沙織お嬢様の優雅なる武勇伝 (銀の鈴)
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沙織お嬢様の幼少期
第1話「沙織さんは超能力者!」


沙織さんが幼い星矢達と別れて、再会する迄の空白期間の物語です。



「わたくしが女神(アテナ)ですって?」

 

お祖父様に呼び出されたと思ったら、突然意味不明の事を告げられました。

 

このわたくしが、ギリシャ神話の女神(アテナ)の化身などとのたまうのです。

 

「お可哀想なお祖父様、とうとうボケられてしまわれたのですね」

 

わたくしの頰を一筋の涙が伝う。

 

「ですが、ご安心下さい。グラード財団は、このわたくしが立派に受け継いてみせますわ!」

 

まだまだ若年のわたくしですが、幼少の頃より受けている英才教育は伊達ではありません。

 

既にグラード財団の運営状態や財務状況は把握しています。それに、財団内外の主要人物達も洗脳済みなので、わたくしが総帥の座に就いても何も問題ありませんわ。

 

「沙織や、儂が言っておるのは冗談ではないんじゃ」

 

そう、わたくしの言葉も冗談ではありません。

 

実はわたくしには秘密にしている“力”があるのです。

 

いえいえ、わたくしは電波でも厨ニ病でもありませんよ。確かにわたくしには超能力と呼ばれる力があるのです。

 

わたくしに秘められた強大な超能力は、まさに神の如しといえるほどです。

 

自分の超能力に気付いたのは2年ほど前のことでした。

 

そう、お祖父様が気紛れで拾ってこられた子供達を、これまた気紛れで世界中に捨てられた頃の話です。

 

子供達がいなくなり、ストレス発散の為に日課としていた乗馬が出来なくなりました。

そのため、わたくしが癇癪を起こしたとき、感情の爆発とともに衝撃波が発生してハゲの執事を吹き飛ばしたのです。

 

そのことに気付いたわたくしは、本屋に直行して超能力入門という書物を買い求めました。

 

その書物を頼りとして、超能力開発に勤しんだわたくしは数々の超能力に目覚めたのです。

 

そして、精神感応系の超能力を応用して他人を洗脳する技術を編み出すことに成功したのです。

 

「沙織や、お前を守るために世界中に送った子供達が、将来必ずや聖闘士となって戻ってきてくれるだろう」

 

おや、まだお祖父様の妄想が続いていたようですね。早く、病院に隔離して療養していただきましょう。

 

「聖闘士の拳は空を裂き、その蹴りは大地を割ると伝えられている。きっと沙織を守る力になるじゃろう」

 

空を裂き、大地を割る?

 

ククク、その程度ならわたくしの超能力の方が上ですわよ。

 

わたくしのサイコキネシスなら、海を割ることすら可能です。モーゼも真っ青ですわよ。

 

「聖闘士は小宇宙(コスモ)を燃やすことによって超人と化す。だが、敵もまた同等の力を持つ。油断するわけにはいかん」

 

小宇宙(コスモ)…?

 

どうしてかしら。直感に引っかかりますわ。

 

「お祖父様、聖闘士とは何処にいらっしゃるのかしら?」

 

「うむ、聖闘士は世界中に散らばっておるが、その中枢はギリシャじゃよ」

 

ギリシャ……少し調べてみるとしましょう。

 

わたくしは病院の手配をしたあと、自室に戻り超能力で意識をギリシャへと飛ばした。

 

 

***

 

 

驚きました。

 

お祖父様のいう通り、ギリシャの地で聖闘士なるもの達の隠れ里を発見しました。

 

隠れ里には認識を誤魔化す結界が張られていましたが、わたくしの超能力の方が力は上のようです。労なく発見できました。

 

ですが、聖闘士なるものも侮れないことに気付きました。

 

超能力──恐らくは聖闘士達がいう小宇宙(コスモ)の力こそは、わたくしの方が遥かに上回っています。

ですが、聖闘士達は小宇宙(コスモ)を利用して肉体強化を図っているのですわ。

 

その強化具合は、小宇宙(コスモ)だけで立ち向かうのは明らかに困難なことが、格闘の素人のわたくしでも分かるぐらいでした。

 

ま、不味いですわ。

 

わたくしのアホなお祖父様が、世界中に放った子供達。あの子達が聖闘士になって帰ってきたとしたら…

 

 

〜沙織妄想中〜

 

筋肉ダルマとなって帰ってきた星矢。

 

「沙織さん、久しぶりだね」

 

可憐な美少女に成長したわたくし。

 

「よく戻りましたね、星矢。これからは頼りにしますよ」

 

下卑た嗤いを浮かべる星矢。

 

「おいおい、何言ってんだよ。あんたが俺達にした仕打ちを忘れたわけじゃないだろうな?」

 

戸惑う姿も美しいわたくし。

 

「せ、星矢? 何を言っているのですか?」

 

欲望に目を血走らせる星矢。

 

「ゲヘヘ、子供の頃はあんたが俺に乗ったんだ。今度は俺があんたに乗らせてもらうぜ」

 

怯える姿がまた男の欲望を掻き立ててしまうという美しさは罪という言葉を体現してしまう哀れなわたくし。

 

「ああ、おやめになって。筋肉ダルマは趣味じゃないの」

 

哀れ、若く美しすぎる華は、醜くき男の獣欲によって、散らされるのであった。

 

 

〜沙織妄想終わり〜

 

 

そんなのまっぴらゴメンですわ!!

 

子供の頃の星矢ならともかく、筋肉ダルマになった星矢には触れられたくもありません。

 

しかも、星矢の後ろで他のクソガキ共が順番待ちの行列を作っていたら最悪を通り越して死んだ方がマシですわ!

 

聖闘士にするために百人も送り出したなら、数人ぐらいは聖闘士になれるかもしれないもの。

 

まったく、余計なことをしやがってですわ。クソジジイめ!

 

それなら予め教えやがれっての! 知っていればクソガキ共に優しくして手懐けておいたってのに。

 

気の利かない、ボケジジイだわ!

 

ふう、とにかく。なにか対策を考えましょう。

 

対聖闘士を想定しての戦力が必要だもの。

 

 

***

 

 

「ギリシャの聖闘士は化け物ですか!?」

 

聖闘士の隠れ里に意識を飛ばして調査を進めた結果、聖闘士がとんでもない化け物だということが判明した。

 

最下級と思われる聖闘士ですら音速の動きが可能で、最上級と思われる金ピカの聖闘士は光速機動というトンデモ仕様だ。

 

しかも、防御力も化け物クラスだ。大地を軽く砕く一撃を喰らおうと平気な顔で立ち上がり、頭から石畳に落下してもケロリと立ち上がり、光速の拳を喰らってもイタタの一言で立ち上がる。

 

うう…

 

わたくしの強大な超能力でも、戦闘だと太刀打ちできそうにありませんわ。

 

相手も超能力──小宇宙(コスモ)を持っているから洗脳も無理です。

 

そうだわ、今からでも星矢達に謝罪と励ましの手紙を送ったら、昔のことを水に流してくれないかしら?

 

うんうん、所詮はまだ子供なんだから優しい言葉でもかけてあげれば、コロリと靡いてくれるわよね。

 

うふふ、早速手紙を送るとしましょう!

 

 

***

 

 

住所が分かりませんでした。

 

というか、住所がありませんでした。

 

だいたい隠れ里自体に結界があるのですから、郵便が届くわけがありませんわ。

 

こんな馬鹿な策を考えたのは一体誰なのよ!

 

まったく、時間の無駄だったわ。

 

ここは毒をもって毒を制す。

 

聖闘士には聖闘士だわ。

 

わたくしに恨みをもたない聖闘士を味方につけましょう。

 

わたくしは超能力で意識を聖闘士の隠れ里に飛ばす。

 

わたくしの強大な超能力を持ってすれば、遠く離れた相手でもテレパシーで会話が出来ます。

 

これで直接スカウトして護衛に雇うとしましょう。

 

えっ?

 

テレパシーで星矢達に謝ればいいんじゃないかって?

 

そんなの無理に決まっているじゃない!

 

意識だけの状態でテレパシーを使うと感情がモロに伝わってしまうのよ。つまり、謝罪や励ましをしても本気かどうか分かっちゃうのよ。

 

まったく、無茶振りもいい加減にしてほしいわね。

 

さて、それより目ぼしい聖闘士はいるかしら?

 

 

〜沙織幽霊状態〜

 

 

小川の側で休んでいるマスクを付けた女聖闘士がいるわ。マスクは顔を守るためかしら?

 

うふふ、聖闘士といっても乙女なのね。

 

あっ、マスクを外して顔を洗ってる。

 

あらあら、意外と可愛い顔をしているわね。

 

やっぱり、身近に侍る護衛なら、筋肉ダルマの聖闘士より、可愛い女の子聖闘士の方がいいわよね。

 

それに、ずっと近くにいれば、もしかしたら仲良くなってわたくしのお友達になってくれるかもしれないしね。

 

うふふ、女の子同士のお喋りとかショッピングとか楽しそうよね。

 

うん、この子に決めた!

 

わたくしは意を決して、女の子にテレパシーを送る。

 

『ねえねえ、わたくしとお友達になりましょう』

 

「うひゃあっ!? なんだい、今の声は!?」

 

『ごめんなさい。驚かせちゃった?』

 

「なっ!? と、透明の女の子?」

 

どうやら突然すぎて驚かせてしまったみたいだ。

 

わたくしはゆっくりと事情を説明する。

 

自分は日本の女の子で、あなた達と同じ超能力を持っていること。でも直接戦闘する力はないこと。将来、聖闘士になった男に逆恨みで襲われる危険があること。そのときの為に護衛になって欲しいこと。

 

わたくしは全ての真実を誠意を持って伝える。

 

精神体の今の状態だと感情も伝わってしまうから、彼女にもわたくしが本当の事を言っていることが分かったみたいだ。

 

いくつかの質問を受けた後は、彼女はわたくしに同情をしてくれた。そうそう、彼女の名前はシャイナさんと言うそうだ。

 

「あんたも苦労してるんだね。考えなしの爺さんに、クソガキ共。恩知らずのクソガキ共が聖闘士になれるだなんて思いたくないけど、こればっかりは実力次第だからね」

 

『それで、シャイナさんにわたくしの護衛になってほしいの』

 

「うーん。あたしとしちゃあ、あんたの護衛になってあげたいんだけどねえ。あたしは女神(アテナ)の聖闘士だから勝手な真似は出来ないんだよ」

 

女神(アテナ)…?

 

そういえば、わたくしのボケたお祖父様が、わたくしは女神(アテナ)の化身だと仰っていましたけど、今は女神(アテナ)が流行っているのかしら?

 

わたくしがブツブツと言っていると、シャイナさんが顔色を変える。

 

「おいおいっ!? たぶんあんたが言っている女神(アテナ)っていうのは、日本の女神様の話だろうけど、ギリシャだと女神(アテナ)は、あたし達の守護する女神(アテナ)のことを意味するからね。下手なこと言うと不味い事になるから気をつけな」

 

えへへ、心配してもらっちゃった。なんだかお友達みたいだよね。

 

「でも、どうしようかねえ。聖闘士が絡むなら普通の人間じゃ太刀打ちできないしね。何か考えなきゃいけないね」

 

『そうなのよ。わたくしも超能力には自信があるけど、直接戦闘はからっきしだから』

 

「超能力って、つまりは小宇宙(コスモ)には自信があるってことかい?」

 

『うーん。そうね、他の人にバレないように結界を張ってからみせてあげるね』

 

何かのアイディアになるかもだから、わたくしはシャイナさんに自分の超能力をみせることにした。

 

まずは結界を張る。それから、超能力の波動を強くする。この時、何故か宇宙のイメージが湧いてくるのが不思議だったりする。

 

「なあっ!? なんなんだっ、この小宇宙(コスモ)の大きさは! 黄金聖闘士でも比較にならない大きさだぞ!?」

 

えっへんだわ。

 

シャイナさんが驚いているわね。

 

わたくしの強大な超能力は伊達じゃないのよ。

 

うふふ、呆気にとられているシャイナさんの表情は可愛いわね。

 

暫くして、ようやくシャイナさんが正気を取り戻してくれた。

 

「あんた凄いよ! あんた、沙織ほどの小宇宙(コスモ)があれば黄金聖闘士以上の聖闘士になれるはずだよ!」

 

『わたくしが聖闘士に…』

 

なるほど、その発想は無かったわ。

 

今までは超能力に頼っていたから、逆にそれ以外の選択肢を無意識に除外していたみたいね。

 

うんうん、言われてみたら当然の選択肢だわ。

 

聖闘士は小宇宙(コスモ)を燃やして、肉体を強化して超人になる。それなら強大な超能力──小宇宙(コスモ)をもつわたくしなら途轍もない聖闘士になれるはずだわ。

 

『ありがとう、その発想はなかったわ』

 

わたくしは精一杯の感謝の気持ちを込めて、シャイナさんにお礼を伝える。

 

「いやいや、礼なんかいいよ。あたし以外でも沙織の小宇宙(コスモ)を知れば、誰だって聖闘士になる事を勧めるはずだからね」

 

うふふ、シャイナさんが照れて赤くなっている。凄く可愛いわ。

 

『でも、聖闘士の修行はどうすればいいのかしら? わたくしは財団の仕事があるからギリシャには来られないけど』

 

お祖父様がボケて入院してしまったから、わたくしが財団を切り盛りしなくてはならない。殆どの業務は忠実な部下達(洗脳済み)が行なってくれるけど、決済などはさすがにわたくしが行う必要があった。

 

「別に沙織は正式な聖闘士になりたいわけじゃないんだろう? 逆恨みのクソガキ共はどうせ青銅聖闘士だろうから、沙織の小宇宙(コスモ)なら聖衣(クロス)がなくてもブチのめす実力は直ぐにつくさ。訓練方法は時々、その状態であたしを訪ねてくれたら教えるから心配はいらないよ」

 

まあっ、頼りになるわ!

 

お姉様と呼ばせてもらおうかしら?

 

『是非、ご指導をお願いしますわ。お姉様』

 

「イヤイヤイヤッ、お姉様はやめてよ。その手の子は女聖闘士に多いから懲りてんだよね」

 

なるほど、聖闘士の世界にも色々あるのね。

 

とにかく、これで何とかなりそうね。

 

才色兼備で文武両道の麗しい美少女を目指すのも悪くないわね。

 

『そういえば、シャイナさんは日本に来られることは無いのですか?』

 

わたくしの言葉に少し考えたあと答えてくれた。

 

「そうさね。本来は極秘任務だから内緒なんだけど、時々は仕事で日本に行くことがあるから、その時はお邪魔していいかい?」

 

わたくしの考えを察してくれたシャイナさんに嬉しくなる。

 

『もちろん大歓迎しますわ! お姉様!』

 

「だからお姉様はやめてくれ!」

 

 

うふふ、これから楽しくなりそうな予感がします。

 

さあっ、頑張りますわ!!

 

 

 

 

 




沙織さんがアテナとしての記憶を取り戻さずに小宇宙だけ目覚めていたら、こんな感じに成長していたかも?
ちなみにギャグなので、沙織さんファンの方、怒らないでね。


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第2話「沙織さん、頑張る!」

連載にしました。


「いいかい。たとえ小宇宙(コスモ)が強大でも、まずは身体作りから始めるべきだよ」

 

シャイナさん曰く、せっかくの大きな小宇宙(コスモ)を持っていても、肝心の身体が弱かったら十全に使いこなせないとの事です。

 

確かにそれは当然ですね。

 

わたくしの愛読書にも、鍛錬不足のため界王拳10倍を使うと身体が持たない。と記述されていました。通常以上の力を発揮するためには、やはりベースとなる身体が大事なのですね。

 

「分かってくれるなら話が早いよ。それじゃあ、これからは毎日腕立て100回、上体起こし100回、スクワット100回、そしてランニング10㎞がノルマだよ」

 

がーん!?

 

そ、それほどまでの過酷なトレーニングが必要なのですか。

 

うう、いきなり挫けそうです。

 

「ちなみに聖闘士候補生達は、最低でもこの10倍の数をこなしているよ」

 

なんですとーっ!?

 

『あ、あの、わたくしは少なくても宜しいのですか?』

 

別に過酷なトレーニングをしたいわけじゃありませんが、わたくしの目標は逆恨みで襲ってくる青銅聖闘士を返り討ちにする事です。

 

ヌルいトレーニングのせいで、負けてしまっては本末顛倒ですわ。

 

なんといっても、乙女の貞操が懸かっているのです。妥協はいたしません。

 

「聖闘士候補生達がそこまで身体を追い込むのは、小宇宙(コスモ)に目覚めるためさ。極限状態まで身体と心を追い込むことで目覚めさせようってことだよ」

 

『つまり、わたくしは小宇宙(コスモ)に目覚めているので、聖闘士候補生達ほどのトレーニングは必要ないのですね』

 

「そりゃそうさ。トレーニングもやり過ぎたら身体を壊すだけさ。戦うための身体作りで、肝心の身体を壊しちゃ意味がないからね」

 

この後、シャイナさんからは三ヶ月間は頑張ってトレーニングを続けるように指示を受けました。

 

そして、三ヶ月間後に身体の仕上がり具合を確認して、攻撃的な小宇宙(コスモ)を身に宿しても耐えられる身体になっていれば、新しいトレーニング方法を教えてくれるそうです。

 

わたくしの身体を確認する…。

 

ぐふふ、なんだかイケない響きがしますわ。

 

でも、お姉様になら全てをさらけ出しても構いませんわよ。

 

「あんた、その不気味な含み笑いはやめな」

 

『お姉様、不気味は酷いですわ』

 

「お姉様もやめなっ!」

 

こうして、わたくしの最強への道は始まったのです。

 

 

***

 

 

「はあ、はあ」

 

豪華な屋敷の裏庭で、爽やかな汗を流す謎の美少女がいました。

 

わたくしでした。

 

「いっち、にー、さん、しー」

 

可愛い魅力的な声で、回数を数えながら運動をする謎の超絶美少女がいました。

 

わたくしでした。

 

「ひっひっふー、ひっひっふー」

 

苦しげでありながら、官能的な息遣いで懸命に走る謎のハイパー美少女がいました。

 

わたくしでした。

 

ところで、官能的ってどういう意味なのでしょう? お祖父様がよく隠れて読んでいる書物の帯に書かれていますけど?

 

兎にも角にも、わたくしは晴れの日も、曇りの日も、屋敷の裏庭で頑張ってトレーニングを続けていました。

 

雨の日?

 

雨の日はスポーツ施設を貸し切って、そこでやっております。

 

そういえば、お祖父様が何やら闘技場なるものの建設を命じておりました。

きっと、わたくしがトレーニングを始めたことを知って気を利かしてくれたのでね。

 

うふふ、我がお祖父様ながら孫馬鹿で困りますわ。

 

わたくしのトレーニングの様子はいうと、始めた頃は辛かったのですが、だんだんと身体が慣れてくると楽しくなってきました。

 

身体の調子も良くなり、動きにもキレが出てきたように思います。

 

先日も同じ小学校に通う近所の男子をタイマンで泣かせることに成功しました。

 

ふふ、心配しなくても大丈夫ですよ。女子に泣かされたなんて男子が言えるわけがありませんよ。先生にももちろんお祖父様にもバレていませんので、叱られることはありませんでした。

 

それにしても、ただ身体を鍛えただけで、自覚できるほど強くなれるのですから、これで小宇宙(コスモ)を燃やせば戦闘力がどれほど上がるのでしょう?

 

今からとても楽しみです。

 

「お嬢様、タオルをどうぞ」

 

「ありがとう。星華」

 

汗をかいたわたくしにタオルを差し出してくれたのは、メイド見習いの星華。

 

彼女は二年ほど前、屋敷に忍び込もうとしている所を捕獲されました。その行動力が気にいったわたくしが、お祖父様にお願いをして屋敷で暮らせるようにしたのですわ。

 

星華は行方不明になった弟を探して屋敷に忍び込もうとしたそうです。

 

驚くことにその弟とは、わたくしのお気に入りだった愛馬…ではなく星矢だったのです。

 

星華は、星矢が酷い目にあっていないか心配して探しにきたそうです。優しいお姉さんです。

 

当時のわたくしは、星矢達は世界中に捨てられたと思っていました。

とても星華にはその事を言えず、海外に留学したと嘘を吐いたけれど、結局は本当に留学でしたね。

 

え、だって、星矢はギリシャで聖闘士になるための学習をされているのだから留学ですよね。

 

まあ、当時は色々とありましたが、最終的には星華も納得して、屋敷でメイド見習いとして暮らすようになりました。

 

もっとも、メイド見習いといっても学校に一緒に通っていますし、仕事もお手伝いレベルですけどね。

 

星華はいい子だけど、欲をいえば同い年なら良かったのに。

 

わたくしより少し年上だから同級生になれないのが残念です。

 

星華が同級生なら体育の時間も二人組になれるのに。本当に残念です。

 

「お嬢様、この間の怪我も治りきっていないのですから、トレーニングは程々になさって下さいね」

 

「このわたくしが、クソガキの攻撃で堪えると思っているのかしら。平気だから心配しないでいいわよ」

 

自分でも強がりだと分かる言葉に、星華は困った顔になる。

 

「お嬢様、私が孤児なのは本当のことですから、その事で何か言われてもお嬢様が怒る必要はありませんよ。もちろん、お嬢様のお気持ちは嬉しいのです。でも、そのせいでお嬢様が傷付かれる方が私は辛いです」

 

「ふんっ、このわたくしが、あのクソガキが気に入らなかっただけよ。だから星華が気にする必要はないわ……でも、次からは気をつけるわ」

 

「はい。お嬢様」

 

「ふふん、見てなさい。次は無傷で勝ってみせるわ」

 

「だからっ、喧嘩はすんなって言ってんのよ! このお馬鹿お嬢様っ!!」

 

「星華は、時々言葉が悪いのが玉に瑕ね」

 

「誰のせいだと思ってんのよ!」

 

叫ぶ星華を見て、ふと思った。

 

星矢は星華を人質にしたら、復讐は出来ないわよね?

 

うん、いい考えね。

 

「ねえ、星華。ちょっといいかしら?」

 

「なんでしょうか。お嬢様」

 

急に話を変えたわたくしに、星華は呆れた目を向けながらも相手をしてくれる。

 

「二年前に星矢達とお馬さんごっこをして遊んでいた事は、以前にも言ったわよね」

 

「はい。よくある子供の遊びですよね」

 

「うん。そうなんだけど、どうやら星矢達は女の子の馬にされた事を根に持っているみたいなのよ。たぶん、わたくしが馬役をしたことが無いのが気に入らなかったのね」

 

「いえ、女の子に馬役をさせようと考える方がダメでしょう」

 

「星華はそう言ってくれるけど、星矢達は大きくなってから復讐するつもりみたいなのよね」

 

「そんな! お世話になっているお嬢様にそんな馬鹿な理由で復讐だなんて!?」

 

「だから、星矢が襲ってきたとき、星華を人質にして星矢の凶行を止めようと思うのよ。星華、協力してくれないかしら?」

 

「いえ、ちょっと待って下さい。そこでなぜ、人質という発想になるのですか? 普通に私が星矢をぶん殴ってでも止めればいい話ですよね」

 

星華が呆れた顔になる。

 

あれ、星華の弟だから殴ったりしちゃダメかと思ったけど、星華的にはオッケーなのかしら?

 

「もし、わたくしが星矢に襲われたら、逆にボコボコにしても星華は怒らない?」

 

「あのですね、お嬢様。もしも星矢が私の恩人であるお嬢様に手を出したら、私がこの手でぶっ殺しますよ。もちろん、お嬢様の手でぶっ殺しても構いません。そんな恩知らずの外道に育っているとは考えたくないけど、もしもの時は遠慮なくぶっ殺して下さい……もし余裕があって半殺しで済ませていただければ、私が責任をもって矯正はさせていただきます」

 

ふふ、前半の言葉には驚いたけど、後半の言葉はやっぱり優しい星華らしいわね。

 

でも、これで安心して星矢をぶっ飛ばせるわね。

 

その為にもトレーニングを頑張らなきゃいけないわ。

 

「さあっ、トレーニングの再開よ!」

 

「だから、お嬢様! ご無理はやめて下さいってば!」

 

 

 

 




星華の性格が分からなかったので、私の想像です。現在の沙織さんの年齢は9歳ぐらいです。原作開始時で13歳なので、その四年前ぐらいです。


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第3話「沙織さんの小宇宙」

「へえ、思ったよりも引き締まった身体になっているわね」

 

シャイナさんに仕上がった身体を見せるために、水着姿でポージングをするわたくし。

 

さあ、わたくしの美しい肢体をタップリとご堪能下さい。

 

「これなら次の段階にいっても問題なさそうだね。とはいっても訓練は続けるんだよ」

 

『分かっていますわ。運動を止めれば直ぐに筋肉は落ちてしまいますもの』

 

わたくしのギリシャ彫刻のような美が失われるのは人類の損失です。これからも全人類のためにもトレーニングは続けますわ。

 

「沙織の小宇宙(コスモ)は、大き過ぎるからね。いきなり小宇宙(コスモ)を燃やすんじゃなくて、少しずつ身体に小宇宙(コスモ)を馴染ませるところから始めようかね」

 

小宇宙(コスモ)を身体に馴染ませる?

 

『わたくしは、いつも小宇宙(コスモ)を使っていますわよ?』

 

そう、わたくしは小宇宙(コスモ)、つまり超能力を使っている。こうして意識を飛ばしているのも超能力の力だもの。

 

「沙織が使っている超能力は小宇宙(コスモ)によって目覚めた第六感の力のひとつだよ。小宇宙(コスモ)というのは、第六感そのもののことだ。まあ、沙織の場合は目覚める順番が逆な気がするけどね」

 

シャイナさんの説明によると、小宇宙(コスモ)にもレベルがあり、黄金聖闘士になると第六感の更に上の第七感に目覚めているそうだ。

 

そこまで説明するとシャイナさんが急に黙られてしまった。マスクでよく分かりませんが、わたくしに熱い視線を向けられているような?

 

如何されたのかしら?

 

ま、まさか愛の告白!?

 

「…沙織の小宇宙(コスモ)の大きさなら、第七感まで目覚めているのか?……いや、黄金聖闘士を超える小宇宙(コスモ)なんだから……ま、まさか伝説の第七感を超える……」

 

シャイナさんがブツブツとうわ言のように何かを呟いている。向けられている熱い視線も益々強くなっている気がします。

 

うう、わたくしはどうしたらいいのでしょうか?

 

シャイナお姉様のお気持ちに応えるべき? それとも……

 

『い、いけませんわ、お姉様。わたくし達は女の子同士でしてよ。そんなことは神様が許さないわ。で、でも、お姉様がどうしてもって仰るなら…わ、わたくしも覚悟を決めますわ!!』

 

わたくしは覚悟を決めて声を発する。

 

さあっ、シャイナお姉様!

 

あとは、お姉様のお気持ち次第ですわ!

 

「はは、こんなお馬鹿な子が“アレ”に目覚めてるわけないか。第七感は、黄金聖闘士達も幼い頃に目覚めていたらしいからね……突然変異みたいなもんなんだろうね」

 

シャイナお姉様は優しくわたくしの頭をポンポンとする。

もちろん、今のわたくしは意識体だけだから、実際に触れられているわけじゃないけど、なんだか頭が暖かくなった気がします。

 

『つまり、今はプラトニックという事ですね。分かりましたわ、シャイナお姉様』

 

そう、考えてみれば、わたくしはまだ10歳にもなっていません。シャイナお姉様のお気持ちに応えるには早過ぎる歳ですわ。

 

わたくしが成長するまで待ていて下さいね。シャイナお姉様!

 

「いやいや、あたしはアテナの聖闘士だからね。一生、アテナ一筋だよ。(こう言えば、女聖闘士なら、その手の奴らは正気に戻ってくれるんだけどね。この子はどうだろ?)」

 

がーん!?

 

わたくしのお姉様を!?

 

許すまじ!!

 

アテナッ!!

 

いつかぶっ倒して、シャイナお姉様を自由にさせてあげますわ!!

 

 

***

 

 

自室で瞑想をする。

 

自分の奥深くに眠る小宇宙(コスモ)に意識を向ける。

 

無限に広がる宇宙を感じる。

 

全能感に浸りそうになってしまうけど、こんなものに囚われてはいけない。

 

小宇宙(コスモ)は、誰しもが持つ当たり前の力なのだから。

 

瞑想を続けていると、わたくしの小宇宙(コスモ)に変化が生じる。

 

無限に広がり続けていた小宇宙(コスモ)に時間の概念が加わった。

 

過去・現在・未来

 

この宇宙の歴史が、わたくしの中で広がっていく。

 

全ての意識が繋がっていく。

 

全ての意志に満たされていく。

 

全ての存在の上にわたくしが立っている。

 

「うふふ、全てはわたくしの為に存在するのですわ!」

 

おーほほほほほほほほっ…ポカン!

 

痛いですわ。

 

「お嬢様。高笑いは近所迷惑なのでお止め下さい。それと、高飛車キャラは嫌われるので、お止めになった方が賢明だと思われます」

 

「なるほど、星華の忠言を受け入れますわ」

 

つまり、One for all,all for one. ですわね!

 

おーほほほほほほほほっ…ポカン!

 

痛いですわ。

 

「だからっ、高笑いは止めろっての!!」

 

 

***

 

 

小学校でのわたくしは超絶優等生です。

 

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 

そんなわたくしは高嶺の花。

 

庶民の多いこの小学校では、誰もが憧れる存在ですわ。

 

憧れすぎて話しかけてくれる子がいないのが、ちょっぴり寂しいですけど。

 

そんなわたくしが狙っている同級生がいます。

 

星華が昔いた孤児院の娘ですわ。

 

星華繋がりで仲良くなれると思っていたのですが、何故か避けられている気がします。

 

「美穂さん、お昼をご一緒にしませんか? 星華もいますわよ」

 

「あ、ごめんなさい。友達と約束があるから、また誘って下さいね」

 

美穂さんはパタパタと逃げるように去っていく。これで何度目になるだろう。

 

「というわけで、星華が誘ってみて下さいな」

 

「うーん。私が誘ってもお嬢様が一緒だというと断られるんだよね」

 

「そこは年上の強権で、強引に引っ張ってきて下さればいいですわ。星華に強引にされたところをわたくしが優しくすれば好感度アップですわ!」

 

「いやいや、私が誘っている時点でお嬢様が命じていることはバレるよ。その後でお嬢様が優しくしても逆効果にしかならないと思うよ」

 

「うぐぐ、上手くいくと思ったのですが…」

 

屋上で星華とお弁当をつつきながら、美穂さん攻略作戦を練っていますが、いいアイディアが浮かびません。

 

ちなみに学校では、星華は砕けた口調で話してくれます。お嬢様呼びは変えてくれませんが。

 

「私にとって、お嬢様はお嬢様だからね。変えるわけにはいかないよ」

 

「うむむ、星華をメイド見習いではなく、わたくしの姉にすれば良かったかしら?」

 

「それは無茶だよ。たとえ、仮の話でもお嬢様と姉妹扱いなんて反発が大きすぎてとんでも無いことになるよ」

 

そういうものでしょうか? もしも変なことを言う人間がいれば、わたくしの力で洗脳すれば済む話ですが。

まあ、洗脳はグラード財団関係以外では使わないようにしていますけど。

 

「仕方ありませんね。グラード財団に群がる人間は多いですから、星華に迷惑をかけるわけにはいきませんもの」

 

「いや、私としてはお嬢様に迷惑がかかると思っているんだけどね。だいたい、私だったらお嬢様にどんな迷惑をかけられたとしても、それを迷惑だとは思わないよ。むしろ、頼ってもらえたなら嬉しいぐらいだわ」

 

星華はニコッと笑ってくれた。

 

その真心の込もった笑顔に、わたくしのハートはドキューンと撃ち抜かれた。

 

この時、わたくしは気付きました。

 

真実の愛はここにあったのだと!

 

「星華っ、わたくし達は永遠の絆で結ばれた魂の姉妹だったのですね!」

 

感極まったわたくしは、むちゅーと愛の口付けを星華に捧げる。

 

ポカン!

 

痛いですわ。

 

「お嬢様。言っておきますが、私はノーマルです。お嬢様の生贄は他でお探し下さい」

 

うう…星華、つれないですわ。

 

 

 

 

 




この沙織さんはどこに向かっているのだろう? 書いてて分からなくなってきた。とりあえず深く考えずにいこうと思う。


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第4話「沙織さん、シャイナを救う」

『あっ、シャイナさん発見!』

 

聖闘士の隠れ里でシャイナさんを探していると、小川の側にいるシャイナさんを見つけました。

 

そういえば、初めて出会ったのも小川でした。わたくしは小川で顔を洗っていたシャイナさんの素顔が、とても可愛かったのを思い出しました。

 

その瞬間、わたくしの直感にキュピーンと触れるものがあった。

 

『なに、この感覚は!? わたくしの大事なものが奪われる予感がするわ!』

 

慌てて周囲を見渡すけど、危険なものは察知できない。

 

だけど、わたくしの嫌な予感は加速度的に大きくなっていく。

 

シャイナさんの方を見ると、シャイナさんは小川で顔を洗うつもりのようです。小川に向かって近付いていきます。

 

まさか、この予感はシャイナさんが小川で溺れるという予感でしょうか?

 

シャイナさんが足を滑らせて、スッテンコロリン。コロコロポッチャンと、溺れてしまうのでしょうか?

 

シャイナさんが溺れたら大変です。わたくしが助けて人工呼吸をしなくてはいけませんわ。

 

シャイナさんの初キッスはわたくしがいただきます!

 

筋肉ダルマの聖闘士には渡しません!

 

はっ!?

 

しまった! 今のわたくしには実体がなかったのでした。シャイナさんを助けるのはサイコキネシスを使えば問題ありませんが、初キッスが出来ませんわ!

 

こうなったらギリシャまでテレポートをしますわ。

 

さすがに実体でテレポートをすれば、わたくしの存在が、他の聖闘士達に気付かれそうですが、シャイナさんとの初キッスのためです。

 

今が覚悟の決めどきでしょう。

 

そして、わたくしがいざテレポートをしようとした時、ある事に気付きました。

 

『あの小川、浅いですわ』

 

あの小川の深さは膝までしかありません。それに流れも緩やかで、どう考えても白銀聖闘士のシャイナさんが溺れるとは考えられない。

 

それではこの嫌な予感の正体はなんでしょうか?

 

強大な小宇宙(コスモ)を持つわたくしに、これ程の嫌な予感を与えるものとは一体?

 

「今日も暑いな。ちょっと小川で涼んでいくかな」

 

そのとき、わたくしの耳に男の…いえ、男の子の声が聞こえました。

 

「まったく、魔鈴さんは厳しすぎるよ。もう少し優しくしてくれないかな」

 

男の子は、シャイナさんの方へと近付いて行きます。

 

シャイナさんは小川の水に手を浸して涼んでいるようです。

 

どうやら互いに茂みが邪魔をして気付いていないようです。

 

どこかで見たような気がする男の子だけど、小宇宙(コスモ)も感じないし、危険はないように見えます。

 

だけど、わたくしの小宇宙(コスモ)が、最大警鐘を鳴らし始めました。

 

あの男の子をシャイナさんのもとに行かせてはならないと、わたくしの女の勘も訴えてきます。

 

わたくしは迷わず結界を張りました。

 

そしてサイコキネシスを使って、男の子の足元に大穴を作る。

 

『うおりゃあああっ!!!!』

 

大穴に落ちた男の子が這い出す前に近くの巨石を動かして大穴に蓋をした。だいぶ重かったけど、そこは気合いでカバーしました。

 

『ふーふー』

 

流石に意識体の状態で無茶のしすぎだったみたいです。疲労感がハンパないです。

 

今日はシャイナさんに会わずに帰るとしましょう。

 

でも、大岩で蓋をした瞬間から嫌な予感が消えてくれたから安心して帰れます。

 

最後にシャイナさんの方を振り向くと、マスクを外して顔を洗っている姿が見えました。

 

久しぶりに見たシャイナさんの素顔はやっぱり可愛かったです。

 

 

***

 

 

体育の時間になった。

 

高嶺の花のわたくしは、二人組で体操するときも孤高を貫く。

 

周囲をぼーと眺めていると、少し離れた場所で美穂さんがポツンと一人で立っていることに気付いた。

 

美穂さんは、いつも仲のいい同級生とペアになっていたはずだけど。そうだわ、今日はその方は風邪で休まれていたんだった。

 

ふっふっふっ

 

チャンス到来ですわ。

 

わたくしは同級生達が体操する中を、美穂さんに向かって真っ直ぐに歩きだした。

 

同級生達が、わたくしが歩むための道を作るために移動して下さります。

 

まるで、無人の野をいく王のように、わたくしは悠然と歩む。

 

美穂さんが急にオドオドと挙動不審になる。

 

お可哀想に、お友達がいなくて心細いのですね。

 

今、わたくしが行きますわよ。

 

わたくしは心持ち、歩く速さを早める。

 

もちろん、見苦しくならないように優雅さを醸し出させながらです。

 

わたくしはグラード財団の後継者ゆえに、常に注目を浴びる存在です。見た目には細心の注意を払っています。

 

歩く姿もそのひとつですわ。

 

上品な女らしさと、それでいて年相応の可愛らしさも感じさせる歩き方を日夜研究しております。

 

星華にも協力してもらっていますわ。動画を撮ってもらい、一緒に鑑賞しながらアドバイスをいただいています。

 

そのときに見本だと言いながら、星華がよく歩いて下さるのですが、何故ゆえに練習しているわたくしより綺麗に歩けるのかしら?

 

世の無常を感じる瞬間ですわね。

 

と言ってる間に、美穂さんの側まで来れましたわ。

 

さあ、あとは勇気を出して声をかけるだけですわ。

 

「み、美穂さ…」

 

「先生っ、お腹が痛いので保健室に行ってきます!」

 

美穂さんは早口で体育教師に告げると、怒涛の勢いで保健室へと駆けていきました。

 

あんなに慌てて行くなんて……

 

「美穂さん、ゲ◯ピーだったのかしら? 心配だわ」

 

非常に残念ですが、今回は諦めましょう。

 

美穂さんに無理をさせて、最悪の事態になってはいけませんもの…乙女的に。

 

 

***

 

 

ボケて入院していたお祖父様が退院しました。

 

お医者様の説明では脳には異常がなかったそうです。きっと、心因性の一時的なものだったのでしょう。良かったですわ。

 

天下のグラード財団の総帥としての責務がお祖父様を苦しめていたのですね。

 

後継者として、わたくしがお祖父様を支えてあげなくてはと改めて思いました。

 

さてと、今日の分の決裁をやってしまいましょう。

 

書類が山のようですね。早速、ハンコを押しましょう。

 

ぺったんこー。

 

ぺったんこー。

 

ぺったんこー。

 

ぺったんこー。

 

ぺったんこー。

 

「星華のお胸は、」

 

ぺったんこー。

 

ドゴッ!!

 

か、かつてないほど、痛いですわ。

 

「お嬢様、お嬢様のお年では分からないと思いますが、乙女の胸は聖域なのですよ。冗談のネタにすれば誰であろうとも、おもくそド突かれますのでお気をつけ下さい」

 

「あ、ありがとう、星華。身にしみて理解できましたわ」

 

痛む頭をさすりながら星華にお礼を言っておく。さすがに痛すぎて怒りたくなったけど、星華の目が笑っていないことに気付いたので、引いておくことにしました。これも上流階級の処世術というものですわ。

 

「それにしても書類の中身をよく見ずに捺印して大丈夫なのですか?」

 

わたくしが書類をろくに見ずにハンコを押しているように見えたのでしょう。星華が心配してくれました。

 

「大丈夫ですよ。ここにある書類は形式上、トップのハンコがいるだけの重要度の低いものだけですから。それに一応はざっと目を通しているので、重要書類が紛れ込んでいれば気付きます」

 

「流石は腐ってもお嬢様です。手抜きポイントは押さえているのですね。感服いたしました」

 

な、なんでしょう?

 

星華の言葉に棘を感じますわ。もしかして、まだ胸のことを怒っているのかしら?

 

「えっと、わたくしは星華の胸が本当にぺったんこだとは思っていないわよ?」

 

「あらあら、小学生女子の胸に興味があるのですか? 流石はお嬢様のご趣味は、一般庶民とは一線を画していますね」

 

「星華、お胸のことを茶化してごめんなさい。二度と言いません。許して下さい」

 

わたくしは誠意を込めて謝罪しました。

 

「…いいわ、許してあげる。でも二度目はありませんよ、お嬢様」

 

「はい…」

 

 

本日は教訓を得ました。

 

聖域(サンクチュアリ)を汚すものには災いあり”

 

皆さんも聖域(サンクチュアリ)を茶化さないように気をつけましょうね。

 

 

 

 

 




沙織さんは無事にシャイナさんを星矢から守り抜けました。やったぜ!
ちなみに星矢はこの後、魔鈴さんに助けられているので安心して下さい。


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第5話「沙織さんと聖衣」

「お祖父様、お呼びでしょうか?」

 

「沙織や、お前にこれを見せておこうと思ったのじゃ」

 

「これは!?」

 

わたくしがお祖父様に見せられたものは、金ピカに輝く巨大な箱でした。

 

この輝き具合から間違いなく純金製ですね。

 

まったく、お祖父様はまた無駄遣いをなさったのですね。こんな下手くそな絵を描いた純金製の箱なんかを作らせるなんて無駄な事を。

 

わたくしが譲り受ける遺産を減らさないで下さいね。

 

まあ、まだ実物資産だからマシですね。技術料の名目で、どれだけボッタクられたか心配ですが、金の資産価値はありますから。

 

「お祖父様、綺麗な箱ですね。盗まれないように地下の金庫室で保管しておきますわ」

 

「沙織や、話はまだ終わっていないのじゃ。箱の中には…」

 

カポッ

 

開きましたわ。

 

お祖父様が箱の中と仰るので、話の途中でしたが思わず開けてしまいました。

 

あら、この箱の蓋は純金製のわりに随分と軽いですわ。

 

ま、まさか、これは金メッキ!?

 

お祖父様は騙されたのですか!

 

おのれ! 我がグラード財団を謀るとは容赦はしませんわよ!

 

「沙織や、それは購入したわけじゃないから安心しなさい」

 

「うふふ、大きさの割に軽くて、持ち運びに便利そうな箱ですね。それに金色で目立ちますし、これなら紛失する心配もありませんね。使用人へのプレゼントですか?」

 

「沙織や、これはお前のものじゃよ」

 

「こんな趣味の悪い箱はいりませんわ。ランドセルにすらなりませんもの」

 

わたくしはニッコリと笑うと金ピカの箱を蹴っ飛ばす。

 

ドカン、コロコロ。

 

あら、ひっくり返った箱の中から、馬のような形をした金ピカのオモチャが転がり出てきました。

 

「沙織や、それは聖衣(クロス)じゃよ。しかも聖衣(クロス)の中でも最高位の黄金聖闘士のものじゃ」

 

黄金聖闘士の聖衣(クロス)ですって!?

