ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い (省電力)
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【ロキ・ファミリア】の【自宅警備員】

ダンまちは面白い
これだけは言いたい



 ーーこれは一匹の兎が地下迷宮で憧憬を抱いたその瞬間

 

 

  ーー迷宮都市で始まったもう一つの物語

 

 

 

 

「あーー!?嘘やーー!!ウチ勝てたやろ!?ふざけんなやー!!」

 

 絶好のダンジョン日和の昼下がり、迷宮都市のとある【ファミリア】のホーム。その一室で一柱と一人が向かい合って座っていた。

 

「欲張りすぎだ。いくらなんでもさっきのは勝負しすぎだろ」

「だってイケるーおもーてん。こんなん悲しすぎるやろ…‥」

「まあ破産しない程度に搾り取ってやろう」

「うっさいわ!次は勝つに決まっとるやろ!!これ以上金毟り取られてたまるか!!」

「本当に良い鴨だな」

「なんか言ったか!?」

「いや何も」

 

 黒髪黒眼、団のエンブレムが施されたロングコートを羽織り、左手の中指に銀に光る指輪をはめた青年は赤髪の自らの主神に対して敬意の欠片もないことを宣っていた。お昼時のこの時間、()()()冒険者ならダンジョンに潜り、稼ぎを求めるものなのだが、この青年はダンジョンに行く気配はなく、主神相手に一対一のギャンブルを行なっており、彼女を淡々と追い詰めて行く。

 

 

 

 

 

「なあ、ラプラス……もう……この辺にしとこ?なんか今日は調子でーへんわ。はは、ははは……」

 

 それから30分程経った頃、とうとう神が根をあげた。すっかり枯れてしまい、当分は立ち直れそうにないくらいに意気消沈している。そんな神の様子を見て、心底嬉しそうに青年は煽った。

 

「何?まだあの宣言から30分程しか経っていないぞ。まだイケるだろ?」

「悪魔か!もうスッカラカンや!有り金全部叩いたわ!持ってけドロボー!!」

「そうか。リヴェリアにまた怒られてしまうな。ロキが。……おっと、もうこんな時間か。すまんなロキ。これから少し野暮用がある。ダンジョンには行かないから安心しろ」

「ああ……ええか?ウチはお前を信じてる。だから、お前もウチの信頼を踏み躙るようなことはするんやないで?」

 

 先程までの柔らかい雰囲気から一変し、鋭い視線で神は自らの子に問うた。

 しかし、そんな威圧を物ともせず、目を見つめ青年は答えを返した。

 

「ふ、アルテネスの名に懸けて、主神ロキに誓おう」

「うん。それが聞ければオッケーや。あんま心配かけさせんなよー」

「それはこれから帰ってくる奴等に言ってやれ。まあ、フィンの指示で動いていれば基本問題ないだろうがな」

「せやせや。ウチの子やもんな!当然や!だからお前も気いつけやー」

「ああ、行ってくる。留守を頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 ーーラプラス・アルテネスはダンジョンに行かない。

 

 

 これは迷宮都市オラリオの中ではそこそこ有名な話である。都市最強派閥の【ロキ・ファミリア】に所属していながら、ダンジョンに行く姿は全く見られない。そんなラプラスを他の冒険者は奇妙な目で見ていた。また、同じ【ファミリア】の仲間も、ダンジョンに行かないのに【ファミリア】にはずっといる彼に良い感情は余り抱いていなかった。

 そんなラプラスは今【ソーマ・ファミリア】の人気のないホームにいた。

 

「神ソーマ。やっと……やっと完成しました。これはオレの最高傑作です。どうかお納めください」

 

 ラプラスはソーマに瓶に入った液体を献上していた。彼はそれを受け取り、御猪口に注ぐとまず香りを嗅ぎ、その後一気に飲み干した。

 

「まだ……口当たりが悪い……。香りはいいけど……」

「なるほど、まだまだ改善の余地があると。最高傑作なんてものではなかったということか……神ソーマよ。また今度もっと良い酒をお持ちします。次もよろしくお願いします」

 

 ソーマは辿々しくもはっきりとラプラスにたいして助言をした。下界の子たちに興味がないとされている神ソーマのそんな姿は滅多に見られたものではない。だが、この青年は心を閉ざした神に信用されており、次に会う約束まで取り付けている。

 

「ラプラスは……他の子たちと一緒で……酒に一直線だけど……神酒には……全く興味を示さない。だから、お前は面白い……次も楽しみにしてる」

 

 失敗作を受け取り、ホームを出て行くラプラスに対しては神ソーマは自らの子には絶対に見せないであろう微笑みで、ぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 【ソーマ・ファミリア】を後にしたラプラスは次に大通りから外れた細い路地を歩いていた。時々ぶつぶつと呟いているところが見られるので、ヤバい奴にしか見えない。

 

「……配合が悪かったのか?だが、あれ以上の口当たりは……っと!すまない、こちらの前方不注意だった」

「いえ、こちらも申し訳ありませんでした。って貴方でしたか」

「む?リオンか?シルはどうした?一人でいるなんて珍しいな」

「別にいつでも一緒というわけではありません。それに、ミア母さんからお使いを頼まれたのです。忙しそうにしていたシルに同行してもらう訳にはいきませんから」

 

 リオンと呼ばれた美しいエルフはラプラスと知り合いのようで、買い物を頼まれたことを得意げに話す。広いオラリオの人気のない狭い路地で会えたというのも、普段は余り見せない彼女の笑顔を引き出す要因となっているのかもしれない。

 

「いや、おそらくだがマダムはシルと一緒に行くことを前提で頼んだのだろう。貴方は方向音痴とまではいかないが、なかなか目的地にたどり着かないところがあるからな」

 

 ズバァッと彼女の自慢を一閃する。彼は親しいものには遠慮しないタイプだった。

 

「そんなことはありません。『豊穣の女主人』にはこの道であっているはずです。シルと通ったこともありますから」

「まあ遠くはならないが、一番の近道と言う訳でもないぞ。ここら辺は入り組んでいるし、こっちも別に急ぎの用はないから一緒に行くか?」

「そうですね。早く帰らなければなりませんし、お願いします」

 

 そう言うと彼女は自分の自慢を馬鹿にされたことで少し気が立っていたが、自分より背の高い彼のすぐ隣を密着するように歩き始めた。

 

「……近くないか?大丈夫なのか?エルフはそういうところ、厳しいだろう」

「全く問題ありません。貴方は本当に一部の神並みに疎いところがある。そもそも欲情というものをしたことがあるのですか?」

「エルフの口から出てはいけない言葉を聞いてしまった気もするが、俺も男だからな。欲情とまではいかなくとも、女性に対して美しいと思ったりすることはある」

 

 普段なら絶対に言わないことをわざわざ言ったというのに、この青年はその意図に気付くはずもなく、いつも通り答えた。彼女はその少しズレた言葉にホッとしたのと同時に、照れなど微塵も見せない彼に対して、少しムッとして言った。

 

 

「なら、こういうのはどうですか?」

 

 

 顔を真っ赤にして、彼の腕に自らの腕を絡め、身体ごと密着する。見目麗しいエルフからされたら普通の男なら天にも昇る心地になるものだが、この男はふつうではなかった。

 

「歩きづらいぞ。どうしたんだ今日は。風邪でも引いたのか?触るけど平気か?」

 

 そう言うと一度止まり、腕にくっついたままの彼女がうなづくのを見て真っ赤になった彼女の額に手を当て、体温を測る。

 

「熱っ!熱があるじゃないか!早く行くぞ!ど、どう運べばいいんだ?」

 

 お互いに正常な判断ができる状態ではなかったということだけは言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜あ……。こーんニャお昼寝日和の日にニャんでこんニャことしてるニャァ」

「リューが勝手に一人でいくからニャ!全く、帰ってくるの遅くなるのに意地はって一人でいくニャ!」

「二人共ゴメンね。付き合わせちゃって。でも、こんなに遅いのは初めてだから…」

「もういいニャ。シルとリューは結婚すりゃいいニャ」

「早く探しに行こうニャ!早く行かニャいとミア母ちゃんに怒られるニャ!」

 『豊穣の女主人』ウエイトレス3人が店から出た直後、前方から一人の青年がエルフを背負ってやってきた。

 

「お、助かった。リオンが倒れた。看病してやってくれ。熱もあるから薬は飲ませたぞ。それじゃあリオンお大事にな」

 

 そう言うと、三人にリューを預け、何処かへ行ってしまった。

 

「ラプラスさーん!ありがとうございましたー!リュー!大丈夫だった!?熱があるって…?どうしたのリュー?」

「やってしまいました…。何時もならあんなことしないのにどうして…」

 

 顔を真っ赤にして、頬に手を当て俯いている同僚を見て、三人は安心したのと同時に

 

「ちっ!昼間っからなんて甘いもん見せてくれてんニャ!他所でやれニャ!」

 

 と全く同じことを思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「今日はこんな感じだ。結局【ミアハ・ファミリア】には行けなかったから明日行くがな」

「相変わらずだね、ラプ君。最近は余りそういうの聞かないからもしかしたらと思ってたんだけど…」

「む、何がだ?」

 

 豊穣の女主人を後にしてすっかり日も暮れた夜が訪れる時間になった頃、ラプラスはダンジョンの一歩手前、ギルドにいた。帰宅ラッシュが過ぎ、今日も生きて帰ってきた冒険者が自らの武勇伝を肴に酒場に繰り出して行く中、ラプラスは自分の担当者に今日の報告をしていた。

 

「ラプ君はホント女の子を手玉にとって!でも天然でやるんだもんね。たちが悪いにも程があるよ…」

「むう?ああ、ロキのことか。確かに手玉にとって稼がせてもらったが、ダメだったのか?」

「そっちじゃないよ!『豊穣の女主人』の店員さんの方!エルフってことは綺麗なんでしょ?もう…」

「ダメだ……女心は未だに理解不能だ……今度また神ヘルメスにご教授願いたいものだ」

 

 ダンジョンに行かないのにこうして担当者と話すのは殆ど日課となっていた。彼は持っていた酒瓶の口の辺りを弄りながら尋ねた。

 

「そういえばフィン達が遠征から帰ってきた頃だろう?どんな感じだったんだ?」

「それが聞いてよ、ラプ君。【ロキ・ファミリア】の人たちの遠征の帰りにミノタウロスの群れがどんどん上の階層に登って行ってね!私の担当の新人の子が殺されちゃいそうになったんだよ!気をつけてくださいってラプ君からも言っておいてね!」

「おお、わかった。まあ遠征帰りだったから許して欲しいところだが、それは面白い行動だな。本能的なものなのか?それとも誰かが調教を行なっていたのか…」

「はあ〜ラプ君はすぐそれだね……でも!ダンジョンには行かせないからね!ロキ様との約束なんだから!」

「おれも行こうとは思わないさ。最悪、ベート達を扱き使えばいいしな」

「それはそれでどうなんだろう……?」

 

 

 

 それからしばらくした後、

 

「今日はそろそろ帰るが、チュール。終業はいつだ?」

「え?もう終わりだけど、どうしたの?」

「いや、神タケミカヅチに女性は家に送ってやるものだと言われているからな。終業時間が近いなら待つぞ。一緒に帰るか」

「う、うん。ちょっと待っててね。急いで準備してくる!」

 

 急がなくてもいいぞー、という彼の言葉を背にエイナはギルドにある女性更衣室に入って行く。

 

「うーん…何時もはラプ君に余計なことを吹き込んでって思うけど、今日は本当に感謝します。神様……!」

 

 私服に着替え、待っている彼の元に行こうとするエイナに一人の同僚がすれ違いざまにヒソヒソと呟いた。

 

「今日はお楽しみかな?」

「そんな訳ないでしょ!」

「何がだ?」

「な、何でもないよ!お待たせ、早く行こ!」

 

 グイグイと青年の手を引いて帰っていくエイナを見て、エスコートとは何かを考えたギルド職員は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 エイナを送り届けた後、【ロキ・ファミリア】のホームでラプラスは立ち尽くしていた。

 

 

「しまった。遠征から帰ってきたんだから今日は宴会しているんだった。とりあえずこの酒はロキの部屋に置いておこう」

 

 勝手に主神の部屋に入り、散らかっていたので掃除をし、ベッドの下から見つけてしまった百合百合した本を机に並べ、その横に酒瓶を置いて部屋を出た。

 

「ふむ、明日は朝【ミアハ・ファミリア】へ行って、午後は『JaguarーMARU』でジャガ丸くんの新たな領域を開拓するか…いや待てよ、ティオナに午前中連れ回される可能性が高い。ジャガ丸くんは諦めるか…」

 

 

 

 

 

 オラリオの夜は更けていくーー

 

 これは迷宮とは余り関わらない『英雄物語(ヒロイックミイス)』ーー




感想・批評等例の紐を巻いてお待ちしています!


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ドンカン騒ぎ

今回はキャラ崩壊とかいうレベルじゃないです。誰だこいつ?みたいな状態なので、ご了承ください



 △月☆日

 

 今日から日記をつけることにした。でもあたしのことを書いていく日記じゃない。昨日ひさしぶりにダンジョンから帰ってきたおばかさん。あたしたちがどれだけ心配したかわかってない。だから、できるかぎり見て、聞いて、書いておこうって思ったんだ。だって、彼が好きになっちゃったみたいだから。

 

 

 

 △月○日

 

 今日はずっと部屋にこもっていた。あれだけ長い間ダンジョンにいたのに元気そうだ。あたしもいっしょにいてずっとかんびょうしてあげた。くすりをぬりすぎてなみだ目だったけど、あなたのためなんだから我慢してね。

 

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】の遠征が終わったその翌日。昼時になろうという時間。今日もラプラスはダンジョンには行っていないがオラリオのメインストリート沿いで一人の女性と仲睦まじく歩いていた。ラプラスの噂を知る人はこいつは仕事もしないで何をしているのかと呆れるが、周囲の人々が何よりも驚いたのは、その相手だった。

 

 【大切断】ティオナ・ヒリュテ

 

 迷宮都市の中でも屈指の実力を持つLv.5の冒険者。最強のファミリア【ロキ・ファミリア】の幹部の一人。冒険者なら知らない者はいない彼女が悪い意味で有名な男と連れ立って歩いている。しかも、男のたくさん買ったのであろう荷物を持っていない方の腕を引いて嬉しそうに笑顔を浮かべる彼女の表情だけを見れば、まるで付き合っているかのような甘〜い空間を作り出しているのだ。

 主婦の方々は『あらあら〜』と微笑ましく見守り、冒険者達は疑問符を頭に浮かべ、神々は『リア充爆ぜろ』と陰口を叩いた。

 そんな状況を作り出している張本人のラプラスは、出掛ける前に自らの主神から言われたある一言をずっと反芻していた。

 

 

『ええか、ラプラス。背中と言わず全身に気いつけや』

 

 

「むむ。あれは一体どういう意味だったんだ?」

「ねーねー!ラプラス!次はあそこに行こうよ!あれ、どうしたの?また考え事?」

「ん?ああ、出発前にロキに言われたんだ。『全身に気をつけろ』とな。どういう意味なのかさっぱり分からなくてな」

「全身?大丈夫だよー!ラプラスに何かあっても、あたしが絶対守ってあげるからね。傷一つ付けないようにするからね。指一本触れさせないからね。安心して!」

「ああ……それは良かったよ……」

 

 ニコニコと笑顔を向けてくるティオナに背筋が少し張りつめたラプラスだったが、それ以上は本能的な何かが止めに入り、深く追求することはしなかった。

 

「と、ところでさっき何処かに行きたがっていたようだが、そこに行くか?」

「うーん……でももうお昼だから先にごはん食べちゃおっか!お腹空いてきたし!」

「む、ならこの辺りにオススメの店がある。そこでいいか?」

「うん!賛成!じゃあ早く行こ!」

「待て、お前は場所を知らんだろう。一旦落ち着け」

「えへへ〜ゴメーン!」

 

 ピンク色のオーラを撒き散らし歩いていく二人は本当に仲睦まじいカップルにしか見えないのだが、やはり察しのいい人は居るわけで、『あらあら〜?』『リアルはヤベェ…』という声や、何かを思い出したかのように『ああ…』という声もちらほら聞こえてきていた。

 

 

 

 

 

 

 ラプラス達がやってきた店は素朴な外観で一見普通のオラリオの住宅と変わらないながら、正面入り口の上にあるド派手な看板が落ち着いた雰囲気を台無しにしていた『Jaguar-MARU』という某剣姫も好むジャガ丸くん、その専門店だった。この店は神タケミカヅチの店と神ヘスティアの店と人気を分かつ有名店であり、ジャガ丸くんの素朴な味わいを時々ぶち壊すことでも有名な店でもあった。

 

「ねえ、ラプラス。どうしてここのお店にしたの?ラプラスってそんなにジャガ丸くん好きだったっけ?」

「嫌いではないが、好きでもない」

「だよね。ここ一ヶ月はジャガ丸くん四回しか食べてないもんね」

「ん? まあ、そんなジャガ丸くんなんだが、実はダンジョンに行かなくなってから事業を始めたんだ。金は今までつかってきていなかったからな。それがようやく軌道に乗ったから来てみたというわけだ」

「え!?このお店ラプラスのなの!?すごーい!」

「いや、俺は金だけ払って後は任せてるようなものなんだが…」

「でもすごいよ!会社を始めていたのは知ってたけど、こんなに成功していたんだね!」

「お前は本当に素直だな…」

 

 時々不穏に感じるところもあるが、純粋に自分の成功を讃えてくるティオナに少し顔を赤くしたラプラスはそそくさと店の中に入ってしまった。

 

「ああー!女の子置いていくなんて酷いよー!」

 

 置いて行かれたティオナが店の中に入ると店内は外観通りの落ち着いた雰囲気で、ジャガ丸くん専門店なのか疑ってしまう程だった。また、女性客が多く、店内はお昼時ということもあってか、とても賑わっていた。先にテーブル席についてメニューを見ていたラプラスを見つけると、彼の対面側に座った。

 

「すごいねー!こんなに混んでるんだー」

「ああ、黒字だったが、ここまでとは思わなかったな」

 

 オーナーであるラプラスも人気の高さに驚いているようだった。そこに店員の男性がお冷を持って来た。

 

「ご注文はお決まりですか?ただいま混雑しているため、少々お時間を頂きますが御了承願います」

「この『今月のオススメ』ってもしかして毎月ある新作発表会の商品じゃないだろうな」

「はい!その通りです!毎月自信作が出来ております!」

「だそうだ。ティオナどうする?」

「面白そー!じゃああたしそれにする!」

「なら、俺はうす塩だな。後悔しても知らんぞ?」

「大丈夫大丈夫!自信作なんだからね!じゃあ注文は以上で!」

「か、かしこまりました!すぐにお持ちします!」

 店員はティオナの名前を聞いて驚き、足早に厨房へ戻っていった。周りの客も、有名人のティオナがいることと、男も同じ席にいることの二つの意味で驚き、目を見開いた。

 注文を待つ間、手持ち無沙汰になった二人は暫く静かだったが、水の入ったコップの縁を指でリズムを取るように叩きながらラプラスが口を開いた。

 

「やはり、【ロキ・ファミリア】幹部は伊達じゃないな。どこにいっても視線を感じるだろう?隣にいる俺ですら分かるぐらいだしな」

「うーん、まあね。冒険者だからそういう視線って結構敏感に感じるし……まあでももう慣れたよ。みんなの視線を集めちゃう程強くなれたってことだしね」

「強くなれた、か……」

「あっ……ごめんなさい、ごめんなさい今のは違うの。その……」

「ああ、いや別に気にするな。こっちこそすまなかったな。気を遣わせてしまった」

「ううん、あたしもデリカシーなかったよね。ごめんなさい……」

 

 ダンジョンに行かないラプラスは【経験値】を貯めることが殆ど出来ない。もちろん、訓練などで少しは稼げるのだが、オラリオの外の冒険者のステイタスが最高Lv.3であることから分かるように、ダンジョンに行かないということは、それ以上の成長はないと言っているようなものだった。

 いつになく重い雰囲気になった二人だったが、そこに注文していたジャガ丸くんが運ばれて来た。焼きたてのホカホカと湯気をあげ、仄かにスパイスの香りを放つ二つのジャガ丸くんは、持って食べられるという利点を捨て、皿に乗せてくるという新しい方法を取っていた。そして、食欲を掻き立てられるそれはその場の空気を入れ換えるのに大きく役立った。

 

「ふむ、美味そうだな」

「うん、とっても美味しそう!」

「とりあえず食べるか」

「うん」

「「いただきます」」

 

 ラプラスが一口それを頬張ると、あっさりとした味わいながら、しっかりと主張してくるホクホクした芋が飽きを感じさせない、どこで買っても同じの良くも悪くも普通のジャガ丸くんだった。

 

「うむ、普通だ。?どうした?ティオナ?」

「〜〜!!」

 

 対してティオナは一口食べると顔を真っ赤にして、一気に水を煽った。そしてそれを飲み干すと、勢いよく机に空となったコップを置き、手で顔を仰ぎ、少し涙目になって元凶を指差した。

 

「はぁ……はぁ……な、なにこれー!すんごい辛い!こんなの食べられるものじゃないよー!」

 

 見た目はラプラスのものと全く変わらないのに、確かに香りを嗅いでみると、如何にもなスパイシーな香りが漂って来た。

 

「はぁ……だから言ったんだ。後悔しないようにとな。ほら俺の水で良ければやるぞ。それからこれも交換だな。俺も一口しかまだ食っていないから構わないだろう?」

 

「えぇっ!?そ、それって……か、か、間接キス……」

「む?嫌だったか?だったら店員を呼ぶが……」

「あー!あー!分かった!交換ね!はい!はい!じゃ、じゃあ食べるよ?」

 

 さっきとは別の意味で真っ赤になったティオナは店員を呼ぼうとしていたラプラスの上がりかかった腕を叩き落し、自分のジャガ丸くんと空のコップを彼のものと交換した。そして、ぐおお……と片腕を抑えて蹲っている彼を気にも留めず、彼の齧ってあるジャガ丸くんのただ一点に集中していた,。

 

「じゃ、じゃあ食べるよ……あ、あーむ。むぐ…むきゅう……」

「う、腕が弾け飛ぶかと思った……おい、ティオナ?おい!どうした!?はっ!?なんて幸せそうな顔をしているんだ……いや!そうじゃない!ティオナ!寝るならジャガ丸くんは吐け!喉に詰まったらマズイ!」

 

 一口食べた瞬間に気絶してしまい、ホームまで彼の背中で眠り続け午後の予定をおじゃんにしてしまった彼女は果たして幸運だったのか、それとも不幸だったのか……?

 

 

 

 

 

 

「……と、こんな感じだったな」

「それってデートだよね?」

 

 ティオナをおんぶして帰って来たことで、午後の予定が空いたラプラスは、【ロキ・ファミリア】の構成員に関する資料を纏め、ベートの物品破壊に遭った場所への支払いや、アイズに送られて来た匿名の手紙を焼却したりして午後の時間を過ごした。

 その後日がくれた頃にラプラスはギルド本部に来て、仕事中のエイナにカウンター越しに話しをしていた。今日もピークから絶妙にズレた時間に来ており、冒険者の数は疎らだったが、仕事中にそんな事されたら普通嫌なものだ。しかしエイナは全く気にせず、ラプラスの話に耳を傾け、素直に思った事を口にした。

 

「ティオナは買い物に付き合ってもらうだけだと言っていたが、まあそうだろうな」

「ふーん……それはさぞかし楽しかったんでしょうね!」

「なんか怒ってないか?確かに女性に他の女性と出掛けたことを話すのは良くないと神ミアハも言っていたが……チュールにその日あった事を報告するのは習慣化して来ていてだな……」

「はいはい、じゃあ申し訳ないと思うなら、何かしら誠意を見せないとなぁ」

「む?こういう時どうすればいいのかあの三柱からは教わっていないぞ……むう……」

 

 すると、ラプラスの目線の先、エイナの背中越しに彼女の同僚であるミィシャが姿を現し、口パクで何かをラプラスに伝えようとした。

 

『で、え、と!で、え、と!』

「? え、え、と?」

「どうかしたの?」

 

 ミィシャの助け船に気づいたラプラスだが、その中身までは把握できず、目つきを鋭くする。

 

『で!え!と!』

「え、え、と、ああ!ああ!ベートか!ベートを連れてくればいいんだな!」

「は?ローガさん?急にどうして?」

「待ってろ、チュール!今すぐベートを連れてくるぞ!」

 

『『違ーう!!』』

 

 その場にいたギルド職員全員の気持ちが一つになった。その場から猛ダッシュで立ち去っていくラプラスを、何が起こっているのか全くわかっておらず、呆然としているエイナを必ず幸せにしてあげようと。

 

 

 

 

 

 

「だからベートを連れて行こうとしたんだ。まさか『デート』だとは思わなかったな」

「ウチとしてはなんでそこでべートが出てくるのか、そっちの方が訳わからんわ」

「う〜ん……これは重症だね……」

 

 ギルド本部から『黄昏の館』まで最短距離で最速で戻って来たラプラスは、中庭でアイズとレフィーヤと共に訓練をしていたベートを縄で縛り上げると、そのままエイナの元へ連れて行こうとしたが、第一級冒険者にただの縄が勝てるわけもなく、一瞬で地面に伏せられた。その後主神の部屋で、主神と団長の目の前に強制送還され、事情聴取を受けていた。

 

「僕は君には一度女心というものを叩き込んだ方が良い気がしてきたよ」

「せやなーここまで来ると最早病気やで」

「失礼な、神三柱から女心というものはレクチャーされている。今回は初めてのケースだったがな」

「その神三柱が問題なのかもしれないね…」

 

 ははは、とフィンが苦笑いをすると、ロキが溜息を吐き、ラプラスに注意を促した。

 

「だから言ったやろ。お前は全身気を付けとけって」

「そもそもそれが良く分からない。なんだ、俺は全身串刺しにでもされるのか?」

「ああー最悪そうなってもおかしくないかもね……」

 

 フィンはラプラスを取り巻く少女達を思い浮かべ、遠い目をする。

 

「はぁー……どうすりゃええんや……」

「とりあえず君は明日そのチュールという子に一緒に出描ける約束をして来なさい。それが最優先だ。それじゃあ、今日はもう戻りなさい」

「む、分かった。すまないな。手間を掛けさせた」

「あーハイハイ、早よ行きやー」

 

 ラプラスが部屋から出ていくと、小人族の青年が、その幼い容姿とは比べ物にならない程の年季の入った深い溜息をついた。そして、椅子に腰掛けると、向かい側に座った神と共に、ある冊子を読み始めた。

 それは何時からかアマゾネスの双子姉妹の姉の方が妹に見つからないようにこっそりと渡してくるようになったもので、ラプラスの置かれている状況を表しているものだった。

 

「これがあるからあいつには気を付けろってゆーてんのやけどなぁ」

「うーん、僕も最初にこれを見た時は本当に驚いたよ」

「そりゃそうやろ。まさかティオナにヤンデレ属性があったなんて誰も思わへんもん」

 

 

 

 

 ▽月☆日

 

 今日は遠征から帰って来た。久し振りに会う彼は元気そうだ。私がいなかった間の食事、睡眠時間、移動場所は全部報告してもらった。何の問題もないみたいなので良かった。明日一緒に出掛けるって言ったら一緒に来てくれるかな?もし他の子ともう予定入れてたらどうしよう。あたしは同じファミリアでも、ダンジョンに行かなければならないから、どうしても会える時間が少なくなる。でも、あの二人はいつでも会える。私がいない間、いいなあ。ダンジョンに行くのは好きだけど、それでもやっぱり彼と居たいもん。彼と話しているだけでも、彼と一緒に居られるだけでも、彼を見ているだけでも、どうしてこんなに好きになっちゃったんだろう。やっぱりあの時からなのかな……

 

 

 

 ▽月*日

 

 今日は一緒に出掛けた。彼はきっと唯の買い物とか思ってるんだろうけど、私にとっては大切な大切な時間。午前中は色んなお店を回ってショッピングをした。彼は私が選んだお店に行っても嫌な顔一つしないで付いてきてくれる。あれは多分心の中でも嫌がっていない表情だった。周りの人達から少し敵意の視線を感じたからちょっと威圧したけど、彼もちょっとだけ怖がらせてしまったみたいだ。でもそんな顔も久し振りに見たから少しラッキー。その後お昼を食べた時、嫌なことを言ってしまった。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいそんなつもりはなかったのだから嫌いにならないで……

 

 

 

 

 

 

「なあ、やっぱりこいついつか刺されるで」

「うーん初期の頃と比べて悪化してるねこれは」

 




えー当社のティオナが病んでしまった経緯はですね、純粋な子が病んだら凄いんじゃないかという作者の妄想が…イタっ!あ!やめて!石を投げないで!


感想・批評等お待ちしております


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止まらないオモイ

今回はいつにも増して意味わからん展開とキャラ崩壊、そして独自設定のオンパレードです。それでも良いよという神様方はご覧ください。



 怪物祭が近いということもあり、オラリオはいつにも増して賑やかになり、人の往来も増えていた。そんな喧騒を全く気にせず、ラプラスは朝から【ミアハ・ファミリア】のホームに訪れていた。オラリオ最大手の【ディアンケヒト・ファミリア】には行かずに極貧と言ってもいい【ミアハ・ファミリア】に来たのは、此処でしか見られないある事を見せてもらうためだった。

 

「いらっしゃいませ……って何だラプラスか……」

「何だはないだろう。今日も薬師自らの調合を見学しにきたぞ」

「『調合』のアビリティがないのに見たって真似できないでしょ……」

「見よう見まねでもなかなか楽しいものだぞ。それに【ディアンケヒト・ファミリア】には断られているが、やはり神ミアハは素晴らしい神だ。あの方のお話は本当に為になるしな」

「ミアハ様は今日は薬を売りに行っているから暫く帰ってこないと思うけど……」

「そうか、まあ邪魔はしないからいつも通りにしてくれ」

 

 【ミアハ・ファミリア】唯一の団員のナァーザが、やって来た客に尻尾がピンとたったのも束の間、入って来たのがラプラスだと気付くと、シュンと残念そうに尻尾が垂れ下がり、彼に話しかけた。ラプラスはそれに受け答えると、遠慮なくナァーザがいるカウンターに入っていき、置いてあった椅子に腰掛けた。

 

「居るだけじゃ邪魔になるだけだから何かあるんじゃない……?」

「全く商魂逞しいな。いつもポーションを買っているだろう。ダンジョンに行かないのにな」

「授業料だと思って……」

「分かった。今日も買い取らせてもらおう。そんなことよりも今日は何を作るんだ?この前言っていた『二属性回復薬』とか言う奴か?あれの調合はぜひ見てみたいものだ」

「それは秘密に決まってる……今日はポーションを作ろうかな……」

「なるほど、基本に戻るのか。うむ、復習は大事だな」

「別に何を作っても喜んでくれるから楽なんだけどね……」

 

 そう言うとナァーザはポーションの材料を持って来て、調合を始めた。それを見ながらラプラスはぶつぶつと何かを呟くと、何時の間にか手にしていた羊皮紙にこれもまた何処から持って来たのか手に持っている羽ペンでメモを取っていき、目を輝かせてナァーザの手元を眺めている。彼女は横から覗いてくる彼を横目でチラリと見ると不思議そうに尋ねた。

 

「いつ見ても不思議な『魔法』だね……」

「む?ああ、ダンジョンでは余り使えないんだが、日常生活ではこれほど便利な『魔法』は見たことないな」

「手に握れる物を取り寄せるんだっけ……?それって普段何処にしまってあるの?」

「実はな…俺も詳しくは分かっていないんだ。取り出そうと思ったら手元にあるし、仕舞おうと思ったらいつの間にか消えてるイメージか?」

「何だか怪しいね……」

「まあ、今まで使っていて害は無かった訳だし、大丈夫だろう。だが、いつかこの謎を解いてみせるぞ」

「……暇なんだね」

 

 そんな他愛のない話をしながら、ゆっくりと時間が過ぎていった。会話がなくなり、静かになった店内には時々カチャリ…カチャリと調合を進める音が響いていた。それから少し経った後、トポポと液体を注ぐ音が鳴り、瓶に入ったポーションが完成した。

 

「できた……完成……」

「おお……やはり出来立てのポーションは素晴らしいな……」

「別にいつ見ても同じだと思う……」

 

 完成したポーションを持ち上げて、様々な角度から眺めるラプラスを呆れた様子で見ていたナァーザだったが、不意にそのポーションを取り上げてしまった。

 

「じゃあ、約束通り出すもの出してもらおうか……」

「忘れていたわけではないんだな……はあ……ポーションのストックだけが無駄に増えていく……」

「無限に入るんでしょ?その『魔法』は……それに、ポーションは幾つ持っていても困らないでしょ……」

「ダンジョンに行く奴はな。ポーションを使う機会なんて普段は滅多にないだろう?」

「今日はニダース買ってって……」

「無視されたな……それに一ニ○○○ヴァリス……稼ぎのない客に容赦のない奴だな」

「稼ぎがないなんて嘘言わないで……投資が成功したって聞いたよ……」

「何処で知ったんだ?そんな話?」

「……風の噂」

 

 ナァーザの手に持つポーションを見つめながら財布を取り出したラプラスは、きっちり一二○○○ヴァリスを支払った。そして、彼女が奥の方から出して来た残りのポーションを『魔法』を使って消すと、最初に作った一本を味を確かめるように少しだけ舐めた。

 

「ふむ、普通のポーションだな」

「悪かったね……何の面白みもなくて……」

「いや、こういう物は普通が一番だ」

 

 少し拗ねたようなナァーザにラプラスが即答した。すると、玄関の扉が開き、一人の美丈夫が中に入って来た。

 

「お帰りなさい。ミアハ様……」

「お邪魔しています。神ミアハ」

「おお!ラプラスではないか!いつも我がファミリアを贔屓してもらい感謝するぞ」

 

 【ミアハ・ファミリア】主神のミアハはラプラスが居ることに気付くと、思わず見惚れてしまう笑顔を浮かべた。買い物をして来たのか、紙袋を持っており、本来の目的であった薬売りは無事成功したようだった。

 

「いえ、此方こそ貴重な薬師の仕事を見学させて頂き、誠にありがとうございます」

「そう固くなるな。今日も私なぞの話を聞きに来てくれたのか?」

「ええ、神々の物語は大変興味深いので」

「そうかそうか!よし!なら今日は何の話をしようか……」

 

 ミアハは顎に手を当て、その端正な顔に微笑を湛えながらこの客人にどんな話をしようかを考え始めた。ラプラスがそんな男神をわくわくしながら待って居ると、今まで蚊帳の外に居たナァーザが突然ラプラスを入り口の方へ促し始めた。

 

「ミアハ様、残念ですが彼は予定があるようです……お話しはまた今度にしてください……」

「む?いや、この後は特に用事は……」

「忙しいよね……?」

「あ、ああそういえば何か予定があったような無かったような……」

「そうか、それは残念だ。またいつでも来るといい。私達はいつでも待っているよ」

「お心遣いに感謝しま『バタン!』

 

 ラプラスが別れの言葉を言い切る前に扉が閉められ、ナァーザは大きな溜息をついた。

 

「ふむ、素直で理知的な子だが……ナァーザ?何か怒ってないか?」

「ミアハ様はラプラスにいろいろ教えているんですよね……?」

「ああ、それがどうかしたか?」

「やっぱり……ベルには絶対に何も吹き込まないで下さいね……」

 

 念を押してくる眷属に頭に疑問符を浮かべた男神を見て、ナァーザはもう一度深く溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

「察しが悪いとはああいう事を言うのだろうな。エリスイスには悪い事をしてしまった」

「悪い事をしたという自覚があるのなら、まだ成長した方でしょうか?」

 

 ナァーザに追い出されたその日の夜、ラプラスは『豊穣の女主人』に来ていた。冒険者達で賑わっていた店内には女性店員達が忙しそうに走り回っていたが、夜も遅く、店内が落ち着いてきた頃に未だ飲んでいる彼が座っているカウンター席の右隣には店の制服を着た美しいエルフが座っていた。彼が一人でこの店に来るときはいつもこうして相手をし、普段は見られないほろ酔いの彼を優しげに見ているこの光景は常連や店員からは最早見慣れたものだった。

 

「エリスイスからは神ミアハの本音を聞き出せと言われているがなあ。神ミアハも神タケミカヅチも神ヘルメスも女性の考えを察しろと口を酸っぱくして仰るが、やはり神は違う。俺にはどうしても真似できん」

「私はその三柱は貴方に言った事を実行出来ているのか疑問なのですが……」

 

「それは出来ているのだろうな。何と言ってもあの美貌だ。女性の扱いなど手馴れているのだろう」

 

 うあ〜と普段からは想像も付かない程に酔っている彼を見て、さすがにリューも酒を止めた。

 

「少し飲みすぎましたね。大丈夫ですか?気持ち悪くなったりはしていませんか?」

「ああ、大丈夫だ!多分!明日のフィリア祭は頑張るぞ!」

「ラプラス。フィリア祭は明後日です。もう相当酔ってますね。ホームまで帰れますか?」

「それぐらい俺にも出来るぞ。三枚おろしだ」

 

 いつの間にかベロンベロンに酔っていたラプラスを立たせ、覚束ない足取りの彼に肩を貸してリューは店の外に出て行った。

 

「リューもアイツにゾッコンだニャー」

「うん、何だか仕事をしないダメ夫も支える献身的な妻みたいだったよね」

「そこまで想像出来るシルはヤバイけど、リューはニャンであんニャよくわからん奴が好きニャのかニャー?」

「昔、何かあったらしいよ……只ならぬ関係なのかも……!」

「気にニャるニャー!」

「こら!小娘共!サボってないでさっさと働きな!」

「ニャによりもアイツを送って行っても母ちゃんに怒られニャいのが一番意味わかんニャいニャー!」

 

 

 

 

 

 『豊穣の女主人』のある西のメインストリートから【ロキ・ファミリア】ホームに向かい二人は寄り添ってゆっくりと歩いていた。月が雲に隠れ、深くなった闇の夜でもオラリオはまだまだ賑わっており、時々笑い声が通り沿いにある店内から漏れ出していた。

 暫くはお互いに無言だったが、少し酔いが醒めたのか、顔を少し赤らめたラプラスは自らの状況に漸く気付きリューに声を掛け、離れると少し左右に揺れながら自分の足で歩き始めた。

 

「う……ん、ん?ああ、リオンか?すまない、またやってしまったみたいだ……」

「全く……貴方は酒に弱いのに飲み過ぎるのが欠点だ」

「エルフが肩を貸すなんていけないことだろう……」

「何時も言っているはずです。貴方は私に触れてくれた唯一の男性だと……」

「それは責任重大だな。はは、其処だけを聞くとまるで結婚を約束しているような物言いじゃないか」

「貴方はその条件を満たしているのですよ?貴方以外の男性の方にこんな事をした事はありません」

「それは……」

 

 彼は普段の鋭い目を見開いた。雲が流れ、月光が二人を照らした。酒のせいではない赤みのある彼女。普段より近くにあるその目を彼は見つめていた。彼女はその目を見つめ返し、少し震えていた。歩みは止まっていた。静寂が二人の間に流れ、再び雲が月を隠すと、目を逸らし再び歩き始めたラプラスが口を開いた。二人の距離は離れて行く。

 

「条件を満たしているだけだろう。俺などではリオンには釣り合わん」

「そ、そんな事はありません!」

「俺の事を好いてくれている人がたくさんいる事はわかっている。だが、俺はダメだ。その人達を幸せには出来ない」

「なぜ……なぜそう言い切れるのですか?」

 

 自嘲気味に言ったラプラスをリューは否定したかった。しかし、彼は立ち止まると、隠れている月を見つめるように言い放った。

 

「俺は破綻している……そうロキに言われたよ」

 

 

 

 

 

 

 『黄昏の館』に帰って来て、そのまま自室に直行したラプラスは窓際に置いてある椅子に腰掛け外を眺めていた。しかし、徐に『魔法』を発動すると、虚空から古く少し汚れた一枚の紙を取り出した。それをしばらく見て彼は鼻でふんと溜息をつき、紙を消失させると再び外を眺めた。月は隠れたままだった。

 

 

 

 

 

 

ラプラス・アルテネス

Lv.3

力:-- 耐久:-- 器用:-- 敏捷:-- 魔力:--

《呪詛》

狂想運命(イティ・メノス)

・早熟させる。

想い(人類の悲願)が続く限り効果持続。

想い(人類の悲願)の丈により効果向上。

 

 

 

・大願を成さず、死ぬ事は許されない

 




いやー暴走しましたね。
シリアスにする予定はなかったのにいつの間にやらこんなことに……。
基本は原作沿いですが、こういったオリジナル設定もちょくちょく出していくつもりですので、何卒よろしくお願い致します、
因みに最後のステイタスですが、現在公開できる情報のみです。これからも増えるかも知れませんが、ラプラス君は強くないのであしからず。あくまで今はほのぼのをメインにやっていきます。

質問・感想・批評等お待ちしております。


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怪物祭・幕間

過去最高の長さになってしまった……
そして前回との落差が……



 この日のオラリオは普段よりもとても活気付いていた。道行く人は興奮を抑えきれない様子で、何時もならダンジョンに行く冒険者達も今日に限っては地上にいるようだった。

 今日は一年に一度の催しである怪物祭(モンスターフィリア)の開催日であった。そんな賑わいを他所に『豊穣の女主人』の店先に居たリューは浮かない様子だった。そんなリューに一緒に居たアーニャは呆れたように声を掛けた。

 

「いつまで引き摺ってるニャー。もう気にすんニャよ」

「ですが……あの日からラプラスさんは店に来ていませんし……」

「アイツが店に何日も来ないことなんてしょっちゅうニャ。それよりシルの財布どーするニャ……お!あれは……おーいっ、待つニャそこの白髪頭ー!」

 

 アーニャが一人の少年を見つけ声を掛けた。それから暫くして、東のメインストリートの方角に少年が走って行く。

 

「シルはシルであの兎の事気にしてるっぽいしニャ。しょうがニャい恋愛マスターのミャーが相談に乗ってあげるニャ」

「冗談は語尾だけにしてください。ですが少し元気が出ました」

「あれ……?結構真面目に言ったつもりニャのに……」

 

 波乱の一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 東のメインストリートにある闘技場は怪物祭(モンスターフィリア)開催によりとても混雑し、露店が至る所に並んでいた。その内の一つにラプラスはいた。『Jaguar-MARU出張店』と書かれた出店で彼はジャガ丸くんと並行してある物を作っていた。その隣にはまるで人形のように美しい少女がその金色の瞳で作業を見守っていた。

 

「それ何……?」

「これは『オ・コノーミ』という極東の一部地域で熱狂的に食べられている食べ物だ。ロキがこの前作って食べさせてくれたんだが、今それに近いものを作っている」

「不思議な香り……でも、美味しそう……」

「ジャガ丸くんが目の前にあるのに他の食べ物に興味を示すなんて珍しいな、アイズ」

「別にジャガ丸くんばかり食べてるわけじゃないよ」

「そうか?一にダンジョン、二にジャガ丸くんみたいなイメージがあるんだが……」

 

 とても女の子に言うことではない言葉を放ったラプラスをアイズは睨み、頬を膨らませた。それを見たラプラスはコテでオ・コノーミを一口サイズに切ると、アイズに向けた。

 

「悪かった。言いすぎたな。ほら、出来たぞ。口を開けろ」

「あーん……んむ。もぐ……うん。美味しい……」

「そうかそうか!なら良かった!では俺も一口……む?ロキが作ったのとやはり少し違うな」

「そうなの……?」

「ああ、なんかしっくり来ないというか……ムムム、何が原因だ……?」

 

 アイズにオ・コノーミを食べさせそう言うと自分も食べ始めたラプラスを微笑みながら見ていたアイズはラプラスに尋ねた。

 

「楽しそう……だね。ダンジョンに行ってた時みたい」

「まあ、今の生活は実際楽しいぞ。ダンジョンに行かなくてもここは色々な意味で世界一と言ってもいいオラリオだからな。俺の興味は尽きないよ」

 

 そう言って焼いていた残りも全て口に放り込んでしまった。するとアイズが今度は何かを思い出したかのようにして、口を開いた。

 

「そういえば、『豊穣の女主人』の店員さん……リューさん?と何かあったの?」

「ン!ぐむっ!むぐっ!ごほっ!ごほっ!ど、どこで聞いたんだその話!?」

「えと、ティオナが心配そうに……」

 

 急にデリケートな話題を振られ、喉につっかえたラプラスは涙目になりながらも情報源を聞き出したが、漸くして落ち着いて来た彼はティオナと聞いて目の辺りを片手で覆い天を仰ぎ見た。そして一つ溜息を吐くとぽつりぽつりと話し始めた。

 

「はあ……俺も悪い事をしたと思ってる。だが、俺が言ったのはリューに余計な心配を掛けさせないように『アーーイーーズウウウゥゥゥゥゥゥ!!』……ほら、お迎えだぞ」

 

 すると何処かからロキが奇声を発しながらラプラスの出店に猛スピードで直行して来たかと思うとジャンプ一番で鉄板を飛び越え彼に抱きつき、涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになった顔を胸板に押し付けて彼に尋ねた。

 

「ラプラス!!アイズ見てへん!?あの子とはぐれてもーた!!一緒に探しでぐれ″ぇ″ぇ″!!」

「ロキ……お前の体液で俺のエプロンが酷いことになったんだが……それにアイズならここに「アイズウウゥゥゥ!!」……今日は悉く俺の台詞を遮るな。この女神」

 

 ロキにベタベタ触られていたアイズは主神を一瞬で捻ると申し訳なさそうに謝った。

 

「勝手にはぐれてごめんなさい」

「いや、行動と言葉が一致してへんけど可愛いから許す!!」

 

 なるほどこれが神の愛か……と眺めていたラプラスのエプロンでロキは顔を拭くとアイズの手を引こうとしたが、結構強めに叩かれて落ち込んだ様子で店を出た。

 

「ほな、アイズ行くで。デートの続きを楽しもうや」

「じゃあラプラス。もう行くね。忙しかったのにごめんね……」

「いや、いい気分転換だったぞ。よし、これを持っていけ。ジャガ丸くんとオ・コノーミだ。偶には羽を伸ばしてこい。迷子になったら知り合いを探すんだぞ?怪しい奴にはついて行くなよ?」

「うん、気をつけるね。じゃあ、頑張って」

「アイズたんガン無視かいな……ほななーラプラスー……」

 

 落ち込みながらもくっつこうとするロキを躱しながら人混みに紛れていくアイズを見送ると、再びラプラスは作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女神のものなら何でもいいというわけにもいかないな……」

 

 女神の体液というその手の界隈で言い値で買えそうなエプロンをきっちり衛生管理する事を忘れずに。

 

 

 

 

 

 

『ーー小さな女神(わたし)を追いかけて?』

 

 最後に去っていく『彼女』は自分ではない怪物にそう言っていた。なぜ自分ではないのか。自分も貴方を追いかけたい。探して、探して、探して。あの鼻腔に残る甘い天にも昇るこの世のものとは思えない圧倒的な『魅了』をもう一度感じたい。気まぐれな女神の残り香は美の女神本人も【未完の英雄(リトル・ルーキー)】も与り知らぬ所でその牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

(お願いだから、避難していてよ……?)

