私がアイドルになるまでの話 (長雪 ぺちか)
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私は猫になりたい

私は猫だ。

正確には違う。

私は猫になりたいただの人間だ。

 

 

いつからだろう。

気付けばいつも猫を目で追っていた。

それ程までに私は猫に魅了されていた。

こんなに可愛い猫なのだ、みんな好きなのは当たり前と思っていたが……現実はそうではないらしい。

猫アレルギーの人は仕方ないとして、それ以外の人でも猫が好きじゃない人がいると言うのだ。

絶対おかしい!

こんなに可愛いのに!

どうにかしてみんなに猫好きになってもらうために、私は猫の真似をすることにした。猫布教だ。

語尾は『にゃあ』手首はこんな感じに曲げて……指は野菜を切る時の形。猫耳も着けてみたりして。

お弁当はもちろん!……流石にキャットフードはやめておいたけど、猫のキャラ弁を作ることにした。

そんな努力が実を結んで、段々とクラスの中で猫が好きと言ってくれる人達が増えていった。

中には熱烈に猫のことが好きになってくれた人もいて、放課後教室に呼び出されて

 

「僕、猫ちゃんのこと大好きです!」

「あ、ありがとにゃあ☆私も猫ちゃん大好きにゃ!」

 

と言うような会話したことが2、3回あった。

そんな感じで私の猫布教は成功したんだけど、成功したらさらに欲が湧いてきてしまった。

私も本当は人間だし欲があったって良いよね?

クラスだけじゃなくって、もっとたくさんの人に猫ちゃんの可愛さを知ってもらいたい!

これが今の私の目標になっていた。

もっとたくさん……と言っても私が動けるのは精々市内と電車で行ける所程度。

電車に関して言えば、高校生の私には資金力的に少し無理をしなくちゃいけなさそうだ……

何か良い案がないかと思い、インターネットで調べていたら『猫動画』と言うものを見つけた。

それは可愛い猫の可愛い仕草を撮影した大変可愛いもので、初めて見た時にはあまりの可愛さに悶絶した。

これは使える!と思い、今では『猫動画』の宣伝をしたり、自分で動画を撮ったりして、自分で言うのもなんだが猫の宣伝部長をしている。

しかし、インターネットと言うのは誰が見ているのか分からない。動画の再生回数が増えようとも本当に猫

好きの人が増えているのか……兎に角、実感が湧きづらいのだ。

何か新しい方法はないかにゃあ……?

 

「そんなこんなで、スランプ中なんだにゃ〜」

「そう?--ちゃん頑張ってるのに」

 

学校の昼休み。

私は後ろの席に座る友達と一緒にご飯を食べながら愚痴をこぼす。

 

「ほら。頑張ってる--ちゃんにお弁当分けてあげる」

「うっ、お魚はちょっと……」

 

私がそう言うと友達は少し悲しげな表情を浮かべたが、それは一瞬のことですぐにいつもの様子に戻った。

 

「そう言えば--ちゃん。昨日のテレビ見た?」

「テレビ……?何の番組にゃ?」

「えっ!?私、昨日の--ちゃんに見てって言ったのに〜。番組に私の好きなアイドルが出てたんだよ。--ちゃんにも見て欲しかったな〜」

「そうだっけ……猫動画漁りに耽ってたにゃ……」

 

いつもは温厚な友達だけど、この話になると熱くなる。

どうやら友達はそのアイドルのファンらしい。

 

「実は私、今度の日曜日にそのアイドルのライブに行くんだ〜。名古屋まで行くんだけど--ちゃんも一緒にどう?」

「いや、私は遠慮しておくにゃ」

 

友達には申し訳ないけど、名古屋までは電車代だけでも相当かかってしまう。

そんなお金は無いのにゃあ……

それにしても、アイドルはすごいと思う。

ここは大阪で名古屋までは結構距離がある。

それでもファンの友達を名古屋に行かせてしまうほどに……

 

バンッ!!

 

私は机を叩き立ち上がった。

教室の視線が私に集まる。

友達も、突然のことに目を見開いている。

恥ずかしさを感じないわけでは無いが、胸にこみ上げる興奮が勝った。

心臓が早鐘を打っているのがはっきりと分かる。

 

「それだにゃああああああああ!!」

 

どうして早く気づかなかったのだろう!?

アイドルは多くの人を魅了する!!

