アルトリアはそのままジークフリートを奥に押し返す。そして、一息で距離を詰めて槍で突く。

 ジークフリートは凄まじい速さで突撃してくる槍を剣で弾くが、続けてくる目にも止まらない速さの二連撃に顔と体を掠め、血が滴る。

 

「…やはり貫くか。どうやら、あの時真剣ではなかったのは貴殿もということか」

 

「……………」

 

 槍は鎧を貫きジークフリートに血を出させた。アルトリアの槍はジークフリートの竜の鎧を貫けるだけの威力を持つようだ。

 前回は共に全力ではなかったが、今回は枷となるものはない。お互い最大出力で戦える。

 その事に喜びを見出だす訳ではないが、遠慮無しに戦えるのであれば思い残すことは無いだろう。

 

「ハアッ!!」

 

 また剣と槍が交差する。アルトリアは全力で突撃するが、そのままの槍ではやはり致命傷となることはない。ジークフリートは相手の槍を剣と鎧両方を使って巧いこと捌く。

 

「避けろ! ランサー!」

 

 エミヤが叫ぶとアルトリアはその場から飛び退く。すると、エミヤが放った矢がジークフリートに命中する。命中と同時に爆発し鎧を僅かに貫き、血が出る。

 

「…!!」

 

 ジークフリートはエミヤの思いにもよらぬ威力に一旦下がるが、アルトリアがそれを許さない。

 

「くっ…! このままでは不味いか」

 

 アルトリアの猛攻にギリギリながら防いでいる。

 現在、こちらはかなり有利だ。敵はジークフリートだけで魔術王が助けに来る気配はない。このままなら多少時間はかかりそうだが、ジークフリートを倒せそうだ。

 だが、それで良いのかと凛は思った。凛は少し変に思っている。何故敵はジークフリートだけ出してきたのか。ジークフリートだってニーベルゲンの歌に出てくる主人公で大英雄だ。ならば、魔術王とジークフリート二人がかりならこちらを圧倒することだって可能だ。それをわざわざしないわけとは一体…。

 

「…まさか」

 

 凛は一つの可能性に思い至った。それは、ジークフリートなどいなくともこちらを全員倒せると、そう言えるだけの準備が既に整っているのではないか、ということ。

 唇を噛む。予想できていたことだ。それでも、まだ隙はあるだろうと思っていた。だが、その望みは消えた。ならば今するべきことは、

 

「…士郎。少しいいかしら」

 

「! どうしたの?」

 

 戦いを必死に見守っていた士郎は振り向く。

 

「――ここは私達に任せて、あなた達は先に行って」

 

「! なっ、りん! なに言って――」

 

「いいから早く行きなさい!」

 

「なっ…なんで…」

 

「…おかしいでしょ。ここにセイバー一人だけなんて。キャスターはきっとこの先で万全の状態で構えている。ならこんなところで時間食ってられないわ」

 

 凛が今するべきことは、士郎達を先に行かせること。もともと魔術王に対抗できるのは士郎達のみで今回の対抗策でもある。自分達が行ったところで足手まといになるだろう。ならいつまでもここで足止めされてないで先に行かせた方がいい。

 だが、そうすると残った凛達はジークフリートを相手にしなければいけないが。

 

(…相手は大英雄ジークフリート。ランサーの協力無しで勝てるかどうか)

 

 凛は考える。ジークフリート、その逸話は知っている。故に、弱点も今判った。それと同時にエミヤの能力なら弱点をつくことも可能だ。

 それでも、勝てるかどうかは五分五分になると予測できる。

 

(…いいえ。勝てるかどうかじゃない。ここで勝たなきゃ…!)

 

 だが、それで不安になんて思ってはいられない。何故ならば勝たないといけないのだ。今自分にできることを最大限にこなして勝つしかないのだ。そうでなければここへ来た意味が無い。

 

「…私のことは心配要らないわ。だから先に行って。お願い」

 

「…うん。判ったよ。けど、約束してくれ。絶対に生きててくれるって!」

 

 士郎は凛の表情を見て承諾した。

 そして、士郎の約束に凛は口端を曲げて、

 

「当然よっ!!」

 

 力強く頷いた。

 それを見た士郎は凛はもう大丈夫だと、ランサーを呼んで先に行く。

 

「…止めないのね」

 

「…させてはくれないと判断した」

 

 思いの外、あっさりと士郎を抱えたアルトリアはジークフリートの後方へと行けた。そのまま士郎達は柳道寺の門をくぐり抜けると同時に消える。あの先からが魔術王のいる結界内の入り口なのだろう。

 

「さて、凛。君の判断は正しい。私も同じことを考えていたところだ」

 

「ええ。準備はいい、アーチャー? 相手はジークフリートだけど」

 

「フッ。君は一体誰に言っているのかな? 私は君のサーヴァントだ。ならば――負ける通りはない」

 

 赤い主従はお互い不適な笑みで見合う。

 

「…そーね。あんたは私のサーヴァント。なら、絶対に勝ってくれるわよね」

 

「ああ。当然だ」

 

 エミヤは弓を消す。相手は近接武器。ならばこちらも合わせるべきだろう。エミヤは剣を投影しようとして、

 

「待って」

 

 凛に呼び止められる。

 

「何かな、凛――」

 

「――令呪を以て命じる。必ず勝ちなさい」

 

 エミヤが凛に振り向こうとしたら、唐突に令呪による命令が送られる。

 

「――!」

 

「重ねて命じる。必ず勝ちなさい」

 

 そして、それは一度ではなく、

 

「重ねて命じる。…必ず勝って、戻るわよ!」

 

 今まで使うことが無かった三画全てだ。

 

「フッ。了解だ、凛」

 

 エミヤは力強く返事をしたら、改めてジークフリートと向き合う。

 

「……最期の会話は終わったか」

 

「これを最期になどするつもりはない。何せ、戻ってこいとの命令なのでね――!」

 

「……!」

 

 エミヤから大量の魔力が放出される。何が起こるのか判らないジークフリートは剣を構えて警戒する。

 

「君の事は知っている。ドイツより伝わる大英雄にして竜殺し。それほどの大物の相手が私で勤まるかはわからない。

 ―――だからこそ、こちらも出しうる力全てを出させてもらう…!

 ―――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

「…!」

 

 凛は初めて聞くエミヤの詠唱に驚く。

 

Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子)

 I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)

 Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく)

 Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)

 

 何故なら、エミヤが行おうとしているのは、魔術師の詠唱と同じだからだ。内容はまるで聞いたことがないが、それだけは判る。

 

Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う)

 Yet, those hands will never hold anything.(故に、その生涯に意味はなく)

 

 ジークフリートはただその言葉をじっと聞いている。この隙に斬りかかるつもりはないようだ。

 

So as I pray,(その体は)―――」

 

 そして、最後の一節が締め括られる。

 

「―――UNLIMITED BLADE WORKS.(きっと剣で出来ていた)

 

「……!」

 

 凛は突然襲いかかってきた炎に目を閉じる。だが、熱は感じられない。そっと目を開ける。すると、

 

「…!! これって…」

 

 凛は目の前に広がる世界を見渡す。この風景を変える魔術は初めて見るが、その名は聞いたことがある。

 

「固有結界…! 魔法に近いと言われている大魔術の一つ…」

 

 何故アーチャーがこのような魔術を…。凛はそう疑問に思った。だが、答えはすぐに出た。いや、もうある程度考えられていたことだ。

 弓兵がちょっとした魔術を扱うのはまだ理解できるが、こんなキャスターでなければできないような大魔術ができる。それはつまり、

 

「…そう。あなた本当は、魔術師だったのね」

 

 誰にも聞こえないように呟く。凛は今ある想像ができた。そして、その想像通りなら、

 

(そっか…今まで半信半疑に思っていたけど、そういうことね)

 

 凛はエミヤの背中を見ながら確信したと同時に改めて敵を見る。

 

「…さて、舞台は整った。今の私はそうそうやられることはないぞ」

 

「…これは、お前の心象風景か。…なるほど、志半ばで死に絶えていったということか」

 

「ああ。まあ、後悔はないがな。

 無駄話はここまでにしよう。今の私は気分がいい。令呪による魔力が三画もあるお陰で幾分か強化された。そして、今の私なら、これが可能だ…」

 

 エミヤは目を閉じ集中力を高めてから投影を始める。バチリと手から魔力が感じられる。 徐々に魔力は大きく膨らみ、大量の魔力を放出し、剣を形成する。

 出すのは二本の剣。ただし、今までの中華刀ではなく、ある同じ剣を二本。それは、

 

「…!」

 

「あの剣は…」

 

「…フッ。やはり紛い物か」

 

 エミヤが出した二本の剣。それは光輝く聖剣、その中でも随一の力を有する星の聖剣。その名も、

 

「『約束されし勝利の剣(エクスカリバー)』。私が出しうる中で最高の剣だ。まあ、偽物だがね」

 

「…素晴らしい剣だ」

 

 ジークフリートはその剣の輝きに思わず感嘆の声をもらす。

 

「彼の大英雄に誉められるとは。私の投影も捨てたものじゃないようだな」

 

「…謙遜する必要はない。その剣は確かに偽物だ。だが、そこに込めた想いは本物だろう」

 

 淡々とした口調にお世辞といったものは感じられない。本心で言っているのだろう。

 エミヤは思わず口元が緩むが、すぐに引き締める。

 

「さあ、そろそろ始めよう」

 

「…ああ」

 

 あの夜からできた奇妙な因縁に決着をつけるべく、お互い構える。武器はそれぞれ魔剣と聖剣。ぶつかり合う運命と言っていい剣を構える。

 そして、両者共に正義の味方を目指し、志半ばで死に絶えた者。

 お互い相手に不足無し。今、まさに―――

 

「……!!!」

 

 衝突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!」

 

 少し時間は戻り、先に魔術王のもとへと向かった士郎達。

 士郎は柳道寺の門を潜った瞬間、目映い光が夜に馴れた目もあってか刺激が強く目を瞑る。

 徐々に光は収まっていき、目を開けて周囲を見る。そこは間違いなく魔術王の結界の中だ。もともと殺風景だったであろう世界に鮮やかな色をつけたかのような草原に、空には太陽の役割を果たす光の輪が見える。

 

「やあ、こうして会うのは三度目だね」

 

「…!!」

 

 抱えられていた状態から解放してもらうと、唐突にその声は聞こえた。

 

「…キャスター」

 

 玉座を背景に、白髪を風に揺すられながら飾り気無しに佇むその姿には神秘的なものを感じる。

 

「ん、いい目をしている。どうやら何か心変わりがあったようだね。それが何か、は聞かないでおこう」

 

 魔術王は士郎の眼を見る。

 

「フフフ。どうやら、私の想像以上に強くなったようだ。これは嬉しい誤算だね」

 

「…何が嬉しいんだよ」

 

「それはもう少しすれば判ることさ」

 

 相変わらず魔術王には掴み所が見当たらない。のらりくらりと避けられる。

 

「さあ、ここまで来たからには、決着をつけに来たのだろう?」

 

「当然だ。ここで勝って、こんな戦争おわらしてやる」

 

 知らず知らず語尾が強まる。後少しというところまで来たからには、絶対に勝つつもりなのだろう。

 

「…うん。どうやら以前の君とは大分変わったようだ。以前のような臆病なところは感じられない。つまり、君は正しく正義の味方の道を歩んでいるということだ」

 

 魔術王は顎に手を当て考える素振りを見せる。

 

「素晴らしい成長、素晴らしい希望、素晴らしい信念。君はどこまで高みを目指すのだろうな。今から楽しみで仕方ないよ」

 

 僅かに興奮しているようだ。声には熱意が感じられる。だが、それはすぐに潜めることになる。

 

「―――まあ、殺し合うのだからその先は見れないんだけどね」

 

 瞬間、魔術王から殺気が溢れ出す。今まで青かった空が赤く暗く染まる。

 魔術師とは思えない鋭利な殺気。視線だけで殺しかねない眼。冷徹な微笑み。これが彼の本性なのだろう。

 士郎は恐怖心を煽られながらも反射的に構える。

 

「――我はソロモン。イスラエルの王であり、全ての魔神を統括している者」

 

 魔術王から黒い霧が出てくる。

 

「…! なんだ」

 

 黒い霧は徐々に濃さを増していく。

 

「これは…」

 

 そして、霧は一ヶ所に集まり形を成していく。

 

「私のことは遠坂の者から聞いているだろう。ならば、私が出そうとしているものも想像できる筈だよ。

 さあ、まず君の相手をするのは――彼だ」

 

 その姿は、ネコの頭に人間とカエルの手が合わさったような上半身に、巨大な蜘蛛を取り付けたかのような異形の姿。怪物のような姿はまさしく悪魔と言うに相応しいだろう。

 

「―――我が名はバアル。序列一に座する者なり」

 

 そして、意外なことに会話もできるようだ。

 

「さて、まずは小手調べだ。彼を倒して――」

 

 そう言うが否や、魔神バアルは一瞬にして断たれる。

 

「…まだ合図は出していないのに」

 

「貴方のやり方に付き合う必要などない」

 

 アルトリアは瞬間移動したかのように動き、バアルの上半身と下半身を別ける。士郎は一瞬の出来事に目を白黒としていた。

 魔術王は切り裂かれたバアルを見下ろす。体はピクリとも動かない。どうやら、体を切り裂かれただけではなく、魔神の核となるものも一緒に切り裂かれたようだ。

 

「甘く見るな、魔術王。貴様のことだ、私達のことは監視でもしていただろう。ならば、私の実力もわかっているはずだ」

 

 槍の先端を突きつける。

 

「それもそうか。判った。君は一体の魔神では相手にならないようだ」

 

 また黒い霧が出てくる。それも、今度は一体ではない。

 

「お次は三体だよ。

 さあ、おいで――ブエル、ボティス、アスモダイ」

 

 魔神が黒い霧より形成される。

 一体はライオンの頸にヤギの脚が五本も生えた悪魔というよりは妖怪と言った方がそれらしい悪魔。

 もう一体は左側のほとんどが複数の蛇になっている目の無い角が生えた剣士。

 そして最後の一体は、人間の体に牛と羊が混ざったかのような頭と先端が鋭利な針となっている蛇の尻尾を取り付けた姿に黒く醜い形の槍を持った、これまた黒く醜い竜に乗った竜騎士というような姿。

 計三体の魔神が召喚された。

 

「―――我はブエル。序列十に座する者なり」

 

「―――我はボティス。序列十七に座する者なり」

 

「―――我が名はアスモダイ。序列三十二に座する王なり!」

 

「…この三体は強いよ。特に、アスモダイはね」

 

 簡単に説明する。どうやら、本当にバアルは様子見だったのだろう。

 

「…!」

 

 三体の魔神が一斉に襲いかかる。まずは剣士のボティスが蛇の体を伸ばし拘束しようとする。アルトリアは瞬時に反応、蛇の体を切り裂く。それと同時に、剣が振り下ろされる。すぐさま体勢を変えると、槍で守る。その隙に妖怪のようなブエルと竜騎士のようなアスモダイが左右から狙う。

 アルトリアはそれに後ろに引いて回避する。すると、アルトリアが引いたことで崩れたボティスにアスモダイの一撃が当たり、身体が別れる。

 

「………!」

 

「…一体目」

 

 ボティスが倒れるのを見届けるとアルトリアはアスモダイに目をつける。先に一番強いと言われているものを倒した方がいいと考えたからだ。

 アスモダイが襲いかかってくる。凄まじい勢いだ。あのヘラクレスにも勝るとも劣らない勢いだ。

 アルトリアはアスモダイが大きく振りかぶったのをギリギリの所で回避して、カウンターを決める。本体と思われる竜に乗ったアスモダイの首が断たれる。

 

「……!」

 

「二体目」

 

 アルトリアは槍に付いた血を振り払って最後の一体を仕留めようとしたら、

 

「!? なっ…!」

 

 魔神バアル(・・・・・)が突然背後から襲いかかる。

 

「くっ…! 先程倒したはず…!」

 