 

 

***

 

 

『というわけで、お祖父様のボケが再発してしまい再入院ですわ』

 

「沙織も大変だね。あまり気を落とすんじゃないよ」

 

シャイナさんが、お祖父様のボケ再発に気落ちしているわたくしを優しく気遣ってくれる。

 

まったく、黄金聖闘士の聖衣(クロス)はギリシャの隠れ里に12組しかないのに、お祖父様が持っているわけありませんわ。

 

そういえば、お祖父様は子供達を世界中に派遣して、青銅聖闘士の聖衣(クロス)を手に入れようとされていますよね。

 

男の人って、そんなに聖闘士に憧れるものなのかしら?

 

変身ヒーロー物が好きな、同級生の男子達のようなものかしらね。

 

ふふ、男の人っていつまでも子供だっていうから仕方ないわね。

 

あれ、そうするとシャイナさんのように女の子で聖闘士になろうとしている子は、魔女っ子物に憧れているのかしら?

 

“地上の平和は私が守るわ、女神(アテナ)に代わってお仕置きよ!”

 

こんな感じかしら?

 

ふふ、シャイナさんも意外と子供っぽいのね。

 

そうだわ、わたくしも聖衣(クロス)をゲットしようかしら?

 

そうすれば、シャイナさんと二人でコンビを組めるわよね。

 

二人はぷりきゅ…じゃなくて、“二人はセイント!”ですね。

 

 

***

 

 

世界中に送り込んだ子供達のことを調査させました。これは子供達が得ようとしている聖衣(クロス)のことを知るためです。

 

どうせ、グラード財団の物になるのだから、わたくしが代わりに手に入れても構わないでしょう。送り込まれた子供も辛い訓練から解放されるから喜んでくれるわよね。

 

うふふ、では早速資料のチェックをするとしましょう。

 

わたくしは調査結果に目を通して、気にいる聖衣(クロス)がないかを確認しました。

 

その結果、わたくしに相応しい聖衣(クロス)の候補は二つ見つけました。

 

ひとつは、アンドロメダの聖衣(クロス)ですわ。古代の王女アンドロメダの名を冠した聖衣(クロス)なら、わたくしに似合うことでしょう。

 

もうひとつは、鳳凰の聖衣(クロス)です。鳳凰とは不死鳥のことですわ。なんだか神秘的な感じがしますし、纏っていると老化を抑えてくれそうな気がします。

 

どちらがいいかしら?

 

ちょっぴり悩んでしまいます。

 

あら、アンドロメダの聖闘士は武器を持っているみたいね。それならアンドロメダの方がお得かしら?

 

えっと、どんな武器なのかしら?

 

“体に巻き付いた鎖”

 

「…なんだか背徳的な香りがしますわ。シャイナさんに引かれそうなので却下ですわね」

 

そうすると、自動的にわたくしの聖衣(クロス)は鳳凰──フェニックスね!

 

うふふ、待っていなさい。わたくし自らが赴いてあげるわよ。

 

 

***

 

 

デスクイーン島は暑いですわ。

 

「き、貴様は何者…グハッアアアッ!?」

 

フェニックスの聖衣(クロス)っぽい気配を辿っていけば、変な仮面をつけた不審者が襲ってくるし、もう二度と来たくないですわね。

 

わたくしは、変な仮面の不審者の腹に蹴りをぶち込んで大人しくさせる。

 

「仮面のおじ様、フェニックスの聖衣(クロス)は何処にあるかご存知かしら?」

 

「ウググッ…こ、この儂がたった一発の蹴りでこれ程のダメージを負うとは…小娘ぇえええっ!!貴様は何者だっ…グハッアアア!?」

 

不遜にもわたくしを睨みつけるように見上げてきたから、不審者の顎を蹴りあげる。

 

不審者は頭から墜落するけど平気だと思うわ。だってこの不審者からは小宇宙(コスモ)を感じるもの、きっと聖闘士ですわ。

 

こんな変な仮面の不審者が聖闘士だなんて、ギリシャ以外の地域にいる聖闘士は質が悪いのかしら?

 

シャイナさんも仮面をつけているけど、怪しくないわよ。むしろ、お洒落アイテムにしか見えないもの。

 

「ほ、本当に貴様は何者だ……いや、待ってくれ! これ以上蹴られたら儂でも命に関わりそうだ!」

 

ふらふらと立ち上がって近付いてきた不審者に、もう一発蹴りをぶち込んでやろうと思ったら両手を上げたわ。降参かしら?

 

「隙ありだ! !小娘ぇえええっ!! グハァアアアアッ!?」

 

上げた両手に小宇宙(コスモ)を込めて何かをしようとしたので、わたくしは小宇宙(コスモ)を強めに込めた拳で顔面を殴ってやりました。

 

変な仮面は木っ端微塵に砕けたようです。いい気味ですわ。

 

まったく、わたくしのような可憐な美少女に手をあげようだなんて、最悪な不審者です。

 

「こ、ここは? 儂は一体、何をしていたんだ?」

 

不審者がよろよろと立ち上がってきたわ。

 

しつこいですわね。

 

仕方ありません。本気でボコりましょう。

 

「おや、お嬢ちゃんは…な、何を…ギャアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

***

 

 

わたくしの前にフェニックスの聖衣(クロス)が現れました。

 

実は不審者をボコる為に小宇宙(コスモ)を強めていたら、聖衣(クロス)が吸い寄せられるように飛んできたのです。

 

きっと、わたくしの高貴な小宇宙(コスモ)とフェニックスの波長が合ったのでしょう。

 

「今の悲鳴と馬鹿デカい小宇宙(コスモ)はなんだ!? 」

 

「ダメよ! 近付いたら危険だわ!」

 

「エスメラルダは来るな! 俺が確認してくる!」

 

「いやよ! 私も一緒に行く!」

 

おや、男の子が走ってきました。後ろにもう一人ついて来ていますね。こっちは女の子みたいです。

 

「あ、あんたは!? まさか沙織お嬢様なのか!!」

 

あら、わたくしの名前を知っているということは、この子はお祖父様が送り込んだ子供ね。そういえば顔に見覚えがあるわ。それに資料を読んだから名前も分かるわよ。

 

「ふふ、お久しぶりね。一輝(かずき)」

 

「…えっと、その、かずきと書いて“いっき”と読むんだ」

 

「……」

 

「……」

 

「に、日本語は難しいから仕方ないと思うの!」

 

微妙な空気に気付いたのか、一輝と一緒に来た子がフォローするような言葉をかけてくれる。

 

どうやらこの子は良い子みたいですね。

 

よく見るとこの子にも見覚えがありますわ。

 

お祖父様が集められた子供は百人もいたので、あまり覚えていませんけど、彼…“瞬”は覚えていますわ。

 

そう、この子は女の子ではなく、男の子なのです。

 

男の子なのに女の子みたいに可愛い顔をしています。わたくしは美人タイプですが、瞬は可愛いタイプですね。

 

幼い頃から可愛いかったので、わたくしにはあまり似合わない可愛い系のドレスを着させてあげた思い出があります。

 

ふふ、瞬もとても喜んでいましたわ。

 

ウソではありませんわよ?

 

幼い頃の話なので、瞬はあまり男女の区別がついていなかったのでしょうね。普段は着られない綺麗な服に純粋に喜んでいましたわ。

 

たしか、自分の兄に見せて褒めてもらっていました。その兄が一輝ですわ。

 

だんだんと思い出してきましたわ。

 

頰を赤く染めて、瞬をベタ誉めしていた気持ち悪い一輝の顔を。

 

目を開けると視界に飛び込んできます。

 

あの頃よりも成長している瞬に女装させている一輝の姿が。

 

うん。この事には深くは触れないでおきましょう。

 

でも、こうして観察してみれば分かりますわ。

 

さり気なく一輝の腕を掴んでいる瞬。そんな瞬を、わたくしから隠すように庇っている一輝。

 

ふふ、お似合いのお二人ですわね。わたくしは、ふと思いついたことを口にする。

 

「一輝、貴方を解放して差し上げますわ」

 

「解放だと? どう言う意味だ」

 

一輝は疑わしそうな顔になる。

 

「ふふ、言葉通りの意味ですわよ。貴方が持ち帰る役目を負ったフェニックスの聖衣(クロス)は、わたくし自ら手に入れましたから、もう貴方の役目はありませんわ」

 

「俺はもう用無しだということか!」

 

「その通りです。ですが今まで貴方がお祖父様の指示に従って、訓練に励んでいたことに対する報酬は与えましょう」

 

「クッ、所詮は俺たちはただの道具ということか……それで、報酬とはなんだ。端金でも恵んでやると言うつもりか。お嬢様よ」

 

一輝は悔しそうに唇を噛みながらわたくしを睨んできます。わたくしを睨むとは……ムカつくから報酬は無しにしてやろうかしら?

 

「え? それって、もう一輝は苦しい訓練をしなくていいってことですか! あ、ありがとうございます!! えっと、優しくて綺麗なお嬢様!!」

 

「おーほほほほほっ、貴方の正直さに免じて報酬は弾んであげますわ!」

 

美しく慈悲深いわたくしは、これまで苦労を重ねてきた哀れな二人が、幸せに暮らせるように支援をしてあげることに決めました。

 

「グラード財団から人を越させますから、その者に望みを言いなさい。ここで暮らすも良し、日本で暮らすも良し。どのような選択でも構いませんわ。お二人の身元の保障、生活費の援助、暮らす場所の手配等、何もかもをわたくしの名において保障いたしますわ」

 

「……え?」

 

「ありがとうございます!! 世界一、優しくて綺麗なお嬢様!!」

 

呆けたような顔の一輝とは違い、瞬の方は正直ですわね。でも、世界一はちょっぴり言い過ぎですわ。たぶん、二番目ぐらいだと思いますよ。

 

「うふふ、お二人でよく相談して決めなさい。時間はたっぷりとありますから、慌てなくて良いですわよ」

 

「あ……お、お嬢様…どうしてだ…どうして、あんたが…こんな」

 

一輝は混乱しているようね。

 

わたくしは一度、一輝と視線を合わせたあと、わざとらしく瞬へと視線を移す。

 

わたくしの視線の動くに気付いた一輝に再び視線を戻した後、ニンマリと笑ってやる。

 

ビクリと一輝の身体が震える。

 

わたくしは一輝の耳元に顔を寄せると、瞬には聞こえないように囁く。

 

「好きなのでしょう。大事にしてやりなさい」

 

「なっ、何を言っているんだ! 俺は別にこいつを好きなんかじゃ……あ」

 

一輝は真っ赤になりながら否定をしようとするが自ら墓穴をほる。瞬は一輝の言葉で、わたくし達の会話の内容を察したみたいね。

 

「一輝は私のこと嫌いなの?」

 

瞬はあざとい上目遣いで一輝を見つめる。

 

「いや、その、別に嫌いというわけじゃ…」

 

「私は一輝のこと…好きだよ?」

 

「っ!? お、俺は、俺は……俺もお前のことが、す、好きだ……と思う」

 

「うれしいっ、一輝大好きだよっ!!」

 

瞬は一輝に抱きつくと満面の笑みを見せる。一輝は真っ赤になったまま動かない。

 

うふふ、大団円というやつね。

 

「一輝、幸せになりなさい。そして、幸せにしてあげなさい」

 

「お、お嬢様…」

 

一輝が目を見開いてわたくしを見ている。わたくしは優しく微笑んであげる。

 

「ふふ、これはわたくしからの命令です。従わなければお仕置きですわよ」

 

「お、お嬢様っ、ありがとうございます!」

 

一輝は勢いよく頭を下げる。その隣で瞬も同じように頭を下げていた。

 

一輝、女装をした実の弟と愛し合っているなんて……業が深いですわ。

 

 

男の子同士……こういうのは、聖華が好きでしたわ。たしか“尊い”とか言っていましたわね。

 

わたくしにはよく分からない世界ですが、聖華が好きな世界なら応援してあげましょう。

 

でもやっぱり、男の子同士なんて意味が分かりません。

 

女の子同士の方が美しくて純粋ですわ。

 

 

 

 

 




安心して下さい。仮面の不審者は生きています。心配されたファンの方には、ご心配をおかけしました。もう二度と出番はないと思いますが、きっとデスクイーン島で余生を楽しまれていると思います。


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第6話「沙織さん、無双する」

フェニックスの聖衣(クロス)の箱に腰掛けながら迎えのヘリを待っていると、見知らぬ方々に囲まれました。

 

黒色の聖衣(クロス)っぽいものを身につけていますが、ギリシャの聖衣(クロス)とは少しばかり雰囲気が違うように感じます。

 

わたくしが思うに、デスクイーン島原産の聖衣(クロス)といったところでしょう。

 

聖衣(クロス)には地域毎の特色があるのですね。でもデスクイーン島は暑いので、黒色では熱を吸収して辛いのではないでしょうか?

 

もしかしたら色の違いによって、熱の吸収率が違うことを知らないのでしょうか? 頭の悪そうな顔をした方々ばかりなので、知らなくても無理はありませんね。

 

今日のわたくしは、フェニックスの聖衣(クロス)を無事に入手でき、禁断の兄弟からも感謝をされてとても気分がいいので教えて差し上げましょう。

 

「貴方達、そのような聖衣(クロス)ではお辛いでしょう。貴方たちでは分からないかも知れませんが、それはこの地には合わないものですよ」

 

わたくしの言葉に動揺しているようです。やはり色による違いを知らなかったみたいです。お馬鹿さん達の集団ですね。

 

お馬鹿さん達が何やら騒いでいます。俺達にはこれしかないとか、俺達は聖域(サンクチュアリ)に見捨てられたとか、お前の聖衣(クロス)を寄越せとか。

 

あらあら、わたくしが手入れたフェニックスの聖衣(クロス)を寄越せとは、命知らずのお馬鹿さん達ですね。いえ、お馬鹿さん達だから命知らずなのでしょう。

 

それにしても聖域(サンクチュアリ)に見捨てられたとは……聖域(サンクチュアリ)とは女の子のお胸の事だったはずです。

 

灼熱の地で黒い聖衣(クロス)を纏ったお馬鹿さん集団……たしかに女の子に見捨てられそうな方々です。

 

わたくしのような心優しい女の子でも、このお馬鹿さん達は願い下げだと思うので、他の女の子では口もきいてもらえないでしょう。

 

少し哀れに思ってしまいます。ホロリ。

 

実際に涙は出ませんが、出たフリをするぐらいには哀れです。

 

それにしても、この黒い聖衣(クロス)は見ているだけで暑くなってきます。それにわたくしの聖衣(クロス)を寄越せとか仰っていました。

 

つまり強盗です。 たしか“悪即斬”という標語もあったので退治しておきましょう。

 

「犯罪者には手加減を致しませんわ。さあ、フェニックスの威力をその身で味わいなさい!」

 

サイコキネシスで、フェニックスの聖衣(クロス)(箱ごと)を振り回して、お馬鹿さん集団にブチかましていく。

 

悲鳴をあげながら吹き飛んでいくお馬鹿さん集団。気がつくと立っているのは一人だけになっていました。

 

「何故、フェニックスの聖衣(クロス)を纏わぬ! こんなふざけた攻撃で、このジャンゴ様を倒せると思っ…『お嬢様キック!』グギャアッ!?」

 

わたくしの華麗なる蹴りで最後の一人を沈めました。

 

まったく、こんな屋外で着替えなど出来るわけがないでしょう。

 

たとえ、服の上から聖衣(クロス)を纏うだけだとしても、淑女たるわたくしが、そのような破廉恥なまねは出来ませんわ。

 

ところで犯罪者達を成敗したのは良いのですが、死屍累々のこの状況で迎えのヘリを待つのは苦痛ですわね。

 

そうだわ、このフェニックスの聖衣(クロス)の箱の中で休んでいましょう。よいしょっと、思った通り中は涼しいですわね。でも、この聖衣(クロス)は邪魔ですね、外に出しておきましょう。えいっと、これで広くなりましたわ。では休むとしましょう。すやー…

 

 

***

 

 

眼が覚めると城戸邸でした。

 

迎えのヘリの者達が、箱の中でスヤスヤと眠っているわたくしを起こさないように運んだそうです。

 

気遣いのできる使用人です。

 

ですが、箱の外に放り出しておいた聖衣(クロス)が行方不明になりました。

 

どうしましょう?

 

三秒ほど考えましたが、諦めることにしました。

 

きっと、わたくしとフェニックスとは縁が無かったのですね。空箱は一輝に贈ってあげることにします。丈夫そうなので、荷物入れには最適でしょう。

 

“一輝が使いなさい。遠慮は無用ですよ”

 

メッセージ付きで空輸させました。

 

うふふ、きっと喜んでくれることでしょう。

 

 

***

 

 

一輝side

 

久しぶりにお会いした沙織お嬢様は、昔とは違い優しさを有する素晴らしいお方に成長されていた。

 

昔は我が儘でいけ好かないお嬢様だと思っていたが、考えてもみればあの頃はお互いに幼かったのだ。我が儘なのも当然だろう。俺自身も自分の不満を勝手にお嬢様にぶつけていた。

 

それによく思い出してば、出会った頃からお嬢様は気高く美しかったと思う。

 

決して、俺とエスメラルダの世話をしてくれたから言っているわけじゃないぞ。

 

考えてもみろ。

 

ある日突然、自分の屋敷に小汚くて喧しいクソガキ共が百人も現れたら嫌だろう。気後れもするだろう。

 

だけどお嬢様は俺達と一緒に遊んでいたのだ。まあ、遊び方が幼いゆえの無茶苦茶さがあったが、そこには目を瞑ってくれ。いや、むしろ“おままごと”のような女の子っぽい遊びではなく、男子っぽい遊びを選んでくれたことを評価しようじゃないか。

 

もう一度言うが、決してエスメラルダのために日本国籍を取得してくれたから言っているわけじゃないぞ。

 

俺の師匠だった人も、お嬢様を襲ったというのに半殺しで許してもらったんだ。お嬢様はとてもお優しくなられた。

 

それにデスクイーン島に巣食っていた暗黒聖闘士共も駆逐して下さった。これでこの島も平和になるだろう。

 

フェニックスの聖衣(クロス)を手に入れたばかりで、その偉業を達成されたのだ。なんと偉大で素晴らしいお嬢様なのだろう。

 

なん度も言うが、決して俺とエスメラルダの新居を日本の治安のいい一等地で用意してくれたから言っているわけじゃないぞ。

 

お嬢様は途轍もないお方なのだ。

 

お嬢様がデスクイーン島をヘリで飛び立たれた場所に行ったとき、俺はそれをはっきりと理解することが出来た。

 

なんとその場所には、フェニックスの聖衣(クロス)が置かれていたのだ。

 

お嬢様は見送りは要らないと仰っていた。この場所にフェニックスの聖衣(クロス)を置いていくなどとは一言も口にされていない。

 

もしも俺がここに来なければ、フェニックスの聖衣(クロス)は失われていたかも知れないのだ。

 

お嬢様は俺に聖闘士にならなくてよいと仰った。だが、俺は本当は聖闘士になりたかった。エスメラルダを守れるほど強い男になりたかった。

 

きっとお嬢様は俺の本当の気持ちに気付かれたのだ。だから、フェニックスの聖衣(クロス)を置いていかれた。

 

何も仰られなかったのは、俺の天命を信じてくれたからだ。俺が聖闘士になる男だと信じてくれたからだ。

 

その証拠に全てを見透かしたようなお嬢様からのメッセージが俺に届いた。

 

“一輝が使いなさい。遠慮は無用ですよ”

 

だが、俺はフェニックスの聖衣(クロス)を前にして考えた。

 

俺はこのまま聖闘士になっていいのだろうか?

 

俺がなりたいのは女神(アテナ)の聖闘士なのだろうか?

 

俺は悩んだ。悩みまくった。悩みすぎてエスメラルダの膝の上で慰めてもらった。

 

その結果、出た結論がある。

 

「エスメラルダ、俺は女神(アテナ)の聖闘士ではなく、沙織お嬢様の聖闘士になるぞ」

 

「うん、そうだね。お仕事も城戸邸での警備なんだから当然だと思うよ」

 

お嬢様は可憐で美しく尊い素晴らしいお方なのだ。

 

決して、俺の雇い主だから言っているわけじゃない。

 

本当だぞ。

 

 

 

 

 




聖衣の箱の中は快適だと思います。暑さ寒さを完全シャットアウト。なのに窒息はしません。深海だろうと真空だろうとへっちゃらなのです。なんて万能な“箱”なのでしょう!


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第7話「沙織さん、牛と出会う」

ギリシャに観光に来ました。

 

もちろんシャイナさんと会う約束をしています。

 

生シャイナさんは初めてです。シャワーは忘れずに浴びようと思っています。

 

隠れ里の近くの村まで来ると、普通に聖闘士っぽい人が闊歩していました。

 

そう、筋骨隆々とした大男です。典型的な筋肉ダルマの聖闘士ですね。

 

感じる小宇宙(コスモ)は、わたくしより遥かに小さいです。ふむ、隠れ里の門番でしょうか? あの体格なら威圧感があるので、門番にはうってつけでしょう。なんでしたら、城戸邸の門番としてスカウトしてもいいですね。そして、一輝の指導もお願いしたいところです。

 

そうです。一輝が城戸邸の警備員として就職しました。そして、聖華と同じように昼間はエスメラルダと共に、わたくしと同じ小学校に通っています。

 

残念ながら一輝は年上なので、同じクラスではありませんが、エスメラルダが同じクラスになりました。

 

ククク、これでわたくしも体育の時間にペアを組めるようになったのです。

 

美穂さんが驚愕の眼差しで、わたくしがエスメラルダと柔軟体操をしているのを見ていましたわ。

 

お昼休みも、わたくしと星華とエスメラルダ、そして一輝の大所帯でお弁当タイムです。

 

わたくしの時代の幕開けですわね。おーほほほほほほほほっ!

 

そういえば、一輝がフェニックスの聖衣(クロス)を拾っていました。紛失したと思い諦めていましたが良かったです。

 

そのフェニックスの聖衣(クロス)は、一輝がはしゃいで纏っていたので、そのまま差しあげました。フェニックスの聖衣(クロス)の外観が、どう見ても男の子用なので、わたくしには似合いそうになかったですしね。

 

それに一輝が女神(アテネ)ではなく、わたくしの聖闘士になると仰っていたので、差しあげても問題はありません。

 

とはいえ、一輝は聖闘士になるための訓練を途中でやめているので実力に不安があります。

隠れ里の門番をされている筋肉ダルマの聖闘士が一輝を指導して下されば、一輝が大人になる頃には一人前の警備員になれることでしょう。

 

そうと決まれば、早速面接をしましょう。折角雇っても筋肉ダルマの実力が不足していれば意味がありませんからね。面接で実力と人柄も確認させてもらいますわ。

 

わたくしは筋肉ダルマの前に立ち塞がります。

 

「そなたは、聖闘士で間違いありませんか?」

 

突然現れたわたくしを筋肉ダルマは訝しむように見ています。

 

「お嬢ちゃんは何処の子かな? それに聖闘士とは何のことだい?」

 

どうやらこちらが子供だと思い、適当にあしらうつもりのようですね。人を見る目がなければ門番の資格はありませんわよ。

 

わたくしは瞬時に小さな結界を張り、自分の小宇宙(コスモ)を強めます。さあ、わたくしの事をどの様に判断されますか?

 

「なっ!? こ、この巨大で包み込む様な小宇宙(コスモ)は一体……お嬢ちゃんは何者なんだ。この俺の小宇宙(コスモ)すら比べ物にならんとは……その年齢に、この小宇宙(コスモ)…まさか、あんたは…いや、貴女は!」

 

おや、わたくしの器を示したつもりなのですが、わたくしの正体を知っているのでしょうか?

 

天下のグラード財団の後継者、才色兼備の美少女と名高いわたくしを知っているとは、門番としては合格ですね。

 

「間違いない! これほどの小宇宙(コスモ)を持つ少女など女神(アテナ)以外ならただ一人のはずだ!」

 

ふむ、女神(アテナ)とやらは、わたくしに匹敵する小宇宙(コスモ)の持ち主のようですね。それにしても、わたくしが巨大な小宇宙(コスモ)の持ち主だとバレているとは、ギリシャの隠れ里の諜報能力を甘く見すぎていましたわ。

 

「どうして貴女がギリシャにいらっしゃるのですか? 確かに我らとアスガルドは友好関係にありますが、連絡も無しで来訪されては困りますぞ。ヒルダ様」

 

「……誰それ?」

 

「へっ?」

 

ヒュー。

 

ギリシャの風は冷たかった。

 

 

***

 

 

「なるほど、シャイナの友人だったのか。それにしても沙織殿は、巨大な小宇宙(コスモ)をお持ちだな」

 

アルデバランと名乗った筋肉ダルマと、近くの食堂でお茶を飲みながら自己紹介をしました。

 

「わたくしの小宇宙(コスモ)は、生まれながらのものですわ。聖闘士の方々のように鍛えて得たものではありませんゆえ、自慢になりません。ただの特異体質のようなもの…そのように捉えて下さいませ」

 

「そうか。生まれながらの小宇宙(コスモ)なのか……失礼だが、沙織殿の年齢をお聞きしても?」

 

アルデバランは何か考え込むように呟いたあと、わたくしの年齢を尋ねてきた。女性に年齢を聞くなんて! などと怒る年ではないわたくしは素直に答える。

 

「そうか…それなら計算は合う。しかし、まさか……本当にそうなのか……アイオロスさん」

 

アルデバランはブツブツと独り言を繰り返している。

 

大丈夫かな、この人?

 

精神的に不安定な人は門番に向かないと思うので、スカウトは止めるべきね。わたくしが交渉を打ち切ろうと言葉を発しようとしたとき、アルデバランが再び口を開いた。

 

「沙織殿に会って頂きたい人物がいます。シャカという男ですが、この男は人を見る目に長けています。この男が沙織殿を認めたら、俺と少なくともそのシャカは、沙織殿に従います」

 

うむむ?

 

アルデバランは、友達と一緒に転職したいのでしょうか?

 

ギリシャの隠れ里の門番よりも、わたくしに雇われる方がいいと友達が判断したら一緒に転職すると言っているみたいですね。

 

その判断基準が、“わたくし”ということですね。

 

うふふ、ギリシャ人は面白いですわね。転職の判断基準が給与や待遇面ではなく、雇い主の人柄なのですね。

 

いいでしょう。わたくしも将来はグラード財団を背負って立つ身です。

 

門番の一人や二人のお眼鏡に適わぬ程度の器量ではやっていけませんわ。

 

さあっ、堂々と受けて立ちましょう!

 

シャカとやらを連れて来なさい!

 

 

***

 

 

五体投地。

 

 

わたくしもグラード財団の後継者として様々な体験をしてきました。

 

頭を下げられることなど日常茶飯事です。ときには土下座をされた事もあります。

 

ですが、出会った瞬間に“コレ”はないでしょう!?

 

うう…周りの方々の視線が痛いですわ。

 

星華を連れて来なくて良かったです。こんな場面を見られたら絶対に引かれますわ。びーえるのイベントに行くからとギリシャ旅行を断られたときはショックでしたが、今となっては幸いでした。

 

「シャカとやら、面をあげなさい」

 

わたくしの言葉にビクリと震えましたが、シャカは顔をあげてくれません。

 

「シャカよ…やはりそうなのか? この方が…そうなのか?」

 

困ったので、アルデバランに視線を向けますが、アルデバランの方は顔面蒼白になられてブツブツを繰り返しています。この人はブツブツばっかりですね。

 

はあ、この五体投地男もいい加減にして欲しいですね。わたくしに何かを謝りたいのか、それとも高貴で美しいわたくしを崇めたいのかは分かりませんが、このままだと妙な噂が立ちそうですわ。

 

「シャカ、そのような有様では話もできませんよ。そなたに罪があるというのなら、わたくしが許しましょう。わたくしに祈りを捧げたいというのなら、その心を受け取りましょう。ですから、もう面をあげなさい」

 

シャカがゆっくりと顔をあげる。

 

その閉じられた両目からは滂沱の如く涙が流れていた。

 

うん、間違いなく不審者です。最近は不審者ばかりに遭遇している気がします。

 

ああ、早くシャイナさんに会って癒されたいですわ。

 

 

 

 

 

 

 




土下座をされたことのある小学生……さすがは沙織お嬢様なのです!


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第8話「沙織さんと門番」

残念ながら、門番を二人ほど雇うことになってしまいました。

 

アルデバランとシャカ。

 

少々、不審者チックな雰囲気を感じましたので、城戸邸の門番としてスカウトするのは止めようと思ったのですが、お二人の気持ち悪いぐらいの熱意に負けてしまいました。

 

幸いと言えるかは分かりませんが、隠れ里での門番の仕事も掛け持ちなので一年のうち数ヶ月だけ城戸邸に来られるそうです。

 

その間は一輝の指導もしてくれることを約束してくれました。

 

 

 

「それでシャカよ。女神(アテナ)はまだ完全に目覚めていないのだな」

 

「ええ、女神(アテナ)は未だ幼いといえるお年です。目覚めるにはまだ幾ばくかの年月が必要でしょう」

 

「くそう、教皇め! やはり、アイオロスさんが裏切ったというのは嘘だったのか!」

 

「アルデバラン、教皇はこの私の目をも欺いていたのですよ。気に病む必要などありません。いつか必ずその報いは受けさせましょう。ですが、今は幼い女神(アテナ)の身に危険が及ばぬように何も気付いていないように振る舞うべきです」

 

「……黄金聖闘士全員で、教皇を倒しちまえばいいんじゃないのか?」

 

「その後が問題なのですよ。教皇が邪悪に染まっていたと外部に漏れれば、今まで息を潜めていた邪悪なる者共が、活動を始める切っ掛けとなるでしょう。その時、完全に目覚めておられぬ女神(アテナ)の身に万が一の事が起こる危険性があります。せめて、女神(アテナ)のお力だけでも完全に目覚めるまでは、教皇は泳がせておくべきでしょう」

 

「そうするしかないのか」

 

「アルデバラン、今は屈辱に耐えて、女神(アテナ)をお守りする事を優先すべきです。幸いなことに我ら黄金聖闘士がお側でお守りすることが出来るのです。しかも他の黄金聖闘士は女神(アテナ)の事を知りませんゆえ、我ら二人だけが女神(アテナ)のお側に侍ることが出来るのですよ。ある意味、我らは幸運と言えます」

 

「おお!? その発想はなかったぞ! 確かに女神(アテナ)聖域(サンクチュアリ)にお迎えしたら、俺達でも滅多に拝謁することが出来ぬ。だが、この状況なら女神(アテナ)が健やかにご成長されるご様子を間近で見守ることが出来るのだな!」

 

「ふふ、やっと気付きましたか。アルデバラン」

 

「クク、シャカよ。貴様、最初からその腹積もりだったな」

 

「私は“最も神に近き男”とよばれています。これ程の好機を逃すことは考えられません。これで名実ともに神に近付けます」

 

「最も神に近きって、そういう意味だったのか!?」

 

「フハハハハハハッ、全ては女神(アテナ)の愛と共に!!」

 

「クハハハハハハッ、いいだろう! 俺も女神(アテナ)の愛と共に生きるぞ!!」

 

 

 

何やら、二人で高笑いをしています。

 

こいつらは本当に大丈夫なのでしょうか?

 

あとで、シャイナさんに相談するとしましょう。

 

 

***

 

 

やっと、生シャイナさんに会えました。

 

くんかくんか。

 

うふふ、思ったとおり、いい匂いがします。

 

「いや、いきなり匂いを嗅がれても反応に困るんだけど?」

 

困った顔のシャイナさんも可愛いです。

 

今はシャイナさんのご自宅なので、仮面は外しているので素顔が丸見えです。写真を撮ってもいいですか?

 

「いや、その、どうだろうね? 写真の決まり事は聞いた事はないけど、男に素顔を見られるわけにはいかないから、写真はマズイかな」

 

そうでした。女聖闘士は男に素顔を見られたら“例外なくブッ殺す”という決まりがありました。

 

「いや、例外なくじゃなくて…まあ、いいか」

 

では、誰にも見られないように城戸邸の地下にある金庫室で保管します。だから写真を撮らせて下さい。

 

「ふふ、あたしなんかの写真がそんなに欲しいなら構わないよ。だけど、本当に見られないように気をつけておくれよ」

 

よしっ、許可を貰えました。

 

ツーショットも撮らせてもらいましょう。

 

それから写真を撮りまくりました。

 

パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ……

 

 

***

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!? いつの間にか脱がされてるんだけど!?」

 

チッ、正気に戻ってしまいました。残念です。

 

 

***

 

 

「もう一度、言ってくれないかい?」

 

「ですから、アルデバランとシャカという者を城戸邸の門番に雇うことになったのですが、このお二人は人格的に問題はないのかをお聞きしたいのです」

 

シャイナさんに二人の名を出してみたところ、知っているという話だったので訪ねたのですが、何やら反応が妙ですね。やはり、問題のあるお二人なのでしょうか?

 

「イヤイヤ、問題はないよ! ただ、その二人は何というか、ここで大事な任務というか、仕事を持っている人達でね」

 

「ああ、門番のお仕事ですね」

 

「なんだ、知っていたのかい?」

 

「ええ、本人達から伺いました。それで、そのことなら支障はありませんわ。ここと城戸邸の門番は掛け持ちで行います。年間のローテーションを組んで数ヶ月交代になる予定ですわ」

 

「そ、そこまでしてあの人達が沙織のところに行くのかい! どうやって口説き落としたんだ!?」

 

「いえ、なんでも生活費に困っているとかで、半ば泣き落としで雇わされましたよ」

 

本当は雇いたくなかったのですが、わたくしが雇わなければこの冬を越せないとか、一族郎党で夜逃げをしなくてはならないとか、色々と言われてしまい仕方なしに雇っただけです。

 

あれ、シャイナさんが頭を抱えています。どうしたのでしょう。

 

もしかして、シャイナさんも生活費に困っているのでしょうか?

 

「そうですわ、シャイナさんも日本で働きませんか? 城戸邸での、わたくしの話し相手のお仕事がお勧めですよ」

 

「いや、沙織は友達だからね。雇用関係になったら関係が変わりそうで嫌だから遠慮するよ」

 

ガビーン!!

 

わたくしは、シャイナさんの言葉に衝撃を受けます。

 

そ、そうですわ!

 

シャイナさんは大事なお友達なのに、お金で日本に呼び寄せようだなんて……わ、わたくしは何てことを…

 

「シャイナさん、ごめんなさい。わたくしはお金にばかり目がいっていたようです」

 

「ううん、分かってくれればいいさ。沙織はまだ子供なんだから間違うこともあるさ。でも間違ってもこうして沙織は間違いを認めて反省することが出来るんだ。こうやって、少しずつ大人になっていけばいいんだよ」

 

シャイナさんは優しく頭を撫でながら抱きしめてくれました。

 

ああ、シャイナさんの優しい温もりが伝わってきます。

 

「はい、シャイナさんのお気持ちは伝わりました。それでは大人として結婚をしましょう。シャイナさん」

 

「うん、もう一度お話をしようか」

 

シャイナさんとのお話は深夜にまで及びました。

 

 

 

 

 

 




沙織さんは失敗を繰り返しながらも少しずつ成長しているのです!


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第9話「沙織さんと弟弟子」

シャイナさんと手を繋ぎながら隠れ里を散歩をしています。

 

本来なら部外者なので堂々と歩けないらしいのですが、門番のアルデバランとシャカが許可証をくれました。

 

不審者予備軍かと思いましたが、意外と役に立つようです。少し評価を改めてあげましょう。

 

隠れ里内は自然が豊かで景色もいいです。ですが、未だに電気も通っていないので日常生活には不便のようですね。

 

お手洗いも汲み取り式なのには驚きました。ぼっとん…初めて見ました。

 

ガスも通っていないので、お風呂も水浴びで済ましていると聞きました。

 

食事内容も言わずもがな、といったところです。

 

うむむ、わたくしのシャイナさんが、こんな紀元前のような生活を送っているなど許せません!

 

こうなったら、隠れ里の近代化に着手するとしましょう。

 

シャイナさんは遠慮すると思いますので、門番の二人と相談して今後の開発計画を進めたいと思います。うふふ、グラード財団の科学力は世界一だということを証明してあげましょう。

 

わたくしが色々と考えていると、向こうから手を振りながら筋肉ダルマが近付いて来ました。アルデバランではありませんよ。彼ならシャカと共に物陰からわたくし達を警護しています。

 

「沙織、紹介するよ。こいつは名はカシオス。あたしの教え子だよ」

 

「うっす。カシオスと言います。よろしくっす」

 

わたくしの前で、世紀末の世界で“ヒャッハー”してそうなモヒカンの筋肉ダルマが愛想笑いをしています。

 

これが、シャイナさんの教え子…?

 

はっ!? いけないっ! 色々とショックですが、シャイナさんの教え子なら、わたくしにとっても弟弟子のようなものです。挨拶はちゃんと返すべきです。

 

「お初にお目にかかりますわ。わたくしは城戸沙織です。シャイナさんにとてもお世話になっております。わたくしもシャイナさんのご指導を賜っておりますから、貴方はわたくしの弟弟子になるのかしら?」

 

「ああ、カシオスは沙織より先にあたしの教え子になっているからね。どっちかといえば沙織が妹弟子だね」

 

「そうだったんですか。じゃあ、これからは俺のことはカシオスさんと呼びな。チビ」

 

シャイナさんの言葉にカシオスは態度を変えると、気安い感じでわたくしの天使の輪が輝く美しい頭をポンポンと無遠慮に叩きながら世迷言を言い放つ。

 

ブチッ。

 

「ちょっ!? カシオス!」

 

「へっ? なんです、シャイナさん」

 

「わたくしの拳が真っ赤に燃えます!! 慮外者を倒せと轟き叫びます!! カシオスッ!! 地獄の果てまでぶっ飛んでいきなさい!!」

 

「なっ!? ちょっ、まっ、ギャアアアアアアアアアッ!!!!」

 

「カシオォオオオオオオスッ!?」

 

わたくしの燃えさかる拳にぶっ飛ばされて、カシオスは空の彼方に消えていきました。でもちゃんと手加減はしたのでそのうち帰ってくると思います。たぶん。

 

「ぬう、あの年齢であそこまでの光速拳を使いこなすとは。流石は女神(アテナ)、お見事としか言いようがありませぬ」

 

「おおっ!? この光は…ああ、聖なる輝きで我が魂まで癒されるようです」

 

 

***

 

 

「姐さん。粗茶ですが、どうぞ!」

 

カシオスとのお話の結果、わたくしが姉弟子と認めさせました。

 

うふふ、姉より優れた弟はいないのですよ。

 

「いや、まあ、別にあたしはどっちが上でもいいけどね。とりあえず沙織はもっと手加減を覚えな」

 

なんですとっ!?

 

ちゃんとカシオスはピンピンしていますよ!

 

「いや、シャカがいなかったら冥府から呼び戻せなかったんだけど」

 

うむ、早速の働き褒めてつかわす。シャカ、よくやったぞ。

 

「おおっ!? このシャカめに過分のお褒めのお言葉っ、末代までの誉れと致します!!」

 

「ぐぬぬ、悔しいが、流石はシャカだ。だが、このアルデバランも(アテ)…ゲフンゲフン、沙織お嬢様に褒めてもらえるよう死力を尽くすぞ!」

 

「ふふ、共に頑張りましょう。アルデバラン」

 

「応ともっ!!」

 

「……あんた達、性格が変わってないかい?」

 

うふふ、ギリシャの隠れ里には愉快な人達が多いのですね。

 

 

***

 

 

「カシオスはペガサスの聖衣(クロス)を狙っているのですか?」

 

「へい、今のところは聖闘士候補生の中では、あっしが一歩リードをしております」

 

カシオスは胸を張りますが、わたくしにはカシオスの小宇宙(コスモ)が微塵も感じません。隠すのが上手いのでしょうか?

 

「カシオスッ、お前はまだ小宇宙(コスモ)を感じることすら出来てないんだよっ! ちょっとばかり体格に恵まれているからって、うぬぼれるんじゃないよ!」

 

シャイナさんの叱責にカシオスが縮こまります。

 

なるほど、カシオスは小宇宙(コスモ)なしの素の筋肉の力だけで他の聖闘士候補生と争っているのですね。それはある意味すごいですね。

 

「いいでしょう。カシオス、貴方の筋肉に対するこだわりは賞賛に値します。姉弟子として、わたくしも貴方の筋肉賛歌に協力してあげますわ」

 

「えーと、シャイナさん。姐さんは何を言っているんすかね?」

 

「…あたしに聞くんじゃないよ。まあ、カシオスにとっても良い体験になるだろうさ。死なない程度に沙織の相手をしてやんな……言っておくけど、あたしを巻き込むんじゃないよ」

 

「シャイナさん!?」

 

面白いですわ。小宇宙(コスモ)という人間が持つ心の力に対して、筋肉という人間が持つ肉体の力で対抗しようだなんて、まさに筋肉ダルマの面目躍如といったところですね。

 

わたくしの思いつきが正しければ、聖闘士は小宇宙(コスモ)で肉体を強化します。ならば逆に筋肉で心を強化することも可能なはずですわ。カシオスにそのことを証明してもらいましょう。

 

「シャイナさん、姐さんが妙なことを口走っているんすけど、冗談ですよね?」

 

「よ、よかったね、カシオス。あんたご自慢の筋肉を認められたみたいだよ」

 

「シャイナさん!?」

 

わたくしの勘が正しければ、最新科学トレーニングと、前時代的な努力と根性の猛特訓を適当に混ぜた、聖闘士候補生が受けている地獄の訓練がピクニックに感じるほどの、まさに地獄に落ちた方がマシといったハイパーナイトメアモードの拷問の如き訓練を施し、万が一にも生き残れたなら――カシオスは化けますわよ。

 

「シャ、シャイナさん! 姐さんが恐ろしいことを呟いているんすけど、もちろん冗談ですよねっ!?」

 

「…あたしじゃ、カシオスを聖闘士にしてやれないかもしれない。だけど情け容赦のない沙織なら、あるいはいけるかも……カシオスッ、あんたは聖闘士になりたいんだろっ! だったら、覚悟を決めなっ!!」

 

「いやいや、シャイナさん!! なんだか熱血風に言ってやすけど、目をそらしながら言われたら不安になっちまうんすけど!?」

 

「いや、あのね…あたしもあんな状態の沙織に関わり合いたくないというかね……うん、カシオスは男の子だからきっと大丈夫だよ。じゃあ、四年後のペガサスの聖衣(クロス)争奪戦で会おうじゃないか。アディオスカシオス…」

 

「シャイナさん!? あっしを見るシャイナさんの目が、まるで出荷されていく家畜を見るような目なんすけど、気の所為っすよね!!」

 

おやおや、なんだか賑やかですね。

 

ふふ、カシオスも張り切っているようですし、グラード財団の総力をあげてカシオスの筋肉を鍛えてあげますわ。

 

そうですわね。筋肉についてならグラード財団、社内クラブの筋肉愛好会で会長をされている戸愚…ナントカさんにお願いするとしましょう。筋肉の第一人者と謳われる彼なら安心ですわ。名前はよく覚えていませんが、筋肉愛は本物だったはずですわ。

 

さっそく迎えのヘリを呼びますから、アルデバランはカシオスが逃げ出さないように縛っておいて下さね。

 

「沙織お嬢様、お任せ下さい!」

 

「ひいっ!? やめてくれー!!」

 

わたくしはこれから旅立つカシオスにお別れを告げます。

 

「カシオス、わたくしが手助けを出来るのはここまでです。あとは己の力で道を切り開くのですよ」

 

怯えて泣き喚くカシオスでしたが、アルデバランが見事な手際で抵抗出来ないように縛ってくれたので、迎えの者につつがなく引き渡すことが出来ましたわ。

 

「カシオス、あんたのことは忘れないよ。きっと四年後に再会できると信じているからね」

 

シャイナさんもカシオスにお別れを告げています。カシオスも涙を流しながら手を振っていますわ。わたくしも振り返してあげましょう。

 

バイバーイ!

