情熱は幻想に (椿三十郎)
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負の遺産

 

 

 

ーーーM県S市!

 

 

 

の、隣に位置するK町の山中にてーーー

 

 

 

ーーーー三人の男の影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の暑さはいつの間にか忘れ、厭わしい熱さを放つ陽の光は、温もりを感じさせる愛おしいものとなっている。

秋は折り返し地点に差し掛かっていた。

彼ら三人は、ごつごつと地中から出張った木の根に足を取られぬよう、気をつけながら歩を進めていた。

 

ふと、その内の一人。

頭にぴったりとフィットした帽子を被った男が振り返った。自分達の努力の証を確認するために。

眼前には、一面の紅葉。

 

絵の具で丁寧に配色された、色鮮やかな美しいヴェールがそこにあった。紅、黄、橙、それらは自然によって計算され、曖昧で淡い色の連なりは、山一つを芸術品に変える。切り取られた絵画の一部分を見つけたような、そんな充実感を彼に与えた。

しかし、空は生憎の曇天。それに蓋をしていた。天と地の境界はあまりにもはっきりとしており、交わることを決して許さないだろう。

 

感傷に浸っていたのほんの数秒。すぐに向き直る。

 

 

「まだ着かねえのか、ちと長すぎやしねえか」

 

 

そう言われ、金髪で、前髪を下ろしている男が懐から端末を取り出した。

 

 

「財団の資料によれば、そろそろのはず。もう少しの辛抱ですよ」

 

 

彼が苛立ちを隠さずに言ったのは無理もなかった。

既に彼らはかれこれ一時間以上歩き続けている。一番近いであろう舗装された車道から、十kmも離れていた。

 

 

「これは旧パッショーネ最後の負の遺産、これで...これで全てが終わる」

 

 

歩を進めながら二人に半ば独り言のように語りかけたこの男は、もう一人の男と同様に髪が金髪で、前髪を束ねて三つにカールさせた、なんとも珍しい"奇妙"な髪型をしていた。

彼の持つ瞳は、全てを見据えるように達観しており、雰囲気は、あらゆる人々を引きつける包容さを醸し出していた。

 

彼の名は

 

 

 

 

『ジョルノ・ジョバァーナ』

 

 

 

 

 

 

またの名を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジョジョ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー三日前

 

 

イタリアのローマーーー

 

 

 

 

 

この日、2011年11月2日は、夜雨が降っていたためか、路面が濡れていた。

濡れた路面は、朝日を照り返している。

 

そんなローマの街を横目で眺めながら、彼『ジョルノ・ジョバァーナ』は朝食をとっていた。

レストランの二階の個室。彼以外誰もいない。聞こえるのは人々の雑踏だけ。

 

最後の一口を食べ終え、カプチーノを飲んでいた時。

扉の奥から忙しない音がした後、落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと扉が開く。

 

 

「例の組織のアジトが見つかった、ジョジョ」

 

 

息を切らしたその男は、『パンナコッタ・フーゴ』という。

かつて"恥知らず"と罵られ、進むことも引くことも許されぬ半端な男だった。しかし、"組織"に最も尽力したのは彼なのだ。

ある男の望みを叶えるために、ついて行くことが出来なかった弱い自分を詫びるために。

その望みを叶えることで、自分の運命に決着が着くとかんがえていた。

そして、それが今叶えられようとしていた。

 

 

「場所は?」

 

 

「M県K町、日本だ」

 

 

短い沈黙のあと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕も行こう」

 

 

「えっ?」

 

 

その発言はフーゴを驚かせた。

負の遺産が処理されることを報告しに来たのであって、処理法や指示を仰ぎに報告に来たわけではなかったからだ。

困惑気味の彼にジョルノは微笑みながら言う。

 

 

「不満か?」

 

 

「いや...しかし、なんでまたそんなことを」

 

 

ローマの街をもう一度目を向けて語った。

 

 

「旧ボスとの戦いから、もう十年だ。これでヤツの存在はようやく消える。ブチャラティ、アバッキオ、ナランチャ、彼らの三人の遺してくれたものは完全に実を結ぶ。だからここまで我々は努力してきたんだろう?」

 

 

フーゴは黙ってジョルノを見つめていた。

 

 

「ミスタを入れて、三人だけで日本に向う。」

 

 

「あんたの身の心配はないにしても、ここを留守にしていいのか?」

 

 

「ポルナレフが居る。それより、夜にはイタリアを発つ。ミスタとポルナレフ、あと......いや、その二人に連絡を」

 

 

フーゴはその命令に、二つ返事で引き受けレストランを後にした。

 

残りのカプチーノを飲み干し、空を眺める。

 

 

(日本か...もう帰らないと思っていた…)

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

M県を中心に密売を行っていた麻薬組織のボスは、旧パッショーネの情報分析チームの一人であった。

日本全土での売買を目論んでいたが、いともあっさり壊滅してしまった。

それもたった2日で。

 

詳しくは後に記述。

その組織内には『スタンド』を有する者がいたため、警察の捜査は難航し、半ば諦めかけていた矢先の出来事であった。

 

 

 

 

 

組織は壊滅。スタンド使いは財団で拘禁。

 

しかし、組織の莫大な利益と麻薬は、山中に匿っていた。

何処にあるのか、という疑問は問題ではなかった。下っ端がすぐに吐いたからだ。組織の結束のなさが伺える。

ヘリコプターでは降りられない場所のため、徒歩で行く必要があった。

人員はこちらで出す予定であったが、名乗りを上げた者がいた。

現パッショーネのボスと二人の側近である。

 

彼らは、組織壊滅にあたって大いに役に立ってくれた立役者であった。

なぜなら、彼らも『スタンド』使いであったからだ。それに相当熟練の。

お陰で早期解決に至った。

そんな重鎮がわざわざ赴くとは考えが図りかねぬが、ポルナレフ氏からの信頼が厚いとのことで、深い言及は抑えた。

 

 

 

 

スピードワゴン(財)報告書

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

プツッ

 

という音と共に端末がブラックアウトした。

 

フーゴはぎょっとする。

電源スイッチを押しても、叩いてみても、振ってみても、反応はない。充電はまだあったことは確認している。

 

 

「クソッ!なんでこんな時にッ!冗談じゃない!」

 

 

端末を地面に叩きつけた。

 

しかし、ジョルノとミスタに反応はない。

二人が足を止め、辺りを見渡していた。

 

 

 

 

 

 

「何か妙だな...胸騒ぎがする」

 

 

ミスタが三人の胸中を代弁した。

 

辺りは静まり返り、木々の葉の音さえ僅かである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂を破ったのはジョルノだった。

 

 

 

 

「二人とも、あれを」

 

 

ジョルノは首を向け、二人に見るように仰いだ。

 

 

木々の切れ間から建物のようなものが見える。

 

三人は疑問の的に歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジンジャ?でしょうか...」

 

 

フーゴがそう口にした。

 

 

 

 




一応幻想入りです。要素ゼロですいません。
五部勢が書きたくて、つい....
口調に関しては十年経ってるから、多少はね?


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神社とは

フーゴ視点。


 

 

 

 

「ジンジャ?なんだそれ」

 

 

ミスタは僕に興味無さげに聞いた。

 

 

「神道という宗教の...教会みたいなものですよ」

 

 

僕は飛行機の中で得た簡単な知識で説明した。

彼はふーん...と小さく呟いた。

これまた興味無さそうだ。

 

 

「教会にしちゃあ、ずいぶん荒れてんな」

 

 

ミスタの言う通り、ひどく荒れ果てていた。本殿は半壊。それに、元の木の色が分からないほど黒くくすんでいる。立っている鳥居は今にも倒れそうだ。

 

 

妙な雰囲気は続いている。

漠然とした不安がからだを取り巻いて離れない。

 

 

「"新手".....かもしれません」

 

 

"新手"、即ち、組織のスタンド使い。

心の中でジョジョの言葉を反芻した。

 

 

次の瞬間、ミスタが目にも止まらぬ速さで懐からリボルバーを取り出した。

僕は銃口の先に目をやる。

ようやく"新手"は動き出したのだ。

 

 

辺りの大量の落葉が風に巻き上げられ、一箇所にまとまり、渦を巻いていた。

不可解な風の動きは、スタンド能力であることを嫌でも感じさせた。

 

 

落葉の旋風が強さをましてこちらに接近してくる。

既にジョジョとミスタの傍らには、『スタンド』が現れていた。

しかし、僕はスタンドを出していない。

僕のスタンド"パープル・ヘイズ"は集団戦に向いていないからだ。歯痒さを感じるが、この二人を相手にして勝てるスタンド使いなどいるはずがない。

 

落葉の旋風が僕らを飲み込まんとする数秒前。

 

 

 

 

「俺らの世界じゃあ、待ったは無しだ」

 

 

ミスタが「No.1!」と叫んだと同時に、銃声が辺りに木霊する。

 

 

彼のスタンド"セックス・ピストルズ"を乗せた弾丸が、真っ直ぐに、落葉の壁に突入した。

 

 

「No.1!本体の影は見えたか?」

 

 

自身のスタンドからの応答は無い。

落葉の旋風の勢いは止まらない。

あっという間に僕らは落葉の渦に包まれた。

葉の集まりは壁の如き分厚さで、視界を奪ってきた。

 

 

「イネェンダヨォーミスタァー!」

 

 

いつの間にか帰ってきたNo.1はそう嘆く。

 

おそらく相手は視界を奪ってから攻撃を開始する。つまり今!

しかし、パープル・ヘイズは出せない!

 

僕は考えを巡らせた。

 

 

 

そうだ!ジョジョの"ゴールド・エクスペリエンス"なら!

僕がその答えに到達した時、ジョジョは既に行動を終えていた。

 

彼のゴールド・Eは地面に拳をつけている。

 

 

「石を蛇に変えた。我々以外の人間に反応する!」

 

 

蛇は落葉の壁をすり抜け、見えなくなった。動きに迷いはなく、それは近くに人がいることの何よりの証拠だった。

 

 

蛇が出ていってから数秒後、風が止んだ。舞っていた大量の落葉は力なく落ちてゆく、蛇が敵を再起不能にしたのか?いや違う。早すぎる。

 

 

僕らは辺りを見渡した。

 

 

先ほどまでの思考は吹き飛んだ。

 

目を疑った。ありえない。

 

 

 

綺麗に整った神社がそこにあった。雑草が生え放題だった境内は、どこへ消えた?足元の剥がれていた石畳もいつの間にか隙間なくはまっている。変わらないのは大量の落葉だけだ。

 

 

「こ...これは一体...」

 

 

口に出さずにはいられなかった。

 

 

 

「移動させられたのか?ありえねぇ...」

 

 

 

「よく見ると建物の配置がよく似ている........瞬間移動だとか、そんなチャチなものではなく、ましてやタイムスリップ以上のものかもしれない」

 

 

ジョジョが顎に手を当て俯く。

 

 

 

 

 

 

そこまで言うのには理由があった。

 

 

ジョジョのスタンドの本当の名は、

"ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム"

 

『矢』によって覚醒した『スタンド』を超えた『スタンド』。

 

実際に見たことはないが、というより、認識出来ていないだけなのかもしれないが、『相手の動作や意思のエネルギーをゼロに戻す』能力を持っている。

 

 

つまり!

僕達が強制的に移動させられたこの状況自体が、"ありえない"。

したがって、僕達は迂闊に動くことはできず、ただただ思考することを強いられているのだ。

 

 

 

 

 

カチャ..

 

ミスタが得物の残弾数を確認した。

普通に考えて、先ほど放たれた1発の弾丸を最大装填数の6発から引けばいい。

ミスタ自身もそれを承知していただろう。

 

残弾数は当然5発。安堵した顔になった後、固唾を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キャーーーーーーーッ!』

 

 

 

 

 

ーーーーッ!?

 

 

 

高い声。女?

 

それは三人をハッとさせた。

 

例のスタンド使い?

 

僕達三人は揃って歩き出した。

この時、ギャングともあろうものが固まっている動けないでいる状況が馬鹿馬鹿しく思えた。個人的な思考だが、二人も同じようなことを考えているんじゃあないかな。

此処で動かなくてどうする。

 

声のした方へ行く。神社の裏だろうか。

 

 

 

 

先程の声の主だろうか?

しゃべり声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何!?この蛇!初めて見る柄だわ。気持ちわる〜』

 

 

 

 

 

なんとも珍妙な服装をした女がジョジョの作り出した蛇を竹箒で追い払っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤と白?リボン??脇???

