魔法少女リリカルなのはvivid~過去と未来と現代の交差~ (ガイル)
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日常編
一話“出会いと運命の交差”


はじめまして、ガイルと申します。

にじファンで読んでくださいました皆様お久しぶりです^^

こたびは魔法少女リリカルなのはvivid~過去と未来と現代の交差~に足を運んでくださいましてありがとうございますm(_ _)m
なのはとFateの作品が好きでしたので、このようなクロスを考えて脳内構築を文章に書きとめようと始めました。

注意はしていますが誤字、脱字があるかもしれないのでご理解のほうをお願いします。

こんな作品を長い眼で読んでいただければ幸いです。

読者の皆様が興味を引けるような筆力になりますようがんばります。

14話目から文法を少し変えています。
・台詞の時の名前の削除
・……や!!などの統一化

途中から変わって読みづらいかもしれませんがよろしくお願いします。

追記2013/8/25~

第一章
・一話目から台詞前にキャラクターの名前を無くす修正し始めました。
・一部台詞などをわかりやすくするために修正し始めました。

では、一話目入ります。


「あなたが私のマスターですか?」

 

“それ”はこちらを見て静かに答える。マンションの一室に突然現れた女性。第一印象としては綺麗な女性。顔が整っており、その優しいそうな瞳は左右の色が違く、左眼が紅で、右眼が翠。背は低い方だが、その全体から漂うオーラは周りの空気を静まり返すほど張りつめている事が見てわかる。

 服……ではなく、白と青を強調した騎士甲冑を着けて、ライトブラウンの髪は後ろでシニヨンの様に縛っている。そんな女性が今、俺の住んでいるマンションの一室のダイニングで赤い術式の書かれている魔法陣の真中から突然現れたのだ。

 

「……はい?」

 

 俺はキッチンで料理を作っている最中だった。そこに、いきなりダイニングで目を焼くような眩しい閃光が発したのだ。驚いて目を瞑り、しばらくしてから目を開けると“それ”はそこに立ってこちらを見ていた。

 その色の違うオッドアイはエプロンを付けず、黒いTシャツで黒いジーパンを履いて料理をしていた自分のことを映し出しているのだろう。

 俺は頭に?マークを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――798航空隊 隊舎

 

 俺の名前はガイ・テスタロッサ。798航空隊に所属している二等空士であり魔力ランクはC-。時空管理局に所属してから七年が立つが、未だに二等空士の魔力ランクC-。

 時々思う。自分は魔導師には向いていないんじゃないかって。それでも辞表を出さすに所属し続けているのは努力を怠らないで精進していけばきっと成果は出るだろうと思っているからだろう。

 同期に入った連中はどんどん昇格していくが。

 

「はぁ……」

 

 俺は798航空隊の隊舎の横にある日の当たるベンチにコーヒーの入った紙コップを手に持って座って雲のない晴天の空を眺めていた。

 隊舎の周りは芝生でひき詰めており手入れが行き届いている。そこに何個かベンチがあり、その一つに座っている。ここで先ほど考えていた事が大きなため息に繋がった。

 

「そんな大きなため息、どうしたの?」

 

 そこに相手を優しく労わるような女性の声が後ろから聞こえてくる。

 

「あ、高町教導官」

 

 振り向くとそこに居たのは高町教導官だった。

 栗色の長い髪をサイドテールで結び、左手に紙コップを持ち笑顔で自分に寄ってくる。

 この人の名前は高町なのは。四年前のJS事件を解決に導いた、機動六課のエース。あの大きな事件で高町教導官は大きな傷を負ったと聞いたが、二年前からご指導いただいた時から怪我をしているような素振りを一度も見せたことがない。

 

 完治したのだろうか?まあ、訓練中に怪我が悪化して、高町教導官が倒れたりもしたら困るけどね。

 

 高町教導官がこちらに歩いてきたので立ち上がる。高町教導官は俺が立ったのを見たからか右手を軽く振って俺の行動を止める。

 

「あ、いいよ。座ってて。隣いいかな?」

「え?あ、はあ。よろしいですが」

 

 高町教導官は笑みを絶やさす、ありがとうと一言言って俺の隣に座った。立ちあがった俺も少し戸惑いながらもベンチに座る。

 そして、高町教導官は紙コップに口をつけて一口飲んだ。黒い液体だったがおそらくコーヒーだろう。

 

「ふ~、やっと一息つけた~」

 

 高町教導官の表情が少し緩んだように見えた。昼休みに入っても仕事をしていたのだろう。かなりのハードワークなんだと思う。

 

「で、何かあったのかなガイ君?そんな大きなため息ついて」

 

 高町教導官はこちらに顔を向ける。

 

「あ……いえ、さほど大きな問題ではありません、高町教道官」

 

 そう答えたのだが、高町教導官は目を瞑って首を振った。

 

「あ、いいよ。今はお昼休みだし“なのは”で」

「公私混合はよろしくないかと」

「あんまり頭が硬いとこの先大変だよ~」

 

 高町教導官は悪戯な笑みを浮かべて、にゃははと笑う。

 

 そう、俺は高町教導か……なのはさんとは知り合い。二年前になのはさんが戦技教導官としてこの798航空隊の指導教導官になったのが初めての出会い。

 

 訓練初日になのはさんとヴィータ教導官が部隊全員と模擬戦を行うと言われ、皆呆気に取られていたが流石はJS事件を解決した機動六課部隊のエース達。戦術を作ろうが戦略を練ろうが束になっても2人に傷1つ付ける事が出来なかった。

 それでも俺は最後まで立ちあがって2人に挑み続けた。当初の魔力はDだが、魔力ランクは低くても、体術や動体視力、反射神経などを徹底的に鍛えているため状況を素早く飲み込み、赤やピンクの魔弾を避け続けて、設置型バインダを避け、2人に近づいた。

 そして、2人のプロテクションにやっと一太刀与える事が出来た。その時2人は驚きの表情だったのを確認して砲撃で記憶が刈り取られた。

 

『魔導師としてガイ君は才能あるよ。どんな時も諦めないで向かってくる不屈の心を持っているしね。これからもよろしくね』

 

 その後になのはさんから言われてそこから二年の月日が経ち今に至る。

 この出来事だけじゃあ、ここまで気軽に話せる人にならないがきっかけはもう一つあった。それはまた後に。

 ヴィータ教導官も一緒にやってくることもがあるが、今日はなのはさんだけのようだ。

 

「わかりました。“なのはさん”でいいですか?」

「はい、よくできました」

 

 なのはさんは名前を呼ばれて嬉しかったのか満面の笑みを向け、俺の頭を撫でてくる。正直恥ずかしい。

 

「あ、あまり子供扱いはしないでください……」

 

 俺は羞恥心からなのはさんを視界から外す。

 

「ああ、ごめんね。そんな年じゃないもんね」

 

 なのはさんは笑いながら本当に分かっているのか、からかう様な口調の軽い声で言って俺の頭に乗っけていた手を離して、再びコーヒーを飲む。俺も照れ隠しのため手にある紙コップに入っているコーヒーを飲む。

 

 ぬるい……。

 

 考え事していたからか、時間がたち生ぬるくなっている。コーヒーの味わいが無くなっていた。

 

「で、そのさほど大きな問題ではないことに対して大きなため息をしているガイ君は何をしているのかな?」

 

 そして、軽い口調から元に戻したなのはさんは振り出しの話に戻してきた。仕方なく俺は説明した。

 

「時空管理局に入ってから七年経って、もう18歳です。ここ最近は魔力ランクも位も上がらず、C-の二等空士で留まってます。なのはさんに才能があると言われましたけど、ちょっと不安になりまして。俺には才能がないのかなと」

 

 俺は雲のない空を見上げた。なのはさんは隣で一生懸命聞いてくれているようだ。表情が真剣さが表情に出ているのが分かる。何も言わずに耳を傾けてくれているので俺は話を続ける。

 

「それに同期の奴らもどんどん昇格していきますからね……凹まない理由がありませんよ」

「……そっか。でも、諦めちゃダメだよ」

 

 なのはさんの言葉には今まで挫折に近い経験をしてきたような重く深みのある凛としたモノが含まれていたからか真っ直ぐ自分の胸に突き刺さった。

 俺はそれを聞いてなのはさんの方へ顔を向ける。表情も瞳も悲しそうというというがぴったりな顔だった。

 

「諦めたらそこで成長は止まっちゃうからね、どんな時も諦めない事が大切だよ」

 

 ぐっと拳を俺の方へ向けた。その瞳は先ほどの悲しみは無く、決して諦める事のない強い目をしていた。

 

「なのはさんにもそんな経験が?」

「うん……私も辛い現実を突き付けられて諦めたくない夢を諦めなければならい時があったんだ」

「……」

 

 なのはさんは一度言葉を区切ってこの晴天の空を見上げる。その横顔は先ほどの真剣さは無く、静かに笑みを溢していて表情から感情が読み取れない。

 

 何の話をしているのだろう?JS事件の事か?それともまた別の?

 

 そう考えているうちになのはさんは話を続ける。

 

「でも、諦めきれなかった。諦めたくなかった夢があった。だから私は頑張ったんだ」

「……教導官になるのが夢だったんですか?」

「うんっ」

 

 俺の問いに即座に答えて空を見上げていたなのはさんは笑顔になってこちらをみる。その笑みは心の底から本当に嬉しいと思っているように嘘偽りもない表情だった。

 

「……そうですか」

 

 俺はそれを見て、まだ諦めるには早すぎると思った。なのはさんのように頑張ってみようと思った。俺もなのはさんに笑みを返した。

 なのはさんが俺に拳を向けてくる。俺もなのはさんが差し出している拳に俺の拳をぶつける。

 

「まだ、頑張ってみます」

「“まだ”じゃない、“もっと”だよ……“まだ”じゃ“いつか”挫けちゃうよ。だから、もっと頑張って」

 

 なのはさんから一言貰って満面の笑みをもらった。そして付け足す。

 

「それに、ガイ君は魔力値がC-だろうと、それを補っている部分が多いよ。もし、魔力値がB以上になったら私も勝てないかも」

 

 そんなことないですよ、と俺は言った。なのはさんはふふっと笑い、紙コップに残っている残りのコーヒーを飲み終えて立ち上がる。

 

「さ、午後からは厳しく行くからね」

 

 座っている俺を覗き込みながら言った。

 

「……お手柔らかにお願いしますよ」

 

 俺も立ち上がり、俺達は演習場へ移動した。この話で俺の中でもっと頑張らなければならないと感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「本日の指導ありがとうございました!!!」

「「「ありがとうございました!!!」」」

 

 演習場で本日の訓練が終わり、戦技指導官であるなのはさんに一同は礼をする。部隊の皆のバリアジャケットはかなりボロボロだ。服の所々に大きな穴や破れた後、焦げてたりもしている。指導が厳しい事がよくわかる。

 

「はい、皆さんもご苦労さま。しっかりダウンして疲労を取ってください。それではお疲れ様でした」

 

 対してなのはさんのバリアジャケットは何一つ傷が付いていない。やはり流石は元六課のエースというべきか。

 俺も一生懸命近づこうとしたが今日は一太刀を浴びせる事が出来なかった。

 

 最初の時と何が違っていたのだろうか?

 

「「「お疲れ様でした!!!」」」

 

 そんな事を考えつつ最後に礼をして皆は隊舎へ歩を進めていく。

 

「あ、ガイ君」

 

 俺も隊舎へ戻ろうとするとなのはさんに言葉を掛けられた。俺は歩を止めてなのはさんの方へ振り向く。

 

「今日もあそこへ行くの?」

「はい、やらなければ鈍りますから」

「そっか。それじゃあ、あの子の事よろしくね」

 

 なのはさんは両手をくっつけてお願いするようなポーズを取って少し屈みながら苦笑している。

 

「ええ。わかりました」

 

 俺は踵を翻して隊舎へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――中央第4区公民館 ストライクアーツ練習場

 

 ストライクアーツはミッドチルダで最も競技人口の多い格闘技であり広義では『打撃による徒手格闘技術』の総称でもある。

 俺はデスクワークを終わらせて、ここにやってきた。

 ストライクアーツは4年前に始めた。4年前のJS事件の時にガジェットの大群を止めようと必死に街を守っていたが、魔力値の低さからガジェットを止められず何機も街へ流れてしまった。

 一生懸命訓練にも励んで、これでどんな敵からも街を守れると思っていたがその幻想は簡単に打ち砕かれた。

 俺には決定的に魔力が足りていない。ならそれを補う何かを鍛えよう。そう考えて始めたのがこれだ。今では結構な実力が付き有段を貰っている。

 

 まあ、これの実力が上がろうと、魔法のサポートや魔弾を避けるのに使うぐらいだからあまり意味はないけど。本当に戦うための補佐的なモノだよな。

 

「あ、ガイさん!!」

 

 考え事をしていると後ろから元気な声で俺を呼んでいる声がした。俺は振り向くと、そこに居たのは動きやすい運動服を着た小さな女の子が三人いた。

 

「よ、ヴィヴィにコロにリオ。来たか」

 

 頭に黄色いリボンを縛って濃い紫色をした髪をショートカットにしている黄緑色の瞳をして八重歯が目立つリオ・ウェズリーと、クリーム色の髪をツインテールにしてキャンディの形をしたゴムで結んでいる青色の瞳で大人しそうな雰囲気を持っているコロナ・ティミル。

 そして、声をかけた張本人であるライトブラウス色の髪を両サイドでちょっと縛るツーサードアップ風にした髪型に、左眼が紅く右眼が翠の虹彩異色の高町ヴィヴィオ。

 3人は笑顔でこっちに向かって走ってきた。ヴィヴィオはなのはさんの愛娘なのでなのはさんからよろしくと言われたのはこのヴィヴィオの相手をする事だ。

 

「こんにちは、ガイさん!!」

「こんにちは!!」

「こんにちは、ガイさん」

 

 元気いっぱいの3人組みだ。見ているこっちは微笑ましくなる。

 

「ガイさん。今日もよろしくお願いします」

 

 ヴィヴィオが明るく話を掛けてくる。

 

「んじゃ、やるか」

「「「はい」」」

 

 俺はここに来るとこの三人組と組手をやることが多い。

 

 一年前にストライクアーツの有段を取った頃、ここでちょっとしたイベントが行われた。

 来た人全員の対戦をシャッフルして、トーナメントを行うものだ。

 身内どうしてやることが多いストライクアーツは交流を増やしていこうという考えのもと、当日にスタッフの人に言われたので会場内はどよめいていたが、いつも適当に相手を選んで組手をしている俺にとってはあまり関係がなく、軽い気持ちでトーナメントに参加した。

 ここは民間の人が利用している事が多いので有段者はあまりい無く、それほど苦戦せずに決勝まで上り詰める事が出来た。

 そして、決勝戦、対戦相手を見た時は驚きを隠せなかった。左眼が赤く右眼が緑の虹彩異色の小さな女の子、ヴィヴィオだったからだ。小さな女の子がここまで勝ち上がったことに疑問が残る。

 しかし、開始前に女の子はなのはさんが使っていたレイジングハートに似ているデバイスを持っていてそれを使い、なのはさんと同じサイドテールをした女性になった。たぶん、代役のデバイスだったのだろうとあの時思った。

 それを見たため、疑問は晴れてその女の子はなのはさんと関係のある子供なのだろうという推測へたどり着いた。

 そして、試合はギリギリ勝つことが出来た。

それがきっかけで女の子……ヴィヴィオと通信端末のアドレスを交換して、組手をしたい時にはメールをするようになった。

 名前を聞いた時、推測していたもは確信へと変わった。なのはさんの養子の名前と同じだったのだから。それなのでなのはさんとの交流も少しずつ増えていき、気軽に話せる仲なった。

 これが前の時に言っていたもう一つの理由だ。ヴィヴィオと知り合ってから、コロナやリオ、ヴィヴィオの師匠であるノーヴェとも知り合った。そんな出会いがあって今の俺がここに居る。

 

 俺たちはまずは体を解すためストレッチを始めた。

 

「でも、やっぱり有段者であるガイさんとこうやって一緒に練習できるのはいいですね」

 

 リオは八重歯をちらちらと見せながら笑みをこぼす。なんとも愛らしい。

 

「お前たちは結構レベル高いし素質もあるからな。組手の相手として申し分ない」

「あ、ありがとうございます」

 

 コロナは褒められたからか俯いて顔を赤くした。こういう表情も愛らしい。

 

「私たちはガイさんから見れば強いのですか?」

 

 ヴィヴィオは首をかしげながら疑問を聞いてきた。

 

「ああ。判断力と状況把握力があるのがわかる。正直、ここに居る奴らよりも3人の方が強いと俺は思っている。コロナは初心者クラスと言ってたが実力者として申し分ない」

 

 俺が褒めてばかりいたからか3人は笑顔になっていた。リオなんかは瞳に星が輝いている。

 

 子供は褒めてやれば成長するからな。そうしなくても十二分に強いけど。

 

 こういう話をしているうちにストレッチは終わった。筋肉の緊張が少し取れた感じがする。俺はもう一度、腕をクロスして腕の筋を伸ばした。

 

「んじゃ、軽く組手するか」

「「「よろしくお願いします」」」

 

 3人は礼儀正しく頭を下げた。

 

「お手柔らかに」

 

 それを見て俺も礼を3人にして組手を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日も楽しかったです!!」

「こっちもいい運動になるよ」

 

 ストライクアーツの練習が終わり、俺たちは中央第4区公民館から帰路を歩いている。

 最近は連続傷害事件がこの付近で発生しているらしく、この子達と練習したら帰りは家まで送るようにしている。組手をしてもらって帰る時間が夜になるのだから送るのは必要なことだろう。

 

 俺と練習して遅れたから夜の暗い道で傷害事件に会いました、だと申し訳ないからな。

 

 いつもはノーヴェもいるのだが今日は仕事が忙しくて来れないらしい。そういう連絡が来ていた。

 

「今日も家まで送ってくださいましてありがとうございます」

 

 コロナが頭を下げて礼を言う。

 

「気にするなコロ。最近ここら辺も物騒だからな。子供達だけで帰らすわけにもいかないだろ。組手をしてもらっているんだからその分のお礼だ」

「ありがと、ガイさん♪」

 

 ヴィヴィオは嬉しそうな口調で言った。表情も笑っている。他の2人も同じような表情だ。

 

「っと、そうだ。ほれ」

 

 俺は先ほど缶ジュースを買ったのを思い出した。それを鞄から取り出す。オレンジと書かれている黄色い缶ジュースだ。

 

「冷たいから美味しいと思うよ」

「貰っていいんですか!?」

 

 リオの目がこの缶ジュースを見て輝いている。

 

「ああ。今日のお疲れさんのジュースだ」

「ありがとうございます」

「わあ、ありがと」

 

 3人に缶ジュースを渡す。皆はさっそく蓋を開けて一口飲む。よほど喉が渇いていたのだろう。そして、笑顔になった。

 

「「「ありがとうございます」」」

 

 こっちこそ元気いっぱいな笑顔を見せてくれてありがとう、だよ。お前らの笑顔を見ていると和むからな。

 

 俺は笑顔で答えた。そうしているうちにリオの家へ着いた。

 

「じゃあ、コロナ、ヴィヴィオ、ガイさんまたね~」

 

 リオは元気に手を振って踵を翻し、家の玄関に入って行った。

 そして、少し進むと今度はコロナの家に着く。

 

「では、ごきげんよう、ヴィヴィオ、ガイさん」

 

 コロナは一礼をして家に入った。

 

「最後はヴィヴィか」

 

 俺たちはヴィヴィオの家に向かって歩き出す。

 

「あ~あ、ガイさんともっとお話ししたいな~」

「俺よりかはなのはさんと話していた方がヴィヴィの為になると思うぞ」

「……そういうわけじゃないんだけどね。コロナもリオもきっとガイさんともっと話をしたいと思うよ。私もコロナもリオもガイさんの事、尊敬しているよ」

 

 ヴィヴィオは一瞬悲しい表情をしたかと思ったが、すぐ笑顔になり俺を見上げる。

 

「俺はただのC-の二等空士だ。時空管理局に勤めてから七年経った今もこの地位でこのランクの低ささ。尊敬できるモノはないと思うが」

 

 そう言ったが、ヴィヴィオは目を瞑り首を振って否定した。

 そして、光彩異色の目を開いて俺を見上げる。

 

「ガイさんはとても優しいです。ガイさんには魅力的なもの……と言うと変ですね。尊敬できるモノ?うん、尊敬できるモノがガイさんにはあります。私が保証します。ですからそんな自虐的な事を言わないでください。こっちまで悲しくなっちゃいますから」

 

 ヴィヴィオは最後に笑顔になった。流石は親子と言う所か。思いやりが人一倍強い。なのはさんにも励まされた。

 

 なのはさんから聞いた話だが、子供であるヴィヴィオはJS事件の時に利用され聖王のゆりかごのカギとなってゆりかごを飛ばした張本人だ。ヴィヴィオは“最後のゆりかごの聖王オリヴィエ”のクロ-ン体“聖王の器”であり、古代ベルカ王族の固有スキル“聖王の鎧”を保持していた。

 古代ベルカ王族は自らの体に生体兵器“レリックウェポン”としての力をつけていたとされ、拉致された後スカリエッティによってレリックを体内に埋め込まれ、古代の戦船“聖王のゆりかご”の制御ユニットとして組み込まれしまった。

 そこを機動六課が総力を上げてヴィヴィオを助け、ゆりかごは大気圏突破後宇宙で待機していたクロノ提督の船によって破壊された。

 

 今、目の前にいるヴィヴィオは“聖王のクローン”としての自分の生まれも受け入れており、それを気にする事はもう無くなっている。

 

「ああ、ありがとヴィヴィ」

 

 俺はヴィヴィオの生い立ちをなのはさんから聞いていたのでヴィヴィオの強い言葉に説得力を感じた。その言葉を信用しようと思う。

 

 全く、なのはさんもヴィヴィオも如何してこうも強い気持ちを持てるんだかな。そして、俺の尊敬できる的なもの……なんだろうね。

 

 俺はそう考えつつヴィヴィオの頭を撫でてながらお礼を言った。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 何故かヴィヴィオは顔を赤くして礼を言ってきた。

 

「なぜ礼を言う?礼を言うのは俺だが?」

「そ、そだね!!私、何してんだろ!!」

 

 ヴィヴィオは俺から視線を離し少し早歩きをして俺より前へ進んだ。子供の小さなコンパスサイズの足で歩いているとは思えないほど速さだ。俺も少し早く歩かないと置いていかれそうになる。

 そして、ヴィヴィオの家ことなのはさんの家へ到着した。

 高級住宅を思わせる庭付きの一戸建てでありここになのはさんとヴィヴィオは住んでいる。コロナとリオも高級住宅を思わせるような家だったがヴィヴィオの家もかなり大きい。

 

 2人で暮らしているのに二階建の家は意味ないのではないか?とここに来るたびに思ってしまう。

 

「あ、ヴィヴィオ。おかえり~。今帰りなの?」

 

 後ろから何時間か前に聞いた声がしたので振りかえる。そこには肩からバッグを下げて仕事帰りのなのはさんが立っていた。

 

「うん、ガイさんに送ってきてもらった」

 

 ヴィヴィオは笑顔で答える。なのはさんはそっか、と言って俺の方に笑顔を向ける。

 

「ありがとね、ガイ君」

「いえ、練習相手になってもらってますから。このくらいはしないと。最近はここら辺も物騒ですからね」

 

 俺は適切に答えた。

 

 物騒な夜道になっているというのに子供1人で帰らすわけにもいかないしな。

 

「では、俺はそろそろ帰ります」

 

 俺は挨拶もそこそこに終わらせて帰ろうとした。

 

「よかったらご飯食べていく?その方がヴィヴィオも喜ぶし」

 

 しかし、後ろからなのはさんの言葉が聞こえてきて、食べていかないかと誘われた。

 

 俺は物心がついたときから孤児院で生活していた。孤児院を出てからはずっと1人暮らし。だから俺は家族で食べる暖かな食卓に入りたいと思っていた。

 なのはさんはそれを知っているからか来るたびに食べていく?と聞いてくる。なので家族の居るなのはさん宅に食事に誘われると断れない自分がいる。俺は振り向いた。

 

「……お言葉に甘えてもいいですか?」

 

 なのはさんとヴィヴィオは俺の言葉を聞いて満面の笑みを向けてくる。その2人を見ていると夜も遅いというのにそこだけ明るく見えてきてしまう。

 

「それじゃあ、腕を振るって料理作らないとね」

「私も手伝う。ガイさんに食べてもらいたい」

 

 2人はやる気満々で料理を作るようだ。

 

 そんなに張りきらなくてもいいのに。でも、ありがとうございますだな。

 

 俺は心の中でお礼を言いながらなのは宅に招かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なのは宅

 

「何か手伝いましょうか?」

「ううん、大丈夫だよ。ガイ君はお客様なんだから座って待っててね」

 

 なのはさんはキッチンで料理をしている。今は野菜を炒めている最中だ。隣でヴィヴィオがお肉を切っている。

 なのはさんから何もしなくていいと言われたので俺はソファーに深く座り目を瞑った。

 なのはさんの空戦実技にデスクワーク、ストライクアーツなどを一日でしているのだ。体に疲れが溜まっていないわけがない。

 視界から入る情報は膨大な量なので脳では常に処理を続けている。それなので目を瞑ることで脳に情報を送ることを減らすことが出来るので少しは楽になる。そのかわり暗闇の世界が広がってしまうが。

 それでも、なのはさんとヴィヴィオの話し声や食欲をそそる香ばしい匂いがしてくるので目を瞑っていても飽きる事がない。

 

と、そこにインターホンの鳴るチャイム音が部屋に響いた。

 

「ん?誰だろう?」

「私が見てくるね」

 

 ヴィヴィオが出ていく音がするのがわかる。そして、少しすると戻ってきた。

 

「なのはママ~。フェイトママが来たよ~」

「あ、そういえば今日ご飯を食べにくるって言ってたっけ。忘れてた」

 

 ヴィヴィオの声が弾んでいたのが聞いているだけで分かった。来てくれた人が大好きな人なのだろう。

 

 フェイトさんが来る?

 

 俺はその名称に反応して目を開けた。俺にとってもその人は気になる人物だ。

 

「こんばんは、なのは」

 

 開くと同時に同時にフェイトさんが視界に入る。薄赤の瞳に長い金髪の髪を腰当たりで縛って、スタイルがかなり整っていて優しいオーラがフェイトさんの全体から溢れているのが何となくわかる。

 

「あ~、ごめんね、フェイトちゃん。今日来るってこと忘れてた」

「え?ひ、ひどいよなのは……」

 

 フェイトさんはかなり落ち込んでいるのが見て分かった。忘れられたのだから仕方ないといえばしかたない。

 そんな事を考えているとフェイトさんがこちらに顔を向いてきた。

 

「あ、ガイ。こんばんは。久しぶりだね」

 

 さっきの表情とは一変、優しげな頬笑みを向けてくる。

 

「こんばんは、フェイトさん。久しぶりです」

 

 フェイトさんが声をかけてきたので立ち上がる。

 この人の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。時空管理局の執務官をしている。テスタロッサが俺と同じ苗字なので、どこか遠い親戚で繋がっているんじゃないかなってちょっと思っている。

 

 フェイトさん自身はそんなこと考えていないと思うけど。

 

 それと時空管理局内で30歳以下の男子局員を対象に取った非公認の結婚したい人ランキングアンケートで堂々の一位を飾っているという噂が流れていた。容姿も美貌も包容力も備えているフェイトさんなら一位になるのも納得いっていた。

 

「今日はご飯食べに来たの?」

「はい。なのはさんのご厚意に甘えさせて頂きました」

「そっか。ねえ、もし良かったら私かなのはの家に来ない?1人暮らしはいろいろ大変だと思うよ」

 

 フェイトさんも俺がマンションの一室で一人暮らしているのを知っている。孤児院から出てきたことも。

 そのためか、フェイトさんと会うたびにこのように言ってきてくれる。

 

「私の家も別にかまわないよ」

 

 なのはさんも笑みを浮かべながらこの会話に入ってきた。

 

「え?ガイさん!!ここに住むんですか!?」

 

 ヴィヴィオもその純粋無垢な瞳に期待を込めて俺の事を見つめながら話に入ってきた。

 正直に言えば、こんな美しい女性の方々と一つ屋根の下に暮らせるのは男としては嬉しいだろう。

 

「気持ちは嬉しいのですが、御二方のご迷惑になるわけにはいきません。今の生活でもしっかりとやっていけますのでこのままで」

 

 しかし、俺はその申し出を断った。やはり赤の他人が他の家に上がりこむなんて事は迷惑極まりない。

 そして、断ったことによりヴィヴィオが悲しい表情をしてしまった。

 

 あんまり子供の悲しい表情はみたくないな。

 

「この~、断るなんて何事だ~」

 

 なのはさんが冗談っぽく俺の頭に拳を軽くぶつける。全てが本気で言っているわけでもないが半分本気で言っていたのだろう。

 

「それなら困ったときには何でも言ってね。力になることがあれば協力するから」

 

 フェイトさんは再び優しい頬笑みを向けてくれた。それを見ていると脈が少し早くなるのがわかる。正直、俺はフェイトさんの事が好きなのかもしれない。

 

「……本当に困ったことになったら、どちらかの家に居候としていてもいいですか?」

 

 その言葉にヴィヴィオは明るい笑みを浮かべた。

 

「もちろんですよ!!ね、なのはママ?フェイトママ?」

 

 なのはさんとフェイトさんに同意を得ようとしているヴィヴィオは本当に嬉しそうだ。

 

 子供はやっぱり笑っていないとな。でも、その嬉しさは何処から来ているのだろうか?

 

「そうだね、私もフェイトちゃんも大歓迎だよ」

「うん♪」

 

 ヴィヴィオの問いに2人も微笑んで肯定いた。

 

 ここに居る人、皆、お人好しなんだな。

 

「ありがとうございます」

 

 俺はそう思いながらも感謝の気持ちでいっぱいだった。こんな一兵士のためにここまでしてくれる人たちが居ることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なのは宅 玄関前

 

「ごちそうさまでした。料理美味しかったです」

 

 玄関前に俺は立っていた。玄関にはなのはさんとフェイトさんとヴィヴィオがお見送りするために居る。

 

「気をつけて帰ってね。最近ここら辺で連続傷害事件が出ているから」

「送って行こうか?」

「いえ、大丈夫です」

 

 フェイトさんは過保護すぎるような気がしてならない。

 

 俺は18だぞ……まあ、フェイトさんから見ればまだまだ子供かもしれないが。

 

「ガイさん。またね~」

 

 ヴィヴィオが手を振ってくる。俺も手を振った。

 

「では、失礼します」

 

 俺は温かい家族と食事に満足したのを含めて一礼をして町の夜に歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

 俺が寝食をしている部屋は三階の一室だ。階段を上って、二つ目のドアが俺の部屋だ。俺は鍵を鞄から出してドアを開けた。

 

「ん?」

 

 開けたと同時に隣のドアが開いた。

 そして、その中から1人の少女が出てきた。

 

「よう、アイン。これから出かけてくるのか?」

「あ、ガイさん」

 

 ドアから出て来たのは碧銀の髪を特徴的なツインテールに結い、左の大きな赤いリボンが印象的なな少女。この子も虹彩異色で左眼が薄蒼で右眼が紫。

 名前はアインハルト・ストラトス。隣同士という事なので、ちょくちょく話をしている。

 

「今から出かけるのか?夜は連続傷害事件の犯人がまだうろついているかも知れないぞ」

「い、いえ、きっと大丈夫だと思います」

 

 アインハルトは少し戸惑いながらも俺の言った事にきちんと否定して答えた。

 

 何処からそんな根拠が出てくるのだろうか?

 

「何処かに行くなら一緒に行こうか?まだ危ないし」

 

 その言葉にアインハルトは首を横に振った。

 

「いえ、気持ちは有り難いですが大丈夫です。こう見えても私は強いですよ」

 

 グッと拳を握る。可愛らしい服を着ているのでギャップが激しい。

 

「そう。なら気を付けて行けよ」

「心配してくださいましてありがとうございます」

 

 アインハルトはそう言ってぺこりと頭を下げた。

 

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 俺は部屋に入ってドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ガイさん、あなたともいつか一戦を交えるかもしれません」

 

 私はガイが入って行ったドアをしばらく見つめた後、階段を下り始めた。

 

 ガイさんに嘘つてしまいました……心が少し痛いです。ですが、これも悲願の為!!

 

 グッと表情を険しくして私は夜の街へと出かけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『マスター。メールが一件届いています』

「おう、プリムラ。教えてくれてありがとな。開いてくれるか?」

『了解しました』

 

 風呂上りに、机に置いてあった十字架のデバイス……プリムラからメールが届いている事を知らせてくれた。クロスしている部分に核があり、説明もしたからか点滅している。

 プリムラがメールを開いて、濡れた頭をタオルで拭いている俺の前にモニターが現れる。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………明日の用事

本文………明日はお暇でしょうか?もし良かったら、コロナとリオを連れてガイさんのマンションに遊びに行きたいです。

 

「明日は休日か。予定もないしな」

 

 あの三人組と知り合ってから、何度かこの部屋に遊びに来ることがある。趣味であるピアノ以外はあまりモノを置いていないので遊ぶ物はあまり無いのだが、それでもあの三人組は来るたびに喜んでいる。

 俺はモニターを操作して返信のメールを作った。

 

件名………Re:明日の用事

本文………特に予定はないからいつでも大丈夫だよ。

 

 簡単に書いて、返信した。そして、1分もしないうちにプリムラからメール受信を知らせてくれた。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:明日の用事

本文………ありがとうございます!!明日楽しみにしていますね!!お昼ごろお伺いします!!

 

 メール呼んでいるだけでも元気なヴィヴィオを想像出来てしまう。俺はその内容を読んで苦笑してモニターを閉じた。

 

 そして、ベッドに座ると体の気だるさがどっと現れて重く感じだ。

 

「ん、いい感じに疲れもたまってるし寝るか」

『おやすみなさいませ、マスター』

 

 プリムラがおやすみを言ってきた。1人暮らしだと言う人が居ない。それは確かに寂しいがデバイスが挨拶をしてくれるのだけでも随分と寂しさが減る。

 

「……おやすみ、プリムラ」

 

 そのことに感謝しつつ、俺はベッドで横になって目を瞑った。疲れが溜まっていたからかすぐに意識が闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なのは宅

 

「コロナとリオに送信っと。クリスお願いね」

 

 私の部屋にはふわふわと空中を浮いている物体があった。私の専用デバイス“クリス”。

 首に青いリボンを付けた見た目は小さいウサギの形をしているが、術式はベルカ主体のミッド混合のハイブリッドという高性能なデバイスである。

 デバイス自身が動けるというおまけ付き。クリスは先ほどのガイさんとのやり取りの内容を編集してコロナとリオにメールを送信中だ。両腕を上げて、ジッとしている。

 そして、送信が終わったのか両腕を下げて私に近づいた。

 

「ありがと、クリス」

 

 その言葉にクリスは軍隊のようにビシッと敬礼した。それを見た私は笑ってベッドに移り、横になった。

 

「明日は久々にガイさんの家だ。えへ~……楽しみ」

 

 私は少し顔が赤くなっているのがわかり、笑顔が絶えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――翌日 昼

 

「ガイさんの家についたね」

「そうだね」

「入ろう」

 

 コロナとリオと近くの公園で待ち合わせして歩いてやって来たのはガイさんが住んでいるマンション。

 

 たまに来るけどここにガイさんが住んでいると思うとちょこっと緊張しちゃうよね。

 

 私達はガイさんの住んでいるマンションの三階に上がって階段から二番目のドアの前に立っていた。札にはガイ・テスタロッサと書かれている。

 私がインターホンを押す。しかし、出てこない。

 

「出てこないね」

「寝てるのかな?」

「もう一回押すね」

 

 しかし、2度押しても出てくる気配がない。

 

「ん~、何処かに行ったのかな?」

「とりあえず連絡してみようよ」

 

 そうだね、と私は言ってクリスに頼もうとしたとき、

 

「「「ひゃう!!」」」

 

 いきなりおなかに低く響く音がドアから聞こえてきて私達はびっぐりした。

 

 音の発生源はどうやら目の前にあるドアからだ。内側から何かがぶつかったのだろう。

 

「な、中で何があったの?」

 

 私達3人は恐怖からの行動で少しドアから離れた。

 

「ガイさんに何かあったのかな!?」

「わ、わかんないよ!!」

「ど、どうしよう」

 

 私達は慌て始めた。

 

 もし、ガイさんに何かあったら大変だ。だけど、このドアを開けて部屋の中を調べたいけど怖いよ……。

 

 そんな不安な事を考えていると先ほど何かがぶつかったドアが開いた。私達はビクッと体を震わせてゆっくり空きだしたドアを凝視して警戒した。

 中から現れたのは、寝起きなのか頭がぼさぼさで、まだ少し寝ぼけている瞳を擦りながらこちらに顔を向けているガイさんが立っていた。

 ガイさんの顔を見たことによってホッと安心感を得ることが出来て警戒を解いた。

 

私の早とちりだったことに恥ずかしかったですが、ガイさんになんとも無くてよかったです。

 

「ん、ヴィヴィ達か……ああ、だからこんな激しく起こされたのか。ったく、もう少し優しく起こしてくれ」

『約束したのですからちゃんと起きて下さい。私は何度もアラームを鳴らしたのに全く起きませんでしたよ』

 

 ガイさんの胸には首から下げているデバイス……プリムラが核を点滅しながら不機嫌そうな言葉でガイさんを叱っていた。

 

「悪い、3人とも少し待っててくれ」

 

 そう言って、一度ドアを閉めた。

 

「「「……」」」

 

 私達3人は過ぎ去った嵐を見ているような表情だった。

 

 一体なんだったのだろう?

 

 心の中に残ったのは疑問だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「悪いな、来てもらったのに寝てて」

「ほんとです。お客さんが来るのだからちゃんと起きていてください」

 

 4人はテーブルを囲んで座っていた。俺は戸棚にあったお菓子とお茶を用意して3人を上がらせた。俺は寝巻きから着替えて黒いTシャツで黒いジーパンだ。

 

「先ほどの音はいったい何だったのですか?」

 

 コロナが先ほどの音について聞いてくる。俺もその時は寝ていたから分からなかったがその原因は分かる。

 

「あ~、たぶん俺がドアにぶつかった音だ。目が覚めたら玄関だし、後頭部が痛かったし」

『しっかりと起きて下さい。でないと今度はもっと強力な………』

「わかったわかった。ちゃんと起きるからこれ以上強力なのはやめてくれ」

 

 まあ、俺がこんな時間まで寝ていたのが悪い。ヴィヴィオ達に迷惑をかけた。ヴィヴィオは怒っているのかさっきから頬を膨らませている。

 

「ヴィヴィ、本当にゴメン」

 

 俺は不機嫌なヴィヴィオに頭を下げる。無駄な言い訳をせず謝ることぐらいしかできない。

 

「私は今日ガイさんの家に行くのを楽しみにしていたんです。それなのにガイさんはぐっすり眠っているし……」

 

 うん、全面的に俺が悪い。約束したのに寝ていたのだから。

 

 珍しくヴィヴィオは怒っている。膨らんでいる頬はなかなか縮まらないし、少し眉間にしわを寄せている。

 

 本当に今日を楽しみにしていたんだな。でも、やっぱりあまりヴィヴィオには怒ってもらいたくないな。この子達にはやっぱり笑顔が一番似合うし。

 

「どうしたら機嫌を直してくれる?」

 

 怒っているヴィヴィオを鎮めるためにも直接聞いた。ここで何かをしてヴィヴィオの機嫌を直しておきたい。

 

「……何でも言ってもいい?」

 

 ヴィヴィオは俺の言葉を聞くと不機嫌な表情から弱気な雰囲気を晒しだして脈ありのような発言をしてきた。

 

「俺に出来る範囲のことならな」

「……ん……て」

 

 ヴィヴィオは俯いて小さな声で言ったので聞き取れなかった。

 

「ん?なんて言った?」

 

 ヴィヴィオは顔を上げた。よく見ると、顔が少し赤い。

 

「きょ、今日1日、お兄ちゃんって呼んでいい……?」

「え?」

「ふえ?」

 

 先ほどの怒った表情ではなく、今にも逃げ出したいくらいに顔を赤くして不安げな表情を浮かべるヴィヴィオ。その言葉を聞いたコロナとリオは驚きの表情をする。

 

「え?」

 

 脳が先ほどの言葉を分析できなかった。俺はヴィヴィオに怒られるような事をしたので何でも言う事を聞くことにした。当然、何か罰を受けるのだろと思っていた。

 しかし、実際にヴィヴィオが言ってきたのは俺の事を1日お兄ちゃんって名称に変更するとだけだ。

 思考がようやく動き始めた。明らかに変である。

 

「それで、ヴィヴィは機嫌が直るのか?」

「うん、お兄……ちゃん……」

「………」

 

 今のはちょっとマズかった。ヴィヴィオの純粋の瞳が頬を赤くして上目使いでお兄ちゃんと呼んできたのだ。不意打ちにもほどがある。正直言えばすっごく可愛い。

 

「……呼んでもいい?」

「あ、ああ」

 

 俺がヴィヴィオの二回目の問いに了承すると、ヴィヴィオは不安から一変して満面の笑みを見せつけた。よほど嬉しかったのだろうか。

 

「それなら私もお兄様と呼んでもよろしいですか?」

「私も兄さんって呼んでもいいですか?」

 

 これに乗じて2人も俺の名称の変更に意見を述べてきた。こんな時間まで寝てしまい迷惑をかけたのはヴィヴィオだけではないので否定するつもりはなかった。

 

「ああ、構わないよ」

 

 こうして今日1日、この子達の兄役を務めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィヴィオ達がカードゲームを持ってきてくれたのでそれを使って遊ぶことにした。

 

 簡単にルールを説明すると初手5枚で猫のカードを使ってキャラやクライマックスカードを買ったりして、エンド時に手札を全て捨てて、新たにデッキから5枚カード引く。

 デッキが無くなったら捨て札のカードをデッキにするので、捨て札を蓄えていき、他の人と対戦をして勝てば勝利カードをもらう事が出来るゲームだ。

 それによって先に7枚勝利カードを揃えることが出来れば、このゲームの勝ちとなる。

 対戦の時も対戦専用の山札のカードがあり、お互いにそれを1枚づづ引いてそこに書いてある能力修正を対戦しているキャラに付ける。

 ここで変なものを引いてしまえばキャラが優秀でも負けてしまう事もある。

 

「それじゃあ、ヴィヴィオ。勝負!!」

「負けないよ、リオ!!」

 

 キャラ的にヴィヴィオの方が優秀である。リオが先に対戦専用の山札を引いた。内容は竹刀だ。能力修正により数値が上がった。

 

「やるね、リオ。でも私も負けないよ」

 

 ヴィヴィオも対戦専用の山札を引いた。内容はウニ。能力修正により数値が下がっだ。

 

「あ、私のキャラが勝った」

「え~、何であそこでウニなんて引くの~」

 

 結果としてリオがのキャラがヴィヴィオの能力値の下がったキャラを上回ったのでリオの勝ちだ。

 勝利カードがリオに1枚手に入った。

 

「あと1枚で私の勝ちだね」

 

 リオは八重歯を見せながら笑っていた。現状、リオ6枚。ヴィヴィオ4枚。コロナ5枚。俺4枚だ。リオにリーチが掛っている。

 

「次は俺か。じゃあ、リオに対戦を申し込もうかな」

「いいですよ兄さん」

「……」

 

 今まで“ガイさん”と言われ続けたので名称が変わるとどうも調子が狂う。

 

「……キャラはリオの方が有利か」

「これなら私の勝ちだね、兄さん」

 

 リオは勝利を確信していた。俺は対戦専用の山札から1枚引いた。内容はウニ。先ほどヴィヴィオが引いたカードと一緒だ。キャラに能力修正により数値が下がった。

 

「あ、お兄ちゃん。それ引いたら最悪だよ」

 

 どうもこの“兄”と言う言葉は聞くだけで背中がむずむずしてくる。

 

「でも、まだ大丈夫だよ、お兄様。リオが何を引くか分からないもの」

「いやいやいや、私の勝ちだよね兄さん」

 

 そう言ってリオは対戦専用の山札からカードを1枚引いた。

 

 皆して“兄”と呼びすぎではないだろうか?ワザとか?ワザと言って俺を悩ませたいのか?これが本当の寝坊した罰なのか?

 

 俺は先ほどの3人のお願いごとに縦に首を振ったことに早くも後悔した。

 

「私が引いたカード、それは……うなぎ……パイ?」

 

 リオが引いたカードの内容はうなぎパイだった。能力修正……大幅ダウン。

 

「ん?そうなると俺の数値が下がったキャラでもリオのキャラに勝てるのか」

 

 能力修正の値をつけてキャラを見比べた。俺のキャラが勝っていた。恐るべしうなぎパイ。

 

「な、なんでこんなカードが入ってるの?これ引いたら勝てないよ」

 

 リオが涙目になって抗議した。

 

「バトルがこのゲームの醍醐味なんだって。最後までやらないとわからないって書いてある」

 

 ヴィヴィオが説明書に書いてあるものを読んでくれた。確かに分かっている勝負で勝負しても面白くない。ランダム要素があるからこそゲームというのは盛り上がる。

 

「なら、負けてたまるか」

 

 リオはさっきの負けた試合とヴィヴィオの言った説明書の事を頭に入れ、それをバネにやる気を出した。

 

「盛り上がってきましたね。お兄様」

「……そうだな」

 

 またしばらく“兄”を言われ続けるのだろう。そう思うと少しため息が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「楽しかったです、兄さん」

 

 玄関には3人組みが靴を履いている最中だった。結局あのカードゲームはやる気をMAXにしたリオが勝ってしまったのである。

 

「私はうなぎパイを2回も引いちゃったよ、お兄ちゃん」

 

 逆にヴィヴィオはあれからここぞっと言う場面でうなぎパイを2回引いて勝負に負け、結果はビリ。

 

「私は可もなく不可もなくですね、お兄様」

 

 コロナは三位。特に引いたものはあまり能力修正されるものが無かったので、ある意味安定の戦いが出来た。

 

「やっと“兄”の言葉に慣れてきた」

 

 俺は初めてにしては好成績の二位。ただ、名称が変わったので慣れるまでが大変でカードゲームどころではなかった。三人は俺に何か話すたびに“兄”の名称を言ってくるのだ。慣れるまでが本当に大変だった。

 

 そして、カードゲームの後は雑談したり、俺がピアノを弾いてあげた。皆がしっかり聞いてくれて弾き甲斐があった。

 なんだかんだで夕方になってしまった。

 

「送らなくて大丈夫か?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。まだ暗くないからすぐに帰れば」

「そっか」

 

 コロナとリオが先にドアを開けて出ていった。

 

「あ、そうだ。お兄ちゃんに渡すものあったんだ」

「渡すもの?」

 

 ヴィヴィオは何かを思い出したかのように鞄から何かを取り出す。

 

「はい、プレゼント」

 

 ヴィヴィオが鞄から取り出したのはピンクの包み紙でラッピングされた包みだ。箱の上でリボン縛りをしている。明らかにプレゼント用だ。

 

「ん?貰っていいのか?」

「うん、いつも私達三人にいろいろなことに付き合ってくれて、ありがとうの気持ちをプレゼントにしたんだ」

 

 ヴィヴィオは頬笑みを向けてくる。

 

「っふ。ありがとな」

 

 こういう気持ちの籠った贈り物は貰うだけでも嬉しい。今の俺はきっと無意識に笑みを溢しているだろう。

 俺はヴィヴィオの頭を撫でた。ヴィヴィオは嬉しそうだ。

 

「ま、まだ明けてもないのに喜んでくれるんですか?」

「贈り物は気持ちが大事だからな。ヴィヴィの言葉を聞いて物より気持ちで嬉しくなったよ」

「そ、そうですか。喜んでもらえてなりよりです。それじゃ、またね“ガイさん”」

「ああ。またな」

 

 ヴィヴィオもドアから出て行った。最後のケジメなのか俺の事は“お兄ちゃん”と言わず“ガイさん”と戻して言ったのだろう。

 俺は鍵を閉めて、部屋に戻る。

 

「なんだかんだで楽しかったな」

『マスターが楽しそうでなによりです』

 

 机の上にあるデバイスであるプリムラが点滅しながら無機質な言葉で言ってくる。

 

「ヴィヴィからのプレゼントか……何が入っているんだろうな……まあ、何が入っていても気持ちが籠っているから嬉しいけどね」

 

 そう言いながら、ピンクの包み紙をほどいていく。どんな物が入っているのか。そう考えるだけで気持ちが浮き立つ。

 そして、包み紙を解くと箱が現れた。それを開けると、少し太い金属製の輪っかみたいな物が入っていた。

 

「……これはブレスレット?」

 

 全体が銀色でライオンのレリーフが刻まれている。大きさ的に腕にはめれるサイズだ。そう考えるのが妥当だろう。

 

「へえ、カッコいいな」

 

 俺はすぐにこのブレスレットが気にいったので、早速付けてみる。見た目ほど重みもなくすんなりと腕に収まる。

 

「うん、これは素敵なプレゼントをありがとう、だな。ヴィヴィ」

 

 俺は心も満たされて満足したので、ブレスレットを外してテーブルに置いて、俺は夕飯の準備を始めるのでキッチンへ向かった。

 

「人からモノを貰うってのは嬉しいんだな」

『嬉しそうでなによりです、マスター。』

「ああ、嬉しいね」

 

 そして、鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開けて、夕飯の献立を決めて料理を作り始めた。

 

「今日は気分がいいし少し奮発だな」

 

 冷蔵庫から取り出したのは、冷凍されている牛ステーキた。いい日にはこういうものを食べたくなる。

 

「たれを作るか」

 

 それを自然解凍しながらたれを作りはじめた。しかし、事態は急変した。

 

『マスター!!未知の力があのブレスレットから溢れてきています!!』

 

 プリムラが異様なほど大きい警戒音を出しながら、ブレスレットから未知の力が溢れ出して来たことを知らせてきた。

 

「え?」

 

 ヴィヴィオから貰ったプレゼントから未知の力?どういう事だ?

 

 俺はプリムラから聞いた言葉が気になりブレスレットのあるダイニングへ目を向けようとした。

 しかし、それは突然やってきた目が焼けるほどの閃光に遮られて目を向ける事が出来なかった。

 

「っく。何が起こってるんだ!!」

『測定不能です。危険です。近づかないで下さい』

「だが、俺の部屋に予測不可能なことが起きているのは放っておけないだろ!!」

 

 プリムラに近づくなと言われても俺の住居に変な事が起こると不味いので解決のために恐る恐る目を開けると、先ほどの閃光は無くなっていた。

 が、今度は違うものがあった。

 

「……」

 

 女性だ。視界に入って来たのは1人の女性だった。

 

 第一印象としては綺麗な女性。顔が整っており、その優しいそうな瞳は左右の色が違く、左目が紅で、右目が翠。背は低い方だが、その全体から漂うオーラは周りの空気を静まり返すほど張りつめている事が視てわかる。あれは戦いで培ったオーラであろう。

 服……ではなく、白と青を強調した騎士甲冑を着けて、ライトブラウンの髪は後ろでシニヨンの様に縛っている。赤い術式の魔法陣が足もとにあるのも確認できた。

 その女性がこちらを向いて語りかけてきた。

 

 ……いったい何が起こっている?

 

 突然の出来事に俺は思考が全く追い付いていなかった。

 

「あなたが私のマスターですか?」

「……はい?」

 

 何が何だかわからなかった。閃光がいきなり発したと思ったら今度は騎士甲冑をつけている女性が居るからだ。この状況を理解を出来る人はこの瞬間はいないだろう。

 つい先ほどまでは日常であるヴィヴィオ達と遊んでいたのにいきなり非日常に連れていかれてたような感覚だ。

 

「あ~、えっと……君は誰?」

 

 俺はそう言って右手の人差し指でその女性を指そうとした。

 

「え?」

 

 しかし、俺が気になったのは女性ではなくその手の甲に刻まれた紅い紋章。いつの間に刻まれたのか分からなかった。

 

「あなた様が私のマスターですね。何なりとお申し付けください」

 

 女性はその紋章を見て俺の事をマスターだと言い出してきた。そして、相手に敬意を表するように片膝をついて頭を下げた。

 

 ……理解の範疇を越えている。一体何がどうなっていやがる。

 

「マスター?いったいどういう意味だ?それに君は誰だ?」

 

 正直、整理が追い付かない。ただし、一つだけ印象に残り一番気になる点があった。突然現れた騎士甲冑の女性の目、虹彩異色。左眼は紅で右眼は翠のその瞳はまるで……。

 

「はい。私の名は……」

 

 女性は顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “オリヴィエ・ゼーゲブレヒト”と申します。




書き出しの部分に戻るのにだいぶかかってしまったorz

結局はぜんぜん話が進んでいないって言うね………。

筆力がまだまだだなと実感しました。

次回はアインハルトが絡んでいく予定です。

しばらくはほのぼのが続きますかね。

原作がほのぼのですからねw

vividとfateはライトとダークですからここを入り混ぜていきたいですねw

一言感想がありますと嬉しいです。

では、また(・ω・)/




追記
主人公の設定です

ガイ・テスタロッサ
18歳

798航空隊 所属
二等空士
魔力のランクはC-

容姿はミッドガルにしては珍しく、ツンツンな黒い髪に黒い瞳。身長は175cmと一般男性の平均に近い。

運命を切り開くと言われている花言葉として
デバイスはプリムラと名前を付けられた。
デバイスはベルカ式。
日本刀のようなしなやかな刀で鞘も付いていることからガイはこのデバイスを抜刀術として使う。

物心がついた時には孤児院に居て、親に纏わる話は一切知らない。孤児院の園長曰く
「朝に孤児院の玄関の前で毛布に包まって泣いていた。」と言っている。本人は親の事に関してはあまり気にしていない。
孤児院は11歳の時に出て、798航空隊に所属。そして、4年前のJS事件によって11歳まで住んでいた孤児院が破壊され、園長や孤児たちは瓦礫の下に埋もれて、遺体となって現れた。
ガイは悲しみ、その事故から「魔法で誰もが不幸にならない世界を作る」と決める。
最初の頃の魔力のランクEと低かったが、7年間、努力をし続けてを通じてようやくC-までに成長。現在は管理局航空戦技教導隊の高町一等空尉の下で訓練されている。
ストライクアーツや居合などもやっており、魔力ランクは低くても、体術や動体視力、反射神経などを徹底的に鍛えているため状況を飲み込みやすくしぶとく戦う。ストライクアーツでヴィヴィオとも知り合って、たまに高町家にごはんを食べに行くこともある。

マンションの3階の一室に住んでいる。

趣味はピアノを弾く事。

口癖………お手柔らかに


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二話“過去と絆の交差”

あ~、オリヴィエってどんな人物なんだろうw?

vividの本で僅かにしか話さないからそこから性格をとらえるしかない。

では、二話目入ります。


 ―――マンション

 

「ん~」

 

 俺は床に座って、テーブルを挟んで対面に座っている人物について考えていた。

 第一印象としては綺麗な女性。顔が整っており、その優しそうな瞳は虹彩異色であり、左眼が紅で、右眼が翠。

 背は低い方だが、先ほどは全体から漂うオーラを発しており、周りの空気を静まり返すほど張りつめていた。今はその矛も収まっている。

 服ではなく、白と青を強調した騎士甲冑を着けて、ライトブラウンの髪は後ろでシニヨンのように団子のように縛っている。

 目の前の人物が現れた場所には赤い魔法陣が残っていた。

 この日常に合わない騎士甲冑をつけた女性が何処から来て、なぜここに来たのかいくら考えても分からなかった。

 

「マスター」

 

 テーブルを挟んで座っていたオリヴィエと称している人物が凛とした声でマスターと発した。マスターは俺の事を言っているらしい。とりあえずオリヴィエとしておこう。

 

「ん?んん、なんだ?」

 

 俺はいろいろ考えていたことをやめてオリヴィエを見た。オリヴィエの瞳は揺るぎなくしっかりと俺の事を見ている。

 

「……ここは何処なのでしょうか?」

「え?」

 

 しかし、その揺るぎない瞳から一変、不安げな表情を見せる騎士甲冑の女性。まるで迷子の子供みたいな表情だ。騎士甲冑の豪傑な雰囲気さとは裏腹に今にも泣きそうである。

 

「……ここは、ミッドチルダだ」

「ミッドチルダ?」

 

 オリヴィエは首を傾げた。場所が分かっていないようだ。

 

「俺も聞いていいか?」

「はい。マスターの質疑にも答えるのがサーヴァントの使命でもあります」

 

 サーヴァント?まあ、今はいい。

 

 俺は先ほどの呆気な質問で冷静さを取り戻してきたので、気になる単語も出てきたがここで今一番気になることを聞いた。

 

「オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。君は古代ベルカ諸王時代の戦乱の世の中で“聖王女”と呼ばれていたオリヴィエ・ゼーゲブレヒトで間違いないのか?」

 

 訓練校の頃に歴史の講義で出てきた記憶があった。戦乱の時代にその名前があった。それを思い出しながら目の前のオリヴィエと言ってくる女性に語る。オリヴィエは昔の人物だ。今の現代に現れるわけがない。

 だから、俺は目の前の人物はオリヴィエだと思わなかった。今は一応オリヴィエとして見てはいるが。

 オリヴィエの回顧録を読んで、オリヴィエに成りきる……コスプレをしている人ではないだろうかと考えてしまう。

 

「ええと、確かに“聖王女”と言われていた頃もありました」

 

 先ほどの不安げな様子とは打って変わり、笑顔で語り始める。コロコロ表情が変わる人物だなと思った。

 

「しかし、私は正統王女ではありましたが継承権は低かったので、ほんの一時期の間でしか言われません。それでも、後世にはそのように語り継がれていったのですね」

 

 オリヴィエは目を瞑って胸に手をあてた。その表情は清々しさが見受けられる。聖王女と言われて嬉しかったのだろうか。

 

 昔の事を思い出しているのだろうか?

 

「君がオリヴィエ・ゼーゲブレヒトだという証拠はあるのか?」

 

 だが、未だに一番の問題である目の前の人物がオリヴィエだとは信用できなかった。

 時間軸がもともと違うのだから、そこの理由が分からないと信用しようにも出来なかった。それに突然現れた説明も欲しい。

 それを聞いたオリヴィエは静かに目を開けて俺の事を見た。

 

「……“聖杯戦争”と言うのはご存知でしょうか?」

「聖……杯戦争?」

 

 オリヴィエの口から戦争と言う言葉が出てきて俺は歴史の講義の内容を思い出す。

 しかし、似たようなもので“聖王戦争”というのはあるが、聖杯と付いた戦争の名前は出てこなかった。

 俺は記憶ないと言うと、オリヴィエは笑みを零して静かに語り始める。

 

「聖杯は“万能の釜”または“願望機”とも呼ばれ、手にする者の望みを実現させる力を持った存在です。これを手に入れるための争いを聖杯戦争といいます。聖杯によって選ばれた七人のマスターが、私たちサーヴァントと呼ばれる聖杯戦争のための特殊な使い魔を使役して戦いあいます。」

 

 万能の釜?願望機?サーヴァント?まったく話が掴めないが。

 

 俺はオリヴィエが何個か発言した言葉の意味が理解できなかった。

 

「マスター。貴方には何か願望がありますか?」

 

 オリヴィエは一度この話を切って真面目な顔をして違う質問を困惑しかけている俺に問いかけてくる。何かを期待しているような表情でもある。

 

「願望……夢か……」

 

 俺は天井を見上げる。ダイニングを明るい光で包みこむ丸い蛍光灯がポツンと一つあるだけだ。あの時、決めていた夢がある。

 

「魔法で誰もが不幸にならない世界を作る……あの時そう決めた。それが俺の願望だな」

 

 俺は目を瞑った。脳裏に浮かんで来たのは4年前のJS事件によって11歳まで住んでいた孤児院が破壊され、園長や孤児たちは瓦礫の下に埋もれて、遺体となって現れた時の事だ。俺はその場で膝をついて号泣した。

 守ることが出来なかったからだ。育ってきた思い出の場所を。

 JS事件がなければよかった。あの事件があったからこそ、孤児院に居た孤児たちは何もしていないのに不幸の目に会った。

 

 あの出来事があったからこそ俺の夢は“魔法で誰もが不幸にならない世界を作る”と決めた。

 

「……そうですか。だから、私はあなたに召喚されたのですね」

 

 俺は目を開けてオリヴィエを見た。オリヴィエはにっこりと微笑んだ。

 

 冷静にオリヴィエを見ると、かなり美人だ。騎士甲冑を付けているが、それも着こなして様になっているのでオリヴィエ自身の魅力を引き立たせるアイテムにもなっている。

 

「……どういう事だ?」

 

 俺は今考えていた事は脳の隅に置いておいて、先ほどオリヴィエが言った事が気になった。

 

「誰もが不幸にならない世界……私も似たような世界を望んでいました。聖杯戦争はマスターとサーヴァントの願望が類似している場合、引きあいます。だからマスター、私は貴方にひかれて呼ばれたのでしょう」

「……」

 

 オリヴィエの言っている事が本当なのかどうかわからなかった。そもそも聖杯戦争と言う物自体が良く分からない。

 

「それに、聖遺物の品物が近くにあるとそれにひかれやすくもありますので」

「あっ……」

 

 それには思い当たる節があった。俺はテーブルの端に置いてあるヴィヴィオから貰ったブレスレッドを見た。プリムラからこのブレスレッドに未知の力が溢れてきたと言ってきた。

 

「これは元々は君のだったの?」

 

 俺はブレスレットを持ち上げて、オリヴィエに見せる。

 それを視界に入れたオリヴィエは喜んで、はいと答えた。要するに俺の願望とこの聖遺物の二つがあったのでオリヴィエが召喚されたと。

 

「それにマスターの証として、マスターの右の手の甲に紋章が浮かび上がりましたでしょう? それは私たちサーヴァントを使役するための制御みたいなものです。サーヴァントは歴代の英霊が具現化したものなので、マスターには絶対的な命令権がないとサーヴァント達は言う事を聞きません」

 

 ああ、確かに浮かんでいた。

 

 俺は右手の甲を見る。紋章が浮かんでいる。この紋章はヴィヴィオがくれたブレスレッドにレリーフされていたライオンの顔と同じ形をしていた。

 

「ん~、整理が追い付かなくなってきた」

 

 俺は頭を掻いた。なのはさんに頭が硬いと言われたが確かにそうかも知れない。こういう非日常な出来事に理解が追い付かない。

 

 先入観は捨てるべきだろうか?

 

 脳に入ってくる情報が未確認の物が多くて処理に追い付かない。プリムラが言っていた未知の力と言うのも気になる。

 

「……私の事信用できませんか?」

「あっ……」

 

 オリヴィエが悲しげな表情で上目使いで俺の事を見る。その虹彩異色の目を見ると昼間にヴィヴィオが上目使いをして見てきた光景と被った。

 ヴィヴィオはオリヴィエの複製体だ。もし、目の前の人物がオリヴィエ本人だとしたら、今さっきヴィヴィオの光景と被ったのは多少ながら説明が出来る。

 

「マスター?どうしました?」

 

 口を開けて、固まっていた俺の事を心配したのかオリヴィエが不安げに聞いてきた。

 

「……やはり君は本物のオリヴィエか?」

「はい!!私はオリヴィエ・ゼーゲブレヒトです!!」

 

 オリヴィエは理解して貰えそうなので喜びながら俺の言葉を肯定した。

 

 なんか、オリヴィエと話しているとヴィヴィオと話しているような感覚だな。

 

『マスター。通信が来ました』

「ひゃう!!」

 

 そこにデバイスのプリムラから通信が入ったと連絡を受ける。突然、別の音がしたからかオリヴィエはびっくりしていた。これで本当に聖王女が務まるのかと内心思った。

 

「相手は誰だ?」

『非通知で秘匿レベルが最大状態です。さらに普通の通信ではなく別ルートからの接触です。どうしますか?』

「非通知に秘匿レベルが最大……ね。大将以上のクラスにしか通信できないものだろ、それ」

 

 何となく嫌な予感がした。だが、出ない訳にもいかず俺はプリムラにモニターを開く様に指示した。

 そして、目の前にモニターが現れて俺は困惑した。

 

「……どちら様ですか?」

 

 映し出されたのは一面暗闇なモニターだったのだから。顔を出したくないのだろうか。

 

『……君がガイ・テスタロッサだな?』

 

 黒闇の中で何かが動くのが見えた。そこに人物はちゃんといるようだ。渋い声だと聞いて分かるので男だとわかる。

 その上から目線の態度に俺は少しムッとした。

 

「人の名前を聞く時はまずは自分の名前を名乗るのが常識だろう?」

『ふっ、これは失礼した。だが、生憎と私の名前は教える事が出来ん。強いて言うならば管理者とでも言っておこうか』

 

 管理者……ねえ、何の?と聞きたいがきっと教えてくれないだろう。

 

 こんな秘匿レベルが最大の通信だ。

 

 これは危険な橋を渡る前なのではないか?ここで橋を渡らず来た道を引き返してもいいんじゃないか?

 

 一瞬、俺の気持ちが揺らいだ。しかし、目の前のオリヴィエを見るとそんな気持ちもどっかにいってしまった。オリヴィエを見ていると不思議と心が落ち着く。

 それに、オリヴィエからいろいろ聞いたので、もう片足は橋を踏んでいる状態だ。なら、前に進むしかない。

 

「で、こんな足を残さないような通信をして何か俺に用なのか?」

 

 俺はこの管理者と言う奴の話を聞くことにした。

 

『ふっ、この通信も漏れないという保証はないから手短に話そう。ガイ・テスタロッサ。君は今回の聖杯戦争の最初のマスターだ。喜びたまえ』

 

 やはり、と俺は思った。このタイミングでこんな厳重な通信が入るのだ。サーヴァントがどこに現れたのか瞬時に調べたのだろう。

 

「プライベートの侵害だな」

『なに、これ以降は干渉せんよ。干渉する時だとすれば全てのマスターとサーヴァントが揃った時の聖杯戦争の始まりの合図ときだけだな』

 

 そうですか、と俺は簡易に答える。

 

「そもそも聖杯戦争と言うのは公の場には出来ない理由があるのか?英雄たちをサーヴァントとして戦わせる……今まで聞いたこともない話だし」

『ミッドチルダでは初めてだな。聞いた事はないだろう。この前は第五次聖杯戦争で管理外第97世界の地球のとある土地で行われたようだ。そして、聖堂教会に観測された第727個目の候補の聖杯がここミッドチルダに存在するとのこと。君がサーヴァントを召喚してくれたおかげで予想から確証へと変わったがね』

 

 聖堂教会?聖王教会ではないのか?

 

「俺とオリヴィエを含めた七人のマスターとサーヴァントが揃った時、聖杯戦争は始まるのか?」

 

 モニターの暗闇で管理者がフッと鼻で笑ったのがわかった。

 

『ああ、願望あるマスターやサーヴァントが戦い合い、最後の一組になった時に聖杯が手に入る』

「……殺し合いなのか?」

 

 最後の一組になる……それはつまり残りのマスターやサーヴァントは死ぬのだろう。

 

『ああ、これは“戦争”だ。魔法に非殺傷設定が義務付けられているのこの世界で育った君には理解しがたいと思うが、殺し合い、これが本来の“戦争”と言う意味なのだ』

「俺は時空管理局の航空部隊の一員だぞ。これを本局に連絡したとしたらどうする?」

 

 俺はカマをかけて見た。通信の秘匿レベルが最大なだけに本局の上層部が噛んでいる事がわかる。これで何か情報を聞き出せると良いのだが。

 

『無駄だ。本局に通報しても私はその情報を揉み消せる。それに、もしそんな事をしたら君の大切な人を人質に取らなければなるまい』

「くっ……」

 

 分かっていたが、カマかけは失敗しした。脳裏に浮かんで来たのはヴィヴィオ達の姿。

 あの子たちが不幸になってしまうのは防がなければならない。

 それに、この戦争に参加してしまった以上、拒否権は既に無くなっている。

 

「だが、都市内で殺し合いなんてものが起これば地上本部が黙って無いぞ」

『そこは安心するが良い。聖杯戦争は人が居ない場所で行われる。人前では決して戦わない。掟で決まっている』

 

 つまりは表舞台のない戦争なのか。管理者の説明で俺の頭の中にあった“聖杯戦争”に掛っていたモヤモヤとした霧みたいなモノは少しずつ晴れていった。

 

『ふむ、少し長く話してしまったな。では、失礼する。今度、連絡した時が聖杯戦争の始まりの合図だ。まあ、君が最初のマスターなのでマスターが7人そろうのはまだ先だと思うがね。それまでは準備を怠らないように』

 

 管理者はそう言って、一方的にモニターを切った。嵐が過ぎ去ったあとのように部屋の中が少しだけ静まり返った。

 

「プリムラ、逆探知できたか?」

『申し訳ありません、マスター。あと少しでしたが、相手にばれたようです。切られました』

 

 プリムラにこっそりと逆探知の命令をさせておいたが、やはり一筋縄では行かないようだ。随分と厄介な相手に絡まれてしまった。

 

「あ、あの~……」

 

 少し雰囲気が暗くなったこの部屋にオリヴィエが恐る恐る声を上げてきた。

 

「どうした?」

「マスターは不安ですか?」

 

 オリヴィエは先ほどの細々とした声では無く優しく相手を包み込むような声で聞いてくる。

 

「まあ、不安じゃないって言えば嘘になるが……」

 

 俺は一度目を閉じて、そして、再び目を開けてオリヴィエに笑みを浮かべながら見た。オリヴィエを見ていると安心感が芽生えてくる。笑みを浮かべながらも凛として、そして勇ましさや地震を伺えるその表情に安心できるのだろう。

 

「少なくともこの戦争を止めないと不幸になる奴が現れる。あの管理者の言葉を信じるなら聖杯戦争を止める事は出来ない。なら、始まったらすぐに戦争を終わらせる。被害が出る前に」

「ええ、そうですね。それに聖杯戦争に勝つことでマスターの願望も叶えることがで出来ます」

 

 願望……魔法で誰もが不幸にならないような世界……。

 

「願望か……叶うといいな、俺もおまえも」

「はい。そのためならばマスターの矛にもなり盾にもなります」

 

 オリヴィエは頭を下げて俺に忠誠を誓った。俺もオリヴィエの事を信用することにした。

 

「それに、悪かったな。最初のころはオリヴィエの事を疑って」

「いえ……何も知らなければ私の事を疑うのは当然の事です。ですからマスターは気にしないでください」

 

 オリヴィエは頭を上げて微笑んだ。笑顔がとても似合う女性と評しても間違いないくらいの温かさを分け与えてくれる笑顔だ。

 

 この人物は相棒として信頼できそうだ。

 

 俺は出会って間もない相手だというのに違和感なく信用できてしまった。本来なら警戒するのが当たり前なのだがあの笑顔に嘘はないと確信できる。

 

「ありがと、オリヴィエ」

 

 それに俺も笑って返した。

 

「うん、よし。まだ疑問がいくつか残ってはいるがとりあえず夕飯を作り直すか」

 

 俺は料理の作りかけが残っているキッチンに戻った。牛ステーキがちょうど自然解凍し終わっていた。

 

「オリヴィエ、夕飯食べるか?」

「はい、頂けるのなら。何か手伝いましょうかマスター?」

「ああ、いいよ。すぐに焼くから待ってな」

 

 俺は解凍したステーキを二分割した。孤児院以来、久々に人に料理を作るので腕がなった。

 疑問はすべて解決したわけではないが今考えていても解決する問題じゃない。だから、俺はその思考を一度切った。

 しばらくは聖杯戦争というのは始まらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――???

 

「最初のマスターが君だったとはなガイ・テスタロッサ……やはりこれも運命か……今後が楽しめそうだ」

 

 暗黒の中で先ほどの管理者が笑っていた。

 

「そして、召喚されたサーヴァントのクラスは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ファイター?」

「はい。私のクラスはファイターとして召喚されました」

 

 俺は夕飯を並び終えた時にちょくちょくと聖杯戦争の事についてオリヴィエと話をしていた。

 因みに今のオリヴィエの姿は騎士甲冑を外している状態の姿であり、青と白の色を兼ね合わせたベルベット服だ。

 流石にずっと土足で部屋に立っていられるのも困ったので助かる。本人曰く、この体は霊体であり、甲冑も霊体化することが可能との事。

 それなので、しばらくは甲冑を着けさせないことにした。

 

「他にも、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー……例外もありますが、私のファイターのクラスは聖杯戦争では初めてのようです」

「ふ~ん、クラスねぇ」

 

 ファイターと言う事は拳で戦うのだろうか……まあ、ヴィヴィオもストライクアーツをしているのでオリヴィエのクラスもあながち間違っていない。

 

「接近戦ではセイバーが優秀と言われておりますが、私のクラス、ファイターも後れをとりません」

 

 オリヴィエはグッと拳を握り、俺の事を見る。確かに心強い。俺はオリヴィエにご飯を渡す。

 

「ああ、期待しているよ。オリヴィエ」

「はい。あ、では、いただきます」

「いただきます」

 

 オリヴィエは微笑んでご飯を食べ始める。ステーキを一口食べた。

 

「……凄いですマスター。これほどの美味な食事を作れるのですね!!」

「そ、そうか。そう言ってくれると嬉しいが」

 

 オリヴィエが無邪気な瞳で輝いていた。まるで子供みたいだ。聖王女である王族の人物オリヴィエから好評をいただいたので、少し嬉しかった。俺の料理の腕もそこそこあるようだ。

 そして、この温かい食卓。俺が憧れていたもの。

 今までの家は1人で食べていたが、オリヴィエが居るだけでも家の食卓はかなり変わった。オリヴィエの雰囲気がとても温かい。

 

「ありがとうな、オリヴィエ」

 

 温かい食卓が取れたことで俺は嬉しくなって、オリヴィエにお礼を言った。

 

「え?何にお礼を言っているのですかマスター?」

 

 オリヴィエは何のお礼を言われているのか分からなかった様子だがそれでもいい。俺は今この瞬間が本当に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争が終わるまでの間、オリヴィエは家に滞在することになった。しかし、オリヴィエの着る服が全くない。サーヴァントは姿を消せる霊体と聞いたが、俺の魔力が低すぎた原因と召喚時の不具合が原因で、霊体化することが出来ないようだ。

 何か申し訳ない気持ちだったので、オリヴィエが日常生活を出来るように服を買いに行くことにした。

 

 当然、俺の家に女性の衣服はない。よって服を買いに来たわけだが……。

 

「あ~……」

 

 周りからの視線が痛い。今いる店はランジェリー店。いわば下着売り場だ。

 

 もう一度言う。家には女性の衣服は何もない。下着ももちろんだ。服を買いに行こうとしたのだが……。

 

『まずは下着ですよマスター』

 

 と、オリヴィエがそう言いながら俺の手を引っ張って、ランジェリー店に強制的に入ることになった。

 

 オリヴィエは少し離れたところで下着を選んでいる。横顔を見ると嬉しそうな表情をしているのはいいが、周りを見ると男は俺だけだ。オリヴィエから離れているから視線が痛い。

 

「マスター、これなんてどうですか?」

 

 そこにオリヴィエが近づいて、下着を見せてくる。周りの客からは彼氏だと思った人も居るのか、視線の数は減った気がした。

 しかし、マスターという単語を聞いてしまった客や店員は未だに怪訝とした表情で視線を送ってくる。

 

「お、俺の事は気にしなくていいから、自分で好きな物を選びなよ」

 

 オリヴィエは恥じらうことなく手に持っている下着を見せてくる。俺はそれを直視することが出来ず、早口で喋り視線をそらした。

 因み色は白だった。

 

「こういう時は男性の方に聞くのが良いと聞きましたので」

 

 誰の入れ知恵だそれ?昔の人も変な事をオリヴィエに教えたものだ。

 

 オリヴィエ自身は箱入り娘……と言うわけではないが、時折、ズレている常識を持っているのがわかる。

 

「因みにマスターの好みの色は何ですか?」

「……っつ、お、俺はよく分からないから、気にいったものを買うといいよ」

「そうですか……」

 

 ストレートに投げてきたボールは素直に受け止めることが出来なかった。

 変な事を追及されそうになったので俺が軽くあしらうと、オリヴィエは寂しげな表情をして少し俯く。それを見てるとまるで俺が悪い事をしている感覚に陥る。

 でも、ここで妥協するわけにもいかない。

 

 ここはオリヴィエが近くに居てもあまり居心地のいい場所でもないな。当たり前だけど。

 

「俺はちょっと恥ずかしいから、外に居るぞ。財布は渡しておく」

「え?あ、マ、マスター」

 

 オリヴィエに財布を渡して、返事を待たずに俺は店の外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 俺は外に出て、夜空を見た。今日は雲1つもなく、大きな星が二つともくっきりと見える。

 その夜空に右手を軽く上げる。手の甲にはライオンの顔をした紋章が付いている。

 サーヴァントへの絶対的命令権。

 これがないとサーヴァントは命令を聞かない事が多いし、魔力供給も行えないという。

 

しかし、あのオリヴィエを見た限りだと、これが無くても一緒に戦ってくれそうな気がするんだけどな。

 

「んっ?」

 

 と、物思いに耽っていると本当に小さい音だが何かが地面に叩きつけられたような鈍い音がした気がした。

 

「……気のせいか?」

 

 俺は考える事をやめ、音のする方を見る。ビルとビルの間にある薄暗い通路だ。路地裏に繋がっている道だ。

 こんな路地裏では猫か何かがゴミ箱など倒した音なのだと思うのだか、近頃物騒になっているので気のせいで納得することができなかった。

 

「……プリムラ。いつでも動けるようにスタンバイしとけ」

『了解しました』

 

 俺は何かが起きていると考え、ネックレスで首にかけて持ち歩いているデバイス……プリムラにいつでも動ける状態にして、路地裏に入った。

 

 ビルが夜の光を遮るようにして立っているため、入口の光しか頼るモノがなく薄暗い。少し進むと、右に曲がる曲がり角にあたった。こういう場所では何かとぶつかる事こともあるので俺は壁沿いに寄った。

 そして、俺は壁に背をつけて、ゆっくりと曲がり角の先を見る。

 

「……っ」

 

 そこで見た光景に驚いた。

 

「いってぇ……」

 

 男が一人うつ伏せで倒れていたのだ。

 そして、その先にはその男を倒した張本人なのか後ろ姿で歩いていた。もうここに用はないのだろうか。倒れている男には見向きもしない。

 薄暗いので特徴的ななのは良く見えなかったが、あれは女性だろう。髪が腰まで伸びていたのが分かった。

 そして、その人物は曲がり角を曲がろうとした。

 

「まて!!」

 

 職務外ではあるがこれも治安維持の一つでありその人物をほっとくわけにはいかない。俺は曲がり角から飛び出して倒れている男の前まで動く。

 その人物は曲がろうとした道で止まり、こちらを向いた。薄暗いからあまり見えないが、先ほどより近づいたので全体像が見えた。

 

 背は高いが女性……と言うよりも幼げさが残っている少女に見える。碧銀の髪に顔を隠すためのバイザーか。

 

「あっ……」

 

 その人物は俺を見たとき、一瞬戸惑ったような声を漏らした。

 

「お前が噂の通り魔か?」

 

 俺はそれを気にせずプリムラに手を触れて、いつでも動ける状態に構える。

 しかし、あちらは何もせずただ茫然と立っていように見える。

 

「はい、それを否定する理由はありません」

 

 俺の質問に稟とした声で肯定する。先ほどの戸惑いとは違う。その声を聞いただけでもわかる。自分の道をまっすぐに貫く人物だと。言葉に迷いがない。

 

「こんな事して何になるんだ?」

「……」

 

 俺の質問には何も答えなかった。返事の代わりに静かに構えた。俺も最大限に警戒をしてその人物を凝視する。

 

「お手柔らかに」

 

 少しの間の静寂。そして、その人物は動きだした。

 

「はあああぁ!!」

「いっ!?」

 

 その人物は思いっきり拳を放った……地面に。その威力は凄まじく、コンクリートの地面を簡単に砕いて、砂埃をまき散らした。

 

「くっ……見えない」

『対象者、離れていきます』

 

 視界を遮られた俺はプリムラの言葉を聞いて、理解した。

 砂埃に紛れて逃げだしたのだ。俺はどうするか悩んだが、倒れている男をほっとく訳にもいかず、砂埃が晴れるまで動かないことにした。視界の悪い状態で追跡したら返り討ちにあう可能性もある。

 しばらくして、恐る恐る目を開けると砂埃は落ち着き、あの人物は居なくなっていた。

 

「あの拳を受けたらひとたまりもないな」

 

 魔法なのかはわからないが、簡単にコンクリートを叩き割ったのだ。地面は粉々に割れていた。生身の人間が喰らったら危険だろう。

 それを自分に例えると……一瞬だが体が震えあがった。

 

「通り魔……ね」

 

 俺は一先ず目先の事に思考を動かし、救急隊に連絡して男を路地裏から連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表通りに戻ると救急隊が既に来ており、負傷した男を乗せて走り出した。俺は救急車を見送った後、上司に先ほどの事をモニター越しに説明した。

 しかし、そう言うのは地上本部に任せておけとの事。相変わらず空と地上は仲が悪い。

 

「マスター。何処に行っていたのですか?」

 

 いつの間にか隣にオリヴィエが居た。手には紙袋を持っている。下着を買ったのだろう。

 

「路地裏にな。最近ここら辺で連続傷害事件が起きてて、さっき連れて来た男も被害者だ」

「喧嘩ですか?」

「まあ、そんな所だろ。被害者も被害届を出さないから事件に繋がらないけどね」

 

 俺は先ほどの人物を思い出していた。あれは相当な実力者だろう。まともにやったら俺は勝てないかもしれない。

 

「まあ、この話は終わりな」

「そうですね。あまり明るい話ではありませんし」

 

 俺がオリヴィエの方を見ると、オリヴィエは笑みを見せて俺の意見にどういする。

 

「では、次は服ですね。買いに行きましょう♪あ、これは返しておきますね」

 

 オリヴィエは弾むような声でそう言って、俺に財布を返してきた。

 そして、俺の手を引っ張って歩き始める。

 

「そう言えば買い物の途中だったな」

「そうですよ。早く行きましょう」

 

 オリヴィエに引っ張られて俺は歩きだした。俺はふと片手で財布の中身を見てみると……。

 

「……おい、いくら使った?」

「……っ」

 

 オリヴィエは俺の言葉に体を一瞬ビクっと震わせて歩くのをやめた。

 

「え、え~と……可愛いものがいっぱいありましたので……ついっ……」

 

 オリヴィエはこちらを向かない。けど、ギュッと紙袋を強く握りしめるのが分かった。そのまま申し訳なさそうにボソボソと言ってきた。

 俺の財布の中の金額が半分近く無くなっていたのだから。使い過ぎと分かっているのなら買うのをやめてほしかった。下着だけでこんなに使われてしまうとは。

 

「使いすぎだろ」

「も、申し訳ありません……」

 

 後姿で謝るオリヴィエ。

 

 向きが違うぞ向きが。

 

「……はあ、まあいいけどさ。服は程々にしとけよ」

 

 俺はそれを見て、ため息をついてそう言うと、オリヴィエは振り向いて頭を下げた。

 

「はい、ありがとうございます!!」

 

 まあ、オリヴィエにお金なんて無いのだから仕方ないと言えば仕方ない。魔力の低すぎで霊体化出来ない俺が悪いのだから。

 それに女性は買い物が好きだと聞く。その喜びに水を差すわけにもいかない。

 

「とっとと、買いに行くか。お手柔らかに頼むぞ」

「はい!!」

 

 オリヴィエは頭を上げて満面の笑みを見せてきた。買い物が続けられて嬉しいのだろう。それにヴィヴィオと同じでオリヴィエも笑顔が良く似合う。その笑顔をあまり曇らせたくはない。

 オリヴィエの笑みを見て、俺も笑って買い物を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

 買い物は無事終わらせる事が出来た。代わりに財布の中身が全滅した。

 

「こんなに買うとは思わなかった」

「す、すいません、マスター」

 

 テーブルに買った物を置いた。紙袋が10個以上ある。オリヴィエが申し訳なさそうに言ってくる。

 流石は王族というか、買い方が豪快すぎた。オリヴィエは欲しい服をどんどん買物かごへ入れていき、しまいには二つのかごでも入りきらないぐらいの量となってしまった。

 それでも10着で下着の額と同じというのだから下着はかなり質のいいモノがあるわけだ。

 

 ちょっと気になるけど……そこは我慢だな。

 

「まあ、いいけどさ。明日は貯金下ろさないと」

 

 俺は明日仕事に行く前にお金を下ろす計画を脳内で立て始めた。

 

「あ、あの、開けてもよろしいですか?」

 

 その横でオリヴィエが恐る恐る聞いてくる。

 

「ああ、全部オリヴィエの物だから好きにしなよ。俺は明日早いしシャワー浴びて寝るわ」

 

 マンションに戻って来たのも夜遅い。明日の仕事に支障がないようにシャワーを浴びてすぐに寝ることにする。

 風呂場に行く時、ふと、オリヴィエを見る。洋服を紙袋から取り出して見て喜んでいるようだ。

 

 まあ、その笑顔を見れただけでも今日の買い物には意味があったかな。

 

「あ、ヴィヴィにメールしとくか。プリムラ」

『モニター開きます』

 

 俺の前にモニターが現れる。俺はメールの文章を書き込んだ。

 

To………高町ヴィヴィオ

件名………プレゼント

本文………ブレスレットのプレゼントありがとな。とても嬉しかったよ。ところで、あのブレスレットは何処で手に入れたんだ?

 

 俺はプリムラに送信しておくように命令した。夜遅いから帰ってくるのは次の日だろう。あのブレスレットがオリヴィエを呼び水にした聖遺物であることは間違いない。まあ、今考えても仕方ないので俺はシャワーを浴びた。

 シャワーを浴びて洗面所から出るとオリヴィエはまだ服を鏡の前で自分に合わせていた。

 ほどほどにしとけよ、と言って俺はベッドに入ろうと思ったけど新たな問題が浮上した。シングルベッドが一つしかない。こんな1人暮らしの所に泊まりがけで来る人物など居ないので来客用の布団は無い。なのでオリヴィエに譲り、ソファーで眠ることにした。

 

『私はマスターとご一緒に寝ても構いませんが?』

 

 と、オリヴィエは言ってきたので流石にそれはマズいだろうと考えて、ソファーで眠ることに。そんな行動を見てオリヴィエは可愛らしく首をかしげて理解不能と顔に書いてあったが、そのぐらいは察して欲しかった。

 ソファーで横になって目を瞑るとすぐに眠気が襲ってきた。今日1日が長かった。

 

 聖杯戦争というシステムに片足を入れてしまったが、まだしばらくは始まらない。それまでにやれることをやらないとな。オリヴィエが出てきた時の未知の力。見たことのない魔法陣。手の紋章。疑問も多いが、一つ一つ片付けて行こう。

 

 そう結論が出た時には俺の思考は闇に落ちて行った。




アインハルトが絡む予定だったけど、ちょっとしか出てこなかった。

オリヴィエと聖杯戦争の話でほぼ終わってしまったorz

次回こそアインハルトをちゃんと絡ませます。

オリヴィエの性格は実直で生真面目ではあるがどこかズレていて、感情的であり明るい性格。

マスターである、ガイが悲しんでいるとオリヴィエも悲しんでしまう。

こんな性格で多分大丈夫かなw?

何か一言感想があると嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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三話“過去と現代の交差”

アインハルトって一人暮らしだと勝手に予測している。

だって、親が出てこないんだものw

だが、漫画の中の一コマに一軒家が写っていたようなw

気のせいかな……。

最後のほうは二人称が少し増えます。

誰が主観なのかを確認して読むと良いかと。

では、3話目はいります。


 

 ―――???

 

「……ここは?」

 

 俺は荒野に立っていた。辺り一面が焼け野原で近くにあった建物には空いて破壊され黒い煙を出しながら燃えている。その建物は少し原形を留めていた。それは今の建造物では無いのが分かる。

 そして、燃えた建物の煙と炎で空は赤黒く、焦げくさい臭いが……。

 

「……しない?」

 

 俺は今の状況に困惑した。これほど近くで燃えているというのに焦げ臭さはおろか暑さも感じない。ここはいったい何処なのだろうか。

 昨日はオリヴィエと買い物をして疲れて直ぐに寝てしまった。こんな荒野に立った記憶など無い。

 ともかく今の状況が分からないので判断材料を探すべく周りを見渡して歩きだした。どこまで見ても一面の焼け野原。建物はミッドチルダにあるビルとは程遠く電気に頼らない昔の時代の面影を残すような構造物ばかりだ。

 

 ……戦争の後……か?

 

 考え事をしていたが視界に人物が入り込んだ。2人いた。1人は見ただけで分かった。オリヴィエだ。

 初めて会った時の青と白を強調している騎士甲冑を着けているが所々ボロボロになっている。

 そして、もう1人は膝をついて左腕を怪我しているのか右手で掴んでオリヴィエを見上げていた。男性だ。碧銀の髪のショートヘアで左眼が薄蒼で右眼が紫の虹彩異色。

 オリヴィエみたいな騎士甲冑は付けてなく、羽織る形の服装を着て、それをベルトで縛った格好だ。たぶんマントも付いていたのだが焼け焦げて無くなったのだろう。

 それにオリヴィエと同じく所々ボロボロだった。

 

「オリヴィエ!!」

 

 俺は彼女の名前を叫んだ。

 しかし、聞こえた素振りを見せない。

 

 ……どういう事だ?2人とも俺が近くに居て大きな声を出しているのに気付いていない。

 

 俺の困惑を余所にオリヴィエの口が静かに動き出した。

 

「クラウス、今まで本当にありがとう。だけど私は行きます」

 

 オリヴィエは優しい笑みをクラウスという人物に向ける。クラウスという人物はその笑顔に悲痛の表情を浮かべる。

 

 これは……夢?そして、この光景はオリヴィエの記憶……なのか?

 

 俺はとある仮説を立てる。夢は記憶の整理を行うために見る現象。オリヴィエとは少なからず魔力で繋がっているはずだ。

 

 その影響でオリヴィエの記憶に飛んだ……?

 

「待ってくださいオリヴィエ!!勝負はまだ……!!」

 

 俺が根拠のない考えをしていても話は進んでいく。俺はひとまず考える事をやめて2人の話に耳を傾けることにした。オリヴィエはクラウスの言葉途中で止め、目を瞑って首を横に振り、右手を自分の胸に当てる。

 

「あなたはどうか良き王となって国民とともに生きて下さい。この大地がもう戦で枯れ果てぬよう青空と綺麗な花がいつでも見られるようなそんな国を……」

 

 オリヴィエは目を開けて、踵を翻し歩きだした。

 

「待ってください!!まだです!!ゆりかごには僕が!!」

 

 クラウスが必死に叫ぶがオリヴィエの足は止まらない。代わりに右手を上げてそれに答えた。

 

「オリヴィエ!!僕は……!!」

 

 クラウスの最後の方の言葉が聞こえなくなった。この世界が一変して暗黒の世界となったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「んっ……」

 

 俺は目を開けた。窓からの朝日の光が俺の体に当たり寝汗をかいていたようだ。ベッドは光が当たらない所に置いておいたはずだが、なぜ光が体に当たるのだろうか。

 それに、いつも起きる時に見る天井の蛍光灯が微妙にズレている。

 

「……ああ、そっか」

 

 だんだんと脳が活性化していき昨日の出来事が蘇ってくる。ベッドにオリヴィエを譲って俺はソファーで寝たのだ。

 俺はソファーから身を起こした。いつものベッドに寝ずに慣れていないソファーで眠ったせいか体の節々が痛む。たまにソファーで寝ることがあったが寝るように設計してたわけでは無いので少し疲労感が残っているのがわかる。

 俺は腕をクロスしたりして、筋肉の緊張を解す。何か夢を見ていた気がするが思い出せない。

 

「……何の夢を見てたっけ?」

 

 夢というのは覚えていない方が疲れはとれると聞く。眠っている間にも脳が活性化してしまっては疲れが完全にとれるのは難しいらしい。

 しかし、夢を見た覚えはあるがそれを思い出せないとなると心の中にモヤモヤ感が残ってスッキリしない。俺はそのモヤモヤ感を取り除くために思い出す努力をするがなかなか思い出す事が出来ない。

 ふと、ベッドを方を見る。そこにはオリヴィエが毛布を被り髪を解いて規則正しく寝息を立てて眠っていた。

 

「あっ……」

 

 そうだ、思い出した。

 

 オリヴィエを見ていると脳裏に浮かんで来たのは辺り一面の焼け野原の光景。その荒野に俺は立っていた。

 

「あれは夢だったのか……」

 

 思い出せないモヤモヤ感は晴れることが出来た。

 しかし、別の疑問が浮かび上がった。夢の中で2人が話した言葉を思い出す。オリヴィエは確かこう言っていた。

 

“この大地がもう戦で枯れ果てぬよう青空と綺麗な花がいつでも見られるようなそんな国”

 

 これがオリヴィエの願望なのだろうか?しかし、俺の“魔法で誰もが不幸にならない世界”の願望に類似したとは思えない。オリヴィエにはもっと違う願望があるのか?

 

「ん、んん……」

 

 俺が夢の考え事をしているとオリヴィエの規則正しい寝息が乱れたのが聞こえた。俺は考えていた事を中断してオリヴィエを見た。背が低いからか幼さが伺える寝顔だ。

 

 多分俺より年上だとは思うけど。

 

「まあ、オリヴィエにも叶えたい願望があるんだろうな。それは無理して聞く事じゃないか」

 

 俺は結論してソファーから起き上がって机の上にあるプリムラを取りに行こうと動き出す。

 

「んん……」

 

 オリヴィエは寝苦しいのか寝返りを打った。

 

「あっ……」

 

 そこで全ての思考が停止した。寝返りでオリヴィエをかけていた1枚だけの毛布がベッドから落ちたのだ。それだけなら思考は停止しないだろう。

 しかし、問題なのは……。

 

「なんで、下着姿なんだ……」

 

 オリヴィエは白い下着姿だった。下着にはレースの飾りが付いており、明るい性格のオリヴィエに白はピッタシだ。昨日オリヴィエが見せてきたあの白い下着だ。相当な値段のモノなのだろう。

 俺はダメだと思いつつも下着に釘づけになる。

 

『マスター、視姦はよろしくないですよ』

「……はっ!!」

 

 俺は取りに言うこうとしていたプリムラから痛い言葉を貰い我に帰った。止まってしまった思考が動き出す。

 昨夜、俺はオリヴィエよりも先に寝ていた。昨日はいろいろあったからすぐに眠気が来たのが分かった。

 そして、記憶が途切れる前にオリヴィエを見ると服を自分の体に合わせて鏡の前で見比べていた。

 

 あの後オリヴィエがどうしていたかは知らないが、まさかこんなおいし……こんな格好をして寝ていたとは。

 

「と、とりあえず毛布をかけ直さないとな……」

 

 俺はなるべくオリヴィエを見ないように体に触れない様にそっと毛布をかけ直す。俺にはこの刺激が強すぎる。

 そして、ベッドから離れ机の前に移動する。

 

「それにプリムラ。あれは視姦じゃない」

『視姦……視姦する人間自体は相手に直接手は出さず、言葉などで命令して相手を辱めて性的興奮を煽る。今の行為と類似していると思いませんか?』

「まったく類似していないよ!!」

『“相手に直接手は出さず”の所はあっていませんか?』

「……」

 

 どこでそんな言葉をインプットしたのだろうか。少なくとも俺の記憶の中には無い。後で技術者に問いかける必要があるようだ。

 

「んんっ……」

「あっ……」

 

 またオリヴィエの寝苦しい寝息を立てた。俺の怒鳴った声が五月蠅かったからだろうか。

 そして、背後でゆっくりと起き上がる気配を感じた。俺は恐る恐る振り向く。

 

「ん、おはよう……ございましゅ……ましゅたぁああぁ……」

「っ!!」

 

 少し寝ぼけている表情のオリヴィエ。上半身を起こしているため、毛布のかかっていない場所……騎士甲冑を着込んでいるとは思えない程の体のラインが細く白い肌が括れから見え、白いブラを付けているだけの状態だった。

 俺は急いで机の方へ向きなおった。

 

「な、なあ、オリヴィエ。寝る時はその……下着だけで寝ていたのか?」

「え、ええ。そうですよ~」

「オ、オリヴィエには羞恥心ってのは無いのか?」

「え?羞恥心ですか……あ~、なるほど。マスターは私の今の姿に欲情してしまったのですか~?」

 

 背中越しからオリヴィエの間の抜けた声がする。まだ、脳が活性化していないのだろう。恥ずかしいことも平気で言ってくる。

 いや、たぶん脳が活性化しても恥ずかしい事は平気で言ってきそうだ。昨日の買い物のように自分が買う下着を平気で異性の俺に見せてくるのだから。

 

「と、とりあえず、俺は朝飯作るから!!オ、オリヴィエ。ちゃんと着替えろよ」

 

 俺は恥ずかしくなって、キッチンへ逃げるように駆け込んだ。

 

「んん、いい天気ですねマスター」

 

 そんな俺の心境も知らず、視界の端にはオリヴィエが腕を思いっきり伸ばしたのが分かった。寝ぼけていた脳も少しずづ覚醒はしているのか呂律がしっかりと回っている。

 

『刺激的でいいのでは?』

「少し黙っててくれ」

 

 俺はオリヴィエが着替え終わるまでキッチンから出る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の朝食は食パンにスクランブルエッグ、ウインナーとサラダの盛り合わせにスープ。

 簡単に作れるので朝はこの献立が多い。

 

「食欲がそそられますね」

 

 オリヴィエは半袖の白いブラウスに黒いロングスカートに着替えていた。

 細かい所に装飾が付いており、元が良いからかオリヴィエ自身の魅力を引き立たせる服だ。流石は王族と言うべきか、服のセンスが素人の俺でもわかる。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 俺らは食事をとり始めた。オリヴィエがフォークにスクランブルエッグを乗せて口に運ぶ。

 

「はむ……美味しいです。マスター。やはり料理が得意なのですね」

「……そりゃあ、どうも」

 

 一口食べて、頬笑みをこちらに向けてくる。オリヴィエは感情的だ。昨日一日、オリヴィエと話していて分かった。

 だから表情がコロコロ変わるのだ。見ていて飽きることはない。

 そして、俺は昨日から言われている言葉を直そうかと思ってオリヴィエに口を開く。

 

「あ~、流石にマスターと言うのはやめないか?俺はオリヴィエに対してマスター的な事は何もしていないし」

「そうですか?」

 

 オリヴィエが小さな口でパンを一口食べながら、微笑みを浮かべ首を傾げる。

 

「まあ、マスターがそう言うのでしたら、名称を変えて言ってもかまいません。それにマスターも私の事はオリヴィエと言うのは止めておいた方がよろしいかと」

「え?なんで?」

 

 マスターの名称を変えてくれと言ったのだが、オリヴィエと言う名称も変えた方が良いとオリヴィエが言ってきた。

 

「戦争と言うのは情報戦でもあるのです。相手の情報を知ることでそこから弱点などを調べてそこを突く。戦争では当たり前のことです。ですので、私の事をオリヴィエと言い続けるのもよろしくないです。私がオリヴィエとバレてしまいますので。何処から情報が漏れるか分かりません」

「……なるほどな」

 

 戦う時にオリヴィエと分かっていたら対策を取られてしまう。オリヴィエは武技において最強を誇っていた。それなら、武技での戦いを仕掛けず遠距離からの戦いをした方がいい。

 俺にはオリヴィエの弱点は分からないが知っている奴ならそこを狙ってくるのだろう。オリヴィエの言いたい事は分かった。

 

「んじゃ、名称を互いに変えるか。オリヴィエは俺の事を普通にガイやテスタロッサと言っても構わないだろ?」

「そうですね。戦争への影響はないかと。では、ガイと呼ばせてもらいます」

 

 オリヴィエが俺に言う名称は決まった。後は俺がオリヴィエの事をなんて言うかだ。

 ファイターでいいのではないかと思ったが、買い物の時のように街に出かけることもあるので街中で女性の事をファイターと言うのはでは何か変だ。

 ふと、俺は夢で見たあの焼け野原の光景を思い出した。

 

「リコリス……」

「え?今何と言いましたか?」

 

 俺は小さく呟いた。リコリスの花言葉には悲しき思い出と言うのがある。あの焼け野原は悲しき思い出にピッタシだ。だが……。

 

「今のは無し」

 

 オリヴィエに対して不謹慎だ。オリヴィエはそんなに気にもしないと思うが。

 

 俺は再び考えた。

 

「……フリージアってのはどうだ?」

「フリージア……花の名前ですか?」

「ああ。花言葉は純潔と言われているからオリヴィエにピッタシかなと思って」

 

 フリージア、とオリヴィエは短く言って、目線を下げて少し考え込む。オリヴィエは純粋というか純情すぎるというかともかく汚れが無い感じ女性と思える……度が過ぎて羞恥心無いけど。

 そして、オリヴィエは視線を上げて俺を見る。

 

「フリージア……いい名前です」

 

 オリヴィエは俺の事を見て微笑んだ。気にいってくれたようだ。俺も笑みを返す。

 

「んじゃ、苗字も少し変えてフリージア・ブレヒトでいいか?」

「はい、構いません」

「なら……フリー、よろしくな」

「はい、ガイ」

 

 俺が省略した名前に笑顔で返事をして、俺たちは残りの朝食を食べ終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は食事の後片づけに洗濯物を干し終えて、798航空隊に行く支度を終えて靴を履いていた。

 オリヴィエの洗濯物はまだないので俺がやったが今後は話し合う必要がある。多分、オリヴィエに洗濯を任せるしかないだろう。俺がオリヴィエの下着を洗うのは気が引ける……というか、いつまで理性が持つか分からない。

 オリヴィエは少しズレている所はあるが美人であることには間違いない。その美人の履いていた下着を洗濯するのは……。

 

「……」

 

 俺は男の本能について考えいたがそれは強制的に終わりにして靴を履き終えて立ちあがる。右手には昨日買った黒い指なし手袋をつけた。

 これで手の紋章が人前に出る事はない。

 

「んじゃ、798航空隊に行ってくるから。お昼ご飯はラップしてある皿が冷蔵庫に入っているからレンジでチンしていつでも食べな。家から出てもいいけど、その場合は予備のカギでドアを閉めて行けよ」

「はい、わかりました。あ、それとガイ。歴史の本などはありませんか?」

「歴史?」

「ええ、私が戦場を駆け抜けていた頃の資料があれば少し読んでみたいと思いまして」

 

 確かに自分の刻んだ歴史に興味を示すのは分かる気がする。アルバムを捲るような感じだろう……それがいい思い出かは別として。

 俺は何処にしまったか思い出す。

 

「ああ、一番下の本棚に何冊かある。ベルカ諸王時代の物はあったかはちょっと記憶にないが」

「いえ、あるだけでも十分です。もし、私の時代の本が無ければ後で歴史の本を持って来てもらってもよろしいですか?」

 

 よほど自分の歴史に興味があるのだろう。少し積極的だ。俺はその気持ちに応えるべく肯定する。

 

「ああ、知人に本に詳しい奴がいる。そいつに頼むから大丈夫だと思う」

 

 俺は本に詳しいヴィヴィオを思い浮かべた。オリヴィエに頼まれたモノをヴィヴィオに調べてもらう。

 

 何ともおかしな光景だ。王族であるオリヴィエが一般人のヴィヴィオにお願いする。

 

 同じ遺伝子を持っている2人のそんな光景を思い浮かべて俺は小さく笑った。

 

「聖杯戦争はまだ始まっていませんが気をつけてくださいね、ガイ」

 

 俺はああ、と言ってドアを開けた。今から行っても十分に間に合う時間だ。

 今日は少し早めに行って、お金を下ろさなければならない。昨日は思わぬ出費が出てきて所持金が空だ。

 

 まさか、今月の生活費が無くなるとは思わなかった。

 

 今の月も中旬。後半分の生活費が空だと何もできない。それに人が一人増えたので食費もかさむし光熱費も上がるのは間違いない。それを踏まえて下ろす金額は俺一人分の生活費では無くオリヴィエの生活費の分も下ろさねばらない。

 出費は増えていくばかりだが心の中ではなぜか喜びの気持ちがあふれかえっていた。

 

 ……1人暮らしてからは心のどこかで人肌が恋しかったのかも知れないな。プリムラが居てくれたけどやっぱり生身の人間だと温もりが違う……魔力で出来た仮の肉体であるオリヴィエに生身というのも変だけど。

 

 俺はドアを閉めて空を見上げた。雲は少しあるぐらいだが晴れだ。洗濯物を干すのにもちょうど良い。

 

 今日はよく乾きそうだ。

 

 気分も軽いので、さあ張りきっていくかと心の中で思っていると隣からドアを開く音がした。

 そこから現れたのは碧銀の髪を特徴的なツインテールに結い虹彩異色で左眼が薄蒼で右眼が紫、左の大きな赤いリボンが印象的な少女、アインハルトだった。

 

「よう、アイン。おはよう」

「あ、ガ、ガイさん……お、おはようございます」

 

 アインハルトは俺を見た時、一瞬戸惑った表情を見せた気がした。

 しかし、俺は特に気には止めず会話を続けた。

 

「これから学園か?」

「は、はい」

 

 アインハルトの服はSt.ヒルデ魔法学院の中等科の制服だ。首周りに赤いリボンを付けて白い半そでのYシャツに胸近くまである緑のロングスカート。

 ヴィヴィオ達も同じ学園に行っているが、ヴィヴィオ達は初等科。制服がまた違う。

 

「あ、あの、ガイさん!!」

 

 控えめな性格のアインハルトが声を張って俺の名前を呼んだ。表情は何か申し訳なさそうに見えるが。

 

「ん?なんだ?」

「あ、あの、その、昨日、お、お怪我とかしませんでしたか?」

「え?怪我?」

 

 いきなり何を言っているのだろうか?昨日はアインハルトと出会った記憶はない。なのに何故怪我の心配をするのだろうか?

 

「ん、ああ。昨日は特に怪我はしてないけど」

「そ、そうですか……」

 

 アインハルトはホッと一息ついて、いつものクールな表情に戻った。

 

「……?まあいいや。俺もこれから仕事に行くしそこまで一緒に行くか?」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 アインハルトはぺこりと頭を下げる。実によく出来ている子だ。

 俺はそう思っている。ちょっと内気な性格でもあるが基本的にいい子だ。アインハルトは俺の隣の部屋に住んでいる女の子。

 隣に住んでいると言う事なのでちょくちょく話をするし、アドレスも交換してあるのでたまにメールもする。理由は知らないがアインハルトも一人暮らしをしている。そこはプライベートに関わると思うので無理して聞くべきじゃないと思っている。

 俺たちは歩きだした。

 

「学園は楽しいか?」

「はい、勉強する内容も今後の経験になっていきますので。この学園に満足しています」

「ふっ、そうか」

 

 控え目に話すアインハルト。その姿を見ているのも面白いけど……。

 

「アインはもうちょっと自分を出すといいぞ」

 

 俺はそんなアインハルトの頭手を置いて撫でながら言った。アインハルトは控えめというか冷静沈着だ。もう少し自分を出していった方がいいと思う。

 頭に手を乗っけたからか、アインハルトの体が一瞬ビクッと震えた。

 

「あ、あの……」

 

 アインハルトは恥ずかしそうな表情で俺の事を見上げる。この状況をどうすればいいか分からない様子だ。

 それを見ているとなんか面白い。

 

「ま、アインの性格だし俺が云々言う立場じゃないか」

 

 そう言って、頭に乗っけた手を離す。アインハルトは頬を少し赤くして俺が手を乗せた場所に自分の手を当てる。

 

「ガイさんは私の事を子供扱いしすぎです……」

 

 むう、と言いながら俺に抗議してくる。

 

「俺より年下だし当たり前だろ。たしか12だったよな?」

「それはそうですけど……」

 

 俺の正論になんて答えたらいいか分からなそうなアインハルト。様々な表情を変えて戸惑うアインハルトを見ると面白くて退屈しない。

 隣どうしで半年近くの付き合いなのに退屈しないというのも何か変だが、特に深くは考えていない。

 

 アインは控え目の妹的な感じなんだよな。

 

「とっ、俺はこっちだ」

 

 話をしているといつの間にか航空隊へ行くルートと学園へ行くルートへの分かれ道に指しかかっていた。

 

「まだ話は終わっていませんよ」

「それはまた後でな。メールでも話をしてやるさ。じゃ、行ってらっしゃい」

「……行ってきます」

 

 アインハルトが抗議をしてくるが、俺が送り言葉を送るとアインハルトはしぶしぶ返し言葉を返して頭を一回下げて踵を翻して学園への道を歩き出した。アインハルトもヴィヴィオ達と同じでいい子だ。

 しかし、半年近く会ってはいるが笑顔を一度も見たことが無い。いつか、アインハルトの笑顔が見れる日が来るのだろうか。

 

『マスター、メールです』

 

 考え事をしながらアインハルトとは違う道を進み始めたところでプリムラからメールが届く。

 俺は、開いてくれと命令した。目の前にモニターが現れる。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:プレゼント

本文………おはようございます。プレゼントのブレスレッドを気に入って下さいましてありがとうございます!!送った私も嬉しいです!!で、あのブレスレッドの詳細ですが聖王教会のカリムさんから頂きました。私の複製母体である“聖王女”オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの付けていた物らしいです。遺伝子情報などの血痕などは付いていないという事なので、私が持っていた方が良いと言われて渡されましたが、ガイさんに付けていてもらった方が私より似合うと思いまして渡しました。こんな横流しのプレゼントだったので喜んでくれるか不安でしたが喜んでくれてとても嬉しかったです!!

 

「……やはり、オリヴィエの聖遺物か」

 

 あのブレスレッドはオリヴィエが所持していた物であると。それなら、オリヴィエが言っていた召喚の呼び水になるには十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――798航空隊 練習場

 

 俺は仕事前にお金をおろして隊舎に入り、今日も管理局航空戦技教導隊のなのはさんの戦技訓練が行われるので練習場に移動した。

 今回はヴィータ教導官も指導に当たるようだ。ヴィータ教導官は見た目がヴィヴィオと同じぐらいの背丈だが、幼げさは残っておらず、蒼い瞳で鋭い目つきが印象的で紅い髪を三つ編みにしている。

 

「よし、前回、あたしは用事があって抜けて高町一等空尉だけで指導をしていたが今回はあたしも加わる。テメエら、気合い入れて行けよ!!」

「「「はい!!よろしくお願いします!!」」」

 

 ヴィータ教導官も居ると隊員たちも気合が入る。ヴィータ教導官の訓練メニューは厳しい。弱音を吐いている暇があれば訓練1つでもやって力をつけろと言う。

 スパルタ教官としても有名だ。

 

「うん、それではまずは……」

 

 今日はなのはさんとヴィータ教導官の2人で訓練が行われるのだ。厳しいトレーニングになる事は必然だろう。

 しかし、なのはさんの指導もウマいことながら、ヴィータ教導官も厳しいながらも教え方が上手で部隊の1人1人のケアもしっかりと行ってくれる。

 オーバロードさせないように怪我させないようにと訓練中は細心の注意をはらっているのが訓練されている側でもわかる。

 なのはさん曰く。

 

『ヴィータちゃんは教導官に向いているんだけど、本人が気づいていなくてね、無理やりに戦技教導隊に入隊させたの。最初は嫌がっていたけど、少しずつ教えていくことの楽しさを覚えてね。今では立派な教導官だよ。人をしっかりと育て上げる。たぶん私よりも教え方がウマいかもね』

 

 と、にっこりと笑って語っていた。

 確かにヴィータ教導官なら安心して訓練を受けられる。なのはさんも例外ではないが、ヴィータ教導官の方が教え方はウマいのは確かだ。

 

「おい、ガイ。今日はその軟弱な精神を鍛え直してやるから本気でこい」

 

 ……口は悪いけどな。

 

 訓練初日になのはさんとヴィータ教導官が部隊全員と模擬戦を行い、俺が最後の1人になって、2人のプロテクションに一太刀を与えた。それ以降、ヴィータ教導官はこの部隊に来るたびに俺に挑発するような発言をしてくる。

 だから、俺の返す言葉はいつも1つ。

 

「お手柔らかにお願いします」

「はっ、お手柔らかにやるかよ」

 

 いつもの口癖を返すだけだ。いつも言っているのでヴィータ教導官もニヤリと笑みを溢してハンマーを担ぐ。

 

『ガイ君がこの部隊の中で一番伸びる子だから、あんなに構っているんだと思うよ。私もガイ君が一番伸びると思ってるし』

 

 と、なのはさんは言っていた。

 

 まあ、現実はなのはさんとヴィータ教導官の魔弾を避けるので精一杯ですけど。初日に一太刀入れれた事が奇跡に等しい。

 そして、厳しい訓練は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――798航空隊 校舎

 

 お昼休み。

 俺はいつもの日の当たるベンチに座って、紙コップに入ったコーヒーを飲んで一息ついていた。

 

「いてて……」

 

 俺は脇腹を押さえた。

 今日の午前の訓練はやはり厳しいものだった。俺たち部隊全員でなのはさんとヴィータ教導官と模擬戦と言う初日にやったものではあったが結果は惨敗。

 最後まで立ちあがっていたのは俺だったが今回は2人に近づく事が出来なかった。見事な一撃を貰ってしまった。

 

 やはりオーバーSランク2人の実力は流石としか言いようがない。最初に近づけたのは本当に奇跡だよな……。

 

 俺は先ほどの訓練の模擬戦を思い浮かべながら空を見上げる。

 今日の天気は雲があるが晴れが無くなることはない。干した洗濯物は乾くだろう。

 

 オリヴィエは何をしているのだろうか?部屋で寝ている?何処かに出かけた?予備の鍵は渡しておいたから出かけられると思うが。

 

 どこかズレてはいるがそこまで箱入り娘ではないし大丈夫だろう。

 ふと、右手を空に上げる。指なしの手袋を着けているが、この下にはライオンの顔の紋章が浮かんでいる。マスターの証ではあるが、正式な名前も分かっていない。

 

「はぁ……」

 

 俺は大きなため息をついた。

 昨日から分かったことと言えば、あのブレスレッドはオリヴィエの聖遺物だったと言うだけだ。未だに聖杯戦争という全貌を理解することが出来ない。準備も出来ない戦争に足を突っ込むのは不安でしかない。

 俺はこれからどうするか考えた。

 

「無限書庫……か」

 

 脳裏に浮かんで来たのは無限書庫という単語。確かに、“無限の知識の倉庫”と言われている無限書庫なら何らかの情報がありそうだ。

 

「プリムラ、ヴィヴィにメールしたい。開いてくれ」

『了解しました』

 

 行くと決めた俺はさっそく行動に出た。目の前にモニターが開き、俺は文章を作成した。

 

To………高町ヴィヴィオ

件名………無限書庫の事について

本文………ヴィヴィ、確か無限書庫の司書免許持っていたよな?今度時間が空いたらでいいから俺を無限書庫に連れて行って探し方を教えてくれないか?後でお礼はする。

 

 送信してくれ、と俺はプリムラに命令して、モニターを消した。

 無限書庫には一度も言った事が無かったので司書免許を持っているヴィヴィオに同行をお願いすることにした。

 ヴィヴィオは本が大の好きで初等科三年生には司書の免許を取ってしまうほどだ。

 

「何か情報が眠っていればいいんだがな」

 

 俺は一口、コーヒーを飲んだ。冷え始めているせいで苦みが口の中に広がった。聖杯戦争の事について時間を忘れるぐらい考えていたのだろう。

 

『マスター、メールです』

「お、意外と早いな。モニターを開いてくれ」

 

 あれから10秒も経ってないだろう。俺は軽く驚きながら再び目の前にモニターが現れる。

 

「あ~、そういえば……」

 

 しかし、思っていた人物とは違い俺は差出人を見たとき苦笑してしまった。

 

差出人………アインハルト・ストラトス

件名………今朝の話について

本文………こんにちは、アインハルトです。今朝の話の続きをと思いましてメールをしました。私は確かにガイさんより年齢も幼いし背も低いです。そして、私とガイさんは同じ時間の中を同じスピードで歩いています。背は追いつくかもしれませんが年齢はガイさんより上になる事はありません。ですが、だからと言っていつまでも年下と言う理由で私を子供扱いするのはどうかと思います。

 

 差出人がアインハルトだからだ。今朝の話をまだ根に持っていたようだ。背伸びしたい年頃なのだろう。

 アインハルトの意見は確かに正論と言えば正論なのだが読んでいると思わず笑ってしまう。

 

「あ~、なんて返すか」

 

 俺はモニターを操作して返信の文章を考えながら打ち込む。

 

To………アインハルト・ストラトス

件名………Re:今朝の話について

本文………俺たちは同じ時間軸を同じスピードで進んでいるからな。アインが俺より年上になる事はまずあり得ない。アインの論理だと俺が26になって、アインが20になっても子供扱いをすることになるからな、確かに変だ。朝の事は訂正するよ。

 

 俺は謝るようなメールを作成して送信してモニターを消した。これでどんなメールが返ってくるか少し楽しみだ。

 俺は再び冷え始めたコーヒーを飲む。先ほどよりも苦味が増していた。

 

 無限書庫からの情報収集それに聖王教会にも足を運んでみる必要性もあるな。いろいろやることが多い。

 

「はあ……」

 

 今宵2回目のため息が漏れた。ため息も癖になりつつある。意識して訂正しないとマズイ。

 

「このベンチで、またそんな大きなため息……どうしたの?」

 

 そこに後ろから優しく労わるような女性の声がした。その声に俺の脳裏に1人の人物が思い浮かぶ。それを確かめるために振りかえる。

 

「あ、高町ky……」

「い・ま・は・お昼休みだよ♪」

 

 脳裏に浮かんできた人物と一致した。

 俺は高町教導官と言いそうになったところをなのはさんが笑顔で止めに入った。一昨日にも言われたが昼休みまで言う必要はないようだ。

 

「はい、なのはさん」

 

 それでも仕事場では上司であることは間違いない。俺は立ち上がった。

 

「あたしもいるぞ」

「ヴィータ教導官まで」

 

 なのはさんの後ろにはヴィータ教導官までいた。

 

「ほ~う、なのはは“なのはさん”であたしは“ヴィータ教導官”か。訓練の時は“高町教導官”とか言っていたのにな」

 

 ヴィータが意地悪そうな笑みを浮かべて俺を見上げてくる。背が小さいから俺を見上げる形になるのだ。

 

「……変ですか?」

「ま、別に変じゃねえよ。あたしも訓練の時は“高町教導官”とか“高町一等空尉”とか言ってるが今は“なのは”って言うしな」

 

 ヴィータ教導官はなのはさんに何かを理解したような小悪魔な笑みを向けて話を続ける。

 

「そこまで2人が仲がいいとは思って無かったけどな」

「ヴィヴィオもお世話になってるからね~。私とガイ君は結構仲良しだよ♪名前で呼んでも別にいいんじゃないかな」

「……へいへい、そうですか」

 

 ヴィータ教導官は俺と同じくため息をついて、ヴィータ教導官は俺の座っていたベンチにドカッと擬音語が聞こえるような豪快な座り方で座って足を組む。なのはさんもヴィータ教導官の隣に座る。

 

「ガイ君も座わりなよ」

「あ、はい」

 

 俺も先ほど座っていた場所に座った。なのはさんの隣だ。2人を見ると黒い液体の入った紙コップを持っていた。おそらく俺と同じコーヒーだろう。

 そして、2人は一口飲んだ。

 

「ふ~、ようやく一息つけたね~」

「そだな~」

 

 2人の表情が少し緩んだのがわかる。

 

「……何故でしょうか?デジャブみたいのを感じます」

 

 気のせいだよ、となのはさんは笑みをこちらに向けながら言った。つい2日前にもヴィータ教導官は居なかったが同じことが起こったような気がした。

 

「おい、ガイ。今は昼休みなんだしあたしの事は“ヴィータ様”でいいぜ」

「……わかりました、“ヴィータさん”」

 

 ヴィータ教導官が冗談っぽく笑って変な事を言ったので、俺は普通にヴィータさんと呼ぶことにした。

 

「……ま、別にそれでもいいけどな」

 

 ヴィータさんは片目を閉じて何か納得のいかない表情をしているがこの名称をしぶしぶ了承した。

 そして、ヴィータさんは模擬戦の話に切り替えた。

 

「今日の訓練はダメだな。みんな少し鈍っていやがる。おい、なのは。昨日は少し甘やかしていたんじゃねえのか?」

「え?そんなことないと思うよ、ヴィータちゃん」

「いいや、ダメだな」

 

 ヴィータさんが今日の訓練についてダメ出しをしてきた。

 

 なのはさんだけでもかなりキツかったけどあれでもダメなのか。

 

「皆の連携が少しだがズレていた。ガイは一生懸命連携を取ろうと必死だったのは分かったが他がそれに追いついていない」

「ん~、ならもうちょっと厳しくしてみる?」

「い、いや、流石にこれ以上厳しくすると部隊への士気に影響が出てしまいます」

 

 なのはさんがサラッと練習量を増やそうとしていたので俺はそうならない様になのはさんの意見を押さえる。

 そうか?とヴィータさんが俺の意見に疑問視を投げ掛けてくるが無視する。

 

 あれより更に厳しく訓練されると流石に皆が持たないんじゃないかな。

 

 今でも皆はかなりボロボロにされている。これ以上練習量を増やしたら俺を含め皆が追い付けないと思う。

 俺は心の中でため息をついた。

 

「で、話を戻すけど何か困っていることがあるのかな?そんな大きなため息をついて」

「……」

 

 なのはさんはコーヒーを一口飲んで話を先ほどの俺のため息へ戻した。

 俺はなのはさんから視線を逸らした。なのはさんに今悩んでいる事を話せるわけがなかった。

 地上本部をも手篭めに出来る人物が表舞台のない戦争を望んでいるのだ。それは他言無用と言う事を暗黙の了承としている。

 誰かに話をしたらきっとヴィヴィオ達に不幸な出来事が起きるだろう。それは止める必要がある。

 

「……言えない事なの?」

 

 俺がどのように答えようかと考えていると、なのはさんが俺の態度を悟ったのか落ち着きのある声で言ってきた。俺はなのはさんの方を向く。

 

「……はい、申し訳ありませんがこの問題は話す事が出来ないです」

 

 俺は申し訳なさそうに謝って頭を下げた。なのはさんの方を向いた時に悲しそうな表情をしていたからだ。

 俺のためにここまで思っていてくれるのに何も言えない自分に自己嫌悪したからだ。

 

「ガイ、お前が何をやるのかは聞かねえ」

 

 と、なのはさんの後ろからヴィータさんの声が聞こえた。俺は頭を上げる。ヴィータさんはなのはさんの横から顔をひょっこりとだしている。不機嫌な表情でムスッとしているが。

 

「それはお前自身が解決しなけりゃならねえ問題なんだろ?だから相談できねえ。それらな仕方ねえ。でもな、一つだけ約束しろよ」

 

 ヴィータさんはベンチから立ち上がって俺の前に仁王立ちするように立った。

 

「なのはを悲しませるような事はするな。それにヴィヴィオ達もだ。あいつらもお前の事を慕っているんだ。だから、悲しませるな。悲しませたらあたしが許さねえからな」

 

 ヴィータさんは真面目な表情をして拳を握って俺に見せてくる。真剣に俺やなのはさん、ヴィヴィオ達の事を考えているのだ。

 

「……はい、肝に銘じておきます。ありがとうございます」

 

 俺はヴィータさんの言った言葉を胸の奥にしまってヴィータさんをしっかりと見た。今の俺を見たヴィータさんは軽く笑みを溢して腕を伸ばす。

 

「うっし、午後の訓練は基礎強化訓練だな。部隊全員が鈍っている印象があったからな。徹底的に叩き直さねえと。行くぜ、なのは、ガイ」

 

 そろそろ昼休みも終わるようだ。俺は残っているコーヒーを飲み干す。

 

 ……冷たい。

 

 コーヒーは冷めきっていた。なのはさんもコーヒーを飲み干したが少し苦い表情をした。温くなってコーヒーの苦みが強くなったのだろう。

 そして、立ちあがる。

 

「ガイ君。徹底的に鍛えるよ~」

「お手柔らかにお願いしますよ、なのはさん、ヴィータさん」

 

 俺の言葉に2人は笑みを零して練習場へ歩き出した。俺も後を付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練は基礎強化だけだったのでいつもよりも早く終わった。

 今日はデスクワークがなく訓練だけだったのでここに居る理由はすでに無くなっていた。なのはさん達も教導隊に戻って行ったようだ。

 俺は校舎のロビーの来客用のソファーに座って一息ついていた。

 

「ん、メール来てるのか?」

『はい、少し多いですよ』

 

 プリムラはコアを小刻みに光らせながらそう告げて俺の前にモニターを開く。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:無限書庫の事について

本文………はい!!ガイさんの役に立てるなら喜んでついて行きます!!だだ、私は休日にしか行けませんのでそれでよろしければですが……。

 

差出人………アインハルト・ストラトス

件名………Re:Re:今朝の話について

本文………分かっていただけて何よりです。でも、もし時を超える事が出来たとしたら……いえ、なんでもありません。

 

差出人………ノーヴェ・ナカジマ

件名………今日のストライクアーツ

本文………今日は中央公民館に来るのか?ヴィヴィオ達は皆来る予定だぞ?

 

差出人………リオ・ウェズリー

件名………ノーヴェさんについて

本文………こんにちは、ガイさん。今日はヴィヴィオ達とストライクアーツをします。よかったら来ませんか?それとノーヴェさんとは今日初めて会うのですがどんな人でしょうか?ヴィヴィオとコロナの先生とも聞きましたが。ノーヴェさんに会うのに少し緊張してしまってヴィヴィオとコロナに相談するのも恥ずかしいのでガイさんに聞きました。ご迷惑でしたら謝ります。

 

「こりゃまた少し多いな」

 

 計四つのメールが訓練中に来ていた。少し大変だが俺は一つ一つ返事を書くことにした。

 

To………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:Re:無限書庫の事について

本文………ああ、行けるだけでも助かる。それじゃあ、次の休日に行こう。時間はヴィヴィに合わせるよ。

 

To………アインハルト・ストラトス

件名………Re:Re:Re:今朝の話について

本文………時を越えて俺より年上の大人のアインに会ったらちょっとビックリするけどね。

 

To………ノーヴェ・ナカジマ

件名………Re:今日のストライクアーツ

本文………悪い。今日はこれから他に用事があるんだ。ノーヴェと久々に組手やりたいがまた今度だな。

 

To………リオ・ウェズリー

件名………Re:ノーヴェさんについて

本文………ごめんね。今日はこれから用事があるから行けそうもないや。それとノーヴェだが、ヴィヴィ達の先生なのは間違いじゃない。先生であることは否定しているが根はヴィヴィ達の事を思っているいい人だ。ま、実際会ってみればそこの良さは分かるよ。

 

「プリムラ、送信してくれ」

『了解しました』

 

 プリムラにこれらのメールを一斉送信させるように命令する。4通もの返信に少し時間がかかってしまった。時間で言うと10分ぐらいだろうか。それでも返信に満足した俺はモニターを閉じる。

 しかし、一つ気になる文章があった。

 

『でも、もし時を超える事が出来たとしたら……いえ、なんでもありません』

 

 アインハルトの文章にあったこの一文だ。ここに何か引っかかるものを感じた。

 

「もし、時を超える事が出来たら……か」

 

 それを行った人物が俺の身近に1人いる。オリヴィエだ。

 大昔のベルカ諸王時代の乱世の中で命を落としてしまったが聖杯戦争のシステムでこの現世に蘇った。これは時を越えたと言ってもいいのではないだろうか。

 

「聖杯戦争……分からない品物だ」

 

 俺は聖杯戦争のシステムの底が全く見えない事に戸惑いと不安を隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ミッドチルダ南部 抜刀術天瞳流 第4道場

 

 俺は798航空隊校舎を後にしてこの道場に足を運んだ。ここは抜刀術天瞳流の道場。ここで居合の稽古をしてもらっている。

 プリムラのデバイスは使う時になると刀と鞘の二つで一つのデバイスになる。それなので必然的に抜刀術で戦う事が多くなる。定期的にここに足を運んで抜刀術を鍛えることにしている。

 俺は道場の端で正座をして静かに目を閉じてた。隣にはデバイスであるプリムラが紅い鞘に鍔のない刀を納めている状態で置かれていた。

 因みに俺が着ているのは袴だ。

 

「さて、今日もやるか」

 

 そこに、暗闇の中で凛とした女性の声が聞こえた。俺は静かに目を開ける。

 視界に入ったのは道場の真ん中に女袴を着た女性。プリムラと同じ鍔の付いていない刀を鞘に納めて左手に持ってこちらを見て立っていた。

 

「はい、師範代。今日もお願いします」

 

 女性は静かに頷いた。青く長い後ろ髪は一つに縛って下ろし、鋭い目つきをしている。表情は笑っているが体全体から出ている何者も寄せ付けないオーラは只者ではない事を示す。

 女性の名前はミカヤ・シェベル。俺と同じ歳で18。この若さにしてこの抜刀術天瞳流の師範代を務めるほどの実力者だ。

 

「……そうだな、もう師範代と言わなくても良い。貴殿はここの弟子ではないのだからな。それに同じ年だ。敬語もいらないだろ?貴殿はここに通い詰めているのだ。同世代の人物なのだからそんな堅苦しい事も止めようでは無いか?」

「では、名前で呼んでも?」

 

 構わない、と師範代は言う。それならばこれからは師範代の事をミカヤと言わせてもらう。

 

「では、よろしく。ミカヤ」

「うむ、私はガイと言わせてもらうぞ」

 

 ミカヤは少し表情を崩して笑みを溢す。笑みを溢していても張り付いた雰囲気はそう簡単に柔らかくはならない。常に油断せず気を張っているのだろう。

 

 しかし、今日は呼び名を変えることが多いな。フリー、ヴィータさん、ミカヤ、と。

 

「だが、私よりも……ガイの方がもはや実力は上だと思うのだが」

「抜刀術は奥深いものだ。鞘走りから最大限に加速して放つ刀は人によって違う。ミカヤの抜刀術と俺の抜刀術は全く違う」

 

 俺は刀になっているプリムラを掴んで立ち上がる。俺は師弟の関係である仲を止めて同世代と同じように軽い気持ちで話していた。それほど違和感もなくすんなりと喋れる。

 ミカヤも同じことを思っているのだろう。笑みの表情が崩れていない。

 

「だが、ガイの抜刀術の流派は何処だと聞いた事があったが、まさか我流だとはな。我流で私の流派以上。代々受け継がれてきたこの流派が我流に負けてしまうのは軽くショックを受けてしまったよ」

 

 ミカヤはそう言いながら、静かに左手で鞘を持ち右手で柄に触れ、半歩下がり静かに居合の構えに入る。帯刀はしていない。

 

「すべてはプリムラと試行錯誤して考えたモノさ」

 

 俺もミカヤと同じ動きをして静かに居合の構えに入る。ミカヤと同じく帯刀はしていない。この部分は2人とも共通していた。居合の基本、立ち居合の構えだ。違いなどほとんどない。

 

「では、始めよう」

「お手柔らかに」

 

 一瞬の静寂。

 

「天瞳流抜刀居合“水月”!!」

 

 そして、ミカヤが一歩で間合いに入り、刀を抜いて俺に迫った。俺は刀を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「刀を抜かずして勝つとはな」

「いや、最後だけ一度抜いたさ」

 

 俺とミカヤは立って互いを見ていた。お互いの刀は鞘に収まっている。そして一礼をして体勢を崩す。

 俺は先ほどの試合に勝った。

 居合を始めた理由はデバイスの形にも関係していたが、一番の目的は反射神経や動体視力を高めることである。

 俺の魔力ランクはC-。他で補うしかない。それが居合だと俺は思って続けている。反射神経に動体視力、間合いの空間把握力も養える。あんな思いを二度としないために自分を鍛えてきた。

 俺はミカヤの抜刀術を避け続け、時には鞘で受け止めた。帯刀しない理由は鞘で攻撃を受け止めるためだ。

 そして、一瞬の隙を突いてただの一度だけ抜刀した。

 

「言葉が足りなかったな。打ち合いの中で只の一度も抜かなかったな。一度だけ……本当に必殺の一撃だよ」

 

 ミカヤの胸元の女袴には一閃の傷が残って切れてサラシがチラリと見える。もちろん非殺傷設定なので人体に影響はない。無ければミカヤは死んでいた。

 

「“鞘の中の勝”と言うことわざが何処かの世界の言葉にあったな。確か殺人剣としてではなく磨き上げた百錬不屈の心魂をもってすれば自然と敵を威圧出来る。これ即ち活人剣と」

「活人剣……か。俺にも使えるといいな」

「ああ、意外とガイには素質があるかもしれんぞ」

 

 ミカヤは口に手を軽く添えて笑った。始める前の時のオーラも無く年相当の笑みを浮かべている。それを見て俺も笑った。

 

「静は動へ動は静へ……その円の繰り返しが居合の基礎だ。俺はこれを忘れない」

「そうだな。私も一度初心に戻るのも良いかもな」

 

 ミカヤは自分の納刀している刀を見た。その表情は少し暗い。

 

 ……何を思っているのだろうか?その表情からでは読み取ることは出来ないな。

 

「……稽古を続けようか」

「……ああ。まるでガイが師範代みたいだな」

 

 俺は景気づけるために稽古の続きを促した。ミカヤは俺に視線を移し暗い表情をやめて微笑み、柄に手を添えて構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「買い物も済ませたし後は帰るだけだな」

 

 俺は道場の後、食料を買いに食料店に足を運んだ。これからしばらくはオリヴィエと2人で暮らすのだ。いつまでも一人分だけの買い物と言うわけにはいかなくなった。ビニール袋が二つ左手にぶら下がっていた。

 

 少し買いすぎたかな?

 

 食料の重さが握っている左手の肉を食いこませている。家に帰って離したときにはきっと真っ赤だろう。

 

『2通のメールです、マスター』

「ああ、開いてくれ」

 

 そんなどうでもいい事を考えているとプリムラがメール受信を教えてくれたので両手が塞がっている俺は目の前にモニターを出すように命令する。モニターが現れて二通のメールを見た。

 

差出人………コロナ・ティミル

件名………ストライクアーツ

文章………こんばんば、ガイさん。今日はヴィヴィオとリオとノーヴェさんとウェンディさんが公民館に集まりました。ガイさんも来てくれると嬉しかったのですが、ノーヴェさんが『たぶん、居合の稽古でミカヤちゃんのところだから仕方ねえよ』と言っていたので来れないのは仕方ないですね。それと、大人モードのヴィヴィオとノーヴェさんが組手をしまして皆から注目が集まりました。あの2人は凄いですよね。私なんかじゃまだまだ追い付けないぐらいに。追いつくためにもまた今度ガイさんと組手をお願いしたいです。ガイさんとの組手が一番練習になります。

 

「大人モードのヴィヴィオとノーヴェは確かに凄いからな」

 

 あの2人と俺の誰かが対戦すると周りに人が集まる。そんな見せるほどの物ではないのだが。

 俺は軽く笑みを溢してもう1通を見る。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:Re:Re:無限書庫の事について

文章………私は休日は午前中に特訓するから午後からなら予定は空いています。楽しみしていますね♪あ、それと今日はイクスに会いました。私の故郷に咲いていた花と綺麗な写真を持って行いきました。

 

 ヴィヴィオからのメールだ。

 イクス。本当の名前はイクスヴェリア。古代ベルカ、ガレア王国の王。現在はいつ目覚めるかはわからない深い眠りについている。2年前に起きたマリアージュ事件に関与していたらしいが詳しい事は知らない。今も聖王教会の一室で眠り続けていると聞いた。

 “王”の繋がりだからか、ヴィヴィオはたまにイクスのお見舞いに行くことがある。今日行って来たのだろう。イクスが起きていた時はモニター越しでしか会った事が無いと言っていたがヴィヴィオにとってはやはり放っておけないのかも知れない。

 なにあともあれ、これで休日の午後の予定は埋まった。俺は返信する文章を作成するため一度買い物袋を下ろした。

 

To………コロナ・ティミル

件名………Re:ストライクアーツ

本文………こんばんはコロ。今日は行けなくてごめんね。あの2人は凄いからね。今度練習する時は組手をやろうか。

 

To………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:Re:Re:Re無限書庫の事について

文章………ああ、よろしく頼むな。それにヴィヴィが会う事でイクスもきっと喜んでいるよ。

 

 二つのメールを送信してモニターを閉じて再び買い物袋を持つ。

 

「さて、帰るか。オリv……フリーが待ってる」

 

 オリヴィエの名前は迂闊に出すものではない。今朝オリヴィエに言われたので俺は外出している時は極力使わないようにした。まだ慣れていないが。

 

 言葉を慣らすのは少し難しいな。ミカヤやヴィータさんの時はすんなりいったんだけどな。

 

 俺はそう考えつつ帰路を歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――夜の街頭

 

 あたしは救助隊の整備調整に呼ばれたのでヴィヴィオ達の送りを妹のウェンディに任せて救助隊の校舎に向かうため歩いていた。

 

「あ~、ガイが居ればもっと特訓になったんだがな」

『あの人は反射神経に動体視力が並の人間ではありませんからね。あの人と組手をする時はいい特訓になりますよ。まあ、今日は居合の稽古でしたけど』

 

 機械的な言葉を言って来ているのは私のデバイス・ジェットエッジ。クリスタルの形をしている。ポケットに入れているがあたしの言葉に反応して答えてくれた。そして、モニターを見せてくる。

 

差出人………ガイ・テスタロッサ

件名………Re:今日のストライクアーツ

本文………悪い。今日はこれから他に用事があるんだ。ノーヴェと久々に組手やりたいがまた今度だな。

 

「たくっ、ミカヤちゃんの所に行くならそう書けっての。ミカヤちゃんからのメールがあってわかったけどさ。しかし、確かに居合をしているからかあいつの反応は異常じゃねえよ。魔力ランクC-だと言っても侮れないぜ。もし本気の勝負をしても勝てないんじゃないか?」

『かも知れませんね』

「……そこは嘘でもいいから勝てますとか言ってくれると良かったんだけどな」

 

 嘘をつかないデバイスのジェットエッジの態度にあたしは笑みを溢した。本気でガイと勝負しても勝てるのか自分でも分からないのだ。自分でも分からないのにジェットエッジが勝てないかもと発言してくるのは当たり前だ。

 

「ストライクアーツ有段者、ノーヴェ・ナカジマさんとお見受けします」

「!!」

 

 誰もいない街灯道。そこに何処からともなく“不意”に声が聞こえた。

 あたしは周りを見渡す。そして、街灯の上に一人立っているのが分かった。あたしは見上げる。そいつが先ほどの言葉を言ってきたのだろう。パッと見るに女性だ。

 

「貴方にいくつか伺いたいことと確かめたい事が」

「質問すんならバイザーを外して名を名乗れ」

「……失礼しました」

 

 どうやら素直にこちらの話は聞くようだ。話を聞かない奴ではなさそうだ。そいつは静かにバイザーを外した。

 

「カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルド。『覇王』と名乗らせて頂きます」

 

 そいつは街灯から飛び降りた。碧銀の髪を軽くツインテールに結い、残りを下ろす……ツーサイドアップの髪形をして虹彩異色で左眼が薄蒼で右眼が紫。女性と言うよりもまだ幼さが残っている少女だ。

 そして、“覇王”と名乗られ最近この地域で騒いでいる事件を思い出す。

 

「噂の通り魔か」

「否定はしません」

 

 その問いに覇王と名乗る幼さを残す少女は静かに肯定した。そして、意見を問いかけてくる。

 

「伺いたいのはあなたの知己である“王”達についてです。聖王オリヴィエの複製体と冥府の炎王イクスヴェリアです」

「……」

 

 あたしは今の言葉を聞いてイラついたのが分かった。

 

 あいつ等はただの子供だ。“王”だの何だのなんてのは関係ねえ。

 

「あなたはその両方の所在を知っていると……」

「知らねえな」

 

 あたしはきっぱりとそいつの言っている言葉を止めた。それ以上その話を続けたくなかったからだ。

 

「聖王のクローンだの冥王陛下だのなんて連中と知り合いになった覚えはねえ」

 

 あたしは左手を胸に当て必死に語った。

 

「あたしが知ってんのは、一生懸命生きているだけの普通の子供たちだ!!」

「……理解できました。その件については他を当たるとします」

 

 あたしが必死に語っているのにそいつは特に動じることなく静かにあたしを見ていた。

 

 あたしは半歩下がった。いつでも動ける状態にするためだ。変な動きをしたら対応するために。

 

「ではもう1つ確かめたい事はあなたの拳と私の拳、いったいどちらが強いのかです」

 

 覇王は右拳をぐっと握ってあたしを見定めるかのように目に力が入っている。その言葉を聞き、その目を見ただけで分かった。対決を望んでいる、と。

 あたしは気軽に動けるように鞄を地面に放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――数分前 同場所

 

「……変なメール」

 

 私はモニターでガイさんからの返信メールを見直していた。

 

差出人………ガイ・テスタロッサ

件名………Re:Re:Re:今朝の話について

本文………時を越えて俺より年上の大人のアインに会ったらちょっとビックリするけどね。

 

 そんな事ないのに。時を越えることなんてありえない。もし、そんな事が出来るとしたら……。

 

「私は過去に行って、“王”達と戦うのかな」

 

 今はどの“王”よりも誰よりも強くなることの悲願のためにこうして街中をうろついている。しかし、この世界にはぶつける相手が居ないのかもしれない。最近そう考えるようになってきた。

 私はモニターを操作した。モニターには1人の女性が写される。

 ノーヴェ・ナカジマ。薄赤い髪と少年的な容姿をした少女。ストライクアーツの有段者であり、聖王オリヴィエの複製体と冥府の炎王イクスヴェリアの事を知っている人物。彼女が次に拳をぶつける相手だ。

 彼女のスケジュールだとこの時間帯はストライクアーツを終わっている頃。先ほど救助隊で部隊集合が掛けられたのを聞いたので、市民公民館から救助隊へと通るこの道を進むだろう。

 

「私の拳とどちらが強いですか……」

 

 私はモニターを切って目を瞑り集中した。

 

「武装形態」

 

 そして、一言喋るとリンカーコアから膨大な魔力が溢れ出すのがわかる。それを術式に浸透させると私は一瞬にして大人モードになる。

 背も高くなる。お気に入りの赤いリボンは邪魔なのでこのモードでは付けない。

 

「……これなら、ガイさんの背より高いかも」

 

 歳の差はあれど背は近づく事は出来る。と、この場に合わないどうでもいい事を考えつつバイザーを付ける。

 

「悲願のため……オリヴィエを守れなかった償い。アインハルト・ストラトス参ります」

 

 私は物陰に隠れながらノーヴェ・ナカジマが通るのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――1時間前 マンション

 

「この本はなかなか面白いですね」

 

 私はガイの言っていた本棚から歴史の本を探した。確かにガイの言っていた通り一番下の本棚に何冊かあった。

 手に取ってタイトルを見ると、“新暦の全て”“伝説の三提督武勇伝”“ミッドチルダが出来るまで”などと近代時代の歴史の本ばかりだった。目的のモノとは違えどパラパラと捲ってみると面白くて読みふけてしまった。

 

「もう少し前の時代の本が欲しいのですけどね。帰ってきましたら頼みましょう」

 

 そして、読んでいた最後の本を読み終えた。今の時間はちょうど日が落ちたの時間。

 因みにお昼の食事は難なく食べる事が出来た。少し振りかえってみると、冷蔵庫というモノに食事が入っていたので、それを恐る恐る開けてみた。中はひんやりとした空気が漂ってあり肌に触れてびっくりしたが、これが現代の食料を冷却する装置だと分かった。

 私が居た時代は魔法を駆使して冷凍していたというのに現代の技術は素晴らしいものになったものだ。私はラップしている皿を取りレンジと言う物を見る。

 あの小さな箱にも驚かされた。ガイは簡単に説明していたのでそれを思い出しながら皿を中に入れてレンジを操作する。するとどうだろう。床が回り始めて中が赤くなったではないか。

 そして、しばらくするとチンと言う音がしたのでレンジを開けてみる。皿に乗っていた料理が暖かくなっていた。

 今の現代は冷却と加熱を簡単に行える装置が出来たのだな、とお昼の食事の時に実感した。

 

「あれには驚かされました」

 

 お昼の食事を振り返ってみたがやはり驚きを隠せない。現代の技術を侮れない。この世界を探索するとまだまだ驚かせる技術があるのかも知れない。

 

 それを探ってみるのもいいのですが今は歴史の本。こちらの問題ですね。

 

「さて、これからどうすればいいですかね……」

 

 少し考えて図書館にと言う所に行ってみようと結論にいたる。本が豊富にあるとガイの持っていた本に書いてあった。歴史を調べるのなら本が一番。場所も気になっていたので調べてある。行こうと思えば行ける所にあるので行けなくはない。

 

「図書館に行きますか」

 

 私は行くと決めて、予備の鍵を使ってドアを閉めて夜の街へと歩き出した。人気も少ない裏道を通っているので静寂が周りを包み込んでいる。

 

「……ん?何事でしょうか?」

 

 そして、しばらく歩くと2人の女性が道の真ん中で対峙していた。人気が完全に消えて二人だけだった。

 

 ガイの言っていた連続傷害事件の容疑者でしょうか?

 

 私は少し遠くから2人の容姿を調べた。1人は薄赤い髪と少年的な容姿をした女性。一瞬、少年かと思ったが女性だ。

 そして、もう1人は碧銀の髪を軽くツインテールに結い、残りを下ろし、虹彩異色で左眼が薄蒼で右眼が紫の……。

 

「……え……うそ……」

 

 その特徴だけで分かった。その現実に触れ私は鼓動が速くなり壁に身を寄せて隠れた。

 

「クラウスと……同じ……」

 

 碧銀の髪、虹彩異色の目。私は驚きを隠せず壁越しから2人の会話を聞いた。

 

「伺いたいのはあなたの知己である“王”達についてです。聖王オリヴィエの複製体と冥府の炎王イクスヴェリアです」

「……」

 

 私の複製体?どういう事でしょうか?それに冥府の炎王もこの世界に居る?聖杯戦争で呼ばれた?

 

 私の思考がフル回転しているのがわかる。あの碧銀の少女を見てからは一刻も早く真実にたどり着きたい感情が湧きあがっているのだから。

 

 それでも私はその感情を必死に抑えて2人の成り行きを物陰から様子見で見ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「防護服と武装をお願いします」

「いらねえよ」

「そうですか」

 

 あたしは覇王と名乗る幼げさが残っている女性を見る。

 

「よく見りゃ、まだガキじゃねーか。なんでこんな事をしてる?」

「……強さを知りたいんです」

 

 なんだ、只の喧嘩をしたいだけのバカか。

 

 あたしは軽く構えて左足に力を込める。

 

「ハッ!馬鹿馬鹿しい」

「っ!!」

 

 あたしは不意打ち気味に左足を思いっきり踏み込んだ。一瞬にして覇王に近づき、その勢いで左足の膝蹴りをかます。

 しかし、それは最初こそ驚きはしたが覇王の右腕でがっちりとガードされた。あたしは続けざまに右手に魔力を込めたスタンエッジをぶつける。

 騒音が鳴り響く。それでも覇王は両腕でがっちりとガードして擦り下がる。そして、涼しげな表情をこちらに向ける。

 

 ガードの上からとはいえ、不意打ちとスタンショットをマトモに受けきった。言うだけの事ぁあるってか。

 

 あたしはポケットからデバイス、ジェットエッジを取り出す。

 

『セットアップ』

 

 あたしの体が赤く包まれ一瞬にしてバリアジャケットに変わる。動きやすくするために体に密着した服であり、固有武装である手甲のガンナックルとローラースケートの形をしているジェットエッジ、そしてウィングロードに酷似した能力“エアライナー”の三種を統合した、蹴りを主体とする格闘技術を行うためのバリアジャケット。

 

「ありがとうございます」

 

 覇王から礼を言われた。本気を出した私の事に敬意を表するように。

 

「強さを知りたいって正気かよ?」

「正気です。そして、今よりもっと強くなりたい」

 

 なら、こんなことする意味はねえだろ。何を考えていやがる。

 

「ならこんな事してねーで、真面目に練習するなりプロ格闘家目指すなりしろよ!!単なる喧嘩バカならここでやめておけ。ジムなり道場なりいい所紹介してやっからよ」

 

 あたしは必死に説得するが覇王は首を縦に振ることはなかった。

 

「ご厚意痛み入ります。ですが、私の確かめたい強さは……生きる意味は……」

 

 そう言いながら、右拳を下げて左手を前に出し静かに構える。なめらかに動き隙が全くないことが分かる。

 

「表舞台にはないんです」

 

 構えた、この距離で?あたしとの距離はざっと10m弱。この距離で構えるとなると空戦?射砲撃?

 

 あたしは様々なシュミレーションをした。しかし、結果は予想外な攻撃だった。

 

「……って!!」

 

 覇王は一瞬にして詰めて右拳を放ってきた。なめらかな動作から一変して鋭い速さを見せてきた。

 

 突撃か?

 

 それをギリギリで避けたが覇王のその後の動きが速かった。瞬時に次の動きへ行動をしていた。

 

 速い?違う歩法か。

 

「っち!!」

 

 反応が遅れたあたしは覇王を懐に入られてしまい重たい拳があたしの腹にクリーンヒットする。

 

「がっ……!!」

 

 人の体を拳で持ち上げるほどの力を放ってきた。バリアジャケットを装着していなかったら内臓が破壊されていたと思うぐらいの破壊力だ。

 あたしはその勢いを利用して放物線を描くように大きく下がり距離を取った。腹の痛みが体全体に響く。

 

「列強の王達を全て斃し、ベルカの天地に覇を成すこと。それが私の成すべき事です」

 

 左手を自分の胸の前に置きあくまでも静かに語る覇王。

 

「寝ぼけた事抜かしてんじゃねェえよッ!!」

 

 腹の痛みは残っているがあたしは攻めることにした。ジェットエッジで覇王に駆け寄せて、ガンナックルの拳を放ち続ける。覇王はそれを難なくガードする。何合も拳を交え続けた。

 

「昔の王様なんざみんな死んでる!!生き残りや末裔たちだってみんな普通に生きてんだ!!」

 

 あたしは必死に覇王に語りづけた。こいつは聖王オリヴィエの複製体と冥府の炎王イクスヴェリアを探している……ヴィヴィオやイクスを探している。

 そして、最後の拳を放ち一度下がる。

 

「弱い王ならこの手でただ屠るまで」

「……ギリッ」

 

 あたしの脳裏に浮かんで来たのは眠っているイクスの傍らにヴィヴィオが手を取って話し続けていた光景。

 

 その光景を壊すだと?

 

「この……バカったれが!!」

 

 あたしの怒りの感情でミッド式の魔法陣を最大限に展開させた。腹の痛みも忘れるほどに。足元から魔法で作られた道“エアライナー”が放物線を描き、覇王の前に降りる形に作られた。

 

「ベルかの戦乱も聖王戦争もッ!!」

「!!」

 

 “エアライナー”と同時に覇王の両足をバインドで動けなくした。あたしはそのまま“エアライナー”に乗り、覇王の元まで駆ける。

 

「ベルカって国そのものも!!もうとっくに終わってんだよッ!!」

 

 そのままの勢いでジャンプして覇王の顔面へ蹴りを入れる。

 

「リボルバー・スパイク!!」

 

 最大限の魔力を足に集中させ蹴りをかました。これなら相手は倒れるはずだ。そして、そのまま重力で地面に降りる……。

 

「!?」

 

 はずだった。だが、突然体が空中で止まる。

 

「まだ終わっていないです」

 

 覇王は口から血を垂らしていた。しかし、それでもあたしの足を掴んでいた。最大限の“リボルバー・スパイク”は命中したのだろう。当たった実感はあった。

 

 だが、なぜ気を失わずにあたしの足が掴まれている?

 

 そして、いつの間にかチェーン状のバインドが足に絡みついていた。

 

 カウンターバインド!?

 

 理解した時はもう遅かった。体にもバインドが絡みついていた。どうかしている。覇王は防御を捨てて反撃準備をしていたのだ。覇王は静かに右手に魔力を込めて拳を握る。

 

「私にとってはまだ何も」

 

 そして、この対決の終りとなる拳をノーヴェの背中に放つ。

 

「覇王断空拳」

 

 あたしはその攻撃を受けて一度、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「弱さは罪です……弱い拳では……誰の事も守れないから」

 

 終わった。結局、この人も私の拳を受け止めてくれなかった。

 

 私はその事実に少し悲しんで口から垂れている血を拭き、その場を離れた。

 

「……ガイさん、あなたなら私の拳を受け止めてくれますか?」

 

 歩きながらモニターを開ける。そこには私が調べた限りの情報だがガイさんのプロフィールが現れた。

 ガイ・テスタロッサ。798航空隊所属、魔力ランクC-。しかし、ストライクアーツの有段者でもあり居合道場では師範代も一目を置いているとの事。戦闘スタイルは抜刀術。動体視力や反射神経が並の人間ではないので状況判断にかけている。

 

「ガイさん……」

 

 私は一言、隣どうしで住んでいる人物の名前をあげる。この人ならもしかして……。

 

アインハルト「……っつ!!」

 

 古びたコインロッカー室に入ったとき、体に痛みが走った。ロッカーに体を預けるような形で息を何とか整える。

 

 彼女の一撃、凄い打撃だった。危なかった。この体は間違いなく強いのに。

 

「武装形態……解除……」

 

 私の心が弱いから。

 

 そして、全身に駆け巡っていた魔力が収まっていくのを感じて、私はいつもの姿に戻った。お気に入りの赤いリボンは付いている。今は胸元が開いて布がクロスして肩まで覆っている白いワンピース姿だ。

 

 帰ったら少しだけ休もう。目が覚めたらまた……。

 

 そう考えて、ポケットに入っていたコインロッカーの鍵を取り出して荷物を取ろうとした。

 

「あっ!?」

 

 が、再び体全身に駆け巡った。その痛みのせいで立っていられなくなる。その時に鍵を手放してしまった。

 

 だめ、こんなところで倒れたら……。

 

 何とか意識を保とうとするが瞼が落ちていき暗い闇が広がりそこで意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もう少しで家か」

『後、1キロもありませんよ』

 

 俺は見慣れている帰路を歩いていた。街灯とビルの放つ光で夜道もそれほど暗くはない。ここら辺は少し過疎っている場所だがそれでも明るい。

 

「ん?」

 

 俺はふと古びているコインロッカー室を見た。外からでも軽く中が見えるような入口の大きい構造のコインロッカー室だったので中のモノに目が留まった。

 

「誰か倒れてる?それにあの碧銀……」

 

 髪を見てハッとなった。脳裏には1人の人物がヒットした。俺は急いでその倒れている人物に駆け寄る。

 

「アイン!!」

 

 うつ伏せに倒れていたのはマンションの隣人に住んでいるアインハルトだった。意識が無いが呼吸はしている。

 

「救急隊に連絡しないと!!」

『いえ、待ってください』

 

 俺が急いで救急隊に連絡しようとしたところをプリムラに止められた。プリムラのコアが点滅しているのが分かった。

 

「……スキャンしているのか?」

『はい。この子の体に問題はないようです。バイタルも安定しています。ただの疲労でしょう』

 

 しかし、それはプリムラがスキャンしたことにより行わなかった。プリムラは魔力の状態、人体の症状などの簡単な診断は行えることが出来る。症状が早く分かれば分かるほど対処が行えるのでこの機能はかなり重宝している。

 

「……疲労?」

『はい、魔力の循環にも問題ありませんし。救急隊を呼ぶまでには至らないかと』

 

 その診察結果はただの疲労だと出たのでそうか、と俺は言って少しホッとした。

 

「でも、流石にここで横になっていたら風邪引くぞ」

『家まで運ぶのがよろしいかと』

「……マジか?」

 

 俺はアインハルトを見た。見た目は少女に見えるが、それでも30キロ前後はあるだろう。そして、買い物をしたビニール袋も二つ持っている。

 

『マスター、ここの鍵でしょうか。落ちています』

「……ここの鍵だな」

 

 アインハルトの近くには鍵が落ちていた。番号が付いている。俺はそれを拾ってその番号のロッカーを開けた。

 中には鞄とSt.魔法学園の制服が畳んで入っていた。明らかにアインハルトの私物だ。

 

「……計、何キロよ?」

 

 軽く頭の中で計算してみた。辛い計算結果がすぐに出てきた。俺の体重までにはいかないがかなり辛い。

 

『頑張るしかないです。と、それとこの子の体をスキャンしたのですが首元に発信機が付いています』

「ん、マジか。何かあったのか?」

 

 俺はアインハルトの首周りを見てみる。ああ、確かに小さな発信機が付いていた。俺はそれを取って握りつぶした。

 

「ま、これは後で聞く必要があるが……とりあえずは……」

 

 俺は深いため息をついた。これから重労働が待っているのだ。ため息もつきたくもなる。しかし、ため息をついていても仕方ないのでアインハルトとその荷物を運ぶことにした。

 少ししわくちゃになるが鞄にアインハルトの制服を入れて、ビニール袋二つを左手に、鞄を右手に持ち、アインハルトを背負った。背中越しにアインハルトの柔らかな肌が当たっているが今はそれを感じている余裕もない。

 

『これはなんてプレイですか?』

「少し黙っててくれ」

 

 うん、後でプリムラの開発者に絶対に会う必要がある。プリムラの発言を受け流して、俺は帰路を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 私は先ほどの対戦を見ていた。結果は碧銀の少女が防御を捨てて反撃に全てを注いで勝った。

 しかし、その一つ一つの動きはまさしく……。

 

「クラウス……」

 

 生前、最も親しかった人物の動き……覇王流そのものだった。真実を知るためにあの碧銀の少女を追う必要がある。

 そう思ったが倒れている薄赤の女性の事がほっとくわけにはなかった。

 

「あの大丈夫ですか?」

 

 私は薄赤の女性に近づいて声をかけた。表情はかなり疲労の色を晒し出している。“覇王断空拳”は威力が凄まじい。それを受けたこの人物が苦い表情をするのは当たり前だろう。

 

「あ、ああ。何とかな。悪いちょっと動けねえや」

「あ、待っててください。今、治癒魔法をかけますね」

 

 私は目を瞑り静かに詠唱を唱えた。女性の体は少しずつだが活性化を取り戻してきている。

 

「終わりました」

「ああ、助かっ……た……」

 

 私はニコッと笑って薄赤の女性に微笑んで見せた。薄赤の女性も笑みを返してくれるだろうと思っていた。

 しかし、薄赤の女性は私の事を見て驚いた表情をしていた。

 

「な、なあ、あんたのその目って……」

 

 私はその言葉で気づいた。

 この虹彩異色は聖王家でしか見られないモノ。無闇に見せるものではない。私の事を世間に知られてしまうのは不味い。敵に情報が回ると困る。

 

「い、いえ特に変わった目ではありません……それでは私は急いでいますので、これで失礼します」

「あ、お、おい」

 

 私はその場を離れて、薄赤の女性の返事を待たずにガイのマンションに急いで戻りだした。

 薄赤の女性を助けようとしたがこの姿だと外部との接触はあまりよろしくない。姿と変えないと不味い。

 

 一応あの女性は動かせるぐらいまでは回復できたはず。深く検索される前にこの場から離脱を。

 

 私は走ってその場を去りながら今後の課題が出てきたので帰ってガイと相談することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

 俺は自分の部屋に居る。3階と言う事もあったのでアインハルト+荷物+食料はかなり辛かったが何とか運ぶことが出来た。

 そして、アインハルトのドアの前に着いたはいいが、無暗にアインハルトの荷物を開ける訳にもいかないし、このままほっとくことも出来なかったので俺の部屋にアインハルトを入れて今は俺のベッドで静かに寝息を立てている。よほど疲れが溜まっていたのか道中は全く起きることが無かった。

 

「腕がパンパンだ」

『訓練不足では?』

「……足りないのかな」

 

 なのはさんとヴィータさんの訓練やストライクアーツに居合をしてまだ足りないというのなら、後は何をすればいいのだろうか?

 

「……飯を作っとくかな」

 

 俺はソファーで体を休めて溜まっている乳酸を取りながら今後の訓練量アップの事を考えてはいたが、面倒になって考えるのをやめてアインハルトのために夕飯を用意することにした。制服があったので多分学校帰りだと思うから夕飯はまだなのだろう。

 俺はキッチンに立った。

 

「オリヴィエは何処に行ったんだ?」

 

 家には当然オリヴィエが居ると思っていた。どこかに出かけるにもこんな遅くまで出ていると心配になってくる。まさか、聖杯戦争の関係者に巻き込まれたのではないかと。

 しかし、手がかりが何もないのですれ違いになるのも困るので部屋で待つことにした。

 

 アインハルトもほっとけないしな。

 

 俺は料理を始めた。

 

「はあはあ、た、ただいま戻りました」

 

 しばらく料理をしていると、オリヴィエが帰ってきた。

慌てているような声が玄関から聞こえたが、その声を聞いただけで俺は安心した。聖杯戦争に巻き込まれていたわけではない様子だから。聖杯戦争に巻き込まれていたらもっと慌てているだろう。

 そして、すぐにオリヴィエが視界に入る。走って来たのか少し息が上がっている。

 

「お帰り、フリー。心配したぞ、何処行ってたんだ?」

「は、はい。私は図書館に行こうとしたのですが……」

「んんっ……」

 

 と、そこでベッドで眠っていたアインハルトが目を開けた。オリヴィエは発言することをやめて、ベッドの方に顔を向けた。

 

「こ、ここは……」

 

 アインハルトは起き上がり俺たちの方へ視線を向ける。

 

「あっ……」

「おう、起きたか」

 

 俺はアインハルトが目が覚めたことにホッとしてオリヴィエはアインハルトを見て驚きの表情を浮かべていた。

 

 アインハルトの目を見て驚いているのだろうか?まあ、オッドアイなんて珍しいしな。

 

「えっ……」

 

 しかし、アインハルトもオリヴィエの事を見て驚いていた。

 

「オ……リヴィエ?」

「っ!?」

「え?」

 

 アインハルトは不安げな表情でオリヴィエの名前を呟く。

 

 何故、アインハルトはオリヴィエの名前を知っている?情報が漏れた?どこからその名前が出てきた?いったいどういう……。

 

「……あっ……」

 

 俺が無駄に頭の回転のギアを上げてアインハルトがオリヴィエの事を知っている事について考えていたが、アインハルトのオッドアイの目を見て確信した。

 

 アインハルトがオリヴィエの名前を知っていた……そう言う事か。

 

 今朝、見た夢。

 クラウスも碧銀の髪に虹彩異色で左眼が薄蒼で右眼が紫だったではないか。ヴィヴィオもオリヴィエも虹彩異色の色は同じで左眼が紅く右眼が翠。

 なら、アインハルトもクラウスの複製体の可能性がある。複製体では無くてもクラウスのその子孫かも知れない。少なくとも、クラウスとアインハルトが何かで繋がっているのは間違いない。

 

「「「……」」」

 

 俺たちは何も発言することが出来なかった。皆が皆、様々な思惑を感じているのだろう。

 聞こえてくるのはフライパンに野菜を炒めている音と壁に掛けてある時計の針の音だけだった。




どこで切るか考えていたが、どこを切ってもいい感じに終わらなかったから、どばっと書いたw

もし、長すぎだよこの駄目作家など思いましたら一言ください。

今後の参考にいたします。

しかし、大会も始まって新たに五人新キャラが参戦と藤真さんは言っていたけど、ミカヤさん忘れているよw

ミカヤさんも新キャラですよw

ガイと同じ抜刀術なので一緒に稽古する風景を取り入れてみました。

何か一言感想がありますと嬉しいです。

こんな小説ですが今後も読んでくれれば幸いです。

では、また(・ω・)/


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四話“現代と現代の交差”

最近はオリヴィエが可愛く見えてきて仕方ないw

これも書いているうちに感情移入してしまったからだろうか………

では、四話目入ります。


 ―――???

 

「よかろう、君がマスターとして2人目だ」

 

 管理者は暗闇の部屋の中、1つのモニターを見ていた。新しいマスターが参戦してきたようだ。

 見た目は整った黒髪に30~40の男性。上着である灰色のスーツを脱いで片腕にかけて、灰色のネクタイに白い長そでのワイシャツに袖なしの黒いセーターを着込んでいた。パッと見れば一般社会の営業マンに見えるだろう。

 しかし、その瞳は静かに、そして強い意志が存在しているのがモニター越しから見てもわかる。

 

『……』

 

 そいつは静かにこちらを見ていた。敵意なのか殺意なのかはわからないが何か黒い感情を持っているのがふつふつと感じさせる鋭い目だ。

 

「では、貴様が召喚したサーヴァントのクラスは何だ?」

『……キャスターだ』

 

 そう言って、一方的に切られた。

 

「キャスターか……そして、マスターの名は……これも、運命か……」

 

 聖杯戦争は静かにそして、着実に開始のその時を刻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「……」

「……」

「……」

 

 どのくらいの沈黙が流れたのだろう。私たちはテーブルを囲んで座っていた。私はノーヴェ・ナカジマとの対決後、コインロッカー室の中で意識を失った。

 そして、気がついたらガイさんのベッドで寝ていた。ガイさんが私の事をここまで運んでくれたのだろう。ガイさんが居なかったらあそこで多分捕まっていた。

 

 それに関してはガイさんに感謝します。でも、今はこの人が誰なのかを知りたい。

 

「……」

 

 私は虹彩異色の紅と翠の鮮やかな瞳に綺麗なライトブラウンの女性を見る。

 

 この人の瞳の……紅と翠の鮮やかな瞳、そしてこの容姿は覇王の記憶に焼き付いた間違うはずもない聖王女の証。この人は間違いなくオリヴィエのはずだ。

 

 しかし、確信できるモノが何もない。外見だけは本当にオリヴィエに瓜二つで似ている。私はこれからどうするか考える。

 ガイさんもこの人も何か落ち付かない様子で私の事を見ている。

 

「……あなたは……」

「は、はい!!」

 

 そして、私は長い沈黙を破ることにした。真実を知るために。その人は少し高い声を上げていた。

 

 私の言葉でびっくりしたのでしょうか?そのびっくりした表情も記憶の中に残っている表情と同じですね。

 

 私は声高い返事を受け止めて拳を胸の前で握って話を続ける。

 

「あなたは……あなたはオリヴィエ・ゼーゲブレヒトですか?」

 

 私はここを一番知らなければならない。本物なのかどうか。

 しかし、ありえないのだ。昔に亡くなった人が現在に現れることなど。

 

 タイムスリップなんてことありえませんし。

 

 私は先ほどのガイさんとのメールのやり取りでその似た話があったの思い出す。未来の私ならガイさんから年下扱いしないと。

 それは未来の私がタイムスリップしないと無理な話なのだから。

そういう話があったのを思い出しながら視界に入っているその人はチラッとガイさんの事を見る。

 ガイさんもその人の事を見て困惑した表情で考えていた。2人は何かを隠している。

 

 ガイさんも隠し事をしている……いったい何があるんだろう。

 

 そして、ガイさんは覚悟を決めたのか真剣な表情で私に顔を向けた。

 

「アイン、これから話す事は誰にも言わない事を約束してくれないか?」

 

 ガイさんはこれから話すことを他言無用としてほしいと言ってきた。この人がここに居る理由には訳がある。それも秘密的なものが。

 

「……はい、約束します」

 

 私は真実を知るために、ガイさんの言葉に力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……はい、約束します」

 

 アインハルトは俺の言葉に力強く頷いた。真剣な表情でその虹彩異色の瞳には揺らぎが無い。その虹彩異色の瞳は本当に夢で見たクラウスと同じ色だ。

 俺はオリヴィエを見る。オリヴィエはまだ戸惑いの表情が残っていたが俺の視線に気づき頷いた。

 

「単刀直入に言うよ。ここに居る人物はオリヴィエ・ゼーゲブレヒド。かつてベルカ諸王時代に“聖王女”と言われた人物だ」

「本当……ですか?」

 

 アインハルトはオリヴィエを見た。先ほどの揺らぎが無い表情とは一変、驚きと期待と不安の入り混じった瞳で。

 オリヴィエは答える。

 

「……はい、私はオリヴィエ・ゼーゲブレヒトです」

「どう……やって、この時代に?」

 

 アインハルトから戸惑い気味に聞いてくる。分かっていた事だが普通のものさしの知識だと過去の人物がなぜこの時代に居るのかという疑問が飛んでくるのは当たり前だ。

 

 さて、ここをどうやって説明しようか。

 

 聖杯戦争のシステムでここに居ると言う訳にもいかない。それを言ったら最後、アインハルトはきっと……。

 

「……すまない、アイン。そこだけは説明できない」

 

 俺はいくら考えても良い案が思い浮かばなかった。

 聖杯戦争……人が測るることのできる知識のものさしは普通の物だとそれは明らかに歪な形をしていて測ることが出来ない。

 特殊なものさし……聖杯戦争という歪んだ形を測る事の出来るものさしが必要だ。

 俺もそうだったようにアインハルトも持っているものさしは普通の物だろう。だから、どう説明したらよいか分からない。

 それに、そこを話してしまったらきっと管理者が黙っていないだろう。俺は普通に謝ることにした。

 

「……でも、あなたは正真正銘のオリヴィエです……話を少しして確信しました。私の中の覇王の血が色濃く疼いて貴方がオリヴィエだと言う事に間違いないと」

「“覇王”……やはり、あなたはクラウス・イングヴァルドの子孫なのですね」

 

 アインハルトはその言葉に強く頷いた。

 その碧銀の髪、左眼が薄蒼で右眼が紫の虹彩異色の瞳。夢に出てきたクラウスと同じだ。アインハルトはヴィヴィオのような複製母体ではなく、クラウスの子孫。 アインハルトとクラウスの繋がりが確かにあった。

 

「碧銀の髪やこの色彩の虹彩異色。覇王の身体資質と覇王流」

 

 そして、アインハルトは悲しい表情をしながら静かに語り始めた。

 

「それらと一緒に少しの記憶もこの体は受け継いでいます。私の記憶にいる“彼”の悲願なんです天地に覇をもって、和を成せる、そんな“王”であること」

 

 アインハルトは一度言葉を切った。オリヴィエを見る。

 

「弱かったせいで、強くなかったせいで……“彼”は“彼女”を救う事が出来なかった……守れなかった!!」

 

 アインハルトの瞳が潤んでいるのがわかる。自分の中の覇王の血を必死にオリヴィエに語っているのだろう。かつて彼……クラウスが守れなかった彼女……オリヴィエに。

 

「そんな数百年分の後悔が……私の中にあるんです。だけど、この世界にはぶつける相手がほとんどいない……救うべき相手も守るべき国も世界も……!!」

 

 アインハルトは涙を流して泣いていた。

 数百年分の後悔……想像を絶するモノだろう。俺にはとても想像出来ない。そんな思いをアインハルトはその小さな体で受け継いでいたのだ。

 この世界ではそれを清算する手立てが無くて辛いのだろう。

 

 アインハルトから悲痛な気持ちが痛いほど伝わってくる。それほどまでに溜まりに溜まっていたのだろう。

 

「……ですが、オリヴィエ。どのようにしてこの世界に現れたかは知りませんが、私の中の覇王の血が貴方に会えたことでとても温かい気持ちが溢れてきます」

「そう……ですか」

 

 オリヴィエはどう答えたらよいか分からない様子だったが、アインハルトの涙を見て笑みを作る。

 そして、泣いているアインハルトに近づいて涙を指で取った。

 

「まったく、クラウスはこんな可愛い子孫にこのような辛い思いをさせて。もし会う事が出来たらお仕置をしませんとね」

 

 そう言って、微笑みながらアインハルトの頭を撫でて抱き寄せる。

 

「あっ……」

「その覇王の血から温かい気持ちが溢れているの事は私にとっても嬉しいことです。クラウスとの生活は私も温かい気持ちにさせてくれましたから。それを教えて下さいましてありがとうございます」

 

 オリヴィエはアインハルトを抱き抱えたままお礼を言う。アインハルトは抱き抱えられたままで大人しくしている。

 

「ですが、その悲願は私では止める事が出来ない。それは私の事を守れなかったから出来た悲願。私自身が手を出すわけにはいきません。申し訳ありません」

「……はい、分かっています。今、オリヴィエが現れたとしてもこの悲願はオリヴィエが亡くなったのが原因で作られたもの。オリヴィエに向けるための拳ではありません」

 

 そう、その悲願はオリヴィエが亡くなって作られたモノ。それをオリヴィエ自身に向けては矛盾が生じてしまう。

 だが、これではアインハルトの中にある悲願を……その覇王の拳を受け止める者が居ない。

 受け止める者がいなければアインハルトは数百年分の後悔に押しつぶされてしまう。今はオリヴィエが居るからいいが、聖杯戦争の後はどうなるかは分からない。

 

「……ガイさん」

「ん?」

 

 アインハルトはオリヴィエの抱擁から離れて、俺の事を見る。まだ少し涙目だ。

 

「私と拳を交えてくれませんか?」

「……俺か」

 

 アインハルトの覇王の拳を受け止める者が必要。それは俺のような奴で受け止められるのだろうか?

 

「俺なんかで覇王の拳を止められるのか?俺なんかじゃなくてもっと強い奴を紹介してやるぞ」

 

 脳裏になのはさんやヴィータさん、ノーヴェ、ミカヤなどを思い浮かべる

 

「この世界にはこの拳を受け止めてくれる人が今まで居なかった。先ほど、ノーヴェ・ナカジマと街灯試合を申し込みましたが、彼女も受け止めてくれませんでした」

「……え?」

 

 ん?まて。今、知っている名前が出てきたぞ。ちょうど脳裏に浮かんでいる人物。

 

 俺は先ほど脳裏に浮かんできた人物たちの中に居た薄赤のショートヘアの髪のヴィヴィオ達の師匠をクローズアップする。

 

「ま、まて、アイン。さっきノーヴェと戦っていたのか?」

「はい。彼女はかなり腕の立つ実力者でしたので申し込みました。彼女の一撃は破壊力抜群でした」

「……もしかして」

 

 俺はとある仮説を立てた。もし事実だったらノーヴェに謝りに行かないと。

 

「連続傷害事件の犯人って……アイン?」

「……はい」

 

 アインハルトは一瞬戸惑ったが、素直に真実を告げてくれた。確かに、最初に犯人を見た時も碧銀の髪だった。

 

「で、さっきはノーヴェと対決した。そして、その帰りにその一撃のダメージが強くてコインロッカー室で気を失ってしまったと?」

 

 アインハルトは頷く。おそらくあの発信機はノーヴェが付けたモノだろう。もし逃がしてしまっても追尾出来るようにと。

 

「ノーヴェに連絡しないと」

「ま、待って下さい!!」

 

 ノーヴェに連絡しようとモニターを開いたがアインハルトは慌てて俺に近づいて止めに入った。

 

「私のこの連続傷害についてはちゃんと清算します。ですが、最後にガイさん。私はあなたと戦いたい」

 

 アインハルトが不安げな表情で俺の事を上目使いで見上げてくる。不安な表情からは必死さが伝わってくる。

 

「……俺と対戦した後、ちゃんとノーヴェに謝りに行くと約束できるか?」

「はい」

 

 即答で答えてくれた。それならと俺はその言葉を信用し軽く笑ってモニターを消した。

 

「俺で覇王の拳を止めれるか分からないが受けて立つよ」

「ありがとうございます」

 

 アインハルトは頭を下げた。その時、きゅうるるると誰かのお腹が鳴る音がした。

 

「……はっ!!」

 

 その音に反応したのはアインハルトだけだったので犯人はアインハルトだろう。アインハルトは顔を真っ赤にしたまま頭を上げてこない。

 

「……そういや、夕飯を作る途中だったな。アインの分も作るよ」

 

 腹の音のおかげで場の雰囲気が和みだし俺は笑って立ちあがる。オリヴィエも笑みを崩さない。

 

「あ、い、いえ、そこまでご迷惑になるわけには……」

 

 アインハルトは頬が赤いままで顔を上げる。涙目だけど理由は先ほどとは違うのだろう。

 

「覇王の拳を受け止めるためにもしっかりと栄養を取らないとな。アイン。お前も栄養をしっかりと取って全力の覇王の拳をぶつけて来いよ。俺なんかが受け止めれるか分からないけど」

「は、はい……ありがとうございます」

 

 まだ少し頬が赤いがアインハルトは再び頭を下げる。

 

「はいよ。少し待ってな」

 

 俺はキッチンに入って、料理を始めた。

 

 しかしまあ、一昨日は1人分の料理だったのに昨日は2人分、今日は3人分ときたもんだ。一日ごとに人が増えるのか?

 

 料理中、どうでもいい事を考えてしまった。これからアインハルトと対決するというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――市民公園内 公共魔法練習場

 

「デバイスもありか?」

「ええ、構いません」

 

 俺とアインハルトは少し離れて対峙してる。夜のこの時間帯は人も疎らになる。今は誰もいないようだ。

 夕飯の食事を三人で食べた後、この練習場にやってきた。因みに料理の評価は2人から花丸を貰った。

 その時は冷静に返したが内心はかなり嬉しかった。

 

「ガイとアインハルトも怪我には注意してください」

 

 少し離れた場所のベンチにはオリヴィエが座っている。

 オリヴィエはオリヴィエを知っている人に会うと正体がばれてマズイと食事の時に言ってきたので、とりあえずカモフラージュのために帽子をかぶせた。気休めにしかならないが、無いよりはマシだ。後は虹彩異色を如何にかしたいと。

 

 今度、紅色か翠色のカラーコンタクトでも買ってくるか。ああ、また出費がかさむんだな。

 

「武装形態」

 

 考え事をしているとアインハルトが光に包まれて、背が高くなり、服装も変わって現れた。

 碧銀の髪を軽くツインテールに結い、残りを下ろし、そして、その服装はクラウスが着ていたものに少し似ていた。

 

「……私の方が背が低い」

「何の話だ?」

「いえ、なんでもありません。ガイさん。貴方も準備してください」

 

 アインハルトは大人モードになって俺の事を見て何か不服のような発言をしたがあまり気にしなかった。

 

「プリムラ、セットアップだ」

『了解しました』

 

 俺もプリムラに命令した。

 俺は黒い光に包まれ、服はバリアジャケットに変わった。黒と白を強調するような服だ。黒いズボンにインナーは黒いシャツ。その上にロングコートの白い上着を着きている。

 ベルトは手前でクロスするようになって二つ付いており、腰に刀と鞘が一対となったプリムラを帯刀するために使われる。普段は使わないが。

 俺は刀となったプリムラの鞘を左手に持つ。

 

「では、よろしくお願いします」

「お手柔らかに」

 

 アインハルトは静かに右拳を後ろに下げ、左手を前に突き出して構えた。

 俺も左足を半歩下げて、体を少し左にひねり、刀を腰の後ろに持っていき居合の構えに入る。

 

 この距離で近接距離の構え?何をしてくる?

 

 俺は少し離れている距離でアインハルトが拳を握って構えている事に疑問を持ちつつ分析に入った。

 そして、その疑問はすぐに解決した。アインハルトは一歩のステップで一瞬にして距離を詰めてきたのだ。その握っている右拳を俺に当てるために。

 しかし、俺には視えていた。

 

 視えていたのなら最小限の動きで避けるまで!!

 

「!!」

 

 アインハルトの右拳は半歩横に動いた俺のわずか手前をかすっていく。

 そして、目の前に無防備な状態でいるのなら刀を抜くにはチャンス。俺は鞘から鞘走りをして刀を抜く。

 しかし、刃が黒くそりが白いその刀は空を切っただけだった。横切りをした刀をアインハルトはしゃがんで避けた。ダッシュした勢いを良く殺せたと俺はそこで思った。

 そして、アッパー気味に拳を突き上げてくる。俺はそれを半歩下がって避ける。そのまま左手に持っていた鞘でアインハルトに横振りを行った。

 

「くっ!!」

 

 アインハルトはそれも避けて、大きくバックステップを取り距離を取った。俺はゆっくりと刀を鞘に収める。

 

「……私の動きが視えていますね。無駄がありません」

「動体視力は一応鍛えているつもりだからな。それにアイン。よく突進の後に勢いを殺せてしゃがめたな。驚いたよ」

 

 アインハルトの突進は速かった。運動エネルギーが膨大に働いていたのだろう。

 しかし、停止する時の静止エネルギーはその二乗のエネルギーがなければ法則上、止まらない。

 膨大なエネルギーがアインハルトの体にあるのだろう。

 

「一応鍛えていますから」

 

 アインハルトも俺と同じことを言ってきた。冗談で言っているのか本気で言っているのかはわからないがあの澄ました瞳を見ると嘘とは言い切れない。

 俺は背後に黒い魔弾を二つ作った。俺の魔力の色は黒。あまり見かけない色だと開発者は言っていた。確かに俺の周りには黒い色の魔力の人はいない。

 アインハルトは俺が黒い魔弾を作った為か左手を前にして警戒し構える。

 

「ソニック」

 

 俺がそう言うと、二つの黒い魔弾はスピードを付けてアインハルトに向かって飛んで行く。アインハルトは動かない。そして、飛んできた魔弾がアインハルトに当たる寸前……。

 

「!!」

 

 俺は驚いた。それを手で受け止めたのだ。弾殻を壊さずに。普通は障害物などに当たったら弾殻は壊れてしまい飛行能力は失ってしまう。

 しかし、それをアインハルトはその弾殻ごと受け止めていた。

 

「“覇王流……」

 

 アインハルトはその受け止めている魔弾の手を円を回るように回し……。

 

「旋衝破”!!」

「なっ!!」

 

 それを投げ返してきた。俺は驚いていたので一瞬、反応が遅れてしまった。

その為、避ける事が無理だったので抜刀して一つ目の魔弾を横切り、刃を返してもう1つの魔弾を横切った。

 しかし、それは隙を作るには十分な行為だった。アインハルトは俺の目の前に迫って右拳を放っていた。

 

「くっ……」

 

 俺はそれを何とか鞘で受け止めたが、威力が凄まじく大きく擦り下がる。アインハルトはここぞと言わんばかりに俺の後を追い攻めてきた。擦り下がりながらも俺は納刀して、アインハルトの連撃の拳や蹴りを避け続けた。

 そして、アインハルトの右拳を鞘で受け止めた。かなり重い打撃だ。受け止めただけでも手首に電流のような痺れが走る。

 

 覇王の拳……こんなに重いか。俺じゃあ受け止めきれないな。

 

「……まさか、魔弾が返されるとは思わなかった」

「ですが二度目は通じません。あれでガイさんの隙を作れることはもうないで、しょう!!」

 

 二言の会話。その会話の最後、アインハルトは左足を蹴り上げる。不意を突いたのだろう。

 しかし、俺にはそれが視える。俺は体を思いっきり右回転してそれを避ける。

 

「!!」

 

 アインハルトは鞘に体重をかけていた右拳が右にずれてバランスを崩す。鞘は右拳から離れたので自由になり、俺は右回転で一回転しその勢いで抜刀をして……。

 

「あぐっ!!」

 

 アインハルトの隙が出来た横腹に一太刀入れた。アインハルトは表情を苦くして片膝をついた。

 俺は刀をゆっくり収める。

 

「俺の勝ちだな」

「くっ……」

 

 チン、と鞘に刀が完全に納刀した音をたてて俺は告げた。アインハルトは必死に体を立ち上がらせようと足に力を入れている。

 しかし、力が入らないようだ。

 

「まあ、今日はノーヴェとも戦って体力が消耗していたんだろ?多分、それだから俺でも勝てたのかもしれない。料理の栄養はすぐに出るわけでもないし」

 

 アインハルトの拳を受け止めた時、覇王の拳の重さを体感し俺では無理だと悟った。今回勝てたのはアインハルトが消耗していたからだろう。

 

「ガ、ガイさんも航空部隊の訓練や私を三階にまで運ぶ重労働を行って疲労が溜まっていたのでしょう?」

「訓練と実戦の疲労度はかなり違う」

 

 俺はそう言ってバリアジャケットを解除してプリムラを待機モードに戻した。

 

「ま、まだです。私はまだ戦います!!」

 

 俺がバリアジャケットを解いたからかアインハルトが必死に抵抗をしてきた。

 

「この勝負は俺の勝ちだ。斬撃の相手だから動けない状態が続いたら首を落とされて終了だ」

「そ、それはたしかにそうですが……」

 

 アインハルトは先ほどから立ち上がろうとしても立てずに何秒も同じ位置に片膝をついている。もし命の取り合いだとしたら首を落とされて終わっている。非殺傷設定なので先ほどの一太刀は人体に影響はないが、非殺傷設定を無しにしたら間違いなく真っ二つになって死んでいただろう。

 

 ……聖杯戦争が始まったら非殺傷設定は外さないと生き残れないか?

 

「……それが殺し合いか」

「え?」

 

 俺は小さな声で呟きながら待機モードのネックレス型のプリムラを首にかける。アインハルトは聞き取れていなかったようだが聞いてほしい言葉でもない。

 

「まあ、とりあえずお疲れさん」

 

 俺はアインハルトに右手を差し出す。アインハルトはまだ抗議したそうな表情をしていたが、やがて諦めて……。

 

「……武装形態解除」

 

 そう言って大人モードを解除して赤い大きなリボンを左側につけた少女に戻る。

 

 まあ、こんなんじゃまだ覇王の拳を……悲願を受け止められていないだろう。俺じゃあ無理だな。

 アインハルトは俺の右手を掴んで立ち上がる。

 

「すごかったですよ。ガイもアインハルトも」

 

 そこに唯一の観客である帽子を深くかぶったオリヴィエがこちらにやってきた。

 

「あの“旋衝破”はかなりの努力と鍛錬が必要です。クラウスもモノにするのに数年かかったと言ってました。それを12歳のアインハルトが習得した。一体どれほどの鍛錬をしてきたのか想像がつきません」

「ああ、あの技には驚いた。反射でも吸収放射でもない。受け止めて投げ返したからな」

「あ、い、いえ……そ、それほど強い技でもありませんので……」

 

 褒められているからかアインハルトは頬を赤くして少し俯いていた。

 

「あっ……」

 

 しかし、アインハルトはその場で力なく尻もちをついて座り込んでしまった。今日は戦い過ぎたのだろう。疲労が体にきたようだ。

 

「やりすぎだ、そんなに体を酷使してまでやるからオーバーロードだ」

「そ、そのようです……」

 

 アインハルトは体にまったく力が入らないのか力無く答える。不安げな表情で俺を見つめていた。

 

「ガイ、どうしますか?」

「……はあ、ほれ」

 

 俺はそんな光景を見てため息をついてアインハルトの前に背中を向けてしゃがんだ。

 

「え?」

「乗れよ。家まで送ってやるから」

「い、いえ、そういう訳にも……」

「対戦した責任もあるんだ。家まで送ってやる」

「……わ、わりました」

 

 返事をしてから少ししてアインハルトは遠慮がちに俺の背中に体重を乗せてきた。そして、ふとももを掴んで立ち上がる。

 

「アインハルト、顔が赤いですよ?」

「あ、あぅ……」

 

 オリヴィエがアインハルトの顔を見たのか顔が赤いらしい。俺からは見えないけど。

 そして、俺たちは歩きだした。

 

「とりあえず帰って、ノーヴェに連絡を入れないとな」

「そ、そうですね」

 

 アインハルトはそう言いつつ頭まで俺の背中に預けてきた。

 

「す、少しだけ眠ってもいいですか?」

「ああ、好きにしな。着いたら起こしてやるよ」

「はい……あったかい……」

 

 背中からすぐに寝息の声が聞こえてきた。かなりの疲労が溜まっていたのだろう。

 

「本当にこの子は覇王の悲願のために頑張っています」

「そうだな」

 

 隣にいるオリヴィエが話してくる。この背負っている重みはアインハルトだけのものではない。きっと覇王の悲願の重みもあるのだろう。

 

 拳も悲願も重い覇王……か。辛い思いをしてるんだな、アイン。

 

「この子には辛い思いをさせたと思いました」

「それをさせたのは覇王の悲願の記憶だけどな。その原因を作ったフリーのせいじゃない」

 

 オリヴィエが自虐的に話してきたので俺は否定した。そのような考えはあまり良くない。

 

「アイン……いつか、こいつが心から笑っている笑顔を見たいな」

「……そうですね」

 

 それはいつ見れるのか分からなかった。覇王の悲願を消せない限り見る事はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「と、いうわけだ」

『と、いうわけだ……じゃねえよ!!』

 

 マンションに戻ってから俺は背中で寝ているアインをベッドで寝かせてた後、ノーヴェに連絡を取るためにモニターを開いた。

 因みにオリヴィエはシャワーを浴びている。

 

『発信機壊した犯人はてめえかよ』

「そこは悪かったとしか言えない」

 

 俺はアインハルトを保護したあたりから対戦までの話をした……オリヴィエの事は話していないが。

 

『で、お前も覇王の悲願のために対戦してやったてぇのか?』

「ああ。何とか勝つ事は出来た。でも、あんなんじゃ覇王の悲願は消えないだろうな」

 

 っち、とノーヴェはモニター越しから舌打ちをしたのが聞こえた。表情も不機嫌になる。

 

『何でお前に勝ててあたしは勝てねえんだよ!!』

「そんな事、言われてもな。ノーヴェの後だから勝てたようなもんだ」

『うるせぇ。そんな言葉聞きたくねぇ。あ~、もう今度会ったら組手な。ぜってぇ負けねえぞ』

 

 今度会ったらノーヴェと組手をする約束を強制的にされてしまった。まあ、久々に組手をやりたい相手だったからいいけど。

 

『で、その覇王の子……アインハルトはお前の隣に住んでいたのか?』

「ああ」

 

 モニター越しのノーヴェが真剣な表情になって本題に戻った。

 

「なあ、ここら辺で起きていた連続傷害事件の犯人はアインだけど、被害届は出ていないから何とかしてやれないか?」

『なんだ?そいつを助けたいのか?』

「ああ、知らない仲ではないからな」

 

 俺はアインハルトが捕まってほしいとは思わなかった。覇王の悲願で連続傷害事件になってしまったこれを何とかして止めたい。

 

『ま、被害届は出てないしもう喧嘩しないって約束が出来るんだったら署で少し話をして返してくれると思うぜ』

「本当か!?」

 

 アインハルトが捕まらない事に俺は喜びを覚えてモニターに顔を近づく。

 

『ああ。それに、あたしも行く。あたしと対戦た時はあたしが先に手を出したからな。喧嘩両成敗ってことにしてもらう』

「なら俺も……」

『先に手を出したのは聞いた話の限りじゃ覇王の子じゃないのか?』

「あっ……」

 

 確かにはアインハルトが先だった。俺は後だ。これでは意味が無い。

 

『まあいいや。明日、朝にそいつを連れて湾岸第六警防署に来いよ』

「ああ。ありがとなノーヴェ」

 

 その言葉にノーヴェは笑みを作ってモニターを切ったようだ。モニターが切られた。俺は静かに寝息をたてて眠っているアインハルトを見る。

 

「オリヴィエには賛成だな。覇王の悲願でこんな女の子が苦しんでいるんだ。もし会えることが出来たら一発殴らないとな」

 

 オリヴィエが言っていた事を思い出す。

 

『クラウスも子孫にこのような辛い思いをさせて。もし会う事が出来たらお仕置をしませんとね』

 

 まったくだ。その悲願をクラウスの人生で叶えられればアインハルトもこんなに辛い思いはしなかったのにな。

 

 俺は眠っているアインハルトの頭をそっと撫でた。今でも静かに寝息をたてて軽く触れただけでは起きないだろう。

 

 ……寝顔、可愛いな。

 

「ガイ、お風呂が開きました。入るといいですよ」

「っ!!」

 

 そこに背後からシャワーを浴びていたオリヴィエの声がした。風呂から出たのだろう。俺は慌ててアインハルトの頭に乗せていた手を離す。

 

「あ、ああ、わかった。俺もはいr……」

 

 俺は振りむいた。

 そして、今朝と同様に思考が停止して動きが止まった。

 

「どうかしましたか?」

 

 オリヴィエは特に恥ずかしがること無く裸体にバスタオル一枚を纏ったままの状態でこちらを向いていた。その細くて白い四脚を恥ずかしがること無く異性である俺に見せてくる。

 

「い、いいから何か着てろ!!」

「そう言われましても、脱衣所に服を持ってくるのを忘れまして」

 

 俺は慌てたがオリヴィエは慌てるそぶりを見せることもなく、俺の横を通り過ぎる。そして、ベッドの傍に畳んである。服の山から白い下着を取り出す。

 

「ガイは純情すぎですよ」

「オリヴィエが鈍感すぎだろ……」

 

 そうでしょうか?と言いつつオリヴィエは首をかしげた。

 

「あっ……」

 

 その時、オリヴィエの体を纏っていたバスタオルが緩かったのかズレ落ちた。

 

「……っ」

 

 そのバスタオルに隠れていた部分の肌色が視線に入りそうになって俺は急いで玄関の方へ向きを変えて、脱衣所へと移動(避難)した。

 

「オ、オリヴィエ、せめてもう少しくらいは羞恥心を持ってくれ」

 

 俺は脱衣所のドア越しにオリヴィエと話した。

 

「ですが……」

「ちゃんと持ってくれ!!」

 

 俺はオリヴィエに一言釘を刺して深いため息をつきその場にしゃがみこんだ。多分ここで念を押して言ってもオリヴィエが羞恥心を持つ事は出来ないだろう。あれはもう治せない性格だと思う。

 

 ここの宿主の威厳と言うものは無くなりつつある……というか元々ないけど。

 

『これはなんてプレイですか?』

「少し黙っててくれ」

 

 そして、胸元にあるプリムラが先ほどの光景を見て一言発言した。やはり、プリムラの開発者に聞きに行く必要性が120%ある。

 俺は明日、開発者に聞きに行くことを決めた。

 

 風呂で温まり風呂場から出ると、青の縞模様の縦ラインのパジャマを着たオリヴィエがテーブルの前で座って、湯呑に入っているお茶を飲んでいた。

 

「あ、ガイもどうぞ」

「ああ、サンキュー」

 

 俺はオリヴィエから湯呑を貰って座った。来客用の何の捻りもない白い食器一式をオリヴィエ用にしたが特に不満は無さそうだ。

 そして、一口飲んで一息つけた。気を抜いたら体が一気に重くなった。俺も相当疲れているようだ。

 

「今日はパジャマを着てくれるんだな?」

「はい、下着姿で寝たいのも山々なのですがガイが駄目というので」

 

 オリヴィエは下着姿で寝る習慣があるらしい。それは刺激が強すぎるので俺はパジャマを着るように言った。

 しかし、寝るときに着ることは無いと思っていたのか服を買いに行くときにパジャマを買ってなかった。仕方ないので俺のパジャマを貸した。

 

「このパジャマという服はぶかぶかし過ぎです」

「寝るのは体の疲労を取るためだ。だから窮屈な服だと体が休めないだろ?」

「それはそうですが……」

 

 オリヴィエは何か言いたそうな表情をしたが一口お茶を飲んで、笑みをこぼした。

 

「まあ、いいです。さて、そろそろ寝ましょう。明日も早いのですよね?」

「そうだな。っと、アインは寝たままか?」

 

 俺は眠っているアインハルトのほうを見る。穏やかで安心しきっている表情で眠っている。

 こういう無防備な姿を見ているとアインハルトは覇王の悲願とは全く関係ないように思う。

 

「……起こしてやるとは言ったが起こすのも可哀想だな。オリヴィエ、ソファーで良いならそこで寝なよ。俺は床でいい」

「いえ、ガイはこの前私にベッドを譲ってくださいましたので今度は私が床で寝ます」

 

 オリヴィエは昨日、ガイのベッドに寝たからガイがソファーで眠ることになったことに申し訳なかったのか複雑な表情だ。

 

「いいよ。たまにはこういうのもいい」

 

 俺はベッドを背中にしてもたれて目を瞑った。

 

「ガイがそのように申しますのなら……」

 

 オリヴィエはしぶしぶといった表情でソファーで横になった。

 

「昨日は言えなかったが、おやすみ、オリヴィエ」

「はい、おやすみなさい、ガイ」

 

 目を瞑ってからすぐに眠気が襲ってきた。アインハルトにオーバロードと言ったが俺もかなり体を酷使していた証拠だ。そして、眠気に身を任せて意識が闇の中に沈んでいった。




キャスターのマスターが登録を完了しますた。

伏線が多すぎてまだまだ謎のキャラですけどね。

今回は戦闘風景を取り入れてみました。

前回はマンガ本にあった戦闘でしたので楽でしたが、オリジナルで戦闘するには相当な筆力が必要だと実感しました。

しかし、この四話目を投下しても時間軸が経過したのは3~4時間ぐらい。

展開が遅いw

まあ、ほのぼのは好きですけどね。

何か一言感想がありますとモチベが上がります(多分w

こんな駄作を今後も読んでいただければ幸いです。

では、また(・ω・)/


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五話“複製と子孫の交差”

ミカヤさんの技が強すぎ。

………あんな技があるのか。

ガイはそれに勝てるのかなw?

では、五話目入ります。


 ―――マンション

 

「んんっ」

 

 窓からの朝日が部屋に光差す頃、俺は目が覚めた。脳も徐々に活性化されていく。

 そして、体全体にダルさが残っているのがわかった。壁にかかっている時計の時間を見る。そろそろ起きないといけない時間だ。

 しかし、体のダルさが残っているからか、このままもっと寝ていたい。そのような衝動が走る。

 だが、仕事も家事もある。それは時間が決まって行われる行事だ。それがこの後の時間にあるから眠れるわけがない。

 

「……ん~っと」

 

 俺は二度寝の考えをやめて、ベッドの脇に預けていた背中を離して立ち上がり、腕を組みながら大きく腕を上へと伸ばす。少し無理な体勢で寝てしまったようだ。体の節々が痛い。

 俺は周りを見た。ベッドにはアインハルトが、ソファーにはオリヴィエが静かな寝息を立てて眠っている。

 俺は昨日、アインハルトと対戦をして何とか勝つ事が出来た。アインハルトはあの後、背負っていた俺の背中で寝たのだが、いっこうに起きる気配もなかったのでベッドで寝かせることに。

 オリヴィエが寝るところが無くなったのでソファーに寝かせて俺は床の上で寝た。

 

「航空実技に道場に重りを持ったフィジカルトレーニング(仮)にアインとの対決……で、硬い床の上で寝る」

 

 俺は昨日の事を簡単に思いだして口に出す。振りかえってみるとハードスケジュールだ。その上、硬い床の上で寝るのだ。朝にダルさが残るのが理解できる。アインハルトの方を見る。表情は穏やかだ。安心しきっているのだろうか。

 

「ま、必要な労働力かな」

 

 俺はアインハルトの可愛い寝顔を見ていると昨日のハードスケジュールの事はたいして気にならなくなった。

 

「朝飯作るか」

 

 俺はキッチンへ向かいそのうち起きるだろう2人の分と自分の分の三人分の朝食を作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「んっ……」

 

 料理を始めてからしばらくしてアインハルトの声が聞こえた。俺はキッチン越しからベッドを見る。

 

「こ……こは?」

 

 脳が活性化されていないのかぼんやりとした表情で俺の方を見る。

 

「おはよう、アイン。朝食の準備しているから少し待っててな」

「え……あ、はぁ……」

 

 まだ、脳が動いていないのか俺の言った言葉にあまり反応しない。これを見た限りだとアインハルトは朝が弱いらしい。

 

 オリヴィエと一緒だな。

 

アインハルト「あ!!」

 

 しばらくして脳が活発に動き始めたのだろう。寝ぼけていた目から一変、寝起きの顔を見られたからか頬を赤くした。

 

「あ、あの、その……」

「アインは朝が弱いんだな」

「うっ……」

 

 何も言い返せないのか、顔を伏せて視線を俺からズラした。

 そして、ベッドから降りて顔を赤くしながら俯き加減で玄関へと歩き出す。

 

「何処に行くんだ?今、朝食を作ってるぞ」

 

 そんなアインハルトに声をかける。因みにメニューはパンにベーコンエッグとサラダの盛り合わせ。そして、スープだ。

 

「あ、あの、シャワーを浴びたいので」

 

 アインハルトは昨日の対戦の後からずっと熟睡していたのだから汗を掻いたままなのだろう。女の子がそれを気にしないわけがない。

 

「ああ、行ってこい。朝食は食べるか?」

「え?」

 

 アインハルトは俺が言った言葉にキョトンとした表情をしていた。

 

「別に金を取ろうなんて思ってないよ。皆で食事をした方が温かい食卓が出来るし」

 

 温かな食卓。俺が羨ましかったモノだ。

 俺はアインハルトにもこの食卓に混ざってくれると嬉しいと感じるだろう。昨日の夕食の時も対戦前なので少しピリピリしていたが、それでもオリヴィエだけではなくアインハルトもいるとさらに温かくなった。

 

 だからかな。俺はアインと一緒に食卓を囲んでほしかったりする。自己欲望だが、アインは首を縦に振ってくれるだろうか?