 

 

自分のやるべきことが分かってから、私の行動は早かった。

すぐにアイドルの募集、スカウトについて調べて……幸いにも家の近くに芸能事務所があることを知った。

アイドルの事務所かと言われたら少し違うかもしれないが、一応芸能事務所だ。

まずこの事務所のオーディションを受けてみよう。

応募用紙を学校で印刷し、お母さんに……勿論お父さんにも内緒でエントリーした。

エントリーした後は、案外呆気ないもので「週末、事務所で面接を行います」という内容の電話が来た。

書類選考と言うものに受かったのか、そもそも書類選考何てものが、無いのかは分からないが、面接を受けさせてもらえるのは嬉しかった。

 

ドキドキした気持ちが続いたまま、1日1日と過ぎていき、ついに週末がやって来た。

途中緊張のあまり、自分がオーディションを受けることを友達に言ってしまったが、その友達から「頑張って!応援してるよ!」という内容の言葉を貰い少し楽になった。

身支度を済ませ、家を出る。

お母さんには友達の家に行ってくると伝えた。

財布は持った。ハンカチも持った。勿論、猫耳も忘れてはいない。

万全の準備は私の心を落ち着かせ、足取りは軽くなった。

 

 

そして今、私は事務所の前にいる。

いざ面接、となると流石に緊張は隠すことは出来ず、手には汗をかいていた。

持ってきたハンカチで手を拭いて、一度深呼吸する。

そして呼吸が整ったのを見計らい、事務所の扉に手を掛けた。

ギィと低い音と共に扉が開く……!

 

「オーディションを受けに来た--にゃん☆可愛い猫耳アイドルを目指しているにゃ!」

 

 

「それで、この間言ってたオーディションはどうだったの?」

 

食事中、後ろの席の友達がそんな話を振ってきた。

 

「それがにゃ…………」

「あっ…………」

 

言いにくそうな私の態度を見て、友達は察してくれた。

そうだ。

私はオーディションに落ちた。

土曜日に面接を受けて結果の封筒が月曜日に届いた。

郵便局の都合もあるだろうから、きっと私の不合格は面接を受けた瞬間に決まっていたのだろう。

悲しさや悔しさが込み上げる。

思い付きでオーディションを受けてしまったのが原因だと友達に言われ、自分の浅はかさに腹が立った。

私の準備は万全では無かった。

重くなった空気に耐えかねたのか、友達が口を開く。

 

「でも、その事務所に--ちゃんが合わなかっただけかもしれないよ。そんなに落ち込まなくても良いんじゃない?」

 

優しく諭すような口調だった。

そうか。そうかもしれない!

確かに私が受けたのはアイドル事務所ではなく、どちらかと言えばお笑いの事務所だった気がする。

それならオーディションにおちてしまったのは当たり前だ。

まだ諦めるような状況じゃないと納得した私は……

 

「あ、ありがとにゃ! 諦めずに頑張ってみるにゃあ☆」

 

少しはアイドルらしく笑えるようにはなっていた。

 

 

それから何回、私は失敗しただろう……?

友達に背中を押されたあの日から、もう10件以上のオーディションを受けた。

 

しかし、結果は全て不合格。

 

自分の夢が全否定された気がして、心がもう折れそうだった。

日が沈みかける中、私は一人俯き加減に街をとぼとぼと歩いていた。

別に目的地があるわけではない。

ただ、今は歩いていたい気分だった。

止まってしまったら、今の気持ちが溢れてしまう。

その事を、自分で分かっていた。

当ても無く歩いていると、どういうわけか駅に着いた。

最近オーディションを受けるために、たくさんの電車に乗っていたのが私に中でルーティーンになっていたのかもしれない。

ここなら、溢れ出しても気付かれない。

電車が通過するのを見計らい、私はホームの外から力一杯叫んだ。

 

「にぁあああああああああああああ!!」

 

私の叫びは掻き消され、掻き消されているのが分かってさらに叫んだ。

 

「にぁあああああああああああああああああああ!!」

 

喉が壊れてしまうのではないかと思うぐらい叫んだ。

兎に角、溢れる気持ちを吐き出すのに必死だった。

電車が通過しきる頃には私の体力は尽き、脱力感を覚えたと同時に膝が砕けた。

 

はは……にゃはは…………

 

