うみねこのなく頃に《虚無の魔導師》 (蛇騎 珀磨)
しおりを挟む

第一の晩

第一の晩(1)

 

 

 

 白い部屋...。何もかもが白い部屋。

 この場所に留まり続けて、人間の寿命の100倍は余裕で超えた。もう《死神》でいるのは疲れた。

 今まで訪れた『世界』の数々。それのどこかにヒントがあった筈なのだ。

 

 もう一度訪れてみよう。

 俺が死ねる条件を探しに......。

 

 どこがいいだろうか。

 んー...。とりあえず、あそこにしよう。

 綺麗に咲く薔薇がある庭園。黒魔術かぶれの老人が住む屋敷。そこで起こる惨劇を笑う魔女がさまよう島。

 

「六軒島。場所は、薔薇庭園」

 

 俺の声に反応して、白い部屋に白い扉が現れる。

 やけに古びている取っ手を持つとギシギシと軋む。...やべ。壊れないように、そっと引き開く。その先の薔薇庭園に足を踏み入れると、物語は始まった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 雨が降っている。風も強い。周りにある木々がしなり、ザワザワと音をたてる。そんな中でも、ここの薔薇庭園は美しく思えた。

 

「もう少し前の方が好きだったかな。ま、これはこれで...」

「おい!」

「それにしても、風が強いな。せっかくの薔薇がなぎ倒されなければいいんだが...」

「おい! 聞いてんのか!」

 

 五月蝿いな。今は薔薇を見て楽しんでるんだ。邪魔するな。......でもまぁ、ここで返事をしないと話が進まないんだろうな。

 

「つかぬ事を伺うが、あんたは右代宮の人間か?」

「お前は誰だ。黙秘は認めねえ」

「俺は、金蔵とベアトリーチェが招いた客だよ。ほら、これがその招待状だ。危険物は入ってない。確認してくれ」

 

 懐から取り出した封筒をひったくられた。

 乱暴だなぁ。昔の俺だったらキレてるところだ。

 ちゃんと封筒には、右代宮家の証である《片翼の鷲》が描かれている。封蝋の印も、当主の指輪によるものだ。これらは全て本物。【赤】で宣言しても問題無い。

 

「確認は終わったか? じゃ、屋敷に入ろうか。いつまでもこんな雨の中に居たんじゃ、風邪を引いてしまいかねん」

「──お前、本当に何者なんだ?」

「ふっ...。お前と同じ右代宮の人間だよ。──留弗夫」

 

 右代宮 留弗夫。金蔵の二人目の息子。

 おーおー。驚いた顔は金蔵とよく似てるな。

 屋敷に戻ったら詳しく話すことを約束し、俺たちは薔薇庭園を後にした。

 

 

 

 

 屋敷の扉をくぐった先は、昔と変わらない景色だった。

 壁も天井も床も...。昔と変わらず豪華な装飾で彩られている。

 

「懐かしいなぁ」

「......」

 

 この屋敷に来るのは何年ぶりだろうか。そんな風に懐かしんでいると、横からタオルを差し出される。

 

「源次か。ありがとう」

「ようこそ、おいでくださいました」

 

 タオルを受け取り、深々と頭を下げた男の名を呼ぶ。

 こちらの様子を伺う留弗夫の視線が気になるが、俺は「今、屋敷内にいる全員を呼んでほしい」と源次に使いを頼む。一人一人に説明するのが面倒だ、と付け足すと、源次は深々と頭を下げて踵を返す。

 

「俺からも頼むぜ源次さん。皆には、“19人目がいた”と伝えりゃいい」

 

 留弗夫の付け足しに源次は再び頭を下げ、短く返答する。その、一つ一つの動作には隙が無く綺麗だと関心させられた。階段を駆け上がって行く源次の背中を見送り、再び留弗夫と2人きり。空気が張り詰める。

 

「............寒っ」

 

 長く雨に打たれたせいだろう。全身の毛穴が縮こまり、体をブルブルと震わせる。濡れた髪や体を拭い、雨をたっぷり吸い込んだ上着も脱いだ。ミシ......と右肩の“接続器具”が少し痛んだ。直に慣れるといいんだが...。

 

「お前、その腕は...」

 

 留弗夫が、俺の腕を見て声を詰まらせる。

 驚くのも無理はない。俺の右腕は偽物...義肢だ。それにしても、初めて見る奴は同じ反応をするんだな。若い頃の金蔵を思い出す。あいつも、目を丸くしていたな。留弗夫と一緒で、人に指差して。

 とはいえ、この腕を失った経緯を話すつもりはない。『こことは違う世界』で失くしたと言ったところで、誰が信用するというんだ。

 

「昔、事故でな......」

 

 伏し目がちに告げると、留弗夫もそれ以上は追及しようとはしなかった。

 ふと視線を外した先に、小さな女の子がいた。確かあの子は...。その子に話し掛けようと近寄る。留弗夫の静止を強要する声は無視した。親族たちが集まるまでの暇潰しにするだけだ。

 女の子も俺に気付いたらしいが、その表情は強ばり、子供らしい無邪気さは感じられなかった。俺の動作に一々反応して、体まで強ばらせる。そのビクビクする姿は、ドSの本能をくすぐられる。...だから子供は好きなんだ。

 

「こんにちは、真里亞。俺は《森の狼さん》...ベアトリーチェの友人だ」

「!? ......うー。マ、ママが知らない人とお話ししてはイケマセンって言った...」

 

 んー...。

 真里亞と会うのは初めてじゃないんだがなぁ。覚えてないか。

 

「なら大丈夫。俺は《狼さん》だから、楼座には叱られる事はない。......だが、もし叱られそうになっても、俺が魔法で止めてやろう」

 

 『魔法』と聞いて、ようやく真里亞の顔が上がった。その表情は、驚きつつも嬉しそうに目を輝かせている。

 

「狼さん、魔法が使えるの!?」

「ベアトリーチェの友人だと言ったろう。忘れたのか、俺とは以前にも会ったことがあるぞ。《原初の魔女 》」

 

 そこまで言ったところで、上の階から人の群れが駆け下りて来た。地響きのような足音が鳴る。

 顔ぶれは、やはり右代宮家の親族たちだ。

 

「19人目がいたって本当なのっ!?」

「真里亞ちゃんの側におる奴がそうか!」

「ま、真里亞っ! その人から離れなさい!」

 

 ──絵羽、秀吉、楼座。

 

「貴方は、一体...何者ですか?」

「あれは......義手? あれに刻まれてるのって...」

「あいつが...あいつが嘉音くんと父さんをっ!」

 

 ──夏妃、霧江、朱志香。

 

 発言した順に名を上げるなら、こんな感じか。

 あと、驚いて声にならない様子の青年が2人。戦人と譲治だ。これで全員?......何人か足りないな。

 

「源次。これで全員か?」

「はい」

 

 ......なるほど。第一の晩は終了したのか。

 源次の説明によれば、ここにいない人間は7人。金蔵と蔵臼の他、使用人の熊沢、紗音、嘉音、郷田。金蔵の主治医の南條。

 ──さて。睨んでくる親族たちに説明するとしようか。

 

「俺の名は、右代宮 狼銃。金蔵と魔女ベアトリーチェの友人だ。言いたい事か聞きたい事があるなら、順番に頼む。一応、全員の顔と名前は覚えているつもりだが、一人一人確認させてもらう」

 

 勝手な事を言っている自覚はある。

 おー。皆、怖い顔してるなぁ。

 

「最初の確認だけど、貴方、本当に右代宮家の人?」

「ああ。あんたは霧江...だな?」

「あら、本当に知ってるのね」

「一応は、な。因みに、アンタは留弗夫の後妻なのも知っている」

 

 冷静を装っていた表情が崩れる。が、一瞬で元に戻る。ドS仲間。......そう思っているのは俺だけだろうな。

 

「それで? 貴方が右代宮の人間である証拠は?」

「この義肢を見ればわかるだろう」

 

 俺は右腕を前に突き出す。義肢に描かれているのは《片翼の鷲》。右代宮の人間である証拠だ。

 

「それだけじゃ納得いかないわ!」

「絵羽か。...なら、どう証明したらいい?」

「っ...! そうだわ、お父様の碑文。お父様の友人なら、あの碑文の事は知っているはずよねぇ?」

 

 碑文。碑文ねぇ...。あんな言葉遊びが、碑文。

 ──笑える。

 それを黄金の隠し場所を示す鍵にする金蔵も、未だに解けずにいるコイツらも。──笑える。いや、我慢だ我慢。

 

「お安い御用だ。そんなものでいいなら、いくらでも」

 

 

『懐かしき、故郷を貫く鮎の川。

 黄金郷を目指す者よ、これを下りて鍵を探せ。

 川を下れば、やがて里あり。

 その里にて二人が口にし岸を探れ。

 そこに黄金郷への鍵が眠る。

 

 第一の晩に、鍵の選びし六人を生贄に捧げよ。

 第二の晩に、残されし者は寄り添う二人を引き裂け。

 第三の晩に、残されし者は誉れ高き我が名を讃えよ。

 第四の晩に、頭を抉りて殺せ。

 第五の晩に、胸を抉りて殺せ。

 第六の晩に、腹を抉りて殺せ。

 第七の晩に、膝を抉りて殺せ。

 第八の晩に、足を抉りて殺せ。

 第九の晩に、魔女は蘇り、誰も生き残れはしない。

 第十の晩に、旅は終わり、黄金の郷に至るだろう。

 

 魔女は賢者を讃え、四つの宝を授けるだろう。

 

 一つは、黄金郷の全ての黄金。

 一つは、全ての死者の魂を蘇らせ。

 一つは、失った愛すらも蘇らせる。

 一つは、魔女を永遠に眠りにつかせよう。

 

 安らかに眠れ、』

 

 

「───我が最愛の魔女ベアトリーチェ」

 

 一言半句、間違いは無い。

 俺の隣りで、小さな手で拍手をする真里亞以外は、“絶句”という言葉が似合いそうなほど呆然と立ち尽くしていた。

 

「納得していただけたかな? 次は、俺からの質問だ。──他の奴らはどうしたんだ?」

 

 ただの確認のつもりだったんだが、彼らには違うように聞こえたらしい。俺の質問をかき消す勢いで、少々口が悪い声が「ふざけんな」と割り込んだ。声の持ち主は少女。名を朱志香という。

 

「お前が、父さんと嘉音くんを殺したんだ!」

「何の話だ。俺は客として来ただけだぞ。よかったら話してくれないか──」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「──ベアトリーチェ」

 

 視界が変化する。

 目の前に広がっているのは玄関ホールではない。俺の居た世界によく似た白い部屋だ。

 久しぶりに会う友の名を呼ぶと、そいつは嬉しそうに駆け寄って来た。

 

「ロー! ローではないか!」

 

 俺を「ロー」と愛称で呼ぶのは彼女くらいだろう。

 彼女の名は、魔女ベアトリーチェ。金髪に蒼い目。真紅のドレスを身にまとっている。

 

「元気だったようだな。順調か?」

「うむ。だが、やはり奴の魔法を否定する力は侮れん」

「それはそれは...やりがいがありそうだな」

 

 ベアトリーチェが視線を移す先に、今にも襲いかかって来そうなほど睨んでいる人間──右代宮 戦人の姿があった。

 やはり、戦人は金蔵の若い頃によく似ている。ただ違うのは、魔法を否定している事だけだろうか。

 

「ゲーム盤の外で会うのは初めてだな。右代宮 狼銃こと、ローガン・R・ロストだ。好きに呼んでくれ」

 

 左手を差し出す。が、弾かれた。

 拒絶。嫌悪。疑念。不信。その全ての感情をごちゃ混ぜにしたような眼差し。その手に握られているのは、子供むきの髪留め。

 

「......ゴアイサツ、だな」

「うるせぇ。俺は、魔法も魔女も信じねえ。お前は誰だ!!」

「そう興奮するなよ...。ちゃんと答えてやるから」

 

 俺はその辺の椅子に腰を下ろす。少し腰をズラして、背もたれに寄り掛かって足を組んだ。ベアトリーチェが続き、ようやく戦人も腰を下ろした。

 独りでに現れる紅茶や菓子を手に取りながら、俺はもう一度名乗った。

 

「...俺はお前を知らない」

「そりゃそうだ。この『世界』では、お前と俺は過去に出会った事はない。むしろ、イレギュラーは俺の方だ」

「お前、どっち側なんだ?」

「中立だ。どちら側の味方でもない。目的の為に、この『世界』に来た。...まあ、《虚無の魔導師》なんて呼ばれてはいるがな」

 

 他にも、《死神》だの《狭間の住人》とも呼ばれていると伝える。戦人の眉間のシワがより深くなるが、嫌悪は薄まった気がする。

 

「......単刀直入に言うと、今回のゲームは俺が引き継がせてもらう」

「はあ!?」

 

 当然の反応だな。ベアトリーチェとのゲームは始まったばかり。そこに急に現れた部外者に、ゲームを乗っ取られでもしたら...。こんな心境だろうか?

 

「安心しろ。俺が引き継ぐのは出題者の方だ。このゲームに勝てたら、ベアトリーチェに勝ったのと同じにしてやるよ」

「ほ...本当かっ!? 俺は帰れるんだな!」

「ただし、負けた時は俺の言う事を聞いてもらう。...どうだ? 悪い話じゃないだろう?」

 

 手に取った紅茶を飲み干し、戦人の返事を待つ。俺にとっては、勝っても負けても同じ事。迷う必要はないと思うんだがな...。戦人は、何を迷う?