 

「……ええ、頂けるのなら頂きます。ガイさんの料理は美味しそうですから」

 

 アインハルトは了承してくれた。俺はその事実に嬉しくなって笑って答えた。

 

「んじゃ、もう少ししたら出来るからそれまでにシャワーを浴びてきな」

「はい。失礼します」

 

 アインハルトは一言返事をして頭を下げて、自分の部屋のシャワーを浴びにドアから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリヴィエも起きて、アインハルトも戻ってきたので三人で朝食を取ることに。

 

「相変わらず、ガイの食事は美味しいですね」

「ベーコンと卵を焼いただけだ。誰でも出来る料理だぞ」

「それでも美味しいです」

 

 1人暮らしをしている野郎の食事を美味しいと言ってくれる2人には感謝の気持ちでいっぱいだ。温かい食卓はやはりいい。食卓はこうであってほしいものだ。アインハルトは真面目な表情で、オリヴィエは微笑みながら食べていた。

 

「で、だ。アイン。朝食を食べたら湾岸第六警防署に行くぞ。昨日ノーヴェと話をしてそう決まった」

「……はい」

 

 アインハルトは分かっていたからか静かに頷いた。

 

「え?アインハルトは捕まるのですか?」

 

 オリヴィエは驚いていた。

 オリヴィエが知らないのは昨日ノーヴェと話をしていた時、オリヴィエはシャワーを浴びていたからだ。その時の内容は知らないはずだ。

 

「いや、捕まりはしないさ。被害者から被害届が出ていないから、厳重注意だけで終わるだろう」

「そうですか。良かったです」

 

 アインハルトが捕まらないと分かったからかオリヴィエはニッコリと微笑んで安心した表情を表す。

 

「ノーヴェも今回の件は水に流す様だ。海岸第六警防署に来てくれる」

「ノーヴェさんとガイさんにはご迷惑をお掛けしました」

 

 アインハルトは食事をいったん止め、俺に頭を下げた。

 

「俺は別にいいけどな。ノーヴェにはちゃんと謝っとけよ」

「はい」

 

 今回の連続傷害事件は覇王の悲願を叶えるために行った事。アインハルト自身が悪いわけではないけど、ケジメはしっかりとつけないとならない。

 

「んじゃ、とっとと食べて行くか」

「わかりました」

 

 俺たちは食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――海岸第六警防署 玄関前

 

 家の洗濯物はオリヴィエに任せた。一通り洗濯機の使い方を教えたから大丈夫だとは思う。女性物の服はいいが下着を俺が洗うわけにはいかない。王家である聖王女が洗濯するとは何か想像がしづらい。それでも俺がやるよりかはいいだろう。

 そんなオリヴィエを部屋において俺とアインハルトは湾岸第六警防署にやってきた。

 玄関前までやってくると、ノーヴェが腕を組んで立って待っていた。

 

「おはよう、ノーヴェ」

「よう、ガイ。と、アイン……ハルト……だったけか?」

「……はい」

 

 アインハルトはノーヴェを見て、複雑な表情で頭を下げた。ノーヴェには申し訳ない気持ちでいっぱいなのだろう。

 

「ガイ、今度約束していた組手、相手になってもらうからな」

「……ああ」

「今の間はなんだよ?」

 

 ノーヴェがジト目でこっちを見てくる。そう言えば昨日そんな事を言っていた気がする。すっかり忘れていた。そんな事を言ったら一言何か言われそうだ。

 そんな雑談もそこそこにノーヴェはアインハルトに顔を向ける。

 

「アインハルト。今回の事件はすべて被害届は出されていない。だからあたしと一緒に行って路上喧嘩ってことにしてもらう。それなら厳重注意だけですむはずだ。それでいいよな?」

「はい……ありがとうございます。ノーヴェさん」

 

 アインハルトは再びお辞儀をする。

 

「礼はガイにもしとけ。ガイも喧嘩両成敗って事で一緒に謝る予定だったがアインハルトが先に手を出したんじゃ両成敗が成り立たないからな」

「え?ガイさんも?」

「あ、ああ、まあな。けど立証する材料が無かったから何もできなかったけど」

 

 ノーヴェに余計な事言うなよみたいな視線を送ったが、ノーヴェはニヤリと笑って俺の視線を受け流す。

 

「ガイの気持ちにも礼を言っとけよ。アインハルトが捕まってほしくないと昨日言ってどうにかならないかと必死の表情であたしに言ってきたんだから」

「……ノーヴェ、あまり余計な事言うなよ」

「ガ、ガイさん……ありがとうございます」

「……ま、まあ別に気にしてないさ」

 

 俺に振り向いて頭を下げてくるアインハルト。何もしていないのに礼を言われるのは何かこそばゆい感じだが、とりあえず気持ちだけでも受け取っておこう。

 

「……あの、ノーヴェさん。怒っていますか?」

「いや、別に怒っていないさ。さ、入るぞ。ガイはこれからどうするんだ?」

 

 そして、再びノーヴェに振り向いて不安げな表情で見上げてきたアインハルトにノーヴェはどう受け取ったかはわからないが怒る様子はないようだ。

 俺は心配していた。ノーヴェはモニターでは普通に喋っていたが実はかなり怒っていたのではないかと。

 だが、それは杞憂に終わったようだ。

 

「ん、798航空隊に行くよ。それじゃ、アインをよろしくな」

 

 そう言うと、隣に居たアインハルトが顔を上げた。

 

「ガイさん。本当にありがとうございました」

 

 アインハルトはぺこりと再び頭を下げた。今日のアインハルトは頭を下げる事が多いようだ。

 

「ああ。ちゃんと叱られてこい」

 

 俺は笑みを作って、冗談っぽく言った。

 

「はい、ちゃんと叱られてきます」

 

 アインハルトは表情をほとんど変えること無く言葉を真似て返してきた。その返し言葉は昨日の対決の時にも使われた気がした。

 

 俺の真似なんてしなくていいのに。

 

 俺は心の中で苦笑する。そして、2人は湾岸第六警防署の中へと消えて行った。

 

「さて、仕事行くか」

 

 俺は心が温かくなったのを感じながら踵を翻して、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――湾岸第六警防署

 

 私は今回の件で警防署の人にこっ酷く叱られた。被害届は出ていないが被害者が被害届を出したら連続傷害事件として捕まり起訴されるところだったと。それは困る。覇王の悲願を達成する機会を失ってしまう。それだけは避けたい。

 警防署の人は今後、そんな事をしないと約束するなら厳重注意で終わるとの事。私はそれを約束した。少し安心した。人に路上試合を申し込むのは難しくなったが、覇王の悲願の達成することは失われていないのだから。

 今は全ての話が終わり、私は廊下の長椅子に座って考え事をしていた。

 

 やることはたくさんある。結局、なぜオリヴィエがこの現代に現れたのか。ガイさんは教えてくれなかった。なら1人で調べる必要がある。それに……。

 

「ひゃっ!!」

 

 考え事をしていた私の右頬に何か冷たいものが当たり私はびっくりして、高い声を出してしまった。

 

「よう、隙だらけだぜ。覇王様」

 

 視界に入ったのは薄赤い髪のショートヘアをした少年的な容姿をした女性、ノーヴェさんだった。ノーヴェさんの手には缶ジュースがあった。それが私の右頬に当たったのだろう。

 ノーヴェさんは私の反応が面白かったのか笑いながら缶ジュースを渡してきた。私は慌てながらもそれを受け取る。

 そして、ノーヴェさんは私と同じ長椅子に座った。

 

「もうすぐ解放だけど、学校はどーする?今日は休むか?」

「行けるのなら行きます」

 

 私は即答した。学園は休む気にはなれない。ためになる授業が多いから聞かないともったいない。

 

「まじめで結構」

 

 ノーヴェさんは笑った。そう言った事が嬉しかったのでしょうか。

 そして、左手を耳に添えて、言い出しが少し言いづらいのか目線を私からズラす。

 

「で……あのよ、うちの姉貴やティアナは局員の中でも結構凄い連中なんだ」

 

 ノーヴェさんの姉貴とティアナさん。

 私がここの建物の中に入るとその2人が笑みをこぼしながら待っていた。ノーヴェさんに簡単に紹介された。

 青い髪のショートヘアに緑の瞳をしている方がスバル・ナカジマさん。ノーヴェさんのお姉さんのようだ。

 そして、もう1人がオレンジ色のロングヘアーに青い瞳をしているティアナ・ランスターさん。本局執務官でスバルさんの友人だと紹介された。第一印象としてはとても穏やかな人たちだ。

 しかし、実際はスバルさんは人命救助の“エキスパート”の特別救急隊であり、ティアナさんは多忙で知られている執務官。どちらもハードな職であり、かなり忙しい。

 そんな人たちが穏やかな雰囲気を出して、私の事を迎え入れてくれたので、私の事に時間を割いてしまってなんだか申し訳なかった。今日は休暇日だと言っているから尚更だ。

 

「姉貴やティアナは古代ベルカ系に詳しい専門家もたくさん知っている。お前がいう“戦争”がどんなものなのかはわかんねーけど」

 

 ノーヴェさんは天井を見上げながらその人たちの事が凄い事を教えてくれる。

 そして、こちらに顔を向けた。

 

「協力できることがあんなら私たちが手伝ってやる。だから……」

「聖王達に手を出すな……ですか?」

 

 ノーヴェさんの言いたい事を先に言った。たぶんこれを言いたかったのだろう。ノーヴェさんは合っていたからか目線をズラした。

 

「ちげぇよ。いや違わなくはねーけど」

 

 そう言って、再び私を真剣な表情で見る。

 

「ガチで立ちあったから分かったんだ。お前さ格闘技が好きだろ?」

 

 私が格闘技が好き?何故そんな事が言えるのだろう?ノーヴェさんとはまだ一度しか対戦していないのに。

 

「あたしもまだ修行中だけど、コーチの真似事をしてっからよ、才能や気持ちを見る目あるつもりなんだよ……違うか?好きじゃねえか?」

 

 そんなこと考えたこともない。すべては覇王の悲願のため。好きとか嫌いとかじゃない。

 これはそのためにあるだけの物。

 

「好きとか嫌いとかそういう気持ちで考えた事はありません」

 

 私は右拳を胸の前で握る。

 

「覇王流は私の存在理由の全てですから」

 

 それが私のすべて。覇王の悲願は達成する。

 それは覇王の血が流れているこの体だからこそ絶対に達成しなければならないものだ。

 

「……聞かせてくんねーかな?覇王流のこと……お前の国の事。お前がこだわっている戦争の事」

 

 ノーヴェさんは両膝に両肘をついて私の事見ている。どんな長い話でもきちんと話を聞いてくれるようだ。

 

「……私は……」

 

 私はこれまでの事を話した。最愛の人物を亡くしてしまったために出来た覇王の悲願の事。誰よりも強くなるためそのために路上試合を申し込み、挑んでいる事。

 その結果、この世界にはこの覇王の拳は誰も受け止める事が出来ないのではないかと諦め始めている事。やはりこの話をすると悲しい気持ちが溢れてきてしまい涙を流してしまう。

 オリヴィエの事以外はすべて話した。ガイさんと約束しているため、オリヴィエの事は言わなかった。ノーヴェさんは私が話を終えるまで静かに聞いていた。

 そして、私の話をすべて終えるとノーヴェさんはグッと右手を握り締めてこう言った。

 

「いるよ。お前の拳を受け止めてくれる奴がきちんといる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――798航空隊 校舎

 

 今は昼休み。

 午前中はなのはさんとヴィータさんの航空実技だった。部隊全体が少し鈍っている感じがするとヴィータさんが言っていたので、今日も基礎強化練習を集中的に行った。

 なかなかなハード訓練だった。これが今後のためになると良いのだがな。

 

『マスター、メールです』

 

 プリムラから機械の声が聞こえてきて俺の目の前にモニターが現れる。

 

差出人………アインハルト・ストラトス

件名………覇王の悲願

本文………こんにちは。今朝は湾岸第六警防署まで一緒に来てくれましてありがとうございます。そこでノーヴェさんといろいろと話をお聞きしまして、覇王の悲願を……拳を受け止めてくれる人がいるらしいです。今日の放課後、その人に会ってきます。

 

 ノーヴェの知り合い?ミカヤか?

 

 俺は凛々しく、そして、いつも冷静沈着で長い青髪を後ろで縛っている抜刀術天瞳流師範代を思い浮かべた。

 しかし、これはただの憶測でしかない。

 

「相手は誰だろう?」

 

 俺はそう言いつつ、返信の文章を作成した。

 

To………アインハルト・ストラトス

件名………Re:覇王の悲願

本文………お疲れさん。どんな相手かは知らないけど全力でブツけてきな。ノーヴェが紹介した人だ。相当強いと思うよ。因みに誰だかわかるか?

 

「送信を頼む」

『了解しました』

 

 プリムラに送信するよう命令してモニターを閉じた。空を見上げると雲が少しあるだけのいい天気だ。このままベンチに座っていたらいい感じに日が当たって眠ってしまいそうだ。

 暖かい日に当たり少しずつ眠気が襲ってきたところで、メールが返ってきたとプリムラから連絡が入り、眠気を押し殺して再び目の前にモニターが現れる。

 

差出人………アインハルト・ストラトス

件名………Re:Re:覇王の悲願

本文………はい、ありがとうございます。全力をブツけてきます。それで、その人の名前ですが聞かされていません。ただ、強いと言ってくれているだけです。

 

「誰だか分からない相手……か」

 

 まあ、ノーヴェが紹介する人だから強い人であるとは思うけどな。

 

 返信メールを作成する。

 

To………アインハルト・ストラトス

件名………Re:Re:Re:覇王の悲願

本文………まあ、相手が誰でもその悲願をちゃんと受け止めれる奴だといいな。俺だと無理だったし。

 

 プリムラに送信命令をしてモニターを閉じた。

 昨日の対決で俺では覇王の悲願を受け止める事は出来なかった。俺には重すぎたと実感できた。アインハルトが全力を出せる状態だったら、きっと負けていただろう。

 だから、そいつはちゃんと受け止めてくれる奴だといいんだが。

 

『マスター、メールです。二通着ました』

 

 プリムラからメールが着信したと知らせが来て考え事していた俺の前にモニターが現れる。

 

差出人………アインハルト・ストラトス

件名………Re:Re:Re:Re:覇王の悲願

本文………ガイさんは強いですよ。機会があればまた対戦をお願いしたいくらいです。私もあの時は疲労が溜まっていましたが、ガイさんも疲労が溜まっている状態です。お互いに全力勝負したらどちらが勝つか分かりません。私はガイさんが覇王の悲願を受け止めてくれる人だと思います。

 

 俺の事を買いかぶり過ぎだ。アインハルトから見れば俺なんて弱い。

 

 そして、もう一通の方を見た。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………今日の放課後

本文………ノーヴェが新しく格闘技をやってる子と知り合ったので、今日の放課後に一緒に練習することになりました。良かったら来ませんか?場所は中央区第4公民館の前にある喫茶店で待ち合わせしていますので。

 

 ヴィヴィオからだ。こっちは新しい子と練習をするのか。

 今後の予定は798航空隊では空戦実技は無く、デスクワークだけ。その後はオリヴィエのためにカラーコンタクトを買う、プリムラが卑猥な発言を少ししてきているので開発者に聞いてくる、この二つだ。

 ストライクアーツの後でもカラーコンタクトは夜遅くまでやっている店を知っているし、開発者の研究室なんて24時間の年中無休で研究しているところだ。

 なら、と俺は結論を決めて返信する文章を作成した。

 

To………アインハルト・ストラトス

件名………Re:Re:Re:Re:Re:覇王の悲願

本文………まあ、俺の事はいい。今日の相手に全力を出せるように準備しておきなよ。

 

To………高町ヴィヴィオ

件名………Re:今日の放課後

本文………んじゃ、行くかな。どんな子か気になるしね。

 

 プリムラに送信を命令してモニターを閉じる。

 しかし、どちらもノーヴェからの紹介だ。

 

「……もしかしてな」

 

 俺はとある仮説を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――喫茶店

 

「ミッド式のストライクアーツをやってます。高町ヴィヴィオです!!」

「ベルカ古流武術、アインハルト・ストラトスです」

 

 2人は握手を交わした。

 仮説は当たってしまった。ノーヴェがアインハルトに紹介した人物はヴィヴィオ。ヴィヴィオに紹介した人物はアインハルトだった。

 俺はデスクワークを終わらせた後、ここの喫茶店に行くために歩いていた。途中でヴィヴィオ、コロナ、リオに出会ったので一緒に喫茶店に行くことに。ヴィヴィオは今日会う子の事が気になっているのか、そわそわしたり時折笑みを零したりと落ち着かない。コロナとリオがそれを見るたびに笑っていた。

 そして、喫茶店に着くとかなりの大所帯だった。全員で8人。ノーヴェ以外は知らない人だ。

 ヴィヴィオ達は知っているらしいが俺は初対面なので、まずはノーヴェの席に居た2人の女性を紹介された。

 青い髪のショートヘアに緑の瞳をしている方がスバル・ナカジマさん。ノーヴェさんの姉さんらしい。髪の色が違うけど。

 そして、もう1人がオレンジ色のロングヘアーに青い瞳をしているティアナ・ランスターさん。本局執務官でスバルさんの友人。2人は機動六課のフォワード陣だったと。かなり凄い人たちだ。

 そして、向こう側に居る5人の紹介をしようと言うところで……。

 

「アインハルト・ストラトス。参りました」

 

 アインハルトがやってきたのだった。

 そして、先ほど自己紹介をして握手をした。握手をしたアインハルトは戸惑いの表情を隠せなかった。ヴィヴィオのその左眼が紅く右眼が翠の虹彩異色の瞳。オリヴィエとまさしく一緒だ。複製体であるためその瞳もその色になる。アインハルトが戸惑うのも仕方ない。

 

「あの……アインハルトさん?」

 

 アインハルトが悲しい表情をしていたからか、ヴィヴィオが心配そうな表情をアインハルトに向けてくる。

 

「……ああ、失礼しました」

「あ、いえ!!」

 

 アインハルトから握手を解いた。

 

「まあ、2人とも格闘技者同士。ごちゃごちゃ話すより手合わせした方が早いだろ。場所は押さえてあるから早速行こうぜ」

 

 ノーヴェの言葉で皆は席から立ち上がり、公民館の中に移動することになった。アインハルトは俺の事を見た。

 オリヴィエとヴィヴィオ……覇王の悲願の原因だった聖王家の人物が2日連続で会うのだ。アインハルトはどのように接したらいいのか分からない表情を浮かべていた。

 

「ま、全力ブツけてみなよ」

「……はい」

 

 そして、公民館の中へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィヴィオとアインハルトはコート内で軽くストレッチをして筋肉の緊張をほぐしていた。

 2人は動きやすい体操服に着替えてストライクアーツ専用のグローブナックルに足から膝までカバーをしている膝当てを付けている。俺を含む残りのメンツは端の方で見学だ。ノーヴェはレフリーをするため2人の間に立っていた。

 

「じゃあ、あのアインハルトさん!よろしくお願いします!!」

「……はい」

 

 アインハルトは最後にベルカ式の魔法陣を一度発動させて集中した。それを見たヴィヴィオは驚きながらも笑っていた。

 

「んじゃ、スパーリング4分1ラウンド。射撃砲と拘束はナシの格闘オンリーな」

 

 そして、ヴィヴィオはトントンっと足でリズムをつけながら構える。アインハルトは静かに構える。

 俺は2人と対決をした事があるが2人とも戦うスタイルが全く違う。例えるならヴィヴィオは動、アインハルトは静だ。それが今の構える状態から見てもわかる。

 

「レディ・ゴー!!」

 

 ノーヴェの合図と同時にヴィヴィオがアインハルトに向かって走り出す。

 そして、残り三歩でアインハルトに届く距離で

 

アインハルト「!!」

 

 一気に加速してアインハルトの懐に入る。ヴィヴィオはそのままアッパーを繰り出す。アインハルトは一瞬、驚いていたが冷静にそれを受け止める。

 そのままヴィヴィオのラッシュが入った。それもアインハルトは澄ました表情で受け止め、時には受け流す。

 ヴィヴィオの拳がアインハルトに受け止める度に地響きが鳴るような大きな音がする。それほどヴィヴィオの拳は重いのだ。

 

「ヴィ、ヴィヴィオって変身前でも結構強い?」

「練習頑張っているからね」

 

 外野は驚いていた。ヴィヴィオが10才であんなにも強いのは普通は驚く事だ。俺も初めて会った時も驚きの連続だったしな。

 そして、ラッシュをしていたヴィヴィオは地面を踏んでいる左足に力を入れて、それを軸にしてアインハルトの顔を狙うように右足で回し蹴りを放つ。

 アインハルトはそれも冷静に対処して、顔を少し下げて避ける。ヴィヴィオはそれでも諦めず、再びラッシュを再開した。2人がぶつかる度にコート内では大きな音がする。

 アインハルトは表情を困惑していた。何か考えている様子だ。そのまま静かに右腕を握り構えた。ヴィヴィオが右ストレートを放つ。それを少し体を下げて避けた。

 

ヴィヴィオ「!!」

 

 ヴィヴィオは驚いていた。その拳が簡単に避けられてしまった事を。アインハルトはそのままヴィヴィオの懐に入り……。

 

 左手でヴィヴィオの胸を左手の掌手で突き、ヴィヴィオを大きく飛ばした。大きく飛んだヴィヴィオを、薄いオレンジ色の髪のボーイッシュな容姿をしたオットーとブラウンのロングヘアーのディーチによってキャッチして飛んだ勢いを殺した。

 ヴィヴィオは驚いて右手を振り上げて静止しているアインハルトの方を見る。体が小刻みに震えていた。武者震いというやつだろう。ヴィヴィオは満面の笑みをアインハルトに向けていた。

 しかし、その当の本人、アインハルトは悲しい表情をして踵を翻した。

 

「お手合わせ、ありがとうございました」

 

 ヴィヴィオはそれを見て、慌ててオットーとディーチから離れてアインハルトを追った。

 

「あの……あのっ!!すいません、私何か失礼な事を……?」

「いいえ」

 

 アインハルトはそこはきっぱりと断った。ヴィヴィオが悪いわけではないようだ。

 

「じゃ、じゃあ、あの私……弱すぎました?」

「いえ、趣味と遊びの範囲内でしたら充分すぎるほどに」

 

 趣味と遊びの範囲内……そう言われたからかヴィヴィオは悲しい表情をする。俺はアインハルトはちょっと言いすぎかもしれないと思った。

 

「申し訳ありません。私の身勝手です」

 

 一応、アインハルトは謝罪した。ヴィヴィオはそれでも必死に食らいついた。

 

「あのっ……すいません……今のスパーが不真面目に感じたなら謝ります!!」

 

 ヴィヴィオは両手を広げて必死に話す。

 

「今度はもっと真剣にやります。だからもう一度やらせてもらいませんか?今日じゃなくてもいいです。明日でも……来週でも!!」

 

 必死になって話すヴィヴィオに罪悪感を感じたのか、アインハルトはチラッとノーヴェの方を見る。ノーヴェは頭を掻いた。

 

「あー、そんじゃまあ、来週またやっか?今度はスパーじゃなくてちゃんとした練習試合でさ」

「ああ、そりゃいいッスね」

「2人の試合楽しみだ」

 

 ノーヴェの言葉にノーヴェと同じ薄赤の髪のショートを後ろで簡単に縛ったウェンディとブラウンの長い髪を一本に縛ったディエチが賛成した。周りからも賛成の声が聞こえる。

 

「……わかりました。時間と場所はお任せします」

「ありがとうございます!!」

 

 ヴィヴィオは頭を下げた。アインハルトは後ろを向いたまま何も反応しなかった。

 

「……聖王女と覇王……か」

 

 俺はボソッと言った。オリヴィエの複製母体であるヴィヴィオ。クラウスの子孫であるアインハルト。

 時代は変わったが再び混じり合う事になった二つの名前。これからどんな物語が始まるのか俺には分からなかった。

 

「ん?ガイ。何か言ったか?」

 

 俺の吐いた言葉は近くに居た、白い髪のロングヘアーに右眼に眼帯をして、背は低いがノーヴェ達の中で一番の姉であるチンクさんが反応した。

 

「いや、なんでもないさ」

 

 俺は先ほど言った事がチンクさんに聞かれていなかったので受け流した。

 

 “聖王女”と“覇王”の重みはかなり大きいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後はストライクアーツをやる流れではなかったので解散することになった。アインハルトはそのことについて何か申し訳なさそうだった。

 今は公民館前に居る。

 

「んじゃ、あたしが送って行ってやるよ」

「いいえ」

 

 ノーヴェがアインハルトの事を送ると言ってきたがアインハルトは否定した。

 そして、俺を見上げる。

 

「ガイさんと帰ってもよろしいですか?同じマンションで隣同士ですし」

「ん?あ、ああ。別に構わないが」

 

 俺は戸惑いながらも了承した。

 

「ただ、帰りに二ヶ所、寄り道したいところがあるんだがそれでもいいか?」

「構いません」

 

 特に今後の予定はないのかアインハルトは即答で答えた。

 

「……何かお前らってほんと仲がいいよな」

 

 ノーヴェがジト目でこちらを見てくる。

 

「ま、隣同士だしな。こんなもんだろ?」

「あ、あの!!」

 

 と、反対側からヴィヴィオの声がした。振り向くとそこにはヴィヴィオが見上げて俺の事を見ていた。

 

「アインハルトさんってガイさんの隣に住んでいるんですか?」

「ああ」

 

 その言葉にヴィヴィオは複雑な気持ちになったのか表情が困惑した。

 

「そ、そうなんですか。だから仲がいいんですね」

「仲がいいというか隣同士の付き合いってモノがあるからな。仲がいいと周りから言われるのであれば近所付き合いはしっかししている感じだな」

 

 ヴィヴィオは表情が少し硬い笑みを作った。

 それを見て変だなとは思ったが今日の出来事は少しヴィヴィオに堪えているのだろう。俺はヴィヴィオの頭を撫でた。

 

「来週、アインと対戦するんだ。今度はしっかりと本気で全力を出して行けよ、ヴィヴィ」

 

 俺は笑みを浮かべながらヴィヴィオの頭に乗っけていた手で撫でる。

 

「……はい」

 

 ヴィヴィオはやはり少し悲しい笑みを作った。俺だけではちょっと物足りない感じだ。でも、ヴィヴィオは強い子だと知っている。自分で今日の出来事を乗り越えてくれるだろう。

 

「ま、何かあったらメールでもしなよ。愚痴相手ぐらいにはなってやる」

「……その愚痴の内容の相手って私ではないのですか?」

 

 俺はアインハルトの方を見る。アインハルトは少しムッとした表情だ。

 

「い、いえ。アインハルトさんに愚痴なんてありません!!」

「……」

 

 ヴィヴィオの言葉にアインハルトは何も答えずにマンションのある道へ歩きだす。ヴィヴィオに対してまだどのように対応すればいいのか分からないようだが無視は失礼だと思って、俺は意地悪してみた。

 

「俺が寄るところは反対なんだが」

「……」

 

 アインハルトはその場で止まって、そして、頭を下げて振りかえり逆の道を進み始めた。きっと間違えたからか顔が真っ赤なのだろう。それを皆に見せたくないと。

 

「お、おい、アイン、先に行き過ぎだ。それじゃ、皆またな」

 

 俺は残っているメンバーに挨拶をして、アインハルトを追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 私はガイさんとアインハルトさんの背中を見て複雑な気持ちになっていた。

 

「ヴィヴィオ、ライバル出現だね」

「そ、そうだね」

 

 コロナが隣で片目を瞑り言ってきた。確かにあれほどの実力を持っていて年が近いのだからライバルとして申し分ない。

 でも、この複雑な気持ちはそういうものじゃない。

 

「アインハルトさんはガイさんに懐いている感じだね」

「な、懐いている!?」

 

 コロナのさらに隣に居たリオの言葉に私は高い声を出してしまった。そう、この複雑な気持ちはきっとガイさんがアインハルトさんに取られてしまうのじゃないかっていう気持なのだろう。

 私はきっとガイさんの事が……。

 

「ま、確かにそんな感じはしていたな」

 

 ノーヴェも肯定してきた。ガイさんとアインハルトさんの雰囲気は他の人があまり寄せ付けないものがあった。

 

「陛下、大丈夫ですか?」

 

 いろいろな考えをしていたので難しい表情になっていたのだろう。ディードに心配されてしまった。

 

「う、ううん、大丈夫だよ。それにアインハルトさんから見れば私はレベルが低くて不真面目なんだよね」

 

 ガイさんとアインハルトさんの事はひとまず脳の隅に置いとく事にした。今は来週のアインハルトさんとの対決だ。

 

「帰ろう、皆」

 

 私は満面の笑みをして皆の方へ向いた。皆も私の事で考えてくれて嬉しかったけど、ここでくよくよしていても仕方ない。

 アインハルトさんが何を求めているのか分からないけど精一杯伝えてみよう。高町ヴィヴィオの本当の気持ちを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――店内

 

 俺はカラーコンタクト買うために商品のカラーコンタクトの色を調べていた。隣にはアインハルトがジッと俺の事を見ている。

 

「なあ、アイン。フリーはどっちの色がいいかな?翠?紅?」

「……え?あ、はあ」

 

 アインハルトは考え事をしていたのか俺の質問に答えなかった。俺はそんなアインハルトを見て手に取っていた商品を棚に戻した。

 

「ヴィヴィが気になるか?」

「……」

 

 アインハルトは無言だったが、少しして頷いた。

 

「あの虹彩異色の瞳が印象に残るか?」

「当たり前です。私の中には覇王の悲願があるのですから。あの虹彩異色の瞳は忘れる事が出来ません」

 

 確かにな、と俺は相槌を打った。

 

「対戦してみてわかりました。ヴィヴィオさんはまっすぐな技を持っていて、きっとまっすぐな心持っていて……だけどあの子は、だからあの子は私が戦うべき“王”ではない」

 

 だからか。ヴィヴィオに“趣味と遊びの範囲内”と言ったのは。

 

「アインは気持ちを伝えることに不器用だな」

 

 俺は笑ってアインハルトの事を見て、アインハルトの頭に軽く手を乗っける。アインハルトは不器用と言われたからかムッとした表情を浮かべる。

 

「オリ……フリージアと出会って、複製体であるヴィヴィオさんと出会って……」

 

 オリヴィエは外出するときはフリージアと呼んでくれと頼んである。理由は言えなかったがアインハルトは了承してくれた。俺はアインハルトの頭から手を離した。

 

「なんだか複雑な気持ちです……」

 

 不安でどうしたらいいか分からないような表情で見上げてくるアインハルト。

 

「ま、来週にもう一回ヴィヴィとブツかってみるといいよ」

「私はまたガイさんと試合をしたいのですが……」

「……またの機会にな」

 

 俺は最後の言葉に濁した返事をしてアインハルトとの話を終える。俺なんかじゃ覇王の拳を受け止めれない。昨日はそう結論付けてしまったのだから。

 俺は再び商品を手に取る。

 

「紅のカラーコンタクトでいいか。アインもこっちでいいよな?」

「ええ。紅で大丈夫かと」

 

 覇王の記憶が残っているアインハルトから大丈夫だと言われたので紅のカラーコンタクトを購入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――本局第四技術部 研究室

 

 俺はここの研究室にやってきた。時空管理局本局は次元の中にあり本局第四技術部はその中に存在するが、研究室はミッドガル都市にも置いてあるので俺はそこへ寄った。

流石に部外者は入れないので、アインハルトには外で待ってもらう事にした。俺は待合室のソファーに座ってとある人物を待っていた。

 少しして空圧開閉式のドアが開いて白衣を着た一人の女性が入ってくる。

 

「あ、ガイ君。久しぶりだね」

「お久しぶりです。マリーさん」

 

 ショートヘアの翠の髪に丸い眼鏡が特徴的で背は俺よりかは少し低いぐらいな人だ。いかにも精密機械やシステムに詳しそうな雰囲気を持っている。

 彼女の名前はマリエル・アテンザ。愛称はマリーとなっているので、マリーさんと呼んでいる。魔導師の装備のメンテナンスを主に担当している。マリーさんは俺の対面のソファーに座った。

 

「で、私に何か用なのかな?」

「はい」

 

 プリムラを作ったのもこの人だ。俺は首に掛けてあるプリムラを取り出し、テーブルに置いた。

 

「最近、プリムラが卑猥な表現をするようになったのですが、このように設定したのはあなたですか?」

「……たとえば?」

 

 ぐっ……この人は俺に言わせるつもりなのか?

 

 マリーさんの表情からは悪意的なモノは感じず、ただ純粋な質問だったと思っているのかキョトンとしている。

 

「……視姦とか……プレイとか」

 

 俺は言いたくはないがプリムラが言っている卑猥な表現を言った。言っているだけで恥ずかしい。

 

「ああ、それは私がちょっと試しに付けてみた機能よ。気にいってもらえた?」

「全然!!」

 

 マリーさんは思い出したように言った。それが犯人が誰だったのか分かった瞬間だった。

 

「元に戻してください」

「元に戻すって、それが元よ。付け加えたと言っても、ロックされていたデータを解除しただけなんだけどね。プリムラは私が一から作りだしたものじゃないから」

「……」

 

 俺はマリーさんの言葉を聞いて絶句した。

 

 あれが元のプリムラだった……だと!?なんて卑猥なデバイスなんだ。

 

「ガイ君は1人暮らしだって聞いたからね、1人でも寂しくならないようにそういう機能を見つけて付けたのよ」

「これからもっと酷くなる可能性はあるのですか?」

「酷くなるとは酷い事言うわね」

 

 マリーさんは頬を膨らませて子供みたく怒った。

 

「……まあ、でもプリムラのおかげで1人暮らしでも寂しさはあまり無かったです」

「でしょ!?プリムラにはちゃんと感謝してね」

 

 感謝はしているさ。このデバイス……プリムラが居なかったら、たぶん1人暮らしの孤独感に耐えられなかったと思う。

 

「それにしても未だにガイ君の魔力はC-なの?」

 

 マリーさんが話を変えてきた。

 

「ええ。努力はしていますが最近はC-から上がりませんね」

 

 マリーさんはテーブルに置いてあったプリムラを手に取った。

 

「この子の力はまだまだ伸びるんだけどね、ガイ君がBランクに上がったらもっとうまく扱えるわよ。デバイスはね、マスターの役に立てない事が一番嫌なの。この子も自分の力を全部使え切れていなくてマスターであるガイ君に役に立てなくてショックを受けていると思うの。デバイスにも感情はあるのよ」

「……」

 

 俺は何も言えなかった。魔力ランクの低さで愛機であるデバイスにも迷惑をかけているのだ。心の中で罪悪感が残った。

 

「とりあえずBランクを目指して頑張ってみて。そうしたらこの子が新しい力を教えてくれるから」

「……頑張りませんとね」

 

 俺は笑った。つられてマリーさんも笑った。魔力ランクの低さ。やはりここがいろいろと問題を起こしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待たせ」

「少し遅いです」

 

 研究室の外に出るとアインハルトが木にもたれて待っていてくれた。入ってから30分もしないぐらいだったが待ってる方にとっては長いはずだ。入る時に先に帰ってもいいと言ったのだが、アインハルトは首を横に振った。理由を聞いたが教えてくれなかった。

 

「少し話が長引いてな。とりあえず帰るか」

「はい」

 

 俺たちは歩きだした。

 

「ん~と、食料はまだ残っているな。帰りがけに買いに行かなくて大丈夫か」

「あ、あの……」

 

 隣にいたアインハルトは何か言いにくそうな表情で俺を見た。俺はなに?と言って言葉の催促をする。

 

「わ、私もまたご一緒してもよろしいですか?」

「ん?食事にか?」

 

 アインハルトは頷いた。多分、食事はあまり意味なく、オリヴィエと居たいから言ってきたのだろう。まあ、それでも温かい食卓が出来るなら嬉しいが。

 

「俺としては暖かい食卓が出来るから大歓迎だよ。それじゃ、とっとと帰ろうぜ。フリーも待っている」

「……はい」

 

 アインハルトは俺の言った事に対して僅かに微笑んだ……気がした。

 

「!!」

 

 アインハルトの微笑みが有ったか無かったと思っていた俺は突然、足のつま先から頭のてっぺんまで電撃が走るような感覚がして、身震いした。

 

 誰かに見られている……視線を感じる。それに……。

 

 その視線は後ろから。その視線には途方もない量の殺気も含まれており、眼球1つの動きも視られているような気がしてならない。心臓を掴まれているような感覚に近く、呼吸もまともに出来ない。こんな殺気を出している人物が後ろに居るのかはわからない。振り向けばわかる。

 しかし、なぜだろうか。振り向いてはいけない気がした。振り向いたら何かが壊れてしまう。そんな気がしてならない。

 

「あ、あの、ガイさん?」

 

 隣に居たアインハルトは俺の表情がいきなり変わったことに戸惑っていた。正直、アインハルトに構っている暇がない。

 しかし、アインハルトは何ともない表情をしている。俺にだけこの鋭い視線を向けられているのだ……殺意も。

 そして、この背筋に凍るような感覚はあまりよろしくない。いつまでも続いていたら、精神がおかしくなってしまうのではないかと錯覚に陥る。

 

「ちっ……」

 

 俺は歯切りを鳴らして、意を決して後ろを振り返った。そこには誰もいない夜道だ。

 そして、振り向いたからか心臓を掴まれているような感覚は無く、感じる視線も無くなっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 俺の顔からは途方もない量の冷や汗をかいて、肺に詰まっていた熱い空気を吐きだして深呼吸をした。

 

「だ、大丈夫ですか!?ガイさん!?」

 

 隣ではアインハルトが心配してくれている。俺はあの殺気で思考がほぼ停止していたが、少しずつ動き出した。

 

 ……聖杯戦争にかかわる人物が近くに居るのか?

 

「あ、ああ、心配かけてすまなかった。何でもない。早く帰ろう」

 

 俺は一秒でもこの場から離れたかったので早歩きで歩きだした。視線の先に居る人物が気にはなったがアインハルトが居る状況で危険なことはしたくない。

 

「あ、ま、待って下さい」

 

 アインハルトも俺に急いでついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ビルの屋上

 

 そこには1人の男性が立っていて、都市を眺めていた。

 

「ガイ・テスタロッサ……」

 

 その男性は呟いた。

 見た目は整ったセミショートの黒髪で黒い瞳の30~40の男性。上着である灰色のスーツを脱いで片腕にかけて、灰色のネクタイに白い長そでのワイシャツに袖なしの黒いセーターを着込んでいた。パッと見れば一般社会の営業マンに見えるだろう。

 しかし、その瞳は静かに、そして強い意志が存在している。

 先ほどはここから視える人物に殺気を含めた視線を送っていた。それを感じ取ったからか、戸惑いながらもその人物は振り返った。その顔を見た時に理解できたのかその男性はフッと笑った。

 

「これからか……」

 

 その男性は星が大きく二つある夜空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

 俺はアインハルトと日常風景のマンションに戻ってきた。アインハルトは一度、着替えてくるとの事で自分の部屋に戻った。俺は家で待っていたオリヴィエにただいまと言って、夕飯の準備をした。

 

 先ほどの殺気はなんだったのだろうか?本当に心臓を握られている感覚に陥った。

 

 あの時の事を思い出すと、背筋に冷たいものが走るのがわかる。

 

「ガイ」

 

 聖杯戦争は始まっているのだろうか?だが、管理者からの連絡はない。

 

 しかし、始まるとしたらあのような殺気に耐え続けなければならない。

 

 正直、怖かった。だから、あの場から逃げ出した。

 

「ガイ?」

 

 やはり、俺は非殺傷設定というこの世界のルールに縛られていたからか、殺し合いというものに恐怖を感じる。これでは聖杯戦争は生きていけないだろう。

 

 どうすればいい?

 

「ガイ!!」

「……んっ?」

 

 俺はキッチンからダイニングを見た。オリヴィエが心配そうな表情でこちらを見ていた。

 

「どうしたのですか?いくら呼んでも返事はしませんし、暗い表情をしていましたが」

「……」

 

 何故かオリヴィエを見ていると少しづつ恐怖心が消え始め安堵感が心の中を埋め始めていた。

 そして、俺は野菜を手で水洗いしていたところだったのかずっと手に水道水が流れてしまい手が冷えてしまった。

 

「ん、悪い……考え事をしていた」

「大丈夫ですか?」

 

 ああ、と俺は相槌を打った。

 

「もし困った事があったら言って下さい。相談に乗りますし、必要であれば私がガイの矛になり盾にもなります」

 

 オリヴィエは表情を凛々しくしてグッと拳を握る。

 俺はそれを見て心の中が安堵感に満たされた。

 

「……ああ、ありがとう、オリヴィエ。けど今は大丈夫だ。心配してくれてありがとう」

 

 俺は笑みを作ってお礼を言った。オリヴィエも微笑えむ。

 

「とりあえず夕飯を作るからちょっと待っててな」

「わかりました」

 

 俺は料理を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私服に着替えたアインハルトがやってきて、三人で食事をした。

 その後、オリヴィエはシャワーを浴びに風呂場へ。アインハルトは出したお茶を啜って座っていた。

 

「あの、ガイさん」

「ん?」

 

 俺は食器を洗っていた。アインハルトから名前を呼ばれたので、一度蛇口を止めた。

 

「帰り道の時にものすごい汗をかいて呼吸が荒かったですが、どうしたのですか?」

「……」

 

 なんて答えたらいいか分からなかった。オリヴィエがこの世界に居る事は教えたが聖杯戦争の事は教えていない。

 先ほどの出来事もおそらくは聖杯戦争にかかわる事なのだろう。アインハルトに教えるわけにはいかない。

 

「……何でもないさ、気にしないで」

「そう……ですか」

 

 アインハルトは俺の力になれなかったからか悲しい表情をしてしまった。

 

「そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」

 

 俺はどう声をかけた方がいいのかわからず部屋に戻るように諭す。壁にかかっている時計を見ると夜も遅い時間帯だ。

 

「はい。では失礼します」

 

 アインハルトは立ち上がって、お辞儀をして玄関から出て行った。横切る時に寂しげな表情をしていたのが分かった。

 

「……悪いことしたな」

 

 なんて説明したらいいか分からなかったので何も答えられない。これが正解かどうかは分からない。

 

「ガイ、お風呂が開きました。使ってください」

 

 脱衣所からオリヴィエが出てきた。今度はバスタオル姿ではなくちゃんと寝巻きである俺のパジャマを着ている。

 

「ああ、皿洗いしたら入るよ」

「そういえば、ガイ」

 

 キッチンに入っている俺の隣にオリヴィエは来た。

 

「あの、“かたーこんたくと”というものはどうやって使うのですか?」

「ああ、あれか」

 

 言ってきたのは先ほどアインハルトと一緒に買ってきたカラーコンタクトの事だ。

 

「あれを目に付けておけば目の色が変わる。オリヴィエの虹彩異色の目は一色に統一されるさ」

「本当ですか!?」

 

 目の色が変わることにかなり嬉しかったのか、オリヴィエは体を寄せてくる。

 

「あ、ああ。これで外出はしやすいだろ?」

「はい、ありがとうございます。これでガイの役に立てるような情報を集められます」

 

 オリヴィエは満面の笑みを見せてきた。本当にうれしそうだ。

 

「俺のためか……ありがとな、オリヴィエ」

「いえ、マスターであるガイに何も役に立てないのはショックですから」

「あっ……」

 

 そう言えば、マリーさんにも言われた。

 

『デバイスはね、マスターの役に立てない事が一番嫌なの。この子も自分の力を全部使え切れていなくてマスターであるガイ君に役に立てなくてショックを受けていると思うの』

 

 ああ、そうだ。聖杯戦争が始まったら俺はデバイスやサーヴァントに助けられるのだ。

 

 しかし、俺の魔力の低さから、プリムラは本来の力が、オリヴィエは姿を消せずに相手にばれる可能性があり、迂闊に行動が出来ない状態。

 

 俺がしっかりしないといけないのではないか?聖杯戦争というものに足を突っ込んでいるのだから、それなりの覚悟がないといけない。さっきのような殺気に気後れしていては、俺をマスターとしてくれているプリムラやオリヴィエに申し訳ない。

 

 それに、俺の夢である『魔法で誰もが不幸にならない世界』を目指している。危険な事もある。だから、聖杯戦争も危険ではあるが俺は歩みを止めてはならない。

 

「……本当にありがとう、オリヴィエ」

「……はい、何か考えが纏まったようでなによりです」

 

 俺が笑みを作ると、そこから何を読み取ったのかオリヴィエは微笑んだ。

 

「皿洗い終わったら、お茶出すからちょっと待っててな」

「はい」

 

 オリヴィエはキッチンから出ていき俺は蛇口を捻り水を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が風呂から出ると、オリヴィエはソファーで眠っていた。俺は別にソファーでも良かったのだが、オリヴィエは今日は俺がベッドで寝てくれとのこと。

 オリヴィエは毛布を一枚掛けて静かに寝息をたてて眠っていた。

 

『マスター、メールです』

 

 プリムラはそう言って、俺の前にモニターを映し出した。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………明日の祝日

本文………こんばんは、ガイさん。私は来週のアインハルトさんとの対決に向けて、帰ってからは練習ばっかりでした。一生懸命練習してアインハルトさんとの対決に全力を注ぎたいと思います。で、明日は祝日ですが、無限書庫に行きますか?私は予定は空いているので大丈夫です。

 

 やはりヴィヴィオは強い子だった。すぐに立ち直って来週の勝負に力を入れ始めている。

 

「ん?そういや明日は祝日だったな」

 

 俺は壁に掛けてあるカレンダーを見る。確かに明日の日の数字は赤かった。何の祝日だったかは忘れたが。俺は返信の文章を作成した。

 

To………高町ヴィヴィオ

件名………Re:明日の祝日

本文………ああ、明日行こう。午後になったら、なのはさんの家に行くよ。

 

 プリムラに送信の命令をしてモニターを閉じる。すぐに返事が返ってきた。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:明日の祝日

本文………はい!!楽しみにしています!!ただ、この前みたいに寝坊はしないで下さいね♪

 

 文章から読み取ると、ヴィヴィオは俺が寝坊した事がちょっと心配の様子だ。俺は読んでいると笑ってしまった。

 そして、モニターを閉じてお茶を入れてテーブルに持って行き座った。

 

「なあ、プリムラ」

『なんでしょうか?』

 

 テーブルの上に合った十字架のデバイスが核を点滅させて応えてくれた。

 

「俺の魔力ランクの低さにがっかりしていないか?」

『そんなことはありません』

 

 俺の言っている事に即答で答えた。

 

『マスターは一生懸命努力をしているのが見ていて分かります。ですから私もそれに応えられるように全力を注ぎます。私を作って下さったマリーさんにはBランクになれば新しい力を使えるようになりますが、私が自己調整をしてC-でも使えるように努力をします』

「……無理はするなよ」

『その私を労わる言葉が演算能力を促進させます』

 

 デバイスにも感情はある、とマリーさんは言っていた。確かにそうだ。プリムラは機械的な反応はせず、本物の人と話をしているような感覚になる。

 

「ありがとな、プリムラ」

『マスターの役に立つためには何でもします』

 

 オリヴィエの気持ち、プリムラの気持ち。いろんな奴から支えられていると改めて知った。そのことに感謝しつつ俺はお茶を飲んで立ち上がりベッドへ移動した。明日は無限書庫に行って、調べる物を探す。

 ベッドで横になると、久々の柔らかいベッドだったからか直ぐに眠気が襲ってきた。

 

『おやすみなさい、マスター』

「……ああ、おやすみ」

 

 プリムラがおやすみの言葉をかけてくれる。それだけで温かい気持ちになって意識を手放した。




ん~、なんかアインハルトの話になったような感じだw

まだ、vividの内容だと一巻の後半部分ですね。

オリヴィエが外出解禁になったのでこれからはオリヴィエと交わる人が増えてくるかな。

何か一言感想をくれるとモチベに影響する………かもですw

今後もこの話を読んでくれれば幸いです。

では、また(・ω・)/


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六話“理想郷と理論の交差”

すいません、今回はちょっと短いです。

一気に進めても良いのですが、ここは一回切ったほうが良いかと思いまして。

聖杯戦争も少しずつ進めませんとね。

では、6話目入ります。


 ―――柳洞寺 山門

 

「秘剣……」

 

アサシンは空中で私と剣を交えた後、階段の上段に着地して後ろ向きから下げていた刀を静かに、そして流れるようにして刃を上にして顔の横まで上げて私を視て構える。

私はその流れを魅入るように視てしまったため追撃の機会が無くなった。

アサシンはこの日本の昔の侍。初めて会った時は敵である私にサーヴァントのクラスと真名を堂々と名乗り上げてきた。真名は佐々木小次郎。

しかし、物語世界において実在しない架空の人物であり彼を演じるのに最も適した無名の剣士の亡霊が佐々木小次郎という架空の英霊の殻を破った存在にすぎない。蒼く長い髪をポニーテイルで縛り蒼い瞳、蒼い服というべき袴。蒼が特徴的な侍である。

さらにあの異様なほどに長い刀。あまりに長尺な武器は小回りが利かず攻守ともに致命的な支障をきたすもの。懐に飛び込みさえすれば一気に突き崩せるのだがその一歩が踏み出せない。アサシンとはこれで二度目の対決だがあの長刀をここまで使いこなすのは流石と言える。その長刀が今狙っているのは階段の下段に居る私の首だ。

私は風王結界を外してあるエクスカリバーに魔力をこめる。エクスカリバーがそれに応じて眩い金色の光を刀身から光らせた。

 

「だああぁぁ!!」

 

私はアサシンに向かって、大きな一歩を踏み出した。

 

「燕返しぃぃ!!」

 

アサシンも私の首を取るために大きな一歩を踏み出す。互いの一歩が互いの射程圏内に入る。アサシンは一瞬にして三つの太刀筋を放った。

私の頭上から股下までを断つ太刀筋。

対象の逃げ道を防ぐ円の軌跡の太刀筋。

左右への離脱を阻む払いの太刀筋。

その全てが私に向かって放たれる。防御も回避も不可能だと瞬時に判断できた。ならば私はその太刀筋と太刀筋の間からその太刀筋を放ったアサシンに向かってエクスカリバーを振り上げる。

私達は互いの剣を振り斬った。お互いの剣の衝撃が凄まじく空気が一瞬だが激しく振動した。

そして静寂に包まれる。私のエクスカリバーがアサシンの胴体に一太刀入った触感を感じ取っていた。それによって三つの太刀筋は消えて私が斬られることはなくなったのだ。

その結果はすぐに現れた。アサシンの体に入れた太刀筋から血吹雪が舞った。致命的な傷だというのにアサシンはそれを特に気にすることなく静かに構えを解いた。私も構えを解いてアサシンを見る。

 

「ゆけっ……」

 

アサシンは小さく呟くように言った。

このアサシンはキャスターのルール違反によってこの山門を拠り所にされてしまったサーヴァントだ。既に死んでいるキャスターがマスターとなってサーヴァントを召喚することは、“生者のみが死者は甦らせられる”という原則に違反するため、強引に土地を依り代にして“マスターが存在しない”状態で召喚したのだ。

私はアサシンの横を進み、そして足に力を入れて一気に山門を潜った。アサシンは魔力が尽きて実態を維持できなくなって消えるのだろう。私はそれでもあのような戦士と最後まで戦えたことに誇りを持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――柳洞寺

 

私が柳洞寺に到着した時にはギルガメッシュがシロウに向かって、後ろの次元から複数の武器を飛ばしたところだ。

 

「離れていてください、シロウ!!」

 

私はシロウの前まで加速してエクスカリバーで放たれていた複数の武器を一閃した。

魔力同士がぶつかったので大きな土煙が舞い上がる。私はそのまま土煙の中へ入りギルガメッシュに向かってエクスカリバーで横振りした。ギルガメッシュはそれを避けて複数の剣や槍の矛先が次元から現れている場所へと後退する。

 

「後は私が!!」

 

私はギルガメッシュの方を見てエクスカリバーを構える。

金色の髪に真紅の瞳。灰色のズボンに第二ボタンまで開けたYシャツ。その上にズボンと同じがらの上着を羽織っている。服装だけを見れば一般人に見えるがその中身は古代の英雄王ギルガメッシュでありサーヴァントだ。

柳洞寺の敷地内はかなり荒れていた。コンクリートは粉々に割れ、至る所に武器が散乱している。中には折れている武器もあった。シロウもギルガメッシュも互いの武器をぶつけ合っていたのだろう。

 

「いや、俺一人で十分だ。セイバー」

「シロウ!!」

 

私はギルガメッシュに警戒をしつつ、後ろに居たシロウに注意を向ける。

 

「それよりも聖杯を止めている凛の事を頼む!!」

 

私はシロウの方をチラリと見た。薄い赤のかかった短髪に薄い黄色い目。ジーパンと半袖のシャツを着ているが、所々に刀で切り裂かれていた。左手で右の腕を掴んでかなりボロボロ状態だったが、それでもその目は諦めていない。

正直、シロウの事は不安ではあったが聖杯を止めている凛も心配だ。私は葛藤の中、決断した。

 

「ご武運を」

 

私はシロウに向き一礼してその場を去った。今はマスターである凛をサポートするために。

正直、私でもギルガメッシュに勝てる算段は立っていない。それほど強力な相手だ。だが、シロウにはあの固有結界が……アーチャーと同じ固有結界が使える。それはギルガメッシュと渡り合えることのできる術。なら私はシロウを信用して、私は凛のサポートに回ることにした。

 

柳洞寺の裏手に回るとそこは異様な光景だった。異様な形をした巨大な肉塊みたいのが柳洞寺の池を埋め尽くしていた。

 

これが聖杯というのだろうか?私はこれを求めるために聖杯戦争に参加した?

 

私はこれのために世界と契約してここまで来たというわけだ。これが何でも望みを叶える聖杯とは思えなかった。心の中に絶望の波が押し寄せてくる。私はそれを必死に否定してこの肉塊を凝視する。

肉塊は脈を打っているのかドクンドクンと動いている。その肉塊の中に見知った顔が誰かを担いで歩いていた。

 

「凛!!」

 

今はマスターの凛だ。黒い髪を黒いリボンでツインテールに縛り翠の瞳。黒いニーソックスに黒く短いミニスカート。胸元に十字の紋章が付いている赤い服を着ている。

私は凛へと駆け寄ろうとした。

 

「駄目よ!!その泥に触れちゃいけない!!」

 

凛は必死になって私の行動を止めようとした。私はその言葉を聞いて黒い泥に入ることをやめた。

 

「ですが……」

「こいつはもうすぐ弾けるわ。その前に宝具でぶった切っちゃって!!」

 

宝具を使ってこの不気味な肉塊を破壊する。凛が言ったのだ。それに従おう。凛を担いでいる人物はたぶんシロウの親友、信二だろう。聖杯の触媒にされてしまったのか今は意識が無い。

 

「では、早く外へ!!池に出てしまえば後は私が!!」

 

私はエクスカリバーを構えた。凛はそれを見て移動して見えなくなる。しかし、少ししても凛は出てこない。肉塊の塊に道を遮られているようだ。

 

玉砕覚悟でこの泥に入って凛を助けるべきではないだろうか?

 

そう考えていた矢先のこと、頭上から幾度の武器があの肉塊に目掛けて飛んで行き肉に突き刺さっていく。

 

「あれは……」

 

あのように武器を飛ばしている人物は2人しか知らない。1人は先ほど居た人物、ギルガメッシュ。もう1人は元々凛のサーヴァントだった……。

 

「アーチャー……いえ、英霊エミヤ」

 

そう、アーチャーだ。アーチャーがこの複数の武器を飛ばしている。彼はシロウの理想を追い求めて英雄となった人物。

アインツベルンの城でシロウと死闘を繰り広げていたがその戦いの決着後にギルガメッシュが横槍を入れて消えてしまったと思っていた。だが、まだ生存していたようだ。

私はニヤリと笑ったのが自分でも分かった。アーチャーも凛の事が心配していたのだろう。凛が肉塊から現れた。アーチャーの武器が凛の脱出路の道を作ったのだ。

 

「セイバー!!お願い!!」

 

稟はそう言いながら肉塊の外へ出て、池へと落ちる。私はエクスカリバーに全魔力を注ぎ込んだ。凛の魔力なら問題なく打てるが今はシロウにも分け与えている状態。シロウは固有結界を発動しているのが凛を通して分かる。

だから、私がこれを放ったら魔力が無くなってきっとサーヴァントの肉体が維持できなくなるだろう。

 

でも、構わない。

 

私はエクスカリバーが金色に輝いたのを確認した。放つ準備は万端だ。凛はすぐに池から出て芝生に転がり込んだ。

 

「“エクス……」

 

肉塊には未だに武器の雨が降り注いでいる。アーチャーが動かない様に攻撃しているのだろう。私は大上段構えでエクスカリバーを構えた。

 

「カリバー!!」

 

そして、それを縦振りで放った。“勝利された約束の剣(エクスカリバー)” 私の切り札。広域を両断する光を放つ。見た目はビーム砲に近いが、攻撃属性は斬撃に近い。それが肉塊の中心に向かって放たれた。大きな音と衝撃があたり一面に駆け巡る。蒼い光と黒い光。それら入り混じる。

そして、黒い孔が現れたが瞬く間に蒼い光に包まれて消えた。あれが聖杯の正体だろう。

私の体には魔力が残されていなかった。“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”は膨大な魔力を消費した。サーヴァントとしての肉体を維持できるだけの魔力はない。凛の魔力を使って生存は出来るが、それでは今闘っているシロウに十分な魔力が届かない。

 

今、私が居る必要はない。後はシロウと凛に任せよう。

 

私の髪を縛っていたシニヨンのようにしていた紐が解けて髪がはらけた。

 

「セイバー!!」

 

私を呼ぶ声が聞こえる。私は微笑みながら凛を見た。今にも泣きそうな瞳で私の事を見上げてくる。私は凛を見つめながら静かに笑った。凛の泣きそうな表情、それがこの世界で見た最後の光景。

そして、視界は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上下左右の感覚もあいまいな浮遊感がくる。このまま再びあの丘に戻るのだろう。カムランの丘の麓に。

私はサーヴァントとしての契約から解放された後、“英霊の座”ではなくこのカムランの丘へと連れ戻される。まだ、この場所で果てるという運命を全うする直前にあるからだ。

私は現世での死を得て正規に英霊となった上で召喚されたサーヴァントではなく死ぬ直前に“世界”と契約し、死後の魂を守護者として差し出す代わりに聖杯を手にする手段を取り付けた。

契約は聖杯の取得をもって執行される。なので、私は聖杯を手にしない限り何度だろうと朽ち果てるはずのカムランの丘の麓に呼び戻されるだろう。我が子の心臓を貫いたままで。次なる戦いに呼び招かれるまでの永遠にして刹那の時間、安息という名の攻め苦のなかで。

しかし、今回の聖杯戦争で聖杯がどんなものか知ってしまった。あれは願いを叶える為の願望機ではない。前回の聖杯戦争では切嗣が強制的に二回連続で令呪の命令を私にさせて“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”で聖杯を破壊した。必死に令呪の命令に抵抗しようとしたが無理だった。

あの時、切嗣が聖杯を破壊しようなど考えていたのか分からなかったが今なら解かる。あれは存在してはならないもの。この世にあってはならないものだったのだ。

 

『果たしてそうかな?』

「……え?」

 

暗闇の中から渋くて低い声が聞こえた。それは一瞬あの神父の言峰のような声だと思ったが違う。こちらはもっと意味深い低い声をしてる。その言葉を聞いたからから暗闇が晴れて、薄暗い四角い部屋に出てきた。

 

「こ、ここは?」

 

私は戸惑っていた。本来は聖杯を手にすることが出来ずカムランの丘の麓に戻るはずだった。次なる戦いに向けての。

しかし、ここは四角い部屋だと視覚で分かる。カムランの丘の麓ではない。

 

『なに、そう戸惑う事ではないだろう』

「!!」

 

戸惑っていた私の目の前に何か四角い液晶のようなモニターが現れた。あれはテレビというモノの画面に似ている。だが私には何が起きているか分からない。

 

『まあ、私の事は“管理者”とでも言ってくれ』

 

正直この人物の名前などどうでもいい事だが今は少しでも情報が欲しい。

 

「ここはどこですか?管理者」

『今は君では理解しうる場所だ。順に説明していこうか』

 

私が来た事の無い場所?英霊の座か?ですが、まだ“世界”との契約は成立していない。

 

私はその言葉で考え込んでしまう。

 

『君は聖杯を欲しくはないのかね?』

「聖杯……だと?」

 

考えていた私に管理者は聖杯の話を持ちかけてきた。

しかし、先ほど聖杯戦争をしてきたばかりではないか。あの後はどうなっていたかはわからないがギルガメッシュを倒してシロウと凛ならきっと良い道へと進んでくれるはずだ。

 

『あの正体は“この世の悪のすべて(アンリマユ)”だ。冬木の聖杯は聖堂教会に観測された第七百二十六個目の聖杯候補だ。“願望機”としての役割も確かに持っており儀式の完成によってもたらされる膨大な魔力を用いれば大抵の願いは叶えることが可能だ。しかし、第三次聖杯戦争においてルールを破って召喚されたあるサーヴァントが原因で聖杯が溜め込む“無色の力”は汚染されて“人を殺す”という方向性を持った呪いの魔力の渦と化すようになり、それ以降、冬木の聖杯は人を貶める形でしか願いを叶えられない欠陥品になってしまっている』

セイバー「……」

 

私は愕然としたが納得もした。先ほど聖杯は良いモノでは無いと考えていた。管理者の説明を聞くと悪い方向へ持っていく聖杯だったのだ。今まで求めてきた聖杯が実は人を貶める物でしかないものであると。

そのサーヴァントによって破壊されてしまった聖杯のために切嗣がマスターだった第四次聖杯戦争、シロウがマスターだった第五次聖杯戦争、管理者の言っている事があっているとしたらこの二つに参戦していた私はこれを求めて戦っていた事になる。

私が償う罪と終わらない罰を終わらせるために参戦していた聖杯戦争は無意味だった。

 

いや、シロウたちと出会ったのは無意味ではなかったが、本来の目的である理想には届かない。

 

 複雑な思いが私の心中を駆け巡る。

 

『確かに冬木の聖杯は欠陥品だ。だが、それ以外の聖杯が存在して“無色の力”のままでがあるとしたら?』

「え?」

 

このモニターに出ている管理者が他にも聖杯があると言ってきた。モニター越しも暗くて人物が特定できないが渋く低い声は印象に残る。管理者の言葉を信用しているわけでは無いが私はモニターに釘付けだった。あれ以外の聖杯が存在すると。

 

『ここの世界、この星のミッドチルダに存在する。すでに2人のマスターが登録された』

 

……ここの世界?

 

私は管理者が言った言葉に疑問が残った。

 

「ここの世界……とは?」

『ああ、ここの世界は地球というものは存在しない。いわば別世界と言える』

「別……世界?」

 

私は話がついていけなかった。

 

ここの世界がシロウたちが居た世界とは違うと言うのか?同じ世界での時間軸の超越ならサーヴァントによって二回行われたからわかる。ですが、世界そのものが違うと?私が契約した世界とは違うと?

 

『やはり理解に苦しんでいるようだな』

 

そんな様子をモニター越しから笑っているのか管理者の体が少し揺れているのがわかる。

 

「ええ。私の理解を明らかに超える出来事です」

 

笑われている事に屈辱を覚えたがこの状況下では少しでも情報が欲しい。この状況下を知っているのはこのモニターに映っている管理者だ。逆上されて話を止められたら困る。

 

『例えるとすると地球という地図があるとする。その地図があればその地図内で迷う事無く目的地へ行けるだろう。だが、ここは地図の外側に位置する。地球という地図では歩けない。歩いてみても全く違う所へ出てしまう。ここの世界ではここので地図が必要なのだ』

「つまりは私が居た“世界”の範囲外の世界だと?」

『まあ、君の主観的から見るとそのようになるだろう』

 

少し理解できた。ここの世界は地球が存在する世界とは違うのだ。私は外側の世界に出てきてしまったようだ。

 

「何故私はここに出て来たのですか?」

 

少し疑問が解けたが新たな疑問も浮上する。私がここに出てきた理由だ。

 

『“ワームホール理論”というのを知っているか?そこから少し繋がっている』

「ワームホール理論?」

 

私は首を傾げる。聞いたこともない単語が出てきた。それと私がここに居る理由とどう関係しているのだろう。

 

『ワームホール理論。二つの穴があり、それはトンネルで繋がっている。そのトンネルは通過時間ゼロで通り抜けられる。二つの穴がどれだけ離れていてもな。しかし、ワームホールのトンネルは超重力が掛っており開通すると同時に潰れる。なので、かかる重力を無効化するためには工夫が必要だ。それがこの“エクゾチック物質”だ』

 

管理者は手のひらに物体を乗っけて見せてくる。薄暗くても蒼く光っており宝石のような形をしているのがわかる。

 

『これはマイナスの重さを持つ質量で重力に反発する。エクゾチック物質を注入してワームホールを安定させれば瞬間移動は可能でもある』

 

小難しいこと言っているが用はそれがあるからトンネルが安定してその“ワームホール”を通ることが出来ると管理者は言っている。

 

 マイナスの重さ?それを地上に置いたら浮くのでしょうか……想像出来ませんね。たぶん違うと思いますけど。

 

 実際に管理者の手のひらに置いてあるエクゾチック物質は宙には浮いていない。

 

『この世界と地球のあった世界にも繋がっている“ワームホール”が存在する。時空管理局の船はまた別のやり方で移動しているがそこは省略する。理論で行くと開通していてもトンネルが塞がったままだ。ここを通るためにはこの“エクゾチック物質”が必要となる。そして、私はワームホール空間にこれを繋げたことによって世界と世界は繋がった。そして、私は見た。“英霊の座”をな』

「なっ!!」

 

英霊の座を生身の人間が見たというのか。あそこは肉体を持っていては行くことのできない神秘の場所だ。この人物はここを見たという。

 

『まあ、偶然ではあるがな。繋がった場所が“英霊の座”だったというのは。そこで面白い人物が居た。それが君だ』

 

その人物はモニター越しの暗闇の中、腕を私に向けているのがわかった。

 

『君はセイバーのクラスで存在していたかのように見えた。しかし、それはただの抜け殻でこれから入る予定の中身が聖杯戦争に参戦している。確かに聖杯戦争中はそうなるだろう。だが、聖杯戦争が終わって“英霊の座”に戻るかと思えばあの丘へと戻ったではないか』

「……」

 

管理者はどこまで私の事を知っているのだろうか。私が参戦していた戦いを見ていたと。そして、第四次聖杯戦争で敗北した私があのカムランの丘の麓で我が子の心臓を貫いたまま次なる戦いに呼び招かれるまで、その時間軸の中で停止していたことも知っているというのか。

 

『君はサーヴァントとして召喚されていたはずなのにまだ死んでいないではないか』

「ええ、私は聖杯を手にして死ぬという契約を“世界”としている。聖杯を手にした暁に契約が執行される。私は聖杯を手に入れるまで何度も同じ時間軸で止まっているあの丘へと戻る」

 

私は世界との契約の内容をその人物に伝えた。相手からいろいろと情報を得ているのだ私も何か情報を渡さなければ感じが悪い。

 

『ああ、そうさ。君の契約は確かに面白い。だから、今度は……』

「!!」

 

突然、私の目の前に赤い円の紋章が現れた。

 

「これは……サーヴァントの召喚の紋章!!」

 

私もあの紋章から現れたことがあるから分かる。これはサーヴァントの召喚儀式の紋章。

 

ここにサーヴァントが現れる?そのサーヴァントと私を戦わせようと言うのか?

 

『案ずるな。君は今回の聖杯戦争では……』

「っぐ!!」

 

私の右手の甲が痛みを訴えて光りだしたので右手の甲を見る。それは瞬く間に刻まれた。令呪だ。その三画はサーヴァントを使役するための絶対の命令権。それが無いとサーヴァントを使役することが無理に近い。

 

それが何故私の体に刻まれた?

 

『君は今回の聖杯戦争ではマスターだ』

「な、なに?」

 

衝撃の事実だった。過去二回、サーヴァントとして戦った私が今度はそれを使役するマスターになるのだ。私は驚きを隠せず表情に出てしまった。それを見たからか管理者は少し愉快そうに話を続ける。

 

『別に不思議なことではなかろう?“生者のみが死者は甦らせられる”という原則に反してはいない』

 

確かにそうだ。死者が死者を蘇られたことによってルール違反をしたキャスターに召喚されたアサシンは拠り所をであるあの山門でしか存在出来ず、存分に戦えなかったのだから。

 

『ここに飛んでくる前、君の体に魔術回路を組み込ませてもらった。マスターから魔力を供給されていた体であったし組み込む事は容易かった。ただし、その体はやはり魔力で維持されている。魔力が尽きたら再びあの丘へと戻ることになる』

「まて、それでは“世界”との約束が違う!!私は死ぬ直前に“世界”と契約して死後の魂を守護者として差し出す代わりに奇跡を生み出す聖杯を手にする手段を取り付けた!!」

 

これでは“世界”との契約が違ってくる。死後の魂を守護者として差し出すのはサーヴァントとして使役されることを意味する。それはいまだ生きながらえている私が過去二度、サーヴァントとして参戦した裏付けにもなる。

だが、マスターとなってしまうとこの因果律は破綻してしまう。

 

『別に間違っていない。死後の魂を守護者として差し出すのはあくまで死んでからだ』

「で、ですが……」

 

管理者の言っていることに私は戸惑う。

 

『それに“世界”はこの世界には存在しない』

「あっ……」

 

管理者のその言葉に私は鈍器で頭を叩かれたような感覚に襲われた。ここは別世界。私と契約した“世界”は存在しない。存在するのはここの世界。その契約自体が存在していないのだ。

 

『ワームホールを繋げることによって君をこちらに招き入れることも出来た』

 

なので、この世界では“世界”との契約は成立しない。契約の存在自体が無いのだから。

しかし、負けて魔力が尽きて消えれば再び英霊の座に戻る。そして、私のことを見失っていた“世界”が私を見つけ再びカムランの丘の麓と聖杯戦争のループに飛ばされるのだろう。

世界と世界は干渉しあえない存在だからここの世界に“世界”は干渉できない。

管理者と討論をしているうちに召喚の紋章から1人の男性が召喚された。見た目はかなり身長が高い。

 

『君は三人目のマスターだ。七人のマスターが揃った時、今回の聖杯戦争は開始される』

「ま、まて、私が聖杯戦争に参加するなど一言も……」

『君は聖杯の奇跡が欲しいのではないか?』

「……」

 

私が今まで求めてきた理想。だが、その理想のために従者や盟友、第四次聖杯戦争で円卓の騎士の一人、“湖の騎士”サー・ランスロットにも怨まれたこともわかった。

 

それだからか、自分は王にふさわしい器ではなかったと感じ新たに王の選定をやり直すために聖杯を……それを叶えるために聖杯という奇跡の代物を追い求めてきた。

 

私が聖杯戦争に参加しない理由はないのは当たり前だ。しかし……。

 

「こんな事をして貴方に何のメリットがあるのですか?」

 

目の前に映し出されたモニターの人物の真意が分からなかった。切嗣みたいに言葉をまったく交わさないわけではないので、少しは話せる人物だと思うが。

 

『……すべては運命だよ。セイバー』

 

その人物の渋くて低い声が一瞬戸惑ったかのように思えた。

しかし、それは次の言葉では再び渋くて低い声で戸惑いもない口調だった。

 

『では、君は三人目のマスターだ。そして、そのサーヴァントのクラスは?』

「……ランサー。真名は“ゼスト・グランガイツ”」

 

戸惑っていた私の代わりに召喚されたサーヴァントが管理者に答えた。




セイバーはUBWルートから参戦しました。

そのほうが、士郎とフラグを立てずにガイとの………はやりませんけどねw

そのほうが、今後の話が面白くなるんじゃないかなと。

佐々木小次郎との対決は最後だけ書きたかっただけですw

一応“生者のみが死者は甦らせられる”という理論を出しておきたかった訳でもありますが。

セイバーがマスターです。

セイバーがマスターです。

大事なことなので二度言いましたw

しかし、簡単に魔術回路を組み込む管理者っていったい何者だw?

感想が一言ありますとやる気につながる………かもしれないですw

今後もこの小説を読んでくれれば幸いです。

では、また(・ω・)/


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七話“複製母体と複製体の交差”

去年の春で社会人になってしまった………orz

時間がなかなか取れなくなってきたから、週に一回のペースで更新できるか出来ないかですかね。

楽しみしている方(いないと思うがw)、更新が遅くなってしまって申し訳ありません。

このぐらいのペースになります。

では、七話目入ります。


 ―――マンション

 

「んっ……」

 

俺はいつもの起きる時間に脳が覚醒し始めた。最近は日が昇るこの時間帯に起きるのが習慣づくようになった。休日は遅くまで寝ていてヴィヴィオに怒られてしまったけど。

今日は祝日だが同居人がいるので朝食を作るためにここ数日はこの時間に脳が覚醒する。久々にベッドに寝たからか横向きで眠っていた体にダルさが無いのがわかる。俺は目を開けた。

 

「すーすー」

 

俺は目を閉じた。目の前にあり得ない光景が広がってたからだ。俺は確かめる為にもう一度目を開けた。

 

「すーすー」

 

二度見ても光景が変わることがなく俺の表情は引きつっていた。俺が寝ているベッドにオリヴィエが俺の方に寝顔を向けて規則正しい寝息をたてて寝ていた。シングルベッドに俺とオリヴィエが1枚の毛布で寝ている状態だ。密着状態に近い。昨日のオリヴィエは俺にベッドを譲ってソファーで眠っていたはずだ。

 

なんで俺の寝ているベッドで寝ているんだ?

 

疑問は残るがそれよりも今のオリヴィエの姿がマズい。俺の渡した縦ラインの青縞のパジャマを着ているのだが、第2ボタンまで外しているため胸元が肌蹴て白いブラがチラリと見えている状態だ。俺はダメだと思いつつもオリヴィエの胸元の白い生地に目がいってしまう。

 

『また視姦ですか?』

「……」

 

プリムラからまた痛い言葉をまた貰ってしまった。俺はオリヴィエの胸元から視線をズラして起き上がり毛布から出て、なるべくオリヴィエを見ない様に毛布をかけ直した。

 

「なあプリムラ。なんでオリヴィエはベッドで寝てんだ?」

『夜中にベッドに移ったのを確認しました』

「ほう」

 

プリムラの話だとオリヴィエは夜中にこっちへ移ってきたらしい。理由は分からないか。

 

「……起きたらオリヴィエに聞くか」

 

俺はオリヴィエの綺麗な寝顔を見てベッドから降りた。オリヴィエはやはり美人だということを朝から再確認された……羞恥心の足りなさも再確認された。そのおかげで完全に目が覚めた。あまり良い起きかたではないが。

 

「……朝飯作るか」

 

俺はオリヴィエの白い生地の光景を何とか頭から切り離してキッチンへと移動した。

 

『マスター、メールが届きました』

 

キッチンに入って冷蔵庫を開けようとした俺の前にモニターが現れた。

 

差出人………アインハルト・ストラトス

件名………朝食

本文………ガイさん、おはようございます。あの、もし良かったらですが今日の朝食は私の手料理でよろしければ食べに来ませんか?一昨日から食事のお世話になりましたのでそのお礼をしたいのです。

 

アインハルトからのメールだ。食事のお誘いだった。

 

「……ああ、なるほどね」

 

 俺はメールの文面を見て、どうしてお誘いの話が来たのか予測して納得した。

昨日は帰り道に壮大な量の殺意が背中越しから感じて冷や汗をかいた。その時に隣にいたアインハルトはマンションに帰ってから事情を聞いてきたが聖杯戦争の事なので話すことが出来なかった。

それが原因なのか仲間外れにされたと思っているのか帰り際に見えた寂しげな表情が忘れられない。このお誘いはアインハルトに何回か食事を作ったお礼と昨日の事について聞く機会を設けたいのかもしれない。

 いや、もしかしたら昨日の事は何でもなく、ただオリヴィエに会って話をしたいだけかも知れない。

 

「ま、仕方ないか」

 

アインハルトの好意も無碍に出来ないので俺は部屋を出て隣人のドアの横に付いているインターホンを押した。少ししてはーい、という声と共にアインハルトが出てきた。

 

「あ、ガ、ガイさん」

「おはよう。メール返すより口頭で返す方が早いと思ってな。ご馳走になるよ。アインの手料理楽しみにしてる」

 

俺は笑顔で答えた。いきなり俺が来たからかアインハルトは戸惑っていた。

 

「え、あ、あの……」

「んじゃ、少ししたらフリーと行くわ」

 

俺は伝えるだけ伝えて部屋に戻った。

 

「あ、ガイ。おはようございます」

「あっ……」

 

部屋に戻ると、ベッドにいた胸元を肌蹴たままのオリヴィエが起きたところだ。俺は入った瞬間、180°転回して視界からオリヴィエの姿を消した。

 

「とりあえず羞恥心を養え」

「ガイは純情ですね~」

 

そう言って、後ろから来ていたパジャマの肌蹴る音がした。おそらく脱いでいるのだろう。俺はパジャマを脱いでいるオリヴィエの想像を必死にかき消して、まだ少し早くなっている心臓を何とか抑えて質問を投げかけた。

 

「な、なあ、オリヴィエ。何でベッドで寝ていたんだ?」

「……さあ?」

 

少しの間があったが戸惑いのない普通の声が返ってきたのでオリヴィエ自身も分かっていないらしい。

 

『寝ぼけていたのでは?』

「寝ぼけてソファーからベッドに来るか?」

 

首に掛けてあるプリムラが言ってきたがそれに疑問で返す。するとプリムラは続けてこういった。

 

『音声を聞いたものだと“ベッド~”とか言って、マスターの寝ているベッドに入っていましたが』

「……そこまでしてベッドで寝たかったんだな、オリヴィエ」

「……え?」

 

オリヴィエはベッドで寝たかったらしい。それが寝ぼけて行動に移ってしまったと。俺の納得の言った声を聞いたオリヴィエは少し戸惑い気味な間の抜けたの声を発していた。

 

「悪かったな、オリヴィエ。今度から好きなだけベッドで寝ていいから」

 

俺がベッドで寝るたびに寝ぼけてベッドに入られてしまっては困る。オリヴィエの羞恥心の無さに寝不足になりそうだ。これからはオリヴィエにベッドを譲った方がいい。

 

「ガ、ガイ!!何か勘違いをしています!!」

 

しかし、オリヴィエは否定した。俺を呼ぶ声と共に後ろから足音が聞こえどんどん大きくなってきた。

そして、オリヴィエが俺の背中部分の服を両手で思いっきり掴んで抗議した。

 

「ち、違うのか?」

 

俺は背中からのオリヴィエの気迫に少し戸惑いながら聞いた。たぶん今のオリヴィエの姿は先ほどパジャマを脱いだから下着姿のままなのだろう。俺は振り向く勇気が無い。

 

「私はベッドで寝たいなどと思っておりません!!ソファーが“硬い”などと思っていません!!」

「……」

 

オリヴィエの発言の中に本音を混ざっていたのが分かった。おそらくオリヴィエ自身は無意識に本音を言ってしまったのだろう。

それなので俺はちょっと嘘を言ってカマかけてみた。

 

「……プリムラがオリヴィエは“軟らかい”ベッドで寝たがっているような事を言っていたが」

「そ、それは……それです!!」

 

 認めた!?

 

オリヴィエは一瞬戸惑ったが開き直ったようだ。やはり柔らかいベッドで寝たいようだ。しばらくの間はオリヴィエにベッドで寝てもらうようにしよう。朝起きて毎日オリヴィエが半脱ぎな状態で眠っていたらいつか男の理性が崩壊しそうだ。

 

「あ、あのガイさん。食事の用意が……」

 

そこにドアを開けてドア越しからひょこっと顔だけを覗き込んできたアインハルトが俺らの光景を見て固まった。無理もない。確認はしていないがオリヴィエは下着姿で俺の後ろに居て必死に何かを言っている光景なのだから。

 

「あ、あの、そ、その……ごゆっくり!!」

 

何を思ったのかアインハルトは顔を真っ赤にして思いっきりドアを閉めた。

 

「……これは勘違いされたかな」

「何のことです?それよりも……!!」

 

アインハルトの部屋に入りずらくなった。オリヴィエが後ろから必死に抗議をしている声を聞きながらアインハルトの部屋にどうやって入るか俺は心の中でため息を吐きながら悩んた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アインの部屋ってトレーニング器具がいっぱいあるんだな」

「……」

「しかし、女の子の部屋って初めて入るけどアインの部屋は質素な感じだな。シンプルでいいよね」

「……」

「可愛い服が多いのに部屋は質素というギャップが……」

「ガ、ガイさん!!」

 

俺は座っているアインハルトに顔を向けた。顔を真っ赤にして俺の方を見ている。先ほどまでは俺達が来た時は顔を真っ赤にして伏せていた。俺に声をかけるために顔を上げたのだろう。

アインハルトに目撃された後、結局俺はアインハルトの部屋に入ることになった。アインハルトの好意を無碍には出来ない。オリヴィエは着替えてアインハルトの隣で座っていた。俺は入ったときからアインハルトにどう接していいか分からず、部屋の中を立って見回って会話になるモノを探していた。

 

「あ、あの、ご飯出しますので座っててください……」

 

言葉の最後の方は俺の顔を見る事が出来なくなって、アインハルトは立ってキッチンへと逃げて行った。

 

「アインハルトはどうしたのでしょうか?」

「……はあ」

 

俺はアインハルトの部屋を色々見たのも悪いと思うがアインハルトの誤解をどうやって解いてもらうか分からず、ため息しか出ない。答えが出ない。俺はアインハルトの言われたとおりしぶしぶテーブルの前に座った。

 

部屋のことを褒めてもダメだよな……誤解を解くには……どうすれば……。

 

俺が思考の渦にさまよっているうちに料理が運ばれた。アインハルトも朝食は簡単に作っているようだ。トーストで焼いた食パンにベーコンエッグ、コーンスープに野菜サラダ。アインハルトは料理を運んでいる時も頬を少し赤くしながらチラチラと俺の事を見る。

そして、全ての料理がテーブルに並べられてアインハルトはテーブルの前に座った。

 

「「「いただきます」」」

 

俺らは食パンにバターを塗って一口食べた。バターの風味が口の中に広がり、それをパンが吸収されて歯ごたえを感じさせてくれる。まあ、食パンにバターはベターだが。

 

「……」

 

アインハルトは食べながら俺の事を見ている。目線を合わせると頬を赤くしてサッと視線を逸らす。居心地が悪そうだ。

 

「美味しいですよ、アインハルト」

「……ありがとうございます」

 

隣に居たオリヴィエが微笑みながら評価した。高評価を貰ってアインハルトは居心地の悪さは少しは無くなったようだ。

 

ここ……アインハルトの部屋なんだがな。

 

「なあ、アイン」

「は、はい?」

 

アインハルトは俺を再び見る。ちょっと戸惑っている様子だ。今、思うのも変だがやっぱりアインハルトのこういう表情は見ていて面白い。

しかし、今はアインハルトの誤解を解かないといけないので面白がっている暇はない。

 

「さっきの出来事は誤解だからな。変に理解しないでくれよ」

「私がガイさんの部屋を覗いた時のですが?」

 

俺は頷く。アインハルトはそれを見て少し驚いた様子だ。

 

「あの光景を見たらガイさんとオリヴィエで付き合っていると思ったのですが」

「あ……やっぱりそう思っていたか」

 

やはり変に思われていたようだ。

 

しかし、俺とオリヴィエが付き合うと誤解されていたとは……まあ、あの状況は確かにそう思うだろう。俺とオリヴィエが付き合う……金がかかりそうだ。

 

 俺とオリヴィエが付き合った光景を軽く想像したがすぐに家計簿に火がつく気がして想像を打ち消した。

 

「いえ、私は……私には……」

 

そこに食事をしていたオリヴィエが食べかけのパンを置いてこの会話に横槍を入れてきた。俺とアインハルトはオリヴィエに視線を向ける。オリヴィエは目を瞑って胸に右手を当てる。

 

「クラウスとの婚約の儀を行う予定でしたので、私の生涯の伴侶はクラウスです。ガイではありません。アインハルトも記憶の継承があるのですからそう言う事は知っていると思ったのですが」

「あ、え、ええと、そ、そうでしたね」

「……」

 

その声は迷いもなく透き透って俺の中へ何の抵抗もなく浸透するとても綺麗な音だった。

しかし、それが浸食した後の俺の胸には少し寂しさが残ったのが分かった。

 

まあ、俺ではオリヴィエに釣り合わないのは分かっていたが。これが身分の違いというモノだろう。

 

「ですから、アインハルト。そこの話を誤解しないでください」

「え、ええ……そう言われると、私の中の“覇王”の血から嬉しさが込み上がってきます」

 

そう言って、自分の胸に手を当て目を瞑るアインハルト。

 

「……とりあえず、誤解は解けたのか?」

「はい。変に誤解して申し訳ありません」

 

アインハルトは目を開けて俺を見て頭を下げた。

 

「ま、解けたならいいか」

 

俺はその光景を見て、誤解の話を終わりにするためパンにガブリついた。

 

「あ、ガイさん。今日、空いていますか?もしよろしかったら特訓に付き合ってほしいのですが」

「もぐもぐ……んっ、っと。悪い。今日は用事がある。今日じゃなければ時間が空いた時に特訓の付き合いはしてやるよ」

 

俺は食べたモノを飲み込んでアインハルトに返答した。その返答にアインハルトは少し表情を暗くしてしまった。

しかし、今日はヴィヴィオにお願いして無限書庫へ行くと約束した。そんな表情はしてほしくはなかったが約束を破棄することは出来ない。

 

「……わかりました。では、また後日に」

「ああ、悪いな。後で特訓の付き合いをしてやるから」

 

そう言って俺たちは食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オリヴィエは無限書庫に行くか?」

 

俺とオリヴィエはアインハルトの部屋から出て自室に戻ってきた。洗濯物はオリヴィエに任せて俺は部屋を掃除していた。

洗濯物を干しているオリヴィエがこちらを向かず、はい、と言って返事した。俺の洗濯物とかも干してもらっているので変な感じはするが俺がするよりかはマシだ。

因みに今オリヴィエが干しているのは俺の下着だ。対した抵抗もなく軽く水を切って俺の下着を干してくれているのが妙に恥ずかしかった。

 

「そこは本が豊富なのですよね?」

「……ああ。無いものは無いと言われているからな。いろいろと調べるモノがあるからそこへ行こうと思ってな。ヴィヴィとも約束したし」

「ヴィヴィ?」

 

俺の言った言葉にオリヴィエは反応してこちらを向く。

 

「名前は高町ヴィヴィオ。オリヴィエ、君の複製体だ」

「私の……」

 

オリヴィエは自分のクローンが居ることに驚きと戸惑いと不安が目に出ていた。それらの感情の奥にあるオリヴィエの気持ちを察することは難しい。

オリヴィエは少し俯いて俺から視線を逸らす。

 

「……会ってみるか?」

 

俺は聞いてみた。様々な感情を晒し出しているオリヴィエが自分のクローンの事をどう思っているのか気になったから。それと同時にそれに力になれたらなってやろうとも思った。

 

「……ええ、会ってみたいです」

 

その表情に驚きと戸惑いと不安はなく凛々しい表情だった。気持ちが決まったのだろう。どのような気持ちかはわからないが。

 

「んじゃ、カラーコンタクトして行けよ。オリヴィエだとわかると困るのだろ?」

「そうですね。髪型も少し変えておきましょう」

 

そして、俺はオリヴィエを連れて無限書庫に行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なのは宅

 

俺とオリヴィエは昼前になのはさんの家の前にやってきた。ヴィヴィオと合流するのはなのはさん宅と決まっていた。無限書庫に行く前にここに寄ってヴィヴィオを連れていかないと無限書庫に入ることが出来ない。

オリヴィエは紅いカラーコンタクトに髪をツインテールをして帽子をかぶっていた。これならパッと見ただけではオリヴィエとは思われないだろう。

しかし、やはり容姿が良かったせいか道中、視線が集まっていたのが分かった。俺は隣で歩いていたが俺の方にも視線が集まっているのが分かった……殺気も含めて。

 

「……はぁ」

 

思い出しただけでため息が出てしまった。

 

「どうしました、ガイ?」

 

隣に立っていたオリヴィエが純粋な表情で俺のため息を聞いて声をかけてきた。

 

「いや、何でもない」

 

今後の私生活にもオリヴィエの容姿に対して何か対策を練らないと大変かもしれないと、移動中に考えてしまった。

それはともかくとして俺は考えを切り替えて、インターホンを押した。

 

「はーい」

 

少ししてその声のその声の持ち主、なのはさんがドアを開けて笑顔で出迎えてくれた。

 

「あ、ガイ君。こんにちは」

「こんにちは、なのはさん」

 

俺も笑顔で答えた。

 

「あ、今日はヴィヴィオと無限書庫に行くんだよね?」

「ええ、お昼ごろにこっちで合流する予定です」

 

そっか、となのはさんは言って俺から視線を外した。その視線は俺の隣に立っていたオリヴィエだ。

 

「そちらの方は?」

「私はフリージア・ブレヒトと言います。よろしくお願いします」

 

オリヴィエは微笑んで礼儀よく頭を下げた。王族育ちだからか社交辞令はしっかりとされているようだ。1つ1つの仕草に優雅さを感じた。

 

「あ、は、はい。私は高町なのはっていいます。よ、よろしくお願いします」

 

それを見て、妙な風にあてられたなのはさんも慌てて頭を下げて挨拶をした。

 

なのはさんが慌てている……珍しい場面にでくわしたな。

 

2人は頭を上げる。そして、なのはさんは俺へ視線を向けて悪戯な頬笑みを見せてきた。

 

「ガイ君の恋人?」

「い、いえ」

 

今度は俺が慌てた。そういえばオリヴィエとの関係をどのようにしておくのか考えていなかった。マスターとサーヴァントの関係……そのように言ってもわかるはずもない。

 

「私とガイは主従関係の仲でありますよ」

「……へぇ……」

「……!!」

 

今、俺の体が一瞬震えた。この周りの大気の空気が5℃くらい下がった気がした。いや明らかに下がっている。その原因はなのはさんだろう。オリヴィエの言った言葉に何を感じたのか、頬笑みをこちらに向けているが体から放たれているオーラはどす黒いものを感じる。あれがこの周辺の温度を下げる発生源なのだろう。

 

「……どういう事かな、ガイ君?」

「え、え~と……」

 

なのはさんのオーラに圧迫され俺は少し後ろへと下がった。なのはさんの頬笑みが怖い。

その原因となったオリヴィエは何も分かっていない様子だが、こちらもなのはさんの気迫に圧倒されて冷や汗をかいていた。

 

「あ、ガイさん!!」

 

そこに今の空気に合わないぐらいの元気な声が後ろから聞こえた。振り返るとそこにはピンクのジャージ姿のヴィヴィオが走ってきた。

かなりの練習量をしてきたのだろう。体から湯気が出ているのが肉眼で確認できる。俺の前で足を止めて息を整えて俺に笑みを向けて顔を向けた。

 

「や、やあ、ヴィヴィ」

「あっ……こ、この子が……」

 

俺はなのはさんのオーラに圧倒されている状態なので、普通に喋ることが出来なかった。

しかし、隣に立っていたオリヴィエはヴィヴィオの顔を見て驚きを隠せていなかった。左目が紅で、右目が翠というその虹彩異色の瞳が自分の複製体だという事を裏付けていることだと分かったからだ。俺がヴィヴィと言ったのもその裏付けの一つなのだろう。

 

「あ、ヴィヴィオ。お帰り~。ノーヴェの訓練キツかった?」

「なのはママ~、ただいま~。キツかったけどいい訓練になったよ」

 

ヴィヴィオはなのはさんに視線を移して2人で笑って会話していた。いつの間にかなのはさんからのどす黒いオーラは無くなっていた。

 

「で、こちら方はどちら様ですか?」

 

ヴィヴィオは今度はオリヴィエに視線を移した。オリヴィエは自分の複製体に会った事で未だに戸惑いを隠せなかった。

 

「あ、わ、私は、フリージア・ブレヒトといいます」

 

戸惑いつつもオリヴィエは何とか自己紹介をした。先ほどのような優雅さはななかった。

 

「初めまして。私は高町ヴィヴィオっていいます。よろしくお願いします」

 

ヴィヴィオは笑って挨拶をして頭を下げた。オリヴィエもつられて頭を下げた。

俺はそんな2人を見て戸惑いを隠せないでいた。複製母体と複製体の接触。2人の正体を知っている人がいたら俺みたく戸惑うこととなるだろう。

そして、ヴィヴィオは頭を上げてマジマジとオリヴィエを見つめた。

 

「わ~、フリージアさんって綺麗ですね」

「あ、ありがとうございます」

 

ヴィヴィオが目を輝かせていた。

ヴィヴィオはオリヴィエだと分かっていない様子だ。フリージアがオリヴィエ・ゼーゲブレヒトだとバレる事はないようだ。オリヴィエだと思われてはいけない。何処から情報が漏れるか分からないからその点は大丈夫そうだ。

 

「ガイさんとお知り合いなのですか?」

「そ、そうです。私とガイは……」

 

そう言って、俺へと視線を向ける。先ほどの失言で大気の温度が下がったのが分かったからか俺との関係の発言を言わない事にしたようだ。

 

「……この前、ストライクアーツで知り合った。俺よりも実力は上だ。ヴィヴィオも後で対戦してもらうといいぞ」

ヴィヴィオ「本当ですか!?」

 

俺はその短い時間の中で必死の頭の中を高速回転させて出来上がった嘘をついて誤魔化した。親戚とも言いたかったが親の顔も知らない俺がそんな事を言うのも変だ。

 

「では、フリージアさん。今度、対戦しましょう!!」

「え、ええ、わかりました」

 

ヴィヴィオは満面の笑みをオリヴィエに向けた。オリヴィエはそれを見て最初は戸惑ったが微笑んで答えた。

 

「それじゃあ、お昼にしようか。ガイ君たちも食べる?」

「あ、はい。頂けるのなら」

 

なのはさんはどす黒いオーラを見せる事は無くなって頬笑みをこちらに向けた。

 

『さっきのフリージアさんが言った事、すごく気になるんだけどな~ガイ君』

「……」

 

しかし、なのはさんからの念話が頭に響いた。先ほどの事について追及されそうだ。今はどす黒いオーラは無いけどなのはさんの頬笑みが怖い。

 

「ちょっと人が多いからガイ君には手伝ってほしいんだけど」

「……はい、手伝います」

 

キッチンで質問攻めにあう事が分かっていたが、その笑みをこちらに向けられると否定もできない。

 

「それじゃあ、入って入って。フリージアさんも。ヴィヴィオはシャワー浴びてきなよ」

 

こうして昼飯をなのは宅で頂いた……キッチンでなのはさんからかなりの質問攻めにあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テーブルで俺となのはさんの料理を食べ終えてお茶を頂いていた頃、インターホンが鳴った。

 

「私、出てくるね」

 

私服に着替えたヴィヴィオが小走りで玄関へと向かった。少しして、足音が増えて戻ってきた。

 

「こんにちは、なのはさん、ガイさん!!」

「こんにちは~」

 

ヴィヴィオに迎え入れられてリオとコロナがやってきたようだ。

 

「いらっしゃ~い」

「よう、リオとコロ」

「2人ともこっちだよ~」

 

そして、ヴィヴィオがソファーに誘導して2人はソファーに座った。

 

「あちらの方々は?」

 

隣で座っていたオリヴィエが聞いてきた。

 

「ん?あれはヴィヴィの友達だ。頭に黄色いリボンを縛っている子がリオ・ウェズリー。クリーム色の髪をツインテールにしている子がコロナ・ティミルだよ」

「そうですか。ヴィヴィオのお友達ならご挨拶をしませんと」

 

オリヴィエは立ち上がって、ソファーに向かった。入れ違いでヴィヴィオがこっちにきた。

 

「なのはママ~、ジュースある?」

「うん、ちょっと待っててね」

 

なのはさんも立ち上がってジュースを取るためにキッチンの冷蔵庫を開けに行った。

 

「初めまして、フリージア・ブレヒトといいます」

「綺麗……」

「う、うん……」

 

後ろではオリヴィエの容姿にリオとコロナが言葉を現せていないようだ。2人もヴィヴィオと同じ感想を抱いていた。

 

「ヴィヴィ。リオとコロも連れていくのか?」

「うん、ガイさんが無限書庫に行きたいって言ったら私たちも行きたいって言ってきたから誘ったの」

 

まあ、賑やかになるには構わない。2人もフリージアの事をオリヴィエだとは思っていないだろう。

 

俺も椅子から立ち上がってソファーへと移動した。リオとコロナはうっとりとした表情でオリヴィエを見ていてオリヴィエは困惑していた。

 

「あ、ガイ」

 

オリヴィエは俺に顔を向けてホッとした表情を浮かべた。俺が来たから2人からの熱い視線を離せると思ったのだろう。

 

「フリーも座りなよ」

「はい」

 

俺とオリヴィエはソファーに座る。

 

「リオとコロは無限書庫に行った事あるのか?」

「え、あ、う、うん。行ったことあるよ」

 

オリヴィエを見てうっとりしていた2人は俺の声で現実に戻ってきたようだ。まだ顔が赤いが。

 

「私がコロナとヴィヴィオに出会ったのも3年生の学期末の時の無限書庫だもんね」

「うん」

 

2人はお互いを見て笑った。これほど仲がいいから幼馴染かと思ったけどつい最近らしい。それでもすぐに仲良くなったこの2人は相当息の合う友達なのだろう。いや、この2人だけではなくヴィヴィオも含んで3人は仲がいいのだろう。

 

こいつらを見ていると和むのはその仲の良さにあてられたからだろうな。

 

「へぇ~、そうなんだ。友達は大事にしないとな。俺は無限書庫に初めて行くから分からない事があったら教えてくれ」

「うん、いいよ」

「はい」

 

2人は笑ったまま俺の顔を向けて承諾した。

 

「はい、ジュースだよ」

 

そこにヴィヴィオが2人のジュースを持ってきた。2人はヴィヴィオにお礼を言ってジュースを貰う。

 

「ガイさん。聞きたい事があります」

「ん?なんだ?」

 

コロナが一口ジュースを飲んで再び俺に顔を向けた。その表情はやや真剣さが窺えた。

 

「ガイさんとフリージアさんってどんな関係なのですか?」

「……」

 

またこの質問をされてしまった。俺はどうやって答えるか悩んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――時空管理局本局 管理局データベース“無限書庫”

 

「うお……」

 

俺は無限書庫に入って敷地が視界に収まりきれないほどの膨大な広さに開いた口が塞がらなかった。奥の終着点が見えない。

 

「す、すごいですね」

 

オリヴィエも戸惑いを隠せていない様子だ。これほどの広さに膨大な量の情報が眠っているのだ。聖杯戦争の情報も見つかると思い期待を持てた。

 

「初めてくる人には驚いちゃいますよね」

 

俺とオリヴィエの隣に居たヴィヴィオが俺らの事を見て苦笑しながら言った。リオとコロナもヴィヴィオの近くに居る。

リオとコロナにもオリヴィエとはストライクアーツで知り合ったと言った。特に疑問を持っていない様子だったのでオリヴィエだとバレる事はないだろう。

 

「ガイさん、ここで何を調べるんですか?」

「まあ、いろいろとな……っと、ここは無重力か」

 

俺の体が自然と浮かんだ。重力という力が無くなってちょっとした力で行きたい方向へと飛んで行けるようだ。飛行とはちょっと違った感覚だった。

 

宇宙に放り出された時はこのような感覚なんかな。

 

「え、わ、わわわ!!」

 

オリヴィエも体が浮いた。初めての経験なのかかなり慌てていた。オリヴィエは空戦の経験がないのだろうと思った。

 

「フリージアさん。良かったら一緒に同行しますよ?」

「え、ええ。お願いします」

「あ、じゃあ私も」

 

ヴィヴィオとリオは笑ってオリヴィエに近づいて、少し落ち着いたオリヴィエは2人を連れて無限書庫の中へと入って行った。

 

「ガイさん、もしよかったら私が一緒に探し物を探しますよ?」

「ん?ああ、お願いしようかな。ここの書庫広すぎて見つけるのが大変そうだしな」

 

俺はコロナと一緒に無重力の中で探し物を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――30分後

 

「……全く無いな」

「そうですね」

 

俺は調べ物をコロナに頼んだ。

“聖杯”というキーワードで探す物をお願いしていたのだが持って来てくれた本のタイトルは“聖杯伝説”“聖書の聖杯”“アーサー王の聖杯探求”などとこの世界のモノではない情報が多い。

これらの本が語られてきた世界は管理外第97世界の地球という所だ。管理者もその世界で“聖杯戦争”が行われていたと言っていたのだから世界観は間違っていない。

しかし、“聖杯戦争”の内容の情報が全くない。類似していたものでもこの世界で“聖王戦争”というものが存在していたらしいが意味は全く違ってくるのだろう。ここまで“聖杯戦争”というものが厳禁に秘匿されているとは思わなかった。

コロナが一生険命 “聖杯”というキーワードの本を探して持って来てくれているのだが俺が探しているモノじゃないとわかる度に寂しい表情をしてしまう。

 

「ガイさん、ごめんなさい。お役に立てなくて」

「いや、コロはよく探して来てくれてる。俺が1人だったら調べ方も全く分からずにこういう本も見つけることは出来ないさ。だからそんな寂しい表情しないでほしいな。コロがいてくれて本当に助かってるよ」

 

俺はそう言って、寂しい表情をしているコロナの頭を撫でてやる。

 

「あ、ありがとうございます。そう言ってくれますと嬉しいです」

 

撫でられて嬉しいのか、コロナは頬を赤くして俺の事を見上げて微笑んでくる。

 

やっぱり、ヴィヴィオもコロナもリオも笑った方がいい。寂しい表情をされてしまうと何とかしてやりたいと思ってしまう。

 

俺はコロナの頭から手を離した。

 

「でも、ガイさんはいったい何を調べているのですか?聖杯というキーワードだけではあまり抽象的で大雑把な調べ方になってしまいます」

「ん~、まあ確かにそうなんだけどね」

 

聖杯戦争とも言えず、なんて言おうか考えた。なのはさんとヴィータさんにもこの事は話していない。

 

「ゴメンね。ちょっと言えないかな」

 

俺は素直に頭を下げて謝った。どう言い訳してもコロナを納得できるような話は出来ないと分かったから。

 

「いいですよ。ガイさんのプライベートまで土足で踏み込むわけにもいきませんから」

 

俺が頭を上げてコロナを見ると落ち着いた表情で俺を見ていた。

コロナはあの三人の中で一番落ち着きのある少女だ。ヴィヴィオとリオが突っ走っていくのをコロナがストッパーのような感じで存在している。

そして、どんな時も一歩下がって冷静に対処している。それが性格に繋がっているしコロナの優しい部分なのだろう。俺はそう思っている。

 

「悪いな、ほんと」

 

なので、今はこのコロナの優しさに甘えることにした。聖杯戦争を一般人に教えることはできないのだから。

 

「わっ!!」

「う、うわっ!!」

 

コロナと話し終えた時、オリヴィエが逆さまになって上から俺の視界に入ってきたので俺は驚いた。この無重力空間の中では上下左右の平衡感覚が全くない。オリヴィエが逆さまに見えるが、実際は俺が逆さまに居るのかもしれない。無重力なのでスカートも捲れることはない。

 

「ガイ、驚きましたね♪」

「いや、そりゃあ、な」

 

オリヴィエは悪戯な笑みを向けて俺の驚いた顔を見て満足していた。

 

「フリージアさんって結構お茶目なんですね」

「うん。それに話を聞いていて面白かったです」

 

そこに、さらに視界にヴィヴィオとリオも入ってきた。

 確かにヴィヴィオが言ったようにオリヴィエがこのように遊び心というか純粋に遊んでいることに驚きを得ていた。

 

 王族でもそんなこと関係ないってことか……。

 

「フリーは何を探していたんだ?」

「ええと、オリヴィエの回顧録とかを探していました。読んでいましたが結構感慨深いものですね」

 

自分の記録だし感慨深くなるだろ。アルバムを見ているようなものだ。それに後の者たちがどのように評価をしているのかも気になるのだろう。

 

「しかし、この無重力空間ってのは面白いですね」

「ああ、空を飛ぶのとはまた違う感覚だよな」

 

オリヴィエは未だに上下逆さまだ。手足を軽く動かしてこの無重力の中の動きをうまくこなそうとする。

 

「ですが、この中を動くのにはまだ慣れませんね」

「ま、慣れだよな」

 

オリヴィエが動こうとして力を入れた。

 

「え、わ、わわわ!!」

「っと」

 

オリヴィエが力の加減を間違えてそのまま俺の方へ向かってきた。俺はオリヴィエを何とかキャッチした。

 

「す、すいません、ガイ」

「あっ……」

 

だが、上下逆さまにキャッチしたのでオリヴィエのスカートの中の白い生地が丸見えだった。

 

「あっ」

「えっ」

 

近くに居たヴィヴィオとリオも俺がオリヴィエのスカートの中を見える事に気付いた。

 

「わ、悪い」

「ガイ?何を謝っているのですか?」

 

俺はオリヴィエのスカートから視線を外して、少し離れた。

やはりオリヴィエの羞恥心の無さは困る。下着を見られてもオリヴィエは平然としているのだから。

 

「ガイさん……顔がニヤけてますよ」

「マ、マジか」

 

ヴィヴィオからジト目で見られてしまい事故とはいえ、ちょっとショックだった。

 

「そ、そんなに見たいですか?」

「……え?」

 

しかし、怒っているのかと思ったヴィヴィオはスカートの裾を握って頬を赤くして俯いていた。今にもスカートを上げようとしている。

 

「い、いやいやいや!!ヴィヴィ!!落ち着け!!」

 

それは流石に不味い。

 

小さい子に何をさせようとしてんだ!!

 

俺はヴィヴィオを宥める為にヴィヴィオの肩を掴んでそこから先への行動を抑制する。

 

「で、でも……み、見たいですよ……」

「いいから落ち着け」

 

俺は肩に掴んでいた手をヴィヴィオの頭に乗せて撫でた。ヴィヴィオは頬を赤くしたまま俺へと見上げる。

 

「俺が悪かった。だからそんな事は絶対やっちゃダメだぞ」

「……はい、分かりました」

 

ヴィヴィオは納得のいかないような表情をしていたが素直に俺の言う事に頷いてくれた。

 

しかし、ヴィヴィオがこんな行動に出るなんてどういった心境で行ったのだろうか?

 

「私はもう少し調べ物を探してきますね」

 

その行動の元凶となったオリヴィエは俺たちから視線を離して無重力に身を委ねて移動した。

 

「……はぁ……さて俺も、もう少し調べるか」

「引き続き手伝いますね」

「私も手伝います」

「わ、私も」

 

俺の調べモノに3人は手伝ってくれるようだ。その気持ちは純粋に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちは無限書庫から出て本局の廊下を歩いていた。結局“聖杯戦争”というものは見つからなかった。

 

「調べモノは見つからなかったですけど諦めないで下さいね」

 

ヴィヴィオが俺に笑顔を向けてきた。調べモノが見つからず落ち込んでいると思ったのか俺に気を使ってくれたのだろう。

 

「無限書庫に調べモノが無いものとはな。その事実に驚いたよ」

 

俺はむしろ“無限の知識の倉庫”といわれていた無限書庫に“聖杯戦争”の情報が無いという事に不安と驚きの感情が入り組んでいた。

 

それほどまでに聖杯戦争ってのは隠蔽されているってことかも知れないな。そんなものに俺は片足を突っ込んでいる状態だ。もう少し情報を……。

 

「……ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

「じゃあ、ここで待ってますね」

 

ああ、と俺はリオの言葉に相槌を打って皆と離れた。本局に来たのなら調べる物はまだあった。俺はプラグのある場所を探した。

そして、少し歩いた先に広場があり壁際に何台かのモニターがあった。その下にプラグがあり俺は十字架状態になっているプリムラの下の部分のカバーを取り刺し込んだ。

端末機能も付いているので本局からデータベースへ潜り込めることも出来る。それ相当のリスクも背負う。いわゆるハッキングという行為だ。

 

『何を調べるのですか?』

 

プラグに刺し込んでいるプリムラが聞いてきた。

 

「上層部の管理局員の名簿一覧表が欲しい」

『プロテクトが厳重に付いています』

 

モニターにエラーが表示された。

 

……やはり調べることはできないか。どうするか……。

 

あまり長いことプリムラを差しておくと足が付いてしまう。最後に俺はもう一つだけプリムラに命令した。

 

「じゃあ、管理外第97世界の地球生まれの地球出身の管理局員の人を探してほしい。名簿じゃなくてもいい。地球から来たという記録が残っている物があればいい」

『了解しました。少しお待ちください』

 

モニターにはプリムラが動かしているのからか黒い画面にものすごい量のプログラムが流れてきた。

そして、1つの画面が出てきた。プログラム化されているのでプログラム言語を学んでいない俺の目では読めない。

 

『該当する人物が複数出てきました。コピーして私の中に保存しておきますか?』

「ああ、頼む」

 

了解しました、と言ってプリムラは処理を行った。その作業も5秒で終わる。

 

『終わりました。足は付いていないと思います』

「と、信じたいね」

 

俺はプリムラをプラグからとり首にかけ直した。幸い周りには誰もいないのでここに居たと分かるのは監視カメラに映し出されている守衛の部屋だけだ。監視カメラから見ても位置からして俺は後ろ向きで何をしているか分からないし、こんな本局の所で本局のデータをハッキングをしている人物がいるとは思われないだろう。灯台下暗しというやつだ。

 

「俺が読めるように言語化しといてくれ。帰ってから見る」

『了解しました』

 

このデータが得られただけでも本局に来たかいがあった。管理者が管理外第97世界の地球での“聖杯戦争”を知っているのなら管理者が地球の出身である可能性がある。

 

帰って確認しておこう。管理者のプロフィールでも分かれば聖杯戦争という代物が少しは分かるかも知れない。

 

俺は来た道を戻り、皆と合流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なのは宅

 

なのはさんの家に戻るとなのはさんとフェイトさんが出迎えてきてくれた。

 

「ガイは何を調べていたの?」

「え、ええと……いろいろです」

 

無限書庫に行ったメンバーはソファーに座ってちょっと遅いおやつを食べていた。本局に行った時間は約4時間ぐらいだ。今の時間は4時半。まだ家に帰るのは早いとリオが言ってきたのでヴィヴィオの提案でなのはさんの家へ行くことに。

そして、俺の隣に居たフェイトさんが今日の話を積極的に聞いてきた。ヴィヴィオ達と一緒に行きたかったのかもしれない。

 

「はじめての無限書庫はどうだった?」

「開いた口が塞がりませんでした。あの広大な広さに驚きを隠せませんでしたよ」

「そうなんだ」

 

フェイトさんが微笑んで笑ってくれた。

 

「……」

 

俺はついついフェイトさんを魅入ってしまう。フェイトさんを見ると心臓が少し早く動いているのがわかる。頬笑む仕草や紅茶を飲む仕草。1つ1つが魅入ってしまう。

 

俺はこの人の事が好きなのだろうか?自分の気持ちが分からない。

 

「むっ」

「ん~」

「……」

 

俺の視界には入らないが子供3人の視線が俺を見ている気がしてならない。

 

「ん?どうしたの?私の顔をじっと見て?」

「あ、い、いえ、なんでも無いです!!」

 

俺はフェイトさんから視線を外して、誤魔化すようにテーブルに置いてあるお菓子を手にとって食べた。その時に3人と目が合った。3人はすぐにそれぞれ別の方向へ視線をそらした。

 

「ガイ、なのはのキャラメルミルクが甘くて美味しいです」

「あ、フリージアさんも美味しいと思いますか?なのはママのキャラメルミルクは格別ですよね」

 

そうですね、とオリヴィエは言ってオリヴィエとヴィヴィオは微笑んだ。2人とも遺伝子レベルは一緒なのだから好みも似ているのだろうか。

 

「フリージアさん。そう言ってくれると嬉しいな」

 

なのはさんは高評価を貰って嬉しかったのか微笑んだ。

 

「……ん、いい時間ですね。俺はそろそろ失礼します」

 

壁に掛けてある時計を見る。5時過ぎ。帰るにはちょうど良い時間帯だ。

 

「あ、では私も」

 

俺とオリヴィエは立ち上がった。

 

「あ、ガイ君とフリージアさんご飯食べていく?」

 

いえ、と俺は言って断った。帰ってからいろいろとやることがある。主にハッキングしたデータの整理をしたい。

 

「送って行こうか?」

「いえ、大丈夫です。では、失礼します」

「失礼します」

「またね、ガイさん。フリージアさん」

 

俺とオリヴィエは皆に挨拶されて、なのはさんの家から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガイさん、フェイトさんにメロメロだったね」

「そだね~」

「フェイトママがライバルだと勝てないよ」

 

私達はガイさんとフリージアさんが出て行った後、雑談をしていた。なのはママとフェイトママは夕飯の準備をするためキッチンへ。リオとコロナは夕ご飯を食べていくようだ。

 

「それにあのフリージアさんって人も美人だしガイさんと仲がよさそうだし」

「ライバルがいっぱいだよ~」

「そうだね」

 

私達はテーブルに突っ伏してため息をついた。ガイさんの周りには魅力的な女性が多い。私達のような子供は恋愛の対象になってないのかも知れない。

 

「でも、ガイさん……今日は何か隠し事をしているような感じがした」

「あ、ヴィヴィオも思った?」

「え?え?」

 

私とコロナはガイさんの異変に気付いた。リオは目を点にして首を傾げている。リオだけ気づけなかったのだろう。

 

「私達とは一歩下がって離れている……まるで赤の他人と一緒に無限書庫に訪れたような感じ」

「うん」

「ガイさんのプライベートがあるからじゃないの?」

 

そうかもね、と私はリオの言葉に相槌を打って再び溜息をした。

 

「ガイさんの力になれたら嬉しいのに。私達はまだまだ力が無い子供だね」

 

私の言葉に2人は頷いた。

しかし、コロナが頷いた後、こう言った。

 

「でも、これから頑張って力をつけて行くんだよね?」

「うん!!もちろん!!」

 

それを聞いた私は即座に頷いて満面の笑みを2人に向ける。今がダメならもっと力を付けていけばいい。それだけなのだ。

 

「そのためにも来週に行われるアインハルトさんとの対決に頑張らないとね」

 

そう、来週は再びアインハルトさんとの対決。私の中の全てをぶつけないとね。

 

私は思考を切り替えた。アインハルトさんに勝てるように頑張らないと。リオとコロナが笑って私の方を向いてくれたので私はガッツポーズをして微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「プリムラ。データの言語化は出来たか?」

『はい、閲覧しますか?』

 

俺は頷いた。すぐに目の前にモニターが現れた。

 

「何かを調べていたのですか?」

「管理者が誰なのかを調べてた」

 

俺はモニターを操作して、コピーしたファイルのデータを開いた。顔写真と共に詳細が掲載される画面が出てくる。

 

『該当した人物は4名ですね。陸士108部隊のゲンヤ・ナカジマ。時空管理局武装隊、戦技教導隊、教導官の高街なのは。時空管理局特別捜査官の八神はやて。そして、時空管理局本局、元帥のNoName』

「ノーネーム?」

 

俺はプリムラの言った言葉にオオム返しで聞いてしまった。最後に出てきた人物に疑問を持ったからだ。プロフィールの詳細もほぼ真っ白で何も特徴が無かった。他の3人はこの管理局に所属するまでの経緯やその後の経歴などが事細かに掲載されている。

 

しかし、このノーネーム……そのように記録が残されているのだろうか?にしてもこの詳細はおかしい。経緯や経歴が無い。生まれたての赤ん坊のようなプロフィールだ。

 

『名前が無いのか、これが名前なのかはわかりません』

「バグで詳細を表示できないのか?」

『いえ、この者のプロフィールは確かにこれでした。バグのようなプログラムはこの中に存在しません』

「……」

 

この元帥以外の人物なら知っている。皆、機動六課に繋がっていた人物だ。しかし、この元帥は全く知らない。というよりもこのプロフィールを見て誰がこの人物へたどり着けるのだろうか。元帥と言ったら栄誉元帥のラルゴ・キールではないのか。

 

「このノーネームはラルゴ・キール元帥なのか?」

『いえ、ラルゴ・キールは別の所に記録が残っています。このノーネームと同一人物である可能性は低いです』

 

そうか、と俺は言って考えた。

 

地上本部をも掌握することが出来る人物ならこのくらいのランクは必要だろう。表には出てきていない元帥が存在するのだろうか?発表していない人物。それとも上層部のほとんどがこの聖杯戦争を知っているとしたら、結局、俺は手のひらで踊らされているだけだろう。

 

「とりあえず、管理者は元帥レベルの人物だという事が分かっただけでも今日の情報収集に意味はあったかな」

 

俺は今日の行動に結論をつけてモニターを閉じた。聖杯戦争についてほんの……ほんの少しだけ前進した。

 

「ガイ。情報になるかどうかはわかりませんが、面白い物を無限書庫から見つけてきました。」

「ん?何の情報だ?」

 

俺がモニターを見終わるまで静かに対面に座っていたオリヴィエを見た。部屋に戻ってきたオリヴィエの目はカラーコンタクトをはずして虹彩異色の目に戻し、髪形をシニヨンのようにした。いつもの姿だ。そのオリヴィエの手には一冊の本があった。

 

「“アーサー王の聖杯探求”です。タイトルに書いてあるアーサー王ではありませんが、その側近の騎士たちが聖杯を求め続けている本です。もし、この聖杯が“聖杯戦争”の聖杯と同じものだとしたらアーサー王や円卓の騎士たちがサーヴァントとして現れるかもしれません。ここら辺の人物の情報を調べておいてもよろしいかと」

 

その本はコロナが見つけてきてくれた本だ。なるほど。オリヴィエが言っている事は理解できる。

現れるサーヴァントを予測しておくことも大事だという事だ。準備は万端にしておいた方が良い。俺は本を手に取り黙読した。確かに人物名と特徴なども載っている。

例えば、円卓の騎士の1人であるガウェイン卿。彼の武器はアーサー王が所持していた“勝利された約束の剣(エクスカリバー)”の姉妹剣であると言われている武器、“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”を所持してる。

アーサー王の聖剣は星の光を集め、ガウェイン卿の聖剣は日輪の熱線を集めると言われている。

太陽の騎士……とも言われており、正午において最大限に力を発揮させる。それならば昼に戦わず、夜に戦えばよい。そうすれば太陽の恩恵を受けれないガウェイン卿との戦いがやり易くなる。

 

「へ~、戦争の情報収集ってのは重要なんだな」

「そうですよ、ガイ」

 

オリヴィエは即答して微笑んだ。

 

「なら、アーサー王の騎士たちの情報も集めておくか。ついでに歴史に登場した重要人物なども調べておくといいかもな」

「はい、手伝いますよ」

 

俺は聖杯戦争が始まるまでは出来る限り情報収集を行った方が良いと分かった。始まってからでは遅い。準備は万端にしておかなければ。

 

「オリヴィエ。聖杯戦争は頑張ろうな」

「ええ、参加したからには勝ちに行きます」

 

グッと拳を前に突き出してきた。俺はそれに自分の拳をぶつけた。殺し合いになるのは必須だろう。

だが、俺はオリヴィエが居ると安心できた。オリヴィエの事を信用しているからだろう。

聖杯戦争の開始の時間が刻まれていく中、オリヴィエとの絆も少しながら繋がった気がした。




ピンと来た方、流石です。

私はFateのエクストラをプレイしましたw

あれはなかなか面白かったですね。

アーチャー使えるのが良かった^^

と、まあ、最初から本文の話から脱線してしまいましたw

ほのぼのな一日にしました。

しかし、未だにヴィヴィオとアインハルトの対決すらいっていないというね………orz

何か一言感想がありますとありがたいです。

では、また(・ω・)/


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八話“魔術師と暴君の交差”

脳内ではすべてのマスターとサーヴァントを描いています。

それをどうやって自分の筆力で表せるかがこの作品での課題ですかね。

がんばって筆力を鍛えていこう。

では、8話目入ります。


 ―――廃墟した家

 

「聖杯……」

 

私はミッドチルダ東部にある森林地帯にポツンと建っている廃墟した一戸建ての中で、木製の古びた丸いテーブルとセットになっている木製の椅子に座っていた。

 

「マスターは聖杯が欲しいのか?」

 

私の対面の椅子に座っていた男性が凛とした表情で張りのある渋い声で聞いてきた。黒い髪に黒い瞳で巨躯の戦士。年は3~40歳代だろう。

しかし、その瞳は戦いの中で長年培ってきた目をしている。ちょっとやそっとでは揺らぐことが無い。この家は目の前の男性が別荘で使っていた家らしい。壊されずに残っていたのでしばらくはここを拠点にして動く事になる。

今回の聖杯戦争では私はマスターとして参戦することになった。その証拠に右手の甲に令呪が刻まれていた。彼はマスターを守るために召喚された私のサーヴァント。ランサーのクラスなので槍使いなのだろう。

 

「私の事は普通に名前で呼んでもらって構いません」

「そうか。なら、アルトリアで良いか?」

 

私は頷く。アルトリアは歴史上ではそのように明記されていない。名前が広がっていても私がアーサー王であると知られることは無い。

そして、私はゼストの最初の質問に答える。

 

「何でも叶う事の出来る聖杯ならば私は欲しい。王である私の存在を無かったことにしたい」

 

脳裏に浮かんで来たのはアーサー王として君臨し続けてきた自分自身の姿。民を想い行動した結果、誰も付いてくる者はいなかった。

 

『王は、人の気持ちが分からない』

 

円卓を去る間際に残された、あれは……一体誰の言葉だったか。

 

『王ならば、孤高であるしかない』

 

そう自らに言い聞かせ、ただ救国の道ばかりを探し求めながら、いったい私はどれほど多くの者たちの想いを、苦悩を、見過ごしてきたのだろうか。

忠勇の内に散ったガウェインは、使命に殉じたギャラハッドは、その最後に何を胸に懐いたのか。彼らはもしや至らぬ王を戴いた事を後悔し未練を残しながら果てたのではないか。

 

遂げたかった理想を、救いたかった人々を……私が王であったばかりに、滅び去っていた全てのモノがある。

 

私は王としての資格は無かった。こんな私はそもそも王になるべきではなかった。だから聖杯への願いはその奇跡によって私が王であったことを無かった事にしようと決めた。

 

「……私には王というモノの苦悩というのは分からないが、聞いた限りだとアルトリアは現実から逃げているような印象を感じた。王の責務の重さから逃げ出したくて聖杯を求めている」

 

ランサー……ゼストには私がアーサー王であることを話している。私の話を聞いていたゼストはその瞳を私から外さず正論をブツけてきた。

 

「……そうです。私は王だという事に苦悩して現実から逃げている。全てを無かったことにして、私に従ってくれていた騎士たちの無念や怨念から逃げたくて聖杯の奇跡にすがっている」

 

私は分かっていることなのだがその正論が眩しすぎてゼストから視線を外して斜め下を見る。私を責めているゼストが眩しく見える。だからか、このままゼストに叱ってくれた方が私の中の贖罪という重みも少しは楽になる気がした。

 

「だが、アルトリアという王があったからこそ円卓の騎士たちが居たのではないか?」

「え?」

 

ゼストは叱るような口調はせず、口調を少し和らげて相手を労わるような声を私に向けた。

 

……私という王が居たからこそ、その円卓の騎士たちが居た、と?

 

「運命は一度だけだ。進んで行った道を後戻りは出来ん。だが、この聖杯というものはその運命を変えることが出来る。あった事を無かったことするという事も可能だ。だが、アルトリア。お前はその騎士たちの無念や怨念を無くしたいと思っていても、全てが無かったことになるのだから騎士たちの理想や思考などを全て失うという事になるのだぞ?そこの気持ちを考えた事があるか?」

「あっ……」

 

全てを無かったことにする。それは、それまでに積み重ねてきたその者たちの理想や思考までも無かったことになる。全てが無くなるとはそういう事なのだ。

 

「私も昔は“ゼスト隊”という部隊で活動していた事がある。部下も持った。私が部隊長としてやらなければならない事は部下へのケアだった。この部下にはこのように接する、あの部下にはこうやれば強くなる、などとな。それによって生じた部下たちの理想や思考がある。部隊長としてそれを失わせるわけにはいかないものだ」

 

ゼストも王ではないが人の上に立って指示を出していた頃があったらしい。

だから、私の願いに対して経験論から真っ直ぐな意見をブツける事が出来たのだろう。私のやり方では結局、騎士たちは救われないと。

 

「……ゼストは良い騎士です。貴方みたいな者が王になるべきだった」

 

私は悲しく微笑んでゼストの事を見た。このような者が王になるべきだ。私のような者では王として立ってはならない。

 

「アルトリアも良い騎士だ」

 

しかし、返してきた言葉はやはり私を痛める言葉ではなく称賛の言葉だった。私は思わぬ返しにキョトンとした表情で顔が固まっていただろう。

 

「アルトリアは自分を責めているが王になっただけの技量、知識などがあったからこそ王になれたのだ。自分の事を責めているが、だが、それならそこだけは誇りに思うべきだ」

「ゼスト……」

 

私はゼストの瞳を見た。揺るぎのない強い瞳だ。そのような人物が私の事を良い騎士と言った。なら、そこだけは誇ってもいいのだろうと思えてくる。

 

「ありがとう」

 

私は頭を下げた。目の前の人物は私などとは違う。“騎士王”と言われたこともあるが、それは目の前の人物からすれば擦れてしまう。目の前の人物に“騎士王”とつけたい。

 

だが、気になる。目の前の人物はいったい何者なのだろうか?

 

私は頭に浮かんだ疑問をゼストに聞くため顔を上げた。

 

「ゼスト、あなたはいったい何者なのですか?」

 

これほど冷静に私の事を分析して把握したのだ。私をそこまで理解出来ること言う事は私と同様にかなりの場数を踏んで来たのだろう。私の言葉にゼストは目を瞑った。

 

「私はもう二度死んでいる」

「え?」

 

二度死んでいる。ゼストの口から思わぬ言葉が出てきたので思わず、言葉が出てしまった。だが、その言葉で無理やりだが私とゼストには共通点が存在していることがわかった。

私は二度サーヴァントとして死を迎えた。ゼストも何故二回死んだのかはわからないが、それが私がマスターとして呼び水になったのではないだろうか。

 

「地上本部の罠に陥り、部下を1人失わせてしまい私も死を迎えた。だが、とある科学者によって私は蘇った。命は短かったがいい仲間もいた。そして、二度目の死。全てを後輩に託して消えたのだがこうして再び地面に足をつけて歩く事になるとはな」

 

ゼストは目を開けた。その瞳はいつもと変わらない、揺らぎのない強い目をしていた。

 

「アルトリア。私の願望は……」

 

ゼストの願望を私はしっかりと胸に刻んだ。この者はやはり素晴らしい人物だ。主従関係を入れ替えても良いと考えてしまう。この者が王だったら騎士であった私は生涯忠誠を誓えると想ってしまうほどだ。

この者となら聖杯をとれる。何処からきた想いかはわからないが確かな自信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アラル港湾埠頭

 

「……」

 

何時になく、アインハルトの表情が少し引き詰っていた。いつもの無愛想な表情ではなく緊張の色を表情に出しているのが見て分かる。俺とアインハルトは廃墟倉庫区画へと移動している。これから行われるのはヴィヴィオとアインハルトの二度目の対決だ。

オリヴィエも行きたがっていたが、ノーヴェが来るとわかると行くことを諦めてしまった。一度、虹彩異色の目でノーヴェと対面してしまったらしい。それだとバレる可能性があるので部屋でお留守番してもらう事にしてもらった。

俺は無限書庫に行った後は歴史に出てくる有名な人物の特徴を調べ続けていた。聖杯戦争まで何も準備しない訳にもいかないのでやれることはやろうと決めた。おかげで歴史に関してはかなり知識がついた気がする。

そして、昨日いろいろな書店で買った歴史の本を読んでいるとアインハルトがやって来て、ヴィヴィオとの対決する場所に一緒に来てほしいと言われた。俺も2人がギクシャクしているのは気になっていたから二つ返事で返した。

 

「緊張しているのか?」

「……ええ」

「リラックスしとけよ」

 

俺は笑ってアインハルトの頭を撫でた。アインハルトの表情が少し柔らかくなった気がした。いつもならここで“子供扱いしないで下さい”と言ってくるのだが何も変化が無い。どうやら相当気を張っているようだ。

 

「……ま、頑張れや。緊張しすぎんなよ」

「はい」

 

そして、廃墟倉庫区画の広場へと進んだ。

 

「……」

 

ヴィヴィオが中央で静かに立っていた。隣にはヴィヴィオのデバイスであるクリスがふわふわと浮いている。周りにもこの対決を見るのために前回集まったメンツが揃っていた。

アインハルトは一度目を閉じて深呼吸をして、そして静かに目を開いた。

 

「お待たせしました。アインハルト・ストラトス参りました」

 

ヴィヴィオはこちらを向いた。表情はかなり真剣だ。

 

「来ていただきましてありがとうございます。アインハルトさん」

 

ぺこりと頭を下げるヴィヴィオ。それを見てアインハルトはどう受け止めたらよいか分からず困った表情をする。俺はここからは2人に任せようと思い観客席へと移動した。

 

「ガイさん、こんにちわ」

「こんにちわ」

 

元気な子供たちが挨拶をしてきた。俺も簡単に挨拶をする。

しかし、やはり友達が心配なのかヴィヴィオを心配そうに見つめている。

 

「ヴィヴィも頑張って鍛えてきたんだろ?毎日特訓したって言うメールが来るよ」

「ヴィヴィオは毎日頑張っていたからな。ノーヴェが自慢していた」

 

コロナ達の隣には同じくらいの背をしている右目に眼帯をしているチンクがいた。並ぶとチンクもコロナ達と同じ学年なんじゃないかって思う。

 

「……何か変な事を考えていなかったか、ガイ?」

「い、いや、何も考えていないよ」

 

俺は慌ててチンクから視線を離してヴィヴィオとアインハルトを見た。チンクは何か言いたげな表情をしていたが2人の対決が気になるのか俺と同じ方向へと視線を向ける。

 

「ここは救助隊の訓練でも使わせてもらっている場所なんだ。廃倉庫だし許可も取ってあるから安心して全力出してもいいぞ」

 

今回もジャッチをするノーヴェが指揮を取っていた。

 

「うん、最初から全力で行きます」

 

ヴィヴィオは浮いていたクリスを掴んで構えた。アインハルトも静かに構えた。

 

「セイグリット・ハート、セットアップ!!」

「……武装形態」

 

虹と碧銀の光が周り一帯を包んで2人は一瞬にして大人モードになった。アインハルトの大人モードは前見た格好だ。ヴィヴィオの大人モードはなのはさんを少し真似ているからか、サイドテールにして黒いインナーに薄い黒く薄い装甲の鎧を着てなのはさんと同じ白いバリアジャケットを羽織っている。組手などで何度か見たことある姿だ。

 

「ガイさんはどちらを応援するんですか?」

「……どっちも、だな」

 

どちらも俺との関わりはある。どちらかだけを応援するという事は出来ない。

 

「今回も魔法は無しの格闘オンリー五分一本勝負」

 

ノーヴェは右手を上げた。そして、それは勢いよく振り落ちた。

 

「それじゃあ試合開始ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーヴェ「それじゃあ試合開始ッ!!!」

 

ノーヴェさんの合図で試合は始まった。構えているヴィヴィオさんを見る。

 

綺麗な構え……油断も甘さもない。いい師匠や仲間に囲まれて、この子はきっと格闘技を楽しんでいる。私とはきっと何もかも違うし、覇王の拳を向けていい相手じゃない。

 

私も静かに構えた。

 

私はいい師匠や仲間なんてものは存在しなかった。ずっと覇王の悲願を達成するために孤独を貫いてきた。でも、マンションに引っ越した時に隣に居たガイさんがマンションの使い方をいろいろ教えてくれた。第一印象が優しい人だった。ガイさんと居ると時折、温かい気持ちが胸の中に感じた。覇王の記憶でもないのに温かい気持ちが溢れてくる。

だから、ちょくちょくガイさんとはメールしているし、返信が来ると嬉しい。これが仲間っていうのかな?

 

私は一度思考を切り替えた。今はこんな事を考えている場合じゃない。

けど、結局覇王の拳を受け止めてくれる人物は現れなかった。ガイさんが受け止めてくれそうな気がするが、ガイさんは私との再戦を拒んでいる。

理由を聞いてみたら、

 

『俺では覇王の拳を受け止められない』

 

の一点張り。

そんな事はないと思う。たとえガイさんの魔力が低くてもあの動体視力と反射神経は覇王の型にひけを取らない。もしかしたら受け止めてくれるかもしれないのに。

 

……目の前の少女はこの覇王の拳を受け止めてくれるでしょうか?

 

私は思考を完全に戦闘一色に切り替えてヴィヴィオさんを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガイさんが視ている。ううっ、緊張する。でも、そんな事を考えている場合じゃないよね。

 

私はアインハルトさんの姿を見据えた。アインハルトさんからはものすごい覇気を感じた。何処に隙があるのだろうか。たぶん探しても見つからないと思う。

 

凄い威圧感。一体どれくらい、どんな鍛えてきたんだろう。勝てるなんて思わない。だけど、だからこそ一撃ずつで伝えなきゃ。

 

私は走り出した。それに応じてアインハルトさんも走り出す。

アインハルトさんの右拳が早い。私は腕をクロスしてそれを胸前で受け止める。ものすごい音がした。腕にはピリピリした感覚が残った。なんて重い拳なのだろう。一撃一撃が凄い。

アインハルトさんはそのまま左拳を顔面に放ってきたので私はそれを紙一重でかわす。再び右拳が襲ってきたがそれを左腕で受け止める。何度か組手を交わしたが、アインハルトさんの肘が襲ってきたのでそれをしゃがんで避ける。アインハルトさんの腹に隙が出来た。私は右拳を構えて渾身の一撃を放った。

 

私の全力。私の格闘戦技!!!

 

その拳をアインハルトさんの腹にクリーンヒットさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインハルトはヴィヴィオが放った右ストレートを腹に受けてその衝撃で擦り下がった。ヴィヴィオはそのまま追撃をするため走り寄って左ストレートを放つ。

しかし、それは簡単に受け止められ、アインハルトからの連撃が飛んできた。アインハルトは冷静に分析している。慌てることがない。

 

「……でも」

 

俺は2人の表情を見て笑みを零していた。

 

「ん?ガイさん、どうかしましたか?」

 

隣に居たリオが俺の発言を聞いたのかこちらに声を掛けてきた。コロナも俺の方を向く。

その間にヴィヴィオがアインハルトの拳に合わせて、カウンターパンチを放ちアインハルトの顔面にヒットした音が響いた。その勢いを殺しきれずアインハルトは下がった。

 

「はあああっ!!!」

 

ヴィヴィオが追撃を始める。

 

「2人とも楽しそうだなと思ってな」

「え?そうですか?」

「ん~そうかな~?」

 

俺の言った言葉にコロナとリオは理解できていないのだろう。確かに2人は真剣勝負で真剣な表情をして対決をしている。とても楽しそうには見えないだろう。

 

「表情は真剣でもなんだか楽しそうな雰囲気が2人から流れているんだよ。気のせいか?」

 

俺はアインハルトを見る。真剣な表情をしているがどこか楽しそうに対決をしているような感じがする。見ていて何となくというレベルで感じられるだけだが。ヴィヴィオは全力を出して楽しんでいるのは目に見えて分かっている。ヴィヴィオはそういう性格だ。その風に無意識にあてられいるのだろう。

 ヴィヴィオがアインハルトの無表情という鉄の仮面を剥がしてくれるかもしれない。

 

これならアインハルトが笑顔を見せる日は近いかもしれないな。ヴィヴィオが何とかしてくれそうだ。

 

「覇王断空拳」

「!!」

 

色々な思考に意識が言っている間に組手を何合か交わしていたアインハルトの拳がヴィヴィオの溝に当たり、ヴィヴィオを吹き飛ばして倉庫へ激突した。

 

「一本!そこまで!!」

ア「はぁはぁ……」

 

ノーヴェが試合を止めた。今回もアインハルトの勝ちのようだ。

コロナ達がヴィヴィオへと走っていく。たぶんアインハルトが防護を抜かないように気をつけていたから大丈夫だろう。

 

「楽しかったか、アイン?」

 

俺は武装形態を解除したアインハルトに近寄った。その言葉を聞いてアインハルトは俺から目を逸らして答える。

 

「……この気持ちは楽しいというものなのでしょうか?胸の内からうずうずと何かが疼いているような感じがします」

「ヴィヴィは積極的だから、消極的なアインとは相性が良いかもな」

「わ、私は消極的では……あっ……」

 

俺の言葉を否定しようとしていたアインハルトがふらっと体が傾いた。そのまま足で踏んばることが出来ずに俺の体へとぶつかった。

 

「大丈夫か、アイン?」

「す、すいません……あれ!?」

 

アインハルトは離れようとしているがうまく力が入らず戸惑っている。

 

「ラストに一発カウンターがカスってたろ。時間差で効いてきたか」

 

ノーヴェが先ほどの最後の場面を解説した。アインハルトの“覇王断空拳”に合わせて、ヴィヴィオがカウンターを放っていた。

確かにカスっていたがカスるだけでここまでのダメージだ。ヒットしていたら結果は逆だったかもしれない。

 

「ま、ダメージが抜けるまではじっとしてろよ」

「……ううっ」

 

アインハルトは何も言わず顔を赤くして俯いてしまった。

 

「お前らってやっぱり仲がいいよな」

「……まあ、悪い仲でもないし隣同士だしこんなもんだろ」

 

ノーヴェがあきれた表情でジト目をしてこちらを見てくる。

 

「……で、ヴィヴィオはどうだった?」

 

ノーヴェは追及するのをやめて、アインハルトの意見をきいてきた。少しまだ顔が赤いが頭を上げてノーヴェに視線を移す。

 

「彼女には謝らないといけませんん」

 

アインハルトは俺から離れた。大分ダメージも抜けたのだろう。

そして、目を瞑る。

 

「先週は失礼なこと言ってしまいました。訂正しますと」

「そうしてやってくれ、きっと喜ぶ」

 

ノーヴェは片目を閉じて笑った。このような結果になって満足なようだ。

アインハルトはそのまま、ディーチの膝枕で気を失っているヴィヴィオに近づいた。その表情にはさまざまな思考が入り混じっているように見えたが、そっとヴィヴィオの手を掴んだ。

 

「はじめまして……ヴィヴィオさん。アインハルト・ストラトスです」

 

前に一度、自己紹介をしたがあれは嘘のアインハルトの姿だった。今は本物のアインハルトが挨拶をしている。

 

「それ、ヴィヴィが起きている時に言ってやれよ」

「……恥ずかしいので嫌です」

 

だが、相手が起きていないと挨拶としての意味をなさなだろう。アインハルトは俺の言った言葉に対して冷めてきた頬を再び赤くして嫌がった。

 

「何処か休める場所に運びましょう。私が運びます」

 

アインハルトは気を失っているヴィヴィオを背負って歩き出した。

 

「素直じゃないね」

「そうですね」

 

近くに居たコロナが相槌をしてくすくす、と笑った。

 

とりあえず、アインハルトにはヴィヴィオが居るから大丈夫だと思う。オリヴィエでは無くヴィヴィオ。これなら覇王の悲願にそれほど苦しむ事は無いのかも知れない。

 

俺は今回の2人の対決でそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ミットチルダ都内

 

2人の対決後、俺は都内へと足を運んだ。アインハルトも付いてくるような事を言っていたが、ヴィヴィオが起きた時に対決した張本人が傍に居ないとダメだろう、と言って置いてきた。皆も休憩所でヴィヴィオを見ていた。

俺も居てやるべきなのかもしれないが、やることがあるので席を外して貰った。やることとは都内にある書店や本屋を徹底的に漁ること。

無限書庫に“聖杯戦争”というモノがヒットしないのならこのような所に存在するのではないかと考えて、無限書庫から戻ってきた次の日から行動に移した。いつもは仕事の後なので時間があまりとれなかったが、今日は休日なので残りの時間を全て検索に費やせる。

オリヴィエにも来てほしいものだが生憎と連絡手段がない。オリヴィエが通信端末を持っているわけもなく念話もなぜか使えない。仕方ないので1人で検索する事にした。

とはいえ、これで何店舗回ったのだろうか。数えるのも面倒になってきたので10以降は数えていない。

これほど探し回っているのに1つも“聖杯戦争”という言葉がヒットしない。

 

情報操作されているのか?

 

そんな事さえ思ってしまう。こうも情報が見つからないと探し回った疲労と精神からの疲れで思考が鈍り始める。今日はもう部屋に戻ってゆっくりするべきではないかと、簡単な方へと考えが行ってしまう。

それはダメだ。俺は頭を振って思考を切り替える。まだ探そう。きっと何処かに情報は眠っている。そう思いながら、曲がり角に入って行った。

 

「きゃ!!」

「わっ!!」

 

考え事をしていて視野が狭かったせいか出会いがしらで誰かとぶつかってしまった。その人物は尻もちをついてお尻をさすっていた。

相手は女性だ。黒い髪を黒いリボンでツインテールに縛り、翠の瞳。黒いニーソックスに黒く短いミニスカート。胸元に十字の紋章が付いている赤い服を着ている。

 

「すまん、考え事をして周りへの注意を怠っていた」

 

俺はそう言って、右手を差し出す。

 

「まったく、ちゃんと確認しなさいよ」

 

その女性は文句を言いながらも俺の差し出した手を握って立ち上がった。背は俺よりも低く、160cm位だろう。見た目はとても良い容姿をしている。目つきは鋭い。

 

でも、街中を歩いていたら声をかけられるんじゃないか?可愛いというか美人というか綺麗というか。100人の男が100人とも可愛いないし美人ないし綺麗と言うと思う。

 

女性はスカートについた埃をパンパンと叩いて叩き落とす。

 

「ま、誰しも考えなければならない事はあるし。いいわ、今回は無かったことにするわよ。でも、今度こんなことあったらタダじゃおかないからね」

 

女性は少し怒ったような表情をして俺の事を覗き込んだ。その仕草は男心を揺さぶるような可憐さがあった。

男である俺もそれにあてられていた。

 

「あ、ああ。悪かった」

「ん、ならよし。それじゃあ、またどこかで会う事があったら会いましょう」

 

女性は綺麗な頬笑みを俺に見せつけて、人ごみの中へと消えて行った。

 

「綺麗な人だったな」

 

俺は去り際に見せた頬笑みが脳裏に焼き付いてしまった。なのはさんやフェイトさんとはまた違う綺麗な女性。多分俺と同じぐらいの年だろう。幼げさが少し残っていた。

 

「っと、検索検索」

 

俺は頭を掻きながら思考を切り替えて次の書店へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの人……僅かながら何かを感知した」

 

私は先ほどの人とぶつかった後、路上からとあるアパートへと移動した。

そして、その中に入って鍵を締める。

 

『奏者よ、もう出ても良いのか?』

 

頭の中に声が反響した。私は頷く。

そして、私の目の前に人物が何処からともなく現れた。金髪の髪に翠の瞳。鮮やかな赤のドレスに随所に施された金の刺繍が高級感を漂わせ、大きく腰下まで開いた背中のラインがある。スカートの前が半透明なシースルーになっており白い下着が丸見えになっている。

私は最初に見たときにはセイバーだと思った。顔が瓜二つなのだから。だが、実際に話してみると全くの別人だった。

 

「しかし、ここも随分と古びた部屋だの、凛よ」

「それには同意」

 

私達は部屋を見渡す。所々ボロが目立つ。天井の一部は穴が開いているし、フローリングではあるが長年掃除をしていないからかかなり汚れが目立っている。部屋の角には必ずと言っていいほどクモの巣も張ってある。

ここに来てから寝床だけは綺麗にしたがそろそろ部屋も一通り掃除した方がいい。

 

「そうね。はあ、とりあえず掃除するわよ、セイバー」

「なんと、奏者は余に掃除をしろと申すか!?」

 

全く、このセイバーの性格はひどい。召喚してからそれほど日は立っていないが性格はある程度分かった。我儘な王様気質で唯我独尊タイプだ。

しかし、真名が何なのか聞こうとするとマスターである私に嫌われたら耐えられないからと真名を隠す。そういう可愛らしい一面も目撃できた。

 

見た目は前のセイバーに瓜二つだが中が全然違う。顔が似ているからどうもやりずらい時もあるけど、割りきることも大事よね。前のセイバーは凛々しくて大人しくて私的に嬉しかったのに。

 

「私だって嫌なんだから、一緒にやりなさい!!」

「嫌じゃ!美しいものなら余は好きだがこの汚い部屋は流石に我慢ならん!!」

「だから掃除しなさいっての!令呪を使うわよ!?」

 

私は長そでの赤い服を腕までまくって、令呪を見せる。同じ場所に同じ紋章が刻まれている。それを見せたからかセイバーは少し大人しくなった。

 

「もったいないことするな。それに、そなたは美しいのだからこのような掃除は家臣の物にやらせておけばよかろう」

「……褒めたって何も出ないからね。それに家臣なんていないわよ」

 

私は腕まくりしていた服を下ろした。美しいと褒められて悪い気はしない。怒りの沸点から少しメータが落ちて冷静になった。

 

「凛も短気でなければ良き術者だと言うのに、性格に難ありだぞ、奏者よ」

「流石に貴方に言われたくないわ!!」

 

しかし、そのメータは再び簡単に怒りの沸点を越えてしまい私はセイバーに指をさして怒鳴った。

 

こんな我儘な王様気質で唯我独尊タイプなサーヴァントに言われたくない。

 

「余は美しいモノが好きなのだ。英雄、色を好むと言うしな!美少年は良い。美少女はもっと良い。何であれ、美しいものは大好物だ!!うむ、奏者も美少女である」

「うっ……」

 

そんな事を言われたらなんて返せばいいのよ、バカ。私はセイバーから視線を外した。

 

「わ、わかったわ。私が掃除するからその間は霊体化してなさい」

「うむ、任せたぞ」

 

そう言って赤いセイバーは満足したような表情で消えた。霊体化したのだ。

私はため息をついた。家訓に“どんな時でも余裕を持って優雅たれ”を実践するとある。今はとても余裕をもって優雅など保てない。

今回の聖杯戦争は巻き込まれた様なものだ。あの第五次聖杯戦争の後、私はアーチャーとの約束で士郎の事を面倒見ることになった。別に士郎の事は嫌でもないしほっとくと勝手に“正義の味方”を目指して走り続けてしまう。走り続けるのは別にいいけどちゃんと順序を踏まないと意味が無い。

私はさっそく、学校の放課後に士郎を教室に呼んで魔術の勉強をさせようと思った。そして、薄い赤のかかった短髪に薄い黄色い目の士郎が教室に入ってきた瞬間、私と士郎の間に大きな“穴”が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――放課後の教室

 

「な、何よこれ……」

「な、なんだ?」

 

私達は突然現れた黒い“穴”に驚きを隠せなかった。それは“穴”と言うには変だ。黒い“丸”と言うべきだろう。トンネルの内部の壁が塞がって先が繋がっていないように見えるのだから。

 

「と、とりあえず、害は無さそうね」

「大丈夫なのか?」

 

士郎が険悪した表情のまま私の所まで近寄ってきてくれた。こんなイレギュラーは困る。

 

「これは、ギルガメッシュが引き込まれた“孔”に似ている」

「でも、あれは無くなったはず。今回の“穴”は聖杯とは関係ないわ」

 

聖杯はセイバーが破壊してくれた。その中にあったグロテスクな黒い泥も一緒に。正直、あんなもののために、アインツベルン・遠坂・マキリの三家がそれぞれの思惑から協力したことで始まった聖杯戦争の正体だったと。

私はあの聖杯の正体を知ったとき絶望感で胸の中に満たされてしまった。今まで苦労して求めてきたモノは願望機ではなかった。人を殺すことしかできないモノだったのだから。

 

『それは冬木の聖杯は欠陥品だったからだ』

「「!!」」

 

突然、声が教室内に響いた。渋くて低い声。それは一瞬、あの神父の言峰のような声だと思ったが違う。言峰は私の目の前でランサーの宝具“刺し穿つ死刺の槍(ゲイボルク)”で心臓を突かれたはず。もはや現世に存在しない。

その言葉の声を聞いた私達は戸惑いを隠せないでいた。

そして、今まで何も行動を起こさなかった“穴”が行動を起こした。

 

「わっ!!」

「凛、何かにつかまれ!!」

 

大きな地震が起きたのではないかと思うぐらいの地響きの揺れと共に塞がっていた“穴”が開いた。

そして、中からの吸引力が人が踏ん張って留まれることが出来ないほどの威力で教室内を襲いかかった。窓ガラスは割れて机などがどんどんあの“穴”の中へと吸い込まれる。

 

「な、なんなのよ~!!」

「うわああああああ!!」

 

無論、私たちもそれに抵抗できるわけ無く“穴”へと吸い込まれた。

そして、一瞬にして小さな薄暗い部屋に出てきた。“穴”から出てきた私は何とか着地をした。

 

「あれはなんなのよ、士郎」

 

私の隣に居た士郎に声をかける……が、その言葉に帰ってくる声が無かった。私は周りを見た。先ほどまで隣に居た士郎が居なかった。それだけではない。机などが先に吸い込まれたのにそれらも存在しない。この部屋に吸い込まれたモノが何もないのだ。

部屋には何もない状態。私は不安と恐怖で胸に満たされた。

何が起きてもおかしくない状況。周りには頼れる存在の士郎もいない。私の顔に冷や汗をかいているのも分かった。

 

『なに、そう緊張することではない』

「!!」

 

突然、私の前にモニターが現れて声が聞こえてきた。私は驚いた。電子機器全般がダメな私でもわかる。これは現段階の地球の技術力では無理な技術。

それが私の目の前で行われているのだ。驚かないわけがない。モニターは真っ暗だが人がいることが分かる。

 

「あ、あなたは誰?」

『私は“管理者”と名乗らせてもらう』

 

管理者……聖杯の?

 

私の脳裏には第五次聖杯戦争の監督者だった言峰綺礼が浮かんできた。いつも私をコケにしているような表現をしてバカにしてくる八極拳の師匠。

 

『先ほど言ったはずだ。冬木の聖杯は欠陥品だ』

「な、何のことを言っているの?」

 

冬木の?なら、聖杯は他にも存在する?

 

『いろいろ順を追って説明しよう』

 

そして、現在の状況も把握できないまま管理者からいろいろな話を聞かされた。

冬木の聖杯の正体は“この世の悪のすべて(アンリマユ)”で、聖杯が溜め込む“無色の力”は汚染されて“人を殺す”という方向性を持った呪いの魔力の渦と化して、冬木の聖杯は人を貶める形でしか願いを叶えられない欠陥品であること。

しかし、この星のミッドチルダにも聖杯が存在し、“無色の力”のままで存在。今はマスターが少しずつ参戦していること。

ここは地球と言う星があった世界ではなく“ワームホール”で別世界にやって来たことなど。

とてもじゃないが信用できない内容ばかりだ。私は表情を硬くして考え込んだ。

 

『今は三人のマスターが登録された』

「士郎は何処に居るのよ?」

 

信用できない奴から聞くのも変だが情報が豊富にあるこいつからは色々と聞けそうだ。同じ“ワームホール”に吸い込まれたのに、出てきたときには隣に居なかったのだから。

 

『ああ、あの“贋作”か』

「……今、なんて言った?」

 

私の中に怒りの感情がこみ上げて来たのが自分でも分かった。確かに士郎の“投影”は本物に近い武器を投影することが可能だ。それは偽物ともいえる。

しかし、モニター越しに映っている管理者は表現を悪くした言いで士郎の事をバカにしている。

アーチャーに頼まれた士郎をバカにされて私は怒っているのだ。

 

『あいつもこの世界に来ている。暇があれば探してみるといい』

「あんたが私たちを連れてきたんでしょ!!」

 

私は声を高くして怒鳴った。

 

『前の聖杯戦争で生き残ったマスターが居ると盛り上がると思ってな。なに、今回の聖杯は“無色な力”を持っている。願望機として申し分ないだろう。安心すると良い』

「私は一度も参戦しようなんて……!!」

「だが、喜ぶといい凛。君が願っていたクラス……セイバーで聖杯戦争を望めるのだぞ」

「え?」

 

私の言葉を遮って管理者は私の事をマスターとして登録しようとしていた。

断ろうとしたが最優のサーヴァントと謳われるセイバーのクラスが私のサーヴァントだってことになると気持ちが一瞬揺らいだ。

前回のセイバーが私の純マスターになってくれる。前は一時的だったとは言えセイバーのマスターになったのだ。人前には表情を出さなかったが嬉しかった。

 

「な、召喚の紋章!!」

 

その一瞬の揺らいだ気持ちが管理者が承諾と受け取ったのか私の目の前に赤い召喚の紋章が現れた。

そして、私の腕に前回の聖杯戦争と同じ形をした令呪が刻まれた。

 

『召喚は私がやっておいた。クラスはセイバーだが何を引くかはわからんがな』

 

そして、召喚の紋章から人物が目を瞑りながら地面からゆっくり現れた。金髪の髪に翠の瞳。鮮やかな赤のドレスに、随所に施された金の刺繍が高級感を漂わせ大きく腰下まで開いた背中のラインがある。スカートの前が半透明なシースルーになっており白い下着が丸見えになっている。

 

「セ、セイバー?」

 

私はその容姿を見て、前回参戦していたセイバーが脳裏をよぎった。あのセイバーと瓜二つなのだ。あの忠義なセイバーが私のサーヴァントになってくれると思い嬉しさが込み上げてきた。

 

「問おう。奏者が余のマスターか?」

「……はい?」

 

だが、その口調で脳裏に浮かんでいたセイバーの姿は消えた。セイバーが“奏者”や“余”などと言った記憶はない。

 

「貴方、セイバーでしょ?」

「うむ、余はセイバーだぞ」

「エクスカリバーは持っているの?」

「えくすかりばー?」

 

そのセイバーは私の言った言葉の意味が分からなかったのか首をかしげた。召喚されたセイバーは前回のセイバーではなかった。

 

「あなたはアーサー王?」

「誰だそれは?」

 

私はガクっと顔を落とした。前回のセイバーの真名は知らなかったがエクスカリバーからアーサー王だったって事は分かっていた。だが、目の前のセイバーはエクスカリバーを知らないと言っていた。

 

「私が貴方のマスターよ。で、あなたの真名は何?」

 

私は気を取り直して腕に刻まれた令呪をセイバーに見せた。セイバーはそれを見て私がマスターだと分かって頷いた。

 

「……どうしても真名を答えなければならないか?」

「ええ、パートナーである貴方の真名を知っておいた方が聖杯戦争を有利に進めるわ」

「だが、断る!!」

「はあ!?」

 

しかし、セイバーは問い詰めた真名を明かそうとはしなかった。

 

「余の真名を明かして美しいマスターに嫌われたら耐えきれん……」

 

セイバーが頬を赤く染めて視線をそらした。

 

私に嫌われたら耐えきれない?

 

「セイバー……貴方“反英雄”なの?」

 

“反英雄”とは悪によってかえって善を明確にし世を救ったもの。忌み嫌われる存在でありながら崇め奉られることになった者を差す。

 

「……かもしれんな。余は“暴君”とも呼ばれていた事がある」

「……暴君」

 

セイバーからの覇気が少し小さくなった気がした。セイバーは目を閉じた。このセイバーは“反英雄”なのかもしれない。真名をマスターに教えて関係を断ち切られるとを恐れているのだ。

 

「……分かったわ。真名は聞かないであげる」

「すまぬ、奏者の心使いに感謝する」

 

口調から王族であることは間違いない。“暴君”と“王族”で後で調べてみる必要があるわね。

 

『話は纏まったか?』

 

そこにセイバーが現れてから今まで声を出さなかった管理者が問いかけてきた。

 

「正直、聖杯戦争はもうやりたくないんだけど……士郎はこれがまだ続いていたと知っていたらきっと参戦してくるわ。私は士郎を止めないといけない」

『ふっ、では、遠坂凛は四人目のマスターだ。サーヴァントのクラスはセイバー。登録しておこう』

 

モニター越しから小さく笑い声が聞こえる。何か苛立ちを覚える。

 

「貴様、マスターの侮辱は許さんぞ」

 

セイバーの左手にはいつの間にか赤と黒のラインの捻れた特徴的な剣が握られていた。剣には銘として“regnum caelorum et gehenna”と刻まれているのが確認できた。意味はラテン語で”天国と地獄 ”。

その捻じれた特徴的な剣は精密に鍛錬されて作られたモノだろう。

 

『ふっ、貴様の剣は怖いな。モニター越しでもその剣からのオーラがこちらに伝わってくる』

「隠れていないで出てきたらどうだ?」

『生憎とまだ表に出れないのでな。では、凛よ。次の連絡した時は聖杯戦争の開始の狼煙だ。それまで住む場所がないと思うので、1つ部屋を貸そう。好きに使え』

「あ、ま、待ちなさい!!まだ聞きたい事が……」

 

薄暗い部屋からモニターが一方的に消された。

 

「……まったく、またこれに参戦するとはね」

「奏者は二度目か。なら心強い」

 

ありがと、と私は相槌を打って周りを見渡した。ドアがポツンとあった。他には何もない。窓も電球も。

 

「変な場所ね。それに……」

 

私は目を瞑って意識を集中した。大気中に存在する魔力(マナ)の量が測れた。その量は地球にあった魔力(マナ)とは比べ物にならないほど膨大だ。

“魔術”の特性は、術の構成を練る際に、自分以外の魔力……要は大気中に存在する魔力を集めて、自分自身の魔力と一緒に練り上げる。それを制御することによって初めて“魔術”というモノを扱う事が出来る。

私たち魔術師は“魔術”を秘匿で扱う事によって、魔術師を増さず大気の魔力(マナ)を減らさないようにしている。それでも地球の大気の魔力(マナ)は減り続けていた。

だが、ここには膨大な量の魔力(マナ)が殆ど手付かずの状態だ。

 

「……今回の聖杯戦争は頑張って行ける……かな」

 

魔術師は自らの許容量を超えた魔術を使ってはならない。それは術者の身を滅ぼ諸刃の剣。

私自身の許容量を増やすには時間がかかる。その代りに宝石に魔力を蓄えておくことはできる。これほどの膨大な量の魔力(マナ)だ。私自身を強化して行ければ“魔術”を強くしていける。

私はこれからの行動の算段を考えてそして微笑んだ。マスターがサーヴァントに敵わないなんてことはない。

 

士郎だってサーヴァントと渡り合えたのだから。私にだってキャスターと戦えた。

 

「うむ、余のマスターは頼もしく思えるぞ」

「ええ、しっかり働いてもらうわよ。セイバー」

 

セイバーは強く頷き、そして、霊体化して消えた。私はドアへと足を進める。

そして、ドアノブには一切れの紙が張りついていた。それを見るととある場所までの地図が書かれていた。おそらくこれから使う部屋への道筋だろう。

 

「あのバカも探さないとね」

 

私はため息をつき今後の行動を考えながらドアを開けた。眩い光が私を包みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アパート

 

「やっと、終わった……」

 

私はモップに体重をかけて、はあ、と疲れた息を吐いた。部屋はだいぶ綺麗になった。1人暮らししていくには丁度良い広さだ。

 

「マスターよ。ご苦労であった」

「やっぱり、あんたにもさせるべきだった」

 

赤いセイバーが姿を現した。私がすべてやると言ってしまったので最後まで私1人でやったが、やはりこのサーヴァントにもやらすべきだった。

先ほどの行為は後悔している。

 

「しかし、あの管理者ってやつはどこまで“聖杯戦争”の事を知っているのかしらね」

 

私は自分の姿を見た。黒いニーソックスに黒く短いミニスカート。胸元に十字の紋章が付いている赤い服。これは前回の“聖杯戦争”の時に浸かっていた服だ。教室の放課後に“ワームホール”に入ったので制服姿のままだったが、この部屋に来ると丸いテーブルの上にこの服が畳んで置いてあったのだ。それとこの世界の通貨なのかお金がいくらか置いてあった。

 

「まあ、それが戦闘服なら良いではないか。では、さっそく豪華なご飯を食べようではないか」

「駄目よ。ここにあるお金しかないんだから倹約していかないと」

 

この世界の通貨は分からないがあまり多くは置いていないだろう。宝石を買えたら買いたかったが学生鞄の中にある宝石しかない。

 

「はあ、どこの世界に行っても倹約するなんてね」

 

 さっきからため息が尽きない。

 

「余は倹約などやったことない」

「あんたに聞いていないわ」

 

聖杯戦争が始まるまではまだ時間はある。それまでに私自身をどれくらい強化できるか。それに、目の前のサーヴァントの正体も知っておきたい。

 

「ねえ、セイバー。あなたの真名はやっぱり聞いちゃ駄目?」

「すまぬ、余の真名は教えることはできん。だが、時が着たら必ず真名を教えよう」

 

そう、と私は相槌を打った。

 

「なら、それ相応の働きをしなさいよ」

「うむ、マスターの期待に添えよう」

 

セイバーは自信のあるような表情をして強く微笑んだ。

 

確かに腕には自信がありそうね。

 

「さて、それじゃあ、いろいろ準備をしないとね」

 

私は今後の活動を赤いセイバーと一緒に考えた。




fate/extraから赤セイバー参戦しました。

ええ、あの技を描写したかったのですw

やっている人はわかる。やっていない人は私の筆力で想像してね(無理言うなw)。

赤セイバーとの対決する人物はもちろん………。

何か一言感想がありますとやる気が上がります。

今後もこの作品を読んでくれたら幸いです。

では、また(・ω・)/


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九話“日常と勉強の交差”

ああ、こんな日常が欲しいとか思った。

そんだけですw

では、九話目入ります。


 ―――マンション 夜

 

「う~あ~……はあ……」

 

俺は椅子に座って机に向かっていたが長時間座っていたせいで腰が痛くなって、奇怪な声を出しながら気力の無いため息をつき机に突っ伏した。

 

「根を張りすぎですよ、ガイ」

 

同居人であるオリヴィエがテーブルの前に座って紅茶を飲みながら注意してきた。

机の上は開いている本が散乱している。無限書庫から戻ってきた日から一週間ぐらい経つが“聖杯戦争”の情報が全くない。都内の書店や本屋を全て漁ってきたが何処にも情報は無い。

歴史上の重要な人物を調べてはいるが、やはり根本的な“聖杯戦争”の情報が無いという事が心に残る不安を拭えないでいる。

 

「それでも……」

 

俺は机から起き上がってオリヴィエの方を見る。

紅茶を飲むにも1つ1つの動きが王族の雰囲気を晒し、優雅さを出している。そんなオリヴィエを見ていると心に安堵感を覚える。

オリヴィエは俺の視線に気づき、こちらに顔を向ける。

 

「オリヴィエが居てくれると安心するかな」

「ええ、マスターを守ることがサーヴァントの役目でもあります」

 

オリヴィエは優しく相手を労わるような笑みを向けてくる。俺も笑って椅子から立ち上がった。

しばらく座っていたため血行が少し鈍っているのが分かった。腕を思いっきり伸ばして体の緊張を解す。

 

『マスター、メールが来ています』

 

首に下げていたプリムラからメール着信が来たと教えてくれた。俺の目の前にモニターが現れる。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………勉強会

本文………こんばんは、ガイさん、ヴィヴィオです。実は来週から前期試験が始まるので勉強をしているのですが、良かったらコロナとリオを連れてガイさんのマンションで勉強会をしたいです。ガイさんに勉強を教わりたいですがダメでしょうか?

 

「ん?勉強会?」

 

ヴィヴィオ達がウチに来て勉強会をしたいらしい。わざわざ俺のところでやる意味があるのだろうか。

 

「ヴィヴィオ達がこの部屋に来るのですか?」

 

モニターを覗き込んできたオリヴィエが質問してきた。

 

「俺なんかよりも、もっと勉強出来る人の所でやればいいと思うんだがな。なのはさんに教えてもらうのが一番だと思うが」

「ヴィヴィオはここが居心地いいと思っているのでは?隣にアインハルトも居ますし」

「ああ、なるほど」

 

オリヴィエの言葉に俺は納得した。ヴィヴィオはアインハルトの事を気にかけている。もっと仲良くなりたいのだろう。そのために近くに居る俺の所に来たがるのも説明がつく。

この前の2人の対決はオリヴィエに話をしてある。オリヴィエは自分の複製体であるヴィヴィオとクラウスの子孫であるアインハルトが仲良くなったことはオリヴィエ自身も嬉しいのだろう。この話をした後、オリヴィエはしばらく上機嫌だったのだから。

 

「ま、明日は仕事休みだしな。別にいいか」

 

俺はモニターに入力を始める。

 

To………高町ヴィヴィオ

件名………Re:勉強会

本文………ああ、ウチに来てもいいよ。なんなら、アインも呼んでおこうか?

 

アインハルトも呼ぶ返信を書いてプリムラに送信するように命令した。すぐに返事か来た。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:勉強会

本文………はい、ありがとうございます!!!アインハルトさんも呼ぼうとしたのですが、まだちょっとメールを出し辛くて。いつかは気軽にメール出来る仲になりたいですが、今回はガイさんにお願いします。では、朝の九時頃にお伺いしますね。それでは、おやすみなさい。

 

アインハルトはあまり人と接したことが無いからか、無邪気に近寄ってくるヴィヴィオにどう接したらよいのか分からないのだろう。だから少し離れて接しているように見える。

なのでヴィヴィオは負い目を感じて、気軽に接しずらくなっているのだろう。

 

明日の勉強会で気軽に話せる仲になればいいけどな。

 

何はともあれ、明日の予定は埋まった。

 

「ガイはたまに息抜きをするべきですよ」

「……そうだな」

 

調べものも全然進まないし、たまには息抜きをするのもいいかな。

 

だが、この“たまに”が“いつも”にならないようにしないと。

 

「たぶん一日勉強会すると思うからお昼ご飯のおかずを買いに行かないと」

 

冷蔵庫の食材は明日の朝食でちょうど切らすぐらいの量だ。新たに買う必要がある。

 

「まだ、食料店は開いているかな」

 

壁に掛けてある時計を見る。まだ食料店は開いている時間帯だ。今から行ってもまだ間に合う。

 

「私も行きます。聖杯戦争がまだ始まったわけではないですが、注意はしませんと」

「ああ、心強いボディーガードだ」

 

俺は笑って、財布を持って部屋を出た。オリヴィエも紅いカラーコンタクトをつけて立ち上がり俺の後をついてくる。

 

「っと、アインにも連絡しとかないとな」

 

ドアを閉めてから先ほどアインハルトも勉強会に誘う事になっていたのを思い出した。メールよりもすぐ隣にあるインターホンを押した方が早い。俺は隣のインタホーンを押した。

 

アインハルト「はーい。あ、ガイさん」

 

ピンポーンと音高い音から少ししてアインハルトがドアを開けて顔を出てきた。青いパジャマ姿で髪を解いているからか碧銀の髪をすべて下ろしている。風呂に入った後だからか顔も少し赤く髪がしっとりとしているのがわかる。

髪をおろしたアインハルトはまるで別人だった。オリヴィエもツインテールにした時があったが、女性は髪形で印象が変わることが良く分かる。

 

「あ、あのガイさん?」

 

顔を合わせてから一度も発言をしていない俺に困ったような表情をして俺の事を見上げてきた。

 

「あ、ああ。悪い。アインの髪型が変わるとこうも印象が変わるんだなって思ってな。髪を全て下ろしているアインも結構可愛いなって思った」

「ええ、私も今の髪形は可愛いと思います」

「え、あ、ありがとうございます///」

 

俺とオリヴィエの評価にアインハルトはモジモジしながら頬を赤く染めて顔を伏せてお礼を言った。やっぱりアインハルトのこういう表情は面白い。

 

「っと、話がずれたな。アイン。明日、俺の部屋に来ないか?」

「えっ?」

 

アインハルトは未だに真っ赤にしている顔で俺の方を再び見上げる。あまり表情は変わらないが満悦そうに何かを期待しているように見えた。

 

「ヴィヴィ達が俺の部屋で勉強会をするんだとさ。アインも誘った方がいいと言ってな。St.ヒルデ魔法学院は来週から前期試験があるんだろ?」

「……」

 

しかし、俺の発言でアインハルトの表情から期待感は無くなり、はあ、とため息をついた。

 

「ん?アイン?」

「いえ、なんでもありません」

 

俺では今のアインハルトの表情が読み取れない。アインハルトは思考を切り替えたのか再び俺を見る。

 

「では私も明日、ガイさんの部屋にお邪魔します。時間は何時ごろですか?」

「ああ、9時過ぎにでも来てくれれば」

「わかりました。ところでこれから仕事に?」

 

俺は家で寛ぐような服装ではなく、航空部隊の服を着ている。俺は798航空部隊から帰宅後、着替えずに上着だけを脱いで調べモノを調べていた。その姿を見たアインハルトは誤解したのだろう。

 

「たぶん勉強会は一日中やると思うから皆の昼飯の食材を買いに行くところだ。まだ風呂に入る前だからこの格好なんだ」

「そうですか」

 

アインハルトはチラリと両眼とも紅い眼をしているオリヴィエの方を見る。

 

「あの、私も同行してもよろしいですか?」

「ああ、構わん。フリーといろいろ話すといいさ。けど風呂上がりで風邪ひかないか?」

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

アインハルトの視線の動きでオリヴィエと話をしたいのだと分かった。

そして、少し待っててください、とアインハルトは言ってドアを閉める。

 

「……」

「ん?どうしたフリー?」

 

ふと、オリヴィエを見るとさまざまな思考を巡らせているからか表情を硬くしてアインハルトが閉めたドアを見つめていた。

 

「ガイ、私は過去の人物です。アインハルトが求める“聖王”は昔に死んだ私ではなく今を生きているヴィヴィオです。私に気持ちを向けてはいけない」

「そう思いつつもアインの気持ちを無碍に出来ないんだろ?」

「……はい」

 

オリヴィエは答えの出ない問題に表情を険しくして俺の問いに素直に答える。

 

「でも、時間の問題だと思うよ」

 

え?、とオリヴィエは言って硬くなっていた表情を少しだけ柔らかくして俺の方を見る。

 

「フリーは2人の対決を見ていないからな。俺はあの2人が対決していた時、とても楽しそうに見えたよ。表情には表れなかったけど雰囲気が和やかだった。たぶん近いうちにヴィヴィとアインは良い友達になるよ。ヴィヴィは気持ちがまっすぐだからな」

「……だといいですが」

 

オリヴィエはまだ理解しがたい様子だ。実際に対決シーンを見ているわけではないからな。アインハルトとヴィヴィオが仲良くなった光景を見たらオリヴィエは安心するだろう。

 

「お待たせしました」

 

ドアが再び空いて、私服姿のアインハルトが出てきた。髪もまた特徴的なツインテールにして、左側に大きな赤いリボンをつけている。髪を全て下ろしているアインハルトは斬新だったがいつものアインハルトの方がやはりいい。

 

「んじゃ、食材買いに行くか」

 

俺の言葉に2人は頷いた。オリヴィエの戸惑いも分からなくはない。過去のオリヴィエが現代のクラウスの子孫のアインハルトと共に居るべきではない。アインハルトは同じ時間軸のオリヴィエの複製体であるヴィヴィオと居るべきだ。決してオリヴィエではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――次の日

 

俺の部屋は1人暮らしをするには丁度良い広さなのだが今は俺も合わせて6人いる。5月も中旬。流石にこの人数では部屋に熱気が籠ってしまうので、エアコンを使って空調を調整して快適な温度に保った。

テーブルにはヴィヴィオとコロナとリオとアインハルトの教科書やノートが開いていた。皆、ペンを走らせている。

俺は椅子に座りテーブルを囲んでいる皆の方を見て、オリヴィエはベッドに腰掛けている。

しかし、勉強している初等科組は何やらそわそわして勉強にあまり集中していない。部屋に入ったときからそわそわしている。

 

「というか……」

 

ヴィヴィオが走らせたペンを止めて、驚いた表情でオリヴィエの方を見る。

 

「今までスルーしていましたが、フリージアさんはガイさんと一緒に住んでいるんですか?」

「え?私ですか?」

「……ああ」

 

コロナもリオもペンを止めてヴィヴィオの言った言葉を肯定するように首を縦に振って、オリヴィエに期待と不安の入り混じった表情で見つめていた。

そういえば、ヴィヴィオ達にはオリヴィエがここに住んでいると言っていなかった。ヴィヴィオ達が部屋に入った時に普通にオリヴィエが居て、何かを言いそうだったがアインハルトがすぐ来て、そこから聞くタイミングを失っていたのだろう。

 

「フリーはただの居候かな」

「フリージアさんは……」

「だだの……」

「居候……」

 

初等科組は目を大きく見開いて驚いた様子だった。

しかし、アインハルトが表情を変えず発言してきた。

 

「……フリージアさんはガイさんの家にホームステイしてきたんです」

 

決してこちらに視線を移さずノートにペンを走らせている。アインハルトはうまく話を合わせてくれるようだ。

 

「言い方が悪かったな。フリーはホームステイ。このミットチルダの文化を学びにやって来た」

「ホームスティ……」

「それでガイさんと……」

「一緒になれた……」

 

初等科三人組は何を考えているのか俺にはもはや理解できない。俺は椅子から立ち上がって四人の居るテーブルに顔を出す。

 

「St.ヒルデ魔法学院って意外と難しい事やってんだな」

 

俺はヴィヴィオのノートを見た。そこに書かれている数式は理解は出来るが、それは俺が訓練校の時に習ったモノだ。訓練校は一般レベルの中等科辺りの知識から教えられるが、この数式はその一般レベルの中等科二年ぐらいのレベルだ。

 

「フリージアさんはガイさんのホームスティ……」

「ん?ヴィヴィ?」

 

俺がテーブルの近くまで来たのに全く気づかず未だにぶつぶつと言っているヴィヴィオ。コロナもリオも同じだ。

俺ははあ、とため息を一回ついて両手を叩いた。

 

「「「わっ!!」」」

 

乾いた音が部屋に反響する。弾けるような一瞬の音が自分の世界に入っていた三人を現実に戻すことが出来た。

 

「勉強会をしに来たんだろ?」

「う、うん……ゴメンなさい」

 

ヴィヴィオは俺の話を聞いていなく、本来の目的である勉強会をしていない事に対して悪いと思ったのか小さく縮こまってしまった。

 

「ま、気にしてないけどさ。勉強頑張れよ。それにアインの居る中等科もやっぱり高いんだな」

「え?」

 

アインハルトは話が振られるとは思わなかったのか、ペンを止めて戸惑った表情で俺を見た。アインハルトのやっている問題は一般レベルの高等科レベルの問題だ。ここら辺まで来ると教えられるかちょっと怪しい。

 

「アインのレベルになるとちょっと俺では教えることが難しくなるかも」

「あ、い、いえ。ガイさんの分かる範囲で教えてもらえれば大丈夫です」

「……」

 

まるで最初から俺の事に対して期待して無さそうな言い方だ。そうなるとちょっとアインハルトの問題を解いてみたくなる。

 

「アイン、ちょっと見せて」

「あっ!?」

 

俺はアインハルトからノートを取って、最初のページを開くためパラパラと捲る。

 

「ま、まって下さい!!」

「ん?」

 

俺は最初のページへが開いたと思った瞬間、真横からありえない速度でアインハルトの手が現れて一瞬にしてノートが視界から消えた。

そのありえない速度に俺は何が起きたのか判断できなかった。

 

「か、勝手に人のノート見ないでください」

「St.ヒルデの中等科は何をやっているのか気になったから見たかったんだが」

「……こ、ここには……」

 

アインハルトは顔を真っ赤にしてギュウッとノートを胸に押し当てる。それほど見られたくなかったのだろう。

そんな行動をすると何か悪かったような罪悪感が生まれる。

 

「悪い。自分が書いたモノを見られたくないよな」

「……え、ええ///」

 

俺はアインハルトに謝り、アインハルトの不服そうな表情になってしまったのを何とか元に戻す。

そして、俺は中等科の教科書をパラパラと捲った。

 

「……まあ、この教科書ぐらいなら何とか教えられるかな。確か訓練校で習ったノートが本棚に……」

 

俺は立ち上がって本棚から訓練校に使ったノートを何冊か抜き取る。

そして、アインハルトに高等科クラスで使ったノートを、ヴィヴィオ達には中等科クラスで使ったノートを渡した。

 

「俺が使っていたノートだ。たぶん参考になると思う」

「ありがとうございます!!」

 

ここ一番に元気にお礼を言ってきたリオ。よほど難しかったのだろう。俺のノートを鷲掴みにして捲る。

 

「うわ~、ガイさんって几帳面なんですね」

「講義中は聞いたこと、ためになる部分とかをノートに写していただけだ。後で読み返すためにな」

「取っても分かりやすいです」

「うん。そだね~」

 

初等科組は満足な様子だ。アンダーラインや赤丸で重要な所を抑えているだけなのだが。ヴィヴィオとリオは俺のノートを見ながら自分の問題を見比べて、コロナは俺のノートからいろいろとメモを取っている。

 

「ガイのノートが好評ですね」

「ここの学院はレベルが高いしな。何かしらの参考書があればある程度は頑張れるだろ」

 

俺はチラリとアインハルトの方を見た。ノートを渡した初等科組は満足げな表情に対して、アインハルトは俺のノートを凝視したまま動いていない。いや、目だけは動いている。

 

「すごいですね。事細かく書かれていて、参考になります」

 

アインハルトは尊敬の眼差しを俺の方へ向けて感心した表情を浮かべていた。皆の表情を見て訓練中に事細かにとったノートが皆に役に立ててよかったと思った。

その後もお昼まで俺のノートが役に立ち、たまに質問されたけど答えることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、そろそろ昼か。何か食うか?」

 

俺は壁に掛けてある時計を見る。そろそろ午後になる時間だ。俺は昨日買ってきた食材を思い出して何の献立にするか考えながら皆に聞いた。

 

「あ、もうお昼だ」

「そうだね」

 

皆も時間がお昼になる時間帯だと知った。それほどまで勉強に集中していたのだろう。

 

「ガイさん、私たちはお弁当を持ってきているから大丈夫だよ」

「ん?そうなのか?」

 

三人は頷いて鞄から可愛いお弁当を取り出す。

 

事前に用意してあるのなら昨日はそれほど食料を買わなくて良かったかな。まあ、食料はほぼゼロだったし、しばらくは保てるだろう。

 

「では、ガイさん。作るのは三人前で大丈夫かと」

「そうだな。俺とフリーとアインの三人分だな」

「「「あっ」」」

 

俺の言った発言に初等科三人の声が被った。三人とも何かを分かったような何かを見落としていたような表情だ。

 

「ん?どした?」

「あ、あの……」

「ガイ、お腹が空きました。早く頂けると嬉しいのですが」

 

ヴィヴィオが何かを言おうとしたがオリヴィエが割り込んできた。それほどまでにお腹が空いているのだろう。

 

「ああ、わるい。今、作るから」

「私も手伝います」

 

腹を空かせているオリヴィエのために俺とアインハルトはキッチンに入った。三人分なら簡単に作れるオムライスにすることにした。隣に立っているアインハルトも賛成してくれた。

冷蔵庫から卵、玉ねぎ、ウインナー、ケチャップを取り出して下ごしらえをしようとした。

 

「ガイさん」

 

そこにキッチンにひょいと顔を出すコロナ。

 

「どうした?」

「……わ、私たちもガイさんの料理を食べてみたいのですがダメですか?」

「アインも作るぞ」

「あ……」

 

アインハルトの事を忘れてしまい申し訳なさそうにしてアインハルトに頭を下げる。アインハルトはたいして気にしていないようで会釈だけした。

 

「んじゃ、コロナ達はお弁当があるからオムレツでいいか?流石に作ったものを食べないわけにはいかないだろ?」

「はい、ありがとうございます」

 

コロナは満面の笑みを浮かべて再び頭を下げる。オムレツを食べれることに嬉しかったようだ。

 

「六人前ですね」

「少し時間がかかるな」

 

俺とアインハルトは調理を始めた。

そして、二十分後。オムライス×3つとオムレツ×3が出来た。アインハルトの料理の腕前もなかなかのモノだった。卵を溶くときに隠し味でマヨネーズに水を少量入れるという発想は思い浮かばなかったが、そうすることで卵がふっくらした。

アインハルトが調味料を調整した卵で作ったオムライスを見ているととても美味しそうだ。お腹が空いてしまう。

 

「お待たせ」

「お待たせしました」

 

テーブルにオムレツ×3とオムライス×2と並ぶ。あと一つはスペースの問題でおけないので机の上に置いた。俺が食べる分だ。

そして、皆が席に着く。

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

皆が一口、俺とアインハルトが作った黄色いモノを食べる。

 

「美味しいです!!アインハルトさん、ガイさん」

「うん、このふっくらとした卵が美味しいです」

「ぽっぺたが落ちる~」

「スプーンが止まりませんね」

 

料理をしていない人からは高評価を貰った。これは結構嬉しい。心の底から満足感がこみ上げてくる。アインハルトもそのように感じているのか頬を赤くしながら戸惑っていた。

確かにおいしい。アインハルトのアドバイスが良い料理を作れた。

 

「さ、これを食べて午後も頑張って勉強をしていこうか」

 

俺の言葉にオリヴィエ以外の皆が頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そう言えば、ガイ」

「ん?」

 

俺は昼食で使った食器を洗っている所にオリヴィエに呼ばれた。

 

「今まで気になっていたのですが机の隣にあるピアノは使っているのですか?ガイが弾いている姿を見たことが無いです」

「あ~、あれか」

 

机の隣には電子ピアノが置いてある。これなら場所も取らないしヘッドホンを装着すれば音が漏れることもない。

 

そういえば、ここ最近ごたごたして弾いている暇が無かったな。

 

「たまに弾くよ」

「ではその演奏を聞いてみたいです」

「……あんまり人前では弾きたくはないんだがな」

「いえ、ぜひ聞いてみたい」

 

オリヴィエは音楽が好きなのか、積極的に押してくる。まあ、久々にピアノの音を聞くのも良い息抜きになるか。

 

「わかった。少し待ってな」

「楽しみにしています。皆にも伝えておきますね」

 

オリヴィエはキッチンから離れてダイニングへ戻った。俺も皿洗いを終わらせてダイニングに戻る。

 

「ガイさん、ピアノ弾いてくれるんですか?とても楽しみです♪」

「わかったわかった。少し待て」

 

ヴィヴィオ達が期待感を持った眼をこちらに向けてワクワクした表情で待っていた。

最後に弾いたのはこの前ヴィヴィオ達が遊びに来た時だ。それから聖杯戦争に足を突っ込んで心に余裕があまり持てなかった。ピアノを弾くという考えが無かった。

まだ、このような日常に居るならピアノを弾くという考えがあってもいい。俺はピアノの前の椅子に座った。深呼吸を一回して両手をピアノに添えて眼を瞑った。

そして、静かに演奏を弾き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――♪~♪♪~♪

 

ガイの弾いたピアノの音が体中に静かに波紋のように響き広がっていく。ガイの演奏はゆったりしていて聴いているこちらが気持ち良くなる。目を瞑ると山の中に自分が居て、近くに流れている川の音が聞こえてくる風景が脳裏に浮かぶ。

 

曲は知らないがそれでも音の中にガイの想いが入り混じっているのがわかります。この曲をミスらずにちゃんと聞かせたい、そんな責任感ある想いがわかる。

 

私はクスッと笑い目を開けた。

 

そんな肩を硬くして弾かなくてもよいのに。

 

周りを見るとヴィヴィオもコロナもリオも目を瞑り、脳裏に先ほど私が思い浮かべていた光景を思い浮かべているのか、うっとりした表情をしている。よほどガイの演奏が心地よいのだろう。

アインハルトはその虹彩異色の眼を開いたままガイを凝視していた。その表情は私でも読み取れない。

 

「……ガイさん」

 

その言葉もどのような感情を込めて言ったのかもわからない。そして、目を瞑って曲を聴く事に専念した。アインハルトの気持ちはどのようになっているのかはわからないが、それでも曲を聴いている時は私ではなくガイに気持ちを寄せている。それは良い事だ。

 

過去の存在である私よりも現代に存在する人たちに気持ちを傾けて欲しい。

 

これが私のアインハルトに対する思いだ。

私も再び目を瞑る。先ほどの光景は浮かんでこなかった。そのかわり昔にクラウスがピアノで弾いてくれた光景を思い浮かべた。

王宮の一室にグランドピアノが真ん中の少し高い段差に置いてあり、演奏者が披露する場だ。そこにクラウスがピアノを弾いて、私は近くの椅子に座ってその心地よい音色に心を奪われていた。戦時中とは思えないほどほのぼのとした一面だが、だからこそ、この記憶が印象深く残るのだ。

 

「クラウス……」

 

私は誰にも聞こえないように小さくボソッと共に笑い共に武の道を歩んだ者の名前を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「このぐらいやっとけば大丈夫だろ」

「うん、とても勉強になりました」

 

時刻も夕方どき。ピアノの演奏の後は勉強に専念した。俺のノートも有効活用してくれたので最低でも八割は取ってきてくれるだろう。

 

「んじゃ、明日からがんばれよ」

「はい!!ありがとうございました!!」

 

一番元気なリオが元気よく挨拶をした。あんなに勉強漬けだったのにこれほど元気を残している。どれだけ体力が多いのだろうか。

 

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「そだね~」

 

初等科組は荷物を整え始めた。

勉強会中もヴィヴィオは積極的にアインハルトに話をしてきたが、アインハルトはどうしたら良いか分からない様子だった。

しかし、最後の方は少しずつだがヴィヴィオの話に合わせて話すようになった。この調子ならヴィヴィオが気軽にメール出来るような仲になるだろう。

 

「それじゃあ、コロナ、リオ、帰ろう」

 

ヴィヴィオの言葉に2人は頷く。初等科組は荷物の整理が終わったようだ。三人とも荷物を持って立ちあがった。

 

「ガイさん、勉強教えてくれてありがとうございます。これで明日からがんばれます」

 

ヴィヴィオは笑ってぺこりと頭を下げた。コロナとリオも頭を下げる。

 

「良い点数を期待するかな」

「皆さんは勉強を頑張っていましたから大丈夫ですよ」

 

俺とオリヴィエも笑みを返す。

 

「それじゃあ、またね~、ガイさん、アインハルトさん、フリージアさん」

「失礼します」

「お邪魔しました!!」

「ああ、またな」

「はい。では、また」

「頑張ってくださいね」

 

元気いっぱいな三人は部屋を後にした。

 

三人ともさっきまで根を詰めて勉強をしたというのに元気が有り余っていないか?

 

「若い子は元気だね~」

「ガイさん、それは年寄りの発言に近いです」

 

隣に座っていたアインハルトが突っ込みを入れてきた。俺は年寄り扱いされてちょっと凹んだ。

しかし、気を取り直してアインハルトを見た。

 

「アインは勉強は大丈夫なのか?」

「ええ、特に問題はないです」

 

アインハルトも試験の準備は万端のようだ。だが、急にアヒル座りをしてたアインハルトは両腕を股に挟んで体をもじもじさせて頬を赤らめながら視線を逸らした。

 

「もし、もしですよ……テストで満点取れましたらご褒美をもらってもいいですか?」

「褒美?」

 

こくん、と頷くアインハルト。

 

「……ま、その方がやる気が出るだろうしな。いいよ」

 

俺は少し考えたがその方がアインハルトもやる気が出るだろう。俺は了承した。たぶん覇王の拳を受け止めてくれるために対決をしてくれとかだろう。

 

俺では意味はないがアインハルトがブツけてきたいのなら交えてもいいかな。一度対戦した後、俺では意味がないと分かったから避け続けてきたが。

 

アインハルトは表情は変わらないが雰囲気が明るくなった気がした。

 

「はい、ありがとうございます」

 

まだ頬が赤いままでお礼を言ってきた。

 

「アインハルト。褒美は何を求めているのですか?」

「っつ!?そ、それは言えません!!」

 

そう言って、とっとと身支度を揃えて立ち上がった。

 

「そ、それではおやすみなさい!!」

 

そう言って、逃げるかのように疾風の如く部屋から出て行った。

途中でゴンッとコンクリートに何かが当たった音がしたが聞かなかった事にしよう。

 

「アインも元気だね~」

「それは年寄りの発言に近いのではなかったのですか?」

「……」

 

俺も歳かな、と齢18歳で一瞬考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――二日後

 

俺は798航空隊に居た。いつもの訓練とデスクワークだ。今日の訓練はなのはさんだけのようだ。ヴィータさんは別件で来れないらしい。因みに今は雨が降っている。

 

「はい、訓練終了。ダウンしてから上がってください」

「ありがとうございました!!」

「「「ありがとうございました!!」」」

 

部隊長の掛け声の後に部隊全員の敬礼と礼を重ねた。雨が降っていたので部隊は傷だらけの泥まみれだ。土砂降りではないがそれなりに振る量が多い。なのはさんは雨で濡れているだけで傷は付いていない。

教導官はなのはさんだけだが今日も模擬戦でなのはさんに近づく事が出来なった。

 

近づけた時と近づけない時の違いはなんだろうか?気持の問題か?

 

俺は考えながら隊舎へと戻るために歩く。

 

「あ、ガイ君」

 

そこに後ろから明るい声で言葉を掛けられた。俺は振り向く。

 

「どうしました?高町教導官。早く戻らないと更に濡れますよ」

「まあ、どうせ着替えるしね。今さら更に濡れても関係ないかなって。で、ガイ君にはちょっと話があるんだ。ご飯のときでいいかな?」

 

構いません、と俺は言う。まだ昼休み入る前で周りにも部隊の人たちがいるのでなのはさんを高町教導官と言っておく。

 

「それじゃあ、今日はいつものベンチは使えないから食堂でいいよね?」

「わかりました。ではお昼休みの時に」

 

なのはさんがうん、と言ったのを確認して俺は踵を翻して隊舎に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――食堂

 

「訓練合宿?」

「うん、そなの。これが二回目だけどね」

 

俺となのはさんは窓際の席で定食を食べながらなのはさんの話を聞いていた。この食堂は結構な広さを持っていて300人は座れるスペースを思っている。うちの部隊はそれほど居ないが。

窓際は女性たちに人気で晴れた時は遠くまで景色が見える時もある。今は雨で景色を見るようなことはないが。

 

「オフトレーニングや休暇訓練とも言うかな」

「いつから行くのですか?」

「ヴィヴィオ達の試験が終わってから行くの。だからあと二日後だね。その間のこっちの訓練は無いから自主トレになるね」

 

そのトレーニングならヴィヴィオ達も確かに良い経験になる。アインハルトも行ければさらに良いだろう。

 

「で、この訓練にガイ君も来ない?」

「……はい?」

 

俺はなのはさんの言葉に理解が一瞬、遅れた。なのはさんの言葉を分析するとその訓練に俺も誘われているのだ。部外者である俺に。

 

「俺のような一兵士にそこまでしてもらわなくても……」

「ん~、ガイ君が来てくれるとヴィヴィオが喜びそうなんだけどな」

「え?何でですか?」

 

俺が行くとヴィヴィオが喜ぶのだろうか。せっかくの休みならのんびりと知り合いや家族と羽を伸ばして、そして訓練することが大事だろう。部外者である俺なんかが行ったら気を遣わせてしまうので仕方ないと思うが。

 

「そこは自分で知らないとね♪」

「は、はあ……」

 

俺はなのはさんの言葉の意味が理解できなかった。

 

「で、どうする?ガイ君も行く?行くなら部隊長に話をつけてくるけど」

「……俺なんかよりもアインを連れて行った方が……」

「そっちもぬかりないの」

 

俺の言葉はがなのはさんの発言でかき消されてしまった。

 

「アインも来るのですか?」

「今、交渉中らしいね。あ、それとヴィヴィオから聞いたんだけどガイ君の部屋にホームステイしているフリージアさんも誘うといいと思うよ。ストライクアーツがガイ君より強いって聞いたし。それにガイ君の恋人……」

「ち、違います!!」

 

今度はなのはさんの発言に俺の発言を重ねて消した。少し大きな声を出してしまったのでなのはさんも目を大きくして驚いた表情をしている。周りで定食を食べていた局員たちは俺へ視線を集めてきた。

 

「あ、す、すいません」

「あ、ううん。私も確認もせずにちょっと失礼なこと言っちゃったね。ごめん」

 

なのはさんはバツが悪そうにして視線を逸らす。周りからの視線も特に深く見てくること無く散り散りになっていった。

 

「い、いえ。でも、フリーも誘っていただいてもよろしいのですか?」

「うん、構わないよ。大人数の方がいろいろ出来るしね」

 

なのはさんの訓練を徹底的に出来るのなら聖杯戦争が始まる前に根性を鍛え直すのもいいだろう。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

「うん、それじゃあ部隊長さんに言っておくね」

 

俺は頭を下げて、なのはさんは笑って了承してくれた。話し込んでしまったからご飯がすっかり冷たくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――帰り道

 

「雨……久々だよな」

 

帰り道は人の多い所をなるべく通って帰ることにしている。聖杯戦争は人が居ないところではないと行われない。まだ、始まってはいないがオリヴィエが近くに居ない時はこのように用心を怠らない。

俺は濡れないように傘を斜めにして空を見上げた。まだ夕方なのだが薄暗い雲は見える。その薄暗い雲は空一面を覆っている。これはしばらく止みそうにもない。

雨が降る薄暗い雲が視界に入り、ザーっと水が重力に従って落ちて地面にぶつかる音があの時の光景を思い出す。

4年前のJS事件。

それによって11歳まで住んでいた孤児院が破壊され、園長や孤児たちは瓦礫の下に埋もれて遺体となって現れた。俺は泣いたまま小さな子供を抱き抱えて空を見上げた。その時も雨が降っていた。薄暗い雲が視界を覆う。

守れなかった後悔や事件に対する嫌悪感や復讐感のダークな感情が心の底からこみ上げてくるのがわかる。だが、それをぶつける相手もいない。ぶつけてもいけないのだ。

あの時の雨が心の中のダークな感情を少しでも洗い流してくれると思ったが、顔に当たる一粒すらもうっとしいかったのを覚えている。

孤児院に居た孤児たちは何もしていないのに不幸の目に会った。あの出来事があったからこそ俺の夢は“魔法で誰もが不幸にならない世界を作る”と決めた。孤児たちの不幸な出来事が起こらないように。

雨は訓練中にも降っていたが、訓練に集中しないとならないのでこのようにゆっくり考える時間は無かった。雨が降って外に出てゆっくりする時間があると脳裏に浮かぶのはやはりあの時の事件。

 

「雨は嫌いだな……」

『あの時の事を思い出していましたか?』

 

首に掛けてある待機モードの十字架の姿のデバイスが俺の言葉を聞きとって質問を促した。

 

「ああ」

『あの時は申し訳ありません。私の力不足で』

「いや、あの時は俺も誰でも守れると思って自分を過信していた。そのため当時のプリムラを思う存分発揮できなかった」

 

俺は厳しい訓練を積み重ねてきたからこれで都市の皆を守れるとあの時、思った。

しかし、“AMF(アンチマギリングフィールト)”というモノがガジェットと呼ばれるものに搭載されてまったく力だが出せずにいた。そのまま、何機も都市に侵入された。

そして、孤児院が破壊されて孤児たちが……自分の過信がガジェットというものを良く調べなかったのが進入されてしまった原因の一つだった。

 

「聖杯戦争……始まったら被害が出る前にすぐに終わらせないとな」

『私も死力を尽くします』

 

プリムラの言葉に俺は微笑んだ。こんな自分でもデバイスはしっかりとサポートしてくれるのだから。

 

「……帰るか」

 

俺は帰路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「と、いうわけだ」

「強化訓練ですか」

 

ああ、と俺は答える。仕事が終わって部屋に戻り、オリヴィエになのはさんと食堂で話をしていた内容をオリヴィエに伝えた。オリヴィエも誘われている。

 

「“聖杯戦争”前に一度鍛え直そうと思ってな。準備をしっかりしないと」

「そう……ですね。一度ガイを徹底的に“虐め”鍛えた方が“聖杯戦争”で生き残れるかもしれません」

「……」

 

オリヴィエの発言のどこかに可笑しな言葉が入り混じっていたのが分かった。

 

「“虐め”鍛える?」

 

俺は確かめるためにオオム返しで言葉を返す。オリヴィエは腕を組んで顎に手を添えて発言していたが俺の言葉に満面の笑みをこちらに向けて、はい、と答える。

 

「……はあ、まあいい。俺は徹底的に自分を叩き直すよ」

「いい心がけです」

 

俺はため息をついた。自分の魔力ランクの低さが欠点なのでその分、何かで補わないといけない。それは魔力を必要としない体術などだと思っている。

 

「アインはどうなったんだろうな、メールしてみるか」

「確かに気になりますね」

 

俺はモニターを開いてメールを作成した。

 

To………アインハルト・ストラトス

件名………強化合宿

本文………こんばんは。アインも誰からか聞いたかはわからないけど、強化合宿に誘われたろ?行くのか?

 

俺はプリムラに送信を命令した。少しして返信が帰ってきた。

 

差出人………アインハルト・ストラトス

件名………Re:強化合宿

本文………こんばんは。はい、ノーヴェさんから聞かされました。四日間ですがいろいろと良い経験が積めそうなのでご同行させていただく事になりました。ガイさんも行くのですか?

