白髪剣士の気ままなぶらり旅 (Takari)
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第一章 仲間を探してぶらり旅
1話 白髪剣士、現る


どうも、Takariです!

今回からONE PIECEの世界を書いていきたいと思います!

至らない所も多々あると思いますが、目を通してもらえたら嬉しいです!

時系列としては、ルフィが三千万ベリーの懸賞金を掛けられた辺りです。麦わらの一味と接触するのは後の方になってしまうと思います。


では、どうぞ!



この世には、世界を縦断する赤い土の大陸(レッドライン)と、それに垂直に交わる偉大なる航路(グランドライン)によって四つに分けられている海がある。

 

 

それぞれは東の海(イーストブルー)西の海(ウエストブルー)南の海(サウスブルー)北の海(ノースブルー)と呼ばれている。

 

その4つの海の中でも最弱と言われる東の海(イーストブルー)だが、それ故に他の海に比べて平和だ。

 

 

そんな東の海(イーストブルー)にある小さな町に、一人の男が現れる。

 

 

雪のように白い髪、海のように透き通る蒼い眼。

 

歳は20代前半で、道端にいる人に訊けば10人中10人が首を激しく縦に振るほどの整った顔立ち。

 

所々に桜の花びらが描かれている黒い着物を身に纏い、腰には白い鞘に納められている一本の刀。

 

その容姿を見ればワノ国の者かと思うが、彼は違う。

 

ただ単に着物が好きな剣士なだけだ。

 

 

白髪の男はゆっくりとした足取りで町並みを見て回っている。

 

新鮮な野菜を道行く人に薦めていく八百屋の店主。

釣りたての魚を値引こうと交渉する主婦。

楽しそうに追いかけっこをしている少年少女たち。

 

その一つ一つが平和な日常を表しているのがよく伝わってくる。

 

その様子を微笑ましく眺めながら、先ほどの八百屋で購入した真っ赤に熟した林檎を一口かじる。

 

「うん、おいしい」

 

白髪の男はそう言ってパクパクと食べていき、あっという間に完食してしまう。

 

 

その後も町をぐるりと見て回り、そろそろ日が暮れてきそうになったので、男は空いている宿を探しに行こうとする。

 

しかし、この時間帯ではさすがに空いているところも無く、頭をポリポリかきながら焦ったように呟く。

 

「まいったなぁ・・・・。このままじゃ野宿に・・・・・・いや、もう一回頼んでみよう!」

 

男は再び来た道を戻って宿の店主に頼み込もうとした

 

 

 

その時━━━

 

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁ!?」

 

「っ!?」

 

遠くから響いてくる女性の悲鳴に、男は咄嗟にその方向に振り向く。

 

ただ事ではないと思った男は、目にも止まらぬ速さで悲鳴のした場所へと向かった。

 

その速さは、人体の限界を超える超人的体技【六式】の(ソル)にも匹敵するほどだった。

 

 

 

 

 

 

先ほど悲鳴が響いてきたのは、白髪の男が断られた宿の近くだった。

 

「おらおら! このガキが殺されたくなかったら、てめぇらの有り金全部寄越しやがれ!」

 

「船長の言うとおりにしろ!この方はなぁ、七百万ベリーの賞金がかけられている第一級のおたずね者、ダム様だぞ!!」

 

十人のがたいのいい海賊たちが剣を抜き、宿の店主だけでなく騒ぎに集まった町人にも怒鳴り散らしている。

 

東の海(イーストブルー)は確かに平和だが、それでも海賊たちがまったく暴れないというわけではなく、現在のように時々襲ってくるのだ。

 

海賊の船長━━━━ダムが、一人の少女の首筋に剣の刃を向けて何時でも首を飛ばせるようにしている。

 

「ど、どうかうちの娘を解放してください!! 人質なら私がなりますから!!」

 

「だめだ! 離してほしけりゃ一千万ベリー持ってこい!」

 

「そ、そんな・・・・!?」

 

一千万ベリー━━━それはこの小さな町では直ぐに集められるような金額ではなく、聞いた店主は絶望的な顔色になる。

 

回りにいる町人たちも、自分達に被害が来ないように悔しそうに歯を噛みしめながら大人しくしている他なかった。

 

 

━━━━ただ一人を除いては

 

 

「ねえ、その娘離してあげたら?」

 

 

白髪の男だけは無表情で海賊たちに近づいていく。

 

その無謀とも言える行動に町人たちは動揺する。

 

「お、おい! 何やってんだ!」

 

「白髪の兄ちゃん、早く戻ってこい!」

 

しかし、白髪の男は声をかけられた方に向かって小さく微笑み、腰に差してある刀に手を掛けながら歩み続ける。

 

「誰だてめえ!こいつらの代わりにお前が払って━━━」

 

 

キンッ!

 

 

船員の一人ががいい終える前に辺りに甲高い金属音が響き渡る。

 

そして、時間差で海賊達の持っていた剣が全て真っ二つに折れていった。

 

 

「「「へ?」」」

 

 

海賊たちだけでなく、町人までもが突然の出来事で気の抜けた声を漏らす。

 

丸腰となったダムが後退りしながら叫ぶ。

 

「お、おまえ何しやがった! まさか、悪魔の実の能力者か!?」

 

「いんや。斬っただけだよ、すぱーんとね。俺は能力者なんかじゃない」

 

白髪の男は軽く言うが、その所業は困難を極める。

ましてや抜刀の瞬間が見えず、いつの間にか斬られていたのだ。嫌でも動揺してしまう。

 

「人質の娘、返してもらうからね」

 

「え、あっ!?」

 

海賊たちが呆然としている間に白髪の男は捕らえられていた少女を助け出していた。

 

「大丈夫?ケガはない?」

 

「う、うん・・・・」

 

「そっか、ならよかった。ほら、お父さんのところに戻りな」

 

白髪の男に怯える少女だが、優しく声を掛けてあげて店主の方に促す。

 

少女は目に涙を溜めながら父親である店主の元に走っていき、ギュッと抱きつく。

 

「せ、船長!」

 

「なんだ、つまんねえことだったら承知しねえぞ!」

 

慌てて何かを報告しようとする船員の一人に、ダムがイライラを募らせる。

 

「お、俺・・・・思い出したんです! あの白髪野郎、どうも見覚えがあるなーって」

 

「だから何なんだよ! さっさと言え!」

 

「は、はい・・・・。あの白髪、蒼い眼、そして腰にある白い鞘・・・・」

 

船員がポツリポツリと白髪の男の特徴を口にしていく。

 

そして、そのキーワードを訊いて正体に気づいたのか、ダムの顔からどんどん血の気が引いていく。

 

「お、おい・・・・まさか・・・」

 

「間違いありません、こいつは海軍中将の『白夜(びゃくや)』ですよ!━━━偉大なる航路(グランドライン)にいるはずじゃないのか!?」

 

その言葉を聞いた白髪の男━━━━『白夜』は呆れたように溜め息をつく。

 

「今は旅の途中でね、一度此方に戻ってきたんだよ。・・・・あー、それと()海軍中将な。━━━まったく、あんな海軍(連中)と一緒にしないでよ。それに、『白夜』は俺じゃなくてこの刀の名前だからね?」

 

そう言ってポンポンと自分の刀を軽く叩いて示す。

 

中将とは、海軍のなかでも上から三番目に地位が高い階級で、その戦闘能力も並外れたものだ。

その上の大将と元帥はもっとえげつない強さを持っているが・・・・・・。

 

「俺はクロロ・シェード、今はしがない旅人だよ。どうする?武器が折れちゃったけどまだやる?」

 

元海軍中将改めて、しがない旅人のシェードは笑みを浮かべて愛刀『白夜』に手を掛ける。

 

「ま、まて! 俺たちはなにもしない!! 今すぐ出ていくから勘弁してくれ!!」

 

「あっそ。じゃあ、五秒以内にこの町から出ていってね?━━━いーち」

 

シェードがカウントダウンを始めると、海賊達がドタドタと自分達の船がある港まで躓きながら駆けて行く。

 

「にー」

 

「や、やべぇ!? 野郎共、さっさとずらかるぞ!!」

 

「「「うわぁぁぁ!!」」」

 

船員たちは自分の頭を見捨てて全力ダッシュで逃げていく。

 

「あ、てめえら!先に逃げてんじゃねえよ!?」

 

「さーん」

 

「やばい、後二秒!?」

 

残り二秒で町のほぼ中心から端にある港まで移動するのはもはや不可能である。

 

ダムはそれでもシェードに背を向けて大急ぎでこの町から出ようとする。

 

「よーん」

 

「ひぃぃぃぃ!?」

 

残り一秒になると、シェードは道端に落ちているやや大きめの石を拾い上げる。

 

町人たちは『え?石?』と頭を傾げて疑問に思うが、シェードは気にせず大きく振りかぶる。

 

 

「ごー。━━━━残念、時間切れだね」

 

 

まだこの町から出ていない船長に向かって小さく舌なめずりをして、拾った石を思い切り投げる!

 

 

ヒュォンッ!!

 

 

風を切って一瞬で視界から消えていく石。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!?」

 

「船長ぉぉぉ!?」

 

音速で飛んでいく石に当てられたダムは、そのまま勢い止まらず船員を巻き込んで船まで飛ばされていく。

 

ドゴォォォンッ!!という音が響き渡り、恐らく船の甲板まで飛ばされたであろう海賊たちは、そのまま海に出航という形になった。

 

 

「ガープさん直伝【拳骨流星群(単発ミニバージョン)】!・・・・・・・なんつってね」

 

 

剣士が剣を使わずに投擲で戦うのはおかしいかな?と苦笑をするシェード。

 

そんな彼のあり得ない強さに、町人たちは眼を丸くさせて唖然としている。

 

「・・・・・・・す」

 

「ん?」

 

誰かが後ろで呟き、気になったシェードは首をかしげて振り向く。

 

 

「すげぇぇぇ!!なんだ今の!?」

 

「白髪の兄ちゃん、めっちゃ強いじゃんか!!」

 

「海賊達が逃げていくぞ!!」

 

 

ドッとシェードに群がる町人たち。

 

揉みくちゃにされるシェードは何が何だかわからないようで、パニックに陥っている。

 

「ちょ、ちょっとタンマ! 近い、近いよ!」

 

シェードの言葉で少し冷静さを取り戻した町人たちは、慌てて彼から離れていく。

 

すると、人混みの中から初老の男性が前に出てくる。

 

「どうもすみません。何分、凄かったものですから」

 

「ええっと、あなたは?」

 

「私はこの町の長を務めている者です。先ほどは彼の娘さんを助けていただき、ありがとうございました!」

 

「本当にありがとうございます!このご恩は、一生忘れません!!」

 

町長と宿の店主がシェードに深々と頭を下げる。

人質だった少女も二人を見て同じように頭を下げた。

 

しかし、シェードは両手と首を横にを振る。

 

「いえいえ、大したことじゃないですよ。頭をあげて上げてください。これでも・・・・・・海兵の端くれ・・・・だったんですから、助けるのは当たり前です」

 

シェードは自分の口から「海兵」という言葉を出すのに、一瞬抵抗があったが直ぐに笑顔になる。

 

「(こんな時だけ嫌いな海軍の名前を借りるなんてね・・・・・。自分に嫌気が差すよ・・・・)」

 

シェードはなるべく負の感情を外面に出さないように明るく振る舞うように気を付けた。

 

「お礼と言っては何ですが、どうぞこれを」

 

少しの間どこかに行っていた町長は、何かが詰まった少し大きめの袋をシェードに渡す。

 

「何ですか、これ?」

 

シェードは試しに軽く振ってみると、ジャラジャラと金属の音がする。

 