 

 そう願うエイナの耳に悲鳴が聞こえた。

 

『モンスターだ!!』

 

 ラプラスがアイズ達と別れた少し後正面入り口の辺りにいたエイナ達の元にモンスターの集団脱走が伝えられ、アイズ・ヴァレンシュタインがその討伐に向かった。しかしその直後、狙いすましたかのように上級冒険者がいない彼女らの方にモンスターが向かって来ていた。

 

『こっちに向かって来てるぞ!』

『上級冒険者は!?』

『ダメだ!東のメインストリートに行っちまってる!』

 

 突如現れたモンスターに周囲は大混乱だった。それもそうだろう。たとえ一階層にいるゴブリンですら、『神の恩恵』がない一般人からしたら脅威でしかないのだ。そして、都市の中でも実力がある冒険者しか倒せないモンスターに恐怖を感じない人がいないはずがなかった。

 エイナ達のいる闘技場正門付近は大パニックだった。誰もが我先にとモンスターに背中を向ける中、怪物はじっと周りを注意深く探っていた。

 

 

 ーードコダ

 

 ーードコダ

 

 ーードコニイル?

 

 

 スン、と鼻を鳴らしたそれは少し離れた場所から漂うある匂いに気が付いた。

 

 

 ーー見ツケタ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!何て事だ……!歴史が覆るかもしれない……!」

 

 モンスター脱走を知らないラプラスは呑気にオ・コノーミとジャガ丸くんを合体させるという離れ業に挑戦しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 アイズが最後のトロールを斬り伏せた頃、小さな英雄もその戦いを終わらせ、自らの主神の為に奔走していた。

 

「それでおばちゃん。あの男の子って、誰や?」

「白い髪の赤っぽい目の男の子だよ!兎っぽいね!ほら、あの子だよ!」

 

 ベルがアイズの隣を駆け抜けていき、人混みに紛れたその少し後絶叫が響いた。

 

『おい!まだモンスターが残っているらしいぞ!』

 

 突然の大声にアイズはすぐにその声の主である青年に詰め寄った。

 

「どこにいるの?」

「わ、アイズ・ヴァレンシュタイン……」

「どこ?」

「あ、ええと、闘技場の正門だ。トロールがまだ一匹残っていたらしい」

「みんなこっちに来ていたから、向こうは上級冒険者がいない……早く行かないと……!」

「あ、いやでも……」

「何や、早よ言い」

 

 いつの間にかアイズの隣に来ていたロキがぶっきらぼうに言い淀んでいる青年に尋ねた。

 

「一人で戦っている奴がいるらしいです……」

「「は?」」

 

 主神と眷属は二人で首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 エイナは目の前の光景に首を傾げていた。

 突然こちらに向かっていたモンスターが方向転換して屋台が並ぶ通りを走って行ったかと思ったら、大きな爆発音の後、走って行ったモンスターが吹っ飛んできた。地面で二度大きく跳ねた後十Mほど地面を滑りそれはようやく止まった。

 眼鏡を一度確認してしまうほど驚いたのはその後だった。

 モンスターが飛んできた方向から目にも見えない速度で影が飛んできたかと思えば、束の間モンスターを地面に抉りこませる程の強烈な蹴りを叩き込んでいた。その影はトロールの脂肪をジャンプ台代わりにして後ろに跳び上がると空中で一回転して着地した。そして銀色に輝く、先が平らになり、持ち手は木でできた武器?を構えて怪物と向き合った。

 どう見てもラプラスだった。しかも肩で息をしており、疲れているというよりも何かを堪えているようだった。

 

「え?え?ラプ君?ラプ君だよね?」

「ああ?エイナか……?話なら後でしてやるからちょっと待ってくれ……今背中が燃え上がるほど俺は怒っている……!」

 

 瞳に炎を灯し、フーフーと息を荒げる彼は、もう既に満身創痍のトロールと見比べてもどっちがモンスターか一瞬わからなくなるほど気が立っていた。

 

「この畜生が……!俺の探求を邪魔したことは万死に値するぞ……魔石になって命で償え……!」

 

 そう言うや否や彼は腕を顔の前でクロスさせてトロールに突っ込んで行った。先程のダメージから幾分か回復したトロールは、直進してくる彼を押し潰そうと二Mを軽く超える巨体から両手を合わせて握り締めた太い腕を上から振り下ろし、彼を叩き潰そうとする。しかし、その太い腕が彼に接触する直前に彼はもう一段階加速し、駆け抜けると急ブレーキをし、腕を地面に叩きつけたトロールと背中合わせとなった。

 自らで上げた砂塵により、トロールの視界が一瞬奪われた隙に彼は持っていた銀の得物でトロールの右横腹を両腕で地面と平行に切り裂いた。殆ど拳程のリーチしかないそれはトロールの腹から鮮血を飛び散らせ、トロールは突然走る痛みに堪らず悲鳴をあげた。

 

『グオオオオオオオォォォ!!!』

 

 痛みの走った方向に右腕を振るい、勢い良く体を向けるが既にそこには忌々しい小さな姿はなく、右側に回転したため必然体重の乗っていた右足。そこに再び激痛が走る。

 

『グアアアオオオオァァァァ!?』

 

 的確に腱を切られ自らの体重を支えきれなくなった右足が膝をつくと、更にボフンという音と共にトロールの視界が白く染まった。煙玉による視界の奪取。そして、来たるは四方八方からの斬撃の嵐。容赦無くも、深すぎず浅すぎずの()()()()()()絶妙な切り加減で加えられる裂傷。腕、脚、背中、頭、と至る所に付けられていく傷に対してトロールに出来るのは少しでも急所を守るために蹲り丸くなることだけであった。

 

『グオオ……オオオ……』

 

 煙が晴れた頃にはトロールは自らの流した血の海に浮かぶ小さな孤島のような有様だった。辛うじて生きてはいるが、その命は最早風前の灯火であり、今なら一般人にも倒せそうなほどだった。

 

「まだ死ぬなよ……たっぷりと痛めつけてから灰にしてやる……」

 

 ニヤァと歪に口を歪めた彼のその表情をエイナは久しぶりに見た。悪人にしか見えない笑みを浮かべた彼を見てエイナは絶句し、若干どころか結構引いた。

 

「ククク……たっぷりと可愛がってやる……!」

 

 仮にも二十階層以降から出現するモンスターに放つ言葉ではなかったが、トロールにはもう戦闘意欲はないようで、震えながら一歩一歩近づいてくるラプラスを恐怖に彩られた目で見ていた。

 

「まずは腕を落とそう。そらいくぞおォォォッッ!……んがっ!?」

 

 思い切り振りかぶってトロールに襲い掛かろうとしていたラプラスは突然変な悲鳴をあげるとその場にうつ伏せで倒れてしまった。そして、次の瞬間トロールの首が弾け飛び、一瞬で灰になると魔石が地面に落ち、金色の少女がトロールがいた場所に立っていた。何が起こったのか誰も理解していなかったが、数瞬後歓声が巻き起こった。

 しかし、周りの歓声に目もくれず、金色の少女は魔石を放っておき、気絶したラプラスを肩に担ぎエイナの方を見て手招きした。それ見たエイナは彼女に近づいた。

 

「ホームに行く?それともギルド?」

「あの……何のことですか?」

「ラプラスにお説教するんでしょ?リヴェリアにも報告するから出来ればホームがいいな」

 

 少し天然が入っている剣姫の言う言葉にエイナはここから忙しくなることを確信した。

 

 

 

 

 

 

 ギルド本部がモンスター脱走の後始末により大忙しな中、エイナは【ロキ・ファミリア】のホーム『黄昏の館』の一部屋にてギルド職員としての職務よりも優先されたO・SHI・GO・TOをしていた。

 

「はい、この度は本当に皆様にご迷惑をおかけしたと……ええ、はい少し頭に血が上ったというか……あの……もう……許して下さいお願いします」

「なあエイナたん……もうええんとちゃうん?こいつウチも見たことないくらいめっちゃ綺麗な土下座かましてるで……」

「ダメですロキ様!この人は本当に金輪際一切やらないと誓うまで反省させないとダメです!」

 

 ぷんぷんと如何にも怒っていますというエイナの目の前には本日盛大に暴れたラプラスが土下座していた。エイナとロキの他にはフィンとリヴェリアそしてアイズが居り、豪華な顔触れの中臆する事無くエイナはラプラスに説教した。

 

「レベルはトロールと戦っても問題は無いな。それに無傷に済んだのだからその辺にしてやればいいだろう、エイナ」

「そうだね。今日はこの辺にしておいてあげようか」

「いや、無傷では無いぞ。俺の今日の稼ぎと出店が……」

 

 リヴェリアとフィンの言葉にラプラスが死んだ目で答える。実はトロールにより彼の店だけ蹂躙され跡形もなくなっていたのだった。しかしエイナはまだまだ言い足りないらしく、更に怒りオーラを出して捲し立てた。

 

「違うんです!ディムナ氏!リヴェリア様!彼は本当に危ないことをしたんです!アイズさん!ラプ君があの時使っていた武器って分かりますか!?」

「そういえば変なので戦ってた……」

「ヘぇ〜どんなん?」

「ラプラスがコテって言ってた」

「は?ハアアアァァァ!?コテってあのコテか?引っくり返す奴!?お前どういうことなん!?」

「いや、手にそれがあったから……」

「んな脳筋みたいなこと言いおって……」

 

 ロキを珍しく呆れさせたラプラスの武器は現場を見ていないリヴェリアとフィンにはよく分からなかったらしく、首を傾げていたが、あのロキが辟易している時点で碌な物ではない事は察していた。

 

「何をいうか。俺のコテはコルブラントに作ってもらった特注品だぞ。『不壊属性(デュランダル)』も付いているし、上質なミスリルを使ったから武器としても調理器具としても申し分ない」

「コルブラントって【ヘファイストス・ファミリア】の団長じゃないか!どうしてそんな物作ってくれたんだい!?」

「頼んだらやってくれたぞ。コルブラントはノリが良いからな」

「そもそも何で逃げなかったの!いくらラプ君がLv.3だからってダンジョンに行っていないんだから戦闘は危険でしょ!」

「奴が俺の探求を邪魔したからな。それよりもアイズのせいで奴の遺品(ませき)を回収できなかったぞ」

「私はもう頭が痛いぞ……」

 

 何とも言えない気まずい空気の中、リヴェリアの嘆きだけが部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

「今日ラプラスが危ない目にあったらしいけどいつも通りね、あんた」

「え?あたし?」

「オメー以外にいるかよ。つーか今日もストーカーしてたのか」

「はあ?ベート何言ってんの?あたしはストーカーじゃないよ!ラプラスに危険がないか見張ってるだけ!」

「アイツには本気で同情するぞ……」

「それよりも何であんた飛び出して行かなかったの?」

「だってラプラスならあれくらい倒せるし、それに傷ついたラプラスも久しぶりに見たいかなって思って……もう!何言わせるの!」

 

((強く生きろ……ラプラス……!!))




今更ですが主人公の魔法は手に四次元ポケットの劣化版があると思って頂ければ幸いです。決して設定が楽だからこうしたんじゃないんだからイイネ?
初めての戦闘描写。だがこの主人公コテしか使っていないんだなコレが。
それにしてもやはりギャグっぽい日常は書きやすいなあ。

感想・批評・質問等お待ちしています。


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花とエルフと

リューさん回
ソード・オラトリアのアニメが待ち遠しい今日この頃です。




 怪物祭も終わり、いつも通りの騒がしさをオラリオが取り戻した春の日の午後にラプラスは『豊穣の女主人』の倉庫にて膝を抱えて座っていた。

 

「なあ、やはりこの扉を破壊してしまえば良いんじゃないのか?」

「それだけはいけません。ミア母さんに怒られてしまいます」

 

 リュー・リオンというエルフと共にーーー

 

 

 

 

 

 

 事の発端は怪物祭の二日前にラプラスを送って行ったリューが帰ってきたときにとてつもないマイナスオーラを放っていた事だった。酔った勢いでラプラスに何かされたのかと詰め寄った店員達の優しさに彼女の憂いは更に深まってしまうのだった。それからというもの、決して表情には出さないが、リューが落ち込んでいるのは店員全員がわかっていることだった。

 そんなリューを見て、自称『リューの恋応援隊』の彼女達が黙っている訳がなかった。そして隊長シルと参謀アーニャはリューの目を盗み、休憩時間に密談をするのだった。

 

「リューったらまだ落ち込んでるね…‥。原因だろうラプラスさんもお店に来ないし……」

「あんな暗い雰囲気出されたらこっちが気ィ遣うニャ。大体ニャんでアイツは店には来ないニャ!」

「もしかしてリュー振られちゃったのかな!?それで気まずくてお店に来てくれないのかも……!?」

「んニャ訳ねーニャ。リューはアホみたいに奥手だし、あの男はホモだからリューのアプローチに気付かねーのニャ。だから現状維持が続いてるのニャ」

「ラプラスさんが男の人好きだったら振られた可能性がやっぱり高いんだね……」

 

 ラプラスとリューが聞いていたら冗談では済まないような事を言っている二人だが、アーニャが突然何かを見つけたように声を上げた。

 

「閃いたニャ!ミャーの作戦に任せるニャ!」

「え〜……そう言ってこの前失敗したばかりだよ?」

「今回は平気ニャ!強力な助っ人も思い付いたしニャ!そうと決まったら早速行ってくるニャ!」

「う〜ん……心配だなあ……」

 

 そう言い残して何処かへ駆けていくアーニャを困った顔で見ていたシルだった。しかし、彼女は気付いていなかった。実は休憩時間がとっくに過ぎていて、店に戻ったらミアの雷が落ちるという事を……

 

 

 

 

 

 

 リューに隠れて作業を行いつつ、ミアの説教を躱すというハードスケジュールをこなした『豊穣の女主人』のウエイトレス達の努力が報われる日がとうとうやって来た。

 

「という訳でリュー。今すぐ倉庫から小麦粉取ってきて欲しいニャ。因みに倉庫で注意する事は覚えているよニャ?」

「一体何がという訳なのかはよくわかりませんが……倉庫の使用方法は当然弁えています。壊さない、失くさない、盗まないですね。最後の一つは明らかに貴方達に言っているような気もしますが……」

「余計な事言ってんじゃねーニャ。つべこべ言わずとっとと行けニャ」

「人に物を頼む態度ではありませんよ、全く……分かりました。では少し空けますね」

 

 店から少し遠くにある倉庫に向かったリューを見て話していたクロエの他『豊穣の女主人』の店員達はキラリと目を光らせ、笑みを浮かべた。

 

「それでは『リューとラプラスのムフフな倉庫作戦』開始!」

 

 店長のミアも知らない所でとんでもなくお節介な作戦が施行されていた。

 

 

 

 

 

 

 『豊穣の女主人』から徒歩五分の場所にある倉庫に着いたリューはその少し大きめの倉庫に入って行く。倉庫は建てられてから暫く経っているような少し汚れた外装なのだが、食料品も貯蔵してある為にその中は清潔感がある。しかし昼間だというのに倉庫内は扉を開けても奥の方まではわからない程に暗く、夜に一人で来たら何か出そうな雰囲気を醸し出していた。

 

「魔石灯を持ってくるのを忘れてしまいましたね……何とか見えますが……早く店に戻りましょう。……別に怖い訳ではありませんが」

 

 独り言を呟きながらリューは倉庫の奥へと進んで行く。一歩足を進める毎にどんどん暗くなっていき、心なしかリューの歩幅も大きくなっていくようだった。

 倉庫の最奥にて目当ての小麦粉を見つけ、入り口に向かおうとしたリューの耳に突然、重い物を引きずるような音がしたかと思うと視界が暗くなった。何が起きたのか理解したリューはLv.4の俊足をもって扉の前に駆けつけたのだが、完全に扉は閉ざされ、鍵まで閉められてしまっていた。そして扉の向こう側から何やら聞き覚えのある声が響いて来た。

 

『ニャハハハハ!!作戦成功ニャ!とっととズラかるニャ!』

『ゴメンね、リュー!暫くしたら迎えに来るから楽しんでね〜!』

「……」

 

 理解不能な事を言い残していった同僚達にリューは立ち竦むしかなかった。どうしてこんな所に閉じ込めたのか、一体何の目的でこんな事をしたのか、と様々な事が彼女の頭の中を走った。しかし何よりも聞きたい事は扉が閉まってからずっと聞こえている不気味な音も貴方達の仕業なのかという事だった……。

 暫くその場から動かなかったリューだったが、漸く決心がついたのか恐る恐る声の様なもののする方向へ進んでいった。明かりもない暗い倉庫に響く呻き声にも聞こえるそれは春の麗らかな昼下がりとは思えない程リューの背筋を凍らせた。そして遂に音の出ている原因をリューは見た。

 そこに居たのは縄でぐるぐる巻きにされ、猿轡を咥えさせられ、更に目隠しまでされ横たわってもぞもぞと動き、少し頰が赤らんでいるように見えるラプラスだった。

 暗い倉庫内でもステイタスによりバッチリ見えたその姿にリューは現実から目を背けた。しかし『う〜う〜』と唸っているのは、目隠しをしていてもラプラスだとわかり、そしてそれはどうしようもない事実だった。

 

 ーーーまさか自分が慕っていた彼に『そういう趣味』があったなんて…‥

 

 この時のリューは度重なる出来事にまともな思考が出来ていなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「それで、俺がマゾヒストではない事は理解してくれたか?」

「……はぃ……申し訳ありましぇん……」

 

 ラプラスの拘束を放心状態で解いたリューは、何かを察したラプラスによって正座をさせられ、自分の想像が間違いである事を懇切丁寧に説明された。段々と自分の間違いに気付いていった彼女はラプラスの話が終わる頃にはエルフ特有の細長い耳の先まで真っ赤になっていた。

 

「全く……神ヘルメスにも困ったものだ……まさか睡眠薬を入れて来るとは……」

 

 話し終えたラプラスは『魔法』で魔石灯を取り出すと、リューのすぐ隣に腰掛けた。それによって彼女は更に顔を赤くするのだが、全く気にした様子もなくブツブツと何かを呟き始めた。

 

「と言う事は貴方は神ヘルメスに拉致されたのですか?」

「まあそうなるだろうな。オラリオに帰って来たばかりで何をしているんだ?あの神は」

 

 彼の話によると久しぶりにオラリオに戻って来た神ヘルメスに昼間から飲みにいく事を誘われた。普段一緒にいる団長は見えなかったが、男同士の秘密の話があると言われ即快諾。やって来た店でお酒を振る舞われたがそれを飲んで暫くするとそこで記憶が途切れ、大きな音がしたかと思えば、とても困惑した目で自分を見るリューがいた、という事らしい。

 

「恐らくシル達が頼んだのだと思います。本当にご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

 

 正座をしたまま頭を深く下げたリューに少し驚いた様子を見せたラプラスだったが、すぐに表情は元に戻った。

 

「頭を上げてくれ。これはリオンが悪いわけではないだろう」

「しかし……」

「そこまで言うのなら今度店に行った時、一品無料にしてくれ。それで十分だ」

「……わかりました。お待ちしていますね」

 

 そう言って儚げな笑みを浮かべたリューの顔は魔石灯の淡い光に照らされてまるでおとぎ話の妖精のような美しさだった。

 

「……」

「どうかされましたか?」

 

 その美しさに見惚れていたラプラスは突然動きを止めた彼を不思議に思ったリューが上目遣いで顔を覗き込んでいたことで、彼には珍しく顔を赤らめて目を逸らした。

 

「……いや、何でもない。ただ……貴方の笑顔を見て……美しい……そう思った……すまない……忘れてくれ……」

 

 しかし、この男はタダではやられなかった。まるで某神のような鮮やかな切り返しを()で行った事で逆にリューの方を照れさせてしまったのだ。

 

「……あ、ありがとう、ございます……」

「……」

 

 甘酸っぱい空気が彼らの間に漂っていた。胡座をかいて魔石灯をじっと見つめている少し赤くなったラプラスと足を少し崩して膝の上で手をギュッと握り真っ赤な顔を俯かせているリュー。どちらからともなく二人の距離は縮まっており、肩が触れ合うほどだった。魔石灯の光がぼんやりと彼らを照らし、外の喧騒が嘘の様に静かな倉庫内で彼らは互いに冒険者としてのステイタスをフル活用して相手の出方を伺っていた。

 そして長い沈黙の後、先に口を開いたのはラプラスだった。

 

「まだ着けているのか、そのネックレス」

「ええ、もちろん。折角頂いたものですしね……」

 

 そう言うと、リューは首元から桜色の石が光るネックレスを取り出した。それは、ラプラスとリューが隣り合って座っているため、ちょうど目についたものだった。素朴な革で出来たチェーンはモンスターの素材も使われている為、見た目より丈夫で、何よりも目立つその薄いピンクの宝石は極東由来の貴重な鉱石であった。

 

「肌身離さず、大切に持っています」

「別にいつも着けていなくとも……」

「いいえ、それは譲れません」

 

 気恥ずかしそうに目を逸らすラプラス。リューは優しく微笑むと、そんな彼の横顔を見て、そういえば、と口を開いた。

 

「そういえば、ラプラスさんはシルの事は名前で呼びますね。他の方は【ファミリア】以外だとファミリーネームでいつも呼んでらっしゃるのに……」

「む、そのことか。別に対した事ではないぞ。何せ此処(オラリオ)は沢山の亜人(デミ・ヒューマン)がいるだろう?見た目だけでは年齢がわからないからな。粗相のない様に名前で呼ぶ事は控えているんだ」

「それなら尚更どうしてシルは名前呼びなのです?」

「簡単な事だ。シルが名前で呼んでくれと言ったからそう呼んでいる」

 

 ラプラスの何でもない様に言った答えにリューは驚いた。今までどんなに親しくなっても名前で呼んでくれなかったのはただ単に自分が言わなかったからだという事に。そして、シルと彼の間には自分には立ち入れない特別な事情があるのだと独り勘違いをしていた自分に呆れたと同時に恥ずかしく感じた。

 またもや顔を赤くしたリューを見てラプラスは頭に疑問符を浮かべるが、彼女はその様子には気付かなかった。そしてまた黙りこくってしまったリューから目を外し、ラプラスは後ろにあった荷物に背中を預けた。

 暫くその状態が続いていたのだが、ラプラスは程よい暗さと心地よい静けさに段々と睡魔が襲って来るのを感じていた。嘗てはダンジョンに行っていたため、基本何処でも寝ることの出来る彼はうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。

 

 

 

 

「……では、私のことも名前で呼んで貰えますか?」

 

 漸くリューが決心した言葉を言った頃にはラプラスの意識は失われる寸前だった。

 

「……うむ」

 

 自分でも何を言っているのかよく理解していない中でラプラスは返事の様なものを返した。

 

 その返事を聞いてリューは表情には出さなかったが、心臓が大きく跳ねたのがわかった。

 

「では……呼んでみてください……」

「……リュー」

「ええ、もう一度……」

「……リュー」

「もう一度だけ……」

「……リュー……すぅ」

 

 完全に寝てしまったラプラスを見てリューは大きく息を吐いた。彼が自分の名前を呼んでくれた唯それだけで彼女はとても幸せだった。彼の寝顔を見ていると心が安らぐ。しかし、同時に心臓は鼓動を早める。

 

 ーーーいつの間に私はこんな気持ちを抱く様になったのでしょう……

 

 寄り添う様に彼の隣に移動すると自分より少し高い彼の肩に頭を預け彼女もまた夢の中へと落ちていく。春の暖かな風が空けてあった窓から吹いて来て、何処からかやって来た桜の花びらが一枚、彼らを照らす魔石灯の光に当てられ幻想的な輝きを放ち、地面に舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 その後寄り添って寝ていた彼らを迎えに来たシルとアーニャはリューを閉じ込めた直後にミアから大目玉を喰らい、作戦の製作・実行・監督を行った某男神は自らの【ファミリア】の団長にこってりと絞られたそうだ。

 ラプラスは解放されるとリュー達に一言声を掛けるとすぐに何処かへと行ってしまい、シル達はまたもや作戦が失敗した事を嘆いた。

 しかし、去っていくラプラスの背を見つめ続けていたリューは隠しきれない笑みを浮かべていた。それに気付いた『豊穣の女主人』の店員達に何があったのか質問責めにされたのだが、リューは何も答えはしなかった。

 

『今日は災難だったな。また来るぞ、()()()

 

 ーーーどうせ後からバレる事ですしね

 

 そう言い訳してリューは制服のポケットの中にある桜の花びらを、彼から贈られた宝物と同じ色をしたその花弁をそっと触れるのだった。




感想・批評・質問等お待ちしております


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【爆薬師】

男ばっかです



 【ロキ・ファミリア】ホームである黄昏の館。その中庭に三人の男達が集まっていた。

 ラプラス、ベート、ラウルの三名である。あの仲良し四人娘達程ではないが一緒にいることの多い三人だが、彼らの間に漂う空気は決して生易しいものでは無く、何時になく緊張したものだった。

 

 

 

 

 

 

 遡ること数十分前、一週間程前倉庫に閉じ込められるという事件があったラプラスはその後必要最低限の事をする時以外は自室に籠もり、ある実験を行っていた。そして、本日久し振りに部屋から出て新鮮な空気を吸っていると、中庭で鍛錬を行なっているベートとラウルを見つけた。朝食を食べ終わったばかりだというのに元気な奴等だと思っていた彼だったが、そんな二人を見て何かを思いついたかのように軽快な足取りで近づいていった。

 

「二人共精が出るな」

「あ?チッ……テメェか……何の用だ?」

「あ、どうもっす、ラプラスさん」

 

 話し掛けたら不機嫌そうにするベートと爽やかに挨拶してくるラウルの対照的な対応を見て、ラプラスは苦笑した。そして『魔法』でフラスコに入った少量の液体を取り出し、二人に見せびらかすように少し中身を揺らした。

 

「ふっふっふ……今日は久しぶりに持って来たぞ……!」

「……行くぞ、ラウル」

「はいっす」

 

 不敵な笑みを浮かべたラプラスを完全に無視して立ち去ろうとする二人。その目の前に一瞬で回り込むと、普段とは違うテンションでラプラスは絡み始めた。

 

「まあまあ落ち着け。今日のは凄いぞ。試してみる価値はある」

「毎度毎度懲りねえ奴だな。もうその手には乗らねーぞ!」

「いっつも変な薬飲ませてくるじゃないっすか!もう懲り懲りっす!」

 

 話すら聞く気配の無い二人に対し、彼は突然眼鏡をかけると二人の肩に手を置いて勝手に話を進めようとした。

 

「それでは本日の試験薬の説明に移ろう。今回は聞いて驚け、惚れ薬だ!」

「おい、勝手に話始めたぞ」

「ほ、惚れ薬!?」

「ラウルてめえ……」

 

 ベートは呆れたようにしていたが、説明に興味が出たような反応を示したラウルに気分を良くしたのかラプラスは更に話し続ける。

 

「三ヶ月かけて作り上げた一作だ。因みに材料はな……」

「あ、そういうのいいんで効果だけ教えてください」

「む、何だせっかちな奴だ。効果か……それはよくわからん」

「「は?」」

 

 聞き流していたベートも一緒に疑問の声を浮かべてしまった。今までは原材料からその効果まで嫌という程聞かせてくるので、そんなラプラスが曖昧な事を言うのは初めての事だった。

 

「珍しいじゃねえか。何でわかんねえんだ?」

「いや、効果自体はまあわかるんだが……むう、簡単に言えば、今回のこの薬はこれしか作れなかったんだ。だから検証実験等は行っていなくてな。何しろ偶然の産物と言っても過言では無いような完成の仕方だったからな……」

「それって大丈夫なんすか……」

「そこは安心しろ。危険なものは一切入れていないからな」

「お前は危険なもの入れなくても危険に出来るだろうが……」

 

 何とも言えない引き攣った笑顔を浮かべるラウルと興味を失ったのか立ち去ろうとするベートにラプラスは畳み掛けた。

 

「それでどうする?因みに俺の予測でいいなら効果は伝えてもいいが……」

「まあ絶対貰わないっすけど……どんな効果なんすか?」

「まず、この薬にはキラーアントの素材が使われている。キラーアントは瀕死になると仲間を呼ぶだろう?」

「そうっすね。それがどうしたって言うんすか?」

「キラーアントは仲間を呼ぶ。まずはそこを抑えたな。次の材料は肉果実(ミルーツ)だ。これはダンジョンだと豪華な食事になるだろう?」

「まあ好みによるっすけど…‥」

肉果実(ミルーツ)の風味というのは人に空腹感を感じさせる効果があるようでな。これが重要な材料の二つ目だ」

「あれ?俺これ一から説明されてないっすか?」

「最後だ。これが大事でな。眠気覚ましの為に唐辛子がふんだんに使われいる」

「はあ……もう良いです……それで結局何が言いたいんすか」

「落ち着け落ち着け。つまりだな、相手の食欲を刺激し、増大させる。睡眠欲は逆に抑制する。更にフェロモンを発生させる事で食欲を性欲に無理矢理変換させる。つまりだ。この薬は飲んだ奴が誰かに惚れてしまうような惚れ薬では無い。オラリオ一のハーレム王となるか、意中の相手をゾッコンにするのかはわからないが、これは飲んだ人間を必ずモテさせる惚れられ薬なのだ!」

 

 ドヤァと言い切ったラプラスにラウルは何時の間にかキラキラと目を輝かせていた。悦に浸っているラプラスを急かしてラウルは尋ねた。

 

「やっぱり貰うっす!それください!」

「おお!俺の研究をとうとう認めてくれるのか!ありがとうラウル!」

「早くくださいっす!」

 

 ラウルが感動しているラプラスを無視してフラスコに手を伸ばす。それを受け取ろうとした瞬間、横から突然腕が伸びてきてラウルの腕を思い切り掴んだ。

 

「……え?ちょっ!?急に何するんすか!?つーかどっか行ったんじゃなかったんすか!?ベートさん!」

「ラウル……こいつの相手は疲れただろ?薬は代わりに俺が飲んでやる。だから感謝してここから立ち去れ」

「そんなこと言って!どうせアイズさんの所に行くんでしょ!?」

「な、な、な、ンな訳ねーだろ!?ふざけた事言ってっと蹴り殺すぞ!」

 

 そんなやりとりを無限に続けていく彼らだった。最初の内は聞いていたラプラスも、途中から飽きて空を見上げたり、『魔法』を使って遊んでいたりしたが、いい加減飽きたのか暫くすると二人に問い掛けた。

 

「それで結局どっちが飲むんだ?」

「「俺(だ)(っす)!!」」

 

 二人が同時にラプラスに襲いかかる。しかしそれをラプラスは軽く往なすと『魔法』でフラスコを隠してしまった。

 

「「あああああぁぁぁぁァァァァ!?」」

 

 その行動に驚愕した二人は更にラプラスに詰め寄り、ぐっと顔を近づけて叫んだ。

 

「何やってんだ!?」

「出してくださいっす!?」

「だったらとっとと決めろ。ロキにでも渡してしまうぞ」

「ウチがどうかしたん?」

 

 するとそこにちょうどロキがやってきた。フィンも一緒にいた為、ファミリアの方針でも話していたのだろうか。二人は言い争っている三人を見つけるとロキは楽しそうに、フィンは呆れたようにやってきた。

 

「何やえらい大きな声出して。ホーム中に聞こえたんとちゃうか?」

「また喧嘩していたのかい?喧嘩するほど仲が良いってのも考えものだね……」

 

 フィンが右手を額に当て、やれやれ……と呟くと、ベートはその言葉に食って掛かった。

 

「おい、フィン。オレは別に此奴らと仲良くはねーぞ」

「ちょうど良かった、ロキ。お前にも俺の研究の成果を見てもらいたかったんだ」

「えー……ラプラスの研究って大体碌でもないもんやん……」

「今回は惚れ薬なんだが……」

「その話詳しく」

 

 最初は嫌々だったロキも惚れ薬という一言でベート達には目もくれずラプラスの薬に食いついた。これで更にロキが加わり、薬争奪戦は三つ巴の戦いとなった。ベートとラウルはロキの参戦を止める事が出来ず、苦い顔をした。フィンは見た目に似合わぬ溜息を吐きまくっている。

 

「また変な物を作って……」

 

 フィンが呆れている中、説明を聞き終えたロキはラプラスを挟んで向かい側に立ち竦んでいたベートとラウルに向けて顔を向けると、不気味な笑みを浮かべた。

 

「何やお前らそんなん欲しーんか?へぇ……第一級冒険者はそんな薬に頼らんとやっていけんほどヘタレなんか?ん?」

 

 ニヤニヤと笑顔のまま二人を煽っていくロキは何としてでも薬を手に入れようと躍起になっていた。しかし、そんな挑発に乗る程、伊達に冒険者を長年やっていない二人はロキに反撃した。

 

「ロキ、よく考えてみろ。こいつの作った薬だぞ。お前天界に戻りてえのか?」

「そうっす。『神の力』がないロキ様が飲んだら即強制送還っす」

「お前らそれは言い過ぎだろ……」

 

 ラプラスが心に深い傷を負うのも気にせず、ベート達は矢継ぎ早にロキを責め立てた。

 

「それにな、お前は何か勘違いしているようだが、これは異性を惹きつける薬だぞ。お前、男からモテて嬉しいのか?」

「何!?ラプラス!どういう事や!」

「どういうことも何も始めからそう言っていただろう。人の話を聞け」

「えぇ……はあ……なんか一気に冷めたわ。ラプラス酒出せ。お詫びせえ」

「何故俺がお詫びを……?」

 

 と言いつつもしっかり酒と御猪口を出してロキに酌をする辺り、彼も相当毒されているようだ。

 

「もう処分してしまえばいいんじゃないかな?」

 

 フィンはこの面倒臭い騒動に終止符を打つ為、原因の根絶を図ろうとした。しかし二人は断固としてそれを拒否。二人にはお互いに譲れないものがあった。

 

「そもそもベートはアイズやとして、ラウルは誰か好きな娘おったんか?聞いたことないで」

 

 すると疑問に思ったのかロキが口にした。その言葉に他の三人も興味を示し、目を光らせると、ロキのベートはアイズ発言を無視してラウルに詰め寄った。

 

「む、確かにラウルの恋路は気になるな」

「ンー、そうだね。この薬が欲しいならそれぐらい言わないとね」

「おらラウル。とっとと吐け」

「勘弁してくださいっすうううゥゥゥ!!」

 

 団長、主神、格上、製造者と今この場において自分より立場が上の者達に揃ってこんなことを言われてしまったらもうどうしようもなかった。ロキはニヤニヤと意地悪そうに、ラプラスは目を輝かせて、フィンは見た目相応の爽やかな笑顔を浮かべ、そしてベートは自分の気になる相手がモロバレしている事に内心冷や汗をかきながら、ラウルを睨みつけた。

 そして当のラウルはというと、いっその事ありのままを言ってしまって薬を貰い、更に自分の事を応援してもらおうかという気持ちと、この人(主にロキ)達に言ってしまったらとんでもない事が起きてしまうのではないかという嫌な予感の板挟みにされていた。

 う〜ん、とたっぷり悩んだラウルはロキの顔をじっと見つめた。やけに静かになった中庭に緊張が走った。そして暫くすると彼は震える唇から声を出した。

 

 

 

 

 

「すいません、ムリっす。許してください」

 

 とった手は心を込めた謝罪だった。以前ラプラスから教えて貰った極東の謝罪における伝家の宝刀『ドゲザ』を繰り出し、額を地面に擦り付け、恥も外聞もなく主神に許しを乞うた。そのコンマ数秒の間に行われた見事な土下座に四人はラウルの本命を聞けなかった事にがっかりして息を吐き、緊張は解れた。

 

「いやーいつになく緊張したね」

「ああ、久しく感じたことの無い空気だったな」

「ちぇー結局言わへんのかい。真面目な空気出して損したー」

「よし、ならこの薬はオレが貰っていいってコトだよな?」

「どうぞお納めくださいっす、ベート様」

 

 ロキがぶー、と膨れている中、ラウルが降伏した事により自動的に勝者が決まった。勝者となったベートは早速ラプラスから薬を渡して貰い、それを受け取ると少し振って中身を見回した。ラウルは土下座を止め、ベートを真っ直ぐ見つめていた。そんなラウルの視線に気付き、ベートが訝しげに尋ねた。

 

「何だよ、何か文句でもあんのか?」

「いや、ベートさんってやっぱりカッコイイなあって」

「は、はあ!?」

「好きな女の子の為に何でもやるその感じ、すごくカッコイイっす!」

「ば、馬鹿言うんじゃねェ!?オ、オレは別に好きな奴なんて……」

 

 そう言いつつも、耳が忙しなくピョコピョコ動き、尻尾がパタパタと揺れているベートは顔を背けていても照れているのが丸わかりだった。そんなベートを四人は何も言わずただ優しい目で見ていた。

 

「なっ!?そんな目でオレを見んな!!蹴り殺すぞ!!」

 

 そろそろベートが恥ずかしくて怒りそうだという事を察して四人は一様にベートから目を離すが、その口元には笑みが浮かんでいた。そんな様子を見て本当に蹴り殺してやろうかと思うベートだったが、怒りを押し殺して開発者に問い掛けた。

 

「なあ、この薬ってもう飲んでも平気か?」

「いや、薬が惚れさせ薬という事がわかっているだけで、どんな効果でどのくらいの範囲に効果が及ぶかわからん。ただどのくらいの制限時間かは何となくわかるぞ。持って半日という所か。如何せん量が少ないからな。だが、仮に初見の相手のみなんていう効果だったらロキが惚れるから対象が来てからにしろ」

 

 ロキが自分に惚れるという事を想像してかベートがブルリと震えると、丁度良いタイミングでアイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤの四人が帰って来た。丁度お昼時に差し掛かっていた為昼食を取りに来たようである。

 

「む、丁度良い。あいつらが帰って来たぞ」

「おかえり、みんな」

「あ!団長ーー!!」

「おーおかえりー!買い物楽しかったか?」

「うん!いっぱい買っちゃった!そ、それでね、ラプラス……実は渡したいものが……」

 

 一気に騒がしくなった中庭でベートはとても緊張していた。そんな彼にティオナから首輪をプレゼントして貰い、どう反応したら良いか困っている微妙な顔をしたラプラスからアイコンタクトが送られた。更にその少し奥ではフィンに新しい相変わらず露出の激しい大胆な服を見せびらかしているティオネの姿があった。しかし、ベートは見た。苦笑いをしていたフィンが一瞬の隙を突き、此方にウインクをしたのを。極め付けはロキにセクハラされているレフィーヤと、それを止めるラウルを見た時だった。ロキとラウルの、一時は自分と敵同士だった彼らは自分に向かってうなづいたのだ。行ってこいと、そう言っているようにベートは感じた。

 

 

 

 

 舞台は整った

 

 

 

 

 仲間が繋いでくれたこのチャンス

 

 

 

 

 今、ロキを止めようとしている彼女の肩を掴んで引き止める

 

 

 

 

 彼女は驚き、不思議そうな目で此方を見てきた

 

 

 

 

 そして

 

 

 

 

 彼は飲んだ

 

 

 

 

 一気飲みした

 

 

 

 

 瞬間

 

 

 

 

 体の奥底から何か熱いものが湧き上がってくるような感覚がしたかと思うと、一瞬、視界が真っ白になった。

 何が起こったのか理解出来なかったベートだったが、直ぐに気を取り直して目の前にいる彼女ーーーアイズの顔を見た。

 心なしかアイズの頬は紅く染まり、息が浅くなっているように見えた。

 成功か!とベートが喜びの声を上げようとした瞬間

 

 

 

 

 

 

「あの、どうかされましたか?ベートさん?」

 

 

 

 

 

 

 何時も通りの声が聞こえた

 

 

 

 

 その時、彼は悟った

 

 

 

 

 ああ、また失敗かと

 

 

 

 

 製作者に文句を言おうと、視線をあげたその時ーーー

 

 

 

 

「べ、ベートさん……」

「あ?」

 

 何時の間に近づいていたのだろう、ラウルがいた。しかし、彼は何時もと違い、どこかそわそわして落ち着きがなく、その可笑しな雰囲気がベートの背中に悪寒を走らせた。

 

「ベートさん……なんなんすか……この気持ち……ベートさんを見てると……何だか胸が苦しくて……」

「奇遇だね……僕もさ……」

 

 だんちょう?という声が聞こえた気がしたが今だけは無視した。それよりもなんか増えてる。

 

「僕もベートを見てると心が燃え盛るように熱くなる……そう、まるで小人族(パルゥム)の勇気ある子を見つけてしまった時のような……」

 

 そう言いながらフィンも近づいてくる。誰かこの状況を説明してくれ、とベートが思っていたその時……

 

「捕まえたぞ、ベート……」

 

 ガシィッと両肩を掴まれた。普段なら抵抗して直ぐに振りほどけるはずなのだが、この時だけは何故か力が入らなかった。そして耳元でボソリと声が聞こえた。

 

「フフフ、ベート……これは薬のせいかもしれないが……俺は断言出来るぞ……お前の事が好きだ……どうしようもなく、な……」

「待つんだ……ベートは譲らないよ……」

「俺もっす……ベートさんは俺のものっす……」

 

 虚ろな目をして此方を見てくる男三人にベートは言い知れない恐怖を感じた。

 

『アアアアアアアアアアアア!!』

 

 そしてそこでベートの記憶は途切れた。最期に見た風景はヒリュテ姉妹がキレ、もうこれ以上はない程に荒れている中庭に血相を変えたガレスとリヴェリアが駆けつけてくるところだった。

 

 

 

 後に剣姫他数名はこう語る。

 

 

 

 曰く

 

 

 

「「「もう絶対にラプラスに変な研究はさせない」」」




どうしてなんだ……今回の話は今までで一番書いてて楽しかった……だと……!

