超融合! 次元を越えたベジータ (無敵のカイロ・レン(シス見習い))
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あれから5年! パンはそろそろ高校生

 

 

 エイジ795──宇宙は、消滅の危機に瀕していた。

 

 

「むぅ……これは……」

 

 界王神界。あの世も含めた宇宙の秩序を保つ神の聖域では、未だかつてない光景を映した水晶玉を神妙な顔で見つめている老界王神とキビト神の姿があった。

 

「宇宙が……萎んでいる……?」

 

 水晶玉が映しているのは、遠く離れた銀河の一部分だ。

 本来ならばそこで無数の星々が煌いている限りなく広い筈の宇宙は今、光を超える速さで消滅に向かっていた。

 それは創造を司る二人の界王神がここに居る限り決して起こり得ない現象であり、キビト神は信じられない光景だと激しく狼狽える。

 しかし、信じがたくともれっきとした事実であった。今しがた水晶玉が映している宇宙は現在、端から端に向かって急速で萎み続けている。このペースで萎み続ければあと数か月……一か月もすれば宇宙の全てが消え去るだろう。

 自然発生では起こり得ないその現象は、明らかに外的な要因が隠されていると見て間違いない光景であり、何が何でも迅速に手を打たなければならない案件だった。

 

「な、なんということだ……!」

「嘆いている暇があったら原因をさがせい! むう、わしにもさっぱりわからん……」

 

 宇宙が消滅に向かっているこの状況は、ドラゴンボールから七体の邪悪龍が誕生した五年前の出来事とも似ている。しかし、原因すらもわからないのはかつての事件よりも質が悪かった。

 老界王神に叱咤されたキビト神は、不審な点を探るべく目を凝らして水晶玉の映像を見つめる。

 それは一見無駄な行動に見えるかもしれないが、この時、彼は確かに気づいた。

 

「!? あれは……!」

 

 急速で消滅に向かっている銀河の一端──太陽系から遥かに離れた遠い宇宙から、彗星のように疾走していく一筋の光が見えた。

 同様にそれに気づいた老界王神が水晶玉の映像を拡大し、光の正体に焦点を当てて探る。

 その瞬間、キビト神と老界王神の喉から二人同時に息を呑む音が聴こえた。

 

 ──光の正体は彗星ではなく、銀河を泳ぐ青色の龍だったのだ。

 

 それも、二人にとって見覚えのある(ドラゴン)である。

 色こそ違うが、その姿も形も彼らの記憶にある「あの龍」と完全に一致していた。それは間違いなく、五年前に七つの玉と共にこの宇宙から消えた筈の存在だった。

 

神龍(シェンロン)……!!」

 

 宇宙の海の中で青い龍は咆哮を上げ、瞬間移動の如き速さで北の銀河へと消えていく。

 宇宙の消滅と龍の出現──それが二つの「次元」を巻き込んだ、神の世界さえも揺るがす大事件の幕開けだった。

 

 

 

 

 

 【 ドラゴンボールGT(ジーティー)

 

          VS

 

          ドラゴンボール(スーパー) 】

 

 

  ~ 超融合! 次元を越えた宿命(ベジータ) ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五年──という年月は、振り返ってみるとパンにとっては長い時間だったと思う。

 孫悟空……誰よりも強く、尊敬していた祖父の戦いによってこの宇宙が救われたのが、今から丁度五年前の出来事だ。

 彼が戦いの後、神龍に乗ってどこかへ飛び去っていったあの時のことは、今でも忘れてはいない。

 ……忘れることなど、出来る筈が無かった。

 彼の消失以来パンの心にぽっかりと空いた穴は、五年程度の時間で埋められるものではなかったのだから。

 

 自身の部屋に飾ってある、パンがまだ幼い頃、海水浴場で撮ってもらった一枚の集合写真に目を映す。それはパンが今でも大切に保管している大切な宝物の一つであり、彼女にとって最も楽しかった過去の象徴でもあった。

 

「パンちゃん、そろそろ出掛けるわよ」

「はーい」

 

 部屋の外から母のビーデルに呼び掛けられたパンはその写真から目を離すと返事を返し、真新しい上着に腕を通して外出の準備をする。露出の少ない春物のトップスと落ち着き払った膝丈のスカートを身に纏う姿は、腰まで下ろした黒髪も相まって清楚な様相を呈しており、我ながらへそ出しルックで活発だった五年前の自分とは随分変わったものだと鏡を見て思う。

 ……尤もパン自身、あえて意識して変えているという節もあったが、今の自分が別段無理をしているつもりは無かった。

 

「行ってきます、悟空おじいちゃん」

 

 鏡を見ながら身支度を整えたパンは、再び宝物の写真に目を移して微笑みを浮かべる。外出する時はこの世界に居ない祖父を想いながら一声掛けるのは、彼女の中では自然と習慣になっていた。

 

 

 今のパンは十五歳だ。来月からはかつて両親が通学していたオレンジスターハイスクールに入学する高校生になり、過ぎた年月の分だけ身も心も相応に成長していた。その過程でかかつて我が儘だった性格も幾分か丸みを帯び、無断で宇宙船に乗り込むような無茶な行動はなりを潜めている。

 しかし今は思春期の真っ只中ということもあり、幼い頃の彼女とは別の意味で両親──特に父悟飯を困らせることがあった。

 

「あれ、今日はパパも来てたんだ」

「あ、うん。今日は僕も休みだったからね」

「ふーん……」

 

 十五の少女が暮らしている家庭なら、割とよくある父親との微妙な距離感である。

 別段パンは父の悟飯のことは嫌ってはいないし、寧ろ尊敬していると言ってもいいだろう。ただ最近は、パンは受験勉強、悟飯は仕事とでお互いに忙しく、思うようにスキンシップが取れていなかったのだ。今日はそんな父娘を気遣ってか、母のビーデルが家族三人で揃って買い物や外食にでも出掛けようと提案したのである。その際には祖母のチチも誘ったようだが、「今日は親子水入らずで行ってくるといいだ」と気を遣ってくれたらしい。夫が居なくなっても尚、パンの祖母は変わらず強い人間だった。

 

 そうしてパン達親子は、三人の標準装備である舞空術でパオズ山の自宅から飛び立つ。向かう先は山から離れた都会の町、サタンシティのショッピング街だった。

 

 

 そこで久しぶりに行った買い物や親子水入らずの外食は、パンにとっても楽しい時間だった。

 父から学者の仕事のことを聞くのも、パン自身が内に抱えていた高校生活への思いを語るのも、思いの外有意義なものだったと思う。

 会話の中で両親に「そう言えば二人はどんな高校生だったの?」と二人の高校生活のことを聞けば父母の馴初めやのろけ話などに発展し少々鬱陶しくもあったが……それはともかくとして高校は色々な人との出会いの場でもあるから学ぶことだけじゃなく、色々楽しんできなさいというありがたいお言葉も貰えた。

 実際、二人は自分達の高校生活のことを楽しそうに語っていた為、パンも割と高校での生活が楽しみにしていたのだ。

 

 幾分か会話が落ち着いた頃だろうか。そんなパンに向かって、悟飯からこんな言葉を掛けられた。

 

「……あのさ、無理に変わることはないんじゃないかって思うんだ、パパは」

 

 その切り出し方は唐突で、第三者からしてみれば要領を得ないもので。

 しかしそれだけでも、当事者であるパンには父が何のことを話しているのかはすぐに伝わる話だった。

 それでも白を切るように、パンは彼に聞き返した。

 

「……何のこと?」

「最近のパンのことは、僕も気になっててね」

「何か悪いことした?」

「いや、そういうことじゃないんだ。最近のパンは本当にいい子にしているし、ママからも助かってるって聞いてるよ。だけど、そのことなんだ」

 

 パンは何も悪いことをしていないし、幼い頃ほど二人に迷惑を掛けたことはない。

 近頃のパンの落ち着きぶりは見た目の変化からしてもすぐにわかることだと続けて、悟飯は娘の成長を喜ぶ。だがそれと同時に、少しだけ違和感を感じるのだと言った。

 

「お爺ちゃんが居なくなってから、パンが色々頑張っているのはよくわかってる。たくさん勉強して、試験も良い点数だったみたいだしね」

 

 薄く笑みながら語る悟飯の表情は、娘のことを気遣う様子が見て取れる。そんな彼は、真っ直ぐ娘の目を見据えて質問を投げかけた。

 

「パンは、勉強は好きかい?」

「……うん、思っていたより嫌いじゃないわ」

「じゃあ、武道は好き?」

「…………」

 

 本題はやはりそのことかと、パンはどう答えるべきか考えながら、しばし目を閉じる。

 父が心の底から、自分のことを想ってくれているのははっきりとわかる。

 今の自分が変わろうとしている様子は最近仕事で忙しい父の方とてよく見ていたようで、気に掛けてもらえること自体は非常に嬉しいのだが、同時に今のパンにはほんの少しだけ煩わしかった。

 悟飯はそんなパンの胸中を察したのか、あえて答えを待たず、苦笑を浮かべながら言った。

 

「うん、いいんだ。答えられなくても。パンが武道をやめた理由は前にも聞いたし、僕も納得してるから。ただ本当はやめたくなかったんなら、無理をしなくていいんだって言いたかったんだ。やっぱり若い頃は、一番好きなことを頑張るのが一番だから」

 

 五年──この時間の中でパンの心境に起こった変化は、決して小さなものではない。

 その一つが、虚空に対してでさえ自らの拳を振るうことを一切しなくなったことであろう。

 

 ──パンは、武道をやめていた。

 

 そうなったのは、今から四年前のことだ。祖父の孫悟空が神龍に乗って何処かへと消えてから丁度一年が過ぎたある日、パンはそれまで真剣に打ち込んでいた修行を──武道をしなくなった。

 元々頻繁に町に出掛けたりと、地球人寄りの感性を持ちどこか普通の少女を目指していた節もあったパンだが、その日を境に完全に武道への興味を失ったかのように振舞い始めたのだ。

 優れた戦士の子供とは言え、武道を嗜んでいないマーロンやブラなどという例もある。女子であることを鑑みれば、その方が自然なぐらいであろう。故にパンもまた彼女らのように戦わなくなることは十分に考えられることではあったが──いかんせん、そんなパンの様子が周りには不自然に見えたようだ。

 

 孫悟空が居なくなってから間もない頃のパンは、「今度は私が地球を守る!」と誰よりも真剣に、本気で修行に励んでいたのだから。

 

 

 しかしパンからしてみれば、熱心に修行していたその時間こそが武道をやめる決め手だった。

 

「……(スーパー)サイヤ人にもなれない私がいくら出しゃばったって、またみんなの足を引っ張るだけよ」

 

 自分がお爺ちゃんの代わりに──そう思い、当時は必死に強くなろうと励んだ。

 しかしそれだけに気づいてしまったのだ。クオーターでサイヤ人の血が薄い自分には、祖父や父のような黄金の戦士になれないことに。

 叔父の悟天や、隙を見てトランクスにコツを教わろうとしたこともある。それでも駄目だった時は、あのベジータにも教わりに行ったほどだ。

 それでも変身することが出来ず、いつまでも変身出来ない自分自身への怒りもまた本来なら変身へのトリガーになる筈の激しいものであったが……それでも、パンの髪は光の色に染まらなかった。

 十分な戦闘力を持っていて、無益な戦いを望まない穏やかな心を持ち、激しい怒りを抱いた。それだけの条件を揃えていながらも変身が出来ないということは、つまりそういうことなのだ。

 

 クオーターである自分には魔人以外の地球人を超える戦闘力はあっても、父悟飯や祖父悟空のようなサイヤ人としての特別な力は無い。あまりにも無情な現実に、パンは気づいてしまった。

 

 それが事実だとしても、修行を続けること自体は間違いではなかったのだろう。超サイヤ人ほどではなくとも、少しずつ強くなっていけばそれ自体に間違いなく意味はあるのだから。

 

 しかし、パンは祖父が守ってくれたこの星を守ることに、妥協をしたくなかったのだ。

 故にパンは、自分自身で「中途半端」だと思い知った自らの力に満足することが出来なかった。

 

 ならばと、パンは身近に居る天才科学者の存在を脳裏に浮かべて考えた。悲嘆に暮れている時間すら惜しかったパンは、地球を守る優秀な戦士になれないのなら、他の方向から地球を守っていこうと──そう切り替えたのだ。

 パンにとっては自分自身が強くなることよりも、祖父が守った地球の平和を守ることが大事だったのである。

 

「もしまた地球が大変なことになっても、地球には私よりずっと強い悟天おじさんやウーブが居る。だったら私は、修行なんかしているよりもブルマさんやトランクスみたいな科学者を目指した方がいいって思ったのよ」

 

 平和を守る戦いに役立つのは、修行で鍛えた身体だけではない。なまじパンは幼い頃から学者の父親や大企業の社長をやっている友人らの姿を見て育ってきただけに、その視野は歳不相応に広かった。戦うだけが平和を守る全てではないということを、本人が意図せずとも父親である悟飯の背中から教わっていたのだ。

 

「パン……」

「大丈夫よ。勉強も、思っていたよりずっと楽しいし」

 

 自分がそんなキャラじゃない、というのはパン自身、決意した時からわかっていることだ。

 それでも五年の間に諸々の変化があったパンだが、目標に対してどこまでも貪欲だという性根の部分は何ら変わっていない。元々好きではなかったが勉強も、未来のためにとやり続けていく内にそうでもなくなっていったし、勉強の中で新しい発見を見つけることはかつて祖父やトランクスと共に宇宙を旅回っていた時のそれに通ずるものがあり、楽しいと思えるようになっていたのだ。

 

 

「……わかった。本格的に科学者を目指すなら、僕の方からも詳しい人に相談してみるよ」

 

 パンの浮かべた笑みが苦渋の中で無理して作ったものではないことを悟り、悟飯が微笑を浮かべる。

 娘が自分と似たような道を歩むことに対しては、彼もまた素直に喜ばしいことだったのだ。

 

「余計なこと聞いて悪かったね。でも僕もママも、どんな時もパンの夢を応援してるから。もちろんいけないことは駄目だけど、パンはその辺りちゃんとわかってるもんね」

「……ありがとう、パパ」

「ただ、無理はしないで。なんていうか最近のパンは、少し生き急いでいるように見えたから」

 

 娘が思いのほか将来のことについて深く考えていたことは、彼女の成長を実感出来て嬉しくも寂しくもある。

 しかし煮詰めすぎるのは良くないが、武道家になるにせよ科学者を目指すにせよ、悟飯はパンの背中を本気で後押しするつもりだった。

 武道も科学も、身近にその道の最強が居るのはパンにとって宇宙一恵まれた環境とも言えるだろう。これでその気になれば言わずと知れたミスター・サタンのコネも使えるという、改めて考えてみると物凄い家だなと悟飯は思った。

 

「でも科学者を目指すなんて、意外よねぇ。パンは私似だと思ってたけど、寧ろパパの方が似てたのかしら」

「どっちもなんだよ。パンがそういう道を選ぶのも僕は嬉しいかな。もうドラゴンボールは無いし、実を言うと僕もパンには無茶してほしくなかったから」

 

 武道家の家系に生まれたからと、武道家にならなければならない義務はパンには無い。母ビーデルもまた悟飯とほぼ同じ考えであり、武道をやめてしまったことは当然寂しいが、両親ともそれで娘が幸せになれるならば反対する理由は無かった。

 ……ただ少し、引っ掛かるものがないと言えば嘘になるが。

 

 何にせよ、悟飯もビーデルも今この場においてはこれ以上踏み込んでいく気は無かった。何事も経験が大事だと言うし、十代半ばの娘は今、存分に迷ってもいい時期に居る。両親が茶々を入れるのは、もう少し後でも遅くはないだろう。

 

「あっ、そう言えば、前ブルマさんから聞いたことなんだけど……」

 

 目を合わせてそう判断した父母は話題を変える。

 それからしばし続いた談笑は家族水入らずの憩いの時間であった。

 

 

 

 ──この星に異変が訪れたのは、その時間が過ぎ去った後のことだった。

 

 

 



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次元を越えた戦い! フリーザvsウーブ

 前兆は、黒い霧だった。

 晴天の青空の一点が霧に覆われ黒く滲んだ瞬間、小さな何かが地上へと落下した。

 まだ昼間の人々の賑わうサタンシティの中心部へと落ちてきたそれは轟音を鳴り響かせて地を揺らすと、付近の建物やオブジェを薙ぎ倒すように吹き飛ばしていった。

 

「なんだ!?」

「なに……?」

 

 その頃の悟飯達は食事を終え、店を出た直後だった。

 

「隕石だ! 隕石が落ちたぞー!」

 

 町中は野次馬の喧騒に包まれており、吹き上がっていく爆風から逃げ惑う人々の姿があちこちに見える。

 現場の光景はこの場からは見えなかったが、尋常でない落下音の大きさから判断するにそう遠くない位置と見て間違いなかった。

 これまで数々の悪意に襲われてきた地球であるが、隕石が落ちてくるという天然自然絡みの事象は意外にも珍しい。少なくとも、悟飯が持つ三十年程度の記憶には一度も無いものだった。

 しかし悪党だろうと隕石であろうと、被害を受けた人間達が困っていることに違いはない。悟飯達三人はお互いに目を合わせると、迷わず人命救助を行う為に落下現場の元へと赴いた。

 

 

 ──しかし、野次馬達が隕石が落ちたと騒いでいたその物体の正体は、隕石ではなかった。

 

 

 ……それがただの隕石だったのなら、どれほど良かったことだろうか。

 舞空術を飛ばして現場に赴き、三人の中で最初に到着した悟飯が「ソレ」の姿を初めて目にした時、一瞬呼吸が止まるほどの衝撃を受けた。

 

「馬鹿な……っ、お前は……!」

 

 空から落下してきた物体──それは隕石ではなく、「人」だった。

 だが、ただの人間ではない。異彩を放つ目も口も鼻も尻尾も、金色の輝きを放つその肉体も……この地球には存在しない「宇宙人」と呼ばれる人種だったのだ。

 しかしその金色の宇宙人は、本来であれば地球どころか、この世にすら存在しない筈の人物だった。

 

 その男の獣よりも鋭い眼光が、何かを探し求めるように辺りを見回す。そしてその視線が交差した瞬間、悟飯は彼が何者であるのかを即座に見抜いた。

 悟飯が以前に彼と会ったのはもう三十年以上も前になるが、かつて「彼」と対峙した自身の経験から来る直感が彼の正体を教えてくれたのだ。

 彼の放つ威圧的な眼光。そして、出会う者全てを恐怖の底に陥れる圧倒的な「帝王のオーラ」。今まで戦ってきた敵の数は多くとも、それを当然のように身に纏っている人物など悟飯にとっては今も昔も一人だけだった。

 

「フリーザ……!」

 

 なんでここに居る? どうやって生き返った!? そう叫ぶ悟飯の声にその男──フリーザは冷淡な視線を返すだけだ。

 本来白く染まっていた筈の姿は何故か金色になっているが、その姿は見紛うことなく宇宙の帝王フリーザそのものだ。仮にあれに名を付けるとすれば、「ゴールデンフリーザ」と呼ぶべきか。

 三十年も昔に死んだ筈の彼が、何故ここに居るのか。五年前にドラゴンボールが封印されたことによってこの世とあの世の境界は再び強固になり、もはやどんな手を使っても死人が生き返ることは出来ない筈だった。

 

「パパ!」

 

 怪訝な表情を浮かべる悟飯の元に、遅れてパンとビーデルが駆けつけてくる。

 しかし、ここに二人が来るのはあまりにも危険だ。ここに居るフリーザの強さが悟飯が知っている頃のフリーザと同じであれば、今のパンはそう易々とはやられないだろう。しかし、この金色のフリーザは違う。あまりにも次元が違いすぎる。一体どんな手を使ったのかは知らないが、今のフリーザの身から感じ取れる「気」はかつての比ではなかった。

 

「見つけました。やはりこの星に居たのですね、龍の気を持つ人間よ」

 

 フリーザの視線は悟飯から外れ、今しがたこの場に現れたパンの顔へと向く。すると、彼女の姿を認めた彼が小さく呟いた。

 身に纏う凶悪な力とは対照的に、どこか虚ろな響きを含んだ声であったが、その憎たらしい声色も間違いなくかつて聞いたフリーザのものと同じだった。

 

「龍の気だと?」

 

 見つけた──一体こいつは、パンに対して何を見つけたと言っているのだろうか? その言葉に不穏な雰囲気を感じた悟飯は即座にパンを庇うように前に出ると、彼の視線を自らの身で遮った。

 

「パンは、ママを連れてここから逃げてくれ。こいつは、僕が食い止める」

「パパ……気をつけてね」

 

 果たして今の自分でどこまで戦えるか……正直言って、悟飯にはあまり自信がない。

 だが、家族が無事にこの場から逃げ果せるまでの時間を稼ぐことは出来る筈だ。戦う覚悟を決めた悟飯はパンにそう告げるなり(スーパー)サイヤ人へと変身し、内なる「気」を一気に限界まで引き上げた。

 

「はああっ!」

 

 そして黄金色のオーラを纏った悟飯が、さらに青白い稲妻を迸らせた超サイヤ人2へと形態を変化させる。

 かつて老界王神に引き上げてもらった力は永続的なものではなかったらしく、しばらく鍛錬を怠っていた為か、歳を取ってしまった為なのかはわからないが、今は完全に消失してしまっている。故に五年前の戦いでも弱体化を避けられなかった悟飯だが、今この時もその事実が恨めしかった。

 

「フリーザ、お前の相手はこの俺だ!」

「……孫悟飯ですか。なるほど、彼女は貴方の娘でしたか」

 

 超サイヤ人2に変身した悟飯に興味を持ったのか、フリーザがまたもどこか虚ろな声で呟く。

 悟飯が超サイヤ人に変身出来ることは予め知っていたのだろうか、黄金色に輝く姿を見ても彼は欠片も動じた様子はない。

 妙だ。と、悟飯はこの時、目の前の宇宙人の姿を怪訝な表情で見据える。

 自尊心が高く、自己主張が激しい。そして誰よりも執念深かったのがあのフリーザという男だ。しかし目の前の金色のフリーザにその様子はなく、冷淡な表情でこちらを見据える彼の佇まいは不気味なまでに静かだった。

 

「貴方に用はありません。そこを退きなさい」

「僕のことを覚えていたのは意外だけど、そうはいかないな。大体、どうやって生き返ったんだ?」

「生き返った? ……なるほど。やはり、この次元(・・・・)でも、既にフリーザは亡き者になっているのですね。誰に生き返されることもなく……結構なことです」

 

 生き返った理由を問う悟飯に、金色のフリーザの言葉は要領を得ない。何故か他人事のようであり、引っ掛かる物言いだった。

 

「この次元だと? どういうことだ?」

「私は龍の気を持つ貴方の娘を追わなければならないのです。そこを退きなさい、孫悟飯」

「ふざけるな! お前を放っておくことなんか出来ない!」 

 

 金色のフリーザの口調はかつてのフリーザと同じだが、やはりどこか引っ掛かる物言いである。

 しかし彼がフリーザと別人でないことは彼から感じる「気」が証明しており、悟飯には彼と戦うことへの迷いは無い。

 宇宙の帝王フリーザは数々の惑星を暴力によって支配し、無差別な殺戮と破壊を振りまき、宇宙中の人々を恐怖に陥れた史上最悪と言ってもいい極悪人である。戦士に不向きとまで言われた温厚な性格の悟飯だが、そんな人物がこの地球に現れた上に、理由は不明だがパンを狙っている。そんな状況の中で、事を穏便に済ませられる筈もない。 

 そして金色のフリーザの方にも、既に容赦はなかった。

 

「ならば消えなさい」

 

 無慈悲に放たれた彼の言葉が、会戦の合図となる。 

 

 孫悟飯対ゴールデンフリーザ。二人のぶつかり合いから迸る波動は五年前からの努力により復興を果たしたサタンシティの町並みを紙屑のように破壊していき、甚大な被害を振りまいていく。

 それでも不幸中の幸いだったのが事件の裏でいち早くこの事情を察し、行動を起こしていたミスター・サタンによる住民達の避難誘導が手早かった為、人的被害を見た目以上には抑えることが出来たことだろう。

 

 しかしそれでも被害をゼロに抑えることなど出来る筈もなく、ゴールデンフリーザが放つ気弾の流れ弾等により、少なくない人々の命を刈り取られていった。

 

 もうこの地球には、ドラゴンボールは無いと言うのに。

 

「貴様ーッ!」

 

 この戦いで犠牲になっていく人々の姿を目に、怒りの臨界点を超えた悟飯の魔閃光が炸裂する。

 悟飯がその攻撃でフリーザの身を空高くまで押し出していくと、戦いの舞台は町に被害が及ばない上空へと移った。

 

 魔閃光の直撃を正面から浴びたフリーザだが、その身体には傷一つ付いていない。悟飯が察していた通り、金色の姿となったこのフリーザは以前とは桁外れに戦闘力を伸ばしていた。

 

「くっ……!」

「全盛期の貴方ほどではありませんが、今のは良い一撃でした。あの次元の痩せ細った貴方よりは、まだ力を失っていないらしい」

「あの次元……? さっきから、何のことだ? お前は何を言っているんだ?」

「貴方なら、パラレルワールドというものの存在はご存知でしょう。この世界は全て、全宇宙をも一括りにした「次元」というものに収められているのです」

「……そのパラレルワールドが、どうしたって言うんだ?」

「このゴールデンフリーザはこことは別の「次元」で貴方の父親が戦った、パラレルワールドのフリーザなのですよ」

 

 金色のフリーザがようやく明かした自身の素性について、悟飯には今この場でそれ以上詮索することは出来なかった。

 

 彼が考えている間にもフリーザが攻撃を再開し、魔人ブウをも超える速く重い攻撃を悟飯の身に浴びせてきたのである。

 

「ぐあああっっ!」

 

 ──圧倒的。二人の戦いはまさにそう表現することしか出来ない、酷く一方的なものだった。

 

 全盛期よりも弱体化している今の悟飯にとって、彼の相手はあまりにも荷が重すぎた。

 ゴールデンフリーザが拳を振るう度に悟飯の身体に傷が増え、意識が遠のいていく。それでも抵抗の姿勢だけは揺らがなかったのは、彼のせめてもの意地だった。

 

「諦めて楽になりなさい。貴方は決して、私には勝てない」

「死なないさ……たとえ僕がやられても、僕よりも強い戦士が必ず立ち上がり、お前を倒す!」

「……貴方らしい言葉だ。次元は違えど、心の在り様は同じということですか。無駄とは言え、見事なものです」

 

 今の悟飯が窮地の中で抱いているそれは、まるで彼とは別の「次元」で生き、戦いの果てに希望を託して散っていったもう一人の彼自身のような気高い精神であった。

 確かに悟飯一人では、この金色のフリーザには歯が立たない。恐るべきほどに、実力に差があり過ぎるのだ。

 しかし、この地球に居る戦士は悟飯一人だけではない。

 悟飯よりも強くて若い、次の世代を守る立派な戦士が居るのだ。

 

 それが彼らの生きるこの次元──「GT次元」の強さだった。

 

 

「む……?」

 

 ゴールデンフリーザが悟飯の身を上空から荒野の地面へと叩き落とし、とどめとばかりに特大の気弾を振り下ろしたその時だった。

 今まさに悟飯の命を奪おうとしていた気弾は突如横合いから割り込んできたピンク色の光によって相殺され、目標に達する前に消滅したのである。

 それはゴールデンフリーザでも孫悟飯でもない第三者が、この戦場に介入してきたことを意味していた。

 

「すみません、遅くなりました」

 

 先の光と同じピンク色のオーラを撒き散らせながら、その青年は悟飯とゴールデンフリーザの間に降り立つ。

 褐色の肌に、黒髪を特徴的なモヒカン刈りにした二十歳ほどの青年。

 師匠が消えた今も修練を怠ることなく重ね続けてきた彼の姿は、見た目の頼もしさはもちろん、身に宿した「気」の質もまたかつての師匠と遜色がないレベルにまで研ぎ澄まされていた。

 彼こそが孫悟飯の父、孫悟空が鍛え上げた唯一の弟子──

 

「助かったよ、ウーブ君」

 

 魔人から生まれ変わり、魔人と一体化した史上最強の「地球人」。それが青年、ウーブであった。

 平和の世の中でも師と同じくストイックに修行に励んでいた彼の戦闘力は、今や混血サイヤ人達のそれを遥かに上回っており、その実力はベジータに次ぐほどにまで成長していた。

 

 

「ウーブ……私の知らない戦士ですね」

 

 現れた彼の姿に、ゴールデンフリーザが初めて表情を変えた。だがそれは恐れや驚きなどというものではなく、ただ興味が沸いた程度の反応である。

 比喩を入れるなら、歩いていた道端で珍しい虫を見つけたような反応だった。

 そんな彼の態度に対して、ウーブの方は別段思うことはない。しかしそれとは別に、彼はここへ来るまでの道中で見たサタンシティの惨状に激怒していた。

 

「俺はお前がどんな奴なのかは知らない。だけど悟飯さんと、サタンシティをあんな目に遭わせたお前を許してはおけない!」

 

 そして、ウーブは激情を露わにしてその力を発散する。

 桃色のオーラが爆ぜ、大気が震える。吹き荒れる「気」の嵐は五年前の孫悟空と比べても劣ってはおらず、悟飯よりも遥かに上を行っていた。

 内なる「気」を解放しきったウーブが、大地を蹴る。

 彼の突き出した右手の拳がゴールデンフリーザの頬を打ち抜いたのは同時で、その後に衝撃音が響いた。

 さらに続けざまに放つ超音速の連撃が彼の鳩尾を抉ると、十撃目にウーブの蹴り上げた右足が彼の身を豪快に吹っ飛ばした。

 

「波あああっ!!」

 

 ウーブは尚も容赦なく追撃のかめはめ波を放つが、その一撃は即座に体勢を整えたフリーザに惜しくも回避される。そして次の瞬間には二人の姿はその場から掻き消え、上空で幾度も衝突し合う拳の衝撃音だけが辺りに響いた。

 

「凄いな……!」

 

 見ているだけでも全く追いつけない二人の戦いに、悟飯が思わず呟く。

 

「スピードもパワーも、超サイヤ人を超えている……」 

 

 両者が繰り出す格闘のラッシュとラッシュ。お互いの身から感じ取れる戦闘力は非常に拮抗しており、熾烈な攻防が空を弾き、海を割っていく。

 この戦いで特に悟飯の目についたのはウーブの成長であろう。彼は五年前に自身と同化した魔人ブウの力を完全に引き出しており、その技巧もまた五年前より遥かに洗練されている。成長期の間、誰よりも真剣に修行に打ち込んできた成果がそこにあった。

 彼の格闘技はまるで父孫悟空を彷彿させ、戦闘時間が経過していくに連れて徐々に優勢に立ち、ゴールデンフリーザを追い込んでいった。

 

「これが、魔人の力だ!」

 

 そしてウーブの両手を組み合わせたハンマーパンチが炸裂し、ゴールデンフリーザが地面に墜落し巨大なクレーターを作る。

 戦闘開始から十分弱。実力の差が、二人の勝負の決着がつき始めた瞬間だった。

 

「……なるほど、魔人ブウの生まれ変わりでしたか。地球人ながら神に匹敵する力を身につけたとは、とても素晴らしいものです。彼が生きていた次元にも貴方のような戦士が居れば、悲惨な運命を辿ることもなかったでしょうにね……」

 

 首を鳴らし、頭を左右に揺らしながら立ち上がるフリーザが、やはりどこかフリーザらしからぬ言葉を呟く。

 この戦いで追い詰められているのは彼の筈だが、不気味にも欠片も激情を見せない冷淡な表情は戦闘開始前と比べても全く変わらなかった。

 

「どうやらこの次元の地球には、想定よりもイレギュラーが多いようだ。ここは撤退し、改めて出直すことにしましょう」

「あれだけのことをしておいて、逃げられると思うのか?」

 

 劣勢を悟ったフリーザが、その口で撤退を宣言する。フリーザの性格を知らないウーブがその言葉に動じることはなかったが、悟飯の方は信じられないものを見るような表情で彼の姿を眺めていた。

 撤退など、あのフリーザがそんなことを言うわけがない。そこで悟飯は自身との戦闘中に彼が言っていた言葉を思い出し、理解する。

 ……この推測が正しければ、今目の前に居る男はフリーザではない。少なくとも「悟飯の知っているフリーザ」ではないのだと。

 

「お前には聞きたいことがある。殺しはしない……これで、身動きできない人形になれ!」

 

 悟飯がそうこう考えている間に、ウーブがこの戦いを終わらせに掛かる。

 指先から放たれたピンク色の光線は、かつて魔人ブウが得意技にしていた魔法の光線と同じものである。命中したものは術者が指定した物体へと姿が変わってしまう一撃必殺の魔法──魔人ブウが度々人間をお菓子に変えていた光線と同じ技である。

 その光線を今、ウーブはフリーザの身体を人形にする為に放ったのである。

 しかし対するフリーザに避けようとする素振りはなく、それどころか甘んじて光を受けるように身を差し出してきた。

 

「また会いましょう。「GT次元」の戦士達よ」

「!?」

 

 フリーザが光線に身を包まれながら、ノイズの混じった声(・・・・・・・・・)で言いながら、その場から朧のように姿を消した。

 フリーザの身体は光線に当たった瞬間人形になるのではなく、始めからこの場に居なかったように消滅したのである。

 

 

「……やったのか?」

 

 倒したにしては、あまりにも不穏すぎる消え方だった。ウーブと悟飯は不意打ちを警戒して周囲を見回すが、周囲に気配は無い。

 

「いえ、逃げられました。すみません」

「謝ることないって。だけどあいつ、フリーザじゃなかったのかもな……」

 

 ウーブとしては光線が当たった感触までは確かにあったのだが、あの一撃で倒したという手応えは全く感じていなかった。

 恐らく彼は、何か瞬間移動のような撤退手段を使ったのだろう。残念ながら、彼がまだ生きていることは間違いなかった。

 

「何はともあれ、ありがとうウーブ君。君のおかげで助かったよ。こんなに強くなって……僕も安心して引退だな」

「いえ、悟飯さんだってまだ……」

 

 今回命拾いすることになった悟飯が、自分よりも遥かに強くなったウーブに対して改めて礼を言う。孫悟空が居なくても、地球には次世代を担う強力な戦士が居る。そのことが悟飯には頼もしく、喜ばしいことだった。

 しかしそう言う悟飯の方にもまた、決して力が無いわけではない。長い学者生活の為か全盛期より力は落ちているが、それでもまだ老け込む歳には早いだろう。

 また鍛え直せばまだまだ戦える筈だと、ウーブがフォローの言葉を述べようとしたその瞬間だった。

 

「なんだ、あれは……?」

 

 ウーブの視線──まだ昼の青い空から、眩い光が閃いたのである。

 

 刹那、雷鳴のような轟音がその光から響き渡り、入道雲を吹き飛ばしながら巨大な気配が降下してきた。

 

「っ、またアイツか!」

「いや、違う……」

 

 もしやあのゴールデンフリーザが戻って来たのかと身構える悟飯だが、上空から降りて来たその気配は彼のものではなかった。

 

「そんな……!」

「まさか……!?」

 

 空を埋め尽くすような巨大な身体。全身が青色の鱗に覆われているその姿は、明らかに人ならざるもの──

 

 

神龍(シェンロン)……っ!」

 

 

 ──その「(ドラゴン)」の姿は間違いなく、七つの願い玉と共にこの世界から消えた筈の存在だった。

 

 

 

 

 

 



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龍の姫の警告! 新たな敵は邪神

 神龍。願いを叶える龍の神様。

 悟飯もウーブも、その姿を見間違える筈がなかった。

 空を覆い尽くす龍の威容を前に、二人は茫然とその姿を見上げる。

 青い神龍はそんな彼らを赤い双眸で見下ろすと、太陽の如き眩い光を放った。

 

「……!」

 

 あまりの眩しさに反射的に目を閉じる悟飯とウーブ。

 そんな彼らが次に目を開けた時、その空に青色の龍の姿はなかった。

 

 しかし、龍の居た場所には一人の少女の姿があった。

 

「あれは……っ」

「女の子……?」

 

 歳の頃は、パンと同じ十代半ばほどであろうか。

 身体つきは華奢だが凛々しく整った顔立ちにあどけなさは無く、少女はやや目尻のつり上がった青い眼差しで悟飯の姿を見下ろしていた。

 特徴的なのは先の龍の鱗と同じ色をした、鮮やかな青色の髪の毛だろう。癖のないその髪を肩先まで下ろした色白の少女は、馴染みのない民族衣装のような羽織を身に纏ってこそいるが、一見地球人の少女と何ら変わりのない外見だった。

 しかし、明らかに地球人とは異なっている点がある。

 それは、彼女が内包している「気」の種類だ。悟飯とウーブは彼女の「気」に対して、即座にその異質さを感じ取っていた。

 

 少女はゆっくりと空から降下していくと、悟飯達の前に降り立つ。

 ただならぬ気配を身に纏う少女からは敵意こそ感じないが、二人ともどう立ち回れば良いのか判断しかねていた。

 そんな二人に対して、少女が初めて口を開く。

 

「私は龍姫神(りゅうきしん)。盟友、孫悟空の頼みを受け、この次元で貴方がたの元へと警告に参りました」

 

 凛とした声で龍姫神(りゅうきしん)と自らの名を名乗った少女が、その口から自身がこの場に現れた目的を話す。

 その瞬間、悟飯とウーブの思考は激しく揺さぶられた。

 

「っ! 悟空さんが……!?」

「君は……」

 

 五年前にこの世界から消えた悟飯の父、孫悟空。その名前が予想だにしないところから出てきたことで、特にウーブが動揺を見せた。

 まるで彼本人と会ったようなことを仄めかす少女に対して、悟飯が訊ねた。

 

「君は……さっきの青い神龍なのかい?」

「はい。あれは私が変化した龍の姿です」

「警告? それはもしかして、さっき戦ったフリーザのこと?」

「ええ。しかし、あれはゴールデンフリーザではありません。フリーザよりもずっと強大で恐ろしく、哀れな存在……」

 

 ゴールデンフリーザとの戦いの後に起こった彼女の出現は、決して偶然の巡り合わせなどではない。

 即座にそのことを悟った悟飯が少女に事情の説明を求めると、彼女は快くそれを引き受けた。

 そして彼女は、想像を絶する真実を彼らに語った。

 

「あれの名は「邪神メタフィクス」。宇宙を喰らい、無限に戦闘力を増していく滅びの邪神です」

 

 少女の口から放たれた「邪神」の存在──それが今回の、五年ぶりにこの宇宙を脅かすことになった新たな敵の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 西の都。

 巨大ドーム並の広さを誇るブルマの家では、家主のブルマが久方ぶりに多くの知人達を集めていた。

 そこにはビーデルやパンを含む孫一家の姿はもちろん、クリリン一家、プーアルと共に放浪生活を送っていたヤムチャ、ミスター・サタンにカメハウスの亀仙人やウミガメ、長い間会っていなかった天津飯や餃子までも招集されており、連絡の取れる限り「孫悟空と関わりのある者」はほぼ全員がそこに集結していた。

 それには一時間ほど前に悟飯達がこの家を訪れ、彼らを集めてもらうように頼み込んだからである。

 ブルマからしてみれば急な話ではあったが悟飯達の必死な声を聞くなりただ事ならぬ事態を察し、こうして迅速に対応したのだ。

 尤もまだ事情を知らない者達は、久しぶりに再会したかつての仲間達と気楽に世間話と洒落込んでいた。

 

「ギルルル! パン、ヒサシブリ!」

「ギル、久しぶりね。元気にしてた?」

「ゲンキ! ゲンキ!」

 

 パンもまたその一人であり、しばらく会っていなかった友との再会を素直に喜んだ。尤も年単位で会っていなかったわけではなく、それほど懐かしむというほどのことではない。

 しかしこの場にはまだ姿のない顔ぶれもあり、パンはそのことについてブルマに訊ねた。

 

「ブルマさん、トランクスは仕事?」

「ええ。あの子は今、ベジータと一緒に手が離せないことをやっているみたいよ。すぐに来ると思うんだけど」

 

 集合場所がブルマの家ならば家族である二人も集まっていると思ったのだが、トランクスとベジータだけはわけあってまだ来ていないようだ。

 尤も、自分達が何故この場に集まることになったのかはパンもまだ聞かされていない。

 父の悟飯がウーブと共に戦いを終えて帰って来たと思ったら、このように急いでブルマの家に集まるよう指示されたのだ。

 

 そしてほぼ全員がこの場に集まったことを確認したところで、悟飯とウーブが見知らぬ青髪の少女を連れてこの場にやって来た。

 

「龍姫神様、どうぞ」

「……ありがとうございます」

 

 悟飯が少女に発言を促すと、少女が一同の前に出て言い放った。

 

 

「私は龍姫神。孫悟空が封印された世界──「龍神界」を管理する神の一人です」

 

 

 麗しくも神々しさを放つ眼光で一同を見渡しながら、少女──龍姫神は語る。

 彼女が話している間は誰にも割り込むことが出来ないと、その名の通り「神」を名乗るに相応しい様相を呈していた。

 

「今回は二つ、貴方がたに警告と報告に参りました」

 

 凛と張りつめた声で、彼女は続ける。

 

「まず報告の方を先にさせていただきましょう。それは孫悟空の行方──ここに居る皆さんは全員、五年前に孫悟空がどこへ行ったのか気に掛かっていることでしょう。

 

 彼は生きて、私達の世界に居ます」

 

 その発言に、一同は大いにざわついた。

 孫悟空の行方──それは誰もが気になっていたことであり、妻のチチなどは未だに捜索を諦めていなかった。

 そんな中で唐突に明かされた真実に、思わずそれは本当かと龍姫神に掴み掛かろうとするチチを悟天が制止する事態になっても責める者は居ない。

 そんな周囲の様子を青い瞳で一瞥した後、気を取り直して龍姫神が語り出す。

 

「……孫悟空に関する質問は後で受けましょう。そして、次は警告です」

 

 警告──それは、これから良くない事態が起こることに対して注意を促すことだ。龍姫神がその話を後に持ってきたことを考えれば、彼女からしてみればこちらが本題のようだった。

 再び静粛に戻った空気の中で、彼女は神妙な表情からはっきりと言い放った。

 

「今、この宇宙は光の何倍もの速さで萎み続けています。このまま放っておけば、ひと月も持たず宇宙は消滅するでしょう」

 

 それは、宇宙そのものに対する余命の宣告だった。

 

 警告と言うには些か遅い、現在進行形で進んでいる衝撃の事態。

 あまりにもスケールが大きすぎる話に、一同の理解が追いつくにはしばしの時間を要するほどだった。

 

「嘘だろ……そんなの、どうすればいいんだよ! ドラゴンボールもないんだぜ!?」

 

 一同の動揺を代弁するようなヤムチャの叫びが、室内に響く。

 荒唐無稽な話でありながら、一同を見据える龍姫神の瞳はそれが事実であることを本能的に彼らに理解させていたのだ。

 そんな彼らに対して、彼女は宇宙が萎んでいる原因について詳細を語った。

 

「この宇宙が消滅に向かっている原因は、次元の狭間に生まれた「邪神メタフィクス」の存在にあります。目的は不明ですが……彼は今この宇宙を喰らい尽くそうとしているのです」

 

 邪神メタフィクス──それが、宇宙の消滅を引き起こしている張本人である。

 宇宙が滅びると話を切り出された時点で既に何人かは察していたが、やはりその事態は自然的な現象ではなく、特定人物の仕業だったのだ。

 報らされた新たな敵の存在に困惑する一同。そんな彼らの元に、彼女の言葉を裏付けるように「見知った神」が姿を現した。

 

「その方の……龍姫神様の言っていることは本当です」

「界王神様?」

 

 この宇宙を管理する界王神の一人、キビト神である。

 界王神界からこちらの様子を見ていたと言う彼は、得意のカイカイを使ってこの場へ移動してきたのだ。

 そしてキビト神は即座に青髪の少女、龍姫神の元へ歩み寄り、言葉を交わした。

 

「青い神龍の正体は、貴方だったのですね」

「龍神界からこの次元へ移動する為には、龍の姿にならなければならないのです。紛らわしいことをしてしまい、申し訳ありません」

「いえ、とんでもない……」

「畏まる必要はありませんよ、界王神様。貴方はこの宇宙の最高神なのですから」

「は、はい」

 

 龍姫神と界王神。共に神の名を冠する二人は、その名に偽りのない格を備えている。

 しかしその人となりをこの場に居る者達は知っている為か、一同の目には界王神の方がどこか頼りないと言うか、格落ちしているように見えていた。

 そんな彼に対して、界王神と龍姫神との関係が気になった悟天が質問を掛けた。

 

「界王神様は、その子のことを知っているんですか?」

「いえ、私も今まで全く知りませんでした。何でもご先祖様によると、龍姫神様は神龍の住む世界を管理している偉い神様のようで……」

「ちょっと待って! 神龍の住む世界ってなによ?」

 

 界王神の話に割り込み、ブルマが訊ねる。

 神龍の住む世界と聞けば、長年ドラゴンボールと関わり続けてきた彼女が聞き逃せることではない。

 彼女の認識では神龍もドラゴンボールも、元はナメック星だが地球の神様が生み出したものの筈だからだ。

 

「私達の管理している世界、「龍神界」のことです」

 

 龍神界──彼女の自己紹介にも出てきた固有名詞である。

 そして彼女は、ドラゴンボールに隠された知られざる真実を一同に明かした。 

 

「そもそも貴方の知っているドラゴンボールというものは、七つ集めることで私達の世界から神龍を呼び出すことが出来る召喚の媒体であり──神龍とは、私達の世界で暮らす龍の一体なのです」

 

 神龍達の暮らす「龍神界」という世界が遠くに存在し、ドラゴンボールはその世界から神龍を召喚する奇跡のアイテムだったと。そしてそのドラゴンボールを作ることが出来るのは、この宇宙で最も正しい心を持つ優秀な民族であるナメック星人の「龍族」と、理由あって龍神界から離れることになった「龍神」だけなのだと彼女は語った。

 平然とした表情のまま衝撃の事実を語る彼女の話は、尚も続く。

 

「住んでいたのは神龍だけではありません。七体の邪悪龍もまた全員、元々は私達の世界で暮らしていた龍の戦士達でした」

「あー、だから邪悪龍達の力は、神龍よりも強かったのか!」

「あれはドラゴンボールのマイナスエネルギーが神龍を邪悪龍にしたんじゃなくて、ドラゴンボールのマイナスエネルギーが龍の世界に居た邪悪龍達を呼び出したってことなのかな……」

「概ね、正解です」

 

 言うならば、自分達は神龍を「借りていた」ようなものだったのだと、一同は納得できない部分はあれどその事実を受け止める。

 しかし、既にこの世に無いドラゴンボールのことを考えていても生産的ではない。

 

 一同──特にパンにとって重要だったのは、それとは別の話だった。

 

「おじいちゃんは、神龍の世界に行ってたんだ……」

「驚いたわ……トランクスの想像通りね……」

 

 祖父が神龍に乗って消えていった先は、神龍の故郷だった──それが想像の範囲内だったかどうかと言われると、実のところある程度はその通りだった。

 何となくだが、そんな気はしていたのだ。と言うよりも、パンにはそうであってほしいという思いがあった。

 祖父が消えた。その事実を受け止めることは出来ても、祖父が死んでしまったなどとは考えたくなかったのだ。

 

「じゃ、じゃあさ! 僕達からそっちに行けば、またお父さんに会えるかもしれないんだよね!?」

「理論上はそうですが……龍ではない純粋な人間である貴方達を、こちらに招くことは容認できません」

 

 生きているのならまた会うことが出来る──同じことを考えていたのであろう悟天が龍姫神に訊くが、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。

 だが、それだけで諦める者はおそらく居ないだろう。

 何せこの場に居るのは、誰も彼も常識を超越したような戦士や科学者ばかりだ。居場所がわかった以上、これだけの者達が本気を出せばきっとまた会えるだろうと悟飯は思っていた。

 

「みんな、父さんのことは後でじっくり考えましょう。今は龍姫神様が言っていた邪神メタフィクスって奴のことが大事でしょう」

「そ、そうだな……」

「悟飯、お前その仕切り方ピッコロに似てきたな」

 

 そう、父との再会のことは、後でじっくり考えることが出来る。

 当面の問題は、龍姫神の言っていた「邪神」だ。ここまでの話を聞くに、その者が居る限り父のことを考える時間すら無くなってしまう。

 

「龍姫神様、そのメタフィクスって奴をなんとかすれば、宇宙は助かるんですよね?」

「はい。そしてそれが出来るのは、この宇宙で最強の戦士である貴方達しか居ません」

 

 自分達のすべきことを今一度確認する悟飯に、龍姫神がきっぱりと言い切る。

 邪神と戦い、これを打ち破れと。相手は違えど、それは今までも幾度となく繰り返してきたことだった。

 大きな違いと言えば、戦士の中に孫悟空が居ないことだが。

 

「……また宇宙のピンチか。悔しいけど、俺にはとても力になれそうにない」

「それこそ、いつもは悟空の出番だったよな。あいつはいつも美味しいタイミングでやってきてさ……」

 

 ヤムチャやクリリンと、年老いて戦闘から遠ざかっている地球人戦士達がかつてのことを思いながら感慨に浸る。

 自分達が戦力になれないことを嘆く彼らだが、彼らは既に十分すぎるほど戦ってくれたと悟飯は思う。

 そしてそれは、龍の世界に居るという父孫悟空もだ。

 

「お父さんに手伝ってもらうことって、出来る?」

「出来ません。私以外の龍世界の住民は、ドラゴンボール無しにこちらの世界と行き来することは不可能です」

 

 悟天が一応の形として聞いてみたが、やはり父は今回のことに関わることは出来ないらしい。新たな強敵と戦えなくて悔しがる姿が目に浮かぶようだが、今度ばかりはその方がいいだろう。

 宇宙の、地球の平和を守るのはきっと今を生きる者達でなければならないのだから。

 

「孫悟空もまた、この事件は貴方がたで対処することを望んでいます」

「そうかー……でも確かに、いつまでも頼ってちゃ駄目だよね」

「その通りだ、悟天。父さんが居ない今、僕達がやらなきゃ……そう言う僕も、あんまり力になれそうにないけど」

「大丈夫ですよ。今度は逃がしません。俺がこの手で倒しますから」

「ウーブ君……」

「ベジータにも言っておくわ。そのメタなんとかってのがどのくらい強くても、今のベジータならちょちょいのちょいよ」

 

 悟飯の力は既に全盛期を過ぎているが、他の者達はそうではない。

 この地球には五年前の悔しさをバネにさらに飛躍したウーブに、あれから鍛え直した悟天、トランクス、そしてベジータが居る。特に悟天は学者の悟飯や社長のトランクスよりも暇な分他の戦士達よりもベジータにみっちりと絞られたようで、今では悟飯を超える戦士として立派な強さを身に着けていた。元々、サイヤ人の中では誰よりも才能があったのだ。戦う意欲さえあれば、かつての父に追いつけるほどのものはあった。

 ……尤も、その「戦う意欲」というものが、気性が穏やかすぎる混血のサイヤ人が強くなる為には何より大きな壁なのかもしれないが。

 そういう意味ではやはり、彼らはこの世に残った唯一の純血サイヤ人であるベジータには敵わないのだろう。

 

 

「その、ベジータさんは今どちらに?」

 

 今この場に居ない宇宙最強の戦士、ベジータの存在は彼女も予め知っていたのだろうか。龍姫神が彼の姿が見当たらないことを不思議がりながら、ブルマに問うた。

 そのブルマは、六十代にもなって相変わらず戦いばかりの夫を脳裏に呆れた苦笑を浮かべながら、彼女の質問に答えた。

 

「戦っていると思うわ。……違う世界の孫君とね」

「え?」

 

 

 

 

 

 宇宙最強の戦士、ベジータの姿は今、この次元には無かった。

 彼の姿はこの世界とは違う、もう一つの世界──次元の壁を越えた先にあるとある破壊神の聖域にあったのだ。

 

 

 



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因縁に決着! 超サイヤ人ブルーvs超サイヤ人4

 地球という星はベジータにとって、今や第二の故郷だった。自らを指して「サイヤの誇りを持った地球人だ」と叫ぶほどに、彼は居心地の良い地球を愛していたのだ。

 しかしその地球に訪れた平和の中で、彼は居心地が良いからこその居心地の悪さを感じていた。

 

 それは彼がこの世で唯一ライバル意識を抱いていた男と──孫悟空(カカロット)と決着をつけることが、二度と叶わなくなったからである。

 

 それは魔人ブウとの戦いの中で、吹っ切れた筈の感情だった。

 カカロットをナンバーワンだと認めて以降は彼の後を追うのはやめ、純粋に自分の限界を知る為に修行に励んできた筈だった。

 

 しかし今のベジータの心を支配していたのは、どうしようもないほどの飢えと渇きだった。

 

 孫悟空(カカロット)がこの世界から消えてからのベジータは、もはや並び立つ者が居ないほどにまで強くなりすぎてしまっていた。

 敵も居ないのに最強になってどうする? というのはかつて魔人ブウが孫悟飯に言った言葉だが、今のベジータにはまさにその状態が当てはまった。

 宇宙最強──かつて病的なまでに焦がれていた筈のその座についた筈のベジータは今、戦士としては誰よりも孤独だったのだ。

 

 

 

「おめえ……本当にベジータ(・・・・)か?」

 

 ジーンズにタンクトップと、サイヤ人の正装から外れた地球人的な装いのベジータの前に立っているのは、左胸に妙なマークが描かれている山吹色の道着の男だ。

 左右に跳ねた下級戦士特有のヘアースタイルと言い、田舎者のような喋り方と言い……その姿はまさしく、ベジータが五年間追い続けてきた男のそれと同じだ。しかしその男が身に纏っている雰囲気は、ベジータの知る(・・・・・・・)彼とはやや異なるものだった。

 

「貴様こそ、本当にカカロット(・・・・・)か? さっきからまるで隙だらけだぞ」

 

 これが、生きてきた次元の違いから来る差異という奴だろうか。彼と別人だということは最初からわかっていたが、彼が孫悟空──カカロット(・・・・・)であることには相違ないが為にベジータの胸中は複雑だった。

 

「しょうがねぇ……オラも全力でいくぜ!」

 

 そんなベジータの前で、悟空が内なる力の全てを解放する。

 瞬間、彼の身を覆うオーラの色が海のような青へと変わり、逆立った髪の毛もまた美しい青へと染まっていった。

 (スーパー)サイヤ人。しかしその変身は本来の黄金色ではなく、ベジータが今までに見たことのない形態変化だった。

 

「ほう、それが貴様の新しい超サイヤ人か。さっきまでとは「気」の種類が変わってやがる……前までの俺には、読み取ることが出来なかった「気」だ」

「? なんだおめえ? これが超サイヤ人ブルーだって自慢してたのはおめえじゃねーか」

「……ということは、こっちじゃその変身が主流ってことか」

 

 超サイヤ人ブル──―超サイヤ人ゴッドの力を持ったサイヤ人の超サイヤ人のことを、この「次元」の彼らはそう呼んでいた。

 通常の超サイヤ人とは比較にならない力の飛躍であり、おそらくこれがこの「次元」の孫悟空の最強形態なのだろう。

 興味はそそられる。

 しかし。

 

「はああっ!」

 

 最強の変身と呼べるほど、期待していたほどのものではなかった。

 そう感じながらベジータは通常の超サイヤ人から超サイヤ人2へと変身すると、見慣れない青髪となった彼と相対する。

 

「……おめえ、一体何があったんだ?」

 

 そんなベジータが内包している「気」を持ち前の嗅覚から感じ取ったのか、悟空が今までのちゃらけた雰囲気から一転して真剣な表情で訊ねる。

 彼視点からすれば、それは予想外などという生易しい表現すら当てはまらないのだ。

 

 ベジータの戦闘力が──超サイヤ人2の時点で超サイヤ人ブルーの自分に匹敵するなどということは。

 

「貴様もカカロットなら、精々俺を楽しませてみろ」

 

 悟空の問いに、ベジータは答えない。

 と言うよりも、答えてはいけなかったのだ。それが彼がこの「次元」に跳躍する際に課せられた息子との制約であり、約束だったからだ。

 

「はっ!」

「でりゃあ!」

 

 二人の超戦士が激突し、その余波だけで大地が裂けて星が悲鳴を上げる。

 この星が地球ではないことをいいことに、二人は自らの力を思う存分にぶつけ合っていた。

 

「おめえ、ビルス様の星でそんな無茶苦茶すんなよ! 二人とも留守なんだからさ!」

「うるさい! 奴だって散々他人の星を壊してきただろうが!」

「どうなっても知らねぇぞ!」

 

 光の如き速さで繰り出される、鍛え上げられた技と技の応酬。

 軽口を叩きながらベジータと打ち合う悟空だが、実のところ既に限界に近い力を出していた。

 この形態での戦いは、単純なパワーに関してはやや悟空の超サイヤ人ブルーの方が上だった。しかし、戦局はややベジータが優勢に進んでいる。

 老練としたベジータの戦いの技巧が、悟空のそれを上回っていたのだ。

 

「くっ……! ベジータがなんかベジータじゃねぇぞ! 変わってんのは、髪型だけじゃねぇ……!」

 

 どちらかと言うと、ベジータの得意とする戦い方は気弾を駆使した空中での中長距離戦だ。対して悟空は地上での肉弾戦を一番の得意としており、この状況ならば悟空の方に分がある筈だった。

 

 しかし今、悟空は自分の土俵でベジータに押されていた。それも、超サイヤ人ブルーですらない超サイヤ人2にだ。それは単にベジータの成長の一言では片づけられない異常事態だった。

 

 コイツは、まるで別人になったみたいだと──彼はそのように、直感で事の真実に迫っていた。

 

「どうした! 貴様が手に入れた力はその程度か!?」

「っ……!」

「この俺を相手に全力を出し惜しんでいる場合か! カカロットなら、もっと俺を驚かせてみろ!」

 

 そんな悟空に対して、ベジータの攻撃には何の容赦もない。

 まるで最初に地球で戦った時と同じように、彼の攻撃には明確な殺気が込められており、悟空を本気で殺すつもりで叩き込んでいた。

 それも全て、悟空の全力を引き出す為だ。ここまで打ち合ってみてわかったことだが、どうにもこの「次元」の彼は戦闘開始から力を出し惜しむ傾向があるらしい。

 元々、というかベジータの「次元」の悟空にもそう言った無意識な手加減癖はあったが、どうにもこの「次元」の悟空はそれが際立っているように見える。

 それだけこの「次元」の悟空は自分の力に自信を持っているということなのだろう。ならばベジータは、その力を最後まで引き出した上で見ておきたかった。

 

 相手を必要以上に強くしてしまうことは、ベジータの得意技である。

 

「界王拳っ!!」

「!?」

 

 そして目論見通り、追い詰められた悟空はその力を引き出した。

 超サイヤ人ブルーの変身の上に、さらに界王拳のパワーアップを上書きした限界突破の力。

 懐かしい技を使いやがるぜ……と、ベジータはかつて辛酸を舐めさせられたその技を前に、闘気の笑みを浮かべた。

 

「だありゃあっっ!」

「ぐぉ……っ!」

 

 青いオーラの周りを赤く染めた悟空の拳が、先ほどの何倍ものスピードとパワーを持ってベジータに突き刺さる。

 まるであの時と同じだと……殴打の嵐を喰らいながらもその感覚にベジータは喜んでいた。

 そうでなければ、わざわざこの世界に来た意味がないからだ。

 

「ちゃあああっ!」

 

 地面に叩き付けられたベジータは咆哮を上げて上空へと飛び上がり、一瞬にして悟空を見下ろす位置へと移動した。

 そのベジータは上半身を捻り、両手に「気」を集中させて構えを取る。

 ベジータの必殺技の一つ──ギャリック砲の構えだ。

 

「おもしれぇ……そっちがその気なら、オラだって!」

 

 その構えを取ったベジータの意図を察したのか、悟空が地上に降りて構えを取る。

 身体の前で両手首を合わせて手を開き、その両手を腰付近に持っていきながら体内の気を集中させ、上体を捻り両手を後ろに持っていく。

 孫悟空の得意技にして師匠である武天老師の奥義。体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる──かめはめ波。その技を今、悟空は超サイヤ人ブルーの界王拳状態で放とうとしていた。

 

「喰らえええっっ!!」

「波ああああっっ!!」

 

 そして二人は、お互いの技を同時に放つ。

 ギャリック砲対かめはめ波。増大するエネルギーはこの「次元」の宇宙を揺らし、遥か彼方で仕事に当たっていた破壊神と付き人が異変に気づいてこの場へ急行しているが、決着がつくまでには到底間に合わないだろう。

 この撃ち合いを制した者がこの戦いの勝利者になると、そう確信させるだけの力が二人の技に込められていたのだ。

 

「二十倍だあああ!」

 

 拮抗する一気に勝負をつけるべく、悟空が界王拳の力をさらに引き出す。

 その瞬間、悟空のかめはめ波はベジータのギャリック砲を一気に押し返し、ベジータの身体を諸共飲み込もうとする。

 

 ──しかしそれは、かつての再現とはならなかった。

 

 追い込まれたベジータが不敵な笑みを浮かべた次の瞬間、彼の姿が大猿の咆哮を上げて光り輝き、赤く変化したのだ。

 

「なに……!?」

 

 撃ち合いの最中に見せたベジータの変化に、悟空が驚愕する。

 髪は赤みの入った黒髪になり。

 身体には猿のような赤い体毛が生え。

 そして、気の嵐に揺らめく「尻尾」──その全てが、この「次元」の悟空が知らない姿だった。

 

「これが神を超えた最強の戦士! (スーパー)サイヤ人(フォー)のベジータだ!!」

 

 落ち着いた容貌の超サイヤ人ゴッドとは対照的な、荒々しい容貌の超サイヤ人4。

 そして劇的に変わったのは姿だけではなく、その力もだ。

 彼がその姿に変身した瞬間、悟空が最大の威力で叩き込んだ筈の二十倍界王拳のかめはめ波はいとも簡単に押し返され、悟空の身を飲み込んでいった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カプセルコーポレーション、研究室。

 

 厳重な警備と有数の科学者達に囲まれたその部屋の中で、人ひとり分収容出来る大きさのカプセルの蓋がおもむろに開いた。

 凄まじい放熱によりおびただしい量の湯気が立ち上がり、その中から一人の男が姿を現す。

 その男の名はベジータ──このカプセルコーポレーションの社長、トランクスの父だった。

 

「父さん、無事でしたか!」

 

 それまで科学者達の中で緊張の表情を浮かべていたトランクスが、父の姿が見えたことで安堵の表情を浮かべる。

 何せ、人類史上初の発明だ。実験はこれが初めてではないが、やはり彼がこの「次元」に帰ってくるまでは、何度やっても安心出来るものではなかった。

 

「あのぉ、お身体の検査は……」

「必要ない」

 

 無言でカプセルの中から出てきたベジータを気遣うように前に出る社員に、彼は冷たく突き返す。その表情には、明らかに不機嫌さがにじみ出ていた。

 

「ど、どうしたんですか? まさか移動が失敗したとか……」

「……ああ、これの実験は成功だ。お前が考えたおもちゃは、ブルマの発明品にも匹敵するだろう。だが……」

 

 

 ──次元移動装置。

 

 

 それは、トランクスがタイムマシンの原理を利用して基礎理論を固め、この世に生み出したカプセルコーポレーションの新たな発明品だ。

 その機能は、文字通り次元の壁を越えてありとあらゆる世界へと飛び立てるというもの。具体的にはこの世界とは異なった別の可能性の世界──パラレルワールドに移動することが出来るという、実現すれば世紀の大発明となるオーバーテクノロジーだった。

 

 今ベジータが入っていたカプセルのような機械は、その実験機だ。

 幾度も研究と改良を重ねたことによって遂に当初の目標通り別の「次元」へ渡る機能を再現することが出来たのだが、それでもまだ多くの欠陥が残っていた。

 その一つが、「ベジータほどの強靭な肉体でなければ次元移動の際に生じるエネルギーに装置内の人間が耐えられない」という致命的な欠陥であったが、当のベジータ自身からすればそれ以上の欠陥があったのだ。

 

「このマシンで行ける「次元」は、あの世界だけか」

 

 ありとあらゆる世界へ飛び立てる装置を作る──というのがトランクスの最終目標であったが、その点に関して言えばこの実験機はまるで届いていなかった。

 今現時点で行くことが出来る別の「次元」はたった一つだけ、十二の宇宙が存在し、「全王」という神が治めている世界だけだったのだ。

 この次元以上に人を超越した存在が多く闊歩するその世界を、彼らは「超次元」と呼んでいた。

 

 だがそんなことは、今のベジータからしてみればどうでも良かった。

 

 かつて「全然仕事をしないのよこの人」とまで妻に愚痴られていたベジータが、こうして息子の研究を手伝っているのは義理でも趣味でもない。

 ベジータにはこの装置を使うことで、自分自身が抱いている野望を成し遂げたかったのだ。

 

 ──勝手にこの世界からいなくなりやがった馬鹿野郎を、この手で倒しにいくという野望が。

 

「……これからまた改良を重ねれば、すぐに行けるようになりますよ。悟空さんの居場所へ」

 

 ベジータの全盛期は、おそらく今この時だ。

 年齢が六十を過ぎた今、若い期間の長いサイヤ人と言えど、いつ老化による衰えが始まるかわからない。特にベジータは、老界王神に寿命が縮まると言われていた超サイヤ人に躊躇いなく何度も変身している身だ。通常のサイヤ人以上に老化が早くなる可能性は十分にあった。

 故にこそ、ベジータは急いでいた。自らの修練の果てに到達したこの全盛期が過ぎる前に、過去の清算を──孫悟空(カカロット)と決着をつけることを。

 

「そっちの世界で、悟空さんと戦ったんですか?」

「あの世界でも、あの野郎は昔のままだった。時間の流れが違うのかもしれんがな……」

 

 今回行ったのは装置の起動実験に過ぎず、トランクスからしてみれば現地の人間に会って戦うまでする必要は無かったのだろうが、当然と言うべきかベジータは次元を越えるだけで満足はしていなかった。

 何分こちらの世界には今の彼とまともに戦うことが出来るのはウーブぐらいなもので、そのウーブすらもベジータを満足させるには程遠い現状なのだ。

 せっかく別の次元に来たのなら、そこにしか居ない強者を求めるのは当然だった。

 

「少し若かったが、奴は確かにカカロットだった。戦い方も、俺を驚かせる変身も、いちいち癇に障るツラも……間違いなくあの野郎だ」

 

 別の次元、「超次元」で戦った宿敵の姿を思い出しながら、ベジータは舌打ちを入れて吐き捨てる。

 あの次元の悟空と戦っている間、ベジータの心が五年ぶりに高揚感を覚えていたのは確かな事実だ。

 強敵に出会うほど血が騒ぐようになったのは、彼がこの地球で悟空と会ってから変わったことの一つである。正直な感想を言えば、あの次元の悟空はこの次元のベジータ以外の誰よりも強く、超サイヤ人4にならなければまず勝てないほどの実力者だった。

 

 だが、それだけだった。

 

 彼は確かにカカロットであったが、ベジータが追い求めていたあのカカロット(・・・・・)ではなかったのだ。

 その心に抱いたのは、不完全燃焼な落胆の感情か。

 尤も、あちらで会ったカカロットが自分よりも強かったとしても、ベジータは今と同じ感情を抱いていただろうが。

 最初から、わかりきっていたことである。

 

「……別人をぶっ倒しても、何の感慨も湧かんな」

 

 そう呟きながら研究室を後にするベジータの姿は、息子であるトランクスにすら推し量れない哀愁が立ち篭っていた。

 

「父さん……」

 

 五年前、悟空が居なくなったことで悲しんだ人間は数多く、チチやパンなどがその筆頭だろう。彼に多大な恩があるトランクスもまた、大きな悲しみを負った者の一人だ。だからこそ彼は次元移動装置などという前例の無い研究を行い、手掛かりを掴もうとしていた。

 

 しかし父ベジータは……表面上にこそ出さないが、彼が居なくなったことを誰よりも悲しんでいたのかもしれない。この世に残った唯一の宿敵を──ライバルを失ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 



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邪神の謎! 姿を変える超分身

 

 

 ブルマの家では、「邪神」に対する最高戦力であるベジータの帰りを待っていた。

 その間、一同は孫悟空に関する情報等、龍姫神に対して矢継ぎ早に質疑応答を行っていた。

 

「孫君は元気にしてる?」

「元気に修行しています。龍神界では修行の相手に事欠かない為、彼も充実しているようです」

「龍神界って、地球の神龍もそっちに居るんですか? 神龍って模型から作られたって聞いたことありますけど」

「貴方がたのよく知る神龍もまた、こちらの世界に居ます。人々からドラゴンボールの記憶が薄れるその時まで、深く眠りにつくとあの子は言っていました」

「ずっと神龍に無理させてきたからなぁ……アイツって、やっぱり感情あるのかな?」

「もちろんです。あの子もまた五年前の件について、多くの葛藤や後悔を抱えていました」

 