 咄嗟に振り向いて槍で護るが、何故先程切り裂いたはずの身体が戻って動いているのか。

 士郎も驚いた目でバアルを見ていた。一体どうしてなのかと周囲を見渡すと、ブエルが死んだアスモダイに近づいているのが見えた。よく見れば、ブエルに有ったヤギの脚が減っている。

 

「…! あいつかっ!」

 

 ブエルはアスモダイにヤギの足を当てると、ブエルから脚は切り離されアスモダイに吸収される。するとどういうことか、切り裂かれたアスモダイの首が生えて甦った。

 士郎はこの一連を見ると走り出す。アスモダイがまたアルトリアに襲いかかっていったら、士郎はブエルに投影した剣を飛ばす。

 

「…っ」

 

「ガッハァァアアアァァァァァ…!! イタイイタイイタイ。ナ、オス、ナオス、ナオスナオスナオスナオスナオレナオレナオレナオレ」

 

 剣はまっすぐ飛んでいってブエルに直撃する。だが、ブエルに突き刺さってできた傷はみるみると消えていった。そして、標的をアルトリアから士郎に切り替えて大口を開けて大声を上げながら襲いかかってくる。

 一種の恐怖映像を見ているようだ。士郎はそんなことを思いながらブエルの突撃を避ける。

 士郎はもう一度剣を投影するが、今度は避けていく。歩くことを覚えたばかりの赤子のようなたどたどしい動きなのに、俊敏に動いて士郎に近づく。士郎は剣を大量に飛ばすも、尽く避けられる。

 剣を飛ばしてばかりではダメだと思い、今度は接近戦を仕掛ける。

 

「くっ…! シロウ!」

 

 アルトリアも二体の魔神に手間取る。

 先程のように瞬殺といきたいが、また甦られてはキリがない。それに、この二体、特にアスモダイは徹底して乗せている主人を護ろうと小刻みに動くのだ。高性能な機動力を持った竜のおかげで槍が当たらない。

 

「うぐっ…!」

 

 それに、バアルも油断できない。下半身による蜘蛛で機動力を補い、上半身による怪力を振りかぶってくる。

 アルトリアは槍と鎧で凌ぎながら魔神の攻撃を裁き、自身はドゥン・スタリオンを呼んで機動力を上げる。

 

「ふむ。これでは決定打に欠けるか…さて、どうしようかな」

 

 魔術王は士郎達が苦戦しているのを面白そうに笑いながら観ている。

 

(機動力に関しては魔神の中でも右に出るものはいないアスモダイに、怪力無双を誇るバアル、今は死んだままだけど戦闘技術は一品のボティス、そしてそれらを援護するブエル。なかなかいい組み合わせだとは思うけど、やっぱり一歩及ばないといったところか。

 …おや、シロウ君も乗せたか)

 

 戦況はどんどん変化していく。アルトリアは、投影した剣ごと食われそうになった士郎を間一髪服のドゥン・スタリオンに乗せて駆ける。その後を追いかけるアスモダイとバアルに士郎は迎撃を試みる。その隙に、ブエルはボティスに近づいていく。

 

(…やっぱりもう一体出すべきかな。あんまり出すと疲れるから嫌だけど、そんなこと言ってられないしね)

 

 どうしても決定打に欠けるために魔術王はもう一体の魔神を召喚することにした。黒い霧が出る。

 

「さ、おいでバティン」

 

 ペットでも呼ぶかのような感覚で新しい魔神を呼ぶ。呼ばれたバティンの姿は、上半身は屈強な人間の体で下半身は青い馬になっている、所謂ケンタウロスだ。また、特徴として胸の中央に大きな宝石が埋め込まれている。

 バティンは魔術王に戦うよう命令される。すると、

 

「…っ!?」

 

 バティンはいつの間にか士郎たちの前にいた。

 あまりにも唐突に現れたため、士郎たちが乗るドゥン・スタリオンは暴れてしまう。アルトリアはそれを抑えると、バティンと向き合う。

 

(…突然現れた。今のは瞬間移動?)

 

 追いかけていたアスモダイ達も追いつき挟まれる形になる。後方で控えているブエルを除けば四対一、甘くない相手。

 

(…離れたところにいるあいつが一番重要、だと思う。あいつは死んだあいつらを生き返らせていた。けど、多分だけど無限にってわけじゃない)

 

 士郎はブエルを見る。ブエルにはヤギの脚が五本あったが、今は二本になっている。

 予想は当たっていると思われる。アスモダイを甦らせる時も脚の一本がなくなった。できる回数は限られている。

 士郎は早速それをアルトリアに伝える。アルトリアはそれを聞くと一回頷き、同時に槍を構える。

 

「…そういうことですか。なら、話は簡単です――」

 

「…!」

 

 槍に光が集まってくる。

 

「シロウ! 掴まっていてください!!」

 

 アルトリアがそう叫んだ瞬間に、助走も無しに一息で天高く飛び上がる。

 何をするのか察した魔術王は防護壁を自身の周囲に張り備える。魔神達は各々飛び上がり、アルトリアを追いかける。

 アルトリアは魔神達が追いかけてきているのを尻目に、飛び上がれるだけ上がりきる。そして、

 

「あの再生が外部によるものなら…! まとめて倒します!! ――最果てより光を放て…其は空を裂き、地を繋ぐ! 嵐の錨!! ――『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 聖槍を突き立てながら突進していき、

 

「……!」

 

「……!」

 

「……!」

 

「……!」

 

「……!」

 

 魔神たちを全てその光で包み込んだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
ソロモンとの戦闘開始です。あと、分かる通り魔神“柱”ではありません。なるべく史実通りに近づけた姿にいたしました。
では、またいつか。


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第三十一夜-英雄の紛い物達-

「……いやぁ、驚いた。まさかあの魔神達が一気にやられるなんてね。

 流石は彼の聖剣とならぶ聖槍だ。恐れ入ったよ」

 

「…手加減したつもりはありませんでしたが、無傷ですか」

 

 アルトリアの『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』が放たれた後、魔神達は聖槍の光を浴びて消失した。

 だが、魔術王だけは全くの無傷だった。防御で出した結界も傷一つついてない。

 

「無傷、だったのがなんだい。まさかあれで私も死ぬと思ったのかな。だったらその認識は甘いと言っておこう。

 私はあの程度では倒れない。本気で殺したくば、私に特攻でも仕掛けるべきだね」

 

 凄まじい自信、いやそれは最早自明の理とでも言っているようだ。

 士郎は唇を噛む。まさかあの宝具を受けて無傷でいられると思わなかったからだ。それに、よく見たら周囲もクレーターのようなものがなにもない。変わらずの草原のままだ。

 強すぎる。こんなのをどうやって倒せばいいのか。令呪を使うか、いや恐らく無駄だ。いくら令呪で強化できても精々結界を破るだけだ。それでは無駄撃ちになる。

 どうにか確実に奴を倒す方法、もしあるとしたら、

 

「さて、君の力量は理解できた。なので、私は断言しよう」

 

 士郎がそんなことを考えていると、魔術王はゆっくりと目を閉じて開ける。そして、

 

「―――騎士王、君では私は倒せない」

 

「…!!」

 

 魔術王はアルトリアでは倒せないとはっきり言い切った。

 アルトリアは確かにその予感はしていた。だが、こうして断言されて思い知らされた。自分では力不足だと。

 

「とはいえ、私としても君を倒すには少し工夫がいるようだ。

 …そうだね、これならどうだろうか」

 

 魔術王からまた黒い霧が出てきた。

 

「――――アモン、イポス、ナベリウス、フェニクス。そして、バティンもおいで」

 

 耳を疑いたくなるようなことを言ったと思ったら、突然魔術王の側にバティンが表れた。どうやらあの一撃から逃れたようだ。

 

「さあ、今度はこれらを融合しよう」

 

 霧が形成している途中でそう言うと、それぞれが絡み混ざり合う。

 

「私が考えうる中で君に対抗できる最高の組み合わせだ。先程のように宝具で倒せるとは思わない方がいい」

 

 魔術王がそう説明している間にも、魔神は形成されていき、完成する。

 出来上がった魔神は、今までのとはかなり異彩を放つ。もともと特殊な格好だったのがさらに特徴的になった。頭が三つもあり、両側は狐で中心は狼となっており、身体は青く屈強な肉体、背には二対の翼がある。

 二本足でたたずむその姿はおぞましいくらい不気味で不吉なそれは、中心の首を僅かに上げると、

 

「……!! なっ!」

 

 拳がアルトリアを捉えていた。瞬間移動だ。

 

「――アルトリアッ!!」

 

 一瞬の出来事に追い付かなかった士郎は、馬から離れ後方に飛んでいくアルトリアを見た瞬間に状況を理解できた。

 

「くっ…! シロウ!! 逃げて!!」

 

「――あっ」

 

 アルトリアは咄嗟の判断で槍を盾にしていたために大したダメージは無い。しかし、今はそんなことが問題ではなかった。士郎は目の前状況に気づくのが遅かった。あの魔神が拳を振り上げていた。

 

「まった」

 

 だが、魔術王の一言でその動きは止まる。

 

「君が狙うのはあくまでもあのサーヴァントだけだ。その子にはまだ手を出すな」

 

 魔神は拳を戻すと、また瞬間移動でまたアルトリアを殴りにいく。

 

「…………」

 

「おや、助けてあげたのになんだいその目は」

 

「お前、なんで…」

 

「なんでもなにもないよ。君には用がある。言わなかったかい?」

 

 士郎は黙ったまま魔術王を見つめる。

 

「さて、先程私は騎士王では倒せないと言ったね。何故か判るかい?」

 

 魔術王の言葉にうんともすんともせず黙る。

 

「…騎士王ではね、私を倒すには足りないんだよ。いろいろと足りなさすぎる」

 

 魔術王は唸るように言い、「けど」と続ける。

 

「シロウ君。君なら私を倒すことができる」

 

 士郎は一瞬目を見開くとすぐに戻し、ドゥン・スタリオンから降りて剣を投影する。

 

「……ッ」

 

「…いいね。まだ恐怖心こそ抜けきれていないものの、一抹の希望が見えれば立ち向かう。そうでなくては」

 

 魔術王は自身の魔力をほんの少しだけ放出する。完全な威嚇行為、挑発だ。

 士郎はそれに少し息を飲む。ほんの少しとはいえそれは絶大だ。それでいて、実質まともな一対一の戦闘はこれが初めてとなることもあってその緊張感も今までに無いくらいだ。

 せめてなにかしら言い返せたらよかったが、如何せんそれどころではないと震えてしまっている。

 だが、それで怖じ気づくことだけはない。

 

「さあ、覚悟は決まったかい。なら戦おうか!!」

 

 魔術王は一瞬呪文を唱える。

 

「ッ! うわっ!」

 

 すると巨大な火の玉が三つ空から降ってくる。士郎はそれから逃げると、走り出し魔術王に切りかかる。

 

「上からだけじゃないよ」

 

 だが、魔術王が指を鳴らすと士郎はいつのまにか巨大な水の塊に捕らえられていた。士郎は水から出ようとするが、どういうわけかいくら動いても水を掻き分けることができない。

 このままでは息が続かない。まずいと思った士郎は投影を開始する。

 

「! 氷の剣か」

 

 士郎は投影した剣を振ると、捕らえていた水が凍り、氷が割れて士郎が出てくる。

 

「ウオオオッ!!!」

 

「素晴らしい…! 英雄王の宝具をほとんどの剣を投影できるようになったんだね!」

 

 士郎は再び氷の剣を振るい、魔術王に向かって大地が凍てついていく。

 氷は魔術王に直撃する。だが、すぐに氷は砕け、中から魔術王が新たに魔術を駆使する。

 

「さあ、もっとだ。君の全力はこんなものではないだろう。英霊と同格となったその力、存分に見せてくれ!」

 

 あたりの風景が変わった。急に殺風景でなにもない世界に来た。時空間魔術で移動したようだ。なんの準備もなしで、ましてや宝具もなしでそれが可能というのはさすがは魔術王というだけある。

 

「場所は変えた。あそこでは君も騎士王を心配して本気を出せないだろう?

 ここは私が作った第二の固有結界。ここでは何をしたところでどこにも影響はない。さあ、再開しよう」

 

「…ッ!」

 

 魔術王の一撃一撃はどれも激しい、時には津波のごとく水が押し寄せ、溶岩が襲いかかるそれは天変地異を意図的に起こしているようだ。士郎は投影を行い、太陽の模様が柄に施された剣を振るい津波を蒸発させ、ドリルのような剣を突き立てて大地を裂き溶岩から逃れる。

 

「まだまだ、次はこれだ」

 

 魔術王の手に雷光が収束している。雷撃を一点に集中しているようだ。

 

「彼のインドラにも劣らない雷だ! その身で受けたまえ!」

 

 雷が襲いかかる。自然災害で起こるような雷とは訳が違う。破壊の一撃を一点に集中、収束したことで破滅の一撃となる。

 

「…ッ、ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 士郎は雄叫びをあげながら投影を開始、一振りの刀を投影する。

 

「でりゃあああああああああああああああああああ!!!!」

 

 雷撃が当たる瞬間にその刀を振るう。すると、雷撃は二つに別れて士郎を通り過ぎていった。

 

「雷を斬った…! あの刀は…!」

 

 士郎が投影した刀の銘は『雷切』。かつて雷神を斬ったとされる刀だ。

 

「やはり素晴らしい…! こちらも本気を出していかないとね!」

 

「う、ぐっ…! オオッ!!」

 

 二人のお互いに災害を巻き起こすこの戦いはもはや神話そのもの。士郎はそれが可能となるほどまで強くなっていた。

 魔術王がさらなる魔術を繰り出す。巨大な竜巻を起こし、さらに炎を追加させる。それに山の如く巨大な剣を二つ宙に投影してぶつけ合わせる。

 炎を纏う竜巻を相殺されたら、次は時空間魔術を発動して上空に空間の穴を開ける。すると、そこから小規模の隕石が大量に降りかかってきた。

 宇宙と繋げた穴から襲いかかる隕石に、士郎はある二つの剣を投影、強化を加え大剣と言える大きさにさせる。そうしたら、士郎は隕石に向かって飛び出す。

 

「う、オオオオォォォォォォォォオオオオオッ!!」

 

 空高く飛んだ士郎は隕石を剣で真っ二つに斬り裂く。続けて襲いかかる隕石も同様に斬り裂いていく。大中小関係なく降ってくる隕石の全てを斬るその様は一見すれば伝説の英雄のようだ。

 

「これでも敵わないというかッ!!! 想像以上だ…!! 君は正しく私と同等と見ていい…! だがッ!!」

 

 士郎が落ちていく場所に空間の穴が開く。

 

「…!!」

 

「いくら君でも宇宙空間に放り出されれば手の出しようがあるまい!!」

 

 宇宙空間は真空であるがために、人間はそこにいるだけで体内の水分が沸騰、蒸発し死に至る。魔術王は士郎がその空間に入るのを見たら、穴を閉じる。

 

「―――――――――――――――――!!!!!!!」

 

 士郎は痛みに叫ぶが、真空では声を出そうとしても出せない。体から水分が蒸発しだし、士郎の体を灼く。だが、

 

「…!? この状態でも生き残るか…!」

 

 魔術を使い士郎を見ていた魔術王は驚愕する。士郎の身体にある鞘に。

 士郎はまだ生き残っていられた。鞘が体を急速再生しているのだ。消えていく水分を補給し、灼ける体を修復していく。

 まだ生きれることがわかったら、痛みを堪えて投影で一振りだけ剣を出すと、一気に虚空に向けて振るう。すると、空間に裂け目が出来て急いでその裂け目に漕いでいく。

 

「! 戻ってきたか。まさか英雄王の宝物庫に空間を斬る剣があったとはね。やはり彼の英雄王も万能に近い人物というわけか」

 

 戻ってこれた士郎は肩で息をし、休みなく襲いかかる魔術に素早く投影を行う。

 

「さあ、次は魔神を使うとしよう!」

 

 黒い霧が発生する。だが、霧は形成される前に魔術王の手に集まる。

 

「―――フォカロル、フラウロスよ! 我が剣となり鎧となれ!」

 

 霧は魔術王を纏っていく。そして、完全に形を成し完成したその姿は、赤と青の二色に分かれた鎧を装着し、両手にはそれぞれ剣を握っている。

 

「な――なんだありゃ!?」

 

 士郎は驚かずにはいられない。先ほどまで魔術師という格好だったのが、急に騎士のような出で立ちになったのだから。

 

「――行くよ」

 

 だが、そんな驚いてはいられない。その一言が聞こえたと同時に投影を開始する。すると、魔術王は自ら飛び出してきた。それも大砲のような勢いで大分距離があったのにも関わらず一瞬にして詰めた。

 士郎はそれに驚きつつも投影が完了した一振りの剣で迎え撃つ。

 

「うっ…! ぐぅ…!」

 

「ボクがキャスターだから接近戦ができないと思ったかい。ダメだよ、中には必ず例外というものがいるものだからね…!」

 

 士郎はキャスターとは思えぬ筋力に動揺を隠せないでいた。なんとか態勢を整えて踏ん張らなければと風圧に逆らう。

 

「素晴らしいな…! それは彼の湖の貴婦人がのちにとある騎士に渡した剣だね!