 

 

 

 

言葉が出なかった。これは夢か?

 

 

 

 

 

 

 

こちらに気付いたのか、奇天烈女は物色するようにまじまじと僕達を見る。

 

 

 

少し考えるような顔して、曇った空に大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 




ゆっくり小刻みに投稿します。


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ファンタジーやメルヘン

ミスタ:28歳
ジョルノとフーゴ:26歳


 

 

 

 

 

 

 

「...つまり、ここは..この"幻想郷"は僕らがいた外の世界から結界により隔離された世界。そういうことですか?」

 

 

「あなた理解が早いわね。助かるわ」

 

 

ジョルノは顎に手を当てて、省察していた。

 

 

「あんまし深く考えない方がいいわよ。この幻想郷では特にね」

 

 

神社の縁側に腰掛けている彼女は名は、

 

『博麗霊夢』

 

 

黒の髪に赤いリボンを着けており、紅白の巫女装束を身にまとっている。見た目は十代後半程だ。

それには一点目を引くものがあった。

 

 

何故か脇が露出していたのだ。

 

日本行きの飛行機で日本の文化や伝統を少しばかり目にしたが、フーゴは彼女の巫女装束は一般的であろうものとは、かなり逸脱しているように見えた。

(こんなものなのか....?)

 

自分の置かれている状況すら意味不明な上に、この見て呉れだ。フーゴはかなり混乱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた達、"外来人"よね?」

 

 

『博麗霊夢』がジョルノ、ミスタ、フーゴを順に見る。

 

 

「さぁな。それで、お前が敵か?」

 

 

ミスタが一発弾丸を込め直す。

カチャンと、弾倉が銃身に収められる。

 

 

「はぁ.....まともに口ぐらい聞いてくれないの?」

 

 

「いまさら女だとか、子供だとかじゃ揺らがないんだよ」

 

 

彼女の言葉をミスタは一蹴した。

 

 

ジョルノは押し黙ったまま、ゴールド・Eを出し能力を解除した。蛇は生命を失い、何の変哲もない石ころへ戻る。

 

 

その時、理解した。

彼女がスタンド使いではない事実に。

 

霊夢にはスタンドが見えてはいなかった。

スタンドのビジョンが目の前を横切ったにも関わらず、彼女の瞳の動きに変化はまるで見られなかった。瞳の動きを意識的に操作することは極めて難しい。

その光景を見たミスタは少し悩んだ末、銃口を逸らす。

そして抜が悪そうな顔をしてジョルノを振り返った。

 

 

「やっぱり話の続き...詳しく聞かせて貰えますか?」

 

 

「いきなり態度変えられてもねぇ、なんだかやりづらいわね」

 

 

まぁ座って、と霊夢は彼らに腰掛けるよう促した。

 

 

しかし、ミスタは神社の支柱に寄りかかった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「Spettro...Vampiro...Dio...」

 

 

「迷惑なほどいっぱいいるわ」

 

 

幻想郷には妖怪、吸血鬼、神といった常軌を逸した、人ならざる者達が数多く存在している。

人間ではあるものの、彼女もまたその中の一人であることを彼らは知らない。

 

 

「そんなぶっ飛んだ話、信じたわけじゃあないからな。俺も、ジョジョもな」

 

 

縁側に座っている霊夢を一瞥する。

ミスタは立ったままでいる。

 

 

普通の人間ならば、霊夢の話など馬鹿馬鹿しくて聞いてなどいないはずだ。ましてや相手はギャングだ。そこらの人間よりはよっぽどリアリストだろう。

 

しかし、彼らは三人は"普通の"ギャングではない。

スタンドと数多の修羅場をくぐり抜けた経験と、そしてそれから得た優れた"感覚"を持っている。第六感に近しいものだ。

 

それが彼ら三人に告げていた。

霊夢の話が上っ面だけのものではないことに。

 

 

辺りを見回っていたフーゴが帰ってきた。

 

 

「やっぱりさっきまでの場所とは全く別ものだ。変わっている」

 

 

「気が済むまで見てきていいけど、オススメはしないわ。それにしても、ここから入ってきて幸運だったわね。最悪死んでたかも」

 

 

誰かが鼻で笑ったようだが、木の葉の音でかき消された。

 

 

「本題に入りましょう」

 

 

ジョルノが切り出した。

 

 

「元の場所に帰れるんですよね?僕達にはやるべきことがあるんです」

 

 

霊夢が黙る。

それに伴い、三人に緊張が走る。

 

 

 

 

 

 

「...残念だけど、"今は"無理ね」

 

 

二人は視線を合わせ"今は"という言葉の真意を勘えた。

 

 

フーゴが率直に疑問をぶつける。

 

 

「"今は"とはどういう意味ですか?」

 

 

彼女が質問の答を口にしようとした瞬間、ミスタが寄りかかっていた支柱から身を起こす。

 

霊夢が口を閉ざして彼を見る。

ジョルノとフーゴも彼を見る。

 

二人には、彼が胸中何を抱いているか、ある程度見込みが立っていた。

 

ミスタが口を開く。

 

 

「もっと周りを見てくる。ここがどこだか"まだ分かんねぇ"からな」

 

 

「さっき僕が見に行っただろう。それに、彼女が言っていることが本当だったらどうする」

 

 

言い切ったところでフーゴはこの問があまりにも愚問であることに気が付いた。

 

彼は問に答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「明日。.....明日までに戻ってきてください」

 

 

ジョルノがそう言うと、彼は霊夢を一瞥し、鳥居をくぐり階段を下りてゆく。

 

陽は今にも沈まんとしている。

彼の背は橙色に染まっていた。

 

 

 

それを見送った霊夢は呆れた顔をしていた。

 

 

「あんたらってクソ真面目ね。...で、止めなくて良かったの?」

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 

と、フーゴも呆れた顔で返した。

 

 

 

 




ジョルノ「日本人?イタリア語すごくペラペラですね」
霊夢「え?それはねーっ、紫が.....いや....その!習ったというか」

恥パの時と比べて、フーゴとミスタの関係がマシになっていて欲しいな、と思っています。


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分かる・解らない・判らない

 

 

 

肝心なことを聞きそびれていたことに気が付いた。

彼女はさっき"今は"無理と言った。

それだけではない。どのように帰れるのか。誰が帰せるのか。存在を認識さえできないものから出るとは、想像し難い。

 

様々な疑問が、自分の常識の器から溢れ出る。

 

そもそも。

 

いきなり空想上の存在を持ち出されて、はいそうですか、と信じるマヌケはいない。

 

不確定なものばかりの中で唯一解ることは、奇天烈な巫女装束を着た女が目の前に存在しているということだけだ。

 

実際、信じているように会話を続けていたが、理解しようとは思っていない。

こちらが信じていると相手に思わせた方が色々と都合が良いからだ。ミスタと一緒に行こうかとも思ったが、彼女の様子を伺うことを優先した。

ミスタは大丈夫だろう。漠然で曖昧だが、絶対的な自信がある。彼の心配など無用だ。

 

 

 

 

一方、ジョジョは辺りの動植物を興味深そうに観察している。まるでこの状況を意に介していないように。

たまに彼が何を考えているのか解らない時がある。

 

十年たった今でも。

 

 

 

 

今までの思考を頭の隅に追いやって、彼女に再び問うた。

 

 

「さっきの続きですけど」

 

 

彼女がこちらに振り返ると、頭のリボンが大きく揺れる。

 

 

「なぜ、今は帰れないんだ?」

 

 

んー、と鼻を鳴らす。

何か言うかと思ったら、頭を掻いた。

数十秒の沈黙が続く。

 

 

だんだんと腹が立ってきた。早く言って欲しいもんだ。

 

 

「あんたらの世界で、大きな"異変"が起きるらしいの....」

 

 

「意味が解らないな。僕らにも解るように説明してくれないか?」

 

 

"異変"については彼女の話から聞いている。

この幻想郷では、大規模な事件のことを大体こう呼ぶらしい。

 

解らないのは、僕達の世界で何かしらの事件が起きるということだ。それが帰れないことと何の因果があるのか。ただのテロ等の事件が起きるだけならば、僕らに警告するだけでいいだろう。もっとも、そんなものは必要ないが。

 

 

「結界って解るわよね?」

 

 

彼女は自分の話が通ってるかを確かめる。

 

 

 

話に聞いたから、分かるが、理解なんてできるわけがない。バリアーなんてもの、冷戦時代に散々研究され、結果、そんなものは造れっこないと証明しただけだ。

スタンド能力ならまだしも、非スタンド使いの彼女がこれを本気で言っているのならば....

 

思考が止まる。

 

気の違ったサイコな奴。

理性ではそう思っていても、

 

 

彼女自身の圧倒的な存在感と『凄み』が、真実であると語りかけてくる。

それだけで、感覚が、疑う余地を埋めてしまう。

心で理解してしまう。

 

今の僕には理解できてしまうことが、理解できない。

 

 

 

彼女の話を思い出す。

 

 

「『博麗大結界』と『幻と実体の境界』でしたっけ?」

 

 

「それらが外とこことを別けてるんだけど、一つだけ別けてないものがあるの」

 

 

それは、と続けた。

 

 

「時間よ」

 

 

それが何の関係があるのか?焦らしているのか?何だってこんなに回りくどいんだ。

 

無意識のうちに顔に出てしまっていたらしい。

 

 

「まぁ、聞いて。外の世界で起きる"異変"は時間に関係してるらしいのよ。それで、ここが巻き込まれないようにする為に、外の時間とここの時間を切り離さなくちゃならないわけ」

 

 

袖をまくり上げ、自分の腕時計を確認する。

辺りはもう暗く見えにくいが、確かに2時半を示している。故障を疑うことよりも重要なことが頭をよぎった。

 

時間を切り離す。口振りからするに、誰かがそれをやれるように聞こえる。この幻想郷にはそんな芸当ができる者がいるというのか。

霊夢はスタンド使いではないとはいえ、ここの住人がスタンド使いではないとは言い切れない。しかし、時間を操作するスタンドなど、僕の知る限りでは、数えるまでもない。

 

 

「スタンド能力によるものか?」

 

 

しゃがんでいたジョジョが立ち上がる。

片膝を払い、手には草?を持っている。

 

 

「おそらく、そうでしょう」

 

 

彼が答える。

 

 

「スタンド?何よそれ?」

 

 

面倒だな。

まぁ無理もないだろう。

 

 

「超能力を持ってるんですよ。僕ら」

 

 

「へー.....それより、もう暗いし寒いわ。とりあえずうちに上がって。お茶ぐらい出すわ」

 

 

面倒だから、かなり説明を端折ったが、全く興味がないようで、彼女の反応は薄かった。質問攻めを覚悟していたが、不要だった。

 

 

霊夢は神社の中に消えていく。

しばらくして、室内に明かりが灯った。

 

 

ジョジョが手の植物を見つめる。

すると、まるで動物のように動き、花が咲き始めた。

先程まで枯れかけていた植物だが、生命エネルギーを与えたからだろう。

 

 

「この植物は、日本原産のゴマクサの仲間です」

 

 

「それがどうしたんだ?」

 

 

「彼らは既に絶滅したはずなんですよ」

 

 

「すごい発見じゃないか。絶滅していなかったってことか?」

 

 

偉大な発見を素直に驚いた。

 

 

「彼女の話の『幻と実体の境界』の説明を覚えていますか?」

 

 

まさか。

百聞は一見に如かずということか。

 

 

「妖怪は夜になると活発に活動するとも言っていた。僕には解る。僕は何度か襲われていた。彼女の言う妖怪共に」

 

 

ジョジョはレクイエムの発動悟っていたという。

 

 

「そんな、まさか。じゃあ僕はなぜ襲われなかった?」

 

 

「彼女の近くだったから、でしょう。話では、彼女はどこか、野良妖怪を見下しているような口振りでした。つまり霊夢という人物は幻想郷ではある程度力の持った者である可能性が高い」

 

 

「やっぱり彼女のことを信じてるのかい?」

 

 

「どちらでもない。どっちであろうと関係ない。審議はミスタに任せましょう....」

 

 

神社に上がると、お茶が三つ用意されていた。風がないだけで、外よりはかなり暖かい。

ジョジョはちゃぶ台の前に正座し、いただきます、と霊夢に声をかけ、お茶に口をつけた。

僕は正座ができない。よくできるな、と思うが、できてもやらないはずだ。あれは足が痺れそうだ。

お茶に何か仕込んでいるわけでは無いらしい。ジョジョが飲めたのなら問題ない。しかし、効かないとはいえ、ボスを毒見に使うなど、まったくもって滑稽で情けない話だ。

お茶は身体の隅まで巡って、温めていき、凍った芯を溶かし、ほぐしていく。

 

霊夢が口を開く。

 

 

「時間を切り離すには結界を強化しなくちゃならないの。そのために"紫"と式が作業中らしくて、誰にも結界に干渉されるなって、言われてんのよ」

 

 

「...."紫"?」

 

 

「以後お見知りいただけるとありがたいですわ」

 

 

ーーーーー?!!

