Alternative Ending Final Fantasy XV (ナタタク)
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Alternative Ending チャプター1

「オヤジ…あとは、任せろ…」

薄れゆく意識の中で、ノクトは自分の最後の言葉を思い出す。

そして、歴代ルシス王によってファントムソードが次々と打ち込まれる中で、最後に自分の心臓を父王の剣で貫いた、鎧姿の王のことを。

背丈やなぜかその王から感じられた戸惑い、そして構え方。

顔を見ることはできないが、彼が自分の父親にして自分が一番なりたいと思っていた男、レギスだということは分かった。

何の因果だろうか…。

ルーナを奪い、そして世界を完全な闇で消し去ろうとした、堕ちた哀れな王族である男に引導を渡したその剣で自分も最期の時を迎えようとしている。

「ルーナ…。俺を導いてくれて、ありがとな…」

もともと、このたびはルーナとの結婚式を行うためのものだった。

それが帝国の攻撃により、王家の力を得る、そしてルーナが目覚めさせてくれた神々の力を得る旅へと変わった。

そして、最後の最後まで自分の身を案じてくれていた。

ついに行えなかった結婚式、仮に死後の世界というものがあるとしたら、そこで開きたいと思った。

といっても、そこであの男と出会うのは御免だが。

「グラディオ…。いっつも、お前に頼ってばっかりだったな…」

わがままでひねくれていた自分に根性があると言ってくれ、そして辛抱強く稽古してくれた盟友との日々を思い出す。

一緒にキャンプをして、時には厳しい言葉を投げかけて覚悟を促し、戦いではその怪力と大きな体で守ってくれた。

ノクトにとって、グラディオは自分の兄、もしくはもう1人の父親のような存在だった。

「イグニス。料理、うまかった…」

小さいころからいつも陰から自分を助けてくれたイグニス。

嫌いな野菜が食べれるように、いつも工夫を凝らした料理を作ってくれた。

戦いのときには、背中を守るように立ち回り、いつも冷静で的確な策を練ってくれた。

失明した後、正直に言うとイグニスをリタイアさせようとも思っていた。

だが、結局彼は最後まで一緒に戦ってくれた。

その強い意志が自分に道を示してくれた。

「プロンプト。写真…ありがとな」

本当は人見知りで怖がりなのに、いつも明るく自分や仲間を気遣ってくれた親友。

友達になりたい、ただそれだけのために努力し、太っていた体を絞り上げ、自分の性格を変えた彼には正直、自分以上に根性があるかもと思えた。

そして、自分のために旅の思い出を写真で撮り続けてくれたおかげで、今はその思い出を胸に眠ることができる。

ほかにもシドやシドニー、コル、モニカ、タルコット、ゲンティアナ…。

様々な人々が自分を支えてくれた。

彼らがいなかったら、ここまで来ることができなかった。

「みんな…ありがとな。こんな俺を…王に、してくれて…」

ふと、イリスの姿が頭に浮かぶ。

勉強机の上にあるへたくそなクッキーと一緒に…。

「そういえば、イリスのクッキー…王都を出てから、食ってねーな…」

幼馴染の1人であるイリスは王になるために頑張るノクトのために、とイグニスからお菓子の作り方を教わっていた。

そして、ノクトのためにと作ったクッキーだが、いつも形が崩れていて、ちょっぴりまずかった。

高校卒業が近づいたころには、味は良くなったものの、なぜか形の崩れは一向に治らない。

旅立ち、レスタルムで再会したときは、父親の死で絶望しているであろうノクトを元気づけようと一緒に出掛けてくれた。

その時に彼女がまるでデートみたいだって言っていたが、ルーナという婚約者がいる手前、思わず否定して、彼女を怒らせてしまった。

「はぁ…。死ぬ前にしょうもねーことばっか思い出してやがる…。ほんっとうに…俺って…どうしようも…ねえ…な…」

自嘲気味に笑みを浮かべ、ノクトは目を閉じた。

 

「…ティス様…ノクティス様…」

「ん…?」

自分の名を呼ぶ声が聞こえ、目を開くノクト。

そこは青い光に包まれた空間。

床も壁も、天井もない、無機質な青が広がるだけの場所。

「ノクティス様…お疲れ様でした」

「ルーナ…?」

声が聞こえた方向を見ると、そこにはあの時、自分が守れなかった女性が笑みを浮かべて彼を見ていた。

「ノクティス様。小さいころからの約束を果たしていただけたこと、感謝してもしきれません」

「…。ルーナ、俺…」

ノクトの目から涙があふれだす。

あの時、目の前で彼女を失った時のことを思い出したのだ。

「ごめん…。ごめんな。俺は、俺はルーナを守れなかった。俺が…俺が弱かったせいで、ルーナは…」

子供のように泣きじゃくり、懺悔するノクトに近づいたルーナが彼の頬を撫でる。

「なぁ、ルーナ…。ここって、死後の世界…なのか?」

「いいえ、ここは…」

「生と死の境界線…というべきだろうな」

「え…?」

ルーナの背後から聞こえた懐かしい声に耳を疑う。

彼女がノクトの横へ移動すると、その声の主の姿が見えた。

親愛なる父、レギスの姿が。

それも、見送る時に見せた弱弱しい老人の姿ではなく、幼少期にマリリスに襲われたときに自分を守ってくれた時の強くて優しい男の姿で。

「オヤジ…!!」

「すまなかったな、ノクト。あんな別れ方になってしまって…。お前につらい運命を押し付けてしまって…」

「もう、いいよ。…父親として、俺を見送ってくれた。それで十分だ…十分すぎる」

ようやく再会できたことをうれしく思うノクトだが、残念だと思う気持ちも生まれる。

死んだ2人とこうして再会する、ということは自分が死んだのと同義だからだ。

もう、あの3人と一緒に旅をすることはできないし、戦うこともできない。

レギスはそんなノクトの肩に手を置く。

旅立ちのとき、自分に優しく言葉を投げかけてくれた時と同じように。

「オヤジ…」

「お前はまだ、私たちのもとへ行く必要はない」

「…え?」

「そうです。ノクティス様にはまだ生きてやるべきことがあります。星の王としてではなく、ノクティス・ルシス・チェラムとしてのやるべきことが」

「おいおい。オヤジもルーナも、冗談きついぜ。俺はもう…」

(ノクティス・ルシス・チェラム…)

「え…?」

脳裏に自分の名前を呼ぶ声が響く。

そして、自分が手にした13本のファントムソードが3人を包む。

そのうちの11本は砕け散り、それらを所持していた歴代レギス王が姿を見せる。

(お前に、未来のルシスを託す。障壁のごとく、国民を守る賢者の魂)

(民に富をもたらす、修羅の魂)

(あまたの技術を宿す、飛者の魂)

(神凪を闇から守る、夜叉の魂)

(陰から人々を守護する、伏龍の魂)

(慈悲と苛烈を併せ持つ、鬼の魂)

(六神に忠を尽くす、聖者の魂)

(愛を貫く、闘争の魂)

(民の幸せにすべてを尽くす、慈悲の魂)

(孤高の魂で国民を導く、獅子の魂)

(矢面に立ち、勝利を呼ぶ、覇者の魂)

自らの魂の名を呼んだ王たちが青い粒子となり、ノクトの体に宿っていく。

しかし、最後のときに感じたような痛みはなく、なぜか心地よい感じがした。

そして、神凪の逆鉾を持つルーナがノクトを見つめる。

(私の魂も、常にあなたと共にいます。一緒に、光あふれる世界を見せてください」

「ルーナ…」

「私の魂は…王と共にあり、人々をいやす、神凪の魂」

そう叫んだルーナもまた青い粒子となり、ノクトの体に宿る。

「ルーナ!?…オヤジ!!」

驚きを隠せないノクトは父王の剣を握るレギスに目を向ける。

剣を持つレギスは優しく微笑んでいた。

「ノクト。もう、選ばれしものの宿命にとらわれる必要はない。お前の思うように、生きろ」

「オヤジ…」

「私も…お前とともにある。そのことを忘れるな。私の魂は…家を守り、未来へ思いを繋げる、父の魂」

自らの魂の名を呼んだレギスも、ルーナたちと同じようにノクトの体に宿る。

13の魂を宿したノクトの体が青く輝き、自分の背後には白い絨毯のような道ができる。

絨毯の両サイドには火が付いたたいまつと剣がいくつも並べられている。

「これって…」

(あなたの帰るべき場所へと続く道です)

「俺の…帰るべき場所…」

(ノクティス様…。私を愛してくれて、ありがとうございます。そして、この道の先には、あなたを愛する人が帰りを待っています。どうか、その人を幸せにしてあげてください)

「ルーナ…。けど、俺は…」

自分を愛してくれる人が何者かを聞くよりも先に、仮にその人がいたとしても、自分には守ることができないのではないかという不安が生まれる。

また、同じように失ってしまうのではないかと。

(大丈夫です。今のあなたなら…)

(お前はこの10年でとても強くなった。私を超えたのだ。恐れる必要はない)

「ルーナ…オヤジ…」

(案ずるな。もう、迎えは来ている)

「迎え…?」

白い絨毯の上を歩き、1匹の小動物がノクトの目の前まで歩いてくる。

「お前は…」

ルビーでできた角を持つ、白いフェネットのようなかわいらしい動物を見て、ノクトは思い出す。

レギスが昔、自分へのお守りとして買ってきてくれた守り神、カーバンクルのフィギュアのことを。

カーバンクルはうなずくと、ノクトを先導するかのように絨毯の上を進んでいく。

ノクトは静かに自分の左胸に手を置く。

きっと、そこに父とルーナがいるということを信じて。

「一緒に帰ろうぜ…。オヤジ、ルーナ。俺たちの世界へ」

優しく言い聞かせるように言ったノクトはゆっくりと、どこまでも続く絨毯の上を歩きだした。




まだまだ続きがありますが、今回はここまで。
近日中には続きを書いていきたいと思っています。
なお、イリスのクッキーはオリジナル設定ですので、悪しからず。


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Alternative Ending チャプター2

「ノクト…ノクト…!!」

「目を開けろ」

「おーい、生きてるでしょ!?ノクト!!」

王の間で、3人が玉座で眠るノクトに何度も呼びかける。

ノクトの邪魔をさせないため、城の前で幾百ものシガイと戦ったためか、全員傷だらけで、武器もボロボロになっている。

3人とも、シガイが消滅した後、彼の安否を確かめるために応急処置だけを済ませる形でここまで急いできたのだ。

イグニスは手袋を取り、彼の右手首に指を置く。

「脈はある。少なくとも、生きているな」

「ん、ん…」

「ああ、ノクト!!」

「みん…な…?」

ゆっくりと目を開けたノクトは3人の仲間たちに目を向ける。

「ったく、生きてんならさっさと起きろよ!この寝坊助王子!」

そういいながら、グラディオは少し力を入れてノクトをたたく。

「ほんと、よかった…!俺、せめて痛いだけでも持って帰ろうって思ってさ…だから…うう、ノクトォ、よかったーーー!!」

ボロボロ号泣しながらプロンプトがノクトの無事を喜ぶ。

「よく、生きていてくれたな」

「おい、イグニス…。その眼…」

わずかに笑みを浮かべるイグニスの顔を見たノクトは驚いた。

失明した目を隠すためにかけていたゴーグルを外していて、その眼はしっかりとノクトの顔を見ていたのだ。

「ああ。お前が力を発動したとき、強い光が起こってな。そのせいかどうかはわからないが、なぜか…な。それにしても、髭がだらしないぞ。ハンマーヘッドで整えるだけの時間はあっただろ」