 自分達の居る宇宙とは違う世界。ドラゴンボールから召喚される神龍の出身地と聞いて、特に彼らの中で最もドラゴンボールと多く関わってきたブルマ達の世代が興味津々な様子だった。

 思えば神龍は時々人間臭い態度を取ったり、「願いを言え」、「願いは叶えた」以外の言葉を発することも多々あったものだ。

 最後に彼と会った五年前のことが、彼らには妙に懐かしく感じていた。

 

「神龍が、悩んでいたんですか?」

「皆さんがドラゴンボールを使いすぎてしまったことに対して、確かに神龍は厳しく批難したかもしれません。しかしドラゴンボールがあったからこそこの宇宙が救われたこともまた確かであり、神龍も感謝していたのです。あの子はとても怖い顔をしているかもしれませんが、龍神界の誰よりもこの宇宙の人間を愛し、人の願いを叶えることに喜びを感じていた優しい龍なのです」

「神龍がそんなことを……」

「ってか、神龍をあの子って呼ぶ人初めて見たぜ。本当に神様なんですね」

「新米の身ですが、神の役目を務めさせていただいております」

 

 涼しげに彼らの質問を捌いていく彼女だが、その表情は終始穏やかであり、微塵の不快感も見せていない。姿こそ地球人の少女そのものだが、身に纏う女神めいた雰囲気は確かに人ならざる者と感じさせるものがあった。

 そんな彼女はおもむろに窓の外へと目を向けると、感慨深げな声で呟いた。

 

「この地球も、無事に復興出来たのですね……」

 

 彼女の視線の先にあるのは、高層ビルに覆われた西の都の大都心部だ。行き交う人々で賑わう町並みは活気に満ち溢れており、とてもつい五年前に未曾有の大事件が起こったとは思えない平穏さに包まれていた。

 

 五年前、地球は邪悪龍達との戦いで深刻なダメージを受けた。

 

 大地は蹂躙され、人々の町はそのほとんどが壊滅し、都会だった筈の場所は悉く瓦礫の山と化した。

 無論、発生した死者の数もまた悲惨そのものであり、当時の地球人口は半分以下にまで減少したほどだ。

 しかし孫悟空が神龍に頼み込んだ最後の願いにより、人造人間17号やクリリン含む一連の事件で命を失った人々は全員無事に生き返ることが出来たのである。

 

 しかし壊れた町だけはそのまま残り……人類は自分達の力で生活圏を立て直すことになった。

 

 この町の復興もまた、人間の力だけで成し遂げたものだ。当時のことを振り返りながら、何かが可笑しかったのかブルマがくすりと笑みを溢す。

 

「まあ、この子達だけで何億人分の働きしてたし、人手に困ることはなかったのよねー」

「ベジータさんまで手伝ってくれましたもんね。わざわざ超サイヤ人4になって建物を持ち上げたり、沈んだ地盤を元に戻してくれたり」

 

 あれほどの被害を受けておきながら復興に然程の時間が掛からなかったのは、ここに居る宇宙最強の人間重機達のおかげである。ここに居る彼らは皆、本来重労働になる作業を片手だけで成し遂げてしまう力があり、そんな彼らが全力で各地の復興作業に当たったのだ。これが効果的でない筈がない。

 それはサイヤ人男性達が本気で労働すればどうなるのかということが身に染みてわかる、地球の人間では到底真似できない凄まじい光景だった。強い力も、使い方次第では壊すだけでなく生み出すことも出来るという良い例である。

 因みにそんな彼らの手柄は、悟飯のような面倒事を避けたい者は全部カプセルコーポレーションやミスター・サタンのおかげだとか言って適当に誤魔化していた。……大概の市民はそれだけである程度まで納得してしまう辺り、いかにカプセルコーポレーションの科学力とミスター・サタンのカリスマが異常なのか窺える話であろう。

 

 ──と、ブルマが当時起こった出来事を懐かしみながら話すと、龍姫神はしばし考え込むように目を瞑った後、一同の側へと振り向いて訊ねた。

 

「皆さんは、私達を恨んでいないのですか?」

 

 それは、彼女からこの場に居る全員に対する問いかけだった。

 その質問の意図を即座に読み取ったのはブルマと悟飯、パン、亀仙人と天津飯、18号ぐらいなものだ。他の者は皆、「なんで?」と、そもそも彼女の恨みという言葉に対してピンと来ないような顔をしていた。

 そんな彼らに向かって、彼女は言葉を続ける。

 

「かつてこの星の平穏を奪ったのは七体の邪悪龍であり──皆龍神界に生きていた、私の同胞です。私は言わば、彼らの仲間なのですよ? そんな私の言うことを、界王神様が認めたとは言え何故こうも信じるのです?」

 

 龍神界の住民である邪悪龍達と、その世界の神を務めている龍姫神。二つの関係は先に彼女が明かした通り、全てが同類として結びついているのだ。決して彼女自身が直接手を下したわけではないが、龍神界の管理者である以上、彼女もまた五年前の事件に関与していた身だと言えなくもない。

 龍姫神はそんな自分がこの場に居ながらも、彼らから何の敵意も受けていないことに対して不思議がっている様子だった。

 そんな彼女の問いに対して一同は各々傍らの人物と顔を見合わせた後、彼らを代表するようにしてブルマが答えた。

 

 

「そんなこと言ったら、私の旦那なんてどうなるのよ。貴方は悪い奴に見えないし、いちいち気にしてられないわ」

 

 その発言に、うんうんと頷く一同。その言葉には彼女が今までに乗り越えてきたものを窺わせる妙に物凄い説得力が込められており、それを聞いた龍姫神はこの時初めて神の表情とは違う人間的な呆け顔を浮かべた。

 彼女にとって予想外だったのはここに居る者達が皆、過去のしがらみだとかそういうものは色々と超越した愉快な連中ばかりだったことである。彼らの中ではとっくに当たり前になってしまっているが、ここに居る者達は全員通常ならばあり得ない人間関係で構成されていたのだ。

 

「……噂通りの方々ですね……」

 

 ふっと微笑みながら、龍姫神が呟く。

 

 まあ、ここで恨み恨まれの話など、深く掘り下げても気まずい思いをするだけだろう。

 そう思った悟飯はこの話題を変えることを意図しつつ、彼女に別の質問を送ることにした。

 

「龍姫神様、「邪神メタフィクス」のことで聞きたいことがあるんですけど……」

「なんでしょう?」

 

 彼に質問された途端に、彼女の表情は元の冷淡に戻る。

 邪神メタフィクス──それはこの宇宙を脅かす新たな敵だ。その存在についてあまりにも無知である今の彼らにとって、情報収集は必須だった。ドラゴンボールという保険が無い以上は尚更だ。

 

「僕とウーブ君が戦ったのが、貴方の言っていた「邪神メタフィクス」なんですよね? フリーザではなくて」

「はい。メタフィクスには自身が記憶している数多の次元に存在する戦士の姿を再現し、自らの分身として作り出す能力があります。お二人が戦ったのは、ゴールデンフリーザの姿を再現したメタフィクスの影……人形のようなものです。あの時、ウーブさんは彼の分身を打ち破りましたが、本体はまだ無傷で別の場所に居ます」

「人形で、あの強さか……」

 

 金色のフリーザ、ゴールデンフリーザと彼は言っていたが、その口ぶりは確かに別人のようだった。

 悟飯は当初彼自身が「パラレルワールドのフリーザ」なのではないかと想像していたが、正確には「パラレルワールドのフリーザを模した人形」だったのである。

 ……しかしそうなると、なお恐ろしいものだ。

 あれほど凄まじい力を持った敵さえも「本体」ではなく、「分身」でしかなかったという事実が。

 

「本体はどこに居るんですか?」

「人では寄り付くことの出来ない「次元の狭間」……次元と次元の間に存在する虚無の空間に居ます。あれは今も、その場所からこの次元の宇宙を喰らっています」

「この宇宙には居ないんですか?」

「そういうことですね」

「おっかねぇな……宇宙を食べちまうなんてスケールがデカすぎてついていけねぇぜ」

 

 まだ邪神メタフィクスという敵の素性がわかりきっていない今、その本体というものがどれほどの力を持っているのかは定かではない。しかし、現在進行形で行っている悪行から鑑みても決して見逃すことが出来る存在ではないし、見逃してはならない存在だった。

 宇宙を喰らう敵の存在に今では非戦闘員組の一人であるヤムチャが嘆きながらも苦笑を浮かべ、悟天がその所在について尤もな疑問を浮かべる。

 

「ちょっと待ってよ! 人じゃ行けない場所になんて、どうやって行くのさ?」

「それに関しては問題ありません。私の力で、貴方がたをその場へ送り届けることが出来ます」

 

 次元の狭間などという、この宇宙の何処でさえないような場所に敵は居る。

 そんな敵の居場所を知った上で、龍姫神は確実な移動手段を持っているようだ。彼女は彼らに対して「警告」という形でこうして話に来た筈であったが、それではまるで、かつて魔人ブウの対応に当たった界王神のように彼女自身に彼らと協力する意思があるように見えた。

 

「僕達を、その場所へ連れていってくれるんですか?」

「私は始めから、そのつもりで警告に参りました。……いえ、ここは誠意を見せ、取り繕うのはやめましょう」

 

 そう言って、龍姫神の表情が変わる。

 その瞳には彼女の言う「誠意」の感情が見え、引き締まった頬や口からもはっきりと真剣さが伝わる。そんな表情で、彼女は一同に頼んだ(・・・)

 

「龍神界の掟により、私自身が直接戦うことは出来ませんが……皆さんの宇宙を救う戦いに、私も協力させてください」

 

 自分が敵との戦いを手伝うのではなく、手伝わさせてもらうのだと。「神」の名を冠する立場としては、非常に大きく意味が変わる言葉を選び、彼女は発した。

 それは他の誰でもない、幾度となく彼らの願いを叶えてくれた神龍の──その世界の神からの願いである。一同はにべも無く、力強く頷いた。

 

 

 

「あの、龍姫神様」

「貴方は……」

 

 邪神の情報がまとまったところで、残るはベジータの帰りを待つだけとなる。

 そんな折に、これまで沈黙を守っていたパンが未だその胸に一つの疑問を抱えながら、龍姫神の元へと詰め寄ってきた。

 その瞬間、パンの姿を目にした龍姫神が何かを察したように表情を伏せた。

 

「龍姫神様?」

「……すみません。パンさんは、私に訊きたいのですね? 何故自分があの時、メタフィクスに狙われたのかを」

 

 パンが用件を話すよりも先に、龍姫神がその話を言い当てる。

 ゴールデンフリーザを模したメタフィクスの分身──それがあの時、パンの身を狙っていたことは明らかだった。しかし、その理由がどうにも解せない。元々戦士ではないブラを抜けば、パンはサイヤ人の中では最も戦闘力が低い戦士である。彼からしてみればとても脅威になるような力を持ち合わせている筈が無く、にも拘らず自分を狙ってきた理由がパンにはわからなかったのだ。

 それと全く同じことを父の悟飯も訊ねようとしていたが、その前に龍姫神が答えた。

 

「おそらく、邪悪龍達との戦いが原因なのでしょう。今の貴方の身体には、確かに「龍の気」が眠っているのです」

 

 龍の気──それは、あのメタフィクスも言っていた言葉だ。文面から察するに、おそらくは彼女が身に纏っているような特殊な「気」のことを言うのだろうとパンは当たりをつける。

 しかしそれは、尚のこと謎が深まるばかりだった。

 

「あいつもそんなことを言っていたけど、それって……」

「パンさんもまた、龍姫神である私や孫悟空さんと同じ存在に近づいているということです」

 

 龍姫神がそう言うなり、柳眉をしかめて明後日の方向に目を向ける。

 彼女の話にパン達が深く問い詰めるよりも先に、彼女だけが上空からこの場所へ向かってくる「神」の気配を感じたのだ。

 

「メタフィクスが来ます!」

「みんな、伏せて!」

 

 瞬間、容赦の無い激震と轟音が、体勢を崩した一同の身を襲う。

 遥か上空から物凄いスピードで飛来してきた黒い人影がこの家の壁を突き破り、彼女らの前へ強引に降り立ったのである。

 

「一つ、龍の気が現れたと思えば……やはり邪魔をしますか、レギンス」

 

 おびただしい量の土煙の中から、彼が一歩ずつ前に出てくる。

 それは以前感じたフリーザの「気」とはまるで種類が異なる、特殊な気配だった。

 そしてそこにあったのは金色のフリーザの姿ではなく──一同が別れて久しい最高の友にして、この宇宙を救った英雄の姿だった。

 

「悟空!?」

 

 その顔も、身体も、髪型も──身に纏う「気」以外の全てが、往年の孫悟空の姿と同じだったのである。そのほかに違う部分と言えば身に纏っている黒い道着と、左耳にかつて界王神が持っていた宝具「ポタラ」を着けているところぐらいなものだ。

 

「メタフィクス、その姿は……!」

「新しい分身に姿を変えさせていただきました。ここより別の「次元」で孫悟空の身体を手に入れた、神ザマスの化身。「ゴクウブラック」とあの世界の者は呼んでいましたね」

「お前……よくも悟空さんの姿で!」

 

 孫悟空の姿をした邪神メタフィクスの影が、厳密にその姿の基となった人物の名を紹介する。しかし動揺からか一同の耳には届いておらず、その心にあるのは大半が彼の声までも孫悟空を模されたことに対する「戸惑い」や「憤怒」であった。

 特に、孫悟空に対して弟子という立場から尊敬し、憧れを抱いていたウーブの怒りは一層激しかった。彼に悟空の姿を模されること──それ自体が、師匠への侮辱にしか見えなかったのである。

 しかし、そんなウーブの殺気はどこ吹く風と彼は相手にせず、自らの視界に捉えた「想定外」の人物の姿に顔をしかめていた。

 

「龍の姫君まで訪れるとは、つくづくこの次元は不思議なものです。一体何故、今になって龍神界が動いたのでしょうか」

 

 彼が両の手に拳を握り、その身体に力を入れた瞬間──悟空の姿を模したメタフィクスの内なる「気」が爆発的に上昇し、暴風が吹き荒れる。

 そして彼の悟空と同じ黒髪が逆立ち、花のように優雅な──美しいピンク色へと染まり輝いた。

 

「貴方の能力は厄介です。本体の元へ辿り着かれる前に、龍の気を持つ人間共々消えてもらいましょう」

 

 その変身を行った彼の姿は、穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚める黄金の戦士ではない。

 しかし血と戦闘を好む殺戮の戦士という意味ならば、それは間違いなく伝説の戦士「超サイヤ人」だった。

 

「私が創造し、再現した……「超サイヤ人ロゼ」の力で」

 

 かの神の力さえも模した邪神の分身が、「GT次元」の戦士達に牙を剥いた。

 

 



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ロゼを圧倒! ベジータのミラクルパワー

 超サイヤ人ロゼ──かつて「超次元」の未来世界で孫悟空達を幾度となく苦しめたその力は、この次元でも変わらずに猛威を振るった。

 メタフィクスの分身はかの神の化身の姿だけではなく、その力をも完全に模倣していたのだ。

 この場において最強の戦士であるウーブ、悟飯、悟天の三人はそれぞれにフルパワーを解放し、禍々しい「気」を持つ彼を相手に果敢に挑んだ。

 

 しかし、まるで歯が立たない。

 

 彼らの中で唯一ウーブだけは「戦い」の形にはなったが、以前のゴールデンフリーザをも上回る彼の分身の力を前にしては、そんなウーブの技でさえも通用しなかったのだ。

 かの神の化身──ゴクウブラックの姿を模したメタフィクスの分身は、ただでさえ地球の戦士達を凌駕する戦闘力に加え「瞬間移動」に「かめはめ波」等、孫悟空と同じ技を使いこなしている。加えてその腕からは「気」の剣を繰り出してきたりと初見殺しの手数があまりに多く、別の次元で本物のゴクウブラックと対峙した戦士達ほど実戦経験が無いウーブには対処出来なかったのだ。

 唯一の勝ち筋としては魔人ブウから受け継いだ相手を菓子にする魔法光線があるが、それは以前メタフィクスに見せている為か最初から警戒されており、ウーブの必死の抵抗も虚しく光線が命中することはなかった。

 

「くそっ……!」

 

 既に悟飯、悟天は倒れ、最後に残ったウーブも朦朧とした意識で膝を折っている。

 敵の──ゴクウブラックの姿を模したメタフィクスの力は、彼らの想像を遥かに超えていたのだ。

 

「終わりです」

 

 ゴクウブラックを模したメタフィクスの分身が、ウーブにとどめを刺す為にかめはめ波の構えを取る。

 禍々しいエネルギーが両手に集束していくだけで、身体中が凍り付くような寒気に襲われ、この地球もまた恐怖に震えているようだった。

 

 ──しかし、その攻撃が彼の手から放たれることはなかった。

 

 突如上空から飛来してきた気弾の雨が彼の元へと着弾し、エネルギーの集束が強制的に解除されたのである。

 そのマシンガンのような隙間の無い気弾の連射攻撃は、一同には一目で誰の攻撃かわかるものだった。

 

 

「なんてザマだガキども」

 

 尊大な態度で腕を組みながら、彼はゆっくりとウーブの前に降り立った。

 超サイヤ人でもない素の状態で逆立っている特徴的な髪型に、M字を描くような広い額。小柄な体格とはとても思えない威圧感を撒き散らしながら、彼はその鋭い眼光でウーブ達を一瞥した後、ゴクウブラック──メタフィクスを睨んだ。

 

「この俺が居ないだけで、あんな奴に良いようにされてるんじゃない!」

「ベジータさん……!」

 

 見るからに不機嫌さを滲ませた表情から、彼──ベジータはメタフィクスに敗れた若者達を叱責する。

 孫悟空(カカロット)が居ない今、この地球で頼りになる戦士は悟飯達サイヤ人のハーフと魔人の生まれ変わりであるウーブだけだ。それ故に、ベジータは地球の未来を担う彼らに期待していたのだ。だからこその厳しい発言であったが、ベジータはあえて自身の言葉に込めた意図は伝えなかった。

 尤も、今のベジータが非常に苛立っている理由の多くは戦いに敗れた彼らに対するものではなく、大半が目の前に立つカカロットと同じ顔をした人物に対する不快感が占められていた。

 

 

「貴方は……ベジータですか。雰囲気が随分と違いますが」

「そういう貴様は、カカロットですらないようだが……どいつもこいつも、あの野郎のツラをしやがって!」

「この姿の基となった人物は厳密には孫悟空ではなく、孫悟空でもある界王ザマス……ゴクウブラックと呼ばれていた者です」

「そんなことはどうでもいい!」

 

 つい先ほどまで別の次元でその孫悟空と会って戦ってきたばかりだというのに、元の世界へ帰れば今度は孫悟空と同じ姿をした「全くの別人」と対峙する。別人で我慢していろと言っているかのようなその状況は、まるで「この次元の孫悟空」を捜して奔走している今のベジータに対する当てつけのようで、彼の神経を激しく苛立たせていた。

 実に一方的で勝手極まる理不尽な怒りであったが、ベジータはそんな自分を顧みる気は一切無い。

 そんな彼が特に許せなかったのは、住んでいる「次元」こそ違うが正真正銘本物の孫悟空(カカロット)だったあの次元の孫悟空(カカロット)とは違い、ここに居るのはもはや同一人物ですらない全くの他人であるということだ。

 この時ベジータ自身は自覚していないが、彼は敵の禍々しい「気」に似ても似つかないその姿に対して自分が認めた生涯のライバルを侮辱されたと感じ、激しい怒りを抱いていたのである。

 

「今の俺は気が立っているんだ……あの野郎の姿で俺様の前に出やがったんだ! 容赦はしないぞおお!!」

 

 歳を取り地球に馴染んできたことにより若い頃とは比較にならないほど穏やかになったベジータだが、その沸点はやはり高くはない。

 普段の彼であれば、まず最初に様子見をして敵の実力を測ってからその形態に変身したのかもしれないが、生憎にも今のベジータの心には戦いを楽しもうとする感情は無かった。

 既に怒りの臨界点を超えていたベジータの怒りが身体中から「気」の解放として顕現すると、彼は大猿の如き咆哮を上げながら自身の潜在能力を一気に引き出していった。

 

「ベジータの超サイヤ人4だわ!」

「あれが、超サイヤ人4……宇宙最強の戦士、ベジータさんの本気ですか。物凄い力です……」

 

 揺れる大地の上で、ベジータの変身を後方から見届けたギャラリー達から慄然とした様子の声が漏れる。

 大猿と超サイヤ人、その両方の力を併せ持った真の伝説の戦士──超サイヤ人4。

 大猿になる為に必要な尻尾を失ったベジータは、五年前までは妻ブルマの発明したブルーツ波発生装置が無ければその姿に変身出来なかったものだが──今は違う。

 ベジータは戦いの天才だ。天才故に、彼の適応力もまた並のサイヤ人とは比べ物にならない。

 日々の修行の中でブルーツ波発生装置を使った超サイヤ人4への変身を何度も繰り返していく内に、彼はその感覚を学習し、自身の身体へと染み込ませていったのである。そうして変身時の感覚を完璧に掴んでいったベジータは、今では尻尾が無くとも自由に、自分の意志で超サイヤ人4に変身出来るようになっていた。

 無限に進化し続ける戦闘民族サイヤ人の王子である、彼にしか出来ない芸当であろう。赤毛に覆われた彼の姿を見た憎むべき敵が、感心した様子で呟く。

 

「なるほど、それがこの次元で最強の戦士、超サイヤ人4ですか。神の「気」を纏わぬ人間でありながら、ここまで高めることが出来るとは……ゴッドとはまた別の強い力を感じます」

「貴様が何者かは知らん。そんなものには興味もないが、一つ言っておくぞ」

 

 超サイヤ人4になったベジータが、孫悟空の顔には似合わない口調の敵に対し、宣言する。

 

「超サイヤ人4になったこの俺は、誰にも止められないとなぁっ!」

「ッ……!」

 

 その瞬間、ベジータの足が大地を蹴り、他の戦士の誰よりも重い拳が彼の腹部へと突き刺さる。

 邪神とサイヤ人の王子の戦闘が、この地球にて幕を開けた瞬間だった。

 

 だがそれは、超サイヤ人4の恐ろしさを存分に思い知らせる一戦となった。

 

 孫悟空──正確にはゴクウブラックの姿を模したメタフィクスは既に超サイヤ人ロゼの状態で扱える力の限界を引き出し、ウーブ達を翻弄した技の全てを惜しみなく繰り出している。

 しかしベジータは、彼の繰り出す技の全てを放たれた上で完璧に捌いていたのだ。瞬間移動であろうとかめはめ波であろうと、彼はまるで未来予知の如く一切無駄の無い動きでそれに対処していた。

 

「すげぇ……あいつの攻撃が全然当たってないぞ……!」

「父さんはこの五年間、ずっと超サイヤ人4の悟空さんとの戦いをシミュレートしていました。そんな父さんだからこそ、悟空さんが使う技には反射的に対応出来るんでしょう」

「あっ、トランクス」

「どうもクリリンさんに皆さん、お久しぶりです」

「お前も大人になったよなぁ……昔はあんな悪ガキだったのに」

「はは……これでも俺は、カプセルコーポレーションの社長ですからね」

 

 見ている側も彼の動きはもはや全く捉えることが出来ていないが、ベジータが戦闘開始から一発も攻撃を喰らっていないことだけはわかり、クリリン達が久しぶりに目にした彼の戦闘ぶりに驚きながらも安堵した表情を浮かべる。今のベジータの姿にはまるで、往年の孫悟空のような安心感があったのだ。戦闘中においては不適切かもしれないが、彼の戦いを眺める一同の心にはもう大丈夫だろうという安心が芽生えていた。

 そんな彼らの元にいつの間にか合流してきたのは、自身の会社からベジータと共に急遽帰宅してきた彼の息子──トランクスである。

 

「ところで、アイツは誰ですか? 見た目は悟空さんそっくりですが、なんて禍々しい気だ」

「この宇宙を狙っている悪い神様だって。あの子が言っていたわ」

「あの子?」

 

 トランクスからしてみれば会社から帰ってきて早々に対面したこの壮絶な光景であったが、それでも傷を負っている悟飯達の様子を見れば「孫悟空そっくりの敵が一同に襲い掛かってきた」という大まかな状況はすぐに飲み込むことが出来た。突然招集を掛けられたのも、今ベジータが戦っている敵に関係していることなのだろうとも察しはついている。

 しかしトランクスにはさらにもう一人、一同の中に見知らぬ少女の姿があることが気に掛かった。

 

(あの子……なんだろう? 前にどこかで……)

 

 母ブルマの指差す方向に立ち、真剣な表情でベジータの戦闘を見つめている青髪の少女。

 トランクスにとっては間違いなく初対面の筈であるが、その姿を見た際に彼が抱いたのは妙な既視感だった。

 

「ファイナルシャインアタック!」

 

 彼がそんな奇妙な感覚を催している間にも、メタフィクスとベジータの戦いは佳境に迫っていく。

 ベジータが突き出した右手から放たれた必殺の気功波──ファイナルシャインアタックの光が、メタフィクスの身体を飲み込んでいったのである。

 彼の居る空中で巻き起こった激しい爆発にこれで勝負ありかと判断した一同だが……爆煙が晴れた場所にあったのは道着の損傷が激しいながらも彼の攻撃を耐え抜いたメタフィクスの姿だった。

 

「ちっ、あの野郎の姿をしているだけのことはある」

 

 今の一撃は全力ではなかったが、殺す気で放ったつもりではある。存外頑丈なメタフィクスの分身に対して、ベジータが苛立たしげに舌打ちする。

 並外れたタフネスを指して伊達に孫悟空の姿をしているわけではないようだと感心はするが、それだけだ。

 所詮は紛い物……今のベジータを恐れさせる強さではない。

 本物の孫悟空さえも凌駕した今の自分が、偽物に負ける道理はないのだと。パワーアップした自分の力に絶大な自信を持っているからこそ、ベジータはこの戦いの中でもなお余裕を見せていた。

 そんな彼の攻撃をその身で受けたメタフィクスが、傷だらけの姿で彼を賞賛する。

 

「ベジータ……その超サイヤ人4は素晴らしい変身です。貴方のような人間が居るとは、この次元に寄ったのは正解でした」

「その声で喋るな。消えろ、二度とこの俺にふざけた姿を見せるな」

「貴方にとっても、この姿は不快でしたか。あの「次元」でもそうでしたが、ベジータという人間は孫悟空に対して友情とは別の強い絆を感じているらしい。故に苛立つ。私にはそう感じます」

「ごちゃごちゃとうるさい野郎だ! 言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ!?」

 

 孫悟空の姿にはまるで似合わない敬語口調が、ベジータの神経をさらに逆撫でする。

 その怒りに同調するようにベジータの内なる「気」がさらに高まっていき、戦いを見守る一同の表情を驚愕に染めた。

 メタフィクスの分身を圧倒してもなお、彼はまだ実力をほとんど出し切っていなかったのだ。

 

「……もはや今の貴方の前では、神でさえも無力なのかもしれませんね」

 

 孫悟空の姿をしたメタフィクスの分身が、ノイズの混じり始めたその声で彼に対して畏敬の念を送る。そしてそこにはどことなく、彼に対する憐れみの感情が込められているように見えた。

 

「人間の極地を体感させていただいたことに、礼を言います。これで、心置きなくアレを殺しに行ける……」

 

 彼が意味深な言葉を呟くと、その姿が朧のように消えていく。ゴールデンフリーザの姿を模した分身でウーブと戦った時と同じように、彼はこの場から姿を眩ませたのである。

 

「決着をつけたければ、別の「次元」でお会いましょう。この戦いは貴方の勝ちです」

 

 最後に言い捨てたその言葉の意味は単なる負け惜しみか、新たな戦いの宣戦布告か。

 彼の禍々しい気配がこの場から消え去ったとて、今のベジータの心には敵を退けたことに対する喜びは欠片も無かった。

 ただそこに残っていたのは彼を逃がしたことへの苛立ちと、自分の宿敵を自分以外の者に侮辱されたことへの不快感のみ。

 そしてその感情は、彼を新たな戦いに駆り立てる十分な理由になった。

 

「ふざけた野郎だ。次はぶっ殺してやる……」

 

 彼が何者であるかも、まだベジータは何も知らない。しかしベジータには、彼が孫悟空の姿をしていたこと以外にも無性に彼の存在が気に入らなかった。

 

 次はこの手で葬ってやるとサイヤ人の闘争本能に染まった決意を胸にするベジータの元に、彼の妻や息子、先に敵にやられて満身創痍な状態のウーブや悟飯達が駆け寄ってくる。

 

「ベジータさん」

 

 そして一同の中に居る見知らぬ青髪の少女が、真っ先にベジータに向かって声を掛けてきた。その瞬間、少女とベジータの視線が交錯する。

 ──妙に似ている気がする、というのが彼女の青い瞳を見た際に抱いたベジータの感情だ。そんなベジータは一旦隣に立つ自身の妻子の姿を一瞥した後、再び彼女と向き直る。

 冷淡としていて感情の読み取れない、しかし力強さを持った青い瞳で見つめながら、少女がベジータに言った。

 

「滅びゆく二つの次元を守るためには、あなたの力が必要です」

 

 

 そうしてベジータは、宇宙の危機と邪神の存在を知ることになる。

 少女──龍姫神はブルマ達に告げた話と全く同じ話を彼に語り、その上で協力を要請したのである。

 しかし事が自分達の宇宙に関わっている以上、既にベジータに退路は無い。断らなければこの宇宙が滅びるという事態がすぐ目の前にまで来ているというのなら、始めからつまらんことを訊くなというのが頭を下げた彼女に対するベジータの感情だった。

 

「奴の居場所はわかっているんだろうな?」

「はい。邪神メタフィクスの本体があるのは「次元の狭間」──私なら、貴方をその場へ送り届けることが出来ます」

「御託はいい。さっさと連れていけ」

「……ご協力感謝します。では、私に掴まってください」

 

 今この時でさえも邪神の本体がこの宇宙を喰らっているというのなら、もはや無駄話も出来ない一刻を争う事態である。

 龍姫神はベジータの協力に感謝の意を表すと、すぐさま目的地への移動の準備に取り掛かり、彼にその右手を差し出した。その意図を察したベジータは、カカロットに掴まるよりはマシかと思いつつもそっぽを向きながら彼女の手を掴む。

 今邪神の本体の居場所である「次元の狭間」に向かえるのは、ベジータと龍姫神の二人だけだ。

 そんなベジータに対して、若者達は申し訳なさそうな表情で頭を搔いていた。 

 

「ベジータさん、あの……」

「お前達は邪魔だ。俺が片づけてくるまで精々ここで悔しがりながら待っているんだな」

「パパ! そんな言い方は酷いんじゃないの?」

「……怪我人が来たところで役に立たんと言っているだけだ」

「素直じゃないわねぇ」

「ふん……」

 

 これから行く戦場に既に先の戦闘で満身創痍な悟飯達を連れていくことは出来ず、彼らの傷が癒えるまで待っている時間も無い。一応息子のトランクスは合流が遅れた為に無傷で済んでいるが、悟飯達と大差無い戦闘力の彼が着いて来たところで役に立つ相手ではないだろう。それどころか超サイヤ人4の足を引っ張る可能性があり、ベジータは彼の同行には頷けなかった。

 結局、実力を信じて戦えるのは自分だけだと──本来ならば不甲斐ない若者達に対してもう少し苦言を呈したかったところだが、娘のブラに責められるのもまた面倒だった為にベジータはこの場は引き下がることにした。どうにも彼は、成長するに連れて妻に似ていく娘に頭が上がらなかった。

 

「……では、行きます」

 

 龍姫神がそう言った次の瞬間、青白い閃光がベジータと龍姫神の姿を包み込む。

 そして龍姫神の立っていた場所から、一本の光の柱が天を突き刺すように立ち昇っていった。

 

「次元移動」

 

 ベジータの手を心なしか大事そうに掴みながら龍姫神がそう唱えた次の瞬間、彼女とベジータの姿が上昇するエレベーターの如く、光を超える速さで飛び立っていった。

 二人の姿は瞬く間に地球から宇宙へと抜けていき、次元の壁をも越えて飛び去ったのである。

 

 新たな戦場へ向かう二人の姿を見届けた一同は、二人が無事に戦いに勝利して帰ってくることを祈っていた。

 

 



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貴方の息子は私です… 明かされる邪神の正体

 邪神メタフィクス──その名を知る者は、既に限られた神々の一部しか存在しない。

 邪神とは単に邪悪な神のことを意味するのではなく、本来の神とは全く異なる誕生経緯を経て世に生まれ落ちてしまった神のことを広くそう定義している。

 即ち邪神とは、正道から外れた邪道の神のことを呼ぶのだ。そしてメタフィクスの誕生経緯は、邪神の中でも際立って邪道な誕生経緯を経て生まれた「神」であった。

 

 

 

 

 ──次元の狭間。

 

 

 龍姫神の次元移動によって訪れたその場所は想像以上に静寂に包まれており、広々とした空間でありながらもその場には邪神の本体以外のものは何も無かった。

 星々の姿が散りばめられた宇宙の闇とは対照的な、文字通り「真っ白」な空間。

 その光景を初めて目にしたベジータの感想としては、「精神と時の部屋」に似ている、というものだった。

 

 

「アイツか」

「はい。貴方がたの宇宙を喰らっている張本人、邪神メタフィクスの本体です」

 

 その次元の狭間──何もない真っ白な空間の中で、一際大きな「黒」を滲ませている存在を彼らは目に映す。

 彼らが今眺めている歪な形状をした巨大な玉こそが、ベジータ達の宇宙を喰らっている邪神の本体であった。

 その大きさはおそらく、ざっと見ても地球の体積の二倍はあるだろう。球形状の姿をした邪神の本体はその身にベジータ達の宇宙そのものをブラックホールのように取り込んでおり、ベジータ達の世界を滅亡に向けて着々と進めていた。

 それはあまりにも禍々しく、凄まじい光景と言えよう。

 

「あんなもの……」

 

 しかしその光景を見ても、ベジータの表情に揺らぎはない。宇宙を喰らい尽くすほど強大な存在ならば、惑星程度の大きさがあるということもある程度想像ついていたからだ。

 そして、邪神の本体を確認した彼の対応は迅速だった。

 超サイヤ人4となった彼の身体から黄金色の炎のような光が噴き出すと、即座に身に宿す「気」の全てが解放されていく。

 

「消えやがれええっっ!!」

 

 そしてベジータは、その両手から己の全力を込めた一撃の光を邪神の本体へと放った。

 ファイナルフラッシュ──この次元の狭間の空間を大きく歪めるほどの力を秘めた閃光は光の速さを超えて直進し、瞬く間に邪神の本体を貫いていく。

 太陽系全てを破壊し尽くした上で、なお有り余るほどの威力を込めた一撃である。彼の閃光の前には惑星サイズの球体とてただでは済まされず、正確な狙いで中心部から撃ち抜かれた邪神の本体は貫通部から徐々に亀裂が広がっていき──最後はビッグバンの如き爆発を上げて砕け散っていった。

 

 

「案外と呆気ないもんだな……」

 

 呆気なく崩壊していく邪神の本体の姿を、爆発の影響を受けない遠くから眺めながら、ベジータが両腕を組みながらつまらなそうに呟く。

 以前分身が言っていた意味深な発言もあってか、この次元の狭間では前よりも手応えのある戦いを期待していたのだが、そんな彼としては何とも拍子抜けな結末である。

 しかし、彼の隣で邪神の本体の爆発を眺めている龍姫神の表情は依然神妙なまま何も解れてはおらず、緊張に包まれた頬の動きも変わっていなかった。

 

「いいえ、邪神はまだ生きています。これからが、本格的な戦いになることでしょう」

「ほう」

「……どうか、お気をつけて」

「誰に向かって言ってやがる」

 

 警戒心の宿った目でじっと爆発を眺めている彼女の言葉に、ベジータは組んだ腕を振りほどきながら喜悦の笑みを浮かべる。

 邪神などと大層な名前を持っているのだ。このまま期待に応えてもらわなければ名前負けもいいところである。

 しかしどうやらその心配は要らないようだと、彼は爆煙の中から出てきた黒い人影の姿を見て闘気の笑みを浮かべる。

 

 ──そして次の瞬間、その黒い人影がベジータの目の前に出現した。

 

 

「瞬間移動か」

 

 元々ゴクウブラックの姿を模した彼の分身が使っていた技だ。それを本体である彼が使えても、何ら不思議ではない。

 一瞬にして目の前に現れた黒い人影に対して一切動じることなく、ベジータは戦闘の構えに入って彼の姿を注視する。

 彼の姿には、黒以外の色が無かった。しかし惑星の大きさほどあった先ほどの球体の姿とは違い、今の彼の姿は至って人間と変わりない大きさをしていた。

 その成り形もまた、まさに人間そのもの。しかし肌の色も服の色も全てが黒子のように闇のような「黒」に染まっている為、ベジータにはそれ以上詳細に彼の姿を判別することが出来なかった。

 その時である。

 

「……やはり来ましたか。私の眠る「タマゴ」を破壊したことで無事に「GT次元」の滅亡を阻止した貴方がたに、まずはおめでとうと言っておきましょうか」

 

 黒い人影の姿をした邪神が、ノイズやエコーが入ったような低い声でそう言い放った。

 まるで機械音声のように、聴く者によっては不気味とも思われる声音である。これまでは分身の声を通して放っていた声だが、今のこれこそが邪神の本来の声なのだろうとベジータは察する。

 

「しかし、貴方がたの到着はあまりに遅すぎた。既に私は大命を果たす為の力を手に入れ、邪神として蘇ることが出来ました」

「メタフィクス……」

 

 ベジータの横合いから前に出てきた龍姫神が、邪神の名を呼びながら彼と向かい合う。その際に見えた彼女の顔色は、どこか気分が悪そうに見えた。

 それでも平静を取り繕った様子で、彼女が彼に問い掛ける。それは戦闘民族であるベジータからすれば、最も無意味に思える質問だった。

 

「貴方はその力を使って、何をするつもりですか?」

 

 敵の目的──宇宙一つを喰らい尽くそうとした邪神が相手であれば、もはや訊く必要も無い質問だろう。

 そもそも宇宙を喰らうこと自体が目的なのかもしれないし、仮に他の目的が彼にあったのだとしても、ベジータが彼を許さないことに変わりはない。

 ベジータからしてみれば無意味としか言いようのない龍姫神の質問に対する邪神の答えは、やはり分身の時と同じで妙に回りくどい言い回しだった。

 

「何でも、と言いたいところですが当面はとある世界の破壊と再生が目的です。悲しみに染まった「物語」をあるべき形に戻し、悲しみに染めた元凶を滅ぼしに行く」

「……なんですって?」

 

 ノイズとエコーが入ったような、邪神の声音。

 しかしその言葉にはどこか、何かを悲しんでいるような響きがあった。

 聞き返す龍姫神に顔を向けながら、邪神が続ける。 

 

「龍姫神、龍の世界に住まう貴方ならばご存知でしょう。「超次元」で起こった一つの悲劇……未来世界滅亡の話を」

「まさか……!」

「そう。私の目的はあの世界の再生と、神々への復讐です。特に全王だけは、この手で滅ぼさなければ彼らの無念を晴らせそうにない」

 

 彼の語りの意味を理解したように、龍姫神が驚きに目を見開く。

 一方ですぐ傍で二人の会話を聞いていたベジータには、全くと言ってもいいほどにその話の流れが伝わっていなかった。

 

「おい貴様ら! 俺を無視して話を進めるな!」

 

 苛立ちを募らせたベジータが、拳を握りながら叫ぶ。

 この自分が、宇宙最強の戦士がわざわざ次元を越えて殺しに来てやったというのに、ここまで龍姫神の方を優先しているような邪神の態度である。まるで目に入らなかったかとでも言うような邪神の不遜な態度にベジータの怒りは膨れ上がり、今にでも飛び掛かろうとする勢いだった。

 黒い人影の邪神はそんな彼の方にようやく顔を向けると、氷のように冷めた口調で言い捨てた。

 

「ベジータ、貴方が邪神のタマゴを破壊してくれたおかげで、貴方がたの世界は私による滅亡から逃れることが出来ました。貴方の役目は、これで終わりました。私としてもこれ以上「GT次元」に用はありません。すぐにここから消えなさい」

「ふざけるな! 散々好き放題やっておいて勝手なことを言いやがって! 俺様がぶっ殺してやる!」

 

 まるで彼にはベジータと戦う理由がないと言っているような口ぶりだが、ベジータの方は大違いだ。

 自分の世界を危機に陥れたこと、分身とはいえカカロットの姿で目の前に現れたこと、その全てが既に、ベジータの中では彼を殺す立派な理由になっていた。

 ただでさえ、超サイヤ人4の状態は凶暴性が増すのだ。これ以上ベジータには、目の前に明確な敵が居るというこの状況を我慢出来そうになかった。

 そんなベジータに対して、黒い人影の邪神はしばしの沈黙を返す。

 そして何かを決心したような息遣いを持って、彼は言った。

 

「どうしても私と戦うと言うのですか? 貴方には何の憎しみもありませんが、仕方ありません。ならば私も、本当の姿(・・・・)をお見せしましょう」

 

 その瞬間──黒い人影を映していた彼の姿は変わった。

 

 身体の全体を闇が覆っていた黒子のような姿に亀裂が走ると、全身から鱗が剥がれ落ちるようにその「膜」が外れていったのである。

 そう、黒子のような彼の姿は、真の姿ではなかったのだ。

 禍々しい闇色の「気」を放ちながらその黒い膜を外し、中から現れた彼の本当の肌は、地球人やサイヤ人と同じ色をしており、やはり人間と同じ姿をしていた。

 

 ──しかしその姿を目にした時、ベジータは動揺を隠せなかった。

 

 邪神メタフィクスが見せた、彼の真の姿──それは彼にとって数少ない「特別な存在」の一人であり、ベジータの人生を語る上では決して外すことの出来ない存在だったからだ。

 

 その自分によく似た鋭い眼光も。

 

 母親のそれを受け継いだ青み掛かった髪も。

 

 宇宙の帝王すら一刀両断に切り伏せた剣もまた、あの時出会った未来から来た(・・・・・・)自分の息子、そのものだったのである。

 

 

「……っ、貴様! その姿は!?」

「貴方には、よくご存知でしょう」

 

 その彼が──()と全く同じ声で応える。

 ベジータの表情を憐れむような目で見つめながら、まさに英雄であった筈の姿からは考えられない、この世全ての絶望をその身に飲み込んだような禍々しい「気」を放ちながら。

 

「私は貴方の未来の息子、トランクスの成れの果てでもあるのですよ」

 

 おそらくそれは彼らの──「両次元」のベジータにとって、史上最狂にして、最悪の敵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙は、全部で十二個ある。それはかつて、超サイヤ人ゴッドになった孫悟空が破壊神ビルスとの戦いの中で知った新たな事実であった。

 別の宇宙には自分の知らない強敵達がこの世に存在しており、第六宇宙最強の殺し屋ヒットとの戦いもまたビルスとの戦いと同じぐらい心が躍ったものだ。

 この宇宙は思っていたよりもずっと広くて、強い奴がたくさん居る。それはつい最近まで自分が宇宙で最強になったものとばかり思っていた悟空にとって、心から嬉しいと思える事実だった。

 強い相手が多ければ多いほど、ライバルが多ければ多いほど強くなる。孫悟空とは、大概の次元で共通してそんな風変わりな男なのだ。

 そしてこの時、十二の宇宙とは別に「五つの次元」があることを知った今もまた、悟空はその心にワクワクを感じていた。

 

「別の次元のベジータかぁ……他の世界には、色んな超サイヤ人が居るんだなぁ」

 

 破壊神ビルスの拠点に、主君であるビルスと共に帰還してきたウイスから、悟空は新たな事実を知らされることとなった。

 それはまたしても彼のライバルが増えたという事実でもあり──悟空からしてみれば、また修行に精を出す切っ掛けにもなる。

 

「世で最初に生まれた「オリジナル次元」に、二番目に生まれた「Z次元」、龍世界に現れた偉大な旅人が住んでいたという「GT次元」に、そしてこの「超次元」。あとはこの次元によく似た「ゼノバース次元」なんていうのもありましたね。誰が名付けたのかは存じませんが、この世には十二の宇宙とは別に、五つの次元があるというマルチバース説が伝えられています。はい、地球土産の仙豆です」

「サンキューウイスさん。ふう……生き返ったぞ~」

 

 ほとんどが崩壊状態にある破壊神の星で、傷だらけの姿で横たわっていた悟空の口に仙豆を放り込みながら、そう説明するのが破壊神ビルスの天使ウイスだ。

 そんな彼は地球土産の味噌カツ弁当の箱を開けるよりも先に、先の戦いによって深刻な有様となっているこの星の様子を見渡しては「これは酷い」と天を仰いでいた。

 

「僕も最初は眉唾物の神話だとばかり思っていたけどね、そんな話は。超サイヤ人ゴッドといい、伝説っていうのはことごとく現実にあるもんだ」

 

 一方で破壊神たるビルスは、自分の星が破壊されることなど極めて日常的なものだとして特に気に素振りもなく、手近な岩に腰を下ろすなり弁当の中身にありついていた。

 尤も内心では破壊神の自分の星をよくもここまで破壊してくれたもんだと少なくない苛立ちはあったが、そんな苛立ちよりも持ち帰った地球産の弁当に対する興味の方が遥かに大きかった為、そこまで機嫌を損ねるようなことはなかった。外見の通り、破壊神ビルスは猫並に気分の振れ幅が大きい生き物なのだ。

 

「ん~、これは中々、なんだか妙に懐かしい味がするねぇ~」

「あれ、もしかしてビルス様のとこにも来たのか? あのベジータ」

「ああ、来たよこの前。君達が未来に行っている時にちょっとだけね。アイツなら僕も久しぶりに全力が出せそうだった……だけど途中で時間切れとか言って帰っちゃったんだよね。この星もこんなに無茶苦茶にされたし、こうなったらこの世界のベジータでも破壊しにいこうかなぁ」

「いや、それはちょっとあんまりなんじゃねぇか?」

 

 しかし元々気分屋な破壊神であるが、悟空の目には今の破壊神ビルスは最初に出会った頃ほど凶暴ではなくなっているような気がしていた。

 おそらくは彼もまたベジータ達と同じように、何度も地球を訪れている内に穏やかな性格になっているのだろう。ならばこのままずっと、いっそ美味しいものでも食べて星の破壊活動も全部やめてくれたらいいのになぁというのが悟空の本音であったが、破壊神には破壊神の役目があるのだと言うのだから難しい話だ。

 それ以外にも単に、悟空は破壊神であることを抜きにしても純粋にフェアな戦士でもある彼のことは武道家として尊敬している為、友好的に接することに対しては何の抵抗も無かった。

 ……尤も、また彼が地球を破壊しようとするのならば悟空も黙っているつもりはない。今はまだ難しいかもしれないが、いずれはビルスを止められるだけの力を身に着けるつもりだった。

 自分もベジータも、その手応えは着々と掴んでいる。その手応えこそが、超サイヤ人ゴッドの力を持ったサイヤ人の超サイヤ人ブルーなのだから。

 

 ……しかし、その超サイヤ人ブルーの力でも歯が立たなかったのが、「別の次元のベジータ」が見せた超サイヤ人4だ。

 

 スピードはまだわからないが、パワーはあの変身の方が完全に上だろう。荒々しい赤い姿には一瞬だけ大猿の姿が見えた気がしたが、その強さを抜きにしても悟空にはあの姿の方がゴッドの変身よりもサイヤ人らしいものだなぁと思っていた。

 だがだからと言って、ゴッドの変身があれに劣るとは思っていない。先の敗北の原因は変身の差にはなく、悟空はそもそも変身以前に基礎能力の時点で大きな差があったからだと判断していた。

 

「鍛え直さなくちゃな、オラも。次はやられねぇぞ」

 

 これからの修行はゴッドの特性である「神の気」を伸ばすことはもちろんだが、通常の状態での修行もより力を入れようと方針を決める。そうして一度の敗北を即座にプラスへ持っていけるところが、孫悟空の孫悟空たる所以だった。

 そんな彼が早速修行に取り組もうとした時、悟空はもう一人のサイヤ人戦士の存在がこの場に居ないことに気付いた。

 

「あれ? そう言えばベジータはどうしたんだ? ビルス様達と一緒に居ると思ってたんだけど」

「ああ、アイツなら地球に居るよ」

「ブルマさんと一緒に、ドラゴンボールを探している最中ですね。叶えたい願い事があるそうで」

「全王様に消された未来を元に戻したいんだとさ。地球の神龍にそんなことできるわけないってわかっているだろうに、人間の親子の情っていうのはわからないものだね」

「ああ……あのことか……」

 

 この次元の悟空が慣れ親しんだベジータが今地球に居る理由に、悟空はいつになく気まずそうな苦い表情を浮かべる。

 孫悟空は傍から見れば飄々とした人間にも見えようが、その実人一倍責任感が強く、正義感のある男だ。

 だからこそ数日前の──ザマスとの戦いの結末には、他の人間以上に悔やんでいた。

 全王様によって鉄槌が下され、宇宙ごとザマスを葬る──そんな筈ではなかったのだ。悟空が望んでいたのは、そんな決着ではなかった。

 

 ──あれだけ頑張っていたトランクスが、何故誰よりも報われない結末になってしまったのか。

 

 自分にもっと力があれば、もっと正しい判断が出来ていればと──悟空自身もまた強い当事者意識を持っていた。

 らしくない表情をする悟空に何か感じるものがあったのか、ビルスが弁当を完食した後、彼に釘を刺すように言った。

 

「散々やらかした以上わかっているとは思うけど、これ以上別の時間に干渉することは見過ごしてやれないね。全王様が動くような案件になる時点で、どの道アイツの世界は始めからそうなる運命だったんだと諦めた方が良い」

「あらあら、ビルス様は気遣いが下手ですねぇ」

「やかましい!」

 

 別の世界で起こったことなどあまり気にするなと、聞きようによっては励ましているようにも聞こえるビルスの言葉だった。 

 その自由気ままな性格からあまり神様らしくないとは思っているが、彼もまた物事を大局的に見ることが出来る「神」なのだ。その言葉は間違いなく、下界の人間にとって有難味のあるものだった。

 しかし、悟空自身が納得出来るかはまた別の話である。

 

「運命か……オラにはそういうの、よくわかんねぇな」

 

 たとえ元々滅びる運命にあったのだとしても、それまでの戦士の戦いが全て無駄になるなどとは思いたくない。

 トランクスは絶望の未来の中で決して諦めず、たった一人で戦い抜いてきた誰よりも立派な戦士だった。そんな彼の頑張りさえ、何もかもが無に還ることなど悟空は認めたくなかったのだ。

 別段、全王のことを憎む気は無い。悪いのは全てザマスだと思っている。ただ悟空は、自分にとって命の恩人である彼に頼ってもらえたにも拘わらず、彼の世界を最後まで救うことが出来なかった自分の無力さが悔しかった。

 

「ふんっ!!」

 

 内なる「気」を引き上げ、修行を始める。仙豆によって体力を回復した以上、この身体に不備はない。

 もっと強く──悟空の夢は、やはりどこまでも大きかった。

 

 

 

 

 

 

 ──そんな彼らの元に全王宮崩壊の報せが届いたのは、数十分後のことだった。

 

 

 

 

 







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急いで迎え戦士たち! 狙われた全王宮

 全王宮──それは「超次元」に存在する十二の宇宙とは別の場所にあり、界王神や破壊神、天使しか行くことができない全王の宮殿である。第七宇宙の老界王神でさえも三回しか訪れたことがなく、界王神の付き人たるキビトや界王などは足を踏み入れた事さえない特別な場所だった。

 巨大な青いクラゲの上にそびえたつ「全」という文字を模した宮殿の周囲には、十二本の石柱が立ち並んでおり、石柱の上にはこの次元に存在する十二の宇宙の姿がそれぞれ浮かんでいる。

 

 しかし、元々この場所に立っていた石柱は全部で十八本であり、宇宙もまた十八個存在していた筈だった。

 

 今この場に六つほど石柱の数が足りないのは、かつてこの宮殿の主である全王がその手で「消してしまった」からである。

 全王は現存する十二の宇宙を統べる神々の王であり、その神格は大界王神や破壊神よりも遥かに高い。

 その気になれば全ての宇宙を一瞬で消すことも出来ると言われている彼は、見た目こそ可愛らしいものだが、この次元において誰よりも圧倒的な力を持っている彼の前では何人たりとも逆らうことは出来ず、絶対的な王としてこの王宮に君臨していた。

 

 そんな全王がわけあって二人に増えたのがこの全王宮にて最近起こった珍事であるが、「その時」が来るまで王宮内では二人の全王がお互いと楽しそうに会話しているということ以外、普段と何ら変わりのない風景が広がっていた筈だった。

 

 

 ──全王宮をたちまち崩壊へと導いたのは、外部から侵入してきた一人の邪神だった。

 

 

 それは、全王以外には大神官しか反応することが出来なかったほどの、一瞬の出来事だった。

 その一瞬の間に、全王宮を取り巻くこの世界から全ての「光」が消え失せたのである。

 

「何者だ!?」

 

 全王に仕える二人の側近が不測の事態に即座に対応することが出来たのは、ひとえに彼らの優秀さを表していた。彼らは二人の全王が動くよりも一歩早く、闇に落ちた宮殿内を自身が解放した「神の気」の光で照らしたのである。

 

 そして、その光に照らされて侵入者の姿が露わになる。

 

「私の名はメタフィクス。貴方がたを殺しに来ました」

 

 侵入者は、全王の聖域には入り込むことが出来ない筈の「人間」の姿をしていた。

 だが、その身に宿している「気」は明らかに人間の物ではなく──性質としてはこの宮殿の者と同じ「神の気」のそれに近いものがある。

 しかし聖なる「神の気」であれば決してありえないほどに、淀み切った彼の「気」は禍々しい異彩を放っていた。

 

 メタフィクスと名乗った侵入者が青みがかった前髪を静かに揺らしながら、氷のように冷徹な目でそれぞれの玉座に座っている二人の全王の姿を交互に睨む。

 

 その時である。

 

「……ぐっ……!」

「貴様っ、何を……!?」

 

 この宮殿に仕える神官達が一斉に膝を折り、地に屈した。

 背後から彼を昏倒させようと迫っていた大神官さえも含めて、突如としてこの場に居る誰もが身動き一つ取ることが出来なくなったのである。

 

「既にこの宮殿は、私の作り出した神封じの結界に覆われている。この結界の中では、あらゆる神の力が無効化される」

「なんだと……!」

「そう……強い力を持つ神ほど、私の結界は深くその肉体を蝕んでいく」

 

 狼狽える神官達の視線を受けながらも、邪神メタフィクスを名乗る侵入者は眉一つ動かさない。そしてそんな彼から飛び出した言葉に、彼らは絶句するほかなかった。

 

 

「君、面白いのね」

「凄いのね」

「でもムカつくね」

「ムカつくのね」

 

 大神宮さえも膝を折っているこの状況の中で、二人の全王だけはゆっくりと動き出した。

 全く同じタイミングで玉座から浮かび上がった二人の全王はムッとしながらも興味津々と言った表情を浮かべ、メタフィクスの周りをプカプカと漂っていく。

 そんな彼の、彼らの前でメタフィクスが目を閉じると、彼は一人感慨に浸るように呟いた。

 

「ムカつく、ですか……相変わらず具体性の無い幼稚な言葉だ。その醜悪な姿も、あれから何も変わっていませんね」

「……? どういうこと?」

 

 「神封じの結界」によって次々と邪神のひれ伏すように横たわっていく神官達の間を歩きながら、メタフィクスは全王が座っていた玉座の元へと向かっていく。

 そんな彼の呟きを聞き取った全王が、表情の読み取れない顔で首を傾げる。

 

「君、前に会ったことある? トランクスって子とは違うよね?」

「ええ、貴方にとって私は取るに足らない存在だったのでしょうが、私の方は一度として貴方への憎しみを忘れたことはなかった」

「僕が嫌い?」

「貴方を好く者がいる筈がないでしょう。私は神を憎む数多の人々の願いによって生まれた存在……故にこそ、私の力は貴方を許さない」

 

 二人の全王に囲まれながら、彼は涼しい顔で全王用の小さな玉座の一つへとたどり着く。

 そしてその席を何の躊躇もなく蹴り飛ばしていった彼に向かって、一人の神官がよろよろと立ち上がった。

 

「下がりなさい!」

「大神官様……!」

 

 大神官──この全王宮で全王の次に高い神格を持ち、第七宇宙の天使ウイスの父親でもある男だ。その力は息子のウイスや娘のヴァドスよりも遥かに強く、十二の宇宙の中で最も全王に近い力を持っていると言っても良いだろう。

 

 ──しかし、この全王宮を覆う結界の効果は絶大であった。

 

 狼藉を働く邪神に向かって飛び掛かっていく大神官の速さは、本来の彼の半分にすら遠く及ばなかったのである。

 それほどまでに結界内における彼ら神官や天使達への影響力は強く、致命的なまでの弱体化を強いていた。

 

「──!」

 

 邪神の張り巡らせた闇の結界によりその力を著しく削がれている大神官の攻撃が、邪神の元に届くことは無かった。

 それどころか大神宮は近づくことすら叶わず、メタフィクスが右手を軽く振り上げて放った「気合砲」の一撃により、彼の姿は王宮の壁を突き破りながら遥か彼方へと吹き飛んでいき──戻ってくることはなかった。

 

「子供の躾も出来ぬ太鼓持ちが、私に勝てる筈がないでしょう。我が結界の中では、この次元で最強の戦士すらもあの有様です」

 

 寧ろ満足に身動きすらできない他の神官達の様子を踏まえれば、立ち上がって挑むことが出来るだけでも大神宮はその力の程を示していた。

 万全な状態の大神宮であれば、今の一撃でやられることはまずなかった筈だろう。

 しかし、この闇の結界の中では彼の神の力すらも問答無用で封じ込められており、それが彼とメタフィクスとの間に隔絶した力の差を生んでいた。

 

「そしてこの結界は全王、貴方にも影響を与えている」

「うん」

「君、消せないね」

「ムカつく」

「ムカつく」

 

 神を封じ、神を殺す為だけに編み出された邪神の秘術がこの結界である。

 神々の持っている力がいかに強大であろうと、その力を解放する術を封じられてしまえば激しい弱体化は免れなかった。

 そしてその影響力は二人の全王にすら例外なく及んでおり、先ほどからメタフィクスを消滅させようと働かせている筈の力も、今の彼にはまるで通じていなかった。

 

「いつまでも、貴方の思い通りになると思うな……」

「……っ」

 

 気づけば二人の全王は、彼の手に拘束され首を絞められていた。

 二人の全王が持つ全宇宙をも消滅させられる強大な力は、たった一人の邪神によって封じ込まれたのだ。

 

「……力というものがいかに脆いか。力に頼って治める世界が、どんなに虚しいものか……」

 

 自身の力を思うように振るえないことに困惑か、或いは苛立ちを感じながらじたばたともがく二人の全王に対し、邪神メタフィクスが冷淡に呟く。彼らを見据える一見冷酷無比な眼差しの内には、おぞましいまでに滾っている憎悪の炎が宿っていた。

 

「それを誰にも教わることが出来なかった貴方がたに今、邪神である私が教えましょう」

 

 そう言って、メタフィクスが自らの内包する「気」を解放する。

 瞬間、宮殿は激しい震動に襲われ、おびただしい亀裂に覆われては次々と崩壊に向かって進んでいく。

 神を封じる闇の結界と同じ色の闇色のオーラに包まれた彼が、文字通り神をも殺す眼光で未来世界の(・・・・・)全王を睨み、高らかに宣言した。

 

「もはやこの次元を管理すべき者は神ではない……この私だ」

 

 その日──邪神による、邪神の為の殺戮が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「超次元」のベジータがブルマのドラゴンボール集めに協力したのは、ひとえに父親としての情が理由だった。

 父親として当然のように息子の救いを求めている今のベジータは、昔の彼からは考えられないほどに成長したと言えよう。彼の変化を間近で見てきた妻として、ブルマはそんな夫のことを嬉しく思っていた。

 

「ふん……」

一星球(イーシンチュウ)ね。これで三つ目……トランクス達も一つ見つけたみたいだから、これで四つ目かしら」

 

 常人なら捜索に手間が掛かるであろう海の底に落ちていたドラゴンボールを拾い上げると、海中から出てきたベジータが浜辺で待機していたブルマに向かって投げ渡す。

 ブルマの開発したドラゴンレーダーと戦士達のフィジカルが合わされば、かつては散々苦労したドラゴンボールの収集も実に容易いものだった。

 

 今こうして彼らがドラゴンボールを集めているのは、先日に起こった一つの事件がきっかけである。

 

 人造人間を倒したことで平和になった筈の未来の世界に現れた、ゴクウブラックと神ザマス。

 新たな敵と戦う為、この時代から未来トランクスの救援に向かった悟空とベジータ。

 そんな中で外部から手を回してくれた破壊神ビルスやウイス達の働きもあり、事件は解決したものとなった。

 

 しかしそれは、未来の人々にとっては全く救いのない形での解決であった。

 

 ザマスが宇宙と一体化し、もはや打つ手なしと思われたその時、悟空が呼び出した全王が未来の世界諸共ザマスを消滅させた。

 その後、この時代に逃れた未来のトランクスは恋人のマイと共に、ブルマ達に別れを告げて「ゴクウブラックが地球に来る前」の時代へと飛び去っていった──それが、今回の事件の幕引き方である。

 おそらくトランクス達が新たに向かった時代では破壊神ビルスの働きにより事件を未然に防ぐことが出来、今度こそ平和が訪れることだろう。

 

 しかし、それはあくまでも「もう一つの未来」のことであり、未来のトランクスが暮らしていた世界とは別の世界の時間軸なのだ。

 

 つまり、彼が新たに向かった未来は新たに宇宙に誕生したパラレルワールドの一つに過ぎず、厳密にはトランクス達が暮らしていた世界そのものではない。

 決して、全王が全てを消滅させてしまった彼らの世界が元に戻ったわけではないのである。

 

 おそらく、トランクスもそのことには気づいていたのだろう。

 気づいていても、言うことが出来なかった。何故ならば、全王が消した自分達の未来はもうどんなにあがいても元に戻ることはないのだと──そう感づいてしまっていたから。

 

 責任感の強い彼のことだ。これ以上こちらに心配を掛けたり、その手を煩わせたくないと考えていたであろうことは想像に難くない。

 

 ならばそんな彼の為にも、この世界のドラゴンボールの力で彼の居た世界を元に戻してあげたい。ブルマ達の願いは、その一つだった。

 

 しかし現実問題、地球の神龍がその願いを叶えてくれる可能性は限りなく低いだろう。

 何せ復元を頼むのは星の一つや二つどころの話ではなく、そもそもこの時代ですらない未来の世界である。それでも不安過ぎると言うのに、さらに言えば消滅させたのは破壊神すらひれ伏す全王という最強の神だ。破壊神にさえ怯えて頭の上がらない神龍が、全王の気分を害したくないからと願い事の受け入れを拒否する可能性は十分にあった。

 

 だからこそそんな絶望的な現実の中でも、ベジータがドラゴンボール集めに付き合ってくれたことがブルマには意外であり、嬉しかった。

 

「良かったの? ウイスさんとの修行をすっぽかして」

 

 自分の「気」で身体中に纏わりついた海水や海藻を弾き飛ばしているベジータに向かって、ブルマがそう訊ねる。

 そんな彼女の質問に彼はそっぽを向きながら、彼らしからぬ低い調子の言葉で答えた。

 

「……俺の願いの前には、神も天使も関係ない」

 

 

 今のベジータにとって、息子の為に願うことは自分の修行を差し置いてでも優先しなければならなかったのだ。

 (スーパー)ドラゴンボールならいざ知らず、地球のドラゴンボールの力でこの願いを叶えることは難しいだろう。しかしだからと言って、気持ちの面ではベジータもブルマも諦められなかったのだ。

 時代は違えど、あのトランクスもまた彼らにとっては自分の家族と変わりないのだから。

 

「残念ながら、そうも言ってられない状況になりました」

 

 ベジータは自分自身の思いを打ち明けた直後、そんな彼の言葉に応じたのは先ほどまでこの地球に居なかった筈のウイスだった。

 そして彼の隣にはいつもと同じく破壊神ビルスの姿があり、さらにその横には孫悟空(カカロット)と、瞬間移動で彼らを連れて来たのであろう界王神の姿があった。

 

「ウイスさん? それに、界王神様まで揃ってどうしたのよ?」

 

 一緒に修行をしている悟空ならばともかく、その一行に加えて普段界王神界に居る界王神までも連れている光景は二人の目には意外だった。

 ブルマの問い掛けに対して、ビルスとウイスは頬の固まった真剣な表情で答えた。

 

「非常事態だ」

「すみませんが、ベジータさんには私達と一緒に来てもらいます」

 

 その言葉に怪訝な表情を浮かべたのが、ウイスとビルスの力の強大さを理解しているベジータである。

 今しがた彼らの言った「非常事態」という言葉は、一般人が言うのと彼らが言うのではわけが違うのだ。

 普段の彼らとは違う一切緩みのない顔つきもまた、その事態の重さを物語っているようだった。

 

「どういうことだ?」

 

 ありとあらゆるものを破壊出来る破壊神ビルスと、そんな破壊さえも文字通りなかったことに出来る天使のウイス。二人が揃っていればどんなことでも解決出来るというのが、内心憎たらしく思っているベジータの認識だった。

 彼らの力は、それこそ今のベジータの力を持ってしてさえ届かないほどのものなのだ。

 故にこそ、彼らの語る「非常事態」とは人間には想像のつかない出来事を意味していた。

 

「全王宮が崩壊しました。このままでは全王様の命が危ないと、先ほど私の頭の中に大神宮様からの救援要請が入ったのです」

 

 いつになく重苦しい表情でそう答えるウイスの言葉に、ベジータが目を見開く。

 全王──全ての宇宙の頂点に立つ真の王者。不死身となったザマスを未来の宇宙ごと消滅させた強大な力は、実際にこの目で見てきた。そんな彼が今命の危機に瀕しているとは、確かにベジータには想像のつかない非常事態だった。

 そしてそのことが本当ならば、ベジータの返す言葉は一つしかなかった。

 

「断る」

 

 にべもなく、ベジータはそう言い捨てた。

 それは自分の力が、彼らの役に立てそうにないからだという謙虚な理由では断じてない。

 今のベジータにとって全王の命の危機など、これ以上ないほどにどうでもいいと感じただけに過ぎないだ。

 

「何故俺があんな奴を助けに行かなきゃならないんだ? 大体、あの全王って奴がそんなことになる事態に、わざわざこの俺を呼ぶ意味があるのか?」

 

 どこの世界に、息子の世界を消した張本人を助けにいく親が居るものか──そう出掛かった本心の言葉は、自分の柄ではないと思い直前で胸に留める。しかしベジータの気持ちは、その思いが全てと言っても良かった。

 彼らにとって全王がいかに偉大な存在であろうと、ベジータにとっては自分が助けに行く価値もない外道でしかなかったのである。

 そんな彼の断固とした拒否姿勢に苛立つ破壊神も居るが、今のベジータには関係ない。

 

「断る気かい? 破壊しちゃうよ?」

「やってみやがれ! あんな奴の為に戦うぐらいなら、消された方がマシだ!」

「ベジータ……」

 

 かつてこの地球を守る為にプライドを投げ捨ててでも媚びを売った相手でさえも、今のベジータの頭を冷やすことは出来なかった。

 それほどまでにベジータはザマスと全王……そして何よりも、未来の息子を本当の意味で救うことが出来なかった自分自身に苛立っていたのだ。

 

「……随分、言ってくれるね。だったら、望み通り破壊してやろうじゃないか」

「ビルス様、ここで私達が言い争っていても仕方ありません。かく言うこの私も、一体どういうことなのか判断しかねているのですが……全王様の命を脅かすほどの存在が、王宮に現れたことは確かなのです。こんなことは、歴史上初めてです。大神宮様からの言伝によると、その者を倒すには人間の力が必要だとか……」

 

 険悪な雰囲気になるベジータとビルスの間に立って、ウイスが仲裁に入りベジータを説得する。

 ビルスはそれによって渋々ながら矛を収めるが、ベジータの表情は一向に晴れなかった。

 

「なんだ、あんたらともあろうものが人間頼みか。都合の良い神様だぜ……今度は妙に弱気じゃないか」

「ベジータさん、全王様は全ての宇宙の上に立つお方……もしものことがあれば、この宇宙もただでは済みませんよ」

「チッ……面倒な野郎か」

 

 全王の命などに興味はなく、さっさとくたばってくれた方が気が晴れるぐらいに彼のことを嫌っているベジータであったが、この宇宙──地球を引き合いに出されればそうも言っていられなくなる。

 全王を見捨てるということは、ほかならぬ地球を見捨てることにもつながると──そんな仕組みになっているのなら、始めからベジータに拒否権は無かった。

 

「そう言うなよベジータ。もしかして、そいつと戦うのがこえーのか?」

「そんなわけがないだろう! ふん、いいだろう、俺も行ってやる! だが勘違いするな! 俺は神の為に戦うんじゃない! 俺は俺のプライドを守る為に戦うんだ! それを忘れるなっ!」

 

 高らかに言い放つベジータであったが、今回の場合彼が戦うのは地球の為なのだということは誰の目から見ても明らかだった。

 孫悟空の軽口にだけは盛大に反応したベジータがそう言い切ると、彼は一転して協力の姿勢を取った。

 

「なあ? ベジータの奴今日はやけにピリピリしてねぇか」

「トランクスが帰ってからはずっとこんな感じよ? アイツにも、色々思うことはあるのよ……」

「……やっぱ変わったな、ベジータ」

 

 額に青筋まで立てて怒鳴る姿は昔の彼と何ら変わっていないが、その正義はほぼ真逆のものへと変化している。

 道理で自分に追いついたわけだと、悟空は今の彼の強さを理解し改めて尊敬を抱いた。

 

 

「では、界王神様。お願いします」

「……はい。カイカイ」

 

 そしてベジータの加わったウイス達一行が、界王神の瞬間移動により地球を出発する。

 ウイス、ビルス、悟空、ベジータ、界王神と……その一行は、この第七宇宙で最強のメンバーと言っても良いだろう。しかも今回は、ザマスの事件では裏方に回っていたウイスとビルスが、最初から表に出て戦うつもりでいる。本来ならばあまりにも過剰な戦力であり、負ける筈のないメンバーだった。

 

 

『ようこそ我が全王宮へ。超次元の英雄達よ』

 

 

 全王宮の玉座に堂々と座る、たった一人の邪神と出会いさえしなければ──。

 

 

 

 

 ──次元の存亡を賭けた戦いが今、始まろうとしていた。

 

 



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全王宮全滅!! 名も無き界王神の憎悪

 

 

 ──……ジータさ……!