なんだ?この女?いつからいた?

 

そいつは平然とちゃぶ台の隣に座っていた。

 

思わず立ち上がった。

 

奴は何かヤバイ!

奴には知ってはいけない何かがある。

 

その妖麗な美女は、金髪にモブキャップを被り、紫を基調とした、東洋風のドレスを身にまとっている。

 

こちらを見るや否や、微笑を浮かべた。吸い込まれそうなほどの美しさの裏に、得体の知れない何かがある。

 

 

「初めまして。ジョルノさんにパンナコッタさん。八雲紫と申します」

 

 

ジョジョは"八雲紫"と名乗るこの女の瞳をまっすぐ見据えていた。視線を合わせる二人。

 

 

「ジョルノ・ジョバァーナさん....貴方は一体何者ですか?」

 

 

時間が止まったかの如く張り詰めた空気。先程まで暖かった部屋が冷気を帯びる。

この女はそう言って微笑を浮かべているだけだった。

 

 

「イタリア人ですよ。彼も僕も」

 

 

彼も微笑んだ。

 

 

 

霊夢はお茶を啜った。

 

 

(名前聞いてなかったわ....)

 

 

 

 




フーゴ視点


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悪魔の証明

 

 

 

 

 

 

 

 

かなり長い階段だ。

 

面倒なんで、飛び降りようかと何回か考えた。

が、マジにそんなことをしたら、大怪我は間違いなしだ。

仕方なく、一段一段石階段を下りる。

 

もう、日が沈む。やけに時間が経つのが速く感じる。歳は取りたくない。

 

 

 

 

あの女の話じゃ、夜には妖怪が活発に活動するらしい。ぜひとも拝んでみたいもんだ。

 

もし、キメラやケルベロスなんかが居たら写真を撮って、トリッシュにでも見せてやろうかな、とか考えたりして。

呆れ顔の彼女が目に浮かんだ。

 

 

まぁ、デタラメならそれで良し。

本当ならそれも良し。

 

何にせよ、こういう時、行動を起こさなくちゃならないのは俺だ。

フーゴも上辺はあんなのだったが、内心かなり疑い深かったはずだ。

 

あの女は嘘をつくヤツには見えなかった。

経験から解る。邪悪な野郎は臭う。

 

 

 

 

最後の一段を下り、長かった階段も終わりを告げた。

 

さて、どちらに行こうかと考えたが、周りは森に囲まれていて、とりあえず道なりに進むことにした。道とは言っても、舗装なんかされてない。車なんか通る訳がないから、当然だ。

それにしてもフーゴが言ったとおり、まるで見覚えのない地形に変わっている。

 

 

 

 

 

二十分は経っただろう。

 

道は紆余曲折を経て、今は西へと向かって伸びている。夕陽に向かって歩いているのが良い証拠だ。眩しくとも見ていたいほど、それは綺麗に赤く輝いている。

 

 

そして、名残惜しさを残しつつも、夕陽は地平線に溶けていった。

 

 

後ろ、つまり東を見やると、既に星が瞬いていた。

遠くに神社が見える。結構な距離歩いたな、と妙な達成感があったが、帰るのには骨が折れそうだ。

そろそろ寝床を確保する必要がある。あと、メシもどうするか。あんまり待たせるとピストルズが拗ねちまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、俺を隠れて見てるヤツは何者だ?

 

 

 

 

意識しなくとも、相手の突き刺すような視線がひしひしと肌に伝わってくる。よっぽど俺が興味深いらしい。

しかし、殺意や敵意は感じられない。

 

相手の具体的な位置は掴めない。そこらの茂みに隠れているのか。

ひょっとしたら、振り返った瞬間ソイツと目が合っちまうかも。

 

息を小さく飲み、小さく吐いた。

 

銃はいつもの場所にある。

指に吸い付く金属の感触が心地いい。

 

 

 

ゆっくりと、自然に、振り返る。

 

 

そこに人影はない。

 

だが、まだ見られている。

 

こそこそと、焦れったい。

 

 

「誰だ。出てこいよ、なぁ?」

 

 

しいんとした空気が続く。

白を切ろうとしているらしい。

 

そういうつもりなら、探し出す必要はない。

 

 

俺は再び歩を進める。

 

一歩、二歩、三歩と。

 

 

四歩目に踏み出した足が地に着いた。

 

 

 

 

 

 

「ひゃぁ!?」

 

 

 

 

"ソイツ"がマヌケな声を上げたのと、俺が振り返ったのは同時だった。

 

 

コスプレみてーなふざけた格好をした、"ソイツ"は、かなり怯えていた。

とても臨戦態勢には見えない。

 

が、"ソイツ"の背後には人影。とは言っても、影の主は人ではなかった。

 

 

『スタンド』だ。

 

 

暗くてよく見えないが、全身にヒレのようなものが付いている。そして、頭には"ソイツ"と似たような?いや、ないな、二つの妙な突起がある。

 

 

 

 

スタンドを既に出している。つまり、既に攻撃を受けたか。或いは、これから攻撃するということ。

 

周りに違和感はない。

 

"ソイツ"は依然、怯えている様子だった。油断を誘うつもりか?

俺は銃を突きつける。血みてーに紅い瞳の間に、照準を合わせて。

 

この程度で、スタンドが引っ込む様子はない。

 

近距離パワー型か?

それとも、防御に特化したタイプか?

 

どっちにしろ、ハジキなんざ訳ねぇ、つーことか。

 

 

いきなり"ソイツ"は口を開いた。

 

 

 

「みっ...み、見えるの!?」

 

 

一体何の話だ....

 

 

「何がだよ」

 

 

"ソイツ"は、自分のスタンドを恐ろしげに指差した。

 

 

「"この人"...」

 

 

 

 

 

 

.....まさか、まだ自分以外のスタンド使いに出会ったことがないのか?

 

 

「ず〜っと!憑きまとってくるのよ!なんなの、コイツ!」

 

 

なんとなく話が見えてきた。

 

おそらく、スタンドが発現したてで、自分のスタンドが、悪霊か何かだと思ってるってとこか。

 

 

「さあな。俺は知らねーし、そんなものは見えねー。おまえ頭イカレてんのか?」

 

 

「なっ!?」

「に...人間なのにいい度胸ね」

 

 

おまえも人間だろーが、と口に出しそうになる。

まるで"自分が人間ではない"ような物言いだ。思ってたのと大分違うが、これは、もしかすると、もしかするかもだ。

 

 

 

「は?」

「俺が、人間?...冗談はよせよ」

 

 

「えっ?もしかして、あなた妖怪だったの?」

 

 

「人間が日暮れにこんなとこ歩くかよ」

 

 

「...それもそうね、間違えて悪かったわ。見ない顔だったから」

 

 

やっぱり本当にいるのか妖怪は。

コイツも妖怪なのか?外見は見るからに普通の人間だ。奇抜な服装を除けばな。しかし、そう思うと、心なしか、頭の派手な付け耳が「マジ」に見える。

 

 

「で、あなた名前は?」

「私は、『鈴仙・優曇華院・イナバ』よ。というか、聞いたことない?」

 

 

俺がキッパリと、ない、と断言すると、レイスウェン・ウルデンバーノ?の付け耳が、独りでに、へなへなと垂れた。

レイスウェンは、腰まで伸びた薄紫の髪に、日本の女学生の制服を着ていた。コスプレに見えたのは、日本らしい制服に、東洋人離れした髪、そして一番は、頭のウサギの付け耳のせいだろう。

もう普通にコスプレではないのか。まぁ、別に、他人の趣向にとやかく言うつもりは無い。

 

 

「ミスタ、...グイード・ミスタ」

 

 

「...そう、よろしくね、ミスタ」

 

 

「ああ、レイスウェン」

 

 

鈴仙!と、彼女は強く言った。

 

 

 

 

と思うと、鈴仙はハッとした顔になる。

 

そして、

 

 

 

慌てて、瞬時に、振り返る。

 

 

「コイツはいった...ーーー!?」

 

 

そこに人影はなかった。

 

 

 

 

 

 

 




ディアボロとうどんの髪型って、ほんのちょっぴりだけ似てるかもなーなんて思いました。
でもボスのうさ耳はキツイっす。


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幽符「仮想狂気(ヴァーチャルインサニティ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

"この人"が現れたのは二日前。

 

 

 

 

 

その日は災難続きで、これが厄日なのかな、なんて本気で考えた。

てゐのイタズラに嵌ったのに始まり、お使いで寄った人里で盗人に間違えられ、氷精と魔法使いの弾幕ごっこの流れ弾に被弾。そして、お使いを済ませて帰ったら、頼み忘れたものがあると言われ、また人里にUターン。

 

 

そして、ここからが本当の厄日だった。

 

数分前に、会ったばかりの八百屋さんの店主に別れを告げ、私のお使いは終わった。

こんなついて無い日は部屋でゆっくりしているのが一番、と思いつつ、私は家路を急いだ。

 

 

その途中の竹林で、キラリと光るものを見つけた。

 

道の真ん中で、私を待っていたかのように、月明かりに照らされている。

 

 

まず最初に、てゐのイタズラを疑ったが、念入りに辺りを見渡し、最新の注意を払い、"それ"を拾った。

 

 

 

"それ"は『ペンダント』のようだった。

 

 

虫のような形をした金色の"それ"は、中が開けられるようになっており、何かが入っていた。石?何かの欠片?

 

 

 

....今思うと、そんな怪しいものを不用意に触るな、なんて具合に自分に言い聞かせたい。

その時の自分は、そんなことを考えることもなく、惹き付けられるように、ペンダントを手に取っていた。

 

 

 

一部きれいな曲線を描いていたが、途中から、割れたように歪な輪郭になっている。一目で何かの欠片だと解る。

 

これは...?

 

今までの経験の中に、当てはまりそうなものはない。でも、師匠なら知ってるかも。

 

とりあえず、このペンダントは持ち帰ることにした。

 

その時、ペンダントから、その欠片がこぼれ落ちる。

つい、あっ、と声を出してしまう。

何の気なしに、それを拾い上げようとした時。

 

指先に鋭い痛みが走った。

 

 

 

いっつ...!

 

 

自分の指が赤く染まっていた。

 

拾い上げようと触れた時に、切ってしまったらしい。

 

傷は浅いにも関わらず、その小さな傷口からは、血が流れている。

血管が脈打つたび、ジンジンと痛む。

 

やむ無く拾うことをあきらめ、とりあえず、手元にあったガーゼを指先に押し当てる。

 

 

それにしても、出血が止まらない。

 

もしかしたら、あの欠片に何らかの細菌が付着していたのかも。

そんな風に考えていると、指先に意識が集中してしまう。血が流れ出る感覚で、だんだん気分が悪くなってきた。

 

 

 

 

 

傷つけてから、数分経っただろうか。

まだ血は止まらない。軟膏もつけたが、残念なことに、まるで効果は見られない。

 

意識が朦朧としてきた。大した出血量じゃないのに。

 

 

 

私は、ガーゼ越しに指を押さえ、その場に座りながら、ボーッと、近くの竹を眺めていた。

 

いつも見ているはずの竹が、どことなく新鮮に感じた。

こんなにじっくり見たのは初めてかなぁ、と暢気に考えていたのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが最後の記憶だった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

目覚めると、見慣れた天井が広がっていた。

 

布団から半分体を起こした。

自分は、今まで何をやっていたのかを、頭の中で整理しようとしたが、上手く思い出せない。でも、自分の住み慣れた場所にいるということは、安心できる事実だ。

 

 

もう一度、落ち着いて、状況を整理しよう。

 

ふと、自分の指先を確認した。

 

 

指はまったくの無傷。

あれは夢?