 三杯目の紅茶を飲み干したところで、戦人の答えは出た。

 

「そのゲーム、受けさせてもらう」

 

 決意が浮かぶ眼差しに、口の端が上がった。

 戦人は、手に持つ髪留めに「もうちっと、待っててくれよ」と小さな声で囁いた。

 

「じゃあ、俺のゲームを始める前にこれまでの出来事を説明してくれ。頼んだぞ、ベアトリーチェ」

 

 気合いが入った返事をしながら、ゲーム盤上の指し手を巻き戻す。

 一手目、六軒島。薔薇庭園にて、ゲームの開始を告げる。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

第一の晩 (2)

 

 

 

 

 1986年10月4日。六軒島、薔薇庭園。

 

 港から続く小道を駆け上がる影が4つ。先陣を切って薔薇庭園に足を踏み入れたのは、最も幼い少女だった。

 

「うー! 真里亞がいっちばーん!」

 

 その後ろから年頃の少年少女、最後はやや太り気味の青年が遅れて辿り着いた。更に、その後ろから大人たちが続く。久しぶりに会えてはしゃぐ子供たちに、それぞれ思い思いの言葉を口に出していた。

 そんな彼らを出迎えるのは、薔薇庭園と1人の使用人。華奢な体格の少年。その少年が頭を垂れ歓迎の挨拶を済ませると、ただ1人首を傾げた少年に、真里亞が紹介を始めた。

 

「戦人、戦人。嘉音だよ」

「へぇ。嘉音くん、っていうのか。俺は戦人。よろしくな」

「はい...よろしくお願い致します。では、僕は他に仕事がありますので失礼します」

「あ、おい......」

 

 戦人の呼び止めに応じることもなく、嘉音は足早に去って行く。横から、少女...朱志香がフォローするくが、戦人は気にしていない様子で諭した。

 それからは、子供たちと大人たちで分かれて行動する。数年参加していなかった戦人は、真里亞と一緒になって走り回った。そこで紗音とも再開し、雲行きが怪しくなってきた為にゲストハウスへと引き上げたのだった。

 

「あれ? 真里亞は?」

 

 ふと、後ろを振り返ると真里亞の姿が無かった。

 きっと母の楼座の所だろう、と結論が出て、再びゲストハウスへと足を運んだ。

 

 

 

 

 数時間後。雨風は激しくなり、窓の外は真っ暗だった。

 ゲストハウスにある通称いとこ部屋には、戦人、朱志香、譲治の3人が居た。カードゲームで戦人が1人勝ちしている真っ最中だ。

 

「紗音ちゃんも嘉音くんも来ればよかったのにな」

「無茶言うなよ。今年は使用人が少なくて手が回らないんだ。紗音も嘉音くんも遊んでる暇は無いってさ」

「確かに、今年は少ないね。以前は、あともう3、4人はいたと思うよ」

「ふーん...」

 

 ──コンコン。

 ノックの音に返答すると、扉の向こう側から嘉音の声がした。食事の用意が済んだ為、本館の食堂へ来てほしいとの事だった。3人が支度を始めると、扉の向こう側にいた嘉音が顔を覗かせ、キョロキョロと辺りを見渡す。どうしたのか尋ねると、少し焦りを見せた。

 

「真里亞様は、御一緒ではないのですか...?」

「いいや。俺たちは楼座おばさんと一緒にいると思ったから」

「楼座様が、皆様と一緒だろうから...と」

「なんだって!?」

 

 互いに顔を見合わせ、最悪の事態を想像してしまう。

 急いでゲストハウスを飛び出し、全員で真里亞を探し回った。その際、同じく真里亞を探す楼座と会い、最後に見たという薔薇庭園での捜索が始まった。

 数分後、白い傘をさす真里亞を見つける事が出来た。

 真里亞曰く、傘はベアトリーチェから借りた物であるらしい。嬉しそうに話す姿を見ながら、戦人も朱志香も譲治も楼座も、本気にはしなかった。

 

 

 

 夕食が済み、食後のお茶を楽しむ皆を凍りつかせたのは、真里亞が取り出した一枚の封筒。それには《片翼の鷲》が描かれ、当主の指輪の封蝋が押されていた。誰が尋ねても、真里亞は「ベアトリーチェに貰った」と答えた。いくら聞いても埒があかない、と秀吉の提案で手紙の内容を読み聞かせてもらうことになった。

 

「じゃあ読むね、うー!

 

『拝啓、右代宮家の皆々様方。

 私、右代宮家 顧問錬金術師を務めますベアトリーチェと申します。長年、契約の下 右代宮家に仕えて参りましたが、先刻 金蔵様より契約の終了を受け、これを受理致しました。

 よって契約に従い右代宮家の財産や家督は全て回収させていただきます。右代宮家の全財産は私の物となるのです。

 ですが、金蔵様は皆様にもチャンスをお与えになりました。内容は以下の通りです。

 

【契約条項】

 六軒島のどこかにある隠し黄金を探し当てた者を次期当主と認め、ベアトリーチェは財産を回収する権利のを失う。

 

 隠し黄金の在処は、我が肖像画の碑文にて記してあります。

 では、今宵がいい思考論争の夜になることを祈って。

 

追伸

 明日、客人を招いておりますので手厚い歓迎をお願い致します。

 

《黄金のベアトリーチェ》』......」

 

 スラスラと文章を読み上げた真里亞が満足気に顔を上げた。誰かが噴き出したのをきっかけに、その場にいる全員が笑い声を上げた。手紙の内容と、それを信じる真里亞の幼さを嘲笑う。

 

「手の込んだイタズラだな。誰が思いついたんだ? どうせ、戦人なんだろ?」

「何言ってんだよ親父。俺たちは真里亞を探すまでずっと3人でゲストハウスに居たんだぜ? 親父たちの誰かじゃねえのか?」

「馬鹿言え。こちらとちゃ、兄弟仲良く話し合いの真っ最中だったぜ。親族じゃないとなると...使用人の誰かじゃねえのかい?」

 

 名乗り出る者はいない。全員が顔を見合わせて、首を傾げる。

 

「......え?」

「お、おいおい。全員違うって言うつもりかよ」

「もしかして...じい様、とか? ......なあ、真里亞。俺にもその手紙をみせてくれよ」

 

 この場に居る者じゃないとすると、残っているのは未だに書斎から出て来ていない金蔵のみ。真里亞は、大好きなベアトリーチェから貰った手紙を快く戦人に渡す。その内容が変わるわけもなく、金蔵の筆跡かどうかを確認したいと騒ぐ大人たちに手紙を奪われた。

 封筒も封蝋も、金蔵が使用する物と同じであると確認され、筆跡は違うと分かり、大人たちの顔色はしだいに悪くなる。

 

「この、客人てのは何なんや。蔵臼義兄さんは知ってはるんでっか?」

「分からん。だが、これは早急に親父殿に聞かねばなるまい!」

 

 大人たちは食堂を飛び出して行く。出遅れた楼座と子供たちと使用人が取り残された。静かになった食堂は、その広さ故にガランとして更なる沈黙を醸し出している。楼座は、戦人たちにゲストハウスへ戻るように告げ、他の大人たちの許へと向かった。

 ゲストハウスへの向かう道。浮き足立って歩く真里亞に、不思議そうに戦人が声をかけた。

 

「どうしたんだよ。やけにご機嫌だな」

「まだ内緒。明日になったら分かるよ! きっひひひひ...」

「へ、へえ...」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 10月5日。

 

 外は相も変わらず曇天。やや小降りとはいえ、雨は止む気配さえない。そんな早朝の風景を眺めながら、夏妃は溜め息を吐いた。

 廊下に出て、違和感を感じ取る。

 いくら早朝とはいえ、静か過ぎた。使用人たちは何をしているのか...。夏妃の眉間に深いシワが刻まれる。

 

「まったく......」

 

 昨夜の手紙の件で寝不足気味。無理矢理付き合わされた使用人がいたのかもしれない。だが、そんなことは関係なく突っついてくる者もいる。この親族会議の日は、いつも以上に気が抜けないというのに...。

 

「おはようございます、奥様」

「源次ですか...。何かあったのですか? 他の使用人たちはどうしたのです?」

「それが......どこにも姿が見えません。旦那様と南條先生もいらっしゃいませんでした」

「主人もですか!?」

 

 こんな早朝からどこに?

 夏妃の疑問に答えるように、源次は屋敷中を見回ったことを告げる。そして、礼拝堂に不思議な魔法陣が描かれていたことも...。

 

「あの礼拝堂は、お義父様が造らせた大切なものと聞いています。誰の仕業なのかは分かりませんが、これはお義父様への侮辱に値します。──それで...中は確認したのですか?」

「礼拝堂には鍵が掛かっておりましたので、使用人室のキーボックスを確認したところ、このような物が」

「これは!?」

 

 懐から取り出されたのは、昨夜の手紙と同じ物だった。違うのは手紙の内容。

 

 『我、少女の籠の底にて眠る。』

 

「何ですかこれは。少女とは、誰のことです?」

「少女なら、朱志香ちゃんか真里亞ちゃんじゃなぁい?」

 

 癖のある話し方、声。夏妃の頭痛が酷くなる原因の一つ。絵羽の嫌味混じりの挨拶を受け流し、夏妃は手紙を見せた。

 

「昨日の手紙と同じ物みたいね。...やっぱり、本人たちに確認するべきだと思うわ。特に、真里亞ちゃんはね」

 

 絵羽の言う事に同感する。

 真里亞は一度、ベアトリーチェを名乗る誰かに手紙を貰っている。もしかしたら、その時に鍵を貰っていたかもしれない。

 

「源次。人手を集めて礼拝堂へ向かいなさい。私は、ゲストハウスに行って確認してから行きます。絵羽さんも、同行をお願いできますか?」

「ええ」

 

 源次は、秀吉を引き連れて礼拝堂へ。

 礼拝堂の扉には、落書きにしては程遠い魔法陣が描かれていた。

 夏妃は、絵羽と共にゲストハウスへ。

 既に起床していた楼座、朱志香、譲治、戦人に事情を説明し、真里亞を起こして確認する。真里亞は、満面の笑みでそれを肯定した。

 

「うー!真里亞、手紙持ってるよ! ベアトリーチェがね、言ったの。明日、誰かが取りに来るから持っていなさい、って。はい!」

「同じ手紙...」

 

 その中身は、一本の鍵。まさしく、礼拝堂のソレだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「なるほど。そこで、6人の死体を発見するに至る、と...」

 

 いつもの空間。ゲーム盤を前にして、ベアトリーチェ、戦人、俺の3人で囲む。

 

「因みに聞いておくが、6人は...蔵臼、南條、熊沢、紗音、嘉音、郷田、でいいんだよな?」

「妾に復唱要求か?」

「正しくゲームを進めたいなら、応じた方が身のためだと思うがな」

 

 『こんな世界』で死にたくはないだろう?

 そんな俺の微笑に、ベアトリーチェは苦笑で返す。

 戦人は不思議そうに首を傾げた。

 

「よかろう。応じようぞ。

【礼拝堂の6人は、蔵臼、南條、熊沢、紗音、嘉音、郷田である】」

「礼拝堂の中を確認したのは誰だ」

 

「【源次、秀吉、絵羽の3人だ】

夏妃は、蔵臼の死体を見た後ずっと泣き続けておったわ」

 

 ふむ。なんとなく見えてきたな。

 何故、留弗夫と霧江は参加しなかったのかが気になるところだが...。

 

「[青]を使用。

[死体発見時、留弗夫と霧江は参加していない。理由として上げるなら、6人を殺害後その場に留まり内側から鍵を掛け、死体発見の混乱に乗じてその場に紛れた]」

 

「残念でしたあ!

【留弗夫と霧江は、死体発見時までずっと自分たちの部屋の中にいた。】

妾の施した結界によって、留弗夫と霧江は部屋から出られなくなっていたのよ!」

「あっそ......」

 

 ま、そうだろうな。結界云々は無しにしても、【赤】で言った事に偽りは無い。【赤】は真実のみを語る、だ。

 さて、この後から俺がゲーム盤を引き継ぐわけだ。

 どんな盤上にしてやろうか......。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二の晩

第二の晩 (1)

 

 

 

 

 さて。そろそろ、ゲームを再開するとしようか。

 だが、その前に...。

 

「なあ、戦人。その髪飾りは妹のだろう? 何故、お前の手にあるんだ」

「妾が説明してやろう!!」

「お前には聞いてない。黙って座ってろ」

「............」

 

 焼けたペンチでぶちぶちと...とでも言うつもりだったんだろうが、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。

 この戦人が、どの『世界』から来たのか。

 俺の狙い通りに選ばれた戦人なら、その髪飾りは手に入れていないはずなのだ。だが、現に戦人はそれを手にしている。...どういうことだ? しくじったか?

 

「お前、縁寿を知ってるのか!?」

「...ん? あ、ああ。それで、それはどうしたんだ?」

「これは、縁寿から預かったんだ。あいつだけ直前で来れなくなったからな。“縁寿の代わりだと思って連れてって”...ってな」

 

 よかった。しくじってなかった。

 

「じゃあ、さっきの[青]は分からなかったんじゃないか?」

「いや。【赤】も[青]も、ベアトから説明を聞いてるぜ?」

「......お前、どこまで知っている?」

 

 確実にしくじった。目の前にいる奴は、俺の選んだ戦人とは違う。どこで照準がズレてしまったのか...。俺は、その後に戦人の口から聞かされたことに耳を疑った。

 この戦人は、【赤】も[青]も知っている。それだけではない。ノックスの十戒も、ヴァン・ダイン二十則も知っていた。ありえない。そこまで知っていて、何故解けない? こいつは、何がしたいんだ。

 

「ベアトリーチェ。今まで【赤】で宣言したことを、もう一度確認させろ。戦人に説明したこと、全部だ!」

「う、うむ...。

【赤は真実のみを語る。】

【礼拝堂の鍵は一本しか存在しない。】

【マスターキーは五本しかない。】

【六軒島には九羽鳥庵という隠し屋敷が実在する。】

【1967年の六軒島の隠し屋敷に、人間としてのベアトリーチェが存在していた。】

【六軒島に19人以上は存在しない。】

【右代宮 金蔵は、全ゲーム開始時以前に死亡している。】

【この島には18人以上の人間は存在しない。】

......以上だ」

 

 以上? 戦人の出生については【赤】で語ってないのか。

 .........ああ! 完全にしくじった!