体に力が入らないが、内側からは力が溢れ何ともこそばゆく、私は自然と笑みを浮かべていた。

鏡を見てはいないが、恐らく今までで一番良い笑顔なんじゃないかと思うぐらいだ。

 

「あの……すいません……」

 

叫び終わった達成感の余韻に浸っていた私に、低く図太い声がかかる。

 

「にゃあああ!?」

 

突然のことで驚いた私は尻尾を踏まれた猫の様に飛び起きる。

振り返ると、そこには肩幅の広いスーツを着た男が立っていた。

明らかに怪しい男だ。

背は……かなり高い。

見上げる様になってしまう

私は警戒を解かないまま、おもむろに口を開く。

 

「どうかしましたか……?」

「突然声をかけてしまい、すいません……」

 

男は何か言いづらそうに、というよりも言うべき言葉を思案している様に見えた。

そして妙な間を空け口を開く。

 

「アイドル……やってみませんか?」

 

私はその言葉を聞いて、思考が一瞬止まった。

何だ?

この男は何と言った?

私の聞き間違いじゃなければ、アイドルをやらないかと言っていた。

少し考えて言っているぐらいだ。

別に男は混乱して、咄嗟の思い付きで言っているわけではないだろう。

でも……本当に

頭の中でそんな思いがぐるぐると回っていると、男は一枚の紙を渡してきた。

名刺だ。

多分……本物。

ここまでされてもまだ実感が湧かないが、私は今スカウトされている。

駅に来たのは偶然と思っていたが、もしかしたら運命だったのかもしれない。

きっと、私がここでスカウトされるのは運命だったのだ。

そう考えないと辻褄が合わないんじゃないかと思える程の奇跡に直面している。

顔の筋肉が意識と別に緩むのが分かる。

これが運命であり必然なのだとしたら、この人が連れて行ってくれる場所こそがアイドルを目指す私のいるべき場所だったのだろう。

 

私は猫……迷い猫だった。

住処を見つけた迷い猫は…………

 

「もちろんだにゃ!!!!」

 

そろそろお家に帰ろうかにゃ。

おしまい。

 

 

……………………

……………………………………

………………………………………………

 

「そう言えば、どうしてプロデューサーは私をスカウトしたんだにゃ?」

 

「……………………」

 

「…………………………?」

 

「…………………笑顔です」




今回は前川みくさんのお話でした。
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探し物は何でしょう?

お昼時、些細な事件が起きました。

学校に猫が迷い込んだとか、その類いのものです。学校の先生は相当な注意を払っていたようですが、迷い込んだスーツの男はそこまで悪い人には見えませんでした。

私にはただ……ただ探し物をしているように見えたのです。

 

 

禊を終えると、ばばさまの作った朝食を食べます。そして、湯飲みに口を近づけ一口。食後のお茶はなんと美味しいことでしょう。ばばさまはお茶を入れるのがお上手なのです。

ほっと一息ついて、せんべいなども食べたくはありますが、学生である私にはそのような時間はありません。口惜しいですが、ちゃぶ台に別れを告げると、未だに着慣れない制服に着替え家を出ました。

いつも通りの時間に家を出て、いつも通りの道を通り、いつも通りの踏切に来たところで、いつもと違うことが起きました。足元に銀色のケースが落ちていたのです。私はそれが落し物であることにすぐに気が付きました。このようなものは、近所のコンビニエンスストアという場所で100円程度で売られていたのを見たことがあります。中身がまだ入っているところを見ると、きっと誰かが買った側から落としてしまったのでしょう。私はケースを落とした落とし主のことを思うと、何とも遣る瀬無い気持ちになりました。

学校に着くと同じ学級の友人たちがおはようと声をかけてきました。私もそれに答えます。挨拶を交わしあえる友がいることはなんと素晴らしいことでしょう。日々の幸せに浸っていると一時間目の先生が教室に入ってきました。先生はとても良い笑顔で授業を始めます。

先日まであの先生は暗い雰囲気で、まるで悪霊にでも取りつかれたかのような形相をしていました。私は困っている人を放っては置けない故、お話を伺いに行きました。先生は重い口を開き、聞くに彼女は「恋煩い」であると私は知るのです。これは専門外だとあきらめかけましたが、何とか力になろうと相槌を打ち、話だけでも聞きながら……としているうちに先生の血相はみるみる良くなっていきました。実感はわきませんがきっと力になれたのでしょう。人の力になることは非常に嬉しいことであります。