 

どうやらアインハルトも行くようだ。俺は返信の文章を作成した。

 

To………アインハルト・ストラトス

件名………Re:Re:強化合宿

本文………ああ、俺も行くよ。強化合宿の時はよろしくな。

 

プリムラに送信を命令する。

 

「強化合宿の間に“聖杯戦争”が始まらなければいいが」

「ですが、今のガイではまだまだ生き抜くには辛いでしょう。徹底的に鍛えませんと」

 

オリヴィエが自分の胸の前に拳を握った。何とも心強いが、むしろこれから行われる訓練に俺は生きていけるのかと思ってしまい、はははっ、と乾いた笑い声しか出なかった。




強化訓練にガイとオリヴィエが参戦しました。

C-のガイが徹底的に虐められる訳ですねw

強化訓練が終わったら聖杯戦争スタートにする予定です。

何か一言コメントがあると嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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十話“合宿と思考の交差”

ミカヤのカラーイラストを初めて見たとき黒髪だと思っていたが青髪だったw

では、十話目入ります。


 ―――マンション

 

「で、どうだった?」

 

俺はテーブルの前に胡坐をかいて座っていた。俺の視界に映っているのは正座をしたSt.ヒルデ魔法学院の制服を着ているアインハルトだ。緊張した面持ちで俺を見ている。オリヴィエはベッドに腰掛けて俺たちを見ていた。

 

「こ、これが結果です」

 

一枚の紙がテーブルに置かれた。俺はそれを手に取り眺めた。書かれていた内容は前期試験の内容だ。5教科の点数が記載されている。

 

100・100・100・98・100。

 

惜しくも五教科満点に届く事が出来なかったようだ。

 

「一つ間違えたんだな」

 

俺は見終わった紙をテーブルに置いた。

四日前に前期試験の勉強会をこの部屋で行った。ヴィヴィオとコロナ、リオにアインハルトの四人が来て一生懸命勉強していた。そこでアインハルトが帰り際に満点だったらご褒美が欲しいと言ってきた。

 

「悔しいです」

 

アインハルトは表情を曇らせてテーブルに置いてある紙の点数を見ていた。一つ間違えただけだがアインハルトは優等生だとこの成績が物語っている。

 

「でもいい点数だな。俺はあまり教えていなかったが、アインは頭がいいんだな」

「文武両道です。片方が優秀でも意味がありません」

「そうですね。アインハルトの言っている事は間違いじゃありません」

 

オリヴィエが柔らかな頬笑みを作ってアインハルトの苦労を労うようにして見る。王家育ちのオリヴィエにとっては文武共に優秀でなければならないのだろう。そうしなければ名家の名が廃ってしまう。

なので、アインハルトの話に頷いたのだろう。

 

「まあ、褒美は満点だったらの話だがこれくらいなら……」

「いえ、ダメです」

 

満点に近い点数なので褒美というモノをやろうと言いかけた俺の言葉をアインハルトが割り込んで遮った。アインハルトは何にも動じない凛とした表情をしていた。

 

「約束は約束です。満点でなければ意味はありません」

「……アインが言うんならそうしようか」

 

アインハルトの純粋で真っ直ぐな瞳を向けられた事に俺は同意した。

 

「ですが、アインハルトは何が欲しかったのですか?」

「そ、それは……内緒です」

 

オリヴィエが聞いた言葉にアインハルトは凛とした表情が一気に柔らかくなり、頬を赤く染めて視線をそらした。

 

「何か欲しかったのか?事前に言ってくれれば用意とかできたんだけど……」

「ひ、秘密です!!この話は終わりにしましょう!!」

 

アインハルトが必死な表情でこの話を終わりにしたがっていたので無理に聞く事もないと思った俺は話を変えることにした。

 

「わかったわかった。それじゃ、これからノーヴェと合流して、なのはさんの所に行かないとな」

 

今後の行動はノーヴェと合流して、なのはさん宅へ行き、そのまま首都から臨行次元船で無人世界カルナージへ行く予定だ。なのはさんに誘われて休暇訓練をカルナージでやることになった。“聖杯戦争”が始まる前の強化訓練には丁度良い訓練だ。

 

「ノーヴェとはうまく話を通せると良いのですが」

「カラーコンタクトしていれば問題ないと思うけどな」

 

オリヴィエは一度ノーヴェに虹彩異色で会ってしまった。そのためにノーヴェにオリヴィエの正体がばれてしまうのではないかとオリヴィエ自身が懸念している。

 

「あ、ガイさん。そろそろ出ないと時間が……」

「ん?お、もうこんな時間か」

 

壁に掛けてある時計を見る。そろそろ出ないとノーヴェとの待ち合わせ場所に間に合わなくなる。

 

「アインは準備大丈夫か?俺らは昨日のうちに用意したけど」

「大丈夫です。私服に着替えて取ってきます」

 

アインハルトは立ち上がって部屋を後にした。オリヴィエも紅いカラーコンタクトをつける。

 

「まあ、うまく話を合わせればノーヴェも気にしないよ」

「だといいですけど……」

 

俺の言葉に少し不安げな表情をしているオリヴィエは小さくため息をついて微笑返してきた。その瞳はどちらも紅。これならフリージアと名乗っているオリヴィエが聖王家である事がバレる事はぐっと低くなる。

オリヴィエの不安を取り払うように俺もオリヴィエに笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、さっきの不安は杞憂に終わったろ?」

「ええ」

 

俺は隣を歩いているオリヴィエにだけ聞こえるように声のボリュームを小さくした。前には薄赤いショートヘアのノーヴェが隣に居るアインハルトと話をしながら歩いている。

先ほどノーヴェとオリヴィエの2人は挨拶を交わした。ノーヴェはオリヴィエを見て何か思い当たったような素振りを見せたがオリヴィエの目を見て、その素振りは無くなり普通に2人で会話を始めた。

やはりノーヴェが気にしていたのは目なのだ。聖王家だけに表れる左眼が紅く、右眼が翠の虹彩異色。それが出会った時に強く印象に残っていたのだろう。今のオリヴィエはカラーコンタクトで虹彩異色ではない。だからノーヴェは助けてもらった時の人物と容姿が似ていても、追及はしてこなかった。目が違うだけで別人だと認識したのだろう。

ノーヴェを騙してしまったことに罪悪感は残ったが、何処から情報が漏れるか分からないこの現状、いたしかたないと俺は思った。

 

「ガイは私がばれないと確信していたのですか?」

「ん~、まあ何となく。騙してしまった事に対してはちょっと罪悪感が残ったけどな」

「申し訳ありません」

 

オリヴィエは俺が心に罪悪感が芽生えてしまった事に対して苦虫を噛みしめたような表情で俺に謝罪した。

 

「気にするな。情報の重要性は高い事は分かっている。ノーヴェには悪いが嘘を言うしかない」

「……気遣い感謝します」

 

俺はオリヴィエの表情を和らげようと笑みを向けてオリヴィエをフォローした。

 

「おい、着いたぜ」

「ん?もうか」

 

前からノーヴェの声が聞こえたので正面を向く。そこにあるのは一戸建ての家。なのはさんの家だ。

ノーヴェは俺らに一言言った後、再び前を向いてインターホンを押した。

 

「はーい」

 

チャイムから少しして、玄関のドアが開きヴィヴィオが顔を出した。

 

「こんにちは」

「アインハルトさん!?ガイさん!?フリージアさんまで!?それにノーヴェ!!」

「“それに”ってなんだよ“それに”って」

 

ヴィヴィオが俺たちを見た瞬間、声のボリュームが一気に跳ね上がって笑みを絶やさない。まるで思わぬ客が来たような素振りだ。

 

俺たちが行くことを聞いていなかったのか?

 

「異世界での強化訓練とのことなのでノーヴェさんからお誘い頂きました。同行させていただいても宜しいでしょうか?」

 

少し頬を赤らめて同行することの旨を言ったアインハルト。

 

「はい!!も~全力で大歓迎です!!」

 

目に星を輝きさせながらアインハルトの手を掴んで必死に振っている姿は本当に嬉しそうだ。

 

「ガイさんも来るのですか?」

 

ヴィヴィオは視線をアインハルトから俺に向けて質問してきた。

 

「ああ、少し鍛え直そうと思ってな。いい経験にもなりそうだし。部外者で悪いが俺とフリーも一緒に行かせてもらうよ」

「ううん、全然部外者じゃありませんよ。ガイさんもフリージアさんも大歓迎です!!」

 

ヴィヴィオは未だにアインハルトの手を握ったまま笑っていた。

 

「ほらヴィヴィオ、上がってきてもらって」

「あ、うん♪」

 

奥から来たフェイトさんの言葉に未だにアインハルトの手を掴んでいたヴィヴィオがその事実に気づいて慌ててアインハルトから手を離した。

 

「アインハルトさん、ガイさん、フリージアさん、どーぞ」

「お邪魔します」

「お邪魔します」

「失礼します」

 

そして、ヴィヴィオが手招きをしてなのはさんの家に入った。

 

「あの子やガイが同行するって教えなかったの正解だったね」

「はい、予想以上に」

 

先頭を歩くヴィヴィオがフェイトさんを過ぎてから笑みを浮かべてノーヴェに耳打ちをした。それを聞いたノーヴェは苦笑いして返した。それを聞いた俺は言葉を投げた。

 

「俺やアインが来ることをヴィヴィに言って無かったのですか?」

「うん。その方がヴィヴィオ、驚くかなって思って」

 

フェイトさんが優しく頬笑みを浮かべ俺の事を見た。

 

「……」

 

やっぱり駄目だ。フェイトさんの笑顔を見ていると脈が速くなる。自分でも顔が赤くなるのがわかる。やっぱりフェイトさんの事が好きなのかな?

 

「どうしました、ガイ?顔が赤いですよ?」

「あ、ああ、いや、何でもない……」

「風邪ひいちゃった?」

 

そう言って、心配そうな表情で近づいて俺のおでこに手を当ててくるフェイトさん。視界に入ったのはフェイトさんの心配そうな表情の顔と胸。胸元が少し開いているような服だから胸に目がいってしまう。気になっている人がこんな至近距離に居るからさっきからドクンドクンと心臓の音がうるさく感じる。

 

「ん~、熱は……少し……ある?」

「い、いえいえ!!大丈夫ですから!!」

 

そう言って、俺はフェイトさんの手から離れた。

 

「何ともありませんから、本当に大丈夫です」

「……はっは~ん、ガイ。お前、もしかしてフェイトさんの事……むぐう!!」

 

何か言いたそうな表情で話そうとしていたノーヴェの口を俺は必死に手で塞ぎ込んだ。

 

「にゃ、にゃにしゅやう!!」

「え、えっと、大丈夫?」

「はい、お気になさらずに!!」

 

俺はそう言って、ノーヴェの頭をヘッドロックしてずるずるとダイニングへと連れて行った。この合宿訓練はいろいろと大変そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――車内

 

皆で一緒のトレーニング&旅行ツアー。クリスとの遠出も初めてだし、アインハルトさんやガイさんも一緒だし。

 

私は自分でも笑みが消えることが無いくらいの喜びを覚えているのが分かった。今回の旅行は前回とはまた違う楽しさがある。

 

アインハルトさんとも練習できるし、ガイさんとも本格的に対戦できるし、もしかしたらフリージアさんともぶつかり合う事が出来るかも知れない。

 

「アインハルトさん。四日間よろしくお願いしますね」

 

私は座席の後ろを振り向いて後ろに居るアインハルトさんに声をかける。

 

「はい。軽い手合わせの機会などあればお願いできればと」

「はい。こちらこそぜひ。あ、ガイさんは寝ているんですね」

 

アインハルトさんの両サイドにはノーヴェとガイさんが居る。ガイさんは寝ているようだ。左肘を車の縁に掛けて、体重を左側に掛けるようにして目を瞑っている。本当はガイさんともお話ししたかったけどガイさんはフェイトママが車を走らせたときから眠っていた。

 

結構疲れているのかな?それならそっとしておこう。

 

「車動かしたときから、ずっと寝てますね」

「そっとしておきましょう」

 

私は受け答えしてくれたアインハルトさんに笑みを作って喜んだ。少し前までは無視されたりしたけど、全力でぶつかったあの対決からアインハルトさんとは少しずつ仲良くなった。

 

こうして気楽に話を出来るのって、ガイさんが勉強会などでアインハルトさんを呼んくれたおかげだよね。

 

私はアインハルトさんの隣に居るガイさんにありがとうございますと小さく言って、座席に座り直した。隣にはフリージアさんの膝の上に乗っているコロナが顔を赤くして笑っていた。ちょっと恥ずかしがっているけど嫌がっているわけではない様子だ。リオもその隣で笑っている。

今回の合宿訓練の四日間、私はとっても楽しくなりそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――無人世界カルナージ

 

「みんないらっしゃ~い♪」

 

首都から臨行次元船で約四時間。一年を通して温暖な大自然の恵み豊かな世界。それがカルレージの世界だ。この世界は無人の世界ではあるが2人の住人が住んでいた。それが今、笑顔で出迎えてくれている人物だ。

メガーヌ・アルピーノとルーテシア・アルピーノの2人の親子である。ロングヘアーの紫の髪に赤薄い瞳。ルーテシアは後ろにリボンをつけている。容姿も髪型もここまでそっくりな家族は珍しい。

ルーテシアは古代の本や知識などに詳しく、年が近いヴィヴィオ達と仲が良いらしい。

 

「こんにちは~」

「お世話になりま~すっ」

 

2人の言葉に来た人たちはそれぞれ頭を下げたり手を振ったりしてアルピーノ家族に挨拶いた。

 

「皆で来てくれて嬉しいわー。食事もいっぱい用意したからゆっくりしていってね」

「ありがとうございます!!」

 

スバルさんやティアナさんとは航空で待ち合わせをしていた。今日のメンツは元六課メンバーのフォワード陣が集まるとの事。あの最強とも言われていた六課メンバーが一つに集まるのはなかなか無い。今回の合宿は来て正解だろう。

 

「ルーちゃん!!」

「ルールー!久しぶり~!!」

「うん、ヴィヴィオ、コロナ」

 

子供たちも挨拶を始めた。ルーテシアはリオへ視線を向いた。

 

「リオは直接会うのは初めてだね」

「いままでモニターだったもんね」

 

ルーテシアはリオの頭に手を置いて撫でた。

 

「うん、モニターで見ているより可愛い」

「ほんと~?」

 

子供同士はすぐに打ち解けやすいモノだな。

 

 子供たちのあいさつを見ていると微笑ましくなった。

 

「あ、ルールー!!こちらがメールでも話した……」

「アインハルト・ストラトスです」

 

そこにアインハルトが加わる。ぺこりとアインハルトは挨拶をして頭を下げる。

 

「ルーテシア・アルピーノです。ここの住人でヴィヴィオの友達、14歳」

 

にっこりとアインハルトに笑って答える。

 

「ルーちゃん、歴史とか詳しいんですよ」

 

えっへん、とワザとらしく威張って笑うルーテシア。

そして、今度は俺とオリヴィエに視線と笑みを向けてきた。

 

「そちらの方々はガイ・テスタロッサさんとフリージア・ブレヒトさんですか?」

「ああ、よろしくな。ルーテシア」

「よろしくお願いします」

 

俺らも軽く挨拶した。

 

「ヴィヴィオからはよく聞いています。ヴィヴィオはガイさんの事が……」

「わーわー!!」

 

ヴィヴィオがルーテシアに近づいて、大声を出してルーテシアの発言を止めた。

 

「どうした、ヴィヴィ?」

「な、なんでもないよ!!」

 

ヴィヴィオは何とか必死に作ったような笑みをらこっちに向ける。その必死な表情に俺は深く追求するのをやめておく事にした。

ルーテシアは口元をヴィヴィオの手で押さえられているが表情は笑っている。ヴィヴィオは、ははは、と乾いた声で笑っていた。2人は笑っているのだが同じ笑いではなかった。

 

「あれ、エリオとキャロはまだですか?」

「ああ、2人は今ねぇ……」

「おつかれさまでーすっ!!」

 

そこに、後ろから高い声がした。振り返ると男女の2人が薪を集めていたのか両手に持って歩いてきた。

 

「エリオ、キャロ♪」

 

フェイトさんの声が嬉しそうに弾んでいた。この2人に会えるのがよほど嬉しいのだろう。

赤髪に薄青い瞳の男の子がエリオ・モンディアル。ピンクの髪に蒼い瞳のキャロ・ル・ルシエ。フェイトさんの養子だ。どのようにして養子にしたかは聞いていないが、フェイトさんには夫は存在していない。その事にちょっとホッとしている自分が居る。

俺は2人の事はモニター越しで話をしたことはあるが会ったのはこれが初めてだ。

 

「わーお!エリオまた背が伸びてる!!」

「そ、そうですか?」

「わ、私も少し伸びましたよ!!1.5㎝!!」

 

最初モニターで見た時は驚きを隠せなった。こんな小さな子が六課チームの前線メンバーで戦っていたのだから。よほど才能があったのかレアスキルを持っていたのだろう。

しかし、驚きもしたが、それと同時に当時この子達が10才くらいで戦っていた事に少し胸を痛めた。子供が武器を持って前線に立たせたやり方の六課に憤りを感じた。常に人手不足な時空管理局は幼い子でも能力が高いと雇われることも多々ある。管理局のやり方だがどうも俺にはそのやり方に賛同しかねる。

俺が798航空部隊に所属したのは13歳の時。訓練校の期間と合わせても11歳の時に軍に所属している身だ。人手不足であるがために雇用年齢が低いのは確かに認める。

それでも体格も精神年齢もまだ幼い子供たちが軍に所属しているというのは良くないと思っている。こういう子共達には軍服を着て頑な表情をしているよりも私服を着て笑顔で笑っているような光景に居てほしいと思う。

 

「アインハルト、フリージア、紹介するね。2人とも私の家族で……」

「エリオ・モンディアルです」

「キャロ・ル・ルシオと飛龍のフリードです」

 

フェイトさんが初対面のアインハルトとオリヴィエに家族を紹介してくれた。キャロの上には小さな龍が飛んでいた。キャロの召喚獣らしい。

 

「アインハルト・ストラトスです」

「フリージア・ブレヒトです」

「うん」

「よろしくねアインハルト、フリージアさん」

 

4人は挨拶をすました。

そして、エリオとキャロが俺へ視線を向ける。

 

「ガイさん。モニターでは何度かお話をしましたが実際に会うのは初めてですね」

「そうですね、ガイさん」

「ああ、そうだな」

 

2人とも笑って語りかける。何というか、ここの人たちは部外者である者に対して簡単に打ち解けやすい。俺もアインハルトもオリヴィエも例外ではない。

 

「!!」

「!?」

 

そこに近く草むらからかすれる音がして、そこから何かが現れた。明らかに人ではない何か。人のような形をしているが、目が四つあり、尻尾も付いており、体全体が何か硬いモノで覆われているような姿。右手には細長く鋭い刃のようなものが付いており、背中には山菜が詰まった籠が……。

 

「ん?籠?」

 

俺やアインハルトは驚いてそれに構えていたが、敵だと思ったわりには山菜が入っている籠を背負っている場違いな装備だとわかると、ちょっと気が抜けた。

 

「あー!!アインハルトさん!ガイさん!ごめんなさい!大丈夫です!!」

「あの子は……」

 

2人が俺たちにあれは敵じゃないと必死に言ってくる。

 

「私の召喚獣で大事な家族、ガリューって言うの」

 

主が挨拶したからかスッと右手を胸の前に持ってきて頭を下げるガリュー。

 

「し、失礼しました」

「わ、悪かった」

「私も最初はびっくりしましたー」

 

俺とアインハルトはルーテシアの家族に構えてしまった事に悪気を感じて謝った。ルーテシアはそんな事は気にしないような素振りで笑った。

オリヴィエは殺気が無いと分かったからか何も行動しなかったのだろう。俺とアインハルトを見て笑みを溢していた。

 

「さて、お昼前に大人の皆はトレーニングでしょ。子供達はどこに遊びに行く?」

「やっぱりまずは川遊びかと。お嬢も来るだろ?」

「うん!」

 

子供達は川遊びのようだ。保護者的なモノでノーヴェが付いて行くらしい。

 

「アインハルトも来いな」

「はい……」

 

アインハルトはあまり満足げな表情はせず俺をチラリと見た。トレーニングに参加したがっている顔だ。

 

「私はトレーニングの方でよろしいのですか?」

「ん~、フリージアさんは子供達と遊んでいてもいいですよ。管理局に所属している人達が行う訓練ですから」

 

そうですか、とオリヴィエは言って少し考える。

そして、笑顔をなのはさんに向けて言った。

 

「では、子供たちと少し遊んできます」

「うん、楽しんで来てね♪」

 

なのはさんも笑って答える。

 

「じゃ、着替えてアスレチック前に集合しよう!」

「「「はい!!」」」

「こっちも水着に着替えてロッジ裏に集合!」

「「「はーい!!」」」

 

水着!!っとアインハルトが顔を真っ赤にして言った気がしたが、遊ぶメンバーに男性は居ないんだからそんなに恥ずかしがらなくても。しかし、男って俺とエリオしか居ないんだな。

 

改めて皆を見ると男女の比率が明らかに変であるのを認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――水辺

 

「あたしいちばーーーん!!」

「あーリオずるい!」

 

水着を着たヴィヴィオとコロナとリオとルーテシアが走って川に入っていく。私は川辺に立っていて隣には水着の上に上着を羽織ったノーヴェとアインハルトが居た。私は着替えていない。水着を使うとは思っていなかったのでガイとの買い物の時に買わなかった。それでも子供たちの笑顔を見ているだけでも満足できる。

 

「アインハルトさんも来てくださーーーい!!」

「ほれ、呼んでるぞ」

 

ノーヴェが川に入っている子供たちを指しながら上着を脱ぐことに照れているアインハルトに声をかける。

 

「ノーヴェさん。出来れば私は練習を……」

「まあ、準備運動だと思って遊んでやれよ」

 

2人はコソコソと話をする。

 

「それにあのチビたちの水遊びは結構ハードだぜ」

 

その言葉にアインハルトは少し困惑した表情になった。私も多分同じ表情だろう。アインハルトは私に顔を向けた。

 

「遊ぶ時は遊ばないと損ですよ。アインハルト」

「え、ええ。わかりました」

 

アインハルトはそう言って上着を脱いで水着姿になって川に入り始める。

 

「あ、アインハルトさんどーぞー!!」

「気持ちいいよ~♪」

 

それに気付いた子供たちが手招きをしてアインハルトを歓迎した。

 

「アインハルトもいい友達を持っていていいですね」

「お前もそれに含まれているんだろ?」

「……そうですね」

 

ノーヴェが笑顔を向けて言った言葉にどう返したらいいか一瞬悩んだが、アインハルトとは友達であることに間違いではないので頷いた。

 

「しっかし、フリージア。お前の事を見た時は路上喧嘩の時に助けにきてくれた奴かと思ったんだけどな。容姿がそっくりだし」

「ですが、その人の目は虹彩異色なのですよね?」

 

ノーヴェは今朝話をした事を持ちかけてきた。前に路上であったこと無かったか?と質問された会話だ。

 

「ああ。もしそいつにあったらお礼を言わないとな。それにあの虹彩異色の色は聖王家にしか現れることのない色だった」

「……」

 

やはり、ノーヴェに秘密をばらすわけにはいきませんね。情報はどこから漏れるか分かりませんから。でも、お礼をしてくれるという気持ちは私の胸の中にしまっときましょう。それはきっと現実になる事はありませんから。

 

「ですが、本当にアインハルトにいい友達が出来て良かったと思っています」

 

私は路上喧嘩で助けた人物の話を終わらすためさっきの話に戻した。それにノーヴェが軽く苦笑した。

 

「お前って結構アインハルトの肩を持つよな。なんかあんのか?」

「ガイの部屋にホームステイした時から隣に居たアインハルトにもお世話になりましたから」

 

私はにっこりと笑って子供たちから視線を離してノーヴェに顔を向ける。

 

「アインハルトはたぶん格闘技が好きなんだと思うんだ。フリージアも格闘技してるんならアインハルトの相手になってやれよな」

「そう……ですね」

 

アインハルトの中の覇王の悲願は私に向けるべきものではない。私が死んだことによって出来た悲願を私が受け止めては矛盾が生じる。アインハルトの覇王の拳をぶつけるべき相手は現代の私の複製体であるヴィヴィオだ。

 

「そんな固い顔すんなよ。別に覇王の拳をぶつけさせてくれって言ってるわけじゃねんだ。ただ単純に格闘技戦をしてくれってことだ」

「……あ」

 

ノーヴェの言った言葉に私は頭にハンマーを叩かれたような衝撃を受けた。確かに覇王としてぶつかり合うのでは無く、“ただ”の格闘技戦なら悲願云々は関係ない。覇王も聖王も関係ないのだ。

 

「……今度、アインハルトとひと勝負しますか」

「そうしてやれ。アインハルトも喜ぶ」

 

ノーヴェは歯を出して笑った。そういった結果になったことに嬉しかったようだ。私の事をオリヴィエだと知っているわけではないが、単純にアインハルトが格闘技でぶつける相手が出来た事に喜んでいるのだろう。

 

「……ガイから聞いた話ですが、ヴィヴィオは聖王女の複製体。アインハルトは覇王の血が含まれているんですよね?」

「ああ。アインハルトの中の覇王の血はやはり聖王女に惹かれていると思うんだ。だから、私は2人を合わせるようにした」

 

そうですか、と私は軽く笑って水遊びをしている子供たちに向き直す。ノーヴェも子供たちに向き直す。アインハルトも水遊びをしているが、皆より出遅れているような気がする。むしろ他の子供たちが水遊びに慣れている感じがした。

 

「それにあいつは何だかほっとけないしな」

「アインハルトは現代に生きている人物ですからね。覇王や聖王などに縛られず忘れて、年相応の笑顔をしてくれるといいのですけどね。ガイもアインハルトには心から笑ってほしいって言っていました」

「そうだな」

 

アインハルトの中にある覇王の悲願はそう簡単に消えるものではない。ですが、私の隣に居るノーヴェはアインハルトを現代の子達に拳を交えさせてくれている。

 

私はそのことに心の中でノーヴェに感謝した。

 

「で、話は変わるがフリージアもガイの事が好きなのか?」

「……も?」

 

ノーヴェは悪戯な笑みを浮かべて私を見てきた。“も”ってところにちょっと違和感があった。とりあえず、最初の言葉に私は返答した。

 

「いえ、私には婚約者が居ますから」

「いっ、こ、婚約者!!」

 

ノーヴェは驚きを隠せないでいた。

 

私に婚約者がいることにそんなに驚く事なのでしょうか?ああ、オリヴィエだとは知らないから無理もないですね。

 

「私のことはさておき、私“も”というのは?」

「あ、ああ。あたしの主観だけどヴィヴィオやアインハルトはガイの事を好きそうな気がすんだが気のせいか?あの2人だけじゃなくてコロナやリオもな」

「そうでしょうか?私には仲の良い兄弟に見えましたが」

 

私には少なくともガイとアインハルトが接している時は仲の良い兄弟だと思っていた。しばらく観察していればヴィヴィオもコロナもリオも兄弟に見えてくるだろう。そのような雰囲気を勉強会の時に感じだ。

 

「兄弟ねぇ……でも、あいつらがガイと居る時はなんだか嬉しそうな表情をしているんだけどな」

「頼れる兄に見えるからでは?」

「頼れる兄!?ガイが!!ぶぶっ!!」

 

頼れる兄という言葉にノーヴェは笑いを堪えてオウム返しをしてきたが、押さえることが出来なかったのか吹いてしまったようだ。

 

「そうでしょうか?ガイを見ている限りでは面倒見が良い気がしますが」

「あ、あいつには似合わねえよ」

 

未だにぷるぷると体を震えて必死に笑いをこらえている。そして、少しして落ち着いてきたノーヴェは口を開く。

 

「で、フリージアはどう思っているんだ、ガイの事?」

「信用できるパートナーです」

 

私は即答で答えた。召喚されてから二週間ぐらい経つがガイは信用できる人物だ。困ったときに色々手助けしてくれるし、皆からの信用も厚い。

 

「……ガイを信用しているんだな」

「ガイは良い人ですよ」

「私も、そうおもい、ます」

 

そこにアインハルトが息を切らしながら川から上がってきた。他の子達よりも先に体力が無くなったのだろう。よたよたと歩いて、私たちの近くにある岩の上に座った。

 

「なあ、アインハルト。アインハルトはガイの事が好きか?」

「え?」

「いきなりですね」

 

ノーヴェがアインハルトに温かいお茶を注いだ紙コップを渡しながら隣に座って、さっきの話をアインハルトに向けた。疲れていてその質問の意図に最初は分からなかった様子だが脳が先ほどの言葉を理解し始めたのか、どんどんアインハルトの頬が赤くなっていった。

 

「べ、べ、別にそんなものではありません!!ガイさんは兄のような人です」

「あらま、フリージアと同じ答えが返ってきた」

 

ノーヴェは私と同じ回答をした事に先ほどのリアクションよりも反応が薄かった。

 

「じゃあ、ガイがフェイトの事を好きかもしれない事には気にしないか」

「っ!!」

 

アインハルトは何に反応したのか分からないがものすごい速さでノーヴェに顔を向けて、知りたくもない真実を告げられて驚きを隠せないような表情をしていた。

その表情にノーヴェはニイっと笑った。確信したようだ。

 

「なんだ、やっぱりガイの事が好きなのか?」

「あ、い、いえ、そんなことは……」

 

先ほどの反応が墓穴を掘ったと分かったのか、アインハルトは否定しようにもどのように否定すればいいのか分からない様子だ。

 

「その水着姿もガイに見せたかったんだろ?」

「あ、あう……」

 

撃沈して、もはや何も言い返せなくなったアインハルト。アインハルトの水着は黒いビギニに近く、胸は前で、下は横で縛るようなやつだ。大人の雰囲気を持ち出す水着である。

 

「まあまあ、ノーヴェ。アインハルトを虐めるのもそのへんで」

「ちぇ、結構気になっていたんだがな」

「うぅ……」

 

アインハルトは縮こまってしばらく何も言えなくなってしまった。その後は“水斬り”というモノをアインハルトは教わって、ヴィヴィオとお昼近くまでやり続けていた。私はそれを見て微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さーお昼ですよー!皆さんー♪」

「はーいっ!」

 

メガーヌさんの言葉で子供たちが走ってこちらに向かってくる。

俺たち大人組はアスレチックでなのはさんの訓練の後、昼食の準備をしていた。やはりというか、フィジカルトレーニングだけどなのはさんの訓練はかなりキツかった。なのはさんやスバルさんはあまり疲れていなかったが、他は息を切らしてしまった。なのはさんの訓練は厳しい。

 

「おかえりー」

「みんな遊んで来た?」

「もーバッチリ!!」

 

子供たちは元気だ。そこに今朝ぶりのオリヴィエがこっちに向かってきた。

 

「ガイは訓練どうでした?」

「キツかったよ。流石はなのはさんってとこだ」

「これでも教導戦技官ですから」

 

えっへんと分かりやすく威張ったなのはさん。

 

「ふむ、サボっていましたら私が地獄の特訓メニューをガイにさせるところでしたのに」

「……」

 

どうやら、本当にこの四日間の間、オリヴィエに“虐め”鍛えられるようだ。一昨日の夜に俺に言った言葉を思い出した。

 

「フリージアさんの訓練もキツいのですか?」

「いえ、教導戦技官である貴方には敵いませんよ」

 

ふふっ、とオリヴィエは笑う。

 

「う~ん」

 

なのはさんは何を思ったのか、そのオリヴィエの笑みを見て顎に手を添えて考え事をした。

そして、他の人と話をしながら俺に念話してきた。

 

『ガイ君はフリージアさんのことどう思っているの?』

『どう、とは?』

『好きなの?フリージアさんの事?笑っている姿もそうだけど、フリージアさんはかなり美人だし』

 

なのはさんは俺がオリヴィエに対してどのような感情を持っているのか興味があるらしい。

 

『世話の掛る同居人ってとこですかね』

『……それだけ?』

『恋愛云々はありません。フリージアには婚約者がいるらしいので』

『こ、婚約者!?』

 

なのはさんは念話の中で驚いていた。それでもチラリとなのはさんを見ると平穏を保っている表情で皆と笑ってる。その同時処理できるマルチタクスは凄いと思う。

 

『ま、まあでも、それは部外者である私が聞くべきではないね』

『そうですね。フリージアもそこを聞かれると戸惑うでしょうし』

 

「あらあら、ヴィヴィオちゃん、アインハルトちゃん、大丈夫?」

「いえ……あの」

「だ、大丈夫……です」

 

念話を終わらせて周りを見ると、メガーヌさんがアインハルトとヴィヴィオの事を心配していた。俺はそっちに視線を移す。2人ともなんだか体をプルプルさせて、あまり動けない様子だ。

 

「2人で水斬りの練習、ずーっとやってたんですよ」

「あらー」

 

メガーヌはノーヴェの補足で内容が分かりあらあらと言った表情で苦笑していた。ふと、アインハルトと俺は視線が合った。

しかし、アインハルトはすぐにフイッと顔を赤くして逸らした。

 

「?」

 

ちょっと変だったが特に気にせずに料理の盛りつけを続けた。

そして、盛り付けも終わり皆で俺が望んでいた温かな食卓のような雰囲気でお昼を食べ終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ベルカの歴史に名を残した武勇の人にして初代の覇王」

 

私達は今、書籍で一冊の本をテーブルに置いて皆で見ている。その本の内容は……。

 

「クラウス・G・S・イングヴァルト。彼の回顧録。もちろん現物じゃなくて後世の写本だけどね」

 

婚儀の儀を交わす予定のあったクラウスの回顧録だ。その開いているページにはクラウス自身の挿絵が描かれている。クラウスを描いた人はうまい。クラウスそっくりだ。

私はそれを見て微笑んだ。

 

「ルーちゃん、アインハルトさんの事は?」

「ノーヴェから大体聞いてるよ。覇王家直系の子孫で初代覇王の記憶を伝承してるって」

 

そう言って、ルーテシアはページをめくる。そこにはまた違う挿絵が写されていた。

 

「オリヴィエ・ゼーケブレヒト。聖王家の王女にして後の“最後のゆりかごの聖王”」

 

そこには私自身の姿が描かれていた。

 

私にとてもよく似ている。これを描いた人には褒美を差し上げたい。

 

そんな事を考えているとルーテシアが私を見る。

 

「こうして見ると、フリージアさんってこのオリヴィエって人に似てますよね」

「確かに」

「うん」

 

残る2人も私の事を見る。似ているも何も本人その者だから描いている人が下手くそじゃない限りは似ているだろう。

 

「オリヴィエの回顧録を見たことのある人には似ているねって言われることがあります。ですが、私はオリヴィエではありませんよ。聖王家の証である目が虹彩異色ではありませんし」

「そうだよね。オリヴィエが生きていた時代は古代ベルカ諸王時代だもんね。生きていたとしたらかなりのお年寄りさんだよ」

 

そうですね、と私は相槌をうつ。確かに時間軸を跳躍してきたこの身は今の時間軸に合わせると年齢はとうに三ケタを超しているだろう。

しかし、この姿でいられるのも“聖杯戦争”の恩恵を受けているからでもある。

 

「話を戻すけど、クラウスとオリヴィエの関係は歴史研究でもいろいろな諸説あるんだよね」

「そもそも生きた時代が違うって説が主だよね」

 

いえ、コロナ。私とクラウスは同じ時代に生きていました。訂正したいところですが、私がオリヴィエだと知ってしまっては意味がないので黙るしかないですね。訂正したい気持ちはいっぱいですが。

 

「うん……でもこの本では2人は兄弟みたいに育ったってなってる」

 

ええ、ルーテシア。それが真実ですよ。決して私とクラウスは別々ではない。

 

「オリヴィエって確かヴィヴィオの……複製母体だね」

「まあ肖像画とか見る限りあんまり似てないし普通に“ヴィヴィオのご先祖様”でいいと思うけど」

 

だよね、とリオは相槌する。

 

そうなるとヴィヴィオは私の遠い孫みたいなものでしょうか?それはそれでちょっと複雑ですが。ここで何も言えないのは仕方ないですね。クラウスの回顧録を見れると聞いたのでついてきたのですが訂正できないのはちょっと辛い。

 

「でも、なんで聖王家の王女さまとシュトゥラの王子様が仲良しだったんだろうね?」

「あ、そういえば」

「オリヴィエがシュトゥラに留学って体裁だったみたい。シュトゥラと聖王家は国交があったしね。ただ、オリヴィエはゆりかご生まれの正統王女とはいえ継承権は低かったみたいだから、要は人質交換だったんじゃないかな」

 

ルーテシア、人質交換ではないですよ。戦争時代の人質交換なんて印象が悪い。現にコロナとリオが手を握り合ってブルブルと震えているではありませんか。

 

「戦国時代の人質ってアレだよね?歴史小説にもよく出てくる……」

「裏切ったら人質を処刑しちゃいますって……」

「それそれ」

 

ルーテシアは怯えている2人を見て微笑んで肯定する。

 

そこを笑って肯定しないでいただきたい、ルーテシア。ああ、否定したいが言えいのが辛い。

 

そう思っていたが、ルーテシアは次のページをめくってその言葉を打ち消すくらいの事を言った。

 

「でも、2人にはそんなこと関係なかったみたい。この本の途中はオリヴィエ殿下とのことばっかり」

「……そうですか」

 

私はクラウスが私の事ばかりを思っていてくれている事実に唇が緩んで微笑んだ。

 

「嬉しそうですね。フリージアさん」

「……ええ、こんな時代でも国は対立しているのに仲が良いとはいいと思いまして」

「そうですね」

 

肯定してくれたコロナに嬉しさを私は感じだ。後世にはこのように記述されて残っているモノがあるのは嬉しかった。それを読んでくれている人もいるのも嬉しい。私はいろんな意味で歴史に名を残したが、良い結果に残ってくれてよかったと思う。

私達はしばしその本を読んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――訓練場

 

「はああぁぁぁぁ!!」

「早いね、シュート!!」

 

午後の訓練は模擬戦だ。俺はなぜかなのはさんと一対一で勝負することになった。当然勝てる見込みはない。

今、一太刀を入れるために少ない魔力を浮遊するために使用してなのはさんに向かって飛んでいるが、前方からはピンクの魔弾が目視で確認しただけでも10個以上存在して俺に目がけて飛んでくる。

 

『数は13です。注意してください』

「細かい数字ありが、とう!!」

 

俺はプリムラに礼を言いながらピンクの魔弾を避けつつ進む。刀モードになっているプリムラを左手で握りながら、目の前で魔弾を操っているなのはさんの行動を3手、5手、7手先の予測を立てていく。

 

「両サイド!!」

 

俺は飛行を止めて空中で急停止した。その目の前で両サイドからピンクの魔弾が俺の事を挟撃するために飛んできて互いにぶつかり合い白い煙が視界を覆った。予測どうりの魔弾の軌道が走ってきた。

 

この攻撃が命中しなかった場合の次の手は……。

 

俺は目を瞑る。魔弾が飛ぶ音がこちらに向かって数発飛んできているのが聞こえた。

 

『二時と三時、それに十一時の方角からです。距離は二時から三時、そして十一時の順に早いです』

 

プリムラが魔弾の熱源反応を時計の向きで教えてくれた。視界がダメなときはデバイスが役に立つ。視界が見えないのに動くのは恐怖が邪魔をするが俺はそれを振り切って、この煙から出るため一気に前へと出た。

俺は煙から出てきたが二時の方向には目と鼻の先にピンクの魔弾が迫っていた。

 

「っく!?」

 

俺はそれを紙一重で避けて、三時の方向の魔弾を鞘走りをして抜刀し切り捨てた。十一時の方向から来た魔弾は無視して、視界に入れているなのはさんに向かって一気に飛ぶ。

それにより十一時の魔弾は簡単に避けることが出来た。そのまま、なのはさんの所まで……。

 

「っと」

 

進めなかった。俺はなのはさんと一定の距離を置いて空中で停止した。

 

「ガイ君はよく先を読んでるね」

「なのはさんの魔弾がいつもより少し遅かったです。ここに誘っていましたね」

 

俺は鞘に刃は黒く、そりは白い刀を納刀して居合の構えに入る。レイジングハートを構えて標準を俺に定めているなのはさんの前には見えない設置型のバインドが二つ、罠として設置されていた。

肉眼では確かめられないが、これまでのなのはさんの行動からここに誘われていたことが分かった。バインドにかかったら最後、いっきに攻められて終わってしまう。

 

「ガイ君の動体視力や反射神経は並の人間じゃないからね」

「魔力ランクは低いですから他で補っているだけです」

 

俺はそう言いつつ全神経を集中してなのはさんを見た。なのはさんはその行動に対してにっこりと頬笑んで右手を上げた。

 

「いくよ。シュート!!」

 

なのはさんの周りに浮遊していたピンクの魔弾が全て俺に向かって放たれた。その数は数えるだけでも面倒だ。俺は下がる気はなかった。足に少ない魔力を貯め込み、それを一気に放つ。

ドンッと瞬間的な爆発を起こし、エネルギーを拡散させた。それに乗って俺は一気に前へ飛ぶ。魔弾と魔弾の間、設置型のバインドとバインドの間をすり抜けた。そして目の前には……。

 

「バスター!!」

「っぐ!!」

 

ちょうどなのはさんが俺に向かって砲撃を放っていた。俺の予測ではまだチャージ中だと思っていたが、なのはさんは俺の予測のさらに上を読んでいたようだ。前もってチャージしていたのだろう。

俺は避けることは不可能と判断して鞘と黒いプロテクションを展開させてそれを受け止める。

 

「まだまだ行くよ!!」

 

ガシュガシュっと弾を込めた音が聞こえた。すぐになのはさんのレイジングハートから二つ銃弾が排出された。カートリッジシステムを使ったのだろう。その恩恵は砲撃の威力の底上げだ。俺は受けに回ったことを後悔したが時すでに遅し。その威力は俺の防御をすでに上回っていた。

プロテクションは一気に破壊されて、鞘で受け止めながらも砲撃の衝撃を受けて大きく後ろへ飛ばされてしてしまった。

 

「~~~っつ」

 

俺は苦痛の表情で左腕を右手で押さえた。鞘を持っていた左手に衝撃が伝わった。左手から左腕にかけて、砲撃の威力を受け止めきれずに残った衝撃で未だにビリビリとした感覚が残っている。

 

『はい、いったん終了ね~。それだと、すぐには私の魔弾を避けられる事は出来ないでしょ?』

 

そこに、目の前になのはさんが映っているモニターが現れて、優しく声をかけてきてくれた。

 

「え、ええ、なのはさんの砲撃の威力は絶大ですよ。生半可な覚悟じゃ止められないですね」

 

俺は表情を苦くしていたがなんとか笑みを作って答える。それを見てなのはさんは笑みを向けてくれた。

 

『ふふっ、ありがとね。でも、私もちょっと危なかったな。前もってチャージをして無かった危なかったかも』

 

そうですか、と俺は相槌をうつ。

結局、今日もなのはさんに一太刀を浴びせることが出来なかった。

 

何かが足りない。一番最初の時は一度だけ通ったがあれはただの偶然だろうか?初心に帰るのが重要かもしれない。

 

『この後はウォールアクトをやるんだよね?』

「はい、フェイトさん達と行う予定です」

『じゃあ、フェイトちゃんの指示に従ってね』

 

そう言って、モニターが切れた。俺は左手で握っている刀を見る。

 

「大丈夫か?プリムラ?」

『ダメージの損傷はほぼありません。ただ、マスターの魔力残量があまり無いですね』

「ま、それは仕方ないさ。魔力ランクはまだまだ低い。それに後はフィジカルトレーニングが主だし、ほとんど魔力は使わないさ」

 

俺は頭をかいて、フェイトさんが居るビルの構造物の所まで飛んで行った。何かが足りない。それを見ける事が出来たらきっと何かが変わると思う。今のままでは聖杯戦争では生き残れない。

 

「あ、ガイ。これからウォールアクトやるよ。準備して」

「はい」

 

俺は思考を切り替えてフェイトさんの指示に従ってその後のトレーニングを行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ、午後のトレーニングはここまで!!」

「「「「「お疲れさまでした!!」」」」」

 

日も傾き、空が茜色に染まるころ、なのはさんの訓練は終わった。締めの合図が終わった途端、緊張の糸が切れて体にどっと疲れが押し寄せてきた。

 

「……つ、疲れた」

 

俺は挨拶が終わった後、その場で座り込んだ。今日のなのはさんの訓練はいつも以上にハードなトレーニングだった。六課のトレーニングだと聞いた。

しかし、疲れを見せているのは俺だけのようだ。他の人たちを見ると皆、涼しい顔をしている。流石は元六課メンバーと言うべきか。

 

「大丈夫ですか、ガイさん?」

「簡単な治癒魔法なら掛けられますよ?」

 

エリオとキャロが心配そうな表情で俺に近づいてくる。俺は首を振って、大丈夫、と一言だけ言って立ち上がった。

 

こんな子供たちよりも先にバテるのは良くないな。これは単に俺の練習量が足りないだけだ。元六課メンバーとか関係ない。練習量の比率だ。

 

「ガイ君には、まだ六課のトレーニングは辛かったかな」

「うちの部隊でやっている航空戦技訓練とはレベルが違いますね」

 

俺は笑いながらもストレッチを始めて乳酸を残さないように筋肉の緊張を無くす。

 

「さ、上がって上がって。ここは明日の準備があるから」

「はい」

 

ストレッチを軽くやったので多少は筋肉への疲労が取れたと思う。俺はストレッチを終わらせて、スバルさん達の後をついて行った。

 

「おつかれさまでーす」

「あー、おつかれ」

 

帰り道に訓練を見学をしていたのかコロナやリオ、ルーテシア、オリヴィエ、ノーヴェが待っていた。

 

「あれ?ヴィヴィオとアインハルトは?」

「2人で一緒に練習中です。多分まだ夢中でやっていると思いますよ」

 

ヴィヴィオとアインハルトは随分と仲が良くなった気がする。気軽にメールを送れる仲になれたのかな。

 

「ガイ。あの動きはなんですか?」

「え?」

 

オリヴィエは俺の前に来ると突然怒ったような表情をして俺のこと叱ってきた。声を荒くしているオリヴィエに周りにいた人たちは驚いて、オリヴィエを見た。

 

「あんな動きをしていたら、命を落としますよ」

「……確かに突っ込み過ぎた気がした。すまん」

「全く……」

 

 俺が間違った行動をした事を謝ると、オリヴィエは怒った表情から柔らかくなって笑みを溢す。

 

「今後、気をつけてくださいね」

 

ああ、と俺は頷く。戦争はこんなものじゃない。目の前に居るオリヴィエがその戦争の中で活動していたのだ。説得力は十分にあった。

だから、オリヴィエの近くに居ると安心できるのも事実。温かな食卓みたいに温かな気持ちにさせてくれる。包容力があると言うべきか。

 

「なんかフリージアってガイの姉さんのような存在だな」

「……ああ、そうかもね」

 

もし、上の兄弟がいたらこんな感じなんだろうか。無い物ねだりしていても仕方ないけど俺は想像した。

 

オリヴィエ姉さん……やっぱりお金がかかりそうだ。

 

俺は今、脳内で色んなものに散財しているオリヴィエの姿を見て苦笑してしまった。

少し歩くと、森の中でヴィヴィオとアインハルトがミッド打ちをやっていたところを発見した。

 

「やっぱり、ずっとやっていたんだ」

「あははー、ちょっと気合入っちゃって」

 

帰り道も随分と賑やかになった。

 

「近代格闘技のミッド打ちもなかなか面白いだろ?」

「はい……良い練習になりました」

 

アインハルトはヴィヴィオと特訓して満足げな表情だった。

 

「ママ達はまだ?」

「少し残って練習の仕上げだって」

「2人で飛んでいるんじゃないかな」

 

あの練習量の後にまだ動いて準備をしているのか。流石元六課のエースだ。練習量が半端ない。

 

「さて、お楽しみはまだまだこれからよ。ホテルアルピーノ名物、天然温泉大浴場にみんな集合ね!!」

「温泉?そんなものまであるのか?」

 

俺が驚いたようにして口を開くとルーテシアは得意げな表情で笑う。

 

「まあ、ちょっと大きく作っちゃって一つだけなの。先に女性陣でいいですよね?」

「ああ、女性の方が多いしな」

「そうですね」

 

男が2人しかいないこの合宿訓練。何をするにも女性が優先になる。

 

「じゃ、俺たちは晩飯を作っているメガーヌさんの手伝いでもするか」

「はい」

 

話をしているうちに宿泊ロッジに辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温泉には女性陣が先に入り、出てきた時に晩飯が出来たので先に夕食を済ませた。夕食も温かな食卓で食べることが出来て満足だった。

そして、今の温泉は男性陣が入ることになっている。陣と言っても俺とエリオだけだけだが。右手の甲に浮かんでいる紋章を隠すために体に巻くタオルの他にもう一枚、タオルを持って右手に巻いていた。

 

「あ~、温まるわ~」

「そうですね~」

 

俺たちは湯船に肩まで浸かって、訓練で頑張ってくれた体を癒していた。

 

「なあ、エリオ。1つ聞いてもいいかな?」

「はい、なんでしょう?」

 

隣で座っていたエリオが爽やかな笑みをこっちに向ける。

 

あの訓練の後だというのに元気だな。

 

「エリオってどのような経緯でフェイトさんの養子になったの?あ、話したくなければいいけど」

 

俺は家庭内の事だからあまり部外者に話すものではないと思い、付け足し補足した。フェイトさんが養子を取った経緯を知りたかった。気になる人の事はちょっと調べたくなる。

 

「いえ、別に隠すようなものでもありませんから」

 

だが、エリオは特に気分を損ねた様子もなく、笑ったまま語り始める。

 

「“プロジェクトF”って知ってますか?」

「ん~、知らないな」

「正確に言えば“プロジェクトF.A.T.E”ですね」

「フェイト?」

 

俺の言葉にエリオは頷く。フェイトさんの名前と同じだというのは偶然なのだろうか。

 

「内容は大雑把に言えばクローン技術ですね。別の物に“記憶転写”を施し、新たな生命を誕生させるモノです。僕はそれによって生まれてきました」

「じゃあ、エリオはクローン?」

 

エリオは笑いながらも頷く。それに俺は驚いた。

 

どうして、クローンだと相手に知られても笑っていられるのだろうか?自分がクローンだと他人に知られてしまうと忌み嫌われてしまうだろうに。

 

「こうしてクローンの事を話すのはガイさんを信用してますからですよ。ちなみにフェイトさんもその技術で生まれたクローンです」

「……!?」

 

頭の側面から硬い何かがぶつかった衝撃のようなモノが走った。エリオには悪いけど驚きを隠せない。クローン技術は人権の尊重を著しく悪くさせるもであり、命を弄ぶようなもだと言う事なので禁止されている。その禁忌によってフェイトさんもエリオも生まれてきているのだ。

そんな驚きの表情をしている俺を見てエリオは語り始める。

 

「僕のモンディアル家には1人の子どもがいました。その子の名前もエリオ・モンディアル。僕のオリジナルですね。その子が病死した時に秘密裏でプロジェクトFの技術を行って僕を誕生させました。しばらく一緒に親と生活をしていましたが、局にその技術がバレて、親と引き離されてしまいました。親は必死に抵抗していましたが、僕がクローンであることを突き付けられたとたんに親が抵抗を止めてしまい、また、研究施設での非人道的な扱いを受けて一時期極度の人間不信に陥っていたこともありました」

 

言っている事はすごく重く暗い話だ。それをエリオはいい思い出話のように語っている。フェイトさんの教育が良くてもあまり思い出したくない話だと思うのだが。トラウマ級の昔話を簡単に語る事が出来るのはエリオの精神が強いのだろう。

 

俺の周りにはどうしてこう、俺よりも年下の子達がこんなに強いんだろう。ヴィヴィオにしろアインハルトにしろ。

 

「研究施設でフェイトさんが僕の事を見つけてくれて保護してくれて、医療センターへ治療していた頃も極度の人間不信だったので誰も信用できなくて」

 

エリオは一度、温泉のお湯を手ですくって顔にかけた。ふー、っと息を吐いて続きを語る。俺は静かに耳を傾けて次の言葉を待つ。

 

「あの時はとにかく悲しくて自分の不幸を誰も分かってくれないって怒ってて。だけどフェイトさんが、まだ僕の保護責任者になってくれる前の本当は僕のことなんて無視しても良かったはずのフェイトさんが会いに来てくれて、八つ当たり気味でぶつけた魔法を……あの人はバリアも張らずに受け止めてくれました。自分も同じように生まれたんだって」

 

フェイトさんが過保護すぎる理由はこの時も発動していたのか。これほどまでに過保護なのはフェイトさん自身が何か経験した事が教訓になっているのだろう。

 

「それで正式に保護責任者になってくれて、本当にずっといろんな面倒を見てくれて。会いに来てくれるたびいつもにこにこして、うれしそうで、いろんなことを教えてくれて、遊んでくれて……なのにワガママを言ったりもして。たくさん心配かけて優しくしてもらって、それがどれくらい幸せだったのかもやっと分かってきました。フェイトさんには感謝しても足りないくらいです」

 

流石にエリオの辛い過去話だ。殊勝に笑いながら話しかけていたが、エリオの表情に少し曇った。当時、フェイトさんに迷惑を掛けてしまった事が申し訳なかったのだろう。

 

「……いい母親を持ったな。エリオ、フェイトさんを泣かせるような事はしちゃダメだぞ」

「もちろんですよ」

 

エリオが爽やかな少年の笑みを作り、瞳には強い意志が籠っていた。フェイトさんのために色々と何かしてあげたいのだろう。親孝行みたいなものか。

 

「なあ、“プロジェクトF”ってフェイトさんに関係が合った技術なのか?」

「フェイトさんの親がその技術を作り出したと言っていましたね。私のオリジナルが死んだから、とか言ってました」

 

クローンである2人の生まれ方はその技術を使った人物の寂しさを埋めるために作られた命だ。これは命を弄んでいるとも言い換えられる。そう考えると2人の事が可哀想だと思ってしまう。

 

「すいません、そろそろ上がりますね」

「ああ、話してくれてありがとな」

 

いえ、とエリオは相槌を打って笑みを浮かべながらお風呂から上がって行った。俺はふう、と息をついて夜空を見上げる。ここも星が大きく見える。

エリオがフェイトさんの養子になるまでの過去話を聞いてしまったが、そこの内容にフェイトさんがクローンだったというのは驚きを隠せなかった。“プロジェクトF”はあまり良い技術ではない。

しかし、2人を見るとクローンだとは思えないほど明るい。

 

「……クローン、か」

 

俺は孤児院で共に生活をしていた今は亡き子供たちを脳裏に思い浮かべた。もし、その子供たちのクローンが作れるとしたら。JS事件のあの時の日だったら俺は、子供たちが再び笑ってくれたらと思うと、その技術に手をつけている自分が居るだろう。

禁忌だと知っていても。フェイトさんやエリオの親がしてしまった事には同情を得ることは出来る。だがそれは人の領域を一歩踏み外したものだ。決して良いものではない。

クローン技術の世間の影響と反抗など、その事について少し考え込んだ。

 

「……ん?」

 

考えごとにふけっているとガララッと入口の扉が開いた音がした。

 

エリオが忘れ物でもしたのだろうか?考え事をしてから十分位たったか?そろそろのぼせるし出るか。

 

俺は入口へ視線を向けて出るためにタオルを持った。

 

「あ、ガイ」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は脱衣所で服を脱ぎ始めた。

 

お風呂よりもクラウスの回顧録を読みたく、食事の後も見続けて温泉に入るのに少し遅れていしまいました。まあ、この時間帯なら誰も入っていないと思いますから、のんびり入りますか。カラーコンタクトはまだ外さない方が良いですね。他にも入っていない人がいるかも知れませんから。

 

私は下着も脱いでタオルを持って扉を開けようとした。

 

「あ、フリージアさん」

「まだ入ってないのですか?」

 

そこになのはとフェイトが脱衣所に入ってきた。

 

「なのは、フェイト、訓練お疲れ様です」

 

私は2人を労った。夕食ギリギリまで明日の準備をしていたらしいのでメンバーの中では一番、疲労度が高いだろう。

 

「うわ~、フリージアさんっていいスタイルしてますよね~」

 

なのはは私の生まれたままの姿を見て率直な感想を言ってきた。

 

「そうでしょうか?私が見る限り、なのはもフェイトも良いスタイルをしていると思いますが」

 

そんなことないですよ、となのはが軽く否定する。フェイトは心配そうな表情をして私に声をかける。

 

「ごめんね、フリージア。そのままじゃ風邪ひいちゃうよね。先に温泉に行ってて。私たちもすぐ行くから」

「わかりました。ご厚意ありがとうございます」

 

私が笑って、フェイトも微笑む。

そして、私は扉を開けた。開けた先に見えた光景。それはとても広い温泉浸かっていた男性が視線をこちらに向けて温泉から出ようとしていた。その人物はすぐに分かった。

 

「あ、ガイ」

「……は?」

 

ガイは一瞬何が起こったのか分からなかった様子だが、裸体の私を見るとすぐにその視線を逸らして背中を向けて温泉に入り直した。

 

「な、なんでここに居るんだよ!!入ったんじゃないのか!?」

「いえ、少し読みたい本がありましたので読みふけってしまいまして」

 

そう言いながら、ポチャンと音をたててガイの隣に入る。ガイは私に視線を向けようとはしない。いや、向かないように必死に耐えていたの方が表現に合う。そんな必死な行動に私は軽く笑った。

 

「そんな恥ずかしがらなくても」

「少しは恥ずかしがれよ……俺は出るぞ」

 

ガイは温泉の中でタオルを下半身に巻いて私のほうを向かないように上がろうとした。

 

「さ、お風呂入ろう、フェイトちゃん」

「さっき、フリージアが入って行ったし、少しお話でもしようかな」

 

そこに先ほど脱衣所に居たなのはとフェイトが入ってきたようだ。位置的にガイの真正面に2人は居るはずだ。

 

「あれ?ガイ君?」

「え?」

「な、なのはさんとフェイトさん!?」

 

なのはもフェイトもガイの存在に気付いた。私は2人に視線を向ける。バスタオルを体に巻いている姿だ。

 

「あ、ガ、ガイ、まだ入ってたの?」

「す、すいません、すぐに出ますんで」

 

フェイトは異性であるガイが居た事に恥ずかしかったからか、少し頬を染めてバスタオルをギュッと締め直す。私には理解できない事ですが。

 

「なのはもフェイトも入らないのですか?」

「う~ん、ガイ君が居ると、ね」

 

なのはも少し頬が赤くしながらバスタオルの結び目に手をかけて、後ろを向いているガイに何ともいえないような笑みを浮かべる。

 

「す、すぐにで、出ますので」

「そんなに焦らなくても」

 

ガイは私の言った言葉を聞いているような素振りは見せず、タオルで下半身を覆っている格好で温泉から出て、なのはやフェイトを視界に入れないようにして風呂場から出て行った。

 

「う~ん、ちょっと恥ずかしかったかも……」

「だ、だよね~」

 

そう言いつつ、2人は私の入っている温泉にゆっくりと浸かった。

 

「はあ~、あったかい~」

「そうだね、癒される」

「確かにいいお湯です」

 

2人は温泉に肩まで入った。2人は疲れが溜まっていたのか、表情が緩んでいる。完全に気が抜けたのだろう。

 

「でも、ガイ君ってさフェイトちゃんの事好きなんじゃないの?」

「え?そ、そうなの?」

 

ガイがフェイトの事が好き?それは初耳ですね。

 

私は2人の会話に耳を傾けた。

 

「何というか、ガイ君はフェイトちゃんが居るとなんだか嬉しそうな表情をするし、フェイトちゃんと話している姿は楽しそうだったよ」

「で、でも、それだけじゃ好きだとかはわからないでしょ?」

 

フェイトはちょっと戸惑ってい様子だ。

 

「それにさっき、去り際にチラッとフェイトちゃんの姿を見たような」

「ふえ!?」

 

フェイトはバスタオルを巻いていたとはいえ体を見られた事に驚きを隠せない様子。

 

「ですが、ガイは私の裸体を見た瞬間、視線を逸らす純情過ぎな人ですよ。そんな人が去り際にフェイトの姿を見ますかね?」

「あ、嘘がばれちゃった?」

 

なのはは片目を閉じて、舌を出して笑った。私は先ほどの言葉はなのはの嘘だと分かった。自分も恥ずかしがっていたのだから、ガイを見ている暇はないと思ったからだ。

 

「……ガ、ガイは私の事が好きなのかな?」

「ん?フェイトちゃん、ガイ君と付き合いたいの?」

 

なのはがそう言うとフェイトは首を横に振る。

 

「私なんかよりもフリージアの方がガイの事詳しく知っていそうな気がするから、付き合うならフリージアの方がいいんじゃないかな?」

 

フェイトの自分よりも私を選んだ方が良いという事を聞いたなのはは笑いながらも少し暗い表情をしてしまった。

 

「ですが、私には婚約者がいますので」

「こ、婚約者!?」

 

やっぱり、となのはから聞こえた気がした。フェイトは知らなかった様子で驚いていだ。

 

「名前は秘密です」

「いいですね~フリージアさん。私にもそんな人いないかな~」

「なのはもガイはどう?」

 

今度はフェイトがなのはにガイのを進めてきた。だけど、なのはは少し困った表情をした。

 

「う~ん、ガイ君も悪くないんだけどね。不屈の心を持ってるし。でも、ヴィヴィオがね~」

「ああ、そっか」

 

フェイトはなのはが皆まで話していないが納得した表情をした。私には分からない。だがら聞いてみる。

 

「ヴィヴィオがどうしたんですか?」

「ヴィヴィオはガイ君の事が好きなんだよ」

「……そうなのですか?」

 

まだ観察している時間は短かったが、兄弟のような雰囲気を出していたガイとヴィヴィオだと思っていただけになのはの言葉は衝撃を受けた。

 

「ま、でも、ガイ君のほうはヴィヴィオ達に兄弟のように接しているような雰囲気を持っていたけどね」

「ええ、確かに」

 

なのはが私と同意見だった事に嬉しさが胸に膨らんだ。やはりガイとヴィヴィオ達は周りから見れば兄弟のように見えるようだ。

 

「……」

 

フェイトはふう、と息をつき夜空を見上げる。何を思っているかはわからない。

 

「ガイは幸せ者ですよ。こんなにガイのために考えてくれている人がいるなんて」

「ガイ君は過去に苦い経験をした事があるからね」

「うん。だから、1人暮らしをしているガイが寂しいと思うからこっちに来てもいいよって何時も言ってるんだけどね」

 

フェイトは過保護すぎだとガイは言っていたが、この状況からすればなのはも過保護な性格だ。

 

「ガイには幸せになってほしいね」

「うん」

「……」

 

私はその事に素直にうんと頷けなかった。これから始まる聖杯戦争で彼は幸せを掴めるのかはわからない。もしかしたら死という絶望になってしまうかもしれない。それを防ぐために今回の訓練に参加したのだ。

 

2人からガイの幸せを願っている事を聞いたので私はそれを確実に叶えさせるために、ガイをこの合宿で“虐め”鍛えませんとね。

 

「人徳が厚いですね、ガイは」

 

私は2人に微笑んだ。2人もその言葉を聞いて軽く笑ってかもね、と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――部屋

 

「はあ~、びっくりした」

 

俺はベッドにうつ伏せで枕に顔を埋めていた。先ほどの出来事が脳裏に浮かんできた。

オリヴィエが温泉に入ってきて、その後になのはさんとフェイトさんが入ってきた。チラッと見えてしまったが、なのはさんもフェイトさんもバスタオル姿でありながら浮かび上がるラインは整ったスタイルと認識するには十分だった。

 

「……心頭滅却だな」

 

俺は脳裏に浮かんでいた先ほどの光景を振り払って考えることをやめた。明日は練習会が行われる。大人も子供も皆混じった陸戦試合。ようは皆で模擬戦だ。先ほどチームメンバーを割り振られた紙を貰った。

確認しようと思ったが……。

 

「眠い……疲れたな」

 

疲れを取るための睡魔には勝てることが出来ず、そのまま意識を手放した。明日に支障が出ないようにしっかりと睡眠を取ることにした。




やっと十話。されど聖杯戦争はまだ始まらないw

のんびりと時間軸は進んでいけばこんなものですかね。

何か一言感想いただけると嬉しいです。

今後もこの小説を読んでくだされば幸いです。

では、また(・ω・)/


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十一話“集団と集団の交差(前編)”

やはり魔術と魔法の価値観や観点の違いって難しいですね。

いろいろ調べていろいろ考えていろいろな結論が出ました。

今回はその一つの結論を簡単に表示していこうと思います。

魔法と魔術の価値観や観点の違いはキャラクターによって考え方が違いますからね。

では、十一話目入ります。


 ―――アパート

 

「なるほどね………」

 

私は黒い縁の丸い眼鏡をかけて、丸いテーブルに向かってペンを走らせて座っていた。丸いテーブルの上には様々な本が開いた状態で重なっていた。

私がこちらの世界にきて1~2週間ぐらい経つだろう。最初にこちらの世界にきて買った物は言葉辞典だ。こちらの世界の文字がまったく読めない。言葉は通じるのに文字は互いに別ものであるのは少しおかしい。

ともあれ、言葉辞典で何とか言葉を読めるようになっていき、この世界の在り方についていろいろと考えることにした。最初はこの都市が出来る成り立ちを調べるために歴史の本を買おうと考えていたが、都市の中を歩いていると所々に“魔法”という単語が言葉や文字などに含まれていて目や耳を疑った。

この世界では“魔術”の上位互換でもある“魔法”が当たり前のように存在して、その技術を応用して発展していっている。秘匿情報の“魔術”の上をいく“魔法”が日常生活に溶け込んでいる事に驚きを隠せない。それと同時に“魔法”を使い続けているのにこの世界の魔力(マナ)はほとんど失われていない事に疑問が残る。

なので、私は“魔法”に関する様々な本を買って“魔法”に対して徹底的に調べることにした。

 

「とりあえず疲れたわ~」

 

私はずっと文字と睨めっこしていたので目が疲れた。本から視線を離して眼鏡を外してそのまま後ろへ倒れた。はあ、と息をついて天井を見上げる。視界に入るのは丸い電灯が付いているだけの天井だ。

 

「奏者よ、だいぶ疲れているようだの」

 

そこに、声とともにこの部屋のもう1人の住人であり私のサーヴァントである赤いセイバーが私を見下ろすような形で逆さまに映って視界に入る。

 

「やっと山場を越えて張りつめていた緊張の糸が切れて、脱力感が一気に来たって感じよ」

 

私はふう、と息を吐いてセイバーを見た。そんな様子を見たからかセイバーが子供のような無邪気な笑みをした。

 

「奏者はずっと調べモノばかりで部屋を出ていないのだ。気分転換に何処かに出かけようではないか」

「ダメよ。この“魔法”というモノを調べ終わるまでは安心できないわ。山場を越えたと言ってもまだ全てのからくりは理解していない。今回の聖杯戦争は“魔法”を使うマスターが多いはず。それの対策をしないと不利になるわ」

 

出かけたがっているセイバーの意見をきって、私は徹底的に調べたいと主張する。

この世界は“魔法”が基準となっている。“魔法”を根本から理解しないと対策を取る事が出来ない。いつ始まるかもわからない“聖杯戦争”があるのだから、それまでに何とか対策を取らないといけない。

しかし、自分の意見をきられてしまったのにセイバーは表情を変えずに今の現状を上げてきた。

 

「だが、今のマスターを見ると、研究があまり進んでいるようには見えないのだが?」

「っぐ……」

 

痛いところを突かれた。確かに文字が読めるようになるまで3日ぐらいかかったが、そこから“魔法”を理解しようと今まで調べ続けていたがあまり進んでいない。“魔術”と“魔法”の思考観点が違うから理解するのに時間がかかるが、このままのペースでいけば“聖杯戦争”が始まる前にきっと“魔法”を根本から理解することが出来ないだろう。

山場を越えたとはいえ、それはやっと“魔法”がどのような成り立ちで出来ているかを理解できただけだ。

まだ、根本的な理解から対策まではほど遠い。

 

「そもそもマスターは“魔法”の何に対して困惑しているのだ?“魔術”の知識なら多少、“魔法”に関しては知識はあまり無い余だが、整理がてらに余に話して見るがよい。その結論から第三者からの意見を述べよう」

「……そうね」

 

私は第三者の視点から新たな情報があるかもしれないので、今まで調べたモノをセイバーに話してみるのも良いと思い、セイバーの言葉に同意して上半身を起こした。目の前には丸いテーブルの上で私の理解の外にある情報を開いて待っている本の山が視界に映る。対面にセイバーは座った。

私は一度、部屋を見渡した。ここに来てから“魔術”の実験道具をいくつか購入しているため机にはビーカーや試験管などが置かれているが、他は来て掃除した時の状態のままだ。

特に飾りを付けるような事をするつもりは無いし、金も配られただけだから最低限の生活品と必要な物しか買えないわね。嗜好品である紅茶も節約しないと。

 

セイバーは部屋を飾ろうとしない私に対して不満を言ってきたが、現状は贅沢を行う事は出来ないと根気良く説得して何とか理解してもらった。あれだけしつこく迫って来たのだから、このセイバーの英霊は成金生活をしてきたのではないだろうかと思ってしまう。

 

「で、“魔法”の事についてなんだけど」

 

私は思考を切り替えてセイバーに今まで調べてきたモノを語り始めた。

 

「“魔法”ってのは“世界に元々存在する概念”を媒体として、生成した術の構成を対象となる概念に渡し、術の発動そのものは術者ではなく概念側でやってもらうというもの」

「ほう、つまりは“魔法”って言うのは“術者”と“概念”の二つで成り立っているのだな」

 

ええ、と私はセイバーに相槌を打ち、話を続ける。

 

「特性としては、どうしても“設計図を渡して術を発動してもらう”という手順が必要になるの。だから術者の力量がどれだけ上がっても、詠唱完了から発動までのタイムラグをゼロには出来ない。けど、発動に必要な“概念”の使役さえ出来れば、時として術者の力量を超える術を使用出来るわ。また、その性質上、複雑な術でも決まった構成を渡してやれば、ある程度までは補完できる」

「なんだ、“魔法”というのは“概念”とやらに頼りっぱなしではないか」

 

うむ、と何故か誇らしげにセイバーは頷く。

このセイバーは“魔法”に何やら興味津々のご様子だ。セイバーにとっても“魔法”は新たな領域の知識なので知りたいのだろう。

私はまあね、と言って続きを説明する。

 

「“概念”を使用するってことは使用した分だけ“概念”は消費していくの。元の値に戻すにも長い年月が必要。“魔術”の視点から見ると、この“概念”というのは魔力(マナ)に値するわ。言い方は変わるけど“概念”と魔力(マナ)は同じモノよ」

「言葉が違うだけで同じモノか。だが、それだと……」

「そう、“魔法”の都市なのにこの世界に来た時に調べてみた魔力(マナ)が膨大に残っているのはおかしいの」

 

来た時に調べた魔力(マナ)はほとんど手づかずの状態。これほど“魔法”が日常生活に侵食しているというのに。

 

「なら“魔法”を発動させる触媒は魔力(マナ)ではないのではないか?」

「ええ、答えは多分この雑誌に書いてあるモノだと思う」

 

私は開いている一冊の雑誌をセイバーに見せた。

タイトルは“独占!!エース・オブ・エースの実態!!”と書かれている。表紙には栗色の長い髪をサイドテールにして、白を特徴的に表している服やロングスカートを着て、凛とした表情で長い杖を構えている人物が映っていた。

 

「これは?」

「中を読んでみたけど“デバイス”というモノがこの人の魔力(イド)を調整して徹底的にサポートしているの。“デバイス”はこの杖の赤いコアのこと」

 

とんとん、と杖の部分を突いてセイバーに教える。セイバーはそれを見て頷き雑誌を手に取りパラパラとめくる。

しかし、すぐに表情を頑なにして怒った表情を見せる。

 

「読めぬではないか!!」

「まあ、この世界のミッドガル語を覚えないと読めないわね」

 

私は雑誌に書かれている文字が読めずに口をへの字にして怒っている表情のセイバーに子供を甘やかすような頬笑みを向けて苦笑した。セイバーはその雑誌を様々な本が散乱している丸いテーブルに置く。

 

「この人はオーバーSランクの魔力の持ち主なんですって。この世界は魔力にランク付けされているのね」

 

セイバーはほう、と呟き、私の話に再び耳を傾けてくる。私はそんなことどうでもいいけど、と付け足してその雑誌の表紙の人物を見た。詳しくはその人物が持っている杖を見ていた。

 

「ここからは私見なんだけどこの“デバイス”が“概念”の代わりになって、“設計図”を発動させる事が出来るんじゃないのかなと考えているの」

「その“デバイス”が“概念”の役割を果たしているのか」

「推測の域だけどね」

 

まだ確たる証拠はないし、一度、この“デバイス”というモノが見れる機会があればいいのだけど。

 

私は丸いテーブルに肘をついて右手を顎に付けて、右手に体重をかけて雑誌からセイバーに視線を向ける。

 

「それに、この世界は“魔導”というモノが存在する。独自のエネルギー運用技術が存在して、時空管理局という所で活用されているわ。この雑誌に載っている人物も時空管理局の一員で“魔導師”と呼ばれているらしい」

 

容姿も結構な美人よね。“エース・オブ・エース”という肩書も付いている。時空管理局の切り札なのかしら?

 

「たぶん、“デバイス”を使わないで魔力を行使すると、それは私が提示した理論の“魔法”になると思うの。で、“デバイス”を使う事によってそれは“魔法”ではなく“魔導”になるって感じね。だから、大気に存在する魔力(マナ)はほとんど使われることが無いって結論なんだけど、何か異論ある、セイバー?」

 

私は肝心な所で凡ミスをする悪癖がある。先祖代々の遺伝らしい。実に困ったスキルだ。失敗をそれを阻止するために、大きな事をした後は周りに確認することが大事だ。

 

「おおむね、“魔法”については理解したつもりだ。“魔導”というモノは“デバイス”を見ないと何とも言えぬが」

 

それには同意するわ、と、言って私はセイバーに賛同した。

 

でも、それは科学の技術らしい。私とは相容れぬものかも知れないわね。

 

そう考えているとセイバーが先ほどの雑誌の人物に指をさして質問してきた。

 

「1つ疑問がある。この人物の魔力ランクはどのように決定したのだ?」

「人にはそれぞれ“リンカーコア”というモノが存在するらしいの。それの量や質によってランク付けされているわけ」

 

ほう、とセイバーは興味津々な様子で私に詰め寄る。私はそれに左手を置いて制し、肘を丸いテーブルから離して姿勢を戻す。

 

「まあ、“魔術”の観点から考えてみるとそれは人の魔力の源、もしくは生命力の部分ってとこかしらね。私たち“魔術師”はそれを疑似神経の“魔術回路”を作って精製して魔力(イド)にして術を行使しているわけだし。元をたどっていけば原点は“魔法”も“魔術”も同じだというわけ」

「用は原点の使い方次第で“魔法”にも“魔術”にも化けるのだから、奏者も“魔法”が使えるのではないか?」

「そこは何とも言えないわね」

 

私は軽く笑って首を振り、セイバーの意見を可とも不可ともしない言葉で返す。

 

「“魔法”と“魔術”は扱うチャンネルが違うから両方使える人物はたぶん存在しないと考えているわ。1つの入れモノにそれと同じ質量で異なるチャンネルが2つあっても、2つは入らないもの。でも……」

 

そこで、私は“聖杯戦争”のルールを思い出して口にした。

 

「マスターになるための最低限の条件は“魔術回路”が有ること。これが無いと参加資格である“令呪”を聖杯から受け取れない」

「だが、この世界の住人達は“魔法”に特化しているのだろう?それだと“魔術回路”など元々チャンネルが違うのではないか?」

「そうなのよね~。もしかしたら、この世界の住人がマスターだってことはないかも知れない。地球から私のように呼ばれた“魔術師”だけかもね。でも、“魔法”はまだ未知数だから何とも言えないわ」

 

私はこの矛盾を解けないから先へ進めない。もし、“魔法”と“魔術”両方を使うとしたら……。

 

「両方使えたら化け物かもしれないけど“魔術”が暴走するわよ。きっと」

 

私はセイバーから視線を離し、天井を仰いだ。

“魔術”の術の発動は“魔法”とは違い、術者自身が完全に制御しなければいけない。“魔術”の特性としては術の構成を練る際に自分以外の魔力……要は大気中に存在する魔力(マナ)を集めて、自分自身の魔力(イド)と一緒に練り上げる。

しかし、限界以上に魔力(マナ)を集めようとすると自滅するから術者が自分の力量をしっかり把握しておくことが必要。

ここに“魔法”を行うためにの“概念”としている魔力(マナ)を大気から取り込んだら、“魔術”と併用して集め過ぎて自滅する。自身で精製するモノが魔法分野で存在していとしていも“魔術回路”と併用できるモノとは思えず、暴走してしまうだろう。

この2つは相容れぬ存在、1つのモノに同じ質量の異なるチャンネルは2つと入らないのだ。

 

「確かに“魔法”というモノはもう少し調べた方が良さそうだな。しかし興味深いモノでもある。うむ、美しいモノだとしたら尚更だ」

「……あなたは結局そこにたどり着くのね」

 

私は誇らしげに微笑むセイバーを見てため息を吐いた。

ここ1~2週間、セイバーと共に過ごしてきて分かった事だが、このセイバーは美術の心得でもあるのか美しいモノを好む性質のようだ。美しいものなら男も女も愛でるという寛容なお方だ。

 

どうやら私も美しいモノの分類に入るようだ。それは嬉しいのかどうかは分からないけど。

 

「まあ、とりあえず、今後も“魔法”に関して調べていくわよ」

「うむ、どのようなものか期待しておるぞ」

 

そう言って、セイバーは満足したのか霊体化した。

 

「結局、第三者の意見は聞けなかったわね。まあ、『美しいモノだとしたら』がセイバーっぽい第三者の意見よね。さ、続きやろうかな」

 

私は軽く笑って、ん~、と言いながら腕を思いっきり伸ばして、黒く丸い眼鏡をかけて再び丸いテーブルに開かれている本に目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――???

 

「好きだよ、ガイ」

「……え?」

 

目の前にはフェイトさんが真剣な表情でその迷いの無い赤黒い瞳を向けて好きだと発言してきた。いきなりの告白に俺は戸惑った。

 

「だから、ね……」

「フェ、フェイトさん……」

 

フェイトさんは恥じらいながらも服を自分から脱いでいく。俺の目の前で服の脱ぐ音をしながらフェイトさんが一枚一枚服を脱いでいく。

そして、なぜかバスタオル姿になって勢いよく俺に抱きついてくる。フェイトさんの胸が当たる感触が何とも言えない。

 

「ギュってしたいな………そのまま……」

「あっ……」

 

急接近して頬を赤く染めて俺の事を見た後、目を瞑ったフェイトさんの姿を見て俺は……。

 

「っつ……」

 

ゴンッと、いきなり後頭部にハンマーで叩かれたような強く重い刺激を受けた。それと同時に視界からフェイトさんが消えて、部屋を90度回転させたような光景が広がった。

 

「……ゆ……め?」

 

俺はベッドから落ちていた。先ほどの刺激はベッドから落ちた時に受けた衝撃だ。毛布も一緒に落ちていたので多少は衝撃を和らげたのだろう。横向きで目が覚めたので視界が90度ズレていたのだろう。

 

「あれは……」

 

先ほどの夢の出来事を思い出す。フェイトさんに告白されて服を脱いでいき抱きつかれて、その後は……。

 

「うわぁ……」

 

最悪な夢を見たと認識した。

いや、最高の夢だろうか。夢は寝ている間に脳の整理を行っている時にたまに見れると聞く。あの夢を見た原因は昨日、温泉でフェイトさん達に合ったことだろう。その時にチラリと見えてしまったフェイトさんとなのはさんのバスタオル姿を見て脳で映像が残って、あの夢を見てしまったわけだ。

 

あんな夢を見た後にフェイトさんの顔を平常心のままで見れるだろうか?

 

「……怪しいな」

 

多分、無理だろう。俺ははあ、とため息をついて窓の外を見る。まだ薄暗い時間帯だがあと三十分もすれば日の出が現れるだろう。

そういえば昨日、チーム戦を行うためにメンバー表が配られた紙が渡された。昨日は疲れて寝て確認してなかったが、どのようなチームになっているだろう。

俺は二度寝する気もおきなかったのでテーブルに置かれていた一枚の紙を取るために起きた。紙を手に取りチームを確認する。

 

赤組

FA………アインハルト、ノーヴェ、ガイ

GW………フェイト

WB………コロナ

CG………ティアナ

FB………キャロ

 

青組

FA………ヴィヴィオ、スバル、フリージア

GW………エリオ

WB………リオ

CG………なのは

FB………ルーテシア

 

「前線メンバー多いな~」

 

俺も前線メンバーに加えられている。オリヴィエも前線メンバーのようだ。

そういえば、オリヴィエとは戦った事が無い。“聖杯戦争”の前に実力を知っておくのも悪くはない。

 

まあ、人数も同じだし1対1で対決するだろう。ヴィヴィオかスバルさんかオリヴィエか。

 

「少し体を動かしておくか」

 

これから始まる大きな模擬戦に少なからずも気持ちが弾んでいる。子供が親におもちゃを誕生日に買ってくれると約束してくれて、それまでの日を毎日のように数えて楽しみにしているような気持ち。

このような楽しみを待つ気持ちは久々に感じだ様な気がした。

 

「浮かれてるな。いろんな人と対戦できるかもしれないこの状況で」

 

俺は苦笑いしながらも、今の自分の気持ちがわかっていた。

 

『私も精一杯のサポート致します』

「ああ、頼むぜ、プリムラ」

 

これから行う模擬戦はいろいろと経験を積めることは出来そうだ。“聖杯戦争”が始まるまでにやれるだけの事はやっておこう。

俺は朝錬を行うために着替えて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――森

 

「ブランゼルはいい子だね。賢いし私に合わせてくれるし」

『ありがとうございます』

 

私は昨日の夜にルーちゃんから渡されたインテリジェントデバイスの起動調整のために朝早く起きて、森の中で調整していた。この子は本当に賢い。見た目は短剣にバラのような形をした造形品が鍔の部分についた形をしている。

 

この子はすぐ私の魔力に合わせてくれるし、ゴーレムも私が想像したものとほぼ同等な出来上がりだ。

 

「うん、これなら今日の模擬戦頑張れるね」

『そうですね』

 

私は笑ってブランゼルを待機モードに戻した。後は模擬戦で頑張るだけだ。

 

「戻ろうか」

『ええ。ですがこの近くに魔力反応がありますね。誰かいるんでしょうか?』

「え?誰だろう?」

 

ブランゼルから魔力反応有りと言われたので誰が居るのか少し気になった。

 

「ちょっと挨拶して行こうか」

『こっちです』

 

近くに人がいたのなら挨拶ぐらいはしておかないとね。

 

私はブランゼルに言われた方向に歩を進めた。少し進むと広がった空間が出来ている場所に出た。そこに1人の人物が背を真っ直ぐにして胡坐をかいて、手を組んで目を瞑っていた。

 

「あ、ガイさんだ」

 

私はその人物がガイさんだと知って、少し脈が早くなったのが分かる。近くにガイさんが居たことに嬉しさを感じた。ガイさんがしている胡坐の上には鞘に納めている刀が寝かせてあった。

ガイさんの周りの雰囲気は何処となく穏やかで静かだ。まるでガイさんの周りだけ周囲とはかけ離れていて、別世界に存在しているのではないかと思うくらいだ。ガイさんは先ほどから動かない。

 

寝ているわけではないようだけど何をしているのかな?

 

私はガイさんに近づく事にした。

 

「私が近づいても目を覚まさないね」

『寝ているのでは?』

「……寝ているわけじゃないんだがな」

「ひゃう!?」

 

突然ガイさんが発言してきたので私は驚いて変な声を出してしまった。

 

ううっ、結構恥ずかしい。

 

「ね、寝てたんじゃないんですね」

「座禅を組んでいた。精神統一するためにな」

 

私は顔が赤い事に自分でも分かっていた。さっきの変な声をガイさんには聞かれたくなかった。

ガイさんはそんな私の気持ちも知らずに静かに目を開けた。

 

「……コロの新しいデバイスか?」

「あ、うん、私のデバイスだよ。ブランゼルって言うんだ」

 

私の手に持っているブランゼルに興味があるのかガイさんの目がそちらに向いていた。

 

「いい名前だな」

「えっ……」

 

ガイさんはブランゼルという名前が良いと言って笑ってくれた。最初は一瞬何を言ったのか分からなかったがそれが褒められている事だと認識すると、とても嬉しく感じた。それは私が付けた名前なのだから。

 

「あ、ありがとうございます、ガイさん。ガイさんのデバイスもいい名前ですよね。たしか、プリムラって花の名前ですよね?」

「男には似合わない名前だよな」

 

ガイさんは苦笑しながら私に笑みを向けてくれる。

 

「ま、でも花言葉は“運命を切り開く”だからプリムラって名前は好きだね」

『ありがとうございます、マスター』

「そうだったんですね。知らなかった」

 

運命を切り開く……なんか、ガイさんにピッタリ合うような言葉ですね。

 

何故そんな風に思ったのかはわからない。ただ、単純にそう思った。それだけ。

 

「今日の模擬戦は私たちチームですね」

「そうだな。よろしくなコロ」

 

ガイさんはそう言って、立ちあがる。

今回のチームはガイさんと一緒。それがとても嬉しいと思っているのはガイさんには内緒だよ。

 

「そろそろ戻るか」

「はい」

 

私はその思いを胸の中にしまって、私たちは宿泊ロッジに戻るため歩きだした。

 

「ガイさんは模擬戦前に精神統一していたんですね」

 

私は当たり前のような事を聞いた。たぶん私は少しでもガイさんと長く話をしたいからこんな当たり前なことも聞きたいのだと思う。

それはYesと答える質問しかないと思っていたがガイさんからは予想外な言葉が返ってきた。

 

「あ~、いや模擬戦のためにしたわけじゃないんだよね。模擬戦に向けて朝練はしといたけど」

「え?」

 

精神統一は気持ちを引き締めるために行うもの。それを模擬戦の前にやるのだから、模擬戦に向けて行っていたものだとばかり思っていた。

 

「えっと、では何のために?」

「……自分の整理したものにちょっと嫌気がしてね。平常心を保つ為に行っただけさ」

「?」

 

良く言っている意味が分からなかった。私が困惑した表情をしていると、ガイさんは軽く笑って、気にしないで、と、優しく声をかけてくれた。

 

「あ、ガイとコロナ。おはよう」

 

宿泊ロッジに戻ると、フェイトさんが笑顔で出迎えてくれた。他にもティアナさんやキャロさんが朝食の準備をしていた。

 

「おはようございます、フェイトさん」

 

私は頭を下げて挨拶をした。

しかし、いつまでたってもガイさんの挨拶が聞こえなかった。私は頭を上げて、ガイさんの方を見た。

 

「あ、え、えっと……」

 

何故か目を泳がせて言葉に出来ない様子で顔を赤くしていた。

 

緊張しているのかな?この前の無限書庫に行った帰りにヴィヴィオの家でガイさんはフェイトさんにメロメロのような感じがしていたし。ガイさんはフェイトさんの事が好きなのかな?それはちょっと嬉しくない。

 

「どうしたの、ガイ?あ、も、もしかして昨日の夜のこと思い出しっちゃった///?」

 

き、昨日の夜!?ガイさんとフェイトさんはいったい何をしていたんですか?す、すごく気になるんですが!!

 

「フェイトさん、その言い方ちょっと誤解を招きかねますよ。それとも、ほ、本当に……」

「え?あ……ち、違うよ」

 

フェイトさんは近くに居たティアナさんに指摘されて、とても恥ずかしい事を言ったのを自覚したのか赤くしていた顔がさらに赤くなって困ったような表情をした。

私はものすごく気になって仕方がない。

 

「あ、あの、御二人は昨日の夜、何を……」

「「なんでもない(の)!!」」

 

2人の言葉が見事に重なった。私はびっくりして次に出す言葉の声が出なかった。気になる事を聞きたかったのにこれでは聞けそうもない。まあ、後で聞いてみるのもいいかも。

そして、しばらくの間、2人の間の空気はちょっとぎこちないような雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――訓練場

 

「はい、全員揃ったね」

 

訓練場には俺を含め、大人子供の計14人が居た。

 

「じゃ、試合プロデゥーサのノーヴェさんから!」

「あ……あたしですか?」

 

ノーヴェはちょっと戸惑ったような表情で皆前に出てくる。

 

「えー……ルールは昨日伝えた通り、赤組と青組、七人のチームに分かれたフィールドマッチです」

 

そして、ポケットから小型の端末機械を取り出した。

 

「ライフポイントは今回もDSAA公式試合用タグで管理します。あとは皆さん怪我のないよう、正々堂々頑張りましょう」

 

ノーヴェの簡単な説明が終わった。ライフポイントが無くなったら負けというライフ戦の模擬戦だ。

 

「じゃあ赤組元気に行くよ!」

「青組もせーの!」

「「「「「セットアップ!!」」」」」

 

2人の合図で皆がセットアップを始めた。皆が一瞬にしてバリアジャケットの姿に変わる。俺もバリアジャケット姿になり、左手にいつもの感触があるかを確かめる。しっかりとデバイスであるプリムラの刀を握っている。

 

「ガイさんと勝負したかったです」

 

俺の隣で少し悔しそうな表情をしている大人モードのアインハルトが居た。

 

「あっちにはフリーやヴィヴィが居るぞ。相手にとって不足はないと思うが」

「……そうですね」

 

アインハルトは一度目を閉じて再び開いた。そこには気合いをこめた目をしていた。考えを切り替えたのだろう。

 

「ガイさん、頑張りましょう」

「ああ、頑張らないとな。魔法戦になったら俺が一番足を引っ張りそうだ」

 

反対にいたコロナはガッツポーズを俺に見せて意気込みを見せてくる。魔力ランクはチーム内でも皆の中でも最下位だ。オリヴィエはどのくらいかはわからないけど、“聖王女”と言われているくらいだから相当高いと思う。

 

「できたら、サポートしますね」

「でも、序盤は多分ポジション同士の1on1よ」

「均衡が崩れるまでは自分のマッチアップ相手に集中ね」

 

フェイトさんとティアナさんにそう言われてコロナはちょっと悲しんだが、すぐに笑顔になる。

 

「コロ、頑張るか」

「はい」

 

俺の言葉に頷いてくれた。

 

『それではみんな元気に……』

 

そして、皆の前にメガーヌさんが映っているモニターが現れた。後ろにはルーテシアの召喚獣ガリューとキャロの召喚獣フリードリヒが居て、ガリューが銅鑼を叩くハンマーを持っていた。

 

『試合開始!』

 

メガーヌさんが試合開始の合図をしてガリューが銅鑼を叩いた。ついに始まった、陸戦試合の模擬戦。俺は腹の底に響き渡るような低い銅鑼の音を聞いて思考を切り替えた。これから行う戦いに集中するために。

 

「“エアライナーッ!!”」

 

ノーヴェが掛け声とともに足元から魔法で作られた黄色い道、“エアライナー”が会場全体に縦横無尽に駆け巡り空中での道を作った。

ノーヴェと同様に、あちら側の陣営からも青い道がノーヴェの作った道と入り組んで会場全体を覆った。

 

「んじゃ、姉貴と対決してくるわ」

 

ノーヴェは一足先に先陣を切って“エアライナー”に乗り走って行った。青い道はどうやらスバルさんが作った物らしい。

ともあれ、これで足場はかなり出来た。

 

「さて、アイン。ノーヴェに続くか」

「はい」

 

俺たちFWもノーヴェに続くために“エアライナー”の上に乗って進み始めた。

 

「もし良かったらですけど、ヴィヴィオさんの相手をお願いしても?」

「お?意外だな。アインはヴィヴィと対決するのかと思ったが」

「フリージアと対決してみたいのです」

 

アインハルトがヴィヴィオではなくオリヴィエと対決をしたいらしい。俺は少し考える。多分、覇王の悲願とは関係ないと思う。ただ単純にオリヴィエと拳を交えたいのだろう。

 

「いいよ。思いっきりブツけて来いよ」

 

俺はアインハルトを激励して笑みを向けた。

 

「ありがとうございます」

 

それを受け止めて、アインハルトの表情が引き締まった。

 

俺はヴィヴィオ、アインハルトはオリヴィエの相手だ。相手にとって不足はない。むしろ魔法戦なら俺の方が不足だ。俺も気を引き締めないとな。

 

そして、俺たちは別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ヴィヴィか」

「ガイさんが相手なんだね」

 

黄色い道に俺が、青い道には大人モードになったヴィヴィオが立っていた。サイドテールにして黒いインナーに黒く薄い装甲の鎧を着てなのはさんと同じ白いバリアジャケットを羽織っている。

 

「アインじゃなくて残念か?」

「ん~、アインハルトさんとも勝負したいけど、ガイさんとも勝負したいし。どっちでも私は嬉しいよ」

 

ヴィヴィオは笑顔で答える。

 

「なら、期待に添えるように頑張らないとな。そういや、魔法戦だとヴィヴィとは初めての対決だな」

「うん、負けないよ」

 

ヴィヴィオは静かに右拳を握り、左手には魔力を込めているのか虹の魔法を収束して構える。

 

「お手柔らかに」

 

俺もいつものセリフを吐きながら右に体を捻って、刀に右手を添えて構えた。

そして、強烈な音が轟く。ヴィヴィオの突進だ。一歩で互いの距離が0になった。踏み込みの強い突撃。そのまま右拳のストレートを俺に向けて放つ。それを俺は半歩、右に動いて紙一重で避ける。

そして、すれ違う時に抜刀しようと思った時、さらにヴィヴィオの速度が上がり驚いた。これでは抜刀してもヴィヴィオに当たらない。

 

「っ!?」

 

そして、俺の周りに何時の間にか虹のバインドが存在して、今にも俺を縛りつけようと収束している。すれ違いざまにヴィヴィオが設置したのだろう。バインドが体に触れる瞬間、俺は跳んでそれを避ける。

そこにヴィヴィオが真上から右足を振り下ろした踵落としで蹴りをブツけてくる。早い連撃だ。相手に攻撃をする隙を与えてくれない。

自由の利かない空中戦。魔法で飛ぶにも目の前にヴィヴィオが居るので間に合わない。そのため俺はその蹴りを鞘で何とか受け止める。

しかし、威力が強くて、大きく下へと落ちて行く。このままだと地面にぶつかるので飛行するために足に魔力を込める。

 

「一閃必中!」

 

だが、さらに追撃を行うヴィヴィオは今まで使われなかったヴィヴィオの左手を前に出して、拳に溜まっている魔力が解き放つ。ヴィヴィオの目の前に小さく丸い球体の魔弾が現れる。それを右拳で思いっきりぶつけた。

 

「ディバインバスター!!」

 

なのはさんもよく使う、高速砲の“ディバインバスター”だ。魔力が砲撃のように俺目掛けて飛んでくる。飛行する暇も与えてくれない。

 

「っく」

 

俺は避ける事は無理だと悟ったので、刀を鞘走りして抜刀した。その刃は黒く、そりは白い刀の切っ先が砲撃に当たる瞬間、刃を一番鋭い砲撃の垂直角度からズラすように手首を捻った。

その結果、砲撃が右にズレて地面にぶつかり大きな衝撃が辺り一面に広がった。

 

「いっ、砲撃を逸らした!?」

 

ヴィヴィオは驚きながら青い道に着地する。俺も鞘に刀を納刀してヴィヴィオの乗っている青い道の下段に流れている黄色い道に着地して安堵の息を吐いた。

 

「ふぅ、あの砲撃は早いな。少しかすったよ」

 

砲撃の軌道をズラす為に無茶をした。それでも、冷静さを保って相手に何ともないように思わせる。

しかし、あの砲撃の軌道を完全にズラすことが出来ずに右肩から肘にかけて外側のバリアジャケットが砲撃によって削り取られていた。

それでも、それで冷静さを保っているように見せかければ相手に二度目は通じないと思わせる事が出来る。

 

ガイ:3000→2500

 

かすっただけで俺のLIFEが500も奪われた。あれをマトモに受けたら一発KOだ。

さっき砲撃を捌ききれたのもまぐれに近い。刃が当たる瞬間など本当に一瞬だ。その一瞬のうちに魔力の威力を外へ逃がすため、手首を捻って何とか軌道をズラしたのだ。

 

同じことをもう一度やれと言われたら出来ないと思う。経験と時間が足りない。それに何度も使っていると手首を痛める原因になるしな。

 

俺は目を瞑った。俺は先ほど行った行動の考察を考えるのをやめ、思考を切り替え、目を開いた。今度は俺からヴィヴィオに向かって跳んだ。ヴィヴィオも表情を険しくして構え、背後に虹の魔弾がチャージを始める。

 

「魔法は使わせないさ。格闘戦技に持ち込む」

 

俺はヴィヴィオの手前に流れている青い道に一度、足を付けて速度を上げるために魔力を足に溜めて一気に跳び、ヴィヴィオに向かって鞘を握っている左手で左拳廻打を放つ。

今度はヴィヴィオが速度を上げた俺に驚いた様子で、背後にある虹の魔弾のチャージをやめ、すぐに俺の左拳を受け止めるためにヴィヴィオは腕をクロスしてガードする態勢に入った。

 

「~~~っ!!」

 

ヴィヴィオが痛みを耐えるような苦い表情をして俺の左拳廻打を受け止めた。

拳の中に石を入れていると硬さを増すように今の俺は鞘を握っているのだ。いつもより拳は硬い。

そのまま、俺は刀を抜いて、刃を返して横斬りを行う。それはヴィヴィオの虹のプロテクションで止められた。

 

ヴィヴィオ:3000→2600

 

今の二つの行動で400削れたようだ。

 

「っく。この!!」

 

ヴィヴィオはこの防戦一方の状況を覆そうとしているのか空いている足で垂直に足を振り上げる。

俺はそれが見えた。そのため、次の行動をすぐに行う。鞘と刀をヴィヴィオから離して、一歩下がりそれを避ける。

そして、再び勢いをつけてヴィヴィオに近づき、右足の前蹴りを蹴る。ヴィヴィオが蹴りを振り上げるのを予め見えていたので俺の行動のほうがワンテンポ早く、ヴィヴィオは右足を振り上げてを終わった状態だったので俺の蹴りをガードすることが無理に近く、それをまともに受けて大きく後ろへ下がる。俺は鞘に刀を収めながら追撃をしようとした。

 

「っつ」

 

しかし、それは左肩にある衝撃が加わってバリアジャケットが削り取られ、追撃の機会を失った。

 

「あの無理な体勢からカウンターか。ヴィヴィもなかなかな動体視力を持ってるな」

 

俺が前蹴りをヴィヴィオに当てた瞬間、ヴィヴィオの左拳のストレートが放たれて俺の左肩にクリーンヒットした。俺はそのカウンターは予測できなかったのでマトモに受けてしまった。

少し離れた所にヴィヴィオが黄色の道に何とか着地して息を整える。

 

ガイ:2500→1600

ヴィヴィオ:2600→2200

 

「ガイさんはやっぱり凄い!!」

 

ヴィヴィオは息を整えながらも満面の笑みを俺に向けて楽しそうな声をして褒めてきた。

 

「ヴィヴィの方が凄いよ。あの体勢からカウンターを狙えるのは流石だよ」

 

俺も笑いながらヴィヴィオの事を褒める。あのカウンターであのダメージ。俺の魔力値が低いのも原因かもしれないが、ヴィヴィオはやっぱり強い。

 

「ガイさんだって砲撃を逸らすような事が出来るんだもん。凄いよ」

 

互いに褒め合う。

そして、お互いに再び構えた。

 

「ヴィヴィと対決するのも何だかんだで楽しいよ」

「え?あ、ありがとうございます」

 

俺は笑みを零してヴィヴィオと戦えたことに純粋に楽しかったと思えたことを伝える。違う事を褒められたからかヴィヴィオはちょっと戸惑いながらも礼を言ってくる。

 

「行くよ」

 

そのせいでヴィヴィオの集中力を一瞬失わせてしまったので、これから動く事をヴィヴィオに言う。ヴィヴィオはそれを聞いて、気をひき締め直して笑顔から真剣な表情に変えた。

 

『ヴィヴィオから魔力反応有り』

「な、いつの間に溜めた!?」

 

プリムラの魔力検知にヴィヴィオの魔力が反応して知らせてくれた。それを聞いた俺は驚いた。終始、ヴィヴィオを注意深く見ていたが、魔弾をチャージする工程を見ていない。

俺の驚いた表情を見たヴィヴィオは真剣な表情を崩して笑みを向ける。ヴィヴィオの後ろには魔弾が数発、作られていた。魔法陣も魔弾と同時に現れてチャージが完了している状態。どのような原理を行ったのかはわからない。

 

「“ソニックシューターアサルトシフト”!!」

『全部で五発です』

「あ、ああ」

 

俺は驚きながらもヴィヴィオが放った魔弾の弾幕をどのように受け止めるか考える。アインハルトなら俺の魔弾を止めた時のように“旋衝破”で返してくるだろう。俺はそんな高等技術は持ち合わせていない。砲撃をズラしたのもマグレに近い。

俺は避けとガードする態勢に入りながら後ろに黒い魔弾を二つをチャージし始める。俺の魔力だと満タン状態から作れる魔弾は八発。一度に作れる魔弾は二つ。魔法で飛行するとその間は他の魔法が使えない、といろいろ制限が掛る。先ほど足に魔弾一個分の魔力を込めて飛んでしまったので残りは七発分の魔力しかない。

貴重な魔力を消費するのであまり使わないようにしているがこの状況は必要なので二つ分チャージを始める。

その間に魔弾の弾膜が飛んでくる。一発目の魔弾を避け、二発目は鞘走りから抜刀して切り捨てる。残り三発。

ちょうど、チャージが完了したので魔弾をブツけて相殺した。残り一発は鞘で受け止めた。

 

「隙ありですよ!!」

「!?」

 

流石に魔弾に集中しすぎたようだ。俺の隣には左拳の左拳廻打を放ったヴィヴィオが居た。

鞘は魔弾を受けた衝撃で動かすのに遅れて間に合わない。刀も抜刀した状態でヴィヴィオに合わせている暇がない。魔弾も放ってしまった。プロテクションも遅い。出来るとしたら……。

 

「がはっ!!」

 

ヴィヴィオの左拳が思いっきり俺の溝に当たった。そのまま勢いよく俺は大きく飛ばされて後退して青い道に何とか着地する。

 

「っつ」

 

しかし、ヴィヴィオの胸部に大きく一太刀が斜めに刻まれてバリアジャケットがはがれた。あの一撃を当たった後、俺は抜刀している刀を斜めに斬り込んだ。刀は引きながら斬ると威力が増すのでヴィヴィオの打撃の威力を利用して飛ばされながらもヴィヴィオの体に一太刀入れた。肉を切らせて骨を断つ……まではいかないが、ヴィヴィオにも相当なダメージを与える事は出来たはずだ。

 

ガイ:1600→200

ヴィヴィオ:2200→1100

 

あの一撃がかなりでかかったようだ。ヴィヴィオに1000以上のダメージを与えることが出来た。

 

『ガイさん。このままだと負けてしまいます。前半戦からFW陣を失うわけにはいきませんので戻りましょう』

『ヴィヴィオも結構ダメージ受けすぎたわね。ガイさんも戻るようだし、一旦戻った方がいいわ。ガイさんを落とせればかなり戦況が変わるんだけどね、悔しいけどキャロの方が召喚魔法の速度は速い』

 

これからこのLIFEでどのように戦えばいいかと考えていたら、俺たちの間にモニターが二つ現れて互いの陣のFBが戦いに挟んでくる。

 

「ああ、頼む」

「うう、ガイさんと決着付けたかったよ~」

 

ヴィヴィオは苦笑いしながらも悔しそうな表情を俺に向けてくる。

 

「また対戦するだろ。こんな序盤に落ちるわけにもいかないしな」

「うん、次こそ決着付けるね」

 

そして、俺の真下にピンクの魔法陣が現れてた。ヴィヴィオの真下にも紫の魔法陣が現れている。

 

「互いにこの模擬戦で生き残れたらまた対決だな」

「うん!!」

 

無邪気な笑みを俺に向けてきた。それほど次に対戦することが出来ることが嬉しかったようだ。

俺も笑いながらキャロの召喚魔法によってFBへと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私の相手はアインハルトですか」

「はい」

 

私は黄色い道の上に立っていた。オリヴィエも青い道の上に乗って私の事を見つめている。オリヴィエは白と青を強調した騎士甲冑を着けて、ライトブラウンの髪はシニヨンのようにして後ろに縛っている。

その姿は紛れもなく覇王の記憶の中に残っている姿、戦闘服のバリアジャケットだ。記憶にも残っている。

だが何故、オリヴィエが現代の今ここに居るのか分からない。オリヴィエと初めて会った後にいろいろ調べたが昔の人物がどのようにして今の現代に居るのか分からない。

 

ガイさんが答えてくれるのが一番いいですけど、それは無理な話。ですが、目の前にオリヴィエが居る、それが現実なのだ。

 

「……フリージア、私個人としては貴方と拳を交えたい。あなたを超えたい」

「ええ、構いませんよ」

「え?」

 

オリヴィエの即答に私は目を丸くした。オリヴィエは私と拳を交えることはないと思っていた。私の中には覇王の悲願が存在する。この悲願はオリヴィエの死が原因で出来たモノ。オリヴィエ自身に向けるモノではないのだが、拳を交えることがあればその悲願にも触れてしまうかもしれないだろう。

しかし、オリヴィエはそれでも拳を交えることに頷いてくれた。

 

「そんな変を顔をしなくても。悲願を受け止める事は出来ませんが、ただ拳を交えるだけなら受けて立ちますよ」

「ただ拳を交える……」

 

オリヴィエは悲願云々でもないと言っている。ただ拳を交えたいだけのようだ。私は考えた。

覇王の悲願、私の願い。覇王流を証明すること。あのゆりかごの日のオリヴィエより強くなって私たちの悲願を叶える為に。

そして、目の前にはそのオリヴィエ自身が居る。これはオリヴィエ自身に向ける悲願ではない。

しかし、ただ単純に拳を交えるだけなら悲願も関係ない。悲願を考えなければオリヴィエはヴィヴィオさんと同じぐらいの好敵手だろう。

 

「ええ、わかりました」

 

私の提案を受け入れてくれたオリヴィエに感謝です。

 

「では、行きます」

「はい」

 

オリヴィエは左手を前に出して、指と指の間を閉じて手とうのようにして手首を上げ、体を右に少しひねって右拳を後ろに下げ構える。

構えは“聖王流”でも“覇王流”でも変わらない。でも、オリヴィエの構えまでの動きが完璧で私は見惚れてしまった。やはり“聖王女”と言われていただけの事はある。

私もオリヴィエと同じようにして構える。

 

「“聖王聖空弾”」

「“覇王空破断(仮)”」

 

オリヴィエの右拳から虹の魔弾一発だけだが飛んできた。だが、その速度は速い。私も拳から魔法の真空刃を放つ“空破断”でそれをなんとか相殺する。まだ完成していないので魔力の安定はしないがなんとか形には出来た。

その間にオリヴィエが私の目の前までに来て、左足の回し蹴りを振り放っていた。それを右腕でガードする。とても重い蹴りだ。私は歯をくいしばって何とか受け止める。

そのままの体勢で左拳廻打を放つ。オリヴィエはそれを右手で握り受け止めた。逆に考えれば片腕と片足を封じ込めたので、オリヴィエ自身の体重を支えている一本の足に脚払いを行う。

オリヴィエは脚払いをすることが分かったのか、その一本の足で後ろに跳んで一気に下がった。

そして、青い道の上で一呼吸を置いて私の事を見据えた。

 

アインハルト:3000→2800

 

オリヴィエの左足の回し蹴りは強力だった。ガードしてもダメージを受けた。私が放った左拳廻打はダメージを与える事は出来なかったようだ。

 

「アインハルトと戦っているとクラウスを思い出しますね。やはり“覇王流”は強いですね」

「ありがとうございます。」

 

オリヴィエは私の事をクラウスと同じだと言ってくれた。

 

嬉しいけど私はクラウスもオリヴィエも超えないと“覇王”の名を……覇を成すことが出来ない。

 

「ですが、私は貴方を超えたい」

 

私はそう言うとオリヴィエは微笑む。私は構える。

 

「ええ、望むところです。私を越えて見せて下さい」

「行きます」

 

今度は私からオリヴィエに向かって突撃して右拳のストレートを放つ。オリヴィエはそれを受け流す。

そして、右拳廻打を放ってくる。私はそれをまともに受けた。

 

「!?」

 

しかし、その代償として、受けた後その受けた右拳を左手で掴みオリヴィエの体中にバインドを巻いた。私は防御を捨てカウンターバインドでオリヴィエを縛った。私は右拳に魔力を込めた。

 

「そうでした。防御を捨て、攻撃に特化したモノ……それが“覇王流”」

「そうですね。これが“覇王流”です」

 

私は右拳の魔力を解放した。

 

「“覇王断空拳”」

「っぐ」

 

オリヴィエの背中に私の“断空拳”を思いっきりブツけた。クリーンヒットしたのが分かった。私の“断空拳”の衝撃で青い道が壊れて、その青い道の上にいたオリヴィエと共に重力に沿って落ちて行く。

 

アインハルト 2800→2300

オリヴィエ 3000→600

 

オリヴィエをここで落としておけばこの戦いは有利になる。

 

『アインハルト、ストップ!!』

 

追撃のために動こうとした矢先に目の前にティアナさんの写っているモニターが表示された。両手に銃型のデバイスを持って常にオレンジの魔弾を飛ばしている。その魔弾はここからも目視できるがそれは逆方向からのピンクの魔弾と相殺している。

 

『今のダメージならフリージアさんは一旦下げられる。この隙に先陣突破で斬りこんで!!ガイはヴィヴィオとほぼ相討ちで互いにFBに下がっているからFBからの邪魔はされないと思う。そのまま青組のCG、なのはさんの所へ!!』

 

ガイさんはヴィヴィオさんとほぼ相討ちで下がっている?ちょっと心配ですが、ガイさんが再び復帰した時にやりやすい環境にしておくのも良いですね。それになのはさんの魔弾を止めることが出来ればその分ティアナさんの魔弾がいろいろな場面でサポートに回せますし。

 

「……はい!!」

 

私はティアナさんの提案に頷いた。

そして、チラッとオリヴィエが倒れている場所を向いた。オリヴィエはまだ立ち上がらない。

 

何かオリヴィエと戦っていて少し違和感があった。あの“聖王女”であったオリヴィエが私のカウンターバインドを読めなかったのだろうか?クラウスとの戦いも覇王の記憶の中では何度かやっているのだから“覇王流”がどのようなスタイルなのか分かっていたはず。さっきの言葉も演技のように思えてくる。まるでワザと負けたような気がしてならない。

 

しかし、私は今考えることではないと判断して、思考を切り替えて先陣突破の任を受けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はアインハルトの“覇王断空拳”を受けて、地面に叩きつかれていた。体全体に痛みが走る。あの攻撃も受け止める事は出来た。

しかし、ガイとうまく魔力の補給が出来ていないこの現状、“聖杯戦争”に向けて体内に存在する魔力を温存しておかなければならない。それなので、私の戦い方もいろいろと制限が付いてしまう。

 

ガイの魔力値が上がれば魔力のラインが安定することが出来ると思いますけど。

 

「無い物ねだりしても仕方ありません」

 

私はアインハルトが走り去って方向を見た。すでにアインハルトの姿は無い。

 

こんな闘いではアインハルトは満足していないでしょうね。

 

『フリージアさん大丈夫ですか?』

 

私の目の前にルーテシアが映っているモニターが現れる。

 

「ええ、ちょっとダメージはデカいですがなんとか大丈夫です」

 

私は表情を苦くして上半身を起こす。それと同時に私の真下に紫の魔法陣が展開された。

 

『とりあえず治療するからいったん戻しますね』

「ええ、ありがとうございます」

 

私はルーテシアの治療を受けるために提案を受け入れた。

そして、召喚魔法によって私は今居る場所からFBまで下がった。

 

「あ、フリージアさんも戻って来たの?」

 

そこにはそわそわしながら再出撃を待っているヴィヴィオが居た。ダメージも私ほどではないが結構受けている。たぶん相手はガイだろう。

 

「ええ、アインハルトは強いですね。あの子はきっと強い子に育ちます」

「アインハルトさんも強いんだ。う~、再出撃したらガイさんとアインハルトさん、どっちとも戦いたいな~」

「ですが作戦があるのでしょう?」

「そう、あの作戦があるわ」

 

話を聞いていたルーテシアが私たちの会話に入ってきた。

そして、戦場に出ている青組全員のモニターがルーテシアの周りに現れる。

 

「青組一同、ヴィヴィオとフリージアさんが復帰したら例の作戦に移ります。いつでも動けるようにお願いします♪」

「「「了解!!」」」

 

モニターに映っている全員から了承を得た。

 

『あ、アインハルトちゃんが来たね』

 

アインハルト、もうなのはさんの所へ来たのですか?早いですね。

 

『ヴィヴィオさんのお母様!一槍お願いいたします!!』

『私でよければ喜んで!』

 

なのはのモニターからアインハルトの声が聞こえる。私との対決後、そのままだと思うのでライフもあの時から変わっていないだろう。

 

『青組CG高町なのは各員に報告。まもなく赤組FAアインハルトちゃんと接敵!射砲支援が止まります。赤組CGとFBの支援攻撃に要注意!』

『「了解!!」』

 

なのはの砲撃支援が無くなりましたか。その間にティアナの砲撃にチャージする時間を与えてしまいますね。

 

私は陣形の表が映っているモニターを見る。ヴィヴィオがガイとほぼ相討ちで2人ともFBに下がっている。FBのスバルは相手のノーヴェとGWとWB同士も未だに一対一だ。

私とアインハルトの対戦以外は場の流れは変わっていない。アインハルトがなのはに対してどのような結果になるかで流れは大きく変わる。

 

「……まるで戦場の陣形の一部ですね」

 

ボソッと私は誰にも聞こえないように呟く。このような陣形表などを見て、思案することはよくやった。戦時中は常に先を見据えなければ不利な状況になり味方の死が絡んでくる。脳裏に浮かんで来たのはかなりの数の味方の死体が転がっていた焼け野原に私が涙を流しながら手で一生懸命、味方の死体を埋める墓を掘っている時の戦場の跡地の光景。私の判断が一つミスるだけで味方が死んでいくことを実感した。

 

あれが戦場なのだ。だが、今は違う。事件は存在するが戦争は起きていない。

 

「守りませんとね……」

「ん?何を守るんですか?」

 

隣でヴィヴィオが今呟いた言葉を拾っていたようだ。笑みを向けながら聞き返してきた。私は先ほど思い出していた思考をやめて切り替えた。

 

「……いろいろですよ」

「そうですか。なんか思いつめているような表情でしたので、ちょっと心配します。何か困ったことがありましたら言って下さいね」

 

ヴィヴィオが満面の笑みに切り替えて笑う。

 

これが今、現代に生きている私の複製体。思いやりのある優しい子。この子なら特に心配もいりませんね。

 

「ありがとうございます、ヴィヴィオ」

 

私はヴィヴィオに礼を言って頭を撫でる。ヴィヴィオは撫でられた事に嬉しかったのか少し頬を赤く染めながらも笑みを絶やす事は無かった。

 

この笑顔を守るために“聖杯戦争”を勝ち抜かないといけませんね。

 

私は陣形表のモニターを見ながらこの模擬戦の今後の動きと“聖杯戦争”の行動をどのように行うか色々と思考を回し始めた。




模擬戦を全部書くとかなり長くなるので二つに分けました。

と、言ってもプロットはありますが書いている時間が無いw

仕事が忙しいくなってきた。

魔法と魔術の価値観や観点の違いはやはり難しい。

今回は魔術視点からの考察です。

今度説明するときは魔法視点からの考察かな。

何か一言感想があると嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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十二話“集団と集団の交差(後編)”

平日は書いている暇もない。

土日は仕事の疲れでぐったり。

それでも何とか書いていきます。

では、十二話目入ります。


 「アクセルシューター弾幕集中」

 

なのはさんの周りにピンクの魔弾がどんどん集まって来る。その一つ一つが星の光りのように見えた。それは私を貫くために集まっているのだろう。それでも私は前に進んだ。

 

「シュート!!」

 

一斉にピンクの魔弾が私に向けて飛んでくる。私はそれを“旋衝破”で軌道を変えて避け続ける。

その間になのはさんの砲撃のチャージが完了していた。

 

「ファイア!!」

 

真正面から来られると威圧感のある砲撃が私に向かって放たれる。けど、私は臆することなくその砲撃にタイミングよく右拳のストレートを当てる。

 

「あらっ?パンチで相殺!?」

 

なのはさんは予想外な出来事にちょっと戸惑った表情を浮かべた。私の拳で砲撃がはじけ飛んだ事に対して少なからず驚いているのだろう。私はそのまま拳を握り直して、なのはさんの元へと走り出す。

そして、握り直した右拳の中段突きを放つ。

 

「っと」

 

それを難なくなのはさんはデバイスでガードした。そのまま連撃を続ける。だが、その全てがガードされ、時には避けられている。攻めている気がしない。

 

読まれているみたいに防がれている。だけどこのまま攻め続ければ……。

 

私の気迫の籠った左拳がなのはさんのガードを崩した。

 

開いた!右拳廻打入るッ!

 

なのはさんの顔面に向かって、右拳を打ち込む。それがなのはさんに当たった感触はあった。

しかし、すぐに違和感が右手から現れる。

 

「っ!?」

 

右手にはピンクのバインドでしっかりと縛られて、腕までチェーンバインドが巻かれていた。

 

捕縛盾!?誘われた!!

 

ガードが開いたのもここに導くためにワザとガードを甘くしていたのだ。

 

昨日ガイさんとなのはさんの一対一を見ていましたが、ガイさんは魔弾を避け続けてここぞっという所で攻めずに止まりました。この設置型バインドを予測していたのでしょうね。流石です。猪突猛進な私とは大違いですね。

 

なのはさんは少し離れてデバイスを構える。その矛先に魔力が圧縮しはじめた。私を打ち抜くための砲撃だろう。

 

「くっ……!!」

 

私は必死にバインドを外そうと力を加える。

しかし、ギシギシ言うだけで外れることはない。

 

ガシュっと乾いた音がなのはさんのデバイスから聞こえてくる。空の銃弾が放出され魔力が高まった。砲撃はもう放たれてしまう。

 

砲撃!?避けられない。防御!?無理……。

 

私は絶体絶命の中で様々な思考をフル回転する。

そして、一つの結論が導き出された。

 

「エクセリオンッ……」

 

私は足先から力を加えていく。

先ほどのオリヴィエとの戦いで使った技、拳から魔力の真空刃を放つ“覇王空破断(仮)”。昨日の“水斬り”から試行錯誤で作った技。

足先から下半身へ、下半身から上半身への回転の速度を作り出し、その力で拳を押し出す。

その技を作り出す工程の回転の力でブチブチとその力に勝てず音をたててチェーンバインドが切れていく。そのまま、一気に拳を前へ押し出し真空刃を作り出しなのはさんに向かって飛んで行った。

 

「!?」

 

なのはさんは思わぬ攻撃に驚き、デバイスの矛先を私から離した。

そして、避ける暇もなくそれをマトモに受けたようだ。

 

なのは:2500→2000

 

私自身も驚いていた。オリヴィエの時よりも魔力が安定して放つ事が出来た。この短時間でここまで安定度を高められた事に喜びを覚える。いや、もしかしたらオリヴィエの時は少なからず緊張していたのかもしれない。だから、なのはさんの時は心を落ち着かせて放つ事が出来た。

しかし、いまは模擬戦中。そんな事を考えていると、なのはさんからの砲撃が飛んできた。

私は考え過ぎていたので反応が遅れ、その砲撃を何とか紙一重で避けるが、後ろにはすでになのはさんが大きく振りかぶって、周りにピンクの魔球と一緒に魔力が放たれた。

 

「ストライク・スターズ!!」

 

先ほどの砲撃とは比べ物にならない大きな砲撃が私に向かってきた。私はそれを受け流そうとした。だが、全く効かない。そのまま、砲撃を受けながら地面に叩きつかれた。

 

アインハルト:2300→80

 

私は体をうまく動かす事が出来ない。ダメージがかなり大きかったようだ。

 

受け流すどころか完全にのみ込まれた。あれが本物の砲撃。

 

「びっくりしたぁ。打撃の威力でバインドを砕いちゃった」

 

なのはさんは驚いた様子を浮かべながらその表情は嬉しそうだ。なのはさんは私に止めを刺すためにデバイスを構え直そうとした。

 

「あいたーッ!?」

 

しかし、なのはさんの後頭部にオレンジの魔弾がクリーンヒットして涙目になり、私への止めの砲撃は飛んでこなかった。

 

「いっっ……たぁ~~!!この弾丸ティアナ!?」

 

なのは:2000→1100

 

なのはさんが後頭部を擦りながら飛んできた魔弾の方を振り向く。私からも確認できた。そこに居たのはティアナさんだ。ティアナさんの周りにはオレンジ色の魔球がパッと見で数える事が出来ないくらいの量がチャージしてあった。

 

「アインハルト、よくやったわっっ!おかげでチャージとシフトも完了!これが赤組勝利の篝火……クロスファイア・フルバーストッッ!!」

 

ティアナさんの周りにある魔球から魔力が解放され魔弾が四方八方に飛んでいく。味方への援護支援の魔弾だ。これで戦況は私たち赤組の方へ優勢に傾く。

なのはさんがティアナさんに注意を向いている隙に私の真下にピンクの魔法陣がされて視界が変わった。

 

「おかえり、アインハルト」

 

FBのキャロさんが視界に入った。

 

今のが召喚魔法。

 

遠距離からのモノの移動を可能に出来る魔法。その魔法で私は敵陣からここまで一瞬にして戻ってこれたのだ。

 

「すぐ直すからまた前線復帰宜しくね」

「あ……はいっ!!」

 

キャロさんのデバイスから温かい治癒魔法が私のから全体を包み込む。傷が少しずつ消え始める。

 

「しかし、アインは凄いな」

「え?」

 

私は声がした方を振り向いた。そこにはガイさんが私と同じキャロさんから治癒魔法を受けて待機していた。ヴィヴィオさんと対決後、FBまで下がっていたのだ。なのはさんとの対決に集中しすぎてすっかり忘れていた。

 

「あ、み、見ていたのですか?」

「ああ。なのはさんにあそこまで近づいて一傷を負わせる事ができるなんてな。アインは凄いと思うよ」

 

先ほどの戦いをガイさんは見ていたようです。ちょっと恥ずかしいです。

 

「俺だとなのはさんの元まで行けないんだよね。最初の時は近づけたがそれは本当にたまたまだと思う」

 

そう言いつつ、ガイさんは左手に持っている刀を見て、握ったり離したりして感覚を確かめている。

 

「いえ、ですが私も猪突猛進でした。バインドに簡単に引っかかってしまいました。ガイさんのようにもう少し状況を理解できるようにしていきたいです」

 

私も先ほどの戦いで反省しないといけない部分が多々ありました。そこを直していかないと次へと進めません。

 

私が言った言葉にガイさんは笑みを零して右手を私の頭に乗せた。

 

「自分の欠点を見つけられたのなら後はそれを克服していくだけだ。頑張れよ」

 

そう言って、私の頭を撫でてくれた。キャロさんもいるのに結構恥ずかしい。

 

「ま、また子供扱いですか……でも、あ、ありがとうございます……」

「まだ子供だしな。年下とかは関係ないし」

 

私はガイさんから視線を離し、まだ私を子供扱いしているガイさんにちょっとムッとなりながらもお礼を言った。きっと顔が赤くなっているのだろう。自分でもわかる。

 

「仲いいね、2人とも」

 

そんな様子をキャロさんが微笑みながらこちらに顔を向けてくる。

 

「ま、部屋が隣同士で付き合いがちょっと長いしな」

「……ふふっ、そうだね」

 

キャロさんが何かを思ったのかちょっと間を置いてガイさんの言葉を肯定し私の方を優しく見つめた。まるで応援しているような表情で笑っている。

 

何を応援しているのかはわかりませんが。

 

「……え?」

「ん?どうしたアイン?」

 

私は少し戦場の雰囲気が変わったことが気になり声を出してしまった。それをガイさんが拾ってきた。私はぶつかり合う音が絶えない戦場を見つめた。ガイさんもすぐに気付いた様子で戦場を見た。

 

「……戦場の流れが変わっているな」

「ええ」

「あ、ルーちゃんとリオちゃんがこっちに接近中!!」

 

戦場の流れが変わったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ありゃ、ノーヴェが攻めてくる」

「ほんどだ!!」

 

モニターにはノーヴェがスバルを振り切って私たちFB陣へ高速移動で近づいてくる。ノーヴェは今のうちにルーテシアとヴィヴィオと私を潰すことを考えているのだろう。

 

ヴィヴィオ:2600

オリヴィエ:1300

 

「私はまだダメージが抜けていませんね」

 

アインハルトとの対戦後、それほど時間は立っていないので回復する時間が少なく、あまり回復されていない。前線に立つにはまだLIFEが心もとない。

 

「フリージアさんはまだ待機してて下さい。ルールー!私はこんだけ治ってればもーへいき!」

「うん……アインハルトもガイさんも治療中だし、コロナのゴライアスもダウンしてるここが好機かな」

 

ノーヴェが映っているモニターの他に、コロナの作りだしたゴーレムがダウンしているモニターとガイとアインハルトが治療を受けているモニターが表示された。

 

ガイとアインハルトは何か話をしているようですね。

 

そして、ここに居ない青組のメンバーのモニターも表示してルーテシアが発言した。

 

「青組のみなさん!予定よりちょっと早いですが、作戦発動しますッ!」

 

「『『了解ッ!』』」

 

ルーテシアの合図で皆が動き始めた。

 

「フリージアさんもある程度、回復出来ましたら援護をお願いしますね」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、いってきまーす!」

 

ルーテシアとヴィヴィオも戦場へと走り出した。私はこのFB陣から戦場全体を眺めた。

いたる所で金属のぶつかり合う音や魔弾を打ち出す音がする。

青組の作戦。それは2on1の状況を作り出すこと。

ヴィヴィオとスバルでノーヴェに。

なのはとエリオでフェイトに。

リオとルーテシアでキャロに。

状況が有利に傾いたら行う各個撃破作戦。ガイとアインハルト、コロナのゴーレムがダウンしている今が確かに好機。

 

このような作戦に私も参加できなかったのは残念です。今は治療に専念しませんと。

私は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどティアナさんから連絡があった。防衛をしながら戦闘箇所をなるべく中心に集めてほしいとの事。そこに集束砲で一網打尽にするらしい。

 

「ガイさんとアインハルトは防護バリアで守るからそこでじっとしててね!」

「ですが……」

 

キャロもティアナの作戦を遂行するため戦闘を中心で行うために前へと行くようだ。

俺たちの居るFB陣にはルーテシアとリオが来ていた。リオは大人モードになっており、身長も伸びて濃い紫色をした髪はロングヘアーでチャイナ服のような格好だ。

やはり女性は髪形で随分と印象が変わるモノだ。

 

「リオも大人モードになれたのか。驚いた」

「えへへ~、この模擬戦まで内緒にしたかったんだけど、お風呂の時にびっくりして大人モードになっちゃったんだ」

 

俺が驚いていたからかリオは八重歯を見せながら嬉しそうな表情を浮かべる。

 

しかし、お風呂の時にビックリして大人モードになってしまったという状況って一体……。

 

「青組メンバー、そう簡単に落ちたりしないよ!そうだよね、コロナ!?」

『そのとおりですっ!』

 

コロナが映っているモニターが現れた。後ろには倒れていたゴーレムが起き上がり始めた。

 

「じゃあ、ここから離れるけどある程度回復したら援護してね」

 

キャロはそう言って笑みを向けて、俺たちからルーテシアとリオから離すためにFB陣から戦場へと駆けだした。ルーテシアとリオもキャロを撃墜するために後を追った。俺たちはキャロの防護バリアで守られていた。

 

「怖い気配がする。この乱戦、意外と早く決着がつくかもしれません」

「アインハルトはよく気配を読めるよな。俺は大雑把にしかわからない」

 

そうですか?とアインハルトは当然のような事をしているのに質問され、ちょっと呆けた表情で俺を見る。

 

「まだまだ未熟です。もっと鍛錬を積んでしっかりと気配の読みや技を磨いて向上しませんと」

 

アインハルトは気配だけではなく他にも強い部分を持っているのにまだ上を目指したいようだ。その切磋琢磨の気持ちの持ちようは流石といえる。

 

「……なんか、負けてられない気持ちになるな」

「え?」

 

ボソッと言った言葉はアインハルトには何を言っているのか分からなかったようだ。アインハルトのその切磋琢磨な構えの姿を見ると自分はまだまだ未熟なのだなと思った。

 

「何でもない。少し話しすぎたかな。俺は大雑把にしか分からないが戦場の空気も変化したのが分かった」

「……そうですね」

 

俺は目の前にモニターを表示させた。2on1をしている皆の戦闘状況だ。

 

『はああぁぁぁ!!』

『っぐ!!』

 

最初に見たのはノーヴェVSスバル&ヴィヴィオの対決だ。

スバルの右ストレートがノーヴェのクロスしてガードしている上からぶつかった。威力がデカイからか空中へと飛ばされる。その上からヴィヴィオが回し蹴りを放っていた。

 

『リボルバースパークッ!!』

『ああっ!!』

 

ノーヴェ: 1800→240

 

2人の連撃にノーヴェのLIFEも0に近い。援護に行きたいが戦っている場所が相手のCGとFBの間の位置だ。とても今からでは間に合わない。

次に見たのはフェイトVSなのは&エリオの対決。フェイトさんの後ろにしっかりとなのはさんがついてきて魔弾を飛ばし続けている。それをうまく避けているが、このままではマズい。

 

『ソニック』

『ソニックフォーム』

 

フェイトさんと愛機デバイスであるバルディッシュの掛け声でフェイトさんの装甲がかなり薄くなり、ライオットの二刀流になった。ライオット同士は柄で魔力の紐で繋がっており魔力を均等にしているようだ。フェイトさんから聞いたことがある。

 

確か“新・ソニックフォーム”だったか?実物は見たこと無かったけど。

 

初めて見たが武装も軽くなって露出度が凄いと思うのだが。肩とか太ももとかほぼ晒してる状態だし。スピードを上げるといってもここまでやるとは。

 

「ガイさん……鼻の下が伸びてませんか?」

「マ、マジか?」

 

隣に居たアインハルトが俺の事を半眼で呆れたような表情で見てきた。よほど変な目で見ていたのだろう。

 

だが、今のフェイトさんの姿を見てちょっとドギマギしてしまうのが男ではないのか?

 

そして、その姿になったフェイトさんはスピードをさらに上げて、なのはさんの魔弾の弾幕を振り払った。

しかし、フェイトさんの上から壁走りして降りてきたエリオがストラーダを振り下ろしていた。

 

『あっ!?』

 

思わぬ奇襲にフェイトさんはそのままその攻撃を受けた。薄くなっていたバリアジャケットはおへその部分から破れ、胸が見えそうで見えないというギリギリの状態だ。

 

エリオ、それは狙ってやっているのか?

 

フェイト:1700→340

 

「うわぁ……」

 

俺は見えそうで見えないチラリズムなそれに魅入ってしまった。

 

『視姦ですか?』

「……ガイさん」

「あ、い、いや……」

 

その様子をプリムラとアインハルトはしっかりと見ていたようだ。アインハルトからは低い声が聞こえた。

 

やべぇ、アインハルトに見られてすっげぇ恥ずかしい!!それに、プリムラ。その使い方はまた間違ってるぞ。

 

「わ、悪い……」

 

俺は恥ずかしさを何とか抑えて謝りながらもアインハルトを見た。先ほどの呆れた表情から一変、少し恥ずかしそうな表情で右手を握って口に添えて視線を斜め下に逸らしていた。

 

「ガ、ガイさんは胸が大きい方が好きなのですか……?」

「あ、い、え、ええと……」

 

アインハルトからの思わぬ言葉に脳が動いてくれなかった。

 

アインハルトはこの戦いの最中に何を言っているのだろうか?

 

「な、なんでそんな事聞くんだ?」

「あ、い、いえ、そんな深い意味はありません。ガ、ガイさんはどんな大きさが好きなのかなと思いまして。ガイさんも男性なのですからそう言う事にも興味があると思います!!」

 

アインハルトは戸惑いながらも最後の方は早口に喋った。

 

「……ご、ご想像にお任せします」

「では、小さい方ですね」

 

何故か返事が即答で帰ってきた。

 

「……根拠は?」

「その方が……」

 

アインハルトは最後まで言葉が出てこなかったようだ。その先がものすごく気になる。

 

「ま、まあ、いい。大分話がズレた」

 

俺はアインハルトとの間に妙な雰囲気が出来てしまった事に戸惑いを覚えながらも話を戻すためにモニターを見た。最後の対戦状況だ。

キャロVSルーテシア&リオ。キャロが追い詰められつつあるが、何か作戦があるのか表情に笑みが見れた。

 

『アルケミック・チェーン!!』

 

キャロの魔法陣から魔力の鎖が現れて飛んでいき、ルーテシアとリオに飛んでいく。

 

『うっふふー♪当たらない当たらない!』

 

それを難なく避けるルーテシアとリオ。

 

『それはそうだよ、当てるためじゃなくて撃墜のための布石だから!』

『ナイスです、キャロさん!!』

 

そこに、ルーテシアとリオの真横からゴーレムが現れてコロナはその肩に乗っていた。

 

『ゴライアスバージブライトッッ!』

 

ゴーレムの左手が右手首を掴んでルーテシアとリオに右手を向けられていた。そのまま、右手は回転を始めた。

 

『ロケット・パーーーーンチ!!』

 

その右手は本体を離れてルーテシアとリオに向かって飛んできた。

 

『『へっ?』』

 

予想外な攻撃に2人は目を大きくして驚きそのまま……それが命中した。

 

ルーテシア:2200→0

リオ:1700→0

 

『撃墜成功ッ!』

『勝利のⅤッ!』

 

2人は勝利のポーズを取った。この状況で勝てたことが良かったのだろう。2人はとても嬉しそうだ。

 

『へうーっ!?』

『!!』

 

しかし、その勝利の余韻に浸っている隙にキャロの後頭部に一発のピンクの魔弾が命中し、コロナにはピンクのバインドで縛られた。

 

『はい、キャロ撃墜、コロナちゃん捕獲!』

 

先ほどまでフェイトさんを追っていたなのはさんがこちらに来ていたようだ。

 

キャロ:1700→0

 

キャロは先ほどの一撃でLIFEが0になった。

 

『えー!なのはさんいつのまに!?』

『勝ったと思った時が危ない時!!現場での鉄則だよ~!』

 

片目を閉じてにこやかに笑うなのはさん。

そして、そのレイジングハートを大きく振りかぶって構えた。

 

『ブラスター1ッッ!』

 

なのはさんの周りに複数のビットが現れ、レイジングハートとビットに魔力をチャージし始める。

 

「集束砲……か。ここまで届くのか?」

「わかりませんが、この防御バリアがあるからある程度はカバーできるかと」

「そうだといいが」

 

キャロがダウンしているのにまだこの防御バリアが展開されているのは術者から制御を離れ、独立行動の魔法なのだろう。とても俺にはマネできない。

そこに別モニターが表示された。映っているのはティアナさんだ。

 

『赤組生存者一同ッ!!なのはさんを中心に広域砲を撃ち込みます!コロナはそのまま!動ける人は合図で離脱をッ!』

『分割多弾砲で敵残存戦力を殲滅!ティアナの集束砲を相殺しますッ!』

 

先ほどのモニターに映っているなのはさんもティアナさんを注意を向けているようだ。

 

「しかし、集束砲同士がぶつかり合うってことは……」

『『スターライトーブレイカーーーッッ!!』』

 

2人の溜めていた魔力が一気に解放され、互いの砲撃がぶつかり合って大きな地響きと衝撃と魔力が戦場一帯に走った。地面は剥がれ、建物という建物は全て破壊された。

 

「だよな~、っと、ここまで衝撃が来るか」

「まるで最終戦争みたいです」

 

そのぶつかり合った衝撃の余波がここまで飛んできたが防御バリアがあるのでそれほど感じる事は無かった。

そして、その衝撃の余波が無くなり音も収まり、戦場は瓦礫の山と化した。俺は状況を確認するためにモニターを操作した。

 

フェイト:0

エリオ:0

コロナ:30→キャロが居ないので回復不可。戦闘不能。

なのは:0

スバル:0

ノーヴェ:0

ティアナ:110

ヴィヴィオ:1800

オリヴィエ:2000

ガイ:2300

アインハルト:1350

 

「あれ?ヴィヴィがほぼダメージを受けていない?フリーはFBに居たから集束砲は受けずにLIFEが残っているのはわかるんだが」

「スバルさんが守ったようですね」

 

そう言えば、スバルさんは特別救助隊に所属している。そこで身に付いたモノでヴィヴィオを守ったのだろう。

そして、そのヴィヴィオは速度を上げてティアナさんへと向かっていく。オリヴィエもヴィヴィオより少し遅れているがティアナさんに向かっている。

 

「よし、ティアナさんを助けに行くか」

「はい!!」

 

俺たちもティアナさんを助けるためにティアナさんの元へと移動を始めた。この模擬戦も終わりが近いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティアナさん、行きますッ!!」

「来なくていいけど……ッ!!」

 

私はティナアさんの弾丸を避けて近づく。

そして、右拳を当てようとした。

 

「“覇王空破断(仮)”」

 

しかし、ティアナさんの前にアインハルトさんが来て私に向かって何かを放っていた。それは魔力の真空刃だった。さっき、なのはママに一撃を与えたモノ。それによってなのはママは一瞬動きを止めてしまった。あまり当たりたくはないけど、当たってもいいからティアナさんを倒そうと単発の“ソニックシュータ”を作った。

 

「はああぁぁあ!!」

 

だが、後ろから来たフリージアさんがそれを左手の手刀でそれを受け止め、右の中段突きをそれに当ててベクトルを180度変え、アインハルトにはね返した。

 

「!?」

 

アインハルトさんも帰ってくるとは思っていなかったのか驚いた様子だ。“空破断”を放った後の動作中だったので、避けることもガードすることも出来ない。

 

「ソニック」

 

そこに、ガイさんがアインハルトさんの前に来て黒い魔弾が二つ“空破断”に飛んでいき相殺した。

 

「ヴィヴィ。ティアナさんはやらせないよ」

「ううん、ティアナさんは撃墜したよ」

「え?」

 

私の言葉に疑問を持ったガイさんはティアナさんの方を見る。アインハルトさんもティアナさんの方を見る。

 

「ご……ごめん、ガイ、アインハルト。さっきのでもうやられちゃった」

「ええっ?」

 

ティアナ:110→0

 

2人とも驚いている。私のソニックシュータがティアナさんに飛んで行ったのを2人は見ていなかったようだ。2人が驚いてくれて私はちょっと嬉しかった。

 

「ヴィヴィオ。最後の対決です。気を引き締めましょう」

「はい!!」

 

私はちょっと浮かれていたようだ。フリージアさんに指摘されてたので気を引き締め直す。

 

「俺たちも気を引き締め直すか」

「はい」

 

ガイさん達もティアナさんの撃墜に驚いてはいたが気持ちを落ち着かせて私たちの方を見た。

状況は2on2だ。こんな状況は初めて。フリージアさんとの連携が重要だ。それでも、どんな事が起きるのか期待が高まってしまう自分がいる。ダンっと大きな音がした。それと同時にガイさんの姿が一瞬ブレた。

そして、いつの間にか目の前にガイさんが居て、左手にある鞘から刀を抜く瞬間だった。まったくもって速い。

 

速い!ガード!?間に合わない!?

 

私はその速さに全ての反応が遅れてガイさんの攻撃が当たるのは明らかだった。

 

「はっ!!」

 

けど、隣に居たフリージアさんが右ストレートを放ち、ガイさんの左手に持っている鞘に当たる。フリージアさんは先ほどのガイさんの動きが見えていたようだ。

 

「くっ」

 

その衝撃で刀を鞘から出す抜刀動作が出来ず、動きが一瞬止まった。私は今ならガイさんを狙えると思い左拳廻打を打つ。

それをガイさんはなんとか右手で受け止め握る。

 

「はああぁ!!」

 

そこにガイさんの真上より少し前にアインハルトさんが体を捻って垂直な右足の回し蹴りを私に放っていた。ガイさんはきっとアインハルトさんが落ちてくるギリギリに後ろへ下がってぶつかるのを避けるのだろう。

 

「!!」

 

私もそれを避けようとしたが、左手はがっちりとガイさんの右手で握られて動けない。私は慌ててしまった。慌ててしまい脳がうまく働いてくれない。ガイさんが下がったら私も下がればいいのだが、そのタイミングが分からない。そんな様子をガイさんは見て軽く笑っている。ガイさんは囮だったのだ。

 

「“聖連拳”」

「っつ!?」

 

しかし、突然視界からガイさんが消え、握られていた左手が自由になった。フリージアさんが何か衝撃を与えてガイさんが飛ばされたようだ。

私は自由になったのでアインハルトさんの回し蹴りを腕をクロスしてガードする。威力が大きすぎて私の立っている地面が少し凹んだ。

その間にフリージアさんがアインハルトさんに右拳昇打を放った。アインハルトさんはそれを無視して私に左掌手の中段突きを下から突き上げるように放った。それは私が右膝を上げて何とかガードするが大きく飛ばされた。

その後はフリージアさんの右拳昇打がアインハルトさんに当たるはずだった。

 

「!?」

 

けど、その拳はアインハルトさんを挟んで放物線に飛んできた黒い魔弾に当たり、動きが止まる。その間にアインハルトさんは私に追撃を行うために私に向かって走り出した。ガイさんは飛ばされても先の状況を読んで魔弾を撃っていたようだ。

 

凄いです、ガイさん。

 

ヴィヴィオ:1800→1200

オリヴィエ:2000→1800

ガイ:2300→1200

アインハルト:1350

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリヴィエをガイさんに任せて、私はヴィヴィオさんに追撃して右ストレートを放った。それをヴィヴィオさんは両腕をクロスしてがっちりとガードする。

さらに、左拳廻打を放つがそれもサイドステップで避けられる。その後も攻め続けるが避けられガードされる。少し前にアラル港湾埠頭でやった人物と同一とは思えないほどだ。

 

相手の攻撃を覚えて対策する学習能力。速くて精密な動作。何より相手の攻撃を恐れずに前に出て打ち込める勇気。それらが重なって出来上がるこの子の戦闘スタイル。

 

私が右スレートを打つとそれを最小限の動きでヴィヴィオさんは避けて左拳廻打の横顔に当てた。

 

ヴィヴィオさんはカウンターヒッターだ!!

 

アインハルト:1350→750

 

とても重い一撃。その衝撃で私の体が左に傾いた。ヴィヴィオさんは更に右手を握って表情を硬くした。

 

「一閃必中!アクセルスマッシュ!!」

 

その右手はとても威力のある昇打。不思議な加速で飛んできた。それを私はまともに受けて意識を手放した。だが、手放す直前、私は左回し蹴りの反撃を行った。どうなったのかはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はああぁぁ!!」

「はっ!!」

 

俺はあの黒い魔弾を飛ばした後、ヴィヴィオをアインハルトに任せて、オリヴィエと対決することにした。俺の鞘走りから抜刀した刀をオリヴィエは臆することなく右の手甲でガードする。

そして、互いに少し離れて俺は納刀した。

2on2が始まる時に使った突撃の加速。足に魔力を溜めこんで一気に解放して、その威力を利用した移動方法。魔弾二つ分の魔力を消費して行ったので、ヴィヴィオには一瞬消えたように見えたのだろう。オリヴィエには反応されたが。

そして、アインハルトに返された“空破断”を相殺するために二発、先ほど一発使ったので魔力は空に近い。魔弾を打つ魔力は無いし空も飛べない。

俺は今考えている劣勢の状況をやめて目の前に立っているオリヴィエを見た。

 

「アインの“空破断”を返したのも先ほど俺を飛ばしたのも技の一つか?」

「ええ、“旋聖破”と“聖連拳”です。“旋聖破”は受け止め、魔力で出来ているモノなら拳をブツけてベクトルを反対にして返す技。アインハルトの“旋衝破”のように受け流して返すのとは少し違いますが、似たようなものです。“聖連拳”は拳に魔力を込めて、一瞬のうちに三つの打撃を相乗して打つ拳です。威力はそれなりに高まります」

「……」

 

それなりに?かなりの間違いじゃないのか?あれをまともに受けた俺にとってはかなりの威力だと思ったんだが。

 

俺は開いた口が塞がらなかった。

これらの技の前には“聖王”が付くのだろう。近くにはティアナさんが居るからその言葉を付けないようだ。

 

「やっぱりフリーは強いな」

「まだまだです。それに本気を出すことがまだ出来ませんし」

 

あれで本気ではないと。このサーヴァントはどれほど強いのか分からない。俺が全力を出しても赤子の手を捻るようなモノだろう。

なら俺はいつもより多めに左に体を捻り、鞘を腰の後ろへと持っていき、立ち居合の構えをする。

 

俺の今の全力……オリヴィエにどこまで届くか。

 

オリヴィエも左手を前に出して指と指の間を閉じて手とうのようにして手首を上げ、体を右に少しひねって右拳を後ろに下げ構える。

辺りは静寂に包まれる。ヴィヴィオとアインハルトの対決も終わったようだ。音が聞こえない。そのどちらもこちらに援護に来ないという事は相討ちなのだろう。今は確認している暇はない。

 

「“天瞳流抜刀居合”……」

 

その静寂は俺の一言で解除された。

俺が次に行う動きはミカヤの戦闘スタイルである天瞳流抜刀居合だ。魔力をほぼ使う事なく、斬撃の威力を上げることのできる居合。俺の我流とは大違いで型もしっかり出来ている。

しかし、この型は俺にあまり合わない。波長が何か違う。それでもミカヤは俺の事をあの道場に置いて相手をしてくれる。あの道場は居合の練習をするのには最適の場所だ。行けなくなると困る。

一応、一つだけ天瞳流抜刀居合の技を使えるものがある。それを今、オリヴィエにブツけるために魔弾を一発も作る事の出来ない僅かな魔力を込める。バリアジャケットを維持する魔力だけは残す。

 

「“水月”」

 

ミカヤは“水月”を二連以上叩きこめる。流石は師範代だ。俺は一連だけだ。

俺が言った言葉と同時にオリヴィエが俺に向かって走り出す。その一歩が速い。常人には見えない速さだろう。だが、俺には見えた。

俺は腰を低くして上半身を少し屈めて、腰の回転を生かして鞘から鞘走りしてタイミングよくオリヴィエの腹部に目がけて抜刀した。いつもより大きく腰を捻ったのは腰の回転を抜刀の威力を高めるため。

居合は抜刀の瞬間こそ最速が完成する。静止した姿に勢いが秘められているモノだ。天瞳流抜刀居合はその最速を上げるために徹底して鍛えられた流派だ。腰の回転を上げるために魔力の力を使っている。それによって抜刀時の最速が底上げされている。その回転から生まれた威力は他の流派とは一線を画している。

 

「!?」

 

オリヴィエはいつの間に自分の懐に俺の抜刀している刀が襲ってきたのか分からなかったのだろう。腰の回転からすでに抜刀する時の速度は最速にたどりつき、鞘走りからの抜刀はその速度のまま放たれている。

腰の動きなので相手からは確認することが難しく抜いたと思った瞬間、目の前に己に傷をつけようとしている刀がある状態だ。

その刀はオリヴィエの腹部にクリーンヒットした。

 

「っぐ、“聖連拳・二撃”」

「!?」

 

しかし、それを食らってもカウンターを放ってきた。先ほどの“聖連拳”だ。それを両手で打ってきた。計六発分。動きは右拳廻打から左ストレートと二発しか殴ってないがその威力は六発分だ。

俺は抜刀したばかりなのでそれを避けるすべもなく、プロテクションする魔力も残されていないのでそれを胸部にマトモに受け、胸部の部分のバリアジャケットが破れ大きく飛ばされたが何とか地面に着地した。

 

「~~~っ!!」

 

凄まじい威力だ。まるで昨日のなのはさんの砲撃を受けたような衝撃だ。

そして、息が出来ない。肺の空気を全て排出されてしまい、取り込むのに時間がかかる。さらにビリビリとした痛みが胸部に残る。右手で押さえているがそれで痛みが消えるわけもない。

 

「っは、はあはあ……」

 

何とか呼吸をする事が出来た。肺に溜まった熱い空気を排出して、新鮮な酸素を取り込む。

 

「はあはあ」

 

息を整えるまでにもう少し時間がかかりそうだ。その間に右手でモニターを開いて皆のLIFEを確認した。

 

ヴィヴィオ:1200→0

アインハルト:1350→0

オリヴィエ:1800→100

ガイ:1200→0

 

ヴィヴィオとアインハルトは相討ちのようだ。それに先ほどの戦いでオリヴィエのLIFEを最後まで減らすことが出来なかったようだ。ちょっと残念だ。この戦いでオリヴィエの戦い方が少しわかった。

オリヴィエはカウンターヒッターに近いスタイルのようだ。本来なら俺の抜刀術を避けてカウンターして来たのだろう。予想外の抜刀の早さに体が追い付かずに当たったと考えられる。

 

『はい、試合終了~~!』

 

そこに別モニターからメガーヌさんとシスターの格好をした水色の髪に愛嬌のある幼気な風貌の少女が居た。確か名前はセインで元戦闘機人らしい。

 

『勝者は青組ですね~』

 

メガーヌさん言葉でこの模擬戦は幕を閉じた。

 

「はあはあ……負けたか」

 

ようやく息を整えることが出来た。俺は刃が黒く、そりが白い刀を持っている右手を見た。天瞳流抜刀居合は確かに凄まじい威力を出すことが出来るが、右手や腕への負担が大きい。未だにピリピリとした感覚が残っている。もともと天瞳流抜刀居合とは肌が合わない。

俺は納刀してバリアジャケットを解いた。何はともあれこの模擬戦は終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでは皆さん!」

「「「お疲れさまでしたー!」」」

 

構造物もほとんどが壊れた模擬戦場の場所でなのはさんが締めの挨拶をした。

そして、皆が雑談を始めた。俺もその一人だ。

 

「あ~、もう少しでフリーのLIFEを0に出来たんだがな」

「ですが、あの抜刀術は驚きました。あれほど早い抜刀術は見たこと無かったです」

「ま、あれはあまり使わないから。俺との肌が合わない流派だからな」

 

俺は片目を閉じて、右手をふるふると振った。未だにしびれが残っている。それにオリヴィエが本気になったらあれも簡単に避けられてしまうのだろう。

 

「あの流派ってミカヤさんの所のか?」

「ああ、そうだ。抜刀の最速を極めている流派だからな。その速さと威力は高い」

 

皆と雑談していたが、ふと、アインハルトを見ると表情を少し暗くして何かを思っているのか右手を握ったまま胸の前に置いて一点を見つめていた。見つめている先に居たのはヴィヴィオ達だ。いや、それは見ているだけで頭の中では何かを考えているのだろう。

 

「どうした、アイン。疲れたか?」

 

一点を見つめているのは疲れているのか何か思考中かのどちらかだ。思考中だと思うが、あえて外れの方を言ってみた。

 

「……いえ、この模擬戦をもう少しやってみたかったと思いまして」

「ま、確かにな」

 

アインハルトは先ほどの模擬戦では物足りなかったようだ。もっとやってみたいが一回きりの模擬戦だ。

 

ま、その意見には賛成だがな。

 

この模擬戦はためになる事が多かった。

 

「じゃあ、おやつ休憩と陸戦上の再構築したら2戦目行くからねー」

「2時間後にまた集合!」

「「「はーーーい!!」」」

 

俺とアインハルトとオリヴィエ以外はなのはさんとフェイトさんの言葉に返事を返した。

 

「え?え?」

「ん?」

「……二戦目?」

 

俺たち三人は疑問が残り頭の上には?マークが出ているのだろう。

 

「あ、あれッ!?言ってませんでしたっけ?」

 

そこにヴィヴィオが慌てて補足に入った。俺たちは頷く。

 

「今日一日で三戦やるんです!」

「休憩挟んだり、作戦組み直したりして!」

 

三戦やる。その言葉にアインハルトの表情が明るくなってきたのが分かった。よほど嬉しいのだろう。まあ、俺も嬉しいけど。

 

「よかった。もっとやりたかったんです」

「はいっ!」

 

ヴィヴィオも笑みを作って答えた。

そして、その後は二戦目と三戦目を行った。作戦を変えたり、メンバーをトレードしたり。この三戦でかなり鍛えられたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――宿泊ロッジ

 

「疲れた~」

「まったくです。これほどの鍛錬を行ったのは本当に久々です」

 

俺は温泉に入って部屋に戻った。戻るときにオリヴィエと偶然会って話をしたいとの事で部屋に入れた。俺も話があるので丁度良い。俺は椅子に座り、オリヴィエはベッドに座った。

オリヴィエは少し湿らせているライトブラウンの髪を全て下ろして、湯上りで頬が少し赤くなっている。オリヴィエの浴衣姿も何というか様になっている。オリヴィエには何を着せても似合いそうだ。元が良いからな。

 

「で、話というのは?」

 

俺は今考えていた事を脳の片隅に置いて、話を催促する。それを聞いてオリヴィエがちょっと戸惑ったような表情をしてきた。

 

「わ、私の戦いを見てどう思いましたか?」

「オリヴィエの?」

 

オリヴィエは少し緊張した面持ちで頷いた。今ここに居るのは俺とオリヴィエだけだ。フリージアとは言わず、オリヴィエと言うことにした。

 

「その……がっかりとかしませんでしたか?こんなにも実力が低いサーヴァントだったなんて」

「え?」

 

オリヴィエの言葉が理解しにくい。

 

今日の模擬戦を見て、オリヴィエの実力が低いとなぜ言えるのか?オリヴィエは……自分を過小評価しているのか?

 

「いや、俺はこれほどのサーヴァントが居るならとても心強いと思ったが」

「本当ですか!?」

 

ぐいっと、オリヴィエが立って必死な表情をしながら椅子に座っている俺に近づく。腰をおって俺に顔を近づけてくるから、胸元が少し空いて谷間が見える。

 

「あ、ああ……」

「良かったです」

 

オリヴィエはホッと一息ついた表情になって笑みを向け、再びベッドに座る。オリヴィエと暮らして少し経つがこういうところに羞恥心を持ってほしいと常々思う。

 

「……過小評価し過ぎだ。オリヴィエは強い。それは今日の模擬戦で物語っていることだ」

 

考え事を切り替えるのも大変だが先ほどの会話に戻した。

 

「ですが、私はガイとの魔力が上手く繋がっておりません。更なる実力を出すためにはガイの魔力が必要です。これでも色々と制限が掛っています。ガイの魔力がもっと上がれば嬉しいのですが」

「そう言えば模擬戦の時にも言っていたな」

 

まだ全力を出せないらしい。その原因はやはり俺の魔力の低さだ。それが原因で使える技も使えないのだろう。俺はその事に関して負い目を感じた。

 

「すまないな」

「いえ、気にしないで下さい。その分、私がしっかりと働きますので」

 

それは心強い、と俺は相槌を打った。

 

「それで、ガイの話というのは?」

「ああ、今日戦った時に使った技を詳しく教えてくれ。作戦を立てる時に役立てるからな。今は使えないが俺の魔力が上がったら使える技などがあれば教えてくれ」

 

ええ、とオリヴィエは言って先ほどの戦いで使った技の説明と他にある技の説明をした。

使った技を纏めてみると……。

 

聖王聖空弾………一発の魔弾を撃つ。だが、一発に件の魔弾とは比べ物にならない量の魔力が込められているのでスピードは速く威力は高い。

聖王聖連拳………魔力を帯びた拳で殴る。魔力によって一瞬のうちに三つの打撃を相乗して打つ拳。

聖王旋聖破………相手の技を手刀で受け止め、魔力で出来ているモノなら聖連拳とは異なる魔力を帯びた拳をブツけてベクトルを反対にして返す技。反射に近い。だが、投擲などの実像があるモノは受け止めれるだけで返す事が出来ない。

 

と、言った感じになった。他にも色々と知った。この三つが今の俺と魔力がほぼ繋がっていない状態で魔力をあまり消費せずに使える技らしい。

 

「時にガイ。“宝具”というのを知っていますか?」

「ほうぐ?」

 

オリヴィエが少し話題を変えてきた。俺はどういうものか分からなかったので首を横に振って知らないことをアピールする。

 オリヴィエはそれを見て、静かに頬笑みを溢して語り出す。

 

「“宝具”とは人間の幻想を骨子にして作り上げられた武装の事です。英霊は生前彼らが持っていた武器や固有の能力や特徴、あるいは彼らを英霊たらしめる伝説や特徴が具現化したもので、伝承由来通りの“宝具”があります」

「ふ~ん。ならオリヴィエも“宝具”を持っているのか?」

 

オリヴィエははい、と答える。

そして、柔らかい表情で悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見る。

 

「何だかわかりますか?」

「……“聖王のゆりかご”?」

 

オリヴィエと言えば、歴史上では聖王家で最後に“聖王のゆりかご”に乗った人物で、敵戦力を壊滅的なまでに追い込んだと言われている。

 

「ええ。ですがこれは多大な魔力を消費してしまいますので本当に必要な時にしか使わないでしょう」

「……」

 

でも、“聖王のゆりかご”が宝具だとはな。なのはさんに聞いた話だが、ゆりがこを起動させるには聖王家の奏者自身が制御ユニットにならなければならないモノだと。あまりいい話ではないな。

 

俺は立ち上がってオリヴィエに近づく。

 

「それは……なるべく使わないで行きたいな。出来れば使わないでほしい」

「ガイ?」

 

俺はオリヴィエの両肩を両手でガシっと押さえてオリヴィエを見る。オリヴィエはそんな俺を見て首を傾げた。

 

「ゆりかごを動かすのにオリヴィエ自身が制御ユニットにならないといけないんだろ?」

「……そこまで知っていましたか」

 

俺の言葉を聞いてオリヴィエは俺から視線を離して、少し悲し表情をして笑みを溢す。

 

「“聖杯戦争”中に自分が犠牲になればいいという自己犠牲な考えないでくれよ」

「ですが、マスターを守りたい気持ちはあります。たとえ自分が犠牲になっても……」

「だから、その考えをやめろ」

 

俺ははあ、とため息を吐いて、オリヴィエの肩から手を離す。

 

「そんな事をして残された者の気持ちを考えた事があるか?クラウスの時もそんな考えをしてゆりかごに乗ったのか?」

「えっ……ど、どうしてそのことを?」

 

オリヴィエは俺がクラウスとの出来事を知っている事に驚いている。

 

まあ、夢で俺の脳の整理ではなく、魔力が少しだけ繋がっているオリヴィエに繋がってオリヴィエの脳に記憶されているモノを見ただけだが。

 

「夢で見た。俺とオリヴィエは少なからずとも魔力で繋がっているからな。オリヴィエとクラウスの最後の会話の所を見た」

「……」

 

オリヴィエは何も言わず、顔を伏せた。

 

「悪い、勝手にオリヴィエの記憶を見て。だが、残された者の気持ちも忘れないでほしい」

「……ええ、そうですね。ガイの言う通りです」

 

オリヴィエは何を思っているのか表情では理解できない。いつも明るい性格な彼女なだけに考えて寡黙になるとまるで別人のようだ。

 

この話はオリヴィエにとってはタブーなのかも知れないな。

 

「なんか暗い話になっちゃったな」

「そうですね」

 

とても微妙な雰囲気が部屋を覆っていた。正直気まずい。オリヴィエと居て、気まずいと思ったのはこれが初めてだ。

俺はどのようにしてこの雰囲気を打ち破ろうか考えていた時……。

 

『ガイさん』

 

そこにモニターが現れて、少し表情の硬い笑顔のヴィヴィオがベッドに寝転がって映しだされた。俺はヴィヴィオがこの雰囲気を打ち破れそうだと思ったので、ヴィヴィオと話をするために声をかけた。

 

「ん?どうした?」

『良かったら私たちの部屋に来ませんか?今日の模擬戦の話をしているので、ガイさんから見た感想でいいのですが、私たちの動きや技などがどんなものだったか教えてください』

 

ヴィヴィオの後ろには、リオ、コロナ、アインハルトがベッドで困ったような表情で横たわっていた。

 

「皆さん大丈夫ですか?」

『う、腕が上がりません……』

『起き上がれないです』

 

子供たちはどうやらオーバーロードのようだ。アインハルトも体をプルプルさせている。そんな子供たちの様子を見ているとなんか微笑ましい。後先考えずに一生懸命やって今の状況になっているのだから。

 

『あ、フリージアさんもいたのですか?』

「ええ、ガイと少し話をしていました」

『じゃあ、フリージアさんもどうですか?フリージアさんの戦闘スタイルも参考にしたいです』

 

何というか、今の2人には一子相伝という言葉が合っている気がした。師であるオリヴィエから弟子であるヴィヴィオに技を引き継がせる。ヴィヴィオは少し特殊だけど聖王家の家系であることには違いない。今は高町家の家系だけど。

 

「ああ、フリーも連れてそっちに行くよ」

『はい、待ってますね』

 

ぎこちない笑みを浮かべてモニターが消えた。かなり疲れているようだ。

 

「子供たちは元気だな」

「そうですね。あの笑顔を守りませんと」

 

まったくだ、と俺は相槌を打ってヴィヴィオ達の居る子供部屋に移動することにした。先ほどの気まずい雰囲気は無くなった。その事に俺は子供たちに感謝してちょっとホッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え?あの砲撃を逸らしたのは偶然なんですか?」

「ああ、冷静な表情を浮かべてはいたが内心はビクビクしていたぐらいさ。あんなのをまともに受けたら一発で落とされると思ってな」

 

俺とオリヴィエは子供部屋にやってきた。モニターに映っていた通り、ヴィヴィオ達はベッドで横になって必死に体を起こそうとしているのだが、筋肉に乳酸が溜まりすぎたのか動かすたびに悲痛の表情を浮かべて蹲る。

なので子供たちは寝ながら会話をしている。

 

「でも、ガイさんとフリージアさんの対決も凄かったですよ」

 

子供たちの中でも特に疲れた様子を見せないルーテシアは椅子に座って、モニターを表示させた。映っていたのは俺とオリヴィエが対決しているシーンだ。

俺が“水月”を抜く瞬間から始まっていた。

 

「あんなに早い抜刀術、見たことありません」

「フリーも同じこと言ってたな」

「はい」

 

天瞳流抜刀居合がそんなに珍しいモノだろうか?ミカヤからは代々から伝わる流派と聞いていたから昔からあると思ったが。

 

「だが、当たったはいいが、フリーの反撃が来るとは思わなかった。意外とタフなんだな」

「一応、鍛えていますから」

 

オリヴィエは意地悪な笑みを浮かべて答える。だいぶ前に俺が言った事を真似てきたようだ。

 

「そういえば、アインハルトはこういう試合って初めてだよね。どうだった?」

 

ルーテシアが話を変えてきた。アインハルトは何とか体を起こせるまでに回復したようベッドから起き上がった。

 

「はい……とても勉強になりました」

「スポーツとしての魔法戦競技も結構熱くなるでしょ」

 

他の子供たちも何とか体を起こしてアインハルトの言葉を聞く。

 

「はい……いろいろと反省しましたし、自分の弱さを知ることもできました。私の世界は……見ていたものは本当に狭かったと」

「今日の試合が良かったんなら……この先こんなのはどうかなって……」

 

ルーテシアはそう言いながら皆の前にモニターを表示させる。映っているのは野球場のようなドーム状の球場に似た場所で歓声の声が聞こえてきた。

 

「これは?」

「コロッセオみたいな場所ですね」

「DSAA(ディメンション・スポーツ・アクティビティ・アソシエイション)公式魔法戦競技会。出場可能年齢、10歳から19歳。個人計測、ライフポイントを使用して限りなく実践に近いスタイルで行われる魔法戦競技」

 

ルーテシアの説明に俺とアインハルトはモニターに釘づけになった。

 

「全管理世界から集まった若い魔導師たちが魔法戦で覇を競う、インターミドル・チャンピオンシップ」

「私たちも今年から参加資格があるので……出たいねって言ってたんです」

「そうなんです!」

 

アインハルトに子供たちが更に説明を加えた。アインハルトはモニターからヴィヴィオ達に振り向く。

 

「全国から魔法戦自慢が続々集まって来るんです!」

「数は少ないですが格闘型の人も!」

「自分の魔法、自分の格闘戦技がどこまで通じるか確かめるのにはすごくいい場所だよ。ちなみに今年は私も出る!!」

 

グッと右拳を掲げてガッツポーズをとるルーテシア。それを見て、ヴィヴィオ達が喜ぶ。アインハルトは皆の言葉を聞いて顔を俯いていた。何を考えているのだろう。

俺もこの競技は初めて聞いたので、考える事は多い。顎に手を置いてモニターを見つめていた。

 

「はぁい。みんなー。栄養補給の甘いドリンクだよー」

 

そこに扉を開ける音がしてそちらに視線を流すとエプロンを着た、なのはさんとメガーヌさんがジュースの入ったコップを子供たちの人数分持って入ってきた。

アインハルト以外の皆はそれを喜びながら受け取る。

 

「あら懐かしい。インターミドルの映像?」

「そー、今、アインハルトとガイさん、フリージアさんに出場の勧誘してたの」

「え?俺もだったの?」

「私もですか?」

 

どうやら俺やオリヴィエも誘われていたようだ。そういえば、オリヴィエの年齢はいくつなのだろう。まあ、オリヴィエ・ゼーケブレヒトという名の戸籍がこの世界に存在していないので身元証明が無いから出れないだろう。俺は参加資格はあるから出れなくはない。

 

「ガイさんは出れますけど、フリージアさんはお幾つなのですか?」

「私は21ですね」

 

まあ、そのくらいだろう。俺より年下なのもおかしいし、30を超えているような容姿でもない。

 

「すいませんがフリージアさんは出れないですね」

 

参加資格がないからかルーテシアは申し訳ななそうな表情をして謝った。

 

「いえ、お気になさらずに」

 

オリヴィエは特に気を悪くした様子もなくモニターに映っている映像を見ていた。

 

「どう、アインハルト?出たくなってきた?」

「あ……その……」

 

アインハルトはモニターを見てから、心ここにあらずな様子で考え事をしているような感じだ。そこにルーテシアが声をかけてきてどうやって返すのか戸惑っていた。

 

「アインハルトさん!」

 

そこにヴィヴィオが隣か表情を硬くして急接近してきた。

 

「大会予選は約2カ月後先の7月からですから……私もまだまだ鍛えます。だからもっともっと強くなって、公式試合のステージでアインハルトさんと戦いたいです!」

 

そのまっすぐな気持ちにアインハルトは困った表情を消して一度目を瞑り、そして、表情を凛々しくしてヴィヴィオを見据える。

 

「ありがとうございます、ヴィヴィオさん。インターミドル……私も挑戦させていただきたいと思います」

「はい!!」

 

アインハルトの良い返事にヴィヴィオは嬉しそうだ。

 

「ガイさんも出場するのですか?」

 

そして、その見据えた瞳はヴィヴィオから俺に向かれた。

 

「俺?」

 

コクンと頭を縦に一回振って頷く。他の子たちも俺に視線が集まってきた。だが、俺には“聖杯戦争”というモノがある。それは多分もうそろそろなのだろうとも思っている。

インターミドルは二カ月後先だがそれまでに“聖杯戦争”が終わるかはわからないし、俺が生きている保証もない。

 

生きている保証……か。

 

「……悪いな。その時期はちょっと野暮用が入って出れなさそうだ。出場はしないでおくよ」

「ガイさんは出ないのですか?」

 

俺の言葉にアインハルトは悲しそうな表情で少し暗くなってしまった。ヴィヴィオ達もそんな表情だ。

 

「ガイさんとも公式試合で当たりたかったです」

「ああ、悪いな」

 

俺はそう言ってヴィヴィオの頭を撫でてやった。俺の心境を分かっているのかオリヴィエは表情を硬くして悲しげな瞳を俺に向けていた。

 

「では、もし時間が空いたら参加してくださいね」

「……ああ」

 

俺は少し遅れながらも返事をした。

 

「……」

 

なのはさんが何か言いたそうな表情で俺の事を見ていたが、すぐに視線を逸らして子供たちと会話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供部屋を後にした俺とオリヴィエは俺たちも別れて部屋に戻り、冷蔵庫に入っているペットボトルのミネラルウォーターを一口飲んで、窓の外を見た。雲1つない夜空がいくつもの星の輝きに覆い尽くされて、幻想的な光景だ。都会で滅多にお目にかかれない夜空だ。

 

「……少し外に出るか」

 

俺はその光景をもっとみたく部屋を出る事にした。だが、その行為は先ほどの考えていたものをなるべく考えたくない様子にして、別の思考をするために行っている。自分自身でも分かっていた。

外に出て俺は見上げた。夜空がより一段と鮮やかに見えるようになった。周りからは虫の鳴き声が程良いボリュームで静かな雰囲気が周りに漂っている。

今は少し夜風が吹いていて、肌に冷たい空気が当る。

 

「はあ……」

 

生きている保証。

先ほど考えていた思考が頭に浮かんでしまい、ため息が漏れた。どれだけ他の事に思考を集中させても不安なモノは頭に浮かび上がってしまう。人間とはそのように出来ている。

そして、無意識でも先ほどの事を思考してしまう。“戦争”というモノが始まるのだから命がけだ。“誰もが不幸にならない世界”。そのような夢を叶える為にこの戦いに参加する。

しかし、もしかすると先ほどのように楽しく雑談を出来る事は永久に無くなってしまうのかもしれない。

皆の居る場所が何か眩しく感じてしまった。そこに戻れるのか、それもと永遠に……。

 

「また大きなため息だね」

 

と、思案していると後ろから優しく労わるような女性の声が聞こえてきて、今、思考していたモノが中断されて後ろを振り向いた。

 

「なのはさんですか」

「うん、高町なのはさんだよ」

 

冗談混じりな言葉を吐きながら優しい笑みを零して俺の隣へと近づき夜空を見上げた。

 

「いい夜空だね~。とっても幻想的だよ」

「そうですね」

 

俺もつられて再び夜空を見る。やはりその星一つ一つが輝いてとても綺麗だ。

 

「……ねえ、ガイ君」

 

俺は名前を呼ばれたのでなのはさんの方を向く。なのはさんは見上げながら言ったようだ。視線は夜空に向いていた。

 

「ガイ君の考え事って、前に私とヴィータちゃんとの会話で話す事が出来ない内容の事?」

 

なのはさんは決してこちらに顔を向けることなく夜空を見上げ続けて言葉を投げてきた。

それは少し前になのはさんとヴィータさんと話をした時の内容だ。

なのはさんは前回もため息をしていた俺と今回が被って見えたのか、同じ内容なのだろうと思っているのだろう。

 

「……ええ」

 

俺は静かに頷いて夜空を見上げた。

 

「それってフリージアさんとも関係するの?」

「……なぜ、フリーが出て来るのですか?」

 

なのはさんからの思わぬ人物が出てきたので、言葉を絞り出すのに少し時間がかかった。

 

「フリージアさんが来た時とガイ君の悩み事はここ最近に起きた事だからね。フリージアさんがうちに来たのはガイ君が悩み事を始めた後だからいつ来たのかは分からないけど、ちょっと関係性があるかなっと思って」

「……」

 

俺は絶句してなのはさんを見た。この人の洞察力と推察力は流石だ。ポジション上、必要不可欠だからかなり鍛えられたのだろう。

 

「いえ、フリーは関係ないです」

「……ふ~ん」

 

多分、このような嘘を言っても、なのはさんにはすぐ嘘だと見破られてしまうのだろう。

しかし、なのはさんは分かっているような表情をしているがそこから先は言ってこなかった。

 

「で、やっぱりそれは今も話せない事なの?」

「はい。心配してくれてとても嬉しいのですが内容は話す事が出来ないのです」

 

そっか、と言ってなのはさんは見上げることをやめて、俺の方を向いた。その表情は優しい笑みだった。

 

「前にも言ったけどヴィヴィオ達を悲しませるような事はしないでね」

「……はい」

 

俺が返事するとなのはさんはよし、と言って手を組んで大きく腕を伸ばす。

 

「んっ、と。それじゃ、そろそろ戻ろう。あんまり夜風に当たってると風邪ひいちゃうよ」

「はい」

 

なのはさんには迷惑ばかりかけてしまった。

 

いろいろとご迷惑を掛けた分として今度、お礼を込めて何か送ろう。

 

俺となのはさんは宿泊ロッジへ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『まあ、ガイさんの参加申請書も出しておくんだけどね』

 

ガイさんが私たちの部屋から出て行った後、ルールーはガイさんの参加申請もしておくと言って部屋を後にした。

そうしてくれると私も嬉しい。もし、ガイさんが大会に出てきてくれたら私も皆も大喜びだ。

 

「んっ……」

 

そんな考え事を終えてそろそろ意識を手放そうとした時、ゴソッと私の隣でアインハルトさんの動く音がした。

 

皆、寝ていると思ったけど、アインハルトさんも考え事をしていたのかな?それとも何かの拍子で起きてしまったのかな?

 

そして、ベッドから降りる音がした。ギシッと音がしたので窓際の椅子に座ったのだろう。確かあそこにはフリージアさんが昨日置いていった覇王の回顧録の本があった気がした。

パラパラと捲る音がする。それを読んでいるのかただパラパラしているのかは音だけではわからない。

 

「クラウス……私はそこで戦ってきていいですか?いつかあなたに追い付いて、いつかあなたを追い越して、あの日のオリヴィエより強くなって私たちの悲願をかなえるために……」

「……」

 

私はアインハルトさんに背を向けるようにして横向きに寝なおして目を開けた。やはりアインハルトさんは覇王の悲願を忘れていたわけではないようだ。

 

「あ……ガイさん」

「!?」

 

私は反射的に体を動かそうとして、何とかその衝動を止めた。

 

アインハルトさんがいきなりガイさんの名前を言うからびっくりした。

 

そして、アインハルトさんの動く気配がして静かに部屋を出て行った。私も起き上がって窓の外を見た。確かにガイさんが居た。その表情はここからだと良く分からない。

 

「あ……なのはママ」

 

そこになのはママが来て何かを話しをしている。少し離れた所の茂みにアインハルトさんが居た。

 

どんな会話なのか気になっているのかな。

 

「まあ、私もだね」

 

私も部屋を出て外へと出た。アインハルトさんとは反対側の茂みに隠れてガイさんとなのはママの会話を聞く事に。

 

「前にも言ったけどヴィヴィオ達を悲しませるような事はしないでね」

「……はい」

 

私たちを悲しませるようなこと?なんだろ?

 

「んっ、と。それじゃ、そろそろ戻ろう。あんまり夜風に当たってると風邪ひいちゃうよ」

「はい」

 

そう言って、2人は宿泊ロッジへと戻った。

私もアインハルトさんが戻る前に部屋に戻らないといけないので、2人の後を追うようにして宿泊ロッジに入って、部屋に戻りベッドに入って目を瞑る。

少しして、アインハルトさんも戻ってきて私の隣に横になったようだ。

 

それにしても私たちを悲しませるような事をって何だろ?ガイさんが私たちに何かをして悲しむこと……ガイさんが居なくなることかな。皆はそれで悲しくなると思う。

 

「ガイさん……オリヴィエ……」

 

アインハルトさんから何か聞こえた。ガイさんとオリヴィエ。

 

2人の名前が出てきたがどのような関係があるのだろう?

 

「あの二人なら……きっと……」

 

そう言った後は、アインハルトさんから静かな寝息を立て始めた。

 

「ガイさんと……オリヴィエ?」

 

アインハルトさんの口から出てきた2人の共通点はいったい何なのだろう。今の私には分からないことだらけだ。

いろいろと考えているうちに意識が遠くなり始めた。眠気が襲ってきたのだ。私は意識を手放す前にアインハルトさんの方を向いた。アインハルトさんはとても美しい寝顔で眠っていたが、なぜかその目からは涙が滲んでいた。

そして、一滴の涙が頬をつたって零れ落ちた。何かを思っているのか何かの夢を見ているのかはわからない。

 

「アインハルトさん……」

 

それを見て、私は静かに意識が薄れていって眠りについた。




戦闘シーンの描写は難しいですね。

まだまだ筆力が足りないかな。

しかし、技名が全て漢字だと厨二病的な感じであまり好きじゃないんだが、アインハルトの技名が覇王~なのでオリヴィエも聖王~じゃないといけませんよね。

だが、自分の好きな技は

超究武人覇斬.ver5(FF7AC
トランザム(ガンダムOO

とか、ね~w

自分が粒子化する技が好きですね。

厨二乙w

何か一言感想がありますと嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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十三話“終わりと始まりの交差”

区切りがいいところで切ると、少し短くなってしまいました。

ですが、ここが多分一番良い区切りだと思います。

では、13話目入ります。


 合宿3日目。

前日が模擬戦三連戦という事もあったので午前中は訓練はオフのようだ。

 

「ガイさん、フリージアさん。早く来てくださ~い!!」

 

今はこの合宿に来ている無人世界カルナージの大自然を楽しむため、ヴィヴィオ達とノーヴェで昼食の入ったバスケットを持ってピクニックに行くようだ。俺とオリヴィエも一緒に行くことになった。

 

「元気だね~」

「年寄りの発言ですよ」

 

隣に居たオリヴィエが苦笑しながら俺の方を見る。会話をしながらも足は止めない。

 

「いや、ヴィヴィ達の元気さは他の子供たちとは違うなって思ってさ」

「確かに、あれほど活気溢れている子たちは滅多に居ませんね」

「ああ、あいつらは元気過ぎだ。まあ、それが良いところだけどな」

 

そんな世間話をオリヴィエとしていると皆が待っている場所までたどり着いた。

 

「ノーヴェさん。どのあたりに行くんですか?」

「そうだな。山の景色がよく見えるところがあるんだ。そこで昼食を取るとウマいぞ~」

「本当ですか!?」

 

リオは大喜びのようだ。

 

「うん、あそこの景色はとっても絶景なの。皆と見るとまた違うかもね」

 

ルーテシアも笑いながらノーヴェの意見に賛成した。

 

「俺は午後から訓練が始まるから、食事を取ったら戻らないとな」

「私も参加してみたいです」

 

近くに居たアインハルトが少し羨ましそうな瞳で見上げてきた。俺はそのアインハルトの頭に手を乗っけた。

 

「やめとけ。子供がいきなり出来るレベルじゃない。基礎をしっかりと叩きこまれた後なら大丈夫だが」

 

エリオやキャロは機動六課に所属していた時はたっぷりシゴかれたと聞いた。なのはさんの訓練は並大抵のものじゃないからな。

俺がなのはさんの訓練によくついて来れたなって時々思う時がある。

 

なのはさんの指導がウマいからかな。ヴィータさんの方がウマいって言ってたけど。

 

「……結局、一度もガイさんと対決していません」

 

昨日の模擬戦三連戦は最後の試合だけトレードをしたが、最後のチームもアインハルトと一緒だった。

アインハルトとの拳を交えることが昨日は無かったのだ。それが悔しいのかアインハルトは顔を伏せている。手元にあるバスケットを握っている手に力がこもり、ギュッとしているのが分かった。

訓練でもなんでもいいから俺ともう一度対決したいのだろう。そんなアインハルトを見て俺は軽くため息を吐いて笑みを作る。

 

「ま、後で対決してやるから。今はこの時間を楽しもうぜ」

 

そして、アインハルトの頭に乗せていた手で頭を撫でてやった。

 

「……また子供扱いですか」

 

口ではそんな事を言っているが俺の手を振り払う様子もないので嫌ではないようだ。

 

むしろ少しうっとりして俺を見上げてないか?バスケットを持った手も緩んでいるようだし。

 

「おやぁ?おやおやおやぁ~?」

 

そんな様子を見て、ルーテシアが意地悪な笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「ん?どうしたルーテシア?」

「な、なんでしょうか?」

 

近づいてきたルーテシアは更に意地悪な笑みを重ねて口を開く。

 

「アインハルトはガイさんの事……」

「!?」

 

今、アインハルトの動作が全く見えなかった。目の前に居たアインハルトはいつの間にかルーテシアの口を右手で抑え込んでいるところだった。左手にはしっかりとバスケットを持っているあたりが凄い。

 

「んーんー!!」

「はぁはぁ……へ、変な事言わないでください」

 

ルーテシアから何を言いだそうとしたのかはわからないが必死な顔で真っ赤にしているアインハルトを見た限り、恥ずかしい事なのだろう。

俺は聞かない事にした。

 

「やっぱり……」

「アインハルトさんも……」

「はぁ……」

 

そんな様子を見てヴィヴィオ達は何やら真剣な面持ちだ。

 

「どうしたヴィヴィ達?」

「え!?あ、う、ううん。何でもないよ!」

「そう?ならいいが」

 

真剣な表情から一変、笑みを作って俺の方を向いた。俺は再びアインハルトの方を見る。

 

「大丈夫か?」

「はい、私は大丈夫ですので」

「いや、アインじゃなくてルーテシアの方」

「え?」

 

アインハルトは俺の言葉に気付いてルーテシアの方を見た。ずっと口と鼻を押さえられていたせいか息が出来ずに白眼になっていた。

 

口から、アインハルトの指と指の間から白い何かが出てるぞ。あれが魂か?

 

「あ、し、失礼しました!!」

 

アインハルトが急いで手を離すと、口から出ていた白い何かが口に入っていき、白眼から虹彩のある目に戻り、呼吸を始めた。

 

「はぁはぁ……危うく死ぬところだったわ……何か川が見えたし」

「それは危ねえな、お嬢」

 

ノーヴェはそう言いつつ笑っていた。まるでコントを見ている観客の人のような言い方だ。俺もそんな感じで答える。

 

「こんなところで死亡者が出なくて良かったな」

「まったくだ」

「ちょ、ちょっと、そこの2人!!言い方がおかしくないですか!?私たった今、死にかけていたのに!!」

 

こんな感じの流れで絶景がよく見える場所へたどり着いた。そこは丘の上で草原がそこだけ拓けている。

そこから見る山はもはや絶景としか言い表わせないような光景だ。山の圧倒的な存在感が真正面から味わえるとでも言うところか。

 

「……凄いな」

「ええ」

 

俺やオリヴィエは驚きの表情を隠せないでいた。こんな絶景は都会では見ることなんて皆無に等しい。

 

「うわ~、ここは初めて来たよ~凄い光景だね~」

「ええ、私のお気に入りの場所だもの。さ、お昼にしましょう」

 

そう言って、ルーテシアはレジャーシートを引き始める。

そして、中央にバスケットを置いてレジャーシートに皆座り、バスケットを開ける。

 

「おお、旨そうだな。作ったのはメガーヌさんだっけ?」

「メガーヌさんの手料理が不味いことなんてあったか?」

「ははっ、確かにな」

 

ノーヴェの意見には賛成だ。メガーヌさんの手料理が不味いと持った事はこの合宿中では一度もない。バスケットの中身は長方形型のサンドイッチがギッシリと詰まっていた。この人数なら丁度良いぐらいだ。

バリエーションが豊富な挟まっている具材をしっかりと見せることで食欲を引き立たせる。料理もそうだが相手の食欲を引き立たせる技術をメガーヌさんは持っている。ちょっと教わりたくなってきた。

 

「いただきま~す!!」

 

リオがもう待てないっていう雰囲気を晒し出して、バスケットからサンドイッチを1つ手に取り口に運んだ。

 

「美味しい!!」

 

リオは満面な笑みをして大喜びだ。

 

「まったく、リオは早いよ。まあ、いいわ。皆さんもいただきましょう」

「うん、いただきま~す」

 

皆も食事を取り始めた。俺も頂く事にした。

 

「旨いな~。この大自然の中だから更に美味しく感じるよ」

「そうですね。メガーヌの料理は美味しい」

「自慢の母ですから」

 

俺とオリヴィエがメガーヌさんを高評価してるのをルーテシアが自慢げな顔をした。

そして、皆は各々雑談を始めた。俺はサンドイッチが美味しくてついつい手が伸びてしまい、気付けば飲み物が欲しくなってきた。

 

「ガイさん、どうぞ」

 

隣に居たコロナがお茶の入ったコップを渡してきた。

 

「ありがと、コロ。ちょうど飲みたかった」

「いえいえ。そんなに食べていると飲み物が欲しそうだと思ったので」

 

俺が受け取るとコロナは満足げに微笑んでいた。俺はそのコップを一口飲む。さっぱりとしたお茶が渇いた喉を潤した。

 

「ふぅ」

 

俺はコップをレジャーシートに置いて、空を見上げた。雲1つない良い天気だ。

 

外で食べるご飯というのも開放感があっていい。皆と温かな食卓を取れる上にこの良い環境。俺にとっては贅沢すぎるな。

 

「そういえば、アイン」

「むぐっ!」

 

この環境に馴染みながらふと脳裏に浮かんだモノがあったので、俺はアインハルトの方を向いた。

アインハルトは食べている最中に声を掛けてしまったからか喉にサンドイッチを詰まらせていた。手で口元を押さえつつ、急いでコップに入っているお茶を飲んで息を落ち着かせた。

 

「あ、わ、悪い。食べてる時に声かけて」

「んっ……ふぅ。い、いえ。御気になさらずに。それで何でしょうか?」

 

少し頬が赤くなっているが聞く態勢に入ってくれたようだ。俺は先ほど思った事を口に出す。

 

「ああ、そう言えば朝方にはやてさんに新しいデバイスを頼んだんだよな」

「はい。八神はやて司令とは初めて映像通信でお会いして頼みました。八神はやて司令はさまざまな事件を解決に導いた歴戦の御方と聞いて、怖い人かと思いましたが、気さくでとても優しい御方でした」

 

はやてさんか。そう言えば俺も一度も会った事ないな。なのはさんやヴィータさんからはちょくちょく聞いた事はあるけど。俺も後で一度お会いしたいものだ。

 

「ふ~ん。ま、アインのデバイスがどんなモノになるのか楽しみだな」

「……はい」

 

嬉しいのか少し顔を伏せて答える。喜びの表情を皆に見られたくないのだろう。

 

「ところでよ、ガイ」

「ん?」

 

コロナの反対側に居たノーヴェが俺を呼んだので俺は返事をしてノーヴェの方を振り向き、再びコップのお茶を口に含む。表情はなぜか小悪魔な笑みを浮かべている。

 

「ガイはフェイトが好きなのか?」

「ぶっ!!」

 

飲んでいたお茶を思いっきり吹き出してしまった。それがノーヴェにかかる。

 

「あ、てめぇ!!きったねぇな!!」

「ゴホッゴホッ!!」

 

お茶が少し気管に入ってしまったようだ。息苦しく喉が痛い。

 

「だ、大丈夫ですか!ガイさん!?」

 

コロナが優しく背中を擦ってくれる。俺は何度か喉を鳴らして何とか落ち着かせる。

そして、コロナの方を見る。

 

「あ、ありがと、コロ」

「もう大丈夫ですか?」

「ああ」

 

俺はずっと背中を擦ってくれたコロナに礼を言った。コロナは心配そうな表情で見つめてきたが安心させるために笑顔を見せた。

 

「……あたしには何も言わねえのかよ?」

「ノーヴェが変な事を言うからだろ」

 

ノーヴェの方を向き直すと、ハンカチで俺の吹いたお茶を拭きながら少し怒ったような表情を見せる。

 

「ガ、ガイさん。フェイトさんの事が好きなんですか!?」

 

そこにノーヴェの話にリオが喰い付いてきた。他の子たちも何故か興味津々で俺を見てくる。

 

「え、え~と……」

 

視線が俺に集まり、言葉に詰まる。

 

俺がフェイトさんの事が好きかどうかをそんなに聞きたいのか?

 

俺は少し考えた。

そして、ある結論に達したので立ち上がる。

 

「ガイさん?」

 

ヴィヴィオが俺の行動にキョトンとした表情で首をかしげる。

 

「そろそろ訓練に戻らないと。それじゃ」

 

逃げる結論に達した。フェイトさんの事を恋い焦がれているかもしれない自分の気持ちを他の人に伝えるなんてことは恥ずかしくて言えない。

ビジッと聞こえてくるような素早い動作で肘から右手を上げて、俺は駆け足でその場を去った。駆け足の時に背中から何か聞こえたような気がするが振り向かず訓練へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ~あ、ガイさんに逃げられちゃった」

「ガイは純粋ですからね」

 

ガイさんの走り去った後を皆が困惑した様子で見送っていた。

 

「あれじゃ、フェイトの事を好きだと言っているようなもんなんだがな」

「や、やっぱり、ガイさんはフェイトさんの事が好きなんでしょうか?」

「う~ん、どうなんだろう?」

 

ああ、と言って少し凹むコロナさん。

 

「……でも、元気そうでなりよりです」

 

そう言いつつ私はオリヴィエの方を見る。

昨夜、ガイさんとなのはさんが外で話をしている所を聞いてしまった。何か大きな悩み事があり、それがオリヴィエとも関係しているらしい。

 

関係……しているのだろう。過去の人物が現代の世界に居る筈がない。それこそタイムマシンでも出来ない限り不可能に近いです。

 

「どうかしましたか、アインハルト?」

 

ずっとオリヴィエを見ていたからか、オリヴィエがこちらに声を掛けてきた。

 

「いえ、なんでもありません」

 

ガイさんがフェイトさんの事が好きなのかは気になりますが、元気そうでなによりです。

 

私は食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の訓練はノーヴェに言われた事が原因で、フェイトさんばかり意識してしまった。おかげでちょっとミスが多かった。まあ、仕方ないと言えば仕方ないが。

 

「はぁ……」

 

俺はベッドに寝転がって天井を見た。蛍光灯と白い天井が視界に入る。

 

「まあ、こういう生活も悪くはないけどな」

 

ヴィヴィオ達と特訓して笑い合って、時には弄られて。部隊に入った時には思い描けなかった光景だ。

俺は右手を天井に伸ばす。その手の甲にはこれから起こる戦争から逃げることの出来ない証が刻まれている。何十回、何百回と“聖杯戦争”について考えた。

しかし、今の情報では決して答えに導く事が出来ない。その繰り返しで心に不安が、戦争というモノに恐怖が残っている。オリヴィエが居ることでそれも少しは解消できる。

 

でも、いざ始まるとなったら俺はやれるのだろうか?

 

「はぁ……」

 

先ほどのため息とは比べ物にならないくらいの重いため息を吐いた。

 

 ネガティブ思考に走ってるな。

 

「……眠いな。寝るか……ん?」

 

暗い考え事をして眠気が襲い始めた時、俺の耳にコンコンとドアの叩く音が聞こえた。

 

「……開いてるよ」

 

ドアを開けに行くのも面倒だったので相手に入ってきてもらうように催促して、ドアの方を見る。オリヴィエがまた何か話をしに来たのだろう。俺はそう思っていたが入ってきた人物が俺の想像していた人物と違っていた。

 

「ガイさん、こんばんは」

「こんばんは!!」

「こんばんは」

「……」

 

しかも、一人ではなく多数だ。ヴィヴィオにコロナにリオにアインハルト。初等科三人は挨拶をしてアインハルトはペコリと頭を下げている。

 

「ん?どうした?」

 

寝ているのも悪いので、俺は今考えていた思考を切り離して上半身を起こしてベッドに腰掛ける。ヴィヴィオが緊張した面持ちで言ってきた。

 

「きょ、今日、い、一緒に皆で寝てもいいですか?」

「……はい?」

 

良く見ると、コロナとリオは大きな枕を持っている。どうやら本気でここに寝るようだ。

 

「ここで寝たいのか?」

 

俺の言葉にコクコクとヴィヴィオ、コロナ、リオの三人は頷く。アインハルトは少し恥じらいながらも俺を見上げてくる。

そんな純粋な瞳で見られると断るに断りきれなくなる。俺は子供達から視線を外して答えた。

 

「……まあ、いいが」

 

そう言った瞬間、リオがやった~、と大喜びしてベッドへ飛び込んで横になった。

 

「あ、ずる~い」

「リオ、抜け駆けはだめだよ~」

 

ヴィヴィオとコロナもベッドに潜り込む。

 

「元気だね~」

「それは年寄りのセリフですよ」

 

アインハルトはゆっくりとこちらに歩いてベッドに腰掛ける。本日、二回目の指摘をされてしまった。俺は頭を掻いて片目を瞑る。

 

「……年かね~。まあ、いい。俺もそろそろ寝たいんだが」

 

俺はベッドを見た。ヴィヴィオ達に占領されてスペースがアインハルトが入るぐらいの大きさしか無い。俺が横になれる場所なんて無い。

 

「くっついて寝れば大丈夫だよ」

「うん」

「……」

 

まあ、確かに皆がくっ付いて寝れば俺一人分のスペースをとれると思うので寝れない事もない。だが、狭くないか?