 

 

***

 

 

ククク、これでシャイナさんに纏わりつく悪い虫の排除が出来ましたわ。

 

それにしても、魅力的なシャイナさんの弟子に男子をつけるだなんて非常識にも程がありますね。

 

まあ、姉弟子としては、カシオスを師匠の元から追い出す形になってしまったことには多少の罪悪感を感じます。

 

せめて、筋肉鍛錬に関しては全力で行えるように差配させていただきますから許して下さいね、カシオス。

 

 

 

 

 

 

 




戸愚…ナントカさん「見せてやろう!! これが100%中の30%だっ!!」
カシオス「こ、これで30%だと!? き、筋肉とはどれほど奥深いんだっ!!」
戸愚…ナントカさん「ほう、この筋肉に恐怖ではなく憧憬を抱くとはねえ。いいだろう、お前さんを鍛えてやろう」
カシオス「っ!? お願いします!!」

カシオスの遠く長い筋肉を追い求める道はこうして始まった。


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第10話「沙織さん、魔鈴と出会う」

シャイナさんから紹介したい人がいると言われました。

 

まさか、ご両親ですか!?

 

ど、どうしましょう。まだ心の準備が出来ていません!

 

「いや、あんたと同じ日本人なんだよ。ここじゃあ、日本人は珍しいからさ。あいつも同郷の人間に会いたいだろうと思ったんだ」

 

「まあ、シャイナさんはお友達想いなのですね」

 

「そんなんじゃないよ。あいつは友達というよりも…そう、あたしのライバルみたいなもんさ」

 

照れ臭そうに頭を掻いているシャイナさんはとても可愛いですわ。

 

ところで、そのお友達とは女の子ですよね?

 

「当たり前だろ、魔鈴っていう女だよ。あんたに男友達を紹介なんか…いや、あたしに男友達なんかいないから殺気を消してくれないかい? 肌がピリピリするんだけど」

 

フフ、嫌ですわ。わたくしがシャイナさんに殺気を向けるわけないじゃないですか。

 

「はぁ…もう沙織はあたしよりもずっと強くなってる気がするよ……師弟関係は解消でいいかい?」

 

「わたくしの師匠の座をおりたければ、このわたくしを倒して下さい。言っておきますが、この勝負ばかりはシャイナさんといえど手加減は致しませんよ」

 

シャカに合図を送り、全力で結界を張らせる。アルデバランにも結界の強化を手伝うように指示をする。

 

わたくしは小宇宙(コスモ)を初めて本気で燃やします。

 

さあ、わたくしの小宇宙(コスモ)よ。燃え上がりなさい。たとえシャイナさん本人といえど、わたくしとシャイナさんの絆を引き裂こうとするのなら徹底抗戦ですわ。

 

「ぐうっ!? 元からデカい小宇宙(コスモ)だったけど、燃やされるとプレッシャーが桁違いに跳ね上がるね!!」

 

「こ、これが戦意を込めた(アテ)…じゃなくて、沙織お嬢様の小宇宙(コスモ)なのか! このアルデバランが小宇宙(コスモ)の圧力だけで後退させられるとは!!」

 

「ああ、私の身も心も染まっていきます。沙織お嬢様の小宇宙(コスモ)の色に、このシャカの全てが染まっていきます」

 

「シャカ…貴様、少し気持ち悪いぞ」

 

「ほっといて下さい」

 

おーほほほほほっ、この身より溢れ出す無限の小宇宙(コスモ)よ。我が愛に応えなさい!

 

煌めく星々たちが織りなす永遠に続く物語に、わたくし達の愛の舞踏が加わるのですわ!

 

「はぁ…仕方ないから沙織の師匠は続けるよ。それでいいかい?」

 

わたくしの愛が伝わったのですね!!

 

やはり、わたくし達の絆は永遠なのです!!

 

「一瞬で小宇宙(コスモ)を消したのか。沙織は完全に小宇宙(コスモ)のコントロールを身につけたみたいだな。これで体の方も出来上がったら……身の危険を感じるな」

 

「ぬおっ!? あれほど燃え上がっていた小宇宙(コスモ)を一瞬で霧散されるとは、なんという制御力! 流石は沙織お嬢様!!」

 

「お見事です。このシャカ、ただただ感服するのみでございます」

 

うふふ、わたくしの小宇宙(コスモ)は世界一ですわ!

 

さあっ、わたくしを崇めなさい! わたくしを敬いなさい! 信じる者は救われるかも知れないですわよ! おーほほほほほっ!!

 

「ふぅ…あたしゃあもう疲れたよ。もういいや、さっさと魔鈴のとこに行くとしようかね。(上手くすりゃ、沙織のことを魔鈴に押し付けられるかも知れないしね)」

 

「ああっ、お待ちください。わたくしの手を繋ぐのをお忘れですわ!」

 

「はいはい。これでいいだろ。さっさと行くよ」

 

うふふ、シャイナさんのお友達とはどのような方かしら? 楽しみですわ。

 

 

***

 

 

大岩を背中に乗せて少年が腕立て伏せをしています。よく見ると大岩の上には女の子が座っていますね。

 

女の子がこちらに気付きました。手をあげて挨拶をしてくれています。わたくしも手を振っておきましょう。

 

ところで彼女は仮面を被ってはいますが、雰囲気が星華に似ている気がします。

 

もしかして彼女は、星華と同じ種族なのでしょうか?

 

「同じ種族? そりゃあ、日本人なんだから同じ種族だろう?」

 

いえ、そういう小さな区別ではなく、魂の世界での話ですわ。

 

「た、魂って…随分と大きな話だねえ。それで、どういう種族なんだい?」

 

あまり言いふらしていい話ではありません。シャイナさんにだったら特別にお教えしてもいいですが、他の人には秘密にしていただけますか?

 

「そんな特別な話なのか…分かった。誰にも言いやしない。約束するよ」

 

シャイナさんの目を見つめる。

 

真剣な瞳に信用できると感じたわたくしは、小さな声で彼女達の種族名を口にする。

 

「彼女達は人の世の陰に生きる種族――“腐女子”ですわ」

 

ぽかん!

 

「とりあえず殴っていいかい?」

 

もう殴っていますわ!?

 

うう、痛いです。

 

はっ!? まさか!!

 

星華の殴り癖がシャイナさんにまで!?

 

まさかシャイナさんも腐じょ…ぽかん!

 

うう、痛いです。

 

「あたしを魔鈴と一緒にするんじゃないよ!」

 

「よく分からないけど、わたしもその星華とやらと一緒にされたくないね」

 

いつの間にか大岩の上にいた女の子が近くにきていた。おそらく彼女が魔鈴さんで間違いないだろう。

 

「お初にお目にかかりますわ。わたくしは日本から参りました城戸沙織と申します。シャイナさんとは魂で結ばれた姉妹の関係ですわ。もちろん、シャイナさんがお姉様ですわ」

 

「そ、そうなのかい。シャイナの魂の妹なのか。あー、わたしは魔鈴だ。様付けは止めてほしい。それとシャイナとわたしは魂では結ばれていないから安心しな。ただの友人だと思ってくれ」

 

「なにが魂の姉妹だよ! 魔鈴は真に受けてないだろうけど、沙織はこういう奴だからよろしく頼むよ」

 

「えっ、シャイナは目覚めたんじゃないのかい? 」

 

「何に目覚めるんだよ!? いい加減なことを言うんじゃないよ!」

 

「いや、前々からシャイナは、年下の娘達を侍らせていたじゃないか、それでいよいよ吹っ切れてカミングアウトをしに来たんじゃないのかい?」

 

「そんなわけないだろ!」

 

「フフ、別に照れなくてもいいよ。シャイナの性癖は薄々と勘付いていたからね。ただ、わたしはノーマルだからね。そこのところは忘れないでいておくれよ。それならシャイナとは友達のままでいられるからね。そうそう、これからは水浴びは別々で頼むよ」

 

「魔鈴! てめえっ、ぶっ飛ばす!!」

 

「ふんっ、やるなら容赦はしないよ!」

 

シャイナさんと魔鈴さんのキャットファイトですわ!!

 

イケイケゴーゴーですわ!!

 

シャイナさんと魔鈴さんが組んず解れつの大格闘で色々とお召し物が凄い事になっています!!

 

悔しいですわっ!!

 

どうしてわたくしは、カメラだけゃなくてビデオも持ってこなかったの!!

 

こうなったら、わたくしの灰色の脳細胞にシャイナさんと魔鈴さんの艶姿を永遠保存ですわっ!!

 

アルデバランにシャカっ!! お前達はお二人の姿を見ることを許しませんよ!! チラリとでも見たらぶっ殺しますわよ!!

 

「了解であります!! 俺達はお許しをいただくまで後ろを向いているであります!!」

 

「そのような女の裸よりも、私の裸の方が美しいと思うのですが? アルデバランもそう思いませんか?」

 

「そんなこと知るか!!」

 

よしよし、二人とも後ろを向いていますわね。わたくしのお姉様方の柔肌をケダモノ共の目に触れさせるわけにはいきませんもの。

 

ああっ、そんなに服を引っ張りあっては色々と大事なものが丸見えですわ……ゴクリ。

 

…シャイナさんと魔鈴さんは着痩せするタイプですわね。

 

「おいおい、魔鈴さんは何をやっているんだよ。俺に修行をさせたまま、シャイナさんと喧嘩なんかしないでくれよな。ほら、服が乱れておっぱいが見えてるよ。まったく、二人とも少しは恥じらいを持ってくれよな」

 

「うるさいよ、星矢!! お前は修行を続けな!!」

 

「げっ!? 星矢が居たんだった!! 星矢っ、早く逃げなっ!!」

 

「なに言ってんだよ、シャイナさんは? 訳わかんないこと言ってるヒマがあるなら、おっぱいを隠しなよ」

 

「……星矢、成仏しなよ」

 

「は?」

 

「燃え上がれ!! わたくしの小宇宙(コスモ)よ!! この邪悪なる者に永遠の終焉を与えるのです!! ええいっ、さっさと高まれ小宇宙(コスモ)!! 人としての限界を超えてっ!! 神々であろうとも屠る力をわたくしに寄越しなさい!! 」

 

「沙織お嬢様!! それ以上、小宇宙(コスモ)を高めるのは危険すぎます!!」

 

「沙織お嬢様のお身体には負荷が強すぎます! どうか、お気を静めて下さい!」

 

「シャ、シャイナ!! これって、どういう状況なんだい!?」

 

「いいからっ、死にたくなけりゃ逃げるんだよ!!」

 

「し、死ぬ!? それはどういう意味なんだい!」

 

「全力退避ーーーーーっ!!!!!!」

 

「シャイナッ、置いてかないでおくれっ!!」

 

 

「はぁあああぁああああああっ!!!!」

 

わたくしは星々すら砕けそうなほどに高まった小宇宙(コスモ)を拳に乗せて撃ち放ちます!!!!!!

 

「消え去れぇえええぇええええええっ!!!!邪悪なるクソ虫がぁあああああっ!!!!!!」

 

「ひぃっ!? なんだよこれっ!? せ、星華姉ちゃん助けてぇえええええっ!!!!」

 

 

ポカン…☆

 

 

わたくしの拳が少年を軽く小突く。

 

「あなたは星華の弟でしたの? もう、早く言って下さればよかったのに。そうだわ、思い出しました。貴方は星矢でしたわね」

 

かつての愛馬との再会です。

 

「ま、まさか……沙織お嬢様なのか?」

 

「お久しぶりですね、星矢」

 

そういえば、星矢はわたくしを恨んでいる可能性があったのでした。

 

聖闘士になって力を得てから復讐をされる前に始末しておこうかしら?

 

でも星華が悲しむかもしれない。

 

わたくしの星華が悲しむ顔は見たくないし、星華に嫌われるのも嫌だわ。

 

…星矢が女聖闘士に手を出そうとして、返り討ちになったことにすればいいかしら?

 

ちょうど星矢の師匠が女の子の魔鈴さんだから、若さによる欲望に負けた星矢が、魔鈴さんの寝込みを襲おうとして逆襲にあい命を落としてしまう。うふふ、我ながら無理のない展開ですわね。

 

小宇宙(コスモ)を燃やすことによって強化されたわたくしの超能力なら、ここにいる全員の記憶を改竄することも可能だし、万に一つも星華にバレることはないわね。

 

ククク、わたくしを狙った星矢が悪いのですよ。せめて葬式は盛大にしてあげるわ。

 

「ちょっと待ってくれ!! 俺は沙織お嬢様を恨んじゃいない!! 当然、復讐する気なんかないからなっ!!」

 

あら、そうなの? それなら放置でもいいわね。

 

……あれ、どうして星矢はわたくしの考えが分かったのかしら?

 

はっ!? まさか星矢も超能力者!?

 

「沙織…あんた、考えていることを口に出すクセに気付いていないのかい?」

 

なんですとーっ!?

 

わ、わたくしにそんなクセがっ!!

 

恐る恐る周囲を見回します。

 

星矢は怯えていました。これはどうでもいいですわ。魔鈴さんは警戒の目を向けてします。これはよくない兆候ですわ。アルデバランは居眠りをしていますね。ならば無視でいいでしょう。シャカは読経に夢中みたいで話を聞いていなかったようです。そしてシャイナさんは呆れた顔でわたくしを見ているけど、その目に嫌悪の色は宿っていません。

 

ま、まだ挽回できそうね。

 

だけど流石に警戒されると記憶改竄は難しいですわ。

 

一体、どうすれば…

 

この時、わたくしの灰色の脳細胞に閃きが舞い降りました。この状況がよくないのなら全てをなかったことにすればいいのです。

 

わたくしは満面の笑みを湛えて言い放ちます。

 

「うふふ、なーんちゃって、全部冗談ですわ!」

 

 

***

 

 

わたくしは己の天才的な閃きで窮地を脱することが出来ました。

 

「まあ、沙織の趣味の悪い冗談はいつものことだから気にするだけ無駄だよ」

 

「ふむ、類は友を呼ぶというからな。やはりシャイナの魂の妹ということか」

 

「……絶対にあの目は本気だったと思うんだけどなあ」

 

「がははははっ、俺は居眠りをしていたから何も知らんぞ!」

 

「私は読経の時間でしたので、外部の音は遮断しておりました」

 

 

おーほほほほほほほっ、わたくしの時代はこれからですわ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

などと、愚かな小娘でしかないわたくしは母国から遠く離れた異国の地で……無邪気に笑っていたのです。

 

 

 

 

 




ギャグは終わり、物語はシリアスへと流転する。かも?


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第11話「沙織さん、覚醒する」

お祖父様が倒れました。

 

ギリシャでその一報を受けたわたくしは急ぎ日本へと帰国しました。

 

「沙織お嬢様っ、旦那様はこちらです!!」

 

屋敷で待っていてくれた星華が、お祖父様が居られる部屋に案内してくれます。

 

「どうしてお祖父様は退院されているのですかっ!!」

 

「それが旦那様がどうしてもお屋敷に戻られたいと仰られたそうなのです」

 

そんな…どうしてお祖父様は強引に退院してまで屋敷に戻りたいなどと…

 

わたくしの胸に嫌な予感が過ぎりますが、それを強引に振り払い、お祖父様が居られる部屋へと急ぎます。

 

「お祖父様…」

 

お祖父様はベッドから身を起こされて、お気に入りの庭園を眺めておりました。

 

「お祖父様っ、お身体に障られます! 横におなり下さい!」

 

その姿に慌てるわたくしにお祖父様は優しく微笑んで下さります。その優しい微笑みにわたくしの心は何故か激しく動揺します。

 

「お祖父様っ!!」

 

「いいんじゃよ。自分の身体のことは自分が一番よく分かっておる。それよりも沙織や、儂が話す事をよく聞きなさい」

 

そう仰られたお祖父様は、わたくしの出生の秘密を語られました。

 

それは俄かには信じられないお話でした。

 

「お祖父様…」

 

言葉を無くしたわたくしに、お祖父様は優しく語られます。

 

「沙織や、儂の可愛い沙織や、たとえ沙織が何者であろうとも儂の可愛い沙織であることに違いはない。これより先、沙織の歩む道は困難に溢れておるじゃろう。だが忘れないでおくれ。沙織は儂の愛しい孫娘なのじゃ。儂はいつでも沙織を見守っておるよ…」

 

お祖父様はにっこりと微笑むと、眠るように瞼を閉じられました。

 

それが、

 

誰よりもわたくしを愛して下さり、

 

誰よりもわたくしを心配して下さった、

 

お祖父様の最後の――――いいえっ!!

 

違いますわっ!!

 

このような結末はたとえ神が許そうと、このわたし(・・・)が許しません!!!!

 

わたしの前に見える死神の姿。その悍ましい存在は、お祖父様の魂を狙ってやってきたのでしょう。

 

そのようなことをこのわたしが見逃すとお思いですか!!

 

わたしは全力で小宇宙(コスモ)を燃やす!!

 

果てしなく広がり続ける小宇宙(コスモ)を強引に制御する!!

 

荒れ狂う小宇宙(コスモ)を力尽くで押さえ込む!!

 

身体に収まりきらない小宇宙(コスモ)に肉体が悲鳴をあげる!!

 

気が狂いそうになるほどの痛みを笑い飛ばす!!

 

「わたしは誇り高きグラード財団が後継者、城戸沙織です!! お祖父様の死が運命だというのなら!! 運命すら捻じ曲げてみせますわ!!!!」

 

わたしは、お祖父様の魂を狩り獲ろうとその大鎌を振り上げた死神に全力の一撃を放つ!!!!

 

 

***

 

 

あれから一ヶ月が過ぎました。

 

わたしの胸に去来するのは、あの時のお祖父様のお話です。

 

お祖父様は、わたしがギリシャ神話の女神(アテナ)の化身だという妄想を信じられていました。

 

わたしに練りこんだ設定を熱く語られていたお祖父様の姿はとても輝いていました。

 

日本人のわたしが、遠く離れたギリシャで伝えられている女神(アテナ)の化身などあり得ないのに。

 

何しろギリシャの地には本物の女神(アテナ)の化身がいるのだから。

 

お祖父様…

 

わたしは、遥か遠くの静養所に赴かれたボケたお祖父様に想いを馳せる。

 

 

***

 

 

「一輝、お前は死ぬ覚悟はありますか?」

 

わたしの前に控える一輝は静かに答える。

 

「俺はフェニックスの一輝だ。俺にとって死は、もっとも遠きものだ」

 

「アルデバラン、お前は仲間を裏切る覚悟はありますか?」

 

アルデバランは何時ものように自信に満ち溢れたままに答える。

 

「俺は沙織お嬢様のみに忠誠を誓っている。故にその問いは意味をなさぬ」

 

「シャカ、お前はわたしのために悪に身を落とせますか?」

 

シャカは彼らしからぬ不敵な笑みを浮かべる。

 

「この世は諸行無常、最も神に近き男と呼ばれし私が、最も悪魔に近き男と呼ばれることもまた一興なり」

 

わたしは微笑む。

 

「四年後です」

 

わたしの言葉に眼前の三人は微かに反応する。

 

「わたしはこれより力を蓄えます。そして四年後、聖域(サンクチュアリ)に対して宣戦布告を行います」

 

彼らの身体に力が籠るのが分かった。彼らは戦うつもりなのだろう。けれどそれは違う。

 

わたしは彼らの勘違いを正す。

 

「初めに言っておきます。お前達の役目は戦うことに非ず。お前達の役目は生き残ること。そしてその目にしたことを語り続けることです」

 

疑問の視線を返す彼らに、わたしは酷薄な笑みを浮かべる。

 

「お前達はただの日本人の小娘が、ギリシャ神話にて謳われし女神(アテナ)を葬り、女神に成り代る様を新たなる神話として後世へと語り継ぐのです」

 

文字通りの、神をも恐れぬ傲慢なわたしの言葉に絶句する三人。

 

お祖父様…

 

ボケてしまわれたお祖父様の妄想。

 

その妄想をわたしが真実とします。

 

わたしは新たなる女神となりましょう。決して、わたしの愛するお祖父様をただのホラ吹きのボケジジイなどとは呼ばせはしませんわ。

 

その為になら神殺しの悪名…わたしは喜んで受けましょう。

 

 

これよりわたしは修羅に入ります。

 

 

 

 

 




沙織お嬢様は信念を得て、女神の道へと進みます。うむ!原作沿いの展開だな!


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ぎゃらくしあんうぉーず編
第12話「よみがえれ!英雄伝説」


原作突入です。今回は沙織お嬢様は登場しません。


俺は極悪非道な城戸の爺さんの手によって、ギリシャに送り込まれて聖闘士になるための修行中だ。

 

この修行は辛いけど、日本に聖衣(クロス)を持ち帰ることができれば、残虐非道な城戸の爺さんから報酬を貰える約束をしている。

 

その約束が守られる保証はないけど、俺は報酬に星華姉さんと二人で暮らせる程度の金を要求するつもりだから、腐ってもグラード財団総帥の城戸の爺さんならその程度の報酬なら払ってくれるだろう。

 

「星矢、なにをボウッとしているんだい! さっさと修行をしなっ!」

 

「わかったよ、魔鈴さん」

 

俺の師匠をしてくれているのは、同じ日本人の魔鈴さんだ。雰囲気が星華姉さんに似ているから指導は厳しいけど、俺はけっこう好きだったりする。

 

その魔鈴さんは何故か変な仮面をしている。これは魔鈴さんだけではなく、他の女聖闘士達もしていたりする。流行っているのかな?

 

そんなある日、俺がいつものように取っ組み合いを始めた魔鈴さんとシャイナさんの仲裁をしていると、突然現れた女悪魔に殺されかけた。

 

その女悪魔は日本でも俺を苦しめた奴だ。どうしてギリシャにいるのかは分からないけど、どうせ金持ちの気まぐれだろう。

 

このとき女悪魔に殺されかけたときの恐怖は一生忘れられないだろうけど、得たものもあった。

 

その女悪魔から殺意と共に小宇宙(コスモ)を向けられたお陰で、俺にも小宇宙(コスモ)を感じとることが出来たんだ。

 

その日以来、俺は少しずつ小宇宙(コスモ)に目覚め始めた。

 

魔鈴さんの小宇宙(コスモ)は、やっぱり優しくて暖かい感じだった。

 

シャイナさんの小宇宙(コスモ)も同じような温もりがある。

 

あの女悪魔の小宇宙(コスモ)は……正直に言うとあまり覚えていない。きっと、あまりにも暴力的な小宇宙(コスモ)のせいで、頭が感じるのを拒否したのだろう。

 

魔鈴さんもあんな小宇宙(コスモ)は初めて感じたと言っていたから間違いないだろう

 

殺されかけたときは恐怖心に負けてしまったけど、俺が聖闘士になったら一度ぐらいは女悪魔を泣かしてやろうと思っている。

 

もちろん、孫バカの城戸の爺さんにバレないように気をつけるぞ。

 

まあ、あのプライドの高い女悪魔は、俺に泣かされたからといって爺さんに言いつける真似はしないだろう。

 

とにかく俺の目標は二つになった。

 

聖闘士になって報酬を貰い星華姉さんを迎えにいく。そして女悪魔を泣かすことだ。

 

星華姉さん、それまで待っていてくれ。

 

 

***

 

 

「燃えろ、俺の小宇宙(コスモ)よ!」

 

俺は拳を叩きつける。

 

俺よりもデカい岩が一発で砕け散った。

 

小宇宙(コスモ)を燃やした俺の拳は音速にも達する。我ながら人間離れしたものだと感心してしまうぜ。

 

聖闘士修行は順調だ。魔鈴さんもこの調子ならペガサスの聖闘士に間違いなくなれるだろうと太鼓判を押してくれた。

 

かつてはカシオスという男が一歩リードしていたけど、その男はギリシャを去ってしまった。

 

たしかカシオスはシャイナさんの教え子だったはずだ。魔鈴さんの喧嘩友達のシャイナさんもカシオスが居なくなってからはギリシャから離れることが多くなった。

 

なんでも遠い国で任務についているらしい。偶に帰ってきたときに魔鈴さんにボヤいている姿を見かける。

 

「あたしは確かに“蛇遣い座”の聖闘士だよ。黄道上に位置している星座だよ。だけど黄道十三星座にはならないんだよ。あたしがどんなに頑張っても黄金にはなれないんだよ。白銀はどこまでいっても白銀なんだよ。そんな馬鹿みたいな量の小宇宙(コスモ)をあたしの聖衣(クロス)に込めないでおくれよ。あたしの聖衣(クロス)が壊れちまうよ。それに魔力は血に含まれているって何の話だよ。お姉様の為になら構いませんわって言いながら、夜な夜な自分の血をあたしの聖衣(クロス)にかけないでおくれよ。あたしの聖衣(クロス)が血まみれだよ。それとその呪文は一体何なんだ…よ……ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ! 」

 

「シャイナ、正気に戻りな!」

 

「へぶっ!?」

 

よく魔鈴さんに殴られているけど大丈夫かな?

 

何はともあれ俺の修行は順調だ。

 

ペガサスの聖衣(クロス)は俺の物だぜ!

 

 

***

 

 

聖衣(クロス)争奪戦の決勝の相手は、あのカシオスだった。

 

久しぶりに見たカシオスは以前の筋骨隆々とした身体とは違い、スマートといえるほどに痩せているようにみえた。

 

だがそれは俺の勘違いだということが直ぐに分かった。

 

カシオスは痩せたのではなく、驚異的なまでに鍛え上げられた筋肉を得ていたのだ。

 

「星矢、決勝の相手はお前か。どうやら小宇宙(コスモ)に目覚めたらしいな。安心したぜ、やっと俺は敵に出会えたらしい」

 

カシオスのその言葉はハッタリじゃない。コイツは決勝までの試合全てで、たった一撃で対戦相手を沈めてきたんだ。

 

「見せてやろう、これが80%だ!!」

 

カシオスは全身の筋肉に力を漲らせる。

 

カシオスの強靭な心臓から送り出させれた血液が筋肉に力を与えていく。

 

パンプアップした恐るべき筋肉が凶暴な戦意を放つ。

 

俺の小宇宙(コスモ)が心の力だとするのなら、カシオスの筋肉は肉体の力だ。

 

力の種類は違うけれど、カシオスから感じる力は本物だった。

 

全力を出さなければ負ける。俺は直感的に感じた。

 

「うおおおおおおっ!! 燃えろ、俺の小宇宙(コスモ)よおおおおおおっ!!」

 

俺は燃やした小宇宙(コスモ)の力を全て込めて拳を放つ。

 

「流星拳!!」

 

一秒間に100発以上の拳を放つ、俺の必殺技の流星拳がカシオスの筋肉に叩き込まれていく。

 

「なにっ!?」

 

だが、その全ての拳がカシオスの筋肉に弾き返されていった。

 

「星矢よ、この程度なのか? こんなヌルイ拳がお前の全力だというのか?」

 

カシオスの言葉に込められていたのは嘲りなどではなかった。その言葉に込められていた感情は――悲しみだった。

 

「星矢っ!! この俺が手に入れられなかった小宇宙(コスモ)を得たお前の力は本当にこの程度なのかあああああっ!!」

 

カシオスの悲鳴に似た叫びに俺の心が熱く燃えた。

 

「いいぜ!! そこまで言うなら見せてやる!!」

 

俺は限界を超えて小宇宙(コスモ)を燃やす。

 

「うああああああっ!!!! 限界を超えろ!!!! 俺の小宇宙(コスモ)よおおおお!!!!」

 

今度こそ俺の流星拳がカシオスをブッ飛ばす。

 

吹き飛んで壁に叩きつけられたカシオスだったけど、思った通り平然と立ち上がってきた。この程度で砕ける筋肉だとは俺も思っちゃいない。

 

「フハハハハハハッ!! それでこそ俺のライバルだ!! 見ろっ、これが俺の100%だあああああっ!!!!」

 

カシオスの全身が限界まで膨張した後、逆に縮んでいく?

 

いや違う!

 

膨張と凝縮を繰り返しながら、筋肉の密度が増していってやがるんだ!!

 

その筋肉の圧力に大気が震えている。

 

そして圧力が限界を超えたとき大爆発を起こした。周囲が粉塵に覆われてカシオスの姿を隠す。

 

その粉塵が収まった後、そこには異様な筋肉に包まれたカシオスが静かに立っていた。

 

その筋肉はまるで鋼鉄の棒を無理矢理捻って、人型に組み上げたような迫力があった。

 

「ククク、この姿になるのは久しぶりだ。星矢よ、いい試合をしよう」

 

その言葉と同時に強い衝撃を受けて俺は吹き飛ばされていた。

 

「ほう、流石だな。これで死ななかったのは師匠以外だとお前が初めてだ」

 

慌ててカシオスに目を向けると、さっきまで俺がいた場所で、拳を振り抜いた姿で立っていた。

 

その体からは煙が上がっていた。カシオスのあまりの速さに筋肉と空気との摩擦熱でおこった煙だろう。

 

「音速を見切れる俺の目が捉えられない速さなのか!?」

 

信じられないことにカシオスの筋肉は俺の流星拳よりも速かった。

 

「結局俺は小宇宙(コスモ)よりも筋肉を選んだが、それが正解だったようだな。かつては憧れた小宇宙(コスモ)がこの程度だったとは残念だよ。星矢よ」

 

本気で残念そうなカシオスの声に俺は…俺は……いや、まだだっ!!

 

俺はまだ全てを見せちゃいないぜ!!

 

残された力の全てを込めて小宇宙(コスモ)を燃やす!!

 

「カシオスッ!! これが俺の全力だーーーーっ!!!!!!」

 

「また流星拳か。それは俺には通用し…なにっ!? 無数の流星が一つになっていくだと!!」

 

「うぉおおおおおおおおっ!!!! これが俺の彗星拳だああああああああっ!!!!!!!!」

 

「ぬおおおおおおおおっ!!!! フルパワー!!!! 100%中の100%!!!!」

 

俺の全力とカシオスの全力がぶつかり合う。

 

心と体がぶつかり合う。

 

その瞬間、俺には星々の輝きがみえた。

 

 

***

 

 

「星矢、本当に日本に帰るのか?」

 

「ああ、日本で俺の姉さんが待っているからな」

 

「そうか、お前がいなくなったら寂しくなるな」

 

日本に向かう俺をカシオスは見送りに来てくれていた。

 

「あはは、カシオスがそんなことを言うなんてらしくないな」

 

「ふん、ぬかせ。星矢こそ本当は寂しいのだろう」

 

確かに寂しくないと言えば嘘になるだろう。

 

でもそれ以上に楽しみだった。

 

「楽しみだと?」

 

「ああ、今度会うときカシオスがどれほど強くなっているかを想像したら楽しくなるぞ」

 

「ククク、言っておくが今度は今回のようには如何ぞ。俺の筋肉など、師匠に言わせれば赤子同然のレベルにしか達していないのだからな。まだまだ発展途上よ」

 

「あはは、俺だって小宇宙(コスモ)をもっと鍛えてやるぜ」

 

ニヤリと俺たちは笑い合う。

 

「それじゃあ、ちょっくら日本に帰ってくらあ」

 

「おうっ、日本でも負けるんじゃないぞ。お前を倒すのが俺なんだからな」

 

 

俺はカシオスに手を振ると、日本へと向かった。

 

 

待っていろよ、女悪魔め。次はお前を泣かしてやるからな。

 

 

“ヒヒーン”

 

 

なぜか、背中のペガサスの聖衣(クロス)が怯えたような鳴き声を発した気がした。

 

 

気のせいだよね?

 

 

***

 

 

「星矢は行ったようだね」

 

「魔鈴、行かせてよかったのかい? 日本は反女神(アテナ)の拠点になっちまってるんだよ」

 

「…シャイナも日本に向かうんだろう? 行くなら早く行きな。次に会うときは敵として容赦はしないよ」

 

「あたしとしては魔鈴にも一緒に来て欲しいけど……無理のようだね」

 

「すまないね、私には私の目的があるんだよ」

 

「そうか……まあ、あんたの目的は何かは知らないけど叶うことを祈っておいてやるよ」

 

「シャイナ……ありがとう」

 

「ふん……あたしは忙しいからもう行くよ」

 

「シャイナ、死ぬんじゃないよ」

 

「ふふ、これから敵になる奴に贈る言葉じゃないね。でもそれもあたし達らしいか……魔鈴も死ぬんじゃないよ」

 

 

───二人の女聖闘士は、互いの拳を一度だけ合わせると背を向けて逆方向に歩き出した。

 

そんな二人を天空の星々は、優しくも哀しい光で照らしていた。

 

 




沙織お嬢様が幼い頃に小宇宙に目覚めた影響で少しだけ原作と乖離が発生しているけど、無事に星矢はペガサスの聖衣をゲットです。流石は原作主人公です!


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第13話「星矢、帰国する」

今回も沙織お嬢様は登場しません。


「日本よ、俺は帰ってきたぞ!」

 

日本に到着した星矢は、城戸邸に向かう前に寄り道をする事にした。

 

星矢が向かう先は大好きな姉のところだ。もちろん大好きといっても星矢は別にシスコンではない。たった二人っきりの姉弟としての家族愛なのだ。

 

たとえ星矢がウキウキとした足取りでスキップしながら向かっていても、それは深い家族愛ゆえだから勘違いしないでやってほしい。

 

「やっと着いたな……ここは変わらないな」

 

そこは星矢がかつていた孤児院だった。そして今も愛する姉が暮らしているはずだった。

 

星矢は思い出す。

 

大好きな姉と一緒に遊んだ日々を。

大好きな姉と一緒にお風呂に入った日々を。

大好きな姉と一緒に眠った日々を。

 

そんな感慨深く孤児院を見つめていた星矢に、驚いたように声をかける少女がいた。

 

「えっ、もしかして貴方は星矢ちゃんなの!?」

 

振り返った星矢の前にいた少女は…

 

「えっと、誰だっけ?」

 

星矢の見知らぬ少女だった。

 

「ふんっ!!」

 

「ゴフッ!?」

 

少女の見事なボディブローが星矢の鳩尾に決まる。たとえ聖闘士となった星矢といえど、その内臓にまで届く衝撃には堪えるものがあった。

 

だが、同時にその衝撃のおかげで星矢は少女の正体を思い出した。

 

「こ、この重いパンチは…み、美穂ちゃんなのか?」

 

「うん、そうだよ。久しぶりだね、星矢ちゃん」

 

そう、彼女は星矢の幼馴染だった。

 

美穂は一目で星矢に気付いたというのに、星矢が美穂に気付くのに遅れたのは別に星矢が薄情だからではなかった。

 

「本当に美穂ちゃんなのか……随分と綺麗になったから気付かなかったよ」

 

「ふふ、星矢ちゃんはお世辞が上手くなったね」

 

数年ぶりに見る星矢の幼馴染は綺麗になっていた。これは決してお世辞ではない。

 

「お世辞なんかじゃないよ、あの野生児みたいだった小汚い美穂ちゃ『ふんっ!!』ゲフゥウウッ!?」

 

「うふふ、嫌だなあ。星矢ちゃんってば、会う早々そんな冗談ばかり言って」

 

二発目のパンチは一発目よりも遥かに堪えた。どうやら一発目は手加減してくれたのだと星矢は気付く。

 

「あ、あはは…そうだね。美穂ちゃんは昔と変わらず可愛いね」

 

「えへへ、ありがとう。星矢ちゃんも昔と変わらず…ううん、昔よりずっと格好良くなったね」

 

美穂はニッコリと笑顔をみせる。

 

なんとなく寒気を感じるその笑顔を見た星矢は、泥と埃と汗とたまに返り血で汚れていた、野生の猿みたいだった昔の美穂の姿を記憶の彼方に封印する事に決めた。

 

 

***

 

 

「くそうっ、女悪魔め! 星華姉さんを人質にするなんて、なんて卑怯な奴なんだ!」

 

美穂から星華が城戸邸で住込みで働いていることを聞いた星矢は激昂するが、星華自身の待遇は悪くないらしいので何とか我慢する。

 

星矢にとっては信じられないことだが、あの女悪魔と仲良くしており、恵まれた環境で過ごしているらしい。

 

「つまり天使のような星華姉さんの魅力に、女悪魔も魅了されたわけか。流石は姉さんだけど、これじゃあ、女悪魔を泣かすわけにはいかないな」

 

星矢が女悪魔を泣かせたら、女悪魔と友達になっている姉に怒られるだろう。

 

「うぐぐ、ちくしょう! 悔しいけど星華姉さんに怒られたくないから、他の仕返しを考えてやるぞ!」

 

星矢は考えるが、泣かせる以外の仕返しが思い浮かばない。

 

「星矢ちゃん、それなら怒らせたらどうかな?」

 

「怒らせる?」

 

美穂の言葉に星矢は首をかしげる。

 

「うん、お嬢様を泣かせたら星華さんは星矢ちゃんを叱るだろうけど、お嬢様を怒らせてもただの喧嘩だと思って、星華さんは放っておくと思うよ」

 

「なるほど、女の子を泣かせたら悪者っぽいけど、怒らせるなら対等に喧嘩しただけと思うわけか」

 

「うん、そうだよ。星華さんは(星矢ちゃんと同じで)単純だからね」

 

「あはは、確かに星華姉さんは単純なところがあるか……あれ、いま俺の名前が聞こえたような?」

 

「ううん、空耳だよ」

 

「そうなのか? まあいいか。それよりも女悪魔に復讐してやるぞ」

 

美穂の言葉に何かが引っかかる星矢だったが、それよりも女悪魔への復讐心の方が優った。

 

「うんうん、私から星矢ちゃんを奪ったお嬢様をギャフンと言わせてやろうね。まずは、お屋敷に火をつけようか?」

 

「それはやり過ぎだろ!?」

 

「そう? それじゃあ、お嬢様を肥溜めに突き落とすぐらいにしておく?」

 

美穂の言葉に青くなる星矢。

 

「い、いや、なんだかんだ言っても女悪魔だって女の子なんだから、それは可哀想だと思う」

 

美穂との心理的な距離を広げながら、星矢は“俺の姉さん以外の女は怖い生き物だな”と考え、女に対する警戒心を高める。

 

「とりあえず、俺は屋敷に顔を出しに行くよ」

 

「うん、気をつけてね。星矢ちゃん」

 

心配する美穂に、星矢は安心させるように笑いかける。

 

「あはは、今の俺は天下の聖闘士なんだぜ。たとえ、沙織お嬢様だろうと怖くないぜ」

 

「うん。そうだよね」

 

聖闘士というものがよく分からない美穂だったが、とりあえず頷いた。

 

「それじゃあ、城戸の爺さんから報酬を頂いてくるぜ!」

 

「え、星矢ちゃん、待っ……行っちゃった」

 

美穂が止める間もなく猛スピードで、星矢は駆けて行ってしまった。

 

「星矢ちゃんは城戸様が亡くなられたことを知らないんだ」

 

美穂はなぜか嫌な予感を感じたが、気のせいだと頭を振り、星矢が無事に戻って来たことを孤児院の仲間に告げに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から沙織お嬢様視点に戻ります。たぶん。


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第14話「沙織お嬢様と銀河戦争」

わたしが神殺しを決意してから四年の時が流れました。

 

この四年の間には色々なことがありました。

 

ある時は、武者修行中に発見した魔道書の精霊と共に邪悪な魔導士を倒して世界を救ったこともありました。

 

またある時は、失われた古代文明が残した巨大ロボを発見したので、その場のノリで世界征服を目指したら謎のヒーロー戦隊に酷い目に合わされました。

 

逆に世界征服を企む謎の組織と遭遇したときには、シャイナさんの仮面を真似て正義の仮面ヒロインとして叩き潰してやったこともありました。

 

そうそう、某国の水爆実験で現代に蘇った古代の大怪獣をペットにしようと、手懐けようとしたら噛み付いてきたので宇宙の彼方に殴り飛ばしたことも今となってはいい思い出です。

 

そして、

 

そして、わたしのお祖父様が…

 

わたしのお祖父様が…

 

お祖父様が…

 

……

 

 

あのクソジジイがっ、静養所の若い女共を愛人にした挙句に腹上死しやがりました!!

 

「男としては大往生な最後でしょうか?」

 

「うっさいわよ! 星華っ!!」

 

あのクソジジイのお陰で、わたしは経済界でいい笑い者よ!!

 

遠く離れた静養所だったから気付くのが遅れて箝口令も間に合わなかったわ。

 

呆けたくせして女癖の悪さだけは忘れないなんて最悪だわ。

 

腹が立ったからクソジジイの墓標に“稀代の性豪、ここに眠る”って刻んでやったわよ。

 

「今では子宝のご利益があるとかで、若い夫婦がお参りをしているそうですよ」

 

「ぐっ……」

 

ふ、ふんっ、もうあのクソジジイのことなんかどうでもいいわよ!