「見えるようになって、いきなり小言かよ…」

苦笑いしながらも、久しぶりにイグニスの小言を聞くことができたことへのうれしさを感じた。

ふと、ノクトは自分の左胸に触れる。

服には父王の剣が刺さった時にできた穴が残っているものの、傷は消えていて、心臓も動いていた。

そして、ノクトの右手を見たプロンプトが驚く。

「どうした?」

「ノクト…光耀の指輪は…?」

「そういやぁ…!!」

ノクトの右手中指に、インソムニアに入る前に確かにつけたはずの指輪がなくなっていた。

歴代ルシス王の英知を宿し続けた指輪が失われたのだ。

しかし、一番驚くはずのノクトはなぜか冷静に自分の右手中指を見つめている。

「星の病がなくなったから、指輪も役目を終えたんだろ。いつまでも、ご先祖様に頼ってんじゃねーってことで」

ゆっくりと玉座からたったノクトだが、わずかに体をふらつかせる。

そんな彼をグラディオが右手で支える。

「悪い…」

「気にすんな。それより…こいつを」

グラディオがノクトに父王の剣を渡す。

これは眠っていたノクトの足元に落ちていたものだ。

しかし…。

「刀身が…真っ白だな」

「ああ。俺たちが入ってきたときにはこうなってた」

変化した父王の剣を見つめる。

まるで、ルーナとレギスがいつまでも自分のそばにいるという証をこれに宿してくれたかのように感じられた。

そして、玉座への階段や廊下に円陣を組むように置かれていたファントムソードは石と化していた。

「ファントムソードは、来た時にはこうなっていた…」

「そうか…。だったら、ちゃんと墓にいつか返しに行かねーとな。お…」

「ああ…」

だんだん王の間が明るくなっていく。

窓を見ると、そこにはゆっくりと上りつつある太陽が見えた。

永遠に続くと思われた夜が、一人の復讐鬼が生み出した死の世界が終わったのだ。

「太陽だ…」

「待ちに待った、太陽だな…」

「まさか、こうして自分の目でまた太陽を見ることができるとはな…」

それぞれが感慨深そうに太陽を見つめる中、ノクトはそれを見ることなく、父王の剣を見つめる。

「ルーナ…オヤジ…。見てるか?夜明けだぜ…」

「じゃ、ハンマーヘッド行こうか。これからのこと、ちゃんと考えないと」

「だな。ノクト、ファントムソードと武器をしまってくれ」

「ああ…。ん??」

普段なら、少し念じるだけで出したり消したりすることができた武器が今は何も反応を起こさない。

試しに、普段使用している武器の1つであるアルテマブレードを召喚しようと念じる。

しかし、いくら念じても何も起こらない。

「あれ?武器召喚できないの?」

「何かの阻害されているようには思えないが…」

イグニスとグラディオは帝都で武器召喚できなくなった時のことを思い出す。

しかし、今はノクトの力を阻害する存在は皆無で、妨害する可能性のあるあの男はもう死んでいる。

「まさか…!」

試しにノクトは父王の剣を近くの壁に向けて投げる。

本来なら、武器を投げた方向に自分が瞬間移動するというシフトが発動するはずだが、何も起こらない。

「ノクト、指輪もファントムソードも役目を終えたことで力を失った…。ということは、ルシス王家の血の力も…」

「…かもな」

投げた武器を拾ったノクトがつぶやく。

しかし、本来ならこの場所で自分は命を終えるはずだった。

その命をルシス歴代の王とレギス、そしてルーナのおかげで保つことができた。

その奇跡を考えたら、その代償に力を失うというのは仕方ないかもしれない。

安い買い物ではないが、高すぎる代償ではない。

「あんまり、落ち込んでねーみてぇだな」

「まぁな。…そういやぁ、グラディオ。お前言ってたな…。俺は王家の人間だって…」

「ん?ああ…」

カーテスの大皿でのことをグラディオは思い出す。

タイタンによっておこる頭痛で苦しみ、忠告を聞く余裕をなくしていた彼を叱咤したときに、彼が王家の人間であるよりも前に一人の人間だと主張した。

「けど…やっぱ俺は力があってもなくても、一人の人間だわ。婚約者一人守れねえ…みんなに守ってもらわなきゃ何も出来ねえ…ちっぽけな人間だ」

「ノクト…」

父王の剣を握るノクトが振り返り、3人をじっと見つめる。

「みんな、俺…力がなくなったから、多分もう障壁を張ることはできねーし、今まで見たいに戦うことはできねー。こんな俺だけど、これからも力…貸してくれるか?」

「…バーカ。当然だろ」

「力があってもなくても、ノクトはノクト!俺の大事な友達だから!」

「民を守ってこそ王…。障壁を張る以外にも、民を守る方法はいくらでもあるぞ。ノクト」

「みんな…」

問われるまでもないというかのように、3人全員がノクトを助けると言ってくれた。

それがとてもうれしくて、涙が出てきてしまう。

「さあ、帰るぞ。ノクティス王。生きて帰った以上、やることはたっぷりあるぜ」

「そうそう!王都とカーディナ、廃墟になったところを復興させていかないと」

「げー…」

「心配するな。俺たちも手を貸す。誰もお前ひとりでこんな大仕事をさせないぞ」

「とーぜん。…ルシス再建か。こりゃ、星の病を消すよりも大変そーだな」

冗談半分でつぶやき、ノクトはゆっくりと階段を降りていく。

グラディオ達もノクトについていく形で降りていく。

4人が出て行った王の間には、静寂が返ってきた。

あの男が玉座でふんぞり返っていたときのころにはない静寂が。こうして、だれ一人いなくなったこの部屋の中に、青い幻影が2人現れる。

(あなた…もう、いいのね)

(ああ。これからは…ノクト達若者の時代だ。私たちは見守るとしよう)

(うふふ…)

2人の幻影が静かに姿を消した。

暖かな太陽の光に包まれて、息子たちの未来に幸あれと祈りながら。

 

タルコットのトラックがハンマーヘッドに到着する。

長い間見ることのなかった太陽にハンター達の中には涙を流しながら見ている人がいる。

(…二度と、ここに来ることはねえって思ってたけどな)

旅をはじめ、いきなり父の愛車であるレガリアを壊してしまい、仲間と助け合ってここまで押したときのことをお思い出す。

幸先の悪いスタートを飾り、さらにはレガリアの修理代でせっかくレギスからもらった旅費を使い果たしてしまった。

その結果、ハンターとしての仕事で旅費を稼ぐようになり、長い旅の中で生きる手段を得ることができるようになった。

そんなことを思い出しながら、4人はトラックから降りる。

「おお、ノクトか…」

「あ、シド…」

降りたノクトのもとへ、シドが近づいてくる。

自分が姿を消している間に何度か体調を崩したという話は聞いており、そのせいか、杖をついて歩いている。

また、視力も衰えてしまったためかノクトの顔を見るときは何度も目を大きくさせたり、小さくさせたりしていた。

「ふん。ようやく威厳が多少ある顔にはなったか。ま…よく帰ってきたもんだ」

「ああ…。ただいま」

「よく戻ってきたな。みんな」

シドに続いて、食堂の中にいたコルがノクト達を出迎える。

決戦前のハンマーヘッドには、シガイ退治の依頼をこなすためにハンマーヘッドから離れていた。

「よぉ。老けたな、コル」

「10年、経ったからな。お前に関しては、陛下に似てきた」

満足げにほほ笑むコルの顔は年齢が50を超えたせいか、しわが増えており、若干腕や足も細くなっている感じがした。

それでも、不死将軍と称された彼の実力は衰えておらず、グラディオ曰く、年を取るほど強くなってるらしい。

そんな彼が、ノクトの前でひざまずく。

「星の病を癒し、ルシスを…世界を救っていただけたこと、感謝します。…陛下」

「おい、コル…。やめろって」

「これは、俺なりのけじめだ」

いつもの口調に戻ったコルが立ち上がると、ノクトの肩に手を置く。

「お前は陛下を越えた。今のお前なら、立派にルシス王国を再建できる」

「超えたって…。もうシフトも武器召喚も魔法も…」

「それについては、電話で聞いた。だが、それを抜きにしても、お前は立派に役目を果たし、それだけではなくここに戻ってきてくれた。それだけでも、お前は十分に陛下を越えている。きっと、草葉の陰で陛下もお喜びになられていらっしゃるだろう」

「まぁ…そういわれたら、悪い気はしねーけど…」

まさかここまでコルに褒められる日が来るとは思わなかったノクトは照れ隠しに頬を人差し指で掻く。

「レスタルムへ戻るぞ。イリスやモニカ、皆がそこに集まっているという連絡が入った。タルコット、疲れているところ悪いが、引き続き運転を頼む」

「わかりました、コル将軍」

コルが一足先にトラックへ向かう。

そして、なぜかハンター達もトラックに乗り込み始めた。

「シドの爺さん…これで」

「ああ。今度また遊びに来い」

「そうさせてもらうさ」

それだけ言い残すと、コルはトラックに乗り込み、タルコットがすぐに発射させる。

トラックは西に出ると、そのまままっすぐレスタルムへと向かっていった。

「あれ…?俺たちは…??」

コルたちを思わず見送ってしまったプロンプトがはっとしたように言う。

今、ハンマーヘッドにはあのトラック以外に乗り物はない。

チョコボを呼ぶにも、チョコボポストが稼働していない今では呼ぶこともできない。

ノクト達は途方に暮れる。

「ふんっ、ルシス王国第114代国王がそんな車で凱旋するわけにはいかんじゃろ」

「シド…?」

「お前たちにはそれ以上にふさわしい車がある」

そういって、しまっていたガレージのシャッターを開ける。

「ああ…」

「おい、こいつは…」

「懐かしいな」

ガレージの中にあるのは両サイドにレギス王国の国章が刻まれた黒い高級感のあるオープンカー。

旅の始まりから帝都への突入まで、常にノクト達の足としてともに走り続けた、ノクトと4人目の仲間。

「レガリア…」

「アラネアって女が回収してな。まったく、こいつを直すのにどれだけ時間がかかったか…。ついでに、お前たちが基地で奪ったパーツ、そしてあの嬢ちゃんが持ってきてくれたパーツを使って、ちょっとした機能ができた。きっと、驚くぞ」

ノクトに説明書を渡すと、少し疲れたといって、シドはガレージのそばにあるいつもの特等席に腰かけ、眠ってしまった。

説明書のタイトルは『王の翼 レガリア TYPE-F』と記されていた。

ナンバープレートの番号はRHS-114に変わっている。

「おかえり、レガリア…」

そっと車体を撫でたノクトはさっそく運転席に乗ろうとするが、イグニスが彼の右肩に触れる。

「俺が運転する」

「いいのか?」

「もう目は見える。それに、昔のようなドライブをしたいからな」

「だな…頼むぜ、イグニス。ブランクあるからって言って、事故るなよ?」

へっと笑ったノクトはグラディオと一緒に後ろの座席に座り、プロンプトは助手席、イグニスが運転席に乗る。

これがいつものポジションで、もう2度と繰り返すことがないと思われた旅の中の日常。

それを取り戻した幸福をかみしめつつ、イグニスはエンジンをかける。

「この振動、座席の感覚…。同じだ…」

「そういえば、シドはちょっとした機能を付けたって言ってたな。…ん??飛空艇モード??」

「ええ!?レガリアで空飛べるの!?」

「それはレスタルムについてからテストしよう。今はいつも通り、路上を走るぞ」

そういって、ハンドルを握ったイグニスはアクセルを踏む。

王権を象徴する黒き名馬は長い時を経て再び主の元へ戻り、再びアスファルトの道を走り始めた瞬間だった。



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Alternative Ending チャプター3

「んん…」

「おい、ノクティス王子」

後部座席で隣に座るグラディオが目を覚ましたノクティスに声をかける。

目を覚ましたばかりで体にだるさを覚えた彼はゆっくりと体を伸ばす。

「しっかりと目を覚ましておけよ。帰ってきた王様がグースカ寝てたら示しがつかねえからな」

「もう…ダスカか…」

寝る前までは砂と岩の多い荒野、リード地方だったが、目を覚まして見えるのは草原と森、大きな湖。

まだ真夏のような暑さを感じないことから、ダスカ地方だということがわかる。

「まだレスタルムまでは距離がある。どこか標で休みを取ろう」

「うん。けどシドって準備がいいよねー。キャンプ用品があるし、それにカップヌードルも」

「おお!!カップヌードルか。久しぶりだなぁ!!」

「まぁ…たまに食べるなら…」

インスタント食品にあまり手を出さないイグニスでも、グラディオの影響で少しはカップヌードルに興味を持つようになった。

極上のカップヌードルを作るために、仲間たちで協力して情報を集め、苦労して手に入れた食材を使って改造したことを思い出す。

それにより、カップヌードルがどれだけ完成度の高いものかというのが分かった。

ちょうど、レスタルムへの道の途中にある標に到着する。

シガイが消滅したといっても、魔物が根絶されたわけではない。

自然の摂理に従い、生きている数多くの生き物や魔物がいる。

中には人を襲う魔物も。

だから、旅人の避難場所・休憩場所としての標の価値が変化することはない。

炭とマッチ、ポッドと水が入ったタンクを持ち出したノクト達は標に入り、そこで食事の用意をする。

グラディオが火をおこし、イグニスがポッドに水を入れる。

ノクトは4人分の椅子を用意し、プロンプトは準備中の3人の写真を撮る。

テントを設置する必要がない分、かなり準備時間を短縮できた。

すでにカップヌードルに湯が入り、3分待てば至福の時が来る。

「カップヌードルか…。懐かしいな」

「久しぶりだなぁ…。こうして昼にキャンプをするのって」

「キャンプっつっても、テントが足りねーけどな。つーかプロンプト、ちゃんと時間は買ってるんだよな?」

「大丈夫大丈夫。スマホにはタイマーがついてるし、あ…」

3分経ったことを告げるベルが鳴り、プロンプトは急いで折り畳み式テーブルの上に置いてあるカップヌードルを3人に配る。

ふたを開けると、醤油ベースのスープの匂いが4人を包み込んだ。

「んじゃ、いただきます」

「…。いくらうまいからといって、これだけでと栄養が偏る。レスタルムで野菜を調達したら、サラダにして食べるぞ」

「うげ…」

「王に就任するお前がいつまでも野菜嫌いだと、国民に笑われるぞ」

「わかってるよ…」

「次に作るサラダはずっとおまえにも食べられるようにと試行錯誤してきた自信作だ。きっと、お前もお替りしたいと思うさ」

わずかに笑みを浮かべたイグニスは麺をすする。

サラダの話を聞いたグラディオは思い出したかのように口を開く。

「そういやぁ、あのサラダ旨かったよな。肉を食べているような感じがして、すげーびっくりしたぜ」

「俺も俺も!まぁ、その時はそれ以上にイグニスは失明しても料理が作れるってことの驚きのほうが大きかったけど…」

「いつも俺が料理をしていたからな。今でも目を閉じたまま料理を作れる自信がある」

「いや、それはもう結構だ」

「ごっそさん」

3人が話している間に、食べ終わったノクトはスープを捨てる水を入れる用のタンクの中に入れる。

「あれ?ノクト、スープ飲まないの?」

いつもなら、スープも飲み干すのだが、この変化にプロンプトがびっくりする。

「塩分は必要最低限にしねーとな。王がすぐに病気でぶっ倒れたら話にならねーだろ?」

 