 

「まあいいや。眠いし俺は寝るわ」

 

そう言ってベッドの隅で横になろうとした。

 

「違いますよ、ガイさん。ガイさんは真ん中です」

「ん?」

「ガイさんは真ん中ですよ」

 

笑顔で答えてくる子供たち。真ん中にスペースが出来ている。皆が少しずつ動いてくれたのだろう。俺はとりあえず真ん中で横になる事に。

 

「そ、それじゃあ失礼しますね」

「失礼します」

 

恥ずかしながらも子供たちが俺と同じ向きで横になる。いつの間にか川の字のようになっていた。

 

「……」

 

アインハルトはベッドの端でこちらに背を向けて眠っている。

 

「寝づらくないか?」

「ん~、そうでもないよ。よいっしょっと」

 

ヴィヴィオが掛け声で俺の肩を動かして、肩から下に入ってきて俺の腕を枕代わりにした。

 

「これでスペース確保しました」

 

にこやかに笑って俺を見てくる。そんなヴィヴィオの頭を撫でてやった。撫でたからか嬉しそうだ。

 

「わ、私もいいですか?」

「ああ。好きにしな。俺はそろそろ限界かも」

 

そう言って俺は目を閉じた。肩が動いているあたりコロナもヴィヴィオと同じことをしようとしているのだろう。

しかし、そこに睡魔が来て俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……さ……い」

 

暗闇の中、誰かが耳元で何かを呟いている気がした。

 

「……くださ……ガ……」

 

まただ。今度は軽く体を揺さぶられている。俺は目を開けるのも辛かったがこのまま体を揺さぶられて睡眠の妨げになるのは困るので静かに目を開けた。

 

「あ、起きましたか、ガイ」

「オリ……ヴィエ?」

 

深い眠りのレム睡眠の時に起こされたからか、体が異様に重い……と思ったが、違った。

 

「なんで俺に跨ってんだ、オリヴィエ?」

「いえ、耳元で囁こうと思ったのですが左右には子供たちが幸せそうに眠っていたもので、上に跨るしか届かないのです」

 

オリヴィエが俺の上に乗っていたのが体が重い原因なのだろう。しかも顔が近い。

 

「と、とりあえず降りろよ」

「ええ」

 

オリヴィエは俺の上から降りた。服装はなぜか浴衣ではなく上下の色が一緒の白いジャージ姿だ。

俺は静かに腕を動かして腕枕をしている子供たちを起こさないように抜いた。いつの間にかリオとアインハルトも俺の腕を使って眠っていたようだ。四人分の重さが両腕にのしかかったおかげで感覚が少し無い。

それにはあまり気にせず、とりあえずベッドから降りる。

 

「ガイ、まだ特訓が終わってませんよ」

「え?なのはさんの特訓は終わったはずだが」

 

そう言ったがすぐに合宿をすることをオリヴィエに言った日の事を思い出した。

“虐め”鍛える、と言っていた。そう言えばオリヴィエの訓練は未だに受けていない。

 

「明日には帰ってしまいますので、今しか時間はありません。やりましょう」

「……いきなりだな。でも、特訓はやろうか」

「では、外へ」

「ああ」

 

俺は一度、子供たちの寝顔を見る。確かにオリヴィエが言っていた通り幸せそうな表情だ。この表情を無くさないように頑張らないとな。

俺は寝巻きのTシャツとズボンのまま外へ移動した。オリヴィエも付いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――森

 

「で、特訓ってのは?」

「ええ、簡単に説明しますね」

 

森の中のちょっと拓いている場所。昨日俺が座禅を組んだ場所だ。そこに俺とオリヴィエは対立して立っていた。

 

「まあ、単純な事なのですがひたすら私の攻撃を避け続けて下さい」

「オリヴィエの?」

 

俺の言葉にオリヴィエは頷く。

 

「死の恐怖を体に直に覚えさせた方がよろしいと思いまして。前もって感じていれば死の予感を感じた時に動けます」

「……まあ、確かに」

 

オリヴィエの口から死という言葉が出てきた瞬間、俺は一瞬だが体が竦んだのを覚えた。

やはり、戦争という未知のモノに足を突っ込むにはまだ覚悟が足りていないようだ。

 

「……ああ、頼むわ」

 

これではオリヴィエの足を引っ張ってしまう。そうならないためにも今から行う“虐め”の特訓はしっかりとやるべきだ。

 

「ガイは反撃しない避け続けて下さい。避ける事が無理だと悟ったらガードしてください。そこで一度ストップします」

「あぁ」

 

オリヴィエが静かに構える。俺もセットアップして立ち居合の構えに入る。この特訓では刀を抜く事は無さそうだ。

 

「っふ!!」

 

オリヴィエの一歩が互いの距離を一気に〇にした。そのまま右ストレートを放つ。早い踏み込みだ。だが、それ以上に……。

 

ガイ「!?」

 

背筋が一瞬凍った。オリヴィエから発せられる殺気が異常じゃないほど大きい。それで避ける一歩がコンマ一秒だけ遅れた。

 

「っく」

 

オリヴィエが放った右ストレートを何とか紙一重で右に避ける。

しかし、オリヴィエはすぐに体を捻って左足の蹴りが飛んでくる。

 

「っつ!?」

 

先ほどと同じ感覚が俺に襲いかかる。攻撃をするたびにオリヴィエから異常な殺気が飛んでくる。これが死への恐怖なのだろう。

その左足の蹴りは避ける事が叶わないと悟ったので鞘でガードすることに。

 

ものすごい衝撃だ。ガードしているのに手にしびれが伝わってきた。

 

「二撃でガードしましたか」

 

オリヴィエは一言そう言って、俺から離れた。

 

「どうですか?私から何か感じ取れましたか?」

「……ああ、十分というほどにな」

 

そう言いつつ、鞘を握っていた左手を振った。しびれが未だにとれない。

 

「オリヴィエから殺気がかなり感じられたよ。その恐怖から一瞬体を止めてしまった」

「ええ、ガイは殺し合いをしたことが無いので経験者からすれば格好の的になります。殺し合いに慣れる……とは言いませんが、殺気を放ち続ける私の攻撃を体を止めずに避け続けて下さい。きっとガイのためになりますから」

 

そう言って、再び構えるオリヴィエ。

 

オリヴィエは俺を生かすためにこのような特訓を行ってくれる。その事に感謝しないといけないな。

 

「ああ、ありがとなオリヴィエ」

 

オリヴィエに礼を言いつつ、俺も再び構える。オリヴィエは一度笑みを見せて再び真剣な表情に戻る。

そして、俺はいつもの口癖を言った。

 

「お手柔らかに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「朝……か」

「ええ、そのようです」

 

俺たちは木の根元に背中を預けて座り込んでいた。あれからどのくらい特訓したのかはわからない。だが、地平線から赤い日の光が現れ、木々の間から漏れてきたので夜も終わりの時間帯のようだ。

俺のバリアジャケットはオリヴィエの拳や蹴りでかなりボロボロだ。

 

「私の特訓はどうでしたか?」

「……虐められたわ。結局、多くても4撃までしか避けられなかったし」

 

そう言うと、オリヴィエは苦笑してこちらに顔を向けて、拳をこちらに出してきた。

 

「合宿も終わりです。“聖杯戦争”ももうすぐ始まると思います。気を引き締めていきましょう」

「……ああ、そうだな」

 

俺もその拳に自分の拳をぶつけた。

 

『マスター、非通知で秘匿レベルが最大状態の通信が来ました。普通の通信ではなく別ルートからの接触です』

「……」

 

拳をぶつけたと同時に、プリムラから秘匿通信が来たと知らせてきた。

この通信を行った人物は過去に一人しかいない。俺は一度オリヴィエを見た。その虹彩異色の瞳は戸惑う色をしてい無く、凛と強い意志を持っていた。

俺はそれを見て安心感を抱き頷いて、プリムラに通信を開くように命令した。目の前に真っ暗なモニターが現れる。

そして、そこから渋くて低い声が何の感情もなく言葉を発した。

 

『マスターの登録はすべて完了した』

 

一瞬、ドクンっと心臓が跳ねたような錯覚に陥った。これからあれが始まるのだ。願望をかなえるための戦いを……聖杯戦争を。

俺の日常は終わったのだと実感した。これから始まるのは非日常の世界だ。俺は胸に手を置く。心臓の音が少し五月蠅いぐらいに聞こえてくる。

そして、モニターの暗闇の中、管理者は開始の言葉を放った。逃れられない大きな戦争の開始の合図を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“これよりミッドチルダの聖杯戦争を始める”




始まってしまった、聖杯戦争。

日常編はこれで終了かな。

これからはダークな展開になるでしょうね。

自分の筆力でどこまで描けるか。

がんばって生きたいと思います。

何か一言ありますと物凄く嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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聖杯戦争編
十四話“日常と非日常の交差”


聖杯戦争編始まりました。

この編に入ったので文法を変えて行きます。

こちらの文法と日常編の文法はどちらが良いか、感想で教えてくれると嬉しいです。

では、14話目入ります。


 ―――ミッドチルダ 首都次元港

 

おかしい。

 

私はガイさんを見て何か違和感を感じていた。昨日はガイさんの部屋に皆で行って寝たけど、翌日に起きた時はガイさんはベッドに居なかった。早朝訓練でもしているのかなと思っていた。

そして、皆が目を覚まして少しするとガイさんは戻ってきた。訓練の後なのか服が少しボロボロだった。

だけど、その時に見たガイさんの雰囲気が違っていた。

 

刺々しいというか、殺伐しているというか、何かに対して強い思い入れをしているような印象。

 

フリージアさんとも会ったが何か雰囲気が変わっていた気がする。常に周りを警戒しているように気を研ぎ澄ませている様だった。

 

無限書庫に行った時の私達とは一歩下がって離れている、まるで他人のような感じにも似ていたが、今回はそれ以上に離れているような感じがする。

 

普通の会話でも上の空であまり聞いていない様子だし。私はどうしたの?と聞いてみたが、ガイさんからは何でもないと笑顔で返されてしまい深く追求できなかった。

 

少し寂しげな瞳で笑顔で何でもないと言われても、何かあると思っちゃうよ。

 

「ミッドチルダ到着ー♪」

「車まわしてくるからちょっと待っててねー」

「「「はーい」」」

 

なのはママとフェイトママは車を動かしてくるから皆と離れ、外に出た。私はもう一度ガイさんを見る。隣にはフリージアさんが居た。

しかし、ガイさんは何かを考えているのか少し顔を下げている。フリージアさんも常にガイさんの近くに居る気がする。

 

……ちょっと嫉妬しちゃったりもします。

 

あの2人は周りの雰囲気からかけ離れて、まるで別次元に居るように思えた。それが違和感に繋がっているのだろう。

このモヤモヤ感はこの雰囲気が消えない限り、消えることはない。

 

「でも皆明日からまた忙しくなるねぇ」

「インターミドルに向けてばっちりトレーニングしなきゃ」

「はいっ!でも大丈夫です!」

「うちの師匠がトレーニングメニュー作ってくれますから!」

 

ティアナさんとスバルさんの話に私とコロナが笑顔で答える。そこにノーヴェも会話に入ってくる。

 

「ま、しっかり鍛えていこうぜ」

「「「はいっ!」」」

 

師匠のノーヴェが作ったトレーニングメニューだから私たちは安心して鍛えられる。その信頼の証が先ほどの返事に繋がる。

 

「あ、そう言えば写真の交換しとかない?今朝取った奴、結構あるんんだ」

「あ。欲しいです!」

「私もー!」

 

スバルさんは今朝、ティアナさんと山頂に行って色々な自然を写真に収めていたのを知っていたので、私達はそれが欲しかったのを主張する。スバルさんは笑顔でデバイスを出してきたので私達もデバイスを出して写真を交換した。

そして、もう一度ガイさんの方を見る。私たちが雑談して楽しんでいるのにガイさんはやっぱり考え事をして、視線を少し下げていた。

 

……何か深い悩み事があるんだ。

 

そんな様子を見て私は悲痛な気持ちになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガイは話に参加しないのですか?」

「ん?俺か?」

 

俺とオリヴィエは皆の輪から少し離れた所で立っていた。皆はなのはさんとフェイトさんが車を取りに行った後、雑談を始めていた。

俺はその雑談に入る気分になれなかった。理由は昨夜……というよりも早朝に管理者から“聖杯戦争”の開始の狼煙が言いわたされたからだ。

その瞬間から皆のいた時間が眩しく感じ始めた。

 

これは生きる保証の時に感じたモノと一緒だと思う。

 

オリヴィエと拳をブツけて気を引き締めたつもりだが、臨行次元船の移動時間は四時間。その間に“聖杯戦争”について色々と試行錯誤していたので、気持ちは少しネガティブになっていた。

 

「皆、ガイのこと心配していますよ。ガイは表情に出やすいですからね」

「……そうなのか」

 

オリヴィエが微笑しながら俺の顔を覗き込む。オリヴィエから指摘されて初めて分かった。俺はどうやらポーカーフェイスをするのが無理らしい。“聖杯戦争”への不安が表情に出ているようだ。きっとヴィヴィオ達にも心配をかけてしまったのだろう。

 

「俺の今の表情はどんな感じだ?」

「いろいろと思考しているように見えて、ですが、その思考中にも不安な表情を隠しきれずに出ていますね」

「……的確で」

 

やはり俺にはポーカーフェイスをする事は不可能だな。

 

オリヴィエに正確に当てられた。様々な事を考えていたのも事実だ。その思考の先にあるのはやはり“聖杯戦争”の不安だ。

 

気を引き締めたつもりなんだがな。

 

「ヴィヴィオ達と会話をした方が良いと思いますよ。開始の合図を言われてからガイは皆との会話中でも上の空ですからヴィヴィオ達が心配しています。“聖杯戦争”の事を考えずに皆と話した方が良いです」

「……かもな」

「大丈夫です。ガイが狙われても私がしっかりと守りますから」

 

オリヴィエは右手をグッと握って自信のある笑みを浮かべる。それを見ていると不安な気持ちが少しは薄らいだ。

 

「心強い事で」

 

俺は頭を掻きながらオリヴィエの意見に頷いた。

そして、俺とオリヴィエは皆の所へ近寄った。

 

「あ、ガイとフリージアさん。私の取った写真が有るけどいる?」

「ええ、下さい」

 

皆の輪に入るきっかけはスバルさんの撮った写真を頂く事で難なく終えた。その時、ヴィヴィオ達を見たが、少し暗く悲しい表情をして俺の事を見ていた。特にヴィヴィオ。

 

……皆には迷惑かけたな。この子たちには笑顔でいてもらいたい。

 

俺の事を心配してくれているのは凄く嬉しい。けど、俺がもっと嬉しいのはこの子達が笑顔でいる事だ。

 

「でもインターミドルってかなり沢山の子が出場するんでしょ?予選会とかあるんだっけ?」

「あ、ええと…確か地区選考会というのがあって」

 

ティアナさんがインターミドルの事についての疑問をアインハルトに投げかけた。アインハルトもうろ覚え気味でうまく答えられていないようだ。

 

「そーです!選考会では健康チェックと体力テスト。後は簡単なスパーリング実技があって」

「選考会の結果で予選の組み合わせが決まるんです」

 

そこにヴィヴィオとリオがフォローを入れ始めた。

 

「普通の人は“ノービスクラス”。選考会で優秀だったり、過去で入賞歴があったりする人は“エリートクラス”から地区予選がスタートします」

 

コロナも説明を始める。このインターミドルの話を始めることでヴィヴィオ達は笑顔になり始めた。そこの事に俺はホッとした。

 

「勝ち抜き戦で地区代表が決まるまで戦い続けて……そうしてミッドチルダ中央部17区から20人の代表と前回の都市本戦優勝者が集まって……その21人でいよいよ夢の舞台、都市本戦です!」

「ここでミッドチルダ中央部のナンバーワンが決まるんですよ」

「TV中継も入ります!」

 

皆、説明をするにつれてどんどんテンションが上がっていき、ティアナさんとスバルさんはちょっと引きつっている。

 

「まあ、流石に私たちのレベルだと…」

「本戦入賞とかは夢のまた夢なので」

「“都市本戦出場”を最高目標にしてるんですけど」

 

しかし、夢と現実は違う事を知っていた三人はテンションが一気に下がって、気持ちが沈んでいた。

 

「その…都市本戦で優勝したら終わりですか?」

「もしろんその上もありますよ。“都市選抜”で世界代表を決めて、選抜優勝者同士で“世界代表戦”です」

 

今度はアインハルトの疑問にコロナが答える。もはや、ティアナさんの事は関係ないようだ。

 

「そこまで行って優勝できれば……文句無しに“次元世界最強の10代女子”だな」

 

そう言いながら後ろからアインハルトの両肩に両手を乗っけるノーヴェ。そう言われた時にアインハルトの表情が一瞬、輝いていたような気がした。

 

最強という言葉に魅かれたか。

 

俺はアインハルトのその表情を見て笑っていた。表情から読み取りやすい。

 

「でもそんなのは私たちにとっては遥か先の夢……」

「狙うなら10年計画で頑張らないと!」

「でもいつかきっとー!」

 

でも、ヴィヴィオ達の3人はそのかけ離れ過ぎた現実に先ほど以上にテンションが下がる。

 

「ノーヴェさん、率直な感想を伺いたいんですが。今の私たちはどこまで行けると思われますか?」

「もともとミッド中央は激戦区なんだDSAAルールの選手として能力以上に先鋭化してる奴も多い。その上での話として聞けよ」

 

今の自分の実力がどの位まで行けるのか気になったのか、アインハルトはノーヴェに聞いた。ノーヴェは片目を閉じて答える。

 

「ヴィヴィオ達3人は地区予選前半まで。ノービスクラスならまだしもエリートクラス相手ならまず手も足も出ねー。アインハルトもいいとこ地区予選の真ん中へんまで。エリートクラスで勝ち抜くのは難しいだろうな」

 

ノーヴェから見れば行けても地区予選の真ん中らへんか。模擬戦の時は皆、凄い実力を持っていると思っていたけどな。

 

ノーヴェから見ればこの子達はまだまだなのだろう。

 

「ついでにガイ。もしお前が参加しても地区予選1回戦で落ちると思うぞ」

「……辛口だな」

「今のガイの実力から推測したものだ」

 

妥当だと思うけどな。でも、俺は参加はしないし。

 

「……でも!!」

 

しかし、ヴィヴィオは声を張りつめてノーヴェの言葉に自分の意見をぶつける。

 

「まだ二ヶ月あるよね!?その間、全力で鍛えたら?」

「ま、どうなるかはわかんねーな。あたしも勝つための練習を用意する。頑張ってあたしの予想なんかひっくり返してみせろ」

「「「はいっ!」」」

 

皆、明るい表情で良い目をしている。大会を勝ち抜きたい気持ちが溢れて、それが表情に出ているのだろう。

 

「頑張れよ。俺も応援しているから」

「私も応援していますね」

 

俺とオリヴィエも皆に応援の言葉を掛ける。

 

「「「はいっ!」」」

 

皆、嬉しそうでなによりだ。この子たちはやはり笑顔が似合う。

 

「んでな、まずは基礎メニューを作ってみたんだ。デバイスを出せ送るから」

「さ、流石ノーヴェッ!」

「仕事早ッ!」

 

ノーヴェの仕事の速さに皆、驚きを隠せないでいる。

 

「……ほんとノーヴェはコーチに向いてるな」

「うっせぇ」

 

俺が片目をつぶって褒めるとノーヴェは口で否定しながらも表情は嬉しそうだった。

 

「で、だ。基礎トレは今まで以上にしっかりやる。その上で……」

 

ノーヴェは子供たちに振り向く。

 

「コロナはゴーレム召喚と操作の精度向上」

「はいっ」

「リオは春光拳と炎雷魔法の徹底強化。武器戦闘もやってくぞ」

「はいっ!」

「ヴィヴィオは格闘戦技全体のスキルアップとカウンターブローの秘密特訓!」

「はいっ!」

 

そして、最後のアインハルトには一度、呼吸を置いて言葉を発言する。

 

「で、アインハルトは……あたしが変に口を出して覇王流のスタイルを崩してもなんだ。かわりに公式試合経験のあるスパー相手を山ほど探してきてやろう。お前は戦いの中で必要なものを見つけて掴む。それが一番かと思うんだが……どうだ?」

「ありがとうございます!」

 

アインハルトは表情を輝かせて勢いよく頭を下げた。

 

「えー?私もいろんな人とスパーやりたい!」

「やりたいですー」

 

アインハルトの周りにヴィヴィオ達が囲んで駄々をこね始めた。

 

「お前らは順番があるの!コーチの言う事ちゃんと聞け!」

「「「はーいっ」」」

 

もちろんそれは冗談だが、場はかなり和んでいる。俺はノーヴェに声をかけた。

 

「ノーヴェもコーチとして頑張れよ」

「はっ?ガイ、なに他人事のようにしてんだ?お前にもトレーニングメニュー作ってあんだからやっておけよ」

『ジェットエッジからトレーニングメニューを貰いました』

 

プリムラにトレーニングメニューが転送されたらしい。

 

「……俺は出れないって」

「お前も参加資格はあるんだ。今の用事を終えて、大会に出ようと思った時でいいから、それやっとけよ。ガイ、お前は反射神経も動体視力は並外れている。けど、やはり魔力値の低さがそれらを引っ張っている。そのせいでいろいろと行動に制限が掛っているだろ?」

「……まぁな」

 

紛れもない事実に俺は頷くしかない。なのはさんもノーヴェも相手の状態を見る洞察力は桁違いだ。俺は魔力の低さで戦闘では色々と制限が付いてきてしまう。

 

「そのトレーニングメニューは魔力値を増幅させる事の出来るメニューだ。もし、大会に出れ無くてもお前のためになるだろ。しっかりやっとけ」

「……」

 

……ノーヴェはコーチが天職なんじゃないか?

 

俺はそう思ってしまう。弱点を見つけてそれをしっかりと補強するトレーニングメニューを作り出す。ノーヴェも戦技官に向いている素質を持っている。なのはさんもそう思っているのではないだろうか。

 

「……ま、時間が空いたらやっておくよ」

「本当だろうな?」

 

ノーヴェがジト眼で俺の顔を覗き込んでくる。

 

「ああ、ノーヴェのトレーニングメニューを信じてやってみるさ」

「そ、そうか。信じてくれんならいいけどよ」

 

やらないと思っていたのか、俺がやると言ったらノーヴェはちょっと照れくさそうだった。

 

「おまたせー」

 

そこに車を取ってきたなのはさんが戻ってきた。フェイトさんは車で待機しているのだろう。

 

「それじゃ、帰ろっか」

「「「はいっ」」」

 

皆が頷きなのはさんの後について行った。

 

「……ガイさん」

「ん?」

 

歩きながら近くに居たアインハルトが俺に声を掛けてきたのでアインハルトの方を見る。その表情は皆の輪に入った時に見た寂しげな表情と一緒だった。

 

「大丈夫ですか?」

「……ああ、大丈夫だ」

 

何が大丈夫なのかは言ってこない。だが、アインハルトにも心配をかけている事が今の会話だけで分かった。

 

……迷惑かけ過ぎたな。

 

俺は心の中に罪悪感が残ったのを感じた。皆には言えないモノが周りからは心配かけてしまう理由なのだから。

 

俺の周りに居る人達はお人好しすぎるんだよな。

 

「……そうですか」

 

アインハルトは顔を下げて、表情を曇らせてしまった。前にもこのような事があった気がする。アインハルトも俺を心配してくれているから嬉しい。

 

「……もし、困ったことになったらアインに相談するかもしれないから」

 

俺の言った言葉にアインハルトは期待と驚きの表情をしながら見上げてきた。

 

そ、そんなに驚くことか?

 

逆に俺がびっくりしていた。

 

「はい、私の力で出来る事がありましたら何でもします」

「そ、そうか。ありがとな」

 

ぽんぽんとアインの頭に手を乗っけて軽く叩く。ちょっと嬉しそうな表情をしていた……ような気がした。

 

「アインハルトとガイは仲が良いですよね。まるで恋人のようです」

 

そこにオリヴィエが会話に入ってくる。

 

「こ、こここ、恋人!?い、いぇ、た、確かに私たちは仲が良いとは思いますが……」

「何慌ててんだ、アイン?」

 

アインハルトが顔を真っ赤にして慌てていた。

 

俺たちはそんな風に見えていたのか?普通に会話しているだけなんだがな。

 

「ガ、ガイさん!アインハルトさんと恋人だったのですか!?」

「そうなんですか!?」

「ものすごく気になります!」

 

そこにヴィヴィオ、コロナ、リオが驚愕の表情で俺に近づいてきた。先ほどの会話が皆の耳に入っていたようだ。

 

「い、いや、フリーがそう見えるだけだと言ってきただけだ」

「そ、そうなんですか?」

 

ヴィヴィオがオリヴィエに聞いてくる。オリヴィエはええ、と特に戸惑う事なく答える。

 

『ガイ君、ちょっと騒がしいよ。ここは公共の場なんだからもう少し静かにね』

『は、はい。す、すいません』

 

念話でなのはさんに注意されてしまった。

 

『で、ガイ君はアインハルトちゃんの事、好きなのかな?』

『なのはさん……貴方もですか』

 

目の前の騒動と念話からの会話で俺は二重の意味でため息をついた。

 

しかし、俺がアインハルトと付き合ったら……ねぇ。ロリコン扱いは免れないな。まあ、確かにアインハルトは可愛いけどさ……フェイトさんが気になるのも事実だし。

 

「ガイさん?」

 

俺が変な思考の渦に入って考え込んでいたからか、アインハルトから顔を覗きこまれるように見上げて声を掛けられてた事に気づくのが遅れた。

 

「あ、い、いや、何でもない」

 

今考えていたこととアインハルトが目の前に居るという現実に俺は視線を逸らした。

 

やばいやばい、心頭滅却だ。変な事を考えるな。

 

俺は頭を振って、歩きだす。ここは公共の場だ。立ち止まっていたら周りに迷惑だ。

皆もそれが分かっていたからか変な騒動は何とか収まって歩きだした。

 

でも、こうして皆と会話している日常は無くしたくないな。

 

俺は必然的にそう思ってしまった。これから始まる戦争で無くさないために。こうして強化合宿は幕を閉じた。

そして、新しい舞台である“聖杯戦争”の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

皆と別れて、俺とオリヴィエは部屋に居た。アインハルトは自分の部屋戻った。長旅の疲れが出ていると思うので、多分もう眠っているだろう。

無人世界カルナージから首都次元港まで約4時間。更に時差も7時間あるので、朝にカルナージから出発してミッドチルダに戻ってくるとすでに日が沈み深夜に近い時間帯だ。

アインハルトがオリヴィエと会話をせずにすぐに部屋に戻ったのも頷ける。

 

「ガイ」

「ん?」

 

テーブルの前に座っていたオリヴィエが対面に座っている俺に声をかけた。

 

「気づいていましたか?車を降りてから私たちを見ていた人物がいたことに」

「……マジか?」

 

ええ、とオリヴィエは答える。

 

「まあ、しばらく動いているとその視線も無くなったので、その人物はあそこで挑発してあからさまに気配を放っている、と言ったところでしょうか」

「……釣りってやつか。これ見よがしに気配を振りまいて、近づいてくる相手を誘い出す……真っ向勝負をしたいサーヴァントってところか」

「そのようですね」

 

そして、少しの沈黙が流れた。俺もオリヴィエも考え事をしている。

 

「どうしますか、ガイ?」

 

その沈黙をオリヴィエが破った。その瞳には揺るぎのない自信がみなぎっているのがわかる。

俺はその瞳を見て決意を固めた。

 

「……お招きにあうとするか。この戦争は早めに終わらせたい」

 

それに他のマスターもどのような気持ちで参加しているのかも聞けたら聞いてみたい。

 

「はい、ガイのお役にたてるように努力します」

 

オリヴィエは立ち上がって、悠然と自信の足取りで玄関へと歩き出した。その自信に充ち溢れた歩き方は安心感を得ることのできる動きだ。

 

「プリムラ、よろしくな」

『はい、マスターのお役にたてるように努力します』

 

プリムラはオリヴィエの言葉を真似て言ってきた。それを聞いて俺は笑みを浮かべながらオリヴィエの後について部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アラル港湾埠頭 廃棄倉庫区画

 

オリヴィエに付いて来て、たどり着いた場所は少し前にヴィヴィオとアインハルトが対決をした場所だ。

今は夜なのでヴィヴィオ達の対決の時の風景とはまた違う。無味乾燥なプレハブ倉庫が延々と連なる倉庫街ではあるが、廃棄倉庫区画なので夜ともなれば人通りも絶え、まばらな街灯が無益にアスファルトの路面を照らしている様が、よりいっそう景観を空虚にしている。

 

人目を忍んで行われるサーヴァント同士の対決には、なるほど、うってつけの場所だ。

 

辺りには一般人は居ない。

しかし、ヴィヴィオ達が対決した大きな広場の中央には明らかに一般人でない人物がこちらを向いて静かに立っていた。身長は150センチぐらいで、翡翠色の瞳に結い上げていてもなお軽さと柔らかさが見て取れる美しい金髪の人物だ。服装は濃紺のドレスシャツにネクタイ、フレンチ・コンチネンタル風のダークスーツを着込んでいる。

その服装が凛とした硬質の雰囲気で引きしめられているのが第三者からでもわかる。あれはもはや浮世離れした絶世の美少年だろう。

 

「前にやられたやり方をしましたが、今日一日、この街を練り歩いて過ごしてみても、どのマスターも穴熊を決め込んで攻めてきません。私の誘いに応じた猛者は、貴方達だけです」

 

だが、その発した言葉はガラス玉のようにとても透き通っている綺麗な声であり、それであの人物は男性ではなく女性だと分かった。

 

「じょ、女性なのか?」

 

俺は外見と中身のギャップの激しさに戸惑いを隠せずに呟いてしまった。女性なのに何故男装しているのか?と疑問符が思考の中で付いてくる。

しかし、それでいてもその服装を着こなして絶景の美少年(美少女?)になっている様は神様が与えてくれたモノだと思い込んでしまう。

 

「女であることはあの時に捨てました。今ここに居るのはただの一騎士」

 

その人物の瑠璃色の瞳がより一段と凛として俺たちを見据えた。その圧倒的な威圧感に俺は冷や汗を垂らし、喉を鳴らして唾をのみ込む。

 

「その清澄な闘気……セイバーと見受けますが、如何に?」

 

だが、その圧倒的な威圧感に動じることなくオリヴィエは静かに問答する。これが戦場の経験者と未経験者の差なのだろう。

 

「……いえ、私はマスターです」

 

少し向こうの人物は戸惑いながらも、そう言って右手の甲をみせてくる。そこには俺の手の甲とは紋章が違うが赤く紋章が浮かび上がっている。

 

「ランサー」

 

彼女が七つのクラスの一つであるランサーを発言した。すると、彼女の隣から1人の巨躯の男性が何処となく現れた。

 

……英霊を霊体化から実体化したのか。初めて見た。

 

ランサーは黒い髪に青い瞳。その瞳は据わっていて、俺たちを静かに見つめている。ちょっとした事では動じないのだろう。服装は放浪していたような薄汚いコートを羽織っているが、もともとが巨躯な体なのでそれが逆にその男の存在感がさらに大きくなり、ゾクリと背中に冷たい汗が流れる。このような巨漢の男が敵として現れた事に畏怖を感じる。

しかし、その人物を見た時に俺は何処かで見たことがるような気がした。

 

「見たところ、少し幼げさが残るマスターだが」

 

その大男が俺を見て、図太い声で俺を分析し始めた。

 

「……まだ、二十歳過ぎてないんでな」

「そうか。そんな年でこの戦いに参加したのならそれなりに理由があるのか?」

 

このサーヴァントは敵である俺に対して親身に話を掛けてきている。その真意が分からず疑問が浮かぶ。

 

「なぜ、敵である俺にそんな親身になる?」

 

俺はその疑問をランサーにぶつけてみた。ランサーは少し言いにくそうに視線を逸らす。

 

「俺はこのミッドチルダの……」

「ダメです、ランサー!!」

 

隣に居た金髪の女性がすぐにランサーの言葉をかき消した。

 

「敵に真名をバラすつもりですか?それではこの戦いは勝ちぬけていけません」

「……すまん、相手のマスターがミッドチルダの出身だと見て分かったので少し話をしたくてな」

 

俺がミッドチルダの出身だから話をしたい?となるとここ最近の人物か。

 

俺はあの巨躯の人物を後で調べてみようと考える。あのような特徴的な人物なら見つけやすいだろう。

 

「ランサーのマスター。1つ聞きたい事がある。質疑しても良いか?」

「何でしょう?」

 

金髪のマスターは瑠璃色の瞳をこちらに向ける。その容姿は美しく、普通に街中で出会ったら、一目惚れしてしまうぐらいだろう。

しかし、今は戦争の敵同士。そんな事を考えている暇はない。このマスターは人の話を聞いてくれる用だ。マスターの中にもこのように話せる人物がいて俺はちょっとホッとした。

そして、俺が最も聞きたかった事を会話に入れた。

 

「君はなぜこの“聖杯戦争”に参加したんだ?」

「知れたこと。私には叶えるべき願望がある。それを叶える為に私は参加した」

 

さも当たり前のように答えるランサーのマスター。確かに参加するのだから叶えたい願望が皆にはある。

だが、俺が聞きたいのはそんな事ではない。

 

「それは殺し合いをしてでも叶えたいものなのか?」

「……質疑の真相の意味が理解できない。貴方は迷っているのか?」

 

一瞬だが、マスターから威圧感が無くなった気がした。

 

「……かもな」

「でしたら、この戦いから身を引いて安全な場所で戦いが終わるまで隠れているべきだ」

「……」

 

痛いところを突かれた。質疑していたのにいつの間にか逆の立場になって答えていた。確かに“聖杯戦争”に参加することは恐怖や不安がある。

しかし、その戦争のせいで不幸な奴らが現れる可能性だってある。それを食い止めるために俺は立ち上がった。

なら、俺が取る道は最初から1つだ。

 

「忠告ありがと。でも、俺も叶えたい願望がある。だから、身を引く事は出来ない」

「……そうですか」

 

あの女性は何を思ったのだろう。凛とした表情が少し崩れ、困惑したような僅かに眉間を寄せた硬い表情ではあるが、それが全く彼女の美貌を損なわってはいないのはやはり天からの賜物なのだろう。

そして、その彼女はオリヴィエの方にその瑠璃色の瞳を向けた。

 

「この静寂なる闘志……あなたのクラスはこれまで呼ばれたことのない規格外のクラスですか?」

「えぇ、私のクラスはファイターです。聖杯戦争では初のクラスでしょう」

 

相手のクラスも教えたのでこちらのクラスもオリヴィエは静かな微笑を浮かび上げてクラスを曝け出す。

 

しかし、あの圧倒的な威圧感を持っているのがマスターか。隣の巨躯の男はサーヴァントだからこの存在感はわかるが、あっちのマスターもあのランサーと同等の実力を持っていそうな雰囲気を出してるな。

 

俺は2人を分析し始めた。金髪の女性は何故かサーヴァントと同等の力があると直感で感じだ。正直、俺でもオリヴィエでも勝てるのか分からなく不安を隠しきれない。

 

「ガイ、そんな不安がらなくても。私はランサーと武器を交えます。貴方はランサーのマスターを狙ってください。あのマスターもきっと白兵戦を主とする人物でしょう。ですが、あれは只のマスターではないと本能で感じます。気をつけて」

「……ファイターもな」

 

この戦いで敵と交戦するときはフリージアではなくクラス名で言う事にした。偽名でもそこからいろいろと調べられてしまう可能性がある。

そして、オリヴィエもどうやらあちらのマスターに対して何かを感じているようだ。あのマスターは要注意だ。オリヴィエは少し前に出て右手を構えた。

 

「武装形態」

 

そう言った瞬間、オリヴィエの体を白い光で包まれて一瞬にして騎士甲冑の姿に変わった。その姿は初めてオリヴィエと出会った時の白と青を強調した騎士甲冑だ。一つ違うのはその鉄製の手甲だ。ぱっと見でも5cmくらいあり、かなり厚い。模擬戦の時はその手甲はめていなかった。それを維持するのも魔力が必要なのだろう。

だから、このような戦いの時にしか使わない。

 

「セットアップだ、プリムラ」

『了解です、マスター』

 

俺もプリムラに命令して、一瞬にしてバリアジャケットの魔法服に切り替わり、左手に鞘に収まっている刀を握る。

相手のマスターは魔力なのか竜巻のように渦を巻いてダークスーツを着ている自分自身を包み込み、次の瞬間、女性は白銀と紺碧に輝く甲冑に身を包んでいた。

 

「……バリアジャケットじゃない?」

 

俺は先入観にとらわれていたので目の前の真実に目を疑った。マスターならデバイスでバリアジャケットになると思っていた。

しかし、あのマスターは神々しい甲冑を付けている。あれは明らかにバリアジャケットとは比ではない。あれこそ規格外のモノだろう。

 

「セットアップ」

 

あの巨躯の男はセットアップした。見た目は少しだけ変わり、両足と左手に装甲を装着している。やはり、ミッドガル出身なのは間違いないようだ。

 

おそらく空戦魔導師。と、なると対戦のカードは少し変えないといけない。

 

「ファイター。俺がランサーと戦う。見たところ空戦魔導師のようだ。ファイターは空中戦を行えないだろ」

「で、ですが……」

 

サーヴァントは英雄であり、彼らは基本的に人間がまともに戦って敵うような相手ではない。多分あれの魔力値はオーバーSランク。俺のようなC-クラスでは足元にも及ばないだろう。だが、空戦を行えないオリヴィエの足を引っ張るわけにもいかない。

 

「行きます」

 

相手のマスターが一言、言った。俺とオリヴィエが会話している途中で不意打ちをしてこなかったので、このマスターもやはり最初の狙い通り正々堂々と戦いたいのだろう。その言葉で俺たちは構える。相手側も構えた。

しかし、相手のマスターはどんな武器を持っているのか分からなかった。何かを手に掴んで左に体を捻って構えているが、その武器が見えない。あの巨躯の男は青龍円月刀のような槍を構えてはいるがあのマスターの武器は何なのかもわからない。

一瞬の静寂。そして、四つの影はほぼ同時に動き出した。その影がぶつかり合った時、周囲に大きな衝撃と爆音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は目の前に居る金髪の女性と拳と剣で交えていた。

否、それが剣かどうかも分からない。それは肉眼では認識できない不可視の剣。何合交えただろう。超高速の剣戟を繰り広げていた。私は構えからそれを剣と判断して、相手の挙動から太刀筋を読み取っていた。

しかし、刀身の長さが分からないので間合いを取るのが難しい。風が唸る。この世界の物理法則に有るまじき狼藉に、大気がヒステリーをおこして絶叫している。魔力同士がぶつかり合い、荒れ狂うハリケーンの直中にあるかのように、ここの廃墟の倉庫街は容赦なく蹂躙され、破壊されつつある。

そして、最後の一撃を放った私の拳はその不可視の武器で受け止められたのか、相手の体まで届く事が無く、何もないと思われる大気に受け止められて、私は大きく後ろへと下がった。

剣戟を行っていた時は倉庫の外装から引き剥がされたトタン材が、まるでアルミホイルの一片のように異様な形に歪んで軽々と宙を舞っていた。今は舞っていたのが嘘のように地面に叩きつかれてただの瓦礫と化している。あれはこの金髪の女性の剣と思われる武器で擦過したのだろう。

しかし、気になる事があった。

 

「貴方はマスターではないですね」

「……」

 

私のを捕えていた瑠璃色の瞳を離して、空を見上げる。私もガイが気になったので空を見上げた。そこには人を包み込むぐらいの大きさのオレンジ色と黒色の魔力の色がぶつかり合っていた。剣と槍がぶつかり合うたびに周りには轟が走る。

先ほどまで宙を舞って飛ばされていた地面に落ちているトタン材が、その二つの魔力がぶつかる度にカタカタといっている。

そして、二つの色は中央でぶつかり合って鍔迫り合いを始めた。だが、誰が見てもわかる。明からかに黒の方が押されている。魔力の差が歴然としている結果が今の鍔迫り合いに表されている。本来なら数合打ちあえばガイは落とされてしまうだろう。

ここまできて未だに何合も打ちあっているのは、ガイの並ならぬ反射神経と動体視力が相手のクリーンヒットを防いでいる。

しかし、それも時間の問題だ。ここからでも確認できる。ガイの表情が険しくなってきて、冷や汗をかいている。助けに行きたいが空中戦だと私は手出しが出来ない。

 

「……ガイ」

 

その事実に私は悲痛な気持ちになって、敵が目の前に居るというのに悲しい表情をしてしまった。

 

「……貴方はあのマスターをどのように思う?」

「え?」

 

相手の質問の真意が分からない質疑に私は少し戸惑った。敵であるガイが気になっているようだ。その表情は何か懐かしさを感じているように思えた。

 

「あのようにサーヴァントに立ち向かうマスターを見たのはこれで三度目だ。あの人たちのようにあのマスターにもどんな状況でもあきらめない諦めない心を持っている」

「何が言いたいのですか?」

 

やはりその質問の真意が分からない。私は戸惑いを隠せないまま相手を促せた。ランサーのマスターはその容姿にあった絶世の笑みを浮かべながらこう答えた。

 

「私がサーヴァントでいた頃に巡り合った良いマスターに似ている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一合目の競り合いで黒い刃にひびが入り、二合目の競り合いの受けで鞘にひびが入った。それを受けただけで分かる。この人物と競り合うのは危険だと。魔力の差が大きすぎる。その後の数合のうち合いはこちらの武器に損傷が無いように衝撃の薄い部分で相手の攻撃を受け止めていたが、かなりキツい。俺は一度大きく離れた。

しかし、相手は追ってこないので向き合う形で空中で立つ事になった。俺は荒くなった息を整え始める。

 

「くっ……無事かプリムラ?」

『外部に損傷あり。ですが動かすことには問題ないです』

「そうか」

 

俺は抜刀している刀を鞘に納めて、相手を見る。相手は呼吸が乱れることもなく、汗一つ掻いていない。

 

最初の数合で……いや、最初から分かっていた事だがこの人物に勝つなんてことは無理に近い。

 

息が上がっている俺に対して相手は全く乱れていない。それだけでもわかりきっている事だ。

 

……ここで負けたら死ぬのかな。それはやっぱり嫌だな。ヴィヴィ達と会話をしたい。

 

戦争という現実を目の当たりにして俺の思考はネガティブになり始めた。脳裏には走馬灯のように日常の中でのヴィヴィオ達との会話が思い浮かぶ。

 

……現実逃避をするのは止めよう。

 

俺は今考えている思考を停止して、対立している大男を見る。

そして、その巨躯な容姿はやはりどこかで見たことがある。

 

「良い兵士だ」

「え?」

 

相手は矛先をこちらに向けていた武器を下げて頑な表情はそのままで、しかし、相手から発せられていた雰囲気は少し暖かくなった。

そして、視線を下に向ける。俺もつられて下を見た。そこではハリケーンのような嵐の風がオリヴィエとこの巨躯の男のマスターが中心となって発生していた。2人のぶつかり合う魔力の量が桁違いだ。そのぶつかり合う余波で廃墟の倉庫街は容赦なく蹂躙され、破壊されつつある。

大気が悲鳴を上げている。その余波も少なからず俺らの戦場にも届いてピリピリと肌を刺激させる。

 

「あのサーヴァントも良い騎士だ。お前たちは巡りに巡り合う存在なのかもしれんな」

「……何故この戦いの最中でも相手の事ばかり考えている?」

 

この巨躯の男の考えている事が分からなかった。常に相手を見て、相手の良いところを見つけ出そうとしている。

 

「……私は夢を描いて未来を見つめていた」

「未来?」

 

俺の言葉に巨躯な男は頷く。

 

「俺の世代では築きあげることが無理だったものだ。俺はいつも遅すぎた。俺の居た部隊は敵の罠に合い全滅……大切な部下も私も死んだが二度目の生を受けた。だが、今度は親友を守ること出来なかった。そして、再び死が訪れようとしたとき、後輩に全てを託した」

 

そう言いながら、悲痛な表情で自分の持っている得物に目を向ける。その刃にはたくさんの返り血が付いていたのではないだろうか。

 

……英霊となるぐらいなのだからそのぐらいの事はしたんだろうな。

 

「そして、再びこの現世に舞い戻された。再び戻って来たのなら俺は描いた夢を突き進みたい」

「……なるほどな」

 

この男の考えている事は分かった。未来をいつも案じてより良い未来を築く為に今の生きている俺たちにしっかりと未来を築いてもらいたいのだ。

それが、行動に表れて、いつの間にか相手の長所を見つけるようになっていったのだろう。

 

あぁ、この男はこんなにも未来の事に対して夢や思いを描いているんだな。

 

あって間もないが、この男には好意を持てた。この人物の理想、あり方。その全てが素晴らしいと思ってしまう。

 

「俺にも夢はある」

「……どんな夢だ?」

 

このサーヴァントもマスターと同じで敵である俺との会話を止めようとはしないようだ。

 

「“魔法で誰もが不幸にならないような世界”そんな世界を望んでいる」

「大変だぞ。その夢は」

「ああ、分かっている。だから俺はこの願望を望んでいる」

「ふっ、そうか」

 

そう言って、その巨躯な体は槍を構えた。

 

「お互いの貫き通す理想があるなら、後はぶつかり合うしかない」

「……出来ればあんたとはぶつかり合いたくなかった」

 

そう言いながらも俺は立ち居合で構える。

 

お互いが理想がぶつかり合う時もある。それが戦争というモノだ。理解した。

 

俺とその巨躯な男は飛行して再びぶつかり合った。二合三合と回数を増やすにつれ、刀身と鞘にひびの亀裂が大きくなっていく。俺はその大きな衝撃をヴィヴィオの砲撃の時のように刃を一番鋭い斬撃の垂直角度からズラすように手首を捻って、出来る限り外へと受け流してはいるが、無理をしすぎて手首に激痛が走る。

しかし、こうでもしないと今頃は俺は現世に居ないだろう。

ゾクリと背筋が凍るような感覚もこのぶつかり合いで何度も味わった。オリヴィエとの訓練が幸いしたからか、その感覚が着た瞬間でも俺は即座に体を動かせるようになっていた……のだが、未だにこの感覚は馴れていない。一歩でも間違えれば即死だ。

そして、俺と巨躯の男は次の合で鍔迫り合いとなって、周囲に魔力の余波がはじけ飛ぶ。相手の衝撃を真正面から、鞘から刀を半分抜いている状態の刃の部分でマトモに受け止めている。ここで問題になっているのは魔力値の差だ。ぶつかり合いでなら技量で何とかごまかせてきたが、単純な力比べなら魔力値が高い方が圧倒的に有利だ。

その結果が俺とこの巨躯の男と鍔迫り合いだ。圧倒的な魔力量によって俺が押され始めている。

 

「くっ!!」

「お前の夢はこんなものか?」

「な、なにぉ……」

 

ギシギシと刃と刃がぶつかり合って火花が発する。だが、プリムラの方が限界に近い。亀裂がまた一段と大きくなった。

 

「その夢もお前が弱ければ叶う事など出来ん!!」

「ぐっ!!」

 

巨躯の男はそのままその押し出す威力のベクトルを下へと向けた。

 

「はあぁあああぁぁぁ!!」

 

気合いの篭ったかけ声。その異常なベクトルの量にプリムラの刀身は真っ二つにされてしまい、俺は成すすべもなく地面へと垂直落下していった。

 

飛行、間に合うか!?

 

俺は飛行するために魔力を込めた。

そして、背中から地面に叩きつかれてしまった。

 

「がはっ!!」

 

地面には俺を中心としたクォーターが出来て、血反吐を吐いた。飛行するために自由落下に抵抗した分、即死を免れる事は出来たが体全体に鈍器で殴られたような激痛が走り、肺の空気が放出されて息が出来ない。

 

「ガイ!!」

 

近くに居たオリヴィエが俺の方へ近づいて俺の上半身を起こす。

 

「ゴホッゴホッ……はぁはぁ」

 

俺は何とか咽ながらも呼吸をする事が出来た。

しかし、体中に激痛が走って思考がうまくまとめられない。ここは戦場。ちょっとした隙を見せるだけで命を落とす。それが今だ。

だが、相手からの攻撃はやって追ってこなかった。あの巨躯の男は相手のマスターの隣に着地したようだ。そのマスターも俺たちを見据えてはいるが攻撃を行おうとはしなかった。

理由は明らかだった。突然、ドンッと腹の底に響くような爆音が今の路面のアスファルトを畑の畝のように掘り返されている戦場に響き渡ったからだ。その正体は俺たちと相手側の間に突然、全身を白いプレートアーマーで包み込んでいる人物が飛び降りて来たからだ。今は飛び降りた衝撃を逃がすために両手を地面につけて着地し、片膝をついている。

 

何処から来たのかもわからない。だが、一般人で無い事はその繕っている魔力が桁違いなのがわかる。

 

「……禍々しい魔力を発しているな」

「ええ。このような魔力を持ち得ているのは……“バーサーカー”か」

 

あちら側は突然現れた乱入者を分析し始めている。こんな状態だというのに俺は体を動かす事が出来ずにオリヴィエに支えられている。

そして、全身プレートアーマーの……“バーサーカー”はゆっくりと立ち上がる。振り向いた方角はランサー達の方だ。

 

「ガイ、ここはいったん引いた方が良いです」

「あ、あぁ……頼む」

 

オリヴィエは俺の肩を担いで立ちあがる。その動いた時の衝撃が体全体に痛み走る。それを何とか堪えてオリヴィエに体重を預ける。オリヴィエは足に魔力が収縮していた。一気に飛ぼうとしているのだろう。

 

俺は何とか戦場に居たランサーのマスターを見た。その瑠璃色の瞳と目が合った。どうやら見逃してくれるようだ。早く行けと目で言っている。

そして、オリヴィエの魔力を込めたジャンプで戦場を一気に離脱した。俺はその衝撃で激痛が走り気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あのマスターはまだ若い」

「ですが、また会う時が楽しみです」

 

目の前に禍々しい魔力を発している全身プレートアーマーのサーヴァントは無視して、私達は先ほどの人物を評価していた。

 

確かに荒削りな部分も多いが、あれはきっと実戦で成長するタイプだと私は思いますね。次に合う時にどれほど強くなっているのか楽しみです。

 

私は先ほどの敵への思考を終わらせてようやく目の前の全身プレートアーマーの“バーサーカー”と思われるサーヴァントを見る。

白色の甲冑は、何の特徴もない没個性で、装着者の素性を物語るような手掛かりは一切ない。ひとたび英霊と契約しマスターとなった者ならば、他のサーヴァントのステータスを“読み取る”ための透視力を授けられる。英霊を招いた聖杯から与えられる、マスターならではの特殊能力だ。

 

私も正規のマスターとなったので視る事は出来ると思ったのですが……。

 

視えなかった。ステータスも何も読めない。わかる事だとしたらクラスの“バーサーカー”だけだ。

 

「……そう言えば、あの時もライダーのマスターがバーサーカーのステータスを視れないと言ってましたね」

 

前々回の第四次聖杯戦争でバトルロワイヤルの時にバーサーカーのステータスを視ようとしたが無理だと言っていた。その正体は……私が信頼していた円卓の騎士の1人、湖の騎士と言われたサー・ランスロット。私に憎悪の恨みを持ってバーサーカーとして私の前に現れた。

そして、その最後は私の剣で胸を貫いた。

 

今回のバーサーカーも誰かに復讐や憎悪を持って現れたのだろうか?

 

バーサーカーが突然、こちらに向かって走り出した。助走もせずにいきなりのトップスピードで私たちの目の前に一瞬にして到着して右拳を放った。

しかし、それはゼストの槍で受け止められていた。ゼストほどの大きさではないがそれでも成人男性の基準値ぐらいの高さなので私だと見上げるような形になる。

そして、ゼストが受け止めているので、私は風王結界を纏っているエクスカリバーで縦斬りをする。それをプレートアーマーをまとった左手の籠手で難なく受け止めた。

 

初見でありながらこの不可視の剣を受け止めましたか。

 

そのまま力の押し合いになった。が、バーサーカーは全く怯むことなくむしろ私たちを押し始めている。

 

「む、2対1で押されるか」

「ち、力が異常ですね」

 

私は冷や汗を掻いたのが分かった。

そして、どちらが……誰が押した力なのか分からないがお互いに弾き擦り下がった。

 

「いっきに片をつけるか?」

「えぇ。この正体のわからないサーヴァントには早めのご退場を願いたいですね」

 

私とゼストは再び武器を構える。だが相手の行動は私が予想を超えた行動をしてきた。何の武器も持たずに中距離で構えてきた。何をしてくるのか全く分からない。

そして、拳を右拳を回転するように放った。

 

「アルトリア!!」

「えぇ、分かっています!!」

 

ゼストが私の前に動き、プロテクションというオレンジのバリアを張ってくれる。張った瞬間、あのバーサーカーからあり得ない量の真空刃が飛んできた。私はその間に剣先が背後に来るほどに大きく振りかぶった構えを取った。

そして、嵐のような斬撃の真空刃が止んだ瞬間、私は風王結界を解いた。その解いた時に、聖なる宝剣を守っていた超高圧縮の気圧の束が、不可視の帳という縛りから解き放たれて、私はゼストの真横からバーサーカーに向かって走り出す。

否、走り出すというよりかは弾丸のように相手に向かって飛んでいく。

 

いつもの踏み込みよりも三倍に達している。解放された超高圧縮の気圧の風を足で踏んで一気に跳んだのだ。

 

「はあぁぁぁ!!」

 

私の風王結界を解き放ったエクスカリバーで振り下ろす。瞬きを一回した時には10メートル以上離れていた距離を一気に0に出来る速度だ。反応できるのは皆無に等しい。

しかし、あのバーサーカーは反応した。相手を真っ二つにする私の太刀筋に反応して無理やり左に動いた。それでもやはり高速の私の太刀筋を避けきれずに右肩を少し抉った。

 

「Aa……Aaaaaaaa!!」

 

バーサーカーからは初めての声を聞いた。とてもこの世とは思えないほどの枯れきった声を発して、左手で右肩を押さえる。

 

どうやら痛覚は存在するようですね。

 

私は一度離れて、解き放たれたエクスカリバーを構える。後ろに居たゼストも私の隣まで来て構える。

 

「Aaa……laa……aaa!!」

 

バーサーカーの雄叫びは廃虚と化した倉庫街に響き渡った。一般人が聞いたら驚愕して失神してしまうほど禍々しい雄叫びだ。私達はその悲痛な雄叫びを聞き更に表情を頑なにする。

そして、バーサーカーの足に魔力が収束し始めたのがわかる。

 

一気に突進してくるのでしょうか?

 

私はバーサーカーの行動に十分注意を払って凝視していた。ドンっという大きな音がバーサーカーから聞こえてくる。足に収縮した魔力が解放されたのだろう。

しかし、バーサーカーがこちらに飛んでくる事は無かった。バーサーカーは上に飛んだのだ。

そして、そのまま霊体化したのか姿を消した。

 

「……目標が消えましたね」

「そのようだな」

 

突然現れた乱入者。その素性も正体も不明なバーサーカーは今後、私たちにどのような影響を及ぼすのか分からなかった。この戦場も最初の時とは比べ物にならないくらいに損傷していた。こんな大きな音をたてても一般人が来るような気配はない。

 

管理者かバーサーカーのマスターが何か結界を張っているのでしょうか?私達が張ったわけでもないですし。

 

「一度戻るか」

「……そうですね」

 

私は騎士甲冑の姿からダークスーツに外装を戻し、ゼストは霊体化した。

 

「今回の“聖杯戦争”も一筋縄には行かない……ですね。ですが、あのファイターのマスターは……」

 

私はその変わり果てた戦場を後にして歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「んっ……」

 

気づいたら俺はベッドで横になっていたようだ。

そして、うっすらとした感覚から覚醒し始めた瞬間……。

 

「っつ……」

 

痛みが体中に走った。俺は腹を押さえて何とかその痛みに耐える。

 

「ガイ、やっと起きましたか」

 

オリヴィエがキッチンから顔を覗きこんできた。今は私服姿で何かを作っている。

 

「あ、オ、オリヴィエ……」

 

痛みは少しだけ薄らいだので俺は壁に掛けてある時計を見る。今の時間帯は真夜中のようだ。

 

「簡単な治癒魔法しか出来ませんでしたが、なんとかガイの重傷だった部分は完治したと思います。けどまだ無理はしないで下さいね」

「あ、ああ、ありがと。治癒魔法が有ると無いじゃ随分違うからな」

 

俺は自分の体を見た。至る所に包帯を巻かれている。その上で何故か青い縦縞のパジャマ姿だ。何故パジャマ服なのか。一瞬、分からなかったがこのように着替えさせれることが出来るのは目の前の人物しか居ない。

 

「……な、なあ、オリヴィエ。俺が気絶していた間に、そ、その、俺の服を脱がしたのか?」

「ええ、ガイが気を失った後はバリアジャケットが解かれて私服姿だったのですが、出血していましたので私が着替えさせてもらいました」

「……ま、まあ、ありがとうと言っておくべきか」

 

裸を見られてしまって、ちょっと恥ずかしかったがオリヴィエが居なかったら多分ここには俺はいないのだろうと思うと羞恥心よりも感謝の方が強かった。俺はベッドに腰掛けてオリヴィエに語る。

 

「今回は俺が弱すぎてすまなかったな」

「いえ、今回の相手は強すぎました。ガイのレベルではまだ渡り合うには無理だと思います」

「……そうだな」

 

レベルが違う。これは確かに紛れもない事実だ。今回の戦いで分かった。

次元が違うとも天と地の差があるとも言える。俺は“聖杯戦争”を甘く見ていたのかもしれない。

ふと、テーブルにあるデバイスのプリムラを見る。待機モードに戻って入るが所々に亀裂が走って、核にも亀裂が見て分かる。

 

「……大丈夫か、プリムラ?」

『今は自己修理中です。翌朝までには直ります』

 

核を点滅させて応答しているが、ちょっと辛そうな印象が感じ取れた。

 

「無理するなよ」

『ありがとうございます、マスター』

 

そして、オリヴィエがキッチンから何か料理を作ってオリヴィエがテーブルに置いた。

 

「お粥なんですけど、食べますか?」

「……ん、後で食べる。今はちょっと1人になりたいんだ」

 

そう言って、俺は立ち上がってベランダへと足を運んだ。オリヴィエは食事を受け付けてくれなかったからか少し寂しげな表情をして顔を伏せてしまった。

俺はごめんね、とオリヴィエに一言、言って窓を開けて外に出た。オリヴィエが止めに入らないので俺の気持ちを察してくれたのだろう。

俺はベランダの手すりに手をつけた。夜中となれば外気の温度も少し下がって肌に程良い夜風が当たる。

 

「……はぁ」

 

今回の戦いで俺は自分が無力だという事が分かった。あの巨躯の男に対して何もできなかった。体の激痛は残っているが特に痛むのが無理をしすぎた右手首だ。こうでもしないとまともに剣戟を行えなかった。

 

「その夢もお前が弱ければ叶う事など出来ん……か」

 

あの男の言葉が耳に残る。その紛れもない事実に俺は胸を痛めるしかない。全くその通りだった。

あの男と対峙した時、オリヴィエと特訓をした成果もあって、殺気をまともに受けてもすぐに動かせる事が出来た。

だが、きっといつもよりも動きが鈍っていたのだろう。命の削り合い。それを目の当たりにした時に足が竦んでいたのも事実。

 

「……なっさけね~」

 

俺はもう一度ため息を吐いた。こんな気持ちではこの戦争に生きていけないのは事実だ。どうにか気持ちを落ち着かせないといけない。

そこに、ガララッと隣の窓が開いた音がした。

そして、誰かがベランダに出てきた気配がした。

 

まあ、隣の住人が誰かなんてわかりきっていることなんだが。

 

「……ガイさん?」

 

その澄んでいる声を聞いて、俺は心に温かいモノを感じた。日常に戻ってきた気がしたからだろう。

 

「ああ、アインか。どうしたんだこんな真夜中に?」

 

今の俺は包帯を体中に巻いている。その姿はベランダ越しでは見られることはないのでこのマンションの構築に感謝してホッとした。俺の方に覗きこまれたら困るけど、そのような事をはしてこなかった。寝起きで身支度が整っていないから見られたくないのだろう。

 

「いえ、何か胸騒ぎがしたので星を眺めたくなったのですが、ガイさんが起きているとは思いませんでした」

「……俺もちょっと星を眺めたくなってな」

 

戦いの時は夜空なんて全く見ている暇はなかったが今夜の空は快晴のようだ。星がよく見える。

 

「……ガイさん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。でも、今は少しアインと会話をしたい気分……かな」

 

アインハルトと話をしているとあの“聖杯戦争”は嘘だったんじゃないかって思う。

しかし、日常の世界と非日常の世界。この二つの世界がいまこのミッドチルダで入り混ざっているのだ。アインハルトと話をしていると日常に居る感じがするから今はそれに縋りたかった。

 

「か、会話ですか……え、ええと……」

「そんな慌てなくてもいいから」

 

顔は見れないが慌てている姿のアインハルトが脳裏に浮かんで苦笑した。

そして、しばらくアインハルトと何気ない会話をして楽しんだ。

 

非日常の世界に居たから分かる。こんなにも日常の世界は素晴らしいモノだったんだな。

 

何気ない日常の有難みは離れてから分かる事が多い。何時もの食事。何時もの訓練。何時もの遊び。何時ものお風呂。何時もの会話。何時もの就寝。

日常には有難みがありすぎて人は感じなくなっている。それはかけ離れた時に改めてありがたいと感じる事が出来る。人間というのはそう言うところが図太いのだ。

 

「ありがとな、アイン。アインと話をしていて楽しかったよ」

「お、お役に立てて良かったです」

 

壁越しから聞こえる声は嬉しそうだった。

 

「……ですが、ガイさんの本当に困っているモノに力になれませんでしょうか?」

「ん、困っていることもあるけど、アインとこうして話をしてくれるだけでも俺は嬉しいよ」

「……そ、そうですか」

 

今のアインハルトはどんな表情をしているのか壁越しではわからなかった。

 

「す、すいません、私、そろそろ寝ますね。もっと話をしたかったですけど」

「ああ、また明日でも話できるしな。おやすみ」

「おやすみなさい、ガイさん」

 

その言葉を聞いて、扉が閉まった音がした。部屋に戻ったのだろう。

 

少し夜風に当たりすぎたかな。

 

体が冷え込んでしまったので俺も部屋に戻った。オリヴィエはどうやらソファーで眠っているようだ。規則正しい静かな寝息を立てている。

今日は俺がベッドで寝る。

 

オリヴィエが寝ぼけて入ってこないといいけどな。

 

俺はそう思いながらテーブルにある、お粥の入った鍋を開ける。少し冷めてしまったが、とても美味しそうだ。

オリヴィエもどうやら料理が出来るらしい。その事にちょっと驚きを隠せない。王族育ちなのだからそのような事柄には無縁だと思っていた。

 

まあ、オリヴィエは要領がよいので、洗濯物の洗い方を一回教えただけすぐにマスターしたほどだしな。

 

オリヴィエの素晴らしいスキルを認識した所で、俺はお粥を一口食べた。

 

「……あま」

 

だが、要領がいいと言っても料理はいつ誰が教えたのだろうか。誰も教えていないだろう。生前の時もきっと料理などしていないはずだ。

オリヴィエは塩と砂糖を間違えたようだ。それにお粥にしては少しご飯も固かった。

 

「でも、気持ちは篭ってて嬉しいかな」

 

俺はその甘いお粥を残さずに食べた。オリヴィエが俺の為に作ったものなのだから残さずに食べないと失礼だ。

 

『マスター』

「ん?」

 

食べ終えてコップの水を飲んでいた俺にテーブルの端でプリムラが俺を呼んだ。

 

『今回は私が弱くて申し訳ありませんでした』

「いや、プリムラは弱くないさ。よく頑張ってくれた。むしろ俺がもっとプリムラをちゃんと使えればよかったんだ」

『……マスターは優しいですね』

「プリムラ?」

 

プリムラからいつもの機械的な音声と違ったような気がした。本当に感情のこもっているような音声。そのように聞こえた。

 

『覚えていますか、マスター。マスターの魔力がBランクになれば私の新しい力を使えることを?』

「ああ、覚えているよ」

 

俺がなかなかBランクにならないから、プリムラがC-のランクでもその力を使えるように調整すると言ってきた。俺の魔力の低さでオリヴィエだけでは無くプリムラにも迷惑をかけているとその時に思った。

 

『調整が終わりました。今は修復中なので使えませんが、明日から新しい力を使う事が出来ます』

「……本当か?」

『ええ』

 

プリムラはどうやら調整が終わったようだ。俺に新しいモードを教えてくれるようだ。

 

「その力も使いこなせるようにしないとな」

『精一杯、調整しますね』

「ありがとな、プリムラ」

 

俺は待機モードになっているプリムラの十字架の核を撫でてやった。このデバイスには色々と助けられている。

今回の戦争は認識の甘さが原因だった。四年前のJS事件から何も変わっていなかった。認識の甘さ。それが今の俺の弱点だ。

 

「わかったなら直さないとな」

 

俺は食器を持って立ちあがり、食器を水を浸した。予想通り、キッチンは先の戦場のような光景が広がっていたのは分かっていた。

今はベッドで横になりたかったので、その後片づけは明日することにして、俺はベッドに行って横になった。

 

「殺し合いに慣れないと生き残れない……な」

 

聖杯戦争の初戦。俺は学ぶべきものを多く学んだ。それを次に生かさないと、死だ。

そうして、いろいろ考えているうちに思考が闇に沈んで行って、意識を手放した。




変更点

・台詞のときのキャラの名前を消去
・///の消去
・……や!!の統一化

・そのうち三人称入ります(かもw

あんまり変わっていない気がしたw

この編の最初の感想をいただけると有難いです。

では、また(・ω・)/


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十五話“魔術師と魔術師の交差”

仕事が忙しくて時間がなかなか取れないです。

学生の頃の有り余る時間をもう少し有効活用できたらと思いました。

楽しみにしていてくれ居る方、お待たせしました。

え?居ない?さいですかw

では、15話目入ります。


 ―――マンション

 

「いててっ……」

 

俺はテーブルの前に座って、包帯を巻いてある腹部を擦っていた。

昨日の一件で俺は高度20メートル以上の位置から急行落下して地面に激突した。落下速度に抵抗して飛行を行ったので即死は免れたが、痛みはまだ体に残っている。

内臓は破裂していないようだ。五臓六腑とも正常に機能している、と、プリムラは言っていた。オリヴィエの治癒魔法が良かったのだろう。

 

「今日は仕事に行くのですか?」

 

対面に姿勢良く正座して座っていたオリヴィエが声を掛ける。

 

「……ちと、辛いから、休ませてもらおうかな」

 

俺は苦笑しながらオリヴィエに答えて、798航空隊へ連絡するためにモニターを目の前に出して操作する。少しして部隊長に繋がった。

 

『おお、ガイか。どうした?』

 

見た目は30歳前後の部隊長にしては若い年齢層だ。長い青を一つに繕った髪に青い瞳。右頬には刀の傷跡がクロスする様に傷ついている。

 

「おはようございます、隊長。今日は体調が優れないのでお休みをいただきたいのですが」

『合宿で鍛えられすぎたか?』

「……少し体を酷使したようです」

 

パッと思い浮かべた嘘で誤魔化す。それを聞いた部隊長は小悪魔のような笑みを浮かべて、しかし、鋭く真剣な目をして俺を見る。

 

『まあ、いい。なのはさんとのイチャイチャ旅行をして疲れたから休みを下さいと言ってきたら、容赦なくお前のマンションの一室を砲撃で殲滅していたところだ』

「……ははっ」

 

俺は苦笑いするしかなかった。目が本気だ。この部隊長はなのはさんが好きらしい。798航空隊から強化合宿に俺だけが呼ばれて、とても悔しそうな表情をして俺にしがみ付いてきた事もあった。

 

この人に温泉でなのはさんとバッタリ会ったなんて言ったら、リアルにこの部屋を砲撃で攻撃してきそうで怖い。

 

『……お前、ほんとに大丈夫か?』

 

しかし、そんな会話の中で何かに気付いたのか部隊長の少しふざけた(?)口調から一変、少し控え目な声で、それでも相手を心配しているような雰囲気を醸し出す。

 

「えぇ、大丈夫です。少し体を酷使しすぎただけですので」

『……そうか、そうならいいが』

 

画面には少し悲しげな表情をして俺を見つめてくる。

だが、それも少しの間だけで部隊長は表情を明るくして笑顔になる。

 

『今日はゆっくり休め。次の日からみっちり鍛えるからな』

「心遣い感謝します」

 

俺はモニター越しで敬礼した。なんだかんだ言ってもこの人は俺の上司。軍隊の礼儀は必要だ。それを見て部隊長も満足げな表情から、にやにやと笑みをこぼし始めた。

 

「どうしました?隊長」

 

そんな不審な様子を見た俺はその理由を聞いてみた。

 

『……なあ、ガイ。ガイのデバイスになのはさんのポロリな映像とか保存s……』

 

俺は部隊長の戯言を聞き終える前にモニターを閉じた。部隊長はなのはさんに対しては変態行為も行いそうで危ない。

時々、部隊長がなのはさんの訓練前に、部下になのはさんをローアングルから盗撮してくれってお願い(命令)している場面を見たことがある。

その部下がやんわりと断った時の部隊長の目から血の涙を流していたのを覚えている。目から血が出るって本当だったんだと確信した時でもある。

結論としてこの人はなのはさん絡みになると暴走を始めてしまうとんでもない人物だ。

 

いつか、俺の居る部隊からわいせつ行為で逮捕者が出るんじゃないか?

 

「……たくっ、あの隊長は」

 

俺が軽く愚痴を零すとそれを見ていたオリヴィエが静かに笑った。

 

「楽しい人ですね」

「まあ、な。悪い人じゃないんだがな。なのはさんに好意を寄せているらしい」

 

俺はオリヴィエに適当にそう言いつつ、俺は普段あまりつけることのない液晶モニターのテレビにリモコンで電源を入れる。画面に映し出されたのは報道ニュースで、女性のニュースキャスターが解説して右上に映像が流れ、下部にはテロップが右から左へ流れていた。

左上には“アラル港湾埠頭廃棄倉庫区画に突然の嵐!?”と報道され、アラル港湾埠頭の荒れた映像が流されていた。

 

『昨夜、アラル港湾埠頭の廃棄倉庫区画に突然の小型のハリケーンが発生しました。滞在時間は5分前後であると分かり、その影響で倉庫の外装から引き剥がされたトタン材が辺り一面に散らばり、現在撤去作業を行っております。この異常現象を専門家の……』

 

ニュースは昨日マスターとサーヴァントがぶつかり合った変わり果てたアラル港湾埠頭の報道が流れていた。

 

「……隠蔽や情報操作されているとしか考えられないな。昨日は明らかにハリケーンとは違う大きな騒音と衝撃があったというのに周りはその事に気にする素振りを見せない」

「そうですね。あの管理者が何かこの世界の人たちでも気づけない結界でも張ったのでしょうか?」

 

俺たちは互いを見ないでモニターを観て話をしていた。専門家の偉い人は、最近の気圧の変化が著しく変化しているのでその影響ではないかと説明している。

 

「まあ、仮に管理者が元帥レベルだとしたら可能だろうな」

「もし、その管理者がマスターとして参戦してきたら辛い戦いになりますね」

 

ニュースキャスターの女性は、今後もこのように突発性のハリケーンが海岸付近に発生しやすいのですね、と結論付ける。その言葉に専門家は頷く。

 

「管理者が参加することは可能なのか?」

「可能性はあると思います。昨夜の私が戦ったランサーのマスターはどうやら、元はサーヴァントだったようです。生存している人物でなくてもマスターになるのですから、生存している管理者がマスターになるのはおかしくはありません」

「……マジか?」

「ええ」

 

『皆さんも海岸付近は十分に注意をしてください。それでは次のニュースです……』

 

「少し話がずれるがランサー組は2人のサーヴァントという事になるのか?」

「そうなります。ランサー組はかなり強敵だと認識してください」

 

ニュースはアラル港湾埠頭の報道を終了して、次にテーマパークの入場者数を去年との比べ合いの結果を報道していた。

 

「……他の組達に引けを取らないように死への耐性……をつけないとな」

「特訓あるのみですね。後は実戦で慣れるしかないです」

 

オリヴィエと話し込んでしまったのでニュースの内容があまり頭に入っていなかった。なのでテレビのほうに注意を向ける。

モニターはいつの間にかテーマパークの家族連れの入場者にインタビューをしている場面だ。左下には入場者数を去年との比べ合いの結果が出ている。今年の方が入場者数が多いようだ。

 

「……世界は平和なんだな」

 

平和的なニュースを見ていると、無意識にそのような言葉が出た。

 

「この世界は平和に近いと思います。確かに犯罪事件が絶えたわけではありませんが、私の時代、古代ベルカ諸王時代で様々な国が入り混じった酷い戦争のようなものが無い分、かなり良い方だと思います」

「……戦場は怖かった」

「ガイ……」

 

俺はテレビからオリヴィエの方を向いて本音を重く吐いた。本当の戦争だともっと人が入り混じって殺し合いをするのだが、昨夜の一騎打ちだって殺し合いであるには変わらない。命の取り合いはやはり怖いモノだった。

俺の重い本音にオリヴィエは表情を曇らせて困惑して、俺から視線を離した。

 

「でも、俺は自分の願望を叶えたい、叶えたいんだ。“魔法で誰もが不幸にならないような世界”そのためにも死に慣れてこの戦いを勝ち抜く」

 

だが、俺は視線を逸らしたオリヴィエの両肩を掴んで必死に俺の想いをぶつけた。“聖杯戦争”に向けて何度も覚悟を決めたつもりだった。

だが、実際に昨夜の戦いでその覚悟は幻想で何の意味もない事が分かった。聞くのと見るのでは全く違う。実戦した内容も含めて、改めて覚悟を決める必要がある。

 

もう迷いたくない覚悟を持ちたい。

 

俺はその覚悟をパートナーであるオリヴィエに聞いてほしかったのだ。オリヴィエはその覚悟を持った俺の目を見て、驚きの表情をしていた。

 

多分、今の俺の目には揺るぎない灯が映っているのだと思う。

 

「怖くはないんですか?」

「怖いさ。怖いモノは怖い。でも、いつまでも怖がっていたら俺は……成長できない。前に進めない。だがら、オリヴィエ。君の力を貸してくれ」

 

俺はオリヴィエの両肩から手を離してテーブルに頭がぶつがるすれすれの所まで頭を下げた。

 

「……頭を上げてください、ガイ」

 

耳に透き通った声が聞こえたので俺は頭を上げる。そこには先ほどまで困惑した様子ではなく、優しく微笑んでいるオリヴィエが居た。

 

「私がガイに召喚された時からこの拳はガイの勝利のために振ると忠誠を誓っています。ですから、そのような当たり前な事に頭を下げないでください」

「……オリヴィエ」

 

オリヴィエは当たり前の事を聞くなといった態度を取って、テーブルにある湯呑を持って中に入っているお茶を飲む。

 

「ありがとな」

「……何のことでしょうか?」

 

オリヴィエは湯呑から口を離して俺を見て、ワザとらしく明るい声で首を傾げて微笑みながら言った。

そして、湯呑を置いて、絵に描いたような天使のような笑みを浮かべて……。

 

「もう少ししたら、訓練を行いましょう」

 

病み上がりな俺に対して悪魔な意見を言ってきた。

 

「……傷がまだ痛むんだが」

「ですが、ガイの傷の治り方が早いですね。私の治癒魔法もいらないくらいですよ」

「え?」

 

俺はオリヴィエの言った言葉に疑問が残った。この体中に付いた傷ははっきり言って動けないほどの重傷だ。

しかし、今は簡単に体を動かせるほどに回復している。オリヴィエが治癒魔法を行ってくれたからだと思った。

だが、当の本人は自分の治癒魔法はいらないくらいだと言っている。俺は先ほど痛みが残っていた腹部を軽く押してみる。

 

「……あまり痛くない?」

 

完全に痛みが消えたわけではないが先ほどよりかは痛みが和らいでいる。

 

「ガイの自己治癒力が比較的高いのではないのでしょうか?」

「大怪我を負った事はあの対戦をするまでは無かったから分からなかったが、そうなの……かな」

 

俺も自分の体がよく分からなかった。だが、治癒力が高いのなら良いに越したことはないのだろう。

 

「ですので、午前はゆっくり休んで午後から特訓しましょう」

「……ははっ」

 

目の前の人物にはニッコリと笑って脅迫的な事を言ってしまう原因にもなってしまうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――St.ヒルデ魔法学院中等科 昼休み

 

「……ふぅ」

 

私の席は窓際なので机に右ひじをつけて、右手で右頬を支えるように右に体重を傾け、窓の外を見ている。それは見ているというよりただ視界に入れているという表現の方が正しい。

事実、考え事をして外を眺めているのだ。外の光景などほとんど脳に入ってこない。

 

昨夜のベランダ越しの会話は楽しかった。寝るときは下着姿の上にTシャツを着た姿だったのでベランダ越しからガイさんに覗かれたらどうしようとか少し慌ててしまいましたが、終始覗かれること無く何とか平常心を保って会話することが出来ました。ですが、昨夜の会話ではガイさんは少し元気が無さそうでした。それだけではなく合宿の四日目からガイさんらしい感じがしなかった。常に周りを警戒しているような雰囲気を纏っていた。やはりオリヴィエ関係でしょうか?

 

「……はぁ」

 

そして、私は何処となくため息が漏れていた。ガイさんのために何もできない自分に苛立ちを覚える。

私は机の中から一冊のノートを取り出しパラパラと捲る。最後のページにたどりついたとき、その行動をやめて机に広げた。その最後のページ、そこにはトレーニングメニューがみっちりと書かれていた。基礎トレーニングから魔法応用のトレーニングまで。

 

ガイさんに見られそうになった時はこんな筋トレや魔法トレばかりしている人だとは思われたくなくて、必死になってガイさんからノートを取ったこともありましたね。

 

その内容を見ながら、先日の勉強会の日の事を思い出した。

 

あの時のピアノの演奏……また聞いてみたいです。

 

勉強会は私にとってとて有意義なモノだった。ガイさんの弾いたピアノの音は聞いててとても気持ち良かったし、ガイさんの事がいろいろと分かって嬉しかったという感情もあった。

 

だから私は困っているガイさんの手助けをしてあげたい。自然とそう思うようになりました。

 

「ん?映像通信?」

 

考え事をしていた私の目の前にモニターが表示された。掛けてきた人物はヴィヴィオさんだ。私は出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション 昼過ぎ

 

『今日はお休みなんだ』

「ええ、少し体調がすぐれないので」

 

お昼過ぎになのはさんから映像通信があった。どうやら今日出勤していない事に心配をかけられてしまったようだ。

 

『私の訓練はそんなに辛かったかな?』

「ええ、訓練に一生懸命励もうと思いましたが、体は正直なモノでついていけませんでした」

 

なのはさんまで嘘をついてしまった。

 

『……本当に“大丈夫”?』

「……えぇ」

 

だが、最後の部分が強調されたかのように最後の“大丈夫”にひと間、置いて聞かれた。やはりなのはさんに隠し事をするのは難しい。

でも、これだけは隠さないと不味い。

 

『あ~、イチャイチャな会話中わりぃが……』

 

そこになのはさんの隣からヴィータさんも映り込んできた。なのはさんは少し驚いた表情をしてヴィータさんの方を向いて声をかけた。

 

『……そんな風に見えてた?』

『あぁ。あそこの部隊長見てみな。目から血の涙だけじゃなく、壁に藁人形を釘で打ちつけて“ガイめ~、いつかあのマンションの一室を砲撃で破壊してやる”とか言って、念を込めてるぞ』

「……怖いですね」

 

リアルにそう思った。なのはさんと普通の会話をしているだけでも部隊長から呪い殺されてしまいそうだ。今までなのはさんと接した時もあんな風に俺の事を呪い殺そうとしていたのだろうか。今朝のモニターでは心配してくれてたというのに。

 

本当の事を聞きたいが、聞くのが怖くて聞けねぇ。

 

“聖杯戦争”ではない所で命の危険性を感じた瞬間だった。

 

『で、ヴィータちゃん、どうしたの?』

『別に大したことじゃねぇよ』

 

そう言って、なのはさんの方を向いていたヴィータさんはモニター越しの俺にその凛とした蒼い目つきを向けてくる。

 

『ガイ、疲れてんならしっかりと休んで疲れを取れよ』

 

どうやらヴィータさんにも俺の事を心配してくれているようだ。その事に少し嬉しさを感じた。

 

『へぇ~、ヴィータちゃんもガイ君のこと心配しているの?』

 

ヴィータさんの後ろに居たなのはさんは口元を軽く緩めてニヤニヤと笑っていた。

 

『あったりめぇだろ。ガイのような腐った根性を持っている奴なんかは徹底的に叩き潰さねぇと直らねえからな。とっとと、疲れを取って訓練に出て来いよ』

「……」

 

前言撤回。この人はあまり俺の事を心配してくれて無さそうだ。

 

それにしても俺は腐った根性を持ってるのか?

 

『ヴィータちゃんは本当に戦技教導官に向いてるよね。部下思いでいい子だよ』

『そんなんじゃねえよ!それに、いちいち子供扱いすんじゃねぇよ!!』

 

なのはさんが左手でヴィータさんの頭を子供を甘やかすように優しく撫でている。そんな事をされてヴィータさんは顔を赤くしながら抵抗している。こうして見てみると何とも微笑ましい風景の1枚だ。

 

『……なのはさんと仲の良いガイを呪ってやる』

 

なのはさん達の背後に居た、壁に藁人形を釘で叩きつけている部隊長の風景を切り取ればの話だが。

 

「……話が変わりますが御二人に聞きたい事がるのですが聞いてもいいですか?」

『ん?聞きたい事?』

『何だ?言ってみろ』

 

2人は微笑ましい風景の光景を終わりにして俺の写っているモニターに顔を向けてきた。

 

「男性でオーバーSランクの空戦魔導師の槍使いの人物ってどんな人がいましたか?」

 

俺は過去形で聞いてみた。昨日のランサーはこのように言っていたからだ。

 

“俺の世代では築きあげることが無理だったものだ。俺はいつも遅すぎた。俺の居た部隊は敵の罠に合い全滅……大切な部下も私も死んだが二度目の生を受けた。だが、今度は親友を守ること出来なかった。そして、再び死が訪れようとしたとき、後輩に全てを託した”

 

何処かの部隊長だったのだろう。更に原因は分からないが二度目の生を受けていると。そんな事が果たして可能なのだろうか。

 

『オーバーSランク……う~ん』

『……空戦魔導師……槍使い……』

 

なのはさんは首をかしげて該当している人物を思い浮かべようとしている様子だが、なかなかヒットしていないようだ。

しかし、ヴィータさんは何か思い当たったように顔を下げて地面をじっと見てぶつぶつと言っている。

 

「ヴィータさん、知っているのですか?」

『……まぁ、一応な。JS事件の時に居た人物だ』

 

JS事件。その言葉を聞いた時に俺は自分の心臓が跳ね上がったのが分かるくらいにびっくりしていた。俺が積み上げてきたモノが崩れてしまった事件。

何かがこみ上げてきそうな感覚が襲ってくる。

 

「……どんな人だったのですか?」

 

それを何とか抑えて表情に出さずに冷静さを保って、俺はヴィータさんに追求した。モニター越しのヴィータさんは地面から俺の方へと視線を移す。

 

『名前はゼスト・グランガイツ。空戦航空隊のオーバーSランクの槍使いだ。あたしも一度武器を交えた事がある。あの時は負けちまったけどな』

「ヴィータさんが負け……る?」

 

正直、想像出来ない。俺たちが束になっても敵う事が出来ないヴィータさんが負けたことがあるなんて。

 

『ヴィータちゃん。JS事件は極秘情報なんだからそれ以上は……』

『分かってるよ。まぁ、でもあいつはそれほど悪い奴じゃねぇってことは分かったけどな。で、なんでガイはそんな事を調べてんだ?』

「いえ、模擬戦の時にエリオの槍が凄まじかったので、管理局にも同等かそれ以上の人物がいれば参考になればと思いまして」

 

前もって考えていた嘘を2人に語る。

 

『でも、なんで過去形で聞いたの?』

 

しかし、なのはさんは過去形で聞いたことを見逃さなかったようだ。的確に俺の矛盾をついてきた。

 

「……すいません、言葉のあやです。気にしないで下さい」

 

俺は頭を下げて謝罪した。

 

『……まあ、いいけど……ガイ君。無理しないでね』

「……心遣い感謝します」

 

俺は頭を上げてモニターを見る。なのはさんが相手の事を思っている様な寂しげな表情をしていた。

 

やはり、なのはさんには迷惑をかけ過ぎるな。

 

『ガイ、早く戻ってこいよ。お前がいねぇとここじゃ、叩きがいのある奴がいねぇんだからよ』

「……はい。ありがとうございます。それではそろそろ失礼しますね」

『うん、ちゃんと休むんだよ』

 

なのはさんの心配しそうな声を聞いて俺は笑みを浮かべてモニターを切った。

 

「……ゼスト・グランガイツ……ね」

 

モニターを切って俺は笑みが消えて真剣な表情に変わった。

 

その人物について後で調べる必要がある。それに……。

 

「あのマスターについても素性を知っておいた方がいい……か」

 

元サーヴァントだったマスターだ。実力もかなりある。なので弱点を突く為に素性を知る必要性がある。

 

「ガイ、そろそろ行きましょう」

「……ん、そうだな」

 

今まで沈黙を保ってくれてくれたオリヴィエが声を掛けてきた。

 

「隊長やなのはさんにはちゃんと休んでくれと言われてんだけどな」

「ですが、一度ガイを鍛え直さないといけませんし、そのデバイスの新しい力も試したいのでしょう?」

「まあ、ね」

 

俺はそう言いつつ立ち上がる。オリヴィエも立ち上がった。

 

「行くか」

「はい」

 

俺たちはマンションを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――公共魔法練習場

 

「はぁはぁ」

 

俺はオリヴィエとここで特訓を行っていた。俺の息が上がっているのにオリヴィエは涼しそうな顔をして息1つ乱れていない。

 

「少し休憩しましょう。ガイは病み上がりなのですから」

「はぁはぁ……頼む」

 

俺はバリアジャケットを解除して元の私服姿に戻った。オリヴィエも騎士甲冑から元の私服姿に戻る。

 

「何か飲み物を買ってきます。ガイは木陰で休んでいてください」

「はぁ……あぁ」

 

何とか息を整えて俺はオリヴィエに小銭を渡して木蔭へと移動した。オリヴィエは少し離れた所にある自動販売機へと王族らしい優雅な歩き方で向かって行った。

 

「ふぅ……」

 

俺は木に背中を預けて座り込んだ。体全体に疲労が溜まっているからか座った瞬間に体が重くなった。

 

「フリーの訓練はキツいわ」

 

オリヴィエの特訓は合宿の時と同じで殺気の篭った攻撃をひたすら避ける特訓だ。最初のころと比べれば大分体を動かせるようになってきた。

それでも5~6撃あたりでガードしないと無理なのだが。

 

『私のセカンドモードはどうですか?』

 

首に下げている待機状態のデバイス……プリムラから音声が聞こえてきた。

 

「あぁ、いい感じだった。ただ、あれは空中戦でしか使えないな」

『マスターは空戦魔導師ですからそれでいいと思います』

「だな」

 

先ほどの特訓の時にプリムラのセカンドモードを試してみた。それは空中戦でないと使えない事が分かった。

それなのでオリヴィエとの特訓の時は普通のモードで行っていた。

 

「ま、後は俺が調整しないとな。あれも頑張れば地上戦でも使えるかもしれないし」

『その時もサポートします』

「あぁ、頼むよ」

 

俺は心強いデバイスのサポートがあると分かって、安心感を得ていた。

 

「……ガイさん」

「ん?」

 

そこに後ろから透き通ったような女性の声が俺の名前を呼んできた。俺は座っているので見上げながら右後ろへと首を向けた。

そこにはアインハルトが黒いバイザーを付けて顔だけを木から俺を覗き込むように見ていた。

 

背が高いな。おそらく武装形態の姿か。

 

「アインか」

「わ、わかりますか?」

「その長い碧銀の髪は目立つしな。それにその大きな赤いリボンも」

 

特徴的な事を言うと、アインハルトは俺の前に出てきた。やはり武装形態の服装だ。はやてさんから新しくしてもらったのだろうか。合宿の時に見た姿より少し変わっている。髪型も少し変り、武装形態の時でもその特徴的な大きな赤いリボンが付いている。

しかし、アインハルト自体、何処となくいつもの雰囲気ではないような気がした。バイザーを付けているから表情が読み取れない。

 

少し殺伐としているというか。初めてオリヴィエを見た時の雰囲気に似ているな。

 

「どうしたんだ、アイン。今は学園に居るんじゃないのか?」

「……えぇ」

 

アインハルトは静かに答える。その殺伐とした雰囲気を隠さずに。

 

「ガイさんに一度お会いしたくなりまして」

「……拳を交えたいのか?」

 

そう言ったが、アインハルトは首を横に振った。覇王の悲願を受け止めてくれるのは俺だと思って、拳を交えるために学園を抜け出したなんて言ったら少し怒ろうと思ったが違ったようだ。

 

……と、なると理由は何だ?

 

俺は首を傾げた。

 

「……ただ、ガイさんにお会いしたかったけです」

「……」

 

今一度アインハルトから同じ言葉を言ってきた。そう言われて嫌な気持ちにはならないが、アインハルトから出ている殺伐とした雰囲気が嬉しい気持ちになれずにいる。

 

「それではまた会いましょう。失礼します」

「あ、お、おい」

 

アインハルトは一度頭を下げて、俺の返事を待たずに後ろへと走って行った。俺も立ち上がって後ろを振り向いたが、そこにはもうアインハルトは居なかった。アインハルトは確かに突撃が早い。すぐ居なくなるのも説明が付く。

 

「……なんだったんだ?」

 

今の俺の頭の上には?マークが三つぐらい出ているだろう。

 

「ガイ?もう動けるのですか?」

「ん?フリーか」

 

そこにまた後ろから声が聞こえたので振り向くと缶ジュースを二つ手に持っているオリヴィエが立っていた。

 

「さっきまでアインが居てな。ただ俺に会いたかっただけと言って、すぐ居なくなったんだよ」

「……??……アインハルトにしては良く分からない行動ですね」

 

そう言いつつ、俺に缶ジュースを1つ渡してくる。俺はまったくだ、と言ってそれを受け取り一口飲む。

 

「それはさておいて、動けるのならこの後の訓練もみっちりやりましょう」

「……」

 

天使のような笑みを浮かべながらその言葉を言っているのを聞いて、飲んでいるジュースが気管に入りそうになった。

そして、缶ジュースから口を離す。

 

「……お手柔らかに」

 

今後の訓練も大変な事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション 夕方

 

俺とオリヴィエはテーブルを囲んで座っていた。

 

「疲れた……」

「まあ、病み上がりにしては上出来かと」

 

俺は満身創痍な状態で後ろに手を置いて天井を見上げるように体重を後ろに下げて明らかにダルそうな態勢をしているが、オリヴィエは正座をして何ともないかのように静かに紅茶を飲んでいる。

 

「……ま、オリヴィエに勝つのが無理って話か」

「ん?何か言いましたか、ガイ?」

 

小さく呟いた言葉にオリヴィエは耳を傾けていなかったようだ。俺は首を振って、なんでもない、と言い返す。

 

「さて、晩飯を作らないとな」

 

俺は重くなっている体を起こそうと片膝をついて立ち上がろうとした。

そこに、ピンポーンと質素な呼び鈴が部屋に鳴り響く。

 

「誰でしょうか?」

「見てくるよ」

 

立ったついでに玄関に足を進めて、ドアを開けた。

 

「「「こんばんは~」」」

「……こんばんは」

 

そこにはヴィヴィオ達が制服姿で立っていた。俺はドアノブを握ったまま脳が停止した。何故こんな時間帯にヴィヴィオ達が来るのか分からなかったからだ。

 

「……どうした、こんな時間に?」

 

ようやく思考が動き出して何とか言葉を絞り出す。

 

「あのね、ガイさん。ガイさんはまだご飯食べてないですか?」

 

ヴィヴィオが笑顔で首を軽く傾げながら聞いてくる。

 

「これから作ろうと思っていた」

「も、もし、良かったら私たちが作りますよ?」

 

コロナが少し緊張気味な表情で言ってきた。コロナとリオの手にはいろいろな食材が入ってるのか膨らんだビニール袋が一つずつ持っている。

 

「どうしたんだ急に?」

 

俺は軽く笑って聞き返してみた。

 

「ガイさんが体調がすぐれないとなのはさんから聞いたので私たちで料理を作ってあげようと思ったんです!!」

 

リオが八重歯をチラチラと見せながら笑って元気な声で答える。

 

ああ、そう言えばなのはさんにそう言っていたんだった。それをヴィヴィ達が聞いて来たというわけか。

 

食材まで買っているのに何もさせずに帰すのは気が引ける。

 

「事前に連絡しておいた方が良かったでしょうか?」

 

アインハルトが心配そうに不安げな表情で片手を胸の前に置いて聞いてくる。

 

「いや、別に大丈夫だよ。んじゃ、お言葉に甘えようかな」

 

俺が了承するとヴィヴィオ達は嬉しいのか明るい笑顔を向けてきた。アインハルトは相変わらず笑顔の表情を見せてこないが。

 

「「「おじゃましま~す」」」

「失礼します」

 

俺は最後に玄関の鍵を閉めるためにヴィヴィオ達を先に入れた。

 

「おや、ヴィヴィオ達ですか」

「こんばんは、フリージアさん」

 

オリヴィエとヴィヴィオ達も挨拶を交わすのが聞こえた。玄関の鍵を閉めて俺も部屋に戻った。

そして、最初に見たのはアインハルトだ。今の雰囲気は特に何ともなく、アインハルトの独特的な雰囲気のままだ。昼間に合った時の殺伐とした雰囲気はない。

そんな事を考えているとアインハルトと目が合った。

 

「どうしました、ガイさん?」

 

視線に気づき、首を傾げてキョトンとした表情で声を掛けてきた。

 

「……いや、なんでもないよ」

 

アインハルトはきっと大会に向けて秘密の特訓でもしているのだろう。だから、あの殺伐とした雰囲気を持っていたと。

俺はそう結論付けて昼間の事は聞かない事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――廃棄都市区画 市街地

 

「さて、と」

 

私はビルの屋上から人が使う事が無くなったコンクリートの塊であるビルが軍隊のように列を連ねている廃棄都市を見下ろしていた。

ここは魔導士たちがランクを上げるために行われる試験会場に使われていたりもする。今は夜なので廃棄都市なので街灯などの光は無く、照らされているのは遠くにあるミッドチルダ首都からの光と星の光だけだ。それだけでは薄暗く、この廃棄都市は不気味な雰囲気を漂わせている。

そして、私の視界には1人の人物が映っていた。閉鎖され、所々にコンクリートのヒビや穴がある高速道路の中央線に人がいる。あちらも見上げるようにしてこちらを見ている。

遠くからでは特徴的なモノが分からない。

 

『奏者よ、あれはキャスターだな』

「ええ、私のマスターの力でもキャスターってことは分かるわ」

 

頭に響いたセイバーの声に私も賛同する。

 

私は状況視察にここら一帯を散策していた。自分たちが戦うのに最もよい地域を探すためだ。

しかし、この地域に入ってから視線が私を貫いていた。殺気が異様に籠った視線。常人の人間ならこの背筋が凍るような視線を1分でも感じていたら失神してしまうぐらいのモノだろう。

しかし、私はセイバーも居るからその視線を無視して散策を続けていた。いつ襲ってくるかはわからなかったが、いつでもセイバーを実体化出来るようにはしておいた。この地域を散策して30分くらい経っただろうか。私は廃ビルの屋上に立っていた。殺気の籠った視線は無くなり、先ほど代わりに高速道路にその人物が現れたのだ。

 

「あの異様な殺気はアイツから放たれていたって事で間違いないわね。常人な人物ではないわね。それにマスターの姿が居ない。どこかに隠れて様子見かしらね」

『うむ、十分に注意するのだぞマスター』

 

わかってるわ、と私は霊体化しているセイバーに返答して、靡いている髪を片手で押さえる。今は軽く風が吹いているようだ。ビルの屋上なのでその影響を髪がもろに受けているようだ。

 

「!?」

 

そこにドンっと何かがあの人物から放たれた。

 

超圧縮された魔力の球!!しかもデカイし速い!!

 

私は自分自身の危機を感じて廃ビルから飛び降りた。その瞬間、私が立っていた後ろのビルは黒い魔力の球を受けて、ビルの半分から上が粉々になり破片が私にも飛んできた。

この廃ビルと廃棄高速道路の距離は200メートル弱。それを一瞬で飛んできたのだ。

 

「セイバー!!」

「心得ておる」

 

私がセイバーと叫ぶと同時に金髪の髪に翠の瞳、鮮やかな赤のドレスを着ているセイバーが実体化して、私に向かって飛んできた破片を左手に握っている赤と黒のラインの捻れた特徴的な剣で薙ぎ払う。

 

「余に掴まっておれ。一気に行くぞ」

「えぇ」

 

私はセイバーの腰に手をまわした。セイバーは後ろのビルに足をつけて落ちながら壁走りをして、最後の一歩を思いっきり踏んで高速道路側へと跳んだ。

その最後の一歩の威力は凄まじく、その威力に耐えきれなかったビルは半壊から全壊へと変えざる負えなかった。

そして、高速道路に立っている人物から先ほどの超圧縮された高速の黒い魔弾が撃たれた。先ほどより近づいたから分かるが、どうやら杖みたいなモノから魔弾を放出しているようだ。

 

あれが“デバイス”というモノなのかしらね?

 

そんな思考を頭の隅に置いておいて、目の前には黒い魔弾が迫ってきていた。その黒い魔弾の速度は常人では決して反応できない速度だ。私も200メートル離れている所から反応するのが精一杯だった。

更に今は止まっているわけではなく相手に向かって跳んでいる。迎撃されている状態なので更に速く感じるのだろう。ここまで来るともはや反応できるのが無理に近い。

 

「ふん、温いぞ」

 

しかし、私のサーヴァントはそれに反応して見切り、左手に持っている剣でそれを一太刀で切り捨てる。

ズドンと大気中に圧縮された黒い魔力が霧となる音がして拡散されていく。

 

「なっ!?」

 

だが、その霧が刀や槍、剣とさまざまな武器の形になって矛先をこちらに向けて再び襲いかかってくる。

 

再構築に遠隔操作!!“デバイス”ってそんなことも可能なの!?

 

「慌てるでない、奏者よ」

 

襲ってくる武器の嵐に慌てている私に対して、セイバーはいつもの冷静なセイバーだ。そして何かを呟いた。

 

「“時を纏う聖者の泉(トレ・フォンターネ・テンプスティス)”罪科の剣よ、ここに!!」

 

外見は何も変わっているようには見えないが、セイバーの特徴的な剣に何かが宿ったのが分かった。その剣を襲ってくる武器に対して受け止めるための構えに入る。

 

「ちょ、ちょっと迎撃しなさいよ!!」

 

何かが宿ったので攻撃にするのかと思った私の考えが崩れて、文句をセイバーに投げつけた。

 

「これで良いのだ」

 

帰ってきたのは自信満々な表情を横顔からでも分かるくらいに浮かべているセイバーからの言葉だった。

そして、最初の武器である矛先が防御の姿勢でいるセイバーの剣に触れた瞬間、全ての武器が止まった。

 

「え?」

「……!?」

 

私は戸惑いながらも驚いていた。相手も驚いているようだ。いや、相手は驚いているというよりも僅かだが痺れたと言った感じだ。

 

いったいどういった原理で止まったのかしら。後で聞く必要があるわね。

 

そのまま止まっていた武器は霧へと戻った。

 

その間に私たちは廃棄高速道路へ跳び下りて、私はセイバーから離れ、パンパンとスカートについている埃を叩きながら相手を見た。

見た目は4~50歳ぐらいの少し年配の掛った黒い瞳の男性だ。セミショートの黒い髪にも少し白髪が混じって入るがそれをオールバックにしているため年配という感じがしない。服装もバリアジャケットというモノなのか、黒いズボンに黒いインナーを着て黒いロングコート。ロングコートには僅かに装飾品が付いている。その全ては武装型のような服装だ。

そして、右手には先ほどの超圧縮された魔弾を放った杖を握っている。

 

「……やはり、視るのと実戦では違うな。セイバーの技に反応できなかった」

「……何を言ってるの?」

 

相手が呟いていた言葉を私は拾って聞き返す。その人物はどんな感情が込められているのか分からない目をこちらに向けてくる。

 

「遠坂凛だな」

「……へぇ~、敵の情報は調査済みってわけ?」

 

この世界の住人ではない私の名前をどうやって調べたのかはわからないがこちらの事は調べられているようだ。

 

「君は“力の転換”によって宝石などに魔力を貯めこんだり一気に開放したりすることのできる魔術師だからな。それに相手を指差すことで人を呪う北欧の魔術“ガンド”を得意としている」

「!?」

 

私の魔術がバレている。一体どうやって?

 

私は心の中で驚いていた。遠坂家の魔術は秘匿されていて決して人前に出る事はないモノのはずだ。

 

「あなたもキャスターなのだから魔術師なのかしら?それとも魔法師か魔導師?」

 

私は驚きを何とか表に出さずに相手に聞き返す。魔術を知っているのなら魔術師という可能性が高い。魔法や魔導はまだ分からない部分が多いから魔法師や魔導師でも“聖杯戦争”に参戦出来るのかもしれないが私の中ではその可能性は低いと考えている。

 

「あぁ、そうだ。私は魔術師だ」

 

相手は隠す素振りを見せずに魔術師だと肯定した。やはり魔術師だったようだ。

しかし、疑問が残る。先ほどの魔弾は明らかに“魔術”のモノではない。“魔法”なのか“魔導”なのかはまだ分からないが、魔術とは扱うチャンネルが違うから両方使える人物はたぶん存在しないと前に考えていた。1つの入れモノにそれと同じ質量で異なるチャンネルが2つあっても、2つは入らない。両方使えたら化け物かもしれないが“魔術”が暴走する。魔術を使って更に魔法を行うためにの“概念”としている魔力(マナ)を大気から取り込んだら、魔術と併用して集め過ぎて自滅するからだ。

 

何にしても目の前の人物に関してはまだ情報が少なすぎるわね。私の求めているモノは“魔術”と“魔法”もしくは“魔導”の併用が出来るか出来ないか、それを知ること。魔法はその時代の科学力で再現できない未知数のモノとしてまだ考えていた方が良さそうね。まあ、ここの世界の科学では私たちの今の科学の力では証明できないモノの定義をしている魔法を再現できそうだけど。

 

「それって“デバイス”よね?」

 

私は今、考えていた思考を停止して最も聞きたかった事を相手の杖に指を指して聞く。その返事の代わりにその人物は静かに構える。

 

「教えてくれないの?」

 

ニッコリと悪戯な頬笑みを向けながら相手の行動を伺う。

 

「教えるメリットもない」

 

その人物が言葉を発した瞬間、その人物から凄まじい殺気が放たれた。最初の時に背筋が凍るような殺気だ。

 

「マスターよ、下がっておれ」

 

それに臆することなく、セイバーは前に出て剣を構える。

 

「負けんじゃないわよ」

「わかっておる」

 

私の喝の言葉にセイバーは振り向かずとも頷いたのが分かった。

そして、ダンッとセイバーが地面を蹴った事で乾いた音が響き、一直線にキャスターに向かって走りだしたことが戦闘の開始の合図だった。

距離は10メートル弱。それをセイバーは一気に突き進み、気がつくと既に剣を振り下ろしている場面だった。キャスターはそれを杖で難なく受け止める。そのまま鍔迫り合いの力の押し合いとなる。

 

「むっ、力は余と同じだと」

「……」

 

私はじっと相手の行動を観察していた。少しするとじりじりとセイバーが押され始めた。

そして、キンッと武器を弾く音がしてセイバーはキャスターから大きく離れ私の前まで下がる。

 

「殺れ、ジャッカル」

『了解した、マスター』

 

その間にキャスターはあの杖に命令を下して魔弾のチャージを完了していた。あたり一面に魔弾が現れる。先ほどの魔弾よりかなり小さいが今度は数が多い。

 

「……多いどころじゃないわね」

 

私はその数を見て愕然とした。半径50メートル前後だろうか。魔弾で空が覆いつくされ、私たちをシェルターのように囲んでしまうほど展開されている。黒い魔弾なので高速道路を照らしていた僅かな光がさらに薄くなり、ほぼ暗黒な世界に変わった。

バチバチと魔弾の魔力が唸りを上げて、その影響を受けて大気も悲鳴を上げている音を全方位から聞くと神経がおかしくなりそうだ。

 

「そなたの技はあまり美しくないな」

「馬鹿ッ!!そんな事言っている場合じゃないわよ!!」

 

視界が暗くなっている中、悠長な事を言っているセイバーに私は身の危険を感じながらも怒鳴った。

 

「さっきの技は!?」

「あちらも馬鹿ではないようだぞ。さっきの技を使っても意味がない」

 

先ほどの魔力で作られた武器の矛先がセイバーの剣に当たった瞬間に周りの武器が霧に戻った。カウンター的な技なら止められると思ったが、今回はそうはいかないようだ。理由は分からないけど。

正直、私の今の手の内だとこの魔弾の弾幕を回避する手はない。持ってきた宝石は9個。今のこの状況では無意味だ。

 

「そう案ずるな、マスターよ」

「……ッ!!」

 

敵を見ていたセイバーは振り向いてにっこりと笑う。私は一瞬、ここが戦場だという事を忘れて、薄暗い中でもその笑みに魅入られたかのように見惚れてしまった。

そして、再び前を向いて剣を構えて呟く。

 

「“燃え盛る聖者の泉(トレ・フォンターネ・アーデント)”集え、炎の泉よ!!」

 

またセイバーの剣に何かが宿った。それは先ほどのモノとは質が違って違うモノだと分かった。

 

「伏せておれ、奏者よ!!」

「えっ?きゃあ!!」

 

セイバーが言葉を発した瞬間、周りの魔弾は一斉に私たちを貫く為に襲いかかってきた。光を遮るように並んでいた魔弾が動き出したので光が漏れ始めてキャスターを確認しようとしたが、身の危険が迫っているので私はセイバーに言われた通り身を低くするために伏せる。

セイバーは全方向から襲ってくる魔弾に対してその場で一回転して回転切りをした。その剣から放たれる剣圧は凄まじく、セイバーを中心にハリケーンのような大気の渦が発生し、襲ってきた全ての魔弾はその大気の壁を超す事が出来ずにブツかって霧状になっていった。

 

「……ほう」

 

キャスターは自分の魔弾が相手に届かなかった事に対して何かに感心していた。

セイバーは息を切らさず再びキャスターに向かって走り出して、走りながら剣を横切りの態勢へと変えた。

 

「天幕よ、落ちよ!! 花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!!」

 

キャスターはガードの態勢に入ったが、セイバーはそのまま両手持ちで横切りを行い、居合抜きのように剣を振り抜き、キャスターのすぐ横を通り抜けた。

 

「……くっ!?」

 

セイバーの切り抜けた後にとても重い斬撃が飛んで来たのか、それを受け止めていたキャスターの表情が歪み、右肩が斬れたのか右肩から血が吹き出ていた。

 

「な、なかなかだな。流石はセイバーと言うだけの事はある」

「ほう、敵から賛美を受け取れるとは思わなかったぞ。だが、そなたもやりおる。首を刎ねたつもりで振り切ったのだがな」

 

セイバーは振り向いてニヤリと笑った笑みと剣先をキャスターに向けた。キャスターは特に右肩に手を抑えようとせず、傷をほったらかしにしてセイバーを見る。

 

「……だが、やはり運命は変わっていないのだな」

「何を言っておる?」

 

その言葉を言った時、キャスターから発せられていた凄まじい殺気が消えていた。

 

「悪いがこれ以上は戦う理由はない。失礼する」

「逃がすと思うか!!」

 

セイバーはキャスターが逃げると分かったのか走り出して、大上段構えでキャスターを真っ二つにするために振り下ろした。

だが、その攻撃は大気を切っただけにすぎなかった。すでに、そこにはキャスターという人物は居なかった。私は伏せている体を起して立ち上がった。

その時、頭にキャスターの声が響いた。

 

『お前たちは定められた運命を変えられるか?』

「……何を言っているの?」

『……いや、愚問だった。失礼する』

 

その言葉を最後にキャスターの声は聞こえなくなり気配も消えた。私は左手を腰に付けて、はあ、と肺に溜まった熱い息を噴き出した。

 

「目標ロスト……ね」

「ふん、舞台に上がるにはキャスターはまだ役不足だ」

 

セイバーはそう言いながら特徴的な剣を一度振って、霊体化させた。

 

「いえ、あれは間違いなく強敵よ」

 

私はセイバーに近づいて、セイバーの言葉を拾って否定した。

 

「むっ、そのようには見えなかったが本気ではなかったと申すのか?」

「ええ。一度キャスターと鍔迫り合いをしたでしょ?その時にキャスターの事をよく観察してみたんだけど、何か“魔術”を使っていたわ。外見から見ても特に変化が無かったから多分、身体的な何かを上げることのできる部類だと思うわ。だから、キャスターとの力比べでセイバーが押されていた」

「確かにあの時のキャスターの力は並大抵のものではなかった」

 

セイバーは先ほどまで剣を持っていた左手を見る。鍔迫り合いの時にキャスターの力が大きかったことを思い出しているのだろう。

 

「あの魔弾は“魔法”ね。いえ、“魔導”かしらね。あの杖が“デバイス”だとしたら魔導でしょうし。ああ、でもこの理論はまだ固まってないし……」

 

私は口に手を添えてキャスターの攻撃してきたいろいろなパターンを分析する。

 

「ブツブツと考えるものではないぞ。次からはあのような小細工をしてきても余の敵ではない。大船に乗った気でいると良いぞ」

 

セイバーが大きな顔をして笑顔で私の事を見ている気がしたが、思考の渦から抜けていない私は見ている暇が無かった。

 

「……はぁ、余のマスターはもう少し融通かきけば美しいモノなのだがな」

 

セイバーは頭に手を添えて今の私を見て、ため息を漏らしていたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

ヴィヴィオ達が訪れて料理を作ってもらい、それを皆で食べた。料理はカレーとコーンポタージュのようだ。皆で食べる時には丁度良い。

 

「美味しかったよ、ごちそうさま」

 

俺は机で食べていたカレーとスープを平らげてスプーンを置いて手を合わせた。

 

「お粗末さまです」

 

食器を水に浸しておくために持って立ちあがり、振り向くと喜んでいるのかテーブルの前で元気な笑みを浮かべているヴィヴィオ達。

 

確かに料理は食べてくれる人が美味しいって言ってくれるのが作る側としては一番嬉しい事だからな。

 

皆はまだカレーを食べているようだ。俺が食べるのが早かったからか皆はまだ半分も平らげていない。

 

「これは美味しいです。ヴィヴィオ達はきっと良いお嫁さんになりますね」

 

オリヴィエは口の端の方にご飯粒を付けながらヴィヴィオ達の事を褒めている。

 

「えっ!!」

「お、お嫁さんですか!?」

「そ、それは……」

「……」

 

何故かオリヴィエの言葉に子供たちは顔を真っ赤にさせて、それぞれ様々な反応をしている。

ヴィヴィオはスプーンの端を咥えながらカレーを見つめているし、コロナは両頬を両手で押さえている。リオは必死に目を瞑って目の前に手を出して振っている。アインハルトはチラチラとこちらを見ながらカレーを食べている。

 

「フリー、口にご飯粒が付いてるぞ」

「えっ、あ、ホントですね」

 

オリヴィエは口の端を手で触りご飯粒が付いていたのがわかり、それを取り口に入れた。

俺はキッチンへ行って食器を水に浸した。

 

「うわああぁぁ!!」

「リ、リオ!何やってるの!!」

 

そして、何やら部屋からリオの慌てた声と食器が粉々に割れるような高い音がキッチンに響いてきた。俺が部屋に戻るとテーブルが倒れており床はカレーとご飯とコーンポタージュ、割れた皿で汚れてしまい、皆がカレーやコーンポタージュなどを服や髪についてしまっている。

 

「だ、大丈夫か?」

「ご、ごめんなさ~い!!」

 

服や顔にカレーが付いているリオが俺を見た瞬間、真っ先に謝って来た。

 

「ううっ……髪の毛がベトベトする」

「ちょっと、気持ち悪いね」

 

ヴィヴィオとコロナは髪にカレーが付いて服にはコーンポタージュが付いてハンカチで取ろうとしながら苦笑いしている。

 

「……」

 

アインハルトも髪にコーンポタージュが付いているが、態度に出ないようにグッと堪えて体をふるふると震えさせている。

 

「皆のご飯が台無しですね」

 

オリヴィエは服にカレーが付いてしまっているが何とも思っていないのか、服よりもご飯が無くなってしまった事にショックを受けているようだ。

 

「と、とりあえず、皆が拭くモノ持ってくるよ」

 

俺は脱衣所から数枚タオルを取ってくる。それを皆に一枚ずづ渡し、余ったタオルで床に散っている食器の破片を集める。

 

「どうしてこんな事になったんだ?」

 

その作業をしつつ皆に聞いてみた。

 

「ゴメンなさい、ガイさん。私が無我夢中で手を振っていたらいつの間にかテーブルに体重を乗せていました。それでテーブルが倒れてちゃって……本当にゴメンなさい」

 

シュンと申し訳なさそうな表情をして頭を下げるリオ。確かにリオの力は強い。何か考えていたリオが興奮してリオらしくない行動を力で示したようだ。

そんなリオに俺はリオの頭に手を置いて軽く撫でる。

 

「ま、気にしてないさ。次からは気を付けろよ」

「は、はい。本当にごめんなさい」

「でも、リオは何を考えていたんだい?こんな行動を起こすまで考えていたものだろ?」

「そ、それは!?……言えません」

 

最初はビックリして俺を見て大きな声だったが、次の言葉は頬を赤く染めて少し俯きながら俺から視線を離して、聞き取るのがやっとの小さな声だった。

 

「まあ、いいけど……どうする?風呂でも入っていくか?」

「え、お、お風呂!?」

 

今度はヴィヴィオがビックリしている。コロナも同じ表情だ。

 

何故そんなに驚く?

 

それにアインハルトが瞳孔を大きくさせて俺を見ている。アインハルトも別の意味で驚いているのだろうか。

 

「髪がそんなにベトベトだと気持ち悪いだろ。飯を食べた後に風呂オに入ろうと思ったから既にお湯は沸いているよ。男の俺の風呂が嫌だったら女の子のアインの部屋の風呂の方が……」

「う、ううん。せ、せっかくだしガイさん家のお風呂に。そ、それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

「そ、そうだね」

 

ヴィヴィオとコロナは何故か嬉しそうだ。俺は皿の欠片を集めたタオルを持って、ゴミ箱へ欠片を叩き落とす。

 

「服はどうする?洗濯機は貸すけど」

「ノーヴェの特訓で使った体操服があるから一先ずそれに着替えようかなと考えてるよ」

「でも、制服はどうする?」

「そうなんだよね。明日も学校あるし」

 

ヴィヴィオは困ったように首を傾げる。

 

「あ、あの、私の所には乾燥機がありますのでもしよろしかったらお使いになりますか?」

 

今まで沈黙を保ってきたアインハルトから言葉が出てきた。

 

「乾燥機?そりゃまた随分と豪勢だな」

「練習ばかりしていると服が足りなくなる時がたまにありますので」

「……それは練習のしすぎじゃないのか?」

 

Tシャツが汗でびしょびしょになるほど練習をして、それでも他のTシャツも足りなく程まで汗をかいて練習をしているなんてな。

 

口ではああ言ったが、実際はアインハルトはものすごい努力家だってことはよく分かっているので凄いと思っている。

 

「まるで私が練習バカみたいだと思ってませんか?」

「練習量が増えるのはいい事だと思うよ。ただ、体調管理は気を付けておけよ」

「……ええ、分かっています。心配してくださいましてありがとうございます」

 

アインハルトは俺から視線を離してペコリと頭を下げた。俺はそれを見て微笑む。

何か随分と話が逸れた気がした。話を戻すとアインハルトは乾燥機を貸してくれるとの事。

 

「俺の風呂に入るなら入る時に洗濯機を回すといいよ。止まったらアインの部屋にある乾燥機に入れておくけど」

 

そう言うと、なぜか子供たちは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「いえ、ガイ。それは私がやっておきます」

 

原因が分からないままだったが、そこにオリヴィエがその役を買って出た。

 

「ヴィヴィオ達も女の子です。男であるガイに自分が着ていた服が洗われている事に恥ずかしいのでしょう」

「……フリーのおかげでその事に疎くなりつつあったな」

 

オリヴィエの羞恥心の無い行動が女性に対しての接し方を少し忘れてしまっていたかもしれない。でも、相手はまだ子供だ。そんな事を気にするのはまだ早いと思っていたが。

 

「女性は常に乙女心を持っているのですよ」

「フリーからそんな言葉を聞くとは思わなかったわ~」

 

オリヴィエに一番似合わなそうな言葉が出てきて軽く笑ってしまった。

 

「まあ、私は……女であることをあの時に捨てましたし」

 

ボソッとオリヴィエが俯いて何か言った気がした。誰もそれに気付いていない様子だ。俺だけ何かを言っていたのが分かったようだ。

 

「あ、それじゃあ、フリージアさん。洗濯物をお願いしてもよろしいですか?」

「え、ええ、わかりました。脱いだ服は洗濯機に入れておいてください」

「それじゃあ、皆で入ろうか」

 

皆で!?っと、アインハルトはびっくりして高い声を上げていた。

 

そう言えば合宿のときも川遊びのときに水着!?と大声を上げていたな。

 

アインハルトは少し恥ずかしがり屋だ。

 

「……そんなに広くないぞ。まあ、子供4人なら何とか入るか」

「それじゃあ、いっちば~ん!!」

「あ、リオずるーい」

「では、失礼します」

「……」

 

ヴィヴィオ達が脱衣所に入っていった。アインハルトは何かもじもじしながらも入って行ったが。

 

「まあいいや。オリヴィエ、洗濯物任せるよ。俺はこの部屋を掃除しないと」

 

カレーやコーンポタージュによって床が2種類の色によって汚されている。幸いにもフローリングの所だけに零れていたから、拭き取るのは容易いだろう。

 

「ええ、では頼みます」

 

オリヴィエはそう言って、脱衣所へ入って洗濯物を洗濯機に入れ始めたようだ。風呂場からはヴィヴィオ達のじゃれ合うような声が聞こえてくる。

 

『アインハルトさんの胸、やっぱり大きいですね。温泉の時に見惚れてました』

『え、あ、あんまり見ないで下さい』

『アインハルトさんの凄いです』

『~~ッ』

『アインハルトさんの髪、綺麗』

 

主にアインハルトがヴィヴィオ達に弄ばれているようだ。脳裏にはアインハルトが皆からいろいろと責められているような光景が思い浮かんだ。まあ、初等科のヴィヴィオ達に比べれば中等科のアインハルトは皆と比べて色々と育っているのだろう。

 

「……さて、軽く片付けますか」

 

俺は今考えていた事を強制終了して掃除を始める事にした。アインハルトの裸体を想像してしまって何か罪悪感を感じたから。でも、最後に一つ思った事があった。

 

アインハルトは自分の部屋にある風呂を使った方が良かったんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「本当にすみませんでした」」」」

「え、えーと、どうした?」

 

風呂から上がってきた子供たちが俺の前で横一列に並んで正座して真剣な表情をして頭を下げていた。部屋はカレーとコーンポタージュの色が無くなって元に戻り、子供たちは体操服であるスパッツ姿だ。

オリヴィエは今、アインハルトの部屋に行って乾燥機を回しているのだろう。

 

「お風呂の中で皆で話していたんですが、今日はガイさんのお見舞いに来たはずなのに逆にご迷惑ばかりかけてしまっているねって」

「気にするな。こういうのも何だかんだで面白かったし」

「で、でも、やっぱり私たちが一度謝らないとダメだと思うのです」

 

ヴィヴィオを労うように気にするなと言ったのだが、コロナはやはりケジメをつけた方がいいと思ってるようだ。俺は少し考えて片目をつぶりながら頭を掻いた。

 

「それじゃ、気持ちだけ貰っておくよ。次からは気をつけろよ。しかし、お見舞いに来てくれたのは凄く嬉しいし、料理も作ってくれた。それだけでも十分さ。まあ、最後は確かに部屋を汚してしまったけど、その分を差し引いても十分プラスさ」

「……ガイさんがそう言うのでしたら」

 

しぶしぶと言いながらもアインハルトは頷いてくれた。

 

「ただいま戻りました」

 

そこに、皆の乾いた洗濯物を持ってきたオリヴィエが戻ってきた。今の乾燥機は早いようだ。服が戻って来たことに子供たちは真剣な表情から喜びの笑みへと変わった。アインハルトは笑みを零さなかったが。

 

「ありがとうございます、フリージアさん」

 

ヴィヴィオが代表して受け取った。

そして、頬を少し赤くしながらチラチラと俺を見る。

 

「ん?着替えたいのか?なら、外に出てるよ」

「あ、ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げるヴィヴィオ。俺は皆の表情がすぐ変わるのが面白くて笑みをこぼした。

そして、俺は一度部屋から外に出た。夜ともなると外気の空気は少しひんやりしている。それが皮膚に刺さって冷たく感じる。

 

こうして“日常”を堪能できるのはヴィヴィオ達のおかげだよな。そのことには感謝しないと。

 

少しして、制服姿に戻ったリオが玄関から出てきて入ってもいいと言われたので部屋に戻る事に。どうやら皆、制服姿に戻ったようだ。テーブルにはコロナが皆の分のお茶を出してあったので、それを一口飲んで一息つける。

そして、皆で雑談を始めた。その一つ一つが他愛のない事ばかりだ。今日の学園での出来事、ノーヴェの特訓の話など。

だが、たとえその一つ一つが他愛のない事だとしても今は“非日常”に居る俺にとってその“日常”な話はとても心が休まるように感じた。

 

「ところで、ガイさん」

「ん?」

 

俺はヴィヴィオに呼ばれたのでヴィヴィオの方を見る。その真剣な虹彩異色の目で見られていたので只事ではないと直感で思った。

 

「何か困ってる事があるのですか?」

「……っ!?」

 

驚いた事を何とか表情に出さずに押さえつけた。なのはさんやアインハルトだけでは無くてヴィヴィオにも隠し事があるって分かってしまった。いや、空港に着いた時から子供たちの様子も少し変だったので子供たちの中にも俺への疑問が生まれていたのだろう。

 

ほんと、俺はポーカーフェイスが出来ないな。

 

コロナもリオも話し込んでいた内容を止めて、ヴィヴィオの言葉に頷きながら俺を見る。オリヴィエは心配そうな表情をして俺を見てくる。ここでどのように答えるのか気になっているようだ。

ここで中途半端に答えてもヴィヴィオ達が余計に心配してしまうだろう。だから、安心する言葉をかけることにした。

 

「困っている事はある。でも、それは自分でやらなければならなく、それもなかなか解決できないモノなんだ。だから、俺がやり続けて本当に手探り状態までになったらヴィヴィ達に相談に乗るよ」

 

自分でも分かっていた。ヴィヴィオ達に相談することは今後一切ないと。前にアインハルトにも言った気がする。アインハルトは少しだがこちらの事情を知っている為、もしかしたら相談に乗ってほしい時があるかもしれない。

だが、ヴィヴィオ達は全く知らない。だから、嘘をつくしかなかった。

俺の言葉にヴィヴィオ達は強い笑みを浮かべて笑う。嘘をついた事に胸にチクリと痛みが残ったが日常に居るヴィヴィオ達を非日常に連れていかせるわけにはいかない。

 

「本当に困った事があったら言ってくださいね」

「あぁ」

 

上辺面だけで俺は頷く。

 

「あっ、ヴィヴィオ、リオ。そろそろ帰らないと」

「もうこんな時間なんだ」

 

コロナが腕時計の時間を見てヴィヴィオとリオに帰るように促す。時間は夜の八時過ぎ。そろそろ帰らないと不味いだろう。

 

「送って行こうか?」

「いえ、大丈夫です。ガイさんはゆっくり休んでいてくださいね」

 

コロナが笑みを浮かべてやんわりと否定する。

そして、初等科組は帰宅準備を終わらせた。とは言っても食材の分が無いので来た時よりかは軽くなっている。

 

「それじゃあ、またね~、ガイさん、アインハルトさん、フリージアさん」

「失礼します」

「お邪魔しました」

「ああ、またな」

「また会いましょう」

「お疲れ様です」

 

初等科組が帰り、残ったのは俺とオリヴィエとアインハルト。

しかし、アインハルトは何故か不機嫌な表情をしていた。

 

「どうした、アイン?」

「……私だけに相談に乗ってほしかったです」

「皆で相談にのった方が解決できるものもあるからな」

「そう言う意味ではないのですが……」

 

はぁ、とアインハルトは疲れたような表情をしながらため息をついて立ち上がる。

 

「私もそろそろ失礼します」

「ああ、またな」

 

ぺこりと頭を下げてアインハルトも部屋から出て行った。部屋には俺とオリヴィエだけとなった。先ほどの騒がしさが無くなり部屋は静かになった。

 

「……嘘をつくのは辛いですか?」

「まあ、な」

 

片目を瞑ってオリヴィエを見る。そこには不安と心配の色が表情に表れているオリヴィエが俺を見ていた。

 

「大丈夫ですか?」

「もう何度心配された事か」

 

俺は何度も心配されている事実に苦笑した。

 

「あぁ。戦場というモノを肌で感じたからな。覚悟は出来てる」

「……今のガイは強い目をしています」

 

俺の強い意志を持った言葉にオリヴィエは不安と心配の色が消えて優しく微笑んだ。

 

「ああ、よろしく頼む」

「お任せください。この拳、ガイのために」

 

オリヴィエが忠誠を再び誓ってくれた。

 

俺もそれに答えるように頑張らないとな。

 

俺はオリヴィエの忠誠に強く頷いた。




セイバーの技を少しアレンジしています。

・時を纏う聖者の泉(トレ・フォンターネ・テンプスティス)
ガードして攻撃を与えると相手を痺れさせる効果を付加した技でしたが、今回はガードしただけで相手を痺れさせられるというちょっと優れものに。

切継の攻撃の技を防御に回した技って感じでしょうか。まあ、切継の場合は相手の魔術回路をずたずたに引き裂くけどw

・燃え盛る聖者の泉(トレ・フォンターネ・アーデント)
単純に攻撃力を上げる技でしたが、今回は剣の表面に大気中の窒素を集めて固めることによって剣を重くし、それを素早く振ることでかまいたちにもハリケーンにもなり得る技。

ゲーム中のステータスアップの技を小説で書くのって難しいですよね。考えた技なんか殆ど原作技と関係ないしw

こんな感じです。

後、キャスターや部隊長はオリキャラですが皆さんの脳裏にはそのキャラがちゃんと描かれていますかね?

自分の想像しているキャラと読者が想像しているキャラがズレているようだと、自分の筆力はまだまだって事ですかね~。

何か一言ありますととても嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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十六話“現代と未来の交差”

合間を縫ってちょこちょこ書いてはいたんですが、なかなか時間が。

まあ、何はともあれ16話目入ります。


―――798航空隊 隊舎

 

なのはさんの訓練が厳しく、体が動かないというを部隊長に話を通して休みをもらってから一日が経ち、俺は自分の部隊に出勤するために玄関口である自動ドアを開いて中に入った。

空調が聞いているからか外との気温差があり、中からのひんやりとした空気が五月中旬の強い日差しの中を歩いて熱くなった体を冷やしてくれる。

 

ゼストから受けたダメージはほとんど完治している。今まで知らなかったが俺はどうやら自己治癒能力が高いようだ。

あれほどの重傷だった傷も二日経つとほぼ塞がっている。

 

「おお、ガイ、来たか」

 

と、冷たい空気に触れてホッと一息をついて体の事を考えていた時に、玄関の隅に置いてあるソファーにドカッと座っていた人物が入ってきた俺に気付いて、とても明るい笑顔で右手を上げて声を掛けてきた。

 

「おはようございます、隊長」

 

その人物は部隊長だった。見た目は30歳前後。長い青を一つに繕った髪に青い瞳。右頬には刀の傷跡がクロスする様に傷ついているのが第一印象で残る印象だろう。

俺はソファーまで歩いて行って敬礼した。

 

「ああ、別にいちいち敬礼なんてやらなくていいぜ。まだ仕事も始まってないし、楽にしとけ」

「では、お言葉に甘えて」

 

俺は部隊長から許可(?)が下りたので敬礼していた手を下ろして、ソファーに座って足を組んだ。

 

「……順応が早いな。俺の前で堂々としてやがる」

「気のせいですよ」

 

この人は上司という感じがしない。フレンドリーに会話をするからか、この人の前だと軍の規律を気にしなくても良いので気楽だ。

しかし、この人は確かに尊敬できる人物ではあるが一つだけ難点がある。

 

と、不意に機械の扉が開く音がした。俺が入ってきた自動ドアが開いたようだ。

そちらに顔を向けると2人の人物が室内に入ってきた。部隊長はその人たちを見た瞬間、ドカッと座っていた態度から一変、ソファーから立ちあがり背筋を伸ばして表情を凛々しくしてその人たちに敬礼した。

 

「高町教導官、ヴィータ教導官、おはようございます!!」

 

その声は10歳代前半のスポーツをしている少年が言葉を発するような爽やかさがある。とても落ち着き感を持ち始める30歳代で聞けるような声ではない。

 

玄関から入って来た人物は青と白を強調している教導官の服装を着たなのはさんとヴィータさんだ。肩からはショルダーバックを下げている。

 

2人を見ると額などに汗をかいている。今日は五月中旬にしては猛暑日だ。

部隊長の大きな声を聞いてその2人はこちらを見た。

 

部隊長は思いを募らせているなのはさんと会うたびにカッコよく決めるためにこのような行動に出る。

先ほど説明した難点はここだ。なのはさん絡みになるとかなり暴走してしまうのがこの人の悪いところだ。

 

それさえ無ければとても尊敬できる人物なんだがな。

 

部隊長が立って敬礼しているのにその部下である俺がソファーで座っているのもよろしくないので俺も立ち上がって部隊長の横に動く。

なのはさん達もこちらに来たようだ。

 

「おはようございます、高町教導官、ヴィータ教導官」

「おはようございます、部隊長、ガイ二等空士」

「あぁ、おはよう、部隊長、ガイ」

 

ヴィータさんは相変わらずぶっきら棒だ。そして、愛嬌のある笑みをニッコリと浮かべるなのはさん。

 

ああ、なのはさん。そんな表情を部隊長の前でしてしまうと部隊長が……。

 

「そげぶ!!」

「「「!?」」」

 

部隊長は意味の分からない言葉を発してこの場からものすごい勢いで離脱して、曲がり角をスピードを緩めることなく曲がり見えなくなった。デバイス無しであれほどの速度を出せるのが凄い。

 

「な、なんだったの……」

 

なのはさんは走り去って行った部隊長の方を向いて苦笑いのまま表情が固まっていた。

 

『俺はトイレに行ってくるとなのはさん達に言っておいてくれ!!』

『そんな事で念話使わないでください!てか、自分で言え!!』

 

念話で先ほどの不可解な行動の言い訳を言っておいてくれと来たので俺は怒鳴り返して一方的に念話を切った。

そんな念話で俺は大きなため息をついた。

 

「また大きなため息ついてるね。何かあったの?」

「いえ、今思えばあんな隊長でよくここの部隊が纏まったなって改めて思いまして。これまでの行動を思い出すと……ため息が」

 

なのはさん絡みになると暴走してしまう部隊長だが、部隊長になるためにもそれ相応の努力が必要だ。

あの年で部隊長に上り詰めたのだ。きっと俺の気づかない所で頑張っているのかもしれない。

 

しかし、“また”大きなため息……ね。俺はため息つきすぎかな。

 

ため息を少し意識しようと俺は思った。

 

「まぁいいんじゃねぇ?あれはあれで個性が溢れているしな」

「悪い人ではありませんからね」

 

ヴィータさんが意地悪そうな笑みを浮かべて言っているので俺はそれに何の迷いもなく同意した。

 

「そういやガイ。オーバーSランクの槍使いの人物なんだけどな」

 

と、俺の顔を見て何かを思い出したのかヴィータさんが目の前にモニターを開いてくれた。

 

「該当した人物はやっぱり“ゼスト・グランガイツ”一人だけだ。首都防衛隊のストライカー級魔導師」

 

モニターに現れたのはゼスト・グランガイツの顔写真と局に入ってからの実績などが映し出されている。

 

その顔写真を見た瞬間、俺は確信した。一昨日に戦った人物と同一人物だ。ランサーはこの人物で間違いないだろう。

 

「調べてくれたのですか?」

「仕事のついでにちょこっと槍使いとの戦い方を纏めただけだ。ガイ、お前のためじゃねえよ。あたしが槍使いとの戦い方に不慣れだから調べただけだ」

 

そう言いつつ、少し頬を染めているヴィータさん。

 

「もう、ヴィータちゃんは素直じゃないね。ガイ君のために調べてくれたんでしょ」

 

なのはさんがヴィータさんに小悪魔のような笑みを浮かべてくる。

 

「そ、そんなんじゃねぇよ!!変な事言うんじゃねぇ!!」

 

更に真っ赤になった顔でなのはさんを怒鳴る。なのはさんはそれに怯むことなく、はいはい、と受け流す。

 

「ガイ、勘違いすんなよ。お前のためじゃねえからな。あたしが槍使いとの戦い方をシュミレートするために纏めただけだからな」

「わかってますよ。そんなムキにならなくても」

 

本当だろうな、と、顔を真っ赤にしつつもその凛とした蒼い瞳で睨んで言ってきたので少し怖かった。

 

そして、ヴィータさんは一息つけてから再びモニターを操作する。

 

「戦闘訓練の映像も残っているぜ。良かったら持っていくか?」

「貰ってもよろしいのですか?」

「ま、あんまりよろしくないけど、ガイが練習熱心だからこのぐらいはしてやろうとあたしはひと肌を脱いだわけだ。ただし、こんな無理は今後出来ないからな。そのデータは大事にしろよ」

 

本局のサーバーから個人データをコピーするのはあまり良くない。しかし、今回のは殉職している人物だったので秘匿義務はそれほど制限を受けていないのか、ヴィータさんの位だと何とか許可が下りたのだろう。

 

俺の位では無理なハッキングをしないと取れるものではない。そう考えるとヴィータさんの位ぐらいが少し羨ましかった。

 

「ありがとうございます。参考にさせていただきますね」

 

俺はそんな考えを頭の隅に置いてヴィータさんに頭を下げた。

 

しかし、ヴィータさんが持ってきたデータは俺の嘘を信じて調べてくれたモノ。やはり後ろめたさが残る。まるで騙しているような……騙していることに間違いはないか。

 

「お、おう。そんなに喜んでくれるとは予想外だったぜ」

 

顔をあげるとヴィータさんが今の俺の反応にちょっと困ったような表情を見せてはいるが、表情には嬉しそうな色も表れている。

そんな表情を見ると後ろめたさというより罪悪感に近いようなものを感じた。

 

「そう言えば、今日のニュースもまた嵐が発生したってあったね」

 

なのはさんが何かを思い出したかのように言葉を出して話題を変えてくる。

 

「ああ、アラル港湾埠頭廃棄倉庫区画に続いて今度は廃棄都市区画の市街地の所ですね」

 

そのニュースは今朝見たモノだ。アラル港湾埠頭で戦闘が起こったことがねつ造されてニュースに報道しているので、毎日ニュースを視ることにした。

そして、今朝方、突然の嵐が今度は廃棄都市区画で発生したと報道されていた。その原因はやはり“聖杯戦争”だ。そこでどの組が戦闘を行っていたかはわからないがその余波が建物の崩壊を招いた事に違いはないだろう。

 

後でオリヴィエと捜索に行こうと決めている。

 

「最近多いよな。異常な気象現象」

「そうですね」

「突然に起こる嵐らしいから十分に気をつけないとね。さて、それじゃあ今日も訓練頑張ろう」

「今日こそガイの腐った根性を徹底的に叩き潰さねぇとな」

「……お手柔らかにお願いします」

 

今日の訓練はまた一段と厳しくなりそうだ。意気込んで俺にニヤリと笑みを浮かべているヴィータさんを見てそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――お昼休み

 

『マスター。メールが着ています』

「おう、開いてくれ」

 

何時ものベンチでコーヒーを飲んでいるとメールが来たようだ。

先ほどの訓練は予想通り、一段と訓練が厳しくなっていた。主にヴィータさんが俺に厳しく接してきた気がするが。

 

そんな事を考えているうちに目の前にモニターが現れた。

 

差出人………ミカヤ・シュベル

件名………最近

本文………こんにちはだな、ガイ。こうやってメールするのは初めてだ。して内容だが、最近、道場に足を運んでこないが仕事が忙しいのか?時間に余裕があればたまに顔を出してくれると嬉しいぞ。ガイのような我流の使い手との試合をしたいしな。

 

「ミカヤからか。珍しいな」

 

メールの差出人は抜刀術天瞳流の師範代であるミカヤだ。確かに最近はいろいろあって道場に行っている暇が無かった。

 

不定期ではあるが毎週一回は道場に通っている俺だったが、ここ二週間ぐらい寄っていない。“聖杯戦争”を調べるために都市のあちこちの書店に立ち寄ったり、合宿が始まったり、聖杯戦争が始まったりしてしまったから道場に行く時間が無かったのだ。

 

俺は少し考えた。道場までは少し距離があるが人目が多いところにあるので聖杯戦争に巻き込まれることは少ないはずだ。

 

「たまには顔を出すか」

『そのほうがよろしいです』

 

プリムラも行くことに肯定したので返すメールを作成する。

 

To………ミカヤ・シュベル

件名………Re:最近

本文………久々だな、ミカヤ。ああ、最近は少し忙しくてななかなか道場に顔を出せなくてすまない。今日あたり寄って行こうと思うが大丈夫か?

 

メールの内容を作成してプリムラに送信を命令した。少ししてメールが帰ってきた。

 

差出人………ミカヤ・シュベル

件名………Re:Re:最近

本文………そうか。今日来てくれるか。楽しみにしているぞ。

 

短い文章だったが脳裏には微笑んで嬉しそうな表情をしているミカヤが想像できた。

 

「……自惚れ過ぎだな」

 

俺は軽く頭を振ってモニターを閉じた。

 

ミカヤは凛として威風堂々たる態度でいてこそ、ミカヤだ。無邪気に喜んでいるミカヤは

脳裏ではイメージしずらい。たまに年相応の笑みを浮かべてはくるが。

 

俺は今考えていたミカヤの性格に終止符を打って、空を見上げた。朝は快晴だったが今は少し雲が現れて快晴とはいかないが晴れだ。

そして、やはり暑い。今日は猛暑日なので日の当たるこのベンチは座っているだけでも汗を掻いてしまう。

俺はタオルで顔を拭き、コーヒーを一口飲む。

 

「ここはガイ君のお気に入りな場所なんだね。こんな暑い日にもここで座ってるし」

「あ、高町きょ……なのはさん」

 

と、そこに俺の座っている長ベンチの後ろから背もたれに手をつけて身を乗り出し、俺にひょいっと顔を向けているなのはさんが居た。

昼休みは“なのはさん”でいいという事なので高町教導官と言いそうになったところを訂正した。

 

「まあ、ここはのんびり出来ますからね」

「うん、確かにここは落ち着くね」

 

なのはさんは腕を組んで背もたれに両肘をつけてベンチに体重を預けて、前かがみになるような形になって俺を覗き込んできた。

 

「何か俺に用でもありましたか?」

「うん。まあ、用ってほどのモノでも無いんだけどね」

 

なのはさんは笑みを作って俺の方を見た。その笑みは安心感を抱けるような優しく温かい。包容力というのだろうか。

 

「なんかガイ君、顔つきが変わったなって思ってね」

「顔つき……ですか?」

「うん。何か吹っ切れたって感じで。今はとても頼もしく見えるかなって。朝見た時にちょっと思ってたんだ」

「……」

 

なのはさんが少し頬を染めてそれでも先ほどの笑みを絶やさずに俺を見る。

聖杯戦争での覚悟を改めて決めたからだろうか。改めて覚悟を決めた事が顔に出ているようだ。

 

まったくもって俺はポーカーフェイスがダメなようだな。

 

だが、なのはさんのような高位ランクの魔導師からそのように言われて内心はとても嬉しかった。

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

俺も笑みを返した。

 

「ほぇ?別にお礼を言われるような事は言ってないよ?」

「いえ、なのはさんにそのように言われて嬉しかったので」

「え、そ、そうなんだ」

 

なのはさんは視線を逸らしてにゃはは、と、ちょっと戸惑いながらも軽く笑った。

 

「っ!?」

 

その時、背後から何か背筋の凍るような鋭い視線を感じた。そのおかげでゾクッと一瞬体がビックリしたようだ。

 

聖杯戦争の参加者の誰かが俺を狙ってるのか!?

 

アインハルトとカラーコンタクトを買いに行った帰りの殺気に満ちた視線を思い出す。だが、今回の視線は殺気を感じない。

俺はなのはさんに気付かれないよう、なるべく表情に出さずに振り向く。

そこには木の影から部隊長が羨ましそうに、しかし、さらにその上から恨めしそうな色が二乗で上書きされた複雑な表情で俺に鋭い視線で射抜いてる。

聖杯戦争に関係ないと分かってホッとしたが部隊長の持っているモノが目に入った。

 

右手に持ってるのって……藁人形!?こええぇぇ!!左手は木に隠れて見えないけど、釘でも持っているんじゃないか!?。

 

「ん?どうしたのガイ君?」

「い、いえ、なんでもないです」

 

なのはさんと話している時はいつも部隊長に鋭い視線で視られていたのだろう。聖杯戦争が始まって、視線に敏感になったからこそ、今日初めて気付いた。

 

そして、ある意味、身の危険を感じた俺は残っているコーヒーを飲みほしてベンチから立ち上がった。

 

「ご、午後も頑張りましょう、なのはさん」

「うん、いっぱい訓練してあげるからね」

 

なのはさんの悪意のない清潔な頬笑みを見て俺は午後も頑張ろうと決めた。

後ろから木に何かを叩く音が同じリズムで聞こえててくるが聞かなかったことにした。

 

後日。

部隊長が一枚の写真を見せてきた。長ベンチの後ろから背もたれに手をつけて身を乗り出し、俺に顔を向けているなのはさんを後ろから……むしろ下半身に重点を置くようにローアングルで写っており、生々しい太ももがニーソックスとスカートの間で強調されて、もう少しでそのスカートの中が見えそうだった。

部隊長がもっとなのはさんに腰を低くしてと言っておけよ、と、真顔で言われたので俺はその写真をバラバラに破り捨てた。

 

部隊長はまだ複製していないのに~、とか言って血の涙を流していた。俺の部隊から犯罪者が現れるのもそう遠くない未来にあるなと俺はこのとき確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ミッドチルダ南部 抜刀術天瞳流 第4道場

 

「久々だな、ガイ」

「久しぶり、ミカヤ。それに、悪いな。最近顔を出せずにいて」

 

俺はデスクワークを終わらせて、久々にミカヤの道場に訪れた。袴に着替えて今は互いに正座をして居合の試合前のように見あっている。お互いの座っている横には得物が置かれている。

 

「いや、それでも来てくれて嬉しいよ。ガイのような剣術とも試合たいからな」

 

普段は凛として威風堂々なミカヤだが今は年相応の笑みを浮かべている。

 

「そうか。あ、そう言えばミカヤはインターミドルに参加するんだっけ?」

「ああ。今年はガイも参加するから楽しみだ」

「え?」

 

ミカヤの言葉からおかしな表現があったような気がした。俺は困惑してミカヤに聞いた。

 

「俺が参加?」

「ああ」

「インターミドルに?」

「参加者リストにガイの名前が載っていたぞ。知らなかったのか?」

 

俺はその言葉に頷く。いつの間に俺は参加していたのだろうか。勝手に受付をされてしまっているようだ。

まあ、確かに“聖杯戦争”で生き残って終われば参加できなくもない。ノーヴェ辺りが勝手に受付してしまったのだろう。

 

「……ガイは参加しないのか?」

 

ミカヤが子犬のつぶらな瞳のような眼で見上げて、少し寂しそうな表情をして俺を見てくる。今日は珍しい日だ。いつも凛としているミカヤの表情がいろいろと見られる。

 

俺の中のミカヤのイメージが変わるな。

 

昼休みに思っていたモノよりもミカヤは表情豊かのようだ。

 

「今の仕事が忙しくてな。それが終わる時期によっては出れなくなるかもしれない」

「そうか、仕事では仕方ないな。ガイとも大会でぶつかり合ってみたかったが」

「悪い。ぬか喜びさせてしまって」

「気にするな。ガイの好きなようにするといいさ」

 

ミカヤは寂しげな表情をしていたが、それを奥にしまって相手を安心させるような笑みを浮かべてくる。

 

「ミカヤ~、この荷物はあっちに置いておけばいいのか?」

 

そこに、道場のドアが開いて両手で段ボールを抱えている1人の少年が現れた。薄い赤のかかった短髪に薄い黄色い眼が特徴的である。

 

「ああ、それは向こうの部屋に置いといてくれ。後で私が整理しないといけないモノだから」

「わかった。訓練中にすまない」

 

そう言って、薄い赤髪の少年はミカヤに向けていた視線を俺を向けた。

 

「……」

「……」

 

俺たちは互いを見つめた。その薄い黄色の眼からは何か深い感情の色が見えているような気がした。

 

そして、少年から視線をそらした。

 

「衛宮。訓練中だ」

「あ、ああ、すまない。邪魔したな」

 

そう言って、その少年は一度段ボールを置いてドアを閉めて視界から消えた。

俺は一度見た少年が気になった。

 

あの眼に映し出されている感情の色はなんだろうか。

 

そして、死線を掻い潜ってきたような……初めて会ったオリヴィエの時と似ている雰囲気があった。

 

「どうしたガイ?」

「ああ、さっきの少年は誰かなって思ってさ」

 

俺が入口のドアをジッと見ていた事にミカヤが不審に思って声をかけて来たのだろう。一応ここの通っている生徒たちの事は全員覚えているがあの少年は初めて見た。

 

「ああ、さっきの少年か。あの少年は衛宮士朗。10日ほど前にここの屋敷の庭で倒れていたのを発見してな。地球という所の惑星に住んでいたようだ。どのようにしてここに来たのかはわからないが、この世界では住む場所がないと言っているのでここにある空き部屋を使わせる事にした」

「衛宮……士朗……ね」

 

何故かまたどこかで会うような気がした。直感というモノだろうか。

 

「衛宮の作る料理はおいしいぞ。今度私と衛宮が作った時に食べに来るといい」

「そうだな。機会があったら行くよ」

 

楽しみにしてる、と付け足して、俺は隣に置いてあるプリムラに手を付ける。ミカヤも愛用のデバイス“晴嵐”に手を付ける。

 

それだけで次のやる事は決まっていた。雑談は終わりだ。

これからはここに来た本来の事情に入る。

ミカヤとの試合。この道場で主にやるモノはこれなのだから。

互いに得物を持って立ちあがる。

 

「久々で楽しみだぞ、ガイ」

「お手柔らかに」

 

ミカヤが軽く微笑んで構えたので、俺も笑みを作ってそれに答え構える。久々の居合の特訓。俺もミカヤと同じく胸が高鳴って楽しみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――街頭 夜

 

ミカヤとの試合を満足に行った俺は道場からマンションへと歩を進めた。帰り道は人気の多いところを通って歩く。

平日なので仕事帰りのサラリーマンやOLの人たちばかりだったが、中には変則勤務のフリーターをしているようなアクセサリーをいろいろな所に付けている若者たちも混ざっている。

 

「あ、ガイさんだ!!」

「ん?」

 

と、そこに後ろから元気な声が聞こえてきた。俺はそれに気付き振り向くと、そこに居たのはヴィヴィオ達だった。

ノーヴェやアインハルトも居る。そして……

 

「なんで、フリーもいるんだ?」

「“ストライクアーツ”をやっていたからに決まっているではないですか」

 

オリヴィエも居た。

 

「フリージアさんは凄いんだよ。私たちの格闘が全然通用しないし」

「うん、常に先を読まれているって感じだったね」

「う~、もう一回勝負したいです!!」

「ええ、また機会がありましたら」

 

初等科組は今回の特訓でオリヴィエの事をとても尊敬したようだ。表情が輝いている。

 

「ガイもあたしたちの訓練に参加すればよかったのに」

「今日は久々にミカヤの所へ行って居合の方をやって来た」

「ああ、ミカヤさんの所に行ってたのか。ミカヤさん、最近ガイが来ないなって呟いていたからな」

「まあな。訓練前にも言われたよ」

 

そう言いつつ、俺は手を組んで腕を伸ばす。

 

「ミカヤさんって、今度私がスパーリングの相手をしてくださる人ですか?」

「ああ、まだ時期は決まっていないが居合の達人で結構強いぞ。頑張れよアインハルト」

 

口を挟んできたアインハルトにノーヴェは笑みを浮かべて答える。

 

「ガイさんと同じ居合の達人……」

「あ?俺は達人なんてモノじゃないから。我流の居合だし」

「い、いえ、そんな事はないです。ガイさんは立派な居合の達人です!!」

「あ、ああ」

 

アインハルトが珍しくグッと両手を握って熱を込めて力説しているので俺はちょっと戸惑いながらも肯定する。そして、自分が熱くなっている事に気付いたのかアインハルトはハッとした表情をして頬をみるみる赤い色に染めていき視線を逸らした。

 

普段お淑やかなアインハルトがいろいろな表情をするので、そんなアインハルトが面白いとやはり感じてしまう。

 

俺はコロコロと表情が変わるアインハルトを見て笑ってしまった。

 

「な、何笑っているんですか?」

 

頬を少し染めながらもアインハルトは笑われている事に気づき眉間を寄せて怒ったような表情を見せた。

 

「いいや、別に」

 

深く関わるともっと怒られそうなので俺は軽く受け流す。アインハルトは何か満足できていない様子でジッと俺の事を見てくる。

 

その時、ドクンと心臓が一回跳ねた。アインハルトの視線とは別の視線が俺に向けられている。ここに居る他の人物でもないようだ。

 

視線には途方もない量の殺気も含まれており心臓を掴まれているような感覚に近い。

その視線は経験したことのあるモノだ。

 

「……ま、帰ろうぜ。今日は疲れたよ」

「そうですね。帰ってガイの料理が食べたいです」

 

俺はその視線で受けた影響を何とか表情に出さずに歩きだした。その視線を感じたときに一瞬だけ驚いてしまったが。

 

この視線にオリヴィエは気づいているだろうか。

 

チラリとオリヴィエの方に視線を移す。オリヴィエは俺の視線に気づき小さく頷く。どうやらこの視線に気付いているようだ。

 

「ガイさん、聞いてますか?」

「ん、ええと、なんだっけ?」

 

何かに引っ張られているような感覚を受けたので、オリヴィエの反対側に視線を移すとヴィヴィオが俺の裾を掴んで軽く引っ張って見上げていた。

 

「もう、聞いてなかったんですね」

「ああ、悪い悪い。何だっけ?」

 

どうやら俺は上の空だったようだ。ヴィヴィオの話がまったく頭に入っていなかった。

しかし、ヴィヴィオは俺の一瞬の変化に気づいていないようだ。その事に少し安心感を持てた。

 

ポーカーフェイスが下手な俺でも何とか表情に出さずに出来るもんだな。

 

アインハルトとも視線が合った。

 

「……」

 

だが、先ほどの怒っている表情ではなく、俺の事を見て何か複雑な表情を浮かべて困惑しているように見えた。

 

俺の一瞬の変化に気づいたか。前にこの視線を感じた時もアインハルトが隣に居たし気づくか。

 

他を見ると、俺が一瞬驚いた事に気づいていないようだ。気づいたのはアインハルトとオリヴィエのみ。

 

どうするかと考えつつ俺はマンションへと歩を進めた。ヴィヴィオ達と雑談して進んでいるが、背中から刺さる視線が筋肉を緊張させて冷や汗を掻いてしまう。

 

「ガイさん、暑いんですか?結構汗を掻いてますよ?」

「今日は少し暑いからな」

 

リオに指摘されたが何とか誤魔化す。今日が猛暑日でよかったと、今日の気温に初めて感謝した。

 

「あ、ガイ。そういえばシャンプー切れていましたよね。私が買ってきますよ」

 

と、突然のオリヴィエの声に俺はオリヴィエに顔を向ける。一瞬だがオリヴィエが頷いて合図をした。

 

「……ああ。頼むわ。小銭渡しておくよ」

「お任せください」

 

胸の前に握りしめた右手を持ってきて自信満々な表情で頷いた。そして、俺は小銭を預けて、オリヴィエは来た道をUターンして皆から離れる。

ヴィヴィオ達が別れの挨拶をしているのでオリヴィエは笑顔で振り返ってそれに手を振って答え、雑踏の人ごみの中へと消えていった。

 

「……」

 

見失ってもアインハルトはオリヴィエが消えた人ごみをじっと見つめていた。何か感じているのか分からないが、その表情から感情が読み取れない。

 

そして、背中越しに感じていた殺気の篭った視線は薄らいでいった。オリヴィエに注意が向かったのだろう。

その殺気の篭った視線が薄らいだおかげでホッと一息をつける事が出来て、汗をタオルで拭いた。

 

しかし、こうして皆と居るのに俺だけに殺気を集中させる事が出来るのだろうか?オリヴィエはその殺気に気付いたようだが。

“殺気”は放つと四方八方に放たれて、周りの人達に降り注いでしまうモノだが、この視線の殺気の人物は俺だけにその殺気を注ぎ込んでいる。

 

本当に可能なのか?

 

しかし、現実はそれをしている人物がいる。それだけでも分かる。その人物はかなりの強敵なのだろう。

 

俺も後からサポートに行かないとな。そんな危険な人物にでも負けるとは思わないがオリヴィエ1人で向かわせるわけにもいかないし。頃合いを図って俺も皆と別れるか。

 

「……帰ってご飯の準備をしておくか」

 

俺は嘘の言葉を呟いて皆と帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ビルの屋上

 

私はガイ達と別れてビルの屋上へと歩を進めた。

 

ガイ達と別れてからその視線は私に向けてきている。途方もない殺気を込められており、ガイはよくこれに粘れたと思う。

常人ではこの殺気は一分と持たないうちに失神してしまうでしょう。私は戦場で殺気に対しての免疫力は付いていますので、臆することなくその殺気の発生源である場所へと歩を進める事が出来ます。

 

コンクリートの階段を上り、ガムテープで四方に張ってある“立ち入り禁止”と書かれている紙の付いたドアを開ける。

 

ドアを開けると、そこは何もなかった。四方を全てフェンスで囲んでいる。地面には長年設備を整えていないのか所々にひびの入った灰色のコンクリートの海。

植木の木やベンチも無く、何の捻りもない無愛想な殺風景で少し寂しかった。ここをデザインする設計者が悪かったのかもともと何も考えていなかったのかはわからないが、あまり人が好ましいと思える場所ではない。だが、そのおかげで人の目に触れる事はほぼ無いだろう。

そして、その殺風景に似つかわないモノが目の前でこちらに目を向けていた。

 

1人の人物。

だが、全身から漂う刺々しい雰囲気が只者ではないと直感で感じた。

 

この人物こそが先ほどの途方もない殺気を含んで視線を送っていた張本人で間違いないだろう。

 

その者の背中には大きな星が二つ輝いており、こちらから見ると相手は逆光で薄暗くて見えにくく、より一層不気味な雰囲気を醸し出す道具と化している。

 

「何者です?」

 

私の声に反応したのかその者が一歩ずつ近づく。

 

「止まれ!!それ以上近づくな」

 

私は魔力で一瞬にして長年愛用している騎士甲冑の姿に変えて構える。その様子を見て相手は動きを止めてマジマジと私の事を視察し始めた。

距離は7メートル弱。そのくらいの距離なら薄暗くても相手の全体像が確認できた。

見た目は整ったセミショートの黒髪で黒い瞳の30~40歳代ぐらいの男性。上着である灰色のスーツを脱いで左腕にかけて、灰色のネクタイに白い長そでのワイシャツに袖なしの黒いセーターを着込んでいる。

 

第一印象とすればこの現代の社会人に見えますね。ですが、あの者から放たれる殺気の量が半端ない。

 

戦場を駆け巡って殺気に対して免疫が付いていた私でさえ、あの者とマトモに対峙すると背中に冷や汗が流れているのが分かった。

 

原因はあの眼ですね。何か強い意志を持っているようにも見える。それが闘志となって途方もない殺意を生み出す。その意志が何かの鍵を示すのでしょうね。

 

「もう一度言う。貴方は何者ですか?」

「……オリヴィエ・ゼーケブレヒト……だな」

「!?」

 

こちらの質問には答えず、帰ってきた返答は私の質問の答えではなく私の正体の名前だった。

 

声には何の感情も篭ってなく機械と話しているような感覚だ。

 

しかし、私の事を私の名前で呼ぶなんてことはこの世界でガイとアインハルト以外に居るとは思えなかった。

情報戦はしっかりとしてきたはずだ。私が外出するときはフリージア・ブレヒトとなっているので、決して私がオリヴィエだと世間が認識を持つなんてことは無かったはずだ。

 

なのに目の前の男は私の正体を知っていた。カマ掛けかと一瞬思ったが、私の他にも歴史で女性の名を残す者が多数いるのでそれは考えにくかった。

 

何処かで情報が漏れた?いえ、そんなはずは……。

 

「ガイ・テスタロッサのサーヴァント。クラスはファイター」

「……!!……そこまで知っているのですね」

 

情報が漏れている筈がないと考えていたが、どうやら相手はこちらの情報がほとんど分かっているようだ。どこから漏れたのかはわからないがとにかく目の前の男を抑えないと情報がどんどん枝分かれ状に広がって戦況が不利になっていく。

 

「私の存在を知りたいか?」

「“聖杯戦争”のマスターですか?それともサーヴァント?」

 

その男は決して表情を崩すことなく笑みもなく怒りもなく無表情のまま、しかし、殺気は消えないまま答える。

 

「キャスターのマスターだ」

「キャスターの……マスター……」

 

マスターでこれほどの殺気を放つなんて……この聖杯戦争はマスターが強すぎですね。ランサーのマスターもサーヴァントである私と対等に渡り合えていましたし。

 

「キャスターはそこに居るのですか?」

「キャスターは傷を負ったから休養中だ。現れんさ」

「マスターである貴方がサーヴァントである私に勝てると思っているのですか?」

「現にランサーのマスターも君と渡り合えただろう」

「……」

 

キャスター組は情報が豊富すぎる。先の戦いもキャスター組に漏れている。とても危険な組だ。早急に手を打たなくてはならない。

 

「……」

 

と、キャスターのマスターに異変が起こった。キャスターのマスターから刺々しい雰囲気が無くなり、静かな雰囲気に変わって右腕を前に出して内側に曲げ、右手を横にして手の内側をこちらに向けるように構える。

 

雰囲気が変わった?

 

私は今までのどす黒く感じていた雰囲気からいきなり穏やかな雰囲気に変わった事に戸惑いを感じた。しかし、そんな戸惑いは一瞬だった。

 

私は反射的に……いえ、本能的に横へと避けた。避けた瞬間、先ほどまで立っていた私の場所に何かが高速で通り過ぎて、入ってきた後ろのドアに何かがブツかってドアが破損した。

 

視認している暇が無かった。あれは……なんでしょうか?魔弾?それにしてもなんて速い!!

 

キャスターのマスターは魔法陣の展開も無しに“何か”を作成して発射まで一瞬で行ったのだ。

 

私はその事実に驚きつつ、再びキャスターのマスターを視る。キャスターのマスターは特に表情に色を表すことなく、静かな雰囲気のまま私の事を見つめている。

 

しかし、あの雰囲気は何処かで感じた事がありますね。雰囲気……というよりも似たような風景に。

 

そんな考えもしていたが私は一先ず今考えていた思考をやめて、予備動作もなくあの速度の“何か”を撃ってくることに留意し、手甲を握りしめてキャスターのマスターを見据えて構えた。

 

「行きます」

 

私はキャスターのマスターに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

俺は途中で皆と別れる事が出来ずに部屋まで戻って、先ほどの嘘の言葉が現実となってキッチンに立っていた。

部屋に戻ってすぐにオリヴィエの後を追って行こうとしたのだが、行けなかった。その原因は……俺は隣を見た。隣には……

 

「……」

 

トントンとリズムよく包丁で野菜を切っている、制服の上にエプロンを着たアインハルトが居た。

先ほどドアの前で別れようとしたらアインハルトが何故かこっちのドアに来て、一緒に料理を作りたいと言ってきた。

俺は否定してすぐにオリヴィエの後を追いたかったが、アインハルトの瞳を見ると何か別の強い意識を持っているように見えたので否定することが出来なかった。

 

「……?ガイさん?どうかしましたか?」

 

と、俺の視線に気付いたのか包丁で野菜を切るのを一度やめて、アインハルトは顔をこちらに向けて首を傾げて聞いてきた。

 

「いや、何で一緒に料理を作りたいのかなって」

「オリヴィエに料理を作りたいと思いまして」

 

即答で帰ってきた。だが俺は嘘だとすぐに分かった。いや、オリヴィエに料理を作りたいと思っているのは少しはあると思うけど、それが全てじゃない。

 

「なら俺が居なくても料理は作れるだろ」

「そ、それはそうですが……ガ、ガイさんの作る料理も参考にしたかったので」

「……本当の理由は?」

「うっ……」

 

少し声を低くしてアインハルトの真意を確かめる。アインハルトは言葉を詰まらせて包丁をまな板に置いて顔を少し伏せた。

 

「……オリヴィエと別れた時、覇王の記憶に残っていた一番悲しい時の……オリヴィエと死別した時の面影が被って見えました。その悲しい気持ちが私の胸を満たされてしまって……」

「……」

 

アインハルトは眼から一筋の涙を流していた。

その光景はオリヴィエの記憶を見た時のやつだろう。ゆりかごにはオリヴィエが乗る事になったあの時の光景。

オリヴィエにとっても辛い記憶のはずだ。

 

「だから、ガイさんにどうしたら良いかなって。なかなか口に出しずらくてズルズルとしてしまいまして申し訳ありません」

 

アインハルトは涙を手で拭って、ペコリと俺に向いて頭を下げた。

 

「……心配するな。今からオリヴィエを迎えに行ってくるから、アインは美味しい料理を準備しててくれ」

「で、でも……」

 

ニッコリと俺は笑って頭を撫でてやり、アインハルトの気持ちを紛らわそうとした。

 

アインハルトは何か言いたそうな表情で俺を見ていたが俺の笑顔を見て口を結んだ。

 

「……ズルいですガイさん」

「何か言ったか?」

「いえ」

 

ボソッと何かを言った気がしたが気のせいだったようだ。

 

「それじゃあ、俺はオリヴィエを迎えに行ってくるから」

「はい。では、私は美味しい料理を作って待ってます。ちゃんとオリヴィエと一緒に帰ってきて下さい。約束です」

 

俺は、ああ、と言ってアインハルトに料理を任せて部屋を出た。

 

そして、玄関のドアを閉めて夜空を見上げる。大きな二つの星が輝きが欠けることのない晴天だ。昼間の雲は移動したようだ。

 

俺はアインハルトの話を聞いてから胸騒ぎが収まらなかった。オリヴィエに何かが起こっているのかは分からないが急いだ方がよさそうだ。

夜道で他のサーヴァントに会う可能性もあるがオリヴィエをほっとく訳にも行かない。

 

「頼むぜ、相棒」

『死力を尽くします』

 

首に掛けてあるプリムラの心強い言葉を聞いて、俺は階段を飛び降りるくらいの勢いで駆け下りて、夜の街へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ビルの屋上

 

視界に映るのは灰色一色のみだった。

 

その原因は私は今、うつ伏せになってコンクリートの味を噛みしめているような状態だったからだ。五体満足ではあるが体の腹部と背中に激痛が走る。

 

私は気絶しそうなその激痛に何とか耐えて顔を見上げる。眼の前にはキャスターのマスターが無表情のまま、黒い瞳で私の事を見下ろしている。

 

鉄の味が広がる……どうやら唇を切ったようです……ね……っつ、腹部が痛む。

 

だが、痛みを感じている暇はない。今のキャスターのマスターは私を死の淵へ戻す“死神”と化している。それを避けるために今私は頭をフル回転させている。

 

私はあの時確かにキャスターのマスターに向かって今まで共に戦って来てくれた手甲をブツける気で殴ろうとした。

その時に何かを感じた。うまく言葉にはできないが何か違和感を感じた。

 

そして、私の拳が当たる瞬間、キャスターのマスターは何の呼び動作もなく私の拳をかわし、上着を持っていない右手で私の腹を殴った。

 

その拳はとても重くて衝撃は凄まじく、中の内臓が全て外に出てしまったのではないかという錯覚に陥ってしまうぐらいだ。

 

その間、0.05秒にも満たない速さ。人の反応速度を超えている。

 

何とか僅かに反応出来て、私は後ろへ下がったがそんなのは気休め程度。

その衝撃で私の体はへの字に曲がり、キャスターのマスターは私の背中にひじ打ちを上からかまされて、私はコンクリートの海に叩きつけられた。

 

「“聖王女”とやらも、こんな程度か」

「っぐ!!」

 

侮辱されて黙っていられるほど王家は温厚ではない。その侮辱を受けて私は激痛を忘れるくらいに頭に血が上り、その満身創痍の体を無理やりに起こして立ち上がり大きく後ろへ下がる。

 

「まだ動けるのか」

「ま、まだ、始まったばかりです!!」

 

私は後ろに一発の魔弾に威力を込める“聖王聖空弾”を練成した。

 

「だが、遅いな」

「!?」

 

キャスターのマスターの声が後ろから聞こえた。その時にまた何か違和感を感じたが、それを模索している暇は無く、キャスターのマスターは後ろ向きで私の後ろへ回り込んでいて、後ろ襟を右手で掴んで大きく振り投げるような形で私をフェンスへと投げ飛ばした。魔弾は集中することが出来なかったので消滅してしまった。

 

「がはっ!!」

 

ガシャンとフェンスの音が響き、私を中心にフェンスにクォーターが出来て、磔にされた。何とか金網が外れなかったので漆黒の闇へ落ちる事は無かったが、目の前には右手を横にして手の内側をこちらに向けるように構えるキャスターのマスターが冷酷無比な表情で今、動けずにいる私に止めを刺そうとしていた。

 

私はまた何も守れずに終わるのでしょうか?こんなにも力が弱いから……大した実力もないのに“聖王女”になって、武技において最強とも言われた私は過去の人物。現代の人物においても最強とは限らない。

 

私は……なんて弱い……。

 

『いや、俺はこれほどのサーヴァントが居るならとても心強いと思ったが』

 

でも、ガイはこんな私の事を心強いと言ってくれた。こんな私に……自分の背中を預けなければならない弱い私にその言葉をかけてくれて、私は温かい気持ちが籠って嬉しく感じた。

そんなガイのために私は死力を尽くしたかった。

 

だから、こんなところでは終われない。終わるわけにはいかない!!

 

しかし、そう思っていても体がもう動かせるような状態ではなかった。いくら力を入れてもぴくりと動かない。そして、キャスターのマスターから“何か”が放たれた。私にたどり着くまで0.1秒もかからないだろう。その“何か”が私の活動する肉体を破壊してこの体はただの肉塊と化す。

 

だが、その“何か”は0.1秒たった今でも私に届く事は無かった。

 

“何か”は真上から飛んできた白と青の強調された人ぐらいの大きな“盾”が私とキャスターのマスターとの間に……私を守るようにして私の命を削り取るはずの“何か”を防いだ。

 

「……」

 

キャスターのマスターは僅かに表情を曇らせ空を見上げる。私も痛みをこらえて何とか上空を見上げた。

 

そこに1人の人物が居た。先ほどの攻撃を防いだ盾と似ている二枚の盾を浮遊させ、そのコアであるのか剣の切っ先のように鋭く紋章のような何かが盾よりもその人物の隣で浮遊している。その人物の左手に砲撃のような銃みたいな物を手にしている。

そして、バリアジャケットなのか盾と同じく白と青の強調した服装をしている。

 

ですが、あの栗色のサイドテールをしている人物は……。

 

その人物の特徴をとらえようと見据えたが脳裏には過去にあった1人の人物が浮かび上がってきた。

 

「なの……は?」

 

浮かび上がった人物は私の複製体であるヴィヴィオの母を務めている高町なのはだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――街頭

 

俺はオリヴィエと別れた場所へと向かっていた。斜め上から殺気を感じていたのであの周辺のビルの内部か屋上辺りから放っていたと予測できるので目的地は必然とそこになる。

 

「……人が居ない?」

 

俺は周りの異常な雰囲気に気付いた。さっき皆で帰った時には様々な人たちが行きかっていたはずだ。

しかし、今俺の周りには誰一人居なかった。

 

「きゃは……」

 

何処から声が聞こえた。笑い声とも言うのだろうか。その声を聞いて一瞬、背筋が震えあがったのを覚えた。

まるで相手の事をどうとも思っていなく、四肢を一つ一つ刀や剣で切り裂いていき玩具のようにして笑っているような人物が漏らす残忍な声が連想された。

少し高い声からして女性だろう。

 

「きゃははは~。君がファイターのマスター?何か弱そうだね~。心臓に~一刺ししたら死んじゃうくらいに脆そうだね、きゃははは!!」

 

そして、邪悪な感情的な笑みを表情に出して高笑いしながら目の前に1人の少女が現れた。

 

見た目は身長160センチぐらいでブラウン色でセミショート。瞳は薄汚れているような黄色で残忍な笑みとぴったり似合っていた。

 

服装はピンクと白のアオザイを着ている。顔も整っているので残忍な笑みが無ければそのアオザイはその少女を引き立たせて美少女になるアイテムになっただろう。

 

しかし、あの視線の途方もない量の殺気を放っていないことからこの人物は先ほどの殺気を含んだ視線の張本人ではないと結論付ける。

今俺の事を見ている少女にも殺気を感じるが、あの視線の殺気の質とはまた異なる。

 

「君は何者なんだ?」

 

俺は高笑いしている少女に声をかける。

 

「私ぃ~?私は何だかわかる~?」

「いや、分からないから聞いている」

「しょうがないね~。おバカなファイターのマスター……ガイに教えてあ・げ・る♪」

 

ウインクしながらも残忍な笑みを隠さずにいる少女の横に人物が音もなく現れた。

 

「……!?あの時の!?」

 

その人物は全身プレートアーマーを付けており、白色の甲冑は、何の特徴もない没個性だ。

 

「バーサーカー!!」

「きゃは、きゃはははは。そうだよ、私がバーサーカーのマスター、トレディよ。覚えといてね、ガイ。ああ、でもこれから直ぐに死んじゃうから関係ないか。ここ一帯は人避けの結界張ったから大声出しても人は来ないしね。きゃはははは!!」

 

その目障りな笑い声が耳に響いて不愉快だった。

しかし、今はこのバーサーカーを相手にしないといけない。バーサーカーに集中しているので不愉快なのは二の次だ。

そして、あのトレディと名乗る少女もどんな力を秘めているか分からない。

 

これは絶対絶命……か。

 

俺は絶望的な状況下に居ると判断したので直ぐにセットアップして居合の刀になったプリムラを構える。

 

いや、なんとしても血路を切り開いてオリヴィエと合流しないと。

 

「え?なに?ガイ1人でバーサーカーと戦う気なの?随分と自分の腕に自信があるんだねぇ。そんなガイを見てると私はいろんな所が濡れちゃいそうだよ、きゃははは!!」

 

トレディの戯言は聞くだけ無駄だ。今はバーサーカーの情報が欲しい。

バーサーカーから放たれる禍々しく黒いオーラが凄まじい。

 

邪悪な思念を持っているのか?

 

バーサーカーを見れば見るほど分からなくなっていく。

 

「きゃは、殺っちゃいな、バーサーカー」

 

更に口元を歪めて笑いバーサーカーに指示を出すトレディ。その指示によって、バーサーカーは構えも無しに俺に向かって弾丸のような速度で突進して拳を放ってきた。

俺はそれを何とか反応し紙一重で避けて、鞘走りして抜刀した勢いで横斬りを行う。

だが、バーサーカーはしゃがんで俺の横斬りを避ける。そして、アッパー気味に拳を突き上げてくる。俺はそれを半歩下がって避け、左手に持っていた鞘でバーサーカーに横振りを行った。

バーサーカーはそれも避けて、大きくバックステップを取り距離を取った。

 

この動き……まさか、な。

 

俺は刀を鞘に収めながら考えていた。このような戦闘スタイルを行った人物と戦った事があった。

 

「きゃははは、ガイは意外と動けるのね~。ちょっと惚れちゃいそぉ~」

 

トレディの戯言は無視して、バーサーカーを見据える。先ほどの動きを見る限り、地上戦の白兵戦に特化した英霊なのだろうと理論づける。

 

だから、こいつは多分空を飛べないと思う。

 

俺はそう思って、空に舞い上がった。

 

「ふ~ん、ガイは空中戦をご所望なのねぇ~」

「!?」

 

俺は驚いた。全身に白いプレートアーマーが付いているバーサーカーが空を飛んで俺を追っていた。バーサーカーも空を飛べるようだ。

 

そして、バーサーカーは右の回し蹴りを俺に向かって下から放つ。

 

「っぐ!!」

 

それを何とか鞘で受け止めるが、その間にバーサーカーの左拳のストレートが俺の顔面を下から狙っていた。

 

プロテクションをギリギリ発動させる事が出来たのでそれで受け止める。が、威力が凄まじく、プロテクションが壊れ俺はさらに上空へと強制的に飛ばされた。

 

バーサーカーも一度体制を整えて少し離れた距離に居る俺を追ってきた。

 

「っく、プリムラ、セカンドモードだ!!」

『了解しました、マスター』

 

こうなってはまだ不安定な状態ではあるがセカンドモードで戦うしかない。俺は飛ばされながらプリムラに指示をした。

プリムラはすぐに答えて、セカンドモードに移行した。

 

刀が光り出して、一瞬にして形を変えた。いや、形を変えたと言うよりかは“伸びた”と言った方が正しい。

 

赤い鞘が約四倍に伸び、刃が黒くそりが白い刀身もそれに伴って伸びている。これでは普通に抜く事は出来ないだろう。普通なら。

 

「行くぞ、バーサーカー」

 

俺は向かってくるバーサーカーに対して急降下した。そして、そのまま鞘走りを行った。人間の構造上、鞘から抜刀するためには右手と左手が伸ばせる距離までの刀身と鞘が無いと抜く事が出来ない。

 

そして、このセカンドモードの刀は明からに右手と左手が伸ばせる距離を超えている。どのようにして抜くか。

 

答えは簡単だった。

 

俺は鞘走りから抜刀した……鞘をバインドして。

 

「!!」

 

トレディは驚いている様子が視認出来たが、俺はバーサーカーに注意を向けて、そのまま刀身の長い刀を横斬りした。

 

バーサーカーはそれを右腕で防いだ。

 

「はああああぁぁぁ!!」

 

しかし、バーサーカーは受け止めた刀の衝撃が強くて、手のプレートが壊れて横に大きく飛んで行った。

 

鞘を持つ必要が無くなった左手も柄を握っているので両手持ちで居合抜きを行ったのだ。威力が高くなるのも当然の事だ。

 

「へぇ~、なかなかやるじゃない、ガイ」

「!?」

 

さっきまで地上に居たトレディだったが、いつの間にか目の前に居て、俺に踵落としを喰らわそうとしていた。

トレディも空を飛べたのだ。

 

「っぐ!!」

 

俺は両手持ちで刀を握っていたのでガードする暇が無く、踵落としを左肩にまともに受けてしまい地面へ落ちていく。

 

俺は必死に飛行を行い、何とか地面にぶつかること無く着地した。

 

「はぁはぁ、プ、プリムラ、ファーストモードに……」

『分かっています』

 

息が上がっていた。やはり戦況はまずい方へと傾いている。

 

俺は自分の身長以上ある刀を最初の状態に戻した。

あれほど長い刀と鞘は地上で使うのはかなり難しい。バインドをうまく使えばやれなくはないが、長いすぎるので行動に制限が掛ってしまう。

本当に空中戦で使う武器だ。

 

音もなくトレディは俺より少し離れた地上に降りてきた。バーサーカーもトレディの隣に降りる。

 

再認識したが現状は1対2だ。どちらにも注意を払わないといけないのはとてもキツい。

 

バーサーカーが中距離で構えてきた。俺はなるべくそっちに留意して警戒した。正直、あのバーサーカーは何をしてくるか全く予想が出来ない。

そして、バーサーカーは拳を右拳を回転するように放った。

 

無数の……かまいたち!?

 

バーサーカーの拳からあり得ない量の真空刃が飛んできた。全ては俺を切り裂く死神の鎌と化して。

 

俺はセカンドモードに魔力を使ったので、残りの魔力値は少ない。その残り少ない魔力を全て絞り出して、プロテクションを目の前に展開した。

 

ガリガガガッ、と、プロテクションに真空刃がぶつかる音が響く。そのプロテクションにひびが入った。

 

「っく!!」

 

そして、パリンとプロテクションが割れて、まだ新品状態の真空刃が俺を襲う。

 

顔を伏せて両手をクロスして頭や心臓などの急所の部分を何とか防ぐ。しかし、その他の至るとこに刀で斬りつけたのような斬り傷がについてしまった。

魔力をすべて使ってしまったのでバリアジャケットが維持できなく、航空部隊の制服に戻っている。

航空部隊の制服がボロボロだ。

 

「!?」

 

俺は足に力が入らなく、片膝をつく。魔力も肉体も限界なようだ。

 

「あらん、ガイはもう限界ねぇ~。これはこれは絶対絶命ねぇ~。この戦争の最初のリタイアはガイかしらん~?」

 

何とも楽しそうな声で残忍な笑みを溢すトレディ。

 

「……楽しそうだな、トレディ」

「楽しいわね~。相手に止めを刺す時が何とも言えない快感よねぇ~。こいつはまるで私に殺されるために生まれてきたんだってねぇ~、きゃはははは!!」

「……」

 

こいつは危険な思考を持っている。

人殺しを何とも思っていない。そこら辺に生えている雑草をむしり取るような感覚で人殺しを行っている。

 

トレディが居るだけでも不幸になる人物は現れる。こいつは手放しに放っておいてはいけない。

 

「それじゃあ、ガイ、バイバ~イ」

 

トレディはニッコリと悪魔な笑みを浮かべ、手を振りながらバーサーカーに指示を出した。バーサーカーは俺に向かって走り出し、右拳を放ってきた。

その速さは見切れたが体が限界なのか動かす事が出来なかった。

 

目の前には避けることのできない死の感触。

 

俺は死ぬのか?まだ何も成し遂げていないのに……夢を実現させないままで終わってしまうのか?

 

『私がガイに召喚された時からこの拳はガイの勝利のために振ると忠誠を誓っています』

 

不意にオリヴィエの言葉が蘇ってきた。

 

弱い俺のために、昔の王家で羞恥心をあまり持たず、武技において最強を誇っていた王女が勝利を誓ってくれた。その言葉を聞いた時とても心強いと思った。

 

『では、私は美味しい料理を作って待ってます。ちゃんとオリヴィエと一緒に帰ってきて下さい。約束です』

 

アインハルトの言葉も蘇った。料理を作って俺とオリヴィエの帰りを待ってくれている。

 

帰らないと。アインの居るマンションへ。アインとのオリヴィエと帰る約束を守らないと!!

 

俺は細胞の一つ一つに動けと脳から電気信号を送って、動かすことのできない体を無理やり動かし、鞘走りをしてバーサーカーの右拳に合わせて鍔迫り合いの状態に持ち込んだ。

 

「まだ、そんな力が残ってるの~?しぶといね~」

 

だが、それもただの悪足掻き。鍔迫り合いも俺が押される形になる。

 

「っぐ!!」

「きゃははは!!早く死んじゃいなよ~」

 

トレディのテンションは更に上がっていた。早く俺に止めを刺したいのだろう。

 

しかし、突然目の前のバーサーカーが視界から消えた。俺は一瞬何が起きたのか理解できなかった。

 

「……」

 

眼の前にはバーサーカーの代わりにフードを深くかぶって顔を晒さずに、バーサーカーに横から拳を入れたのか、正拳を放ったモーションのまま立っていた。

 

「なにぃ、あんた誰ぇ~?」

 

トレディは楽しみが奪われてしまったからか声を低くして不機嫌な声になっていた。

 

「Aaaa……Aaaaa!!」

「!!」

 

だが突然、飛ばされて少し離れているバーサーカーが枯れきった声で雄叫びを上げた。その雄叫びを聞いて、フードを深くかぶった人物は僅かだが何かに反応した気がした。表情は相変わらず見えないが。

 

「ちょ、ちょっとぉバーサーカー!?何、雄叫び上げてんのよぉ~」

「Laa……AaaaaLaa……Aaaa!!」

「ええい、まだバーサーカーのコントロールがまだ安定しないわねぇ~。まあいいわ~。ガイ、殺すのはまだ後にしてあげる。今日は引いておくから次会う時まで自分の死に際を決めといてね。焼死、水死、圧死、斬死。何でもいいわよ~、きゃははは!!」

「……」

 

そして、トレディは最後に残忍な笑みをこちらに向けて、バーサーカーと共に飛んでこの場から消えた。

 

この場に残ったのは俺と突然現れたフードを深くかぶった人物。

 

こいつは何者だ?まあ、ここに居るってことはやはりこの聖杯戦争のマスターかサーヴァントか?

 

俺はフードを深くかぶった人物が何者か知りたかった。しかし、助けてくれたのは事実なので礼だけも言っておくことにした。

 

「さっきは助けてくれてありがとう。おかげで生き残れたよ」

「……」

 

その人物は決してフードを取ること無く、俺の返事の代わりに首を縦に振った。

 

「でも、君が何者かはわからないけどここに居るってことはマスターかサーヴァントか?」

「……」

 

だが、その質問には何も反応を示さず、俺に近づいて、手を握る。その手はとても暖かい温もりを感じた。

 

傷が僅かに癒えた?魔力も少しだが回復した。

 

そして、その人物は手を離し走り出して、あっという間に見えなくなった。

 

「悪い奴じゃなさそうだが」

 

俺はよく分からない人物が現れて困惑してしまった。

 

俺を助けてくれた上に傷を少しだが癒してくれた。敵であることに間違いは無いのだが、ここまで敵に塩を送るとは。

 

「っと、急いでフリーと合流しないと」

 

俺は傷が少し癒えても笑っている膝に喝を入れてオリヴィエと別れた場所へ歩き出した。こんな状態でオリヴィエの援護に行けるかはわからないがとにかくオリヴィエが心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ビルの屋上

 

しかし、何故なのはがここに?しかも合宿の時に見た武装とはだいぶ違う。

 

「……“アーチャー”か」

「うん、私のクラスは“アーチャー”だよ」

 

キャスターのマスターが質問した返答にアーチャーは自分のクラスを隠さずに公表した。まあ、左手に持っている砲撃のような銃から簡単にアーチャーだと想定されてしまうだろう。

そして、その声は紛れもなくなのはの声だった。

 

「そして“高町なのは”か」

「まあ、この世界じゃ結構名が知れ渡っちゃっているから隠し通せないもんね」

 

やはり浮遊している人物はなのはだった。

 

なのはも英霊になっていたのでしょうか?ですが、現代になのははまだ生存している……ということはあのなのはは未来のなのは?あの武器は初めて見ますし。盾が三つに見たこともない銃。

 

私は何とかフェンスから体を離して、左手で右肘を押えながら空を見上げる。やはりどう見てもなのはだ。見間違えることはない。だが、その武器は見たことも無い武装だった。

 

「そこまでだ」

「……」

 

と、更にキャスターのマスターの声でもなくなのはの声でも無い、第3者の声がこの戦場に響いた。

 

私はその声の発生源へ視線を移した。

そこには白と黒の二本の剣を持っている薄い赤のかかった短髪に薄い黄色い眼をした少年が、キャスターのマスターの後ろから片方の剣をキャスターのマスターの首筋に切っ先を当てていた。

 

「……衛宮士郎か」

「俺の名前までも調べているのか」

「魔術師の端くれでもありながらも大禁呪である“固有結界”を使う事が出来る」

「……そこまで調べているとはな」

 

その少年の頬に汗を掻いていたのが分かった。驚きを隠せないでいるのだろう。

 

「1つ聞きたい事がある」

「……何だ?」

 

衛宮士郎という少年がキャスターのマスターに質問した。

 

「あんたは何のためにこの聖杯戦争に参加している?」

「……」

 

キャスターのマスターは考えているのか即答で帰ってこなかったが、少し顔を伏せたのが分かった。そして、答える。

 

「……因縁を断ち切るためだ」

 

私は耳を疑った。その言葉はとても優しい声に聞こえたからだ。

 

いや、実際に優しげな声なのだろう。さっきまでは何の感情もないような声ばかりだったのが、今の言葉に優しさがあったので私は耳を一瞬疑ったのだ。

 

「それは周りを巻き込まないと出来ない事なのか?」

「それ以上答える義務はない」

 

しかし、再び何の感情もこもっていない声に戻り、キャスターのマスターは突然に動きだした。

 

「!!」

 

私はキャスターのマスターが移動したその時にも何か違和感を感じていた。

 

うまく説明できないこの違和感は何でしょうか?

 

そして、衛宮士郎は相手が突然動いたので手に持っている得物を急いでキャスターのマスターに振ったがただ空を斬っただけだった。

 

キャスターのマスターは衛宮士郎の後ろに回り込んで、背中にあのとても重い右拳を放つところだった。

 

だが、それはガシャンとキャスターのマスターと衛宮士郎の間に降りてきた盾によって防がれた。

 

「っく!!」

「マスター!!」

 

キャスターのマスターは拳が届かなかったことに表情を曇らせて、空中に待機していたなのはは衛宮士朗の所へ急降下してくる。私の目の前にあった盾も再び動き出して衛宮士郎の所へ飛んでいく。

 

「同調、開始(トレースオン)!!」

「!?」

 

だが、私は飛んでいく盾よりもあの少年の動きに驚きを隠せないでいた。手に持っていた二本の剣を手放して、素手で戦うのかと思ったら何もないところから武器が現れた。

その武器は鞘と刀のガイが居合で使うようなモノだった。

 

衛宮士郎はそれを居合のように構えて、キャスターのマスターに鞘走りしながら抜刀した。

 

「“水月”!!」

「っく!!」

 

“水月”?あれは天瞳流抜刀居合“水月”か?ガイが使っていた技と同じ?

 

居合は抜刀の瞬間こそ最速が完成する。静止した姿に勢いが秘められているモノ。天瞳流抜刀居合は抜刀時の最速が底上げされている流派だとガイから聞いた。

 

キャスターのマスターは避けようとしたようだが、周りにはいつの間にか三つの盾がキャスターのマスターの進路を防ぐように囲んでいたので身動きが取れなかった。目の前だけは開いていたが、そこには衛宮士郎の抜刀術が放たれているので、避ける事は出来ない。

 

キャスターのマスターはそれをプロテクションで何とか受け止める。

 

「っく、なかなかやるな、衛宮士郎。偽善者のくせに」

「確かに俺はこのまま理想を貫けば偽善者になるだろう。だけど俺は“あいつ”のように理想を抱き続ける。夢の果てにあるモノが偽物だとしても最後までその理想を貫き通したように。“あいつ”は自分には持ちえない理想だからこそ、その尊さに涙し憧れた。借り物の理想だとしても貫き通せばそれは……」

 

夢の果てにあるのは偽物……借り物の理想……あの少年は何か特別な理由が多そうですね。

 

さまざまな思考を巡り合わせている少年がとても儚げに見えた。

 

「……ふんっ」

「!?」

 

まただ。また何か違和感をキャスターのマスターから感じた。

 

「なっ!!」

「消えた……」

 

それと同時にキャスターのマスターが消えて、衛宮士郎となのはは驚いていた。

 

『そんな理想を抱いているからこそ……己自身を捨てる運命になると言うのに気付かないのか?』

 

そして、キャスターのマスターの声が脳に直接聞こえてきた。

 

「俺は自分の理想を貫き通す。何が何でもな」

『……お前の理想、皆が幸福であってほしい願いなどおとぎ話だ』

 

その言葉を最後にキャスターのマスターの声は聞こえなくなった。衛宮士郎はそれを聞いて歯切りを鳴らしていた。

 

「“あいつ”と同じことを言いやがって」

「……マスター。あの人物はかなりの情報を持っていると思うよ。早めの対策が必要だね」

「……ああ、そうだなアーチャー」

 

衛宮士郎は歯を喰いしばっていた事に気付き、一度冷静になって、そう言いつつ、手に持っていた刀を消した。なのはは私の方を見て複雑な表情をした。

 

「貴方はフリージアさんだよね?」

「……ええ。あなたはこの世界だと……未来から来たなのはでしょうか?」

 

このなのはは私の本名を知らないようだ。そして、私の質問にこくりと頷く。

 

「うん、私はこの世界だと未来の人になるね」

「お、おい、アーチャー。情報を少し漏らしすぎだぞ」

「あ、マスター。ごめんね」

 

衛宮士郎に指摘されて朗らかに笑うなのは。

 

「……どうか、ガイ君をちゃんと守ってあげてね」

「わかっています。ですが……なのは。私は貴方と敵同士になるし、ガイも貴方の敵になる」

 

私は少し視線を斜め下にズラした。マスターがガイだとバレている。このアーチャーが“高町なのは”だからか?

 

「それはしょうがないよ。でも、もしぶつかり合う事になったら容赦しないからね」

「……望むところです」

 

満面な笑顔を見せてくるなのはは、やはり現代に居るなのはと同じ笑みだ。

 

「行こう、アーチャー。ああ、それとフリージアだっけ?」

 

衛宮士郎はなのはを霊体化させて、私の方を振り向く。

 

「はい、何でしょうか?」

「ガイの理想……叶うといいな」

「……」

 

その問いに私はなんて答えればよいか分からなかった。

 

『皆が幸福であってほしい願い』

『誰もが不幸にならないような世界』

 

衛宮士郎とガイの願いは何処となく類似点が多かった。

 

「そう……ですね」

「ああ、きっと叶うさ」

 

衛宮士郎は笑って、ビルの屋上を後にした。

 

私は夜空を見上げた。大きな二つの星が戦いの始まりの時と変わらず、輝きを失わずにこのビルの屋上を少しだけ照らしている。

 

「衛宮士郎の理想……ガイの理想……そして、私の理想……」

 

しかし、そんな光景など頭には入らず私の心中はかなり複雑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はオリヴィエと別れた場所までやってきた。先ほどは人避けの結界を張っていたとトレディが言っていたので人はいなかったが、ここはまだそれなりに人がいるようだ。

 

「どのビルだ?」

 

俺は周りを見渡す。ビルが道路に沿って延々と並んでいる。それを一つ一つ調べるのはかなり骨が折れる作業だ。

 

「ガイ……」

「ん?」

 

そこに、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。しかし、その声には何か覇気が無い。振り向くとオリヴィエが居た。

 

オリヴィエが生きていた事に俺はホッとした。

 

「……無事か?」

「ええ」

 

だが、やはり覇気が無く元気も無さそうだ。こんなに落ち込んでいるオリヴィエを見るのは初めてだ。

 

「……とりあえず、帰ろうか。アインが待ってる」

「アインハルトが?」

「美味しい料理を作っているってさ」

「そう……ですか」

 

俺は人がまだ行きかっているここでいろいろ聞くのも良くないのでマンションに帰る事にした。オリヴィエも俺の後をついてくる。

 

今日の事を互い話し合わないと。俺の出来事も濃厚な内容だったが、オリヴィエの方が上かもしれないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

俺とオリヴィエはドアの前に立っていた。

 

「アインが居るんだ。そんなしけた顔はするなよ」

「ええ、分かっています」

 

オリヴィエは笑顔で答える。だが、まだ考え事をしているのか少し表情が浮かない。

 

「……開けるぞ」

「はい」

 

俺は少し心配したがいつまでも玄関前に立っているのもしょうがないので、ドアを開けた。

 

「ただいま」

「ただいま戻りました」

 

そして、中からアインハルトが出迎えてくれた。

 

ここは俺の部屋なんだけどな。

 

とりあえず、俺はアインハルトとの約束が守れたことにホッとした。

そして“ただいま”の言葉に返してくれる言葉がとても温かった。

 

「“お帰りなさい”ガイさん、オリヴィエ」

「アインハルト、お腹が空きました。ガイがアインハルトが美味しい料理を作ってくれると聞いたので楽しみにしています」

「はい、テーブルに並べてあります。皆で食べましょう」

 

俺とオリヴィエは日常と非日常の拠点となる俺の部屋へと戻った。




士郎さんが正式にマスターとし登場しますた。

トレディと言うマスターも登場しますた。

未来のなのはさんがサーヴァントとして登場しますた。

やりたいことにまっしぐらな作者です、はいw

しかし、キャスターもキャスターのマスターもバーサーカーもフードを被ったキャラも未だに謎めいているキャラですけどね、フラグだと思ってくだされば。

そこまで俺の筆力で書けるかは分かりませんが。

何か一言感想がありますと、とても喜びます。

では、また(・ω・)/


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十七話“学園と非日常の交差”

半年に一回の恒例イベントのために東京ビックサイトに行ってきたので上げている暇が無かったorz

ネタ探しにvivid本を買いに行ったら10冊ぐらいあったから良かった良かったw

色々とイメージしやすくなりました。

……はい、どんな言い訳をしても投稿が遅れていたことに関しては誠にすいませんm(_ _)m

では、17話目入ります。


―――St.ヒルデ魔法学院 中等科 教室

 

「え~、ですからiを使った虚数式は……」

 

先生が黒板に高等科ぐらいに習う虚数のiを使った数式を書いている。生徒達もその授業に真面目に取り組んでノートにその数式を写していた。

 

普段、ふざけている生徒もこの日はとても真面目になる。いや、真面目で無くても真面目なふりをしていなければならない。

 

「……」

 

私ことガイ・テスタロッサは何故かこのSt.ヒルデ魔法学院中等科の教室で一番後ろに立ってぼんやりと黒板を眺めている状況に立たされている。

 

周りにはここのクラスの生徒たちである親御さん達がひそひそと話をしながら授業を見学している。

 

そう、今は授業参観なのだ。子供たちが学校でどのような生活態度を送っているのかを授業の時に親御さんは見学して確認するための行事。

 

ふざけている生徒も親が後ろに立っているとなると、後で何を言われるか分からないから真面目なふりをするわけだ。

 

「あの~貴方、とても若そうに見えますけどどちらのお子さんのお父さんですか?」

「いえ、兄です。両親とも仕事が忙しいので代わりにアインの事を見学しに来ました」

 

隣に居た化粧をして小奇麗な恰好をしている親御さんに疑問の色を表情に出して、授業の邪魔にならないように小さく声で俺に問いかけてくる。

 

確かに周りの親御さん達は見た目でも3~40歳代の人たちだと分かる。その中でも俺は18という成人にもなっていない年なので見た目からしても少し浮いているのだろう。親御さん達から見れば疑問に思う事だろう。

周りの親御さんもちらちらと俺に視線を向けてくる。

 

「アインってアインハルトちゃん?あの窓際に居る可愛い子のこと?」

「ええ、あの子ですね」

 

その親御さんが窓際に視線を移したので俺もつられて窓際に視線を移す。

 

後ろ姿だが、背もたれに背を付けず姿勢を正したアインハルトが真剣な表情で授業を受けている光景が視界に入る。

文武両道と言っていたアインハルトは“文”においてもしっかりとしているようだ。

 

「家の子はアインハルトちゃんが好きなのよね~」

「は、はぁ……」

 

どうやらクラスの中にアインハルトに好意を持っている生徒が居るようだ。確かにアインハルトは顔も整っているし、物静かだし、成績も優秀だ。モテる理由はいくつもある。

 

「それにしても、あの子本当に可愛いわよね~。あの赤くて大きなリボンもとっても似合ってるし」

「アインはクラスでモテているのかも知れませんね。それは兄としてちょっと嬉しいし、ちょっと嫉妬したりもしますけど」

 

いかにも兄妹っぽい話をしようと俺は頭の中で必死に言葉を探して会話に出す。

 

「ふふ、兄弟愛か過保護なお兄さんってやつかしらね。でも、それにしても貴方、本当にアインハルトちゃんのお兄さん?髪も眼の色も全然違うけど?」

「自分は養子なんです」

「あら、そうだったの~」

 

隣に居る親御さんと小声で雑談を続けた。

 

で、なぜ俺が授業参観でアインハルトの親の代わりにでここに居るかというと、昨日帰って来た時にアインハルトからこんな話があったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション 夜

 

「授業参観?」

「はい」

 

俺とオリヴィエは俺の部屋に帰ってアインハルトの美味しい料理を食べて、一息ついていたところにアインハルトから授業参観の話を持ちかけてきた。

 

そのアインハルトは座って、少し頬を赤く染めて視線を斜め下に逸らし体をもじもじとしている。

 

「あ、あの、もしよろしければ……ですが、ガイさん、来ませんか?」

「ええと、アインの親御さんはどうしたの?」

「……あ、え……えと」

 

何やら言いにくそうな表情を見せてくるアインハルト。そう言えば海岸第六警防署でノーヴェと喧嘩両成敗にした時にアインハルトの親が来なかったとノーヴェから聞いた。

 

という事はアインハルトの親は……。

 

「ああ、悪い。失礼な事を聞いた」

「?」

 

アインハルトは先ほどの表情から一変、戸惑いの色を表情に出して首を傾げて俺を見上げてくる。

 

俺はアインハルトと親の話はやらないようにしようと思った。

 

そして、いろいろと表情を変えてくるアインハルトがやっぱり面白いと感じてしまう。そこに笑いの表情があれば一番良いが今のアインハルトにはそれが無い。

 

アインハルトは周りのクラスメイト達には親が居るから羨ましく思っているんだろうな。親たちと話をしているクラスメイトを見て寂しい気持ちが胸に残るんだろう。それを感じたくないために俺を授業に呼ぼうとしているのかな。

 

「まあ、明日は土曜日だし俺でいいんなら行くよ」

「……はい。ありがとうございます」

 

俺から了承の言葉を受け取ったからか、アインハルトはその場で頭を下げた。そして、再び頭を上げて今度はオリヴィエの方を見る。

 

「あのオリヴィエも良かったらどうでしょうか?」

「……いえ、私は……」

 

今まで沈黙を保って俺たちの会話を聞いていたオリヴィエが少し重みのある沈んだ声で声を出した。

 

「すいません、アインハルト。明日は大事な用事があるので私は出る事が出来ません」

「そう……ですか」

 

オリヴィエも表情が少し硬く元気がない。

 

玄関前ではアインハルトの前でしけた表情はやめろと言ったんだけどな。

理由は分からないがあの殺気を出していた人物と何かあったのだろう。

 

そして、元気がないオリヴィエに行けないと言われ、残念そうな表情で顔を伏せるアインハルト。

 

「俺が明日行ってやるから、そんな残念そうな表情をするなよ」

 

そんなアインハルトを見ると何とかしてやりたいと思ってしまい、アインハルトの頭を撫でながら笑みを向ける。

 

「こ、子供扱いしないで下さい……」

 

口で否定しながらも頬を赤く染めて俺から視線を離す。俺の手を振り払わない限り、まんざら子供扱いされても嫌でもなさそうだ。

 

「で、では、明日、四限目の時間帯に来てください。一応、私の兄として振舞ってください」

 

そう言って、アインハルトは俺の手から離れて立ち上がり、赤面のまま逃げるようにして俺の部屋を後にした。

 

「“兄”……ね」

 

そのフレーズにはヴィヴィオ達に言われてちょっと違和感が残ったのを覚えている。明日がちょっと不安になった。

 

ついでに玄関からまた何かがぶつかった音がした気がするが気のせいとしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なので、虚数というiは二乗するとマイナスになるのです」

 

ああ、そういえばこんなのやったな~。

 

俺は隣に居た親御さんとの雑談を終わらせて、再び黒板に書かれている数式を眺めていた。

存在しない数字“ⅰ”を使った数式だ。

 

通常、数字はマイナスでも二乗することでプラスになる。だが、虚数というⅰは二乗したらマイナスになる存在するはずのない数字だ。

 

訓練校の高等科に出てきた公式だ。今ではノートを見返さないと確信が持てないぐらいにおぼろげな公式だったが黒板を見て、確信が持てた。

 

と、そんな事を考えていると教室のスピーカーから鐘の音が鳴り響いた。

 

「ん、もうそんな時間か。では、今日はここまで。宿題ちゃんとやっとけよ」

 

鐘の音が鳴り響き、教師は教卓の上にある書類を整理して授業の終わりを告げた。教師が出ていくと、静かだった教室は緊張の糸が緩んだ生徒たちの雑談の声で活気が溢れた。

 

親たちも教室から出て行ったり、自分の子供に声をかけたりして雑談の活気は更に大きくなった。

 

俺も行事が終わったし帰るかなと考えて、ふと、アインハルトの居た席を見ようとそちらに顔を向けると、いつの間にか目の前にアインハルトが俺の事を見上げて立っていた。周りからも視線がちらちらとこちらに向けられている。

 

あの人誰?とかアインハルトから近寄っていくなんてとかが聞こえる。

 

まあ、アインハルトは物静かでありちょっと内気な女の子でもあるから自分から寄って行く行動が珍しいのだろう。

 

「お昼です」

「ん?ああ、確かに四限目が終わったからお昼休みだな」

「ええ」

「俺は授業参観も終わったことだし帰ろうかなと思っているんだけど」

「……?いえ、まだ授業参観は終わってませんよ」

「え?」

 

授業参観は終わっていない?どういう事だ?確か今、授業が終わったはずだよな?

 

俺が疑問が湧いて首を傾げるとアインハルトは何かを思い出したかのように申し訳なさそうな表情をして視線を右下にそらした。

 

「も、申し訳ありません。昨日は確かに四限目に来て下さいと言いましたが、授業参観はお昼休みを挟んで四限目と五限目にあるので、まだ終わっていません」

「あ、そうだったの?」

 

どうやらここの学院の授業参観は二限分あるらしい。アインハルトは俺に視線を戻した。

 

「それにお昼休みに親子がコミュニケーションを取るのも目的の一つらしいです」

「なるほどね」

 

ああ、それには確かに納得できる。最近、子供への虐待行為を行っている親が増えてきているとニュースで視た事がある。その原因はやはり親と子のコミュニケーションがうまく取れていない事も原因の1つだと言っていた。

 

「ん~、となると飯を持ってきてないな。アイン、ここに学食や購買部なんてものはあるのか?」

 

まあ、アインハルトとのコミュニケーションはひどいわけではないと俺は思っているのでそこの話は横に置いといて、今は午前で終わると思っていた授業参観が午後にもあると聞いて、お昼ご飯を用意してこなかった現状をどうしようかとアインハルトに問いかける。

 

すると、アインハルトはとても言いにくそうな表情で頬が赤くなっていき、先ほどよりもさらに右下に視線を再び逸らした。

 

「も、もしよければですが、私のお弁当を食べませんか?」

「ん?アインの?」

「え、ええ」

 

アインハルトのお弁当を二人で分けるとアインハルトの分が少なくなってしまう。今が成長期のアインハルトなのだから食事はしっかりと取った方がいいだろう。

 

しかし、そんな表情で問いかけられるとその好意を断るに断りづらい。

 

「そうするとアインの食べる量が少なくなるよ?」

「あ、え、えと、ガイさ……兄さんの分も作ってありますので大丈夫です」

 

俺の事をガイと呼ぼうとしたアインハルトは訂正してお兄さんと言い直す。どうやら俺の分も作っていたらしい。

“兄”のフレーズを聞いて背中が少しムズムズしたしたけど今は考えないでおこう。

 

「……用意してくれたのなら頂こうかな」

「はい」

 

アインハルトは俺が食べる事になって嬉しかったのか、急いで自分の席に戻って弁当を鞄から取り出す。

 

しかし、五限目にあった事を忘れて弁当は用意してくれて……わざとか?