 ここは、俺が予定していた『世界』じゃない。戦人だけじゃなく、全てがズレている。だから、ロノウェもワルギリアもいない。干渉出来ない。

 

 面倒くせえ......。

 

「ま、いっか」

 

 俺は、目的が果たせればそれでいい。むしろ、[青]も十戒も二十則も理解出来ているなら、退屈凌ぎのゲームも少しは面白くなるだろう。

 

「では、今までの【赤】を踏まえて...。俺のゲーム、存分に楽しんでくれ」

 

 俺の初手。動かすのは、俺自身の駒。場所は、厨房。俺の駒の周りには、絵羽、楼座、真里亞の駒。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 視界が元に戻る。身動きが取れない。どうやら、柱に括り付けられているようだ。

 

 ......ああ。思い出した。

 結局、真里亞に懐かれはしたものの他の親族には不審がられ、最低限動ける程度に両手両足を縛られた。

 俺が缶詰めだけでは腹に満たらず「厨房でおにぎりでも作ってくる」と申し出たところ、懐いた真里亞が付いて来ると聞かず、保護者の楼座と護身術が使える絵羽が同行することになった。それで柱に括り付けられ、目の前では絵羽と楼座のおにぎり創作合戦が繰り広げられている。

 

「狼さん。ほら、真里亞も作ったの。食べさせてあげるね」

「おー。また立派なモノを......」

 

 身動きが取れない俺のために、真里亞が自分で作ったおにぎりを差し出す。が、大きいな。一口では無理だ。砂遊びなんかで覚えたであろう塊。大きく口を開きかぶり付く。

 うん。塩辛い。そして、中には何の味も──強いて言うなら、米の味しかしない。

 まあ、初めてならこんなものだろう。

 

「旨い旨い。......だが、惜しかったな」

「うー?」

「真里亞、これを作る時に呪文は唱えたか?」

「呪文? うー...。唱えてない」

 

 真里亞は肩を落とす。

 まあ、そう落ち込むな。教えてやるから...。

 

「まだ米は残っているか?」

「うー。少し残ってる」

 

 よし。それを使おう。俺は、その米を使うように促す。

 真里亞は、その小さな手に納まるくらいの米を乗せ、俺の指示に合わせておにぎりを作っていく。大体形になってきたところで、一旦手を止めさせる。

 

「そこで呪文だ。“おいしくなれ”...これだけだ。ほら、握ってみろ」

「うー!! おいしくなぁれ♪おいしくなぁれっ♪」

「さあさ、想像しなさい。あなたの生まれ変わる姿を、思い浮かべてごらんなさい」

 

 真里亞の手の中から黄金の蝶が現れる。今はこの小さな一匹しか呼び出せないか。まあ、正式に引き継いだわけでは無いし、真里亞のおにぎりの大きさなら、このくらいが丁度いい。それに、楼座はまだ魔女の真里亞を認めてはいない。戦人には劣るが、彼女も毒素の塊には変わらない。絵羽は魔法を忘れたかつての魔女。どう反応するか分からないな。

 どうやら、創作合戦も決着がついたようだ。

 大きめの皿に、山のように盛られたおにぎりの数はほぼ同じ。というか、そんなに作って誰が食べると思ってるんだ。

 冷静に戻った2人が、申し訳なさそうに俯いた。

 

「ママ、見て。狼さんと作ったの。食べて、食べて!」

「......ま、真里亞。ママが食べていいの?」

「うー!」

 

 小さな手に、小さな丸いおにぎり。俺が持っている食べかけの大きなおにぎりを見て、楼座の表情が穏やかになる。

 娘の女の子らしい行動に安堵しているようにも見えた。

 

「──おいしいわ。ありがとう、真里亞」

「本当!?」

「ええ。とってもおいしい!」

 

 楼座が笑うと真里亞も笑顔になった。

 さて...問題は、この山盛りのおにぎりたちをどうするか。流石の俺でも、いっぺんにこの量は気が引ける。...無理ではないが。

 いい雰囲気の親娘をそっとしつつ、俺を括り付けていたロープを解いた絵羽に広間へ運ぶことを提案する。育ち盛りの奴もいるし、と二つ返事で了承した。

 広間へ運ぶと、皿の大きさと山盛りのおにぎりに爆笑が起こった。作り過ぎだろ!と皆が口を揃えて言う。作ったのは俺じゃない。だが、ここはあえて黙っていよう。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「おい、ベアト。アイツは何だ?」

「ん? なんだ戦人。ローが気になるのか?」

「アイツは...どんな奴なんだ」

 

 “──そういうのは、本人に聞いたらどうだ?”

 

「....なんだ。まだ始まって間もないだろう。何が不満だ?」

「い、いや...」

「............」

 

 イライラするな。一発くらい殴っとこうかな。

 いや、それよりも、この世界に干渉しようとしている彼女たちを迎えるのが先か...。

 

 空間が歪に捻じ曲がり、そこから2人の少女が現れる。

 1人は、黒に白いフリルの付いたドレス。猫のような黒くて長い尻尾には、赤いリボンと鈴が飾られている。もう1人は、ピンクのドレスにポップな小物を張り付けており、活発さが見て取れる。

 

「なんでアンタがここにいるの!?」

「なんでアンタがここにいるのよ」

 

 全く同時に叫ぶ。それは、悲鳴にも聞こえる。

 相手が誰だろうと悪態を突くところは変わらないな。

 

「おいおい。お前ら、いつからそんな口がきけるようになったんだ?」

 

 面と向かって悪態を突けるようになったとは思えないが、これは喜んでいいのだろうか。2人の顔色が悪くなっていくのは、俺のせいか?

 

「ごめんなさい。貴方、ついさっき旅立ったばかりだったから驚いてしまったのよ。ラムダはともかく、悪気は無いわ」

「ちょ、ちょっとベルン!? わ...私だって、悪気があったワケじゃないわよ。まあ、せっかくベルンとイチャイチャしてたのに邪魔された感は否めないけど...」

 

 嘘つき小娘どもめ......。

 昔だったら、問答無用で虜褥の刑だ。だが、本音も織り交ぜていたから許してやろう。寛大になったな、俺。

 

「お前らの時間軸と俺の時間軸にはズレがあるのは説明しただろう。お前らが言う、さっき旅立ったのは300年前の俺だ。しかも、この世界は全てにズレが生じている。言うなれば、全てがイレギュラーな世界だ。ああ、お前らに注意事項がある。これは俺のゲームだ。邪魔をしたら、お前らを消す。──おっと...盤上が動いたみたいだな。じゃ、俺は戻る。戦人、しっかり考えてくれよな」

 

 やや早口で伝え、俺はゲーム盤に戻る。その最中、戦人たちの会話が耳に届く。

 

「アイツは、何者なんだ?」

 

「神様よ」

「悪魔よ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 盤上に戻ると、何人か居なくなっていることに気が付いた。留弗夫、霧江、秀吉、源次の4人か。

 

「なあ、戦人。今、ここにいない奴らはどこに行ったんだ?」

「親父と霧江さんは自室。源次さんと秀吉おじさんは見回りに行ったぜ。今はバラバラにならない方がいいって言ったんだけどよ」

「...ふーん。じゃあ、留弗夫のを貰うか」

「貰う? 一体、何を...」

「タ・バ・コ」

 

 2本の指だけでジェスチャーしてみせる。すぐさま戦人から、1人で行かせるわけないだろ、と釘を刺された。

 

「当たり前だ。留弗夫たちが泊まってる部屋知らんからな。誰か、案内してくれ。......あ、真里亞は留守番な。あと、朱志香と絵羽も」

「えー。狼さんと一緒にいくの。うー!」

「ダメだ。朱志香も真里亞もレディだろ。絵羽はタバコ嫌いだしな。これでも、俺なりに気を使っているんだ」

 

 メリケンサックを隠し持っているとはいえ、朱志香如きが俺に適うわけはない。真里亞とて、理由は同じようなものだ。一同から疑心に満ちた視線を送られるが、それに一々ツッコミを入れる漫才趣味は持ち合わせていない。早く、誰か答えてくれ。

 

「じゃあ、僕が案内するよ」

「兄貴...」

「何か不満があるかい?」

 

 にこりと微笑む瞳の奥に、残酷さを織り交ぜた冷酷さが滲み出る。その矛先は俺。それも、俺以外には感じさせないという代物だ。

 

「いいや。じゃあ、エスコートを頼む」

「お手をどうぞ」

 

 皮肉の言葉を受け取り、ロープで縛られた手を差し出す。譲治は手を取らずにロープを掴み、歩き出した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

第二の晩 (2)

 

 

 

 

 

 白い部屋。ゲーム盤が置かれたテーブルとは別に、来訪者である魔女たちに設けられた席に収まる少女が2人。ローガンが用意したであろう、お茶とお菓子を口いっぱいに詰め込んでは笑いが絶えない様子。

 盤上も気になるが、戦人には先程の2人の答えが気になっていた。戦人の問いに『神様』と『悪魔』と答えた。その真意が気になる。そんな戦人の視線に気付いたのか、ベルンカステルが口を開いた。

 

「何? そんなに見つめても、ヒントはあげないわよ」

「......なあ、なんで“悪魔”って答えたんだ? ラムダデルタは“神様”って答えたのに」

「本当のことだもの。彼は、私たちにとっては“悪魔”で“神様”よ」

 

 わけがわからなくなってきた、と頭を掻く。

 その答えには、口の中のお菓子を飲み込んだラムダデルタが対応した。

 

「いーい? 私たちは俗に、『航海者』と呼ばれているわ。様々な欠片を旅して廻る魔女のことを言うの。他にも観劇とか傍観とかいるけど、ローガンは更に上の『造物主』...つまりは、世界を造り出せる存在。元老院やその魔女たちからは“神”と呼ばれているのよ。造物主はね、世界を造り出せるけど再び0に戻すことも出来る。だから彼は《虚無の魔導師》なんて呼ばれているの。『造物主』にして『航海者』。それがローガン・R・ロストなのよ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「──っきし!」

「風邪かい?」

「長雨に打たれてたからな...。まあ、大丈夫だろう」

 

 誰だ。噂をしている奴は...。

 考えられるのは、あの3人くらいだな。

 

「ところで君は、いつお爺様と知り合いに?」

「これまた唐突な質問だな。男にモテても嬉しくないんだが」

「はぐらかさないで答えて」

 

 うーん...。イマイチ信用されてないな。譲治の顔には、完璧なまでの笑顔が貼り付いている。だが、その陰から漏れ出ているドス黒いオーラにSっ気を感じさせられた。

 

「言っても信じないだろう?」

「それは、聞いてから僕が決めることだ」

「..................ん前だ」

 

「え?」

「50年前だ」

 

 信じてないな。

 笑顔の向こうのオーラが更にドス黒くなっていくのが分かる。この世界では本当のことなんだから仕方がないだろう。そんな顔をしたって、変わらないものもある。

 

「この腕を失くした時から、体の成長は止まったままだ。この髪も色素を失って、白いまま。...分かるか?この虚しさが。金蔵やベアトリーチェに出会ってなかったら、今の俺はいなかったかもしれない」

「狼銃......」

 

 あの時から感情も欠けたまま。怒りも悲しみも愛情も...何もかもが欠けたままだ。ただ、虚しさだけが満ちている。

 偽りの感情を振りかざして、人間『らしく』生きてきた。

 

 ──という『設定』。

 

「納得しなくていい。むしろ疑っててくれ」

「......わかった」

 

 それから、しばらくは他愛の無い話をした。酒やタバコは幾つの時に始めたのか...とか。16の時にはもう酒もタバコも嗜んでいたと話すと、呆れたように叱られた。譲治は、酒もタバコも自ら嗜むことはないらしい。理由は、長生きしたいからだそうだ。...皮肉だな。

 

「............ん?」

 

 目の前にチラついた光景に足が止まる。今のは黄金の...?

 俺が止まったことに気が付いた譲治も、足を止めて前方を確認する。

 ヒラリと舞う黄金の蝶。あれは、ベアトリーチェの?