 そして、それだけじゃない。君はその騎士の技術、筋力を自身に投影した…! つまり、君は自身に英霊を憑依させたも同然!」

 

 凄まじい勢いで突進してきた魔術王はそのまま押し込んでいく。士郎は踏ん張るが勢いを殺しきれない。故に、受け流す。

 魔術王は方向を変えてまた襲いかかる。士郎もそれを迎え撃つために、剣から読み取れる技術を使って戦う。

 

「凄まじい剣戟、剣術。魔神を二体も取り込んだボクを相手に一歩も引かないその力は正に円卓最強と謳われただけはある。そしてその力を扱いきれる君もね!」

 

 とても魔術師とは思えない剣による猛攻を繰り出す。士郎もその剣を撃ち払いながら連続で切り刻む。

 魔術王を片方の剣で風の刃を出し、もう片方であたりを焦土に変える。士郎は風も炎も剣で撃ち払い、突撃していく。それに向けて、今度は炎と風を両方同時に出して凄まじい熱気の業火を生み出す。士郎はそれに立ち向かい、剣に魔力を込めて解放。業火を斬り裂く。

 

「ふっ! これも効かないか。なら――」

 

「――宝具解放…!」

 

「……!」

 

 魔術王は剣に炎と風を纏わせ、士郎は剣を強く握り締めて接近する。

 

「『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』――!!」

 

 士郎が持つ剣に魔力を封じ込め、過負荷を与えた状態で斬る、斬撃を開放し放つのを抑えて直接斬る技。それで斬られたものは、

 

「…!! 魔神の鎧が…!」

 

 青く湖のように輝き、切断面から封じた魔力が爆発を起こす。

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

 士郎は剣でふらつく体を支える。このように英雄の力を一時的に借り受けることができるようになったが、それによる体への負担は想像を絶する。とくに子供の体ではたいそう響いたことだろう。今こうして立っていられるのも士郎にある信念がそうさせているにすぎない。

 逆に言わせれば、信念あるかぎり倒れることもないということでもある。

 

「まさか、私自身が魔神と融合し、力を増したとしてもなお撃破されるなんてね。君には驚かされてばかりだよ」

 

「く…そっ…。あいつは無傷かよ…」

 

 爆発の煙が晴れると、魔術王はいつもの魔術師の格好に戻っていたが、傷らしきものは何一つ無かった。

 士郎は悔しさに顔を歪める。だが、全く手応えがないわけではない。誰にでも言えるがどれだけ強かろうとも必ず限界はある。まだ魔力は有り余っている。これであれば持ちこたえれる。

 そう希望に思う一方でこのまま倒せなかったらどうしようかという不安も過ぎる。こちらは体が修復されているとはいえ満身創痍に比べてあちらは未だに無傷だ。現状不利と言っていいだろう。

 

(…まだ出せる武器はたくさんある。まだ勝てる…!)

 

 士郎は根性で体を無理矢理立たせる。たとえ不利な状況でもここで立たなきゃこの戦争を終わらせれない。そう思えば、何度でも立ち上がらなければ。

 

「……予想外だ。まさか君がここまで強いとは。…どうやら、私も奥の手を使わなければいけないようだ」

 

「――!!!」

 

 魔術王の言葉に体がぞくりと震え上がる。ここまでやってまだ奥の手があったのかと戦慄がほとばしる。

 

「たったの一度しか満足には撃てないからあまり使いたくはなかった。けど、君に勝つにはこれしかないだろう」

 

 士郎は一体何が来るのか、と思っていると、

 

「…! あれって…」

 

 辺りが明るくなる。急に眩しい光が現れて士郎は一瞬目を伏せる。

 魔術王が出したその光とは、今もアルトリア達がいる場所にあった光輪だった。

 

「…君はこれがなにか判るかな? これは私がこの世界に現れてからずっと創り続けていたものさ。

 これは私の、宝具だ」

 

「…!」

 

 士郎はあの光の輪を前から気になってはいた。まさか、あれが魔術王の宝具だとは思いもしていなかったが。

 

「私は、これを君と戦っている間も(・・・・・・・・・)創り続けていた」

 

 士郎は驚愕する。あれだけ戦っていながらもまだそんなことができるほど余裕があったのかと。

 

「本気じゃなかったのかって? 本気だったさ。ただ私はそれでもできるくらい造作もないことだというだけ。

 終わりにしよう。言っておくが、その程度の回復で凌げるとは思わない方がいい。聖杯から魔力を奪ったこれは絶対破壊の一撃。英雄王の宝具、『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』すらも越える。

 これを防ぐ術は、ない」

 

「…!」

 

 士郎はその言葉を聞いて胸に手を当てる。魔術王が言うようにあれは絶対破壊の一撃。士郎の以上な回復力でも追い付かないだろう。

 そんな一撃であれば避けることも不可能。逃れる方法はない。

 万事休す。そんな言葉しか思い浮かばないが、それでもまだ士郎には奥の手があった。

 

(…けど、これが使えるのはあと一回きり)

 

 士郎はあのとき、夢の中で言われたことを思い出す。

 

『その宝具はとんでもなく強大。けど、その分使用魔力も莫大だ。よって君があと使えるのは一回だけだと思った方がいい。それ以降だと満足して使うには数年以上かかるよ』

 

 士郎は覚悟を決めると、身体中から鳴っている警報を無視して真っ直ぐ向き合う。

 

「これを視てもなお屈するつもりはないと言うか。よろしい、ではその覚悟に免じて最大出力でこの世から痕跡すらも一切消し去ろう―――」

 

 魔術王は手を掲げて目を閉じる。

 

「――――第三宝具、開演」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ハァッ!!!」

 

 金属がぶつかり合い火花を散らす。聖剣が鎧を貫き、魔剣が赤い外套を裂く。辺りにクレーターが出来上がる。

 エミヤとジークフリートはお互いに一進一退の攻防を広げる。

 力強い一撃と卓越な技術が籠った剣のぶつかり合いはおよそ互角だった。

 剣圧だけで全てを切り裂きそうな重い大剣の一撃は、しかして避けられる。視界から外れるように動き隙を狙って剣を振りかぶるが、防がれる。エミヤはもともとステータス以上の技術力をもち、それを令呪で補強されている。だが、それでいてもジークフリートは力と業をもって凌駕する。

 

「――――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 剣を下段から振り上げ、周囲を破壊しながら衝撃波が襲いかかる。エミヤはどうにか避わすと反撃に入ろうとしたが、

 

「――ムンッ!!」

 

「――!!」

 

 剣が降り下ろされ、第二派が襲いかかってきた。

 

「アーチャー!」

 

「ッ…!! 宝具の二連撃か…!」

 

 二撃目は流石に避けようがなく『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』はエミヤに直撃する。

 

「…!」

 

 煙が立ち込める中、ジークフリートは魔力の消失が感じられなかった。

 煙が晴れる。すると、エミヤは正面に花の形をした盾を一枚構えていた。

 

「くッ…やはり急造で造った盾では大した堅さはないか」

 

 『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を咄嗟に造ったが、大して魔力も込めずに出したためにできたのはたったの一枚。それも投擲に対して有利なだけであってそれ以外ではそこまで強力な盾ではないので防御力はかなり低い。

 だが、どうにか耐えきったエミヤは剣を持ち直す。

 ジークフリートはまさか弓兵があのような盾を持っているとは思っておらず、驚きつつも同じく構え直す。

 

「…ッ、アーチャー」

 

 凛は拳を握り締めながら再び斬り合いを始めるエミヤを見守る。令呪は全て使いきった。ならあとは見ているしかマスターにできることはない。

 それがたまらなく悔しい。ここまできて結局見守るしかできないという、所詮ただの人間でしかない事実が。

 

「………」

 

 凛は懐に手を入れる。そこには昨日即行で作った魔力の宝石がある。しかし、この戦いで使うことはないだろう。なんとも無駄な足掻きをしたものだと自身を嘲る。

 令呪があった手を握る。こうなってはもうエミヤに頼るしかなった。

 

「ぐぉっ!!」

 

 エミヤが弾き飛ばされる。いくら令呪による強化でもさすがにジークフリートの腕力には敵わない。さらに言うならジークフリートの防御力はやはり硬く、いくら貫けるといってもそれは僅かにでしかない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「…………………」

 

 ジークフリートは一切手を抜くことはしない。あの英雄王とは違う。

 

(くっ…! 流石は大英雄だな。何度後ろを狙っても巧く捌かれる。かといって正面切っての勝負では勝てそうにない。あの威力の宝具を連射されては手の出しようもない。どうするか)

 

 エミヤは思考を止めない。何か方法を見つけねばならない。そうでなければ勝つことはない。

 

「………!」

 

 今度はこちらからだというようにジークフリートが動き出す。

 動き出したジークフリートは容赦なく剣を振りかざし、大地が砕ける。エミヤは反撃するが、すぐに態勢を整えてくる。このままではじり貧となる。向こうにはあの優秀な鎧を持っているのに対してこちらにはなにもない。長引けば長引くほどその差は徐々に開いてくるだろう。

 

(…これしかないか)

 

 エミヤは考えた末、ある方法をとる。だが、その方法を行えば…

 

「…フッ。すまないな、凛」

 

 それでも残る手はこれだけ。エミヤは覚悟を決めた。この一撃に賭けると。

 

「――オオォッ!!」

 

 エミヤは持てるだけの力で反撃に入る。たとえ通じずとも構わない。とにかく攻勢に入って入って攻めまくる。

 

「…!? アーチャー!」

 

 凛はそれを見て嫌な予感がした。なぜなら、エミヤの動きは正に捨て身の戦法。今までの攻撃しつつ防御を崩さない安定した戦い方とは一転、十あるものを全て攻撃に回している。

 自分が傷つくのを厭わない戦いにジークフリードは動揺するが、それだけの覚悟ができたのだろう。一切の隙を見逃さないという目を見てそう思った。

 

「フッ!!」

 

 ジークフリードは大剣を大きく振り上げる。エミヤは避けるが、それだけで凄まじい剣圧に体から血が飛び散った。痛みに苦痛の表情を浮かべる。だが、止まることはない。剣が壊れるのではというほどの勢いで振るう。

 一気に攻勢に入ってからは凄まじいスピードで剣が交わっていた。エミヤは攻撃の手を休めることなく、僅かでも傷を負わせようと徐々に徐々に速くしていく。

 ジークフリードはその剣を凌ぎながら、剣から感じられるものを読み取る。エミヤの剣からは、果てしない努力が感じられた。彼は天才ではなかった。むしろ平凡というべきなのだろう。だからこそ、それを何倍の努力で埋めているのだ。

 それにはどれだけの苦難があっただろうか。挫けそうになったことは決して一度や二度ではないはずだ。何度も挫折を繰り返して、その果てに手に入れた力。それは決して崩れることはない揺るぎない信念が、想いがあったからこそのものだ。

 それに敬意を示さざるを得ない。その道は決して正しくなくとも、信念に生きたその生き様は正しく英雄と言わざるを得ない。

 だからこそ、ジークフリードはそれに全力を持って応えるまで…!

 

「―――邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽に至る」

 

「……!!」

 

「撃ち落とす、 ――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 襲いかかる衝撃波。これでまた周囲の剣はいくつ壊されただろうか。この威力は彼の聖剣と同等の威力を持つ。

 これは避けようがない。先ほどよりも一撃の威力を重視しているこの一撃ではあの盾でも防ぎようがない。故に、エミヤはさらに攻撃を加える。

 

「『永久に遥か(エクスカリバー)―――!!」

 

「…!」

 

「―――黄金の剣(イマージュ)』!!!」

 

 片方の剣を振るい、光の斬撃が竜殺しの一撃とぶつかり合う。

 エミヤが出した光の斬撃はジークフリードの魔剣とは対となる聖剣の輝き。威力は互角だろうと、思われた――

 

「うぉあッ!」

 

 だが、エミヤが持つのはあくまでも紛い物。聖剣と同等の魔剣に勝てるわけなどない。しかし、これでどうにか死なずには済んだ。片方の剣は壊れてしまったが。

 

(…もう一本は…流石に無理だな)

 

 魔力の関係もあって、これ以上は限界だ。

 そうこう考えているうちに、まだ消えてないことを感じたジークフリードが襲いかかる。エミヤは一本だけで迎え撃つ。

 

「…終わりだ。貴殿はそれ以上聖剣を撃つことはできない。そして、俺はまだ撃てるだけの余裕は十分ある」

 

「……フッ。それで? そんなことで私が、オレが諦めるとでも?」

 

 エミヤは一気に力を込めて引き離す。

 

「見くびるなよ…! 竜殺しッ!! オレを諦めさせたくば、オレを彼の邪竜のように討ってみせろ!!」

 

「…それが貴殿の返礼になるというなら、俺は応えてみせよう」

 

 またさらに激しく交差し合う。最早お互いここで全てを出し合うつもりだ。エミヤは今人生最大の敵とぶつかり合っている。エミヤは先ほどからジークフリードと同じく剣から感じられるものを読み取っていた。そして判ることは、自分と同じ志を持っていたこと。その方向性こそ僅かにズレはあるが、共に正義に殉じるということだけは共通していた。

 エミヤはかつて士郎に言ったことを思い出す。自分の最大の敵は自分自身だと。まさに今がそれだ。だからこそ、負けられない。ここで負けては弟子の士郎に顔向けができない。士郎と凛の約束を果たすには、ここで勝たなければならない…!

 

「オオオオオオオォッ!!」

 

 相手は大英雄、だからなんだ。凶悪な邪竜を一人で倒せる、だからなんだ。自身とは違う真っ当な英雄、だからなんだ…!

 たとえどれだけ強かろうが、ここで負けるわけにはいかない。そのことは何も、何も変わりはしない。

 

「ハアアッ!!!」

 

「『幻想大剣(バル)―――!」

 

 ジークフリートがもう一度宝具を開放しようとした瞬間、周囲の異変に気づいた。

 いつの間にかジークフリートは大量の剣の先を向けられていた。

 

「…これは――」

 

「―――行け!!」

 

 ジークフリートが呆気にとらわれている間に、エミヤは剣の嵐を起こす。

 襲いかかる剣に、背中を重点的に護る。一撃一撃は大した威力はない。どれもランクの低い武器のようだ。何故今さらになってこんなにも大量に剣を出してきたのか。ジークフリートは何が狙いか考える。

 しかし、その前に剣の嵐が止んだ。すると、

 

「『永久に遥か(エクスカリバー)――」

 

「……!」

 

 エミヤが持つ剣が至近距離で輝き出す。

 

「――黄金の剣(イマージュ)』!!!」

 

 唐突にきた光の斬撃。エミヤの右手に持つ剣からの思わぬ一撃にジークフリードは地面から足が離れてしまう。

 ジークフリードから血が大量に出てきた。いつの間にかエミヤの猛攻に傷を負っていたようだ。だが、倒れるほどではない。すぐに態勢を整え、離れた距離なので宝具を放とうとするが、そこで手が止まった。

 

(これが、これが…! 最期の一本だ…!)