カップヌードルを食べ終え、4人は再びレガリアに乗る。

「じゃあ、出発するぞ?」

「いや、待ってくれ。ちょっと気になるんだよな…」

「何がだ??」

「何かが足りねーんだよ。カップヌードル食い終わってからずーっと気になって…」

考え込むノクトに3人は首をかしげる。

1分程度悩み終えたノクトはようやく何が足りないのかを思い出した。

「そうだ、イグニス!メガネだ。メガネが足りねーんだよ。あー、すっきりした」

「…そういえば、そうだったな」

目が見えるようになり、ゴーグルを外したイグニスはすっかりメガネのことを失念していた。

もともと視力が良好なイグニスにはメガネは必要ない。

しかし、あいまいに見えたりするのが嫌だと思っているため、普段はメガネをかけている。

ゴーグルについては失明した自分の目を隠すためのものでしかない。

イグニスは服のポケットに入っている自分のメガネを手に取る。

昔からかけていたメガネで、ゴーグルをつけるようになった後でも、どうしても手放すことができずにそのまま持ち歩いていた。

イグニスはメガネをかける。

「お…やっぱイグニスはメガネをかけてねーとな」

「…。褒めの言葉として受け取っておく」

フッと笑ったイグニスはレガリアを発進させた。

 

夕方になり、レガリアはレスタルム北の駐車場に止まる。

「うわあ、集まってるー!」

「ま、この地方で機能している一番大きな都市はレスタルムだからな」

歩道や建物の屋上、そして建物の窓から多くの人々が夕日を見つめている。

再び戻ってきた太陽、そしてこれから始まるシガイなき優しい闇と月の白い光に満ちた夜を。

中には太陽がなくなった後で生まれた子供たちもいるようで、彼らは近くの大人や親に太陽のことを尋ねていた。

「あ…」

ノクトは展望公園のほうに目を向ける。

崖側にある手すりをもって、夕日を見つめている黒いTシャツと黒と緑を基調としたフレアスカートを着た、茶色がかった黒い髪の女性がそこにいる。

「おい、ノクト。どうしたんだ」

「ノクト…?」

「ああ、悪い。ちょっとそこで待っててくれ」

理由も言わず、ノクトは展望公園へと走っていく。

そして、その女性の後ろで立ち止まり、声をかけようとする。

ノクトはその女性が誰であるかを確信している。

彼女がまだ生きているということはタルコットから聞いているが、今の彼女の服装や髪形などについては何一つ聞いていない。

しかし、その女性から感じる面影。

その面影を見せる女性は一人しかいない。

「イリス…」

名前を呼ばれた女性はびっくりしたかのように体をわずかに振動させる。

そして、ゆっくりとノクトに振り返る。

10年前からずっと会っていない彼女の姿を正面から見たノクトは息をのむ。

自分の知っているイリスはいつも前向きで、お転婆な少女だった。

そのお転婆な面影を残しつつ、ルーナのように年頃の女性の美しさを併せ持つようになっていた。

「ノク…ト…」

「10年ぶり…で、いいんだよな?」

わずかに視線をそらし、頭をかきながら確認するように言う。

じっとノクトの顔を見たイリスはしばし呆然としていたが、だんだん表情が崩れていく。

両目には大粒の涙がたまり、我慢できなくなったイリスはノクトに抱き着く。

「ノクト…ノクトォ…!」

「ごめんな、イリス。心配かけて…」

抱き着き、胸に顔を押し付けて泣くイリスに言葉をかけるが、両手は伸びたままになっていた。

(抱きしめて…差し上げないのですか?)

後ろから最愛の女性の声がノクトの耳に届く。

振り返ることなく、ノクトはその声に対して、イリスに聞こえないくらい小さな声で答える。

「俺は、怖いんだ。オヤジやルーナ…。また、守れなかったらって思うと…」

ノクトの脳裏にルーナが死ぬ光景が浮かぶ。

そして、そこでこれから死のうとしているルーナがなぜかイリスと重なって見えてしまう。

「ノクト!もう、会えないって思ってた。ノクトが自分の命を捨てて、シガイを滅ぼさなきゃ、世界は救われないって聞いた時は…とっても悲しかったの!」

「イリス…」

「けど、帰ってきてくれた…。世界を救って、帰ってきてくれた。それだけでも…それだけでも嬉しい!!」

「イリス…俺は!」

「ルナフレーナ様に悪いっていうのは分かってる!けど…もう、我慢したくない!私は…ずっとノクトのことが大好きなの!」

イリスの告白に、ノクトの赤い瞳が揺らぐ。

小さいころに、テネブラエでルーナに会ってから、ノクトの中には彼女以外の女性がいなかった。

そのせいか、王都にいたころはほかの仲間とともに頻繁に顔を合わせ、いろいろと手助けをしてくれた。

高校生になり散らかし放題のだらしない一人暮らしをしていた時も、彼女が家を訪ねて「たまにはイグニスに褒められるくらいのことはしないと」と言って、片づけを手伝ってくれた。

また、イグニスが来れない日には習いたての料理を作ってくれたこともあった。

グラディオの特訓を受け、疲れ果てた彼に飲み物をもってきてくれたりもしていた。

その時のノクトのイリスに対する認識は単なる仲のいい年下の友達だ。

しかし、ルーナを失い、そして今イリスに告白されたことは彼にとって衝撃だった。

そして、あの時に抱いたトラウマがよみがえってしまう。

「ルーナを守れなかった俺に…人を好きになる資格なんて…」

確かに、イリスの思いを受け止めるのも一つの道だとは思った。

だが、ルーナを守れなかったことという過去がノクトの大きな枷となっていた。

実を言うと、死を覚悟して玉座で王の力を発動したときも、ルーナに会えると思うと市への恐怖が若干薄れていた。

しかし、今はルーナや父親などのおかげでこうして生きている。

それは仲間と共に生きていけるという意味であるが、ルーナに会いに行けないという意味でもある。

仮にあるかもしれない死後の世界でルーナに詫びることもできなくなった。

その過去に苦しむノクトにその声は優しく言葉をかける。

(簡単なことです。ただ…抱きしめてあげてください。ノクティス様のぬくもりを、イリスさんに感じさせてください。私の愛するノクティス様なら、それができるはずです)

「ルーナ…」

「ノクト…」

ゆっくりと胸から顔を話したイリスはじっとノクトを見つめる。

何も話さず、何も反応を見せないため、自分のことが好きではないのではと思い始める。

「そう、だよね…。急に言われても、困っちゃうよね。ごめん、さっきの言葉は忘れ…」

無理に笑顔を作り、離れようとしたイリスをノクトは力の限り抱きしめる。

急に抱きしめられたイリスは顔を真っ赤にする。

「そ、そんなノクト!?だ、だ、大胆!大胆だっ…て…」

自分の頬に熱い滴が当たる感触がする。

それがすぐにノクトの涙だということに気付いた。

「泣いてるの?ノクト…」

「うるせえな。かっこ悪いから、黙っておいてくれよ…」

わずかに声を詰まらせつつ、悪態をつきながらも抱きしめるのをやめない。

「…うん」

これ以上、いうのをやめたイリスもノクトを抱きしめ返す。

(もう、なくしたりしない。もう…見失ったりしない。俺の…大切な人…)

しばらく抱き合った後、ゆっくりと2人は互いの瞳を見つめあう。

(あ…)

ノクトの瞳を見たイリスはわずかに驚きを見せる。

先ほどまでは赤くなっていたノクトの瞳の色が、昔のような黒に戻っていく。

そして、ノクトの後ろにいるルーナの青い幻影を見つめる。

(イリスさん。ノクティス様のことを…どうか、よろしくお願いいたします)

優しいほほえみを浮かべ、イリスにそういった幻影は静かに消えていく。

「あれって…」

「どうした?イリス」

驚くイリスにノクトは静かに尋ねる。

といっても、ノクト自身も先ほどイリスが何を見たのかはわかっている。

あえて、気づかないふりをしている。

「…ううん、なんでもない」

首を横に振り、そういうと、イリスは目を閉じてゆっくりとノクトに唇を重ねる。

キスをされ、目を大きく開くノクト。

恥ずかしがっているのか、両腕がイリスから若干離れ、ぎくしゃくしている。

しかし、それもわずか数秒のこと。

ノクトはゆっくりと目を閉じ、両手はゆっくりとイリスを包み込んでいた。

 

そんな2人の姿を3人の友人が駐車場から見ている。

ついでに、プロンプトはこれをフラッシュなしで撮影済みだ。

「いいのか?グラディオ」

メガネの位置を整えたイグニスが隣のグラディオに尋ねる。

イリスの兄であるグラディオは彼女をかなり大切に思っている。

ノクト自身も、イリスと2人っきりで出かけたときにはグラディオに殴られると思っていた。

だが、今のグラディオは笑みを浮かべながら2人を見ている。

「あれー?ノクトを殴りにいかないの?」

「バカ言え。ルナフレーナ様を失ったとき…あいつはずっと自分のことを責めていた。きっと、目覚めて俺たちと再会した後もずっとな…。あいつはああ見えて責任感の強いやつだ。きっと、もう誰かを好きになる資格はないって思ってたんだろう。そんなあいつがまた誰かを好きになる…今のあいつにとって、すごい勇気がいることじゃねえか。そんな勇気を出したノクトがすげえなって思ってよ」

「まぁ、確かにな…」

「それに、イリスがずっと一途に思っていたんだしな…。今は譲ってやるが…まぁ、結婚するときには少なくとも俺に勝てるぐれーにはなってもらわねえと…な!」

そういって、後ろを向いたグラディオを見て、ふっと笑ったイグニスは彼の肩に手を置く。

「飲みに行くか?今回だけは付き合うぞ」

「ああ…。どっかのバーで飲もうぜ。ルシス奪還記念パーティーだ…」

そういって、真っ先にグラディオが駐車場を後にする。

カメラを持ったまま二人の会話を聞いていたプロンプトはイグニスに尋ねる。

「ねー、今グラディオ…泣いていた、よね??」

「…」

「…そっか。じゃ、グラディオの酒代は俺たちで持とうか。ね?」

「そうだな。王はいま、大忙しだ。今は俺たちがグラディオの面倒を見ないとな」

「そーそー!そうだ、行きがけに名物のケバブを買ってぇ…」

2人もまた、これからどうしようか話し合いながら、駐車場から出て行き、グラディオと共にレスタニアの街中に入っていった。



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Alternative Ending チャプター4

星の病が消え、レスタルムでノクトがイリスと再会してから、半年が過ぎた。

レスタルムでは相変わらずメテオを動力源とした工場を稼働し続け、たくましい女性たちはこの暑い土地の中でも極めて暑いその空間で力強く勤労に励む。

そして、そこの南部にある、イオス各地に点在するホテルチェーンのリウェイホテル最上階でも…。

「おい、ノクト。ここの文章、おかしくないか?」

「んー…?」

書類とファイルの山に挟まれた状態で椅子に座るノクトが机に顔を突っ伏したまま、イグニスの言葉を聞いている。

暑いためか、2人とも上着なしの王都警備隊の服を着用している。

「まったく…。明日はレスタルムにできた、アーデン戦役の慰霊碑の除幕式典だぞ?そこでお前が演説をすることになっている。これでは…」

「はいはい、わかってるよ。これから書き直す」

イグニスから演説用の文章が書かれた紙を強引にとり、再びそれとにらめっこし始める。

なお、アーデン戦役は40年前のニフルハイム帝国による侵略戦争の開始から半年前の星の病の消滅までの一連の事件の総称で、名前はノクトが決めた。

この暗黒の時代の原因を作り、ルシス王家を世界もろとも滅ぼそうとした男の名をあえて入れることで、この不幸な歴史を忘れないようにできればと考えたのだ。

「そういやぁ、イグニス。王都復興計画はどうなってる?」

「ああ。先日、協定を結んだアコルドからの支援もある。1週間後には工事の主な計画を練り始める。だが、シガイと帝国による襲撃で受けたダメージは大きい、復興が終わるまでは…」