 

「なあ、あの部屋って...」

「あそこは、留弗夫叔父さんたちの部屋だ!」

 

 走り出す譲治の背中を追い掛ける。縛られている分制限され、距離はどんどん離れていく。ようやく譲治の背中に追いついた時、既に部屋のドアは開かれていた。

 背中越しに香るのは、生臭さと鉄に似たもの。硬直した譲治を押し退け部屋の中を覗き込むと、見覚えのある男女の変わり果てた姿があった。

 床や壁、豪華そうな装飾、家具にまで飛び散った血痕。掻っ切られた首に、止めを刺すかのように突き立てられた杭。

 

「譲治、下の奴らを呼んで来い。早く!!」

「あ、ああ」

 

 俺の大声にびくりと反応し、それが体の硬直を解きほぐしたらしく、ぎこちなさを残しながらも早足に駆けて行った。

 さて、出来ることはやっておこうか。

 

「──倣え。煉獄の七姉妹」

 

 血生臭い部屋で1人。皆が集まる前に、召喚で確認しておこう。

 

「怠惰のベルフェゴール、ここに」

「憤怒のサタン、ここに」

 

 なるほど。俺のことは、大体理解出来ているらしい。

 煉獄の名に相応しい赤い衣装に身を包んだ少女たちは、胸に手を当てて跪く。敬意を現す格好だ。

 

「大ローガン卿。お会い出来て光栄です」

「ん。で、これで第二の晩は完了か。そこの封筒には、ベアトリーチェからの手紙が入ってるんだな」

「はい。その通りです。これにて第二の晩は完了となります」

「ご苦労だった。休んでてくれ」

「はっ。ありがたき幸せ!」

「はっ。ありがたき幸せ!」

 

 ベッドの上に投げられていた封筒を手にする。

 近くで死に絶えている霧江の返り血がこびり付いているが、気にする程のことじゃない。封蝋を綺麗に剥し、中の手紙を抜き取る。

 封筒の中には手紙の他に、1枚のカードが入っていた。手紙を抜き取る際に床に落としてしまい、それを拾い上げようとしたのと同時に悲痛な叫び声が響いた。

 

「うわああああぁぁぁぁッ!! 親父ィィィィィィ! 霧江さぁぁぁん...! 誰だ、こんな酷いことをしやがったのはッ!? お前か。お前が、お前がああぁぁぁ!!!」

「や、やめるんだ戦人くん! 僕らが部屋に来た時には、もうこの状態だったんだ。彼は犯人じゃない!」

「じゃあ! 誰がやったって言うんだよ!?」

 

 泣き叫ぶ戦人の後ろには、あまりのことに声を出せないでいる女性陣と、死体をみてもケロッとしている真里亞がいる。

 戦人に殴られる前に、手紙の存在と同封されていたカードについて説明する。召喚うんぬんは省いて、だが。内容の確認は今からだ、と伝えると譲治からそれを読むように命じられた。ここは大人しく従うとしよう。

 

「...これにて、寄り添いし者は......。

 

『これにて、寄り添いし者は引き裂かれました。

碑文の謎解きの方は進んでいますでしょうか?

我が友人を饗してくださいましたでしょうか?

どちらにせよ、もうゲームは始まってしまいました。止めたくば碑文の謎を解かれることをオススメします。

黄金のベアトリーチェ』

 

......だそうだ。

このカードには『我が名を讃えよ』と書いてある」

 

 これで、第三の晩も完了した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ゲーム盤の外に戻ると、涙目になった戦人に殴られた。突然の出来事に上手く対応出来ず、大きく体が仰け反ったがダメージは無い。頬に若干、違和感がある程度だ。おそらくは、両親の死を見せられたことへの怒り。今までベアトリーチェに出来なかったことを、さっきの一発に込めた。いくら敵対する者とはいえ、女性に殴りかかるわけにはいかなかったのだろう。

 

「少しは気休めになったか?」

「.........っ」

 

 まだ足りない、といったところか。戦人の気持ちも分からんでもない。

 

「さて、第二の晩と第三の晩について...対決といこうか」

 

 まず、第二の晩。

 留弗夫、霧江が自室にて首を切られて死亡。その首には両名に一本ずつ杭のような物が突き立てられていた。部屋の鍵は掛かっておらず、誰にでも犯行は可能に見える。第一発見者は譲治、狼銃。俺は、ニンゲンの犯行は不可能だと主張する。

 

「さあ、お前はどう切り返す」

「魔女なんて居るわけがねえ。魔法なんかあるわけねえ。復唱要求だ!

“死体発見時、部屋の中の生存者は2人である”!」

「ああ。

【死体発見時、部屋の中の生存者は2人だ】」

「“それは、譲治、狼銃である”」

「【その通りだ】」

「“秀吉叔父さん、源次さんにはアリバイが無い”」

「......拒否する」

 

 戦人の口元が緩んだ。余裕の笑み。

 こらから[青]を使ってくるのかと身構える。だが、その気配は一向に出てこない。...どうした?

 

「まさか、今更親族を疑えないってんじゃないだろうな」

「......」

「ベアトリーチェ。今までの戦績を教えろ」

「わ、妾の不戦勝だ」

 

 つまり、何だ? この戦人は、魔女や魔法は信じないと言いつつもミステリーであることすら否定しているのか。いつまでも終わらない、不毛な戦い。......ふざけるな。

 タチの悪い奴を呼び出してしまった。こいつは、深淵の海の底に沈めてやろう。この世界と共に。だが、ゲームは終わらせなければならない。こんな奴が相手でも、だ。

 

「言っておくが、今回のゲームにリセットは無い。不戦勝は認めない。お前の甘い考えは通用しない。真剣に挑め。妹が待っているんじゃないのか?」

「縁寿...? ああ、そうだ。縁寿が、俺の帰りを待ってるんだ。俺は、こんな所で遊んでる暇なんてなかった...」

「ちょっと! ローガン、ルール違反よ!?」

 

 流石に察しがいいな、とラムダデルタの忠告に鼻で笑って返す。ルール違反なものか。むしろ、戦人の方がルール違反だろう。全てがイレギュラーではあるが、こんな不毛な終わらない世界を望む者などいない。少しだけ、他の世界の戦人たちと同化させた。記憶の共有は無い。それに、こんな荒療治は今回だけだ。

 

「......好きにすれば?」

「でも、ベルン~...」

 

 俺の目的を果たすためだ。ペナルティなら、受ける覚悟は出来ている。仮にも“神”と呼ばれている俺に対するペナルティなど高が知れる。それに、世界ごと消せば証拠は失くなる。目の前の魔女たちには、何も出来ない。

 

「安心しろ。お前らには、害が及ばないようにしてやるよ」

「当たり前でしょう。そうじゃないと割が合わないわ」

 

 ベルンカステルは賢い。俺の考えはある程度読めているはずだ。それに加え、退屈を嫌うこいつだからこそ理解してくれる。

 戦人の正体を知った時に曇った目に、輝きを取り戻したように見える。かつて、こいつが人間だった時に共に闘ったことを覚えているのか、その横顔はあの時の嬉しそうにした笑みによく似ていた。

 

「さあ、戦人。もう一度確認だ。

【死体発見時、部屋の中の生存者は2人】

【それは譲治、狼銃だ】

お前の復唱要求、“秀吉、源次にはアリバイが無い”は復唱拒否させてもらう。これらを踏まえ、お前はどういう手を示す?」

「さっきまでの俺は、どうかしてたんだ。駄目だ。全っ然駄目だな、俺。よし! いくぜローガン!

[親父たちの部屋の鍵は掛かってなかった。よって、犯行は誰にでも可能だ。現在居場所がわかっていない秀吉叔父さんと源次さんで犯行は可能になる!]」

「なるほど、受けよう。では、部屋にあった手紙をどう説明する?」

「秀吉叔父さんか源次さんが置けば可能だ」

「【秀吉と源次は手紙に触れていない】」

「それでも、2人が親父と霧江さんを殺していないことにはならないぜ」

「ふむ。...なら、もう一つ付け加えておこうか。

【留弗夫、霧江の殺害時、秀吉、源次の2名は屋敷内にはいなかった】」

「はあ!?」

 

 少しはまともになってきたか...。

 まだまだ詰めが甘いが、あの戦人よりはマシだ。

 

「──なら、狼銃犯行説。

[譲治兄貴が下にいる皆を呼びに行っている間に、まだ生きていた2人にあの杭のようなもので、とどめの一撃を加えた。]

これならどうだ!?」

「【赤】で証言済だ。

【死体発見時、生存者は譲治と狼銃の2名である】

つまり、俺と譲治が部屋に居た時点で留弗夫と霧江の死亡が確定する」

「くそっ!」

 

 悔しそうに俯く。そんな姿を見ながら懐のタバコを取り出し、口に喰わえて火を点ける。ふう...っと吐いた白い煙が、戦人にまとわり付いた。

 

「まだゲームは続くんだ。ここで一度保留していも問題無いと思うが?」

「......くそ」

 

 あっさりと受けたな。意外だった。もっと喰らい付いて来ると思ったんだがな...。

 諦めているようには見えない。むしろ、闘士を燃やしているように見える。あえて斬り込まず、じっくりとチャンスを待っているかのような。......面白い。

 

「次の手に移る。そうだな、少し手順を飛ばそう。未だに戻らない秀吉と源次を探すために、全員で屋敷内を散策し終わった辺りでいいだろう」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 俺と真里亞は肖像画の前で待機。ロープはしっかり握られている。

 

「うーうー。狼さんとお留守番っ♪お留守番♪」

「なんか、散歩中の犬の気分だな」

「あ! 戦人だー。ママー、お帰りっ!」

 

 ウキウキな真里亞とは対象的に、帰って来る面々は暗い。

 屋敷内には居なかったのか。

 

「後は、屋敷の外だけか......」

「ああぁぁ...。あなたぁ、どこにいるのぉ...」

「うー。絵羽叔母さん、泣かないで...」

 

 泣き崩れた絵羽に、真里亞が寄り添い頭を撫でる。女性陣は全滅だな。体力的にも、精神的にも既に限界だろう。外の散策はどうしたものか...。

 

「兄貴、それに狼銃。ここは協力といこうぜ」

「協力?」

「3人で手分けして、外の散策に行く...と?」

「ああ」

 

 なるほど。俺を1人にするつもりか。

 なかなか考えたな。1人にすることで拘束と同じ意味を成す。言わば、見えない鎖。ささやかな反撃というわけだ。いいだろう、受けてやる。

 

「じゃ、俺は1人で行こう。戦人と譲治は一緒にいてくれ」

 

 女性陣のことは朱志香と真里亞に任せ、俺たちは二手に別れて外の散策を始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

抉りて殺せ

抉りて殺せ (1)

 

 

 

 

 

 初めて金蔵と出会った時も、こんな雨が降っていたな。

 

 

 

 この世界の50年前の日本。

 

 降り続く雨。俺は、復興しつつある街を眺めていた。

 この街がまた、爆風に吹き飛ばされ火の海と化すことなど誰も知りはしない。

 

「俺、ここにいたら死ねるかな...」

 

 次の戦争が終わるまであと10年程。待っているのは面倒くさいな......。ふと、視界に入ったのは身なりのいい格好の男。雨漏りをしない立派な傘を挿して、こちらへと向かって歩いている。金持ち、か。こんな場所に来たら、いい標的にされるだけだと思うが。

 男は、俺に向かって一直線に歩いて来た。

 

「......何だ?」

「君の名前は?」

 

 質問を質問で返すな。こんな場所で本名が聞けると思ったのか? 言うわけないだろう。

 俺は答えない。やや高い位置にある男の顔を睨んで、去ってくれることを祈った。

 

「私は、右代宮 金蔵だ」

「......」

「君とは、また会える気がする」

 

 右代宮 金蔵。その名前には覚えがある。白い部屋で見たことがあった。もう8年も前のことだが。

 

「おい、金蔵」

 

 背を向けて去って行く金蔵に声を掛けた。

 水溜りを踏んだ革靴が、ぱしゃりと音を立てて動きが止まる。

 

「あと5年以内に戦争が始まるぞ。その戦争の中で、お前は死を恐れるようになる」

 

 振り返った金蔵にそれだけ告げて、その場を後にする。後ろの方で、金蔵の声がするが気にせず歩いた。

 それから20年後。俺たちは思わぬ形で再会した。

 

 

 

 

 『世界』の扉を開けた瞬間、津波に襲われ、転覆していた船に掴まった。何故そうなったのか分からないが、これも運命だろうと身を任せることにした。やがて、俺は意識を手放す。やっと、願いが叶うと思いながら...。

 

 目が覚めると、西洋風の建物の中に居た。暖かい部屋に、明るい照明。...ここは、どこだ?