気になって袋を広げて中身を確認すると、入っていたのはかなりの額のお金だった。

 

「足りないかもしれませんが、我々からの気持ちです」

 

「う、受け取れませんって!大事なお金なんでしょう?」

 

「いえ、受け取ってください!」

 

シェードと町長は互いにお金を押し付け合いが始まるが、そこでシェードが何かを閃く。

 

「な、なら! 俺を泊めてくれる宿はありませんか?俺のお礼はそれで十分ですから!」

 

それ以外は受け付けません!といった様子で一点張りをするシェードに、町長も渋々了承した。

 

 

 

 

 

 

今日一日泊めさせて貰えるのは、人質にされていた少女の父親が経営している宿だった。

 

丁度もう一度頼み込もうとした宿でもあったので俺もすんなり頷いた。

 

 

「では、ごゆっくりどうぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

食事と入浴を済ませ、部屋へと案内された俺は入室早々ベットにダイブした。

 

そのまま目を瞑って夢の世界に入ってしまおうかと思ったが、俺は一番の目的を今更思い出した。

 

「・・・・・あいつらのこと、訊くの忘れちゃったな。・・・・・・まあいいか、あいつらだし」

 

俺が言う『あいつら』とは、中将時代に同じ部隊で部下だった者のことだ。

 

俺が海軍を抜けるって言い出した時に、即答で『着いていく』て言い出したんだよね。

 

でも流石に連れていけないと思って断ったら、ならここで自害しますよ? なんて、恐ろしいことを言うんだよ?こんなの断れるわけないじゃん。

 

で、結局一緒に来ることになったのは三人ってこと。

 

俺は懐から一枚の写真を取り出して懐かしむように見る。

 

「皆・・・・・」

 

写真の中央に写っているのは、着物ではなく海軍のコートを袖を通さずに羽織っている俺。

 

その右横にいるのは青髪を肩まで伸ばした活発そうな少女。

 

更に横にいるのは黒髪を腰まで伸ばした清楚な少女。

 

戻って俺の左隣にいるのが少し長めの金髪の真面目そうな少年。

 

他にも写真にはたくさん部下が写っており、皆が皆、花が咲いたような満面の笑みを浮かべている。

 

 

━━━しかし、今の三人以外はもうこの世にいない。

 

 

 

俺たちにあの任務が来なければ・・・・。

 

 

あのとき、俺が上手く指示を出していたら・・・・。

 

 

もっともっと強くなっていれば・・・・。

 

 

 

・・・・・・・あいつが、いなければ・・・・!

 

 

俺の中で後悔と憎悪が入り交じり、吐きそうなくらい気持ち悪くなってくる。

 

 

「くそっ・・・・・・ごめん、皆・・・・!」

 

 

普段は涙を見せない俺でも、今だけは溢れでてくる涙を止めることは出来なかった・・・・。

 

 

 



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2話 1人海の上

 

 

天気は曇り一つない快晴。青々とした空が辺り一面を覆われている。

 

風は少し強めだが出航にはもってこいの日和だ。

 

町の港に俺が使っている小舟が停泊している。

 

何時ものように黒い着物を着た俺は、小舟に荷物を全て積み込み一息ついてズラリと並んでいる町人達の方を向く。

 

「もう行ってしまわれるんですね。もう少しゆっくりしていってもいいんですよ?」

 

町長が代表して前に出て名残惜しそうに言うが、俺は首を小さく横に振って笑む。

 

「居たいのは山々なんですが俺は旅人ですからね。いろんなところを巡るんです」

 

「・・・・・・そうですか。ならば止めるわけにはいきませんね。旅人は自由ですから」

 

「ありがとうございます。━━━━あ、そうだ。また訊くの忘れるところだった」

 

危ない危ない!ここに来た目的をまた忘れちゃってたよ!

 

俺は慌てて懐から一枚の写真を取り出して町長に見せる。宿の中で見ていた集合写真ではなく、生き残った三人の部下が写っている写真だった。

 

「この三人見ませんでしたか?俺の連れなんですけど、はぐれちゃって・・・・」

 

俺は呆れたように溜め息をつく。

 

まったく、何をすればこんなあっさりはぐれちゃうんだか・・・・・。

あの二人の暴走娘を真面目くん一人で担うのは少々厳しいだろうなぁ。

 

俺は内心で苦笑し、真面目くんに同情する。

 

町長はその写真をまじまじと見て頭を捻り、記憶を振り絞るがどうやら見かけたことはなかったらしい。

 

周囲にいる町人たちに問いかけてみても結果は同じで、皆が申し訳なさそうな顔をする。

 

「すみません、どうやら誰も見た人はいないようです。・・・・・・・もしかしたら、ローグタウンのように大きな町に行けば知っている人がいるかもしれません」

 

「ローグタウン・・・・・“始まりと終わりの町”か」

 

確かに、あそこなら広いし一人くらい目撃した人もいるかな?

 

それに、ローグタウンと言えば()が任されていたはず。俺が辞めたあとも代わってなければの話だけど。

 

三人を探すついでに久しぶりに会いに行ってみようかな。彼のことは別に嫌いじゃないし。

 

俺は一人で暫く考え込んで次の目的地を決定する。

 

「じゃあ、ローグタウンに行ってみますね。本当に何から何までありがとうございました!」

 

俺はそう言って船に乗り込み、帆を張って出航の準備を始める。

 

全ての準備が整い、船を出そうとすると一人の少女が此方に駆けてくる。

 

ん? あの娘は確か人質だった・・・・。

 

「白いお兄ちゃん!これあげる!」

 

「これって、お守り?」

 

少女が俺に手を突き出して、木でできた手作りのお守りのような物を渡してきた。

 

「あのとき、ちゃんとお礼を言えなかったから・・・・・」

 

「なるほど、そう言うことね」

 

怖がられて嫌われちゃったかと思ってたけど、しっかりしたいい娘だね。

 

部下三人(おバカたち)にも見習ってほしいよ。

 

俺はしゃがんで少女の目を優しく見て、頭をそっと撫でる。

 

「ありがとうね。これ作るの大変だったでしょ? 俺なんかのために、本当にありがとう。大切にするね」

 

俺はそう言って、早速『白夜』の鞘に紐で結んで固定させる。これなら無くさないし肌身離さず持ってられるね。

 

俺がそれを見せてあげると少女は無邪気にニコっと笑う。

 

「うん、ありがとう!白いお兄ちゃん!」

 

「どういたしまして!それじゃあ、そろそろ行くね」

 

俺はそう言って船の錨をあげて出航させる。

町人たちは笑顔で手を振って見送ってくれた。俺も見えなくなるまでずっと手を振り続けた。

 

 

 

 

 

 

とある島

 

 

そこには三人の男女が食堂で食事をとっていた。

 

その内の青色の髪をした少女が、食後のデザートを食べながら二人に問いかける。

 

「ねーねー。たいちょーどこ行っちゃったんだろーね?」

 

「そうですね、そこまで遠くには行ってないと思うのですが・・・・・・・・って、あなたが勝手にどこかに行くからはぐれたんでしょうが!?」

 

他人事のように言う青髪の少女に激怒する金髪の少年。

 

「まあまあ、これでも飲んで落ち着きなさい」

 

「はあ、ありがとうございます。頂きますね」

 

金髪の少年は疲れきった様子で黒髪ロングの少女から渡された美味しそうな紅茶を一口飲む。

 

最初はごくごくと普通に飲んでいたが、次第に顔を真っ赤にさせていく。

 

「か、辛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 水っ!水っ!」

 

「はい、みずー」

 

青髪の少女が渡した水を引ったくって勢いよく喉に流し込む。それでも足りなかったのか、二杯目、三杯目も飲み干していく。

 

「はあっ、はあっ、し、死ぬかと思った・・・・」

 

「あら、タバスコ入れてみたのだけどイマイチだったかしら?」

 

「何て物を入れてるんですか!? 普通の紅茶を下さいよ!?」

 

「ははは、わがままだなぁー」

 

二人の少女に始終弄られ続けている少年のストレスは限界で、胃がキリキリと悲鳴をだしてきている。

 

「隊長・・・・・・俺、倒れちゃいますよ・・・・。本当にどこにいるんですか? 早く助けてください・・・・」

 

少年の心からの救援は無惨にも届かず、風に流されてしまった。

 

 

 

 

 

 

「はっくしょん!」

 

俺は誰もいない海の上で大きなくしゃみをする。

 

誰かが噂してるのかな?・・・・・・・案外、真面目くんの嘆きだったりしてね。

 

ま、そんな訳ないか、と直ぐに頭から追いやるって『白夜』の手入れに集中する。

 

「よし、完璧!」

 

白い鞘から抜き出された『白夜』の黒い刀身が日光に当てられて輝く。

 

俺が持つ『白夜』は黒刀と呼ばれる種類の刀だ。

 

何でも、恐竜に踏まれても一ミリのズレも起こさない頑丈な刀だそうだ。

 

中将時代にとある海賊を襲撃した時、すごく大事そうに保管してあったからパクっちゃったんだよね。

 

いやー、まさかこんな立派な刀だとは思わなかったよ。

刀鍛治の職人さんに見せたら目玉が飛び出るくらい驚かれたね。

 

その職人さん曰く、『白夜』は最上大業物十二工の内の一本らしくて、流石にそれを聞いたときは俺でもビックリさ。

 

何せ世界にたった十二本しかない刀だよ?

 

まあ、俺以外にも持ってる人は一人だけ知ってるけど・・・・・・。

 

俺はかつて“暇潰し”と称した手合わせを、かの有名な王下七武海の一人━━━━世界最強の剣士である『鷹の目のミホーク』に吹っ掛けられた時のことを思いだし、身震いする。

 

一太刀振るえば山が一刀両断。

 

もう一太刀振るえば海が裂け、雲が吹き飛ぶ。

 

手合わせする前の島は木々が生い茂ってたのに、終わってみれば更地だもんね。無人島で良かったと心底思う。

 

本当、何をしたらあそこまで強くなれるもんかな・・・・。

 

・・・・そういう俺もよく生きてられたと思うけど。

 

自分が人外の領域に足を突っ込んでしまったのではないかと内心焦ったけど、俺以上に強い人は沢山いるからね。

 

俺はまだまだ普通の人間・・・・・・・だと思う。

 

少々不安になってきた。

 

俺は苦笑しながら『白夜』を鞘に戻して、定位置である左腰に差し込む。

カランカラン、と少女から貰った木製のお守りと鞘が触れあって心地いい音色が奏でられる。

 

「心が安らぐなぁ・・・・・・・っと、あれはニュース・クーかな?」

 

一羽の新聞を配達しているカモメ━━━ニュース・クーを発見した俺は、新聞を購入した。

 

「どれどれ・・・・?」

 

パラパラと捲っていくと、革命軍がどうだの世界政府がなんたらと色々書かれており、興味深く見ていると一枚の紙がハラリと落ちる。

 

「ん?」

 

俺はそれを拾い上げて内容を見る。

 

「へぇ、これはガープさんもお怒りかな?」

 

落ちた紙に書いてあるのは『WANTED』と言う文字、人が写っている写真とその人物の名前、それに金額だ。

 

 

━━━つまり

 

 

「指名手配、海賊のモンキー・D・ルフィ・・・・ね。海軍の英雄のお孫さんが海賊デビューか。しかも最初から三千万ベリーか、まあまあだね」

 

“まあまあ”と言いつつも、ガープさんのお孫さんには興味が少なからず湧いてくる。

 

しかも、この無邪気な笑顔ときたもんだ。ますますガープさんっぽくて面白いじゃん。

 

絶対センゴクさんがため息ついてるよね。容易に想像できてしまう。

 