本当はヒロインとイチャイチャさせたいのに!悔しい!でも書きやすい!


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瞳に映る憧憬

今回はヒロイン出ます。

前回の事は忘れるんだ、イイネ?



 迷宮都市の北西部、ギルド本部の冒険者窓口にラプラスはやって来ていた。普段なら夜の人気が疎らになった頃にフラリと立ち寄るのだが、今日に限っては日没を少し過ぎた、仄暗く感じる時間帯に訪れていた。

 

「あれ、ラプ君?こんばんは。珍しいね、こんな早い時間に来るなんて」

「ん、こんばんは。実はフィンからの用事と俺も用があってな」

「そっか。じゃあ応接室が開いているからそこでいい?」

「む、いや直ぐに終わると思うぞ……たぶん」

「はい、了解です。じゃあ何時も通りね」

 

 突然現れたラプラスにエイナは少し驚いたが、普段と少し様子が違う事に直ぐに気がつき、早速聞いてみる事にした。

 

「それで?今日はどうしたのかな?一応言っておくけど、ダンジョンには行かせないからね」

「あー、その事なんだが……」

「も、もしかして行く気なの!?だ、ダメだよ!絶対行かせないからね!」

 

 ラプラスが曖昧な返事を返すと、エイナはわなわなと震え、一気に捲し立てた。その目には薄っすらと涙が浮かんでおり、怒りの中に悲しみも混ざっているようだった。そんなエイナの様子に周りのギルド職員や冒険者達も驚き、緊張した空気を感じ取った。

 

「……行かないぞ。ダンジョンには」

「……え?ああ……はぁ〜……良かったぁ〜……」

「……ロキとの約束だったか」

「え?う、うん……まあ約束してなくても絶対に行かせないよ。私の目が黒いうちはね」

「そうか。何だか勘違いさせたようだから謝る。すまなかった」

「ううん!全然大丈夫だよ!私の方が早とちりだったし!」

「……そうか」

「うん……」

 

 沈黙が二人の間に流れた。お互いに自分のことをらしくないと考えているのだが、それを口に出すことはなかった。空気が弛緩し、何時も通りの喧騒が戻ってくる。そして、ラプラスが先に口を開いた。

 

「そういえばフィンの伝言だ。『これからもこの子をよろしく頼むよ』だそうだ」

「ええ!?あの【勇者】が私に直接!?」

「うむ」

「恐縮ですって伝えといて……」

 

 わかった、と返事をするラプラスを尻目にエイナは先ほどの言葉を神妙な顔で頭の中でリピートしていた。

 

 ーーーこれだけの事をわざわざ伝えさせる必要があるのかな?ハッ!もももももしかして末長くこの子(ラプラス)のことをよろしく頼むよってことじゃ……!きゃー!それって……親公認ってことだよね……!

 

 何かを深く考えていたかと思えば、突然頬に手を当て、だらしない笑顔になったエイナの一部始終を見ていたラプラスだが、人には人の事情がある、と深く追及しない事にした。

 そして暫くしてようやく落ち着いたらしいエイナは未だほんのり赤い顔でラプラスに尋ねた。

 

「そ、それで?ラプ君の用事って何かな?」

「ああ、その事なんだが……む、チュール。担当がやって来たみたいだぞ」

「あの〜……エイナさーん……」

「あ、ベル君!ごめんね、ラプ君。ちょっと外すね」

 

 申し訳なさそうに言うエイナに、ラプラスは首肯し、入り口から真っ直ぐやって来た兎のような男の子に場所を譲った。手持ち無沙汰になったラプラスは周りに聞こえない程の小さな声で詠唱を唱えながら、『魔法』で羽ペンを出したり、しまったりしていた。これは『魔法』を会得してからずっと続けている最早癖となってしまった訓練で、『魔法』を素早く出す為にはまずは慣れだ、と始めた訓練だった。周りからすれば手品をしているように見えるので、一時ラプラスの二つ名に【手品師】が付いた事もあるほどだった。

 

「……プ…ん……ラ…君……ラプ君!」

「ああ?うん、すまん。ボーッとしていた。話は済んだのか?」

「それやり始めると止まらないよね、ラプ君は。話は終わったんだけどね……」

 

 苦笑したエイナはあのね、と前置きしてラプラスの方を見ていった。

 

「ラプ君、アイズ・ヴァレンシュタインさんの事を教えてあげて欲しいんだけど……」

 

 おずおずとこちらを見ている先ほどの少年を見つけ、ラプラスは何となく察した。要は何時も通りアイズに惚れてしまって是非とも紹介して欲しいというものなのだろう。

 

「俺から教えることはないし、自分から聞く事も出来ない様な奴ではそもそも話にならない。何時も言ってるだろう?」

「うーん……でもそこを何とか!私からのお願い!……ダメ?」

 

 手を顔の前で合わせ、頼んで来たエイナは、最後の言葉だけ少し瞳を潤ませて上目遣いをし、か細い声でそう言った。眼鏡越しに震える瞳と、普段のキャリアウーマンの姿が印象的な彼女の守りたくなるような可愛さのギャップに、目の前にいたベルはもちろん、周りに居たギルド職員や冒険者も揃って顔を赤くした。

 

「はあ……まあチュールから頼まれたからな。教えてやるか」

 

 しかし、それが直撃したはずのラプラスは平然と普段通りに答えた。相変わらずの動じなさに冒険者もギルド職員も驚き、偶々ギルド本部に居て前屈みになっていた男神からは『やはり噂は本当だったのか……』『ホモォ……』『俺はいつでも待ってる』と、あらぬ噂を立てられていくのだった。

 

「あの、エイナさん……こちらの人は……」

「ああ、ごめんねベル君。この人は【ロキ・ファミリア】の幹部のラプラス・アルテネス君。Lv.3で、私の初めての担当冒険者なんだ」

「ええええぇぇぇぇ!?ホ、ホントに【ロキ・ファミリア】の方なんですか!?」

「今はもう幹部じゃないけどな、まあよろしく。君は俺より年下で良いのかな?敬語は外してしまったが……」

 

 緊張と動揺であわあわと狼狽えているベルに苦笑し、エイナとラプラスは顔を見合わせる。そしてラプラスがベルに右手を差し出すと、ベルは漸く少し落ち着いたのか、恐る恐るといった様子で手を差し出して来た。ラプラスはその手を掴むと握手を交わした。

 

「あ、はい!?だ、だ、だ、大丈夫です……僕は、ベル・クラネルです。あ、あの、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 握手を解いたラプラスはそのままベルの事をじっと見つめた。そして徐に手を挙げるとベルの頭をくしゃくしゃと撫で始めた。

 

「え〜と……あの……これは……」

「ふむ、保護欲を掻き立てられるというか何というか……人に好かれそうな子だな」

「あ、ラプ君もそう思う?ベル君、見た目通りに人が良いんだよ」

 

 自分の頭を撫でながらそう呟いたラプラスにベルは何が何だかよくわからず、自分より背の高い彼の事を見ることができず、ずっと俯いていた。

 

「……それで、アイズの何が聞きたいんだ?」

 

 頭を撫でるのを止めたラプラスはまだ緊張しているベルに尋ねた。ベルはチラ、とエイナの方を見たのだが、彼女はニコニコと笑顔を浮かべているだけで、どうやら助け船は出してくれそうになかった。

 

「あ、あの……」

「まあ、俺から教えてあげられることなんて特に無いんだがな」

 

 ガクッとベルは転けそうになってしまった。折角勇気を出して質問しようとした矢先、止められてしまったその言葉。ベルは思わずラプラスに詰め寄った。

 

「ええ!?な、何でですか!?」

「何でも何も、アイズは基本ダンジョンに居る。対する俺はダンジョンに一切行かない。昔はそうでもなかったんだが、ここ最近は顔を合わせることも少なくなって来ているからな」

「はぁ……まあそうですよね。誰かに頼るなんてダメですよね……すみません。僕頑張ります!」

「む、先ほどの会話の何処に頑張る要素があったのかよくわからなかったが、まあ頑張ってくれ」

「それじゃあエイナさん。僕はこれで。ラプラスさんも失礼します」

 

 そう言ってギルド本部から出ていくベルを見送った二人は再び定位置に戻り話し始める。

 

「ふむ、面白い奴だったな」

「あはは、今時あんな純粋な子は居ないよね」

「しかもさっき聞いていた限りでは類を見ない成長をしているようだったが……?」

「うん、そうなんだよ。ベル君って本当に凄いスピードで成長してるの。でもそれとは関係なく、人の話を盗み聞きするのは良くないぞ」

 

 コツン、とラプラスの額にデコピンをすると、じっとラプラスを剣呑な目で見つめるエイナ。それに対しバツが悪そうにしたラプラスは額を片手で抑えるとすまん、と小声で謝った。

 

「うん!反省しているならよろしい!それでベル君の成長なんだけど……ねえ、ラプ君は冒険者になってからニ週間で七階層まで進めると思う……?」

 

 ふむ、と少し考えたラプラスは心配そうな顔をしたエイナに向かって答えた。

 

「まあ、普通なら有り得ない。冒険者に成りたてなら尚更だな。六階層から出てくるウォーシャドウが慢心した初心者を喰い殺す。二週間程度では七階層まで行くのは不可能だ」

「だよね……」

「と、言うことは……」

「うん、ベル君はもう行ったんだ。しかも全然苦労する様子もなくね」

「……それは、凄いな……」

 

 そこでラプラスは黙りこくって顎に片手を当て、宙を見上げてしまった。彼が何かを思い出す時に良くする癖だと知っているエイナはその様子を見ていたが、突然ラプラスがエイナに顔を近づけ、カウンターの上に置かれていた手を取り、声を静めて尋ねた。その声は興奮を抑えられないようだったが。

 

「チュール!クラネルのステイタスを見たんだろう?ここまで話したのならそれも教えてくれないか?」

 

 吐息がかかる程に近くなった彼の顔にエイナは叫んでしまいそうになったが、手も握られているこの状況で、混乱する頭を何とか働かせ、平静を保つ努力をした。

 

「ひゃぁ……ぁ……そ、それは……」

「ダメか?」

 

 エイナの心は教えてしまおうかという悪魔の声と、規則は守らなければならないという天使の声の板挟みとなっていた。じーっとこちらを見つめてくるラプラスの吸い込まれそうな黒曜石の様な瞳に、エイナの緑玉石(エメラルド)の色をした瞳が揺れる。はぁ……と悩ましげな息を吐いたエイナはハーフエルフ特有のほっそりと尖った耳の先まで真っ赤にしてラプラスに言った。

 

 

 

 

「だ、め……だよ……いくらラプ君の頼みでも……それは……」

 

 

 

 

 辿々しくもそう言い切ったエイナにラプラスは一度ゆっくり瞬きすると、手と近づけていた顔を離して言った。エイナは赤くなった顔を隠すように机の上に突っ伏してしまった。

 

「あ、すまん。近かったな。まあチュールに言っても絶対に教えてくれないだろうな。とは思っていたよ」

 

 ははは、と笑うラプラスに周りの人間が黙っている訳がなかった。先程から何かと注目を集めていた二人をギルド本部にいる暇な人や神はチラチラと観察していたのだが、突然のラプラスの行動とその後の言葉に唖然とする他なかった。冒険者は恨み妬み嫉みの類の怨念をあの男に送り、ギルド職員達はエイナの不遇さに涙を流した。そして一番問題の神々はというと……

 

『おいおいアイツどっちもいけんのか』

『うーわあれで天然かよ』

『なああれってタケミカヅチとミアハを混ぜてヘルメスで割ったらああならね?』

『何そのチート』

『俺はいつでも待ってる』

 

 更にラプラスの噂はとんでもない事になっていたが、この女誑しならしょうがない、と周りの人や神は満場一致であらぬ噂をばら撒くのだった。

 

「どうしたチュール?なんか疲れていないか?」

「は、はは……ラプ君はホントに女の敵だよ……」

「……?何処かの神々でもあるまいし、俺がそんな節操無しな訳ないだろう」

 

 そしてやはり自覚は無いのだった。まだまだ前途多難なエイナに心の底からエールを送ったギルド職員達は決意を新たに、まだしばらく立ち直れそうに無いエイナの分の仕事も消化していくのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「なんだかすっかり送って貰うのが当たり前になっちゃったね」

「む、まあ帰る方角は大体同じだからな。気にする必要はないぞ」

「うーん、でも何かお礼はしたいよ」

「何時も話し相手をしてくれている。それで十分だ」

「えー……でも……」

「本当に気にしなくていいんだぞ。……と、着いたな。おやすみ、チュール」

「あ、うん……もう着いちゃったか……おやすみなさい、ラプ君」

「あ」

「ん?どうかした?」

「お礼思いついたぞ」

「ホント!何でも言ってね!」

「というよりそれが俺の用事だったんだが……チュール、今度の休みに何処かに出掛けよう。二人でだぞ」

「え、それって……」

「デートだろう?俗に言う」

「……きゅう」

「うおっ!?危ない!?気絶している……だと……!気絶するほど嫌だったのか?……いや、そこまで嫌われては……ないよな……」

 

(((ねーよ)))by通りすがりの神々




実は今回やっと原作主人公と会話するという……


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ファミリア団長

フィンと話すだけです。




 未だ活気付いている『バベル』の方角は明るく、賑やかなのに対し、静かに月明かりが照らす【ロキ・ファミリア】ホーム、相部屋の団員を起こしては悪いと、部屋を出ていたラプラスに小さな訪問者がやって来ていた。

 

「やあ、今大丈夫かな?」

 

 大きく輝く月を背に窓際の椅子に腰掛け、葡萄酒を片手に魔石灯を点けず、月明かりだけで本を読んでいたラプラスは来客に目を向けた。

 

「む、こんな時間にどうした?フィン」

 

 【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナ

 都市最強派閥の団長が訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 フィンの部屋にやって来たラプラスは、読んでいた本を虚空へ消す。そして魔石灯を点けて部屋を明るくし、部屋の真ん中にある大きな机に対面して腰掛けた。

 

「お酒持ってるんだろう? 頂こうかな」

「ああ、是非とも感想を貰いたい。今回は自信作だぞ」

 

 机の上に酒瓶を置き、フィンの分のグラスを『魔法』で出すと、酒を注いでいく。芳しい香りが漂うグラスを受け取ったフィンは香りを楽しんだ後、その杯を仰いだ。

 

「うん、おいしい」

「……フィンはいつもそれしか言わんな」

「ははは、詳しい感想は神ソーマに貰いなさい。どうせまだ通っているんだろう?」

「む、見逃して貰っているのは感謝する」

「お酒の指南を受けるくらいなら問題ないさ」

 

 早いペースで飲んでいくフィンに、既に少し酔っていたラプラスは盤を机に置くと、駒を持って自らの杯にも酒を注ぎ、それを飲んだ。

 

「フィン、久しぶりにやるぞ」

「ふふ、いいよ。望むところだ」

 

 

 

 

 

 

「ふむ、それで前回の遠征は引き返してきたのか」

「ああ。その芋虫型のモンスターは本当に厄介だったよ。しかも大群ときたもんだ!全く困っちゃうよ、ヒック」

「モンスターを喰うモンスターか……モンスターって美味いのか?」

「イレギュラーが多かったなあ。お陰で『カドモスの泉』には楽に行けたんだけどね」

「……それは笑えないぞ」

「いつか笑い話に出来る日が来るさ。はい、チェックメイト」

「……む、むうう、もう一回だ!」

 

 すっかり出来上がった二人は前回の遠征の話を肴にしているようだった。報告書ではわからない現実味のあるフィンの話をラプラスは興味深く聞いていた。ダンジョンに行かずとも、ダンジョンの事を話題にするのはやはり冒険者の性のようだ。チェスはちょうどフィンが勝ったところで、負けたラプラスはそそくさとスタートの位置まで駒を戻していく。

 

「……相変わらず強いな」

「ラプラスに言われたくはないなあ」

 

 しょっちゅう対戦している彼等の勝率はお互いにほぼ五割。この二人でばかりやっているのは単純に他の人よりも強すぎて、相手が居ないという理由からである。

 

「ふむ、その芋虫型は切ると何でも溶かす液体が出て、それは武器すら溶かす、か。しかも極彩色の魔石とは……。それにしても、消耗の多い五十階層以降でそんなモンスターが出るとは、ダンジョンも考えているな。というか、酒を飲んでいる時にそんな話するな」

「君が話せって言ったんだろう?ヒック、まあいいや。それでその後キャンプに戻ったらもっと大変だったんだよ」

「ああ、それは知っている。芋虫型に強襲されていたんだろう」

「そうそう、奴等の知能が低いのが幸いしたね。連携なんてモノはなかったから、何とかすることは出来た」

「団長の目から見て詳しく教えてくれ」

「ンー、それはティオナやベートから聞いていないのかい?」

「何時も言っているだろう。ティオナは話す量は多いが、擬音ばかりで全く説明になっていない。ベートは恐らく自分の失態を思い出すからだろうな。話している途中で何処かに走り去る」

「ははは……他の子達は?」

「む、アイズは口下手で説明が下手だ。ティオネは途中から全てフィンの話になる。ガレスは鍛錬を強制させられる。リヴェリアは俺にダンジョンの話をしてくれない」

 

 益々酒が進み、淡々と話し続けるラプラスを見て、フィンも思わず駒を動かす手を止めて苦笑してしまう。しかし、疑問に思ったことがあったのか、指を顎に当ててラプラスを見つめた。

 

「……あれ?レフィーヤやラウルには聞かないのかい?」

「ラウルはこの前の遠征の事を話してくれない。そして……実はレフィーヤに避けられている」

「え?どうしてだい?だって確かレフィーヤは……」

「ああ、俺が教育係をやっていたな」

「……どうしてなのか聞いてもいいかい?」

 

 酔っているせいか、何時もより大袈裟にずーん、と雰囲気を重くし、遠い目をするラプラスにフィンは心配そうに尋ねた。

 

「……わからない。だが強いて言うなら三ヶ月前の薬の暴発からか……?」

「いや、原因わかっているよね」

「何だ?わかるのか?」

「絶対その薬の暴発でしょ」

「いや待て。レフィーヤにとってはいい結果になったと思ったが……」

「僕、その話聞いてないな」

 

 二人の間に何か重大な出来事でもあったのかと心配してみれば、いつも通り何でもない事だった。心配して損したと、若干ピリピリとしたフィンの雰囲気を感じ取ったラプラスはほんのりと顔が赤くなっている可愛らしい笑顔の彼に慌てて弁明した。

 

「ああいや、その、情報統制をしたんだ。……ティオネが」

「どうして?」

「それは言えない。言ったら俺が殺されてしまう」

 

 怯えたように言うラプラスに更に酒を注ぎ、それを飲んだフィンは容赦無く二択を迫る。

 

「じゃあもう深層の素材は無料提供出来ないかな……」

「すまんティオネ。許せ。これは死活問題だ」

 

 実際は二択などではなく、回答は確定しているのだが……

 

「さあ言うかい?」

「……酔うんだ。今以上にベロンベロンに。理性崩壊するが、記憶はしっかり残るらしい……ティオネには絶対に悟られないようにしてくれよ……」

「それは難しいかな……にしてもマズイね……」

 

 言ってしまった恐怖からか僅かに震えているラプラスとすっかり酔いが覚めたように険しい顔をして薬に対する思案をするフィン。暫く唸っていたフィンだが、腹を括ったのか机の上に両肘を置き、手を組み合わせると、神妙な顔をしてラプラスを見た。

 

「……よし、これからは飲食物に気を付けよう」

「……本当にすまん」

「謝るなら、効果のわからない劇薬の生成は控えるように」

「善処する」

 

 その曖昧な返事に苦笑したフィンが酒を一気に煽り、駒を置くと、ラプラスも間をおかずにすぐに駒を置いた。それを見たフィンは、グラスに入った酒を揺らしながら見つめているラプラスに訝しげな目を向ける。

 

「……人が悩んでいるときに考えていたね?」

「お陰で良い手を思いついた」

「……なら、僕からも質問して良いかな?ティオナ達のことだ」

「……達?アイズ達のことか?」

「いいや、具体的に言うなら『豊穣の女主人』の店員さんと君の担当者さ」

 

 意趣返しのつもりで言ったフィンに対して、全く訳がわからないと疑問符を頭に浮かべているラプラス。新しく酒瓶を出すと、空になったグラスに注ぎ、口に含んだ。その様子を見て、フィンは深く溜息を吐いた。

 

「ねえラプラス。それワザとやってるの?」

「は?ワザと?どれがだ?」

 

 グラスから口を離し、困惑した顔を浮かべるラプラスにフィンは何時になく年長者として諭すように、少し圧を込めて言った。

 

「そう言うのも含めて全部だよ。素直に言うんだよ。君ってティオナの事どう思っているんだい?」

「……それは言わないとダメか?」

 

 質問を聞いたラプラスは急にしおらしくなり、目を泳がせてしまった。普段とは違ったラプラスの様子はフィンも少し意外に感じた。しかし、ここまで来たなら野次馬精神が働いてしまう。また一口酒を口に含んだフィンは見た目に反して中身はいい年をしているのだ。

 

「うん、正直に言ってごらん?」

 

 笑顔を浮かべて内心ワクワクしているフィンに気付かずにラプラスは酔いとはまた違うような顔の赤みを帯び、視線をチェス盤の一点に向けて口を開いた。

 

「……ダンジョンに行かない可笑しな冒険者のおれをティオナはとても気にしてくれている」

「うんうん、それはよくわかるね」

「最初は何が目的なのか、少し怪しんだこともあった」

「ンー、確かに急に過激になったからね」

「昔からLv.が低かったおれをティオナは気にかけていてくれたんだが……この前、ティオナに連れられて半日出かけただろう?」

「ああ、遠征から帰ってきてすぐなのにあの子は嬉しそうにしてたね」

「……その時、ティオナの笑顔を見て……こう、何だか心拍が増大したというか……今みたいに恥ずかしくなったんだ……」

 

 ラプラスの告白はフィンを大いに驚かせた。正直ここまで話してくれるとも思わなかったし、こんな事になるとも思わなかった。ラプラスには失礼だが、まさか彼がティオナを女性として意識しているとは思わなかったのだ。あのベートですらアイズに対して恐らく想いを寄せているというのに、今まで全く女性関係の浮いた話がなかったラプラスは、一部の男神から熱烈な視線を浴びる程だったのだ。

 そんな彼がティオナに『恋』とまでは行かないが、少なからず脈があるとわかっただけでも、フィンは冗談抜きで大声を上げる寸前だった。思わず緩みそうになる口許を何とか気合いで抑えたフィンはもはや久しぶりに会った世話焼きの親戚のおじさんだった。

 

「そ、それで、他の二人はどうなんだい?」

「他の二人とは?担当者はチュールだが、『豊穣の女主人』は……もしかしてリューか……?」

「おやおや?どうして彼女だと思ったんだい?」

「……何でもない」

 

 ぐいぐいと詰め寄ってくる見た目少年のおじさんからふいっと顔を背け、酒をゴクゴク飲んでいくラプラス。机の上に置いた腕を閉じたり開いたりして、ペンを出したり消したりしていることから、明らかに動揺している彼の顔は案の定真っ赤に染まっているのだった。そして、暫くすると少し落ち着いたのか『魔法』を止め、目を細めると、すっかり真っ赤になった顔を向け、フィンを睨んだ。

 

「……もういいだろう。そもそもそんなことを聞かれる筋合いはない!」

 

 少し怒っているのか、恐らく羞恥心からだろうが話を早々と切り上げようとする。しかし、フィンがこの程度で聞きたいことが尽きているはずがなかった。優雅にグラスを揺らすと、微笑みをラプラスに向ける。彼はまだまだこの質問タイムからは逃れられないのだった。

 

「まあまあ、まだいいじゃない。ティオネに薬を飲まされてしまったら僕はどうすればいいんだい?」

「うぐっ……!くそう、今日だけだぞ。もう金輪際それは言わないと約束しろ」

「よし、今日だけなら何でも聞いていいんだね?なら早速……その『豊穣の女主人』の店員さんはどう思うんだい?」

「……どうとは?」

「もうわかっているくせに。ティオナと同じ様な気持ちになった事はないのか、という事さ」

 

 再び顔が赤くなるラプラス。その様子を見てまたもや何かあったと確信するフィン。ラプラスにとってこんな気持ちになる事自体が初めてだったので、自身の顔が真っ赤になっている事に気付いてはいなかった。

 

「また何かあったね?」

「……何でわかるんだ」

「ふふ、何でもさ。それで?何があったのかな?」

 

 ポーカーフェイスやら無感情やら、目の前のこの子や【剣姫】にはやたら人間離れした呼び名があるが、フィン達のように長い付き合いの者からしたら、彼等程わかりやすく、また感情豊かな人間は居ないと常日頃から思われていた。目の前の彼の姿は、あの三人の少女達でもなかなか見られたものではないな、と焦っている彼を見てフィンは思ってしまうのだった。

 

「……一週間前だ。神ヘルメスに拉致された」

「うん?拉致?……まあそれは今はいいや。それで?」

「倉庫に閉じ込められた。そこで、名前を呼ぶように頼まれた」

「ああ……だから今までのように苗字で呼んでいなかったのか。でもそれだけならそんな風に身構える必要はないんじゃないかな?」

 

 フィンの質問に答える度に心臓は音を早め、身体が熱くなっている事を自覚していたラプラスだったが、恐らく酔っているのだろうと盛大な勘違いをした。更にフィンに迷惑を掛けてしまったという負い目から、途切れ途切れになりつつも、その日にあった事を話してしまうのだった。

 

「……あの時は今よりもっと暗かったな。魔石灯がリューの横顔を照らしたんだ……振り返ったその顔は……とても、とても……綺麗、だった……うぅ……」

「……」

 

 最後の方は尻すぼみになってしまっていたが、確かにフィンは聞き取った。もはや何も言えなかった。()()ラプラスが、此れまで女性に対して何の興味も抱いていなかったこの子がとうとう多感な時期に入ったと。今まで苦労してきたが、今日でそれは報われたと。こんな事を考えている時点でフィンの思考回路はもうとっくに酒にやられていたのだった。

 ダンジョンに於いてどんな難解な状況であっても、決して判断を間違えないその頭脳をいとも容易く混乱させたラプラスの言葉。

 あの時受けた衝撃は、まるで『階層主(ゴライアス)』百体分の突進を一気に喰らったかのようだった、と後にフィンは語ったという。

 

「ふふ、ふふふ、ふふふふふ」

 

 突然笑い始めたフィンに、何事かと驚きの目を向けるラプラス。俯いて静かに笑っているフィンは誰がどう見てもヤバい奴だった。

 

「……フィン?少し飲みすぎたのか?もう帰って寝たらどうだ?疲れているんだろう?」

 

 そっとフィンの肩に手を置き、優しげな目で諭すように話しかけたラプラス。目の前で奇行を見せられて、少し冷静になったようだ。

 

「さあ、歩けるか?部屋まで行けるか?」

 

 ゆっくりとフィンを立たせると、肩を支えて、出口まで歩かせていく。扉を開けて、部屋の外に出た。するとフィンが顔を上げ、その緩んだ瞳でラプラスをじっと見つめた。

 

「……な、何だ?」

「……いいかい、ラプラス。明日のデートは頑張るんだよ」

 

 そう言い残すと、フィンは肩を支えていたラプラスの手を振りほどき、しっかりとした足取りで自室の方角へ歩いて行った。取り残されたラプラスは暫くそこに立ち尽くしていたが、部屋に入り、鍵を締め、一直線にベッドに向かった。そして背中からベッドに倒れると、瞼を閉じた。そしてベッドのスプリングの振動が収まった頃、ぼそりと呟いた。

 

「……結局フィンは酔っていたのか?それとも……」




最近この小説って短編集の割に話繋がってるなあと感じ始めました。もしかしたら連載に変えるかもしれないので、その時は宜しくお願いします。

感想・批評・質問等お待ちしております


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ハプニング・ハーフエルフ 

エイナデート回です
久しぶりですが、なかなか難産でした……




 オラリオ北部、大通りに面した広場。待ち合わせ場所として有名なこの場所でラプラスは一人立っていた。普段はダンジョンに行かないにも関わらず、如何にも冒険者といった格好なのだが、本日は眼鏡をかけ、黒のジーンズに白っぽいパーカーを着て、持っている羊皮紙に目を通していた。只今の時刻は昼を少し回ったところで大通りは賑わっている。

 

「おーい、ラプくーん!」

 

 眼鏡のブリッジを指で上げると、自分の名を呼び、遠くの方から手を振って小走りにやってくる人物が一人。彼女の瞳と同じエメラルドグリーンのカーディガンを羽織り、膝上丈のスカートをふわりと波立たせている。その女神にも劣らぬ可憐さは周りの男性は目を奪われ、女性ですら溜息を吐く程だった。周りの目を総ざらいしたエイナの声を耳にしたラプラスは本を消すと、何時もと変わらず無表情で声の方向に目を向けた。

 

「遅れてごめんね。待った?」

「ん、そんなに急がなくても良かったぞ。おれも今来たところだ」

 

 普段と違った彼の格好に少しの間見惚れてしまうエイナだったが、んんっ、咳払いで誤魔化し、ラプラスに自らの自信のある今日の装いについて尋ねた。

 

「そ、それで……女の子がお洒落して来たんだから、何か言うことは無いのかな、ラプ君?」

 

 目を逸らし、髪を整えながら聞くエイナにラプラスはじっと上から下へと視線を動かした。余りにもまじまじと見られ、彼女は顔を赤くしてしまう。

 

「もう……じっと見過ぎだよ……」

「む、すまん。まあ、何だ。今日は眼鏡を掛けていないな」

 

 がくりと肩を落とす。何となくわかっていた目の前の鈍感男の期待通りの反応にエイナは深い溜息を吐いた。

 

「ああ、あと、何時もと違ったその服も良く似合っていると思うぞ」

「……あ、ありがとう」

 

 もう!もう!と、エイナは心の中で憤慨する。どうしてこう、タイミングをずらして褒めてくるのだろうか。こちらにだって心の準備というものが必要なのだ。多分天然でやっているんだろうなあ、と彼女はまだ出会って数分で先が思いやられるのだった。

 

「そろそろ行くか。と言っても特別に行きたいという場所はないんだが」

「え?ラプ君、行きたいところがあったんじゃないの?」

「いや、今日はチュールと出かけたかったから誘っただけだ。目的はそれだけだぞ」

 

 その言葉に俯いてしまうエイナ。今、自分が絶対だらしない顔をしていると確信していた。それに今の自分が彼の顔を直視する事が出来るはずがないと、真っ赤になった耳が語っていた。そんな彼女を不思議そうに見るラプラスだったが、目を細めると、眼鏡の向こうから周りをぐるりと見渡した。

 

(少し気になる視線があるな……)

 

 頼むから何事も無く、平穏に今日を過ごせるようにロキに願ったラプラスは、それから少し後に道化を愛する自らの主神に願い事をした事を深く、深く後悔するのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ティオナ。こんな事良くないよ……ティオナ?」

「ラプラス、今日は私服なんだ。あれは一年前にあたしと買ったやつだね。着てくれて嬉しいなあ。でもどうしてあたしと出かけた時は来てくれなかったの?ねえどうして?あたしと一緒に買ったこと忘れちゃったの?それにエイナの事見過ぎじゃない?そんなに見つめちゃダメだよ。あたしも可愛い服着るからこっち見てよ。ああ、そんなに周りを気にしなくていいのに……悪い人からはあたしがちゃんと守ってあげているんだからね…………ハッ!?だ、ダメだよ!ラプラスとエイナに何かあったらどうするの!」

「こんな事するぐらいなら団長のところに行きたいわね……」

「はわわわ……エイナさんとラプラスさん、あんなに近くで……」

 

 【ロキ・ファミリア】の有名冒険者達がストーキングもとい、監視

しているのは、仲睦まじく歩いているラプラスとエイナの二人。互いに笑みを浮かべ、触れ合いそうな距離で肩を並べている。

 

「うう〜〜!エイナ、楽しそうだなあ……ラプラスもあ・た・し・と!買った私服なんて着ちゃってさ!」

 

 誰に聞かせる訳でもないが、自分と買った事を強調し頬を膨らませているティオナは、目の前で発散される甘い空気にめげずに、かつ二人には決して気づかれないように尾けていく。この危なっかしい子を置いて行けるわけもなく、仕方なく付いていく三人。彼女等もラプラスとエイナの様子を見て、各々感じるところがあった。

 

「それにしてもあのラプラスがデートしてるだなんてね」

「……意外だよね」

「ラプラスさん、手馴れてませんか?ああいった経験が多いのかな?」

 

 今朝、ラプラスに以前のトラウマの事を謝られ、自分の憧れの人と何処と無く似ている彼を無意識に避けていた事に気づき、普段通りに接する事を認めたレフィーヤ。しかし、余りにも手馴れた女性に対する振る舞いに対して知らなかった彼の新たな一面を目の当たりにし、再び距離を置こうかと一瞬思ってしまった。そんなレフィーヤの様子を見て、流石に不憫に思ったティオネは彼女の隣に行き、ラプラスの弁護をしてやるのだった。

 

「ああ、そうじゃないのよ。アイツね、神達からアホな事を色々聞いて、それを実行してんのよ。特に神ヘルメス、神ミアハ、神タケミカヅチの三柱ね。ホント、いい迷惑よ」

 

 困ったように言うティオネに隣にいるアイズがコクコクと首を縦に振る。何故あんなにもラプラスの所作に迷いがないのか理解したレフィーヤだったが、出店でエイナにジャガ丸くんを買っているラプラスを見たティオネは更に捲し立ててレフィーヤに語っていく。因みにアイズは既に買って食べている。

 

「まあ、そもそもアイツは女心なんて理解してないのよ。エイナには悪いけど、今回のこのデートも、ラプラスはそういう事微塵も思ってないだろうしね」

「……ティオネさんってラプラスさんの事、詳しいですね」

「そりゃそうよ。何年一緒にいると思ってんの。ベートもラプラスも単純なのよ。私からしたらね」

 

 そう話したティオネはまるで世話の焼ける弟を心配する姉のような表情をしていた。何時になく優しい表情をするティオネにレフィーヤは暫くの間我を忘れてその美しい横顔を眺めていた。

 

(団長が絡まなければ、すごくいい人なのになあ)

 

 だからこそ、尚更団長絡みのティオネはもう少し自重して欲しいと、切に願ってしまうレフィーヤだった。

 

「んん?ヒューマン用の洋服店に入った?……ハッ!?まさか、エイナ、ラプラスの服を選んであげる気!?行くよ!三人共!」

「「「はぁ……」」」

 

 兎にも角にもまずはこのアマゾネスが二人のデートを二つ名の通りに【大切断】してしまう事だけは阻止しなければ、と三人は同時に溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「あれ?ねえ、リュー。あれってもしかしてラプラスさんじゃない?」

「確かに彼は神出鬼没ですから、此処に居てもおかしくはありませんが………は?」

 

 『豊穣の女主人』店員のシルとリューは二人で買い出しに来て居たのだが、シルにとっては運悪く、リューにとっては運良くラプラスとエイナのデート現場を目にした。ラプラスを見て少し頰を緩めたリューだったが、彼の隣を歩いているエイナを視界に入れた瞬間、周りの空気が凍った。慌ててシルはリューを路地裏に押しやり、幸い向こうは此方に気付いていないようなので、そのまま立ち去ろうとした。しかし、ガシッと彼女の腕を掴み、目が座っているリューが逃してはくれなかった。

 

「何処に行くというのです、シル?あの二人に何か有ってはいけません。ですので気付かれないように追いかけますよ」

「待って、それって私も?」

「当然です。さあ行きましょう」

「お買い物はどうするの!?」

「ミア母さんなら許してくれるでしょう。罰も甘んじて受けましょう」

「私は嫌なのに〜!?」

 

 シルを引き摺ってリューはラプラス達を追いかけて行く。涙目のシルは冒険者の力の前には為す術なく、ミアの説教コース直行なのだった。

 

 

 

 

 

 

「……チュールさんは可愛らしい格好ですね。私も、あんな風に積極的になった方が良いのでしょうか?………んんっ!今の所問題はありませんね。そちらはどうですか、シル?」

「はいはい、問題ありませんよ〜」

 

 あ、あんなに近く……、と狼狽えているエルフの美女を見て、シルは小さく溜息を吐く。そして、自分もあの兎の様な少年といる時はあんな風なのかと考えていた。

 

「し、シル!?く、くっついてしまいそうです!あ、あ、ああ……」

 

 目線の先にはジャガ丸くんを買ったラプラスが、顔を真っ赤にしたエイナにそれを食べさせていた。神達の言うあ〜ん、というものだった。しかし、それを見ている男女関係に厳しい目の前のエルフには衝撃が大きかったらしい。エイナに負けず劣らず顔を真っ赤にして、普段からは想像も出来ない程慌てて、今にもこの隠れている路地から出て行きそうな勢いだ。シルはそんな彼女を何とか説得するのだが、ふと、このエルフは一体何を言っているのかと思ってしまった。

 

(ラプラスさんが店に来る時はもっと恥ずかしい事している様な……)

 

 酌をしたり、帰りを送って行ったりと、普段の自分の距離の近さを棚に置き、彼等の動向に逐一反応し、興奮と恥ずかしさと、様々な感情に混乱しているリューは当初の目的?も忘れて二人のデートを穴が開くほど見続けていた。

 

「おや?あれは……シル、緊急事態です。ヒューマン用の服飾店に入って行きました。見失う前にラプラスさん達を早く追いかけましょう!」

 

 急かして来るリューに苦笑しながら、シルは何だか嫌な予感を感じつつも、バレない様に店の中に入って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ラプラスの新しい服を買い、御満悦のエイナは彼の手を引き、次々と周りにある店を回って行った。普段にも増して無邪気な彼女の笑顔にラプラスは苦笑しながら、引っ張られるように付いて行くのだった。

 

「ラプくんラプくん!次は何処に行こっか?」

「それよりもチュール。疲れたりしていないか?何だったら何処かで休むが……」

「ううん、全然平気だよ!さ、早く行こっ?」

 

 しかし、ラプラスは左手を引く彼女を止めると、顔を近づけじっとその緑玉色の瞳を見つめる。急に距離を近づけ、目を向けてきた彼に思わず視線を逸らしてしまうエイナ。暫くの間その状態が続いていたが、突然ラプラスが体の向きを変え、エイナの右手を引っ張って歩いて行く。

 

「え、え、ちょっ!?ラプくん!?」

「駄目だ。明日も仕事だろう。折角の休みを俺の為に使って貰っているんだ。これでギルドの仕事に支障が出たら、冒険者達に恨まれてしまう」

 

(((もう既に恨んでるよ)))

 

 周りに居た男性達(神を含む)の心の声が見事に一致する中で、ラプラスはエイナを連れて近くのカフェに入って行く。そこは『豊穣の女主人』よりも新し気な外装で、如何にも新築といった感じの仄かな木の香りと鼻を擽る珈琲の香りがする店内にはこれまた綺麗なテーブルと椅子が整然と並んで居た。太陽は少し傾き、陽光が照らし出す午後のティータイムに店の中に人は殆ど居なかった。冒険者は探索の真っ只中で、非冒険者の人々もまだまだ働いている時間帯だった。

 店員に二名だと伝えたラプラスは、空いている店内を見渡した後、奥にテラス席を見つけ、そこの二人用の席に座った。ずっと手を繋がれていたエイナはラプラスが先に座るよう勧めた為に漸く手を離すことが出来た。自分の鼓動が伝わっているのではないかと思ってしまう程に熱を持ってしまったその右手を、彼女はそっと逆の手で包み込んだ。

 

「む?どうした?」

「……ううん、えへへ……なんだかこういうのも良いなあって思って……」

「そうか、チュールが楽しいなら良かった」

 

 口元を緩めたラプラス。その優しい笑顔にエイナもつられて笑みを零す。春の穏やかな風が吹く。太陽の光が照らす二人の姿はこの場にいる誰よりも幸せな様子だった。

 

(きぃ〜〜!!もう我慢できない〜〜!!)