 

そんなことよりも、もうすぐ世界中から子供達が帰ってくるはずよね。

 

「はい、何人が聖闘士になれたのでしょうね」

 

今となってはクソジジイの世迷言を叶える気は失せているけど手駒は多いほどいいわ。

 

わたしの世界を狙う奴らは多いもの。この間のタコ擬きも強敵だったわ。タイマン張ってなんとか海底に封印したけど本当に疲れたわ。

 

あのタコ擬きは、大怪獣の代わりにペットにしようと思って呼び出してあげたのに、どうして、どいつもこいつも噛み付いてくるのよ。まったく可愛くないったらありゃしないわ。

 

「お嬢様、ガキ共が戻ってきました」

 

わたしがイライラしていると、執事のハゲが報告をしてきた。

 

「星華、行きますわよ」

 

「はい、お嬢様」

 

わたしは手駒候補を見定めるために立ち上がる。

 

そう、まだ彼らは手駒候補にすぎない。

 

たとえ聖闘士になったとしても役に立たない手駒ならいらないもの。

 

「せめて甘えん坊のフェニックスぐらいの実力は欲しいわね」

 

恋人のエスメラルダにベッタリの甘えん坊の一輝ではあるけど実力はソコソコにあるわ。特に打たれ強さは評価に値するわね。

巨漢のアルデバランに滅多打ちにされても、エスメラルダの声援一つで不死鳥の如く立ち上がる姿は正にゾンビのようだわ。

 

そういえば、わたしがずっと瞬だと思っていた子がエスメラルダという女の子だと気付いたときは驚いたわ。

 

ある意味、実の弟よりも“アレ”よね。

 

だって、自分の弟にソックリな女の子を見つけだして恋人にするなんてどれだけの執念なのよ。流石のわたしでも引くわよ。

 

「それでお嬢様、どのように彼らの実力を測るのですか?」

 

そうね、聖闘士は小宇宙(コスモ)だけで実力を測るけど小宇宙(コスモ)だけで勝てるなら苦労はしないわ。

 

「そうだわ、彼らには実際に戦ってもらいましょう。彼らは聖闘士だから『銀河戦争』とでも名付けた格闘大会を開催するとしましょう」

 

「へえ、お嬢様にしてはネーミングセンスがいいですね。聖闘士は星座を模した聖衣(クロス)を纏って戦いますから『銀河戦争』の名は相応しいですね」

 

「“お嬢様にしては”とはどういう意味かしら? まあいいわ。では『銀河戦争』の開幕ですわ」

 

「はい、お嬢様」

 

 

***

 

 

「沙織お嬢様、お久しぶりです!」

 

「貴方もお元気そうでなによりです」

 

誰だコイツ? と、思っていても微笑を浮かべて挨拶をする優雅なわたし。

 

ええいっ、まずは名乗りなさい!

 

それが嫌なら名札をつけなさい !

 

お前達にとっては、わたしが唯一無二の至高のお嬢様だろうけど、わたしにとってはお前らは百人もいたクソガキ共なのよ!

 

名前なんか覚えているわけないでしょう!

 

「ふん、外面だけは良くなったみたいだな」

 

「あら、星矢も無事に聖闘士になられたのですね」

 

やっと名前のわかる奴がきたわね。こいつは星華の弟だし、多少実力不足でも我慢してあげようと思っているわ。

 

「星矢、お嬢様に失礼な口をきくんじゃねえよ」

 

「お前は……誰だ?」

 

「邪武だよ! まさか忘れたのか!?」

 

「俺のことを知っているのか?」

 

「いやいやいや!? けっこうお前とは絡んでいただろう!! 星矢がお嬢様の馬にされそうになったときに代わってやったこともあっただろう!」

 

「……?」

 

「不思議そうに首を傾げんじゃねえ!!」

 

「あはは、冗談だよ」

 

「ったくよ。星矢の冗談は面白くねえぜ」

 

「まあ、そう言うなよ。久しぶりなんだからさ。えっと……」

 

「邪武だよっ!!」

 

「そうそう、ジャブだった。ジャブだジャブ。ジャブジャブストーレート! のジャブだよな」

 

「……お前、本気で俺のことを覚えていないのか?」

 

「あはは、きっと沙織お嬢様だって覚えていないだろうから気にしないでくれよ」

 

「沙織お嬢様が俺のことを忘れるわけないだろうが! ねっ、沙織お嬢様!」

 

わたしに振るんじゃないわよ!?

 

せっかく黙って空気になっていたのに台無しじゃない。

 

でもいいわ。こいつのことは薄っすらだけど思い出したもの。

 

たしか、わたしが愛馬(星矢のことね)に乗ろうとしときに代わりに騎乗してくれと願い出た駄馬だったわね。

 

乗り心地が悪かったのを覚えているわ。

 

「うふふ、邪武のことはもちろん覚えていますよ。昔と違い見違えるほど立派になりましたね。星矢が思い出せないのも無理はないかもしれませんね」

 

「お、俺が立派だなんて…沙織お嬢様、ありがとうございます!」

 

わたしの言葉に機嫌を直す邪武。

うふふ、男の子は単純だわ。

 

「チョロすぎるだろう。ジャブ」

 

「星矢、私には挨拶をしてくれないのかい?」

 

「えっ!? まさか星華姉さんなのか!」

 

わたしの後ろにいた星華が星矢に声をかける。てっきり人前だから星矢は照れて星華に話しかけないのかと思っていたけど気付いていなかったみたいね。

 

星矢は、もしかして健忘症かしら?

 

「まったく星矢は、実の姉の顔も覚えていないのかい?」

 

呆れたように星華は溜息をつく。いや、本当は呆れたのではなく星矢に気付いてもらえなくて寂しいのだろう。

 

「いや、そのゴメン。星華姉さんがこんなに綺麗な女の人になってるなんて思ってなくて…いや、昔が綺麗じゃなかったっていう意味じゃなくて、昔は綺麗というより可愛い女の子だったわけで、俺も弟ながらに可愛い姉さんが自慢だったわけで、その可愛い女の子のイメージだったから、綺麗な女の人がいるなあ、とは気付いていたけど、それが可愛いイメージと繋がらなくて、こんな綺麗な女の人が彼女だったら幸せだろうなあって思っていたら、それが俺の星華姉さんだったわけで、俺は嬉しいのか、綺麗な女の人が実の姉さんで残念なのかよく分からない状態なわけで、それでもやっぱり、俺は星華姉さんが大好きなわけで、だから大好きな星華姉さん、これからは俺と一緒に暮らそう!!」

 

「いや、ごめん。なんだか気持ち悪いから一緒には暮らしたくないわ」

 

「なっ!?………ガク」

 

星華の言葉に崩れ落ちる星矢。

 

うん、この姉弟の事はソッとしておこう。

 

わたしは二人のことはスルーして『銀河戦争』の開幕を告げることにした。

 

「これよりグラード財団の名において、『銀河戦争』を行います。優勝者には……そうね、地下倉庫に置いてある金ピカの聖衣(クロス)っぽい物を差し上げますわ!」

 

優勝商品のことは考えていなかったけど、やっぱりご褒美は必要よね。咄嗟に思い出した置きっ放しのクソジジイが残した金ピカの聖衣(クロス)っぽい物なら資産的価値も十分でしょう。

 

さあ、優勝商品目指して全力を振り絞って戦うのですよ。

 

「ブーブー、聖衣(クロス)っぽい物って何だよ! 俺はそんなものより現金がいいぞ! 姉さんと暮らせる家と生活費を要求する!」

 

あらあら、星矢が何とも可愛らしい要求をしていますわ。星矢の要求程度なら聖闘士になった御褒美で叶えてもいいけど、星華と暮らすことは断られたばっかりよね? もしかして星華を説得することも含まれているのかしら?

 

「その程度は構いませんけど、星華と暮らすのは御自分で説得して下さいね」

 

「な、なんだと!?」

 

絶望した顔で再び崩れ落ちる星矢。やっぱり説得も期待していたわけね。

 

「あのさ、星矢。二人っきりで暮らすのはあれだけど、私は城戸邸で住み込みだからさ、あんたも住み込みで働くなら一つ屋根の下ってことになるよ」

 

少し気持ち悪くてもやはり実の弟は可愛いみたいで、星華が落ち込んでいる星矢に妥協案を出した。

 

「その手があった!」

 

星矢は目を輝かせると姿勢を正し、わたしに頭を下げてきた。

 

「慈悲深きお嬢様に俺はこの拳を捧げる。お嬢様の敵はこの拳が打ち砕く。だから俺を住み込みで雇ってくれ!」

 

星矢を手駒にすることは当初の予定通りなのですが、なぜか星矢に対して残念感を感じるのは気のせいかしら?

 

…まあ、いいわ。深く考えても仕方ないわね。

 

「うふふ、星矢。頼りにしていますよ」

 

「ちょっと待ったあ!」

 

わたしがニッコリと慈悲深いお嬢様らしく微笑みながら了承してあげてると駄馬…じゃなくて、ジャブが割り込んできたわ。

 

「俺も敬愛する沙織お嬢様に忠誠を誓います! お嬢様の為なら馬でも犬にでもなります! 忠犬邪武とお呼び下さい! だから俺も沙織お嬢様と同じお屋敷に住まわせて下さい!」

 

え? なんだか気持ち悪いから嫌だわ。

 

星華の弟であり、かつての愛馬でもある星矢ならともかく、ただの駄馬を飼う趣味はありませんわ。

 

「ジャブ、星矢はわたしの信頼厚い星華の実の弟だから側に仕えることを許したのですよ。貴方が同じようにわたしの側に仕えたいと仰るなら貴方自身の力で掴みとりなさい」

 

わたしの言葉に悔しそうに星矢を睨んだあと、ジャブは決意を秘めた目をわたしに向けてきた。

 

「それは先ほど仰った『銀河戦争』を勝ち抜け。という意味でしょうか?」

 

「その通りです。他の者も同じですよ。『銀河戦争』の勝者には、金ピカの聖衣(クロス)っぽい物以外でも望むものがあれば叶えましょう」

 

慈悲深く優しいわたしは、ジャブ以外の手駒候補達にも御褒美について約束をしてあげる。

 

「ほう、随分と気前がいいんだな」

 

おや、金髪少年が前に出てきましたね。

 

「だが、俺の願いをあんたが叶えられるのか?」

 

「ふふ、我がグラード財団が叶えられない望みの方が少ないと思いますよ」

 

挑戦的な物言いの少年ですが、わたしは大人なので優しく応対してあげます。

 

ところで彼の名前はなんというのかしら? 尋ねるタイミングを逃してしまったわ。

 

「おい、氷河! 沙織お嬢様に対して失礼だぞ!」

 

グッジョブ、ジャブ!

 

ナイスなタイミングでのツッコミですわ。少しだけジャブの評価がアップですね。

 

「氷河、貴方の望みを教えてもらえるかしら?」

 

「いいだろう、どうせ無駄だろうがな。俺のマーマは極寒のシベリア海の奥深くに沈んだ船で眠っている。俺の望みはその船を引きあげることだ」

 

な、なんだか意外と重い内容ですわ。

 

氷河の亡くなられたマーマ。

 

…マーマって、母親のことでいいのでしょうか?

 

「そうか、氷河のおっかさんは海底で眠っているのか」

 

「ジャブ、おっかさんというな。マーマだ」

 

「おっかさんのことだろ?」

 

「日本語ならそうだ。だが、俺のマーマをおっかさんと呼ぶな」

 

グッジョブ、ジャブ!!

 

ナイスですわ。わたしでは聞きづらいことでも平気で聞けるジャブの評価が小アップですわ。

 

「なるほど、氷河の望みは分かりました」

 

「ふん、不可能なことも分かっただろう。未だ人の技術では辿り着けぬ深海だ。聖闘士となった俺ですら僅かな時間しかおれん場所だからな」

 

氷河は寂しそうな顔で呟く。

 

なるほど、超能力だけではなく霊能力にも目覚めた今のわたしには視えていますが、氷河の守護霊をされているご婦人が氷河のマーマのようですね。

 

だって、寂しそうな顔をしている氷河のことを悲しい顔で見つめているもの。

 

いいでしょう、ここはわたしの優しさの見せ所ですわ。

 

「星華、アレを」

 

「はい、お嬢様。準備は出来ております」

 

ふふ、流石は星華ですね。何も言わずとも準備が出来ているなんてね。

 

わたしは星華が差し出したソレを手にすると、氷河のどたま向けて振り抜いた。(どたま:頭のことですよ)

 

バチコーン!!

 

『いつっ!? 何をするん…だ?』

 

『氷河…』

 

わたしの一撃で肉体という檻から抜け出した氷河は自分の守護霊と対面する。

 

『マーマ…なの?』

 

『大きくなったわね、私の可愛い氷河』

 

『マーマ!!』

 

『氷河!』

 

氷河とマーマは抱き締め合う。

 

ああ、引き離された親子の感動の再会ですわ。

 

 

 

「あのさ、星矢」

 

「なんだよ、ジャブ」

 

「俺の目には、沙織お嬢様が氷河の頭を錫杖みたいな棒でぶん殴ったら氷河がぶっ倒れて、沙織お嬢様が何故か感動したように目をウルウルさせ始めたように見えるんだが」

 

「安心しろ。俺にもそう見える」

 

「意味が分からんのだが?」

 

「…きっと、聖闘士を一撃で倒せたから感動したんだろ」

 

「そうか…」

 

「そうだ」

 

「氷河……意外と軟弱な奴だな」

 

「…そうだな」

 

 

 

 

 

 




安心して下さい。氷河は死んでいません、幽体離脱をしただけです。


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第15話「沙織お嬢様は冗談好き」

「マーマと再会させてくださった偉大なる沙織お嬢様に、俺は永遠の忠誠を捧げる」

 

氷河がわたしに忠誠を誓ってくれました。

 

そして、シベリア海に沈んだ船はマーマさん自身の希望で引き上げないことになりました。

 

なんでも、極寒のシベリア海ならマーマさんの御遺体は生前と変わらない状態をキープできるそうです。

 

いつまでも美しくありたい。その気持ちは同じ女として理解できますわ。

 

わたしの強大な超能力でなら容易に船は引き上げられたのですが、氷河もマーマさんの意思を尊重することに賛成しました。

 

氷河としては三日に一度程度、わたしの神聖な力でマーマさんとお喋りができれば満足だそうです。

 

「あのさ、氷河を殴ったその棒は何なんだ?」

 

星矢がわたしが手にする錫杖を指差します。こらこら、人の方を指差してはいけませんよ。

 

「これは地下倉庫で発掘した錫杖ですわ。不思議とわたしの手に馴染んだので愛用しています」

 

かつて、女神(アテナ)と戦うことを決意したわたしは自分の修行だけではなく、わたしに相応しい武器も探しました。

 

なにしろ相手は神様なのですから流石のわたしでも素手では不利でしょう。

 

そこで、節操のない好事家として有名だったクソジジイの収集物を漁ってみたところ、この錫杖を見つけたのですわ。

 

黄金に輝く美しい錫杖は折れず、曲がらずの丈夫なものでした。それに握っていると自分が最強になったような感覚になります。

 

もしや精神汚染かと警戒しましたが、わたしが調査したところ問題がなかったので愛用することにしました。

 

同じように黄金の盾も地下倉庫で見つけたのですが、これまた丈夫なものだったので愛用しています。この盾の場合、装備していると自分が無敵になったような感覚になります。

 

無敵の盾と最強の錫杖。

 

どちらの方がより丈夫なのでしょうか?

 

ここで愚かな男なら試すのでしょうが、わたしは賢明な女なのでそのような馬鹿な行為には及びません。

 

だって、どっちかが壊れでもしたら勿体無いでしょう?

 

これは星華も同意見でしたわ。

 

女狂いのクソジジイでしたが、この二つはクソジジイの形見だと思い大事にしています。

 

 

***

 

 

「俺はどうしたらいいんだ?」

 

もうすぐ銀河戦争の一回戦が始まるというのに、一輝は頭を抱えて悩んでいます。

 

「素直にエスメラルダを瞬に紹介すれば良いのではないですか?」

 

一輝はいまだに瞬に会っていません。

 

なんでも、実の弟に瓜二つのエスメラルダを恋人にしたことをどのように説明するかで悩んでいるそうです。

 

わたしにとっては今更な話なのですが、本人にとっては重大事らしいですね。

 

「沙織お嬢様が瞬だったとしたら、俺のことをどう思われますか?」

 

一輝が真剣な顔になっています。ここはわたしも本気で考えて答えてあげるべきですね。

 

うーん、そうですね。わたしが瞬だったとしたら、久しぶりに再会した実の兄が自分と同じ顔の女性を恋人にしていたわけですよね。

 

つまり、兄にとって自分も情欲を向ける対象になりうるわけですね。

 

ふむふむ、昔を思い返してみれば、一輝は瞬に甘い兄でしたよね。いつも二人は一緒にいた記憶があります。

 

ご飯も一緒、お風呂も一緒、布団も一緒、ベタベタした兄弟でした。

 

うんうん、あの頃から一輝は瞬に対してそのような感情を向けていたわけですね。

 

「はい、結論がでましたわ」

 

「是非とも聞かせて下さい!!」

 

一輝はわたしに詰め寄らんばかりの勢いです。本当に瞬のことが心配なのですね。

 

わたしも心して答えましょう。

 

「兄さん、気持ち悪いよ」

 

「ガーン!?」

 

「もしかして、ずっと僕のことをそんな目で見ていたの?」

 

「うう…」

 

「たしかにエスメラルダさんは女の子として可愛いと思うよ」

 

「そ、そうだよな!」

 

「でも、僕に似ているよね?」

 

「あうう…」

 

「普通、いくら可愛いといっても弟に似た女の子を恋愛対象にみれるものかな?」

 

「うぐぐ…」

 

「まあ、他にも色々と言いたいことはあるんだけど、エスメラルダさんは幸せそうだからよしとするよ」

 

「おおっ、俺たちの事を認めてくれるのか!?」

 

「うん、そうだね。兄さんのことはともかく、エスメラルダさんはいい人だし幸せになって欲しいからね」

 

「そうなんだ! エスメラルダは俺には勿体無いぐらいの女性なんだよ!」

 

「…そうだろうね。僕のことを知っても兄さんを愛してくれるだなんて、こんな慈悲深い女性が現実にいるなんて信じられないよ……それとも乱視とかかな?」

 

「よかった、よかった。これで三人で仲良く暮らせるよな!」

 

「は? 何を言っているんだい、兄さん」

 

「え…いや、だって瞬はエスメラルダのことを認めてくれたんだろう? それなら一緒に暮らせるじゃないか」

 

「はっ、寝言は寝てから言ってよね、兄さん。僕はエスメラルダのことは仕方ないことだと諦めたけど、◯モで近◯相◯の変態兄貴なんかと一緒に暮らせるわけないだろう。僕はノーマルなんだよ、アンドロメダ島にちゃんと彼女だっているんだからね。だから僕には近付かないでくれるかな? 僕の許可なく近付いた場合は法的措置も辞さないからそのつもりでいてね」

 

「ぬわああああっ!!!! しゅぅうううんんんっ!!!! 俺を捨てないでくれーっ!!!!」

 

「見苦しいよ、兄さん。こんな奴が僕の兄さんだなんて呆れるのを通り越してもう悲しくなってくるよ」

 

「瞬っ、不甲斐ない兄を許してくれーっ!!!!」

 

血の涙を流しながら一輝は地面に崩れ落ちました。

 

えっと、ちょっとした冗談のつもりだったのですが、一輝は大丈夫でしょうか?

 

 

***

 

 

一輝の落ち込み具合が凄まじくエスメラルダに怒られてしまいました。

 

わたしも少し反省しました。

 

ですので、知性豊かなわたしが知恵を振り絞り、一輝と瞬の仲を取り持つ脚本を作成しました。

 

大まかなストーリーはこうです。

 

銀河戦争中に突然現れた一輝が優勝商品の金ピカの聖衣(クロス)っぽい物を盗みます。

 

そして、デスクイーン島に逃げた一輝を瞬達は追いかけて行くのですわ。

 

しかし、その途中で一輝の配下達(バイトのエキストラ達)に瞬以外は足止めをされてしまいます。

 

瞬はたった一人で兄を止めようと一輝の元に向かうのですわ。

 

その頃の一輝はいうと、盗んだ金ピカの聖衣(クロス)っぽい物を謎の儀式に使って、かつて聖闘士の修行中に一輝を庇って命を落としたエスメラルダを生き返らせていたのです。

 

エスメラルダは弟の瞬の似ていたため、修行中の一輝とは男女の垣根を超えた友情を育んでいたのですが、一輝の命の危機に際してエスメラルダは自分の本当の気持ち――一輝への恋心に気付いて命を投げ出したのです。

 

そんなエスメラルダの気持ちに触れた一輝もまた、実の弟とクリソツな姿形などは関係なくエスメラルダの純粋な気持ちに惹かれたのですわ。

 

そして愛するエスメラルダを生き返らせるために一輝は、敬愛する素晴らしい沙織お嬢様を裏切るという大罪を侵したのです。

 

そんなこんなな事情説明をし合う一輝とエスメラルダの会話をタイミング良く聞いていた瞬は、きっと一輝とエスメラルダの純愛を認めてくれるでしょう。

 

瞬と和解した一輝は、可憐で純粋な沙織お嬢様に命をもって償うと言いだします。瞬はきっと反対して一緒に許しを請いに行こうと仰ることでしょう。

 

一輝とエスメラルダ、そして瞬の三人に許しを請われた女神のように慈悲深い沙織お嬢様は、三人が共に幸せになるなら許しましょうと告げるのですわ。

 

涙を零し感激する三人。

 

それを優しい笑みを浮かべて見守る沙織お嬢様。

 

めでたし、めでたしですわ。

 

 

***

 

 

わたしが思っていた以上に一輝は追い詰められていたようですね。わたしが冗談で作った脚本が採用されるなんて予想外ですわ。

 

エスメラルダも一輝の勢いに飲まれてイベント参加を了承してしまいました。

 

こうなったら、わたしも言い出しっぺなので後には引けません。

 

仕方ないので、デスクイーン島に一輝のアジトを突貫工事で作らせることにしました。

 

一輝配下用のエキストラは、アルデバランとシャカ、それにシャイナお姉様だけだと少ないかしら?

 

修行時代に友人になったヒルダにも声をかけてみようかな? 彼女は田舎暮らしで暇そうだから声をかけたら喜んで来そうよね。

 

うふふ、意外と『銀河戦争』より楽しくなりそうね。

 

そうだわ、星華も参加しない?

 

実はこんな事もあろうかと、星華用の悪の女幹部っぽい衣装を作っていたのよ。ほらほら、少しエッチでセクシーな衣装なのよ。

 

「…どんな状況を想定してその衣装を作られたのか非常に不安ではありますが、私の身体能力では聖闘士を相手するのは不可能でございます」

 

そうね、無理をして星華が怪我なんかしたら大変よね。

 

…怪我をさせた奴も始末しなきゃいけないしね。

 

「あんたは怖いことを真顔で言うんじゃないよ!」

 

えへへ、冗談ですわ。

 

もちろん半殺しで済ませますよ。

 

 

 

 

 

 




沙織お嬢様はまだ13才なのです。13才なら適当な冗談も言うのです。


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第16話「沙織お嬢様、観戦する」

いよいよ、銀河戦争の始まりです。

 

記念すべき第一回戦の組み合わせは、大熊座の檄(げき)対、かつての愛馬の星矢です。

 

この檄の身長は188cmもあります。そして体重は100kg以上です。とても15才とは思えない程の巨漢です。

 

対する星矢は165cmで53Kgです。13才という年齢を考えれば恵まれた体格といえますが、二人を並べて比べれば完全に大人と子供です。

 

「これは流石に星矢が不利過ぎますわね。なにか檄にはハンデをつけべきかしら?」

 

別に星矢を贔屓する気はありませんが、この大会は忠実な手駒となる者を選別する為のものです。

 

各々の戦闘力としては、聖闘士として一定のレベルに達してさえいれば構いません。戦闘力よりも大事なのは、このわたしへの忠誠心なのです。

 

わたしの手駒として合格ならば、檄と星矢は同僚として働いてもらう事になります。ですから不公平な試合をさせて、後々の不満となってはいけません。

 

やはりここは二人の体格差を考慮して、公平な試合になるように檄にハンデをつけるべきですね。

 

うーん。どのようなハンデがいいかしら?

 

虹色の脳細胞をフル回転させて、わたしは考えます。

 

ピコーン!

 

早速、閃きました。

 

流石はわたしですね。

 

「檄にはハンデとして、星矢戦の前にエキシビションマッチを行ってもらいます」

 

「エキシビションマッチですか? お嬢様、檄のお相手は誰にされるのですか? 他の少年達も自分の試合があるのですから選ばれても迷惑だと思いますよ」

 

星華が可愛らしく首を傾げながらエキシビションマッチの相手を聞いてきました。

 

たしかに星華の言うとおりです。他の手駒候補をエキシビションマッチに出場させた場合、その手駒候補もハンデを背負う事になります。

 

もちろん、このわたしがそんなお間抜けな事をするわけがありません。

 

「檄の相手はアルデバランにしてもらいます。お互いに巨漢同士ですからバランスが取れていますからね」

 

「あの、お嬢様。巨漢同士と言われてもアルデバランは身長210cmです。そして体重は130kgになります。これでは星矢よりも檄のハンデの方が大きくなりますよ」

 

星華が檄の心配をしています。星華にとっては弟の星矢が有利になるのなら黙っていたほうが良いでしょうに。本当に星華は心優しいですわね。その優しい気持ちにわたしも応えましょう。

 

「二人が行うのはあくまでもエキシビションマッチです。檄には適度に疲れてもらえば良いだけですからね。当然、アルデバランには手加減するように伝えますわ」

 

「ふふ、さすがはお嬢様です。ちゃんと考えられていたのですね。てっきり、このままエキシビションマッチを行わせるつもりだと思っていました。そして、脳筋のアルデバランが檄をズタボロに打ちのめして病院送りにしてしまい、予想外の結果にアワアワするお嬢様の姿を幻視した私が浅はかでしたわ」

 

「……」

 

「お嬢様、急に黙られてどうされました?」

 

「い、いえ、なんでもありませんわ。それよりもアルデバランを呼んできて下さい。エキシビションマッチでは手加減するようにあの脳筋にはしっかりと言い含めておく必要がありますからね」

 

「はい、承知いたしました」

 

一礼してから部屋を出た星華を見送りながらわたしは思いました。

 

あ、危なかったですわ。グッジョブ、星華!!

 

──と。

 

 

***

 

 

エキシビションマッチは成功しました。

 

手加減全開のアルデバランによるデコピン攻撃で、檄はほどよく体力を削られました。これで星矢とのバランスがとれましたわ。

 

そして、いよいよ第一回戦が始まりました。

 

リングでは星矢と檄が相対しています。

 

「檄、本当に大丈夫かよ? お前の聖衣(クロス)ヒビだらけだぞ」

 

「ウゥ、たとえ聖衣(クロス)と全身の骨がヒビだらけだろうと、俺は負けるわけにはいかないんだ。俺が聖闘士となるまでに絞め殺してきた熊達の死を無駄にしない為にもな。ちなみに絞め殺した熊達は熊鍋にして美味しく頂いたぞ」

 

「ぜ、全身の骨にもヒビが入っているのかよ。あのアルデバランとかいうオッさんって、何者なんだ?」

 

「俺が聞いた話では、城戸邸の門番らしいぞ」

 

「門番だと!? 聖闘士よりも強い門番……な、なあ、檄、お前ってもしかしてもの凄く弱いのか?」

 

「なんだと!? 俺が弱いだと!? 馬鹿にするな!! 俺は聖闘士になるまでに何百頭もの熊を絞め殺してきた男だぞ!!」

 

「あのな、俺を含めてここに居る奴らなら誰でも熊程度は瞬殺だぞ。まあ、聖闘士なら当然だけどな」

 

「なに!? そ、そうなのか? も、もしかして俺って、聖闘士の中ではたいした事のない奴なのか?」

 

「とりあえず、骨も聖衣(クロス)もヒビだらけのお前はこの場では最弱なんじゃないか? それで試合はどうするんだ? 降参するなら言ってくれ。出来れば同じ孤児として苦労したお前を殺したくないからな」

 

「お前、手加減する気なしかよ!?」

 

「当たり前だろ、星華姉さんが観戦してるんだからな。良い所をみせるチャンスなんだぞ」

 

「くそう、星矢のシスコンは相変わらずかよ。だが、俺にも聖闘士としての意地がある。戦わずにして負けを認めるわけにはいかない。だが、死にたくはないから手加げ「そうか、檄は聖闘士としての矜持を選ぶんだな。じゃあ、遠慮なくいくぞ!! ペガサス流星拳!!」ちょっと待てー!? 手加減をしてく……グワァアアアアアアー!!!!」

 

情け容赦のない星矢の攻撃で、檄が吹っ飛びました。

 

そして檄はリングに頭から叩きつけられました。ですが、聖闘士にとってはそれは日常茶飯事のことです。

 

わたしはすぐさま立ち上がる檄の姿を予想しました。

 

――ピクピク。

 

あら?

 

予想に反して檄はピクピクするだけで立ち上がりません。どうされたのでしょうか?

 

「お嬢様、アルデバランに手加減させる話はどうなったんだ? あれでは檄があまりにも可哀想だ」

 

ひぃ!?

 

いつのまにか殺気を漂わせた星華がわたしの真横に立っています。

 

不味いですわ。

 

星華が本気で怒りそうな気配を感じます。急いで身の潔白を証明すべきです。

 

「あ、あのですね。わたしはちゃんとアルデバランに手加減を命じましたよ。その証拠にアルデバランもデコピンしか使っていませんでしたわ。檄のダメージが大きかったのは、二人の実力差が想像以上だったというだけです。つまりこれは不可抗力ですわ。デコピン以上の手加減なんて思いつきませんもの。ほ、ほらね。わたしは何も悪くありませんわよね」

 

わたしの言い訳……ではなく、正当なる言い分に納得された星華は、大きな溜息をついた。

 

「ハァ、分かったよ。お嬢様が悪いんじゃない。脳筋で手加減が苦手なアルデバランが悪いみたいだね。あいつは一週間、夕飯抜きにするよ。それとお嬢様にも管理責任はあるんだから、檄に対するフォローはしてあげなよ」

 

「もちろん、そのつもりですわ。檄は敗れたとはいえ、わたしの為に命を捨てる覚悟を見せてくれました。ですからちゃんとわたしの手駒にしてあげますわ」

 

「色々と突っ込どころ満載だけど、まあ、良しとしよう。では、お嬢様。ちゃんと檄の面倒をみて上げて下さいね」

 

わたしの答えに納得した星華は、漂わせていた殺気を引っ込めて微笑んでくれました。

 

ふぅ、どうやらうまく星華の怒りをかわせたようですね。

 

では、次の試合の観戦といきましょう。

 

 

 

 

 



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第17話「沙織お嬢様の作戦会議」

あっという間に銀河戦争の初日が終わりました。

 

今のところ残っているは、以下の6名です。

 

星矢(ペガサス、羽の生えたお馬さんです。かつての愛馬が羽を生やして帰って来ました)

 

氷河( キグナス、白鳥です。白鳥のオマルを思い浮かべてはいけませんよ)

 

瞬(アンドロメダ、鎖で縛られたオッパイさん。エッチなのはいけないと思います)

 

一輝(フェニックス、鳳凰です。女性タイプならわたしの聖衣(クロス)になるはずでした)

 

邪武(ユニコーン、ツノの生えた駄馬です。忠犬なのに駄馬です。不思議ですね)

 

紫龍(ドラゴン、龍ですね。最強の拳と最強の盾を持っているそうです。わたしの黄金の錫杖と盾に対する挑戦でしょうか? いつか泣かそうと思います)

 

敗者は4人です。

 

檄(ベアー、熊さんです。共食い熊さんです。怖いですね。星矢に吹っ飛ばされて負けました)

 

蛮(ライオネット、子獅子です。赤ちゃんライオンですね。邪武にボコボコにされました)

 

那智(ウルフ、狼です。一輝には手駒候補だから手加減するように言いました。そうしたら暴力は振るわなかったのですが、幻覚で精神を破壊しやがりました。わたしは悪くありません。なので星華のお仕置きは一輝が受けます)

 

市(ヒドラ、海ヘビです。ヘビなので、蛇使い座のシャイナお姉様の手駒に差し上げようかと考えています。それとも毒使いなので、グラード財団の暗殺者に仕立てようかしら?)

 

この10名が、青銅聖闘士となって帰ってきた子供達です。

 

当初、わたしが心配していたような復讐心をもった子供はいませんでした。

 

きっと、麗しく成長したわたしの魅力のお陰だと思います。

 

そして、明日は銀河戦争の2日目です。

 

つまり、瞬攻略作戦の決行日です。

 

わたしに忠誠を誓っている星矢と氷河には、作戦に協力するように命じています。

 

「いや、まあ、俺は別にいいんだけどよ。随分としょうもない事に大金をつぎ込むんだな」

 

今作戦のために、デスクイーン島に突貫工事でアジトを建設した事を説明すると、星矢は呆れた顔になりました。

 

「そう言ってやるな、星矢。兄弟の関係と男女の関係が複雑に絡み合っているのだろう。それを心優しいお嬢様が汲み取ってあげた。そういう事だ。まあ、俺には理解できん世界だがな」

 

「つまり慈悲深いお嬢様が、ブラコンを拗らせた一輝の手助けをしようという事だな。俺にもよく分からない世界だな。だいたいブラコンって何なんだよ。弟離れぐらいしろよな」

 

「確かにそうだな。男のくせにブラコンなど、軟弱にも程があると言えるな」

 

「一輝はガキの頃からブラコンだったもんなあ、まったく、三つ子の魂百までとはよく言ったものだよ」

 

「なるほど。一輝のブラコンは不治の病というやつか」

 

「病気なら仕方ないよな。よし、一輝! 俺達が全力で協力してやるから大船に乗ったつもりで安心してくれよ! 星華姉さんにも良いところを見せたいしな!!」

 

「ああ、俺達に任せてくれ。俺のそばで見守ってくれているマーマに俺の格好いいところを見せたいしな」

 

「喧しいわっ!! このシスコンとマザコン共!! 喰らえ、鳳翼天翔ーーーーっ!!!!」

 

「「うわぁあああああああー!?」」

 

星矢と氷河に言いたい放題に言われた一輝が、二人に対してブチ切れてしまいました。

 

さすがに今のは星矢と氷河が悪いですね。

 

しばらく放っておく事にしましょう。

 

 

***

 

 

「シスコンもブラコンもマザコンも同じなんだ!」

 

「そうだ! 同じ家族だ!」

 

「同じ血が流れる家族を愛することは当然のことだ!」

 

「「「家族愛!! 万歳!!!!」」」

 

数時間後、三人が和解されました。

 

この数時間の争いで城戸邸の一角が崩壊しましたが、理解ある主人であるわたしは、その様な細かい事で目くじらを立てたりはしません。

 

その代わり、激怒している星華が後ほど三人にお仕置きをしてくれると思います。本当に有難い事ですわ。

 

三人へのお仕置きの様子は、後のお楽しみに取っておくとして、瞬攻略作戦の打ち合わせの再開です。

 

「星矢と氷河は、瞬と邪武、それに紫龍を上手く誘導して下さいね」

 

「分かったぜ、沙織お嬢様。ところで、邪武にも協力させればいいと思うんだけど? あいつも沙織お嬢様には忠誠を誓っているよ」

 

「いや、それは俺は反対だな。邪武の奴に演技が出来るとは思えん。絶対に瞬や紫龍に気づかれるぞ」

 

「たしかにな。邪武は演技のできるタイプではない。それよりも熱血漢の邪武が、何も考えずに突っ走ってくれた方が作戦も上手くいきそうだ」

 

「なるほど、瞬や紫龍は頭が切れるからな。考えさせる時間を与えたらヤバいかもな」

 

「ああ、その通りだな。瞬達は、俺と同じで頭が切れる。反射神経で物事を考える邪武には、あいつらのペースを乱す役割を担ってもらおう」

 

「フッ、邪武には似合いの役割だ」

 

「アハハ、そうだな。単純な邪武にはお似合いだぜ」

 

「(星矢も邪武と同じタイプだがな)」

 

「(うむ、星矢にも秘密にするべきだったな。失策だったぜ)」

 

「(ああ、そうだな。提案しなかった俺のミスだ。すまなかった)」

 

「(気にするな、氷河。俺も気付くのが遅れたんだ。お互い様というやつだ)」

 

「(そう言ってもらえると気が楽になる。ありがとう、一輝)」

 

「ん? どうしたんだ二人共、難しい顔をしているけど?」

 

「「いや、何でもない。気にするな」」

 

「アハハ、息がぴったりだな、お前ら。これなら作戦も上手くいきそうだぜ! みんなで力を合わせて頑張ろうぜ!」

 

「「……ああ、そうだな」」

 

朗らかに笑う星矢と微妙な表情の二人。

 

うーん、チームワークも微妙な気がしますわ。

 

せめて、腹黒のシャカが居てくれたら助言を得られたのですが、今月は脳筋のアルデバランの当番月なので不在なのが残念です。

 

とにかく、一輝には明日の試合中に優勝商品の金ピカの聖衣(クロス)っぽい物を強奪後、デスクイーン島に逃亡してもらいます。

 

エスメラルダとアルデバランには、今夜中にデスクイーン島に先行してもらう予定です。

 

一輝の配下役のエキストラも大量に準備できました。

 

あとは臨機応変に現場で対応するとしましょう。

 

そういえば、シャイナお姉様の来日が遅れています。おそらく明日には到着するとは思いますけど。

 

本当は、シャイナお姉様にも瞬攻略作戦に協力して欲しかったのですが、このままだと作戦を説明する時間をとれそうにありません。

 

今回は残念ですが、シャイナお姉様には日本でお留守番をしてもらいましょう。

 

わたしはデスクイーン島での現場監督をしなくてはいけませんが、星華が日本に残るのでシャイナお姉様も寂しくはないと思います。

 

さて、明日は忙しくなるでしょうから、今夜は早めに寝るとしましょう。

 

お休みなさい。すやすやー。

 

 

 



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第18話「沙織お嬢様と衝撃の事実」

銀河戦争二日目の試合が始まりました。

 

リングでは瞬と邪武が、互いに睨み合っています。

 

こうして見ると、やっぱり瞬とエスメラルダは似ています。

 

あえて違いをあげるなら、瞬の方がやや凛々しくて、エスメラルダは優しげな雰囲気といったところですね。とはいっても、瞬が可愛い事は間違いありません。

 

たとえば、瞬が邪武を睨んでいるといっても、可愛い女の子が頑張って睨んでいるように見えます。

 

野良犬のような目付きで、瞬を睨んでいる邪武の頰が、ポッと赤くなっているのは気のせいではないでしょう。

 

邪武がいけない世界の扉を開かないか心配です。

 

もしもそんな事になれば、星華が狂喜乱舞すること間違いなしです。

 

まったく、男の子同士の何が良いのでしょうか?

 

などと考えていたら、リング上で動きがありました。

 

「僕のネビュラチェーンの防御は無敵だよ。邪武、君には決して破れない」

 

瞬は、両腕の鎖を自分を中心にして渦巻き状に伸ばします。その渦巻きはリングいっぱいにまで広がりました。

 

その光景は、実に不思議です。

 

瞬の腕に巻き付いていた鎖は短かったはずです。どこからあれほどの長さの鎖が出てきたのでしょうか?

 

これは、突っ込んではいけない事なのでしょうか?

 

誰も疑問を口にされないので、日本人のわたしも周りの空気を読んで、黙っていようと思います。

 

「グワッ!?」

 

「何度、挑もうと無駄だよ! 僕のネビュラチェーンに死角はないんだ!」

 

そうこうしているうちにリング上では、激しい攻防が繰り広げられています。

 

とは言っても、ガムシャラに瞬に近付こうとしている邪武が自動的に動く鎖に跳ね返されているだけなので、あまり見応えはありませんね。

 

それにしても自動的に動く鎖はリモコンでしょうか? それとも超能力?

 

鎖への謎が深まるばかりです。

 

そして、リングでは瞬の鎖が動きます。

 

「ゲボ!?」

 

瞬の鎖が跳ね上がります。

 

「フゴ!?」

 

瞬の鎖が躍動します。

 

「ウガ!?」

 

瞬の鎖が煌めきます。キラッ☆

 

「ヘグ!?」

 

そして、瞬が叫びます。

 

「お願いだからもう諦めてよ!」

 

邪武は、鎖にボコられまくってズタボロです。その悲惨な状況に攻撃をしているはずの瞬の方が辛そうな表情です。

 

どうやら瞬は戦士としては優しすぎるようですね。まあ、その割には邪武を打ちのめす鎖には手加減が感じられませんけど。

 

それにしても邪武は何がしたいのでしょうか?

 

馬鹿みたいに瞬に近付こうとせずとも、聖闘士なら衝撃波や真空波などを飛ばしての遠距離攻撃が可能のはずです。

 

もしかして、なにか思惑でもあるのでしょうか?

 

「星矢、あなたは邪武と戦闘スタイルが似ていますよね。あなたなら邪武が敢えて遠距離攻撃をせずに、接近戦に拘るのかの理由を察することは出来ますか?」

 

分からないことは人に聞くことにします。

 

わたしは、星華の近くをウロウロしていた星矢に声をかけました。

 

星矢と邪武は、羽の生えたお馬さんと角の生えたお馬さんの違いがあるとはいえ、共に素早い身のこなしを信条とするスピードファイターです。きっと、星矢になら邪武の考えが分かるはずです。

 

「えっ、俺に聞いてるのか? いや、俺に聞かれても邪武の考えは分からないぞ。俺なら流星拳の衝撃波で攻撃するからな。でもそうだな、邪武は俺よりも頑固なところがあるから、遠距離攻撃に頼るのは、瞬の鎖に負けたことになるとか考えているのかもな。まったく、あんなにボロボロになってまで意地を張るなんて、本当に馬鹿だとは思うけど、俺は邪武らしいと思うぞ」

 

星矢は話しながらもジリジリと星華に近寄っています。さり気なさを装っているつもりのようですが、星華にはバレバレです。

 

星華は、わたしの側に立てかけておいた黄金の錫杖を手に取ります。そして、力を込めて突き出しました。

 

「フンッ!」

 

「ゲボ!?」

 

錫杖の先端が星矢のお腹にめり込みます。星矢はその場に崩れ落ちました。わたしの元愛馬は大丈夫でしょうか?

 

「星矢! 仕事中に気を抜くんじゃないよ!」

 

「う、うん、わかったよ。星華姉さん」

 

星矢は、お腹をさすりながらも少し嬉しそうに立ち上がります。

 

さすがは聖闘士だけあって頑丈ですね。それとも特殊な性癖かしら?

 

──この時、わたしの脳裏に稲妻が駆け巡りました。

 

驚愕の表情で、わたしはリングに目を向けます。

 

そこには、可憐な乙女(に見える男の子)に鎖で打たれている邪武の姿がありました。邪武の顔は苦痛で歪んでいます。ですが、その瞳には紛れもなく興奮の熱が宿っています。

 

「邪武、そうだったのですね」

 

謎は全て解けました。

 

そうです。

 

思い起こせば、幼き頃から彼はそう(・・)だったではありませんか。

 

幼い頃、わたしが愛馬と乗馬を楽しもうとすると、あの駄馬は頻繁に割り込んできました。そして、わたしの鞭を受けては喜んでいたのです。愛馬ですら鞭は嫌がっていたというのに。

 

ああ、なんという業の深い方なのでしょうか。

 

わたしは心の距離を今まで以上に取りながら呟きます。

 

「邪武……あなたは、えむの人だったのですね」

 

「お嬢様はアホですか?」

 

なぜか星華に呆れられました。

 

何故でしょう?