「・・・・モンキー・D・ルフィ。いつか、話してみたいな」

 

まあ、その前に三人を見つけ出さないといけないんだけどね。

 

 

さてと、そろそろ着きそうかな。

 

俺は凝り固まった体をほぐすように両手を天に向けて背伸びをする。

 

「ここにいてくれよ、三バカさん?」

 

俺は半ば祈るようにそう呟き、船を港に停泊させてローグタウンに上陸した。

 



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3話 とある襲撃者

 

 

どこの通りを歩いても人口密度がまるで変わらないローグタウン。

流石は偉大なる航路(グランドライン)の玄関口と呼ばれる町だ。活気で溢れかえっている。

 

この町は大海賊時代を引き起こした男━━━海賊王『ゴール・D・ロジャー』の生まれた地であり、処刑された地でもある。

 

海賊王は世間では『ゴールド・ロジャー』と認知されているが、正確には『ゴール・D・ロジャー』だそうだ。

 

俺自身もセンゴクさんに訂正されるまでわからなかったんだけどね・・・・。

 

「さてと、聞き込みをはじめますか」

 

まだまだ観光したい所だけど、何時までもあの三人を探すのを後回しにするわけにもいかない。

 

 

それから俺は手当たり次第に通行人を引き留めて、写真を見せて尋ねまくる。

 

子供からお年寄りまで色んな人に訊いてみたけど、皆が首を横に振る度に俺のやる気はどんどん低下していく。

 

「はぁ・・・・。一体何処にいるのさ。もう百人くらいに訊いた気がするよ・・・・・。まさかとは思うけど、偉大なる航路(グランドライン)に入っちゃったり?」

 

いや、それは本当にシャレにならない。

 

だって俺、航海術なんて嗜んでないし記録指針(ログポース)も持ってないよ。

 

最悪の事態を想像した俺は冷や汗が止まらない。

 

視線を下に落としてトボトボと歩いていると、不意に向こうから来る通行人にぶつかってしまった。

 

俺は直ぐに頭をあげて謝ろうとする。

 

「す、すみません。よそ見をして━━━━」

 

「あ〜あ!!腕の骨折れちゃったよ!どうしてくれんの?すごい痛いんですけどぉ!」

 

俺の言葉を遮って、ぶつかって来た体格のいい男が片腕を擦りながら俺にいちゃもんをつけてくる。

 

うわぁ、面倒なのにぶつかっちゃったな・・・・。

 

さっさと謝ってここから離れよう。

 

「こっちの不注意で迷惑をかけてすみませんでした。それじゃあ、これで」

 

俺がそそくさとこの男から別れようと、肩をガシッと掴まれる。

 

「待てよ、怪我させといてお礼の一つも無いのか?普通は慰謝料寄越すだろうが!百万ベリーは貰わねェとダメだなこりゃ!」

 

いやいや、百万ベリーは取りすぎでしょう。

 

これってもしかしなくても、わざとぶつかって慰謝料を巻き上げるあれ?

 

勘弁してよ・・・・・。ただでさえストレスが溜まってるのにこれ以上疲れさせないで・・・・。

 

 

俺はグチグチといちゃもんを続けてくる男に、少しずつ苛立ちが募ってくる。

 

他の通行人も初めは横目で見る程度だったが、何事かと周囲に集まりだしている。

 

「ほら、野次馬がどんどん集まってきてるし、さっさと渡した方が身のためだぜ?」

 

男はニヤニヤと笑みながら言う。

 

その言葉とムカつく表情で、俺の中にある引き金が一気に引かれる。

 

 

 

「・・・・・君、そろそろいい加減にしなよ?」

 

 

 

俺は目の前の男に向かって“軽く”殺気を放つ。

 

『白夜』を抜く訳でもなく、攻撃する動作すらも見せていない。

 

ただ一言、その言葉に“軽く”殺気を込めるだけで、男は身動きどころか呼吸すらままならなくなる。

 

「・・・・・・ぁ・・・・・ぁあ・・・・」

 

男は魚のように口をパクパク動かしながら大量の汗を流し、体が痙攣したかのように小刻みに震えている。

 

此方を先程から見学している野次馬たちは頭に疑問符しか浮かべていない。

俺は着物を着ている為か体の線が細く見られ、目の前の男と比べると体格差が歴然としている。

 

それなのになぜ怯えている?と思っているだろう。

 

 

答えは至って単純明快。

 

 

 

━━━━俺の方が強いから、ただそれだけ。

 

 

 

俺は金縛り状態の男の隣まで移動して、ボソッと耳元で囁く。

 

『もし、また同じようなことをしてたら、今度は殺気じゃ済まないからね?』

 

それだけ言うと、俺はそのまま人混みをすり抜けてこの場から離れる。

 

そのすぐ後に、後方で男が地面に倒れ込む音がした。

 

 

金縛り状態が解けてそのまま倒れたのかな。

 

・・・・・・我ながら大人気ないことをしてしまった。賞金首でもないただのチンピラに、軽くでも殺気を向けたらああなるのはわかりきってたことなのに。

 

まあ、スカッとしたのも事実だけど・・・・。

 

 

少々の罪悪感を感じつつも、ちょっとしたストレス解消を済ませた俺は、いくらか晴れやかな表情になっていた。

 

 

 

 

 

 

海賊でも海軍でも、刀を使う者は多いだろう。鉄砲や大砲などの飛び道具が開発されている中でも好んで使い続ける人も少なくはない。

 

刀を極めれば斬撃を飛ばすことも出来る。つまり、遠距離攻撃にも活用でき、飛び道具としても使える。

 

剣士は基本的に、一刀流。時には二刀流もいる。

しかし、最近では三刀流を扱う者もいればそれ以上の使い手もいるそうだ。

 

元海軍中将、『白夜』ことクロロ・シェードも刀を好んで使っている者の一人だ。

 

シェードは一本しか刀を持たないため、ありふれた剣士なのかと思ってしまうが、何故か周囲から視線を集めてしまう。

 

例え刀が一本だろうと、純白の髪に黒い着物と目立つ格好をしていて、何より美男なのだ。特に異性からの視線が半端ではない。

 

だが残念なことに、本人はその熱い眼差しにまったく気付かない。わざとなのか鈍感なのかわからないが、その度に女性たちは静かに落ち込んでいく。

 

 

そんな彼が、今はその熱い視線に気付いている。

 

向けられている視線は複数で、遠くから観察されているようだ。

しかし、正確な場所と人数までは特定できていない。

 

「(・・・・・・まいったな。こんなことなら“見聞色の覇気”をもっと鍛えておけばよかった)」

 

シェードは苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

【覇気】とは、全ての人が生まれながらに秘めている力のことだ。その内のほとんどの人が【覇気】に気付かずに一生を終えてしまう。

 

シェードが言う【見聞色の覇気】とは、相手の気配をより強く感じ取れる力のことだ。この力を高めると、離れた相手の人数や位置を把握することができ、更には相手の次の行動を読むことができるのだ。

 

他にも二つの色の覇気があるのだが、それはまた次の機会に紹介しよう。

 

 

因みに海軍中将以上の階級の持ち主のほぼ全員が覇気を扱える。シェードはそのメンバーの中でも、見聞色の覇気が下から数えた方が早い程に不得手だ。

 

それ故に、離れた相手の人数も場所も大雑把にしかわからない。

 

「はぁ・・・・・面倒くさい」

 

シェードは短く溜め息をついて、人混みの多いところから少しずつ人気の無い場所へと移動をしていく。

 

シェードの行動に釣られるように、観察していた者達もついていく。

 

「(・・・・・・いち、に・・・・三人かな?)」

 

流石に距離が近くなってくればシェードの覇気でも人数が特定することができる。

 

一人は建物の屋根に、他の二人は地上から。

 

絶妙な距離の取り方、それに足運びもかなり鍛えられているのが伝わってくる。シェードはいつでも『白夜』を鞘から出せるようにする。

 

周囲に人が誰もいない場所に到着すると、シェードの後ろを歩いている二人が動き出す。

 

「ふっ・・・・!」

 

一人が先にシェードに飛び出していき、獲物である棍棒を勢いよく突き出してくる。

 

シェードは白夜を鞘に入れたまま棍棒を受け止め、相手の顔を拝もうとするがフード付のローブでよく見えない。

 

だが、それ以前に棍棒に目がいったシェードは一瞬目を丸くするが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

 

「面白いじゃん、相手してあげるよ」

 

そう言って、シェードは力任せに棍棒使いを吹き飛ばし白夜をゆっくりと引き抜いていく。

静寂な場に鞘と刀身が擦れる音だけが響き、棍棒使いに緊張が走る。

 

「すきありー!」

 

棍棒使いが気を引いている間に、もう1人がシェードの上空を取る。武器は持っておらず、右拳を握りしめて腕を振りかぶっている。

 

「━━━っ」

 

シェードは突然のことで動揺してしまい、目の前にいる棍棒使いから目を離してしまう。

 

が、それは相手の思う壺だ。

 

「はっ!」

 

棍棒使いが再び風を切って突きを放ち、上空からは拳が迫る。

 

二人の作戦は完璧だ。棍棒使いは囮としての役割をしっかり努め、もう1人の方はタイミングを見計らっている間は気配を絶っていた。

そして、シェードの不意を突くことができた。

 

「ま、こんなところかな」

 

それでも、シェードを討ち取るにはまだまだ足りない。

 

シェードは目視できない速度で抜刀し、白夜で棍棒を弾く。空いている方の手で鞘を逆手に持ち、脳天を貫こうとする拳を受け止める。

 

「なっ!?」

 

「うそー!?」

 

ローブ越しからでも二人の驚きの色が濃く感じられる。

しかし、シェードは二人がその中に微かな笑みを浮かべていることに気付かない

 

受け止められたとわかった二人は、直ぐ様シェードから大袈裟と思う程に距離をとる。

 

 

 

━━━━━刹那

 

 

 

「チェックメイト」

 

建物の屋根から、今まさに弓の弦から指を離そうとしながら言う勝利の宣言に、シェードは自分の失態に小さく舌打ちをした。

 

「(そっちが本命か。まんまと引っ掛かっちゃったなぁ・・・・)」

 

弓使いは、二人の避難を確認すると、シェードに向かって容赦なく射る。

 

シェードは瞬時に冷静になって矢を切り落とそうとするが、ただの矢ではないと気付きピタッと動きを止めて避けることに変更する。

 

 

ドガァァァン!!