(止めなさい!アイズ!)

(ティオナ、ダメ!)

(ああ!また壁が!すみませんすみません!)

 

 彼らの目の届かぬ場所では静かな攻防が行われていた。

 

(………)

(何も言わないのが一番怖いよう……)

 

 さらに別の場所では空気が死んでいた。

 乙女達の喧騒は決して二人には届かない。彼らはその逢瀬を陰ながら支援する者達がいる事に気付かないまま、甘い空気に包まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラプラス!怪我はない!?もう!心配したんだからね!」

「ラプラスさん、お怪我はありませんか?全く……私が居ないと貴方は本当に駄目な人だ」

 

 自分を庇うように立っている目の前の彼に向けて、少女と女性は声を掛けた。むふーっと如何にも怒っている様子のアマゾネスの少女は片足を白目を剥いた仰向けに倒れているドワーフの腹の上に置き、やれやれといった様子で呆れているエルフの女性の足元には地面にのめり込む様にうつ伏せに倒れている、その女性と同族のエルフ。そして、声を掛けられた彼は半目で口元がヒクヒクと痙攣していた。彼の滅多に見ないそんな苦笑いを見て思わず溜息を吐いてしまう。

 

(どうしてこうなった……)

 

 周りで修羅場だ修羅場だ、と騒いでいる神達のような言葉遣いをしてしまう程に気分を重くしたエイナは、この状況が起こってしまった原因を模索せずには居られなかった。




エイナちゃん大勝利!とはなりませんでした。
今回は前編後編に分かれております。なるべく早く次話を投稿したいと思っていますので、何卒宜しくお願いします。

感想・評価・批評等お待ちしております


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ハートフル・ハーフエルフ

エイナデート回後編

なるべく早く投稿すると言っておいてこの遅さ。
そして普段の約1.5倍の量。
許してくだせえ!どんどん書きたいことが出てきてしまって……次はこんなに長くはならないと思うので(ならないとは言ってない

それではご覧ください



 時はほんの半刻程前まで遡るーーー

 周囲の人間や神を悶えさせていたラプラスとエイナ。すっかり日が暮れる時間になるまで話し込んでいた二人は、いつの間にか街に夜の帳が下り、通りが酒の香りと笑い声に包まれている事に気付いた。

 翌日の活動に支障が出てはいけないと、店を出るラプラス。名残惜しく思うエイナだったが、素直にその言葉に頷き、彼の隣を歩いていく。ギルド本部の近くを通ると、そこでは多くの冒険者が帰還し、夜の街に繰り出していた。

 

「む、この時間にギルドの近くに来るのは久しぶりだな」

「ラプくんは何時もピーク時は外して来るもんね」

「それはそうだ。おれがギルドに行ってもする事と言ったらチュールと話すか、【ヘファイストス・ファミリア】の掘り出し物を見つけるくらいだからな」

 

 重厚そうな鎧を纏い、その鎧に傷をつけた獣人や、身軽そうな格好に弓を背負ったエルフなど、通りを歩く人間は殆どが冒険者で、神でもないのに武装をしていないエイナとラプラスは周囲の目を引いた。ギルドの中でもトップクラスに人気の高い彼女の私服を見て、男性達の気分は最高潮に達するのだが、その隣を歩くラプラスの姿を見て、ある者は呆然とし、またある者は斬りかかるのを仲間に全力で止められていた。

 何事もなく今日は過ごせそうだ、とラプラスが考えた瞬間、その時はやって来た。ギルド本部の目の前。何時も二人が会っているその場所で。

 

 ーーーそれは一日中目の前でイチャイチャするのを見せつけられた乙女達の怨念か

 

 ーーーはたまた無事を祈られた道化を愛する神の悪戯か

 

 ギルド本部正面入り口を通り過ぎる直前、その場にいた全員が振り返るほどの大きな叫びが大通りに響いた。

 

「な〜〜にやってるだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「【自宅警備員(ニート)】!!貴様!!エイナさんから離れろ!!」

 

 シン、と賑わっていた大通りが静寂に包まれた。一瞬の間の後、再び元の活気が戻って来たが、声を出した張本人達は多くの目線を浴びていた。偉丈夫のドワーフと好青年のエルフはその目線を全く気にした様子もなく、普段の仲の悪さは何処へやら、エイナとラプラスの方へと歩みを進める。怒りに震える二人は、エイナに触れてしまいそうな程近づいているラプラスを見て、更に怒りのボルテージを上げた。

 

「む、ドルくんとルヴィくんではないか。久しぶりだな」

「「やめろ!!その呼び方をするんじゃない(べ)!!」」

 

 二人の姿を目にし、エイナはしまったと額に手をやる。一番会いたくなかった二人に会ってしまった。今日のデートはこの二人にだけは見せたくなかったのだ。冒険者達が多く帰還するこんな時間にギルド本部に来てしまった自分は相当浮かれていたんだな、とエイナは反省し、溜息を吐いてしまう。ラプラスは怒っている彼等の様子も気にせず、気さくに二人に話しかけた。無駄に馴れ馴れしいその態度にエルフの青年は普段の冷静さを放り投げて噛み付き、何時もは優しいドワーフの男性も眦を決して叫んだ。

 

「そもそも、私達はエイナさんにそう呼ばれたいのだ!!」

「おめぇに言われても気持ち悪いだけだべ!!」

「どうして貴方達はおれと親交を深めてくれないのか……これでもコミュニケーション能力は高い自信があったんだが……」

 

 はぁ、と息を吐いたラプラスを見て、二人は本気で殴りかかろうとした。この男が色恋沙汰に疎すぎるのはとっくに知っているのだが、何よりもムカつくのはこの男が何故か特定の女性に対しては好意を抱かれているという事だった。しかし、そんな事は絶対に認めたくない二人だった。

 

「何時も言っているだろう!!我々と交友関係を築きたいのならば、エイナさんにちょっかいを出すのをやめろと!!」

「おめぇはダンジョンに行かねぇのにギルドに来んじゃねぇ!!」

「む、その事なんだが……「ラプくん!!」……はい」

 

 二人の言葉に返答しようとしたラプラスだったが、その言葉は今や腕をがっしりと掴んでいるエイナによって遮られた。

 

「……ラプくん、もう来てくれないの?」

 

 ぐあぁっ!と周りの男性が胸を押さえて片膝をつく。涙目で声が震え、頬をほんのりと赤くし、上目遣いをしているエイナの可憐さに撃ち抜かれたようだ。それを間近で見たエルフとドワーフも顔を真っ赤にしてその姿を目に焼き付ける。

 

「チュールが来ていいと言うのなら行くが……泣かないでくれよ」

 

 しかし、このヒューマンは何時も通り全く気にした様子がない。エイナの可愛さよりも寧ろ、女性の瞳に涙を浮かべてしまった罪悪感に駆られているらしい。

 

「……泣かないよ。だから、もう来ないなんて言わないでね」

「おれは言っていないんだが……」

 

 微笑むエイナに苦笑するラプラス。本日何度目ともわからぬ甘い空気を流し始めた二人を見て、漸く我を取り戻したドルムルとルヴィス。

 

「だあああぁぁぁぁぁ!!だからイチャイチャすんじゃねーべ!!」

「エイナさん!!そいつの一体何処が良いと言うのです!?稼ぎのない放蕩者ですよ!?」

 

 顔を真っ赤にし憤慨する二人に、むっと表情を顰めるラプラス。その表情を見たエイナはギルドの目の前で戦闘が起こってしまう事を危惧し、ラプラスを止めようとする。

 

「だ、ダメだよラプくん!?暴力はダメ!」

「いや、チュール。さっきの言葉は我慢できん。久しぶりに頭に血が上っている」

 

 エイナを引き剥がし、一歩前に出るラプラス。掛けていた眼鏡を取り、その場から消す。目を細めた彼は、周りを威圧するオーラを出していた。同じLv.とは思えないその風格に、先程まで興奮していた二人も思わず戦闘する時の様に身構えてしまう。

 

「一つ、言っておこう」

 

 徐にラプラスが口を開いた。普段よりも据わったその声はエイナも久方振りに聞く怒りの含まれた声音だった。一拍置いた後、ラプラスは声を張り上げた。

 

「おれは稼ぎならある!!先日、念願の『jaguar-MARU』二号店がオープンしたのだ!!因みにここ北西のメインストリートにあるぞ!一号店共々よろしく頼む!」

 

 ピシッとエイナは固まった。どーん、と胸を張って誇らしげにするラプラスを見て呆れてしまう。そして、そもそも心配する事はなかったな、とも考える。こんな感じでも目の前の彼は頭は良いし、家族思いの彼が自分の【ファミリア】に迷惑をかける様な事は絶対にしないと言い切れたからだ。

 

(……ちょっと妬いちゃうかも)

 

 何だか熱くなってしまった頭を冷やす様にぶんぶんと首を振り、先程の考えを飛ばす。エイナが顔を赤くして一人照れている中、ヒューマン、エルフ、ドワーフの三名の間の空気は混沌としていた。

 

「そ、そうか。それは良かったべ……」

「ありがとう!こんなに早く二号店を開店できるとは思わなかったぞ!振り返れば長い道のりだった……」

「って違う!貴様の店の事はめでたいがそれとこれとは話が違うのだ!」

「そ、そうだったべ!危うく口車に乗せられる所だったべ……助かったべ、エルフ」

「ふん、勘違いするな。今は協力するだけだ。全く……気を抜くなよ、ドワーフ」

「なら、おれもその協力関係に入れてくれ」

「「入れるわけないだろ!!」」

「むう、良い酒が呑めそうだったのに残念だ」

 

 若干仲が良くなった二人に、語らう仲間を失った事を嘆くラプラス。周りに居た人々は興味を失ったのか、各々目的地に向かって進み始めていて、最早この騒動を見ているのは一部の神達だけだった。

 

「それならもう良いか?そろそろ帰らなければならないんだが……」

「待て!まだ話は終わっていない!」

「そうだべ!そもそも休日に連れ出すなんて酷いべ!エイナちゃんも困ってるべ!」

 

 突然こちらに話を振ってきたドルムルにエイナは困惑する。ここで困っていないと正直に言えば、彼等からのお誘いを断れなくなってしまう。しかし、嘘をついてしまっては彼女の良心が痛む。どうしようか悩んでいる彼女を見たルヴィスはラプラスを糾弾した。

 

「見ろ!エイナさんは困っているではないか!貴様は彼女に迷惑を掛けている事がわかったか!」

 

 その言葉を聞き、ラプラスは見るからに落ち込んでしまった。エイナの方を一度ちらとみると、悲壮感をその背に漂わせ始める。振り向いたその顔は彼女には泣いている様に見えた。

 

「全然そんな事ないよ、ラプくん!……それに、私は彼を頼むと頼まれたんです!彼の団長に!」

 

 【ロキ・ファミリア】団長であるフィン・ディムナ。オラリオどころか大陸に名を轟かせる超有名人の名に、二人は唸ってしまう。

 エイナの言った事もあながち間違いではなく、先日、ラプラスと出掛ける時にはよろしく頼むと言われたのだ。だから嘘じゃないよね、と言い訳しつつ、少し心がチクリと痛むエイナ。

 

「な……あのフィン・ディムナが……」

「彼が応援しているんだべか……」

 

 ラプラスは少し元気が出たのか、ほっと息を吐いている。此処で引いて欲しいとエイナは思うのだが、その程度で引く程彼等の想いは柔なものではなかった。

 

「ですが、私のエイナさんへの気持ちは揺るぎません!」

「オラもだべ!そもそもお前はエイナちゃんの事どう思っているんだ!」

 

 む、とラプラスが顎に手を当てる。少し上を向き、唸るとエイナの顔を見て何か思うところがあったようだ。エイナは彼の本音を聞ける事に喜ぶと共に聞きたくないという相反した気持ちを抱いていた。

 

「似たような事をフィンにも聞かれたぞ。どう、とは…………ふむ、友人?」

 

 ラプラスが考え抜いて答えたその瞬間、ポロポロとエイナの緑玉色の瞳から雫が零れ落ちる。ギョッとして彼女を見る三人。周りを行き交っていた人々も再び視線を向ける。エイナ自身も自分の頬が濡れている事に気付かなかったようだ。

 

「あ、あれ?何で私、泣いてるんだろう?」

「な、何泣かしてるんだぁぁぁぁぁ!?もう許さないべ!!エイナちゃんに謝れぇぇぇぇぇ!!」

「エイナさん!?貴様ァ!!よくもおおぉぉぉぉ!!」

 

 未だ涙を流し続けているエイナを呆然と眺めているラプラス。魂が抜けたように固まってしまっている彼にドルムルとルヴィスは自らの得物を手にし飛び掛かる。『殺れ!』『乙ゲー展開キター』『修羅場ktkr!』と神達が一気に湧く。周りの酔った冒険者達も盛り上がる中、危険が迫っているにも関わらず、そちらには見向きもしないラプラス。エイナが猛突進して来る二人に気づき、危ない!と声を掛ける間も無く、彼に凶刃が走るその瞬間。

 それは一瞬だった、と後に一部始終を目撃していた神は言った。

 一瞬でこちらに迫ってきていたエルフとドワーフが吹っ飛ぶ。石畳を叩き、地面を擦っていくドワーフに周囲から悲鳴が上がる。空中からラプラスを襲おうとしていたエルフは更に上空から現れた影により地面に叩きつけられた。

 煙が晴れるとそこには二人の女性がいた。

 

「ラプラス!怪我はない!?もう!心配したんだからね!」

「ラプラスさん、お怪我はありませんか?全く……私が居ないと貴方は本当に駄目な人だ」

 

 自分を庇うように立っている目の前の彼に向けて、少女と女性は声を掛けた。むふーっと如何にも怒っている様子のアマゾネスの少女は片足を白目を剥いた仰向けに倒れているドワーフの腹の上に置き、やれやれといった様子で呆れているエルフの女性の足元には地面にのめり込む様にうつ伏せに倒れている、その女性と同族のエルフ。そして、声を掛けられた彼は半目で口元がヒクヒクと痙攣していた。彼の滅多に見ないそんな苦笑いを見て思わず溜息を吐いてしまう。

 

(どうしてこうなった……)

 

 と、すっかり涙も乾いてしまったエイナはこの短時間に起こった出来事に頭を抱えずには居られなかった。

 

 

 

 

 

 

 気絶してしまったドルムルとルヴィスを外の騒音を聞いて急いで出て来たギルド職員達に任せ、後で忙しくなる事を確信しつつ、エイナ達四人と、その後出てきた保護者組の四人を連れて『豊穣の女主人』に来ていた。美女を伴いやって来たラプラスに嫉妬の視線が刺さったが、共に入って来たティオネの睨みに一気に萎縮した。『後できっちり話をする』とドスの効いた声でミアに言われたリューとシルは本日も大盛況の店内で扱き使われていた。

 そして、ラプラス、エイナ、ティオナの座っている大きなテーブル席。その対面にはアイズ、ティオネ、レフィーヤの三名も座っていた。テーブルには大量の料理と酒が運ばれており、既に酔っている者もいた。

 

「はい、ラプラス。あ〜ん」

「待てティオナ、それは口に入る様な大きさではなムググググ!!」

 

 ラプラスにべったりとくっつきながら、自分の顔程もある大きさの熱々の肉を彼の口に捻じ込む、というより顔に押し付けているティオナはその酔っている者の代表だった。

 

「ラプくんにお酒はまだ早いよ!わたしが代わりに飲んであげるからね!んくっんくっ!」

 

 その隣で自分の物だけではなく、ラプラスの所に運ばれてくる酒すらも飲んでいるエイナ。先ほどのことを忘れたかったのか、どんどん酒を煽っていく彼女もすっかり酔ってしまっていて、記憶も混乱している様だ。

 

「いけません、チュールさん。そんなにくっついては、エルフとしての高潔さをお忘れなく。ヒリュテさん、貴方もです。彼が困っているでしょう」

 

 先程からこのテーブルに運ばれてくる料理や飲み物を全て運んでくるリューはスキンシップの激しい彼女等を、来るたびに引き離していく。寧ろ、料理を運ぶ時間よりもこのテーブルにいる時間の方が長い。

 

「で、ラプラス。何であんなこと言ったのよ」

 

 対面に座るティオネは酒を飲んでいるも、全く酔った様子はない。彼女の両脇に座っているアイズとレフィーヤはそもそもアルコールを摂っていない。

 

「あの事、とは?」

 

 素面の彼女の質問に、ティオナからの猛攻に耐えるラプラスは疑問で返した。何かあったかと記憶を辿る彼に、ティオネだけではなく、質問の意図がわかったレフィーヤも溜息を吐く。アイズは彼と同じく首を傾げている。

 

「エイナの事、友達って言ったじゃない。あんた、エイナの事泣かせたんだから、返答次第じゃその頭かち割るわよ」

 

 ジトッとラプラスを見るティオネ。そこまでしますか、と苦笑いのレフィーヤに、ラプラスは答える。

 

「チュールを泣かせてしまった事は本当に申し訳ないと思っている。しかし、あれはああ言うしかなかっただろう。チュールは早くあの場を収めたがっていた。余り向こうを刺激する様な言葉を発する訳にも行かなかった」

「ふ〜ん、なら良かった。考え無しにあんな事言ったのかと思ったわよ」

 

 落ち着いたティオネはふぅ、と息を吐くと、料理に手を出し始めた。ひとまず安心したレフィーヤも苦笑を浮かべている。そこに酔っ払ったエイナが酒を飲むのを一旦やめてラプラスとの距離を詰めた。

 

「じゃあ、ラプくんは〜〜わたしのこと好きなんだね!」

「む、好きだぞ」

 

 その返事を聞き、満面の笑みでギュッと彼の左腕を抱くエイナ。それを見た反対側のティオナも真っ赤になった顔で負けじとラプラスに詰め寄る。

 

「ラプラスは!私が好きなんでしょ!そうでしょ!」

「む、そうだが」

 

 えへへ〜、と嬉しそうに右腕にもたれかかるティオナ。その後ろからぬっと真っ黒なオーラを纏ったリューが顔を出す。

 

「……ほう、貴方は女を誑かす本当に悪い人だ。正義の神の名の下に斬り伏せた方が良いのかもしれませんね」

 

 絶対零度の視線でラプラスを射抜く彼女は、腕に抱き付いている二人が居なかったら間違いなく斬りかかっていただろう。

 

「そんなに怒らなくても平気よ、リオンさん。ほら、ラプラス。あんた、リオンさんの事どう思ってんのよ」

 

 ごくごくと酒を飲みながらティオネはラプラスに回答を促す。それにラプラスは特に考える間も無く即答した。

 

「大事な人だ」

「………」

 

 無言で厨房に下がって行ってしまうリュー。顔は見えずとも、真っ赤になった耳を見てティオネはくすくすと笑う。レフィーヤとアイズも思わず頬を緩めてしまう。

 

「ふふ、自分で聞くのが恥ずかしいからって、私に質問させておいてあんなに照れるなんてね」

「……可愛い」

「はい、本当に」

 

 和やかな空気に包まれるが、ラプラスは要領を得ない表情をしていた。自分は何か変なことを言ったのか、と考える。彼が何を考えているかわかったティオネはラプラスに呆れた様に声を掛けた。

 

「ああ、あんたは幾ら考えたって無駄よ。あんたは仲が良い人は皆大好きで、大事な人なんだからね」

「そうだぞ。さっきもそう言う意味で言ったんだが……」

「だから考えても無駄なんでしょ」

 そう言って微笑むティオネに何が何だか分かっていないラプラスは首を傾げるしかないのだった。しかし、ラプラスにも聞きたいことがあった。

 

「それよりも、おれ達の事をずっと尾けていたのはお前達だろう。一体何が目的だったんだ?」

「あら、気付いてたのね。ってことは、あんた知ってて私達に見せびらかす様にイチャついてたのか」

「いや、あれは何時も通りだろう」

 

 アレで何時も通り!?とレフィーヤが人知れず驚愕する中、ラプラスはジトッと三人に目を向ける。

 

「人の事を尾けるなど、良い趣味とは言えんぞ」

「……ティオナを止めてた」

「元々、ティオナさんが言い出した事なんです……」

 

 ジト目のラプラスの視線に反省したのか、白状した二人にラプラスは思わずはあ、と溜息を吐く。実は彼女達の視線が自分達をずっと見張っている事に少なからずストレスを感じていたのだ。

 

「成る程な。という事は、もう片方の視線はリュー達か。何だか昔を思い出したんだが……見られる、というのは、余り気持ちの良いものではないんだぞ」

「悪かったわね」

「ごめんなさい……」

「本当にすみませんでした!」

 

 三者三様に謝る彼女達に再び息を吐いたラプラスは何時の間にか寝てしまっていた両脇の二人の拘束をそっと解くと、自分に寄りかからせたまま、酒を飲んだ。

 

「まあ、ティオナを止めてくれていたのは助かった。チュールにはおれ一人でお詫びをしたかったからな」

「あ、お詫びっていう体だったのね」

「む、それ以外に何があるんだ?」

 

 ちょくちょく鈍感な所を出してくるラプラスとの会話は、普通の人からしたら疲れる事この上ないのだが、そこは何年も一緒にいる彼女達は狼狽える事もなく対応できる。ティオネはグラスに口をつけると、ラプラスに一番気になっていた事を聞いた。

 

「そうね、なら今日のデートは楽しかったの?これだけ聞かせなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 ティオネは解散する直前の自分の質問に対するラプラスの回答を反芻していた。予想とは良い意味で少し違った答えを出した彼と最近になって急激に距離を縮め始めた妹達。これから何か起こるのではないかと勘繰ってしまう程、近頃のラプラスは彼女達と距離が近づいた。

 

(まあ、悪い事じゃないんだけどね……)

 

 自分ももっとアピールをしていこう、とティオネが意気込んだ時、何処かの小人族(パルゥム)は親指が疼いたという。

 

「ティオナさん、ちゃんと歩いてください。転んじゃいますよ」

「ヤダ〜〜!ラプラスと帰るの〜〜!!」

「……ラプラスはエイナさんを送りに行ったよ」

「ラプラス〜〜!!」

「うっさいわね!静かにしろ!」

 

 ホームに向かって帰路に着く四人は、酔ったティオナのラプラスを求める声にうんざりしていた。しかし、その彼は唯一家を知っているということで、ハーフエルフのギルド職員を送りに行ってしまった。ホームに帰るまでこれが続くのか、と辟易する彼女達を欠けた月が照らしていた。

 

 

 

 

 

 

「うう〜ん、んん?……ラプくん?」

「起こしてしまったか。まだ家に着いていないから起こすつもりはなかったんだが……」

 

 ラプラスはエイナの住む集合住宅のある北西のメインストリートの方向へと歩みを進めていた。その揺り籠の様な穏やかな振動に目を覚ました彼女は、自分が彼に背負われている事に気付いた。何時もなら慌てて跳び起きてしまう所だが、一日の疲れと浴びる様に飲んだ酒により、未だ夢見心地のエイナは頬を赤く染めたまま、腕に力を入れ、強くラプラスを抱き締めた。

 

「んぅ……ラプくん……」

「………」

 

 酒により普段より高い体温と、女性特有の柔らかさを背中から伝え、更に悩ましげに耳元で声を漏らすエイナ。ほぼ無意識に行われている女性を意識させるその刺激は、いくら鈍感であっても健全な男の子であるラプラスを動揺させるには充分だった。

 

(煩悩退散……煩悩退散……煩悩退散……!)

 

 顔を真っ赤にしたラプラスはとある極東の神から教わった四字熟語を頭の中で繰り返し、何とか平静を保った。

 

「ねぇ、ラプくん……」

 

 ラプラスが自らを律していると、エイナの口から言葉が零れ落ちた。

 

「……ラプくんは、今日楽しかった?」

 

 額をラプラスの背中に押し付けて、か細い声でエイナは呟いた。ラプラスはその言葉に口元を緩めると、空に浮かぶ月を眺めながら穏やかな口調で返事を返した。

 

「ああ、楽しかったよ。それに……いや、何でもない」

 

 今のエイナは神ヘルメス風に言うなら童貞を殺しにきている、などと口が裂けても言えず、最後に言葉を濁し、俯いてしまったラプラス。エイナは何を言おうとしたのか気になり、呆けた意識の中で、普段とは違うアプローチを仕掛けた。

 

「……それに、なんて思ったの?ね、教えて?」

 

 一気に彼の耳元まで顔を近づけ、ふぅ…と彼の耳に息を吹きかける。湿った吐息がラプラスの耳を撫でた。妖艶な声音で囁かれ、思わず振り向いたラプラスは、月光の淡い光に照らされた魔性を秘めた蠱惑的な微笑みを見た。月を雲が隠し、夜の闇が深まると、漸くエイナの家の前に到着した。

 

「お、おれはもう帰るぞ!し、失礼する!」

 

 着いたと同時に敷地内にエイナを下ろし、脱兎の如く駆け出して行ってしまったラプラス。置いていかれたエイナは暫く呆然とそこに立っていたのだが、やがてエントランスから自分の部屋へと入って行く。ベッドに腰掛け、そのまま横に倒れた彼女は、徐に指を桜色の唇に沿わせた。

 

「ふふ、照れちゃうんだもん。……当たっちゃったの、気付いてたのかな?」

 

 オラリオの夜は更けていくーーー




こんな事されたら死ねると思いながら書きました(小並感

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【呪いの箱】

全体的にシリアス?回

前回程の長さではないです。

それではご覧ください



「うぅ……おはよう……」

「ラプラス、もうお昼だけど」

「そうか……うぷっ……水……」

 

 ボサボサの髪の毛に目の下にクマを付け、ふらふらと幽鬼のように大食堂にやって来たラプラス。その姿を見たフィンは思わず咎める様な口調になってしまったが、彼はそれも聞こえていない様に水を飲みに行ってしまった。

 

「……頭痛い」

「昨日は随分と荒れてたみたいだけど」

 

 昨夜、日付が変わろうかという時間に帰って来たラプラスは、彼らしからぬ焦った様子でホームに駆け込んだかと思うと、一気に最上階まで駆け上がり、そこにあるロキの部屋に飛び込んだ。百合が咲き誇る薄い本を読んでいたロキが驚くのを尻目に棚に陳列されていた酒を片っ端から飲んでいった。深夜に主神の部屋から騒音がすれば、それは団員は集まるもので、彼等が見たのは手と膝を床につけ項垂れている赤髪の女神と、酒気を漂わせて酒瓶を抱き、ブツブツと何かを唱えている黒髪の青年というカオスな状況だった。

 何とかラプラスを部屋まで運び、傷心のロキを慰めたのはやはり幹部達だった。やっと姿を現した昨日の惨事の元凶に、被害を直接被った団長は一言、いやそれ以上に言いたい事があった。水をコップに注ぎ、それをちびちびと飲んでいるラプラス。彼と向かい合って座ったフィンは片肘を机に突いてラプラスに尋ねた。

 

「さあ、昨日何があったのか話して貰うよ。体調とか知らないからね」

「……今日は厳しいな」

「……まさか、覚えていないのかい?」

「ロキの部屋に入った所までは覚えている」

「その後は?」

「……起きたら自分の部屋だった」

 

 頭を抑えるラプラスを見て、つい溜息を吐いてしまう。

 

「昨日君は帰って来てロキの部屋に入ったね?」

「ああ」

「そこでロキのコレクションを荒らした君は泥酔していたからベートとラウルに部屋に運ばせたんだ。目の前で貴重なお酒を飲まれたロキを慰めるのは本当に大変だったんだよ?」

「そんなことが……」

「お陰で今日は少し寝不足さ。これは何かしらの償いが必要じゃないかな?」

「む、申し訳ないことをしたからな」

 

 むむ、と考え始めたラプラスに、フィンは内心謝罪をする。実際は寝不足というわけではないし、ロキを慰めるのも意外とすんなりといった。結局の所、フィンは昨日のラプラスが荒れた原因を知りたくて、それがもしかしたら昼間のデートで何かあったんじゃないかという完全な野次馬精神が働いた結果、ラプラスを誘導する様な言葉を選んだ。

 

「何もないなら昨日の出来事を包み隠さず話してくれないかな?それで僕は許してあげよう」

「む、そんなので良いなら構わないが……むぅ」

 

 少し頰を赤くするラプラス。その変化を目ざとく見つけたフィンはずい、と体を前に傾けて笑顔で尋ねた。

 

「何かあったね?ティオネの話から予測するに……夜送っていった時だろう」

「……ティオネめ。あいつめ、もう話したのか」

 

 思わず肩を落とし、ラプラスの脳裏には此処にはいないアマゾネスの少女の意地悪そうな笑みが浮かんだ。その顔を振り払い、目の前のおじさんに目を向ける。普段なら話しても問題ないのに、昨日の事は話したくない。何故か恥ずかしいのだ。自分の気持ちに全く整理がついていないラプラスはフィンに小声で囁いた。

 

「此処ではない所がいい……おれの部屋でいいか?」

「うんうん、此処は人もいるしね。ささ、早く聞かせて欲しいな」

 

 食堂を移動し、ラプラスの部屋に向かうと、すれ違う団員からフィンを見て恐縮し、ラプラスを見て困惑するという目を向けられ続けた。その視線に気付きながらも無言で歩いていくラプラス。フィンはその姿に溜息を吐く。部屋に着き、中に入るが、其処は窓が開けられており、春の陽気な空気に包まれていた。

 

「あれ?酒臭くないね」

「消臭の魔道具を師匠から貰った事があるんだ。使うと強風が起きるから気を付けなければならないがな。つまり剣の形をしていない風の魔剣みたいな物なんだが……」

「それを彼女に言ったら怒られたんだろう?」

「ああ、一ヶ月口を聞いてくれなかったぞ。唯でさえあの人は都市にいることが少ないのに……」

 

 相変わらず親しい人には容赦がないラプラスに苦笑するフィンは以前チェスをした時と同じ場所に座り、ラプラスに扉を閉める様に促した。

 

「む、まだ開けておきたいんだが……」

「いや、閉めてくれ。これは、【ロキ・ファミリア】団長からの命令だ」

 

 表情を固くしたラプラスは、張り詰めた空気の中、フィンの対面に座る。先程とは全く違う、団長として自分と向き合っているフィンと目線を交える。

 

「……団長が、一団員に一体何用かな?」

「単刀直入に言おう……ラプラス、ダンジョンに行きなさい」

 

 目を見開き、驚きのあまり言葉が出ないラプラス。フィンのその真剣な目を見つめ続ける。

 

「な、何を……」

「僕は本気だ。ロキも説得した。担当者には後で話をするとして……後は君の意思がどうなのか、それだけだ」

「お、おれは……ダンジョンには、行きたく、ない……」

 

 顔を真っ青にし、冷や汗をかいているラプラス。何処か声も震え、フィンから外した目は困惑に満ちていた。

 

「どうしてだい?許可は出たんだよ。行きたくない、というのはどういうことだい?」

 

 問い詰めるフィンに、ラプラスは辿々しく答える。

 

「ダメ、だ……また、迷惑を掛けてしまう……おれは、もう、あんな思いをするのは……い、嫌、なんだ……」

「何が嫌なのか、言ってくれるかい?僕等には、君の力が必要なんだ」

「おれ以外にも、団員は居る、だろう……」

「だから、君でなければ『おれは!』……ッ!」

 

 フィンの言葉を遮り、大声を上げるラプラス。立ち上がり、机に手 両手を叩きつけ、顔をうつむかせていた。

 

「ッ!すまん……この話は、後に、してくれ……」

 

 何も言わず立ち去るラプラス。扉が閉まる音を聞きながら、フィンは後悔していた。そこに、再び扉の開く音がする。音の方向を見るとそこには美しいハイ・エルフの副団長が呆れた顔で立っていた。

 

「やってしまったな、フィン」

「ああ、リヴェリア……」

「思った以上に落ち込んでいるではないか。少し、時期尚早だったのかもしれんな。人避けはしておいたから、この事は他の団員には知られていないぞ」

 

 ふぅ、と息を漏らすフィンは憂を帯びた表情をしていた。先程出て行ったラプラスはドワーフの彼に任せるとして、自分はこの見た目は少年の盟友をどうにかしなければならなそうだ。

 

(全く、ラプラスには甘い所があるからな……)

 

 自分の事は棚に上げ、【ロキ・ファミリア】のママは溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 勢いのあまり部屋を出てきてしまったラプラスは、エントランスまで来ていた。何をする訳でもなく、外に出ようとする彼を嗄れた重い声が呼び止めた。

 

「おお、ラプラスではないか!奇遇じゃな!して、用事も無いんじゃろう?なら、儂と鍛錬をするぞ!」

「え、嫌」

「そうつれない事を言うで無い!ほれ、逝くぞ!」

 

 字が違う!とツッコむ間も無くラプラスは屈強なドワーフに引き摺られていく。ドワーフの彼はがはは、と笑いながら中庭の方角へと進んで行った。

 中庭に着くと、ぽーんと軽く放り投げられ、気が動転していたラプラスは受け身も取れず尻餅をついてしまう。

 

「ぬう、受け身も取れぬとは……がははっ、鍛え甲斐がありそうじゃの!」「いや、だから鍛錬は……」

「つべこべ言うでない!男なら掛かって来んか!」

 

 しっかり武装し、自らの武器である戦斧を持っている彼は既に構えていた。それを見て立ち上がったラプラスは嘆息する。

 

「そもそも、ガレスは俺よりティオナ達を鍛えた方が良いだろう」

「ぬう、相変わらず減らず口じゃのう……ええいっなら此方から行くぞ!」

 

 ダッ、と此方がギリギリ視認できる程度の速度で迫ってくるガレス。ラプラスは横に飛び退くと、一瞬後に先程まで彼が立っていた場所に斧を縦に振り抜き、地面に罅を入れ地響きを立てているガレスの姿があった。距離を取ったラプラスは思わずガレスに怒鳴ってしまう。

 

「威力が高過ぎるだろう!当たっていたら死んでいたぞ!」

「がははっ、当たらない様に動くんじゃな!」

 

 今度は一瞬で目の前に立たれた。Lv.差に物を言わせた速度でラプラスに斧を振り下ろす。至近距離からの攻撃に避ける事は不可能と判断したラプラスは両手を前に突き出した。

 

「ほう、上手く躱したな」

「さっきから本当に殺しに来ていないか?」

 

 地面に斧が突き刺さっているガレスは一目散に横っ跳びに距離を離したラプラスを目で追い、先程の攻撃を()()()()彼を讃えた。先の一瞬でラプラスは魔法で二振りの短剣を出すと、その刀身に迫り来る斧を滑らせ、僅かに軌道をずらしたのだった。その衝撃で短剣は木っ端微塵になってしまっているのだが。

 

「その技術は誇っても良いと思うがの!」

 

反射(カウンター)

 

 その攻撃を誘う身のこなしと、先読みをするかの様に反撃を与えるラプラスは自らの戦法をそう定義付け、鍛錬を続けた。昨日の【自宅警備員(ニート)】という呼び方はダンジョンに行かないラプラスを一部の神が揶揄し、それが定着したものだった。本人はその意味を理解していてもそれ程気にしておらず、その渾名に憤慨しているのは主神ロキだけだという。

 その後もガレスが攻撃し、それをラプラスが躱し続けるという状況が続く。鍛錬は長時間行われ、中庭には鉄同士が打ち合う音と、時々地面を揺らす轟音が響いていた。

 

「……ッ!」

「ぬうぅぅん!」

 

 ドゴォッと一際強い一撃が地面に打ち付けられた。流石に往なし切れない、と未だに無傷のラプラスは大きくバク転し、距離を空けようとする。土煙を裂いてガレスが追い打ちを掛けようと迫って来る中、ラプラスは空中で剣を目の前でクロスさせて構えると、()()光る瞳を鋭くし、次の手を繰り出そうとした。

 

「あ」

「しまった!」

 

 その瞬間、着地したラプラスは、散々ガレスが壊していた足場の悪い地面によろけてしまう。当然構えも解かれ、彼は無防備にガレスの一撃を喰らってしまう。信じられない速度で吹っ飛んで行くラプラスは、ホームの壁に激突し、館を震撼させた。急いで駆け寄り、ラプラスを探すガレス。その表情は焦燥に駆られていた。

 

「不味いのう、ティオナに殺されてしまうわい……」

 

 やっと見つけたラプラスを万能薬(エリクサー)を使って治し、揺れと音に駆けつけて来た団員達に、ティオナにだけは言わない様に念を押し、ラプラスを担ぎ上げる。

 

「まあ、あやつはアイズ達と出掛けておるし、問題ないじゃろう」

「へぇ〜誰が出掛けているの?」

「ま、まさか……」

「もう、ガレスったらぁ……何か言うことある?」

「すまんかったぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ラプラスを置いて一目散にホームに入って行くガレスを見送るティオナ。ほんの少し前に帰って来ていた彼女達はガレスがラプラスを吹っ飛ばす瞬間を目撃していた。黒いオーラを撒き散らし、身震いする屈強なドワーフに歩み寄って行く彼女は首をかくんと傾け、夜に会ったら気絶するほど恐ろしかった。

 全くもう、と腰に手を当て怒っているティオナ。すると突然きょろきょろと周りを見回し、誰もいない事を確認すると、そっとラプラスに近づく。足を揃えて膝を折り曲げて地面に座り、仰向けに寝ていたラプラスの頭を動かして膝に乗せる。その時グキッと彼の首から音がした気がするが、本能からか体を回転させて無理のない体勢になった。命の危機を回避したラプラスのサラサラとした髪の毛を梳く様に撫でるティオナ。

 暫くするとドバドバと流れていた冷や汗もなくなり、穏やかに寝息を立てるラプラス。春の午後の少し暑く感じる気温を、涼しい風が冷やしていった。母が子を慈しむ様にラプラスを見つめているティオナ。そこには、戦闘時に見せる獰猛な表情も、アイズ達と一緒にいる時の人懐こい笑顔もなかった。目を細め、微笑むティオナは女神の様に儚く美しかった。

 

「ううん……」

「あ、起きた?」

「む……ティオナか……」

「うん、あ、そのままで良いよ。まだ寝てて良いからね」

 

 意識を取り戻したラプラスは、ティオナの膝を借りていた事に気が付くと、体を起こそうとするが、それは彼女自身に止められた。ティオナは変わらずラプラスの頭を撫でながら、彼には珍しいガレスとの鍛錬の事を尋ねた。

 

「それで、何があったの?ラプラスがガレスと戦うなんて滅多にないもん」

 

 ティオナの無垢な瞳にラプラスは言葉を詰まらせてしまう。正直に話そうか、それとも濁そうかと悩んでいると、彼女は撫でていた手を止め、ラプラスの顔を両手で抑えると、揺れる黒曜石の様な瞳を見つめた。

 

「正直に言って。あたし、ラプラスに嘘つかれるのは嫌だよ」

 

 此方を見つめるティオナの瞳の奥には不安と心配が見えた。きっと口を結び表情は固く、緊張しているのがすぐにわかった。

 

「……はぁ、ティオナには隠し事が出来なさそうだ」

「ふふ、ラプラスの事は全部お見通しだよ」

「それは、怖いな……ふむ」

 

 手を離し、ふにゃりと笑ったティオナを見て、ラプラスも口許を緩める。ティオナの顔の更に向こう、空に浮かぶ雲に視線を送る。

 

「フィンにダンジョンに行かないか、と言われた。けどな、おれは、行きたくないんだ」

 

 徐に口を開いたラプラスの言葉にティオナは驚きを隠せなかった。しかし、何時もなら叫んでいた所をぐっとこらえ、ラプラスに言葉をかけた。

 

「どうしてラプラスが行きたくないか、当ててあげようか?」

 

 その言葉に再びティオナの目を見つめるラプラス。驚きに満ちた表情は早く続きを言う様に急かしているかに見えた。

 

「ラプラスはさ、またあたし達に迷惑を掛けちゃう、とか思っているんでしょ。違う?」

 

 ふるふる、と首を振るラプラス。その際、彼の髪がティオナの腿を撫で、擽ったく感じるが我慢して続けた。

 

「ん、ラプラスはあたし達に迷惑掛けて良いと思うよ。家族なんだから、もっと頼って良いんだよ」

 

 目を見開くラプラス。此処まで的確に当てられると恥ずかしさを感じ、頬を赤らめ、横を向く。しかし、そうなると今度はティオナの柔らかい肌を直接感じてしまう事に気づき、結局また正面に戻るのだった。

 

「……驚いたな。本当にお見通しじゃないか」

「だから言ったでしょう」

「なら、良いのか?俺がダンジョンに行っても……」

「あたしに聞く事じゃないでしょ。ラプラスがどうしたいのか、わかったら教えてね」

「そうか……なら、行ってくる」

「うん、そうこなくちゃ!あたしもラプラスとはまた一緒にダンジョンに行きたいし!」

 

 起き上がったラプラスはホームの方へ駆け足で進んでいく。しかし、突然此方に向かってきたかと思うと、立ち上がり、自分もホームに向かおうとしていたティオナの前に立った。

 

「あれ?行かないの?」

 

 自分より背の高いラプラスを見上げて首を傾げるティオナ。そんな彼女を見つめるラプラスは顔を真っ赤にし、佇んでいた。そして、何かを決心した様に口を開いた。

 

「こ、これは神ヘルメスが言っていたんだ。本当に大事な女性にしかしてはならないと……だから、その……ん」

 

 踵を返してホームに入っていくラプラス。ティオナは放心ながら自らの額を指でそっと撫でた。そして、相好を崩して妄想の世界に飛び立った。

 

 その後うへへ、と惚けた顔で笑っているティオナは姉達に回収された。

 

 

 

 

 

おまけ

 

 フィンにダンジョンに行く旨を伝えた後……

 

「ところで、昨日はチュールに、今日はティオナにあんな事をしてしまった俺は……」

「確かに喜ばれる事ではないよね」

「そうだろう……はあ、最近はこう悶々とした日が多くてな……」

「ンー、何か起こるのかもしれないね」

「親指が疼いているのか?」

「君のその悩みも近いうちに解決されるかも知れないよ」

「最早予知だな」

「君に言われたくはないなあ」

 

 ーーー本当にラプラスの女難が解決されるまであと少し……

 




ガレスの口調難しすぎィ!