 

ちょっと疑問に思ったが、アインハルトは天然だと思ってその考えを終わりにした。

 

そして、アインハルトと話を始めた時に感じた生徒たちの視線は今は俺に集まっている。男女問わず、俺の事に関しての話し声が聞こえる。賛否両論だが。

 

「あれがアインハルトさんのお兄様?あまり上品では無さそう」

「でも、あの物静かなアインハルトさんとは仲が良さそうですね」

「アインハルトさんとは全然似ていないわね」

「あのアインハルトさんがあそこまで気を許せるなんて……その兄の立場を寄こせ」

「顔が赤くなっているアインたん、マジ天使」

「アインハルトさんの兄か……一度ご挨拶をしておくかな。そして、その背後から……くっくっく」

「俺のアインたんが~!!」

 

特に男子生徒たちからは批判の声が耳に入る。てか、最後の奴、アインハルトはお前のモノではないよ。

俺は乾いた笑みで表情が固まっていたのが自分でも分かった。アインハルトはやはり人気者のようだ。

 

「お待たせしました……兄さんどうかしましたか?」

 

弁当箱を手に持って戻ってきたアインハルトが俺の表情を見て疑問を投げかけてくる。

 

「……いいや、何でもない。それじゃ、行こうか」

「え、ええ」

 

俺は年下でもある生徒達に殺気に近い視線を向けられたので、その場を逃げるために疾風の様に素早く教室から出ていく俺をちょっと戸惑いながらもアインハルトもついて来た。

 

出て行った後の教室の雑談がさらに大きくなったのはきっと気のせいだろう。

 

後から聞いた事なのだが、どうやらここの学園には非公認のアインハルトのファンクラブが存在しているとの事。

 

アイドルに近い存在のアインハルトなのだと分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――中庭

 

この学園の中庭には大きな木があり、その下の木陰になっている何個かのベンチが今の暑い時期に外に出るには涼しい場所だ。

 

毛虫とかの虫が落ちてこないらしく、定期的に薬剤を巻いているのだろう。

 

そのベンチの1つに俺とアインハルトは座っていた。

 

「木漏れ日がいいな」

 

俺はベンチから日の光を手で軽く遮って真上を見上げる。木々から漏れる日の光が何とも言えない幻想的なモノだ。

 

うちの隊舎のベンチの裏にもこんな大きな木があれば良かったんだけどな。

 

「そうですね」

 

隣に居たアインハルトも俺と同じような姿勢で見上げる。

 

少し風が吹けば葉と葉の擦れる音がまた良い。

 

「さて、飯でも食べるか」

「はい、お口に合うか分かりませんがどうぞ」

 

俺は視線をアインハルトに向ける。膝の上には弁当を包んである布を開いて、同じ形の弁当箱が二つ並んでいた。

アインハルトはそのうちの一つを俺に渡してくる。

 

「ありがと。んじゃ食べるか」

 

細丸いピンクの弁当箱の蓋を開ける。中は許容量の半分がご飯で詰められて、卵焼きにタコのように切ったウインナー二つ、そして、野菜炒めが詰められていた。

 

おかずの色が様々なので見た目がとても美味しそうだ。食欲をそそられる。

 

「いただきます」

「はい、いただきます」

 

俺は箸を持って、卵焼きを挟み口に入れる。アインハルトは自分のを食べずに俺の方を見ていた。どんな感想が聞けるのか気になるのだろう。

 

「うん、美味い」

「ほ、本当ですか?」

「嘘はつかないよ」

 

美味い事が嘘でないとわかり、ホッと一息ついて自分の料理に手を付けた。

 

お世辞抜きでうまいのは確かだ。アインハルトは料理の腕がある。

 

「卵焼きにはやっぱりマヨネーズと水を入れているのか?」

「はい、ふっくらとした卵焼きを作りたいと思いましたので」

「うん、美味いわ」

 

アインハルトの卵焼きはやはり美味い。ご飯が進む。

 

「これならいい嫁さんになれるよな」

「むぐっ!?」

 

ご飯を食べていたアインハルトは俺の言葉に喉を詰まらせてしまい、急いで紙パックのジュースに挿してあるストローを口に付ける。

 

「だ、大丈夫か?」

 

俺はアインハルトの背中を軽く擦ってやる。アインハルトは口を右手で押さえつつ、左手で大丈夫だと手でレクチャーして真っ赤な顔をしたまま呼吸を整える。

 

そして、喉を鳴らして一呼吸を入れて未だに顔が赤いまま俺の方を睨みつけるように見る。

 

「へ、変な事言わないで下さい」

「……?何か変な事言ったか?」

「……い、いいお嫁さんになれる……とか……」

 

最後の方の言葉が小さくなって聞き取りずらかったが何とか拾えた。

 

「フリーも言っていただろ?いいお嫁さんになれるって」

「で、ですが……そ、それは……ガ、ガイさんの……」

 

小さかった声が更に小さくなって殆ど聞こえなくなった。

 

「ま、別に変なことではないだろ?」

「……べ、別に変ではないですが……」

 

アインハルトは自分の言っている事が正論では無いと思い始めたからか、少し俯いて視線を逸らす。

 

「だろ?別に変なことではないと思うぞ」

「そ、それは確かにそうですが……」

 

アインハルトは語尾を濁して何か納得のいかない表情で考え込んでしまう。あまりこの話はしないほうがいいかなと思い、話を変える事にした。

 

「あ~、そう言えば昼ごろに帰ると思っていたからフリーに昼飯を作って無かったな」

「え、そうだったんですか?」

 

アインハルトは納得していない表情から一変、オリヴィエの話になると俺に顔を近づけてきた。

相変わらずオリヴィエに対しては興味津々のようだ。これもアインハルトの中の覇王の血が原因だろう。

 

「まあ、最近のフリーは食事を作る事が出来るから大丈夫だとは思うけどね」

「なら良かったです」

 

お粥を作ってくれた事があったが、キッチンを見ると荒れ果てた戦場になっていた。

次の日の朝のキッチンの掃除が大変だったのは覚えている。あれは誰も教えていなかったからで、今は俺が簡単な料理のモノは教えているから今は大丈夫だ。

 

俺たちは雑談をそこそこに弁当箱に視線を戻して箸を進める。沈黙が続いたが居づらい雰囲気ではないので黙々とアインの料理を口に運ぶ。

 

「ガイさん」

「ん?」

 

少ししてアインハルトから声を掛けられた。

 

「ガイさんは何故親元から離れて1人暮らしをしているんですか?」

「えっ……」

 

意外な話に俺は一瞬言葉を詰まらせた。この沈黙を破りたいから何かを話そうと無意識にか気になっていたモノを話題にして振って来たのかもしれないが、その話題はちょっと困った。

 

「あ、言いたくなければ別に……」

「そういえば、アインには1人暮らししている理由を話していなかったかな」

「え、ええ」

 

俺は弁当箱に箸を置いて姿勢を正しているアインハルトを見る。アインハルトも静かな雰囲気を出してこちらに視線を向けていた。

 

「まず一つの訂正があるんだけど、俺は親元から離れたわけじゃないんだ」

「え?」

「気づいた時には孤児院に居た。園長から聞いた話だと玄関前に赤ん坊の俺が捨てられていたらしい」

「あ、す、すいません……変な事を聞きました」

「俺は気にしてないし、別にアインが謝る事じゃないよ」

 

アインハルトが悪いことを聞いたと思ったのか謝り始めたので俺は気にするなと声をかける。

 

「そんな訳でずっと孤児院生活を送っていたけど、10歳頃にいつまでも迷惑をかけるわけにいかないと思い始めた」

「い、意外と幼い時から自立心をお持ちなのですね」

「意外は余計だけどな」

 

俺が笑いながら言い返すとアインハルトは慌てて顔を真っ赤にして謝り始めた。まったくもってアインハルトの表情がコロコロ変わるのが楽しくて仕方ない。

 

「で、その頃に孤児院に魔力検査の人たちが来たんだ」

 

その楽しみもそこそこに話を戻す。

 

「リンカーコアの異常がないかを調べる行政機関の人たちですね」

「ああ。俺もそこで初めて魔力検査を行った。魔力の色は黒、ランクはE。魔力制御は安定しているので問題なかったんだが、魔力の色に機関の人たちは驚いていたよ」

「確かにガイさんの魔力の色は珍しいですよね」

「まあな。そして、その話が時空管理局に渡って訓練校にお呼ばれする事になった。訓練校は全寮制だし、卒業すれば軍で働けるから食いぶちに困らないしな。園長達に迷惑をかけたくない……そんな理由で1人暮らしを始めたようなものだ。そして、今に至るって感じかな」

「……ガイさんはしっかりしていますね」

 

そりゃあどうも、とアインハルトに相槌を打つ。

 

「もし……もし、今親に会えるとしましたらガイさんはどうしますか?」

「……もし、か」

 

俺は地面を見るように視線を移して膝に肘を置いて手に顎を乗せて少し考えた。

 

もし、今親に会えることが出来るとしたら……俺は……。

 

「一発殴るかな」

「ええっ!?」

 

俺は再びアインハルトに視線を向けて笑いながら思っていることを言葉にした。

 

ビックリした声を無意識に出してしまった為か、その後すぐに口を押さえて周りを見る。今は周りに生徒が居ないようなので誰にも聞かれていなかったようだ。

 

その事にアインハルトはホッと一息つけて、少し頬が赤いまま俺に視線を戻す。

 

「いや、だって、生まれて間もないのに孤児院に捨てられていたんだから一発ぶん殴りたいだろ。何で俺の事を捨てたんだって」

「そ、そう言うモノでしょうか?感動の再会をするかと思ったのですが」

「親の顔なんて知らないんだ。あっても親だと実感が沸かないと思う。まあ、殴った後はたぶんアインの言った感動の再会をするんだろうね」

「そうだと思います。それが親子の形ですよ」

「……」

 

アインハルトはそう言って、少し儚げな表情で木漏れ日が射す空を見上げた。

その悲しみが入り混じっている儚げな表情を見ると不安な気持ちがこみ上げてくる。

 

アインも親が恋しいのかな?聞けない事だけど、アインの親は既にお亡くなりになっている可能性が高いしな。今日の授業参観に来れないのもその可能性が高い。

 

「あ、ガイ君とアインハルトちゃんだ」

 

そこに、聞きなれた声が校舎から中庭に入るドアから聞こえてきた。

 

「ガイとアインハルトだ」

「こんにちは!!」

 

そちらに視線を向けると、ヴィヴィオとなのはさんとフェイトさんがいた。

なのはさんとフェイトさんも他の親御さんと一緒で服装をバシッと決めている。

 

特にフェイトさん。なのはさんは他の親御さんみたいに軽い服装なのだが、フェイトさんは黒いサングラスを胸元にかけて、ハイヒールに黒いストッキング。タイトスカートの切れ端から黒ストッキングを掴んでいるガーターベルトがちらちらと見える。

 

とても授業参観にきた親御さんの服装とは思えないんだがな。

 

そんな視線をなのはさんが気づき悪戯な笑みを向けてくる。

 

「そんなにフェイトちゃんの服装が気になる~?特にこのタイトスカートの切れ端から見えるガーターベルトが気になっちゃうよね~」

「ぶっ!?な、なのはさん!へ、変な事言わないで下さいよ!!」

 

今思っていた事がなのはさんの言葉で全て外に出てしまった。

 

「ふぇ?ガ、ガイ……そんなとこを見てたの?」

 

フェイトさんは顔を真っ赤にしながらスカートの端を手で押さえてガーターベルトや見えている太ももを隠す。

 

「いえいえいえ!そんなこと思っていませんから!!」

「早口で言うと自滅しちゃうよ~♪」

 

天使な笑みを向けてくるなのはさんだが表情が笑いをこらえるのに必死な顔をしていた。

 

「……ガイさん」

「ガイさん」

 

そして、なのはさんでもなくフェイトさんでもない、俺の名前を呼ぶ低い声が前と後ろから聞こえた。

 

前にはヴィヴィオが、後ろにはアインハルトが何かに対して怒っているような表情をして俺を見上げている。

 

「ちょっと大変そうだね、ガイ君」

 

そんな中でもなのはさんは天使的な笑みを崩さずにいた。怒っているヴィヴィオとアインハルト、笑みを向けて笑いを堪えているなのはさんに顔を真っ赤にしているフェイトさん。この変な状況に俺は苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なのはさんも聖杯戦争に参戦している?」

「ええ。正確には“未来”のなのはですが。クラスはアーチャーです」

 

アインハルトに明日授業参観に行くと言って、帰ってからオリヴィエと聖杯戦争の事を話しあった。そして、なのはさんが参戦している事を聞いて驚きを隠せないでいた。

 

「あの殺気を放っていた人物がなのはさん?」

「いえ、あれとはまた違う人物がなのはですね。それにマスターは“衛宮士朗”という少年です」

「衛宮……士朗……」

 

さらにそのマスターはミカヤの道場に居た衛宮士朗だと言う。瞳に映っていた感情の色が分からなかった少年だ。

 

何故かまたどこかで会うような直感はしていたがまさか“聖杯戦争”で会う事になるのか。

 

どちらも衝撃的な事実で表情を隠せないでいた。

 

「何か心あたりでも?」

 

俺がなのはさんだけではなく衛宮士朗の名前にも反応したのが分かったのかオリヴィエは問いかけてくる。

 

「俺の通っている道場に衛宮士朗がいる。まさかマスターだったとは……これからは道場に行きづらくなったな」

「相手もガイの事を知っているようだったので道場に行くのは控えた方がよろしいかと」

「ミカヤと衛宮士朗の料理を食べてみたかったけどな」

 

今度、ミカヤと衛宮士朗が作った料理にお呼ばれしようかと思ったけど、それが叶うのは多分無いか。

 

「……俺の事を知っているのはなのはさんが居るからか?」

「かも知れません。推測の域は越えられませんが」

 

“未来”のなのはさんがいるから俺の事を知っているのかも知れない。しかし、疑問が浮かび上がる。

 

「もしそうだとすると、“現代”のなのはさんが俺が聖杯戦争に参戦しているってこと知らないといけない」

「確かにそうですね」

 

そう、俺がこの聖杯戦争に参戦している事を知らなければ俺の事は分からない。俺が事をどのようにして知ったのかはわからないが、この推測が正しいと……

 

「“現代”のなのはさんがマスターなのか、それとも何かの理由で巻き込まれたか」

「可能性は無いとは言い切れません。“現代”のなのはにも注意を払ってください」

「……あまり敵として意識したくないんだけどな」

 

“現代”のなのはさんも聖杯戦争に関係があるのかもしれない。

 

「それにガイの事を知っていたのは士朗たちだけではないようです」

「あの半端ない殺気を出していた人物の事か?」

「はい。その人物はキャスターのマスターと名乗っておりました。私の真名も知っていましたしマスターがガイだと言うことも」

「……情報が駄々漏れだな」

 

どうやら俺の事を知っているのは士朗たちだけではないようだ。キャスター組もかなりの情報量を持っている。それにオリヴィエの事も知っている。

 

「それにキャスターのマスターはなのはも衛宮士朗の事も知っている素振りを見せていました」

「キャスター組は要注意しないとダメか」

 

俺は肘をテーブルに乗っけて手首に顎を乗せてキャスター組に対して考え込む。

 

「ええ。そしてマスターとは思えないほどの実力を持っています。私では敵わないほどに」

「……マジか?」

「……ええ」

 

オリヴィエも敵わないほどの人物がマスターで参戦している。キャスターのマスターもランサーのマスターもサーヴァントであるオリヴィエと渡り合える。なんて規格外な人物たちだ。

 

そして、今のオリヴィエはとても申し訳なさそうな表情をしている。

 

「私が弱いばかりに……申し訳ありません」

 

オリヴィエは自分の弱さに気持ちが沈んでいるのだろう。表情が暗くなっている。

 

「……いや、オリヴィエは強いよ。ただ相手が悪かっただけだ。そんなに落ち込むな。俺はオリヴィエの事を強いと思っているから」

「……ガイ……ありがとうございます」

 

オリヴィエの表情から少し暗さが無くなった。俺だけではまだオリヴィエの落ちこんだ事柄に対して拭いきれないだろう。だけど、落ち込んでいる時も近くに居てやるのも必要だと俺は思う。

 

俺はオリヴィエに笑ってやった。それだけでもきっと違うだろう。

 

「だけど、キャスターのマスターは俺を狙っているかもしれないな。あの殺気は俺に向けられていたものだし」

「ええ。キャスター組は警戒を怠らないようにしましょう」

 

俺はああ、と答えて今後の動きについて話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はい、ヴィヴィオ。お弁当だよ~」

「ありがとう。なのはママ」

 

俺とアインハルトが座っているベンチの隣のベンチになのはさんとフェイトさんがヴィヴィオを挟むように座ってお弁当箱を広げていた。その光景はやはりほのぼのとした家族に見える。

 

やはり温かな食卓を家族で囲めるのはちょっと羨ましくも思える。

 

「“未来”のなのはさん……か」

「……?何か言いました、ガイ?」

 

俺は仲の良い三人家族を見て……特になのはさんの事を見て、昨夜オリヴィエとの会話で思った事をぼそりと小さく呟いていた。それをアインハルトは拾いかけていた。

 

「いいや、何でもない」

 

俺はベンチに座り直して、残り少ないお弁当箱の中身に手を付ける。

 

“現代”と“未来”のなのはさんにも注意を払わないといけない。でも、今のなのはさんを見ている限り、とても敵としてのイメージが沸きにくい。

 

出来れば敵として俺の前に現れないでほしいが、“未来”のなのはさんは近いうちに俺の前に敵として現れるだろう。

 

「あ、あの~、ガイさん」

「ん?」

 

少しして俺の名前を呼ぶ声がしたので、聞こえてきた方に首を向けるといつの間にかヴィヴィオが俺の横に座って俺の持っているお弁当を見ていた。

 

「これガイさんが作ったお弁当ですか」

「いや、アインが作ったお弁当だよ」

「え……アインハルトさんが?」

 

ヴィヴィオがお弁当から俺の隣に居るアインハルトに驚いた表情をしながら視線を移した。

 

「はい、私が作りました」

「お弁当……ガイさんに……むむむっ……」

 

アインハルトもヴィヴィオに気付き、ヴィヴィオの言葉に頷き返答した。するとヴィヴィオは何やら難しい表情をして唸り声を上げて視線を下ろした。

 

「どうかしたか、ヴィヴィ?」

 

そんなおかしな行動に俺は疑問に思って、ヴィヴィオに声をかける。ヴィヴィオは俺の事絵を聞いて俺の事を見上げた。

 

「ガイさん……今度私が作ったお弁当を食べていただけますか?」

「お弁当?ああ、別にいいけど」

「本当ですか!?」

 

複雑な表情をしていたヴィヴィオはぱとても明るい笑顔になった。何か嬉しかったようだ。

 

「それでは今度一緒に練習するときに持ってきます♪楽しみにしていてください」

「ああ、わかった」

 

ヴィヴィオの声はかなり弾んでとても嬉しそうな表情をしてなのはさん達の所へ戻って行った。

 

「……ガイさん」

「ん?」

 

今度はアインハルトに呼ばれたのでアインハルトの方を向く。アインハルトは両手の人差し指をツンツンと突きあいながら俺から視線を逸らして地面を見ていた。

 

「もしよろしければ、私も今度ガイさんと一緒に練習するときに、またガイさんのお弁当を作ってきてもよろしいですか?」

「皆の時にか?」

「ええ」

「そうなると、ヴィヴィのお弁当も食べないといけないから二つはちょっとキツイかな」

「……ダメですか」

 

肩をがっくりと落として暗い雰囲気がアインハルトから溢れてくる。

 

そんな姿を見ると先ほどの行動に対して罪悪感を感じてしまう。

 

「ヴィヴィオさんはよろしくても私はダメですか……」

「うっ……」

 

その上、そんな事を言ってくるので胸の中に感じた罪悪感がさらに大きくなる。

 

『ガイ君。女の子をあんまり虐めちゃダメだよ』

『な、なのはさん!?』

 

そんな光景を見ていたのか更に追い打ちをかけるようになのはさんが念話を繋げて俺のやったことに対して批判した。

 

『いえ、先にヴィヴィと約束してしまったので無理だと思ったので』

『男の子なんだからお弁当二つぐらい余裕なの!!』

『……結構キツいと思うのですが』

『女の子の好意を無碍にしちゃダメだよ』

 

「……」

 

なのはさんを見る。念話の中では説教モードだけど、表面上は戻ってきたヴィヴィオとフェイトさんと楽しく雑談をして笑っている。そのマルチタスクはやはり凄いと思ってしまう。そして、目が合うとニッコリと笑みを向けてくる。

 

その笑みは何故か断るに断りきれない静寂な威圧感を感じた。

もし、女の子(アインハルト)の気持ちを無碍にしたら後で承知しないと言わんばかりな圧倒的なモノがなのはさんからビシビシと伝わる。

 

その笑みを見ただけで冷や汗を掻いてしまう。

 

「……まあ、二つでも食べれると思うから、お願いするよ」

「え?ほ、本当ですか?」

 

俺の言葉を聞いて、すぐにこちらに顔を向けてくるアインハルト。

 

「無理しなくても……」

「まだ俺も成長期だと思ってくれればお弁当の一つや二つぐらいは」

「……ありがとうございます」

 

アインハルトはその場で頭を下げる。

 

『ガイ君、良くできました』

『……はい』

 

念話から聞こえてくるなのはさんからOKを貰ったので心の中でため息をついた。

 

しかし、こんな風に接してくれる“現代”のなのはさんは敵でないと思いたい。やはり親しい人と戦うのは避けたい限りだ。

 

そして、話の結果としては今度一緒に練習するときはヴィヴィオとアインハルトのお弁当を食べる事になった。

 

その時は朝食を抜かないとな。

 

俺がそのイベントをうまく切り抜ける為には、その日は朝食を抜く事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――街頭

 

土曜日なのに五限目まである授業を参観して、俺は学園を後にした。

 

俺は賑やかな声が聞こえる後ろを振り向く。

 

「それでねリオがね……」

「わ、コ、コロナ!?そんな事、ヴィヴィオとアインハルトさんとガイさんに言っちゃダメだよ」

「え?何の話?気になるよ」

「ええ、私も」

 

そこにはヴィヴィオ、アインハルト、コロナ、リオが居る。

 

帰りに公民館の練習場でインターシップの為に練習していくらしい。俺もたまには皆とやりたかったので一緒に行くことにした。

なのはさん達は聖王教会に用事があるとの事で一緒にいない。

 

後ろはリオがお茶目な行動をしたのかそれを口にしようとしているコロナを必死に止めているリオ。

 

ヴィヴィオとアインハルトはその話に興味があるのか聞こうとしている。本当に仲が良い4人組みだ。

 

そんな皆の声を聞きながら俺は皆と歩いていた。

 

「ガイさん」

「ん?」

 

ヴィヴィオが皆から離れて俺の所へ寄って来て複雑な表情で見上げてくる。

 

「まだ困っていることがあるのですか?」

「……」

 

また唐突な質問に俺はすぐに言葉を出す事が出来なかった。

 

「……どうしてそんな事を聞くんだ?」

 

どうにか言葉を絞り出して話す。ヴィヴィオは悲しげな表情をして俯く。

 

「ガイさんが……合宿が終わってから様子が変でしたから。お見舞いのときも言いましたが何か困っている事があったら言って下さい。私で力になれることがありましたら力になりますから」

 

悲痛な表情でその虹彩異色の瞳を俺に向けてくる。

 

アインハルトだけではなくてヴィヴィオにも心配されているようだ。お見舞いのときにも言ってくれたのだが、何だが申し訳なく思ってしまう。

 

「そうだな。それじゃあ、ヴィヴィにお願いしたい事がある」

「あ、はい!何でしょうか!?」

 

待っていたと言わんばかりに、嬉しそうな表情で透き通った声を大声で発するヴィヴィオ。

 

俺の頼みごとを聞くのがそんなに嬉しい事なのだろうか?

 

ヴィヴィオの後ろに居る三人も聞き耳を立てて、こちらを見ていた。

 

俺はヴィヴィオの頭に手を乗せて話す。

 

「笑っていてほしい」

「ふぇぃ?」

「……なんだ、その気の抜けた声は?」

 

何かとても間の抜けた声がヴィヴィオから聞こえてきた。

 

予想外すぎる願い事に意気込んでいた分、大きく拍子抜けしてそんな声が出てしまったのだろうか?

 

「え、えっと、だって、ガイさんからのお願いだからもっと真面目なものかと思ったんですけど……」

「大真面目で言っているんだけどな。ヴィヴィ達の笑顔は行き詰っている時に見ると、温かな気持ちが胸の奥からこみ上げて来るんだ。だから、笑っていてほしいな。それに俺の夢もそんな感じだから」

「ガイさんの夢?それはいったい何ですか?」

 

俺はまだ茜色に染まるには早い青空を見上げて片手を伸ばす。

 

「魔法で誰もが不幸にならない世界を作る。それが俺の夢さ」

 

俺は青空に伸ばしたその掌をグッと握りしめた。

 

「誰もが不幸にならない世界……」

「それがガイさんの夢なんですね」

「始めて聞きました」

 

後ろに居た三人も俺に近づいてきた。俺の夢を聞いたようだ。

 

「隠していたつもりはなかったんだが言う機会が無かったしな」

「その夢が叶う事はあるのですか?かなり曖昧な夢な気がします」

「まあ、な。曖昧な夢だとは分かっているさ。でも……あの時、決めたことだから」

 

アインハルトが曖昧だと聞いてくるが俺はそれに頷くしかない。何が基準なのか分からない夢なのだから。

 

だけど……だからこそこの夢を拠り所に俺は頑張れる。この目標が達成できるのいつなのかはわからないがメンタル面が強ければ挫けずに向上心は高まる。

 

多分俺はメンタル面は大丈夫だと思う。

 

「「あっ……」」

 

と、そこに偶然なのか必然なのか目の前に1人の人物とバッタリ会い、俺とその人物は先ほどのヴィヴィオと同じぐらいに間の抜けた声を出してしまった。

 

身長は150センチぐらいで、翡翠色の瞳に前回に見た結い上げていたお軽さと柔らかさが見て取れるセミロングの美しい金髪は後ろで一つに縛って下ろしている。

 

ランサーのマスターだ。

 

服装は最初の戦いの前の時と同じで濃紺のドレスシャツにネクタイ、フレンチ・コンチネンタル風のダークスーツ。

その服装が凛とした硬質の雰囲気で引きしめられているのがわかる。

 

そんな人物と街中で出会ってしまった。聖杯戦争での敵。しかし、聖杯戦争は人前では行われてはいけない。今はヴィヴィオ達が居るので俺たちは戦いあう事は出来ないだろう。

 

相手はそれが分かっているからか最初から構えている様子はなかった。

 

「……?ガイさん、この人とお知り合いなのですか?」

「ん?あ、ああ。まあちょっとな……」

 

コロナが聞いてきたので俺は少し言葉を濁しながら答えた。

 

「……少し話をしていきませんか?」

 

コロナの言葉に返しているとランサーのマスターからお誘いの話が持ち上がった。

 

ランサーのマスターを見ると殺気や闘志は見受けられない。このマスターは聖杯のルールをしっかりと守るようだ。

 

「……ああ。わかった」

「ガ、ガイさん。皆と一緒に練習しないのですか?」

 

このマスターの情報も知りたかったので俺は受け入れた。しかし、リオが受け入れた俺を見て慌てて反論してきた。

 

「悪い。ちょっとこの人と重要な話があるんだ。練習はまた今度で」

「ガイさん……困っている事があるのですか?」

 

アインハルトが悲しそうな表情で俺を見てくる。

 

「いや、重要な話だけど困っている事ではないから気にしないで」

 

俺は無理やりに笑って皆を心配かけさせないと努力した。

 

「……はい、わかりました」

 

何かを言いたそうな表情をしていたが口を塞ぎ込んで、何か納得できなさそうな表情をしながらも4人は頷く。

 

「一緒にやろうと言ったのに悪いな」

 

俺は最後に4人に謝ってランサーのマスターに顔を向ける。ランサーのマスターも何か申し訳なさそうな表情をして視線を俺から逸らしていた。

 

それを見て思った。このマスターは悪いやつではないと。敵である俺に対して自分から誘って他の人の予定が狂ってしまい申し訳なさそうにしてしまうあたり、優しさがあるのかも知れない。

 

「喫茶店でいいか?」

「え、あ、はい」

 

俺の言葉にランサーのマスターは俺に顔を向けて頷く。

 

「じゃあ、行こうか」

「ええ」

 

俺とランサーのマスターは子供たちと別れて、近くの喫茶店へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――喫茶店

 

俺とランサーのマスターは4人で座る窓際のテーブルに対面に相手がいるよう座った。少しして、ウェイトレスがお盆にお冷やを二つ乗せて運んできてテーブルに置いた。

 

「あ、俺はコーヒーで」

「私も同じモノを」

 

俺たちはその時に注文を頼んだ。ウェイトレスはかしこまりました、と言って厨房へ戻って行った。

 

「さて、君は俺に何の話があるんだ?」

「それはあの場から離れるための嘘にすぎません」

 

俺はテーブルに両肘をつけて手を絡ませて、ランサーのマスターを見据える。

ランサーのマスターは背中をソファーに付けず姿勢を正して、俺を静かに見返していた。

 

どうやら話があるのは俺をあの場から離れさせるための口実らしい。

 

「……隣にはランサーがいるのか?」

「ええ」

 

隣には霊体化したランサーが居る。俺はランサーのマスターに対して警戒心を強めて眉間を寄せた。

 

「警戒しなくても大丈夫です。ここで戦うなどルール違反ですから」

「律儀だな」

 

人気の多いところでは聖杯戦争を行ってはいけない。そのルールをこのマスターはしっかりと守っている。

 

融通が利かないのか、それとも自分の意志は曲げるつもりがないのか。直感ではあるがこのマスターは真っ向勝負を好んで行う人物なのだと思う。暗殺や卑怯な手などは使わないだろう。

 

「名前……聞いてもいいか?」

 

敵ながらも武士道的な意思を持つこのマスターの名前を聞いてみたくなって俺は言葉を出した。

 

「……私の名を名乗っても良いですが、貴方も名乗ってくれますか?偽名ではなくて真名を」

「ああ、約束する」

 

少し渋りながらもこのマスターは瑠璃色の瞳を俺を睨むようにして真剣に見る。俺はこのマスターの言葉に頷く。

 

「お、おまたせしました~」

 

と、そこにコーヒーのカップを二つ乗せたお盆を持ってきたウェイトレスが少し硬い営業スマイルでテーブルにカップを二つ置いて、ごゆっくりどうそ、と言い慣れているはずの接客用語の言葉を早口で言って逃げるかのように俺たちから離れていった。

 

「私の名はアルトリアです」

「アルトリア……」

 

ランサーのマスター……アルトリアは自分の名前を発言してカップに手を付けて一口飲む。

 

ウェイトレスが居た時も俺たちは真剣で表情が変わらなかった。第三者から見ればかなり入りずらい雰囲気を出していただろうけど、ウェイトレスの人も注文と料理を運ぶのが仕事なので俺たちの雰囲気に怖気ついては入れないなどは言えないのだろう。

 

さっきのウェイトレスの人に申し訳ないと思いつつも、俺もアルトリアと同じくコーヒーを一口飲む。

 

飲みながらアルトリアを見て考えた。このマスターの名前はアルトリア。予想だが正当法で戦うマスター。オリヴィエから聞いた話だとサーヴァントからマスターになったと。

 

そうなると何処かの英雄なのだろう。俺が調べた歴史の中でアルトリアという人物がいたか頭の中で検索する。しかし、その名前は一つも浮かび上がってこなかった。

 

「私の名は出しました。今度は貴方です。ファイターのマスターよ」

「ああ」

 

俺とアルトリアはカップを皿に置いた。今考えていた事は一先ず端に置いておき、今度は俺の名前を出す番なので言葉を出す。

 

「俺の名はガイ・テスタロッサだ」

「ガイ・テスタロッサ……嘘ではないですね」

 

瑠璃色の瞳が俺を鋭く見ている。その色は綺麗としか言いようがないほど透き通った色をしているが、まるで心の中まで見られているような鋭い眼力を感じる。その眼力が俺の戸惑いや後ろめたさがあるかどうか見ていたのだろう。

 

「よろしくとは言わないぞ。俺たちは敵同士だからな」

「ええ。それは分かっています」

 

俺たちは敵同士。慣れ合う事は先ず無いと考えるだろう。

同じ釜の飯を食べた仲間と殺し合うような事は無い。最初から敵同士なのだから戦いあうしかない。

 

「1つ聞いてもいいか?」

「はい。私もガイに聞きたい事がある」

 

アルトリアは頷いてその上に俺にも質問をしたいようだ。

 

「アルトリアの願望って何なんだ?」

「私の願望ですか……それは言えません」

「そうだよな。そこを狙って落としえることだって出来るしな」

 

愚問な事を聞いてしまった。願望もバレてしまったらそこを付け込んで来る可能性もある。でも、他のマスターがどのような願望を持っているのかも知ってみたかった。皆、何の願望を持ってこの戦いに参戦してきたのかを。

 

ランサーの夢である願望も知らない。それを貫き通すためにランサーもここに居る。

 

「私も聞いても?」

「ああ」

 

今度はアルトリアから俺に問いかける番だ。

 

「ガイは前の時とは雰囲気が違う。本当に覚悟を決めたかのように気を引き締めている雰囲気だ。何かあったのですか?」

 

聞いて来たのは俺が最初の戦いまでに中途半端な気持ちでこの戦いに参戦した時の感じと今の俺の感じが違っていてその理由を知りたいようだ。

 

嘘を言っても、あの眼力の前ではバレてしまうだろう。俺にも黙秘権はあるがこの事柄に関してはアルトリアに言っても良いと思った。いや、言っておきたかった。

 

「アルトリア達と戦ったのが最初の戦いだった。それまでは俺は心のどこかで聖杯戦争を甘く見ていた。そして、アルトリア達に負けて俺は覚悟を決め直した。変かもしれないがあの戦いが俺を気持ちを固くした。このことに関してはアルトリアとランサーに礼を言う」

 

あの戦いで本当の覚悟を決めた。それはアルトリア達のおかげだ。

 

「いえ、それはガイ自身が見つけた覚悟です。その覚悟を忘れずに気を引き締めて戦場に立つべきです」

「……親しくして来るんだな。敵同士だと言うのに」

「貴方はどこか“ある人物”に似ている。だからかもしれません」

「ある人物……」

 

アルトリアは俺をその“ある人物”に被せて見ているようだ。その人物も俺と似ているというのなら色々と考えていたのかな。

 

「ランサー」

 

と、アルトリアは突然、低い声で自分のサーヴァントのクラス名を呟く。

 

すぐにランサーが実体化した。黒い髪に青い瞳は据わっている巨躯な体の男性が立っているだけでも威圧感が凄まじい。

 

「結界か……」

 

その巨躯な体に合った図太い声で短く言った。まだ、ヴィータさんから貰った資料を見ていなかったが、貰った顔写真がこの大男と一致するので、この人物はゼストで間違いない。

 

「ああ、周りから人が消えた」

 

俺も分かった。人避けの結界がこの喫茶店を中心に展開されている。対象の人物だけを結界内に閉じ込めて外部からの干渉を断ち切るモノ。

 

しかし、そんな結界を街中で行って管理局に知られないのだろうか?俺とトレディが戦った時も結界が張られていたが。

 

まあ、管理者が元帥レベルで地上の騒動は揉み消せると言っていたし、下っ端の者たちは気づけないのかもしれない。

 

「ガイとアルトリアか」

「「「!?」」」

 

結界について考えていたが、突然窓の外から1人の男性が渋い声でこちらを静かに見据えて立っていた。

 

見た目は4~50歳ぐらいの少し年配の掛った男性。セミショートの黒い髪にも少し白髪が混じって入るがそれをオールバックにしているため年配という感じがしない。黒いズボンに黒いインナーを着て黒いロングコート。ロングコートには僅かに装飾品が付いている。

右手にはデバイスなのか杖を握っている。

 

だが、その人物の瞳を見てゾクリとした。放たれる殺気が半端ない。この感覚は過去に二度味わったものだ。

 

「キャスターの……マスターか?」

 

俺はその放たれる殺気に何とか震える口を抑えつつ言葉を口に出す。

 

「……」

 

だが、その人物は何を思ったのか俺が言った言葉に対して一瞬だが殺気が消えた。しかし、すぐに先ほどの殺気を表す。

 

「……俺はキャスターだ」

 

その言葉と同時にキャスターの身体全体からオーラなのか闘志なのか、そのようなモノが放たれ窓ガラスが割れる。外からの衝撃なので内側に居る俺とアルトリア達にガラスの破片が襲ってくる。

 

俺たち三人はガラスの破片を避けるため喫茶店の内側へ下がる。

 

「ガイ、ここは一旦停戦協定を結びましょう。あのキャスター、只者ではない」

「ああ。三竦み状態になるのも面倒だしな。それにアイツが一番やっかいなのも分かる。状況は三対一だがそれでも何故か五分五分だと感じてしまう」

「アルトリアがそう言うのならそれに従おう」

 

俺たちはすぐに同盟を結んだ。

 

割れた窓ガラスからキャスターが喫茶店の中へと音もなく悠然とした足取りで向かってくる。

 

その歩き方だけでも物凄い威圧感がヒシヒシと伝わる。

 

「ガイと言ったな。足手まといにはなるなよ」

「ああ、分かってるよ。ゼスト」

「……俺の真名を知ったか」

「ヴィータさんが調べてくれたんでな」

「……あの時の騎士か」

 

ゼストの声からはいつもの図太い声ではなく、優しげで懐かしいようなモノを感じた。ゼストを見ると表情が少し緩んでいた。

 

ヴィータさんも一度戦った事があると聞いた。もしかしたらその時の事を思い出しているのかも知れない。

 

「来ます。ランサー、ガイ」

 

キャスターは少し距離を置いて杖を構えてきたのでいつの間にか騎士甲冑の姿に代わっていたアルトリアが話し合っていた俺たちに注意を促す。

 

「ああ、行くぞ」

「プリムラ、セットアップ」

『了解、マスター』

 

俺もバリアジャケット姿になって、構える。

 

距離は五メートルもない。そして、誰かが動き出したかはわからないがそれに連動して皆が動き四つの影がぶつかり合って衝撃が波紋のように広がり喫茶店は戦場と化した。




後書き
三人称をやる予定でしたが、一人称と二人称を使っているのでそこに三人称も入れたら分かりづらくなるので、やらない方向に。

戦闘シーンは三人称の方が読者にはイメージしやすいんですけどね~。

恋愛絡みだと一人称の方がいいですし。

あれ二人称はw?



今回は戦闘シーンを入れるともの凄く長くなりそうだったので戦闘前までにしました。

なんかキャスター組みが謎だらけだな~。

フラグは一応立てているんだけど、その後の展開をうまく書けるかどうか。

そのときこそ俺の筆力が試されるわけですね^^

……もっと頑張ろうw



何か一言感想がありますとありがたいです。

では、また(・ω・)/


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十八話“戦場と混沌の交差”

前回の十七話でヴィヴィオが十六話で同じ質問をしていたのにまた同じことを書いてしまったので、訂正してきました。

前回の内容を忘れてしまっていたとか駄目作者ですね~(´・ω・)

この経験を生かしてしっかりと書いていきます。

では、十八話目入ります。


 ―――???

 

オワラナイ……

 

「伝令!!ライオット中佐が討ち死に!!部隊も全滅です!!」

「東からの報告からはファラ大尉を率いる部隊も全滅との事!!」

 

オワラナイ……

 

「ええい!!何故これほどまでに敵の戦力が高いのだ!!」

「こちらの情報が漏れているのではないか!?」

「スパイが紛れているというのか!?」

 

オワラナイオワラナイ……

 

「伝令!!最前線に居たユーリ大佐までもが討ち死に!!」

「このままではユーリ大佐の部隊が全滅に合います!!」

「最前線は要だ!!突破させるわけにはいかん!!増援を送らねば!!」

「だが、指揮を取られておるユーリ大佐がおらん!!兵士たちは浮足立っておる!!新しい指揮者が必要だ!!」

 

オワラナイオワラナイオワラナイ……

 

私は戦争の為、自陣の奥にある一番でかくて広いテントの中で作戦の指揮を立てるために戦場の描かれた紙を眺めていた。伝令からは悪報ばかりが飛んできて、味方の全滅した部隊の所にはバツ印が付いている。

 

テント内は様々な状況の言葉が飛び交って慌ただしい雰囲気だ。悪報の伝令が来るたびに軍師の老臣達は頭を悩ませている。

 

「他の部隊はどうした!?」

「他の部隊も押されています!!撤退させなければ全滅も時間の問題です!!」

「……ここは全部隊の一時撤退が必要だろう」

「しかし、他の部隊を撤退させるためにも最前線は突破させるわけにはいかん!!」

「最前線へ指揮を取れる者はおるか!?」

 

状況は刻一刻と劣勢へ傾いている。ライオット中佐、ファラ大尉、ユーリ大佐までもが戦死し兵士たちの士気に大きく響いている。

 

劣勢となった今の戦況を立て直すためにも一時撤退が必要となる。そのためには最前線で敵を食い止めなければならない。

しかし、ユーリ大佐ほどの者を討ち死にした者が最前線に居る。そこへ指揮を取りに行かねばならない。

 

つまりは自分の命を捨てに行く覚悟を持って仲間の撤退をしなければならない。

 

「ええい、誰か最前線に行ける者はおらんか!!」

 

会議の賛否の権限を持っている頭の固い軍師達は待機している者たちに声をかけたが誰も挙手をしようとしなかった。

 

言葉が飛び交っていたテント内は誰も口から言葉を出さない為、あれほど騒がしかったのが嘘のように静まり返っていた。

 

オワラナイオワラナイオワラナイオワラナイ……

 

誰も行かないのなら……ユーリ大佐以上の人物が必要なら私が……。

 

私は挙手しようとした。

 

「私が行こう」

 

しかし、その行動よりも先に私の後ろに居た人物が私の肩に手を置きながら、何の曇りもない真っ直ぐな言葉を発言した。

 

そのおかげで挙手するタイミングを失ってしまった。

 

「へ、殿下!!殿下が最前線に行かれるなどもっての外ですぞ!!」

「ユーリ大佐ほどの人物が戦死したのだ。それ以上の人物でないと足止めにもならんさ」

「し、しかし、それでは……殿下が……」

「ん?お前は俺が負けると思っているのか?」

「い、いえ……ですが……」

「相変わらず頭が固い爺さんたちだ」

 

殿下は笑いながら私に顔を向けてきた。その表情は命を落とすかもしれない危険な最前線に行くと言ったのに不安を出さずに笑っていた。

 

そして、私に顔を向けながら他の者たちに話をする。

 

「それにこいつが挙手しようとしていたからな。流石に不味いと思った」

「で、ですが……」

「……このまま仲間を死なせるわけにはいかない」

「……」

 

殿下の気迫のある低い声が渋っていた軍師達を黙らせた。

 

「……殿下がそう仰られるなら、仰せのままに」

 

軍師達は何を言っても無駄だろうと思ったのか、納得のいかない表情をして困惑していたがしぶしぶ了承した。

殿下はうむ、と言ってテントから出ていく。殿下が最前線に行くとなったのでテント内の言葉の口論が始まった。急いで護衛兵を集めろとかやはり殿下を最前線へ行かせるのは不味いのではなど。

 

私は殿下の後について行くために口論で騒がしいテントから出た。そして、馬に乗る殿下の元へと駆けつける。

殿下は私に気付いたらしく、こちらを見て笑みを零す。

 

「すぐに行かれるのですか?」

「ああ、1秒でも早く行かねば味方がどんどん戦死してしまうからな」

「……」

 

私は殿下の顔をまともに見れなく顔を伏せた。そして、瞳から一滴の雫が流れたのが自分でも分かった。最前線に行く……それは自分から死にに行くような事なのだから。

 

「俺の為に泣いてくれるのか?」

 

殿下も私が泣いているが分かり、キョトンとした表情をしていた。なぜ私が泣いているのかが分からないようだ。

 

「あ、当たり前です……たった一人の……もはや世界でたった一人の……」

「お前は小さいころから泣いてばかりだな……オリヴィエ……」

 

そう言いながら私の頭に手を乗っけて撫でてくる。

 

「お前の理解者が現れるといいな。お前の為に笑い、お前の為に戦い、お前の為に頑張ってくれる奴を」

「い、今はそんな事を言っている場合では……」

 

私はそう言って涙を手で拭って顔を上げ、真面目な表情になる。陛下は笑っていた。

 

「……絶対戻ってきてください……“兄さん”」

「ああ、可愛い妹が待っているからな」

 

殿下……兄さんは聖王家の証である左眼が紅で、右眼が翠の瞳を細めて太陽の様に明るい笑みを私に向けて、そして自陣から疾風の如く馬に鞭をあて飛び出して行った。

 

それが最後に見た兄さんの表情だった。

 

兄さんは最前線でユーリ大佐を討ち死にした人物を倒し、味方の撤退に大いに時間を稼いでくれた。

 

しかし、最前線の兵たちも撤退させるために最後まで残った兄さんは、全身を突かれ絶命ながらも決して倒れることなく立っていたと最前線にいた兵士たちが言っていた。最後まで仲間の事を思って兄さんは最後まで立っていたのだ。

 

その兄さんの気迫に敵は怯み追撃をせずに一時撤退をしたのだ。

 

オワラナイオワラナイオワラナイオワラナイオワラナイ……

 

兄さんの最後が素晴らしかったのはわかった。だが、兄さんが戦死したという事は聖王家は私、オリヴィエ・ゼーケブレヒトが最後の一人となってしまった。

 

私の家族は全てこの乱世の中で命を落とした事になった。

 

私はこの乱世が憎かった。

 

オワラナイ……

 

必然的に兄さんの後継者となった私はこの乱世を1日でも早く終わらせようと再び戦場に立った。

 

血を血で洗うしかないこの世の中に……聖王女として。

 

オワラナイ……センソウガ……オワラナイ……

 

私の理想は……私の願望はこの時に固まった。

 

私はそれを叶える為に戦場を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「んっ……」

 

私はベッドで目を覚ました。いつもは起きてからも少し寝ぼけてしまう私だが今日は脳がハッキリと覚醒しているのが分かった。

 

昨夜はキャスターのマスターに酷くやられてしまい、傷を癒すために魔力をかなり使ってしまいました。

 

ガイの魔力値が低く魔力のラインがうまく繋がっていない為、ガイからの魔力の補給が出来ない。

 

ですが、魔力の低さをどうこう言うつもりはないです。ガイは魔力値を上げようと何年も努力を積み重ねているのは知っている。それで、魔力値がC-という結果であるのだから。

 

「お、目が覚めたか」

「……いい匂いがしますね」

 

嗅覚にはとても美味しそうな匂いが、聴覚には何かを焼く音とガイの声が聞こえてきた。

 

「もう少しで出来上がるから待ってな」

 

私はベッドから体を起して立ち上がりキッチンの方を見る。そこにはフライパンにベーコンを炒めているガイが立っていた。

 

時間は六時前。私がこの時間で起きた時に朝食を作っているという事はもっと早く起きて準備をしていたのだろう。

 

「ガイ、いつもよりも早く起きていますね。その上、昨夜はソファーで眠ったから完全に疲れが取れていないのでは?」

「今日はアインの授業参観に行かないといけないからな。普段着なれていない背広を着ないといけないから少し時間が欲しいんだ」

 

そう言いながら、片手で卵を割りフライパンへと落とす。

 

昨日の夜、アインハルトが授業参観に来ないかと誘われた。ガイは行くと言った。私はクラウスの子孫であるアインハルトの私生活にも興味は湧いていたが、何故か行く気が起きなかったので断った。

 

その時に見せたアインハルトの寂しげな顔が脳裏に残っていますが。断らなければ良かったでしょうか……。

 

「オリヴィエは何で行かないんだ?」

「……少し調べたいものがあるので」

「……そう」

 

ガイは視線をフライパンに落としたまま、素っ気なく言う。

ガイは必要以上に私の事に関して聞いてこない。私の願望も知らずに一緒に居てくれる。

それでいいのかと思ってしまうほど。

 

「ん、出来た、と」

 

考え事をしている内にガイはベーコンの上に目玉焼きを乗っけたベーコンエッグを皿に移す。それと同時にチンと音がして、トースターからキツネ色に焼けたトーストが二枚出てきた。

 

「後は盛りつけにミニトマトとキャベツを千切って完成か」

 

キャベツも盛り合わせて出来上がった料理をテーブルに運ぶ。私も朝食の主食であるトーストを皿に乗っけてテーブルに運ぶ。

 

「俺は一度外に出るから、着替えなよ」

「いえ、別にガイが出ていかなくても私はここで着替えますよ」

 

寝起きのままでガイの青の縦縞のパジャマを着ていた私は胸元のボタンを外しながらそう言うと、ガイは慌てて顔を真っ赤にして私から視線を逸らした。

 

「……少しは恥じらいを持ってくれな」

 

そう言って、顔を真っ赤にしたままガイは部屋を出て行ってしまった。

 

「……ふふっ」

 

そんなガイの様子を見ていると自然と笑ってしまった。昨夜から“理想”の事について考えて、ガイから言わせればしけた顔をしていたらしいが、ガイのあの慌てたような表情を見ると沈んだ心が温まったように思える。

 

「ガイがマスターで良かった」

 

本心からそう思える言葉を口にした。

 

しばらくして、ガイと朝食をとり、押入れの中からビニールのカバーを付けた背広を取り出して、それを着たガイはお昼までには戻るからと言って、部屋を出て行った。

 

聖杯戦争中なので、もしもの時にはその右手の紋章に強く念じて下さい、と私は言っておいた。

 

そうすればその力を持って空間転移で私をすぐ呼ぶことも不可能ではない。

 

しかし、私もあの紋章はどれほどの力を持っているのかは分かっていない。壮大な魔力を秘めているのは知っているが、それを使えば私への魔力補給も出来なくはない。だが、三画しかないその貴重な紋章をそんな簡単に使う事は出来ないだろう。

 

それにあの紋章の名前すらも分かっていない。

 

「……さて、私も行きますか」

 

私もカラーコンタクトを付けて部屋を後にした。行先は1つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――聖王教会本部

 

ミットチルダ北部にある中世風の大きな建物が山々に囲まれた中で威厳を放つように建っている。

周囲の自然に溶け込むようにそそり立つそれは何の違和感もなく、しかし、それでいて真正面から見ればその威厳の威圧に驚きを隠せないだろう。

 

それがこの聖王教会だ。

 

ここは観光スポットとしても有名らしく一般人の人もある程度なら中に入る事が出来るようだ。

 

「……懐かしいですね」

 

私は大きな門の入口の所でその建物を見上げて、自然と口から言葉が零れた。たぶん、今の私は微笑んでいると思う。

 

ここは私が小さい頃に育てられた場所だ。建造物が現代にそのまま残っているのは珍しい。その歴史的な建造物を残すために定期的に補強作業を行っているのだろう。

 

きっと、兄との背比べで柱に刻んだ傷とかも無いのでしょうね……そう思うと少し寂しいですが。

 

胸に少し穴が開いた虚無感を抱きつつも、私は大きな門を潜った。今日は土曜日なので観光客も少しばかり多い。

 

中に入ると大きな噴水が中央にある中庭に出た。噴水は壺を持った女性を模造した石像が壺から水を流しているように作られており、幻視的な姿に見惚れるほどだ。

椅子やテーブルもあるのでここは休息や憩いの場にはピッタシだろう。

 

「本当に懐かしい」

 

感情の籠った声が自然と出ててしまう。

私の居た時代の時もこの噴水はあった。家族全員でここで昼食を取ったこともあった。兄さんと追いかけっこをしたこともあった。噴水の溜まっている水を覗き込んで水の中に落ちてしまった事もあった。

 

ここにいるだけで思い出がぽろぽろと走馬灯のように蘇ってくる。思い出すものは何もかも平和で日常の一コマをくり抜いた様な光景ばかりだ。

 

ここに居た頃は本当に平和だった。この平和がいつまでも続くと思っていたこともあった。

 

しかし、乱世の時代が訪れたため、戦場に近いこの教会から離れるためにここを離れた。

 

長く思えたここの生活は簡単に終止符が打たれた。

 

「あれ?フリージアさん?」

「あ、ほんとだ」

「ん?」

 

と、物思いに耽っていると、この世界では偽名を使っている名がこの中庭に聞こえてきた。声のした方を見るとそこには2人の人物がこちらに向かって歩いて来ていた。私はその人物を見て一瞬だが警戒した。

 

「……ああ、なのはとフェイトですか。こんな所でどうしたのですか?」

 

“なのは”が居たからだ。サーヴァントとして“未来”のなのはが参戦しているため、“現代”でなのはに会ったら警戒だけはしておいた方が良いと昨日ガイと話し合った。

未来のなのはも今目の前にいるなのはも瓜二つなのだから。

 

しかし、格好は戦闘とは皆無なおしゃれな感じの服装だ。とても戦いに来たとは思えない。それに雰囲気が和やかだ。目の前の“なのは”はきっと“現代”のなのはとして間違いはないだろう。

 

私は警戒を解く事にした。とは言っても相手からは分からないような心構えだが。

 

そして、フェイトの服装は決まりすぎてここでは少し場違いかもしれない。

 

「今日、ヴィヴィオの授業参観だったから行ってきたの。で、騎士カリムから話があるって連絡があったから、その帰りにここに寄ってきたんだよ」

「い、一度着替えてから来たかったんだけどね」

 

フェイトは顔を赤くしながら困ったように首を傾げる。

 

ハイヒールに黒いストッキング。タイトスカートの切れ端から黒ストッキングを掴んでいるガーターベルトがちらちらと見えるような格好をしている。

 

「ガイ君も来てたんだけど、ガイ君がフェイトちゃんのここをチラチラと見ていたから私が、ここが気になるんだよね~、と口に出しちゃった。そしたらガイ君は必死に否定して来るんだもの。見てて面白かったよ」

 

なのはがフェイトのタイトスカートから見えるガーターベルトを指差す。

 

ガイがフェイトの太ももを見て、ガイもフェイトも顔を赤くして、隣でなのはが笑っている光景が思い浮かぶ。

 

「ううっ、それを言われてからこの服装が結構恥ずかしくなったよ。一度帰って着替えたかったけど、それだと騎士カリムとの時間が合わなくなっちゃうし」

 

その部分を手で隠しつつ、少し涙目な表情をしてくるフェイト。

 

「まあ、ガイは恥ずかしがり屋ですからね。私が部屋で着替えようとするとすぐに顔を真っ赤にして外に出てしまいますし」

「……そ、それは……」

「ガイが悪いわけじゃないと……」

 

2人はどのように答えたらいいか分からない表情をして苦笑しながら言葉に出す。

 

「まあ、ガイ君は純情な子だからね~。フリージアさんと同居していたらなかなか大変なのかもしれないね~」

「どういう意味ですか、なのは?」

「ふふっ、それは内緒だよ」

 

天使のような笑みを向けてはにかむなのは。内心はどんな事を考えているのだろうか?

 

「ところで、フリージアはここで何をしているの?」

「私ですか?私はここの見学に来ました」

 

フェイトが話を変えてきたのでフェイトの方へ顔を向ける。まだ顔が少し赤いようだ。

 

「留学生だもんね。いろいろと見て回るといいかもね。電車で来たの?」

「いえ、歩いてきました」

「「えっ?」」

 

当たり前のように答えたと思ったのですが2人は絶句したように表情を固まって言葉に詰まっていた。

 

「ガイ君の住んでいるマンションからここに歩いて来たの?」

「ええ」

「あそこの最寄り駅でも駅からここまで40分ぐらいは掛るよ。どのくらい歩いたの?」

「七時間ぐらい……ですかね」

「「……」」

 

2人からは驚いているのか唖然としているのか分からない表情をして私を見ている。

 

「どうしたのですか?」

「う、ううん、何でもないよ。歩く人が好きな人もいるもんね」

「そ、そうだよ、なのは。たとえ七時間歩こうとそれが好きならね」

 

2人は互いの顔を見て苦笑しながらもうんうん、と頷く。

 

「あ、なのは。そろそろ時間」

「ほんとだ。騎士カリムに会わないと。それじゃあ、フリージアさん。またね~」

「ええ、また」

 

なのはとフェイトは笑みを浮かべてお辞儀をして私から離れていった。

 

“現代”のなのははとても優しくて思いやりのある人物だ。時々小悪魔な考えをしている時もありますが。ですが、そんななのはが聖杯戦争に参戦している。

なのはもいつかは英霊となって人々の記憶に残っていくのだろう。それが英雄なのか反英雄なのかは定かではないが。

 

「……敵として会いたくありませんね」

 

私はなのはの背中を複雑な思いで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――喫茶店内

 

「はあぁああぁぁ!!」

「……」

 

アルトリアが天井に踏み込んで真上からキャスターに向かって、素手のように思えるがまるで何か剣を握っているような手の構えでキャスターに攻撃を放っていた。

アルトリアの持ち方からして剣だろう。

何か特殊な力を持って不可視な剣になっているのかもしれない。

 

キャスターは杖を上に掲げてその不可視な剣に対して受けの態勢に入る。

 

ガキン、と金属のぶつかり合う音が店内に響き渡った。その余波が店内のテーブルや食器などを吹き飛ばす。

 

「ふんっ!!」

 

その間にゼストが好きの出来たキャスターの横から円月刀の形をした槍を横切り薙ぎ払うように踏み込んで放っていた。

 

「……ジャッカル」

『了解した、マスター』

 

しかし、キャスターは冷静に分析し、デバイスである“ジャッカル”に指示を出して黒い霧を瞬時に大気に散布した。あれは魔力が蒸気化したモノだろう。

 

それはまるで、その散布した魔力がキャスターを守るようにしてキャスターの周りで渦巻いている。

 

そして、それはキャスターとゼストの間に集まり凝固して擬似的な盾となってゼストの攻撃を受け止めた。

 

その間にアルトリアは床に着地して、不可視な剣を突きのモーションのようにしてキャスターに突き刺そうとする。

 

「ぐっ!!」

 

だが、それは届く事無く黒い霧が固まって出来たハンマーのような形によって、独立して動けるのか、それに殴られて後ろへ飛ばされ、そのまま厨房の中へ激突した。周囲にあった食器類も衝撃を受けて割れ、ガシャンパリンという軽い音が戦闘中でも心に響く。

 

「ここだっ!!」

 

だが、そのおかげでキャスターに隙が出来た。俺はその隙を狙って鞘から鞘走りした刀でキャスターを狙う。

 

「踏み込みが甘いな」

 

だが、それも難なくアルトリアを止めていた杖で受け止められる。そして、黒い霧が俺の目の前で固まり両手剣のような武器となって矛先をこちらに向けていた。それはすぐ俺に向かって飛んでくるはずだろう。

 

「危険だぞ、ガイ!!」

 

隣にいたゼストが兜割りのように槍を振り下ろした。そのため、キャスターの注意がゼストに向いた。

 

俺はその間に転がるようにして矛先から体を動かす。と、同時に先ほどまで居た場所に黒い両手剣は通過して飛んでいき後ろの壁へと突き刺さった。

 

間一髪だ。ゼストが注意を引かなかったら死んでいただろう。

 

そして、ゼストの兜割りも受け止められ、その間にゼストに黒い霧が濃くなって押し寄せてくる。

 

「むっ!?」

 

黒い霧は瞬時に二刀の長刀になりハサミのようにして左右からゼストに襲いかかってくる。

 

「ゼスト!!」

 

ダンッと後ろからものすごい音がしてアルトリアが叫んで走る……というよりも弾丸のように跳んでゼストの隣へ着地して片方の長刀を不可視の剣で受け止める。ゼストはもう一方の長刀を受け止める。

 

俺はゼスト達の反対側から抜いてある刀を片手で振り下ろす。しかし、キャスターは見向きもせずに杖を使ってそれを受け止める。

 

見なくても防御できんのか。更にあの黒い霧……ここは……。

 

俺は一つの結論に達したので大きく後ろへ下がった。アルトリア達も同じ考えをしていたのか、キャスターから離れ俺の方へ跳んできた。そして、そのままキャスターが割って入ってきた窓から外へと出た。

 

あの狭い喫茶店内で戦っていては満足に戦う事も出来ないし、あの黒い霧から出来る武器を避けるのも動きに制限が掛ると容易ではない。

 

それなので俺たちは外へ出る結論に達したのだ。

 

喫茶店内は人がリラックスできるような光景ではなく、荒れ果てた戦場となってとても営業できるような所ではなくなっていた。

 

「あの霧……やっかいですね」

「瞬時に武器の形になりそれを飛ばせることが出来るとわかっただけでもいいだろう。予備知識があれば事前に動ける」

「ああ、そうだな」

 

先ほどの戦闘から得たモノを簡単にまとめていると、荒れ果てた喫茶店中からキャスターが殺気も十分に込めながらゆっくりと歩いてくる。

戦闘中もあの殺気を緩めることなく放っていたのだから冷静な判断能力があの時は無かったのかもしれない。

そして、キャスターの眼にはどす黒い殺気の他にも何か違う感情が映っていたのも見えた。

 

あの眼に映る感情の色は……なんだろうか?

 

「中だと狭いと考え、外に出たか。だが、それは私にとっても好都合」

「「「!?」」」

 

キャスターが右手を空に上げた。すると、黒い霧は更に増え、大きく展開し俺たちと喫茶店を囲い込むようなドーム状になり、光を遮って視界は暗闇に包まれた。俺たちは互いに背中を預けて武器を構える。

 

「いけ……」

 

キャスターが短く呟くと、その霧は様々な武器となって矛先を俺たちに向け飛んできた。俺の動体視力を持って軌道を見切れても10が限度だ。喫茶店を囲むほどの大きさの武器の数だ。200や300は当たり前のようにあるだろう。

 

「俺に任せろ」

 

ゼストの声が背後から呟くように聞こえてきた。ゼストの方を向くと槍が輝いてこの暗闇の明かりになっている。槍に魔力を込めたのだろう。

 

「牙龍!!」

「わっ!!」

 

その槍先を下に向け思いっきりコンクリートに差し込んだ。大地を這うような衝撃がゼストを中心に波紋のように広がった。そして、コンクリートが吹き飛ぶぐらいの衝撃が俺たちの足元以外の所から湧き上がってくる。それが飛んでくる黒い武器にぶつかり勢いを殺し俺たちの身を守ってくれた。

ぶつかり合ったので煙幕が巻きあがる。

 

「ぐっ!!」

「ぬわぁ!!」

「ぬ!!」

 

だが、大気に舞い上がっている煙幕を吹き飛ばすほどのジャイロ回転のある黒い魔弾が三つ俺たちに飛んできて腹部に当たる。そのまま、それぞれ三方向に飛ばされた。

威力がありすぎた。そして速い。バリアジャケットや騎士甲冑が付いていなければ腹部に風穴が開いていただろう。

 

「ぐっ!!」

 

その衝撃は強力すぎたので腹部に激痛が走る。服部のあたりのバリアジャケットが剥がれ落ち、うつ伏せの状態で腹部を押さえつつ顔を見上げる。目の前にはいつの間にかキャスターが見下ろすように冷たい目で俺を見ていた。

 

飛ばされた衝撃で鞘と刀が一対のプリムラを手放してしまった。

 

「貴様は弱い」

「くっ……」

 

キャスターから言われた言葉は否定する気が起きなかった。事実、その通りなのだ。

だが、その事実を現実として受け止めてしまうと周りに迷惑をかけてしまう。それが悔しい。

 

「ふん、その現実に否定する気はないようだが内心は悔しがっているようだな」

「ふ、ふざける……」

 

そう言い終える前に俺の右手の甲をキャスターは足で踏ん付けて左右に動かす。

 

「ぐ、ぐあああ!!」

「この“令呪”もいらんだろ。私のマスターに渡してファイターでも使役するか」

 

キャスターの左手に黒い霧が集まり凝固して刀となった。それを掴み俺の手に近づける。この紋章……令呪を狙っているようだ。このまま右手を切り取るつもりだ。

 

「ぐっ……」

 

俺は腹部と右手への激痛に耐えながらも黒い魔弾を真上に錬成する。

 

「意味ないぞ」

「!?」

 

だが、それは一瞬にして弾き飛んだ。キャスターが左手の刀で一振り振っただけで俺の魔弾は弾き飛んだのだ。

 

「無駄な足掻きだ」

「ぐっ……い、いや……無駄なんかじゃない……さ」

「……ほぅ」

 

キャスターは感心したような声を放って俺から視線を離して真正面を見ながら大きく跳んで後退した。

 

「ガイ!!」

 

俺の後ろから聞き慣れた声がした。そして俺を抱き起こす。騎士甲冑と手甲を付けたオリヴィエが起こしてくれたようだ。オリヴィエは心配そうな表情をして俺を見ていた。だが、それも怒りの表情に変って、俺からキャスターに視線を移す。

 

「オリヴィエ・ゼーケブレヒトか」

「くっ……あなたがガイを……」

 

特に何の感情もなくキャスターはオリヴィエの真名を口にした。

 

俺はオリヴィエを呼んだのだ。

黒い魔弾は囮でキャスターがそちらに注意を払っているうちに俺はこの“令呪”に強く念を押していた。来いオリヴィエ!!と。そうすれば時空転移で俺の傍に来てくれると言っていた。

 

これで来るかと半信半疑だったが、どうやらちゃんと来てくれたようだ。

 

「天幕よ、落ちよ!花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!!」

「……ふん」

 

そして、後ろへ下がったキャスターの更に後ろに紅く捻れた特徴的な剣を踏みこんで横斬りを放っている人物が居た。それをキャスターは振り返ることもせずに右手を右肩へ動かし杖を背中に持っていきその剣を受け止めた。そのまま鍔迫り合いのような形となって互いに動きが止まった。

 

「ふむ、不意を突いたつもりだったのだがな」

「来客が多いな。今度はセイバーか」

「えっ……」

 

その人物……セイバーはアルトリアにそっくりだった。胸当てがとれ、不可視な剣を地面に指して剣に体重を預けていたアルトリアも自分自身に似ている人物が目の前に居て驚きを隠せないでいた。

 

俺も痛みに耐えてオリヴィエに肩を借りて起き上がり、セイバーを改めて観察する。

金髪の髪に翠の瞳。そして、顔の輪郭も容姿もアルトリアにそっくりだ。

 

違うのは服装。鮮やかな赤のドレスに、随所に施された金の刺繍があり、大きく腰下まで開いた背中のラインがある。スカートの前が半透明なシースルーになっており白い下着なのだろうか?それが丸見えになっている。

 

ドレスで戦うのか?まあ、それでもあの剣を使いこなしているのを見る限り疑問ではないが。だが、あのスカートが半透明なシースルーなっていて下着みたいのが見えるのがちょっと気になる。

 

「えっ?セ、セイバー?」

「凛!?なぜここに?」

 

あのセイバーの後ろにどこかで見たような美少女が驚きの表情を見て、セイバーと言いつつもアルトリアの方を見ていた。

 

黒い髪を黒いリボンでツインテールに縛り、翠の瞳。黒いニーソックスに黒く短いミニスカート。胸元に十字の紋章が付いている赤い服を着ている……ああ、思い出した。都市中の書店を漁るために移動していたら出会いがしらでぶつかった人物だ。あの子も聖杯戦争に関与しているのか?

 

「何故俺を狙う?」

「なに、前の対決に決着がついていなかったのでな。余が最優先で終わらせたいものはそなたとの決着だ。それにそなたは前回本気で戦っておらぬしな」

 

俺が思い出していると、こちらの鍔迫り合い状態のままでの2人は一言二言、会話した。それを俺は聞き取る。

 

前回の戦い?廃棄都市区画での戦いだろうか?オリヴィエがキャスターのマスターと対決した時にはこのような人物がいるとは言っていなかったし。となるとその時に居た人物たちはキャスターとこの人物になるだろう。

 

と、なるとあのセイバーと同時に現れたあの凛って子はセイバーのマスターか?

 

脳内の情報整理が追い付かなくなる。俺の頭の中は得てきた情報を処理するためにフル回転中だ。

 

2人の鍔迫り合いに変化が起きた。セイバーの周りに黒い霧が寄って来たのだ。セイバーはすぐに後ろへと下がってその霧から離れた。

 

その間にキャスターは黒い霧から複数の武器の形を作り、矛先をセイバーに向けて飛ばした。それをセイバーは難なく薙ぎ払った。

 

「オリヴィエ、プリムラを取ってきてくれ。鞘と刀が転がっている」

「ガイ、無理しないで下さい」

 

俺はキャスターがセイバーに注意を向けている間にオリヴィエから離れて、左手でキャスターに踏みつけられた右手の甲を押えながらオリヴィエにプリムラを取ってきてもらうように促す。

 

「アルトリア……ランサー組とは停戦協定を結んだ。だが、三対一でもあのキャスターに敵わなかった。しかし、あのセイバーが現れて状況も変化した。あのセイバーはキャスターと戦いたいらしいし、それにマスターであるアルトリアとあの凛って子も多分、知り合いだ。うまくいけば今度は六対一になる。キャスターは強敵だ。落とせる時に落としとかないと不味い」

「その通りだ、ガイ」

「ランサー!!」

 

俺の隣にゼストが槍を杖代わりについて立っていた。服部あたりのバリアジャケットが破れてしまっている。

俺もアルトリアもゼストも受けたあの黒い魔弾はかなり強力だと言う事が俺たちを見ることで物語っている。

オリヴィエは先ほど停戦協定を結んだと言ったとはいえ、少し前までは敵だったので俺の前に出てランサーを警戒していた。

 

「あれは強敵だ。共同戦線を張らない限り、この聖杯戦争はキャスターの勝ちになるだろう」

「ランサーも同じことを言いますか……で、ですが……」

「頼む、フリー。俺もフリーを呼んで何もせずに戦場からは撤退はしたくない」

「……分かりました。取ってきます」

 

何か納得のいかない表情をしていたが、俺の気持ちを摘むんでくれてオリヴィエは俺から離れてプリムラを回収に向かった。

 

「あのセイバーもなかなかの技量をもっているな」

「ああ、キャスターの動きについている」

 

キャスターとセイバーは武器を交えていた。とは言っても、キャスターが黒い霧から武器を作成し飛ばして、それをセイバーが薙ぎ払っているだけだが。時折、黒い魔弾も飛んでいくがそれは紙一重で避けている。

 

ふと、俺の右手の甲を見る。キャスターに思いっきり踏まれたので赤くなっているがその赤に劣ることなく紅い令呪は少し形が減っていた。

 

ライオンの形をしていたが今は耳と輪郭の部分が無くなっている。確かこれには絶対的命令権がある。

 

「使用回数に限りがあるってことか……」

 

残りの区画からして一回か二回だろう。残りが眼と鼻と口だけだ。

 

「きゃはは♪」

「「!?」」

 

と、考え事をしていると背後からあまり聞きたくない笑い声が聞こえてきた。俺とゼストはそちらに振り向く。

 

「やっほ~、ガイ。またまた殺しに来たよ~♪」

 

いかにも楽しそうな声で残忍な笑みを向けている少女がいた。バーサーカーのマスター、トレディだ。

 

ブラウン色のセミショートに薄汚れているような黄色の瞳。服装もあの時と変わらずピンクと白のアオザイだ。

 

「トレディ!!」

「なに~、大きな声で私の名前を言っちゃって~、そんなに私に会いたかったの~?もう恥ずかしいわね~」

 

高い声でそう言いつつも残忍な笑みを崩れないのでふざけているのはわかる。

 

「しっかし、令呪が反応したこの大きな結界に入ってみたら中はなかなか面白い状況ね~。」

「令呪が反応した?」

 

俺はこの結界に疑問が浮かび上がってきた。

対象の人物だけを結界内に閉じ込めて外部からの干渉を断ち切るモノだと結論付けたが例外も存在しているという事だろうか?それとも令呪の魔力が強くてここに反応出来たのだろうか?

 

いろいろと疑問が現れるがそれは一先ず脳の隅に置いておくことにした。

 

「来な、バーサーカー」

「バーサーカー……だと?」

 

トレディの真横には白い全身プレートアーマーのバーサーカーが実体化して現れた。俺が壊した手のプレートも修復して元の状態に戻っている。

そして、隣にいたゼストはその単語を聞いて見て驚いている様子だ。

 

アラル港湾埠頭で俺とオリヴィエが離脱するときにこのバーサーカーとやりあっていたからな。

 

「ガイ!!」

 

オリヴィエが大声を出してプリムラを持って俺の元へと走って来ている。

 

「遅いよ、バーサーカー!!」

「Aaaaaaaa!!」

「むっ!!」

 

バーサーカーは俺に向かって神速のような速さで俺に近づいてきた。俺に向かって死の拳を放つのだろう。

隣にいたゼストも傷の痛みか突然の動きに一瞬だが反応が遅れてしまった。だがそれだけで分かった。ゼストの行動では俺に向かってくる攻撃は止まらないと。

俺はプロテクションを展開させた。

 

「なっ!?」

 

だが、読み違えた。神速で放たれたバーサーカーの拳は重くプロテクションなどただの紙切れな状態だ。

一瞬にして破られてその死の拳は俺の目の前まで来ていた。それを止めようもなく俺は死ぬだろう。戦場での判断ミスは即死に繋がる。

 

それは確かに今、目の前の出来事だった。

 

だが、それは俺の所に来ること無く、人ぐらいの大きさの盾が俺の目の前に二つ現れてそれを防いだ。

 

「ふ~ん……」

「この盾は……」

「むんっ!!」

 

トレディとオリヴィエはその盾の出現したことに注意が向いていたが、隣にいたゼストは兜割りのように槍をバーサーカーに振り下ろす。、バーサーカーはそれを避けて大きく跳びトレディの真横に着地する。

その間にオリヴィエは俺の隣に来てプリムラを渡してくる。複雑な表情で上を見ながらだが。俺もプリムラを受け取り上を見上げる。

 

「……なのは……さん?それに……衛宮……士朗……」

 

そこには大きな砲撃銃を片手で持ちながら上空から俺たちを見ているなのはさんの姿があった。周りには盾が1つと紋章のような形をしてコアが埋め込まれているモノが浮遊している。

盾の上には士郎が乗ってなのはさんと一緒に浮遊していた。

 

「シールドピッド、速度、安定、精密、どれも良好」

『これなら十分に戦えます』

「アーチャーの武装は相変わらず凄いな」

 

なのはさんの言葉に紋章のような形をした中心部にあるコアがピカピカと光って答える。音声が変わっていないとすれば、あれはレイジングハートだろう。

隣にいた士郎は感心したように俺たちがいる戦場を眺めている。そして、ある一点で凝視し驚いた表情のまま固まった。

 

「え?セイバーと凛?」

「な、今度は士郎ですか!?」

「あの馬鹿……やっぱりこの聖杯戦争に……」

 

あの三人はどうやら知り合いらしい。三人には様々な思いがあるのだろう。

 

「Aaaa……Laaa……Aaaaaaaa!!」

 

様々な状況が訪れる中、今度はバーサーカーが枯れた声で叫び出し、半歩右足を下げて右腕を後ろへと振り回す。

 

「……」

 

そこに居たのはフードを深くかぶって顔が見えない人物だ。前にバーサーカー戦で会って一度助けてもらった事がある。

その人物はバーサーカーの拳を片手で受け止める。

 

「へぇ、私は感知タイプなのに気付かなかったんだけど~。貴方、アサシン?それにバーサーカーの拳をそんな簡単に止めれるなんてぇ」

「……」

 

その人物は何も答えない。代わりにバーサーカーの右手をしっかりと掴んで、背負い投げのようなモーションでバーサーカーを投げ飛ばす……はずだったが、バーサーカーは円を描くようにして足から着地して、ブリッジのような格好になる。

 

「!?」

「AaaaaLaaaaaa!!」

 

そのまま、どのようにして力を入れたのかはわからないが、掴まれている手を今度はバーサーカーが掴み、足に踏み込みを入れて起き上がりその勢いでその人物を投げ飛ばす。

 

その人物も何とか着地して擦り下がりながら結界の端まで下がった。

 

「この結界内……かなり荒れそうだ」

「ええ、気を引き締めましょう、ガイ。私は前回の名誉挽回のチャンスだと思って動きます」

「……気にする事じゃないと思うが……負けるなよ、フリー」

「ガイも負けないで下さい」

 

俺のパートナーはまだ完全に傷が癒えていない。昨夜の戦いが響いた。俺もそうだが、俺以上にオリヴィエの傷は大きい。無理をさせないようにしないと。

 

「プリムラ行けるな?」

『お任せください』

 

俺は鞘に納刀してあるプリムラを掴み握りを確かめながら現在の状況を整理した。

 

・ガイ、オリヴィエ(ファイター)

・アルトリア、ゼスト(ランサー)

・キャスター

・凛?セイバー

・トレディ、バーサーカー

・士郎、なのは(アーチャー)

・フードをかぶった人物(マスターかアサシン?)

 

マスターは全て揃っているわけではないが七組全てがここに集結した。状況はバトルロワイヤルとなるだろう。

 

それぞれの思惑や思考が入り混じったこの戦場は混沌へと突入した。




バトルロワイヤル始まりました。

結界内の広さは半径500メートルぐらいだと思ってくだされば。

何が起こるか作者にもわかりませんw

……ウソです。ちゃんと考えていますので見捨てないで下さいw

まだ、正体がわからないのがバーサーカー、キャスター、アサシン?ですかね。

アサシン?はマスターが一度も出てきてませんがw

しかし、戦闘シーンは本当に三人称の方がいいよな~。

これを一人称と二人称でやって読者の人に伝わるだろうか?

そこは腕の見せ所ですね^^

うまく伝わると言いですが。

何か一言感想がありますと嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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十九話“騎士王と暴君の交差”

タイトル通り、あの方とあの方の対決です。

では、十九話目どぞ~。


 ―――聖王教会 執務室

 

「それで話というのは」

「ええ、御二人を呼んだのには訳があります」

 

私は騎士カリムからお話があるとの事でフェイトちゃんと聖王教会に訪れた。

来る途中の教会内でフリージアさんに会ったのも驚いた。

 

それに歩きで来たって言ってたし。今度フリージアさんがここに来るとなったらフェイトちゃんの車に乗せていこう。

 

でも、フリージアさんはよく異性であるガイ君の部屋にホームステイしようと思ったんだろう?もしかして、ガイ君に好意を持っているとか?

 

そうなるとガイ君、モテモテだね~。家のヴィヴィオもガイ君に好意を持っているし。

 

「……なのは、聞いてる?」

「ふぇ?」

 

フェイトちゃんから声をかけられて、自分でもなんて間の抜けた声を出してしまったのだろうと思った。

 

フリージアさんやガイ君の事を考えていたらいつの間にか周りが見えなかったようだ。心配そうな表情のフェイトちゃんと、笑みを崩さないまま気品を保ち静かに見つめてくる騎士カリムの2人の視線が私に集まっていたようだ。

 

「あ、す、すいません」

「いえいえ。なのはさんもお疲れなのでしょう」

「あ、い、いえ……」

 

騎士カリムの話を聞き洩らしていた事に申し訳なくなって頭を下げる。

 

この人はカリム・グラシア。

“古代ベルカ式魔法”の継承者で、聖王教会・教会騎士団所属の騎士。管理局にも少将として籍を置いている。

はやてちゃんが“機動六課”を設立する際には尽力し、後見役を務めてくれた。

また希少技能“予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)”という詩文形式の予言能力を持ち、そのため滅多に教会の外に出ることがない。

予言は難解な古代ベルカ語であるが故に様々な解釈が可能で、その的中率は騎士カリム曰く

 

『よく当たる占い程度』

 

らしい。

 

「では、もう一度言いますね」

 

こほん、と咳を1つ吐いて騎士カリムは話を始める。

 

「私の“予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)”に新たなページが刻まれました。予言の中身も古代ベルカ語で解釈で意味が変わる難解な文章。世界に起こる事件をランダムに書き出すだけですが、ここ数年は同じ内容と思われるものがストーリーのように刻まれていくのです」

「どんな内容なんですか?」

 

フェイトちゃんが聞いてみた。さっきはここまで話をしていたのだろう。騎士カリムは目を閉じて思い出すように語り始める。

 

「過去より死せる王達。未来より戻りし超人達。異の国よりし猛者達。大地の方の塔の黒人達。それら交わりし地にて静かなる聖の戦が起こり、大地の法の塔の地は混沌と化す。真か虚か、聖の戦は世の理を変える源を持ちえる。その先に待ちうけうるは……」

「「……」」

 

私とフェイトちゃんは固唾を飲んで、騎士カリムの次の言葉を待っていた。大地の法の塔とはここミットチルダにある中央管理局地上本部の事だ。機動六課の時に起きた事件もここの場所が現れていた。

 

しかし、カリムは目を瞑り軽く首を振った。

 

「すいません、ここから先はまだ表されていません」

「……また、このミットチルダで何かが起きるってこと?」

「かも……しれないね」

 

その内容を簡単に要約すると、人が集まり戦いが始まってミットチルダは混乱を招くことになるという。

 

「ミットチルダで戦いが始まるような内容です。そして、その先にあるモノが何なのかもわかりません」

「人が集まって戦いが始まるんですね」

 

私の言葉に騎士カリムは頷く。

 

「過去からは王達が……未来から戻ってくる人もいるし、別世界からも強い人が集まって来るんだね」

「ヴィヴィオやアインハルトちゃんとの関係性は?」

「……今のところは何とも言えません」

 

過去の王達は聖王家のクローンであるヴィヴィオや、覇王家の正統血統のアインハルトちゃんも含まれている可能性がある。

親としては娘であるヴィヴィオやその友達のアインハルトちゃんがかなり心配だ。

 

私は何とも言えない表情を浮かべて困惑した。

 

「なのは……」

 

フェイトちゃんがまた心配そうな表情を私に向けてきた。

 

「ヴィヴィオやアインハルトにも関係があるかもしれないので今回はヴィヴィオの保護者である御二人をお呼びしました。聖王教会で眠っていますイクスヴェリア殿下にも関係しているかも知れませんが今は手探り状態です。何が起こっているのかはわかりませんが十分に注意して下さい」

「わかりました」

「はやてにも伝えておきました。もし、ミットチルダに何かありましたら随時私に連絡を下さい」

 

そして、お話は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――結界内

 

騎士カリムの予言は正しくその通りだった。ミットチルダで聖の戦いが起きている。“聖杯戦争”。まさしくその名の通りだ。

 

「アーチャー?大丈夫か?」

「いえ、何でもないです、マスター。ちょっと昔の事を思い出しただけですから」

 

私の隣にいたマスターである薄い赤のかかった短髪に薄い黄色い眼が特徴的な衛宮君が盾の上に座って心配そうに私を見上げてくる。

 

「アーチャーの昔って、今のこの世界の事か?」

 

マスターの言葉に私は頷く。この戦いの場所を基準とすれば私は未来から来た人物になる。

 

“未来から戻りし超人達”とは私の事も含むのだろう。“達”だから私以外にも未来から来た人がいるはずだ。

 

「ガイの事か?」

「……ううん、ガイ君は関係ないよ」

 

この戦いにはガイ君が参戦している。そのサーヴァントはフリージアさんだと言うのことも。それは知っていた。この時代の私がこの戦いに足を踏み入れて知りえる知識だ。それはまだもう少し先の事だが。

 

「この戦いにガイ君は参戦してほしくなかったな」

「だから、フリージアやガイの事を助けているんだな?」

「……うん」

 

フリージアさんがキャスターに倒されそうだった時、先ほどガイ君がバーサーカーに倒されそうだった時、私は盾を差し込んでそれらの攻撃を受け止めた。

 

知り合いが危なくなったら助けたくなる。それは人間としては当たり前の感情ではないだろうか?それがたとえ敵だとしても。

 

「ごめんなさい、マスター。私は甘い感情でこの戦いに臨んでいるのかも知れません」

「いや、俺もおとぎ話のような夢を持って進んでいるから、お前と大差変わらないさ」

「……ふふっ、マスターは優しいんですね」

 

私は笑って衛宮君を見ると、顔を少し赤くして視線を逸らした。

 

「と、とりあえず、俺は下に降りて凛達の所に行ってくる。俺の知り合いだからな」

「わかりました。私はここで他のサーヴァントの視察をしています。マスターが危なくなったらすぐに駆けつけますので」

 

衛宮君の知り合いがどうやらここに2人来ているようだ。“異の国よりし猛者達”とは衛宮君たちなのだろう。

衛宮君も私と同じで地球から来たらしい。経緯は“穴”に巻き込まれてこちらに来たとか言っていた。

 

「ああ。アーチャーも気をつけろよ」

「はい」

 

そして、衛宮君の乗っけた盾を地面へと降下させていった。1人になった私は一度空を見上げた。

 

時間帯は昼なのだが、結界内という事なので紫色が一面に広がっているため空の色が変化しているが、昼間からでも見える大きな星二つはいつの時代も変わっていなかった。

 

「ガイ君、フリージアさん……そして……」

 

私はもう1人の名前を呟いたが、それは突然の突風で声の音がかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――結界内

 

今、俺の目の前にはキャスターがその冷たい瞳で俺の事を途方もない量の殺気を含めて見据えていた。

 

その殺気は背筋に冷や汗が流れるくらいに気持ちが悪くなる。

 

「ガイ……大丈夫ですか?」

「……ああ」

 

俺に向けられている殺気を経験したことのあるオリヴィエは隣で心配そうに俺を見つめてくる。ゼストにバーサーカーを任せて、俺とオリヴィエはキャスターを追いかけた。6対1で戦えると思っていたが、状況がかなり変動した。

 

偶然なのか必然なのか全てのサーヴァントがこの結界内に集結したのだ。バトルロワイヤルな状況である。

 

キャスターの見た目は4~50歳ぐらいの少し年配の掛った男性。セミショートの黒い髪にも少し白髪が混じって入るがそれをオールバックにしているため年配という感じがしない。服装もバリアジャケットで黒いズボンに黒いインナーを着て黒いロングコート。ロングコートには僅かに装飾品が付いている。

 

キャスターの周りには黒い霧を纏っている。あの黒い霧は黒い武器に瞬時に変わるという凶器の霧だ。おまけに何もなくとも飛ばせるという。

 

そして、右手にはそれを操っているだろう宝具であろうデバイスである杖が握られている。一度技を展開した時にデバイス名を言っていた。

 

確か、“ジャッカル”と。

 

「お前の相手は余ぞ。黒霧の使い手よ」

 

俺とキャスターが対峙していると真横から先ほどまで武器を交えていた紅いドレスを纏った金色の少女(女性?)、セイバーが弾丸のように飛び出てキャスターに捻れた特徴的な赤い剣を縦切りに振っていた。

 

セイバーは俺ではなくキャスターと対峙したいようだ。

 

「……」

 

キャスターはそれを難なく杖で受け止める。

 

「ふん、割り込んできたあのマスターばかり見て、余の事は無視か」

「今は貴様に用はない。暴君の姫君よ」

「……お主、奏者の名前を知っているだけではなく、余の真名までも知っておるのか?」

 

疑問と困惑の色がセイバーの表情に浮かび上がる。キャスターは答えるかわりに周りの黒い霧が様々な武器となってその矛先をセイバーに向けていた。

 

「ぬるい!“燃え盛る聖者の泉(トレ・フォンターネ・アーデント)”集え、炎の泉よ!!」

 

セイバーは疑問の色を消して表情を険しくして、キャスターの杖をはじき返し、向けられている武器を剣の一振りで吹き飛ばす。

その剣に何かが宿っていたかのように思えた。

そして、弾き飛ばしたキャスターに向かって剣を振るう。

 

「ゆくぞ!“童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)”!!」

 

傍から見ても分かる。とても重い衝撃をもった威圧感のある剣技だ。一振り振るごとに大気に風の切る音が轟音となり周囲に凄まじい衝撃をまき散らす。それがキャスターに襲いかかる。

 

「暴君といわれるだけの事はあるな。剣技が暴力だ」

 

だが、キャスターは驚愕の表情に変わること事なく、それを何の動作もなく紙一重で避け続けた。

 

「……ん?」

 

その戦いを見ていたが違和感をキャスターから感じた。だが、それをどう言葉に表現したらいいか分からない。

分からないが違和感だと言う事は頭の中で分かっていた。

 

「ぬぐぅ!!」

 

少し考え事をしていたらガラスが割れる音とセイバーの声が聞こえた。

 

キャスターの攻撃で飛ばされて、セイバーはビルの二階の窓ガラスを割りながらビル内へ突っ込んだようだ。

 

あれほどの強烈な連撃を避けた上に返しに攻撃を加えてきたキャスター。やはり只者ではない。

その冷たい瞳がこちらに向けられる。その眼を見ただけでも身震いを覚える。殺気の量が半端ない。

 

「次は貴様達だ」

「……」

 

俺は静かにプリムラを握り立ち居合で構える。オリヴィエも手甲を握りしめて構える。

 

出来ればあのセイバーと協力関係でキャスターを迎撃したかったが、あのセイバーはキャスターと決着をつけたがっている。きっと1人で戦うつもりなのだろう。

 

その意志に俺もオリヴィエも意見を横入れする気はなかった。それもあのセイバーの生き様なのだから。

 

先ほどはアルトリアとゼストが居たが今度は俺とオリヴィエだ。

 

「ファイター、行くよ」

「ええ、ガイ」

 

一時の静寂。そこに一陣の突風が巻き起こる。

 

それが合図で俺たちは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「凛!!何故ここに!?」

「あ~、私にも分からないんだけどね」

 

凛がここにいるのには驚きを隠せないでいた。ガイと同盟を組んでキャスターと対峙していたが、そこからさまざまな人たちが乱入してきた。

 

その中に凛とシロウが居た。私は少しの間、バーサーカーをゼストに任せて凛と話をするべく移動した。

 

「もしかして、凛も“管理者”に会いましたか?」

「ええ、モニター越しでね」

 

凛は片目を瞑りながら頷く。

 

「お~い、凛とセイバー」

「シロウ」

「結局あんたもこの戦いに参戦していたのね」

 

そこに、盾に乗ったシロウが私たちの所まで来て笑顔を私に向けてきた。

 

「まさか、セイバーに会えるとは思わなかった」

「私もここの世界で凛とシロウに会えるとは思いませんでした」

 

冬木の聖杯戦争では私は聖杯を破壊して消えた。あの後はどうなったか気になる。

ですが、今再び凛とシロウに会えてたことの嬉しさの方が疑問よりも勝っていた。

 

「冬木の聖杯ではなくここにも聖杯が存在しているらしいわね」

「ええ。だから、サーヴァント達が現世で実体化をする事が出来るわけですね」

 

聖杯はこの世界にも存在している。管理者から聞いた話だ。

 

「でも、そうなると聖堂教会がこちらの世界にも干渉しているというわけなのよね」

 

そう、聖杯は聖堂教会が監督を行っている。この世界にも聖杯があったという事がどのようにして分かったのかはわからない。私と同じで、“ワームホール理論”でこちらに来たのだろうか?

 

「それにしても、セイバーは今回はマスターなんだ」

「ええ。サーヴァントがマスターになれたという事例はありませんから私自身もそこは驚いています」

 

凛は私の中に魔術回路が埋め込められているのに気付いたのか私を見据えていた。

 

「え?セイバーがマスターなのか?」

「ぬぐぅ!!」

 

シロウも私に疑問をぶつけようとしたその時、バリンとガラスの割れる音と声が耳に響いた。割れる音の方を見ると、今度は壁を突き破る低い破壊音と再びガラスの割れる軽い音が聞こえてきた。

 

「セイバー!!」

 

セイバー?私……ではないですね。凛の新しいサーヴァントでしょうか?私と瓜二つの顔を持っていた人物。

 

凛が声を高くして叫ぶ。窓ガラスの破片と共に赤いドレスを纏った金色の髪の少女(女性?)が落ちてきて、何とか着地したが片膝をついた。

 

やはり私と瓜二つですね。

 

「え?セ、セイバー?」

 

シロウは初見で見る赤いドレスの少女(女性?)に驚きを隠せないでいた。私は二度目なのでそれほど驚く事は無かった。しかし、やはり気になる。あの私と瓜二つの人物は誰なのだろうと。

 

「くっ、油断したのぅ。キャスターの威力が強すぎて余自身がビルを突き抜けるとは」

 

赤いセイバーは特徴的な剣を地面に刺して、それを杖代わりにして何とか立ち上がる。

 

「たく、無茶しないでよね」

「あのキャスター、やはり只者ではないようだの」

 

杖代わりにしていた剣を引き抜き、一度振って剣についた埃などを掃い捨てる。

 

「ん?」

 

そして、赤いセイバーは初めてこちらに視線を移した。そして、表情を驚きに変えて、わなわなと震え始める。

 

「な、何故余がもう1人そこにいるのじゃ!?」

 

ビシッと聞こえてきそうな音を決めて、人差し指を私に指した。

 

「いえ、私も聞きたいぐらいです」

 

何故私と瓜二つの人物が、しかも“セイバー”として召喚されているのかが気になる。ですが、なぜか一つだけ納得いかない部分があった。それは……

 

「ふむ、確かに余に似ておるが胸は随分と主張しないのだな」

 

赤いセイバーが私の胸をマジマジと見ながら語る。

 

そう、私と赤いセイバーの外見が全く似ていようとも胸だけはなぜか大きさが違う。しかも、相手の方がでかい。

 

「……凛、この者に挑んでもよろしいですか?」

「い、いや、落ち着きなさいよ、セイバー」

「ん?奏者よ。余を呼んだか?」

「あ、あ~、もう、紛らわしい!!」

 

凛は私の事を言ってきたと思いますが、“セイバー”の単語は赤いセイバーも反応した。そう言えば、凛には私の真名を教えていませんでしたね。

 

「ええい、余の容姿が美学というのなら愛でても良いが偽物は流石に要らぬ!!」

 

そう言って、特徴的な剣の切っ先を私に向ける。

 

「……それは宣戦布告という意味を表している行動と受け取っても?」

「うむ、構わぬぞ。フェイカーよ」

「……」

 

流石に胸が主張しないだのフェイカーだの言われて我慢が出来なかった。私も風王結界を纏った約束された勝利の剣(エクスカリバー)の切っ先を相手に向ける。

 

「ふ、2人ともやめなさいよ!!」

「止めるな奏者よ。このフェイカーは余の美学に反する」

「ええ、凛。この者とはケリをつけなければなりません」

 

凛の停止に私も相手も聞く耳を持たない状態だ。お互いにお互いの事を許す気は無いのですから。

 

「セ、セイバー。ここは剣を納めて……」

「「シロウ(おぬし)は黙って下さい(おれ)!!」」

「うっ……」

 

私たちの無駄に息のあった発言にシロウは何も言い返せなかった。

 

「……令呪使うわよ?」

 

凛が声を低くして赤いセイバーを見ながら腕まくりして腕を見せてくる。そこには令呪が刻まれていた。

 

「マスターよ。それはもしもの時にとっておくモノだぞ」

「今が“もしも”の時じゃない?」

 

ニコッと小悪魔な笑みを浮かべながら赤いセイバーに何も言わせないような覇気を飛ばしている。

 

「し、しかしだな……」

「使うわよ?」

「う、うぬ……し、仕方あるまい。美少女であるマスターに嫌われるのも困る」

「へ、変な事言わないで!!」

 

凛は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。赤いセイバーは剣を下ろして、私に敵意が無いことを示す。納得いかない表情をしていたが。

 

「凛……口を挟まないで下さい。侮辱された数々。ここでキッチリと清算してもらう」

 

ですが、私は剣を下ろす気はなくそのまま赤いセイバーに突っ込んで剣を振り下ろした。

 

「ふむ、不可視の剣とは面白いな。武器は余のフェイクではないようだな」

 

だが、それは簡単に受け止められた。表情は何やら輝いている。

 

「凛よ。挑発は乗るぞ。たとえ令呪を使われても余は剣を振る」

「……はぁ。もう勝手にしなさい」

「ははっ、凛も大変なんだな」

 

もう手に負えないと思ったのか凛は止めることを飽きられたようだ。シロウもそれに同情した。

 

赤いセイバーは私の剣を弾いて距離を置いた。表情は好奇心旺盛な少年みたいだ。

 

「ゆくぞ、フェイカーよ」

「それは貴方ではないのですか?」

 

私達は再び得物を構えた。

 

「攻め立てる!!」

 

赤いセイバーが何の前触れもなく私に向かって直進して剣を振り下ろした。

 

「甘い!!」

「ぬぅ!!」

 

それを私は下から吸い上げるようにして弾き返した。その反動でやや後ろに下がった赤セイバーに私は追い打ちを仕掛けるように剣の連撃を繰り出す。

 

「不可視の剣とは何とやりずらい」

 

赤いセイバーはそう言いつつも私の剣の軌道を読んでいるのか本能的な感なのか私の攻撃を受け流している。

受け流された剣圧はそのまま人工物の建物であるビルなどにブツかり破壊音を立てながら半壊していく。

そして、次の攻撃は受け流すことなく、それを紅い剣で受け止め鍔迫り合いのような状態になった。

 

「ですが、私の攻撃が通りませんね」

「ふふん、余を誰だと思っておる♪」

 

赤いセイバーは楽しいのか声が弾んで嬉しそうだ。

 

「しかし、フェイカーと言えどもなかなかの剣の腕を持っておる。褒美を与えようぞ」

「いえ、貴方もなかなかの腕をお持ちだ」

 

私も声が弾んでいるのが分かった。風王結界を付けている剣を見切れる上に剣の腕もかなりの使い手だ。

 

この聖杯戦争で未だに剣の使い手と交えていなかったこともあってか、この者と武器を交え武勇を競い合う事に心が躍る。

 

動機は不純なものもありましたが真っ向勝負を受け入れてくれるこの人物には感謝を送りたい。ファイターも真っ向勝負をしてくれましたし。今回の聖杯戦争は騎士道的な意味で喜びを覚える。

 

「ふんっ!!」

 

そして、赤いセイバーが私の剣を弾き一度距離を置いた。そのまま視線を凛に移す。

 

「マスターよ。少し魔力を使わせてもらうぞ」

「あんまり無駄遣いしないでよね。それと程々にしておきなさい。周りは敵だらけなんだから」

 

私たちの戦いを止める事を諦めていた凛は半ば投げやりのように言葉を放つ。シロウは苦笑いをしていた。

 

「うぬ、贅沢に使うぞ。余は倹約は嫌いだからな」

「ちょ、人の話聞いてた!?」

 

マスターである凛から魔力の許可(?)が下りたので紅いセイバーは笑みを零して再び私の方を見据える。

 

「この余の剣は“彼の円卓の騎士ガウェイン卿”に匹敵する武器なり。それに伴い、その剣の技量をも匹敵しよう」

「!?」

 

赤いセイバーが言葉を発した瞬間、雰囲気が変わった。

 

赤いセイバーが剣を構える。その構え方も先ほどとは変わっていた。

その構えは昔の頃の記憶を思い出させる。

 

「ガウェ……イン?」

 

円卓の騎士の1人、ガウェイン卿の構え姿だ。忠勇を誓ってくれたガヴェイン。

私の剣、“勝利された約束の剣(エクスカリバー)”の姉妹剣である武器、“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”を所持していた。

 

「“皇帝特権”だ。ゆくぞ!!」

 

その構えから赤いセイバーは走り出した。私は昔の事を思い出していたので反応が遅れてしまい、その剣を受け止める。反応が一瞬遅れてしまったため、そのまま防戦の剣戟が始まった。剣戟の最中といえど赤いセイバーは私に声をかける。

 

「ふん、考え事か?」

「何故、ガウェインの剣技を使えるのです?」

「何を戯けたことを。“皇帝特権”に決まっておろう。余に出来ぬことなど無い」

 

さも当たり前のように答える赤いセイバー。

 

皇帝特権……マスターである私の知識に新しく刻まれた。

 

クラス……セイバー

マスター……遠坂凛

真名……???

 

固有スキル

皇帝特権:EX

本来持ちえないスキルも、本人が主張することで短時間だけ獲得できる。

該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。

ランクがAランク以上の場合、肉体面での負荷(神性など)すら獲得する。

 

「何だこれ?強すぎるスキルじゃないか?」

「私も初めて見たわ。これが“皇帝特権”」

 

同じマスターであるシロウと凛も驚きを隠せないでいた。

 

本人が主張することで獲得できる。

 

だから、先ほど“彼の円卓の騎士ガウェイン卿に匹敵する武器”と主張したことによってガウェインの武器にもなり、“それに伴い、その剣の技量をも匹敵しよう”と付け加えたのでガウェインの剣術をも獲得しているのだ。

 

「これは忠義を貫いた者の剣技だ。特と味わうが良い」

 

その言葉を最後に私の剣を弾く。その威力は“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”に匹敵するほど重く、私は体のバランスを崩してしまった。

その間に赤いセイバーは剣を構える。

 

その構えは……。

 

「全ては我が王の為に“忠義の剣閃”!!」

 

片手持ちで剣に太陽の灼熱を具現するぐらいの高温の炎を纏わせてそれを振り下ろす。太陽の聖剣だ。その灼熱で相手を燃やしつくすイメージが紅黒くなった剣から連想される。

 

この技はまさしくガウェインの技そのものだ。この技で何度も助けられた事か。

 

しかし、この赤いセイバーはそこまで使う事が出来るとは、なんて強いスキルなのだろう。だが、このままでは私がその剣で燃やしつくされてしまう。

 

「くっ、風王結界よ!!」

 

私は急いで風王結界を解いた。

その解いた時に、聖なる宝剣を守っていた超高圧縮の気圧の束が、不可視の帳という縛りから解き放たれて、この周囲の大気に拡散された。

狙いを定めていなかった為、辺り一面にその強力な風圧が暴れるかのように縦横無尽に駆け巡る。

 

「なぬ!?」

 

振り下ろしていた赤いセイバーも突然の風圧に剣の軌跡がブレ、更に小柄な体格だったのでその風圧で軽く飛ばされた。

かくいう私も急いで解いたので踏みとどまるための準備もしていなく、風王結界によって軽く飛ばされた。

 

「ぬっとと……」

 

赤いセイバーは何とか着地をして息を吐いて私の方を見る。私も着地して赤いセイバーを見た。

 

「そんな隠し玉を持っていたとは……それにしても、その輝きの剣、何と美しいモノだ!!」

 

赤いセイバーは再び好奇心に捕らわれていたのか眼を輝かせて私の剣を見る。今は風王結界を解き放ったので黄金に輝く剣がこれでもかと眩い光を主張してくる。

 

「ふむ、しかし、そうか。“英霊の座”にまで招かれた者ならば、その黄金の宝剣を見間違えはせぬな。おぬし、かの名高き騎士王であるか。となると、ガウェイン卿の技で戦いを仕掛けたことに関しては無礼を申そう」

 

そう言って、赤いセイバーは申し訳ないような表情をした。我儘な姫君なのかと思ったが、意外と律儀な一面を見せてきたので私はあまり気にしないことにした。

 

「いえ、お気になさらずに。ですが、そう言う貴方は剣からでは人物像が全く想定できませんね」

 

ひとたび英霊として時間列から隔離された者たちは歴史の前後は関係ない。自分自身より後世の英雄についても聖杯のバックアップによって知識を持ち合わせることが出来る。

 

あの者が私からして過去なのか未来なのかはわかりませんが。

 

しかし、あの剣は確かに特徴的な剣ではあるが、あれからの人物像が出てこない。

 

「余の事はよいではないか。しかし、おぬし、マスターではないのか?何故に古き王がマスターとしてこの戦いに参戦しておるのじゃ?」

「……いろいろありまして。一言で語るには時間が足りない」

「ふむ、まあよい。今この武を交える喜びを分かち合おうぞ」

 

そう言って再び剣を構える。先ほどのガウェインの構えとは違い、最初に交えた時の構え方だ。私もそれにこたえようと剣を構えようとした。

 

「はい、そこまで!!」

 

パンと軽い音がして凛の声が聞こえた。凛の方を見ると手を叩いて私たちを先ほど以上の小悪魔的な笑みを見せてきた。隣にいるシロウが冷や汗をかいているのが分かる。

 

「これ以上、やると共倒れになるわよ?」

「い、いや、しかしだな……」

「敵は周りに“も”いるんだからね」

「う、うむ……」

 

“も”って所を思いっきり主張して赤いセイバーを黙らせる。

 

「セイバーもセイバーよ。何で挑発に乗るような事をしたの?」

 

そのセイバーはたぶん私の事を言っているのだろう。

 

「屈辱を重ねたこの者を許せませんでしたので」

「確かに騎士王とはわかったが何ゆえに余と同じ容姿なのじゃ!?これではフェイカーといっても仕方あるまい」

「いえ、あなたが何者かは分かりませんがフェイカーとはあなたの……」

「ええい、うるさいうるさ~い!!」

「あはは……」

 

稟の言葉がこの辺り一面に響き渡った。

 

「とにかく、セイバー達は戦う事は禁止だからね」

「……で、ですが」

「私と共同関係を築こう事は出来なくなるわよ」

「そ、それは困る」

 

凛と組めるとなると聖杯戦争は大いに有利に傾く。凛の魔術師としての知識はかなり役立つ。凛と組むことが聖杯戦争に勝ち残りやすいのだ。

 

「し、仕方ありません。不本意ではありますが、今までの侮辱は忘れましょう」

「なんじゃ。おぬし、余との対決をつけないまま終わらせるのか」

「今はその時ではありませんから」

 

私は剣を霊体化させた。赤いセイバーも何故か納得のいかないような表情をしつつも同じく剣を霊体化させた。

 

「士朗。アンタももちろん組んでもらうわよ」

「ああ。わかってる」

 

赤いセイバーとはケリを付けずに凛達と同盟を結ぶことにした。

 

「あ~、骨折り損だったのぅ。余は物足りぬ」

 

赤いセイバーは不機嫌な表情を隠すことなく晒し出していた。そして何かを思い出したような表情をして踵を翻した。

 

「忘れておった。キャスターとの対決を付けてこなければならぬ。行くぞ凛よ」

「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ。セイバー!!」

 

マスターである凛の許可を待つことなく歩き出す赤いセイバー。それについて行く凛。

 

「凛も大変なんですね」

「ほんとだな」

 

あの赤いセイバーは縦横無尽の我儘で唯我独尊な性格だとこの短い時間で分かった。あれを相手にするのは大変だとわかる。

 

凛……頑張ってください。

 

私は心の中で凛を応援して、私は凛達とは反対方向へ向いた。

 

「私は一度ランサーの所へ戻ります」

「俺も付いて行くよ」

「わ、わかったわ。また後で合流しましょう……って、待ちなさ~い!!」

「奏者よ。早よせぬか」

 

そして、凛と赤いセイバーと別れて私はシロウと一緒にバーサーカーに立ち向かっているゼストの応援に行くために反対方向へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルトリアが戻るまで時間を稼ぐ。

 

私は心の中でそう決めていた。今、バーサーカーと剣戟を繰り広げていた……私が防戦一方の剣戟だが。

目の前のバーサーカーの力は強力だ。一撃一撃が強力で単純な力押しなら直ぐに負けてしまう。

 

アルトリアが戻るまで時間を稼げるか分からなくなってきた。

 

「きゃはは、おっさん。早く死んじゃいなよ♪」

 

バーサーカーの後ろにはトレディという少女でありバーサーカーのマスターが残忍な笑みを浮かべながら俺とバーサーカーの戦いを見ていた。

 

アルトリアが離れてから随分と経った。アルトリアが戻るまで体力を温存させておくべくバーサーカーの攻撃に防戦一方でいた。

アルトリアと2人で攻めた時も苦戦していたというのに1人ではかなり厳しい。機会を窺って反撃をするのもいいが1人だとリスクも伴う。

 

やはり、アルトリアが戻るまでは防戦一方で守るしかない。

 

「バーサーカーに1人で立ち向かっても死ぬだけだよ。きゃははは!!まあ、ガイには不意打ちを撃たれたし邪魔者入ったから生き残ったけど次は無いよねん~」

 

やたらと頭に響くトレディの高い声が不愉快と感じつつもそれを無視してバーサーカーと対峙する。

 

「ふんっ!!」

 

振りかぶってきたバーサーカーの右拳を私は槍の刃を上に向けて振り上げた。その刃は相手の厚い手甲によって止められてしまうだろう。

 

「“流星”!!」

『ドライブ・スタート』

 

だが、デバイスも分かっていたのか私が一言呟いただけで瞬時に槍に魔力を込めてバーサーカーを空中に吹き飛ばすぐらいの勢いをつけて手甲ブツけた。

 

「……へぇ~、おっさん。やるわねん~♪」

「Aaaaaaaa!!」

 

バーサーカーの拳を受け止め、そのまま思いっきり空中へと受け飛ばした。バーサーカーの枯れた声が少しずつ遠くなる。

 

私は追撃を行わずにトレディへと加速した。

 

「きゃは、私を狙うのねん♪おっさんなんかにモテても嬉しくないわねん♪」

 

トレディの戯言は聞かず、加速したまま刃を横にして突きのモーションでトレディを貫こうとした。

 

「!?」

「一応~私も武の嗜み程度は受けているから~それを受け止めるのも楽よ~」

 

その突きを行った槍はトレディの肘と膝に挟まれて威力を殺されていた。

 

「殺りな、バーサーカー」

「むっ!!」

 

いつの間にか飛ばしたはずのバーサーカーがすきだらけになった私の上から右足を振り下ろしていた。自重の力も相まってかそれを喰らったらただでは済まない事は分かっていた。

 

「ランサー!!」

 

だが、それはアルトリアが私の後ろに駆けつけて来てくれてエクスカリバーでその攻撃を受け止めてくれた。

 

「来たか」

「遅くなりまして申し訳ありません、ランサー」

 

そう言いつつ、受け止めていたバーサーカーを弾き飛ばす。

 

「ふんっ、逃げたと思ったけど戻ってきたんだ~」

 

少し不機嫌になったトレディは私の槍を離して距離を置いた。

 

「……見ない顔が居るな」

「彼は衛宮士郎。仲間です。それよりも……」

 

アルトリアが何かを言おうとしたとき、ドンっと、地面が一度大きく揺れた。その後、すぐに激しい揺れが後になってやってきた。

 

「な、なんだ?」

 

衛宮士朗が困惑した表情を顔に表す。アルトリアも同じ表情だ。

 

「きゃはは、何が起きても楽しめて濡れちゃいそ~♪」

 

そんな中、トレディのやたらと高い声だけは楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違和感。

 

キャスターを始めて見た時に感じたモノ。その違和感が何なのか分からないまま、俺はオリヴィエとともにキャスターと戦いをしていた。

 

「はあっ!!」

 

俺は鞘から鞘走りをして抜いた刀をキャスターに放つ。

 

「……」

 

だが、それも杖で何なく受け止められてしまう。

 

「“聖連拳”!!」

 

オリヴィエも俺とは逆の位置からキャスターを狙ってはいるが、それも黒い霧に遮られてキャスターに届く事が無い。

 

「……時間か」

「何のことだ?」

 

キャスターがボソッと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

「ふんっ」

「「!?」」

 

キャスターはくいっと首を軽く振った。ただそれだけで、キャスターの周りを纏っていた黒い霧が幾つもの武器となって矛先を俺とオリヴィエに向ける。

そして、何の予備動作もなくそれが俺たちに向かって飛んでくる。

 

それも、事前に分かっていた事だったので、何とか避ける。オリヴィエもこういう攻撃だと分かっていたのか飛ばせるという知識が無くとも避けていた。

 

全くもって英霊って凄いモノだ。

 

「……おまえは……」

「……」

 

だが、俺たちが避けている間にキャスターの懐にフードを深くかぶったパーカー姿のアサシン?が居て拳をアッパー気味に振り上げた。

 

キャスターも最初だけは驚いていたが、そのアッパー気味の拳を冷静に避けた。

 

「ぐっ!?」

 

だが、アサシン?はアッパー気味に上げた拳の勢いに任せて体を少し浮かせて、膝蹴りをキャスターの顔面にクリーンヒットさせた。

 

始めからアッパーの拳は囮だったのだ。避けられると分かってそれを組み込んで次の攻撃をしたのだ。

 

予想外の攻撃方法にキャスターは顔面を片手で押えながら、少し後退しつつ黒い霧を武器に変えてアサシン?に飛ばした。

 

だが、それをアサシン?はキャスターの激しい武器の雨を紙一重で避けつつ距離を縮めていた。

 

「貴様……」

「……」

 

3対1でも対等か負けているぐらいに強かったキャスターが明からに顔の色を変えていた。焦りの色だ。どんな武器を作ろうが、どんなに刃の面積が大きい武器を作ろうがそれはアサシン?の前では簡単に避けられてしまう。

 

セイバーの時も弾かれていたりしたがここまで焦りの色を見せたキャスターは初めて見た。セイバーと何かが違うのだろうか?

 

「あれは誰なんだ?」

「わかりません。ですが、この場合だと味方だと思ってもよさそうですね」

 

オリヴィエは俺の隣に来て、その戦いを見ていた。

 

アサシン?は顔こそ見えないが余裕を持って避けているのが見て分かる。ちゃんと見てはいなかったが、アサシン?の格好は今見ると異様とも言えた。

 

膝まであるニーソックスにアサシン?よりも一回りも二回りも大きいパーカー。それなので晒し出している太ももの先は直にパーカーの裾になっている。絶対領域というものだろうか?

 

しかし、裾からもチラチラと衣服見たいのが見えたりするので、あのパーカーは顔を隠すために来ているだけなのだろう。

 

「あれは女性……か?」

「おそらく」

 

オリヴィエも女性だと言う事に否定は無いようだ。

 

ニーソックスを履いた男性なんて想像したくないしな。

 

「……イレギュラーか……それに時間か」

「……」

 

キャスターが何かを呟いていた。それでもアサシン?の行動は変わることなく、キャスターに近づく。

 

「……煌きの型“楼蘭”」

 

アサシン?の両手を開いて合わせて指先を左右に開けるような形の掌停を作り、右足を思いっきり踏み込んでそれをキャスターの胸に向かって放った。

 

「ぐっ!!」

 

その掌底がキャスターの胸に当たった時、周囲に凄まじいほどの衝撃が一度だけ伝わった。核爆弾が爆発したのではないかと言うぐらいの破壊音と衝撃。

威力は凄まじいモノものだとキャスターの苦痛の表情から読み取れた。

 

そして、キャスターは口から血反吐を吐いた。

 

「ごふっ!!強……烈な一撃だ」

「……」

 

アサシン?は何も言わず、右手で上げて手刀の形にしてそれを振り下ろした。それが止めを刺す死神の鎌なのだろう。

 

だが、目の前に自分に振り下ろされるであろう死神の鎌が迫っていようともキャスターは笑っていた。

 

「タイム……リミットだ」

『タイマー式ゲート、開きます』

「!!」

 

アサシン?は何かを感じ取ったのか、手刀を振り下ろすのをやめその場からジャンプして大きく後退した。

 

それと同時にキャスターの目の前に何かが現れた。いや、現れたと言うのもおかしい。

 

あれは空間を割いて“開いた”というべきか。黒い“穴”があった。

 

その穴の大気と周囲の大気が絡み合う事が出来ないのか、バチバチと音を立てて周囲の大気を少しずつそれは侵食していく。

 

その振動は凄まじく、この結界内では地面を激しく揺さぶる縦揺れの大規模な地震が起きているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 

ちょっとでも油断してしまうと地面からの激しい震動で空中に投げ飛ばされそうだ。

 

「ファイター!!」

「ガイ、空へ!!」

 

俺は地面に立っているのが困難だとわかり、オリヴィエの肩に手を回して空へと飛んだ。

 

そして、その異質な穴は人が一人入れるぐらいの大きさになって浸食をやめた。

 

そこにキャスターは入ろうとして、一度俺の方を見上げてきた。

 

「お前は……」

 

最初の部分だけは聞き取れたが最後の方は何を言っていたのか分からなかった。口は動いていたが、生憎と口先の動きだけでは何を言っているのかは読み取れない。

 

そして、言うだけ言ったのかキャスターはその穴に入った。

 

次の瞬間、その穴は瞬時に閉じて、張っていた結界は無くなり周りからは活気の溢れる音が聞こえ始めてた。

 

「そう言えば、この結界はキャスターが張ったんだったな」

 

俺はそう言いつつ、地上に降りてオリヴィエを下ろした。いつの間にかオリヴィエは私服姿に戻っていた事に驚きはしたが、日常に戻って来たのなら丁度良い。

 

俺もバリアジャケットを解いて授業参観で着ていた背広を着込んだ。

 

「大きな地震みたいのがあったと思ったら、いきなり元の世界に戻されちゃったわね。それにキャスターもロストしたし」

「ん?」

 

そこに、黒い髪を黒いリボンでツインテールに縛り、翠の瞳の少女……確か凛と言っていたな。

 

その子がやって来た。

 

黒いニーソックスに黒く短いミニスカート。胸元に十字の紋章が付いている赤い服を着ている。

 

綺麗とも可愛いとも思えるこの美少女もこの聖杯戦争の参加者なのだ。俺は油断せずに相手を見据えた。

 

「ああ、別に今からあんた達と戦おうって気はないから安心して」

 

ニコッと笑う凛。

 

……そういう風に笑うととても可愛いんだが。

 

「ガイ……あまり油断しないで下さい」

「あ、ああ。す、すまん」

 

何やら不機嫌そうなオリヴィエの声を聞いて、今の考えていたものを忘れようとした。

 

気を緩めないつもりが無意識に緩んでいたようだ。美少女って恐ろしい。

 

「まあ、キャスターが居なくなったのならここには用はないわね」

「なあ、凛って言ったか?聞きたい事がある」

「ん?なに?」

 

足を翻して来た道を戻ろうとした凛を俺は呼び止めた。

 

「君はなんでこの聖杯戦争に参戦したんだ?」

「う~ん、何でって言われてもね~」

 

凛はこちらに振り向いて視線を右下に向けて考えるポーズを取った。

そして、意外と簡単な一言が飛んできた。

 

「家系の悲願だから……かな。この聖杯戦争でも私たちの求め来た聖杯と同じだと思うし、この聖杯も悲願よね」

 

この?求めてきた聖杯と同じ?

 

その単語から推測するに他にも聖杯戦争というのはあったという事になる。そう言えば、管理者も言っていた。

 

前は第五次聖杯戦争で管理外第97世界の地球のとある土地で行われていた、と。

 

どのような気持ちを持ってこの戦いに参戦したのか聞いてみたかったが、このマスターはどうやら前回の聖杯戦争からの参戦者という事になる。

その時から家系の悲願というモノが心に決まっていたようだ。

 

「話は終わり?それじゃあ、私は行くわよ。また戦場で会いましょう。貴方とは敵同士なのだから」

「あ、ああ」

 

そう言って、凛は何の未練もなくその場から離れて人混みの雑踏の中へ消えて行った。

 

「……家系の悲願か。凛って子も凄いな」

「代々の悲願ですか。まるでアインハルトみたいですね」

「だな」

 

あの凛は何となく覇王の悲願の為に一生懸命になっているアインハルトと被って見えた。被らせるのもおかしい話だが、それでもアインハルトと似ていると思うと口元が緩んで笑ってしまう。

 

「そういえば、あのフードを被った人物が居なくなりましたね」

「確かに」

 

俺たちはきょろきょろと周りを見渡した。突然現れたあのアサシン?はこれまた突然に姿を消したようだ。

 

「あれはアサシンのクラスのサーヴァントって事でいいのかな?」

「消極法で行けばライダーかアサシンですが、あれはアサシンで間違いないかと思います。乗り物もありませんでしたし、気配をあまり感じませんでしから」

「だな」

 

この戦いで得た情報もかなりあった。後で整理をしなければならない。アルトリア達とも一度会っておきたかったが、今は夕刻時。

 

部屋に戻って、体を休めたい。

 

「とりあえず、帰るか。アインも呼んで三人で夕食を食べるか」

「ええ、その方がアインハルトも喜ぶかと」

 

そして、俺たちは帰路に沿って歩き出した。

 

「なあ、フリー」

「はい、なんでしょう?」

 

歩きながら俺はオリヴィエに声をかけた。

 

「昨日から元気は無かったけど、今はそうでもないみたいだな。何かあったのか?」

「いえ、それほど重大な問題ではないので気にしないで下さい。このモヤモヤ感を取り払うために一度、思い出のある聖王教会へ赴きました」

「へえ、あそこに行ったんだ。後で一緒に行こうと言ってたけどなかなか時間が取れなくて悪かったな」

 

昔の思い出に親しんで辛い思いを消し去ったのだろうか?まあ、オリヴィエは普通に強いからそのくらい訳がないか。

 

「いえ、また後でガイと行ってみたいです。歩きで行くのも大変でしたから、ガイに紋章で呼ばれた時は移動が楽でしたね」

「……はい?歩きで?」

 

思わぬ単語に俺は驚きを隠せなかった。

 

そんな何でもないような話を続けながら俺たちは日常の一環であるマンションへと帰って行った。




今回はセイバーと赤セイバーの対決を主にしています。

この二人の対決を一度、書いてみたかったw

同じ容姿をしたセイバーですからね、書いてて楽しかった。

しかし、今度、FATE/EXTRA CCC と言うものが出るらしいね。

今度は白セイバーか……セイバー商法やめろしw

いや、セイバーはカッコいいからいいけどねw

番外編で白セイバー出そうかな~とか思ってみたり。

何か一言感想がありますと幸いです。

では、また(・ω・)/


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二十話“練習と戦争の交差”

ああ、気づかなかった……社会人ってこんなにも……































大変だったんだ。

by働き出した○○志貴






どうもガイルです。

会社が忙しい。忙しい時期は本当に10時間残業とか発生するんだな~(´・ω・`)

それでも合間をぬってちょこちょこ書いていたので何とか纏められました。

この小説を読んでくださる人も少しずつ増えていますので何とか頑張って行きたいものです。

作者の日常なんかどうでもいいから読ませろ?

全くですねw

では、二十話目入ります。


 結界が解かれた後、いつの間にかバーサーカーとトレディは姿を消していた。

左右は高いビルによって光が遮られ、入口の夕日の光が少しだけ照らしているうす暗い路地裏に私は居た。

 

耳に周りの都会の音が戻ってきた。

 

人々の話し声。車のエンジン音。携帯音。それらが重なり合って1つだけの音が分からないような雑音が路地裏の入口から聞こえてくる。

 

先ほどまでとは無縁の音達が戻ってきて私はホッと一息をついて夕日の照らされていない壁に背中を預けた。

 

『大丈夫か?アルトリア?』

『ええ、寧ろゼスト。貴方の方こそ大丈夫ですか?』

 

結界が解かれたと同時にゼストは霊体化して、私の脳に直接語り出した。私も結界が解かれたと同時に服装をダークスーツに戻した。

 

『アルトリアがタイミング良く来てくれたから私は大丈夫だ』

『すいません、ゼスト。あなた1人でバーサーカーに立ち向かわせてしまって』

 

バーサーカーが現れた後、凛とシロウもあの戦場に現れたので少しの間、バーサーカーの相手をゼストに任せて、2人に会おうとした。

久々に2人の姿を見て、驚いたがそれ以上に会いたい気持ちが抑えられなかった。

 

『気にするな。別れた友に会いたいという気持ちは誰にでも持っているモノだ。その気持ちを大事にする事だ』

『……ゼストもその気持ちを?』

『……ああ、あった』

 

ゼストにも親友という者が居たらしい。その親友を思い出しているのだろう。ゼストの低い声が柔らかくなっていた気がした。

 

『……今は休んでいて下さい。バーサーカー相手に1人で対決していたのですから』

『ああ、言葉に甘えさせてもらう』

 

その言葉を最後にゼストからは何も言ってこなくなった。やはりバーサーカー相手に1人は厳しいようだ。

 

前の聖杯戦争でもヘラクレスの英霊がバーサーカーとして現れて、一対一で対決したことがあった。あの暴力の嵐に捌き切れずに負傷した。

 

バーサーカーは並大抵の実力と覚悟では対等に戦う事は無理に近い。

 

「なあ、セイバー」

「はい?」

 

思考の渦に入りいっていた私に声を掛けられた。目の前にはシロウがマジマジと私の全体を見るように視察していた。

考え事から離れて周りを見た。この路地裏にはシロウ以外に他の人はいないようだ。

 

「そのスーツ似合うな」

「……いえ、このスーツは私には似合いません」

 

シロウは私のダークスーツに興味を持ったようだ。

 

「……ですが、これはあの方が選んでくれた服装ですから」

「ん?何か言ったか?」

「……いえ。何でもありません、シロウ」

 

小さな呟きにシロウは拾いかけていたが私はこの服装の話を膨らませる気はなかった。この服装を着ていた頃の思い出はあまりいいモノでは無かった。

 

だが、この服装はあの切嗣の理解人であった今は亡き人の心優しいアイリスフィールが選んでくれたモノだ。

 

そこは誇りを持って胸を張って着こなしたい。

 

「しかし、また聖杯戦争が始まったな……」

「そうですね……」

 

シロウは私の服装から視線を離し、神妙な表情になって私を見た。

 

「俺も気がついたら右手に令呪が刻まれてサーヴァントが居た。いつの間にか巻き込まれたようだ」

「巻き込まれた!?」

 

と、私たちの話に女性の驚いたような高い声が聞こえてきた。私とシロウは声のした方に顔を向けると、凛が居て驚きの表情でシロウの方に顔を向けていた。

 

「あんた、自分から参戦したんじゃなかったの?」

「い、いや、気がついたら何処かの道場の庭で倒れていて、そこの人に助けてもらった。今はそこに住まわせてもらっている」

「……それっていつ頃?」

「ん~、10日ほど前ぐらいかな」

「……」

 

シロウの言葉を聞いて、凛は驚きから真剣な表情になって顎に手を添えて考え始めた。

 

「どうかしましたか、凛?」

 

そんな様子に私は声をかける。

 

「ん?ええ、ちょっとね。私がここに来たのはそれよりも大分前だから、時間軸が私と士朗ではちょっとズレているわ。セイバーはサーヴァントだから時間跳躍したと言っても理屈は通るけど、私と士朗は同じ時間軸で来ないと説明が出来ない」

「……それも聖杯の力だとしたら?」

「聖杯の……力……」

 

シロウの指摘に再び考え込む凛。今回の聖杯は冬木の聖杯ではない。管理者の話だと冬木の聖杯は不純物が混ざり欠陥品だとが。

しかし、この世界の聖杯は純粋なモノだと。

 

だから、前の聖杯よりも予想外の出来事が起きるのかもしれない。

 

「今回の聖杯は冬木のとは思わない方がいいのかもしれないわね。予想外の事が起きそう」

 

凛も同じ結論に達したのか私と同じ考えの事を話した。

 

「とりあえず、これからは俺たちは手を組んでこの聖杯に……」

「え、あ?ああ、もう五月蠅い!!」

 

シロウが何か手を組もうと言ってくる音を凛の怒鳴り声でかき消された。シロウは目を大きくして凛を見る。凛は誰もいない隣に顔を向け怒った表情をしていた。

 

「凛のセイバーですか?」

「え、ええ。やっぱりあんたとは組みたくないってゴネてるのよ」

 

凛のセイバー……赤いセイバーは私と瓜二つの容姿を持った人物。唯一違うとしたら胸の大きさですか。しかもあちらの方が大きい。

 

「ええい、いくら騎士王といえども余の瓜二つの顔を持たれていては困る!!」

「い、いきなり出てくんな~!!」

 

気高き声と共に赤セイバーが凛の隣に実体化して現れた。容姿は本当に私に似ている……

胸以外は。

 

この者とは名誉ある戦いが出来ると思っていたが、このように接してみると自分の意見に対しては直進的なモノが多いので人間的には微妙な人物だと分かった。

 

「本当にセイバーと似ているよな。ああ、でも……」

 

マジマジと赤いセイバーを見るシロウ。特に胸を見ていないだろうか?そして私を見る。いや、正確には私の胸のあたりを見ているのがわかる。

 

「……シロウ、変な事を考えていませんか?」

「え、い、いや……変なことなんて考えてないぞ」

 

私の問いにシロウは顔を引きつらせて若干慌てる。

 

「奏者よ。本当にこの者たちと組むのか?」

「ええ、異論は?」

「……むぅ、異論はあるが奏者に嫌われるのも嫌じゃ。いたしかたない。寛大な余がそなた達との同盟をすることを許そう」

「「「……」」」

 

えっへんと胸を張って威張る赤いセイバーに私たちは呆れ顔でため息を吐いた。

 

まあ、これが凛のサーヴァントなのだろう。我儘で唯我独尊なサーヴァント。

 

「……何でしょうか。凛にピッタリなサーヴァントな気がします」

 

我儘なあたりが。

 

「え?どういう意味よ?」

「いえ、深い意味はありません。所でシロウのサーヴァントはどのような人物なのですか?」

「俺のサーヴァント?」

 

急に話しを振られて少し驚き視線を逸らすシロウ。ああ、うん、と聞こえてくるあたり、サーヴァントと話し合っている様子だ。

 

そして、少し間を置いてから答えた。

 

「クラスはアーチャー。真名は一度見たらわかると思うがこの世界のエースオブエースだ」

「アーチャー……で、その真名は……ああ、“高町なのは”ね。雑誌で見たことあるわ。となると“英霊タカマチ”か。でも、アーチャー……ねぇ」

 

その単語に凛は少し遠くを見つめた。凛が言っているアーチャーというのはたぶん前のサーヴァントであった“英霊エミヤ”の事だろう。

 

切嗣の影響を受けて出来たシロウの理想。それを貫いた未来の姿。“誰でもが幸福であってほしい願い”。その願い叶える為に“正義の味方”を演じ貫き通して、しかし、その果てに残ったモノは後悔だけだったと。出来るだけ多くの人間を救うために多くの人間を殺すという矛盾に悩み続けて、それでも突き進んだ英霊。

その無意味さを理解し、シロウの前に現れて自分殺しを行い全てを無かったモノにしようとしたアーチャー。

 

……あのアーチャーは私が消えた後どうなったのか後で凛に聞いてみたいですね。

 

聖杯を破壊しようとして凛を待っていたら、凛を助けるために“投影”で作りだした武器で聖杯の不純物に妨害されていた凛の進む道を作ったのだから、あの聖杯では私よりもまだ後に居たのは確かだ。

 

「“アーチャー”って本当に一癖も二癖もある英霊ばかりね」

「その“英霊タカマチ”とは凄い人物なのですか?」

「別にそんなんじゃないんだけどね」

「!?」

 

音もなく士朗の隣にその“タカマチ”が笑みを浮かべながら実体化して現れた。

おそらくゼストと同じの防護服姿だろう。同じく白と青の強調した服装。あの栗色のサイドテールをしている。

 

「……ごくっ」

 

私は近くでこの人物を見たとき、思わず喉を鳴らした。膨大な魔力がタカマチから感じ取れるのだ。タカマチは先ほどの戦いではかなり高度な場所で見下ろしていたので魔力の数値が測る事が出来なかった。しかし、目の前に居るとその驚異的な量の魔力や質の高さが嫌というほどに伝わってくる。

 

これほどの魔力の持ち主では“キャスター”にクラス分けされなかったのでしょうか?

 

などと、驚きと疑問が頭の中で交差していた。

 

だが、赤いセイバーは……

 

「何と美しい容姿をしておるのだ!!」

「ふぇ?」

 

眼を輝かせながら喜んでいた。凛はまた始まったと頭を抱えながら呟く。タカマチはキョトンとした表情で首をかしげた。

 

「お主の美は素晴らしい!!」

「え、あ、ありがとう」

 

タカマチは困惑した表情でしかし、顔を赤くして赤いセイバーにお礼を言った。

 

「それにしても流石は“エースオブエース”ね。魔力値がオーバーSランクと言われても過言ではないわ」

 

凛はマジマジとタカマチを観察する。

 

「“エースオブエース”なんて周りから勝手に言われた評価だよ。私以上の実力を持った人物だっているし」

「ふぅん、そうなの?あ、そうだ。魔法か魔導を使う貴方からその事について聞きたいんだけど」

「魔法か魔導ですか?私の場合は魔法ではなく魔導ですね」

 

ええ、と凛は頷く。

 

「構いません。ですが一つ私からもお願い事があるの」

「ん?何かしら?」

「私にも魔術というモノを教えてほしいの」

「魔術を?」

 

タカマチは真剣な表情でこくりと一回首を縦に振る。その強い眼からは感情の深い何かがあったのが私には分かった。

 

「……う~ん、魔術は本来は秘匿するものなんだけど相手はサーヴァントだし……等価交換ってとこか。うん、私の家系の魔術は教えられないけど基本的なものなら教えてあげられる。それでいいかしら?」

「うん、十分だよ。ありがとう」

 

タカマチは愛嬌のある笑みを浮かべて頭を下げた。

 

「ぬうううぅぅぅぅ……この者をお持ち帰りしたい」

 

赤いセイバーはその仕草に見とれたのか唸りを上げて手をソワソワさせながら何か変な事を言っていた。

 

「それじゃ、その件はまた後でね。それとセイバーのサーヴァントはランサーなのかしら?」

「ええ」

 

赤いセイバーの唸りを無視した凛が私に声をかける。私はその言葉に頷く。

 

「光の皇子・クー・フーリン?」

「いえ、前のランサーではありません」

「そう……あの英霊は結構気に入っていたんだけど今回は出てこないか」

 

凛が残念そうな表情を浮かべて思い出しているのか眼を瞑った。凛の思っている時間帯とは違うと思うが私もランサーとの出来事を思い出す。

 

シロウに召喚された時に目の前にランサーが居た。何合か斬りあったが決着はつかず、ランサーは宝具を解放した。

 

あのランサーの一撃は凄まじい。

 

必中必殺の呪いの槍を使用して因果を逆転し “敵の心臓に命中している”という事実を作った後に攻撃を放つ対人宝具 “刺し穿つ死刺の槍(ゲイボルク)”。

 

あれを避けられなかったら冬木の聖杯戦争では最初に脱落していただろう。

保有スキル“直感”が無かったら避けられなかった。

 

あのランサーはとても強かった。

 

「まあ、とりあえずここは三人で何とか乗り越えていきましょう」

「待って下さい凛」

 

思い出に浸っていると凛が私たち三人で同盟するような声が聞こえてきたので割って入る。

 

三人で同盟を結ぼうと凛は話を進めたが私は1つ賛成できない部分があった。

 

「どうしたのセイバー?」

「私はガイとの同盟を組んでいます。なのでガイもこの同盟に加えてほしいのですが」

 

ガイという単語にタカマチの表情が一瞬変わったのが分かった。タカマチもガイに何かあるのだろうか?

 

それはさておき、先の戦いが始まる前に私とガイは同盟を結んだ。そうしなければあの凶悪なキャスターに勝てる見込みが薄かったからだ。

 

「ガイ?」

 

凛の頭の上には?マークが浮かび上がっているのだろう。脳裏にガイという少年の姿が浮かばないようだ。

 

「あの者か。余とキャスターとの戦いに水を指して……はおらんか。だが、微妙な少年だったの」

「ああ、あの冴えなさそうな男の子?」

「にゃ、はは……ガ、ガイ君、凄い言われようだね」

「まったくだ」

 

ガイが居ない前で言いたい放題の凛と赤いセイバー。だが、そのうち凛が神妙な表情になって考え込む。

タカマチとシロウは苦笑いしながら笑っていた。

 

「でも、あの男の子、会うたびに不思議な感じがしていた。うまく説明できないけど、違和感があるのが分かった」

「ガイが……ですか?」

 

そんな違和感があっただろうか?少なくとも私には分からなかった。魔術師的な何かを凛は感じたのだろうか。

 

「ええ、だからそのガイって人とは手を組めない。その違和感が無くならない限り」

「そうなりますと必然的に凛とも同盟を組むことが出来ない。同盟というモノは全ての者たち同意を得て組むものだから」

「まあ、確かに」

 

ガイと組んでいる以上、ガイを否定している凛の違和感を払拭しない限り凛とは組むことが出来ない。

 

「余は別に構わぬが?」

「あんたにとっては都合がいいでしょうけどね……はぁ~」

 

赤いセイバーはむしろ喜んで、それを見た凛は深いため息をついた。そして、シロウの方を見る。

 

「それじゃあ、セイバーとの同盟は保留って事にしておいて私と士朗でひとまず手を組んでおくわ」

「ああ、そうだな」

「う~ん、出来ればガイ君達と組みたかったけど仕方ないかな」

 

タカマチは少し納得のいかなそうな表情をしていたがマスターのシロウが凛と組むことになったので了解した。

 

「すいません、凛。一度契約したモノはそう簡単には解約できません」

「まあ、しょうがないわよ」

「うむ、仕方あるまいな」

 

凛は苦笑して私に温かい笑みを向けてくるが、赤いセイバーは上機嫌なのか声が弾んでいた。

 

タカマチと同じく少し納得がいきませんが仕方ありませんね。

 

「では、シロウ、凛。ご武運を」

 

私は2人に一礼をしてその場から離れて表通りへと歩き出した。

 

シロウと凛との同盟はひとまず保留となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「はふぅ……」

 

俺はオリヴィエと共にマンションへと戻りテーブルの前に座ると、緊張の糸が切れて気が抜けたからか疲労感が一気に押し寄せてきた。息を吐くと強張っていた体が少し柔らかくなったような気がした。

 

「今日の戦いは複雑でしたね」

「ああ。キャスターとの対決だと思ったら全てのサーヴァントが集まったからな」

 

最初はアルトリア達と手を組んでキャスターと対決するはずだった。だが、セイバーが現れ、バーサーカーが現れ、アーチャー……“なのはさん”が現れて、アサシンが現れて……。

 

「まあ、そのおかげで少し情報が多くなったな」

「ええ、情報が手に入っただけでも今日の戦いの収穫はありました」

「しかし、キャスターはアサシンが苦手なのか?俺たちが束になっても汗一つ掻かなかったキャスターが明らかにアサシン相手に慌てていたような気がする」

「キャスターに関しては謎が多いですね。そして、キャスターを押していたアサシンも」

「だな。それにバーサーカーの正体も知っておきたいところだが……」

 

と、アルトリアと今日の戦いの話をしていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。

 

「ん?誰だろう?」

「油断しないで下さい」

「ああ、分かってる」

 

俺は立ち上がって玄関先まで歩きだす。先ほどまで聖杯戦争をしていたので俺たちは警戒心が高くなっている。

 

俺は緊張感を高めて用心してドアを開けた。

 

「あ、ガ、ガイさん、こんばんは」

「アイン?」

 

だが、ドアを開けて居たのは同じく緊張気味な様子で少し頬を赤くしたアインハルトだった。俺は聖杯戦争と関係ないと分かって警戒を緩めた。

 

アインハルトはステンレスの鍋を両手で持って俺の事を見上げていた。

 

「あ、あの、ガイさん。御夕飯はもう食べましたか?」

「ん?ああ、そう言えばまだ何も用意していないな」

 

時計を見ると、いつの間にか外の日は落ちて夕食の時間帯だった。

 

「あ、あの、もし、よ、良かったらこれどうぞ。ビーフシチューですけど」

 

アインハルトは視線を俺から逸らしながらズイっと鍋を前に差し出す。

 

「アインが作ったのか?」

「……はい」

 

頬を染めたままモジモジしている姿は愛嬌があっていい。こういうアインハルトの姿を見ると日常に帰ってきたと実感する。

 

俺はそういうアインハルトを見て嬉しくなって頭を撫でた。

 

「え?え?」

 

アインハルトは何故、頭を撫でられたのか分からない様子だったがそれでも良かった。

 

「ああ、食べるよ。一緒に食べるか?」

「あ、はい」

 

決して笑う事はないが表情は嬉しそうだろうとわかった。アインハルトを部屋へ入れた。

 

「アインハルトですか」

「オリヴィエ、ご飯を作ってきました」

 

アインハルトが中に入るとオリヴィエが頬笑みを向けてきた。それにアインハルトは頬をさらに赤くしてご飯を作ってきたことを述べた。

 

「今度は俺が料理を作らないとな」

「あ、そんなこと気にしないで下さい。それではすぐ温め直します」

 

そう言って、アインハルトはキッチンへと向かった。

 

「アインハルトの手料理は美味しいです」

「ああ、アインの料理は確かに美味しい。今日の授業参観の時に弁当を作ってもらったけど、本当に美味しかった。これなら良いお嫁さんになれると言ったら、アインは驚いていたけどな」

「……それは確かに驚くのではないでしょうか?」

「え?そうか?」

 

オリヴィエとアインハルトの話をしていると気が楽だ。戦いとは別の話だからだろう。

 

「お待たせしました」

 

話で盛り上がっていると、アインハルトがビーフシチューを盛った皿を運んできた。

 

「へぇ~、美味しそうだ」

「ええ、食欲がそそられます」

「ガイさん。パンはありますか?」

「ああ、戸棚に入ってるよ」

 

アインハルトは俺の話を聞くと戸棚から食パンを持ってきた。

 

「んじゃ、食べるか」

「ええ」

「どうぞ」

 

俺とオリヴィエはスプーンでビーフシチューを一口食べる。アインハルトは俺たちの感想を待っているからか食べずに俺たちの事を見ている。わかっていた事だが、やはりアインハルトの作った料理は美味しい。

 

「うん、美味い」

「ええ、とても美味しい」

「あ、ありがとうございます」

 

頬を少し赤くしてお礼を言うアインハルト。

 

「むしろ、夕飯を作ってくれてお礼を言いたいのこっちだけどね」

「で、でも、作ってくれたモノに美味しいと言ってくれるのは嬉しいですから」

「まあ、確かにな」

 

喋りながらもスプーンを持った手は止まらなかった。パンにつけるとこれまた違った感触でビーフシチューを味わえる。

 

そんなこんなであっという間に俺とオリヴィエは皿を空にしてしまった。

 

「ふ、2人ともよほどお腹が空いていたのですね」

 

まだ半分も減っていないビーフシチューの皿で食べているアインハルトは驚きを隠せないでいた。

 

「ええ、お腹が空いていたもので」

「俺もな」

 

聖杯戦争ではかなりカロリーが消費されたからか体が栄養を求めていた。主に精神からカロリーが消費したんじゃないかと思うが。

魔力補給の出来ないオリヴィエも食事の栄養で補おうとしているし、俺と同じく戦いに参加していたからお腹も減っているのだろう。

 

「お粗末さまでした」

『マスター。メールが来ています』

 

少しして、アインハルトも皿を空にした。それとほぼ同時にテーブルの隅に置いておいたプリムラがメールが来たと伝えてきた。

開いてくれと言うと、目の前にモニターが現れた。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………明日

本文………こんばんはガイさん、ヴィヴィオです。あの、明日なんですけど中央第4区公民館のストライクアーツ練習場で格闘技の練習しませんか?大会に向けて有段者であるガイさんとストライクアーツの練習をしたいのです。お時間があればお相手したいのですがダメでしょうか?

 

ヴィヴィオからの練習のお誘いだ。

 

「ヴィヴィからか」

「ヴィヴィオさんからですか。どんな内容ですか?」

 

アインハルトもヴィヴィオから来たと分かって興味があるようだ。

 

「明日、大会に向けて練習しないかって話だ」

「え?ガイさんも練習に来るのですか!?」

「い、いや、今誘われたんだが」

 

アインハルトは少し声を高くして早口になっていた。それにすぐ気づき、顔がすぐに赤くなった。

 

「まあ、特に予定もないし大丈夫か……」

「なら私も行きましょう」

「ああ、オリヴィエも来てくれ」

 

聖杯戦争が起きている今、パートナーであるオリヴィエともあまり離れない方が良い。先ほどの戦いで理解した。

いつどこで起こるか分からないのだから、なるべくオリヴィエとは別れない方が良い。オリヴィエを呼ぶためにこの紋章……“令呪”を一回使ったしな。

 

「アインもヴィヴィ達の練習には参加しているんだよな?」

「あ、はい。“チームナカジマ”で頑張らさせて頂いてます」

 

まだ、顔が少し赤いが俺の話に答えてくる。で、今、アインハルトから変な単語を耳にした。そのままオウム返しで聞き返すことにした。

 

「チームナカジマ?」

「ヴィヴィオさん達と考えて決めたチーム名です」

「……」

 

何故だろう。不機嫌そうな表情で顔を赤くしながら目を背けているノーヴェが脳裏に浮かんだ。

 

まあ、ノーヴェもナカジマ家に養子で入ったとか言ってたからな。コーチであるノーヴェを名前に入れてのチームね。単純というかやはり子供の発想というか……チームノーヴェよりはマシか。いや、ニュアンス的にノーヴェチームか?

 

「今、私たちのチームの名前に笑いませんでしたか?」

「いや、気のせいだ」

 

いつの間にかアインハルトは表情を不機嫌にし口を尖らせて俺の事を見ていた。そして一呼吸置いてから話を続けた。

 

「ガイさんも入りませんか?」

「チームナカジマにか?」

 

こくりと頷くアインハルト。不機嫌な表情は消えていた。

 

「……ま、大会に出れたらな」

「わかりました。ガイさんが来てくれることを心から楽しみにしています」

 

やんわりとお世辞的な事を言ったがその言葉は本当の気持ちで言っているように聞こえた。

 

「ああ、出れるように仕事を頑張るから」

 

そう言いつつ、ヴィヴィオに返信用のメールを作成した。

 

件名………Re:明日

本文………それじゃあ、お誘いに乗らせてもらおうかな。あとフリーも付いて行くけどいいか?それとヴィヴィ達の練習内容や相手はコーチであるノーヴェが決めているんじゃないか?

 

メールの内容を打ちながら練習内容はノーヴェが決めていたはずだったと思いだし、付け足した。

 

この内容で送信した。

 

「ところでガイさん」

「ん?」

 

モニターを消すとアインハルトに声を掛けられたのでそちらを向く。表情は何やら真剣なのだが迷っているように見えた。

 

そして、口を開く。

 

「今日の帰りにお会いした黒いスーツを着た人は誰なんでしょうか?」

「……あ~、あれね」

 

アインハルト達との帰り道に出会ったのはダークスーツ姿のアルトリア。聖杯戦争の関係者だから皆から半ば強制的に離れたけど、その時に起きたと思われる不信感は残ったままなのだろう。

 

「ん~、仕事関係の人……かな」

「……随分と歯切れが悪いですね」

 

聖杯戦争と言えるわけでもないので嘘の考えを口にしたが考えながら発してしまったので語尾を濁したような口調になり、アインハルトは何か納得のいかない表情だった。

 

「仕事関係さ。企業秘密だから深くは言えないけど」

「それはそうですが……あんな綺麗な人がガイさんと……」

「ん?何か言ったか?」

「何でもないです!!」

「あ、ああ……」

 

最後の方が声が小さく聞き取れなかったので聞き返したが、何かに怒ったような声で強くして否定されてそっぽを向いてしまったので追求できなかった。

何か気まずい雰囲気が部屋に漂った。

 

『マスター、メールです』

 

ちょうど良い所にメールが返ってきたようだ。俺は少しホッとしてモニターを目の前に開いた。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:明日

本文………もちろんフリージアさんも歓迎です!!では、明日楽しみにしてますね♪集合時間は朝9時で。それと、この事ですが既にノーヴェに教えています。ガイさんも誘えたら誘えっと言っているので。たぶんガイさんが来たらガイさんを含めた練習内容に変更になるのではないかと。あ、それと丸1日練習なのでお昼御飯が必要だと思います。もし良かったらこの前約束したお弁当を作ろうと思うのですがいいですか?

 

……ノーヴェからの連絡はないんだけどな。

 

しかし、俺が来たら俺も含めた練習内容に変更ね……ノーヴェならやりそうだ。ノーヴェは本当にコーチって天職なんじゃないか?

 

それと今日のお昼に約束したお弁当の話がここで上がってきた。まあ、否定する理由もないしヴィヴィオにお弁当を作ってもらおうかな。

 

「……ヴィヴィオさんからですか……お弁当……」

 

そこに先ほどまでそっぽを向いていたアインハルトがモニターに覗きこんできた。お弁当と表示されていたのが気になったのか口に出てきた。

 

「まあ、否定する必要もないし頼もうかなと」

「な、なら私も作りましゅ!?」

 

アインハルトは何に慌てたのか分からないが言葉が早口になり、誤って舌を噛んで涙目になりながら顔を真っ赤にして口元を押さえてた。

 

「そんなに慌てるなよ……」

「あ、あにゃわてにゃどと……うう……」

 

多分『慌ててなどと』と言っていると思うのだが、上手く呂律が回らず喋れないのか落ち着くまで俺に背を向けてしまった。

 

「ふふっ……2人を見てると楽しいですね」

「見物人に見せるような見世物じゃないよ」

 

ベッドに腰掛けながら俺たちの事を静かに見ていたオリヴィエは静かに笑みをこちらに向けていた。

 

「今のアインハルトは……覇王とか聖王とか忘れているように見える……ガイのおかげでしょうか……」

「ん?なんだって?」

 

何かを呟いていたような気がしたが声が小さくて聞き返した。

 

「何でもありません」

 

オリヴィエは何かに納得したような笑みを浮かべたまま目を瞑った。

 

「ガイさん……私もお弁当を作ります」

 

オリヴィエからアインハルトの方を向くとまだ少し涙目になりながらも先ほどの言いきれなかった内容を口にした。

 

「ああ、分かったから。楽しみにしているよ、アインの弁当」

「……はい」

 

アインハルトともお昼にお弁当の約束をしたので否定する理由はない。

笑みこそ見せないがアインハルトからは嬉しそうなオーラが漂ってきたのが分かった。

そして、アインハルトは立ち上がった。

 

「では、私は部屋に戻ります。ビーフシチューはまだ余っていますので良かったら朝食にでもどうぞ」

「ああ、ありがとな」

 

俺がお礼を言うとアインハルトは一度頭を下げたあと俺の部屋を後にした。

 

……と、ヴィヴィオにメール返しておかないと。

 

俺は再びモニターを開いた。

 

件名………Re:Re:Re:明日

本文………明日9時ね、わかった。あとお弁当頼むわ。楽しみにしてる。

 

受信してから少し経って送ったがすぐにメールが返ってきた。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:Re:Re:明日

本文………楽しみにしてて下さい♪ちなみに何か苦手なものとかアレルギーなモノとかありますか?

 

苦手なものもないしアレルギーなど起きたこともないな~。孤児院の時も特に野菜とかも気にすること無く食べれたし。

 

そんな昔の事を思い出しつつ内容をまとめて送る。

 

件名………Re:Re:Re:Re:Re:明日

本文………いや特には無いよ。

 

送って、一分ぐらいで帰ってきた。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:Re:Re:Re:Re:明日

本文………わかりました。頑張って作りますね^^あ、それと1つ聞きたい事があるのですが、今日会った黒いスーツを着た金髪の人って誰なのですか?

 

「……」

 

だが、その内容に少し困った。ヴィヴィオも学院帰りに会ったアルトリアの事が気になったようだ。

 

……とりあえずアインハルトと同じ回答で答えるか。

 

件名………Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:明日

本文………ああ、よろしくな。それと黒いスーツの人の事なんだけど、あの人は仕事関係の人だよ。企業秘密が多いから細かい事は言えないけど。

 

最近言い訳が多いな。聖杯絡みだと仕方ない事か。

 

そう思いつつ送信する。

 

今度は送って、十秒足らずで帰ってきた。早っ!!

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:明日

本文………なら、仕方ないです。では、明日楽しみにしてますね^^

 

ヴィヴィオにしては引き際があっさりしている気がした。まあ、深く追求してくれないのはありがたい事だが。

 

「……お湯沸かして風呂入って寝るか。オリヴィエ、先に入るか?」

「ええ、先に頂きます」

 

あいよ、と言って俺は風呂場へ行って洗ってお湯を入れ始めた。オリヴィエが先に入って出た後に俺も風呂に入った。

 

風呂から出た後もかなりの疲労感が体全体に感じたので今日はベッドで寝ることにした。オリヴィエは潔く受け入れてくれてソファーで寝てくれるようだ。くれぐれも寝ぼけて忍び込んでこないようにと釘を刺してはおいたがちょっと不安だ。

 

そして、明日は格闘技の練習だ。頑張るか。

 

弁当は二つか……やっぱり朝食は抜いておくべきかな。ごめんなアインハルト。ビーフシチューは明日の夜にでも食べるよ。

 

昼間に導いた結論を思い出しつつ、さっき貰ったビーフシチューを食べれなくなった事に関してアインハルトに心の中で謝りながら俺の思考は闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――次の日 中央第4区公民館 ストライクアーツ練習場

 

「よし、みんな揃ってるな?」

「「「はい!!」」」

 

ノーヴェの言葉に子供たちは元気に答える。今日はここで練習のようだ。

 

「元気だね~」

「また年寄りのようなセリフを」

 

その様子を見ていた俺の隣で白いジャージ姿のオリヴィエが呆れたような表情で俺の言葉に返事を返した。

 

「んじゃ、もう年か」

「それだと私たちはもうオバサンだよね」

「あっ……え、ええと……す、すいません」

 

その反対側にはなのはさんとフェイトさんが苦笑しながら立っていた。なのはさんはピンク、フェイトさんは黒いジャージ姿だ。

 

2人は今日は保護者としてこの訓練に来たようだ。

 

なのはさんを凝視して見たが、いつものなのはさんで特に変化はない。

 

なのはさんは……“現代”のなのはさんで間違いないかな。

 

俺は結論付けた。

 

そして、そのジャージ姿は女性としての魅力が損なわっていないのか周りから注目の的になっている。その注目の的に容姿端麗なオリヴィエも視界に入るのだから注目度は更に倍増している。

 

……俺にはどす黒い殺気がふつふつと伝わっているんだけどな。

 

「私たちはガイから見たらもうオバサン?」

「い、いえ、そんな事は……なのはさんもフェイトさんもまだまだ美しいですよ!!オ、オバサンなど……」

 

少し寂しげな表情をして言ってくるフェイトさんを見て、俺は必死に早口で返す。だが、途中で何か恥ずかしい事を言った気がして言葉が詰まった。

 

「そ、そう?そう言ってくれるなら嬉しいな」

「……っ」

 

先ほどの表情からは一変、少し頬を赤くしながら笑みを零すフェイトさんの表情に俺は何も言えなくなった。

 

やっぱり俺はこの人の事が好きなのかな?

 

「でも、この前ネットで見たんだけど、19歳でオバサンって呼ばれちゃうこともあるんだってよ」

「えっ!?」

 

そこになのはさんから何か変な言葉が飛んできた。

 

19歳でオバサンと言われてしまう……だと……!?

 

フェイトさんも驚く事ながら俺も驚きを隠せなかった。そんな話があるとすると俺も後一回年を取ったらオッサンになってしまう。

 

「それは本当なのですか?なのは?」

「う~ん、ネットで見つけたモノだから信憑性は薄いと思うけど、一部ではそんな事を言う人もいるらしいね」

「ガイも私の事をオバサンだと思いますか?」

 

なのはさんに向いていた21歳のオリヴィエが俺の方を向いて子犬のように俺の事を見上げて首を少し傾けてくる。その仕草にちょっとドキッとした。

 

「い、いや、そんな事は……無いぞ」

「そうですか。なら良かったです」

「……ふ~ん」

 

俺の言葉に何か嬉しそうなオリヴィエだった。それを見ていたなのはさんは何を思ったのか模索しているような表情をしている。

 

「よし、それじゃ練習始めるぞ」

「「「はい!!」」」

 

子供たちは練習を始めたようだ。子供たちの元気な声を聞いて練習場へ顔を向ける。子供たちは2人組を作ってストレッチを始めたようだ。

 

「んじゃ、俺も練習するかな」

「では、私も」

「頑張ってね」

「頑張れ」

 

俺とオリヴィエはなのはさん達から離れて練習場へ足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガイ君はやっぱり隅に置けないよね~」

「え、そうなの?」

「ふふっ、鈍いね~フェイトちゃん」

 

私の主観で見た限りだとフリージアさんもガイ君に好意を持っている気がする。2人を見ていると本当にそう思う。

 

「そっか。ガイ……モテモテだね。子供たちもガイの事が好きなんだよね」

「うん。でも、ガイ君が好きなのは……」

 

そう言いつつとフェイトちゃんの方を振り向く。それでフェイトちゃんに伝わったのか徐々に頬を赤く染めていく。

 

「ま、前の温泉の時に言ったよね。私なんかよりもフリージアの方が良いって」

「でも、フェイトちゃんの本心を聞いたこと無いよ~」

「え、そ、そそそ、それは……内緒だよ!!」

 

そんなに慌てなくてもいいのに。

 

「じゃあ、話をちょっと変えて……ガイ君の事が好き?」

「え、えっと……」

 

今のフェイトちゃんから聞くと誤魔化せられそうなので単刀直入に聞いてみた。

 

「そ、それも内緒」

「あ~、ずるいよ~フェイトちゃん」

 

私はわざと頬を膨らませて怒ったように言う。

 

「じゃ、じゃあなのははどう?ガイの事好き?」

「ふぇ?」

 

思わぬ返しに私は間の抜けた声を出してしまった。

 

私はガイ君の事が好きなのか……そう言われても良く分からない。確かにガイ君は何事も諦めない不屈の心がある。子供たちとも仲が良いし悪い印象はない。

 

「あ~、ヴィヴィオがガイ君の事が好きだから」

「それは温泉の時に聞いたよ。私が聞いているのはなのはの本心」

「え、あ、う、う~ん……内緒?」

 

私の恋人がガイ君……ちょっと想像してみたけど結構いいかもしれない。でも、それは何か違う気がした。その違和感も分からないのに好きと口に出すのは変なので、フェイトちゃんには内緒として貫き通すことにした。

 

「なのは……」

「あ、う、うん。ごめんね、変な事聞いて」

「もう、なのはもじゃない」

「にゃ、はは」

 

フェイトちゃんはフェイトちゃんと同じ答えだったのか呆れていたようだ。

 

苦笑しながらガイ君達の方を見る。ガイ君はリオちゃんの頭を撫でているようだ。何かうまく言った事でもあったのだろう。リオちゃんは嬉しそうだが周りにいる子供たちは何か不満そうな表情をしているのが離れていても分かった。

 

「……ほんと、モテモテだね」

 

そんな状況下でもガイ君は自然とそこにいる事が嬉しいのか笑っていた。まるで自分の居場所に戻ってきたような……。

 

「……でも、私にも皆にも話せないモノがあるんだよね……」

「え?何か言った、なのは?」

 

フェイトちゃんが私の小さな呟きを言葉を拾いかけていたが、首を横に振ってなんでもない、と言い返す。

 

話せない内容はきっとフリージアさんが関係していると思うんだけどね。確証できる材料は揃っても無いし……。

 

そして、私は再びガイ君達を見る。

 

子供たちに囲まれて笑っているガイ君は本当に楽しそうな表情をしていた。

 

自分の居場所に戻ってきたような……ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へぇ~、リオは春光拳の技をまた一つ習得したんだ。すごいな~」

「えへへ~、ありがとうガイさん」

 

リオが新しい技を覚えたからしく、それを俺に言ってきた。“技”は習得するのには差こそあれども習得するにはそれなりの時間がかかる。習得できたのなら褒めてやるのがいい。

 

だから、俺はリオの頭を撫でて褒めてやった。それによってリオは頬を少し染めて上目使いで嬉しそうな表情をしながらお礼を言ってきた。

 

やっぱりこの子達の笑顔はいいモノだ。

 

それを見て、俺も自然と笑顔が零れる。

 

「む~、リオばっかり」

「負けられない」

「……」

 

周りからは何か不満そうな声が聞こえてきた。

 

「よし、ガイとフリージアも来た事だし、まずは組手をやるぞ」

「「「はい!!」」」

 

それでも、今は練習中。コーチであるノーヴェの指示が来ると皆はそれに従う。

内容は魔力抜きの組手だ。ストライクアーツ専用のグローブナックルに足から膝までカバーをしている膝当てを付けて準備万端だ。

 

「ガイさん、よろしくお願いします」

「ああ、ヴィヴィ。お手柔らかに」

 

最初に組手をしたのはヴィヴィオだ。体格差こそあれどヴィヴィオはそれを気にすることもなく真っ直ぐな攻撃で俺にしかけてくる。

 

ヴィヴィオの拳を受け止めるたびにパシッパシッと乾いた音が響く。周りも組手を始めたようだ。

 

そういえば、ヴィヴィオとの出会いってここのイベントの時だっけな。

 

ヴィヴィオと組手をしながらあの時の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――1年前

 

「トーナメント?」

 

公民館のストライクアーツ練習場の掲示板に張り出されていたのは“開催アーツトーナメント”というタイトルの文字をでっかく書いてその下に詳細が書かれているA4サイズの紙だった。

 

俺はその紙を眺めていた。

 

開催日は今日?まあ、相手は誰でもいいんだけど面白うだし出てみるか。

 

そんな軽い気持ちで受付を済ませてそのトーナメントに出た。公民館で行われるようなものなのでそこまで華やかな大会ではないし、ストライクアーツの有段を取った俺にとっては強い相手が居なく、難なく決勝戦まで上り詰めてしまった。

 

「決勝戦にはあの子が出るんだってよ」

「マジかよ。あの子強かったけど、まさかここまで上り詰めてくるとは凄いな」

「ああ、俺たちも負けてらんねえよな」

「まったくだ」

 

廊下を歩いていると反対からやってきた男二人がそんな事を言いながらすれ違って行った。

 

決勝戦は俺も出るんだが話に夢中になっていた2人は俺の事に気付かなかったのだろう。

 

決勝戦の相手か……どんな人だろうか。まあ、今までの奴らより強いと信じたいところだが。

 

そんな事を考えながら会場に足を進めた。

 

そして、決勝戦。決勝戦と言うだけあって観客はそれなりに居た。公民館といえども興味があるものがあれば人は集まるモノだ。

 

「なっ!?」

 

そして、対戦相手を見た時は驚きを隠せなかった。左眼が赤く右眼が緑の虹彩異色の小さな女の子だったからだ。

 

「では、決勝戦。ガイ・テスタロッサと高町ヴィヴィオの対決を始めます。射撃砲と拘束は無しの4分ラウンド。1本取ったら勝ちです」

 

レフリーがルールの説明を軽くした。

 

「よろしくお願いします」

「あ、ああ。お手柔らかに」

 

その子は丁寧に頭を下げる。実によく出来た子だ。そして、デバイスを取り出した。

 

あれはなのはさんが使っているデバイスに似ている?名字も“高町”……まさかな。

 

「セットアップ!!」

 

だが、今考えていた事がどんどん確信に近づいて来たのが分かった。

 

その子……ヴィヴィオは変身魔法で大人になった。なのはさんと同じサイドテールだし。なのはさんの関係者で間違いないと思った。

 

とりあえず、この話は頭の隅に置いておくことにした。

 

そして、俺とその子は構える。トントンと足でリズムを作っている。

 

「試合開始!!」

 

レフリーの気合の籠った声が練習場に響き渡る。と、同時にヴィヴィオは何の躊躇いもなく俺に体制を低くして突進してきた。

 

速いが……見える。

 

動体視力を鍛えていた俺にはその動きが見えていた。ならその動きに合わせてカウンターを合わせようと、そのギリギリまで待つ。

 

「はああぁぁぁあ!!」

 

ヴィヴィオは突進したまま右ストレートを放つ。それを俺は右に避けたと同時に左回し蹴りを合わせた。

 

「!?」

 

ガンッという音が響いた。クリーンヒットしたらこれで一本で終わっただろう。だが、ヴィヴィオはそれを左拳で顔面に当たる前にギリギリ止めた。なかなかな反射神経だ。

 

「っぐ!!」

 

そして、左手で俺の左足を掴み今度は右拳廻打で俺に放ってくる。左足が掴まれているので避けるという選択肢は無く、それを受け止めるか受け流すしかない。

 

ガシッとそれを左手で掴む。そして、ヴィヴィオの両手が塞がっていたので右掌打でヴィヴィオの胸部に放つ。

 

「きゃ!!」

 

それが軽くヒットしてヴィヴィオは擦り下がった。レフリーが一本と言わないってことは確実に当たったわけではないようだ。当たる瞬間、ヴィヴィオは僅かながら避けたのだろう。

 

キレのある攻撃に良い反射神経。この子は大きくなったら化けるな……今は大きいけど。

 

最後に変な事を思ったが、俺は対戦相手の将来性に楽しみが出来ていた。今だけでもこれほど強いのにもっと成長したらどうなるのだろうと。

 

ワクワクした気持ちは向こうも同じなようだ。俺の事を嬉しそうに見ている。

 

そして、今度は俺から仕掛けた。空いていた距離を数歩で縮めて、その勢いに乗せて右拳を居合のようなモーションで内側から放つ。格闘技にも居合の癖が出てしまうが、寧ろそれが俺にとっては型に合っている。

 

だが、それは簡単に避けられた。ヴィヴィオはそれをカウンターのように左拳で的確に俺を狙っていた。

 

避けるのは無理だとわかり、ならそれをこちらからも相手にはばれない様に頭突きをしてワザと受けることにした。

 

こめかみが痛い……。

 

だが、頭突きによって何割かの痛みを減らせたので次の手を放つ。ヴィヴィオはクリーンヒットしたと思い込んで、喜びの表情を見せて一瞬の隙が出来ていたのが分かった。

 

俺は右拳を直ぐに戻し、両手を開いて合わせて指先を左右に開けるような形の掌停を作り、それをヴィヴィオの胸部に向かって放った。

 

「!!」

 

ヴィヴィオはその動きに気付いたようだが一歩遅い。その放たれた拳はヴィヴィオにクリーンヒットして放物線を描くようにして宙を舞った。

 

「一本!!それまで」

 

試合はギリギリ勝つことが出来た。周りから歓声の声と拍手が送られてくる。ヴィヴィオは何とか着地して肺に溜まっていた空気を一息で吐いた。そして、俺の事を尊敬の眼差しで笑みを浮かべながら見てきた。

 

そのまま変身魔法を解いて俺に小走りで近づいてきた。俺の前で立ち止まる。

 

「お手合わせありがとうございました。とてもお強いんですね」

「いや、お前の方こそ強いよ」

「あ、ありがとうございます!!」

 

強いと言われて嬉しかったのか天使のような笑みを作って頭を下げた。

 

愛嬌のある子供だな。それにこんなに強い子だ。

 

「また、組手の相手が出来るといいな」

「あ、ではアドレスを交換しませんか?お互いに組手をしたい時に連絡すれば会えますし」

「……知らない人にはついて行っちゃ駄目だって親に言われなかったか?」

「あ~、確かに“なのはママ”から言われました。でも、ついて行くというわけではなく、ここで会ったりするわけですから大丈夫だと思います」

 

……ああ、やっぱりなのはさんの関係者なんだ。デバイスもレイジングハートそっくりだからな。今度、会った時に一言言っておくか。

 

「……初対面の相手に対して警戒しないの?」

「ん~、でも対戦している時にこの人はきっと頑張っている人なんだな~、って伝わってきました。だから大丈夫です」

 

何処からその根拠が出てくるのだろうか?俺の技だって人間の中心に衝撃を与えた方が威力がいいとはいえ、大人のヴィヴィオの胸辺りを狙って放った拳だ。

 

胸の感触を感じている暇はなかったが、触れてしまった事は事実なんだぞ。

 

それなのにこの子は……そんな事を気にせず、人見知りすることもなく積極的な上に一生懸命な子だ。

 

出会って、数十分ぐらいだがヴィヴィオにとても好感を持てた。今時珍しい子だ。

 

「……とりあえずアドレスだけでも交換しておく?不必要になった消せばいいから」

「あ、はい。交換しましょう♪」

 

これが俺とヴィヴィオが交差した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから1年か。随分と最近のような気がしたが時間は立っていたようだ。

 

ヴィヴィオと組手をしながら昔の事を思い出していた俺は現実に戻ってきた。今のヴィヴィオの組手は1年前とは比べ物にならないほど上達している。子供の上達は早いって聞くがその話はどうやら本当のようだ。

 

一心不乱に一生懸命、真面目に俺と組手をしているヴィヴィオ。その姿勢があるからこそここまで上達したのだろう。

 

魔法戦でも勝てないのに格闘技戦も抜かれてしまったら俺の威厳ってのは無くなっちゃうな。

 

……あの交差が無かったら俺はこいつ等とも出会う事もなかったのかもしれない。

 

少なくともオリヴィエとは会う事は出来なかっただろう。ヴィヴィオが持って来てくれたブレスレッドが無かったら、偶然とはいえオリヴィエを召喚することなんて無かったのだから。

 

でも、逆に考えるとそれが無かったら聖杯戦争に足を踏み入れる事は無かったのではないだろうか?

 

そんな事を考えてしまったが、その考えはすぐに止めることにした。この戦いは参加しておかなければ犠牲者は増えるかもしれない。何を考えているか分からないキャスターや明らかに正気の沙汰を持っていないバーサーカー辺りが勝ち残り、変な願い事で人々が苦しめられることだってあるかもしれないのだがら、勝ち残って変な願い事をさせない様にしないと。

 

「ガイさん……考え事ですか?」

「ん?」

 

と、組手をしていたヴィヴィオから声をかけられた。

 

「少し動きが鈍っていました」

「そうか。悪かった」

「……それも相談できないものですか?」

「……まあ、な」

 

俺が肯定するとヴィヴィオは寂しげな表情をしてしまったが、すぐに笑顔に戻った。

 

「でも、私は笑っています。ガイさんはそうしていて欲しいって昨日言われましたから」

「……ああ、ありがとな、ヴィヴィ」

「ガイさんの夢、“誰もが不幸にならない世界”……頑張って下さい!!ガイさんならきっと出来ます!!応援しています!!」

 

ヴィヴィオからの激励は何か心に響いた。ヴィヴィオの言葉にとても嬉しく感じたからだろうか。

 

俺は組手をいったん止めてヴィヴィオの頭を撫でてやった。

 

「うにゃ~、ガイさんに頭を撫でられるのって何かいいです」

「ん?そうか?」

 

それでいいのなら俺はいくらでも撫でてやるけど。

 

ヴィヴィオは表情をトロンとして本当に気持ちよさそうだった。

 

「おい、そこ。組手を止めてねえでやれ」

「あ、悪い」

「ご、ごめん、ノーヴェ」

 

ノーヴェに指摘されてハッと表情を戻すヴィヴィオ。こういう仕草も愛嬌があっていいし面白い。

 

「応援してくれてありがとな、ヴィヴィ。それじゃ、続きやるか」

「うん!!」

 

今日一番の大きな声で返事をした。元気な子供で何よりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で……」

 

自分でも顔を引きつられせていると分かっていた。目の前の光景が予想よりも斜め上に行く光景なのだから。

 

「……なんで、弁当が四つ?」

「私も作りました」

「私も作ったよ~」

 

お昼の時間。俺たちは特訓を終わらせて昼食を取ることにした。自由に使える食堂の一角を占領して皆で弁当を広げる事になったのだが、なぜか俺の目の前には弁当が四つあった。

 

内二つはヴィヴィオとアインハルトで間違いない。

で、残り二つはどうやらコロナとリオのようだ。2人は手を上げて各自の弁当に指をさして作って来たことを主張してきた。

 

「……マジで?」

「マジです♪」

「大マジだよ~」

 

2人ともなぜか嬉しそうだ。

 

「ぜひ食べて下さい」

「きっと美味しいですよ~」

 

何故こうなった?弁当二つだと予想していたから朝食を抜かして来たのだが、これでは意味がない。朝食は抜いていたので腹は減っていたが、流石に四つは入らないだろう。

 

「あ、あの、私はガイさんにお弁当を作るって昨日メールしたら、『私も作る』ってコロナとリオから返信が……」

「そ、そうか……」

 

ヴィヴィオが何か申し訳ないように視線を俺から外して説明してくれた。

 

ああ、だからか。コロナとリオからは昨日のアルトリアの事に関して話してこなかったのは。ヴィヴィオからその時に聞いたわけか。

 

まあ、こっちも深く追求してくれなくて助かるけどな。

 

で、話を戻すが、つまりはヴィヴィオ、アインハルト、コロナ、リオが俺にお弁当を作ってきてくれたのだ。四っつとも色とりどりのお弁当箱でいかにも女の子っぽいモノだ。

 

気持ちは嬉しいのだが……弁当四つか~。キツいな。

 

「ガイ君、ご飯がいっぱいだね♪」

「あ、ははは……」

 

なのはさんが天使のような笑みを見せてくるのだが、小悪魔な思考を孕ませて笑っているのではないかと思う。いや、絶対あの思考が孕ませている。

 

『女の子の好意を無碍にしちゃダメ、だよ♪』

 

やっぱり。なのはさんから念話が飛んできた。

 

『でも、弁当四つは流石に……』

『男の子なら余裕なの!!』

『フードファイターじゃない限り、普通の人の胃袋では無理ですよ!?』

『……ヴィヴィオは朝早く起きてガイ君の為に台所に立って、一生懸命料理をしていたんだよ』

『うっ……』

『きっと、アインハルトちゃんやコロナちゃん、リオちゃんだって……』

『ううっ……』

 

何故、念話で俺は怒られているのだろうか。肉眼でなのはさんを見ると、笑みを絶やすことなく俺にニコニコ顔を向けていた。

 

その笑顔がとても怖いですよ、なのはさん。

 

「ガイ、それとヴィヴィオ、アインハルト、コロナ、リオ」

 

と、そこに今までの様子を見ていたオリヴィエが俺の事を呼んだ。皆がオリヴィエに振り向く。

 

「私も皆のお弁当を食べてみたいです。もし宜しかったら私も食べても?」

 

オリヴィエが助け船を出してくれた。ありがたい。

 

「俺は構わないけど他は?」

「あ~、うん、フリージアさんにも食べてもらいたい……かな?」

 

何か納得のいかないような表情を見せるヴィヴィオ。

 

「……でも、ガイさんはいっぱい食べて下さい」

 

ちょっと不機嫌そうな表情になったアインハルト。

 

「ん~、ガイさんがそう言うのでしたら」

 

コロナは少し困惑した様子だが笑みは崩していなかった。

 

「まあ、フリージアさんにもお世話になってるから……いいかな」

 

少し無理やりに自分を納得させたリオ。

 

え?何で皆そんなに微妙な反応なの?

 

『ガイ君、65点』

『何の点数です?』

『内緒♪』

 

念話からも良く分からない話が飛んできた。

 

「ガイ、良かったら食べる?皆で摘めるように作ったサンドイッチだけど」

「ああ、はい。頂きます」

 

そこにフェイトさんからバスケットに入ったタッパーを取り出して、中に入っているサンドイッチを見せてきた。

 

フェイトさんが作ってくれた料理と聞くだけで食べたくなってきた。

 

「む~」

「……なんで、即答……」

「やっぱり、ガイさんは……」

「……勝てない」

 

その行動で何故か子供たちは各々の反応を示した。

ヴィヴィオは唸って頭を抱えているし、アインハルトは冷たい目で俺の事を見てくるし、コロナは何か思い出したのか思い耽っているし、リオは大きなため息を吐いている。

 

『ガイ君、それは0点』

 

念話からも意味の分からない採点が飛んでくる。

 

「あ~、子供たちの心のケアもコーチの務めか?」

「ん?何を言ってるんだノーヴェ?」

 

そんな俺たちの光景を微笑んで眺めていたノーヴェが口を挟んでくる。

 

「い~や、なんでもねえよ。ただ、第三者から見ると面白いな~、と思っただけだ」

「?」

 

ノーヴェは軽く笑いながら自分の弁当を食べ始めた。

 

俺は困惑しながらも皆から貰った弁当をオリヴィエと一緒にちょこちょこと食べ始めた。

 

「あ、うまい」

「ええ、ほんとに」

 

俺とオリヴィエがお弁当の事を褒めると子供たちの機嫌の悪さも無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後からはインターバルの模擬戦って事で本格的に対戦が始まった。ただし格闘技戦限定でのこと。主に制限を受けたのは俺とコロナだ。刀とゴーレム操作が使えないからだ。

 

「よろしくお願いします、ガイさん」

「ああ、よろしくな、アイン」

 

そして、俺の対戦相手はアインハルトだ。

 

「ガイさんとは全力で勝負をしたかったのですが……」

「ま、そのうち出来るだろ。コーチのノーヴェもそんなふうに考えていると思うさ」

 

アインハルトは未だに俺との対決を心待ちにしているのかな?してもいいけど、覇王の悲願云々は無しでやりたいものだ。

 

「……武装形態」

 

アインハルトは不満げな表情をしていたが、気を取り直して碧銀のベルカ式の魔法陣を展開させて大人モードへと変わった。

 

「……あれ?」

 

だが、そのアインハルトの大人モードになった姿を見て、違和感を感じて思わず口に出てしまった。

 

「ガイさん、どうかしましたか?」

「……ああ、いや、アインの武装形態の姿って赤いリボンが付いていなかったか?」

「?……いえ、赤いリボンはこのモードでは邪魔なので付けていないですよ」

「……そうなのか?」

 

確か、前見た時は赤いリボンが付いていた気がした。何故だろうか。たったそれだけの事なのに拭いきれない違和感を感じた。

 

……何か歯車がひとつズレているような感覚だ。

 

「……ガイさん?」

「あ、ああ。悪い、何でもない」

 

考えごとに耽ってしまった俺に戸惑ったような表情で声をかけるアインハルト。その声で再びアインハルトを見る。

 

その姿は確かに間違いなくアインハルトだ。ちょっと内気だが、覇王の悲願を成すために一生懸命な頑張り屋さんな女の子。

それの何処に違和感が現れてしまうのだろうか?

 

「……ま、考えても仕方ないか。アイン、格闘技戦は初めての対決だが負けねえぞ」

「ええ、こちらこそ」

 

アインハルトは右へ体を捻らせて、左手を手刀のようにして前に出し、右手を胸の前で握りこめ下げて構える。これが覇王流のスタイルなのだろう。

 

俺は居合の癖があるからか、左へ体を捻り、左手を握り、右手は開いて左手の前で構える。本当にそこに納刀している刀があるような構えだ。

これがストライクアーツでの俺の構え。

 

「……そう言えばガイさんも有段者でしたね。楽しみです」

「アインは覇王流のスタイル……そう言えば、最近は覇王の悲願とか言わなくなったな。新しい目標が出来たからか?」

「……いえ、覇王の悲願は未だに私の中にあります。覇王流の強さを証明すること。ですが、ヴィヴィオさん達から教えてもらったインターミドル。そこで私はそれを証明したい!!」

 

表情もより一層閉まり、その言葉には気迫が籠っているのが分かった。

 

覇王流の強さを証明するために公式魔法戦に目を向けたわけだ。街灯試合などのチンピラがやるようなものではなく、公の場での戦いに……その曇りのない真っ直ぐな気持ちを持って。

 

ああ、いつの間にかこの子も本当に強くなったな。最近の若者は成長スピードが速くていいな……俺もまだ18なんだけど。あまり成長していると実感出来ないし。

 

「……うん、そっか。頑張れよ、アイン」

「……はいっ」

 

ひとまず俺の事は頭の隅に置いておいて、アインハルトに激励をとばしておいた。アインハルトからは気合の籠った返事が返ってきた。

 

「では、改めてよろしくお願いします」

「ああ、お手柔らかに」

 

そして、俺とアインは拳を交えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……」

 

休憩時間、俺は自動販売機の隣にある長椅子に座って缶ジュースを飲んでいた。座って気を抜く体中の疲労がどっと押し寄せてきた。

 

昨日の戦いでは重傷を負うような傷は追っていないが精神的にも疲れが残っているようだ。自己治癒能力は高いようなのでゼストから受けた傷は完治していた。肉体は治っても精神からの疲れはそう簡単に取れない。

 

俺は壁に頭を預けて天井を見上げた。

 

「ガイさん」

「ん?」

 

呼ばれたので再び正面を見ると、コロナとリオが居た。何やら複雑そうな表情だ。

 

「どうした?」

「今のガイさんは何か疲れているように見えます」

「……」

 

今、思っていた事がコロナの口から告げられてしまった。その事に一瞬頭が真っ白になり思考が止まってしまった。

 

「そう……見えるか?」

「はいっ」

 

リオが俺の言葉に頷いてくる。

 

「合宿の後からガイさんの様子が変わった気がします」

「うん、常に周りを警戒している気がして殺伐としている雰囲気を持っているような感じです。それでも、ガイさんから寄ってきて褒めてくれたのは嬉しかったです!!」

 

リオはさっきの事を言っているのか八重歯を見せて笑みを見せてくる。いい笑顔だ。

 

「そうか、そんな風に思われていたか。悪かった」

 

子供たちとの“日常”は楽しいんだけど、“非日常”の聖杯戦争がある。この二つの境界線を跨いでいる俺は向こう側の影響があればこちら側に表れてしまうことだってある。

 

例えば、戦闘で追った傷。向こうで受けてしまえばこちら側でもその傷は残ったままだ。

 

例えば、向こう側で決めた覚悟。それがこちらにも影響して表情や雰囲気に出てしまう事もある。

 

コロナやリオが言っているのはこの後者の事を言っている。

 

聖杯戦争で決めた覚悟が子供たちとの日常にも表れてしまう時もある。それをコロナやリオは感じ取っているのだ。

 

ヴィヴィオもアインハルトも例外じゃない。もちろん、勘の鋭いなのはさんだって。

 

「でも、あの時、ガイさんが笑顔でいてくれと言ってくれたのって、私たちへの初めてのお願いごとだったんですよね。とっても嬉しいかったです。だから、私達は笑顔でいようと思います」

「無理強いはしなくていいんだぞ?自然な笑みを見せてくれれば」

「……ガイさんと居れば自然と……」

 

コロナは最後の方は俺から視線を離してボソボソと喋っていたので良く聞き取れなかった。

 

「ん?何か言ったか?」

「い、いえ、何でもありません!!」

「でも、ガイさんも笑顔でいて下さいね。ガイさんが楽しそうにしてくれると私達も嬉しいですから」

 

コロナは慌てていたが、リオが誰が見ても100点満点を付けるような笑みを見せた。それを見て俺は安心感を持つ事が出来たので笑みを零した。

 

やっぱり、ここの居場所はいいな~。心が落ち着く。

 

こいつらと一緒にインターシップに向けて練習して大会に出る……そんな光景を思い浮かべる。それはきっと楽しい事なのだろう。そして、その未来はあるかも知れないのだ。

 

そのためにも聖杯戦争……勝ち抜いて生き残らないとな。

 

こちら側でもあちら側の方へ影響を与えるモノがあった。こちらの事象であちら側への覚悟が固まったこの工程だ。

 

コロナとリオには感謝だ。なので頭を撫でてやった。

 

「ありがとな、2人とも」

「あ、は、はい」

「えへへ~」

 

2人とも撫でられてとても嬉しそうな表情だ。

 

「!?」

 

だが、突然大きな地響きがこの会場を襲った。地の底から何かが唸るような、そんな錯覚さえ覚える大きな振動の地響き。

 

あのキャスターが次元を割いて出来た黒い“穴”が現れたような地響きに似ている!!

 

俺はまさかと思って皆の所へ戻ろうとして、コロナとリオを見た。

 

「なっ!!」

 

2人ともいつの間にか前のめりになって地面に倒れていた。

 

「コロ!!リオ!!っく……プリムラ!!」

『迅速に診断します!!』

 

俺はその2人を仰向けに直してプリムラと叫んだ。プリムラも俺の指示が分かっていたのか早速診断を始めた。プリムラは魔力の状態や人体の症状などの簡単な診断は行える。

 

俺は肉眼で2人の様子を観察する。呼吸は小さいが息はしている。だが、少し顔色が悪い。

 

『マスター、診断終わりました』

「どうだった!?」

 

本当に迅速で診断したようだ。言われてから10秒も経っていない。

 

『体に影響はありません。ですが、魔力が少しずつですが搾りとられています。徐々にですが外部へと放出されています』

「何……!?」

 

魔力を絞り取られている?何故?

 

「あっ……」

 

俺はコロナとリオに気を取られて周りが見えていなかった。廊下を見ると他にも何人か倒れている姿があった。

 

この感覚……。

 

「結……界?またか?」

『おそらく』

「くっ……!!」

 

その事実に自分の心臓が跳ねたのが分かった。また聖杯戦争が始まったのだ。しかも今度はコロナとリオを巻き込んでしまった。

 

「ヴィヴィ達はどうなってる!?」

『わかりません。ですが急いだ方が良いかと』

「くっ……!!」

 

俺は歯ぎしりを鳴らして、この状況を招いてしまった事に悔しさと後悔を感じた。あの時、ヴィヴィオの誘いを断っとけば良かったのではないかと思ってしまった。

 

だが、その事を考えるのは後にしてコロナとリオを長椅子に寝かせた。

 

「悪い。少しの間、そこに居てくれ」

 

俺は意識のない2人に言葉をかけてヴィヴィ達の所へ走って行った。

 

この結界の感覚……あいつか。

 

脳裏には1人の人物が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うっ……」

 

練習場に戻ると、そこは先ほどの風景とは全く異なっており思わず吐き気を感じた。俺は口に手を押さえて何とか落ち着かせる。

 

練習場に居た人は皆倒れており意識が無いのか誰も動いていない。

 

死んでいるのではないかと一瞬思ってしまったが、コロナとリオを見た限りだとそんな事は無いはずだ。

 

だが、この光景だって見方を一つ変えるだけで死屍累々の地獄絵図にだって成り替わる。

 

「ガイ!!」

 

その中で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。その聞こえてきた方角を見るとオリヴィエが切羽詰まったような表情で俺の元へ駆けつけてきた。

 

「フリー!!無事か!?」

「はい。ですがこの結界は……」

「ああ、あいつで間違いないだろう。ヴィヴィ達は?」

「長椅子で横にさせておきました。ヴィヴィオもアインハルトもなのはもフェイトもノーヴェも……皆を聖杯戦争に巻き込んでしまった」

 

オリヴィエは後悔の色を表情に出し、がっくりと項垂れてしまった。

 

「後悔するのは後だ。今はこの結界を……」

「どうする気だ?」

 

後ろから突然聞こえた言葉にゾクリと背筋が凍った。目の前にいるオリヴィエも緊張の色を表情に出していた。

 

俺はゆっくりと振り向いた。そこに居たのは……

 

「キャスター……またか」

 

やはり先ほど想像していた通りの人物、キャスターだった。いつの間にか音もなく先ほどまで地獄絵図にもなろうとしていた口径の真ん中に立っていた。

 

そして、キャスターと目が合った瞬間、空気が凍った。

 

比喩表現では無く、本当に大気が凍ったのではないかと思わせる。そこまで冷酷な殺気を放つ人物はそうそういない。

 

このキャスターの正体は本当に一体……。

 

「なっ!?」

 

ここに来てもう何度目の驚きだろうか。数えるのも面倒だ。だが、これが今日の最大の驚きだろう。

 

キャスターの右腕の中にはヴィヴィオ、肩に担いでいるのはアインハルトだど分かったからだ。2人とも気を失っているからか動いていない。

 

非日常という世界の人物が日常の人物に侵食を始めた。そう思わせる光景だ。

 

「ヴィヴィオ……アインハルト……先ほどまで長椅子に寝かせていたはずだ!!貴様とすれ違った記憶など無いぞ!?」

「……」

 

オリヴィエが皆を寝かせた長椅子の場所はこの練習場の場所と一本の廊下で繋がっている。オリヴィエがこっちに来るまでにキャスターに遭遇しないはずが無かった。

 

「……てめぇ、その2人をどうするつもりだ?」

 

だが、そんな事はどうでもよい。今は目の前の状況が最悪なのだから。

 

そして、苛立っているからかなり低い声で話していたのが自分でも分かった。

 

「“聖王”と“覇王”……後は分かるな?」

「その力をその子たちから奪うのか?」

「教える気はない……だが……」

「あぁ!?」

 

キャスターは俺の事を頭のてっぺんから足のつま先まで目を通した。

 

「ふっ……」

 

そして、鼻で笑った。バカにされたのだろうか?だが、そんな事よりも……

 

「その2人を離せっ!!」

「武装形態!!」

 

俺は瞬時にバリアジャケットに切り替え、オリヴィエも騎士甲冑に変わる。

 

「そんなに大事か?この2人は?」

「てめぇには関係ない」

 

刀になったプリムラの鞘を掴んで立ち居合構える。オリヴィエも拳を握り込めて構える。

 

「……邪魔だな」

「「!?」」

 

キャスターを中心に何かが衝撃が波紋の様に広まった。激しい突風のような衝撃に目を閉じる。眼を閉じていてもその衝撃は体でまともに受けた。

 

「ガイっ!!」

 

だが、それも少し和らいだ。視界で確認していないがオリヴィエが俺の前に立ってくれたのだろう。オリヴィエは目を開けているのか?

 

そして、その衝撃は徐々に弱まり、少しして終わりを告げた。俺は眼を開ける。

 

「……っ!!」

「こ、ここは!?」

 

驚きは今日の内に後、何回体験すればいいのだろうか?

 

俺は目の前の光景に言葉が出なかった。

 

「……ここが“世界の実存外(アウトオブザワールド)”だ」

 

キャスターが何かを言っていた。

 

一言で言うのなら“漆黒の世界”。地面も黒ければ空も黒い。360度見渡す限り、漆黒の闇だ。近くにいるオリヴィエでさえ目を凝らさないと見えないくらいに黒という色の密度は高い。こんな所にズッと居ると平衡感覚が危うくなってくる。

 

しかし、先ほどまで練習場に居たのにここは一体?

 

「……二重結界……やはり負担は大きかったが、取れた魔力が良かったな」

 

漆黒の闇の中、キャスターの渋い声が耳に響く。

 

「……取れた魔力?」

「あの練習場の中にも優秀な魔導師が居たわけだ」

「……」

 

その魔導師というのはきっとなのはさんやフェイトさんのことだろう。

 

「てめぇ……」

 

怒りが体の全体から込み上げてくる。皆を巻き込んでしまった自分も苛立ちを感じるが、巻き込む原因となったキャスターにも苛立ちを覚えた。

 

「ふんっ……“固有結界”というのを知っているか?」

「……なに?」

 

漆黒の闇の中、キャスターの言葉が脳に響く。

 

「“固有結界”……心象風景を具現化し、現実を侵食する大禁呪……」

「心象風景……つまりお前の心の中は漆黒の闇とでもいうのか」

「まあ、正解に近い。だが、少し違う。そして、先ほどの結界内にこの固有結界……“世界の実存外(アウトオブザワールド)”を展開させた。良い補給源が一つ目の結界内に居るので作りやすかったがな」

 

世界の実在外……世界の外側って意味か?となるとここが世界の外側……なんて殺風景な景色だ。

 

そして、パチンと指を鳴らす音が漆黒の中に響き渡った。その音に俺とオリヴィエは警戒心を高めた。

そのうち視界に何かが浮かび上がってきた。白い十字架だ。それも二つ。そこに張り付けられているのは……

 

「ヴィヴィオにアインハルト?」

「ヴィヴィ!!アイン!!」

「あ、ま、待って下さい!!ガイ!!迂闊に動いては……!!」

 

張り付けられているヴィヴィオとアインハルトを見て俺は後先を考えずその十字架に向かって走り出した。

 

「っぐ!!」

 

だが、腹部に何か重い衝撃が当たった。その衝撃で来た道をリターンする様に飛ばされた。

 

「ガイ!!」

 

飛ばされたがオリヴィエが俺の勢いをうまく殺してキャッチしてくれたようだ。

 

「我を失っては勝てる勝負も勝てません!!しっかしして下さい!!」

「……っく、あ、ああ。悪かった」

 

眼の前にヴィヴィオとアインハルトが気を失って捕まっているというのに何も出来ない事に不甲斐無さを感じたが、確かにオリヴィエの言う通りだ。冷静さを失っては勝機も無くなってしまう。

 

俺は一度落ち着かせて周りを確認した。白い十字架のおかげで、少しだけ周りが明るくなっていた。

 

俺が衝撃を受けていた場所にはキャスターが立っていた。キャスターに殴られたか蹴られたのだろう。

 

「この2人はとても貴重な魔力だ。慎重に絞り取らねばなるまい」

「……」

 

ダメだ、冷静になれ。怒りの沸点の限界地は越えていたが、何とか自分自身を制御した。

 

ヴィヴィオ……アインハルト……巻き込んで本当にゴメンな。

 

俺は心の中で2人に謝った。

 

「後はこの中でお前たちを仕留めて一気に聖杯戦争を勝ち抜く」

 

そう言いつつ、キャスターは自分の周りに黒い霧を発生させる。周りが漆黒の闇なので肉眼ではその霧が見づらい。

 

「オリヴィエ……助けるぞ、あの2人を」

「ええ。絶対助けましょう」

 

俺とオリヴィエは拳をブツけて構えた。

 

絶対にヴィヴィオとアインハルトを助けてやる。

 

その思いを胸に刻み込んでキャスターを見据えた。




キャスターがマジでチートっぽい。

固有結界まで使い出しましたよ。

キャスターはそろそろネタバレをする時期になってきたな。

何か一言感想がありますと作者の気力がかなりとり戻ります(割と事実w

今年中に後三回は更新することを目標として頑張ります。

では、また(・ω・)/


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二十一話“覚醒と真実の交差”

どうもガイルです。投稿した後に誤字脱字を見つけると凹みますw

では、二十二話目入ります。


―――???

 

闇。

 

キャスターが作り上げた固有結界……“世界の実在外(アウトオブザワールド)”は一言でいえば本当に闇そのもの。

 

上下左右360度見渡しても暗黒の暗闇が延々と続いている。この中を一生歩き続けてもこの世界の果てには届かないのではないかと思ってしまう。

 

そんな中、唯一のオブジェクトがある。それは二つの白い十字架。そこに張り付けられているのはヴィヴィオとアインハルト。

 

白という色がこの暗闇の中、浮かび上がっているのでその周りだけは気休め程度だが少し明るく見える。

 

あの2人を助けるためにこの塗りつぶされた暗闇の中、俺とアルトリアはキャスターと対峙する。

 

炎の変換資質でもあれば明かり程度にはなるんだが、生憎とそのようなモノは俺の中には無い。それに俺の魔力の色は黒。魔力を展開しても周りの闇と同化して明かりにすらならない。

 

光になるモノがなければここは十字架を除き、黒という一色のしかない世界なので視覚からの情報はほぼ0になる。そして、キャスターの黒い霧が周りの暗黒の暗闇と同化してほとんど肉眼では捕えられない。ちょっとでも反応が遅れたら串刺しにされてしまう。

 

逆に俺の魔弾も同化してキャスターに闇討ちを出来るのではないかと思うが、あのキャスター相手に通じるとも思えない。

 

「……状況は最悪か」

「ガイ……冷静になってなりよりです……ですが、こういう時だからこそ私の時の訓練を思い出して下さい」

「オリヴィエとの?」

 

オリヴィエとの特訓を思い出す。

オリヴィエとの組手で死の恐怖を肌で感じさせられ、それでもって死を感じても決して動きを止めないで避け続けるための特訓。

 

「……視覚が使えないこの状況だとあの特訓の更に上のレベルの状況下だけどな」

「応用編だと思えば、このくらい……来ます!!」

「……!?」

 

会話の途中、オリヴィエはキャスターの方に振り向いて拳を動かした。バシュっと何か固体の物体が霧状になった音が聞こえて来たので、おそらく飛んできたキャスターの武器を手甲で弾いたのだろう。

 

キャスターの武器が全く見えねぇ……だが、飛んでくる方角からの気配は感じた。

 

俺はオリヴィエが黒い武器を弾いている間、この状況の打破に模索し続けた。本当は今すぐにでもヴィヴィオとアインハルトを助けに行きたいが、その溢れ出す気持ちを何とか抑え込む。

 

「“闇の雨(ダークレイン)”」

「!?」

 

キャスターの低い声が暗闇の中に静かに響き渡る。

 

すると幾つもの気配を上空から感じ取れた。それが一気に俺たちの居るこの場所へと向かってくるのが分かった。

 

漆黒の闇。その中でキャスターによって錬成された鋭い闇が俺たちに襲いかかってくる。

 

「ガイ!!」

 

そんな中、オリヴィエが動いた。瞬時に俺を掴みその場から大きく跳んで後退した。それと同時に俺たちの居た場所の闇がみるみる濃くなっていった。

 

数多の武器がその場に刺さり、さらに濃い闇へ埋め尽くされたのだろう。

 

「っと、着地が難しいな」

「ガイは何も見えていない……夜目を持っていないのですね」

「この距離で辛うじてオリヴィエの体の輪郭が分かる程度だ」

 

俺とオリヴィエは闇の上に着地した。

 

360度闇に覆われたこの世界で着地するにも距離感がいまいち掴めない。この中で飛行をしたら平衡感覚が全く分からなくなって、全力スピードで地面にぶつかる可能性もある。

 

「オリヴィエは視覚は利くのか?」

「ええ。普段よりかは視覚が狭まっていますが問題ないです」

 

凄いな、英霊って。

 

オリヴィエがこの世界の中で見えるとなれば、オリヴィエとは離れないようにしないと見えない俺はあっという間にキャスターの武器で串刺しだ。

 

「……この世界を何とかしないと」

「ガイ、一つ提案があります。乗ってくれますか?」

「提案?」

 

隣にいたオリヴィエが少し不安げな様子で頷いていた。

 

「乗ってくれますか?」

「……ああ、乗ろう」

 

そして、僅かな話し合いの後、俺たちは再び十字架を目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――???

 

「オリヴィエ!!これ以上体に負担をかける事はしないでくれ!!」

「……」

 

後ろから悲鳴に近いような怒鳴り声が聞こえてきた。その声の主は間違えるはずもない。

 

私は後ろを振り向いた。

 

「クラウス……」

 

その声はシュトゥラの国の覇王の王子、クラウス・イングヴァルドだ。周りには幾人もの護衛兵がクラウスを守るように立っていた。

 

私には護衛兵が居ない。

 

「それ以上、戦う必要はないはずだ」

「ですが、戦わなければこの乱世に終わりはありません」

 

私の周りには既に亡くなっている敵兵が何人も倒れていた。私が殺したのだ。

 

倒れている敵兵の中に私に付いていた何人もの護衛兵も倒れている。護衛兵が殺されてしまってその弔いの為の戦いだったはずだ。

 

しかし、敵兵を倒したからと言って護衛兵が戻ってくるわけでもない。ただ、私自身が前線で戦う必要があったからだ。それの付けたしで護衛兵の弔いなのだ。弔いなど二次的な理由にすぎない。

 

この戦乱の中、私が率先して前線で戦わなければ味方は怖気づいてしまうし士気も上がらない。

 

戦争とは人の心理戦でもある。相手の行動を読み、戦況を読みとり、勝てる戦い方を味方に教えて士気を上げさせる。

 

私が前線に立つことにも意味はある。

 

「だが、オリヴィエ。貴方の体はとうに限界を超している。それを無理して動かしているのは……」

「いいのです、クラウス」

 

クラウスの悲痛の声を私は遮って止める。

 

シュトゥラと国交がある聖王家では戦争の時も同盟軍として同じ戦場に立つ事がある。それが今だ。

 

「兄さんのようにはいかないけど、私は私なりのやり方でこの乱世を鎮めたい。たとえこの体が壊れようとも……」

「オリヴィエ!!」

 

私は右手を握りこめる。手甲には返り血が付いている。服装もかなりボロボロだ。体も限界を超えて悲鳴を上げている。それでもあの兄の最後を思うと不思議と気持ちが引き締まる。

 

「兄さんは味方の為に殿を務めて最後まで最前線で戦って味方の危機を脱してくれた。兄さんは凄いと思いました。私も兄さんのような覚悟を持ちたい。聖王家最後の聖王、オリヴィエ・ゼーケブレヒトは只の聖王ではない」

「オリヴィエの兄上の事に関しては不幸の事態だったと思う。だが、聖王家最後の聖王なら……最後の聖王なら生きる選択肢も必要だ。死を急いだって何もならない」

「……ありがとう、クラウス」

 

最前線へ行こうとする私を必死な表情で引き止めようとしていくれているクラウスには感謝の気持ちで一杯だ。

 

兄さんの言っていた“お前の為に笑い、お前の為に戦い、お前の為に頑張ってくれる奴”は今だとクラウスに当てはまるだろう。

 

私はクラウスに近づいてクラウスの頬に手を添えた。

 

「大丈夫ですよ。こう見えても私とっても強いんですから」

 

いつか、クラウスの居た城の庭で語った言葉と同じ言葉を微笑みながら呟く。

 

その時は笑ってくれてたクラウスだが、今は……

 

「……オリヴィエ……」

 

歯切りを鳴らして悲痛の表情を浮かべて私の事を見ていた。

 

「その技は危険だ……」

「それも承知の上です」

 

私は目を瞑って頷いた。

 

「では、私は最前線へ行きます」

 

そして、クラウスに背を向ける。そのまま戦場の激戦区へ進みだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガイはヴィヴィオとアインハルトが張り付けにされている十字架へ一直線に走っていた。直線的な動きは相手にとっては読みやすい行動なので危険な行為だ。だが、それでもガイは一直線に走っていた。私は少し後ろから後をつけるように続いた。

 

キャスターが動いたのが闇の中で分かった。黒い霧が武器へと変化してガイに向かって飛ばしている行動だ。“闇の雨”というものだろう。上空から数多の武器がガイ目掛けて襲ってくる。私は夜目があるのでこの闇の中、その動きも見る事が出来た。

 

『前方より、多数の魔力熱源の反応有り』

 

ガイの持っているデバイスのプリムラがキャスターの魔力に反応した。

 

私は体内の魔力を放出した。すると、ガイはその武器の雨を掻い潜って全て避けたのだ。キャスターは驚きを隠せていない表情だ。ガイは背中を向けていて表情が読み取れないが多分驚いている。

 

「お前、見えるのか?」

 

キャスターの疑問が言葉に現れた。

 

「……何とかな」

 

嘘です。

 

私は笑みを溢しつつ心の中で呟いた。

 

身体自動操作。

今のこの世界では“ネフィリムフィスト”と言われているようですが、昔にはそんな名前は付いていなかった。

 

コロナのようなゴーレム操作を自分の体に行い、自動操作にする事。骨が折れようと腕が千切れようと戦える。

 

それをゴーレム操作と同じようにガイに繋げた。私の意志でガイを動かせる事が出来る。夜目の無いガイにとって相手の武器がとても厄介だ。それを夜目の利く私がガイを動かしてそれらを避ける。

 

ガイにとっては外部から動かされて戸惑いを感じるようですがそれでもこの闇の中、攻撃を避けれると言うのは大きい。

 

ただ、ガイの体が限界を超えても動かしてしまうので体への負担は大きい。最悪、昔の私のように動かせなくなってしまうかもしれない。いえ、昔の私は体に無理をさせてしまい壊してしまって、この自動身体操作で動かしていたわけですが。

 

「ガイ、無理はせずに」

「ああ、分かってる」

 

ガイの隣に並んだ。目の前には二つの白い十字架。その前にキャスターが暗闇の中こちらに顔を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリヴィエの外部自動身体操作には驚きを隠せなかった。暗闇の中、一直線に進むと言うのは恐怖を捨てきれない。

 

それでも俺は一直線に進んだ。そして、暗闇の中、キャスターが何か攻撃をして来たのが分かった。

 

プリムラからも反応ありと伝えてきた。

 

それが分かるだけでも視覚の利かない今の心境では、心の中にある恐怖が何倍にも膨れ上る。

 

何かがやってくる気配を感じる。そして、それが俺の眼と鼻の先まで来て、恐怖に襲われながらも避けようと思ったとき、己の意志とは別に体が思っていた方向と逆の方角に勝手に動き出した。

 

その動きでそれらの気配を避け続ける事が出来た。オリヴィエが俺を動かしているのだ。俺が思っていた動きだと串刺し確定コースだったのだろう。

 

鍛えた反射神経と動体視力はこの世界では通用しない。オリヴィエが居てくれて本当に助かった。

 

そして、この操り人形のような動きで、その気配を全て避けた。キャスターもそれには驚いた様子を隠せないるだろう。

 

「いくぞ、キャスター」

「……」

 

キャスターからは何の反応も無かった。そして、俺とオリヴィエはキャスターに向かって走り出す。

 

オリヴィエが先頭だ。俺は夜目が無いためオリヴィエの後について行くしかない。

 

プリムラは探知能力に全ての動力を注ぎ込んでいるので会話は出来ない。最低元の言葉で探知した最大限の情報を与えてくれる。

 

オリヴィエと同じくこの暗闇の中で頼りになる。

 

「“聖王聖空弾”」

 

オリヴィエは走りながら一発の虹色の魔弾を頭上に精製する。オリヴィエのベルカ式の虹色の魔法陣が展開されて周りが少しだが明るくなった。

 

それを二つの白い十字架の手前にたどり着く直線的な軌道で飛ばした。

 

暗闇の中、1つの虹の魔弾が飛んでいく様は流れ星のようにも見えた。そして、それは暗闇の場所で止まっていた。

 

その虹の色でキャスターがこちらに向いて立っているのが見える。

 

右手に持っているデバイス・ジャッカルを前で掲げてプロテクションを展開させ、オリヴィエの魔弾を受け止めていた。

 

「“聖王聖……」

 

そして、いつの間にかキャスターの背後に走り込んでいたオリヴィエが魔力を込めた拳を放っていた。

 

キャスターはそれを黒い霧で受け止めていた。その霧のおかげで虹色が黒で塗りつぶされ、再び暗黒の世界へ戻った。

 

オリヴィエの虹の魔弾が消えたので視覚からの情報は皆無に近かった。

 

「えっ……!?」

 

俺は驚きを隠せず言葉が出てしまった。体が勝手に動いたのだ。

 

俺の先ほど居た場所には黒が濃くなっていた。黒い武器が飛んで来たのだろう。だから、オリヴィエが動かした。

 

気配は……感じなかった。そして、オリヴィエが動かしたのは分かった。だが、ものすごい違和感がある。

 

その避ける動きを終えると近くにオリヴィエが着地した。そして、こちらに必死な表情で口が動いていた。

 

「―――!!」

 

だが、その言葉が俺の“耳”に届く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガイ!!」

 

キャスターの背後に居た私はガイにも黒い霧が武器となって飛んで行ったのが見えた。

 

『前方より複数の魔力反応有り』

 

プリムラが反応してくれた。

 

それによってガイも警戒してくれるはず……だった。だが、何も反応をしていない。

 

「っく……」

 

私はキャスターから離れて“身体自動操作”を発動させる。

 

「えっ……!?」

 

それはギリギリ間に合い、ガイは黒い武器を避けた。しかし、ガイは何故か呆けた様な表情をしていた。

 

「ガイ!!何をやっているのですか!?」

 

私はガイの隣に着地して必死に叫んでいた。プリムラが反応したのに何もしなかったガイは私がほんの少しでも遅れていたら串刺しだった。

 

ガイが何もしていない事に腹が立った。だが、帰ってきた言葉は思わぬ台詞だった。

 

「きこ……えない」

「え?」

 

きこえない?聞こえない?音がという事ですか?