 

 

シェードが避けて矢が地面に触れた瞬間、爆発が引き起こる。

先程の矢には爆薬が仕込まれており、着弾した場所は小さなクレーターが出来ていた。

 

その威力を目の当たりにしたシェードは、額に冷や汗を流す。

 

「こらこら、もし人がいたらどうするんだ?」

 

「ちゃんと周囲は確認したわ。そうじゃなきゃこんなことしないわよ。それにしても、普通の矢じゃないってよく気がついたわね。さすがだわ」

 

屋根から飛び降りて静かに着地した弓使いは、感心するように拍手を送る。

それに続いて残りの二人も武器と拳を下ろしてシェードに近づく。

 

「まったくですよ。結構本気でいったのに軽くあしらわれましたし・・・・」

 

「だねー。タイミングばっちりだと思ったのに〜」

 

「残念だったね、俺はまだまだ越されるわけにはいかないよ。というか、もうローブ脱いでもいいんじゃない?」

 

シェードは、ローブを身に纏って正体を隠している三人に笑んで言う。

 

その笑顔には若干の怒りが籠められており、三人はビクッと体を震わせて急いでローブを脱ぎ捨てる。

 

棍棒を持っているのは、凛とした顔つきの真面目そうな金髪の少年。整った顔立ちをしていて、背丈は170後半でシェードよりも少し小さいくらい。

 

弓を持っているのは、どこかのお嬢様を連想させるような清楚な黒髪少女。少し幼さが残る顔立ちだが、体の発育はそれとは正反対の色気を出している。

 

そして、徒手空拳を使っていたのは明るく活発そうな青髪の少女。先程の少女と比べて些か成長不足な部分もあるが、スレンダーで可愛らしい顔をしている。

 

この少年少女たちがシェードの探し求めていた三人の部下だったのだ。

 

「君たち、一体どこにいってたの?俺ずっと探してたんだからね?東の海(イーストブルー)中の村や町をしらみ潰しに回って人に尋ねて、その度に首を横に振られて・・・・・・・。挙げ句の果てにチンピラに絡まれたんだよ?この気持ちわかる?」

 

シェードの溜まりに溜まった不満が部下三人に降り注ぎ、マシンガンの如く途切れない文句に、次第に三人の顔が死んでくる。

 

 

━━━━それから三十分程経過

 

 

「キースくん、何度も言ってるでしょ?馬鹿正直に前から突っ込むのは止めてって。それに、棒術の技術はなかなか良いのに攻撃が途中から単調になるのはダメだよ。さっきの突きなんて動きがバレバレだし」

 

「は、はい・・・・・気をつけます・・・・」

 

シェードは、三人がはぐれたことに対する不満から、先程の戦闘の問題点へとお説教のターゲットを変えていた。

 

棍棒使いの金髪少年━━━━キースは、シェードに指摘されて落ち込むよりも話が長すぎて気が滅入っている。

 

キースは八割方巻き込まれているため、尚更損をしている気分になる。残りの二割は、シェードを襲うことに以外にもノリノリだったこと。

 

「フィーちゃんは攻撃するときに腕の振りが大きい。俺の上から攻めてきたとき、もう少し無駄な動きを無くしていれば俺も危なかったのに。確かこれ何回も言ってたよね、無駄を無くそうって」

 

「・・・・・・う〜ん?」

 

可愛らしく小首を傾げる青髪少女━━━━フィーは、シェードの話が長すぎてほとんど内容を聞いていなかった。

因みに、先程からずっと今日の夕飯のことしか頭に入っていない。

 

「次にアイリスちゃんだけど・・・・・・・今回は特に言うことないかな」

 

弓使いの黒髪少女━━━━アイリスには何のお咎めも無いことにキースが抗議する。

 

「えっ!? 何でアイリスさんだけ何も無いんですか!?」

 

「何でと言われても、この作戦を考えたのってアイリスちゃんでしょ? いやぁ、まんまと引っ掛かっちゃったよ」

 

「ふふっ。諦めなさい、キース。何せ私の作戦なのだからこうなるのも当たり前よ」

 

アイリスは腰に手を当てて、少女の割にかなり大きめな胸を張って自慢げに言う。

 

「はいそこ、あんまり調子に乗らなーい」

 

「あうっ」

 

ほとほと呆れた様子のシェードが、アイリスの脳天に軽めのチョップをお見舞いする。

 

若干涙目になりながら頭をさするアイリスを尻目に、フィーが興味深々になってシェードの白夜に付いているお守りを眺める。

 

「ねーねー、たいちょー。前までお守りなんてつけてなかったよねー?」

 

「ああ、これは前に行った町でもらったんだよ。“助けてくれたお礼に”って」

 

「・・・・ふ〜ん。もしかして、おんなのこから?」

 

「お、よくわかったね。これ、小さい女の子が作ってくれたんだよ。折角貰ったのに無くすわけにもいかないから鞘に結んでおいたんだ」

 

シェードは嬉しそうに白夜を腰から抜き出してフィーの目の前に差し出す。

 

それを見たフィーはジト目で『へー』と、流すように返事をしてそっぽを向いてしまう。

 

「え、なに、どうしたの? 」

 

「・・・・べつに━」

 

フィーの突然の塩対応に、シェードは気になって何度も質問をするが、返ってくるのは先程と同じ返事。

 

キースとアイリスはその光景をみて肩をすくめて嘆息する。

 

 

「・・・・鈍感ですね」

 

 

「・・・・鈍感ね」

 

 

結局二人のやりとりは、フィーの空腹アラームが響き渡るまで延々と続いた。

 

 



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4話 白が舞う

 

 

不機嫌になったフィーの機嫌を取り戻すために、シェードたち一行は大通りに出て手頃な飲食店で食事を摂ることになった。

 

「ん〜!おいし〜!」

 

皿に盛り付けられた料理が吸い込まれるようにフィーの胃袋へ入れられていき、大きめの四人テーブルには大量の空皿で埋め尽くされている。

 

「ね、ねえ、フィーちゃん・・・・?そろそろお腹いっぱいになったんじゃない?」

 

「ぜーんぜん足りないよー。まだ腹五分目くらいー」

 

フィーの細い体のどこに食べた物が詰め込まれているのか知りたいところだが、シェードは引きつった笑顔で財布を覗く。そして絶望した。

 

「ドンマイです、シェード隊長。━━━━あ、ご飯おかわりくださーい!」

 

「自業自得よ、隊長さん。━━━━私はこの苺のタルトをお願いするわ」

 

「君たち、奢りだからって遠慮をしようとは思わないの!?」

 

フィー程ではないがどんどん料理を注文していくキースとアイリスに、シェードとシェードの財布は悲痛の叫びをあげた。

 

 

そして、漸く三人が食べ終わって(シェードは食欲無し)、四人は町をぶらりと観光することになった。

 

途中、何度もフィーとアイリスが勝手にどこかに行こうとしてキースとシェードが慌てて引き戻したりと、暴走娘二人のせいでストッパーズ(シェードとキース)は疲労困憊だ。

 

色々と見て回り、町の中心部にある噴水広場に到着したシェードたちは、端に設置されている横長のベンチで休憩をする。

 

「シェード隊長・・・・疲れましたね・・・」

 

「そうだね、キースくん・・・・。心身ともに疲れたよ・・・・」

 

「男のくせに根をあげるのが早いわねぇ。レディのエスコートくらいちゃんとしなさいよ」

 

アイリスは自分の横に座っているシェードとその奥に座るキースを呆れるように言う。

 

男二人は『頑張ります・・・・』と、苦笑をして返事をした。

 

すると、シェードの膝の上に座っているフィーが彼の着物をクイクイと軽く引っ張る。

 

因みに、フィーがシェードの膝の上に座るのは四人にとって当たり前であり日常と化してきている。

それ以外にも、一緒に寝たりなどをしているため、周りからは兄と妹または父と娘のように思われている。

 

ただし、フィーはシェードに対して違った感情を抱いているのかもしれないが・・・・・・。

 

 

「たいちょー、あれ何ー?」

 

「あれは死刑台だよ。海賊王『ゴールド・ロジャー』が実際に処刑された特別物らしいね」

 

フィーの指差す方向には随分と高さがある死刑台が一つある。この広場も人で埋め尽くされているが、すぐに見つけられるほどの存在感。

 

道行く人たちは見慣れているのか特に視線を奪われることなく素通りしていく。

 

「じゃあ、あの人何してるのー?」

 

「うん?あの人・・・・?」

 

フィーの続く何気ない質問に答えようと、シェードは再び指差す方を見て目を細める。

 

キースとアイリスも気になったのか一緒になって同じ所を見つめる。

 

「男の人が、死刑台の上に登ってる・・・・・・のでしょうか?」

 

「ええ、麦わら帽子(・・・・・)を被った人がいるわね・・・・・。何してるのかしら」

 

二人は訝しげな表情になってそう言うが、シェードは徐に懐から取り出した一枚の紙をじっと見る。

 

そして、今度は死刑台に登っている麦わら帽子を被った男を確かめるように見据える。

 

その行動に疑問を持ったキースとアイリスとフィーは、シェードの見ている紙を覗きこんだ。

 

「モンキー・D・ルフィ・・・・・指名手配書ですか」

 

「そう、そして彼はガープさんのお孫さんでもあるんだ。まさか、こんなところでお目にかかるとはね」

 

「えっ!? 海軍の英雄に孫がいたんですか!?は、初めて知りましたよ!!」

 

シェードの口から衝撃の事実を聞いたキースは目が飛び出そうなくらいに驚く。

 

「あら、私は知ってたわよ? 前に隊長さんの付き添いでガープ中将の元に行ったときに楽しそうに孫の話していたわ」

 

「フィーもゲンコツじぃじから聞いたー」

 

「そ、そんな・・・・!? 俺、ガープ中将に一度も面と向かってお会いしたことがないのに!」

 

自分1人だけが海軍の英雄に会ったことがないという事に酷く落ち込むキース。

彼は、実はガープのファンであり目標でもあるのだ。過去にガープが拳で敵を沈めるその姿に目を奪われたそうだ。

 

シェードは両手を合わせてキースに謝る。

 

「あ、ああ、タイミングが悪くて連れていけなかったんだよ。ごめんね?」

 

「・・・・いえ、大丈夫です・・。はい、大丈夫ですとも・・・・・」

 

明らかにテンションがだだ下がりのキースに申し訳なさそうに何度も頭を下げるシェード。

 

 

その時━━━━

 

 

ドゴオォォン!!!

 

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

突如として響き渡る爆発音にシェードたちは瞬時に警戒心を強める。

 

 

そして、恐らく爆発したであろう噴水の一部が勢いよく吹き飛び、シェード達から少し離れた場所にいる少年とその父親の元へと襲いかかる。

 

避けようとしても間に合わないと思った父親は、咄嗟に息子を守ろうと包み込むように抱き締めて目をぎゅっと瞑る。

 

 

しかし、いつまで経っても瓦礫は襲いかかってこない。

不思議に思った父親は恐る恐る片目を開けて確認してみるが、そこには何もなかった(・・・・・・)

 

 

━━━否、木っ端微塵にされていた。

 

 

周囲の人たちも当たるだろうと思い、目を瞑っていたため何が起きたのか理解できていない。

 

ただ、そこから少し離れた場所で黒刀『白夜』を引き抜いたシェードの姿があった。

 

「ふぅ、危なかった」

 

「・・・・・相変わらず出鱈目ですね、シェード隊長は。この距離で正確に瓦礫だけを狙って斬撃を飛ばすなんて、ふつうできませんよ」

 

「しかも、丁度よく瓦礫を相殺させる斬撃を瞬時に放つんですもの。私もおかしいと思う」

 

「たいちょーすごい!」

 

一仕事を終えて冷や汗を拭うシェードに、キースとアイリスは乾いた笑いをしてフィーは尊敬の眼差しでキラキラと見つめる。

 

「いや、体が勝手に動いちゃってさ・・・・。━━━━それにしても、これをやったのはアイツらかな?」

 

シェードは静かに怒りを燃やして広場の中心を睨み付ける。

そこには大量の野蛮そうな男達と、恐らくリーダーであろう大きな赤鼻でピエロのような姿の者、金棒をもった黒髪のスタイルのいい美女がいた。

 

そして、死刑台の上にいたルフィは首と手を拘束具で固定されて身動きがとれなくなっている。

 

「あれは、懸賞金1500万ベリーの『道化のバギー』と500万ベリーの『金棒のアルビダ』です。・・・・・・・たぶんですけど。前に写真で見たときと大分違ったような気がしたんですよね・・・・・」

 

キースが頭を捻って以前見た写真の記憶を引き出そうとしているが、思い出せなかったのか“まあいいか”と、頭から追いやる。

 

ピエロ男━━━━バギーが死刑台の上まで登り、ルフィの首もとに一本のサーベルを向けて叫ぶ。

 

「ぎゃはははっ!!これから、ハデ死刑を公開執行する!!」

 