 ふかふかのベッドから脱出し、部屋の中を見渡す。散策する。

 

「ああ!お目覚めになられたのですね! 誰か、御館様とお嬢様をお呼びして。あと、軽目の食事を!」

 

 目が覚めた。ということは、また駄目だったのか。

 ここは、女性の部屋だな。まさか、久しぶりに訪れてみた『世界』が海になっているとは考えもしなかった。お陰で海難事故に至ったというわけだ。俺の体感年数は100年。この世界だと20年辺りだろうか。20年で地形も随分と変化するものだな......。

 

「御館様、こちらでございます」

 

 ドアの向こう側で声がする。

 

「目が覚めたか。体の方はどうであるか?」

「............金蔵?」

 

 以前より相当老け込んでいるが、そいつはやはり金蔵だった。俺の今の姿に驚いたのか、目を丸くして右腕があった部分を指差す。

 

「ああ、これか。気にするな。どうってことはない」

「もしや...とは思ったがお主、体が」

「そうだな。成長は止まっている。年齢は、お前と変わらんのにな。......そんな顔をするな。ほら、そこのお嬢ちゃんは娘さんだろう? 紹介してくれよ」

 

 部屋の隅に隠れてこちらを盗み見ている少女を指差す。金蔵もそれで気付いたようで、恥ずかしがる少女を引っ張り出した。

 

「初めまして、ベアトリーチェ」

「どうして私の名前を知っているの!?」

「さあ? どうしてだろうね。...ああ。やはり、君は彼女によく似ている。その金色の髪も、蒼い瞳も」

「?」

「お主...」

 

 金蔵とベアトリーチェの困惑する顔もよく似ていた。

 

 

 

 

 その出会いから数年後、ベアトリーチェが死んだと知らせが入った。崖から足を滑らせて転落死したらしい。知らせは、源次からのものだった。まだ若かったのに、残念だ。

 俺から金蔵を慰めてやってほしいと頼まれたが、断った。

 二重に愛していた存在を失ったのだ。俺から掛けてやれる言葉は無い。

 それから更に15、6年後。俺は、六軒島にいた。どこで知り得たのか、俺宛てに届けられた手紙には“招待状”と称してあり、『是非ともお越し頂きたい』とのことだった。綺麗な薔薇庭園を目に焼き付け、初めて訪れる右代宮家本邸へと足を運んだ。

 扉を開けた先には、西洋風の内装が広がっていた。天井の照明。赤い絨毯。階段などの細かい装飾──。

 

「お待ち申し上げておりました」

 

 声を掛けられるまで気付かなかったが、すぐ傍には源次が頭を下げて待っていた。それに返答し、許しを出すとようやく顔を上げた。

 

「上の書斎にて御館様がお待ちです。御案内致します」

「ん」

 

 名ばかりの本邸ではなかったらしい。

 細部まで行き届いた清掃。それを行う使用人たちの身奇麗さ、作業、作法、言葉遣いまで。徹底されたものだと分かる。その使用人の中に極めて小柄の少女がいた。

 源次が懐から鍵を取り出す。鍵穴に挿し込み、ガチャンという音と共に鍵が解けた。

 

「御館様。お客様をお連れ致しました」

「うむ。ご苦労であったな、源次」

 

 なんか、更に老けたな。まあ、年齢も年齢だしな。

 昔より痩けた頬。筋肉質だった腕や足も、今や骨と皮。すっかり老人になっていた。金蔵はニヤリと笑う。“お前の言いたいことは分かっているぞ”とでも言いたげな眼差しに、こちらもニヤリと笑い返す。

 

「まだ生きてたのか、金蔵」

「ふっ。こちらの台詞よ。貴様こそ、まだくたばってはいなかったか」

「それが出来てりゃ苦労はしない」

 

 見た目は変われど、中身は然程も変わらない。

 目の前の老人は確かに、右代宮 金蔵だ。

 

 さて、そんな金蔵が俺に何の用だろうか? わざわざ手紙まで送り付けて、是非にと招待したかった理由が分からん。

 

「儂はもう長くない」

「...何を言い出すかと思えば」

「いや、聞いてくれ。儂は、あと2、3年の命だ。命尽きる前に、どうしても頼みたいことがある。......初めて会ったあの日、言ったな? 儂が死を恐れるようになると。その通りだった。儂は、その瞬間までいつ死んでも構わないと思っていたのだ。──皮肉なことよ。いつ死んでも構わないと思っていた人間が、いざ死に直面した途端に死を恐れるようになった。儂はまだ、死ぬわけにはいかぬ。ベアトリーチェに許しを貰うまで、死ねぬのだ!」

 

 金蔵は老いていた。肉体的にではなく、精神的に。愛した人間を次々と亡くし、寄り添う者も、手を取る者もいない。家族とは年に数回しか会えず、頼る子らは金の亡者になりつつある。そんな金蔵が望むのは、ベアトリーチェにもう一度会うこと。

 

「......分かった。協力してやる。見返りはあるんだろうな?」

「勿論だとも! お主には右代宮の姓と、この《片翼の紋章》が描かれた義肢を授ける。これで、誰も文句は付けられない」

 

 ちょっと買い被り過ぎじゃないか? 俺が出来ることなんてあまり無いと思うんだが...。でもまあ、名前を貰えたのは助かった。これでしばらくは世界に定着出来る。ついでに名前も付けて欲しいと頼んだところ、“狼銃ではどうか?”と言われた。

 

「狼に銃って、なんか物騒じゃないか?」

「洋酒は嗜まんのか」

「当て字かよ。それに、あれのロゴは馬だぞ」

「いいではないか。今日より狼銃と名乗るがいい。我が友よ」

 

 金蔵、意外と大雑把なんだな。

 気に入らないわけじゃないから、何も言い返せないが。

 それ以来、俺たちはベアトリーチェに会うために手を尽くすようになる。

 

 

 

 

 

 そんなこともあったなと思い返していると、背後からの気配に気付く。体半分そちらを向けば、見覚えのある金髪の女性が立っていた。

 

「...何か用か?」

 

 まだ秀吉と源次はみつかっておらず、とりあえず目の前に現れた魔女に声をかける。魔女は俯いたまま雨に打たれ、鋭い視線をギロリとこちらに向けてくる。怒っている? いや、不安なだけだ。

 

「大丈夫。わざと負けるつもりはない」

「............」

「安心しろ。俺のベアトリーチェ...」

 

 消え行く魔女の表情は哀しそうだった。

 さて、邪魔がなくなったところで召喚といこうか。

 

「倣え。煉獄の七姉妹。傲慢、暴食」

「──傲慢のルシファー、ここに」

「──暴食のベルゼブブ、ここに」

「これより、第四と第五の晩の儀式に取り掛かる。お前らは秀吉と源次を発見次第、頭と胸を貫け」

 

 2人は元気よく返答すると、闇に溶け込むように消えていった。後は、適当に歩き回る。いずれ、俺も変わり果てた2人と、使命を遂げた2人に合間見えるだろう。

 それにしても、雨は止む気配が無いな。俺、一応は晴れ男なんだけどな。...いや、待てよ。この世界では雨男なのか? 大きなイベントの時はいつも雨だったような...。

 いやいや、そんなことを考えている場合ではなかった。早く、秀吉と源次を見つけてやらねば。

 

「ローガン様!」

 

 覚えのある声に顔を上げる。そこには、戸惑った様子のルシファーが宙を漂っていた。

 

「どうした。2人は見つかったのか」

「は、はい。ですが......」

「見つかったのなら頭と胸を貫けと言ったろう? 逃げられでもしたら困るだろうが」

 

 妙にそわそわしている。こういう強気な女を、屈辱的な顔にするのが楽しいんだが、今はとりあえず我慢しよう。

 何か、イレギュラーが起こったらしい。

 

「案内しろ。仕置きはその後だ」

「はっ、はいぃ!」

 

 上擦った声に、思わず口元がにやける。

 それを悟られないようにルシファーの後に続く。よし。バレてない。

 

 

 

 

 ルシファーの案内で辿り着いた場所には、血塗れの遺体が転がっていた。雨のせいか、辺りに血の水溜りを作り出している。既に体は冷たくなっていた。

 

「来い。ベルゼブブ」

 

 未だに姿を見せないベルゼブブを、半ば強引に召喚する。

 慌てた様子で召喚に応じた彼女の口元には食べカスが付いている。サボってやがったな、この野郎......っ。

 

「これをやったのはお前たちか?」

 

 返答は無い。これをやったのはこいつらではない。...ふむ。

 

「さあさ、思い出してごらんなさい。貴様がどんな姿をしていたのか。その姿を我が目前に現してごらんなさい」

 

 俺は、2人に呪文を唱える。まだ生きていた頃の姿に戻すためだ。誰にやられたのかを聞くために。

 儀式が進んだからか前よりも沢山の黄金の蝶が舞う。蝶たちは2人を包み込み、やがて、死んでいたことも忘れるようなしっかりとした姿に変わった。

 うっすらと瞼を開き、現状に気付いた秀吉が声を上げた。

 

「な、なんや!?」

「これは...っ」

 

 あの冷静な源次でさえ思わず声を上げた。まさか、生き返れるなんて思っていなかったのだろう。笑える。

 

「何を笑うとるんや! 狼銃はん、説明してもらうで! あんさん、何をしはったんや!!」

 

 おっと。笑いが漏れていたか。俺としたことが...。

 

「なあに。少しの間だけ生き返らせてやっただけだ。単刀直入に聞かせてもらうが、誰に殺られた?」

「生き返らせたやて!? そんな、魔法みたいなこと出来るわけが...っがはぁ!!」

「いいから答えろ。今度は、蹴りだけじゃ済まないぞ」

 

 聞かれたことだけ答えればいいんだよ。獲物を盗られた気がして苛立っているんだから。

 

「オオカミや。オオカミに殺られたんや!」

「オオカミ? まさか、俺に殺られたとでも?」

「いや、あんさんとは違う。奴は人の皮を被ったオオカミや。全く予想してなかっ」

「......そうか、なるほど。ご苦労だったな。ベルゼブブ、食べていいぞ。頭だけな」

「な! なんやて!? 狼銃はん、なんでや。い、いやや...あ、ああ。ぎゃあああああああぁぁぁ...っ!!!」

 

 ベルゼブブの杭が即頭部に喰い込む。硬い頭蓋骨を抉るようにゴリ、ゴリ、と音を立てる。......これでよし。あとは、源次か。

 

「──言い残しておくことはあるか?」

 

 答えれば、いや、答えずともすぐに屍となると分かっているはずだが、源次は頭を垂れて返答した。

 

「ご武運をお祈り致しております」

「流石、金蔵の家具! ルシファー、やれ」

 

 ルシファーの杭が、胸を抉る。秀吉の時とは少し違い、筋張った肉を捻りながら深く、深く喰い込ませていく。まるで、安いステーキ肉に箸を突き刺すように。その間、源次は叫び声一つ上げようとはしなかった。胸を抉られていく度に、その傷口からは血が噴き出した。

 

 その場には、再び二つの遺体が転がっていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

抉りて殺せ (2)

 

 

 

 

 目の前に転がる死体。

 俺の後から来た戦人と譲治は言葉を失った。

 

 挿していた傘を手放し、膝をついてがっくりと項垂れるのは、絶望に飲み込まれた譲治の方だった。自分の父親が死んだのだから無理もない。

 

「これで、第四の晩も第五の晩も終わったな...」

「それって、じい様の碑文か? お前は、これがその碑文の見立て殺人とでも言いたいのかよ」

 

 食って掛かって来そうな戦人が答える。

 この様子だと、薄々は勘づいていたと見ていいだろう。

 

「まあな。最初に死んだ6人は、第一の晩に選ばれた生贄。第二の晩の寄り添いし2人は、留弗夫と霧江。“我が名を讃えよ”と書かれたメッセージカードは、第三の晩。...そして、第四の晩。頭を抉りて殺せ。第五の晩。胸を抉りて殺せ」

「頭に杭が刺さった秀吉叔父さんと、胸に杭が刺さった源次さん。...ここまで一致すると、見立て殺人と考えた方がしっくりする」

「このままだと全滅だ。今後の行動を決めるためにも、一度屋敷に戻った方がいいと思うんだが...」

 

 第六の晩。腹を抉りて殺せ。

 第七の晩。膝を抉りて殺せ。

 第八の晩。足を抉りて殺せ。

 

 最低でも、あと3人は死ぬ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 パチンっと指を鳴らして、宙に炎を生み出す。何本目かのタバコにそれを使うと、煙と化して消え去った。ゲーム盤を挟んだ向こう側の戦人が、頭を抱えて低く唸っている。

 

「あ。一応、宣言しておくが...

【2人は他殺だ。自殺や事故死は認めない】」

「くそっ!」

 

 言おうとしていたことを潰されて、苛立ちを見せる。

 というか今更、事故死って......。

 

「お前が犯人なんじゃないのか」

「ノックス十戒。第一条。

【犯人は物語当初の登場人物以外を禁ず】

【つまり...俺、右代宮 狼銃は犯人ではない】」

「笑ってんじゃねえっ!!」

「無理」

「ぐっぅぅぅ......!」

「──なんだ?[青]も使用しないままリザインか? 考えろよ。思考停止は負けだぞ」

「そんなこと、お前に言われなくても分かってんだよ!」

 

 やれやれ。そうかよ......。

 頭を抱えたまま答えても説得力は無いぞ、と伝えたい。

 

「[戦人犯行説。もしくは譲治犯行説で可能! どちらかが相手の目を盗み、犯行に至った。]」

「【戦人は譲治の監視下にあった。それは、譲治も戦人の監視下にあったことを意味している。よって、戦人、譲治による犯行は不可能】」

 

──そうだな。範囲を拡大しようか。

 

「付け加えて、

【朱志香は、楼座、絵羽、夏妃、真里亞の監視下にあった】

【楼座は、絵羽、夏妃、真里亞、朱志香の監視下にあった】

【絵羽は、楼座、夏妃、真里亞、朱志香の監視下にあった】

【夏妃は、楼座、絵羽、真里亞、朱志香の監視下にあった】

【真里亞は、楼座、絵羽、夏妃、朱志香の監視下にあった】

あともう1つ。犯人Xなる人間は存在しないが、

【もし居たとしても犯行は不可能】」

 

「おいおい......何の冗談だよ、そりゃあ...」

 

 おー...。どんどん顔が青くなっていくなあ。そりゃそうだ。事実上、誰にも犯行は不可能と【赤】で宣言しているのだから。

 

「さあ、切り返してみろよ!出来るもんならなぁ! 右代宮 戦人ああああああぁぁぁっ!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ホールへ戻り事の事情を説明すると、絵羽は限界を突破したらしく泣き崩れてしまった。それに寄り添い、頭を撫でる真里亞が可愛い。

 それからは言い争いだ。皆で固まって行動するか、個別に分かれて行動するか。俺は隔離決定らしいが。更には、俺に付いて行くと駄々をこねる真里亞も参戦する。

 

 さて、ここらで報告しておかないとな。

 

「はい、注目ー! これ、なぁんだ?」

 

 俺の手にキラリと光るのは、マスターキーと金蔵の部屋の鍵。無論、全員が声を失った。

 

「さっき、源次の懐から拝借した。これで俺を隔離したらいい。そうだな...金蔵の書斎とかどうだ? そこなら真里亞も安全だし、俺とは離れられるし、一石二鳥だろ?」

「真里亞、狼さんと一緒にいられるの!?」

「だ、駄目よ! 真里亞はママといなさい!」

「うー!真里亞、狼さんとがいい! うー。うーうーうーッ!」

「その、うーうー言うのをやめなさいって、いつも言ってるでしょ!」

 