 

傷つけた筈の、指先を、他の指の腹で撫でてみる。

傷跡すら無い。

 

 

やっぱり夢だ。

 

 

強ばった体の緊張を解き、ふう、とため息を吐いた。そして、起こした体に力を抜き、もう一休み入ることにした。

今は妙な疲労感がある。

 

 

今日は疲れた、このまま寝よう。

 

 

 

瞳を閉じて、意識が落ちかけたその時、床を摩る音が聞こえた。

と思うと、

 

 

サッ、と襖が軽快に開いた。

 

 

月明かりで部屋にシルエットが浮かび上がる。

 

 

「鈴仙、あんた何があったの?」

 

 

聞き慣れた、この声の主は、

 

『因幡 てゐ』だった。

 

てゐは、私とは違う、地上の兎だ。

今は関係ないことなんだけども。

 

 

「...何って、何?」

 

 

「何って、あんた竹林で倒れてたんだよ?」

「...まさか、覚えてないの!?」

 

 

「覚えて.......」

 

 

「覚えて?」

 

 

「.....る」

 

 

覚えてんのかい、とツッコまれた。

てゐの反応を見るに、記憶がないことに、半ば期待しているようで、ちょっとイラっときた。

でも、これで分かった。あの出来事は、決して夢ではないことに。

 

 

「覚えてて悪かったわね」

 

 

てゐは鼻で笑い飛ばした。

 

 

「思ったより、元気そうじゃん。心配して損したよ。お師匠様も心配してたみたいだし」

 

 

「えっ?師匠が?」

 

 

「うん。なんでも、あんたの症状の原因が不明らしくてね」

 

 

「原因が不明...?」

 

 

 

原因はこの際どうでもいい。

 

肝心なのは、あの師匠ですら分からなかったということ。

 

 

ゾッとした。

 

師匠でも分からないような得体の知れないものに、私は意識を奪われた。その事実が恐ろしくてたまらない。

 

師匠は何でも知ってると思ってた。もちろん信頼してるし、尊敬してる。だからこそ恐ろしい。

 

よく考えなくても解ることだった。ただの欠片一つに振り回されるなんてこと、この幻想郷でも異常なことのはず。

貧血のようでもなく、眠ってしまう感覚ともまた違う、ふわりと体から自我が抜けるように、気絶してしまったあの瞬間を思い出す。

 

 

私は、踏み入れてはならない領域に、裸足で放り出された自分を想像した。

 

 

体中に流れる血液や、触覚、すべてに違和感を覚えた。

 

 

「どうしたの?顔色悪いけど?」

 

 

「え?あ...何でもないって。ちょっとお腹空いちゃってさ、夕飯ある?」

 

 

壁に掛かった時計を見ると、十時を回っていた。

 

 

「あー、ゴメンネ〜」

「鈴仙寝てたから、あんたの分も食べちゃったー」

 

 

「えぇ!?もしかしたら、目覚めるかもしれないじゃん私!考えてよ〜!」

 

 

今日は夕飯は、師匠が腕によりをかけて、"洋食"を作ってくれるらしかったのに。

てゐのバカ!お使いに行ったの私だよ...?

 

 

「だって、気持ちよさそうに寝てるからさ〜」

 

 

手には、私の寝顔の写真が数枚。

本当に気持ちよさそうに寝てるなあ...

 

 

「てゐぃぃーー!!!今すぐそれ燃やしてッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

....はぁ、一度ペンダントのことは忘れよう。

 

今の私に異常はなし、それだけで充分。

何かがあったら、その時はその時だ。

みんながいる.....

 

てゐと喋ったおかげか、だいぶ落ち着いた。許すつもりはないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私ハ、アナタ。アナタハ、私』

 

 

 

 

 

 

女性の声、懐かしいようで、どこか聴いたことのある声だった。

 

息遣いが聞こえそうなほど近い。

何かが動くのを、右目の端で捉えた。

 

腰からうなじにかけて悪寒が走る。

 

咄嗟に右へ体を傾けた。

 

 

 

 

え?

 

人の形を保ってはいるが、人間ではないナニカが目の前にいた。

妖怪でもない、異質な雰囲気がある。

 

 

 

全身にはヒレのようなものがついている。肩、二の腕、脇腹、腿や脛。至るところについている。頭には、兎の耳に似た、触角のようなものも見える。見た目は完全に妖怪。むしろ、そこいらの人妖よりもよっぽど化け物だ。おまけに、"コイツ"の体表は、白色で、黄緑と薄紫のラインが縦に数本走っていた。

最初に言った意味不明な言葉を言ったきり、"コイツ"はピクリとも動かない。

 

私は唖然とする他無かった。

 

 

「て...て、てゐ!"コイツ"なに!?」

 

 

私は座りながら、てゐの方へ後ずさりした。

 

 

「.....??」

「鈴仙、いきなり何やってんの?」

 

 

てゐは余裕そのもので、その呆れた顔は私を嘲笑っているようにも見えた。

またイタズラか!

 

こんな趣味の悪いもの、

 

 

「どっから持ってきたの!!?」

 

 

「なんの話?分かんないよ?」

 

 

「とぼけないでよ!」

 

 

 

 

 

 

「..........」

「あ、うん...」

 

 

と言うと、部屋を走り去ってしまった。

 

 

「ちょ、ちょっと、どこ行くの!?」

「こんなのと一緒にしないでよー!」

 

 

てゐの返答はどこか上の空だった。

言い過ぎちゃったかな。どうもイタズラじゃなかったみたいだ。てゐには後で謝っとこう。

それにしても、なんであんなに急いでたんだろう?

 

 

イタズラじゃないとして、目の前の"コイツ"はなんなの?

衣装にしては現実味が有る。それなのに、波長はまったく読み取れない。

情報が少なさすぎる。

 

"コイツ"の朧げな存在感は、私の不安を掻き立てた。

 

たった一度だけ言った言葉が、重く引っかかる。

 

『私ハ、アナタ。アナタハ、私』

 

意味が分からない。

 

もう、私の思考には、てゐの仕業を疑う余地は全く無かった。

 

場合によっては、交戦もありえたからだ。"コイツ"が敵だった場合、速やかに対処しなければならない。その上で私情は持ち出せない。最善を尽くすことが、今の私にできること。

 

覚悟はできてる。

 

 

 

 

 

「あなた、誰?」

 

 

 

 

 

 

 

「私ハ、アナタ。アナタハ、私。ソシテ、」

 

 

 

「..........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私ハ、『ヴァーチァル・インサニティ』」

 

 

 

 

『ヴァーチャル・インサニティ』

 

 

それが、名前.....?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリジナルのスタンドです。
Jamiroquaiから。
できるだけ、これからはオリジナルのスタンドは出さないつもりでいます。
題名は、うどんの中二スペル風。


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悪霊にとりつかれた女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ以上は動かないで!」

「頭に穴が空いてちゃ、後悔もできないわよ!」

 

 

私は"ヤツ"に人差し指向ける。

いつでも撃てる。いつでもだ。

 

"ヤツ"の前には、てゐと私の師匠である、

 

『八意 永琳』様。

 

どうやらてゐは、師匠を呼びに行っていたらしい。

でも今はタイミングが悪い。"ヤツ"と師匠をかなり近づけてしまった。

 

 

「これは...」

 

 

師匠がそう口にする。"ヤツ"について何か知っているのだろうか。

 

その後、てゐに独り言のように語りかける。

 

 

「重度の幻覚症状.....」

 

 

「あんた、ほんとにどうしちゃったの?」

「お師匠様に構えるなんて....」

 

 

師匠は鬼気迫る表情になった。

 

 

「...てゐ!2番の薬棚、H-3からL-2まで全部持ってきて!」

 

 

「りょーかい!」

 

 

てゐは踵を返し、急いで薬品を取りに向かった。

 

え...!?

もしかして二人には見えてない? なんで?

 

 

崩れそうな脳内を、私は必死に抑えた。

相変わらず、師匠はあらぬ方向を向いている。

すると師匠は、目の前にいるはずの"ヤツ"を透過し、私に近づいてきた。

そして、「鈴仙」と私に呼びかけた。

 

 

「大丈夫よ。安心して、私が解る?」

 

 

すり抜けた!?

 

私は混迷の念に支配された。見ている光景が、スクリーンに映し出せれた映像のように感じられ、現実が徐々に色を失ってゆく。

師匠の問は、私の胸には届かなかった。

 

まさか、視認できないのに加えて、実体がないなんて。これは本当に幻覚.....?

 

私の両肩を持って呼びかける師匠。何を言っているのか解らない。

その裏では、"ヤツ"がまだそこに立っている。

それでも、自分の波長も、周りの波長もいたって正常。これが現実であることを証明していた。

 

 

私は幻覚なんて見てない。

二人が見えないだけ!

"ヤツ"はいる。今そこに!

なんで、わからないの!?

 

 

私は無意識のうちに、胸中の声をブツブツと呟いていた。

 

 

「鈴仙.....」

 

 

師匠が私を、憐れむような目で見る。その目には、薄らと光が煌めいたような気がした。

 

 

 

「違う!」

 

 

違う。私はおかしくない!

これは罠だ。私にかけられた罠だ!

 

頭の中が真っ白く霧に覆われた。

極めて煩わしい障害は、払おうと扇いでも意味がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーバンッ!!

 

 

 

 

私は師匠越しから"ヤツ"に発砲した。

ちょうど、師匠を盾にするような形だった。

 

人差し指先から放たれた弾丸は、一瞬にして、"ヤツ"の脳天に到達する。

当たったようには見えた。

でも、実際は、後ろの掛け軸に弾痕を残すだけだった。

貫通したわけじゃない。透過した。師匠と同じように、私も"ヤツ"に干渉することは叶わなかった。

 

 

師匠は驚いた様子で私を見ている。

 

私が撃ったことに驚いたのか、至近距離での突然の発砲音に驚いたのか、どちらかは分からないが、ひどく驚いた様子だ。

 

 

 

師匠から目を上げた時、前に"ヤツ"はいなかった。忽然と消えていた。

まるで、元からそこには、何もいなかったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

私は駆け出していた。

ひたすら走った。裸足で竹林を抜けた。

とても冷える日だったのに、そんなことは、まったく気にならなかった。飛ぶことなんて考えもしなかった。

 

胸を茨で締め付けられるような痛みと息苦しさ。それと同時に膨れ上がる寂しさに耐えられなかった。

 

 

私は頭がおかしくなったの?

 

 

普通、頭がおかしかったらこんなこと考えない。そう自分に言い聞かせた。

 

どこへ行くでもなく、道なりに歩いていた。

 

 

 

 

 

行く宛がないまま数時間さまよった。子の刻はとっくに過ぎただろう。

 

幻想郷はこんなに寂しい所ではないはずだ。

辺りは驚くほど静かに感じた。

 

素足であるため、足が冷える。土の感触が直に伝わる。

それらが私の孤独感を煽る。

 

 

 

そんなことを知ってか知らずか、"ヤツ"は私の後ろに佇んでいた。何か言う訳でもなく、ただじっと私のそばにいる。

私がどこへ行こうと、いつまでもついてくる。消えたと思えば、瞬く間に現れる。

 

名前は確か、

 

ヴァーチャル・インサニティ...

 

 

妙にしっくりくる。前から知っていたような、懐かしいような感覚だ。

"ヤツ"は私の何なんだ...

 

 

 

永遠亭に戻ろうか?

"ヤツ"が幻覚なら、師匠が薬をつくれるはずだ。あの方にとって未知の症状であろうと、薬をつくることなんてお茶の子さいさいだ。

 

 

...でも、出ていく時、師匠を突き飛ばしてしまった。制止も無視して、出ていってしまった。

 

いまいち気持ちに踏ん切りがつかない。

 

 

戻りづらい。

 

 

 

 

私はため息を吐いた。白くなった息が風に流されていく。

 

 

決断を焦るな。

 

 

そもそも、"ヤツ"が幻覚である証拠は一つもない。幻覚にしてはハッキリし過ぎてい気がする。見せることはあっても、見たことはないけど...