 

 先ほどの一撃で壊れてしまった聖剣。これ以上強力な剣を投影しようものなら体が限界を迎えるだろう。士郎ほどの魔力があるわけでもないのに、ここまで無理をしてきたのだから当然だ。それでも、ジークフリードを倒すにはあと一本、あと一本だけ必要だ。故に、エミヤは限界を超えて最期の投影を行う。

 

投影(トレース)開始(オン)…ッ!!」

 

 最期に投影するのは、また同じ星の聖剣。だが――

 

「…ッッッ!! オオオオオオオォ!!!!」

 

 エミヤはさらに弓を出してきた。聖剣を弓に番える。そして唱える。最大の一撃を…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十二夜-死-

「『約束されし勝利の剣(エクスカリバー)』ーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 エミヤはかつて、愛した女性の宝具の真名解放と共に、剣を飛ばす。飛んで行った剣はジークフリードの体を貫き、背中に届く。それと同時に聖剣の本来の一撃がジークフリードを襲った。

 

「……ガハッ…! まさ、か…限界を超えても…撃つとは…!」

 

 だが、ジークフリードはまだ消えない。たとえ鎧を貫いても、その一撃はかなり軽減されている。

 

「……ッ!」

 

 エミヤは流石に跪く。だが、

 

「まだだッ…! 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)…!!」

 

 そう唱えた瞬間、ジークフリードに刺さっていた聖剣が凄まじい大爆発を起こした。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)、これがエミヤの最大の奥の手。自身の持つ宝具に魔力を込めて宝具が破壊される代わりにそれに見合った威力の爆発を引き起こす。その詠唱に戸惑いはあれ、使わざるを得なかった。

 

「キャア!!」

 

「クッ…! 凛!」

 

 この爆発に、離れている筈の凛まで影響が及ぶ。

 エミヤは最期の力を振り絞って凛を抱える。限界がきたのだろう。固有結界が崩壊していく。

 風景が戻るときには爆発は収まっていた。

 

「うっ…はっ、セイバーは!?」

 

 凛とエミヤは起き上がり、ジークフリードの様子を伺う。

 すると、ジークフリードは階段の上で倒れているのが見えた。が、すでにその身体は消えかかっていた。

 

「…見事だった。貴殿の一撃は確かに、俺に届いた。俺の、負けだ」

 

 消えかかっているジークフリードにエミヤは凛を置いて無言で近寄る。

 

「…俺を討ち取ったアーチャーよ。貴殿の名が聞きたい」

 

「…私の名か」

 

 一瞬だけ逡巡した後、口を開く。

 

「…オレは、エミヤ シロウ。正義の、味方だ」

 

 躊躇いがちにもエミヤは自分を正義の味方と言い張った。

 

「…! そう、か。エミヤ シロウ。良き名だ。そして…正義の味方、か」

 

 名前を聞いたジークフリードはこれ以上ない安堵した表情を見せる。悔いは無いというように。

 

「…心なしか、嬉しそうだな」

 

「ああ…嬉しいんだろうな、俺は…。俺は正義の味方に敗れたのだから」

 

 なりたかった正義の味方に倒される。それはジークフリートにとって至福だった。

 何故なら、ジークフリートはここまででずっと悔やんでいたことがあったからだ。

 

「…正義の味方、エミヤ シロウに頼みたいことがある。許されるだろうか…」

 

「…ああ。私も既に動けるか怪しいが、聞こう」

 

 僅かにだけ首を動かす。

 

「すまない。お前はもう限界だというのに、それも敗者の願い事など…。

 エミヤ シロウ、どうか我がマスターの工房に、囚われている者達を、開放してほしい」

 

 ジークフリートから、淡々と語られる。彼から聞いたマスターの工房の内容は、とても衝撃的だった。エミヤは目を見開く。

 

「…我がマスターは、非道を簡単に行える者だ。俺はそれが魔術師だと、気に止めないようにしていた。だが、やはり気がかりだったようだ。どうか、あの者達を…場所は…」

 

 ジークフリートはエミヤに教えたのち血を大量に吐き出した。それを見ているエミヤはゆっくりと、了承の意を込めて頷く。

 

「…そうか。これで、ようやく俺の肩の荷も降りた。あり、がとう――」

 

 それを最期に、ジークフリートは消え去った。セイバーとアーチャーの勝負はこれで決着がついたのだった。

 

「……………」

 

「アーチャー!」

 

 凛が嬉しそうに近寄ってエミヤを呼ぶ。だが、エミヤから返事が無い。首を傾げる。

 

「…? どうしたの、って、アーチャー!?」

 

 どうしたというのかと思っていると、突如エミヤの身体が消えかかってくる。

 

「うそ、なんで…」

 

「…すまない、凛。どうやら私も限界が来たようだ」

 

 それに凛はあり得ないと思いたかったが、よくよく考えればそうだった。最後、ジークフリードにとどめを刺したあの剣は見ただけでどれほど強力か判る。そんなものをただの魔術で再現しようなど無茶苦茶過ぎることだ。

 

「そんな…なんで、なんでよ! 私言ったじゃないッ!! 絶対に戻るって! それなのに…なんでよ…」

 

「………………」

 

 悲痛な凛の声にエミヤはなにも言えることがなかった。

 

「…いっちゃうの?」

 

「ああ。だが、私にも最後にしなければいけないことができた。少しの間私は不在となる。君は先に行ってくれ」

 

「…判った」

 

 凛は頷く。

 

「そうか。ありがとう、凛。君は未熟だが、素晴らしいマスターだった。その事に深く感謝しよう」

 

 凛は黙ってそれを聞く。

 

「…どうか、あの小僧をよろしく頼む。あんなではあるが、それでも、奴は――」

 

「――あいつは私、でしょ」

 

 エミヤの言葉を遮る。凛はあの固有結界を見た瞬間から気づいていた。

 

「―――――。驚いたな。気づいていたのか」

 

「ええ。といっても、気づいたのはさっきだけどね」

 

「そうか…。ならいいな。どうか、私を頼む。まだまだ未熟だが、君と一緒なら大丈夫だろう……」

 

「……ええ。それなら、あんたも頑張りなさいよ。あんたは、もう救われて当然のことをしたんだから…」

 

「ああ、それなら安心してかまわない。もう、とっくにオレは救われているのだから…」

 

 エミヤは満足した笑顔になると、ジークフリートとの約束を果たすべく、消えかけている身体を無理矢理保ち、言われた場所に向かう。

 少しの間不在になる、と言っていたが、おそらくもう会うことは叶わないだろう。あれではこちらに戻ってくることはない。凛はそれがもうわかっていた。

 

「……あ~あ。なんか他に言いたいことあった気がしたんだけどな~。

 …ま、いっか。さて、それじゃあいつの約束果たしてあげようかしら」

 

 凛は一息つくと、すぐに切り換えて士郎達のもとへ走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――第三宝具、開演」

 

 魔術王の宝具が起動する。

 

「……投影(トレース)開始(オン)

 

 士郎は自身の中にある存在を引き出そうとする。

 

「―――――聖杯接続完了、アルトリアの魔力を引き出す」

 

「誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの」

 

 光輪が回転しながら縮まっていく。そして、

 

「――――『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』」

 

 襲いかかる。恐らく、この世の何よりも強力な一閃が―――

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…ソロモン。あまり舐めない方がいい。君のその一撃は確かに破滅であれ、絶対ではない。上には上が必ずいる。

 

「――――ッ!!」

 

――――さあ、シロウ君。今こそその宝具を解き放つときだ。君を絶対に護ってくれる、その真名()は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『永遠に遠き理想郷(アヴァロン)』…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なに!?」

 

 魔術王は驚愕を隠し得ない。魔術王の最大全力が防がれているからだ。

 魔術王の宝具、『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』はこの世にあるありとあらゆるエネルギーを貯えたもの。それが故に、この世にあるものでは防ぐことは実質不可能。だが、一つだけ例外はある。

 

「うっぐぐぅ…!! ソロモン…! テメェが言ってたろ! 何事にも例外はあるって!! これが、その例外だぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

「バカな…! これを防ぐというのか…!」

 

 『永遠に遠き理想郷(アヴァロン)』はこの世界から切り離された世界を顕現し、世界の干渉も跳ね除け、所有者を不老不死にする。ありとあらゆる事象から護る究極の防御宝具にして結界宝具。この鞘ある限り彼のアーサー王は不死身であった。

 

「『永遠に遠き理想郷(アヴァロン)』…! そうか、そういうことか…!」

 

 魔術王は全てが理解できたというように、心の底から嬉しそうに顔を歪める。

 

「シロウ君…! なぜ私は今まで君の未来が見えなかったのか理解した…! そして、驚嘆するよ。君は最早全てを超越する存在だということにね…!」

 

 その理解したことというのは千里眼で士郎が深く関わる未来が見えなかった理由だ。

 

「シロウ君、私が君の未来を覗けないその最たる理由、それはその鞘だ…!」

 

 それが魔術王の答えだった。

 もともと未来とは不確定なものである。どれだけの予言者がいようとも確定したものを見ることは不可能である。

 それが故に千里眼というのは本当に希少で強力な眼であった。その種類もまたあれ、確定した未来を見ることができる千里眼は貴重だ。その存在価値だけでも数字で表すことは不可能だろう。

 

「だが、そんな私の眼でも見れない未来があった。それは何を意味するのか私はずっと考えていたよ。

 この世には決まった運命(さだめ)というものがある。もう少しいうなら本来あるべき形というのかな。それが無い生き物などこの世に存在しない。

 だけどね、そんな確定した未来を覆す方法は確かに一つ存在したんだよ。最も私は見たことが無い以上半信半疑だったが、それも今確信に至った…!

 そう…! 確定した未来を覆すその方法は、“絶対的な力”だ!!」

 

 どれだけ確定した未来でも、そこに絶対と言われるような力が加わると未来は変わりざるを得なくなる。つまり、千里眼でも見れないほど運命の歯車が狂う、ということだ。

 

「君のその鞘こそまさしくそうだ…! 未来を変えるほどの力を秘めた究極の宝具…! 君は常にそれに護られていたが故に私は君の未来が見えなかった…!

 それだけじゃない。君の全力は見せてもらったが、その力は凄まじい。私と同等の万能なる力、聖杯と投影魔術。そこにその鞘が合わさったことで、君はより強力な存在として君臨した…!

 そして…!! 気づいているかい。それらは何を意味しているのかと…」

 

 魔術王の宝具が止まっていく。流石にエネルギーが切れたようだ。

 

「…ッ! はぁ、はぁ(次出さないといけないのは…!)」

 

「…君はね、もうこの世の頂点に達したということなんだよ。もうこの世界でいかなる者が現れても君を倒すことは不可能になった。そう、神ですらもね」

 

 収まったことにより、士郎も限界を迎え展開していた世界が鞘に戻って足元に落ちる。士郎は鞘に触れて自身の身体に戻す。

 

「…ただし、一つ惜しむことがあるとすれば――」

 

 魔術王がその場から消える。士郎はどこにいったのかと思っていると、

 

「――君がその力を扱うにはあまりにも幼すぎたことだ…」

 

「…!? モガッ…!」

 

 後ろから突如現れ、咄嗟に振り返るも顔を掴まられる。

 

「君は未熟な身体であるが故にその強大過ぎる力を扱い切れずにいる。なんとも惜しいことだ。あとせめて十年成長していればそんなこともなかったろうに」

 

「ンーー! ンンーーー!!」

 

「おっと。暴れないでくれ。フフッ、まさかこんなことになると思わなかったかい? それは慢心というものだよ。私は君を殺そうと思えばいつでもできた」

 

 士郎はその言葉に驚愕する。それはつまり、結局どれだけ足掻いたところで無駄だと言っているも同然だった。

 

「君はそもそも忘れているようだから教えておこう。私はキャスタークラスの者だ。キャスターというのは戦略を練ってこそだろう。ただただ強大な威力を放つのは三騎士とバーサーカーの役割、それだけと思うのはお門違いだ。君を倒すための隙を私はずっと伺っていたんだよ。ついでに、君の全力を見ようとね。

 まあ、もっとも君がもう少し完成していればこうはならなかっただろう。それほどまでに君は強かった。途轍もなく…!

 …素晴らしかったよ。君が未熟でなかったら私は負けていただろう。だが、こうして君は敗北する。この私の手でね。

 さて、話は以上だ。その素晴らしい三つの力、全て戴くとしよう」

 

「ンッ!? ンーーーー!!!」

 

 魔術王が何をしようとしているのか察した士郎は必死に抵抗する。魔術王は士郎の力を全て貰うといった。それはつまり、魂と融合している聖杯の魔力すらも奪い取るということだ。

 

「抵抗は無駄だよ。君のサーヴァントも、遠坂の魔術師も、アーチャーもここへ来ることはできない…! さあ…! 戴こうか…!!」

 

「ンンンッーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 士郎の魔術回路が光り出し、一気に魔術王の手に全て集約した瞬間、抵抗していた腕がブランとさがり、魔術王の手から離れてそのまま倒れる。その目からは生を感じ取ることはできなかった。完全にもぬけの殻だった。

 

「おお…これが…! これがか…!! 流石に鞘までは手に入らなかったが、これだけでも凄まじい力だ…」

 

 士郎の身体とほぼ一体化している鞘は取り出せなかったが、士郎の源となっている聖杯と投影魔術は手に入った。

 

「フフッ…さあ、後で聖杯を起動するとしよう。時期に騎士王も消えることになる。私の勝ちというわけだ。はははッ、なんて清々しい想いだ…! そうか、ボクは忘れていたんだ。私は生まれながらにして王となるべき存在だったが故に忘れていたよ。ボクはずっと求めていたんだ、対等な存在を…! それを倒すことを…!!

 …おっと、少々昂りすぎたかな。一人称が曖昧だ。やれやれ、昔からそうだが私は感情が昂ぶってしまうとどうも情緒不安定になる。少し落ち着かないと」

 

 魔術王は士郎の力を自身に取り込む。

 

「…! グウッ…! 拒むか、聖杯よ…! 当然か。もともと聖杯は意思が宿っているもの。認められなければそのカケラも扱うことは許されない。

 まあ、そのうち馴染むだろう。さて、それではさらばだシロウ君。君は期待以上のものを見させてもらった。そのことにせめてものの感謝を。

 …ああ、そういえば私は君に聞きたいことがあったが、今となってはもうどうでもいいことだな。今私が最も興味を惹かれているのはこの力なのだから」

 

 士郎の体を持ち上げる。士郎はピクリとも動くことがなかった。完全にもぬけの殻といった状態だ。

 魔術王はその体を大事そうに抱えると、空間転移の詠唱をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…! はっ、はっ…ようやく倒れたか」

 

 アルトリアは槍で体を支えながら、目の前で倒れている魔神の融合体を眺める。

 士郎が魔術王と戦っている間も、こちらではずっと戦闘が行われていた。そして、今しがたようやくアルトリアは魔神を仕留めれたところだ。

 手強かったと戦闘を振り返る。融合した魔神はとても強力だった。空間から空間へと瞬間移動する俊敏性に加え、一撃一撃があの強化されたヘラクレス並であった。それに加え、不死身なんじゃないかというほど再生力にも優れており、それを完封するためにどれだけの宝具を使用したことか。もう数えきれないほど解放している。それなのにも関わらず、魔神は肉を切って骨を断つ戦法でごり押ししてくるものだからこちらもいくつか内臓を穿たれてしまった。

 それでようやく魔神は倒れた。再生も間に合わないほどに傷を負わせ、魔神の核を宝具を解放して貫いたのだ。

 

(…流石に蘇ることはないでしょう。

 …シロウは、どうなったのでしょうか)

 

 余裕ができたアルトリアは士郎の安否を確認したいが、何分魔術王と一緒に消えた時から魔力パスが感じられなくなったのだ。これでは確認ができない。

 

(無事だといいのですが……!)