 あ、やばい。そう思った後には、俺の頬が叩かれていた。

 痛みはない。楼座だって手加減しているのだ。だが、いい感じでスナップの効いた平手打ちは、いい音がした。楼座は、その音といつもと違う手応えに我に返ったようだ。

 

「あっ......」

「大丈夫だ。──心配なのは分かる。だが、真里亞の意見も聞いてやるべきだ。じゃないと、すれ違ったままだぞ」

「...............真里亞に、何かあったら許さないわよ。死んでも死に切れないほど殺してやるから」

「心得た」

 

 唇を噛み、俺を睨み付けながら言う。それは、楼座なりの“躾”を見られたことへのものではなく、娘に親よりも信頼されている俺に対しての憎しみに近いものがある。それにしても...“死んでも死に切れないほど”か。そいつは楽しみだ、とは口が裂けても言うまい。

 

「じゃあ、お前らはどうする?」

「僕は皆で固まって行動した方がいいと思う」

「私は嫌だぜ。この中に、もしかしたら父さんと嘉音くんを殺した人間がいるかもしれないんだ。...母さんとなら、一緒に行動しても...」

 

 結局、話は振り出しに戻ったり、決まりそうになったり、また振り出しに戻ったり......。定かではないにしろ、最低でも30分は話し合いが続いた。

 結論から言うと、貴賓室に3人。使用人室に3人。貴賓室には夏妃、朱志香、楼座。使用人室には絵羽、譲治、戦人。

 このように決まった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「じゃあ、真里亞。何かあったら、すぐに電話するのよ」

「うー!」

 

 金蔵の書斎、貴賓室、使用人室には内線用の電話がある。俺が何かしようとしたら、すぐに連絡するようにと真里亞にはしつこく言い聞かせていた。

 マスターキーは俺が持ち、書斎の鍵は戦人に託した。オートロックの書斎を出るのは自殺行為だな。

 出来なくはないが、ノックスとヴァン・ダインに引っ掛かるからなあ。ロジックエラーは避けたい。

 

「ちゃんと鍵は掛けとけよ。ああ...。ベアトリーチェには、そんな物関係無かったな。な? 真里亞」

「うー! ベアトリーチェは黄金の蝶になってドアの隙間から入って来るんだよ。だから、鍵なんてニンゲンが作り出した偽りの結界なんて意味無いんだよ! きっひひひひひひひひひ...!」

「ま、そういうことだ。用心はしておけ」

 

 真里亞の不気味な笑い声も俺の言動にも対抗する気力を失ったらしく、ドアの向こうの奴らからは憐れみを含めた眼差しを向けられた。

 ドアが閉まるのと同時に、ガチャリと自動で鍵が掛かる。金蔵が特別に造らせたものだ。ドアノブには蠍のまじないがかけられている。魔除けの魔法陣だ。ベアトリーチェは、この部屋には入れない。

 ふと、手元に目をやると真里亞が俺の袖を引いているのに気付く。

 

「どうした?」

「狼さん。ママは、大丈夫だよね?」

「さあなぁ...。ベアトリーチェは気まぐれだからなあ。まあ、どのみち黄金郷で会えるだろ」

「うー! 黄金郷で皆に会える!?」

「もちろん」

 

 真里亞は、黄金郷がどんな場所なのか知っているのだろうか。全ての死者を蘇らせ、失った愛すらも蘇らせる。そんな場所をなんと呼ぶのか...。真里亞は“黄金郷”と答えるのだろうな。間違いではない。だから、俺でも否定は出来ない。

 

「なあ、真里亞。魔法陣当てクイズでもするか?」

「うー! するー!」

 

 

 

 

◇◆◇

 

─貴賓室─

 

 

 

 

 使用人たちの間で、怪談話によく持ち上がる部屋の1つ。そこには、私と、朱志香、楼座さんの3人の姿。

 朱志香はじっと人形を見つめ、楼座さんは、真里亞ちゃんのことがよほど心配なのか固定電話の前で右往左往していました。しばらくすると、そんな楼座さんに応えるかのように、貴賓室の電話が鳴りました。

 

「ま、真里亞っ!?」

「『ママ、大丈夫?』」

「ええ、大丈夫よ。真里亞は...真里亞は大丈夫なの?」

「『うん。真里亞ね、今、狼さんとクイズで遊んでるの。狼さんね、面白いんだよ! それでね......』」

 

 どうやら真里亞ちゃんの話は、狼銃さんとの楽しい時間の内容で、楼座さんの口から安堵の溜め息が漏れたのが分かりました。

 

「真里亞、次は大変な時に電話するのよ」

「『わかった!』」

 

 真里亞ちゃんは元気よく返答し電話を切り、楼座さんは少し名残惜しそうに受話器を下ろします。すると、すぐに電話が鳴りました。また真里亞ちゃんなのだろうと、楼座さんは少し呆れて受話器を取りましたが、電話の向こうの相手は真里亞ちゃんではありませんでした。

 

「『くすくすくすくすくすくす......』」

「え、誰? ......真里亞なの?」

「『はぁい! 妾の名はベアトリーチェ。今、貴賓室の部屋の前にいるのぉ』」

「ッ!?」

 

 電話の向こうの不気味な声に寒気を感じたのか、思わず受話器を下ろしてしまいました。その光景に疑問を感じ、朱志香も電話の前に来ました。そして再び電話が鳴り、今度は私が電話を取りました。

 

「もしもし...? 誰なのですか、返事を」

「『はぁい! 妾の名はベアトリーチェ。今、貴賓室の中に居るのぉ』」

 

 私たちが同時に振り返っても、部屋の中にベアトリーチェと名乗る人物の姿は見えず、声はまだ続きます。

 

「『おやおやぁ〜? 妾の姿が見えぬのかあ? 妾は、こんなにも近くにおるというのに...。くっひゃひゃひゃひゃ!』」

「ざっけんじゃねぇぜ! そこまで言うなら姿を見せてみろってんだ!」

「『いやいやいやいやいやいやいやいや......朱志香、そなたが会いたいのは妾ではないであろう? 愛しの、愛しの嘉音くんだろおぉ? くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』」

 

 受話器越にベアトリーチェの笑い声が響き渡りました。

 朱志香の目に堪えていた涙が溢れ、唇を噛み、今まで我慢していた想いが溢れてきている。好きな人に...嘉音に会いたい、と。そんな風に思っているような...。

 

「助けて...嘉音くん......!」

「『だぁぁぁめぇぇぇッ!あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! さぁさ、おいでなさい。我が家具、煉獄の七姉妹。色欲のアスモデウス!嫉妬のレヴィアタン!強欲のマモン!』」

 

 その声を最後に、電話からは何も聞こえなくなりました。その代わり、私たちの目の前に赤い衣装を身に纏った少女たちが現れました。目の前の状況に頭がついていけません。そんな私たちを嘲笑うかのように、少女たちはクスクスと声を漏らしては、こちらを見つめていました。

 

「えぇ〜。ヤダヤダヤダぁ。男がいな〜い!」

「ワガママ言わないの。お先に、いっただきぃ!」

 

 少女たちの姿が杭のようなものに変わり、その内の1つが私の腹部に突き刺さりました。息をするのも忘れるほどの痛みにその場でうずくまり、少女たちの声だけが聞こえました。

 

「じゃあ、こっちの膝をいただきま〜すっ!」

「なんで私が最後なのよ! 悔しい〜!」

 

 痛みで目が霞む...。朱志香...朱志香は無事...?

 ああ...。もう、意識...が......。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

─使用人室─

 

 

 

 

 俺たちが別れてから何時間経ったんだろうか。絵羽叔母さんも、譲治兄貴も、愛する人を失った悲しみから抜け出せないでいる。叔母さんは、旦那である秀吉叔父さんを。兄貴は、紗音ちゃんを。俺だって、親父と霧江さんを失った。

 壁に掛けられた時計の音だけが、部屋の中に響く。長い沈黙から抜け出したくて、俺は碑文について話すことにした。

 じい様の黄金の在処を示すものであることは分かりきっている。思い返してみれば、ベアトリーチェの手紙に「ゲームを止めたければ碑文の謎を解け」と書いてあった。そのことを告げると、絵羽叔母さんも、譲治兄貴も乗り気になったようだった。

 まずは、『懐かしき、故郷を貫く鮎の川』か...。

 

「なあ、絵羽叔母さん。じい様の故郷って?」

「小田原のはずよ。でも、小田原の川というわけではないみたい。あの辺の川は全て調べたけど、何も得られなかったわ」

 

 ...となると、小田原ではないと考えるのが妥当か。だけど、懐かしき故郷ってのが分からないことには、進みようがない。

 

「そうだ、思い出した。紗音から聞いたことがある。お爺様は、ビンロウをよく好んで嗜まれているって」

「ビンロウ......?」

「木の実のガムみたいなものさ。ただ、噛んだ時に出た汁は吐き出さないとお腹を壊すらしい。確か...ビンロウは台湾が有名だけど...」

 

 台湾!? おいおい。今から外国へ、なんて出来るわけないだろ。というか、この島から出ることも出来ないのにどうやって謎を解けってんだ!......いや、待てよ...もしかして...。

 

「隠し黄金は、この島のどこかにあるってことか!?」

「うん。それは、僕らも思っていたことなんだ。でも、それが分かったところで『鮎の川』っていうのがよく分からない」

「いや。......分かる奴がいるかもしれねえぜ」

 

 そう言って、受話器を取る。あいつなら知っているかもしれねえ! 右代宮 狼銃ならっ!!

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

─金蔵の書斎─

 

 

 

 あれからだいぶ時間が経った。止みそうにない雨の音が、真里亞との談笑の間で鳴る。儀式の方は順調に進んでいるだろうか。

 あと数時間で『今日』が終わる。それと同時に『世界』が終わる。それまでには、終わらせておかないとな...。

 

「うー...」

「どうした、真里亞。眠いのか?」

 

 今の今まではしゃいでいたのだ。眠くなるのは仕方ない。

 赤い目を擦りながら必死に寝まいとするが、首はコクリコクリと動く。かなり眠そうだ。

 

「ほら、金蔵のベッドで眠れ。ベアトリーチェが来たら教えてやるから」

「うー...うー...」

「寝れないのか。...じゃあ、昔話をしてやろう。真里亞が忘れてしまった昔話を」

 

 渋々ながらも、それで納得したようだ。真里亞には大き過ぎるベッドに寝かせ、その傍らに腰掛けると昔話を始めることにした。真里亞とベアトリーチェが、マリアージュ・ソルシエールを完成させて数ヶ月経ったある日に、俺と初めて会った時のちょっとした昔話だ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

─数年前─

 

 

 

 今日も金蔵から呼び出し。今回もベアトリーチェに会うための話し合いだ。

 相変わらず庭の薔薇は美しい。手入れがよく行き届いている証拠だろう。こればかりは、頭が下がる思いだ。

 まだ、約束より時間があるな。早く行ったところで、待たされるのがオチだ。引退した身とはいえ、全く用事が無いというわけではない。未だに島の外から大手の会社や銀行の人間が訪れる。ま、伝説を作ってしまった者の運命だな。

 

 散歩でもして暇を潰そう。確か、向こうの方に東屋があったはずだ。薔薇庭園を進む先に、屋根の付いた小さな建物が見えてくる。そこには、楽しそうな笑い声を上げる少女たちがいた。

 

「......っと、お邪魔だったか?」

「......」

「そんな風に警戒しないでくれよ」

 

 ...無理か。

 睨み付けてくる幼い少女の前には、魔法陣や呪文が描かれた書物が置かれている。俺の視線に気付いたのか、少女は書物を慌てて胸に抱いた。

 

「俺の名は、右代宮 狼銃。金蔵の友人だ」

「............」

「またの名を、ローガン・R・ロスト。元老院の魔女たちは《虚無の魔導師》と呼ぶ」

「!?」

 

 お、2人とも反応したな。

 幼い少女ではない、もう1人の少女に視線を送る。...ああ、そうか。こいつが......。

 

「お前がベアトリーチェか!」

「なっ!?」

「当たりだな。なるほど、あとは金蔵次第ということか」

 

 愛がなければ見えない。誰が考えた言葉だったか、もう覚えてはいないが...。確かに、この少女がベアトリーチェならその言葉が一番相応しい。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

─現在 (金蔵の書斎)─

 

 

 

 愛がなければ見えない......。

 

 そうか、これか。俺が求めていたヒントは。これでようやく、あの部屋から逃れられるかもしれない。やっと、死ねる。

 

「真里亞は、寝てしまったな」

 

 寝息を立てる姿を眺めていると、部屋の電話が鳴り響いた。真里亞を起こさないように静かに離れ、いつもは金蔵が座る机に置かれた電話を取った。

 

「...誰だ」

「『俺だ。戦人だ!』」

「少し声のボリュームを下げてくれ。今、真里亞が寝たばかりなんだ」

「『す、すまん...』」

 

 何をそんなに興奮しているのか。まあ、大体は想像がつく。

 

「『じい様の碑文。...何か知ってるなら教えてくれ』」

 

 やっぱりな。土壇場になるまで誰も謎を解こうとしないのは、右代宮家の短所だと思うのは俺だけか?とりあえず、戦人の話を聞いてみることにしよう。

 

「“何か”と言われてもな...。お前たちは、どこまで推理出来たんだ?」

「『じい様の隠し黄金は、この島のどこかにある。それは分かってんだが、じい様の“懐かしき故郷”ってのが分からねえ。譲治の兄貴は、台湾じゃないかと思ってるみてえだけど』」

 

 ほう...。なかなか考えたじゃないか。

 

「そうだな。その考えでいい。譲治の考え通り、金蔵の“懐かしき故郷”は台湾だ」

 

 電話の向こう側で歓喜の声が聞こえる。自分の推理が当たれば誰だって嬉しいからな。だが、あの様子だとまだ何も分かってはいないようだ。

 

「『じゃあ、“鮎の川”ってのは...』」

「おいおい。俺がそう何度もヒントをやると思っているのか? 少しは自分たちで考えろ。また何か分かったら電話すればいい」

「『お前、この碑文を解いたのか?』」

「その碑文は、金蔵と俺が作った。......そう言えば納得出来るか?──ああ、そうだ。使用人室の何処かに地図帳があったはずだ。3人で仲良く探してみるといい。じゃあな」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

─使用人室─

 

 

 

 

 くそっ! 切られちまった。

 でも、最後に何か言ってたな。地図帳...だったか? なんでそんな物を?