 

 

 どれくらい、時間が過ぎただろうか。

 

 

 ──ベ…………タさん……!

 

 

 どれくらい、眠っていたのだろうか。

 

 

 ──…………い……さま……!

 

 

 ぼんやりとした意識の外側から聴こえてくる、少女の声。

 今日出会ったばかりである人物の声は、彼にとってそれほど馴染みのあるものではない筈だった。

 

 

 ──おじ………………………!

 

 

 しかしそれは何故だか、聴いていて悪い気はしない声だった。

 

 

 ──おじいさま………!!

 

 

 彼が……ベジータが目を開けたのは、その声がはっきりと鼓膜に響いた時のことだった。

 

 

 

 

「俺は……」

「……大丈夫ですか? ベジータさん」

 

 ベジータが目を開けた時、彼の姿は何も無い真っ白な世界──「次元の狭間」の中にあった。そんなベジータの傍らには彼の手を両手で握っていた龍姫神の姿があったが、彼女はベジータが覚醒した途端にその手を引っ込めて彼の体調を窺った。

 そこでベジータは現在の自分の身体を見下ろし、その体調を確認する。

 外傷は無い。疲労も無い。

 超サイヤ人4の変身は解けているが、サイヤパワーの消耗は軽微。すぐにでも再変身出来る。

 つまるところ、ベジータの身体は何の問題も無かった。

 

「どれぐらい時間が経った?」

「……地球の時間で言えば、まだ一分も経っていません。しかしこの空間では時間の流れが歪な為、外ではどれほどの時間が過ぎているのか……」

「そうか」

「一旦、私達も外に出ましょう」

 

 どうやら自分は、ほんの少しの間気絶していたようだ。

 超サイヤ人4の自分が気を失うなどいつぶりのことかと思ったが、改まって振り返ることもなく彼は気絶前までの出来事を思い出した。

 

 ──そう、あの時。

 

 邪神メタフィクス──自分は未来のトランクスの成れの果てだと言った彼の言葉にベジータは一瞬の動揺を突かれ、ある技を放たれた。

 その技を彼は「邪神魔封波」と呼んでいたか。その技を受けたベジータは一定時間拘束され、その隙に彼はこの次元の狭間から外の世界へと逃亡していったのだと、龍姫神が状況を補足して付け加えた。

 

 長年会っていなかった未来の息子の顔を見て、ガラにもなく感傷に浸ったのがまずかったのだろう。

 つくづく己の甘さを自覚する次第だが、同じ手を二度と喰うつもりは無い。寧ろベジータとしては邪神に対する殺意が程良く高まったぐらいだ。

 しかしそれはそれとしても、彼があのようなふざけた姿をしている理由は気に掛かった。

 

「どういうことか、知っているか?」

 

 邪神メタフィクスの本体が自身の息子の姿そのものである理由──そのことを訊ねるベジータに、龍姫神は憂いの表情を伏せて小さく頷いた。

 

「……邪神メタフィクスの身体には、二つの魂が宿っているのです……」

 

 彼らの元の世界である「GT次元」へと進路を取りながら、彼女は邪神の真実を語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウイス達が界王神のカイカイで到着した頃には既に、全王宮は変わり果てた姿に朽ちていた。

 宮殿は崩れ、周囲に浮かぶ星々の光は悉く消滅している。

 そして何より大きな異変は、宮殿の中から誰一人として「神の気」を感じられないことであった。

 そこでは大神官の気さえも感じることが出来ず、二人の全王の気配もまたどこにも無かった。

 

 しかしただ一人だけ、この世の物とは思えない禍々しい「気」がこの世界に充満していたのだ。

 

「では、行きましょう」

「界王神、お前は帰れ」

「は、はい……」

 

 全王宮を襲った事態の想像以上の深刻さを悟り、神妙な表情で一同は宮殿内に入っていく。その際に、界王神が死ぬことで自身の存在が消えることを恐れたビルスが彼を速やかに離脱させたが、元々彼を戦力として計算していたわけではない為問題は無い。第七宇宙最強の四人をこうして最短時間で送り届けてくれただけで、彼は既にその役割を十分に果たしたと言えた。

 

「この気は……神様のもんじゃねぇな」

「どうですか悟空さん、ワクワクしてきましたか?」

「いや、流石に全ちゃんを倒しちまうような相手じゃそうもいかねぇかもな……」

「馬鹿、全王様がやられることはあり得ん」

「ええ、正面から全王様と戦うことなどどんな戦士でも不可能でしょう。あのお方だけは、存在そのものの次元が違うのです」

「…………」

 

 荒れ果てた宮殿の中は、不気味なまでにもぬけの殻だった。本来あるべき筈の神官達の姿がそこには無く、禍々しい冷たい気配だけがこの宮殿を支配している。

 そしてその気配は、ウイスやビルスにとってこの上ないほどに不愉快な感覚だった。

 

「しっかし暗ぇなここ。前がよく見えねぇぞ」

「妙な空気に包まれているね、ここは。何かの結界か?」

 

 街灯の無い夜道の如く、辺りは暗闇に覆われている。

 警戒しつつ歩みを進めていく先で、彼らはほんのりと輝いている光を見つけた。

 崩壊した扉の中から射し込んできているその光は、本来全王が居る筈の玉座の間だった。

 

 

「ようこそ我が全王宮へ。超次元の英雄達よ」

 

 

 そして彼らがその中へ辿り着いた時、出迎えたのは全王の声ではなく──妙に聞き馴染みのある青年の声だった。

 

「コイツか……」

 

 この宮殿に充満している纏わりつくような不愉快な気配は、その人物から発せられていた。

 そんな彼はウイス達に背を向けながら、全王の玉座をそのまま等身大にしたような椅子の上に腰掛けていた。

 

「なっ……! 貴様、その席が全王様のものと知ってっ!」

 

 この玉座の間にも、大神官や他の神官達の姿は見当たらない。

 本来ならば二人の全王が居るべき筈の場所には彼だけが存在しており、この宮殿を我が物のように陣取っていた。

 無礼を通り越した彼の姿に破壊神ビルスが声を荒げ、天使ウイスが訝しむような目で睨みつける。

 そしてウイスが一歩前に出て、彼に訊ねた。

 

「ここに居た筈の全王様と神官達は、どちらへ行かれたのです?」

「全王なら、あそこに居ますよ。尤も、既に抜け殻のようなものですが」

「──!」

 

 宮殿の主たる全王の居場所を問えば、彼がウイス達に背を向けたまま天井を指差す。

 言われた通りにウイス達が顔を上げれば、そこにはこの闇の世界を淡く照らしている、二つの灯かりの姿があった。

 

「全ちゃん……!」

 

 その灯かりの正体は、二人の全王だった。

 二人の全王が死んだように目を瞑りながら、ゆらゆらと虚空を漂っている。

 そして円を描くように漂っている二人の間には、ボーリング玉ほどの大きさの一つの黒い球体が浮かんでいた。

 

「二人の全王の力は、易々と消してしまうには惜しいものです。故に、こちらで有効に活用させていただいています」

 

 二人の全王から放たれている「気」の光が、渦を巻きながら黒い球体の元へと集まっている。

 それは彼らが身に宿す膨大な力を、少しずつ玉の中へと取り込んでいる光景だった。

 

「まさか、全王様の力を吸収しているのですか……?」

 

 ウイス自身が先ほど悟空達に語った通り、全王だけは次元の違う存在だ。そんな彼を力で破ることなど、到底考えられるものではない。

 しかし今、虚空に漂っている全王は完全に無力化されていた。

 あり得ない光景に内心では言葉も出ないウイスだが、そんな心情を悟られないように努めて彼は冷静に問い質す。

 この全王宮を陥れた以上、目の前の男が神に仇なす敵であることはもはや疑いようにない。念の為の確認にと思考を一旦落ち着ける意味があっての質問だったが、彼はそんなウイスを嘲るように返した。

 

「ええ、しかし私が欲しいのは全王の力だけです。彼の力を絞り尽した後は……適当な星にでも放り捨てて、鳥の餌にでもしましょうか。力の全てを奪ってしまえば、アレはただの頭の足りない子供に過ぎません。これまで無数の命を葬って来た彼には、過ぎた死に様でしょう」

 

 全王を、鳥の餌にする。

 全宇宙の王に対して信じがたい、そして許しがたい侮辱の言葉に、ウイスは眉を顰める。この時点でもウイスの心は常の冷静さを投げ捨て掛けていたが、追撃とばかりに彼は言った。

 

「ああそう……大神官や他の天使達も、そうやって消してやりましたね」

 

 宮殿に居た他の者達は既に──自分が殺したのだと。

 

「ウイス!」

 

 纏わりつく不愉快な空気も後押ししたウイスは、既に行動に出ていた。

 思考と反射の同時行動──破壊神ビルスや悟空達ですら完全にマスターしていないその境地を持って、ウイスは玉座に座る彼の背中に飛び掛かったのである。

 

 ──この男を破壊しろ。

 

 宇宙を守る天使であるが故に、彼が言葉を発する度にウイスの思考はそう訴えかけていた。

 その時こそ、彼は初めて理解する。

 これまでこの身に纏わりついてきた不愉快な空気──それは彼が作り出した結界であると同時に、久しく感じたことの無かった自身の「命の危機」であることに。

 

「意外と血の気が多いのですね、天使ウイス。貴方ともあろうものが、随分と余裕が無い。信じられませんか? 私に陥れられた同胞達の死が」

「黙りなさい」

「安心しなさい。大神官は適当に始末しましたが、全王だけは私の手で殺します。家畜の胃袋にすら渡しませんよ」

 

 ウイスの放った超光速の拳は、しかし彼の半径五メートルほど前に近づいた時点で急激に速度を落とすと、彼が後ろ向きのまま突き出した手のひらによって呆気なく受け止められた。

 彼の手から伝わる死人のような冷たい感触がウイスの拳を掴むと、ウイスの身体を無造作に投げ飛ばした。

 

「そう、相手にされて嫌なことはしてはいけない。地球の人間ならば、子供の頃からそう教わるものです。おめでとうございます。今この瞬間、貴方は人間の子供に匹敵する知性を身につけました」

「っ──!」

 

 その言葉通り子供の絡みをあしらうようにしてウイスの攻撃を対処した彼の姿にビルス達が驚愕し、ウイスは片膝と杖をつきながら、苦悶の表情で彼を睨んだ。

 突如としてウイスの身に、かつてない脱力感が圧し掛かってきたのである。

 

「ぐっ……!? 貴様……っ、何をした!?」

「この世界に張り巡らせた神封じの結界が、貴方がたの力を削いでいるのですよ」

「なるほど……これが、お父様の言っていた……!」

「この宮殿を覆っている神封じの結界は、神の力の純度が高い者にとって特に影響が強いものです。生粋の天使である貴方には、よく効くでしょう」

「……悟空さん達を連れてきたのは、正解でした」

 

 神封じの結界。

 その名の通り、彼がこの世界に張り巡らせた結界は絶大な威力を発揮し、天使ウイスの力を封じ込めた。

 ウイスは自身の体内から急激に力が抜けていくことを知覚し、霞んでいく視界の中で意識を周囲の者へと向けた。

 孫悟空とベジータは……問題なさそうだ。突然苦しみ出したビルスとウイスの異変に慌てている様子だが、人間である彼らには作用しないようだった。

 

「ええい、汚い技を使いおって……こんなもの、破壊してやる!」

「賢明な判断です。元々この結界は対全王用の力……破壊神の権能であれば、対処することができるかもしれません。しかし……」

 

 ウイス同様結界に力を封じられ、思うように動けないでいるビルスの姿にウイスは初めて悔しげな表情を浮かべる。

 この結界さえ無ければ、あのような相手はすぐに破壊出来る筈なのにと……そう考えるが故の悔しさだった。

 しかし次の瞬間、一瞬にして玉座から姿を消した彼の動きを見て、その考えを即座に改めた。

 

「かはっ……!?」

 

 ──結界の影響が無くても、今の一撃は避けられなかったかもしれない。

 そう思えるほどの速さで接近した彼が、ビルスの腹に拳を叩き込んだのである。

 

「貴方が私を破壊するよりも、私が貴方を破壊する方が遥かに早い」

「……っ!」

「この世界で最も愚かな存在を破壊出来ない貴方に、私を破壊する資格はありませんよ」

 

 ビルスがその痛みに反応するよりも速く、二撃目の回し蹴りが彼の身体をウイスの傍らへと蹴り飛ばす。

 玉座から立ち上がり、二本の足で地に立った彼の姿は、虚空に漂う全王の淡い光に照らされたことによって初めてその全貌が露わになった。

 

「さて、では名乗らせていただきましょうか」

 

 ビルスを蹴り飛ばした足を地に着け、彼が正面を振り向く。

 一同の目に留まった青み掛かった灰色の髪と鋭い眼光を持つ男の姿は、数日前に別の時間軸へ別れて以来の青年の姿だった。

 

「おめえは……!?」

「っ、貴様……!」

 

 ──その姿はどう見ても、未来のトランクス(・・・・・・・・)そのものだったのだ。

 

 

「私の名は、メタフィクス。報われぬ魂が、神を殺す為に生み出した邪神」

 

 

 トランクスと同じ姿を持つ男が、自らの存在を指してそう名乗る。

 不気味なまでに冷淡ではあるものの、その声もまたトランクスと同じものだった。

 

「トランクス……? いや、ちげぇ……」

「ちっ……今度はアイツの顔か……なんだ? 神の間では、人の顔を真似するのが流行っているのか?」

 

 姿形は完全に同じ。しかし、纏う気配はまるで別物である。

 故に別人と判断したのが悟空とベジータであるが、ウイスにはまだ判断しかねていた。

 気配は一致しないし、感じ取れる能力も違う。しかし、彼を完全な別人と断定するのは少々違うと感じるのだ。

 

「私はザマスとは違って、双方合意の上なのですがね。気になるようですから、一つ昔話をしましょうか」

 

 ベジータの皮肉に反応した彼が、唐突に語り始めた。

 その様子は素人目には隙だらけに見えようが、その実全く隙が無い。尤もウイスは動きたくとも結界の影響で思うように動けないのだが、今が万全の状態だと仮定しても、手を出すことが躊躇われるほどに隙の無い佇まいだったのだ。

 同じように隙を窺っている悟空とベジータもまた、戦闘態勢に身構えたまま迂闊に動けずにいるようだった。

 

「かつて、この世界には十八個の宇宙がありました。しかしその内の六つは、既に全王の手によって消滅させられているのです」

 

 冷淡な口調で、彼は過去を懐かしむように語る。

 今では宇宙の数は十二個しか無いが、かつては加えて六つの宇宙があったことは神の間では周知の事実である。

 そしてその宇宙がいずれも一瞬で消滅した事実もまた、全王の強大さを表す意味でも有名な話だった。

 

「消された理由の大半は、私から見れば理不尽なものでした。そうですね……宇宙の代表者同士で陣取りゲームを行い、負けた方の宇宙を消すという行事もありましたね」

「それは……ひでぇな全ちゃん」

 

 機嫌一つで一瞬にして宇宙を消滅させることが出来るのが、この世界に君臨する全王の力だ。

 故に神々は彼に忠誠を誓い、恐れるようになった。 

 

「貴方がたの知る通り、全王はこの世界で最も絶対的な存在でした。誰も彼に逆らうことは出来ず、多くの神々がそこの破壊神のようにひれ伏すことしか出来なかった……」

 

 言いながら見下しきった目で眺める彼に、ビルスが額に青筋を浮かべながらよろよろと立ち上がる。既にかの破壊神は太陽の三つや四つばかり破壊しても収まりそうにないほど激昂している様子であったが、そんな彼でさえも満足に動けないほどに神封じの結界は強力だった。

 故に彼は、誰に憚れることなく語りを続ける。

 

「そんなある日、全王の元に異議を唱えた界王神が居ました。今は亡き、第十八宇宙の界王神です」

 

 その名に聞き覚えのあるウイスとビルスが息を呑み、悟空とベジータが構えを保ちつつも話を聞く。

 消滅した世界を担当していた一人の界王神──名も無き界王神の存在は、ウイス達にとっては触れてはならない不文律として扱われているものだった。

 

「およそ理解できない思考回路を持つ全王に、彼は尋ねました。全王様ほどのお方ならば、気に入らない宇宙を消すのではなく正しく導くことも出来たのではないのかと……界王神は消滅させられた世界の救済を求めて、精神的に幼い全王を説得しようとしたのです」

「貴方は、まさか……」

 

 全王に説得を試みた勇敢な──無謀な界王神。

 第十八宇宙の界王神は当時の界王神の中で最も強く、最も人間を愛していた変わり者ということで神々の間では有名だった。

 しかし。

 

「しかしそんな彼の言葉は届かず、機嫌を損ねた全王の手によって無念にも消滅させられてしまいました」

「……越権行為だ。当然だろう」

 

 全王がよく付き人に向ける「消しちゃうよ?」等の言葉は、脅しでも彼なりのコミュニケーションでも何でもない。

 彼は本当に、何の躊躇も慈悲も無く神や宇宙をも消してしまえる存在なのだ。そのことは実際に宇宙の消滅を見てきた孫悟空達も知るところであろう。

 

 ここまでは神々の間では極めて一般的な、有名な話である。

 

 しかしそこから続く彼の話を、ウイス達は知らなかった。

 

「全王に消された存在は、あの世ではなく完全な無に帰る。しかし何らかのイレギュラーが発生したのか、彼の魂だけは消滅を受けても無に帰ることがなく、魂だけの状態であの世でもこの世でもない、どの宇宙にも属さない不思議な空間へと放逐されました。

 ……彼がたどり着いたのは、「次元の狭間」と呼ばれる異空間でした。神々の間では眉唾物の神話として伝えられていた五つの次元……それぞれの世界を観測することが出来る世界だったのです」

 

 「次元」と「次元」の間を繋ぐ狭間の世界──それは神話として伝えられており、ウイスとて先日別次元から来たベジータと出会わなければ確かなものとして認識出来なかった世界に、名も無き界王神の魂は居たのだ。

 ウイスやビルスだけではなく別の「次元」の存在を知っている悟空にもまた、ここまでの話は理解出来たようである。

 

「別の次元の世界っちゅう、ウイスさんが教えてくれた奴か……」

「その次元の狭間を漂いながら、界王神の魂は色々な世界を観測しました。誰よりも純粋で優しい戦士、孫悟空が多くの悪人を下し、自分がより強くなる為にまだ見ぬ未来へと邁進していく世界。他の歴史には存在しない、伝説の超サイヤ人や帝王の兄のような者が存在する世界。あらゆる歴史をトキトキ都と呼ばれる都で管理している世界。そして七つのドラゴンボールと共に、偉大なる英雄が龍世界へと旅立っていった世界……四つの世界は皆、いずれも希望に満ちた美しい世界でした」

 

 それは彼の冷淡な口調に、初めて感情が宿ったような声だった。

 こことは違う四つの次元──それぞれ「オリジナル次元」「Z次元」「ゼノバース次元」「GT次元」と呼ぶそれらはどれも時間軸の違いなどとは別の意味で、この世界とは「次元」が異なる世界である。

 それぞれの世界に共通している次元の狭間に居たからこそ、名も無き界王神の魂は五つ全ての「次元」に起こった出来事を観測することが出来たのだと言う。

 

「界王神の魂は四つの次元外世界と、貴方がたの住むこの世界を見比べて考えました。一体どの世界が正しい在り方なのか……それとも全てが正しくて、自分だけが間違っていたのかと。アレを宇宙の摂理として受け入れることが、本当に正しいことなのかと……」

 

 数拍の間を空きながら、彼は視線を移動させる。

 そうして彼の冷たい眼光が立ち止まったのは、孫悟空の姿を見据えた時だった。

 

「次元の狭間からこの「次元」の行く末を眺めていた彼は、他の「次元」において数々の絶望を覆してきた存在を見つけました。それが孫悟空、貴方です」

「ん、オラか?」

「この世界とは似て非なる四つの「次元」において、特異点的な存在だったのが貴方の存在です。孫悟空が誰と出会い、誰と戦ってきたか……それによって、それぞれの未来が分かれていったのです」

 

 この場に居る孫悟空という地球育ちのサイヤ人こそが、各次元において特異点のように見えたと彼が語る。

 確かに孫悟空の周りでは騒動が絶えず、神の視点で見ても中々に飽きない。つくづく不思議な魅力がある男だとは、ウイスもビルスも思っていた。

 そしてそんな魅力を──いや、それ以上の魅力を彼は、第十八宇宙の界王神は「孫悟空」に感じていたようだった。

 

「この「次元」にも、彼らと同じ「孫悟空」が居るのなら……これまで数々の悪人達の心を動かしてきた孫悟空と出会いさえすれば、全王や多くの神々も変わるのではないかと──そんな希望に、界王神の魂は縋っていたのです」

 

 さっきまで殺し合っていた筈が、不思議と仲間が増えていく。全王とすらコミュニケーションを成立させるのが孫悟空という男だ。

 彼を見て第七宇宙が羨ましいと言っていた父の言葉を思い出しながら、ウイスは名も無き界王神の心情を推し量る。

 しかしそこから先は、ウイスや大神宮が抱いたものとは全く違うものだった。

 

 

「失望しました。神々の傲慢さは、貴方との出会いを経ても何も変わらなかった」

 

 

 何もかもを諦め果てたような、絶望の眼差しで彼は悟空を見据える。

 その瞬間から、ウイスは彼の中で蠢いている禍々しい「気」が静かに高ぶっていくのを察知した。

 

「そこに居る破壊神も同じです。公平な判断をしていると口では言っていますが、結局行っていることは自分の機嫌一つで星を破壊しているだけだ。星を壊され、命を奪われた者達からしてみれば……その行為はザマスと何ら変わりない」

「何だと?」

「それを脇から見ているだけで正そうともせず、寧ろ推奨しているそこの天使も同じです。いえ、自らの手を汚さない辺り、破壊神よりも性質が悪い」

「…………」

 

 己らに向けられた糾弾の言葉を、ウイスは聞き流すように目を閉じる。

 破壊神という存在が多くの民から恨みを買うことぐらいは、遥か昔からわかっていることだ。今まで直接そんな言葉を聞く機会が無かったのは、単に破壊神の絶対的な強さとウイス自身の力があったればこそである。

 その「力」という絶対性が失われた今、彼ら以上の力を持つ彼の言葉が止まる理由は無かった。

 

「そして全王……彼は部下の蛮行で滅びゆく宇宙が手遅れな状態になるまで気づかず、あまつさえそこに存在していた世界を諸共消し去った!」

 

 虚空に浮かぶ二人の全王の姿を見上げ、彼が憤怒の色を込めて語る。

 しかし二秒後にはそんな表情もすぐに冷たく変わり、視線を悟空の方へ戻して言った。

 

「人の上に立つ資格も無い醜悪な神々の存在に、名も無き第十八宇宙の界王神の魂は深い憎悪に染まりました。そしてそれは孫悟空、貴方に対する失望でもあるのです」

「……どういうことだ?」

「五つの「次元」を見比べてわかりました。貴方は、他の次元の孫悟空とは決定的に違います。貴方には友情も愛情も無い。奥方に対してキスの一つもしてあげたことがないのが良い例です。貴方にあるのはただサイヤ人としての闘争本能と、純粋に戦いを楽しもうとする気高い心だけだ。それは戦士としては正しい在り方なのかもしれません。しかし……」

 

 トランクスと同じ顔で、孫悟空に対して冷めた目を向ける。

 その光景は付き合いの長くないウイスからしても、異様に見えるものだった。

 彼は悟空に対して語る。貴方はどうしようもないほどに──期待外れであったと。

 

「貴方では何も救えない。特にそこに居る、「罪も無い者を次から次へと殺していく」破壊神と仲良くつるんでいる貴方では……優秀な戦士であっても、真に世界を救う英雄ではなかった」

 

 失望の眼差しを一方的に向けられた悟空の方は、彼に怒りを抱いている様子はない。

 その表情から読み取れる感情の多くは、「困惑」だった。

 

「悟飯じゃあるめぇし、オラは正義の味方になったことはねえよ」

 

 名も無き界王神の魂から英雄だと思われていたらしい悟空だが、彼自身からしてみれば勝手極まりない言い分である。

 勝手に期待されて、勝手に失望される。その理不尽さには彼が怒るほどのものでは無いにしろ、困惑している様子だった。

 ただそれでも、孫悟空は孫悟空の言い分を通した。

 

「そりゃあ、ビルス様達がやってきたこともどうかとは思ってるさ。宇宙に破壊が必要だって言うのは界王様から聞いたけど、その為に罪もねぇ人間が殺されるのは間違ってるもんな」

「ならば何故破壊神と敵対しない? 他の「次元」の貴方なら、破壊神など「絶対に許さない」筈です」

「他の次元のオラのことを言われても、オラにはさっぱりだ。オラはオラだし、オラがビルス様と居んのも、いつかビルス様やウイスさんよりも強くなりてぇと思ったからだ」

「誰よりも強くなりたかったのは、かつて貴方が敵対していたセルや魔人ブウ、フリーザも同じです。彼らを打ち破っておきながら、何故破壊神だけは許すのです? ……話になりませんね。結局強い者が正義なのですか。貴方の考えは支離滅裂だ」

「しりめつ? ……なんかオラ、さっきからおめえの言ってることさっぱりわかんねぇぞ」

「この次元の孫悟空は、知能も極端に低いらしい。魔封波の札を忘れてくるような人間に、「他の次元の孫悟空」を期待していたのが間違いだったようです」

「……いてぇとこ突くなぁ、おめえ」

 

 決してブレず、純粋に強さを求める武人。

 それがこの「次元」の孫悟空という男の在り方なのだろうし、少なくともウイスはそう認識していた。

 良く言えば超常的で、悪く言えば一般的な人情味が薄い。だからこそ神の適性があり、次期破壊神にもなれる器であるとウイスは考えていた。

 逆に言えば、全王に消滅させられた第十八宇宙の界王神は神にしては人間に近すぎる精神性と言えた。

 

 

「昔話を続けましょう。傲慢な神々が治める世界に憎悪を抱いた界王神の魂でしたが、いつしか彼に協力者が生まれました」

 

 一旦孫悟空への語りを打ち切った彼が、話の方向を戻す。

 彼があのような姿をしている理由についてでも話すのかと考えていたウイスであったが、答えはその通りだった。

 

「協力者の名はトランクス……ベジータ、貴方の未来の息子です」

 

 今度はベジータの方を向きながら、彼が言った。

 しかしその眼差しは──

 

「どういうことだ? 何故、そこでアイツが出てくる?」

「では聞きますが、彼が貴方がたと別れた後、貴方はご自分の息子が幸せになれると思っていたのですか?」

「……そんなこと、俺が知るか」

 

 ──その眼差しには孫悟空に向けたもの以上に深く、「絶望」の色が滲んでいた。

 

 

「彼はあの後、一年と経たずに病気を患い、息を引き取りました」

 

 

 

 

 

 



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革命の火に焼かれて…… ビルス散る

 魂はここにある。

 

 魂だけが、ここにある。

 

 自分が肉体を失い、魂だけの存在になったことを自覚するまで多くの時間は要さなかった。

 

 ──俺は、死んだのか

 

 自分でも驚くほど、彼はその事実を冷静に受け止めていた。今彼が漂っているのは、真っ白に広がる不可思議な空間だ。

 ここは天国なのか、地獄なのか。

 死後の世界が存在することは知っていた。それ故に、命が尽きて尚も意識があることに疑問を抱くことはなかった。

 

『トランクス』

 

 不意に、どこからともなく男の声が聞こえてきた。轟雷のような重く響く声色には、どこか厳格さを感じさせる。

 しかしどこか、彼の心を労わるような優しい響きが含まれていた。

 

『英雄トランクス……貴方の命の灯火は、今燃え尽きました』

 

 姿の見えない男の声は、彼にその真実を告げる。

 思った通り、自分はあのまま病に負け、息を引き取ったらしい。

 自分が死んだことを改めて実感した彼、トランクスは生前の記憶を振り返る。

 ……とは言っても、この期に及んで生にしがみつこうと思えるほどの気力は残っていなかった。

 破壊神ビルスにザマスを葬ってもらった以上、あの世界を脅かす危険はもう無いのだから。

 

『よく……頑張りましたね』

 

 そんな彼の魂に、男の声が労う。

 何者かはわからないが、察するにこの声の主は人が死後に出会う神様か何かなのだろう。

 その声には自分の生涯をずっと見守ってくれていたような、不思議な温かさを感じた。

 

『トランクス』

 

 再び、名を呼ばれる。

 それは彼に意識の覚醒を促すような、強い響きを持っていた。

 

『この世に未練はありますか?』

 

 それはトランクス自身に対する、生への問い掛けだった。

 彼は不治の病気を患い、若くしてこの世を去った。そんな彼に、本当ならもっと生きたかったのかという問い。

 その言葉にどんな意図が込められたのか、この時のトランクスにはまだ知らない。

 しかし。

 

 ──……もう、疲れました。

 

 正直な気持ちで、彼はそう応えた。

 あの世界には、自分とは別に元々その世界に住んでいたトランクスが居る。元々、あの世界に自分の居場所など在りはしないのだ。

 唯一マイ──この世に残していった恋人だけは心残りではあるが、彼女は強い。自分が居なくなっても、きっと変わらず逞しく生きていけるだろう。

 そう思ったからこそ、トランクスには既に生きる意思が無かった。それは生きること自体を諦めていたと言った方が正しいのかもしれない。

 

『ならば』

 

 彼の意思を確かめたところで、男の声が提案する。

 

『休みながらでも良い。貴方が生きてきた世界の姿を、この「次元の狭間」から見てはいただけませんか? 誰よりも誇り高い人間である、貴方の意見をお聞きしたいのです』

 

 声がそう、意味深な言葉を言い放った時だった。

 トランクスの魂が漂っていた辺り一面真っ白の世界に、眩い光と共に何色もの景色が浮かび上がってきた。

 

 野に山に海に川に……街が──

 

 彼らが生きてきた世界が、そこにあった。

 思わず涙を流したくなるほどに、美しい世界が。

 

 ああ、なんて綺麗なんだろうか。

 そこにはもう、誰もいないのに。

 

 砕け散った心を満たしていたのは言葉にならない虚しさだけだった。

 

 ──俺は、何も守れなかった……。

 

『いいえ、貴方は立派に戦い抜いた。悲しき世界の中で、貴方は最後まで未来を信じて生き続けたのです。貴方が神もどきに問われた謂われなき罪、誰が許さずとも私が許しましょう』

 

 「次元の狭間」というこの世界は、この世にもあの世にも位置しない特殊な領域にある。

 そんな次元の狭間の中では真っ白な空間の中にそれぞれの世界での出来事が無数のビジョンとして浮かび上がっており、全ての世界を観測することが出来るようになっていた。

 五つの次元を観測することが出来るこの世界において、トランクスと彼は彼らの生まれ故郷である第七宇宙──「超次元」で起こった数々の出来事を見続けた。

 

 宇宙誕生から始まり、全王による六つの宇宙の消滅。

 

 名も無き十八宇宙の界王神の決起と消滅。

 

 十二の宇宙それぞれに存在する破壊神達の破壊と、界王神達の創造。

 

 第七宇宙でも破壊神ビルスが定期的に活動し、価値無しと判断した星々が次々と消されていった。

 

 消された星の中には彼がフリーザに命じ、間接的に滅ぼした惑星ベジータの姿もある。

 

 ──そして、地球。レッドリボン軍による支配、大魔王の復活、サイヤ人の襲来……人造人間による悪夢の時代。

 

 終わりなく訪れる戦いの日々。それは地球だけではなく、数々の星においても同じだった。

 トランクス自身も生きていたそれぞれの時代を、彼らの魂は時空の概念さえも切り離された次元の狭間の中で見届けた。

 浮かび上がるビジョンがゴクウブラックによる「正義の執行」に切り替わったところで、男の声──名も無き界王神の魂が言った。

 

『命の大切さを理解出来ない者が上に立つ世界に、希望はあるのでしょうか? 救える筈の命は見捨てられ、力無き者は永久に虐げられ続けていく……』

 

 孫悟空や父ベジータの協力もあって、ゴクウブラックと黒幕ザマスを追い詰める。

 しかしザマスを最後まで倒し切ることは出来ず、彼は宇宙と一体化して全ての人類を死に至らしめようとしていた。

 

 ──どうにも、ならないのか……。

 

 今も鮮明に記憶に焼き付いているその光景に、トランクスの魂が呟く。

 映し出されたビジョンは孫悟空が全王を呼び出し、彼の力で全てが光に飲み込まれたところで途絶えた。

 

『宇宙を管理しているのが神であり、審判を下しているのが彼らである以上、神の行動は全て自然の摂理として肯定される。今この時でさえ十二の宇宙のどこかでは数多の星々が焼き尽くされ、存在を抹消されています』

 

 ──俺達の居た世界のように、ですか……。

 

『それを人間が犯した場合には、決して許されぬ蛮行となる。しかし、神であればどんな行いでも許されてしまう。それは貴方の宇宙そのものが、神にとって都合良く作り出されたものに過ぎないからです』

 

 ──他の次元は……。

 

『ゼノバース次元の神は超次元の者ほど傲慢ではなく、他の次元に至ってはそも界王神以外の神は存在していない。故にこそ、人があれほどにまで進歩を遂げている。悪人こそ在れど、輝き続けている』

 

 今度は別の四つの次元外世界の映像が映し出され、数々の出来事が繰り返されていく。

 タイムパラドックスのような時間軸の分岐とは根本的に違う、それぞれに別の命が生まれている次元外世界。

 そこでも戦いの日々は絶えなかったが……そこには確かな希望が存在していた。

 多くの犠牲が出ても、最後に悪が栄えることはない。必ず正義が勝ち、愛と勇気が勝つ王道の物語のように未来は繋がっていたのだ。

 

『私にはどうにも……他の次元の方が美しく見えてしまいます。トランクス、貴方はどう思う?』

 

 ──わからない。だけど……

 

 戸惑いや、自嘲。そんな感情を見せながら語る彼に、トランクスも同じ感情を滲ませる。

 

 こんなのは、間違っている。

 

 「声」が頷いた、ような気がする。

 絞り出すように吐き出したのは、トランクス自身でさえも初めて自覚した感情だった。

 

 ──俺は……取り戻したい。悟飯さん達に託された、みんなと生きてきたあの世界を……。

 

 今更、自分が生きたいとは思わない。

 生きていたって、結局何もかもが無駄になるだけだと卑屈に、実感を伴って彼は言う。

 だがそれでも、自分以外の者はそうではない。

 彼らには何も、消されていい罪など無かった。

 気付けばトランクスの魂は、誰に対するわけでもなく訴えかけていた。

 

 ──何故、みんなは死んだんだ……? 弱かったからか? 俺が弱かったからか!?

 

 母と自分が生まれてすぐに死んでしまった父、病死した孫悟空や人造人間に殺された人々、師匠たる孫悟飯。

 仲良くしてくれた子供達、ザマスに殺された人々、全王に消された生き残り。マイ。

 運命に翻弄された人々の姿を思い起こす度に、彼は堪えきれず叫んだ。

 

 ──力があれば正義なのか!? 力があれば何をしてもいいのか!? 弱い奴はただ惨めに足掻いて、苦しんで! 絶望して死ねって言いたいのか!?

 

 消えていった彼らが皆、平和な世界で暮らしていける可能性はあった筈なのだ。この次元の狭間から見える数々の世界の中から、トランクスはそれを思い知った。

 希望はあった……しかしそんな希望が自分達から離れていったのは、自分達の弱さが原因だった。

 たとえばそう……自分が平和を守り通せるほど強ければ、それだけで希望は繋がっていたのだ。

 だが、それを認めることは出来なかった。

 他でもない、強くなる程に負け続けてきたトランクスだからこそ、誰よりも弱い者の気持ちがわかるから。

 故に、叫んだ。

 

 ──弱い人達は、生きていた証さえ! 残しちゃいけないのか……!?

 

 もはや何が正しくて、何が間違っているのかもわからない。

 だが彼はあの世界を救える希望があるのならば、この魂さえ失っても構わなかった。

 

『……世界はいつだって、孤独なものではない。人も動物も神も共に生き、共に生きているからこそ壊してはならない……かつて私は、そう信じて生きていたつもりです』

 

 彼の慟哭を全て聞き届けた後で、そんな彼を宥めるように名も無き界王神の魂は言った。

 それは間違い無く、人間であるトランクスと神である彼の間に芽生えた「共感」だった。

 

『貴方のおかげで迷いは晴れた。礼を言います』

 

 ──貴方は……神様なんですか?

 

『かつて遠い宇宙では界王神と呼ばれた私にも、愛するものを救うことは出来なかった。運命に抗うには力が足りず、消えていく宇宙をただ見ていることしか出来ませんでした。その罪は弱い私自身にもありますが……そんな私と違って、貴方は人間だ。世界を守る責務を果たすべきは神であり、人間である貴方ではない。

 貴方は……貴方もまた、守られるべき生命だったのだ。

 だから貴方は、貴方だけは……自分を責めなくて良いのです』

 

 彼は生前の自分自身を振り返るように、どこか懐かしそうに語る。

 それはまさしく人の信仰になり得る慈愛を持った神の声であり、トランクスの心に強く響いた。

 

『そして神にはいつでも、正しき人間の願いを叶える義務がある』

 

 神は人に出来ないことが出来るからこそ、人の信仰の対象になり得る。

 尤も今の自分に信奉者は居ない。しかし一人の怯える魂を救うことならば出来ると、彼は言った。

 そして彼は、英雄の魂に選択を突き付ける。

 

『私が、貴方の望みを叶える力になりましょう』

 

 ──俺の……望み?

 

『全ての罪は私が背負う。貴方は信念の赴くがまま、自分自身の望みを叶えてください。既に貴方は、それが許されるだけの対価を十分に支払いました』

 

 トランクスの魂の前に、白い煙のような姿となって現れる。

 人型の姿をしたそれは、先ほどこの次元の狭間に映し出されたビジョンで見た──名も無き界王神の魂であった。

 

『選びなさい、トランクス。心優しき人間よ』

 

 今一度どうしたいのか、彼は英雄に答えを求めた。

 英雄は思考する。しかし心の中では既に、答えは出ていたのかもしれない。

 今トランクスがしたいことは、大切な世界を滅ぼした神に対する復讐でも断罪でもない。

 欲しいものは、ただ一つ。

 

 ──俺は……

 

 託されたものを何一つとして守ることが出来なかった自分。

 

 ──だが、今度こそ必ず。

 

『共に希望を取り戻しましょう。超次元の宇宙に抗う、ただ一人の邪神として』

 

 トランクスが決意し、選択した時──一人の英雄と一柱の神の魂が混ざり合い、新たな存在を誕生させた。

 後にそれはGT次元の宇宙を喰らうことで成長し、一人の邪神としてこの世に降り立つことになる。

 

 彼らの……邪神メタフィクスの、全てを「始める」戦いの幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと……!?」

 

 未来のトランクスが、病死した。

 その一報を受けた二人のサイヤ人は、受け入れがたい心情で邪神メタフィクスを睨みつけていた。

 

「おめえ、でたらめ言ってんじゃねぇぞ」

「残念ながら真実です。私が見届けた世界での彼は、あの後間も無く病に倒れ、その命を落としました」

 

 厳密には別世界とは言え、彼の世界はザマスが行動を起こす前に討伐された為、平和が脅かされることは無い筈だった。

 しかし彼の死因というのが、突拍子もない「病死」だと言うのだ。旅立つ前の彼にはそのような兆候は一切見受けられなかっただけに、悟空とベジータには信じ難かった。

 

「貴方がたの誰よりも責任感が強かった彼です。強靭な精神力を持つ彼と言えど、託された世界を守れなかった絶望には抗えなかったのです。偽物の世界で生きていくしかなくなった彼の精神は、悪夢にうなされながら消耗を続け、向こうの世界のザマスを葬ったことでとうとう限界を振り切れた……」

 

 悲しみの目を浮かべながら、メタフィクスが真実を語る。

 それは彼にとって、自らの過去でもあるようで。

 

「恋人に看取られながら病死した彼の魂は、生まれた時間軸が違う為かあの世に向かうことも出来ずに世界から消滅しました。しかし彼の魂は、その果てで次元の狭間に漂う第十八宇宙の界王神の魂と巡り合った。

 ……彼の戦いを次元の狭間から見てきた名も無き界王神の魂は、彼の魂と存分に語り合いました。彼が何を思い、何を見てきたのか……そして英雄トランクスが気丈にも隠し続けてきた苦しみを……絶望と後悔を理解したのです」

 

 どんな因果が二人を巡り合わせたのかはわからない。

 しかしそれはおそらく、必然だったのだろうとメタフィクスは語る。

 

「彼が抱いていた悲しみは、決して一人の人間が背負うべきものではなく……本来なら、世界を導く神々こそが背負わなければならないものでした……」

 

 そこまで言って、メタフィクスが言葉を止める。

 両の手を握りしめ、激情を抑えきれぬように肩を震わせる。静かな迫力に一同は気押され、そしてメタフィクスの気が──爆ぜた。

 

「何故だ!?」

 

 闇色のオーラが、激しい炎のように彼の身体から吹き荒れる。

 おぞましいほどの気の嵐は全王宮のありとあらゆるオブジェを吹き飛ばし、宮殿の天井を跡形も無く消し去る。

 

「何故善き人間が苦しみ、悪しき神が笑っているのだ!?」

「くっ……! なんて気だ……」

 

 神とも人間とも種類が違う、禍々しく強大な気は尚も増大していく。

 

「彼らが何をした!? 彼らは最期まで決して諦めなかった! どんな理不尽な困難にも立ち向かい! 愛と! 友情と! その命を正しく使っていた!!」

 

 苦しむように胸を押さえながら、メタフィクスは気の奔流を続ける。

 その慟哭は全王に対するものと言うよりも、全王を頂点に据えることを良しとしているこの世界の在り方そのものに対する激情だった。

 

「何の罪があって! 彼らが裁かれ、滅びなければならなかったのだ!? 真に裁かれるべきは、不当の力で命を弄ぶ神ではないのかっ!?」

 

 気の上昇が一定の量で落ち着いたところで、メタフィクスが悟空達の姿を見据える。

 単純な憎しみや殺意ならば、これまでに幾度となく向けられてきたものだ。

 しかしこの時の悟空が感じたのは、今までの敵とは根本的に異なる深い信念だった。

 

「おめえ……!」

「……名も無き界王神は決心しました。もう二度と神に人を裁かせない。報われぬ魂に、自分自身が祝福を与えてみせると。そして界王神の魂とトランクスの魂は共通の願いを叶える為に契約し、一柱の邪神を作り出したのです」

 

 こんな奴に、勝てるのかと……戦う前からそんな考えが過るほどの恐怖を、彼はその身から放っている。

 

「それが私……邪神メタフィクスです」

 

 慟哭を終えたメタフィクスが、改めて自らの名を名乗る。

 これまでの話から要点を抑えていけば、すぐに彼の正体に辿り着くことは出来た。

 

「……貴様は、界王神とトランクスの魂が合体したのか?」

「ええ。ゴクウブラックがザマスが孫悟空と肉体を入れ替えた存在ならば、メタフィクスは第十八宇宙の界王神とトランクスが互いの魂を融合させ、次元の狭間で新たに肉体を構築し直した存在です」

「おめえは、オラ達の敵なのか?」

「私は神の敵であって、人の敵になる意志はありません。貴方にも失望しましたが、憎むべき本当の敵ではない」

 

 まだ彼の言うことを全て信じるわけではない。

 しかし彼の敵意が今のところ二人に向いていないことは確かであり、その身から溢れ出る憎悪は破壊神であるビルスと天使であるウイスに注げられていた。

 

「去れ。貴方がたの命は、神の為に使われるべきものではない」

 

 その言葉にどんな意味が込められていたのかはわからない。

 だが悟空には、だからと言って大人しく引き下がるわけにはいかなかった。

 そしてその思いは次に語った彼の「目的」により、尚更強固なものになる。

 

「尤も貴方がたが第七宇宙に帰る頃には、地球は生まれていないかもしれませんが」

「ん? ……どういうことだ?」

「宇宙をリセットするのですよ。過去も未来も、全ての時間をゼロへと巻き戻すのです。その上で十八の宇宙を蘇らせ、私が管理します」

 

 邪神メタフィクスの目的は、全王に消された世界の再生。

 そして今ここにある世界の巻き戻しと、神の抹殺にあった。

 時間の巻き戻し自体は天使にも備わっている能力であり、不可能ではないだろう。しかし誰よりも早くその言葉に異を唱えたのは、他ならぬ天使ウイスだった。

 

「ゼロへの巻き戻しなど……そんなことが、出来るとお思いですか?」

 

 ウイスや姉ヴァドスですら、年単位の時間を巻き戻すことは出来ないのだ。ましてや宇宙をリセットするほどの巻き戻しなど、一体どれほどの力が必要になるのか想像もつかない。

 しかしその疑問に対して、メタフィクスは断定的に言い切った。

 

「私なら出来る。私が作り出した「アルファボール」ならば」

「アルファボール?」

「今二人の全王からエネルギーを吸収している宝玉がそれです。全王から全てのエネルギーを吸い尽くした時、アルファボールは超ドラゴンボールをも超えた願望器となる」

 

 先ほどから虚空に漂っている二人の全王の中心に浮かんでいる黒い宝玉──その名をアルファボールと呼び、彼は説明する。

 いかに邪神と言えど、自分一人の力で全ての世界の時間をゼロに巻き戻すことは出来ない。

 しかしこの時代にのみ存在する二人の全王の力を活用すれば、その不可能は可能になるのだと。

 

「全王様の力を利用して、願い玉を作ろうって言うのか!?」

「消すことしか出来ない神の力も、結局は使い方次第ということです。貴方がたよりよっぽど生産的だとは思いませんか?」

 

 狼狽えるビルスとウイスに対して、メタフィクスが冷酷に応える。

 彼が今やろうとしていることは、破壊神の破壊や全王の力とは似て非なる現世の改変だった。 

 

「それが、名も無き界王神と英雄トランクスが抱いた願いでもあります。貴方がたの戦いも、破壊も、何もかもを全て無かったことにする。そしてゼロに巻き戻したこの次元の宇宙は、私の手によって守られる。

 しかし、その為には現存する神の存在は障害になります。故に……今頃第七宇宙以外の宇宙では、私の送り込んだ十一の分身が彼らを消しに回っています」

 

 邪神メタフィクスは名も無き界王神と英雄トランクスの魂が融合した存在だ。

 その為か、彼は複数の特殊能力を備えていた。その能力の一つが、界王神が備えている破壊神と対を為す「創造」の力だ。

 その創造により、彼は自分の力が及ぶ程度には強力な戦闘人形を作りだすことが出来るのだと言う。

 そして作り出した人形は悟空達が全王宮に来る前に第七宇宙以外の宇宙に放り込まれており、今は神殺しを実行している最中だと──そこまで言って、ビルスとウイスが気付く。

 

「まさか、シャンパ達がここに来ていないのは……!」

「丁度今、私の分身が第六宇宙の破壊神と天使の抹殺を終えたようですね。流石の彼らも、神封じの結界の前では無力だったようです。他の神も同様に、呆気ないものでした」

 

 メタフィクスがあっさりと、破壊神消滅の事実を告げた。

 

「そんな……」

「シャンパとヴァドスが……殺されただと……?」

 

 ビルスと同等の力を持つ兄の破壊神シャンパと、ウイス以上の力を持つ姉の天使ヴァドス。

 二人とも既にこの世には居ないのだと、彼は無慈悲に言い切った。

 

「なに、破壊神が居なくとも宇宙はバランスを保つことが出来る。私がそう作り変える。破壊が持て囃されず全否定される世界では、貴方も生き辛いでしょう? 今楽にしてあげますよ、破壊神ビルス」

「おのれぇっ!」

 

 兄を殺された怒りか、それとも同じ破壊神が倒されたことへの怒りか、ビルスは鬼の形相で神の気を全面開放し、神封じの結界の効力に抗う。

 大半の力を封じられながらも果敢に地を蹴り、全能力を持って破壊しようと飛び掛かり、激しい空中戦を繰り広げていく。

 しかし。

 

「無駄です」

「グハッ……! きさま……!」

 

 ビルスの攻撃が、まるで通じない。

 拳は受け止められ、蹴りは避けられる。返しに放たれた何気ないような裏拳がビルスの頭部を抉り、膝蹴りが肋骨を叩き折った。

 

「ビルス様!」

 

 悟空が超サイヤ人2に変身し、急いでビルスの救援に向かおうとするが、彼が挑み掛かった頃には既にメタフィクスは視界から消えていた。

 

 ──そして同時に、一人の神の気が消滅に向かっていった。

 

「ウイスッ!」

「ウイスさん!」

 

 気を察知し、悟空とビルスが同時に振り向いた時──

 

 

 ──そこにあったのは、背中から一本の剣の切っ先に貫かれ、驚愕に目を見開いているウイスの姿だった。

 

「……私も……焼きが回ったようですね……」

「貴方がたの時代は終わったのです。孫悟空とベジータを鍛えただけで、貴方はもう十分に役割を果たした。安心して家族の元へ逝きなさい」

「それは……残念」

 

 ウイスを貫いた剣を、メタフィクスがウイスごと宙へと放り投げる。

 その先にあるのは今しがた二人の全王の力を取り込んでいる最中の黒い宝玉──アルファボールだ。

 瀕死状態のウイスの身体が、アルファボールに触れた時、彼の姿は光の粒子を撒き散らしながら消滅していった。

 アルファボールが、彼の生命エネルギーを吸い尽くしたのである。

 第七宇宙最強の最期は夜空を流れていく流れ星のように一瞬で──儚くも美しかった。

 

 

 

 その光景を、あり得ないと思っていたのであろう。

 気の合う付き人であり天使であり、師匠でもあったウイスの死に最も反応したのは、やはり第七宇宙の破壊神ビルスだった。

 

「馬鹿な……奴は、ウイスだぞ? 奴が、こうも簡単に……」

 

 神封じの結界で本来の力を封じられていたとは言え、彼は自分よりも上の力を持つウイスだ。

 そんな彼が、死んだ。

 呆気なく、簡単に。

 まるで今までビルスが破壊してきた数多の星々のように、彼はこの世から消えたのである。

 

「どんな気持ちですか?」

 

 愕然とする彼を冷めた眼差しで見つめながら、メタフィクスが訊ねる。

 

 

「貴方自身が、破壊される側になるというのは」

 

 

 それは無敵の破壊神たるビルスが、この世に生まれて初めて抱いた「絶望」だった。

 

 

 

 

 

 ウイスが、死んだ。

 その光景にベジータはビルスと同様に衝撃を受けたが、今の彼の心の大半を占めていたのはそれとは別の衝撃だった。

 故に彼は、未だ悟空やビルスのように機敏に動けずに居た。

 

「……悟空、ベジータ、奴の動きを止めろ」

 

 そんなベジータの横に悟空とビルスが並び、ビルスが二人に命令する。

 この三人で共闘する日がよもや来るとは思わなかったベジータだが、彼はいざその時になっても何の感慨も抱いてはいないどころか、俺に指図するなと普段の気丈さで突っぱねることもしなかった。 

 

「一瞬の隙でも良い。僕が奴を「破壊」する」

「……それしかねぇみてぇだな。この結界って奴の中じゃ、多分ゴッドにもなれねぇだろうだし」

 

 ビルスがこんなに焦っている姿を見るのは初めてだ。そして隣の宿敵が心なしかいつもより戦い辛そうに見えたのも、ベジータには初めてのことだった。

 悟空に戦意が無いわけではない。目の前で師の一人であるウイスを殺されたことに対しても少なくない憤怒を感じているようであり、戦う理由は十分にあると言えるだろう。

 ベジータとしても、同じだ。ビルスもウイスもいずれは自分の手で倒し、自分がナンバーワンに返り咲くことを望んでいた。その目標を突然横から搔っ攫われたと来れば、怒りも湧いてくる。

 ──だが。

 

「ベジータ、行けるか?」

 

 ──何かが、違うのだ。

 一体この気持ちは、何だと言うのだろうか? ベジータはこの時、敵に──邪神メタフィクスに対して表現出来ない感情を抱えていた。

 

「おい、返事はどうした?」

「ベジータ!」

「黙れぇ!」

 

 だからこそ、ベジータは苛立った。

 苛立ちのまま彼は気を解放し、その髪を黒髪から黄金色へと変える。

 同じく黄金色に変わったオーラには青白い稲妻がバチバチと走り、彼の内なる力を何十倍にも上昇させていく。

 

「かああっっ!」

 

 悟空と同じ超サイヤ人2の姿に変身したベジータが、脇目も振らずにメタフィクスへと突っ込んでいく。

 彼の──自分の息子と同じ顔を目掛けて拳を振るい、一心不乱に連打を浴びせる。

 しかしその攻撃を、彼は涼しい顔で捌き切る。

 

「ベジータ、貴方も私と戦うつもりですか?」

「黙れ! 黙って聞いていればふざけたことを言いやがって!!」

 

 冷たい眼光で見据えるメタフィクスの目に、ベジータが怒りに燃える闘気の眼差しで応える。

 彼が何者か、彼の目的がどうだろうと知ったことではない。

 だがベジータは認めなかった。未来のトランクスの最期を。

 

「奴が……俺の血を受け継いだ息子が! そんなことでくたばってたまるかぁっ!」

 

 ──もう一人の息子の死を。

 

 一閃、渾身の一撃がメタフィクスの頬を打ち付ける。

 完璧な手応えのそれは……しかしダメージにはならない。

 彼はベジータの拳を受けても一切動じることなく、その視線で彼を静かに見下ろした。

 

「私を……息子の姿に扮した偽者だと言うのですか?」

「貴様は界王神なんだろう!? ザマスのように奴の身体を奪って!」

「……何もわかっていませんね、貴方は」

 

 直感的に冷たい気配を察したベジータが、一旦距離を取って身構える。

 彼は追ってこない。

 攻撃を仕掛けることもなく──正面を向いて言い放った。

 

「……それは違いますよ、父さん」

「っ!」

 

 冷淡としたメタフィクスの声ではなく──温かみのある息子の声で。

 

「次元の狭間から、俺は色んな世界を見てきました……俺の居た世界のように、取り返しのつかなくなった世界も見た」

 

 トランクス(・・・・・)が、ベジータに言ったのだ。

 

 

「邪魔をしないでください、父さん。俺はただ、みんなの未来を取り返したいだけだ」

 

 

 覚悟に染まった決別の瞳で、彼は実の父親を睨んだ。

 その時ベジータの脳裏に過ったのは、かつて自分がセルを完全体にしようとした時のことだ。

 メタフィクスの表情はたとえ父さんを倒してでも止めると言ったあの時の彼と、全く同じだったのである。

 

「トランクス……おめえなのか?」

「悟空さん……全てを無かったことにするのは貴方には辛いかもしれません。でも、俺にはどうしても納得出来ないんです」

 

 同じくトランクスの言葉で、彼は悟空に言う。

 誰にも妨害は許さない、あまりにも固い決意の言葉だった。

 

「俺は全ての時間を巻き戻す……ザマスも人造人間のような出来事もない、戦いの無い平和な世界にやり直させると決めたんです。だから!

 ──我々は契約を交わした。ゼロからリセットし私が改変する世界は、この世界のように戦いだらけのものにはしません。貴方がたには退屈かもしれませんが……その代わり、貴方がたも親元で清く正しく育ち、私の改変によって温厚に生まれ変わることでしょう」

 

 トランクスの言葉を引き継ぐように、メタフィクスが冷淡な口調で言い放つ。

 

「良いのです……誰も守らなくて良いのです。もう家族の仇に媚びへつらう必要も無い」

 

 同一人物でありながら明らかに異なる彼の口調は、彼自身の中に二人の魂が存在していることを示しているようだった。

 

「二人はご存知ですか? この宇宙において、サイヤ人の星惑星ベジータを滅ぼした者のことを」

「何だよ急に。それは、フリーザが……」

 

 メタフィクスが唐突に、ベジータ達の故郷について語り始める。

 彼の意図は知らないが、二人からしてみれば何を今更という話だ。

 サイヤ人の母星惑星ベジータは、フリーザによって滅ぼされた。それは昔のナメック星での戦いで知った真実であり、ベジータも悟空も同胞の仇討ちと生き残りのサイヤ人としての誇りを懸けてフリーザに挑んだのだから。

 しかしそんな二人の共通の認識を、メタフィクスは一部を認めつつもはっきりと否定した。

 

「そこに居る破壊神が命じたのです。悪の戦闘民族の矯正が面倒だからと、彼は当時のフリーザに惑星ベジータの破壊を命じました」

 

 黒幕はフリーザではなく、破壊神ビルスであると──悟空がその言葉に目を見開き、ベジータの心が揺さぶられた。 

 

「……本当か、ビルス様?」

「そう言えば言ってなかったかな。あいつらにはいつまで経っても進歩ってものが無かったんだ。だから破壊させた。それが何か、問題でもあるのかい?」

 

 悟空の確認の言葉に、ビルスがあっけらかんとした態度で答える。

 開き直るように事実を認めた彼に悟空は驚き、ベジータはやはりか……と内心疑っていたことが明らかになったことに胸中で複雑な思いを抱える。

 そんな彼の心情を、メタフィクスは的確に抉ってきた。

 

「つまり貴方がたは、今まで彼が両親や同胞の仇と知らずに媚びを売っていたということです。どんな気持ちですか? 誇り高きサイヤ人の王子よ」

「…………っ」

「メタフィクス、サイヤ人だって罪のねぇ人間をたくさん殺してきたんだ。ビルス様だけが悪いわけじゃねぇだろ?」

「だから滅びたと……わからなくはありません。私から言わせてみれば、神ほどの力を持っていながら悪のサイヤ人を矯正出来なかったことに疑問を禁じえませんが。ならば私は、因果応報の理論でこの世界を作り変えるまで」

 

 ビルスが命じたからと言って、多くのサイヤ人やフリーザがろくでもない人間だったことに変わりはない。

 元々数々の悪行を重ねていた民族であるが故に、誰かが命じずともいずれは滅びていただろうと悟空の方は割り切っている様子だ。

 だが、だからこそとメタフィクスは自らの正当性を主張した。

 

「罪の無い命をことごとく見捨ててきたこの世界など、始めから存在しないものにした方がいい」

 

 一瞬、メタフィクスの姿が掻き消える。

 ウイスを葬った時と同じ桁違いのスピードで接近した彼が、悟空に超光速の拳を浴びせたのである。

 神封じの結界でこちらのゴッド化を封じておきながら、自分だけは神の領域に及ぶ力を存分に発揮している。それはあまりにも、理不尽な戦力差だった。

 

「ぐっ!」

「孫悟空、貴方は何も知らなくていい。何も知らずにやり直した世界で、家族と共に平和に生きなさい」

「冗談じゃねぇって……それってオラ達がやってきた修行も、ドラゴンボール集めでみんなと出会ったことも……全部、無かったことになるんだろ? オラはそれ、嫌だぞ」

「……実に人間らしくて、素晴らしい考えだと思います」

 

 彼の望む時間のゼロへの巻き戻しには、当然地球で起こった出来事も含まれている。

 ベジータが地球を訪れるよりもずっと前へと戻り、何もかもをやり直すということは、彼らの出会いも最初から無かったことになるということだ。

 メタフィクスの口ぶりによれば、人々の記憶もゼロへと巻き戻されるのだろう。

 それは文字通りの「やり直し」だった。

 

「……生憎だったな。神がどうなろうが知ったことじゃないが、俺はここまで強くなった自分を誇りに思っているんだ。今更やり直しなど認めるか!」

 

 ベジータの中で、戦う意欲がはっきりと戻ってくる。

 依然得体の知れない感情は残っているが、既に彼と敵対以外の選択肢を選ぶ意志は無かった。

 息子が馬鹿なことをやっているのなら、力ずくで止めるだけだと……地球人的にそんなことを考える自分に、ベジータは反吐が出るような思いで苦笑した。

 悟空もベジータも、共に戦うつもりだ。そんな二人を見て、メタフィクスが言う。

 

「いいでしょう。私を止めてみなさい。貴方がたにはまだ、私を裁く権利が残っていたようです」

 

 邪神メタフィクスとの戦いが、世界のリセットを巡る戦いが始まる。

 しかしその前に、と──後ろから接近してくる何かに気付いたメタフィクスがおもむろに振り向き、迫り来るそれを右腕で叩き落とした。

 

「ぬううっっ!!」

「ビルス様!」

 

 不意打ちが決まらず、諸にカウンターを喰らったビルスが地面へと叩き付けられる。

 そんな彼に向かって、メタフィクスが高々く右腕を振り上げ、その手の平に禍々しいエネルギーを集束させた。

 

「邪神と人間の戦いを始める前に、無粋な破壊神には消えていただくとしましょう」

 

 一瞬にして直径百メートル以上にも及ぶエネルギーボールを生成すると、彼は眼下の破壊神に向かって無慈悲に投げ放つ。

 

「よ、避けろ! ビルス様ー!」

 

 破壊神ビルスの破壊玉をも上回るほどの、圧倒的な力が込められたエネルギーボールが猛スピードでビルスへと迫っていく。

 それは普段のビルスなら、決して避けられない技ではなかっただろう。

 しかし彼の浴びた拳の重さやその身を蝕む神封じの結界が、彼の絶望から退路を塞いでいた。 

 

「こんなことが……! 破壊神である俺が、破壊されるなど……っ!」

 

 避けられないのならば防御をと、彼は懸命にエネルギーボールを抑え込むべく両手を伸ばす。

 しかしメタフィクスの攻撃の進行は尚も止まらず、彼の肉体を瞬く間に覆い尽くしていった。

 

「うわあああああっ!! っっぐぉッ……!!」

 

 命を燃やし尽くすような激痛の中で、ビルスが惨めに悲鳴を上げる。

 徹底的な破壊を他ならぬ破壊神に下そうとする邪神はそんな彼の姿を蔑むような目で見下ろし、憐れむように言い放った。

 

「これが私の贈る革命の火だ……壊された者達の痛みを受け、魂まで燃え尽きなさい。超次元の象徴よ」

「やめろ、トランクスッ!!」

 

 天使ウイスに続き、破壊神ビルスまでも。

 あらゆる神を前に絶対的な力を示す邪神により、この「超次元」は終焉を──始まりを迎えようとしていた。

 

 



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トランクスを救え! ベジータ怒りの出撃準備

 

 

 

「最低よ!」

 

 

 ブルマのその言葉に、この場に居る全員が胸の内で同意した。

 

 未来の息子が平和に暮らしていた世界を、神が壊し、神が消した。その事実を知った途端、世界や時代は違えど彼の母親であるブルマが怒るのは当然だった。

 

「そのザマスって奴も、全王って奴も、頭おかしいんじゃないの!? なに? 自分達が神様だからって、何をやってもいいって思ってるわけ!?」

 

 ブルマの年齢は、今では還暦に差し掛かろうとしている頃合いだ。会社を息子に任せて隠居している身であり、既に孫の一人や二人居てもおかしくはない。しかしそれほどの時が過ぎたこの世界の彼女にもまた、時代が違う息子を想う気持ちは一切衰えていなかった。

 そんな彼女に掴み掛かられた青髪の少女──龍姫神は申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

「母さん、その……龍姫神様に怒ってもしょうがないんじゃ……」

「……っ、そ、そうね……ごめんなさい。トランクス、あんたどこも悪くないわよね?」

「あ、はい。俺は健康です」

 

 未来の世界に帰った息子の、その後の出来事。

 ベジータと共に次元の狭間から帰って来た龍姫神によって、その話を聞かされた彼女は一同の中で特に反応が大きかった。

 他の者もまた言うまでもない。この場には悟天やトランクスを始めとする未来から来た彼のことを知らない世代も多いが、知っている者は皆全員が悔しげに拳を握り締めていた。

 

「トランクスさんが……そんな……」

「この次元の未来のトランクスさんは何事も無く、今でも平和に暮らしています。……しかし、超次元の彼は人生の最後まで襲われた絶望に抗いきることが出来ず、遂には病に倒れました」

「別の世界って言っても、トランクスさんは悟空さの命の恩人だ……まだ若ぇだろうに、あんまりだよそんな死に方……」

 

 邪神メタフィクスの真実。

 次元の狭間で彼を取り逃がしてしまった二人は一旦元の世界のブルマの家に戻り、ベジータによって説明を求められた龍姫神が彼らの前で知っている全てを語ったのである。

 自分はベジータの、未来の息子の成れの果てだと──メタフィクス自身が語っていたあまりにも受け入れがたい真実に、誰もが動揺を隠せなかった。

 

「未来のトランクスって、兄ちゃん達と一緒に昔セルって奴と戦った人なんだよね?」

「うん……父さんが心臓病で死ななかったのも、この世界があるのも全部あの人のおかげなんだ」

 

 悲劇的な最期を辿ったのはあくまでも「超次元」のトランクスであり、この次元で一同が出会ったあのトランクスではない。

 しかし厳密には別人だと言っても、彼が向こうの世界でも同じように地球を助けてくれたことに変わりはない。

 大切なものを失った喪失感は、簡単に割り切れるものではない。だから、龍姫神も今になるまであえて何も言わなかったのだろう。

 気まずそうな表情でその場に立つ彼女に、ベジータが沈黙を破るように訊ねる。

 

「……それで、奴は今どこに居るんだ?」

「メタフィクスの居場所ですか……今、映します」

 

 次元の狭間で取り逃がした邪神メタフィクスの所在。

 この場で誰よりも早く思考を切り替えたのがベジータである。彼があの次元の未来のトランクスと名も無き界王神の魂が融合した存在だというのは、先の龍姫神の話でわかった。

 ならばどうするか──少なくとも今の自分がするべきことは、この場で黙祷を捧げることでも彼の次元の自分は何をしていたのだと苛立つことでもない。

 

 ──そうとも、全速前進だ。 

 

 今までもこれからもそうであるように、ベジータは愚直にそれを選ぶまでだ。

 かつての殺戮とは別の意味で、正しく「自分の思い通りにする為」に。

 

「……見つけました」

 

 龍姫神はベジータの問いを受けるとおもむろに水晶玉を出現させ、それをテーブルの上に置いて一同に見せた。

 老界王神や占いババが扱っている水晶玉によく似たそれには、ベジータの息子と同じ姿をした邪神メタフィクスの居場所が──破壊神を一方的に叩きのめしている姿が映し出されていた。

 