 

「オリヴィエがなんて言っているのか分からない。耳が聞こえない!!」

「ガイ……くっ!!」

 

私の瞳に必死に訴えてくるガイは不安な表情を顔に出している。

 

この暗闇で視覚が利かない上に今度は原因が分からないが聴覚もダメになっている。五感のうちの二つが無い状態だ。これでは精神的にかなり辛いのだろう。

 

「ガイを動かしていたのはやはり貴様か。オリヴィエ・ゼーケブレヒト」

 

背後からキャスターの声が聞こえたので振りかえる。

 

「ガイに何をした!?」

「私は何も……何もしていない……だが……」

 

キャスターは一息を吐いてから次を語る。

 

「この“世界の実在外(アウトオブザワールド)”は世界の外の空間だ。時間の縛りもなく、この暗闇なので視覚も必要ない。そして、この空間では元より音というもが存在しない。空気を振動させる要因が無いからな。更に付け足すと宇宙の膨張とは違いこの空間は動かない。この動かない空間では嗅覚も味覚も、更には触覚ですら意味はなくなる。私たちのようなこの空間にとっての部外者は動いていたり空気を振動させたりすると、排除するような形として五感を侵食し始める」

「な……に?」

 

この空間は時間の流れが存在しない。停止している空間なのだ。

 

停止している空間とは想像するのも難しいが、黒に塗りつぶされた暗闇の絵の中に私たちは居ると考えるのが分かりやすいか?そして、その絵は動いている私達を危険と判断して少しずつ必要としない五感を侵し始める。

 

時間に縛られていない私やキャスターのような英霊にはそれほど関係ないが生身を持つガイにとってはこの空間は五感を侵される毒の世界のようなものなのだ。

 

ガシャンとガイの居た後ろから何かが落ちた音が聞こえた。今度はガイの方を向くと左手に持っていた鞘に収まっているプリムラを落としていた。それに気づいていないガイは私を不安げに見ている。

 

「ガイ……触覚まで……!!」

 

歯切りを鳴らして再びキャスターを見る。一刻も早くこの世界から動いてはいないがヴィヴィオとアインハルト……そして侵食され始めたガイをも脱出させなければならない。

 

ヴィヴィオもアインハルトもこの世界は危険だ。早急に脱出しなければ!!

 

「……ジャッカル」

「!?」

 

そして、キャスターは一瞬にして私の目の前に移動して腹部に杖の先端を向けた。

 

『了解した、マスター』

「ぐっ……!!」

 

反応している暇もなく出力された魔力が私の隙だらけの腹部に重たい衝撃を与えて思いっきり飛ばされた。

 

衝撃が凄まじい。時速100kmは超えるくらいの勢いで私は成す術もなく暗闇の中を駆け抜ける羽目になった。

 

ガイ……ガイ!!

 

「ガイィィィイィィィィィイ!!」

 

キャスターの目の前に残されたガイが殺されてしまう不安が頭の中をよぎり、停止しているこの暗闇の空間の中、木霊するぐらいの勢いでガイの名前を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前でオリヴィエがキャスターに飛ばされた光景を辛うじて視界に入れる事が出来た。だが、それは心の中にあった恐怖が増加するだけのモノだった。その死神はこちらに向きを変える。

 

音も感覚も……ない。おそらく嗅覚や味覚も。

 

俺は何も聞こえてはいないが自分の五感が段々と鈍くなっていくのが分かった。左手に握っていたはずのプリムラを落としていたのを気付いたのもついさっきだ。

 

拾おうと思った矢先にオリヴィエが飛ばされてしまった。

 

「―――」

 

キャスターの口が動いていたのが分かった。何を喋っているのか分からない。表情はひどく不機嫌で飛んで行ったオリヴィエの方を一度見た。

 

耳が聞こえなくなったのはオリヴィエがキャスターの背後を取って、技を繰り出す時だった。

 

途中から聞こえなくなっていた。

 

そこから音が無くなっていた。気配も五感から感じ取るモノだ。五感が鈍り始めたら気配何か読めなくなるのも当然だ。

 

キャスターは再びこちらを向く。

 

「……うっ」

 

五感が無くなりつつあるのにキャスターから向けられる膨大な量の殺気は何の変化もなく、俺は息に詰まった。体を動かそうにもその殺気からの恐怖心が俺の許容を越えて金縛り無状態になって動けない。

 

そして、キャスターの右手に1つの武器を握っていた。おそらく剣だろうか?周りの闇に同化しすぎて分かりづらい。

 

キャスターは無表情のまま、その切先を俺の胸に向けた。

 

もう死神の鎌は目の前にある。後はそれを振るだけだ。おそらく、その剣らしきもので俺の心臓を貫くのだろう。

 

ここで死ぬ……のか?この聖杯戦争で何も出来ずに終わってしまうのか?

 

嫌……だ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!死にたくない!!まだ死ねない!!

 

まだ夢をかなえていない!!ヴィヴィ達との日常にも戻りたい!!この聖杯戦争にだって終止符を打ちたい!!

 

まだ……終われない。

 

頭の中で必死に死ぬことに対して否定しているが現実では何も変わらない。

 

「―――」

 

じゃあな、我が……、とキャスターが口を動かして何か言葉に出していたが不思議とそれは聞こえてきた。いや、俺がそう言っているのでは無いかと憶測で感じたのかもしれない。

 

そして、キャスターの剣は俺の心臓に一突きする様に真っ直ぐ向かって来た。

 

終わ……る……死ぬ……この武器が俺の心臓を一突きして終わる……。

 

死ぬ時は何故か心に恐怖というモノは存在しなく、涼しげな心境になると言われていた。今がそのときなのだろう。

 

先ほどのパニック無状態とは違くえらく落ち着いていた。

 

落ち着いていた俺は心臓に剣が刺さるイメージをした。それで終わるのだと分かって。

 

……カチリ。

 

だが、そのイメージをした瞬間、ズレていた歯車が其処にハマったような音がした。すると心臓から体に何かが波紋のように広がって、それは体全体を包み込んだ。そして、変化が起きた。

キャスターの握っていた剣のような武器の速度がスピードを落とし、スローモーションのような速度になった。

 

なんだ?何が起こった……ぐっ……胸が……痛い……。

 

俺は心臓を握りつぶされるような激痛に膝を付いて前のめりになっ頭を地に付けた。その痛みは次第に体全体に侵食された。

 

本当に体全体を握りつぶされるのではないかと思うくらいの錯覚の痛みだ。

 

熱……い!!痛い!!……なんだ……こ……れ?

 

痛みによって思考がうまく働いてくれない。

 

だが、疑問だけは思う事が出来た。こうしている間にも俺はキャスターの武器によって命を絶たれるはずなのだが未だにそれは無い。

 

俺は何とか顔を上げる。

 

キャスターは未だに俺に向かって剣の武器をさっきまで心臓の位置にあった場所に向かって突きをスローモーションで行っていた。

 

「なんだ……これ?」

 

訳が分からなくなった。

 

痛みが少しずつ薄らいで行ったので、隣に落ちているプリムラを掴んだ。そして、また違和感を感じた。

 

感覚が……ある?そういえば、さっきも膝をついた時に感覚があった。触覚が戻ってきたって事か。

 

ありえない現状が続いているが俺は何とかそれらを理解しようと脳をフル回転させる。

 

と、思った矢先、キャスターの動きが突然早く速くなり、突きを放っていた剣は俺の頭上を通り過ぎた。

 

「!?」

 

キャスターは驚きを隠せていない。俺は状況が追いついていないが、今はキャスターと対峙することだけを考えて、膝立ちのままで刀を抜いた。

 

「ぬっ!!」

 

俺の横切りは空を切っただけだ。キャスターは俺の刀の軌道から少し離れて下がったから。

 

そのまま立ち上がって、刀を収める。

 

音も聞こえる……五感が戻ってきたってことか。

 

「プリムラ、通常モードへ」

『了解しました。探知モードから通常モードへ移行します』

 

プリムラを探知モードから通常モードへ戻した。プリムラの無機質な音声の声も聞こえる。相棒の声を聞けて俺は安心感を持てた。

 

プリムラを通常モードへ戻した理由は今の俺には探知は必要としなかったからだ。

 

「お前、見えているのか?」

「何とかな」

 

さっきも同じ会話をした気がする。だが、今回はオリヴィエが動かしたわけでもないので嘘ではない。

 

実際に先ほどのよりもこの暗闇の中、キャスターと離れていようとキャスターを見る事が出来る。

 

あの痛みの後から夜目があるようだ。痛みも消えたが体はまるで自分のものではないような不思議な感覚だった。

 

『マスター!!それは一体なんですか?』

「それって?」

 

予想外な事態なのか会話が出来るようになった通常モードのプリムラからも疑問が飛んでくる。

 

『マスター自身です。マスターの中の魔力が別のモノになっています』

「えっ?」

 

プリムラから思わぬ言葉が出てきて目を白黒させた。

 

俺の魔力が別のモノ?どういう事だろうか?

 

「……覚醒したか」

 

その疑問に対して言ってきたのは今対峙しているキャスターからだった。

 

「覚……醒?」

 

プリムラからキャスターの方を見ると凛としていた表情が少し緩んでいた。

 

「……自分で調べるのだな」

 

そう言って、自分の周りに纏いだした黒い霧を無数の武器に変える。そのまま俺に向かって飛ばした。

 

「ガイ!!」

 

だが、それはあり得ないほどの速度で飛んできたオリヴィエが俺の前に立ち、その全ての武器に手甲で殴り霧状にさせた。

 

何故だろうか。今まで見ていたオリヴィエとは比べ物にならないほど動きが速い。

 

そして、俺に振り向く。表情は気が緩んでホッとしている表情だ。

 

「無事でなりよりです」

「俺も何故無事だったのか分からないがな」

「私の声が聞こえるのですか!?それにガイからの魔力のパスがちゃんと繋がっています!!」

「え?」

 

興奮気味のオリヴィエが語る。本当に今日は驚きデーだ。あと何度驚けば今日を乗り過ごせるのだろうか?

 

「それって……俺の魔力が上がったってことか?」

「おそらく」

 

オリヴィエとの魔力パスがちゃんと繋がらなかったのは俺の魔力が低かったからと言っていた。

 

だが、今はしっかりと繋がっているようだ。その恩恵でオリヴィエは俺が今まで見ていた速度以上の動きで俺の所へやってきた。

 

しかし、疑問は残る。

 

プリムラから魔力とは別のものに変わったと言っているし、キャスターからは覚醒と言われた。そして、何より一番の疑問はこの俺の体だ。本当に自分のものではないのかと思うくらいに違和感がありすぎる。

 

肉体と精神が分離しているような……そんな感覚は味わった事ないけど。

 

「ガイの五感はなんとも?」

「ああ、今のところはな。でも、この世界は危ないな」

「この空間自体が私たちの事を否定しているようです。なるべく長居はしない方が良いです」

 

否定している世界に俺たちを引き込むとは……キャスターも嫌なモノを持っていやがる。

 

俺とオリヴィエはキャスターを見据えた。その後ろには十字架に張り付いているヴィヴィオとアインハルトが気を失っている。

 

「ヴィヴィとアインも早くこの世界から出さないと不味いだろう」

「ええ、急ぎましょう」

 

オリヴィエは軽く微笑んで、構える。

 

「ガイに本当の聖王オリヴィエ・ゼーケブレヒトをお見せします」

 

そう言い残して、キャスターに突進した。その速度は今まで見たことも無い早い速度だ。これが本当のオリヴィエの速さなのだろう。

 

キャスターは黒い霧を複数の武器にして突進してくるオリヴィエに切っ先を向けて飛ばした。

 

「遅い!!」

 

だが、それはオリヴィエにとっては止まって見えるのか速度を全く落とさずに向かってくる武器を最小限の動きで避けてキャスターに向かった。

 

「はあぁあぁぁ!!」

 

そして、気合いのこもった右拳をキャスターに放つ。キャスターは黒い霧を纏い防御に走る。オリヴィエの拳が黒い霧に当たった。

 

「!?」

 

その瞬間、キャスターに纏っていた黒い霧が散布して吹き飛んだ。威力が先ほどとはけた違いに大きいのだろう。

 

そのまま、キャスターの腹部にオリヴィエの右拳がクリーンヒットしてキャスターを二つの十字架の間を通るようにして飛ばした。

 

先ほどの状況とは逆だ。

 

オリヴィエ・ゼーケブレヒト。かつて武技において最強を誇っていた人物。今なら本当に納得できる。

 

あれほど苦戦していたキャスター相手にこうも簡単に攻撃を与える事が出来たのだから。

 

俺は改めて凄いパートナーなのだと分かった。

 

「ガイ。今のうちにヴィヴィオ達の所へ行きましょう!!」

「あ、ああ」

 

眼の前の光景に驚きながらも俺はオリヴィエに付いて行き、十字架まで移動した。

 

そして、張り付いている手と足の紐を解き、2人を地面に寝かせた。

 

「プリムラ」

『2人とも魔力の潤滑に影響はありません。少し弱まっているようですが正常です』

 

俺が診査を頼む前にプリムラは診査を終わらせていたようだ。

 

2人とも無事だと言う事に緊張の糸が少し緩くなった。

 

「後はキャスターをぶっ飛ばして、早くこの世界から出る事だな」

「ええ、そうですね。この2人もここに長居させてはいけない」

 

だが、一つ気になる事があった。それを確かめるためにも……。

 

「オリヴィエ。悪いが2人を見ていてくれないか?」

「え?」

 

思わぬ言葉にオリヴィエは面食らっていた。

 

「キャスターには気になる事が出来た」

「危険です。私が行きますので2人を……」

「悪い、オリヴィエ。どうしても気になるなるんだ」

 

オリヴィエの言葉を打ち消して俺は話す。

 

「もし、危ないと思ったら駆けつけてくれ」

「……その気になるモノとはとても重要な事なのですか?」

「ああ。今、知っておかないと俺は多分一生後悔する」

 

俺は真面目な表情になって語っていたのだろう。それがオリヴィエにも伝わり、戸惑いの色をしていた表情は笑顔に変わった。

 

「わかりました。身体自動操作は今のガイにはなぜか使えません。なので私も見える範囲でキャスターに立ち向かって下さい。状況が悪くなったらすぐに駆けつけます」

「ああ、わかった。ありがとう」

 

俺はオリヴィエに礼を言って、ヴィヴィオとアインハルトを見る。今の表情は穏やかだ。なるべくこの世界に居させたくない。

 

「2人をよろしくな」

「ええ、ご武運を」

 

俺は三人に背を向けて、飛んで行ったキャスターの方向へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し進むと暗闇の中、キャスターがポツンとこちらに顔を向けて立っていた。表情は冷たく、そして、あの膨大な殺気もある。だが、今の俺にはそれに怯む事は無かった。気になることの方が強いからだ。

 

俺はキャスターから少し離れた所で歩みを止める。

 

「聞きたい事がある」

「……なんだ?」

 

キャスターはどんな質問が来るのか分かっていたのだろう。だが、あえて質問することにした。

 

「俺に武器で心臓を刺す時に音は聞こえない状況下だったのに何故かあんたの言葉が聞こえた。そして、その事が真実なのか嘘なのか知りたい」

「……聞こえていたか」

 

少しだが、殺気が薄くなった気がした。そして、目を瞑った。

 

今すぐ武器が飛んでくるというわけでもないので俺は話をする。その真実を知るために。

 

あの言葉を脳裏に再生する。

 

“じゃあな、我が……”

 

キャスターは目を開けた。その黒い瞳は複雑な思いの色があったのが分かる。そして、静かに呟いた。

 

その真実に俺は予想はしていたが驚きを隠せずに表情に出してしまった。

 

「俺の名前はヴァンス・テスタロッサ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“かつてお前の父親だった者だ”




戦闘の描写は本当に難しい。

今回は戦闘オンリーですから書くのが大変だった。

そして、キャスターの真名オープン。

わかっていた人も居るかな?

多分、ガイ自身だと思っていた人も居るはず。

次も戦闘シーンが多いのか~……頑張るぞ~。

一言感想をいただけると頑張れます。

今年中に後二回は更新したい。

頑張るぞ~w

では、また(・ω・)/





以下、各サーヴァントのステータスです(今更かよw








クラス:ファイター
マスター:ガイ・テスタロッサ
真名:オリヴィエ・ゼーケブレヒト
性別:女性

筋力:A
魔力:B
耐久:B
幸運:C
敏捷:A
宝具:A+

・クラス別能力

対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のモノを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

白兵戦:B→A+
接近戦において、自分の理想とする動きに展開して戦えることのできるスキル。
このランクにもなると接近戦での一対一では敗北する可能性は0に近い。
ガイからの魔力パスが繋がったのでランクが上昇した。

・保有スキル

第六感:C→A+
研ぎ澄まされた第六感は不本意な状況下に陥っても致命傷を避ける事ができき、五感に干渉する妨害を軽減させる。
ガイからの魔力パスが繋がったのでランクが上昇した。

身体自動操作:B
自動操作を自分の体に行い、戦うスキル。骨が折れようと腕が千切れようと戦うことが出来る。

修得:C
必要とされたものなら、それほど時間をかけずに習得することのできるスキル。
戦闘で必要となる技術はB以上なので新しく技を習得するのは難しい。

カリスマ:C
軍団を指揮する天性の才能。一国の王としてはCランクでは少し心もとない。

・宝具

“聖王騎士甲冑”
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:-
聖王家の特殊な仕様を施した騎士甲冑。オリヴィエが聖王流の技を最大限に発揮できるように精密に作られた代物。乱世のベルカ時代でこの甲冑に傷を付ける事が出来た人物は少ない。

“聖王のゆりかご”
ランク:EX
種別:対軍宝具
レンジ:?
最大捕捉:?
古代ベルカの遺産の一つ。旧暦において一度は世界を滅ぼした強大な質量兵器、巨大飛行戦艦。それは聖王のみが操る事が可能で、制御中枢である玉座に座らせる事で起動する。





クラス:セイバー
マスター:遠坂凛
真名:???
性別:女性

筋力:A
魔力:A
耐久:B
幸運:C
敏捷:B
宝具:A+

・クラス別能力

対魔力:C
二工程以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法等、大がかりな魔術は防げない。
彼女自身に対魔力が皆無なため、セイバーのクラスにあるまじき低さを誇る。

・保有スキル

皇帝特権:EX
本来持ち得ないスキルも、本人が主張することで短期間だけ獲得できる。
該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。
ランクがA以上の場合、肉体面での負荷(神性など)すら獲得する。

頭痛持ち:B
生前の出自から受け継いだ呪い。
慢性的な頭痛持ちのため、精神スキルの成功率を著しく低下させてしまう。
せっかくの芸術の才能も、このスキルがあるため十全には発揮されにくい。

・宝具






クラス:アーチャー
マスター:衛宮士朗
真名:高町なのは
性別:女性

筋力:B
魔力:EX
耐久:C
幸運:C
敏捷:B
宝具:A+

・クラス別能力

対魔力:C
二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

単独行動:A
マスター不在でも行動できる。ただし宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

・保有スキル

不屈の心:A++
決して諦める事の無い精神面での強さ。このランクになるとたとへどんな状況下に置かれても心が折れることはまず無い。

心眼:A
修行、鍛錬によって培った洞察力。戦闘時、常に最高の戦闘理論を持ち出し、有利な状況へ導く。

軍略:B
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有効な補正が与えられる。

・宝具

“CX-AEC02X(ストライクカノン)”
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:?
最大捕捉:?

陸/空両対応型の中距離砲戦端末。カートリッジシステム搭載型。かなり大型の機体で、腕に装着した手甲とジョイントすることで保持される。単体でも使用可能だが、“フォートレス”との連結機能も備えている。機体の大半を占める長大な砲身は、展開状態では砲弾の加速レールになるが、綴束状態では“突撃槍”“重剣”として用いられる。

“AEC-00X(フォートレス)”
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:?
最大捕捉:?

CW社製の、航空魔道師用総合総合ユニット。魔力非結合状況化での飛行制御・火砲制御を行なうメインユニットと、三機の“多目的盾”で構成される武装で、それぞれの盾は“砲戦用の大型粒子砲”“中距離戦用プラズマ砲”“近接近用実体剣”を内蔵している。
いずれの盾も独立飛行が可能で、腕部に装備して使用することも出来る。

“レイジングハート・エクセリオン(単独飛行形態)”
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:-

ストライクカノンとフォートレスの使用によって、両手がふさがってしまう高町なのはをサポートするため、レイジングハートが自ら申請した形態。
この形態のまま、“杖”として振る舞い、高町なのはの魔力をその身から撃ち出すことが可能となっているほか、機体保護と安定翼を兼ねるブレードエッジは“切断武器”としての特性も持つ。
第五世代端末のシステムを一部組み込んでおり、魔力阻害状況下でも活動が可能となっている。





クラス:ランサー
マスター:アルトリア
真名:ゼスト・グランガイツ
性別:男性

筋力:A
魔力:A+
耐久:B
幸運:E
敏捷:B
宝具:B

・クラス別能力

対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のモノを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

・保有スキル

カリスマ:A
大軍団を指揮する天性の才能。
Aランクはおよそ人間として会得しうる最高峰の人望と言える。

魔力放出:B
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。カートリッジシステムとはまた違う。

直感:B
戦闘時、常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
視覚、聴覚に干渉する妨害を軽減させる。

・宝具

“ベルカ式槍型デバイス”
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:2~5
最大捕捉:1人

ベルカ式のデバイス。名は無く、必要なこと以上を話さないので寡黙。フルドライブを使うことで爆発的に所有者の能力を向上させることが出来るが、フルドライブは体への負担が大きく、命を削る一撃であるため安易には使用できない。





クラス:キャスター
マスター:???
真名:ヴァンス・テスタロッサ
性別:男性

筋力:C
魔力:B
耐久:C
幸運:A
敏捷:B
宝具:A+

・クラス別能力
陣地傾城:A+
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”の形成が可能。
ここまでランクが上がると壮大な魔術を作り出すことが出来る。

・個別スキル

殺気:A+
対立するだけでも相手を失神させるほどの殺気を放つことが出来る。

・宝具

“ジャッカル”
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:2~5
最大捕捉:1~50人

所有者の命令に対して瞬時に魔力を展開させることの出来るミットチルダ式の杖。
魔力を込めた黒い霧を所有者を中心に散布させることが可能。その黒い霧は様々な武器の形にすることができ、それを飛ばすこともできる。時には所有者に纏わりついて敵からの攻撃をとめる事も出来る。

“世界の実存外(アウトオブザワールド)”
ランク:EX
種別:結界宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:1000人

世界の外側を結界内で発動させる宝具。時間という概念がない。暗闇の世界であるが宇宙の膨張とは違いこの空間は動かないので人間の五感は皆無に近い。
外側にも意思は存在し、止まっているこの世界で動いている異物を見つけるとこの世界の肌に合うように犯し始める。生きているものなら五感が犯される。
霊的存在である英霊たちはこの世界に居ても大した影響は無い。





クラス:アサシン
マスター:???
真名:???
性別:女性?

筋力:A++
魔力:B
耐久:A
幸運:B
敏捷:A
宝具:C

・クラス別能力

気配遮断:A++
完全に気配を断てば発見することは不可能に近い。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

・保有スキル


・宝具




クラス:バーサーカー
マスター:M~_?
真名:???
性別:???

筋力:[@
魔力:-\
耐久:\]
幸運:#$
敏捷:`=
宝具:_{

・クラス別能力
狂化:C
幸運と魔力以外のパラメータを上昇させるが、言語能力が失われ、複雑な思考が出来なくなる。

・固有スキル


・宝具






とりあえずセイバーは真名と宝具を伏せたけど意味無いかなw?


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二十二話“家族と回想の交差”

こんにちは、ガイルです。

この回を投稿したときは冬でした。

冬コミ行ってきました。

なのは本が全然無かったorz

寧ろはがない本をたっぷり購入してしまったw

そんなこんなの去年の締めの回でした。

では、二十二話目入ります。


 ―――St.ヒルデ魔法学院 中庭

 

『もし……もし、今親に会えるとしましたらガイさんはどうしますか?』

『……もし、か』

 

俺は地面を見るように視線を移して膝に肘を置いて手に顎を乗せて少し考えた。

 

もし、今親に会えることが出来るとしたら……俺は……。

 

 

 

“一発殴るかな”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――世界の実在外

 

俺とキャスターは武器を交えて戦闘を行っていた。

 

脳裏にはアインハルトと学園で昼食を取っていた時の会話が蘇っていた。あの時に話していた事はたぶん事実になるだろう。

 

大きな理由はやはり生まれて間もない赤ん坊だった俺の事を孤児院に捨てた事だ。

 

一発ぶん殴りてぇ……。

 

そんな衝動が心の底から込み上げて来て、キャスターからの殺気をあまり感じる事がなくなった。

むしろその衝動の方が心を大きく揺さぶられて体を動かしている。

 

一個の黒い武器が俺に向かって飛んでくる。それを難なく右に避け、抜刀している刀をキャスターに振り下ろす。

 

キャスターはそれをデバイスであるジャッカルで受け止める。

 

「……目つきが変わったな」

「あんたを一発ぶん殴りたくてな」

 

鍔迫り合いの状態のままで話を続ける。

 

「だが、あんたが俺の親だという確証がない。そりゃそうだ。生まれてこのかた、一度も親の顔を見たことなど無いんだからな」

 

口では否定するような言葉を発するが目の前の人物が俺の親だと言う事は紛れもない事実だと分かる。

 

体内に流れている血液があれは親だと告げる。本能で親だと分かってしまうのだ。

 

今までそんな風には感じなかったのにキャスターが親だと告げた瞬間、血が沸騰するかのように暴れている。まるでその事実が本当だと主張するように。

 

「……」

 

一瞬、キャスターの目線が下を向き気迫が消えたかのように見えた。

 

「!?」

 

だが、その次の瞬間、いつもの冷酷な無表情に戻り俺の周りには幾つもの黒い武器が俺の肉を貫こうと矛先を俺に向けている。

 

「俺の話を信用しすぎだ」

 

俺がその矛先から避けるために後方に跳ぼうとすると、キャスターの空いている左手から黒い魔弾が高速で飛んでくる。

 

俺はそれを夜目が効いてきたおかげで抜刀したままのプリムラでそれを真っ二つに縦斬りにし、後ろへ跳んだ。

 

「そして、それを信用してどうするんだ?」

「え……ぐっ!?」

 

その低い声は“後ろ”から聞こえた。と、同時に背中に飛ばされて石にぶつかった様な重い一撃が入った。一瞬で肺から空気が抜けて呼吸困難になり飛ぼうとしていた逆方向に飛ばされる。

 

……がっ……そ、そうか……黒い武器はフェ……イク……。

 

呼吸困難な中、必死に思考を巡らせる。

 

黒い武器を出したのはそっちに気を引かせるためなのだ。今までが黒い武器を使った技が多かったので無意識にもそちらに気が向いてしまう。その隙をキャスターは見逃さずに俺の背後へと回っり拳を俺の背中に放ったのだ。

 

黒い武器は霧状態に戻り、キャスターの周りに張り付いていた。

 

俺は声が聞こえた瞬間、僅かに反応することが出来たので脊髄を折られることは何とか免れた。

 

「俺の事を父親とでも言いたいのか?」

「がはっ!!」

 

今度は“前”から声が聞こえてきた。事実、さっきまで後ろに居たキャスターが目の前に居た。そして、左拳を俺の胸にメリメリと骨の軋む嫌な音を立てて食い込んでいき、再び逆方向へと飛ばされる。

 

そのまま、ヴィヴィオ達が磔にされていた白い十字架にぶつかる一直線のルートだった。

 

「ガイ!!」

 

それをヴィヴィオとアインハルトを診ていたオリヴィエが俺を受け止めるように身を挺して受け止める、が、勢いは殺しきれず、俺とオリヴィエは十字架にぶつかる。

 

「っぐ、ガイ!!無事ですか!?」

「……あ、ああ……」

 

オリヴィエが俺と十字架の間に入ってきてくれたおかげで、ぶつかる衝撃へのダメージはかなり軽減した。

 

俺にぶつかったのも騎士甲冑だから硬いと言えば硬いが。

 

俺とオリヴィエは地面に降りる。しかし、着地した時にうまく力の入らなくなったのか足がもつれて、尻もちをつき十字架に背中を預けるような格好になった。

 

「ガイ!!怪我が……!!」

「派手に……やら……れた……はっはぁ……」

 

圧迫されていた肺が動き出し、ようやく呼吸をする事が出来た。肺に無かった酸素をこの大気から取り込む。

 

どうでもよい事だが、この世界にも酸素というモノは存在するのだな。いや、世界を侵食するのだから、大気も現実の世界から入ってしまったのか。

 

「はっはっ……はぁ……」

 

どうでもいい事を考えながら息を整えようと小刻みに息をついて、最後に深呼吸する。

 

ぶつかった時に……肋骨……数本かはいったか。呼吸するときに痛みがあるな。

 

「私が出来る範囲で治療を……」

「い、いや、そんな暇は、ない……」

 

たどたどしい呼吸を何とか落ち着かせて、必死な表情になっているオリヴィエに手を振る。

 

「お前は弱い」

「!!」

「……」

 

そこに暗闇からキャスターの姿が現れる。表情はいつもの冷酷無比の冷たさ。オリヴィエは俺の前で手甲を構える。

そんなオリヴィエを無視してキャスターは俺に語る。

 

「しょせんお前には無理なのだ。この聖杯戦争で勝ち残ると言うのは」

 

チラリとヴィヴィオ達の方を見る。

 

「あの子供たちを守っているつもりかもしれんが、実は、その逆だ。あの子供たちから離れればとめどない孤独感がお前に襲い寄せて、その逃げ場としてあの子供たちに守られているのだろう?結局は人に頼らねば何もできない存在。それがお前だ」

「……っ」

 

俺はキャスターの話に静かに耳を傾けていた。キャスターに的確な所を突かれて何も言い返せる事が出来ないからだ。

 

俺は暖かい食卓に憧れていた。それは人と人との繋がりが確かにそこに存在しているから憧れていたんだ。

 

……孤独なモノほど息苦しいものはない。

 

だから、ヴィヴィオ達と一緒に練習出来たことも嬉しかったし、隣に引っ越してきたアインハルトとも気軽に話せるようになって嬉しかった。ミカヤとの居合の試合も繋がっていると思えるし、部隊長との話も心のどこかで嬉しかったのだ。なのはさんやフェイトさんとの日常だって。

 

……1人じゃないという事が分かるから。

 

「これ以上、ガイを侮辱するな~!!」

 

そう。そして、この聖杯戦争のパートナーであるオリヴィエも。

 

そのオリヴィエが俺が侮辱され続けている事に耐えきれず、怒鳴り声を上げてキャスターに向かって拳を振ろうと足に力を入れていた。

 

「少し黙っててもらおう」

「!!」

 

だが、オリヴィエの足もとから黒い霧が現れ、オリヴィエの足に絡み、それは体を絡めながら少しづつオリヴィエを侵食していく。

 

「いつの間に!?」

「今の貴様に接近戦では敵わないのでな。そこで大人しくガイが死んでいくのを見ているが良い」

「っぐ!!」

 

オリヴィエは一生懸命、足を動かそうとするがビクともしない。

 

「ガイ!!一度下がって態勢を整えてください!!このままでは……!!」

 

キャスターはオリヴィエを無視して俺に顔を向ける。

 

「……お前の母も弱い女だった」

「……!!」

 

俺の……母親?

 

「誰かに守られなければ簡単に折れてしまうような花だった……残念ながらお前は私の血よりも母親の弱い血を強く引き継いでしまったようだな」

「母親の……血」

 

ドクン……。

 

心臓が一度大きく跳ねた。それと同時に何かが心臓を中心に神経を循環して俺の体全体に駆け巡り、クモの巣のように張り巡らされ奇妙な感覚になった。

 

「てめぇ……が」

 

だが、そんな感覚も気にせずに俺は立ち上がる。たった一つの感情が俺の心の底からこみあげてくる。その感情の方が強い。

 

「てめぇの血が正しいと思ってんじゃねえ!!」

 

それは怒りの感情だった。自分で選んだ伴侶をそのようにぞんざいに扱う目の前の男がどうしようもなく腹がたった。

 

その伴侶も俺の母親だと言うのだから更に腹を立たせる要因だ。

 

顔も名前も知らない俺の母親だが目の前の男が言っている事は許せないと感じた。

 

体の内側から熱が籠る。体内の張り巡らされたクモの巣のような道を熱い何かが通っているようだ。苦痛も伴っているが今は気にしない。

 

……本当に自分の体じゃないみたいで気味悪いが……。

 

俺はキャスターを見る。何故だろうか、負けるビジョンが全く思い浮かんでこない。むしろ勝つ活路がいくつもあった。

 

「行くぞ」

 

俺は抜刀したままのプリムラを鞘に収め、立ち居合の形に入った。俺はその勝つ活路の一つを実行することにした。

 

一歩を思いっきり踏みだしてもキャスターはまだ武器を構えていた。

 

そのまま、腹部に抜刀して刃を斬り込む。

 

「……っぐ!!」

 

入った。明らかに動作が遅れていた。止められるはずだった俺の刀がキャスターの腹部にめり込んで血が服からにじみ出ている。このまま振りきれば、致命傷は免れない。

 

キャスターは一歩遅れてから周りの霧を黒い武器に変え俺に放つ。

 

振り切るのは無理だと分かり、刀を離して一歩、柄側に横に避ける。

 

俺の真横に無数の武器が飛んで行った。そのまま再び柄を握り振り切る。

 

「……っ」

 

キャスターの表情が強張る。痛みに耐えているようだ。腹部からは血が吹雪のように舞い、この黒い世界を赤く染めていく。

 

「まだだ!!」

 

俺はキャスターとすれ違う。そのすれ違った瞬間にキャスターの左肩に一傷負わせた。そして、大きく跳びキャスターを上から刀を振り下ろすような形で納めている鞘を上段にもっていき抜刀する。

 

「はああぁぁあぁ!!」

「……」

 

抜刀した刀を振り切って、地面に叩きつけた。その衝撃は凄まじく、止まっているこの世界でも地面から振動を感じ取れた。

 

キャスターは更に傷を負い、血吹雪を散らす。だが、キャスターは紙一重で避けたようだ。

 

渾身の一撃もキャスターには紙一重で避けられるってか!!

 

俺は瞬時にキャスターから離れて、オリヴィエの隣に立ち息を整えながら警戒した。だが、その警戒は無意味になった。

 

「……いい攻撃だ……」

「「!?」」

 

そう言ったと同時にオリヴィエの巻きついていた黒い霧は発散した。

 

「……どういうことだ?」

 

キャスターからの殺気は無くなった。そして、表情も角が取れ柔らかくなって微笑んでいる。俺は戸惑いを隠せなかった。

 

「全てはお前のためだ……我が息子よ」

「「!!」」

 

キャスターの体が透け始めた。

 

「……っ!!……ちょっと待てよ!!」

 

俺は戸惑いを振り切って急いでキャスターの元へ近寄って襟首を掴む。次から次へと現れる事象に感情が入り混じり心の中はぐちゃぐちゃで追いつかない。

 

「てめぇ、意味がわかんねえよ!!」

 

何が言いたいのかパッと出ず、変なことしか言えなかった。だが、キャスターはまるで我が子を見るような優しい目で語る。

 

「……お前がこの聖杯戦争に勝ち残るためには最低でも眠っていた“魔術回路”を蘇らせる必要があった」

「魔術……回路?」

 

初めて聞く単語に疑問が浮かび上がる。とりあえず、ひとまず感情を抑えようとキャスターの襟首から手を離す。

 

「私はキャスター。マスターも私だ」

「……意味分かんねえよ」

「マスターがこの世界の私だ。そして、キャスターはこの世界から見ると未来の私ということになる」

「……そんなことが……」

 

出来るわけがない、と言おうと思ったが、未来からはなのはさんも来ているし一概に否定はできなかった。

 

「ガイ」

「……!!」

 

キャスター……親父から俺の名前を言われて体が一瞬だが驚いた。キャスターは穏やかな表情をしている。

 

「お前は更に未来の私が封印した魔術回路を自力で開放し、一瞬だが私をも凌駕した」

 

そして、親父の右手が俺の頭に乗せられる。

 

「でかくなったな、ガイ」

「……」

 

それになんて答えればいいのか分からなかった。だが、頭に乗せられている右手は温かいぬくもりを感じる。まるで俺が欲していた温かな食卓みたいなぬくもりみたいに。

 

「父親としての役割はもうおしまいだ」

「!!」

 

親父の体が更に薄くなった。サーヴァントとして終わりが近づいているのだろう。

 

「ガイ……何か言わないのですか?今言わないと後悔しますよ」

 

隣ではオリヴィエが優しげな表情で俺を見守っている。

 

分かっている。何かを言わないといけない。だが、心の中が様々な絵の具の色が混ざったかのように様々な感情が入り混じって整理が追い付かない。

 

「ガイ……」

 

俺の頭に乗せていた右手を離し、今にも消えそうな体でも親父は優しく俺の事を見つめている。

 

「私がやれるのはここまでだ。後はガイ、お前がお前の道を作って行け。私はここまでしかできない」

「……ああ」

 

親父から優しく名前を呼ばれてから初めて言えた言葉が只の受け答えだ。そんな言葉でも親父は嬉しそうな表情をする。

 

「後はこの世界の私には会ってはいけない。“今の私に出会った”という原因で“死”という結果の因果律が発生してしまう。これは運命とも言える」

「……ああ」

 

親だから……だろうか?

 

俺がああ、としか答えなくても親父は笑みを崩さない。

 

「アサシンには気をつけろ。あれはイレギュラーだ」

「……ああ」

 

そう言えば、親父はアサシンと対峙した時、一瞬驚いていたな。

 

俺の思考は様々な感情によって寧ろぼやけているような感覚だった。何を聞かれても二つ返事になってしまう。それでも親父は笑みを浮かべている。

 

「……私を……恨んでいるか?」

「……いいや」

 

だが、親父自身の事になると感情は入り組んでいるが思考ははっきりとした。

 

孤児院に捨てられてしまった事もこの聖杯戦争で命を取られそうになった事も今となってはどうでもよい事だと思えた。だから俺はその言葉に否定し視線を下にズラした。

 

「そうか……」

 

視線をズラしているので親父は笑っているのか悲しんでいるのかはわからないが優しい声は聞こえた。

 

「それは……」

 

 

 

“良かった”

 

 

 

「あっ……」

 

その言葉が脳裏に聞こえた。俺が目の前に視線を戻すと親父はもう“消えていた”。

 

俺は歯切りを鳴らしてオリヴィエに背を向けた。

 

「……ガイ?」

 

後ろからオリヴィエが心配そうな声で言葉を投げてくる。

 

「……言えなかったな……“親父”って」

 

俺は少しの間、オリヴィエに見られないように静かに泣いていた。やっと纏まった心の感情が……言いたかった最もな言葉が言えなかったのだ。

 

後悔の色が俺の心を埋め尽くした。

 

オリヴィエは何も言わず俺の後ろで見守っていてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――St.ヒルデ魔法学院 中庭

 

『いや、だって、生まれて間もないのに孤児院に捨てられていたんだから一発ぶん殴りたいだろ。何で俺の事を捨てたんだって』

『そ、そう言うモノでしょうか?感動の再会をするかと思ったのですが』

『親の顔なんて知らないんだ。あっても親だと実感が沸かないと思う。まあ、殴った後はたぶんアインの言った感動の再会をするんだろうね』

『そうだと思います。それが……』

 

 

 

“親子の形ですよ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――世界の実在外

 

「申し訳ありませんが、ガイ。あまり感傷に浸っている暇はありません。一刻も早くこの世界から脱出しませんと」

「……ああ、分かっている」

 

少しして、オリヴィエに促されるように言葉を発してくる。親父との感動の再会とはほど遠く、幕引きとなった今回の戦い。

 

こんな歪な形でも俺と親父との家族の形は有ったんだろうか?唯一繋がっていたモノといえば体内にある“魔術回路”という変なモノ。

 

未だにどのようなモノなのか分からない代物だ。

 

「ガイ?十字架が何やら光っていますよ」

「え?あ、本当だ」

 

俺は親父との別れてしまった感傷に浸ってたり、“魔術回路”というモノの疑問を考えていたが、目の前の変化で現実に戻された。

 

何時までも、感傷に浸っていても仕方ないし魔術回路も調べないと現状では何とも言えない。一度この考えを切り離そう。

 

オリヴィエに言われて白い十字架を見ると、白く輝きを放っていた。

 

「……温かい光……親父?」

「キャスターですか?」

 

この温もりは親父?頭に乗せられた温もりと似ている。

 

俺の疑問にオリヴィエの疑問が重ねられた。

 

「「!!」」

 

だが、その輝きは一瞬にして膨張し、俺たちを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――― 一軒家

 

「もうすぐ、この子が生まれるわね」

「ああ、どんな子なのか楽しみだ」

 

家のリビングで嫁が膨らんだお腹を摩りながら幸せいっぱいの笑みを私に向けてきた。

 

もうすぐ子供が生まれる。そのために立てた二階建ての一軒家。ローンは十年単位だがここには家族の幸せがある。そのためなら身を削ってでも頑張れる。大黒柱である私はこれからの事に夢を募らせていた。

 

「「!?」」

 

だが、突然の光と振動がリビングに居た私と嫁に襲いかかってくる。私はとっさに嫁を庇い眼を瞑った。

 

少しすると、振動も収まり恐る恐る目を開けると、“人”が居た。

 

異質な恰好をして、白髪が混じった髪をオールバックにして寂しげな眼を私たちに向けている。眼を開けた嫁が最初に反応した。

 

「あな……た?」

「……」

 

一瞬だがその者の表情が緩んだ気がした。それで理解した。この者は“私”なんだと。

 

私の仕事は時空の研究だ。人が時を渡り、未来や過去に行けるような研究し続けている。そのためには様々な理論を完成しなければならず、そのやり方を模索している。

 

中性子星理論、ブラックホール理論、光速理論、タキオン理論、ワームホール理論、エキゾチック物質理論、宇宙ひも理論、量子重力理論、セシウムレーザー光理論、素粒子リング・レーザー理論、ディラック反粒子理論など。

 

「理論が出来上がったのか?そして、研究が完成したのか?」

 

だが、私の期待していたモノとは違い、男は首を振った。

 

「お前たちの子供、“ガイ”が危ない目に会う」

「「!!」」

 

私達はお互いの顔を見て驚いた表情をしていた。それと同時に目の前の人物はやはり“私”なのだと確証も得た。

男のこと分かっていたので先ほどガイという名前に決定した。これは私と嫁以外にはまだ知らないはずなのだ。

 

「“聖杯戦争”という事件にその子、ガイは巻き込まれる。定められた“因果律”なのかどのように防止しようとガイは“聖杯戦争”に巻き込まれてしまう」

 

因果律……あらゆる出来事には、必ず原因があり、それによって結果が生まれると言う考え方。

 

それに聖杯戦争?これは戦争なのか?これにうちの息子が巻き込まれる……。

 

眼の前の男から聖杯戦争について軽く聞いた。大人数って訳では無く七組の猛者達がぶつかり合って殺し合い、最後の一組になった時に願望をかなえる事が出来る戦争だと。

 

「話は戻るが、定められた因果律?そんな事がありえるのか?」

「……いくら止めようとしてもガイは聖杯戦争に参加してしまう。そして、その最後は……」

 

どんな事をしてもガイは聖杯戦争というモノに足を踏み入れてしまうようだ。

 

定められた因果律……それはもはや因果律ではなく運命というべきなのだろうか?原因を省いてもその出来事には必ずガイは足を踏み入れてしまうのなら。

 

「……お前は今までどうしていたんだ?」

「聖杯戦争を避けて通る事は出来ないと悟った私は、なら聖杯戦争で勝ち抜けばいいと考えるようになった。参加には“魔術回路”が必要になる。私が施さなくてもガイは何処かで必ず魔術回路を体に刻まれる。なら、少しでも有利になるように私が施した方がよい」

「魔術……回路」

 

初めて聞く名だ。魔導なら分かるが魔術となると中世時代の魔女とか言う者たちの使っていたモノだろうか?今もひっそりと暮らしていると聞くが。

 

「私もそれほど時間は無い。今すぐにでも魔術回路をガイに転移する」

 

未来の私は嫁の膨らんだお腹に手を乗せて何かを唱え始めた。嫁は何故か落ち着いている。私だと分かっているからか。

 

だが、私はその乗っけている手首を掴んで嫁から離す。

 

「何をしている?私にも時間は無い」

「そのやり方でガイを助けられるのか?」

「少なくとも今ここで私が何もしなかったら助ける事は出来ん。様々な私が平行世界を見てきたがガイが助かった事などは一度も……」

「“ここも”……なのか?」

「……」

 

その言葉に未来の私は口を塞ぐ。

 

「……“私達”は永劫の時を彷徨う事になろうとガイを助ける。そう決めたのだ」

「……」

 

私達……いや、それはきっと平行世界での私という個人個人が導き出した結論なのだろう。

 

「……ああ、ガイを助けないとな」

 

私も自然とその考えには賛成だった。これももしかしたら決められた因果律ってやつなのかもしれない。

 

未来の私の手首をそっと離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫁の中にいるガイと私に魔術回路を刻み未来の私は姿を消した。私も聖杯戦争に参戦することになった。

 

サーヴァントは先ほどの未来の私だ。どうやら未来では私が時空を渡る理論を完成させたらしい。

 

エクゾチッソ物質の発見からワームホール理論に結びつけ、光速の速さを発生させるエネルギーも発見したとのこと。

 

素晴らしい功績に未来の私は英雄として人類から見られているのだろう。その理論で私たちの居る世界に戻って来たらしい。だが、魔術回路は家系の代々伝わるものであり私たちのようなものにはそのようなモノは存在しない。

無論私はそのようなモノを祖父や父から伝えられてた覚えもない。だから、未来の私は向こうの“世界”と契約したらしい。転移出来る魔術回路を。

 

「そんな事ばかりしても、息子は救えない……か」

 

全ては息子……ガイの為。出来れば平穏な世界で普通の子として育っていってほしかったが、現実は時に残酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫁はガイを生んで直ぐに死去。

 

『ガイをお願……いね……』

 

死ぬ最後までガイの事を心配していた。

 

……嫁の想い、貫き通さないとな……私の想いも。

 

悲しみに身を置く暇もなく私はガイをすぐに毛布で包ませて孤児院の玄関に置いて行った。

 

私は陰でガイを見守っていた。少しするとガイは泣きだし、その声を聞いたのか孤児院から園長らしき人物がガイを見つけ、孤児院に抱いて行った。

 

「頑張れよ……ガイ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――時の庭園

 

「珍しい客ね」

「久々に会った親戚への第一声がそんなもんか」

 

私は親戚であるプレシア・テスタロッサに会う事にした。ロングヘアーの黒い髪にスタイルの良さからモデルと言われても不思議ではないのだが、目の下のくまやほつれた頬がそのように思う事が出来ない。

 

長年ここに引きこもって研究に明け暮れていると聞いたがここまでとは……。

 

「どうぞ」

 

私の目の前にあるテーブルにお茶の入った湯のみが渡される。私てきたのはプレシアの使い魔リニスだ。

 

元は猫だったのか猫耳に尻尾が付いている。

 

「ああ、ありがとう」

「いえ、ではプレシア。私はフェイトの教育の為に失礼します」

「ええ、そうして」

 

そう言って、リニスは部屋から出て行った。

 

「フェイト?新しい子がいるのか?」

「ふん、あんな出来そこないの事はどうでもいいわ。あれは外で仕事をしてもらうの。そのための教育なの」

「……」

 

今のプレシアの表情は歪んでいて憎しみの眼をしており何と言っていいのか分からなかった。

 

「研究漬けらしいな」

「だから何?さっさとその研究に打ち込みたいのだけど」

 

態度も随分と変わった。前はもっと社交辞令がうまく、誰ともすぐに打ち解ける優しい性格の持ち主だったのだが、今は失礼極まりない。

 

あの事故が原因か……。

 

「……娘が死んで、生き返らせるために無理をしているんだな」

「……」

 

アリシアの目つきがより一層鋭くなる。アリシアの話をすると機嫌が悪くなるようだ。しかし、少しして何かを思い出し、元の表情に戻る。

 

「……ヴァンス……あなたにも息子が居たはずよ。その子が失ったらあなたはどうする?」

 

失ったらか……そうならないために今を動いているが、嫁だけではなくガイまで失ったら……。

 

「アリシア。息子を失っても私はあんたみたいにならない」

 

世間を……世界を憎むだろうが、失った命が戻ってくることなどありえない。

 

「ふん、失った時の感傷がどれほどのものかを知らないでしょうに」

「……」

 

だが、目の前のアリシアは子供と過ごしてきた時間を取り戻したいがために無茶をして禁忌の領域に入っている。その先に取り戻したい時間があると信じて。

 

「……子供思う親は大変だな」

「なによ、突然」

 

ああ、そうなんだ。プレシアも私と同じ親なのだ。我が子の為に必死になっているのは親として当然なのだ。ただ、その道を誤ってはいけない。アリシアはこの先どのような道を進んでいくのだろうか。

 

「私も子供と日常を過ごしたかった」

「あなたの息子、ガイと言ったかしら?生きているのでしょう?なら、会えばいいじゃない」

「そうしたいが……大きな因果律が出来てしまうから」

「……」

 

何かを言いたそうなプレシアだったが何も言わなかった。ただ、表情だけは何か悲しげだった。まるで同類を見ているような眼をして。

 

私も同じような表情をしていたかもしれない。ここに来た大きな原因は私との理由は異なれど子供の為に動いている親戚のプレシアに会ってみたかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おじさん」

「ん?あっ……」

 

プレシアとの会談を終え、帰ろうとしたときに赤い瞳の金髪の少女に声を掛けられた。その顔だちは前に会った事があるので知っていた。知っていたからこそ驚きを隠せなかった。

 

「アリ……シア……?」

「?」

 

その少女は何を言われたのか分からないのか首を傾げる。そして、少女から話す。

 

「もう帰るのですか?」

「あ、ああ、これでもおじさんは忙しいからね」

「あ、あの……か、母さんとはどんな話をしたのですか?」

「母さん……ねぇ」

 

これは間違いなくアリシアだと思うのだが何か違う。ちょっとした違和感が残った。研究は完成していないと聞いたのだから。

 

「なあ、その前に名前教えてくれないか?」

「え、えっと、名前はフェイトです。フェイト・テスタロッサ」

「……」

 

名前を聞いた瞬間、全てを理解した。そして、同時にプレシアに怒りもした。この子はアリシアのクローンだ。プレシアはクローン技術の“プロジェクトF”に携わっていた。その技術で作りだすのも納得はいく。だが、プレシアは親としてこの子の事を接してあげる事をしない。

 

偽物とわかり、愛情を注げない……か。確かに私もガイの偽物に愛情を注げるかと言ったら無理だろう。

 

プレシアへの怒りもあったが、自分に置き換えるとそのような行動をする事に理解も出来た。

 

「おじさん?」

「ん?ああ、いや、すまんすまん。君のお母さんとは仕事の話をしていただけだよ。あの人はなかなか優秀だからね。いい意見を聴く事が出来た」

 

だが、この純粋な瞳で見上げてくこの子を見ると、この子の気持ちを無碍にする事が出来ない。

 

私は左腕に上着を折りたたんでいたので右手でフェイトに頭を撫でてやった。フェイトは最初は驚いていたが、褒められているのかと思い笑みを溢した。

 

「君のお母さんは研究で時間を取られている。そんなお母さんだけど心の中では娘との時間を欲しがって寂しがっている。フェイト。なるべくお母さんと接してあげな」

「……うん、分かっています」

 

フェイトは寂しげな眼をして肯定した。その娘は“アリシア”なんだが、黙ってるしかない。

 

もし、ガイもこの子も普通の環境で育っていってくれたら、この子は幼馴染としてガイのお姉さん的な立場でいてくれたかもしれない。

 

いろんなこと一緒に楽しんで笑って、時折喧嘩もして。

 

そんな普通の環境にすら私とプレシアの子供は入る事が出来ないのだ。

 

プレシア……道を間違えるなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “プレシア・テスタロッサ事件”

 

「……」

 

少しして、私のデスクの前にはこの事件の詳細がモニター表示されているのを見て大きくため息をついていた。仕事先は時空管理局の管轄下に入るのでこの事件の詳細を調べる事が出来る。

 

紛失遺産の違法使用による次元災害未遂事件。

この事件でプレシアはアリシアの亡骸と共に虚数空間へ落ち資料上、行方不明。重要参考人としてアリシアのクローンであるフェイトが裁判となる。

しかし、リンディ提督及びクロノ執務官との弁護と、フェイト自身が嘱託魔導師資格を取得したことで再犯の可能性は低いと判断され、実刑では無く保護観察処分で落ち着いた。

 

「プレシア……誤ったのか……」

 

同じ親として気持は悲痛の気持ちに陥った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は流れ聖杯戦争前。ビルの屋上で私は成長したガイを見つけた。

 

「ガイ・テスタロッサ………」

 

私は呟いた。

 

先ほどはここから視える人物に殺気を含めた視線を送っていた。

 

ここ数年で私の殺気は著しく凶悪なものになっていた。嫁の死去、プレシアの死去。その他諸々の原因がこのように歪な形で現れたのだろう。

 

隣にいた赤く大きいリボンを左側に付けた少女は気づいていない。

その人物はそれを感じ取ったからか、戸惑いながらも振り返った。

その顔を見た時に理解できて私は笑った。本当は今すぐにでも目の前に現れて息子を抱きしめてやりたい。

 

だが、“今”の私がガイの目の前に現れると因果律が発生し、ガイは“今の私に出会った”という原因で“死”という結果が生まれてしまう。それは未来の私が経験たものだったという。

 

『今は我慢してくれ』

『……ああ、分かっている』

 

霊体化している未来の私に悟られる。

私のサーヴァント、キャスター。その正体は未来の私。私も数十年後には過去の私に召喚される。そのようにプロセスされている。

 

『ガイ……』

 

きっと私の瞳は静かに、そして強い意志が存在しているのだろう。

 

「これからか……」

 

私は星が大きく二つある夜空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――結界内

 

『無粋よな』

『アサシンがサムライとは面白いクラスだ』

 

キャスターが相手をしているのは暗殺が得意とされているアサシン……のはずだったのだが、なぜか蒼いサムライが物干し竿のように長い刀を体の一部のように綺麗な太刀筋で振るっている。

 

ガイ達との対決に割り込んできたアサシン。

名は佐々木小次郎。

蒼く長い髪をポニーテイルで縛り、蒼い瞳。蒼が特徴的なサムライ。

サムライは自らの名を名乗り出る人種らしい。初めて会った時も威風堂々と名乗り上げてきた。

 

『私の目的は再びセイバーと果たし合う事だ。前の勝負の時は誠(まこと)心が踊った。あの高騰した気持ちが忘れられん。その時を心待ちにしている』

『根っからのサムライ魂だな』

 

そう言いつつキャスターは黒い武器を複数、アサシンへ飛ばす。

 

『しかし、セイバーに向かいたいのだがマスターの命令でな。無粋な動機だがそなたの首、頂戴する』

 

アサシンは黒い武器をその長い長刀で全て叩き落とす。刀は高速で撫でるように綺麗に流れ、その一つ一つに隙がない。

 

『ふむ、黒霧を刀に変え、それを飛ばす……小太刀より使い勝手は良さそうだ』

『サムライ基準で考えていては勝てないぞ』

 

更に武器の数を倍にする。

 

『ほお、面白い芸当だな』

『何とでも言え』

 

黒い武器を先ほどの倍にしても、アサシンは慌てることなく静かに構える。

 

『なら、私も再びセイバーとの果たし合いを決したいために本気で行こう』

 

キャスターは武器を飛ばす。

 

『秘剣……』

 

アサシンはまだ動かない。キャスターの黒い武器がアサシンの額を貫こうとする。その時、アサシンは動いた。

 

『燕返しいぃぃいぃ!!』

 

キャスターの飛ばす武器を全て避けつつ、アサシンは一瞬にして三つの太刀筋を放った。

 

キャスターの頭上から股下までを断つ太刀筋。

対象の逃げ道を防ぐ円の軌跡の太刀筋。

左右への離脱を阻む払いの太刀筋。

 

超高速の刃が空間を裂き、次元を歪めたのだ。その結果、新たな刃がこの世界に像を結んだのだろう。

 

存在しえぬものを存在しめる二重像の幻影。

 

それらの太刀筋がいく寸も狂う事無くキャスターを襲う。

 

『だが、視える』

『むっ!?』

 

キャスターはその三つの太刀筋を全て右手に持った西洋の形をした黒い剣で逆の太刀筋で相殺し、更に秘剣を放った後の隙の出来たアサシンの体に一太刀入れた。

更にキャスターは燕返しの第四の太刀筋まで再現したのだ。

 

『これは……致命傷よな』

 

肩から胴体にかけて斜めに斬られ、血吹雪を噴き出し切断されても良いぐらいの切り傷があるにもかかわらず、アサシンは片目を瞑り笑みを浮かべていた。

 

『刀を高速で振るうだけではなく、そなた自身も何かからくりの様なモノで高速化した訳か。それに私の太刀筋、分かるように動いていた。私とそなたとは初めて会うはずなのだが……』

『一度見ている……未来の私がな』

『……ほう』

 

アサシンは興味深そうにキャスターの事を蒼い両眼で見る。最後の方はボソッと言ったのでそちらは聞こえていないはずだ。

 

『だが、アサシン。貴様は魔術も魔導も使わず己の技能だけでそこまで上り詰めたのは流石たと言える』

『ふっ、賞賛として受け取っておこう』

『……お前が残っているとガイを殺してしまうからな』

『……ふむ、なるほどな』

 

アサシンは何か理解したような表情を醸し出し、体が透明になり始めた。

 

『そなた、永劫の時を彷徨うつもりか?』

『もとより覚悟の上だ』

『ふっ、人を慕う気持ちは確かに人を強くする。そなたの研ぎ澄まされた美しい殺気はそのような意味であったか……』

『……』

 

キャスターはアサシンの言葉に渋っていた。そして、アサシンの体は粒子になって消えて行った。

 

『タイマー式ゲート、開きます』

 

ジャッカルに予め自動でゲートを開く様に命令している。その時の魔力分は供給しているので今の魔力から減る事はない。

 

キャスターの目の前に何かが現れた。“世界の実在外”へ通じる穴だ。

 

その穴の大気と周囲の大気が絡み合う事が出来ないのか、バチバチと音を立てて周囲の大気を少しずつそれは振動し侵食していく。

 

その振動は凄まじい。

 

『ファイター!!』

『ガイ、空へ!!』

 

近くにいたガイ達は地面に立っているのが困難だとわかったのか、ガイがオリヴィエの肩に手を回して空へと飛んだ。

 

そして、キャスターの目の前には穴が一人入れるぐらいの大きさになって浸食をやめた。

 

そこに入ろうとして、一度ガイの方を見上げてきた。

 

『お前は……“この世界のお前はこの因果律を超えれるのか?”』

 

“聖杯戦争”に参加という原因が“死”という結果に結び付くこの因果律を。

 

ガイには聞こえなかったようだ。キャスターは言うだけ言って穴に入って行った。

 

「戻って来たか」

「ああ」

 

私の隣に空いていた穴から未来の私が出てきた。“世界の実在外”から再び“現世”へと戻って来たのだ。私は工房で先ほどの一部始終をモニターで見ていた。場所はとある喫茶店でキャスターの張った結界を。

 

「ガイを殺してしまうアサシンを仕留めたか」

「……ああ、その光景を私の更に未来の私から受け継がれてきた事実」

 

アサシンの燕返しを燕返しと逆の軌道で相殺し、更に第四の太刀筋でアサシンを倒す。そのような行動を起こすには“世界の実在外”を部分展開する必要があった。

“時間の停止”だけを。

 

アサシンと未来の私との間に“時間の停止”だけを展開し、アサシンを先に踏み込ませた。サーヴァントであるがために速攻でアサシンの時間は止まらなかったが、太刀筋を見切るには十分な速度に落ちた。

 

そして、未来の私は“時間の停止”の領域に“現時間”のまま入り、鈍りだしたアサシンの太刀筋を同じ太刀筋で相殺し、第四の太刀筋をアサシンへ放った。

 

自分自身が早くなるわけでは無く、その周辺を時間を停止させる。周りから見れば未来の私は光速に見えるのだろう。“止まっている時間”に影響を受けない未来の私の“現時間”が入り込めば、ゼロ時間でその空間を移動できるのだから。

 

未来の私は手に持っていたジャッカルを机の上に置きながら表情を少し寂しげにして言葉を続けた。

 

「ヴァンス、私はアサシンに言われた。“美しい殺気”と。荒んだこの気持ちにそんな訳ないのだが……」

「ガイを思う気持ちが荒んでいるわけないさ。だから殺気も綺麗になるさ」

「……だといいが」

 

未来の私は大きくため息をついて腰を下ろした。

 

「ガイは……死へ繋がる因果律が多すぎる。何故ガイにだけこんなにあるんだ」

「私達はそれを一つ一つ潰していくしかない」

 

あのアサシンも“ガイと対決”したという原因でガイを“死”に導く因果律がある。

 

「……だが、この“聖杯戦争”に参加したという原因が結局は“死”に繋がっているから私たちが他の“死”への因果律を止めても、無理なのではないか?」

「後はガイに任せるしかないさ。そう言う結論なのだろ?“奇跡”が起こるのを待つしかないと」

「……ああ、それしかないな」

 

私達は大きくため息をついていた。この定められた因果律を“奇跡”でも起きない限り避けられないのだから。それはもう何度も実証済みだった。

 

ガイ……自分の信じた道を突き進め。その道ならきっとこの“運命”を変えられるはずだ。

 

“運命を切り開け”

 

私達はガイを信じることしかできないのだ。きっと切り開いてくれると。

 

だが、現実は過酷で残酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――地球

 

聖杯戦争から数十年。

私はエクゾチッソ物質の発見からワームホール理論に結びつけ、そのために必要な光速の速さを発生させるエネルギーも発見することに成功した。

 

その結果、世界の外側を知る事も出来た。まあ、元は未来の私が一度見せてくれたのでそこまでいく道筋が作りやすかったわけだが。

 

周りからは天才的な人物だとか、神的な存在などちやほやされたがどうでも良かった。

 

これで、過去の私の所へ行ける。皆からはいろんな意味で英雄的な存在になれたのだろう。後は……。

 

後は最初の聖杯戦争が行われていた地球で世界と契約することだった。そのために地球にやってきた。

 

ミットチルダと地球では世界が違う。この世界で契約するのだ。

 

「契約する。我が死後を預ける。その報酬をここに貰い受けたい」

 

私はこの世界と契約した。

 

死後は“英霊の座”へ行くことになる。そこには未来の私達が1つとなって居るのだろう。そこに私も含まれ、1つの思考へとなる。

 

死後と引き換えにこの体に張り巡らされている魔術回路とガイの魔術回路を移転できるような形で二つ貰いうけた。

 

親から子へ継がせる時間など無いのだから。

 

そして、この残酷な運命から逃れるための唯一私が出来る事なのだから。

 

そのまま私は英霊になる前に完成させたワームホール理論で過去へと戻って行った。

 

戻った先の一軒家ではお腹の膨れた嫁と過去の私が居た。

 

「あな……た?」

 

嫁を何十年かぶりに視た時は抱き締めたかったがその気持ちを抑える。

 

私はもう嫁から想いを託されている。目の前の嫁は過去の私の嫁だ。

 

頭の中で整理し、嫁のお腹を見つめながら思う。

 

ガイ……頑張れよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――結界内

 

「……おまえは……」

「……」

 

サーヴァントとなった私が張った結界内では、マスターだった頃の私が見ていた光景と違っていた。ガイたちが黒い武器を避けている間に私の懐にフードを深くかぶったパーカー姿のアサシンが居て拳をアッパー気味に振り上げた。

 

私は最初だけは驚いていたが、そのアッパー気味の拳を冷静に避けた。

 

「ぐっ!?」

 

だが、アサシンはアッパー気味に上げた拳の勢いに任せて体を少し浮かせて、膝蹴りを私の顔面にクリーンヒットさせた。

 

始めからアッパーの拳は囮だったのだ。避けられると分かってそれを組み込んで次の攻撃をしたのだ。

 

予想外の攻撃方法に私は顔面を片手で押えながら、少し後退しつつ黒い霧を武器に変えてアサシンに飛ばした。

 

だが、それをアサシンは激しい武器の雨を紙一重で避けつつ距離を縮めていた。

 

「貴様……」

「……」

 

どんな武器を作ろうが、どんなに刃の面積が大きい武器を作ろうがそれはアサシンの前では簡単に避けられてしまう。

 

誰だこいつは?ここに現れる人物は佐々木小次郎ではなかったのか?

 

規定されていた出来事が変わっていた。アサシンがあのサムライではないのだ。

 

膝まであるニーソックスにアサシンよりも一回りも二回りも大きいパーカー。それなので晒し出している太ももの先は直にパーカーの裾になっている。

 

素性が分からんな……。

 

武器を飛ばしながらもアサシンの事を観察する。この人物がガイにどのような因果律を与えるのか分からない。だが、時間が迫っていた。

 

「……イレギュラーか……それに時間か」

「……」

 

アサシンは一気に私に懐に入り

 

「……煌きの型“楼蘭”」

 

アサシンの両手を開いて合わせて指先を左右に開けるような形の掌停を作り、それを私の胸に向かって放った。

 

「ぐっ!!」

 

その掌底が私の胸に当たった時、肋骨が全て吹き飛んだのではないかと錯覚に陥るぐらいの重い衝撃を受けた。

 

事実、何本か肋骨が折れ肺に刺さってしまった。

 

私は口から血反吐を吐いた。

 

「ごふっ!!強……烈な一撃だ」

「……」

 

アサシンは何も言わず、右手で上げて手刀の形にしてそれを振り下ろした。それが止めを刺す死神の鎌なのだろう。

 

私は笑っていた。

 

「タイム……リミットだ」

『タイマー式ゲート、開きます』

「!!」

 

アサシンは危険と感じ取ったのか、手刀を振り下ろすのをやめその場からジャンプして大きく後退した。

 

それと同時に黒い“世界の実在外”へ通じる穴を作り出した。

 

「ファイター!!」

「ガイ、空へ!!」

 

ガイは“世界の実在外”の通じる道を作り出す振動で地面に立っているのが困難だとわかり、オリヴィエの肩に手を回して空へと飛んだ。

 

そこに私は入ろうとして、一度俺の方を見上げてきた。

 

「お前は……“この世界のお前はこの因果律を超えれるのか?”」

 

いや、超えられるかもしれない。サーヴァントが違っていたという事例は初めてだ。今回の聖杯戦争は何か違う。

もしかしたらこの世界のガイは越えてくれるのかもしれない。この“定められた因果律”を。

 

私は“世界の実在外”へ入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は十字架に自分の記憶を残すことにした。こんな事をするのは初めてだ。なぜこんな事をしようと思ったのかわからない。わからないがしなくてはいけない気がした。

 

 

 

もし、これをガイが見ていたら私を許してくれるだろうか?こんな残酷な定めに捕らわれてしまった息子の為に恨まれ役を買ったりして永久の時を繰り返す私たちを。

 

お前の魔術回路は再生能力が比較的に高い。それをうまく利用して、魔術回路覚醒前でも十分に治癒能力を高めている。

 

それをうまく利用することで大きな怪我も治りやすくなるだろう。

 

この世界の私はこの戦いが終わり次第、身を潜める。お前に会うと因果律が発生してしまうからな。陰で見守ってやるぐらいしか出来ない。

 

そして、私には親と名乗る資格はない。だが、一つだけ言わせて欲しい。きっとサーヴァントの時にも言えないだろう。だがら、ここに残しておく。

 

ガイ、私はお前の事を

 

 

 

“心から愛している”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――世界の実在外

 

「……」

「……」

 

俺とオリヴィエはしばらく無言のままだった。

 

親父の記憶……断続的だが、確かに残っていた。この暖かい温もりは紛れもなく親父のモノだ。

 

「いいお父様です」

「……ああ」

 

オリヴィエが口を開く。

 

「ガイの為に永久の時を繰り返して」

「……ああ」

「ガイを日常に戻したくて必死に」

「……ああ!!」

「立派なお父様です」

「ああ!!」

 

ギュッと小柄なオリヴィエが俺を優しく抱いてくれた。

 

「泣きたい時は泣いていいんですよ。辛い時は誰かのぬくもりが必要なんです。私でよければ……」

 

俺もオリヴィエを抱いた。涙が止まらない。感傷に浸っている暇はないのに俺は自分で涙を止める事が出来ない。

 

「ああ、あぁああぁ……」

 

俺は声を震えながら一呼吸して

 

「あぁああぁぁあぁあぁぁぁぁ!!」

 

自分の胸にしまっていた熱い感情を叫んで発散させた。肋骨が何本か折れているので激痛が走るが、そんな事どうでもよく思いっきり叫んだ。

 

少しして、オリヴィエから離れる。少し心が落ち着いた。

 

「大丈夫ですか?」

「……ああ。悪いな、変な所を見せて」

「気にしてませんよ。それに変でもありません」

 

オリヴィエが笑みを溢す。それを見ているだけでもかなり心が軽くなった。俺は涙を拭いながら話を続ける。

 

「……とりあえず、この世界から出るか」

「ええ。ですが出口が……」

 

と、話を再開させようとしたらバリバリとこの世界にヒビが入った。それと同時に白い十字架が砕け始める。

 

俺たちは急いでヴィヴィオとアインハルトを抱き上げる。

 

「ガイ、危険なのでしょうか?」

「ど、どうなんだろう?」

 

俺たちは慌てて現状を把握するのが難しかった。

 

もしこの世界が無くなった、俺たちも一緒に?冗談じゃない!!親父!!変なモノを残していくんじゃねえ!!

 

「崩壊が始まってます!!」

「ああ、黒が剥がれて白くなった」

 

世界が黒から白へと変わっていく。もしかしたら、白がこの世界の本当の姿なのかもしれない。十字架も白かったし。

 

その十字架は粉々に無くなっていた。そのまま、黒という色はこの世界には無くなって、俺たちは白い世界に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――中央第4区公民館 ストライクアーツ練習場

 

「あれ?」

「え?」

 

俺たちは気がつくと皆とストライクアーツをやっていた練習場でヴィヴィオとアインハルトを抱きかかえたまま立っていた。

 

周りを見渡すと皆が倒れているが次第に意識を取り戻し、起き上がっていく。

 

俺たちも近くのベンチにヴィヴィオとアインハルトを寝かせる。

 

「戻ってきたってことか。プリムラ」

『診断結果。この周辺にいる人物全ては魔力が安定しています』

「元から奪うつもりはなかったわけですね。魔力が戻っているようです」

「……だな」

 

俺も横になっているアインハルトの隣に座った。オリヴィエもヴィヴィオの隣に座る。

 

「いつつ……」

「大丈夫ですか、ガイ?」

 

肋骨が何本か折れている。緊張の糸が途切れた途端、痛みが走りだす。それにまだ自分の体が自分のものではないような錯覚が残っている。

 

「まあ、何とかな」

「あまり無理をせずに」

 

俺はオリヴィエに言葉を返して眼を瞑る。いろいろと親父からの情報が多かった。整理しないといけないが、今はこの体を何とかしないと。

 

あの時、親父に胸を刺されそうになった時に変化が起きた。あの時何を思っていた?確か、心臓を貫くイメージをしていた。

 

それを再びイメージする。するとカチリと歯車のスイッチが切り替わったような気がした。

 

「あっ……」

 

それは心臓から体全体に波紋のように広がって、少しすると慣れた自分の体に戻っていた。

 

「んっ……戻った」

 

俺は目を開けて、掌を握り締めたり開いたりする。何時もの感覚だ。

 

これが魔術回路を使うときのスイッチとかなのだろうか?

 

「ガイ……ガイからの魔力が著しく低下したのですが……」

「なるほど……こっちの状態だと今までどおりってことか」

 

魔術回路を使う事で俺の魔力を上げる事が出来る。いや、もしかしたらそれが俺の本当の魔力値だったのかもしれない。今まで魔力を上げようとしても全然上がらなかった。それは魔力回路という壁が邪魔をしていたのかもしれない。その壁を解放するとその内側に有った溜まっていた魔力が発散したと。

 

だが、魔術回路を使うと魔導は使えるのか?バリアジャケットは普通に展開していたが。後で要検証だな。

 

「全て億足か……」

「ガイ?」

 

オリヴィエが首をかしげて俺を見上げてくる。

 

「いや何でもないよ。で、だ。皆を巻き込んでしまった事には悪いと思ってる」

「そうですね」

「どんな顔をして皆に会えばいい?」

「普通に接してもいいのでは?」

 

大丈夫かな?と言おうと思ったが確かに俺とオリヴィエがこの騒動の原因となったを知っている人物はここにはいないはずだ。ヴィヴィオもアインハルトも最初から最後まで気絶していたし。

 

「……皆を騙しているようで罪悪感が残るな」

「ですが、関わってしまったら、掟で殺されてしまいます」

「……だな」

 

胸に大きなつっかえているモノを感じながら大きくため息を漏らした。

 

「あ、ガイ君」

「フリージアも居るね」

 

そこになのはさんとフェイトさんがやってきた。どちらも見た目に変化はなさそうでなによりだ。

 

「なんか、いきなり記憶が途切れて気がついたら倒れていたんだけど。何かあったの?」

「いえ、俺もフリーもさっき気が付いたばっかりで。とりあえず近くにいたヴィヴィとアインをベンチに寝かせた所です。で、周りを見ると皆も起き上がって来たので何だったのだろうと」

「そっか……何だったんだろうね」

 

フェイトさんが優しく俺に声をかけてくれる。

 

「……」

 

俺はフェイトさんに釘付けだった。

 

「……?ガイ?どうしたの?」

 

フェイトさんが首を傾げてその赤い瞳に俺を写す。

 

フェイトさんも過去に大変な事があったんだな。そして、やはりクローン。テスタロッサという苗字はやはり繋がっていたってことか。

 

親父の断片的な記憶に幼い頃のフェイトさんに出会ったモノが残っている。それを思い出す。

 

「……いえ、何でもないです」

 

実の親に愛情を注ぎ込まれることが無かったフェイトさん。最後の最後に親父から優しい一言を貰った俺。

 

この違いは大きいな……。

 

フェイトさんには親近感を持つと同時にフェイトさんに同情までしてしまった。

 

「……もう、ガイ君。フェイトちゃんとそんなにラブラブしたいの~?」

「……」

 

隣からは小悪魔的な事を言ってくるフェイトさんの大親友。

 

「あ、あの、え、ええと……」

「ああ、フェイトさん。そんなに慌てなくても」

「……ふぅん」

 

そんな言葉に俺が慌てるのかと思ったのかなのはさんは少し驚いたような表情をして、そして、本当に優しげな笑みを浮かべる。

 

「何かあったのかなガイ君?」

「……ええ、とても嬉しいことですよ」

 

その言葉にオリヴィエも微笑んでいた。




この話はキャスターの回想がメインですね。

我が子のために親達は頑張る光景を頑張って描写しました。

まあ、テスタロッサでありますから親戚としてプレシアとも出会いがあったわけですね。

ああ、いかん。書いていた自分の眼から汗が……w

と言うわけで最初の脱落者はキャスター組です。

これからどうなる事やら。

頭の中で筋書きはあるけどうまく言葉に纏めませんとね。

何か一言感想がありますとありがたいです。

では、また(・ω・)/



以下、サーヴァントのステータスです。

ステータスに更新があれば今後も後書きに付けていこうと思います。



クラス:ファイター
マスター:ガイ・テスタロッサ
真名:オリヴィエ・ゼーケブレヒト
性別:女性

筋力:A
魔力:B
耐久:B
幸運:C
敏捷:A
宝具:A+

・クラス別能力

対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のモノを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

白兵戦:B→A+
接近戦において、自分の理想とする動きに展開して戦えることのできるスキル。
このランクにもなると接近戦での一対一では敗北する可能性は0に近い。
ガイからの魔力パスが繋がったのでランクが上昇した。

・保有スキル

第六感:C→A+
研ぎ澄まされた第六感は不本意な状況下に陥っても致命傷を避ける事ができき、五感に干渉する妨害を軽減させる。
ガイからの魔力パスが繋がったのでランクが上昇した。

身体自動操作:B
自動操作を自分の体に行い、戦うスキル。骨が折れようと腕が千切れようと戦うことが出来る。

修得:C
必要とされたものなら、それほど時間をかけずに習得することのできるスキル。
戦闘で必要となる技術はB以上なので新しく技を習得するのは難しい。

カリスマ:C
軍団を指揮する天性の才能。一国の王としてはCランクでは少し心もとない。

・宝具

“聖王騎士甲冑”
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:-
聖王家の特殊な仕様を施した騎士甲冑。オリヴィエが聖王流の技を最大限に発揮できるように精密に作られた代物。乱世のベルカ時代でこの甲冑に傷を付ける事が出来た人物は少ない。

“聖王のゆりかご”
ランク:EX
種別:対軍宝具
レンジ:?
最大捕捉:?
古代ベルカの遺産の一つ。旧暦において一度は世界を滅ぼした強大な質量兵器、巨大飛行戦艦。それは聖王のみが操る事が可能で、制御中枢である玉座に座らせる事で起動する。

・???





クラス:セイバー
マスター:遠坂凛
真名:???
性別:女性

筋力:A
魔力:A
耐久:B
幸運:C
敏捷:B
宝具:A+

・クラス別能力

対魔力:C
二工程以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法等、大がかりな魔術は防げない。
彼女自身に対魔力が皆無なため、セイバーのクラスにあるまじき低さを誇る。

・保有スキル

皇帝特権:EX
本来持ち得ないスキルも、本人が主張することで短期間だけ獲得できる。
該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。
ランクがA以上の場合、肉体面での負荷(神性など)すら獲得する。

頭痛持ち:B
生前の出自から受け継いだ呪い。
慢性的な頭痛持ちのため、精神スキルの成功率を著しく低下させてしまう。
せっかくの芸術の才能も、このスキルがあるため十全には発揮されにくい。

・宝具






クラス:アーチャー
マスター:衛宮士朗
真名:高町なのは
性別:女性

筋力:B
魔力:EX
耐久:C
幸運:C
敏捷:B
宝具:A+

・クラス別能力

対魔力:C
二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

単独行動:A
マスター不在でも行動できる。ただし宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

・保有スキル

不屈の心:A++
決して諦める事の無い精神面での強さ。このランクになるとたとへどんな状況下に置かれても心が折れることはまず無い。

心眼:A
修行、鍛錬によって培った洞察力。戦闘時、常に最高の戦闘理論を持ち出し、有利な状況へ導く。

軍略:B
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有効な補正が与えられる。

・宝具

“CX-AEC02X(ストライクカノン)”
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:?
最大捕捉:?

陸/空両対応型の中距離砲戦端末。カートリッジシステム搭載型。かなり大型の機体で、腕に装着した手甲とジョイントすることで保持される。単体でも使用可能だが、“フォートレス”との連結機能も備えている。機体の大半を占める長大な砲身は、展開状態では砲弾の加速レールになるが、綴束状態では“突撃槍”“重剣”として用いられる。

“AEC-00X(フォートレス)”
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:?
最大捕捉:?

CW社製の、航空魔道師用総合総合ユニット。魔力非結合状況化での飛行制御・火砲制御を行なうメインユニットと、三機の“多目的盾”で構成される武装で、それぞれの盾は“砲戦用の大型粒子砲”“中距離戦用プラズマ砲”“近接近用実体剣”を内蔵している。
いずれの盾も独立飛行が可能で、腕部に装備して使用することも出来る。

“レイジングハート・エクセリオン(単独飛行形態)”
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:-

ストライクカノンとフォートレスの使用によって、両手がふさがってしまう高町なのはをサポートするため、レイジングハートが自ら申請した形態。
この形態のまま、“杖”として振る舞い、高町なのはの魔力をその身から撃ち出すことが可能となっているほか、機体保護と安定翼を兼ねるブレードエッジは“切断武器”としての特性も持つ。
第五世代端末のシステムを一部組み込んでおり、魔力阻害状況下でも活動が可能となっている。

・???





クラス:ランサー
マスター:アルトリア
真名:ゼスト・グランガイツ
性別:男性

筋力:A
魔力:A+
耐久:B
幸運:E
敏捷:B
宝具:B

・クラス別能力

対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のモノを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

・保有スキル

カリスマ:A
大軍団を指揮する天性の才能。
Aランクはおよそ人間として会得しうる最高峰の人望と言える。

覚悟:B
かつて友のために殉じる覚悟を持ち続けた結果、保有スキルとなった。何事においても臆することなく覚悟を持って挑み続けられる。

魔力放出:B
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。カートリッジシステムとはまた違う。

直感:B
戦闘時、常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
視覚、聴覚に干渉する妨害を軽減させる。

・宝具

“ベルカ式槍型デバイス”
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:2~5
最大捕捉:1人

ベルカ式のデバイス。名は無く、必要なこと以上を話さないので寡黙。フルドライブを使うことで爆発的に所有者の能力を向上させることが出来るが、フルドライブは体への負担が大きく、命を削る一撃であるため安易には使用できない。

・???





クラス:キャスター
マスター:ヴァンス・テスタロッサ
真名:ヴァンス・テスタロッサ
性別:男性

筋力:C
魔力:B
耐久:C
幸運:A
敏捷:B
宝具:A+

・クラス別能力
陣地傾城:A+
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”の形成が可能。
ここまでランクが上がると壮大な魔術を作り出すことが出来る。

・個別スキル

殺気:A+
対立するだけでも相手を失神または神経障害をおこさせるほどの殺気を放つことが出来る。辛い過去が幾たびも重なって歪んでしまった心を形にしたものがこの凶悪な殺気である。

現時間:A
時間に干渉する才能。時間の違いのある場所を現時間のまま時を渡る事が出来る。しかし、時間のズレが発生しないとこのスキルは発揮されない。

・宝具

“ジャッカル”
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:2~5
最大捕捉:1~50人

所有者の命令に対して瞬時に魔力を展開させることの出来るミットチルダ式の杖。
魔力を込めた黒い霧を所有者を中心に散布させることが可能。その黒い霧は様々な武器の形にすることができ、それを飛ばすこともできる。時には所有者に纏わりついて敵からの攻撃をとめる事も出来る。

“世界の実存外(アウトオブザワールド)”
ランク:EX
種別:結界宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:1000人

世界の外側を結界内で発動させる宝具。時間という概念がない。暗闇の世界であるが宇宙の膨張とは違いこの空間は動かないので人間の五感は皆無に近い。
外側にも意思は存在し、止まっているこの世界で動いている異物を見つけるとこの世界の肌に合うように犯し始める。生きているものなら五感が犯される。
霊的存在である英霊たちはこの世界に居ても大した影響は無い。





クラス:アサシン
マスター:???
真名:???
性別:女性?

筋力:A++
魔力:B
耐久:A
幸運:B
敏捷:A
宝具:C

・クラス別能力

気配遮断:A++
完全に気配を断てば発見することは不可能に近い。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

・保有スキル


・宝具




クラス:バーサーカー
マスター:トレディ
真名:???
性別:???

筋力:[@
魔力:-\
耐久:\]
幸運:#$
敏捷:`=
宝具:_{

・クラス別能力
狂化:C
幸運と魔力以外のパラメータを上昇させるが、言語能力が失われ、複雑な思考が出来なくなる。

・固有スキル


・宝具




キャスターの詳細を追加。

オリヴィエとなのはとゼストに宝具を追加しました。

まだ???ですけどねw


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二十三話“覇王と思考の交差”

今回は一度、やってみたかったことをやろうと思いました。

一人の二人称をやってみたかった。

では、二十三話目どうぞ~。


 ―――???

 

「いたぞ!!仕留めろ!!」

 

オリ……ヴィエ……オリヴィエ!!

 

どうして……どうしてあなたは……たった一人で全てを背負おうとして俺を置いて行った。

 

「ゆりかごを始動させるな!!」

 

俺では……あなたの力にはなれなかった……。

 

「「「うぉぉおおお!!」」」

 

兵士たちは威勢のある声と共に怒涛の如くこちらに向かってくる。

 

それがあなたの強さというのなら……孤独に逝くことが本当の強さだと言うのなら……俺もその道を……。

 

俺の右手に魔力を込める。背を向け進みだした愛しき人に向かっていく兵士を倒すために。その背に背を向けて。

 

「うわああああああぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁ!!」

 

雄叫びには程遠い、悲鳴にも嘆きにも近い叫び声で敵兵へと突っ込んでいった。

 

その英雄のような背中を見せた愛しき人を守るために。

 

オリヴィエ、俺は君の事を……

 

“心から愛している”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――中央第4区公民館 ストライクアーツ練習場

 

「はぁ!!はぁ……はぁ……」

 

私は息を荒くしながら夢から目覚める。

 

「だ、大丈夫か、アイン?」

「はぁはぁ……えっ?」

 

横になっている私が見上げると心配そうな表情のガイさんが私を覗き込んでいた。

 

私は……眠っていた?そして、ガイさんが近くにいる?

 

「……」

 

何秒ぐらい私の思考が停止したのだろうか?頭の中がしばらく真っ白になっていた。そして、思考が段々と復活していくととある結論に達していた。

 

と言う事はガイさんが……私の寝顔を見て……いた?

 

「ーーーーーっ!!」(声にならない)

「うわっ!!」

 

私は声にならない様な悲鳴を上げながら勢いよく起き上がる。危うくガイさんにぶつかるところでしたが、ガイさんはうまく避けてくれた。

 

何度か寝顔を視られてしまった場面もありますが、やはり見られるというのは慣れないものです。

 

「元気だね~、アインハルトちゃん♪」

「……うぅ~」

 

寝顔を見られた事に恥ずかしさを覚えながらも周りを見渡すと、ガイさんの他になのはさん、フェイトさん、ベンチに座っているオリヴィエ、その隣に眠っているヴィヴィオさんがいた。

 

でも、なぜ私はここで眠っていたのだろうか。

 

「私はなぜ眠っていたのでしょうか?」

「わかんね。皆気を失っていたからな。眠っていたのかもしれないけど」

「……」

 

ガイさんが言っている言葉には嘘が見えた。また何かを隠している。

 

「そうですか」

 

ですが、そこで追及する事もなく私は頷いた。

 

「んんっ……」

「ヴィヴィオ、目が覚めましたか?」

「んっ……あ、フリージア……さん?」

 

少しすると、ヴィヴィオさんも眼を覚ました。

 

「私、眠っていました?」

「ええ、ぐっすりと眠っていました。疲れているのでは?」

「そうかな~?」

 

ヴィヴィオさんが寝ぼけた眼で周りを見渡すと、ガイさんに目がいった。そして、その寝ぼけた眼が一瞬にして開いた。

 

「ぐっすり眠ってたな」

「ガ、ガイさん!!も、もしかして私が眠っている時もいました?」

「ん、まあ」

 

ガイさんが肯定すると、ヴィヴィオさんの頬がみるみる赤くなっていき、顔を伏せてしまった。

 

理由は私と同じだろう。

 

「……」

 

私は赤くなっているヴィヴィオさんを見つめていた。ヴィヴィオさんと出会いって以来、悲しい夢はあまり見なくなった。

 

ですが、あそこまで酷い夢を見たのは久しぶりだ。ヴィヴィオさんに何かあったわけでもない。

 

そして、最後の一言だけ心に響いた。

 

「……“心から愛している”」

「!?」

 

無意識に呟くように小さく口に出してしまった。だが、それを聞いたのかガイさんが驚いた様子で私の方を振り向く。

 

「え、あ、ど、どうしました、ガイさん?」

 

今の言葉を聞かれた?そ、それって、つ、つまり……その言葉からすると私がガイさんにこ、告白!?

 

「あ、い、いや。その言葉はどこで聞いたのかなって?」

「え?」

 

ガイさんも何か混乱しているような様子で私に言葉をかけてくる。

 

どうやら、変に誤解はされませんでした……もし誤解されてもその結果は凄く気になりますが。

 

「い、いえ、夢で言っていた言葉を思い出しただけですので」

「そ、そうか。覇王の記憶か?」

 

私はその言葉に頷く。そこでガイさんは何に安心したのか息をついた。

 

「??」

 

何故安心したのか分からなかった。本当にガイさんは何かを隠している。

 

オリヴィエが現世にいる時点ですでに怪しいのは確かだ。そして、合宿の後、皆とは一歩離れて行動しているような感覚。

 

「あっ……」

 

ですが気がつくと私はガイさんを見つめていた。吹っ切れてたような表情。ガイさんの表情はここ最近のよりも明るくなっている事に気付いた。

 

「ガイさん……何か良いことでもあったのですか?」

 

自然と声に出してしまった。

 

「……ああ、とても嬉しいことがな」

「……」

 

久々に見た気がする。ガイさんの何の曇りもない笑顔。どこか影のある笑顔ではなく、正真正銘の明るい笑顔。

 

それが見れた事に私の心は温かくなったのが分かった。気になる人が本当に喜んでいる事が原因で嬉しい感情に満たされているのかもしれない。

 

「ふふっ、アインハルトちゃん。ガイ君の変化を見つけられるなんて結構鋭いね~」

「あ、え、ええと……」

 

なのはさんの言葉に口籠もる。

 

「俺、ポーカーフェイスが無理みたいです」

「ガイさん。どんな嬉しい事があったんですか?」

 

やっと頬が肌色に戻ったヴィヴィオさんがガイさんにその内容を聞いてくる。

 

「……内緒だ」

「ふぅん……あれかな。気を失っているフェイトちゃんにあんなことやこんなことを……」

「ふぇ?ガ、ガイ……私にあんなことやこんなことを!?」

「いや、なのはさんの冗談を真に受けないで下さい、フェイトさん。騙されすぎです」

「あんなことやこんなこと?何をするんですか?」

「……」

 

純粋無垢なヴィヴィオさんの質問にガイさんは言葉が出ない。

 

「前はこんな冗談でもガイ君は慌てていたのにね~、今は冷静になってるからガイ君じゃ弄べないな~……ほんと良い事があったんだね」

 

なのはさんの言葉にガイさんは迷いのない笑みを浮かべて頷く。

 

その内容はとても気になりますが、ガイさんのプライベートにまで突き進むわけにはいきませんね。

 

私は心の中でガイさんのその内容についての明確な線引きを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なのは宅

 

結局、なぜ皆が倒れたのかは謎でした。なのはさんとフェイトさんは管理局に連絡をしたらしいですが、特にあの周辺で事件などが起きたわけではないようです。

 

一応、管理局があの周辺を捜索するそうです。捜索すると言っても聞き込みぐらいしかないとなのはさんは笑顔で話していましたが。

 

ガイさんは何かを隠しているように見えましたが……もしかしたら、気を失っていなかったのかも知れない……少し気になりますが考えるのは止めましょう。

 

多分、私の理解の範囲を超えているに違いない。すでにオリヴィエが現世にいる事態すら常識の理解の範囲を超えているのだら。

 

私はガイさんの隠していそうな事に対して考えるのをやめて現実に戻る。

 

練習の後、皆さんと一緒になのはさんのお宅でご飯を食べる事になりました。

 

「いっぱい作ったから、たくさん食べてね」

「「「ありがとうございます」」」

 

先ほどのメンバーにコロナさん、リオさん、ノーヴェさんも混ざっての食事。

 

なのはさんとフェイトさん、ガイさんが作った料理がテーブルを埋め尽くすほど色とりどりに飾っていた。

 

明日のSt.ヒルデ魔法学院は創立記念日で休みなので、コロナさんとリオさんはお泊りのようです。

 

私も誘われましたが……どうしましょうか……。

 

チラリとガイさんを見る。ガイさんは温かい食卓を囲みたいことも知っている。このような食事も嬉しいはずだ。

 

表情がとても嬉しそう……ガイさんもヴィヴィオさんの家に泊まったりするのでしょうか?

 

「でも、何で眠ってたのかな?」

「うん、確かガイさんと話をしていたら急に意識が途切れたような」

「俺もそんな感じだったぞ」

 

コロナさんとリオさんも眠っていたようだ。ガイさんもその話に加わる。

 

「料理がおいしいです」

「まったくだ。ガイもなかなかなレベルだな」

 

オリヴィエとノーヴェさんは食事に手を付けて料理に好評を付けていた。

 

「家がこんなに賑やかなのは久しぶりだね」

「うん。本当に賑やか」

「こういう日はお酒飲もうよ、なのは」

「……ん~、まあ、たまにならいいかな」

 

ちょっと悩みながらもなのはさんは大きな冷蔵庫からとても高そうな瓶を取り出す。

 

「ガイも飲む?」

「いえ、未成年なんで」

「そっか。フリージアとノーヴェは?」

「はい、頂けるのなら」

「あたしも貰うかな」

 

ガイさんはお酒を断ったけど、オリヴィエとノーヴェさんはお酒を頂く事に。四人はお酒を飲み始めた。

 

「アインハルトさん、今日は練習お疲れさまでした」

「あ、ヴィヴィオさん。お疲れ様です」

 

隣に座っていたヴィヴィオさんが笑顔で私に声をかけてくる。

 

「いつのまにか眠っていましたね」

「ええ。理由は分かりませんが」

 

ニコニコと笑いながら語りかけてくるヴィヴィオさん。

 

私はヴィヴィオさんからオリヴィエに向きかえる。

 

改めて思うと凄い光景だと思う。複製母体と複製体。同じ世界でオリヴィエとヴィヴィオさんが存在している。この事自体が奇跡でもないと成り立たない。

 

……ガイさんは何か奇跡を起こした?

 

最初のころはオリヴィエがこの世界に存在する原因を調べてはいたが、何を考えてもあり得ない事だった。

実は昔に仮死状態で長い眠りにつけるような技術があったとして、それをガイさんが起こしたとか考えてはみたが、覇王の記憶で見た限りではそのようなモノは無かった。

 

オリヴィエが現世にいることは奇跡の類でもない限り起こりえない事なのだから。

 

本当に常識の理解の範囲からかけ離れていますね。考えるのも疲れてきますので、これは切り離したほうが良い。

 

「あ、あの、アインハルトさん」

「……はい?」

 

私はオリヴィエに視線を向けていたのでオリヴィエと話を終えて隣にやってきたヴィヴィオさんの言葉に少し遅れながらも返事を返し、視線を戻す。ヴィヴィオさんの表情は少し戸惑いの色を見せていた。そして、そのまま口を開く。

 

「た、たまたまだったんですけど合宿の時にアインハルトさんの呟いた言葉を聞いてしまった事があるんです」

「えっ?」

 

予想外な話に私は思わず言葉を詰まらせる。

 

それでもヴィヴィオさんは話を続ける。

 

「“ガイさん……オリヴィエ……あの二人なら……きっと……”って呟きながら涙を流していたんです。オリヴィエって私の複製母体の人ですよね?その人とガイさんに何か関係があるのですか?」

「……」

 

あの時に呟いていた言葉をヴィヴィオさんは聞いていた?あの時、ヴィヴィオさんは起きていたわけですか……これは失態ですね。

 

私は一息ついて眼を瞑る。

 

そして、再び眼を開け、周りに……なるべくガイさんには聞こえないぐらいに声のトーンを下げて話し出す。

 

「……オリヴィエは私の覇王の記憶ではとても明るい人でした。そして、ガイさんも明るく優しい人だと思います。この2人はとても似ている」

 

私はガイさんを見る。視界の端にはオリヴィエを捕えている。

 

「たまに思う事なのですが、フリージアさんはオリヴィエにとても似ている雰囲気を持っています」

「そうなのですか?」

 

似ているも何も本人その者ですけどね。ヴィヴィオさんの言葉に頷く。

 

「……私はフリージアさんをオリヴィエとして見ているのかも知れません。なので、あの二人ならきっと……“私が後悔の気持ちに潰されない支えとなってくれる人たち”だと思ったのです。覇王の数百年分の後悔という気持ちに。身勝手な話ですいませんが、フリージアさんとガイさん、そして……」

 

話を真剣に聞いているヴィヴィオさんの眼を見る。この先の言葉少し言いづらかった。だけど言っておきたい言葉でもあった。なので話を繋げる。

 

「今は……ヴィ、ヴィヴィオさんもいますし……」

「え?あっ、え、ええと……」

 

顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かった。ヴィヴィオさんも少し戸惑いの色を表情に出して、少し硬い笑みを浮かべる。

 

私はヴィヴィオさんから視界を外して周りを見る。

 

「それに、リオさん、コロナさん、なのはさん、フェイトさん、ノーヴェさん……いろんな人とも出会えることができました。今までは覇王の悲願を叶えるため裏舞台で突き進むべきだと思っていました。ですが、皆さんと格闘技を始めた事によってこの輪の中で鍛えて表舞台で突き進みたい……そのように考えるようになりました。そのように考えるようになってから後悔という気持ちが少しずつ喜びの気持ちへと変わって言っているような気がするのです」

「アインハルトさん……」

 

私を見ているヴィヴィオさんの瞳は喜びを訴えていた。

 

今の言葉が嬉しかったのでしょうか?この気持ちを他人に伝えるのはかなり恥ずかしかったですが、呟いた言葉は何とか誤魔化せたでしょう。話している事も事実ですし。

 

本当は……あの二人ならきっと“この覇王の悲願を理解してくれる”と思ったのですけどね。

 

特にオリヴィエには理解して欲しい。この悲願が出来たのはオリヴィエの死が原因だ。矛盾してしまうがやはりオリヴィエにはこの悲願を理解してほしいというのがこの体に流れている覇王の血が騒いでいる。

 

……ですが、この気持ちはクラウスなのか私からにじみ出た気持なのかはわかりません。

 

「ありがとうございます。アインハルトさんがそのように考えてくれているのはとても嬉しいです。これからも一緒に頑張っていきましょう!!」

「……はい、こちらこそ」

 

ヴィヴィオさんが笑顔で私の両手を掴んで激しく上下に振るう。

 

「あ、ご、ごめんなさい」

「あ、いえ……」

 

必死に手を振っていて我を忘れていたのか、サッと手を離して顔を赤くしてしまう。私も釣られて顔を赤くしてヴィヴィオさんから視線を外す。

 

それでもヴィヴィオさんは笑顔だった。しかし、

 

「……でも、一緒に頑張っていくことは嬉しいですけど……」

「?」

 

ヴィヴィオさんは何か歯切れが悪そうに語尾を濁して呟く。

 

「アインハルトさんはガイさんの事が好き……なんですよね?」

「っ!?」

 

ヴィ、ヴィヴィオさん!?いきなり変な事を言わないで下さい!!

 

赤くなっていた肌が更に紅くなっていくのが分かった。眼も大きく開いてしまっただろう。ですが、大声を出さなかったのは良かった。こんな話をガイさんが聞いたら……。

 

「うまいな、なのはさんの料理も」

「ガ、ガイさん!!」

 

私の前に置いてある料理を取るため、いつの間にか隣にガイさんがお皿を持って料理をお皿に盛っていた。

 

「ん?どうした?随分と顔が真っ赤だぞ。風邪でもひいたか?」

「あ、い、いえぇえふぃええひぇ!!」

「……言葉が変だぞ。どっか悪いのか?」

「ううっ……」

 

ガイさんから本気で心配そうな眼で見られて、私は顔を伏せることしかできなかった。

 

「あ、大丈夫ですよ、ガイさん。アインハルトさんは照れ屋なだけですから」

「何に照れてるんだ?」

「……っ」

 

もうこの状況では何も言えない。ヴィヴィオさんは何か分かったかのように解釈のある笑みでガイさんと話している。

 

「ま、何ともないならいいけど、無理するなよアイン」

「……はいっ」

 

私の言葉を聞いて、ガイさんは自分の席へ戻って、コロナさんとリオさんと話をしながら盛った料理を食べ始める。

 

「ふうっ」

 

自然と安堵の付いた息を吐く。

 

「アインハルトさんはやっぱりガイさんの事が……」

「そ、それ以上言わないで下さい」

 

私は鋭い視線でヴィヴィオさんに何も言わせない様に釘をさす。それでもヴィヴィオさんは笑みを崩さない。

 

「アインハルトさんとは色々な好敵手になりそうですね」

「い、いえ、別に私は……大会とかではヴィヴィオさんとぶつかり合いたいですが」

 

ヴィヴィオさんは私がガイさんに好意を抱いていると思っている……まあ、否定はしませんが言葉で言い表すには羞恥心が大きい。

 

「……ええ、こちらこそ負けません!!」

「格闘技戦で……ですよね?」

「ん~、いろいろとですね」

 

満足げな満面な笑みを浮かべながら私に力強い純粋な瞳を向けてくる。その瞳を見て考える。

 

ヴィヴィオさんもガイさんに好意を抱いているのは薄々気づいていた。もしも、ガイさんとヴィヴィオさんがお付き合いをしたら……。

 

「あれ?ガイさんの立場が悪い?」

「え?何がですか?」

 

ガイさんとヴィヴィオさん。大人モードになれば良いカップルには見えますが、今のヴィヴィオさんだと、ガイさんが世間から冷たい目線を受けてしまいそうです。

 

「……私も同じ……ですか」

「??」

 

私も大人モードになればガイさんと同じぐらいの背丈になりますが、今のままではヴィヴィオさんと同じですね。

 

私は何処となくため息を吐く。

 

もう少し早く生まれていれば良かった……でも、あと数年したら私もガイさんと同じぐらいに成長するはず。今のままで成長が止まる事は無いはずだ。そしたら……って私は何を真剣に考えているんですか!?

 

「アインハルトさん」

「は、はぃ!?」

 

ネガティブな思考から妄想を始めていた私にヴィヴィオさんが声をかけられて変な声をまた出してしまった。

 

「いろんなことを考えているようですけど、その考えは隣に置いといて」

 

隣に置くような手のジェスチャーをして笑みを向けてくる。

 

「私はアインハルトさんとガイさんがどのように知り合ったのか教えてほしいです」

「私と……ガイさんがですか?」

 

ヴィヴィオさんは頷く。

 

「……」

 

私は話す事に少し躊躇いを持った。ガイさんとの出会いを他人に話をして良いのかと。

 

「……わかりました。少し長くなりますがよろしいですか?」

「もちろん」

 

ヴィヴィオさんになら話しても良いだろうと結論に達した。屈託ない笑みを向けてくるヴィヴィオさん。私はそれに頷いて記憶の渦からガイさんとの出会いの場面を思い出し、語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――半年前 マンション

 

「ここが、新しく住む家」

 

昼過ぎ。

私はマンションを見上げるような形でマンションの真正面に立っていた。今年から中等科になる私は少し早いが、このマンションで一人暮らしを始める事になった。

 

「……浮かれていますね」

 

覇王の悲願という気持ちを持っていると言うのに新しい住居に楽しみと不安という気持ちが交差している。

 

私は一度頭をふって意識を変えマンションへと入っていく。私の部屋は三階の一室。そこまで階段で登っていく。

 

折り返す階段で三階まで上るといくつかのドアが無機物なコンクリートに均等に一列に並んでいた。対面は手すりが付いていてここから景色が見渡す事が出来た。もっと上の階なら更に景色はいいのだけど、別に景色が見たいからもっと上の階にしたいというわけでもないのでここで良い。

 

私は足を進めてドアの隣についているプレートを一つずつ確認していく。

 

「ここは無人……ガイ・テスタロッサ……アインハルト・ストラトス……ここだ」

 

その作業はすぐに終わった。三つ目のドアが私の部屋だ。

 

「荷物は届いていますし、今日一日は荷物整理で終わりそうですね」

 

鞄から預かった鍵を取り出し、ドアノブに差し込みドアのロックを外して開ける。

 

中に入るとなかなかの広さを持ったワンルームだ。事前に下見をしていたのでいくつかのトレーニング器具もスペース的に置けると分かり段ボールに入れていた。

 

日々のトレーニングを怠るわけにはいかない。

 

積まれた段ボールのほとんどはトレーニング器具だ。私生活のモノはあまり無い。

 

「……荷を解く作業をしますか」

 

積まれていた段ボール山を一つずつ開けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷物を整理していたら夜の時間になってしまいました。見渡すとトレーニング器具ばかりの部屋になっていた。

 

後はご近所さんに一言挨拶をしないといけませんね。

 

覇王の悲願もそうですが、ここの生活に支障が出ないようにしませんと。最初が肝心です。孤独に突き進む事も重要ですがやはりプライベートの空間は気の休まる場所がいい。そのためにもここの人達と悪くならない様にしませんと。

 

「確か、手土産のモノがここに……」

 

段ボール箱から包装した四角いお菓子缶を二つ取り出す。

名前は白恋人(はくこいびと)。

 

確か少し前に面白恋人(めんはくこいびと)とかの商品がパクリだとかで騒がれたようなニュースを聞きましたね。

 

白恋人……確かにこれは美味しい。

 

「夜だとご迷惑ですが、朝だと皆さん忙しいと思いますから今しかないですね」

 

私は立ち上がって、紙袋にお菓子缶を入れて部屋を出る。この階には2人の人物が住んでいることも調査した。それなのでご挨拶のお菓子缶は二つ用意したのだ。

 

隣を見ると明かりがついていた。人は居るようだ。プレートにはガイ・テスタロッサって書いてあった。

 

テスタロッサさん……どんな方だろう。

 

「初めての人に挨拶をするのは少し緊張しますね」

 

戸惑いながらも一呼吸置いて呼び鈴を鳴らした。

 

「はーい、どちら様でしょうか?」

 

聞こえてきた少し低い声とともにドアが開く。

 

男性だった。

見た目は黒い髪に黒い瞳。幼さが少し残るくらいの童顔。私より背丈は断然に高いが、成人を超えているとも思えなかった。

 

「あ、あの、今度隣に引っ越してきたアインハルト・ストラトスと申します。一言挨拶にお伺いしました。よろしければこちらをどうぞ」

 

私は少し脈が速い心臓を何とか堪えながら紙袋から包装されたお菓子缶を取り出してテスタロッサさんに差し出す。

 

「あぁ、隣に引っ越してきた人ね。これはわざわざどうも」

 

それを受け取りながら、笑みを浮かべて軽く頭を下げる。

 

「俺はガイ・テスタロッサ。ここで困った事があったら何でも言ってくれ。一応ここには長年住んでいる。わからない事があれば相談に乗るし、俺に出来る事があれば何かするよ」

 

最初に挨拶した人がとても優しい人に見えてホッと一安心した。ここでの生活は幸先が良いのかも知れない。

 

「はい、新しい生活にいろいろと不安な事があります。もし困った事がありましたらお伺いしてもよろしでしょうか?」

「ああ、構わないよ。でも、ここのマンションはワンルームだよ。君は1人暮らし?ちょっと失礼な事を言うが見た目は十歳を超えたぐらいの年齢に見えるけど」

「……ええ、まあ、いろいろとありまして」

「……そっ」

 

そこの事についてはあまり話せる内容ではないので、私の言葉には歯切れが悪かった。

 

この人は私のプライバシーに土足で入り込む事に躊躇っているのかどのように話をするか迷っている表情だった。

 

「ま、人の事言えないか」

「えっ?」

 

テスタロッサさんは片目を瞑って笑みを浮かべた。

 

「ああ、俺の事はガイとでも呼んでくれ。ええと、名前はアイン……ハルト・ストラ……トスだっけ?」

 

テスタロッサ……ガイさんの途切れ途切れの言葉に私は頷く。

 

「アインと呼んでも?」

「……馴れ馴れしいです」

「……あ~、うん、確かにね。ごめん、それじゃアインハルトでいいかな?」

「はい。私はガイ……さんと呼べば?」

 

妙に馴れ馴れしいが親しみを覚え人柄的に良い人物だとは思えた。

 

「あぁ。隣同士だしよろしくね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

ガイさんは笑みを浮かべて隣に越してきた私を出迎えてくれた。ガイさんへの挨拶が終わり、今度は反対側の隣人の人に挨拶をしに向かった。

 

出だしは順調。ここでの生活に支障が無いようにしないと。隣人の人たちとのコミュニケーションも大事です。

 

そんなふうに考えている内に反対側の隣人の人の前のドアについた。プレートにはエルラルド・ハワードと記入されている。

 

ハワードさん……どんな方だろう。

 

私はガイさんのドアと同じく呼び鈴を鳴らした。少し緊張していますがこれも経験です。

 

「へ~い」

 

気迫のない声とともにドアが開く。見た目は四十代くらいのお腹が少し……というよりもかなり出ている中年男性だ。白髪が少し目立つ髪はボサボサ。とても清潔な方とは思えなかった。

 

「あ、あの、今度隣に引っ越してきたアインハルト・ストラトスと申します。一言挨拶にお伺いしました。よろしければこちらをどうぞ」

 

私は少し戸惑いながらも、手土産をハワードさんに差し出す。

 

「……」

 

だが、ハワードさんは何を考えているのかジッと私の事を見ていた。私の体全身を見定めているような観察する眼。

 

正直、その眼つきには生理的に受け付けられなかった。

 

「あ、あの……」

「あ、ああ、いや、すまんね。可愛いお嬢ちゃん」

 

少し不気味な笑みを浮かべながら差し出しているお菓子を掴もうとした。

 

「っ!?」

 

だが、その時……手土産を掴むのではなく私の手にハワードさんの手が添えられていた。そして、私の手を味わうかのように撫でていた。正直、気持ち悪いです。

 

「どうだい、お嬢ちゃん。家でお茶していくかい?ここでの生活はまだ不安だろ?いろいろと手取り足取り教えてあげるよ」

「あ、い、いいえ。おかまい……なく」

 

本能から分かった。この人は危険だと。部屋に入ってしまっては何をされてしまうのか分からない。

 

私はハワードさんの手を振り払った。

 

「ふむ、まあいい。これからよろしくね、お嬢ちゃん」

「……はいっ。失礼します」

 

すぐに返事は出来なった。ハワードさんの笑みがとても不気味だったのだから。

 

ですが、ここで否定したらここでの生活も悪くなってしまう。幸先が良かったと思ったのはさっきまでだけだった。

 

この人はあまり好ましくない方だ。先ほどのガイさんとは大違いにも程がある。

 

ドアが閉まり、私は無意識に肺に溜まった息を吐いていた。

 

さっきの人とはあまり良い関係を持てなさそう。ここで分からない事があったらガイさんに聞く方が得策ですね。

 

「……ですが、これからですね」

 

私はこの程度で歩みを止めてしまっては覇王の悲願など成就出来ないと思い、気を取り直して自分の部屋へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここでの生活で分からない事はガイさんに尋ねた。ガイさんは親切に教えてくれる。ここの生活は特に不自由もなく暮らせた。ただ一つを除いて。

 

「え?ハワードさん」

「はい、どのような方なのでしょうか?」

 

引っ越しをしてから月日が経ち、私はガイさんの部屋に上がってお菓子を頂いていた。ハワードさん相手だと上がれませんが、ガイさんなら大丈夫だと考えていた。

 

もし襲われたら武装形態して返り討ちです。

 

などと考えてしまうけど、それは無いと思った。ガイさんは親身なって私の事を支えてくれる。原因は分かりませんが、邪な考えは持っていないとわかった。

 

そして、部屋に気になるものが一つあった。電子ピアノだ。

 

ガイさんはピアノを弾くのでしょうか?覇王の記憶の中ではクラウスがオリヴィエに聴かせていた。ガイさんも誰かに聴かせるために弾いているのかな?

 

「ん~、あの人はいつも部屋にいるんだよね。仕事も何をしているのか分からないし。話を掛けても無視されるし、あまり外交的な人じゃないよな~」

「そうなのですか?」

 

ピアノの話をいつか振ろうと結論付けて、今、話をしている内容に戻る。

 

無視される?私の時はあんなに話をしていたのですが……。

 

「見た目は不健康だし、自堕落な生活を送っているんじゃないかな」

「そう……かもしれませんね」

 

私はふうっとため息をついてコップに注がれているコーヒーに視線を落とす。ここでの生活に何不自由なく暮らせる。ただ、あの人の関係だけはどうもうまくいかない。

 

「……何かあったん?」

 

ガイさんが何か原因が有ったのではないかと探ってくる。

 

言えない。この事は他人に言えない。目の前の人に相談出来たらどれだけ楽なのだろうか。

 

最近、ハワードさんの行動がおかしい。朝、学院行く時に部屋から出ると、必ずと言っていいほどハワードさんが不気味な笑みを浮かべて通路に立って私の事を見ている。

 

『やあ、お嬢ちゃん。今日も可愛いね』

『あ、お、おはようございます』

 

私が挨拶をするとハワードさんは更に二割増しの不気味さを持った笑みを浮かべて私を見る。

 

とても、スッキリした朝ではない。この人と朝会うだけでも精神的にかなりきつい。

 

『お、アインハルト。おはよう』

『あ、おはようございます、ガイさん』

 

たまにガイさんも同じ時間帯で部屋を出るのでガイさんと会う事もある。この状況でガイさんが出てきてくれると大変に助かります。

それを見ていたハワードさんの表情から笑みが消えたのが分かった。

 

『ハワードさん、おはようございます』

『……ふんっ』

 

ハワードさんは機嫌が悪くなったのかドアを思いっきり閉めて自分の部屋に戻った。

 

『なんなんだか』

 

ガイさんはあまり気にする事もなく、階段へと歩き出す。

 

朝、そのような事があって、その日学院から帰ってくるとハワードさんは通路で待っていた。

まるで私の私生活のサイクルを知っているかのように。

 

『お帰り、お嬢ちゃん。美味しいお菓子があるんだ。食べていかないかい?』

『あ、い、いえ、結構です』

 

私は一言言っただけで自分の部屋に逃げるように入った。朝はたまにガイさんと遭遇するのでいいのですが、ガイさんは帰りは遅いのでこのようにハワードさんに出会うと対応に困る。

 

『……覇王の子孫として恥ずかしいです』

 

このように逃げていてばかりでは覇王の悲願を成就できるのだろうか?などと考えてしまう。

 

「まあ、何があったのかは聞かないけど、もしもの時にアドレスでも交換しないか?」

「え?アドレス?」

 

考えごとに没頭していた私にガイさんが声を掛けてくる。

 

「相談や悩み事を打ち明けたいと思ったらメールでもしてくれれば離れていても話は出来るし」

「……」

 

その提案に私は乗るか考えた。この人にアドレスを教えて本当に良いのかと。

 

「この提案に乗るかはアインハルトが決めるといいよ」

「……お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

少し考えた後、この人なら大丈夫だろうと思い私は端末機器にガイさんのアドレスを登録した。

 

ガイさんにも私のアドレスを登録させた。

 

「あいよ、登録完了」

「こちらもです」

 

そう言えばこの端末機器にアドレスが登録されたのは初めてだった。

 

初めての人がこの人……ガイさん……まあ、悪くはないと思います。

 

不思議とモヤモヤとした気持ちは晴れていった。

 

「……アインハルトってさ」

「はいっ?」

 

ガイさんがテーブルに肘を付けて笑みを溢しながら私の顔を覗いてくる。

 

「いつも冷静沈着っというか、落ち着いているよな。本当に初等科五年生?」

「はい、私はSt.ヒルデ魔法学の初等科五年。アインハルト・ストラトスです」

「……の割には、ほんと落ち着いてるよな」

「そうでしょうか?」

 

このくらいの落ち着き感があっても悪くはないと思うのですが。

 

「アインハルトはまだ親とかに甘えたい年頃だと思うんだけどね。何と言うか……無理してない?」

「……いえ」

 

その言葉を否定するのに少しの間を置いてしまった。その事にガイさんはどのように思ってしまったのだろうか。

 

「1人で生きていくというのも経験ですから」

「……そっか」

 

ガイさんは苦笑していた。

 

「……やっぱ、アインハルトも俺と一緒か」

「え?」

 

ガイさんが何かを呟いたと思うのだがうまく聞き取れなかった。だが、その時のガイさんの瞳は何か悲しい色に染まっていたのが分かった。

そして、ガイさんは目を瞑って軽く首を横に振った。少しして目を開ける。

 

「いいや、何でもないよ」

「……」

 

何でもないと言う人がそのような悲しい笑みを溢すのだろうか?

 

「ああ、もうこんな時間か。飯でも食べていくか?」

 

ガイさんが時計を見る。私も釣られて時計を見ると良い時間帯だ。私はゆっくりと立ち上がる。

 

「いえ、そこまでご迷惑になるわけにはいきません。では、そろそろ失礼します。いろいろと分からない事を教えて下さいましてありがとうございます」

「わかった。ま、こっちも話をしてて楽しかったさ。またな、アインハルト」

「お邪魔しました」

 

私はガイさんに一礼してガイさんの部屋を後にした。

 

「……っ」

 

ガイさんのドアから出ると私のドアの前にモヤモヤとした気持ちにした張本人が不機嫌そうな表情で私の事を見ていた。

 

「お嬢ちゃん!!何でそんな男の所から出て来たの!?もしかして、何かされたのかい?」

「あ、え、えっと……」

 

ハワードさんだ。

 

そして、なぜハワードさんはそんなに血眼になって私の事を見てくるのだろうか。

 

正直怖いです……。

 

「あの男に穢されたんだね!!そして、周りには誰にも言っちゃいけないと口止めされて……むむむ、許さん!!おじさんが怒鳴ってやる!!」

 

この人……正気の沙汰じゃない。余り関わりたくない。

 

避けたい一心にハワードさんの戯言を聞き流して急いで自分の部屋のドアに逃げ込もうとした。

 

「っ!?」

 

しかし、ドアノブを握ろうとした瞬間、腕を掴まれてしまった。

 

かなりの力……!?くっ……武装形態を……。

 

私は魔力を込める。

 

「何をそんなに慌てているんだい?そうだ、もう良い時間帯だし家でご飯を食べていきなよ。そして、あの中で何をされたか検証してあげるからさ」

 

ハワードさんの不気味な笑みが零れる。

 

……あれ?魔力がうまく働かない?何かに妨害されている?あっ……。

 

私は気付いた。私の腕を掴んでいるハワードさんの手首に丸いブレスレットが付いているのを。そこから私に向かって魔力を流している。

 

対抗魔力?逆流の魔力をぶつけることで相手の行動を制限させるやり方。この人……魔導師!?

 

「何をしようとしているのかな、お嬢ちゃん?もしかして、おじさんに何かしようとしたのかな?そんな悪い子にはお仕置が必要だよね」

「い、嫌!!」

 

そう言って、強引に私の腕を引っ張りながらハワードさんの部屋のドアまで動く。

 

「大丈夫、お仕置と言っても痛いモノじゃないよ。むしろ気持ちいいかもしれない」

「は、離して下さい!!」

 

私の腕を掴んでいるハワードさんの手を振り払おうとしたが魔力の流れを止められて、蹴りや覇王断空拳を打てる体制でもない。

 

……せ、せめて武装形態が出来たら。

 

「ひぃ!!」

 

ハワードさんの掴んでいない手が私の胸を乱暴に揉みだす。

 

ひ、人の胸に、さ、触らないで下さい!!

 

「おじさんこのくらいの大きさが好みだからね、可愛がってあげるよ」

 

これから何をされるのかこの行動だけで十分に理解してしまった。とても嫌な事をされる。

 

「アインハルト!!」

「あっ?」

 

私の名前を声高く呼ぶ声が聞こえた。その声の方向を見ると、ガイさんが部屋から出て私たちの光景を見ていた。

 

ガ、ガイさん……。

 

「外が騒がしいと思って出て見たら……ハワードさん!!何をやっているのか分かっているのですか!?」

「……うるさい若造だ」

「っい!?」

 

ハワードさんはガイさんの話を聞くこと無く、魔法陣を展開させて、数発の魔弾をガイさんに飛ばした。

 

大人が横に三人並んだら歩くことが困難なこの狭い通路の中、数発の魔弾が飛んでいく。常人ならそれを避けるのは難しいだろう。

 

「……えっ!?」

 

だが、ガイさんは最初はいきなり魔弾が飛んできた事に驚いていたが、無駄な動きは無く、それらを避けた。

 

す、すごい……この狭い通路の中で魔弾を紙一重でかわした。

 

「っち」

 

ハワードさんは苛立ちを隠すことなく顔に出していた。

 

「……一応、俺が管理局員ってことは知っていますよね?地上だと俺の管轄外になりますが、強姦罪で地上本部に突き出しますよ。同じマンションに住んでいるよしみで今なら俺は目を瞑って見過ごしてもいいです。まだ間に合いますよ」

「なら、お前をぶっ飛ばして黙らせれば全て終わる」

「……」

 

ガイさんのデバイスが鞘と刀になった。ガイさんはそれを掴んで無言で構える。これ以上話をしていても無駄だと思ったのでしょうか。

 

「!?」

 

私にはバインドが掛けられた。このバインドにも対抗魔力が流れている。完全に捕縛用だ。

 

私の腕を掴んでいるハワードさんの手が離れ、待機状態のデバイスを杖にして構えた。

 

「魔術師崩れですか?」

「……ふんっ」

 

ハワードさんは再び魔法陣を展開させて先ほどよりも倍の数の魔弾を生成した。ガイさんは特に慌てている素振りはない。

 

「飛べ!!」

 

ハワードさんの掛け声で魔弾は一斉にガイさんに向かって飛んでいく。

 

「!?」

 

ですが、またしてもガイさんはそれらを全て避け、一気にハワードさんとの距離を0にして抜刀した。

 

「ぐべっ!!」

 

抜刀した刀はハワードさんの腹部にクリーンヒットしたのか一撃で膝から落ちて前のめりに倒れ込んだ。

 

「強姦罪未遂で逮捕する」

 

そう言って、ゆっくりと刀を鞘に収める。

 

ハワードさんの意識が失ったのか私にかかっていたバインドは解かれた。

 

「大丈夫か、アインハルト?」

「……ええ、助かり……ました。ありがとうございます」

 

ホッと安堵の息を吐く事が出来た。ガイさんには感謝です。

 

「ああ。ハワードさんは地上本部へ突き出しておくから」

 

ガイさんはそう言いながらモニターを開いて、地上本部と連絡していた。時折、愚痴らしきものが聞こえましたが。

 

少しして、モニターが閉じられる。

 

「ほんと、空と地上は仲が悪いよな~。空に所属しているだけで嫌な目で見られる」

 

そう言えば聞いた事がある。時空管理局には空、地上、海の部隊があって、仲が悪いところがあると。

 

空と地上が仲悪いんですね。

 

「それにしてもガイさんは凄いです。あれだけの魔弾を狭い通路の中で紙一重で避けれるなんて」

「動体視力と反射神経は鍛えているからな。魔力値は低いけどさ」

 

と、ガイさんは笑いながら言ってくる。

 

……もしかしたら、この人は覇王の悲願を受け止めてくれるのかも知れない。ですが、こんな親身になってくれている人に拳を向けていいのでしょうか?

 

ですが、もしガイさんに覇王の悲願を伝えて拳をブツけてもいいって事を承諾していただければいつかは……。

 

「ま、ハワードさんはバインドで縛って、と」

 

私が考え事をしているうちにガイさんはハワードさんにバインドが掛けていた。

 

「あ、あの、ガイさん」

「ん?」

 

ガイさんは私に顔を向ける。

 

「助けていただいたお礼をしたいのですが」

 

親身になってくれるし、先ほどは助けてもくれた。貰ってばかりでは腑に落ちません。何かお返しをしたいです。

 

「いや、別にそんなこと気にしなくても」

「借りを作ってばかりではあまり良い気分ではありませんので」

「……ん~、じゃあ」

 

と、ガイさんは何を思いついたのか私の頭に手を乗っけた。

 

「アインって呼んでいいかな?」

「えっ?」

 

優しい笑みを浮かべながら私に問いかけてくる。

 

最初は馴れ馴れしいと思って否定した名前の呼び方。ですが、今はそのように呼ばれてもいいと思った。

 

「ええ、構いません。ですが、そんなのでいいのですか?」

「ああ、十分だよ、アイン」

 

そう言って、私の頭に乗っけていた手で撫でた。

 

何故でしょうか。アインと呼ばれた事に少し喜びを覚えました。ですが、今の状況は……。

 

「こ、子供扱いしないで下さい」

「子供だろ」

 

私が否定してもガイさんは笑みを溢したまま手を止める事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガイさんとの出会いはこのような感じでした」

「ガイさん、凄いですね~」

 

私とガイさんの過去話にヴィヴィオさんはしっかりと聞いてくれていたようです。

 

「ガイさんは動体視力と反射神経は並の人ではありませんからね。ガイさんに攻撃を当てるには一工夫しないと」

「ええ、本当に」

 

覇王の悲願の為に対決をしてくれた時もなかなか攻撃が当たらなかった。不意を突かないと当たることは出来ないと思うくらいに。

 

私は一息つけるためにジュースを飲む。そして、周りを見渡す。

 

「ガイ~、ガイがいっぱい居るよ~」

「フェ、フェイトさん。酔い過ぎですよ!!」

「……!?」

 

フェイトさんが既に出来上がっていました。ガイさんの隣に座っていたフェイトさんがガイさんに寄りかかっているような体制になっています……あの豊富な胸が当たっている態勢で。

 

「フェ、フェイトさん。む、胸が……」

「ふふ~、あ、て、て、る、の」

 

語尾にハートマークが付いているのではないかと思うくらいの甘い声だった。

 

「と、とにかく離れましょう!!」

 

ガイさんはフェイトさんの両肩を持って、グイッと離す。

 

……ちょっとホッとしました。

 

「ええ~ガイ~私のこと嫌い~?」

「え、ええと……」

 

ガイさんは戸惑いを隠せていない。

 

そう言えば、ガイさんはフェイトさんの事が好きとか言う話がありました。その真実はかなり知りたいです。

 

「も~、フェイトママ~!!ガイさんに迷惑でしょ!?」

「あん、ヴィヴィオ~、ちゅめぇた~ぃ」

 

フェイトさんは少し呂律が回っていない様子。ヴィヴィオさんに指摘されて酔っていながらちょっと悲しそうな表情をしてしまった。

 

そして、うつらうつらとして眼を瞑ってテーブルに突っ伏くしてしまった。

 

「すーすー」

 

眠ってしまったようですね。

 

「ガイ君。フェイトちゃんは今日家に泊まる予定だから二階の部屋に連れて行ってくれないかな~?」

「なのはさん……なのはさんも少し酔ってますね」

「ええ~、そんな事ないよ~」

 

そう言いつつも、なのはさんの頬は少し赤い。再び周りを見ると、ノーヴェさんはソファーで眠ってしまっているし、コロナさんとリオさんはオリヴィエと雑談しているが、ガイさんとフェイトさんとのやり取りに気になっているのか耳を傾けているのが分かる。

 

オリヴィエ……貴方も少し酔っていますね。

 

オリヴィエの頬も少し赤かった。それでもまだ、フェイトさんのように酔っているわけでもない。

 

「……とりあえず、フェイトさんを二階の部屋に連れていけばいいですか?」

「うん、お願いね。フェイトちゃん専用の部屋は階段を上がって左側のドアだから。でも、いくらフェイトちゃんが眠っているからって悪戯しちゃダメだよ」

「ええ、しませんよ」

「もう、ガイ君じゃあ弄べないかな~」

 

ガイさんはなのはさんの言葉に苦笑しながら、フェイトさんの肩をゆする。

 

「フェイトさん、起きて下さい。ここで寝たら風邪をひきますよ」

「うにゅ~、そだね~」

 

ガイさんは何とかフェイトさんを起こして、肩越しに担いでダイニングルームから出ていく。階段を上る音がするので二階に上がったのだろう。

 

「もう、フェイトママは多忙な仕事をしているからお酒を飲んでストレスとかを解消するのもいいけど、度が過ぎて周りに迷惑かけちゃダメですよね」

「……ガイさんは迷惑ではなさそうでしたけど」

「えっ?」

 

フェイトさんの胸が当たっている時、ガイさんが少しニヤけていたのが分かりました。胸は大きい方が好みですか?だとしたら、今のままでは……。

 

「フェイトさん、お酒飲むと凄い積極的だね」

「そうだね。でも、ちょっとガイさんが嬉しそうな表情をしていたのは気のせいかな」

 

コロナさんとリオさんも私たちの話に入ってきた。コロナさんも私と同じ所に気付いていた様子。

 

オリヴィエはなのはさんの所へ行き、お酒を飲み交して雑談していた。

 

「やっぱり、ガイさんはフェイトママの事が好きなのかな~?」

「そうなると……うわ~、全部フェイトさんに敵わないよ」

 

リオが涙目になる。

 

「魔法だろうと胸だろうと何もかも」

「うん……」

 

コロナさんも釣られて少し涙目になる。

 

「なになに~?恋バナ?ママで良かったら相談に乗るよ~?」

「恋する乙女って奴ですね」

 

そこに少しほろ酔いななのはさんとオリヴィエも会話に入ってきた。

 

「でも、ガイさんって私たちの事どのように思っているのかな?」

「う~ん、やっぱり子供として見ている……かな?」

 

リオさんの言葉にヴィヴィオさんが少し考えて言葉を返す。

 

「私が客観的に見た感じだと」

 

オリヴィエの言葉に皆が注目を集める。

 

「妹的な感じで接しているように思えます。傍から見ているととても仲の良い兄弟のように」

「妹……」

 

オリヴィエが繋げた言葉にコロナさんは少し落ち込んでいた。

 

「……やっぱり私たちの事、異性として見てくれてませんよね」

「まあ、コロナちゃんとかリオちゃん、アインハルトちゃんに家のヴィヴィオの誰かがガイ君と付き合う事になったて、世間から冷たい目で見られちゃうしね~」

「あ、い、いえ、別に私はガイさんの事をそのようには……」

「にゃはは~、アインハルトちゃ~ん、嘘言っちゃいけないよ~」

 

否定しようとした言葉を遮られてしまう。

 

「アインハルトちゃんもガイ君の事好きだよね~?」

「あ、あの、そ、その……」

 

いつの間にか皆の視線が今度は私に向けられていた。そのように視線を向けられると否定するのもかなりの勇気がいる。

 

私は俯いて静かに一回だけ頷いた。

 

「やっぱり~」

「うぅ……恥ずかしいです」

 

ガイさんに小悪魔的な笑みを浮かべていたなのはさんの笑みを今度は私が受ける事になった。

 

ガイさんの気持ち……良く分かります。

 

周りからはやっぱり~、とか聞こえてくる。

 

「そういえば、フリージアさんは婚約者がいるんだよね?」

「ええ、私には生涯伴侶となる人物がいます」

 

なのはさんは私を軽く弄んだ後、今度はオリヴィエに話を振った。

 

オリヴィエの伴侶となる人物はクラウスでしかない。決してガイさんではない。

 

……その事に気持ちがちょっとホッとした気がします。ですが、恐ろしくて聞けないことが一つだけある。

 

「え?じゃあ、フリージアさんってガイさんの事どのように思っているのですか?」

「私ですか?私は……理由は様々ありましたが……」

 

リオさんの言葉にオリヴィエは少し考える素振りを見せたあと口を開いた。

 

「良きパートナーであり、良き親友であり、とても尊敬の出来る人物だと思っております」

「……」

 

とても清々しい透き通った声で呟いた。その言葉に嘘偽りはなかった。聖王女が本当にガイさんの事を尊敬している。

 

「うん、ガイさんは尊敬できる人ですよね」

「ええ、とても」

 

ヴィヴィオさんもオリヴィエに同意する。

 

ガイさんの家系って聖王との関係性があったのでは無いのでしょうか?そのように思うくらい2人からの信頼を得ている。

 

……少し羨ましいです。

 

どっちに対して羨ましいのかは分からなかった。ガイさんとの関係を築けている聖王へなのか。聖王に対してそこまで介入しているガイさんへなのか。自分の気持ちが分からなかった。

 

「それにしてもガイさん、遅いですね」

 

コロナさんが呟きながら天井を見上げる。

 

「様子を見てきましょうか?」

「うん、お願い。アインハルトちゃん」

 

なのはさんから了承を得て、私は立ち上がり、ダイニングルームから出て階段を上る。

 

確か、上ってすぐ左側のドア……ここですか。

 

二階に上がるといくつかのドアがあり、左側には一つしかないドアがあったのでここで間違いないだろう。

 

「あ、フェ……ェイト……ん……」

「ふふ……い……」

「?」

 

中からガイさんとフェイトさんの声が微かに聞こえてきた。

 

私はドアに近づく。その声も聞き取れてきた。

 

「フェ、フェイトさん……気持ちいいです……」

「ガイのここ……凄く硬い……」

「えっ!?」

 

私は今の驚いた声を抑えるために両手で口を塞いだ。中からはまだ2人の声が聞こえるので私の存在には気づいていないようです。

 

え?ええ?こ、こここ、これってもしかして……よ、夜の営みというものでしょうか!?

 

一瞬で心臓が早くなったのがわかった。顔も一気に赤くなった。中で何が行われているのか。その好奇心を押さえる事が出来ずに両手を口から離して耳をドアに付けて声を拾った。

 

「ここはガッチガチだね~気持……い~?」

「フェ、フェイトさんの……が気持ち良すぎです」

「ふふ~……抜いてあげるね~」

「~~っ」

 

立っているガイさんにフェイトさんが跪いて……中で行われている事を想像してしまい、たまらず耳をドアから離した。

 

こ、こここの場合、どどどどうしたら良いのでしょうか?なのはさんに報告?で、ですが、もし御二人がお付き合いをしていたとしたら、このような行為も……って、違います!!皆さんが下にいる状況で何をしているのですかと怒らないといけないのでは!?

 

私の頭の中は混乱していてまともな思考が働いていなかった。

 

「アインハルトさん、ガイさんは何をしていたかわかりましたか~?」

 

と、階段を上って来たヴィヴィオさんとコロナさんとリオさんに私は焦った。

 

こ、この行為を知るにはまだヴィヴィオさん達には早すぎます!!

 

三人が歩く道を遮るように私は仁王立ちをした。

 

「……え、え~と、アインハルト……さん?」

 

今の行動がヴィヴィオさん達を困惑させてしまった。

 

「い、いえ、ガ、ガイさんはあの部屋に有った本が面白くて今読みふけっています。じゃ、邪魔をするのもよろしくないかと思いまして」

「ん~、あそこに本なんてあったっけ?」

 

とっさの嘘も通用出来るものでは無かった。

 

「何してるの~?」

「~~っ」

 

更にここの家主であるなのはさんも階段を上って来た。これはもう庇う事が出来ない状況。

 

「なのはママ~。あの部屋に本ってあったっけ?ガイさんはそこで本を読んでいるらしいんだけど」

「う~ん、なかったと思うよ~」

 

なのはさんは歩みを止めること無く、私たちの横を通り過ぎてガイさんとフェイトさんが居る部屋のドアの前までやってきた。

 

そして、中から聞こえてくる声を聞き取り、ほろ酔いな状態だったなのはさんの表情から笑顔が消えた。

 

「これは……」

 

なのはさんもきっと私と同じ結論へ達したのでしょう。

 

「な、なのは……さん?」

「……アインハルトちゃん、ヴィヴィオ達を下へ連れて行ってほしいのだけど?」

「え、あ、は、はい……」

 

なのはさんは笑みを浮かべてはいたが笑っているとは思えなかった。

 

少し怖いです……。

 

私はヴィヴィオさん達をダイニングルームへと誘導して、そして、やはり気になったためトイレに行くと言って、再び階段を上る。

 

なのはさんはまだドアの前で立っていた。

 

「んっ?アインハルトちゃんも気になる?」

「え、ええ」

「流石に人の家でそのような事をするのはどうかと思うんだけどね」

 

本当に笑顔なのに笑っていないってこのような表情なのですね。今のなのはさんの顔を直視することが出来ない。

 

見たら、背筋に冷や汗を掻いてしまいます。

 

ですが、ガイさんとフェイトさんがそのような関係だったら……私は引くしかありません。

 

「開けようか」

「……はい」

 

その真実を確かめるべくなのはさんの言葉に頷いた。なのはさんはドアノブを握り、そして、一気に開け放つ。

 

「ガイ君、フェイトちゃん、お楽しみ中なところ悪いけど……あれ?」

 

なのはさんが先に入って中の状況を見て困惑していた。私もなのはさんの後から部屋を覗き込む。

 

ガイさんはもいきなり入ってきた私たちの事を見て驚いていた。フェイトさんは驚いた様子はない。

 

夜の営みをしているわけでは無かった。

 

ガイさんはうつ伏せになって、フェイトさんはその上に跨り、腰に手を添えていた。

 

「え、え~と、何してるの?」

「あ、にゃのは~、ガイにマッサージしているの~」

 

未だに呂律が回っていないフェイトさんが話をする。

 

「ガイのここ~、凄く硬いんだよ~乳酸が溜まってるんだね~抜いてあげないと~」

 

フェイトさんがガイさんの腰や背中を指差す。

 

「マ、マッサージ?」

「うん、そのようだね」

 

私となのはさんは歯切れを悪くして視線を2人から離した。

 

「て、てっきり、あっちをシているのかなって思っちゃって」

「あっち~?」

「そ、それは……」

 

なのはさんの言葉にフェイトさんは素で悩み、ガイさんは理解したのか表情が少しずつ赤くなっていた。

 

「フェ、フェイトさん、大分楽になりました。もう大丈夫ですよ」

「そお?また疲れた時は言ってね。マッサージは得意だから~」

 

そう言って、ガイさんから離れ、そのままガイさんの隣に横になって

 

「すーすー」

 

眠ってしまった。

 

ガイさんはベッドから降りて、フェイトさんに薄い毛布を一枚掛ける。

 

「まあ、その、お騒がせしました」

 

何かバツの悪そうにガイさんは私達に謝る。

 

「まあ、私達も早とちりだったし、お相子で」

「……はい」

 

2人とも何か気まずそうな雰囲気を出してぎこちない笑みを浮かべていた。

 

ですが、ガイさんとフェイトさんはそのような関係ではない。これは嬉しい事ですね。

 

そんな中、私は心の中で安心感を得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、私はなのはさんのお宅でお泊りすることになりました。ノーヴェさんもガイさんもオリヴィエも泊まる事に。

 

明日も仕事らしいですが、制服は向こうにもあるとの事で朝はここから仕事場へ行くようです。

 

「んっ……」

 

私は浅い眠りから目が覚めた。一つの大きなベッドにヴィヴィオさんとコロナさん、リオさんと一緒に寝ていた。

 

窓の外を見ると大きな星が二つ、夜空で他の星の光に負けないくらいに輝いている。その星光の光が薄暗く部屋を照らしているので明かりをつけること無く、部屋を見渡せる。

 

「喉が渇きました」

 

私は部屋を出て、無断で申し訳ありませんがキッチンでお水を飲もうと思い階段を下りるとダイニングルームのドアから光が零れていた。

 

誰かいるようですね。

 

私はそっとドアを開いて中を覗き見た。

 

「あっ……」

 

そこに居たのはガイさんとオリヴィエだった。何かを話している風に見える。

 

……先ほどから盗み聞きな事ばかりしていますが。

 

私は耳を傾けて声を拾った。

 

「傷は癒えましたか?」

「ああ、痛みが無い。フェイトさんにマッサージするって言われた時は痛むんじゃないかなって思ったけど、もう完治している」

「ガイの治癒力が高いのは助かります」

「ああ、親父には感謝しても足りないくらいだ」

 

ガイさんは怪我をしていた?

 

怪我をしたら痛みを堪えるために何処か押さえてしまうはずだ。しかし、そのような素振りを見せること無く普通に接していた。

 

それに親父?ガイさんのお父様?孤児院で育ったガイさんはお父様にお会いすることが出来たのでしょうか?

 

……それはとても嬉しいことだと思います。

 

「なあ、オリヴィエ……せいは……」

 

と、ガイさんが何か言おうとしたのをオリヴィエがガイさんの口に人差し指を付けて言わせないようにした。

 

そして、こちらに顔を向ける。

 

「アインハルト。そこに居ますね?」

「……っ!!」

 

バレていた。私はゆっくりとドアを開ける。私の姿を見たガイさんは驚きを隠せていない。

 

「……よう、アイン。眠れないのか?」

「……いえ、喉が渇きましたのでお水を……」

 

二回もガイさんの事を覗き見しているせいか、ガイさんと視線を合わせずらかった。

 

それに、あの時、何かを言おうとしてオリヴィエに止められた。何かを隠しているのは知っていたがその内容だったのかも知れない。せいは……その後に続く言葉は何でしょうか?

 

「アインハルト、お水です」

「あ、ありがとうございます、オリヴィエ」

 

私はオリヴィエから水の入ったコップを頂く。よほど喉が渇いていたのかコップの中身が一気に空になった事に驚いた。

 

「オリヴィエ、聞きたい事があります。よろしいですか?」

「ええ、何を聞きたいですか?」

 

優しい笑みを浮かべて私を見据えるオリヴィエ。手に持っていたコップをテーブルに置いた。

 

この機会に聞いておきたいことを聞こうと思う。

オリヴィエに聞きたくても恐れていた事。気を失った時に見た夢。それらを思い出して私は胸の前に拳を置いて話を始めた。

 

伝えないと伝わらない事もある。

 

「何故、聖王のゆりかごに乗ろうとしたクラウスを置いてたった一人で行ってしまったのですか?」

「……」

 

オリヴィエから笑みが消え、悲しい表情が浮かんできた。

 

気を失っていた時に見た夢。あれは久々に見た一番悲しい夢だ。なぜあの時にクラウスを置いて行ったのか気になった。

 

俺では……あなたの力にはなれなかった……。

 

クラウスの言葉が脳裏をよぎる。

 

それがあなたの強さというのなら……孤独に逝くことが本当の強さだと言うのなら……俺もその道を……。

 

「何故……ですか……」

 

私はいつの間にか泣いていた。覇王の血が悲しい感情をこみ上げさせてくる。あの出来事があり、オリヴィエが死んでしまってからこの覇王の悲願は出来上がってしまった。

 

そして、オリヴィエに聞きたくても恐れていた事……本当はクラウスの事が好きではなかったのではないかと。

 

オリヴィエ、俺は君の事を……

 

“心から愛している”

 

クラウスは確かに言った。

だが、オリヴィエは本当はクラウスの事をどのように思っているのだろうか。覇王の記憶の中では確かにオリヴィエがクラウスの事を“好き”と言っている場面もあった。だが、決定的に何かが足りなかった。

それは覇王の記憶の欠けている部分で見れるかもしれないが、今の私には目の前のオリヴィエにしか聞く方法しかない。

 

「アインハルト……いえ、覇王の血の中に眠っている……クラウスの意思よ」

「……っ!?」

 

私の中の血が一瞬だがドクンと暴れたような感覚があった。

 

「あの時はどちらかの王が残らなければならない状況でした。そして、王として相応しかったのは私では無く、クラウス、貴方でした。私には王としての資格は無かった。前聖王の兄のような事を出来ればよいと思っていましたが私にはそのようなカリスマ的な能力は無かった。だから、あの時は私がゆりかごに乗るしかなかった。クラウス……決してあなた乗るべきではない」

「……で、ですが」

「クラウス。今のこの時代はどのように思いますか?血を血で洗うことしか出来なかった時代から“青空と綺麗な花をいつまでも見られるようなそんな国”になっているではありませんか。雲に覆われた薄暗い空と枯れ果てた大地など無く」

「……」

 

そのまま、そっと私の事を抱き抱える。

 

「確かに未だに犯罪なども起きてはいますが、大きな戦争のような事は起きていない。このような世界になる事が出来たのもクラウス、貴方に託した気持ちが引き継がれているからです。貴方のような不屈の魂を持っているからこそ、私はそこに魅かれた。クラウスが平和な世の中にしてくれると信じられた」

「……っ」

 

私はオリヴィエの胸に顔をうずめた。泣き顔をガイさんに見られたくないという心境もあるが、オリヴィエのぬくもりがとても心地よいので体を預ける。

 

「私はクラウスの事を……“心から愛している”」

「……あ、ああ」

 

血が騒いでいた。喜びの感情が込み上げてくる。

 

私は……ワタシハ……。

 

クラウスの気持ちが私の気持ちと一致した。

 

「ああ、ああぁぁああぁ……」

 

私は涙を抑えることは出来ず、しばらくオリヴィエの胸の中で小さく泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイニングルームから出て、再び皆さんが眠っているベッドへ戻り、横になった。オリヴィエとガイさんはまだ少し話があるそうなのでダイニングルームにいるようです。

 

……今日は随分と疲れたような気がします。

 

眼を瞑りながら今日の出来事を振り返る。

 

皆さんで格闘技の練習をして、お弁当を食べて、いつの間にか気を失って。それでもその後もガイさんやオリヴィエと会話をして、ヴィヴィオさんに過去話をして、ガイさんとフェイトさんが……へ、変な関係で無くてホッとして……。

 

自分の胸に手を当てる。

 

そして、恐れていた事があって聞けなかったオリヴィエの気持ちがこの体に流れている覇王の血を喜ばせる事も出来て。

 

本当に濃厚な一日だったと振り返って改めて思った。

 

そのような事を考えているうちに睡魔が押し寄せて来て意識が朦朧としてくる。

 

これなら、きっと明日からより一層練習に打ち込めることが出来そうですね。

 

心の中で温かい気持ちが溢れて来たのを実感して私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日。私は夢を見ました。気を失ったときに見たあの一番悲しい夢を。私は第三者としてその場に立っていた。

 

またこの夢ですか……。

 

この夢を見るたびに気持ちが沈んでいくのがわかる。私の中で見たくない記憶の第一位だ。

 

オリヴィエがクラウスに背を向けてゆりかごへ歩きだし、クラウスが悲痛の声を上げながら必死に手を伸ばしている光景。

 

私はオリヴィエと対面できる位置に居た。その後ろに涙を流しながら叫んでいるクラウス。

 

音は無かった。声も無かった。だが、何度も見ている光景なので脳内では自然と再生されていた。

 

「あっ……」

 

そして、私は気づいた。

 

オリヴィエも泣いていたのだ。クラウスからでは決して見える位置ではない角度で。クラウスに見られないように泣いていた。

 

そして、口が動いた。声が聞き取れることは無かったが私は口の動きを見て確信した。

 

怖い……クラウス……助けて……。

 

オリヴィエは怖がっていたのだ、この戦争を。

 

「オリヴィエ……」

 

決してクラウス視点からではわからなかったこと。あんなに強がっていたオリヴィエの内面の弱さを見ることが出来た。

 

そして、オリヴィエは吹っ切れたかのように表情を引き締めて涙を止めた。背中からはクラウスの叫び声が刺さっているのだろう。

 

再び口が開く。

 

クラウス……“心から愛している”。

 

オリヴィエはもう歩みを止めることなくゆりかごへと進んでいった。

 

……私は勘違いしていたのかもしれない。この光景はもしかしたら悲しい記憶ではなく、嬉しい記憶だったのだ。

 

このとき、二人の気持ちは一致したのだ。

 

お互いがお互いのことを心から思っていた……“心から愛している”と。

 

「オリヴィエ……クラウス……」

 

私はその光景を見て、悲しいはずの気持ちが喜びへ変わっていったのが胸の中でわかった。




やってみたかった、アインハルト主観の話w

オリヴィエとクラウスの関係性って難しいですね。

漫画のほうでもあまり情報ないし。

聖杯戦争から一度離れて日常風景にしました。

次回から再び聖杯戦争に戻ります。

何か一言、感想がありますと嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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二十四話“部隊と魔術の交差”

これを書き始めてから約一年たちました。

最初の頃と比べれば文章力は多少上達したかな。

まだまだってのはわかります。

日々向上心ですね。

では、二十四話目入ります。


 「んっんん……」

 

深い眠りから脳がうっすらと覚醒し始める。少し瞼が重いのは多分寝不足だからだろう。昨夜はアインハルトが覇王の悲願の深い想いをオリヴィエにぶつけた後、オリヴィエと聖杯戦争の話を深めていた。それが原因の一端だろう。

 

今、何時だ……?

 

俺はその重い瞼を何とか開ける。

 

「すーすー」

「……」

 

俺は再び瞼を閉じる動作を行った。今のは現実から逃げるような心理的な動作が無意識に働いたからだと思う。

 

え~と、この場合はどう対処しようか?

 

先ほどの視界に入った違和感だらけのモノを考えて整理してみよう。

 

まずは場所。いつも寝ている自分の部屋ではない。これは昨日、なのはさん宅に泊まる事になったから起きて見る部屋の雰囲気が違うのは分かった。

 

次にベッド。俺の部屋にあるベッドよりも低反発性なのか多少硬い。だが、このくらいが体を程良く休める硬さでもあり、その証拠に寝不足なはずなのに体はいつも起床する時よりも軽く感じる。

 

ちょっと欲しいとか思ったりもした。

 

で、一番の違和感は……。

 

俺は再び眼を開ける。

 

「すーすー」

「……またか」

 

オリヴィエが俺の隣で規則正しい静かな寝息をたてて眠っていた。オリヴィエはこちらに顔を向けて眠っている。それもかなり顔が近い。こうして見ると確かにオリヴィエは顔が整っていて美人な分類に入る人物だろう。もし、聖王女では無く普通の女性として出会っていたら俺は好意を寄せていたかもしれない。性格もちょっとズレてはいるが明るくて穏やかで一緒にいて楽しいし。

 

と、今の状況でどうでもいい事を考えてしまう。俺は今の現状に意識を戻した。

 

オリヴィエがベッドを恋しいと思っているのは知っていた。低反発性の少し硬めなベッドでもオリヴィエは布団で眠るよりもベッドで寝たいのだろう。

 

昨夜はなのはさんにフリージアさんと同じ部屋で寝てね、と言われた。部屋数はあまり無いのでただ一人の異性である俺は誰かと一緒の部屋にならなければならなかった。

 

そこで、ホームスティと言う建前で俺の部屋に同居しているオリヴィエを一緒の部屋に割り振らせて、ベッドのある部屋に布団を一組ひかせてもらった。

 

オリヴィエは自分から布団で寝てみたいと言って、布団で眠っていたのだが……。

 

結局、ベッドで寝たかったんだな……。

 

と、心の中でため息を吐く俺が居た。

 

そして、必死に視界に入るモノを逸らそうとしていたがやはり無理だった。

 

オリヴィエは下着姿で眠る習慣がある。それに困った俺は俺の部屋に居る時は俺のパジャマを貸していた。しかし、ここはなのはさん宅なのでそのようなモノは無い。

なので、寝る時になのはさんのパジャマを借りていた。だが、オリヴィエが来た時にはぶかぶかし過ぎて寝ずらそうな恰好となってしまった。背丈の違いもあるし、胸の部分がやたらとぶかぶかだったような……。

 

なのはさんの胸って大きいんだな……じゃなくて。

 

今、一瞬だけ考えてしまった邪な事を無理やりにカミングアウトする。

 

だが、今のオリヴィエの姿はおかしかった。確かなのはさんのピンクのパジャマを借りて着ていたはずだ。

しかし、薄い毛布は掛かって全身は分からないのだが、毛布から出ている顔から下は何も着ていない様に見える。いや、肩が少しだけ見え、そこには白い線が胸部の方へ伸びているのでオリヴィエはきっと下着姿なのだろう。

 

「ん、んん……」

「……っ」

 

オリヴィエが規則正しい寝息を乱して、寝苦しいのか無意識に体を少しだけ動かす。その行動だけでも俺が驚いてしまうには十分だった。

オリヴィエに掛っていた毛布が少し下がり、胸が見えるか見えないかと言う男性の本能を刺激してしまうチラリズムな光景になってしまったのだから。

 

オリヴィエの細い両肩から白い線が胸元までいき、その終着点には程よい大きさの二つの白い山が見え隠れ……。

 

『マスター、また視姦ですか?』

「……」

 

……デジャブかな?前にもこんな事があった気がする……と思ったこの事もデジャブだったような。

 

男性としての本能から何とか切り離して、オリヴィエを見ない様にベッドから降りる。

 

「ああ、なるほどね……」

 

床にはオリヴィエがなのはさんから借りて来ていたパジャマが乱雑に脱ぎ捨ててあった。

 

……やっぱサイズの違う服って着づらくて疲れるよな。それでパジャマを脱いで、無意識に好きなベッドに移ったのか。

 

前に一度あった行動と似ていたのでオリヴィエの行動を理解するのには容易に出来た。

 

今のオリヴィエは下着姿のままだ。そこを何とか意識しない様に見ない様に毛布をかけ直す。

 

「目、覚めたな……」

 

寝不足で眠たかった脳は今の状況を見て完全に覚醒した。オリヴィエは目覚まし時計代わりになる……悪い意味で。

 

いい目覚め方じゃないよな~。

 

そんな事を思いつつ、少し重い腕を伸ばしながら窓の外を見る。日は昇っている。そして壁に掛けてある時間を見ると、いつも起きる時間帯より少し早い。

 

かと言って、下着姿のオリヴィエが寝ているベッドで二度寝するわけにも精神的に辛いし、布団で眠ろうにも脳は完全に目覚めてしまったのでそう簡単には眠れないだろう。

 

「プリムラ、オリヴィエはまた夜中に移動したのか?」

『はい、夜中にオリヴィエがマスターの眠っているベッドに移動したのを確認しました。パジャマは布団に入った時には既に脱いでいました』

 

プリムラはコアを点滅させながらオリヴィエがベッドに入った経緯を話してくる。

 

「やっぱりオリヴィエはベッドに寝かせないとダメだな」

『刺激的でいいのでは?』

「……どうかな」

 

このプリムラの言葉も前に聞いたような気がした。

 

俺は苦笑して再び窓の外を見る。二階に位置する部屋なので住宅街を軽く見渡せる。なのはさん宅の前を横切る道路にはジョギングをしているジャージ姿の人や、犬の散歩をしている人たちがちらほらと見える。

 

「おっ、あいつ等……」

 

そして、そこには見慣れた人物達がジョギングで横切った。ヴィヴィオ、アインハルト、コロナ、リオだ。

 

大会に向けてのトレーニングを頑張っているね~。この町内を回っているのかな。

 

子供たちの向上心に感心した。もうあの子供たちに勝つのは無理なんじゃないかな?昨日の組手だってギリギリだったし。

 

「……」

 

俺はそんな事を考えながら違う事も考えていた。

 

親父が俺の体に施した魔術回路。使うと自分の体じゃないんじゃないかって思うぐらい違和感のあるモノ。

 

あれの扱いにも慣れておいた方がいいよな……それに親父……今この世界に居る“現代”の親父に会いたいな。

 

昨日のキャスター……“未来”の親父との会話を思い出していた。

 

“現代”の親父に会うと俺が“死ぬ”という世界が決めた“因果律”が確定してしまう。だから現代の親父には会う事が出来ない。

 

会いたい気持ちはある。だが、この運命から逃れるために親父は必死になって俺の為に永劫の時を彷徨っている……俺を生かすために。

 

この世界に居るのに会えないのは辛いな。会って今度こそ“親父”って言いたいのにな。

 

会いたいのに会えない状況になっている今の状況に悲痛の気持ちで胸を痛めながら、再び親父から貰った魔術回路について考えるため俺は目を瞑る。

 

魔術回路が使えるようになったのは心臓を剣で突き刺すイメージをした時。何でこのイメージで使えるようになるのかはわからない。もしかしたら、ただのきっかけかも知れない。

 

俺は脳裏で心臓に剣を刺されるイメージを浮かび上げた。

 

その時にドクン、と心臓が一回大きく脈を打ったのが分かった。

 

「っつ!!」

 

それと同時に心臓を中心に何かが波紋のように広がる。温かい温もりみたいなモノではあるがそれに伴い心臓を握りつぶされるような激痛もあるので、感覚的には熱い痛みと言うべきだろうか。そして、その波紋も痛みも体全体に侵食された。

 

思わず、右手で胸を押えながら片膝をついて窓の縁を左手で思いっきり握り締める。

 

この激痛に耐えなければ魔術回路は使う事は出来ない。

 

……だが、一回目の時よりかは痛みは気休め程度だが和らいでいるような気がする。体が馴染んできているってことか?

 

痛みは僅かに減っている感覚はあった。それでも10tトラックから8tトラックに変わって激突したような、あまり大差のない変化だが。

 

その波紋も痛みも少しすると感じる事は無くなった。熱い痛みから冷めていく自分の体に残ったのは、何かが体全体に張り巡らされたような感覚のある自分の体とは思えない違和感。

 

この神経のように張り巡らされたのが魔術回路なのだろう。

 

「はぁはぁ……」

 

俺は息を切らしていた。かなりの苦痛だった。心臓を握りつぶされてしまうと言う痛みなどこれを使う時以外は経験したことがないので分からないが、たぶんこのような感覚なのだろう。

 

こんな恐怖に近い感覚だと背筋に嫌な汗を掻くよな。

 

俺は息を整えながら立ち上がり、触覚を確かめるために手を開いたり閉じたりする。

 

違和感バリバリだな。これが魔術回路……。

 

「プリムラ、今の俺の魔力の潤滑はどうなっている?」

『いつもより量は増えています。量的に言えばBランク相当のモノです。ですが、それは魔力と言って良いのか判断しかけます』

「……やっぱり、違うのか」

 

あの時の“未来”の親父との対決の時もプリムラは魔力が“別のモノ”になっていると言っていた。

 

魔力とはまた別のモノ……リンカーコアから出力されているのだろうか?それともまた別の……。

 

「プリムラ。俺のリンカーコアはどのようになっているか分かるか?」

『特に問題なく魔力が出力されています』

「別のモノではく?」

『はい。ですが、出力された後すぐにその別のモノへと変換してしまっています』

「……ほう」

 

つまり、別のモノになったと言っても元はリンカーコアから出力された同じ魔力ってことなのか?そうだとしたら今の状態でも魔導は使えるか?

 

俺は一発の魔弾を作成するため魔法陣を展開させようとした。

 

「……っつ!!」

 

だが、展開させようとしたが、その前に全身の神経が暴れるような感覚が襲ってきて激痛が走り、魔法陣の展開は中断せざるおえなかった。全身の毛細血管が千切れてしまったのではないかと思うぐらいの痛覚だ。

 

「プ、プリ……ムラ……今の俺の……状態……は?」

『詳細は分かりませんが別のモノが暴走したような感じでした。もう少し暴れていたらマスターの体全身から血が吹き出してしまったかも知れません。マスター、無理をなさらずに』

「あ、あぁ……」

 

この激痛が収まるまで時間が少し掛りそうだ。その間に今の事象について考えた。

 

神経が暴れるような感覚……つまりは張り巡らされている魔術回路が暴走したという事か。

 

魔術回路を使っている時は魔導を扱うのにリスクが大きいようだ。元となっているはずの魔力が変換され別のモノになっているのでそれを魔導で使うと魔術回路が拒絶して暴走してしまうと。

 

となると、魔術回路を展開している間は魔導を使う事が出来ないというわけか。なら、この魔術回路で何が出来るのだろうか?

 

主に感じたのは親父の動きがスローモーションになったり、活路が見出せたりとかした。

 

『話は変わりますがオリヴィエが召喚された時に私が未知の力が溢れて来たと言った時の事を覚えていますか?』

 

思考中の時にプリムラから話が振られる。俺は意識を思考から離してプリムラの言葉に耳を傾ける。気づけば激痛の痛みもだいぶ和らいでいた。

 

「ああ、覚えてるよ」

『今、マスターの中を潤滑しているモノはその時のと同等の質を感じます』

「……それが、今俺の中にある」

 

自分の体の感触を今一度確かめる為に手や足を動かしてみる。やはり違和感だらけで何とも言えない。戦闘の時は気にしている暇は無かったが、自分の意志で動かせている辺りは戦いに支障はないのだろう。だが、やはりこの違和感には戸惑いを拭いきれない。

 

これが魔術回路に使われている魔力が変換した別のモノを使用した時の感覚ってことか?

 

「……それは俺たちが使っている魔力とは異なる、魔術回路で必要な力ってことか?」

『おそらく』

 

プリムラもこれには分からないようだ。きっと魔術回路も聖杯戦争と同じで隠蔽されているのかは分からないが調べても出てくるものではないのだろう。

 

なら、わかる人に聞くしかない。

 

「……アルトリアなら分かるかな?」

 

少し考えて脳裏に浮かび上がったのはアルトリア。マスターでもあり元サーヴァントだったという異例の人物。

 

どちらの経験もあるのならわかるだろう。今は同盟状態だから今のうちに聞いとかないと。いつ、それが破れて敵同士になるのかは分からない。出来れば敵同士にはなりたくない人物ではあるが……。

 

俺は今後の方針を考えて込んでいた。だから、背後の起きている状況に気付くのが遅れてしまった。

 

「ガイ!!ガイからの供給されている魔力量が上がりましたよ。魔術回路を使っているのですか?」

「えっ……あ……」

 

オリヴィエの声がしたので特に気にもせずに振り向いた……振り向いてしまった。オリヴィエは起きてベッドから離れて笑顔の表情を浮かべながら立っていた……下着姿のままで。

 

俺はすぐに窓の外へ視線を移す。下着姿で寝ていたという記録が脳から消え去っていた。脳の片隅にでもその事実が残っていたら振り向く事は無かっただろう。

 

「ふ、服を着ろよ!!」

「なのはから頂いたパジャマは少しぶかぶかし過ぎて寝ずらかったので脱ぎました。それにガイから突然魔力が注がれたので少し寝ぼけながらも目が覚めました。いきなり魔力が供給されるので魔術回路を使う時は一言言ってくださると助かりますね」

「ま、まあ、使わないときはオリヴィエに魔力が低くて霊体化すらできないからな……じゃなくて、早く服を着ろよ!!」

 

オリヴィエが魔術回路について話し出したので内容がずれ始めていたがオリヴィエには兎にも角にも、服を着ていただきたい。

 

「それに……」

「っ!?」

 

背中に温かいぬくもりが感じ取れた。俺のお腹にオリヴィエの手が回る。俺を背後から抱きついているのだろう。

 

「今のガイにくっ付いていれば魔力が更に供給されます」

「い、いやいやいやいやいや!!そ、そそそ、それは不味いから!!」

 

下着を着ているだけのオリヴィエが俺に抱きついている……ああ、違和感を感じるこの体でも分かる。柔らかい温もりをやたらと主張している二つの何かが背中に当たっている。

 

お、男としては嬉しい事態なんだが……こんな所を誰かに見られたりでもしたら……。

 

「ガイ君、起きてる~?朝食の準備が……」

「!!」

 

更に背後からオリヴィエでもない別の女性の人物の声が聞こえてきた。その優しい清らかな声を聞いただけでも分かる。なのはさんだ。

それと同時に血の気が引いていったのが分かった。昨日もなのはさんはこういう光景の時に介入してきたから、今度はなんて言われるのか。

 

でも、戸惑いの声が時折聞こえてくるので多分、今のこの状況を見て思考が追い付いていなく固まっているのではないだろうか?

 

下着姿のオリヴィエが居るのでドアの方を振り向く事(勇気?)が出来ない。

 

「あ、なのは、おはようございます」

 

そんな状況下でもオリヴィエは何の驚きもなく、俺に抱きついたままなのはさんに挨拶をする。

 

「……あ、ああ~、え、え~と、おは……よう?」

 

なのはさんもとりあえずは戸惑いながらも疑問形で挨拶を返す。

 

「え、えっと、そのお楽しみ中だった?」

「お楽しみ中?何がです?」

 

なのはさんの困惑にオリヴィエの純粋な言葉が飛んでいく。

 

「え?あ、あぁ……そうだね。人の家でそんなことしないもんね」

「そんなこと?」

 

オリヴィエはなのはさんの言っている内容を理解できていないようだ。なのはさんはその言葉を聞いて安堵の息を吐いたのが分かった。

 

「……とりあえず、ガイ君?」

「は、はいぃぃ!?」

 

そして今度は俺に話を振りだすなのはさん。

俺は返事はちゃんと出来なかった。優しい声が背中にかけられているのはわかるのだが……。

 

「これはどういう事……かな?」

 

表情もきっと優しい笑みを浮かべているのだろうだが、背中にはふつふつとオーラを感じとっていた。怒りのオーラが。それによって俺はテンパってしまい返事もうまく返せず、今の質問にもすぐに答える事が出来なかった。

 

「あ、え、ええと……」

 

俺はなのはさんが納得いくような内容を必死に言い訳を考えていた……背中に当たる二つの感触を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ううっ……頭痛い」

「あたしも……だ」

 

そんなこんなの出来事を終えて、俺とオリヴィエはダイニングルームへ入ると、大人2人がかなりグロッキーな状態で席になっていた。表情はかなり青い。

 

「飲み過ぎだよ、フェイトちゃん、ノーヴェ。はい、お薬」

 

この2人はどうやら二日酔いのようだ。フェイトさんはあんなに飲んでいたは分かっていたが、ノーヴェもかなり飲んでいたようだ。

 

なのはさんから二日酔いの薬と水の入ったコップが2人に渡される。

 

「あ、ありが……とう、なのは……」

「わ、わる……い」

 

2人は薬を受け取ってそれを水で飲み干す。

 

「フリーは大丈夫なのか?」

「ええ、それほど飲んではいませんので」

 

私服に着替えたオリヴィエは笑みを零して答えてくる。

 

オリヴィエもなのはさんも昨夜はお酒を飲んではいたが、なのはさんは何とも無さそうだし、オリヴィエも特に二日酔いと言うわけではなさそうだ。

 

そんな2人を尻目に俺とオリヴィエは席に着いた。朝食はなのはさんが作ったオムライスが人数分並べられていた。

 

「美味しそうですね、なのは」

「にゃはは、お口に合うか分からないけどね」

 

オリヴィエはなのはさんの手料理に高評してなのはさんはそれに笑顔で喜んでいる。

 

笑顔は笑顔なんだがさっきの出来事を思うと鬼の笑顔に見えてしまう。

 

『ガイ君、今変なこと考えていなかった?』

『……っ!?い、いえ何も考えていません!!』

 

いきなりなのはさんから念話が飛んできて驚いてしまった。

 

こっちを見ていないと言うのに俺の心境がわかるなんて……。

 

なのはさんの洞察力はもはや人の領域を凌駕しているのではないのだろうか?

 

『昨日はフェイトちゃんとあんなことしてたし、今朝はフリージアさんとあんなことを……』

『……誤解を招くようなこと言わないで下さいよ』

『フリージアさんはただ抱きつきたかっただけだってことは分かったけど……ガイ君って意外と女たらし?』

『いやいやいや!!そんな訳ないですから。た、たまたまです。フリーが寝ぼけて俺を抱きまくら代わりしただけですから』

『本当?』

『はい』

 

流石になのはさんから変な事を言われてしまったのでそこは必死に否定する。

 

オリヴィエが朝弱く寝ぼけたまま起き上がって俺に抱きついてきたという、かなり苦しい言い訳を先ほどなのはさんに言った。なのはさんは信じてくれたかはわからないが。

 

なのはさんの表情を見ると、オリヴィエと笑顔で話をしている。なんで念話で怒ったような素振りをして現実ではそんなに笑顔なんだ?そのマルチタスクはポーカーフェイスが難しい俺にはちょっと羨ましいかも。

 

「ノーヴェ、そんなんで仕事大丈夫か?」

「あ、ああ。流石に昨日はハメを外し過ぎたかも知れねえ。けど大丈……夫……だ」

 

なのはさんとの念話を終わらせようと近くでグロッキーな状態のノーヴェに言葉をかけた。

 

しかし、ノーヴェよ。かなり辛そうな表情でそんな事を言われても大丈夫そうには見えないんだが。

 

『あ、まだ話は終わってないよ』

 

念話からなのはさんの声が聞こえてきたが無視するしかない。これ以上変な事言われ続けると精神的にちと辛い。

 

「まあ、程々にな。子供たちのコーチもあるんだから」

「あ、あぁ……わかってる」

 

ノーヴェは昨日はお酒を飲んで直ぐに寝ていたからな。酔いすぎてすぐに寝てしまったのか、あまりお酒には強くなさそうだ。

 

「え……っと、昨夜の事をあまり覚えていないんだよね」

「……っ」

 

と、フェイトさんがボソッと呟いていた。それを聞いた俺は少し心臓の脈が早くなったのが分かる。

 

「……何も覚えていないのですか?」

「う、うん。お酒を飲んだあたりからあまり記憶が……ガイが私のことをベッドに連れていったのは覚えているんだけど」

「……へぇ~」

「……なんだ、ノーヴェ?」

 

フェイトさんの言葉にノーヴェは何を思ったのか、辛そうな表情だと言うのに小悪魔的な笑みを浮かべている。確かにノーヴェは早々にダウンしてしまったので俺がフェイトさんを2階まで連れて言った事は知らないはずだ。

 

言いたい事は分かる。それで昨日もなのはさんとアインハルトに入らぬ誤解を受けてしまって、部屋に入って来たのだから。

 

決して俺とフェイトさんはそんな関係では……いや、そういう関係になれば嬉しいと思うけど、今はそんなんじゃ……。

 

「楽しめたのか、ガイ?」

「どういう意味で?」

「バ、バカっ!!あたしに言わすんじゃねえよ!!……っつ」

 

変に戸惑うとどのような言葉攻めが来るか分かったものでは無いので、お楽しみとはどのような事なのかノーヴェにストレートで返す。

するとみるみる表情が赤くなって、顔が昨日のお酒を飲んでいるように赤くなった。少し大きく声を発してしまって頭に響いたのか二日酔いの頭痛に痛みに頭を押さえる。

 

ノーヴェは振るうのは得意だけど自分に振られたら困るようなタイプかね。

 

たまにノーヴェにからかわれたりするのでこういう返しを出来てちょっと満足した。

 

「楽しめた?ガイが?私をベッドに連れて行って?……は、はぅ……」

 

そして、ノーヴェの発言にフェイトさんが変な方向へと想像したのか要らぬ誤解を受けてしまった。こちらもノーヴェと同じくみるみる表情が赤くなっていく。

 

「い、いえ、フェ、フェイトさん。そんな事は決してしていませんから!!誤解しないで下さい」

「え、あ、そ、そう……なの?」

 

フェイトさんの不安げな疑問に俺はうんうんと必死に首を縦に振る。また、変な誤解をしてしまうと色々とマズい。

 

「そ、そう。それは……よかった……のかな?」

「えっ?」

 

何とか誤解を解けたと思ったが、フェイトさんは赤い顔のまま不安な表情から残念そうな表情へと切り替わっていた。

 

「ガ、ガイも男の子だもんね。し、したいのなら……」

「フェイトちゃん、そこまでにしようか。朝からそんな甘い言葉を言っちゃダメだよ」

「な、なのは……私は別にそんな事……」

 

傍から見ていたなのはさんの指摘にフェイトさんは否定するがどうも歯切れが悪そうだ。

 

もしかしたら、フェイトさんは俺に好意が……そんな訳ないか。

 

今、自分で思っていた事を諦めるかのように否定した。もし、フェイトさんに好意を抱かれていたとしても俺はどうしたらいいか分からない。俺は確かにフェイトさんの事が気になるけどこれは好きに繋がるのだろうか?

テスタロッサ家の親戚の存在に近いフェイトさん。だがら、無意識のうちに血が気にしていたのかも知れない。

 

本当の気持ちって……意外と分からないモノだな。

 

「「「ただいま~」」」

「只今戻りました」

 

と、そんな考え事をしているとダイニングルームに元気な声が響き渡った。

 

開かれたドアの先にジャージ姿の少し湯気が出ているヴィヴィオ達が居た。ジョギングから帰って来たのだろう。

 

「あ、ガイさん。フリージアさん。おはようございます」

「ああ、おはよう」

「おはようございます、ヴィヴィオ、コロナ、リオ、アインハルト」

 

ヴィヴィオが元気よく挨拶をすると他の子供たちは笑顔で頭を下げる。アインハルトは笑顔ではないが。

 

「皆の朝食の分これから作るから、その間にシャワー浴びてきなよ」

「うん、ありがと、なのはママ~♪」

 

そう言えば確かに子供たちの朝食の分が無い。

 

ああ、St.ヒルデ魔法学院って今日は創立記念日で休みか。なら子供たちは少し遅れた朝食を取るのだろう。朝の早い社会人達にわざわざ合わせる必要はない。

 

「朝からジョギングってのも精が出るね~」

「日々の精進が実力へと結び付くものです」

 

アインハルトの凛とした声でそのような言葉を聞くと説得力はある。俺はアインハルトの文武両道や一生懸命さや切磋琢磨な姿勢をしているのを知っているのでそれが更に説得力のゲージを上昇させる。アインハルトに限らず、ヴィヴィオ、コロナ、リオもそのような姿勢なので他の子達が言ってきても納得するだろう。

 

「そうだな」

 

だから俺はその言葉に賛成した。

 

「はい」

 

アインハルトもそれにきっぱりと答える。そして、子供たちはシャワーを浴びるためにダイニングルームを後にした。

 

アインハルト……落すモノを落しきったのか表情が前よりも少し……ほんの少しだが明るくなった気がする。昨日のオリヴィエの本当の心境を聞けたからだろう。

その結果がいい方向へ向いたのか分からないが今のアインハルトは前よりも輝いているように見える。新たな目標でもあるインターミドルもあるしな。

 

成長していく子供を見ていると自然と笑みが零れる。今の俺は笑っているのが自分でもわかる。

 

「ガイ?何に笑っているのですか?」

「いや、親や上の兄弟ってこんな気持ちを持っているのかなって」

「……?」

 

オリヴィエは俺の言った言葉の意味を理解できなかったのか可愛く首を傾げる。

 

「さ、朝食を食べようか」

 

俺はドアから視線を外して目の前にあるなのはさんの料理に手を付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガイ君と出勤するのって初めてだね」

「所属も部署も違いますから基本的に一緒になる事は無い筈ですけどね」

 

俺はなのはさんの車に乗せてもらい798航空隊へ移動していた。なのはさんは今日はうちの航空戦技戦を行うので行先は一緒だ。

乗っていきなよと言われたので、お言葉に甘えることにした。なのはさんが運転席で運転をして俺は助手席に座っている。

 

オリヴィエは祝日で休みの子供たちと一緒に格闘技の練習に付き合うようだ。もし、何かあれば令呪を使ってすぐに呼んでくれとの事。

 

そう使えるものでもないからここぞって時に使わないともしもの時は何も出来なくなるな。

 

「で、念話の続k……」

「それはもう勘弁して下さい」

 

なのはさんから念話と言う言葉を聞いた瞬間、脊髄反射で瞬時に謝った。ここが家とかだったら土下座もしていただろう。

 

「しょうがないな~わかったよ~」

「……」

 

本当に分かっているような口調では無いので多分、今後も聞かれるかもしれない。俺はなのはさんにテンポを持っていかれたので一度落ち着かせるために他の話を振った。

 

「なのはさん、ありがとうございます、乗せていただいて」

「気にしないで。目的地は一緒なんだから」

 

ハンドルで運転しながらこちらに顔を向けることなく笑みを溢すなのはさん。その横顔は優しい表情で綺麗と言って間違いは無い。もう鬼の笑顔とは言わない、思わない。

 

やっぱり、なのはさんも美人だからな~。

 

「でも、部隊長が……」

「ん?何か言った、ガイ君?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 

そして、たぶんこのまま隊舎に向かったらなのはさんに好意を持っている部隊長に何言われるか分からない。着く手前で下ろしてもらわないと不味いかもしれない。

 

なのはさんと一緒に通勤してきたなんて事がバレたらリアルに俺の部屋が砲撃で吹き飛ばされるかもしれない。それは困る。

 

「……ガイ君」

「はい」

 

そんな事を考えるとなのはさんから俺の名前が呼ばれた。その声にはいつもの優しさに包まれた雰囲気ではなく、先ほどの弄ぶような明るいモノでもなく、真剣さを孕んだ雰囲気を晒し出していた。なので俺も真剣に返事をした。

 

「隠し事……私に言えないかな?」

「……」

 

隠し事……つまりは聖杯戦争の事をなのはさんに話すという事。だが、それは不味い。

 

部外者であるなのはさんにこの事を話したら管理者に掟で消されてしまう。

 

でも、“未来”のなのはさんが参加しているんだよな……いや、関係ないか。

 

「申し訳ありません、なのはさん。前にも言いましたが話す事は出来ません」

「だね。ダメ元で言ってみたんだけどやっぱり駄目か」

 

なのはさんは舌を出して片目を瞑って笑った。

 

「でも、最近のガイ君を見ていると危なっかしいんだよね」

「危なっかしい?」

 

俺のオオム返しの言葉になのはさんは頷く。

 

「ガイ君はヴィヴィオ達と一緒に居る時、そこが自分の居場所でホッとしているような感じに見えるの。まるで危険なことから帰って来て安堵感ってものを得たような感じかな」

「いえ、そんな事は……」

 

なのはさんの洞察力は半端なく、その考えは的確だ。的確に突かれた事で俺はうまく返事を返せなく語尾を濁す。

ヴィヴィオ達との日常が楽しくてそこに居たいという気持ちがある。聖杯戦争から戻った時に皆の中に入るとホッともするし、同時に俺の中で守りたい世界でもあった。

 

親父にも似たような事を言われたっけな。

 

“あの子供たちを守っているつもりかもしれんが、実は、その逆だ。あの子供たちから離れればとめどない孤独感がお前に襲い寄せて、その逃げ場としてあの子供たちに守られているのだろう?結局は人に頼らねば何もできない存在。それがお前だ”

 

この親父の言葉は本物だろうか?偽物だろうか?今となっては分からないが、たぶん本物なのだろう。俺が守っていると思っているヴィヴィオ達の存在が逆に俺の心の中で大きくなっている。ヴィヴィオ達と離れたらとめどない孤独感に耐えきれず、その重さに潰されてしまうかもしれない。

 

俺のメンタル面は弱いかもな。

 

そんな結論に達してしまった。

 

「でも、昨日から吹っ切れた表情になったよね?その時は弄べなかったけど……何かあったのかな?」

「……いえ。特には。ただ気の持ちようで変わるモノだと思いますよ」

「ふ~ん、そっか。でも無理しないでね」

 

なのはさんは納得していなさそうではあるがこれ以上この話を続けるような事はしなかった。なのはさんの配慮に感謝しつつ、窓の縁に肘を当て、顎に手を乗せて流れゆく外の風景をぼんやりと眺めていた。

 

そして、信号が赤になったので車は大通りの停止線の手前で停止した。前に視線を移すと通勤、通学する時間帯なのでサラリーマンや学生など多くの人たちが横断して駅やバス停を目指している。

 

「っ!?」

 

だが、その中で見慣れた人物が紛れ込んでいたのが見えた。身長は150センチぐらいで、翠色の瞳に結い上げていてもなお軽さと柔らかさが見て取れる美しい金髪の人物。

 

アルトリアか……今すぐ会っていろいろ聞きたいけど、つい先ほどなのはさんに聖杯戦争の事に関して関わらせない様にした意味が無くなってしまう。ここで降りるような事をしたら後でまたなのはさんに色々と心配をかけてしまう。

 

横断していく人たちが疎らになっていきアルトリアも横断して姿が見えなくなった。そして、信号が青になって車は走り出した。

 

後でここに来てみるか。

 

そうすれば再びアルトリアと会えるかもしれない。そしたら色々と聞いてみよう。

 

俺は仕事帰りにここに寄ってみようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――798航空隊 訓練場

 

「それじゃ、模擬戦始めようね」

「てめぇら、気を引き締めろよ」

 

なのはさんとヴィータさんの航空戦技戦が始まり、今は最後の締めである部隊全員となのはさんとヴィータさんとの模擬戦が始まるところだ。

 

「隊長、高町教導官に見惚れないでちゃんと動いて下さいよ」

「ああ、当たり前だ。ちゃんと高町教導官を見ながら戦ってやるさ!!」

「……駄目だこいつ、はやく何とかしないと」

 

なのはさんに好意を持っている、やる気満々な部隊長が呆れきった隊員とこんな会話をしている。これではチームも纏まらず今日もなのはさん達に一太刀浴びせる事が出来ないかもしれない。

 

いや、一太刀浴びさせてみるか……魔術回路を使うには良い機会かもしれない。

 

今朝方はなのはさんが部屋から出て行った後、魔術回路を切った。違和感だらけの体でずっと過ごすのは少し厳しい。切った時にオリヴィエがまた悲しい表情をして魔力が~、とか言っていたが。

 

頃合いを見計らって使うか。

 

今日の部隊の人数は俺と部隊長を含めて15人。剣や槍やハンマーなどの近距離戦型7人と砲撃とビットの遠距離戦型4人、補助サポートのサポート護衛型3人というバランスの良いチームではある。

 

因みに俺は当たり前だが近距離。部隊長は遠距離だ。

 

「それじゃあ、開始!!」

 

なのはさんが空中で掲げていた左手を下げて模擬戦開始の合図をした。

 

「のおぃ!!」

 

それと同時に奇怪な声が隣から聞こえてきた。近距離の1人が先ほどまでなのはさんの隣に居たはずのヴィータさんにハンマーで横殴りされて飛ばされていた。そのまま木に激突して気を失った。あれはもう脱落だ。

 

相変わらず速いな。

 

俺たちは距離を取るために少し後ろへ下がる。

 

「おせえぞてめぇら!!チンタラしてんじゃねえぞ!!」

「「うおおおぉぉお!!」」

 

そこに下がらずにいた近距離の2人がヴィータさんを挟むように各々の得物を振るう。槍とハンマーだ。

 

だが、ヴィータさんは片目を瞑ってその場を動かずにでかいハンマーを肩に担いで笑みを零していた。

 

「それもおせぇ」

「「!?」」

 

ヴィータさんを挟むように動いていた2人は遠距離から飛んできた高速のピンクの魔弾がヒットして大きく飛ばされた。なのはさんの魔弾だ。あの2人も脱落だろう。

 

遠距離型の奴らは何をしているんだ?なのはさんの魔弾がこっちに来ているぞ。

 

「そこか!!」

「はん。来たか、ガイ」

 

そんな事を思いつつ、俺はヴィータさんの僅かな隙を見つけ、足の裏に魔弾一発分の魔力を溜めこみ、それを一気に発散させてヴィータさんに高速で近づきながら抜刀しようとした。だが、その隙は囮だった。ヴィータさんは俺の行動に笑みを崩さず余裕で反応して、半歩右にズレる。

 

「っ!!」

 

その後ろからは3発のピンクの魔弾が真っ直ぐ飛んできた。俺は反射的に体を捻る。一発目の魔弾は紙一重で何とか避け、2発目は地面に手を付けて跳ね上がって避け、3発目は跳ね降りたと同時に鞘で防いだ。

 

そのまま、後ろを見ずに180度転回するように抜刀を行った。そこには大きなハンマーがあり俺に襲いかかってくる瞬間だった。それを何とか刀で受け止め鍔迫り合いな状態に入る。

 

「ちぃ、分かっていたか」

「なんとなく……です……っ」

 

だが、純粋な力勝負ならランクが上のヴィータさんには敵わない。現に先ほどまで拮抗状態な鍔迫り合いから俺が押されつつある。

 

そこにヴィータさんの背後から3人の近距離型が俺の位置に合わせて四方を塞ぐように攻めてくる。

 

「へっ、アイゼン!!」

『了解』

「っ!?」

 

ハンマーからガシュっと一発の銃弾が排出されてる。カートリッチシステムだ。それを見た瞬間、俺は鍔迫り合いのベクトルを動かし離れられるような体制をとり、ヴィータさんから大きく後ろへ下がる。

 

「おりゃあああぁぁああぁあ!!」

 

ヴィータさんはそのまま遠心力を利用してハンマーを回転させながら囲んできた3人を纏めて吹き飛ばす。

 

あの3人はいきなりの攻撃に反応すら出来ずに飛ばされたのだろう。ヴィータさんの一撃は重い。あれを一発食らっただけで脱落モノだ。あの三人も例外ではない。

 

やがてその威力も弱まりつつ、肩にハンマーを担いで俺を見て回転は止まった。

 

「たく、反射神経だけは一人前だな、ガイは」

「どうも」

 

ヴィータさんの褒められているのか分からない言葉に取りあえず礼を言いながら刀を納刀する。

 

ヴィータさんとなのはさんの実力は凄まじい。開始2分足らずで俺以外の近距離戦の部隊は脱落してしまった。それになのはさんとヴィータさんの連携プレイがウマい。

 

流石は機動六課のエースってところか。

 

「高町教導官も大分片づけちまったようだな。てめえらまだまだ実力が付いてねぞ」

「高町教導官とヴィータ教導官が強すぎだと思います。それに砲撃戦の敗因の原因は……」

 

俺は空を見上げた。つられてヴィータさんも見上げる。そこにはなのはさんが困惑の色を表情に出して戸惑いを隠せていないし、怒っているようにも見える。

 

「何考えているんですか、部隊長!!」

「好意を抱く。興味以上の対象だという事さ!!」

「「……」」

 

俺とヴィータさんは呆けたような表情をしてしまった。

 

部隊長が朝礼でこんな事を言っていた。

 

『俺は今日、なのはさんを積極的に攻める!!攻めて攻めて押し倒す!!』

 

と、豪語していた。

 

『通報しますた』

 

と、部隊の誰かがつっこみを入れていたが部隊長は聞く耳を持たず無駄にテンションを上げている。

 

そんな事言っていた部隊長は今、模擬戦でなのはさんを口説き中だ。なのはさんに対してあんなに積極的にアプローチをかけている。しかも口説き中ながらもなのはさんの魔弾を華麗に避けながら時折、自分の魔弾を打ち出す。

 

他の砲撃の隊員は落とされたようだ。あんな自分勝手に動いてしまった部隊長が原因で連携を崩し各個撃破されてしまい脱落したのだろう。

 

援護型の2人も脱落している。残っているのは俺と部隊長のみ。

 

同じ部署でしかも上司があんなことをしていると、部下である俺はかなり恥ずかしいのだが、部隊長はそんな事はどうとも思っていなく、なのはさんに釘づけなんだろうな。

 

「ちゃんとやってください、怒りますよ」

「君の視線を釘付けにしてみせる!!」

「……なあ、ガイ。あれ、何かに取りついているのか?」

「部隊長はなのはさんに好意を抱いてはいますけど、ちょっと感情が出すぎかもしれませんね」

 

そんな光景を見てしまったからか、模擬戦の緊張感と緊迫感が吹く風に吹かれて何処かに行ってしまった感じになってしまった。俺とヴィータさんの間にはそれらが無くなり白けた雰囲気が漂ってしまった。

 

「俺と君は、運命の赤い糸で結ばれている」

「それは違います」

 

プチッ……。

 

「「あっ……」」

 

今、人間の中にある大事な線が切れる音が聞こえた気がする。それはきっと部隊長から聞こえたのだろう。

 

なのはさんがハサミで物を切るようにバッサリと赤い糸を断ち切った事が部隊長の心に傷を負わせてしまったようだ。

 

部隊長はあんなに華麗に飛び回っていたのに今は糸の切れた操り人形のようにぐったりしていた。表情も口を開いたまま一点を見つめているだけだ。

 

「あ、あ~、え、ええと……」

 

なのはさんも先ほどバッサリと切った事に罪悪感を感じたのか目の前の部隊長にどう言葉をかけたらよいのか困っていた。

 

「おりゃ!!」

 

そこにヴィータさんが跳び上がって部隊長にハンマーを軽く振り下ろした。部隊長は何の反応もすること無く、そのハンマーに叩き落とされて地面に激突した。手加減はしてくれたので大事には至らないだろう。

 

あれ?また俺が最後?

 

気付けば俺がこの部隊の最後の一人となっていた。

 

「高町教導官。詰めが甘いですよ」

「あ、え、え~と、あんな状況は経験したこと無かったからどう対処したらいいか分からなくて」

「たぶん今後もないと思うからその対処は生かさなくていいぞ」

 

そんな雑談を二言三言交わした後、2人は俺のを見る。

 

「さて、またガイ君が最後だね」

「はっ、覚悟はいいか?」

 

2人は笑顔を向けて自分のデバイスを構える。

俺は軽く冷や汗を掻いていた。ヴィータさんの強力な近距離戦を何とか凌ぎながら、その後ろから援護射撃の飛んでくるなのはさんの魔弾を避けなければならない。最低でもこの二つに意識を集中させないとあっという間に脱落だ。

 

……っ、魔術回路……繋がったか。

 

そのため、俺は2人が言葉を交わしている間に魔術回路を展開させた。痛みは朝よりかは和らいでいる。8tトラックから漸く乗用車に撥ねられるぐらいの痛みだ。暖かい心地よさもあって心臓の握りつぶされる感覚もだいぶ和らいだ。

 

表情に出さないぐらいは何とか耐えれるくらいの痛みだ。

 

「行くぜ」

 

と、掛け声とともにヴィータさんが俺に向かって音速に近い速度で俺に向かって突進してくる。

 

俺はハンマーの軌道を正確に一寸の狂いもなく読み取り、それを避けつつカウンターのような形で刀を抜刀する。

 

「なっ!?くっ……」

 

予想外の攻撃だったのかヴィータさんの表情が驚きの色に染まっていたのが分かった。

 

だが、そのカウンターで放った抜刀はヴィータさんに当たる計算だったが、空中でうまく軌道を変えてヴィータさんは俺の横を通り過ぎて地面に着地する。

 

「……あたしの動き見えてるようだな」

「ヴィータ教導官もかなりの反射神経をお持ちで」

「はっ、教え子に負けるとなっちまったら、立つ顔も立てねえだろ」

「まあ、確かに……」

 

ヴィータさんの言葉に答えつつも、先ほど俺が判断した動きに対して戸惑いを覚えていた。

 

あれほどまでに敵の武器の軌道を完璧に予測できるような事は今までになかった。まあ、ヴィータさんの反射神経も高かったから最後の結果だけは違っていたが。

 

……こうなったのも魔術回路が原因か?

 

思考が高速回転しているのがわかる。妙に頭の中がスッキリして今なら厚さ10センチぐらいの論文ぐらいなら直ぐに丸暗記出来そうな勢いではある。

 

つまりはこの魔術回路は思考速度を速めて相手の動きを計算して予測を完璧に近づけられる、という事か?

 

だがら、親父の時にも思考速度が速くなり活路を無意識に見出せたと。

 

俺はこの魔術回路の使い方を理解しはじめた。

 

これは予測思考、と言えばいいか。

 

……なんだ、これ?

 

高速で予測したイメージの中には不可解な出来事が起きているモノがあった。

 

「行くぜ、ガイ」

 

ヴィータさんが再びハンマーを構えて突っ込んでくる。

 

やってみるか。

 

俺はヴィータさんの音速に近い速度を見定めつつ、魔術回路に流れている別のモノを放出するようなイメージをして、そのモノを体外に晒し出す。

 

「なっ!?」

 

ヴィータさんは今の俺を見て速度を一気に減速して0にし、俺の事を凝視していた。

 

「それはなんだ?」

「……わかりません」

 

分からないわけではない。

 

俺の体からは黒い霧が現れていた……いや、これは霧ではなく粒子だ。親父も黒い霧を纏っていたからそれに近い存在なのだろう。

 

黒い粒子が体内から放出して俺の周りを囲むように纏わりついていた。

 

不可解な出来事とは俺の体内から晒し出た別のモノを展開している事だ。親父みたいな事をしている。

 

親父の時はこれが武器になって飛ばしていたが……このパターンを見た限りだと、そのような用途は見当たらない。

 

俺は理解が追い付いていないヴィータさんに向かって走り出して、鞘走りをしてタイミングよく抜刀する。

 

「っと!?」

 

ヴィータさんは反応が遅れてしまったからか、防御するのが間に合わないと判断して空中へ避けるために飛んだ。

 

ヴィータさんが避ける事はパターンで分かっていた。俺は纏わりついている黒い粒子を目の前で固定化する。俺は速度を落とさずにそれを思いっきり踏み込んで三角飛びのようにしてヴィータさんを追撃する。

 

俺の周りに纏わりついている黒い粒子は固定化も出来るのだ。

 

魔術回路を行使している間は魔導を使う事は出来ない。飛行は魔導で行うので魔術回路では飛ぶことはできない。

しかし、このやり方なら飛ぶという表現は合わないが、空中戦も行う事はできる。メリットも存在する。

飛行の場合、旋回しないと通り過ぎた場所へ戻る事は出来ない。この時間帯はどうしても埋める事の出来ないラグだ。しかし、これの場合、旋回する必要性もなく直進的に戻るのでその分のタイムラグを減らす事が出来る。

 

このわずかな差は戦場ではかなり大きい。

 

「ちっ!!」

 

現にヴィータさんは思わぬスピードで跳んできた俺を見て驚きを隠せていない。

 

これなら、ヴィータさんに一太刀入る。

 

俺は抜刀したままの刀で下からすくい上げるように振り上げる。ヴィータさんはそれをハンマーで受け止める。

 

魔力を行使して飛んでいないため俺は重力の引力によって落ちていくことになる。それを防ぐために足元に黒い粒子を固定化させてそこに留まらせる。

 

そして、俺は更に俺とヴィータさんの周りに黒い粒子を展開させた。

 

「てめっ、ガイ!!何をする気だ!?」

「攻めるだけ、です!!」

 

語尾を強調させたと同時に俺は行動に移す。ヴィータさんは未だに動揺を隠し切れていない様子だ。攻めるなら今しかない。

 

動揺していたからかヴィータさんのハンマーをそれほど苦もなく弾き返して、俺は跳ぶ。跳んだ先には固定化して留まっている黒い粒子がある。そこに足を踏み込みながら刀を納刀し、力のベクトルを三角のように120°変化させて、ヴィータさんに向かって抜刀して追撃をかける。

 

俺の跳んだ位置が少しずれていたからかヴィータさんを横切るような動きで刀を抜刀していた。

 

「てめっ!!」

 

それをヴィータさんは何とかハンマーで受け流す。だが、これで終わりではない。俺のスピードを止めるための遮蔽物は存在しないのでそのまま、ヴィータさんから離れて直線上に存在する固定化した足場を納刀しながら踏み込んで、力のベクトルの角度をヴィータさんへ向かう向きに直して再び追撃をかける。

 

旋回分のタイムラグが無いため、ヴィータさんも防戦一方に為らざるおえない。反撃しようとしても直ぐに俺の次の一手が存在する。それほど今の俺の移動速度は速い。魔術回路による脚力が上がっているのか違和感だらけの体は思いのほか軽い。

 

追撃を何手かくわえた所で、

 

「バスター!!」

 

なのはさんの砲撃が飛んでくる。が、それは黒い粒子を少し大きめにして固定化し、盾のようにそれを防ぐ。

 

「硬い……」

 

この粒子が固定化した物質はかなり硬化している。なのはさんの砲撃も防げるほどだ。

 

その後もものすごい量の砲撃や魔弾が俺に向かって飛んでくるが、黒い粒子がその度に固定化して防いでくれる。

 

ここまで行けば視えたパターンの終着点に行ける。最後はヴィータさんに一太刀入れることのできる終着点に。

 

俺はヴィータさんに一太刀入る事に確信を得ていた。パターンを見たからでもあるのだろう。

 

「なめんな、ガイ!!アイゼン!!」

『了解』

「っな!?」

 

しかし、そのパターンは音をたてて簡単に崩れていった。

 

ヴィータさんはハンマーを瞬時にデカくしたのだ。

 

「ギガントシュラーーーーク!!」

 

突然、ハンマーの体積が拡大したおかげで、下から斬り抜けるはずだった俺の動きは、そのハンマーの腹に激突してしまいヴィータさんを追撃することが出来ず隙を生んでしまった。

 

その衝撃を受けてしまったからか黒い粒子は固定から元の粒子に戻ってしまった。

 

「そのまま落ちやがれ~!!」

「っく!!」

 

ヴィータさんがハンマーを下へと叩きつけるように力を加える。

 

俺もそれに対抗するべく力を加えていたが、ヴィータさんの膨大な力の前では俺の力など紙きれのようなものだ。

 

ハンマーに押しつけられたまま降下していく。このままでは地面に激突だ。

 

ひ、飛行が使えない……。

 

と、俺はこの叩きつけられるものの数秒の間に必死に対策を立てようとしていた。

 

「!?」

 

だが、突然ブツかっていた感触が無くなった。俺はそのまま引力に引き寄せられて地面へと墜ちるがハンマーにぶつかってはいないので何とか着地をした。

 

何が起きた?