授業が終わり、お昼になりました。

私は窓際の自分の席でばばさまが作ってくれたお弁当を広げると、校舎の外に何やら不審な人影がうろついていることに気が付きます。何かと思い弁当の包みを軽く縛ると、私はベランダに出ました。先ほどよりも人影がはっきりと輪郭を結んで、スーツの男が草木を掻き分けているのが分かりました。そして同時に、彼が何か失せ物を探しているということも直ぐに気付きました。さて、どうしたものかと思っていたところ、校舎の外に体育の先生が出て行きます。そしてスーツの男に近づくと、男は身振り手振りで慌てふためき頭を下げてどこかに行ってしまいました。恐らく不審者と間違えられてしまったのでしょう。悲しいことだと私は思います。男はただ、物をなくして困っていただけだというのに。

放課後、私はお昼に出たスーツの男を探すことにしました。友人からは危ないだの、先生に任せようだのと、助言を貰いましたがそうはいきません。私は困っている人を放っては置けないのです。

町のどこに何があるのかは大方把握しています。そしてスーツの男が町の外から来た者だと私の勘は告げているのです。そんな男が行きそうなところは……と私は強く祈ります。するとぼんやりと私の探すスーツの男の気配を感じ取ることができました。公園です。

公園に歩いていくと確かにスーツの男がそこには居て、ベンチで肩を落としていました。私は声をかけようと公園に入り「そな……」と言ったところで男は何か思い立ったかのように急に立ち上がり、そそくさと公園を後にしてしまいました。呼び止めようとしましたが、時すでに遅し。大声を出せば止まってくれたかもしれませんが、如何せん私は大きな声を出すのが得意ではないのです。今度、人を探すときには大きな音の出る物、例えば……法螺貝など持っていくとしましょう。

足を速めて男を追います。

男はせわしなく周囲を見回しながら、ふらふらあっちに行ったりこっちに行ったりと足を止めません。少しでも後ろを向いてくれれば、私に気付いてくれるかもしれないというのもを……何とももどかしいものです。男は歩幅が大きいため、歩く速さは中々のもので、住宅街を抜け商店街を抜け、抜けたところで私は再び男を見失ってしまいました。

そして、私はついにスーツの男を追いかけるのを諦めました。男は見るに、大層忙しいのでしょう。さすれば、私が探し物の手伝いをするというのも少し迷惑かもしれません。それに帰りが遅れてばばさまが心配してもいけません。お家の清掃もありますし、私も中々に忙しいのです。

自宅に帰り家族にただいまと告げると、奥の襖を開け中に入り、和服へと着替えます。これから神聖な場を清掃します故、自身も清い装いで挑まなければいけません。

竹箒を握り、境内の落ち葉やらを払っていると、石段の方から足音が聞こえてきます。家に御用の方かと思い一礼。顔を上げるとそこには放課後に探していたスーツの男が立っていました。男は双眼で私をとらえると、軽く深呼吸して私の方に近づいてきます。男が私の前まで来ると、こんにちはと言い私もそれに答えます。次に男は胸元のポケットに手を伸ばすと首を傾げ、傾げたと思ったら顔を青くしました。

男は何か私に用があるように見えましたが、それは私も同じです。私の方から男に何か失せ物を探しているのかと尋ねます。すると男はゆっくりと頷きました。やはりスーツの男は失せ物を探していたのです。私は探している物を見つけると一言言うと、祈ります。

祈りをささげると、スーツの男の失せ物の位置がぼんやりと感じることができました。場所は……北でも南でも西でも東でもありません。はて、これは如何にと思っていた矢先、私は今朝の出来事を思い出すのです。確信を持ち、わたくしは懐からそれを取り出すと、男に微笑みかけます。

「これでしてー?」

男も少々頬を弛ませると、それを受け取ります。

そして手渡されたそれから一枚の名刺を抜き取り、私に渡すと『あいどる』について私に説明を始めるのでした。

おしまい。




今回は依田芳乃さんのお話でした。
お話書くに当たって、なるべくよしのんが主人公だということが分からないように書こうと思いまして、考えた結果……台詞が一言だけになってしまいました笑
よしのん語尾で即バレちゃうんですもん!
感想等ありましたら是非コメントよろしくお願いします!