「最低でも、10年だろうな…」

「ああ…」

ノクトが第114代国王として、再びルシス王国は復活を果たした。

しかし、王都インソムニアは廃墟と化し、現在現存している大きな都市はこのレスタルムだけだ。

そのため、現在はこのホテルの一室で政務をとっている。

残っている問題はこの王都の復興だけではない。

10年前に研究所で発生した事故により、皇帝を含めた要人が死亡し、帝国はあっけなく崩壊した。

そして、シガイがいなくなったことで今まで隠れていた祖国奪還の声が大きくなった。

その結果として、いち早くアコルドとテネブラエが独立を果たした。

ただ、問題なのは帝国の本領に住んでいるニフルハイム人だ。

一度の政府要人を失っただけでなく、シガイによって人口の半数が死亡している。

そのため、現在は無政府状態となっており、どうにか皇帝による独裁制の廃止は一致したものの、他国と強調する道を取るか、それとも皇帝の遺志を継ぎ、世界の覇者となるために動き出すかで意見が二分している。

そして、それによる内戦で難民となった人々はアーデン戦役の原因を作ったニフルハイム人として、受け入れられず、もしくは受け入れられたとしても社会の最底辺で生きていくことが余儀なくされる。

星の病がなくなったとしても、すべてが元通りになることはない。

なお、ルシス王国はアコルドだけでなく、テネブラエとも協定を結んでいる。

世界を救った星の王と神凪に深い縁を持つ国家同士が互いに助け合い、復興を進めていくという内容だ。

テネブラエについては、帝国から例外として自治が認められていたため、独立後の統治機構の基礎作りは比較的容易だった。

しかし、ここを統治していたフルーレ家はルーナとレイヴスの死により、相続者不在という状態となった。

一度は婚約者であるノクトがテネブラエ国王を兼任してもらおうという意見もあったものの、ノクトは即刻拒否した。

テネブラエのことを考えるのであれば、テネブラエで生まれ、生きる人々が決めるべきであり、縁があるとはいえ、別の国の出身である自分が決めるわけにはいかないというのが理由だ。

なお、フルーレ家は遠縁にあたる少女が相続することになり、ゲンティアナが後見人となることで調整されることになった。

ただし、神凪は国家の象徴として扱われ、政務は新しく作られる議会で行われることになるとのことだ。

アコルドはリヴァイアサンが原因で街に被害が出ているものの、幸運にも比較的にシガイによる被害が小さく、ある程度復興支援については余裕がある。

ルシスとテネブラエとは異なり、国のトップである王家が機能していたためだろう。

ほかにも、食糧問題や予算づくり、そして大臣の選出など、問題は盛りだくさん。

その中でも、ノクト達を悩ませているのは…。

「王の剣をどうするか…」

帝国によって滅ぼされた国の難民たちによって結成された王の剣。

その体調であるドラットーによって、レギスは殺されたという情報は王の剣の生き残りから伝えられた。

彼の話によると、ルーナから王都から連れ出してくれたのは彼と彼の盟友であるニックスだ。

なお、ニックスは歴代王と取引をし、その力でレギスの敵を討った。

そして、その力の代償はニックスの命で、彼は夜明けと同時に死亡した。

彼はその後、王都を離れてまるで死に場所を求めるかのようにハンターとして無茶なシガイ退治を繰り返し続けた。

そして、先日ノクトの元を尋ね、王都で起こったすべてを話し、自分にけじめをつけてほしいと言ってきた。

この対応によって、ルシス王国の中での難民たちに大きな影響を与えることになる。

王の剣がルシス王国の自営に大きな影響を与えたこともまた事実なのだから。

「ふうう…」

悩んでも答えが出ないため、ノクトはスマートフォンをいじり始める。

プロンプトの誘いによって、ノクト達が全員やり始めた『キングスナイト』というゲームだ。

普段なら注意をするイグニスだが、今回だけは見逃していて、書類の山から何かを探すふりをしてくれている。

しかし…。

「こらー!仕事中にゲームをするなー!」

「痛っ!?」

頭を殴られたノクトはスマートフォンを置き、頭をさすりながら自分を殴った女性を見る。

彼女はちょっと困った表情を見せながら、右手には方の崩れたクッキーが乗った小さな皿を持っている。

「イリス…」

「もう…せっかく疲れているノクトを元気づけようとクッキーを持ってきたのに」

「はぁ、わかった」

「クッキー、俺ももらっていいか?」

「だめだ。俺の喰う分が減る」

「ふっ、そうか…」

メガネの位置を直し、笑みを受けべる。

そして、ノクトはゆっくりとクッキーを食べ始めた。

「オヤジだったら、どうしたんだろうな…」

机の上に置かれている写真立てに入っているレギスとルーナの写真を見る。

彼はすでにあの男をどうすべきか、選択肢を絞り切っていた。

あとは、その選択をするかどうかだけだ。

「ノクト、本当にいいのか?」

ノクトの目を見たイグニスは彼から答えを聞こうとせず、ただ確認するかのように尋ねる。

幼いころからの知り合いである彼にはその選択肢がわかっているのだ。

「ああ…。イリス、クッキーありがとな」

「ノクト…。うん、また作るから」

笑みを浮かべたイリスを見つめ、ノクトも笑みを浮かべた。

 

そして、翌日…。

レスタルム展望台北西部に新しく作られた広場に多くの人々が集まっていた。

展望台だけでは入りきれないのか、駐車場や路上にも人がいて、そのため道路は交通規制がかけられた。

そして、新しい広場にはいくつか白い幕で隠されたものが列となって並んでいて、その前にはノクトとグラディオ、プロンプト、イグニス。

イリスやコルなど、ノクトの旅にかかわった人々がいる。

その1人であるシドニーの手にはシドの遺影が抱かれている。

シドはノクト達がレガリアでレスタルムに戻ったのを見送って、すぐに亡くなったと戻っていたシドニーがノクト達に伝えた。

アーデン戦役の終結、そして再び上ってきた太陽を見て、ノクト達を見送ったためか、とても満足げな死に顔だったという。

ちなみに、最近になってプロンプトとシドニーが交際を始めたとのこと。

また、元帝国軍で現在は傭兵部隊を率いているアラネアにもノクトは連絡を入れたものの、堅苦しいのは苦手だという理由で欠席した。

そして、ノクトは設置されている演説台に立つ。

「ルシス王国の皆、そして難民の皆。俺は第114代ルシス王国国王、ノクティス・ルシス・チェラム。長きにわたるアーデン戦役が終わり、こうして皆の前でこうして話すことができること、俺はとてもうれしい。そして、アーデン戦役を終えることができたのは、ここにいる皆、そして遠くへ行ってしまった人たちのおかげだ。1人でもかけていたら、きっとあの暗黒の時代は永久に続いていただろう。だから…ありがとう」

集まっている人々に向けて、ノクトはゆっくりと頭を下げる。

しばらく頭を下げた後、ノクトは演説を続ける。

「そして、俺たちがこのアーデン戦役で失ったものはあまりにも多い。父であるレギス・ルシス・チェラム。神凪の一族であるルナフレーナ・ノックス・フルーレ、レイヴス・ノックス・フルーレ。ニフルハイム帝国皇帝イドラ・エルダーキャプト。敵味方関係なく…。そして、シガイによって絶滅してしまった生物もいる。今、ここにいる皆にも、失ってしまったものがあるだろう。その中にはまだ取り戻せるものがあるかもしれない、だが…もう取り戻せないものもあるかもしれない」

ノクトを含め、演説を聞く一人ひとりが失ったもののことを思い出す。

親や兄弟、子供、恋人、恩師や友人、故郷…。

思い出している人々の中には涙を流す人もいる。

「しかし、俺たちはまだ生きている。俺たちはこれからもこの太陽が戻った世界で生き続ける。そして、もう2度とあの悲劇を繰り返さないために、そして平和な世界を築くために、歩み続けることをやめないとこの墓碑銘に誓う!」

白い幕が一斉に外される。

そこにはいくつもの石碑があり、それらにはこのアーデン戦役で亡くなった人々すべての名前が刻まれている。

帝国、ルシス、アコルド、テネブラエ、そしてそのほかの国の犠牲者の名前も誰一人差別することなく刻まれた。

ノクトは後ろに振り向き、墓碑銘に向けて敬礼する。

グラディオ達もノクトに倣う。

敬礼を終え、再び人々に目を向けた。

「だが、それを為すには俺たちの力だけでは不可能だ。皆も知っての通り、俺はルシス王家の受け継がれてきた力をすべて失った」

そのことはノクト達がレスタルムに戻った後、すぐに公表されている。

当初は国防などに心配する声が上がったものの、現在ではある程度受け入れられている。

「いや…たとえ力が残っていたとしても、不可能だということは変わりない。だから、皆にこの誓いを果たすための力を貸してほしい。ほんのわずかでもいい。ほんの一粒の砂が集まって砂漠となるように、一滴の水が集まり海となるように、微力でも集まることで巨大な力となる。その力で平和な世界を作ることが…ただ、それだけがいなくなってしまったやつらに対する供養だ!」

演説が終わり、疲れ果てたのか、ノクトはハアハアと息を整える。

そして、群衆の中から小さな拍手の音が聞こえ始める。

それに反応するかのようにまた別の人が拍手をし、さらにまた別の人もそれに倣う。

「ノクティス様ー!」

「俺の力も使ってくれー!」

「私も恋人を失いました…。彼の分も力を尽くします!!」

「このおいぼれの力でもよろしいのなら…」

ノクトに賛同する声も拍手の中から聞こえ始め、最終的に全員が拍手をする。

「みんな…」

「ノクト!!」

台から降りたノクトにイリスが抱き着き、その勢いで彼はあおむけに倒れてしまう。

「イ、イリス…!?」

「かっこよかった!さすが、私たちの王様!」

「ちょっとはマシになったんじゃねえか?」

「上出来だ、ノクト」

「けど最後にこれはかっこ悪いなー」

「るせー…ってか写真撮るな、プロンプト!!」

ノクト達の声は群衆の拍手と歓声によってかき消される。

そして、それは数分間やむことはなかった。

 

そして、とある平和な一日の王都北部…。

「爺さん。ここが俺のご先祖様の墓…?」

そこにある歴代ルシス王の墓の入り口にたどり着いた一人の青年が、真っ白な髪で左肩に盾、右肩に剣を模したエンブレムが刻まれた黒い服を着た、真っ白な坊主頭をした80代近い年齢の老人に尋ねる。

青年も老人と同じ服装をしていて、髪形はノクトと同じで、両腕にはリストバンドをつけている。

「そうじゃ、ここには100年前、世界に平和をもたらした王が眠っておられる」

懐のポケットから鍵を出した老人がゆっくりとカギを開け、扉を開く。

そこには3人の男の像と2つの棺が置かれていた。

それらの棺はそれぞれ、男性と女性を模した像のような形となっており、男性の棺の右手中指には水晶のように透き通った指輪がはめられている。

彼は歴代王子の慣例として、20歳の誕生日を迎えると同時に各地の歴代王の墓をめぐる旅に出ることになっている。

その時は父親の愛車を借り、信頼する仲間と共に各地を回る。

しかし、それ以外に渡されるのは武器と王都警備隊の服、そしてわずかな路銀(現在、王都と王都の外の通貨制度は統一されていて、共通通貨のギルが採用されているが)だけで、金を得るためには仕事を請け負う必要がある。

彼自身も、仲間と共に各地の歴代王の墓をめぐってきて、最後にこの墓にたどり着いた。

仲間を家族のもとへ帰らせ、ここには幼いころから教育係として自分を成長させてくれた老人と一緒に来ている。

「第114代国王、ノクティス・ルシス・チェラム様…。彼は星の王として、世界からシガイを消滅させた後、廃墟と化した王都を復興させ、更には王都内と外の交流を円滑化し、王都の技術を外に伝えるだけでなく、外の新しい発想を取り入れて、新たな技術革命の時代をもたらした。また、かつて父であるレギス・ルシス・チェラムを殺した王の剣の罪を許し、王の盾と王の剣を統合した新たな部隊である王の騎士を作り、ニフルハイム帝国によって滅ぼされた国々の復興にも力を入れ、奪われた領土も取り戻した。それと同時に、たとえ一般市民であっても、実力があれば重役として取り立てることができるシステムを作り上げた」