 

 とそう思っていた時だ。突如魔術王が現れた。アルトリアはとっさに痛みを無視して構えるが、その前に見えた物に目を剥く。

 

「そ…んな…シ、シロウ…?」

 

 アルトリアは眼前に敵がいるのにも関わらず構えを解いてしまう。なぜなら、魔術王の手の中に動かなくなった士郎がいたからだ。

 

「…お疲れ様、騎士王。ご覧の通りこちらは終わったよ」

 

 士郎の体がふわりと浮かんでアルトリアの元に自動的に運ばれていく。アルトリアはそれにたまらず槍を落として抱えに行く。

 

「そん、な…! そんな…!! シロウ…! シロウ、返事をしてください…! シロウ…!!!」

 

 アルトリアから嗚咽が聞こえてくる。認めたくないことだったが、こうして触れてみて確信した、してしまった。士郎が死んでしまったことに。

 それが悔しくて、悔しくて…悔やみきれない。誓った筈だったのに、どんなことになっても士郎だけは守ると自身の騎士としての誇りをかけて誓ったはずなのに、結果はこの通りだった。何一つ護れずに士郎は、死んだ。

 涙が溢れでる。死体を抱きしめて何度も士郎の名前を呼ぶ。涙で服を濡らしていく。

 

「…エミヤ シロウの死をもって君達は敗北した。さあ、私の持つ聖杯に戻りたまえ、騎士王」

 

 魔術王から無慈悲な言葉が聞こえてくる。というより、魔術王はただ無表情でアルトリアを見下していた。騎士王という呼び方も皮肉に聞こえてならない。

 

「……………」

 

 ゆらりと、士郎の死体を置いて静かに立ち上がる。その表情は俯いていて伺うことができない。そばに落ちていた槍を手に取った。

 

「…おや、抗うというのかい。無駄な足掻きを。まあ、いいよ。来たければいつでもどうぞ」

 

「…まれ」

 

「ん? なんと言ったのかな? 何か言いたいならはっきりと言ってくれ。正直言わせてもらうけど、君には興味がないんだ。だから――」

 

「黙れと、言っているんだっ!!!!」

 

 その途端、アルトリアは激情した表情で歯を食い縛りながら宝具を解放した。そして、当然のようにそれは避けられる。

 

「はぁ、はぁ」

 

「おっと。はあ、全く醜いな。よくこんな力を出せるものだね。シロウ君を自分勝手な理由で拒絶したというのに」

 

「……ッ!!」

 

 千里眼で覗いたのだろう。アルトリアは言葉に詰まる。

 

「…私はね、君の心情が理解できない。

 なぜって? 君のそれはただのエゴだからだよ。

 国が滅んだのは自分の責任でいつまでも背負わなければいけない? 自分は王になるべきではなかった? まるで解らないな。君の国が滅んだ要因は君だけではない。シロウ君も言っていただろう。君が滅ぼしたのではない、と。

 君は、自身は高潔な存在であると決定づけたいだけ。ただの傲慢でしかない。全く、同じ王として呆れるよ。

 善意でやっていることなんだろうけどね、それは何も意味を成さないよ。ただただ虚しいだけの自己中心的な酷い考え。その証拠に、君はそんな想いだから一人の少年に傷をつけた。深い傷をね」

 

 魔術王の言葉が容赦なく突き刺さる。全てその通りだった。アルトリアは守ると言っておきながら、その実一番傷つけているのは他ならない自分だった。

 

「…ッ! それでも、私は…!」

 

「騎士として彼を守るって? そんなことが罪の清算になるとでも?」

 

「!!!」

 

 その一言がとどめとなった。がくりと膝をつく。

 

「…私がね君では倒せないと言ったのはそこだ。

 君はアーチャーに許してもらっただけで自分が間違っていないと思っていないかい。まあ、そう思うのは勝手だけど、それで全てが良くなるわけがないだろう。君は何一つ成長できていない。君はずっと自分のエゴでやれ罪から逃げないだの守るだの、愚かしいにもほどがあるよ」

 

 魔術王の言葉が一つ一つ重荷になっていく。

 

「シロウ君とは正反対だね。その子は常に自分と向き合って正義の味方はなんだと考えて成長しようとしている。現に、彼はとても強かったよ。私を倒すあと一歩手前まできていたからね。結果はご覧の通りだけど、これほどまで楽しい時間はなかったよ。

 果たして君は、そんなシロウ君の成長に見合うだけのことをしてきたのかな?」

 

 アルトリアは目の前が真っ暗になっていく。確かに、士郎は成長していった。なのに、自分は何が変われただろうか。士郎を妨げるものを倒すための刃になる、護ための盾になる。そう誓ったことも結局できず、自分は何がしたかったのだろうかと嫌悪感に陥る。

 

「………………」

 

「………どうやら君も終わりのようだ。随分と呆気なかったね」

 

 魔術王がアルトリアの側までくると、手を掲げる。

 手から魔術による光が見える。とどめをさすつもりだ。あの魔術王の一撃だ。アルトリアの対魔力でも防ぎきれず、その首は消えるだろう。

 

「終わりだ」

 

 アルトリアはただじっと自分が死ぬのを待っていた。士郎は死んでしまったのだ。最早自分がこの世に留まってはいけない。そのまま、なす術なく、眩い明らかに高威力なのが想像できる魔力を込めた一撃で死ぬ――

 

「――訳、ないでしょうがぁっ!!!」

 

「……!」

 

 その瞬間、魔術王に拳を振りかざして来た者がいた。魔術王はハッとなって魔術を止めてその場から消える。

 

「…遠坂の魔術師か」

 

 シュタッと地面に降り立ったのは凛だった。魔術王は今更何をしに来たのかと冷めた目でみていると、凛はアルトリアの方を向く。

 

「ちょっと! こんなところで何しているのよっ! ランサー!」

 

「……リン」

 

 凛はアルトリアの肩を掴む。

 

「とにかく、今は立ち上がりなさいっ! 戦うのよ…!」

 

「…ですが、シロウが…」

 

 アルトリアは悲しげに顔を伏せる。それに凛は少し落ち着いた声で話し出す。

 

「ええ。さっきまで聞いていたから知っているわ。士郎は死んじゃったのね…」

 

「そうだよ、遠坂の魔術師。君達は敗北したんだ。シロウ君がいなければ私を倒すことは不可能。それに、どうやらアーチャーもいない様子。シロウ君の聖杯と力を得た私に抗うことも不可能だね」

 

 凛はその言葉に鋭く睨みつける。

 

「…何かな。悔しいのかい? まあ、確かにこうした事実を突きつけられるのは悔しいもの――」

 

「―――黙りなさい」

 

 魔術王は開きかけていた口を閉じる。凛は魔術王と対面して八極拳の構えを取る。真っ向勝負を仕掛けるつもりだ。

 

「…! リン」

 

「…どういうつもりかな。まさか、君が私の相手をするというのかい。無謀なことだ、君では到底私には――」

 

「黙りなさいって言っているでしょう」

 

 凛は静かに闘志を燃やす。魔術王は目を潜める。なぜ凛が立ち向かって来たのか全く理解できないのだ。

 

「リン…ダメだ…! 貴女では…!」

 

「…判っているわ」

 

 アルトリアは凛が戦おうとしているのを制止しようとするが、軽く払われた。

 

「けど、だからといってこのまま負けてたまるもんですか。だから」

 

 凛は視線だけをアルトリアに向ける。

 

「ランサー、私と契約しなさい」

 

「…!」

 

「!? な、何を言っているんですか!? それより、アーチャーは…」

 

「アーチャーは…もう行っちゃったわ」

 

 凛がただ一言そう言う。それで察したアルトリアは顔を伏せる。

 

「…勝手に満足して勝手に行っちゃった。けど、これで良かったのでしょうね。さ、早く契約するのよ。私じゃ士郎並みのスペックは出せないけど、まだ幾分かマシなはずよ。それにもう貴女も若干消えかけているし」

 

 そう言われ初めて気づいた。確かに言われてみれば手が少し透けている。

 

「……………」

 

 アルトリアはそれを見て改めて士郎が死んでしまった事実を突きつけられた。

 

「何しているの。早く契約を――」

 

「――もういいです、リン」

 

 凛は一瞬目を見開く。

 

「…私の役目はここまででいいです。奴の言うように、シロウがいなければ奴は…」

 

「…ッ、あーもうっ!! 何弱気になってんのよ!!」

 

 アルトリアの諦めの言葉に、凛はキレて肩を掴む。

 

「士郎が死んだから何っ!? まだ私たちは終わってない! あんたがしたことは確かに間違っていたわ。士郎から聞いたけどね、正直私もふざけんじゃないわって思った。

 だから、だから前を向くんでしょ! あなたはまだ終わっていない。間違っていたなら、やり直せばいい。チャンスはまだある。簡単ではないでしょうけど、それでもこのまま間違ってばかりよりは全然いい筈だわ。

 それに、あなたいい加減気づきなさいよ!! 士郎は! まだ救えるわ!!」

 

「…!?」

 

 アルトリアは凛が最後に言ったことを聞いて驚愕する。士郎が、蘇る。それは一体どう言う意味なのか。

 

(…! ほう)

 

 それには魔術王も驚いた。ただ、驚いたというのは凛がまだ士郎を生き返らせる方法が判ったことだ。

 

「…それは、一体、どう、やって」

 

 アルトリアは途切れ途切れに言葉を出す。驚きとまだ希望が持てる嬉しさで上手く口が動かないようだ

 

「…士郎は、見た感じあれは死んだというより魂を抜かれただけという感じよ。魔術王は聖杯も奪ったって言った。士郎の魂と結び付いている聖杯もね。

 でも体には損傷らしきものはない。つまり、身体はまだ生きている。なら、あとは魂さえ取り戻せば士郎は生き返る…! そうでしょ? 魔術王」

 

 凛は士郎に宝石を置く。これで士郎の体を一時的に保管しておくようだ。

 前を向いて改めて魔術王と向き合ってに問いかける。それに魔術王は参ったなとでもいうように顔を押さえる。

 

「その通りだ、遠坂の魔術師。私が持つシロウ君の魂を取り戻せば、彼は元通りだ。

 いやあ、まさか見抜かれるとは思わなかった。少し侮っていたようだね」

 

「ふん。あまり舐めないでほしいものね」

 

 アルトリアはこの一連の会話を聞くと徐々に腕に、足に力が入り、目に闘志が燃え出し再び槍を手に持つ。

 

「! ランサー…!」

 

「判りました、リン。今は貴女と契約しましょう。――我が槍は貴女と共に」

 

 希望が見えてきた。アルトリアは凛と契約する。確かに、士郎と契約していた時と比べたらだいぶ力は弱まった気がする。だが、それでいい。体を自由に動かせるようになっただけでもそれは十分だ。今やるべきことは魔術王を倒すことではない。士郎の魂を取り返すことなのだから。

 

「面白い。このまま懐柔したかったが、変更しよう。ちょうどこの力を試してもみたかったんだ」

 

「…侮るなよ、魔術王。今の私は強い…!」

 

「判っているとも。こちらも油断なくいくつもりだ。さあ、まずはお見せしようか。シロウ君から手に入れたこの万能の力を…!」

 

 アルトリアと凛は戦う。士郎を救うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。


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第三十三夜-知りたいこと-

ども、ウェズンです。
いや〜、これは予定よりもだいぶ長くなりそうです。ですが着々と終わりに近づいていますのでそれまでお付き合いお願いします。次回作の製作に早く取り組みたいなあ。
では、始まります。



――――………。……ここ、どこ…。体が動かない…

 

……………!

 

――――…おれ、死んじゃったのかな…判んないや…

 

…………ッ!

 

――――アル、トリア…だいじょう、ぶ、かな…。消えちゃって、いないかな…

 

………ッ!……!

 

――――…消えちゃったら、かな、しいな…

 

…………………

 

――――…あれ…なんだか、体が浮いちゃっているような…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ボクは、父上以上の政治なんてできるだろうか」

 

――――なんだ、これ…

 

 士郎は突然見える景色が変わったことと、突然聞こえてきた自分以外の声に驚く。

 

「ソロモン様、ダビデ様がお呼びで御座います」

 

――――ソロモン!?

 

 また新たな声が聞こえ、そちらに振り向こうとしたが、体は今も動かない。と思えば意に反して勝手に動く。

 

「ああ。判った」

 

――――…一体どうなっているんだ。

 

 何が何だか判らないまま、また体は勝手に動いてどこかへ向かう。

 しばらく歩いている間に、士郎は限られた視界で見えるもの全て確認する。今歩いている場所はおそらく城の中。作りはだいぶ古く、石が均等に綺麗に積みかせねてできた感じだ。

 今見える景色は一体どこなのだろうかと考えたいところだが、そうこうしているうちに目的の場所まで着いたようだ。目の前には木でできた大きな扉が見える。

 そっとそれを開けて中に入ると、すぐ目に入ったのは一人の老人だった。暗い部屋に天井近くの壁に松明を備えてつけられた部屋に寝ている老人がいたのだ。

 

「……ソロモンか」

 

 老人がゆっくりと起き上がる。もう歳なのだろう。起き上がるだけでとても苦しそうだ。

 またソロモンと呼ばれて自分の口から声が勝手に出て返事をする。もしやとは思っていたが、今士郎はソロモンの体と一体になっているようだ。士郎はなぜこんなことが起こっているのか理解できていないが、今はただじっとしていることしかできないようだ。

 

「ソロモン。私の側に…」

 

「はい。父上」

 

 ソロモンは父親、ダビデの側に来るとゆっくりと衰えて震えている手を出してきた。ソロモンはどういうことなのか判っているのかその手を握る。

 

「……すまなかった」

 

 すると、唐突にダビデはそのようなことを言ってきた。なぜ急に謝ってきたのか判らずポカンとしてしまう。

 

「…私は、もう長くない。ソロモン、だからどうかこれだけは言いたかったのだ…私がお前よりも優れた人間であれば…お前を…」

 

 ダビデのシワだらけで影の多い顔には悔しさが見て取れた。ソロモンは一体なんのことなのか判らず困惑しているのだろう。何か言いたげであるが、上手く言葉にできないようだ。

 

「…ソロモン。お前は生まれながらにして完成された存在だった。私は、私の技能ではお前を育て上げることは無理だった。お前を、愛してやることができなかった。

 すまない、すまない、ソロモン。お前に何一つ残せず死に絶える私を恨んで構わん。だが、一つどうか私の願いを聞き入れてくれ」

 

 ダビデはそこで区切って、一呼吸おいてから話し出す。

 

「…ヒトとして、どうかこの国を、世界を、人類を…愛してほしい」

 

 ダビデは、なぜソロモンにこのようなことを言ったのだろうか。士郎としては少しおかしく感じる。なぜなら、そのようなこと当たり前のことではないのか。人である以上、自分が住む国には沢山の思い出が残るし、その国がある世界も同様。何より、人類を愛してほしいだなど。人類を、人を愛せないのであればそれは非人間ではないのか。士郎はそう思う。

 

「……判りました、父上」

 

「…もう下がって良い。こんな時間に呼び出して悪かった。もう寝なさい」

 

 ソロモンは一礼したのだろう。視線が一瞬下を向いたと思ったらまたダビデを見て下がっていく。

 

――――…ソロモンは、これを聞いてどう思っているんだろう。

 

 ソロモンと一体化していても、心の声までは聞こえない。故に、どう思っているのか判らなかった。

 ダビデの部屋を後にしたソロモンはあの部屋に戻ろうとしている。

 

――――ソロモンは…どうしたいんだろう。

 

 士郎がそう疑問に思った瞬間、見えていた景色が急に変化する。こうして景色が急に変わるのを見たのは何回目だろうと思いながら、次に見えたのは、なにかを書いている光景。

 

「王よ、今日の分で御座います」

 

 書いているのはどうやら文字のようだが、全く読めない文字だ。と考えていたら、誰かが扉を開ける音と共に入ってきた。

 

「ん、そこに置いていいよ。ご苦労だったね」

 

 士郎は若干ソロモンの声が先ほどより低くなっていることに、これはもしかして未来にいったのか、と察する。

 ソロモンはどうやら凄まじい激務をこなしているようだ。声をかけてきた従者と思われる人物に振り向きもせず、話しながら手を止める事はない。つらつらと羊皮紙に全て書き終わったらまた別の羊皮紙を取る。