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私に声をくれた人

目の前で大切な友達が泣いていた。原因は私。一緒に遊んでいたのに私が急にいなくなったのが原因だ。飽きっぽい性格なのは自覚している。

私は後ろか抱きかかえられ、背中から声がした。

 

「いなくなってごめんね。ずっと一緒だよ」

 

その日以来、私はよく喋るようになった。

 

 

寒さで目がさめる。ここ最近寒い日が続いていた。見ると愛猫ーーペロが私の布団の上に乗っかっていた。目が覚めたのはこの子のせいもあるかもしれない。

ペロは尻尾をくねくねとさせて誘っているように見える。退屈だったのかな。

私はペロを抱きかかえ頬ずりした。チクチクと髭が当たってくすぐったい。

 

「………………おはよう……」

『おはよう』

 

彼女は少し図太い声でそう言った。可愛い顔をしているが男らしいな声だ。聞くと安心する。

ペロを抱えたまま、朝陽をこぼすカーテンを開ける。外は一面白銀の世界だった。

 

「…………雪……」

 

私はそう呟くと布団をたたみ、部屋を出た。ペロも後から付いて来る。裸足で歩く廊下は冷たかった。

 

ダイニングに入り、入ると置き手紙がテーブルの上に置いてあった。朝食用にパンがあるらしい。冷蔵庫から食パンと牛乳、それに苺のジャムを取り出し、猫用のお皿とコップに牛乳を注いだ。

 

私の家はパパもママも忙しい。パパはたまにしか帰ってこないし、ママも朝早くから仕事。ハロウィンでもクリスマスでも関係なし。昔からずっとこう。でも私にはペロがいるから大丈夫。それに小学校から帰る頃にはママは帰ってくる。今日は土曜日だから小学校はないのだけど。

 

ペロの前にお皿を出し、私も席に着き苺のジャムをたっぷりと塗ったパンをかじる。丁度昨日ママと作ったばかりの苺ジャムは匂いも味もとても良かった。でも、私は苺が大好きだから味がどうであれ満足すると思う。

ふとペロを見ると彼女は口の周りに白い髭を生やしていた。ペロは黒猫だから余計に白髭が目立つ。

 

「………………サンタクロースさん…………みたい……」

『鏡見てみなよ』

 

ペロが目を擦りながらそう言うので、その通りにしてみると確かに私にも白い髭が生えていた。それが何だかおかしくて思わずクスリと笑ってしまう。サンタクロースはあまり好きじゃないけどペロとお揃いなのは嬉しかった。

 

ご飯を食べ終わると手袋をし、厚手のコートを着込んで外に出る。目の前に広がる雪に私はとても興奮していた。私はあまり感情表現が得意な方ではないけど、心の中ではワクワクしてたりするのだ。

 

『早く行こうよ』

 

ペロも雪が楽しみらしい。私とおんなじだ。

家に鍵をかけると、私たちは公園に向かった。

 

 

公園には誰もいなかった。足跡すらない。

私が一番乗りで、そのことがさらに私をワクワクさせた。まっさらな雪面にザクザクと踏み入るのは面白くて、何だか胸がくすぐったくなる。ブランコまで歩きチョコンと座る。公園には私とペロの足跡だけが残っていた。

そう言えば私は靴を履いているけど、ペロは履いていない。寒いと思い、私はペロを膝の上に乗せた。

 

「………………ペロ寒い…………?」

『寒いよ』

「…………温めて……あげる……」

 

そう言って、私はペロの前足を掴むとほっぺたに押し当てる。肉球がしっとりひんやりとしていた。ペロはいつも私を温めてくれる。だから私もペロを温めてあげるのだ。

 

それから私たちはくたくたになるまで遊んだ。雪の中に大の字で飛び込むのは初めてだったが、中々面白い。飛び込むたびに面白くて何度も何度も飛び込んだ。幸い公園には他に誰も来なかったためそれが出来た。気付けば公園には大の字の跡がいくつもあって、それをすべり台の上から見るのもまた面白かった。

気が済んだところでそろそろ帰ろうと私はコートについた雪をはたく。

 

「雪で足止めを…………そうです……よろしくお願いします」

 

帰ろうとしたその時、ペロの声がした。

私は何かと思い動揺する。ペロの声はしたが私の隣にいるペロは喋っていない。私が言うのだから間違いない。

公園の外に視線を移すと電話で話している大人の人が忙しそうにせかせかと歩いていた。

 