「で、その第1号が…この人かい?」

銃を持った男の像、プロンプト像に青年は指をさす。

彼はルシス王家直属の技術開発部に入り、障壁に代わる新しい国防のシステムの構築に尽力した。

そして、引退後は王都を出て、妻と共にハンマーヘッドで商売をする傍ら、未来の科学者たちの指導に取り組んだ。

グラディオは王の騎士の2代将軍となった。

初代であるコルの指名という形だ。

ルシス国民と難民の混成部隊をまとめ上げ、新しい国防の歴史の1ページを刻み、復興した国の軍事指導のために各地を飛び回り、生涯現役を貫いたという。

イグニスは宰相となり、常に王のそばで献策し続けた。

また、引退後はレストランを開き、アーデン戦役中に知り合い、結婚した一般市民と共に、孫や近所の子供に料理を教え、ささやかだが幸福な日々を過ごした。

「レギス王の時代まで、王は障壁を張るために命を削っていたことは知っておるね?」

「はい」

「だが、ノクティス王は星の王としての務めを果たすと同時に、歴代王家の力を失った。そのおかげか、彼はこれまでの王の中では最も長生きな84年の大往生を遂げ、そしてこれまで不可能であった息子への譲位まですることができた。そして、ノクティス王の隣で眠るのは…」

「イリス・アミスティア・チェラム…ですね」

そっと彼女が眠る墓を青年は撫でる。

彼女はアーデン戦役終結から3年後に結婚し、夫であるノクトの王としての仕事を陰で支え続けた。

夫の死後は彼の生涯を本にまとめ、90歳で愛する彼のもとへ旅立った。

そして、ノクトの墓の指輪に目を向ける。

「じいさん、どうしてノクティス王だけ、ファントムソードが武器じゃなくて、指輪なんですか?」

「彼は終生、他者とのつながりを大切にしてきた。本来なら王だけが眠っているこの墓に、妻と共に眠っている…。それ自体、当時は異例の話じゃった。そして、兵士の彫刻を多く掘るのではなく、共に戦った3人の仲間の像を3つ置かれた。彼らに守られたほうが安心して眠ることができる、といってなぁ」

懐かしそうに笑いながら、老人はタッパーを開け、その中にあるお菓子を青年に渡す。

それは幼少期にノクトがテネブラエで食べた、あのお菓子だ。

「ノクティス王は生きている人だけでなく、死んだ人との絆も大切になさっておった。特に父親や最後の神凪であらせられるルナフレーナ様に対しても…。このお菓子を食べるときは、いつも2人のことを思い出すとノクティス王はおっしゃっていた」

「そっか…。確か爺さんは…」

青年は彼が老年のノクトの時代から王家につかえているということを思い出した。

老人はノクトの息子の友人となり、そして彼の子供と孫の教育係となった。

そして、孫がこの青年だ。

「ノクティス様は世界を救うだけでなく、ルシス王国の新たな基礎を築き上げた。それも、多くの人々と力を合わせることで…。じゃから、ノクティス様のファントムソードは武器ではない。人との絆を象徴する指輪、絆王の指輪なのじゃ。ヴィーテ・ルシス・チェラム」

「絆…か…」

指輪をじっと見た後、ヴィーテと呼ばれた青年は出口の前に立つ。

「…。パーチム・ハスタ爺さん。俺…ノクティス王のような王になりたい」




かなり駆け足になりましたが、Alternative Ending Final Fantasy XVの本編はここまでになります。ここからいろいろとサイドストーリーをかいてみたいと思っています。まだまだ未回収の設定もありますので…。


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Last Episode プロンプト

再建が果たされた王都インソムニア3階に置かれている人事室で、黒い服を着た男が書類にハンコを押す。

「休暇申請、これで確かに受理いたしました」

「ありがとうございまーす!」

うれしそうにプロンプトは書類の控えを受け取る。

王都が再建し、正式に技術開発部に入って半年。

彼にとっては初めて、まとまった状態でとることのできる有給だ。

「陛下直々の頼みでもありますから…。はあ、ニフルハイム共和国への旅行は、本来であれば受理されないのですが…」

帝政が崩壊し、長らく混乱が続いたニフルハイムだが、最近になって共和制が始めった。

しかし、いまだに帝国再興を夢見る保守派が存在し、共和制を支持する共和派と愛撫対立が起こっていて、終息にはまだまだ年月がかかる。

そのため、現在でもニフルハイムへの入国については制限がかかっており、ノクトの許可がなければ門前払いとなっている。

「ええっと、まあ…ちょっと思い出巡りを…」

後頭部をかき、笑いながら話したプロンプトだが、話の後で目線をそらし、わずかに悲しげな眼を見せた。

 

それから数日後…。

「ほーら、プロンプト。ついたわよ。いつまで寝てんの!」

「ん、んあ…」

女性の声が聞こえ、わずかに目を開いたプロンプトははだしのまま鉛色の床に立ち、大きく背伸びをする。

「まったく、どこかの寝坊助陛下に似てきたわね」

そんなプロンプトを見て、ノクトを思い出したのか、アラネアが苦笑する。

プロンプトにとっては10数年前からの知り合いであるにもかかわらず、彼女は相変わらず若々しい容姿のままで、再会したときに「若作りでもした?」とまで彼に言われたほど。

その時には彼女と部下であるビッグスとウェッジによって袋叩きにされたのだが。

彼女は帝国を抜けてから、アコルド・テネブラエ・ニフルハイムを中心に住民の救助とシガイ狩りをして飛び回っていた。

シガイが絶滅した後はハンター兼傭兵として仕事をし、部下を養っている。

なお、最近になって、自分の戦い方をまとめたアラネア流槍術を作り、それを世界に広めようと画策しているらしい。

「ああ…。で、もう着いたー?」

「数分後にはつくわよ。それで…本当にやるの?」

確認するように、静かな声でアラネアは尋ねる。

プロンプトがいるのはアラネアが所有する飛空艇の一部屋だ。

レスタルムで合流し、そこから飛空艇でずっと移動していた。

「うん…やるよ。あんなのをこの世に残してはいけないからね」

「それは同意できるわ。あんなの…気味が悪いし、後味が悪すぎるわ」

「けど、ありがとね。わざわざ俺の護衛なんてしてくれて…」

「あの王子…いや、王様からのお願いで、報酬もしっかり払ってくれるっていうし、文句ないわ。それに、友達からのお願いでもあるし」

「友達…か」

「何よ?おかしい?」

「ううん。まぁ…そうかもしれないなって思ってさ」

思えば、アラネアとはスチネフの社、しいて言えばヴォラレ基地からの付き合いで、プロンプト達3人はノクトが眠っている間も何度か彼女と共に戦ったこともある。

最初は帝国の人間ということで、警戒することが多かった。

しかし、彼女がもともと他国出身で、傭兵だったこともあるのか、いつでも自然体で自分たちと接し、そのおかげかあの社での戦いの後はすぐに打ち解けることができた。

また、帝都突入の際に移動手段となっていた列車の乗客に避難や運転手の交代に応じてくれた時は本当に感謝したと、ノクトが語っている。

「ふーん。まぁいいわ。じゃあ…先に出てるわよ」

「うん」

アラネアが部屋から出ていくと、プロンプトはホルスターに入れている拳銃の手入れを始める。

シガイが消滅したため、もう魔導兵が動くことはないと思われるが、帝都に住み着いた魔物がいるかもしれないと考え、このように護身用に準備をした。

「よし…。行こう」

 

「足元、気を付けて」

帝都に放置されている移動要塞ジグナタスに入ったプロンプトはほかの面々にそういいながら、服につけているライトをつける。

10数年前にアーデンの策略によりシガイが暴走、皇帝や将軍といった帝国首脳の墓場と化した場所だ。

帝国市民の半数がシガイと化したことで、この帝都そのものが崩壊したため、内部はその時のままの状態になっている。

足元に転がる魔導兵の残骸、そしてシガイと化した人が残した衣服の数々。

あの時、帝都と要塞にいた人々はどんな思いで最期を遂げたのだろうと思ってしまう。

扉のライトは赤く光っており、明かりについては既に壊れたものもあるものの、一部は相変わらず付いている。

「機能が停止していないなら、俺の生体認証で開けることができるはず…」

扉の前に立ったプロンプトは右腕をかざす。

扉のライトが赤から青に変わり、自動的に開放される。

「開いたわね…。ビッグスとヴェッジは生きている機械を探して、データを集めて」

「了解です、お嬢」

「御意」

アラネアの部下であるビッグスとヴェッジは手持ちデバイスをもって、一緒に部屋にある機械を調べ始めた。

部屋の中には多くの試験管とコンピュータ、そして魔導兵のボディが収納されたコンテナが置かれている。

「まさか、あんたから聞いた時はびっくりしたけど、本当にニフルハイム人で…」

「魔導兵にされる運命だった子供…。俺も、この事実はアーデンに捕まるまで、知らなかった。父さんと母さんが本当の俺の親じゃないってこと…そして、俺がこの中から生まれたこと…」

プロンプトは多くの試験管が入った、透明な液体で満ちたカプセルにそっと触れた。

「試験管出産…。それで魔導兵の材料である人間を…」

試験管出産についてのデータを見たビッグスはあまりのことに息をのむ。

優れた戦果を挙げた兵士や優秀な頭脳を持った学者などの精子や卵子を提供させ、試験管を利用して母体を傷つけずに出産させたのが帝国における試験管出産の始まりだ。

表向きは優秀な人材を生み出すため、だが実際は魔導兵の材料を作るために40年以上前にアーデンが中心となって始めた狂気の研究だ。

それによって、初期型の魔導兵が作られた。

それから10数年かけて行われた技術革新とテストの良好な結果により、量産体制が実現すると、一般市民の精子と卵子を利用するようになった。

そのほうがそれらの調達が容易であり、コストも安かったからだ。

こうして試験管で生まれた子供たちは右手首にマークが刻まれ、だれが親かもわからないまま育ち、ある程度の年齢になったら魔導兵の材料となった。

プロンプトもこの試験管の中で生まれた。

彼が両親から真実を聞いたのはノクトが眠った後でレスタルムに戻った時だ。

この要塞の中に保管されたクリスタルの中にノクトが入った後、プロンプトら3人はアーデンの手引きで港まで行き、合流したシドと共にカイムを経由してレスタルムへ戻った。

そこで、王都から避難してきた両親と再会できたためだ。

 

30数年前のジグナタス要塞…。

「生まれたな…」

黒いチョコボ頭で白い白衣と黒いズボンをはいた、丸眼鏡の研究員が試験管出産を果たした赤ん坊を多くのベッドがカプセルが並べられている部屋につれていく。

赤ん坊を収納したカプセルには4型量産体第103号と書かれている。

「インジウム博士。今回生まれた103号の様子は?」

「ん…?ああ、健康そのものだ」

「それはよかった。そら、一日でも早く大きくなって、いい魔導兵になってくれよ」

インジウムと呼んだ、彼の部下がカプセルをそっと撫でる。

「それよりも、どうした?ここには一部の研究員以外は立ち入りできないはずだが…」

「宰相から許可をいただきました。彼から言伝がありまして…」

「言伝…?」

「ええ。どうやら、この要塞の中に裏切者がいるとのことで…。奴は魔導兵の技術を手土産にルシス王国へ亡命するつもりだとか…」

「なるほど。なら、宰相が御自ら伝えに伺ってもよかったんじゃないか?」

「宰相は魔導アーマーの開発に忙しいとのことで、念のため、ほかの方々にもお伝えいただけますか?」

「ああ…わかった」

「では、私は魔導兵用の武器の開発がありますので、これで…」

頭を下げた研究員は自分の持ち場へ戻っていく。

彼を見送った後、インジウムはじっと先ほど赤ん坊が入ったカプセルを見る。

「もう、時間がないな…」

彼は数年前に帝国軍に召集された大学所属の研究員だ。

専門は試験管出産で、出産後の子供の世話は別の係が行うことになっている。

召集を受けた彼はジグナタス要塞に送られ、そこで魔導兵の研究を命じられた。

元々、孤児だった彼は帝国が設けた奨学金制度により学業を重ね、国立大学での優秀な成績から、そのまま学校にとどまって研究員として身を立てることができた。

そのため、祖国に対しては恩義がある。

魔導兵が非人道的な存在であることは理解していたが、その恩義故に反発することができず、この数年は黙々と研究を続けていた。

しかし、その我慢も限界を迎え、帝国と戦争しているルシス王国への亡命を去年決意し、陰でその準備を進めていた。

帝国内の情報はアーデンが完全に握っており、仮に公表しようとしてももみけされるのが関の山だ。

祖国を変えるための選択肢を、若いなりに考え抜いた結果が亡命だ。

そして今、裏切者の存在がアーデンに知られた。

猶予がないことを理解したインジウムは部屋へ戻っていった。

 

2日後の夜、荷物をまとめたインジウムは部屋を抜け出す。

護身用の銃を隠し、魔導兵に関するデータをUSBメモリに入れた状態で部屋から出た。

夜間警備を行う魔導兵たちの目を物陰に隠れることで盗み、ゆっくりと歩を進めていく。

破壊しなければ進めないときはサプレッサーを装着した銃で魔導兵を破壊していった。

そうして、インジウムはあの赤ん坊たちが集められた部屋に近くまで到達した。

「ここからまっすぐ行けば、一人乗りの飛空艇がある。それを奪えば、ここを出られる…!」

この要塞には武装が搭載されておらず、守備については魔導兵や戦艦に依存していることは所属している彼自身がよく分かっている。

だから、飛空艇を手に入れて脱出すれば、戦艦やほかの飛空艇に追われたりしない限りは大丈夫だ。

また、魔導兵は飛空艇や車両を操縦することができない。

そのようなことを考えていたインジウムはふと赤ん坊たちが眠る部屋に目を向ける。

「え…?」

夜のためか、ほとんどの赤ん坊が眠っている中、唯一また生まれたばかりの赤ん坊が起きていて、じっとインジウムを見ている。

彼に対して手を伸ばしていて、笑っている。

まるで自分が父親だと思っているかのように。

(やめろ…。私はお前の父親じゃない。違うんだ…!)