何故、バギーがルフィを殺そうとしているのかはシェードにはわからないでいるが、不愉快に思っていることだけは確かだった。

 

「人に迷惑をかけて、更には海賊とはいえガープさんのお孫さんを殺そうとしているのか」

 

シェードはガープに多大なる恩を感じているため、その孫であるルフィを助けようと白夜に手を掛ける。

 

すると、空気を振動させるほどの大声が辺りに響き渡る。

 

 

「俺は!!海賊王になる男だッ!!!」

 

 

ルフィの叫びで、ざわついていた場が一瞬で静寂に包まれる。それから数秒後、再び周囲がざわつき始めて中には驚愕する者、呆れる者、笑う者など多数いた。

 

 

しかし、シェードは感心した。驚愕もするし、馬鹿らしいとも思えるがより一層興味が湧いてくる。

 

「隊長、海賊ですけど彼を助けますか?」

 

キースはそう言って白色の棍棒を握りしめ、フィーは気引き締めてアイリスは折り畳み式の弓を展開する。

 

その答えとしてシェードは白夜の柄から手を離す。

 

「最初はそう思ってたけど、止めたよ」

 

「あら、止めてしまうの?ガープ中将の大事なお孫さん何でしょう?」

 

首をかしげるアイリスに、シェードは小さく微笑む。

 

「確かにそうだけど、ルフィくんのさっきの言葉で助ける気を失っちゃったんだよ。海賊王になりたいのなら、これくらいのピンチは切り抜けて貰わないと話にならないからね」

 

自分達の上司であったシェードが、ここまで楽しそうな顔をするのを久しぶりに見たキース達。

初めは目を丸くして驚いた様子だったが、ふっと笑みを溢してそれぞれ気を緩める。

 

「まあ、隊長がそう言うのでしたら止めますけど」

 

「フィーもやめるー」

 

「私も隊長さんの指示には従うわよ」

 

シェードはその返事を聞いて嬉しそうに『ありがとう』と、小さく呟いた。

 

 

ルフィの仲間であろう緑色の髪の男が三本の刀を駆使して海賊たちを切り伏せていき、黒いスーツを着こなしている金髪の男が蹴り倒していく。

 

凄まじい勢いで次々と薙ぎ倒していくも、ルフィのいる死刑台までまだ距離がある。

いくら二人が強者でも相手の人数が多ければ時間もかかるのだ。

 

シェードたちはその光景を黙って見ている。

 

そして、とうとうバギーのサーベルがルフィの首を跳ねようとした

 

 

━━━━━刹那

 

 

ピシャァァァァッ!!!!

 

 

一瞬の閃光とともに、一筋の落雷が死刑台へと直撃して大雨が降りだす。

バギーの持つサーベルが雷の目印となって襲いかかったのだ。

 

『・・・・・・』

 

この場にいる全員がこのあり得ない出来事に唖然としている。何せ、ルフィの首が跳ねられそうになったときにタイミングよく落雷が起きたのだ。

 

それにより死刑台は崩壊、バギーは黒こげで当のルフィ本人は拘束具が壊されており無傷だ。

 

これを好機だと思った麦わらの一味は駆け足で広場から逃げ出し、それを待ち伏せていた海軍の部隊が追いかけていった。

 

一部始終を見ていたキースたちもルフィの幸運・・・・・悪運とも言えるものに言葉を無くしていた。

 

それから少ししてからキースは異変に気がつく。

 

「あれ?シェード隊長がいない?」

 

「たいちょーなら【(ソル)】であっちに行ったよー」

 

「あら、いつの間に・・・・・」

 

フィーの指差す方向にキースとアイリスが視線を向けてみると、そこには我らが隊長がバギー海賊団とアルビダの目の前で何かを話している。

 

 

 

シェードはルフィ達が広場から逃げたことを確認した瞬間に【剃】でバギーたちの元へと向かった。

 

【剃】とは一度に地面を十回以上蹴り、爆発的な加速力を得て高速移動を可能とする、【六式】の内の一つだ。

 

周囲からは、シェードが突然姿を消したように錯覚するほどの速度。

 

 

「さてと、海賊の皆さん。これ以上騒ぎを起こすようなら俺が相手をするよ?」

 

ルフィたちは助かり、この場からも居なくなったのでシェードは目の前の金づる(おたずねもの)達を狩ろうと目をギラギラさせている。

 

部下三人の食事のせいで彼の懐事情は非常に貧しいものとなってしまった。そのため、懸賞金1500万ベリーのバギーと500万ベリーのアルビダはご馳走にしか見えていない。

 

「何だてめぇ! 俺様の邪魔をするんじゃねぇ!麦わらが逃げちまうじゃねぇか!!」

 

「お前たち、やっちまいなっ!!」

 

激怒するバギーの横でアルビダが部下達に指示を出す。

 

「はい!アルビダ姉さん!!」

 

剣やピストルを持ったバギーの一味がシェードに襲いかかる。彼らはたった一人の男をなぶり殺しにすることになんの躊躇もなく、逆にそれを楽しむかのように駆けていく。

 

 

しかし、バギーやアルビダを含めた海賊たちは最大のミスをした。

 

 

この黒い着物を着た白髪の剣士が元海軍本部中将で、何れは大将も夢ではないと言われていた男だとは━━━━

 

 

誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

「━━━━『舞月』」

 

 

シェードは目を瞑り、白夜の柄に手を乗せてそう呟く

 

それと同時に彼の姿はブレてこの場から消える・・・・・・消えたと錯覚するほどに出鱈目な速度で移動をする。

 

これは【剃】ではなく、彼の純粋な身体能力だ。

 

シェードが神速で海賊達を斬り倒していくその姿は、雨と共に舞っているかのようだ。

 

美しいほどに無駄のない剣撃は、シェードの無意識が引き起こしているものだ。だからと言って、無差別に刃を向けているわけではなく、敵味方の区別はついている。

 

この『舞月』を習得するために、彼の部隊全員がつき合わされてボロボロになったのはまた別のお話・・・・・。

 

また、この技は【剃】では出すことがでなかったため、彼は苦手なトレーニングを文字通りの死ぬ気でやりきったのだ。

 

お陰で、彼の身体能力は下手をしたら【動物(ゾオン)系】悪魔の実の能力者よりも上になっているかもしれない。

 

 

気付けば、数十人いたであろうバギー一味は皆が地に伏していた。血が流れていないところを見ると、峰打ちで倒したのがわかる。

 

「な、何だよ!?こいつの馬鹿げた強さは!?東の海にこんな化け物がいるなんて俺様は聞いてねぇぞ!!」

 

この現実が信じられないのか、バギーは明らかに動揺していた。

 

「・・・・・いい男」

 

アルビダはルフィの事など頭から消え去り、頬をうっすらと赤く染めて蕩けるような表情でシェードを見つめている。

 

 

すると、海軍の部隊を引き連れた一人の人影が現れる。

 

「その男は“元”海軍本部中将、『白夜』で名高いクロロ・シェードだ。

海軍を止めた後は部下を連れてフラりと何処かに消えたと聞いていたが、まさかこんな所に来ているとはな」

 

この者は、口に2つの葉巻をくわえて髪は銀に近い白色。一見してヤクザのように見えて、背中には七尺十手が装備されている。

 

シェードがその姿を見ると、笑みを浮かべて手を振る。

 

「やあ、海軍本部大佐『白猟のスモーカー』くん。元気してた? 会うのは二年ぶり位だったかな」

 

「さあな、覚えていねぇよ。それより、これは一体どういう状況だ?ひでぇ有り様じゃねぇか・・・・・」

 

スモーカーは夥しい人数の海賊が気絶している姿を一瞥して口から煙を吐き出す。

 

「彼らが俺の警告を聞かずに襲いかかってきたからお仕置きしておいたんだよ。あ、それと、道化のバギーと金棒のアルビダを捕まえるからお金用意しておいてね」

 

そう言って、スキップしそうな位に上機嫌な様子でバギー達に近づいていく。

 

スモーカーの部下たちは、自分達の上司にこんな口を聞けることに呆然としていた。

 

スモーカーは、相変わらずの性格をしている人外(シェード)に深く溜め息をついてからキッと身を引き締める。

 

「第二部隊は、白夜がバギーとアルビダを討伐した時に捕縛しておけ!残りの部隊は俺と来い!麦わらのルフィを捕らえに行く!」

 

『はっ!』

 

スモーカーの指示を受けてすぐに平静を取り戻し、部下たちはそれぞれの役割を遂行しに行く。

 

 

 

 

「後は君だけだね、金棒のアルビダ」

 

シェードの足元には、気絶しているバギーがうつ伏せで倒れている。

バギーは自身の『バラバラの実』の能力で腕を飛ばしたり様々な攻撃を仕掛けるも、あえなく瞬殺。

 

アルビダはその攻防を目にして恐怖に陥るのではなく、ただぼーっとシェードを見つめていた。

 

「どうしたの? 反撃とか逃げようとはしないの?」

 

「ア、アタシの『スベスベの実』の能力の前ではお前の刀も通らないよ!」

 

ハッと我に帰ったアルビダは金棒を手に持ってシェードに襲いかかるが、全て紙一重で避けられる。

 

シェードは白夜を一振りして金棒を弾き飛ばし、アルビダの首筋に雨で濡れた刃を添える。

 

「なら、試してみようか?」

 

「っ・・・・!?」

 

シェードの蒼く冷たい瞳が、アルビダの心を完全に射止めた瞬間であった。

 

 

その時、背後からただならぬ殺気が襲いかかる。

 

 

「・・・・・・たいちょー、何してるの?」

 

 

シェードはギギギ、と首だけを動かして声の主を確認する。

 

そこには、メラメラと怒りの炎が燃え盛っていると錯覚する程にご立腹なフィーの姿があった。

 

「フィ、フィーちゃん?何って、海賊を捕らえようとした・・・・・・だけですけど・・・・」

 

ついつい敬語で答えてしまったシェード。

 

「また、おんなのひとを誑かしてたの?」

 

何時ものように間延びした喋り方ではなくなり、シェードは冷や汗を大量に流す。

 

「俺、誑かしたことなんて一回もないよ!? 今だって普通に戦ってたでしょ!?」

 

「・・・・・・問答無用」

 

聞く耳を持たないといった様子で、フィーは青い髪を揺らしてシェードに襲いかかる。

 

シェードはアルビダとバギーの事なんて既に考えておらず、一目散で逃げる。

 

「ま、待って!? 勘違いだ━━━━うおっ!?危ない!?」

 

「勘違い?あのびじんさんの顔を見てもそれが言えるの?」

 

フィーの殺人級の拳が、シェードの避けた先にある壁に突き刺さる。

特に痛みを感じておらず、続けて拳を繰り出していく。

 

シェードは何故、フィーがここまで怒りに満ちているのか本気で理解していない。

 

そして、彼は必死のあまり口から禁句を言ってしまう。

 

「な、何でも言うこと聞くから!! 頼むから落ち着いて!!」

 

その言葉を聞いたフィーは、シェードの鼻頭すれすれで拳を止める。

 

「なん・・・・・でも?」

 

「う、うん!何でもだよ!」

 

暫くこの体勢のままで固まっていると、フィーのハイライトの無くなった瞳がみるみる輝きを取り戻していく。

 

「じゃあ、許すねー」

 

先程とは打って変わって満面の笑みを浮かべているフィー。

 

シェードはほっと胸を撫で下ろす。

 

「隊長、何してるんですか? 周囲の視線が痛いですよ・・・・・」

 

「また一人、隊長さんの毒牙に犯された女性が増えたわね」

 

キースとアイリスは揃って頭に手を当てて溜め息をつく。

 

「俺が何をしたって言うのさ・・・・・。誰か、こんな俺に答えを教えてほしい・・・・・」

 

シェードは天に向かって一筋の涙を流して嘆くが、キースとアイリスは哀れみの目で見つめる。

 

「たいちょーにはフィーが着いてるから大丈夫だよー?」

 

「いや、元はと言えばフィーちゃんが━━━━いえ、何でもないです」

 

フィーに指摘しようとするシェードだが、再び拳を握り締める姿を目にして訂正する。

 

その後も、シェードは不用意に変なことを言わないように気を付けていると、ふと視界に拘束されているバギー達が映り込む。

 

「あ、お金貰わないと」

 

シェードはニコニコ笑顔で捕縛している海兵の元へ向かう。

 

「すみませーん。この二人の懸賞金を受け取りたいんですけど」

 

「はっ!只今部下に準備させていますので、暫しお待ち下さい」

 

 

 

 

 

 

 

その後、道化のバギーとその一味、そしてどこか様子のおかしかった金棒のアルビダは海軍に連行されていった。

 

俺達一行は雨降りの中、急いで宿をとって部屋の中で冷えた身体を温めている。

 

それにしても、あの時のフィーちゃんの顔、マジなお怒りだったね・・・・・。

 

・・・・・わからん、本当にわからんよ。

 

━━━━でも、今はそんな事よりも此方の方で気分が上がっちゃうね!