 

 

***

 

 

「星矢ちゃん……どうして戻ってこないの?」

 

美穂は悩んでいた。

 

数年ぶりに再開した幼馴染みが、魔窟ともいえる城戸邸に向かってから数日経っても戻ってこないからだ。

 

たしかに城戸邸には、彼の姉である星華が住んでいるため、星矢が城戸邸に宿泊していても不思議ではない。

 

だけど、あの沙織お嬢様を嫌っている星矢が城戸邸に泊まるだろうか?

 

いや、そんな事はあり得ない。

 

美穂が知っている星矢なら、姉の星華を説得して共に城戸邸を出ようとするはずだ。

 

それが出てこない。

 

ならば考えられる可能性は一つだけだった。

 

「星華さんの説得……星矢ちゃんには無理ゲー過ぎたよね」

 

そうなのだ。

 

あの星矢(シスコン)が、気の強い姉である星華を説得できるはずが無かった。

 

その事に気付かなかった事は、美穂にとって痛恨のミスと言えよう。

 

だが、そのミスはまだ挽回できる。

 

「星矢ちゃん待っててね。私が助けにいくからね」

 

星矢が星華を諦め、一人だけで城戸邸を出る可能性は皆無に等しいだろう。

 

美穂が放っておけば、かつての星華と同じように星矢までもが沙織お嬢様の毒牙によって、その手先にされるだろう。

 

「星矢ちゃんは決して渡さないわ」

 

星矢への想いを胸にして、恋する乙女は勇気をふり絞る。

 

「たとえ星華さんをぶん殴ってでも、星矢ちゃんと一緒に城戸邸から連れ出してみせるわ」

 

どんな汚い手を使ったのか分からないが、沙織お嬢様に心酔する星華を連れ出すには強硬策しかなかった。

 

「でも、可能なら星矢ちゃんをぶん殴って星華さんへの想いを消しちゃおう!」

 

やはりシスコンというのは、マイナスポイントだ。

 

どうせ強硬策を取るならば、ついでにシスコン消去にも挑戦すべきだろう。

 

美穂は両手を握りしめて気合を入れる。

 

「待っててね、星矢ちゃん!!」

 

美穂は駆けだした。

 

星矢とのラブラブな未来に向かって。

 

 

 



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第19話「沙織お嬢様の作戦開始」

邪武と瞬の退屈な試合は、一向に終わる気配をみせません。

 

それというのも邪武が、瞬の鎖に何度ブチのめされても諦めないからです。

 

瞬も追撃をせずに受けに徹しています。まったく、瞬は勝つ気が無いのでしょうか?

 

「沙織お嬢様は、邪武よりも瞬に勝って欲しいのか?」

 

星華にシッシと邪険に追い払われても全くめげずに、彼女の周囲をウロチョロとしていた星矢が聞いてきました。

 

「いいえ、星矢。わたしは勝敗には興味ありませんわ。この大会で大事なのは、各人の聖闘士としての実力の確認と性根の見極めです」

 

「実力は分かるけど、性根の見極めってなんだ? 性格の悪い奴のことか? たしかに性格の悪い奴とは一緒にやっていきたくないよな」

 

「うふふ、そういう単純な話ではありませんけどね。ですが、星矢の考えも分かりますわ」

 

性格の良し悪しも大事ですが、それよりもわたしに対する忠誠心が最も大事です。

 

「でも、考えてみれば、性格の悪さなら沙織お嬢様の右に出る奴なんかいないよな。そんな沙織お嬢様とも上手く付き合える俺達なら、きっと誰とでも仲良くやっていけると思うぞ」

 

「えいっ!!」

 

「ゲボォオッ!?」

 

土手っ腹に、純情可憐な乙女の膝蹴りを受けた無礼者がその場に崩れ落ちました。まったく、わたしの元愛馬でありながら惰弱で困りますわ。

 

「星矢、大丈夫かい?」

 

「うう、星華姉さん…お、俺はもうダメかも……」

 

星華が倒れた星矢を気遣っています。やはりなんだかんだ言っても実の弟は可愛いのでしょう。

 

「まったく、沙織お嬢様が大らかだからって、少々図に乗りすぎよ。これからは気をつけようね」

 

「う、うん。沙織お嬢様の恐ろしさを思い出したよ。そうだよな、あの女悪魔なんだよな。あの恐怖は絶対に忘れちゃいけないんだ……」

 

「ほら、肩を貸してあげるから医務室に行くよ」

 

元愛馬を引きずるようにして星華は行ってしまいました。そして、観客席に一人残されるわたし。少し寂しいです。

 

 

 

 

星華はフラつく星矢に肩を貸しながら医務室へと向かっていた。

 

星矢は、久しぶりに触れる姉の温もりに、安らぎと同時に興奮も覚えるという器用なことをしていた。

 

「ほら、しっかりしなさい。星矢は一人前の聖闘士なんでしょ? 女の子の膝蹴りなんかでフラつくなんて格好わるいわよ。まったく、私の錫杖での突きのときは平気な顔して立ち上がったじゃないの」

 

「うぅ、星華姉さんの愛情たっぷりの突きと、女悪魔の地上の邪悪全てを込めたような膝蹴りを比較されても困るよ」

 

星華は、沙織お嬢様を女悪魔と呼ぶ星矢に眉をしかめる。

 

「星矢、沙織お嬢様を女悪魔だなんて言っちゃダメよ。孤児だった私を屋敷に引き取って学校にだって通わせてくれる優しい方なのだからね」

 

「……うん。星華姉さんにとっては、優しくて良いお嬢様なんだって分かるよ。星華姉さんが被っている猫がずり落ちても気にしないどころか、逆に星華姉さんの本性が表に出ている時の方が嬉しそうだしね」

 

「ふふ、被っている猫がどうとか、本性が表にとかって、どういう意味かしら? 星矢は面白いことを言うのね」

 

「あれ、星華姉さん? なにをするのかな?」

 

星華は、ぬるりと星矢の身体に絡みつく。

 

「口の悪い愚弟にはお仕置きだよ!!」

 

「イデデデーッ!? コブラツイストはやめてー!!」

 

城戸邸の廊下に愚弟の悲鳴が響き渡る。

 

「たっぷりと反省しな!!」

 

「痛いけどっ、痛いけどっ、星華姉さんが柔らかくて気持ちいい!!」

 

完璧に決まったコブラツイストの痛みよりも、密着することで伝わる姉の身体の柔らかさに喜んでしまう星矢。

 

もちろん、そんな本音を素直に声に出してはいけなかった。

 

「気持ち悪いこと言ってんじゃないわよ!!」

 

「イタタタターッ!?」

 

それまでは、さすがに実の弟相手のため手加減をしていた星華だったが、星矢の本音を聞いて本気で締め上げた。

 

「まだ13歳のくせして色気付くのは早いんだよ!!」

 

「13はもう思春期だよーーーー!!!!」

 

「やかましい!! 弟のくせして姉に口答えするんじゃないよ!!」

 

情け容赦なく全力で締め上げる星華。

 

「イダダダダダダーーーーッ!!!! ギブギブギブーーーーッ!!!!」

 

「フンッ、これに懲りたら姉を敬うことを忘れるんじゃないよ!!」

 

星華は、自分の腕をパンパンと叩いてタップをした星矢を放り出すように解放した。

 

解放された星矢は全身の痛みのため、廊下に倒れ伏せてしまう。

 

「うう、酷い目にあった……でも、気持ちも良かったからいいかな」

 

「星矢、あんたねぇ、いくら男だからって、スケべなのも大概にしなよ。まったく、小さい頃は良い子だったのに、こんなにスケベになるなんて聖闘士修行で禁欲生活が続いたせいなのかな?」

 

「何言ってんだよ、星華姉さん。俺は姉さん一筋だよ。修行中は、師匠の魔鈴さんとシャイナさんのキャットファイト中におっぱいをよく見たけど気にもしなかったよ。俺が気になるのはたとえ魔鈴さん達よりも小さいおっぱいだとしても星華姉さんのおっぱいだけだよ!!」

 

「……」

 

「あれ、どうしたの、星華姉さん? どうして急に黙ったの? あれ、どうして片足を上げるの? せ、星華姉さん……せ、せい…か、ウギャァアアアアアアアア!!!!!!」

 

聖域(サンクチュアリ)を汚すものには災いあり”

 

かつて、暴虐無人の沙織お嬢様ですら触れることを禁忌とした聖域(星華のお胸)

 

星矢はその禁忌に触れてしまった。

 

「フンッ、次は容赦なく潰すよ!!」

 

「アガガ……」

 

だが、禁忌に触れながらも星矢は最悪の事態は免れた。

 

何故なら――

 

 

「フッ、やっぱり弟には甘くなっちまうね」

 

 

――姉弟の絆があったからだ。

 

 

星華は小さく呟いたあと、沙織お嬢様の元へと戻っていった。

 

その後には、廊下に倒れたまま、身体の一部をおさえピクピクと痙攣する星矢が残されていた。

 

だが、安心してほしい。その星矢の顔はどことなく幸せそうに見えたのだから。

 

 

 

 

邪武達の試合観戦は飽きました。

 

なので、瞬攻略作戦を前倒しで実行します。

 

予定では、瞬と紫龍のお二人の試合が終わった後、つまりお二人を疲れさせてから作戦を始めるつもりでした。

 

疲れた状態でしたら、お二人の状況判断も鈍り、作戦の成功確率も上がるだろうという算段でした。

 

ですがまあ、わたしが試合観戦に飽きたので、もう作戦開始でいいでしょう。

 

瞬攻略作戦の総監督はわたしです。そのわたしが決めました。

 

作戦ごー! です。

 

わたしはテレパシーで一輝に作戦開始の合図を送ります。

 

『一輝、これより作戦を開始します。ですが、決して無理をされてはいけませんよ』

 

「俺の、いえ、私のために沙織お嬢様にご迷惑をお掛けして申し訳ありません。この御恩に報いるためにも絶対にこの作戦は成功させてみせます。この私の命を賭してでもです!」

 

『一輝……分かりました。もう無理をするな、などとは言いません。エスメラルダと瞬、そして貴方自身のために、その命と誇りをかけて見事成功に導くのですよ』

 

「はっ、承知致しました。沙織お嬢様!!」

 

こうして、一輝達三人の恋とブラコンが絡まりあった、イケない三角関係をどうにかこうにかしようという無謀な作戦の幕が切って落とされました。

 

うふふ、一体どのような結末を迎える事になるのでしょうか?

 

とても楽しみですわ。

 

わくわく…♪

 

 

 



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ぶらっくせいんと編
第20話「沙織お嬢様の想定外」


暗黒聖闘士編に突入です。暗黒は原作ではブラック、アニメではあんこくと読むらしいです。


「お遊びはここまでだ! これは俺が貰い受けるぞ!」

 

その言葉と共に現れた一輝は、予め用意しておいた表彰台横に置いた金ピカの箱を奪い取ります。

 

「一輝!? 何をするんだ! それは沙織お嬢様が優勝者のために用意してくれた賞品だぞ!」

 

邪武は慌てて一輝に苦情を言います。

 

「一輝待つんだ! 俺にも沙織お嬢様の商品が欲しい気持ちは痛いほど分かる! 奪い取ってでも手に入れたいのは俺も同じだ! だが、俺は踏み止まった! 何故だか分かるか!!」

 

「フン、貴様には奪い取るだけの実力が無かっただけだろう」

 

邪武の言葉に一輝が返事をされます。まったく、ここは捨て台詞を残してサッサとデスクイーン島に向かう場面ですわよ。

 

そして、さり気なくデスクイーン島へと向かったことを匂わせる台詞を放つのがミソですわ。

 

「違う! 商品を奪っても手に入るのは物だけだと気付いたからだ! 俺が欲しいのは金ピカの趣味の悪い箱じゃない! 俺は沙織お嬢様に頼りになる男だと認めてもらいたいんだ!」

 

「ククク、なるほどな。邪武はご主人様に褒めてもらいたいわけだな。随分と安い男になったものだ」

 

「なんだと! ならば一輝なら誰に褒めて欲しいんだよ!」

 

「ん、俺か? もちろんエス……いや、瞬に決まっている。瞬に“兄さんはやっぱり凄いよ! 世界一格好いいよ!”と言われたら凄く嬉しいな。その為なら大抵の無理は出来るぞ」

 

「だろっ! それが俺の場合は沙織お嬢様なんだよ!」

 

「なるほど、そう言われてみれば納得できるな。ならば先ほどの言葉は取り消して訂正しよう。邪武、貴様は安い男ではない……高い男だ!」

 

「おおっ、分かってくれたか! 我が友よ!」

 

「ああ、共に愛に生きる同士だ。貴様の気持ちには敬意を払おう」

 

こいつらって、本物のバカかしら?

 

瞬と紫龍は呆れた表情で二人を眺めています。二人に緊張感は全くありません。もしかしたら、一輝の冗談だと思われている可能性がありますね。

 

わたしは頼りになるであろう氷河にテレパシーを送ります。

 

『氷河、今は星矢が腹痛で医務室に行っています。頼りにできるのは貴方だけです。一輝に協力してこの場を切り抜けて下さい』

 

「(了解しました、沙織お嬢様)」

 

氷河は、わたしに顔を向けて力強く頷いた後、一輝に向かって大声を発しました。

 

「一輝!! 今の貴様の姿を見て、瞬が貴様を格好いいと思うと考えているのか!」

 

「グッ、そ、それは……ええいっ、うるさい!! 俺はどうしてもこの金ピカが必要なんだ! たとえ、愛する弟に幻滅されようともな!!」

 

「えっ、兄さん! それはどういう意味なの!?」

 

「なんだ? 一輝のタチの悪い冗談ではないのか?」

 

よし、瞬と紫龍が食い付いてきましたわ。このまま軌道修正といきましょう。

 

「そうか、そこまで一輝がその金ピカを必要としているなら、俺が優勝したら一輝に譲ってもいいぞ」

 

なぬ!?

 

何を言い出すのかしら、この駄馬は!?

 

「なあ、みんなもいいよな。誰が優勝したとしても一輝に金ピカはあげようぜ!」

 

「うん、僕は兄さんに譲るよ」

 

「ああ、俺も別に構わない。そんな金ピカの箱を持って帰っても春麗は喜びそうにないしな」

 

「え、いや、その……せっかくの優勝商品なんだぞ。それを譲るなんて沙織お嬢様に対して不敬だと思わんか? なあ、邪武もそう思うよな?」

 

氷河、頑張って下さい!

 

なんとか皆さんを説得するのです!

 

「馬鹿野郎!! 沙織お嬢様がそんな事で気を悪くされるほど心が狭いわけないだろう!!」

 

邪武ーーーーっ!!!!

 

余計なことを抜かすんじゃないわよ!!

 

「いや、待ってくれ。俺達が知っている思慮の浅いお嬢様なら絶対確実に機嫌を損ねるぞ」

 

「そうだね、たしかに紫龍の言う通りだよ。僕達が知っている、あの性悪のお嬢様なら絶対に機嫌を悪くするよ」

 

「そうだろ! そうだろ、みんな! だから優勝商品を譲っちゃダメなんだ!」

 

えーと、紫龍と瞬に悪口を言われたっと。

 

カキカキ。

 

うふふ、ちゃんとメモをとりましたから絶対に忘れませんわ。この作戦が落ち着いたら絶対に仕返しをしてあげますわ。

 

「そんなわけ無いだろ!! そりゃあ、昔の沙織お嬢様はちょっぴりお転婆だったけど、本当はあの頃も優しい方だったんだよ!!」

 

「ちょっと待てくれ、邪武。沙織お嬢様は今では素晴らしい方に成長なされたが、幼少の頃はただの悪ガキだったぞ」

 

「氷河、俺もそう思うぞ。今は成長されて慈悲深い方になられたが、昔は躾のなっていないクソガキだったな」

 

氷河と一輝にも仕返しが必要っと。

 

カキカキ。

 

二人にはそれぞれマーマさんとエスメラルダに説教をしてもらいましょう。

 

「違うんだよ、沙織お嬢様の事を皆んなは誤解しているんだよ! あの頃、腹を空かした俺に沙織お嬢様は“皆んなにはナイショだよ”って言いながら食べ物を分けてくれていたんだ!」

 

「それはきっと、お腹が空きすぎて幻を見ていたんじゃないかな?」

 

「そうだな、俺も瞬の意見に一票だ」

 

「いや、俺は意地悪でドッグフードでも食わせていたんじゃないかと思うぞ」

 

「氷河、それは言いすぎだ。沙織お嬢様はそこまで底意地は悪くない。きっと、自分の嫌いなオカズの処理をさせていただけに違いない」

 

……一輝が正解です。

 

 

 

 

「やっと、城戸邸に着いたよ。ん? 星矢の小宇宙が小さくなっている?」

 

悪天候のため出立が遅れたシャイナが城戸邸に着いた時のことだった。

 

屋敷内に感じていた星矢の小宇宙が突然、小さくなったことを感じとったのだ。

 

「これは星矢の身に何かあったみたいだね」

 

シャイナは、急ぎ星矢の小宇宙を感じる場所へと駆け出した。

 

着いた先では、星矢が意識を失って廊下に倒れていた。

 

「星矢っ、しっかりしな!」

 

シャイナは、星矢の両頬をバチンバチンと容赦なく平手打ちして目を覚まさせようとするが、星矢は一向に目を覚まそうとはしなかった。

 

たぶん星矢は、痛みによる失神の上、強烈な平手打ちのせいで脳震盪まで起こしてしまったのだろう。

 

「チッ、反応なしか。青銅とはいえ、聖闘士が情けないねえ」

 

目覚めない星矢を放り出すシャイナ。

 

「まずは沙織と合流する方が良さそうだね」

 

城戸邸内で聖闘士が気絶しているなど普通ではない。そう判断したシャイナは、沙織と合流して現状把握する事を優先した。星矢の救助はその後だ。

 

「沙織の居場所は……こっちだね!」

 

シャイナは沙織の小宇宙を探り、その居場所を特定して再び駆け出した。

 

 

 

 

「ええい、とにかくこの金ピカの箱は俺が貰い受ける!!」

 

色々とムカついたので、わたしはテレパシーを使って、一輝に作戦を強引に進めるように命じました。

 

もう細かい部分は全無視です。

 

終わり良ければすべて良し。この精神でいきましょう。

 

「俺はこの金ピカを使って、デスクイーン島で眠る彼女をきっと……じゃあな、さらばだ!!」

 

「待って、兄さん!!」

 

「一輝っ、だから奪わなくてもお前にやるって言ってんだろ!!」

 

「一輝、盗みはよくないぞ!」

 

「一輝、デスクイーン島に行くんだな! そこに何かがあるんだよな!」

 

うふふ、どうやら上手くいきそうですわ。一輝と氷河もちゃんとデスクイーン島へと誘導しています。

 

では、わたしもお嬢様として声をかけておきましょう。

 

「一輝、どうしてこの様な真似を……何か深い事情があるのですか?」

 

「沙織お嬢様……申し訳ありません。どうしても俺にはこの金ピカが必要なんです。たとえその結果、沙織お嬢様に弓引くことになろうともです!」

 

一輝は深い憂いを感じさせる表情になっています。彼は中々に役者ですね。

 

「では、さらばです! 瞬っ、達者に暮らせよ!」

 

「待ってよ、一輝兄さぁあああん!!」

 

一輝は、わたしに一礼した後、瞬に言葉をかけながら金ピカの箱を背負いました。

 

そして、窓へと走りよった一輝は、

 

「サンダークロウッ!!!!」

 

「アババババババッ!?!!??!!!」

 

シャイナお姉様のサンダークロウで痺れて倒れました。

 

――あれ?

 

「一輝、沙織を裏切るとはいい度胸だね。このまま死んでみるかい?」

 

痺れて動けない一輝の頭を踏みつけながら、シャイナお姉様は非情の言葉を投げつけます。

 

そんなシャイナお姉様のお姿はとても格好いいと思いました……マル

 

 




作者が聖闘士星矢の中で一番好きなキャラが誰なのか分かるでしょうか? はい、それはシャイナさんです。ジャンプ連載時、星矢はシャイナさんと美穂ちゃんのどちらを選ぶのか気になっていました。残念ながら美穂ちゃんはフェードアウトしちゃいましたが。


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第21話「沙織お嬢様と奪われた黄金」

『シャイナお姉様っ、実はカクカクシカジカですわ!』

 

「(……沙織、そんな重要なことは予め教えておくれよ。この状況をどうすればいいんだい?)」

 

わたしは急ぎテレパシーで、シャイナお姉様に諸々の事情を説明しました。

 

シャイナお姉様は、一輝の頭を踏んづけたまま腕を組んだ格好いいポーズで聞いてくれました。

 

「ねえ、あの女聖闘士は誰なのかな? 兄さんを一撃で沈めるなんて只者ではないよね」

 

「そうだな。それに誰にも気付かれずに一輝に近付いた技量も驚嘆に値する」

 

「(なるほど、あの女性がシャイナさんか。沙織お嬢様のお姉様らしいからな。ここは彼女のフォローをするべきだな)誰かは知らないが油断するな! その男はフェニックスの一輝だ! あの程度で参るような男ではないぞ!」

 

「(あの聖衣はキグナスだね、という事はあの男が沙織が言った氷河だね。なるほど、この状況でも作戦の軌道修正をしようというのかい。さすがは沙織が選ぶだけあって状況判断は早い奴みたいだね。じゃあ、あたしも話を合わせるとしようかね)何っ!? こいつ、あたしのサンダークロウを喰らっていながらまだ意識があるのかい!?」

 

氷河の言葉にシャイナお姉様はその場を飛び退いて、倒れている一輝に対して構えをとり警戒する。

 

ナイスですわ、シャイナお姉様とついでに氷河!!

 

さあ、今ですわよ、一輝!!

 

いつもの様にゾンビのように蘇り、颯爽と窓から飛び出して、デスクイーン島へとトンズラするのです!!

 

「…アババ……ババ…」

 

痺れたままですわ!?

 

一輝はどうされたのでしょうか? いつもの一輝ならあの程度のダメージぐらいエスメラルダの声援一つで回復す……しまったーっ!!!!

 

今はエスメラルダがいませんでした!!

 

作戦の為にエスメラルダをデスクイーン島へと先行させていたのでした。

 

ウググ、まさか緻密な計画が仇になるなんて予想外です。

 

こうなったら、あとはシャイナお姉様と氷河の現場判断にお任せしますわ!!

 

ふれー、ふれー、シャイナお姉様ー!!

 

がんばれ、がんばれ、氷河ー!!

 

「(いや、無茶振りはやめておくれよ。でもやるしかないか)いつまで痺れたフリをしているんだい? このあたしは、そんな演技で油断するほど甘くはないよ」

 

「…ア、アババ…」

 

「(マーマ、見ていてくれ。俺は頑張るからね)そ、そうだぞ、一輝! 貴様は不死鳥、フェニックスの一輝だろう! あの程度で戦闘不能になるなどと思っていないぞ!」

 

「……ババ」

 

「そのとおりだよ! さっきの一撃は様子見だったからね。十分に手加減をしてたから、フェニックスのお前なら立ち上がれるはずだよ!」

 

「…ア……バ…」

 

「さあっ、いつまでも焦らすんじゃない! そろそろフェニックスの良い所を見てみたいぞ!」

 

「…ババ……?」

 

「あたしも見たいぞ! フェニックスのちょっと良いとこ見てみたい!!」

 

「……ババ!」

 

「一輝っ、一気に立ち上がるんだ!!」

 

「ババッ!!」

 

「「一輝、一気、いっき、イッキ、さあっ、立ち上がれぇええええっ!!!!」」

 

「アバァアアアアアアアアッ!!!!」

 

まだ呂律は回復されていませんが、一輝はご自分の両足でしっかと大地を踏みしめて立ち上がられました。

 

少しフラつくその姿は、生まれたての子鹿を思わせます。

 

ああ、頑張って。

 

そんな風に応援したくなる雰囲気を纏わせています。

 

「ねえ、紫龍。僕はどうしたら良いと思う?」

 

「いや、俺に聞かれても困るんだが。この状況はどうなっているんだ?」

 

「お前らは何言ってんだよ! 一輝が頑張って立ち上がったんだぞ! 仲間の俺たちが喜んでやらなくてどうするんだよ!!」

 

「ええっ!? 僕達が悪いの!?」

 

「邪武、ちょっと待ってくれ、状況を整理する時間を俺にくれ」

 

どうやら瞬達を惑わすことにも成功したようですね。

 

では、このまま作戦続行ですわ。

 

一輝、その窓をぶち破ってデスクイーン島まで逃げるのです。

 

わたしのテレパシーでの指示を受けた一輝は、窓を破ろうと全身に力を込めます。

 

「アババ………ガクッ」

 

だけど一輝は窓を破る直前で力尽きて倒れました。

 

ええい、この根性なし。

 

わたしが内心でそう毒吐いたとき、それは起きました。

 

“ガシャーン”

 

「義を見てせざるは勇無きなり! 凶悪なお嬢様に抗するあなたの意思は見事だわ。もう安心して私が力を貸してあげる!」

 

一輝が破ろうとしていた窓を逆に外側からブチ破って、謎の覆面少女が乱入してきました。

 

「さあっ、私と共にこの場を逃れましょう!!」

 

わたし達一同が突然の事態に唖然としているうちに謎の覆面少女は、金ピカの箱を一輝ごと持ち上げると再び割れた窓から外へと飛び出してしまいました。

 

「え、えーと、今のは日本で出没するという魔法少女とかいう奴かい?」

 

沈黙の時間がしばらく続いたのち、真っ先にシャイナお姉様が再起動されました。

 

いえ、お姉様。魔法少女はテレビの中のお話ですわ。

 

あと、魔法少女は覆面などしないと思います。

 

まあ、よく分からない展開ですが、あの覆面少女は一輝の味方のようですわね。

 

それなら問題はありません。

 

ええ、作戦続行といきましょう。

 

結果オーライの精神でいきますわ!

 

 

 

 

城戸邸に忍び込んだ美穂が目にしたのは、たった一人で邪悪なる城戸沙織の一派に立ち向かう少年の姿だった。

 

「あの子は確か、星矢ちゃんと一緒に攫われた子よね」

 

その少年の事を美穂は覚えていた。

 

数年前に星矢が城戸邸に連れ攫われたとき、同じように城戸邸に集められていた少年達の中にいた一人だった。

 

「星矢ちゃんと星華さんは……ここには居ないみたいね」

 

美穂が窓から室内を観察するが、騒動の起きているこの場所では美穂が探している二人は見つからなかった。

 

その事に美穂は安堵する。

 

二人はまだ城戸沙織の一派には引き込まれていないと考えたからだ。

 

とはいっても余り猶予もないだろう。早く二人を救い出さなければいつ城戸沙織の毒牙にかかるかは分からない。

 

「早く二人を探さなくちゃ、でも…」

 

美穂はその場を立ち去り、二人を探さなければならないと思うが、どうしても足が動かなかった。

 

それは窓から見える少年のせいだった。

 

その少年は、かつては仲間だったはずの子供達に囲まれていた。

 

子供達の中心では、あの邪悪なる城戸沙織が悠然と孤立無援の少年を眺めていた。

 

かつて、自分から星矢ちゃんを奪ったように、沙織お嬢様はあの少年から何かを奪おうとしている。

 

なぜか美穂はそのように思った。

 

もちろん根拠などはない。目の前の窓は完全防音のため、少年達の会話も聞こえなかった。

 

それでも、少年の必死の表情からは大事なものを守りたいという気持ちが痛いほど伝わってきた。

 

きっとそれは、美穂が少年の表情にかつての自分を重ねて見たからだ。

 

そう、邪悪の権化たる城戸沙織に、大好きな星矢を奪われた自分の姿を。

 

「うん、私は決めたよ。あの少年を助ける!」

 

本当なら今は星矢を助けに動く事が正解だろう。なぜなら邪魔をするだろう人達がここに集まっているからだ。

 

それでも美穂は名前も知らない少年を助ける事に決めた。

 

それは、かつての自分のような悲劇を繰り返さないためだった。

 

そして、あの邪悪なる女狐の城戸沙織に一泡吹かせたいという自分自身のささやかな願いのためでもあった。

 

「ふふ、こんな事もあろうかと覆面を用意しておいてよかったわ」

 

美穂はポケットから覆面を取り出すと着用する。もちろん、指紋を残さないように手袋も準備している。

 

これらは必要な処置だった。

 

美穂は別に犯罪者になりたいわけではないからだ。

 

星矢達を助け出すだけなら、どんな騒動を起こしても本人達が納得していれば問題ない。

 

邪神のような城戸沙織といえど、星矢達と美穂との関係を知っているため、彼らの合意があったと知れば何も言わないだろう。

 

それは、不倶戴天の敵といえる城戸沙織に対してはあまりにも奇妙な信頼感ではあったが、何故か美穂はその事に疑問を感じていなかった。

 

しかし、あの名も知らぬ少年に関しては別だ。

 

あの少年を助けるために不法侵入や器物破損などを行えば、狭量においては並ぶものなしと美穂が思っている城戸沙織は激怒するだろう。

 

きっと普通に警察にも通報されてしまうだろう。美穂は前科など欲しくない。

 

「絶対に正体はバレちゃいけないわね」

 

美穂がいそいそと準備をしている間にも少年を取り巻く状況は変化していた。

 

仮面を被った怪しい女の乱入があったのだ。

 

少年はなんとかその拘束を振りほどいて脱出しようとしていたが、遂には力尽きて倒れてしまう。

 

「よしっ、これで準備完了だわ。今行くわよ、少年!!」

 

少女らしいワンピース姿で覆面を着用し、両手には滑り止め付きの軍手をはめた美穂。もちろん、スカートの下はスパッツだから安心だ。

 

「こんな窓なんか一撃よ!!」

 

助走をつけてジャンプをした美穂は空高く舞い上がる。

 

「ミサイル・ドロップキック!!」

 

それは通常のドロップキックよりも遥かに高い位置から繰り出される強烈な一撃だった。

 

美穂の燃えあがる熱い心は一点に収束されて窓へと叩きつけられた。

 

“ガシャーン”

 

天下のグラード財団の本拠地である城戸邸の窓は本来ならバズーカ砲にすら耐えられる強度を誇っていたはずだが、美穂の一撃で呆気なく砕け散った。

 

きっとそれは、美穂の淡い恋心のなせる小さな奇跡だったのだろう。

 

――たぶん。




美穂ちゃんがフェードアウトしないように気をつけようと思っています。


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第22話「沙織お嬢様と新たなる聖闘士」

少しだけ原作との乖離があります。ご注意下さい。


謎の覆面少女と一輝が去った後、シャカから国際電話がありました。

 

機器関係の類いが苦手な彼が電話をかけてくるのはとても珍しいです。何か緊急事態でしょうか?

 

非常に面倒くさい予感がするので、ここは居留守を使うというのはどうでしょう?

 

「これ以上、面倒ごとを溜めるんじゃないよ。さっさと出な」

 

シャイナお姉様の鶴の一声です。とても横暴だと思います。

 

「何言ってんだよ。あたしに瞬攻略作戦とかいう杜撰な計画の練り直しをさせている沙織の方がよっぽど横暴だよ」

 

そうでした。謎の覆面少女という想定外の異分子が現れる緊急事態が発生したので、当初の計画内容の変更を余儀なくされたのです。

 

現地先行組のエスメラルダとアルデバランとは連絡が取れて事情を説明できたのですが、肝心の一輝とはまだ連絡が取れていないので、彼らの状況を把握出来ません。

 

そのせいで、こちらではデスクイーン島へ直ぐにでも向かおうとする瞬と紫龍を足止めするのが大変です。

 

今は氷河が何かと理屈をつけながら出立を遅らせていますが、それにも限度があります。

 

星矢の方は医務室で治療中です。時間がかかっているようですが、わたしの膝蹴りがそんなに効いたのでしょうか?

 

今は緊急時なので、わたしの超能力で治癒をして差し上げようと思ったのですが、何故か患部を見せるのを恥ずかしがって拒否されました。

 

女の子にお腹を見せるのが恥ずかしいだなんて、随分と星矢は純情なのですね。

 

そうそう、邪武は壊された窓の修理をさせています。意外と彼は器用みたいなので適材適所ですね。

 

「沙織、ウンウンと唸ってないで早く電話に出な!」

 

改めて現状を再確認していたらシャイナお姉様に怒鳴られました。

 

どうやら機嫌が悪いみたいです。

 

せっかくシャイナお姉様が瞬攻略作戦に間に合ったので、聖闘士の任務で現場指揮に慣れていらっしゃるお姉様に作戦監督の任をお譲りしてからこんな感じです。

 

久しぶりの再会なので、もっと優しくして欲しいです。悲しいですわ。

 

「ああ、もうっ、どうしたらこんな杜撰すぎる作戦が上手くいくと思っていたんだよ! 謎の覆面少女とか関係なく最初から無理があるだろう!」

 

……作戦の再検討をされていらっしゃるシャイナお姉様はお忙しそうなので、邪魔にならないように向こうの離れた部屋でシャカからの電話に出ることにしましょう。

 

うん、なんて気がきくわたしなのでしょうか。

 

うふふ、我ながら思いやりに溢れた理想的なお嬢様ですね。

 

「だいたい死者蘇生の儀式って怪しすぎ……儀式……ぎ、儀式……ふ、ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅ「えい」イタッ、沙織、痛いんだけど何をするんだい。まったく、遊ぶのは後だよ、さっさとシャカと話をしな」

 

いきなり室内で『ふぁいあ・ぼーる』の呪文を唱え出したお姉様の頭に軽いチョップをして止めました。

 

シャイナお姉様には魔法の適性がありませんので、下手に呪文を唱えると正気を失う危険性があります。

 

何度も注意をしているのですが、お姉様は魔法に対する憧れでもあるのか、時々前触れもなく唱えるので困ります。

 

そういえば、先ほどの覆面少女のときも魔法少女とか仰っていましたわ。なるほど、お姉様は魔法少女に憧れがあるのですね。

 

魔法は難しいので、せめて変身ぐらいは出来るように差し上げたいです。

 

やはり以前から挑戦しているお姉様の聖衣パワーアップ大作戦を進める必要があるようです。

 

お姉様の聖衣には現在、わたしの小宇宙をたっぷりと含ませた血液を吸収させて、その潜在キャパを底上げしています。

 

あとは、聖衣自体の位階を上げるための触媒となる物質が必要です。可能なら黄金聖衣を使用したいのですが、触媒となった物質は聖衣に取り込まれそうなので、シャカやアルデバランの黄金聖衣を使えません。

 

いえ、以前に使おうとしたら二人ともガン泣きでやめて欲しいと訴えるので諦めました。

 

どこかに黄金聖衣か、それに準ずる物質は落ちていないでしょうか?

 

うーん。こうなったら、やはりギリシャの聖域に攻め込んで適当な黄金聖衣を奪うのも一つの手ですね。

 

瞬攻略作戦が片付いたら本気で考えてみるとしましょう。

 

「沙織お嬢様、シャカ様がお待ちです。そろそろ電話先の声が涙声になってきましたので、お早めにお出になってあげて下さい」

 

「わかったわ、星華。すぐに出るわね」

 

わたしは星華の手にある電話の子機を受け取った。

 

「まったく、あたしが言っても沙織は直ぐには動かないのに星華が言うと直ぐに動くんだね」

 

それは当然ですわ、シャイナお姉様。

 

だって、星華の言うことを聞かないと頭をド突かれるんですもの。

 

あれは本気で痛いんですよ?

 

「そ、そうなのかい? いや、メイドに殴られるお嬢様ってのも珍しいね」

 

うふふ、星華はメイドの前にわたしの家族ですもの。ですから特別ですわ。

 

「お姉様、そう仰っていただきとても光栄ですが、さっさと電話に出て下さい」

 

わたしは、星華のこめかみに青筋が浮かんでいるのに気付いたので、そそくさと電話に出ました。

 

もしもーし。シャカ、聞こえますかー?

 

 

 

 

海辺にある倉庫街の一角で、フェニックスの一輝は途方に暮れていた。

 

不覚にも城戸邸で気を失った彼が目覚めたら見知らぬ少女に膝枕をされていたからだ。

 

この状況は非常に不味かった。

 

エスメラルダと瞬一筋……いや、二筋の一輝の場合、こんな場面を誰かに見られるわけにはいかない。

 

妙な噂話をされて二人の耳に入ろうものなら、これまでの彼の努力が水泡に帰すかもしれないのだ。

 

少なくとも純粋なエスメラルダは噂話を真に受けてしまうだろう。

 

「可及的速やかにこの場を脱出しよう」

 

一輝は、自分を膝枕しながら眠っている少女を起こさないようにソッと立ち上がる。

 

立ち上がった一輝は改めて少女を見る。静かに眠る少女の顔は何故か覆面で隠されていたが、覆面の隙間からみえる少女の素顔は優しげな顔立ちをしているように思えた。

 

「もしかしてこの娘が城戸邸から連れ出してくれたのか?」

 

あの窮地を救ってくれただろう少女に一輝は黙って頭を下げた。

 

恐らくこの娘は沙織お嬢様が手配して下さった配下役のエキストラなのだろうと一輝は察した。

 

エキストラの仕事はデスクイーン島内の契約のはずだ。それを契約外の城戸邸でも働いてくれた少女に、一輝は純粋な感謝の気持ちを抱く。

 

「助けてくれてありがとう。そしてこれから行う俺の行為を許してくれ」

 

たとえ仕事中での事とはいえ、二人っきりの状態で少女に膝枕をされていた事をエスメラルダにバレる訳にはいかない。

 

一輝は拳を構えると少女に向かって放った。

 

「鳳凰幻魔拳・手加減バージョン!!」

 

恐るべき一輝の魔拳は、心優しい少女の脳からここ数時間の記憶を奪った。

 

「数時間の記憶喪失以外の悪影響はないから安心してくれ。それとこれは詫びの品だ」

 

一輝は、記憶を奪われた事に気付かずに眠り続ける少女に対して、せめての詫びにと金ピカの箱を譲り渡す事にした。

 

「そうだな、分かりやすいようにメモを残しておこう」

 

《良い子のお嬢さんに金ピカの綺麗な箱をプレゼントします。お部屋のインテリアにでもして下さい。匿名希望の足長お兄さんより》

 

「フッ、これでこの少女も心置きなくプレゼントを受け取ってくれるだろう」

 

一輝はやり遂げた清々しい笑顔を浮かべるとその場を去っていった。

 

そのあと直ぐに目覚めた覆面少女は見つけたメモと金ピカの箱を大事そうに抱きしめた。

 

「えへへ、誕生日プレゼントを貰うのなんて生まれて初めてだわ。誰だか知らないけど、匿名希望の足長お兄さんありがとう。大事にしますね」

 

そう、偶然にも今日は覆面少女の誕生日だったのだ。そして覆面少女は孤児ゆえに誕生日プレゼントを貰った事が今までなかった。

 

少女は生まれて初めての誕生日プレゼントの嬉しさに興奮しすぎて、自分の記憶に欠落がある事には気付くことはなかった。

 

「中身は何かなあ?」

 

そして、ついに覆面少女は金ピカの箱を開けてしまう。

 

「きゃあああっ!? なにこの光!!」

 

開かれた金ピカの箱から放たれる黄金の光。その黄金の光は金ピカの箱から飛び出して覆面少女の身体を覆っていく。そして黄金に覆われた覆面少女は不思議な感覚に襲われる。

 

「何なのこれ!? 身体の中から凄い力が漲ってくるわ!」

 

この瞬間、覆面少女の運命は大きく変わる。

 

「もの凄いプレゼントね!! 本当にありがとう、匿名希望の足長お兄さん!!」

 

純粋な喜びをあらわす覆面少女を祝福するように夜空では無数の星々が瞬いていた。

 

そんな瞬く無数の星々の中、一際大きな光を放つ星座があった。

 

ふと、覆面少女はその星座に気付く。

 

「ふふ、何となくだけど、私のことを祝ってくれているみたい」

 

なぜか覆面少女は、その星座が自分の誕生日を祝って輝いてくれているように思えた。そのため、彼女は自分でも意識しないまま自然と輝く星座にお礼の言葉を口にした。

 

「ありがとう、今日は私にとって最良の日だわ」

 

 

──この日、長きに渡る封印から解き放たれしサジタリアスの黄金聖衣は新たなる相棒と出会った。




サジタリアスの美穂ちゃん爆誕だあっ!!


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第23話「沙織お嬢様の名推理(その1)」

シャカの報告によりますと、聖域の教皇がデスクイーン島へ調査部隊を派遣したそうです。

 

なんでも十数年前に行方不明となった射手座の黄金聖衣らしきものが、デスクイーン島に持ち去られたという怪情報が聖域に流れたそうです。

 

恐らくこれは金ピカの事でしょう。クソジジイが誰かに騙されて買った金ピカ――黄金聖衣のバッタもんの情報が聖域に漏れたわけです。

 

しかしそれは、普通ならありえないことです。外部に情報が漏れるほどグラード財団の情報管理能力は低くありません。

 

「つまり、あたし達の中に犯人がいるってわけだね」

 

シャイナお姉様の言う通りです。情報漏洩の犯人は内部の者だと考えた方が辻褄が合います。

 

例えば、デスクイーン島での作戦が始まった後ならまだ分かります。

 

辺境のデスクイーン島に、いきなり青銅聖闘士が集まれば聖域も変に思うでしょう。そして、調査をすれば金ピカを見たと言う現地住民も出てくる可能性だってあります。

 

それらの情報を得た後なら行方不明の黄金聖衣と結びつけても納得できます。

 

ですが、今の時点ではあり得ません。青銅聖闘士達はまだデスクイーン島に向かってすらなく、金ピカもついさっき城戸邸から持ち去られたばかりなので日本にあります。

 

まだ銀河戦争を察知した聖域が、銀河戦争は聖闘士同士の私闘を禁じた掟に抵触するとか言いがかりをつけ、日本に懲罰部隊を派遣したと言われた方が納得できるでしょう。

 

ですが、わたしも甘く見られたものですね。

 

このわたしを裏切り、内部情報を聖域にリークした愚か者がいるのですから。

 

ふふ、その愚か者は一体誰でしょう?

 

このわたしを怒らせてタダで済むとでも思っているのなら後悔させてあげますわ。

 

ククク、それでは犯人探しといきましょう。

 

わたしの灰色の、もとい虹色の脳細胞にかかれば真犯人などまな板の上の鯉も当然です。

 

ちゃっちゃと割り出して裏切りの報いを与えましょう。

 

え?