 

「駄目だったのかい?」

「あいつは、碑文の謎の答えを知ってる。でも、俺たちに答えを教える気は無いとよ」

「自分で解け、ということね」

 

 俺は、狼銃が最後に言った地図帳のことを伝える。譲治兄貴はぽかんとしていたが、絵羽叔母さんは何か思い付いたように部屋の中の本や棚を調べ始めた。叔母さん1人に任せておくわけにもいかず、俺も探すのを手伝うことにした。

 しばらく探していると、目の前にやけに古めかしい分厚い本が出てきた。その背表紙には「世界地図帳」と記されている。

 

「あった...。あったぜ、絵羽叔母さん!」

 

 叔母さんはその地図帳を手に取ると、台湾の項目を開いた。次のページには、台湾についてのこと細かな詳細が綴られている。ざっと目を通したくらいでは分からないが、叔母さんの口から「やっぱり...」と漏れたのを聞き逃さなかった。

 

「何か分かったんですか!?」

「戦人くんは、“鮎の川”と言われて何を想像する?」

 

 は? “鮎の川”と言われて想像するもの? 鮎っていったら、淡水魚って感じがするけど...。

 そう伝えると、叔母さんはある部分を指差す。

 

「ほら、ここ。淡水って書いてある」

「淡水河......。でも、川にならどこにでも鮎くらいいるんじゃ...」

「もしかしたら、川って川じゃないのかも」

「はあ?」

 

 川じゃない?

 俺には正直、譲治兄貴の言ってる意味が分からなかった。

 さっきの鮎みたいに、川で連想出来るものを考えればいいのか? 川と言ったら...水? ...流れる? 流れる水?

 駄目だ。全然分からねえ。

 何かヒントが書いているんじゃないか、と次のページを捲る。次の瞬間、俺は目を疑った。そこにあったのは《片翼の紋章》が描かれた封筒。真里亞や、親父たちの部屋にあった物と同じやつだ。なんで、これがこんなところに?

 

 恐る恐る封を切る。中には、1枚のカード。

 

「魔法陣、か?」

「なんだろう。どんな意味があるのかな」

「聞いてみるしかねえだろ」

 

 こんな物に詳しいのは真里亞くらいだ。もしかしたら、狼銃も詳しいのかもしれない。妙な胸騒ぎがして、俺は急いで電話をかける。「はい」と返事が聞こえ、すぐにこの魔法陣のことを問い質した。

 狼銃は真里亞を起こすこと無く、俺のあやふやな説明だけでそれが何なのか答えた。

 

「『それは、火星の第3の魔法陣だな。意味は《不和》。ようするに、仲間割れを誘発する魔法陣だ。仕掛けたのは、ベアトリーチェ辺りだろうな。ちゃんと発動している』」

「おいおいおいおい...。じゃあ、今の状況は、この魔法陣のせいだってのか!?」

「『だろうな。そんなことより、他の3人は無事なのか? 碑文の通りだとするなら、あと3人は殺されることになる』」

「っ!? か、確認する!」

 

 嫌な予感がした。

 一度電話を切り、朱志香たちがいる貴賓室にかけ直す。コール音が虚しく鳴る。誰も電話を取らない。繋がらねえ!

 

「絵羽叔母さん! 兄貴! 貴賓室に急ごう!」

「でも、鍵は狼銃が持っているんだろう?」

「じゃあ、俺が行く。兄貴たちは、先に貴賓室に行っててくれ!」

 

 2人の静止の声を無視し、じい様の部屋の鍵を握り締めながら駆け抜ける。その最中、柱時計の音が鳴った。それが、俺たちを嘲笑ったように聞こえたのは気のせいじゃなかったのかもしれない...。

 

 

 

◇◆◇

 

 

─金蔵の書斎─

 

 

 

 

 長いこと鳴り続けていた時計の音が止む。世界の終わりまで、あと少しになった。さっきの電話の様子だと、順調に儀式は進んでいるようだ。真里亞はよく眠っている。このまま寝かせておいた方がいいか。

 

「狼銃ッ!!」

「しっ。真里亞が起きる」

「お前が持ってる鍵を渡せ。今すぐにだ!」

 

 意外と早く着いたな。もう少し時間が掛かると思っていたんだが、若さって凄いな。というか、静かにしろと言っているのに興奮し過ぎて声を抑えるのを忘れている。...ほらみろ。真里亞が起きてしまったじゃないか。

 

「うー...どうしたの、狼さん?」

「どうやら、ベアトリーチェが現れたらしいな」

「いいから早く、鍵を渡せ!」

 

 おーおー。胸ぐらを掴んで...必死だなあ。

 

「俺も行けば問題無いだろう? 真里亞、留守番出来るか? それとも」

「真里亞も行くー!」

 

 ですよねー。

 戦人は「駄目だ」と諭したが、ベアトリーチェが現れたと聞いてしまった真里亞が納得するはずもなく、結局、一緒に貴賓室へと向かうことになった。まだ眠そうな真里亞を戦人が背負って、縛られて思うように走れない俺のペースで駆けて行く。

 貴賓室前に辿り着くと、ドアの前で佇む絵羽と譲治の姿が目に入る。どうやら、俺たちが着くのを待っていたらしい。中の様子は分からず、何度声をかけても、何度ドアを叩いても返答は無く、物音もしない。

 戦人に急かされるように、マスターキーで鍵を開ける。

 

「遅かった......」

 

 ガックリと膝を付き、戦人はその場でうなだれた。それと同時に鳴り響く時計の音。

 

 ああ...世界の終わりだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「......で、第六、第七、第八の晩が終了」

 

 最後になるであろう駒を置き、先程からうんうん唸っている戦人を見据える。まあ、ここまで来たらゲーム盤だけでは解き明かせないだろう。

 まずは、第一の晩を再構築。

 礼拝堂にて、6人の死者。その鍵は真里亞の鞄の底で目覚めを待つ。

 

 

「なんだ?」

 

「第一の晩を再構築させてもらった。なんなら、証言者を召喚してもいい。お前が望むなら協力しよう。勿論、[青]を使用するのも構わない」

「第一の晩......」

 

 第一の晩。鍵が選びし六人を生贄に捧げよ。

 礼拝堂の死者は、蔵臼、南條、熊沢、郷田、紗音、嘉音の6人。既に【赤】で【6人は死亡している。】と証明済みだ。

 戦人の目は死んでいない。そして、復唱要求する。

 

「復唱要求! 礼拝堂は施錠されていた」

「復唱拒否」

「続けて復唱要求! 礼拝堂は施錠されていなかった」

「復唱拒否」

 

 復唱要求だけか? そんなことでは、いつまでも終わらない。だが、戦人の表情は活き活きとしている。

 

「[礼拝堂が施錠されていなかったら誰にでも犯行は可能になる。じい様が生存していると思わせるための口裏合わせを、礼拝堂に鍵が掛かかっていると思わせるために応用すればいい。つまり、このゲームには真犯人と共犯者が存在する! それは、礼拝堂に行った夏妃叔母さん、絵羽叔母さん、秀吉叔父さん、源次さんの内の誰かだ!!]」

「おー。意外と考えてたんだな」

「この考えなら、お前のゲームも楽勝だろ!」

 

 【赤】での否定はしない。俺の意思を見計らったかのように、戦人が作り出した[青]の楔が体を貫くが、構わず次の再構築に取り掛かる。第二の晩と第三の晩。

 

 第二の晩。寄り添いし二人を引き裂け。

 愛し合う二人を引き裂くは、魔女に仕えし煉獄の杭。

 第三の晩。我が名を讃えよ。

 引き裂かれた片割れの側にて、血に染まる。

 

「さて、これは一度保留にしたやつだな。どうだ? もう一度挑戦してみるか?」

「やるに決まってんだろ!

[親父たちの部屋には鍵はかかっていなかった。つまり、誰にでも犯行は可能だ。ただし、秀吉叔父さんと源次さんは【赤き真実】によって犯行が出来なかったことが証明されているため除外。残りの全員にアリバイは無い!]」

 

 2本目の楔が突き刺さる。

 

「なかなかの一撃だな。体に喰い込んだこれは、引き抜くことは出来ない。【赤】以外じゃな」

「大人しくやられちゃくれねえか...!」

「当然だ。

【留弗夫、霧江の死亡時、夏妃、絵羽、楼座、朱志香、譲治、戦人、真里亞、狼銃にはアリバイがある】

【無論、除外した秀吉、源次にもアリバイがある】

どんなアリバイがあるのかは、説明不要。既に【赤】で宣言した通り、俺の犯行ではない。俺と譲治が辿り着いた時には、2人は死亡していた」

 

 2本目の楔が粉々になって砕け散る。消えた瞬間に、痛みも消えた。これは、なかなかに癖になりそうな......いやいや、止めておこう。俺はドMじゃない。

 

「[第一の晩の死亡した人間の中に、死んだフリをした奴がいたと仮定する。それによって、俺たちにアリバイがあってもその人物には犯行が可能になる。]」

「【第一の晩に死亡したのは6人である】

【それは、蔵臼、南條、熊沢、郷田、紗音、嘉音である】」

「簡単にはいかねえな」

「俺だって負ける気は無い」

「じゃあ、お前に召喚要請だ! 召喚者は留弗夫!」

 

 召喚要請か。こうもあっさり使ってくるとはな。なかなかに心地いい。さて、要請に応じようとするか。

 俺は、指を鳴らして留弗夫を召喚する。生前のままの姿だが、その顔は感情が欠けたように無表情だ。

 

「留弗夫。自分が殺された時の様子を話してやれ。あと【赤】の使用を許可する」

「俺と霧江は、皆と離れた後自分たちの部屋に戻った。勿論、ちゃんと鍵はかけたぜ。だが、かけたはずの鍵が独りでに開いた。そして、俺たちは首を切り裂かれて死んじまった」

「鍵をかけた、だと!?」

 

 そう。留弗夫たちは鍵をかけていた。それが独りでに開き、目の前に現れた者に殺されたのだ。おさらいしておくが、外側から部屋を開けられる鍵はマスターキーのみ。そして、その所持者で生存しているのは源次のみ。だが、源次の犯行ではないと【赤】で証言している。

 留弗夫を召喚して有利に立つつもりだったんだろうが、残念ながら風向きはこちら側にあるようだ。さあ、どうする? 右代宮 戦人。

 

「親父に復唱要求。ドアには確実に鍵がかかっていた!」

「【勿論だ】」

「もう一度復唱要求。親父たちの部屋の鍵を開けてに入って来たのは、戦人、絵羽叔母さん、夏妃叔母さん、楼座叔母さん、朱志香、譲治の兄貴、真里亞、狼銃の内の誰かである!」

「【その中の誰でもない】

俺たちを殺したのは、魔女ベアトリーチェだ」

 

 戦人の表情が歪む。己の思考に悩み、他の者の証言に頭を抱える。好きなだけ悩むがいい。たかだか、2、3年で考え出されたこのゲームに囚われてしまえ。

 俺の目的は既に完了している。

 今、この瞬間にも、ここにいる全員の記憶を虚無に返して去ることも可能だ。俺がそれをしないのは、お前のための慈悲だ。

 悩め。そして、解けるものなら解いてみろ。

 それが出来たなら約束は守る。お前を『お前の世界』に帰してやるよ。

 右代宮 戦人。




さあ、解答の時間だ。
読者諸君!【赤】と[青]と攻防戦といこうじゃないか!

《虚無の魔導師 ローガン・R・ロスト》


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔女は蘇り、誰も生き残れはしない

 長考。

 長考。

 長考。

 

「......っ」

 

 再び、長考。

 

 何かを思い付いたような表情をみせるが、一瞬で俯きまた頭を抱える。召喚した留弗夫は一度引き、戦人の答えを待っていた。

 だが...いい加減、この状況に飽きてきたな...。

 

「おい。いい加減にしろよ。もう[青]が無いのなら、次に行くぞ」

「ま、待ってくれ! もう少し考えさせてくれ!」

「心配するな。考える時間ならくれてやる。この後の謎で何かヒントが得られるかもしれないぞ」

 

 いつまでも戦人の長考に付き合うつもりは毛頭ない。それよりも、これから掲示される儀式の謎を考える方が先決だ。この世界の俺の役割を果たすためにも......。

 

 第四の晩。頭を抉りて殺せ。

 第五の晩。胸を抉りて殺せ。

 彼の者らを貫くは、悪しき血に穢れし煉獄の杭。

 

 第四の晩、第五の晩を再構築。

 ここでの【赤】は、戦人の仮定する人物Xを含む生存者に犯行が不可能、ということだ。

 

「こんなの、解かせる気無いだろ」

「失礼だな。一応、解けるようにはしてあるぞ。...ただ、お前がソレに気付くことが出来れば、な」

 

 そうだ。思い返せ。

 俺が、秀吉と源次を見つけた時に何をしたのか。何を語ったのか。

 

「......っ。そういえば、確か秀吉叔父さんは“オオカミに殺られた”って言ってたよな?」

「ああ」

「“人の皮を被ったオオカミ”ってのは何なんだ」

「金蔵の碑文並に捻って考えるんだな」

 

 大ヒントだ。これで分からなければ、もう、どうしようもない。そう思った矢先、戦人の顔付きが変わった。ニヤリと口の端を吊り上げ、鋭い視線をこちらへ向けてくる。と同時に、“解せない”と顔をしかめる。

 

「お前...」

「なんだ?また長考か? それとも、リザインするのか?」

「っな!? んなわけねえだろ!お望み通り、答えてやる!