「ここはどこだ?」

「超次元の、全王宮と呼ばれる聖域です」

「トランクス、準備をしろ」

「えっ……ああ、次元移動装置を使うんですか?」

「それ以外に何がある!」

「そうよ行きなさいベジータ! メタフィクスをトランクスにして連れて帰って、ついでに全王って奴も懲らしめてきなさい!」

「キレてますね、ブルマさん……」

「当たり前よ!」

 

 居場所がわかれば、後はそこへ向かうだけだ。

 幸いにも今彼が居る「次元」はベジータが今日行ったばかりの「超次元」だ。トランクスの作った次元移動装置を使えば、今すぐにでも問題なく行ける場所だった。

 しかしそんな彼を、「待ってください」と少女の声が制した。

 険しい表情を浮かべる彼女──龍姫神は首を横に振りながら言った。

 

「……今確認しましたが、やはりメタフィクスに先手を打たれていました」

「どういうことだ?」

「超次元へ繋がっている次元の扉が、メタフィクスの力に封じ込められているのです。これではその次元移動装置でも……私の力でも、超次元へ渡ることは出来ません」

「それじゃあ……!」

 

 次元の壁を越えた先にある、「超次元」と呼ばれる世界。その超次元とこの次元を繋ぐ部分だけが、メタフィクスの手によって封鎖されているのだと龍姫神が語る。

 つまりそれは……ベジータはもう、あの世界には行けないということだ。

 

「一つ、お聞きします」

 

 メタフィクスを追えないという言葉に一同が落胆する中、龍姫神が顔を上げ、ベジータの目を見つめながら言った。

 

「邪神メタフィクスによるこの宇宙の侵食は、ベジータさんのおかげで食い止められました。おそらくは、この宇宙が消える心配は無いでしょう」

 

 次元の狭間に身を潜め、タマゴの状態で宇宙を喰らっていたのが、先ほどベジータと龍姫神が対峙したメタフィクスだ。

 そのタマゴをベジータが破壊したことによって、宇宙の侵食が止まったことはあのメタフィクス自身も言っていた事実である。

 そしてメタフィクスの目的が破壊か再生かは知らないがここではない超次元世界にある以上、既にこの次元の者が関わる理由は無くなっていると言えた。

 だからこそ、彼女は問うたのであろう。

 

「私が言うのもなんですが……邪神メタフィクスの問題は、全て超次元側の存在が発端になっていることです。それでも、貴方は戦いに赴くつもりですか?」

「なに勘違いしているか知らんが……俺はそこのガキ共とは違って、正義の心なんてものは持っちゃいない」

 

 住んでいる世界さえも違うと言うのに戦う気満々な理由を訊ねる彼女に、ベジータはくだらん質問だと思いながらも律儀に答える。

 どこまでも自分流に。一切曲げることなく。ただ彼は、信念の赴くままに言い切った。

 

「相手がどこの誰だろうと関係ない。気に入らない野郎はぶっ飛ばすだけだ」

 

 言葉だけを聞けば、自分勝手極まりない発言である。

 しかしそんな彼とももう長い付き合いだからか、彼の家族を始めその言葉の裏に隠された意味を察している者は少なくなかった。

 

「……って言ってますけど、ブルマさん?」

「メタフィクスに直接話を聞きに行こうとしているんでしょ。その界王神様じゃない界王神様が本当に悪い奴だったら懲らしめてひっぺ返して、トランクスだけここへ連れて帰ろうって言ってるのよ、きっと」

「くすっ……パパ、カッコいいわ!」

「……………………」

 

 心情を妻に言い当てられ、娘に茶化される。何とも締まらない格好であるが、ベジータはこの際何も言い返さない。

 気持ち的に和やかになった空気の中で彼らの様子を茫然と眺めていた龍姫神が、間を置いて静かに微笑んだ。

 

「……そういうことですか」

「何が言いたい?」

「私も、全力でお手伝いさせていただきます」

「?」

 

 彼女は水晶玉に映る邪神の姿に目を移すと、今一度、現在置かれている状況を整理する。

 

「今この次元と超次元を結んでいる次元の扉は、メタフィクスの妨害によって閉ざされています。私一人の力では、決してこじ開けることは出来ないでしょう。ですが二人なら……そう」

 

 そう言って、彼女は振り向いた。

 ベジータの側でも、ブルマの側でもない。

 孫一家の──孫悟飯の一人娘である、パンの側へと振り向いたのである。

 

「パンさん、貴方の力があれば、ベジータさんを全王宮まで送り届けることが出来ます」

「えっ……わたし?」

 

 唐突に呼び掛けられたパンが、自らを指差しながら目を見開く。

 そんな彼女の声に、龍姫神が真剣な表情で頷き言い放った。

 

「貴方の中に眠っている、「龍の気」が鍵を握っています」

 

 GT次元最強の戦士、ベジータを送り出す為の儀式が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──断末魔が響く。

 

 皮膚と言う皮膚が燃え散り、魂そのものが消し炭になるような熱の中で、破壊神ビルスはその身を覆い尽くす「死」を感じていた。

 

「ビルス様!」

 

 悟空が助けに入ろうにも、圧倒的な熱量を前にしては近づくこともままならない。

 メタフィクスの放ったエネルギーボールは、まさに宇宙を照らす太陽であった。

 

 小型の太陽は時間の経過と共に拡散していき、破壊神の叫びが聞こえなくなった頃になってようやく姿を消した。

 エネルギーボールが消失した頃には既に全王の宮殿の姿など跡形も無く、そこにあるのは無傷のアルファボールとその周りを意識なく漂っている二人の全王──そして力なく宙に浮かんでいる、破壊神ビルスの無惨な姿だった。

 

「生きていましたか」

 

 宮殿と共に消滅していてもおかしくはない威力であったが、ビルスの身体は辛うじて原型を保っていた。

 尤もその命は誰が見ても風前の灯火であり、今にも消えてしまいそうな姿だった。

 

「あ……あたりまえだ……お、おれを……誰だと思っている……っ」

 

 ロウソクの火を上から見下ろすようなメタフィクスの視線を睨み返しながら、ビルスは絞り出すような声で叫び、飛ぶ。

 しかしその飛行速度は羽虫と比べても大差は無く、今の彼が気力だけで持ちこたえていることは誰の目にも明らかだった。

 

「もう動くなビルス様! それ以上動くと死んじまうぞ!」

「だまれ……! おれは……俺は破壊神だ……! 破壊神に破壊できないものなど……」

 

 フラフラと舞空術で浮かびながら、ビルスはメタフィクスの元へと向かう。

 そしてその手のひらを、これまでそうして来たように、彼の前にかざした。

 

「は……か……い……」

 

 そして彼の身体は──砕け散った。

 

 

 

「ああ……っ!」

 

 破壊神の最期である。

 無敵の強さを誇り、孫悟空と仲間がどんな手を尽くしてもまるで歯が立たなかった彼が。

 

 破壊神ビルスが、光の粉になって崩れ去ったのである。

 

「……力尽きましたか」

 

 心なしか憐れむような目で、メタフィクスは彼の最期を見届ける。

 神の力を問答無用で封じ込める、まさに神を殺す為だけに生まれてきたような力を持つ彼にとっては、破壊神さえも恐るに足らない相手だった。

 

 しかしあのビルスは間違いなく、ここに来て本来以上の力を引き出していたと言えよう。

 

 本来であればウイスよりも力が劣る彼など、神封じの結界の中では飛ぶことも出来ない筈だったのだから。

 

「貴方はまさしく破壊神でしたよ、ビルス。曲がりなりにもこの宇宙で必要とされていた役割を担い……ほんの少しでも人々に貢献してくれたことを、感謝します」

 

 白々しい言葉を吐きながらも、その瞳にははっきりと彼に対する憂いの色が浮かんでいた。

 彼にとって破壊神は敵だ。罪も無い者を次から次へと殺していく倒すべき悪だ。

 しかし彼もまた、破壊が無ければ存続できない欠陥を持つこの宇宙には必要な存在だったのだ。彼もまたこの宇宙の駒に過ぎない以上は、ある意味「超次元」という世界に生まれた被害者とも言えた。

 彼がもし人間だったのなら、少しは良い奴になれたのかもしれない。そんなことを思いながら彼の死に様を見届けると、メタフィクスはふと違和感を感じた。

 

「む……?」

 

 砕け散った光の粉が──破壊神ビルスの灰が宙を舞い、孫悟空とベジータの元へと集まっていったのだ。

 

「これは……!」

「なんだこれ……ビルス様か?」

 

 悟空とベジータの身体の表面を覆うように、光の粉は彼らの姿を包んでいく。

 神秘的な、まさに神の奇跡と言うような現象である。だがその光景は、ただ美しいというだけのものではない。

 

 光の粉は悟空とベジータの身体の周りだけを、メタフィクスがこの世界に張り巡らせた神封じの結界から守っていたのだ。

 

 この世界を支配する神封じの結界に対して、彼らに影響を及ぼす部分だけを「破壊」しているかのように。

 

「なるほど……貴方の破壊に掛ける情熱はくだらないものでしたが、そこまで突き抜ければ大したものです。これまでの発言の一部は訂正しましょう。破壊神ビルス……貴方は誇り高い神でした」

 

 破壊の力を、仮初とは言え「仲間」を守る為に使ったのだ。

 破壊神でありながら、人間を守る為に。

 

 ──人間を、邪神に勝利させる為に。

 

 もっと早くそういうところを見せてくれれば……彼がもっと早く、孫悟空と出会っていれば。

 ……いや、その期待は他ならぬ、目の前の地球育ちのサイヤ人に裏切られたのだとメタフィクスは首を横に振った。

 

「ビルス様……力を借りるぜ! はあああっっ!!」

 

 破壊神ビルスの灰という彼の残した置き土産により、彼らだけはこの神封じの結界の効力から逃れることが出来た。

 その事実に即効で気づいた孫悟空が、超サイヤ人2の状態から一気に超サイヤ人ブルーへと変身する。

 

「……フリーザに惑星ベジータを破壊させたことは許さんが、今だけは黙ってやる。ふんっっ!!」

 

 孫悟空に対抗するように、ベジータの髪も黄金色から青く変わり、鮮やかな青いオーラが彼らを包み込んでいく。

 気の質は人間の物から神のそれへと変化し、あらゆる次元を超越して上昇していく。

 それが彼ら「超次元」のサイヤ人達がたどり着いた、最強の戦闘形態だった。

 

「超サイヤ人ブルー……それが、貴方がたの希望ですか」

「ああ、これで勝負はわからなくなっただろ?」

 

 神封じの結界の力を恐れて、これまではあえてならなかった形態だ。

 だが彼らの全身を膜のように覆っている破壊神ビルスの灰が、彼らに振り掛かっている結界の効力を破壊している。

 この灰は彼の──ビルスという神が生きていた証だ。

 神の生きた証が、二人の戦士を守っているのだ。

 

 ──しかしそれは本来ならば、メタフィクスに宿る「彼」の魂が先に受けなければならない祝福だった。

 

「ベジータ、行くぞ!」

「うるさい!」

 

 孫悟空とベジータが力を全開に引き出し、共に神の領域に入ったスピードでメタフィクスへと突っ込んでいく。

 それは神封じの結界で弱体化していた大神官やウイスよりも、遥かに厄介だと感じさせる力だった。

 

「始めましょうか……世界の始まりを」

 

 闇色のオーラを放ち、メタフィクスが迎え撃つ。

 

 その先に訪れるのは未来か、過去か──「超次元」の行く末を決める戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 GT次元では、ベジータを超次元に送る為の準備が行われていた。

 トランクスがカプセルコーポレーションの研究室から次元移動装置を手配すれば、龍姫神がパンに対して思いも寄らない事実を告白していた。

 

「龍神界でただ一人、龍姫神の力を持つ者はドラゴンボールを必要とせず、自分の意志で次元の壁を開くことが出来る「次元渡り」の能力があります。私はその力を使って、龍神界からこの世界へとやって来ました」

 

 龍姫神がパンの傍へと向き合い、改めて自らの能力を説明する。

 彼女が龍神界という神龍の住む世界から来た神であることは、既に皆へと伝わっている事実だ。

 ドラゴンボールによって召喚される神龍とは違い、龍姫神は自らの持つ力によって世界を渡ることが出来るのだと。実際その力を使ってベジータと共に次元の狭間へ向かったのが、先のことである。

 それを前提として説明した後で、彼女はパンに語った。

 

「パンさん……信じ難いかもしれませんが、貴方にも私と同じ力が芽生えているのです」

「私に……?」

 

 次元の壁を開き、別の世界を行き来することが出来る「次元渡り」の力。

 本来龍姫神だけが持っている筈のその力は今、パンの身にも秘められているのだと彼女は語る。

 その言葉に納得したのがパンの父であり、メタフィクスと交戦したことのある孫悟飯だった。

 

「そうか、それでメタフィクスはパンを狙っていたのか。その力を使って、自分が居る場所に来られたくなかったから……」

「だけど、どうしてパンちゃんにそんな力が……」

「えっと、それは……どうしてだい?」

 

 メタフィクスが彼女の身を狙っていたのが、その「次元渡り」を恐れていたからだと言うのはわかる。

 しかしビーデルの言うように、何故パンにそのような得体の知れない力が秘められているのかは悟飯にも説明出来なかった。

 宇宙唯一のサイヤ人クオーターというのが他の人間とは違うパンの特徴だが、それが理由とも思えない。

 その疑問に対して、龍姫神が確認するようにパンに訊ねた。

 

「パンさん、貴方はかつて、邪悪龍と戦ったことがありますね?」

「あ、うん……一応、あります……けど」

「その時、龍の誰かと合体……吸収されかけたことはありますか?」

「そんなこと……あっ!」

 

 唐突に訊ねられた五年前の出来事を掘り起こし、パンはある出来事に思い至る。

 それは邪悪龍で最も陰湿な……あの祖父孫悟空をして「殺すのも惜しくない」と言わしめた外道龍との戦いのことだった。

 

「……あるわ。七星龍だったかしら? 七星球に触った相手を、自分に取り込む力があるの」

 

 七星龍(チーシンロン)──五年前に孫悟空が戦った邪悪龍の一体であり、特徴としては核にして本体である七星球に触れた他の生物に寄生し、そのパワーと能力を使いこなす能力だ。

 彼自身の力はそれほど強いものではなかったが、寄生によって自身のパワーアップと同時に人質として取り込んだパンの存在により孫悟空は本気の攻撃を躊躇い、苦戦を強いられたものだ。

 戦いの最後は間抜けを晒した彼の隙を突いて悟空がパンをひっぺ返し、怒りに燃えた超サイヤ人4のかめはめ波で消滅させるというオーバーキルとも言える決着のつけ方であったが、彼の中ではそれほどまでに孫娘を傷つけられた怒りが大きかったということだろう。

 そんな祖父の姿は少しだけ、パンの中では祖父の足を引っ張ってしまった苦い思い出と共に、二重の意味でトラウマになっていたりするという余談である。

 

「あの時のおじいちゃん、カッコ良かったけど怖かったわ……」

「……なるほど。それなら、今の貴方の身に起こっている異変も納得できます」

 

 パンがその時の出来事を語ると龍姫神が深刻そうに頷き、不穏な発言にパンの両親が狼狽えた。

 

「異変ですって? パンちゃんの身体に何かあるんですか!?」

「命に関わることは……別の意味ではあります。パンさんの寿命が増える可能性が」

「え……ええっ?」

 

 命に危険があるわけではないが、パンの今後の人生を大きく左右するものであると。

 

「どういうことですか……?」

「パンさんは今、人間の「気」の中に七星龍から無意識に取り込んだ、「龍の気」を宿しています。今はまだ人に感知出来る大きさではありませんが、これが大きくなった時、パンさんは変質します」

「そ、そうなったらどうなるんです!?」

 

 医者に病状を訊ねるような悟飯とビーデルの姿は、張本人であるパン以上に慌ただしい。

 そんな二人に龍姫神は気押されるように顔を背け、そして数拍の沈黙を置いて答えた。

 

「見た目は変わりませんが……龍になります。パンさんの場合はおそらく、ゆくゆくは私と同じ「龍姫神」になるかもしれませんね……」

 

 サイヤ人の血を引く彼女だが、生まれた時から尻尾も無く大猿になったことは一度も無い。

 しかしそんな彼女の行き着く先は猿どころか(ドラゴン)になるのだろうと、龍姫神は語った。

 

「龍姫神とは神龍と同じで、龍神界における肩書の一つです。私もまた、元々は貴方がたと同じ人間でした。体内にある「気」の半分が龍の気であり、もう半分が人間の気……だからこそ、私は龍でありながらも人の姿をしています」

「……もしかして龍姫神様は、地球人だったんですか? 姿もそうだけど、肌とか同じですし」

「はい。私もまた、かつてはこことは別の地球で暮らしていた一人の地球人でした」

 

 昔を懐かしむように言いながら、龍姫神が説明を続ける。

 

「今パンさんの中に眠っている「龍の気」が目覚めた瞬間、パンさんには私と同じ「次元渡り」の能力が芽生えます。そうなれば私とパンさんの力を合わせることで、メタフィクスに閉ざされた次元の扉を開くことが出来るでしょう」

「私が……龍姫神様みたいになるの?」

 

 つまりはパンの中に眠る「龍の気」というものを覚醒させることで彼女を龍姫神と同じか、それに近い存在へと変質させるのだという。

 龍姫神一人の力では、閉ざされた次元の壁を開くことは出来ない。

 今の次元の壁を開く方法はただ一つ、龍姫神と同じ龍と人間の両方の気を持つ者が、共に力を合わせることであった。

 そして龍姫神は説明だけでは今一つ実感の湧かないパンに対して、彼女の中にある「龍の気」を目覚めさせる為の具体的な手段を提示した。

 

「超サイヤ人ゴッド……五人のサイヤ人と共に手と心を繋ぎ合わせた時、貴方は本当の力に目覚めます」

 

 

 



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進化の光! 超サイヤ人フォレスト覚醒

 全王宮が存在してい()、十二の宇宙いずれにも属さない特殊領域。

 宇宙空間にも似たその場所では、二人のサイヤ人と一人の邪神による激しい攻防が繰り広げられていた。

 

「はああっ!」

 

 時空さえ揺るがすほどの「神の気」を一気に引き上げていくと、悟空が青色の尾を引く超加速から蹴りを仕掛ける。

 しかしメタフィクスの右腕により阻まれ、その一撃は胴部まで届かなかった。

 

「む……」

 

 だが、そこで攻撃の手を止める悟空ではない。蹴りを受け止められたと見ればすぐさま至近距離から左手をかざし、光の槍のような気功波を速射する。

 メタフィクスは咄嗟に上体を逸らしてその攻撃を回避するが、僅かでも態勢を崩したその瞬間を戦闘の天才は逃さない。

 

「ビッグバンアターック!」

 

 間髪入れず、後方にて力を溜めていたベジータが右手から必殺技を発射する。メタフィクスの近くに居る悟空諸共巻き込もうとする一撃には微塵の容赦もなく、直撃を受ければ神であろうとダメージは免れないだろう。

 しかしメタフィクスはその場から掻き消えるような超高速の動きでそれをかわすと、同じく直撃コースに入っていた悟空も瞬間移動を使って事もなげに回避してみせた。

 そしてその瞬間移動は、ベジータのビッグバンアタックから逃れる為だけに使ったものではない。

 

「だりゃあっ!」

「……!」

 

 彼は持ち前の第六感でメタフィクスの動きを予測し、先回りした上でその拳を正面から叩き込んだのである。

 一発目の拳は命中し、激しい衝撃音を上げてメタフィクスの頬を打ち付ける。しかし二度目以降の連打は全て紙一重でかわされ、お返しとばかりに繰り出された回し蹴りに悟空は吹っ飛ばされていった。

 

「でやああああっ!」

 

 だが、それと同時にメタフィクスの背後から回り込んできたのがベジータだ。片方を対処しても、もう片方の存在がメタフィクスに息つく隙を与えない。

 超サイヤ人ブルーと超サイヤ人ブルー。

 孫悟空とベジータ。

 二人のサイヤ人の戦闘経験や格闘センスは全宇宙でも屈指のものであり、二人ともライバル同士である為に互いの戦い方を熟知している。そんな彼らだからこそ共闘経験こそ少ないが、連携した攻撃はメタフィクスにも通じていた。

 

「流石に手強い。ゴクウブラックと対峙した時も、そうやって最初から二人で戦えば済んだものを」

「馬鹿が、カカロットと一緒に戦うことなど出来るかっ! 今回だって、奴が勝手に割り込んできただけだ!」

「貴方はそんな身勝手な拘りが、ご自身の息子の世界を滅ぼしたのだとわかっているのですか?」

「黙れ! 貴様の御託になど付き合っていられるかああっ!!」

 

 怒りに燃えるベジータが左右から拳を乱れ打ち、メタフィクスがそれをいなす。

 音速を超えて放たれる五十発のパンチが空振りに終わった直後、五十一発目のパンチをメタフィクスが右手で受け止め、握り返しながら口を開いた。

 

「貴方ともあろうものが、攻撃に迷いが見えますね。心のどこかでは気付いているのではないですか? 本当に正しい者が誰なのか」

「ッ──! 貴様……!」

 

 この世界をゼロに巻き戻すと宣言したのは、あくまでもそれが人々の為になると思ってのことだとメタフィクスが言い切る。そう言った、自分こそが正義だと信じて疑わない物言いはかつてのザマスと変わらない筈だ。しかしその声は、その言葉は……今のベジータの胸に重く突き刺さった。

 ──それはメタフィクスという邪神の声と姿が、紛れもなく彼がその心に……負い目を感じている未来の息子のものだからであろう。

 

「ベジータ!」

 

 ベジータに密着した体勢から、容赦なく気功波を放とうとしていたメタフィクスを妨害し、超スピードで飛び込んできた悟空が体当たりで彼を突き飛ばす。

 図らずもライバルに救われた格好になったことを苛立ちながら、ベジータは横に立つ悟空と共にメタフィクスを睨みつけた。

 

「ちっ……余計なことを!」

「そうは言ってもよ……アイツを一人でやんのはきちぃぞ。スピードもパワーも、超サイヤ人ブルーのオラ達を上回ってやがる」

「まだ俺は、力を出し切っちゃいない!」

 

 生粋の戦士である二人には、戦闘中においてメタフィクスの戯れ言に一々付き合うつもりは無い。彼の──彼の中に居るトランクスの話を聞くのも、共に彼を戦闘不能にしてからにすれば良いと考えているからだ。

 だがそれは当初の想像以上に難しく、メタフィクスという邪神の厄介さが神の力を封じる結界だけではないのだということをしみじみと実感させられていた。

 彼は未だ底を見せている様子では無いが……おそらく素の力でも、破壊神ビルスと同等かそれ以上のものを持っていると見て間違いないだろう。

 勝てないとは思わない。

 しかし、一対一で戦っては相当に厳しい相手だというのが彼を冷静に見極めた上での結論だった。

 既に魔人ブウやザマスの時と同じく、拘っている場合ではない。宇宙を管理していた神々が全滅した今、彼らはかつてそうであったように全く後の無い状況下で宇宙の命運を背負わせれていた。

 

「おめえだって、トランクスを取り返してぇんだろ? オラだって出来れば一人で戦いてぇけど、奴には二人でやんなきゃ勝てねぇ」

「うるさい! どいつもこいつも……俺に指図しやがって!!」

「ベジータ……」

 

 共闘を持ちかける悟空に対して、ベジータが頑なに拒絶の意思を見せる。

 だがその言葉はあくまでも彼がプライドを守る為のものに過ぎず、ゴールデンフリーザの時ほど一対一に拘っているわけでもなかった。

 共闘したければ勝手にしろ。しかし俺の邪魔はするなと言うのが、この状況における一貫したベジータの意思だった。

 

「はああ……! だだだだだだだだだだだだあっ!!」

 

 神の力を限界まで解放させたベジータが、左右の手から目にも留まらぬスピードで高速の気弾を連射していく。

 気弾を制御する技能で言えば、彼は悟空を上回る。豪雨のように降り注ぐ気弾の嵐をメタフィクスは一つずつ搔い潜っていくが、その顔色には少なからず変化があった。

 

「幾度となく見せてきた、貴方の得意技ですか。しかし……」

 

 いとも簡単に繰り出される数千もの壮絶な弾幕を前に、襲い来る百の気弾をかわしたところで全て回避することは困難だと判断したメタフィクスが真正面から対峙すると、「気」を集中させた右腕を左右に払うことで気弾を一発ずつ四方へと弾き飛ばしていった。

 しかしその為に足を止めた一瞬の隙こそが、ベジータと悟空の狙いだった。

 

「界王拳!」

 

 その青い姿に赤いオーラを纏った悟空が瞬間的に跳ね上がったスピードで横合いから回り込んでいくと、メタフィクスの背中に痛烈な蹴りを浴びせる。

 怯んだ隙に追撃を叩き込むと、豪快なハンマーパンチでメタフィクスを下方向へと吹っ飛ばしていった。

 そのまま流れるような動作で悟空は両手を腰の横位置へと持っていき、自らの得意技を放つ構えに入った。

 

「か……め……は……め……!」

 

 亀仙流の奥義、かめはめ波である。 

 落下の最中にもそんな彼の動きを察知していたメタフィクスは、即座に体勢を整えて上昇し、彼の射線から離脱しようとする。

 しかしそんな彼の退路の先には立ち塞ぐように待ち構えている、サイヤ人の王子の姿があった。

 いつの間にか気弾の嵐を止めた手で、彼もまた自身の得意技を放つ構えに入っていた。

 そして、同時に叫ぶ。

 

「ギャリック砲ー!!」

「波ああああっっ!!」

 

 ベジータはギャリック砲を。

 悟空はかめはめ波を。

 唸りを上げて放たれた閃光の色は、片方が赤で片方が青。二人の超サイヤ人ブルーは互いに得意技を放ち、メタフィクスを挟み撃ちにしていく。

 いずれも銀河系をまとめて消滅させうる凄まじい威力である。直撃を喰らえば、邪神と言えど決して無事では済まないだろう。しかし彼らの戦闘センスから放たれた光以上の速さで迫り来る二つの閃光を前にしては、既に逃げ場は無かった。

 

「……やむを得ません」

 

 冷淡にそう呟き、メタフィクスは足を止める。

 共闘した二人の超サイヤ人ブルーは確かに強く、二人掛かりならあの破壊神ビルスさえも倒せるかもしれない。そしてそのビルスの灰によって神封じの結界の効力から逃れている今、悟空もベジータも万全の状態で戦えていた。

 加えて彼らがある程度(・・・・)の逆境には強いことを理解しているメタフィクスには、彼らと対峙する以上既に油断も慢心も持ち合わせていなかった。

 

「ハアッ!!」

 

 故にこそ、彼は通常の状態(・・・・・)で戦うことをやめる。

 そして新たな姿へと「変身した」彼は、自身の左右から迫り来るギャリック砲とかめはめ波をそれぞれの手から発射した気功波で対応し、彼らの攻撃を文字通り相殺したのである。

 渾身の一撃が二つとも容易くあしらわれたことに──そして何より、変身した彼の姿に悟空とベジータは目を見開いた。

 

「なっ……! 貴様、何故……!?」

「あれは……!」

 

 体内に内包している禍々しい気の量がさらに膨れ上がった姿で、メタフィクスはゆっくりと上昇しながら二人を見下ろす。

 その身体から放たれる闇色のオーラには真紅の色合いも混ざっており、彼の放つ威圧感をさらに強調させていた。

 

「超サイヤ人ゴッドが、貴方がただけの変身と思いましたか? 名も無き界王神は創造の神……自らの理解が及ぶものを作り出すことが出来、かつて存在していた第十八宇宙において多くの生命を生み出した。私はその力によって超サイヤ人ゴッドを再現し、私自身の肉体として創造したのです」

 

 赤く染まった髪を気の嵐になびかせながら、同じく赤く染まった眼差しで悟空達二人を見据える。

 彼の放つ「気」の種類は彼の「再現した」と言う言葉とは裏腹に、「神の気」のそれとは似て非なるおぞましいものだ。

 しかしその姿は紛れもなく、悟空とベジータがたどり着いた境地である超サイヤ人ゴッドだった。

 

「尤も邪神である私の存在は、「超サイヤ人アンチゴッド」と呼んだ方が相応しいのかもしれませんね」

「これは、本当にやべえかもしれねぇな……」

「くそったれが……!」

 

 人間が世界という土壌の上で積み重ねてきた積み重ねを、一瞬にして無に帰す圧倒的な「力」。

 全王や破壊神と言ったものが散々し続けてきたことを自分自身が体現しているその状況に、メタフィクスが冷淡な表情に自嘲の笑みを浮かべて身構える。

 

 

「教えてあげましょう。現実にも未来にも……この世界に希望など無いのだと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (スーパー)サイヤ人ゴッド──それは超次元の歴史に存在するサイヤ人の神である。

 かつて邪悪なサイヤ人達に反旗を翻した六人のサイヤ人達が反逆の手段として生み出し、文字通り神の如き圧倒的な力で邪悪なサイヤ人の軍勢を壊滅寸前にまで追い詰めた。そんなゴッドの変身はあと一歩のところで解けてしまい反逆は失敗に終わったが、邪悪なサイヤ人達は次代においてこの神なる戦士の誕生を恐れ、歴史の中から消し去ったのだと言う。

 そんな超サイヤ人ゴッドは今現世に蘇り、さらに派生して生まれた超サイヤ人ブルーは超次元の孫悟空達における最強の超サイヤ人であると──龍姫神は一同に説明した。

 

 

「五人のサイヤ人と手を繋いで、一人のサイヤ人にパワーを集める……それだけで良いの?」

 

 超サイヤ人ゴッドになる為に必要な条件は、従来の超サイヤ人とは大きく異なる。

 いわく前提として正しい心を持ったサイヤ人が六人必要であり、ベースのサイヤ人に対して他の五人のサイヤ人達が手を繋ぎ合わせ、エネルギーを注ぎ込むことで完成するのだと言う。

 聞く限りでは意外にも簡単そうな条件に、拍子抜けしたような表情を浮かべるのが若いサイヤ人ハーフである孫悟天だ。

 ここに居るサイヤ人はベジータ、悟飯、悟天、トランクス、パン、ブラ、と合わせて丁度六人だ。ゴッドの儀式に必要な人数は既に揃っている為、後は手を繋いでエネルギーを注ぎ込むだけで良い。そう考えれば、変身に多くの前提条件が必要な超サイヤ人4などより遥かに簡単に思えた。

 しかしそれは、彼ら若いハーフ達が善のサイヤ人という存在の希少性を知らないからこそ言える意見でもある。

 

「確かに貴方がた六人は全ての条件を満たしていますが、サイヤ人は本来その……大半の者が悪の心しか持っていない民族でしたので」

「えっ……そんなに酷かったの?」

「……ああ、昔のベジータとか、そりゃもう酷いもんだったよ」

「ちょっとクリリンさん、パパのこと悪く言わないでよね!」

「あっ、ごめんブラちゃん。……そうか、これがジェネレーションギャップって奴か。俺も歳取ったなぁ」

 

 トランクスや悟天から下の世代が抱く純粋なサイヤ人に対するイメージは主にあの孫悟空と、地球で暮らしている中で穏やかになったベジータしか居ない為、既にサイヤ人など善人であろうと当たり前に受け入れている認識である。それは親世代から、子供の頃に昔話として聞いたことがあってもだ。

 しかし本来の純粋サイヤ人は紛れもなく、獰猛極まりない悪の戦闘民族である。だからこそ多数の他民族から恨みを買い、五年前にはベビーのような存在も生まれた。そんな救いがたい民族の中において六人もの善の心が揃うことがいかに異常なことか……実際に悪のサイヤ人と戦ったことのある年長組はしみじみと思いながら、そのような奇跡から生まれる超サイヤ人ゴッドの強大さに納得していた。

 

「パンさんにはこれから、その超サイヤ人ゴッドになっていただきます。そうすることでパンさんの中に眠っている「龍の気」が自身の「神の気」に反応し、二つの気が体内で融合することによって……私と同じ、龍姫神の力が目覚める筈です」

「えっと……」

 

 超サイヤ人ゴッドは彼らの知る四種類の超サイヤ人とは異なり、「気」の種類が「神の気」と呼ばれる特殊な気に変化する。そしてその変化こそが、龍姫神がパンに求めているものであると語る。

 パンの中に眠る「龍の気」が「神の気」と融合することによって「龍姫神の力」に至るのだと──そんな超理論を、まるで自分自身が体験してきたことのように彼女は強く言い切った。

 神と言えども、こちらに提示できる確証も無しに言い切ってみせた龍姫神に、不審とまではいかないまでも不思議に思ったパンが訊ねる。

 

「龍姫神様はその……サイヤ人のことに、随分詳しいんですね」

 

 それはやはり、龍の世界に居るという祖父の──孫悟空の影響なのだろうか。しかしパン達の知る彼がこの世界でたどり着いた最強形態は超サイヤ人4であり、その通りの意味で別次元の存在である超サイヤ人ゴッドのことなど何も知らない筈だった。

 

 ならば一体、彼女の──龍姫神のこうまで豊富な情報源はどこにあるのか。

 

 全部が全部「神だから」の一言で言い返されてしまえばそれで終わってしまう疑問であったが、彼女はパンの質問に苦笑を浮かべると、この場に居る全員にとって予想外な答えを返した。

 

「私もかつては、サイヤ人の血を引く人間でした」

 

「えっ?」

 

 龍姫神は確かに、自分は龍世界の神だと言っていた筈だ。

 そんな彼女はサイヤ人でもあったと──矛盾する発言の意味を一同が問い詰めるよりも先に、彼女は証明に動いた。

 

「その証を、今お見せしましょう。パンさん……貴方にも秘められている、その可能性を」

 

 ──そして、一瞬である。

 

 彼女がその身に宿していた「気」が、吹き荒れる「翠色」のオーラと共に爆発的な変貌を遂げたのだ。

 

 

「龍姫神様……?」

 

 長い髪が僅かに逆立つと、鮮やかな青色がその身を覆うオーラに染められていくように翠色へと変化していく。

 変化は髪だけではなく、目の色や体格にも現れている。彼女の海のように青かった瞳はエメラルドグリーンへと変わり、元々華奢だった身体もまた、数少ない無駄が削られているかのように心なしか細く縮んでいるように見えた。

 

「……っ!?」

「ス……スーパーサイヤ人だ……! 翠色の、超サイヤ人だ……っ!」

 

 変貌を遂げた龍姫神の姿に、一同が驚愕の声を上げる。

 龍の世界の神である筈の龍姫神が変化したその姿は、目や髪の色こそ違えど間違いなく、この場に居るサイヤ人達が知っている「超サイヤ人」だったのだ。

 そんな彼らの上げるざわめきを受けながら、彼女はどこか居心地が悪そうな……気まずそうな表情を浮かべて、パンの顔を今一度見据えた。

 

「これが、「龍の気」を持ったサイヤ人の超サイヤ人ゴッド──私は「超サイヤ人フォレスト」と呼んでいますが、超サイヤ人ゴッドの派生形の一つです。尤も私は貴方がたほど身体を鍛えていないので、自慢するほどの戦闘力はありませんが……」

「超サイヤ人フォレスト……?」

 

 彼女が変身した翠色の超サイヤ人の名を、「超サイヤ人フォレスト」と呼んだ。

 森林(フォレスト)の名を冠するその姿から感じられる気質は好戦的なサイヤ人の性質が色濃く反映される従来の超サイヤ人のものとは違い、強大な力をはっきりと感じるもののその佇まいは木々の揺らめきのように静かなものだった。

 

「貴方、何者なんですか? 龍の世界の神様で、元人間で、それでサイヤ人で……えっと、ダメ……混乱してきたわ……」

 

 畳み掛けるような新たな情報の奔流にはパンだけではなく、一同全員が混乱している様子だった。

 龍神界という神龍の世界の神と認識していた彼女の素性が、予想だにしない方向へと向かっていったのだからそれも当然である。

 そんな自身のことを、龍姫神が説明するのが心底難しそうな様子でたどたどしく語った。

 

「私の本名は、レギンスと言います。私もパンさんと同じで……別の世界では、かつてサイヤ人のクオーターとして生まれ落ちた人間でした。神の領域に足を踏み入れたサイヤ人ハーフの父と、わけあって神龍という龍の恩恵を一身に受けた母の元から、私は生まれました。

 そんな両親達の歩んだ特殊な経験が受け継がれ、突然変異を起こしたのでしょうか……私の身体には、生まれながらにして「龍の気」と「神の気」の両方が備わっていたのです」

 

 半分が人間で、半分が龍だと彼女は言っていた。だが、その人間の部分にサイヤ人の血が入っているのだとは誰が思おうものか。

 しかし彼女の身の上話は矛盾しているようで、そうとは言い切れない説得力があった。

 

 サイヤ人は既にこの場に居る六人しかいない筈だが、それはこの「次元」でのことである。

 

 元々住んでいたという人間の世界が別の「次元」であれば、彼女がサイヤ人の血を引いたとしても納得の行く話ではある。

 一同の動揺が落ち着くまでしばし間を空けると、龍姫神はその変身を解除し、パンに向かって言った。

 

「パンさんのゴッド化が成功した時、パンさんは通常のゴッドとは違う──私と同じ「超サイヤ人フォレスト」になることでしょう」

「なんだかよくわからないけど……その姿になれば、私にも龍姫神様と同じことが出来るようになるのね?」

「……おそらくは」

 

 パンの身に隠されているという新たな超サイヤ人、「超サイヤ人フォレスト」へ至る可能性。

 それは人間である彼女が神の力を得る可能性でもあり、あまりにも壮大な話を前に思考が追いついていないところはもちろんあった。

 しかし、もしも自分が龍姫神と同じ力を得ることが出来るならと──パンには真っ先に思いついたことがある。

 

「その力で、おじいちゃんに会いに行くことは出来る?」

 

 龍姫神の力である「次元渡り」の力で龍神界へと渡れば、そこに居る孫悟空と再会することが出来るかもしれないと。

 もう二度と会えないと思っていた祖父と──もしかしたら会えるかもしれないのだ。

 期待を込めたパンの眼差しを受けて、龍姫神は複雑そうな表情を浮かべる。その様子は出来るとも出来ないとも自分の口では返すことが出来ず、返答を困っているように見えた。

 

「……私の口から、保証することは出来ません」

「そう……わかったわ」

 

 だが神である彼女がはっきり否定しないということは、可能性はあるということだ。

 その時点でもはや、パンに迷う理由など無かった。

 

「やるわよ、みんな」

 

 自分が神に……龍になることを決意したパンが、覚悟の眼差しを向けて一同へと呼び掛ける。

 その胸では、今までずっと秘めていた思いが大きく膨れ上がっていることを感じていた。

 

 ──強くなりたかった。

 

 いつか祖父と再会した時、強くなった自分を見せて「ありがとう」と言いたかったから。

 あの時……いつもわがままを聞いてくれて「ありがとう」と。

 何度も私と、地球のみんなを助けてくれて「ありがとう」と。

 

 祖父への感謝の気持ちと再会への思い──そして何より、パンは一度は諦めた自分自身の可能性をもう一度信じてみたくなったのだ。

 

 

「よし、パパも張り切るぞー!」

 

 娘の決心を後押しするように、悟飯が左手を伸ばして真っ先にパンの手を取る。

 

「パンちゃんも大きくなったなぁ。あー、僕もそろそろ子供欲しくなってきたよ……」

「そろそろ結婚するんだろ? 俺なんか、そんな話欠片も無いんだぞ」

「お兄ちゃん奥手だもんねー、もっと私を見習わないと!」

「うっ……妹に言われると辛いなこれ」

「はは、ドンマイ」

 

 つい最近まで幼かった少女の成長をしみじみと感じる叔父の悟天が悟飯の右手を握れば、意外にもこの歳まで浮いた話が無いカプセルコーポレーション若社長のトランクスがどことなく哀愁を漂わせながら悟天の右手を掴む。そして彼の妹のブラが、そんな彼をからかいながら兄の手を握った。

 これでパン、悟飯、悟天、トランクス、ブラと五人のサイヤ人が揃って手を繋ぎ合わせたことになり、残るは一人。空いたスペースにベジータが腕を組みながら入ろうとするが、そんな彼の入場を青髪の少女が制した。

 

「超サイヤ人ゴッドの儀式には、少々気力を……サイヤパワーを消費します。なのでベジータさんはメンバーから外れて、メタフィクスとの戦いに備えてください。儀式には、私が参加します」

「……好きにしろ。どうせ俺には向かん仕事だ」

 

 ブラとパンの間に入るのはベジータではなく、龍姫神という運びになった。

 彼女の申し出にあっさりと引き下がったのは邪神との決戦前に余計な気を消耗したくなかったからか、はては年若い二人の少女の間に挟まれたくなかったからか……それとも儀式に必要な「善の心」が自分に備わっていないからだと思っているからなのかは、その言葉だけでは推し量れない。

 しかし若き戦士達の方からしてみれば、たとえベジータが儀式に混ざろうと何の抵抗も感じていない様子だった。

 

「そうかな? ベジータさんはもうずっと悪いことしてませんし、大丈夫だと思うんですけど」

「五年前なんか、「サイヤの誇りを持った地球人だー!」とか言ってたもんね」

「くだらんことを喋っている暇があったらさっさと準備しやがれ!」

「は、はい!」

 

 ──既に彼らの中では、ベジータに対する悪人のイメージは無くなっていたのだ。

 それはベジータ自身の変化と、時代の流れ、彼らの人の好さがことごとく上手く合わさった結果であろう。まるで照れ隠しのように悟天の背中を蹴り叩く彼の姿にブルマが苦笑し、その横で龍姫神が静かに微笑んでいた。

 そしてその龍姫神に対して、ベジータがあえて目を合わせない位置から問い掛けた。

 

「それと、龍姫神」

「はい」

「お前はクオーターだと言っていたが、お前の父親は……いや、何でもない」

 

 ……問い掛けようとしたところで、ベジータはその質問を取りやめる。

 彼女の青い目と髪と──自分のことを無意識に「おじいさま」と呟いていたその言葉から整理して、既に確信を抱いていたからだ。

 

 

 ──かくして、彼ら混血サイヤ人のみによる超サイヤ人ゴッドの儀式が始まった。

 

 空いたスペースに入った龍姫神がブラとパンの手を握り、円の形を作った六人のサイヤ人達が自らの「気」を放ちながら空へと上昇していく。

 

「パンさん、こんな役回りを押し付けてしまい申し訳ありません。龍になることは、嫌ではありませんか?」

「いえ、全然。あの超サイヤ人フォレスト、スリムになってたし私好みかも。ダイエットに最適ね」

「ダ、ダイエットですか……パンさんには必要無いと思うのですが」

「ふふ、冗談ですって」

 

 サイヤ人特有の「気」を解放した五人が、ベースになるパンに向かって慎重にそのエネルギーを送り込んでいく。

 その瞬間五人の身体から青白い光が揺らめき、パンは自身の身体が温かなものに包まれていく感覚を催した。それは不思議と、心が落ち着いていく気分だった。

 心からモヤモヤしたものが取っ払われ、徐々に悟りを開いていくような気分である。超サイヤ人への変身には軽い興奮状態になるといつか聞いたことがあったが、今のパンの精神状態はまさにその逆であった。

 まるで森林浴をしている最中のような落ち着いた心の中で、パンは今一度、自分自身を見つめ直す。

 

「パパ……本当は私、まだ悔しかったの……。修行をしてもみんなのように強くなれなくて、こんな私じゃおじいちゃんが守ってきた世界を守れないって、ずっと焦って、馬鹿みたいに悩んでた……」

「パン……やっぱりパンは、武道を続けたかったんだね?」

「……うん。勉強もそれなりに面白いって思ったけど、やっぱり私にはこっちの方が合っているみたい」

 

 祖父から平和を託されたこの星を守る為ならば、どんな些細な妥協だろうと許したくなかった。

 中途半端な実力で行き詰っている自分にも納得出来なくて、この五年間試行錯誤を重ねてきた。

 そんな自分がこれから先、どんな未来を選べば正しいのか、パンにはわからない。

 だがそれでも、パンは自分の気持ちに対して正直に生きたいと思った。

 この温かさに包まれながら、何となく今まで見えなかったものが見えたような気がしたのだ。

 

「大切な世界を守る力は、おじいちゃんやみんなが私にくれた物で……守ることが大事なことだっていうのは、みんなが私に教えてくれた物だから」

 

 だからもう、迷う理由なんて無い。

 自分は、パンは、自分の意志で大切なものを守る為に最善を尽くす。だがそれは、決して義務感や使命感から来る危うい選択ではない。

 

 ただ単純に──パンは父と同様に、人の幸せに喜びを見出せる人間だったのだ。

 

 ──そしてそんな汚れ無き思いに応えるように、新たな力がこの次元の宇宙に響き渡った。

 

 

「うわっ……?」

「やったか……!」

 

 六人のサイヤ人達が手と心を繋ぎ円を描いた時、純粋なる彼らのエネルギーによってそれは完成した。

 

 少女の身から迸る力に弾き出されていくように悟飯達が彼女の元から離れ、眩く神々しい閃光が世界を照らし出す。

 その光の中に浮かぶ少女の姿が一瞬だけ赤く変化した次の瞬間──彼女の髪は翠色に染まり、小さく跳ね上がった。

 

「成功したか」

「綺麗……」

 

 人間ともサイヤ人とも神とも違う、新たな戦士の誕生を見据えるベジータの胸中は推し量れない。

 どこか幻想的とも言える輝きを放ちながら、心なしか女神然とした容貌でゆっくりと地に降り立つ彼女の姿に──一同は息が詰まるような錯覚を覚える。

 

「これが、超サイヤ人フォレスト……?」

 

 数年前まであんなにも幼かったサイヤ人の末裔が発現させた「可能性」を前に、一同の心は完全に奪われていたのだ。

 

「なんだろう……凄く、心が落ち着く感じがするわ」

「超サイヤ人4や超サイヤ人ブルーが戦闘に進化した姿ならば、超サイヤ人フォレストは龍や神が持つ神秘の方向に進化した姿です。修練を積めば、いずれは神龍のような奇跡を起こすことも出来るかもしれません」

「うん……今の私なら、何でも出来るような気がする」

「ほ、本当に大丈夫なの? なんか急にパンちゃんが遠くに行っちゃった気がするんだけど……!」

「大丈夫よ、ママ」

 

 自分の両手を開いたり閉じたりしながら、パンは自身のものとは思えない何もかもが「違う」力に驚愕の表情を浮かべる。

 しかし従来の超サイヤ人とは違い、龍姫神同様、超サイヤ人フォレストに変身したパンの姿に感情の昂ぶりと言ったものは見受けられない。それどころかまるで悟りを開いたような静かな雰囲気を前にして、母親であるビーデルは大丈夫だとわかっていても心配の声を掛けずには居られなかったほどだ。

 

「では、始めましょう。空間の一部に、小さな歪みがあるのはわかりますか?」

「何となく……だけど、これがその次元の扉って言う奴? 何か不思議な感じ……西の都の景色が、全然違う風に見えるわ」

「それが、かつて神龍が見ていた世界でもあります。では、私も」

 

 龍姫神もまたパンに対抗するように超サイヤ人フォレストへと変身し、彼女の元へと歩み寄り、向かい合う。

 未知の力に積もる話もあろうが、今は新たな力が誕生した感動に酔いしれている場合ではなく、超次元の危機を思えば事は一刻を争う状況だ。

 

 故に向かい合った二人の超サイヤ人フォレストは、早速ベジータを「超次元」に送り込む為の準備に取り掛かった。

 

 

 



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次元を越えたベジータ! 邪神を倒すのはこの俺だ

 超サイヤ人アンチゴッド──自らの変身にそう名付けたメタフィクスは、赤く染まった双眸で二人を見据えた後、自らの後方に浮かんでいる黒い宝玉の姿を一瞥した。

 

「この力では、アルファボールまで傷つけてしまいますね……」

 

 アルファボール──現在二人の全王の力を吸収している宝玉は、メタフィクスの計画の中枢を担っている。二人の全王から全てのエネルギーを取り込み、必要なエネルギーが溜まったその時こそ、アルファボールは超ドラゴンボールをも超えた願い玉として「全宇宙全ての時間をゼロに巻き戻す」という奇跡を可能に出来るのだ。

 メタフィクスが自らの力を注ぎ込んで作り上げたアルファボールは生半可な力では傷一つ付けることは出来ず、現にビルスを葬ったメタフィクスの一撃で全王宮は消滅しても、かの宝玉と二人の全王だけは無傷で元の場所を漂っている。

 しかし否が応でも激化が予想されるここから先の戦いでは、その余波を受けて万が一のことが起こり得る。

 

 ならば──と、自らに宿る二つの魂から一つの考えを導き出したメタフィクスが、宇宙空間にも似たこの全王の領域を見渡しながら二人のサイヤ人に提案した。

 

「全宇宙で最後の戦いを行うには、ここではお互い戦いにくいでしょう。特に孫悟空は、足場があった方が本領を発揮出来る筈です」

「ん……? 確かにオラは、どっちかと言うと地上戦の方が得意だけど……」

「ならば、ここに「星」を作りましょう」

「なに?」

 

 何をするつもりだ? そう訊ねようとする彼らの声も待たず、メタフィクスは右腕を振り上げて念じた。

 

 どの宇宙にも属さない、この全王の領域に。

 全王宮だけが存在していたこの世界に。

 

 ──邪神メタフィクスは、新たな「星」を創造したのだ。

 

「なっ……!」

「なんだ……?」

 

 彼がおもむろに虚空へと手をかざした次の瞬間、彼らの視点で言えば地球から月ほどの距離まで離れた彼方にてビッグバンを発生させ、一瞬にして一つの「惑星」を作り上げたのである。

 それは海の青さすら無い赤茶けた渇いた惑星であったが、その形や大きさは地球と比べても同程度のものだった。

 

「星を作りやがったのか……!?」

「界王神の本領は、生命や星々を生み出すことにあります。名も無き界王神は、かつて存在していた十八の宇宙で最も多くの星を作り上げた界王神でした。仮にも彼の魂を宿している私に、この程度は造作も無い。尤も急造の為作りは粗く、星の寿命も精々一年と言ったところでしょうが」

 

 破壊と対を為すのが創造だ。

 破壊神と対を為すのは界王神である。

 今しがた彼が事もなげに見せた壮絶な力を目の当たりにすれば、彼らの存在が同格なのも頷ける事実であった。

 尤も本来界王神が行う星の創造は基本的には自然発生に委ねられたものであり、こうも一瞬で惑星を誕生させるような力は界王神の中でもほんの一部の者にしか備わっていない。悟空達の知る第七宇宙の界王神はおろか、老界王神にさえも備わっていない強大な力だった。

 

「星の造形は少々地球を参考にさせていただきましたが、強度だけは界王神界にも劣りません。やや殺風景ですが、我々の戦う舞台には丁度いいでしょう」

「確かに、ここよりは戦いやすそうだな……」

「ちっ」

 

 そう言うなり、メタフィクスは赤の混じった闇色のオーラで糸を引きながら、赤茶けた新惑星に向かって飛翔していく。

 悟空とベジータもその後に続き、人知を超えた速さで移動した三人は一分と掛からず決戦の舞台へと降り立つことになる。

 

 

「では、戦いの続きを始めましょう」

 

 そうして戦場を移した名も無き惑星の中は、外から見た通り全体が赤茶けた岩場に覆われていた。地球で言えば、悟空が初めてベジータと戦った場所に似ている風景である。

 荒れた大地に降り立った三人は、間も空けずに戦いの続きを始め、先までと同様に二対一の構図でぶつかり合った。

 

 ──しかし変身した邪神メタフィクスの力は、二人の超サイヤ人ブルーの力を完全に圧倒していた。

 

 スピードも、パワーも、防御力もである。

 それまで豊富な戦闘経験と巧みな連携でどうにか拮抗し食い下がっていた悟空とベジータも、この期に及んでは地力に差がつきすぎてしまった邪神を相手に防戦一方な展開を余儀なくされていた。

 

「はあああっ!!」

 

 界王拳の倍数を二十倍に引き上げてまで一心不乱に拳を振るう悟空だが、その攻撃は全て宙を掻き、後方から気弾を連打しているベジータも同様だ。

 既に二人とも超サイヤ人ブルーの力を限界に引き出している筈であったが、生まれたばかりの星の空を縦横無尽に駆けるメタフィクスの動きを前に完全に翻弄されていた。

 

「無駄です。貴方がたの攻撃は、決して私に届かない。この次元の世界はゼロへと巻き戻され、私の手によって新たに生まれ変わる」

「くっ……! まだだぁ!!」

 

 悟空が咆哮を上げ、渾身の力を込めてパンチを繰り出す。

 しかしその一撃はいとも簡単にメタフィクスの手に抑え込まれると、悟空はメタフィクスから敵意さえも感じない、ただひたすらに全てが無意味だと諦観しているような目で見据えられる。

 

「……これ以上の抵抗は絶望が深まるばかりです。他の次元の貴方ならばいざ知れず、この次元の貴方では私の執念に勝てはしない」

「ぐ……くぅっ……!」

 

 超サイヤ人アンチゴッドと名乗るその力が、あまりにも圧倒的すぎるのだ。その名の通り彼の力はまさしく悟空達のゴッドを否定する、この世のものではあり得ない戦闘力だった。

 そんな絶望的な敵を相手にしても尚闘志に揺らぎがない悟空に対して、メタフィクスは彼の上腹に轟雷のような拳を叩き込んでいった。

 

「がはっ……!」

「英雄ではない……ただの戦闘狂に、負けるわけにはいかないのです。あの青年の……トランクスの祈りは、その程度の信念に負けはしない」

「ぐああああっっ!」

 

 二発、三発と、あまりにも速く重い攻撃は悟空の身体に甚大なダメージを与えていく。

 成す術もなく追い込まれていく彼に対して、心なしか落胆しているような声で言ったメタフィクスがラッシュの締めとばかりに痛烈な蹴りを浴びせると、悟空は彼方の岩盤へと吹っ飛んでいった。

 

 そしてそんな悟空と入れ替わるように、前方からベジータの姿が飛び込んでくる。

 

「勝手なことばかり言いやがって! 貴様にアイツの何がわかるって言うんだ!?」

「貴方こそ、今更父親ぶったところで手遅れだと言うのがわかりませんか?」

 

 ベジータが苛立ちに染まった顔でメタフィクスを睨み、攻撃の全てが腕のガードに阻まれながらも懸命に左右の拳を連打していく。

 そんな彼に対してメタフィクスは息一つ乱れが無いまま、彼の攻撃など気にも留めていないように捌きながら冷淡に言い放った。

 

「彼の心は単純なものではない。人間として正しい心を持つ彼にとって故郷の消滅はあまりにも重く、深すぎる絶望でした」

「ちっ……!」

「先人達から託されたものを、何もかも失ったのです……気持ちの切り替えなど、出来る筈もなかった」

 

 パシッと、メタフィクスがベジータの突き出した右手を掴み、続く左手の拳も容易く受け止める。

 彼の両手を自らの両手で塞いだ体勢になったメタフィクスは、ベジータの真意を覗き込むようにその目を見開いて訊ねた。

 

「……何故、彼を引き留めなかったのです?」

「なに?」

 

 メタフィクスの表情はもはや怒りや憎しみ、悲しみさえも感じていない絶望の色をしていた。

 思わず何のことだと聞き返したベジータに、メタフィクスが言葉を紡ぐ。

 

「貴方なら彼がタイムマシンで旅立つ前に、この時代に引き留めることが出来た筈です。あのような似て非なる別物の世界に送り込むよりも、彼には貴方や知人達の居るこの時代の方がずっと生きやすかった筈だ」

「………っ」

「彼を別の未来に送り出したその時点で、貴方は彼を見捨てたのですよ。そんな貴方に、今更父親らしく振舞える資格があるのですか?」

 

 メタフィクスの言葉はどこまでも冷たく、ベジータの精神を圧迫していく。

 彼の言葉が何故そうまで突き刺さるのか──それはベジータの心に存在している、未来の息子への確かな愛情が理由だった。

 そこを見透かしたように、メタフィクスが言い放つ。

 

「故に、今の貴方は負い目を感じている。そう……貴方が抱いているその不愉快な感情は、彼を引き留めなかった為にみすみす未来の息子を死なせてしまった自分自身への怒りだ」

「黙れぇッ!!」

 

 その瞬間、ベジータの頭の中は真っ白に染まった。 

 そしてあらゆる感情の色が激しい憤怒へと染まっていき、ベジータはその激情に任せた頭突きを彼に喰らわせると、解放された両腕をがむしゃらに振るった。

 

「黙れ! 黙れ! 黙れぇ!!」

 

 青色のオーラが一層激しく燃え猛り、剛腕の乱打がメタフィクスの頬を、鳩尾を打ち抜いていく。

 その衝撃音が響く度に名も無き星の大地はひび割れ、大気は荒れ狂った。

 

「それ以上アイツの声で! アイツのツラで! この俺に喋るなあああっっ!!」

 

 メタフィクスをハンマーパンチで地面へと叩き落とすと、間髪入れずに左右の手から無数の気弾を連射していく。

 着弾と同時に爆音が鳴り響き、豪快な爆炎が噴き上がる。巨大なクレーターが広がっていくと、その大地は根本から崩れ落ちていった。

 

 ──しかし爆煙を突き破って崩壊した大地の中から飛び出してきたメタフィクスの姿は全くの無傷であり、一方で攻撃を喰らわせた側であった筈のベジータが呼吸を荒くし、体力を消耗することとなった。

 

「はぁ……はぁ……!」

「……ベジータ、貴方は立派に成長しました。極悪非道だったかつての貴方からは考えられないほどに、よくぞそこまで正しく育った」

 

 冷淡な表情の中にどこか慈愛の篭った瞳を浮かべ、メタフィクスがベジータの姿を穏やかに見つめる。

 そして次の瞬間、彼の拳がベジータの腹部に突き刺さった。

 

「っ──!」

 

 数瞬遅れて激しい衝撃音が響き、ベジータの痛覚がその激痛を知覚する。

 たった一発の攻撃である。

 そのパンチを受けただけで、ベジータの意識はいとも容易く刈り取られていった。

 

「長年に渡る成長の果てを見届けた者として、私は貴方のことを生涯忘れないと誓いましょう。巻き戻り、生まれ変わった新世界でも、どうか正しく生きてください」

 

 超サイヤ人ブルーの状態が解け、気絶したベジータがこの星の重力に従って力無く地面へと落下していく。

 横たわった彼の姿を静かに見下ろすメタフィクスは、感情の窺い知れない表情のままその右手を振り上げた。

 ──ベジータの命を、この宇宙から消滅させる為に。

 

「波ああああああっっ!!」

「む……?」

 

 しかしそんなメタフィクスの行為は、横合いから飛来してきた青白い光によって遮断された。

 孫悟空のかめはめ波である。

 即座に気功波の接近を感知したメタフィクスは両腕を横薙ぎに払い、彼のかめはめ波を空の彼方まで弾き飛ばしていく。

 そしてかめはめ波が飛来して来た方向に目を向ければ、そこには予想通り、この戦場に復帰してきた山吹色の超サイヤ人ブルーの姿があった。

 

「孫悟空……これほどの力の差を見せられても、貴方はまだ戦うつもりですか? 私の力は、もう十分に思い知った筈ですが」

「ったりめえだ! 確かにおめえは強ぇさ……ビルス様やザマス、今まで戦ってきた誰よりも!」

 

 バーナーの炎のように噴き上がっていく神の気のオーラに包まれた悟空が、雄叫びを上げてその潜在エネルギーを引き出していく。

 瞬間、彼の青いオーラの外淵を覆うように、赤い光が迸った。

 

「だけどオラにだって、負けらんねぇ理由があるんだああっ!!」

 

 界王拳、三十倍だあああっ!!──と、悟空が叫びメタフィクスへと突っ込んでいく。

 

 一撃目──悟空のパンチがメタフィクスの頬を捉え、豪快に吹っ飛ばす。

 

 二撃目──吹っ飛ばしたメタフィクスの背後へと回り込み、彼を上空高くまで蹴り上げる。

 

 三撃目──さらに上空へと躍り出た悟空が彼を地面へ叩き落とそうと振り上げた右腕を、メタフィクスが掴み取った。

 

「──!?」

「戦いの中で限界を極め、無限に力を高めていくのが貴方という人間だ。如何なる状況であろうと決して折れず、揺らぐことのないその闘志だけは……紛れもなく私が望んでいた「孫悟空」でした」

「っ、ぐああっ……!?」

 

 右腕を左手で拘束した体勢のまま一気に急降下し、メタフィクスは悟空の身体を地面へと押し付けていく。

 そしてこの戦いを終わらせる為に、メタフィクスはダメージに呻く彼の顔面に向けてゆっくりと右手をかざした。

 せめてこれ以上の痛みを感じないようにと、ゴッドの力さえも葬り去る圧倒的なエネルギーを集束させながら。

 

「……貴方の戦いは終わりました。さようなら、悟空さん(・・)

 

 破壊神や天使達のように、邪神の力を前に為す術も無く、孫悟空の命までも燃え尽きようとしている。

 超次元の明日が、消えようとしている。

 この世界の英雄が、今度こそ消えようとしている。

 それはあまりにも理不尽で、絶望的な光景であった。

 

 

 だからこそ彼は──異次元からやって来た「孫悟空」のライバルは、その結末を頑なに認めなかった。

 

 

「……!!」

 

 一閃。

 次元の扉を飛び越えて、虚空から出現した人影がメタフィクスの側頭部を蹴り弾き、悟空の拘束を振りほどいた。

 そしてその人影は空中で回転しながらメタフィクスの元から一定の距離を取ると、気絶した状態からおぼろげに意識を復帰させていたベジータの傍らへと降り立った。

 

 

「よう」

 

 

 獣さえ寄せ付けない鋭い眼光。

 天を突き裂くような黒髪。

 その体格、顔立ちは、髪型に若干の差異こそあれど間違いなく「同じ」人物であった。

 ベジータが目を見開き、驚きに声も出ない。

 今ベジータの傍らに着地したその男もまた、「ベジータ」だったのである。

 

「お、おめえは……あの時の、ベジータ……か?」

 

 そうしてこの日──「超次元」の孫悟空は、「GT次元」のベジータと二度目の会遇を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「貴方はGT次元のベジータ……龍姫神の力で追ってきたのですか」

「随分と回り道をする羽目になったがな。おかげで、ようやく貴様をぶっ飛ばせるってわけだ」

 

 自分がここに来たことに対して、特に意外でもない様子でメタフィクスが反応を示す。

 こうして再び向き合ってみて感じるが、やはり彼の姿はかつて出会った「未来から来た」息子と同じそれだ。何やら超サイヤ人ゴッドなどという変身をしている状態らしいが、今更ベジータが息子の姿を見間違えよう筈も無い。

 

「カカロットと俺も一緒か……ふっ、邪神様の相手は、流石の俺も手に負えないってことか」

 

 ……気に入らない。心底、気に入らない。そんな感情でベジータは周囲を見回し、今一度この場における現在の状況を把握する。

 前方にはメタフィクス。

 その横には、片膝をついた姿で随分消耗している様子の孫悟空(カカロット)

 そして自らの傍らには、この次元の自分自身である「ベジータ」の姿があった。

 

「貴様は……!」

「頭を貸せ。念の為、確認してやる」

「なっ……離せっ……!」

 

 傍らを向くと、ベジータは地に屈した体勢で横たわっているこの次元の自分の頭を乱暴に掴み上げる。

 そしてベジータは、今に至るまでのおおよその記憶を、彼の脳内から読み取った(・・・・・)

 

 それはかつてナメック星でドラゴンボール争奪戦を繰り広げた時、地球から合流してきた孫悟空が目の前の状況を確認する為にクリリンや悟飯から情報を読み取った時に使ったものと、同じ技である。

 

 昔のあの野郎に出来て、今の俺に出来ない道理はない。

 

 真顔でそんな確信を抱いているベジータは、そんな対抗意識も片隅に置きながらこの次元の自分自身から高速でその記憶を読み取る。

 そしてそのビジョンが走馬灯のように、ベジータの脳内に流れていった。

 

 ──この次元の未来で起こった戦い。

 

 ──戦いが終わった後、新たな未来に旅立った未来の息子とその恋人。

 

 ──全王宮に現れた邪神メタフィクス。

 

 ──メタフィクスが語った自らの正体と、その慟哭。

 

 ──これまでの戦闘の経過。

 

 そうして一通り欲しかった情報を概ね取得することが出来たベジータは用は済んだと彼の頭から手を放し、腕を組みながら思考を纏める。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

 メタフィクスの正体については、全て龍姫神の語った通りであった。やはりあの邪神の中には、紛れも無く未来の息子の魂が混在しているらしい。

 この次元の時間をゼロへと巻き戻し、彼らの世界にあった悲劇を含めた全てを「無かったことにする」為に、彼はれっきとした自分の意志で戦っているようだ。

 

 ──孫悟空や、実の父親(この世界の俺)を敵に回してでも。

 

 一体どんな思いでそのような馬鹿げたことを企んでいるのか、わからない部分も多々ある。しかし彼がこの戦いに悲壮な覚悟を持って臨んでいるのであろうことは、別の次元のこととは言え彼の性格を良く知るベジータにもおおよそ察することが出来た。

 

 メタフィクス……やはりあの邪神は、非常に戦い辛い相手のようだ。力も然ることながら、その誕生経緯も。

 

 彼をどうするべきか──そんなものは既に、ぶちのめすことに決まっている。

 しかしその前に、ベジータにはやることがあった。

 

「馬鹿野郎が!!」

「ぐぉっ……!?」

 

 この次元の自分の、プロテクター越しの胸部へとベジータが拳を叩き込む。

 既に瀕死の状態であった彼に、あえて追い打ちを掛けるようにだ。

 

「ちっ……自分をぶん殴るってのも気味が悪いぜ……」

 

 自分自身を殴るというのもある意味貴重な体験であるが、嬉しくもなんともない。そんな悪態をつきながら、ベジータは懐から取り出した一粒の豆をこの次元の自分の口へと押し込んでやった。

 そして同じ豆をもう一粒、呆気に取られた表情でこちらを見ている孫悟空に向かって投げ渡した。

 

「カカロット、受け取れ」

「なんだこれ……仙豆か?」

「俺のガキが作った仙豆もどきだ。仙豆ほど効果は無いが、少しはマシになるだろうよ」

 

 この次元に渡る直前に、息子のトランクスから持っていくように頼まれた薬である。

 仙豆もどき──と言った通り、その効能は仙豆と同じ身体の回復にある。なんでもトランクスがカリン塔の仙豆を基に自社の新製品として開発している試作品とのことだが、ベジータはその辺りのことにはさして興味は無い。

 元々超サイヤ人4はサイヤパワーでしか回復することが出来ず、仙豆はあまり効果が無いのだ。故に今のベジータにとって、万能薬である筈の仙豆も少々使い道に乏しかった。

 そんな事情もあってか半ば押し付けるような気持ちで投げ渡した仙豆もどきを二人が口にしたところを確認すると、ベジータは再び視線をメタフィクスへと戻した。

 そしてメタフィクスが彼に問い質す。

 

「GT次元の貴方から見たこの世界は、どう映りますか? 不甲斐ない自分とライバルの姿には、憤りを感じたのではありませんか?」

「ああ、神如きに良いようにされているこいつらには、ほとほと呆れるぜ。フリーザにこき使われていた頃の俺や、ベビーに乗っ取られていた頃の俺を見ているようでな」

「サイヤ人のプライドを語る誇り高き王子であろうと、より強大な力を持つ神の前には跪いて機嫌を取ることしか出来ない。一度目は、家族を守る為だからと寧ろ尊敬しました。しかし二度目以降のこの次元の貴方の姿はあまりにも惨めで……見るに堪えないものでした」

「言いたい放題だな」

 

 プライドの無い自分など、そんなものは自分ではない。

 長く地球で暮らしてきた結果、我ながら地球人に寄りすぎたとベジータ自身も思っている自らの感性だが、自身のアイデンティティとも言えるサイヤ人の誇りだけは忘れていないつもりだ。

 そしてそれに関しては、今のところはこの次元の自分も同じだろうと思っている。彼もまた自分と同様に随分とお優しくなっているようだが、記憶を覗いた限りその在り方に関しては一貫しているように見えた。

 ……これがもし、彼があの破壊神に対して簡単に土下座でもしようものならパンチ一発どころかメタフィクス共々宇宙の塵にしてやろうかと考えていたところだが、このぐらいなら及第点かと言う程度にはベジータはこの次元の自分の在り方を認めていた。

 コイツはコイツなりにサイヤ人の王子をやっている。そこに口を挟んでも仕方が無い、と。

 次元が違うのだから、性格や考え方に微妙な違いがあってもおかしくはない。該当する存在は同じでも、彼と自分は全くの別人なのだと……この次元の孫悟空(カカロット)と手合せした時、はっきり「奴」とは別人だと感じたこともあってか、ベジータはその辺りの認識を既に割り切っていた。

 そしてそれはメタフィクスの中に居る、未来の息子に対しても同じだ。

 