 

「この二人分の懸賞金、2000万ベリーがあれば暫くは飢えなくてすむ!」

 

「ははは、嬉しそうですね」

 

キースくん、そんなに可哀想なものを見るような目で俺を見ないでよ。俺だってお金でここまで喜びたくは無いんだから。

それに、君たち三人の食費でお金が無くなっちゃったんだからね?

 

「それで、これからどうするの? まさか此処に滞在するわけでもないのでしょう?」

 

「そうだね、アイリスちゃんの言う通り此処に長居はしない。明日には船を出そうと思うよ」

 

「じゃあ、何処に行くのー?」

 

俺の膝を枕にして仰向けで寝ているフィーちゃんが問い掛けてくる。

 

 

俺は不敵に笑みを浮かべる。

 

 

 

「それは勿論、偉大なる航路(グランドライン)だよ」

 

 






一つ目の技━━━━━━━


『舞月』

・シェードが編み出した剣技の一つで、相手と一騎討ちよりも大人数の時に使う方が効果的。

・苦手な見聞色の覇気を唯一使った技で、目を瞑り視界を遮断することで余計な情報を取り入れないようにする。
そして、驚異的な身体能力で敵へと突き進み、範囲の狭い見聞色に反応した者を白夜に身を委ねるようにして斬り伏せる。

シェードと白夜が一体となった形になり、その姿が“舞っている”ように見えたため『舞月』と名付けられた。

・始めの頃は【剃】で『舞月』を完成させようとしたシェードだが、どう頑張っても滑らかな動きが出来なかったらしく、ガープ中将とセンゴク元帥にトレーニングを頼み込んだ。

二人から出された地獄のようなトレーニングを死ぬ気でやりきったお陰で、今は人外染みた身体能力を誇っている。


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第2章 気になる所をぶらり旅
5話 魚群地帯


 

 

荒波を立てない穏やかな海。

 

天からは己の存在を主張するかのように、煌々と陽の光が照りつける。

 

これ程までに心地の良い天気は無いというのに、周囲には何も漂わず、俺達の船だけがゆるりと進んでいる。

 

この船は軍艦よりも一回り二回り程小さい船だが、四人で使うには十分すぎる広さだ。各自に部屋が用意されて生活に必要な設備はほとんど完備されている。

 

そんな船上で特にすることもなく、俺は静かな海をじっと眺めているばかり。

 

キースくんはお気に入りのビーチチェアで寛ぎながら、コーヒー片手に読書と洒落こんでいるし。

 

アイリスちゃんは、ローグタウンで購入した春夏物の服を自室に籠ってファッションショー。

 

フィーちゃんに限っては俺の背中にぴったり張り付いてる。両手足でガッチリ固定されてるから身動きがとれないんだよ。

 

しかも、フィーちゃんの格好がノースリーブにショートパンツのため露出が多く、女の子特有の柔らかさがダイレクトに伝わってくる。

 

まあ、だからって少女相手に欲情なんてしないんだけどね。そんな感情を抱いたらフィーちゃんに失礼ってものだよ。

 

というか、これいつまで続くの?

 

「ねえ、フィーちゃん」

 

「ん〜、なに〜?」

 

彼女の吐息が俺のうなじを擽ってきてどうもむず痒い。

 

「そろそろ離して貰ってもいいかなー・・・・・なんて、思ったりしちゃって・・・・・」

 

「ダメだよー。たいちょー言ったじゃん、“何でも言うこと聞く”ってー」

 

「確かに言ったけどさ、まさかこれ程までに密着するなんて思ってなかったよ」

 

うん、本当にこうなるとは思っても見なかった。

 

フィーちゃんのお怒りを沈めるために“何でも”言うことを聞いてあげる、と我ながら浅はかなことをしたと思うよ。

 

まさか、『今日一日抱きつくー』と言ってくるなんて予想できる?

 

答えはノーさ。

 

 

懐いてくれるのは嬉しいんだけど、隊長として━━━━否、最年長者のお兄さんとしては快く頷けないよ!

 

 

・・・・・・とか何とか思ってた癖に、結局は断りきれなかった俺って甘いのかな・・・・・?

 

「たいちょー、ハンモックー!」

 

「はいはい、行けってことね」

 

まるで娘の我が儘に付き合わされてる父親のようだ。

 

俺はフィーちゃんの注文通り、甲板の一角に設置されているハンモックへ移動する。これは元々、俺専用の物だったんだけど、今では皆が使いたいときに使うようになっている。

 

「じゃあ、寝よー」

 

「はい、お休みなさい」

 

俺はフィーちゃんが背中から降りやすいようにハンモックに背を向けるが、一向に抱きつきを解除する気配がない。

 

「たいちょーも一緒に寝るんだよー。抱き枕にするんだ〜」

 

「因みに拒否権は?」

 

「なーい」

 

フィーちゃんの即答に、俺はガクッと項垂れる。

 

このハンモックは俺一人だと少し余裕がある位だが、フィーちゃんと一緒に使ったら、それこそ抱き締め合う形になってしまう。

 

流石に如何なものかと悩んだが、背中からの威圧で渋々了承しようとした

 

 

━━━━━その時

 

 

ザパァァァアアァァァッ!!!

 

 

船の前方の海面から激しい水飛沫を撒き散らしながら、巨大な一つの影が浮上してくる。

 

俺達のいる甲板上まで飛来してくる水滴を、鬱陶しく思いながら眼前にいる(海王類)を見る。

 

「・・・・・はあ、これで何匹目(・・・)?この船、本当に軍艦と同じ作りなんだよね?」

 

「その筈ですけどね。こんな時も有るんじゃないですか?何せここ凪の帯(カームベルト)ですから、海王類がうじゃうじゃいますよ」

 

俺の一人文句に、キースくんは本に栞を挟んでパタンと閉じ、立ち上がって答えてくれる。

 

そう、ここは凪の帯と言われる海域だ。

偉大なる航路を挟むように存在するこの凪の帯は、海王類が大量に生息する巣になっている。しかも大型多め。

 

俺達の目指している偉大なる航路へ行くには、本来ならリヴァース・マウンテンを通るのが一般的なのだが、海軍の使う軍艦だけは凪の帯を素通りすることができる。

 

その理由として、軍艦の船底に海楼石と呼ばれる海と同じエネルギーを発する不思議な鉱石を敷き詰めことで、海王類に気付かれずに済むからだそうだ。

 

余談だが、悪魔の実の能力者は海がアウトだ。つまり、同じエネルギーの海楼石もアウト。

 

とまあ、そんな感じで俺達の船にも同じ細工が施されてるんだけど、軍艦と比べるとどうも効果が薄い。

 

この船は、俺達が海軍を辞める時にセンゴクさんから頂いた物なんだけど、まさか不良品なんかじゃないよね?

 

仏と呼ばれるあの人が・・・・・まさか・・・・・ね?

 

俺は恩師に対しての疑問を頭から振り払い、未だに背中にへばりついているフィーちゃんにある意味感心する。

 

この状況でも離れようとしないのか、この我が儘プリンセスは。

 

「取り敢えず、この程度なら俺が()っておきますから。もし大型が出たらお願いしますね」

 

キースくんはそう言って、上着を脱いで椅子の背もたれに掛けてインナーの袖を捲り上げる。

 

「うん、任せるね。━━━━分かってるとは思うけど、全力は無しだよ。万が一(・・・)があるからね。出しても二割であの魚を倒そうか」

 

俺は口調を柔らかく、それでいて強調させるように言う。

 

キースくんはその意図を理解したのか、より一層真剣な面持ちになる。

 

「了解です!」

 

その言葉を合図に、海王類へ駆け出す。

 

大型の海王類ではないにしろ、巨体には変わりない。

俺達が乗っている船など丸飲みに出来る、と云わんばかりに口を開口させ、何物も噛み砕こうとする牙がキースくんに向けられる。

 

しかし、そんなものに怖じ気づくキースくんじゃない。

 

 

「━━━━部分鬼化(デモンパーツ)

 

 

その言葉と共に、彼の右腕が赤黒く禍々しいオーラに包み込まれる。

 

 

オーラが霧散されると彼の右腕の筋肉は大きく膨れ上がり、爪は獣よりも鋭く、皮膚は見るだけでも鋼のような頑丈さが伝わる。

 

 

そして何より、その腕は赤々としている。

 

 

まるで血を被ったかのように。

 

 

キースくんは海王類の顎下まで肉薄し、右拳に万力のような力を込める。

 

 

「はあぁぁっ!!」

 

 

ドゴォォッ!!!

 

 

強烈なアッパーカットが炸裂し、鈍い音が辺りに響き渡る。そして、海王類はあまりの威力に海面から尾ひれが見える高さまで吹き飛ばされる。

 

 

「グギャァ・・・・・」

 

 

ドボォォォオオォォンッ!!