気付けば足が勝手に動き出していた。ペロには先に家に帰るよう言い、私はあの人の後を追った。

大人は歩幅が大きいためにすぐに私はあの人を見失う。だけど足跡が道を教えてくれた。

足跡が途絶える。

目前には高くそびえ立つビルがあった。おそらくあの人はこの建物に入ったんだと思う。私は思い切って大きな自動ドアをくぐった。

 

まっすぐ進むと受付の女の人がいて、私は少し背伸びして受付カウンターの上に頭を出した。

女の人は首を傾げたが、何かを思う出したかのように私の手を引きエレベーターに乗った。

突然のことで声が出なかった。私はあの人の場所を聞こうと……そう思ったところで、私はあの人の名前を知らないことを思い出した。これでは聞こうにも聞けない。それに、女の人は仕切りに私に「可愛いわね、あなたなら大丈夫」などと話しかけてくる。全然大丈夫じゃない。いっぱい話しかけられるのはすごく困る。結局一言も喋れずエレベーターは止まった。

受付の人は私を廊下に面した一室に案内する。中には私以外にも女の人がパイプ椅子に座っていて、私もその隣に座らされた。

 

不安な気持ちが募るまま、パイプ椅子に座っていると、部屋の外から何人かの声が聞こえてくる。どこか聞き覚えのある、安心する声。これだ。私はこの声を追ってここまで来たのだった。

 

さっきの忙しい男が目の前の席に着くと、私は立ち上がり、歩き出す。視線は彼から離さない。男の隣にいる人が何か座りなさいなどと言っていたが、男がそれを制した。

男の前に止まると、男の方から質問が飛んでくる。

 

「どうしてアイドルを目指すんだい?」

 

男の言ってる意味が分からない。だけど私が言いたいことははっきりとしていた。今度はちゃんと自分の口で伝えるのだ。

 

「…………私……アイドル……なるためじゃ……ない……。あなたに……会いに……来た」

 

男はゆっくりと私の手を取ると私もそれを握り返す。その日から私はアイドルに、男は私のプロデューサーになるのだった。

おしまい。

 

 

今日は一段と寒い日だった。カーテンが開いている。雪はやんでいた。きっともう大丈夫。1人でいると寒さは身にしみる。今はこちらの方が問題だ。いつも通り、私は大切な友達に構ってもらうべく、彼女の布団に飛び乗った。

初め、彼女は苦しそうな顔を見せるがすぐに目を開ける。目をパッチリと開いてないがそれもいつものことだ。

 

「………………おはよう……」

 

彼女は私を抱きかかえそう言った。

愛おしそうに頬ずりされるのは悪い気持ちはしない。そして

 

『おはよう』

 

今日も私は彼女の腕の中で、たぶんそう言っているのだ。

 




今回は佐城雪美ちゃんのお話でした。
実は雪美ちゃんは一番の推しキャラなので考えるのに苦労しました〜(タイトルは雪美ちゃん主語じゃないじゃんとか言わない!)
最後の
雪はやんでいた。きっともう大丈夫。
の 『きっと』 の後ろに 『それは』 を入れて、『きっとそれはもう大丈夫』にするかどうかで1時間悩みました。
雪美ちゃんの話だと分かった今、『それは』 を入れて読み直すと違う意味で考えられて面白いかもしれません。
是非よろしくお願いします!


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君への想いを咲くままに

 

 

 

6月8日

今日、とても良いことが起こりました。

些細なことではありません。

この先の人生を変えるほどの運命的な出来事です。

これを書いている今でさえ胸の鼓動は心地よく響き、体の内側からが力が湧いてきます。

私の中で咲いたこの想いを、私は知っています。

今日から始めるこの日記、最初に目標を書きましょう。

ハッピーエンドしかありえない

 

 

6月10日

今日はお仕事の日でした。

学校の後の撮影はあまり気分が進みません。

いつもであれば嫌味っぽい事務所の人のことが頭に浮かんでさらに気分が進まないところですが、今週は違います。

あの人が撮影に来ているのです。

あの人は私に微笑みかけて言いました。

「君は笑顔が可愛いね」

なんだかナンパされてる気分で少しおかしくて私は笑ってしまいました。

そんな笑顔もあの人は可愛いって思ってくれてたのかな。

何度も何度も頭の中であの人の言葉が響きます。

「君は笑顔が可愛いね」「君は笑顔が可愛いね」「君は笑顔が可愛いね」「君は笑顔が可愛いね」「君は笑顔が可愛いね」「君は笑顔が可愛いね」「君は笑顔が可愛いね」

文字を見ただけでも脳がとろけそうなぐらいの幸せに包まれます。

今日はそんな気持ちを抱いて眠ります。

おやすみなさいーー。

 