「思いのほか冷静なのですね。そこの彼らがみすみす未来の息子を見殺しにしたことに対して、怒りは無いのですか」

「馬鹿が、ぶち切れているに決まっているだろう! おい! 聞こえているなら返事をしろ、トランクス!」

「……なに?」

 

 今、ベジータの心は静かな怒りに燃えていた。

 この次元の自分の記憶を読み取り、彼と対峙している今この時である。

 どうしてこんなことになっちまいやがったんだと、この世界の成り行きそのものに対して、彼ははっきりと不快感を表していたのだ。

 ベジータは彼らと自分達が別人で、ここで何が起きようと全ては別世界のことだと確かに割り切っている。

 しかしだからと言って、決して納得しているわけではなかった。

 

「トランクス! お前は何故、そこの俺に何も言わなかった!」

「…………」

「答えろ! 貴様は何故、この時代に残らなかった!」

 

 そんな彼が最も憤りを感じているのは、未来の息子が選んだ行動と──そこに至るまでのあまりにも不器用な在り方についてだ。

 

 彼がこの次元の自分に助けを求めなかったことも。

 

 滅びた未来世界について、それを受け入れるように新たな世界へ旅立っていったことも。

 

 ──そんな結末で彼に満足されているような事の成り行き全てがベジータには歪に見え、心底癪に障った。

 

 思春期の息子を叱咤する父親のように、ベジータは強い眼力でメタフィクスを睨み、問い質す。

 そんな彼の言葉に、自分の知っている声(・・・・・・)で彼は答えた。

 

「……言えるわけ、ないじゃないですか」

 

 メタフィクスではなく、トランクスの声で、彼は語る。

 微かに肩を震わせながら、全てを諦めたように……理不尽全てを受け入れるしかなかったとでも言うように、彼は己の気持ちを吐き出した。

 

「散々世話になって、助けてもらって……それが原因で未来まで滅ぼされて……これ以上、この時代の人に頼れるわけないじゃないですか……」

「トランクス、おめえ……」

「あの時の俺は……もう、皆さんに迷惑を掛けたくなかったんですよ……」

 

 膨大で禍々しい気からは想像がつかないほどに、弱々しく語る彼の姿は儚かった。

 今にでも消えてしまいそうな……寧ろ自分など消えてしまえとでも思っているかのように虚無的な雰囲気の中で、彼は自嘲の笑みを浮かべる。

 そしてその表情はすぐに、冷淡なメタフィクスのものへと戻る。

 

「──もう良い、貴方は休んでいなさい……。

 今彼が語った通り、トランクスの精神はあの時点で既に限界だったのですよ。過去の時代の貴方がたに頼ってしまったことを謂われなき罪に問われ、その結果故郷の世界は跡形も無く消滅させられた。この期に及んで、この時代の者にどう頼れと言うのです? それも、全王の前には全くの無力である彼らに」

 

 メタフィクスは彼の心情を引き継ぎ、代弁する。

 

「ベジータ、(たゆ)まぬ修練によって既に潜在能力を引き出し切ったGT次元の貴方は、この世界の誰よりも強い。だからこそ、貴方には絶望の中でどう足掻くことも敵わない弱者の気持ちが理解出来ないのです」

「ふん……悪人の俺様に講釈垂れるとはな。言っておくが俺に泣き落としは通用せんぞ? そんなものは、やるだけ無駄だ」

 

 メタフィクスの言葉を失笑するように、ベジータは鼻を鳴らす。

 わざわざ他の次元に踏み入れてまで、彼の説教に付き合うつもりは無かった。

 彼がどんな存在で何を考えていようと、ぶちのめすと決めた以上その戦意は弱まることがない。

 

「要するに、全部ぶっ倒しちまえば良かったというわけだ。ザマスなんて野郎も、全王って奴も……貴様もな」

 

 ベジータが拳を握り、内なる「気」を高ぶらせる。

 大地が割れ、彼の周囲から大岩が舞い、落雷が奔る。

 その変身を見るのはメタフィクスにとっては二度目であり、悟空にとっても二度目。しかしこの次元のベジータには、初めて見る変身であった。

 

「はあああ……かああああああっっ!!」

 

 金色のオーラが弾け、大猿の咆哮が天を突き破っていく。

 十二の宇宙全てに響き渡るような凄まじい「気」が爆発していき、それは誕生した。

 

「な……なんだあの変身は!?」

(スーパー)サイヤ人(フォー)だ……」

「なに!?」

 

 この次元には存在しない超サイヤ人。

 燃えるような赤い体毛に覆われた姿から、赤みの掛かった黒髪と純粋サイヤ人を象徴する「尻尾」が激しい「気」の爆風に揺らめく。

 目元から赤く染まった目蓋をゆっくりと開くと、変身したベジータはその翠色の瞳でメタフィクスを睨んだ。

 

「超サイヤ人4……GT次元最強の変身形態ですか」

 

 明鏡止水の如く静かな超サイヤ人ゴッドとは対極を為すような、荒々しく暴力的な「気」の奔流にメタフィクスがその顔色から余裕を消した。

 変身したことによってさらに棘が増した声音で、ベジータが口を開く。

 

「メタフィクス、俺は貴様がこの世界で何をしようと知ったことではないがな……俺の居る世界に手を出した以上、ただでは済まさんぞ」

「そちらで私が払った犠牲は、いずれアルファボールで元に戻すつもりでしたが……いいでしょう。確かに私は悪であり邪神……貴方には、私と戦う理由がある」

 

 超サイヤ人アンチゴッドの邪神の気が、超サイヤ人4のベジータに対抗するように渦を巻く。

 両者とも地を力強く踏み締め、油断なく構えた。

 

「掛かって来なさい。孤独な王子よ」

 

 神を超えた二人の拳が、激突した。

 

 



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最後の超戦士!! 無限を超えた超サイヤ人0

 二人の少女が、互いの額を突き合わせながら手を合わせ、祈りを込めるように目蓋を閉じている。

 やがてこの世界最強の戦士が次元の壁を突破してあちらの世界にたどり着いたことを知覚すると、二人はその目を開き、超サイヤ人フォレストの状態を解除して息をついた。

 

「成功……ですね」

「つ、疲れたわ……」

 

 龍姫神の力を持つ二人の能力で次元の扉を開き、その間にベジータをトランクスの作った次元移動装置に乗せて送り飛ばす。

 邪神メタフィクスの妨害により強固に閉ざされていた次元の扉であったが、目論見通り二人の超サイヤ人フォレストが力を合わせることによって、遂に突破することが出来たのである。

 しかし二人ともエネルギーの消耗はいかんともし難く、超サイヤ人フォレストのみが持つ特殊な力を初めて使用したパンは既に疲労困憊な様子だった。

 

 だが彼女の役目は、おそらくこれまでだろう。

 

 直接的な戦闘は超次元の者達とベジータが担っている以上、この後メタフィクスを倒せるか否かは彼らの戦いに掛かっている。故に一同はその戦いを見守るべく、真剣な眼差しで龍姫神の水晶玉越しに映る超次元の様子を眺めていた。

 

「始まったな……」

「ああ……」

 

 水晶玉の向こうでは既に超サイヤ人4に変身し、邪神メタフィクスと激しい攻防を繰り広げているベジータの姿がある。超サイヤ人アンチゴッドと超サイヤ人4──赤く染まった戦士同士の激闘はまさに一進一退と言ったところで、両者の力はほぼ互角に見えた。

 ベジータの息子である、トランクス以外の者の目には。

 

「メタフィクスもやるな……超サイヤ人4のベジータさんと互角なんて」

「いや、父さんはまだ本気じゃない……」

「え?」

 

 ウーブの呟いた声に、トランクスが神妙な表情で返す。

 水晶玉の向こうに居るベジータは、既にこの場に居る者達ではとても追いつけない領域で力を引き出している。

 実際彼らの戦いはほとんど追えていなかったが、息子として長年付き合ってきた立場からトランクスだけは、今のベジータの表情や雰囲気から見て何となく察していたのである。

 父はまだ、ほんの小手調べ程度の能力しか発揮していないと。

 

「あ、あれで本気じゃないんですか?」

「多分な……にしても、あのメタフィクスを見ているとなんだか俺が戦っているみたいで変な感じだな……」

「そう? お兄ちゃんあんな暗くないでしょ」

 

 成長の限界まで極まり切った今の超サイヤ人4のベジータは、既に五年前に戦った超一星龍さえも超えた力を身につけている。

 一方で邪神メタフィクスの底知れなさ、不気味さも気掛かりではあるが……息子としてずっと彼の戦いを見てきたトランクスには、自分に似た姿の邪神に父が負けるとは思えなかった。

 一つ明確に言えるのは、もし父が勝てないとするならばあのメタフィクスに勝てる者は誰も居ないと言うことだ。そう確信出来るほどにまで、彼は今のベジータの実力を信頼していた。

 

「……頑張って、おじいさま……」

 

 そう呟く龍世界の姫君の声を、トランクスは片耳で拾い上げる。何となく他人の気がしないと思っていた少女だが、もしかしたら本当に他人ではないのかもしれない。

 しかしそんな疑問はこの戦いが終わってから解消すれば良いと、トランクスは一同と共に、水晶玉の向こうでぶつかり合う最強の戦士の姿に祈りを込めて声援を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名も無き星でぶつかり合う、邪神メタフィクスと超サイヤ人4。

 互いの拳から迸る凄まじい波動は、衝突の度にこの星の大地を割り、空からは雷鳴を轟かせていた。

 人知を超えたまるで神話の如き光景に、悟空もベジータもその場から動くことが出来ずに見入っていた。

 

「すげえ戦いだ……」

 

 別の次元から来たベジータの戦闘力は、既に実際に戦ってみて理解したつもりだった。

 しかしその上で彼の「超サイヤ人4」の力は想像を遥かに超えており──その真価を目の当たりにした悟空は今、武者震いしていた。

 そんな彼──自分とは違う自分自身の戦いぶりに、この次元のベジータが複雑な表情で戦況を見つめた。

 

「別の世界の俺か……ゴッドでもないのに、あそこまで極められるのか……」

 

 別の世界──この次元とは違う「GT次元」という世界から来たという、あのベジータ。

 相当する存在は同じ「ベジータ」でも、彼とこの次元のベジータではまるで違う方向性で力をつけていた。

 超サイヤ人ブルーと超サイヤ人4。その変身自体に、明確な差があるのかどうかは定かではない。

 

 しかしはっきりしているのは、あのベジータが完全に神の力を──自分達の力を超えているということだ。

 

 人間の「気」のまま人間の限界を超えた力を目の前にしたベジータは、そんな「自分自身」の在り方に対して堪えようのない悔しさを感じていた。

 あれほどの力が自分にもあったなら──ザマスとの戦いも、簡単に蹴りがついた筈であろう。

 同じ「ベジータ」でありながらもここまで力の差があることが、戦闘民族の王子であり、「トランクスの父親」であるベジータには悔しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 超サイヤ人4のベジータの拳が、メタフィクスを捉える。

 ガードの上から強引にパンチを叩きつけ、メタフィクスの身体を吹っ飛ばしたのである。

 

「どうしたメタフィクス? 貴様の恨みはこの程度か!」

 

 ベジータの全身をおびただしい量のオーラが覆う。そしてその一瞬後には、メタフィクスの顔面が目の前に来ている。凄まじい速さで、ベジータがメタフィクスに詰め寄ったのだ。右腕を振るい、その顔面を殴りつけようとしたが、それはメタフィクスの両手によって阻まれた。だが、ベジータの攻撃はそれで終わりではない。

 ベジータは素早くその身を半歩分ほど退かせると、左右に反復するように飛び回り、敵の目を攪乱した。頃合を見て突進し、擦れ違い様に膝蹴りを敵の胴部に叩きつける。

 しかしその膝に反発する衝撃を感じ、膝先が敵の両腕によって目標を達し得なかったことを悟る。

 

「……貴方こそ、超サイヤ人4の力はその程度(・・・・)ですか?」

「ふん……はあああっ!」

 

 ベジータはすぐさま身を翻し、メタフィクスに向かって踊りかかっていく。

 空中を疾走する閃光が見えざる壁を足蹴にして反転していくように、二人の戦士は名も無き星の上空を駆け巡る。

 ベジータは先の一撃によって両腕を弾かれ、胴部をがら空きにしたメタフィクスに向かって右手のパンチを叩き込む。メタフィクスは辛うじてその攻撃を左脚で受け止めたが、ベジータは尚も拳を繰り出して敵の身体を吹っ飛ばした。

 

「死ね!」

 

 間髪入れずベジータがその手に直径三メートルもの気弾を生成し、投擲する。しかしメタフィクスは雷を超える速さで後方に下がり、それを回避した。

 ベジータは彼と同等の速度でメタフィクスを追いかけ、肉弾戦を再開する。

 拳の先を突き出し、激突する衝撃と共に凄まじい爆音が響いていく。

 時間にすれば一瞬に満たないその間の中でも、二人の拳は何度衝突したかもわからぬほどだった。

 そんな中でもベジータは、一度として守勢には回らない。

 右足から繰り出した蹴りで防御の腕を叩きつけると、その勢いで吹っ飛ばされたメタフィクスをベジータは黄金のオーラを放ちながら追っていく。

 メタフィクスが雲の上を滑るように背面で飛行しながら気弾を連射してくるが、ベジータは鋭角的な軌道で、ごつごつしい超サイヤ人4の見た目に反する軽快な動きでかわしてみせた。

 凄まじい威力の気弾が両脇をすり抜けていく度に、ベジータはその戦意をさらに昂ぶらせていく。

 さらに飛行速度を上げたベジータが、急迫して敵を殴りつけた。メタフィクスが右腕でそれを防ぎ、反転して左腕を振るってくる。

 殴りつけ、薙ぎ、防がれ、時折襲い掛かる気弾をいなし、再び打撃を見舞う。

 敵の拳が踊る度、攻撃と防御の衝撃がその肉体に響いてくる。

 

「……!?」

「かあああっ!!」

 

 搔き消えるような速さでベジータの背後から手刀を振り下ろそうとしたメタフィクスの手を、ベジータが右手の裏拳で受け止めると、すかさず左手から繰り出した気合砲でメタフィクスを地上へと墜落させていった。

 

 墜落したメタフィクスの身体は断崖に叩き付けられるとその勢いのまま瓦礫に埋もれて地盤ごと沈んでいき、数秒間、姿が見えなくなる。

 しかしすぐさま火山の噴火のように放たれた闇色の「気」の爆発と共に瓦礫は吹き飛ばされ、メタフィクスの姿が崩れゆく地盤からゆっくりと浮かび上がってきた。

 

 その姿は赤く染まった超サイヤ人アンチゴッドの姿ではなく、変身の解けた通常の姿だった。

 

「……流石は、成長の限界まで鍛え上げたベジータです。発展途上なこの次元の貴方とは、比べ物にならない強さだ」

「当たり前だ。生憎、ここの奴らとは年季が違うんでな」

 

 超サイヤ人アンチゴッドではなくなったのは、その変身のエネルギーが切れたからか、それとも何かの秘策か。

 いずれにせよ互角かと思われた戦いは、徐々にベジータが優勢へと傾き始めているのは明らかだった。

 しかもそれは、ベジータがまだ多くの余力を隠し持っている上でだ。

 

「言っておくが、俺はまだ本気を出していないぞ」

「気づいていますよ。そうやって本気を出し惜しむのは、貴方がたの悪癖ですからね。しかし多くの力を秘めているのは、私も同じです」

「ほう?」

 

 ベジータにとってはこれまでの戦いも、まだほんの小手調べに過ぎない。

 そんな彼に対して自分もまた力を隠していると対抗するように語るメタフィクスの発言に、ベジータの眉がピクリと動く。

 そんな彼に、メタフィクスは淡々と続けた。

 

「一つ、教えてあげましょうか。何故貴方のような私を滅ぼしうる「天敵」と戦う危険を冒してまで、私が貴方がたの「GT次元」を狙ったのかを」

「ふん……「龍の気」って奴を持っている、悟飯のガキを殺す為だろう?」

「龍姫神に聞きましたか……確かにそれも、貴方がたの次元を訪れた理由の一つです。私と同じ次元渡りの力を持つ者は、計画の障害になりますからね。しかし、それ以上の理由が私にはあった」

「それ以上の理由だと?」

 

 この次元の悟空達は破壊神ビルスの灰によって影響から免れてはいるが、神の力を無条件で封じてしまうメタフィクスを倒せる可能性があるのは、その神の気に頼らない純粋な人間だけだ。

 その点、純粋なサイヤパワーだけで神の領域を凌駕する超サイヤ人4のベジータはまさにメタフィクスにとって「天敵」と言っても良く、本来ならば敵に回したくない存在の筈だった。

 

 しかし、それならば無理に敵に回さなくとも良かった筈なのだ。

 

 今回の件は最初からメタフィクスが「GT次元」に手を出さなければ、こうしてベジータが彼の前に出てくることは無かった。彼が「GT次元」を狙ったが為にこうしてベジータに目を付けられることになったのだ。

 そう考えればメタフィクスの取った行動は自ら敵を増やし、進んで危険を冒しているようにしか見えないだろう。

 「GT次元」にのみ存在する「龍の気」を持つ人間が彼にとって厄介な存在であったとしても、わざわざ自分から手を出すにはリスクが大きすぎた筈である。

 特別「GT次元」に恨みを持っているわけでもないにも拘わらず、天敵である彼を敵に回した理由を──メタフィクスは今ここで明かした。

 

「私が貴方がたの地球を襲ったのはもう一つ、ベジータ……貴方の超サイヤ人4をこの目で見て「理解」し、超サイヤ人アンチゴッドのように自分自身の力として創造する為です」

「……なんだと?」

 

 ──全ては、自分自身に進化を促す為。

 

 この邪神メタフィクスという存在がより強く、どんな「神」にも「人間」にも負けない無敵の存在になる為だったのだと。

 

「そう……全ては超サイヤ人ゴッドと超サイヤ人4──この二つの力を併せ持った新たな超サイヤ人を創造する為であり、超サイヤ人ゴッドも超サイヤ人4も、私にとっては通過点(・・・)に過ぎないのですよ」

 

 そして、メタフィクスの身体を闇色のオーラが覆っていく。

 彼の身から放たれるおびただしい気の闇は龍の如く天へと昇っていき、この次元に存在する十二の宇宙を覆い尽くすように広がり、拡散していった。

 

 ──何かが、起こる。

 

 それは、さっきまで変身していた超サイヤ人アンチゴッドとは違う。

 邪神メタフィクスから溢れ出る禍々しい気配の変化に、ベジータはこれまでにないただならぬ力を読み取った。

 

「貴方と戦ったことで、私はその超サイヤ人4の性質を理解した。そして今ここに、無限を超えた力を持つ究極の超サイヤ人が完成する。お見せしましょう……これが私の最後の変身──世界の全てに絶望した「我々」の嘆きだ!」

 

 瞬間、青みがかった灰色の髪が逆立ち、鋭い眼光が大きく見開かれる。

 両腕を胸の前でクロスさせたメタフィクスは、内なる力の全てを一気に解放し、つんざくような咆哮を上げた。

 

「はあああああああああああ……!!」

 

 

 ──そして、爆ぜる。

 

 

 名も無き星の中で天変地異が巻き起こり、その力の余波だけで十二の宇宙では各所の空間が消滅し、数多ものビッグバンが発生していく。

 

 彼の体内から膨れ上がった激しい「気」の嵐の轟音は、まるで無数の人々が悲しみの叫びを上げているようであった。

 

「これは……!」

 

 ベジータの表情に、初めて動揺が疾る。

 目の前に浮かぶメタフィクスの姿からは、いつのまにか禍々しい闇色のオーラの色が取り除かれていた。

 

 ──そこにあったのは、「虹」だ。

 

 全てを闇に塗りつぶすような禍々しい黒は、反転したように眩い光の色へと変わっていた。

 赤、青、黄金、緑──ありとあらゆる超戦士の色を混ぜ合わせたような、太陽の如き虹色のオーラ。

 その光が新たに変化したメタフィクスの全身を覆い、これまでとは明らかに違う彼の姿を彩っている。

 そしてその光の中で、メタフィクスは金色に変わった両目を開く。

 天に向かって逆立ったその髪の色は、何物にも染まらない「白」へと変わっていた。

 

「これが私が創造した、最後にして始まりの超サイヤ人……(スーパー)サイヤ人(ゼロ)だ!」

 

 この宇宙を始まりへ戻すのが、アルファボールというα(アルファ)の意味ならば。

 全てが始まる前を意味するのが、1よりも前の数字である(ゼロ)だ。

 

 そんな皮肉を込めて、自らの変身に名をつけたメタフィクスが、美しい虹色の光を放ちながらベジータを睨む。

 邪神である筈の彼の姿は、皮肉にもこの宇宙のどの神よりも神々しく、神秘的なものだった。

 

「それが貴様の本当の姿か……いいだろう。貴様の絶望如きが束になろうと、俺には敵わないことを教えてやる!」

 

 彼の変身を前に表情から余裕を消したベジータが、黄金のオーラを放ちながら身構える。

 互いに最強の最終形態になった者同士の、最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真の力を解放した二人の戦いを、ひび割れた大地の上から眺めながら悟空が呟くように訊ねる。

 それは彼らしくなく、自身の心に迷いを抱えた言葉だった。

 

「……なあベジータ。オラ達、間違ってたんかなぁ……?」

 

 良くも悪くも、基本的に今を全力で生きている悟空が過去を省みることは珍しい。

 だが、今回ばかりはさしもの彼も堪えていた。

 思い返せばあの時、全王を地球に呼んだのも自分であり──メタフィクスの恨み節通り、トランクスの魔封波で勝てたところでミスを犯したのも自分自身であった。

 どこで間違えたのか──どこから間違えていたのか。常に自分の戦いには絶対の自信を持っていた悟空とは言え、ザマスやゴクウブラックとの戦いには悔いしか残っていなかった。

 

「……知るか、そんなもの。だが……」

 

 そんな彼の問いに、この次元のベジータが投げやりに返す。

 本当のところ、もう気付いてはいるのだ。あのメタフィクスが──トランクスが、本来敵になる筈の存在ではなかったことに。

 

「奴をああしてしまったのは、俺達が弱かったからだ。全王の手など借りなくとも、俺がザマスもブラックも片づけておけば済む話だった……」

 

 自分達の力が足りなかったばかりに、未来は滅び絶望が生まれた。その絶望が、あのメタフィクスというとてもこの世界の者の手に負えない邪神を生み出してしまった。

 彼の存在を、肯定する気は無い。

 ただ彼の存在そのものが、まるで自分への罰のようにベジータは感じていた。

 

「……オラ達も、ウイスさんとこで相当強くなったつもりだったけどな。悔しいぜ……」

 

 彼らの視線の先では、別の次元のベジータが未知の変身である超サイヤ人4の力を以てメタフィクスと戦っている。

 どちらも彼らの師であるウイスのレベルを超えており、この二人さえも手を出せない領域にある。

 それが堪らなく悔しいと、常に最前線で戦ってきた二人の戦闘民族は共通の感情を抱く。

 その心情を、ベジータは彼らしくなく溜息をつくように、弱々しく語った。

 

「一番ムカつくのは、このまま俺達が何の責任も取らずに部外者が片づけることだ」

「ベジータ……」

 

 元来、ベジータは責任感の強い男である。

 純血のサイヤ人の生き残りとして常にプライドを守り続けてきたのも、セルや魔人ブウと戦った時のように、自らの失態を自分自身の手で払拭しようとしていたのもそんな彼の在り方を表している。

 そんな責任感の強い──プライドの塊とも言える彼が最も悔しいのは、たとえ別の世界の自分自身であろうと因縁への決着を他人任せにすることだった。

 時代は違えどメタフィクスは──メタフィクスの中にある青年の魂は、彼が誰よりも理解している息子の物なのだから。

 

「奴は俺の息子だ……俺の息子を、俺が救わなくてどうする」

 

 それがせめてもの責任だと──らしくなく感傷に浸りながら、ベジータが言う。

 守る為の戦いなら、魔人ブウの時から何度かしてきた。

 しかし、「救う」為の戦いは、これが二度目になるだろう。

 一度目──ザマスとの戦いでは、結果的に何も救うことが出来なかった。

 だが、だからこそ……今度こそはと彼の中にこれまでにない決意が生まれていた。

 

 息子の魂を救う──その為なら、このプライドさえ投げ出すことが出来た。

 

 

「フュージョンするぞ、カカロット。さっさと準備しやがれ」

「──! ベジータ、おめえ……!」

 

 

 超サイヤ人0となったメタフィクスを前に、別の次元のベジータが劣勢に傾いたところを見て、ベジータは自身の宿敵に対して躊躇いも無く提案した。

 

 

 

 

 

 



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希望を取り戻せ! 新生のブルーゴジータ

 

 

 希望(ホープ)などというものは、全て幻想に過ぎなかったのだ。

 

 世界は平和になんかならなくて、一つの戦いが終わった後にはそれ以上の戦いの日々が続いていく。

 悪の根は絶えず、人が信じる神さえも世界を裏切った。

 

 こんな世界では真面目な者ほど……正しい心を持った者ほど苦しんでしまう。

 世界がこんな形である限り、誰も救われはしないのだ。

 

 ──孫悟飯や、散っていった仲間達のように。

 

 だから、こんな世界は間違っていると思った。

 だから、もう終わらせなくてはいけないと思ったのだ。

 これ以上、悲しみを広げない為にも……。

 

 ──たとえ恩人達や、尊敬する父親を敵に回してでも。

 

 

 

 

 

 次元の壁を隔てた向こう側の世界だと言うのに、彼らの戦いから発散されていく圧倒的な力の奔流は、水晶玉越しに見ているGT次元の者達にも伝わっていた。

 弛まぬ研鑽の果てに、強さの極限を極めた超サイヤ人4ベジータ。

 憎悪の果てに無限を超える力を創造した、超サイヤ人0のメタフィクス。

 二人の拳がぶつかり合う度に、まるでありとあらゆる時空の宇宙が悲鳴を上げているようだった。

 

「すごい戦い……」

「なんて奴らだ……! ここからでも力を感じるぐらいだぜ……」

 

 二人とも、五年前の孫悟空をも遥かに超えたレベルで死闘を繰り広げている。

 自分達では同じ土俵に上がることも考えられないほどに、文字通り次元の違う戦闘であった。

 だが、そんな彼らの攻防に感激している余裕など一同には無い。

 少しずつ、ベジータが押され始めているのだ。

 

「今のベジータさんでも、勝てない相手なのか!」

 

 自分達とは似て非なる体系の変身である、超サイヤ人0の恐るべき力に一同は戦慄する。

 歯軋りしてベジータの戦いを見守る悟飯達は、自分達がこの戦いの役に立てないことを悔しく思う。

 尤も、仮に一同が駆けつけたところでベジータはこちらの救援を拒むであろう。そんな様子をありありと脳裏に浮かべながら、ふとトランクスが水晶玉に映っている彼の表情の変化に気付いた。

 

「父さんが……笑っている?」

「え?」

 

 戦況が劣勢に傾いた中で、戦闘民族の王は微かに笑っていた。

 気が狂ったとしか思えない笑みである。それはまるで、自分が追い詰められたこのピンチを楽しんでいるかのようだった。

 

 

「はああああっ!!」

「でああああっ!!」

 

 超サイヤ人4のベジータと超サイヤ人0のメタフィクスの戦闘は加速していく。

 拳と拳のぶつかり合い。力と力のせめぎ合い。

 高速で乱舞していく二人のオーラは荒々しくありつつも、どこか優雅ですらある。

 殴打の応酬を繰り広げる二人の死闘は苛烈さを増していき、凄まじい地響きが瞬く間に名も無き惑星の寿命を削っていく。

 

 光が弾けたその瞬間、ボクシングのクロスカウンターよろしく互いの拳を顔面に打ち付け合った二人は体勢を整える為、互いに距離を取る。

 邪神メタフィクスが、これまでのベジータの戦いを賞賛する。

 

「驚きました……この姿になった私と、よもやここまで渡り合えるとは思いませんでしたよ。貴方や孫悟空がこの世界に居なかったことが、この次元最大の不幸でした」

「わかりきったことを言いやがって……反吐が出るぜ」

「そう……この次元に英雄は居なかった。真に悪を打ち倒す存在は……希望など、始めから無かったのです」

 

 冷淡さを保っていたメタフィクスの表情に、様々な感情の色が浮かび上がっていく。

 それと同調するように、彼の身体から奔流している虹色のオーラがさらに光の勢いを強めていった。

 

「ここにあったのは絶望だけ……正しい者ほど苦しみ、決して救われぬ未来でした。そんな世界に一体、どんな幸福があるというのか……」

 

 濁り切った眼光を細め、メタフィクスがベジータを睨む。

 威圧的な鋭い眼光には、自らの神を切り捨てた者にしか浮かべることの出来ない覚悟の色があった。

 

「かああっ!」

 

 ベジータが攻勢に打って出る。

 黄金色のオーラを発散し、防御さえ捨てて放った渾身の拳は、はっきりとこの戦いに決定打を与える意図を持って放たれたものだ。

 光の速さを超えて繰り出したベジータの一撃はメタフィクスに避ける隙すら与えず、その頬を──

 

 ──捉えられなかった。

 

 ベジータの拳が彼の頬へ到達するよりも速く、メタフィクスの左手がその拳を掴み取り、受け止めたのだ。

 

「まだだ……!」

 

 想定外な事態にも平静を装い、ベジータが再度攻撃を繰り出す。

 しかし、彼の横顔には微量ながらも冷たい汗が流れていた。

 右手を掴まれたベジータは密着した体勢のまま、左足を振り上げた蹴りを彼の首筋へと叩き込んでいく。

 そんなメタフィクスの首を捉える筈の一撃は、今度は彼の右手によって容易く受け止められた。

 

「ビッグバン……アターック!」

 

 防御に両手を塞がれる格好になったメタフィクスに対してベジータが左手のひらをかざし、至近距離からビッグバンアタックを放つ。

 豪快に放たれた強烈な気弾に対して、メタフィクスは上体を後ろに反らしてかわしながら、その両足をベジータへ繰り出した。

 アクロバティックな体勢から放たれた蹴りによってベジータの身体は瞬く間に吹っ飛ばされていき、彼方に位置する岩場へと轟音を上げて沈んでいった。

 

「……もう、やめましょう。私は、貴方を絶望させたくない」

 

 蹴り飛ばしたベジータの姿を眺めながら、虹色のオーラを放つメタフィクスが虚しそうにそう言い放つ。

 戦闘開始から経過した時間によって、二人の間にある力の差は明らかになり始めていた。

 

 今しがた受けた一撃は重く、ベジータの視界はぼやけ、徐々に闇の色が滲んできた。

 超サイヤ人0という敵の変身は、どうやらこの超サイヤ人4をもってしても届かない領域にあるようだ。

 自分を超えたのが未来の息子だと言うのなら、案外そう悪い話ではないのかもしれない。かつての自分では絶対に思わなかったであろう感情が脳裏を掠めたところで、そんな馬鹿な話はあるかとベジータはその意識を覚醒させた。

 

 どうやら想像していた以上に、邪神メタフィクスの執念──真の力は凄まじいものだったらしい。

 

 しかしベジータの視線は虚ろ気にこちらを見下ろしている白色の超戦士を見つめていながらも、別の男の姿を映していた。

 

(カカロット……)

 

 魔人ブウとの戦いでナンバーワンだと認めるまで、長年倒すことを目標に背中を追い続けていた地球育ちのサイヤ人──孫悟空(カカロット)の姿だ。

 ベジータが当時彼をナンバーワンだと認めた根拠は、自分を超えるその戦闘力に対してではない。

 単純な力で劣る戦いなど、幾らでもあった。

 常に劣勢を強いられる状況も珍しくはなかった。

 しかしそれでも、最後には必ず悪を砕き、彼はその戦いを勝利へと導いていた。

 そう言った「絶対に負けない為に極限を極め続ける姿」こそが、ベジータに彼という男の「強さ」を認めさせていったのである。

 

(こんな状況だろうと……貴様はいつも笑っていやがったな……戦える人間が自分だけになっても、貴様は何一つ絶望などしなかった)

 

 超サイヤ人4すらも上回る変身を見せ、単純な戦闘力では今の自分さえも凌駕する邪神メタフィクス。

 もしもベジータの知る孫悟空が彼と対峙していたとしても──その心は決して折れなかった筈だ。

 そしてどんな危機的な状況に陥ったとしても、彼ならば必ず打開してくれるという不思議な信頼感があった。

 

(……つくづく、ムカつく野郎だぜ)

 

 今のベジータには、若かりし頃ほど悟空に対する対抗心は無い。

 魔人ブウとの戦い以来のベジータは彼が何をしようと自分は自分だという確固たる自己を持っており、純粋に己の限界を知る為に戦うようにあり方を改めていたのだ。

 ただそんなベジータにも、この時ばかりはかつてと同じ感情を抱いていた。

 

 それは宿敵(ライバル)への対抗心──貴様が諦めないなら、この俺がこの程度で諦めるわけないだろう! と。

 

「はあああっっ!!」

 

 黄金色の気を解放しながら、ベジータは立ち上がる。

 

「貴様に教えてやる……俺()が作った力をっ!!」

 

 この超サイヤ人4は、自分だけの力ではない。

 地球で平穏を知ったベジータが、家族と共に作った力なのだ。

 サイヤ人の王子としての誇りとその絆がある限り、ベジータは絶望などしなかった。

 

 地を蹴り、再びメタフィクスとぶつかり合う。

 ベジータの力が高まる。

 呼応するようにメタフィクスが己の力を引き上げれば、超サイヤ人4の力もまたさらに膨れ上がっていった。

 劣勢の中で尚も衰えない闘志とエネルギーを前に、彼の拳から何発かの打撃を受け、メタフィクスはその表情を歪めた。

 

「ここまでやるとは……! しかし、私にも負けられない理由がある。貴方とは、背負っているものが違うのだ!」

「くっ……! でああああっ!!」

 

 メタフィクスがベジータの拳を左手で受け止め、右手で殴り返す。

 吹っ飛ばされたベジータは地面へと墜落していき、追い掛けたメタフィクスが猛スピードで降下する勢いのまま両足で踏み潰そうとするが、間一髪のところでベジータが立ち上がり攻撃を回避した。

 

「私の居た世界も! トランクスの居た世界も消し去られた! 頂点に立つ絶対者に希望は蹂躙され、何もかもが消え失せたのだ!」

 

 メタフィクスの拳を一発は防ぐが、二発目を防ぎきれなかったベジータは右腕のガードの上から吹き飛ばされ、荒れ地の岩盤へと叩き付けられていく。

 そんな彼の姿を睨みながら、メタフィクスが叫んだ。

 

「この次元はっ……! この世界はあまりにも狂っている! 世界を導く筈の神はただ世界を壊すことしか出来ず、人並みの情緒すら持ち合わせていない! 彼らにとって今を生きる人々の命など、機嫌一つで握り潰されていく宿命だ! 私はその世界を終わらせる為に……新たな世界を始める為に生まれてきた!」

 

 ベジータに向かって突き出すように両手を伸ばし、右手の甲を左手のひらで押さえるように構える。

 そしてその両手に集中されたおぞましい「気」を、メタフィクスが一気に解放した。

 

「魔閃光ッ!!」

 

 トランクスの師である、孫悟飯からの譲り技。

 迸り出た閃光に込められたその威力は悟空のかめはめ波の比ではなく、射線上の全てが跡形も残らず消滅していった。

 

 だが、ベジータの「気」はまだ残っている。

 

 迫り来る魔閃光に対して、彼は咄嗟に跳び上がり上空へ逃れたのだ。

 そんな彼の姿を見上げながら、メタフィクスは悲痛の表情で尚も叫んだ。

 

「故に私はこの時間、この世界から神を滅ぼした! 命を大切に扱えない者など、人の上に立つ資格も! 神を名乗る資格さえも、ありはしない……! そんな神擬き共に未来を委ねていた世界に平和は訪れない! 全ての存在が間違っていたのだ!」

 

 メタフィクスが飛翔し、一瞬にしてベジータの目の前へと移動する。

 再び攻撃を仕掛けてくるかとベジータが身構えるが、彼が取った行動はその拳を向けることではなく、ベジータに対してそっと手を差し伸ばすことだった。

 

「ベジータ、貴方も私と来なさい!」

「……なに?」

 

 戦いを避け、自らの元へと招こうとする──勧誘の発言である。

 怪訝に表情を歪めるベジータに向かって、メタフィクスが言った。

 

「アルファボールで全ての時間を巻き戻した暁には、過去未来あらゆる時間軸から神を抹消する必要がある。私と共に神と戦い、彼らの存在を消し去るのです!」

 

 自分とお前は、敵ではないのだと。

 それは決して命乞いなどではない。ベジータが押されている中、このまま戦えば軍配が上がるのはメタフィクスの方だ。

 

 彼は本心である。

 

 ここまで戦った果てに、彼は本心からベジータを共に来るように誘っているのである。

 傲慢なまでの物言いに、ベジータは沈黙する。

 そんな彼を説得するように、メタフィクスは語りかけた。

 

「貴方にも叶えたい願いがあるのでしょう? アルファボールの力があれば、貴方を本物(・・)の孫悟空と会わせることも出来る!」

「……こっちの事情は、お見通しってことか」

「貴方には私を倒す理由はあっても、この世界を守る理由は無い筈だ! 貴方が望むなら、全てが終わった後で私を滅ぼしてもいい!」

 

 僅かに声を震わせながら、彼は手を差し伸ばしながら言い放つ。

 その苦しそうな声音と表情は、間違いなく彼の中に居るベジータの息子のものであった。

 

「だから、私と来なさい。私は貴方を……父さんを殺したくない……!」

 

 自分の勝利を微塵も疑っていないからこそ、彼はそう言ったのであろう。

 父親をその手に掛けたくないと。

 

 ──これ以上、父親と殺し合いたくないと。

 

 そのサイヤ人らしからぬ優しさと甘さは彼の長所であり、また短所でもある。

 ベジータもまた、気付いてはいた。

 メタフィクス──彼の中に居るトランクスの魂は、決してこの戦いを望んではいないことに。

 彼の言う通り、ベジータには自分達とは全く別の次元であるこの世界を、我が身を削ってでも守る理由など無い。彼の言う孫悟空に会わせてやるという言葉も今のベジータにとっては魅力的な話であり、この次元のベジータの記憶を覗いた際に見たザマスのような神々を各時間軸から倒し回るというのもまた、退屈嫌いな戦闘民族としては何ともそそられる話ではある。

 

 だが、だからこそ、ベジータの返答は決まっていた。

 

 ──ファイナルシャインアタック!

 

 言葉もなく、ベジータは手を差し伸べてきたメタフィクスに向かって渾身の必殺技を浴びせた。

 内なるエネルギーを全て注ぎ込んで放った一撃を、両腕を交差させて凌ぎ切ってみせたメタフィクスであるが、その返答は彼にとって意外なものだったのか、予想していたことだったのかは窺い知れない。

 だが、彼は生き残った。

 不意打ち気味とは言え避けることも出来た筈の一撃を正面から受けた上で、彼はその光に耐えてみせたのだ。

 

「……っ、そうまでして、私を殺したいのですか……!」

 

 和平の手を気功波で返したベジータの対応に、メタフィクスが表情を歪める。

 その態度は、彼の中に居る名も無き界王神の魂の影響なのであろう。その言葉も行動も、ベジータの方からしてみれば不愉快極まりないものだった。

 

「貴様がトランクスなら、言われなくてもわかる筈だ。この俺が、そんな言葉に従う筈が無いとな」

 

 身に纏う黄金色のオーラがプツリと途切れ、ベジータの姿が超サイヤ人4の状態から通常の姿へと戻っていく。

 今のファイナルシャインアタックの一撃で、とうとう彼の内包するサイヤパワーが尽きたのである。

 これで戦いは、一気に不利になったと言える。

 しかしそれでも尚、ベジータの闘志は揺るがなかった。

 

「俺はベジータだ。サイヤ人の王子として誰よりも誇り高い……生憎、戦いの大好きな「地球人」なんでな。貴様の指図は受けん」

 

 誰が邪神なんかの言いなりになるかと、はっきりとそう宣言し、ベジータは口元を緩める。

 戦闘民族としての闘争心や孫悟空を追い求める野望よりも、今の彼には成し遂げなければならないことがあったのだ。

 それは自らの息子を救い、メタフィクスという哀れな邪神を倒すことだ。

 

「……ここまで、ですね。トランクスの父親よ」

 

 力強く言い切ってみせたベジータの強い意志を悟り、メタフィクスの表情が冷酷に染まる。

 ほんの僅かに見せた父親への情を捨て、彼は「邪神」へと戻ったのだ。

 そんな彼は一瞬でベジータの背後に回って彼を地面へと叩き落とすと、この次元の父から受け継いだ「ギャリック砲」の構えを取って敵の姿を見下ろした。

 

「貴方を消して、私は悲願を成し遂げる! 過去を救い、在るべき未来を作ってみせる!」

 

 この星ごと纏めて消し去る為に、メタフィクスが自身の気をさらに肥大化させていく。

 そんな彼を前に、超サイヤ人4の変身が切れた今のベジータに成す術は無い。

 

 だが、彼は諦めなかった。

 

 これで終わりではないことを、確信しているからだ。

 

 メタフィクスの中に居るのがこの次元の未来のトランクスだと言うのなら、この次元の自分が何も動かないわけがないことを知っているから。

 自分自身の誇り高さは、自分が一番良く知っていたから。

 

 メタフィクスがギャリック砲のエネルギーを両手に集束させようとしたその瞬間──青い光が、名も無き星の全てを包み込んでいったのである。

 

「なに……!?」

 

 新たに出現した凄まじい強さの「神の気」の存在に、メタフィクスの意識が逸れる。

 その場所は、この次元の孫悟空とベジータが居た筈の場所である。この瞬間、そこに誕生した新たな戦士の存在を認めるなり、ベジータは一人呟いた。

 

「……アイツらも、まだ捨てたもんじゃないな」

 

 あそこに居る彼も「自分」なら、魔人ブウとの戦いが終わった後のベジータなら、既に知っている筈だと思っていた。

 そして、それは当たっていたらしい。

 

 ──この世には、自分のプライドを守ることよりも、大切なものがあるということを。

 

 それがまさに今、自分自身の家族を救うための戦いだ。その為には気に食わない野郎だろうと関係なく、共に結託して邪神に挑んでいくことが必要だった。

 

「この力は……?」

 

 超サイヤ人4のベジータに勝るとも劣らない力を秘めた戦士の誕生に、メタフィクスは眉間を歪める。

 そんな彼の視線を一身に受けながら、この次元における最強の融合戦士が答えた。

 

「俺は悟空でもベジータでもない。俺は──貴様を倒す者だ!」

 

 二人の男の声が混じり合った声で高らかにそう宣言した男の名は、ゴジータ。

 孫悟空とベジータがフュージョンしたことによって誕生した、最強の超戦士である。

 その彼は既に超サイヤ人ブルーの姿へと変身しており、慢心一つ無い眼光でメタフィクスを見据えていた。

 

「フュージョン、ですか……まさか、この次元の二人がゴジータになるとは……そうまでしても、私を倒したいのですね」

 

 その姿を分析しながら、メタフィクスが呟く。

 融合した二人が抱いていた並々ならぬ思いをゴジータの姿から感じたメタフィクスの声には、淡々としたものではない確かな感情を感じた。

 

 そしてその感情を──彼は再び爆発させる。

 

「今更……今更遅いのだ! そんなものはっ!!」

 

 虹色のオーラを発散し、彼は叫ぶ。

 群れから居場所を失った獣のように、彼は思いの丈を込めて叫んだ。

 

「貴方がたがそうやって立ち向かわなければならなかったのは、全王だった筈だ!! 未来を踏みにじり、命を弄び! ザマスのような悪神共をのさばらせた! この世界の神々が人の命を軽視するのも、奴が全ての元凶だ! 貴方がたはたとえ破壊神を許そうとも、奴だけは許してはならなかった……!

 奴の存在を肯定した孫悟空もベジータも、私を倒す英雄にはなり得ない! でなければ、私が生まれる必要など始めからなかったのだ!!」

 

 憎しみ──まるでその心が悲鳴を上げているかのように、狂乱した邪神の叫びは内なる気の上昇と共に大地を深く抉っていく。

 そんな彼の姿を青い双眸で見据えながら、ゴジータが言う。

 

「……お前に三つ、言いたいことがある」

 

 戦闘の構えを取らずひび割れた大地に佇んだまま、彼は感情の読み取れない声で続ける。

 

「一つ──悪かったな。ザマスの野郎は、始めから全力で挑まなかった俺達が甘かったとしか言いようがない」

 

 両手に握り拳を作り、静かに目を閉じる。

 

「二つ──全王は、俺がぶっ倒す。……この戦いが終わった後でな」

 

 その目を大きく見開き、青色のオーラを膨張させながら構えを取る。

 

「三つ──俺はお前に勝つ。お前の言い分はよくわかったが、俺達にも失いたくないものはあるんだ」

 

 そうして彼は、宣誓のような三つの言葉の最後を締める。

 思いと思いのぶつかり合い。

 それは既に、聖戦と言っても良かった。

 その聖戦に挑むゴジータが、地を踏み締めて赤いオーラを放出する。

 

「無理とわかっていても、やらなきゃならないことはある。お前の言う他の「次元」の孫悟空のように、悪人には最後まで足掻かせてもらうぞ……界王拳!!」

 

 超サイヤ人ブルーという大きな力による未知のフュージョンに加え、界王拳という技が三十分という本来の制限時間からどこまで削るのかは未知数だ。

 

 ──決着は、一瞬でつける。

 

 力を一気に限界まで引き出したブルーゴジータが、自らの可能性を見せつけるように超サイヤ人0へと挑んでいった。

 



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絶望をぶっこわせ! 100倍ビッグバンかめはめ波

 追い詰められたベジータの元に現れた新たな超戦士の姿に、龍姫神の水晶玉から状況を見ていたGT次元の一同がどよめきの声を上げる。

 超サイヤ人ブルーという、彼らにとって未知の変身をしたゴジータの姿からは、五年前に彼らが見た超サイヤ人4のゴジータとはまた違う威圧感が放たれていた。

 

「フュージョン……!」

「あれが、あっちの世界のお父さん達のフュージョンかぁ……」

「勝てる……! 勝てますよ!」

 

 ベジータの超サイヤ人4が解けた時はどうなるものかと冷や汗を流した一同だが、最強の融合戦士の登場に再び希望を見出す。

 別の世界とは言え、あの孫悟空とベジータが融合したのだ。それだけでも彼の戦闘力の凄まじさは十分に窺えた。

 

 

「──これは……?」

 

 その時である。

 一同と共に戦況を見つめていた龍姫神が、唐突に水晶玉から目を離して呟いた。

 

 そして虚空に向かって、ここに居ない誰かと話すように言葉を紡ぎ出したのだ。

 

「……しかし、それは……龍神界の掟に反する行為ですよ?」

「龍姫神様?」

 

 そんな彼女の様子に気付いたパンが怪訝そうな目で見つめるが、龍姫神は尚も言葉を続ける。

 

「……わかりました。それならば、私から言えることはありません」

 

 誰かと話しているその会話の内容は傍目からは要領を得ないものだったが、一頻りまとまったように見えたところでパンが彼女に問い掛ける。

 

「龍姫神様、今誰と話していたんですか?」

 

 自分も超サイヤ人フォレストという変身に至ったことで、パンは龍姫神が持っている特別な力のことはよくわかっている。そんなパンだからこそ、今の彼女がただ独り言を呟いていたようには見えなかったのだ。

 そして龍姫神が、その意見を肯定しながら答えた。

 

「……龍神界に居る、孫悟空さんです」

 

 彼女は今、パンの祖父である孫悟空と話していたというのだ。

 その言葉にパン以外の一同も反応し、水晶玉から視線を外して龍姫神を注視した。

 

「え? 今なんて……」

「おじいちゃんと、話したの?」

 

 彼と何を話していたのか──一同の視線を受けた以上答えないわけにはいかないかと苦笑するような表情を浮かべながら、龍姫神が言った。

 

「メタフィクスを倒す為に、彼が力を貸すと……そう言っています」

 

 ──瞬間、龍姫神の青髪が翠色へと変わり、神々しいオーラを纏った超サイヤ人フォレストへと変身する。

 そんな彼女は両手を顔の前で合わせながら、遠くの誰かへ祈りを込めるように瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃──超次元の地球。

 

 七つのドラゴンボールを集めたブルマ達は、彼女の自宅の庭に集合して神龍の召喚を行おうとしていた。

 叶えてもらえる可能性は限りなく低いとわかっていながらも、それでも願わずにはいられない──未来のトランクスの世界を救うという願い事を叶える為に、彼女らは藁にも縋る思いでドラゴンボールを集めたのである。

 そんな一同の中にはブルマの他にもトランクス少年やマイ少女、仕事を休んでまでこの場に駆けつけてきた孫悟飯達の姿もあった。

 

 

「いでよ神龍! そして願いを叶えたまえー!」

 

 一同が見守る中で、ブルマが庭に並べた七つのドラゴンボールに向かって合言葉を言い放つ。

 その瞬間、空は夜のように闇に包まれ、眩い光に包まれたドラゴンボールから天に昇る光の柱と共に巨大な龍の神様が顕現する──筈だった。

 

 

「……あれ?」

「どうしたんだ? 神龍出てこないぞ?」

 

 ドラゴンボールが、反応しなかったのである。

 ブルマが合言葉を間違えたわけでも、集めたドラゴンボールが偽物というわけでもない。

 確かに七つ揃えた筈の宝玉は、何故かブルマの声に無反応であり、本来現れ出てくる筈の龍の姿は現れる気配さえも無かった。

 

「……おかしいわね、合言葉は合ってる筈なのに。いでよ神龍! いでよってばー!」

 

 何度も合言葉を述べるブルマだが、神龍は一向に姿を現さない。

 それは、初めての事象だった。

 

「出てこいよ神龍ー! 未来の俺が居た世界を元に戻してくれよ!」

「お願い神龍! この通りよ! ほら、ピラフ様達も頭を下げて!」

「え? お、おう……」

 

 ちびっ子たちがドラゴンボールに向かって縋るように頭を下げるが、それでも神龍は姿を現さない。

 まるで神龍自身が召喚を拒んでいるような状況に、一同は眉をひそめた。

 

「どうしたんだろう? 神龍、ビルス様にいじめられたから拗ねちゃったのかなぁ?」

「そんなわけない……と思うけど」

 

 悟天が呟いた子供らしい推測も、あながち否定しきれないのが笑えない話だ。

 最近の神龍は妙に人間臭く、破壊神ビルスを前にした時などはそれが瑞著に出る。

 しかしそれでも、誰がどんな時でも呼べば出てきてくれたのが神龍だった筈だ。全く予期していなかった状況に困惑しながら、ブルマはドラゴンボールにヒビでも入っているんじゃないかと一つずつその状態を確認していった。

 

「そう簡単に叶えてくれる願いだとは思ってなかったけど……まさか、神龍すら出てこないなんて……もう!」

 

 確かに今まで、自分達が散々神龍を酷使して来たという自覚はあるが、それが召喚を拒否された原因なのだとしたら完全に自分の責任なのではないかとブルマは責任を感じる。

 

 もしそうならば、今まで自分が願ったことは全て無かったことにしても構わない。

 

 未来の息子が居た世界を平和な形で元に戻してくれるのなら、今後一切ドラゴンボールを使わないとも約束することが出来た。

 ブルマにとって時代は違えど、彼も大切な息子なのだ。

 

「頼むわよ、神龍……」

 

 膝を折り、憔悴した心の中でブルマは祈りを込める。

 

 ──しかしそれでも、人の願いを叶える龍の神様は現れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超サイヤ人ブルーのゴジータとメタフィクスの死闘は、自らの生命を燃やし尽くすようなゴジータの猛攻がメタフィクスを押していた。

 

「はあああああ!!」

 

 赤く染まったゴジータの拳がメタフィクスの腹を突き刺し、超光速の連打が着実にダメージを与えていく。

 二倍、三倍、四倍、五倍、六倍。

 倍率を上げていく界王拳から受けるおびただしい負担に身体中が悲鳴を上げても構わず、ゴジータの戦闘力は尚も上昇を続けていく。

 

「ぐっ……おおおっ!」

「だりゃあああっ!!」

 

 拳と拳を正面からぶつけ合い、拮抗する二人の力が名も無き惑星を崩壊へと導いていく。

 滅ぶのはゴジータか、メタフィクスか。

 状況ははっきり言って、メタフィクスの側に分があった。

 界王拳の負担で動けなくなるかフュージョンの制限時間が切れればゴジータの負けであり、メタフィクスの勝ちだからだ。

 ゴジータの勝利条件はただひとつ。自らの戦闘力が上昇を続けている今のうちに、全ての決着をつけることだった。

 

「私の憎しみは……私達の絆はっ!」

 

 メタフィクスの方からしてみれば、時間稼ぎをするだけでも確実な勝利へと近づく筈であった。

 しかし、彼は決して後ろに下がらなかった。自分には背負っているものがあると言ったその言葉通り、彼は自らの悲願を果たす為に果敢に挑んでいた。

 

 ──その精神は、彼の中にある英雄の魂にも通ずるものがあるだろう。

 

「こんなところで……終わるものかアアアアアッ!!」

「ちいっっ!」

 

 メタフィクスの咆哮と共に超サイヤ人0のパワーが唸りを上げ、稲妻の走った拳でゴジータを殴り飛ばす。

 

「終わらせる……! 取り戻すのだ! こんな理不尽なものではない……正しい者達が救われる世界を! 彼の望んだ優しい未来を!」

 

 閃光が疾る。

 メタフィクスが限界を超えて高めた力を解放し、その両手からなりふり構わず気弾を連射したのである。

 凄まじい剛弾の嵐を前に──ゴジータもまた下がらなかった。

 

「お前の言う世界は何もかもゼロに戻して! 嫌いなものを消した未来だろう!」

「そうだ! 神も全王も存在せず、フリーザのような悪人も生まれない平和な世界だ!」

「それを決めるのがお前の判断なら、結局一緒じゃねぇか! お前の言う全王や破壊神達と!」

「違う! 私の背には常に、私に託して消えていった者達の想いがあるッ!」

 

 メタフィクスの気弾を右腕で弾き返しながら叫ぶゴジータに、メタフィクスが狂気的な眼光を向けて言い放つ。

 彼の言葉は、確かにそれを望んでいる者も世界には居たのだろう。

 理不尽を消した新しい世界──それが今の世界より悪くなる可能性よりも、良くなる可能性の方が高いのかもしれない。

 自らを邪神や悪人と称する彼とて、確かに望んでいるのは平和な世界だ。

 ある意味ではザマスとも似ていて──しかし考えは対極にある。

 

 だが、だからこそ。

 

「だったら!」

 

 ゴジータには彼の願いを、最後まで認めることが出来なかった。

 

「ゼロからやり直して別の未来を作るなら! お前が救いたがってるトランクスだって、生まれない世界になるだろうが!」

「ぬうっっ……!」

 

 気弾の弾幕を搔い潜ったゴジータが、さらに界王拳の倍率を上げた膝蹴りでメタフィクスの腰を折る。

 続けざまに右腕を振り下ろし、星その物を真っ二つにする手刀でメタフィクスを地面へと叩き付けた。

 

「それに……アイツにだって、楽しい思い出やこの世界で失いたくないものはあった筈だ!」

 

 一瞬で復帰したメタフィクスが、崩壊していく大地を蹴って飛び上がり、上空のゴジータと激突する。

 その瞬間に生まれた恒星のような眩い光芒の中でゴジータが叫び、自らの思いを突き付けた。

 

「都合の悪いものを始めから無かったことにして、別の世界を創って! そんなんでお前は満足なのか!? それで本当に、未来を救えたって言えるのか!?」

「……っ!」

「お前が失ったものを取り返したいなら! 全王やザマスが消した世界を元に戻せば、それで十分な筈だ!」

「私が望んでいるものはその先にある! 一つや二つだけではない! 全ての世界の平和だ!」

 

 ゴジータの拳がメタフィクスの頬を打ち、メタフィクスの拳がゴジータの胸板に突き刺さる。

 

「……ッ、ちぃ!」

「私の為の願いではない! それが必要なほど、この次元は行き詰まっているのだ! 貴方がたこそ目の前で見てきた筈だろう!?」

 

 時空の概念すら歪める超次元戦闘である。

 無限を凌駕する二人の戦士は刹那の間で何万回と打ち合い、双方の体力を同等の勢いで削っていく。

 

「失った世界を蘇らせたところで、この世に全王のような悪が居る限り何度でも同じ不幸が訪れる! 全ての悪の根を断つ為には! ゼロからやり直す以外に方法はないっ!!」

 

 あまりにも固い意志の乗せられたメタフィクスの拳が、ゴジータを弾き飛ばす。

 接近した時と同じ速さで弾き飛ばされたゴジータは背中が地面に着くよりも速く体勢を立て直し、憎悪に燃えるメタフィクスの姿を見上げた。

 そんなゴジータにメタフィクスが叫ぶ。

 

「自分達の周りだけ助ければ良いと言うのは、貴方がたの傲慢だ!」

「お前こそ、自惚れてんじゃねぇぞ!」

「何もかもを救ってこその神だ! 私は貴方がたさえ救ってみせる!」

「俺達は、お前の赤ん坊なんかじゃねぇ!」

 

 荒ぶる流星群のような気弾の雨を互いに撃ち合い、その全てを相殺していく。

 その光の瞬きの中で繰り広げられる肉弾戦も、対話も……二人の戦いは平行線だった。

 界王拳の倍率を上げて力を増していくゴジータに対して、メタフィクスはまるでこの世界で消えていった全ての執念を取り込み、それを力に変えているかのようにエネルギーを増幅させて食らいついている。

 ゴジータとメタフィクスの戦いが始まってからまだ三分と経っていないが、既にゴジータが身に宿しているエネルギーには限界が訪れていた。

 

「この一撃で決める……!」

 

 両手を突き出し、ゴジータはその手を広げて照準を定める。

 そんな彼と同じように、メタフィクスもまたゴジータに向かって気功波の構えを取った。

 

「ビッグバン……! かめはめ波ああああああっっ!!」

 

 そして、ゴジータが放つ。

 両手の前に生み出した巨大な光の球体から、身体中の全エネルギーを注ぎ込んだ波動が迸り出ていく。

 その光に対してメタフィクスが対抗するように撃ち放ったのもまた、同時だった。

 

「邪神魔閃光ッッ!!」

 

 印を結んだメタフィクスの両手から、かつて未来の師匠から譲り受けた大技が放たれる。

 

「はあああああっっ!!」

「おりゃあああっっ!!」

 

 気功波対気功波。

 ビッグバンかめはめ波対邪神魔閃光。

 

 両者がこの戦いを終わらせる為に死力を振り絞って解放した一撃は、二人の真ん中の位置で衝突し、稲妻を走らせて拮抗していく。

 超パワー同士の激突に、互いの肉体が軋みを上げる。

 

「ぐっ……!? ぐうううっっ!」

 

 次第にメタフィクスの邪神魔閃光がゴジータのビッグバンかめはめ波を押し始め、徐々に拮抗が崩れていく。

 超サイヤ人ブルーの上に重ねた界王拳の反動によって、遂にゴジータの力がパワーダウンを起こしたのである。

 

 ──このままでは、負ける。

 

 この星ごと消滅させようとじりじりと押し迫ってくるメタフィクスの執念に、ゴジータが歯を食いしばる。

 そんな彼に向かって、さらなる力を爆発させたメタフィクスが吠えた。

 

「そうだ……二人の戦闘狂が溶け合った程度の力に、我らの絶望が負けるものかァァァッ!!」

 

 超サイヤ人ブルー同士のフュージョンでも、まだ足りないという邪神の力。

 彼の生み出した超サイヤ人0という絶望の力は、孫悟空でもベジータでも一人では太刀打ちできない強さだった。

 ここで膝を屈してしまえば、一瞬で楽になるだろう。

 

 しかし。

 

 それでも、彼は──彼らは諦めなかった。

 

「持っていけ!」 

「!? ベジータ……!」

 

 追い込まれたゴジータの元に、超サイヤ人に変身したベジータが駆けつける。

 そして彼はその手をゴジータの肩に乗せると、自らの内包するありったけの力を──サイヤパワーを注ぎ込んだ。

 

「よっしゃー!」

 

 戦力差を考えれば、微々たる量に過ぎないそのエネルギー。

 しかし僅かに回復することが出来たそのエネルギーが、ゴジータのビッグバンかめはめ波の威力を取り戻し、メタフィクスの魔閃光を押し返していった。

 

「界王拳……100倍だあああっ!!」

「う……うおおおおおおおおおっっ!!」

 

 この命が燃え尽きても良いと──限界を超越したゴジータの力に対して、メタフィクスも抗う。

 凄まじいエネルギーを解放して一層強まっていく二人の砲撃は、際限なく膨張していき──

 

 

 ──この惑星ごと、全てを飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い回廊を抜けたそこにあったのは、見る者の心を捉えて離さない、美しい青の世界だった。

 宇宙空間にぽっかりと浮かぶ青い球体──地球。

 地表面の七割を覆う青い輝きを発し、ちぎれ飛ぶような雲の白さと相まって、数多くの宇宙人達がそう評して来たようにそこは「美しい」星だった。

 地球、と一言で言っても、この眼前に広がる存在感は凄まじい。

 自分達が生活し、慣れ親しんできたその星のビジョンを見つめながら──彼ら「四人」の姿は真っ白な世界にあった。

 

「ここは……」

「なんだ、この場所……オラ達、さっきまで戦ってた筈じゃ……」

 

 ゴジータのフュージョンが解除され、悟空とベジータに戻った二人がこの状況の変化に困惑の表情を浮かべる。

 先ほどまで自分達は名も無き星でメタフィクスと撃ち合い、その決着をつけようとしていた筈だ。

 全く同じ威力で拮抗した彼らの力が最大まで膨れ上がった瞬間、彼らは青白い光に飲み込まれ、気づけばこの世界に居た。

 

 そんな彼らに向かって、超サイヤ人0から通常の状態に戻り、虚ろな表情を浮かべたメタフィクスが淡々と状況を説明する。

 

「ここは「次元の狭間」の深層領域……あらゆる次元と時空を観測することが出来る、無の世界です」

「! メタフィクス……」

 

 自分達と同様に五体満足の状態で居るメタフィクスの存在に気付いた三人が身構えるが、変身を解除している今のメタフィクスの姿に戦意は見えない。

 ただ虚ろな表情で、真っ白な世界の虚空に浮かぶ地球のビジョンを見つめていた。

 

「……何が起こったんだ?」

 

 そんな彼の姿に、依然警戒しながらGT次元のベジータが問い質す。

 先ほどの攻撃の結果相打ちになったのだとすれば、自分達が居るのはここではなくあの世である筈だ。

 しかし全員生きている上に、この「次元の狭間」へと転移している。

 不可思議な現象に対して、メタフィクスが簡潔に語った。

 

「私達の全力がぶつかり合ったあの瞬間、全王の力と同じ特異現象を引き起こしたのです。それが私達の居た場所に次元の消滅を引き起こし、行き場の無くなった私達が一時的にここへ導かれた。……かつて、名も無き界王神がそうだったように」

 

 詳しく理解させる気は無いと言うようなおざなりな説明であったが、先ほどの一撃がこの状況を招いたことがわかれば一同にはそれで十分だった。

 GT次元のベジータにとっては、「次元の狭間」という場所に来るのは二度目になる。

 しかしそこには彼が前に訪れた時にはなかったものが──虚空に浮かぶ、地球のビジョンが映っている。

 

 まるでメタフィクスが彼らに、それを見せつけているかのように。

 

「今そこに見えるのは……かつてトランクスが過ごしていた未来の世界です。見なさい。今の貴方がたには、彼らの絶望を知る義務がある」

 

 映し出されたビジョンは外側から見た地球から中の景色へと変わっていき──荒廃した町の姿が彼らの視界に広がった。

 

 ──そこは、とある町の遊園地だった。

 

 本来ならば多くの人々で賑わっている筈のその場所では各所で爆煙が噴き上がっており、泣き叫ぶ人々の阿鼻叫喚な景色が広がっていた。

 爆発が上がる度に、何人もの力無き人間が死んでいく。

 その地獄を作り出しているのは、悪魔のような少年と少女だった。

 

「あれは……人造人間……!」

 

 人造人間17号と、人造人間18号である。

 二人とも悟空達の時代とは違い、高らかに笑いながら残虐な行為を行っていた。

 自分の楽しみの為に虐殺を繰り返す二人──そんな彼らの元へ、山吹色の道着を着た青年が立ち向かっていく。

 

「あそこに居るのは……悟飯か!?」

 

 それは、かつて未来の世界に生きていた──この世の理不尽に翻弄された英雄の追憶だった。

 



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邪神メタフィクスの涙!! ベジータ死す

 父を失い、師を失い、共に戦ってきた仲間さえも失いながら、彼はただ一人、未来への希望を信じて人造人間と戦い続けた。

 

『トランクス……君が、最後の希望だ……』

 

 そんな孫悟飯のことはトランクスにとって師匠であると同時に兄でもあり、かつては行動原理の礎を築いた存在でもあった。

 

『俺は死なない! たとえこの肉体が滅んでも、俺の意志を受け継ぎ、立ち上がる者が現れる! そして、お前たち人造人間を倒す!』

 

 まだ力の足りないトランクスをみすみす死なせてしまうことを恐れた彼は、トランクスを気絶させてまで希望を守り通し、単身で決戦へと挑んだ。

 しかし力及ばず、いつの日か愛弟子が未来を救うことを信じて、彼はその生涯に幕を下ろしたのである。

 

 

 ──そして数年後、亡き英雄の祈りは届き、かつての何倍にも強くなったトランクスが人造人間を倒し、その後に続くセルやバビディと言った脅威をも打ち砕いたことで、遂に未来に平和が訪れたのだ。

 

 ……しかし。

 

『こんな世界……消えちゃえ』

 

 ──積み重ねてきたものは、全て奪われた。

 

 神ザマスの蛮行と全王の一斉消去。あまりにも理不尽な悲劇の果てに……孫悟飯達が託していった希望までも跡形なく消え失せたのだ。

 

 

 

 そんな未来の世界で息子が辿った生涯と、その果てに潰えた希望を同時に見せつけられ、孫悟空が悔しげに表情を歪めながら言った。

 

「……おめえが神様を憎むのは、よくわかるさ」

 

 固く握った拳は自身の無力感から来る怒りに震わせられ、彼も激しい後悔を抱いていることが見てもわかる。それは形として、メタフィクスの内面へと踏み込むことになった。

 

 ──こんな不幸を辿った世界の者が、神を憎んで時間の巻き戻しを願うのも道理だと。

 

 しかしそうだとしても……孫悟空は自らの意志を押し通し、自分達にも譲れないものがあると言い切った。

 

「だけどおめえがやろうとしているのは、ここであったこともあそこであったことも、全部無かったことにしてやり直そうって言うんだろ? それはちょっと、やめてくんねぇかな?」

「…………」

 

 悟空は今見た未来での出来事を全て振り返った上で、彼なりに先人達が抱いていたであろう思いを想像しながら、懇願するようにそう言った。

 悟空とて人の親であり、かつては次代の成長を促す為に自らの命を絶つ判断をしたこともある男である。

 そんな「孫悟空」であるからこそ、トランクスを育て、希望を胸に散っていった未来の孫悟飯の気持ちがなんとなくわかったのだ。

 

「未来を元通りにしようってんなら、オラもベジータも協力するさ。だけど何もかも全部無かったことにしたら、それこそ悟飯達のやってきたことが無駄になっちまうんじゃねぇかな……?」

「…………」

「それと……悪かったな、トランクス。おめえから見たら、あの時のオラの態度、腹立ったんじゃねぇか? 真剣に頑張ってたおめえのこと、馬鹿にしてたわけじゃねぇんだ。……すまねぇ」

 

 孫悟空は純粋なサイヤ人戦士であり、穏やかではあるものの確かに戦闘狂だ。

 しかし戦闘狂だからと言って、自分が楽しんで戦えれば何をしても良いと言う考えの持ち主では断じて無い。

 彼とて自分に非があれば素直に過ちを認めるし、頭を下げて詫びることが出来る。だからこそ彼は、今一度自分自身を客観的に見つめた後でメタフィクスの中に居るトランクスの魂へと頭を下げたのだ。

 そしてその上で、自分の思いを伝えた。それを無言で聞き届けたメタフィクスは、感情の見えない表情で浮かび上がるビジョンを静かに眺めていた。

 

 そしてメタフィクスが、しばしの沈黙を置いて言い放った。

 

「……孫悟飯は未来への希望をトランクスへとつなぎ、その命を散らせていった。しかしその未来は神によって滅ぼされた。これは貴方がいくら悔やもうと、揺るぎのない事実です」

 