 

頭の中の疑問を解消するべくヴィータさんの居る上を見上げた。

 

ヴィータさんは未だにデカいハンマーを振り下ろしている態勢のままゆっくりと下がっていた。

 

周りには黒い粒子が散布されている状態。

 

「……」

 

親父の時にもこんな事態があったのを思い出す。俺の心臓を貫くときに魔術回路が発動してスローモーションになった出来事。

 

あの時は周りが黒の色に埋め尽くされていたから分からなかったけど、あの時も黒い粒子が発生していた?だから、親父の動きが遅くなった、と?

 

あの黒い粒子は時間を制御できるという事なのだろうか?

 

だが、そうなると少しおかしい。

親父には“現時間”というスキルがあると親父の記憶の中にはあった。あれは時間のズレに縛られること無く“現時間”でそこの空間に介入できる。だからあの時に速度が遅くなるのはおかしい。

 

とすれば、あの時は俺の体感速度が異常に早くなっていたからか?

 

親父の視線からでは現時間で介入できるが、俺の視線からではあの粒子が時間の流れを高速化させて、その中にいた俺もその速度になっていたと。

 

親父の“現時間”のスキルは遅い時間の中では有利に立てるが、早い時間の中では不利になってしまう諸刃の剣のようだ。

 

話がズレたが用はあの粒子はその場の時間の流れを制御できると言う事か。

 

「ーーーーーーーーーれれれえれぇれれれぇ!!」

 

考え事をしていたがヴィータさんが黒い粒子の渦から飛び出してきて、始めから出していた掛け声が戻り、速度も上げ俺の立っている場所にハンマーを叩きつけるように襲ってきた。たぶん、まだ俺があのハンマーにぶつかっていると思っているのだろう。

 

今のあの中の空間は時間が遅く進んでいたようだ。

 

だが、俺があの中に居た時、速度は上がっていた。逆だった。ヴィータさんはその時影響を受けていたのだろうか?それともオートで時間の流れを変化させる事が?この黒い粒子は時間制御をすることは分かったが詳細はまだよく分からない。

 

俺は考え事をしながら落ちてくるデカいハンマーに潰されない位置へ身体を動かす。紙一重で先ほど俺の居た場所にデカいハンマーが落ちて、周りに大きな衝撃と爆音を響きかせる。

 

あんなの喰らったらタダではすまない気がするんだが……。

 

あれを食らったらと言う考えをして身震いをしながらも、俺は落ちてハンマーの上に着地して隙の出来たヴィータさんに刀を抜刀して攻める。

 

「なぁ!?ガイ!!」

 

ヴィータさんはハンマーの下に俺が居ると思っていたからか、目の前に現れた俺に戸惑いと焦りの色が表情に浮かび上がっていた。

 

ヴィータさんは今、完全にフリー。この一太刀入る!!

 

俺はそう確信した。

 

「はい、捕獲~」

「!?」

 

だが、俺の腕はピンクのバインドで絡められて、刀を動かす事が出来なかった。そして、バシッバシッと気持ちの良い乾いた高い音を立てながら俺の体全体をバインドしていく。

 

その間にヴィータさんはハンマーを元のサイズに戻して俺から離れる。

 

「“ストライク・スターズ”!!」

 

真横から凄まじいピンクの砲撃と音がその存在感を物語っている。合宿の時にアインハルトが受けたなのはさんの砲撃だ。

 

急いで黒い粒子を固定化させようとしたが間に合わず、俺はその砲撃に飲まれて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……」

 

昼休み。

俺はいつものベンチに腰を下ろしてコーヒーを一口飲み、青空を見上げていた。

 

意識を取り戻した時は医務室のベッドで横になっていた。全身が痛みを主張していたが、起き上がる事は容易だった。

 

そして、隣になのはさんが椅子に座っておれの事を見ていた。何か言いたそうな、それでも心配している色を晒し出し複雑な表情で。

 

しかし、なのはさんの眼は俺を真剣に見ていた。その眼は心の中まで見透かされてるんじゃないかと思うくらいに綺麗な眼だった。そして、少しだけ俺を見つめて笑みを溢して、大丈夫だね、と言って医務室から出て行った。

 

黒い粒子の事について聞きたかったのだろうか。それでも聞かなかったのはなのはさんなりの気遣いなのかもしれない。

 

黒い粒子はたぶん魔術回路に流れていた別のモノだ。

 

「魔術回路は今は繋がっていない」

 

医務室で目覚めた時から、体の違和感は消えていた。プリムラにもリンカーコアからの魔力の変化はないと言っている。

 

気を失えば自然と魔術回路は消えてしまうようだ。戦場で気を失うわけにはいかないがこれの使い方も少しずつ分かっては来た。

 

「もっと具体的に教えてくれよな……親父……」

 

呟きながら息を吐く。結局、先ほどの模擬戦ではヴィータさんに一太刀入れる事が出来なかった。

 

これの使い方をもっと熟知すればいずれは届くかもしれない。でも、なぜ最初の時は一太刀入れれることが出来たのだろうか。

 

あの時はどんな状況下だったっけ?

 

と、最初の模擬戦の事を思い出していると機械の効果音が鳴り響き目の前にモニターが表示された。全部隊に繋がる報告通信だ。

 

映しだされた人物は部隊長だ。表情はかなり真剣だ。眼が座っている。先ほどなのはさんに振られてしまった脱力感は無い。

 

訓練中もそのくらい真剣さがあれば俺も一太刀入れれる隙がなのはさんとヴィータさんに出来たと思うんだけどな。

 

部隊長の活躍で最初の模擬戦は一太刀入れれたのかも知れないと結論付けた。

 

『部隊全員に告ぐ。ミッドガル郊外東部の開拓前の密林内にてアンノウン生物を複数確認。陸士部隊が調査に入った模様だが人に被害を加える凶暴な性格で部隊が大打撃を受けている。管轄外の場所ではあるが、人手が足りないのか応援要求がこちらにも来たため俺たちも迎撃に向かう。全てを送れるわけではないため、アルファ分隊とベータ分隊の4小隊で向かう』

「俺の部隊か」

 

俺は部隊長が隊長のアルファ分隊に所属している。そのためあまり出動することは無いのだが、今回は部隊長が自らの部隊で出動すると。

 

それほどそのアンノウンと言うのはかなり凶暴なのだろうか?

 

『出動は1300。集合場所は会議室。詳細は出動前に知らせる。以上』

 

そう言い残して、モニターは閉じられた。

 

「……もう30分も無い。コンディションもクソもねえな」

 

少し愚痴気味な事を呟きながら残りのコーヒーを飲みほして、午前中の模擬戦の疲れを少し残したまま俺は出動準備のため隊舎へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ミットチルダ東部 廃墟した家

 

『近くで大型のアンノウンが確認された。今、陸士部隊と交戦中だが、状況は芳しくない』

「そうですか」

 

私は昼食を終えた後、霊体化しているゼストの声が脳内で響いた。

因みに昼食はご飯を炊いてみました。炊飯器や電気などが無かったので、焚火を作ってレジャーで使うお米を炊くステンレス製の箱みたいなものに水を入れてお米を入れて炊いてみた。

 

味はまあ上出来だろう。しかし、あったおかずは漬け物のみ。少し物足りないですが、ゼストがここに残してあった数少ない資金で買ったもの。無駄には出来ません。

 

ご飯を食べるとシロウの作ったおかずを食べたくなる。シロウは本当に料理上手だ。

 

この世界にシロウが居るのなら機会があれば作ってもらいましょうか。

 

「迎撃に向かった方がいいですね。ここも危なくなる可能性もある」

 

と、変な方向へ思考が働いてしまったのでゼストの言葉に対して対策を練る。

 

『ああ、それに死者も出てきている。急いだ方がいい』

「……戦場ですね」

『……あぁ』

 

ゼストの言葉の歯切れの悪さに私は戸惑いを抱いた。

 

「そのアンノウンは凶悪なのですか?」

『霊体化して視てきたがあまりにも現実離れした光景があった……あれは地獄絵図に近い』

「……」

 

ゼストの言葉に私は言葉を詰まらせる。地獄絵図と言う表現を使って説明している。そんな光景を作り出すモノが近くに生存している。

詳細は言わないので想像は出来ないが、それは本当に凶悪なのだろう。だが、そこで臆してはいけない。まだ見ぬ敵だが攻めなければ得られる勝利もない。

 

私は座っていた椅子から立ち上がりゆっくりと外へ向かって歩き出す。

 

「そのアンノウンはどうしてこのような場所に突然?」

『……聖杯戦争が絡んでいるのかもしれん。誰かが呼び出した可能性もある』

「そんなものを呼び出して、人の霊魂を食べさせてサーヴァントを強くさせる……“魂食い”が目的かも知れません」

 

前の聖杯戦争の時もキャスターがそのような事をして魔力を蓄えていた事がある。人の精気を抜き出してそれを糧に魔力にしていた。今回もやり方が違えど“魂食い”に似ている。今回も行われないとは限らない。

 

『ああ、急いだ方がいい』

 

ゼストは同じ言葉を二度繰り返した。いつも冷静沈着なゼストも少し焦っているような声をしている。このアンノウンは何かがありそうだ。

 

私は歩から走りへと変え、密林地帯へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おう、ガイ。準備が早いな」

「常に必要なモノは一通り揃えてありますので」

 

武装にセットアップして集合場所の会議室に行くと、部隊長が武装して隊長の証であるマントを羽織りながら少し強張った表情で出迎えてくれた。

 

「他はまだの様ですね」

「まあ、な」

「……」

 

部隊長の言葉には少し戸惑いと恐怖の感情が込められていたのが分かった。

それでも真剣な表情でいつもの様にチャラけた雰囲気を晒し出す事は無く、周りの空気を冷たい雰囲気で張りつめらせている。

 

真正面からその雰囲気にあてられると冷や汗を掻いてしまう。

 

このような雰囲気を晒し出している部隊長の時はかなり凄いのだ。戦場でもこの人は人とは一線を画している。

 

そんな部隊長が戸惑いや恐怖の感情を少しだが晒し出している。

 

「……そのアンノウン生物はどのくらい危険なのですか?」

「全身が10メートル級」

「っ!?」

 

何?今、部隊長は何と言った?10メートル級?ビルの7~8階建て分の高さだぞ。誰かが召喚獣でも呼んだのか?

 

「で、デカすぎでは?」

「映像も送られてきた。視るか?」

 

決してフザけた表情をすること無く真剣な表情で俺を見定める。俺はその言葉に押され気味ながらも頷く。

 

「……いや、やはりこれは視ない方がいいな」

「ど、どうしてですか?」

 

しかし、部隊長は自分から振ってきた話を自分で否定して話を終わらせようとした。

 

「皆が来たから作戦会議で話す」

「わかりました」

 

納得のいかない事だったが、他の隊員も集まってきたので整列する。そして、部隊長が皆の前に出て話を始めた。

 

「ミットチルダ東部の郊外の端に位置する開拓前の密林内で大型のアンノウン生物が目撃された。今は陸士25部隊・陸士98部隊・陸士159部隊が交戦中だ。我々798航空隊のアルファ分隊とベータ分隊はこれより陸士部隊の援護に向かう。対象のアンノウン生物はこれだ」

 

部隊長の隣に少し大きめのモニターが表示され、アンノウン生物の全体像が表示された。それを見た時、整列していた俺たち隊員はどよめいて驚きを隠せなかった。

 

映し出されていたのは巨大な生物。急な出現だったのでちゃんとした資料が無く、その場で撮られた映像のようだ。画像が少し荒い。全長は先ほど部隊長が言った通り、10メートルはある。

 

それほど大きいにもかかわらず重力に負けないほどの力を持っているのか2本足で立ち、丸い胴体で全身をドロドロの赤黒い何かで覆われており、一番上には大きな口があった。

 

「人に接触するとき、胴体の赤黒い部分から触手の様なモノを無数に晒し出して人を捕える」

 

更に人を捕獲する知性を持ち合わせているようだ。

 

「そしてっ……」

 

部隊長の口調が急に弱まった。その次の展開を話す事に躊躇っているようだ。表情もかなり弱々しい。

 

部隊長はモニターを操作した。

 

『いやああああぁぁあああぁぁ!!』

『や、やめろろろろおおぉぉぉ!!』

『は、は、離せええぇぇえぇ!!』

「「「……っ!!」」」

 

モニターからは人の叫び声や呻き声や断末魔などが聞こえてきた。応援要請に動画も送られて来たのだろう。その動画は最近のホラー映画やモンスターパニックよりもリアルで斬新な光景だった。

 

そのアンノウン生物は触手で捕らえた隊員を大きな口に放り込んで“食していた”。

 

ゴリッボリッバキッと骨が砕ける音がその口が動くたびに聞こえてくる。この生物は“人”を“捕食”しているのだ。

 

「うっ!!」

 

隊員の一人が口を押さえて前屈みになった。こんなモノをいきなり視てしまっては嘔吐してしまうのも無理もない。

他の隊員たちも表情はかなり怯えている。無意識のうちにあの食べられている人物を自分として想像してしまったのだろう。これから向かう敵は俺たちを“食べる”そんな生物なのだから。

 

「この生物は我々人間を食べるようだ。そして、この生物の近くでは魔法陣の展開を行う事が出来ないAMFのような無効化するものも存在する。なので、地上で魔導に頼らなくても攻撃を素早く行う事の出来るアルファ分隊とベータ分隊に集まってもらった」

 

部隊長の言葉が隊員全員に重く深くのしかかる。この悪夢のような出来事が起きている惨状に俺たちもこれから行かなければならないのだ。誰だって嫌だろう。

 

「これを見て問う。俺たちはこれからアンノウンの居る森へ向かわないといけない。命を落としてしまう可能性が高い凶悪な戦いになるだろう。だが俺はここでお前たちにこの任に下りることのできる道を作ろう。下りたい者がいれば下りると良い。咎めはしない」

「「……」」

 

再び俺たちアルファとベータの隊員たちはどよめきを隠せなかった。部隊長の部下に対する優しさが俺たち隊員全員に伝わったからだ。

 

ここで下りても良いと。魔導が使えない環境下でも戦えるこの状況で適切な俺たちに対して強制的な事はしないと。

 

その気持ちは部隊長に敬意を表するに値するものだった。

 

しかし、これを倒さなければ首都クラナガンやミットチルダ東部にこのアンノウンは来る可能性がある。そうなるとミットチルダ全土は混乱と被害が招かれるだろう。まだミットチルダ全土ではこの混乱は起きていない。このアンノウン出現を公表していないようだ。

 

無駄に公表して混乱を招いてしまうよりかはマシか。

 

治安や平和を守る事も俺たち軍の仕事でもあるのだ。隠蔽。それも一つのやり方だろう。その間に俺たちが仕留める。

 

ヴィヴィオ達の居る世界にあんなものを存在させてはいけない。

 

脳裏にはヴィヴィオ達との日常風景が映し出されていた。そこにあのアンノウンが現れて……。

 

俺は脳裏に浮かんだイメージを半ば強制的に忘却した。そんな未来にさせないと誓いながら。俺は覚悟を決めていた。

 

「隊長。一つ質問いいですか?」

「……なんだ、ガイ?」

 

俺は疑惑がいくつか浮かんできたので部隊長に問いかけた。

 

「このアンノウンはどのように現れたのですか?」

「突然現れたとしか資料が送られていない。そのために情報が不足し過ぎている」

「召喚魔導師が近くにいるかも知れませんね」

「それも一理ある。それも含めて戦闘補助・索敵・調査が我々の仕事となる」

 

この凶悪な生物を呼び出して何をする気なのだろうか?もしかしたら、聖杯戦争の誰かが行っているのかも知れない。もしかしたら、ただ理由もなく現れたのかも知れない。

 

ともあれ、そのような情報不足の憶測は真実にたどり着く事はほぼ不可能なので考えを切り替える。

 

「で、だ。下りたい奴はいるか?」

 

部隊長の優しい声が会議室を緩やかに包み込んだ。その声は本当に部下を危険な目に遭わせたくないような思いやりのある感情が込められているのが分かった。

 

「「「……」」」

 

少しの間の静寂。誰も手を上げようとはしない。

そして再び部隊長が言葉を吐く。先ほどの優しい声では無く、張りつめた雰囲気を発して低い声で部隊長らしい言葉を。

 

「……お前たちは上司から死ねと言われたら死ねるのか?」

「死に……たくありません!!」

「そうか……皆、良い表情だ」

 

誰かが言った。それは本音だろう。しかし、部隊長はそれを咎める事は無い。

 

俺以外の隊員全員にも覚悟があったようだ。部隊長に敬礼をする。

俺と同じく誰もが胸の中で思っている事。大切な人たちにこのアンノウンを遭遇させてはいけないと。中には恐怖で震えている隊員もいる。表情も不安の色を隠せていない。だが、下りなかった。

 

こいつらは立派な隊員……命を本当に張れる猛者たちだ。こいつらとなら安心できる。

 

俺の心の中ではこの惨状に向かわず任を下りる事のが出来たのに、下りなかった隊員達が一緒で安心感を得ていた。

 

部隊長は俺たちが敬礼している真剣な表情を見て敬意の敬礼を表する。

 

「俺は死ねとは言わん。一番の任務は生きて帰る事だ。わかったか!?」

「「「はい!!」」」

「部隊798航空隊。アルファ分隊、ベータ分隊、これよりミットチルダ東部郊外の開拓前の密林内で交戦中の陸士25部隊・陸士98部隊・陸士159部隊の支援・索敵・調査に向かう!!」

「「「はい!!」」」

 

俺たちの勇ましい声が会議室内を響きかせた。

 

「失礼します」

 

と、そこに気高い優しい女性の声がドアの開く音と共に聞こえてきた。皆がドアの方へと視線を向ける。そこに居たのはなのはさんとヴィータさんだった。表情は凛としまっていて、部隊長と同じく張りつめた雰囲気を持ち合わせている。

 

今日は午前中だけの訓練だったのでもうここには居ないと思ったのだが、部隊長の報告通信を聞いてあちらでも調べていたのだろうか?

 

「高町教導官、ヴィータ教導官。何故ここに?」

 

部隊長が疑問を投げかける。しかし、それに答える事は無くなのはさんとヴィータさんは部隊長へ近づいて行き、一定の距離を保って止まり敬礼した。

 

「航空戦技教導隊5番隊2班、高町一等空尉、ヴィータ二等空尉。これより部隊798航空隊アルファ分隊・ベータ分隊に入り現場に赴きたい所存です。指揮は部隊長に全任致します」

「……いいのですか?」

「はい、この出来事は見過ごすことが出来ません」

 

部隊長は言葉を失っていた。位が部隊長よりも上ななのはさんが部隊長の下で指示を仰ぐ立場で向かうと。

 

なのはさんとヴィータさんが加わるのなら必然的に部隊長の位置はなのはさんとヴィータさんになるのだが。

 

部隊長が言葉を失うには十分な理由だった。少しして部隊長が思考回路が戻ったのかなのはさんとヴィータさんに敬礼を返した。

 

「ありがとうございます。高町教導官、ヴィータ教導官が加わるのなら私たちの士気も上がり、生存率も高くなります」

「ああ、そのために来た」

「ですが、このアンノウンは危険極まりない生物です。十分に注意をしていきましょう」

「はい!!なのはしゃん!!」

 

あ、チャラけた部隊長に戻った。本当はなのはさんも加わって別の意味で良かったのではないかと思っているのではないか?いいや、きっとそうだ。

 

部隊長がチャラけてしまったことにより、会議室の張りつめた雰囲気は途切れて白けた雰囲気が漂ってしまった。

 

まあ、部隊長なりの緊張の解し方だと思えばいいか。

 

何はともあれ管轄外でありながらも俺たち798航空隊+なのはさんとヴィータさんは地上のミットチルダ東部郊外へ足を踏み入れることとなった。




さて、これからがもっと大変になりそうです。

これを書くのも二年目に突入。頑張りますか。

何か一言感想をいただけるとありがたいです。

では、また(・ω・)/


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二十五話“偽善と真実の交差”

EXVSFBが稼動し始めてからゲーセンへ入り浸っていてw

エロゲーやる時間がEXVSFBになっちまったw

仕事も忙しいし。

時間が欲しいです。

と、ぼやくはここまでにして、楽しみに待っていた方々(居るんかなw?)お待たせしました。

では、二十五話目どうぞ~。


 「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」

 

縁側で隣に座っていた爺さん……衛宮切嗣はぼそりと呟きながら、その虚ろな瞳でただ遠い空の月を眺めている。その瞳には何が宿っているのか俺には分からなかった。いや、もしかしたら何もないのかも知れない。

 

俺も月を見るために見上げる。

満月の月。やたらと大きく見えるその月に雲などかかっていること無く、どこも掛けていない円の星がどの星よりも神々しく地上を照らしている。

 

本当に今日の月は綺麗だ。

 

「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 

しかし、そんな綺麗な思いが胸をよぎっても先ほどの爺さんの言葉は胸に引っかかったままだったので言葉を返す。

俺は爺さんが自分を否定するような言葉が嫌いだ。爺さんは偉大な人物だ。俺に“魔術”というモノを教えてくれた。とは言っても何とか習得できたのは“強化”だけだったが。

 

爺さんは月を見つめながら苦笑する。

 

「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気が付けば良かった」

 

ヒーローは期間限定でオトナになると難しい……か。爺さんは爺さんだし名乗るのは無理な歳なわけか。

 

「そっか。それじゃしょうがないな」

「そうだね。本当に、しょうがない」

 

俺の痛みの篭った言葉に爺さんも痛みを込めて返した。爺さんが成し遂げたかった事は大人になって出来なくなってしまったと。

 

そして、俺たちは魅力に魅かれるように月を見上げる。

 

ほんと、いい月だな~。

 

魅かれるという言葉はあながち間違いではないだろう。現にさっきから俺と爺さんは月に釘付けた。本当に魅かれている。

 

こんなに綺麗な月の日の会話はきっと奥深く俺の脳に記憶されるのだろう。

 

だから俺は誓いを立てたかった。記憶の残りやすい今日という日に。

 

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」

 

爺さんの眉が一瞬だけ動いた。爺さんの事は見ていないので分からないがそんな気がした。

俺は月を見ながら誓いを立てる。

 

「爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は……俺がちゃんと形にしてやっから」

「そうか。ああ……安心した」

 

その声は本当に安心した気持ちが込められているのかとても温かった。

 

「……爺さん?」

 

しかし、次の言葉が聞こえてくる事は無かった。

 

染み入るような月明かりの中、そのまま眠るように安らかに爺さんは息を引き取った。

その表情はやっと安堵を得たような安心感を抱いていたのが分かった。

 

あの時の俺を救った、初めて会った時の心の底から喜んでいる、まるで自分が救われたような表情で。

 

そして、俺は爺さんと誓いを立てた夢を走り続けるようになった。

 

 

 

“正義の味方”という理想へ。

 

 

 

「お前は本当に英雄になりたいのか!?」

「なりたいんじゃない!!絶対になるんだ!!」

 

風景は突如に変わった。

場所はアインツベルンの城。今は華々しさの無くなった瓦礫だらけの玄関口でアーチャー……“英霊エミヤ”と剣戟を繰り広げていた。

 

俺とアーチャーの二刀流の剣がぶつかり合う音をこの玄関口に高く響きかせながら俺たちは息荒く会話を続けていた。

 

隅の方ではセイバーが固唾を飲んで俺たちの剣戟を見つめている。

 

「それはそうだろうな!!なぜなら、それがお前にとって唯一の感情だからだ!!」

「なにを!?」

 

止まないアーチャーとの激しい剣戟を受け止め、受け流しながら、お互いの感情をぶつけ合う。

 

“英霊エミヤ”。第五次聖杯戦争で俺の理想を走り続けた結果、英霊となりサーヴァントとして俺の前に現れた未来の自分。目的は俺を殺すために。

 

「お前は憧れただけだ!!」

 

アーチャーの大きく振りかぶった剣を、受け止める、受け流すことが不可能と分かり転がりながらそれを避けて体制を整え、再び剣戟を行う。

 

「お前を助けたあの男があまりにも幸せそうだったから自分もそうなりたいと思っただけだ!!お前の理想は只の借り物だあぁぁ!!」

「違う!!」

 

アーチャーの感情の荒々しさを声に出しながら振りきった。その重い一撃が“投影”した俺のアーチャーの1つの剣を粉々に砕いた。俺はすぐさま同じ剣を“投影”する。

 

「これには誰かの為にならないと強迫観念に突き動かされてきた!!それが破綻しているとも気づかずただ走り続けた!!」

 

再び俺の剣はアーチャーの激しい剣捌きで両方とも粉々に砕かれてしまった。すぐに投影して立ち向かう。

 

「誰もが幸福であってほしいなどと、おとぎ話だ!!」

 

アーチャーの剣が俺の背中を切り裂く。

 

「そんな夢しか抱けぬのなら抱いたまま溺死しろおおぉぉぉ!!」

「ぬぁ!!」

 

俺は二つの剣を地面に刺して、息を荒くして俯く。

 

「はぁはぁはぁ……」

 

アーチャーは攻撃してこない。余裕のつもりなのだろうか。息も乱していない。

激しい剣戟の間に繰り広げた激しい気持ちの篭った言葉の往来。

 

その中で感じた事はこいつは“正義の味方”を諦めてしまった事。あの時の縁側で切嗣に誓いを立てたあの夢をこいつは……“未来”の俺は諦めてしまった。それがどうしても許せなかった。

 

確かに初めて会った時の切嗣の顔は幸せそうな表情をしていて自分が救われたと、救われた自分が思ってしまうほどに晴々としていた。

 

俺の気持ちの中にももしかしたらあんな風になりたかったのかも知れない。それを目指しているのかも知れない。夢の先にあるモノが自分も救われると思いながら。

 

だが、それを目の前のこいつは諦めた。数百人を救うためにその十倍、百倍の人数を殺したりして、その理想が破綻していると気づいてしまったから。しかし、だからと言って決めた理想を簡単に捨ててしまった。

 

そこが納得いかないしそんな奴に負けたくない。

 

魔術回路に流れる魔力が精神を貪るかのように暴れ体全体を駆け巡る。

 

「体は……体は剣で出来ている!!」

「貴様……まだっ……」

 

俺はアーチャーに顔を向ける。アーチャーはまだそんな理想を抱いている自分に嫌悪感を抱いたのか更に眉を眉間に寄せる。

 

「お前には負けないっ!!誰かに負けるのはいい……」

 

体重を掛けていた二つの剣を抜きとる。

 

「だけど、自分には負けられない!!」

 

俺は再びアーチャーに向かって走り出す。激しい感情が痛みを疲れを忘れさせ、目の前の自分に立ち向かえる力を与えてくれる。

 

「こいつっ……」

 

アーチャーはその感情の威圧感に押され気味ながら剣を繰り出す。

 

「叶わぬと知ってなおも挑み続けるその愚かさ!!」

「間違いなんかじゃないっ!!」

 

切継との誓いは決して間違いなんかじゃないんだ。

 

あの誓いがあったからこそ今の自分がいる。

あの誓いがあったからこそ未来のお前がいるんだ。

 

アーチャーとすれ違いざまに俺の渾身の一撃の剣をお見舞いした。今度はアーチャーの剣が粉々に砕けた。これにはアーチャーも驚きを隠せていない。が、すぐさま新しい剣を投影し俺の剣に対応する。

 

「ぬううううぅぅぅ!!」

「うおおおぉぉぉ!!」

 

剣と剣のぶつかり合う音がより一層、このフロアに高く響いた。俺たちは出し惜しむことなく全力でぶつかり合った。

 

「それこそが俺の過ちだったはずっ!!」

「決して間違いなんかじゃないんだあぁぁぁああぁ!!」

 

過ちだと知り歩みを止めた自分。

決して歩みを止めない自分。

 

一つの理想でこの二つの考えを生み出した自分と自分。どちらが正しいのか。その気持ちが重い方が勝者となろう。

 

そして、その結果はすぐに訪れた。

 

俺は剣を1つ捨て、もう1つの剣の切っ先をアーチャーに向けて突っ込んだ。アーチャーはその時、何を思ったのかはわからない。一瞬だが動きが止まった。そして、そのまま俺の剣はアーチャーの体を貫いた。

 

剣が肉を切り裂き、突き抜けた感触が手から伝わる。

 

「俺の勝ちだ、アーチャー……」

「ああ……そして、私の敗北だ……」

 

アーチャーは貫かれながらも笑って力なく言葉を放っていた。本当はこんな道に走り出してしまった自分を止めてほしかったのかも知れない。過ちだと知って過ちの道を進んでしまった事を。

 

「未来に何が待っていようと後悔なんかしない!!俺は乗り越える!!」

「そうだったな、乗り越えなければ嘘だ……」

 

ああ、俺はどんな未来を待ちうけようとも切嗣に誓ったこの理想はずっと突き進む。後悔なんかしない。

 

未来の自分に後悔したなどと言われても俺は……!!

 

 

 

『正義の味方……か』

 

 

 

そして、風景はまた変わった。今度は薄暗い部屋。

目の前のモニターから零れる僅かな光しか照らしているモノはここには無かった。

 

その言葉を放ったのはモニター越しに居る人物“管理者”だ。

 

放課後の教室で凛に魔術を教わろうとしたら突然“穴”が現れて俺たちは吸い込まれた。

 

その穴を通って出てきた場所がここだ。隣にいた凛は居なく、先に吸い込まれた机やいすもない。ただ目の前にモニターがある薄暗い部屋。

 

『それはお前の意志か?』

「ああ、そうだ。俺は正義の味方になるんだ」

 

今、モニター越しで話をしている人物は“管理者”と名乗った。あちらは暗くて表情や特徴が掴めない。顔を割られたくないから暗くしているのだろう。

この管理者からは色々と話を聞いた。

 

ここは地球と言う星があった世界ではなく“ワームホール”で別世界にやって来たこと。

地球とは違う場所で“聖杯戦争”が行われるということ。

そして、それに俺も参加資格があるということ。右手の甲には冬木の聖杯戦争の時と同じデザインの令呪が刻まれていた。

 

俺の考えは決まっている。

 

たとえ、地球外の別世界であっても俺の意志は貫き通す。犠牲者を出してはいけないんだ!!

 

『しかし、それは贋作だな』

「……っつ!!」

 

モニター越しから聞こえてくる図太く低い声が俺の心を深く抉ってくる。

 

『正義の味方など昔から憧れていた人物は多かっただろう。その人物たちから見ればお前のその夢は偽物、贋作、フェイクに他ならない。その偽夢を突き進む者がフェイカーだ。そうだな……お前はお前の爺さんだった切継の亡霊とでも言えばいいか』

「……」

 

管理者の言葉は何故か正論に聞こえてきてしまう。確かに昔の偉人達が描いた夢に正義の味方などがあれば俺はその夢と同じと言わず、近い夢を目指していることになる。

 

それこそが偽物だと、目の前の管理者はそう告げる。

 

『お前は……お前の思っていること全てが偽物だ』

「……偽物でも構わない」

『……ほう』

 

管理者の言葉には少しだけ楽しそうな感情を込められていたような気がした。俺は自分の気持ちを言葉に押しつけた。

 

「たとえ本物に届かない偽物だとしても、偽物が本物に負ける道理はない!!」

『知ってもなお偽物を目指すのか。道化だな』

「何とでも言え」

 

偽物でも構わなかった。偽物でも負ける道理など無いのだから。

 

固有結界内でギルガメッシュとの対決の時に俺の偽物の剣がギルガメッシュの最古の宝具を壊す事が出来た。本物が必ず勝てるとは限らないのだ。

 

「自分の気持ちにまっすぐ進んでいるマスターですね」

「えっ?」

 

女性の声は突然後ろから聞こえてきた。その声は優しさが包まれていて包容力があると言っていい声だ。

 

後ろを振り向くと女性が立っていた。栗色の髪をサイドテールにして笑みを溢しながら。青と白が特徴的な様々なゴツい武装を装着して、パッと見ると重装備だ。

 

「マスター?」

『はい、私のマスターはあなた様でよろしいのですね?私は高町なのは。クラスはアーチャーです』

 

ああ、この人物は英霊だ。すぐ近くで対峙していると分かる。朗らかな笑みを溢しながらもその魔力の多さと殺伐とした異様に重い雰囲気。強い意志を込められている眼がこの者が只者ではないと語っている。

 

「あ、ああ」

 

俺はその魔力と雰囲気と目線にあてられながらも相槌を打つ。俺がマスターであることを承認したアーチャーは軽く頷きながらモニターに目線を写す。

 

『……エース・オブ・エースか』

「うん、そんな名誉付けられた事もあったね」

 

エースの中のエース。なるほど、確かにこれなら納得できる。

 

「で、あなたが管理者?」

『ああ、そうだが』

「……ふ~ん」

「っ!?」

 

管理者の肯定から一瞬の間が空いた。その一瞬にアーチャーは何を思ったのか、笑みは絶やさずに先ほどの重い雰囲気と比にならないくらいの重たい殺気をそのモニターに放っていた。

 

俺は思わず喉を鳴らす。

 

アーチャーは管理者に何か根を持っているのだろうか?

 

『戦う相手が違うだろ』

「貴方ももしかしたら戦う相手に含まれるかもしれないと思いますよ」

『……ふっ』

 

何を思ったのか管理者の写っているモニターからは鼻で笑った声が聞こえた。

 

『まあいい。貴様は五人目のマスターだ。全員のマスターが揃った時に再度こちらから通知する。それまで聖杯戦争に向けて準備をしておくといい』

 

そして、一方的にモニターを切られててしまった。残されたのは俺とアーチャーのみ。

 

「……とりあえず、よろしくなアーチャー」

「はい、マスター。あ、名前をお伺いしても?」

「ああ、言ってなかったな。俺は衛宮士朗」

「うん、士朗君ね」

「……っ」

 

先ほどの重い雰囲気が消え明るい雰囲気になり、天使のような笑みを向けながらいきなり名前で言われたのでちょっと照れくさい。

 

アーチャーはかなりの美人だ。生前の頃はかなりモテていたのではないだろうか?

 

「え、衛宮でいいよ」

「そうですか?」

 

キョトンとしながら首を傾げる仕草もかなり男心を刺激させる。

 

「わかりました。では、プライベートの時は衛宮君で。戦闘の時はマスターと言わせてもらいますね」

「わかった。俺はどんな時でもアーチャーと言わせてもらう」

「……そうですか」

 

一瞬アーチャーの笑みに悲しみの色が過ぎったような気がした。俺は何か間違いなことを言ってしまったのだろうか?

 

「……名前で呼んでほしかったな」

「ん?何か言ったか?」

 

アーチャーがボソッと何かを呟いたように聞こえた。でも、アーチャーは首を横に振ってなんでもありませんと答えた。

 

「っ!?」

「!?」

 

そして、突然にこの薄暗い部屋が直下型地震の激しい縦揺れのように揺れて足が地面から大きく離れて、フワフワとした浮遊感を感じた。激しい揺れに俺は飛ばされてしまったようだ。

 

「衛宮君!!」

「うわあぁぁああぁあぁ!!」

 

そして、その浮遊感も一瞬で俺は重力に引き寄せられるように落下していき強制的に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――土蔵

 

「……ゆ……め?」

 

俺は夢から覚めた。夢と分かったあたり、記憶に深く残っている部分が夢に出て来たのだろう。

 

今は薄い毛布を掛っているだ。かなりの寝汗を掻いたのか寝巻代わりのTシャツが汗でぐっしょりとしていた。

 

久々に懐かしい夢を見た。それとアーチャーとの対決。そして、管理者とのやり取り。

 

切嗣との誓いの日の夢。理想を目指し続けた自分との対決。そして、ここに来た理由。それが夢になって現れた。

 

「衛宮君。夢見が悪かったの?」

「えっ?」

 

唐突に聞こえてきた綺麗な女性の声。それが上から聞こえてきた。その声は夢に出てきた声と同じ音声だ。視線を上に上げるとそこにはアーチャー……“英霊タカマチ”が優しい笑みを浮かべて俺の事を見下ろしていた。

 

「え?ア、アーチャー?」

「にゃはは。凄い呻き声だったから膝枕してたんだよ。そして、だんだんと落ち着いてくれたのかな?静かな寝息を立て始めてくれて」

「えっ?」

 

そういえば、ミカヤからいつも使わせてもらっている枕よりも頭を押さえるモノが柔らかく感じる。これはアーチャーの膝?

 

「あっ、悪い!!」

 

俺は急いでアーチャーの膝から頭を離して離れる。

 

「うん、そんなに元気なら大丈夫だね」

「え、あ、ああ」

 

慌てている俺とは違い、アーチャーは何時もどおり落ち着いて笑みを絶やさない。

 

「でも、呻き声じゃあまりいい夢じゃなかったのかな?」

「い、いやぁ……ちょ、ちょっとまって」

 

感情が少し揺らいだままなので座禅を組んで気持ちを落ち着かせる試みを行った。

 

「にゃはは、ウブなんだね衛宮君」

「う、うるさいっ!!」

 

座禅失敗。

タカマチの相手をおちょくるような言葉が座禅を組ませてくれない。

 

「衛宮っ!!起きてるか!?」

「いっ!!」

 

そこにバンッと思い切りドアを開いた音と、綺麗な声でありながらもその中には強い意志を孕んでいる凛とした声が土蔵内に響いた。

 

「ミ、ミカヤ」

 

そこに立っていたのはここの抜刀術天瞳流 第4道場、女袴を着ている師範代ミカヤ・シュベルだった。鍔の付いていない刀を鞘に納めて左手に持っている。

 

一つに縛って下ろしている長く蒼い髪に凛とした表情が特徴的で、歳は18と若いが師範代と言われても強ち間違いではないほどの貫禄と雰囲気を持ち合わせている。

 

「衛宮、起きていたか。早速だが早朝の稽古をしたい。相手してくれるか?」

「あ、ああ。いいよ」

 

いつの間にかアーチャーは霊体化して消えていた。今のミカヤにはここに俺1人で寝ていたと思っているのだろう。

 

俺は立ち上がる。

 

「座禅を組んでいたのか?」

「まあ、ちょっと気持ちを落ち着かせようと思ってな」

「けっこう。衛宮は日々向上心だな。今時はその気持ちを持っている人は少ない」

「いや、あ、ああ」

 

ミカヤが柔らかい笑みを向けてくる。

 

本当はアーチャーにおちょくられてしまって乱れた気持ちを落ち着かせるために座禅を組んだなんて言えないしな。

 

「では、早朝訓練に付き合ってくれ」

「ああ、やろう」

 

俺はミカヤについて行った。

 

薄暗い部屋で起きた揺れで意識を失った後、ここの庭に倒れていたようだ。そこにミカヤが俺の事を発見して、事情を説明したらしばらくここにいるといいと言われた。ここは柳洞寺に似ている。土蔵もあるのでそこでいろいろとガラクタいじりも出来る。似ている所だからこそ安堵感が心の中に芽生えるのだろう。

 

ここでの手伝いをしながら稽古もして自分を鍛えている。

 

ここは……うん、悪くない。むしろいい。

 

ミカヤの背中姿を見ながらここでの生活に安心感を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――市民公園内 公共魔法練習場

 

「で、アーチャー。どこかに出かけたいと言ってきたはいいがここは?」

『うん、ここは魔法の練習場』

 

大きな公園がある中で大きく拓いてある広場がある。どうやらここは練習場のようだ。俺はアーチャーが出かけたいと言ってきたのでここにやって来て、この中を歩いていた。

 

大きな広場の他にテニスコートやバスケットのゴール台など軽くスポーツの出来る場所でもある。

 

魔法練習場と言っても普通のスポーツも出来るどこにでもあるちょっとリッチな公園だ。

 

魔法と言っても俺にとってはよく分からないモノだ。魔術でさえも分からない事が多いのでどちらも俺からしたら未知の領域に存在するモノだ。

 

1つ1つ理解していかないとな。

 

「きゃっ!!」

「おっと」

 

と、考え事をしていたら子供とブツかってしまった。考え事をして周りが見えていなかったようだ。倒れそうになった女の子を何とか引き留める。

 

「悪い、考え事をしていて周りが見えていなかった」

「あ、いえ、こちらこそ周りを見ていませんでした。倒れてしまう所を支えて下さいましてありがとうございます」

 

その女の子は俺から少し離れてぺこりと頭を下げる。

 

良く出来ている子だ。

 

今の行動を見ただけでも分かる。少なからずとも小さな女の子が常識のある人物である事に俺は感心していた。

 

「ああ、怪我もなくて良かった」

「はいっ!!」

 

そして、頭を上げて頭に良く響く元気な声を発しながら微笑んでいた。見た目は可愛い女の子だ。

 

上下がピンクのジャージ姿。

ライトブラウス色の髪を両サイドでちょっと縛って、残りを下ろして、左眼が紅く右眼が翠の虹彩異色の眼。

 

笑顔が眩しく一度見たら脳裏に深く刻まれてそう簡単には忘れられないだろう。

 

『ヴィヴィオ……』

 

アーチャーがぼそりと呟いたのが聞こえた。

 

『ヴィヴィオ?この子の名前か?』

『うん。高町ヴィヴィオ。私の娘だよ』

『えっ?』

 

アーチャーの姿は見えないがその声は優しさに包まれていた。自分の子供に出会えたことが嬉しいのだろう。

 

しかし、とある疑問が浮上した。

 

『この子は見た目は10歳くらいか?』

『う~ん、この新暦から見ると10歳だね』

『……因みにアーチャーの歳は?』

『……ああ、なるほど』

 

脳裏に言葉を放ってくるアーチャーの声には納得のいったようなニュアンスが含まれていた。

 

『あまり女性に年を聞くのも良くないよ』

『んっ、すまん。気になったもんでな』

『まあいいけど。今の私は25。この新暦だと23だね』

『……』

 

俺は頭の中の話で言葉を失っていた。

 

このヴィヴィオって子は10歳。アーチャーはこの新暦だと23歳。つまりは13歳でヴィヴィオを生んだと?

 

まずポルノ法とかの法律に引っかかるような……。

 

と、いろいろと頭の中で話が膨らんでいった。

 

『で、たぶん変なことを考えていると思うけどヴィヴィオは養子だから』

『ほへっ?』

 

自分でも間の抜けすぎた声だと分かった。頭の中でアーチャーが小悪魔のようなからかう声が響いた。

妄想で11~12歳頃に性行為をしてしまって、でも、堕ろしたくないから親に内緒で生んでしまって……などとスケールが大きくなっていたようだ。それを否定されると考え込んでいたモノが変な声となって外に出て行った。

 

『そ、そう言う事なら早く言えよ……』

『衛宮君が勝手に妄想で暴走しているからだよ』

『むっ……』

 

そう言われると何も言い返せない。勝手に頭の中で色んな事を想像してしまった自分が悪いのだから。

 

「ヴィヴィオさん、早いです」

「負けないよ~!!」

「皆が早いよ~」

 

ヴィヴィオと言う女の子の後ろから更に少女たちの声が聞こえた。皆がジャージ姿なので皆でジョギングをしていたのだろう。

 

頭に黄色いリボンを縛って濃い紫色をした髪をショートカットにしている黄緑色の瞳をして八重歯が目立つ女の子。

クリーム色の髪をツインテールにしてキャンディの形をしたゴムで結んでいる青色の瞳で大人しそうな雰囲気を持っている女の子。

 

そして、碧銀の髪を特徴的なツインテールに結い、左の大きな赤いリボンが印象的な女の子。左眼が薄蒼で右眼が紫でこの子もヴィヴィオと同じく虹彩異色だ。

 

ヴィヴィオだけでなく他の子たちも可愛いな~。

 

素でそう思ってしまった。

 

『アインハルトちゃんに、コロナちゃん、リオちゃんもいる』

『ヴィヴィオって子の知り合いか?』

『うん!!』

 

念話でアーチャーと会話を続ける。アーチャーの声は弾んでいるに聞こえる。

 

「えへへ~、皆遅いよ~」

 

皆の方へ振りむき可愛く舌を出すヴィヴィオ。

 

『愛娘の元気な姿を見たかったのか?』

『……うん、ヴィヴィオの姿を一度見たくなっちゃって。未来の私が会うのは止めておくけど元気な姿を見れただけでもいいよ。それにこの時間帯はたぶん……』

『……アーチャー??』

 

アーチャーの言葉には喜びの色が混じっていたのが分かった。娘に会えた喜びが言葉に盛られていたのだろう。

そして、何かを思い出したのか最後の方は歯切れの悪い声になって考え込んでしまい呼んでも返事しなくなった。

 

「あの……そちらの方は?」

 

と、碧銀のツインテールな女の子がこちらに気づき疑問を投げかけた。

 

「あ、私がよそ見をしていたらぶつかっちゃって。転びそうになったところを支えてくれたんです」

「そう……ですか。ヴィヴィオさん、ランニング中によそ見をしてはいけませんよ」

「……はいっ、気をつけます」

 

指摘されてシュンと項垂れてしまうヴィヴィオ。

 

『ヴィヴィオ。アインハルトちゃんに怒られちゃったね』

『あの子はアインハルトって言うのか』

『うん、頭に黄色いリボンを縛っているのがリオちゃん。キャンディの形をしたゴムを結んでいるのがコロナちゃんだよ』

『……そっか』

 

アーチャーから一通りの名前と特徴を教えてもらった。先ほど考え込んでいた事柄はすんだのか普通に答えてくれる。

 

ともあれ、これで名前を間違える事はない。

 

アインハルトは他の三人から見ると少し背が高い。年が少し上なのだろうか?

 

「あ、私は高町ヴィヴィオって言います。本当にありがとうございました」

 

再びこちらに振り向いて頭を下げるヴィヴィオ。

 

「いいよ。そんなことでいちいち頭を下げなくても」

 

やっぱり、しっかり出来た子だなと思いながら俺は答える。

 

「「あっ……」」

 

そして、この少女達の後から白いジャージ姿で走ってきた人物と目が合って驚きの表情をお互いに隠せず晒してしまった。その人物と俺は息が合うかのように同じ文字の呆けた声が被った。

 

「フリージア」

「衛宮……士朗」

『やっぱりこの時間帯は一緒に居たんだ……』

 

ガイのサーヴァントでファイタークラスのフリージアだった。アーチャーは分かっていたのか納得のいったような確信の色が混じった声だ。

 

「あれ?フリージアさん。この人とお知り合いなんですか?」

 

そんな俺たちを見て、コロナが疑問の言葉を投げかける。

 

「あっ……いぇ、まあ、その……」

「あ、ああ。俺たちはちょっとした知り合いだ」

 

とっさに出会ってしまったからかフリージアは慌ててしまっている。俺はあまり変に疑われない様に冷静になって言葉を選ぶ。

 

「もしかして、ストライクアーツ関係の人ですか!?」

「へっ?ス、ストライク……アーツ?」

 

好奇心旺盛な声の中には聞き慣れない単語が存在し、素で返してしまった。脳内検索でストライクアーツを検索するが、何も出てこない。

 

ストライクとアーツ?なんなんだ?

 

『ああ、それはヴィヴィオ達がやっている格闘技の名前だね。地球で言うと総合格闘技ってとこかな』

『K-1みたいなものってことか。こんな小さい子達がそんなことをやっているんだな』

『結構流行っているからね』

 

小さい子供たちが格闘技をしている。そんな現実に軽くカルチャーショックを受けた。

 

地球で子供のころからいきなり格闘技の練習をすることなんてほんの一握りだろう。

それがここの文化では格闘技が流行っている。だから小さいころからでも格闘技に触れるチャンスが多いのかも知れない。

 

ここの違いに大きな戸惑いが出来たわけだ。

 

と、話がズレた。つまりはその格闘技に俺も関係しているのではないかと言う事か?

 

『ガイ君もストライクアーツをしているからね。昔の私がガイ君に聞いただけだけど、フリージアさんとはストライクアーツで知り合ったってあの時言ってたんだよね。だから、フリージアさんと知り合いな形になった衛宮君もストライクアーツの関係者なんじゃないかなってヴィヴィオが聞いて来たのかも』

『……すごいな、アーチャー。そこまで予測できるのか』

『伊達にヴィヴィオのお母さんをしているわけじゃないよ』

 

えっへんと胸を誇っているようなアーチャーの姿が脳裏に浮かんで思わず苦笑いしてしまった。

 

「あ、えっと、衛宮……さん?」

 

言葉を掛けてから何も反応を示さず苦笑いを見たヴィヴィオは笑みを崩さずとも若干顔を引きつらせて俺の事を見ていた。

 

おっと、随分と間を開けさせてしまったようだ。ヴィヴィオの質問に答えてやらないと。

 

「あ、ああ、悪い。俺はストライクアーツをしているわけじゃないんだが格闘技の嗜み程度ならある。それでちょっとした縁でフリージアとも出会っただけだ」

「そうですか。あ、もしかして、フリージアさんぐらい強かったりしますか?」

「俺はフリージアより強くないよ」

 

フリージアはサーヴァントだ。そう簡単にフリージアよりも強くはなれないだろう。

 

「少し立ち話が長すぎましたね。戻りましょうか」

「わっ、もうこんな時間だっ!!」

 

アインハルトの落ち着いた言葉を聞いて、リオが公園にあるシンプルな形をしている時計台に目をやりが驚きの声を晒し出す。

 

「うん。そろそろお家に戻ろうか。一度シャワー浴びてから午後は皆で遊ぼう」

「あ、私は特訓を……」

「たまには息を抜くのも大事ですよ、アインハルト」

 

アインハルトはヴィヴィオの遊びの申し出を断ろうとしたがフリージアがそれを遮る。

 

「うん、アインハルトさんと一緒に遊びたいです」

「え、コ、コロナさんまで」

 

全てが分かったような笑みをアインハルトに向けてフリージアの援護をするコロナ。

 

『……アインハルトって随分と慕われているんだな』

『皆より年上だからね。皆の目標の一つになってるんじゃないかな』

『あ、やっぱり年上か』

『……うん』

『……??アーチャー?』

アーチャーの言葉で納得がいった。やはりアインハルトは年上だったのだ。そしてまたアーチャーの口調が最後の方で弱々しくなっていた。

 

アインハルトに対して何か思い入れがあるのかも知れない。それも、口調が弱々しくなったところを見ると何か悲しげな思い入れが。

 

……そこは聞くところじゃないよな。

 

その話は俺からは切り出さないようにした。

 

「わ、わかりました……」

「「「やった~!!」」」

 

ヴィヴィオとコロナとリオが喜びながらハイタッチする。乾いた音が良く響く。

 

ヴィヴィオ達はじゃあ、午後から何して遊ぶ?とか、やっぱりアインハルトさんが居るとなるといつもと違った遊びをしたいよねとか、午後の話で盛り上がってしまった。

 

アインハルトはかなり慕われていた事が嬉しかったのか少し頬を赤くして俯いている。フリージアはそんな姿を見て優しい笑みを溢す。

 

……聖杯戦争をしている人物とは思えないほど明るい笑みだな。

 

フリージアはこの子達の日常に干渉している。きっとそこの居場所が心地良いのだろう。

 

『フリージアはあの子たちの居る居場所が心地良いのかな?』

『ガイ君もそこの居場所に依存している気がするし、ヴィヴィオ達の居場所が心地良いってのは強ち間違いじゃないかも』

『……へえ~』

 

ガイもあの子たちの居場所が好きなようだ。

確かにあの子達からの元気なオーラは周りにいる人たちに笑顔をもたらせる事が出来るのがわかる。

 

だが、俺の心の中は複雑な思いが入り混じっていた。

こんな子たちを見ていると脳裏に浮かんで来たのはイリヤの姿。同じ背丈ぐらいでありながら、前の聖杯戦争に参戦したマスターの1人。

 

ギルガメッシュに“聖杯の器”である心臓を抜き取られて絶命してしまった、悲惨な最期を遂げた可哀想な子。

 

イリヤもこんな風に友達と明るく笑って楽しむ人生を歩むことが出来たかも知れない。だが、実際には守れなかった。

 

そう思うと胸の奥が何かに握りつぶされるような感覚に陥った。

 

「あ、では、失礼しますね。衛宮さん。今度、ストライクアーツで対決出来たら嬉しいです」

「……あ、あぁ、いつか出来たらな」

 

少しネガティブに考え事をしていたのでヴィヴィオの言葉に反応が少し遅れてしまった。

 

「では、また“別の場所”で」

「……ああ」

 

子供たちは笑顔で一礼して走りながら公園を後にした。フリージアも最後に意味深い言葉を残して子供たちと一緒に去っていった。

 

『うん、とりあえずは目的完了かな』

『ヴィヴィオと出会えて良かったな』

『ありがとね、衛宮君』

 

霊体化しているた表情を確認することはできないが、弾んでいる声を聞いた限りだとかなりの笑顔をしているのだろう。

 

その弾んでいる言葉を聞いただけでもここにきた甲斐はあったというモノだ。

 

『というか、別に俺が居なくても良かったんじゃないか?』

『傍から見ているのもいいけど、こうやって近づいて傍らで感じ取った方がいいと思って』

『……まあ、それもあるわな』

 

アーチャーの説明は納得のいくモノだった。遠くで見ているよりかは近くで話をした方が色々と分かる。

 

『でね、ここからは“こっち”の話なんだけど』

『……』

 

それも一瞬だけで弾んでいた声から気の引き締まった重い声に変わった。こっちとはつまり聖杯戦争の事なのだろう。

 

俺も心して聞くことにした。

 

聖杯戦争を犠牲者が出る前に早く終わらせる。それがこの聖杯戦争に参加した目的の一つでもあるのだから。

 

“正義の味方”

 

親父の夢は俺がちゃんと形にしてやるよ。例え英霊エミヤや管理者から偽善やおとぎ話だと言われようとな。

 

月夜の誓いを思い出しながらアーチャーの言葉に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ミットチルダ東部郊外 密林前

 

アルファ分隊にはなのはさん、ベータ分隊にはヴィータさんが入り、5小隊となった。

 

密林前は拠点となっている。

幾つものアンテナの付いた大型車が止まっており、中では情報収集や応援要請を行っているのだろう。

 

人もちらほらと見えるがここの全ての作業を行うための必要人数が居るとは思えないくらい少ない。車の中にいたとしても明らかに少ない。

 

そして、その人たちの沈んだ表情が見てとれる。あれはあの現場を目撃した後だと分かる。

 

あんな化けモノがこの密林の中に居るからな。

 

脳裏には部隊長に見せてもらった映像が浮かび上がった。

 

人を“食べる”謎の大型生物。

 

食い散らかした後に駆けつけてもその傷跡を見ただけ身震いが止まらないだろう。

 

今一度、密林の方へ視線を向ける。

つい先ほどまで晴れていた天気も空を黒く覆い尽くそうとしている雨雲が近づいてきており風も吹き始め、午後三時ごろだというのに薄暗さを感じる。

 

そして、密林はその薄暗さもあってか、風によって奏でられる木々の擦れる音が密林の暗闇から聞こえてくるのが不気味さを感じずにはいられない。

 

共に来た隊員を見る。表情が青く、一点のみを見つめている。

 

あの中にあの化け物が居るのだ。少なからず恐怖心が心の中で芽生え始めているいるのだろう。

 

俺も……同じか。

 

恐怖心が無いと言ったら嘘になるが、少し体が小刻みに震えているのが分かった。

 

「応援に駆けつけました、部隊798航空隊、アルファ分隊、分隊長兼部隊長です」

「応援ありがとうございます。ここの全任の指揮を任せられている、部隊25陸士部隊長、ナーガ・ステイルと申します」

 

部隊長はここの指揮を任せられている部隊長、ナーガ・ステイルと挨拶を交わした。歳は部隊長とそう変わらく若く見える。

 

ショートヘアの赤黒い髪に蒼い瞳。右眼には黒い眼帯をしている。眉が釣り上がっているので凛とした表情をしているが容姿も整っているからか怖い雰囲気と言うよりかは、親しみにくいが話はしやすい人物だろう。

 

そして、ナーガ部隊長はなのはさんに視線を移した時に驚きの表情を隠せないでいた。

 

「これはこれは……エース・オブ・エースもこの場に来て下さるとは」

「死者が出ている現場なので早急に解決まで導かないといけないと考え、応援要請の来た798航空隊に戦技教導官として滞在していましたので、第798航空隊アルファ分隊に一時的に配属となりました」

「いえいえ、助かります。かのエース・オブ・エースが着て下さると分かれば我々の士気も高まります」

 

確かに周りを見ると、皆がなのはさんに注目を集めていた。通り名の“エースオブエース”は知名度が高いようだ。

 

そんな人物が現場に来てくれたのだ。士気の向上も見いだせるのだろう。

 

なのはさんは恐怖心が芽生え無いのかな?ヴィータさんもいつも通りの表情……いや、少し怒っているように眉間にしわが出来ているのが分かる。

 

なのはさんもヴィータさんもいつもよりかは少し殺伐とした雰囲気を醸し出している。恐怖心よりもここの惨劇を終わらせたく気を引き締めているのだろう。

 

「で、他の部隊は?」

「……今のところの我が陸士25部隊に、最初に到着した陸士98部隊、陸士159部隊は壊滅状態に近い状況」

 

ナーガ部隊長は苦虫を噛みしめるような渋い表情をする。自分の部隊がほとんど壊滅してしまったのだ。

 

ナーガ部隊長自体は部隊の救援に駆け付けたかったかもしれないが全任を任されたこの場から離れるわけにはいかない。

 

「救援要請により到着した陸士349部隊、418航空隊、陸士842部隊も全滅」

 

全滅……つまりは“捕食”されてしまったのだろう。普通に死ぬよりも惨いモノだと俺は思う。

 

人として死ねるのでは無く、アンノウンの餌食となって死んでしまうのだ。人としての……生き様、人生、生涯。

 

捕食された隊員達はそれら全てを否定されているように思えてしまう。

 

「そして、現状は僅かな残党部隊と突入している陸士231部隊。今、増援に駆けつけてきてくれた、798航空隊の皆さんが来て下さったわけです」

「……状況は芳しくありませんね」

 

ベータ分隊に一時的に入っているヴィータさんは更に眉間にしわを寄せながら現状を把握しはじめた。

 

現状は二部隊弱しかいないこの状況下。あの大型のアンノウンが何体居るかもわからないのにこの数は少ない。

 

しかし、エースオブエースのなのはさんが居るなら状況は変わるだろう。それに六課時代のエースであるヴィータさんも居る。

 

この2人が居るというだけでも不思議と恐怖と言うモノは気持ちの中から消えていた。

 

「ええ。それにアンノウンの全体像を知るためにヘリを密林へ飛ばしたのですが現場に赴く事が出来なかったというのもあります」

「……結界」

「可能性はあります。ですので空からの進撃は行えず密林内を進んでいくしかありません。もっとも、飛べたとしてもAMFにな様なものが発生していますので現場に入った時に落とされてしまいますが……」

 

つまり、進撃するルートは密林の中を進んでいくしかないようだ。

 

「では、798航空隊、アルファ分隊は陸士231部隊の援護を。ベータ分隊は本部であるこの場所と前線への伝達部隊としてお願いしたい」

「「「了解っ!!」」」

 

アルファ分隊は前線へ赴く事に。

 

ベータ分隊は高度なAMFに似ているモノが現場に発生しており、魔導による伝達情報は使う事が出来ないこの状況下で、人の手で伝えていく伝達部隊に適任された。

 

そして、798航空隊は密林の中へと足を進めていくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ、あたしらはここで待機しているぞ」

「はい、お願いします」

 

密林内に入って少し進んだ所でベータ分隊の待機地点へたどり着いた。ここへたどり着く頃には雨が降り始めていた。

 

「ベータ分隊の全権をヴィータ教導官に託します」

「はっ、いいぜ。そっちも気を抜くんじゃねえぞ、部隊長さんよ」

「ええ、必ずなのはさんを守り通しますっ!!」

「あっはは……」

「「「……」」」

 

部隊長の放った言葉は周りを白けさせるには十分な打撃力ではあった。なのはさんはどのように対応したらいいのか分からず、引きつった笑みを浮かべながら人差し指で頬を掻いていた。

 

「……っ」

 

しかし、そんな雑談の輪には混じらずに俺は更に密林内の奥の暗闇に視線を向けていた。

 

ほんの僅か……本当に僅かだが血の匂いがするな。

 

雨にぬれたおかげで強い緑の匂いに、雨に消されることなく入り混じった僅かな鉄の匂い。自然の環境で嗅げる匂いではないので違和感のある匂いとなる。そう遠くない場所にあの現場があるようだ。

 

気を引き締めないとな。

 

「ではアルファ分隊、これより先に進むぞ」

「「「了解っ!!」」」

 

俺たちアルファ分隊はベータ分隊と別れて先へと進んだ。進むにつれて血の匂いが強くなっていくのが分かる。

 

「段々と血の匂いが強くなってくるね」

「……なのはさんも感じていました?」

「うん、ベータ分隊と別れる時にね」

 

隣で走っているなのはさんもあの時に感じとれていたようだ。となると部隊長も気付いていると思う。

 

そこをあえて気づかないふりをして隊員たちの士気を下げない様にあんな変な事をしたって事か。

 

「隊長」

「……」

 

一番前を走る部隊長は振り向くことなく一度だけ頷いた。部隊長も分かっていたようだ。

 

今、目の前に注意を集中して向けなければならないので言葉も飛んでくることはない。

 

ああ、やっぱりこの人は部下思いの信用のできる肉体面も精神面も強い部隊長なんだな。

 

改めて思う。

こんな風に周りに常に気を使えるからこそ30代で部隊長になれたのだ。ワザとふざけたりして隊員の士気を低下させないようにしたり、なのはさんにふられても(?)すぐに立て直して部下のために色々と考えてくれる。

 

「……止まれっ!!」

 

と、色々と部隊長の好評を脳内でしていたら一番前を走っていた部隊長が脳に一瞬だけ響くような気合の入った声を放って俺たちを止めた。

 

「こっから先はAMF内だ」

「こっからか……」

 

部隊長よりちょっと前へ歩いてみる。

 

「……っ!!」

 

体内を巡回していた魔力がうまく働いてくれなくなった。部隊長より前が結界内と言う事になる。

 

「こっから先は更に注意して進む。気を引き締めろよ」

「「「了解っ」」」

 

俺たちが地上でもある程度動ける航空隊ではあるがやはりそれは魔力が働いて肉体への補助が効いているからこそ空とは勝手の違う地上でも動ける。

 

だが、この先はその肉体への補助は働かなくなる。これが致命傷にならないといいが。

 

「高町教導官はAMF内での行動は可能ですか?」

「はい、制限がかなり付きますが動けます。“聖王のゆりかご”並のAMFでなければ大丈夫です」

「わかりました。ですが無理をせずに」

 

部隊長がなのはさんを労う。

AMF内では俺たちもいろいろと制約がつく。その中でも動けるようにと特別な訓練も行っている。なのはさんに教えてもらったモノでもある。

なのでなのはさん自体もAMFの密度の濃いモノでなければ大丈夫なようだ。

 

「……死臭が強いな」

「そうだな。雨にうち消されずにこれほどの死臭が残っているとはな」

「近いか密度が高いかだな。俺たち前衛があれと同じにならない様にしないとな」

 

後衛と前衛の2人の隊員と軽く話す。因みに部隊長となのはさんは中堅、俺はもちろん前衛となる。

 

「……うっ」

 

そして、前衛の隊員が少し先に視線を移してその視界に入ったモノを見てしまい思わず口を手で塞いだ。

 

俺もそっちに視線を移したが視界に入れていいモノではなかった。それを視界に入れてしまい気分が悪くなる。しかし、思わずそれから眼を離したくなるが離さなかった。

 

「腕……それに足……何処かの内臓……」

 

今、口にしたものがマネキンのパーツのようにバラバラに散らばって、周辺の草木がところところ赤く染まっていた。

 

何かに食い散らかされたような地獄絵図に近い光景だ。

 

これほど近くにあったという事はアンノウンも近いのかも知れない。それに遠くからもズシンズシンと高密度な何かが地面を踏んで動いている音が小さく響いている。

 

「……各位警戒態勢」

 

部隊長の言葉に俺たちは気合を入れ直す。そして、生い茂った草を切り開いきながら少しずつ前進していく。

 

「…………あぁぁあぁあぁ!!」

「「「!!」」」

 

少しずつ進んでいくと遠くの方から男の必死さを物語るような声が聞こえてきた。踏み歩く音も大きくなっている。陸士231部隊とアンノウンが交戦しているのだろう。

 

一刻も早く援護に向かいたいところだ。

 

「急いで援護に向かうぞっ!!」

 

部隊長がいち早くスピードを上げて声の聞こえてきた方角へ走りだす。俺たちもそれに続いて行く。

 

そして、少し拓いた場所に出た。

 

「「「っ!?」」」

 

だが、誰もがその瞬間を目撃してしまった。

 

「うわぁああぁあぁああぁあ!!」

 

陸士231部隊の最後の一人であろう隊員がアンノウンの大きな口へと放り込まれた瞬間だった。

アンノウンの大きな口は閉じられ、口が動くたびにゴリッバリッと骨の砕ける音がリアルに響く。

 

映像とはリアルさが別次元の本当の光景。それが今目の前にあった。

 

「「「……」」」

 

たどり着いた誰もがその光景に声を発することが出来なかった。このような光景が本当に存在していたことに驚きを隠せないからだ。

 

そのアンノウンの周辺は人を食い散らかした後のように腕や足などのパーツが散らばっている。

 

……こいつは……本当に何者なんだ?

 

実物を見たから分かる。これは本当にあってはならない存在。

 

そして、その10メートル級のアンノウンはこちらに気付いたのか体をこちらに向けてゆっくりと歩き出した。

 

2本足で立ちで丸い胴体で全身をドロドロの赤黒い何かで覆われており、一番上には大きな口がある。

 

眼は無く視界では無く、モグラのような触覚や超音波などで得物を探す生物だろう。

 

「……っ!!各位迎撃態勢!!」

「「「っ!!」」」

 

動き出した巨大アンノウンを見ていち早く部隊長が反応した。その声に俺やなのはさんも含め我に帰り迎撃態勢に移る。

 

だが、アンノウンの方が反応が早かった。丸い胴体から複数の触手を放つ。

 

……何とか視えるっ!!

 

動体視力は魔力云々の必要は全くないので複数の方位から迫ってくる触手の動きは見切れることが出来た。

 

それらを一つ一つ避けながら斬りつける。

 

「ぎゃあああぁあぁぁぁあ!!」

 

前衛の1人が触手に絡まってしまい宙へ放物線を描くように舞った。その終着点はあの大きな口だ。

 

「ふっざけっんなぁぁああぁ~!!」

「よせっ!!あいつはもう手遅れだっ!!」

 

俺は部隊長が引き留めようとしているのを振り払って、前衛の隊員を助けるために無数の触手を潜り抜けながら前へと進んだ。

 

前衛の隊員はもう眼と鼻の先に大きな口がある状態。

 

……ま、間に合わないっ!!

 

そして、その大きな口は隊員を放り込んで閉じてしまった。

 

「あ、あぁ……」

 

その口は小刻みに動きながら中に入っているモノを咀嚼していた。骨の砕ける音、血管の切れる音。いろいろと聞こえてくる。

 

あっという間だった。触手に捕まってから口に放り込まれたのは。

ついさっきまで話をしていた隊員は捕食されて“死んだ”。助けることが出来なかった。救い出すことが出来なかった。

 

「あぁ……」

 

その現実に俺は後悔して思考が止まりその場で止まってしまった。

 

「ガイっ!!戻れ!!」

 

遠くから部隊長の声が聞こえる。周りを見るといつの間にか触手で囲まれていた。こいつに掴まれてあの大きな口に入れられてしまう。体が思い通りに動かない。目の前の現実を受け居られなくて思考が働かない。

 

そして、それらは一斉に襲い掛かって来た。

 

「……っアクセルシューーート!!」

 

だが、それは複数のピンクの魔弾によって一瞬にして蒸発した。

 

「ガイ君っ!!悲しんでいる暇は無いよ!!早くこっち来て!!」

「なのはさん……」

 

なのはさんと部隊長までの道が開いている。なのはさんが活路を開いてくれたのだ。

 

このAMF内においてもなのはさんの魔弾力はかなり強い。そのおかげで九死に一生を得ることをが出来た。

 

止まっていた思考が動き出す。確かにここで死ぬわけにはいかない。戻る必要がある。

 

俺は開いた道を急いで戻り始めた。

 

「隊長っ!!後ろかも……ひぃ!!」

 

しかし、今度は後衛の隊員が悲鳴を上げた。ズシンとその方向からも重みのある足音が響いた。

 

「後方にもアンノウン……だと!!」

「貴方も早くこっちにっ!!」

 

後方からもアンノウンが出現した。それも二体。完全に挟まれた状況に陥ってしまった。

 

何故気づけなかった?魔導に頼れない状況下でも気配とかに気付けるはずだ。気配を遮断する力があるのか?

 

「きゃあああああぁぁあぁぁぁ!!」

 

今度は後衛の隊員が触手に絡められてしまった。

 

「ファイア!!」

 

部隊長が必死にこのAMF内で魔弾を錬成し飛ばす。が、それもあまり効いていない。

 

なのはさんは先ほど打ってしまったのでこのAMF内においては再チャージに時間がかかるようだ。

 

部隊長の抵抗も虚しく、後衛の隊員は絡められた触手によって大きな口に放り込まれてしまい食べられた。

 

「……っ」

 

俺はそんな光景を胸を痛めながら部隊長となのはさんの元へ戻ってきた。そして三人で背中を預けながら作戦を練る。

 

「……辛いが一時撤退だ。ベータ分隊の場所まで」

「陸士231部隊は全滅……だね……」

「このままだと俺たちも全滅になります」

 

話しの流れは一時撤退の方へ進んでいく。今は確かにそれしかない。部隊長もなのはさんも冷静に言葉を放っているように見えるが、やはり仲間を失った事が大きかったからか少しだけ声が震えていた。それは恐怖からなのか怒りからなのかはわからない。

 

三体のアンノウンを相手にして離脱するのは難しい……このままでは絶望的だ。このAMF下で魔術回路は使えるのか?

 

撤退するためには力が必要だ。その力を得るには魔術回路を展開する必要がある。

 

俺は一度眼を閉じて心臓を剣で貫くイメージをした。カチリと歯車の一つがズレたような感触があった。そこの歯車は普段と魔術回路との切り替わるポイントではないか。

 

痛みはほぼ無いに等しい状態。そして、心臓から全体に温かい何かが広がっていき違和感のある体へと変わった。

 

「とりあえず俺が活路を開いてやる。その間になのはさんとガイは撤退を……」

「えっ?きゃあああぁぁあぁぁぁ!!」

 

俺が魔術回路を展開したのとなのはさんが足もとから迫ってきた触手に気付かず、足首を絡められてしまって宙づりにされてしまったのは同時だった。

 

「「なのはさん!!」」

「っぐ……私はいいから……逃げてっ!!」

 

捕まってしまった状態でも自分のことは二の次にして俺達のことを心配してくれる。その気持ちは嬉しかったが、このままではなのはさんもあれに食われて命を落としてしまう。なのはさんが居なくなってしまったら一人娘のヴィヴィオが多いに悲しんでしまう。

 

脳裏に泣きじゃくるうヴィヴィオの泣き顔が浮かび上がった。

 

……そんな事させるかっ!!

 

俺は黒い霧を展開させたと同時になのはさんは大きな口へ放り込まれてしまった。なのはさんは最後まで諦めずに必死に魔法陣を展開させようと魔力を込めていた。

 

「まに……あった」

 

そして、その大きな口が閉じられようとした時、俺は放り込まれていたなのはさんの腕を掴んでいた。なのはさんの表情は驚きと戸惑いの色が交わっていた。

10メートル級の高さにそう簡単に来れる場所ではない。それを今簡単に登って来た俺の事を見て戸惑っているのだろう。

俺は黒い霧を固定化してなのはさんへの道を作り一直線でやってきた。

 

「えっ?ガイ……君?」

 

俺は左手でなのはさんの腕を掴み、右手でプリムラを縦に立てて閉じる口を何とか支えていた。

 

上下からはものすごい力がプリムラを伝って襲いかかってくるのが分かる。早く獲物をかみ砕きたいのだろう。

 

「なのは……さんが死んだらヴィヴィオが……皆が悲しみますっ!!」

「で、でも……ガイ君も死んだらヴィヴィオやアインハルトちゃん達だって……」

 

なのはさんを思いっきり大きな口から引っ張り出す。

 

「ガイだけおいしいところ取らせるかあぁぁ!!」

 

更に部隊長も上下の加わる力に対して杖を縦にして支えて、なのはさんのもう一つの腕を掴んでいた。

 

「ダメです、なのはさんは生きてもらわないといけない!!」

「で、でも……」

「……男は惚れた女には命をかけるモノです、ガイっ!!」

「はいっ!!」

 

俺に叫んだ部隊長と共になのはさんの腕を思いっきり引っ張って口から大きく跳ばした。

 

「うっ!!」

 

そして、飛行が出来ないのでその衝撃を逃がすことが出来ずに木に頭がブツかってしまい気を失ってしまった。幸いアンノウンどもは俺たちの方に注意を向いている。

 

「とりあえず、こ……こから出る方……法を」

「……なあ、ガイ」

「なん……ですか……?」

 

上下の力に必死に耐えている俺たち。そんな中で部隊長は不思議と落ち着いた声で俺の名前を呼んだ。

 

「お前ならなのはさんを守れるよな?」

「えっ?」

 

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

今の部隊長の表情は笑みが零れており、まるで今生の別れのような最後に見える。

 

「あの黒い霧をうまく使えよ」

「隊……長……っぐ!!」

 

突然、腹部に激痛が走った。それは部隊長に蹴られたからだ。気づくと今の俺は大きな口から出て跳ばされていたのだ。

 

「約束だぞ!!絶対なのはさんをまも……」

 

笑顔で大きな口の中に居た部隊長の声は最後まで聞く事の出来ないまま閉じられてしまった。

 

その最後の笑顔が俺の記憶の中に強制的に深く刻まれてしまった。

 

死ぬ前だというのにあんな屈託のない笑顔になれるのか?

 

と、冷静に考えていたが、だんだんと現実を理解していくと怒りや悲しみ憎しみなどの感情が入り混じり始めた。

 

「あ、ああ……うわあああぁぁあぁあぁぁあぁぁぁ!!」

 

地面に着地した俺は腹の底から思いっきり叫んだ。様々な感情を含めて感情的に全てを発声した。だが、ゲリラ豪雨になり始めた強い雨の地面にぶつかる音でかき消されてしまった。頬には一滴の涙が伝って零れ落ちているが雨と混ざって分からなかった。

 

……味方を3人失ってしまった。部隊長と前衛と後衛の皆を……ほんと雨の日は嫌いだ。嫌なことが多い。

 

心にぽっかりとあいた感覚を感じながらデカいアンノウンに殺気を含みながら睨みつける。

 

あのアンノウン……ぶち殺す。

 

今は俺を狙っているのか三体とも俺に向かって歩いている。その密度の高い体積で歩いているからか、三体も居ると軽い地震が起きているのではないかと思うくらいに地面が少し揺らぐ。

 

こいつらを殺す!!

 

その気持ちだけで行動を起こすことは出来た。

俺は涙なのか雨なのか分からない頬に流れている水滴を拭い、予測思考をフル回転させる。すぐに答えが出た。

 

アンノウン達が一斉に無数の触手を正面から放ってきた。そんな不気味な光景を目の当たりにしても俺は恐怖と言うモノは心の中に芽生えなかった。

 

「プリムラ!!」

『セカンドモードへ移行します』

 

魔術回路でのセカンドモード。

デバイスは術者から魔力を使って力を発揮している。魔術では今朝みたく暴走してしまうのではないかと思ったが、予測思考では可能だった。

魔弾などの俺が直接扱う魔導だと魔術回路が暴走してしまうが、デバイス自身の換装などは俺ではなくプリムラの中で行うため魔術回路の暴走は無い。プリムラ自身には魔術回路が存在しないのだから。だから、バリアジャケットも魔術回路が暴走しない。

 

逆に言えば無理して使えば魔術回路でも魔導を使う事が出来るって訳になるが……。

 

あの激痛を耐えながらはたして魔導をうまく使えるかどうか。答えはNoだ。あの激痛は平常心を簡単に破り捨てられてしまう。心が落ち着いていないと魔導はうまく働いてくれない。この二つをうまく使いこなすにはまだまだ時間が足りないようだ。

 

俺はセカンドモードになったプリムラを掴み、刀を振るうようにしてその遠心力から鞘から刀を抜いた。鞘は明後日の方向に飛んでいき地面にぶつかった。

 

最初のモードから4倍の刀身を誇るセカンドモード。バーサーカーの時に一度だけ居合として使ったがそれは空中戦だけの場合のみ。さらにバインドも使える状態でないと無理なので、このAMF内+魔術回路では不可能だ。

 

そして、その刀だけになったプリムラを両手持ちにして体を捻り構え、俺の周りに黒い霧を展開させる。

 

「行くぞ」

 

迫ってくる触手に向かって刀を横切りで行った。

 

「斬り……開けぇぇぇええぇえぇ!!」

 

俺は刀を振りきった。前方の180度を刀が通過した。刀身も長くなって異様に重たくなった剣もこの体では重いと感じない。

 

体の違和感の正体はこれで分かった。

 

高密度に圧縮された筋肉・骨・腱。筋密度と筋繊維数の数値が故なのか大袈裟に筋肉を肥大せずとも圧倒的な力を蓄えれる筋骨。強度とすぐれた伸縮性を兼ね備えた筋繊維の存在を重ねたが故にあるこの体質。

 

魔術回路が働くとこの強靭な筋骨の体型に変わるようだ。

 

そして、その強靭な筋骨になった俺の振り斬った刀の軌道上にはアンノウン二体が存在していた。

 

いや、正確には刀身の先に更に黒い霧を刀身に刀のような形として固定化し、通常の四倍以上……10メートル以上の刀身となって振り斬ったのだ。

 

その結果として俺に迫ってきた触手は動きを止め、あの大きな丸い胴体は俺の刀によって輪切りにされ上半身が滑り落ちた。

 

下半身からは赤い色のモノが勢いよく吹き出してそれが雨と同化し、赤い雨となった。

 

残る一体は感情がないのか目の前の仲間が倒されたというのに今だに俺に向かって歩いている。

 

「お前も……殺してやる」

 

赤いモノはおそらく血であろう。あれほどの大量の血を蓄えていたという事はかなりの隊員が食われたという事。

 

最後の一体のアンノウンも間違いじゃない。その真実に俺は怒りに身を任せて黒い霧を切り離したプリムラを握りしめてアンノウンへ突撃した。

 

「“流星”!!」

『ドライブ・スタート』

 

と、そこに聞いたことのある男の低い声が激しい雨の音の中くっきりと耳に届いた。そして次の瞬間、アンノウンは上から半分が吹き飛び、前の二体と同じく赤い血吹雪を止まることなく噴水のように舞い上がっていた。

 

そのアンノウンの後ろから見慣れた人物が現れた。

 

「ゼスト……」

 

勇ましく槍を手に持つ男、ランサーのゼストだった。

 

「ガイ……か。お前もこのアンノウンの討伐に参加していたのか」

「あ、ああ」

 

ランサーは特に慌てる様子もなく俺を見る。

 

「ランサー!!怪我は?」

「大丈夫だアルトリア」

 

その後ろから騎士甲冑を纏ったアルトリアもやってきた。

 

「アルトリアも来ているのか」

「……ガイですか。よくぞご無事で」

 

この2人もここの異変に気づいてやってきたという事か。

 

「と言う事はこのアンノウンはそっち側ってことか?」

「……おそらく」

 

そっち側……聖杯戦争に関係する生物と言うわけだ。

 

しかし、聖杯戦争は秘匿するものではなかったのだろうか?

 

「しかし、これほどまでに展開させて魔力を蓄えようとするとは……この術者は何かをしようとしている?」

「そうかもしれん。だが、未だに憶測の域を脱していない」

「……そうだな」

 

とりあえず目の前の脅威は拭いきった。ゼストとアルトリアが来てくれただけでもかなり安心できる。

俺はゼストと軽く話をして、気を失っているなのはさんへ視線を向ける。軽く見ただけだがどうやら気を失っただけでどこも悪くは無さそうだ。

 

部隊長が命がけで守ったなのはさん……今度は俺が守らないとな……と言っても今のままじゃ守られるの間違いか。

 

日々の鍛錬を効率よくしていかないといけないと結論付けた。

 

それに皆死んでしまった。

 

その現実はとても受け入れがたいものだった。悲しみと言う気持ちが心の底からこみあげてくる。

 

もっと早く魔術回路を展開させればよかったのかもしれない。俺の判断ミスが皆を死なせてしまったようなものだ。

 

助けられたかもしれない命を俺は捨ててしまった。その考えが胸を大いに痛ませる。

 

「皆死んじまったんだな……」

「ガイ……」

 

俺は空を見上げる。こんな日は決まって雨が降る。今日も薄暗い雲が青い空を覆い尽くして激しく雨を降らせていた。

 

「雨は嫌いだ……」

 

俺はしばらく考えるのをやめて、ひたすら泣いていた。ゼストもアルトリアも俺の気持ちを察してくれたのか何も言葉をかけずにじっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「高町なのは……あれは未来のなのはですか?」

「……いや、現代」

 

少しして俺はプリムラの鞘を回収して最初のモードに戻して、なのはさんを背負うためになのはさんの所でしゃがんでいた。

 

未だに自分の気持ちが整理できていない。

 

アルトリアは視界になのはさんを入れ、表情を険しくして軽く警戒態勢に入る。

 

「っ!?」

 

だが、突然にアルトリアの後ろにいたゼストが不意に飛ばされたのが視界に入った。

 

そして、違う人物が視界の中に入った。

 

膝まであるニーソックスに一回りも二回りも大きいパーカーを着てフードを深くかぶった人物、アサシンだ。そのアサシンが先ほどゼストを殴り飛ばしたのか拳を放ったモーションのまま停止していた。

 

「なっ!?貴様はアサシン!!」

「……」

 

アサシンはゆっくりとその構えを解いてこちらに顔を向ける。フードによってその人物の表情が読み取れない。しかし、ここまで来たのに気配を感じなかった。

 

「気配遮断スキルですか……」

「気配……遮断……」

 

それはつまり気配を消せると?だとするとあのアンノウンも気配を消すことが出来た。つまり……。

 

「あのアンノウンの術者はお前……か?」

「……」

 

アサシンは何も答えず、只の一回だけ頷いた仕草を見せた。

 

「……っ!?」

 

だが、それだけでも十分だった。

 

こいつが部隊を……部隊長を食い殺した……敵っ!!

 

俺の激しい感情はこいつに向けた。

俺は元に戻したプリムラから鞘走りを行い神速な速さで抜刀した。今の体質ならこのくらいの速さは造作もない。

 

不可解なままと理解している状態だとこうも動きが違う。ヴィータさんとの模擬戦の時よりも早く動けた。

 

だが、アサシンは不意を突いた俺の抜刀を難なく避けてクロスカウンターのように俺の顔面に右拳を放った。

 

「っ!!」

 

俺はそれを何とか紙一重で右に避ける。動体視力が良かったから避けれたようなものだ。カウンター気味で放ってきたアサシンの拳のスピードは一線を画している。その速度に良く買わせたと自分でも思った。

 

「このっ!!」

 

俺は更に右に倒れるような形で左足でアサシンの腹部を狙う用に振り蹴る。

 

それをアサシンは左ひざを上げて受け止める。

 

「はああぁぁあぁ!!」

 

そして、後ろからアルトリアがアサシンに向かって不可視の剣を振り下ろしていた。しかし、それもアサシンは見向きもせずにそれを避け、俺たちから大きく離れた。

 

俺は憎しみを含んだ視線をアサシンに向ける。

 

「っ、なかなか重い拳だ」

「無事ですか、ゼスト!?」

 

ゼストも戻ってきて俺たちと合流する。だが、今はゼストを労っている余裕はない。俺の注意は今アサシンにしか向いていない。

 

「お前が……お前が部隊を全滅させた……お前が……っ!!」

 

許せなかった。このような惨劇を……地獄絵図を作ったアサシンを。今一度周りを見渡す。アンノウンによって食い散らかされた人間のパーツがあちこちに散らばっている。

 

雨は先ほどよりも落ち着いてはいるが、雨ぐらいでは血の匂いが消えず、草木は赤色に染まりここ一帯は蔓延していてここが地獄だと言われてもあながち間違いではない。

 

「何でこんな事をするんだ!?」

「……」

 

アサシンは何も答えない。

 

「何でだ……何でだよ……」

 

俺の口調も弱くなっていくのが分かった。脳裏に浮かんで来たのは部隊長を始めとした隊員たちとの航空隊での日常の日々。

 

部隊長のなのはさんに対する変態行為も、真面目に部下の事を思う行為も、隊員たちとの話をしていた日々も、全て失ってしまった。もう二度と訪れることはない日々を。

 

その現実に俺の言葉が弱々しくなってしまった。

 

「……全ては……」

「っ!?」

 

アサシンの声を初めてまともに聞いた。聞いたことがあったのは前に一度だけ技の名前をボソリと呟いたのを聞いたぐらいだ。

その声は妙に落ち着いている。雨の中でもくっきりと聞こえた。その音声を聞いた時、脳裏に1人の人物が浮かび上がった。

 

……まてよっ……そんなはずはない……何かの間違い……だ。

 

頭の中で必死に否定しているが現実は残酷な結果となって導いていた。

 

「ま、まてっ。お前……は……」

 

アサシンは深くかぶっていたフードをゆっくりと取る。

 

「……っ!!」

 

その下にある顔を見て俺は何かの重力に押さえつけられたかのように体が動かなかった。頭の中が真っ白になり思考が停止してしまうほどだ。

 

「な、なんでだっ……」

「……」

 

その人物は俺の悲痛な表情を見てどんな表情をしているのか全く読めなかった。それほどまでに無表情で俺たちの事を見ている。

 

「なんでだよっ……何でお前なんだ……何でお前がこの戦いに……」

「……」

 

頭が真っ白の中でも俺は必死に言葉をひねり出す。

アサシンは何も答えないままの無表情。その容姿を見ていると今までの事は嘘だったのではないかと思ってしまう。

 

そして、アサシンの口が開き小さく呟く。

 

「全ては……全ては……」

 

その次の言葉は更に小さく、雨の音で聞き取れなかった。だがそんな事はどうでもよく俺の感情はひどくバラバラだった。

 

バーサーカーの時は助けてもくれたのに今は敵に近い存在。不可解な行動もあいまって感情の整理は更に困難を極める。

 

「何でお前……なんだ……」

 

そして、俺は胸の中にある気持ちを抑えきれずに、アサシンに言葉を獣の雄叫びのように複雑な感情を一言にまとめた言葉を放った。

 

受け入れたくない現実を必死に否定したい気持ちも込めて。

 

「お前が何で……ここに……」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“アインハルトっ!!”

 

雨は……止むことなく降り続いていた。




アサシンはアインハルトっす。

なんかハードル上がった気がしなくも無いw

ちょこちょこフラグは立ててたからわかっている人も居たかな。

いや、わかんないよね(作者の筆力的な意味でw

今後は心理描写が難しくなっていくけど頑張ります。

何か一言感想があると嬉しいです。

では、また(・ω・)/













士郎を主役で書こうとしてなのはのほうが濃かったw

ステータス更新です。

クラス:アサシン
マスター:???
真名:ハイディ・E・S・イングヴァルト
性別:女性

筋力:A++
魔力:B
耐久:A
幸運:B
敏捷:A
宝具:C

・クラス別能力

気配遮断:A++
完全に気配を断てば発見することは不可能に近い。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

・保有スキル


・宝具


名前だけわかったw


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二十六話“感情と感情の交差”

今回の章の文量は過去最多だと思います。

長すぎたらごめんなさいm(_ _)m

では、二十六話目どうぞ~。


 ―――ショッピングモール

 

「フリージアさん、こっちの服とか似合いそうですね」

「そうですか?コロナ?」

 

私は今、“しょっぴんぐもーる”という様々なお店が連なっている大きな建物に私服姿になったヴィヴィオ達と訪れていた。

 

昼の練習の後、皆で遊ぶことになり私はガイの部屋へ戻ろうかと思っていたら私にも声をかけられました。

 

断ろうと思いましたがヴィヴィオ達の上目使いが心の中で戸惑いを孕ませヴィヴィオ達の押せ押せの勢いで私も付いて行く事に。

 

私が頷くとアインハルト以外は皆は表情に喜びを見せました。この子達の笑顔を見ると不思議と安心感が芽生えて落ち着きますね。

アインハルトも多分喜んでいるとは思いますが、顔を伏せて分かりません。

 

今はレディースファッションのコーナーに寄っていろいろと服を見ている。

やはり現代の服は個性豊かなモノが多く昔のモノとは比べ物にならない。前にガイと買い物に行った時もあったが、あの時もつい色々買ってしまった。だが、あれ以上にここには視的好奇心にあふれる服装が至る所にある。

 

このフリフリが付いたスカート……可愛いですね。

 

「フリージアさんって何を着ても似合いそうですね」

「いえいえ、そんな事はありませんよ。このフリフリのスカートは可愛いですが私には似合わなそうです」

 

実際にこのスカートを履いている自分の姿を思い浮かべるが……似合わない。

 

「ん~そうかな~。どことなく雰囲気が落ち着いていて気品さと清潔さ持ち兼ねているフリージアさんなら何でも着こなしそうですよね。このような可愛い服とかも断然似合いそうです!!」

「うんうん♪」

 

ヴィヴィオとコロナ、リオの三人は私の事を褒めてくれる。こんな小さい子たちから褒められていた事はあまり無かったので斬新な経験な上に嬉しいという感情が心に溢れていく。

 

「……」

 

そんな私たちの話に一歩離れているアインハルトがこちらを気恥ずかしさの色を表情に出して困惑していた。

 

「どうしました、アインハルト?」

「あ、あの、オリ……フ、フリージアさんはこっちが似合うと思うのですが……」

 

やや緊張気味に私に服を渡してくる。服装は膝まで隠れる蒼いドレススカートに肩を露出さ、胸元を強調せている白いキャミソール。

 

なるほど、アインハルトは昔の私の服装に似せたいのですね。

 

「アインハルトの渡した服装もなかなかですね」

「うん、フリージアさんは少し小柄だから明るいイメージは合うよね」

 

コロナが同意してくれる。ファッションセンスはこの子達の中でもコロナが一番詳しいと思える。

 

この格闘技をしている子供たちの中では一番大人しくて“女の子”らしい子だ。私はそう思っている。

こういうモノに関しては他の子達よりもかなり詳しいのもそのポイントを上げる要因だろう。

 

「では、これを買いますか」

 

そんな先生の花丸をいただいたのでこのセットを購入することに。ガイから少しお金を頂いているのでこのくらいの値段なら買えます。

 

レジを済ませて、ふと、ヴィヴィオを見ると何やら好奇心のような笑みを浮かべて私の事を見ていた。

 

「ん?どうしました。ヴィヴィオ?」

「……え~とですね」

 

ヴィヴィオは少し声のトーンを落として皆には聞こえないような小声で話をきって来た。因みに他の子達は別の所で色々な服を見ている。

 

「アインハルトさんから聞いたのですけど、フリージアさんってオリヴィエの雰囲気を纏っていると聞きました。フリージアさん自身も思いますか?」

「……えっ?」

 

目の前の女の子が私の真名を口に出したおかげで、一瞬頭の中が真っ白になった。

 

「あ、い、いえ!!変な事聞いちゃいましたぁ!?」

 

私が呆けてしまったからか自分が失礼な事を聞いたと思い必死に頭を下げるヴィヴィオ。

 

「……いえ。気にしないで下さい。昔の人の名前が出て来たのでちょっとびっくりしただけです」

 

私が優しく声をかけるとヴィヴィオは恐る恐る顔を上げて私の顔色を窺っていた。私が気にしていない様に笑みを向けるとヴィヴィオはホッとしたように胸を下ろして、再び私のを好奇心のような眼で見上げた。

 

「……そういえばガイに聞きましたがヴィヴィオはオリヴィエのクローンだと」

「はい。オリヴィエとはどのような人なのか気になりまして、アインハルトさんがフリージアさんの事をオリヴィエとして見ていると聞いたのでどんな感じなのかなって。容姿や性格が似ているのかなって」

 

似ているもなにも私自身なんですけどね。アインハルトが私に構ってくるのはそのせいなのですから。

 

私は優しい笑みを作り少し屈んでヴィヴィオの頭を撫でる。

 

「私がオリヴィエに似ていようとも私はフリージア。フリージア・ブレヒトです。すいませんがヴィヴィオ。ヴィヴィオの気持ちには答える事は出来ません」

「ううん。私も変な事を聞いてしまいすいません。フリージアさんはフリージアさんです。オリヴィエではありませんよ。私と同じ色の虹彩異色でもありませんし」

「……そうですね」

 

ヴィヴィオは少し寂しげな表情を見せたがすぐに笑顔になる。

 

チクリと胸に痛みが走った。こんな純粋な子に嘘をついてしまった。本当はオリヴィエであると。本当はヴィヴィオと同じ色の虹彩異色であると。

 

しかし、その真実に目の前の少女はたどり着かないだろう。私はサーヴァントなのだから。いつかは消える運命。

 

「皆の所へ戻りましょう。“フリージア”さん」

「……ええ、そうですね。“ヴィヴィオ”」

 

少し落胆的な思考になってしまった。この時代もいつかは離れなければならない。その事に少し胸に寂しさが残った。ヴィヴィオの笑顔を見るとなおさらだ。

そして、この時代を離れるまでは私と目の前の少女はこの日常の世界では“フリージア”と“ヴィヴィオ”なのだ。決して“オリヴィエ”と“ヴィヴィオ”ではない。

 

「さて、皆は何か買わないのですか?」

 

私は結論を付けて思考を切り替え、皆の所へ戻る。そこでは他の子達は未だに服を見て悩み考えていた。今まで私の服装ばかりに皆の意見が飛んできたので今度は自分たちの服を買うのだろうが、どうやらまだ決まっていないようだ。

 

「え、え~とですね~……」

「あ、あの……」

「……」

 

しかし、皆からは戸惑いの表情を表し歯切れの悪い答えが返ってきた。

 

「……?……どうしたんです?」

「え、えっとですね……ガイ……さんの好み……が……分から……なくて」

 

かなり恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして、視線を私から外し途切れ途切れに言葉を返すコロナ。皆も顔を赤くしながらコロナの言葉に頷く。

 

まったくもって可愛いしぐさです。小動物を愛でているような感覚に近い。

 

「ちゃんとした服を選んでガイさんに可愛いって言ってもらいたいんです」

「私も選ばないと。ガイさんの好みは……う~ん……」

 

リオも顔を赤くしながらコロナの言葉を繋げる。ヴィヴィオも皆の和へ入って服を物色し始め悩み込む。

 

なるほど。意中の人であるガイの好みをこの子達は知らないのですね。だから、どの服を買えばいいか分からないっと。ふふっ、今のこの子達の乙女心ゲージはMAXですね。

 

そんな子達を見ていると心から優しい気持ちが生まれつい笑みを溢す。戦場を駆け抜ける日々はここには無い。あるのは平和。これが治安の安定している世界……いいモノだと思います。

 

ですが……。

 

心に過ぎった一瞬の感情。それを必死に振り払う。その感情はこの世界ではいらないモノのカテゴリに入る。

 

「わ、私の分かる範囲でよければガイの好みに合った服を選びますよ」

「ほんとですか!?」

 

ガイの好みの服装に子供たちが食いつく。

 

純粋なガイならこの子達が何を着ても可愛いと言うと思いますが。私もあまりガイの好みも知りませんし。まあ、私の下着姿を見た時の慌てようからして白いイメージが好みかと思いますけど。

 

「……ふむっ、では私が色々と選んでみましょう」

「「わーいっ」」

 

ヴィヴィオとリオが笑ってハイタッチをした。ヴィヴィオも先ほどより元気な笑みを見せてきた。良かったです。

 

「あ、あの、私は別に……」

「いえ、アインハルトも可愛いのですからもっと可愛らしい服装を着ましょう」

「……か、かかかかか、可愛い……っ!!」

 

断ろうとしているアインハルトに可愛いと言葉をかけると、赤かった顔が更に紅くなって顔を伏せてしまった。

 

前にも言ったような気がしますが……ガイと同じぐらいに純情ですね。そこが可愛いところだと思います。

 

この日常は本当に微笑ましい。ガイがこの場所を好むのも理解できる。

 

「では、こっちの服を……」

 

私はここに居られることに喜びを覚えながら皆の服をコーディネートし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えへへ~……この服で、ガイさんが可愛いと言ってくれるといいな~」

「うんっ♪」

「フリージアさんが選んでくれたモノだもん。きっと言ってくれるよねっ!!」

 

ヴィヴィオとコロナ、リオは先ほど私が選んだ服が気にいったのか上機嫌で紙袋を覗いて話に没頭していた。

 

ここは最上階の喫茶店。大きく外の景色を眺めることのできることが人気で人が並ぶ場所なのだが今日は平日。人はそれほど並んでいなくすんなりと店内へ入ることが出来た。

 

「こ、これで、ガイさんと……」

 

一方、アインハルトは服を買ったときから、喫茶店の席に座るまで紙袋を両手で持って胸に押し当てるようにして、ずっとゆでだこのように顔を赤くしてぶつぶつと呟いている。

 

何を考えているのか見ているだけで分かる。というか分かりやすい。ガイとのデートなどのシチュエーションでも想像しているのでしょうね。

 

昨日から知っていることですが、やっぱり皆はガイに好意を抱いているんですね。ガイはモテモテですね。ですがガイは皆のことを妹のように接している……この溝はそう簡単には埋められそうになさそうですね。

 

私は第三者視点でこの子達の事を考えつつテーブルに肘を付け顎に手をそえて皆を見ている視線を窓をへと向けた。

 

「雨が……降ってきましたね」

「あ、ほんとだ」

 

ショッピングモールにいると分からなかったが、喫茶店に着いて外を見た時はすでに今にも雨が降りそうな薄黒い雲に覆われていた。

 

ここに入って10分と少しで雨が降り始めたようだ。その雨は次第に強くなり始めた。

 

「土砂降りですね」

「ありゃ……これじゃあ、しばらく帰れそうにないね」

「通り雨だといいんですけど」

 

なんでしょう?この胸に籠るモヤモヤとした異常なまでの不安感は……。

 

私の心の中はあの薄暗い雲のように黒いモヤモヤとしたモノが広がっていた。雨の音が強くなるにつれこの違和感も強くなっていく。

 

「っ!?」

 

そして、外の黒い雲と雨を見ていると脳裏にガイの姿が一瞬遮った。

 

「フリージアさん。服を選んでくださいましてありがとうございます」

「……」

「あ、あの……フリージア……さん?」

「……えっ?」

 

私はヴィヴィオに呼ばれた声がしたので皆の方へ向き直す。ヴィヴィオは少し固まった笑顔を私に向けていた。

 

どうやら何かを話していたようだ。それに気づかないほど私はこの違和感に困惑していたのだろう。

 

「あ、考え事していたんですか?」

「い、いえ、まあ、些細なことですが。すいません、ヴィヴィオ。話を聞いていませんでした」

「いえいえ、話をかけるタイミングが悪かったですね。この服を選んでくださいましてありがとうございますって言いたかっただけです」

 

手を振って固まった笑顔が緩やかになって天使のような笑みを作る。

 

「いえ、ヴィヴィオ達は元が良いので可愛い服はどれも似合うと思いました。なのでガイの好みに近いのを選ぶのは楽でしたよ」

「ありがとうございます、フリージアさん♪」

 

褒められて嬉しそうだ。コロナもリオも同じだろう。笑みを溢している。だが、先ほどのように安心感が心の中に芽生える事は無かった。むしろガイの姿が一瞬浮かび上がってきた時から不安が膨れ上がっていく。

 

「っつ!?」

 

私は突然の魔力供給の多さにビックリして胸に手を当て椅子から勢いよく立ちあがった。

 

「えっ?フ、フリージアさん?」

「あ、す、すいません。ちょっと、お手洗いに……」

 

私は皆の返事を待たずにすぐにトイレへと駆け込んだ。

 

洗面所の前で手をつき鏡を見る。自分の顔が息荒くして悲痛と悲しみの混じった表情をしていた。だが、肉体的な痛みは無い。これは胸を締め付けるような心の痛みが原因だ。

 

「ガイ、何かあったのですか……」

 

朝、ガイと別れる時に午前の訓練で一度、魔術回路を使うと言っていた。それは皆とランニングしていた時に訪れた。前もって分かっていたので驚く事は無かったが、今回のは午後だし何も言われていない。

 

今この体に流れている魔力はいつもより多い。ガイが魔術回路を解放した状態だ。そうならなければならない状況下に居るのだろう。そして、先ほど脳裏によぎったガイの姿。あれを思い浮かべると途方もない不安が押し寄せ、それに感情が押しつぶされそうになる。

 

「オリヴィエ……」

 

その感情に必死に耐えていると、後ろから私の真名を言ってくる声が聞こえた。

 

「……アインハルト……」

 

鏡でその声の人物を見ると映っていたのはアインハルトだ。表情は私と似ていて不安な色が浮かび上がっている。今トイレに居るのは私とアインハルトだけだ。なのでアインハルトは私を真名で話しかけてくる。

 

「何かあったのですか?」

「……い、いえ、何でもありませんよ……」

 

鏡越しでアインハルトと会話をする。

 

「……そうですか……」

 

アインハルトは何か言いたそうな表情をしているが、何も言い出してこない。そのまま視線を右下へと流す。

 

「私が心配……ですか?」

「あ……い、いえ、その……」

 

私の問いかけに口籠ってしまうアインハルト。何を思っているか表情を見ただけで大概分かってしまう。アインハルトは分かりやすい。そして、アインハルトはケジメを付けたのか戸惑いの眼ではなくなり、鏡越しで私の眼を真剣な眼で見つめて言葉をかけてきた。

 

「オリヴィエ……いなくならないで下さい」

「……」

 

どのように思っているか大概分かっていたので、私は特に慌てず否定の意味を込めた無言でアインハルトに見つめ返す。それでもアインハルトは怯まない。

 

「今のオリヴィエを見ていると覇王の記憶の中にある死地に赴く表情と被って見えます」

「……アインハルト」

「女々しいかも知れませんが、オリヴィエが側に居てくれると私はとても安心して嬉しい」

 

真剣な眼をしているが表情は不安の色を隠せずに晒している。前にも覇王の記憶の事でこのような表情を見せてくることが多々あった。その記憶を被せてしまい私を求めてしまう。アインハルトはまだ幼さが残る。人肌が恋しい年頃だと思う。

 

しかし、その人肌はヴィヴィオかガイあたりに求めた方が良い。決して過去の私ではない。前にこのように結論付けたが、今のアインハルトを見ると何とかしてあげたいという感情が働いてしまう。

 

アインハルトは私を求めている。覇王の事についてケジメを付けたと思ったのですが、いつまでも私が近くに居るべきではないでしょうね。アインハルトの覚悟を鈍らせてしまいます。

 

私は鏡越しではなく、アインハルトに振り向き笑みを作って直接眼を見て、その話に答える。

 

「大丈夫です。私は消えたりしません」

「オリヴィエ……」

 

だけど、顔を赤くして今にも涙が零れ落ちそうな瞳を見ると守りたい気持ちが心の中に芽生えてしまう。クラウスの子孫だと言われれば尚更だ。

だから私は嘘をついた。消えたりする事は無いなどと。聖杯戦争が終わったら消える身なのだが、アインハルトを安心させたい気持ちで嘘をついた。

 

私はアインハルトの頭に手を乗せて撫でる。

 

「……すいませんがこれからちょっと用事が出来ましたのでここでお別れです」

「ガイさんが絡んでいるのですか?」

「……っ、いえ……」

 

いきなりガイの名前が出てきたので、思わず一瞬驚いてしまい僅かな空白の間が出来てしまった。

 

アインハルトはそれをどう思ったのだろうか?

 

「……ガイさんもオリヴィエも隠し事多すぎです……」

「……っ」

 

やはり今の空白の間はアインハルトに疑問を持たせてしまった。的確な鋭い言葉が私の動揺している気持ちに突き刺さってくる。

 

「ガイさんもオリヴィエも、大変な出来事が起きているのならもっと私やヴィヴィオさん達を頼ってくれてもいいのに……仕事だと言われたら何も言い返せませんが……」

「……そうですね」

「私達はそんなに信用できませんか?」

 

アインハルトは上目使いで私の事を見上げてくる。その純粋な瞳を見ると素直に答えたくなるがグッと抑える。真実をアインハルトに教えるわけにはいかない。

 

「アインハルト、私は貴方やヴィヴィオ達の事を信用していないなど一度も思っていません。ガイもきっとそう言うはずです」

「で、ですが……むうっ!!」

 

アインハルトが何かを言う前にアインハルトの体をギュッと私の胸に押し当てる。

 

「逆に私やガイの事、信じてくれませんか?」

「……」

 

アインハルトは胸の中で大人しくなる。

 

「……なぜこの現代に存在しているのか未だに分かりませんが……私が……覇王がオリヴィエの事を否定するわけがありませんっ!!」

「ありがとう、アインハルト」

 

私はそっと頭を撫でる。ヒクッヒクッと震えている声が聞こえる。きっと泣いているのだろう。私はそれを察して顔を上げてなどは言わない。

 

このまま会話を続ける。

 

「すいません、アインハルト。すべて話せる時が来たら話しますので」

「……はいっ、待ってます」

 

アインハルトはそう言って私から少し離れて後ろを向く。涙を流している姿を見られたくないのだろう。実際は何度か見ているので気にはしないのだが。

 

ですが、この約束は守れそうになさそうです。

 

全てを話すとき。その時はきっと私は消えている。

 

ヴィヴィオにもアインハルトにも嘘をついてしまった。皆を巻き込むわけにはいかないのだから仕方ないと言えば仕方ないが、心に残る罪悪感が拭いきれない。

 

「では、私は失礼します。ヴィヴィオ達にも一言言っておきますので」

「……はいっ」

 

そして、今回アインハルトと話をして分かった事がある。

アインハルトとの関係は何も解決していないのだ。解決出来ていたのは覇王の記憶とのケジメだけだったのだ。朝は落としきったような表情をしていたがそれも覇王の記憶のみ。アインハルトが私を求めていることに変わりはない。

 

後でガイと相談しませんとね。

 

そして、思考を切り替えた。ガイの事を考えると不安が押し上げてくる。状況を把握できないままなのも原因の一つだが。

 

私は最後にアインハルトの背中を見てトイレを後にした。

 

その背中は何処か寂しげさを語っているように小さく見えて切なくなってしまった。

 

……アインハルト……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ミットチルダ東部郊外 密林内

 

アイン……ハルト……。

 

その人物名を思うだけで脳が……思考が止まりそうな感覚に襲われる。いや、止まっているのかも知れない。

 

雨はどのような真実を暴かれようと止むこと無く降り続いている。確かに一個人の情報が暴かれたとしてもそれが天候に影響することなど無い。

 

頬に当たる冷たい雫が今は熱の籠った体を冷やしてくれると同時に鬱陶しい感触でもある。

 

肌に当たる一滴一滴の感触が今の出来事とは別にあの辛い日々を思い出してしまい、頭が痛む。何かに集中している時ならいいが、今は目の前の真実を知って頭の中が真っ白だ。そこに割り込んでくるのは辛い思い出。

 

それを何とか思い出さない様に俺は鉛のように重くなった体を動かし、頭を振って脳の活動を必死に再開させる。

 

だが、活動を再開させた脳は先ほどの現実の情報を取り入れ、再び頭の中が真っ白になる感覚に陥りそうになり俺は苦虫を噛んだような表情をする。今の心の中はひどく複雑な感情で入り混じっている状態だ。

 

絶望、虚無感、無力感、悲しみ、憎しみ、同情、憎悪、哀れ、嫌悪、親近感、驚き、不安、否定、切なさなど様々だ。

 

俺はそんな状態で目の前の人物を見る。

 

その人物を見ただけで胸が締め付けられるような苦痛の感覚に襲われる。

 

「……」

 

その人物はただ一点を……俺を無表情のまま冷たい目で見つめ返す。

 

碧銀の髪を特徴的なツインテールに結い、左の大きな赤いリボンが印象的な“女性”。虹彩異色で左眼が薄蒼で右眼が紫。

 

そこまで特徴的な事が分かると脳内の検索では1人ヒットする。その子は脳内では“少女”だった。

 

アインハルト・ストラトス。

 

この聖杯戦争でサーヴァントでありアサシンだと知った。だが、それしか分からない。

 

もし……もし、日常に居るアインハルトが目の前の人物だとしたら……俺は日常のアインハルトを許せなくなる。

 

隊長や多くの仲間を殺されてしまった事実は覆す事は出来無い。弔いや報復をする権利はある。

 

だが、あの何事にも一生懸命な純情の持ち主のアインハルトがこのような事をするとは到底思えなかった。となると目の前の人物は背丈から見ると未来から来たと考えるのが妥当だろう。

 

アインハルトの大人モードは何度か見たが服装や髪形が少し違う。OLのタイトスカート様なモノからミニスカートに変わっており、髪形も少し変り頭には少女のときに付けている赤いリボンがあった。

 

一度見たことがある。前にオリヴィエに公園で特訓をした時に現れたアインハルト。あれは目の前の人物と同じ格好をしていた。

 

そして、この後の出来事で親父……キャスターが現れた公民館でアインハルトと大人モードで組手をしていた時はこの格好では無かった。その時に違和感があったのは覚えている。今、その違和感は解決した。

 

あの時公園に現れた人物はこっちなのだ。

 

「……お前は……お前は未来のアインか?」

「……」

 

表情は氷像のように変わること無く只の一度だけ頷く。その真実に日常のアインハルトがこのような事をしてくれなくて良かったと胸を下ろした。

 

……いや、胸を下ろすのはおかしい。どちらも“アインハルト”で間違いないだろ……。

 

胸を下ろしたのも一瞬。すぐに思考を巡らせる。

 

先ほどまで思わぬ真実で脳が動いてくれなかった時間帯から短時間でここまで推理出来たのは上出来だろう。予測思考がうまく働いてくれたおかげだ。

 

そして、疑問も生まれる。

 

未来のお前は何があったんだ?許せない事をしているがやはりあのアインハルトだと思うと親身になりたくもあった。その心境がこの疑問を生んだ。アインハルトでなければ今頃は頭の中が真っ白になる事もなく怒りに任せて突っかかっていただろう。

 

“何か”があってアインハルトは聖杯を欲している。その“何か”が分からない。

 

「……流石、ガイさんです。私の正体が分かって酷くご乱心な状態でしたが、すぐに冷静になって状況を把握し始めている」

「……っ」

 

その鈴のように澄んだ声を聞くと日常のアインハルトが目に浮かぶ。同一人物なのだから当たり前なのだが何とも言えない複雑な思いだ。

 

そして、今の俺は必死に冷静さを保っているだけだ。アサシンがアインハルトだと知って頭に鈍器で叩かれたかのような衝撃に襲われて、少しの間、我を忘れていたが冷静さを欠けては見えるものも見えなくなってしまう。

 

戦場で冷静さを失っては命の保証は出来ない。

 

「ガイ。この者は知り合いなのですか?」

 

隣にいたアルトリアが相手に視線を向けたまま構えを解かずに声を掛けてくる。

 

「……俺の日常に居る人物の“未来”の形……とでも言えばいいか……」

 

俺もアルトリアの方を見ないで答える。

 

「日常?なら、ガイの味方ですか?」

「……どうだろうな。少なくとも今は敵に近い」

「……」

 

色々と推測はしたがそれは憶測の域を脱しない。そして、許しがたい事をした。

 

俺は一度周りを見る。雨が降っているので緑の匂いが強いがその中にも鉄の匂いが混じっている。血の匂い。それが緑の匂いに混じっている。

 

周りにはかつて人として活動していた手や足などのパーツが散らばっている。草木には赤色がこびり付いていて雨では落ちる事は無い。あれは俺の仲間達が巻き散るはめになった命の欠片。つい先ほどまで俺の隣で動いていた仲間のモノだ。

 

これはもはや地獄絵図とそう違いは無い。あたり一面が赤を強調している。巨大なアンノウンが食べ残した後だ。このようにしたアンノウンの使い魔である人物は目の前に居る。

 

「何故……こんな事をする。アイン?」

「……」

 

その言葉にアインハルトは答える事は無かった。この質問に先ほど何かを呟いていた気がしたが雨の中、聞き取ることは出来なかった。しっかりと聞いとけばもしかしたら何か変わっていたかもしれない。

 

眼の前のアインハルトは何も感じさせない無表情のまま静かに構える。その構えはやはり何度か手合わせした型の覇王流だ。

 

「……来るぞ」

 

ゼストの低い声で更にアインハルトを留意する。だが、俺は一瞬プリムラに手を付けるのを戸惑った。アインハルトと命の削り合いのような戦いを行わなければならないのかと思うと、心のどこかでブレーキがかかった。

 

「……ガイさん」

「ぐがっ!?」

「「!!」」

 

その一瞬の迷いが俺の懐にアインハルトが潜り込んでしまう要因となった。髪が雨に滴りおさげ気味になり、冷たい眼をしたアインハルトの顔が一瞬にして俺の視界に俺の腹に思い拳がめり込む。アルトリアもゼストも反応が出来ていなかったようだ。当然、サーヴァントでもない俺も大いに反応が遅れた。

 

お、重い……迷いのない拳……っ!!

 

俺はほんの僅かだがそれに反応して気休めだが半歩下がった。しかし、アインハルトの拳の威力は凄まじく、派手に吹っ飛ばされてしまい木に激突した。

 

「ぐはっ!!」

 

背中に受けた衝撃で肺の空気が全て外へ排出されて息が出来ない。強靭な筋骨がなかったら今ので意識を失っていただろう。

 

「遅いです、ガイさん。反応も僅かにしか出来てない……」

「貴方は早いですね、アインハルト」

「ふんっ」

「……」

 

アルトリアとゼストがアインハルトを挟撃するように挟み込んで各々の得物を振るう。

 

それをアインハルトは難なく紙一重で避け続ける。

 

俺は何とか肺に酸素を取り入れて呼吸を整えながら立ち上がる。そして、あの三人の剣戟を見ていたが、アインハルトは本当に難なくアルトリアとゼストの攻撃を避けている。

 

「強い……」

 

決してアルトリアとゼストが弱いわけではない。一度対決し、見たことがあるから分かるがあの2人の武技は達人の領域に値するほどだ。

しかし、あのアインハルトはそんな2人の嵐のような激しい攻撃を避けつつ時折反撃をしている。まったく隙がない。日常に居る時のアインハルトより断然に強い。キャスター……親父並の力を持ち合わせている。

そして、決定的に親父と違うのは動きだ。親父は激しい剣戟、と言うより激しい技が多かった。しかし、アインハルトの動きは滑らかで、激しい攻撃を受けているはずなのにアインハルトの周りだけ何故かゆったりとしているように見える。

 

それにアルトリアの不可視の剣もあるというのに、それが分かるかのように避けている。

 

「ぐっ!!」

「……っ!!」

 

そして、アインハルトは胸の前でクロスするように腕を動かし、両手を掌底の形にして2人を吹き飛ばす。

 

2人は少し大きく飛ばされて遠くに着地する。アインハルトはゆっくりと構えを解いて冷気に触れたような冷たい目で俺を見る。

 

その眼を見ただけでゾクリと背筋が凍ったような感触に襲われる。親父のような膨大な殺気とは、また違う冷たい殺気。

 

その殺気が俺の体を貫く。

 

「……っ」

 

思わず喉を鳴らす。かつては日常に居たアインハルトがここまで冷たく鋭い殺気を放つという現実がカルチャーショックを受ける。

 

「認めたくない……」

「……」

 

俺は目の前の現実に目を逸らしたかった。今の入り混じっている感情の中で一番大きかったのは否定だ。

 

「お前がアインだど……アインハルトだど信じたくない!!」

 

俺は否定したかった。目の前の人物がアインハルトではないと。どれだけ推理してたどり着いた答えが未来のアインハルトだとしても、俺に殺気を放ってくる人物がアインハルトであってほしくなかった。

 

「これが……現実です。ガイさん……」

「っ!!」

 

グサリと胸に突き刺さった感覚があった。現実は目の前の出来事で間違いないと。

 

その鈴のような静かに澄んだ声が雨の中、はっきりと聞こえる。この戦いにおいて……敵として聞きたくない声だ。

 

だが、その声の持ち主は紛れもなく俺の…… “敵”。

 

「ガイ!!気を確かにっ!!」

 

少し離れた所からアルトリアの気合の籠った声が飛んでくる。膝から倒れそうになった俺はそれを聞いて留まる。

 

「アルトリア……」

「ここは戦場です。私情を挟むなと言いませんが、命のやり取りをしている事は忘れないで下さい」

「……」

 

アインハルトがアルトリアの言葉を聞いて、そっちに顔を向ける。どことなく、更に冷たさを増した殺気を含めて。

 

「……流石です、騎士王。そのようにして仲間を……円卓の騎士たちを誤った方向へ導いたのですね」

「っ!!き、貴様!!私の真名を知っているというのか!?」

 

アルトリアの表情が驚愕の色に埋め尽くされる。真実を知っている目の前のアインハルトに驚きを隠せないからだろう。

 

円卓の騎士?騎士王?アーサー王の……伝説……か?

 

次から次へと来る現実味のない膨大な量の情報に現実逃避したくなるが、予測思考を展開している今はそれらを無意識に整理することは出来る。

 

「アーサー・ペンドラゴン。ペンドラゴンは名称ですが、かの騎士王がこのような小娘だったとは……円卓の騎士たちも報われないでしょうね」

「……その小娘の一太刀浴びてみるか?小娘?」

 

挑発のような言葉を投げてくるアインハルトに、アルトリアから発せられる雰囲気が刺々しくなりその受け答えの声が僅かに下がった気がした。怒っているのだろう。表情が険しくなり固い。アルトリアから来るかなりの威圧感をアインハルトは浴びているはずだ。しかし、それを真に受けてもアインハルトは冷たい表情のままだ。

 

「……っ!!」

「はっ!!」

 

アルトリアが一瞬にしてアインハルトの懐に入り詰めて不可視の剣を振るう。アルトリアの動きが先ほどよりも勇ましさを感じ、アルトリアを中心に暴風の嵐が起きているように見える。アルトリアの剣の刀身はやはり分かっているのか、それを紙一重に避けてつつ反撃を行う。激しい剣戟があの2人の間で行われた。

 

オリヴィエとアルトリアの時と同じく大気が悲鳴を上げている。ギチギチともギシギシともゴゴゴッとも擬音語が聞こえてくる。

2人のぶつかり合う力が強大なのだ。

 

アルトリアはアーサー王……アインハルトは覇王の子孫……かの騎士王であるアーサー王にここまで戦えるのか、お前は。

 

「ガイ、休んでいる暇も考えている暇もないぞ」

 

考え事をしていた俺の近くにいたゼストが周囲を注意しながら俺に声を掛けてくる。

 

俺も周りを見渡すとあの巨大なアンノウンが4体、俺たちを囲むようにして木々の間から歩み寄せてきている。

 

「……戦わなきゃいけないのか?」

「一つ言える事は戦わなければ“死ぬ”だけだ」

 

“死”……その言葉を聞くと不思議とプリムラに手を付けていた。

 

俺は死にたくはない。やりたい事も戻りたい居場所もある。それに、目の前のアインハルトに聞かなければならない事がたくさんある。

 

「……なのはさんの近くにいるアンノウンを最優先だ」

「了解した」

 

プリムラに付けていた手にさらに力が加わる。この混沌とした気持ち、状況、情報。それらを整理するには時間がかかる。それらを整理するためにも今は目の前の障害となっているアンノウンを倒す必要がある。

 

そして、感傷に浸っている暇も混沌とした状況下を打破している暇も複雑な情報を整理している暇なく事象は次から次へと来る。

 

「「っ!?」」

 

そう、今、目の前のアンノウンが何処からか来た魔弾の攻撃によって横に倒れて、真上からピンクの大きな砲撃が天罰かのように倒れたアンノウンに直撃しこの世から消え去った。

 

「……ピンク?なのは……さん?」

 

俺は空を見上げるとそこになのはさんが盾を展開させながら浮遊していた。盾が三つに見たこともない銃。オリヴィエに“未来”のなのはさんの特徴を教えてもらったが、その教えてもらった情報が全て一致する。あれは“未来”のなのはさん……アーチャーなのだろう。

 

なのはさんは更に残りの3体のアンノウンに拡散するように魔弾を飛ばし、追撃で砲撃を盾から放出しアンノウンを消滅させた。

 

4体のアンノウン消滅まで実に5秒以内の出来事であるために一瞬何が起こったのか分からなかった。

 

現代のなのはさんとはまた違う威力と魔力。先ほど“魔弾”と言ってみたが実際は違うのかも知れない。未知な力があのなのはさんからふつふつと感じた。

 

「……AMFが無くなった」

「どうやら、JS事件のガジェット・ドローンのようにあのアンノウンがAMFを発動させていたのだろう。となると、全てのアンノウンが消滅したようだな」

 

と言う事は通常時の時に体に重い重力を感じた感覚は無くなるのだろう。今すぐにヴィータさん達の居るベータ分隊に連絡すればこちらに駆けつけてくる。

 

「……っつ!!」

「……!!」

 

そして、アルトリアとアインハルトの激しい攻防戦の剣戟も一旦終わり2人は距離を離す。アルトリアが俺たちの所まで下がる。2人が競い合った場所周辺は原形を留めきれないほどに草木などが散乱していた。木は何本も倒れていたり粉砕していたり、草はすべて刈り取られており、そこの場だけは森の中とは思えないほどだ。

 

「……なのはさん……」

「ちょっとやり過ぎだね、アインハルトちゃん」

 

アインハルトはなのはさんの居る空へと冷たい視線で向ける。なのはさんはアインハルトを見下ろして慈愛のような温かい笑みを浮かべる。2人の間にはどのような感情が交差しているのか第三者から見ると全く分からない。

 

「どうしてこんなことするのかな?」

「……」

 

アインハルトはそれに何も答えず、ただ弱くなり始めた雨の音だけが耳に響く。そして、アインハルトはなのはさんを見上げるのをやめ無表情のまま背を向けた。

 

「……まて、アイン」

 

俺の声は心細く不安で落ち潰されそうに震えていた。アインハルトはすぐに撤退するのだろう。聞かなければならない事がたくさんある。俺は目の前のアインハルトを引きとめて真相を確かめたかった。

 

アインハルトは俺の声を聞いてほんの少しだけこちらに顔を向ける。その無表情で冷たい眼差しのまま。しかし、ほんの……ほんの少しだけ表情に影があったような気がした。

 

「また……会いましょう。ガイさん」

「まて、アインハルトっ!!まだ決着はついていません!!」

 

アルトリアも引き留めようとしたが、アインハルトはその後一度も振り向かないまま森の闇へと走って行った。追うにも気配を消せるアインハルトが相手ではすぐに見失う。

 

「“アサシン”のクラスじゃ追跡や探索は無意味だね」

「……」

 

上空に居たなのはさんが下りてくる。アルトリアとゼストも張りつめていた空気を緩めた。

 

俺はしばらく放心状態で去っていったアインハルトの方向を見つめていた。残酷で過酷な運命が決定されてしまったのだら。

 

アインハルトは……俺の……“敵”……。

 

「俺は……どうすれば……」

 

雨は……止み、緑に付いている血が赤く染まった、森の中とは思えないほど草木で散乱しているこの戦場を雲の間から照らしている日の光が差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガイ君?大丈夫?」

 

下りてきたなのはさんが俺を心配そうな表情を浮かべて見てくる。正直大丈夫じゃない。様々事がこの数時間で起こっていた。予測思考の今の状態でなければとっくに現実逃避をして気を失っているところだ。

 

「あまり大丈夫ではないですね……」

 

俺はなのはさんの眼を直接見ずに答える。こうして“未来”のなのはさんと直接会うのは初めてだ。

 

“現代”のなのはさんとはまた違うデザインのバリアジャケット。武器もゴツイ銃に大きさの異なる三つの盾。それと金色の小型な剣のような形の中心に埋め込まれている赤いルビー。あれはレイジングハートだろう。

 

“現代”と“未来”ではやはり質も量も変わっている。特に質は根本から大きく変わっているのが分かる。まるで何かの対策として魔力の変換を行っているように感じた。

 

「……今のガイ君は“魔術回路”を展開させている姿なんだね」

「ええ。なのはさんは魔術回路を知っているのですか?」

「うん。……そっか。だから今日の日に行なっていた模擬戦は違った感覚がガイ君から来ていたんだね」

 

俺の中にある魔術回路があると言うのを目の前のなのはさんが知っていて特に驚く事は無かった。“未来”から来たという事は“現代”の情報を得ているのだから。だから、今日の午前中に行った模擬戦の内容も“未来”のなのはさんは知っている。

 

「私はとある人から“魔術”という基礎を教えてもらったからある程度は分かるかな」

「……」

 

なのはさんなら魔導と魔術の二つを扱えるのではないだろうか?そうなるともし敵となった時はやっかいだ。

 

……なんで、敵として考えているんだ俺は?出来れば味方であってほしいだろ。アインハルトも……あれは俺をもはや敵として見てる……よなぁ~……。

 

思考がかなりネガティブよりになっていた。こうして考えていられるのも予測思考のおかげだ。この短時間に得た悪報の情報がありすぎて現実逃避をしたいぐらいなのに俺はいたって冷静さを持ちあわしている。

 

アサシンがアインハルトだと分かった時は衝撃がデカ過ぎて頭の中が真っ白になっちまって思考が停止していたけど何とか持ち直せた。

 

「で、なのはさんはなぜここに?」

「……そこの “私”に用があったんだ」

 

俺はなのはさんがここに来た理由を聞いてみる。今は自分から他人に会話を振る気分ではないが、会話がないと感情が入り混じり過ぎて気持ち悪い。それを考えないために会話を続ける。

 

なのはさんは気を失って木にもたれ掛かっている現代のなのはさんに歩み寄った。

 

「何をする気ですか?」

 

背中を向けているなのはさんはこちらに顔を向けないまま答える。

 

「ここが私の“聖杯戦争”の分岐点なの。ここで目を覚ましてこの戦いに首を突っ込んでしまう未来があと数分後に訪れる。だから……」

 

なのはさんはそっと現代のなのはさんの頭に手を乗せる。魔力が少しだけ送られたように見えた。

 

「これでもうしばらくは寝ているよ。これでこの聖杯戦争にこの私が巻き込まれることはない。レイジングハートもこの事は今の私には内緒にしていてね」

『了解、マスター』

「ふふっ、未来の私にもマスターって言ってくれるんだ」

 

なのはさんはレイジングハートの普通のデバイスとマスターとの受け答えの会話に軽く笑ってこちらに振り向いた。だが、俺には疑問が残っていた。これ以上、あまり考えたくないのだが聞いておきたい事もなのはさんにはあった。

 

「……ですが、それって」

「うん、今の私が私ではなくなるね。これに首を突っ込まなければ私は英霊として“世界”と契約なんてしなかった。でも、そこにいる私が今後、英雄として名を残すくらいになったとしたらどこかの聖杯戦争で英霊として呼ばれるかもしれない。その可能性は無きにしも非ずだけど、今のこの私はここで聖杯戦争に首を突っ込んだ“事象”を持ったなのはなんだよ」

「それだと……」

 

さも当たり前のように行っているなのはさんの行為だが、それは明らかにパラドックスを孕んでいる行為だった。

 

親殺しのパラドックスや因果律にも似ていて類似している。Aという事象があったからこそBという事象が発生する。親が居るからこそ子供が存在できるように、“現代”のなのはさんが聖杯戦争に関わったからこそ“未来”の今のなのはさんが居るのだろう。

 

しかし、その最初の事象を未来のなのはさんは否定しようとしていた。それだと自分自身の存在がどのようになるのか分からなくなる。

 

そのような結果になったとしても、この聖杯戦争に“現代”の自分を巻き込ませたくない理由が存在するのだろう。推測するには材料が足りなすぎるが。

 

「うん、その“事象”が失って私が私では無くなり“無名”としてアーチャーのクラスとして存在することになるかな」

「無名……」

「しかし、タカマチ……それではシロウが何を言い出すのか分かりませんよ。シロウも同じような事がありましたがあの時は……」

 

アルトリアもこの会話に加わっていく。

 

「うん、その話は聞いてる。でも、これできっと……」

 

しかし、なのはさんの言葉が途中から聞こえなくなっていた。それは突然なのはさんの首筋に刃物が当てられたからだろう。

 

「!?」

「ゼスト!!何をしているのですか!?」

「「……」」

 

いつの間にかゼストがなのはさんに槍を突き立てていたようだ。ゼストただ静かにそして胆のすわった眼をなのはさんに向けていた。

 

ゼストは物静かになのはさんを見ているのだがゼスト本人の内側はとても重い闘気をしまい込んで今にも爆発しそうな雰囲気が視覚からの情報で分かった。なのはさんもそれを理解している上で静かにゼストの事を見ている。

 

「ゼスト・グランガイツ。オーバーSランクの槍使い……JS事件では貴方を相手にするにはかなり骨が折れたとヴィータちゃんとシグナムさんが言ってましたね」

「……あいつらはいい騎士だ。自分に誇りを持っている。だが、今の貴様は自分自身に誇りを持っているのか?起こりうる問題に目を背けているようにしか見えん」

「……貴方に私の何が分かるって言うの?」

「わからん。が、それは正しい選択だとは思えない」

 

確かに、ゼストの言い分ももっともだ。この聖杯戦争に首を突っ込ませない様に工作を施している未来のなのはさんは第三者の視点から見ては現実から目を背け逃げているようにも見えている。

 

ゼストはそこが気に入らなかったのだろうか?

 

「……そういえば、あなた達とは同盟は組んでいませんね」

「「「っ!?」」」

 

一瞬にしてこの場の雰囲気が変わった。重々しい張りつめた空気。眼球1つの動きでさえも観察されているような感触。まるで金縛りにでもあったかのように動けない体。

 

それらは全てなのはさんが冷たいと皮膚などで感じられるほど寒気がする冷酷な雰囲気を発していたからだ。アインハルトとは似ていて、しかし、その冷たさのベクトルが違う感覚。

 

冷たさのベクトルはなのはさんのは剛で、アインハルトのは柔ってところか。

 

冷静に分析できる自分が居るのは予測思考による脳の処理を高速化させているからだろう。

 

なのはさんの表情も変わり険しく硬い。いつものような柔らかい笑みを浮かべているなのはさんではなかった。

 

「私はアーチャー。貴方はランサー。それだけで戦う理由はいりませんね?」

「……ああ、よかろう」

 

ゼストは一度仕切り直すためになのはさんから槍を引いて距離をとり構える。

 

「ゼ、ゼスト。正気ですか!?」

「すまんな、アルトリア。こいつは私が全てを託した人物の親友なんだ。どのような思想や理想をもち、どのくらいの力量があるか確かめさせてほしい」

「で、ですが……」

 

2人の間には入りたくないような雰囲気を晒し出しており、お互いに相手が何かをしてきたら一瞬でそれに対応できるような思考が入り混じっているように見えた。

 

アルトリアも2人から放たれる雰囲気から苦い顔をして困惑していた。

 

『ガイっ!!無事か!?』

「「「「っ!?」」」」

 

と、そこにいきなり声の高く相手を心配するような必死な声がこの今の戦場に渡りきった。俺の目の前にモニターが表示されそこにはヴィータさんが映っていた。

 

「え、ええ。まあ、一応」

『どういうわけかAMFが消えた。これなら通信システムも使えっから、中間の拠点は必要なくなった。だから今からそちらに合流する。わかったか!?』

「……はい、了解しました」

『本当に大丈夫か!?モニター越しから見てもてめぇの生気を感じねえぞ!!』

「……っ、大丈夫です!!」

『……わかった。すぐに行く。それまでそこで大人しくしてろよ!!』

 

俺がモニターに映っているヴィータさんに何とか敬礼すると、モニターが途切れた。突然現れて突然消えたモニターに先ほどの重々しい雰囲気は無くなっていた。

 

第三者から見るとやはり俺は無理しているようだ。魔術回路を切ったら多分気を失う。

 

「勝負はお預けだ」

「ええ、そうですね。私達がここに居るのは不味いですからね」

「アルトリア、俺は霊体化する。後は任せたぞ」

「え?え、ええ。わかりました」

 

2人は得物をしまい、ゼストは霊体化した。アルトリアもいきなりの展開に情報整理に少し時間がかかるようだ。

 

「ガイ君」

 

それを尻目になのはさんは笑みを浮かべてこちらを見る。

 

「現実から逃げちゃダメ……だよ」

「……っ」

 

その言葉はとても……とても重く胸に突き刺さった。仲間の死のこと。アインハルトが敵となったこと。なのはさんが無名の英霊で存在することになったこと。それらの現実から逃げちゃダメだと目の前のなのはさんは告げる。

 

「……なのはさんも……敵……ですか?」

「それは“聖杯戦争”次第……だね」

 

なのはさんはそれだけを告げて笑みを浮かべながら霊体化して姿を消した。

 

「……私も拠点へ戻ります。ガイは?」

「……俺はここにいる。ヴィータさん達の分隊が間もなく到着するだろ」

「……私を軽蔑しますか?」

「どうだろうな。アーサー王の歴史はそれ程調べてないからなんとも言えないさ。でも、アルトリアはいい奴だと認識している……早く行ったほうがいい」

「……気遣い感謝する。ガイ、お気をつけて」

 

アルトリアも軽く笑みを浮かべて頭を下げ、ダークスーツ姿に戻りアインハルトとは別方向の森の中へ走って行き姿を消した。アーサー王の伝説は前にコロナが調べて探し出してくれた本にあった。それをオリヴィエがもってきたので家にある。後で見ておくべきだ。

 

そして、管理局員じゃない人物がここにいたら確かに不味い。皆この場から離れて行く。気づくとここで生命を維持しているのは俺と気を失っているなのはさんだけだった。

 

人が消え雨も止み音が無くなったこの広場は、先ほどまで熾烈な争いがあったとは思えないほど静寂さが包み込んでいた。異様なまでの孤独感が押し寄せてくる。

 

「……」

 

俺は魔術回路を解除するために心臓に剣を突き刺すイメージをした。

 

「……っ!!」

 

その瞬間、ありえない量の情報が脳に一気に押し寄せて整理できず頭痛を伴った。整理するには時間が掛り、この短時間で得た情報は予測思考しなければとっくに気を失っていたのだろう。

 

俺はその痛みに耐えきれずに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ガイよ……』

『何ですか、隊長?』

『守りたい奴っているか?』

『……ええ、それなりには』

『ほう、ガイに恋人が出来たか』

『違いますよ』

『おっ?守りたい人=恋人という方程式じゃなかったか?』

『じゃあ、隊長はなのはさんが恋人になりますよ?』

『そ、そんな、よせやい。照れるだろ』

『それは今後一切あり得ないと思いますので、先の方程式も違うと言う事に』

『……グスン、俺のメンタル面は豆腐みたいに柔らかくて脆いんだぞ!!』

『で、どうしてそんな事を?』

『俺の話無視かい!?まあ、いい。つまり、そいつが誤った道に進んだらちゃんと元の道に戻してやれと言いたかったんだ』

『なら最初からそう言えばいいんですよ。でも、あいつらなら自分で正しい道をちゃんと見つけ進んでくれそうですけどね』

『……あいつ“ら”……ねぇ。あいつらって誰よ?なのはさんの愛娘のヴィヴィオちゃんとそのお友達か?』

『ええ、そうですね。あいつらの居場所がとても居心地が良いのです。若干1人笑顔を見せない子も居ますがあいつらと居ると……居るだけでかなり癒されます』

『……ロリコン』

『なんでそうなる!?』

『まあ、ガイがロリコンなのかは置いといて……』

『置いとくな!!俺はロリコンじゃねぇ!!』

『しょうがねぇな。今はロリコンじゃないとしとく』

『……この人いつか俺にロリコンと言う汚名を落ちつけてくるな』

『つまりは誤った道に進んだ相手にお前はどこまで手を差しのばして戻してやれるかってことだ』

『……?どこまでって俺が出来るところまでじゃないんですか?』

『命まで張れるか?』

『……』

『即答は出来ない。それが普通だ。誰もが一番かわいいと思うのは自分自身だ。危ない状況に陥った時は必然的にそうなる。人間って生き物は……いや、生命を活動している生き物は本能的に皆そう考える』

『俺は……命を張れる』

『その言葉が出るまでがおせぇよ、ガイ』

『だが、命だって張らないとあいつはこっちに振り向きもしないまま誤った道を進んでいくことになる』

『……アインハルトちゃんだっけ?』

『何で知ってるんですか?』

『……だって、俺はもう……“死んでる”』

『……えっ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――798航空隊 医務室

 

「……」

 

眼が覚めた。視界に移るのは白い天井。嗅覚には僅かに鼻につくアルコールの臭い。ベッドで眠っているようだがここは俺の部屋では無い。

 

何か夢を見ていたような気がするがなんだったか?それにここはどこだ?

 

「あ、目、覚めた?」

「……先生」

 

声のした方を見ると、眼鏡をかけて管理局の制服の上に白衣を着た女性が椅子に座ってこちらを見ていた。医務室の先生だ。どうやらここはうちの医務室のようだ。

 

「意識はOKね」

「……体が重い」

 

眼が覚めた時から異様に体が重い。内側からの重みでは無く外部からの重みがあるような。

 

「それはそこの美人ちゃんがベッドに寄りかかるように眠っているからよ。ガイ君も隅に置けないわね~♪」

「えっ?」

 

視線を先生と反対側の方に向けるとそこに居たのは……。

 

「フリージア……」

「んんっ……ガイ……無事……で……か……」

 

オリヴィエが椅子に座って俺が寝ているベッドにもたれかかる様に俯いて眠っていた。風邪をひかない様に毛布を掛けてくれたのは先生なのだろう。

 

「その人ね、あの現場まで走って来たのか息をかなり乱して、気を失って運ばれていたガイ君を見つけて慌てた素振りを見せながら悲痛な表情をしてガイ君から一歩も離れなかったんだって。運ばれている車の中で何度も何度も“申し訳ありませんっ!!”ってガイ君の手を掴んで呟いていたと救急隊が言っていたらしいわよ」

「……」

 

オリヴィエがそこまで俺の事を心配してくれたとは……。

 

魔術回路を一度使うとは言っていたが一日に二度使うとは言ってなかった。俺が魔術回路を使えばオリヴィエへの魔力供給が増大し安定する。

 

二度目があった事がオリヴィエの心境に不安を掻きたててしまい現場まで来てしまったようだ。

 

「……ごめん、そしてありがと」

 

俺は上半身を起して眠っているオリヴィエの頭に手を乗せてお礼を言った。

 

「……でね、ガイ君」

「……はい」

 

先生の表情が先ほどの他人が異性にどのように接するのかという好奇心の眼ではなく、眼鏡を外し真剣さを孕んでいる眼で俺を真正面で見る。

 

言い出す内容は大体分かっている。

 

「今回の件……ガイ君は大変な思いをしたと思うの」

「……っ」

 

今回の作戦の内容だ。内容が脳にフラッシュバックして軽く頭痛を伴った。あの短時間でドロッとした濃い情報がありすぎて通常の状態での脳ではコンピュータで言う所の処理落ちが激しい。

 

つい、感情に任せて涙が零れそうになったが何とか抑える。先生もそれを汲み取ってか少しの間だけ間を空けてくれた。

 

つい先ほどまでその作戦行動に順していた俺は生き残りとして、いろいろと聞かれるのだろう。その質疑を問いかけるのは今はこの目の前に居る先生だ。

 

「落ち着いた?」

「……はい」

「そう。それでねさっきの話の続きだけど、しばらく航空隊に出てこなくていいわよ」

「……はいっ?」

 

先生は今回の作戦の内容に触れる事は無かった。今の俺はたぶん呆けている表情をしているだろう。そんな様子を先生は見たからか軽く笑みを作って先ほどの言葉に補足し始める。

 

「要するに心の傷を養生しなさいってこと。上から許可は取ってあるようね」

「いえ、しかし……」

「大丈夫。お給料はちゃんと出るわ。有休、入隊してから一度も使ってないでしょ?100日近く有給休暇があったから、とりあえず30日分を申請しておいたわ。これ申請書のコピーと承諾書」

「えっ……」

「こんな破格の待遇は今後一生無いと思うから、これに甘んじでおきなさい。そして、しっかりと心の傷を癒して、またこの航空隊の門を潜りなさい」

「……」

 

紙を見ると本当に申請されて承諾されていた。一ヶ月分の有給休暇の受理。先生ではないとするとこれは一体誰が書いてくれたのだろうか?

 

申請書の右下の方には俺の名前の他に代理人として名前が書いてあった。

 

“高町なのは一等空尉”

 

「あの現場から生存していたのはガイ君と高町一等空尉だけだった」

「……そうですね」

 

これはなのはさんが俺に対する同情から生まれた好意で出来た行いなのだろう。目の前で仲間が食い殺されているのに心の傷が出来ないわけではない。そのために心の傷を癒すための休暇をなのはさんは行ってくれた。

 

あの後もいろいろあった。心の傷を癒すのと情報を整理するのにこの休暇は必要なのだろう。

 

俺はその好意に甘えることにした。

 

「後で高町一等空尉にお礼を述べておきます」

「ええ、そうしてちょうだい。事後処理も高町一等空尉が全て行ったのでガイ君は明日から家で養生してね」

 

俺はその書類を二つ折りにして隣に置いてあった鞄にしまった。

 

「んっ……んん……ガイ……」

 

少し振動を与えてしまったからか、オリヴィエは浅い眠りから目を覚ましたようだ。寝ぼけ気味な眼をして俺を見る。

 

「……」

「……」

 

少しの間、見つめ合う。俺をガイと認識するのに視界から脳までの伝達が遅いのだろう。

 

「……っ!!ガイ!!無事ですかっ!?」

 

そして、脳に目の前の人物=ガイと認識が繋がったのか、眼を大きく開いて心配そうな表情をして俺の顔の前までベッドに乗り出してくる。

 

「あ、ああ。とりあえずは……な……」

 

オリヴィエは朝が苦手だと言うのは知っていた。だが、それは朝では無く寝起きが辛いだけなのだろう。

 

「良かった……本当に……良かった……」

「……?……フリー?」

 

オリヴィエは俺の服を両手で掴み顔を伏せて震えた声で俺が無事だと知って、何度も何度も良かった呟いていた。

 

そして、顔を見上げる。

 

「……っ」

 

今はカラーコンタクトで紅い両眼から透明な液体が零れおちていた。オリヴィエは泣いていたのだ。頬も僅かに紅葉して潤んだ瞳に心配と安心の表情が浮かび上がって本当に俺の事を心配してる。

 

その表情を見て一瞬、ドキッとしてしまった。本当にオリヴィエは美人の分類に入る。美人が頬を赤くして涙を流す姿は儚げにも見えて魅力的でもあった。

 

「……本当にごめんな、心配かけて」

「ええ、本当に心配しました」

 

心配と安心の表情が現れていたが、どうやら安心の色の方が強いようだ。俺が声をかけると優しく笑みを溢した。

 

「……」

 

今のオリヴィエは凄く可愛い。そんな表情をするとここのベッドに押し倒したくなるという男なら当然の欲求が出てくるのだろう。

 

「さて、お邪魔虫はさっさと退散しますかね。あ、ベッドは“使って”もいいけど汚さないでよ。それと鍵かけとく?」

「……変な方向へ話を持っていかないで下さい。鍵はかけなくてもいいです」

「あら、公開プレイが好み?マニアックねぇ……」

 

そう言いながら先生は何処か羨ましそうに俺とオリヴィエを見たあと、手荷物を纏めて医務室から出て行った。出ていく間際に“私も彼氏ほしいわねぇ~”と呟きが聞こえてきた。

 

「……ガイ?“公開プレイ”ってなんですか?」

「……何でもないよ。とりあえず帰ろうか」

 

今の状況だと男なら目の前の可憐な花を押し倒したいという欲求が出てくるはずだろう。だが、今の俺にはそんな気力は無い……度胸もないが……。今は気持ちが辛いのだ。

 

隊長の死。部隊の死。

 

これらが今の俺の気持ちを沈める大分を占めている。この部隊でもうこの人物達と会う事は二度とない。

 

そして、その原因を作ったのはアサシンでありアインハルト。日常にも存在するアインハルトが未来の姿となって敵として現れた。一体何が目的であのような事をしたのかそれを知らなければならない。

 

いや、知ってどうするんだ?知った所で俺は何が出来る?俺はどうしたらいいんだ……。

 

今の俺は本当にどうしたらいいのか分からなかった。味方を殺したアインハルトを恨むべきなのか親身になって経緯を聞くべきなのか。

アサシンがあのアインハルトだと知るとどうしても親身になってやりたくなる。保護欲と言うモノなのだろう。

だけど、味方を死に導いたのもあのアインハルト。弔いをする権利もある。

 

「わかんねぇ……」

「……ガイ?どうしました?」

 

帰り支度をしながら複雑な気持ちで考えていた俺が呟くとオリヴィエがその言葉を拾いかけていた。

 

「何でもない……フリー。帰ったら聖杯戦争について色々と話がある」

 

この一件はオリヴィエと真剣に考えた方がいい。

 

「……ガイが受けた傷の原因はやはり聖杯戦争ですか……」

「うん、それもいろいろとあってな……とりあえず帰ってから話す」

「わかりました」

 

オリヴィエに了承を得て俺は帰り支度を整えて鞄を拾いオリヴィエと共に医務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なのは宅

 

「たっだいま~!!」

 

夕方より少し暗めの時間帯。

私は元気よくドアを開けて家に戻ってただいまの挨拶をした。

 

午後は皆でショッピング。途中でフリージアさんが用事が出来たと言って別れちゃったけど、それでも今日は十分に楽しかった。アインハルトさんやフリージアさんともいろんなお話が出来たし、コロナとリオと一緒にストライクアーツとかガイさんの話で盛り上がっちゃったし。

 

「……あれっ?」

 

しかし、ただいまの返事が返ってこなく家は静まり返っていた。

 

車もあったしダイニングの部屋の電気は付いていたので、なのはママが帰ってきていると思ってたけど違うのかな?も、もしかして、泥棒!?

 

「ク、クリス、もしもの時はお願いね」

 

私は速まる心臓を何とか抑えつつ、小声で隣で浮いているクリスに小声で呟くと任せて下さいと言わんばかりにビシッと音が鳴るような敬礼をした。

私はありがとうと付け足してダイニングの方へ警戒心を向ける。

 

明かりが零れ出ているダイニングのドアの前で壁に背を向け、一度深呼吸をして音を立てない様にゆっくりとドアを開ける。

 

「……あれっ?」

 

私は先ほどと同じ言葉を無意識に呟いていた。なのはママが後ろ姿でテーブルに座ってた。何処となく疲れているような背中だ。

 

なんだ泥棒じゃないんだ。なのはママだったよ。でも、あの後ろ姿……仕事で疲れちゃったのかな?じゃあ、今日は私が料理を作ってあげよう。

 

そう理論づけて私はドアを忍ぶことなく開け放つ。

 

「あれ?ママ?帰ってきてたの?それなら挨拶はちゃんと返してほしいですよ」

 

なのはママが居た事に安心感が芽生え警戒を解いて明るい声でなのはママに声をかける。疲れているのなら私が元気付けてあげよう。そう思ったのだから。

 

それにようやく反応したのかなのはママはこちらに顔を向けてきた。

 

「あ、ヴィヴィオ……」

「……ママ?」

 

だが、その顔はいつも私に笑みを振ってくれる顔では無く寂しさと後悔の色を足した悲痛の表情だった。

 

何かあったのだろうか?

 

「どうしたの、ママ?何かあった?」

「……ああ、ううん。何でもないよ。ごめんね、今からご飯作るから」

「……」

 

その表情も一瞬だけ。すぐに笑顔になって立ち上がりキッチンへと向かった。

 

「待って、ママ」

「……」

 

だけど、その笑顔は作り笑顔だとすぐに分かった。私を心配させないと必死に作った笑顔。その気遣いはとっても嬉しいけど今は違う。

 

ゆりかごの時のように腹をわって真剣に話してほしい。

 

「何があったの?私で良かったら話してほしいですよ」

「ヴィヴィオ……」

 

私はなるべく明るい声でママに元気づける。その声を受け止めてママは口に手を押さえて瞳は潤んでおり今にもその雫が落ちそうになっていた。

 

……そんな真剣に悩んでいたモノだったんだね。

 

「私だと役不足かもしれないけど、私達は“親子”だもんね。悩み事があったらお互いに話し合った方がいいでしょ」

 

その“親子”という絆をくれたのはママなんだから。

 

「……うん、ありがとヴィヴィオ」

 

ママは感激を受けたのか、本当の笑みを作って私を抱いて優しく包み込んでくれた。とても温かいぬくもりを感じる。

 

こんな温かい絆をママが作ってくれたんだからその恩返しぐらいはしないとね。

 

「この悩み事はヴィヴィオにも関係があるかも知れない」

「私にも?」

 

私を抱いてい呟いていたママはゆっくりと離れて私を見て潤んでいる瞳で笑みを作って一度だけ頷き椅子へ移動する。私も後を付いて行って、対面の椅子に座った。もう一度顔を見ると潤んでいる瞳は無くなって少し真剣さを増した表情に変わっていた。

 

「ガイ君のことが好きなヴィヴィオには重要な話だね」

「ふぇ!?」

 

ママは真剣な表情をしていきなり的を外したような話を切り出してきた。気になる人の名前がいきなり出てきて私は一気に焦った。

 

「ガイさんに何かあったの!?あ、も、もしかして、ママとガイさんが付き合う事に!?え?え?え、えっと、それは嬉しいような羨ましいような嫉妬のような……ああ、それはやっぱりとても羨ましいよ~……」

「……落ち着いて、ヴィヴィオ。そういう問題じゃないから。切り出し方が悪かったね」

 

錯乱してしまい項垂れてしまった私を冷静になだめてくれるママ。

 

そ、そういう話じゃないんだ。う、うわぁ、すっごく恥ずかしい。で、でも、ガイさんがもし私じゃなくて他の人と付き合う事になったら私は……素直に祝福してあげれるだろうか?

 

「……そのくらい真剣にガイ君の事を考えているヴィヴィオにお願い事があるの」

「そういえば、まだ内容に入ってないね。うん、落ち着くね」

 

私は今の話を切り離して思考を何とかクリアにしてママの話を聞く態勢に入る。ママもそれを見てゆっくりと今日の出来事を話しだした。

 

ミットチルダ東部郊外の密林で凶暴で巨大なアンノウンが出現したこと。それを倒するためにガイさんの所属している部隊が出動命令が出されたこと。そこに居合わせていたママとヴィータさんもガイさんの部隊に加わって現場にいったこと。

 

そして、ガイさんの部隊が壊滅したこと。

 

その出来事を聞いて私の心は不安色に染まっていき、ガイさんに同情してしまった。

 

「私が危なかった所にガイ君とその部隊の部隊長が助けてくれたの。そして、私は不覚にも気を失っちゃったんだけど……目が覚めた時はベータ分隊に担いで撤退してたの。担がれていたのは私とガイ君だけ。部隊長は恐らく……」

「ガイさん以外のアルファ分隊は全滅……」

「もっと私がしっかりしていれば良かった……」

 

ママから聞いた内容は概ね理解できた。つまり、今のガイさんは信頼している仲間を失って心が折れかかっているんだ。

 

かけがえのない時間を共に過ごしていた時間が長ければ長いほどその人たちの絆は深まる。それを失った時の反動もでかい。

 

きっとガイさんもその部隊にいた時間が長いから絆も深かったのだろう。今はその反動にあてられている。

 

ガイさんの気持ち……すっごく理解できます。私もなのはママを失ったら……きっと心にぽっかりと穴が開いたかのような虚無感が押し寄せてくると思う。絆は深くなると同時に反動も強くなってしまうものだから。

 

ガイさん……大丈夫かな。すっごく心配です。

 

「ごめんね。ヴィヴィオにこんな重い話をするべきじゃないんだけどね。そして、事後処理も私の分かる範囲で終わらして、なるべくガイ君に負担掛けない様にして心の傷を癒してもらおうと少し長い休みを取らせたの。でも、今のガイ君にどのように接してあげたらいいか分からなくて」

「……」

 

ガイさんのことも心配だけど、ママも助けられなかった人達がいて罪悪感を感じているような表情をしている。こっちも心配だ。ママは仲間を失ったガイさんの事を心配しているし、自分の気持にも鞭を打って反省している。

 

そうやって問題に真正面からぶつかって逸らさずに進んでいく姿が私のカッコいいママなんだよ。だから私はママと打ち解けあうことが出来た。私のママは誇れるママだよ。

 

私はそれらの悩みを一気に解決するべく笑顔をママに向けて眼を見る。

 

「簡単だよ、ママ」

 

その答えはガイさんから教えてもらった事だから。それを思い出しながら私は語る。

 

“ヴィヴィ達の笑顔は行き詰っている時に見ると、温かな気持ちが胸の奥からこみ上げて来るんだ”

 

「笑って接してあげればいいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「ご馳走様でした」

 

私はヴィヴィオさん達とショッピングモールへ行った後、部屋に戻って自主トレを行っていました。その後はご飯を作って今現在食べ終えたところです。

 

誰も居ない部屋にご馳走様と言っても帰ってくる言葉はあるわけがない。それでも、マナーとして行うべきなのだろう。なら、言っておくべきだ。

 

「……ふぅ」

 

私はそんなどうでもいい事を考えつつ、無意識に天井へ視線を上げた。

 

ショッピングモールではオリヴィエに居てほしいと言ってしまいました。あの時のオリヴィエは何時ぞやのシャンプーを買ってくると言って別れた時のオリヴィエと被っていた。

 

心配は心配だ。けど私がどうこう出来る問題では無いのでしょうね。ガイさんが何かを知っている。それを知らないと何もできない。

 

昨日は覇王の記憶にケジメを付ける事は出来た。けどオリヴィエにはこの世界にいてほしい。

 

私自身はそのように思っているが、覇王の血もそのように思っているのではいかと思える。

 

「……考えてもしょうがないですね」

 

色々な問題は残っているが解決する材料は手持ちにはないので私は思考を切り替えるために、部屋に戻って壁に掛けられている服を見る。

 

オリヴィエが選んでくれた服。この服を着てガイさんと何処かに行けたら……い、いえ、まだそんな関係ではありませんし、そ、その、デートはまだ早いでしょうね。キ、キスとかもまだですし、告白すらしてませんし……ガイさんの気持ちは分かりませんし……。

 

この服を買ってから、何度ガイさんと出かけるシチュエーションを行ったか分からない。

 

行動に起こさなければ意味はないのは知っていますが、告白はまだ早いし恥ずかしいです……。

 

私は悶々とした思考をしたまま、食べ終えた食器を台所へ持っていき洗い始める。

 

「あっ……洗剤が切れてる……」

 

皿を洗おうとして、スポンジに洗剤をつけようとしたが洗剤の入っている緑のプラッシックからはヒューヒューと内側から出る空気の音しかしない。

 

「……仕方ありません。買ってきますか」

 

今は少し夜の深い時間帯。買い物に行くとなると少し億劫な時間帯ですが、これがないと食器も洗えない。

 

私は仕方ないと考え身支度を済ませて、ドアを開いた。

 

「「あっ……」」

 

ドアから外に出てばったりと2人の人物と出会った。オリヴィエとガイさんだ。

 

「あっ、アインハルト。これからどこかへ出かけるのですか?」

「え、ええ。洗剤が切れてしまったので近くのコンビニで買ってこようと思いまして」

 

オリヴィエは笑顔で接してくれる。昼間の別れた時に涙を流してしまって恥ずかしかったが、こうして無事に戻って顔を見せてくれると安心します。

 

「そうですか、気をつけて下さいね」

「はい。ありがとうございます。ガイさんは仕事帰りですか?」

「あ、ああ……」

 

オリヴィエにお礼を言って、ガイさんに会話を振ると何やらあいまいな表現が帰って来た。

 

「……?……どうかしましたか、ガイさん?」

 

私はガイさんに特に何も考えずに近づいた。ただそれだけだった。

 

「……っ!!」

「えっ?」

 

ただそれだけだったと言うのに、ガイさんは怯えた表情をして一度だけ体をビクつかせて私を否定しているような恐れているような眼を向けてくる。

 

「え、あ、あの……」

「……っ」

「……」

 

それを見ただけで分かってしまった。分かりたくなかったが、そう理解してしまった。ガイさんは私の事を“否定”している。

その瞳からどす黒い何かが伝わってくる。その中に他のモノが混じっているがどす黒さが一番大きい。

 

それを感じてしまった私の心は寂しさが過ぎって目頭が熱くなってしまう。

 

「……ゴメンなさい、ガイさん。私はガイさんがご迷惑になるくらいに甘えていたかも知れません。本当に……ごめんなさい……っ!!」

「あっ……」

「えっ?洗剤の買い物は?」

 

私は一度頭を下げて、ガイさんとオリヴィエを見ないまま部屋に戻った。いや、視る事は出来なかった。既に私の眼から透明な雫が零れおちていたのだから。ドアの鍵を閉めて少しだけ一点を見つめていた。それはただ単に頭の中が真っ白だからだろう。

 

「……ううっ……うう……」

 

そして、私はドアに背中を預けてその場にへたり込んで顔を伏せた。

 

ガイさんが……私を“否定”している……そう分かっただけで、この胸に悲痛な叫びが反響するぐらいに響いている。体が異様に重い。

 

「これが悲しいって気持ちなんでしょうね……」

 

好きな人からの否定の表現。それがこんなにも気持ちが深く沈んでいくモノなんて。

 

つい先ほどまでデートやらキスとやら告白とやらのシチュエーションを考えていたのが嘘のように遠くに感じた。

 

あのように考えていた方が幸せだったのでしょうか?今はそのシチュエーションをする必要がない……。

 

「ガイさん……どうしてですか……」

 

私は告白をする前なのに失恋したような良く分からない気持ちになっていた。

 

「ガイ……さん……」

 

私はしばらくドアの前で泣きながら好きな人の名前を呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ゴメンなさい、ガイさん。私はガイさんがご迷惑になるくらいに甘えていたかも知れません。本当に……ごめんなさい……っ!!」

「あっ……」

「えっ?洗剤の買い物は?」

 

アインハルトは一度だけ頭を下げて俺たちを見ずに先ほど出てきた部屋へとUターンして戻っていった。

 

「……あぁ」

 

俺はどうすればいいか分からなかった。

最初にアインハルトに会った時にアサシンだったアインハルトがフラッシュバックしたかのように脳裏に浮かびあがってそれが目の前のアインハルトと背丈が違えど被って見えた。

 

そして、アインハルトが近づいた時、あの光景を思い出し恐怖に体が縛られ体が震えてしまった。

 

そこからは思考がうまく働いてくれずただ目の前のアインハルトがあの時のアインハルトだと思ってしまい、“否定”してしまった。

冷静に考えれば“現代”と“未来”アインハルトは関係ないだろうけど、さっきはフラッシュバックしたせいでそんな考えている暇がなかった。予測思考が働いていれば冷静に対処できたけど今は何もしていない。

 

そして、俺は“現代”のアインハルトを否定するような形で別れてしまった。

 

「……最っ低だ、俺」

「ガイ。アインハルトに何かしたのですか?」

「された、だけどな」

「えっ?」

 

オリヴィエからの質疑に軽く答えながら、俺はアインハルトの入って行ったドアを見る今なら直ぐに会って謝った方がいいだろう。

けど、アインハルトを見るとまたあの光景を思い出してしまう。それだと余計にアインハルトを傷つけてしまう。

 

「アインハルトも随分と積極的ですね~」

「……」

 

オリヴィエは何か勘違いしているが、否定する気も起きなかった。

 

「……フリー。部屋に戻って話をしたい」

「ええ、そうですね。ガイとアインハルトの問題は2人で解決した方がいいでしょう」

「……こっちのは、な」

「こっち?」

 

俺は自分のドアを開けてオリヴィエを先に部屋に入れさせる。そして、今一度アインハルトの入って行ったドアを見る。その無機質なドアからは何故か泣いているような暗さを感じてしまった。アインハルトが泣いているのではないだろうか?

 

だけど、今は会えない。時間を取ってしっかりと整理出来たら謝りに行くよ、アインハルト。最悪、予測思考を使って今すぐに謝る手もあるけどちゃんと頭の中でケジメをつけてからでないと意味がないよな。

 

「……ゴメンな……アイン……本当に……ゴメン……」

 

俺は誰に聞いてほしかったのか謝りの言葉を呟く。無論、誰も聞いていない。誰かに……特にアインハルトに聞いてほしかった言葉だけど今は面と面で言いあえない。

 

俺とアインハルトとの間に奇妙な溝が出来てしまった。

 

俺は胸がギリギリと引き締まるような痛みを覚えながら部屋に入り、自分のドアを閉めた。




アインハルトとオリヴィエの百合フラグがたち……ませんでしたw

むしろ、アインハルトとガイの決別フラグたってねえか、これw?

今回はタイトルの通り、いろんな人物の感情が交差しています。

感情の心理って難しいです。どうもワンパターンが少し多い気がしてならなかった。

もう少し勉強しときますかね。

何か一言感想がありますと嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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二十七話“魔法と魔術の交差”

こちらに移転して初の投稿です。

最後の投稿から一ヶ月以上経ってしまい申し訳ありませんm(_ _)m

待っていた方(居るかな?)お待たせしました。

二十七話目どうぞ。



 ―――首都クラナガン 時空管理局地上本部敷地内 墓地

 

ここは地上・海・空の全ての管理局員が殉職した際にここに埋葬される巨大なスペースを持つ墓地。

 

1平方キロメートルもあるこの敷地内を事前の準備もなく目的の埋葬者の墓へ行こうとなると迷って半日はかかってしまうだろう。管理局員の総人口を考えると、もしすべての管理局員が殉職したとしても場所を持て余しそうな広さだ。まあ、現時点での管理局員の人口なので、これから入隊し、殉職する人数を考えていくとキリがないだろう。

 

出来ればここの敷地内が東洋風の長方形の頭が丸い墓石で覆い尽くされない事を願うばかりだ。

 

この敷地内は緑の芝生に敷き詰められ一定の間隔を挟んで殉職して行った管理局員の名前が刻んであるコンクリートの頭身が円形の半分の形になった墓石が並んでいる。ここには二階級特進で埋葬される。名誉・叙勲・その他の遺族に対する補償も特進した階級に基づきなされるようにだ。

 

そして今も……。

 

「アンノウン討伐による二階級特進殉職者、以上38名」

「……」

 

大将のお偉いさんがアンノウン討伐に参加し殉職していった人物の名前を1人1人告げ、亡くなった人数の数を最後に言って敬礼する。

 

その告げる人物達の名前の中に知っている人がいて胸を痛めつつ俺もそれを見て敬礼した。

 

敬礼している視線の先には38箱の棺桶。中身は遺体は無く殆ど空だ。入っているとしても体の部位の部分であり、それはあの惨劇の場所に散らばっていたモノでDNA鑑定をして討伐に参加していた人物を割り出し収めているだけ。人の原形を留めている遺体は一つもない。

これは形だけでも墓に入れようという措置だ。

 

昨日の出来事だと言うのにこの早さは異常だ。聖杯戦争のあの管理者が表沙汰にしない様に手早く手を引いているのだろうと考えてしまう。あれは聖杯戦争に関係ある事件だったのだから。

 

何処かの世界では七日ごとに仏事などを行い、それを七回、四十九日やるという話を聞いたことがある。

 

この世界ではどうなのだろう?

 

孤児院の葬式はショックが大きく出なかったので分からない。

 

「勇敢な戦士たちよ。ここに静かに眠れ」

 

そんな思考の渦の中で考えている内に大将のお偉いさんが敬礼を終え、一つ一つの棺桶が墓石の前にある穴に運ばれ土を掛けて埋めていく。

 

「……」

 

いくつかの墓石には良く見知っている人物の名前が刻まれている。俺はその知っている人物の墓の前に花を添えて行き、最後の墓石の前にしゃがみこんで持っていた花を添え、その墓石に刻まれている名前を見る。

 

部隊長の名前があった。俺がここら辺の墓石に花を添えたのは俺の部隊の人物たちの墓だ。

 

棺桶には勿論遺体など無いのでここに部隊の皆が眠っているわけではない。

 

ここには眠っているわけでは無いのに墓はある。その何とも言えないモヤモヤ感が胸を締め付ける。

 

部隊長の最後の表情……脳裏にこびり付くように新鮮に記憶に残っている。死ぬのが分かっても笑っていた。なのはさんを守ってやれといいながら。

 

「むしろ……なのはさんからすれば俺は守られる側……になっちまってんだけどな……あの時もっと早く“魔術回路”を展開できれば……」

 

あの時の事に “もし”という仮想の出来事を考えてしまう。あの時の選択が遅れてしまったからこの惨劇が起きてしまったとついつい考えてしまう。

 

俺は今、自分自身を責めていた。

 

「ガイ君……」

「……高町教導官。ヴィータ教導官」

 

覇気が無くあまり元気のない声が後ろから聞こえてきたので振り向くと、そこには眼を軽く伏せてはいるが少しだけ笑みを溢しているなのはさんが花を持って立っていた。その笑みは無理をしてしているとすぐに分かった。それはたぶん俺を励まそうと明るく接してくれるなのはさんの好意なのだろう。

 

このなのはさんは“現代”のなのはさんで間違いない。あの“未来”のなのはさんが近づいた時と雰囲気が違った。どちらも温かいが、あちらは少し違った違和感があった。今はその違和感がないので現代で間違いない。

 

隣にはヴィータさんも花を持っていつもの鋭い眼をしているが少し困惑の色を出している表情だった。

 

「御二人も部隊長に花を?」

「うん、お世話になったからね」

 

だけど、俺は笑みを返すことが出来なかった。なのはさんとヴィータさんはそれを気にせずに俺の隣にしゃがんで部隊長の墓に花を添えて手を添え眼を瞑った。

 

俺もまだやっていないのでなのはさん達と一緒に手を添え眼を瞑った。脳裏にはやはりあの時の部隊長の最後の姿が思い浮かぶ。

 

「……ガイ、お前寝てねぇだろ?」

「……はい」

 

眼を閉じて真っ暗な世界でヴィータさんの声が聞こえたので眼を開けて2人の方を見る。2人とも心配な色を浮かび上げて俺を見ていた。

 

「眼、真っ赤だね。眼の下のクマもあるし……」

「……」

「まあ、無理もねえけどさ……」

 

昨日の辛い出来事があってショックを受けながらも色々とオリヴィエと話をしているうちに一睡も出来ず朝を迎えてしまった。休みをいただいたので朝に寝るのもいいけど、地上本部からアンノウン討伐ででてしまった殉職者達の埋葬式を行うと今朝方に連絡が来たので寝ずにここまで足を運んできたのだ。

オリヴィエには朝まで付き合ってもらったので今は俺のベッドで寝ている。

 

「昨日の出来事のショックが大きくて……」

「ちゃんと寝なきゃダメだよ」

「……はい」

 

なのはさんの温かい言葉が沈んでいる心にゆっくりと染みこむ。なのはさんは本当に温かい人物だ。なのはさんの近くに居ると気が楽にはなる。けど、それに甘えていけない気がする。男として、大人として。

 

俺は2人から視線を離して立ち上がる。

 

いろいろと考えるのも疲れたし帰って少し寝よう。頭が重いし思考も働かなくなってきた。

 

「これから帰って寝ます」

「うん……送って行こうか?」

「……大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 

色々と気を使っているなのはさんに一礼して背を向けその場を離れようとした。あまりなのはさんに無理をさせたくないという気持ちもあってこの場から離れたいのもある。

 

「ガイ」

「なんでしょうか、ヴィータ教導官」

 

しかし、ヴィータさんに引き留められる。

 

「っ!?」

 

2人の方へ振り向いたと同時に突然の頬へ何かが思いっきりかぶつかった様な激痛が走り、視界がブレた。

 

「ヴィータちゃん!!」

「たくっ、仲間を失う気持ちはあたしはよく知っている」

 

俺は頬を摩る。ヒリヒリとした感触で痛みが残っている。その痛みが夢うつつになりかけていた俺の思考が現実に戻るには十分な感触だった。ヴィータさんを見ると表情を険しくして右手は拳になっていた。その拳で殴ったのだろう。

 

「感傷に浸る時間はあってもいいがいつまでもクヨクヨしてんじゃねぇぞ。男だろ?」

「……」

 

ヴィータさんの言葉が深く胸に刺さる。ヴィータさんから見れば俺は落ち込んでいるのだろう。それを見たヴィータさんは喝を一発入れたわけだ。

 

「えぇ……分かっています……」

「ふん、ならいい……早く元気になれよ」

 

ヴィータさんは俺の返事を聞くと腕を組んで俺から視線を離して、俺に顔を見られない様にしながらボソリと言葉を呟く。ヴィータさんなりに俺の事を励ましてくれたのだろう。

 

ヴィータさんにも気を使ってくれて心が温まる感覚が胸の中から感じ取れた。重かった心が少しだけ軽くなった。

 

「……ありがとうございます。ヴィータさん」

「な、べ、別に心配してるわけじゃねぇからなっ!!そこんとこ勘違いすんなよ!!」

「はい、本当にありとうございます」

「……っ、いいから早く行け」

 

そのことに感謝してヴィータさんに一礼する。ヴィータさんはどうやら素直に感謝されるのが苦手なようだ。顔は背けているから分からないがきっと赤くなっていると思う。

そんな発見を見つけて少し笑い、そして今度こそ2人に背を向けてこの場を後にした。ひと先ずは体を休ませるために安息の場所であるマンションを目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――St.ヒルデ魔法学院

 

「ごきげんよう、ヴィヴィオ」

「おはよ~、ヴィヴィオ」

「あ、おはよ~、リオ、コロナ」

 

ヒルデ学院の門を潜ると、その先には見知った友達が居て挨拶して来てくれた。コロナとリオだ。私は小走りになって2人に近づいた。

 

「昨日は大雨で帰るの大変だったね~」

「うん、あの時はもうちょっとショッピングモールで時間を潰していれば良かったね」

「あの時に帰るのは間違いだったね」

 

昨日の事を歩きながら皆で話をして軽く溢し合う。

 

昨日はこのメンバーとアインハルトさんにフリージアさんとショッピングモールへ遊びに出かけた。いろいろと買い物をして途中でフリージアさんが急用でいなくなった後、たぶん雨は止まないだろうと思って皆で残りのお金を出し合い、大きめの傘を2本買って帰ったんだよね。

でも、帰り道には雨もやみ始めて家に着くころには傘が必要性が0になっちゃった。

 

ちょっとお金もったいなかったかな。でも、アインハルトさんとの相合い傘……楽しかったな。

 

「あ」

 

門を潜って、学園まで歩いていると目の前に頭の左側に大きな赤いリボンを付けた碧銀の髪を少し靡かせながら静かに優等生のような歩で歩いている中等科の学生の後ろ姿を見かけた。

 

噂をすればなんとやら……噂じゃなくて考え事ですけどね。

 

「アインハルトさんだ。アインハルトさ~んっ!!」

 

しかし、大きな声で発したつもりだったが気付いていないのか振り向かないまま先へと歩いて行く。

 

「あ、あれ?気づかなかったのかな?」

「結構大きな声だったのにね」

「もうちょっと近づいてみよう」

 

私達はその背中に向かって少し早歩きで近づく。そして、近距離に近づいて再び声をかける。

 

「アインハルトさんッ!!」

「っ!?」

 

私の声がやっと届いたのか、それでも一瞬体をビクッと震わせてこちらを向いた。

 

「「「わっ!!」」」

 

その表情を見た時、私たちの驚きの声はタイミングよく被さってしまった。左眼が薄蒼で右眼が紫をしたアインハルトさんが振り向くと思っていた。

 

しかし、今の眼は……、

 

「あ、ご、ごきげんよう、ヴィヴィオさん、リオさん、コロナさん」

「あ、え、えっとごきげんよう、アインハルトさん。眼が真っ赤ですね、大丈夫ですか?」

 

両方とも目が少し赤くなって、少し頬もやつれていた。明らかに不健康な顔をしている。昨日までは何ともなかったのでもしかしたら寝不足なのかもしれない。

 

そして、私たちを見た時、最初だけ怯えていたようにも見えた。しかし、それも一瞬ですぐに無表情な顔に戻っていた。

 

私も戸惑いながらも挨拶してきたアインハルトさんに挨拶を返す。

 

まるで何かに怯えていて塞ぎ込んでいるような……良く見るとあまりいい雰囲気をアインハルトさんから感じとれない。むしろ暗い……暗いですよ。

 

「ア、アインハルトさん、寝てないんですか?」

「……ええ。少し考え事がありまして」

「ダメですよ。しっかりと寝ないと」

 

コロナがアインハルトさんに気を使って優しく接してくる。コロナが微笑んで接してくると気持ちが明るくなる。私も励まされた事もあった。

 

しかし、それでもアインハルトさんの暗さはあまり拭いとれていない。

 

……そういえば、なのはママも似たような少し暗い雰囲気を昨日はしていた。もしかして……ガイさん絡みなのかな?

 

「……本当にどうしたんですか、アインハルトさん?」

「……いえ、なんでもありませんよ」

 

私は心配してアインハルトさんに単刀直入に聞いた。しかしアインハルトさんは眼を伏せて視線を逸らして何も言わなかった。

 

私悩んでいますよ~、的な態度が明らかに分かると聞いてあげたくなる。アインハルトさんだからかもしれない。

 

だから私は試しに引っ掛けてみようかなと思った。

 

「ガイさん絡みですか?」

「……っ!?」

 

表情がすぐに変わった。わかりやすい。

 

その表情は一瞬だけだけど最初に見た怯えている姿だった。すぐにクールな表情に戻る。

 

「す、すいません。今日は日直なのでこれで失礼します」

「あ、アインハルトさん」

 

アインハルトさんは顔を赤くして私たちから逃げるように素早く一礼して中等科の校舎へと走って行った。

 

ガイさんの名前を挙げると逃げるように走って行った。ガイさんと何かあったのは間違いないと思うんだけどな~。

 

「え、えっ?ガイさん絡みなの?」

「ん~、そんな感じがするね~」

「そうだね」

「もしかして、ガイさんがアインハルトさんに何かしたってことかな?」

「何かって何?」

「そ、それは、うん、何かだよ。リオ」

「コロナ。何かじゃ分かんないよ」

「私もその辺りは少し……」

 

リオとコロナがアインハルトさんの行動から様々な妄想を掻きたてていた。主にコロナが頬を少し赤くして頬に片手を当てながらも生き生きとしているようにも見える。

 

「まあ、後でガイさんにメールして聞いてみようか」

「うん、とっても気になるからしてみよう」

「そだね~」

 

私の提案に2人は頷く。そこに体の底を奮い立たせるような低い音響のチャイムの予鈴がスピーカーを通して学園内に響き渡った。

 

「あ、急がないと」

「うん」

 

予鈴の音を聞いて少し駆け足で初等科の校舎へ走り出す。そして、教室に入って私達は私が代表としてガイさんにメールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――中等科

 

「はぁ……」

 

ヴィヴィオさん達には申し訳ない事をしてしまった。本当は校舎への道のりの間に会話をしたがっていそうな雰囲気だったけど、私自身がとても会話を出来るような状態では無かった。

 

ガイさんの名前を聞いただけでこんなにも心が乱れるなんて……落ち着かせる事がこれほどにも難しいものだとは思わなかったですね……。

 

急いで歩いてきて教室前に少し息を整えて入室したがクラスメートからの視線が痛かった。けど、それは仕方ないと考えて自分の席へ目指した。

 

眼が赤くなって少しやつれてますからね。朝、自分の姿を鏡で見た時は驚きましたから。まるでゾンビな……いえ、よく分からない例えです。

 

そして、途中に挨拶が聞こえたのでそれに挨拶を返しながら、そのまま自分の席について鞄を机の横に置き、先ほどの大きなため息をついて机に突っ伏していた。

 

目の前に暗闇が広がり脳が睡眠を欲しているからか物凄い勢いで眠気が押し寄せてくる。

 

昨日は一睡も出来なかくて眠いですし、涙を流し過ぎて眼が渇いて少し痛いです。昨日の出来事がとても辛かった。

少しでも気が緩んだら寝てしまいそうですね。ですが、学園で寝るわけにはいきません。勉強もしっかししないと。

 

そう考えるが、昨日の事を思い出すとその気力が削られてしまう。昨日の事だがついさっきの出来事だと錯覚してしまう。

 

ガイさんからの“否定”。

 

近づいただけで否定の色を表情に晒し出し、怯えた眼をしていた。

 

私、何かガイさんに悪い事をしたでしょうか?

 

この答えは昨夜にいくら考えても思い浮かばなかった。

 

ガイさんに対して悪い事はしていないと私は思っていた。でも、私の気づかない所でガイさんに悪い事をしてしまったのではないかとも考えられる。

 

それが原因で私を否定してして嫌われてしまった……ううっ、ネガティブな思考しか出来ません。ガイさんに嫌われたくないのですけど……もう少しポジティブに考えないと。

 

そうは思いつつもやはりガイさんに否定された事がどうしても頭から離れられない。そして、その現実が胸に突き刺がさり気力を失って寝不足も重なり、激しい眠気に襲われてしまう。

 

私は眠気に負けない様に何とか上半身を起して、目を瞑りながらも手を組んで軽く上へ突き上げる。

 

「ア、アインハルトさんっ!!」

「……はいっ?」

 

……ひゃぃっ!!

 

前から声がしたので目を開けると、視界に入ったのは数人の男子生徒。本当なら一番大きい黒板が視界に入り、雑談で話が弾んでいる生徒たちの居る朝の教室の風景が見えると思いましたけど、いつの間にか私の周りに男子生徒達が群がっていた。悲鳴は何とか抑える事は出来たが、内心ビクビクしていた。

 

正直、ちょっと怖いです……。

 

いきなり視界に大勢の人が現れたら誰だって驚くだろう。それもすべて私に向けられている。私の心の中に居る自分はすでに半泣き状態に近い。

 

「す、すごくやつれてますよ!!何かあったのですか!?」

「それに目も真っ赤ですっ!!昨日は寝てなかったのですか?」

「あ、え、えっと……」

 

しかし、心の中にあった恐怖に近い感情は、私の事を心配している男子生徒の表情を見て驚きへ変わった。

普段、私に声を掛けてくる男子生徒なんていなかったからだ。なのに心配をしてくれている。その事に驚きがあった。

このクラスも話をするのは数人の女子生徒だけだ。それぐらいの関わりしかないクラス。

だから、異性である男子生徒に心配されて声をかけられ、驚き戸惑ってしまう。

 

……私の事を心配してくれて声をかけて来たのですよね。その好意を無碍にしない様にどのように接するか考えましょう。

 

私は眠たい脳を必死に回転させ思考を巡らせた。そして、まとまったので口に出す。

 

「き、昨日はその……夜に兄さんと少し……やっていまして……」

「「「っ!!」」」

「えっ?」

 

私の言葉を聞いて心配の表情をしていた男子生徒達は一変して驚きと驚愕の表情に変貌した。

 

な、何か変なことを言ったでしょうか?昨日の出来事は必死に忘れるようにして、ガイさんとの特訓を夜遅くまでしてしまったという話を作り上げたのですが。

 

「ヤ、ヤっていたって?」

 

その1人が恐る恐る聞いてくる。私はそれに頷き話を続ける。

 

「激しく動きました。受けと攻めに転じる機敏な動きが重要だと昨日知りました。兄さんの指導はかなり宜しかったです。また、時間があればご指導をしてほしいですね」

「な、なっ……」

「マ、マジか……」

「あの男が」

「アインハルトさんに……」

「そんな事を教えていた……だと!?」

「あ、あれ?」

 

男子生徒たちの驚いていた雰囲気がどんどん黒くなっていき、しだいに険悪なムードが漂い始めていた。その険悪さが殺気にも感じとれる。

眼は血走り、ワナワナと震えている人もいれば目の前の絶望を目の当たりにしたように力なく抜けてしまった表情をしている人も居た。そんな抜けていしまった表情をしていても険悪さがその体から滲み出ているのが分かる。

 

周りで聞き耳を立てていたのか女子生徒たちからもキャーキャーという、悲鳴とは違い少し興奮気味な高い声が聞こえてくる。

 

「あ、あの……」

「アインハルトさんっ!!」

「は、はいっ!!」

 

皆さんどうなされたのですか、と聞こうとしたら大きな声で名前を呼ばれて思わず声を高らかに上げて恥ずかしかった。けど、そんな事は男子生徒達は気にもせず話を続けてきた。

 

「ど、どんな事をされたのですか?」

「え、ええと、主に受けの特訓です」

「受けえぇえぇぇっ!?と言う事は、アインハルトさんの兄は攻めっ!?なんて羨ましい!!」

「?」

「で、では、アインハルトさんは攻められまくってしまったのですか!?」

「え、ええ。兄さんの剣技はもはや達人レベルかと」

「お、おぉう。あの男のテクニックは達人並だと……」

「アレを受け止めるにはなかなか骨が折れました」

「そ、それはそうですよっ!!大人と子供では体格差に無理があるよっ!!」

「い、いや、むしろ嫌がるアインハルトさんを無理矢理……やばい、ちょっと興奮してきた。アインハルトさん、お兄さんの剣はそんなに大きいの?」

「大きい?いえ、あれは細い部類に入ると思いますけど。他の剣を見た限りだと兄さんの剣が一番細かったですね」

「大人なのに細い!?し、しかも他のモノも見ていた!!」

「ああ……俺の中の純潔なアインハルトさん像が崩れていく……」

「え、えっと?」

 

何故でしょうか?私と男子生徒達との会話にズレが生じているような気がする。普通に特訓の話をしているはずなのですが。

 

「と、時折、私も隙あらばソレを受け止めて攻めに転じていましたが」

「剣を包み込んだまま優位に立った!?ストラトスさんはなんて頑丈な……」

「え、あ、ありがとうございます……こう見えても鍛えてはいますので」

「あ、お、俺の剣技も味わってみませんか?」

「あ、ズルイぞ、てめぇえぇ!!抜け駆けすんなよ!!」

「うるせぇ!!こういうのは早い者勝ちなんだよっ!!アインハルトさんどうですが?」

「い、いえ、申し訳ありませんが、特訓と言うのなら私と対等かそれ以上の実力をお持ちの方でないと……」

「テクニックに自信ありっ!?お兄さんの教えって我々の想像を超えるもの……だと……!?」

「わ、私自身も向上していきたいものですから、まだまだ未熟者です」

「そして、向上心あり……その絶頂の先を求めているのですね!?」

「え、ええ。日々の向上心が大事ですから」

「日々っ!?って事は毎日行っているのですか?」

「はいっ」

「お兄さんは毎日、アインハルトさんの事を……あっちの教育している……」

「羨ましい……羨ましすぎるよ……」

「あ、あれっ?」

 

話しを続けていくと、男子生徒達のどす黒い険悪なムードが更に濃くなっていった。

 

ほ、本当に変なことを言いましたでしょうか?皆さんから感じ取れる殺気が先ほど以上に濃さを増して、この私の机周辺を混沌と化している。

 

「あのアインハルトさんが」

「お淑やかなイメージがあったけど」

「意外と積極的なのかしらね」

「でも、お相手はお兄様って事は禁断の恋ってこと?」

「親からは当然祝福してく訳もなく背徳と禁断の恋……」

「そして、親元から離れて2人で頑張って駆け落ち……」

「家族なんだから駆け落ちは無いんじゃない?」

「それなら同じ家から2人で抜け出すって表現の方がいいわね」

「キャー!!そういう展開いいわ!!」

「小説創作の意欲がわいたわ!!ちょっとこれから書いてみる!!」

「え?あなた、その小説ってもしかして……R指定入ってるモノ?」

「モチのロンよ!!アインハルトさんはMで書くわ!!」

「できたら私に読ませて!!」

「私もっ!!」

 

R指定?M?何ですかそれ?

 

周りからは女子生徒がキャー、とかアインハルトさんってお淑やかなイメージあったけど意外とテクありっ!!とか、黄色い声を出して盛り上がっている。

 

わ、私の話そんなにおかしなものでしたでしょうか?

 

私が振った話なのに皆私を置いて勝手に盛り上がっている。

男子生徒達は黒い雰囲気を出したり血の涙を流していたり両手両膝を床につけて垂れ落ちている男子生徒が。

女性生徒は声高い話声で盛り上がりに更に勢いがついている。

 

「HR始めますよ~。あら?皆さん、何に盛り上がっているかは知りませんが時間ですよ。席について下さい」

 

と、そこに担任のシスターが入ってきて、盛り上がるクラスに言葉を投げかける。盛り上がっていた生徒達も渋々とまだ語り足りなさそうな表情をして自分の席に着いた。

 

教室の騒動はひとまず収まり、シスターが連絡事項を述べていた。私はとりあえず騒動が収まってホッとし、窓の外を見る。日差しが私を照らして寝不足な私にとって少し眩しい。

 

今日は晴れていますね……ですけど私の心の中はやはりガイさんの否定でモヤモヤとした気持ち悪い感情が曇り空のように残っています。

ガイさんとの特訓という作り話はしょせん作り話。現実はやはり重く私に覆いかぶさってくる。

それが原因なのか心の底から何かがこみ上げてくる。

 

「はぁ~」

 

私は何処となくため息を吐いてしまう。

 

「ア、アインハルトさん!!どうしました?」

「えっ?」

 

シスターから声を掛けられたので前を向くとオロオロとして心配そう表情をして私に近づいてくる。

 

周りに居たクラスメイトも私の事を見て驚き、何と声をかければいいのか分からないような躊躇している表情を見せる。

 

「なぜ泣いているのですか?」

「……」

 

私は泣いていた。自分でも気づかないぐらいに自然に泣いていたのだ。いや、分かっていた。その原因は昨夜から起きている現象なのだから。ただ昨日は当たり前なくらいの現象だったので気にもしなかった。

私は涙を見られるのが恥ずかしくなって急いでハンカチで涙を拭きとる。

 

心の底からこみ上げてくるモノは寂しさだった。ガイさんの否定が心に引っ掛かってとても平常心を保つことが出来ない。

 

オリヴィエに欠けていた覇王の記憶を埋めてもらい安心感で心が満たされていると思いましたが、オリヴィエの寂しい表情にガイさんからの否定……どうしてこうも胸を締め付ける要因が二つもあるのか。ガイさんは何を言っても話してもらえないでしょうし、おそらくオリヴィエも……。

 

先ほどのクラスメイトとの会話は盛り上がりすぎて皆の態度に躊躇してしまったが実際に冷静になって昨日の物事を考えるととても寂しく心を冷やしてしまう。

 

「申し訳ありません。体調が優れませんので少し保健室へ行ってもよろしいですか?」

「「「っ!!」」」

「え、ええ。眼も真っ赤ですし少し保健室で横になるといいですわ」

「ありがとうございます、シスター」

 

私は拭き終えたハンカチをポケットにしまい立ちあがる。

 

「た、体調がすぐれないって……」

「も、もしかして妊……娠……!?」

「いえいえ、私達まだ中等科よ。そんなことあるわけが……」

「でも、連日連夜お兄さんとシてるって話……」

「俺の中のアインハルトさん像が~」

 

教室を出ていく時、こそこそ話が聞こえた気がしたが何を言っているのかうまく聞き取ることが出来なかった。

 

とりあえず、少し休みましょう。学業を疎かにするわけにもいきませんので一時間ぐらい睡眠をとって教室へ戻りましょう。

 

そして、私は教室から出る。

私が教室を出てた時、教室で何やら騒ぎだしたような気がしましたが、あまり気にしている余裕もなく保健室へと歩を進めた。

 

「うっ……」

 

ですが、歩きだすとふらっと視界が斜めに傾き始めた。膝から下からうまく力が入らないようだ。

 

私は必死に力を入れてどうにか倒れずに何とか壁に体を預けて体制を整える。

 

思った以上に寝不足で体が疲れていますね……早く保健室で休ませてもらいましょう。

 

少し早歩きで保健室へと目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ボロアパート

 

「……」

 

俺は困惑していた。あの埋葬式の後、俺は部屋に帰って少し眠ろうと思い帰路についたはずだ。

 

確かにここは部屋だと認識できる。しかし、馴染みのある俺の部屋では無い。

 

「貴方、砂糖は入れる?」

「……」

 

少し古びた部屋でそれでも手入れをして何とか居住空間に仕立て上げたような部屋と言える。壁の所々にヒビが入っているし傷の付いていない木造の柱なんて無い。1LDKの広さだ。

 

「貴方、聞いてるの?」

「……」

 

そして、さっき俺の名前を呼んだ人物に視線を向ける。

女性だ。黒い髪を黒いリボンでツインテールに縛り、翠の瞳。黒いニーソックスに黒く短いミニスカート。胸元に十字の紋章が付いている赤い服を着ている。

綺麗とも可愛いとも思えるこの美少女。凛。名前はそれしか知らない。そして、この目の前の人物は聖杯戦争の参加者でマスターである。俺は油断せずに相手を見据えた。

 

「そんな警戒しなくていいわよ。最初に言ったでしょ?話をしたいんだって。別にコーヒーに毒が入っているわけでもないから安心して。それに襲うのだったらここに入った瞬間から攻撃を始めているわ」

「……まあ、確かに」

 

薄く笑うその仕草も風流なモノで警戒をしていた俺も気を緩めそうになる。

 

「奏者よ。何故この男を捕まえるだけなのだ?倒さぬのか?」

「……っ!?」

 

しかし、凛の隣からアルトリアと同じ顔をした紅いドレスを着こなしているサーヴァントが突如に現れ、緩めようとした警戒心をMAXに戻した。

 

一度見たことあるから分かる。セイバーだ。

 

捻れた特徴的な赤い剣を持っていたことからクラスは割と簡単に判明できた。

 

そして、この凛って子がセイバーのマスターか……新しい情報だが……。

 

ここは生活感が漂っているのでおそらくこの凛達の寝床なのだろう。そして、今この同盟もしているわけではない凛の居住に俺が居る。更にはサーヴァントまで現れた。

 

警戒するなと言われても無理だ。

 

「別に捕まえていたわけじゃないわ。同意してここまで来てもらったのよ」

「まさか自分の居住に誘い込むとは思わなかったけどな。どこかの喫茶店でも入るかと思ってた」

「私にそんなお金ないわよ」

 

はぁ、っと思いっきりため息をつき微妙な表情をとる凛。表情から見るにあながちお金がないというのは嘘ではなさそうだ。

 

「でも、そんなふうに考えているのにここに入る時は警戒しなかったの?」

「……俺も君に話をしてみたかったのもある。君なら話を聞いてくれるマスターだと思ってな」

「……ふ~ん、随分と貴方の中で私はお人好しな存在ですこと。まあいいわ」

 

帰り道の途中、バッタリと出くわしてしまい戦闘を行うかと思い警戒したが、あちらから話があると言われて警戒心を保ったままこのボロアパートまでやってきた。入る時も警戒し入るかどうか躊躇したが、“魔術”という増えてしまった疑問を聞きたい事もあってここに入ることにした。

 

この子なら何か知っている。直感でそう思ったからだ。

 

後はいつ襲われても大丈夫なようにすぐにプリムラを起動できる状態にはしてある。

 

少しでもおかしな動きがあれば……。

 

「ふん、余はそこの者には興味など無い。凛よ、余は湯浴みするぞ。奏者も共に流そうぞ?」

「心より遠慮しとくわ」

「そう照れるでない。まあ、よい」

 

おかしな動きがあれば……。

 

「ちょ、セイバー!!ここで脱がなくてもいいでしょ!!」

「ん?別に良いではないか」

 

おかしな……。

 

「だー!!ここには男性が居るでしょうが!!」

「余も男装していたから問題ない」

「問題ありまくりよ!!ちょ、もうドレス脱いでるし!!レオタードも脱ぎかかってる!!」

「ふふんっ、早脱ぎは得意ぞ。湯浴みが早くしたくてついた技だ」

 

お……。

 

「そんな技らいらないわ!!ああ、もう何も着ていない状態に!!」

「では、余はこれから湯浴みするぞ。奏者も気が変わったらいつでも来るといい」

「い・い・か・ら、さっさとバスルームへ行けぇええぇぇえ!!」

 

……。

 

「はぁはぁはぁ……ようやくバスルームへ行ったわね……貴方視た?」

「……いや」

 

あのセイバーがレオタード姿になったあたりから男の欲求から何とか視線を逸らすことが出来たが、夫婦漫才(?)をしている2人の話を聞いていると脳内ではセイバーが何も着ていない状態で凛がわーわー、喚いているような光景が妄想として浮かび上がってしまう。

 

「……苦労してんだな」

「……この気持ちが分かっているような言葉ね」

「うちのサーヴァントも羞恥心が無くて、な」

「なるほどね。私は同性で大丈夫だけど貴方の場合は異性よね」

 

この子と変な所で共通点があった。お互いにサーヴァントの羞恥心の無さに苦労をかけられているようだ。

そして、先ほどの流れで俺の警戒心は薄れていき眼の前のマスターと普通に会話をしてしまった。ハッと我に返ったが戦う気は本当に無いらしく、先ほどのやり取りを視た後だと警戒しているのがバカらしくもなった。

 

「まあ、別にどうでもいい事だわ。それじゃ本題に入るわよ」

 

まあ、まともに凛という子と話が出来るようになったのもセイバーのおかげ(?)でもあるのでそこだけは感謝しよう。

 

「とりあえず、自己紹介しましょうか」

「ああ。そうだな。俺はガイ・テスタロッサ」

「私は遠坂凛」

 

俺たちは自己紹介に盛り付けをすること無く簡潔に済ませた。俺たちは敵同士。それぐらいでちょうど良いのだ。

 

テーブルを挟んでの会話。テーブルの上にはコーヒーと紅茶が置かれており先ほど入れたばかりなのか湯気が立ちほのかに苦味のあるコーヒー豆の匂いと甘みのある紅茶の匂いが入り混じる。

 

凛は居住スペースだからか座布団の上で両膝をおり両足を右側に出す横座りで寛ぐ座り方をして、紅茶を一口飲んだ。

 

……優雅だね。

 

そんな姿を見て思った一言が優雅だった。先ほどの夫婦漫才の時とは違い、落ち着いている時の姿は優雅そのモノだった。

 

俺もつられてコーヒーを一口飲む。砂糖なしで苦みが口に広がり、寝不足な脳には丁度良い眠気覚ましの刺激になる。それに美味い。お金が無いとか言いつつも上質な素材を買っているようだ。

 

凛がティーカップを専用皿の上に置き口を開いた。

 

「で、私が聞きたいのは貴方、何?」

「抽象的で言葉の範囲が広すぎて答えられん」

 

いきなり、何と言われてもそれに答えられる人物などそうはいない。

 

「貴方に会うたびに不思議な感覚や違和感を覚えるのよね。貴方、何か特別な力でもあるの?」

「特別な……ねぇ」

「何か心あたりがありそうね」

 

それに思い当たる節があるとすれば“魔術”だ。“魔術”を発動するたびに自分の中に違和感が存在していた。それは自分の肉体変化によるものだと昨日判別できたが未だに謎多い分野ではある。

 

「遠坂は魔術を扱えるのか?」

「……扱えるわ……私が感じている貴方のその不思議な感覚や違和感ってのは魔術なのかしら?」

 

俺の聞きたかったモノが真っ直ぐに返ってきた。

 

「ああ」

「なんて言う魔術なの?」

 

肘をテーブルに付けて手に顎を載せながらも遠坂の眼は真剣に俺を貫いてくる。興味津々なようだ。

 

「……」

 

俺はこれを話していいのか迷った。相手が俺と同じくらいの年の女の子だとしても聖杯戦争では敵同士なのだ。

 

オリヴィエにも言われたとうり戦争とは情報戦でもある。こちらの情報が敵に漏れるとそこの弱点を突かれてしまう。

 

情報は命よりも重いという話を聞いたことはあるが……強ち嘘じゃないんだよな。

 

「……予測思考。俺はそう呼んでいる」

「予測思考……」

 

だが、ここで情報を提供しなかったらこちらの状況は前に進まないと思い、カードを切ることにした。

 

「この魔術を展開すると妙に頭の中がすっきりとして入ってくる情報を瞬時に理解できるようになった。それに何パターンもの戦略をすぐに作り上げられる」

「だから予測思考ね……ふむ……」

 

簡単に説明すると凛は少し考える素振りを見せて口を開く。

 

「アトラス院の錬金術師が使っている“分割思考”の魔術派生かしらね……」

「分割思考?」

「ええ。思考中枢を仮想的に複数に分割して行う思考法よ。複数の思考を同時に処理できるって聞いたわね。貴方のも分野は違えど思考の派生と考えればいいかな」

「その思考は凄いな」

 

分割思考……例えば三つの計算式を置かれてそれを解くとする。それを同じ時間で同時に解けてしまうのが分割思考。同時に処理する。ただ単純に凄いと思えた。

 

なのはさんも分割思考な魔術を持っていたりして……な。

 

なのはさんと日常生活での出来事を思い出す。あっちで会話をしていても念話で俺との会話をしていた時があった。

 

「でも、それだけだと貴方の違和感は拭えないわね。他に何かあるのかしら?」

 

でも、そんな事は大した事もなさげな口調で横に置き話を進める。

 

「……黒い粒子」

「……え?」

 

これも魔術回路を展開させた時に出てくるヤツだ。少なくとも魔術と関連性があるのは間違いない。

 

「魔術回路を展開した時に体内から出てくる黒い粒子。名は無いよ。一応それを操れるし固める事も出来る」

「……」

 

凛は笑みを無くし鋭くした視線を俺に向けてくる。僅かながら雰囲気が固くなったようにも思える。俺はそれに気にしない様にして話を続ける。

 

「心臓を貫くイメージをすると魔術回路が展開できる。何故だかは知らないけどさ」

「魔術回路があってスイッチも既にできているわけね……ねぇ聞いてもいい?」

 

俺は稟の言葉に肯定の意味で頷く。

 

「キャスターとはどのような関係なの?」

「え?」

 

一瞬言葉に詰まった。いきなりキャスター……親父の事が話に出てきたからだ。言葉詰る俺を尻目に凛は話を続ける。しかし、その眼は相手を逃がすまいとする狩人のような威圧感が放たれてこの部屋に張り詰められた。

 

「キャスターも似たようなモノを持っていた。貴方とキャスターは似ているわ」

「……」

 

なんて答えよう……少なからずともセイバーとキャスターはあまり良好的では無かったハズだ。

 

そのマスターがキャスターとの関連性を解いだしている。下手な回答をしたらここで争う事もありえる。

 

それは避けたい。けど……。

 

「俺の親父だ。親父が俺に魔術回路をくれた」

「……お父様」

 

その真実は本当だと示すために俺は正直に答える。そうしないと親父との繋がりが出来ないような気がして。

 

そして凛はお父様と呟き、素直に俺の言葉に耳を傾けてくれ、放たれていた威圧感も緩んだ。

 

「結局、親父とは相容れぬ存在となってしまったけどな」

「お父様でも殺しあう必要があったの?」

「……知ってんだな。あの公民館での出来事を」

「あれだけ大きな結界を張り巡らされたらね。まあ、強力すぎて入ることが出来なかったけどね」

 

やはりあの公民館の結界は聖杯戦争参加者にとっては分かりやすい目印だったようだ。

 

「俺も親父と分かった時、殺し合いなんてしたくなかったさ。でも、親父はワザと俺に倒されるように計画していたんだ……自分は永劫の時を彷徨う事になるってのにな」

 

俺はテーブルの下でグッと拳を握る。親父と解り合いたかったけど今はそれは敵わない。この世界のどこかにも親父は居るが“現代”の親父に会うと俺が“死ぬ”という世界が決めた“因果律”が発生してしまう。

 

それを防ぐためにマスターとサーヴァントを同一人物にして何度も同じ時を繰り返してきたのだ。

 

「いいお父様ね」

「……ああ」

 

先ほどまでキャスターの事を懸念していた態度とは一変、本当に羨ましそうな表情で呟いていたので俺は同意した。

 

「俺からも質問いいか?」

「ええ。ごめんなさいね、私ばかり質問して」

「気にしないさ。で、だ……」

 

俺は一口コーヒーを飲んで喉を潤す。間を作るにも丁度良い動作だ。

 

「“魔術”って何?」

「……抽象的で言葉の範囲が広すぎて答えられないわ」

「むっ……」

 

先ほど俺が返した言葉がそっくり返ってきた。確かに魔術って何?は貴方って何?と同じランクの問いかけだ。言ってから気付いて凛の言葉に返せなかった。

 

「まあ、貴方は魔術では素人っぽいからそこからよね」

「ああ、すまん。魔術について教えてくれ」

「いいわ。基礎ぐらいしか教えてあげられないけど」

「大丈夫だ。しかし、いいのか。本来俺たちは敵同士だろ?こんなにお互いの情報を提供していいのか?」

「等価交換。貴方はここの世界の住人でしょ?私も“魔術”の基礎を教えるから貴方も私に“魔法”の基礎というのを教えなさい」

「……なるほどな。やはり遠坂はこの世界の外から来たって訳か」

「あら、言ってなかったかしら」

 

管理者も言っていた管理外第97世界の地球のとある土地で行われていた前回の聖杯戦争。それに凛もやはり参加していたようだ。

今の話で消化できなかった疑問は確信へと変わった。

 

そして、俺も凛も不透明な出来事があり、その鍵を握っているのがお互いに握ってある情報だ。

 

凛は妥協してある程度の情報を提供するのでこちらもそれ相応の情報を提供しろと言っているのだ。

 

その提案を俺はどうするか悩んだ。凛の出す情報は嘘かも知れない。

 

「私の提供する情報は信じていいかどうか悩んでいるわね?」

「まあ、な」

「私は魔法の情報が切実に欲しいわ。その為の必要な魔術の情報は提供する。嘘はつかない」

「……」

 

俺は凛の表情を改めて見る。その綺麗な容姿でジッと俺を見る。お互いに逸らす事は無かった。

 

けど、その嘘偽りのない真っ直ぐな瞳に真っ直ぐな言葉は俺の中で、この人物は嘘はつかないと確信できた。

 

「……いいよ。遠坂の言葉を信じる」

「信じてくれて嬉しいわ」

 

真面目な表情を崩して軟らかい笑みを浮かべてニッコリとする。

 

凛は黒い縁の丸い眼鏡をかけて魔術について語り始めた。

 

“魔術”とは魔力を用いて人為的に神秘・奇跡を再現する術の総称。神秘と奇跡を編み出す“魔法”を人為的に目指すために作られたもの。

“その現代の文明の力で再現できる奇跡かどうか”で魔術と魔法に区分されてしまう。

 

昔なら魔法と言われていたモノも現代だとその文明の力で奇跡を起こせる事が可能になっていたりするのでその区分は難しくなっている。

 

「“魔術”は“魔法”の神秘を人為的に行うために作られたモノと考えればいいのか?」

「ええ」

 

俺はその話を聞いて疑問がいくつか浮かんだ。

 

「この現代で使われている魔法……俺たち局員は魔導として扱っている。だが、この聖杯戦争で魔術に初めて触れることになったが、魔術が魔法や魔導より劣っているとは思えない。むしろ俺の方が追い詰められていた」

 

親父の魔術で使われた“世界の実在外(アウト・オブ・ザ・ワールド)”。あれは俺たち管理局が扱う魔導では到底敵う事が出来ないモノだった。

俺も魔術回路を開いた事により抵抗することが出来た。凛の話だと魔法>魔術の方程式だが、魔法<魔術の方程式の方がしっくりと来る。

 

「この世界の文明は随分と魔法に特化している。でも、ほとんど手付かずの魔力(マナ)が大気中にあるわ。貴方達の扱う魔法……まあ、魔導ね。それは魔力(マナ)を消費するって私達魔術師の考えなんだけどそれは少し違うようね」

「魔導はデバイスによって自分の中にあるリンカーコアから出てくる魔力を変換させてその力を魔導の原動力としている」

「……アーチャーから聞いたとうり、やはり外から使うわけじゃないのね。“概念”という概念は無さそうね」

「概念?」

 

凛から聞く魔術師視点からの話は半分ぐらいしか理解できない。これが魔導と魔術の観点の違いなのだろう。そして、アーチャーの単語が聞こえた時、凛とアーチャーのマスター、衛宮士朗はおそらく良友な関係であり、おそらく協力し合っているのかも知れない。

 

「“概念”は大気中にある魔力(マナ)と同じ意味なんだけどね。うん、少し理解した。やはり私の魔術からの観点の魔法の知識はこの世界では意味ないわね。でも……」

「何か疑問があるのか?」

 

凛が何かを懸念したようにグイッとテーブル越しから顔を近づけて俺を真っ直ぐに見つめてくる。その瞳には何か納得のいかない色がまじっているように見えた。

 

「ええ。貴方は魔導も魔術も扱っている。それで暴走しないのはおかしいと思うの。分を超えた魔術は身を滅ぼす。魔術だけでその分を超えなくても魔導を追加したら確実に許容範囲を超えて暴走すると考えているわ」

「……そうだな」

 

暴走。

 

その言葉は確かに心当たりがあった。魔術回路を展開した時に魔弾を作成しようとしたら激痛が体中に走った。

その時は暴走し始めたのだろう。

 

「暴走はしかけた。けど、それは同時に使わなければ暴走はしない事が分かった。どっちかを展開しているともう1つの方は使う事は出来ない」

「ふ~ん、なるほどね~。二つ発動していると術者の容量の限界を超えてしまい暴走が起きてしまうわけね」

「へぇ~、そう言う原理があるわけか」

「憶測だけどね」

 

クスッと笑う凛。その仕草は美少女が行うとドキッとする。俺は何とか平常心を保ち考える。

 

あの痛みは体の許容の限界を超えてしまい壊れるのを防ぐために脳が痛みを発したというわけだ。

二つの力は同時に使うと一人分の許容の限界を超えてしまうようだ。

 

「まあ、少しは魔導と言う魔法の理論が分かったわ」

「俺も少しは魔術の事をり……」

 

俺も理解したと言いかけて思考が止まり言葉に詰まった。

 

「凛よ、かなりいい湯浴みだったぞ。そなたも一緒に入れば良かったモノを」

「ちょ!!素っ裸のまま出てくんなっ!!」

 

先ほど風呂場に入って行ったセイバーが生まれたままの姿で首にタオルを下げ、ほのかに体から湯気を出して現れたからだ。

 

俺は視界をセイバーから瞬時に離す。

 

「む、まだ居たのか」

「あ、ああ。遠坂と少し話をしていた」

 

敵のサーヴァントなら注視して警戒するのだがこの状況ではまともに見ることが出来ない。それでもセイバーは俺の心境を無視して気楽な口調で話を続ける。

 

「しかし、敵同士だと言うのに話し合うと言うのもまた一興。うむ、余も参加しようではないか」

「アンタはまず服を着なさいっ!!」

「余はこのままでも構わぬが……仕方あるまい」

 

そう言いながらこちらに近づいてくるセイバー。

 

「ちょ、なんでこっち来るの!?」

「着替えはそなた達の後ろにあるのだ」

「私が取るから脱衣所に戻ってなさい!!」

「また戻るのも面倒くさいではないか……あっ」

「うわっ!!」

 

セイバーが少し間の抜けた声を発した。それと同時に何かに押し倒されるかのように俺は倒れた。

 

そちらに視野を向けていなかったので何が来たのか分からなかった。

 

「いててっ……んっ?」

「まったく、狭い部屋だから何かを踏んで倒れてしまったではないか」

 

俺は倒れて後頭部への痛みに耐えるために目を瞑っていたが、やたらとセイバーの声が近いので眼を開けてみると……。

 

「……っ!!」

 

俺は今の状況に絶句してしまった。

 

生まれたままの姿であるセイバーが俺を押し倒すかのように覆いかぶさっていたからだ。

 

視界にはその整った顔が目の前に来てこちらを見ている。その容姿端麗な顔をマジかで見て俺の心臓は脈を打つのが早くなる。

 

アルトリアと同じ容姿でスタイルもそのまま。いや、胸だけがアルトリアと違い大きい気がする。

 

そんな金髪美人が俺を押し倒すかのように倒れている。その金髪美人の胸が自分の身体に密着して、その弾力さが伝わってくる。

 

近すぎて見えはしないが見えない分、更に男の性欲を刺激させる。

 

「なんだ、余のことをじろじろ見て。むっ、お主。さては黄金劇場に招かれたいのか?よいぞ。たとえ敵でも美学の理が分かるものなら来るといい」

 

しかし、そんな状態でも目の前のセイバーは恥じらう事なく少し期待を持った表情を向けて笑みを溢して真っ直ぐに自分を見てくる。

 

こ、こんな状況……お、男してはマズイ。男の性欲がふつふつと下半身に……。

 

「いいかげんに退きなさいっ!!」

「むっ!?小娘かと思っていたマスターだが、意外にも力があるではないか!!」

 

こんな状況を見かねた凛はセイバーの両脇から腕を入れてセイバーを俺から離す。

 

「……っ」

 

そのおかげで感触だけ分かっていた胸が今、目の前にはっきりと形となって視界に入ってしまった。形が引き締まった美乳というに相応しい形。

 

そして、凛はそれに気付かないまま後ろからセイバーを両腕で羽交い締めにする。そして、俺を見る。

 

「まったくもう……ん?ガイ?どうした……の……」

 

主に見ている場所は俺の性欲で反応したテントのようになった下半身。それを見て、凛が少しだけ頬を赤くして視線を逸らす。

 

俺の反応した下半身を見てのその仕草は美少女がやるとグッとくる。それが更に反応し始めている下半身に……。

 

「ご、ごめん、俺はもう帰る!!」

「あ、ちょっと!!話はまだ終わってないわよ!!」

「この空気は耐えきれない!!」

 

凛の引き止める言葉を振り払って羞恥心に耐えきれずに俺は凄まじい勢いでこの部屋を出て行った。

 

帰る途中でも俺はしばらく前かがみ気味に走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「はぁはぁはぁ……」

 

俺は五月中旬なこの暑い時期に照りつく熱を肌で感じて汗だくになりながらもマンション前まで走ってきて、今、息を整えていた。

 

途中から気付いた事だが、何も道中は走る必要はなかったのではないかと思った。

 

けど、あそこから一秒でも早く退散したかったからか心理的には家まで走るという安直な考えに何も疑問を持たず、ここまで走ってきてしまったのかもしれない。

 

男のあの現象を女性の前で見られるのは羞恥心のゲージがMAXを突破する勢いだ。

 

あそこから撤退したいという気持ちは抑えられないと思う。

 

「はぁはぁ……ふぅ……」

 

と、変な事を考えているうちに息も落ち着いてきた。

 

『マスター。メールです』

「ん?メール?」

 

落ち着いてきた所でプリムラからメールを受信したと知らせてきたので目の前にモニターを表示させるように指示する。

 

差出人………高町ヴィヴィオ

件名………アインハルトさんにつきまして

本文………こんにちは、ガイさん。ヴィヴィオです。実はガイさんに聞きたい事がるんです。今朝、学院でアインハルトさんに挨拶をしましたら、上の空な感じで少し様子がおかしかったんです。それでガイさんの話になったらアインハルトさんは急にその場から逃げるように私達から離れていきました。ガイさん、アインハルトさんと何かありましたか?