因みにダンジョンに行ける様にしただけでダンジョンには相変わらず行きません。

タグは守らないとネ!(目逸らし

感想・評価・質問等お待ちしております


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彼と彼女の主従関係

約一ヶ月ぶりの投稿にも関わらず、普段よりも少ない文量……

本当にすいません!こんな作者ですが、どうか暖かい目で見守ってやってくださいm(_ _)m

それではご覧ください



「今戻ったニャー」

 

 『豊穣の女主人』店員の猫人(キャットピープル)であるアーニャは買い出しから戻って来て店に入った瞬間、その顔を歪めた。

 

「頼む、おれと付き合ってくれないか!」

 

 『豊穣の女主人』の店内。従業員やミアが見守る中、腰をしっかり曲げ、お手本の様な礼をするラプラス。彼の手は目の前の女性に向けられており、緊張からか少し震えている様にも見えた。

 

「絶対に嫌です」

 

 対する女性はその空色の瞳を鋭くし、冷えた声音で取りつく島もなく断った。

 彼女達の関係を知るものが見たら信じられないが、此れは事実だ。

 

 

 

 ラプラスが振られ、リューが振った。

 

 

 

「何なんだニャ……」

 

 心底どうでも良さそうにアーニャは固唾を飲んで成り行きを見守るシル達の元へと向かって行った。そして、おかしな言い掛かりを付けられぬよう、自然に野次馬の一人と化す。

 一方、覆しようのない結果にラプラスは両膝を地面に着き、項垂れていた。しかしまだ諦めていない様で、四つん這いの状態で顔だけをリューの方へ向けて懇願した。

 

「何故……何故だ……ダメなところがあるなら言ってくれ!頼む、どうしてもなんだ!」

 

 必死にリューに弁明するラプラス。しかし、リューはピクリとも動かずに情けない姿のラプラスを見つめていた。そして一瞬宙に目を泳がせると、クスッと笑う様に口許を少し緩め、ラプラスを見下ろして言葉を放った。

 

「……そうですね……ダメな所を上げろと仰るのなら、はっきりと言いますが……全て、でしょうか?」

 

 彼らの周りを避ける様にせっせと働くウェイトレス達。しかし、耳は二人の会話をバッチリ捉えており、隙を見ては盗み見をしていた。更に、店主のミアですら我観せずの立ち位置に陣取っており、二人の姿を見て呆れた様に溜息を吐いている。

 

「ぐふぅッ!そ、そうか……全て、ダメなのか……」

 

 その言葉だけでなく、今の自分の姿と彼女の態度という三重のダメージを負ったラプラスは左手を胸に当て悶えるが、再び顔を上げ、少しだけ近づいて頭を下げた。

 

「だが、まだ諦めきれない!どうか、どうか……お願いします!」

 

 最近使用頻度の増えた極東の奥義『ドゲザ』を発動するラプラス。

 

『これを使えば大抵のことは何とかなる!』

 

 見惚れる様な笑顔(サムズアップ付き)でこのワザを伝授してくれた尊敬する男神の顔を思い浮かべ、ラプラスは内心交渉の成功を予感していた。だが……

 

「一体何ですか、それは?貴方は本当に頼む気があるのですか?」

 

 一切の表情を捨てた凍てついた視線を送るリュー。彼らの伝家の宝刀は、知らない者にとっては鈍以下のものだったのだ。

 

「なん……だと……」

 

 心の中の男神と言葉が一致してしまう。ラプラスの心の中はどうしてこの作戦が上手くいかなかったのか理解できず動揺するとともに、これが効かないのなら一体どうすればいいのか、という焦りに満ちていた。

 

「貴方の想いはその程度なのですか?はぁ……もっと気合を入れなさい。さあ、続きを言うのです」

 

 何時も振り回されている彼を自分が振り回している様な新しい感覚。下から媚びる様に自分を見上げる彼を見下ろし、命令をするこの状況にリューは完全に酔っていた。新たな世界への扉を破壊する勢いで開け放ち、その先へ飛び立った気がしないでもない彼女は頬を少し紅潮させ、瞳は嗜虐の輝きを放ちながら息を荒くしているのだった。

 

 

 

 しかし、そんな彼女はすっかり忘れていたのだ。此処が『豊穣の女主人』店内で、周りには店員が居り、彼女らの会話を全て聞いていたという事を。

 

「ちょっ!?アレは不味いって!完全にアフターファイブだよ!?」

 

「いきなりルノアは何言ってんだニャ。今はまだお昼前ニャ」

 

 買い出しから帰って来てみると、カオスな空間が広がっており、困惑しつつもルノアの言葉が理解できなかったアーニャだったが、あの二人の周りの妖しく、見ているとこっちがムズムズするような空気におかしな感覚がするのだった。

 

「はぁ……懐かしいニャァ……あの男を屈服させる感じ……」

「クロエ?凄く生き生きしてるけど……なんか怖いよ」

 

 恍惚とした表情で彼らのやりとりを見ているクロエに苦笑いするシル。しかし、彼女は端から見たら色々と酷い二人のやりとりを見ていると感慨深いものが浮かんで来るのだった。

 

「それにしても、あの二人があんなに仲良くなるなんてね……ラプラスさんは凄いよ」

「そういえばそうかもニャ。あの堅物リューをあそこまで近づけるとは、アイツもなかなかやるニャ」

 

 彼女らが思い出すのはリューが店に来た当初の事だった。その頃から彼に対する好感度は高かったのだが、明確に好意を示す程ではなく、一般の男性よりも幾らかマシ、ぐらいのものだったのだ。

 

「どうすれば良いのですか!?『ドゲザ』は伝家の宝刀なのですよ!?」

「その気持ち悪い敬語を止めなさい。もっと誠意を見せたらどうなのですか?ふふふ……」

 

 そうしている間に彼らのやりとりは更に進化していた。ラプラスは更にリューに近づき、姿勢と態度を低くしており、それに対する彼女は口許を緩め、艶然と微笑んでいた。どうやらリューだけではなく、ラプラスも空気に飲まれているようだった。

 

「リューには才能があるかもニャ……今度色々と教えてやるニャ♪」

「確かにシルの言う通り、リューは来た頃って何だか陰があった感じだったよね……」

 

 クロエの事を完全に無視し、ルノアも首肯する。当時、リューがこの店で働き始めたと知ったラプラスは毎日のように通い詰め、彼女と会話をしていたのだった。元々親交があっただけではなく、()()()()もあり、彼に対して後ろめたさもあったリューは彼を見て見ぬフリをする事も出来ず、渋々といった様子で対応していた。その頃から酒が弱いのは変わらず、飲んでいるうちに酔い潰れてしまう彼をリューが送り届ける事は多々あった。お酒が弱いのに態々やって来る不器用な彼に、硬さのあったリューも段々と態度を軟化させていった。そして、彼女が周りと溶け込めていくにつれて彼は段々と来る頻度が低くなっていったのだった。

 それでも彼がふらりと訪れ、来店した時には一緒に二人だけで呑む、というのは変わらない習慣となっていた。酒が入ると普段の理屈っぽい感じを何処かへ放り投げてしまう彼。それを隣で見ているリューは、同僚達に向ける笑顔とはまた違う笑みを何時も浮かべているのだった。

 

「ありがとうございます!リュー様!」

「ふふふ……全く、貴方はイケナイ人だ。私にこんな事をされて悦びを感じるとは……」

 

 そんな心揺さぶられる話の張本人の彼らは、先程の話が捏造なのではないかと疑ってしまう程、目も当てられない有り様だった。四つん這いのラプラスの上で足を組み、腰掛けるリュー。ラプラスは頬を赤く染め、彼らしからぬ大声をあげた。そんな彼に乗っているリューは耳まで真っ赤に染まり、しかし何よりも充足感を得たような満足した表情をしているのだった。

 最早誰も止められる者などいなかった。この混沌とした空間はいつまで続くのか、と店員達が戦慄いた時だった。

 

 

「あんた達いい加減にしな!それ以上したいんなら、イシュタルのところにでも行くんだね!」

 

 

 ガン!ガン!と大きな音が店内に響いた。

 

「全く……ウチはそんな事をするような店じゃないんだよ!小娘共もとっとと止めないか!」

 

 流石に見兼ねたミアが止めに入った。その太い腕で殴られたラプラスとリューは仲良く頭から煙を出して倒れていた。ミアがギロリと立ち竦んでいた従業員達を睨むと、彼女達は溜まったものではないと必死に弁解するのだった。

 

「ちょっ!?母ちゃん!そりゃニャいニャ!あんニャの止めようがニャいニャ!」

「そうニャ!あんなに楽しそ……んんっ!楽しそうにしているアイツラに申し訳ニャいニャ!」

「言い直せてないよ……クロエ……」

 

 ギャーギャーと抗議する店員達を無視してミアは厨房の奥へと去ってしまった。残されたのは羞恥で顔を真っ赤にして俯いて床に座り込んだエルフ。彼女は顔を両手で覆っていた。そして、四つん這いからうつ伏せに床に寝ているヒューマン。彼は未だに頭部へのダメージから立ち直っていなかった。

 何とも言えない微妙な空気が店内に漂っていた。

 『何か声かけてよ』『ミャーが行くのかニャ!?』と四人は小声で相談を始める。誰がこの空気を打破する生贄となるのか話し合っていると、突然スッと赤面のエルフが立ち上がった。

 

「………」

 

 何も言わずに立ち尽くし、俯いているリューの耳は変わらず赤かったが、黒いオーラを撒き散らし、何やら不穏な空気が流れているのだった。

 

「あ、あの〜リュー?」

「何ですかシル?」

「あ、いえ、何でもないです」

 

 シルが心してリューに話しかけたが、一瞬で涙目にされてしまった。

 

「シルーーー!!」

「よくやった!おミャーはよくやったニャ!」

「今はゆっくり休むといいニャ……」

 

 三人がシルを労わる中、リューはポツリと一言呟いた。

 

「やってしまった……」

「ああ、確かにやり過ぎたな。マダムに怒られてしまった」

「え?」

 

 絶賛反省中のリューの横には先程まで倒れていたラプラスがいつの間にか立っていた。やれやれ、といった様子で呆れた顔をする彼は、少し前の醜態など全く気にした様子がなかった。

 

「え?あの、ラプラスさん……貴方は先程の事を……」

「さっき?はて、ナンノコトヤラ」

 

 訂正。ばっちり気にしていた。思いっきり目を逸らし、その顔は羞恥の色に染まっていた。

 

「何もなかっただろう?そうだよな?」

 

 ラプラスはリューの肩に手を置くと、彼女の目を正面から見据え、訴えるような目で念を押すように言った。リューも何かを悟り、微笑を讃える。

 

「ふふっ、そうですよね。何もありませんよね」

「ああ、全くだ。何を言っているんだ、リューは」

「うふふふふ」

「あはははは」

 

 

 

「こえーニャ。あいつら普段は滅多に笑わないから余計こえーニャ」

「絵は良いのに……絵は……」

「さ、仕事仕事」

「ん、つーかニャんかおミャーら忘れてニャいか?」

 

 と、そこでアーニャがある事実に気づく。

 

 

 

「ニャんであの男は振られてんのニャ?」

 

 

 

 素朴な疑問に他の三人は首を傾げ、不思議そうな顔をする。

 

「いや、ニャんでおミャーらがそんな顔するんだニャ。だっておかしいニャ。リューからしたらあいつが告白してるんだから喜んでオッケーしそうニャのに……」

 

 そこで三人はやっと合点がいったように口を開いた。

 

「ああ、そういうこと……」

「そりゃ、リューは別に嬉しくニャいニャ」

「だって、あれは()()()()()()()()()()()()()付き合ってってことだからね」

 

 ああ、なるほどと納得がいったアーニャ。彼女はふと遠い目をしたかと思うと、ふぅ、と溜息を吐いた。そして……

 

 

 

「紛らわしいことしてんじゃねーニャアアアアアァァァァ!!」

「うるさいよ!アーニャ!」

「ごめんなさいニャ!」

 

 

 

 説得の末、ラプラスはリューとダンジョンに行けるようになった。




ダンまちのアプリの事前登録が始まりましたね……

急いで登録せにゃ!皆さんも勿論しますよね?ね?

因みに作者はまだしてません(殴
絶対にするから許して……


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本当にお久しぶりです。

一ヶ月以上も音信不通だったこの作品ですが、ようやく次話を投稿することができました。

それではご覧ください


【ロキ・ファミリア】のホーム『黄昏の館』の応接間にて、一人の狼男(ウェアウルフ)の青年がソファーに寝転がっていた。如何にも不機嫌です、といった様子の彼を他の団員はなるべく関わらないようにそそくさと通り過ぎて行く。そんな事を気にした様子もなく、自然な流れで彼に近づく人影が一つ。

 

「む、ベート。こんなところで何をしている?」

 

「うるせぇ、消えろ」

 

「何だ、まるで『アイズ達に一緒にダンジョンに行くのを誘われなかった。何で俺だけ仲間外れなんだ。もう嫌だ、ふて寝してやる!』といった感じではないか」

 

「うるせえッ!蹴り殺すぞッ!」

 

的確に相手を煽るラプラスに噛み付くベート。何時も無表情なこのヒューマンはロキ曰く『結構お茶目☆』だ。ベートの腹わたはとっくに煮えくり返っているのだが、彼はワナワナと震えるだけで、何時もの過剰なスキンシップはなく、起き上がって何処かへと立ち去ろうとしてしまう。

 

「む、どうした?今日はやけに大人しいな」

 

「チッ……どうでもいいだろ、ンな事。つーか付いてくんな」

 

「何かあったなら話していいんだぞ?まあ、どうしようもないこともあるがな」

 

「そのうぜえ顔やめろ。あと付いてくんな」

 

「仕方ない、話を聞いてやろう」

 

「話聞いてんのか!?付いてくんじゃねえ!!」

 

「暇なんだ。お互いに若干団員から気を遣われている身だろう?あと暇なんだ」

 

「お前今日どうしたんだ?何時ものもうちっとはマシな感じはどこに行った?それと何で二回言った?」

 

何だかテンションがおかしい友人にベートは思わずツッコンでしまう。ふむ、と一拍置いたラプラスは顎に手を当てると、不思議そうな顔をする。

 

「団員に気を遣われているのはわかっているのか……」

 

「それはもういいだろ!ああッうぜえな!何か用でもあんのか!?」

 

「用などないぞ?」

 

「だったらどっか行きやがれ!」

 

「用がなければお前と話してはいけないのか?」

 

その言葉にふと、ベートはそこに懐かしい姿を見た。まだまだ弱者の立ち位置に自分達がいた頃。稚拙に、しかし貪欲に『強さ』を求めていたあの頃。このヒューマンはあの時と同じ目をしていた。

 

 

『言いたい事がなければお前と話してはいけないのか?』

 

 

自分より小さく、弱い、しかしこいつは俺の仲間だと胸を張って言えたあの輝かしい少年は、今では同じ目線になってしまったこの青年は、時が止まっているかのように全く変わらない瞳を此方に向けていた。

 

「……チッ」

 

だからこそ余計に腹が立った。何時までこうして暇を持て余して居るつもりなのか。こいつはこんな所で燻っているような器ではないのだ。あれからもう四年も経った。あの時止められなかった自分に、そしてこんな事を考えている自分にも苛立ち、ベートは彼から顔を背けるしかなかった。

 

「どうした?」

 

「何でもねぇ……」

 

「そうか、まあこれからも話し相手ぐらいにはなるからな。あまり置いて行かれた事を気に病むなよ」

 

そこでやっとベートは気づいた。このヒューマンは自分が除け者にされている事を引き摺っていると思い、態々声を掛けてきたのだ。こんな奴に気を遣われた事に腹が立ち、熱くなった顔はまだ背けておく。

 

「おい」

 

自分の部屋がある方へ歩いていくラプラスにぶっきらぼうに声を掛ける。心の中で悪態をつきながらもベートは覚悟を決める。

 

「ん……?どうした?」

 

「暇してんだろ。だったら俺が鍛えてやるよ」

 

「は?いや、もうこっちの気は済んだというか……」

 

「なら次は俺の気が済むまで付き合えよ……!」

 

ニコォ、ととても良い笑顔を浮かべたベートに震えるラプラス。最近鍛錬増えたなあと引き摺られながら考えてしまう。しかし、偶にはこういうのも悪くないとフッと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

その一部始終を見ていたドワーフのおじさんは『青春じゃのう……』と目に涙を浮かべ、その光景を余す事なく見ていた赤髪の女神は『ベートがデレて、ラプラスがかまってちゃんに……』と腹を抱えて笑い転げていたという。

 

 

 

 

 

 

ギルド本部の定時を少し過ぎた頃、受付嬢のエイナは一人溜息を吐く。その可憐な姿を見て、周りにいた男性冒険者や男神もまた溜息を吐くのだが、エイナの表情は浮かばれないままだった。様子を見かねた彼女の上司は彼女と仲の良いミィシャに思わず声を掛ける。

 

「チュールは一体どうしたんだ?」

 

「ああ〜何と言えば良いんですかね?取り敢えず『砂糖吐きそう』ですかね?」

 

「お前は何を言っている?」

 

「はっ!?すみません班長!何だか言わなければならない気がして……」

 

「もうすぐ今日の残業も終わるだろう。あと少しだから頑張れ」

 

「はぃ……すみません……」

 

「それで、チュールのことだが……」

 

チラリと目線を向けると、仕事を進めながらも何処か上の空の彼女の姿が。如何せんエイナは美人の多いギルドの受付嬢の中でも人気が高い。そんな彼女が物憂げな表情をされるとやはり目立ってしまう。彼女達の上司は心配しているのだが、エイナの寂しげな表情も周りの男達は堪能しているので何とも言えないのが現状だった。

 

「エイナは彼が来てないからあんなに落ち込んでいるんだと思いますよ……」

 

「彼?……ああ、そういえば最近見ていないな。と言っても三日ぐらいではないか?」

 

獣人の彼は毛並みのいい獣耳をピクピクと動かしながら不思議そうに言う。しかし、そんな無粋な彼の言葉にミィシャは憤慨する。

 

「何言ってるんですか班長!恋する女の子にとっては三日も会えないなんて本当に辛いことなんですからね!」

 

「そ、そういうものなのか……すまなかった……」

 

彼女達の上司はまさかそんなに怒られるとは思わずたじろいでしまう。しかし、上司を仰け反らせるほどお怒りの彼女の声はギルド中に響いてしまった。そこにゆらりと近づく黒い影。

 

「ミィ〜〜シャ〜〜!」

 

「わわっ!え、エイナ!?も、もしかして聞こえていたの?」

 

「当たり前でしょ!!あんなに大きな声出して!!それに、別に私はラプ君が来てないからって落ち込んだらしてないんだから!!」

 

顔を真っ赤にしてミィシャを怒鳴りつけるエイナ。だが、ミィシャは反省するどころかエイナの言葉を聞くとニヤニヤと口許を緩める。

 

「こらっ!反省してるの?」

 

「ふふふ、エイナ〜、誰がラプラスさんなんて言ったの〜?私達は『彼』としか言ってないんだけどな〜」

 

するとエイナはボンッと顔を赤くすると、ぐぬぬ、とミィシャを涙目で睨んだ。涙目で睨んでいる時点で凄みも何もないのだが……。

 

「もうその辺にしてやれ、フロット。そら、今日の仕事もそろそろ上がりだからもう一踏ん張りだ」

 

そこで上司からエイナに助け舟が出された。上司からしてみれば、このまま何時まで経っても仕事に戻ってくれないのは困るので注意しただけなのだが、エイナにとってはありがたい言葉だった。

 

「もう!ミィシャの残った仕事、今度は手伝ってあげないからね!」

 

「エイナ〜〜!それは酷いよ〜!謝るから許して〜!」

 

ワイワイと持ち場に戻っていく二人を見て彼女達の上司は思わず溜息を吐いてしまう。そして、持ち場に着くと再び憂いのある表情を浮かべているエイナ。獣人の彼はまた深く溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

「ところでエイナ、班長の口調ってラプラスさんに似てない?」

 

「もういいの!仕事する!」

 

ーーーまだまだ受付嬢の夜は長い

 

 

 

 

 

 

「全くもう……」

 

エイナはやっと同僚からの絡みから抜け出し、自分の仕事を処理していた。先ほどは何だか好き勝手言われていて思わず口を出してしまったが、自分はそんなに酷い顔をしていただろうか、と心配になってしまう。取り出した鏡で一度顔をチェックする。何時もと変わらない自分の顔に何処か安心した。そして、鏡から目を外すと、本日何度目かの溜息を吐く。

 

残業中の彼女は、人気も疎らになってきたギルド内を見渡す。大人しそうな雰囲気のエルフや、黒髪の獣人、切れ長の瞳のアマゾネスが通り過ぎ、その中に彼が居ないかと目で追ってしまう。もう三日も会っていない彼。毎日の習慣というのは、なかなか抜けないもので、自分でも彼と一日でも話せないのはモヤモヤとするようになってしまっていた。

 

(……何だかこれじゃあラプ君のこと大好き!って感じだなあ)

 

エイナ自身も自分の感情に上手く整理がついていなかった。ラプラスの事を手の掛かる弟のように見ることもあれば、自分が隣で支えてあげなければならないように思える時もある。本当に時々極稀にほんの少しかっこよく見えることもあるが……。

 

(ラプ君は周りに魅力的な女の人いっぱいいるからなあ……)

 

同じ【ファミリア】の人懐っこいアマゾネスや、行きつけのお店の物静かなエルフなど……。

 

「……ール……チュ……ル……」

 

(そもそもラプ君って私のことを……)

 

先日出かけた時は()()友達と言っていた。しかし、その後お酒の席で何か言われていたような気もする。

 

(……何だか頭が痛くなってきた……思い出さないほうがいいのかも……)

 

「おい、チュール」

 

そこでやっと気づいた。自分の目の前に彼が立っていたことに。結構前から声をかけられていて、自分は全くそれに気づいていなかったことに。ちょうど彼のことを考えていたからか、それともぼーっとしていた所を見られたからだろうか。兎に角エイナはその日、ギルド中に響き渡る大絶叫をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「……………うん」

 

顔から火が出るかと思った。いや、実際出ていたんじゃないかと錯覚するほど、エイナはそれはそれは恥ずかしかった。上司や同僚から、今日の所は上がっていいと言われて素直に頷き、従ったほどには。

 

「突然叫ばれたから驚いたぞ」

 

「まあ……それは……色々あったと言いますか……何というか……ごめんなさい!」

 

只今ギルドの応接間。ベルとの学習会や、折り合った話がある際は良く使うが、まさかエイナ自身の都合で使うことになるとは思わなかった。

 

対面して座る彼は先程淹れたばかりの紅茶を口にしている。視線の先にあるカップには仄かに湯気が立ち上っていた。再び彼に視線を戻すと、彼も此方を見ていた。

 

「ふむ、エイナも疲れていたんだろう?」

 

そして何か勘違いをしていた。確かに残業中で一日の疲れが溜まっていたのもある。しかし、あの絶叫はそんなことでは起こらないのだ。原因の九割は突然現れた彼にあるのだから。と、そこでエイナはジトッと彼を見ると、カップを持ち上げ口に近づけた。

 

「全然違うよ……この話はもうおしまいね。それよりもラプ君は何処に行ってたの?」

 

まだ少し熱い紅茶はエイナの心を落ち着かせるのに十分だった。そして、ずっと気になっていたことを聞かずにはいられなかった。

 

「いや、どこにも行ってはいないぞ。最近は忙しかったんだ」

 

「へえ、また変な薬とか作ってたんじゃないよね?」

 

少し怒気を孕んだ声で尋ねる。彼女はラプラス産のおくすりの間接的な被害者でもあったのだ。

 

「ち、違うぞ。それは少し反省してな。今は自粛している」

 

「ふ〜ん」

 

本当だからな、と念を押してくる彼を疑わしげに見ると、身振り手振りで大袈裟に自分の無実を証明しようと必死になっている。その姿に思わず笑ってしまった。

 

「むう、まだ疑っているのか……」

 

「あはは、自業自得でしょ」

 

二人の間に穏やかな空気が流れる。エイナは再び紅茶を口にしようと、カップを手に持った。

 

「ダンジョンに行くことになった」

 

カップを落としそうになった。震える手を抑えてゆっくりとテーブルに戻す。彼の目は本気だった。それでも……

 

「ラプ君、冗談でもそれは面白くないよ」

 

「悪いが、こんな所でも冗談を言えるほど器用ではない」

 

「ッ! どうして……? どうして急に……」

 

それでも、聞かないわけにはいかなかった。彼をまたあの場所に送るには、納得出来る答えが欲しかった。

 

「チュールには本当に悪いと思っている。だが、フィンは以前から考えていたそうだ……」

 

「私に、あんなお願いをしておいて……?」

 

「ああ、後日、フィンとロキとまた来る。今日は、これを言いに来たんだ」

 

「…………」

 

「団員の皆やリューにも承諾を得た。チュール、お前はどう思う?」

 

「どうして、私に聞いたの?」

 

ふむ、と間を置き、彼は答えた。

 

「チュールは俺の担当者だ。『二人三脚で頑張ろう』そう言ったのはチュールだろう」

 

エイナは何か言おうとするのだが、言葉が出なかった。複雑に絡み合った感情が心を搔き乱した。このまま安全な生活を送って欲しいという思い、約束を覚えてくれていたことに対する思い……

 

だが、何よりも彼が心配でたまらなかった。また自分の目が届かない場所へ行ってしまうのではないか、自分はまた彼を止めることができないのではないか、と。

 

「……ッ」

 

しかし、真っ直ぐ此方を見ている瞳の奥には光が宿っていた。

毎日都市中の冒険者を、見てきたエイナにはわかってしまう。

 

 

それは渇望の光だった。

 

 

冒険者なら誰しもが持っている、持ってしまう光。冒険者を冒険者足らしめる、頑なな意思を持つ光だ。

 

「…………はぁ」

 

過保護なエイナでも今回は折れるしかなかった。

 

「………『冒険者は冒険してはならない』」

 

「え?」

 

「……絶対に忘れないでね」

 

「……あぁ!もちろんだ」

 

迷宮都市を三日月が淡く照らしていた。笑うように弧を引くその月は一人のヒューマンの再発進を祝福をしているようだった。

 




日常を書きたくて始めたこの作品ですが、このままのペースで進めると、どうしても書きたい所まで行くのに相当な時間がかかってしまうので、展開を飛ばし飛ばしにするかもしれません。

私の文才がないのが全ての原因なんですが(汗

それでも待っててやるよ! みたいな物好きな方は是非次回もお楽しみ頂けると幸いです。

感想・評価・批評等お待ちしております


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神酒

お久しぶりです(一年以上

相変わらず拙いですが細々と投稿です

それではご覧ください


「身体中が痛い……」

 

【ロキ・ファミリア】の最上階、主神の部屋。そこでソファーに寝そべり唸っているのは、昨日ベートに『特訓』をして貰い、絶賛筋肉痛に苛まれているラプラス。

 

普段より元気のない狼に構ったら噛み付かれた。

 

そうロキに溢すラプラスは、主神の部屋だというのに、まるで自分の部屋の様に寛いでいる。このヒューマンが余程この部屋に入り浸っていることが伺える。

 

「……いや、それより一応ウチ、主神なんやけど……慣れ過ぎやない?」

 

「……今更すぎるだろう」

 

「それもそうやな」

 

カリ、カリとペンを走らせる音が響く。暖かな春の陽気に微かに夏の香りの風が吹く。

 

「……珍しいな、ちゃんと仕事しているなんて」

 

のそり、と身体を動かし、ロキの方へ気怠そうに視線を向けるラプラス。それを見た女神はこめかみの辺りを震わせてこの失礼な眷属を見下ろした。

 

「ほ〜う、それは何時もウチが暇してるゆーんか?」

 

「そうだ」

 

「ぐはぁッ!」

 

椅子からひっくり返る様に倒れたロキは、薄い胸を押さえてのたうちまわった。

 

「そんな間髪入れずに言わなくてもえーやん!ウチやってなあ……ウチやってやる時はやるんやで!」

 

じたばたギャーギャーと騒ぐ女神を見ていられない、というか目もくれずにラプラスは再びうつ伏せになり、ソファに身体を預けていた。

 

「はっきり言って、今の俺に何時ものノリは期待しない方がいい」

 

若干くぐもった声で言うラプラスに、ロキは不思議そうに尋ねた。

 

「そないにベートと頑張ったん?」

 

「あれは訓練などではない。唯の拷問だ」

 

「ベートが聞いたら余計怒らせそうなことを……」

 

「Lv.差が有り過ぎるんだ。あいつ、そろそろランクアップするんじゃないか?」

 

「マジか!アイズたんもそろそろランクアップしそうやし、これは楽しみやな〜」

 

ニマニマした顔でラプラスの方へやって来るロキはそのまま彼の上に座ろうとする。

 

「もしお前が俺に触れでもしたらこの館にある全ての酒瓶を叩き割るからな」

 

が、地獄から響くような声でその行動を制したラプラス。ビクッと身体を震わせたロキは、そのまま苦笑いをする。

 

「アハハ……頑張って修行してきたラプラスはんにそないなことするわけないやん……」

 

「……はぁ」

 

そう言って彼は寝そべる体制から、ズルズルと身体を起こし、ソファに寄りかかる様に座った。その空いたスペースにロキも腰掛け、伸びをする。

 

「……もう書類仕事は終わりか?」

 

「ん〜〜!何か疲れたわー」

 

「お前らしいな……」

 

そこで会話は切れる。しかし、お互いに言葉の無い、この静かな時間はここ数年では数え切れないほどあることだった。()()から一番長く過ごしている者同士、そこには確かな信頼があった。

 

「!!」

 

すると突然ロキが動きだし、何かを探る様な動きをする。

 

「……何だ?」

 

「……酒の匂いがする」

 

「は?」

 

「これは……!!」

 

バン、とドアを開け放ち、何処かへと行ってしまった。何となく面白そうだから、と言う理由だけでラプラスも、痛む身体に鞭打って這いずる様に部屋を出て行く。

 

ロキに追いつくのは少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

「……来たか?」

 

「え……?」

 

バン、と大きな音をたて、ドアが開いたと思うと、赤髪の女神が目の奥を光らせてやって来た。

 

「あ〜! やっぱりソーマや! なぁなぁリヴェリア〜、ウチにもそれくれん? ウチの目の黒い内はソーマの独り占めはさせへんで〜!」

 

「ああ、元々、お前に渡そうと思っていたものだ。酒に煩いのはお前と彼奴くらいだからな」

 

その言葉を聞き、ロキはやっり〜、とリヴェリアの手から奪い取るように酒瓶をその手に抱くと、どこから取り出したのか御猪口にそれを注ぎ、一気に飲み干した。

 

「……んぐっ! かっ〜〜〜! 美味い! やっぱしソーマは最高やなぁ!」

 

その様子を見ていたリヴェリアは、未だ少し混乱の中にいたエイナに酌をした。畏れ多そうにそれを受けたエイナも、少々の美酒を煽る。

 

「……っ! これは……! すごく美味しいですね……!」

 

「当然だ。失敗作とはいえ仮にも神ソーマの手作りだ。不味い訳がない」

 

と、そこにいたのは、壁に寄りかかりながら、何とかこの部屋まで辿り着いたラプラス。エイナに挨拶をするも、今の彼の身体には酷だったのか、手足が小刻みに震えていた。

 

「あ、ラプラス」

 

「なんだ、アイズも居たのか」

 

「うん、身体平気?」

 

「平気ではないな」

 

そのまま普通に会話を始める二人だが、エイナはそれには慣れているのかラプラスのある言葉に違和感を感じていた。

 

「失敗作……? これが?」

 

美しく透き通る透明の美酒は、とてもではないが失敗作とは言えないほどに美味であった。彼女のその疑問に最もだと、リヴェリアも首肯する。

 

「ああ、その話はロキが詳しいぞ。それと、そこの男もな。そら、ラプラス。神ソーマについてエイナに教えてやれ」

 

「教えると言っても、俺はそれ程ソーマに詳しいわけではないぞ。まあ、下界の者の中では神ソーマと一番親しい自信はあるが」

 

「その話を聞きたくて来たの。ラプ君なら、【ソーマ・ファミリア】についても詳しいんじゃないかと思って」

 

ふむ、と唸るラプラス。すると、いつの間にソーマを飲み干していたロキが、また別の酒を呑みながらエイナに説いた。

 

「せやったらウチからも、ちょちょっとあのネクラ神について話しとこーかな。あいつと会うたんは、ちょっち前なんやけど……」

 

ロキが神ソーマとの出会いをエイナに語っている間、ラプラスは手持ち無沙汰にしていた。そこに今まで静かにしていたアイズがやって来る。

 

「……ラプラスは、ソーマ様にお酒の作り方を教わってるんだよね?」

 

「む、ああ、そうだが……」

 

「じゃあ、ファミリアの事情とかも知ってるの?」

 

「いや、俺はあくまで神ソーマと個人同士の関係で師事を仰いでいる。ファミリア同士の関係となると、話がややこしくなるからな」

 

「【ロキ・ファミリア】が強いから?」

 

「まあ、そういうことだ。俺も、『ソーマ・ファミリア』については他の冒険者達と同じくらいにしか知らないようにしているからな」

 

ぽん、とアイズの頭に手を置き、冒険者とは思えないほど滑らかな金髪を梳くように撫でていく。んふー、とアイズもリラックスしていると、ロキが目敏くそれを見つけた。

 

「あー!! ラプラスがアイズたんとイチャイチャしとるー! アイズたんはウチのもんや! ラプラスなんかにはやらへんでー!」

 

「ロキ、うるさい」

 

「ガーン!」

 

 

 

 

 

 

「力になれず、すまなかったな」

 

「ううん、全然。それよりラプ君も辛そうなのに見送りにまで来て貰ってゴメンね」

 

「いや、構わんさ。此方の事情だ。寧ろ俺一人に見送りさせる彼奴等に文句を言ってやりたいがな」

 

エイナの帰り際に着いて行くよう猛烈に指示され、結局家まで送り届けることとなったラプラス。アイズも付いて行こうとしていたのをリヴェリアとロキが必死に止める中、『黄昏の館』を後にしていた。

 

「ね、まだ夕方だし、ちょっと何処か寄っていかない?」

 

「む、珍しいな。チュールがそんなことを言うとは。まさか、ソーマ一口で酔ってしまったのか?」

 

そう言い、口許を緩めたラプラスにエイナは少しむくれると、彼に詰め寄った。

 

「むぅ〜、そんなことないよ! 全く、ラプ君は大人しく私に従うこと! 忘れてるのかもしれないけど、私、君より年上なんだからね?」

 

「……少しからかいすぎたか。悪かった、何がお望みか、お姉様?」

 

「やっぱり馬鹿にしてるでしょー!」

 

初夏の喧騒の中、オラリオは上機嫌そうな二人を優しく包み込んでいるようだった。

 

 

 

 

 

翌日、ラプラスはとても不機嫌だった。いつもと同じく主神ロキの部屋の豪華なソファーに、腕を組み目を伏せて座っていた。しかし、ピリピリとした空気を醸し出しているのは一目瞭然だった。そんな空気を出された部屋の主人はたまったものではないと彼に声をかけた。

 

「なぁ〜ええ加減機嫌直しー。しょーがないやろー、モンスターが出るかもわからんのやし」

 

「別に怒っているわけではない。ただ、ダンジョン解禁が言い渡された直後に俺だけ留守番とは、生殺しも良いところだ、そう思っただけであってな……」

 

「だったらピリピリすんのやめーやー。空気悪くなるとウチの気分も悪くなんねん」

 

「むぅ……」

 

本日、【ロキ・ファミリア】の精鋭は以前ロキとベートが探索した下水道を調査していた。そこでは強力なモンスターが出たというが、ベートが撃退していたのだった。ダンジョン攻略への参加を言い渡された直後の【ファミリア】単位での仕事に参加できないことにラプラスは不満を覚えたのだった。しかし、ロキに諌められても尚ラプラスはどこか不満気だ。そんな彼の様子を見た主神は、溜息を吐いた。

 

「はぁ〜しゃーない。今度飲みにでも連れてくからこの話は終わりにしよ!それより、昨日エイナたんとはあの後どこ行ったん?まさか、あのまま家に帰したとか言わへんよな?」

 

ロキの話題変換にラプラスも少し不満を抑え昨日のことを思い出す。

 

「……ああ、昨日は一度訪れたことのあるカフェに行ったぞ。以前からチュールが気に入っていたようだったからな」

 

「ほうほう、そこに他の女の子おったん?」

 

「いや、二人だけだったが……何か不味かったのか?」

 

その言葉にロキは思わず破顔した。可愛らしい女の子が大好きなロキだが、彼女も神の一柱、下界の子供たちの恋愛も大好物なのだ。もちろん、自らの眷属であるティオナを一番に応援している。しかし、ラプラスを取り巻く複雑な女性関係にめちゃくちゃ首を突っ込んでやりたいのは、やはり彼女が悪戯の神である所以であるのか。ラプラスの周りは彼に対して純粋にアドバイスをする神と、彼の状況を楽しんで弄ぶ神がきっぱり別れている。彼女がどちらなのかは最早言うまでもあるまい。