 未来の為に命を散らせていった英雄達の思いは、心無い絶対者の手によって握り潰された。

 トランクスの居た世界とは、悲劇に始まり悲劇に終わった救いようの無い未来なのである。

 

 そして次の瞬間、彼らの見つめるビジョンはトランクスの過ごした未来の世界ではなく、「この世界の未来」へと切り替わっていった。

 

「そして……あれが貴方がたが辿る筈だった「本来の未来」です」

「っ!」

 

 それは、トランクスがマイと共にゴクウブラックが現れる前のパラレルワールドへ旅立った後日のこと。

 

 孫悟空は界王を生き返らせる為に地球のドラゴンボールを集め、神龍を呼び出した。

 そこへぞろぞろと集まって来るブルマや亀仙人などの仲間達──彼らは各々に、自分自身の願いを叶える為に神龍へと殺到してきたのである。

 

「おい、みんな……そんなことしてる場合じゃねぇだろ。トランクスの未来を、そのままにしていいのか?」

「馬鹿な……! あんなことがあった後で、何くだらないことをしてやがる!?」

 

 この世界でのブルマ達は無駄だと思いつつも諦めきれず、今はトランクスの未来を取り戻す為にドラゴンボールを集めている最中である。

 しかしメタフィクスが「本来の未来」だと語ったあの世界では、ブルマが願いを叶えたがっているのはただ「知的好奇心の為に」タイムマシンを作ることであり、他の者達は切実な思惑はあれど神龍に頼らなくても問題ない程度には些細な願いであった。

 

 ──とても、未来世界消滅の直後とは思えない様子である。

 

 結果的に神龍への願いは高熱を出したパンの病気を治すという極めて真っ当な使い方に終わったが……悟空達にはそこに至るまでの経緯が解せなかった。

 あれではまるで、皆トランクスの世界などどうでもいいと感じているように見えたのだ。

 

「正史での貴方がたにとって……所詮、自分達に関わりのない世界の消滅などどうでも良かったのですよ。誰一人として過去を顧みることもなく……極め付けが、これです」

 

 「正史」の未来のビジョンはさらに進み、二人の全王が見ている下で戦士達が戦っている光景へと移り変わっていく。

 

 孫悟空の進言の元に行われた、人間レベルが高い宇宙以外の全てを巻き込んだサバイバルトーナメント。

 

 そしてその取り決めは、敗者となった宇宙は全て全王の手によって「間引き」されるというものだった。

 

「全王め……! ふざけたことを考えやがって!」

「負けた方の宇宙を消す大会だって!? いくらオラでも、そんな戦いは出来ねぇよ!」

 

 何をしでかすかわかったものではない全王がそんなことを企てたのだとしても、十分に納得することは出来る。

 しかし納得出来ないのは、あれが「正史」という孫悟空の在り方だ。

 彼には一切悪気が無かったのだとしても、彼が自分の満足の為に全王に取り入り、関係のない宇宙を滅亡の危機に立たせたのは紛れも無い事実である。他の宇宙の者達がそんな彼のことを「悪魔」と呼ぶのもまた客観的な正論であり、正当な怒りに見えた。

 

 まさしく孫悟空は、全宇宙にとって共通の大敵になったのだ。

 しかし四方八方からの敵意に晒されても、彼は何の悪びれもなくこう言った。

 

『一人残らずぶちのめしてやっかんなー!』

 

 戦闘狂──の度合いを超している、あまりにも極まり過ぎた戦闘民族の姿であった。

 そんな彼も、裏では何らかのフォローを入れるつもりなのかもしれない。強い相手と戦う為に、あえて自分を憎ませるようにそう挑発したのかもしれない。

 

 しかしいずれにしても、彼が理不尽に巻き込まれた弱者に対して何の配慮もしていないことは明らかであった。

 

 楽しければそれでいい。

 強い奴と戦えればそれでいい。

 ただ自分が満足出来ればそれでいいとでも言うように……自分のやりたいことだけを押し通す、フリーザやセル達と同じ傲慢さがそこにあった。

 

「あれが……あれがオラだって言うんか!? そんなことが……!」

「あったのだ! 私とて、信じたくはなかった……! これが私の絶望……心優しきトランクスが、悪しき界王神と手を組むまでに至った最大の理由だ。あの孫悟空でさえ世界を裏切り、人の心を……優しさを忘れた。そんな世界の何を信じろと言う? どこに希望があると言う!?」

 

 正史と語られた自らの未来の姿を見て言葉を失う悟空だが、あそこに居るのが自分であることを否定することも出来ない。

 今ここにある世界も、あそこに見える世界も共に一つの可能性の物語なのだ。

 もしも邪神メタフィクスなどという存在が現れなければ、自分がそうなっていたという世界に……悟空は強く否定することが出来ず、行き場の無い怒りを抱いた。

 

「優しさを失った世界をゼロに戻したその時こそ、新たな可能性が生まれる。初めて、孫悟飯から託された希望をつなげることが出来る! そう考えたからこそ、トランクスは立ち上がったのです」

 

 メタフィクス──トランクスの絶望の深さ。そして、未来改変に対する思いの強さ。

 散っていった英雄達の命に見合うだけの希望を、彼らは後世に見出すことが出来なかったのである。

 だからこそ、彼はこの世界を憎む。だがそれでも──孫悟空は彼らの言葉を肯定しなかった。

 

「そんなことはねぇ! 悟飯だって、そんなことは望んでねぇ筈だ! おめえにだってわかるだろ!?」

「よせカカロット。これ以上、貴様が何を言っても無駄だ」

 

 悟空が続けようとした説得の言葉を、GT次元のベジータが遮り、超次元のベジータが前に出る。

 後はアイツに任せておけと言うようなGT次元のベジータの眼差しを受けて、悟空は言葉を押し留めて超次元のベジータの姿を見つめた。

 

 

「トランクス……ブルマが待っている」

「…………」

 

 そしてこの次元のベジータが自身の息子に向かって言い放った言葉に、メタフィクスがほんの僅かに表情を変える。

 

「神が死んで今ここにお前が居る時点で、あの未来が来ることは無い。未来が変わったんなら、俺がお前に教えてやる。本当の希望って奴をな」

「…………」

「こんなところから見ているだけじゃ、わからんこともあるだろう。だから、地球に来い」

 

 戦うべき敵としてではなく、はっきりと自分の息子と認識した上で、ベジータが手を差し伸べるようにそう言った。

 父親としてはあまりにも不器用で、自分にも息子にも厳しい男であったが……そんな彼が、一歩、また一歩と踏み出したのである。

 

「コイツがあんな馬鹿をやるようなら、俺がぶっ飛ばしてやる。俺は誇り高きサイヤ人の王子だ。そして、お前は俺達のガキだ……戻ってこい、トランクス」

 

 そしてメタフィクスの近くまで歩み寄ったところで、彼が正面から見つめ、そう言った。

 先ほど悟空が「正史」における自分自身の行動を批難したように、本来の歴史から外れたこの世界では彼らの考え方も変わってきている。

 

 ──ならば、「それこそが希望なのではないか」とベジータは問い掛けたのである。

 

 過ちを認め、二度と悲劇を繰り返さないことを誓った今、まだ見ぬ未来に新たな可能性が生まれた。

 メタフィクス自身が神を滅ぼしたことによる成果も含まれているが、未来は常に不確定なのだ。

 その可能性がある限り、まだ希望は残っている。

 まだ全てに絶望しなくても良いのだと──沈黙するメタフィクスの表情を見つめながら言うベジータに対して、トランクス(・・・・・)が重く口を開いた。

 

「……希望なんて、この世界には無いんだと思っていました。あんなに優しかった悟空さんさえも、弱い人達への思いやりを忘れた世界なんて……」

 

 そして、沈黙する。

 自分自身の中で自らが抱いている思いをまとめるように、彼は瞳を閉じて長考に入った。

 

 しばらくしてゆっくりとその瞳を開き、彼は切実な表情でベジータに問うた。

 

「……もう一度、貴方を信じてもいいですか?」

 

 父の言葉を、父の変化に新たな希望を見出したように、彼の虚無的な瞳に光が戻る。

 力だけではない、父の強さを信じたいと願った彼の言葉に……ベジータは普段と同じ尊大な態度で応じた。

 

「俺に着いてこい。お前の絶望など、この俺がぶっ壊してやる」

 

 戦闘民族の王子という枠を超えて、彼は「父親」の表情でそう言ったのである。

 その瞬間、今までずっと溜め込んできたもの全てが決壊していくように、トランクスの目からとめどなく大粒の涙が溢れていった。

 そしてトランクスが一歩ずつ、ベジータの元へと歩み寄りながら言った。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 涙に震えた声で、彼が感謝の思いを込めて感謝の気持ちを伝える。

 戦意を失った表情で、彼は──その剣で、ベジータの胸を突き刺した。

 

 

 滴り落ちていく息子の涙を肩に当てながら、一人の英雄の父親は命が消えていく激痛の中で薄く微笑んだ。

 

 自分の息子に殺されるとは、つくづくサイヤ人らしい最期だと……自嘲の笑みだった。

 

 

 

 

 弾け飛ぶように、一瞬にして一同を取り巻く世界が次元の狭間から全王宮の領域へと移り変わっていく。

 まるで今まで見ていたものが夢だったかのように、戻って来た世界ではゴジータとメタフィクスが戦った直後の光景が広がっていた。

 ビッグバンかめはめ波と邪神魔閃光の衝突によって、既に名も無き惑星は塵一つ残らず消滅しており、かつて全王宮が存在していた宇宙空間のような景色が彼らを取り巻いていた。

 

「ベジータ!」

 

 しかし先ほど起こったことは、全て偽りの無い現実である。

 メタフィクスが剣を引き抜いたと同時に血を噴き出して崩れ落ちたベジータの身体を受け止めながら、悟空が必死に彼の名を呼び掛ける。

 

 しかし、既に彼の息は無かった。

 

 悟空もベジータも、フュージョンをした上で100倍界王拳の負担を一身に受けていたのだ。表面上こそ取り繕ってはいてもその肉体は既に限界を迎えており、少しの衝撃で力尽きてもおかしくない状態だったのだ。

 

 そんな彼がメタフィクスの剣に貫かれた今、彼の並外れた生命力を以てしてもその命をつなぎ合わせることは不可能だった。

 

 息絶え、既に魂がこの世に無い彼の身体を自身から離しながら、悟空が怒りの形相でメタフィクスを睨む。

 

「おめえ! ベジータは本気でトランクスを救おうとしていたんだぞ!」

「……言った筈です。今更、その男に父親の資格は無いと。この世界に希望など無いのだと」

「やっぱ、おめえは許せねぇ!」

 

 悟空が気を解放し、無謀にも通常の状態でメタフィクスへと挑み掛かる。

 しかし既に内なる気を使い切ってしまった彼の拳など、彼に僅かなダメージすら与えることが出来なかった。 

 

「っ……!」

「それでいい。極悪人に正当な怒りをぶつけてこそ、私が望んでいた孫悟空だ。目を覚ますのがあまりにも……あまりにも、遅すぎた……」

 

 一ミリも動かないままその拳を防御をしていない胸に叩き込まれたメタフィクスだが、その身体は微動だにしない。

 そしてその手に携えていた剣を、今度は悟空に向かって迷いなく振り下ろした。

 

「てやああああっ!」

「む……」

 

 ベジータと同様に一瞬で悟空の命を絶とうとした攻撃は、背中から回り込んできたGT次元のベジータの気弾によって阻止される。

 

 だがそれは、もはやほんの少しの時間稼ぎにもならなかった。

 

「サイヤパワーを使い切った貴方がたが、今更何をしようと無駄です」

「くっ……!」

「ぐああっ!」

 

 メタフィクスが体内から全方位へと撃ち放った気合い砲が、悟空とベジータの身体をいとも簡単に吹き飛ばしていく。

 そしてメタフィクスはすぐさま悟空に向かって右手をかざし、とどめの一撃を繰り出した。

 

「これで……貴方の物語は終わりだ」

 

 一条の光の弾が発射される。

 メタフィクスとてこれまでの戦いで確実に消耗していたが、今の悟空の肉体を消し去るには十分すぎる威力であった。

 もはやこれまでかと……成す術も無く迫ってくる気功波を前に、悟空が無力感に苛まれた薄れゆく意識の中で自らの死を──敗北を悟る。

 

 

「馬鹿野郎……!」

 

 だが、その凶弾が悟空の命を絶つことはなかった。

 

「カカロットなら……俺以外の奴に、何度もやられてんじゃねぇ!」

 

 またしても彼が──ベジータが救ってみせたのである。

 

 メタフィクスの気功波から、我が身を盾にして──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全王宮跡地の虚空に浮かぶ黒い宝玉──アルファボール。

 

 二人の全王から根こそぎエネルギーを吸収し尽くした邪神の宝玉は、遂に完成の時が訪れていた。

 並大抵の者では近づくだけで消滅してしまうほどの凄まじい圧力を放っている宝玉を前に、戦いを終えたメタフィクスが瞬間移動で舞い戻ってきた。

 

「エネルギーが、ようやく集まりましたか……流石は全王。想定していた以上に、長い時間を掛けました」

 

 既にこの闇の宝玉には、十二の宇宙を一瞬で消滅させて尚余りあるエネルギーが内包されている。

 二人の全王の力を余すことなく取り込んだのだ。まさにそれは、比類なき究極を超えた力であった。

 

「しかしそれも、これで終わる」

 

 そのアルファボールの力を、メタフィクスは宇宙の破壊には使わない。

 彼の目的は過去未来全ての時間をやり直すことにあり、寧ろ破壊とは対極の再生に当たる。しかしそれは、多くの者達からしてみれば決して受け入れることの出来ない悪行であろう。

 

 だがそれでも、少なくとも自分はこの力の提供者達よりは正しい行いをしている筈だとメタフィクスは確信していた。

 

 メタフィクスがそのアルファボールの力の提供者──既に意識が失われ、エネルギーの抜け殻になっている二人の全王の姿を見つめると、右手に携えた血塗れの剣のグリップを強く握り締めた。

 

「身に宿る全ての力が奪われた今、放っておいても直に死ぬでしょうが……けじめはつけさせてもらうぞ」

 

 そしてメタフィクスは──二人の全王の首を撥ね飛ばした。

 

 まるで豆腐を斬るようにあっさりと、無敵であった筈の二人の全王を叩き斬ったのである。

 両断した彼らの肉体を念入りに細切れに裂いた後、メタフィクスは左手から放った気功波によって彼らの身を破片一つ残さず滅ぼしていった。

 あれほど憎んでいたのに、と心の中で苦笑する。

 いざ終えてみると、復讐を果たしたところで何の感慨も湧かなかった。

 

「みんな……仇は討ったぞ……」

 

 かつて英雄トランクスがフリーザを仕留めた光景と同じように、呆気の無い全王の最期である。

 これによって彼は未来世界と第十八宇宙を始めとする、多くの民の仇を討ち果たしたのである。

 しかしその憎しみは敵討ちを成し遂げても尚おさまることはなく、彼の浮かべる虚無的な表情に変化は無かった。

 

「ここからは、私の役目だ……」

 

 二人の全王を殺した後、メタフィクスは剣を鞘に収め、その手を自らの胸へと押し当てる。

 

「後は、頼みます」

 

 メタフィクスが機械のように冷淡な表情を、人間的な温かみのある表情へと変える。

 それは紛れも無く、かつて未来世界に生きていた英雄、トランクスの表情だった。

 そして彼がそう口を開いた瞬間、彼は胸に押し当てた手を離し、体内から抜き取るように煙のような白い物体を取り出していった。

 

 煙はメタフィクスの前で渦を描くように広がっていくと、人影のような姿へと形を変えていく。

 その人影がメタフィクスの脳内に直接、重く響き渡るような声で言葉を発した。

 

『予定通り、アルファボールの制御は私が行います。トランクス……貴方は私の良き理解者であり、良き友でした』

 

 人影──それは邪神メタフィクスの中でトランクスと共存していた、名も無き界王神の魂であった。

 厳格さの中に確かな愛情の篭った声で、彼は俯くメタフィクスに対して呼び掛ける。

 

「界王神様……俺は……」

『ベジータのことは、申し訳ありません。貴方の父を殺めたのは私です。貴方が父親殺しの罪を背負う必要はありませんよ』

 

 罪悪感を拭うような献身的な口調で、名も無き界王神がそう語る。

 メタフィクスは実の父親を……ベジータを殺してしまった。

 それは、始めから覚悟していたことだ。しかし彼の心臓を貫いた時の感触は、メタフィクスの手には鮮明に残っていた。

 

 歩み寄ってくれた父の思いを……良心の呵責という光の誘惑を自らの手で断ち切ったのだ。

 

『ふっ……』

 

 名も無き界王神の魂が、自嘲の笑みを溢す。

 それは、トランクスに対する本心からの気遣いだった。

 

『世界の平和だなどと言っても、結局のところ私はこういう神です。永き時を虚無に囚われ続け、この心に呪いを孕み続けてしまった……』

 

 しかし……と続けながら白い人影がメタフィクスの肩を叩く。

 まるで人間同士の友情を示すような仕草で、彼は言った。

 

『貴方は私とは違う。どこまで行っても貴方は……優しい人間だ』

「……界王神様……」

 

 父を殺め、全王さえも殺した今、もはや後に引くことは出来ない。

 それこそがメタフィクスの未来改変への覚悟であり、生涯背負っていくと誓った悪行の筈だった。

 そんなメタフィクス──分離したトランクスの魂に向かって、名も無き界王神の魂が言った。

 

『トランクス、貴方は生きなさい。生きて、幸福になりなさい』

 

 まるで救世の女神のような、淀みの無い慈愛の篭った言葉であった。

 その声にほんの僅かだけ、俯いたメタフィクスの瞳が感情に震える。

 

『この次元に生きた最後の神として、貴方の存在を許します。そしてこれは、神でも邪神としてでもなく、一人の友として祈ります。いつの日か貴方自身に、本当の救いが訪れることを……』

 

 煙のような人影の姿が崩れ、小さな玉の形になった名も無き界王神の魂が、メタフィクスの周囲を旋回しながらアルファボールの中へと吸い込まれていく。

 

 アルファボールの完成──今までメタフィクスと共にあった彼の魂こそが、それを成し遂げる最後の1ピースだったのだ。

 

「全王の力を取り込んだ宝玉に、名も無き界王神の魂を捧げる……これでやっと、俺達のアルファボールが完成した」

 

 名も無き界王神の魂と分離する形になったメタフィクスが、感慨に浸るように小さく独語する。

 彼の魂が最後に取り込まれた瞬間、目の前に浮かぶ黒い宝玉から放たれる波動が一気に強まっていく。

 遂に完成したアルファボールを前に、メタフィクスが最後の役割を遂行した。

 

「いでよ、邪神龍」

 

 一言、メタフィクスが地球のドラゴンボールと同じ合言葉を唱えた瞬間──アルファボールの中から唸りを上げて放たれていくおびただしい闇と共に、それは顕現した。

 

 

 ──この全王の領域を覆い尽くすほどに巨大な、黒龍の姿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孫悟空は、死んだ筈だった。

 メタフィクスの一撃によって、遂にその肉体は滅びようとしていた筈だった。

 

 だがそれを、身を挺して守ろうとした男が居たのだ。

 

 GT次元のベジータ──彼の思いを受けて、孫悟空は辛うじて死を免れたのである。

 

 そしてその時、どこからともなく広がって来た優しい光が彼の姿を包み込み、夢心地のようなまどろみの中で彼は見た。

 

「おめえは……」

 

 自分と同じ顔。

 

 自分と同じ姿。

 

 それで居て、どこか自分よりも年上そうな貫録を持つ、薄藍色の道着を着た一人の男の姿だった。

 

「おめえは……オラか?」

 

 悟空の質問に対して、男は微笑みを浮かべながら一度だけ敬礼すると、何も言わずにその拳を悟空の胸へと押し当てる。

 

 そして次の瞬間、悟空の身体の中へ恐ろしいほどによく馴染む、凄まじい力が注ぎ込まれていった。

 

 

 ──それはアルファボールの完成と同時刻にして……地球のドラゴンボールによって、異界の神龍が解き放たれた時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 



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オラとオラで超融合! 復活のヒーロー孫悟空

 

 

 集められた七つのドラゴンボールが、輝きを放つ。

 

 それは、突然の顕現だった。

 

 ブルマ達一同が祈りを込めて見守る中で、それまで一向に召喚に応じる気配が無かった神龍が、まばゆい閃光と共に遂に姿を現したのである。

 緑色の鱗に、赤い双眸。圧倒的な威容を誇る龍の神は勢い良く天へ昇っていくと、青い空をゆっくりと旋回していく。

 神龍──それは紛れも無く、幾度となく人々の願いを叶えてきたかのドラゴンの召喚であったが、これまでブルマ達が見てきた龍とは明らかに雰囲気が違っていた。

 その上、本来ならば夜のように暗くなる筈の空もまた、神龍が現れても尚青空のままだった。

 

「神龍……!」

 

 七つのドラゴンボールによって召喚された神龍だが、いつものように一同の願いを聞くことはせず、ただ遠く離れた宇宙を眺めるように彼は空の彼方を見据えていた。

 そして、数秒後。

 神龍の赤い双眸が輝きを放ったその瞬間──彼の見つめる先で戦う一人の戦士の元に、異界の勇者の力が授けられていった。

 

 

 

 

 

 

 

「この気は……?」

「温かい……」

 

 超次元で起こったその異変に気付いたのは、GT次元に居る戦士達もそうであった。

 ふわっと、彼らの周りをある男の気が包み込んだ気がした。

 それは絶対的な芯を持った、温かくて強い気配で……一瞬のそよ風のように彼らの元を通り過ぎていったが、その場に居る誰もが逃さず感知することが出来た──懐かしくも馴染み深い気配だった。

 

「おじいちゃん?」

 

 それは確かに、五年前に神龍に乗って龍神界へと消えた筈の孫悟空の気だった。

 彼らに感知することが出来たのはほんの一瞬の間だったが、彼らは一様に確信を抱いた。

 

 彼──孫悟空が別の次元の世界を、助けに向かったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の中に現れたもう一人の自分(・・)が、この次元の孫悟空に対して言葉を交わすことは最後まで無かった。

 しかし言葉に表さずとも、彼が今抱いている思いは不思議なほど自然に伝わっていた。

 おめえに、オラの元気を分けてやる。

 メタフィクスを倒し、世界の平和を守ってくれ──と。

 希望をこちらに託そうとする、彼の熱い思いが。

 

「すげぇ……どんどん力が沸き上がってくる……!」

 

 彼が何者なのか……その力を授かったと同時に、この次元の孫悟空は彼の素性をはっきりと理解する。

 

 彼は、あの別の次元から来たベジータと同じ存在なのだと。

 

「……ありがとな。これなら、オラもまだやれそうだ」

 

 薄藍色の道着を着た彼が悟空に向かって親指を立てると、それをエールとして受け取った悟空が返す眼差しで礼を言う。

 するとほどなくして、彼の姿は役目を終えたとばかりに朧のように消え去っていった。

 

 それと同時に彼らを包み込んでいたまばゆい光は掻き消え、悟空の姿は全王宮の領域へと戻った。

 意識が現実に返ったような心地の中で悟空が最初に見つけたのは、自らの目の前に瀕死体で浮かんでいる、別の次元のベジータの姿だった。

 

「ベジータ……」

 

 彼は、メタフィクスの攻撃から自分を庇ってくれたのだ。

 あのベジータが、孫悟空を助けた──それがどれほど異常なことか、「彼」の力を授かった悟空にはよくわかっている。

 彼がそんな行動をとってまで自分を助けてくれたこと──この次元の者に未来を託してくれたことに、悟空は多大な感謝と悔しさを抱いた。

 

「おめえの言う通りだ……何度も何度も負けてらんねぇ。おかげで、ちっとは目が覚めたぜ」

 

 メタフィクスの剣に貫かれたこの次元のベジータは既に手遅れの状態であったが、別の次元のベジータの方は意識こそ失っているがまだ息は残っている。

 死んではいない。しかし、この戦闘に復帰することはもう無理だろう。

 即ち孫悟空は、ただ一人世界の命運を託されたのだ。

 別の次元のベジータと──他ならぬ自分自身の選択によって。

 

「はああっ……!」

 

 その身に沸き上がるパワーの一片を解放すると、悟空の身体が金色に輝く。

 左右に伸びた黒い髪は逆立ち、瞬く間に光の色へと染まっていく。

 

 黄金の戦士、超サイヤ人。

 

 別の次元の自分から力を授かった今の自分には、超サイヤ人ゴッドという神の力ではなく、オーソドックスなサイヤパワーを持つこの形態の方が十全に力を発揮出来る気がしたのだ。

 そしてその感覚は、こうして実際に変身したことによって確かなものとなる。

 

「おめえの力……受け取ったぞ!」

 

 勝利を胸に誓うと悟空は黄金色のオーラを放ち、倒すべき敵の元へと飛翔していく。

 時間を賭けた邪神と人間のラストバトルが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルファボールによりおびただしい闇と共に召喚された黒い(ドラゴン)──その龍の名を、メタフィクスは「邪神龍」と呼んだ。

 その姿はまさしく、悪の神龍と呼ぶのが相応しい禍々しい外見だった。

 

「邪神龍……気分はどうですか?」

 

 アルファボールと名も無き界王神の魂によって誕生した、黒い神龍。

 そんな彼の正体は、先ほどまでメタフィクスの中でトランクスの魂と溶け合っていた名も無き界王神の魂を宿した、新たな器であった。

 

『負荷はありますが、想定の範囲です。数分もすれば馴染むでしょうし、この姿なら予定通り全ての時間を巻き戻すことが出来るでしょう』

 

 巨大な龍になっても変わらない礼儀正しい口調で、名も無き界王神──邪神龍のテレパシーがメタフィクスの脳内に響いてくる。

 メタフィクスが作った願い玉であるアルファボールがドラゴンボールの存在を基にしているように、この邪神龍は神龍を基にして創造された存在である。

 当然、人の願いを叶える力も邪神龍には備わっていた。

 

『では……貴方の願いを言いなさい、トランクス』

 

 そして神龍という存在がこれまでずっとそうしてきたように、邪神龍がメタフィクスに向かって願いを訊ねる。

 何も守ることが出来なかった理不尽な未来に絶望した彼が、悪しき界王神と手を組んでまで成し遂げたかった思いを。

 

 

「全ての世界に、平和をください」

 

 

 その願いを、メタフィクス──トランクスが打ち明けた。

 過去も未来も現在も──この超次元における全ての時間軸の世界を、完全な平和へと導く願い。

 失った世界も今ここにあるものも全て纏めてゼロに戻し、何もかもを無かったことにするのだ。

 行くところまで行ってしまったこの世界を望んだ形にする為には、ここにある今では全て手遅れだと絶望していた。だからこそ、彼らにはこれ以外の救済策が見つからなかったのである。

 

『巻き戻しの範囲が全域に渡るまで、少々時間が掛かります。しかし貴方の願いは必ずや、この邪神龍が叶えてみせましょう』

 

 彼の願いを受諾した邪神龍が、龍の咆哮を上げて虹色の光を放つ。

 願いの規模が大きな為、一瞬で全てを終わらせることまでは出来ない。

 しかしこの瞬間から、超次元における全ての時間がこの全王の領域を中心に虚無へと戻り始めていった。

 

 

「これで、良かったんだ……」

 

 この場所からではわからないが、外の宇宙では邪神龍によって巻き戻しが始まっていることであろう。

 これまで掛けてきた苦労を思い感慨に浸りながら、メタフィクスがぼそりと呟く。

 

 何もかもを捨てる覚悟でこの道を選んだ。

 父親さえも殺して、世界の悪になることを望んだ。

 しかしその筈でも、彼の表情は心の奥から滲み出る良心の呵責から逃れられていなかったのだ。

 

 そんなメタフィクスの様子を見かねたように、邪神龍が時間の巻き戻しの片手間に彼の頭脳へテレパシーを送る。

 

『トランクス、貴方の役目は終わりました。地球にまだ影響が及んでいない今、貴方が望むのならこの次元の仲間達に別れを告げるのも良いでしょう』

 

 戦いが終わり、名も無き界王神の魂を邪神龍に変えた今、英雄トランクスにそれ以上のことは求める気は無いと。

 貴方は既に名も無き界王神の意志に従う必要が無くなった自由の身だと告げた上で、邪神龍が一つの道を彼に指し示したのである。

 しかしその言葉に対して、メタフィクスは静かに首を振った。

 

「……別れならあの日、ちゃんと済ませました。それに……」

 

 この次元の時間全てが巻き戻されれば、かつての仲間達と再び会うことももう無い。

 それを寂しいことだとは思わない。メタフィクスにとってそんな感情はこの道を選んだ時点でとうに切り捨てていたものであり、何も感じていない筈だった。

 

 ……感じていないと、思いたかったのだ。

 

 そんなメタフィクスが目の前のものから目を背けるように邪神龍から視線を外すと、こちらに向かって尋常でない速度で向かってくる一人の男の気配へと目を向けた。

 

「俺の役目はまだ、終わっていないみたいだ」

 

 光の速さで流れてくる、黄金色の軌跡。

 戦闘に上半身部分が破けた山吹色の道着を纏った最強のサイヤ人が今、彼らの居場所へと迫り来た。

 

 多くの次元にとって特異点的な存在である──孫悟空の姿が。

 

『孫悟空……まだ生きていましたか。しかし、あの力は一体……』

 

 我が身を盾に立ち塞がった別次元のベジータ諸共、気功波で吹き飛ばしたと思っていたが、彼はまだ五体満足で生きていたようだ。

 しかし解せないのは、その身から迸る凄まじいエネルギーだ。

 既にサイヤパワーを使い果たし、死に体であった筈の彼は今……これまでには考えられないほどの力をその身に宿っていた。

 名も無き界王神の魂が宿る邪神龍がそんな彼の姿に驚愕し、トランクスの魂が宿るメタフィクスがぎり、と奥歯を鳴らして彼の姿を睨んだ。

 

「……どんなに絶望的な状況でも、限界を超えて強くなる。孫悟空とは、そういう人です」

 

 だからこそ周りの人間は、彼が居ればなんとかなると思ってしまう。

 彼が居ればどんな困難でも、その強さと優しさで未来を切り開いてくれると甘美な幻想に浸っていられる。

 

 ──そんな希望など、どこにも無いと言うのに。

 

 

「見つけたぜ、メタフィクス! それに……そこに居るのは黒い神龍か?」

 

 再びメタフィクスの前に舞い戻った悟空が、青い双眸で邪神龍を見据える。

 油断なく引き締まったその表情は、メタフィクスが良く知る孫悟空そのものであった。

 

「彼の名前は邪神龍──アルファボールと界王神様の魂によって生み出された、邪神の神龍です。……彼が、俺の願いを叶えてくれる」

 

 ただならぬ威容を誇る邪神龍に対し警戒心を抱く悟空に対して、メタフィクスがその存在を簡潔に説明する。

 邪神龍は彼らの計画において最も重要な役割を持ち、目的の為には命に代えても守り抜かなければならない存在だ。

 たとえこの身が滅びようと、邪神龍さえ居れば願いは叶い、世界の時間を巻き戻すことが出来る。

 多くの犠牲を払って、邪魔になる者を殺し尽くして、ようやくここまで来たのだ。

 だから、絶対に──

 

「邪魔はさせないぞ、孫悟空」

「トランクス……おめえ、界王神の魂と別れたのか?」

「そうだ。俺の魂はここに残り、界王神様の魂はそこに居る邪神龍になった。……だが、俺はトランクスじゃない」

 

 トランクスの魂だけを宿している筈のメタフィクスが、内なる禍々しい気を放出しながら悟空と対峙する。

 度重なる死闘の連続に加えて、ゴジータのビッグバンかめはめ波によって受けたダメージは大きい。

 表には出していないだけでメタフィクスの消耗は既にピークを迎えており、フルパワーを発揮出来る状態ではなかったが……それでも、邪神の身から放たれる力は依然強大だった。

 

 俺はまだ戦える。

 だからこの戦いに、全てを懸ける。

 

 何もかもを捨て去った決意の瞳で悟空を睨み、メタフィクスが叫んだ。

 

「トランクスもベジータも俺が殺した……俺は、邪神メタフィクスだ!」

 

 闇色のオーラを纏い、猛スピードで接近していくメタフィクス。

 黄金色のオーラを纏う悟空が亀仙流の構えを取り、それを迎え撃つ。

 つくづく思う。味方だった頃はあんなにも頼もしかった彼が、敵に回すと嫌になるほどしぶとい男だと。

 傷つく度に強くなる英雄の拳が、メタフィクスには嫉妬するほど憎々しかった。

 だが、勝つのは俺達だ。

 一瞬の間に数十発ほど拳を打ち合った二人はもつれ合うように上昇していくと、メタフィクスが悟空の突き出した拳を掴みながら唱えた。

 

「カイカイ!」

「なっ……!?」

 

 カイカイ──界王神やその付き人にのみ備わっている、瞬間移動能力である。

 メタフィクスはその能力を使って悟空の存在を、我が身と共に邪神龍の居るこの領域から連れ去ったのである。

 

 ──自分が敗れても確実に邪神龍を守り抜き、目的を果たす為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 メタフィクスのカイカイによって全王の領域から一瞬で転移した彼らの姿は、北の銀河で最も美しい青の星の荒野にあった。

 

 快適な重力に、透き通った空気。

 そこは彼らにとって、他のどの星よりも住み慣れた環境であった。

 

「ここは……地球か!」

「そうだ……ここは地球。俺と貴方達過去の人間が、初めて会った場所だ」

 

 周囲に広がる見慣れた景色を横目に、悟空がこの場所の正体を即座に把握する。

 彼らは今、全王の領域から一気に第七宇宙の地球へと転移してきたのだ。

 密着した体勢からメタフィクスと悟空が同時に距離を取りながら、その足を踏み慣れた大地に着ける。

 

「貴方の瞬間移動では、単独であの場所に行くことは出来ない。これでもし貴方が俺に勝ったとしても、邪神龍を止めることは永遠に出来ないということだ」

「っ、そういうことか……考えやがったな……!」

 

 わざわざ戦場を地球に移した理由を語るメタフィクスに、悟空が苦虫を噛み潰す。

 万全に万全を期したと言うところか。カイカイとは違い、事前に移動先の生物の気を探知する必要があるヤードラット星人式の瞬間移動では、宇宙を越えた彼方にある邪神龍の居場所へ戻ることは不可能だ。

 仮にメタフィクスを倒しても、邪神龍を倒さなければ時間の巻き戻しを阻止することが出来ない以上、悟空からしてみれば完全な手詰まりを意味していた。

 理性的に下されたメタフィクスの判断は、彼の計画を確実に成功へと近づけたのである。

 

「だが貴方がその心配をする必要は無い。貴方は俺に倒され、ここで死ぬ。そして、世界は生まれ変わる!」

「どうかな? 簡単にはいかねぇぞ!!」

 

 しかし絶望がより深まったこの状況でも、孫悟空の戦意は揺るがなかった。

 互いに譲れない思いがあり、守りたいものがある。

 正義の戦士と悪の邪神──その決着が、遂に訪れようとしていた。

 

「勝負だ! 孫悟空っ!!」

「おりゃあああっっ!!」

 

 気を解放した二人が、彼らの愛したこの地球で激突する。

 

 ──それは正真正銘の、ラストバトルの幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場を地球に移した二人の最終決戦を、龍姫神の水晶玉からGT次元の一同が固唾を飲んで見守る。

 ベジータが倒れた今、メタフィクスと戦えるのはもはや超次元の悟空一人だ。

 そうなった時点で敗北は必至──と思われた当初の戦力差であったが、今この時の悟空は通常の超サイヤ人の状態でありながら、メタフィクスと対等に渡り合っていた。

 

「あっちの悟空さんが、とんでもなく強くなっている……!?」

「一体、何があったんだ……?」

 

 100倍界王拳の反動で一時は変身が出来なくなるまで体力が消耗していた筈が、身に宿る気が回復しているどころか爆発的に戦闘力が上昇している。

 今の孫悟空が彼らに見せている力は、サイヤ人の特性を鑑みても説明がつかない飛躍であった。

 嬉しい誤算の半面、唐突な事態に首を傾げる一同に、自らの役目を終え、超サイヤ人フォレストの状態を解除した龍姫神が説明する。

 

「貴方がたの良く知る孫悟空が、超次元に居る自分自身に自らの力を貸し与えたのです。元気玉の応用のようなものだと、彼は言っていましたが……ここまでのパワーアップは、確かに予想外ですね。同一人物であるが故に、何か相性の良さのようなものがあったのかもしれません」

「……やっぱり、さっき感じたのは父さんの気だったんだね」

 

 力を貸す、と言っていたようだが、まさに文字通りのことを彼はしてくれたようだ。

 加勢に入るのではなく、あくまで自らの力を貸し与える。龍神界の者が直接的に力を行使することは禁止されていると龍姫神は前に言っていたが、その抜け道を通ったかのような対応である。

 

 だが、それが最善なのかもしれない。

 

 あちらの世界の問題は、出来るならあちらの世界の住民が解決した方が良い。それも、彼らが当初思っていた以上に深刻な内容だった今回の件に関しては尚更だ。

 

 しかし、それにしても悟空のパワーアップには異常すぎるものがある。

 ベジータの超サイヤ人4と同等近い戦闘力であり……明らかに、彼の限界を超えた強さであった。

 

「まるで、フュージョンみたいだ……いや、それ以上かも」

超融合(スーパーフュージョン)って言ったところか……」

 

 次元を越えた二つの力が超融合し、孫悟空はメタフィクスを倒しうる最後の希望になったのである。

 二人の気を一身に集め、飛躍的に戦闘力を上昇させる点ではフュージョンに似ていると思うトランクスと悟天だが、何にせよ頼もしい力であることに変わりはない。

 そして悟空とメタフィクスの実力が近くなればなるほど、これまでこの次元のベジータ達が戦ってきた成果が明るみになっていた。

 

「メタフィクスも、度重なる戦いで大きく消耗しているようです……これが、彼らの最後の戦いになるでしょう」

「おじいちゃん……頑張って」

 

 多くの者達がつないでいった希望のバトンは、彼に託された。

 世界は違えど、やはりあそこに居るのは紛れも無く孫悟空だ。

 彼の雄姿を自身の目の奥に焼き付けるように見つめながら、一同は彼の勝利を願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽の光が照らし出す、地球の荒野。

 

 黄金色の戦士が拳を突き出すのと同時に闇色の戦士が拳を突き出し、互いの拳をぶつけ合った両者は爆風の煽りを喰らったように左右へと弾き飛ばされる。

 

「だりゃああああああっっ!」

 

 そこから体勢を立て直すのが一歩早かった黄金色の戦士孫悟空が雄叫びを上げて猛進し、闇色の戦士メタフィクスの胸へと突っ込んでいく。

 持てる力の全てを振り絞った全力の体当たりを避けることは出来ないと判断したメタフィクスが、咄嗟に両腕を交差して防御の構えを取る。

 が、悟空の勢いを殺し切ることは叶わず、防御の上から彼の身が弾き飛ばされ、勢い良く背後の岩場へと叩き付けられていった。

 

「くっ……そおおおオオッ!!」

 

 沈んでいく地盤から間も無くして復帰し、闇色のオーラを爆発的に解放させていくメタフィクス。

 名も無き界王神が表に出ていた時とは違う熱情の籠った目で、メタフィクスはその右手を背中の柄に添えて言う。

 

「孫悟空……俺は未来を変える。そう、決めたんだ……!」

 

 剣を抜き放ち、刀身がおびただしい闇を放って刃となる。

 それと同時に、メタフィクスの青み掛かった灰色の髪が紅蓮に染まった。

 超サイヤ人アンチゴッド。超サイヤ人ゴッドの神々しさと邪神の禍々しさを併せ持ったその姿は、メタフィクスという存在の混沌さと不安定さを物語っているかのようだった。

 

「だから……邪魔をするなあああッ!」

 

 つんざくような叫びを上げながら、漆黒と紅蓮の混じった光が吹き荒れていく。

 最初に見た時は、その姿が不気味に見えた。だから悟空は彼との戦いにワクワクを感じず、それどころか恐怖すら感じていた。

 

 だが……彼の正体を、そしてその想いを知った今、悟空の心に恐怖は無かった。

 

「わりぃな……邪魔をするぜぇ!」

 

 黄金色の光が荒々しく変わり、そしてその全身を青白い稲妻が駆け抜けていく。

 さらに一段階強化されたその姿の名は、超サイヤ人2。

 逆立った前髪の下で双眸を尖らせ、悟空がメタフィクスを睨み返す。

 斬り掛かってくるメタフィクスの剣戟を黄金のオーラを纏った拳で捌きながら、一心不乱に応戦した。

 打ち付け合いながら、悟空が彼に問い掛ける。

 

「本当にいいのかトランクス! 全部巻き戻したら、本当に何もかも無かったことになるんだぞ!?」

「何も無かったことにした方が救われる世界がある! 過去を見つめ直して、界王神様と出会って! 俺はそのことを知った!」

 

 そう叫ぶメタフィクスの顔からは、何の戸惑いも感じられなかった。

 揺るぎない闘志で悟空と対峙するその姿には、洗脳されている様子も無い。

 彼は本気なのだ。どこまでも本気で……しかしその眼差しは、どこか矛盾を孕んでいた。

 

「だったらなんで辛そうな顔しているんだ!?」

「ッ!」

 

 蹴り上げ、回り込みながら右肘を振り下ろす。

 よろめきながらも体勢を立て直したメタフィクスが、左腕で防ぎつつカウンターの容量で右手に携えた剣の切っ先を悟空の首元へと突き出してきた。

 その剣先を紙一重でかわした瞬間、一筋の擦過傷が頬に刻まれ鮮血が滴る。

 慣れた痛みに臆することなく密着した悟空が、両脇で挟むようにメタフィクスの右腕を押さえ込んだ。

 

「ぜってぇ後悔するぞ……おめえは、ベジータの言葉だって伝わった筈だ!」

「父さんは……っ」

 

 GT次元の孫悟空の力と同調した今の悟空の超サイヤ人2は、超サイヤ人ゴッドの力を持つ超サイヤ人ブルーの能力を遙かに超えていた。

 ベジータとフュージョンしてようやく着いていくことが出来たメタフィクスの力に、ようやく拮抗することが出来たのだ。

 しかし、今の悟空には自身のパワーアップに喜ぶ気もメタフィクスとの死闘を楽しむ気も無い。

 あるのはただ、ベジータの為、ブルマの為、そして誰よりトランクス自身の為にも絶対に負けられないという極限の思いだった。

 

「なあ、帰ろうぜトランクス? たくさんつれぇ思いしてきたんだからさ……もう、無理すんなよ」

 

 こちらの指摘に一瞬だけ眉を動かしたメタフィクスに向かって、畳み掛けるように呼び掛ける。

 自分でも、慣れねぇことをしているのはわかっている。だが自分の息子であり、彼の師匠だったあの悟飯なら、今の彼をきっと止めてくれる筈だと思ったのだ。

 

「……まれ……」

 

 拘束から逃れようとするメタフィクスの右腕が、絞り出された声と共に震える、

 そして次の瞬間、彼の左手から痛烈な連撃が襲った。

 

「黙れ! 黙れッ! 黙れ黙れ黙れぇっ!!」

「っ、ぐっ! うわあ……!?」

「黙れぇぇっ!!」

 

 狂乱の叫びと共に繰り出された拳が、悟空の頬を乱打しその威力が一発ごとに増していく。

 癇癪を起こしたような叫びは父ちゃんそっくりだなと感じながら、悟空の身体は荒野の地面へと叩き落とされていった。

 

「もう……たくさんなんだ! 救いの無い世界で、犠牲になる誰かを見送るのは!」

 

 泣いているように喚いて、聞いているこっちが辛くなる。

 空から響き渡る彼の叫びを仰向けの体勢で聴きながら、悟空は身体中の激痛以上に胸を刺す痛みを知覚した。

 

「神を倒して、生まれ変わった世界を邪神龍が治めればみんなが幸せになれる筈なんだ……! この次元を救う為にはそれ以外もう手は無くて……! どうしようもない犠牲が多すぎたんだ!」

 

 饒舌になるのは、心の中で彼が苦しんでいる何よりの証拠だろう。

 彼はずっと隠してきた。辛いことも悲しいことも我慢し続けて、耐えて戦い抜けばきっと乗り越えられると信じていたから。

 

「だから頼む……! もうこれ以上、俺達から奪わないでくれ!」

 

 未来を信じた結果、誰も居なくなった。

 

 託された想いも、何一つ守ることが出来なかったと……そう、自分を責めているのだろう。

 だから、彼は選んだのだ。この道を。

 

「トランクス……」

 

 彼に掛けてやれる言葉が、悟空には見つからなかった。

 彼と比べればきっと、自分は幸福な時代に生きていたからである。

 いや、違う。

 違うのだ、それは。

 そもそもこの時代が、彼の居た時代よりも幸福になれたのは──

 

「おめえのやってきたことは、無駄なんかじゃねぇ……」

 

 彼が託された想いは、まだ繋がっている。

 彼の手にもまだ、希望は残っている筈だと悟空は信じた。

 そんな悟空に向かって、いや、自分自身に言い聞かせるような言葉でメタフィクスが叫んだ。

 

「全てを終わらせた先にしか未来が無いのなら、俺はっ!!」

 

 仰向けに倒れた悟空の心臓にとどめを刺す為に、トランクスが両手に剣を構え、黒く滲んだオーラを光の翼のように広げる。

 澄み渡る蒼穹を背にした輝きを放つ姿は、まさしく新たな世界の神様に相応しい神々しさだった。

 だが、それでも。

 

 負けるわけにはいかねぇんだ!

 

「諦めんな!」

「っ!?」

 

 瞬間移動──これまで幾度となく悟空の窮地を救ってきた、ヤードラット星人の秘技だ。

 

「そうやって見切りつけちまったら、おめえがやってきたことが本当に台無しになっちまうんだぞ!」

 

 メタフィクスの背後へと回り込み、両足から繰り出した蹴りで逆に彼を地面へと叩き落としていった。

 その先に両手からの気功波で追撃しながら、悟空が問い掛ける。

 

「それでみんなが生まれ変わっても、おめえは救われるのか!? やり直した後で、おめえはどうすんだ!?」

 

 メタフィクスが空中で回転しながら着地し、間髪入れず降り注いでくる悟空の気功波を両手から放つ邪神の気のバリアで消失させていく。

 悟空の姿を見上げるメタフィクスは、その問い掛けを受けて深くまばたきした後、冷静さを取り戻した表情で返した。

 

 それは狂乱の渦にあった心の中で、自分自身の役割を思い出したかのように。

 

「……邪神龍が世界を巻き戻したら、今と同じことをするだけだ」

 

 ふっと、初めて笑みを浮かべる。

 しかしその表情は、あらゆる感情を投げ捨てたような笑みだった。

 

 

「邪神龍の使徒として、平和を脅かす者達と戦い続けよう。たとえそれが……数千億年に及ぼうとも」

 

 

 それが、この世界を終わらせた自分への罰とでも言うように。

 邪神メタフィクスは言い捨て、爆ぜた。

 

「おおおおお……! はあああああああっっ!!」

 

 内なる力をさらに引き出し、荒野に恒星を爆誕させながら真の力を解放させる。

 彼をここまで追い詰めた絶望の全てを彩るような、おぞましい叫び声を上げ──呼応するように、禍々しい気が爆発的に膨れ上がっていく。

 

 その瞬間、紅蓮の髪が白く染まって逆立ち、瞳の色は金色へと変わった。

 

(スーパー)サイヤ人(ゼロ)……!」

 

 虹色の神々しいオーラを撒き散らせる。

 再び見せたその変身に、悟空が震えを催す。底冷えするような肌寒さと恐怖を感じた瞬間である。

 たとえ自分が倒れようとも、邪神龍を倒さない限り世界のリセットは止められない。

 超融合した悟空とメタフィクスの戦況は互角だが、状況は圧倒的にメタフィクス側が優位だ。しかしそのような立場にありながらも、彼の頭には時間稼ぎなどという考えは一切無かった。

 本気で戦い、全力を尽くして己に挑んでくる彼の姿に、悟空もまた戦意を昂らせて対抗した。

 

「はあああ……! だあああああああっっ!!」

 

 悟空が叫び、最後の変身を行う。

 光の色をした前髪が逆立つと、後ろ髪が稲妻を放ちながら一気に伸び上がっていく。

 数段と力を増したその変身形態の名は(スーパー)サイヤ人(スリー)──かつての孫悟空最強の形態であり、別の次元の悟空と超融合を果たした今の悟空にとっての最強形態でもあった。

 

 ──ゴッドの力を持たずして、ゴッドを超えた力。

 

 神の力に頼らずとも人は神を超えて強くなれるのだと……ベジータの超サイヤ人4と同様に、世界にそんな希望を示すような姿だった。

 

「──!」

「──!」

 

 超サイヤ人0対超サイヤ人3。

 互いに最強の姿になった二人は同時に天空へと飛び上がり、一瞬の間にこの地球を何百周もしながら打撃の応酬を繰り返していく。

 黄金と虹色──二つの輝きを放つ二人が螺旋を描く姿は、まさに地球の青空を疾走していく彗星そのものだった。

 

「邪神龍のところで、ずっと戦い続けるっちゅうんか!? たった一人で……!」

「そうだ!」

「それじゃ何も……救われてねぇじゃねぇかよォ!!」

 

 激突する二人の力は空間を歪め、時間の法則さえもねじ曲げていく。

 拳と拳が弾き合う度に、宇宙のどこかが砕け、飛び散っていく。

 犠牲が生じる度に陰りが生じるメタフィクスの表情には、孫悟空と戦いながらも高揚は無かった。

 

 

 ──そんな彗星達の姿は、地上から見上げる多くの人々の目にも映っていた。

 

「あ、あれは……!」

「悟空とトランクス……か? あいつらが、戦っているのか……?」

「二人とも、なんて力だ……!」

 

 西の都のブルマの庭から戦闘の様子を見上げる一同が、彗星の正体が二人の戦士であることに気付いて驚愕の声を上げる。

 悟空とトランクスが戦っている。しかしそれは、いつか行っていた腕試しのような軽い雰囲気ではない。

 互いが互いを叩きのめす為に全力でぶつかり合い、一撃一撃に必殺の威力と殺意が込められた壮絶な死闘である。

 

「いくらなんでも、おめえは背負いすぎだ!」

「散々地球を救ってきた貴方がそれを言うな!」

 

 叫び、唸り、砕け飛び散った光が何度も集束し破裂していく。

 二人の死闘にはもはや迸る余波だけで気が狂ってしまいそうになるほどの、誰にも近寄らせまいとする凄まじさだった。

 

 

「トランクス……? どうして……」

 

 彼らの緊迫した戦いの空気を読み取ったブルマが、変わり果てた息子の姿に困惑の表情を浮かべる。

 何故あの二人があんな戦いを──殺し合いをしているのか。

 人知を遥かに超越した二人の戦いの様子が、一般人であるブルマの目に読み取れたわけではない。

 しかしその光景を見ていると何故か胸が締め付けられるように苦しく、抑えきれないほどに無性な虚しさを感じた。

 

『覚えておくのだ、お前達』

 

 そんなブルマに、ブルマ達の耳に低い声が響き渡る。

 それは上空に浮かぶ一体の龍──一同と同じように二人の戦いを見上げていた、神龍の声だった。

 

『今お前達が見ているものを、夢や幻だと思うのも良いだろう。だが、覚えておけ……罪の無い者の幸せを奪ってまで、自分の願いを押し通すことの残酷さを』

「神龍……」

 

 神龍のその言葉が何を意味していたのかは定かではない。

 ただブルマ達は今後何があっても、この光景を忘れてはならないと思った。

 

 ──誰一人として幸せになれない、その戦いの光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連戦に次ぐ連戦で消耗しても尚、力では超サイヤ人0が勝っていた。

 それでも悟空が食い下がることが出来たのは、メタフィクスの心の消耗度合いが肉体の比にならないほどに大きかったからであろう。

 

 しかし二人の戦意は最後まで、衰えることは無かった。

 

 それはどちらにも守りたいものがあり、どちらにも背負うものがあったからである。

 

 

 交えた拳の間から飛び散る凄まじいスパークが、二つ目の太陽の如く地球の空へ射し込んでいく。その光の中に、二人の戦士の姿を浮かび上がらせていた。

 メタフィクスが渾身の力で悟空を弾き飛ばし、背中に背負った鞘から一本の剣を抜き放つ。

 

「はあああああっっ!!」

 

 その刃を、メタフィクスは悟空の頭部から縦一文字に振り下ろした。

 もし敵が何も出来なければ、メタフィクスの剣は狙い違わず悟空の身体に食い込み、頭の先から顎下に至るまで一刀のもとに両断していたことだろう。

 

 だが、悟空は動いた。

 

「ふんっ!!」

 

 咄嗟に両腕を動かし、今まさに頭部へ叩きつけようとしていたメタフィクスの剣を両手で挟み込んだのである。

 血塗れの剣の刀身を、悟空が白刃取りの形で受け止めたのだ。

 もはや言葉すら交わさなくなった二人は互いに咆哮を上げながら、どちらも譲らず光のオーラを拡大させてその腕に力を込めていく。

 その果てに屈したのはメタフィクスでも悟空でもなく、押さえつけられたメタフィクスの剣であった。

 

「だあああっ!」

「──ッ!? チィィッ!」

 

 事態が膠着したかに思えた一瞬は過ぎ去り、悟空が身体ごと手首を捻り、メタフィクスが己の気を込めた剣の刀身を真っ二つに圧し折ったのである。

 無防備な体勢になったメタフィクスの隙を逃す筈も無く、悟空がその足で敵を蹴り飛ばした。

 

「くっ……! はあああああああ!!」

 

 即座に身を回転させながら体勢を整えたメタフィクスはそれ以上の追撃を悟空に許さず、雲の上の戦場からさらに上昇すると、折れた剣を鞘に収めながら一気に成層圏へと飛び出していった。

 それを追って、悟空も同じ領域へと躍り出る。

 

「今度こそ……最後だ!」

「ああ……行くぞっ!!」

 

 澄み渡る地球の青を眼下に、互いに呼吸を荒げた二人が勝負を決める最後の一撃へと打って出る。

 自身の最強の一撃を決めるべく、彼らは互いに師から譲り受けた大技の構えを取った。

 

「邪神魔閃光ッッ!!」

 

 印を結んだ両手にありったけのエネルギーを集束させ、虹色の光としてメタフィクスが解放する。

 邪神魔閃光──度重なる戦いに体力が消耗している今、その威力はゴジータに放った時よりも下がってはいたが、飲み込まれれば今の悟空の肉体を塵一つ残さず消し飛ばすには十分なパワーが込められていた。

 

「力、借りるぜ……」

 

 それと、同時。

 孫悟空もまた譲り受けた力の全てを注ぎ込み、赤い光として両手から放出した。

 

「10(べぇ)! かめはめ波あああああっっ!!」

 

 別次元の孫悟空の力を持った、孫悟空の超サイヤ人3。

 その力の中で本能で編み出したように、彼はかめはめ波の枠を超えた究極の一撃を完成させたのである。

 

 虹色の光と赤い光は唸りを上げてぶつかり合い、一つの恒星が誕生したような爆発が成層圏に広がっていく。

 この時、地球で召喚された神龍が咄嗟に防壁を張っていなければ、力の無い地球の民はその熱量によって蒸発し、たちまち消滅していたことだろう。

 神を超えた二人の戦いは、とうに地球という惑星の許容量をはみ出していたのだ。

 

 

「ぐっっ……! ぐうう……!」

 

 巨大な爆発の中で、その爆風の煽りを受けながら、孫悟空は朦朧とした意識の中で必死に耐える。  

 10倍かめはめ波──その一撃で、今度こそこの戦いを終わらせる筈だった。

 しかしそんな悟空の目論見は外れ、膨れ上がった爆炎を突き破りながら、光の剣を両手に携えた一人の戦士の姿が視界に飛び込んできた。

 

「おおおおおおおっ!!」

「何ッ!?」

 

 ファイナルホープスラッシュ──かつてザマスを葬りかけた一撃と同じ波動を纏いながら、白髪のメタフィクスが凄まじい速度で突っ込んでくる。

 悟空同様に、彼もまた今の一撃の反動を受けていた筈だ。

 とっくにその肉体は限界を迎えている筈だと言うのに、その執念は微塵も衰えていなかった。

 

「消え去れ! 孫悟空っ!!」

 

 折れた切っ先から伸びた光の剣。

 その切っ先を悟空の心臓に向けて突き出しながら、メタフィクスは最後の一撃を繰り出す。

 それは彼にとっては、未来を切り拓く希望の一撃だったのかもしれない。

 

 

「……!」

 

 まばたきする間も無い。

 あと数瞬もしないうちに、彼の携えた光の剣が悟空の心臓を貫き通すだろう。

 その事実を悟りながらも、不思議と悟空には敗北の悔しさも死の恐怖も感じていなかった。

 ただ、悟空は心の隅で微かに思った。

 今のメタフィクスの中に名も無き界王神の魂は無く、混じりっ気の無いトランクスの魂だけだというのはわかっていた。

 そんな彼が、他の誰でもない自分の意志で自分を倒し、世界を変えようとしていることも。

 しかし、それを止められなかった時。

 彼の母親である未来のブルマや師匠の悟飯、彼が守って来た人達が悲しむんじゃないかと──ただ、そう思った。

 

 故に、悟空は自らに迫る死の気配の中で気づけた。

 

「悟飯……さん……?」

 

 ほんの僅かだけ、彼が自分にとどめを刺すことを躊躇ったことに。

 ほんの一瞬だけ、彼が自分の姿に自らの師の姿を重ねてしまったことに。

 

「あああああ!! うあああああああっっ!!」

「……っ!? おおおおおっ!!」

 

 半瞬に満たないその隙を、悟空は見逃さなかった。

 超サイヤ人3の状態を維持していた力とこの領域に散布されていた気の力を右腕一つに集めると、なけなしの力を込めてその拳をメタフィクスの胸へと突き刺した。

 

 その直後、メタフィクスの剣の狙いが心臓を逸れて悟空の左肩に突き刺さった。

 

 瞬間──二人の戦士の変身がお互いに解除され、二人の身体は地球の重力に従いながら、もつれ合うように辺境の高山へと落ちていった。

 

 

 



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さらばメタフィクス! 未来への希望はつながった

 大気圏で燃え尽きなかった流星の如く、二人の戦士が落ちていった地は、悟空にとって馴染みのある景色だった。

 川の音と動物達の声が聴こえる、自然に溢れた森──そこは悟空の住んでいるパオズ山の、樹海の一部であった。

 

「ぐっ……く……っ!」

 

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。身体中に響く激痛の中で目を覚ました悟空が最初に行ったのは、自身の左肩に突き刺さっていた剣の切っ先を抜き取りながら上体を起こし、自らが置かれた状況を確認することだった。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 メタフィクスの剣からは既に光の刃は消えており、元の刃も大部分が折れていた為に突き刺さった左肩の傷は浅く、見た目ほど深刻なものではなかった。

 しかし、仙豆を食べるまでは左腕を動かすことも出来そうにない。尤もそれ以前に、身体中が言うことを聞かなかった。

 そんな満身創痍な状態の中で、どうにか首から上を動かすことが出来た悟空が、自身の傍で仰向けに倒れている青年の姿を見るなり覚束ない口で話しかけた。

 

「い……生きてるか……? トランクス(・・・・・)

 

 その言葉で目を覚ましたように、青年──トランクスがゆっくりと目蓋を開ける。

 悟空も彼も既に変身は解けており、共にここで再びぶつかり合う体力も気力も無い。

 トランクスはただこの地球という星の鼓動を自らの身体で感じるように、その背中を大自然の大地へと預けていた。

 

「……トランクスは……俺が殺したと言った筈です……」

 

 悟空の問いかけを根本から否定するように、彼は頑なにそう応えた。

 自分は邪神メタフィクスであり、トランクスという人間は実の父親と共にその手で葬ったのだと。

 しかしその言葉を、悟空はくたびれた様子ながらも清々しい微笑を交えて否定した。

 

「へへ……そんなことはねぇさ……おめえはトランクスだ。だから最後、オラを殺せなかったんだろ……?」

 

 元気剣で悟空の心臓を突き刺そうとしたあの一瞬、メタフィクスは僅かに表情を変え、そのスピードをほんの少しだけ落とした。

 それは彼が、最後まで冷酷に徹することが出来なかったことの何よりの証拠である。

 

 それが結果的に、二人の決着をこうして相打ち(・・・)に終わらせることになった。

 

 邪神メタフィクスではなく、最後の最後で人の心を見せることになったその理由を──トランクスは青空を眺めながら、虚ろな言葉で紡いだ。

 

「悟飯さんが……俺を見ていた気がしたんです……」

「……そうか」

「幻だったのかもしれない……だけど、俺は……貴方を殺せなかった……」

 

 傷だらけになりながらも必死で食らいつき、最後まで希望を忘れず戦い続ける孫悟空の姿に、トランクスはかつての師の姿を重ねてしまったのだ。

 性格に差異はあれど、彼らもまた親子だった。トランクスには師と似たその顔で相対してきた彼を殺すことが……憎しみを維持することが出来なかったのである。

 

「界王神様が居なければ、あそこで父さんを殺すことも出来なかったでしょう……俺は最後まで、貴方達を憎み切れなかったんだ」

「トランクス……」

「やっぱり……甘いな、俺は。詰めが甘くて、弱くて……こんなだから俺にはあの子達を……あの世界を守ることが出来なかった……」

 

 後悔と憎悪。

 悲しみと憂い。

 内に秘めた感情の混沌が込められたような涙が両目から溢れ、地面へと滴り落ちていく。

 彼を生前、病死にまで至らしめた絶望──その感情を露わに、トランクスが呟いた。

 

「俺は結局……自分の気持ちを押し通すことも……貴方達に勝つことも出来なかった」

 

 愛する者も、愛してくれる者も失った。

 力こそが全てで、平和を勝ち取る為には勝者とならなければならない歪な世界の中で、常に敗者として追い込まれていたのがトランクスの人生である。

 

 だからこそ、彼は邪神メタフィクスとしての力を欲した。

 その力で神々を滅ぼし、世界を壊し、名も無き界王神と共に世界をやり直すことを誓った。

 

 全てを捨ててまでも、彼は望んだ世界を……失った希望を取り戻したかったのだ。

 しかしその先で彼に突き付けられたのは、やはり自分は絶対的な敗者だったという残酷な現実だった。

 投げやりで、それでいて実感の込められた彼の言葉に対して──ただ一人、それを聞き届けた悟空が首を横に振った。

 

「そんなことはねぇさ。オラやベジータが束になったって、おめえにはとても歯が立たなかった。宇宙最強の全王様や、ウイスさん達もおめえが倒したんだぜ? おめえは、オラとベジータに勝ったんだ」

 

 お前は敗者ではない、と。

 お前は世界を変えることを、その手で成し遂げたのだと──ありのままの事実を述べるように、悟空が言った。

 その言葉に、トランクスは仰向けに青空を眺めながら静かに呟いた。

 

「……そうか。勝てたんだな、俺は……」

 

 ゆっくりと目を閉じて、その胸に響き渡る小さな感慨に浸る。

 何もかもを失った人生の果てに掴み取ることが出来た、たった一つの勝利。

 それだけが、今のトランクスが拠り所に出来る、唯一の希望とさえ思えた。

 そんな彼との戦いを改めて振り返るように、穏やかな表情で悟空が言った。

 

「本当に強くなったなぁ、トランクス……いつか、またやろうぜ。おめえの未来を、取り戻した後でさ」

「……こんな力、褒められたもんじゃありませんよ……」

 

 全王、大神官、ウイス、ビルス、別次元のベジータ、この世界のベジータ、そして孫悟空。

 あらゆる強者達とぶつかり合い、次々と下していったトランクスの強さは間違いなく本物だったと、悟空が武道家としての思いを込めて賞賛する。

 しかし、そんな賞賛など快く受け取れるものではない。

 邪神メタフィクスとして彼が得た力は修行で手に入れた正当なものではなく、憎悪と絶望を力に変えて生み出した邪道の力だ。

 そして何より、トランクスはその力で──

 

「……俺は、父さんを殺した」

 

 実の父親を殺してしまったのだ。

 実行したのが名も無き界王神の意志であろうと、トランクスはそうなることも承知の上で邪神になることを選んだのだ。

 父を殺したのは紛れも無く自分だ。所詮は破壊神や全王と同じ、悪の力に過ぎないと……自嘲するように、トランクスは言った。

 

「それは確かにひでぇけどよ……ドラゴンボールで生き返らせて謝れば、ベジータだってちゃんと許してくれるさ。殺された時のアイツ、怒ってなかっただろ? もしかしたらそんなになっちまっても、自分より強くなったおめえのことが嬉しかったのかもしれねぇな……」

 

 欝々しく語るトランクスとは対照的に、孫悟空は普段通りの明るい言葉でそう語る。

 怒りは感じても、相手の命を奪おうとまで憎悪を抱くことはない。それが孫悟空という男の天性の純真さなのかもしれないと、改めてトランクスにはわかったような気がした。

 

「飽きもせず……貴方達は、本当に戦いが好きなんですね」

「ああ、大好きだ。でも勘違いしねぇでくれよな? ……自分の戦いよりも大事なもんがあることぐらい、オラもわかってるつもりだ」

「…………」

 

 純粋に戦いが大好きで、強い相手との戦いを求めるのが孫悟空という男の性だ。

 しかし、トランクスはあの次元の狭間でこの世界の歴史を見た。

 彼の危険な性が災いし、宇宙を動乱の渦に巻き込む恐ろしい歴史を。

 そんな歴史を見てしまったら、信じることなど出来なかった。彼は本当はただ強い相手と戦えれば何でも良くて、他人に迷惑を掛けるのも関係なく、その性を押し通す男なのではないかと思ったのである。

 

 ──だが、それは違ったのだ。

 

 次元の狭間で目にした未来のビジョンを、自らの言葉で否定してみせた彼の言葉に、トランクスはああ……と、思う。

 

 ──この世界には希望があると言っていた父の言葉は……まやかしではなかったのだと。

 

「おめえがオラ達に伝えてくれた思いは、全部受け取った。何があっても、オラ達はおめえをがっかりさせる未来にはしねぇ」

 

 そんな孫悟空の言葉は、もしかしたらトランクスが、心の底から求めていたものだったのかもしれない。

 

「このパオズ山に自然がたくさんあんのも、おめえが未来から助けに来てくれたからなんだぜ? おめえがやってきたことは、オラ達の世界を救ったんだ。だからおめえは、胸を張って生きていけ。……つらい時ほど、な」

 

 何も守れなかったと、絶望した。

 孫悟飯達から託された希望を未来につなげなかったことを、悔やみ続けていた。

 

 しかし、トランクスを取り巻いていたのは絶望だけではなかったのだ。

 

 多くを失っても彼の手にはまだ、守り抜けたものが確かにあった。

 

「なんだ……」

 

 それは砂漠に咲いた一輪の花のように、たとえ小さな希望でも確かに存在していたもので。

 そのことにようやく、孤独と戦っていた青年は気付くことが出来たのである。

 

「……無駄じゃなかったんだ……俺のやってきたことは……」

 

 自分の歩んできた歴史に──自分がこれまで行ってきた戦いは、既に人々の救いになっていたのだと。

 たったそれだけの……簡単なことだったのだ。

 

 そんな小さな救いだけで、疲れ果てた英雄は満足だった。

 

 

 ──これでもう、思い残すことはないと……そう思えるほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全王の領域から自らの力を拡散させる邪神龍は、遠く離れた第七宇宙の地球の様子をその魂で知覚していた。

 

『トランクス……還りましたか』

 

 名も無き界王神の魂とつながっていたトランクスの魂の鼓動が、張りつめた糸のようにプツリと途絶えたのである。

 何一つ希望が叶わなかった人生の果てに、彼はたった一つの小さな救いを見つけて自らの「死」を選んだ。

 思えば彼はずっと、心のどこかで死に場所を求めていたのかもしれない。実父や孫悟空との戦いを終えたことによって、彼の中でその気持ちに一つの決着がついたのだと邪神龍は悟った。

 

 ──やはり彼は、どこまで言っても正義の英雄だったのだ。

 

 邪神として非情に徹することが出来ず、恩人に仇なすことに抵抗を感じていた。そんな彼のことを邪神龍は尊く、人間としてあるべき正しい姿だと思った。

 

 だから──そんな尊い人間の為にも、この野望を果たさなければならない。

 

 邪神龍はその力を行使し、全ての世界の巻き戻しを行う。

 それは今ここにある宇宙のみならず、過去と未来、あらゆるパラレルワールドを含めた全ての世界の巻き戻しである。

 

 それと並行して邪神龍は今、この場所から他の時空へと干渉し、全ての世界から全王を抹消していた。

 

 全ての時間を巻き戻す為には、別の時間軸からの妨害にも備えなければならないからだ。界王神を始めとする神々には時間移動能力を備えた指輪があることを知っている邪神龍は徹底的に対策しており、既に抜かりは無かった。

 それ故に並行して行っているこの世界の時間の巻き戻しがややスローペースになっているが、それでもこのまま何事も無ければ、程なくして悲願は達成される筈だった。

 

 

「ファイナルシャインアタァァーック!!」

 

 ……だが、何事は起こった。

 

 全王の領域からあらゆる世界に対して力を行使している最中の邪神龍に向かって、横合いから生き残っていた人間(・・)の気功波が妨害に入ったのである。

 

『なに?』

 

 飛来して来た翠色の閃光を無傷で浴びながらも、一時的に集中力を削がれたことによってこの宇宙での邪神龍の侵食ペースが崩れる。

 しかし二人の全王の力を吸収したアルファボールの力を、一身に保有しているのが邪神龍である。今更サイヤ人一人の必殺技を受けようとどうなるものではなかったが、彼が生存していたことは邪神龍にとって大きな誤算だった。

 

『ベジータ……貴方も生きていたのですか』

「当たり前だ……! この俺が、貴様のような小うるさい自己満足野郎にやられてたまるか!」

 

 孫悟空を庇った際に彼も命を失ったものだと思っていたが、GT次元から来訪した彼は健在だった。

 傷だらけの姿になりながらも不屈の闘志は衰えておらず、満身創痍な身体でありながらも邪神龍へ気功波を照射していく。

 他の者では到底真似出来ないであろう、凄まじい精神力である。しかし、それはどこまでも愚かであり無謀な行為だった。

 

『これほどのエナジーを残していたとは……しかし、そんな力で何が出来る!』

 

 既に超サイヤ人に変身する体力も残っていない彼の攻撃など、今の邪神龍からしてみれば避ける必要の無いそよ風も同然だった。

 彼の気功波を微動だにせず一身に浴びながら、邪神龍は彼の虚しい抵抗を龍の眼光で見下ろしていた。

 

「チッ……! はあああああっっ!」

 

 気功波を照射するベジータの力が、彼の咆哮に同調するように強まっていく。

 もはや無尽蔵と言える彼の底力は、この状況でなければ恐ろしく感じていたことであろう。

 一体そのボロボロの身体のどこにそんな力が残っているのかと……邪神龍はベジータという男の規格外さを改めて認識した。

 

 だが、今となってはそれさえも無駄な足掻きだった。

 

『……既に再生は始まっているというのに、まだ抗うか……まだ絶望しないと言うのか!』

 

 ダメージは皆無でも、集中力を削がれれば今現在推し進めている宇宙の巻き戻しと全時空の神殺しにも支障をきたしてしまう。

 自身の周りを鬱陶しく飛び回るハエを追い払うかの如く、邪神龍はその身から奔出させた気の圧力によってベジータの身体を吹き飛ばしていった。

 

 

「ぐぉっ……!」

 

 既にベジータの体力は、とうに限界を振り切っている。

 ここで意識を失えば、全てが楽になることだろう。

 しかしそれでも、ベジータは何度吹き飛ばされようと立ち上がり、邪神龍へと挑んだ。

 

「でやああっ!!」

 

 何度倒れても立ち上がり、その手から放つ気功波で邪神龍に立ち向かう。 

 攻撃が効かないとわかっていても尚、ベジータは立ち止まることをしない。もはや狂気さえ映るその姿は、ベジータという男の精神に築き上げられたプライドが為しているものだった。

 

「俺は……俺は認めん……! 俺の息子をコケにした貴様の存在も……俺様の敗北もッ!」

 

 既に思考さえ覚束ない状態の中、ベジータの脳裏にはただ一人の宿敵の姿が過る。

 それが見える限り、ベジータの闘志は絶えず猛り続けていた。

 

 ベジータは自分以外の敵に何度も負けるなと、この世界の悟空に対して言った。

 

 それと全く同じ感情が、今の彼を突き動かしていたのだ。

 

 ──孫悟空(カカロット)以外の奴に、俺は負けない──という感情が。

 

 平穏を知り、家族と共に地球で作り上げた自らの力が、前を見ることすら出来ない臆病者の邪神に敗れるなど断じて許さなかった。

 ただその執念だけで立ち上がり、サイヤの心を持った地球人は邪神龍へと挑み続ける。

 

 ダメージは通っていない筈でありながらも、狂気的に続けられていく彼の攻撃は邪神龍の心を畏怖させるには十分なものだった。

 

『……そうまで私の邪魔をするのなら、他の時間軸の神の前に、貴方から消すことにしましょう』

 

 業を煮やした邪神龍が、はっきりとベジータに対して敵意を向ける。

 

 邪神龍の身体からおびただしい闇が放たれる──その時だった。

 

 ベジータの身体が、指先と足の先から光の粒子となって消えていく。

 先ほどまでこの場から干渉し、別の時間軸の全王達を消滅させていた力の一部を使い、邪神龍がベジータの存在をこの世界から抹消しようとしているのだ。

 二人の全王の力を取り込んだアルファボールの邪神龍だからこそ扱うことの出来る、全王と同種の消滅の力である。

 それでも。

 自身の身体が光の粒子となって消えることも厭わず、ベジータは尚も攻撃を続けようとする。しかし、消耗しすぎた今の彼はあまりにも無力だった。

 

「くっ……なんでもありか……!」

『全王の消滅の力……この歪な世界の不条理を体現する力です。……終わりです、ベジータ』

 

 あまりにも絶対的な邪神龍の力を前に、成す術も無く追い詰められていくベジータ。

 やがて下半身が完全に消滅し、気功波を放つ両腕も消滅し──ベジータの存在は今まさに、その全身が光の粒子となって消えようとしていた。

 

 いくら強い意志で抗おうとも、圧倒的な絶対者の前には全くの無力なのだと──図らずもそれは、生前に名も無き界王神と英雄トランクスが受けた絶望を、そのまま彼に味わせる形となった。

 

「……ああ、終わりだな」

『ようやく、観念しましたか……』

 

 GT次元最強の戦士の、終わってみれば呆気ない幕切れに対して、邪神龍は憐憫を込めた眼差しで消えかけの彼の姿を見据える。

 

 しかしその眼差しを受けたベジータは、憎たらしいものを見るような目で薄く笑った。

 

 

「貴様の計画がな」

 

 

 瞬間、ベジータの肉体が、消滅を止める。

 それどころか光の粒子となって消えた筈の四肢が、まるでビデオテープを巻き戻したかのように元通りの状態へと回復していった。

 

 ──それは、今この場に外部から介入して来た新たな「力」の降臨だった。

 

 薄れゆく意識の中で、ベジータはそんな事態の好転が何者に引き起こされたものなのかを察する。

 この時、彼ははっきりと見た。

 自身と邪神龍の間を遮るように現れた、この世界を照らし出す神聖な光の柱を。

 光が黄金色の帯となってアーチを描き、瞬く間に伸びていく。

 それはこの全王の領域を覆い尽くした途端に外の宇宙へと拡散していき、十二の宇宙全てを満たし尽くすようにこの次元を覆っていった。

 まばゆい光の暴風であり、強風であり、乱流であり、激流であった。

 

 そんな人間の視覚限界とも言える光の中心部に立ちながら、現れた一人の男がベジータに横顔を向けて笑った。

 

 

 ──後は、オラに任せておけ、と。

 

 

『──!?』

 

 邪神龍が驚愕し、ベジータが頬を緩める。

 黄金の光の中に佇む一人の男は、彼らが共に良く知っている人物であった。

 猿のような尻尾を靡かせながら、薄藍色の道着を纏った地球育ちのサイヤ人(・・・・・・・・・)

 

「いつもいつも……コケにしやがって……」

 

 ……奴だ。

 あの野郎が来やがったんだ。

 

 見つめていたベジータの表情が、始めは笑みに、それから苛立ちに変わる。

 そしてとうとう力尽きていく意識を闇に落としながら、ベジータは理不尽な文句を言った。

 

 

 ──来るなら来ると言いやがれ、馬鹿野郎!