目を背けようとするが、あの赤ん坊が見せた笑顔が頭から離れない。

そして、その赤ん坊の笑顔を見たいと思ってしまう自分がいる。

「…くそぉ!!」

自分の頬を力いっぱいたたいたインジウムは部屋に入り、所持しているセキュリティカードを使ってカプセルを開き、赤ん坊を抱く。

そして、その赤ん坊を抱いたまま走り出した。

 

「もしかして、そのインジウムって研究員と一緒に脱出した赤ん坊が…」

「うん、俺。本当にわずかな可能性だったなって、今考えたら思うよ」

プロンプトから話を聞いたアラネアはびっくりしながら、冷静にこのことを話すプロンプトを見る。

あの時、ほかの赤ん坊と一緒に眠っていたら、あの時、インジウムを見て微笑まなかったら、あの時、インジウムがこの道を通らなかったら…プロンプトはいま、ここには存在しないことになる。

「愛情があったかどうか、俺に利用価値があったから連れ出してくれたのかは…今となっては分からない。これはあくまで俺の想像でしかないから」

インジウムの逃走劇については、要塞で幽閉されていたときにアーデンから教えてもらい、更にその証拠資料も見せられた。

しかし、その時のインジウムは何を思っていたのかは教えられなかったし、本人に聞かなければわかるはずがない。

「で…そのインジウムって人は、どうなりましたか?」

データ収集を済ませたビッグスが尋ねる。

「…。ハンマーヘッドで死んだ。王都まであと一歩ってところで、俺を抱いたまま行き倒れてたってさ。で、シドが王都と連絡を取ってくれて、孤児として俺は王都の施設に引き取られた。で、今の倒産と母さんが俺を引き取ってくれて、プロンプト・アージェンタムって名前と居場所をくれた。不思議な因果だよね…」

「それで…自分の出生の秘密を知ったときは、どんな気分だったんだい?」

「怖かったよ。ノクトやみんなの友達でいちゃいけないのかって思ってた。けど…」

自分がニフルハイム人であることを告白したときにノクト達が行ってくれた言葉を思い出す。

(別に生まれなんとどこでもいーし)

(これから俺たちを裏切る、と言われるほうが信じられない)

「…。インジウムさん、あの時、俺をここから連れ出してくれて…ありがとう」

目を閉じて、もはや存在しない男に、自分に命をくれた男に感謝の言葉を述べる。

「お嬢、準備完了です」

「プロンプト」

アラネアはプロンプトに銃の持ち手を模した端末を渡す。

それにはトリガー状のスイッチがついていた。

「飛空艇に乗ったら、このスイッチをあんたの手で押しなさい。これで…この要塞は消えてなくなる」

 

プロンプト達の収容を終えた飛空艇が要塞から離陸を始める。

ある程度の高さにまで上昇を終えると、プロンプトはスイッチを握ったまま窓から要塞を見た。

(さよなら…。俺の生まれ故郷)

意を決し、スイッチを押すと、要塞で次々と爆発が発生する。

機械もカプセルも、残っていた未完成の魔導兵やその残骸も爆発の中に消えていく。

プロンプトが生まれた、アーデンが生み出した負の遺産が消えていく。

崩壊するそれを見つめていたプロンプトの携帯が鳴る。

「もしもし…?」

(プロンプト、ああ…もう、終わったか?)

「ノクト!?…うん、終わった。これで、もう2度と魔導兵が作られることはないよ」

(だな…)

シガイは世界から消滅したものの、いつか人類は人工的にシガイを作る技術を手に入れてしまうかもしれない。

少なくとも、この要塞の中では人間をシガイに変える技術が存在した。

いくらアーデンでも、何百もの人間を短時間でシガイに変えることが不可能だからだ。

その技術が残って、悪しき人物がそれを手にしてしまうと、何が起こるかは目に見えている。

それ故に、プロンプトはこの要塞の破壊を決めた。

(なぁ、帰ったらレガリアのメンテ、頼んでいいか?)

「ん?いいけど…どしたの?」

(ええっと…イリスとレガリアで抜け出して旅行して、フライトモードから着地したときに動かなくなって…)

「ノクト…。TYPE-Fは昔のレガリア以上に繊細だから、もっと丁寧に扱ってよ」

(悪い…。じゃ、ハンマーヘッドで待ってるな。必ず帰って来いよ)

「了解、陛下」

茶化すようにノクトを陛下と呼ぶと、プロンプトは電話を切る。

電話を見つめるプロンプトはフッと静かに笑みを見せる。

(そうだ…。確かにあの要塞、そしてニフルハイムは俺の故郷。だけど、帰る場所じゃない。俺の帰る場所は…)

ブリッジへ移動したプロンプトはそこの艦長席に座るアラネアに声をかける。

「アラネア、もう帰るけど…ちょっと寄り道してもいいかな?」

「んー?別に構わないけど、どこへ行くの?」

「ハンマーヘッド。仕事ができちゃって…」

困った顔をしながら、そんなことを言うプロンプトだが、その顔はどこか幸せそうにアラネアには見えた。

プロンプト達を乗せた飛空艇はニフルハイムを離れていく。

そんな彼らを見送るように、月は優しく光を照らし続けた。



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Last Episode グラディオ

「…来たぞ、グラディオ」

王都の復興が始まり、つい最近になって再建が終わったアミシティア邸。

ノックなしの家に入り、庭に来たノクトの腰の鞘には父王の剣が差してある。

一方、グラディオは庭で腰を下ろし、膝に大剣を置いて瞑想している。

「おお、待ってたぜ。ノクティス国王陛下」

目を開けたグラディオは立ち上がり、大剣の先をノクトに向ける。

彼が握っているそれは黒い分厚さの目立つ刀身で、持ち手にはルシス王家の紋章が刻まれている。

それはアミシティア家の当主が代々受け継ぐ大剣、ラグナロク。

王都襲撃の際、グラディオの父であるクレイラスが所持していたと思われるが、彼の死と同時に行方不明となっていた。

アーデン戦役終結後の王都再建の際にタルコットによって発見され、10数年ぶりにアミシティア家のもとへ帰ってきた。

「なら、さっさと始めようぜ。おそらく、これが最終試験だ」

「ああ。始めようぜ…グラディオ」

庭で対峙したノクトとグラディオが互いにじっと相手の目を見る。

最初に動き出したのはノクトだった。

抜いた父王の剣の剣先を足元へ下げ、体をかがめて接近する。

そして、剣を上へ上げるようにしてグラディオに切りかかる。

グラディオはそれを真正面から、大剣で受け止めにかかる。

「お…。力が増してきたな、ノクト」

「おかげさまでな」

旅を終え、ルシス再建を始めてからは機会が減ったものの、ノクトはグラディオの特訓を受け続けた。

シフトや武器召喚、魔法といった力をすべて失ったノクトは最初、グラディオに一本入れることすらできなくなっていた。

しかし、引退を考え始めていたコルを巻き込んで、2,3年がかりで粗削り気味だった剣技を磨いていき、最近では全力のグラディオと互角で戦えるようになるまで成長した。

「それに、イリスを嫁にもらうんなら、少なくとも俺に勝てるくらい強くなっておけっていってただろ?グラディオ!」

「当たり前だ。俺より弱え男に大事な妹を託せるかよ!」

何度も刃をぶつける互いの表情は明るく、笑っていた。

2人がこうして特訓をするようになったから、すでに20年以上経過している。

旅の間も、何度か仲間と一緒に標でこうして特訓を繰り広げていた。

時にはイグニス、プロンプトと3人がかりでノクトに挑む、というとんでもない内容もあったが…。

そして、今こうして刃を交えて実感するノクトの力。

最初に会った時はわがままで不真面目、殴りたくなるほどのドラ息子で、そんな彼のことが大嫌いだった。

しかし、ある時にそんな彼の中にある根性を見た。

そして、彼自身も強くなりたいという願望があることを知った。

だから彼を強くしようと決心した。

そして今、ノクトは全力の自分と互角に戦えるくらいになっている。

それも王家の力抜きで。

だが、自分も王の盾であるアミシティア家当主。

王を守る盾であることへのプライドにかけて、負けられないものがある。

「おおお!!」

グラディオの蹴りがノクトの腹部に直撃する。

「ぐぉ!?そんなのありかよ!!?」

「武器ばっかに頼ってんじゃねえ。拳や足だって、立派な武器になるんだぜ」

「ちぃ!!」

距離を取ったノクトは剣を構えなおす。

「…そういやぁ、死んだシドが言ってたな。仲間に頼れって。俺はお前にとって頼れる仲間の一人だって思ってた。だが、そうじゃあなかったかもしれねえ」

「はぁ?何を言って…」

「ルナフレーナ様の死、そして指輪のこと、イグニスの失明…。それを整理するのでいっぱいいっぱいだったお前に…ひどいことをたくさん言っちまった」

ファントムソードの1つである闘王の刀が眠るケスティーノ鉱山へ向かう電車に乗っていたとき、そして鉱山を探索していたときのことを思い出す。

ルーナやレギス、数多くの人々の思いを託されたノクトが感じるプレッシャー、そして愛する人を守れなかったことへの無力感と悲しみ。

それに押しつぶされそうになっているのがわかっているのに、自分はノクトに発破をかけることしかできなかった。

グラディオにとって、あの旅の中で残った大きな後悔がそれだ。

「イグニスと違って、頭のデキがよくねーから…なんて、言い訳はできねえ。俺があの時やらなきゃいけなかったのは…お前が抱えた重荷を一緒に背負って、お前の決断を待ち続けることだったんだ」

「…。別にもう気にしてねーし。それより、俺に対してできなかったことを俺の子供にやってくれねーか?弱気なのはお前らしくねーぞ、グラディオ」

「ノクト…」

「そうやってグヂグヂしてるのはお前らしくねーよ、グラディオ。そんなんじゃ、今回の勝負は俺の圧勝になっちまうぜ?」

「…だな。それはアミスティア家当主として、許されねーな!」

後悔を振り切り、笑顔を見せたグラディオはラグナロクを構えなおす。

「次の一合で、決着だ」

「ああ…今回は俺が勝ってやる!」

父王の剣をグラディオに向けたノクトはそのまま彼に突っ込んでいく。

それにこたえるように、グラディオも直進した。

父王の剣とラグナロクがぶつかり合った。

「な…!?」

今まで感じたことのない、鈍い衝撃を感じたグラディオの目が大きく開く。

その衝撃を感じてすぐに、ラグナロクの刀身が根元から折れてしまった。

「うわっ…まっじ!!」

折れたラグナロクを見て、顔を青くしたノクトは父王の剣を鞘に納め、それの刀身を手にする。

鍛冶屋にもっていけば、修復できるかもしれないが、まさかアミシティア家の家宝ともいえるラグナロクを折ってしまうとは思いもよらなかっただろう。

「グ、グラディオ…」

「あーあ、こいつは俺の負けみてーだな」

ラグナロクの持ち手をその場に置いたグラディオは背伸びをする。

大切なものが折れてしまったにもかかわらず、その表情は穏やかなものだった。

「悪いグラディオ!これ、親父さんから受け継いだ大切な…」

「それだけ、お前が強くなったってことだろ。気にすんな、こいつは直せる」

「けどよぉ…」

「それより…」

動揺するノクトの胸ぐらをつかんだグラディオはじっとにらみつけるように彼の目を見る。

「ぜってーイリスを幸せにしろよ。あいつは俺のたった1人の家族だからな」

「…言われるまでもねーよ、グラディオ」

ノクトの言葉を聞き、安心したグラディオは手を放した。

 