 

師匠やてゐを信じるより、まずは自分を信じるべきだ。

 

 

もし"ヤツ"が私達にとっての害になり得る存在だったなら、私はこいつをみんなの処へ連れ帰ることはできない。

 

 

 

私は、どうしたらいい。

 

そのうちみんなが探しに来るのかもしれない。

でも、"ヤツ"がいる。

 

 

確証もないことを頭の中で立ち上げ、それを捨てては、立ち上げ、捨てては、立ち上げた。何度も何度も。

 

 

 

北風が首筋を撫でた。

私の思考は、こたえる寒さによって遮られた。

この季節に、上衣が一枚では、寒くて当然だ。

私が寝ている間に、いつものブレザーに着替えさせられていたことに気がついた。違和感を感じたが、この際余計なことは考えていられない。

 

とりあえず、まずは寒さをしのぐことに決めた。

 

決まったからには、行動は速い。

すぐさま人里に向かった。

 

 

 

 

三分ほどで到着した。

 

夜中にしてはなかなか活気がある。妖怪がいるせいだろう。でも、私には居心地の悪い限りだ。

当たり前のように、里の妖怪や人間にも"ヤツ"が見えている様子は見られなかった。

 

それはさておき、そこで、新しい靴と防寒のための羽織を二枚買った。ついでに食事処で茶粥を食べた。残念ながら、どこを探しても"洋食"が食べられる処はなかった。

これで手元の所持金は一円を切った。

 

もうここに用はない。

そそくさと人里を出た。

 

 

 

 

次に私は、匿ってもらえそうな人物を考えた。

 

私は"ヤツ"について知らなくてはいけない。

小屋でも、倉庫でも、なんでもいい。そこで、"ヤツ"と向き合いたい。何か解るかもしれない。

 

今、私の中で、"ヤツ"の存在は異変だと断定している。

そんな状況下で、頼れる人物と言えば彼女しかいない。

 

 

 

 

博麗の巫女だ。

 

 

いくらあの巫女が異変解決のプロフェッショナルだとしても、彼女がいつも私情で動いていることに変わりはない。すべて気まぐれだ。協力してくれる保証はない。

 

それに、"ヤツ"を近づけてしまうと、少なくとも彼女を危険に晒してしまうことになる。

"ヤツ"は害らしい害をくわえてきてはいないが、隙を伺っているにすぎないのかもしれない。同様の理由で、永遠亭にも戻ることはできない。

いきなり押しかけて小屋を貸せと言って、あの巫女が納得するかなんて、目に見えている。

 

 

 

事情を承知の上で協力してもらえるのなら、それが一番いい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明けを待ってから神社を訪れた。

 

外からは見慣れた紅白の姿はない。まだ寝ているのだろうか。

私は永遠亭にいた時から寝ていない。外で寝るなんて論外。野宿は嫌だ。そのためにも、なんとしても巫女の協力を得なくてはいけない。

 

私は境内に向かって呼びかける。

 

 

「霊夢〜!朝早く悪いだけどー」

「いるー?」

 

 

返答はない。

おーい、と何度か呼びかけるがまったくもって反応無し。

 

いっそのこと、上がって様子を確かめようかと考えていた矢先、何の前触れなしに障子が三寸ほど開かれた。

 

でも、人影は見られない。

 

下に視線を向けると彼女はいた。

床に顎をつけるかたちで顔をのぞかせている。

 

 

「うっさい、黙って...」

 

 

ひどい寝起き面って感じの霊夢がいる。

 

 

「まぁ、話を聞いてくれると嬉しいかなぁ」

 

 

「.......あと....二時間...」

 

 

そう言うと、霊夢は再び眠りに就いてしまった。

 

 

はぁ、仕方ないか...朝早いし..

 

 

それに、無理矢理起こして気分損ねてはまずい。

 

寒さと眠気に耐えながら、私は縁側に座って二時間待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




年末年始は忙しい!


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無駄のない無駄話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の永遠亭。

 

月明かりに照らされた彼女は言った。

 

 

「お師匠様!追わなくていいの!?」

 

 

先ほど鈴仙が飛び出していったのを目の当たりにした。悪い予感が的中してしまったてゐは、やりきれない気持ちと焦りを感じていた。

 

彼女とは対照的に、隣の永琳は毅然とした態度を崩していない。その態度はてゐに不審感を与えた。

 

永琳は、鈴仙を追うどころか動揺すらしていない。

私が薬を取りに行っていた間、二人に何があったのだろうか。てゐはそう思わざるを得なかった。

 

 

「心配はいらないわ」

 

 

薬の必要はなかったと付け足し、戻してくるように言った。

てゐは狐につままれたような顔になった。

 

 

「本当に大丈夫なの!?」

 

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

それ以上は答えず、永琳ただ月を仰ぐばかり。

ぼーっと眺めているようにも見える、深く思案に耽っているようにも見える。てゐの不審感は募る一方だった。どんな考えが永琳にあるのか、知る由もない。

 

複雑な心境を胸に、持ってきた薬を抱えて、渋々部屋をあとにした。

 

てゐの背を見届けた永琳。

 

 

「涙は必要なかったかしら」

 

 

小さく息を吐くように、微かな声で呟いた。

 

張り詰めた冷気を震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョルノ・ジョバァーナという男は、ナポリの某大学で古生物学を専攻している。

彼は齢26という若さで、助教授の地位についている。組織に頼らず、自己の力のみでその地位に上り詰めた。13歳という若さで大学に入ったフーゴから見ても、目を見張るものだった。

 

 

これが、ギャングスターの裏の顔、もとい、ジョルノ・ジョバァーナの表の顔。

 

 

 

もともと知的探究心が旺盛だった彼にとって、勉学は苦にならなかった。古生物学という、未知の宝庫である学問は、彼にうってつけだった。

 

ジョルノが補佐役を務める教授は、昨年66歳を迎えた。

教授は、若くして助教授を務めるジョルノを快く思っていないのか、彼に口煩く、邪険に扱う。どんなに完璧に助手を務めたところで、微々たる点にケチをつける。揚げ足をとっているわけではなく、言い掛かりに近い。

科研費の申請を蹴られたり、路頭に迷う研究も相まって、教授の髪は後退するばかりでなく苛立ちで血管が切れそうなほどだった。

 

「最近の権力者共はグズばかりだ。大地への敬意を知らん。知っていれば、どこに金を回すべきか分かるはずなのに、馬鹿なことに無駄遣いしおって.....わしに金さえあれば、このフェルディナンドの名は偉大な古生物学の権威としてーーーー」

 

ジョルノ相手に何度も同じ演説を繰り返す。

これは半ば口癖のようになっている。

そんな教授を尻目に、ジョルノは、助手の仕事の合間を縫って独自に研究を進めていた。

教授の無駄の多い仕事ぶりに、愛想つかすばかりか、眼中に無かった。

進めている研究も、サン・ジョルジョ山で新たに発掘された化石についての論文が完成したため、終わることなる。つまり、教授との無意味な関係は、今年中に終わることになるだろう。

 

一度、フーゴが大学の研究室を訪問した際、初対面にも関わらず、教授に酷い邪魔者扱いを受けた。仕事中、絶え間なくタバコをふかし続けている教授に、フーゴは少なからず軽蔑を覚えた。余程機嫌が悪いのかと、フーゴは思い、こっそり尋ねたが、ジョルノ曰くこれがいつもの調子らしい。

それよりも、フーゴが驚いたのは、大学にいる間ジョルノは髪型をストレートに下ろしていることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フーゴはそう、ぼんやり思い出していた。

 

することもなく、目のやり場にも困る。整える必要もないのに髪を触ったり、喉が乾いてもいないのに茶を啜っていた。

 

相変わらず、右隣ではジョルノと八雲紫がたわい無い会話をしている。

正面には霊夢、ちゃぶ台に突っ伏している。

 

右隣の今の会話は、本当に取るに足らないものだった。日本の風土や世界状勢、そして、ジョルノの大学の話が話題に上がるほどだ。ジョルノから溢れ出る違和感、紫から溢れ出る不審感をフーゴは怪奇な目で見つめながら感じていた。そんな二人が、昼下がりの喫茶店にでもいるような会話を繰り広げている。

今のジョルノは、うっかりスタンド能力の秘密をポロポロと吐露してしまいそうな勢いだった。マヌケな姿のジョルノをフーゴは想像したが、急いでかき消した。

 

 

 

「.....それでは次は、貴女の話を聞かせてもらえますか?」

 

 

「貴方ほど面白い話はありませんわよ」

 

 

紫が微笑んだ。

 

あれこれフーゴが考えているうちに、ジョルノの話が一段落ついた。

先ほどまでジョルノは、紫の「何者か?」という質問に、丁寧に答えていた。

スタンド能力があることは先ほど霊夢に伝えていたため、今更とぼけるのは無意味であった。超能力を持っていると言っても、霊夢同様反応は薄く、追求はない。ギャングであることは伏せた。その代わり、意味を持たない事実の羅列を脱線を交えながら話した。もちろん故意の。

 

 

紫はジョルノを見つめる。

 

朗らかな優しい目、祖母が孫をなだめるような、慈愛に満ちた眼差し。

自分達がギャングであること、相手の懐を疑い深く探っていること。ジョルノは、すべて悟られている気がしてならなかった。

 

ひどく不快な不安が胸を突く。

 

しかし、胸中を態度には出さなかった。

長年連れ添ったフーゴでさえ、察することはできなかった。

 

 

「結構ですよ。それより、いきなり現れる貴女こそ何者なんですか?」

 

 

「ただの妖怪よ」

 

 

それだけか?

どう見ても人間にしか見えない。

 

フーゴと同じことを思ったのか、ジョルノは霊夢の方を凝視する。

 

視線に気づいた霊夢がムスッとした顔をする。

 

 

「私は人間よ。失礼ね」

 

 

「紛らわしくって、ごめんなさい」

 

 

紫が口を挟みながら笑う。

 

 

「これほど人と妖怪は似通った容姿をしているのですか...」

 

 

ジョルノの質問が飛ぶ。

 

 

「そうとも限らないわね、まあそう深く考えないで」

 

 

同じような事ばかり言われ、フーゴは呆れる。

 

 

「あなたは人間に似た妖怪ってことでいいのか?」

 

 

「まあ、そう言うこと。物分りが良いわね」

 

 

紫がフーゴに目を向ける。目と目が合う。

 

フーゴはどきりとした。

咳払いをして話を続ける。

 

 

「.....で、その妖怪さんが僕らに何の用があるんですか?無駄話ばかりしてないで、さっさと話を勧めて欲しい」

 

 

「あら、忘れたの?」

 

 

彼女が口にした覚えはないが、言うだけ言う。

 

 

「元の場所に帰してもらえるかってことですか?」

 

 

「そうよ。その話」

 

 

霊夢が気の抜けた目で、紫を見る。

 

フーゴが詰め寄る。

 

 

「帰せるんなら早く頼みたい」

 

 

「まあ、そうよね」

 

 

「僕らには、やるべき事がある」

 

 

ジョルノ達は組織が隠した麻薬と多額の資金をまだ処理していない。こんなところで油を売っている場合ではなかった。

 

二人の会話見るジョルノは、紫と話をしていた時とはうってかわって、神妙な顔をしている。

 

 

「そう...やるべき事、ね...」

 

 

「ああ」

 

 

「外の世界で?」

 

 

「?....当たり前だろう」

 

 

質問の意味が汲めないフーゴ。

一瞬、彼は、紫の目つきが変わったのを感じた。それはジョルノの目も同様だった。

 

 

「貴女、いえ紫さん」

 

 

「はーい?」

 

 

ジョルノの呼びかけに、妙に間延びした声で彼女が答える。

 

 

「2つ、質問をしてもいいですか?」

 

 

「どうぞ、お構い無く」

 

 

軽い口調で了承する。

 

ジョルノがふっと息を吐く。

それと同時に、彼の姿が二重写ししたようにブレる。"スタンド"がゆっくり彼の体から抜け、左に添う。

 

フーゴは静かに驚愕し、目を見開いた。

ジョルノが次にどんな行動に出るのか、固唾を飲んで見守る。

 

 

「これが、見えますか?」

 

 

ジョルノは、自身のスタンド、ゴールド・エクスペリエンス・Rに指を刺す。

 

 

「これって?何のこと?」

 

 

紫の隣にいた霊夢が珍しく反応を示す。

 

しかし、紫は黙ったまま何も口にしない。

ただ、ジョルノの瞳を見つめるのみ。

 

 

「そうですか...では、もう一つの質問をしましょう」

 

 

困惑していた霊夢も黙る。

 

 

「僕の能力を見ましたね?」

 

 

フーゴは、自分の唾を飲んだ音が、異様に大きく聞こえた。

 

瞬間、膨らむ敵意。

 

 

 

 

 

 

フーゴが急いで膝を立てる。

 

 

カタンッ

 

その時に、ちゃぶ台のへりに膝をぶつけて上の湯呑みと急須が揺れる。

 