 

「……」

 

ヴィヴィオからのメールだ。アインハルトの様子がおかしくて俺の話になった途端に逃げ出してしまったという内容。

 

俺は昨日の夜のことを思い出す。アサシンの正体が未来のアインハルトで、そのアインハルトが俺の部隊を全滅させてしまった事。それが原因で現代のアインハルトに顔を合わせにくくなってしまった。アインハルトを見るたびに昨日のあの状況が蘇ってしまう。

 

「……どのように返すかな」

 

忙しくて返せないのようにしようかと思ったけど、ヴィヴィオ達はアインハルトのことを心配しているようだし返事をしようとメールを書き出しながらマンションの階段を上っていく。

 

件名………Re:アインハルトについて

本文………こんにちは、ヴィヴィ。アインの事だが、心配はいらないよ。俺とアインとの間でちょっとした揉め事があってギクシャクしちゃってるだけだ。今日俺がアインに謝るy……。

 

「……」

 

そして、自分の部屋の前に着いた時、ここまで書いたメールをとりあえず下書き保存してモニターを閉じた。

 

「会った所でマトモに顔を見れないよな……」

 

最後の一文が心に引っ掛かり送るのを取りやめた。ヴィヴィオ達には申し訳ないけどメールはもう少ししてから送ろう。嘘をついてまで誤魔化したくはない。

 

「ただいま」

 

そして、ただいまと言いながら自分の部屋のドアを開ける。中から返事は無い。まだオリヴィエは寝ているのだろう。今の時間はお昼前。今朝方まで聖杯戦争の事について話し合っていたから仕方ないと言えば仕方ない。

 

お帰りって中からオリヴィエが言ってくれるとちょっと期待しちゃったけどね……。

 

「やっぱり寝てるね~」

 

エアコンで涼しい気温を保っている部屋に上がってベッドを見ると、薄いタオルケットを掛けて静かに寝息を立てているオリヴィエを見つけた。

 

おそらく俺のパジャマを着ていると思っていたが、どう見てもタオルケットからはみ出ている肩が肌色なのでおそらく下着姿。

 

「……」

 

先ほど男の性欲があったからか、今のオリヴィエが非常に魅惑的な姿に見えてきてしまう。ここで込み上げてくる欲求に従ったらとか考えてしまい、思わず無意識に喉を鳴らしてしまった。

 

『マスター。間違った事はしないように』

「……ああ。少し余裕を持っていなかった」

 

プリムラに釘を刺され我に帰る。

流石にそんな事は出来ない。オリヴィエにはクラウスという伴侶がいるし、そんな事をしてオリヴィエからの信頼を失うわけにはいかない。

何度も助けられたのにそれを仇で返すような事になる。

 

「……眠るか」

 

俺は自分を何とか納得してソファーに横たわり眼を瞑る。流石に徹夜した体だと眼を瞑った瞬間から眠気が襲いかかってくる。

 

昨日から色々ありすぎて体が追いついていないのがわかる。部隊の全滅。アサシンの正体。埋葬式の参加。魔術の話など。一番大きかった出来事は部隊の全滅だ。その原因となったのはアサシンである……アインハルト……。

 

「……ガ……イ……」

 

落ちる瞬間に俺を呼ぶ声がしたような気がしたが、眠気に勝てずそのまま睡魔に身を任せて俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ガイ」

 

眼を覚ますと人の気配がしたのでベッドから起き上がるとガイがソファーで眼を瞑って眠っていた。

 

「お疲れ様です、ガイ」

 

私は下着姿のままベッドから降りて私の使っていたタオルケットをガイに掛ける。ガイは私と徹夜で聖杯戦争の話をして朝方、寝ずに埋葬式に参加するために行くために部屋を出て行った。相当疲れがたまっているのだろう。

 

「……」

 

その聖杯戦争を思い出す。

 

アサシンは未来のアインハルト。そのアインハルトがガイの部隊を壊滅に追いやったと聞いた。そのおかげでガイは現代のアインハルトをマトモに見ることが出来なくなった。昨日アインハルトと会った時のギクシャクしていたのはそれが原因だったと知った。

 

「ガイ……貴方はこの状況をどのように突破しますか?」

 

眠っているので返事は無いがその答えをどのように出すのか気になってしまった。

 

ガイとアインハルトは出来れば良い関係で居てもらいたい。更にはアインハルトは私にではなくガイに気持ちを向けてほしい。それが今の私の気持ちだ。

今のままでは私はとても心配だ。

 

それでもガイなら何とかしてくれる。そう思ってしまう。

 

「信じていますよ、ガイ」

 

私は笑みを溢してガイの頭に手を乗せて軽く撫でた。

 

ガイならこの状況も突破し聖杯戦争も勝ち抜いてくれる。それも信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――夕方 中等科

 

「あまり無理なさらないでね」

「はい、ご迷惑をおかけしました」

 

私は保健室の先生にお礼をして、保健室から出た。

先生の話だと疲労の溜まりすぎらしく気づいたら今の時間まで保健室のベッドで眠ってしまった。

 

昼休みに初等科の人が心配してきたと言っていましたが多分ヴィヴィオさんたちでしょうね。後でお礼をしませんと。

 

お陰様で疲れも取れて朝の気だるさは無くなって体はだいぶ軽くなった。

 

今日の授業分が遅れてしまいました。これも後で取り戻さないといけませんね。

 

そう考えつつ、校舎を抜けヒルデ魔法学院を後にする。

 

夕日のオレンジの光が道路やビルを鮮やかに照らして今日一日の終わりを告げるような人の心をホッとさせる色に見える。

 

「あっ……」

 

そこに、その色に近い薄い赤髪をしている男性と会った。

 

「衛宮……さんでしたっけ?」

「ああ、アインハルトか」

 

ちゃんとした自己紹介はしていないがお互いに名前だけは分かっていた。オリヴィエが言っていた。確か衛宮士郎。

 

この前知り合ったので衛宮さんは笑みを溢す。その優しげな表情は話し相手を落ち着かせてくれる。

 

「アインハルトは学校が終わってこれから帰りか?」

「はい。帰りにスポーツジムで軽くトレーニングをしていきます」

「向上心があっていいな」

「いえ、それほどでも。衛宮さんはこれからどちらに?」

 

私の質問に衛宮さんは少し困った表情をして視線を逸らす。

 

「え~と、少しこの学院に用事があってな」

「あ、よろしければご案内しましょうか?」

「いや、大丈夫。気持ちだけ受け取っとくよ。それじゃまたな」

 

衛宮さんは困った表情をしつつもやんわりと断って、衛宮さんは学院内へと入って行った。

 

ご用事とは何でしょうか?

 

そう思いつつも日課であるトレーニングをするためにスポーツジムへと向かった。

 

ガイさんの事を考え過ぎたこともあるので一度リフレッシュするにも必要な時間かも知れません。気を紛らわせるためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――夜 St.ヒルデ魔法学院

 

『まさか帰宅時間を過ぎている時にアインハルトちゃんに会うとは思わなかったね』

『まあ、何か学院で用事があったんだろう』

 

ここに来た時にアインハルトに会った事をアーチャーと念話をしていた。夕方ごろに学院に潜入して、誰も居なくなった夜にグラウンドに出た。

そこには対峙する相手が立っているからだ。

 

「きゃはは、少しカッコいいお兄さんだけど綺麗に殺してあげるねん♪」

 

残忍な声に聞こえたが見た目は身長160センチぐらいでブラウン色でセミショートという小柄な身体。瞳は薄汚れているような黄色で残忍な笑みとぴったり似合っていた。

 

服装はピンクと白のアオザイを着ている。顔も整っているので残忍な笑みが無ければそのアオザイはその少女を引き立たせて美少女になるアイテムになっただろう。

 

バーサーカーのマスターだ。

 

俺はこのマスターに魔術の伝言で呼ばれてこの時間帯にここを訪れた。

 

この子も魔術を扱えることが出来るようだ。

 

「君みたいな少女がなんでこの戦いに参加したんだ?」

「さてね、それを教えるわけにはいかないでしょ」

「っ!!」

 

その少女の隣に実体化した白色の全身プレートアーマーの甲冑姿の人物、バーサーカーが立っていた。

 

話し合う気は無いって事かっ!!

 

俺も瞬時に隣にアーチャーを実体化させる。そのアーチャーはバーサーカーを凝視する。

 

「……何の特徴も見つけられないね」

「未来から来たアーチャーでも分からないか」

「うん、私はアサシンとガイ君しか分からないの。すいませんマスター」

「いや大丈夫だ。バーサーカーはどの聖杯戦争でも難敵さ」

 

俺もバーサーカーを見据える。何の特徴的なモノもなく外見からでは何もわからない。俺は夫婦剣をトレースさせ構える。アーチャーも盾三枚を前に突き出して構える。

 

「きゃはは、バーサーカーやっちまいな」

「Aaa……Aaaaaaaaaaa!!」

 

そして、何の呼び動作もなくバーサーカーは突進してくる。それに合わせるようにアーチャーの盾が突進して激しくぶつかった。

 

夜の学院のグラウンドで聖杯戦争は静かに、そして激しくぶつかり始めた。




今月はコミケがあるからネタを探しにまた行きます。

仕事後に徹夜で並ぶ……熱中症にならないといいけどw

今回はvividの本もそれなりにあるのでいいかなと。

何か一言ありますと嬉しいです。

では、また(・ω・)/


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二十八話“夢と現実の交差”

どうも、ガイルです。

この度は更新がかなり遅れてしまい申し訳ありません。

仕事がクソ忙しくてなかなか時間が取れず今の時間にようやく投稿できました。もうこの会社やめようかな……。

前回から三ヶ月近く……本当にごめんなさい。

待っていただいた方々お待たせしました。

では、28話目入ります。


 ―――夜 St.ヒルデ魔法学院

 

 この敷地内は相手が張ったのか人避けの結界が張り巡らされていた。そして、今、力と力のぶつかり合いによって起きた余波の突風が大気をギシギシと軋むような音を連想させるほどに揺らせている。

 

 この発生源の近くにある校舎の窓ガラスはいつか耐えきれずに割れてしまうのではないだろうか?

 

 そのように連想しても仕方ないほどの衝撃だ。その発生源の原因は……、

 

「フォートレスっ!!」

「Alalalaaaaaaaalaaaalaaaaaaa!!」

 

上空でアーチャーとバーサーカーが激突からだ。詳しく言うとアーチャーの三つの自律行動型の盾がバーサーカーを囲いつつ、アーチャーが両手で大きなキャノン砲……カノンを構えて放っていた。

 

 バーサーカーは当然アーチャーを狙うが三つの盾がその行く道を阻み、行動を制限されてしまい砲撃の的になりやすくなっている。

 そこまで見ると確かにアーチャーの一方的な暴力となっているだろう。しかし、現実は違った。

 

「Alaaaaaaaa!!」

「っ!!」

 

 その砲撃をバーサーカーは受け止めて投げ返し、アーチャーへとUターンさせる軌道に変えていた。その砲撃をアーチャーは1つの盾を自分の前に呼び寄せ受け止める。その間に空いたところろからバーサーカーはアーチャーに近づいていく。

 

 あのバーサーカーは狂化して理性を失っていたものかと思っていたが違う。知識を持って行動している。バーサーカーのクラスとして思ってはいけないようだ。先入観を捨てる必要がある。

 

「きゃははっ。よそ見してない方がいいわよん♪」

「……っ」

 

 上空を見ていたからバーサーカーのマスターからの攻撃に少し反応が遅れてしまい防戦一方になってしまった。

 バーサーカーのマスターは二つの白く細い剣を華麗に操り、素早い連撃を繰り出してくる。相手が剣使いと分かって夫婦剣をトレースして白兵戦をしているが時折体術も織り交ぜてくる。接近戦において総合的に戦えるスペシャリストなのだろう。

 

 身長160センチいかないぐらいの小柄な身体を活かして俺の懐に入り込んで、残忍な笑みを向けながら剣を振るう姿は本当に小さな小悪魔と言っても間違いでは無いだろう。

 

「くっ……!!」

 

 俺は防戦一方になってしまった剣戟を仕り直すべくバーサーカーのマスターの剣をタイミングを合わせて大きく弾き後退する。それでもバーサーカーのマスターは笑みを消す事は無く崩れた態勢を戻して確かめるかのようにその場で軽く二刀の剣を振るう。一見剣を適当に振っているように見えるが、その一つ一つの動きに隙の無さを伺える剣舞を披露している。

 

「へぇ~、剣って意外と面白いわね」

「……その口調からすると初めて剣を握ったような感想だな」

 

 初めてであんな剣技をされてたんじゃ、今まで鍛錬を積んでここまで来た俺の立場が無い。バーサーアーのマスターは右手の剣先を肺に溜まっていた息を吐いている俺に向ける。

 

「最近は色々と試しているんだけど、これはちょっと癖になりそうねん♪相手の四脚を一つ一つ切断するのにも使えるし、相手に出血させる傷を与える喜びを与えてくれるわね」

「……」

 

 俺の左腕には一傷の切り傷が出来ていた。先ほど距離を取るべくバーサーカーのマスターの剣を弾いたがもう一刀の方が俺の腕に傷を負わせていた。油断していたわけでは無いが、あの素早い連撃を捌くのに少しずづ遅れてしまった。その結果がこの傷だ。

 

 俊敏さは負けるか……だが、力ならこちらが上。

 

「君の名前はなんて言うんだ?」

「少しカッコいいお兄さん……と言うのも面倒ね。衛宮、あたしの名前を知ってどうするん?」

「え?何で俺の名前を知っているんだ?」

 

 情報として、もしかして戦わずに済む道もあるかと淡い期待をしてこの子の名前を知っておきたかったが、逆にこちらの情報が漏れている事に驚いてしまった。

 

 いや、キャスターにもバレていたんだ。何処かで俺たちの情報を手に入れることが出来たのだろう。

 

「別に管理局外の世界から来た人物だろうと調べようと思えば調べられるん。とっても勤勉なトレディちゃんは面倒と思いつつもとある場所で頑張っているんですよ」

 

 軽い口調で語るバーサーカーのマスター……トレディは俺たちの事を調べられる場所がやはり存在していてそこで調べていたようだ。

 

「ま、あたしの名前なんて知った所でどうでもいいから明かしたけど、あたしはあまり衛宮には興味ないわねん。メインディッシュであるガイの前菜になるくらいの味は貴方にあるかしらん?」

「……っ!!」

 

 そう言って、何のモーションも無くたった二歩のステップで5メートル離れていた俺の懐へたどり着いて、体を捻りながら二刀の刀を水平にして左から俺の首と胴体を狙うように繰り出していた。

 

 わずかに反応が遅れた俺はその軌道から体を逸らす。薄く皮膚を切り裂いた感触があり、首から血が垂れ出した。

 

 もし、少しでも反応が遅れたら首から上は地面に転がっていた。そう思うと背筋に嫌な汗が伝ってくるが、その恐怖心を心の中から無理やり消し去り、二刀を振り切って隙の出来たトレディに夫婦剣を振り下ろす。しかし、トレディは体術を活かして独特な動きで振り切った勢いで体を回転させ巧みに俺の振り下ろした夫婦剣をかわし一回転させた二刀の白い死神の鎌が今度は隙の出来た俺に襲いかかった。

 

 ま、間に合わない……!!

 

 その二刀の白い剣は確実に俺の首を狙っていた。しかしそれはアーチャーの青と白の強調された盾が割り込んでそれを受け止めた。

 

「マスターっ!!油断しないでっ!!」

「ちぃ!!バーサーカー!!やれっ!!」

「Alaaaaaaaaaaaaaaalaalaal!!」

 

 そのせいで今度は隙の出来たアーチャーにバーサーカーが音速並の速さで近づいて右拳を放つ。盾を並べてプロテクションを展開して防ごうとしたが、その威力に耐えきれず弾き飛ばされ、カノンで受け止めるがそれでも威力が収まらず大きく吹き飛ばされる。

 

「アーチャー!!」

「だ~か~ら、隙を作ったらダメだよ♪」

「っく!!」

 

 先ほどの教訓を生かしていなかった。また、トレディの前で隙を作ってしまい防戦一方の剣戟となってしまった。

 

「そして、私と刀を交えていると背中に隙が出来ちゃうねん♪」

「っ!!」

 

 今、アーチャーは大きく飛ばされている。ゾクリと真上からバーサーカーが来る死神の気配を感じた。それがどんどん大きくなっていくのが分かる。トレディはバーサーカーを呼び2対1で一気に決めようとしている。今はトレディと鍔迫り合いな状態。少しでも力を抜いたら一気に斬り伏せられる。とても動ける状態では無い。ここに上からバーサーカーがやってきたら絶望的だ。

 

 アーチャーの独立時の盾は俺も守るようにプログラムされていて先ほど守ってくれた盾は上空へ飛んでいきバーサーカーに高速で体当たりをしていると思うが、先ほどパワー負けをしたのもあり、バーサーカーの速度は変わらないのが気配を通して分かる。

 

「チャプ散布!!」

「っ!?」

 

 だが、先ほどの盾の動きの考えは違った。遠くからアーチャーの声が聞こえ、上空ではボンと市販されている打ち上げ花火ぐらいの小さな爆発音が連続して響いてきた。

 それにより気配は大きくなることをやめて止まった。バーサーカーの動きが止まったのだろう。

 

『プラズマバレルオープン』

 

 そして、無機質な音声……常にアーチャーの周りに浮いているレイジングハートという飛行物体が指令したのか、トレディとつばぜり合いをしている先の視線に視えるアーチャーが飛ばされながらもキャノンを展開したカノンを両手でしっかりと構えて矛先を真上に居るバーサーカーに狙いを定めていた。

 

「エクサランスカノン・ヴァリアブルレイド!!シューーーート!!」

 

 そのカノンの矛先に充電された砲撃をバーサーカーに放った。凄まじい爆撃音を従わせて一直線にバーサーカーに放たれる。

 だが、その爆撃音はその砲撃だけでは無いようだ。盾達も砲撃をバーサーカーに向かって放っていたのか真上からもその爆撃音ほど大きなものではないが、それらがバーサーカーの居る一か所に終着すると大気を振動させるほどの破壊音となって耳に伝わった。

 

「ちょ!!なんなのっ!!あんたのサーヴァントは!?あれは“高町なのは”で間違いないはずだけどあんなの情報に無いわね!!」

「あれは“未来”のアーチャーだからだ!!」

 

 アーチャーの巨大な攻撃がバーサーカーに当たり僅かに動揺したトレディを俺が見逃さず、鍔迫り合いでトレディの剣を弾き攻めに転じた。

 

「あ、あらら?攻めに転じちゃったん?」

 

 と、戸惑いの言葉を出しつつも防戦となったトレディは俺の剣筋をしっかりと読み捌いている。

 

 やはりこいつ……相当実戦慣れしている。いくら初めて使う剣と言ってもここまで読まれてしまうなんて。どれだけ過酷な経験を積んでいたのだろうか?それとも天賦の才ってやつか?

 

 凄まじい才能を発揮するトレディだが、見た目は残忍な笑みを除けば本当に少女そのモノだ。そんな少女がこの才能を開花させ戦場に立った。それは天才とも言えるモノなのだろう。しかし、俺は子供が戦場に出てしまうことに苛立ちを覚えてしまう。

 脳裏には前の聖杯戦争でバーサーカーのマスターとなったイリヤスフィールの面影が浮かび上がっていた。ギルガメッシュによって心臓を取られ絶命した少女。

 髪型も紙の色も眼の色も全く異なる2人だが、幼さを残す少女という事には変わらない。そんな少女が戦場に立って戦いをしている。

 俺はこのトレディにイリヤスフィールの面影を重ね合わせていた。

 

「Alaaalaaalaa!!」

「っく!?」

 

 戦場で雑念を考えていると真上からバーサーカーの枯れた声を響きかせながら垂直に俺達の真上に落ちてくる。俺達は急いで落下地点から対極線上に別れ大きく後退する。

 先ほど剣戟をしていた場所にはバーサーカーが背中から地面に激突して小さなクレーターが出来上がっていた。落ちてきた真上を見るとアーチャーが肩で息をしながらカノンの矛先から硝煙を出しつつバーサーカーに向けてゆっくりと俺の隣へ降りてきた。あの巨大な砲撃の後、追撃をしたのだろう。そして、トレディに顔を向ける。

 

「ほんと、“高町なのは”って強すぎよねん」

「そのバーサーカーも強過ぎだと思うけどね。これだけ喰らわせても微かにしたダメージを与えていない」

「えっ?」

 

 俺はアーチャーの言葉に耳を疑いクレーターの真ん中に居るバーサーカーを見た。それはゆっくりと起き上がってこちらを見る。確かに鎧にはアーチャーによって付けられた傷が所々に付いてはいるが、身体自体にダメージを追っているようには見えない。何の支障もなく身体を動かしている。

 あの甲冑が特別なのか、強靭な肉体なのかは分からない。

 

「あいつの正体はいったい何なんだろうな?」

「……何処かで見たことのある動きをたまにしてきますね」

「え、アーチャー知ってんのか?」

「……いえ、たぶん気のせいだと思います」

 

 アーチャーの言葉に弱々しさがあった。確信はしていないが何かを感じている……そんな張りのない声だ。表情からは何も捉える事は出来ず真剣な表情のままバーサーカーを見つめている。

 

「バーサーカー。“右肩から手甲まで甲冑を外せ”」

「……」

 

 そして、対面している残忍な笑みを浮かべているトレディから何の感情も感じさせない無機質な声でバーサーカーに命令した。

 

 右肩から手甲まで甲冑を外せ?どういうk……。

 

 その意味を考えているうちにバーサーカーの右肩から手までの白い甲冑が粒状に霊体化して消え去り、生身の腕が露わに。

 

「「……っ!?」」

 

 それと同時に、俺とアーチャーは同じタイミングで喉を鳴らした。右肩から現れた生身の腕の他に異様なまでの禍々しい黒いオーラが狭い甲冑から出口を求めて止まることなく解放された右肩から出てくる。白い甲冑から放たれる黒いオーラは対照的な色で、その黒いオーラが白い甲冑を黒へと染めていくのではないかと思うぐらいの濃い黒さだった。それをまともに受けて一瞬正気を保てるか不安だった。

 

 あれはひどく歪な狂気のオーラだ。あてられただけで意識が持って行かれそうになった。

 

 そう思うと同時にあれほどのまでの邪念に満ちたオーラを留め込んでいたバーサーカーがそのクラスと言えどもそれを溜めこんで戦いをしていた事に驚きを隠せなかった。そして透視は出来ずともバーサーカークラスなら狂化スキルを得ているだろう。しかし、知識があるような動き。

 

 生前のバーサーカーには強靭な神経を持っていたってことか。

 

「きゃはは、バーサーカー。“一部”解放したんだから後れをとるんじゃないわねん♪行きなバーサーカー」

 

 今の状況を楽しそうな声でバーサーカーに命令を下すトレディ。その言葉に俺は疑問を持った。

 

 “一部”?だとすると全部を解放すると……。

 

「「……え?」」

 

 そして、考えているうちに何が起こったのか分からなかった。先ほどまでトレディの隣に居たバーサーカーがトレディよりも速い動きで目の前に居て、右拳を俺の腹部に、左拳をアーチャーの腹部にメリメリとスローモーションで見ているかのようにゆっくりと沈み込んでいる状態だった。

 

 は、速すぎる……!!空中で動いていた速度の二倍以……上……ぐっ!!

 

 脳が状況を理解したのか腹部に痛みを走らせる命令を送り出し、腹部に熱い痛みがこみ上げていき、スローも解除されてバーサーカーの拳によって俺とアーチャーは吹き飛ばされた。

 

「マスター!!」

 

 この状況をいち早く察知し、俺の後ろに盾を、学園の壁にぶつかるダメージの緩和剤として置いてくれた。そして、俺とアーチャーは壁に激突する。

 

「かはっ!!」

「っく!!」

 

 それでも衝撃の力は大きすぎる。その衝撃で一瞬息が出来なくなり頭が真っ白になった。俺もアーチャーもダメージが大きく、地面に倒れ込む。

 

「バーサーカー。止め刺しな」

「Alaalaalaalaaaaaaaa!!」

 

 そして、間髪入れず雄叫びと共に猛スピードで走ってくる片腕の甲冑が取れたバーサーカーが俺たちに止めを刺しに向かってくる。

 

「っぐ!!身体……が、動け……」

「マ、マスター……に、逃げて下さい!!」

 

 俺たちが動けるころにはバーサーカーが俺たちに止めを刺しているだろう。それを回避するために必死に満身創痍になった身体に鞭を叩く。しかし、動かすことが出来ない。

 

「っく!!」

 

 アーチャーが盾をバーサーカーに向かって飛ばすが何の抵抗も出来なく弾き飛ばされる。そして、目の前まで走ってきたバーサーカーがそのベクトルを緩めることなく俺の顔面に向かって拳を振り下ろした。

 

 こ、ここで死ねるか!!

 

 心の中で必死に生きようと抵抗するが身体は動かず力が入らない。もう目の前にバーサーカーの拳が迫っていた。

 

「“聖連拳”」

「っ!?」

 

 しかし、その拳は左から何かが当たり俺の右頬を掠りながら空を切っただけだった。

 

「Alaaaaaaaaaallllaaaaa!!」

「五月蠅いです、バーサーカー」

 

 突如現れた人物は更に体勢の崩れたバーサーカーの顔面に右拳をクリーンヒットさせて、来た道を飛ばされながら戻って行った。その後ろ姿を見て俺は1人の人物を浮かべた。

 

「フリー……ジア?」

「ええ、衛宮士朗。お久しぶり……でもないですね。前の借りを返しに来ましたよ」

 

 俺の言葉に振り返りにっこりと笑みを溢したフリージア。ガイのサーヴァントでありファイターのクラス。真名は分からない。青と白を強調した騎士甲冑をつけ、手甲はやたらと厚く見えた。

 

 良く見ると本当にセイバーに似ているよな。背丈も騎士甲冑も髪の色も。

 

「なのはも無事ですか?」

「ええ、助かりました。フリージアさん」

 

 アーチャーにも笑みを向けて無事だと分かると、前に向き直しバーサーカーを警戒するように視る。

 

「さて、厄介な敵になりそうですね」

「ああ、全くだ」

「フリージアさん。ガイ君はこの近くに居るのですか?」

「いえ、ガイはお疲れのようですから部屋で眠っています」

「……そうだね。生前、葬式の時に会ったけど徹夜をした顔だったから無理もないかな」

 

 アーチャーは痛みが和らいだのか立ち上がりフリージアの隣に立ちバーサーカーを凝視しながら話す。フリージアのマスターであるガイは寝不足で寝ているようだ。葬儀もあったとなると精神的に色々とあったのだろう。

 

 俺だって切嗣の葬式の時は辛い思いをして花を添えた記憶がある。棺桶で眠っているかのように涼しい表情をした切嗣の面影を見る事はこれで最後だと。この棺桶を閉じたらもう会う事は出来ない。それが辛かった。

 そんな悲しい事を断ち切る為には長くても一か月……いや半年以上の時間がかかってしまう。ガイはこの聖杯戦争の中でどれだけの期間で立ち直れる?

 

「心配していないんですか?」

「心配は心配です。ですが、ガイならきっと切り開いてくれると信じています。私はそれを見守っていきたい」

「……いい人だね、フリージアさん」

「ありがとうございます、なのは」

 

 2人はバーサーカーから決して視線を離さずガイの会話に花を添えていく。俺も痛みが和らぎ立ち上がりフリージアとアーチャーに近づく。

 

「フリージアはガイの事を信頼しているんだな」

「ええ。ガイならきっとこの世界をいい方向へと導いてくれると信じています」

「……」

 

 その言葉に嘘偽りもない純粋で真っ直ぐな言葉だった。フリージアはそこまでガイに信頼を置いている。信頼を得るためにはどれだけ大変か。ガイはそれを既に得てしまっている。

 

 もし、ガイとフリージアの絆の強い2人と対立することになったら勝てるだろうか?いや、そういう対立した時の話は考えない方がいいな。俺は戦いをやめさせるためにこれに進んで参加したのだから。

 

「はぁい。お話はそこまでにしようね~ん。バーサーカー。今度は油断するんじゃないわよん♪」

「……」

 

 そんな雑談を交わしているとウインクをしながら笑みを浮かべてバーサーカーに命令するトレディ。しかし、何故かバーサーカーは木偶の坊のように動かず反応しない。反応しないと分かるとトレディから笑みが消え、苛立ちの色を表情に浮かべる。

 

「ちぃ、まだ完全にコントロールできないのか。仕方ないねん」

 

 そう言って、右手を掲げる。その甲には令呪が刻まれていた。

 

「令呪をもって命ずる。バーサーカー、あの三人を皆殺しにしろ」

「「「……っ」」」

 

 赤く光り出してその一画が消失した。それと同時にギギギッと錆びた鉄扉が開くような軋む音がしてバーサーカーは動き出す。令呪による命令で俺たちを皆殺しにするまで戦い続ける殺人人形と化したバーサーカーは俺たち三人は警戒を強めた。

 

「邪悪な気配ですね」

「ええ、気を引き締めましょう」

「来るぞっ!!」

 

 迅速な速度で迫ってくるバーサーカー。先ほどどれくらいのスピードで来るか分からなかったが一度見ればその速度を予測して行動することが出来る。俺もアーチャーも反応できた。そして、フリージアも初見ではあるが見切り反応した。

 

 流石は英霊か。その正体は分からないが。

 

 初見で難なく避けたフリージアに魅せられながらも、この校舎で再び大気を軋ませる音が校舎内で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――???

 

「ここにおられましたか、オリヴィエ様。探しましたよ」

「ユーリ中佐」

 

 オリヴィエが木の陰で隠れるように座っていた所をまだ若さの残る騎士甲冑を来た黒髪の少年が声をかけてきた。

 

「いえ、もう大佐ですよ、オリヴィエ様」

「……ええ、そうでしたね、ユーリ大佐」

 

 暗い笑みを溢してユーリを視るオリヴィエ。その表情はおめでとうと祝福の意味を込めているモノとは到底思えなかった。

 

「……オリヴィエの記憶……か……」

 

 その出来事を近くで視ていた俺はこれが夢だとすぐに気付く。

 

 明晰夢っていうやつかな……夢の中でこれは夢だと気付く事。いや、これは夢じゃなくて記憶か。

 

 どうでもいい事を思いつつオリヴィエの記憶を第三者視点で視ることにした。前も一度オリヴィエの記憶を視たが、オリヴィエの名前を呼んでも無視されてたことからこの記憶には介入することはできない事が分かった。

 

「前の戦いで大佐が討ち死にされて貴方が大佐になられたのでしたね」

「ええ、この若さで大佐になった事に不信感を抱く者も現れましたが戦場では誰にだって死が付いてきます。大佐がその死の引き金を引いてしまってお亡くなりになり、私がそのままスライドして大佐になっただけです」

「死は付きモノですか……」

 

 オリヴィエは今は晴天の空を見上げる。今が戦乱の中である事とは思えないほど清々しい青空だが今のオリヴィエは表現したらいいか分からないような、しかし暗さを少しだけ晒し出しているような表情をしている。

 

「私は死が怖いと思います。戦場では常に死が隣り合わせ……怖さがずっと心のどこかで引っ掛かっています。逆に皆が死ぬのも怖いです。残されていった者たちはどうしたらいいのか」

「オリヴィエ様。そんなオリヴィエ様を守るのが私達兵士の仕事です。安心して下さい。私達がオリヴィエ様をお守りしますから。そして私達も死にません」

「ユーリ大佐……」

 

 爽やかさの印象を残すニッコリ笑みを溢すユーリ。それを見たオリヴィエも静かに笑みを溢した。オリヴィエの笑顔を見たユーリの頬が少し赤くなって慌てて視線を逸らす。

 

 ユーリはオリヴィエに好意を抱いているのか?第三者からでは感情が読みにくいけど。

 

 俺が考えている間にも話は進んでいく。

 

「所でどうしてこちらに?もうすぐ会議が始まります。それで城内を探しまわりましたよ」

「無駄な労働をさせてしまい申し訳ありません。ここで少し考え事をしていまして」

「考え事ですか?」

 

 本来の目的であった話をユーリが振るう。オリヴィエは地面に咲いている一凛の花を見つめてその内容を語り出した。

 

「この青空と綺麗な花をいつまでも残せていけるような世界を作るにはどうしたら良いのでしょうかと思いまして」

 

 前の記憶でクラウスに話した言葉だ。

 

「国の統一が必要かと思います。この戦乱をいち早く収めて平和な世を築き上げるべきかと」

「ええ。今の陛下……兄もそう考えていると思います。ですが、“戦によって破壊された環境はそう簡単には戻らない”」

「「……っ」」

 

 俺もユーリもオリヴィエの言葉に声を失った。この戦乱を収めれば前のオリヴィエの記憶で言っていた“この青空と綺麗な花をいつまでも見られるようなそんな国”を築き上げれるとがオリヴィエの願いだと勝手に思っていた。

 しかし、オリヴィエの考えは違っていた。たとえ戦乱を収めても戦後の環境修復はかなり難しいと語る。それが出来なければ“この青空と綺麗な花をいつまでも見られるようなそんな国”と言っていたオリヴィエの言った言葉は現実になることはない。オリヴィエの観点は違う所を的確にとらえていたのだ。

 確かに戦後の荒れ果てた大地を元に戻すには十年、下手したら百年単位の時間が必要になる。それこそ“この青空と綺麗な花をいつまでも見られるようなそんな国”というモノから遠ざかってしまう。オリヴィエは別の観点から戦乱の世をすぐに収めたいと考えていたのだろう。

 

「で、ですが今は敵国に勝ち統一化を目指すことが最優先事項かと存じます」

「ええ、皆さんの考えに否定を唱えているわけではありません。その戦後の形をどのようにすべきかを頭の隅にとらえて下されば良いかと思うのです。私はそこを重点的に考えていきたいと思っております」

「……了解しました」

 

 オリヴィエは決して相手を否定するようなことをせずに笑みを溢して相手を安心させる。ユーリも自分の行動に間違いがないと安心したのか話を切り替えた。

 

「……次の戦では最前線での指揮をとることになりました」

「最前線ですか……」

 

 その言葉を聞いてオリヴィエの表情が曇り出す。2人の会話を聞くにそれなりに親しいように見える。次の戦ではその親しい人物が最前線に行くのだろう。オリヴィエの表情も頷ける。

 

「もっとも死の確立が高い所ですね。ですから、未練のない様にオリヴィエ様に一言申し上げたい事があります!!」

「な、何でしょうか?改まって」

 

 ユーリの突然の大声に真剣な表情にオリヴィエは暗さを取り除かれた代わりに戸惑いの色を表情に浮かべながらユーリを見上げる。

 

「ずっとお慕いしておりました。好意を抱いておりました。オリヴィエ様、身分は違えど、失礼を承知の上で好きという告白をさせていただきたい」

「え?え、ええ?」

 

 顔を真っ赤にしながらも真っ直ぐな告白を告げてくるユーリにオリヴィエは更に戸惑いの色を濃くして眼を泳がせてしまう。

 

「私の気持ちは嘘偽りもございません。オリヴィエ様。あなた様の返答を聞きたい」

「え、あ……ええ、と……」

 

 オリヴィエが顔を真っ赤にして困り果てた表情にユーリの言葉が真っ直ぐに刺さってくる。そして、言葉を途切れ途切れに返す。

 

「き、気持ちは嬉しいのですが……その、私はユーリ大佐の事をそのように見てはいなかった……です……申し訳ありません」

「……ええ、薄々気づいていました」

 

 たった今、振られたのにユーリは笑みを溢してオリヴィエを優しく見つめていた。言葉どうり本当に分かっていたかのように。でも、言っておきたかった。死ぬ可能性があるのだから未練など残したくなかったのだろう。

 

「オリヴィエ様がお慕いする人物が現れることを祈っております」

「あ、ありがとうございます。ユーリ大佐」

「で、ではこれで失礼します。会議も始まりますので急いでください」

「あ、ユーリt……」

 

 オリヴィエが止めようと声をかけるがユーリは逃げるかのように素早くその場から去って行った。

 オリヴィエの瞳は悲痛な色をしていて告白されて嬉しいというような表情では無かった。

 

「……戦場に立つ時から女であることは捨てました……そんな資格……私にはありませんよ……」

 

 オリヴィエは去って行ったユーリをいつまでも見つめいた。

 

 そして、戦場でユーリもオリヴィエの兄も討ち死になり大半の戦力を失い、ゼーケブレヒトで唯一の人物となったオリヴィエは殿下となった。

 

「皆……皆居なくなってしまった……ああっ……あああぁ……」

 

 誰も居ない寝室で心に引っかかったモノが取れないのかドレスの胸辺りをを強く握りしめ、ベッドに手をつけながら悲痛の表情を浮かべ涙を流しながら荒呼吸をする。

 

 そして、側近の老臣達は継承権の低くかった小娘が殿下になった事に納得いかないのか、嫌な顔をしながら会議に出席をしている。その兄の座っていた場所にオリヴィエが座って会議の議題の中心となって話を進めているが、老臣達はあまり聞く耳を持っていない。

 国民達にも老臣達の息が届いているのかオリヴィエが国民から祝福されることは無かった。

 そんな肩身を狭くして信頼できる人物が傍に居なくなり孤独と戦ってきたオリヴィエ。いつしか心が冷たく凍ってしまいオリヴィエから笑みが消え、王の執務室で書類にサインを署名する日々が続いた。

 そんな様子を俺は幽霊のように誰にも気づかれずに後ろから見ていた。決して誰にも心を開くことが無くなったオリヴィエを。

 

「オリヴィエ……」

 

 オリヴィエは孤独を味わってきた。きっとこの記憶はクラウスと出会う前の出来事なのだろう。孤独の寂しさは俺も共感できた。人肌が恋しい時期は年齢関係なくいくらでも訪れる。今のオリヴィエだって例外では無いだろう。

 

「誰にも……誰にも信頼という二文字を勝ち取れず、そしてオリヴィエに近づこうとする者は現れなかった……せめてこの時だけでも俺が近くに居てやれれば……」

 

 記憶の中でオリヴィエがこちらに意識を向けれることなんて無理だと分かっているが、俺はこの夢の中でオリヴィエに近づいて肩に手をかけようとした。

 

 オワラ……ナイ……。

 

「っ!?」

 

 しかし、脳内にいきなり響いた少し声の枯れているような声が聞こえてきてその行動は途中でキャンセルされた。

 

 オワラナイオワラナイオワラナイ……オワラナイ……。

 

「な、なんだ?」

 

 何度も何度も脳内で繰り返される同じ言葉に違和感を抱きながらも俺はオリヴィエの肩に手をかけようとした。

 

「やっぱりすり抜けるか……」

 

 薄々気づいてはいたが、触れようとした手には何も感触もなく人に触れているという手ごたえもなかった。

 

 まあ、夢の中だし感触があったら逆におかしいか。それにさっきの繰り返される言葉は……。

 

「っ!!?」

 

 考え事をしていたらオリヴィエとは別の人物がガシッと俺の手首を握りつぶすような勢いで強く占めつけてきた。そして、それはすぐに訪れた。ぐしゃっと肉の潰れる音がして差し出した左手首から先が無くなり血が絶えず流れ出てしまう。

 

「い、痛みは無いけど異様な不安にかき立たせる光景だ……な……」

 

 俺の手首を握りしめた人物を見るとそこに居たのは、

 

「ア……イン……っ!!」

 

 丈に合わない大きなサイズのパーカーを着てフードを被っている大人モードのアインハルトだった。いや、大人モードでは無く女性の姿。

 その姿を見た瞬間、風景が一変しオリヴィエが消え場面が切り替わった。地面には人間のパーツがいたるところに散乱していてとても直視することが出来ない地獄絵図。ここは惨劇の起きたあの森の場所だった。

 

「遅いです、ガイさん。反応も僅かにしか出来てない……」

「……っ」

 

 あの時と同じ言葉がアインハルトから告げられる。

 そして、アインハルトを視たせいで脳内にはあの惨劇が浮かび上がった。しかもそれは今、目の前でも行われていた。

 この人の形をしていた肉塊の他に生き残っていた何人もの隊員達がアインハルトにデカいアンノウンに虐殺されていく。ある者はアンノウン食われ、ある者はアインハルトの拳を胸に受けて心臓停止になって倒れる。

 

「や、やめろ……」

 

 その現実を目の当たりにしていつの間にかセットアップして帯刀してあったプリムラに右手をかける。

 

「ガ……イ……」

「……っ!!」

 

 さらにその虐殺劇場を繰り広げていた近くに血まみれで右足を失い横たわっている人物が俺に枯れた声を掛けきた。

 

「た、隊長……」

「いてよぉ……いてえよ……なのはさんに……まだ告白すらしてないのに……死にたくねえよ……」

 

 その後ろには巨大なアンノウンが立っていて触手を伸ばして隊長を絡め取る。俺は必死に走って思いっきり手を伸ばす。

 

「隊長っ!!」

「お前が……」

「っ!!」

 

 しかし、血だらけで満身創痍な身体のはずなのに枯れた声ではなく、はっきりとしたどす黒い声で隊長が言葉を放った。それは俺の事を憎んでいるような殺気を含めた音声に聞こえた。

 そして、次の言葉に俺は絶望した。

 

“お前が早く魔術回路を展開しなかったから俺達は死んだんだ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

「はぁ……はぁはぁ……」

 

 俺はソファーで荒い息を立てながら目が覚めた。右手は天井に向けて伸ばしていた。

 

「はぁはぁ……んっ……ゆ……め?」

 

 俺は今ここがいつも使っている自分のマンションだと分かりホッと息を吐いた。そして、目から液体が零れている事に気付く。それを手で拭う。

 

「泣い……てた?」

 

 涙を流すほどあの夢の後半は俺にとってトラウマになっている出来事だったのだろう。仲間が死に、その原因となったのが未来のアインハルトなのだから。

 

「……」

 

 目覚めの悪い夢で気持ちが暗く重かった。再び眼を瞑って眠るとあの悪夢の続きを見てしまうのではないかと考えてしまい、寝ずに起き上がる。

 

 オリヴィエの記憶とここ最近の出来事が入り混じった夢だった……でも、最後の隊長の言葉……。

 

 俺は隊長の放った最後の言葉が頭に残り過ぎていた。

 

“お前が早く魔術回路を展開しなかったから俺達は死んだんだ”

 

「……っ」

 

 俺は歯と歯が擦れて鳴らす音が聞こえるぐらいに歯を喰いしばった。

 現実では隊長はそんな事を言わなかったが、もし、俺がそんな力があったという事を隊長に言っていたら、あの現場で“もっと早く魔術回路を展開しなかったから仲間達は死んだんだ”と言われていたかもしれない。力の出し惜しみをしたから皆死んだと。

 

「……そう言われても当然……か……」

 

 喰いしばっていた歯を緩め天井を見上げる。薄暗い部屋の天井は後悔の黒い感情を占めている今の心の心理状態を表しているのではないかと思った。

 100%の死が訪れない限り回避はできる。俺はその回避できる可能性の力があった。しかし、それをみすみす逃してしまった。後悔と罪悪感の色が俺の心の中を埋めていき更に気持ちが重くなった。一つの判断をミスるだけでそれは死へと直結してしまう場合もある。今回はそうだったのかも知れない。

 

「……とりあえず水……ん?」

 

 俺は喉がカラカラなのに気づき水を飲むためにキッチンに向かうためソファーから降りようとすると、自分の身体にオリヴィエが使っていたタオルケットがかけてある事に気づく。それと同時に部屋には人の居る気配がしなった。

 

「オリヴィエ……出かけているのか?」

 

 オリヴィエがどこかに出かけようとするのは自由なので気にもしなかったが、居なければ居ないで少し寂しさが残った。

 

 ……あんな夢を見た後じゃオリヴィエの近くに居てやりたいけど、それはクラウスの役目だ。俺がする必要はないか。

 

 様々な考え事をしながらソファーから降りてキッチンに行きコップに水を注ぎ一気に飲み干す。

 

「……ふぅ」

 

 一息ついて気付く。室内はエアコンで程良い涼しさを保っていたが寝汗をかなり掻いていたのか上着だけを脱いで寝てしまったYシャツはかなり濡れていた。それなので俺は服を脱いでシャワーを浴びて私服に着替える。

 少し冷たいシャワーを浴びて少し気持ちが楽になり落ち着ける状態になったのでテーブルにあるモノに目にとまった。

 

“ガイへ。起きましたらこちらを食べてしっかりと栄養を取って下さい。私は少し出掛けてきます。遅くならないと思いますが”

 

 と、達筆なメモと一緒に卵焼きとウインナー二本におにぎり二個にラップしてある皿があった。

 

「……お気づかいどうも……味は……」

 

 俺はその皿をレンジに入れ温め直し、麦茶をコップに注いでおにぎりを一口かじった。

 

「まあまあか……」

 

 砂糖と塩を間違える事は無かった。しかし、今度は塩が少し多い気がした。しょっぱさが後味に残るおにぎりだ。ウインナーをかじって食べると更にしょっぱさが増大する。まあ、食べれないモノでは無いので口に入れながらベランダの外を見る。日が落ちて町の光がらほらと見える。壁に掛けてある時計を見ると夜の時間帯だった。

 

「プリムラ、オリヴィエは何処に行ったか分かるか?」

 

 そして、やはりあんな夢を見たせいかオリヴィエの顔を見ないとなんだか落ち着けず何処に言ったのかおにぎりをかじりながらプリムラに聞いてみた。

 

『マスターにご飯を作った後、どこかで結界を張った気配があると言って出ていきました』

「1人でか!?」

『ええ。伝言も受け取りました。“ガイはしっかりと休んで英気を養ってください。親しい人物が亡くなった出来事はしばらく心の整理がつきません。私が様子を見てきますので付いてきてはいけませんよ?人気のない夜は敵と遭遇する可能性が高いですから”』

「……わかんねぇよ、結界の張った場所なんて」

『……マスター、言葉と行動が合っていませんよ?』

「え?」

 

 そう言いつつも手にもったおにぎりを口に放り込んで立ちあがり出かける準備をしている俺がいた。

 

「……オリヴィエのことが心配だからかな」

『……何かありましたかマスター?』

「まあ、ね」

 

 俺は言葉を濁す。夢で見たモノはオリヴィエの記憶だ。プリムラに話していいモノでもない。プリムラにはこの夢の事をは黙っておいた。

 

「……とりあえず、すれ違いにならない様にメモを置いておくか」

 

 俺は先ほど書いてあるメモを裏返しにしてすれ違いでオリヴィエが戻ってきて再び出ていかない様に書いておく。

 

“オリヴィエ。結界を張った気配があるからって1人で行くなよ。俺も少しだけこの周辺を探ってみるからこのメモ見たら部屋で大人しくしてろよ”

 

「こんなもんか……さ、オリヴィエが心配だ。出かけるよ」

『了解しました。私がしっかりとサポートします』

「心強いよ」

 

 俺は外に出る格好に着替えておにぎりをもう一個を少しかじって玄関のドアを開ける。

 

「「あっ……」」

 

 なるべる夢の後半の出来事は忘れていたかった。考えれば考えるほど気持ちが憂鬱になってしまう出来事だったのだから。けど、神様は現実から目を背けるなと言っているのか……。

 

「ガ、ガイさん……」

「……っ!!」

 

 感情の無い冷たい声を発していたあの声から、少し幼くそして感情のある同じ声で俺の名前を呼んだ目の前の少女。

 その少女を見るだけでどうしてもあの森へと連想してしまう。アインハルトだ。確かにこの現実に居るアインハルトは悪いわけではない。悪いわけではないのだけれどどうしても体が拒絶してしまう。

 

「あっ……あ、あのっ……」

「……ご、ごめん!!」

「え……ま、まっ」

 

 俺の姿を見て戸惑っているアインハルトに俺は一言だけ言ってその場から逃げるように階段へと走った。アインハルトの呼び止める声が聞こえたが振り向く事は出来なかった。

 

 本当にゴメン……アイン……。

 

 心の中で謝りつつ、俺は夜の街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、私のことを否定してる……せっかくジムでモヤモヤとしたモノが取れて少しスッキリしたのに……サンドバックを二つほど破ってスタッフの人に怒られてしまいましたが。そして、今の気の持ち方でもう一度ガイさんと面と向かって話をしようと思ったのに。

 

「はぁ……」

 

 私は呼びとめようとしたけど既にガイさんは階段を駆け足で下りて行ってしまった。

 

「……悪いことしてないと思うのですが」

 

 今までの出来事を思い出しても私がガイさんに悪い事をしたような覚えはなかった。ですが、それは私の主観から見てのこと。ガイさんからの客観的な視線から見ると何か粗相なことをしてしまったのかもしれない。

 そして、目の前のドアが開けっぱなしになっていた。慌てて私から離れていったからか閉め忘れたのかもしれない。

 

 ……私を否定した理由がガイさんの部屋にあるのかな……は、入って……あ、いえ、オリヴィエが居るかも知れない。

 

 私は壁に付いている一回呼び鈴を鳴らしてみた。しかし、誰も出てこない。中を覗いて見ても人の居る気配がしなかった。

 

 オリヴィエも居ないのかな?ど、どうしよう……で、でも知りたい、ガイさんが私を否定した理由。それがわかれば私はガイさんにそのことをしっかりと謝ってガイさんとまたちゃんと話をしたい。

 

 ゴクっと私は喉を一回鳴らす。

 

 自分で答えを見つけださずににこんな卑怯な手を使いますが、ごめんなさい、ガイさん。アインハルト・ストラトス、勝手に部屋に入ります。

 

 そして、心の中でガイさんに謝って深呼吸をして私はガイさんの部屋に訪れた。

 

「し、失礼します……」

 

 誰も居ないと分かっているのに私は恐る恐ると言った声で薄暗い部屋に入る。先ほどまで冷房が掛っていたのかひんやりとした空気が私の肌に突き刺さる。

 

「冷たい……」

 

 外の気温の差があって冷たく感じる部屋に快適さを感じたが体を冷やしたいがために入ったわけでは無い。私は電気をつける。同じマンションに住んでいるので電源が何処にあるか薄暗くても分かる。

 

 パッと明るくなった部屋は先ほどまで生活していたような跡が残っている。食べかけの料理に乱雑に脱ぎ捨ててある私服。

 

 先ほどまで食事をしていたようですね。そして、食事を中断して何処かに出かけた……。

 

 私はテーブルに乗っているお皿にある食べかけのおにぎりから目が離せなかった。

 

 ……ハッ!!いけない、食べかけのおにぎりを見てボーっとしていたなんて……食べかけ……食べかけ……食べると……間接キス……って、違います!!

 

 私は頭を必死に振って今の考えているモノを強制的に頭の中から撤去した。

 

 全く、何を考えているんですか私は!!ここに入った理由は違うでしょう。

 

 自分に鞭を打ち煩悩を取り払って私はその食べかけのおにぎりが置いてある皿の隣にあるメモを見つけた。

 

「これは……?」

 

 私はそのメモを手にとって内容を見た。

 

“オリヴィエ。結界を張った気配があるからって1人で行くなよ。俺も少しだけこの周辺を探ってみるからこのメモ見たら部屋で大人しくしてろよ”

 

「結……界?」

 

 いったい何のことだろう?

 

 魔導師で使っている空間の一部を切り取り、特殊な性質を付与する結界魔法というモノが存在する。これは授業で習った事がある。この結界もその類の可能性がある。

 私は無意識にメモを裏返す。そこには先ほどの崩れていない文字とは違い、かなり達筆な字でこう書かれていた。

 

“ガイへ。起きましたらこちらを食べてしっかりと栄養を取って下さい。私は少し出掛けてきます。遅くならないと思いますが”

 

「これはオリヴィエ……」

 

 覇王の記憶の中でいくつかのオリヴィエのくせ字を知っていたので、それが所々にあるこの達筆の文章はオリヴィエが書いたモノであると分かった。そして、私は少し考えてこの文章の二つを整理してみる。

 

 オリヴィエが先に書いたのだろう。そして出かける前にこのメモを置いて、後で気づいたガイさんはそれを見て後を追いかけた……というのが正しいでしょうか。ですが、結界……。

 

 ガイさんが私やヴィヴィオさん達に相談出来ない事で悩んでいるのは知っていた。これはその悩み事に足を突っ込んでいる内容なのではないだろうか。そして、それは……。

 

 私を否定している理由に繋……がる?いえ、ですがそんな事はない。結界なんて私と全く関係が無い事だ。とてもそこに繋がるとは考えにくい。

 

 いくら考えても決定打になる材料が無いので、答えへたどり着く事は出来なかった。私は一度頭を切り替えてメモをテーブルに戻す。決定打になる材料が無いのなら、本人に直接聞くしかない。

 

 結界……主に人避けで使われると習いましたね。そして、それを探す……いえ、そこにいるオリヴィエを探す事がガイさんのメモからわかります。ガイさんのメモ通りならガイさんはここ周辺を捜索しているはず……私もこの辺りを少し捜索してみますか。

 

 私はガイさんを探すという目標を作ってガイさんの部屋の電気を消して玄関を開けようとドアノブに手をかけようとした。しかし、その差し出した手は小さく小刻みに震えている。

 

 ……真実を知るのが怖い証拠ですかね、この手の震えは。その真実を知って、今度こそガイさんとの関係が修復不可能なになったら……。

 

 私は震える手を懸命に抑えながらドアノブに手をかけ、力を込める。

 

 いえ、そんなマイナス思考は止めましょう。昼間の様に顔に出るくらいに悩んでしまってヴィヴィオさん達に心配をかける訳にも行きません。

 覇王の名に恥じぬよう、たとへ困難な道でも前へ進まないといけません。

 

 私は気持ちを引き締めてガイさんを探すためドアを開けて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――St.ヒルデ魔法学院

 

「くっ……」

「Alaalalalalalaal!!」

 

 私はバーサーカーと拳を交えていた。近接戦闘による格闘術は私の方が上だと何度か交えて分かった。しかし、それだけで状況を優勢に立てるわけでは無い。他にも状況を優勢に立たせる要因はいくつかある。

 1つは力。このバーサーカーの一撃一撃が重く、1つ受け止めるたびに骨の髄が揺さぶられるような衝撃を放ってくる。バーサーカー特有の“狂化”スキルで筋力が上がっているので強大な力になっているせいでもある。バーサーカーの攻撃はなるべくかわしてはいるが、どうしても受け止めなければならない攻撃が飛んできてしまう。それは止む追えず受け止める。“力”は劣勢。

 2つめは素早さ。その重い攻撃をしているにもかかわらず、フットワークの軽い滑らかな動きをして私の攻撃を避けながらもカウンターを合わせてくる。とてもバーサーカーとは思えぬ滑らかな動きで私の攻撃を避け続ける。“素早さ”は五分五分。

 3つめはリーチ。もともと小柄な私が一般男性以上の体格を持つバーサーカーを相手にするというのは色々とハンデが生まれてきてしまう。小柄なので懐への侵入や機敏な動きで相手を翻弄することは出来るが、どうしても腕のリーチの差が出てしまう。これをどのように補うかがこの戦いの課題でもある。“リーチ”では劣勢。

 

 総じて、このバーサーカーは私にとって劣勢になる条件が含まれやすくとてもやりづらい相手なのだ。

 

「フォートレス!!ヴァリアブルフォーメーション!!」

 

 そう、1対1なら。バーサーカーの後ろに居るなのはが援護射撃をしてくれるので優勢に立つ事が出来る。

 なのはが三つの盾で三角形に陣形し、その中心に魔力が収集が終了しているのかピンクの魔力の塊が出来ており、バーサーカーに向かって魔力の照射が放たれる。

 

 私はそれが来ると分かっていたのでその軌道上から横に離れる。その直後にバーサーカーになのはの照射が直撃する。直撃コースで避けている暇など無く致命傷のはずだ。

 

「Laaaallaaalaa!!」

 

 しかし、擦り下がりながらもその照射を両手で受け止め、雄叫びと共に上空へ受け流す。魔力で出来ているモノを受け止めた上に受け流した。とても、バーサーカーのような知性を失っている者が出来る技では無い。

飛んでくる魔力の量に摩擦係数の計算、ベクトルの向きなど。計算づくされた行動が必要なのだ。それをバーサーカークラスでやってしまう。このバーサーカーの底が知れない。

 

「これもダメ……なの……」

「バーサーカーで知性を失ってなおそのような離れ業を……」

 

 私もなのはも目の前の敵に言葉を失ってしまう。もし、この英霊がバーサーカーのクラスでなかったら私たちでは手の付けられない最強の英霊だったかもしれない。今もなのはと一緒に攻めているが十二分に辛い。この英霊がバーサーカークラスに入ってくれた事は幸いだったのかも知れない。

 

「がっ!?」

 

 何の前触れもなく私の身体は浮いた。いや、正確にはいつの間にか私の懐に入っていたバーサーカーが胸部の甲冑に振り上げるように拳を放っていた。甲冑を通り越して肺に拳がめり込み肺に溜まっていた空気が一気に排出され、痛みが胸部を通して体全体に波紋のように広がる。

 

 バーサーカーから目を離したわけでも油断していたわけでもないのにいつの間に……!?瞬間的な高速移動ですか!!

 

 そして私は上空へ飛ばされた。バーサーカーはすぐに追撃を仕掛ける為に跳んだ。飛んだのでは無く跳んだ。

 地面に加わった力が強大さを物語るかのようにクレーターとなって出来上がっていたバーサーカーは一瞬で私に詰めて追撃の拳や蹴りの連撃の嵐を振るう。

 

「ぐっ!!ごほっ!!」

 

 上下左右から私の身体に重い拳や蹴りを躊躇なく放たれる。その中でも何発かは避けたが、先ほどの痛みが体中に走り思うように動かすことが出来ない。そのため止められる攻撃もまともに受け身体にダメージが蓄積されていく。

 なのはは動けない私が居ては砲撃を撃てないので急いで盾を送るがバーサーカーはすでに締めの拳を私に放ち終えていた。ベクトル方向が地面へと向くように放った両手を祈る様に掴んで振り下ろした両拳。それは一気に地面に叩きつけられるほどの威力だ。

 

「っ!!」

 

 しかし、私はその未来を裏切り、空中で体制を整え足から地面に着地して勢いを地面に逃がす。さらにクレーターが大きくなったが気にせず、今度は私がバーサーカーへと跳ぶ。

 

「Laa!?」

「隙ありですバーサーカー。“聖連拳”」

 

 私をしとめたと思って油断した僅かな隙を見逃さす、魔力を込めた右拳を僅かに遅れてガードしたバーサーカーの左腕の手甲にブツけ、更に上空へと飛ばす。

 

「“聖空弾”」

 

 そして、私は私の真横に一発の虹色の魔弾を練成して飛ばされているバーサーカーに放った。一発だけのこの魔弾は一発だけだからこそ魔力の量も質もけた違いに濃いし多い。

 バーサーカーは飛ばされながらもなおその魔弾を受け流すための態勢を整えて迎撃に当たるために両手を前に突き出す。

 

「その選択は間違いです、バーサーカー」

「Laalalalaaalaal!!」

 

 バーサーカーは先ほどのように受け流す気でいたのだろう。しかし、私の放った虹色の魔弾は小さいながらも威力は絶大。そう簡単に受け止める事は出来ない。避けるのが正しい選択だ。

 キャスターの時にも使ったがあの時はガイの魔術回路は展開されていなかったため全力ではなかった。しかし、今はガイの魔術回路がある。威力もスピードも更に上がる。

 現に今もバーサーカーは受け止めきれずに直接触れている生身の右手からは血が噴水のように溢れている。

 バーサーカーは受け止める事が無理と判断したのか、その魔弾のベクトルを僅かに右へとズラして魔弾の軌道上から自分の身体を離してバーサーカーの真横を通り過ぎた。

 しかし、捌ききれなかったのか、生身を晒している右腕から肩にかけて刃物で切りつけた後のように一直線に傷が出来て出血していた。

 私の攻撃を受けて隙の出来たバーサーカー。

 

「まだだよ、バーサーカー!!」

 

 そこになのはが追撃で間隔を開けながらバーサーカーを囲むように盾を三つ配備して、盾から無数のバインド鞭を発生させバーサーカーを絡め取り、真下から狙い打つように両手持ちでカノンを上空へと構えていた。

 

『プラズマバレルオープン』

「ヴァリアブル・ブラスターカノン!!」

 

 そして、一発の砲撃が縛られているバーサーカーに放たれる。バーサーカーは抵抗するがきつく縛られたバインドによって避けれるタイミングを完全に失い、その砲撃をまともに受け煙幕が張られた。

 その受けた時の爆音は凄まじく、体の底に響くぐらいの大きな音がした。

 

 バインドも外れ煙幕の中から空中へと投げ出されたバーサーカー。飛行魔法が続いているのか空中でフワフワと横たわっているだけで、動きがない。

 

「お見事です、なのは」

「フリージアさんが隙を作ってくれたからだよ」

 

 私はなのはの隣について軽く話を添える。イメージどうりの行動をしてバーサーカーに致命的なダメージを与えたので高揚する気持ちが溢れるはずだったが、私の気持ちはむしろ沈んでいた。

 

「でも、いきなり動きが良くなったね。どうしたの?」

「……ガイが、魔術回路を展開しました」

「え?」

 

 そう、私が地面に叩きつけられなかった理由は偶然だった。ガイが魔術回路を展開させ私への魔力が安定供給されて本来の力を振るう事が出来たからだった。あのくらいなら受け身を取る必要もなく直ぐに反撃できる。

 しかし、問題はそこでは無かった。ガイが魔術回路を展開させたという事は……。

 

「魔術回路を展開させなければならない状況下に居る……ってことだね?」

「ええ、そう考えるのが妥当かと」

 

 ガイが敵と交戦した可能性があるというわけだ。急いでガイの元へ戻りたい。その気持ちが少しずつ強くなっていた。

 

 プリムラに伝言を残しておいたのにそれを守らずに出てきてしまった。ガイの性格から考えれば……ありえますね。私1人で戦わせようとしませんからね。後でお説教をしませんと。

 

 ガイの行動に納得していまう私が居た。

 

「でもぉ、バーサーカーはこんなものじゃないのねん♪」

「「っ!!」」

 

 不意に後ろから楽しげな声がした。私達はすぐに後退し向き直す。そこにはトレディが剣を二刀を羽のようにしなやかに振りながら私達を残忍な目で見つめていた。

トレディの相手をしていた衛宮士朗が見当たらない。

 

「っぐ……」

「マスター!!」

 

 士朗は体育倉庫の壁に激突して痛みと戦っているのか動けずにいた。トレディから痛恨の一撃を受けたのだろう。そこで追撃をしないでこちらに向かってきたのはどのような思考を持ってなのか。

 

 なのはは急いで衛宮士朗の所へと飛んでいきたいのだろう。しかし、トレディの次の言葉で私達はその場から動く事が出来なかった。

 

「バーサーカー、“左足の甲冑を外せ”」

「っ!!」

「え?……甲冑を外す?」

 

 私はなぜこの戦いの中で甲冑を外すのかはわからなかったが、なのはは表情を険しくし警戒心を高めてバーサーカーが停滞している上空に視線を移す。私もつられて上空へ視線を送る。

 

「Laaaalalalalaalaaaaa!!」

「っつ!!」

 

 声にもならないバーサーカーの雄叫びが三半規管を震えさせ私となのははバランスを崩し片膝をつく。そして、バーサーカーの雄叫びが終わると同時にガシャっと甲冑が外れる音がした。

 バーサーカーの左足の部分の甲冑が全て外れたのだ。外れた甲冑は霊体化して消えた。下は白い長ズボンを履いているのが目視できる。

 そして、その左足の付け根の股関節から出口を見つけた黒いオーラが蛇口の栓を思いっきり捻ったかのように勢いよく溢れ出した。

 

「……っ、先ほどよりも禍々しい。魔力も上がった……」

「うん、気を引き締めなきゃ、マズイね」

 

 私となのはは平衡感覚を取り戻し、立ち上がり右肩から右手甲の甲冑、左足付け根から外れた甲冑のを着込んでいるバーサーカーを見据えた。もはや、フルアーマーでは無くなっていた。

 バーサーカーも私達を見定めていた。その出入り口二か所からはどす黒いオーラが溢れかえって白い甲冑を穢し続けている。

 

 あの甲冑がリミッターとしたら外される度に力が増大する?なら、外される前にケリをつけなければなりませんね。

 

「きゃはは、バーサーカー。残虐タイムを見せて頂戴ねん♪そのためにまだ衛宮は生かしているんだから。あんた達の絶望色に染まった表情を見せてねん♪」

 

 なるほど、衛宮士朗を生かしていた理由はマスターが消えてしまっては魔力供給の源を失ってしまったなのはが満足に戦う事が出来なくなってしまうからか。確かにアーチャークラスには“単独行動”というマスターが居なくても何日かは生存できる特有のスキルがあったはずだ。

 しかし、それでは残りの魔力を考えてやらなけばならないので全力を出そうというのはなかなか難しい。だから、魔力供給源であるマスターを生かす。

 全力を駆使して戦わせて、しかし、その上から私達の成果を押し潰して絶望させたいわけですね。

 

 トレディの考えが大体読めた。私は気持ちを入れ直すため目を瞑り右手甲を自分の唇に少しだけ当てる。今、何をすべきか。そして、その後どのような行動を取るべきか。

 

 私は間違えてはいけない。味方を導くために。味方を死なせてしまう道へ導かない様に。

 

 私は静かに目を開けてバーサーカーを見上げながら後ろに居るトレディに声をかける。

 

「トレディ。そう簡単に貴方の思惑どうりにはいきませんよ」

「きゃは、それは楽しみねん♪バーサーカーやれ♪」

 

 本当に楽しそうな声でバーサーカーに命令するトレディ。バーサーカーは先ほどの令呪もあってか特に変な動きは無く、体制を低くして構えた。

 

 あれ?この構え……どこかで……。

 

 その構えを見た時、私は確かな違和感を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――同時刻 夜の街頭

 

「……マジか」

『最大限に警戒してください』

「……」

 

 プリムラの警告を発する。目の前の人物は俺の人生を狂わせる相手であることに間違いはない。だから、プリムラは警戒を強めてくれと念を押すのだろう。

 

「……アイン」

「……」

 

 その背丈よりも一回り大きいパーカーを着た大人のアインハルト。フードは被らず冷たい眼を俺に向けてくる。

 

 その姿を見るだけで俺はあの森のトラウマ的な出来事を思い出してしまいそうになり、先ほど食べたモノがリバースしそうになって思わず口を押さえる。内心ではパニック寸前だ。

 

 ま、まずい、まずいまずいまずいまずい……パニくる!!アイン!!あの光景を思い出されるな!!

 

 俺は急いで心臓にナイフを突き刺すイメージをした。カチリと音がしたような気がする。普通の肉体から魔術回路を展開させた肉体となり、強靭的な筋肉になった身体になった。展開する時の痛みも完全に無くなり、展開する度に痛みに耐える心配はなくなった。

 これの作用でもある予測思考のおかげで頭の中も一気にクリアになるのでパニックに陥ることは無くなり、口から手を離す。

 

「……はぁはぁ」

「……」

 

 俺がどんなに苦しい思いをしても目の前のアインハルトは眉ひとつ動かすことなく冷たい目で俺を見る。

 

「はぁ……はぁ……んっ」

 

 ようやく落ち着けたので俺もアインハルトをしっかりと見る。この世界にアインが成長したらあの体格になるのだろう。大人モードのアインハルトよりももう一回り成長した姿。

 

「……お前と話は出来るのか?」

「……」

 

 俺の言葉に返す代わりに静かに何度も見たことのある構えをとるアインハルト。最初から話し合う気はないという事だ。

 

 俺は、どうすればいいんだ?戦うべきなのか?それともアインをどうにか説得するべきなのか?そもそもあのアインの目的は?

 

 様々な思考を巡らせて予測思考をフル回転させる。最初にアインハルトが攻撃してくる打撃の予測。今のアインハルトを説得させる材料を脳内で検索。あの森……で出会ったアインハルトの言葉からの目的の予測。

 

 様々な思考を脳内で巡らせているうちにアインハルトが最初の攻撃を繰り出す。何の変化もないただ一直線の拳。しかし、速さが格段に速い。

 それは予測思考で予測していたのでその動きに合わせてなんとか紙一重で避ける。不意打ちな流れだったのでプリムラをデバイス化して無く、バリアジャケットも付けていない俺はかなり危険な状態であった。デバイス化しようにもバリアジャケットに展開しようにも目の前のアインハルトはその隙を与えさせてくれないほどの連撃を繰り出す。

 

 格闘技でやれってか?でも、格闘技でも居合でも戦ったらもう後には引けなくなる。ここで本当にこのアインと戦っていいのか?

 

 俺はそれを受け流し、時には避けながら戦うか迷っていた。このアインハルトは本気だ。攻撃の一つ一つに殺気を感じている。俺を殺す気でいる。そして、ここで俺が戦いの意志を見せたらこの聖杯戦争での殺し合いの意味になる。本当にそれでいいのかと。

 確かにこのアインハルトは俺の部隊をあの森にいた部隊を全滅にまで追い込んだ。それが許せないわけじゃない。だが、目の前のアインハルトは俺の知っているアインハルトなんだ。この格闘技の動きだって覇王の型だ。そのアインハルトと殺し合いをするべきなのか。

 俺の心の中は整理が追い付いていない。

 

 そして、俺はアインハルトの右拳を対角線上にある右手で握り止め少しの間、アインハルトの目を見た。冷えきって何の感情も読めない目だ。

 握りしめている間にバリアジャケットを展開しようとしてもその展開中の隙にやられる。その選択肢は諦めた。

 

「……まだ、迷っているのですね」

「……っ」

 

 今日初めて聞くこのアインハルトの声は本当に感情の含まれていない冷たい声だった。その声を聞くだけであの森のトラウマを思い出される。

 

「それではこの戦いを生き抜く事は出来ませんよ」

「っつ!!」

 

 不意に首が締め付けられる痛みに襲われた。目を離したわけでもないのにアインハルトは俺の後ろに回り込み、首に腕を回して締め上げていた。

 

 血管が……圧迫され……て……い、息が……。

 

 完全にヘッドロックされてミシミシと締め上げられる。必死に抵抗するが手を入れる隙もなかったので、このままいけば窒息死か首をへし折られるかのどちらかだ。

 

「がっ!!」

「っ!!」

 

 俺はその未来を実現させないため抵抗するのをやめ、足に力を込めて、アインハルトを背負い投げの要領で振り投げる。予想外の動きだったのかヘッドロックは外れてアインハルトは放物線を描く様に飛んで足から着地する。

 強靭的な肉体になっているからこそ、ヘッドロックされても首をへし折られずに背負い投げが出来た。魔術展開して無ければ死んでいた。

 

 俺はアインハルトが着地している間にバリアジャケットを展開させプリムラを一対の刀と鞘にさせ左手で握る。

 

 ここに来てから少し経つが人が来る気配がない。結界を張ったのか。アインハルトのマスターか?

 

 俺はアインハルトから視線を外さず周囲に意識を回す。しかし、気配は目の前のアインハルトだけで他の人の気配はない。この結界を張ったの人物は結界の外に居るのか。それとも……。

 

 着地したアインハルトがゆっくりとこちらに顔を向ける。

 

「アイン、お前の目的は何なんだ?」

「あの森で言いました。二度は言いません」

 

 あの森で出会った時に激しい雨の音で聞き取れなかった言葉。もし、その言葉をしっかりと聞き取れたらこの今は変わっていたのだろうか。

 

「全力で参らないと私は倒せませんよ」

「……っ、お手柔らかに」

 

 俺はブレーキをかける心境を振り払ってプリムラに右手を添えて構えた。俺は未だに迷っている。この目の前のアインハルトと戦うべきなのかどうかを。

 しかし、戦わなければこの勝負で俺は確実に命を落とす。やらなければならない事が山積みだというのに、そう簡単に命を落とすわけにはいかない。

 

 俺は死ぬのを免れるためにという逃げの言い訳を考えてプリムラに手を添えていた。決してアインハルトと戦うためでは無く。

 

「……保身のために武器に手をつけますか」

「……っ!!」

 

 しかし、この考えは対立しているアインハルトに簡単に見透かされてしまった。

 

「保身で戦うガイさんと殺す気で戦う私……覚悟の差は戦闘に出てきますよ?」

「や、やってみないと分からないさ」

 

 いや、分かっていた。覚悟の違いによって戦闘に優劣が出てきてしまう事が。今の覚悟だと俺が劣になる。

 

「なぜ、お前が……と言っても教えてくれないか」

「……無駄な時間ですよ」

 

 アインハルトは俺の質問を切り捨てて再び構えた。俺もそれに釣られて構える。俺の心の中では焦りと戸惑いの色に染まっていた。

 そして、アインハルトが走り出す。

 

 俺は……俺はどんな答えを導き出せば、正しい道へ進めるんだ?

 

 俺は自分自身に質問の問いを投げて答えを探しつつ、逃げの覚悟で迫り来るアインハルトに対して迎撃態勢に入った。




 今のコンプエースはオリヴィエの過去話が所々出てきて結構重要なポイントだwオリヴィエ可愛いわwアインハルト可愛いわと言う今月号でしたw
 話のネタを広げさせるため、来月号が楽しみです。

 あと今回から段落を付けてみました。少しは見やすくなったかな?あんまり変わらんかw

 こんな感じでリアルも忙しいですが頑張って更新していきますので今後も読んでくだされば幸いです。
 今後とも宜しくお願いします。では、また(・ω・)/


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二十九話“判断と決意の交差”

超お久しぶりです。ガイルです。

投稿する間隔が空きすぎて申し訳ありません。

楽しみしている方ごめんなさいm(_ _)m

二十九話投稿します。


 ―――街頭

 

 目の前の人物は正直見たくなかった。否定したかった。

 

「……っ!!」

「遅いです」

 

 その背丈よりも一回り大きいパーカーを着た大人のアインハルトが激しい連撃の攻撃を隙なく放ってくる。俺はそれを何とか捌きながら応戦している。

このアインハルトはアサシンとして聖杯戦争に参戦している。フードは被らず冷たい眼を未だに俺に向けてくる。何があって俺にそのような眼で見てくるのか。それは当の本人にしか理由が分からないだろう。

 トラウマを植え付けられたこのアインハルトを見てパニックにならないのも魔術回路を展開してどうにか冷静さを取り戻せたからではある。が、戦いにおいて根本的に覚悟が違うため防戦一方な戦いになっている。保身で戦う俺と俺を殺す気でいるアインハルト。

 

 俺は……未だに迷っていた。

 

「はっ!!」

「……っぐ!!」

 

 俺の胸に気合の入ったアインハルトの右拳が放たれた。それを納刀している鞘で受け止めたがそれは間違いだった。魔術回路で強靭的な肉体になったにも関わらず受け止めた瞬間、両肩が脱臼するぐらいの力が押し寄せてきた。

 その力はあまりにも強く俺は足に地面が着いているにもかかわらず、足の裏が摩擦抵抗を受けながらもそれ以上の力によって俺を後ろへ擦り下がる。

 

 ……っ、手から肩にかけて痺れる。

 

 俺は歯を喰いしばって何とか踏みとどまる。

 

「“覇王……」

 

 そして、アインハルトはよく見覚えのある構えをして、右拳に魔力を込め終えていた。その構えを見て俺は手が痺れながらも急いで立ち居合の構えに移る。

 

 間に合うかっ!?

 

「……空破断”」

「……!!」

 

 放たれた空破断はパッと見ただけでも現代のアインハルトが放っていたモノとは質も量も異常なほどに上回っていたのが分かった。

 現代のアインハルトが2トン車の軽トラックだとするとこのアインハルトの空破断は10トン車を越える馬力だ。5倍以上あるのは確かだ。

 俺に放たれたその空破断は俺を包み込む程の異様な大きさで迫ってきた。かなりの恐怖で迫ってくるそれを避けるのも受け止めるのも不可能に近い。なら、やることは1つ。

 

「……っぐ、うおぉおぉおおぉぉぉ!!」

 

 俺は雄叫びと共にプリムラを抜刀しその空破断の先端部分に刃を当て、砲撃の垂直角度からズラすように手首を捻った。手首には激痛が走る。

しかし、その激痛に逃れるために今の行動をやめたらそれ以上の痛みが体全体に走るだろう。俺は手首を捻るのを止めず最後まで振り切った。

 

「……」

 

 結果、俺に向かって放たれた空破断は俺の手前で軌道を変え俺のすぐ横を通過した。俺に当たるはずだった空破断はそのまま真っ直ぐ後ろの建物へとぶつかり行き場の失った力が解放され、その威力の存在証明を示すかのように建物は豪快な音をたてて崩壊した。結界を張っているから一般人が居ないのが幸いだ。

 

「いってぇ……」

 

 俺は手首を振りながらアインハルトから注意を散乱させずに見る。軌道を逸らすのはなかなか出来ないと思っていた先ほどのやり方はうまく行った。しかし、次は出来ないと断言できる。

 

 予測思考で失敗するビジョンが浮かんでくる……。

 

 この予測思考は何も明るい未来のモノばかりでは無い。現実を徹底的に分析した上での

未来構造の予想なので負けるビジョンも見えてしまう。

それがこのやり方をもう一度やった時だ。今度は捌ききれずに空破断をまともに受けて負ける。

 

 ……本当に殺す気で来てるんだな、アイン。

 

 次に空破断を放たれたら絶望的だというのに俺は心のどこかで目の前のアインハルトは何かの間違いでここに居るのではないかと淡い希望を抱いていた。俺の部隊を壊滅させたこのアインハルトを許せないのも事実。今すぐぶん殴りたいという怒りの感情もある。

 だが、やはり目の前のアインハルトはやはり“あの”アインハルトの未来の姿なのだ。それが戦おうとする俺の心にブレーキをかける。魔術回路を展開させないとここまで考える事は出来ない。通常の状態で思考していたら冷静さが欠けてしまいトラウマとなってパニックになっていただろう。

 

「……私と戦う事に迷いを捨て切れていませんね。未だに保身で戦っている」

「……」

 

 アインハルトからは心を見透かされたかのような的確な言葉が飛んでくる。表情は相変わらず無表情で冷たい目が俺に突き刺さる。

 

「……未来でも……」

「?」

「未来でも……お前は笑わないんだな……」

「……」

 

 その言葉をどう受け取ったのか無表情だが少しだけ目を伏せたのが分かった。笑わない事に何か問題があったのだろうか。

 それは本当にほんの僅かの間でアインハルトは直ぐに冷たい目でこちらを見る。そして、先ほどとは異なる構えをとった。

その構えは俺の良く知っている……。

 

「立ち……居合……?」

 

 右手を左腰に添え体を少し捻り腰を落とした。刀など持っていないのにそこに本当にあるかのような構え。

 俺は立ち居合の構えをするアインハルトに戸惑いを隠せずにいた。

それだけでも驚きなのに更にその構えに垣間見える癖は俺の癖に良く似ていた。その行動だけで二つの発見を見つけてしまった。立ち居合に俺の癖。

 

 どういう事だ?俺が未来のアインに関わっているって暗示か?

 

 俺はアインハルトに対して大きな疑問を感じながらもアインハルトと同じ立ち居合を構える。

 

「居合の型……」

 

 口を開いたアインハルトの静かな言葉だが行動は静かではなかった。

 

「“連刀”」

「……っい!!」

 

 アインハルトは素早く抜刀モーションを行い、振り斬った姿勢になった。遠い間合いから抜刀モーションを見せたアインハルトから何かが飛んでくるのが分かった。斬撃だ。細長い斬撃が斜めに飛んでくる。

 俺はそれを何とか見切って紙一重で避ける。しかし、ホッと一息つく暇もなく次々と斬撃が飛んでくる。アインハルトは素早く納刀し何度も抜刀モーションを行う。刀の重さが無い分、更なる速さで斬撃を飛ばしてくる。

 細長い斬撃の真空刃が斜めに縦に横にと不規則に飛んでくる。その数はゆうに20を超える。

 

「っく!!」

 

 俺はそれを全て捌ききるのは不可能と判断して周囲に黒い粒子を展開させる。未だに謎の多いこの粒子。この展開を打破するにはこれしかない。

 展開した粒子を大型バスを包み込めるほどの大きさに四角く固めて5層にわたって俺の前に配置する。

 その一層目にアインハルトの斬撃が飛んできた。一撃目は防げたが既にひびが入った。続けざまの二撃、三撃でひびは大きくなり四撃目でその一層は打ち砕かれた。

 

 なのはさんの砲撃をも防いだ黒い粒子の固定化物質だぞ!!一撃一撃にどれほどの威力があるんだ!!

 

 更にアインハルトは追撃で抜刀モーションを行い、追加の斬撃が俺に放たれる。すでに四層目が壊されていた。追撃を増やされた事で直ぐに俺の所へ斬撃がやってくる。

 

 なら……親父のやり方をを思い出して……。

 

 俺は更に周りに展開している粒子を一斉に武器に変えた。無数の武器の形に固定化してその矛先を五層目を破壊しそうな斬撃に向ける。数は50近く。

 

 ……っ、凄い集中力が居るな。

 

 全てを固定化して留めるというのは並大抵の集中力では維持できない。先ほどのようなただ四角いだけというのなら簡単にとどめられるが、一つ一つに形のある武器をイメージし留めるというのはかなりの集中力が必要だった。

 どれも同じ形にすれば良いのだが、親父のように様々な武器の形を留められると予測思考で分かったので実行に移った。凄い集中力がいるが出来ないわけでは無い。予測思考による思考高速があったからこそできる芸当。本当に魔術回路展開限定の技だ。

 そして、五層目が破壊された瞬間それらを一斉に放った。斬撃と武器の交わり。お互いに金属や鉄では無いので武器と武器がぶつかり合うような音高い音はしない。ただ力と力がぶつかり合った衝撃音だけが響いてくる。その度に煙幕が発生する。それは次第に大きくなり俺とアインハルトはその中に取り込まれていった。

少ししてお互いのぶつかるモノが無くなり静寂が包みこまれた。

 

「……っぐ!!」

 

 煙の中からアインハルトが右足の飛び蹴りを放って飛んできていた。俺は視界が悪かったため反応が遅れ鞘での防御ではなく右腕での防御を行った。

 その時に右腕からゴリッという嫌な音が聞こえてきた。威力は申し分なく俺は防御をした上で蹴飛ばされた。少し控え目な放物線を描いて何とか着地する。

 

 ……っぐ!!右腕……いっちまったか……。

 

 右腕がかなり熱く痛みを主張してくる。右腕の骨が折れて悲鳴を上げているのだ。かなりの魔力を右足に注ぎ込んだのかたったの一撃で右腕を壊された。強靭的な肉体でなければ粉砕骨折で右手は一生使いものにならなかっただろう。ただの骨折で済んだのはむしろ幸いだったかもしれない。

 それでも右肘から先を動かそうとすると折れた骨が筋肉や細胞に突き刺さり強烈な痛みが襲ってくる。今の右手は使いものにならない。

 アインハルトはそんな俺を気にもせず再び襲いかかってくる。

 

「ちっ!!」

「遅いです」

 

 右側を狙われ続け防戦一方になる。威力の大きい攻撃は何とか捌くが細かい攻撃は所々俺にヒットしダメージを蓄積していく。このままでは不味いと俺は判断し黒い粒子を俺の半径2メートルに展開させる。

 

「“時間支配”……ですか?」

「えっ?」

 

 聞き慣れない単語に俺は変な声を出してしまった。それでも展開させアインハルトの攻撃を捌き続けた。

 そして、その中で戦っていたからかアインハルトの速度が目に見えて遅くなった。この中の時間を遅らせて俺の中に親父か持っていたスキル“現時間”があったのか、ただ単に俺の体感速度が上がったのかは分からない。

 アインハルトの放たれた拳を左手で受け止める。遅くなっているため受け止めるのは容易だ。

 

「“時間支配”ってなんだ?」

 

 そして、俺は先ほどアインハルトが呟いた言葉が気になり聞いてみた。アインハルトは追撃すること無く俺の言葉に返事した。

 

「……貴方はまだ理解していないのですね」

「これをか?」

 

 こくりと頷く。アインハルトは拳を握っていた俺の手を振り払い大きく後ろへと後退し粒子の圏外へと逃れる。

 

「ですが、関係ありません。ガイさん……終わりにしましょう」

「終わり……っ!!」

 

 アインハルトから膨大な魔力が放出されている。“宝具”を使うのかも知れない。俺は最大限に警戒して予測思考で1つの結論が上がった。あれは俺が敵うモノでは無いと。

 そして、その放出された魔力は次第にアインハルトの右手の中へと収縮を始める。ギュルルルという空気摩擦の音が凄まじさを物語る。超圧縮魔力があの中に収まろうと大気の空気が悲鳴を上げている音なのだろう。少ししてその音も収まりアインハルトの手のひらにはあるモノが存在していた。

 右眼に黒い眼帯をした虎のような姿をした小型のマスコット。

 

「なん……だ?」

 

 あれほどの圧縮した魔力によって出来た産物があの可愛らしいマスコット。

 

『にゃ!!』

 

 そして、それは動物の可愛らしい鳴き声を発した。片眼でありながら可愛らしい外見を見せるアインハルトの中で起き上がったマスコット。戦いの場に相応しくないなりだ。

 

 いや、あれはヴィヴィのクリスと同じ……デバイスか!!

 

 俺は瞬時に理解した。あれはデバイスであり“宝具”として扱われているぐらいに有名になったのだろう。

 

「宝具“アスティオン”。この世界の時間帯ではまだ私は受け取ってませんが」

「デバイス……」

「ガイさんを殺します。ティオ、モードリリース」

『にゃ!!』

 

 手のひらに居たあのデバイス……ティオは光りながらアインハルトの手から降りて地面に着地した。その間に大型の豹に変化していた。

 

「……っ」

『ぐるるるっ……』

 

 牙を剥き出しにして俺に威嚇の色を見せる片目眼帯のティオ。先ほどの可愛らしマスコットとは面影もない。今にも俺の喉元に食いついてきそうだ。

 

「戦えるデバイスか……」

 

 ここまでの驚きの連発に逆に冷静になって分析することが出来た。もはや俺一人では手に負えないレベルだ。予測思考の結末でもティオに首を食い千切られるかアインハルトに手刀で心臓を抉られるかのどちらかしかない。ならやるべき事は決まっていた。

 

「セットアップは必要ありません。ティオ、行きます」

『がるるるっ』

 

 アインハルトは覇王流の構えを、ティオは体制を低くして俺の出方を伺っていた。そして、一人と一匹は俺に襲いかかる。

 

「令呪をもって命ずる……オリヴィエ、来てくれ!!」

 

 もはや俺ではどうする事も出来ないので令呪によってオリヴィエを呼ぶことにした。令呪の一画が消える。これで残りは一画。

 令呪の命令により俺の目の前が光り出し一瞬にして騎士甲冑に武装したオリヴィエがアインハルトの拳とティオの牙を防いでくれた。

 

「……ガイ、やはり危機的な状況に居たのですね。ですからついてこないで下さいとプリムラに伝言を残したのですが」

「ああ、聞いてた。でも心配だったから部屋を出てきた」

 

 こちらを見ずにアインハルトを見ながら語りかけてくるオリヴィエ。

孤独を生きてきたオリヴィエの夢を見た後で直ぐに会いたかったオリヴィエが目の前に居てくれて、目覚めてきてからのモヤモヤ感は晴れる事が出来た。オリヴィエをなるべく1人にしたくなかった。

 令呪で呼ぶのは本当に最後の手段だった。よほどの事情が無い限り使うべきではない。しかし、今がそのもしもの時だろうと俺は判断した。

 何はともあれオリヴィエに会えたことで安心感が心の中に芽生えた。

 

「オリヴィエ……」

「アインハルト……それに雪原豹……」

 

 しかし、その安心感を得たのも束の間、オリヴィエにはこっちの戦いに参戦させるべきでは無かったと後悔がわき上がってきた。このアインハルトにオリヴィエを成るべく会わせたくはなかった。

 時間軸は違えど聖王と覇王の2人が戦場で対立の立場として立っている。2人を戦わせたくなかった。

 

 ……こんな状況になってしまたのも俺が弱いばかりに……か。

 

「名前はアスティオンです」

「生まれることが出来なかった子の名前ですね。いい名です」

「……っふ!!」

 

 オリヴィエの言葉が振り斬りるかのようにアインハルトは空いている拳をオリヴィエに放つ。オリヴィエは上半身を後ろに振りそれを避けて蹴りを放つ。

 アインハルトはそれを避けて足に魔力を込め蹴る。それをオリヴィエは避けながらもティオの牙が食い込んでいる右拳に魔力を精製する。

 

「ティオっ!!」

 

 それをいち早く擦したアインハルトはティオの名前を叫ぶ。ティオも動物的な本能で分かったのは咥えていた牙を離して、低い体勢をとる。その瞬間に拳から一発の虹色の魔弾が飛んで行った。“聖王聖空弾”だ。一発の魔弾を生成して放つ。一発だけのこの魔弾は一発だけだからこそ魔力の量も質もけた違いに濃いし多い。

 ティオの真上を通り過ぎた虹色の魔弾は一直線に建物に直撃してその魔弾の大きさの穴が綺麗に出来上がっていた。周りにひび割れが無いのはそれほどまでにその一点に魔力が収縮しているのだ。まともに受けたら五体満足に入られない。

 

「……っ!!」

 

 そして、自由になった右拳がアインハルトに放たれた。それを受け止めるが……。

 

「“聖王聖連拳”」

 

 拳三つ分の威力のある聖連拳。アインハルトが苦い表情を浮かべながら足の裏に摩擦抵抗を受けつつ擦り下がる。ティオも主人が気になりアインハルトの近くまで走り出す。

 やはりオリヴィエは強かった。あれほどまで苦戦しまくっていたアインハルトをこうも簡単に迎撃できるとは。

 しかもアインハルトと戦う事に迷いが見えない。アインハルトを倒す気でいる。オリヴィエには既にアインハルトと戦う覚悟を決めていたのだろうか。

 

「オリヴィエ……」

「……何でしょう?……あ、右腕が折れてますよ!!」

「これは別にいい。一つ質問がある」

 

 俺はオリヴィエの隣に立ちアインハルトを見据えながら質問した。オリヴィエは俺の右腕を見て心配そうな表情を浮かべてくるが俺の言葉を聞く態勢に入ってくれた。俺は一番の疑問をぶつける。

 

「何故戦える?アインが相手でも戦えるのか?」

「……ガイは戦争を経験していませんからこのような状況をどう判断したらいいのか分からないと思います……時として仲間に手を加えなければならない時もあります」

 

 オリヴィエはそう言って俺に心配な表情から悲しい表情へ移り変わり、目を伏せながら暗い笑みを作った。オリヴィエの周りはとても寂しそうな雰囲気が漂ってきた。

 

「世界は……残酷なんです」

「……」

 

 “世界は残酷”。オリヴィエから放たれた言葉は妙に重みのある説得力が伝わってきた。戦争を体験してきたからこそ“世界は平和”では無く“世界は残酷”だとはっきり言えるのだろう。

 

 平和じゃないんだな……。

 

 何を見て何を思ったのか。オリヴィエのその一言を聞いただけで容易に想像出来てしまう。

 住んでいた故郷が戦場と化して帰る家が無くなったり、寝返った兵士を倒さなければならないなど。例を上げていくときりがないだろう。戦争は俺が想像する以上に地獄なのだから。

 

「……だよな」

 

 俺はその言葉の意味を解釈して受け止めた。俺の戦争に対する考え方が未だに甘いと実感できたからだ。自分の甘い気持ちを切り替えるべく今ある心の迷いを捨てるべきだ。

 目の前のアインハルトは倒すべき敵であると。

 

 迷いを……消そう……。

 

「迷いは消えたのですか?」

「……ああ、アイン。部隊の敵としてお前を倒す」

「……“倒す”ですか。“殺す”ではないのですね」

「“倒す”よ、アイン」

「まだ甘いと思います」

「いろいろと聞きたい事もあるからな。“倒す”よ」

「……」

 

 突然飛んできたアインハルトからの質問に俺は受け答えをした。殺しはしない。捕えて色々と聞く事もある。

 俺の返した言葉をどのように受け止めたのかアインハルトの表情が少し不機嫌さを晒し出しているのが分かった。何を思っているのかは分からないが。

 

「親しい人を相手にするというのは辛いことです」

「ああ。でも……これが戦争なんだよな」

 

 こくりと頷くオリヴィエ。迷いを捨てた俺を見て静かに笑みを溢す。そして、すぐに表情を険しくする。

 

「ですが、ガイはガイなりの解決方法を見つけるべきだと思います」

「俺なりの?」

「私のように道を踏み外して墜ちていかない様に」

「……?」

 

 オリヴィエの言葉には何か意味深な単語があった気がしたが、顔を少し伏せ気味で暗い表情を浮かべているオリヴィエを見てその単語の意味を聞く事はしなかった。

 

「オリヴィエが相手ではかなり分が悪いです」

「……そう言いつつも放たれた冷たい殺気が全く収まっていませんよ。私を倒す気満々ですね」

「負ける気はしませんので」

 

 そして、今対立しているアインハルトがオリヴィエに言葉を掛けてくる。言葉を掛けられたオリヴィエは表情を再び笑みを浮かべてアインハルトを見て言葉を返す。

 

「ガイ、この聖杯戦争は何か変です」

「変?」

「先ほどバーサーカーの正体が分かりかけたのですが違和感があったのです」

 

 そのまま話を続けるのかと思いきや直ぐに俺に話を振って来た。

 

「バーサーカーっ!!あんな凶悪な奴と戦っていたのか?なんて危険な事を!!」

「その時はアーチャーのなのはと共闘していましたから何とか凌げました。ですが、ガイは1人で立ち向かったと聞きましたよ。ガイの方が危険です」

「むっ……あ、あれは……」

 

 痛いところを突かれてしまい言葉を濁してしまう俺。オリヴィエはこちらに顔を向けてふふっと小さく笑って会話を続けた。

 

「説明をしている暇は無いです。とにかく今はこの状況を打破しませんと」

「ああ、そうだな」

 

 俺とオリヴィエは再びアインハルトを見る。こうして話をしている間に襲って来ないかと思ったが以外にもアインハルトは大人しく俺たちのトークに耳を傾けていた。オリヴィエに不意打ちは無意味だと悟ったのか、はたまた余裕の表れなのか。アインハルトの表情からは読み取れない。

 俺とオリヴィエは構えをとる。俺は右腕が今は使い物にならないので抜刀して左手で刀を持ち構えていた。片腕を潰されては鞘を押さえる手が無いため居合の構えも無意味になる。バインドをうまく使えば使えるが、魔導関係は魔術回路を使っていない時にしか使えない。

 

 左手か……うまく扱えるかな。

 

「ティオ、セットアップです」

『ぐるるる』

 

 ティオは主人からの命令に従い、光り輝きだして真っ白な魔力原となってアインハルトの中へ入っていった。

それと同時にアインハルトは瞬時にバリアジャケットにセットアップした。現代のアインハルトの武装形態の姿とは少し異なるデザインOLが履くようなタイトなスカートでは無く、戦いやすいように切れ目の付いたスカート。髪の縛り方も現代のアインハルトと同じような髪型のままで左側にはリボンが付いている。

 バリアジャケットを纏ったアインハルトを見て俺は生唾を飲んだ。先ほどと比べると圧倒的に魔力の差が違う。先ほどよりも三倍以上の魔力量がある。その魔力の量の多さにちっぽけな俺は飲み込まれそうになる。

 しかし、それを見たオリヴィエは特に驚くことなく冷静にアインハルトを見据えていた。英霊クラスとなるとあのくらいの魔力量が有ってもおかしくないのだろう。だから驚く事はしない。

 俺もどうにか驚きを抑えて分析に移った。アインハルトは静かに構える。一触即発の緊迫感が三人の間にはあった。誰かが動けば瞬時に対応することが出来るように。

 そして、それはすぐに訪れた。誰が動いたかはわからない。俺を含め三人が三人とも誰かが動いたから行動に出たのだろ。

 再びこの街頭で戦闘が始まった。周囲にはぶつかり合った衝撃波の余波が勢いよく飛び散って行った。

 しかし、俺はオリヴィエと話をした事により新たな疑問が頭に浮かんでそれが気になってしまっていた。

 

 ……この聖杯戦争は何か変?何だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――10分前 St.ヒルデ魔法学院

 

 右肩から右手甲の甲冑、左足付け根から外れた甲冑を着たバーサーカーを私は深く凝視していた。甲冑を外せば外すほど魔力が膨大に膨れ上がっていく。二つの切口のある白い甲冑の根元からは邪悪なオーラが止めどなく放出されて白い甲冑の色が見えなくなっていた。一般人がまともにそれに触れたら気が狂ってしまうでしょう。甲冑の面はまだ割れていないので顔は分からない。バーサーカーは構えている。

 令呪によって私、なのは、衛宮士朗を皆殺しにする殺人鬼へと変貌したバーサーカー。私達を殺すまでしつこく迫ってくる。令呪でその命令を打ち消すか霊体化させない限りきっと地の果てまで。

 ですが、私はそれよりもこのバーサーカーに対する違和感を拭い切れていなかった。バーサーカーのあの構えを見てからどうしても。

 

「何の……違和感……?」

「え?何か言いました、フリージアさん?」

「いえ……なんでもありません。気を引き締めて下さい、なのは」

「……うん」

 

 隣に居たアーチャーのなのはに私の呟きを拾いかけていたのか声を掛けられる。なのはは私に言われて表情を引き締めなおす。

 なのはのマスターである衛宮士朗はトレディの攻撃を受けすぎて動けない状態だ。バーサーカーと戦いつつ衛宮士朗を助けないといけない。

 

 考え事は後ですね。

 

「Alaaaallllllllalalaal!!」

 

 バーサーカーは雄叫びと共に私達に向かって一直線に突進してくる。そのまま右拳を私の顔面めがけて放たれた。早い動作だが私はその軌道を読み切ってクロスカウンターのように避けつつ左拳をバーサーカー顔面に打ち込もうとした。

 

「!!」

 

 しかし、それはバーサーカーがしゃがむ事で簡単に避けられ、なおかつ拳を放った私に隙が出来てしまった。運動エネルギーを瞬時に静止エネルギーで止めた上に移動ベクトルを下へと向けてしゃがみこむ。

 並の人間の反射速度で行える動作では無い。いや、人間の域を脱した英霊クラスといえどもこの反射神経は異常だ。いくらバーサーカークラス特有の“狂化”スキルで各ステータスが上がったとしてもこの速度はおかしい。

 これでも甲冑は全て外れているわけではない。全ての甲冑が外れたバーサーカーに敵うサーヴァントなど本当に居ないのではないだろうか。

 そして、しゃがんで避けたバーサーカーはすぐに左拳をアッパー気味に放っていた。

 

 早いっ!?受けが間に合わない!!

 

 ガンッとバーサーカーの左拳は私の目の前に割り込んできたなのはの盾にブツかってその勢いが無くなった。

 

「はあぁああぁ!!」

 

 その隙になのはは剣の付いた盾を腕に装着してバーサーカー後ろから斬りかかる。

 

「っ!?」

 

 しかし、その攻撃にバーサーカーは見ないで手甲が外れた生身の右手で剣を受け止める。血は出ずに勢いを殺して掴んだのだろう。

 

「はあぁ!!」

 

 右手が盾に受け止められ剣を受け止めている左手が塞がっているこの一瞬の今が好機と判断して、私は盾の後ろから飛びあがって踵落としをバーサーカーの頭目掛けて振り落とす。

 しかし、それはバーサーカーの右足が垂直に私の踵目掛けて飛んでくるという思わぬ迎撃によってその追撃は失敗して相殺された。

 

 これも防がれる!!四脚の一つの甲冑を外しただけでこれほど動きが変わるなんて!!

 

 そして、バーサーカーは四肢を巧みに動かし、私やなのはは台風からはじき出されたかのように大きく吹き飛ばされた。

 私となのはは正反対の場所へ飛ばされて何とか着地する。

 

 あの動き……どこかで……。

 

「Allaalalaaalaalala!!」

「なっ!!」

 

 しかし、体制を整えながらバーサーカーの方向を見るとすでに目の前に迫って私の顔面に蹴りを放っていた。防御の受け付ける時間が存在しないほどに蹴りは迫っている。

 その蹴りはすぐに私の顔面にぶつかり更に飛ばされるかと思った。

 

 ―――令呪をもって命ずる……オリヴィエ、来てくれ!!

 

「っ!?」

 

 その時、脳裏にガイが必死に私を呼ぶ声が響いてきた。そして体は勝手に霊体化されてガイが居る場所へと瞬間移動した。

 出てきた瞬間、拳と牙が襲いかかってきた。

 

 こ、こっちもですか!?

 

 私はこっちでも攻撃が迫ってきて驚いたが、先ほどのバーサーカーほどの速さではないので受け止める。後ろにはガイが居る気配がした。

 私は一度心を落ち着かせてガイに言葉をかける。

 

「……ガイ、やはり危機的な状況に居たのですね。ですからついてこないで下さいとプリムラに伝言を残したのですが」

「ああ、聞いてた。でも心配だったから部屋を出てきた」

 

 と、私は厳しく言いましたが心の中では無事でいてくれて良かったと安心していた。それにガイが私の心配をしてくれて嬉しいとも感じた。信頼できるパートナーだからこそ心配してくれているのが凄く嬉しかった。

 そして、目の前の人物を見てガイが苦戦している理由がすぐに分かった。

 

「オリヴィエ……」

「アインハルト……それに雪原豹……」

 

 アインハルトが居た。ガイの言っていた未来のアインハルトなのだろう。初めて見たがこの世界のアインハルトの面影を残しているのが所々伺えるので間違いない。

 ガイの中ではきっとまだ迷っているはずだ。

 しかし、私はその他にも何か違和感をこのアインハルトから感じ取れた。先ほどのバーサーカーと同じような違和感。

 

 この聖杯戦争何かがおかしいですね……この拭えないモヤモヤ感はいったい何でしょうか?他のサーヴァントと出会った時は何も感じなかったのですが……バーサーカーに違和感がある?いえ、アインハルト……アサシンにも感じられた。

 

 私の中の違和感は更に膨らんでいき、それは疑問へと変わった。

 

 ガイに一言言っておきましょう。ですが、アインハルトにも感じた事は黙ってますか。ガイにアインハルトに対して余計な心配を増やしたくありません。

 

 私はガイにアインハルトの事を除いてその事を報告し、アインハルトと対峙した。

 

 ……この聖杯戦争は何かがありそうですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――St.ヒルデ魔法学院

 

「……辛いね」

『ハードワークはいつもの事ですよ』

「んっ……」

 

 フリージアさんがいきなり目の前で消えて、蹴りを放ったバーサーカーはただ空気を斬っただけだった。バーサーカーはそれに対して驚くのかと思えばすぐに向きを変えて私に迫ってきた。

 令呪で命令されているせいなのかただの殺人マシーンへと変貌していてフリージアさんの次に一番近くにいた私を目標に変えただけなのだ。無駄な感情が無い分、行動に一切の無駄はない。

 

 フリージアさんはたぶんガイ君に令呪で呼ばれて強制召喚されたんだろうね。ガイ君も危険な状況に居るかも知れないって言ってたし。でも、ここでいきなりいなくなるのはちょっとキツイかな。

 

 私は目の前に三つの盾を横一列に並べて魔力の壁を張り防御の陣形を形成する。

 

 バーサーカーはそれに迷う事無くぶつかる。結果はすぐに訪れ、三つの盾は吹き飛ばされた。

 

「Laaaalalaaalaa!!」

「っふ!!」

 

 バーサーカーは勢いをほとんど殺すことなく私に拳を放ってくる。それを私はクロスカウンターのようにバーサーカーの拳を避け、カノンの銃口を零距離でバーサーカーの顔面に向けた。

 盾で防御の陣形を作ったのは僅かな隙を作るためだ。盾を吹き飛ばしたことによる一瞬の隙を私は見逃さない。

 

「ヴァリアブルキャノン!!」

 

 零距離による砲撃。直撃は免れないだろうと確信していた。しかし、バーサーカーは首を捻る事によって避けていた。あり得ないぐらいの反応速度。常人、いや英霊の域すら脱している反応速度。

 

「っぐ!!」

 

 当たると確信していたがためにバーサーカーの次の攻撃を予測していなく、バーサーカーの反撃に対する反応が遅れた。

 振り上げる蹴りを何とか紙一重で避ける。僅かにかすって頬から血が出る。

 

「えっ!?きゃあああ!!」

 

 しかし、次の攻撃の反応は既に間に合わなかった。私の頭を手甲の外れた生身の右手で鷲掴みして、ギリギリと締め上げていた。

 右肩甲冑が外れた場所から邪悪なオーラが手に伝わり私にへと伝わってくる。この頭の痛みでも辛いのにこのオーラに当てられて正気を保っていられるかどうか怪しくなる。

 

 あ、頭が割れ……そう……。オ、オーラに当てられる……。

 

 痛みに耐えながら邪悪なオーラに当てられて自分の中の大事な何かが壊れそうになる。

 

……で、でも、負けない!!レイジングハート!!

 

『了解、マスター』

 

 私はその手から逃れることを考えずに痛みに耐えながら私は愛機に命令した。バーサーカーに吹き飛ばされた盾を呼び戻しバーサーカーを囲んだ。

 そして、収集されていた魔力をその中央に居るバーサーカーに放った。ブレイカーだ。各盾に蓄えていた魔力を収集し一気に放出したのだ。同時に煙幕が私とバーサーカーを包み込む。

 

『攻撃の型。卍固め』

「Laalaa!!」

「っく!!」

 

 バーサーカーの雄叫びが轟く。無論零距離に居た私もそのブレイカーに巻き込まれる。自分の攻撃とはいえこの痛みに気が遠のいてしまう。頭の痛みにこれもプラスだとかなり辛い。

 

 っぐ、で、でも、バーサーカー!!絶対倒す!!

 

 常人なら既に意識は遠のいていた。しかし、どんな状況下でも屈指ない私の保有スキル“屈指の心”で遠のく意識を無理やりに抑え込む。

 そして、ブレイカーが止んだ。少しずつ煙幕が晴れていく。それと同時に頭に走っていた痛みも無くなった。

 

 た、倒した……?

 

 ガシャンと盾内に蓄えていた魔力の切れた為、自動操作していた盾が力尽きて地面に転がった。再び動かすには私から魔力を繋げないと動かない。

 

 魔力繋げないと……っつ!!

 

「っぐ!!」

 

 魔力を繋げようとしたら再び頭に痛みが走りだした。掴んでいた私の頭を握り潰すため再び手に力が入り始めたのだ。

 煙が晴れて私の頭を掴んでいる腕の先には、その腕を動かす体が五体満足のまま現れる。

 

「Laa……la……laa……laalaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

「バ、バーサーカー……ま、まだ……動ける……の……」

 

 あのブレイカーを食らって未だに動けるバーサーカー。強靭的な肉体を備えていることが分かる。どれほどの過酷な訓練をして来たのだろうか。想像を超えるモノなのだろう。

 そして、頭の痛みも増していき頭蓋骨からミシミシと嫌な音が鳴り始めた。

 

『マスター!!』

 

 愛機のレイジングハートが必死に先端部分から砲撃を放っては居るがそれはトレディによって捌き斬られる。

 

「折角の殺戮ショーを邪魔しちゃいけないよん♪」

 

 トレディがレイジングハートの攻撃を受け止めている。盾も動かすことが出来ない。絶体絶命の危機が訪れていた。今にも頭蓋骨が握り潰されるというその恐怖が襲ってくる。それほどまでに強大な力で私の頭を握りしめている。

 

「投影、開始(トレース・オン)」

「Laaaalalaalaa!!」

 

 しがし、その痛みはその二つの声を聞くと同時に和らぎバーサーカーの右手から私は解放された。

 

「……ふ~ん、あれが“投影”ねぇ……」

「マ、マスター……」

「工程完了。全投影、待機」

 

 私は急いでバーサーカーから離れて盾に魔力を繋げながら衛宮君の声がした方向を見る。

 

「え?何これ?」

 

 私は戸惑いを隠せなかった。衛宮君の周りに幾つもの武器が矛先をバーサーカーに向けて空中で停止していた。数は30近く。1つ1つが歴史に名を残す武器に見えてくるような精密な武器だ。

 これも魔術の一種なのだろうか。

 

 それにこの武器を空中で停止させるような技はまるで……。

 

 私は脳裏にもう1人の人物を重ねていた。

 

「憑依経験は付けていない、ただ飛ばすだけの武器だ。狙いはすでに付けている」

 

 衛宮君はそう言ってバーサーカーとトレディに視線を向ける。バーサーカーを見ると右腕には二本の槍が突き刺さっていた。

 そのおかげでバーサーカーの筋肉が緩み私はあの手から逃れることが出来たのだ。

 

「あら~ん、流石にそれは全部防ぎきれないわねん♪」

 

 口では無理だと言っても余裕の表れが雰囲気や表情から伺える。バーサーカーはなぜか大人しくしている。

 

「まあ、“投影”を見れただけでも十分収穫はあったわ。ここら辺が潮時ねん」

「まて、なんで俺をここに呼び出した?」

「きゃはは、一度“投影”という魔術を見てみたかっただけねん。本当は“固有結界”も見てみたかったけど、それを見るためには準備が必要だしねん」

「お前……こっちの人間か?」

「ふふん、違うわ」

 

 残忍な笑みを絶やさないトレディは愉快そうに話を続けている。正直今を逃すと厄介な組になることは間違いない。出来ればここで討ち取りたい。

 私はカノンに魔力を込める。

 

「おっと、アーチャー。ここは引いてあげるんだから大人しくしてねん。じゃないとバーサーカーの甲冑をもっと外すよ」

「……っ。やはりその甲冑は力の制御の役割を果たしていたんだね」

「きゃはは、さぁてね……」

 

 そう言って、トレディはバーサーカーの左肩に飛び乗り座った。

 

「きゃはは、また会いましょうねん」

「出来れば戦いたくはない」

「それは無理ねん」

 

 その言葉が最後でバーサーカーは足に魔力を込めて高く跳んでこの場から消え去った。先ほどの騒がしさとはうって変わって静寂さが夜の校庭を包み込んだ。

 

「目標ロスト。バーサーカー、この場から消えました。後を追いますか?」

「いや、いい……投影、解除(トレース・オフ)」

 

 衛宮君はバーサーカー達が居なくなったことにホッと一息ついて武器を解除した。解除した武器は瞬く間に消え去った。

 追跡はしない。それは正しい選択だと思う。かなりのダメージを受けてしまったので追撃したら返り討ちにあうのが目に見えて分かる。

 衛宮君の近くに移動する。頭を斬ったのか血が垂れて右目に入り、片目を瞑っていて息も上がっていた。かなりのダメージをトレディから受けたのだろう。

 衛宮君も満身創痍な状態だった。

 

「大丈夫?衛宮君?」

「あ、ああ、なんとかな。でも、少し休ませてくれ」

 

 そう言いつつ衛宮君は立っているのが辛かったのかその場に座り込んでしまう。私も座ってダメージが回復する訳では無いけど隣に座ることにした。

 空を見上げると星がとても綺麗に輝いている。二つの大きな星に周りの小さな星が夜空をデコレーションしている。どの時間軸にいても変わらない夜空。不思議と心は穏やかになる。

 

「衛宮君、凄いね。あれが“魔術”なんだ」

「まあ、まだ半人前だけどな」

 

 そう言って、片目で私が見ている同じ空を見上げる衛宮君。私は話を続けた。

 

「え~と、固有……結界だっけ?それも魔術なの?」

「魔術では“大禁呪”とも呼ばれている」

「大……禁呪……」

 

 私は先ほどの衛宮君とトレディの会話で気になる所を聞いてみた。“投影”は先ほどの武器を生成させる事が出来る魔術なのだろう。なら、もう1つの“固有結界”はどのようなモノなのか知ってみたかった。

 

「まあ、この話は追々するとして今はトレディの正体が気になる」

「あのマスターですか?」

 

 だけど、その話はすぐに逸らされてバーサーカーのマスターに話が流れた。衛宮君は話を続ける。

 

「少し前に遠坂と情報交換をしたのは知ってるよな?」

 

 私は頷く。霊体化して私も遠坂さんのを聞いていた。魔術に関しては一番詳しそうな人物だったのでその話はとても興味があった。その時の魔術観点からの説明を思い出す。

 

「こっちの人間で魔術を扱うのは出来ないと言っていたこと?」

「ああ、こっちの魔導や魔法の類を使い続けている人物が魔術刻印を刻んで魔術を扱うと中の魔力が暴走を始めてしまい、体中の血管がズタズタに引き裂かれる」

「1つの体に二つの力は入らない……」

「けど、あのトレディは魔術で鳥を操りここに来るように伝言を伝えてきた。こっちの人間では出来ない芸当だ」

「でも、トレディは魔術を扱う地球出身じゃないと否定していた」

「その言葉を信じるならな」

 

 なら、ガイ君は?生前の私はガイ君が魔術を使う場面を何度も見てきた。そうなるとガイ君は魔術も魔導も扱える人間となる。何か特別な仕組みを施しているのかな?武器を空中で停止させる技はガイ君もやっていた。

 

 私は思考の渦から一度離れるため見上げていた夜空から衛宮君に視線を移す。衛宮君は一度ため息をついて見上げていた夜空から夜のグラウンドに戻した。

 

「謎が多い組だよ。でも倒さないといけないのか」

「……迷っているの?」

「あの少女には前の聖杯戦争で参加していた少女に見えてな……助けられなかったけど」

「……」

 

 衛宮君はただ真っ直ぐに夜のグラウンドに視線を向けたままだった。その少女がどのような理由で参加したのかはわからない。

 衛宮君とは友好的な相手だったのかも知れない。それがその聖杯戦争で命を落としてしまった。衛宮君的にはトレディは精神的に辛い相手なのかもしれない。

 

「“正義の味方”はまだまだ遠いな」

「それが衛宮君の願い?」

 

 話しがまたズレた。衛宮君もあまり思い出したくはないのだろう。私の言葉に衛宮君は頷く。

 初めて衛宮君の願いを聞いて安心した。世界征服とか全人類抹殺みたいな変な願い事ではなかったから。

 私はそっか、と相槌をうって再び夜空を見上げた。今日は本当に星が綺麗。

 

「難しい願いなんじゃないの?何が正義で何が悪なのかというボーダーラインが無いのに」

「ああ、前の聖杯戦争で“未来”の俺自身と戦った事がある。そいつは諦めてしまった、“正義の味方”が破綻していると気づきその歩みを止めてしまった」

「……」

 

 今日は色々と衛宮君の話が聞ける。こんな星明りのいい日に聞くと記憶に強く刻まれて忘れないだろう。

 

「数百人を救うためにその十倍、百倍の人数を殺したりして、その理想が破綻していると未来の俺は気づいてしまった。でも、それでも、その理想を突き進むことが俺という衛宮士朗が生涯を通して問いかける“正義の味方”なんだ。その先に“誰もが幸せになれる世界”をあると信じて」

「……」

 

 似ていた。願いがガイ君に似ていた。

 

“魔法で誰もが不幸にならない世界”

 

 生前にガイ君に聞いたことがあったけどガイ君も似たような事を言っていた。この2人の願いはとても似ている。

 

「その願い、叶うといいね衛宮君」

「んっ、そ、そうだな……」

 

 衛宮君がこっちを見たのでにっこりと笑ってあげた。そしたら衛宮君は私から少し視線を離した。ウブな人だ。

 私は衛宮君が清らかな心を持っている人だなと思って、立ちあがった。

 

「少し話をしすぎましたね。私はこれからフリージアさんの捜索にあたります」

「そういやフリージアの姿が見えないな」

「令呪で強制召喚されたようです。ガイ君が危機的な状況に瀕している可能性があるので」

「大丈夫か?」

「ええ、ダメージを負ってしまいましたが援護射撃程度ならどうにか」

「無理はするなよ。俺も場所が分かったらすぐに向かう」

「はい、その時は連絡します。大体の方角は分かります。けど、衛宮君は今のうちに少しでも休んでダメージを取ってね」

「ああ」

 

 衛宮君は心配そうな表情で私を見てくる。私は大丈夫、と言ってガッツポーズを見せる。

 

「マスターも早めに戻ってくださいね。ミカヤちゃんが心配しちゃいます」

「ミカヤの場合、ガイに何かあったら心配しそうだけどな」

「同じ道場で稽古している仲ですからね。そうならないためにも努力します」

「ああ、頼む」

 

 私はコクリと頷いて空へと飛び出した。先ほどまで戦いをしていた学園がみるみる小さくなっていく。おおよその見当はついている。あの学園以外にももう1つ結界を張ってある場所がある。

 

 フリージアさん、ガイ君、無事でいてね。

 

 私は更にスピードを上げてその結界へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――街頭

 

「ぐっ……」

 

 俺は刀を地面に刺し、そこに体重を乗せて何とか起き上がった。目の前では一般人が見ると音速をも超えるような打撃の攻防が繰り広げられていた。

 オリヴィエとアインハルトだ。俺が必死に鍛えた動体視力でさえも全ての行動を把握することが出来ない。アインハルトはバリアジャケットに切り替わってから、威力、速さ、反応速度、状況把握力が格段に上がっていた。もはや今の俺では敵う事は出来ないと思うくらいに。それについていくパートナーであるオリヴィエもまた敵わない相手だと悟った。

 あの2人の周囲の大気がうねりを上げる。2人が動くたびに縦横無尽に大気が暴れ出し周囲に暴風をまき散らす。

 

 改めて思う。これが人の領域を超えた英雄同士の戦いなのだと。一般人にとっては雲の上の領域の戦いをしている。

 俺は最初の数発のアインハルトの攻撃で態勢を崩され、その隙に一発腹に入った。咄嗟に後ろに下がったのが幸いしたのか内臓は破壊されることは無かったが激痛が腹部を襲いその場でうずくまった。

 アインハルトがそんな俺に止めを刺そうと手刀を俺の頭に狙いをつけて振り下ろすが、オリヴィエがそれを受け止め弾き返し俺からアインハルトを引き離して打撃の攻防を展開した。

 

 とてもじゃねぇが右腕を折られた俺にはこの戦いに入る事が出来ねぇ。オリヴィエの足手まといになる。

 

 バシッと強引に二つのモノがぶつかりあった甲高い音がした。それと同時に先ほどの暴風よりも強力な風が俺の身体を貫いて行った。オリヴィエとアインハルトのお互いの拳同士が初めて当たったことにより、力の拡散が一番大きかったようだ。音速を超える速さは無くお互いにそのままの姿勢で停止していた。

 

「早いですね。この世界に居るアインハルトよりも格段に」

「この世界に居る私と同じレベルなわけがありません」

 

 オリヴィエは小さく笑みを溢しておりアインハルトは冷たい表情でお互いを見合っていた。

 

「その笑みをクラウスは曇らせる事が出来なかった……」

「……まだ、覇王の悲願を……」

「いえ……」

 

 アインハルトはオリヴィエの拳を突き返し、魔法陣を展開させた。

 

「覇王の剣(つるぎ)」

「それは……」

 

 そして、アインハルトの目の前に地面から一本の巨大な剣がゆっくりと現れた。刀身の面積が大きい両刃の両手剣。刀身の真ん中あたりまで装飾が施されており、高級な雰囲気を漂わせる大きな剣をアインハルトは軽々と片手で握り重さなど感じさせないぐらいに軽々と振って構える。

 

「クラウスの愛剣です」

「過酷な鍛錬を積み重ねていかないとそれは扱えませんよ……いえ、アインハルトにそのような心配はいらないですね。クラウスですら両手で扱っていたのに、アインハルトは片手で……」

 

 言い終わる前にアインハルトが動き、その両手剣を片手で振り下ろす。オリヴィエは特に驚いたようすもなくそれを半歩横にずれる事でかわす。

 

「居合の型……“連刀”」

「っ!?」

 

 だがそれは残像なのか直ぐに消え本人は先ほどの場所から一歩も動いていなかった。そこから先ほど俺に放った連刀による複数の真空刃がオリヴィエ目掛けて飛んできた。最初の一歩を強制的に動かされたオリヴィエは反応が遅れ防御に回った。よく見ればそれが分身だと分かったのだろうが、先ほどまであの速度で戦いをしてきたので直ぐに迫って来たと思い動いてしまったのだろう。それが隙を作り出す結果となってしまった。

 そして、先ほど見た連刀とは次元の異なる威力が伝わってくる。剣の重さがある分一発一発の間隔は少し空いているが、その一発が重すぎる。あれに触れたら並大抵の人間はズタズタに引き裂かれてしまう。

 

「っぐ……霧よ……」

 

 俺は先ほどと同じく霧を様々な武器に変えて相殺しようとオリヴィエを狙っている連刀の真空刃にぶつけるため飛ばした。

 しかし、相殺すると思っていた黒い武器は一方的に破れて霧状へ戻った。

 

「な……に……」

 

 これほどまでに俺とアインハルトは次元が違うのか。力の差を思い知らされた。

 

「いえ、ガイは一瞬の隙を作ってくれました。聖王旋聖破……」

 

 オリヴィエは構えを整え、飛んできた真空刃を右手刀で受け止め魔力を込めた左拳を当てて跳ね返した。

 それはオリヴィエが付加した魔力分の威力が上がっているからか、相殺どころか一方的に打ち勝ってアインハルトの所まで飛んできた。

 

 初めて見るけどアインの覇王旋衝破みたいだな。

 

 アインハルトは特に驚く様子もなく冷静にそれを剣で受け止める。

 

「旋衝破」

 

 そして、剣で再び返された。オリヴィエは今度は余裕をもって避けた。オリヴィエの後ろへ飛んでいった真空刃は目の前のモノを切り裂いて進んでいった。少ししてその音は止み、辺りは静寂に戻る。

 

「やりますね、アインハルト」

「……ここにいてはマズイですね」

 

 オリヴィエからの称賛を無視したアインハルトの表情が僅かに曇る。そして、踵を翻して背を向けて走り出し瞬く間に霊体化してこの場から消え去った。

 

「え?何で急に?」

「さあ、わかりませんけど。確かにアインハルトの気配は消えました。アサシンの気配遮断スキルで身を隠して攻撃してくる可能性もありますが、あのアインハルトがそのような姑息な手を使う事はないかと思います」

「そうか……とりあえずは凌いだんだな」

 

 目の前から敵であるアインハルトが消えた事で警戒心を解いてやっと心の底から安心することが出来た。それと同時に右腕に激痛が走りだした。緊張の糸が切れたことによって右腕の痛みが主張し始めたのだ。

 俺は刀を鞘に入れ、ゆっくりと右腕を左手で掴んだ。

 

「って、流石に骨折は痛いな」

「そうですよ。早く固定しないと」

 

 オリヴィエも脅威が無くなった後なので俺の右腕のことを心配してくれる。

 

「……」

「……?どうしました、ガイ?私をじっと見まして。急いで固定しませんと」

 

 あの夢を見たせいで孤独にいたオリヴィエの近くにいてやることがオリヴィエの為になるのかと思ったけど実際はどうなのだろうか。

 クラウスという伴侶を手にして孤独から抜け出したオリヴィエに俺がわざわざ近くにいてやることはないのではないだろうか。

 あの夢にあてられたせいでオリヴィエの近くにいてやりたいというのは違う気がした。なら、なぜ俺は近くに居たいと思ったのだろうか。

 

「……いや、何でもない」

「……?そうですか」

 

 簡単な話だ。オリヴィエを……パートナーを失いたくないだけだ。俺の部隊が全滅にあって、もう仲間を失いたくないと心の底で強く思っている自分がいるのだ。あんな思いはもう二度としたくない。

 その為にも仲間を守れる強さが欲しい。

 

「……ガイさん?」

「「……っ!!」」

 

 突然聞こえてきた少女の声に俺とオリヴィエは身を硬直して聞こえてきた方向を振り向いた。

 そこに居たのはこの現実世界に存在する戸惑いの表情をしているアインハルトだった。俺とオリヴィエはその同じ声の人物と先ほどまで戦いをしていたので無条件に体が反応してしまったのだ。

 

「ア、アイン……なんでここに?」

「あ、あの……その、ガイさんにお会いして話をしたかったので探しました」

「……」

 

 たぶん、アサシンのアインハルトはここに今の自分が来ることが分かったから退却したのだろう。聖杯戦争の掟で知られてしまった人物の口封じで消されてしまう。現代のアインハルトが消えてしまったら、あのアサシンのアインハルトは存在しなくなってしまう。

 では、なぜ人避けの結界を張られているにもかかわらず現代のアインハルトはここに来ることが出来たのか。

 おそらく時間軸が違えど同一人物であることには間違いないのだがら“アインハルト”が入ってくることは出来るのだろう。

 

 意外にも結界に落とし穴が存在するもんだな。まあ、同じ時間軸帯の同一人物なんて存在するわけないから普通じゃ分からないが。

 

「あ、ガ、ガイさん、腕が……!!」

「……」

 

 今は魔術回路を張り巡らせているのでアインハルトを見てもパニックになる事はない。たぶん、アインハルトを倒すと決めた時から魔術回路を解いてもパニックになることはないのではないだろうか。

 俺はそう結論付けて魔術回路を解いた。解いて再びアインハルトを見る。

 

「ガイさん、腕が折れてますよ!!」

「……良かった」

「え?」

 

 今のアインハルトを見てパニックになる事は無かった。自分の気持ちが少しずつ整理出来てきたのだろう。アインハルトは俺の折れている腕を見てパニックになっているが。

 

「いや、腕の事はいい。それよりも俺はアインに謝りたい」

「え?え?な、なんのことですか?そ、それよりも腕が……」

「謝りたい。ケジメをつけさせてくれ」

「腕が……」

 

 俺は真っ直ぐにアインハルトを見る。アインハルトは俺の腕の事に戸惑いを隠せないでいたが俺が見ていると分かるとこっちに意識を持ってきた。

 オリヴィエは微笑みながら少し離れて俺たちの事を見ていた。

 

「……わかりました。わ、私も謝りたい事がありますがガイさんから先に。で、謝りたいというのは、な、何のことですか?」

「俺がアインから逃げ出したこと。それを俺は心からアインに謝りたい」

「……っ」

 

 アインハルトの表情が驚きに変わった。それを見た俺は疑問を持った。

 

「え?な、なんで驚く?」

「い、いえ、ガイさんが私から逃げていたのは、そ、その私が何か無意識のうちにガイさんに粗相な事をして嫌いになったのかと思いまして。ですから私もその事について謝らないとと……」

「いやいやいや、色々と頑張っているアインを嫌いになんかはならないよ。むしろその切磋琢磨的な姿勢は好きだ」

「え?あ、そ、その……」

 

 俺の言葉でなぜか顔を赤くして口ごもるアインハルト。俺は特に気にせずに話を続ける。あまり聞きたくない事だが聞いておきたい事を。

 

「……今回の件でアインは俺のこと嫌いになっちゃった?」

 

 その言葉にまだ少し顔が赤いアインハルトは首を横に振る。その動作だけでも救われた気がした。アインハルトは俺のことを嫌いにはならなかった事実が嬉しかった。

 

「……嫌いにはなりません。むしろ……」

「?」

 

 口ごもってしまいその先の言葉が出てくること無くアインハルトは再び顔を真っ赤になって俯いてしまった。

 

「ガイ。あまりアインハルトを困らせてはいけませんよ」

「え?俺、困らせた?」

「は、はぅ……」

 

 そんな俺とアインハルトを見ていたオリヴィエが近づいてきて言葉をかける。

 

「まあ、とりあえず2人の関係が戻って私は嬉しいですよ」

「俺もホッとした。アインには迷惑かけた」

「い、いえ。私は別に迷惑だなんて……むしろ私もガイさんと同様ホッとしました」

 

 こうやってアインと話せるのは覚悟を決めたからなんだよな。アサシンのアインを倒す覚悟を。倒すと決めた覚悟でこうやって話せるのもなんだか不思議な感じだけど。

 

「ありがとな、アイン」

「いえ、私は何もしてませんのでお礼を言われる筋合いは無いです」

「ははっ、それもそうだけどな、お礼は言っておきたい。とりあえず、帰るか。固定するにも家に戻らないと当て木の代わりみたいなモノなんてここら辺に無いし」

 

 俺はアインハルトとの会話で日常に戻ってきたと実感しつつ、右腕をコの字になる様に曲げそのままなるべく動かさないようにして歩きだした。

 

「で、でも、なぜガイさんは私から逃げ出したのですか?それに結界とか……」

「……っ、な、なんでその事を知ってるんだ?」

 

 アインハルトが結界の事について知っていた。それには驚きを隠せないまま表情に出てしまう。

 アインハルトは俺の腕を心配しつつも子供が悪い事をして怒られてしまうというバツの悪い表情をして口を開く。

 

「も、申し訳ございません。ガイさんの部屋に無断で入ってしまいました」

「え、マジで?」

 

 こくんと頷くアインハルト。

 

「そこでテーブルに結界を張ったからとかでフリージアに1人で行くなよとのメモ書きが……」

「「……」」

 

 俺とオリヴィエは目を合わせる。あまりよろしくない状況だ。現代のアインハルトに聖杯戦争に足を踏み入れさせるわけには行かない。

 

「……これが、ガイさんの言えない事情の話なのですか?」

「……」

 

 俺やオリヴィエが戸惑いで声を出せないでいるとアインハルトが俺に対して疑問にもっていたことへ繋げてきた。ここで否定しないと不味い。

 

「……ごめんな、アイン。ここの話は出来ない」

 

 俺は深々とアインハルトに向かって頭を下げる。アインハルトにこの話はやはり出来ないのだ。

 

「フリージアも関係あるのですか?」

「……ええ、私も関わっている事情ですね」

「……っつ」

 

 アインハルトは苦い表情をして拳を握ってプルプルと震えていた。オリヴィエに対して何も出来ない事の歯がゆさがあるのだろう。そんなアインハルトの頭を左手で撫でてやった。

 そして、俺を見上げてくる。

 

「私に相談は出来ませんか?」

「……うん、ごめん……」

「危険なことですか?」

「まあ、危険だね。腕も折っちゃったし」

「あまり危険な事に首を突っ込まないでしないで下さい。心配します」

「ああ、注意する」

「約束です」

「ああ、約束する」

 

 俺は約束すると頷くとアインハルトは小指を立てて俺の前に差し出す。

 

「異世界の約束事らしいです。この約束を破ったら針千本飲まないといけないらしいです」

「……ああ、なのはさんの出身の地球ってところのやつか」

 

 なのはさんに聞いたことがある。小指同士を結んで約束事を守るという地球の行いがあるという伝えを。本当に針千本飲ませるわけではないが、それぐらいの罰則を与えないと簡単に約束を破ってしまうので例えを付け加えているとか。

 アインハルトもヴィヴィオあたりに聞いたのだろう。俺もアインハルトの頭から手を離して小指を差し出した。

 アインハルトが緊張気味にゆっくりと小指を曲げて俺の小指に結んでいく。俺も小指を曲げて結んだ。

 

「嘘ついたら針千本飲ましますからね」

「……ああ。約束だ」

 

 真面目なアインハルトなら本気で針千本飲まされるかもしれない。そう思うと一瞬だが体がゾッと震えた。

 

 アインハルトは結んでいた小指を離して先頭を歩き出した。俺とオリヴィエも続く。

 

「なら、これ以上検索はしません。ですが一つ疑問があります」

「ん?」

 

 アインハルトの背中からは今にもアインハルトが消えそうな儚さが伝わってきた。次の疑問の言葉に帰ってくる答えがどのようなモノなのか不安なのだろう。

 

「先程も言いましたが何故私から逃げたのですか?」

「……」

 

 根本的な疑問を持つのは当たり前だろう。そもそもアインハルトから逃げなければこんな事にはならないのだから。

 部隊を壊滅状態までに追い込んだ未来のアインハルトに畏怖や恐怖などを刻まれてトラウマになりかけて、現代のアインハルトに会うとその光景をフラッシュバックするんで逃げていた……なんて言えない。

 俺は必死に言い訳を脳内で探していた。

 

「ガイはアインハルトから逃げていたわけでは無いのです」

「え?」

 

 そこにオリヴィエの言葉が割り込んできた。オリヴィエを見ると朗らかに笑みを溢して、ここは任せて下さい、と言っているような自信満々の表情をしていた。

 ならここはオリヴィエに任せようと頷いた。それほど自信があるのなら大丈夫だろう。

 

「アインハルトに欲情して恥ずかしくなって逃げていたのですよ」

「ぶっ!!」

「え、ええ!?」

 

 前言撤回。自信満々に何を言い出すかと思えば欲情して恥ずかしくなって逃げたと言った。

 

 待て待て!!そんな変な事言ってんじゃねぇよ、オリヴィエ!!

 

「ガイも年頃の男子ですからね。アインハルトのように可愛い子をいろいろと脳内で……」

「わー!!わー!!ちょっと待てフリー……っつ……」

「ガイ、どうしました?そんなに慌てると右腕に響きますよ」

 

 俺は流石にそれ以上語られるのは不味いと思い無理に叫んだ。変に動いたせいで右腕に激痛が走る。

 キョトンとした表情で首をかしげて右腕を左手で押さえている俺を見るオリヴィエは特に悪い事しているとは思っていないらしく、純粋な手助けをしてくれたのだろう。でも、その手助けが色々とマズい。

 俺はアインハルトを見る。振り向いてオリヴィエをを見ていたアインハルトは既に顔を真っ赤にして俯いてしまってごにょごにょと何か呟いている。

 

「ガイさんが私の事をそんな風に見てた……ガイさんが……ガイさんが……」

「ご、誤解だ!!アインをそんな風には見てないからな!!」

「え?み、見てないのですか?」

 

 俯いていた顔を上げて俺を見るアインハルト。頬は赤く、不安げな表情で上目使いで俺を見るアインハルト。

 その表情は可愛く一瞬だがドキリとしてしまった。

 

「あ、ああ、そんな風に見てな……」

「アインハルトの下着姿を想像して真っ赤になったって言ったではないですか」

「……っ」

「フリー!!いつ誰がそんな事を言った!!ちょっと黙ってくれ!!」

 

 オリヴィエからどんどん出てくる嘘の言葉に俺はストップをかける。オリヴィエは俺を見て、後は任せますといった満足げな表情をして少し下がった。さっきオリヴィエに任せようと思った自分をぶん殴りたい。

 話を逸らしてくれたのは良かったがこれでは俺も恥ずかしいしアインハルトも困ってしまうだろう。よからぬ方向へ話が転がってしまった。でも、これを否定したらまた聞かれてしまうのだろう。なぜアインハルトから逃げてしまったという話を。

 俺は苦悩の末、結論を出した。

 

「ア、アイン」

「は、はぃいぃいいい!!」

 

 再び俯いてしまったアインハルトは俺の呼んだ声に声高く反応した。これ以上何の恥ずかしい言葉が飛んでくるか不安なのだろう。

 

「お、俺も男だ。アインのような女の子を見てよからぬ想像をしてしまうのは事実だ」

「……っ」

 

 言ってて恥ずかしくなる。実際、アインハルトをそんなふうに見た覚えはない。アインハルトは妹的な存在だ。決してそんな風には……。

 

 あれ?何か自信なくなってきた。今も変な想像しちまった……ベッドに横たわっている恥じらいを隠せずに見上げているアインに俺が……。

 

 オリヴィエの言葉でアインハルトに変に意識を持ってしまった。俺は頭を振って今の想像を無理やりに脳内から消し去り、学園で一緒に弁当を食べていた時の日常の映像を脳内に展開して気持ちを落ち着かせる。

 

「で、でも、俺はそんな事は実際にしないから。そして、今後もそんな想像はしないから!!こんな俺でも今後も隣人として友達として接してくれるか?」

 

 俺の言いたい事は言った。これでいいのかはわからないが真実からは逸らす事は出来た。後はアインハルトの返答次第だ。

 

「……ガ、ガイさん」

「は、はい!!」

 

 アインハルトに呼ばれて今度は俺は声高く返事をしてしまう。かなり緊張していた。こんな事を言って今後もアインハルトと普通に接していけるかどうか不安の波が俺の心に押し寄せた。

 

「わ、私は、べ、別に、そ、そんな事は、ききき、気にしません」

 

 そんなにテンパってめちゃくちゃ気にしてるだろ!!

 

 と、俺は心の中で突っ込む。

 

「……むしろそんな想像してくれて嬉しかったですし……」

「え?何か言った?」

「い、いえ!!何も!!」

 

 何か呟いていたが聞き取ることは出来なかった。それを全力で否定するアインハルト。

 

「で、ですから、私なんかでよければ今後もよろしくお願いします」

「……あれ?」

 

 何か色々とすっぽかして結論が出てきたような気がした。

 

「え?い、いいの?こんな俺で?」

「はい。色々とガイさんには助けられてますし、そのくらいで離れたいとかは思いません」

「……」

 

 俺はアインハルトの寛大な心に感心した。変な想像をしている男と今後もよろしくと言うアインハルトには頭が上がらない。

 

 そんな想像はしない。今後も絶対しない。

 

 俺は強く心の中で誓った。嘘から始まった論戦だったがどうにかまとめられそうだ。

 

「そ、そっか。それじゃあ今後ともよろしくアイン」

「……は、はい、よろしくお願いします」

 

 俺もアインハルトも少しぎこちない言葉で話を終わらせた。

 

「良かったですね。ガイ」

「……元はと言えば誰のせいだと……」

「まあまあ、いいじゃないですか。アインハルトとの仲直りも出来て」

「そりゃあそうだけど……」

 

 オリヴィエが満面な笑顔で俺に語りかけながら歩き出す。

 

 羞恥心のないオリヴィエからそんな言葉が出てきたことに驚いたな。異性の俺に何の抵抗もなく裸で風呂場から出てくることもあったし。

 

 アインハルトもオリヴィエに付いて行く。まだ顔は少し赤かった。

 

 真実を伝える事は無くなって良かったが、今後の日常に支障が出ないといいけど。

 

 俺は赤くなったアインハルトを見て複雑な気持ちを抱きながらマンションへ帰るため歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――上空

 

「よかったね、アインハルトちゃん」

 

 上空で先ほどのアインハルトちゃんとガイ君の会話を聞いていた。たぶんフリージアさんは私の存在に気づいていただろうけどあえて無視てくれたのだろう。

 急いで援護に向かったけど右腕を骨折しているがガイ君は無事だったようだ。それを見てホッと一息つく私。

 

もし、ガイ君が死んじゃったらヴィヴィオ達が悲しんじゃうもんね。どの世界でもヴィヴィオを悲しませたくはないし。

 

 私は安心して来た道を戻ろうと振り向いて衛宮君の居る場所へと戻り出した。

 

「……私もしっかりしないとね」

 

 来た道を戻りながら今後の出来事を思い出しつつ気を引き締め直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――マンション

 

 アインハルトと別れて部屋に戻り折れている右腕を固定して床に座り息を吹いて気を緩めた。帰り道もどの敵に出会うか分からなかったので気を張り詰めていたが特に何もなく戻れた。

 

「ガイ、お茶です」

「ああ、ありがと」

 

 オリヴィエからお茶を貰って一口飲む。オリヴィエも座って一口飲む。

 

「ふぅ、とりあえずメール返すか」

「メール?何か来てたのですか?」

「ああ、ヴィヴィからのメールがな」

 

 俺は普段使っていない左手で不慣れにモニターを出して操作し、途中まで書いていた文章を表示した。

 

件名………Re:アインハルトについて

本文………こんにちは、ヴィヴィ。アインの事だが、心配はいらないよ。俺とアインとの間でちょっとした揉め事があってギクシャクしちゃってるだけだ。今日俺がアインに謝るy……。

 

 ヴィヴィオからのメールは頭の隅に置いといたままだった。俺は訂正しながら左手で時間かけて書き込んでいく。

 

件名………Re:アインハルトについて

本文………こんばんは、ヴィヴィ。アインの事だが、心配はいらないよ。俺とアインとの間でちょっとした揉め事があってギクシャクしちゃってるだけだったさ。今日俺がアインに謝って揉め事は解けた。明日からはアインは普通に振舞ってくれるさ。心配かけてごめんね。

 

 書いた内容を確認して送信した。夜も遅いし返信が来るのは明日だろう。俺はモニターを閉じて再びお茶を飲む。

 

「オリヴィエのおかげで大変な目にあったよ」

「私の機転にお礼を言っても罰は当たらにと思うのですけどね~」

「……」

 

 まあ、確かにあの機転が無ければ事実を聞かれずに済んだけど……けど……。

 

 俺は先ほどのアインハルトとの会話を思い出して顔が赤くなった。とても恥ずかしい事ばかり言っていた。

 

「ま、まあ、ありが……と?」

「何で疑問形なんですか?」

「そのおかげで今後のアインとの接し方が大変なんだよ」

「別に普通に振舞ってればいいではないですか」

「そう簡単にいくか」

 

 さも当たり前のように言うオリヴィエは本当にそう思って言っているのだろう。

 

「ま、でもひと先ずは良かったかな」

 

 アインハルトとの気まずさが無くなったのは嬉しい事だ。逃げてばかりだとアインハルトを気づつけてしまう。

 俺は心に安堵感を覚えてオリヴィエからバーサーカーの情報を聞き出して今後の聖杯戦争について色々と練り始めた。




はふ、戦闘風景の描写って難しいわ(´・ω・`)

今後も戦闘ばかりになってしまいますが頑張って書いていきます。

そして、亀更新でごめんなさいm(_ _)m

もっと頑張って更新していこうともいますので今後もよろしくお願いします。

そして、感想を読んでますと一章の文章を書き直したほうがいいとの意見が来てますので一度第一章を書き直そうかと思います。

内容は変わりませんが書き方に問題があるのでそこを直していこうと思います。

こんなことしてまた更新が遅れるな~、いや頑張って更新しようとさっき言ったばかりだろw

そんなわけで今後も頑張って書いていきますので見続けてくれたら幸いです。

では、また(・ω・)/


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三十話“夢と理想の交差”

え~と、前の更新からどのくらい立ちましたか……。

はい、約半年ですね。半年刊なんて聞いたことないよ……。

まあ、リアルの方も色々ありましてなかなかこっちに手をつけられなかったのですが、また忙しくなる(´Д` )

それでも書いては行きますので本当に長い目で見てくれれば幸いです。

それと第一章をただ今書き直しております。セリフ前のキャラクター撤去やより情景を分かりやすくするための補足的なものを挿入、誤字脱字の修正など。一度読み返してくれるとありがたいです。

では、三十話入ります。


 ―――上空

 

「……」

「……」

 

 私はガイ君とアインハルトちゃんが仲直りした場面を見て、衛宮くんの所に戻るために来た道を引き返していた。

 しかし、その道に1人の大男が円月刀のような槍を持って立ちふさがっていた。仁王立ちするその様は勇ましく見える。

 

「ランサー……いえ、ゼスト・グランカイツ」

「アーチャー……高町なのは……私の生きていた時代ではエースオブエースと言われるほどの技量の持ち主なのだが……」

 

 ランサーは私の技量を認めるような言葉を呟きながらゆっくりと槍を構える。

 

「今、現実から逃げているお前の実力は如何なものか確かめさせてもらう」

「……っ!!」

 

 それほどの会話もなく突然の疾風と共に放たれたランサーの素早い突進の突きに私はコンマ単位の反応が遅れて、反撃という選択肢が消され、装着している右手の盾で受けの態勢に入った。

 

 バーサーカーとの対決で負傷しているこの体で目の前の人物と渡り合えることなんてできるの?それにあの人は生前はオーバーSランクの魔導師。この状況では分が悪すぎる。

 

 私はすぐさま二つの盾を展開させて私とランサーの周りを包囲する。

 

「“陣風”!!」

『了解』

 

 ランサーは一度私を弾き飛ばし、その場で高速回転し、槍で渦の気流を形成した。それはランサーを中心として巨大な竜巻となった。

 包囲した私の盾はその竜巻の威力に耐えきれず陣形が崩れてコントロールが不可能となった。

 

「っ!?」

 

 ランサーはその竜巻から抜け出して私の方向へ槍を振って竜巻を放った。スピードはあり得ないほど速い。悠にプロ野球選手のピッチャーの投げる最高スピードは出ている。あの大きさの竜巻でそのスピードだと避けるのは無理と瞬時に判断した私は盾を外して両手でカノンを構えて、予めチャージしていた魔力を発射させる。

 

「ヴァリアブルキャノン!!」

 

 溜めこんでいた魔力はそれほど多くはない。魔弾はその竜巻に砕かれて弾け飛んだ。あの竜巻を相殺させようとは思っていない。ほんの少しでも速度が減速してくれれば避ける時間を稼げる。

 私は横に避けてその竜巻を紙一重で回避しつつ盾を再び装着する。

 

『マスター!!後方から敵接近!!』

「っ!!」

 

 私は後方を見ずに体を捻りながら先ほど右手の装着した盾を真後ろに振った。ガキンっと金属と金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。そこに居たのはいつの間にか後ろに回り込んで槍を振り下ろしていているランサーだった。そのまま鍔迫り合いのように力が拮抗した。

 

「どうした?現実から目を背けているお前の事など分からんが、私よりも劣っているのでは話にならんぞ」

「っく!!」

 

 その力との勝負は徐々に押され気味になった。後ろ向きで受け止めている体制なので思ったように力を引き出せないのも押される原因の一つ。盾のコントロールもあの竜巻によって著しく変化した乱気流によってうまくこちらに引き寄せられない。これも狙ってあの技を放ったのだと分かった。

 

「あ、貴方に私の何が……わ、分かるって言うのですか?」

「分からん。武器を交えれば自ずと相手の気持ちも分かるが、お前の武器に乗せている気持ちが見えん。何も無いのか……それともかなり深くに……」

「見えなくて結構です!!」

 

 今度は私からランサーの槍を弾き返す。ランサーは私に飛ばされて下がりながらも私を見ていた。

 

 私の内の気持ちを他の誰かに知ってもらおうとは思わない。この気持ちは最後まで明かさなくていい!!

 

「ブラスター1、リリース!!」

「むっ!!」

 

 私のリミッターを1つ外す。バーサーカー戦ではフリージアさんが居たので外す必要性を感じなかったが居なくなった瞬間、外すべきだと判断していた。

しかし、バーサーカーがこちらに標準を変えてきたので外す余裕がなかった。

 このリミッターは特務機動六課に所属した時も魔力の高い人材ばかりだったのでリミッターが付けられていた。それが英霊となった今でも影響してくる。

 ランサーは私の魔力が上がった事に警戒心を上げたのか、私から離れている場所で槍を構え険しい表情をする。コントロール不可能だった盾を魔力を込めて乱気流の中を多少強引に戻して、私の前に再び二つ展開させる。

 

「……」

 

 しかし、私が展開した陣形を見たランサーは構えを解いて槍を下ろした。

 

「……何を考えているのですか?」

「……いや、私の考えが間違えていたのかも知れないと思ってな」

「?」

「お前の覚悟を僅かながら見させてもらった。高町なのは……」

 

 ランサーは目を瞑る。周囲に発していた険しい雰囲気も少し緩くなったような気がした。

 

「お前の力はこのミットチルダを変えることのできるモノだ」

 

 そして、目を開けて再び槍を構える。

 

「しかし、それの使い道を“間違えていないか?”」

『フルドライブ・スタート』

「っ!?」

 

 最後の言葉を聞いた瞬間、ゾクリと背筋が凍った感覚に襲われた。鬼人のごとき圧迫感をランサーから直接感じた。表情も再び険しくなり眼力が半端なく私を貫く。先ほどの緩くなった雰囲気など無く、息をするのでさえ辛くなるほどのモノへと変化していた。

 

 これがゼスト・グランカイツの本気……。

 

 改めて感じる。この人物はやはりオーバーSランクの魔術師であると。

 

「貴方は自分の力の使い道がこれで合っていると思っているのですか?」

「ああ。ミッドチルダの平和を求めてこの力を使っている。ミッドチルダの平和はかつての友の夢だがな」

「……レジアス・ゲイズ」

「……」

 

 ランサーは親友の名前が出てきた所でその引き締まった雰囲気を緩める事は無かった。その姿は既にその親友の夢の為にこの力を使うと誓っている覚悟を示している。それが例え殉職していった親友のモノだとしても。

 

「お互いの貫き通す理想があるなら、後はぶつかり合うしかない。これはガイにも言った言葉だがな」

「お互いの正義を貫き戦う……聖杯“戦争”ですからぶつかり合うしかありません」

 

 そう、戦争は理想と理想のぶつかり合い。お互いの理想を貫き通すものならば後は戦いうしかない。

 私は装着した盾を外して前に横三つに盾を並べて展開する。バーサーカー戦のダメージが残っているこの体でどれだけ戦えるか分からない。例え万全な状態であってもランサーに勝てる見込みは五分五分だった。今は二割にも満たないだろう。

 

 でも、どんな状態でも負ける気はない!!

 

 私はカノンを両手持ちで構えて銃口をランサーに向ける。お互いに混じり合わない理想を持っていた場合、後はぶつかり合うしかない。

 私とランサーはこの上空で再びぶつかり合った。お互いの理想を貫く為に。

 

 

 

 ―――マンション

 

「……」

 

 部屋に戻ってからどのくらい時間が経ったのだろうか。時刻は既に日をまたいでいる。帰ってきた時間からすると既に3時間は経過していた。

 俺は右腕を動かした。

 

「……多少痛みがあるが動かせる」

 

 自分でも幾らなんでも理不尽だと思った。折れていた骨は既にくっ付いていた。指先まで動かせる感覚があった。プリムラにも診てもらったが骨が折れてはいないとのこと。

 

 これほどまでに治癒能力が高まっているってことか。親父から貰った魔術回路は凄いな。

 

「右腕は大丈夫なのですか?」

「ああ。これほど治りが早いとは思わなかった」

「私のスキル“身体自動操作”で行動を補う必要性は無さそうですね」

 

 テーブルに対面で座っていたオリヴィエが笑みを零して俺を見る。

 

「で、話を戻すが……」

「ええ、バーサーカーへの違和感です。私はあの構えを何処かで見たことが……」

「俺もあの動きは何処かで見たことがある。一度相手にした時、その構えを見て戸惑いを覚えた」

 

 オリヴィエもバーサーカーを相手にした時に違和感や戸惑いを感じ取っていたようだ。俺もあのバーサーカーには疑問を抱いていた。

 

「俺とオリヴィエが共通して知っている人物となると」

「この世界で出会った人物……と言ったところでしょうか」

「……また、知り合いが参加しているのか……」

 

 予想した結果に俺は心の底に何かが沈殿していく重さを覚えた。

 

 アインハルトと同じく、また知り合いと戦わなければいけないのか。

 

 誰だか分からないが近い将来、バーサーカーの正体が分かる。その時に俺はまた絶望感にとらわれることだろう。

 

「辛いな……」

「……そうですね」

 

 俺たちの間に重い沈黙が流れた。オリヴィエも表情は暗く視線を下に向けている。心中は穏やかではないはずだ。無論俺も。

 

「……バーサーカーの正体を知ること無く倒した方がいいかもな」

「それは……逃げているだけかと」

「……だな」

 

 再び重い沈黙が流れた。

 バーサーカーの正体を知ること無く倒せれば一番いいのかも知れないが、それはオリヴィエの言うとおり、ただ現実から逃げているだけだ。正体を知らなければ弱点を突く事は出来ずに勝利することは無理に近い。

 

「……では、バーサーカーの件は終わりにしましょう」

「ん?」

 

 先ほどとは違う明るいオリヴィエの声が重い沈黙をかき消した。オリヴィエを見ると暗かった表情から一変、親しみやすい笑みを俺に見せてきた。

 

「ど、どうしたいきなり?」

「答えの出ない問題は考えているだけ時間の無駄ですから」

「お……おう」

 

 確かに出口のない迷宮を彷徨っていても出れるわけがない。オリヴィエの正論に俺は特に異論はなかった。オリヴィエは笑顔のまま話を続ける。

 

「ガイは随分と明るくなりました。あの森から帰った時からガイの表情に見えた暗い影は今は見えません」

「……え?」

 

 オリヴィエに言われた言葉に俺は驚きを隠せなかった。

 

「……そんな風に見えてたのか?」

「ガイは分かりやすいですから♪」

 

 オリヴィエは子供のように無邪気に笑って肯定する。俺はそれを見て笑ってオリヴィエに感謝を込めて口を開いた。その要因を作ったのは目の前にいる人物なのだから。

 

「そうだな、変えられたのはオリヴィエの言葉が心に響いたから……かな」

「私の……ですか?」

 

 まるで心当たりの無いような口調で首を傾げるオリヴィエ。

 

 俺はあの言葉を聞いて思考を変えていかなければならないと感じた。まだまだ甘いところが多いと分かった。

 

「“世界は残酷”」

「あっ……」

「オリヴィエが数多の戦場を駆け巡っていたから分かった真実。世界は平和では無く残酷なんだと。その言葉で俺はまだ自分の考えが甘いと悟った。前に覚悟は決め直したが、考え方も直さなければならないと思った」

「……」

 

 オリヴィエの表情から笑みが消えた。俺の言葉に何を思ったのか笑みが消えた表情から悲愴さが見えた。

 

「オリヴィエ?」

「私は言いました。私のように道を踏み外して墜ちていかない様にと。ガイもその道から踏み外さずに進んでほしい」

「……どんな事があったんだ?」

 

 俺がオリヴィエの出来事について聞いてみたのだが、オリヴィエは予想外のことだったのか目を大きく開いて俺を見る。

 

「初めてですね。ガイが私の生前の話を聞き出そうとするのは」

「前に夢で勝手に見ちゃったからな。俺の方から切り出しにくくてな」

「……そうですか……でも、私の事について聞いてくれるのは嬉しいです」

 

 オリヴィエの表情がコロコロ変わる。驚きの表情から今度は嬉しそうに微笑んでくる。自分の事に触れてくれたのが嬉しかったようだ。その笑顔を見るともう少し早く切り出しておけば良かったと思った。

 

「……そうですね、ガイに話をしておきましょう。いえ、ガイには知ってほしい」

 

 オリヴィエは目を閉じて、そして、気持ちを落ち着かせたのか小さな口が開いて語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――???

 

 荒れていた。戦場も心境も肉体も。

 

「殿下!!この最前線にいては危険です!!お戻りください!!」

 

 最前線で動いていた兵が私を心配して必死に本陣に戻る様に言葉をかけてくる。

ここは戦の最前線。敵の布陣が目と鼻の先にあり、すぐにでも交戦に入ることが出来る状態だった。私の周囲には敵の死体の山が築かれており、敵は私を警戒して布陣から前へ出てくることが無かった。敵の弓兵達が隙があれば何時でも私に射れるように弓をしならせ弦を引いて装着した矢の先端をを私へ向けている。

 先ほどまで劣勢で乱戦状態ではあったが私が最前線に来て敵を倒し、乱戦状態を硬直状態に持ち込んだ。兵たちが今が好機と攻めに転じようとしているが私がそれを止める。無暗に突撃して敵の罠にかかっては元もこうもない。交戦状態になり一度、最前線の兵たちに興奮状態を押さえて冷静さを取り戻さなくてはならない。

そのためにこの場に飛び込んだのだ。戦場で冷静さを失ったら相手の思うつぼだ。

 

「大丈夫です……戦争を終わらせないと……未来はない……」

 

 肉体は既に限界を超えて動くたびに全身に痛みが走る。

 

 心境は人を殺しているという事実が心に鉛のような重いモノが乗りかかり押しつぶされそうになる。

 

 戦場は瓦礫と人馬の躯で荒れ果ている。

 

 何もかもがマイナスへのベクトルとなって進んでいた。

 

「で、ですが……」

「自分の位置に戻ってください。そこから敵が入り込んでしまっては貴方の責任となります」

 

 これ以上兵に何も言わせないように低い声で兵を威圧させる。私の言葉を感じ取ったのか、兵はこれ以上何も口にすること無く私から離れて自分の位置へ戻った。

 私が居る位置は味方と敵の布陣の境目。先ほどまで敵も味方も入り混じった戦いの場所に私は立っていた。

 

 ―――オワラナイ

 

「……」

 

 頭の中に響くこの言葉が私を戦場へと導く。誰の言葉かも忘れた。頭の中にインプットされた単語。

 

 目の前の敵を倒さなければ戦争はオワラナイ。

 

「身体自動操作……」

 

 私は自分の身体を自分自身で操作するように魔力を全身の隅々まで流し込んだ。例え骨が砕けようと筋肉が千切れようと戦う事の出来る術式。

 私は体の隅々まで魔力が行き渡ったのを確認して、敵の布陣へ走り出した。ズキズキと限界を超えていた肉体が動かすなと訴えるために痛みが全身を襲う。それでも私は前へと進んだ。

 

「弓兵放て!!」

 

 敵の最前線の将が弓兵に攻撃を命令する。狙いを定めていた弓兵は将の命令を聞いて即座に放つ。

 暗雲覆われた空を更に覆い尽くすほどの矢が一本一本、違う軌道を描いてただの一人である私目がけて襲いかかってくる。

 

「遅い」

 

 しかし、私は瞬時にその全ての矢の軌道を見切り、最小限の動きで矢を避ける。私に当たる筈の矢は次々と誰も居ない地面へと刺さっていく。

 

「す、すげぇ……」

「こ、これが聖王殿下の実力」

 

 仲間からあの矢の雨を全て避けた事に驚き賞賛の声が聞こえてくる。それを気にせず前へと走る。馬対策の鉄線を飛び越えて敵地のど真ん中へ着地する。

 その時に周りにいた敵が一瞬蹲ったが私が目の前にいる事を認識すると殺そうとして体を動かし迫ってきた。

 

 ―――オワラナイオワラナイ

 

 槍先が来る。剣が振られる。矢が飛んでくる。それらは武技で最強と言われていた私にとっては遅すぎる速度。

 私は身体自動操作で最小限の動きで避けて周りにいた敵兵を殺していく。味方の兵も私に続いて戦いだす。戦場は再び乱戦状態となったが今度は圧倒的な優勢状況に我が軍は立っていた。このまま進めば戦争は終わる。そう思っていた。

 しかし、敵兵が浮き足になり撤退を始めた時、ガキンと私の手甲と剣が鉄と鉄のぶつかる音高い音がした。身体自動操作では捌ききれなかった動き。私は目の前の人物を警戒した。魔術師のようなローブを羽織り顔は深くかぶったフードによって隠れてしまい正体が不明。ローブの隙間から見えるのは騎士甲冑では無く軽装の類の装備に見えた。剣は片手剣ではあるが手甲から重さが伝わってくる。両手剣やハンマー並の重さだ。かなりの鍛錬を積んできたのだろう。

 

 これは強敵ですね。

 

 私は目の前の敵が強敵だと認識し更に警戒心を高める。

 

「味方の撤退まで敵を引き止めろ!!貴様の命なんぞここでしか使えんのだ!!」

「……」

 

 敵の将から同じ仲間に吐く言葉とは思えない残忍さが見えた。こんな人物がいるから戦争はオワラナイ。

 ローブの人物は私の手甲を弾き返す。その拍子に私の体重は後ろへ動きバランスを崩す。そこを逃さぬといった勢いでローブの人物は追撃をしてくる。

 

 あれ?この動きは……。

 

 私は劣勢になり攻撃を受け流しならも目の前の敵の動きに覚えがあった。ガキンと甲高い音が響き剣を手甲で受け止める。

 

 ここで受け止めると次に来る一手は……。

 

 その時、ローブが揺れた。ローブの内側から横一閃に私の胴体を狙って片手剣が放たれていたのだ。

 

 この我流二刀流!!やはり!!

 

 私はある程度予測していたのでその動きに伏せて避け、ローブの人物にアッパーのように拳を振り上げる。

 ローブの人物もその反撃は読めていたのか少し後ろに下がって避ける。その時に被っていたフードが風圧で覆っていた顔から離れてその人物の正体が露わになった。

 ローブの人物は数歩ステップを踏んで私から離れる。私は目の前の現実が信じられなかった。

 

「……貴方は死んだはず……ユーリ!!」

「……」

 

 ユーリは前の戦で帰らぬ人となったはずだ。それが目の前に居る。人違いというには余りにも類似点の多さ。戦死したというのは誤情報だったのだろうか。

 私の混乱を余所にユーリは何も答えず無表情のまま静かに二本の剣を構える。

 

「ユ、ユーリ隊長だ」

「ああ、あの姿、あの構えは間違いなくユーリ大佐だ」

「な、何で敵側に?」

「いや、それよりも死んだはずだ」

 

 ユーリの構えを見て兵士たちが戸惑いを隠せずに浮足立ってしまった。無理もない。あの構えはユーリ独特の我流二刀流。左の剣を水平に、右の剣を垂直に、体の前で十字の形を形成して構えるのが特徴。

 兵士たちにも記憶に残りやすい構え方だ。それが大佐のユーリとなっては尚更知名度が高い。

 

「……」

「……っ!!」

 

 ユーリについて色々考えているうちにユーリが攻めてきた。猛攻な二刀が私に押し寄せてくる。それらを見切り捌きながら何とか鍔迫り合いに持ち込む。

 

「くっ……!!他のモノは敵の追撃に当たれ!!ここは私が引き受けます!!」

「オリヴィエ殿下!!1人では危険です!!」

「この状況でユーリの相手を出来るのは私だけです。貴方達がここに居ても意味はありません!!早く行きなさい!!」

 

 私は兵士たちを進撃させるために喝を入れてユーリの二刀を弾き返して攻めた。

 どんな状況でも進まなくてはならない事を私が身を持って教えなければ最前線の兵士たちの士気が上がらない。例えかつての友が敵となって目の前に立ちふさがったとしても。

 兵士たちは私の喝をどのように捕らえたかはわからないが、私とユーリとの一騎打ちを横目で見て敵の追撃に当たるために進撃した。

 

『ずっとお慕いしておりました。好意を抱いておりました。オリヴィエ様、身分は違えど、失礼を承知の上で好きという告白をさせていただきたい』

 

 最前線に行くと言った時に告白したユーリの言葉が思い浮かぶ。

 

 なぜ今こんな事を思い出すのでしょうか?ユーリ……貴方は本当は生きていたのですか?生きていたのならとても嬉しいのに……こんな再会だなんて。

 

 受けに入ったユーリの二刀の隙間を私は見逃さず、腹部に渾身の一発をお見舞いする。

 

「……っぐ!!」

 

 ユーリは腹部の痛みが強かったのか無表情から苦い顔に変わり、片方の剣を地面に刺してそこに体重をかける。

 

「ユーリ……貴方は本当にユーリなのですか?」

「……あ、あぁ……」

 

 最前線の兵士たちは追撃で移動しており怒涛の進撃の音は無くなりユーリの口から乾いた声が漏れる音が聞こえる。もう少しすると後ろから後詰め部隊の中衛隊が到着する。

 

その者たちにユーリを本陣に連れていってもらいましょう。

 

「ああ……あぁ……あああぁぁああぁ!!」

「……洗脳……ですか……?」

 

 ユーリの今の状態はどう見ても正気の沙汰じゃない。先ほどとは打って変わり何者かに滅茶苦茶に操られているようにユーリは剣を地面から抜き取り、暴れるような形で剣を振るい私に突進してきた。

 それは子供がただ我武者羅に棒を振っているような動作で見切るのは容易だった。

 

「ユーリ……」

 

 迫ってくるユーリの目は瞳孔が無く死んだ目だった。私はそこで確信した。ユーリはやはりあの時の戦場で死んでいたのだと。

 

 これはきっと死者を弄ぶ死霊魔術ネクロマンサーの人物が操っているに違いない。死んでもなお利用される……敵が憎い。

 

 私は頬に伝わる液体を感じ取った。いつの間にか涙が出ていた。悲しみの感情が抑えきれずに涙となって表面に現れたのだ。

 

 かつての友を……こんな私に好意を抱いてくれた人物を敵として倒さなければならないなんて。

 

 かつての仲間に手をかけなければならない罪悪感が心を痛め黒く染めていく。けれども私は迷いを消した。私が迷っていると下のモノが進めなくなってしまう。

 ユーリの幼稚な剣の軌道を見切り、心臓を停止させるほどの威力を込めた拳を胸に打ち込んだ。

 

「が、がぁあぁ……あぁあ……あぁ……」

 

 肋骨の折れた感触と心臓を深くえぐり込んだ柔らかい感触が拳から伝わる。ドクンドクンと脈も伝わってくるがそれも次第にゆっくりになっていく。何度も経験した敵を倒した時の触感だ。死んでも体を動かすために最低限の内臓は機能していなければならない。それなら死んでもなお弱点は脳と心臓だ。

 

「ユーリ……」

 

 ユーリの体の力が抜けて糸が切れた糸人形のように手足が重力によって落ち、私に覆いかぶさるかのように倒れてきた。それを私は受け止める。

 

「ユーリ……」

 

 涙が止まらなかった。更にポツリと頬に水が当たる触感も感じた。それが次第に多くなり大雨となった。見上げると空を覆い尽くしていた暗雲から大雨を降らしていた。今の私と同じ心境の空模様と天気だ。何か大切なモノを心の器から零れ落としたかのような喪失感。大切なモノを失った時の寂しさ、悲しさが涙となり、頬を伝わる雫はその涙と雨が混ざって地面へと落ちていく。

 

「オリ……ヴィ……エ……さ……ま」

「……!!ユーリ!?」

 

 絶望に近い心理状態の中で私の名前を呼ぶ懐かしい声がした。その発生源は今支えているユーリの口からだ。私はユーリの顔が見えるように支えながらも少し体を離した。

 顔を見ると瞳孔が戻っていた。

 

「わた、し……に気を……使う……必…要……は……」

「ユーリ!!気をしっかり持って!!」

 

 しかし、もう虫の息。心臓を破壊してしまったため死ぬのも時間の問題。私の治癒能力では内臓は治せない。ユーリの意識は戻ったのに体を元の状態に戻す事は私では出来なかった。

 

 私が……殺……した……?ユーリ……を……?

 

 この手のうちにある命が……ユーリが死んでいく。それを殺したのは私。

 

「ユーリ……」

 

 ユーリから声が聞こえなかった。もう彼は目を瞑って首が垂れていた。

 

「ああ……あぁ……ああ……」

 

 その事実が心の内側から何かがこみ上げてくる。

 

「いやああああああぁああぁあぁあああぁぁぁあああ!!」

 

 それを押さえることが出来ずに私は……思いっきり叫んだ。言葉が誰も居ないこの戦場に響き渡る。

 私は息のしていないユーリを背骨が折れるくらいに抱き絞めつける。限界を超えた筋肉が痛みを訴えているがそんな事はどうでも良かった。

 

 私がユーリを殺した……私が!!

 

 この現実が私の胸を貫く。それは剣や槍などが貫かれた痛みよりもはるかに痛い。

 

「あああああああああぁあぁあ……ああ……」

 

 息が続かなくなって私の叫び声が萎んでいき、そして、先ほどの天候は嵐に変わったのか荒々しく地面に叩きつかれる雨の音だけがこの場所を包み込んだ。

 

「私が……味方だったユーリを……」

 

 抱きしめていたユーリの身体を離して手を前に添えて地面に仰向けで寝かせる。激しい雨が私の身体を容赦なく貫いていく。心が少しずつ凍りついていく。

 

 私はユーリの前に片膝をついて座る。

 

「世界が……憎い……」

 

 ゆっくりと手をユーリの手に重ねる。

 

「世界を……許さない……」

 

 顔を重ねた手に近づける。

 

「世界に……復讐……」

 

 そのまま雨に濡れない様に俯く。

 

「世界は……残酷……」

 

 顔を上げて手を離して立ち上がる。立ち上がった時に遠くで雷が鳴った。

 

「“世界に不幸な人物を作らせない”」

 

 かつて兄が倒れた後に誓った理想。それは今も変わることはない。

 しかし、“今”の世界では不幸になる人物は途絶える事はない。この世界を変えないと意味が無い。

 

 この世界を変えるために出来る事といいますと……やはり……。

 

「すみません、ユーリ。私は……私は……“ゆりかご”を……起動させます」

 

 一刻も早く聖王のゆりかごに向かうため、ユーリの遺体を引き渡す後詰め部隊を待っている暇は無かった。私はやることをやるべくユーリから踵を翻して走り出そうとした。

 

「オリヴィエ!!」

「っ!!」

 

 しかし、私の背中を大きく叩きこむような必死さの伝わる声がこの嵐のような天候の中、聞こえてきた。私はその声の持ち主を知っていた。

 

「クラウス……」

 

 振り向くとそこに居たのは本来本陣に居る筈のクラウスだった。護衛兵も連れてこないでこのような場所に出てくるべき人物では無いはずだ。それでもここにいるという事は……。

 

「もうその体では無理だ!!オリヴィエは十分やってくれた!!後は私が!!」

「私を心配して下さるんですか?」

「当たり前だ!!」

 

 私を心配して来てくれたのだ。

 荒々しく声を上げるクラウスからは必死さが伝わってくる。本当の事なのだろう。私を思ってくれるのは嬉しい。心から愛している人物からそう言われて悪い気はしない。

 

「ゆりかごに……乗ってはダメだ!!」

「……何故わかりました?」

 

 このタイミングでクラウスからゆりかごの言葉が出てくることに驚きを隠せない。その知った理由を聞きたかった。

 

「最前線の部隊から速達の伝令が来た。ユーリ大佐が敵兵としてオリヴィエ陛下が交戦中だと。死んだと言われていたのユーリ大佐だが、仮に生きていて満身創痍なオリヴィエと交戦しているのが事実だとすると……」

「どちらかが死ぬ……私が生き残ってもユーリを殺した現実が……世界が許せなく、ゆりかごを起動させる……と」

 

 クラウスは私の言葉に頷いた。普段私がこの世界を嫌っている事をクラウスに話をしている。その話をしていたが今の私の考えまでにたどり着くのは流石の思考力だと言える。

 

「無理にでも止めます。これ以上は……」

 

 クラウスは背負っていた両手剣を抜き構える。

 

「……行かせてください」

 

 私も拳を握りしめて構える。後の言葉は不要だった。

 そして、嵐のような豪雨の中、私とクラウスは味方同士なのに武器を交えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

「これが“世界は残酷”だと思った時の出来事です」

 

 オリヴィエは過去話を終わらせて紅茶を一口飲む。この話を聞いた俺は心が重くなったような感覚を得ていた。

 オリヴィエから聞いた話はあまりにも重すぎた。その後の話は前に夢で見たあの対決になってクラウスが負ける。そして、オリヴィエは1人で聖王のゆりかごを起動させたのだろう。

 

「すいません。こんな話はするべきではありませんでしたね」

「い、いや、大丈夫だ。ただ、少し整理させてくれ」

 

 俺はオリヴィエから視線を離し、天井を見上げる。

 

 ……また、俺は安易な気持ちで覚悟を決めていたのか……。

 

 この気持ちは前も味わってきた。アルトリアとの対戦の時。自分の気持ちが弱かったために恐怖に満ちた戦いを味わった。

 

 この覚悟も中途半端なのかな……。

 

 俺は色々と考えて天井からオリヴィエに視線を戻して、手を重ねるようにテーブルに置く。

 

「“世界は残酷”。これはユーリを殺してしまった時に思った言葉の一端です。覚悟を決めるための言葉としては弱いと思いますが……」

「……いや、俺にとっては十分な言葉だよ」

 

 例えオリヴィエにとって軽いと思っても俺にとっては心に沁み込んだ言葉だ。俺には意味あるモノだ。

 

「……今のガイにとってはアサシンのアインハルト……ですか。それに私達が知っている正体不明なバーサーカー。アーチャーのなのはは敵か味方かは未だに分かりませんが」

「……」

「私と同じ結末には行かないでほしい……味方殺しなどには……」

 

 テーブルに置いていた俺の両手にオリヴィエがそっと手を添えてくる。柔らかいその手からは温かい温もりが伝わってくる。それと震えも。

 

「……自分を許せないのか?」

「……そうです」

「ユーリという人物に恨まれているかも知れないと」

「っ!!」

 

 ユーリという言葉にオリヴィエは体を一瞬震わせた。オリヴィエはユーリに対して罪を感じている。それは今になっても変わらない。ユーリを殺してしまったのは自分なんだと。

 しかし、それはオリヴィエからの主観的視点からの感情でしかない。ユーリからの視点を考えていない。

 

「ユーリは……」

「えっ?」

「ユーリはオリヴィエの事を恨んでいるとは思わないけどな」

「ど、どういうことですか?」

 

 やはり、オリヴィエは勘違いをしていた。羞恥心に疎いオリヴィエが男心を分かっているとは思えなかったがこの話で確信した。

 

「好きな人に最期の最後で会えたんだ。ユーリは最期の最後に救われたんじゃないのか。たとえ敵としてあったとしても。俺はそう思う」

「……本当……ですか……いや、そんなはずは……」

「男心って単純なんだよ。たぶん昔も今も変わらないと思う。好きな人の為に色々してやりたいと思うし助けたいとも思ってる」

「……そうなの……ですか?」

 

 オリヴィエが戸惑いの声を出しながら疑問を投げてくる。俺は頷いて言葉を続ける。

 

「だから単純に最期の最後に好きな人に出会えただけでもユーリは救われたはずさ。オリヴィエ、君が悩む必要はないよ」

「……」

 

 オリヴィエは俺の手に手を添えたまま俯いてしまった。俺の言葉を聞いて何を考えているのか分からない。

 今思うと、オリヴィエの手に触れている。それが何となく少し照れくさかった。

 

「……ガイも……」

「んっ?」

 

 手に添えられている手が少し強く握られた。痛みは無い。それは逃げないでという暗示があるかのような。

 

「ガイも……最期の最後で好きな人に会えたら救われますか?」

「……」

 

 俺はその言葉がどのような意味を持っているのか瞬時に分かった。

 オリヴィエは聖王ゆりかごの鍵として人生の最期を迎えた。クラウスと別れてゆりかごに乗ったオリヴィエはきっとその場に誰も居なく寂しい最期だったのかも知れない。

 その最後を好きな人がいて救われる理論を俺で確かめたいのだろう。

 

 俺がそうであると言うとオリヴィエは自分の最期を納得のいく最期になったのだろうか?でも、まあ、嘘はつけんな。好きな人……ねぇ。

 

「そうだな、最期の最後に好きな人に会えたら……嬉しい。それが好きな人の為に頑張れたのなら尚更さ。男心は単純だからこんな単調な答えだけど、女としてオリヴィエは最期の最後はどう思う?」

「私……ですか……」

 

 俺は自分の回答に質問させないために直ぐにオリヴィエ自身へと話の趣旨を戻した。オリヴィエは顔を上げて俺の顔を見る。ほのかに頬が赤い。

 

「わ、私は最後を……1人で迎えました。あの時にクラウスに……来てくれれば嬉しいです。ですが、今は少し違う」

「ん?……あっ……」

 

 オリヴィエは目を少し潤わせて俺を見る。その瞳と頬が赤く染まっているオリヴィエを見ると俺に何かを期待しているように伺えるに思える。

 

 え?え?オ、オリヴィエ?なんでそんな瞳で俺を見るんだ?俺がオリヴィエの最期を看取れと?それって、つ、つまり……。

 

 オリヴィエは俺の困惑した表情から何を感じ取ったのか、ハッと表情を変えて俺から視線と添えてた手を離す。

 

「す、すいません、ガイ。何でもありません」

「あ、あぁ……」

 

 俺も気恥ずかしくなってオリヴィエを視線の外へを外すために首を振る。

 俺とオリヴィエとの間に微妙な雰囲気が醸し出された。気まずい雰囲気というよりもこの場から逃げ出したいような羞恥心が出てくる雰囲気。

 

「ガ、ガイ……お、お腹すいてませんか?夜遅いですけど、よ、良ければ、わ、私が作りますよ。な、何がいいですか?」

「あ、ああ……オ、オリヴィエに任せるよ」

「で、ではアインハルト直伝のオムライスを作りますね」

 

 言うや否やオリヴィエは逃げるようにキッチンへと向かった。

 

 ……そ、そんな行動をすると、勘違いしちゃうよ。も、もしかしてオリヴィエが……。

 

 俺はオリヴィエの行動によって勘違いしちゃいそうだが少しずつ冷静になっていくと、とある結論に達して完全に冷静さを取り戻した。

 

 ……そんな訳ないか。

 

 オリヴィエが俺の事を好きになるはずはない。高貴なオリヴィエが一般な俺に好意を抱くことなんてないのだ。それに生前はクラウスという伴侶が居るのだから。先ほどの表情は何かの勘違いなのだろう。

 冷静さを取り戻し、勘違いした結論を頭の隅において俺は話してくれたオリヴィエの話の中で“世界は残酷”の他に印象に残った言葉を思い出す。

 

“世界に不幸な人物を作らせない”

 

 オリヴィエは確かにこう言った。これは俺の願望である“魔法で誰もが不幸にならない世界を作る”と似ていた。

 

 “誰もが不幸にならない世界……私も似たような世界を望んでいました。聖杯戦争はマスターとサーヴァントの願望が類似している場合、引きあいます。だからマスター、私は貴方にひかれて呼ばれたのでしょう”

 

 オリヴィエを召喚した日に言っていた言葉。俺とオリヴィエは似ている願望だからこそ引きあった。同じ志を持つ同志なのだ。

 オリヴィエと出会ってから幾日も経ったが、今、俺はオリヴィエの願望を知ることが出来た。オリヴィエは俺の願望を知っているが俺は知らなかった。最初から既に俺とオリヴィエはズレていたのだ。

 

 ……けど、オリヴィエの願望を知ることが出来た。これで本当の俺とオリヴィエの聖杯戦争の道のスタート地点に立てることが出来たんだ。随分と出遅れたスタートだがオリヴィエが俺を信用して話をしてくれてよかった。

 

「……ありがとう。そして……頑張ろうな……」

 

 俺はキッチンで一生懸命料理をしているオリヴィエの背中を見て、話してくれたオリヴィエを最期の最後まで信頼しようと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――上空

 

「……っぐ……」

「うっ……はぁはぁ……」

 

 私はアーチャーとの対決で腹部にダメージを受けた。ダメージを受けたのはアーチャーも同じで右肩を左手で押さえていた。

 フルドライブを発動したというのに力は互角。魔弾を飛ばしあい、何度も何度もぶつかり合った。武器を交えた中で1つ理解した。アーチャーは未だ全力を出していない。

 

「ふむ、これほどの力を持って……」

 

 言葉が続かなかった。私とアーチャーを囲むように展開していた三つの盾のうち一つが真後ろに急接近してきた。

 

「むんっ!!」

 

 デバイスである杖のケツの末端を盾の方を見ないで突く。視界からアーチャーを離さないために視線を変える事は出来ない。避ける事も出来るがその行動がアーチャーに先手を打たせてしまう。アーチャーを視線から外すことなく接近してきた盾を迎撃するには受け止めるしかない。

 突いた槍からは固いものにぶつかった感触が伝わってくる。貫通することは無かったが盾の勢いは止める事が出来た。

 

「ぬっ!?」

 

 しかし、それはリスクがあっても避けるべきだと今になって気付いた。いつの間にか体にバインドが絡められていたのだ。突いた盾からロープバインドが現れていた。

 そのまますぐに他二つの盾も私の周りに近づきロープバインドを絡ませる。ちょっとした力では指先も動かす事の出来ない雁字搦めな状態だ。

 

「飛び散った魔力の再収集……」

 

 その間にアーチャーは私から少し離れてカノンにこの空域に散った魔力を収集させていた。

 

 集束砲……か……私の魔力も収集するとは。

 

 カノンの切っ先を私に向けられる。そこには通常の何十倍もある大きさの集束砲の魔弾が収集されていた。

 

「“ヴァリアブル・ブレイカー”。行けるね、レイジングハート」

『了解、マスター』

 

 大気を急激な力で収束されているため異様な音をたてて悲鳴を上げている。これほどの大きさの集束砲を集めて固めて固定するため力がある上に未だにその底が見えない。

 

「……まだだ」

「っ!?」

 

 しかし、ここで私も黙ってそれを受けるわけにはいかない。

 体全体に力を込めて動きだす。バリバリと拘束していたバインドが引き千切れる音高い音がする。強力な拘束力に対抗するために絞められていた部分は痛みを発するが気にする余裕が無い。その間に足の後ろと槍の切っ先に魔力を溜めこみ、槍を構えてアーチャーを見据える。

 

 周りの盾を動かそうとするならそのコンマの遅れが命取りだ。瞬時に近づいて、その喉を引き裂く。

 

「くっ、“ヴァリアブル・ブレイカー”!!」

 

 アーチャーは周りの盾を動かすとやられると分かったのか、盾で拘束せずに集束砲が放たれる。目の前に迫ってくる砲撃は一直線へと私の元へと向かってくる。

 

「“刺突”」

 

 それを私は足元に溜めていた魔力を一気に解放して、槍の切っ先を砲撃に当てるように真正面から飛び込んだ。

 これはアルトリアが最初のバーサーカー戦で見せた風王結界を解放した時の余波で跳んだやり方と一緒だ。それに乗って超高速で移動する。

 足元に溜めこんだ魔力を解放し、槍の切っ先が撃にぶつかる。ぶつかった時の余波で大気がまるで地面に立っている時に地震によって体を揺さぶれるかのように振動していた。

 それだけでも見ると、かなりの魔力がこの集束砲に溜めこまれているのがわかる。

 

「っぐ……」

 

 一瞬、拮抗状態になっていたかと思ったが徐々に押され始めていた。未だに底の見えないアーチャーの力はやはり強大だった。

 このままでは拮抗が破れて、その集束砲をこの体に受けてしまう。この威力だと一発退場だ。

 

 ……全力を持っても……これまでか……。

 

 三度目の死が目の前に訪れても心は清く穏やかだった。死に慣れ過ぎたのかも知れない。

 

 ここで消えるのも私の実力が足りないからか……すまぬ、レジアス……お前の夢は……。

 

 悔いは無かった。実力で負けるとならばその結果は受け入れよう。

 しかし、後悔は残る。成し遂げなければならない事がまだあるのだから。

 

 “マスターの名の元に令呪をもって命ずる。ランサーよ今すぐ霊体化して撤退してください。”

「……っ!?」

 

 諦めかけたその時、脳内にアルトリアの声が響いた。令呪による命令だ。その言葉が聞こえた後、体内を巡っていた魔力が拡散した。それは強制的に霊体化したためだ。私を狙って放った集束砲は空を貫いただけだろう。

 そして、次に視線に入ったのは廃墟だ。しかもここは拠点にしている私の廃墟。目の前には私のマスターであるアルトリアが立っていた。

 どうやら私は令呪の力によって強制的に退去したようだ。アルトリアが私に命令をして一瞬にしてあの戦いから離脱させたのだ。

 

「無事ですか、ランサー?」

「ああ、紙一重で助かった」

 

 アルトリアの手の甲をチラッと見た。令呪を使ったせいか、一画少なくなっている。

 

「すまない、私のわがままで行ったのだが、令呪を使わざるおえない状態まで戦いをしてしまった」

 

 そう、私は戦いの途中で気づいていた。アーチャーには敵わないと。全力で挑んだはずなのにアーチャーは未だに力を隠していた。それが先ほどの戦い。誰が見てもアーチャーの方が有利だと言える戦いだった。それを令呪で退却させなければならないほどまで戦ってしまった。

 そこが申し訳なかった。いかなる罰をも受け入れよう。私は覚悟を決めていた。

 

「いえ、私はむしろゼストの戦いを見て安心しました。こうして離れて上空の戦いのモニターを見させてもらいましたが私と同じく真っ向勝負をする騎士なんだと知って良かったと思っています」

「むっ……」

 

 本来なら貴重な令呪をわがままで使わせてしまった事に対して怒り出すのが普通なのだが、アルトリアは怒りの表情は無く、むしろ親近感を得たように優しく微笑んでいた。

 

「怒らないのか?無駄に令呪を使わせてしまった事に」

「ええ、初めてゼストの戦いをじっくり見せてもらいましたのでここで令呪を使ったのは間違いないと思っています。怒る理由はありません」

「……そうか……」

 

 かの円卓の騎士は騎士王に対して決して友好な状態では無かったと聞く。

 完璧と謳われた湖の騎士ランスロットは王紀ギニヴィアとの不義の恋とモードレットの思惑にによってカムランの落日を招いた“裏切りの騎士”とも言われてしまった。忠誠心はあったのだろうが友好関係であったというわけでも無かったのだろう。

 そして、モードレットは父親であるアーサー王から継承されなかったが為にカムランの丘でアーサー王を打倒のために反乱軍を立ち上げた。結果としてアーサー王の光栄の物語に、最後の最後で泥をかぶせる稀代の悪党となった。そこに親子関係どころか友好関係などありもしない。

 いろいろと憎い対象となった騎士王は周りから人の心が分からないと言われ孤独を生きていた。

 

 ……そんな伝説と目の前にいる人物はまるで違うな。この前の聖杯戦争にも参戦したと聞く。死後の戦いを進んでいくにつれ、周りの心を知ろうと努力しているのか。そして、今度こそ国を……。

 

「……お前の夢は……変わらないのか?……その積み重ねてきたモノを引き換えにして無かった事に」

「……私は……全てを戻したい……それは変わらない……変わらないのですが……」

 

 アルトリアは私の問いに歯切れを悪くしたような戸惑いさを表情に出した。そのままアルトリアは私から視線を逸らす。

 

「前々回の聖杯戦争で出会った英霊たちとの狂宴。前回の聖杯戦争で士郎や凛、アーチャーに出会い、そして、今の聖杯戦争をゼストやガイを見て少し戸惑っています……この願いが本当に私の願いであっているのかと」

「……」

 

 今まで貫いてきた願望に疑問を持ってしまった今のアルトリアは王ではなくただの小娘となって悩んでいた。いくら武術や剣術に長け騎士王と言われたとしても1人の人物なんだ。苦悩もするし過ちもする。様々な人に出会ってその心境は変わる事もあるのだ。

 

「それを決めるのは自分自身だ。時間があるのならじっくり考えるべきだ」

「……ええ、そうですね」

 

 自分の願望は自分で決めるべきだ。私が助言を言ったところで最後に決めるのは自分だ。その心を……願望を固めるのは己自身で決める事が一番なのだ。

 

「……すまぬ、私の失態から随分と離れてしまった」

「いえ、お気になさらずに。ただ一つだけお願いしたい事があります」

「ん?何だ?」

 

 アルトリアの真っ直な瞳が私を見つめる。

 

「危険な場所へ行くのなら私も一緒に行かせてください。ゼストだけ危険な目に遭わせるわけにはいきません」

「むっ……」

 

 その声には張りがあり芯があり、そして温かい心があった。心配と危険な事はしないでくれというアルトリアの心の気持ちが目を見るだけで分かる。

 

「ああ、努力しよう」

「はい。お願いします」

 

 そこでアルトリアと出会って初めてアルトリアは愛嬌のある無垢な笑みを浮かべた。二十代の時にこの笑顔を見たら惚れていただろう。

 

「少し休ませてくれ」

「はい」

 

 私は軽く笑みを返して霊体化した。

 

 すまない、アルトリア。その約束はきっと守れないだろう。

 

 しかし、心の中ではアルトリアに謝罪した。その約束を守っていては聖杯へたどり着く事は出来ないのだと確信していたのだから。




 ゼストとアルトリアの年の差恋愛フラグが……立つかなw?

 自分はstrikersでゼストが気に入ってます。生き様がカッコイイしユニオンヴィータを吹っ飛ばせるほどの実力だしね。

 ここから先はお前が主人公だ(まてw

 オリヴィエの過去編は本作で次で触れられるところですね。今月号買いに行かないと。(投稿日2013/8/25)

 クラウス以外にも重要人物ががが……。無理に組み込むと変になるので軽くね……軽くだよ……ま、魔女なんか入れないよ!!

 ここまで読んでくれて何か一言あると嬉しいです。今後もよろしくお願いします。


















fateのモードレットの立ち絵にグッときましたw


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