 

「…王よ、最近休まず働きすぎでは。それではお体に障ります」

 

「ん、これくらい問題ないよ。それよりも、これを一刻も早く終わらせないと」

 

 一体なにをしているのだろう、と士郎は疑問に思ったが、よくよく見れば羊皮紙には文字だけではなく、なにかの設計図もあった。なにかを建設しているのだろうと思われる。

 どんな建物が建つのかは判らないが、一刻も早くと言っているあたり重要な建造物なのだろう。

 

「王よ、それでしたら他の者に任せてはいかがなものでしょうか。我らはいまだ頼られたことが僅か。もう少し我らを使っては如何でしょうか」

 

「ん〜、気持ちは嬉しいんだけどね。私は父よりも素晴らしき王にならねばならない。そのためには、極力自分の手で行うのが一番なのさ。君たちには心配をかけてすまないけど、亡き父を越えるため無理を承知で仕事に励まないと。まあ、それにいざという時はちゃんと頼るさ。だから心配しないでおくれ、ゲーティア」

 

 聞こえてくる情報から、ソロモンはとても働き者だと伺える。士郎はまさかそんな働き者だと思っていなかったためすごいと思った。

 

「…今も、亡き父の遺言を忘れられませんか」

 

 ソロモンの従者、ゲーティアと呼ばれたその人が発した言葉に、ずっと動いてばかりだった手が急に止まる。

 

「…うん。あの夜、父上が死んだ前日の夜に私へと当てた言葉。私はずっとその答がでない。全く、万能の指輪を受け取り万能の智慧を与えられたのにも関わらず、ずっとその答は出ないまま。案外万能ってすごいものでもないんだね。

 いや、もしかしたら万能は複数種類があるのかもね。だとしたら、いつかは会ってみたいよ。私以外の万能に」

 

 そう言って、初めてソロモンはゲーティアと向かい合ったため、その容貌が明らかになった。それと同時に、なんだこいつはと士郎は体に戦慄が奔った気がした。

 ソロモンの従者、ゲーティアはとても悍ましい姿をしていた。形態でいえば人間に近いとも言えるような二本の足と手がある。だが、頭には巨大な木と言えるような触角。例えるなら鹿の角だろうか。また全体的に見ても体はとても大きく、存在感だけで相手を圧殺してしまいそうだ。

 

「…王ほどの万能の存在などこの世に複数いては今頃世界は平穏無事であらせます」

 

 その存在感とは裏腹にとても従者として忠実な態度を示すゲーティアにソロモンは薄らと笑って返す。

 

「そうかそうか。では、もし会えるとしたら、私は既に生まれ変わっている頃かな?」

 

「…それに関しましてはなんとも」

 

 その後も淡々と会話を続けている二人。士郎は特に意味もなく聞いているために少し退屈していると、ゲーティアが何やらソロモンの指を見ながら話し出す。

 

「時に、王よ。貴方はその指輪も使わずにおいでで?」

 

 士郎はその言葉で初めてソロモンは指輪をつけていることに気づいた。一瞬だけソロモンが指輪の方に視線を向けてくれたため両指に計十個の金色をした指輪が見えた。

 

「ん? そうだよ。これを使うことは今はない」

 

「…なぜ、使われないのでしょうか。その指輪を使えば、父君を越えることなど容易い筈―――」

 

「―――何度も言わせるな、ゲーティア」

 

 ゲーティアが父親を越えられる、と言った瞬間にソロモンは底冷えするような声を発した。士郎もそれにはビックリしてどうしたんだとぼーっとしていたのを目覚めさせる。

 

「…言った筈だ。父を越えるのであれば自分の力でなければいけない。そうでなくば、父が残した言葉を理解することはできないだろう」

 

「も、申し訳ありません」

 

 唐突な殺気とも思えるような雰囲気にゲーティアは恐縮してしまう。

 

「全く。何をそんなに心配しているのか判らないけど、大丈夫だよ。私がそこまで能無しに見えるというのかい? 神の下に万能を手にした私を」

 

 横目でそういうと、ゲーティアはますます恐縮する。

 

「滅相もございません。私は決してそのようなつもりは…」

 

「…ゲーティア。君はとても矮小だな」

 

 ソロモンはそう冷たく言い放つ。

 

「君のそれはね、余計な気遣いというんだよ。そんなことで魔神たちを統括できるというのかい。君はただ主人に従ってればいいさ。もとより、魔神というのはそういうものだろう?」

 

「…ッ、はっ…! 申し訳ありません…」

 

「…もういいよ。そろそろ君も休むといい。私はまだしなければいけないことがあるのでね」

 

 それに短く返事をすると、ゲーティアが去っていく音が聞こえた。士郎はソロモンの考えていることは一体何なのか考える。ソロモンは父親を越えると言っていた。思えば、士郎がこれを見始めた時もソロモンは父親を越えられるだろうかと心配していた。

 ただ、今のソロモンはなんというか、ただ父親を越えたいというより越えたその先で答を知りたいようだ。それに関しては士郎は頷ける。士郎も疑問に思っていたのだから。

 

――――そういえば、確かあいつはあの時…

 

 そこで思い出す。あのアインツベルンとの、ギルガメッシュとの戦いの後のことを。

 

――――もしかして、おれなら答えられるかもしれないって言っていたのってこれだったのか?

 

 ソロモンは万能の人が他にもいれば、あの言葉の真実が判るのではと言っていた。そして、士郎はソロモンに万能の存在だと認められた。

 まだ確定できないが、限りなくその可能性は高いだろう。と思っていたら、また見えるものが変わった。今度はどこかの神殿のようだった。

 

――――なんか、すごい、なんというか…

 

 本当に神が存在していそうなその雰囲気に士郎はうまく感想にできずただ眺めていたら、またソロモンの声が聞こえた。低さは変わっていない。

 

「…神よ。この時がまいりました」

 

「王よっ! 何故です!? 何故そのようなご決断をなされたのか…!! 今一度考え直されては…!」

 

 後ろから焦っている声が聞こえる。ゲーティアだろう。

 

「何度も考えたさ。それで私はこう決断した」

 

「ならば何故です!! 何故その力を、指輪を捨てるというのですか…! それはその指輪は、この世に二つと無い万能の力を秘めた物…それは一度お使いになられた貴方なら判っている筈。ならば…! 判る筈だ、今ご自分がどれだけ愚かな決断を下そうとしているのか…!」

 

 士郎は唐突なことに少しついていけてなかったが、今の会話からするにソロモンは万能の力が宿った指輪を自ら捨てるつもりのようだ。士郎としても何故わざわざ捨てるのだろう、と同じく考える。

 

「私は、愚かな決断をした覚えはないさ。私は常に王として民を導いてきた。その過程にさまざまな犠牲はあれ、私は間違った選択をしたことはないと断言できるよ」

 

「…ッ! 貴方は…! いつもそうだ…貴方は常に臆病者だった…!」

 

 ゲーティアは心の底から恨んでいるような声を出す。

 

「貴方は、正しい選択をしてきたのではない…! 貴方は、ただ最善手だと言って一番効率の良いやり方をしていただけに過ぎない!! 貴方はただその犠牲になった者を見殺しにしただけだっ!! その万能の力を使いさえすれば救えたかもしれないというのに…! 貴方はただの一度それを使っただけで、その力に恐れをなした…! 臆病で愚か者だ…!」

 

「…それが君の本心か。随分思い上がったことを言うものだね。たかが魔神の一柱に過ぎない君が」

 

 ソロモンはゆっくりとゲーティアの方を振り返った。

 

「君は人間がどういう存在か判ってない。まあ、もとより人ならざる者が理解できるはずもないか」

 

「それを言ったら、貴方もそうでしょう! ソロモン!! 貴方も最早人ならざる存在だ…! だがそれが故に、貴方ができることは限りなく多い筈だ!! それを自ら手放そうなど愚の骨頂でしかない…!!」

 

「…お前の言う通りだ。私はもうヒトと言える身ではない。だから、だからこそ、我が父の言葉の真実を知るために手放さないと」

 

「またそれか…! ダビデ王はなんとも忌々しい遺言を残したものだ…! 王よ、それは今の貴方を貶める言葉でしかありません!! もう父君のことはお忘れになられたらどうなのですか…!」

 

 ゲーティアは必死に指輪を捨てるなと言う。だが、ソロモンの意志が崩れることはなかった。

 

「そういうわけにはいかないさ。それにね、私は一つ判ったことがあったんだ」

 

「判ったこと…? 何を言っているのです。もとより貴方に判らぬことなど何一つ無い。それを今しがた初めて判ったというのはおかしい…!」

 

「…ふぅ。ゲーティア、前から思っていたけどね、君はどうも過信している。私にはたしかに千里眼も指輪もある。だが、それで全てを手に入れたのかというとそれは違う。…この私でもっても知らないことはたくさんある」

 

 その言葉にゲーティアは信じられないというように声を振り絞る。

 

「そんな訳があるかっ!!! 貴方はこの世の全ての叡智だ!! たとえ判らぬことがあろうとも、貴方ならすぐに答を導き出せている筈…! 知らぬことがあろうともすぐに知る筈…! 何故、何故そのようなことを仰られる!? 全てにおいて万能である貴方が…!

 もういい…! たくさんだ…! 貴方がその力を捨てるのであれば構わない…! ですが!! 貴方がそれを捨てるのであれば、私が!! その力を頂きましょうぞ!!!」

 

 士郎はこの光景に異常だと思った。ゲーティアはどこか人間好きな印象を受ける。だが、その根底にあるのはただの自己中心的な考えであるのが見えた。故に異常だ。このゲーティアというのは本当に理解できていないのだろう。ゲーティアが何を考えているのかは判らない。だが、ゲーティアにはソロモンの力を明け渡していいとは思えない。

 

「…そういうわけにはいかない。ゲーティア、君が彼ら人類を愛しているのは判る。そして救いたいと思っているのも。だけどね、そんな君だからこそこの万能を明け渡すわけにはいかない」

 

「何故です…! 私はその力を扱うことは容易い…! あまりなめてもらっては困ります!」

 

「決して君を侮っているわけではない。けど、渡すわけにはいかない。これは父上の願いあってこそだ」

 

 士郎は一瞬それがどういう意味なのか考えた。そしてゲーティアも同様だ。

 

「何を…ダビデ王は私に明け渡すなと仰られていたのですか!?」

 

「いいや。父上はそんなこと一言も言っていないさ。ゲーティア、さっきも言っただろう。私は一つ判ったことがあったって」

 

「…それは、一体なんだというのです。貴方ほどでも答が今まで出なかったことなど…」

 

 ソロモンは少し休めるように目を閉じたと思ったら、

 

「―――私ではね、父上の願いを果たせないということだよ」

 

 ゲーティアから息を飲む音がした。

 

「………王よ、ダビデ王は貴方に一体何を残したというのです」

 

「何も。ただ、父上は私に愛して欲しいと言われた。この国を、この世界を、人類をね」

 

「それでしたら…! 貴方は既に行えている筈だ…! 貴方は常にこの国を、この世界を、人を支えていた筈だ…! それなのに、果たせていないとは、一体どういうことだと仰られるのですか!!」

 

 ゲーティアが拳を握って力説してくる。だが、ソロモンは至って静かだ。

 

「…違うんだよ。父上はただ愛せと言われたのではない。父上は、ヒト(・・)として愛せと言われた」

 

 その言葉にゲーティアはハッとなってソロモンを見る。

 

「…まさか、貴方はそのためにその力を…」

 

「ああ、その通りだとも」

 

「…ッ、なりません。それだけはいけません…! それでは、我々がしてきたことは、貴方が望んで手に入れたそれは一体なんの意味があったというのです!!」

 

「うん。それについては申し訳ないよ。けど、もう決めたことなんだ」

 

 ソロモンが手をゲーティアに向ける。すると、短い詠唱が聞こえたと同時に、ゲーティアが縛り付けられる。

 

「ガァアアアアアア!! 王よッ!!! 今しがたお考え直しをっ!! 今ならまだ間に合います…!!」

 

 ゲーティアは縛られてもなお訴えかける。だが、ソロモンはそれを無視して振り向く。目の前には祭壇がある。士郎は何をするつもりだと思っていると、自身の指輪を一つ一つ取り外して祭壇の上に置いていく。

 今もゲーティアの泣き叫ぶような訴え声が神殿に響き渡るが、それも完全に無視をして十個全てを置いたソロモンは祭壇から一歩離れて祈るように手を合わせる。

 

「神よ、貴方から授かったこの天恵をお返しします。…これは人が手にするにはあまりにも過ぎたものだ。どうか、聴いてください」

 

「お辞めください! まだ我々を使う価値はある筈だ!」

 

 合わせていた手を離すと、腕を大きく広げる。

 

「…訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの――」

 

「…ッ! ソ、ロモンッッ!!!」

 

 ゲーティアは怒りに任せて拘束を無理やり破るとソロモンに襲いかかる。だが、

 

「―――『訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの(アルス・ノヴァ)』」

 

 一歩間に合わなかった。その一言とともに、指輪はこの世から砕けて消滅した。

 

「あ、ああ…あああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「……これで終わりだ」

 

 手をゆっくりと下ろす。ゲーティアはあと数センチ動けば手が当たりそうだったのが間に合わず顔を手で覆う。

 

「貴方は…今手放したのだ…!! この世界を救う手段を!! 何故!? 何故捨てたというのですか!? 真に人を愛すというのであれば!! あれはなくてはならないもの…! 貴方も判っている筈だ!! あああ…!」

 

 ゲーティアは激情に駆られるがままにソロモンを糾弾する。

 

「…確かに、あれがあれば世界を救うこともできたかもしれない。けどね、それではダメなんだよ。こればかりは私にも理由は説明できないけど。ごめんね」

 

 その後もゲーティアは泣き崩れたままだった。ソロモンはそんな彼を置いて一人で神殿から出て行った。

 士郎はこの一連で色々なことを知った気がした。まず、ソロモンは人間が好きだということ。まだ人になりきれていないから不器用そうではあるが、それでも人が、人間が好きだということは伝わる。

 次に、ソロモンはそんな人間になりたがっていること。どういうのが人なのか判らないでいるが、どうにかしてなりたがっている。

 そして、ソロモンは知りたがっている。父親が残したヒトとして愛してほしいという意味を。万能を捨てた後も結局判らなかった真意を。だが、同時にこれを教えてくれるのは同じく人ならざる者だけだと思っている。人ならざる、万能の力を一度でも持った人でしか。

 

――――そっか。だからおれに期待していたんだ。

 

 それであれば士郎に期待していた理由も判る。士郎自身は全くの無自覚だったが、士郎はソロモン曰く自身に並ぶ万能の力を有していたというのだ。

 目の前が何も見えなくなった。どうやらこれで終わりのようだ。士郎はどうしようかと思う。魔術王の過去を知れたのはいいが、だからといって現状どうしようもない。というより、既に自分は負けてしまっているのだ。今更何をしたところで無意味だ。そう思った時だ、

 

――――…! なんだ…何か誰かの声が聞こえる…?

 

 声が聞こえる。それも初めて聞く声ではない。

 

――――この声は…アルトリアだ…!

 

 声の主がアルトリアだと判った士郎はどこから聞こえてきているのか必死に探す。だが、周囲は暗いまま何も見えない。声だけがこだまする。

 

――――くそ…! 一体どこから…! アルトリアッ…!