 

「へぇ〜そっかそっか、それは楽しかったよな〜」

 

「……まあ悪くはない時間を過ごしたと思いたいが。むぅ……何故だか嫌な予感がする。ロキ、お前何か企んでいたりしないだろうな……」

 

ラプラスはロキに訝しんだ目を送る。そんな彼に涼しい顔でロキは答えた。

 

「まっさかぁー!ウチがそんなことするような神に見えるか?」

 

「見えるな」

 

「ズコーッ!……と、まあ茶番はこんくらいにして、どや?機嫌直ったか?」

 

「はぁ……確かにもう気分は悪くないが、お前にしてやられたと思うと少し癪だな」

 

「ホンマに生意気な奴やなー……どうしてベートといい、お前といい、そんなに構ってちゃんなんや!うりうり!」

 

ロキはソファーの後ろから彼の首に腕を回し、側頭部にぐりぐりと拳をあてる。すると彼は少し顔をしかめ、抵抗し始めた。

 

「やめろやめろ、お前にそれをやられても全く嬉しくないぞ!」

 

「ちょい待てや、それどういう意味や!」

 

「そんなの決まっているだろう、お前の『嘆きの大壁』がッガ!?」

 

 

 

 

 

 

後に部屋に入ってきた【ロキ・ファミリア】幹部はその部屋の惨状に様々な反応を見せた。ソファーに腰掛け、頭部から赤い液体を流しながら動かないラプラス。そして、割れた酒瓶を持ち、青い顔でガタガタ震える主神ロキ。

 

「ち、違うんや!ウチは悪くない!この男が……この男が悪いんや!」

 

ロキは顔からあらゆる液体を垂れ流しながら一番に部屋に入ってきたフィンにしがみついた。その後ろから部屋を覗いたガレスとリヴェリア、そしてティオネは溜息を吐き、ベートは何処かへ行ってしまった。彼らの反応と違うのは案の定ティオナとそして意外にもアイズだった。アイズは驚き、目を見開いた。そしてラプラスに駆け寄っていった。ティオナは一瞬でロキに詰め寄ると光の無い瞳でロキに話しかけた。

 

「ナニガアッタノ?」

 

「ひぃ〜〜!!ち、ちゃうんや!アイツが、ウチを『嘆きの大壁』とか言ってきて〜!!つい、カッとなってもーたんやー!!許してーなー!!」

 

おいおいと泣きながらロキは弁解を始めた。

 

「その通りだ。あれは完全に俺のミスだった」

 

「うわぁ!!喋ったぁ!!」

 

アイズが心配そうに見ているが、構わずラプラスは何事もないかのように事の顛末を話し始めた。それを聞いたフィンはやれやれと額に手を当てた。

 

「つい口が滑った。ロキが慰めてくるのは……何となく恥ずかしかったからな……悪ふざけが過ぎた、すまん……」

 

「こういうことはもうしちゃダメだよ」

 

「む、アイズに言われてしまうとはな、反省している。もうせんよ」

 

膨れっ面のアイズに申し訳なさそうにラプラスが謝る。普段は見られない光景だが、それに和んでいる場合ではなく、フィンは疑問に思っていたことを口にした。

 

「つまり、その赤い液体は……」

 

「ああ、ワインだ。いくら俺でも流石にロキの攻撃で出血はせんな。ロキは焦ってそれどころではなかったようだが」

 

「お前なー!それは悪趣味すぎるやろ!!ウチはホントに心配したんやからな!慰めた恩を仇で返すとかウチはそんな子に育てた覚えないで!!」

 

「まあまあ、ロキ。僕らが怒らなくとももっと怖い子がいるだろう?後は()()に任せようじゃないか」

 

そう言ったフィンはちら、といつのまにか静かになった彼女を見た。ゆらり、と立ち上がった彼女はフラフラとラプラスに近づき、頭を片手で掴んだ。

 

 

 

「ゆっくりお話ししようね?」

 

 

 

翌日、ラプラスの姿を見たものはいなかった……

 

 




創作仲間に感化されて一気に書きました。

あと、周りの環境が落ち着いて執筆に当てる時間が確保できるようになったからですかね。

次話もいつになるかわかりませんが完結はさせたいので気楽にお待ちください。

感想・評価・批評等お待ちしております


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冒険の条件

恥ずかしながら帰って参りました
執筆環境が落ち着いた(笑)とか言っていたやつは死にました

それではご覧ください


アイズがLv.6の高みに至った。

先日、ラプラスがエイナとホームを出た直後に判明した。ラプラスはアイズからランクアップするためにどのような【偉業】を成し遂げたのかを聞こうとしたのだが、あいにく既にダンジョンに行ってしまっているようだった。いの一番に話が聞きたかったラプラスは少し落ち込みながらホームから街へと繰り出そうとしていた。

 

「あれー、ラプラス今日はまだホームに居たんだねー」

 

そこへ、ヒリュテ姉妹やフィン、その他にも多くの団員が連れ立ってやってきた。遠征までまだ時間はあるというのに、フィンが団員を引き連れている光景にラプラスは首を傾げた。

 

「主力メンバーの半分がいるじゃないか。何かあったのか」

 

ティオナが手を振りながらラプラスに声をかけた。さらに彼の疑問を他所に、腕を掴むと、自分より目線の低い団長に向き直った。

 

「ねえ、フィン! ラプラスも連れて行こうよ! ダンジョンじゃないんだし、一緒に行ってもいいんじゃない?」

 

ティオナは笑顔でラプラスを連れて行こうとしていた。全く話をつかめていないラプラスは困惑していたが、フィンはンー、と少し考えると答えた。

 

「うん、いいんじゃないかな。ラプラス、君も僕たちに着いてくるように」

 

 

 

 

 

 

「それで結局、どこに連れて行かれるんだ?」

 

フィン達との同行が決定してからすぐにラプラスは彼らの行き先について尋ねた。

 

「これから、オラリオの下水道の調査に行くんだよー! ほら、この前ベートとロキが食人花に会ったって言ってた場所!」

 

「もしかしたら食人花のモンスターが出るかもしれないから、その時はラプラス、君は後衛に下がるようにね。久々の実戦だからといって、前に出過ぎないでくれよ」

 

ラプラスの最もな疑問に先頭を歩くフィンと、相変わらずラプラスの手を引っ張っているティオナが答えた。

ダンジョン攻略に復活することを決めたばかりのラプラスは、久し振りにモンスターと戦えるかもしれないと、気分が良くなった。

しかし、そんな気持ちも束の間、しばらくすると、ラプラスはあることに気がついた。ティオナと手を繋いでずっと歩いているのだが、彼女は、一番前を歩いているフィンに続いて、どんどん進んでいくため、ラプラスは他の団員からの視線を背中に浴び続けていたのだ。一度気にしてしまうと、どうにも気になってしまい、また、少し前を歩くティオナも顔はよく見えないのだが、同じ状況にも関わらず、何とも思っていないように見えるため、ラプラスは自分だけが気にし過ぎていることが少しむず痒くなった。

 

(うう〜、顔が熱いよ〜! ラプラスは何でそんなに平気な顔してるの〜!?)

 

ティオナは何とも思っていない、そんなことはなかった。寧ろ、ラプラス以上に今の状況に対して混乱していた。自分の中では完璧に自然な流れで腕を組んだところまでは良かったのだが、少し恥ずかしくなり、手を繋ぐことに落ち着いた。

しかし、ティオナはそれでも動揺しまくっていた。これで少しはラプラスが自分を意識すればいいなー、などと考えていたが、いざ自分から仕掛けてみると予想以上に恥ずかしかったのだ。男女の駆け引きにおいて、ティオナは姉の普段のアプローチが如何に凄いことをしているのかを身を以て知ることになった。そして、姉を改めて心の底から尊敬するのであった。尤も、その姉は駆け引きの引きの部分は一切ないのだが。

きっと紅くなっているであろう自らの顔をラプラスに見せたくなかったため、決して隣を歩こうとせず、ラプラスを引っ張るように少し前を歩くティオナ。その後ろを、何とも言えない表情で手を引かれるままに着いていくラプラス。そんな彼らの珍しい姿を見ることができたのは、こっそり様子を確認していた少年のようなアラフォーの小人族(パルゥム)だけだった。

 

 

 

 

 

 

しばらくすると大通りに出た。人通りの多い道を大派閥である【ロキ・ファミリア】が大人数で移動していることもあり、他の冒険者や歩いている人達が自然と道を開けていく。すると、先頭の方を歩いているティオナと、幹部であり、第一級冒険者でもある彼女に手を引かれて歩いているラプラスに視線が集まり、それらの人々からも不思議な目で見られてしまうのだった。

前からも後ろからも普段あまり感じない注目を集めたラプラスは、自らもロキの眷属であることを再確認するとともに、そんな自分が果たして【ロキ・ファミリア】として、相応しいのかという考えが頭をよぎった。

ラプラスが様々な考えに耽っていると、少しティオナが自分の手を強く握ったような気がした。ラプラスが前を歩くティオナに視線を向けると、彼女は引っ張るように歩いていたペースを下げ、ラプラスの半歩前程の距離まで近づいた。

 

「また何か考えてたでしょ?」

 

先程までとは違い、少し真剣な声音のティオナに、ラプラスは何も言い返すこともなく、口を噤んでいた。

 

「 あたし、ラプラスみたいに頭良くないし、いつも難しいこと考えてるわけじゃないけどさ、ラプラスも色々考えすぎなんじゃない? もっと気楽にいこうよ! みんな家族(ファミリア)なんだしさ!」

 

ティオナはラプラスの方へ、太陽のような笑顔を向けた。ラプラスは少し頬を緩めると、ほんの少しだけ手を強く握り返した。

 

「そそそそ、それに、あたしには別に隠しごとなんてしなくていいというか……寧ろ何でも話してほしいというか……」

 

「やっと着いたっすー!ここがロキとベートさんの言ってた下水道っすねー!」

 

ティオナは勇気を振り絞り、ラプラスへ家族としてではなく、彼女自身の想いを口にした。しかし、その声は普段の彼女からは想像もつかない程小さく、そしてタイミングの悪いことにラウルの到着を喜ぶ声によって掻き消されてしまうのだった。

 

「ふむ、ここが例の新種が出るという場所か……ところでティオナ、さっき何か言いかけたか?」

 

「ううん! なんでもない、なんでもない!……………ラウル許さない」

 

慌てて否定するティオナにそれ以上問い詰めることもなかったラプラスだったが、ぼそっと呟かれた最後の言葉をしっかり聞き取ってしまった彼は、一体何がそこまでティオナの逆鱗に触れてしまったのかの検討もつかないまま、静かにラウルに向かって合掌するのであった。

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、向かった下水道にはこれといった異常は見当たらなかった。しかし、初めて見る食人花のモンスターにラプラスは興奮を抑えきれず、戦おうとしてしまう場面もあったため、フィンに注意を受けてしまうこともあった。

寧ろ、同時刻にダンジョンの中で激戦を繰り広げていたアイズやベート達の方が重要視されるのは当然であった。話を詳しく聞きたかったラプラスはフィンやリヴェリアに掛け合ったが、彼らも整理しきれていない様子であった。

 

 

 

 

 

 

「次の『遠征』が決まったよ。僕達は59階層を目指す。とうとう未踏破階層に踏み出す」

 

アイズ達が24階層の事件から帰還してから2日後、月のない暗い夜に、ラプラスは【ロキ・ファミリア】ホームである黄昏の館北の尖塔、その最上階にいた。

 

「今回も俺は留守番だな。流石に1週間後の遠征に着いて行こうなどとは口が裂けても言えん」

ラプラスは普段執務室として使われているその部屋の椅子に腰掛けていた。彼と話す小柄な団長は未だに雑務が残っているのか執務机で羊皮紙を眺めていた。フィンの様子を見たラプラスはちら、と時計に目をやると日付が変わる直前を示しており、大通りの方はまだ賑やかだろうと考えていた。フィンはラプラスの方を一瞥すると、再び手元に視線を落とし、告げた。

 

「それに、君のダンジョンに潜る際の条件もまだ伝えていなかったからね。それを守ってもらえないと君はダンジョンに行けないからね」

 

フィンから言われたことに驚いたのか、少し体を揺らしたラプラスはフィンをじっと見て口を尖らせた。

 

「初耳だぞ。そんなの」

 

「改めて、リヴェリア達と話したんだ。無条件でダンジョンに君を放り込むわけにはいかない。制約はつけた上で挑んでもらうよ」

 

不機嫌そうな雰囲気を見せるラプラスを見てフィンは困ったように苦笑した。

 

「安心してくれ。何もいつまでも条件を付けるわけじゃない。時間を置いて、徐々に取り除いていくつもりだよ」

 

ラプラスは本当なのか、という疑いの目をフィンに向けた。しかし、少年のような見た目で困った表情をされては、自分が悪いことをしている気分になったため、それ以上問い詰めることはしなかった。

 

「それにしても『27階層の悪夢』の白髪鬼(ヴェンデッタ)オリヴァス・アクトか……また随分と、懐かしい名だな」

 

ラプラスは、フィンから聞いた24階層での事件の主謀者の名を口にした。過去に一度だけ見たことがあったかの悪鬼は、数年前といえど、鮮明に彼の脳裏に焼き付いていた。

 

「まさか彼が生きていたとはね。しかも、モンスターと同じ魔石を埋め込まれ、剰えそれを女神のように信奉していたそうだよ」

 

モンスターと神の眷属の混合種である怪人(クリーチャー)となった彼は、想像を絶する強さを手に入れていたが、その最期は何とも呆気ないものだったという。

 

闇派閥(イヴィルス)に属して邪神などと崇めていた時点で相当に狂っていたとは思うがな。とうとうモンスターまで信仰の対象にしていたとは。細切れにしてダンジョンにばら撒いた方が奴にとっても本望だったのではないか」

 

「……君にしては珍しく辛辣だね」

 

普段感情をあまり表に出さない彼が浮かべる侮蔑と嫌悪に、フィンが珍しいものを見た、と羊皮紙から目を外し視線を向けた。ラプラスは何かを思い出したかのように苛立たし気に腕を組み、目を瞑っていた。

 

「そうか、君にとっていや、あのエルフにとっても『27階層の悪夢』は……」

 

「言うな、フィン。もう過ぎたことだ」

 

目を開けたラプラスは窓の外に目をやり、ゆっくりと息を吐いた。その瞳は黒く染まった空ではなく、何処か別の場所を見ているようだった。

 

「……昔話はこれくらいにしよう。アイズ達の事件で何かわかったことでもあるのだろう?」

 

ラプラスはフィンの方へ視線を向けると、努めて普段の様に振る舞った。彼のその様子にフィンは何も言わず、一度ため息をつくと、視線を鋭くした。

 

「はあ……うん、そうだね。僕が聞きたいのは君の意見さ。これらの話を聞いた上で今の君の意見が聞きたい。何でもいい、話してくれるかい?」

 

真剣な表情の団長からの質問にラプラスは口角を少し上げて、薄い笑みを浮かべた。

 

「ダンジョンにも行っていないような、幹部でもない奴の意見でいいのか」

 

「僕が冗談を言っているように見えるかい?それに毎回言っているだろう。僕は()()意見が聞きたいんだ」

 

今までも何度かしてきたやり取りに、フィンはもう一度ため息をつく。

ラプラスは、そんなフィンの様子を見て、観念したかのように肩を竦めた。

 

「ふむ、単刀直入に言おう。『27階層の悪夢』で死んだとされる闇派閥(イヴィルス)の首謀者どもだが、生きているだろうな。数人は生き延びているのではないか?」

 

ラプラスは澱みなく答えた。彼の答えを聞き、フィンはそうか、と一言だけ言うと、目を瞑り口を閉ざしてしまった。

 

「どうせ俺が言わなくとも、答えは出ていたのではないのか? というより、俺はあの狂者どもがあの程度で死ぬとは到底思えなかった。寧ろ、今回の事件で疑惑が確信に変わったぞ」

 

何も言わないフィンに、ラプラスはまくしたてるように告げた。少ししてフィンは目をゆっくり開けると、鋭い視線のまま口を開いた。

 

「……僕も、俄かには信じ難いよ。信じたくないものさ。五年前に彼らの命を犠牲に闇派閥(イヴィルス)を殲滅したと思っていたんだからね」

 

その言葉にラプラスは何も言えなかった。事件の被害者の救出を諦め、主神を一斉に天界に送還する作戦を決行したのはフィンだった。そして、その案に賛成し、彼らを見捨てる決断をした1人がラプラスだった。

あの時は最善だと思った行動が、ラプラスの中にはしこりのように残っていた。そして同時に、一度見捨ててしまった風のエルフに対する罪悪感も抱き続けていた。

「……くれぐれも無茶だけはするなよ。俺にも出来ることがあるならなんでも言ってくれ」

 

「ありがたいね、それじゃあ【ヘファイストス・ファミリア】にロキと行こうと思ってるんだ。君もそれについてきて欲しい」

 

その言葉にラプラスは少したじろいだ。

 

「……コルブラントのところか」

 

苦々しげに口にすると、フィンは微笑んで答えた。

 

「そうだね、彼女らに次の『遠征』の協力の確認をするんだ。序でに君のギルドの担当者にも話をしてこよう」

 

俺はやつが苦手なんだぞ、と不満を込めた目でフィンを睨むと、視線の先の小人族《パルゥム》は少年のように屈託無く笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

翌日、ラプラスは珍しく朝からギルド本部にやってきていた。同業者達が冒険に向かう中、ダンジョンに行くわけではない彼は、お目当ての人物を見つけた。

 

「おはよう、チュール。こんな時間に尋ねてきてすまんな」

 

ラプラスの姿を見たエイナはぱっと明るい笑顔になると、次の瞬間には不思議そうな表情を浮かべた。

 

「おはよう、どうしたのラプ君。こんなに朝早く来るなんて珍しいね」

 

普段ラプラスがギルドに来るのは決まって同業者が少ない時間帯だった。エイナの仕事を邪魔しては悪いとの考えでそういった時間帯を選んでいるのは、彼女だけではなく、他の職員にも察せられていた。

そんなラプラスが朝のラッシュ直前にやって来たのはここ数年では数えるほどしかなかったのだ。

 

「少し、摩天楼(バベル)のテナントに用があってな。次の『遠征』が決まったから、俺にも出来ることをしておこうと思ったんだ」

 

ラプラスは摩天楼(バベル)の上層に店を構える【ファミリア】に買い物をしに来たのだった。彼はダンジョンには行っていないが、冒険者稼業ではない別の方法で莫大な資産を生み出しているため、第一級冒険者達にも劣らぬ金遣いをする事でも有名だった。

 

「そっか、もう『遠征』が決まったんだ。でもラプ君は行かないんでしょ?」

 

エイナは心配そうにラプラスを見た。ラプラスは片目を瞑ると、残念そうに微笑んだ。

 

「ああ、今回は留守番だ。またロキのお守りをしないとな」

 

エイナはその言葉にほっと息をつくと、ギルドが賑やかになる束の間、ラプラスと談笑するのだった。するとそこへ「あの……」と澄んだ声が響いた。

 

「む、アイズか。どうしたんだ?」

 

そこにいたのは装備を整えたアイズだった。しかし、ラプラスとエイナは話しかけられた意図が掴めず、お互いに顔を見合わせるのだった。

 

「んと、用があるのはラプラスじゃないの……あの、これ……」

 

エイナの前に歩みでたアイズは、辿々しく言葉を並べると、手に持っていたプロテクターを差し出した。

 

「む、随分下級装備のようだが、誰のものなんだ?」

 

それを見たラプラスは、アイズが使うはずのない装備に疑問を浮かべた。

エイナは差し出された防具を見て、はっと顔をアイズに向けた。

 

「これって、もしかしてベル君の……!」

 

こくこくとうなづくアイズ。ラプラスは何処かで聞いたことのある名を思い出そうとしていた。

 

(ベル……ベル……ああ、アイズに惚れているあの兎のような少年か)

 

ベル本人が聞いたら、恥ずかしさで真っ赤になりそうな覚え方をしていたラプラスは一人納得した。ラプラスが思考に耽っている間に、アイズとエイナは話がついたようで、アイズから直接本人に返すことになったようだった。そこへ、ちょうどよく件の人物が現れた。

 

「「「……」」」

 

三人が一様に全員固まっている中、ラプラスだけは頭にハテナを浮かべ、一言呟いた。

 

「……? 来たぞ」

 

その言葉がスタートの合図になったのか、白兎は正に脱兎の如く逃げ出した。

ほう、速いなとラプラスが一人場違いな感想を抱いている中、エイナは動揺から復活し、声を張り上げた。

 

「べ、ベル君!?待ちなさい!」

 

彼女の声も聞き入れず、ベルはどんどん遠ざかっていく。ガーンとショックを受けている様子のアイズに、ラプラスは声をかけた。

 

「アイズ、追いかけないのか? これではいつまで経っても返せないぞ」

 

ちら、とその手に持つ防具を見たアイズは、ラプラスが()を使わなければ見えない程の速さで少年を追いかけた。

速いな、とまた見当違いな感想をこぼすラプラスに、エイナははあ、と大きなため息をついた。

 

「もう、ベル君は! あれじゃあヴァレンシュタイン氏に近づくこともできないじゃない!」

 

頬を膨らますエイナに、ラプラスは笑みをこぼした。

 

「アイズもあんなのは初めての体験だったみたいだな。目に見えて狼狽していたぞ」

 

愉快そうに笑うラプラスに、エイナは主神の影響が出てきているのではないかとちら、とその様子を窺った。

 

「お、どうやら決着がついたようだぞ」

 

視線の先ではぺこぺことお辞儀をするベルと、それをおろおろと見ているアイズがいた。なんとも微笑ましいその二人の様子に、エイナはすっかり毒気を抜かれてしまうのだった。

 

「はあ、ベル君には困っちゃうなあ。ダンジョンでも、私生活でも……」

 

疲れを感じさせるエイナに、ラプラスは目を向けた。

 

「少し、素直すぎるきらいがあるとは思うがな。しっかり見張っておかないと、とんでもないことに巻き込まれそうだ」

 

「うん、そうだね。ベル君は巻き込まれ体質だからなあ……」

 

眉尻を下げ、手のかかる弟を見るようにエイナが呟く。未だに謝り続けているベルを見ていたラプラスは、少し目を細めると、ベルを見ているようで、白く純粋なその少年から、何か別のものをじっと見つめているのだった。




ダンまち2期いいよね!!!!(やけくそ

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鍛治師とニート

2019年どこ行った……?



 その日、ラプラスは珍しい人物に相談を持ちかけられていた。

 

「……というわけなんです! ラプラスさん! アイズさんが他所の【ファミリア】の誰ともわからない男と歩いていたんです! ラプラスさんから、注意してあげてください!」

 

 その人、エルフのレフィーヤ。アイズに憧れる魔導師なのだが、今日の彼女は非常にご立腹な様子だった。理由は簡単で、アイズが見知らぬ男と一緒にいるところを目撃したからだ。アイズが大好きな彼女のことだ、ショックは計り知れなかったのだろうが。ラプラスはある疑問を投げかけた。

 

「ふむ、レフィーヤがアイズを心配しているのはよくわかった。だが、何故おれに話したんだ? それこそ、ベートやティオナ達に言った方がいいのではないか?」

「ダメですよぅ……ベートさんに言ったら相手が死んじゃいますし、ティオナさん達は絶対冷やかしに行きますもん!」

「……確かに」

 

 ラプラスの脳裏にはアイズのことが大好きな狼人が見知らぬ誰かにガンを飛ばす姿と、下世話なアマゾネスの姉妹がちょっかいを出している姿がよぎった。

 

「ふむ……アイズが易々と【ファミリア】の情報を教えるとは思えんが、一応釘は刺しておくか。だが、あまり期待はしてくれるな」

 

 ラプラスはそもそも自分も他の【ファミリア】とは懇意にしている立場なため、アイズにこれと言った注意をするつもりはなかった。そして、アイズが【ロキ・ファミリア】に関して情報を漏らすなんてことが起きるとも全く考えてはいなかった。しかし、それをレフィーヤにそのまま伝えては相談された意味がない。数瞬考えた彼は、彼女達にとって悪くない案を思いつくとポンと手を叩いた。

 

「よし、レフィーヤ。お前はアイズと修行するといい」

「はい〜!?」

 

 そもそもレフィーヤはアイズが取られたように感じたことからわざわざ相談してきたのだろうと考えたラプラスは、レフィーヤが驚いて固まっていることに気付かずに淡々としていた。

 

「レフィーヤはアイズと一緒にいたいんだろう?ならば、早速頼みに行ってくるといい。アイズのことだ、嫌な顔はしないだろう」

「……ほ、本気ですか、ラプラスさん!?」

「いい案だと思ったのだが……」

 

 レフィーヤの強い語気に途端にしゅんとした表情を浮かべるラプラス。こういう所がアイズさんと似ているんだよなぁとレフィーヤは思いつつも、ため息を吐き、その案を受け入れた。

 

「はぁ……わかりました。……頼んでみます!」

「ふむ、健闘を祈る。……もしダメだったら遠慮なく言ってくれ。おれのツテでその分の補填はさせてもらう」

「あ、いえ、そこまでしてもらわなくても!でも、ありがとうございました!頑張りますね!」

 

 ラプラスにこれ以上迷惑をかけられないとキラキラとした笑顔でラプラスの下を去っていくレフィーヤを見送ると、彼はふと思い出したことがあった。

 

「……む、そもそも相談されてたのは違った内容だったような……」

 

 まあよかろう、レフィーヤも喜んでいたと気持ちを切り替えたラプラス。まだ正式に発表されたわけではないものの、ダンジョンに行くことが確定している彼は、本日ある人物を訪ねることになっていた。

 

 

 

 

 

 

 迷宮都市オラリオにおいて、昼夜を問わず活気に溢れている場所の一つが、北西のメインストリートである。ここはダンジョンに向かうための摩天楼(バベル)から一直線に繋がる路地であり、必然的に冒険者、そしてその冒険を支える人々が常に賑わいを見せている。ラプラスは朝のラッシュの真っ只中であり、人が最もいると言っても過言ではない時間帯にその場所を、注目を浴びながら歩いていた。

 

「相変わらず、この時間帯のこの道は凄い人だな」

「久しぶりに来ると良いもんだろう?」

「……うぇ〜若干二日酔いの頭に響くわ〜」

 

 都市最大派閥の主神と団長が連れ立って歩いていることで、必然的に視線が集まっているのだが、当の本人達はあまり気にしていない様子だった。ロキやフィンはそもそもそういった視線に晒されることは慣れており、ラプラスも心が乱されることがなければ、他の人々にどう思われていようともあまり気にしない性格だった。

 

「それで、今日は【ヘファイストス・ファミリア】に行くわけだけど、ロキ、そんな調子で大丈夫かい?」

 

 ふらふらした足取りのロキに思わずフィンが声を掛ける。仮にも都市最大派閥の主神が出向くのだから、お互い懇意にしているとはいえ、それ相応の態度で望まなければならない。そんなフィンの心境を感じ取ったのか、ラプラスはロキの前に進むと、そのまましゃがみ、ん、と背中を指した。

 

「このままでは着く前にロキがダウンしてしまうからな。ほら、早く乗れ」

「うわああああああんんん!!ありがとな!!好きやで〜!!ラプラス〜!!」

「おれも好きだぞ」

 

 ぴょんと元気よくラプラスの背中に飛び乗ったロキは彼の背中の上で意気揚々と右手を上げた。

 

「よし、出発や!ラプラス号!このままファイたんのとこまで突っ走れ!」

「案外元気そうで良かったよ」

 

 少々呆れた様子のフィンを気にせず、ゴーゴー!と途端に元気になったロキ。耳元で騒がれて少しおんぶを後悔しているラプラス。特にペースは変わることなく、朝の喧騒にも負けないほど賑やかに、そしてゆったりと彼らは【ヘファイストス・ファミリア】のホームに向けて歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 【ヘファイストス・ファミリア】ホームにて、ロキ一行は、所謂VIP対応の応接間へと通された。幹部と主神クラスでなければ立ち入らないであろうその部屋は、美しい装丁に、高級な家具が設えられた部屋であった。

 

「こんな部屋、初めて来たぞ」

「ラプラスは来るのは初めてかもね。僕達も普段は鍛冶場に直接赴くことが多いんだけど、今日はここで話をするみたいだ」

 

 初めて訪れた部屋に少しそわそわしているラプラスにフィンは少し苦笑する。そこに、部屋を歩き回って見ていたロキが話しかける。

 

「か〜、相変わらずええ趣味してるわ〜ファイたんは。見てみい、ラプラスこの壺。これいくらくらいするんやろなあ。うちもこんなん欲しいなあ。買おかな?」

 

 如何にも高そうな壺をしげしげと見つめていたロキは、すぐに自分の部屋に合っているのかを考え始めた。

 

「これうちの部屋に合うと思う?」

「やめとけ、ロキ。そういうのは一つで魔剣を買えるほどの値段がすることもある」

「うげ、マジか〜。くぅ〜今遠征前やからお金ないしな〜。しゃーない我慢しよ」

 

 ロキが渋々壺の購入を諦め、椅子に座り直した所で、客室の扉が開いた。やって来たのは赤髪に眼帯をしているが、覆われていない部分からもわかる造形の完成された美しい女神。そして、そのすぐ後ろからこれまた眼帯をしているが、服装が上半身はサラシを巻いただけ、さらに熱気を帯びていることから、先程まで鍛冶場にいた事が見て取れるハーフドワーフの女性が入ってきた。

 

「遅れて申し訳なかったわね。この子が今日のことを忘れていたらしくて」

「いや、主神様。忘れていたわけではなくて、覚えていたが、熱中してしまってつい時間を確認しなかったと何度も」

「はいはい、言い訳はいいから、取り敢えず謝りなさい」

 

 主神にすげなくあしらわれた団長は直ぐに頭を下げてラプラス達に謝罪をした。

 

「いや、申し訳ない!かの【ロキ・ファミリア】を待たせてしまうとは、なんとお詫びすれば良いのやら」

「いやいや、頭を上げてくれないか。君達の時間を割いてもらったのはこちらなのだから」

「おおそうか、それはありがたい!ほら、主神殿。フィンも許してくれたぞ」

 

 フィンが言うや否や、パッと顔を上げ快活な笑顔を見せる【ヘファイストス・ファミリア】団長の椿・コルブラント。彼女の悪びれない様子にロキは笑い声を上げた。

 

「あっはっは!相変わらずおもろいな〜椿!ええよええようちらの仲やん、ファイたんも許したげて。まあどうしても言うんならそのええ乳揉ませてくれるんならもっと許したる!」

「おお、いつも言っているが欲しいならくれてやるぞ!でかいだけで邪魔なだけなのでな」

 

 わきわきと手指を動かしていたロキは椿の無意識であるが鋭い返しにダメージを受けてその場に倒れた。あとのことは任せたで……と死にかけの体のロキを無視してヘファイストスが話を進めた。

 

「……それで、今日は遠征の打ち合わせでいいのよね?珍しい子がいるみたいだけど」

 

 はぁ、とため息を吐いたヘファイストスは、今日の目的について確認すると同時に、ラプラスがいることに疑問を浮かべた。普段の遠征の打ち合わせには基本ロキとフィンの二人が来ており、ラプラスが共に来たことは一度もなかったからだ。

 

「そうなんよ、そのことでちょっち話があるんやけど…「おお!!坊主ではないか!元気にしていたか!」

 

 ロキの話を遮り、ラプラスに気さくに話しかける椿。その勢いに、ラプラスは少し嫌そうな顔をした。

 

「……久しぶりだな、コルブラント」

「そんな他人行儀に呼ぶでないぞ!昔みたいに椿姉さんと呼んで良いのだぞ!」

「昔の話はやめろ!……これだから会いたくなかったんだ。って、うわ」

 

 顔を少し赤くしたラプラスは近づいてきた椿により、首に腕を回され、頭をぐりぐりと押さえつけられた。

 

「はっはっは!相変わらず愛い奴よ!恥ずかしがらんでも良いというのに」

 

 Lv.差により、全く抵抗できないラプラスはそのまま無駄な足掻きを続けるが、ロキはその様子を微笑ましく見ており、フィンは苦笑するも止める気配はなく、やっとヘファイストスによってラプラスにとっての暴挙はとめられるのだった。

 

「……うぅ。酷い目にあった」

 

 ボサボサになった頭を両手で押さえ、すっかり縮こまったラプラスはジトっと椿を睨んでささやかな抵抗を続けた。

 

「やりすぎよ、椿」

「いや、すまんすまん、久しぶりに会った弟分につい嬉しくなってしまってな」

 

 笑う椿に反省している様子はなく、ラプラスとヘファイストスは揃ってため息を吐くのだった。そしてようやく本題の遠征について話し始めるのだった。

 

「やっと遠征の打ち合わせが始められるわね。今回はうちの【ファミリア】からも何人か遠征に同行させることでいいのね?」

「深層でめんどくさいのが出てなー。ファイたんとこの子、ちょっち借りてくな」

「む、それは初耳だな」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】の同行を初めて聞いたラプラスはフィンに経緯を聞いた。

 

「そういえば、ラプラスにはまだ言ってなかったね。君にも話したあの芋虫型モンスターだけれど、現状僕達には打つ手がない。そこで、なるべく武器を消耗しないために、彼女らの力を借りようというわけさ」

「武器を溶かすとは、なんとも鍛治師泣かせなモンスターよのう!」

「……確かに、ここの上級鍛治師達なら、なんとかなるかもしれんな」

 

 ふむ、と考え始めたラプラスを余所に、遠征の打ち合わせは滞りなく進んでいった。主にロキ、フィン、ヘファイストス、椿の四人が話を進めていき、ラプラスもその会話を聞いてはいたのだが、直接関わり合いのない遠征の話にはあまり口を出さないでいた。

 

「……よし、遠征についてはこの辺りでいいだろう。ところで、今日彼を連れてきたわけなんだけど」

「おお、そうだ!そういえば何故坊主を連れてきたのだ?」

 

 すっかり蚊帳の外だったラプラスは突然話を振られながらも、魔法を発動し、()()()()を取り出した。

 

「……これの整備を頼みたい」

「……!これは!」

「おお!いやはや久しぶりに見たな、してどうして急に整備しろなどと」

 

 その武器を見た鍛治師の一柱と一人は驚きの表情を浮かべ、椿はラプラスにその真意を問いただした。

 

「深い理由はない。ただ、ダンジョンに行く事になったのでな。()()は必ずこの先必要になる」

「ふうむ、主神様。是非この武器は手前に打たせて貰えないだろうか。頼む!」

 

 椿の強い嘆願にヘファイストスは首肯した。

 

「ええ、構わないわ。それに、これを整備できるのは、恐らく貴方と私だけだろうしね」

「……一応錆びつかない程度には使っていたが、やはり劣化しているはずだ。よろしく頼む」

「うむ、任せておけ!遠征に合わせて整備はしておこう。主もこれに負けぬよう精進しておくのだぞ」

「……元よりそのつもりだ」

 

 ふい、と椿から視線を外したラプラスを見て、椿は笑みをこぼした。

 

「よーし、これで今日の用はおしまいやー!ファイたん忙しいとこほんまにありがとうな」

「いいのよ、ロキ。これからもご贔屓にね」

「それじゃあ椿。また遠征の際はよろしくね」

「こちらこそ最高の武器を用意しておくぞ」

 

 それぞれ別れの挨拶を済ませると、椿はそそくさと帰ろうとしていたラプラスの真正面に移動すると、頭をわしわしと撫でてきた。

 

「なにする!やめ……!」

「いいか、坊主。手前が最高の形に戻したあの武器を使えば、きっと主の力を認めるものが出てくる。そして同時に武器だけの強さだと言ってくる者も。しかしな、これだけは忘れるなよ。主の強さは武器の強さだけではない。主が努力し、積み重ねたものがその強さの根底にあるのだ。武器はあくまで、主の強さを引き出す為の道具にすぎん」

 

 長身の椿であるが、ラプラスからは少し見下げるくらいの背の高さになる。ラプラスは椿の目をじっと見つめると、観念したように目を瞑り、息を吐いた。

 

「……コルブラントにしては珍しいことを言う。さては偽物だな?」

「この生意気な坊主め!主の為を想って言ってやっているというのに!」

 

 ぐりぐりと力を強くした椿に、為されるがままのラプラス。暫くすると、椿は頭を撫でるのを終え、ホームへと戻っていく。その後ろ姿に向けてラプラスはぼそりと聞こえるか聞こえないかの声量で声を掛けた。

 

「……ありがとう」

 

 オラリオの喧騒に掻き消され、その声が届いたのかは定かではなかった。しかし、その日から時々【ヘファイストス・ファミリア】には差出人が不明の椿の花が贈られることがあったという。

 




これからも創作意欲が湧いた時にふとした瞬間に更新します。やってんなーくらいの気持ちで見て頂ければ幸いです。次の更新いつになるやら……

感想・批評・質問等お待ちしております。



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準備

サブタイを付けたいけどお洒落なのが思いつかない…



 【ヘファイストス・ファミリア】を後にしたラプラス達は、昼食を済ませた後、北西のメインストリートをそのまま進み、摩天楼(バベル)に向かって進んでいた。昼時であっても摩天楼(バベル)周辺は人々の往来が止まず、オラリオの栄華と発展を表していた。

 

「たまには外で食べるのも悪ないなー」

「この面子で食べるのも珍しいしね」

 

 摩天楼(バベル)に近づくにつれて、付近にいる人々は殆どが冒険者となっていた。昼夜を問わずダンジョンには進めるが、この時間帯の冒険者達は午前中で冒険を切り上げ、換金をしているもの、これからダンジョン攻略に挑むものなど様々な人々が見受けられた。

 

「よーし着いたなー。早速エイナたんを見つけてと」

「あそこにいるぞ」

「はやっ!」

 

 摩天楼(バベル)に入るとすぐにエイナを見つけたラプラス。うりうり、とロキが肘を突いてくるが、無視してエイナの元へと向かった。

 

「チュール」

「あれ、ラプ君!どうしたの、こんな時間に」

 

 ラプラスはロキとフィンを指すと、今日ギルドを訪れた目的を伝えた。

 

「……なるほど、そういうことね。そしたら、個室が空いてるからそっちでお話ししよう。ロキ様達を呼んできてくれる?」

 

 こくこくと頷いたラプラスはフィンとロキを呼ぶと、エイナに連れられ、ギルドにある個室へと通された。

 

 

 

 

 

 

 ロキ、フィンに挟まれ、対面にエイナが座ると、ラプラスは居心地が悪そうに呟いた。

 

「……何も悪いことしてないのに、怒られている気分だ」

()()()悪いことしていないんだから、そんなに緊張しなくてもいいんだよ?」

「どこか含みがあった気がするが……」

 

 訝しげにするラプラスを気にも留めずにエイナは始めにフィンとロキに資料を差し出した。

 

「これがギルドに登録されているラプラスさんの情報です。間違いはないですか?」

 

 その羊皮紙には、ラプラスの冒険者としての基本情報である、Lvや最高到達階層、二つ名などが記されていた。ロキはその紙を手に取り、ラプラスとフィンにも軽く確認させると、再び机の上に戻した。

 

「んー、大丈夫やな、間違いない」

 

 ありがとうございます、と一言置き、フィンの方に体を向けるとエイナは資料のLvの場所を指差した。

 

「ラプラスさんは現在Lv.3。本来ならば、24階層の中層以降も適正基準は超えているのですが……」

「なにせ、ブランクが長いからね」

 

 言い淀んだエイナに続けてフィンが言葉を紡いだ。こくり、と頷くエイナはフィンと考えを同じくしていることを確信した。エイナはちら、とラプラスを一瞥すると、話を続ける。

 

「適正Lvはあくまでも目安。ダンジョンは本当に何が起こるかわからない場所です。ですので、ラプラスさんには暫くは適正Lv.2までの中層を主な攻略場所としてもらおうと思っています」

「僕も、それがベストだと思うよ、君は何か思うところはあるかい?」

 

 フィンもエイナの意見に賛同する。ラプラスは話を聞いている間はじっと自らのLvが示された場所を見つめていたが、フィンから確認を求められ、顔を上げた。

 

「いや、おれはそれで構わない」

 

 ふう、と息をついたラプラスは今日はこれで終わりか、とすぐに帰ろうとするのだが、両脇に座っている団長と主神が全く動かないために疑問を口にした。

 

「む、どうした。もう終わりではないのか?」

 

 頭の後ろに手を組んでいたロキは少し笑うと、前屈みになり、ぽん、とラプラスの肩に手を置いた。

 

「まあまあ落ち着きいや。ラプラスぅ、お前一人でダンジョン行けると本気で思てんの?」

「……?」

 

 頭にハテナを浮かべるラプラスに対し、ロキは真剣な顔になると、彼を挟んで座るフィンに説明を促した。

 

「いいかい、ラプラス。君はダンジョンに行く際には必ずL()v().()4()以上の実力のある人を同伴とすること。一人でダンジョンに行くということは決して無いようすると約束してくれ」

「それは構わないが、何故Lv.4以上なんだ?おれは自分の実力がLv.3の冒険者の中でも最下層にいることくらいわかっているが……」

 

 フィンの言葉に対するラプラスの疑問は最もだった。ラプラスはおよそ三年前にLv.3にランクアップしたものの、それからは一切ダンジョンに行ってはいなかった。通常経験値(エクセリア)は、ダンジョンに挑戦し、危険を乗り越え、自らの器を昇華させていくことで得ていくものである。しかし、ダンジョンに行かず、あくまで自主練習でのみ戦闘経験を行なってきたラプラスは、三年間という年月があるものの、他の冒険者と比べて圧倒的に経験値(エクセリア)の蓄積が少ないのは自明のことであった。