 

 

キースくんに打ち上げられた巨体は海面に叩き付けられ、意識を失ったのかプカプカと海に浮かんでいる。

 

 

俺は彼の一連の動きを見て、うんうんと小さく頷く。

 

「いいね、かなり鬼の力がコントロール出来てるよ。君の食べた『オニオニの実』は普通の動物(ゾオン)系悪魔の実と違って少し異質だから、力の使いすぎには注意だよ?」

 

「はい、自分でも嫌というほど知らされていますから・・・・・。もっとコントロール出来るようにしなきゃ・・・・・また・・・・・」

 

キースくんは唇を強く噛み、血が出るほどに拳を握り締めて身体を小さく震わせる。

 

 

彼の口にした悪魔の実『オニオニの実』は、動物系の中でも希少な幻獣種と呼ばれるものだ。

 

他にも亜種として『オニオニの実』が存在するらしいけど、現時点ではキースくん一人しか俺は知らない。

 

そして、彼のモデルは“狂鬼”

 

その名の通り、狂気が色濃く反映される鬼。

 

その狂気に飲み込まれれば忽ち破壊衝動に駈られ、見境なしに暴れ、壊し、そして殺す。

 

しかし、代償が大きい分得る力も強大なのは事実。

 

 

動物系は基本的に人型、獣人型、獣型の三つに変身することが出来る。けど、キースくんがもし獣人型や獣型になろうものなら、一瞬でとは言わずとも狂気に飲み込まれてしまう。

 

 

このオニオニの実を手に入れたキースくんが、部隊の皆の前でお楽しみ感覚で食べてそのまま暴走。

 

直ぐに俺が気付いて何とか気絶させることができたけど、下手をすれば死人が出ていた。

 

目を覚ましたキースくんは当時の記憶が残っておらず、暴走したことを説明したら一日中俺達に頭を下げてきて、あの時は本当に大変だった。

 

 

それからキースくんは、暴走しないように試行錯誤して辿り着いたのが、さっきの『部分鬼化』。

 

体の一部分だけを鬼化させることで、狂気に飲まれるリスクを大幅に減らすことが出来るんだ。けど━━━━

 

・・・・・・何時かは狂気を克服して貰わなきゃね。

 

どれだけ暴れても問題ない無人島とかがあれば、キースくんに修行をつけさせてあげたいんだけど。

 

後、三人には覇気の習得もあるな。

 

アイリスちゃんは、すでに見聞色の覇気の片鱗が見え始めていて、多分おれよりも適正がありそう。

 

接近戦が主体のキースくんとフィーちゃんには武装色の覇気を扱えるようになって貰わないとなぁ。

 

攻撃と防御アップもあるけど、偉大なる航路は自然(ロギア)系の能力者が意外といるから、その対策としても武装色は重要だよね。

 

 

━━━━って、あれこれ考え出したら切りがなくなっちゃうな。

 

まだ偉大なる航路に入ってすら無いのに、一気に多くのことを望むのは良くない。

 

時間はたっぷりあるんだから、ゆっくりと行こうじゃないか。

 

 

そんな気楽な思考回路に切り替えて、俺はキースくんの頭にポンと手を置く。

 

「無責任な言い方になるけど、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな。

確かに、狂気と面と向かうのは怖いかもしれない。でもさ、マイナスな事ばかり考えてたら狂気の思う壺になるかもだよ?」

 

「狂気の思う壺・・・・・・・ですか?」

 

首をかしげるキースくんに、俺は小さく頷く。

 

「まあ、実際のところはわからないけど、精神的に弱ったところを鬼の狂気が飲み込もうと狙ってるんじゃないかと思うんだよ。ほら、キースくん真面目だし。深く考え過ぎちゃうから」

 

「そ、そうなんですか?自分ではよくわからないんですが・・・・・」

 

うーんと、顎に手を当てて考え込むキースくん。

 

ほら、それだよそれ。

 

まったく、本当に素直だなぁ。

 

「結局のところ、明るく楽しく前向きに頑張ろうってことだよ。フィーちゃんやアイリスちゃん、勿論俺だって相談に乗るし協力もする!」

 

俺は腰に手を当て、ドンと胸を張ってそう言うと、キースくんはクスッと笑みを溢す。

 

「隊長、結論が適当すぎますよ。

・・・・・・でも、ありがとうございます。お陰で大分スッキリしました。それに、狂気に飲み込まれました、なんて事になったら亡くなった皆に笑われちゃいますしね」

 

彼の表情は明るいが、瞳の奥には哀しさが感じられる。

 

「というか、さっきから気になってたんですけど・・・・・」

 

「どうかしたの?」

 

キースくんは俺の背中を指差す。

 

「フィーさん、もしかして寝てます?」

 

「いやいや、流石にそれはないよ。だって俺が支えてなくても落ちないくらいに力を入れて━━━━」

 

俺はそう言いながら、肩に頭を乗せているフィーちゃんを確認しようと首を捻る。

 

そこには、幸せそうな寝顔を無防備に晒している少女の顔があった。

 

 

「・・・・・えへへ、お肉・・・・・いっぱい・・・・・」

 

 

彼女は肉に埋もれている夢でも見ているのだろうか。

流石はフィーちゃん、食費で俺を悩ませるだけあって夢の中でも食べ物なのね。

 

俺が彼女の食への執着によるこれからの出費を不安に思っていると、キースくんは何かに気づく。

 

「あ、隊長。フィーさん涎を垂らしてますよ」

 

ご飯粒付いてますよ、みたいな感覚で報告してくれるキースくんとは裏腹に、俺は顔面を蒼白にさせる。

 

「え、うそ、ヨダレ!?これ俺のお気に入り中のお気に入りなのにヨダレの跡がつくなんて嫌だよ!?」

 

フィーちゃん止めてぇぇぇ!!

 

高いお金払って作ってもらった特注品で、結構新しいんですけど!?

 

「ぐっ・・・・・!なんて力を込めてるんだ!?まるでびくともしないじゃないか!?」

 

緊急事態のため、やむを得ず力ずくでフィーちゃんから抜け出そうと力を込めるが、面白いほどに頑丈だ。

 

しかも、それに比例して締め上げる力が強くなってくる。

 

 

 

何とか悪戦苦闘しながらも無事に解放することができた俺だが・・・・・・・・・肩回りの被害が甚大だ。

 

フィーちゃんはハンモックで寝かせて静かに寝息をたてている。

 

「うぅ・・・・。手洗いで落ちてくれればいいんだけど・・・・・」

 

ごめんね、俺の着物・・・・・。

 

ちゃんと綺麗にしてあげるから少しのあいだ我慢しててくれ。

 

俺はその後、紺色の着物に着替えて、せっせとヨダレの付着した部分を洗い続けた。

 

なかなか落ちないシミに苦戦を強いられたけど、途中からキースくんとアイリスちゃんが故郷の知恵を伝授してくれて無事に落ちました!

 

 

 

 

 

 

「もう少しで凪の帯を抜けるはずよ」

 

アイリスちゃんの言葉で、やっとか、と思いつつ丁度良く手入れを終えた白夜を鞘に入れる。刃こぼれ一つない美しい黒刀を見て、ついつい頬が緩んでしまう。

 

そこそこ広い甲板上で組手をしていたフィーちゃんとキースくんは、一時中断してタオルで汗を拭き取り水分補給をする。

 

俺が剥ぎ取るまで抱き付いていたフィーちゃんだけど、目を覚ました時点でもう満足していたらしく、ニコニコ笑顔で「おはよー」と挨拶してきた。

 

そんな満面の笑みを見せられたら怒るに怒れず、俺はひきつった笑顔で挨拶を返した。

 

 

 

それから少し船を進め、凪の帯を抜けた。ここからが偉大なる航路のスタートだ。

 

これからどうしようかな。やっぱりルフィくんに会いに行くのが一番だよね。

 

彼の実力も知っておきたいし、仲間の緑髪の剣士くんと金髪黒スーツくんもローグタウンで見た感じだとそこそこ強い。

 

キースくんとフィーちゃんの相手としては手頃だと思うんだよね。

 

あー、でも。緑髪剣士くんとは同じ剣士同士、刀を交えてみたいなぁ。

 

金髪黒スーツくんもいい蹴りしてたよね、俺も久しぶりに格闘戦をしてみたいって気も無いでもないな。

 

どんどん楽しみが増えていき自然と笑みが零れてくる。

 

そんな時、遠くの前方に飛んでいる黒い“何か”が此方に近付いてくるのに気付き、俺は目を凝らす。

 

次第にその姿は鮮明になっていき、正体が明らかになる。

 

「・・・・・あれは、伝書バットか?」

 

真っ黒なコウモリが一匹俺達の船の元に来る。

 

このコウモリは世界政府━━━━まあ、平たく言えば海軍からの贈り物を届けに来たのだろう。

 

普通は手紙等の書類が専門だけど、この伝書バットの足には一匹の電伝虫がくくりつけられている。

 

キースくんたちも伝書バットの存在に気付き、俺の近くに移動してくる。

 

「何故、今さら伝書バット何かが?」

 

「さあね。中身を見てみればそれが分かるよ。けどまあ、大体の予想はついちゃうんだけど・・・・・」

 

キースくんの尤もな疑問に俺は顔をしかめながら答える。

 

俺の手元に一通の手紙と電伝虫を渡した伝書バットは、礼儀正しく頭、というか身体を下げて何処かに飛んでいった。

 

「はぁ、読んでみないことには何も始まらないか・・・・・」

 

俺は封筒から手紙を取りだし内容を確認してみる。

 

差出人は予想通り、海軍本部元帥『仏のセンゴク』さんだ。

 

 

『久しぶりだな、シェード。今更になって何故私が手紙を出したのか、優秀な弟子なら薄々理解しているだろう。お前という逸材を失ってからというもの、少なからず海軍には影響が出てしまった。だからと言って、シェードを責めている訳じゃない、本来なら私たちこそ責められるべきなんだ━━━━』

 

達筆で上手な字で書かれている文章を、俺たちは言葉を出さずに黙々と読み進める。

 

『一度だけでいい。嫌になったら直ぐに切っても構わない。だから、また声を聞かせてはくれないか?その時に積もる話でもしよう。

 

━━━━━━━━━━━シェードの師、センゴクより』

 

 

俺は左手で持っている電伝虫に視線を移し、受話器を持ち上げる。特に悩みはしなかった。

 

センゴクさんには罪はないのに、それでも俺に謝罪してくるなんて・・・・・。

 

どこまでも尊敬してしまいますよ。ガープさんも見習って欲しいものです。

 

 

「プルプルプルプルプル・・・・・」

 

 

センゴクさんの方の電伝虫に繋がるまでの間、独特な呼び出し音が辺りに響き渡る。

 

 

『・・・・・ガチャ』

 

 

そして、繋がった。

 

センゴクさんから先に挨拶をさせるのは礼儀としてどうかと思い、俺から言葉を掛けさせてもらう。

 

 

 

「お久しぶりです、センゴクさん」

 

 




ルフィたちとの絡みはまだ少し後です。もう少々お待ちください!


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6話 イカれた正義

 

 

キースくん達には悪いけど、センゴクさんとは二人きりで話がしたかったため俺は自室に入った。

 

手近にある椅子に座り、口元に受話器を近づけて言葉を発する。

 

「お久しぶりです、センゴクさん」

 

恩師との会話だ。変に緊張してしまうのは仕方ないと思う。でも、楽しみにしている自分がいるのも事実。

 

『久しぶりだな、シェード。掛けてくれると信じていたよ』

 

「センゴクさん相手に無視なんて出来るわけないですよ。そこまで恩知らずに育ったつもりもありませんし」

 

厳格そうな声が受話器越しに聞こえてくる。

どうやら変わらずお元気そうだ。

 

『それもそうか!どうだ、おまえの部下達は元気でやっているか?』

 

「ええ、それはもう元気過ぎるくらいに。━━━━━ところでセンゴクさん」

 

早速だが本題に入らせてもらう。

 

「単刀直入に聞きますけど、態々手紙と電伝虫を寄越したのは何故ですか?まさか、声を聞くためだけ・・・・・・って、訳でもないんですよね?」

 

少しは声を聞きたいと思ってくれてる筈だけど、態々海軍のトップが話をしてくるんだから本質は違うところにあるだろう。

 

智将とも呼ばれるセンゴクさんが珍しく歯切れを悪くする。

 

『・・・・・うむ・・・その、なんだ・・・。シェード、海軍に戻ってくる気は━━━━━ある筈がないよな』

 

「はい、ありませんよ。“幻影”がいる所になんか戻りたくありません。・・・・・・どうせ、俺が抜けたときに出来た中将の枠に入ったんですよね?容易に想像できます」

 

“幻影”は本名ではなく異名。

元同僚で、一度だけで部下として俺の下に置かれたことがあった。

 

掴み所の無い性格で、人を騙し愉悦に浸るような彼には大分手を焼いた。

 

・・・・・・・それに、俺が部下を失ったあの作戦での怨みがある。

 

仇をとっても皆が戻ってくる訳じゃないのは分かってる。けど、それでも、幻影が何も罰せられないのは我慢できない。

 

『ああ、主に赤犬からの推薦もあって直ぐに昇格になってしまった。何でも、敵を殲滅する為には手段を選ばない所がお気に召したらしい』

 

「大将赤犬らしい考えですね・・・・・。だからこそ、幻影を推したのも納得できますけど、俺はイカれてるとしか思えませんよ。他の皆は了承したんですか?」

 

『中には反対する者もいたが、殆どが賛成に回った。そんな状況では如何に私が反対を出そうと厳しかったのだ・・・・・・・・・・すまん』

 

最高位であるセンゴクさんの発言も厳しくなるほど賛成派が多かったのか。幻影の実力は俺から見ても確かに申し分ないけど・・・・・。

 

だからって、あの正義も糞もない狂者を中将に?