 

 士郎はアルトリアの名前を叫ぶが、一向に見えずどうしようかと思っていると、

 

――――…! な、お前は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さあ、次はこれだ」

 

「くっ…!」

 

 宙に何十本もの剣が出現して襲いかかる。士郎の投影魔術だ。

 

「――ガンド!」

 

 凛は手を銃の様に構えると指先から黒い球体がいくつも出てきて、剣と相殺させる。だが、向こうの方が圧倒的に数が多過ぎて相殺しきれない。

 

「リン!!」

 

 剣の雨が凛達に降り注ぐ。だが、

 

「『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 アルトリアの聖槍で一掃される。

 

「ありがと。それにしてもあれは厄介ね。士郎やアーチャーと同じことができるなんて」

 

「…ええ。こうしてみると判ります。シロウはとても強力な力を有していたのだと」

 

「…なるほど、シロウ君は『剣』属性だったのか。だから剣しか投影しなかったんだね」

 

 魔術王は何か納得がいった、というような素振りを見せている。

 

「…全く、余裕かっての。ムカつくわね」

 

「仕方ありません。それだけの相手なのですから」

 

 凛はアルトリアの後ろに隠れたまま魔術王の様子を伺う。すると、魔術王はまた投影を行った。ただし剣ではなくなんの変哲も無いただの槍を。

 

「ふむ。ようやくこの力の扱い方にも慣れてきた頃だ。感謝するよ。君くらいでないと試すこともできなかっただろうからね」

 

「さすがは魔術王ね。まさかそんな一癖も二癖もある魔術を早々に使いこなすなんて」

 

「ふふ。当然だろう。何せ私なのだから――」

 

「! また来ます…!」

 

 またさらなる武器が凛達を襲う。今度は剣だけではない。槍や斧、矢まである。

 

「シロウ君は剣しか満足に投影できないようだが、私の手にかかれば全ての武器を投影してみせよう。真作と同等の物をね…!」

 

 圧倒的な物量による攻撃。まるで英雄王のようだ。凛はそう思いながらも、アルトリアの援護射撃を行う。アルトリアは槍を振るって自分と凛に当たらないよう弾く。だが、どうも防ぎ切ることができない。普段であればこれを裁くことなどわけないというのに。

 アルトリアは改めて士郎には感謝しなければと思う。今でも満足した動きはできる。だが最高とは言えない。それほどまでに士郎からの恩恵は強かったというのだろう。

 

「――ハァッ!!」

 

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。今は目の前にいる魔術王から士郎の魂を取り返さねばならない。悔しいことではあるが、確かに自分では魔術王を倒すことはできない。相手は一撃一撃が並外れている。これでは効果的な一撃を与えられるとは思えない。

 

「…だいぶ息切れが激しくなってきたね。いざとなれば魔神たちも出す予定だったけど、この分ならその必要はなさそうだ」

 

 確かに、凛もアルトリアも満身創痍だ。これでは負けるのも時間の問題だろう。

 

「はぁ、はぁ…それでも、負けるわけには、いかない…!!」

 

 だが、アルトリアから闘志が消えることはない。今度こそ、この身を削ってでも士郎を助けなければいけないからだ。士郎を助けて、魔術王を倒す。そうしなければこの戦いも終わらない。

 

「オオオオオオオオオオオオオオォッ!!」

 

 アルトリアはまた真正面から突撃する。魔術王はそれを見ながら、馬鹿正直だなと投影で数百個の武器を投影して突っ込んでくるアルトリアに集中砲火する。

 それを槍で弾き、防ぎながら突撃を止めずに魔術王の前までくる。この速度であれば回避は不可能、槍で魔術王の首を狙う。だが、

 

「ガハッ…!!」

 

「うん。いいところまで来たね。お陰でピンチになったときの扱い方も判った」

 

 アルトリアの背中に剣が刺さり倒れる。そこに続けて剣が複数降りかかる。

 不味いと思ったが、凛が全て撃ち落とす。

 

「へえ。ガンドの魔術をこうも高威力で出せるとは。なかなかの逸材だね」

 

「お褒めに預かりどーも。あんたもこれくらい楽勝でしょ」

 

 凛が魔術王の気を引いているうちにアルトリアはまた槍を握るが、簡単に避けられ、そのまま魔術王の魔術による光弾が直撃する。

 

「ゴホッ! はッ…!」

 

 アルトリアは口から血を吐き出す。そのままふらふらに倒れそうだが、槍で体を支える。

 大した根性だ。魔術王はそう感想をこぼす。背中から腹にかけて剣が突き出て大量に出血しながら魔術王の魔術を食らったというのにまだ立っていられる。それほどまでに士郎を蘇生したいのだろう。

 そして、それは凛も同じであった。凛も直撃こそしていないが、生身の人間であればとっくに死んでいてもいいくらいの攻防を続けているのだ。周りが化け物揃いであまり目立っていなかったが、凛も相当な強者と言っていい。

 

(…どうするか。策を練りたいところだが、そう簡単にはいかないだろう。あの遠坂の魔術師は思った以上に強い。魔力や能力こそシロウ君に一歩劣るが、今まで培った経験と努力、それで身についた意志の強さはシロウ君にはまだないものだ。…あとで生け捕りにして聖杯を入れてみたいね。できればだけど)

 

 そんなことを考えていると、アルトリアが背中の剣を抜いて突撃してくる。また真正面から、と思ったら今度は動きを変えて魔術王の周囲を全力で駆け回る。魔術王はそれに不審に思いながらも、全方位に投影した武器を飛ばす。だが、一つも当たらなかった。

 

「……!」

 

「―――『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 すると、真上からアルトリアが真名解放をしながら降って来た。

 まだ距離はある。魔術王は真上に向けて魔術を放とうとしたが、ピンポイントでガンドに邪魔をされてしまう。アルトリアの宝具はそのまま直撃する。

 

「これでどうよ…!」

 

 凛はグッと拳を握る。側にアルトリアがくる。

 

「リン、まだ油断しないでください。おそらくまだ奴は生きている…」

 

 すると魔術王の姿が見えてきた。跪いてはいるが、傷らしい傷は見当たらない。

 

「…ふう。思ったより攻め立ててくるね。このままでは決着がつかなさそうだ」

 

「ふん。何よ、まだまだ余裕なくせに」

 

「そうでもないさ。私は素直に驚いているよ。君たちの実力に。だから、君たちには最上の攻撃でもって討ち果たすとしよう」

 

 すると、魔術王の背後が急に明るくなる。

 

「…! あれって…!」

 

「…どうやら、奴の宝具のようですね」

 

 凛もアルトリアもそれを見ただけでも判る。あれは不味いと。魔術王の背後には光の輪が見えた。光の輪からはとてつもない魔力を感じ取れる。少なくとも、『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』は超えているであろうことは予想がつく。よって、現状アルトリアたちには防ぐ術はない。

 凛はあれを見て流石に死ぬことが判った。そして、それはアルトリアも。

 

「素晴らしいな。まだ溜まりきっていないが、シロウ君の力のおかげでそこそこ強力な一撃は出せるようになったよ。これなら君たちを倒すには十分だろう。さあ、今ならまだ間に合うけど、降参する気は?」

 

「…あるわけないでしょ」

 

 だが、例え絶望でしかなくとも諦めてはいけない。何か、何かあるはずだ。

 

(…ダメね。まるで対抗手段が浮かばない。もう諦めるほかない…)

 

 凛は諦めるしかないと思うものの本心では諦めたくなく、拳を痛くなるほど握って睨みつける。

 アルトリアも目の前にあるあれを防ぐ方法がないのは判っている。だが、凛同様諦めがつかず、槍に魔力を溜める。

 

「おや、迎え撃とうというのかい? 無駄なことだけど、いいよ許そう。せめて最後は醜く抗うといいよ」

 

「……なめるな。私は死ぬためにこのようなことをしているのではない。シロウを、助けたい。だから貴様に抗うのだ」

 

「…ふむ。それで今度こそシロウ君に想いを伝えたいと。全く身勝手ではあるが、そこまでいくと最早清々しいね。いいさ、そこまで言うなら貫いてみるといい。私のこの宝具に耐えられるというならね…!」

 

 光輪がゆっくりと回転しだす。徐々にその回転速度は増し、魔力が輪の中央に集まっていく。

 

「――誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの」

 

「――最果てより光を放て……其は空を裂き、地を繋ぐ、嵐の錨!」

 

 アルトリアの槍が異常なほど光を発している。よく見れば構えているアルトリア自身辛そうに見える。おそらく限界以上の魔力を込めているのだろう。今にも爆発しそうである。

 凛も、相当な魔力を吸い取られているのを感じている。息苦しいくらい大量に。それでも、それで構わないと思っている。それくらいしなければやられるのは目に見えているのだから。

 

「―――『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』」

 

「―――『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!!」

 

 二人の宝具が同時に解放され、ぶつかり合い、その余波が周囲に拡散する。二人の宝具は一瞬拮抗しているかにように見えるが、徐々にアルトリアは押されていっている。

 果たして、このままで凛たちは生き残れるのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
ここで宣伝しようかと思います。次回作はこれ以上の作品を目指して、今までのようになんとなく考えた内容ではなく本気で一から考えて作ります。
なのでFate/Possessionをどうかよろしくお願いします。第一話だけ既に公開していますが、まだ試作という感じなんで第一話も本格的に書くときになったらだいぶ書き直されるかもしれません。
ではまた次回お会いしましょう。


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第三十四夜-再起-

ども、お久しぶりでもそうでなくとも久しぶりに投稿出来ましたウェズンです。
いやーついに第二部始動し、そしてFate/Apocryphaコラボと…忙しいです、はい。
では始まります。


「―――『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』」

 

「―――『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!!」

 

 魔力の波動同士がぶつかり合う。それによる余波は凄まじく凛は立っていられない。

 二つの宝具のぶつかり合いは、一見拮抗しているようには見えた。だが、よく見れば徐々に魔術王の宝具が競り勝っていっている。

 このままではまずい。これでは待っているのは死だけだ。凛はなんとかしたいが、とても何かできるような状態ではない。

 

「――ッ! この、ままでは…!」

 

 何か、何か一つでいい。魔術王の気をそらせれば、まだ勝機はあるかもしれない。魔術王も押し込むので精一杯だからだ。

 だがこの状況下ではアルトリアも凛もそんなことができるわけもない。それ故に、アルトリアは願わずにはいられない。

 

「…ッ! シ…ロォォォーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、お前は…!」

 

「フフ、お困りのようだからまた現れたよ」

 

 士郎の前に現れた人、それはあの花の妖精と名乗っていた男だった。

 

「お、お前、なんでこんなところにまで…」

 

「なんでって、そりゃあ君を助けるために決まっているじゃないか」

 

 士郎はなぜこんなところに花の魔術師がいるのか判らず困惑する。

 気づけば周囲もあの理想郷のような場所に移り変わっていた。

 

「…あんた、一体何者なんだ」

 

「私が何者かなんてどうでもいいって、もう何回言えばいいのさ」

 

 そうは言っても仕方ないだろう。なぜこうも士郎の目の前に現れるのか。そもそもどうやって現れているのかさっぱり不明なのだから気になっても仕方ない。

 

「まあ、それは置いといて、だ。

 いや〜ついに死んじゃったねえ、シロウ君。はっはっは」

 

 そこら辺の座るにはほどよい岩に腰を掛けて、さらっと笑いながら言ってのける。笑い事じゃなねえだろ、と怒りが湧く士郎は突っ込む。

 

「…やっぱり死んでいたのかおれ」

 

 自分の胸に手を当てる。心臓の鼓動はしない。

 

「うん。君は聖杯と一緒に魂を抜き取られた。そして今はソロモンの体に取り込まれている状態だね。だからソロモンの魂に眠る記憶が垣間見えた」

 

「…!」

 

 士郎は目を見開いた。それと同時になぜソロモンの過去が見えたのかを理解した。今この世界はソロモンの世界なのだ。

 

「それにしてもどうしよっかシロウ君。私としてはどうにかしてあげたいところだけど、正直なところもうこれ以上は難しいんだけどね〜」

 

 へらへらと真剣なのかふざけているのか判らないその態度に苛つく。しかし、彼が言ったようにここが魔術王の世界であれば抜け出すことはほぼ不可能に近い。

 だが、

 

「……どうするもなにもねえよ。おれはここから出てアルトリア達を助けに行く」

 

 どんな状況だろうと士郎はアルトリアに呼ばれたのだから何がなんでも脱出しなくてはならない。

 

「…彼女達を助けようというのかい。負けた君が行ったところで無駄かもしれないのに?」

 

「…っ! 無駄かどうかなんてやってみなきゃわかんない」

 

 士郎と花の魔術師の視線が交差する。士郎はじっと臆することなく見続ける。

 

「…フフ。君なら言うと思ったよ。けどね、本当にそれでいいのかい?」

 

「…なんだよ、しつけえな」

 

 花の魔術師は折れてくれたのかと思えば立ち上がりつつまだ忠告してくる。どうも花の魔術師は煮え切らない態度をとっている。一体なんの意図があるというのか。

 

「…前回私と会ったときの話を覚えているかい」

 

「急になんだよ」

 

「いや、少し昔でもないけど話がしたくてね」

 

「おい、おれは急いで――」

 

「安心しなよ。今私が来た瞬間から時間は止まっている。ここで何時間過ごそうと向こうに影響はない」

 

「…そんなこともできるのかよ。本当にお前何者だ?」

 

 そんな士郎の言葉は無視して花の魔術師は話始める。それは、昨日の夜士郎が見た夢の話だ。

 あのとき、夢の中で出てきたのはこの花の魔術師だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はね、ハッピーエンドが好きなんだ」

 

 花の魔術師は突然そのようなことを言ってきた。士郎の夢の中で士郎と同じ格好で出てきた彼はアルトリアに交際を断られたことを慰めに来たようだ。余計な世話だと思う反面、一応感謝もしておいた。

 そのときにこのようなことを言ってきた。急になんの話だと思いつつ耳を傾けている。

 

「私は君に少し期待しているんだ。君は本当にアルトリア含めハッピーエンドにできるのではないかとね」

 

 士郎は黙ったまま何となく聞き流す。

 

「だから、君には是非とももう一度立ち上がってほしい。そうでなきゃハッピーエンドになる以前の問題だろうしね。

 そこでだ。今度は私が君を鍛えてあげようかと思ってね」

 

「……! お前が…?」

 

 まさかの発言に驚く。だが、今さら彼は士郎に何をしようかというのか。

 

「無論、君には彼のアーサー王と同じように鍛えてあげよう。もともと彼女に剣術を施したのは私だしね」

 

「…えっ!? マジで!?」

 

 あまりにも意外なことで驚く。まさかあのアーサー王に剣術を教えていたのが目の前にいる魔術師だとは思いもしなかった。

 

「マジマジ。私はこう見えて肉体派でね。もちろん魔術もできるけど―――殴った方が速いだろう?」

 

 まるで名言のように魔術師とは思えない発言をする。

 

「……お前、それでいいのかよ」

 

 士郎も魔術師とは言い切れない存在とはいえ、その初歩は身につけた手前それでいいのかと疑問をぶつける。

 花の魔術師はそんなことは露知らず、気軽にそれで良いと返す。

 

「さて、それじゃこの私の道場に入る気はあるかい?」

 

「……………」

 

 士郎は少し悩む。というより、そもそもこんなことをしている場合なのか。今鍛えたところで間に合うのかと。

 

「心配する必要はない。君はもう既に強い。私がすることは君の手解き、それから『全て遠き理想郷(アヴァロン)』の使い方さ。

 君のそれはいずれ重要になるだろうからね。そのためにも私が今できること全てやって魔術王ソロモンを倒す術を与えよう」

 

 その話は願ったり叶ったりだ。士郎は首を縦に振る。

 

「よろしい。では―――早速始めようか」

 

 そうして士郎は花の魔術師から手解きを受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~。それにしても強くなったもんだね~。あのシロウ君が」

 

 久しぶりに親戚の子供にあったかのような反応をする。

 

「…じじくせえな」

 

「うっ…そういうことをズバリと言わないでくれ。正直これでも地味に傷ついているんだからね」

 

 意外にも歳を気にする姿は地味に人間臭く、少し気が抜ける。

 

「…それで、おまえはこんなこと思い出してなんだっていうんだよ」

 

「うん…それなんだけどね、正直に言うよ。シロウ君、―――もう諦めないかい?」

 

「――!」

 

 予想外の言葉に士郎は目を見開く。

 

「…私は君の体にいながらずっと動向を伺っていたんだ。魔術王のマスターをね。それで一つ私は思った。何も彼は聖杯を悪用しようなどとは考えていない。彼はただ一つの研究を完成させようと思っているだけ。つまり――」

 

 花の魔術師は士郎の目を見る。

 

「――彼でもハッピーエンドを迎えられるんじゃないかなとね」

 

「…!!」

 

 士郎の顔が急に強張る。なんとなく言いたいことがわかってしまったからだ。

 

「…アルトリアはサーヴァント。すでにこの世の者でない以上今消えたとしてもあるべき場所に戻るだけ。君たちの想いが叶わなくなってしまうが、それでも、少なくとも生きている人は救われると思うよ。

 魔術王だって大量殺戮がしたいわけでもなければ、お気に入りである君を完璧に殺すつもりはないだろう。聖杯戦争が終わって消える際に戻してくれるだろうさ。

 そう、結果的に言えば君たちは敗北ではあるが生き残れる。生き残れたならいいじゃないか。君はまだ幼い。次の聖杯戦争でまた彼女を呼べばいいさ。何も今回限りではないだろう。…まあ、こればっかりはなんとも言えないけどね」

 

「…………」

 

 士郎は何も言い返せない。そうだ、彼の言う通りこのまま今回の聖杯戦争は魔術王の勝利で終わらせればいい。

 もし本当に彼の言う通りなら聖杯は悪用されることはない。士郎が一番懸念していたことも何も心配はいらないということだ。

 だが、それだと一つ叶えられないことがある。

 

「……けど、それじゃ、またこの戦いが始まらないといけないじゃないか」

 

 それはなによりも嫌っていたこと、すなわち戦いが繰り返されるということ。

 

「おれは、こうして戦ってきて思ったよ。これ以上この戦争はくり返してはいけないって。

 …だって、おれは見たんだ。全く関係のない人が倒れるところを、せっかく仲良くなれるかもと思った奴が死んじゃうところを…!」

 

 花の魔術師はただじっと士郎を見つめながら無表情のまま聞く。

 

「もう…もうこんなの嫌だ。こんなことやめさせるべきなんだ。今回で終わらせないといけないんだ!