 

「おれを止めることなど並のLv.3なら易々と……いや、Lv.2でも小規模のパーティであれば比較的余裕を持って可能だと思うのだが……」

 

 ダンジョンに向かわなかった三年間の月日ははラプラスから向上心や貪欲さ、冒険者として必要な欲を、牙をすっかり覆い隠してしまっていた。彼の自虐的な様子を見て、フィンは一瞬息を呑むが、ラプラスには気取られないように努めた。

 

「……とにかく、君にはLv.4以上の子を付けさせる。君は格上に頼み事をすることに特に物怖じするような性格じゃないし、問題ないだろう?」

 

 自分に対する評価の高さに納得はしていないようだったが、その条件をラプラスは呑んだ。

 

「うし、ならこれが最後や。……ラプラス、ちょっと隠れて手ェ出し」

 

 ロキはエイナやフィンからは見えないように手のひらにのる程度の小さな箱を取り出すと、ラプラスを呼ぶ。なんだなんだ、とラプラスが素直に手を出すと、ロキはこそこそと箱を開いた。すると中には美しく輝く銀の指輪が一組入っており、ロキはそのうちの一つを絶対にエイナに見せないように彼の左手の人差し指に嵌めた。そして、箱の中にもう一つ入っている指輪をラプラスに渡すと、そのまま彼の耳元で何かをひそひそと伝え始めた。

 

「む、なんだって?」

 

 またロキの悪巧みか、とフィンは困った顔で考えていた。エイナは何をしているのか全くわからなかったが、彼の団長の渋い顔を見て、少なくとも良いことではないのだなと感じていた。ラプラスはロキの話を聞きながら、自分の人差し指の指輪を見つめていたが、話が終わると、本当にやるのか、と彼女に聞き直す。ええからええから、とロキが返すと、ラプラスは正面に座るエイナの方を向き、じっと目を見つめると姿勢を正した。

 

「どうしたの?ラプ君」

 

 エイナもラプラスに合わせて姿勢を正すと、彼の黒曜石のような瞳を見つめ返す。すると、彼は自らの手のひらを上に左手を差し出した。そして、一度ゆっくりと手を閉じると、次の瞬間、

 

「【開け】」 

 

 白い魔法陣が小さくラプラスの手のひらの上で現れると、その中から指輪がパッと現れる。それを人差し指と親指で掴むと、エイナの目をジッと見つめ、口を開いた。

 

 

 

「美しい姫君()()()よ、どうかこれを受け取ってくれ」

 

 

 

 きっかり五秒沈黙が訪れた部屋。

 先に根を上げたのはわざわざ魔法まで使って指輪を差し出し、まるで舞台のような口説き文句を言い放ったラプラスだった。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!もういいだろう!!ロキ!!おれは十分やったぞ!!」

「ぶははははははは!!うひ〜〜!!お腹痛い!!お腹痛い!!ホントにやりおったコイツ〜〜!!」

 

 爆笑するロキ。机に突っ伏してだんだんと拳を叩きつけている。その隣に座るラプラスの顔は、ふい、とロキと反対を向いている。その色はまるで林檎のように真っ赤に染まっていた。最後に蚊帳の外であったフィンは片肘をつき、呆れた顔をしていた。三者三様の【ロキ・ファミリア】に対して、エイナは先程から全く動いていなかった。顔を伏せてはいるが、ぴくりとも動いておらず、まるで置物のようだった。

 

「ひ〜ひ〜、あ〜笑ったわ〜。あれ、エイナたんどしたん?驚きすぎて声も出んの?」

 

 その様子にロキが立ち上がり、態々エイナの後ろに回ると彼女の表情を覗き込む。

 

「エイナたん、可愛いなあ〜……あ?」

 

 顔を上げたエイナは笑っていた。これ以上ないほど美しい微笑みだった。

 

「お話は以上ですか?ロキ様?」

 

 エイナの微笑みを見た瞬間、ラプラスは冷や汗をドバドバと流し始め、フィンの服の裾をそっと掴む。

 

「……チュール、その……」

 

 申し訳なさそうに相手の顔色を窺うラプラス。こんなにもへりくだった彼を見るのは久しぶりのことで、隣にいたフィンは思わず身を乗り出した。

 

「ロキ様、ロキ様が今まで街中で見つけた女の子を口説いて奢り続けた結果、ツケがあるお店が何件もギルドに苦情を出していることを団長のフィン・ディムナ氏に伝えておきますね」

「ちょっ!!??エイナたん!?言ってる言ってる!!」

「どういうことかな?ロキ」

 

 ニコニコと微笑むエイナは、主神ロキが今までファミリアに隠して来た秘密を堂々と打ち明かした。ロキが無類の女性好きであることはオラリオでは周知のことであるが、彼女は時々団員のいないところで見栄を張って自らの持ち合わせ以上の出費をしてしまうこと。また、そういった高額な店に引っかかることがあったのだ。その際、都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】に直接ではなく、ギルドに苦情が来るのだが、ロキ本人が団員にそれが伝わる前に処理していたため、全く問題になっていなかったのだった。それをエイナは赤裸々に告白したのである。

 とんでもない暴露をされたロキはエイナの肩を揉みながら、ちらと横目で見ると、そこにはこれまたニコニコと微笑みながらも、放つオーラが笑みを浮かべる人のそれではないフィンがいた。その隣では、フィンを刺激しないよう限りなく気配を消したラプラスもいたが。

 

「ロキ、今日は幹部を集めて話し合いだね」

「ひい〜〜!!」

 

 いややいややと泣き崩れるロキ。そんな女神を尻目に、エイナは更に口を開いた。

 

「そういえばラプ君も二ヶ月前の【ロキ・ファミリア】の遠征の時、ホームの正面を怪しい薬で吹っ飛ばして、たくさん苦情貰ってたよね。なんとか遠征に行ってる人達が帰って来るまでに直せて、事後処理もできたけど、大変だったよね」

「……!?チュール!!??それは言わない約束だっただろ……!!」

「君もかい?ラプラス」

 

 続けてラプラスもフィン達幹部に隠していたことを暴露される。それは二ヶ月前にホームで起きた爆発事故のことだった。【ロキ・ファミリア】ホームの正面ロビーを吹き飛ばした薬は、本来人に飲ませるつもりだったらしく、とんでもないものを生み出したラプラスはそのレシピを記憶から消し去り、更にそれをロキに黙ってもらうことで暫く弱みを握られ、小間使いにされていた。しかし同時に、近隣住民からの苦情が相次ぎ、ギルド職員であるエイナにも多大な迷惑がかかっていたのだった。

 

「やっぱり、君の研究室は取り壊そうね」

「……!!」

 

 最早言葉も出ず放心状態のラプラス、わんわん泣き崩れるロキと、酷い有様だったが、これを物の数瞬で行った当のエイナは何事もなかったかのように、ラプラスが机に置いたままだった指輪のことについてフィンと話し始める。

 

「先程は彼らが不躾なことをしてしまって、本当に申し訳ない」

「いえいえ謝らないでください、ディムナ氏!私の方もつい言い過ぎてしまい……」

「いや、彼らにはこれくらいのお灸が丁度良いさ。これからもよろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!……ところで、この指輪なんですけれど……」

 

 エイナは指輪を手に取ると、様々な角度から見つめ、光にかざしたりしたところ、一つの疑念が浮かんだ。

 

「君の思っている通り、これは魔道具(マジック・アイテム)さ」

「やはり普通の指輪ではありませんか……

「さっきはふざけてしまったが、これは本当に君に送るものでね。是非着けていて欲しい」

 

 フィンの言葉にエイナは驚く。

 

「本当に頂いて宜しいんですか?」

「ああ、その指輪はラプラスの行動を制限する上で欠かせないものだからね」

 

 疑問を浮かべるエイナに、フィンは話を続けた。

 

「この指輪は同じ指輪をしているものが近づくと熱を持つようになっていてね。あ、もちろん火傷等の心配はないから安心して欲しい。彼がもし万が一勝手にダンジョンに行こうとした時、君が受付にいる時はその指輪で存在を感知できるようになっている。ダンジョンに彼が向かおうとしている時は、必ず君に声を掛けてから向かうようにして欲しいんだ」

 

 フィンの説明を聞き、エイナは指輪をそっと自らの左手の人差し指に嵌めた。

 

「これ、ぴったりです」

「……以前うちのホームに来たことがあったそうだね。その時、ロキが測っていたらしいんだ」

 

 うちの測定に間違いはないでー!と意気込んでいたロキだったが、本当に寸分違わずその指輪はエイナに合っていた。

 

「さすがロキ様ですね……」

「あはは、僕も見て驚いた。彼女にそんな特技があったなんてね」

 

 お互いに顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。そして、これで話はおしまいだねと、フィンは未だに心ここにあらずといった様子のロキとラプラスを無理やり立たせると、退出を促した。エイナは彼らに先立って扉を開けており、最後にフィンが出ようとしたところで、本日はありがとうございましたとお礼を言うと、彼はそこで立ち止まった。そしてじっとエイナを真っ直ぐ見つめた。小人族(パルゥム)の彼はエイナから見ても頭一つ分以上小さく、見た目だけは少年のようである。しかし、実際は都市でもトップクラスの実力者であり、さらに数々の修羅場を経験して来た人生の先輩でもある。そんな彼に見つめられたエイナは、彼から何を言われるのかと少し緊張した。

 

「彼を、ラプラスをよろしくお願いします」

 

 小人族(パルゥム)の生きる伝説。『勇者』と呼ばれる彼が、一ギルド職員に頭を下げた。当然、エイナはその状況に困惑した。

 

「な、ディムナ氏!頭をお上げください!こんな所を他の方に見られたら……!」

「いや、すまない。……本当に彼は良い担当者(アドバイザー)を得た。彼の担当者(アドバイザー)が君で良かった」

 

 心底ほっとしたようなフィン。その言葉にエイナは真っ直ぐ彼を見つめ直すと一礼した。

 

「こちらこそ、私などを頼って頂き、担当者(アドバイザー)冥利に尽きます。彼のことは是非お任せください!」

 

 容姿淡麗なエイナのふわりとした笑顔に、思わずフィンも笑みが溢れる。

 

「ところでさっきはあんな風に茶化してしまって悪かったね。今度はもっと厳かに彼から指輪を受け取るのはどうだい?」

 

 僕の親指が疼くんだ、と突然フィンがさらりと冗談を言うと、エイナは先ほどのことを思い出し、顔を真っ赤にした。

 

「ディムナ氏!!」

 

 折角先ほどの出来事は忘れられそうだったのに!と恥ずかしさから立ち止まってしまったエイナ。あはは、とお茶目に少年のような笑みを浮かべるフィンは、先を歩いていたラプラスとロキにすぐに追いつく。そしてエイナの方をちらと振り向き、形だけの謝罪のポーズをする。子供のような外見である小人族(パルゥム)の彼にそんなことをされては毒気も抜かれてしまう。ふぅ、と苦笑したエイナはロキ達に追いつく為、少し歩くペースをあげるのだった。

 

 

 

 その後、ギルドから帰っていくラプラス達を見送ったエイナはふと人差し指を見つめる。そこには彼と同じ位置に嵌められた銀の指輪が眩しくも優しい輝きを煌めかせていた。




ハイペース投稿()

感想・批評・質問等お待ちしております。


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ステイタス

ダンまち3期始まりましたね〜



 ギルドを後にしたラプラスは、ギルドに帰る途中でロキとフィンに別れを告げ、一人小さな路地を歩いていた。辺りはすっかり暗くなり、メインストリートでは、今日も無事オラリオに帰還した冒険者達が、自らの武勇伝を楽しそうに語り合っていた。彼がいるのは光に溢れる賑やかな表通りではなく、その道から少し外れた暗い細道で、そして決して治安の良いものではなかった。

狭い路地といっても、そこを通る者は少なからずおり、ギルドやオラリオの治安維持に努める【ガネーシャ・ファミリア】に見つかっては罰を受けるような代物を扱っている店などもこういった通りには存在する。

 ラプラスは、なるべくこういった通りには近づかないようにはしていたのだが、今日に至っては、早めに目的地に着くために、また、知り合いに見られることを防ぐために近道をしていたのだった。

すると、前から三人の男性がこちらに向かって歩いてきた。

 

「ギャハハハ!!……っち!痛ってーな!!」

「……ん?おい、こいつ【自宅警備員(ニート)】じゃねぇか?」

「ホントじゃねーか。天下の【ロキ・ファミリア】様がなんでこんな道通ってんだ?」

 

 裏路地を行くラプラスはすれ違い様にそのうちの一人と肩がぶつかってしまった。彼らは相当酔っているらしく、また剣や防具を身に纏っていることから冒険者と思われた。さらに、彼らはぶつかった相手がラプラスだということに気づいたようだった。

 

「ああ、すまない。先を急いでいるので失礼する」

 

 ラプラスは見られてしまったことと、自らの顔が意外と広まっていることに若干後悔するが、軽く謝罪をすると、足早にその場を去ろうとする。

 

「おいおい待てよ【自宅警備員(ニート)】。てめえからぶつかってきたのにその程度の謝罪で済むのかよ?」

「……おい、やめとけって」

「【ロキ・ファミリア】に喧嘩うったらやべーだろ」

 

 しかし、ぶつかった男はラプラスの態度が気に入らなかったのか、彼の肩を掴み引き寄せると文句を付けてきた。他の二人はラプラスが都市最強の【ファミリア】に所属していることから、やめるように言っているのだが、男は全く気に留めていなかった。

 

「はっ、びびる必要なんざねえさ!こいつは【ファミリア】でもはじき者なんだからよ!ダンジョンに行かねえ臆病者がなんで【ロキ・ファミリア】にいられるんだかな!本当はもう冒険者やめて【ロキ・ファミリア】の事務員にでもなったんじゃねえのか?」

 

 男はラプラスに対して言葉を捲し立てる。ラプラスはすぐにでも立ち去りたかったが、彼の力から少なくともLv.2以上のランクアップを果たした冒険者だとわかり、余計な揉め事を起こさない為にも黙ってそれを聞いていた。

 

「……そもそもこいつがランクアップした時もおかしかったじゃねえか!お前らも覚えてるよなぁ!」

 

 

 

「こいつはLv.2にはとっととなっちまったのによお、突然引退したかと思ったら、なんで()()()()()()()()()()()()()()()L()v().()3()()()()()んだ!?」

 

 

 

「教えてくれよ【自宅警備員(ニート)】?ギルドに金でも積んだのか?」

「おい!もういい加減にしろ!……すまねえ【自宅警備員(ニート)】 。このことは【ファミリア】の奴らには言わないでくれよ」

 

 ラプラスに対して怒りを露わにしていた男は、一緒にいた男達に連れられ、その場を後にする。彼らはラプラスが今回のことを【ファミリア】に告げられることを恐れ、念入りに口外しないことを約束させてきた。

 

「……」

 

 彼らが立ち去った後もラプラスはその場に佇んでいた。

 彼らの言う事に一切の間違いはない。自分はダンジョンにもいかず、更にそんなラプラスはいっそ過剰なまでに【ロキ・ファミリア】幹部から目を付けられている節がある。弱者を嫌うと他派閥にも知られているベートですら、ラプラスに対して邪険にしつつも、【ファミリア】から追い出そうとしたことなど一度もなかった。

 ふと、空を見上げると、()()()()()が闇夜を切り裂き、何処かへ向かっていた。一瞬ではあったが、かの有名な小人族(パルゥム)の四つ子、更に猫人(キャットピープル)の戦車も見えたことから、何か穏やかではない予感がしていた。彼らが過ぎた夜空には、聳え立つ白亜の巨塔が嫌でも目に入った。まるで見下ろされているかのような圧迫感を感じたラプラスは、一つ息を吐くと、目的の場所に行くことはなく、来た道を引き返す。路地の暗闇は、そして迷宮都市の象徴でもある巨塔は、不気味にもまるで彼を舐めつけているかのように、その背中に夜よりも暗い影を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 『黄昏の館』北の塔最上階。

 

「お、おかえり〜、早かったなあ」

 

 扉が開くと、へらり、と人懐こい笑みを浮かべるロキ。彼女はソファに座り、自ら集めた高級な酒で一人酒盛りをしているところだった。

 

「んー、どしたん。何かあったん?」

 

 いつも通り神の部屋であろうと遠慮なく入ってきたラプラスに声をかけたロキは、くい、と杯に入れた深い紅色の液体を煽りながらも、彼の様子が先程別れたときとは違うことに気付く。

 

「……ロキ、【ステイタス】を更新してくれ」

 

 いつになく真剣な眼差しでラプラスはロキを見つめた。

 ロキは、うーんと悩む素振りを見せた。すると間も無く、一度立ち上がり、一つの杯を持ってくると、そこに自分が飲んでいた葡萄酒を注ぎ、さらにソファに腰掛けた自分の隣をぽんぽんと叩いた。

 

「ま、取り敢えず座りぃ。何があったか話してから考えようや」

 

 黙ってロキの言う事を聞いたラプラスは、そのまま彼女の隣に座った。ラプラスが腰掛けたところで、ロキは自らの杯を掲げると、乾杯、と机の上に置いたままの彼の杯をカチンと鳴らした。今度は煽るようにではなく、味わって飲むかのように少しずつその杯を傾けるロキに対して、ラプラスはただ杯に映る自分と見つめ合うだけだった。暫く彼女の喉を葡萄酒が潤す音だけが部屋を支配していたが、不意にラプラスが口を開いた。

 

「……久し振りに自分の器を確認したくなっただけだ」

「ダウト。そんな辛気臭い顔されたら余計何があったか気になるやん。それに、神の前では嘘はつけへんで」

 

 ロキは微かに紅くなった頬でにやりと笑い、ラプラスの顔を見る。部屋の中はラプラスが来たときには少し照明を落とした状態であった。彼を覗き込んだロキだったが、彼の横顔は憂いの帯びた表情と相まって、女好きを公言し、さらに整った容姿の多い神々との交流も多分にある彼女ですら、思わず注視してしまうほどだった。

 こいつ意外と顔良いなと関係ないことを一瞬考えるロキだったが、ラプラスはそんなことも露知らず、何処か思い詰めた表情のままだった。

 

「別に【ステイタス】の更新がしたいこと事態は嘘ではないんだがな……」

 

 いつもなら食い付いてきそうな貴重な葡萄酒にも目もくれず、ぎこちなく薄い苦笑いをする彼の表情から、何かを察したロキはそれ以上詮索することをやめた。

 

「何がなんでも話さんつもりか……」

 

 これ以上は暖簾に腕押しと考えたロキは、はぁ、とあからさまに大きな溜息をつくと、ラプラスに背中を見せるように促す。

 

「かー、全く難儀な子に育ったわ!こんな子に育てた覚えはないで!」

 

 ぎゃいぎゃいと文句を言いつつも、机から針を取り出したロキを見て、ラプラスは苦笑しつつも、上着を脱ぎ、彼女に背中を向けた。

 

「ダンジョンに行くから気ぃ引き締めてるのかと思ったら、まさか落ち込んでるとはなあ」

「落ち込んでない」

 

 意地でも喋らないつもりのラプラスに、ロキは彼の【経験値】を反映しながら、その背中、()()()()()()()()()()()()()()()()()が深々と残る背中に声をかけた。

 

「……Lv.のことで何か言われたんやろ?」

 

 ロキの言葉に答えはなかった。ただ、彼の膝に置かれた拳は先程よりも少し強く握られていた。

 

「……あの時はうちらもお前のことを良く見てやれんかった。それにその後の情報操作も甘かったしな」

「……あれはおれのどうしようもないエゴと幼稚さ、そして醜さが招いた結果だ。全て……自業自得だ」

 

 あらゆる感情を押し殺したように呟かれた言葉に、ロキは何も言うことができなかった。しかし、それでも……

 ロキはラプラスを後ろから抱きしめた。それは、母親が子を慰めるような優しく、温かい抱擁だった。

 

「……子が間違えたら親は全力で叱って、そんでまた送り出してやるもんや。ラプラスはもう反省も後悔も十分したやろ?だったら他の奴に何言われても気にしなくてええ。うちはお前がどんな奴か一番良く解ってる。また同じ間違いをするなんて、お前が一番嫌いなこともな」

「……」

「澄ました顔してとんでもない負けず嫌いで、しかも結構夢見がちな所あることもな。うち知ってんで。ミア母ちゃんの所のエルフちゃんに頼んで鍛錬してもらってることも。毎朝一人で秘密の特訓してることも」

「……!?」

 

 ラプラスを抱きしめていたロキは、いつのまにかその腕を押さえつけるようにし、人差し指で彼の頬をぐにぐにとつつき始めていた。ラプラスは何故かバレている自分の修業事情に関しては流石に驚きを隠せなかった。

 

「ベートといい、ラプラスといい、何でそんなに自分の修行見られたくないん?恥ずかしいんか?」

 

 ぐりぐりと頬に攻撃を加えてくるロキに対して、ラプラスは反論出来ず、顔を赤くし、されるがままの状態だった。暫く弄られていたラプラスは、【ステイタス】の更新が終わっていたことに気がつくと、彼女の腕を振り払った。

 

「ほれ、ほんまに久々に更新したけど……」

 

 ロキから渡された羊皮紙に刻まれていた自らの器は、以前から全く変化はなかった。

 

「まあダンジョン行かなきゃそんなもんやで!これからはぐーんと伸びるて!あんまり思いつめん方がええ!」

 

 からから笑うロキに、受け取った紙をじっと見つめていたラプラスは、ロキの言葉に力無く微笑すると、ソファに掛けていた上着に袖を通し、その紙を持ったまま、部屋を後にする。

 

「……ありがとうロキ。忙しいのにすまなかった」

 

 彼女の方を一瞥もせず、部屋から出て行ったラプラスを見送ったロキは、頭をがしがしと乱暴に掻き、苦々しげな顔をして息をつく。しかし、そのすぐ後に来た客人に顔を綻ばせた。

 

「……ロキ、いる?」

「待ってたでー!アイズたーん!!」

 

 ラプラスのことは目下のところ悩みの種ではあるのだが、今はやって来た彼女に悪戯をすることにしたロキ。彼女がいつも通りアイズにセクハラしようとして斬られかけるのも時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 何度見ても変わらない数字。頭の中では先程の冒険者の言葉が幾重にも反芻していた。

 

「ダンジョンに行かなくなってから、か…」

 

 一人呟くラプラスの瞳は何処か遠くを見つめていた。

 

 

 

 




全冒険者の内半分がLv.1だというのに何黄昏てんだこいつ



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地上より

ダンまち4期決まりましたねぇ〜


「ーー総員、これより『遠征』を開始する!』

 

 ステイタス更新から早2日、【ロキ・ファミリア】遠征の日が訪れた。あれから遠征に行く団員はもちろん、ラプラス達居残り組も忙しなく働き、ようやく準備を完了させた。

 遠征組が多くの人々から見送られる中、ラプラスはホームの窓辺からその様子を見守っていた。

 

「なーんでこんなところにおるん? みんなと一緒に下に行かなくてええの?」

 

 そこに現れたのは主神ロキ。いつにも増して遠征の準備に力を入れていたラプラスが喧騒の中にいないのを疑問に思ったようだ。

 

「ロキの方こそ、主神が見送らなくていいのか? いつもなら一緒に遠征に行く勢いで絡んでいくのに」

「うちはもう昨日散々あの子らと話したからなー。それにうちの子は強いから今回も皆元気に帰ってくる」

 

 ロキの様子にラプラスは口元に笑みを浮かべ、遠征隊の方に目を落とす。

 

「昨日は散々な目にあったからな。今日はここにいろとフィン直々に言われてな」

 

 それは先日の出来事であった。ラプラスは以前(膝枕)のお礼としてティオナにネックレスを渡したのだった。夕食の【ファミリア】全員がいる中での突然の出来事に女性陣は黄色い声をあげ、男達もそれに乗じて、いつもの賑やかさに増してさらに騒がしくなっていた。当の本人達は片や頭に疑問符を浮かべ、片やあまりにも突然すぎて完全に混乱してしまい硬直するという事態になった。

 ティオナが夢見心地の気分から帰ってきた頃にはラプラスは既に居らず、遠征前日の忙しさに気付けば深夜。漸く彼の部屋を訪れ、嬉しさのあまり一晩中部屋にいると宣言された彼は団長、副団長、彼女の姉を召喚。あわや大事故が起きる寸前に自分の部屋に戻されたティオナ(その後フィンとティオネの間にも一悶着あったそうだが)に、すっかり眠気など吹き飛ばされてしまったラプラスは結局一睡もすることなく今を迎えているのであった。

 

「お前も前日に爆弾投下すんなや、自業自得やでホンマに。あとラプラスが昨日フィン達と怪しい取引してたんも見てたでー」

「……善処する。それとあれは別に怪しくも何ともない。ただ魔剣を10本程貸しただけだ」

 

 前日、団長室を訪れたラプラスはフィンに自らの秘蔵っ子である上質な魔剣の数々を今回の遠征のために渡していた。前回の遠征にて現れた芋虫型の新種の魔物に対抗するために必要なものだとして、ダンジョンに行かなくなってから密かに集めていたものだった。フィンからすればラプラスがこの魔剣のコレクションを貸し与えることも、彼がここまで遠征に協力的なのも珍しいことだと驚くのであった。

 

(気をつけろ……フィン。今この都市では何か黒いものが蠢いているぞ……)

 

 ラプラスの予感が果たして杞憂で終わるのか、遠征に行くことのできない彼らにとって心配な種は尽きないものであった。

 

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】遠征出発から3日後、ラプラスはある高級酒場にやってきていた。厳かな雰囲気の中、そこにいたのは三柱の神とその眷属達。

 

「なんでこんなことになったんやろ……」

「まあまあ、僕たちは運命共同体じゃないか」

 

 三柱はロキ、ラプラスにとっては交流の深いヘルメス、そして最後の一柱は初めて会う神物であった。

 

「すまない、ロキ。私にとってもこの状況は不本意なんだ」

 

 ディオニュソスと呼ばれるその神は神の例に漏れず美しき美貌を曇らせ、不機嫌そうにため息をついた。ロキから着いてこいと言われやってきた酒場にいたのがディオニュソスだったのだが、いつの間にやらヘルメスも加わっており、ラプラスは他の神の眷属達に倣い壁際で話の成り行きを見守っていた。

 

(というより、最も力のある【ファミリア】の護衛がおれ1人とは、この場で交渉決裂即戦闘なんてやめてくれよロキ……)

 

 十中八九あり得ないだろうと思いながらも、戦力差を加味して一応逃走ルートは確保しておこうと考えていたラプラスであったが、そもそもディオニュソスはまだしも自分のよく知るヘルメスという神が仮に自分たちを本気で殺しに来るならば、この酒場の周囲を徹底的に封殺していることは明白であるため、この考えは野暮なのではないかなどと神同士の会合そっちのけで思考の渦に飲まれていた。

 

「……ところで、ラプラス君また自分の世界入っちゃってるけどあれ護衛として大丈夫なの?」

「ロキの所の子は個性豊かなことは存じていたが、また強烈だなあの子は……」

「あんなんいつものことや、気にしたら負けやて。さて、そろそろお開きにしよか。やっぱりうちらにはまだまだ情報が足りなさすぎる。ここから先の議論はフィン達が持ち帰ってきたものを合わせてからやな」

 

 夜も更けた頃に三柱による会合は終わりを告げた。

 

「ほら、帰るでラプラス。いつまでぼーっとしてんねん」

 

 終始全く関係ないことを考えていたラプラスであったが、流石に呼び止められては思考を切り替え、ロキの方に向き直った。

 

「なんだロキ、いざとなったらあの窓からお前を抱えて飛び降りるから心配するな」

「いや何考えてんねん、逆に心配なるわそんなん!? て、そうやなくてお前今回の食人花の件やらどう思う?」

 

 店を出てホームへの帰り道。月夜が照らす都市はまだそこかしこの店に灯りが灯されており、彼らの宴が続くことを示していた。先程の会話を話半分に聞いていたラプラスだったが、なぜ自分に問うのか疑問に思いつつも、ロキからの質問に自らの偽りない考えを答えることにした。

 

「……フィン達の話を聞く限り、少なくともダンジョンからの抜け道がこの都市のどこかしらにあるのは間違いないだろうな。そして、これはおれの戯言として聴いてもらって構わんが、その抜け道を闇組織(イヴィルス)の奴らが発見、もしくはそいつらが作った……なんてこともあり得るかもな」

 

 ラプラスの考えを聞いたロキは露骨にため息をつく。

 

「ま、そうやろなぁ。闇組織(イヴィルス)の奴らもそうやし、うちらとしてはギルドをあんまり疑いたくはないけど、ウラノスのジジィが何考えてんのかもいまいちピンとこーへんし」

「おれ個人の意見としてはギルドは白だと思うがな。ギルドの連中がダンジョン引いてはこの都市を危険に晒すメリットなんてまるでない。ましてやあのロイマンがそんなことするとは到底思えん」

 

 ラプラスの脳裏には同胞に嫌われまくっているギルドの長でもあるふくよかなエルフが思い浮かんでいた。ギルドの富を一番に享受し、それを惜しみなく使っている彼がその地位を捨ててまで今の安定した暮らしを脅かす行為を働くとは考えられなかった。

 

「それはそうやけども……あーもうわからん!! わからんことだらけや!! ラプラス、どうせ明日も暇やろ? 飲み直すで!!」

 

 ラプラスの最もな意見にロキも同意するが、どうにも拭えない不安感に苛立ち大声をあげる。そんな主神の姿に苦笑するラプラスだったが、彼女のそういった姿は見慣れたものであるし、何より彼もせっかく良い店に行ったのに酒の一つも飲めないのは口が淋しいと感じていたのだった。

 

「……つくづく、主神がお前で良かったと思うよ。ところでいいのか? 明日は神会(デナトゥス)だろう。しかも自分から呼びかけたと聞いたぞ」

「ちょっとくらい平気やって! 明日に向けて英気を養うのも大事な仕事やろ!」

「ふむ、確かに」

 

 

 自分たちにできることは遠征に行った彼らを信じて待つことであり、そして彼らがどんな困難にも立ち向かうことができる力を持っていることを一番よく知っているのもまたラプラスとロキなのであった。物事を暗く考えても仕方ないと楽観的にロキは口直しを提案し、ラプラスもその考えに賛同する。しかし、悲しいことにここに彼らを止めることのできるストッパー役は一人もおらず、酒に飲まれる一人と一柱に自重と言う名のブレーキを踏むことができるはずがないのは火を見るよりも明らかなことなのであった。

 

 

 

 

 

 

「よっしゃそろそろみんな集まったな!そしたら始めてくでオロロロロロロ」

「「「「「「「うわああああぁぁぁ!!ロキが吐いたあああああぁぁぁ!!!!!!!」」」」」」」

 

 司会進行のロキが初っ端に吐くという事件は起きたものの、その日の神会(デナトゥス)はつつがなく進行していった。

 

「そろそろ始めよか。命名式や」

 

 そしてある意味では神会(デナトゥス)の目玉、命名式が始まろうとしていた。ロキは今回の神会(デナトゥス)における一番の盛り上がりは間違いなくアイズのLv.6についてだと考えていた。

 

「というわけで命ちゃんの称号は【絶†影】に決まりだな」

「やめてくれええええぇええぇぇぇぇ!!!!!」

 

 着々と二つ名が決定していく中で、遂にアイズの番がやってきた。

 

「【剣姫】キター!!!」

「姫は相変わらずだなぁ」

階層主(ウダイオス)を一人で倒すとは……オッタルさんよりやべえのでは!?」

「オッタルさんも一人で遠征行って階層主(バロール)倒してっから……」

「ウダイオス……いい奴だったよ」

「まあ奴は四天王の中でも最弱……」

「ウダイオスさんの悪口はヤメロォ!!!」

 

 階層主を倒す偉業を成したアイズに対して神々が好き勝手に話しているが、都市最大派閥【ファミリア】の一員であり、特にロキに気に入られているアイズに対して可笑しな二つ名を付けるわけにもいかず、そのままとなった。

 

「……たく、喧嘩する相手は選べっちゅーのに。んで、次がラストやな」

 

 ロキは手元の羊皮紙を見る。そこには緊張した面持ちで似顔絵が描かれたヒューマンの姿があった。

 

(ホンマに【ランクアップ】しとるな……しかも何やねん、一ヶ月半て)

 

 そこにあったのは未だ都市に来て日の浅い冒険者特有の簡素な関連情報、そして【ランクアップ】にかかった所要日数だった。

 

(アイズの記録を抜いただけやない……あのドチビわかっとるんか、この情報を神ども(コイツら)に渡すことのリスクを……)

 

 ロキは手元の資料を見ながらイカサマの虚偽報告のことも考えるが、いくら大嫌いな神であるヘスティアであっても彼女がそんなことをする神物ではないことはよくわかっているのだった。

 

「おい、ドチビ。二つ名決める前にちょっと聞かせろや」

 

 初めての神回、初めての眷属の命名式に見るからに力んでいるヘスティアに対して、一割にも満たない疑いと、残りの九割以上を占める嫉妬と苛立ちを込めてロキは問う。

 

「うちらの『恩恵』はこういうもんやない。お前、まさかとは思うけどうちらの力使ったんやあらへんよな?」

 

 ダラダラと冷や汗を流すヘスティアに対して、質問を投げかけるロキは内心せいせいしながら凄みをきかせる。ロキの言っている『神の力(アルカナム)』の行使など使ったら一発でバレる訳で、万に一つもない稚拙な言い分ではある。しかしそんなことを指摘してロキに目をつけられては溜まったものではないし、集う神々もヘスティアの眷属の異常な成長速度に興味があったため、誰もヘスティアに味方するものはいないのであった。

 

「あら、別にいいじゃない?」

 

 しかし、その直後に二人の間に割り込むようにある神が声を響かせた。

 

「あぁん?」

「え?」

 

 ヘスティアとロキだけではなく、成り行きを見守っていた他の神も、声の方を見やる。

 

「ヘスティアが不正していないと言うのなら、無理に問いただす必要もないでしょう? それとも嫉妬しているの、ロキ。自分のお気に入りの子供の記録が()()もヘスティアの子に抜かれたから」

「んなわけあるか」

 

 天界からの長い付き合いである美の神、そしてロキと同じく都市の中でも有数の発言権を有するフレイヤに心の内を見透かされながらも即答するも、ロキはここで口を挟んできた彼女の神意に気付く。

 

(ちっ……そういうことかい色ボケ女神)

 

 以前怪物祭の時に話した内容を思い出す。ラプラスと合流する前に彼女と会っていたロキはその時忠告された内容に漸く合点がいったのだった。

 

(つまりあの色ボケの次の獲物は、ドチビの……)

 

 その時交わした契約により、ロキは今後フレイヤの獲物、つまりベル・クラネルに対する行動全てに目を瞑る必要があったのだ。

 結局その後もフレイヤが望む通りの展開となり、ベル・クラネルの成長に関することは有耶無耶になる。いつの間にかフレイヤの指示でベル・クラネルの二つ名の話し合いに移行している中で、ロキは心中穏やかではなかった。

 

(フレイヤが気に入るほど、ドチビの子は素質があるっちゅうことか? しかもうちの子達まで引き合いに出して……あ〜っ、気に食わんな〜っ!!)

 

 しかし契約とはいえ、自らがいいように扱われていることがロキには我慢できなかった。そして、イライラしながらこの状況の当事者でありながら取り残されるヘスティアに近づいた。

 

「……注意しとけよ、ドチビ。あのフレイヤが子供をかばったんやぞ? その意味わかっとるよな」

「……どういうことだい?」

 

 未だ混乱から抜け出せずにいるヘスティアに対し、ロキは鼻を鳴らす。

 

「はっ、ホンマにわからんのか。……まあええわ、どうせうちには関係ないことやしな」

 

 そう言い残し、自分の席に戻っていく。ヘスティアに対して助言するというのも癪に触るが、フレイヤの手のひらで踊らされるのも業腹であった。最後の最後に嫌な感じやな、と思いつつも一ヶ月半という前代未聞の記録を成し遂げた少年の顔を見る。緊張しつつも希望に溢れたその顔つきに、一つの記録を()()()()()存りし日の少年の思い出へと耽るのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふぇっくしオロロロロロロ」

 

 神会が終わりに差し掛かっていた頃、ラプラスはギルドに続く大通りから一本外れた裏道で吐いていた。

 

「誰だ、おれのことを噂しているのは勢い余って出てきてしまったではないか」

 

 前日ロキと飲みに行った彼は案の定留まるところを知らず、朝まで店を梯子した結果這々の体でホームまで戻ってくるという悲惨な事態を起こした。【ファミリア】の団員が遠征に行っているのに主神と共に朝帰りをした彼はこってり絞られた後、昼を過ぎた頃にようやく解放されたのだった。

 

「ロキめ……自分は神会(デナトゥス)があるからといって早々に逃げるとは……しかもおれが全部の店で支払ってるじゃないか、絶対に許さんぞ」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、最悪の体調であってもどうしてもギルドに行かなくてはならない理由が彼にはあった。それはロキが逃げ出した原因でもある神会(デナトゥス)、そこで任命される二つ名をいち早く知るためであった。

 様々なことに精通していることで知られるラプラスではあるが、その中でも冒険者の二つ名を確認することは昔からの趣味である。元々独創的な考えを磨くために、神の超越した感性を直に感じ取れるのではないかと始めた二つ名の確認であったが、想像を絶する神々が与え賜うた二つ名の数々に魅了され、いつの日からかギルドにやって来る神会(デナトゥス)直送の二つ名の一覧を求めるまでになっていた。下界の子供達にとって神々が授ける称号は自分達の考えでは到底及ばない素晴らしいものであり、ラプラスにとってそれは正に魂が震えるほどの衝撃を与えたのだった。

 

「ハァハァ、ようやく着いたな。くそっおれも『耐異常』のアビリティがあればこんなことにはならないというのに…… 神会(デナトゥス)はとっくに終わった時間だな。そろそろ届いていてもおかしくないが」

 

 やっとギルドに着いた頃には神会(デナトゥス)は終わっていても良い時間であった。ギルドの職員達もどこかそわそわとしていることが見て取れた。神会(デナトゥス)の結果を気にしているのは例えギルドであっても同じことなのだ。

 

「あ、ラプ君こっちこっち! やっと来た、今回も見るでしょ二つ名リスト」

 

 ギルドに着いたラプラスはエイナに呼び止められる。普段は昼間に訪れることの少ないラプラスがやって来ることはエイナには当然わかっていることだった。

 

「今回もすまないな、チュール」

「いいのいいの、ほらこれが今回のリストだよ。【ロキ・ファミリア】からはヴァレンシュタインさんが候補になってたけど、結局変わらなかったんだね」

「アイズの二つ名は神々の間では特にお気に入りらしいからな。きっとあの二つ名に匹敵するものが出なかったのか、もしくはロキが却下したんだろう」

 

 リストを受け取ったラプラスは早速目を通していく。神会(デナトゥス)で使われていたものではないが、冒険者の簡易な情報も載っているため、神々がどのような意図でその名を授けたのかを考えるのも彼の楽しみであった。

 

「ほぅ、今回も素晴らしい二つ名ばかりではないか。見ろチュール。この【絶†影】なんて、一体どんな神が考えたんだ。惚れ惚れしてしまうぞ」

 

 目を輝かせて食い入るように羊皮紙を見つめるラプラスにエイナは思わずくすりと微笑んだ。

 

(あんなに熱心なラプ君、久しぶりに見たな……)

 

 時に会話を交わしながら読み進めていくラプラスは嬉々として読み進めていたが、最後の一人の情報を見ると少し顔を歪め、エイナの目をまっすぐに見つめた。

 

「……どういうことだ、チュール。これは虚偽報告ではないのか」

 

 そこにあったのは【リトル・ルーキー】ベル・クラネルの記録であった。

 

「……本当だよ、ラプ君。信じられないと思うけど、ベル君は本当に一ヶ月半で【ランクアップ】を成し遂げてしまったの」

 

 再びちらりとベルの記録を見るラプラスだったが、エイナにリストを返すと声を抑えて話を始めた。

 

「チュールのことだ、無茶をさせたわけではないことは分かっている。だが、クラネルの神は何を考えているんだ? こんなことをしては彼らの安全が保障されるとは限らないぞ」

 

 過去偉業を成し遂げた時、アイズもラプラスも騒ぎにはなりはしたが、【ロキ・ファミリア】という名前の庇護を受けて直接の被害を被ることはほとんどなかった。しかし、お世辞にも強者の部類に属していない【ヘスティア・ファミリア】、そんな弱小【ファミリア】から記録破り(レコードホルダー)が出たとなっては彼らにどんな危険が及ぶかわからない。神ヘスティアはこんなにも目立つ行いをして自らの眷属を危険に晒していることをわかっているのかラプラスは疑問に感じた。

 

「間違いなく話題になるだろうね。それに、ベル君本人も危ない橋を何本も渡っていて、その度に注意はしてるんだけど、いくらなんでもこの成長速度は……」

「異常だな。少なくとも何かしらの『スキル』『魔法』の類いが関わっているのは間違いない」

 

 他人のステイタスを見ることは御法度とされており、もちろんベルのステイタスを見たことのないラプラスですらわかるほど、ベルの昇格の速度は常軌を逸していた。かつて自らも行った荒業に近いことを行なっているのではないかと邪推してしまうのも無理はないことであった。

 

「しかし、クラネルは毎日ダンジョンから帰還しているのだろう?」

「うん、今のところ到達階層も上層までだからね」

 

 余程効率よくモンスターを狩っているのか、しかし『狩人』のアビリティがあったとしてもその蓄積の比ではなく、Lv.1の段階でアビリティを取得することは不可能である。

 完全に考え込んでしまうラプラスに対して、エイナは申し訳なさげに彼の顔を覗き込む。

 

「ごめんね、ラプ君。ベル君の成長規範は伝えられないんだ。ギルドの規則だし……」

「ああ、それに関しては全く謝る必要などない。成長の仕方は人それぞれであることは十分承知していることだ。だが、ダンジョンのことは自分で何とかするとして、問題は地上にいる時だな……」

「そのことなんだけど、ラプ君。ベル君のことを気にかけてあげてくれないかな?」

 

 エイナは心配そうな表情でラプラスに提案する。ダンジョンに入ってしまえば酷なことを言ってしまえば自己責任となるが、迷宮都市にいる間はせめて安全に過ごして欲しいという願いだった。

 

「ラプ君なら都市の色々な所に顔が利くし、それに個人的にはベル君はラプ君にとっても良い刺激になるんじゃないかと思うんだよね」

「それは別に構わんが、おれも他の【ファミリア】の団員を常に見ていることなんて出来ないぞ」

「本当に気にかけてくれるだけでいいの。ベル君が危ないことに巻き込まれるかもしれないから……」

 

 エイナの言わんとしていることが良くわかるラプラスは一つため息をつく。

 

「……わかった。だが、おれもダンジョンに行くようになる時が来る。その時までには彼自身が自衛できる状況になっていればいいが……」

 

 ラプラスはあの人畜無害そうな少年を待ち受けるであろう苦難を思うと、思わず表情を硬くするのであった。

 

記録破り(レコードホルダー)は良くも悪くも自分だけではなく、周りに影響を及ぼす。クラネルは否が応にも迷宮都市の洗礼を受けることになるだろうな……)

 




この作品が完結するまでに!!!!!
ダンまちは一体何期必要なんですか!!!!!
お待たせして大変申し訳ありません!!!!!