 

6月12日

今日はあの人に会えませんでした。

お仕事がないからです。

昨日、連絡先を交換しようとしたのですが、さらっとかわされてしまいました。

事務所間のことがあるとあの人は言っていました。

さっぱり訳が分かりません。

ただ、私の所属している事務所が私のあの人の邪魔をしているでしょう。

どこまでも嫌な事務所です。

何となくスカウトされて何となくしていた仕事なので愛着はありません。

愛、そう愛です。

私はあの人に愛を感じています。

恋とは愛とは……好きとは世界で一番素敵な感情です。

甘くて酸っぱくて、ふわふわして混ざり合って。

それはまるで、たくさんの魅力的な果物を乗せたタルトのようなもの。

あなたの好きをすべて乗せられるように、余計なものは捨ててしまいましょう。

 

 

6月19日

今日は何だかいい気分でした。

魔女の悪い魔法から解放された気分です。

頭の中は昨日と違って澄み渡り、あの人への想いを純粋に感じられます。

一日中あの人のことを考えられる今がとっても幸せです。

でも、満足してはいけません。

私の目標はもっと先。

まずはあの人の側に立つ人間にならなくてはなりません。

一途な想いは必ず実ると私は思います。

少女漫画の主人公はみんなそうなのですから。

明日あなたに会いに行きます。

おやすみなさい。

それと今日、お仕事を辞めてきました。

 

 

6月20日

困ったことになりました。

今日私はあの人の事務所に向かい、あの人の元で仕事をしようと思ったのですが、どうやらすぐにはダメなみたい。

せっかく左手にリボンを結んで願掛けをして来たのに、残念です。

週末にオーディションがあるからそこに出てくれと言われてしまいました。

受付のお姉さんからは「可愛いわね、あなたなら大丈夫」とお墨付きを貰ったのでもしかしたら上の方に話を通してくれているかもしれません。

だけど、そんなことが無くても私は絶対オーディションに合格してみせます。

あなたと結ばれるのは運命なのですから、誰にもそれを邪魔は出来ません。

週末が待ち遠しいです。

 

 

6月23日

今日はオーディションに行ってきました。

オーディションというものは初めてで、緊張するかなと思いましたが、あの人に会えるという興奮が優ってしまいました。

恋をしているのですから仕方ありません。

会場に入るとまずはあの人を探しましたが、どこにもいません。

後から分かったことですが、今回のオーディションにはあの人は出ないみたいなのです。

私の決意をあの人に聞いてもらいたかったのに残念です。

でも、忙しいあの人に迷惑をかけるわけには行きません。

私はあの人が望むように生きると決めたのですから。

あなたが望むならどんな私にでもなってみせます。

それが私の、……としての務めです。

まだ恥ずかしくてはっきりとは言えません。

いつか言える、その時が待ち遠しいです。

話がそれましたが、オーディションには合格しました。

合格は間違いないと思っていましたが、まさか当日に合否が決まるとは思いませんでした。

晴れてあの人の事務所に入れたわけですけど、私はまだあの人に会えていません。

あなたに会えるのはいつになるのでしょう?

早く会いたいです。

いつかは必ず会えます。

だって私たちは……運命の赤い糸で結ばれてるのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月26日

あ な た を 見 つ け ま し た。

 

おしまい

 

 

 

 




今回は佐久間まゆちゃんのお話でした。
特徴がうまく出せなかったかなーと、ちょっと後悔。
一応、佐久間さんっぽい要素は色々いれたつもりです!
赤い糸とか、以前違う事務所にいたとか……日にちとか注目してみると面白いかもです。
全体通して、日記形式にしたのは分かりますよね?プロデューサーさん……?

前作の『私に声をくれた人』を読んでくださった方は何かに気付くかもしれません。べ、別に前作も読んでねとか言ってるわけじゃないんだからねっ!(ステマ)
是非よろしくお願いします!


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【番外編】一緒に帰ろう?