 だから! 次は無い。こんなこともうさせない!」

 

「………なんとも愚かしい発言だ」

 

 花の魔術師はやるせないと言ったような顔になる。

 

「君は自分の幸せを手放して平和を掴み取ろうというのかい。そんなの人間がすることじゃないね。

 …なるほど、君もある意味人でなしということか」

 

 何かに納得したかのような表情を浮かべると、改めて士郎の顔を見る。

 

「…わかった。ではここから脱出する方法を教えよう」

 

「! 本当か! なら早く教えてくれ!」

 

 士郎は急かすが、花の魔術師は順序だてて行わないといけないという。

 

「おっ、おい! おれは急いでいるんだよ! なんだよてじゅんって!」

 

「まあまあ、今ここでの時間は動いていないんだから安心してって。

 えー、で、ここからの出方だけどね。まず君は聖杯を魂ごと抜き取られて今ここにいることは判ってるよね?」

 

「え? う、うん」

 

 急かしている士郎をなだめた花の魔術師はそのようなことを聞いてくる。

 

「――――それでは、今の君に聖杯はあるかい?」

 

「…!」

 

 言われて初めて気づいた。確かに、今士郎には聖杯はない。いや、正確にはまだ聖杯の気配は感じるが、それはどこか別のところへと繋がっているようだ。

 

「聖杯との接続は感じられるが、本体は無いだろう? それじゃ今出たところで意味がないよ。今や聖杯は君の魂と一心同体なんだから。文字通りね」

 

 そうだった。士郎はすっかり失念していた。もう聖杯と切って離せない存在になっているのだ、聖杯だけをここに置いて出るということは不可能なのだ。

 

「だから、まず君がすべきことはこのソロモンの世界のどこかにある聖杯を探すこと。それをしなければならない」

 

「…次に何をすればいいんだ?」

 

「ぶっちゃけやることはこれだけでいいよ。あとは私のところまで戻ってくれば、この世界から今も君の体にある鞘を通じて戻してあげよう。

 だけど、忘れちゃいけないよ。私は先程ここから出るのは難しいと言っただろう。その難しいというのは、この世界にはソロモンが仕掛けた罠、もっと言えばセキュリティのようなものが存在するだろうことさ。私の存在は既に知られているだろうしね」

 

 いつになく真剣な顔で言う。それほどまでにその罠は強力なのだろう。

 

「…! マジかよ。というか、よくお前を見つけられたな」

 

「いや、本当にね~。こっそり移動するのは得意な筈だったんだけどな~。流石は魔術王だよ。

 恐らく、彼は君と出会った瞬間から私が関わってくるのはお見通しだったのだろう。そうそう容易く突破はさせてくれない。

 けど、それならなおさら、こっちもやられてばかりいないで反撃を開始しないと。というわけで――」

 

 そこで区切った花の魔術師は懐を漁りだして取り出したものを士郎に投げ渡す。

 

「うわっ、とと」

 

「君にはこれをあげるよ。それは彼の王が一人の騎士に頼み、湖の精霊に返還した剣を私が拾ったものさ。よかったら使ってくれ」

 

「…いや、使ってくれって、これエクスカリバーじゃねえか!! なんでこんなもんもってんだよ!?」

 

 士郎は驚きを隠せない。解析してはみたが、これは間違いなくアーサー、アルトリアが持っていた星の聖剣だ。

 

「そんなことはどうでもいいだろう。さあ、ここから出たらまた時間は進む。今アルトリア達もヤバい状況だからなるべく早く行動を開始した方がいいよ」

 

「…っ、あーもう! 判ったよ!!」

 

 士郎はもっと色々と聞きたいことがあったが、それはもう後回しにしようといわれた通り聖杯を探し出す。

 

「シロウ君!! 聖杯はソロモンなんかより君とずっと密接に繋がっていた! 君ならすぐに見つけられる筈さ!」

 

 遠くなっていく花の魔術師から聞こえた声に判ったとだけ伝えると、剣を握って探し始める。

 

(待っててくれよ…! 今度はおれがアルトリアを助ける番だ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふむ。もうこれは我々の勝ちと見て良さそうだね。今はまだ堪えているが、それも時期に終る。

 …どうしたんだい、アトラム」

 

 ソロモンとアルトリア達が戦っているのを見ていたマリスビリーはアトラムに向けて言ったつもりが返事がないので振り向くと、彼はこの世の終わりだというような青ざめた顔になっていた。

 

「どうしたもこうしたもないっ!!! 私の…! 今私の工房が燃えていると連絡がきたんだ!!」

 

「そうか。まあ今更どうでもいいことだろう。少しは落ち着いたらどうだい」

 

「これが落ち着いていられるかっ!! ああ! 早く、早く戻らねば…!」

 

 アトラムはあのバカサーヴァントが、と悪態をつきながら慌てて自分の工房に戻ろうとする。しかし、

 

「…!? おい! これはどういうことだ!! なぜここから出られん!!」

 

 アトラムが戸に手をかけたが戸は全く開かない。

 

「…ふう。そうか。では、君とはここでお別れか」

 

 マリスビリーが突然そのようなことを事を言って立ち上がる。

 

「!? な、何を言っている…! いいからここから私を出すんだ!」

 

「―――それはできないよ、アトラム・ガリアスタ」

 

 アトラムの願いを却下する。

 

「…アトラム、君が私たちを利用しようとしていたことなどお見通しだ」

 

「…っ! な、何を…!」

 

 アトラムは動揺を見せる。

 

「君が勝ち残り聖杯を手に入れたら私をセイバーで殺害しようと思っていたのだろう。

 …聖杯戦争の結果は勝者しか知らされない。誰がどこでどのようにして死んだのかは誰にも知られることはない。だから、君は私を…いや、キャスターを利用して邪魔な敵を排除、その後セイバーを使って私を殺害することで実質キャスターも倒したことになる。…君は本当は聖杯を独り占めしたかったのだろう」

 

「なっ!? そ、そんなわけがない、だろう…わ、私がそんなことを――」

 

「言い訳は無用だ。それでは頼んだよ、――言峰神父」

 

「――!?」

 

 マリスビリーがそう言い放つと、屋敷の奥から厭らしい笑みを浮かべた神父が現れる。

 

「なっ!? お、お前は! ――」

 

 神父、言峰 綺礼は容赦なくアトラムの胸を貫く。

 

「…! がはぁ!!」

 

 口から血が大量に流れ出て綺礼を一瞬だけ睨み付けたら、そのまま倒れる。

 

「…心臓を一突きとは、恐ろしいね」

 

 マリスビリーは動かなくなったアトラムの傷を見ながらそう言う。

 

「貴方がしろと言ったことでしょう、ロード」

 

「それもそうか。さて、死体の片付けも頼みたいのだが、よろしいかな?」

 

 いいだろうと綺礼はまだ血が流れている死体を担ぐ。

 

「君がいてくれて助かったよ。自らの手で人殺しは行いたくなかったからね」

 

「ええ。私も右腕を失いましたが、どうにか生き残りましたよ」

 

「ふむ。それは少々残念だな。どうせなら今までの令呪も欲しかったところだったなんだが」

 

「それには応えられなくて申し訳ない。…代わりといってはなんですが、一つ貴方にはお教えしましょう」

 

 死体を担いだ綺礼がマリスビリーに振り向く。

 マリスビリーは綺礼の表情から嫌な予感を感じつつ耳を傾けると、

 

「―――此度の聖杯戦争に意味などありませんでした」

 

「…なんだと」

 

 そう言ってきた。それはどういうことなのかと驚愕を隠せないマリスビリーが問い、言峰は話す。

 マリスビリーは話を聞く度、徐々に表情が曇る。

 

「―――まさか、本当に今回の戦争が全て無駄だったとは」

 

「さぞかし驚かれたでしょう。まさか、一人の少年を聖杯に捧げるだけで聖杯は起動するなどと」

 

「……一つ聞きたい。お前はいつからこの事を知っていた」

 

 頭を押さえているマリスビリーがそう聞く。

 

「私が気づいたのはあの少年に会ったとき、からですね」

 

「…つまりは始めからか。はぁ、なるほど通りでキャスターが気にかけるわけだ。彼も気づいているだろう」

 

「ええ。あの魔術王ともなればとっくに気づいておいででしょう。クックック」

 

 嫌味な笑みを浮かべる彼に辟易としたような様子を見せる。

 

「ましてや、聖杯も穢れているとはな。とんだ無駄骨だったわけだ。

 全く、これでも下調べは万全にこなしたはずなんだがな。君達の機密性には感心するよ」

 

「誉めていただきありがとうございます。

 …ですがロード、聖杯は穢れ、本来の願いと裏のことをおこすとはいえ、貴方はまだ幸運だ」

 

「…どういう意味だ」

 

 マリスビリーは訝しげに言峰を見る。

 

「なに、そのままの意味ですよ。聖杯は穢れていますが、聖杯の中身は浄められました」

 

 言峰は魔術王と戦っていた士郎を見て気づいたことを話し出す。

 

「――…ほう、なるほどあの少年にある聖杯は汚れが無くなったと。よくそんなことがわかったな」

 

「はい。私は少々特殊なことがありましたので。

 それはそうと、聖杯を求めると言うのであればあの少年を狙うとよいでしょう。

 …どういうわけか、少年衛宮 士郎は聖杯の中身だけではなく、肉体も聖杯の器そのもの(・・・・・・・・・・・)になっていっているようですから」

 

 驚愕の事実、というわけでもないのかマリスビリーはさしも当然だろうというような顔でいる。

 

「いかがなされますか? ロード」

 

 言峰が続けるか否かを問う。それに丸数分かけて悩んだマリスビリーは、

 

「…いいだろう。聖杯戦争を続けよう」

 

 そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジャガー「ふんふんふーん…第二部、初っぱなから絶望過ぎね? …ニャッ!? また始まったか! とうっ!」

ヒュウウウゥゥゥゥ、ドズン‼︎ グギッ!!

ジャガー「やあやあみんな元気かー!! ジャガーは元気ニャー!! …足くじけました、とてもいたいです…

 というわけで! お約束のセリフと、なぜかまた始まったよ! ジャガー道場~! イェーイ!!
 …え? なんで前回これきりにするとかいっときながらまた始まったかって? それはね…作者の気分ニャッ!

 いやだってね? ここだけの話、この作者さ結構気まぐれなもんで、一応この小説は完結させるけど、次回作な~んて無茶なこと言ってものすご~く苦戦しているんだニャ。全くバカだよね、ね?

 まあ、そんなバカな作者も現在初めての一人暮らしに悪戦苦闘中なんだって! 是非もないニャ。

 さてさて、そんなジャガーの愚痴はどうでもいいとしまして。今回何をするのかといいますと…! なんと!? この度ジャガーは次回作のヒロインにばって…「そこまでよ、ジャガー!!」ニャニャ!? なにごとニャ!?」

???「ワタシは貴女のような人の作品に容赦なく現れては平気で嘘をつく人を制裁する者、すなわち貴女と敵対する女神…!!」

ジャガー「ニャ、ニャッ! 無駄に華麗に降りてきたなんか色々と意味不明なほど輝いているお、お前は…!」

ケツァル・コアトル「そう、ワタシデース!!」

ジャガー「ク、ククルン~!?!?!? ナンデ!? ククルンがここにいるんだニャ! というかどうやってきたニャ!!??」

ケツ姉「ワタシがどうやってここに来たかなんて細かいことはナンセンス! 強いていうなら女神だからよ!」

ジャガー「女神万能!」

ケツ姉「とにかく! ジャガー、貴女の思い通りにはさせないわよ! 嘘広告なんてしようとした貴女には罰を下します! つまり、神の権能でもって貴女の道場は没収します!

 というわけで、早速始めましょう! 第一回ルチャ道場〜! さあ! トレーニング開始よ、弟子3号!」

ジャガー「ニャニャッ!? なんかサラッと私の道場盗られた上に弟子3号!?
 弟子0号が美人で将来有望な麗しのゼッちゃんで、弟子1号が生意気なロリブルマ、だとしたら弟子2号は誰なんだニャ!?」

ケツ姉「フッフッフ、ちゃんとここにいるわ。カモン! 弟子2号!!」













ゴルゴーン「…………」





ジャガー「ゴ、ゴルゴーンだコレ〜!!」

ケツ姉「そう! ワタシの親友ゴルゴーンよ!」

ジャガー「な、な、ななななななんで7章で大暴れして最後はやたら白く散ったゴルゴーンがここにいるニャ!?」

ケツ姉「無理矢理引っ張ってきたのデス!

 …作者が二十連してワタシと彼女が当たったから是非とも出したいとかそんなことを言っていたような気がしマスが、マア、それはそれ!

 さあ! 画面の前にいるそこのあなたも! 一緒にルチャを覚えましょう! 心配はいらないわ。死んだら生き返らせちゃえばいいんだから!」

ジャガー「ニャー! それって死ぬようなことがあるってことかーー!

 ってそうはさせないニャ!! いくらククルンでもこの道場を渡すわけにはいくかーーーー!!!」

ケツ姉「ho! いいでしょう。貴女がやる気ならワタシも応えるまでデース!」

ジャガー「やってみろやオラー!!」ヤクザモード

ゴルゴーン「……」

<シネニャー!

<トウッ! ハアーイ

ゴルゴーン「………」

<グレート デス クロー!!

<アマイワ! ヒョイ

<ナヌ!? ガシッ! エッ

ゴルゴーン「…………」

<ワタシハヘビ ワタシハホノウ!

<エッ、ウソマッテソレシンジャウヤツ…ニャー!!!

<シウ コアトル ツァレアーダ!!

<ギニャー!!!

ゴルゴーン「…………」

ケツ姉「ン~! いいトレーニングになったわ」

ゴルゴーン「…そうですか。それは良かったですね」←あまりにも状況についていけず以前の口調に戻ってる

ケツ姉「ええ。それでは皆、今回はうるさいジャガーもいなくなったことだし、次回でまたお会いしましょう! バイバーイ☆」

ゴルゴーン「できれば次は無いことを願います。仮にあっても私を呼ばないでください。もうこういうのはこりごりなんです」


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