しかし、フーゴはそれ以上動かない。

 

 

「貴方達は何をしに、この地に来た?」

 

 

「あッ..う」

 

 

紫はフーゴの首元に扇子を突き付けていた。

瞬く隙も無く、フーゴの裏に回っていた。

 

 

「今度ばかりは、どうか誤魔化さないでくださいな。返答次第では、どうなるか。想像に難しくないはずよ?」

 

 

誤魔化していたのはやはりバレていたようだ。僕らの持っている超能力、つまりスタンド能力について興味が無かったのは、単に振りをしていただけらしい。

ジョルノは自分の甘さを咎めた。

 

 

「貴女は何か勘違いをしている。僕らはここに来たのは不本意だ」

 

 

「あくまで、偶然だと?」

 

 

ジョルノの声に怒気が帯びる。

 

 

「そうだと言ってるんですよ。もう言わせないでくださいよ」

 

 

「外の異変の影響を受けない為に、私が結界の強化をした意味は?」

 

 

フーゴは人質に取られながらも、意を決して上手に出た。

 

 

「アンタの強化が甘かったんじゃないのか?」

 

 

紫が扇子でフーゴの首筋を撫でる。

首筋から、寒気と恐怖が全身になだれ込んでくるのが分かる。

 

 

「誰が、口を開いていいと言った...?」

 

 

耳元で囀るように、紫は言う。

 

フーゴは思う。

同じような事を口にする奴は幾らかいた。いつもなら、チンケな物言いだと、鼻で笑いたいところだ。

だが今は、口を噤んだまま、体が凍りついたように動くことが出来ない。

 

ジョルノは俯いて考える。

 

 

 

 

 

「果てしなく無駄な行為だ....」

 

 

そう呟くジョルノの様は、霊夢の目には、ひどく惨めに写った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




霊夢は超能力(スタンド)について、本当に興味ないです。


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隙間とスタンド

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい。霊夢。

貴女を巻き込んでしまって....場所を変えるような余裕はなかった。

 

紫は心の中で霊夢に謝罪した。

 

 

「紫、あんたはもっと頭が良いと思ってたけどねぇ...」

 

 

「........」

 

 

霊夢の辛辣な言葉が刺さった。紫は言う言葉が見つからない。

 

 

言ってくれれば良かったのに、と霊夢は小さくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに来て、僕らが何かするとでも? そう疑っているんですよね?」

 

 

「そうね...」

 

 

「貴女と僕らの間には誤解が多い、それを一つ一つ解いて行きましょう」

 

 

気に食わない態度の紫は、いつになく神経を尖らせる。

 

フーゴを人質に取るのは大きな賭けだったが、得たものは大きい。しかし、仲間が窮地に立たされた状況で、捨て身覚悟の攻撃を仕掛けてこないとも限らない。紫は依然、緊張を解くことはない。

 

 

「それだけ疑うってことは、何か根拠があるんですよね?」

 

 

彼女にとって、人間の口を割ることなど簡単なことだった。

勿論、彼女自身もそう思っていた。だからこそ、今の用心深い彼女を作っている。

 

 

「今の幻想郷と、外の世界。どれほどの相違があるか、貴方には分からないでしょうね」

 

 

「と言うと?」

 

 

「時間軸を切り離すのに、私達は半年掛かった。」

 

 

時間を分かつ程の結界は、まさに無縫天衣。それは強固なものだった。

幻想郷の管理者である紫でさえ、充分な準備を行わない限り、外の世界とこことを行き来することはできない。

そして、外の世界から幻想郷に入るためには、念入りな準備の他に、幻想郷内での協力者が必要不可欠であった。

 

 

「管理者である私でさえ、結界を自由には通れない」

 

 

なるほど、とジョルノは口に出す。しかし、彼が心からそう思っているようには見えない。

 

 

「では、僕らが意図的にこの地に来たと?」

 

 

ジョルノは続ける。

 

 

「来る術もないのに?」

 

 

紫はジョルノを睨む。

 

 

「そう言い切れるのは貴方達だけ。こっちは"あんなもの"を見せられているのよ?」

 

 

「僕の能力は貴女の思っているほど万能じゃない。貴女の力よりもずっと単純だ」

 

 

ジョルノの声が強まる。

 

じゃあ偶然? そんな筈がない。

外の世界で忘れられようと、境界を操ろうとも、神が望もうとも、超えることはできない厚い壁。それが今の結界。

偶然入ったで片付けられることではない。

 

 

「その"単純な能力"。説明して貰えるかしら?」

 

 

「体感した通りですよ。貴女程の人なら検討はついているはずだ」

 

 

貴女は妖怪でしたね、と付け加えた。

 

 

「.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

今日は何故だか分からないけれど、違和感があった。

 

心の底を擽られるような、もどかしく不愉快な感覚。こんな気分になったのは、いつぶりだろう。もしかしたら、初めて感じる本当の意味での、不安というものなのかもしれない。

 

それらを抑えるために、私は座った。

 

視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚を閉じてみる。私が隙間妖怪である存在理由を今ここで見極めるほどの心持ちで、私は俗に言う、精神統一をした。

 

一物の不安でも、睡眠時には邪魔されたくない。ただそれだけの気まぐれ。

 

 

 

再び私の五感が働きを取り戻した時、自分の脳が何倍も膨れ上がるような気がした。そう思ったのも束の間。膨れたような感覚は徐々に収まっていった。それと同時に、自身を取り巻く環境が鮮明になっていく。

 

漠然とした霧のような不安は、収縮して形を作る。

違和感が明確な異常に変わった。

 

 

博麗神社に外来の男が二人。霊夢もいる。

 

完全に閉鎖されたこの幻想郷では、この事実は明らかな異常。

私は結界を過信したことを悔やむ。しかし、それは過信しても良い程の出来だったはず。

 

それほどのアブノーマル。

現れた二人の男は只者ではない。

 

目的は?

 

支配? 好奇心? それとも殺戮?

 

結論を急ぎ過ぎるのはまずい。

今、藍には別の件で動いてもらっている。既にてんてこ舞いの状態にある彼女に、更なる重荷は酷というもの。

 

結局、私が彼らに直接聞くのが手っ取り早い。

 

そうなれば、まずは捕らえるのが先。互いの手の内が分からない状況で、私の隙間で先手を取るに越したことは無い。

 

 

 

紫は虚空を見る。

 

そこに深い黒色の線が音もなく現れる。

 

 

 

私は空間に境界線を引く。

その線の隙間から、他の空間を繋げる。

 

幾度と繰り返した所作であるはずなのに、ひとつひとつを無駄に意識してしまう。

精神統一で研ぎ澄まされたのは能力と感覚だけではない。重要なのは根底にある精神。

 

 

私は隙間から神社へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日暮れ博麗神社は、いつもと変わらぬ様子で座していた。縁側のそばに立っている例の男二人を除けば。

空中から様子を見るに、二人は何か話しているようだった。

 

 

 

「やっぱり彼女のことを信じてるのかい?」

 

一人の男が言った。

 

 

「どちらでもない。どっちであろうと関係ない。審議はミスタに任せましょう」

 

ミスタとは一体、仲間がまだいる?

彼らの言う、彼女とは霊夢のことだろうか。だとするならば、既に接触済みということになる。

肝心の霊夢自身は神社の中にいる。無事のようだ。

 

肝心の目的が見えない。

が、ここまで来てまで考えるのは、ナンセンスというもの。

 

 

 

 

早いところ捕らえて吐かせるとしましょうか。

 

まずは背中を見せている、手前の"巻き髪"から...

 

 

 

 

 

 

 

 

紫の動作は恐ろしく速かった。

 

手前の"巻き髪"、ジョルノの奥にいたフーゴは、その瞬間、彼から目を離してはいない"はずだった"。

 

フーゴが瞬きをしたところで、その動作は行われた。

 

彼が再び瞼を上げた時、既にジョルノの上半身は隙間の中に飲み込まれていた。

フーゴは当然理解が追いつかず、ジョルノの上半身から上が吹き飛んだのかと錯覚した。

 

そう解釈した時にはもう遅く。隙間の中から覗く彼の足に、彼の名前を叫ぶことしかできなかった。

 

 

「ジョジョォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

 

 

彼の空しい咆哮は続く。

 

 

 

ォーーーーーーーーーー!

 

 

 

まだも続く。

 

 

 

ォーーー〜〜〜〜〜

 

 

 

鬱陶しい。早いところもう一人も....

 

 

 

ーーーーーーーーーォォォォォオィジョィジッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の奇声が全ての合図となった。

 

 

枯れ落ちた葉が地面からふわりと浮き上がり、近くの古木の枝へと張り付く。

そして空には、尾を進行方向として飛ぶ、物理法則を完全に無視した鳥の群れ。

 

 

紫は自らの手で、先程捕らえたジョルノを開放した。

 

 

!??

 

 

 

 

 

 

 

紫は置かれた状況を整理する。

 

 

 

今、身体の自由が効かないでいる。

身体は私の意志に反して、先程までの動作の軌跡を逆から辿っている。

手前の"巻き髪"を捕らえた間の時間を、まるでビデオテープを巻き戻すかの如く逆再生が、はっきりとした現実で起こっている。

 

 

時間が巻き戻っている。

 

吸血鬼のメイドと同じもの? しかし、前後の記憶ははっきりしている。只の時間の逆行ではない。この男の力なのか、それとも第三者によるものなのか。

 

 

 

何処からともなく声が聞こえる。

 

 

 

 

『真実』ニ到達スルコトハ決シテナイ。途切レタ"運命ノ糸"ハ、再ビ新シク紡ギ始メル....

 

 

 

 

 

『真実』、『運命』。

この声はどこから...?

 

姿は見えないが、解る。見えずとも巨大な存在が。空気がまるで違う。

 

私は目を凝らすよりも先に、"可視"と"不可視"の境界を弄った。

 

 

 

時間の逆行は終わり、静止した時間の中で"それ"はいた。"巻き髪"の隣で、寄り添うように浮いている。

 

黄金の身体と、華のように開いた頭部。

光に満ちた眼差しの上にある、鏃の形をした額の紋。

一生命体とは思えない程の、エネルギーの横溢。

 

 

 

私は"絶対"の体現を見た。

 

 

 

 

 

 

程なくして、それは"巻き髪"と重なり合い、一つとなった。

なれば、第三者の存在という仮説は、無いと言っていい。

 

 

そして、時は再び刻み始めた。

 

空中から二人を見る私は、最初から"何もしていなかった"。

 

行動前に戻されている。

 

もう一度試そうという気は起きなかった。自身の自尊心を尊重する気はない。まず、幻想郷の管理者たる自覚が、行動を律した。

 

"巻き髪"が時間の逆行を自覚している様子はない。私に対する意識は些かもない。何事も無かったかのように、二人が神社の中へ入っていく。

 

今までに感じたことのない焦燥感が、胸を逆撫でる。"こいつ"が外の人間であることを考えると、得も言われぬものがある。

 

彼らが何を成そうとしているのか。知らねばならない。知らねば、まずい。

 

 

 

 

紫は、二人の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「真実には到達しない、そう言っていたわね」

 

 

霊夢はそれを聞くや否や、声を上げた。

 

 

「はぁ? 意味解んない。それがこの人の力だって言うの? そもそも言ってたって、どういうこと....」

 

 

言葉切って、うぅと唸り頭を抱える。

 

 

「やはり見たんですね。僕の"スタンド"を」

 

 

彼の言う"スタンド"とは、彼らの扱う超能力の総称。当然、一人一人能力は違うはず。

となると、このフーゴという男の能力は、ジョルノとは違い、防衛に秀でている訳ではないことになる。今彼を人質に取れているのが良い証拠。たとえ彼がどんな能力を持とうと、これほどの距離ならいつでも殺れる。

 

 

「見たわ。美しい西洋彫刻のようだった」

 

 

ジョルノは、思ってもいない発言に冷や汗をかいていた。

 

紫が述べたのは、能力のことではなく、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムのスタンドヴィジョンについてだったからだ。

 

ジョルノは紫の隙間の全貌を知らない。

 

スタンドはスタンド使いにしか見ることはできない。一部例外はあるが、スタンド使いの中での常識だ。

 

彼女はスタンド使いなのか、否か。

はたまた、これが妖怪の力?