 

超能力で心を読んで犯人を探さないのかって?

 

そんな風情のないことをしては興醒めですわ。ここはわたしの名推理で、犯人は貴方です! と問い詰めるハイライトシーンではないですか!

 

まったく、乙女のロマンというものを理解して下さいね。

 

では、これより優雅で可憐な美少女名探偵の名推理をご覧下さいませ。

 

 

 

 

まずは容疑者として、シャカとアルデバランは除外していいでしょう。この二人は数年前からわたしに仕え、聖域に情報をリークどころか逆に聖域の情報をわたしにリークしています。

 

彼らは非常に優秀なスパイですわ。もちろん、優秀ゆえに二重スパイという可能性も否定できませんが、彼らに関してはそれはありません。

 

「ああ、そうだね。あいつらは沙織のことを狂信者のように崇めているから裏切りは考えられないよ。むしろ、もう少し自重して欲しいぐらいさ。あいつらの沙織への気持ち悪いぐらいの崇めっぷりはどこの邪教集団だよってレベルだからね。あいつらの事を知らなければ絶対に討伐対象にしていたよ」

 

うふふ、わたしの可憐な魅力のせいですわね。美しいのは罪という言葉が身にしみますわ。

 

「……ここでそんなセリフが言える沙織が凄いのは認めるよ」

 

シャイナお姉様に褒めてもらえました。

 

「いや、別に褒めたわけじゃ……」

 

シャイナお姉様の言うようにシャカとアルデバランの狂信度は高いので裏切りの可能性は低いです。ですが、わたしがお二人が裏切っていないと断言するのには別の理由があります。

 

「へえ、どんな理由なのか聞かせてもらっても構わないかい?」

 

興味深そうにシャイナお姉様が尋ねられました。

 

もちろん、シャイナお姉様に秘密にする理由がありませんわ。

 

「いえ、私としてはお聞きになられない方が良いと愚考いたします」

 

「おや、何故なんだい、星華?」

 

シャイナお姉様のお言葉ではありませんが、何故か星華がシャイナお姉様に理由を聞くことを止めていますわ。どうしてかしら?

 

「確実にシャイナ様が、沙織お嬢様に引く(・・)からです。そう、いつものようにです」

 

「……ああ、納得したよ。沙織、そんなわけだから理由は聞かない事にするよ」

 

真顔の星華と、心の底から納得されたような雰囲気のシャイナお姉様。まったく意味が分かりません。

 

なので、理由は言っちゃいましょう。話を途中で止めるのも良くないですからね。

 

「だから、あたしは聞きたくな『呪いです』やっぱり、聞くんじゃなかった」

 

わたしの言葉に急にゲンナリとした顔になられるシャイナお姉様。話を続けますので聞いていて下さいね。

 

「お二人には青爪邪核呪詛(アキューズド)という強力な呪詛をかけています。わたしに対して反抗の意思を持つだけで手の爪が青から紫、そして最終的には真紅へと変色していくという便利な魔法ですわ。当然ですが、裏切りお知らせ機能だけではなく、裏切り報復機能も完備しておりますからご安心下さい。ちなみに報復内容というのはですね、裏切り者の肉体を木っ端微塵に砕いた後、二度と再生できないように肉体を再構成して別の生き物(カエルさん)に作り変えるという優秀なものですわ」

 

「うう……聞きたくないって言ったのに」

 

「ほらね、やっぱり引いた」

 

項垂れるシャイナお姉様と頷く星華。似たような動きをされています。うふふ、仲良しさんですね。

 

それでは、推理の続きをしましょう。

 

「ちょっと待ちな!! そのナントカという呪いは他には誰にかけているんだい!!」

 

シャイナお姉様が慌てるように尋ねてきました。

 

あのお二人以外にはいませんわ。非常に便利なお得魔法ではあるのですが、呪いをかけるときに一時的にとはいえ、わたしの美しい爪が気持ち悪く変形するので多用する気になりませんの。

 

わたしの超能力による洗脳が効きにくい聖闘士にも有効な呪いですから非常に残念です。

 

「そ、そうなのかい。少しだけ安心したよ。これからも安易に使うんじゃないよ」

 

うふふ、シャイナお姉様にも心配して頂けるなんて、わたしの美しい爪は果報者ですわ。

 

「沙織お嬢様、いつもの様に私の頭が痛くなりそうなので、推理とやらの方を進めて下さい」

 

実は星華は頭痛持ちです。わたしとのお話中もよく頭が痛くなるみたいで心配です。

 

星華のためにも一刻も早く裏切り者を発見するとしましょう。

 

 

 

 

次の容疑者としてはシャイナお姉様です。

 

ああ、もちろん本気で疑っているわけではありません。

 

むしろ身の潔白を示すために推理をするだけです。シャイナお姉様を疑うような輩が現れないように先手を打つわけですね。

 

「ああ、あたしを疑うのは当然だからね。別に気にはしないから安心しな」

 

はい、安心します。では、推理を始めますわ。

 

いきなり結論を申しますと、シャイナお姉様は真っ白で潔白の純情乙女です。わたしが幼い頃からのお姉様であり、戦闘の師匠ですもの。むしろシャイナお姉様が聖域側でしたら、わたしも聖域側につきますわ。

 

「あのさ、女神(アテナ)打倒を掲げる沙織側にくるのにあたしがどれだけ悩んだのか分かっているのかい? 冗談でも聖域側につくとか言わないでおくれよ」

 

シャイナお姉様の口調は冗談っぽい軽いものでしたが、その声色は真剣でした。

 

(あ、あら? シャイナお姉様に神殺しはやめたと伝えていなかったかしら?)

 

……つ、伝えてなかったような気がしないでもないような?

 

今となっては、腹上死するようなクソジジイの世迷言のために面倒な神殺しなどやってられないというのが本音です。

 

ですが、シャイナお姉様を味方に引き込むために数年がかりで意識改革や意識誘導、思想操作に説得攻勢その他諸々の努力を積み重ねました。

 

それらの努力が実り、シャイナお姉様はわたしの陣営へと鞍替えを了承して下さったという経緯があります。

 

神殺しはやっぱり面倒なのでやめました。と言った場合、どのような反応をされるでしょうか?

 

そ、想像するのがちょっぴり怖いかも?

 

「沙織、どうしたんだい、なんだか顔色が悪いよ。もしかして女神(アテナ)打倒に関して問題でも発生しているのかい? それならあたしにも教えておくれよ。あたし達は仲間だろ? 仲間に隠し事なんかしないだろ? なあ、あたしに教えておくれよ」

 

珍しく迫ってくるシャイナお姉様から異様な圧迫感を感じます。

 

ど、どうしたらいいのでしょうか!?

 

なんとかシャイナお姉様を宥めなくてはいけませんわ!!

 

「シャイナ様、お嬢様は女神(アテナ)打倒をお止めになりました」

 

「……なんだって?」

 

星華ーーーーっ!?

 

何を暴露しちゃってますのーーーーっ!!!!

 

シャイナお姉様の雰囲気が口にするのも悍ましい感じになっちゃっていますわよ!?

 

どうするんですか!?

 

「はい、沙織お嬢様は女神(アテナ)打倒などという安易な道はお捨てになりました」

 

女神(アテナ)打倒が安易な道だって!?」

 

あら、シャイナお姉様の雰囲気が元に戻った……?

 

「その通りです。沙織お嬢様にとっては女神(アテナ)如きは敵ではありません。むしろ一方的な弱い者イジメになりかねません。その様な真似を誇り高いお嬢様がお選びになるとお思いですか? もしもそうなのでしたら、その様な愚かな考えはお捨て下さい。今のままではお嬢様に付いていけなくなりますよ」

 

「じゃ、じゃあ、沙織は何をするつもりなんだい?」

 

何か含みのありそうな星華の言葉に、ゴクリと喉を鳴らされたシャイナお姉様が問いかけます。

 

わたしも非常に気になります。

 

一体、わたしはこれから何をするのでしょうか?

 

星華の次の言葉にドキドキです。

 

「それをメイドである私の口からシャイナ様にお伝えする事は流石に不敬です。ですので、続きは沙織お嬢様から直接お聞きください」

 

星華ーーーーっ!?

 

無茶振りやめてーーーーっ!!!!

 




沙織「たったひとつの真実を見抜きます、見た目は大人(13歳には見えないナイスバディ)、頭脳は子供(だってまだ13歳ですもの……もちろん謙遜ですよ?)、その名は名探偵サオリですわ」


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第24話「沙織お嬢様の名推理(その2)」

“人の子” として生を受けた可憐な美少女は生まれながらに強大な力を有していました。

 

聡明な美少女は強大な力を有効活用して、世界有数の財団を世界随一の財団へとクラスアップさせます。

 

世界の覇者たるグラード財団を率いる麗しい美少女。

 

そんな偉大な美少女でも世界中に蔓延る邪悪を駆逐する事は不可能でした。

 

何故なら本物の神様が、太古の昔から戦い続けていながらも達成できない難業だからです。

 

たかが “人の子” 如きが掲げて良い目標ではありませんでした。

 

そう、たとえ神をも屠る力を持っていようとも所詮は “人の子” としての器では不可能なのです。

 

神では達成できず、神殺しであろうとも “人の子” の手には余る。

 

ならば答えは一つだけです。

 

わたしは “人の子” で在ることを諦めましょう。

 

わたしは人を超え、人を捨て、神をも凌駕して、全てを愛する(統べる)存在と成りましょう。

 

そう、わたしは “大宇宙”(全ての母) と成り、永遠に小宇宙(子供達)を見守り続けるのです。

 

 

 

 

バッチコイですわ!

 

我ながら最後の方は理解不能な内容だったのですが、幸いな事にシャイナお姉様の琴線に触れたようです。

 

たとえ何度生まれ変わっても、その度にわたしの元に駆けつけるとまで言って下さいました。

 

つまり、結果オーライというやつですね。

 

めでたし、めでたしです。

 

「沙織お嬢様、ご満悦のところ申し訳ございませんが、先ほどよりシャイナ様のご様子が些か妙に感じられるのですが?」

 

「そうかしら? 別にいつもとお変わりないように見えますけど」

 

星華の言葉を受けて、わたしはシャイナお姉様を念のため観察してみます。

 

お瞳はいつもの様に澄んで……少し濁っているような?

 

いえいえ、たまにはそんな日もあるでしょう。

 

たとえ少しぐらい濁っていようと、シャイナお姉様のお瞳は真っ直ぐと前を見据えて……落ち着きなくグルグルと回っているような?

 

いえいえ、たまにはそんな気分の時もあるでしょう。

 

瞳など大した問題ではありませんわ。

 

シャイナお姉様の凛とした雰囲気は……お姉様の周囲の空気が淀んで見えるような?

 

いえいえ、空気は読むものであって、見るものではありませんわ。日本人なら当然ですね。

 

なんといってもシャイナお姉様の優しい笑みは……どこか歪さを感じさせるような?

 

いえいえ、いつもの仮面をつければ――ほら、問題ないです! 最近は女子しかいないときは外すことが多かったですが、やはりシャイナお姉様といえば仮面ですよね。

 

だいたい外見などよりも、シャイナお姉様の温かみを感じさせるお声は……「いあ いあ さおり! さお…」シャイナお姉様から妙な言葉が漏れています。これはちょっとマズいかしら?

 

「いえ、非常にマズいと訂正すべきかと思います」

 

なるほど。星華がそう言うのなら間違いないでしょう。

 

どうやらわたしが気づかない間にシャイナお姉様の精神に邪悪な存在が巣食ったようですね。

 

そのような邪悪は、このわたしが許しませんわ!

 

「邪悪なる存在よ、喰らいなさい! 天舞宝輪(改)(狂気の分離)!! からの天魔降伏(改)(狂気の殲滅)ですわ!!」

 

シャカからパクった技を改良した天舞宝輪(改)と天魔降伏(改)は人の精神に強く作用します。

 

シャイナお姉様の精神に巣食った邪悪を切り離して殲滅致しました。

 

わたしは全身の力を失って倒れかけたシャイナお姉様を抱き止めます。

 

「これで大丈夫ですわ。今はゆっくりとお休み下さいね」

 

こうして、シャイナお姉様の中に巣食っていた邪悪は退治されました。

 

……なんとなく、シャイナお姉様の精神が削られているような気がしますので、わたしの小宇宙で癒しておきましょう。

 

でも、少し変ですわね。お姉様に取り憑いた邪悪なモノを取り除いただけなのに、お姉様の精神が削られたように感じるなんて。それとも気のせいかしら?

 

まあ、いいですわ。

 

目が覚めればいつものシャイナお姉様に戻っているはずですから。

 

「いえ、そこは疑問点を追求すべきでは? 私の直感は全ての原因は沙織お嬢様だと告げています」

 

そんな訳ないでしょう!?

 

まったく、星華はひどいですわ。

 

傷ついた心をシャイナお姉様の温もりで癒してもらいましょう。

 

もみもみ。

 

ああ、この柔らかさに癒されます。

 

「エロいオッさんみたいですね」

 

ひどいですわ!?

 

 

 

 

「なんだか記憶が曖昧なんだけど?」

 

目覚められたシャイナお姉様は元に戻っていました。

 

「シャイナお姉様、気にしたら負けですわ」

 

「うーん、まあいいか。この事に拘ったら逆に不幸になりそうな気がするからね」

 

わたしの言葉に素直に頷くお姉様。

 

「賢明な判断だと思われます。“深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ” という名言もありますからね」

 

それは名言なのでしょうか?

 

「まあいいさ、それより推理の続きを聞かせておくれよ」

 

推理……?

 

シャイナお姉様は何を言っているのかしら?

 

「沙織お嬢様、聖域に情報をリークしている裏切り者の件だと推測できます」

 

おおっ、思い出しました。

 

たしか、シャカとアルデバラン 、そしてシャイナお姉様はシロだという所まで進んだのでしたね。

 

「はい、その通りです」

 

それでは次からは本命の青銅聖闘士達ですわ。

 

「私は疑わなくてもよろしいのですか?」

 

わたしの言葉を遮るように星華が妙な事を言いだしました。

 

まったく、星華がわたしを裏切るなんてあり得ませんわ。

 

あのね、星華がわたしを裏切るメリットが何かあるのかしら?

 

「いいえ、沙織お嬢様にくっ付いていれば、一生安泰は保障されていますから、髪についたガムのようにくっ付いて離れないでいようと決意しております」

 

うふふ、そうよね。星華はわたしの一番の味方だもの。洗脳されたとか以外で裏切るなんて思っていないわ。

 

「ご信頼いただき嬉しく思います。ですが、前言を翻すようで申し訳ありませんが、将来的に私が結婚したときはお側を離れることになります。子供は自分の手で育てたいので……産休扱いでお願いします」

 

結婚……?

 

産休……?

 

びーえる趣味のぺったんの星華が?

 

理解しがたい言葉を耳にしたわたしは、愚かにも禁断の言葉を口にしたのです。

 

「このクソお嬢がっ、誰がぺったんだぁあああっ!!!!」

 

この日、城戸邸に怒れる大魔神が顕現しました。

 

わたしは一生懸命に逃げました。

 

死ぬかと思いました。




沙織「一度目にした技は全て使えます。これぞ城戸神拳奥義『水影心』です」
星華「沙織お嬢様はパクるのが得意なのですね」
沙織「技というのは師の模倣から始めるものです。そして、師から受け継いだ技をより発展させていくのですわ」
星華「シャカ様が沙織お嬢様の師なのですか?」
沙織「いいえ、技をパクっただけですわ♪」
星華「パクリと模倣、違いが分かりません」


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第25話「沙織お嬢様の名推理(その3)」

奇跡的に大魔神の怒りを鎮める事に成功したわたしは、優雅に紅茶を飲みながら推理を再開しました。

 

容疑者は全員で10名……いえ、9名になります。1名減ったのはウルフの那智が精神崩壊中なので除外しました。現在の彼はまるで赤ちゃんのように色々と垂れ流しの状態になってします。本当に一輝は酷いことをしますね。彼には思いやりの心が無いのでしょうか?

 

「ククク、思いやりの心云々を沙織お嬢様が口にするとはね。乙女のハートを傷付けた分際で生意気だよ。そう苦言を呈する我が身をお許し下さい」

 

だ、大魔神様はまだ怒りが鎮まりきっていないようです。非常に怖いです。しばらくの間は大魔神様と二人っきりにならないように気をつけましょう。

 

「単純に考えれば、途中敗退した奴らのうちの誰かが腹いせに聖域に告げ口をしたとかかな?」

 

シャイナお姉様はすっかり元気になられました。ちょっぴり危惧していた精神にも異常は認められません。

 

本当によかったですわ。

 

「だから狂気の原因である沙織お嬢様が言うんじゃないよ。まったく、同じ事を何度言わせる気かね。などという、クソ生意気な諫言をした我が身をお許し下さい」

 

こ、今度のコミケでは大魔神様のファンネルになりますからどうかお怒りをお鎮め下さい。

 

わたしは大魔神様のお怒りを鎮めるため、真摯な気持ちをもって土下座をします。

 

「あの沙織が土下座だって!?」

 

シャイナお姉様の驚愕の叫びが聞こえましたが、それに構う余裕などありません。

 

大魔神様、どうかお許しを。

 

シャカとアルデバランの二人が一緒に水浴びをしている写真も進呈いたしますゆえ。

 

「なんでそんなものを持っているんだよ!?」

 

シャイナお姉様の吃驚仰天している声などに構う余裕はありません。

 

大魔神様、どうかお許しを。

 

わたしがこっそりと毎晩のように行なっている豊胸体操をお教えしますゆえ。

 

「ば、ばかっ、そんな事を言ったら火に油を『沙織お嬢様、頭を上げて下さい。私達は厚い信頼関係で繋がった主従ではありませんか。そんな私が本気で怒ったりするわけありませんよ。うふふ、それにしても豊胸体操の効果がとても楽しみです♪』星華、それで良いのかい!?」

 

どうやら大魔神様のお怒りは完全に鎮まったようです。

 

うふふ、本当によかったですわ。

 

「ま、まあ、今さらあんた達のことを気にしても仕方ないか。それよりも犯人を特定する方が先決だね」

 

シャイナお姉様は、軽く頭を振って気を取り直すと言いました。

 

「あたしとしては、ベアーの檄が怪しんじゃないかと思うんだ。だってあいつが一番沙織を恨んでいるはずだろ?」

 

はて?

 

クマさんに恨まれる心当たりは無いのですが?

 

「いやいや、何言ってるんだい。星華に聞いたけど、沙織はアルデバランに檄をシメさせたそうじゃないか。そりゃあ、沙織を恨むだろうさ」

 

シャイナお姉様は呆れたように肩をすくめました。

 

わたしがアルデバランに檄を……?

 

そんなことがあったでしょうか?

 

シャイナお姉様が嘘を吐くとは考えられませんが、このわたしが他者に命じて暴力を振るわせるなんて……そんな面倒な事をするでしょうか?

 

絶対に自分の手でやる方が早いです。

 

気に入らない奴は即座にぶっ飛ばす。それが沙織クオリティなのです。

 

「沙織お嬢様、星矢戦前のエキシビションマッチのことです。檄を適度に疲労させることが目的でしたが、アルデバランとの実力差が開きすぎていたため、結果的に檄を一方的に痛めつけることになりました」

 

ああ、思い出しました。確かにそんな事がありましたわ。

 

「やっと思い出したようだね。それなら分かるだろ? 檄が沙織を恨んでる事がね」

 

シャイナお姉様、お言葉ですが檄のことなら対処済みですわ。

 

「対処済み? ま、まさか沙織あんた……」

 

シャイナお姉様は声を潜めながら言います。

 

「(檄を殺っちまったのかい?)」

 

「そんな訳ないでしょう!?」

 

思わず大声を出してしまいました。

 

まったく、いくらシャイナお姉様といえど、言っていい事と悪い事がありますわ。

 

檄は手駒にすると決めたのですよ。あたしは自分の手駒は大事しますわ。

 

「そうか、手駒という呼び方はどうかと思うけど、沙織は自分の配下を大事にするんだね。嫌なことを言って悪かったよ」

 

分かっていただければ良いのですわ。シャイナお姉様に誤解されたのは悲しいですけれど。

 

「本当に悪かったよ。沙織は本当は優しい娘だってことを普段の行動を見ているとついつい忘れちまってね」

 

なんとなく引っかかる言葉ですが、シャイナお姉様の謝罪は受け入れますわ。

 

「ああ、謝罪を受け入れてくれてありがとう、沙織」

 

シャイナお姉様はそう言いながら、わたしを優しく抱きしめて下さいました。

 

うふふ、これで仲直りです。

 

でも本当にひどい誤解でした。わたしが大事な手駒を簡単に殺るわけがないのに。

 

だって、手駒というのは表には出せない汚れ仕事や暴漢に対する肉の壁、そしていざという時の身代わり出頭など、重要な仕事を任せられる貴重な人材です。

 

無駄使いなど決して出来ません。

 

「それで沙織の対処ってのは、どんなものなんだ?」

 

シャイナお姉様が檄への対処を聞いてきました。誤解が解けたとはいえ心配なのでしょう。お姉様は優しいですからね。

 

「グラード財団への正式雇用ですわ。グラード財団での職務内容や待遇などを説明したところ非常に乗り気になって下さいました」

 

我がグラード財団は完全な実力主義となっています。それゆえ、小学校中退の檄ですが、厳しい修行を乗り越えて青銅聖闘士と成れた実力は高く評価されます。その為、わたしは真摯に誠意をもって彼をグラード財団に勧誘したのです。彼に相応しい雇用条件を用意して。

 

「なるほど、あたしにはピンとこないけど、働き者の日本人は正式に雇用される方がやる気が出るってことかな?」

 

シャイナお姉様はイマイチ分かってなさそうな口振りで呟きました。

 

 

 

 

星矢戦終了後、わたしは重傷を負いベッドで横になっている檄に企業説明を行いました。

 

一流大学卒と同等の給与体系に豪華な社宅貸与、この社宅は定年まで勤め上げれば退職金の一部として檄に譲渡されます。基本的に転勤はありません。年間休日数は120日を超えます。賞与は年2回で支給額は他の一流企業と比べても同等以上です。医療補助も充実しており、グラード財団直営の城戸大学病院ではなんと自己負担一割で受診可能です。健康診断も破格の年二回あり、しかも世界最高レベルの人間ドックでの検診となります。定年は60歳ですが、本人の希望があれば70歳までの継続雇用が可能です。さらに退職金制度は当然として、グラード財団の企業年金や持株会、その他諸々の資産運用もその道のプロによる指導を受けて行えます。

もちろん、メリットだけを提示してもかえって疑心を招くだけですからデメリットも申し上げます。檄は聖闘士としての雇用です。つまりは荒事専門となります。命の危険が無いとは決して言いません。それに転勤はありませんが、わたしの海外出張に護衛として同行して頂きます。そして、グラード財団の総帥であるわたしは常に命を狙われています。しかも海外ならば刺客は当然のように銃火器で武装しているでしょう。場合によっては戦争レベルを想定する必要があります。その全てを檄は聖闘士として鍛え上げた力で受け止め、はじき返さなければなりません。言っておきますが、グラード財団総帥の地位は甘くはありませんよ。日本経済を背負っているグラード財団総帥であるわたしが凶刃に倒れる事があれば日本経済は混乱を極める事でしょう。その経済的混乱は世界恐慌の切っ掛けにすらなり得ます。そうなれば、日本は先進国から世界最貧国にまで転落する可能性すらあります。そんな状況となれば日本国内にどれほどの悲劇が生まれてしまうのか、このわたしですら予想がつきません。ですが、これだけは分かります。

 

わたしは檄と視線を合わせて言葉を発します。

 

「檄、あなたのように親のいない孤独な子供が増えてしまうわ」

 

その言葉に檄は息を飲みました。

 

そんな彼に、わたしは覚悟を問います。

 

「檄、あなたの後ろには守るべき多くの子供達がいます。その子達の人生を背負う覚悟はありますか? あなたの任務は決して光に照らされるような立派なものだけではありません。時には汚泥に塗れるような行為すら必要となるでしょう。それでもあなたは……あなたが守る子供達にすら賞賛を受けれない立場となり、辛い修行の果てに磨き上げた強き拳を陽の当たらぬ場所で、生涯振るい続ける覚悟があなたには……ベアーの青銅聖闘士、檄。あなたには有りますか?」

 

 

 

 

というわけで、恵まれた職場環境と、高いモチベーションが保てる目的意識を手に入れた檄は、わたしに忠誠を誓ってくれました。

 

素直なクマさんで良かったです。

 

 

 




沙織「容疑者を一人ずつ推理するのは時間がかかる事に気付きました」
星華「推理以外の余計な話をするからだと思いますが?」
沙織「星華、雑談すら出来ないような余裕の無さでは大成できませんよ」
星華「余裕を持ちすぎると対応が遅れると思いますが?」
沙織「なるほど、星華の言葉にも一理ありますわ。では次回は星華の言を取り入れて巻いていきましょう」
星華「“そして、50年の時が流れた。” となるわけですね。では次回は『最終話「沙織お嬢様(お婆ちゃん)は縁側で茶をすする」』乞うご期待!!」
沙織「それは巻きすぎですわ!?」


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第26話「沙織お嬢様と真犯人」

名探偵業に飽きました。

 

ですので、手っ取り早く結論を出して名探偵業を廃業したいと思います。

 

「沙織にはもう犯人が分かっているのかい?」

 

ええ、もちろんですわ。色々と推理をしていて気付きました。

 

名探偵の自称は伊達ではありません。今回の事件、犯人は一名しか考えられません。

 

「へえ、随分と自信があるんだね」

シャイナお姉様、思い出して下さい。

 

シャカの報告では、聖域の教皇がデスクイーン島に調査部隊を派遣したのは金ピカが奪われる前です。

 

「たしかにそうだね。シャカからの電話は金ピカが奪われた直後だった。その時点で既に調査部隊は派遣されていた。つまり、教皇は銀河戦争での出来事とは関係なく調査部隊を派遣したわけだ」

 

その通りです。教皇が調査部隊を派遣した理由は、聖域に蔓延した怪しげな噂の為です。

 

「十数年前に聖域から失われた黄金聖衣が、デスクイーン島へと持ち込まれたという出所不明の噂だね。でも、そんないい加減な噂だけで教皇が動くもんかねえ?」

 

シャイナお姉様は訝しげに首を傾げる。

 

その気持ちはよく分かります。大きな組織にいれば噂話などいくらでも入ってくるものです。そんなものに一々振り回されていては日常業務も滞ってしまいます。

 

ですが、少し考えてみて下さい。

 

「考える? 何を考えろって言うんだ?」

 

怪しげな噂だけで教皇が動くわけがない。それなら “何が” あれば教皇は動くのでしょうか?

 

「うーん、そうだね、なにか客観的な証拠でもあれば動くんじゃないかな?」

 

シャイナお姉様は自信なさげに言います。

 

普段は自信に溢れたシャイナお姉様の気弱な姿に思わず胸がキュンとなります。

 

「沙織……妙な目で見ないでほしいんだけど」

 

あら、わたしのトキメキがシャイナお姉様に伝わったみたいです。うふふ、恥ずかしいですわ。

 

「シャイナ様、飢えた獣のような目で見るなとハッキリと仰っらないと沙織お嬢様には伝わらないと思いますよ」

 

星華、うっさいです。

 

お姉様はそんな事を思っていませんわ。きっと、自分らしくない姿をわたしに見られて恥ずかしがっているだけですわ。

 

ねっ、お姉様!

 

「いや、その、ま、まあいいじゃないか! 話を先に進めよう!」

 

うふふ、シャイナお姉様が照れているようなので、ここは話を戻すことにしましょう。

 

教皇が動いた理由として考えられるのはですね。

 

おそらくは、聖域で修行をされている女聖闘士候補の方達がデスクイーン島に向かったからですわ。

 

「なんだって!? それは本当かい!」

 

シャイナお姉様がひどく驚きますが、それは無理のない事です。

 

女聖闘士になるために修行中の少女達は、聖域以外のことは殆ど知らない純粋な少女ばかりです。

 

そんな少女達が遠く離れたデスクイーン島へ向かったと聞けば驚いて当然でしょう。

 

「どうしてその子達はデスクイーン島へ向かったんだ?」

 

それはアルバイトの為です。

 

「アルバイトだって?」

 

その通りです。修行中の少女達はお小遣いを持たないので、甘いお菓子や可愛い小物など、欲しい物があっても買えない状況でした。

 

「それはそうだろうね。白銀聖闘士のあたしだって、任務のために必要な経費しか渡されなかったからね。本当はいけないことだけど、その経費を節約して年下の子達にお菓子を差し入れしていたよ」

 

うふふ、やっぱりお姉様は優しいですわ。

 

でも、そんな幸運は滅多にありませんわよね?

 

「ああ、そう頻繁に差し入れは出来ないし、出来たとしても全員に行き渡るほどの量は買えないからね」

 

その通りです。辛い修行の毎日でありながら、たまの差し入れのお菓子ですら満足に手に入らない。

 

そんな辛い日常を送る少女達の前に突然現れた優しげな美少女は言いました。綺麗なお洋服や甘いお菓子が欲しくありませんか? と。

 

「は? 今、なんて言ったんだい?」

 

もちろん、そんな怪しげな誘い文句に乗る馬鹿な少女は普通ならいないでしょう。

 

ですが、その優しげな美少女は、聖域では信頼されている門番のアルデバランが聖域立入許可証を発行している美少女です。そのため、信頼度は抜群でした。

 

「さ、沙織、ちょっと待ってくれないかい?」

 

優しげ美少女は言います。

 

実はデスクイーン島で催されるイベントでエキストラのアルバイトを募集中だということを。そして、そのアルバイト代として綺麗な洋服とお菓子を用意していることを。

 

ここでミソなのが、アルバイト代が現金ではなく現物支給だという事です。

 

現金の場合、普段お金を持たない少女達では使う場所に困るでしょう。それに現金だとアルバイトに警戒心を持たれる可能性もあります。

 

ですが、洋服やお菓子などの現物支給なら軽い気持ちで参加できるでしょう。アルバイトもある男の子に対するドッキリのエキストラです。好奇心の湧く内容です。

 

「いや、ホントに待ってくれないかい?」

 

デスクイーン島で黄金聖衣を用いた謎の儀式を行う男の手下役のエキストラ。体力のいるエキストラですが、女聖闘士候補の少女達なら問題ありません。

 

デスクイーン島までのちょっとした小旅行と、修行よりもよっぽど楽なエキストラをするだけで綺麗な洋服とお菓子が手に入る。もちろん、アルバイト中のご飯も普段は食べれないような豪華なものです。

 

ただ、少女達が心配なのはアルバイトなどを受けたら師匠に叱られないかという事です。

 

しかし、それは心配無用です。

 

各人の師匠達にはアルデバランが責任をもって脅は……説得をします。何も心配は要りません。ちょっとデスクイーン島で黄金聖衣絡みのイベントの為に弟子達を借りるだけです。

 

アルデバランに全てお任せです。

 

「あの、沙織……?」

 

そう、全て問題はありませんでした。

 

ただ、アルデバランに一つだけ手抜かりがあったとすれば、それは師匠達の口止めを忘れていた事でしょう。

 

恐らくは弟子をアルバイトで連れていかれた師匠連中が聖域の彼方此方でボヤかれたのでしょうね。弟子をデスクイーン島での黄金聖衣絡みのイベントで連れていかれたと。きっとそのせいで妙な噂話として広まったのだと思います。

 

教皇にはその噂話と共に、聖域から実際にいなくなった女聖闘士候補達の情報が伝わってしまったのでしょう。それなら念のため教皇が動いたとしてもおかしく無いのかもしれません。

 

まったく、仕方のないアルデバランです。こんな事ならアルデバランではなく、シャカに任せるべきでしたね。

 

「もういいよ、沙織。つまり、聖域に情報を漏らした犯人ってのは…」

 

シャイナお姉様は呆れたような様子で犯人の名を口にしようとしますが、わたしはそれをやんわりと止めます。

 

「お待ち下さい、シャイナお姉様。アルデバランも悪気があったわけでは無いのですから、犯人がどうとかは言わないであげましょう」

 

物分かりのいい上司のわたしは思います。人間なら誰にだって失敗はあるのですから、その失敗を責めるのではなく、わたし達全員で次回に生かす教訓としようではありませんか。

 

うんうん、では犯人探しはこれで終了です。

 

こんな事よりもデスクイーン島に向かったという調査部隊への対処の方が先決ですわ。

 

「沙織、あんたって子は……」

 

「見事な責任転嫁です。流石は沙織お嬢様ですね」

 

わたしは、両手を両耳に当てて塞ぎました。

 

 

あー、あー、聞こえませんわー。

 

 

 

 

 




沙織「美少女名探偵サオリの華麗なる推理劇は今回で完結です。長らくの応援ありがとうございました♪」
星華「酷すぎる結末に苦情がこないか心配です」
沙織「ええ、星華の心配も分かりますわ」
星華「おや、珍しいですね。沙織お嬢様がお認めになるなんて……明日は雨でしょうか?」
沙織「やはり、探偵物のクライマックスでは“犯人はあなたです!”の決め台詞が必要でした。今回の反省点ですわ」
星華「前言を撤回します。今回も沙織お嬢様らしいです」


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第27話「沙織お嬢様はお姫様」

倉庫街を脱出した一輝は、当初の予定通りにグラード財団所有の私設空港へと向かっていた。不機嫌そうに徒歩で。

 

「まったく、タクシーが乗車拒否とはどういう事だ。会社にクレームを入れてやるぞ」

 

フェニックスの聖衣を着込んだ一輝は、タクシー運転手に乗車拒否をされたのだ。

 

まあ、運転手も深夜に一人で歩くコスプレ男など怪しくて乗せたくないのだろう。その気持ちは理解できる。

 

「この時間だと電車やバスも動いていないしな。やはり地道に歩くしかないか」

 

もちろん、聖闘士である一輝が本気で走れば、タクシー以上の速度を出せるが、深夜とはいえ街中でそんな目立つ真似は出来なかった。

 

“怪奇! 深夜のコスプレ爆走男の恐怖!” そんな都市伝説を作ってしまえば、きっと沙織お嬢様に怒られるだろう。

 

「沙織お嬢様は、先代が腹上死してからは、世間の目を気にするようになったからな。目立つ行動は控えるべきだろう」

 

祖父の死後(腹上死)、散々噂話のネタにされた沙織お嬢様は、他者からの好奇の目に敏感になっていた。

 

他人から恐れられるのはいいでしょう。嫌われるのも構いません。わたしはグラード財団のトップに立つのですから当然ですわ。と、沙織お嬢様は他人から忌避されても気にはしない。

 

だけど、馬鹿にされるのは許しません。虚仮にされたのならぶっ飛ばします。笑われたのなら血の海に沈めましょう。

 

わたしを舐めるのなら──全面戦争ですわ!!

 

現在の沙織お嬢様は、そんな危険な精神状態になっていた。

 

まあ、沙織お嬢様はまだ13歳の子供だから精神的に未熟なのは仕方ない。そのうち大人になるんじゃないの。

 

そんな風に星華あたりは軽く言うが、それは沙織お嬢様の寵愛を受けているからこそ言える台詞だろうと一輝は思う。

 

お嬢様弄りを楽しめるような一部の例外を除き、城戸の名を、そしてグラード財団の名を汚すような真似をすれば、社会的にどころか物理的にこの地上から消されかねなかった。

 

「沙織お嬢様は、誇り高いといえば聞こえはいいが、外面を気にしすぎだな。人の目なんか気にせずに振る舞えばいいものを」

 

一輝はそう考えるが、今の沙織お嬢様の精神状態は客観的にみれば悪くなかった。何故なら強大な力を持つ沙織お嬢様が世間体を考えて自重するからこそ、日本は平穏を保っていられるからだ。

 

もっとも個人レベルで考えれば、沙織お嬢様を侮辱すればこの世の地獄を味合うという危険な状態だが、そこは許容範囲内だと諦めよう。

 

強大な力を持つ沙織お嬢様──人類史上最強の超能力と人間の限界を遥かに超えた小宇宙を持ち、白銀聖闘士シャイナの指導の下、聖闘士としての修行を経て、黄金聖闘士のシャカとアルデバランを相手に実戦訓練を積み重ね、世界中をめぐり邪悪な存在との実戦を繰り返してきた超武闘派お嬢様を侮辱するような馬鹿なら擁護する気にもならない。

 

そして、沙織お嬢様個人の戦闘力を知らない人間でも、グラード財団総帥の地位にある彼女を安易に侮辱するような愚か者なら、それはもう自業自得だろう。

 

「おっ、またタクシーが来たな。おーい、止まってくれー! おいっ、止まれって言ってるだろうが! おいコラ!……また乗車拒否かよ。くそ、日本のタクシーはどうなってんだ?」

 

またもやタクシーに乗車拒否された一輝は毒吐きながら空港に向かって歩く。

 

「デスクイーン島で打ち合わせもあるから急いでるってのに、空港まで走ることも出来んとはもどかしいものだな」

 

そう、デスクイーン島ではエキストラ達との事前打ち合わせが待っていた。瞬攻略作戦のための配役や台詞読み合わせに舞台稽古などやる事が山積みになっている。

 

「過密スケジュールだが、俺達の幸せのためだ。頑張るしかないな」

 

ブツブツと独り言を言いながら一輝はデスクイーン島に着いてからの予定を思い浮かべる。

 

「まずは沙織お嬢様が突貫工事で造らさせたという秘密基地に行って、金ピカを儀式用の祭壇の置い……しまったな。金ピカは覆面少女にプレゼントしたんだった」

 

一輝は、沙織お嬢様から金ピカは金メッキだから資産価値は低いと聞かされていたため、自分の独断で覆面少女にプレゼントした事を思い出した。

 

「うーむ、何か代わりの金ピカを用意する必要があるな」

 

一度プレゼントしたものを返してもらうという選択肢はない(そんな恥知らずな行為を外面の良い沙織お嬢様にバレたらぶっ飛ばされる)ため、一輝は新たな金ピカを用意する必要があった。

 

「しかしこんな深夜だと開いている店も……あったな」

 

周囲を見渡した一輝の目に止まったのは、某大手雑貨屋チェーン店だった。

 

 

 

 

「教皇の調査部隊がこちらに向かっていると連絡がきたぞ」

 

アルデバランの言葉に女聖闘士候補生達は息を飲む。彼女達は突然の事態に顔色を悪くさせた。

 

「それは私達のアルバイトを止めさせるためでしょうか?」

 

彼女達のリーダー格である少女が意を決してアルデバランに問いかける。ここでアルバイトと止められたら報酬が手に入らないため冷静な口調とは裏腹に内心では焦っていた。

 

彼女は、ギリシャでの辛く苦しい修行の日々の中で突如訪れたこの幸運を逃したくはなかったのだ。

 

彼女達の多くは孤児であり、孤児でなくても貧しい家の出身だった。そんな境遇だった彼女達は幼い頃に聖域に連れてこられて女聖闘士候補生にされた。

 

それ以来、選択の余地などなく女聖闘士になるための厳しい修行の毎日だった。

 

辛い修行の日々、最低限の食事にボロボロの数枚の服。雨露をしのぐのが精一杯の古小屋。

 

それが彼女達の全てだった。

 

 

 

 

毎日が辛かった。

 

時々、優しい先輩が差し入れてくれる甘い食べ物だけが楽しみだった。もっとも、その甘い食べ物を口にするためには熾烈な争奪戦に勝ち抜く必要があったけれど。

 

ある日、聖域で時々見かける不思議な女の子が自分達の前にやってきた。

 

綺麗な女の子だった。まるで幼い頃に聞いたことのあるお伽話に出てくるお姫様のように見えた。

 

お姫様の後ろには、私達にとっては雲の上の存在である黄金聖闘士のアルデバラン様が、まるで彼女を守る騎士のように立たれていた。

 

「お姉さん達にお話しがあるのだけど、少しお時間よろしいかしら?」

 

にっこりと笑うお姫様。

 

可憐なはずのその笑顔に何故か圧迫感を感じたけど、年下に見えるお姫様とお話しをするぐらい構わないと思った。

 

私は了承の言葉を口にしようとしたが、不思議なことに舌が震えて喋りにくかったため黙って頷いた。

 

そんな私を見ていたアルデバラン様のしかめっ面が、妙に印象に残った。

 

お姫様の話は、信じられないほどに恵まれた依頼(アルバイト)の話だった。

 

デスクイーン島で行われるイベントの手伝いをするだけで甘い食べ物(お菓子というそうだ)と綺麗な洋服をくれるというのだ。

 

さらにイベントで活躍すれば特別なご褒美まであるらしい。

 

私以外の子達も全員がその話に飛びついた。

 

師匠にはアルデバラン様が話をつけてくれたし、移動の時の飛行機は豪華だし、御飯は信じられないくらいに美味しいし、泊まらせてもらっているホテルのベッドはフカフカで、お風呂までついている。まるで私達がお姫様になったみたいだねと、仲間達と喜び合った。こんな素晴らしいアルバイトを紹介してくれたお姫様には感謝しかなかった。

 

出来ることならずっと続いてほしいアルバイトなのに中止になってしまうのだろうか?

 

思わず涙が浮かびそうになったのを歯を食いしばって堪えた。周りを見ると他の子達も同じような様子だった。

 

「教皇の調査部隊は、俺達がイベントで使用する金ピカの箱について調べにきたらしい。だが、金ピカの箱はまだ日本にあるからここに来ても無駄足だな。まあ、奴らの目的などどうでもいい。このイベントは沙織お嬢様が取り仕切っている。邪魔をするなら教皇の調査部隊だろうと叩き潰すだけだ。お前達は何も心配せずに予定通りの役割を果たす事だけを考えておけ」

 

アルデバラン様から頼もしい言葉が放たれた。どうやらアルバイトは続行できるらしい。でも、教皇様の調査部隊を叩き潰すなど許されるのだろうか?

 

私だけでなく、他の子達も心配になったようだ。少し周りがザワついた。

 

そんな私達の不安げな様子に気付いたアルデバラン様が、私達を安心させるように笑った。

 

「フハハハ、何も心配するな。たとえ教皇と対立して聖域を追い出されようとも、沙織お嬢様はあのグラード財団の総帥だからな。お前達の面倒ぐらい見てくれるぞ。むしろ、その方が貧乏暮らしを強いられる聖域なんぞよりよっぽど良いかもしれんな」

 

教皇様…ううん、教皇と対立すればお姫様が私達の面倒を見てくれる?

 

それは、今のこのアルバイトがずっと続くという意味なのだろうか?