 

 

 

 

 

 

『まさか……貴方は……孫悟空……!』

 

 恐れ。

 憧れ。

 悲しみ。

 喜び。

 邪神龍の声に込められたのは、本来矛盾しているそれらの思いを一心に内包した感情であった。

 決して出てくる筈の──出会う筈の無かった男が、この次元の危機に姿を現した。

 龍の世界の掟を破ってまで、彼がこの世界を救いに来たのだ。

 それは名も無き界王神だった頃の彼が、その存在を願ってやまなかった──本物の英雄(・・)の降臨だった。

 

 対峙した邪神龍は、その巨体を起こしながら咆哮を上げる。

 

 同時に、英雄がまばゆい光を放つ。

 

 邪神龍がこの宇宙の巻き戻しに使っていた力を、目の前の敵を消滅させる為に差し向ける。

 

 英雄の姿が一瞬にして赤猿の超戦士へと変わり、その右腕で()()()()()()()()()()

 

 

 二人の全王から奪った力が、全く通用しない。

 その事実に邪神龍が動揺と歓喜の感情を一度に抱いた──次の瞬間。

 

 

 ──龍拳ッ!!

 

 

 彼が振り上げた右腕の拳から、唸りを上げて黄金の龍が解き放たれる。

 龍はベジータの攻撃を一切受け付けなかった邪神龍の鱗をいとも容易く貫通していくと、旋回してとぐろを巻くように邪神龍の身体を覆い、一気に締め上げていった。

 

『グオオッ!? グッ……まだだ……! まだ私は負けていない……!!』

 

 GT次元の英雄、孫悟空最強の技である「龍拳」。

 相手の力を利用することで、どんな戦力差をも一撃でひっくり返す奇跡の技だ。

 邪神龍の放った消滅の力を余すことなく利用してみせた彼の龍拳は、その一撃で邪神龍を一気に追い詰めたのである。

 だが、それでもまだ邪神龍が死ぬことはない。

 自身の身体に巻き付いた黄金の龍に抗いながら、彼は全ての力を振り絞ってその拘束を振りほどこうとしていた。

 

 ベジータが決して敗北を認めなかったように、邪神龍──名も無き界王神の魂もまた敗北を認めなかった。

 どんな敵が相手になろうと、彼にはその全てを打ち破って悲願を成し遂げる覚悟がある。

 それこそが彼にとって失われた力無き生命への愛情であり、守ってあげられなかった懺悔の思いでもあり、望んだ未来を切り開くための希望だったからだ。

 

 ──友であるトランクスが敗れたのなら、尚更後に引くことは出来ない。

 

 たとえその身が滅びようと、世界の悪に成り果てようと……彼はこの世界の全てを憎み、失ったものを取り返したかったのだ。

 

『私達の悲願は、まだ……!』

 

 内なる力を解放して、邪神龍が黄金の龍を引きちぎろうとする──その時だった。

 

 

「界王神様」

 

 

 彼の前に、現れた。

 未来の世界の英雄が。

 名も無き界王神が希望を見出し、その心を救いたかった友が。

 

『トランクス……?』

 

 青みがかった灰色の髪と、父親譲りの鋭い眼光を持つ青年。

 地球での戦いで孫悟空に敗れ、魂の鼓動が途絶えたと思っていた青年が、邪神龍の前に現れたのだ。

 己が悲願を果たす為に、尚も足掻こうとする彼に向かって……青年──トランクスが言った。

 

「帰ろう……一緒に」

 

 憎悪を剥き出しにする邪神龍に向かって静かに首を振りながら、彼が優しい眼差しで見つめる。

 それは絶望に染まった邪神ではなく、僅かばかりでも確かな希望を抱いた人間の眼差しだった。

 

 

『……ふふ……』

 

 大切なものを見つけることが出来たような穏やかな表情で語るトランクスを見て。

 邪神龍は──自らの「死」への抵抗をやめた。

 

『まったく、貴方という人は……あまりにも優しすぎる』

 

 優しい表情で手を差し伸べてきたトランクスに対して、邪神龍が呆れたようにそう返す。

 

 自分達が一緒に帰るべき場所──それはあの世を越えた死の世界。完全なる無だ。

 

 心の闇から抜け出し、改心したのなら、本物の邪神である自分を殺して望むまま幸せになれば良いものをと……あくまでも自分の命をここで終わらせる気で居る強情な英雄の姿を前に、邪神龍に宿る名も無き界王神の魂はもはや笑うしかなかった。

 

『言った筈ですよ』

 

 だからこそ今、邪神龍はこのどうしようもなく不幸で優しい英雄を前にして、方針を変えざるを得なかった。

 邪神龍は自らに宿るその力を、自身を滅ぼそうとする黄金の龍を引きちぎることにも、別の時間軸の神々を滅ぼすことにも、この宇宙の時間を巻き戻すことにも使わないことにしたのである。

 

 ──ただ一人の邪神はその力を使って、失われた世界を一つ蘇らせてやったのだ。

 

 その上で、彼は最後の言葉を英雄に言い渡した。

 

『貴方は生きなさい、トランクス』

「……! 待て……! 俺は……っ」

 

 英雄を見つめる邪神龍の双眸が赤く輝いた、その瞬間。

 この場で彼と共に死ぬつもりだったトランクスの身体が光に包み込まれ、この時間軸(・・・)から姿を消していった。

 

 ──邪神龍が彼の存在を、本来在るべき場所へと送り届けたのだ。

 

 彼と共に逝くなど、冗談ではない。

 無に還る存在は、全王ら悪しき神々とここに居る邪神メタフィクスだけで十分だと邪神龍は笑う。

 

 

『貴方がたと共に戦えたことは……おそらく私にとって唯一の希望でした。トランクス、ベジータ……そして、孫悟空』

 

 

 その言葉が「あの世界」へ送った彼に届いたか否か、それは定かではない。

 

 ただ一つ確かなのは、この瞬間──一人の英雄が放った黄金の龍によって、哀れな邪神の命が弾けて消えたと言う結果だけだった。

 

 

 ──虹色の光となって儚く散っていった邪神の最期を、赤猿の英雄だけが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピローグ 『青い風のHOPE』

 

 

「はああっ!」

 

 翠色の超戦士となった少女が、人とも神とも違う特有の気を発しながらウーブに向かって飛び掛かっていく。

 超サイヤ人フォレストの力に覚醒し、武道家として再起を果たしたパンとの組稽古であった。

 通常の状態とは比較にもならない驚異的なパワーアップを前に、彼女の拳や蹴りを受け流しながらもウーブは舌を巻く。

 

「くっ……、いい感じです!」

 

 今はまだ力に慣れていないからか、その潜在能力を生かし切れていない節はある。

 しかしこれがあと数年もすれば間違いなく、自分に匹敵するだけの実力を身に着けることになるだろうとウーブは感じていた。

 こう言っては何だが、思わぬところからライバルが誕生したことに、彼は一人の武道家として嬉しく思った。

 

 

「パンちゃん、昼ご飯が出来たわよ。ウーブ君も一緒にどう?」

 

 そんな、時間も忘れて組手に勤しむ二人の元に、パンの母ビーデルが彼らを呼びつけに来る。

 彼女の傍らには、ビーデルの夫にしてパンの父親である孫悟飯の姿もあった。

 わざわざこうして夫婦が揃って迎えに来たのは、二人とも娘の戦士としての成長に興味があるからであろう。ウーブの目には彼女を見据える二人の目が穏やかで、心から安心しているように見えた。

 

「……だって」

「ふふ……じゃあ、俺もご一緒させていただきます」

 

 組稽古の途中で横槍を入れられる形になったウーブとパンだが、時刻は既に昼の十二時であり空腹は隠せなかった。元々、この組稽古は昼飯前までに切り上げる予定であった為、二人は発散していた気を体内に収めるなり素直に舞空術を解除していった。

 

「パンもなんだか、一気に強くなったね。もう、僕より強いんじゃないかな?」

「まだまだ、超サイヤ人フォレストの力はこんなもんじゃないわ。もっと修行して、この力を引き出せるようにならないと」

 

 これまでの次元を一気に凌駕してみせた娘の進化を目の当たりに、悟飯が驚嘆の表情で賞賛する。

 そんな父の言葉に対するパンは謙遜しつつも、彼女らしい悪戯な笑みを浮かべながら冗談めかした。

 

「パパみたいにサボってたら、あっという間に弱くなっちゃうものね」

「ありゃ……それを言われるときついなぁ」

「時間があったら、パンちゃんと一緒にウーブ君に付き合ってもらえばいいんじゃない?」

「いや、それはウーブ君に悪いよ」

「いえ、俺は構いませんよ?」

「うーん……じゃあ、その時はよろしく頼むよ」

 

 まだ見ぬ未来にはあらゆる可能性が秘められているように、人間には当人すら知り得ない無限の可能性が眠っている。

 その可能性の一つが、先日の事件によって目覚めた超サイヤ人フォレストという新たな希望だ。

 パンにその希望を与えた龍世界の姫君は昨日改めてこの世界の人々に礼を言い、龍世界へと帰った。

 パンもまたその時は彼女に感謝の気持ちを伝えて、いつでも遊びに来てほしいと名残惜しく見送ったものである。龍姫神という立場上難しいとは言っていたが、彼女もまたまんざらでもなさそうな表情を浮かべていたのは記憶に新しい。

 思えば彼女の来訪から始まって、色々なことが起こった。あの日が来るまでは、パンがこうして武道に戻って来るなどとは……実を言うとウーブには、以前からそうなる気はしていた。

 他人事であるからこそ、落ち着くべきところに落ち着いたと言うべきか。

 今日のように彼女が戦っている姿を見れば見るほどに、ウーブからしてみればやはりパンという少女は、勉学よりも武の道の方が似合っていると感じるのだ。

 

 幼い頃のようにハツラツとした彼女の姿を眺めながら、彼女の父親である悟飯が率直な思いを訊ねた。

 

「パンは……今、楽しんでいるかい?」

 

 自分にサイヤ人としての才能は、可能性は無いのだと決めつけていたかつての少女。

 しかしそんな彼女にもまだ、この世界と同じように無限の可能性が溢れていた。

 それに気づくことが出来た幸運と、支えてくれる人々に感謝しながら、パンが満面の笑みで答えた。

 

「うん、とっても!」

 

 今この瞬間から続く明日への道が、彼女は楽しくて仕方が無いと言う。

 そしてそんな彼女を見ている方もまた、楽しかった。

 

 ──貴方のお孫さんは、元気にしていますよ。

 

 ふと感慨に浸ったウーブが、そう心に思いながらおもむろに空を見上げる。

 澄み渡るような青い空は、この世界の未来を暗示しているかのように快晴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──戦いは終わった。

 

 

 龍の世界から現れた赤猿の超戦士によって、邪神龍は葬られたのだ。

 その結末を超次元の者達に伝えてくれたのは、異質な雰囲気を放つ異界の神龍であった。

 

 悟空がそのことを知り、ホッと胸を撫で下ろしたのがその時のことである。

 邪神は滅び、世界は平和を取り戻したのだ。たった一日のことが、数十年間戦い続けた気分であった。

 

 

 しかし邪神龍の死を教えてくれた神龍であったが、邪神メタフィクス──何処かへ消えたトランクスの行方は語らなかった。

 

 

 ただ、彼は語った。

 邪神龍はトランクスがこの世界から消えた自身の散る間際に、かつて全王によって失われた未来の世界を蘇らせたのだと。

 

 今回の事件の主犯である邪神龍──名も無き界王神の魂が、トランクスの居た未来を救う形となったのだ。

 

 尤も彼が自身の最期に何を見ていたのかを知る唯一の人物は、既にこの次元には存在しない。

 

 

『何から何まで、すまなかったな……そっちに居る別の世界のオラにも言っておいてくれ。おかげで助かったって』

『……承知した』

 

 神龍は宇宙を外れた遥か彼方で起こった出来事を語り終えると、悟空の頼みを聞き入れた上で龍の世界へと飛び去っていった。

 そしてその際に、彼は『お前達に一度だけチャンスをやる』と告げて、一つの置き土産をこの世界に残していったのである。

 

 

 ──今回の件で失われた命と宇宙を、ほんの一部を除いて生き返らせてくれたのだ。

 

 

 メタフィクスに殺された多くの人々と神々──そして、ベジータ。

 命を落とす前の記憶をそのままに、彼らは再びこの世に蘇ったのである。

 

 しかし、これは邪神メタフィクスの仕業であろう。

 生き返った神々は、既に()()()()()()()()()()

 

 

 

「しっかし驚いたなぁ。ビルス様もウイスさんも、人間になっちまったんだもんなー」

 

 事件から後日のことである。

 現在二人の男が行っている組稽古をパラソルの下から眺めながらしみじみと語る悟空の言葉に対して、一人の猫人間(・・)が眉をひそめた。

 心底腹立たしそうに、猫人間──()破壊神ビルスが口を開く。

 

「……ああ、おかげで破壊神として持っていた力は全部失ってしまったよ。これじゃあ、この宇宙の破壊だって出来やしない。寿命だって、もう百年も無いだろう。とんだ神殺しだったよ、奴は」

「命があるだけ儲けものですよ、ビルス様。全王様のことは残念でしたが」

 

 元破壊神の横に立っているのは、こちらも元天使のウイスである。

 彼らの見た目に関してはあの事件が起こる前と何ら変わっていない。ただ知る者が見れば、彼らが内側に保有している力が著しく低下しているのがわかるだろう。

 ビルスもウイスもここには居ない多くの神々も、既に神としての機能を備えていない。

 ウイスの話によればあの時、邪神メタフィクスはこの宇宙から神の存在を物質的にだけではなく、概念的な意味でも殺していたのだと言う。

 故に神龍の力で生き返った彼らは、見た目こそ生前のままではあったが神として本来持っていた筈の体機能を全て失っていた。具体的な一例を上げればビルスは破壊の力を使うことが出来ず、ウイスも時を巻き戻すことが出来なくなっている。

 完全に人間になったというわけではないが、今の彼らの存在はかつて神々が下していた定義から言えば人間と比べて何ら変わりなかった。

 

 例外としてメタフィクスに直接手を下されなかった第七宇宙の界王神と老界王神だけは生前と同じ力を持っていたが、それは高位の神と呼べる存在が彼ら二人だけになってしまったことに他ならず、今頃彼らは界王神界にて大忙しなことであろう。

 

「界王神が二人だけになり、破壊神は十二の宇宙から誰も居なくなってしまいました。この私も天使ではなくなってしまいましたが……界王様と大界王様は依然健在です。彼らに任せておけば、当面の問題は宇宙の寿命が縮まってしまう程度のことで済むでしょう」

「宇宙の寿命って……それってヤバい話じゃねぇのか?」

「ええ、人類が居なくなった後の数千億年後は大変でしょうねぇ。人間になってしまった今の私達には、気の遠くなるほど先の問題です。トホホ」

 

 自分達が神でなくなったことに対して、やはりと言うべきか多くの元神達はアイデンティティーを失い途方に暮れているらしい。しかし地球に居るこの二人に関しては、それほど応えている様子は見えない。

 ビルスは苛立ってこそいるが落胆しているわけではなく、ウイスに関しては心なしか嬉しそうな様子にも見える。そんな彼らの身上が気に掛かったのか、少々()()()()()()()姿のブルマが普段通りの歯に衣着せぬ言葉で問い質した。

 

「ねえ! 得意の破壊ができなくなってビルスさんどんな気持ち? 破壊神が破壊できなくなったら何が残るのよ? ねえ? ねえ!?」

「やかましい! 破壊神じゃなくなってもお前一人破壊することは余裕でできるんだぞ俺は!」

「じょ、冗談よ冗談……妊婦には優しくしなさいよ。それで? もう神様じゃなくなったんなら、あんた達はこの先どうやって生きていくの?」

「それなんですよねぇ……私はこの際ですから、美味しいものでも食べながら人間ライフをゆっくり過ごしていくつもりです。因みにゴワス様は宇宙一の神チューバーを目指すのだとか。しかしそんな私達とは違って、ビルス様はご覧の通り、破壊だけが心の拠り所の悲しいお方なので……」

「お前も天使じゃなくなったせいか遠慮が無くなったな! ……まあ、僕もウイスと同じようなもんだ。たった数十年しか生きれなくなった身体で、前のように破壊を続けても仕方がない。今の僕じゃ悟空にすら勝てないだろうしね。……そういうわけだから、なんか食い物寄越せ。それでさっきの煽りは聞かなかったことにしてやる」

「あら寛大。っていうかそれじゃ二人とも、今までとあんまり変わらないわね」

「だな! まあ平和でいいじゃねぇか」

 

 元破壊神と元天使は、この世界のバランスを保つ為に必要とされていた破壊活動を無期限停止とし、人間と同じような暮らしを満喫していく予定のようだ。

 それならば、悟空にも言うことは特に無い。仮に破壊を続けると言うのなら、彼らが初めて地球に来た時のように全力で止めに入るところであったが、彼らがこれまでの生き方を改めたのなら積極的に断罪することもないという判断だ。

 神龍は「チャンスをやる」と言っていた。これもまた彼らが神や破壊だとか関係の無い、ただのビルスとウイスとして生きていくチャンスだということなのだろう。

 

 そんな二人の今後はさておき、ブルマが両手で擦っているその腹部に意識が向いた悟空は、彼女にその件について訊ねてみることにした。

 

「それよりブルマ、こんなところに来て大丈夫なんか?」

「ええ、今日のところは大丈夫だってさ」

「そっか、元気な赤ん坊が産まれると良いな」

「あんたにそんなこと言われるのも二度目か……あの時は何事かと思ったわよ」

「はは、あったなぁそんなことも」

 

 ブルマの膨れた腹の中には、彼女の新しい子供が眠っているのだ。

 それが発覚したのはつい最近のことで、彼女の妊娠を知った者達は驚きながらもめでたく祝福したものである。

 そして生き返った彼女の夫もまた、薄い表情の裏に喜びを隠せていなかった。

 ブルマはこの豪邸の庭で組稽古を行っている無愛想で不器用な夫と、彼の拳を受けて為す術も無く吹っ飛ばされている息子の姿へと目を移した。

 

「どう? うちの亭主王子は」

「はは……あの通り、その子の兄貴を厳しく鍛えてるぜ?」

 

 亭主関白ならぬ亭主王子とは、言うまでもなく彼女の夫であるベジータを指した造語である。

 悟空とブルマ。「我が子相手に容赦ないねぇ……」と気楽な調子でホットドッグを頬張るビルスとウイス。そんな彼らの視線の先で行われている戦いは、壮絶な親子稽古であった。

 

 

「はあ……はあ……!」

「どうした? 前よりなまっているんじゃないのか? 遊びにかまけてこのザマじゃ、未来のお前の足元にも及ばんぞ!」

「くっ……!」

 

 超サイヤ人になった少年トランクスの攻撃を通常の状態でかわし、容赦ないカウンターを浴びせながらベジータが叫ぶ。

 舞空術で浮かぶ彼らの下にはブルマ達の他にも固唾を飲んで二人の稽古を見守っている幼きマイ達の姿もあったが……だからこそ、ベジータは意図して息子に厳しく接していた。

 じきにトランクスは、初めて過去に来た時の「彼」と同じ年齢になる。そうなれば、彼は自分に守られる存在ではなく、彼女らを守る存在になるのだ。新たな子供が生まれ、兄になるのならば尚のこと──トランクスもまた、そう思って自分から「俺を鍛え直してくれ」と志願してきたのである。

 そんな息子の健気な思いに対して、ベジータは全力で応えていた。

 もはや組稽古というには一方的な蹂躙であったが、幼き勇者の闘志は揺らがない。

 

「ま、まだまだぁ!」

「そうだ! 精々足掻いてみせろ! この俺が相手だろうが、いざという時に何も出来ないようじゃ話にもならんからな!」

「うわああっ!」

 

 決して折れない心と、強さを身に着ける為に。

 ベジータ親子の未来への道のりはまだ、始まったばかりだ。

 そんなたくましい彼ら家族の一幕を見て、帰ったらオラも悟天と組手してみようかなぁと思いながら孫悟空は呟いた。

 

「……ベジータは良い父ちゃんになっただろ。なあ、トランクス?」

 

 ──きっと、今度こそ平和な未来へたどり着いたであろう英雄に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これは、数年後のとある親子の一幕である。

 

 さざ波の音が響く静かな浜辺を、一人の男と幼い少女が歩いていた。

 男の髪は青みがかった灰色で、少女の髪は彼らの横に広がる海のように青い。

 そんな二人はお互いに手を繋ぎながら、この散歩道を歩きながら談笑していた。

 

「ねぇ! それでおじいちゃんは、せるをたおしたの!?」

「それが……完全体になったセルと戦いたいからって、わざと見逃したんだ」

「おじいちゃん、たおさなかったの? やさしいんだね!」

「えっ、そういう話じゃ……」

「ちがうの?」

「……ううん、優しかったのは本当だよ。ただ、それと同じぐらい、厳しくて強い人だったんだ」

 

 男が語る話に少女が相槌を打ち、一喜一憂して和やかな時間を過ごす。

 それはどこの家庭にもあるような、昔話を懐かしそうに語る父親と、それを興味津々に聞く娘の姿であった。

 実際、二人は平凡な家庭──とは言い難いが、紛れもなく血の通った親子であり、家族であった。

 

「レギンスもつよくなるよ! それでパパのこともママのことも、おばあちゃんのこともまもってあげるんだ!」

「ふふ……お前は優しいな。でもパパのことはいいから、二人のことをもっと大事にするんだぞ?」

「やだ! パパもわたしがまもるもん! パパはすぐいなくなっちゃうって、ママいってた!」

「あちゃー……しょうがないなぁ」

 

 祖母譲りの青い髪をした娘の言葉に、見た目若々しい父親が困ったように頭を掻く。しかし手を繋ぎ合った二人の姿は、どちらも穏やかな笑顔だった。

 

「よいしょ」

「わわっ」

 

 おもむろに足を止めた父親が、小さな娘の身体を抱きかかえて肩に乗せる。

 何となくそうしたい気分だったというのがこの時の父親の気持ちであったが、肩に乗せられたことによって視点の高さが一気に変わった少女は、その青い瞳をキラキラと輝かせながら辺りを見渡した。

 

「たかーい!」

「こうしていると、さっきまで見えなかったものが見えるだろ?」

「うん! とってもきれい!」

 

 夕日に照らされた美しい海の姿。

 それを一望しながら、感動に染まった表情で少女が笑う。

 小さな子供にとっては世界の何もかもが新鮮で、毎日が大冒険の日々だ。自分が子供の頃はあまりそう言ったものを楽しめた思い出は無かったが……せめて娘には、平穏な今この時間を楽しんでもらいたいというのが彼の親心であった。

 

「あ……おなかすいてきちゃった」

「うちに帰ろうか、レギンス。続きはまた聞かせてあげるよ」

「うん!」

 

 日が落ちてきたことによって、彼は娘を肩に乗せたまま家族が待つ自宅への帰路につく。

 このまま歩き続ければ十分ほどで、食卓に妻の作った夕食が並ぶ我が家にたどり着くことであろう。

 一歩ずつ地面の感触を確かめるように足を運びながら、肩車をした体勢のまま彼は砂浜を歩き進んでいく。

 そんな時、ふと頭の上から何かを見つけたような娘の声が響いた。

 

「あっ!」

「ん……どうした?」

「あれ! あそこにひかってるあれだよ!」

 

 珍しい貝でも見つけたのかと、娘に指差された方向へと顔を向けてみる。

 過ぎ去っていく波の中から、ポトリとそれはこぼれ落ちてきた。

 

「あそこ! きれいなボールがおちてる!」

「ボール……?」

 

 夕日の光を反射させながら、淡く輝く橙色の球体。

 近づいてみれば片手に収まる大きさの、一つの玉であった。

 彼は娘に言われるがままにそこへ近づくと、拾い上げて顔の前へと持っていく。

 そして、彼は気づいた。

 

「……!?」

 

 ガラスのように透き通った美しいボール──その中には、赤く煌めく四つの星が浮かび上がっていることに。

 それを認めた瞬間、彼はふっと何かを察したように微笑み、せがむ娘の両手へと、その玉を手渡してあげた。

 

「おほしさまがひとつとふたつと……みっつ?」

「……外れ。全部で四つだね」

 

 四星球(スーシンチュウ)──その玉の名をそう呼ぶことを、彼は知っていた。

 

 たった一つの物語が、全てはそこから始まったことも。

 

 その玉を色んな角度から覗き込んではおお、っと感激の声を上げる無垢な娘の様子に苦笑しながら、彼が遠く忘れた過去を懐かしむように語った。

 

「世界には、これと同じようなボールがあと六つあってね……俺の師匠や父さん……お前のおじいちゃんも集めていた、大切なものなんだ」

「へぇ~!」

 

 それはおとぎ話のような、夢に溢れた話で──けれど、何よりも大切な現実の話で。

 

「この玉を七つ全部集めると龍の神様が現れて、好きな願い事をなんでも一つ叶えてくれるんだよ」

「おねがいごとを? すごーい!」

 

 人は誰もが、願い事を持っている。

 こうしたい、だとか、こうありたい、だとか、今そこに無いものを求めたがる。

 それは決して悪いことではない。自分に無い物を求めるからこそ、それを勝ち取る為に努力することが出来るのだから。

 

 それぞれが夢見る未来の為に、自分の明日を信じて歩むことが出来るその思い──それこそが、「希望」と呼ぶのだ。

 

「……レギンスは、どんな願いを叶えたい?」

「う~ん……うんとね……」

 

 彼は今、その「希望」をこの世界に抱いていた。

 そしてその希望のうちの一つである──愛する娘が自身の肩から飛び降りるなり、眩しい笑顔を見せて言い放った。

 

「レギンスは、このまえパパがはなしてたパパのおししょーさんと、おじいちゃんにあいたいなっ!」

 

 そして、思い、笑う。

 

 ──血は争えないな、と。

 

 やっぱりこの子は自分の子供だな、と──全く同じ願い事を考えていた彼が、そんな娘の笑顔につられたように笑う。

 そして、一つの確信を持って言った。

 

「……会えるよ、きっと」

 

 何故この宝玉が……三十年以上も前に神が居なくなったこの地球に現れたのか──この奇跡が誰によって起こされたものなのか、彼は察していた。

 

 だからこそ、彼は──トランクスはそっと、ずっと言えなかった感謝の気持ちを伝えた。

 

「ありがとう、ドラゴンボール……」

 

 そんな時。

 ふと、彼の目の前に二人の青年の幻影が現れては微笑んでくれた気がした。

 一人は彼の大切な師匠、天国に逝った筈の山吹色の道着を着た男。

 そして、もう一人は──

 

 

「ありがとう……俺の友達」

 

 

 明日を取り戻し、動き始めた世界の一人の父と娘。

 

 海の彼方からやってきた青い風が、そんな二人の髪を優しく撫でつけていった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い風のHOPE 見えない明日を照らすのさ君が 希望

 

 

 

 危険な奴らがほら接近遭遇 僕らの味方はそうさ無鉄砲

 

 歴史なんて信じない だからバッチリ決めてくれよ!

 

 イカす笑顔で ピースサイン!

 

 青い風のHOPE 辛いときこそ胸をはれ 新しい波をおこせ!

 

 青い風のHOPE 見えない明日を照らすのさ君が 希望

 

 青い風のHOPE 走り始めた伝説を その手で刻みつけろ!

 

 青い風のHOPE 信じられない世界が君を 待ってる

 

 

 

 見えない明日を照らすのさ 君が 希望

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カプセルコーポレーション、研究室。

 

 そこで行われていた次元移動装置の実験は、この日を持って最終段階を迎えていた。

 

 カプセル状の装置の中で眠ったように瞑想をしながら待機しているのは、この日が訪れることを誰よりも待ち望んでいたベジータの姿だ。

 そしてその装置の横には、超サイヤ人フォレストに変身し、祈りを込めるような姿勢で龍の力を解放しているパンの姿があった。

 

「次元の扉……開けたわ、トランクス」

「ありがとう、パンちゃん。と言うことで、いつでも行けますよ、父さん」

 

 パンが超サイヤ人フォレストの力を使って次元の扉を開き、改良を加えた装置を起動させてベジータを撃ち出す。

 どれか一つが欠けても、今この時にそれが実現することはあり得なかったことであろう。

 ベジータはその肉体が全盛期を迎えているこの期を逃すことなく、遂に悲願を果たすことが出来たのだ。

 装置の中でカッと目を開くと、モニターからその様子を窺っているトランクスに対してベジータが口を開いた。

 

『トランクス』

「はい」

 

 数拍の沈黙。

 何らかの感慨に浸っていることがわかるその間を経て、ベジータがただ一言告げた。

 

『……行ってくる』

 

 改まって礼を言うのも、自分のガラではないなと……自身の中でそう結論付けたような、息子に対する不器用な一言だった。

 

 しかし、それだけの言葉でも彼の息子は彼の意図を十二分に察していた。

 

 ──だからこそ。

 

「行ってらっしゃい、父さん」

 

 快く送り出した息子の声を受けて。

 GT次元最強の戦士は新たな世界──龍神界へと旅立っていった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍神界──そこは奇跡を司る神の如き龍達の住む、神聖な世界だった。

 ベジータが足を踏み入れたその地にはかつて戦ったことのある邪悪龍のような龍の姿を見掛けたが、ベジータは脇目も振らず目的の人物の元へと前進していく。

 道中では龍姫神レギンス──別の次元では彼の孫娘に当たる存在と再会し、会釈を受けた。そんな彼女の元からベジータはかつて未来の息子を送り出した時のように何も言わず二本の指を立てて通り過ぎ、さらに奥地へと突き進んだ。

 

 

 そして青い風が吹き抜ける荒野にて、彼らは巡り合った。

 

 

 

「決着をつけるぞ、カカロット!」

 

 

 

 次元を越えた宿命の戦い──それは彼らにとって希望の終着であり、始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── 超融合! 次元を越えたベジータ ──

 

      【 THE END(おしまい) 】

 

 

 



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特別編 『過ぎ去りし時は求めない』

 ドラクエ11感動した記念に。
 やっぱり鳥山さんって神だわ。

 時系列はメタフィクス消滅からエピローグまでの間です。


 世界から人造人間が居なくなった後、生き残った地球の人々は西の都を中心に協力して復興作業に当たった。

 この世の地獄と化していたかつての地球で失った命は数多くとも、人はたくましく、心は強かった。

 元々悪人だった者も、善人だった者も、人種や出身地の違う者達も共に協力して町を建て直し、あれから時を経た今では総人口こそ少ないものの、人々の住む町の姿はほとんど以前と変わらない状態に戻っていた。

 

 そう……それはまさしく、ゴクウブラックが人々を襲う以前の風景だった。

 

 かつて一欠けらも残さず失われた命は、邪神に落ちた名もなき界王神の願いによって取り戻された。

 トランクスがその世界に本当の意味で帰還を果たして、既に六年の時が過ぎた。

 見た目こそ若々しいものの実年齢は青年と言えなくなった一児の父であるトランクスはその日、人々で賑わう西の都のデパートの中を歩いていた。

 目深に帽子を被り、サングラスで目元を隠してマスクまで着けている今の彼の姿は、傍目からは不審者のように見えなくも無い。しかし有名税というものか、以前変装無しに一人で人の集まる場所を訪れた際に偉い目に遭ったことのあるトランクスは、以来外を出歩く時はこうして顔を隠す装いをすることにしていた。

 娘や家族と出歩く時はそこまでではないのだが、この世界の人々にとってトランクスという存在は人造人間を倒した英雄であると同時に、自分達の命を蘇らせてくれた(・・・・・・・)勇者そのものだったのだ。

 しかし当のトランクスは元々シャイな気質だからか、不特定多数の人間から尊敬の眼差しを受けることは未だに慣れていない。これまでは状況が許さなかったが、本来トランクスは人々の先頭に立って何かをするよりも、亡き祖父のように静かな場所で機械を弄っている方が性に合っていたのだ。

 そういう意味でも同じく機械弄りに心得のある妻とは相性が良かったのかもしれないと、トランクスは賑やかな通路を歩きながら思った。

 

 ──そんな彼が今こうして人通りの多いデパートを一人で訪れているのは、彼はこの日、ある人物と会う約束をしていたからだ。

 

 今トランクスはその人物の「気」を探りながら捜し回っているのだが、どういうわけか約束の時刻を過ぎてもまだ感知出来ないでいる。

 「気」でも隠しているのだろうかと推測しながら仕方なくこの雑踏の中から目で捜し当てようとしているトランクスだが、この人混みの中で目立った姿をしている筈のその人物の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「皆さん、大変長らくお待たせしました! これよりデパート復興記念! ミス☆べっぴん西の都大会を開催いたしまーす!」

「いよっ! 待ってましたー!!」

「イエーイ! イエーイ!」

 

 そうこうしているうちにいつの間にか地下にまで来ていたらしいトランクスは、何やらそこで開催されていたイベントと鉢合わせてしまった。

 どうやらこのデパートの地下で開かれていたそれは都で一番の美女を競うコンテストらしく、ショッピングエリア以上の賑わいが会場に包まれていた。

 既婚者にもなり、元来その手のことには疎いトランクスにはどう反応して良いかわからない光景であったが、男女構わず大勢の観客達が熱狂に包まれているのは見てわかった。その中から聴こえてきた聞き覚えのある声にもしやと思い目を向けてみれば、案の定そこには武天老師やウーロンの二人が率先してこのイベントを盛り上げている姿が見えた。

 コンテストの壇上に上がる水着、私服姿問わない若い女性達の姿を見ては年甲斐もなくはしゃいでいる二人の姿を確認した後、トランクスはとりあえず他人のふりをしながらその場を通り過ぎようとする。

 その時だった。

 

「それではエントリーナンバー6番! リューキシンさん、どうぞ!」

 

 司会者のマイクから響き渡ってきた声に、トランクスが思わず立ち止まる。

 そして振り返って一際大きな歓声を受けながら壇上に上がった青髪の少女の姿を見た後で、彼は視線を前方に戻し、再び振り返ってその姿を見る。二度見であった。

 ……盲点と言うべきか、何と言うべきか。

 トランクスが捜していた人物──「龍姫神」は思わぬところに居たらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 デパートを離れ、人の少ない穏やかな雰囲気に包まれた喫茶店の中に場所を移したトランクスは、その手に抱えた大荷物を下ろしながら一息つくと、席に座る。その向かいの席には先までコンテストの壇上に上がっていた青髪の少女が優雅な仕草で腰を下ろしていた。

 外見年齢は十代半ば程度の未成熟な少女の姿であるが、やや目尻のつり上がった凛々しく整った顔立ちにあどけなさは無く、淀みの無い白い肌と巫女服や民族衣装のような装いをしている姿は、多種類の人種が集まるこの西の都においても尚浮世離れした雰囲気を纏って見える。

 おとぎ話に出てきそうな天女の如く神秘的な姿の彼女は事実として、人間の領域ではない「神」の位に立つ人物であった。

 

「荷物を持っていただき、ありがとうございました」

「いえ……」

 

 見た目通りの透き通った声で優雅に一礼する彼女の姿を見れば、その美しさに胸を打たれない男性は少ないだろう。実際、彼女はその容姿とほんの僅かな言葉だけで観客達から圧倒的な票数を稼ぎ、先ほどのコンテストの優勝を攫って行った次第である。先までトランクスが抱えていた大荷物は、その優勝賞品である。

 しかし、だ。

 そんな彼女と真っ正面から向かい合うトランクスが抱いている感情はただただ腑に落ちないものであり、彼は怪訝な目で彼女の青い瞳を見つめていた。

 

「龍姫神様……何故、あのような場所に?」

 

 しばし無言で見つめ合った後、トランクスが訊ねた。

 彼女とこうして会った回数は年に数回程度だが、生真面目が服を着て歩いているような性格と言うのがこれまでの彼女に対するトランクスの認識だった。そんな彼女がよもやデパートで開催されているミス☆べっぴん西の都大会などというものに出場しているなどとは夢にも思うまい。

 壇上では至って普段通りの姿であり、何も水着を着て大胆にアピールしていたわけではないのだが、トランクスが我が目を疑うのも当然の反応だった。

 そんな彼の問いを受けた彼女──龍姫神は、目を泳がせるように視線を逸らしながら呟いた。

 

「……貴方が、いじわるなさるので……」

 

 どことなく気まずそうに、しかしトランクスのことを批難するような物言いに、トランクスは首を傾げる。

 

「いじわる?」

「……そのような変装をして、「気」まで消していたことです」

「ああ……それは、すみません」

 

 言われて現在の不審者ルックに気付いたトランクスはこの喫茶店の中ならもう大丈夫だろうと判断し、サングラスと帽子、マスクを外して変装を解く。

 しかし、彼女から指摘された「気」を消した状態についてはそのままだった。

 誰かから隠れているわけではないにも拘わらず、彼が今もなお内なる「気」を隠しているのは、それなりに大きな理由があるのだ。

 そのことを思い出したのか、龍姫神が彼に頭を上げさせて言う。

 

「貴方が持つ邪神メタフィクスの禍々しい「気」は、確かに普通の人間には毒になりましょう……ですが、そこまで厳重に変装する必要はないのではありませんか? 罪人ではなく、貴方はこの世界の英雄なのですから」

「……そう扱われているから、変装しているんですよ」

「?」

 

 今のトランクスの肉体に宿っているのは、トランクス自身の魂だけだ。名も無き界王神の魂は邪神龍に宿った後、GT次元の孫悟空によって無に還った。

 今この場に居るのは間違いなくトランクスだが、その肉体は邪神メタフィクスのまま変わっていないのだ。

 故に、トランクスは日頃から内なる「気」を限りなくゼロまで抑え込んでいる。全力で解放しない限り意図せずして誰かを傷つけることはないだろうが、それでもあの禍々しい「気」は一般人にとって寒気を覚えるらしい。

 しかしその状態は今回のように人を待つ時、探す時には不便に働いていた。

 

「気を消している上に変装で姿も変えられてしまったら、あの雑踏の中で貴方を見つけるのは難しいですよ」

「……龍姫神様の方から、俺を捜していたんですか?」

「はい。ですが中々貴方を見つけられなかったので、貴方の方から私を見つけていただこうとあの場に参加させていただきました」

「そうだったんですか……手間をおかけしましたね」

 

 心なしか拗ねたように語る龍姫神の言葉に、トランクスは納得する。

 彼女があのようなコンテストに出場していたのは、あの場で目立つことによってトランクスに自分を見つけてもらう為だったのだ。

 龍世界の神様の手を煩わせてしまったことを申し訳なく思いながら、彼女の方から自分を捜してもらっていたことを少し嬉しいと感じる。しかしそれならばそれで、トランクスには解せない点があった。

 

「しかし、それなら何故貴方も「気」を消していたんですか?」

「それは……」

 

 あの雑踏の中で「気」を消していたのは、トランクスだけではない。彼女、龍姫神はもまた自らの「気」を消していたのだ。

 龍姫神は人とも神とも異なる独特な「気」を持っており、人混みの中でもその場所を読み取るのは本来容易い筈だ。そんな彼女までもわざわざ「気」を隠していたのは、それこそいじわるのようにトランクスには思えた。

 そう訊ねれば龍姫神の目線が再び泳ぎ、その視線はトランクスの座っている座椅子の横に置かれたダンボール箱──コンテストの優勝賞品へと止まった。

 

《ニッキータウン産 姫イチゴ》

 

 人造人間の襲撃によって一度は大きく荒れ果てた大地だが、こういった果物もようやく安定して収穫出来るようになったとは農家の言葉だ。

 ダンボールの中に入っているのは、収穫されて間もない新鮮なイチゴである。ざっと見ても、普通の地球人が一日二日では食べきれないほどの量がそこに詰め込まれていた。

 コンテストに優勝した彼女が、他に宝石類や高級そうな時計もあった選択式の優勝賞品の中から迷わずこれを選んだことをトランクスは知っていた。その時の龍姫神の表情が嬉しそうに見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。

 

「……そう言えば、母さんとレギンスの大好物だったな」

 

 母ブルマが初めてドラゴンボールに願おうとした願いを「食べきれないほどのイチゴ」か、「素敵な恋人」の二択の中で素敵な恋人の方を選んだのは次元の狭間で見たいつぞやの記録だったか。

 そんな母のことを思うと、目の前の彼女がこれに興味を持つのもわからなくはないとトランクスは微笑んだ。

 

「う……あの、そ、それは……決して私が賞品が欲しかったから出場したわけではなくて、ですね……気を消していたのも、決して貴方に見つかりたくなかったからというわけでは……」

「ふふ……」

「な、何が可笑しいのです?」

「……いや、何と言うか」

 

 龍姫神──彼女の本名は、レギンスと言う。

 その出自を知るトランクスには神となっても人間臭いところが残っているらしい少女の気恥ずかしそうな姿を見て、微笑ましい気持ちを抑えることが出来なかった。

 

「安心したって言うか……やっぱり貴方もレギンス……俺達の娘なんだなと思ってね」

 

 龍神界の神の一柱である彼女の正体は、父トランクスと母マイの間に産まれたサイヤ人クオーターだ。

 彼女が一体どのような人生を経てそのような立場になったのかはトランクスにもわからないが、彼女の故郷がこの時代よりも、さらに時の進んでいる未来の地球にあることはわかっていた。

 ……わかっていて尚、彼は邪神メタフィクスとして彼女と敵対していたのだ。

 

「……ご自身の娘を排除しようとしていたことについて、何か言うことはありますか?」

 

 見た目にそぐわず鋭い言葉を突き付けてくるのは誰に似たのであろうか。しかしその言葉に抗う意志を、トランクスは持たなかった。

 GT次元の地球を訪れた時のメタフィクスは名も無き界王神の意識が前面に出ていたが、それを承諾していたのは紛れも無くトランクス自身だ。

 別の世界とは言え、未来の実子までその手に掛けようとした罪は、彼の中で消せるものではなかった。

 ただ、死を持って償おうにも今の彼には背負う者があり過ぎることもまた事実である。

 

「煮るなり焼くなりどうぞ……と言いたいところですが、それにはもう少し……せめて、この世界のレギンスが一人立ちするまで待っていただけませんか?」

「わかりました。では、これからは子宝に恵まれて穏やかに天寿を全うしてください。それで私は満足です」

「……えっ?」

 

 五歳になる娘がこれから一人立ちして安定するまでは、まだ死ぬわけにはいかない。厚かましく思いながらも切実な思いでそう語るトランクスの前に、龍姫神はあっさりとした口調で返す。

 それはどう聞いても、彼のことを許すと言う物言いだった。

 言ってからくすっと薄く笑んだ表情はどこかいたずらっぽく、その仕草がトランクスの目には幼い娘の姿と重なって見えた。

 

「子供が親を殺すなんて、絶対にいけませんよ」

「……そうですね」

「それでも貴方が私に負い目を感じているのなら、今回私が貴方を振り回してしまった件でちゃらにしてください」

「……やっぱり、レギンスはマイじゃなくて母さん似だったのか」

「人間だった頃は、そう言われていました」

 

 龍世界の神になった別の次元の娘が、この世界の娘よりも成長した姿で会って話をしている。その光景を奇妙だと思いながら、過去の母さんや父さんもこんな気持ちだったのかなと感慨に浸る。

 成長した自分の娘に裁かれるなら何の抵抗もする気は無かったが、どうやらその機会は訪れないらしい。

 

 

 そんな二人の元へウエイトレスからドリンクが運ばれてきたところで、話は本題に移る。

 そもそもこの世界でトランクスと彼女が会うことになったのは、こうして純粋に会話を楽しむ為ではない。

 超常的な力を持つ彼女にしか出来ないことを、トランクスがしてもらう為であった。

 

「さて、ではそろそろ始めましょうか。手を差しだしてください」

「お願いします」

 

 促された通り、トランクスは彼女に向かって右手を差し出す。

 龍姫神はその手を両手で掴むと目を瞑り──瞬間、その両手から翠色の光が流し込まれていった。

 それは温かくて心地よい、彼女の持つ龍の気の解放であった。

 

「……身体の調子は、以前よりも安定していますね。何か心境に変化でもありましたか?」

 

 心音を聴いた医者のような口調で龍姫神が問い掛けてくるが、今彼女が行っているのは間違いなくトランクスの身体の診察であった。

 今のトランクスの肉体は、邪神メタフィクスから名も無き界王神が抜けた特殊な存在だ。人間としてこの世に生まれてきたわけではなく、「超サイヤ人0」などという本来ならば存在しえない無茶な変身も行ったことでその体内は酷く不安定になっていた。

 存在その物がブラックボックスのようになっている今のトランクスの状態を調べる為に、龍姫神は龍神界で与えられた使命の元、定期的にこの世界を訪れているのだ。

 

「娘に物心がついてきたり、そんなところですね。最近は、よく俺の昔話を聞きたがっています。中でも俺が過去に行ってからの戦いがお気に入りみたいで」

「それは、絵本の読み聞かせよりも濃い物語でしょうね……この世界の私は今、ご自宅ですか?」

「マイや母さんと一緒に居ますよ。走り回ったり飛んだり跳ねたり、俺と違って元気な子です」

「そうですか……家族が増えて、貴方の心が安定し始めている。身体の調子が良くなっているのは、その辺りも関わっているのかもしれませんね」

「俺も、そう思います」

 

 当初は名も無き界王神に先立たれたこともあって、トランクスの心と身体は酷く不安定になっていたものだ。

 しかしこの蘇った世界の中で確かに生き返った母親や友人達と再会し、死に別れた恋人も連れ戻してきたその日から、次第に彼の心は安定し始めていた。

 人々が彼に感謝してくれたこと、自分達は救われたのだと言ってくれたこと、その温かな思いが、張りつめた心をじっくりと癒してくれたのかもしれない。

 そして何より大きな変化が起こったのは五年前、妻との間に長女が生まれたことだ。

 愛する家族に新たな一員が加わったことは、彼にこれからの時を生きていく意志を取り戻させるには十分な切っ掛けだった。

 

「こうして目の前で、無事に成長した未来の娘の姿を見ているのも、理由の一つかもしれません」

「……っ、……ここに居る私はあくまでも、無数の未来にある可能性の一つです。貴方の娘が私のようになるとは限らず……いえ、その可能性の方が高いでしょう。ですから……」

「未来を自分で決めつけないように、ですね。わかっています」

 

 トランクスが娘の存在の大きさを語ると、龍姫神が心なしか頬を赤く染めながら彼に忠告する。

 未来は常に不確定であり、何が起こるかわからないのはトランクス自身が誰よりも理解しているつもりだ。

 だからこそ、そこに希望があることも知っていた。

 故にトランクスの心にはもう、絶望は無かった。

 

「俺が生きている限り……この力は有効に使わせてもらいます。それが俺に出来る……父さん達への償いなんじゃないかって、思うんです」

 

 邪神メタフィクスとして自分が殺してしまった過去の父ベジータは、GT次元の神龍の力で生き返ったのだと言う話は、既にこの龍姫神から聞かされている。

 しかしまだ、彼に顔向けするには踏ん切りがつかない自分が居た。

 だがそれも、いつかは決着をつけなければならないことだと言うのは理解している。

 

「どうか、一人で背負い過ぎないでくださいね……私も今回のように、話し相手ぐらいにはなりますので」

「ありがとうございます。でも、俺はもう大丈夫です」

 

 感情が表情に出ていたのだろうか、こちらの手を両手で握りながら心配そうな顔を覗かせる龍姫神に対してはっきりと返す。

 そして、トランクスは言い切る。

 

「俺はもう、絶望しない……何があっても」

 

 それがトランクスとしてやり直した新たな人生における、彼の生涯の誓いだった。

 その言葉に龍姫神が笑むと、彼の手をゆっくりと離した。

 

「これは神として失格な発言になりますが……私自身の本音を言ってしまうと、邪神龍には感謝してしまいますね……」

「感謝?」

 

 安心した穏やかな表情を浮かべながら、龍姫神がテーブル上のドリンクを取る。

 そして一口だけその喉を潤した後で、彼女は言った。

 

「こうして貴方の世界を蘇らせて、貴方を人間として帰してくれたことです」

 

 本心から出てきたのであろうその言葉を放つ龍姫神の表情は女神然としたものではなく、見た目相応の少女に見えた。その姿はまさしく娘のものであり、トランクスは思わず彼女の本名を口漏らしてしまった。

 

「レギンス……」

「貴方が生きてて良かったと……今日は貴方の監視と調査が名目でしたが、私はこうして貴方と話す時間が出来て良かったと思っています。私の世界で貴方と会ったのは……もう、何年も前のことですから」

 

 彼女が生まれ育った世界での自分は、果たしてどんな生涯を歩んでいたのかはわからない。そこでは邪神メタフィクスが誕生することもなく妻と結ばれたのかもしれないし、そもそも全王やゴクウブラックが来ることも無かったのかもしれない。反対に、或いは自分が体験したよりも壮絶な出来事があったのかもしれない。

 ただいずれにせよ、目の前の少女にとって父親の存在が大切であることは確かなようであり、そのことをトランクスは嬉しく思った。

 家族とはやはり、仲良くあってほしいものである。

 自分も将来娘に嫌われたらと思うと……先ほど絶望しないと誓った手前格好つかないが、正直また絶望してしまうかもしれないとトランクスは思った。

 

「龍姫神様、もう少し付き合っていただけませんか?」

「……え?」

 

 儚げに微笑む龍姫神の姿にトランクスは目を合わせ、一つ申し出る。

 身体の検査が終わったことでこのまま別れるのがこれまでのパターンだったが、彼はもう少しだけ彼女をこの星に引き留めておきたかったのだ。

 

「貴方に、見ていただきたいものがあるんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶店を出たトランクスが龍姫神を連れて向かったのは、この西の都を一望できる高い丘だった。

 人の手が入っておらず建造物も無いこの場所を、昔はよく師匠との修行場所として利用していたことをトランクスは覚えている。

 そして色とりどりの花々に囲まれたその丘の頂上には今、たった一つの石碑があった。

 

「これは……」

 

 その石碑に刻まれた文字を見て、龍姫神が目を見開く。

 一目見ただけで、それが何であるのか彼女にはわかったのだ。

 

《名も無き救いの神、ここに眠る》

 

 石碑の傍らには寄り添うようにして折れた剣が──トランクスが使っていた一本の剣が立てかけてある。

 その石碑の前に立っていたトランクスは膝を曲げて腰を下ろし、事前に持ってきた花束をそっと下ろした。

 

「お墓、ですか……」

「……邪神を救いの神と呼んでしまうのは、悪いことなのかもしれません。それでもあの人は、俺にとっての希望だったんです」

 

 その石碑は紛れも無く、二つの次元に悪意を振り撒きながらもこの世界を蘇らせてくれた邪悪にして救いの神である、第十八宇宙の名も無き界王神の墓標であった。

 遺体も残らず虹色の光となって消えていった彼の神の魂は、ここには存在しない筈だ。しかし彼がかつて存在していたという証だけは、はっきりとその場に残っていた。

 花束を添え終えたトランクスは、静かにその石碑へ黙祷を捧げる。それは邪神を崇めるという行動ではなく、亡き友に祈りを捧げる為の行動だった。

 そんな物憂げな彼の姿を見つめた後、龍姫神もまた瞳を閉じて両手を合わせた。

 

「……ここまで想っていただければ、あの方も神冥利……いえ、お友達冥利につきましょう。善か悪かで言えば間違いなく彼は悪人で、大変なことを世界にしてしまいました。しかしそれでも、無に還った哀れな魂は安らかに眠って良いものだと私は思います」

「龍姫神様……」

 

 彼の魂は既に、この世からもあの世からも消えている。そしてもう、あの次元の狭間に居ることも無い。彼は完全なる無──魂の終わりへと、一足先に旅立っていったのだ。

 多くの者の命を脅かし、次元規模で災いを起こした彼を邪悪だと否定出来る理由は幾らでもある。

 だがそれと同じぐらい、彼に救われた者達にもまた、彼の死後の安寧を望む理由があった。 

 

 

 花々の揺らめく音が静かに響く丘の上で、静かに祈りを捧げた二人が目を開く。

 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはトランクスの方だった。

 

「龍姫神様は……界王神様の本当の名前を、知っていますか?」

 

 それは龍姫神としては、いつかは訊ねられるのではないかと思っていたような反応だった。

 

「お父様……トランクス様は、ご存知無いのですか?」

「……俺はあの時、界王神様の魂と融合していた。でも、あの人の名前だけは最後までわからなかったんです。あの人自身も、完全に忘れてしまっていたので」

 

 これまで名も無き界王神と呼称していた、第十八宇宙の界王神の名前である。

 界王神とはあくまで神としての役職名であり、本当の名前は別にある。そのことに関して別段不便と感じたことは無いが、出来ることならば知っておきたいとトランクスは思っていた。

 名前を明かせない理由があるのならそれも仕方が無いと理解していたが、その問いを受けた龍姫神は数拍の間を置いて、書物の内容をそのまま語るように口を開いた。

 

「……かつて、第十八宇宙の界王神は人間を愛し、人間の死を嫌う博愛の神と呼ばれていました」

 

 それは邪神メタフィクスとして彼と魂を融合させていたトランクスにとっては、知っている情報と知らない情報が織り交ざった真実の歴史だった。

 

「そんな界王神の世界には、他の宇宙の界王神と同じく対になる破壊神が居ました」

 

 丘の下に広がる都の光景を見渡し、吹き抜ける風で靡いていく青髪を抑えながら龍姫神は語る。

 

「破壊神の名前はルアリス。驚くべきことに、彼は元界王神候補の界王……界王から誕生した破壊神でした」

 

 立場としてはザマスに近いかもしれませんね、と彼女の語りの中で出てきたその名前に対して、頭の中に薄っすらと残っている名も無き界王神の記憶にトランクスは唇を引き締める。

 

「破壊神ルアリス……その名前は、あの人の記憶に残っていました……」

「ルアリスは博愛の神と呼ばれていた界王神とは対照的に、人の死と生命の破壊を好む滅びの神と呼ばれていました。一切融通の利かないその凶暴性は、現在の破壊神達以上に凄まじいものだったと伝えられています」

 

 あの名も無き界王神とは相性が悪そうな、破壊神の鑑とも言える評価である。

 実際、相反する二人の神は非常に仲が悪かったと続け、龍姫神は語る。

 

「真逆の思想を持ちつつも力が拮抗している二人の神は、お互いが当然のように反発し合いました。しかし、どちらか片方が滅びればもう片方も滅びてしまうのが界王神と破壊神の関係です。それ故に二人が直接対峙し、殺し合うようなことはなかったのですが……その前提はある日、界王神によって崩されました」

 

 そこから先の話は、トランクスの知る名も無き界王神の記憶にも残っていない出来事であった。

 

「彼は自らの存在を、その創造の力によって作り替えたのです。失われたトランクス様の肉体を、邪神メタフィクスとして作り替えたように……」

「……そうだ……それで、あの人は……」

「自らの存在を新しく作り替えた界王神は、神の理から外れた邪神に近い存在へと生まれ変わりました。そうして界王神は、貴方の知る名も無き界王神に変わった……という話が、龍神界の文献に載っています」

 

 名も無き界王神はトランクスと共に邪神メタフィクスへと変わる以前に、第十八宇宙の界王神から名も無き界王神へと変化していた過去があったのだ。

 故に彼は、彼自身さえも自らの名を覚えていなかった。破壊神を殺す為だけに、彼は自らの存在さえもその力で変えてしまっていたのだ。

 そうまでしてでも、彼には自分の対となる破壊神の存在が許せなかったのだろう。

 

「……そこから先のことは、あの人の記憶にもありました。生まれ変わった名も無き界王神は破壊神ルアリスに挑み、二度と復活出来ないように天使諸共消滅させた。そうか……だから破壊神が居なくなっても、界王神様は消えなかったんだ。存在を作り替えた界王神様はもう、破壊神とのつながりを無くしていたから」

「その代償として、彼は自らの記憶の一部と名前を失ったのです。以後も彼は生まれ変わった自分に新たな名前を付けることはせず……貴方の知る名も無き界王神として第十八宇宙を管理していました。その経緯を考えれば、メタフィクスや邪神龍という名前こそが、彼の真名なのかもしれませんね」

 

 トランクスの知る名も無き界王神には、その呼称通り名前が存在していなかったのだ。

 薄々、何と無くではあったがそんな気はしていたトランクスはその事実に対して然程驚くことはなかったが……墓標に刻む名前すら無いことは少し、寂しいと感じた。

 しかしそれならば、とトランクスは訊ねる。

 

「……なら、あの人が存在を作り替える前の名前はわかりますか?」

「龍神界の資料には、確かに記されていました。そう、確かその名前は……」

 

 名も無き界王神が対となる破壊神を殺す為に、名も無き界王神になる前の名前。

 第十八宇宙を管理していた今や誰も知らないその神の名前を、龍姫神は言い放った。

 

「ライラ、と呼ばれていたそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別れ際、龍姫神から「餞別です」と受け取ったダンボール箱の一部を抱えながら、トランクスの足が丸型の住居の前で止まる。

 空は暗くなり始め、予定していたよりも長い外出になったことをトランクスは家内に対して申し訳なく思う。

 言い訳の言葉を考えながらドアノブに手を掛けたトランクスは、ゆっくりとドアを開いて玄関へと入った。

 

「ただいま」

 

 帰宅の挨拶を述べ、靴を脱ぐ。

 そのままリビングルームへと向かおうとした矢先、トタトタと素早く軽い足音が聴こえてきた。

 ──瞬間、青い影がトランクスの胸に向かって勢い良く飛び込んでくる。

 

「パパ、おかえりー!」

「おっと……良い子にしていたか? レギンス」

「うん! ウーちゃんとカメちゃんとあそんでいたよー!」

 

 先ほどまで会っていた少女と同じ青い髪をした幼い子供は、トランクスの実の娘であるレギンスだ。

 一見凛とした目つきは母親似かと思いきや、性格は割と祖母に似てパワフルな子である。トランクスが自宅に帰って来た時には、こうして子犬のように抱き着いてくるのは恒例となっていた。

 左手はダンボール箱を抱えている為、右手で娘の頭を撫でながらトランクスはリビングを目指す。

 その間トランクスは、あのね、あのねと娘が嬉しそうに語る今日一日の出来事を微笑みながら聞いていた。

 

「ねえパパ、このまえのつづき、きかせて!」

「ああ、わかった。確か悟空さん達が戦っていたのは、俺の見たことがない人造人間だった……ってところだったかな?」

「ちがうよ! おじいちゃんがじんぞーにんげんをバシンバシーン!ってやっつけたところだよっ!」

「ふふ、そうだったな」

 

 好奇心旺盛な娘は、自分の話をいつも嬉しそうに聞いてくれる。

 この家に帰ってきて迎え入れてくれる人物が増えたことが、トランクスには堪らなく生き甲斐となっていた。

 そして、何よりも。

 

「貴方……」

「……マイ?」

 

 リビングに入れば、そこには彼の愛する黒髪の女性の姿があった。

 エプロンを着けているところを見るに、夕食を作っている途中だったのだろう。しかしその表情はどこか憂いを帯びていて、いかんともしがたい感情が自分に向けられているように感じた。

 帰りが遅くなってしまったのは申し訳ないが、こちらを見る危うげな態度が少々不思議に思い、トランクスはどういうことかと首を捻る。

 ──鋭い言葉と共に迫力のある剣幕で青髪の女性が迫って来たのは、その時だった。

 

「トランクス! さっきウーロンから聞いたけど貴方、若い女の子とデートしていたっていうのは本当なの!?」

「えっ……? それは……」

 

 青髪の女性──トランクスの母であるブルマの言葉に気押されながら、トランクスは絨毯に横たわりながらのんきに体操番組を観ている豚型の人間と亀甲羅の老人の姿を横目に見て状況を察する。

 

 ……どうやら龍姫神との密会は、同じ場所に居合わせていた彼らに見られた上、家内に報告されていたらしい。

 

 別の次元とは言え実の娘である龍姫神に対してやましい気持ちは一切抱いていなかったが、傍から見れば確かに浮気現場と判断されてもおかしくなかったかもしれないと客観的に分析し直し、トランクスは予期せず訪れたこの修羅場に内心青ざめる。

 

「ウーちゃん、プリンっていってた! レギンスもたべたかったー……」

「プリン……? 不倫……あ、ああ、イチゴならあるよ。はい、お土産」

「やったー! パパありがとー!」

 

 状況を理解していない無垢な娘の介入によってその心は急速で落ち着いていくが、今回の件で妻を悲しませるようなことはあってはならないとトランクスは真摯に向き合う。

 しかし龍姫神のことは色々な意味で出来るだけ口外したくない思いもあり、妻をどう納得させれば良いか良い考えが纏まらなかった。

 そんなトランクスに対して、黒髪の妻──マイが瞳を潤ませながら叫んだ。

 

「わ、私は信じているからなっ! たとえ私がドラゴンボールで若返っただけで本当はお義母様より年上だとしても、全部受け入れて愛してるって言ってくれたあの時の貴方の言葉、今でもずっと信じているからなぁ!」

「マ、マイ……」

 