 

 

「私は、その"スタンド"とやらは持ってないわよ」

 

 

紫は扇子を弄びながら言った。

 

汗が背中を伝う感覚を、ジョルノは重く感じる。

思考を読まれて、いい気分はしない。

 

 

「なぜ見えるのか、聞いても?」

 

 

「生憎、教える道理を持ち合わせてないわ」

 

 

掌を見せ、戯けてみせる。

 

それを前に、態度を崩す様子のないジョルノは、あっさりと言い放った。

 

 

「僕の全てを話しましょう」

 

 

紫を一瞥して、捕らえられたフーゴに目を向ける。

 

 

「フーゴ、あなたもだ」

 

 

フーゴは無言で小さく二回頷く。

 

紫も黙って話すよう促した。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作を東方に変更しました。
それと、いつかの"幽符"ってすでに幽々子が持ってましたね...
緋想天とかやってないんで!(吹っ切れ)


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目覚めの光

 

 

 

 

 

 

 

 

紫とジョルノとフーゴ。この三人が神妙な顔で対峙しているすぐ横で、霊夢はある重要なことを思い出した。

 

それこそ、この状況が煎餅の歯クソほどどうでも良くなるようなことだった。

 

 

 

 

 

 

鈴仙のやつ遅いわね。もしかして、私の渡したお金でおやつでも買ってるんじゃ....

 

 

 

 

 

ジョルノ達が来る、ほんの一時間程前。

 

霊夢は居候させてあげている鈴仙に、人里へのお使いを頼んでいたのだ。

というのも、身の回りの雑用をやってもらう代わりに、彼女の居候を許していたためだった。

 

 

 

いきなりあいつが、

 

「私、悪霊に取り憑かれたの! あなたの力で何とかできないかしら?」

 

と言ってきた時はさすがに驚いた。

こんな宇宙兎がそんなものに憑かれるか?

 

一応調べてみたけど、悪霊やそれに連なる霊の類は見られなかった。

そのことを伝えると彼女は、露骨に落ち込んだ様子で言った。

 

「じゃあ、ここに居させてもらえない? 勿論タダでとは言わないわ」

 

という訳で、物置を貸す代わりにあらゆる雑用を引き受けて貰った。

 

 

もう七時を回っただろうか。

あいつをお使いに出してから、二時間以上経っているが、一向に帰ってくる様子はない。ここから人里までは、飛べば大した距離ではないはずだ。

 

 

さすがにお腹が空いたわ。

 

 

気休めにお茶を飲むが、勿論お腹は膨れない。超能力だとかなんだとか、もうどうでも良くなってきた。

 

鈴仙に対する懐疑の念は大きくなるばかり。

 

三人間の緊迫した空気感を尻目に、霊夢はちゃぶ台にだらしなく突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴仙は、これまでの経緯を話し終わった後、改めてミスタに質問していた。

 

 

「本当に見えないかしら?」

 

 

「見えねぇよ」

 

 

鈴仙が嘲笑うかのように、ニヤニヤと俺の顔を覗き込む。

 

ミスタは思わず目を逸らす。

 

 

「本当ぉ?」

 

 

こいつには俺が嘘をついているという確信があるらしい。何が根拠かは知らないが、それに対して絶対的な自信があるようだ。

 

 

「はぁ...根拠はあるのかよ?」

 

 

鈴仙は得意気な顔で言う。

 

 

「波長よ、は・ちょ・う」

 

 

「波長?」

 

 

音楽プレイヤーの小さなモニターで、忙しなくのたうち回る光線を思い出した。

 

 

「それが何だってんだ?」

 

 

「分かるのよ。私は」

 

 

彼女は、出来の悪い生徒を指導する教師のように語り始める。

 

 

「生物を取り巻く環境には、波長が大きく関わっているの。例えば、振動、光、音、それに脳波。それぞれ波長が存在するわ。私はそれが感覚的に分かるの、そして操ることも出来るってワケ」

 

 

「だから何だってんだよ...」

 

 

「あー..まだ分からないの?」

 

 

鈴仙は半ば嘲笑気味に言う。いちいち腹が立つヤツだ。

 

 

「心拍の振動や脳波の乱れを見れば嘘が分かるってこと。嘘発見機と同じ要領よ」

 

 

「ふーん、なるほどねぇ...そいつは便利だな」

 

 

鈴仙の言っていることは、どうにも嘘じゃあないらしい。しかもこの力、"スタンド能力"とは別の力だ。これが妖怪ってことか...

 

嘘が筒抜けな以上、もう隠す必要もない。妖怪についても良く知ることができた。

 

 

「さっきは波長を見損じたけど、あなたやっぱり人間でしょう?」

 

 

鈴仙はミスタに詰め寄った。

 

 

「そうだよ、そうそう。俺はただの人間さ。さっきの"アレ"も見えているし、正体も知ってる」

 

 

ミスタは諦めた様子で、ぶっきらぼうにそう言った。

 

 

「正体を!? 本当に!?」

 

 

鈴仙はミスタの顔色を見つめながら少しの間思案していたが、すぐに顔の緊張がとけ、安堵した表情に変わった。

彼女はほっと胸をなで下ろすと、呼吸を整える。

 

 

「い、色々....聞きたいことがあるの。まず、"あいつ"は何? "あいつ"に害はあるの? 誰かが仕組んだものなの? そして、それを知るミスタは何者? あなたにも"あいつ"がいるの?」

 

 

彼女はミスタにグイと近づいて肉迫する。文字通り、質問攻めだ。

 

 

「まぁ待て。質問は一つずつにしろ」

 

 

覚悟はしていたが、面倒なことになりそうだ。

まずミスタは自分の知識を整理する。

 

 

「ええと、じゃあまずは..."あいつ"の正体について教えてもらえるのかしら?」

 

 

鈴仙の背後には、タイミングを見計らったかのように、例の人影が立っていた。

 

ミスタは、暫くそれを眺めながら答えた。

 

 

「コイツの名は"スタンド"。お前自身だ」

 

 

鈴仙の脳裏に、このスタンドが初めて現れた場面が浮かぶ。

 

 

そう、"こいつ"は最初から言っていた。

 

 

 

「私は、あなた。あなたは、私?」

『私ハ、アナタ。アナタハ、私』

 

 

真の名前は、

 

 

「ヴァーチャル・インサニティ...........」

『ヴァーチャル・インサニティ』

 

 

 

鈴仙の呟きを、呼応するように自身のスタンドも声に出す。

その声は、鈴仙の声と瓜二つであった。

 

 

「だんだん解ってきたか? スタンドってのは自分の精神力の具現化なんだよ」

 

 

スタンドは、主人と同じような紅い瞳を持っている。鈴仙はそれをまじまじと見つめる。

 

 

「これが私の、精神力?」

 

 

「そうだ。勿論、お前自身の意思で動く」

 

 

スタンドも黙ったまま、コクリと頷く。

 

突拍子もないことだったが、気が動転しているからなのか、スタンド(自分の精神)が肯定してしまっているからなのか。鈴仙には不思議と理解出来た。

 

 

 

 

そして、鈴仙はあることに気がついた。

 

 

 

 

「.....買い物袋っ!」

 

 

「!? うるせぇな、いきなりよー」

 

 

ミスタは引き気味に反応する。

 

 

「買い物帰りだったのすっかり忘れてた! 」

 

 

そう言って道の外れに向かう鈴仙。

 

 

「.........」

 

 

そんな彼女にミスタは待ったを掛ける。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

「...?」

 

 

怪訝そうな顔をしてミスタに振り返る。

 

 

「買い物袋はそこにあるのか?」

 

 

ミスタは道の外れの茂みを顎で指しながら言った。

 

 

「ええ、あなたを見つけた時に袋を置いたっきり、そのままだったの」

 

 

「なるほどな、それじゃあ...」

 

 

ミスタは彼女に改めて向き直った。

 

 

 

 

「スタンドで袋を取ってみせろ。その場を動くんじゃねぇぞ?」

 

 

「.....へ?」

 

 

彼女は暫く惚けた顔をしていた。

彼の意図を察せたのか、打って変わって顔に緊張が現れ出す。

 

これは彼なりの"教え"なのだと。

 

 

 

 

 

ミスタが瞬きをする内に、彼女の背後にはスタンドが出現していた。

 

 

「.....」

 

 

いつもいつも、気づいたら居やがる。恐ろしいスピードだ。このスピードこそが鈴仙の"スタンド能力"なのか? 解らねぇ....

 

 

 

相手に敵意が無いとはいえ、スタンド能力の考察をすることは、ミスタの中で半ば癖のようになっていた。

 

 

 

 

「やる前に、コツとかあったら教えてよね」

 

 

意味があるのかないのか、鈴仙は手首と首を回している。

 

 

「そうだな..........スタンドは精神だからな、取りたいと思うことだ。それか、取るまでのイメージを頭の中で正確に意識しろ」

 

 

「分かった。やってみるわ」

 

 

彼女が言ってから、一息の間も開けずにスタンドすんなりと動き出した。

 

魚のヒレのようなモノが付いている刺々しい見た目とは裏腹に、その足取りはどこか女性的で、ゆったりとしていた。

 

 

「......おぉ....う、動いた...!」

 

 

(思ってたよりカンタン!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスタには二つの思いがあった。

 

ミスタは未熟なスタンド使いを鈴仙の他に数多く見てきた。スタンドの上達速度には勿論個人差がある。それを考慮しても、鈴仙は他と逸脱するほど早く、滑らかに動かしていたことだ。

 

そしてもう一つ、瞬時に現れる彼女のスタンドは、スピードがあると思っていた。が、動きを見る限り、そのようなものを持ち合わせているとは思えないことだった。

 

 

ミスタは主に後者について、考察を進めていた。

 

 

 

なんだ、どんな能力だ? ぶっ飛んだ能力だったら、扱い方が慣れてねぇとシャレにならん。

 

 

 

考えを巡らせるうち、いつの間にか鈴仙は、スタンドから袋を受け取るというところまできていた。

受け取った鈴仙は満足気にミスタを見た。

 

 

「どう? 凄くない!? ()()()、私の思うがままに動くわ!」

 

 

「お前みたいに最初からそんなに上手く扱えるヤツはいなかったぜ」

 

 

彼女は露骨に照れていた。それを隠すためか、わざとらしく腰に手を当てて胸を張る。

 

 

「ま、まぁ.....私もエリートだからね♪」

 

 

一体何のエリートなのか知らないが、ご満悦な様子ならそれでいい。

 

鈴仙は真のスタンド能力を理解出来ていない。能力を知り、適切な助言を与えなければ、自身が危険であることを、ミスタは重々承知していた。

 

 

万に一つもありえねぇが、フーゴみたいな凶悪な能力だった時のことも想定しておかねぇとな.......

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼女は神社に戻ると言った。買い物途中にあったのだから当然だ。

 

俺はどうしようか。

 

とりあえず監視の意味を含めて、鈴仙と共に一度俺も神社に戻ることにした。

ジョジョに明日までの時間を貰って飛び出したというのに、もう帰るのは少し恥ずかしい気もするがここは我慢する。

 

 

 

 

 

「神社へ行くんだろ。早くしろよ」

 

 

鈴仙より十数メートル先に進んだミスタが彼女を急かす。

袋を両手で抱えた彼女が顔を出す。

 

 

「見て分からないの? 無理言わないでよ! それにあなたが飛べないからこっちだって.........」

 

 

「分かった分かった、悪かった」

 

 

ミスタは踵を返して、袋を持つのを手伝おうと彼女に歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴ.....

 

ゴロゴロゴロゴロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴゴォォォン!

 

 

突然の閃光と轟音。

 

一瞬にして視界がホワイトアウトした。

 

 

 

 

 

 

「きゃぁ!!」

 

 

「うぉおおおッ!」

 

 

あまりの唐突さに、鈴仙は荷物を取り落とし、ミスタは目を閉じ腕で顔を庇った。

 

 

 

 

 

 

 

空から"稲妻"が走った。

 

 

 

 

ミスタは目を瞑る前それを目撃していた。

 

 

鈴仙は何が起こったのかまるで理解出来なかった。なぜなら、事象は彼女のすぐ後ろで起こったのだから。

 

 

ミスタは確かに稲妻を見た。しかし、空には雲一つなく、綺麗な星が輝くばかりだった。

 

 

「....クソッ!」

 

 

ここに来てから分かんねぇことばかりだ。神や妖怪やらを考えるだけで手一杯だってのに、次は超異常気象か?