 

「うむ、そうだな。お前達はもう少しだけ鍛えれば沙織お嬢様配下の青銅聖闘士の小僧共の実力に追いつくだろう。そうなれば正式に沙織お嬢様の配下になれるように俺が推薦してやろう。要はアルバイトではなく、グラード財団の正社員になれるということだ」

 

正社員……?

 

正社員の意味が分からない私達は首を傾げる。

 

そんな私達にアルデバラン様が丁寧に正社員の意味や待遇などを教えてくれた。

 

その内容は私達の度肝を抜くほどに素晴らしいものだった。先ほどアルデバラン様が仰られた “聖域での貧乏暮らしよりよっぽど良い。” という言葉の意味がよく分かった。

 

教皇は辛い生活を強いるだけだったけど、お姫様はちゃんとした生活をさせてくれる。仕事は大変だろうけど、それに見合うだけの評価をしてくれる。私をちゃんと見てくれる。

 

正社員の意味を理解した私は、同じように話を聞いていた仲間達と目を合わせた。

 

それだけで仲間達の気持ちが分かった。この瞬間、私達の心はひとつになる。

 

私達は教皇ではなく、お姫様を選ぶと決めた。

 

私は握りしめた拳を振り上げた。

 

「よし、みんな! お姫様の為に教皇の調査部隊が来たら全力で叩き潰すってことでいいよね!」

 

仲間達全員から怒号に聞こえるほどの賛同の声が上がった。

 

そんな私達を見ていたアルデバラン様の満足そうな顔が、妙に印象に残った。

 




沙織「わたしのカリスマに惹かれてまた正社員が増えそうですわ♪」
星華「こうして社畜が増えるのですね。可哀想で涙が出そうです。ぽろぽろ」
沙織「社畜って失礼ですわ、グラード財団はホワイト企業です。っていうか、女聖闘士候補生の酷い暮らしぶりの方が可哀想で涙が出そうです。ほろり」
星華「星矢達も同じような生活でしたよね?」
沙織「男という生き物は、若いうちに苦労した方が大成しますわ」
星華「これも男女差別というものでしょうか?」
沙織「いいえ、違います。差別ではなく区別です。女の子という生き物は大事に大事に育てるものですわ」
星華「まあ、異論はないです」
星矢「ちょっと待ったー!男の子も大事に大事に育てるべきだと思うぜ!」
沙織&星華「「却下です」」
星矢「こんな時だけ息ぴったり!?」


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しるばあせいんと編
第28話「白銀聖闘士の襲来」


白銀聖闘士編に突入です。残念ながらミスティのお色気シーンはカットになる可能性が非常に高いです。期待されていた方ごめんなさい。


黄金の覆面少女は、身体の奥底から漲ってくる活力(小宇宙)を発散させるために海へ向かって一日一万回の黄金の正拳突きを行うことを決めた。

 

「プレゼントをくれた足長お兄さんへの感謝を込めて突くわよ!」

 

一日目、16時間かけてやり切った。

 

終わった瞬間、泥と汗と埃で小汚くなった黄金の覆面少女は大の字になって眠った。

 

「スゥ…スゥ…ぷれ…ぜん……あり…が……スゥ…」

 

熟睡する黄金の覆面少女の寝顔は幸せそうだった。

 

 

二日目、1秒とかからずに終わった。

 

「あれ? もう終わり?」

 

驚天動地の超成長っぷりだった。

 

一万回の黄金正拳突きが終わった瞬間、黄金の覆面少女の真正面の海は、その衝撃によって真っ二つに割れていた。

 

割れた海の底では、大きな魚がピチピチと跳ねている。

 

「なんのお魚さんかなあ? 食べれるお魚さんだと嬉しいんだけど…」

 

黄金の覆面少女は目を凝らして魚を確認すると、まさかの巨大マグロ(高級食材)だった。

 

次の瞬間、黄金の覆面少女は光の速さで巨大マグロ(高級食材)をゲットした。

 

「うりゃあ!! 獲ったわよー!!」

 

巨大マグロ(高級食材)を手刀で串刺しにした黄金の覆面少女は、返り血でその身が紅く染まるのを気にもせずに高らかに吼えた。

 

黄金の覆面少女は、巨大マグロ(高級食材)から手刀を抜き取ると両手で抱えて海底から陸地へと光の速さで戻った。

 

海が裂けるという凄まじい状況とかには興味のない黄金の覆面少女も巨大マグロ(高級食材)には興味津々だった。

 

「こんなに大きなマグロなら孤児院の子達全員がお腹いっぱい食べれるわ!」

 

思わぬ幸運に喜ぶ黄金の覆面少女。

 

「えへへ、足長お兄さんにプレゼントを貰ってからツキが回ってきたみたい。もしかしたら神様って本当にいるのかしら?」

 

黄金の覆面少女は、今まで特に信心深いわけでは無かったが、立て続けに起こった幸運な出来事はそんな彼女にも心の変化を起こさせていた。

 

今までが不幸だった分、神様が帳尻を合わせるために幸運をプレゼントしてくれている。そんな荒唐無稽な考えを黄金の覆面少女は持ち始めたのだ。

 

「そういえば、星矢ちゃんがなった聖闘士は女神様(アテナ)を守るのが仕事なのよね。もしかしたら星矢ちゃんが女神様(アテナ)の加護を運んで来てくれたのかな? うん、きっとそうだよね! だって私の星矢ちゃんだもん! ありがとう、星矢ちゃん! ありがとうございます、女神様(アテナ)! これからも加護をよろしくお願いします!」

 

黄金の覆面少女は、血の滴る巨大マグロ(高級食材)を涎を垂らしながら見つつ、女神様(アテナ)への感謝の言葉を口にした。

 

男をゲットするには胃をつかめというが、女の黄金の覆面少女でも胃が弱点だったのだろう。

 

このとき芽生えた女神様(アテナ)への感情が、黄金の覆面少女の人生に大きな影響を与えることになるのだが、このときの彼女には知る由もなかった。

 

 

 

 

魔鈴は困惑していた。

 

「参ったね、どうしたらいいんだ?」

 

教皇から命じられた怪しげな噂の調査任務。

 

白銀聖闘士の自分にとって調査任務など容易いと考えていた魔鈴だったが、そんな甘い考えなど吹き飛んでいた。

 

──何故なら。

 

「ぶらっくぺがさす参上です!」

 

「ぶらっくきぐなす推参します!」

 

「ぶらっくゆにこーん登場よ!」

 

「ぶらっくあんどろめだ見参ですわ!」

 

「ぶらっくどらごん参戦するわよ!」

 

等々……。

 

デスクイーン島に到着した途端、続々と現れたのは壊滅したはずの暗黒聖闘士達──のコスプレをした後輩の女聖闘士候補生達だったからだ。

 

「えーと、お前達はデスクイーン島に連れさらわれたんじゃないのか?」

 

普段から可愛がっている後輩達のコスプレ姿にどう反応したらいいのか分からない魔鈴は、とりあえずコスプレに関してはスルーして質問をする事にした。

 

ノリノリな感じで決めポーズをとっている後輩達に少し引いたのは内緒である。

 

「魔鈴さん、まさか貴女が教皇の手下に成り下がっていたなんて」

 

「え…?」

 

「私たちは教皇の手下などに屈しはしません!」

 

「イヤイヤ、あんたは何を言っているんだい!?」

 

後輩達のリーダー格の少女に悲しげな瞳で見つめられたと思ったら、いきなりの教皇の手下扱いだった。

 

女神(アテナ)を支える教皇は、聖闘士達のまとめ役でもあるから自分が教皇の手下であることは正しいのかもしれないが、物事には言い方というものがある。

 

魔鈴には、女神(アテナ)を守護する白銀聖闘士としての自負がある。女神(アテナ)を守るために教皇の下でその指示に従い動くことに否応はないが、教皇の手下扱いは断固として否定する。

 

聖闘士というのは教皇の手下では決してない。聖闘士はあくまでも女神(アテナ)の聖闘士だからだ。

 

「いいかい、わたしは鷲星座(イーグル)の白銀聖闘士だよ。決して教皇の私兵じゃないから手下扱いは止めてくれないかい」

 

後輩からのいきなりの暴言とも言える言葉だったが、魔鈴は冷静に対応する。

 

もしも暴言を吐いたのが同格のシャイナなら、魔鈴は迷う事なくキャットファイトに突入しただろうが、今回の相手は可愛い後輩だった。

 

ここは頼りになる先輩として寛大な態度で接して上げるべきだろう。

 

特にこの後輩は、本来は真面目で先輩を立てるタイプの女の子だった。星矢のようなクソ生意気な弟子を育てていたせいか余計に可愛く思える。少しぐらいの特別扱いは許されるだろう。

 

特に今日は彼女に優しくしてあげようと、コスプレ姿で次々と決めポーズを繰り返す普段は真面目な少女を見ながら魔鈴は思った。きっとストレスのせいだろうなあ、と考えながら。

 

「魔鈴、何を甘いことを言っているのですか? 今の言動だけで十分に粛清対象になりますよ」

 

「ミスティの言う通りだぜ。さっさと全員始末して聖域に帰ろうぜ。ここは暑くてかなわん」

 

「そうだな、たかが聖闘士候補生だ。どうせ大した動機もなく反旗を翻したに過ぎんだろう。調査をする価値もないさ」

 

「……コイツらからは教皇への叛意が読み取れる。完全にクロだな」

 

蜥蜴星座のミスティ。

 

ケンタウルス星座のバベル。

 

白鯨星座のモーゼス。

 

猟犬星座のアステリオン。

 

そして、鷲星座の魔鈴。

 

この五人がデスクイーン島に派遣された調査部隊のメンバーだった。

 

調査部隊のリーダーは魔鈴である。ちなみにジャンケンで決めた。

 

調査部隊メンバーの非情な言葉に魔鈴は仮面の下で顔を顰める。

 

「……同じことが起こらないように原因は調査すべきだよ。これがリーダーとしての決定だ。だから候補生達は殺すんじゃないよ!」

 

「フッ、随分と甘い対応ですが、今回は貴方がリーダーです。指示には従いましょう」

 

可愛い後輩達を殺したくない魔鈴は、何とか理由づけをしてリーダー権限で通そうとした。

 

普段なら日本人の魔鈴に敵対的なメンバーだったが、クソ暑いデスクイーン島で言い争いなどをして汗を流したくないミスティは、今回は素直に魔鈴の指示に従うことにした。

 

そうなると他の三人もミスティが賛成するのならと、渋々ながら魔鈴の指示に従うことを了承した。

 

「(何とかこの子達を殺さずに済みそうだね)」

 

魔鈴は内心ほっと胸をなで下ろす。もちろん、ここで殺されなくても聖域で処刑される可能性はあるが、時間さえあれば対策は出来るだろう。

 

いざとなれば、日本にいるシャイナを頼ることも魔鈴は考えていた。シャイナにはあの沙織がついている。魔鈴から見ても黄金聖闘士以上の化物としか思えない沙織なら聖闘士候補生ぐらい余裕で匿えるだろう。

 

沙織のユリユリな趣味を考えると後輩達が少し……凄く心配だけど、魔鈴はそこは諦めた。

 

──逞しく生きろ。

 

それが、自分から後輩達へ送る最後の助言になるだろうと考えながら。

 

 

 




沙織「もう白銀聖闘士編になるのですね」
星華「“もう”? 連載が始まって一年半は経っているのに“まだ”白銀聖闘士編ですよ」
沙織「なるほど、そういう考え方もありますね」
星華「そういう考え方しかないと思いますけど……まあ、いいです」
沙織「うふふ、それにしてもこれからの展開が楽しみですね。白銀聖闘士編から十二宮編へと続く見所満載のイベントラッシュですわ♪」
星華「えらく嬉しそうですね?」
沙織「あらあら星華ってば何を言っているのかしら? これから原作ヒロインであるわたしを救うために下僕達が必死に戦う名シーンのオンパレードですよ♪」
星華「原作ヒロインはシャイナ様のはずでは?もしくは美穂だと言えなくもないですね」
沙織「違います!誰がどう見てもヒロインはわたし以外ありえませんわ!」
星華「では、読者の数だけヒロインはいたのだ。ということで手を打ちましょう。ぱんぱん」
沙織「星華っ、適当な締め方をしないで!」


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第29話「沙織お嬢様、決意する」

アルデバランから電話がありました。それによると、教皇の調査部隊がデスクイーン島に上陸したそうです。

 

わたしの予想よりも調査部隊の動きは早いです。

 

わたしの計画では、調査部隊の海上移動中にグラード財団所有のキラー衛星によるレーザー照射で一気に片をつけるつもりでしたが、肝心のキラー衛星の照射準備が間に合いませんでした。

 

まったく、キラー衛星は金食い虫の兵器のくせして、肝心のときに役立たずとは困ったものです。

 

「さすがにレーザー照射はやり過ぎだと思っていたからむしろ良かったよ」

 

優しいシャイナお姉様は胸を撫で下ろしていますが、わたしとしては残念でしかありません。

 

なにしろ現在、デスクイーン島で調査部隊と睨み合っているのは、わたしが直々にギリシャでスカウトしたお姉さん達なのです。とても素敵なお姉さんだった彼女達が心配です。

 

「いや、あいつらは聖闘士候補生といっても青銅聖闘士に近い実力を持っているからね。デスクイーン島にはアルデバランもいるし、そう心配することはないよ」

 

シャイナお姉様は安心するように言いますが、わたしはちっとも安心できません。

 

だって、アルデバランからの電話によると、調査部隊は白銀聖闘士で構成された五人組だからです。

 

青銅聖闘士クラスの実力では非常に不安です。

 

「いや、本当に大丈夫だよ。なにしろアルデバランは黄金聖闘士だからね。同じ白銀聖闘士としては悔しい限りだけど、白銀聖闘士が五人掛りで戦いを挑もうとアルデバランに一蹴されるだけさ」

 

シャイナお姉様は気楽そうです。本当にアルデバランに任せておけば心配はいらないと確信しているみたいですね。そんなシャイナお姉様の余裕のある様子に、わたしもほんの少しだけ安心できました。

 

「沙織、もしかして他にも気になる事でもあるのかい?」

 

安心しきっていないわたしの様子に気付いたのでしょう。シャイナお姉様が心配そうに問いかけてくれます。

 

うふふ、わたしの事をちゃんと見てくれているのですね。

 

こんな些細なことでも、シャイナお姉様との確かな絆を感じて幸せな気持ちになれます。

 

そして、シャイナお姉様の心配げな眼差しからは、わたしへの深い愛情が伝わってきます。

 

これはもう愛の告白をしてもOKなのではないでしょうか?

 

苦節ウン年の努力が実る時がやってきたのですね。

 

シャイナお姉様へのアプローチを欠かさずに続けてきた甲斐がありました。

 

ああ、感無量です。

 

「いや、その、沙織? どうしてあたしの右手を両手で包み込むように握るんだい? それに顔の距離が近すぎると思うんだけど」

 

さあ、シャイナお姉様。

 

今こそラブラブな熱いベーゼを交わしましょう。

 

──あと、十センチ。

 

わたしのお胸がドキドキしてます。

 

──あと、五センチ。

 

わたしの頬っぺたがピンクに染まります。

 

──あと、三センチ。

 

おっと、目は瞑るべきですね。

 

──あと、一センチ。

 

さあっ、一気にいきますわ! ぶちゅっといきますわ!!

 

“ぺちん”

 

痛いです。

 

シャイナお姉様に額を叩かれてしまいました。

 

わたしが迂闊でした。シャイナお姉様の右手はガッチリと拘束しておきながら左手をフリーにしたままだったのが敗因でしょう。

 

「正気に戻ったかい、沙織?」

 

シャイナお姉様は、わたしの目を覗き込むようにしながら心配げな声で問いかけてきます。

 

そんな、わたしの事を気遣うシャイナお姉様の声からは間違いなく愛情が伝わってきます。それなのに何故ゆえに熱いベーゼは拒否されてしまうのでしょうか?

 

きっとこれが、世の男性陣を悩ませるという気紛れな女心というものなのですね。

 

女心と秋の空とはよく言ったものです。

 

まだまだお子様のわたしには理解できない世界です。

 

わたしとしては、もっとシンプルな方がいいですね。

 

そう、例えばこのように。

 

「星華、I want you to kiss me(わたしは貴方にキスされたいわ)」

 

「沙織お嬢様、Cut the crap (寝言は寝てから言え)」

 

うふふ、シンプルな中にも遠慮を感じさせない仲良しな関係を如実に表すわたし達です。

 

「ああ、いつもの沙織だね。安心したよ」

 

星華とわたしの仲良しな様子に安心されたシャイナお姉様はほっと息を吐かれます。うふふ、別に少しぐらいなら嫉妬されてもよろしくてよ?

 

「沙織お姉様、これ以上は時間の無駄が過ぎると思われます。デスクイーン島の件は如何なさいますか?」

 

再び、シャイナお姉様にじゃれつこうとしたわたしを星華が止めました。

 

言葉は丁寧なままですが、ギンッと音が聞こえそうな目付きでわたしを凝視しています。

 

ふむ、少しおふざけが過ぎたようです。ここからは真面目にいきましょう。わたしは真面目な良い子ですからね。決して星華に睨まれて怖いからではありませんよ?

 

「まあまあ、星華もそう睨むもんじゃないよ。沙織も悪気があるわけじゃないしね。それにこれも沙織の余裕がなせるもんだと思えば心強いじゃないか」

 

「……シャイナ様がそう仰られるのならこれ以上は申しません」

 

シャイナお姉様の制止に星華は素直に引いてくれました。ですが、ここで油断してはいけません。星華は“申しません”と言ったのです。決して“手は出さない”とは言ってはいないのです。きっと次は言葉での注意ではなく、鉄拳制裁する気なのですわ。

 

うふふ、このわたしがこの程度の罠に引っかかるわけがありません。なんといっても星華の鉄拳制裁は本気で痛いのですからね。あんなもの喰らいたくなどありませんわ。

 

というわけで、これからは真面目モードでいきますわ。

 

こほんと咳払いをしてからわたしは心配事を口にします。

 

「実はアルデバランには重大な弱点があります。わたしはその弱点を敵につかれないかを心配しています」

 

「あのアルデバランに弱点だって!? それは本当なのかい!!」

 

黄金聖闘士のアルデバランに弱点がある事が意外だったのでしょう。シャイナお姉様は大声をだして驚かれました。

 

ですが、シャイナお姉様。たとえ黄金聖闘士といっても所詮はただの人なのですよ。弱点の一つや二つあって当然ですわ。

 

「……沙織の言う通りだな。黄金聖闘士だからといっても無敵なわけじゃないんだ。弱点はあって当然だ。それで、その弱点を私がフォロー出来るのなら教えてもらえないかい?」

 

さすがはシャイナお姉様です。混乱をされても一瞬で立ち直りました。

 

そして、本来なら仲間内といっても人の弱点をおいそれと公開すべきではありませんが、今は緊急事態です。アルデバランの弱点の秘匿よりも素敵なお姉さん達の安全確保の方が何億倍も優先すべき事柄です。

 

ここは情報の共有化をはかり、事態への対処方法を一緒に考える方が有益でしょう。

 

わたしはアルデバランの弱点を口にする(バラす)決意を固めました。

 

「実はアルデバランは──被虐趣味(M)ですわ」

 

「…………へっ?」

 

シャイナお姉様が驚くのは無理もありませんが、アルデバランには攻撃をわざと身体で受け止めたがる趣味があります。

 

一輝との模擬戦闘でも真っ向から身体中に一輝の拳を受け止めて気持ち良さそうに笑っている姿は怖いものがあります。

 

きっと、痛いのが気持ちいいと思う人種なのでしょう。本当に怖いです。

 

まあ、わたしは人様の趣味などに口を挟みたくは無いのですが、アルデバランの場合だと実戦で敵の攻撃をわざと受けて負けられると困ってしまいます。

 

シャイナお姉様、なんとかアルデバランを説得して実戦中は趣味を我慢してくれるように仰ってはくれませんか?

 

「あ、その、なんだ……沙織が命令すればいいんじゃないか? アルデバランなら喜んで命令を聞くと思うぞ」

 

シャイナお姉様が説得を拒否ってきますが、わたしも負けるわけにはいきません。

 

「わたしは命令を下すのは好みませんわ。シャイナお姉様が仲間としてアルデバランに話をされる方が穏やかに解決すると信じています。それに大人の趣味の世界に子供のわたしが口を挟むのも憚れますもの」

 

「都合のいい時だけ自分を子供だと言うのはやめておくれよ!!」

 

えーっ、わたしまだ13歳だもん。

 

子供だもん。

 

男の人の性癖なんかに関わり合いたくないもん。

 

星華もそう思うよね?

 

「はい、沙織お嬢様。さすがに沙織お嬢様が大人の男性の性癖に関わる事はお止め致します。という事なので、大人の女性であるシャイナ様が大人同士という事でアルデバラン様の説得をお願い致します」

 

「あたしだってまだ16歳だよ! 20歳のアルデバランと性癖の話なんか恥ずかしくて出来るか!!」

 

なんですと!?

 

オッさんだと思っていたアルデバランが20歳なのですか!?

 

ということは、アルデバランと出会った四年前は、今のシャイナお姉様と同い歳の16歳ってことに……今と見た目が同じだったような?

 

これも人体の神秘というものでしょうか?

 

そして、姉御肌で凛々しいシャイナお姉様が恥ずかしいという言葉を口にするなんて思いませんでした。

 

シャイナお姉様の可愛らしい一面にわたしのお胸がキュンとなりました。

 

「うふふ、その趣味(ユリユリ)が沙織お嬢様の弱点なのでしょうね」

 

星華、うっさいわよ。




沙織「きっとアルデバランは老け顔で苦労されているのでしょうね」
星華「物は考えようです、沙織お嬢様」
沙織「どういう意味かしら?」
星華「アルデバランは門番が仕事です。童顔では舐められてしまいます」
沙織「なるほど、厳つい老け顔だからこそ門番として相応しいということですね」
星華「はい、その通りです。アルデバランは正に適材適所のオッさん面の門番です」
沙織「うふふ、アルデバランはオッさん面で良かったですわ。でも、そう考えるとシャカは可哀想ですわ」
星華「そうですね。美男子のシャカでは門番として威圧感が足らないかもしれません」
沙織「可哀想なシャカ……そうだわ!今度、シャカを慰めるパーティーを開きましょう!」
星華「それは良いアイディアです。きっとシャカも喜ぶでしょう」
沙織「うふふ、折角ですからとびっきり派手にしますわ♪」



アルデバラン 「俺は納得がいかんぞ!!」
シャカ「フフ、アルデバランは天性の門番なのですから良いではありませんか」
アルデバラン 「ウググ、やはり納得できん!!絶対に俺の方が可哀想なはずだ!!」


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第30話「沙織お嬢様と新たなる勢力」

「ぶらっくぺがさす流星拳!!」

 

「その程度、止まって見えるよ」

 

魔鈴は、放たれる無数の衝撃波を軽々と躱した。

 

「 ぶらっくだいやもんどだすと!!」

 

「ふふ、冷たくて気持ちイイねえ」

 

魔鈴は、放たれた冷気でデスクイーン島の熱気で火照った身体を冷やした。

 

「ぶらっくゆにこーんぎゃろっぷ!!」

 

「おや、初めて聞く技名だねえ」

 

魔鈴は、初めて聞く技名に首を傾げた。

 

「ぶらっくねびゅらちぇーん!!」

 

「鎖? あたしにはそんな趣味はないよ」

 

魔鈴は、鎖に縛られる趣味はなかった。

 

「ぶらっく廬山昇龍覇!!」

 

「爬虫類は嫌いだよ」

 

魔鈴は、現れたドラゴンを蹴っ飛ばした。

 

女聖闘士候補生達は、次々とコスプレ元の青銅聖闘士達の技を模した攻撃を仕掛けるが、魔鈴には全く通じなかった。

 

白銀聖闘士の魔鈴にとって、聖闘士候補生でしかない彼女達が一夜漬けで覚えた必殺技を破る事など雑作もなかった。

 

「借り物の技があたしに通じると本気で思っているのかい!」

 

教皇の調査部隊である魔鈴達に牙を剥いた以上、たとえその罪が許されたとしても魔鈴の後輩達は聖闘士候補生の資格は剥奪されるだろう。

 

その事を理解している魔鈴は、この戦闘が彼女達への最後の指導だと思い、あえて厳しい言葉を投げつける。

 

「ほらっ、足元がお留守だよ!」

 

「きゃあ!?」

 

魔鈴は、流星拳を放つのに集中していたぶらっくぺがさすを足払いでスッテンコロリンと転ばせた。

 

「そんな冷気などこうして食ってやるよ!」

 

「魔鈴先輩だけズルいです!!」

 

魔鈴は、放たれた冷気で作られた氷を粉微塵に砕くと、懐から取り出したガラスの器に入れてイチゴシロップをかけると美味しそうに食べた。もちろん、男共に素顔を見られないように上手く素顔を隠しながらだ。

 

「イーグルトウフラッシュ! 念のため言っておくけど、あたしの正式な必殺技だからね!」

 

「きゃっ!? イタタタ、お尻にアザができちゃったかも…」

 

魔鈴は、マイナーな必殺技を放った。見た目ではただの飛び蹴りにしか見えないが、間違いなく魔鈴の必殺技なのでただの飛び蹴りよりも遥かに威力が高いはずである。だが、可愛い後輩相手なので手加減をしたのだろう。お尻を蹴り飛ばされた後輩は、涙目になりながらお尻を撫でているが大きな怪我はなかった。

 

「鎖はこうやって使うんだよ!」

 

「魔鈴先輩、こんな所じゃダメです……みんなが見てますよ……」

 

魔鈴は、飛んできた鎖を掴むと小宇宙を流し込んで逆操作を行ない後輩を縛り上げた。どうやら縛られる趣味はなくても縛る方は得意だったようだ。縛られた後輩は真っ赤に顔を上気させてモジモジとし始めた。もしかしたら新たな扉を開いたのかもしれない。

 

「神龍よ、ギャルのパンティおくれーっ!! さあ、あたしの願いを叶えてみな!」

 

「ああっ!? 私のドラゴンが頭を抱えてるわ!」

 

魔鈴は、現れたドラゴンに無茶振りをして困らせた。もちろんこのドラゴンは闘気が龍の形になっているだけなので、ノリの良い後輩が魔鈴の言葉に合わせて闘気の龍を操作したのだ。非常に仲の良い二人といえよう。

 

魔鈴とコスプレ後輩達の激闘は果てしなく続いている。魔鈴は、可愛い後輩達に指導をできる最後の機会だと捉え、ミスティ達には手を出させずに自分だけで戦うことにしたからだ。

 

もちろん、ミスティ達にも不満などはなかった。誰もクソ暑いデスクイーン島で進んで戦いたいなどと思わなかったからだ。

 

そもそも聖闘士候補生如きに、白銀聖闘士の自分達が全員で戦えば、過剰戦力どころか、客観的にみれば臆病者の集団なのかと疑われるほどの実力差があった。

 

それ故にミスティ達が、魔鈴の提案に一も二もなく同意して日陰で休んでいても当然だといえよう。

 

「なあ、ミスティよ。実際のところどうするよ?」

 

ゴロリと身体を横たえたバベルは少し困った様子でミスティに問いかけた。

 

「どうするとは、彼女達のことですか?」

 

「ああ、そうだ。さっきは魔鈴の手前、キツい事を言ったけどさ。聖闘士候補生らはまだ子供だぜ。流石に始末するのは可哀想だし、聖域に連れ戻しても碌な目に合わんだろ?」

 

聖闘士の掟に従えば裏切り者は粛清するのが当然だが、実際には現場の判断で見逃されることも多々あった。

 

特に若年者が修行の厳しさに耐えられずに逃げ出した場合、実際に追跡者が粛清する事など稀だった。

 

今回は細かい事情など分からないが、以前に暗黒聖闘士が隠れ住んでいたデスクイーン島に聖闘士候補生達は何らかの事情で逃げ込んだだけだろうとバベルは考えていた。

 

聖域で修行をしていた彼女達の事をバベル達は当然知っている。

 

彼女達は真面目に修行に励むグループだった。特にリーダー格の少女は真面目過ぎると心配になるほどだったとバベルは記憶していた。

 

そんな彼女達が集団で一斉に聖域を逃げ出したのだ。何か事情があるはずだった。

 

そういえば、とバベルは思い出す。

 

かつて失われた黄金聖衣がデスクイーン島に持ち込まれたなどという、荒唐無稽な噂話が驚異的な速さで聖域に流れた事を。

 

それに謎の失踪を遂げた少女達がそのデスクイーン島に連れ攫われたという噂話も驚異的な速さで広まった事を。

 

そして、この手の事には腰が重いと定評のある教皇が、異例の速さで調査部隊を組織させ派遣した事を。

 

自分では聡明だと思っているバベルの脳は更に思考を加速させていく。

 

前聖戦を生き残った教皇は超高齢だが、ここ数年は若返ったかのように活力に満ちていた。

 

教皇としての使命感で活力を奮い起こしているのだろうとバベルは単純に思っていたが、それなら数年前以前(・・)はどうしてお爺ちゃんみたいにヨボヨボな感じで活力が弱かったのだろうか?

 

使命感で活力が漲るなら、ずっと漲っているはずだとバベルは理論的風味に考える。

 

急激に回転しだしたバベルの頭脳はもう止まらない。アクセル全開で恐ろしい真実に辿り着く。

 

かつて、バベルは聞いたことがあった。邪悪な者の技に他人の精気を奪うものがあることを。その技を教皇に逆らう事など到底出来ない年若く活力に溢れた聖闘士候補生に教皇が無理矢理に使っていたと考えれば全ての事象が理解できた。

 

1.若い娘達の精気を奪い元気になる教皇。

 

2.若い娘達は精気を奪われる手段(エロい行為)に耐えられなくなり聖域を逃げ出す。

 

3.若い娘に逃げられ焦る教皇。

 

4.適当な噂話をばら撒き合法的に調査部隊を派遣する教皇。

 

5.デスクイーン島に逃げ込み暗黒聖闘士として生きる覚悟を決めた若い娘達。

 

6.邪悪なる教皇の手下に成り下がった白銀聖闘士達の魔の手に必死に抗う若い娘達。

 

7.同じ女としての直感だろうか? 真実に気付いたらしい女白銀聖闘士だけは若い娘達を庇っている(明らかに手を抜いた戦いぶりからも推察できる)

 

8.それを休憩しながら見学している呑気な白銀聖闘士達。←今ここ。

 

「うわあああっ!!!! 俺はっ、俺はっ、白銀聖闘士でありながら邪悪に手を貸していたのかぁああああっ!!!!」

 

バベルは、己の名推理によって辿り着いた真実に苦悩した。

 

そしてそれは、アステリオンの能力でバベルの脳内で繰り広げられた名推理劇場の生中継を聞いていた他の白銀聖闘士達も同様だった。

 

「こ、このミスティが、その様な美しくない行為に加担していたというのか!?」

 

ミスティは美しくない己の行為に愕然となる。

 

「ウググ、教皇の野郎! 俺達を謀っていたのか!!」

 

モーゼスは純粋なる怒りを露わにした。

 

「聖闘士候補生達が抱いていた叛意は聖域にではなく教皇に対してだけだった……そこまで読んでいながら俺は気づけなかったのか……すまぬ。哀れなる聖闘士候補生達よ。これよりは白銀聖闘士としての誇りにかけて邪悪なる教皇の毒牙よりお前達を守り抜こうぞ!!」

 

そして、アステリオンの後悔と決意の咆哮が、デスクイーン島に派遣された白銀聖闘士達の心を一つにした。

 

「うわあああっ!!!! 俺も娘達を守り抜くぞぉおおおおっ!!!!」

 

「このミスティが醜き教皇に美しき鉄槌を与えましょう」

 

「俺もやってやるぜ!! クソ教皇に思い知らせてやる!!」

 

「今、俺達の心は一つになった。たとえ敵が教皇であろうとも恐れることは無い。何故ならば、正義は我らに有り!!」

 

「「「応っ!!!!」」」

 

この日、ほぼ同時刻に極東の島国にて鮮烈に生まれ、そして儚くも歴史の闇に消えていった某女名探偵もかくやという名推理をみせたバベルによって、新たな反教皇勢力が生まれる事となった。

 

 




沙織「東方に名探偵サオリ在り。そして、西方には名探偵バベル在り。なるほど、わたしのライバルというわけですね」
星華「沙織お嬢様は名探偵業は廃業されたはずでは?」
沙織「ああ、そういえばそうでしたね。それでは名探偵の名はバベルとやらに譲るとしましょう」
星華「はい、それがよろしいかと。これ以上の名推理を沙織お嬢様に披露されてはグラード財団の名誉にも傷を与えかねませんゆえ」
沙織「うふふ、もう星華ってば冗談ばっかり言うんだから」
星華「ハハ、冗談ならどんなに良かったことか…」
沙織「遠い目をされてどうしたの、星華?」


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第31話「沙織お嬢様と新たなる金ピカ」

裏山に突如現れた恐るべき捕食者。

 

恐るべき捕食者は、毎日のように裏山に現れては鹿や猪を素手で捕らえて孤児院へと凱旋していた。

 

その飢えた野獣の如き行為は、今まで農作物を鹿や猪共に食い荒らされていた農家の人達から喝采を浴びる。

 

「害獣駆除のお礼は、農作物で下さいね」

 

恐るべき捕食者はニッコリと笑いながら農家の人達に図々しい言葉を口にした。

 

そのような恫喝めいた要求に屈するものかと、農家の人達は一致団結して反抗するかと思われたが、大方の予想を覆して農家の人達は、危険で過酷な害獣駆除の報酬が農作物なら安い物だと快諾した。

 

その日から週一で孤児院に届けられるようになった新鮮な野菜や果物等に、飢えた餓鬼の如く食らいつく子供達。

 

そんな子供達の姿に笑みを深めた恐るべき捕食者は、覆面を被った後、金ピカに身を包まれる。

 

地上に顕現した黄金の覆面少女は、光の速さで海へと移動した。

 

雄大なる海を見つめながら黄金の覆面少女は、自分達に幸せな日々を授けてくれた存在へ感謝を捧げる。

 

女神様(アテナ)、ありがとうございます。今日も子供達はお腹いっぱい食べれました。女神様(アテナ)が与えてくださった御加護に感謝を込めて全力の一撃を捧げます」

 

黄金の覆面少女は魂の底から湧き出るような力を(こぶし)一つに込めていく。

 

拳に凝縮されていく力に大気は震え、眼前の海は怯えたように荒れ狂う。

 

黄金の覆面少女は、静かに腰を落とし、その小さな握り(こぶし)を引きながら真っ正面を睨みつける。

 

目の前の荒れ狂う海ではない “何か” を睨む黄金の覆面少女の顔は、鬼という言葉を想起させるほどに歪んでいながらも邪悪さは微塵も感じられなかった。

 

いや、邪悪どころかむしろ彼女からは、この地上に存在する全ての不幸を生み出す邪悪を滅ぼさんという気概が感じられた。

 

そして、小さな握り(こぶし)に込められた爆発寸前の “邪悪(腹ペコ)を滅する力” から、覆面少女の身を覆っている黄金と同じ色の光が眩しく輝いた。

 

「これが私の全力だあーーーーっ!!!!」

 

覆面少女の叫びとともに、凄まじい光の洪水が全てを照らし尽くす。

 

だけど不思議なことに、そんな激しい光とは裏腹に周囲は静寂に包まれていく。

 

静かな光の舞踏は水平線の彼方まで激しく、それでいて優しく覆い尽くす。

 

そんな静かな光の洪水が消え去った後、そこには荒れ狂っていた海の姿は消えていた。代わりにあったのは、穏やかな顔を見せる母なる海と、その母なる海の海面よりも遥か高くまで飛ばされた数え切れない程の巨大マグロの群れだった。

 

「よし! 一番の大物はあれだね!!」

 

黄金の覆面少女は、天空の無数の魚影から一番デカい超巨大マグロを一瞬で見抜いた。その眼力を発する横顔からは歴戦の勇士を思わせる風格すら感じさせた。

 

「うりゃあ!! 獲ったわよー!!」

 

今日一番の超巨大マグロを光の速さでゲットする黄金の覆面少女。

 

「お肉や野菜も美味しいけど、お魚も食べたいよね!」

 

見逃された巨大マグロの群れが次々に母なる海へと帰っていく光景を背にして、数百キロはあろうかという超巨大マグロを片手で持ち上げる黄金の覆面少女。

 

その雄々しい姿は、黄金色に輝いていた。

 

 

 

 

「一輝、よかった。無事だったのね」

 

「どうした、エスメラルダ? 何かあったのか?」

 

一輝は、デスクイーン島に造られた瞬攻略作戦用アジトで自分を出迎えたエスメラルダの安堵する様子に嫌な予感を覚えた。

 

エスメラルダは心優しい女性だが、その芯は強く、一輝と離れていたぐらいで不安になるような弱い女性ではなかったからだ。

 

「そういえば、アルデバランは何処にいるんだ? それに沙織お嬢様が雇ったはずのエキストラ達の姿も見ないようだが?」

 

「実はね、沙織お嬢様からの連絡で分かったのだけど、聖域の教皇がこのデスクイーン島に調査部隊を派遣したのよ。今はアルデバランさんとバイトさん達が島の見回りに行っているわ」

 

「教皇が調査部隊を派遣しただと!? 理由は分かっているのか!」

 

エスメラルダから伝えられた内容に一輝は驚愕する。聖域の教皇といえば、全ての聖闘士を統べる存在だ。その教皇自らがデスクイーン島の様な田舎へと調査部隊を派遣するなど通常ではあり得ないことだ。

 

もしかしたら、沙織お嬢様の存在に気付かれてしまったのかと一輝は危惧した。今でこそ神殺しを目指していたことを記憶の彼方に放り投げてしまったが、つい先日まで(城戸の爺さんが腹上死するまで)本気でアテナに成り代わろうとしていたのだ。

 

その事が聖域にバレれば、聖域はその全力をもって沙織お嬢様を邪悪だと認定して討伐しようとするだろう。

 

「ううん、沙織お嬢様を狙ってのことじゃないんだって。なんでも例の金ピカの調査にきたらしいわ」

 

「そうか、沙織お嬢様が目的じゃなければどうでもいい」

 

調査部隊の目的が沙織お嬢様じゃないと聞いたとたん、一輝から調査部隊への興味は失われた。

 

今の一輝の頭の中は、瞬攻略作戦の事でいっぱいなのだから些末なことにまで興味を持てという方が無茶な話だろう。

 

「アルデバランが向かったのなら問題ないな。俺達は予定通りに作戦準備を進めておこう」

 

「うん、分かったわ。少し準備が遅れているから急がなきゃいけないものね」

 

調査部隊など眼中にない一輝の様子にエスメラルダも安心する。彼女にとって世界中で2番目に頼りになる(もちろん1番は沙織お嬢様)一輝の言葉は絶対に近かった(絶対じゃないのはもちろん沙織お嬢様の言葉の方が絶対だから)からだ。

 

「ああ、先ずは金ピカを祭壇に置いておこう。これが今回の作戦のキーアイテムだからな」

 

一輝は某大手雑貨屋チェーン店のビニル袋に入れていた金ピカを取り出すと祭壇に置いた。

 

「こうやって見ると、この金ピカにピッタリの祭壇ね。流石は沙織お嬢様が突貫工事をしてまで造らせたものだわ」

 

エスメラルダは、悪魔信仰でもしていそうな禍々しい祭壇に置かれた金ピカを見つめながら沙織お嬢様の手腕を褒める。

 

「でも、この金ピカってこんなに丸い感じだったかしら?」

 

以前に見た時は、馬っぽい感じの金ピカだったと記憶していたエスメラルダは、久しぶりに見た金ピカが馬には見えない丸っこい感じに見えたため不思議に思う。

 

「……いや、最初から丸っこい感じだったぞ。エスメラルダが覚えているのは箱に描かれていた絵の方じゃないか? そういえば箱の方は運ぶのに邪魔だったから空港のゴミ箱に捨てちまったよ」

 

「そっか、たぶん一輝の言う通り箱の絵の印象が残っていたのね。あまり真剣に見ていなかったから記憶がごっちゃになってたみたい。でも、一輝、箱だけとはいっても勝手に捨てちゃダメよ。金ピカは沙織お嬢様からの預かり物なんだからね」

 

「ああ、そうだな。今度、お嬢様には謝っておくよ」

 

「ええ、ちゃんと謝罪はしてね。たぶん沙織お嬢様は気にもしないとは思うけどね」

 

沙織お嬢様からの預かり物を勝手に捨てた一輝を嗜めるエスメラルダだったが、彼女も沙織お嬢様が金ピカを全く大事にしていない事を知っていたため、この件はすぐに忘れてしまう事となる。

 

「(ふう、どうやら金ピカをすり替えた事は誤魔化せたようだな。まあ、沙織お嬢様には覆面少女に金ピカをプレゼントした事を言ってもいいんだが、万が一にも覆面少女に膝枕をしてもらった事をエスメラルダにバレるわけにはいかないからな。ここは徹底的に隠蔽しておくか)」

 

一輝は、某大手雑貨屋チェーン店のビニル袋と“黄金のツチノコ(置物)”と印刷されているレシートをクシャクシャに握りつぶしながらそんな事を考えていた。

 




沙織「ツチノコとは、おデブさんの蛇の事ですわ」
星華「たしか発見すると賞金がでるらしいですよ」
沙織「うふふ、グラード財団総帥のわたしが賞金などに惹かれるわけがありませんわ」
星華「第一発見者として歴史に名が残りますよ?」
沙織「星華、何をしているの! サッサと支度をなさい! ツチノコ探検隊出発ですわ!!」
星華「もしも沙織お嬢様が発見すればツチノコの別名が『サオリコ』になるかもですね」
沙織「え?おデブさんの蛇の別名が『サオリコ』に!?」
星華「おデブなサオリコ、可愛い気がしますね」
沙織「それは気の所為ですわ!残念ですが、ツチノコ探検隊は解散します!」


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第32話「沙織お嬢様と進撃の女神」

シャイナお姉様と星華の三人で、アルデバランの説得役を押し付けあっているとその本人から電話がありました。

 

「シャイナお姉様、お願いしますわ」

 

わたしは保留中になっている電話機をシャイナお姉様の前に置きました。

 

「星華、びーえる趣味をオープンにしているあんたなら性癖の話も平気だろう? この任務はそんなあんたにこそ相応しいよ」

 

シャイナお姉様が間髪入れずに目の前に置かれた電話機を星華の前に移動させました。

 

「私は自分の趣味をオープンにした記憶は一切ありません。誰がそのようなことを──などという問いは愚問ですね。容疑者はたった一人しかいませんもの」

 

星華は目の前に置かれた電話機を握り潰しました。そして、怒りの大魔神へと変身したのです。

 

もちろん賢明なわたしは即座にその場を後にします。

 

「待ちな! 沙織お嬢様!!」

 

怒りの大魔神に待てと言われて待つお馬鹿さんはいません。大魔神から伸びる魔の手から逃れる為、わたしは自らの強大な超能力を遺憾なく発揮してテレポートで窮地を脱するのでした。

 

 

 

 

わたしは見知らぬ場所に来てしまいました。周りを見渡したところ、ギリシャっぽい造りの遺跡のようです。人影はないようですね。

 

怒りの大魔神の拳骨から逃れるため咄嗟にテレポートをしたのは良かったのですが、移動先の設定をしないランダムテレポートになってしまいました。

 

これも大魔神が振るう拳骨の恐怖の所為です。文句を言いたい所ですが、大魔神は怖いので泣き寝入りをする可哀想なわたしです。

 

こうなったら仕方ないので、ほとぼりが冷めてから屋敷に帰るとしましょう。

 

怒りが長続きしないのが、大魔神の良い所かもしれませんね。

 

ところで、目の前にそびえ立つ巨大な石像は何なんでしょう?