番外編です。アイドルになった後の話で、今回はキャラ名が出てきます。書いたのが雪美ちゃんSSRが実装された直後なのですが、最近雪美ちゃんSSRを当てられたので公開。進化前のランドセル雪美ちゃんにインスピレーション受けまくってます笑
では本文です


「最近この辺りに不審者が出ているようです。皆さん帰宅する際は十分に気を付けてください」

 

帰りの会で先生が大きな声でそう言った。不審者と言うのは怪しい人のことだとプロデューサーは言っていた。突然裸になったり触ってきたりするらしい。

教室が騒がしくなる中、私の隣に座る桃華が凛々しい表情を浮かべながら手を挙げた。

 

「不審者はとーっても、危険ですわ! お付きの者を学校に連れてきてもよろしくて?」

「櫻井さん、それは名案ですね」

「当然ですわ! お付きの者は残念ながら1人しかいませんが、帰る道が同じ方々も、私と一緒に帰れば安心ですの」

 

桃華の提案にクラスのみんなが「おー」と感嘆の声を上げる。桃華はお嬢様で、お嬢様なんだけどみんなに優しいお嬢様だ。

私は桃華と帰りの方向が逆だ。いつも1人で帰っている。私も桃華みたいに一緒に帰る人が欲しいと思って、ゆっくりと手を挙げた。

 

「…………私も…………ペロ連れてきたい…………いい?」

「猫はダメです!」

 

みんなに笑われた。

 

 

放課後、不審者の話を桃華がプロデューサーに話すとすごく大げさに心配された。

怪我はないか、触られてないか、いけないものを見せられてないか……他にも色々聞かれて私の周りを困った様子でグルグルと歩かれた。

「いけないものって?」と聞くとプロデューサーは口を閉じて、コホンと咳払いをした。咳払いをしたと思ったらプロデューサーは仕事をする机の引き出しから紐のついたピンクの機械を取り出し、私たちに渡してくる。

 

「…………このピンクの機械………………いけないもの?」

 

私の言葉でプロデューサーは赤くなる。何だか今日のプロデューサーは少し変だ。でも私のために何かしてあげようと思ってくれてるのは伝わる。それがとても嬉しかった。

 

「防犯ブザーだよ。不審者が来たら紐を引っ張るんだ。そうすると大きな音が鳴る」

「………………大きな音が…………鳴って………………どうなるの?」

「えっと……近くにいる大人が助けてくれるはずだよ」

「それはとても良い品物ですわ!」

 

私は頷き、プロデューサーからもらった防犯ブザーを学校のランドセルに付ける。

桃華はまだ迎えが来ないみたいだけど、私の方が先に迎えが来ちゃったから先に帰ることになった。桃華に手を振り、事務所の去り際、私は小さく呟く。

 

「……プロデューサーは…………助けて………………くれないの?」

 

 

次の日の放課後、宣言通り桃華は黒い服を着てサングラス付けた人を連れて来た。ちょっとかっこいい。学校の中は勝手に入っちゃいけないみたいで、校門の前で立つ姿はなんだか犬みたいだ。

初めて会う黒い人にみんな興奮していて、腕にぶら下がったり服を引っ張ったりして桃華に叱られた。黒服の人もサングラスごしだから分かりにくいけど困った様子。

桃華は校門で別れる時に「道中気を付けて下さいですわ!」と不安を感じさせない元気な声で言うと、手を振って逆方向に向かった。

 

しばらく歩くと後ろから人の視線を感じた。

後ろを振り向くがそこには誰もいない。足を速めるが視線は私につきまとい、逃さない。

何だかそれがおかしくて思わずクスリと笑ってしまいそうになるが、それを表情だけにとどめた。鏡を見たらきっと変な顔をしているに違いない。

十字路を右に曲がり、その次の角を左に曲がったところで私はランドセルについた紐を引っ張る。

とんでもなく大きな音が鳴って、私は耳をふさいだ。

音に合わせて、背後から急いだ様子でプロデューサーが飛び出してくる。サングラスをかけていたが正体はバレバレだ。

 

「大丈夫か!! 雪美!」

 

プロデューサーが出て来たのを見計らい私は防犯ブザーの紐を元に戻す。

当然不審者などいないので、プロデューサーは辺りを見回し混乱している。

すかさず私はプロデューサーの手を取りこう言うのだ。

 

「………………プロデューサー…………一緒に…………帰ろう?」

 

サングラスかけたプロデューサーもちょっとかっこいいかもしれない。

 

おしまい。



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