 彼女のその言葉は──本気だった。

 全王によって世界が消滅させられた後、トランクスと彼女は別の未来に渡り、共に同じ時間を過ごした。

 激しい絶望が彼の身体を病として蝕み、やがては死に至ったトランクスの傍からも彼女は片時とて離れず、看病してくれたのだ。

 そんな彼女のことはたとえどんな過去があろうと全て受け止めると誓い、プロポーズの言葉を言い放ったのが彼女をこの世界に連れ戻した六年前のことである。

 

「で? 本当のところどうなのトランクス? 浮気性とか私もアレだったからうるさく言いたくないけど、そういうのはちゃんとしないと駄目よ?」

「……確かにさっきまで俺は女の子と出掛けていましたけど、それは何と言うか……お医者さんと患者みたいな関係と言うか、なんて説明したらいいか……」

 

 あれは未来のレギンスだよ、と観念して正直に話せばわかってもらえる気もするが、その前にまずは先に言うべきことがあると思い、トランクスは真剣な目で妻と向き直る。

 そして改めて、騎士めいた動作で誓うように彼は言った。

 

「俺も君を信じているよ、マイ。今もこれからも、ずっと一緒だ」

「トランクス……」

 

 本心から出てきた噓偽りの無い言葉を放ったトランクスは、彼女の目から憂いが消えたと同時にその身体を抱きしめる。

 ただ一言「ごめん」と、そう言えば彼女は微笑み、「いいよ」と返して許してくれた。

 

 家族として生きる彼女との日々は、これからも続いていく。

 

 

 

 

 そんな夫婦の姿を呆れた目で眺めながら、ウーロンが愚痴を溢す。

 

「あーあ、まーたラブラブだよこの二人」

「だから心配要らんと言ったろうに。大体英雄色を好むと言うしの、仮に浮気してたとしてもわしにはトランクスを責められん。……ところでトランクス、あのリューキシンって子、わしに紹介してくれんかの?」

「あっ、ズルいぞ爺さん! 俺にも紹介してくれよー!」

「すみません。駄目です」

 

 自分の無力さを呪いながらも、共に生きてきたスケベな二人は年老いても尚元気だった。

 そんな二人の客人の様子に苦笑しながら、トランクスは心の中だけで呟く。

 

(やっぱり、そこに居る俺の娘だ、とは言えないよな。まだ……)

 

 色々な意味で、彼女の──龍姫神の正体を明かすのは早いだろうとトランクスは判断し、今はまだ胸にしまう。

 龍神界に帰っていった少女の姿を思いながら、トランクスはこの時代に生きる自らの娘の姿をちらりと見やった。

 

「レギンス、イチゴはご飯の後にしなさい」

「はーい」

 

 土産に持ってきたニッキータウン産のイチゴを今か今かと食べようとしている彼女に妻が注意すれば、思いのほか素直に手を引っ込める彼女に思わず笑みが零れる。

 そんなトランクスの傍らへと、感慨深そうな表情を浮かべながら武天老師が近づいてきた。

 

「ほっほっ、こんな日が来るとはの……老いぼればかり生き残りよってと悔やんでおったが、長生きはするもんじゃな」

「……そうですね。そう言えば、老師様のところに預けた子達はどうですか?」

「みんな頑張っておるよ。昔のクリリンやヤムチャほどは難しいかもしれんが、立派な武道家になるじゃろうて」

 

 愛弟子達を失い、絶望的な状況の中でもいつか訪れる希望を信じて耐えていたのが彼だ。

 思えばそんな彼のことを、もっと手本にしていれば良かったのかもしれないとトランクスは思う。

 ……いや、その時間は今後幾らでもあるかと思い直し、トランクスは明日を見据えて振り仰いだ。

 

(未来がある限り、時間は進んでいく。人も世界も成長していく……)

 

 良いことばかり、楽しいことばかりではなく、この先も悪いことは起こるだろう。しかし、それだけではないことを彼らは知っている。

 今は信じたい。これからも、みんなと生きていく未来の世界を。

 

 探し求めていた本当の希望はそこにあるのかもしれないと、トランクスは過去の父の姿を思い浮かべながら静かに呟いた。

 

「父さん……いつか、また会いに行きます。今度は母さんとマイとレギンス……みんなを連れて」

 

 ──だから。

 

(そっちに逝くのは、もう少し待っていてください。界王神(ライラ)様)

 

 トランクスは共に生き続ける。

 この青く美しい、時間の中で──。

 

 

 

 

 

 

 

 

     【特別編:過ぎ去りし時は求めない ~END~】

 

 




 実はレギンスの作者的外見イメージは、まんまドラクエ3の女賢者だったりするという裏話。


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特別編 『Blue velvet』

 第七宇宙の界王神を除く全ての神は邪神メタフィクスによって滅ぼされたが、GT次元の神龍の力で一部を除き人間として生き返った。そんな彼らのその後であるが……人望のある者はかつての部下である界王と行動を共にし、またある者は下界での生活を満喫している。

 もちろん以前の力を取り戻すべく日夜奔走している者達も居るが、その道はやはり困難を極めた。中には超ドラゴンボールに願ったこともあったが、あろうことか超神龍は彼らの願いを「拒否」したのだ。

 

 超神龍が言うには、この次元に居る全ての神龍には神々の願い事に対してのみ、己の意思で拒否出来る権限が与えられているのだと言う。そして彼らはその権限を行使し、「神が自分達の役割を見つめ直すまで、その願いは容認出来ない」と元神達を突き放したのである。

 

 もちろん、そのような権限は今までの神龍には存在しなかった筈である。ドラゴンボールを揃えた者の願いなら、たとえ宇宙を脅かす極悪人の蘇生であろうと引き受けてくれたのが本来の神龍なのだ。

 そんな神龍達が自らの意思で願いを拒否出来るようになった理由はわかっていないが、おそらくは邪神メタフィクスの陰湿な嫌がらせだろうと推測されている。

 

 そのように神龍達が揃って願い事を拒否している現在、元神達がかつての力を取り戻すにはドラゴンボールに頼らない方法が必要だった。当然そのようなものは十二個の宇宙を探し回っても容易く見つかるものではなく、事件から数年が過ぎた今でも神復活への足掛かりは見つかっていなかった。

 

 

 ──そんな話を他人事のように語ったのは、現在人間としての生活をそれなりに楽しんでいる元天使ウイスと元破壊神ビルスである。

 

「ざまあみなさい! ……って思う気持ちもあるけど、巻き込まれた真面目な神様はかわいそうね」

 

 旅人としてこの第七宇宙を流離っていた二人と数年ぶりに再会したブルマは、彼らの語るあちら側の事情に複雑な心境を抱いていた。

 結局人間としても生き返ることが出来なかった全王に関しては胸がすく思いであったが、メタフィクスが及ぼした影響が真面目に頑張っていた善良な神にまで及んでいることを思うと、さしもの彼女も同情を禁じえない。

 しかしそんなブルマの言葉に対して「連帯責任だよ」とあっけらかんと返したのは、意外にも元破壊神のビルスだった。

 

「僕達だって一部の人間を見て破壊するかしないか、生かすか見捨てるかを決めてきたんだ。それが今、僕達の番に回って来ただけだ」

「ええ、ビルス様の言う通りでしょう」

 

 因果応報という言葉があるように、人とは過去の行いから相応の報いを受けるものなのだ。

 今のビルス達はまさにその報いを受けている真っ最中と言っても良く、今度は彼ら自身が取捨選択をされる側の立場になったということである。

 しかしそう語る二人の様子は何ともあっけらかんとしており、自分達が力を失ったことに対する悲壮感を感じさせないものだった。

 

「やけに素直じゃない。あんた達は、神に戻ろうって気は無いの?」

「戻れるものなら戻りたいですが……何分天使時代は掟が多くて不自由な身でしたからね。あれでも私は、それなりの気苦労を抱えていたのです」

「ビルスさんは?」

「別に、どっちでも。破壊神になる前の頃のように、初心に戻って一から鍛え直すのも悪くないからね」

「ビルス様やシャンパ様などは、元破壊神の中でも適応が早かった方でしょう」

 

 ブルマから「様」ではなく「さん」付けで呼ばれたことに対しても、ビルスは特に咎めることなく軽く聞き流している。それは彼自身が神ではなくなったのだから、同じ人間である彼女から敬われなくても当たり前だと考えているからであろう。

 こういった切り替えの早さに関しては、破壊神時代から身分にあぐらを掻いていたわけではないビルス個人の器の大きさを表していると言えよう。

 

 そんな彼だからこそ、なんだかんだで自分を含む地球の人々は彼の存在を受け入れているのかもしれない。ブルマはそう思う。

 

 今は破壊神ではなく、一人の武道家として修練に励んでいると自らの近況を語るビルスに苦笑しながら、ブルマはそれならと彼らの数日後の予定を訊ねてみた。

 

「そう言えば今回の天下一武道会、あんた達は出るの?」

 

 近日開催される、第二十八回天下一武道会のことである。

 息子のトランクスの話によれば悟飯の娘であるパンが出場するらしいその大会には、どういう風の吹き回しか悟空が久しぶりに参戦する予定らしい。

 そんな彼らに触発されたベジータも出場を決めており、父親命令によりトランクスも出場する予定になっている。

 

「悟空さんからお誘いはありましたが、私としては大会よりも出店の方が気になるのでお断りしておきました」

「僕も今回はやめておくよ。アイツの興味も魔人の生まれ変わりっていう奴にあるみたいだし、今の僕が出しゃばっても白けるだけだろう」

「あら意外……でもないか。やっぱりあんた達は、前とあんまり変わらないわね」

 

 神ではなくなったことで破壊の使命も失った今の彼らは、ただ強い力を持っているだけの美食家に過ぎない。

 以前の二人とて、破壊行為そのものを楽しんで行っていたわけではなかったのだろう。ある意味破壊神という生き物は、ブルマ達が思っていた以上に不憫だったのかもしれない。

 

「お前のところの二人は出るんだろう?」

「ええ、たまにはベジータにも稼いできてほしいし、トランクスも出るわ。悟天君も出るみたいだし、面白いことになりそうね」

「トランクス、ねぇ……」

「なに? うちの子がなんか不満?」

「いや……でかくなっても、こっちのアイツは未来に似ていないと思っただけだ」

 

 トランクス──邪神誕生のきっかけになったブルマの息子に対して、時代が違うとは言えビルスには思うところがある様子だ。

 無論、ブルマからしてもかの邪神に対して感じているものは大きかった。

 

 あの時、無理にでも自分が彼をこの時代に引き留めていればと……ベジータから事の顛末を聞いた時は、一時は自責の念により後悔に病んでしまったほどだ。

 おかげで二十代並のアンチエイジングに成功していた肌も、今では実年齢相応にしわがれてしまったものである。

 

 どう足掻いても、時間とは多かれ少なかれ人を変えてしまうものだ。

 

 しかしブルマからしてみれば、そう言った変化の中で邪神に堕ちてまで自分の意志で世界を救おうとしていたと言う彼の行動を、責める気にはなれなかった。

 寧ろよくやったと……よく頑張ったわねと褒めてあげたかったのが、母親としての思いだった。

 

「そうは言いますが、ビルス様は成長したトランクスさんの姿に、時折邪神のそれを重ねているそうですよ?」

「あはは、なに? ビルスさん怖がっているの? 心配しなくても、うちの子はあんまり変わっていないわよ。寧ろ、もう少し未来の方を見習ってほしいぐらいだわ」

「アイツがまた出てくるのは御免だからな。頼むぞ、本当に」

「……わかってるわよ。安心しなさい」

「しかし、あれは破壊神を破壊したばかりか、全王様を完全に消滅させた存在ですからねぇ……皆さんの殺され方もそれは酷いものだったようで、邪神メタフィクスの名前は今でも恐怖の代名詞として扱われているほどです」

 

 邪神メタフィクス──この世界から神を殺した邪神の存在は、今もなお強い影響力を及ぼしている。

 彼のことを覚えている者達はかつて彼から受けた恐怖を幾度となく悪夢に見て、一部の者は重度のPTSDを患い今も怯え続けているという話だ。

 ……というのも、一思いに息の根を止められたビルスやウイスなどにはまだ慈悲深かったぐらいであり、彼の分身が相手をした他の神や天使などは「神封じの結界」に身動きを取られた状態からゆっくりと耳を引きちぎられ、目を抉り取られ、喉を掻き切られては念入りに踏みにじられたのだと言う。そしてそのように瀕死の状態にしたかと思えば、メタフィクスは彼らにより苦痛を与える為だけに、あえて自身の力で彼らの身体を回復させた後で再び嬲り殺しにしたのだそうだ。

 実際にそんな目に遭ったのはビルスやウイス以上に人間の命を軽視していた悪徳な神々であったが、彼らを相手にした時こそメタフィクスはまさに邪神と呼ぶべき残虐性を見せたのである。

 彼らの心がへし折れて命乞いをされようと、メタフィクスは骸と成り果てていく神に振り下ろす暴力を止めなかった。

 何より恐ろしかったのは、そのように神を嬲り殺しにしている時でさえ彼の表情には感慨の色がなく、道端の蟻を見下ろすように冷めたものだったことだろう。

 憎しみや怒りを通り越した虚無の眼差しは、いかに彼がこの世界に絶望していたかを物語っていた。

 

「力だけで統制される秩序は、より強い力が現れた途端、脆く崩れ去っていく……いつしか私達は、そんなことさえわからなくなっていたのかもしれません」

「アッタマに来るけど、そればかりはザマスのことを笑えないよね……」

 

 未だ神の世界で強い影響が残っているのは、彼の死亡を見届けた者がこの世界に居ないというのもあるのだろう。

 故に、ふとした瞬間に再び邪神メタフィクスが自分達の前に現れるのではないかという思いが、ビルスを含む神々の心には纏わりついていた。

 全王復活の為神龍に強行する者が居ないのも、そう言った邪神への根強い恐怖心が抑止力になっている面もあるのだろう。

 神であった頃は圧倒的に高位な存在であったが故に、彼らは人間以上に恐怖への耐性が無かったのだ。

 

「要は神様のみんなは慣れ過ぎていたんでしょ? 何でも出来る自分にさ」

「ぐうの音も出ませんね。ですが、ブルマさん自身も力を持っている側であることをお忘れなく」

「え、どこが? 私はか弱い地球の女よ?」

「元とは言え破壊神と天使にため口聞いておいて、よく言うよ」

 

 いつの日か神が神に戻る日が来るとしても、それで喜びに舞い上がる奴なんてほとんどいなんじゃないかなぁと、ビルスはそう思っているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、悟空の孫であるパンが初めて天下一武道会に出場する日だった。

 そして他の出場者には悟空自身と成長した悟天、トランクスにベジータも出場している。

 悟空が今になって出場を決めた理由としてはもちろん魔人ブウの生まれ変わりが目当てにあったが、かと言ってそれだけが目的というわけではない。秘めたる力は大きいとは言え、幼年で心細かろうパンを引率する意味でも悟空の出場には意味があると言えた。

 

「悟飯の奴も出れば良かったのになぁ……パンも父ちゃんが戦うとこ見たかったろ?」

「うん! でもおうえんしてくれるからいいよ!」

「そっか、きっと父ちゃん、パンの強さにビビっちまうだろうな~」

「えへへ」

 

 パンは今、子供達の中で一番根性があると悟空は見ている。それこそ子供の頃の自分とは比較にならない才能を持って生まれた彼女には、悟空の目を持ってしても計り知れない可能性に満ち溢れていた。

 そんな孫の成長を見ることも、人生の楽しみの一つである。

 すっかりオラもお爺ちゃんだなぁとしみじみ感じながら、悟空は孫の手を繋ぎながら予選開始までの空き時間、会場周りの出店を気ままに巡っていた。

 そんな時、パンがおもむろに前を指差してはしゃぎ始めた。

 

「あっ、ハトさん!」

「ん? ああ、いっぱいいんなぁ」

 

 広場に集まっている、白いハトの群れである。

 食べ物を売っている屋台の匂いに誘われてきたのであろう。そんなハト達を何人かの観光客達は餌やりをして愛でていた。

 パンもまたその光景を見てキラキラと目を輝かせており、彼女の心情を察した悟空は近くの出店で売っていた餌用の豆を購入し、パンに与えた。

 

「わわっ」

「ははは、気に入られちまったなぁ」

 

 悟空から貰った豆をパンが嬉々としてばら撒くと、ハト達が彼女の元へ向かって一斉に群がってきた。

 大量の羽毛に驚きながら埋もれていくパンの姿に笑いながら、悟空はふと視界の端に映る、一組の親子の姿に気づいた。

 

「あれ? あそこにいんの……」

 

 パンと同じようにハトに餌をやっている青髪の少女と、その子の様子を後ろから見守っている黒髪の女性。

 母娘と思わしき組み合わせであったが、悟空は親の女性の姿に見覚えがあった。

 女性の方もまた悟空の存在に気づくと、はっと息を呑みながら彼の名を呼んだ。

 

「孫悟空?」

「おめえ、未来の方のマイじゃねぇか! 久しぶりだなー!」

「あ、ああ」

 

 マイ──邪神メタフィクスの事件が起こる前、トランクスと共に別の未来へ旅立っていった彼の恋人である。

 この時間軸のマイもまた大人の女性へと成長を遂げているが、目の前にいる彼女の姿はこの時代の彼女よりも貫録が見える、妙齢の女性であった。

 何か用事があってこの時代に来たのだろうか。悟空はいつものようにオッスと気安げに手を振りながら、彼女の居る方へと歩み寄った。

 

「おめえもこっちに来てたんか。いってーどうやって? タイムマシン使えたんか?」

「いや、タイムマシンは犯罪になるって言うからさ……今回は、龍姫神っていう神様に手伝ってもらったんだ」

「あー、あの神様かぁ。そっちの世界にも来たんだな」

 

 また会うことが出来るとは、と悟空は彼女との再会を喜ぶ。しかしその一方で、悟空は彼女に対して負い目を感じていた。

 その感情を誤魔化すように……という意識は特別抱いてはいないが、世間話もほどほどに悟空は視界の端に映る小さな少女について訊ねてみた。

 

「なあ、もしかしてそっちの……ちょっと目つきの悪いミニブルマみたいな子って、おめえの子か?」

「目つき悪い言うな! 父親に似て凛々しい子に育つんだからな!」

「お、おう……わりぃ、悪気はなかったんだ。この通り」

 

 少女の姿がどことなく似ていることから、悟空は少女がマイの実子であることを察する。

 そんな悟空の能天気そうな態度を見て、呆れたようにマイが苦笑を浮かべた。

 

「まったく……あんたは変わらないな。身体ばかり大きくなっても、中身は昔のままだ」

「そうか? オラもついこの間まで、結構悪い方に行ってたんだけどな」

 

 生きていた時間軸こそ違うが、思えば悟空にとって彼女とは数十年来の付き合いになるか。

 最近まではすっかり忘れていたが、ブルマ達と初めてドラゴンボールを探し回った時、争奪戦を行ったのが彼女やピラフとの出会いの始まりだった。

 

 そんな子供の頃、大切に思っていた場所を思い出し、悟空は苦笑する。

 

 お爺ちゃんになった今でも周りの者達からはあの時のままだと言われることの多い悟空だが、実際のところは思っていた以上に変わっていたのだと最近は思うようになっていた。

 良きにせよ悪しきにせよ、子供の頃の孫悟空と今の孫悟空は違っている。

 

「あとちょっとでオラは、一番大切なもんを無くしちまうとこだった」

「……そう」

 

 だが、どちらも正しく孫悟空というキャラクターなのだ。

 この素晴らしい世界で生きていく中で、悟空は人間として失ってはならないものを持ち続けている。

 その尊さを知った今、もう二度と大切なものを忘れたくはなかった。

 

「なあ、あの子の父ちゃんって、やっぱり……」

 

 ──その時だった。

 

「っ!」

 

 青い風が吹き抜ける。

 

 それは、突如としてこの場に現れた大きな「気」だった。

 人よりも強く、神よりも静かな「気」。

 その性質は今まで悟空が対面してきたどの戦士とも異なるものであったが、根元にあるものは間違いなく、彼の知る未来戦士のそれであった。

 

「悟空さん……ここに居たんですね」

「……おどれぇた。おめえの気、前とも昔とも別(モン)になってるぞ」

 

 青みがかった灰色の髪に、父親譲りの鋭い眼光。

 あの時を最後に別れた青年の姿はあの時のままであったが、身に纏う雰囲気は明らかに違っていた。

 今の彼は憑き物が落ちて、確固たるものを持っているように見える。

 そんな彼との再会を喜びながら、悟空は安心した表情で名を呼ぶ。

 

「よく来てくれたな、えっと……メタフィ邪神ンクス?」

「……トランクスか、せめてメタフィクスと呼んでくださいよ」

 

 感じた「気」が邪神とも人間とも違う気がした為、悟空はいつぞやのピッコロを呼んだ時のように要らぬ気遣いを見せる。

 帰ってきた彼の姿に、悟空は肩の荷が下りたように安心を感じた。

 

「じゃあ、元通りトランクスって呼ぶよ。元気そうで何よりだ。オラもベジータもブルマも、みんなおめえのこと心配してたんだぜ?」

 

 トランクス、青みがかった灰色の青年が、それまで浮かべていた難しい顔を解く。

 脱力したように、彼もまた安心した様子で呟いた。

 

「……貴方は本当に、不思議な方だ」

 

 前に会ったのは敵同士であり、本気で殺し合いをしていた筈の関係だった。

 しかし今のトランクスを見る悟空はそんなことをまるで気にしていないと言わんばかりに、昔と変わらない朗らかさで応じていた。

 そんな悟空の姿に毒気を抜かれたように苦笑を浮かべると、トランクスは広場でハト達に餌をやっている少女を手招きする。

 

「レギンス、こっちに来なさい」

「はーい!」

 

 彼に呼ばれた少女が、元気良く駆け出してこちらへやってくる。

 子犬のように寄ってきた彼女の肩に手を置きながら、トランクスは少女の紹介を行った。

 

「この子はレギンス、俺達の子供です」

 

 思った通り、少女はマイと彼の間に生まれた娘だったようだ。

 こうして両親の間に立っている姿を見ると、どちらの面影もあることがわかる。

 

「はは〜やっぱりか! 髪の毛とか、結構ばあちゃん似なんだなぁ」

「レギンス、この人が悟空さん。孫悟空……俺のことを何度も助けてくれた、悟飯さんのお父さんだよ」

「ええっ!? この人が!?」

 

 一方でトランクスが悟空のことを娘に紹介すると、彼女は驚きの表情を浮かべながら慌てて母親の後ろに隠れた。

 そんな彼女は警戒心を露わにしながら、顔半分だけ出して悟空の顔を覗き込む。

 

「う〜……」

「な、なあトランクス、オラすげぇ睨まれてんだけど……おめえその子になに吹き込んだんだ?」

「多分、貴方が父さんのライバルだからではないかと……」

「この人ったら、レギンスに物心ついた頃からお義父様のことをよく話していたのよ」

「あー、それでか。それじゃあ、しょうがねぇか!」

 

 初対面の彼女に警戒される心当たりがなかった悟空だが、その説明を聞いて腑に落ちてしまう自分がどこか可笑しく感じた。

 彼女がトランクスの影響を受けて自分の祖父ベジータを贔屓しているのだとすれば、これ以上なく納得のいく対応に思えたのだ。

 

「悟空さんのことを悪く言っていたわけではないんですが……レギンス、やめなさい」

「だってぇ……孫悟空って人、おじいちゃんのこといじめてたんでしょ?」

「誤解だ、レギンス。悟空さんは……」

「ははっ、おめえおもしれぇこと言うな」

 

 悟空がベジータをいじめる。何とも新鮮な発想をする子だと、思わず笑ってしまう。

 そんな和やかな空間に、当人が割り込んできたのはその時だった。

 

「トランクス! 貴様、てめえのガキになに吹き込みやがった!?」

「!? と、父さん……?」

 

 未来の息子の存在を察知した途端、大急ぎで駆けつけてきたのだろう。超サイヤ人の姿で現れたベジータが、そのまま胸ぐらに摑みかかるかのような迫力で降り立つと、数年ぶりに親子が対面する。

 

「罰として貴様にも大会に出場してもらう! わかったな!?」

 

 頰の僅かな緩み具合を見るに、未来の息子の無事を確認して喜んでいるのは間違いなさそうだ。しかし、相変わらず何とも不器用な男である。

 だが、このぐらいの方がベジータらしいのかなと、彼のライバルである悟空は一人そう思った。

 

「……はい、父さん」

 

 そんな形で本来の予定になかった大会出場者が一名追加されたわけだが、きっとそれは、本来の歴史と比べても悪いものではないだろう。

 

 不器用な父親と生真面目な息子が、遠慮なくお互いに向き合う機会が生まれたのだから。

 

 それが二人にとって救いとなったのかは……もはや、語るまでもないだろう。

 

 

 



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挿話 『未来へ……』

 

 

 ──夢を見た。

 

 それは、野望の達成よりも英雄の安寧を選び、自らの死への抵抗をやめた邪神龍が見た生涯の走馬灯である。

 

 界王神になるべくして世に生まれ落ち、宇宙中の生命を守る為に奔走していた頃の無垢なる自分。

 昔から破壊神といがみ合い、天使と対立することもあった。名も無き界王神は神として極めて異端であり、人間を愛し、人間と関わりすぎたが故に物の考え方が人間に寄り過ぎてしまったのだ。

 

 その時からきっと、彼は歪な存在だったのだろう。

 

 しかし、それでも……名も無き界王神は己を曲げられなかった。

 

 人間が好きだったから。

 

 身勝手でエゴの塊で、神の領域にまで土足で踏み込もうとする恐れ知らずな生き物──人間。

 しかしそのあり様はどんなに不満があろうと絶対者に歯向かうことができない自分たちとは違い、自らの信念を貫き通す為ならば格上たる創造神にすら牙を剥いてみせる気高い心を持っていた。

 

 そんなヒトという存在が、彼は好きだったのだ。

 

 もちろん、全ての人間がそうも強く生きていたわけではない。

 人間の多くは弱くて臆病で、それこそ何を間違ったのかどうしようもない悪人が生まれたこともあった。

 

 しかしそれを踏まえた上でも、彼は人間を愛していた。

 たとえ悪しき者がいるのだとしても、彼は人を神と対等に見ているつもりだった。

 そんな自分を振り返って、名も無き界王神の魂は自嘲の笑みを浮かべる。

 

(トランクス……私もまた、ヒトの可能性を見下していたのかもしれません……)

 

 彼らの紡ぐ物語を信じられなくなった。彼らの可能性を信じられず、自分が救わねばと見下していた。その結果がこれならば、自分も全王と大した違いはないのだろう。改めて、そう思う。

 

 だから、滅ぶべくして滅びた。

 全王も、自分も。

 

 この結末がやがてどのような未来を手繰り寄せることになるのかは、虚無の世界で正史の未来を見てきた名も無き界王神にもわからない。

 未来は彼らの手で変わったのだ。数多の時空に存在するパラレルワールドの、どの世界にも似つかない新しき未来へと。

 そして、世界は託された。全王でも自分でもなく、この世界に生きる一人一人の手に。

 

 ──その希望を、信じてみたい、と思う。

 

 絶望しか見えなかった十二の宇宙の行く末を嘆き、名も無き界王神は邪神となって全てを終わらせようとした。

 しかしそれを止めに来てくれた……止めてくれた英雄たちがいたのだ。

 神もまた……人格者など一握りもいなかったと彼は振り返るが、あの時の破壊神ビルスはそんな英雄たちに力を貸してくれた。

 

 邪神メタフィクスを倒す為に、人と神は互いに協力し合うことができたのだ。

 

 どちらが高位な存在なのかも関係なく──彼らはただ自分たちの未来を守る為に、お互いの手を取り合った。

 

 消えゆく間際である今だからこそ、名も無き界王神はそれを尊く思った。

 

 もしも世界が再び道を違えることになれば……その時はきっと、第二の邪神メタフィクスが生まれることになるだろう。

 もしかしたらこの私自身が……蘇ってしまうかもしれない。

 それでも、今は信じたい。

 二度と邪神が世に現れないことを、消えゆく神の魂は願った──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ここからは、取るに足らない挿話である。

 

 それは、とある一族同士による語らいだった。

 

 一人は生意気そうな目つきをした黒髪の少年。

 もう一人は、彼の母親に似た青い髪色をした少女の姿だった。

 少年の姿は10歳前後のあどけない見た目であり、対する少女の方はハイスクールぐらいの年齢に見える。

 そんな二人は修行の休憩時間中、荒野の高台に隣合って座りながら何気ない会話を行っていた。

 

「ねぇ、貴方の夢って何ですか?」

 

 不意に掛けてきた少女の唐突な問いかけに、少年が高らかに答える。

 

「宇宙最強の王だ!」

 

「王様?」

 

「そうだ! 先祖は偉大な王子だったみたいだからな。俺はそいつよりも強いキングになってやる!」

 

 少年の語った力強い意気込みの言葉に、青髪の少女が思わず噴き出した。

 遠慮なく笑みを溢す少女の姿に、少年が不服そうな顔を返す。

 

「ぷっ、あははっ」

 

「な、何がおかしい!?」

 

「いや、おじいさまそっくりだなって思いまして」

 

 てめえから聞いてきたくせに笑うことはないだろう!と、少年は少女の顔を睨む。しかし彼女の口から偉大なる先祖の話が出てくると、途端に彼の心に沸き上がった怒りが急速に冷えていく。

 この時、少女は少年の語った夢を笑ったわけではなく、少年の考え方が彼女の知るご先祖様に似ていることを面白がっていたのだ。

 先祖のことを尊敬している少年としてもそのことは、悪くない気分だった。

 

「ふん……そうか」

 

「嬉しそうですね」

 

「当たり前だ。俺の目標は一族最強の戦士だからな!」

 

「えらいえらい」

 

「くそったれ……離しやがれ!」

 

「あ……」

 

 年齢不相応に偉そうに踏ん反り返る少年の姿を微笑ましく思いながら、青髪の少女はギザギザに逆立った彼の頭を撫でようと手を伸ばす。──が、彼はそんな少女の手を嫌い、つんけんした態度で払い除けた。

 思春期を迎えたことでこの頃生意気さに磨きがかかってきた少年は、子ども扱いされることを良しとしなかった。

 そんな高いプライドを持つ彼は、少女に向かってびしりと指を差した。

 

「そのうち必ず超えてやるぞ! あんたはもちろん、俺の先祖の強さもな!」

 

 それは幼くも一端の戦士の目をした少年による、少女への戦線布告だった。

 男の子の意地というものでもあるのかもしれない。少女にとってついこの間まで可愛らしい赤ん坊だった少年だが、いつの間にか超サイヤ人への変身も習得し、立派になりつつある。

 少女にはそんな彼の可愛げのない姿が少しだけ寂しかったが、それ以上に嬉しかった。

 

「……その意気です。まあ、その前に孫悟空Jr.くんに勝たないといけませんけどね」

 

「わかっている!」

 

「ふふ、素直でよろしい」

 

 照れ笑う少女の顔から目を逸らすように、少年がそっぽを向く。

 そんな彼は、話題を変えるように今度は少女に問い掛けた。

 

「……ふん。あんたはどうなんだ?」

 

「どうって?」

 

「あんたには何か夢はないのかと聞いているんだ!」

 

 同じ話題を自分に振られるとは思わなかったのか、少女はきょとんとした顔をする。

 見た目こそ歳若い青髪の少女だが、実を言えば彼女はとっくに成人している身である。そして、少年の母親よりもずっと年上だったりする。

 

 実年齢は老婆もいいところである彼女には、こうして改まって将来の夢を聞かれると、すぐには思い浮かばなかった。

 

「……夢を語れる年齢でもないのですが」

 

「歳を言い訳にするな。悟空のところの婆さんだって、夢はあるらしいぞ」

 

「パンさんが、ですか……そうですね。夢を語るのに、年齢は関係ありませんか」

 

 困惑する気持ちに対して少年が尤もな指摘を返すと、少女は「うーん……」と人差し指を唇に当てながら長考に入る。 

 それから数拍の間を置いて、少女は穏やかに微笑みながら言い放った。

 

 

「では、ベジータくんが元気に暮らしていけますように、というのは駄目ですか?」

 

 

 まるで親のようなことを言う彼女の「夢」に、少年は頭を抱えながら嫌そうな顔をした。

 

「っ、あんたに願われるまでもない!」

 

「もう、意地悪ですね」

 

「そんなことより! もっとそれらしい夢は無いのか、夢は!」

 

 未来を担う少年の成長を願い、それを見守ることこそが今の少女にとっての数少ない娯楽であり趣味だった。

 それはまるで孫の成長を見守るような心情であったが、当の少年からしてみれば余計なお世話だったのかもしれない。

 まったくもって、かわいくない王子である。

 

「じゃあ……」

 

 ならばこういう夢はどうだろうか、と少女は思い浮かべる。

 想像したのは今この世界に居ない英雄たちと共に銀河の旅に飛び出していく、あどけない頃の自分の姿だった。 

 

 

 ──もう一度子供に戻って、摩訶不思議な冒険をしてみたいですね。

 

 

 

 

 

 

 ベジータの孫であるレギンスがベジータjr.に自らの夢を語った……100年後の一幕だった。

 

 

 

 

 



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【セルフクロスオーバー】ドラゴンボール超 ヤムチャ
オッス! 帰ってきたヤムチャとヤムチャたち


 投稿4周年記念に初投稿です。
 本章は私の別人格が書いた「転生したらヤムチャがリボンズになった件」とのセルフクロスオーバー作品になります。ノリは本編とは違ってくっそ軽くなると思います。


 龍神界──それは世界のどこかに存在しているが、たどり着いた者は誰も居ないとされる龍神達の世界である。

 そこに住む龍達はどんな願いも叶えることが出来ると言われているが、決して自発的に外の世界に干渉することはなく、自分達の世界から静かに外界を見守っているのだと言う。

 

 存在を知る者すらほとんど居ない眉唾物の伝説であったが、おおよその部分は真実だった。

 

 聖域界王神界を含む全宇宙は勿論、この世とあの世からも外れた外の「次元」。決して混じり合うことの無い四つの次元から、さらに外れた空間に龍神界はある。

 実在はしている。が、そこに住まう龍神達が伝説通りの気高い存在かと言うと、それは微妙なところだと龍姫神レギンスは思う。

 龍神達は良くも悪くも自由である。異次元観察が趣味の者も居れば、外界に全く興味を持たない者も居る。その個性は人間のように千差万別で、龍神であることに誇りを持たぬ者も何ら珍しくなかった。

 

 要するに、彼らは案外適当に生きていた。みだりに外界で力を使ってはならないという掟はあるものの、要領の良い龍神達はお忍びで各次元へ旅に出たりと、各自迷惑を掛けない範囲で自由に行動していた。

 

 龍姫神であるレギンスはと言うと、他の龍達と比べて大分若いこともあり、働き者の部類であった。それ故に貧乏くじを引くことが多かったが。

 父に似て基本的に真面目な性格であるレギンスは、自分が特殊な力を持って生まれた以上、その力を世の為に扱うことに積極的な神だった。

 元々は人間だったという経歴もまた、彼女が他の龍達と違って人間寄りの思考をしている理由の一つあろう。そんな彼女は次元規模で不穏な問題が発生した際、極力目立たぬよう各次元に発ってパトロールを行っていた。

 

 そして今回もまた、レギンスは新たな使命のもと活動を行なおうとしていた。

 

 それは邪神メタフィクスの行動によって生じた邪神の残滓──「次元の歪み」の修復である。

 

 邪神メタフィクスは消滅した。

 彼によって降臨した邪神龍もまた、孫悟空の手で倒され完全なる無へと還っている。

 故に、彼の存在は「超次元」には破片一つ残らなかったのだが……それでも尚、邪神龍の降臨によって生じた影響は各所に及んでいた。

 勿論、目立った歪みは既に孫悟空と神龍が去り際に修復している為、危険な事態が起こるようなことは無い筈である。

 しかし取りこぼしたほんの僅かな歪みが、「ゼノバース次元」と「Z次元」に残り続けていることに、龍姫神は気づいたのだった。

 

「と言うわけで、行ってきます」

 

 今回の件に関わったレギンスは、歪みの修復を己の責務と考え、久方ぶりに龍神界を発ってゼノバース次元へと向かうことにした。

 通常、龍神界の者が表立って外界に干渉することは無い。

 だが、邪神メタフィクスに関してだけは特例である。仮に彼の野望が果たされた時、その影響は超次元に留まらず、他の次元にも何らかの影響を及ぼしかねなかったからだ。あれは、それほどの存在だった。

 人間のような原生生物が自らの叡智を使って同じことをしたのなら、龍神界はそれも自然の摂理として受け止め、介入することはなかっただろう。GT次元のトランクスが次元移動装置を完成させたことに対し何のアクションも起こしていないのは、その為である。

 神龍に代表するように、龍神達の多くは叶えたがりな存在である。ブルマが作ったタイムマシンやトランクスが発明した次元移動装置に関しても、寧ろそれを進化の過程と歓迎する者も居た。

 

 とても強大だが、同じぐらいとても甘い。元人間であるレギンスが彼らに対して抱いたのは、そんな印象だった。

 

 

 

 

 

 さて、次元が違えば世界も変わる。

 

 事象が違えば、その分だけパラレルワールドが生まれる。

 

 レギンスが次元の歪みを感じ、向かった先の世界もまた無数にあるパラレルワールドの一つだった。

 宇宙の周りには何らかの干渉があったようで、その宇宙を発見するのは少し面倒だったが、自在に次元の扉を開く力を持つ超サイヤ人フォレストの能力を持ってすれば到達するのは可能だった。

 場所は、ゼノバース次元の第七宇宙。

 

「やはり、地球にありましたか……」

 

 次元と世界は違うが、まさしくそこは彼女の出身地であり、邪神メタフィクスにとっても思い入れ深い青の惑星「地球」だった。

 どうやら次元の歪みは、この星にあるようだ。

 メタフィクスの時とは違い、今回は人目に付かないように人気の無い荒野に降り立ったレギンスは、次元渡りの為に龍化した姿から人間の少女の姿へと戻り、見知ったその地にふわりと降り立つ。

 

「気づかれない内に済ませましょう」

 

 邪神龍神の残滓である、次元の歪みがどこにあるのか……レギンスはこの星からその位置を探る為、エメラルドグリーンの光を放つ超サイヤ人フォレストへと変身する。

 翠色に変わった姿でその右手のひらを大地に当てると、「地球の記憶」を読み取っていく。

 

 それは、超サイヤ人フォレストの能力の一つである。

 

 超サイヤ人フォレストは、超サイヤ人ゴッドの神としての性質を龍の気によってさらに研ぎ澄ませた形態である。その権能はもはや神龍に等しく、直接的な戦闘以外であれば万能に近いことが出来た。

 

 それはこのように、星の記憶にアクセスすることも可能である。

 

 実際に星が語りかけてくるというわけではないが、レギンスには超サイヤ人フォレストになることで星の記憶を断片的に読み取ることが出来た。

 並の人間が同じことをすれば流れ込む膨大な情報量に脳がパンクしてしまうところだが、龍姫神である彼女にとっては慣れたものだった。

 

 地球の記憶から、惑星のどこかにある次元の歪みを特定……どうやら北の都のさらに奥の氷河地帯にそれはあるようだ。

 

 必要な情報を読み取った後、レギンスは変身を解除すると地球に礼を言いながら地面から手を離し、そして何とも表現しがたい微妙な表情を浮かべる。

 人目がある時は神らしく振る舞っている彼女だが、こうして自分しか居ない場では胸の内の感情を露骨に出すことがあった。

 

「ええ……」

 

 レギンスは困惑していた。

 読み取った地球の記憶から歪みの位置を特定することが出来たが、その過程でこの星が辿った歴史を知ってしまったのである。

 そしてその歴史の……なんとカオスなものか。

 次元世界数多くとも、このような世界を見るのは滅多にあるものではなかった。

 

 

 地球は、ヤムチャだった。

 

 

 クールな眼差しにホットなハート、噂のナイスガイ──ヤムチャである。

 どうにもこの世界はその「ヤムチャ」が特異点になっているようで、孫悟空が子供の頃から暗躍していたらしい。

 ドラゴンボールに願い、変革を果たしたヤムチャはリボンズヤムチャとなり、宇宙へ飛び立ち機械惑星ビッグゲテスターを掌握。

 ビッグゲテスター・ヴェーダへと進化させた機械惑星の高度な科学力を使い、リボンズヤムチャは1000体ものメタルヤムチャ「ヤムベイド」を生産し、全宇宙へとばら撒いたのである。

 その後フリーザ軍に入り参謀まで上り詰めた彼は、フリーザを唆し界王神を抹殺。破壊神ビルスは消滅し、天使ウイスも眠りについた。

 界王神の遺体からポタラを手に入れたヤムチャは強化したポタラ、ポタラドライヴによって神とサイヤ人の力を持つ人造人間ヤムチャキャノンと合体。神を超えた超戦士リボーンズヤムチャが誕生した。

 リボーンズヤムチャはビッグゲテスター・ヴェーダと共に地球へ侵攻。

 それまでも地球はターレス、スラッグ、クウラと立て続けに宇宙からの脅威に襲われていたが、それらも裏ではリボーンズヤムチャの手が回っていたらしい。

 周到な用意に狡猾な策略、そして敵に対する容赦の無い冷酷さは、邪神メタフィクスとも通ずるものがあった。

 

 ……ともかく、この世界が極めてイレギュラーな世界だというのはわかった。今から七年前、この地球に侵攻した彼は超サイヤ人ブルーに覚醒した孫悟空と裏切りのヤムベイド、ヤムチャ・ティエリアーデというヤムチャらZ戦士達によって敗れたものの、今も存命し何やら暗躍を続けているようだった。

 

「ヤムベイターに、ビッグゲテスター・ヴェーダ……」

 

 地球の記憶にアクセスし、余計な情報を受け流すことはそう難しく無かったが、怒濤の勢いで奔流してくるヤムチャのゲシュタルト崩壊にレギンスは額を押さえた。

 空を見上げてみれば、そこには七年前の激闘の証であるビッグゲテスター・ヴェーダがGT次元で言うところのツフル星のような位置に浮かんでいる。

 亀という一文字を象った機械惑星は、激戦の功労者であるセルリジェネと完全に一体化しており、再び地球を襲うような危険は無い。

 戦いの後の七年は、それまでの動乱が嘘のように平和な日々が続いている。セルリジェネによってビッグゲテスター・ヴェーダのコントロールから解き放たれたことで、リボンズヤムチャから離反し地球へと移住してきたヤムベイドも100人ぐらい居るようだ。そんなヤムベイド達は自分の存在理由を今一度見つける為に、各自静かに平和に暮らしているらしい。地球の外の情報を手に入れられたのも、そんな彼らの記憶を経由したからである。

 確かに、この星は居心地がいい。外敵にさえ襲われなければ、ここで静かに暮らしたくなるのもわかる話だった。

 

 しかしその平和を乱そうとする「歪み」が今、北の氷河地帯で蠢いている。

 

 これほどまでにイレギュラーな世界である以上、邪神龍がもたらした歪みがどのような影響を及ぼすか判断つかない。思っていた以上に厄介なことになりそうだと、レギンスはヤムチャに汚染された思考をリセットするべく、両手で頬を叩いて気を引き締め直した。

 

「歪みの近くに、誰か居ますね。これは……ヤムチャさん?」

 

 次元の歪みの近くに人間のものとは違う、洗練された神の気を感じる。

 レギンスが神眼──老界王神が持つ力と同じ能力を凝らして偵察すると、そこにはまさしく件の人物がいることに気づいた。

 リボンズヤムチャである。

 この世界で次元の歪みの発生にいち早く気づいた彼は、その歪みを何かに利用しようと悪巧みしている様子だった。

 これはまずいことになったと、レギンスは苦虫を噛み潰す。

 よりによって、この世界で最も厄介な存在に見つけられてしまったらしい。

 そして、見つかったのは次元の歪みだけではない。

 

 

「覗き見は良くないな。ボクの行動がそんなに気になるなら、直接会って話をしようじゃないか」

「──っ」

 

 ……気づかれた。

 神眼で様子を窺っているこちらに振り向くと、次の瞬間、リボンズヤムチャはレギンスの背後に現れ、ヤムチャと同じ声で呼び掛けてきた。

 彼が瞬間移動を使い、北の氷河地帯から一瞬にしてレギンスの居場所へと飛んできたのである。

 神眼を察知したばかりか、逆にこちらが探知されていたようだ。この地球の記憶によるとリボンズヤムチャはかつて神を自称していたようだが、まさしくその存在は超次元の神に比肩しうるもののようだった。

 レギンスは自身の迂闊さを悔やみ、動揺を悟られぬようポーカーフェイスを保ちながら返した。

 

「……失礼致しました。既にこの世界に発生した歪みに気づき、私より先んじて動いていた者が居た事実に驚いてしまったので」

「歪み? ああ、これのことかい?」

 

 レギンスがその場を取り繕う発言を返すと、リボンズヤムチャはこれ見よがしにその手にルービックキューブのような物体を取り出し、それを弄んだ。

 ダイヤモンドのような透明な四角い物体の中で、光をも吸い込むような禍々しい闇が蠢いている。その闇こそが邪神龍誕生がもたらした次元の歪みであり、レギンスが今回浄化しに来た存在だった。

 しかしそれをキューブ状の物体に封じ込め、自らの手中に収めている光景にレギンスは驚いた。

 

「次元の歪みを、物質化したのですか? そんなことが……」

「ボクの科学力を持ってすれば造作もないことだよ。この暗黒物質はかなり興味深かったのでね、持ち帰って解析すれば、ボクの新しい計画に使えると思ったんだ」

 

 人間の技術というものには、つくづく驚かされるものである。尤もレギンスの家系はそちら側の人間ばかりであったが、邪神龍がもたらした歪みという時点で人が触れればどうなるかわからないものを手にし、あまつさえそれを利用しようと言うのだから。

 リボンズヤムチャ……噂以上の切れ者である。いや、異常者とも言うべきか。

 そんな彼はふむ、と怪訝そうな眼差しでレギンスを見据える。

 

「ボクを警戒して他の宇宙から神か天使でも舞い降りたのかなと思ったけど……ボクの知らない神様だね。何者だい?」

 

 この身が発する特殊な「気」を感知したことで、こちらが人間ではないということには気づいているのだろう。しかし思い当たる人物ではなかったようで、リボンズヤムチャは首を傾げていた。

 それもそうだろう。レギンスは龍姫神であり、龍の世界の神であってこの世界の神ではないのだから。

 メタフィクスの時は相手が孫悟空に縁の深いGT次元の戦士達だったので、ある程度詳しく語った。しかし目の前に居るヤムチャはヤムチャであってヤムチャではなく、レギンスがそこまで明かせるほど信頼することは出来なかった。

 故に、素性説明は差し障りの無い程度に留めておく。

 

「私は龍姫神。この世界とは別の世界からやってきました」

「別の世界? ……なるほど、やはり十二の宇宙とはまた別に、他の世界があるのか」

 

 たったそれだけ言うと、リボンズヤムチャはある程度のことを察したような反応を返す。

 それはこことは別の「次元」があることを既に察していたような、ますます食えない人間だと感じさせる態度だった。

 そんな彼にレギンスは彼が今持っている物体について説明する。

 

「その黒い闇……次元の歪みは、かつてこことは違う遠い世界で誕生し、消えていった一人の邪神がばらまいた呪いの残滓です。それは、この世界にあってはならないもの……故に私は、それを浄化しに異界から参りました」

 

 その闇──「次元の歪み」の危険性を訴える。

 それを科学力で物質化し、こうして人の手でも持ち運べるように加工してみせたのには非常に驚いたが、どうあっても人が手にして良いものではないのだ。

 何せあらゆるパラレルワールドから全王含む神を消滅させた上で、超次元全ての時間軸をゼロへと巻き戻そうとした邪神が生み出した呪いの残滓である。邪神龍自体はGT次元の孫悟空が滅ぼし、その呪いも大半は浄化されているとは言え……脅威の程は計り知れなかった。

 

「リボンズヤムチャ様、申し訳ありませんが、それをお譲りしていただけませんか? 勿論、相応の対価は支払います」

「ふむ……神を殺した邪神の呪いか……全王様を殺してしまうだなんて、それはとても恐ろしい話だね」

 

 かつて別の世界で神を一掃し、全王さえも滅ぼした邪神の残滓。

 その危険性について説明すると、リボンズヤムチャが顎に手を当てて熟考を始めた。

 レギンスとしては、交渉で譲ってもらえるのならそれに越した話はない。元々こちらが遅れを取ってしまったのが悪いのであり、報酬を出すという言葉にも嘘偽りは無かった。

 だが、やはりと言うべきか……リボンズヤムチャが突き返した言葉はレギンスにとって都合の良いものではなかった。

 

「残念だけど、それは出来ないな。これを譲る対価として、君が代わりにこの世界の全王を消してくれるんだったらいいけど、それは無理だろう?」

「……それは、私の力を大きく超えた願いです」

「なら、君に払える対価はコレとは釣り合わないね」

 

 ああ……こうなるから、彼の手にだけは渡ってほしくなかったのだとレギンスは内心で舌を打つ。

 それは地球の記憶を覗いたことでわかったことだが、このリボンズヤムチャという男、邪神メタフィクスのそれに通ずる野望を抱いているからだ。

 

「ボクは人類を導く神になりたくてね。だからボクよりも上に立っている連中には、一人残らず消えてもらいたいと思っているんだ」

 

 だから、彼は界王神を殺した。連鎖的に破壊神ビルスも死に、天使ウイスも眠りについた。

 自分が唯一神として頂点に立ち、人類を導くのに彼らが邪魔だという理由だけで。

 

「もちろん、全王も同じだよ。ヤムベイターは人類を導く者。もはや神を超え、真のヤムベイターさえも超越した存在となったボクの上に、あんなのが立っているのは我慢ならないな」

 

 いっそ清々しいまでに、恐ろしいことを言ってみせたリボンズヤムチャにレギンスは戦慄する。

 一人残らず神を消したい。しかしそれはメタフィクスのように神の管理下にある世を儚んでいるわけでも、神自体を憎んでいるわけでもない。

 ただ単に自分が頂点に立ちたいという、あまりにも単純明快な言葉にレギンスは思った。

 

 この人はもはや、人間ではない。

 人間の皮を被った狼でもない。

 もちろん、神でも邪神でも。

 

 既存の枠に当てはまらない純粋な悪──革新者であった。

 

「そういうわけだから……これは渡さない」

「っ!」

 

 一閃。

 凶弾が放たれる。

 リボンズヤムチャの右手から放たれた気弾が、決裂の合図となってレギンスを襲ったのである。

 

「そうとも……人類を導くのはこのボクだ」

 

 着弾の爆風に向かって、リボンズヤムチャが容赦無く気弾を浴びせ続ける。

 そこに込められた殺意の程は、彼には最初から交渉の余地が無かったことを裏付けていた。

 

 そして爆煙が晴れた時──そこに広がっていた景色に、リボンズヤムチャは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 レギンスは、健在だった。

 

 彼女が身に纏う民族衣装のような造形をした聖衣にも、ほころび一つ無い。

 それは、彼女が何かをしたわけではなく、着弾する前に何者かが前に立ち塞がり、「気」のバリアーを張って彼女を庇ったからである。

 随分と遅かったね、とリボンズヤムチャが現れた男に向かって皮肉を込めて言い放つ。

 

「ボクが地球に帰ってきたことに、ようやく気づいたのかい? ヤムチャ・ティエリアーデ……いや、【ロンリーウルフ】砂漠のヤムチャ」

 

 リボンズヤムチャがすがめて見つめたその先には──レギンスの前で歴戦のヒーローのように佇む、ヤムチャの姿があった。

 それはかつて創造主であるリボンズヤムチャを裏切り、未来を賭けて戦った最強の戦士。

 ヤムチャ・ティエリアーデとしてではなく、この世界に生きる一人のヤムチャとして戦い、そして打ち破った男──

 

「お嬢さん……大丈夫か?」

「は、はい……」

「ったく、こんな可愛い女の子を容赦無く撃ちやがって……また何か悪巧みしているみたいだな、リボンズヤムチャ!」

 

 

 この冬──噂のナイスガイが、やって来た。

 

 

 

 

 

  【 ~セルフクロスオーバー~

 

      超融合! ヤムチャを超えたヤムチャ 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 多分次か次くらいで完結します。


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ドラゴンボールZ ヤムチャとヤムチャ

 ヤムチャは自由な発想でヤムチャしていいんだ!


 睨み合う二人のヤムチャ。

 滲み出る闘気が渦を巻き、両者の間では痺れ刺すような気迫が空気を揺らしていた。

 自然体ながら、全く隙が無い。それはヤムチャでありながら、孫悟空を彷彿させる佇まいだった。

 

「相当、腕を上げたようだね」

「ああ、サイヤ人連中に置いて行かれたくないんでな」

 

 一瞬、二人の姿がその場から掻き消える。

 二人のヤムチャが、超高速で上昇したのである。

 ラッシュとスウェイが交差する攻防。両者は互いに鋭い乱打を浴びせ掛かるが、どちらも痛打を許さない。鮮やかな拳の応酬を受けて左右に弾き飛ばされた二人は、共に宙返りを打ちながら岩の柱へと着地し、同時に繰り出した跳び蹴りで互いの脚を交差させていく。

 当然、脚の長さも同じ二人のヤムチャは、互いの靴底を互いの頬へと突き刺し合う形になった。

 しかし、どちらも怯まず同時に体勢を立て直すと再び肉弾戦へと移り、拳を連打していった。

 

 ──速い。そして、強い。

 

 二人の戦いを最も近くで見上げながら、レギンスは想像を遙かに超える「ヤムチャ」の戦闘力に驚嘆した。

 

「これが……全盛期のヤムチャさんの力……?」

 

 人間だった頃のレギンスは、ヤムチャと会ったことが無い。精々が祖母の噂で耳にした程度であったが、ヤムチャという男がこれほどまでめっぽう強いとは聞かされていなかったのだ。

 実際、彼女が今回のように各次元に顔を出した時もヤムチャは特別印象深いと言えるほどの力は見せていなかった筈だと振り返る。

 

 しかしどうだろう? このヤムチャは。

 

 もしかしたら、自分が知るヤムチャはまだ全盛期ではない時期のヤムチャだったのかもしれない。

 

 リボーンズヤムチャは神の気を習得し、それを自身の力として完全に使いこなせている。もちろん神の気を持つ者が必ずしも別格に強いというわけではないのだが、少なくとも彼の実力は魔人ブウを上回っていると言っていいだろう。

 それに対してヤムチャは……ヤムチャ・ティエリアーデという男は、神の気とはまた別の力で渡り合っている。レギンスには何よりそれが衝撃的だった。

 

 仮にこの世界で「力の大会」が開催された場合には、間違いなく第七宇宙代表に選ばれるだろう。それほどの実力が二人にはあった。

 

 しかも、彼らとしてはこれでまだ「小手調べ」の段階だというのだから恐ろしい話だ。

 

 

「何とも感慨深い……まさか君が、ここまで強くなるとはね。新婚生活で忙しかったろうに、七年でよく仕上げたものだ」

「守るものが増えたからな。人間ってのは、それだけでびっくりするぐらい強くなれるのさ」

「……なるほど、そういうことか」

 

 二人が間合いを空けながら、再びレギンスの前へと着地する。

 ヤムチャの実力を正当に受け入れた上で賞賛するリボーンズヤムチャの姿は、心なしかヤムチャの成長を喜んでいるように見えた。

 

「ふっ」

 

 そして次の瞬間──リボーンズヤムチャの姿が薔薇色に変わる。

 

 超サイヤ人ロゼ。

 

 界王神とサイヤ人の因子を研究した結果生まれた、神の気を持つ人造超サイヤ人ヤムチャキャノン。そのヤムチャキャノンとリボンズヤムチャが合体したこのリボーンズヤムチャは、神の魂と孫悟空の肉体を持つゴクウブラックのようにこの姿へと変身することが出来るのだ!

 圧倒的な威圧感と神々しさ、そして禍々しさをも併せ持つ混沌の超サイヤ人の姿には、もはやヤムチャらしい要素は微塵も無い。

 

「なら、この上を期待してもいいかい?」

 

 変身によって戦闘力が数百倍まで引き上がった薔薇色のリボーンズヤムチャが、不敵な笑みを浮かべてヤムチャの目を見据える。

 その瞳に、ヤムチャは同じく笑みで応えた。

 

「ああ、目に物見せてやるぜ!」

 

 そして、ヤムチャもまた変貌する。

 

 右手に繰気弾。

 左手に繰気弾。

 

 同時に二つの繰気弾を展開したヤムチャは、自身の周囲を旋回していくそれを自身の体内へと吸収していく。

 瞬間、ヤムチャの両肩から凄まじい量の気の光が緑色のオーラとなって奔流していき、瞬く間にヤムチャの全身を覆っていった。

 

「これは……!」

 

 それはまるで、超サイヤ人フォレストのようだった。

 龍姫神であるレギンスが、一瞬、龍の気かと見間違えるほどの神々しい光だった。

 光の粒子を撒き散らす緑色のオーラを纏ったヤムチャが、薔薇色のオーラを纏うリボーンズヤムチャと相対する。

 

 

「これがヤムチャドライヴの応用……【ツインヤムチャドライヴ】ってとこかな」

 

 

 超サイヤ人のような爆発的なパワーアップを遂げたヤムチャが、両目の虹彩を金色に輝かせながら言う。

 それこそが、純粋なるヤムベイターが会得した極みだった。

 

「二つの繰気弾を体内で同調させたのか? まったく君というニンゲンは……実に面白い」

「俺もビビったぜ。悟空達は、こんな世界を見ていたなんてな!」

 

 そして、二回戦が始まる。

 リボーンズヤムチャとヤムチャ。

 超サイヤ人ロゼとツインヤムチャドライヴ。

 変革を遂げた者同士のぶつかり合いは人知を超えた波動をぶつけ合い、彼らの拳や蹴りが閃く度に大地が震えた。

 

 ──狼牙風風拳は光をも超える。

 

 並大抵の人間には観測すら出来ない神次元の激突は、横槍を入れるには無粋すぎると感じるほど見入ってしまうほどだ。

 時系列的にはまだ魔人ブウが復活するかしないかという時期な筈なのだが、この二人が居ればもはや破壊神ビルスすら返り討ちに出来るのではないかとさえ思えるレベルだった。

 

「狼牙双龍剣!」

「狼道斬月波!」

「繰気龍!」

「繰気斬!」

「かめはめ波ー!」

「リボーンズかめはめ波ー!」

 

 鍛え抜かれた技と技が幾度となくぶつかり合い、その余波だけで大地が裂けていく。

 レギンスはそんな地面から逃れるようにふわりと舞空術で浮かびながら、彼らの死闘を傍観していた。

 龍神界の者は、外界の者達に対して常に公平であらなければならない。神龍が中立的な存在であるように、龍姫神もまたどちらか一方に肩入れするわけにはいかないのだ。

 勿論時と場合にもよるのだが、こうして現地の人間同士が戦っている場に割り込むのは避けたい事情があった。

 

 このままヤムチャがリボーンズヤムチャを倒してくれるのなら……レギンスにとってはそれが最善であったが、リボーンズヤムチャは強かった。

 

「界王拳」

 

 リボーンズヤムチャはこの第七宇宙に居る戦士達の、全ての技をラーニングしている。

 膠着状態に陥った状況の中、このままでは埒が開かぬと最初に切り札を切ったのはリボーンズヤムチャの方だった。薔薇色の超サイヤ人ロゼの姿からさらに赤みを深めると、爆発的に上昇したスピードとパワーを持って一気にヤムチャを圧倒していく。

 力任せに打ちつけた拳がヤムチャの身体を吹っ飛ばし、赤い彗星となったリボーンズヤムチャが残像を残す螺旋を描きながら追撃を掛けていく。

 無論、ヤムチャもやられっぱなしではない。

 

「界王拳!」

「ふっ……そうだ、それとやりたかった!」

 

 リボーンズヤムチャの仕掛けた追撃の狼牙風風拳を、同じく赤く染まったヤムチャがかわし、横合いから回り込んで蹴り飛ばしていく。

 本気を出したヤムチャの姿に闘気の笑みを深めたリボーンズヤムチャが、その高揚を表すように放出する神の気を高めながら体勢を立て直し、再び青い空に真紅の軌跡を描いていった。

 界王拳は体内に潜在する気をコントロールすることで一時的に通常の数倍もの戦闘力を引き出す短期決戦の大技である。無論肉体への負担も大きいが、その威力は絶大だ。

 

 ──故に、決着は一瞬でついた。

 

 尤もその一瞬の中で彼らは数百をも超す拳を互いに打ち付け合っていたが、時間にしてみれば一分と掛からない戦闘時間だったのだ。

 

「貰っ……ッ!?」

 

 リボーンズヤムチャの攻撃をかわし、彼の背後を取ったヤムチャが狼の牙を象った右手を振り上げる。

 そして次の瞬間──突如としてヤムチャの身体が爆発し、地に墜落したのである。

 それは、彼がリボーンズヤムチャから攻撃を受けたからではない。彼自身の技によって発生した変調が、この戦いの敗因となったのだ。

 

「愚かなニンゲンだ」

 

 拍子抜けしたような顔で、リボーンズヤムチャが異常を来したヤムチャの姿を見下ろす。

 ヤムチャが苦虫を噛み潰した表情を浮かべながら、うつ伏せの姿勢から敵の目を睨み返した。

 

「どうやら、その力はまだ完全ではなかったようだね」

「うるせぇ……っ、もう少し、帰るのを遅くしろよな……!」

 

 界王拳はただでさえ肉体への負担が大きい技だ。それをまだ未知数な部分が多いツインヤムチャドライヴの状態に重ね掛けして扱うには、「ツインヤムチャドライヴ」を会得したヤムチャの熟練度は万全ではなかったのだ。

 その結果、あと少しでリボーンズヤムチャの首元へと届いたであろう狼の牙は、紙一重のところで砕け散ることとなった。

 身動きが取れず、這うような姿勢で倒れ伏したヤムチャの首元に、鞘から引き抜かれたリボーンズヤムチャの青竜刀が差し向けられる。

 

「いいところだったのに……残念だ」

 

 壮絶な激闘の末の呆気ない決着に、リボーンズヤムチャが失望感を滲ませる。先までの興奮が消え失せた冷酷な眼差しだった。

 このままではヤムチャが殺されてしまう。流石にそれは止めなくてはならないと、レギンスが手を出そうとした──その時だった。

 

 

「おい、おめえ!」

 

 

 聞き慣れた、男の声が聞こえた。

 

 澄んだ瞳に鍛え抜かれた肉体。その身に山吹色の胴着を纏った男の名は、龍神界の誰もが知っている地球育ちのサイヤ人だった。

 

「今度はオラとやろうぜ!」

 

 孫悟空。

 いつからそこに居たのやら、この世界の孫悟空が二人の戦いを嗅ぎつけ、やって来たのである。

 彼の声に反応し、振り向いたリボーンズヤムチャがふっと再び喜悦に唇をつり上げ、ヤムチャが申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。

 

「孫悟空か。どうやら彼は、君がやられるまで律儀に待ってくれたようだね」

「まあアイツはそういう奴だ……くっそー……完全に、前座になっちまった!」

「ふふ、その方が「ヤムチャ」らしいじゃないか」

「うるせぇ」

 

 悟空の方を見ながら、二人のヤムチャが今の状況に対して語り合う。そんな二人を見て、レギンスが不思議に首を傾げた。

 出会った途端お互いに容赦の無い殺し合いをする割には、どこか気心が知れた仲のように見えたのだ。

 彼らはもしかすると、超次元で言うところの「力の大会」後の孫悟空とフリーザの関係に近いのかもしれない。

 

「リボンズ、地球に帰ってたんだな」

「この星で面白そうなことが起こっていたから、少し顔を出してみたんだ。今日のところは君達と戦う気は無かったんだけどね」

「だけど今は、やる気満々だろ?」

「ふっ、それはそうだろう? あのヤムチャが、ここまでボクに迫ったんだ。だったら君はどれほど高めているのか期待するものさ」

 

 薔薇色のオーラがリボーンズヤムチャの身を再び覆い、以前二人が戦った七年前よりも高まったその力をまざまざと見せつけていく。

 もはや彼の眼中には孫悟空しか収まっておらず、レギンスのことどころか今しがた打ち倒したヤムチャにとどめを刺すことさえも頭から消えているようだった。

 それほどまでに、リボーンズヤムチャの目は孫悟空に釘付けだった。

 

「やっぱすげえなおめえ。チチには怒られたけど、修行の手を抜かなくて良かったぜ……ふん!」

 

 相対する悟空の黒髪が青く染まり、蒼炎のようなオーラが彼の姿を覆っていく。

 超サイヤ人ゴッドの力を持ったサイヤ人の超サイヤ人。通称超サイヤ人ブルー。静かに練り上げ、研ぎ澄まされた神の気は、まだ戦闘が始まっていないにも関わらず凄まじいものだった。

 

「なるほど……これは凄いね。ウイスも居ないのに、我流でここまで高めていたとは……いや、我流だからこそ、かな?」

 

 この世界には、天使ウイスは居ない。

 それは過去にリボーンズヤムチャに唆されたフリーザが界王神を抹殺したことで破壊神ビルスが死に、次の破壊神が生まれるまでの休眠状態に入ったからである。

 即ち、この世界の孫悟空は「神の気」に関して師匠役が居ない状況に居ながらも、独学でブルーの力を磨いてきたのである。

 その上でなお、彼の成長ペースに陰りは無かった。

 

「最初のうちは戸惑ったさ。超サイヤ人ゴッドの力は、今までの超サイヤ人とは随分勝手が違ったからな。参考にできるもんは何もなかったし」

「だが、君は何とかしてみせたのだろう? 君は戦いの天才である以上に、修行の天才だ。この期に及んで師匠に左右されるような器とは、ボクも思っていなかった」

 

 リボーンズヤムチャがいっそ褒め殺しと言えるほど彼を称えるのは、自身が彼に辛酸を嘗めさせられてきたことからの経験故か。

 しかしその評価は見事なまでに的確で、彼は孫悟空の超サイヤ人ブルーに眠る「真の力」を見抜いていた。

 

「なれるんだろう? その()に」

 

 その力を見透かしたように、リボーンズヤムチャが問い掛ける。

 彼の言葉に、悟空がニヤリと笑みながら肯定を返した。

 

「バレたか」

「なりなよ。ボクの身体はとっくに火照っているんだ。君のウォーミングアップに付き合う気はないよ」

「いいのか? やる気なくなっちまうかもしれねぇぞ?」

「ふっ……それもまた一興さ」

 

 クイッと人差し指を巻きながら、リボーンズヤムチャが悟空を挑発する。

 

「カモーン……ジュッテーム」

 

 妙に色っぽい彼の声音に対して──孫悟空は全身全霊で応えた。

 

 

「はああああああああああっっ!!」

 

 

 咆哮。

 刹那、それまで静かに揺らめいていた超サイヤ人ブルーの蒼炎が唸りを上げて膨張していき、この大地を青い光で染め上げていった。

 火山の噴火よりも激しい力の雄叫びと覚醒。その光が晴れた時、一同が目に映したのは先ほどまでの孫悟空とは違う、超サイヤ人ブルーであって超サイヤ人ブルーではない姿だった。

 

「驚いた……そっちで来たか」

 

 超サイヤ人ブルーよりも一層荒々しくなった青色の光が常に全身を覆い、青い瞳が煌めきを放ち続けているその姿。

 それを見たリボーンズヤムチャは驚き、意外そうな顔で呟いた。

 レギンスも同様に驚いている。何故ならばそれは、大半の世界では彼では無く、彼女の祖父「ベジータ」が至っていた変身だったからだ。

 

「これが進化した超サイヤ人ブルーだ。これとは別に「身勝手の極意」っていうのがあるのはヤムチャから聞いたけど、そっちはなんだかオラ向けじゃなさそうだったからな」

「ははっ……なるほど、ボクが導いてきた君には、もはやあの力を目指す理由も必要も無かったというわけか!」

「まあそんなことはどうでもいいさ。コイツでケリつけようぜ……リボンズ!」

「いい覚悟だ!」

 

 辿ってきた歴史が変われば人も変わる。

 人も変われば性格も。もちろん身につけた力も。

 このヤムチャだらけの世界で孫悟空が会得した極みもまた、他の次元の孫悟空とは違うようだった。

 もはや何をしても面白い男と言うか、何をしてもおかしくない男だと言うべきか……良くも悪くもこちらの目を引き寄せてしまう彼の存在に対して、レギンスは龍神達が面白がるわけだとつくづく思った。

 

 

「リボーンズヤムチャ! 狼牙風風拳──行くっ!!」

 

 

 ……尤も、この世界で一番面白いことになっているのはこの男(ヤムチャ)だったが。

 

 

 

 



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