 

右手に乗せているあれは天使でしょうか? 手乗り天使を右手に乗せて、左手にはわたしが持っている黄金の盾に似た物を持っています。

 

この巨像には見覚えがありません。やはりこの場所は、わたしが知っている観光名所とかではないようです。

 

ふうむ、少し困りました。

 

現在位置が明確でないとテレポートの精度が悪くなります。このまま屋敷にテレポートすると屋敷の屋根とかに飛んでしまう危険があります。

 

自分の屋敷の屋根上で、仁王立ちをしている可憐なお嬢様。

 

とても絵になる光景だとは思いますが、少しばかり悪目立ちもする可能性がありますね。

 

これは現在位置が分かる場所まで移動した方が良さそうです。

 

きっと少し移動すれば人間がいる場所に行けると思います。人間さえいれば記憶を読んで現在位置を特定出来ます。そうすれば安全に屋敷までテレポート出来るでしょう。

 

そうと決まれば早速移動したいところですが、何故かこの巨像が妙に気になります。

 

巨像相手だというのに何やらシンパシーを感じてしまう非常に感受性の高い文学美少女なわたしがいます。

 

巨像をよく観察すると女神を模しているように見えます。もしかするとこれはわたしへ向けてのメッセージなのかもしれません。

 

遥か太古の人間が、この現代に城戸沙織という人類史上最高にして最大のまるで女神のような超絶美少女が誕生することを予知してしまい、そんな女神なわたしに恋い焦がれるあまり造ってしまったのが、この巨像ならわたしが感じているこのシンパシーも納得出来ますね。

 

うん、決めました。太古の方達からのプレゼントとしてこの女神像は貰い受けるとしましょう。

 

わたしはサイコキネシスで女神像を浮かべると、その右手の手乗り天使の背に負ぶさります。

 

うーん、羽が邪魔ですね。もいでしまいましょう。

 

わたしが手乗り天使の羽をもごうとすると、不思議な事に何処からか悲しげに啜り泣くような声が聞こえた気がしました。

 

たぶん気の所為ですね。

 

でも、少しばかり手乗り天使が可哀想になったので羽をもぐのはやめておきましょう。

 

我ながら自分の心優しさに感動です。気性の荒い大魔神とは違うのです。

 

さて、手乗り天使の背は収まりが悪いので、女神像の頭の上にでも座るとしましょう。

 

よいしょっと。

 

うむむ、石なのでお尻が痛くなりそうです。

 

こうなっては仕方ありません。女神像の頭の上で仁王立ちです。

 

屋敷の屋根上で仁王立ちするよりかはマシでしょう。

 

高度を十分にとり、光の屈折を歪めておけばわたしがいることには気付かれないでしょうしね。

 

さあ、女神像よ。準備は整いました。

 

これより人里に向かって進撃です!

 

 

 

 

黄金聖闘士の中でもトップクラスの実力を誇るアイオリア。彼は色々あってストレスが溜まる環境で暮らしていた。彼は少しでもストレスを軽減すべく一人で過ごす事が多かった。

 

そして、その日もアイオリアは一人で散歩をしていた。

 

「今日はいい天気だな。空もあんなに青……い?」

 

そんな彼は、自分で感じていたよりもストレスが大きかったのかと痛感した。

 

何しろ彼は、真っ昼間から異常に明瞭な幻覚を見ていたからだ。

 

「……アテナ神像が空を飛んでいる」

 

アイオリアは自分が見ている幻覚を言葉にしてみた。

 

うん、やはり幻覚だな。とアイオリアは確信した。

 

何しろアイオリアの記憶が確かなら空を飛んでいるアテナ神像は、聖域の最奥にあるアテナ神殿に設置されている巨大な石像だ。

 

アイオリアには正確なことは分からなかったが、その巨大さからアテナ神像の質量は途方もない値だということは容易に想像できた。

 

間違いなく黄金聖闘士全員でサイコキネシスを振り絞ったとしても、今アイオリアが見ているほどの空高くまで飛ばすことは到底不可能だと断言できた。

 

「……どうやら、俺には休養が必要のようだな」

 

アイオリアは空飛ぶアテナ神像を見つめながら、たとえ教皇を脅してでも休暇を取ろうと決意した。

 

そんな決意をアイオリアがしていると、くだんのアテナ神像が大きくなったように彼は感じた。

 

「いや、違う!? アテナ神像が近付いているんだ!」

 

アイオリアは空高くから落ちてくるアテナ神像に焦った。何しろあれ程の質量だ。たとえ黄金聖闘士の彼でも下敷きになればただでは済まない事は明確だったからだ。

 

アイオリアは逃げる事を考えるが、あれは幻覚のはずだという思いもあった。

 

徐々に大きくなっていくアテナ神像を凝視しながらも次の瞬間には消えるかも? という考えがアイオリアの行動を制限する。

 

「あれは幻覚だ。幻覚なんだ。逃げる必要なんかないぞ。黄金聖闘士の俺が幻覚に怯えて逃げるなど笑い話にすらならんぞ」

 

アイオリアは、迫り来る巨大なアテナ神像の圧倒的な質量に気圧されそうになりながらも黄金聖闘士としての矜持にかけて一歩たりとも引こうとはしない。

 

暫くすると、ゴゴゴッという効果音の幻聴すら聞こえてきてもアイオリアは毅然とした態度を崩そうとはしなかった。

 

「ひぃっ!? な、なんなんだ!? アテナ神像が降ってきやがったぞ!!」

 

そんな誇り高い姿のアイオリアの脇を同じ黄金聖闘士のデスマスクが、猛スピードで駆け抜けていこうとした。

 

アイオリアがいたのは聖域でも人気のない場所だったが、偶然にもデスマスクも近くにいたのだった。

 

「デスマスク!! 貴様っ、何をそんなに慌てているんだ!!」

 

アイオリアは咄嗟に自分の脇を駆け抜けようとしたデスマスクの襟首を掴んだ。

 

もちろん、捕まったデスマスクの反応は決まっていた。

 

「アイオリア!? テメエッ、その手を離しやがれ!! 俺は死にたくねえんだよ!!」

 

デスマスクは、生きるためにアイオリアの手を振り解こうとした。

 

いつもは皮肉げな薄笑いを浮かべているデスマスクが、今まで見たこともない必死な形相で自分の手から逃れようとする様子を見てアイオリアは少し不安になる。

 

 

──もしかして、あのアテナ神像は幻覚じゃないのか?

 

 

アイオリアの脳裏にそんな埒もない思いが浮かんだ。

 

「フッ、まさかな。巨大なアテナ神像が空を飛ぶなどあり得るはずがない。しかもそれが俺達に向かって落ちてくるなど冗談のネタにすらならん」

 

「アイオリアッ、貴様現実逃避してんのか!? 上を見ろ!! 本当にアテナ神像が落ちて来てるだろうが!! 俺は死にたくねえんだよ!! この手を離してくれよ!!」

 

デスマスクは必死にアイオリアの拘束から逃れようとするが、黄金聖闘士屈指の実力者からは逃れられない。

 

自分の腕の中で狂ったように暴れるデスマスクと全く消えようとしない幻覚に、アイオリアの小さな不安はどんどん大きくなっていく。

 

ふと、影が差した。

 

今日は散歩日和の晴天だったはずだとアイオリアは思う。何か巨大なモノに迫られているような圧迫感も頭上から受けているようにも思う。幻聴も危険を感じるほど大きくなっているようにも思う。

 

彼の腕の中ではデスマスクが似合いもしない念仏を唱えていた。

 

「フフ、全ては幻に決まっているさ。上を向けば全て消えているはず──俺はそう信じる!!」

 

威勢のいい言葉とは裏腹にアイオリアは恐る恐る顔を上げた。

 

 

「うふふ、やっと貴方達(人間)に会えました」

 

 

──その日、黄金聖闘士(ライオンとカニ)は思い出した。

 

女神(アテナ)を守護する(に振り回される)宿命を。

 

女神(アテナ)に愛される(を見守る)幸福を。

 




沙織「ライオンさんは強そうです。カニさんは、カニのくせして美味しそうではありません」
星華「私はエビの方が好きですね」
沙織「わたしはエビはエビでも伊勢海老の方が好物です」
星華「ふふ、伊勢海老をエビフライにするのは沙織お嬢様ぐらいですよ」
沙織「美味しいですよ?」
星華「そりゃあ、美味しいでしょうけど、折角の伊勢海老をエビフライにするなんて勿体無くて庶民には真似できませんよ」
沙織「それならエビシューマイにしますか?」
星華「もっと勿体ねえよ!!」


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第33話「沙織お嬢様と少年達の未来」

「俺達はいつまで待機していればいいんだ!」

 

「そうだね、紫龍。そろそろ僕の我慢も限界だよ」

 

「瞬……お前、顔色が悪いがちゃんと寝ているのか?」

 

「……あまり眠れているとはいえないけど大丈夫だよ。僕は兄さんを連れ戻すまでは絶対に倒れはしないよ」

 

「瞬……そうか、俺も協力するから無理はするなよ」

 

「うん、ありがとう紫龍」

 

一輝が銀河戦争の優勝商品を奪って逃走してから既に丸一日が過ぎていた。

 

少年達はその間、グラード財団情報部が行なっている状況確認が終わるまでは待機をするようにと命じられていた。

 

殆どの少年達は素直に命令を受け入れたが、正義感の強い紫龍と窃盗犯の弟である瞬の二人だけは違った。

 

紫龍はその持ち前の正義感から窃盗を働いた一輝を捕まえて説教をする気満々だった。

 

瞬は未だに兄の一輝が窃盗を働いたことが信じられないでいた。あの自分には優しかった兄が、自分に嫌われることを覚悟してまで犯罪を犯すとは思えなかったのだ。

 

『きっと、やむを得ない理由があるはず』

 

そう信じる瞬は誰よりも早く兄を捕まえて理由を聞き出す必要があった。

 

何故なら、その “やむを得ない理由” を根拠としての情状酌量を求めるストーリーを考える時間が必要だったからだ。

 

「兄さん、きっと僕が温情判決を勝ちとって上げるからね」

 

乱暴者の沙織お嬢様といえど人の子だ。涙ポロポロの悲しいストーリーを語れば、哀れな窃盗犯如きなら警察に突き出すことまではしないだろうと瞬は考えた。たぶんボコられる程度で済むはずだ。

 

「それにしてもこんな状況だというのに他の奴らは薄情なものだな」

 

「それは仕方ないよ、他の人達にとっては所詮は他人事だもの。それに沙織お嬢様の命令は待機だからね」

 

仲間の窮地といえる状況だというのに自分達二人以外は無関心に近い現状に紫龍は憤る。

 

瞬はそんな紫龍を苦笑まじりに宥めた。瞬にとっては大事な兄だが、他の人から見ればただの窃盗犯だ。そんな人間に積極的に関わって沙織お嬢様の機嫌を損ねる訳にはいかなかったからだ。

 

何故なら殆どの少年達は思っていたからだ。檄のようにグラード財団に就職したいと。

 

孤児であり義務教育もまともに受けておらず、出来ることといえば戦うことだけ、そんな自分達の将来を少年達は正確に把握していた。

 

『まともな就職先がある訳がない』

 

少年達の唯一の希望は、グラード財団総帥の沙織お嬢様だった。

 

幼い頃のほんの短い間ではあったが、沙織お嬢様と少年達は幼馴染と言えなくもない関係がある。

 

たとえ沙織お嬢様が思慮の浅い短気な乱暴者だとしても、少年達にとっては赤の他人より遥かに信用のできる相手だったのだ。

 

たしかに沙織お嬢様は暴言は多いが、美少女に成長した今ならある意味ご褒美といえるし、沙織お嬢様お得意の暴力だって聖闘士となった少年達(真実を知る星矢は除く)にとって、か弱い少女が振るう暴力など大した問題ではなかった。

 

なんといっても今の彼女は “美少女で幼馴染の強気なお嬢様” なのだ。

 

個人の嗜好による好みの違いはあるだろうが、思春期を迎えた少年達から嫌われるタイプではなかった。

 

特に “強気” の部分を “ツンデレ” と読み替えれば沙織お嬢様の人気は急上昇するはずだ。

 

そんな沙織お嬢様に好印象を持ってもらえれば将来は安泰だろう。現に少年達の仲間の一人である檄は、一回戦敗退でありながらも沙織お嬢様に気に入られてグラード財団に入社が決まった。

 

たしかに仕事内容は厳しいようだが、少年達の唯一の長所である戦闘能力を活かせる職場なのだからむしろやり甲斐が感じられた。

 

つまり今の少年達から見た沙織お嬢様は、幼い頃に自分達を虐げたクソガキではなく、自分達の採用を決める権限を持つツンデレお嬢様なのだ。

 

しかも檄の話によると、沙織お嬢様の考えとしては自分達の事も雇う心積もりがあるらしい。もちろん、銀河戦争での試合内容や普段の様子を見て決めると言っていたそうだが、それは当然だろうと少年達も納得できた。何しろ天下のグラード財団総帥の身辺警護が主な任務になるのだから実力不足の者や、沙織お嬢様が信頼できない性根の持ち主は不採用に決まっている。

 

要は沙織お嬢様に気に入られれば人生の勝ち組だった。

 

その為にはツンデレお嬢様の “ツン” の部分を刺激しないように彼女好みの忠犬でいることが肝要である。

 

そんな考えを持つ他の少年達が、沙織お嬢様の顔に泥を塗るような真似をした一輝に関わろうとするわけがなかった。

 

「フン、あんなワガママお嬢様にすっかり飼い慣らされて情け無い奴らだな」

 

「ハハ……紫龍はハッキリ言うんだね」

 

紫龍の辛辣な言葉に瞬は苦笑するが、彼も紫龍と同じ気持ちだったため諌める言葉は出てこなかった。

 

そんな二人を物陰から監視している氷河は既に沙織お嬢様に心酔していたため、無礼な発言をする二人にダイヤモンドダストを喰らわせてやろうかと真剣に悩んでいた。もっとも沙織お嬢様がワガママお嬢様という意見には反対する気はなかったが。

 

ちなみに邪武は、覆面少女に壊された窓の修繕後も屋敷のメイドさん達に頼まれて傷み始めていた箇所の修理を行っていた。側から見ればいいように使われているわけだが、本人は若いメイドさん達に頼られて悪い気はしていなかったので問題はないだろう。

 

 

 

 

「なるほど、納得は出来ないけど理解は出来たよ」

 

沙織お嬢様が逃走を図ってから直ぐに電話をかけ直してきたアルデバランからデスクイーン島での一連の出来事をシャイナは聞かされた。

 

それによると、デスクイーン島を訪れた調査部隊は合計5名の編成で、その内の一名はシャイナの友であり、そしてライバルでもある魔鈴だった。

 

魔鈴の名を聞いた瞬間は息を飲んだシャイナだったが、既に彼女とは別れを済ませたと自分に言い聞かせて平静を取り戻した。

 

だが、その直後にシャイナは混乱する事になる。

 

なんと調査部隊の白銀聖闘士達が、既に戦闘状態に入っていた魔鈴と聖闘士候補生達との戦いを止め、自分達が聖闘士候補生達を守ると宣言したのだ。

 

白銀聖闘士達は、教皇の邪悪な行いは許せないと憤っていた。その言葉に聖闘士候補生達は教皇の邪悪な行為(バイトの中止)を思い出しそうになって涙ぐむが、即座に思い出す必要はないと白銀聖闘士の一人が叫んだ。

 

その後はその場に到着した黄金聖闘士のアルデバランに白銀聖闘士達が驚愕したり、聖闘士候補生達をあのグラード財団総帥が支援していることに感動したりした。

 

ちなみにグラード財団はインフラ整備が為されていなかった聖域の整備工事を破格の低予算で請け負ってくれている優良企業として、聖域の一部では有名になっていた。もちろんそれは沙織お嬢様が愛するシャイナお姉様の為に行った慈善事業であった。

 

そして色々と話し合いが行われた結果、最終的には白銀聖闘士達は沙織お嬢様と協力して邪悪な教皇を打ち倒す事になった。

 

ただ、今の情勢では決戦を挑んでも此方が不利なため、白銀聖闘士達は一旦は教皇に従う振りをして聖域に戻り仲間を集うことにした。

 

デスクイーン島の聖闘士候補生達は粛清したと報告をあげる予定だ。教皇は怪しむかもしれないが複数の白銀聖闘士が同じ報告をすれば何も言えないだろうと推測する。

 

そして、白銀聖闘士達は聖闘士候補生達に何も心配するなと優しい言葉をかけた。彼女達からは感謝の眼差しを向けられた。

 

最後に白銀聖闘士達はアルデバランと熱い握手を交わすと聖域に帰っていった。

 

そんなデスクイーン島での納得し難い出来事を理解したシャイナはアルデバランに問うた。

 

「魔鈴はどんな様子だったんだい?」

 

『ああ、そういえば他の白銀聖闘士の奴らは熱く燃えていたのに、魔鈴の奴だけは途方暮れたような様子で挙動不審だったぞ。まあ、最後には何かが吹っ切れたのか妙なテンションになって張り切りだしたから心配はいらんだろう』

 

シャイナは魔鈴と決別した日の事を思い出していた。

 

そう、聖域で各々が求める望みのために敵味方に分かれた日のことを。

 

そして、小さく呟いた。

 

「ドンマイ、魔鈴」

 

何処かで親友(ライバル)の声が聞こえた気がした。「やかましい!」と。

 




沙織「インフラが整っていないのは辛いです」
星華「はい、電気のない生活は考えられないですね」
沙織「水やガスも重要ですわ。だってお風呂でシャイナお姉様とキャッキャウフフが出来ませんもの」
星華「シャイナ様は一緒のお風呂は拒否されていましたよね?身の危険を感じるからと」
沙織「そこは交渉の末、魔鈴さんも一緒ならとOKが出ましたわ。グフフ、両手に花ですね」
星華「沙織お嬢様、そのうちセクハラで訴えられますよ。あと、笑い方が流石に気持ち悪いです」
沙織「うふふ、女の子同士は合法ですわ」


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第34話「沙織お嬢様の忠実なメイド」

「今からデスクイーン島に乗り込むよ! ボヤボヤしてたら置いて行くからね!」

 

調査部隊の問題が一応は片付いたと判断したシャイナは、瞬攻略作戦を開始する事にした。

 

沙織お嬢様が帰って来る前の作戦発動だったが、すでにシャイナは沙織お嬢様から作戦監督の地位を譲り受けていた為、何の問題もなく作戦は開始された。

 

「沙織がついてきたら絶対に問題を起こしそうだから、あいつが帰って来る前にデスクイーン島に行っちまうとするよ」

 

「それが賢明ですね。沙織お嬢様が戻られましたら適当に相手をしておきます。シャイナ様は後顧の憂いなく瞬攻略作戦に集中して下さい」

 

シャイナは、城戸邸の中庭に着陸した大型ヘリに青銅聖闘士達が乗り込んでいくのを確認しながら星華に一時の別れを告げていた。

 

「ああ、沙織の事は任せたよ。デスクイーン島での瞬攻略作戦の方はあたしが……本当にこんな穴だらけの作戦を実行するのかい?」

 

「ふふ、もう作戦は動き出していますわ。ここがシャイナ様の現場指揮能力の見せ所ですね」

 

「あのね、そんな簡単に言われても困るんだけど? だいたいこんな三文芝居をするよりも一輝の奴が瞬に正直に打ち明けた方が良くないかい?」

 

シャイナの常識的な発言に星華は眉をしかめる。

 

「いいえ、それは不許可です。この瞬攻略作戦は沙織お嬢様直々の発案なのですよ。どんな手を使ってでも成功させて下さい。そう、どんな手を使ってでもです」

 

星華の普段とは違う強い態度にシャイナは興味を引かれる。

 

「へえ、どんな手を使ってでもかい? それはどこまでなら許容範囲なのかねえ」

 

世間的には星華は只のメイド見習いに過ぎないが、実際には沙織の代行として、グラード財団の “力” を行使できる立場にある事をシャイナは理解していた。その為、彼女の真意を問うた。

 

「それが必要ならば、デスクイーン島をこの地上から消し去ろうと、青銅聖闘士達を全て使い潰そうと構いません。シャイナ様は作戦達成のみを念頭において行動なさって下さい。それに伴う全ての事象はグラード財団が責任を持って処理を致しますゆえ」

 

シャイナの問いに星華は淡々と告げる。彼女の口調が余りにも普段通りだったため、シャイナはその内容を理解するのに時間を要した。

 

「……随分と厳しい言葉だねえ。青銅聖闘士にはあんたの弟もいるだろうに」

 

自分の弟をも平然と使い潰せと言い放つ星華に薄ら寒いものを感じたシャイナは思わず呟いてしまう。

 

「弟? ああ、星矢の事ですか」

 

自分の言葉に一瞬だけ考え込むような仕草を見せた星華にシャイナは内心でホッとする。なんだ自分の弟が混じっていた事を忘れていただけかと、単純に考えたからだ。

 

「フフ、自分の弟の事を忘れていたのかい? それなら星矢の事は気にかけておくよ。ほら、ヘリの窓からあんたに手を振っているよ」

 

シャイナが指差す先では星矢が窓越しに一生懸命に手を振っていた。それを見た星華が軽く手を振り返すと星矢は満面の笑みを浮かべて更に手を激しく振り出した。

 

それを見たシャイナは可愛いものだと笑みを深める。星矢は魔鈴の弟子だったためシャイナとしても好意的に感じる存在だったからだ。

 

だが、そんな温かい想いを胸に抱いていたシャイナに冷水を浴びせるかのような冷めた声がかけられた。

 

「別に星矢も使い潰しても構いませんよ。あの子は一時的にといえど、大恩ある沙織お嬢様に牙を剥こうとした愚か者ですからね」

 

星矢に軽く手を振りながら言い放つ星華の冷酷な言葉にシャイナは言葉を無くした。

 

シャイナは、なんだかんだ言いながらも身内には優しい沙織が自分の家族として接している星華なのだから、彼女もまた沙織と同じように身内には優しい娘なのだと普通に思っていた。

 

そんな彼女が今、シャイナの目の前で感情のこもらない瞳で実の弟を興味なさそうに見ていた。

 

──ゴクリ。

 

自身でも意識せずに鳴った喉の音で、シャイナは立ち竦んでいた自分に気づいた。

 

シャイナはいつの間にか全身にかいていた汗が妙に冷たく感じて身震いをする。

 

「ふふ、もちろん星矢が無事に帰ってきてくれた方が私個人としては嬉しいですよ」

 

そんなシャイナの状態に気づいたのか、星華はこの場を取りなすように微笑むとシャイナ好みと思われる言葉を口にする。

 

「……ああ、やっぱりそうだよね。あたしも犠牲なんか出したくないからね。向こうでは頑張るとするよ」

 

自分を見つめるどこか歪な光を放つ星華の瞳に恐怖を感じたシャイナは、自分の声が震えていない自信がなかった。

 

 

 

 

星華は孤児だった。

 

彼女が物心ついた頃には弟の星矢と孤児院にいた為、両親の顔も覚えていない。

 

その頃の孤児院は今とは比べ物にならないぐらいに劣悪な環境下にあり、気の強い星華ですら未来に希望が見出せない毎日を過ごしていた。

 

そんな最低な日々だったが、唯一の心の拠り所の星矢がいたお陰で、星華は絶望だけはせずに生きることが出来ていた。

 

だが、そんな大事な星矢をある日突然孤児院に現れた金持ちの爺さんが連れて帰ると言い出した。

 

星華は当然の如く反発したが、経営難だった孤児院は金持ちの爺さんが資金援助という名目で提示した “星矢の値段” に喜んで首を縦に振ってしまう。

 

星矢を奪われた星華は絶望しそうになるが、泣き喚きながら連れていかれた星矢の姿を思い出すと、自分しか星矢を助けられる人間はいないと気力を奮い立たせた。

 

星華は院長室に忍び込み、星矢を奪った爺さんの正体が分かる書類を探し当てる。

 

“グラード財団総帥”

 

それが爺さんの正体だった。

 

世事に疎い星華ですら聞いたことのある名称に彼女は怯みそうになるが、星矢の泣き顔を思い出すと再び気力が湧き立った。

 

星華は爺さんが住む城戸邸に向かう。

 

空きっ腹を抱えた星華にとって、その道のりは遠く厳しいものだったが、きっと連れていかれた星矢は自分以上に辛い状況に違いないと、星華は歯を食いしばりながら頑張った。

 

やっとの思いで城戸邸に辿り着いた星華は、その高い塀にしがみつく様にしながら登っていく。

 

何度も滑り落ちながらも星華はやっと塀の頂上に手が届く。

 

──星矢! 今、助けるからね!

 

そんな必死な思いで城戸邸内に忍び込んだ星華が見たのは、大きな庭で行われているバーベキューの肉に喰らい付く大勢の子供達だった。

 

星華は想像とは全く異なる光景に呆気に取られる。

 

城戸邸では虐待されているはず。そんな思い込みを抱いていた星華は混乱した。

 

混乱する星華のもとにバーベキューの煙が流れてきた。

 

美味しそうな焼肉の匂いが、星華の空きっ腹を刺激する。

 

“グーキュルキュル”

 

星華は何故か泣きたくなった。

 

星華が見たこともない大きくて美味しそうな肉を嬉しそうに食べている星矢を見つけた時には、あんなに大事に思っていた星矢に対して怒りすら湧いた。

 

──孤児院に帰ろう。

 

もう星矢には私がいなくても大丈夫なのだと星華は思った。

 

自分の頬を伝う涙に気付きながらも星華は心の中で星矢に別れを告げる。

 

最後に星矢の姿を目に焼き付けようと目を向けると、星矢は相変わらず夢中で肉にかぶりついていた。

 

少しムカついた星華は、落ちていた小石を拾うと星矢に向けて投げた。

 

「イテッ!? 誰だよ、石を投げたのは!」

 

見事命中した小石に星矢は文句を言うが、当然ながら周りは反応せずに凄い勢いで肉を食べ続けている。星矢もすぐに負けるものかと肉を食べるのを再開した。

 

そんな星矢の様子に星華は口元だけでクスリと笑うと、その場を後にした。

 

それからの星華は、星矢のいない寂しさを紛らわせるために全てに対して全力で取り組むようになった。

 

孤児院の手伝いに年下の子の世話、そして学校の勉強と運動も頑張った。

 

品行方正で学業も優秀。それが星華の評価となった。

 

だけど、星華の心の隙間は埋まらなかった。

 

星華自身も自分が精神的に星矢に依存していた事は理解していた。

 

だからこそ、一人でも大丈夫になろうと頑張ってきたが無理だった。

 

──もう一度だけ星矢に会おう。そして、ちゃんと別れを告げよう。

 

思えば、星華は星矢と二度の別れを経験したが、二度ともちゃんとした別れではなかった。彼女は改めて星矢とちゃんとした別れをして自分の心に折り合いをつけようと考えた。

 

そうと決めれば星華の行動は早かった。

 

城戸邸まで一目散に駆けていった星華は、以前とは段違いの身のこなしで塀をよじ登った。

 

「とうっ、着地!!」

 

塀の頂上から飛び降りた星華は見事な一回転を見せながら着地を決める。

 

“パチパチ”

 

拍手が聞こえた。

 

星華は驚いて拍手の聞こえた方向に顔を向ける。

 

「あなた凄いのね! 塀から飛び降りる女の子なんて初めて見たわ!」

 

そこには絵に描いたようなお嬢様が、その頬を興奮で赤く染めながら立っていた。

 

これが、生涯を共にすることになる二人の初めての出会いであった。

 

 

 

 

星華とお嬢様は不思議とウマが合った。

 

気の強い星華と我儘なお嬢様。

 

普通ならば反発しそうなものだが、わんぱくな星矢を可愛がっていた星華にすれば、我儘なお嬢様すら可愛い年下の女の子でしかなかった。

 

お嬢様の方は既に超能力の片鱗に目覚めていた。その為、無意識に他人の心に触れてしまいその隠された本心を感じ取るせいで人間不信に陥っていた。

 

そんな状況で突然出会った星華からは嫌な気配を感じなかった。それどころかお嬢様にとって唯一安心できる祖父のような温かいものを感じた。

 

そうなれば、我儘なお嬢様は星華を手に入れようとするに決まっていた。

 

お嬢様は、星華本人には泣き落としで了承させた。まあ、星華はお嬢様の嘘泣きには気付いていたようだったが、仕方ないなあ。といった感じで了承していたので問題ないだろう。

 

その他諸々の事は、孫馬鹿の祖父に丸投げした。もちろん二つ返事で祖父は引き受けた。

 

それからの日々は二人にとって幸せな日々だった。

 

たとえそれが、互いの寂しさを慰め合うような、悪く言えば傷を舐め合うような関係だったとしても、二人にとっては温かい関係だった。

 

途中、お嬢様の祖父が亡くなるという悲しい出来事もあったが、悲しみを怒りに変えて生きよ。という某暗殺拳の使い手の言葉を実践したお嬢様は乗り越えられた。

 

そして、二人で過ごす日々が続けば自然と役割分担というものが出来上がる。

 

お嬢様が破天荒な言動をする。それを星華が諌める。

 

俗に言うボケとツッコミだ。

 

それが二人の予定調和だった。

 

だが、その日は不測の事態が起こった。

 

大きなイベントがあるというのにお嬢様が不在だったのだ。

 

星華は普段通りに真面目に務めを果たす。だが、普段通りに破天荒な言動でボケてくれるお嬢様がいなかった。

 

星華が発する言葉には、常識的な言葉が返ってくるだけだった。

 

──なんだか物足りない。

 

そんな風に星華が思ってしまっても仕方ないことだろう。

 

だから彼女は慣れないボケ役を演じてみることにしてみた。

 

そうすれば、自分に似た性格の目の前の女性は、きっと普段の自分のように突っ込んでくれるだろうと考えた。

 

お嬢様のいない寂しさが紛れることを期待して、星華はいつものお嬢様のようにブラック成分を含んだツッコミ要素の多い言葉を口にした。

 

──それが必要ならば、デスクイーン島をこの地上から消し去ろうと、青銅聖闘士達を全て使い潰そうと構いません……

 

星華は『物騒な事を言うんじゃないよ!』などといった突っ込みが返ってくると予想していたが、何故か目の前の女性に普通に引かれた。

 

予想外の反応に星華は内心では慌てたが、お嬢様ならこう続けるはずだと思う言葉を口にした。

 

──別に星矢も使い潰しても構いませんよ……

 

思いっきり目の前の女性に引かれた。

 

星華は、自分にはお嬢様のようなユーモアのセンスは無いのだと気付いた。

 

星華は諦めて真面目な返答をする。内心では、やはりボケ役ではお嬢様には敵わないなと、ボンヤリと考えながら。

 

── ふふ、もちろん星矢が無事に帰ってきてくれた方が私個人としては嬉しいですよ。

 

理不尽にも目の前の女性に怯えられた。

 

心の距離が離れた気がする。微かに震える女性を見ながら星華はそう思った。

 

お嬢様のいない寂しさが身に染みる。そんなある日の出来事だった。




沙織「うふふ、必要とあらば彼の地に住まう生きとし生けるもの全てを殲滅しても構いませんわ。そう、障害の全ては打ち砕きなさい。このグラード財団総帥の前に道はなく、わたしの通った後にのみ道は存在することが許されるのです。たとえ、デスクイーン島を更地に…いいえ、地上の全てを破壊し尽くそうと、我が望みの為ならこの世界はその身の破滅すら喜んで受け入れることでしょう。生物はその命の灯火をわたしに捧げ、無機質は捧げる灯火無きことを嘆き悲しむ事でしょう。全ての灯火はわたしの所有物なのですからね。地上を埋め尽くす灯火は全てわたしを輝かせるためのスッポライトなのですよ。さあ、お行きなさい。そして、全てを粉砕してでも使命を達成するのです! と、このぐらい分かりやすいブラックジョークでないと、真面目なシャイナお姉様は本気にされてしまいますよ?」
星華「なるほど、流石は沙織お嬢様です。途中から意味不明な言葉が混じり出すのでジョークだと分かりやすいですね」
沙織「うふふ、そうでしょう」

シャイナ「……魔鈴、あんたさっきの沙織の言葉がジョークに聞こえたかい?」
魔鈴「……沙織から滲み出てた禍々しい小宇宙から彼女の本気度が分かった。だから3秒で任務を行う覚悟を決めたよ」
シャイナ「……あたしもだ」


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第35話「沙織お嬢様は理想の上司」

新しい従業員が2名増えました。

 

「我が拳は沙織お嬢様と共にある。御身の敵は悉くこの拳で打ち砕いてみせましょう」

 

暑苦しそうなこの方の名は、アイオリアというそうです。

 

「俺も沙織お嬢様に忠誠を誓うぜ。どう考えても向こうに勝ち目は無さそうだからな」

 

軽薄そうなこの方の名は、デスマスクというそうです。これは本名でしょうか? 本名なら親御さんのセンスが怖いですね。

 

この二人に声をかけたところ、初対面だというのに忠誠を誓われてしまいました。これもわたしの並外れたカリスマ性の所為だと思えば無下には出来ません。

 

ですので軽く入社試験として、わたしとの模擬戦闘を行なってみたところ、二人とも合格基準に達したので入社を認めました。

 

「ハハ、死ぬかと思いましたけどね」

 

「俺は黄泉比良坂まで行ったけどな……なんとか帰ってこれたけど」

 

この二人は黄金聖闘士だそうです。なので実力は同じ黄金聖闘士のアルデバランやシャカと似たようなものだと思います。

 

強いていえばアイオリアは肉弾戦に強く、デスマスクは戦闘能力は一段落ちるようですが、積尸気冥界波などという当たれば死ぬという反則技の持ち主です。もっとも、わたしは跳ね返したのでデスマスクの方があの世に行きましたけどね。彼が自力で戻ってきた時には少し驚きました。

 

彼らから聞いたところ、ここは聖域の奥深い場所だそうです。

 

どうやらわたしがまだ観光していない場所だったようですね。今度、ゆっくりと観光しに来るとしましょう。

 

「沙織お嬢様、それは危険ではないでしょうか? 聖域は教皇の庭のようなものです。悪質な罠が仕掛けられている可能性があります」

 

「ああ、そうだな。実力はすでに教皇を上回っているとしても相手だって百戦錬磨だ。妙な搦め手に引っかかっても厄介だぜ」

 

この二人は何を言っているのでしょうか?

 

わたしは別に聖域と争っているわけではないのですけど? むしろインフラ整備工事などを行なって聖域の近代化のお手伝いをしているぐらいです。

 

たしかに一時期は、女神(アテナ)打倒を掲げたお茶目な時代もありましたが、大人となった今はそんな気は無くなりました。

 

「ア、女神(アテナ)打倒ですか? た、たしかにお茶目な発想ですね。(どういう意味か分かるか? デスマスク)」

 

「まあ、若い頃はそんなものだな。(多分だが、沙織お嬢様の言葉から推察すると彼女はまだ女神(アテナ)の化身だと気付いていないようだな)」

 

「ええ、そんなものですよ。(なんだと!? それは直ぐにお知らせして皆にも教えるべきだ!!)」

 

「そして今は沙織お嬢様も大人になって落ち着かれたということだな。(いや、それはお勧めできねえな。冷静になって考えてもみろよ。今の聖域は教皇によって掌握されているんだぜ。そんな状況で始末したと思っていた女神(アテナ)が実は生きていたなんて馬鹿正直に言ってみろ。すぐさま山のような刺客が送られてくるぜ)」

 

「ええ、私もそう思います。(そんな馬鹿な!? 教皇の命令如きで女神(アテナ)に弓引く者など聖闘士にいるわけ無いだろう!!)」

 

「無駄なことに時間を使うのは勿体ないからな。(貴様は馬鹿か? アイオロスの件を忘れたのか? 教皇の影響力を忘れるな、俺達の言葉など聞く耳を持たれずに叛逆者にされてお終いさ)」

 

「私も同意見です。(うぬぬ、たしかにその通りかもしれん。だがっ!! 沙織お嬢様のお力なら教皇や愚かな聖闘士共もまとめて成敗できるはずだ!!)」

 

「話を元に戻すけど、どうやら俺達は少し考えすぎていたようだな。沙織お嬢様は聖域とは良好な関係なんだからよ。(貴様は本物の馬鹿かっ!? 黄金聖闘士の俺達がいながら沙織お嬢様に戦わせるつもりなのか!!)」

 

「その通りです。私は下らない事を考える馬鹿です。(すまぬ……教皇は俺達だけで倒し、沙織お嬢様は穏やかに聖域にお迎えするぞ)」

 

「ああ、その通りだな。お前は馬鹿だ。(ああ、絶対にそうするべきだ。じゃないと、沙織お嬢様に能無しだと思われて黄金聖衣を没収されかねんからな)」

 

「はは、きついな。少しは庇ってくれよ。(まさかそんな事は……あり得そうだ。今代の女神(アテナ)は武闘派だからな。内輪揉めを解決できないような軟弱な黄金聖闘士など聖衣没収どころか、全員まとめて黄泉比良坂送りにされても不思議じゃないぞ)」

 

「クク、俺も馬鹿だから一緒だ。だから気にするな。(流石にそれはな……いとは言い切れんな。さっきの模擬戦闘時に感じた沙織お嬢様の苛烈な小宇宙から察するに彼女は容赦のない性格みたいだからな。よし、俺も気合いを入れ直すとするぜ)」

 

「ああ、私達は馬鹿コンビだな。(よし、そうと決まれば作戦を練るぞ! そうだ、他の黄金聖闘士はどうする? 話をしてみるか?)」

 

「ハハ、それはいい、俺達はコンビだぜ。(いや、それは危険だな。真実を知った上で教皇に付いている奴がいるかもしれん。俺達二人だけで教皇を倒すべきだ。教皇さえ倒せば後はどうにでもなるだろう。何しろこちらには本物の女神(アテナ)がいらっしゃるのだからな)」

 

「ああ、これからはコンビとして頑張ろう! (ああ、そうだな。では改めてこれからよろしく頼む!!)」

 

「おう、俺も頑張るぜ! (おう、こっちこそよろしく頼むぜ!! クク、それにしても面白くなってきたぜ!!)」

 

はて、馬鹿がコンビを組んで何を頑張るのでしょうか?

 

まあ、とにかくお二人は女神(アテナ)に対して友好的のようですね。もっとも彼らは聖闘士なのだから当たり前だといえば当たり前なのでしょうね。

 

ところで、ここが聖域ならこの女神像を持って帰ってはいけないのでしょうか?

 

「いえ、沙織お嬢様が移動させたいのなら誰も反対など致しませんよ」

 

「ああ、そうだな。しかしそんな巨大なものをどこに移動させるおつもりで?」

 

はっ!?

 

そ、そうでしたわ。わたしの屋敷の庭は広いですが、流石にこの大きな女神像を置いたら邪魔になりそうです。星華に怒られかねませんわ。

 

あなた達はどうしたらいいと思いますか?

 

「あの、元の場所に戻す。というのはダメなのでしょうか?」

 

アイオリアが下らない意見を言いました。返すつもりなら意見など求めませんわ。この女神像はわたしの物です。聖域などに寄付する気はありません。

 

却下をくらってガーンとなっているアイオリアは放っておくとして、デスマスクは何か意見がありそうですね?

 

「そうだな、屋敷に置くのが邪魔なら別荘に置くというのはどうだ? もし沙織お嬢様が別荘を持ってないのなら、聖闘士所縁の土地が世界各地にあるからそこに置くのも良いと思うぜ」

 

なるほど。言われてみれば当たり前の意見ですが良い発想です。

 

都心にある屋敷だと広いといってもたかが知れていますが、別荘なら女神像を10体置いても余るほどの広さのものがいくつもありますわ。

 

問題はどこの別荘に置くかですね。

 

「ば、馬鹿な!? デスマスクの意見が採用されるだと!?」

 

「フハハハハッ!! アイオリアよ、どうやら沙織お嬢様とは俺の方が波長が合うようだな! 所詮は真面目一辺倒の貴様など戦うことしか脳のない猪武者だということよ!」

 

「ウググッ、次こそは俺の意見を採用してもらうぞ!」

 

「クク、無駄だと思うが、精々頑張るんだな」

 

「デ、デスマスクに見下されるとは……む、無念だ!」

 

うるさい二人ですね。

 

でも、ライバル同士で張り合いながら頑張るのは、人の成長にとっては良い事なので理想の上司のわたしは我慢します。

 

うふふ、褒め称えてもよろしくてよ?

 

「沙織お嬢様バンザーイ!!」

 

「流石は沙織お嬢様ですね。部下のことをよく見ておられる。私達もちゃんと見てもらえていると思うと凄く励みになります。本当にありがとうございます」

 

デスマスクの褒め言葉に10点です!!

 

「おのれーっ!! デスマスク!!」

 

「フハハハハッ!! 口下手な貴様には負けんぞ!!」

 

「こうなったら社交教室に通って口下手を直してやるぞ!!」

 

「ほう、ならば俺も付き合ってやろう」

 

「お前は来るな!!」

 

「フハハハハッ!! 余裕がないな、アイオリアよ!!」

 

「ほっとけ!!」

 

本当にうるさい二人です。

 

少しうるさ過ぎますね。やっぱりぶっと飛ばしましょう。

 

えいっ。




沙織「わたしの魅力に惹かれた手駒がよく集まりますわ」
星華「でも聖域の聖闘士をヘッドハンティングして苦情はこないのでしょうか?」
沙織「大丈夫ですよ。任務の一つに聖域に対する二重スパイも含まれていますからね」
星華「何が大丈夫なのか分からないです」
沙織「それに表向きは聖域の聖闘士のままにしておけば、何か騒動を起こしても責任は聖域にいくという寸法ですわ」
星華「流石は沙織お嬢様。責任転嫁の準備に抜かりはありませんね」
沙織「うふふ、備えあれば憂いなし。という事ですわ」


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