 

 

中身がこぼれた買い物袋の隣で鈴仙が力無く座りこんでいた。

ミスタはそんな彼女に駆け寄ろうとする。

 

 

彼は歩みを止める。

 

彼女が立ち上がったのだ。

 

その様子を見て彼は安堵する。

 

 

「無事だったか。........さっきお前の後ろで雷が落ちてきたんだぜ? 雲一つねぇってのによ。 人間の俺にとっちゃおかしなことなんだが、この幻想郷じゃごく普通だったりするのか?」

 

 

ミスタは彼女に対して冗談半分で問う。

 

 

「さあね、どうかしら」

 

 

鈴仙はミスタに目を向ける。

 

 

「それより私解ったの」

 

 

「 ? 」

 

 

何かおかしい。

 

 

「自分のスタンド能力(新しい力)が!」

 

 

彼女は恍惚な眼差しで、ミスタへ舐めるように熱い視線を注ぐ。

先ほどよりも彼女の瞳は一層紅く見える。

 

 

「ミスタぁ........あなたの、優れた部分が、()()()()()()見えるわ。筋肉や脳、そして精神が美しく燃えている......素晴らしいわ.....」

 

 

「...............!」

 

 

「そんな壊し甲斐のあるあなたに、私は試したくて堪らないのよ......私のスタンドをッ.....!」

 

 

ミスタは懐に手を伸ばす。

自分の得物はいつもの場所にある。

 

 

「あなたも持っているんでしょう? スタンド。出してみなさいよ、ねぇ?」

 

 

 

 

 

 

「ハッ....」

 

 

あーあ、まったくよぉ。今度はなんだ?

外見以外は案外普通のヤツだと思ってたんだがなぁ......

 

 

 

 

「出させてみろよな。 お前のスタンド能力(新しい力)ってやつでよォ〜〜? えぇ? そうだろ?」

 

 

 

ミスタは愛銃を握る。

 

 

 

「ふふ、あなた面白いわね。本当に。本当に楽しみだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスタと鈴仙の間合いは十メートル弱。両者共に詰めようとはしない。

 

 

 

 

この時、ミスタを見つめる鈴仙の目つきは、さながら生き延びを賭けた獣(S u r v i v o r)の眼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Go Easy On Her!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷は闘争を運んでいた。

 

 

強力な電流は、轟音と共に地面を駆けた。

 

いくら巨大な稲妻といえど、土に伝わった電気は長く持たない。

しかし、僅かに残った微妙な電流は、生命体の理性を揺さぶるのには絶妙な値だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

理性が好奇心と闘争で支配され、みるみる消えていく。

戦闘に対するトラウマなど今の私には存在していない。

 

私は何をしているのか。私は私なのか。

溢れんばかりのこの気持ちはもう抑えられない。留まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「派手に啖呵切ったクセして、棒立ちじゃねーかオイ!」

 

 

懐のリボルバーを握りながらミスタは挑発する。

 

その挑発に応えるように、鈴仙のスタンドである『ヴァーチャル・インサニティ』が本体からぬるりと抜け出す。

彼女と彼女のスタンド、並んだ4つの紅い瞳がミスタを睨みつける。それは蜘蛛を想起させた。

 

 

 

来るか....?

射程が分からない以上、こっちは間合いが掴めんな。

 

 

 

 

暫く黙ったままの鈴仙がようやく口を開く。

 

 

 

「それじゃあ....」

 

 

 

紅い瞳が一層濃くなり、黒ずんで見える。

 

 

乾燥した空気がピリピリとミスタを包む。

 

 

 

ヤツは"何か"する!

 

 

嫌な予感を汲み取ったミスタは二歩ほど間合いを空ける。

 

 

直ぐに異変は起きた。

 

 

プツッとテレビのスイッチがオフになったように視界が闇に覆われた。

 

一切光の感じられない正真正銘の闇。目が慣れる様子もない。見渡す限り、一片の光さえ見えない。

 

 

 

辺りを暗闇にする能力。これが鈴仙がスタンド。

 

いや、違う。スタンドの能力には間違いないはずだが、真っ暗にするだけの筈がない。

 

 

考えているうちに、唐突に闇は晴れた。星と月の明かりが差し込まれた。

 

 

鈴仙の姿は探すまでもなく。ほとんど変わらぬ位置にいたが、僅かに違う点があった。

鈴仙は、ゆったりと、本当にゆっくりとした動きでミスタに歩み寄っていた。彼女はじりじりと間合いを詰める。二人の距離は約八メートル。

 

 

 

何の真似だ? そんなに自信タップリかよ。真正面からブチ抜かれてぇのか?

 

 

 

鈍そうな動きであるが、彼女は着実にこちらに迫っている。

 

ミスタは彼女に銃を向けようとした。

 

 

しかし、体はピクリとも動かない。懐に手を突っ込んだまま、全く動かすことができない。

 

またしても異変。

 

 

指一本すら動かねぇ...!

人形にでもなったみてぇに!

だが違和感がある。なぜか動いているという感覚は鮮明に感じる。動かそうとする意思に応じて筋肉の伸縮を感じる。とは言っても感覚だけで、実際には一ミリも動けていない。見えているものとの差がデカ過ぎる!

 

 

 

 

ドゴォ!

 

 

思考を強制的に中断させるように、腹に鈍痛がぶち撒けられる。

 

 

「う゛えッ......痛ぇ!」

 

 

鳩尾(みぞおち)を狙ったボディブローが彼を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし。

 

ミスタの体は、未だに懐に手を突っ込んだ状態で立ち尽くしていたのだ。

目の先にいる鈴仙も、まだ五メートル以上離れている。

 

 

俺は......今......殴られた.....よな?

 

 

酷い吐き気がミスタを襲う。それは実際に殴られたことを証明していた。

 

 

ノロい動きに騙された.... スタンド自体は目では追えないほどのスピードタイプか?

肉眼じゃキツイかもしれないが、『ピストルズ』の出番はまだだ。"出させてみろ"と言ったからには簡単に出す訳にはいかねぇ。

 

 

 

 

畳み掛けるようにまたしても辺りは暗闇に包まれた。しかし、今度は一瞬。直ぐに晴れる。

暗幕を抜けると、目と鼻の先には鈴仙の顔があった。

 

その顔は、禍々しく歪んだ不愉快な笑みをミスタに向けていた。最大限の嘲笑をはらんで。

 

 

「なっ!?」

 

 

コイツいつ間に....!

 

 

 

 

 

ドンッ! ドンッ!

 

 

 

 

 

まずいッ!

 

 

ミスタは咄嗟に発砲してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーかと思われた。

 

 

まただ.....

 

 

確かに銃は構えている。だが、それだけだった。シリンダーに空きはなく、六発の弾丸が収まっている。

だが、銃声も彼には聞こえていた。引き金を二回引いた感覚も勿論あった。二回分の銃声は確かに聞いた。さらに驚くべきことに、銃を持っている手が僅かに熱を感じている。

 

 

 

しかし、鈴仙は依然、表情を変えていない。悪意を含んだ笑みを浮かべている。

 

 

俺は何もしていない.....!?

さっきは咄嗟に撃っちまったが(結果的に撃ってなかったが)鈴仙は撃つのはまずい。こいつの元の性格がこんなとは思えん。何か普通じゃない事情があるのは間違いない。こいつをどうにかして止めなくちゃな....

 

 

動いているような感覚はあるというのに、体は動かない。

 

そして、笑い顔の鈴仙も石化したように動かない。

 

 

 

 

「わかる? わからない? わからないわよね? 触覚を抜かれたアリさん」

 

 

「.......」

 

 

嘲る口調のその声は、紛れもない鈴仙のもの。

しかし、笑顔の鈴仙の口は笑顔で閉じたままである。まるで腹話術のように。その上、声自体は後ろから聞こえているようだった。

 

 

後ろか!? じゃあ目の前のこいつは? 一体どうなってる? クソッ! 振り向きたくても体が動かねぇ。

 

 

ピクリとも動かない鈴仙がついに動き出した。ミスタの背後に回るように、彼の視界の左端に消えていった。当然のごとくミスタは動けないでいた。

もちろん彼はそれに苛立っていた。

 

そう思わされたのも束の間。

 

 

 

 

 

 

自身の意思に反して、ミスタは二回発砲していた。

 

 

 

 

 

 

しかし、無音。

そして、反動で揺れた腕に感覚はない。

 

 

 

 

は?

 

 

銃口は少し下に向いていたため、弾丸はすぐに地面に達した。弾痕からは僅かに煙が漂っている。

 

 

何が起きた。今発砲した? 確かにそう見えた。さっきとはまるで逆。まさか、過去の映像を.......?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふ...

 

 

メキメキと音を立てるほどのフックが脇腹に炸裂した。

 

 

 

 

 

「ッ!?....はぁ...うぅ...ぐ」

 

 

 

骨が軋む感覚が、脇腹から全身に上がってくる。小さく息を吐く音と共に、ミスタは激痛に襲われた。

あまりの衝撃に、彼は思考を鈍らせる。

 

これには堪らず膝をついた。

 

 

「どっちが痛い? 生身とスタンド」

 

 

 

 

......舐めてる。

こんだけ隙が有れば、もっと打ち込める筈だ。

 

 

 

ミスタは血が滲む歯を噛み締めながら、地面を見つめる。

 

その時ミスタは、自分の体が動いていることに気が付いた。

腕を適当に動かし動作を確認する。

しっかりと動く、なんのズレも無く。

 

畳み掛ける出来事で混乱した頭を落ち着かせた。

 

 

そして彼は一つの考えに到った。

 

 

自由の効かない体。暴走する触覚と聴覚。

 

 

これは、視覚と他の感覚との絶望的なレベルの食い違い。

鈴仙のスタンドは視覚を狂わせるのか? 仮に違うとしても、能力の秘密はそこにある。

 

 

ミスタは膝の砂を払いながら立ち上がった。

 

その様子を満足げに眺める鈴仙であったが、彼の違和感に気が付いた。

 

彼は俯いた状態で、鈴仙と対峙していた。目を合わせるのを避けるように、地面を見つめている。

当のミスタは彼女のつま先の前十cm程に目線を合わせ、逸らさないようしていた。

 

 

「もしかして、それで対策してるつもり?」

 

 

ミスタから彼女の顔は見えないが、彼女は笑っているのだろうというのは容易に想像できた。

 

 

これで対策出来てるとは思っちゃいないさ。

 

 

「でも、まぁ。視覚に関する能力だってことは流石に解ったみたいね」

 

 

楽しませてね、と後に小さく呟いた。ミスタには聞こえない程の声で。

 

 

鈴仙が喋っている間にミスタは後ずさって距離をとる。

 

仮の対策に対する鈴仙の反応は自分の推理の不正解を示していた。これが解っただけでもミスタにとって良い儲けだった。

 

鈴仙のつま先を視界の端に捉えながらリボルバーの残弾数を確認する。

 

 

四発。

 

 

彼はすぐに二発弾を込める。

 

 

やはり撃っていた。

体が動かないのではなく、視覚を写真のように固定、または遅くする能力か。

 

 

「ガンマンにとって目は命なんだぜ、分かってんのかそこんとこ」

 

 

「私もそれは凄く分かるんだよねぇ〜」

 

 

だがその場合、突然の暗闇について説明がつかない。

 

根本的な所が違う。

彼はそんな気がしてならなかった。

 

彼は再び銃を彼女に向ける。念のため、鈴仙に視線は向けられない。当然照準は定まらない。

 

 

 

 

そのような状態で、またも暗転。視界が黒く塗りつぶされる。

しかし、一秒も経たぬ内に光が満ちる。

 

 

 

またか...!

 

 

 

今度は視界が驚くほどゆっくりになっていた。体を取り巻く環境がすべてスローモーションになっている。

 

だが、所詮そう見えるだけ。

 

体の感覚は至って正常だ。

とは言え目を潰されているのは、かなりのアドバンテージになる。

 

 

 

 

今の視界には、ゆっくりとこちらに近づいてくる鈴仙の足。そして、俺の銃とそれを握った腕。

 

 

 

 

磨かれた銃の撃鉄には、淡く自分の姿が反射していた。

 

 

ミスタは妙なことに気がついた。

 

撃鉄に写った自分のシルエットが見るからに異質であった。

撃鉄の湾曲を考慮しても、写った自分の姿が、異常に曲がっている。

 

 

身につけた帽子の色がグチャグチャに混ぜ合わせられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ワムウ&ンドゥール
「はぁ? 雑ッ魚wwwww」

待って欲しい。


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