「悪いな、親父…。ラグナロクを折っちまって」

その日の夜、アミシティア邸の庭でビールを飲みながら、月に目を向けて語り掛ける。

小さいころ、死んだ人間は空へ行くと両親から教わった。

大人になり、そんなことはないと知ってはいるものの、今日はどうしてもこういう形で死んだ父と話したかった。

「ルシス王国はこれからも続くぜ。アーデン戦役の悲劇を乗り越えてよ…。だから、ゆっくり休め!」

空になったビールの缶を捨て、新しいビールを開け、一気に飲んでいく。

ビールを飲む彼の眼には涙があふれており、そのまま酔いつぶれて眠り、グラディオを心配して帰ってきたイリス

にたたき起こされるまでここに居続けた。



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Last Episode イグニス

「いや…こうじゃないな。これではいつもと変わらない…」

インソムニアにある厨房で、自分で調理したばかりの『風薫るテルパガレット』を口にし、難しい表情を浮かべる。

厨房は自分がいるところ以外の電気は消えており、夜更けのため周囲は暗い。

流し台には数多くの食器が置かれていて、これらはすべてイグニスが使ったものだ。

「困った…。あと1か月。どうにかしなければ…」

机の上にあるパンフレットを見ながらつぶやく。

パンフレットには来月行われる王都インソムニア復興記念祭の案内が書かれており、2か月前にノクトからその行事の最後を飾る夜の会食に出す料理を任された。

その中で、ノクトからインソムニアからニフルハイムまでの旅の中で、一つだけ欠けたピースを埋める料理がほしいといわれた。

その意味が何かを問いたかったが、ノクトはイリスと出かけるといって出ていき、教えてもらえなかった。

その日はノクトにとって1か月ぶりの休みで、婚約者であるイリスとテネブラエへ向かうこととなっていた。

ルーナと過ごした日々とそこでの思い出について、イリスが知りたいと言ってくれたからだ。

ノクトにとっても、つらい過去を乗り越えるという意味では重要なのかもしれない。

その休暇の後も、ノクトは政務に追われ、結局答えを聞き出せず、今まで作った料理を作りながら考えることしかできず、時間だけが過ぎていった。

「難しいな、これは…」

ノクトに野菜を食べさせるための料理を作る以上の難題かもしれない、そう考えていると、不意にあくびをしてしまう。

宰相としての仕事をし、休憩時間や仕事の後の時間の大半をこれに使っていることから、疲れがたまったのだろう。

イグニスは机に突っ伏し、そのまま眠ってしまった。

 

「ふーん、結構大変だね」

「こりゃあ難題だな、軍師殿。ノクトも結構抽象的なことを…」

「お疲れ様です、イグニスさん」

翌日、ハンマーヘッドにあるレストラン、『ダイナー・ダッカ』でイグニスの話を聞いたプロンプトとグラディオ、タルコットは苦笑する。

インソムニアにもくつろげる場所があるのだが、ハンマーヘッドにはプロンプトが住んでいて、旅の思い出が一番深い場所でもあるため、そこを集合場所に選んだ。

3人ともイグニスに課された任務のことを知っている。

「笑い事じゃないぞ。あと1か月しかないんだ。まさか、ここまで答えを出すのに時間がかかることになるとは…」

「まーまー、根を詰めないの。ほら、イグニスも食べて食べて」

プロンプトに促され、出来立ての『ハンマーヘッドサンド』を口にする。

相変わらず自給中心だったイグニスにとって、ジャンクフードであるこれはとても新鮮な味わいだった。

「うまいな…」

「旅の中なぁ…そういやぁ、キャンプじゃあイグニスの料理が一番楽しみだったよな」

「そうそう!とってもおいしくて、食べた翌日はホテルやトレーラーハウスで1泊した時よりも体の調子が良かった気がするもん!」

「大げさだ。食材の調達のために獣を退治したり、山菜や香辛料を集めたりしたな。あ…」

旅で何度もやったキャンプのことを思い出しながら語っていると、何かを思いついたような表情を見せた。

どうして今まで気づかなかったのかと思いながら、イグニスは立ち上がる。

「イグニス…?」

「グラディオ、プロンプト、タルコット…。まとまった休みは取れるか?」

 

イグニスの悩み相談から1週間後…。

よく晴れた空の下、カナープ共和国(以前はカナープ地方だったが、アーデン戦役終結後に原住民によって独立し、共和制となっている)カルタナティカ駅に電車が止まり、そこからイグニス、グラディオ、プロンプト、タルコットが出てくる。

「そうか…カルタナティカ駅はこのような風景だったのか」

初めて訪れた時、イグニスは失明しており、ほかのメンバーもぎくしゃくしていたため、3人とも景色をまともに見ることがなかった。

すぐにケスティーノ鉱山が見えるものの、今回の目的の場所はそこではない。

「ここから西へ30キロのところに、ナティカのオアシスがあります。車掌さんから聞いたのですが、そこにサンドガルラがいると…」

「30キロか…チョコボもレガリアもねーしなぁ…」

「近くにあるレンタカー屋で車は調達しよう。可能な限り広い荷台のある車のほうがいい」

売店で地図を購入したイグニスはすぐにレンタカー屋の場所を見つけ、駅の出口へと向かう。

「イグニス、張り切ってるねー」

「料理、好きだからな。あいつ。にしても、サンドガルラか…厄介な相手だぜ」

サンドガルラはカナープ共和国にしか存在しないガルラで、ダスカ地方で見たそれとは違い、かなり凶暴な性格をしている。

大きさはダスカ地方であった一番大きなガルラの3倍近くで、肉食動物だろうが草食動物だろうが、ガルラでない生物を見たら襲い掛かり、そのせいで生息地にはハンター以外立ち入り禁止となっている。

しかし、その肉の味は絶品であることから、ハンターになった以上、一生に一度は食べたいと戦いに挑む勇者たちが存在し、そのほとんどは帰らぬ人となっている。

イグニス達が戦うのはそんな、シガイ以上かもしれない怪物なのだ。

「タルコット、おめーはインソムニアに残ってもよかったんだぜ?」

「いえ、僕もノクティス様のためにできることがしたいので…」

自分の獲物である、刀が内蔵された仕込み杖を握りしめる。

彼も伊達にアーデン戦役を生き延びてきたわけではなく、10年の間コルやグラディオの下で修業を重ね、ノクトがハンマーヘッドに戻ってきたころには普段は運転手を務めつつ、有事には前線でシガイを倒すハンターとなっていた。

目の前で近しい人間がこれ以上死ぬのが我慢できないという思いが、彼を強くした。

「わかった。頼りにしてるよ、タルコット」

「はい!プロンプトさん!」

 

「情報が正しければ、ここにサンドガルラが出るみたいだ」

ナティカのオアシスの茂みに隠れ、4人は湖の様子をうかがう。

時刻は午後2時近くとなり、かなり暑くなったため、プロンプトが水筒の水を飲み始める。

そして、それとほぼ同じくらいのタイミングで、巨大なガルラがオアシスに入ってきた。

「来たぜ…さぁ、どう攻める?軍師殿」

ラグナロクを手にしたグラディオがニヤリとイグニスを見る。

イグニスも笑みを浮かべると、眼鏡を直した後でウリックの双剣を手にする。

これは王都襲撃の際、ルーナを守り抜いた王の剣の戦士が持っていたもので、王都へ戻ってきた際に見つかったもので、イグニスが使うことになった。

失明していたことで、そのほかの感覚が研ぎ澄まされたせいか、それを手にしたときは元の持ち主の魂が感じられたというのがイグニス曰くだ。

「まずは足をやる。巨大な分、足をつぶした際にバランスが崩れやすいはずだ」

「セオリー通りだと、そうなるわな」

「んじゃあ、まずは俺が!」

プロンプトは旅の中で手に入れた銃、デスペナルティをサンドガルラに向ける。

すると、サンドガルラの目が湖からプロンプト達に向き、ギロリとにらみつけた。

「げ…これ…」

「見られてますね…」

「おもしれえ…こういうやつは大歓迎だ!」

草むらから飛び出したグラディオがサンドガルラの突進を正面から源氏の刀で受け止める。

その間にタルコットとプロンプト、イグニスが草むらから離れ、プロンプトが持つ2丁のデスペナルティが火を噴く。

剣でも傷がつかない分厚く強靭なサンドガルラの皮膚を銃弾が突き破る。

「うおおおおお!!」

仕込み杖の鞘を抜いたタルコットは突き破られた皮膚に向けて刀状の刃を突きさす。

思わぬ激痛で悲鳴を上げながら、サンドガルラが長い鼻で薙ぎ払うが、その前にタルコットは刀を抜き、バック転して危機を脱し、グラディオは動きを止めるために素手で相手をつかむ。

「軍師殿!奴の弱点は!!」

「待っていろ、今確かめている!!」

プロンプト達のカバーをしつつ、イグニスはサンドガルラを見る。

グラディオが押さえつけているおかげで、ある程度余裕をもって相手を観察できた。

(ガルラは哺乳類だ。哺乳類であれば、汗を流すはず。あの硬さの皮膚から汗は…!!)

イグニスの目にクインガルラの腹部の異様な部分が飛び込んでくる。

そこからは多くの熱い水が流れていて、よく見るとクインガルラが歩いてきた地面にも水の跡が残っている。

「(そうか…!!)わかったぞ、クインガルラの腹をねらえ!!」

「腹だな!!だったら、こうしてやるよぉ!!!」

メキメキと更に体に力を入れたグラディオがクインガルラの前足をつかみ、思いっきり持ち上げ始める。

長年鍛え抜かれたグラディオの怪力はクインガルラの巨体をも動かしていた。

持ち上げられたことで、クインガルラのびしょ濡れの腹部がさらけ出される。

「そこだ!!プロンプト、タルコット!!」

イグニスがマジックボトルからファイアを手に宿し、その力を2人に与える。

与えられた炎の魔力が2人の肉体を介して、仕込み杖とデスペナルティに宿る。

「やってやるーーー!!」

「はああああ!!」

プロンプトがデスペナルティの中にある弾丸をすべて発射し、その弾幕の後ろに続くようにタルコットが走る。

炎の弾丸を唯一の汗の排出場所に次々と着弾し、燃える刃と共にそこの柔らかな皮膚を貫き、深々と貫いていく。

おびただしい血を吹き出したサンドガルラがその巨体を横たわらせる。

「グラディオ!!」

「ああ…今、楽にしてやるからな!!!」

再び源氏の刀を手にしたグラディオが精神統一をはじめ、サンドガルラの目の前でそれを構える。

精神統一を終えた瞬間、源氏の刀が横に一閃し、サンドガルラの激しい衝撃波が襲う。

その一撃が致命傷となったのか、サンドガルラは動かなくなった。

「ふううう…どうにかなったねー」

「ああ、拍子抜けだぜ。これが何人もハンターを殺してきた化け物なんだとはな…」

「みなさんが強すぎるからじゃ…」

アハハと笑いながら、顔についた血を拭きつつ、3人に言う。

グラディオ達は長年、シガイ退治と訓練を続けてきており、実力は不死将軍、コルからも認められている。

更にグラディオは初代王の盾である剣聖ギルガメッシュに膝をつかせたことは今でもルシス王国では有名な話で、その実力の高さがうかがえる。

「イグニス、華麗な復帰戦だったね!」

「復帰戦…?ああ、そういえば…」

「そうだ。お前の目が見えるようになった後の初めての戦いだ」

「…そうだったな」

フッと笑いつつ、眼鏡をはずして汚れをハンカチで拭き始める。

「さあ、さっさとこいつを解体して持って行こうぜ!このデカさだ。気合入れろよ!!」

 

「ふうう…」

サンドガルラの肉をもって、インソムニアへ帰ってからのイグニスは残りの休暇をすべて料理作りに費やしていた。

寝食を忘れて取り掛かり、12種類程度作ったものの、どうも納得がいく料理ができなかった。

残った休暇があと半日で、行事まではあと4日。

おまけに明日からは行事直前まで休みがない。

その間に完成させなければならない。

(まさか、ノクトに野菜を食べさせるための料理を作る以上に難しい料理があるとは…)

試作のために使える肉の量も残りわずか。

おそらく、次に作る料理がラストとなる。

これで納得いかなければ、残念ながらここまで作った13種類から妥協するしかないが、それはイグニスのプライドが許さない。

そんなことを考えていると、急にイグニスのおなかが鳴る。

「…そういえば、今日はまだ何も食べていなかったな」

12種類作った後はずっと考え続けていて、この1日の間、何も食べていなかったことを思い出す。

だが、今ある食材は次の料理を作るのに必要なもので、できれば使いたくない。

そんな時に頼れるものが1つだけある。

ノクト達が気に入っていて、これがきっかけで面白い出来事が起こったあれだ。

(まさか、また食べることになるとはな)