[当初の推測により、今回のゲームでは真犯人と共犯者の存在が疑われる。それは、夏妃叔母さん、絵羽叔母さん、秀吉叔父さん、源次さんとしていたが、実はそれ以外にも存在していた。それは、親父...留弗夫と霧江さんだ! 第二の晩と第四、第五の晩の殺人の順番が変わる!【赤】での生存者の犯行が不可能という証言には引っかからない。その時、留弗夫と霧江さんの死亡が【赤】で告げられているからだ!]」

 

「ノックス十戒。第8条。

【掲示されていない手がかりでの解決を禁ず。】

留弗夫と霧江が共犯者であるという証拠があるのか? それが掲示出来ないのなら、その[青]は意味が無くなるぞ」

「それはお前が言っただろ。“人の皮をかぶった狼と思えばいい”ってな。つまりは『人狼』。これを意味するものは──裏切り、だ」

 

 戦人の紡ぎ出した楔が2本、3本と体を貫く。力強い熱弁に伴った楔の威力に、体が後ろに仰け反る。痛みはあるが、血は出ない。それが、首と額と胸に突き刺さっていてもだ。

 

「補足だ。以上の[青]を受け入れるが、

【儀式には何の支障もきたさない。抉られた順番は碑文の通りだ】」

「...だろうな。お前が、そんなミスを犯すとは思えねえ」

 

 おや。意外と信頼されていたんだな。嬉しいような、皮肉られたような...。

 

「さて、最後の再構築と行こうか」

 

 第六の晩。腹を抉りて殺せ。

 第七の晩。膝を抉りて殺せ。

 第八の晩。足を抉りて殺せ。

 彼の者らは、姿の見えぬ魔女に怯え盲目のまま死す。

 

 再構築された貴賓室内で横たわる3人。夏妃は腹を。楼座は膝を。朱志香は足を。それぞれを杭で抉られている。

 

「復唱要求。部屋の鍵は施錠されていた」

「【部屋の鍵は施錠されていた】

【俺が持つマスターキーで鍵を開け、3人の死体を確認した】」

「聞く手間が省けたぜ。なら、別のことを復唱要求だ。死体を発見するまでにドアは一度も開けられていない」

「復唱拒否」

「拒否ってことは、開けられた可能性があるってことだ!

[真犯人は何らかの方法で室内に入り3人を殺害した。そのまま室内に残り、ドアが開くのを待っていた。俺たちが死体に気を取られている間に部屋から脱出した!]」

 

 その推理は、俺がベアトリーチェに吹っ掛けたものと酷似していた。だが、それが正解なわけが無い。楔が体に届く前に、【赤】で木っ端微塵にする。

 

「【死体発見時、居室内の生存者は5人である】

【それは、絵羽、譲治、戦人、真里亞、狼銃である】」

「なら、既に出ていたと仮定するならば可能だ。

[真犯人はマスターキーを所持していると思われる。マスターキーを持つのは狼銃だけではない。マスターキーの数は5本。他の使用人が持っていた物を使えば、鍵のかかった部屋に侵入するのは容易い。真犯人はその鍵を用いて夏妃叔母さんたちを殺害し、ドアを施錠してその場を離れた。これを第二の晩にも実行が可能だ。真犯人はマスターキーを用いて親父たちの部屋に入って2人を殺害した!]」

 

 戦人の間髪入れない[青]に、敬意を持って【赤】で答える。

 

「【熊沢はマスターキーを所持したままである】

【郷田はマスターキーを所持したままである】

【紗音はマスターキーを所持したままである】

【嘉音はマスターキーを所持したままである】

【以上のマスターキーは、その持ち主が死してなお懐に】」

 

 少しイジったとはいえ、人はこんなにも変われるものだろうか? 少なくとも、俺が知る人間たちはここまで急速に変われる奴らではなかった。元の戦人が不甲斐なかっただけに、その変化が浮き彫りに見えてくるだけなのかもしれない。だが、ここまで真相に近い答えが出てくるとは思っていなかった。そうなるように導いたりはしたが、それも考えていた程多くはない。

 

「見事だ戦人。お前に問おう。このゲームの仕組み......真犯人と共犯者の存在を示してみろ。......分かっているだけで構わない」

「......真犯人。それが誰なのかは、はっきりとは分からない。まだ、そこまで至れていないんだ。だが、共犯者は分かった。絵羽叔母さん、秀吉叔父さん、親父、霧江さん、源次さん。そして...狼銃、お前もだ」

「──何故、そう思う?」

「お前は探偵じゃない。犯人でもない。だが、第四、第五の晩で魔法を使った。秀吉叔父さんと源次さんを蘇らせるという魔法をだ。そんなことが出来るのは犯人だけだとおもったが、お前はそれを【赤】で否定した。なら、考えられるのは共犯者。それに、抉られた順番は碑文の通りだと言っただろ。それが出来るのは、俺が考える共犯者たちの中ではお前が一番疑わしいんだよ」

 

 ははは。思わず笑いが口からこぼれ落ちる。戦人に「大丈夫か?」と尋ねられてしまうほど、長いこと笑っていた。

 笑わずしていられるものか。こんなに嬉しいと思ったのはいつ以来だったか...。役割を果たし終えた。それこそが、この結果を生み出したと言っていいだろう。この戦人も、よく戦った。

 

「戦人。お前に、伝えなければならないことがある」

 

 この『世界』について。まだ伝えていなかったこと。騙したと言われても仕方がない。

 

「ここは、お前がいた『世界』ではない。俺が似せて造った偽りの『世界』だ」

「──偽り...?」

「ああ。あの六軒島も、右代宮家の一族も、使用人たちも、このベアトリーチェも。これら全て、俺が造り出した偽物だ。そして、お前は他の欠片から適当に選び出しただけの存在。俺の目的を果たすためだけに、偽りの『世界』に連れて来られた異世界人に過ぎない」

 

 俺にはそれが出来る。『創造主』にして『航海者』であるからこそ、こんな真似が出来るのだ。ラムダデルタやベルンカステルは『航海者』だ。偽りの『世界』だろうが、欠片の一つに過ぎない。だから訪れることが出来た。

 

「ちょっと待てよ。何が言いたいんだ?」

「──もしお前が真相に辿り着いていたとしても、お前が望む場所に帰すつもりは無かった。お前がいるべき欠片へ戻すだけだった。無論、記憶は虚無の海に沈めてな」

「......」

「要は、騙してたんだ。お前に、都合のいい解釈をさせて、期待させていただけだ」

 

 すまなかった、と頭を下げる。顔を上げたら戦人はどんな表情をしているだろうか。怒っているか、困っているか...。

 

「頭を上げてくれ、狼銃。怒っちゃいねえさ。ま、ゲームとはいえ親族を殺されたのは腹が立ったけどよ」

「......」

「でも、お前は俺に気付かせてくれた。どんな謎にも必ず答えがあると。お前は俺を導いてくれたんだろ? 俺が思考を止めないように...」

「言っただろう。俺は《虚無の魔導師》。魔導師は、魔力を用いて導き啓す者のことだ。それが、この世界の俺の役割だからな」

「もういい。頭を上げてくれ。そして、お前の成すべきことをしてくれ」

 

 それは、記憶を沈めて本当の『世界』に帰すことを意味する。今の戦人には余計な言葉は邪魔になるだろう。ならば、黙ってそれを受け入れよう。

 戦人に言われた通り、頭を上げる。彼の表情は苦笑だった。釣られて俺も苦笑する。

 

「では、目を閉じて──」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 無事、戦人を送り届け、帰って来た『世界』で俺を出迎えたのはベルンカステルだった。ラムダデルタは見当たらない。彼女が手にしている《片翼の紋章》が描かれた封筒と関係があるのだろう。

 

「あの子なら、別の欠片へ行ったわ。ゲームマスターになった戦人が招待状をくれたのよ」

「お前は行かないのか?」

「人気者は遅れて登場するものよ」

 

 なるほど。お前らしい考えだ。

 

「...それにしても、随分と優しいのね。いつから、そんなにお優しくなったの?」

 

 ............ふっ。

 

「優しい?誰が?この俺が? ははッ!!」

 

 『ここ』での記憶を消されて、『ここ』で身についたことも忘れて、また最初からやり直し。スゴロクで言うなら、アガリ寸前でフリダシに戻ったということだ。優しいわけがない。

 

「あら、よかった。以前と雰囲気が違ったから、もしかして貴方も変わってしまったのかと思ったけれど...」

「素のままで、戦人を納得させられないのは分かってたからなぁ。少しばかり演じさせてもらった。ま、ちょいちょいボロは出てたがな」

「ふふ。ま、退屈しなかったからいいわ」

 

 ベルンカステルは笑う。幼い少女の姿をしているくせに、その笑みは大人びていて妖しく、幼いまでに残酷そうに見える。昔は明るく笑いもしていたのに。ま、それも偽りの笑みではあったか。

 

「それで? 結局、あの戦人は答えに辿り着いていたの?」

「密室トリックについてはな」

「あら。私からしたら、まだまだだと思うけど」

「なら、お前なりの[青]を聞かせてもらおうか」

 

 第一の晩。鍵が生贄を選ぶ前の夕刻。

 薔薇庭園にて逢瀬する魔女と魔女見習い。

 

「ほう......そこを突くか」

「まずは、ここが最初のポイントでしょう? 戦人の気は逸らせても、私ははぐらかされないわよ」

 

 バレていたか。流石は《奇跡の魔女》。

 

「状況確認をさせてもらうわ」

「受けてやろう。兄弟とその伴侶──蔵臼、夏妃、絵羽、秀吉、留弗夫、霧江、楼座は、本邸の応接間にて話し合い。話し合いの内容は割愛する。その子供達──朱志香、譲治、戦人は、ゲストハウスにて交流」

「使用人達は何をしてたのかしら?」

「それぞれの業務を勤めていたさ」

「もちろん【金蔵は既に死んでいる】のよね?」

「【赤】でそれが言えるなら、そうなんだろうな」

 

 つまり、その時点では17人。そこに、謎の人物Xが追加されることになる。

 

「──なるほど......分かったわ」

「もういいのか?」

「ここで[青]を使っても、私が考えている人物は第一の晩に選ばれてしまうんだもの」

 

 何も無い空間に淹れたての紅茶と茶色の壺を生み出すと、気が利くのね、などと言いながら紅茶の香りを楽しむ。壺の中身は例の如く梅干しだ。軽く潰して、紅茶に入れて飲むのがこいつのマイブームらしい。

 次にベルンカステルが選んだのは、第二の晩。

 

「これ。中途半端もいいとこね」

「中途半端、とは?」

「結局、戦人はこれを解いてないわ。わざわざ留弗夫を召喚したというのに」

「【赤】を確認するか?」

「お願いするわ。付け足しておきたいことは、今の内にしておきなさい。ロジックエラーは許さないわよ」

 

 退屈しのぎにしては、随分と入れ込んでいるように見える。まあ、それを言うつもりはないが......これもイレギュラーな世界の影響だろうか。

 早くしなさい、と急かされて【赤】を振り返る。

 

 【留弗夫、霧江の死体発見時、部屋にいる生存者は、譲治、狼銃の2名である】【留弗夫、霧江の死亡時、夏妃、絵羽、楼座、朱志香、譲治、戦人、真里亞、狼銃、秀吉、源次にはアリバイがある】【留弗夫、霧江の殺害時、秀吉、源次の2名は屋敷内にはいなかった】【秀吉と源次は手紙に触れていない】【留弗夫、霧江の部屋は施錠されていた】

 

「こんなところか......」

「これだけ【赤】が出てるのに、何故、戦人は解けないのかしら?本当に馬鹿戦人ね」

「もう、答えは出てるってのにな」

「あなた...ワザとうやむやにしたのね」

「さあ?何のことやら」

 

 ──否定はしない。

 ベルンカステルがこちらを睨んでいるが、気にしない。

 

「その様子じゃ、答え合わせなんか考えてないんでしょう?」

「俺の目的は既に達成してるからな。別にどっちでもいい、というだけだ」

「............ハァ」

 

 途端に宙に歪な空間が生まれる。

 

「もう行くわ。付き合ってられないから。じゃ、また縁があったら会いましょ」

「ああ。良き航海であることを心より祈る」

「......」

 

 瞬きの間に、魔女ベルンカステルの姿は消えていた。

 ゲームマスターに至った戦人の下へと向かったんだろう。

 

 ──さて、俺もお暇するとしよう。

 何もない空間に腕を突っ込み、巨大な純白の鎌を取り出す。大きく振りかぶり、一息に振り下ろすと『世界』が割れ、消え去った。




読者諸君からの挑戦。いつでも承ろう。
【赤】と[青]の攻防戦といこうじゃないか!

《虚無の魔導師 ローガン・R・ロスト》


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。