 

他にも候補はいるでしょ・・・・・。

 

センゴクさんに非はないけど、どうしようもなく腹の底から黒い感情が涌き出てくる。俺は奥歯を噛み締めてそれをなんとか抑え込んだ。

 

『それと、伝えなければならないことが1つだけある』

 

「・・・・・それは?」

 

真剣そうな声音で言うセンゴクさんに、俺は疑問に思い首をかしげる。

 

『お前は海軍に入隊してから異例の早さで昇格していき、億越えの賞金首も捕らえ、海軍史上最速で中将の地位まで登り詰めた。・・・・・・それ故、お前を危険視する者も浮き上がってきている』

 

「俺が世界政府に楯突く・・・・・・・そう考えてるんですか。此方は平和に旅をしてるだけなのに、頭が痛くなってくる思考回路ですね」

 

自分で言うのも何だけど、確かに俺は結構強い方だと思う。そんな俺が、海軍に復讐心を持ち喧嘩を吹っ掛けるとでも?

 

海軍を敵に回すほど愚かになったつもりもないし、何より自殺行為だ。確かに海軍は大嫌いになったけど、復讐心を抱くのは極僅かの人物。

 

けど、万が一にも、俺を勝手に危険視する者が攻めてくるのなら、容赦はしないよ。

 

あー、でもそんな事したら指名手配とかされそうだなぁ・・・・・。幻影辺りが手を回してきそう。

 

『だから目をつけられるような事はしないでくれよ?私やガープも愛弟子とは違えたくはないからな』

 

「そんな事しませんって・・・・・・たぶん」

 

保証は出来ません。何せ、自由な旅人だからね。

 

俺の曖昧な返事にセンゴクさんは苦笑を浮かべる。

 

『まあ、シェードなら心配なかろう。━━━━と、すまんがここまでになるな。そろそろ会議の時間だ』

 

「会議ですか、元帥は多忙ですね。くれぐれも体調にはお気をつけて、過労で倒れるなんてシャレになりませんからね?」

 

俺は冗談混じりにそう言うと、センゴクさんは豪快な笑いが部屋に木霊する。

 

『わっはっはっ!ひよっこが言うようになったな!安心しろ、私はまだまだ元気だ!』

 

ムキっとマッスルポーズをとっているイメージが頭に浮かび、ついつい吹き出しそうになるが堪える。

 

 

その後、俺からも一言挨拶をして、この師弟の会話は終了となった。

 

 

 

 

 

 

結局のところ、センゴクさんが俺に言いたかったのは、問題を引き起こすなということ。

俺を信用してない訳じゃないと思うけど、一応警告してくれたんだよね。

 

俺は椅子から立ち上がり、自室から出て三人にこの事を伝えようと甲板に向かう。

 

内装は特に豪華な装飾があるわけではなくシンプルな作りになってるけど、アットホームで過ごしやすい。

 

木製の扉を開けて外に出ると、新鮮な空気と潮の香りが鼻腔を刺激する。

 

 

偉大なる航路は気候が滅茶苦茶で、大雨かと思えば快晴、雪かと思えばポカポカで陽気な春模様。

 

だからこそ、今のような晴れ晴れとした気持ちの良い天気の日には、外に出なきゃ勿体ないと思う。

 

 

━━━━━と言いつつ、そんな日でも外に出たくない時が無いわけじゃない。現に、今この瞬間も外へ出たことを少し後悔した。

 

 

俺は歩みを止めずに、腰に差してある白夜を鞘から引き抜きながらそんな事を考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ。君もさ、今日は最高で最悪な日だと思わない?」

 

 

 

 

 

俺の声がそよ風に乗って運ばれる。

 

行き先は自分専用━━━━━だった筈のハンモックが設置されている場所。

 

そこで静かに揺られているのは、白黒チェック柄の趣味の悪いシルクハットを頭に乗せている男。

 

俺の問いかけに少し間を空けて答える。

 

 

 

「ええ、僕も同感ですよ。シェード()中将殿」

 

 

 

なんの変哲もない言葉のキャッチボール。

 

しかし、互いに軽くない殺気を込めて。

 

そして、ムカつくほどに何も変わっていない風貌、口調、胡散臭さ、何より他人を見下すようなその腐った紫目。

 

見間違える筈がない。

 

殺してやりたいが、それでもまだぬるい。死よりも辛いと言われるインペルダウンに投獄してやりたいと、何度思ったことか。

 

何故、どうやって、いつの間にこの男が侵入してきたのか・・・・・。考えるのも馬鹿らしくなってくる。

 

 

前兆もなく、気が付けばそこにいる━━━━━そんな現象を可能にしてしまうのがこの狂者なのだから。

 

 

「━━━━━奇遇だね“幻影”くん。ついさっきまで君の事を話していたところだよ。それで、俺の部下はどこにいるのかな。見当たらないんだけど・・・・・?」

 

返答次第ではその首を切り落とす、その意志が伝わったのか幻影はハンモックから降りて両手をヒラヒラと上げる。

 

「彼らなら自室で眠ってもらっただけですよ。危害は加えてないので、殺気を納めてもらえませんか?怖くて体が震えちゃいます」

 

怖がっている様子など微塵も感じられず、むしろ薄ら笑いを浮かべている。

 

本当にキースくん達は無事なのだろうか。急いで確かめに行きたいけど、こいつから目を離すのも恐ろしい。

 

・・・・・・・仕方ない、遺憾だけど今だけは幻影の事を信じよう。もし何かされてたら細切れにしてやればいい。

 

自分でも物騒な事を頭に浮かべていると思うけど、相手が相手だからね。これくらいでもまだ足りない。

 

幻影は何処から取り出したのかわからないが、一本の黒いステッキを取り出してくるくると回し始める。

 

「それで、偉大なる航路の端までやって来て何の用?まあ、どうせ今の君はオリジナル(・・・・・)じゃないんでしょうけどね」

 

「あれ、バレちゃいました?」

 

「そうとしか考えられないでしょ」

 

幻影はケタケタと笑って緊張感の欠片も見えないが、俺は警戒心を一切緩めない。

 

オリジナルじゃなくてもこいつの前では隙を作る訳にはいかない。何せ、イカれてるからね。

 

「僕が此処に来た理由は、シェード殿にお知らせを届けるためですよ」

 

「いらない、帰れ」

 

「冷たいお言葉ですねぇ。・・・・・なら、無理矢理にでも聞いてもらいましょう」

 

幻影はそう言うと、指をパチンと鳴らす。

 

すると、忽ち俺を取り囲むように靄の様なものが出現する。

 

次第に靄が晴れ、視界一杯に広がるのは鋭利な剣、剣、剣・・・・・・・兎に角、数えるのが億劫になるほどの剣。

 

後ろを確認しても同様の光景。

 

これ、初見で体験した人は目が飛び出るくらいに仰天するだろうね。

 

一瞬で剣の包囲網が出来上がるなんて手品としか思えないけど、彼の能力はぶっちゃけそう呼んでも頷ける。

 

もし、全ての剣が飛んできても斬り落とすのは簡単だけど、どうせこけおどしなんだろうし。

 

うーん、どうしたもんか・・・・・。

 

聞くだけ聞いてみようか。きっと碌でもない事だと思うけど。

 

「はぁ、わかったよ。聞くからこれ消して?」

 

「あはははっ、流石はシェード殿。話が分かるお人です」

 

幻影は下手くそな作り笑いをして再び指をパチンと鳴らす。すると、俺を包囲していた剣は元々存在しなかったかのように霧散していった。

 

「お知らせと言ってもそんな大したことでは無くてですね。報告、と言った方が正しいのかもしれません」

 

俺はそれを黙って聞いている。

 

だが、幻影の次の言葉で思わず口をあんぐり開けてしまう。

 

 

「僕、そう遠くない内に海軍辞めますから」

 

 

・・・・・・。

 

 

・・・・・・・・・・・。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・は?

 

 

「よかったですねぇ。これで思う存分僕を殺せますよ」

 

「いやいや、はあ?確かに殺したい、というかインペルダウンにぶちこみたいけど・・・・・」

 

待って待って!怨み云々よりも驚きの方が上回っちゃったよ!

 

辞める理由がまったく理解できないんだけど!?

 

俺の表情に出ていたのか、幻影はクスリと笑んで説明する。

 

「僕が海軍に入った理由は、海賊を苦しめながら虐め尽くして牢屋に入れてあげるのが楽しかったからで、別に正義とか昇格とかに興味は無いし関係も無いんですよ」

 

「相変わらず嫌な趣味してるのは再確認出来たけどさ。大将赤犬から直々に推薦されたんでしょ?勿体無くは思わないの?」

 

「推薦のことよく知ってますね。シェード殿の言うとおり推薦はされたんですが、僕としては少将の地位で十分と言うか。そこまで期待されても困るというか」

 

幻影はほとほと困り果てたように肩を竦めてそう言った。

 

って、ちょっと待てよ・・・・・?

 

「なら、一つ聞かせてほしい。あの作戦の日に赤犬が幻影に糞みたいな指示を出したのはなんで?指揮権を持った俺ではなく、君に。赤犬に媚び売って俺を陥れ、昇格するためとしか思えないんだけど」

 

「ああ、懸賞金4億6000万ベリー“惨殺卿キラ”の討伐任務のですか。あのときは楽しかったですねぇ、敵味方関係なく悲鳴が飛び交って最高でしたよ」

 

醜く歪んだ笑みを隠すかのようにハットのツバを指で下げる。

 

 

━━━━あの時の悪夢が脳裏を過る。

 

 

幻影の言葉に視界が黒く塗り潰されるような感覚になり、頭で憎悪を認識する前に体が先に動いていた。

 

 

「黙れ・・・・・っ!」

 

 

ズバアァァンッ!!

 

 

幻影の胴体に白夜の黒い刃が一閃され、上半身と下半身は綺麗に分離される。

 

が、軽い。手応えがまるでない。空気を斬ったような虚しさだけが残る。

 

そして、原型を留められなくなったのか、幻影は先ほどの剣のように霧散して消えた。

 

『きひひっ!酷いじゃないですかぁ、僕じゃなくて(オリジナル)だったら死んじゃってますよ?』

 

幻影の姿は見えないが、奴の声だけが全方位から響いてくる。

 

くそっ!俺の部下を・・・・・!

 

本体だったら今にでも殺してやりたい・・・・・!

 

『いいですねぇ、その殺意!ゾクゾクしてきますよ!━━━━がしかし、殺り合いたい所ですが、生憎と実体が保てなくなったのでここで退却させてもらいます』

 

「早く消えろ。次会ったら問答無用で斬るよ。幻だろうが本物だろうがね」

 

俺の殺気などご褒美でしかないと言いたいのか、神経を逆撫でするような笑いを止めない。

 

 

 

『きひっ!それではまた、近い内に!』

 

 

 

その言葉を最後に幻影の胸くそ悪い気配が完全に消失した。

 

 

やり場のない怒りだけを残して・・・・・。



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