お湯を沸かしたイグニスはカップヌードルにそれを入れる。

至福の時間まではたったの3分。

思えば、カップヌードルを食べるのは修理されたレガリアでレスタルムへ向かう前で、それっきりずっとイグニスはカップヌードルを食べていない。

「前はノクトにジャンクフードは体に悪いっと何度も説教をしたな」

小さいころから、ノクトは好き嫌いが激しく、イグニスもそれを直すために苦労に苦労を重ねてきた。

今ではそのかいあってか、まだ嫌いな野菜が残っているものの、ある程度は食べられるようになった。

そして、どんな料理をもってきても、少なくともノクトはイグニスの出した料理を残さず食べていたし、たまには素直においしいとも言ってくれた。

だが、ノクトが一番イグニスの料理を食べる機会があったのは旅の間で、旅を終えてからはその機会が減ってしまった。

しかも、王の宿命で出されるのは気取った料理が出ることが多く、たまにはポテトチップスやカップヌードルを食べたいとグラディオ達に愚痴をこぼすことがある。

そういう料理は食材の好き嫌いは別として、ノクトは苦手であることはイグニスも理解していた。

「…そうか!!」

 

そして、迎えた当日…。

王都インソムニア復興記念祭が開催された王宮では一部を除いて開放されていて、普段はあまり入ることのない国民はみんな興味深そうに城の中を見ていた。

王宮前の道路は歩行者天国と化していて、ノクト自らそこでその日は出店を出し、買い食いをするのを許可したため、大賑わいとなっている。

「ああ…やっぱ、こういう雰囲気がいいわ。みんな生き生きしてる」

10年前に着ていたカジュアルスタイルな服装のノクトは屋台を回っている。

手にはたこ焼きやフライドポテト、綿菓子など、普段は食べることのできない庶民的な料理が握られていて、食べ終えたたこ焼きの紙皿をごみ箱に捨てた。

歩き疲れたノクトが設置されているベンチに座ると、誰かからポンポンと肩をたたかれる。

振り返ると、そこにはイリスの姿があった。

「げっ…もう見つかっちまったか??」

「大丈夫。30分だけならここにいていいってイグニスから」

「…おう」

連れ戻されるのではないかとひやひやしていたノクトだが、少し拍子抜けだったようで、抜けた返事しか返せなかった。

イリスは嬉しそうに笑いながら、ノクトの隣に座ってフライドポテトを食べ始める。

「それにしても、不思議だね…。たった3年で…」

「ああ。これも王都を復興させたいっていうみんなの思いの結果だろうな」

当初は王都の復興は最低でも10年かかると言われていた。

だが、その予想をはるかに上回るスピードで復興が進み、今では城を含めて半分の復興が完了し、あと3年で完全な復興が終わる。

テネブラエとアコルドからの支援もあるが、何よりもルシス王国の人々の尽力が大きかった。

なお、ノクトが旅先で知り合った人々もルシス各地で活躍しているという。

レスタルムで知り合ったビブは復興していく王都の写真を撮って、よくそれに関する記事を作り、当初は死亡したと思われたディーノ(10年ぶりに目覚めたノクトがガーディムの港で彼の衣服を発見している)がひょっこりと姿を見せ、作業員の人々やノクト達に自作のアクセサリーをプレゼントした。

サニアはシガイの影響で絶滅してしまった動物の遺伝子を持っており、彼らを再び自然界に復活させることができないか研究をしていて、デイヴはハンター達と共に作業員として働いている。

一番びっくりしたのがネイヴィスで、あの時ノクトが釣り上げた『夢』をあの10年の間に彼も釣り上げていた。

現在は高齢ゆえに現役を引退していて、許しがあれば王都かガーディムで釣り人を育てる学校を作りたいという夢があるとのこと。

なお、ノクトが王であると知った後も今までと同じようにふるまっている。

「でも、ノクトが帰ってきたっていうのも大きいんじゃない?」

「俺が…?」

「うん。真の王は自らの命を引き換えに星の病を消すんでしょ?けど、ノクトは星の病を消した上に、こうして帰ってきてくれた…」

「まぁ、ルーナや親父たちのおかげだけどな…」

「それでも、すごいことだよ?神話を塗り替えちゃったんだから。それに…ノクトがいないと、頑張る意味がなくなってた…」

フライドポテトを食べ終わったイリスがぎゅっとノクトの手を握り、ノクトもそれにこたえるように握り返す。

「イリス…」

「ん?」

「…俺、幸せ者だよ」

「ノクト…」

2人は互いに見つめあい、ゆっくりと唇を重ね会った。

 

そして、その日の夜…。

王都インソムニア復興記念祭のクライマックスを飾る会食が始まり、食堂には多くの国民が集まって、バイキング形式で楽しんでいた。

もちろん、バイキングにすることを決めたのはノクトだ。

『大粒豆の旅立ちスープ』や『元祖レスタルムのカニ玉丼』、『さくさくフライサンド』といった庶民派の料理から『父王たちのご馳走カナッペ』や『ミドガルズオルムの香味焼き』、『黄金テールスープ』といったお金持ち御用達の料理まで幅広い料理が集まっていて、参加者はどれを食べようか迷いながら皿を片手に歩きまわっていた。

もちろん、ノクトとイリスも会食に参加しているが、さすがに昼間のようにお忍びで出歩くことができず、用意された特等席で座ることを余儀なくされた。

「ああー、バイキングなのになんで座って待ってなきゃいけねーんだよ」

「ふふ…ノクトって落ち着きがないんだね」

「るせー」

「ノクト、持ってきたぞ」

2人のもとへ、イグニスが料理が乗った皿をもってやってくる。

「これは…!!」

「わあ…!」

テーブルに置かれた料理を見たノクトはびっくりし、イリスは嬉しそうに両手を合わせて笑う。

皿の上にあるのはサンドガルラの肉のパティとカナープ共和国産の小麦粉で作ったバンズ、そしてルシス産のレタスとチーズ、アコルド産のピクルスを使って作った『絆王たちの冒険バーガー』だ。

12個作られていて、さっそくノクトは1つ口にする。

「どうだ…?」

イグニスが問うが、ノクトは答えることなく、ただただ嬉しそうにハンバーガーを食べ続ける。

イリスもノクトと同じく、ハンバーガーを手に取って食べ始める。

そんな彼らを見たイグニスはフッと笑い、眼鏡を直した。

「わあ、おいしそうなハンバーガー!!」

「ちゃんと俺たちの分も残ってるよな、王様に軍師殿」

「あの…僕も来ちゃいました」

ハンバーガーを楽しむ2人のもとへ、グラディオ達も来た。

「これは…1人2つか3つだな」

「いや、2つずつだ。お前も食えよ、イグニス」

一つ食べ終わったノクトはハンバーガーを一つ皿においてイグニスに差し出す。

「…ああ、そうしよう」

多くの人がにぎわう中、少しだけ離れたところでハンバーガーを食べる6人。

彼らは悲しいことやつらいこともあったが、楽しかった10数年前に思いをはせていた。



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Last Episode ???

「…よぉ、久しぶりだな」

雲一つない月夜の下、静寂に包まれる森の中にある古びた小屋についたノクトはノックすることなくドアを開け、中に入る。

小屋の中にはクローゼットと帽子掛け、それから一対の椅子と小さな円型の机があるだけで、寂しげな空間となっている。

そして、窓から外の景色を見ている、白いYシャツと黒いズボンを着た赤髪の男に目を向ける。

「随分と無礼だねぇ。ノックも、ここの主の許しもなしに土足で入ってきてさぁ」

「ここは俺の場所だ。この森も、この小屋も俺の所有物。許可なんて必要ないだろ?」

「生意気なことを言ってくれるね。ノクト。いや、ルシス王国第114代国王ノクティス・ルシス・チェラム殿下」

「ああ…10年ぶりだな、アーデン・イズニア」

名前を呼ばれた男はゆっくりと振り返る。

かつて、プラスモディウム変異体によって苦しむ人々や生物を救い続け、それゆえに『化け物』となってしまい、2000年前のルシス王家によって討伐された、哀れな王子。

しかし、変異体によって汚染されたせいで老いることも死ぬことも許されず、化け物としての生をさらし続けなければならなくなり、ルシス王家を断絶することで復讐を果たそうとした。

そのために20年前、自らに宿った変異体を利用して世界を滅ぼそうとした。

いや、自分の存在を否定したルシス王国、そして世界など彼にとってはどうでもよかったのだろう。

自らの手でルシス王家を断絶させることができれば。

だが、今の彼はノクトに討ち取られたときと比較すると、腰が若干曲がっており、顔のしわも増えている。

シガイが根絶した影響か、彼の中の変異体が失われてしまったのだろう。

「残念だったな、俺は生きていて、ルシス王家も健在だ」

「…だろうね、しかも戦友の妹と結婚して、しかも子供までできちまった」

「ああ。元気に育っているぞ」

椅子に座ったノクトを見たアーデンもゆっくりともう1つの椅子に座り、彼と正面から向き合う。

こうして間近にアーデンの姿を見たノクトは改めて彼の老いを感じた。

「で、どうする?もう1度、俺たちを殺すために動くか?」

「…今の俺に、そんな力が残っているとでも?」

「ああ。お前は2000年も復讐のために準備を続けた来た、執念深い男だからな」

不敵な笑みを浮かべつつ主張するノクトにアーデンは面白くなさそうな表情を見せる。

せっせと続けてきた準備をすべて台無しにした男にそのようなことを言われてもうれしくもなんともない。

そんな彼には一刻も早くここから出ていき、二度と来てもらいたくないとまで思ってしまう。

「…ありがとな、アーデン」

「はぁ?」

わずかな沈黙の中、ノクトの突然の感謝の言葉に動揺を見せる。

「裏があったとはいえ、あんたの助けがなかったら、俺は何も知らないボンクラ王子のままだった。きっと、旅の中で死んでいた」

こうして長い年月が経ったせいか、ノクトは裏もなく本心からそう言うことができた。

きっと、アーデンと正面から戦っているときは決してそんなことが言えるはずがない。

「…じゃあ、俺からも言わせてもらおうかな。なんで俺をこんなところに閉じ込めた?完全に俺を殺しちまえば、王家は安泰、万々歳のはずだろう?」

あの決戦のあと、しいて言えば死後の世界の戦いでアーデンの中の変異体はノクトの力によって滅ぼされた。

そして、カーバンクルの案内を受けて現世へ戻っていく中でノクトに拾われ、今こうしてこの小屋の中に閉じ込められている。

拾われるとき、そしてここに入れられるときには一切抵抗することができず、出ようとしても見えない壁のようなものに邪魔されて出ることもできない。

チェスやコーヒーポッド、料理など望めばなんでもここに出てくるが、退屈な点は変わりない。

アーデンのいう通り、世界とルシス王家を滅ぼそうとした男を生かすメリットは何もない。

むしろ、また復讐される可能性があるため、デメリットしかないはずだ。

「ここがお前の場所なら、俺を殺すのも用意のは…」

「殺さねーよ。いや、もう殺す理由がない」

「なに…?」

「王都での決戦で、お前にとどめを刺したとき、俺の中にあるお前への憎しみが全部消えちまったのさ…。きっと、過去のあんたについてタルコットたちが調べて、俺に教えてくれたからかもな」

「…なら、なおさら俺を殺さないとまずいだろう?何十年たっても甘ちゃんってことか?」

「知ったときはなんでいまさら、そんなことを知ってどうするって本気で思ったさ。だが…今はそれを知ることができてよかったって思ってる。あんたが本当の悪魔じゃない、あんたも善意の中で生まれたんだってことが分かったからな」

確かに彼は世界を滅ぼしかけ、多くの人々を殺した大罪人だ。

だが、最初からそうだったわけではない。

2000年前の彼が変異体から数多くの人々や生物の命を救ったということは紛れもない事実だ。

ゆっくりと立ち上がり、ドアの前まで歩いたノクトはアーデンに目を向けないで口を開く。

「ここでしっかり見ておけ。あんたが滅ぼそうとした王家が、あんたが救った人々の子孫たちがルシス王国を平和な国にするさまをな。じゃあ…もう俺はここには来ねーよ」

ドアを開けたノクトはそのまま出ていこうとした。

「…いいだろう、王様」

椅子から立ち上がり、また窓から外の景色を見始めたアーデンの言葉を聞いたノクトは立ち止まる。

「つまりは、俺を重石にするつもりだな?」

「…」

「沈黙は肯定ってことか?なら、覚悟しろよ?もし、お前がルシス王国を平和な国にできなければ、また何千年かかってでも、王家を滅ぼしてやる。俺が一番満足する形で。少なくとも、お前が死ぬまではずっと、ここから見続けてやる」

アーデンの言葉を聞き終えたノクトは小屋を出ていく。

1人になったアーデンは指を鳴らすと、机の上にコーヒーが入ったカップが出てくる。

再び椅子に座り、コーヒーを飲み始めたアーデンはフッと笑いながらドアの方向を見続けていた。

 

「ん…」

「おはよう、ノクト。っていっても、すっかり寝坊よ」

「悪ぃな。昨日忙しかったからな」

朝日が差し込む寝室の中、起き上がったノクトは起こしに来たイリスに目を向ける。

「なにか…夢でも見たの?」

「まぁな。まあまあな夢だった。後で話してやるよ」

ベッドから出たノクトはカーテンを開く。

部屋の中はたっぷりと日光で明るくなっていった。

(見てろよ、アーデン)



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