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地下へと

急に投稿し始めるやつ〜



 ーー深い微睡みの中で揺蕩うような感覚を覚えた。

 ーーここは夢の園か?

 ーーこちらを見ろ

 ーーここは何処だ?

 ーーお前は誰だ?

 ーーこちらを見ろ

 ーー今、何を見ている?

 ーーこちらを見ろ

 ーーこちらを見ろ

 ーーこちらを見ろ

 

 コ チ ラ ヲ ミ ロ

 

 

 

 

 最悪の寝覚めだった。

 時々、ラプラスは寝覚めが極端に悪くなる日があった。それは倦怠感や疲労感により押し潰れそうになるほど、まるで眠りから覚めるのを体が拒んだかのような感覚を覚えるという独特なものだった。そしてその原因を突き止めようとあらゆる方法を試したが、全く効果は現れず、唯一分かったことといえば、一度眠りについてしまうと、その夜見ていた夢の内容が一切思い出せないということとこれが起きる時は決まって彼の周りで何かが起こるということだった。

 前日の記憶は遠征に行った【ファミリア】の面々の安全を願ってと称していつも通り『豊穣の女主人』に行き、リューと晩酌をした所で途切れている。正確には、介抱されながらホームに帰ってきたところまでは覚えている。しかし、記憶が飛ぶほど酔っ払ったわけでもなく、気付いたら倦怠感と疲労感のある朝になっていた。いつものことだと頭を切り替えるが、気分が良くなるわけではないのだった。

 

(毎度のことながら、なんなんだこの症状は。最近は収まってきていたのにどうしてまた……)

 

 【ロキ・ファミリア】が遠征に出てから10日目の朝は久しぶりに憂鬱な気分から始まった。

 

「なーんか暇やなぁ〜、特にやることないしなぁ〜、アイズたん達早く帰って来んかな〜」

「うだうだ言ってもしょうがないだろ、ロキ。あと今日は久々に気分が最悪だ。正直部屋に引きこもっていたい」

「そしたらホントに暇になるやんか〜、構えーうちを構えー」

 

 朝食を済ませた後、調子を整えるために安静にしていようと部屋に戻ったラプラスはいつの間に入り込んでいたのかロキに絡まれていた。ラプラスは殆ど寝るためにしか部屋を使っていないことに加え、彼の『魔法』のこともあるため、その部屋にあるものは殆ど相部屋の団員のものであり、彼の物といえばベッドとその傍にある小さな箪笥くらいのものだ。その相部屋の住民も今は遠征に向かっているため、一人で使っていたのだが、自分のベッドの上に堂々と寝転ぶ主神に頭が痛くなる。

 

「……勘弁してくれ。後で幾らでも遊んでやるから、今日はもう休む」

「はぁ〜、タイミング悪いなぁ。ま、しょうがないかお大事にな」

 

 ロキはラプラスが度々このような状態になることはよく知っているので、体調を慮り部屋を出ようとする。しかし、ロキがベッドから立ち上がった瞬間、部屋のドアが大きくノックされる。

 

「はいはーい、どちらさん?」

「ロキ、こんなところに! 急いで来てください! ベートさんが帰ってきました!」

「なんやなんや、ただごとじゃないな、どないしたん?」

 

 扉の前にいたのは息を切らした男性団員だった。その様子を見るに最上階の主神の間からずっとロキを探し続けていたのだろう。その慌てた様子に只ならぬ雰囲気を感じたロキは急いで部屋を出ようとする。その後ろからラプラスが呼び止めた。

 

「待てロキ、おれも行く。ベートだけ帰ってくるなど何かあったに違いない」

「まだ寝てなくてええんか?」

「愚問だ。遠征部隊の労力に比べたらおれの体調など二の次だ」

 

 心配そうにロキに問われるが、ラプラスははっきりとした口調で答える。

 

(嫌な予感の正体はこれだったのか……?)

 

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】ホームの広いエントランスホールでは一人の狼人(ウェアウルフ)が帰還していた。その戦闘着はボロボロになっており、くぐり抜けてきた修羅場を物語っているかのようだった。

 

「おーっ! ベートー!! よく帰ったなー!!」

「うるせぇ、まだやることがあんだよ」

 

 子の帰りを喜び、はしゃいで飛び付こうとするロキをベートはあっさりと無視した。

 

「……状況は?」

毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)にやられた。今は18階層にいる。面倒くせぇが三分の一はあいつらの毒で動けやしねぇ」

「また面倒な……今団内にあるものとおれの手持ちの解毒薬を合わせても全員分を集めるのには二、三日はかかるだろうな」

「俺は【ディアンケヒト・ファミリア】に行く。どうせ買い占めても足りねえだろ、他の連中には都市中の道具屋を回らせろ」

「それならばおれはギルドに行って報告をしてくる。追加で他の冒険者からの情報を集めると共に注意喚起を促してくる」

「オッケーや、こりゃ忙しくなるで〜」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばすベートとラプラスに従い、団員達は解毒薬を求めて出発していく。ベートに替えのバックパックと骨付き肉を渡したラプラスは周りが落ち着いたところでベートに尋ねた。

 

「ところでフィンから何か言伝はないのか?」

「……ちっ、てめぇに言われて思い出したよ。おい、ロキ」

 

 肉を食べ終わり、戦闘着をまさぐった彼は懐から羊皮紙の巻物を取り出すと、それをロキに手渡した。巻物を渡したベートは後はてめえらで何とかしろ、と玄関口へと向かう。渡された巻物に書かれていた内容を読み終えたロキは、その口に笑みを浮かべた。フィンが主神に伝えたのは59階層で判明した情報、『穢れた精霊』、そして都市崩壊の計画であった。ロキの手元からその中身を覗き見たラプラスは、彼女の神意に気づき、そしてまた自らの嫌な予感が概ね当たってしまったことに辟易するのであった。

 

 

 

 

 

 

 フィンからのメッセージを受け取ったラプラスはすぐにギルドへと向かっていた。目的は毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大量発生についての情報提供と遠征部隊の現状の詳細な情報を求めてだ。ギルドに着いたラプラスはエイナを見つけ話しかけようとするが、そこに先客がいることに気づいた。

 

「アドバイザー君、ベル君達の情報を集めてきてくれないかい? それと冒険者依頼(クエスト)も発注する。依頼内容は『ベル君達の捜索』だ」

「わかりました、上層部の許可を貰ってきます。掲示板に貼り出されるには少し時間がかかりますので、ご了承ください」

「わかった、頼んだよ」

 

 そこにいたのはどこかで見たことのある幼い女神だった。しかし、その胸にはロキが嫉妬で狂うような大きな双丘があり、ある意味一度見たら忘れられないインパクトを持つ女神であった。

 

(あれが神ヘスティアか。ロキが目の敵にしているという……)

 

 ロキがやっかみをかけているのはどう考えてもあの豊満なものであろうことは明白だったが、それよりも彼女とエイナとの会話で気になる内容があった。

 

「ベル・クラネルがどうかしたのですか?」

 

 思わず声をかけたラプラスに、ヘスティアは驚きそちらに振り返る。近くで見ると尚更その幼さと神に違わぬ可憐さを併せ持つ女神だということがわかる。突然話しかけられたヘスティアは少し動揺しながらもラプラスに目を向けた。

 

「君は、ベル君の知り合いかい?」

「……知り合い、とまでは行かないが、お互いに面識はあります」

「ヘスティア様、彼はラプラス・アルテネス。【ロキ・ファミリア】の団員でベル君と同じく私の担当冒険者です。彼の【ファミリア】に……『【ロキ・ファミリア】だって!?』

 

 ラプラスの紹介をしたエイナを遮り、ヘスティアは叫んだ。彼の所属する【ファミリア】はヘスティアにとっては最悪の相性といって良いものだからだ。

 

「……アドバイザー君、背に腹は変えられない。ベル君を助けるためなら、ボクは何だってする。例え大嫌いなやつの子供に頭を下げることになってもね」

 

 エイナの方を見た後に目の敵のように睨まれるラプラスであった。しかし、幼さが勝るヘスティアに睨まれてもそれほど怖くないばかりか、可愛さの方が勝っているとすら思っていたが、ヘスティアのその言葉には思わず口を挟んだ。

 

「お待ちください、神ヘスティアよ。おれは確かにロキの眷属ではありますが、ベル・クラネルは個人的にも気になっていました。彼に何かあったのならば是非協力させていただきたい。これはおれ個人の頼みです。どうしても嫌だというのならばすぐに去ります」

 

 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に嘘はないとわかり、ヘスティアは渋々状況を説明する。それを聞いたラプラスはダンジョンに関わることであり、自らの手には負えないことを謝罪した。

 

「申し訳ありません、おれは諸事情でダンジョンには行くことが出来ず……力になれず、本当に……」

「いいんだ、ラプラス君。君の誠意は十分伝わってきた。ロキのことは嫌いだが、【ロキ・ファミリア】にも良い子がいると知れて良かった。また何かあったらお願いするよ」

 

 そう言い残し、ヘスティアはギルド本部を後にした。ヘスティアの姿が人混みに紛れ見えなくなると、ようやくラプラスは自らの要件をエイナに伝えた。

 

「チュール、続け様に悪いが急を要する案件だ。現在下層で毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が大量発生しているとの情報が出ているか? どうやら遠征部隊がそこに遭遇したらしくてな」

「ラプ君、来ると思ってたよ。ベル君のことは他の冒険者に任せてね。それで、丁度そのことに対してギルドから注意が出されるところだったんだ。でも【ロキ・ファミリア】の遠征部隊の被害状況はこちらは把握できていないんだよね。まだ中層からの帰還者の話を聞けていない状態で……」

 

 やはりギルドにも情報が伝わっているようではあったが、具体的な被害状況に関しては全容を掴めていないようだった。

 

「いや、問題ない。確かにあの虫の毒は厄介だが、遠征部隊には回復術師もいる。万が一にも毒で死者が出ることはないだろう。いざとなったら手持ちの解毒薬を持たせてベートに走ってもらうが……」

 

 ラプラスは悔しそうに顔を歪ませる。ダンジョンに行くことのできない彼には今尚彷徨い続けているベルを助けに行くことも、苦しんでいる仲間に解毒薬を渡すこともできなかった。遠征に行くことの出来ない彼に今出来ることはこれくらいしかなく、その不甲斐なさを痛感していた。自分が行って解決できるわけではないが、少なくとも、何かその場にいたことで出来ることがあったのではないかと。

 

「ラプ君……今私たちに出来る事は信じて待つことでしょ? 私たちの方にも情報が入って来るから逐一ギルドに来てもらえると助かるな」

「……了解した。忙しいのにすまなかったな、チュール。また何かあったらよろしく頼む」

 

 ラプラスはエイナに背を向けてギルドから走り去っていった。次は解毒薬を集めに行くのだそうだ。彼の迷宮に対する思いは自らの探索欲だけではなく、共に冒険する仲間に対する想いも込められていることをエイナはその背中から感じ取るのだった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、今のところ用意できる解毒薬はこれが限界だ。必要数の半分程でしかないが……」

「ちっ……しょうがねぇ、ディアンケヒトんところも二日はかかるらしいからな。あいつらこんな時にも足元見やがって」

「仕方あるまい、向こうも商売だ。ロキ、どうする。向こうの重症者がわからない以上、今ある分だけでも早急に届けたいところだが……」

 

 その日オラリオ中から集められた解毒薬は絶対数には到底及ばない量であった。元々下層の稀にしか存在しないモンスターであり、更にそのモンスターのドロップアイテムでしか特製の解毒薬が作れないとなると緊急事態の際に数が足りなくなるのも明白だった。

 

「うーん、先に誰かに持って行かせた方がいいかもな。ベートは出来上がったやつを持っていくとして。とりあえず今できる即席のパーティで18階層まで持っていけるか?」

 

 いくら都市最大派閥とはいえ、遠征にその上位冒険者の殆どを割いてしまっているこの状況では、18階層まで向かわせることのできる団員は残されていなかった。

 

「……冗談言うなよ、ロキ。残ったこいつらが中層に留まれるわけねーだろ。俺が行って帰ってくりゃいい話じゃねーか!」

「それはダメだベート。お前も遠征の疲労が溜まっている。幾ら中層とはいえ、お前にばかり負担をかけさせるわけにはいかない」

 

 逸るベートを宥めたラプラスはロキの目の前に行くと、その瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「……ロキ、おれに一つ提案がある」

 

 ラプラスの案はロキを驚かせるとともに、非常に悩ましいものとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 夕刻、【ミアハ・ファミリア】ホーム、『青の薬舗』

 

 【ミアハ・ファミリア】のホームでは、現在ベル一向捜索のための会議が行われていた。

 ホームに集っているのは主人であるミアハとその眷属ナァーザ。そして【タケミカヅチ・ファミリア】の面々、ヘファイストスにヘスティアという顔ぶれだった。救助隊は【タケミカヅチ・ファミリア】から3名、【ヘルメス・ファミリア】からは団長のアスフィが同行し、計4名で構成されることとなる。そこに颯爽と現れた、直接の関わりを一切持たない神物ヘルメスは、ただ彼の眷属を同行させるためにやってきたのではなかった。

 

「もちろん、今回の探索にはオレも同行する」

 

 柔和な表情でどこか胡散臭さが抜けない男神ヘルメスは悪びれもなくそう言い放つ。己の眷属のみに聞こえるようにこそこそと囁くヘルメス。

 

「アスフィがオレの護衛をしてくれるなら大丈夫さ、任せたぞ!」

 

 思わず眉間を抑えるアスフィに、ヘルメスはニヤニヤと笑っていた。それを目敏く見つけ、黒のツインテールを振り回しヘルメスを拘束するヘスティア。

 

「うぉっ!?」

「待つんだ、ヘルメス。ボクもベル君を助けに行く」

 

 有無を言わせぬ迫力でヘルメスに迫るヘスティアだが、慌てるヘルメスは彼女を説得する他なかった。

 

「ダンジョンは危険だ! 『神の力』が使えないオレ達ではモンスター達に太刀打ちできない」

 

 その忠告に対し、ヘスティアは当然承知であると頷く。

 

「でもヘルメスが行くなら、神が一柱、二柱増えても今更変わらないだろう?」

 

 その上でヘスティアの意思は固かった。自分の子を他人に任せて指を咥えて待っていることしか出来ないなど、彼女には考えられないことだった。半ば強引に同行を取り付けると、ますます困惑するのはヘルメスの方だった。

 

「……不味いな、アスフィ。彼が来ない以上、ヘスティアとオレを一人で守れそうか?」

「【タケミカヅチ・ファミリア】の彼ら次第ではありますが、保証はしかねます」

「だよなぁ……」

 

 ヘルメス一人ならまだしも、ヘスティアまで着いて行くとなると、今の戦力では心許ないということには同意する他ない。ヘルメスが熟考する中、突然ホームの扉を勢いよく開ける人物が現れた。全員が驚き、そちらに目を向けるとそこに立っていたのは息を切らせたラプラスであった。

 

「……ここでベル・クラネル捜索についてお話しされていると聞き参りました。神ヘスティアよ、無礼を承知でお願い致します。おれを彼の捜索(ダンジョン)に同行させて頂けないだろうか」

 

 

 

 

 

 

 ラプラスがロキに提案したのは至ってシンプルなものだった。現在【ヘスティア・ファミリア】の【リトル・ルーキー】が遭難している。ヘスティアはそれに対して冒険者依頼(クエスト)を発注している。自分がそれを受けて彼らの依頼を達成するとともに今ある分の薬を18階層まで届けるというものだった。当然、ロキはその案に反対した。ただでさえ久しぶりのダンジョン攻略になるのにいきなり中層までの道のり、さらにあのヘスティアを助けることなどあり得ないと。フィンとの約束に関しても条件を満たすLv.4以上の冒険者などいるはずがないと捲し立てた。ベートもロキの剣幕に口をつぐんだが、ラプラスの案には反対だった。ただでさえ弱者が嫌いな彼はそもそも主神に冒険者依頼(クエスト)を出してもらって助けてもらっているあの兎野郎が気に食わなかったことに加え、合理的ではないラプラスの考えにも納得いかない部分があったのだ。

 

「絶対反対や。なんでわざわざあのドチビ助けなあかんねん」

「……反対するとは思っていた。だがいいのか? ここで冒険者依頼(クエスト)を受けておけば神ヘスティアに多大な恩を与えることが出来るぞ。あの方の眷属に対する愛は本物だ。例えいがみ合っている神の眷属でも助けは拒まないはずだ」

「アホ抜かせ。あのドチビに関わる必要がないっちゅうねん。ドチビの弱小【ファミリア】を都市最大派閥(うち)()()()()助けたってなると面倒臭い関係を邪推されるやろ」

 

 たしかにロキの言う通り、強大な【ロキ・ファミリア】が誰もノーマークであった【ヘスティア・ファミリア】に肩入れしたとなると、何か関係性があるのではないかと勘繰る輩が出てくるのは想像に固くなかった。

 

「いや、それに関しては普段から神ヘスティアと仲が悪いことを知られているから問題ない。あのロキが露骨に神ヘスティアを助けたとなると大半の神はいつもの嫌がらせの延長だと思うだろうしな。それに【ロキ・ファミリア】からの人員はおれだけでいい。フィンとの約束も守れる算段がついている」

 

 ロキを宥めるように言葉を紡ぐラプラスの態度に半ば苛立ちながらロキは啖呵を切った。

 

「あーそうかい! なら集めてみいや、Lv.4二人。言っとくけど【ロキ・ファミリア】(ウチ)からは誰も出さんし、絶対反対やからな! あと適当な奴捕まえて嘘言うんもあかん。神に嘘は通用せえへんからな」

 

 それを聞くと顔を引き締めたラプラスはありがとう、ロキと言い残し急いで何処かへと走り去っていった。ロキとラプラスのやりとりをじっと見ているだけだったベートは、ラプラスの背中を見ながら、ため息をつくロキに近づいた。

 

「……おい、何許してんだよ」

「……しゃあないやろ。ああなったらあの子は聞かないし、ウチにわざわざ言ってきたってことはもうアテがあるっちゅーことやろ」

 

 もう一度大きくため息を吐くロキ。その様子に鼻を鳴らしたベートは、先程の彼らの舌戦の最中、ラプラスの様子がどこかいつもと違うことを思い出していた。

 

(救助なんて建前だろ。何考えてんだあの野郎)

 

 

 

 

 

 

 ラプラスが昼間、ベルを助けるために協力を惜しまないと言ったのは嘘偽りのない事実だった。しかし、ギルド本部から解毒薬を集めて『黄昏の館』に帰る途中で彼はある神物と出会っていた。

 

「やあ、ラプラス君。久しぶりだね」

「神ヘルメス……」

 

 そこにいたのはヘルメスとアスフィであった。

 以前ラプラスを睡眠薬で眠らせた前科持ちであり、ロキ、ディオニュソスと共に闇組織(イヴィルス)に関する件で同盟を組んでいる神の登場に若干警戒しながらラプラスは足早に立ち去ろうとした。

 

「申し訳ありません。今少し込み入っており、お話はまたの機会に……」

「まあ待て待て、ベル君が行方不明なのは知っているね? 実はそのことで話があってさ」

 

 ヘルメスはラプラスと肩を組むと、手で口元を覆いながら耳元で囁いた。

 

「……君をダンジョンに連れて行くことができるかもしれない。君さえ良ければベル君の捜索隊に同行してくれないか?」

 

 ヘルメスの提案に驚き、頬に冷や汗が伝う。ダンジョンに行くことを許可されたラプラスではあったが、それは早くても遠征が終わってから、フィン達と共にサポーターとして徐々に慣れていくようなものだろうと考えていた。ダンジョンに行くことを許されたことをヘルメスが知っていることにも驚いたが、なによりもその条件を満たすことができるのか気になった。

 

「……詳しくお聞かせ願いたい」

「いいね、簡単なことさ。ウチのアスフィと君が懇意にしているリューちゃんを連れて行けばいい。彼女は確かLv.4だったよな?」

 

 ヘルメスの考えはひどくシンプルなものだった。しかし、ラプラスにはヘルメスが()()()()()()()と言ったことが気がかりだった。

 

「貴方達の【ファミリア】は皆Lv.2ではなかったか? 団の等級もF相当だったと記憶しているが……」

「ハハハ、細かいことは気にするな! とにかく、アスフィはLv.4以上の実力がある。そして君がリューちゃんを説得することが出来れば、晴れて久しぶりのダンジョン攻略と相見えることができるのさ。どうだい、乗ってみる価値はあるんじゃないかな?」

「ロキを説得するには少し弱いかもしれないな……」

「そこはオレが闇組織(イヴィルス)のことで彼女と同盟を組んだところを見ているじゃないか。それに、ヘスティアに恩を売れるとでも言えばいいさ」

 

 ヘルメスは考え込むラプラスの顔を覗き込む。彼の顔には困惑と期待の表情が入り混じっていた。薄く口元に笑みを浮かべたヘルメスはパッと肩を組んでいた腕を外すとひらひらと手を振りその場を去っていった。

 

「じゃあまた会おう! 今日の夕刻にミアハの所で落ち合うことになっている。君が来てくれるのを楽しみに待っているよ」

 

 立ち尽くすラプラスを置いて行ってしまったヘルメスに、アスフィは思わず声をかける。

 

「……よろしいのですか、彼は来ないかもしれません」

「大丈夫さ、絶対に来る。さ、オレ達も準備をしないとなあ」

 

 ヘルメスは空を見上げる。いつもと変わらぬ迷宮都市の壁に覆われた青空が広がる。これからこの都市に起こる出来事にまるで興味がないように突き抜ける青空だった。

 




まだだ!!
まだ書ける!!
うおおおお!!!!!!!

感想や評価やお気に入りありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


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迷宮突入

今回は短めです



 『黄昏の館』を後にしたラプラスが向かった先は、『豊穣の女主人』だった。彼はそこで自らが持ちうる伝手に協力を取り付けるため、この場所を訪れていた。

 

「頼む、リュー。おれと共に来てくれ!」

 

 未だ開店前の『豊穣の女主人』では、店員達が準備に勤しんでいた。

 時刻は太陽が西に傾き、ヘルメスの宣言した時間は刻一刻と迫っていた。

 

「また来たニャー! コントは他所でやれニャ! 今忙しんだニャ!」

 

 アーニャはラプラスに向けてしっしっと手を振るが、お構いなしに店内に入っていった彼はリューを真っ直ぐ見つめて言い放った。

 

「今回は特別だ。頼む、ダンジョンに同行して欲しい」

 

 その言葉にリューは僅かに目を見開いた。リューは彼がダンジョン攻略に復帰することを知っていたが、それはあくまで【ファミリア】での話。勿論、他の誰よりも心配している自信はある。しかし、稽古をしたり何かと世話を焼いているが、所詮は【ファミリア】に属していない一個人には無縁のことだと考えていたからだ。

 

「貴方の【ファミリア】は今遠征に出ている。何故このようなタイミングでダンジョンになど……」

 

 リューが訝しむのも当然だった。遠征とは行うだけで【ファミリア】に多大な恩恵をもたらす一方で非常にリスクを伴うものである。遠征に向かった団員達のことを考えるならば、地上に残る者達は彼らの成功と無事を祈ることが一番の貢献となるのだ。

 

「あいつらを助けに行く。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)に部隊がやられている。【ロキ・ファミリア】だけならまだしも、今回は神ヘファイストスの眷属達も被害を被っただろう。彼らに解毒薬を届けに行く」

「それは貴方ではなくても良いのではないですか? 貴方の【ファミリア】は優秀だ。一日や二日では死者は出ないでしょう。焦らずに待つのが得策だと普通は考える」

 

 やはりリューもわざわざラプラスがダンジョンに行くことに疑問を覚えた。いくら彼が家族思いの人物であっても、この選択は合理性に欠けるのは明白だった。

 ラプラスはリューの意見を聞き、少し表情を曇らせるが、彼女の隣にいたシルを一瞥した。

 

「……ベル・クラネルとそのパーティが現在中層で遭難している。おれはその救助クエストに参加する」

「ベルさんが……!」

 

 ラプラスの放った言葉にシルは動揺した。と同時にリューはラプラスを睨みつけた。

 

「貴方らしくない。シルを味方につければ私が動くとでも思ったのか」

「……そうだ、こんな手を使ってでもおれはダンジョンに向かいたい。……おれの尊敬する冒険者に言わせれば()()()()()んだ」

 

 じっとリューを見つめるラプラス。闇を溶かしたかのような深い黒の瞳は彼女の姿を映すかのように澄んでいた。暫しの沈黙の後、静寂を破ったのは彼女の方だった。

 

「……わかりました。貴方に同行しよう。但し、ダンジョンでは私の言うことを全て聞いてもらう。勝手な行動をした場合、貴方には金輪際この店を立ち入らせない」

 

 ありがとうリュー、とお礼を言い、準備が出来次第迎えに来ると言い残し、店内から去っていく彼の背中を見送るリューとシル。深いため息をついたリューにシルは目を伏せて懇意する。

 

「ごめんね、リュー。さっきはああ言っていたけど、ベルさんを助けて欲しい」

 

 先ほどから小さく震える彼女の願いに、心優しいエルフの彼女ははっきりと告げた。

 

「シルの頼みなら私は断りません。私もクラネルさんには死んでほしくない」

 

 それに、とリューは続けた。

 

「あの人は私が折れるまでずっと頼み込むつもりでしたよ」

 

 全く困った人だと苦笑するリューに、シルも思わず小さく笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜、闇の帷に都市は包まれ、摩天楼、西の門前の中央広場は昼間よりも人影が疎らだった。

 集合予定時刻よりも早く着いたラプラスはリューを連れてギルド本部へと向かっていた。

 

「何故彼女に真っ先に了承を取らなかったのですか。彼女は間違いなく反対するでしょう」

 

 腰まで届くフードのついたケープに身を包み、ショートパンツと腿を覆うロングブーツに装束を変え、自らの素性を悟られぬよう振舞うリューは、長い木刀と二刀の小太刀を揺らしながら前を進むラプラスに問いた。

 

「諸々の準備に手間取ってな。……『魔法』の領域から出していた物が多すぎたな、普段からもっと整理しておくべきだったか……」

 

 ぶつぶつと言いながら先を急ぐラプラスはリューの質問に投げやりに答え、ギルド本部の入り口をくぐった。

 

「あ、ラプ君……と……? え、もしかしてリオン氏……ぅむぐっ!?」

 

 思わずリューの正体を叫んでしまいそうになるエイナに対し、大慌てで彼女の口を塞ぐラプラス。シーっと指を口の前に持ってくると、混乱していたエイナは訳もわからずコクコクと首を振るのだった。

 落ち着いた頃に解放されたエイナは一つ大きく深呼吸をしてラプラスを見やった。

 

「びっくりさせないでよ、ラプ君。どうしたの突然。まさか……デート!?」

「そんなわけないだろう、少し頼みがあって来たんだ」

「なんだ良かったぁ。んん! それでどんな要件? 【ロキ・ファミリア】について追加情報はこれといって無いんだけど……」

 

 声を潜めて話すラプラスに、エイナは努めて明るく振る舞った。まるで、知りたくないことから目を背けるように。

 

「チュール、ダンジョンに行く。ロキからは了承を得た。あとはお前が許可さえしてくれればいい」

 

 書類を見ていたエイナは動きを止め、ラプラスの方を向く。

 彼は普段愛用している【ファミリア】の紋章が刺繍されたロングコートに加え、机の上に置かれた腕にはモンスターの攻撃にも耐えうる素材で出来た手甲を着けていた。

 じっとこちらを見つめるラプラスはいつにも増して真剣な顔つきだった。

 彼のその表情に、エイナは自分の声が震えぬように努力する他なかった。

 

「……どうしても行くの?」

「ああ、あいつらも助けて、クラネルも助ける。心配するな、リューもアンドロメダもいる。なにせおれは彼女の言うことを聞かないと『豊穣の女主人』を出禁になるらしい」

 

 それは困るな、と笑う彼。胸が締め付けられるような思いから、エイナはその後ろで佇むエルフに目をやるが、彼女の空色の瞳と一瞬目が合うも、コクリと首を縦に動かすと、すぐにフードに隠れてしまった。

 

「待っていてくれ。必ず戻る」

 

 ラプラスははっきりと告げる。こちらがどれだけ心配しているのかきっと彼はわかっていないのだろう。だが、そんなにも渇望した瞳を向けられてはエイナに選択肢はなかった。

 

「戻るだけじゃダメだよ。無事に帰ってきて、お願いだから」

 

 決して悲しい顔だけはしまいと、エイナは強く思った。彼女も冒険者ギルドの職員である。冒険者の再びの旅路に水を差してはならないと、痛む心を無視して彼女はラプラスの冒険を、その再開を肯定した。

 今にも涙が零れ落ちそうな彼女の潤む瞳を見つめたラプラスは小さく頷くと、踵を返しギルドを後にした。

 彼の後ろにいたエルフは、終ぞ言葉を発することはなかったが、エイナに向かって少し会釈すると彼の後を追った。

 エイナはその背中に深くお辞儀をして、彼らの冒険の安全を心から祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

「遅いよ、ヘルメス!」

 

 結局ラプラス達が集合場所に着いたのは定められた時刻の少し前だった。エイナの説得にもう少し時間が掛かると踏んでいた彼らだったが、実際に話したエイナは決して強く引き留めることはなかった。

 

「チュールは思ったよりもすんなり許してくれたな。もっと猛反発されると思ったのだが」

 

 ラプラスはエイナの説得があまりにも上手くいったことに拍子抜けした様子だったが、もうすぐダンジョンに行けるということもあり、どこか弾んだ声音をしているようだった。

 その様子に小さくため息を吐くリューは、コツンと彼女の木刀で彼の足を小突くと注意を促した。

 

「はぁ……全くつくづく鈍感な方だ……シルや彼女に託された願いもある。既に攻略は始まっています。くれぐれも私の言うことは絶対遵守で、浮ついた行動を取らないように」

 

 凄みを効かせた彼女の鋭い視線に、ラプラスは思わずたじろいだ。

 今回の探索は彼らだけではなく、神二柱に【タケミカヅチ・ファミリア】の団員もいる。ラプラス達にとっては取るに足らないモンスター達も、彼ら彼女らからすれば恐ろしい脅威である。

 あくまでも、護衛と救助が最優先であることを忘れてはならないと、気を引き締め直す。

 

「よし、これで全員集まったね。ところで、あの子は……」

 

 今回の冒険者依頼(クエスト)の依頼主であるヘスティアが逸る気持ちを抑えられずに早く出発しようと号令をかける。と、ラプラスと彼の後ろに控える人物に気がついた。

 

「彼女は助っ人です。俺の同行の条件であるLv.4以上も満たした強力な冒険者です。ご心配なく」

 

 一歩ヘスティアにの方へ歩み出た彼女は澄んだ空色の瞳を向け、スッと再びラプラスの後ろへと戻っていった。

 

「まあこの際猫の手でも借りたい状況だ。よろしく頼むよ、助っ人くん」

 

 それでは出発だ、とヘスティアの掛け声で捜索隊はバベルを後にし、広大な地下迷宮へと進んでいく。

 

 その姿をバベルの最上階から見下ろしていた女神は、その瞳に蒼い夜空を揺蕩わせ薄く微笑んでいた。



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迷宮捜索

ダンジョンに来ましたね



 ダンジョンに突入したラプラス達の道程は至って順調と言えるものであった。

 現在、彼らは13階層。ダンジョンに突入から早数時間、『上層』を抜け、『中層』にまで足を踏み入れていた。

 

『ヴモォォォ!!』

 

 どこか遠くから獣の雄叫びが反響して聞こえることを確認できるほど、安定した探索を進めることが出来るのは、先程からモンスター達を一網打尽にする彼女によるものであった。

 木刀と二本の小太刀を惜しみなく振るい、ダンジョンを縦横無尽に駆け巡る。彼女が通った後に残されるのは魔石とドロップアイテム、そしてモンスター達が身につけていた天然武器(ネイチャーウェポン)だけだった。

 

「ふむ、強い。そして何より速いな。目にも止まらぬ速さというのは正にこの事だ」

 

 感心したように唸るラプラスはパーティの中でも後方にいた。前衛をリューが担当し、奇襲や僅かな撃ち漏らしを中衛として【タケミカヅチ・ファミリア】の命と桜花が対応する。殆どこの3名で今のところ問題なく進めており、ラプラスはダンジョンに来てからというもの、一度だけ『上層』でフロッグ・シューターを屠ったきり、剣すら振るっていない。

 余りの蹂躙具合に、思わずラプラスはヘルメスに小さく不満を漏らした。

 

「神ヘルメス、これでは散歩だ。ダンジョンに来れたのは踊りたくなるほど嬉しいが、全く張り合いのない冒険というのも風情がないぞ」

 

 むすっと文句を垂れるラプラスに、目の前の優神は思わず笑ってしまった。

 

「オレはダンジョンに連れて行くと言っただけで、その後どうなるかは自己責任さ」

 

 ハハハ、と笑い飛ばすヘルメスにラプラスは口をつぐむ。

 その様子を見ていたヘスティアは納得いったようにヘルメスに視線を向けた。

 

「……やっぱりヘルメスが悪知恵を入れたのか。ダンジョンに行けないと言っていた彼が突然着いてくるなんて裏があると思ったよ」

 

 じとっと非難の目を向けられたヘルメスはこれまた笑みを浮かべて流すだけだった。

 

「それに、彼女もだ。君の団員は軒並みLv.2じゃなかったかい?」

 

 ヘスティアの視線の先には、先ほど現れた二匹のコボルトの眉間に正確に針を打ち出し、瞬時に絶命させたアスフィの姿があった。その動きは明らかにLv.2のそれではなく、後衛も彼女一人で全て解決している状態であった。

 ヘスティアの言うことにラプラスは内心賛同する。団の実力を偽っていたこともそうだが、そんな得体の知れない彼らが現在【ロキ・ファミリア】と同盟を組んでいること、そして個人的な付き合いはあってもヘルメスがわざわざ自分に、この捜索隊の同行を勧めてきたことに疑問符を浮かべた。

 

(昔から食えない方だが、今回は特に妙な動きをされる……)

 

 いくら迷宮都市の中でも特に懇意にしている神であっても、自らの家族(ファミリア)を天秤にかけてどちらを選ぶかなど、考えるに値しないことであった。

 

「それで、どこを探すんだアンドロメダ。闇雲に探しても、彼らは見つかりっこないぞ」

 

 モンスターとの遭遇が一段落した頃、桜花がアスフィに尋ねた。中層といえど、その広大な範囲を隈なく探すことはできない。捜索隊が時間をかければ、その分だけベル達に危険を晒すことになる。

 それがわかっているからこそ、捜索は迅速にかつベル達の足跡を正確に辿る必要があった。

 

「日帰りの装備で中層へ赴いたベル・クラネル達が、迷宮に滞在している以上、彼らの選択肢にない事故が発生したと考えるのが妥当でしょう」

「事故、ですか」

 

 アスフィの言葉に命が返す。中層に留まらざるを得ないその予測不可能な事故、それは。

 

「縦穴に落ちたのだろう」

 

 少し離れたところでリューが倒したモンスターが持っていた天然武器(ネイチャーウェポン)を物色していたラプラスが答えた。

 

「ダンジョンの縦穴は神出鬼没だ。予想だにしない場所に落とされ、しかも初めて見る階層で自らの位置を特定することは不可能に近い」

 

 鋭い槍のような細身の天然武器(ネイチャーウェポン)をひとしきり眺めた後で『魔法』を使い、その場から消したラプラスは満足したように歩み寄った。

 アスフィはさらに続ける。

 

「地上に帰還する選択肢を捨て、あえて安全階層(セーフティポイント)である18階層を目指している……そう考えるのが妥当ではないでしょうか」

 

 優秀な指揮官(ブレーン)がいるな、と一人ごちるラプラス。

 ダンジョンの恐ろしさを知るものであれば、未到達階層に足を踏み入れることがどれだけ危険なことかは重々承知のはずだ。

 信じられないという表情を浮かべる【タケミカヅチ・ファミリア】の3名。

 

「私なら、そうする」

 

 そこに凛とした声音が響く。

 パーティの先頭に立つ彼女の背中に視線が集まる。

 

「一度冒険を乗り越えた彼なら、ここで退く判断はしないでしょう」

 

 それきり口を閉ざした覆面の冒険者。ケープで隠れたその顔を見つめていたアスフィは、神々に意見を求めた。

 

「ヘルメス様達はどう思われますか?」

 

 ヘルメスはアスフィ達の意見に同意し、その隣でヘスティアも黒髪のツインテールをみょんみょんと動かしながら、彼女たちの意見に賛成した。

 

「決まりですね、18階層に向かう。この方針でいきます」

 

 

 

 

 

 

 隊の方針が定まり、再び下層に向けて前進する。

 前衛のリューが殆どのモンスターを斬り伏せ、そのすぐ後ろで命と桜花が確実に残りのモンスターを迎撃する。さらにアスフィが遊撃を行い、破竹の勢いで彼らは進んでいた。

 ふと、【タケミカヅチ・ファミリア】のサポーター千草は、ここまで特に目立った動きをしていないもう一人の同行者であるラプラスを気に留めた。

 ヘスティアから、前衛のあの覆面の冒険者を説得してくれた人物であり、彼自身も冒険者であると聞かされていたが、ここまで彼がしたことと言えば、一度モンスターの奇襲を返り討ちにしたことくらいで、後は散らばる魔石やドロップアイテムを拾っては何処かへとしまっているくらいであった。

 サポーターなのかと問われれば、普通は持っているはずの大きなバックパックも持たず、かといって普通の冒険者のように武器を身に付けていない、不思議な身なりをしていた。

 そんな視線に気付いたのか、ラプラスは千草に声をかけた。

 

「む、おれの顔に何か付いているか?」

 

 突然話しかけられ、自分が彼を見ていたことに気付かれた千草は慌てふためいた。

 

「ひぇっ! あ、ごめんなさい……! その、見ていたとかそういうのではなく……!」

 

元々、人見知りな所がある彼女は、不躾な視線に彼が怒ったのかと考え、一目散に謝罪する。

 そんな彼女の様子を見たラプラスは突然謝られて逆に困惑した。

 

「あ、いやすまない。見られていたことは気にしていない。寧ろ、おれが何故着いてきたのか疑問に思って当然だ。彼女らほど役に立ってもいないしな」

 

 前を見ればケープをはためかせ、リューがモンスターを細切れにしていた。

 眩しそうにその姿を見やる彼の表情を千草は見つめる。

 

「おれはベルを助けると共におれ自身の家族も助けにきた。偶然利害が一致したため、このパーティに参加させてもらっているに過ぎない。だが、同行させてもらった以上、役には立つ。安心して任せて欲しい」

 

 真っ直ぐ千草の目を見て言い切るラプラスに、彼女は思わず顔を背けてしまった。慎重に言葉を選んだ彼女が口を開きかけた時、前方からしまった、と声が上がる。

 千草がそちらを振り向くと、アルミラージが此方に向かって突撃してきていた。その兎は瀕死の状態であったが、最期の力を振り絞り、前方の包囲網を抜け、一矢報いろうと捨て身の特攻を仕掛けてきていた。

 千草はせめて神々だけでも守ろうと彼女らの前に手を広げ立ち塞がる。束の間に訪れるであろう痛みに耐えるため、目を瞑り大きく息を吸い込んだ彼女に、果たしてその痛みが訪れることはなかった。

 ゆっくりと目を開くと、アルミラージは突撃してきた勢いのまま跳ね返されたかのように槍で貫かれ、壁に突き刺さっていた。自らの身体に何が起きたのか理解することも出来ぬまま、灰と化した。

 

「大丈夫か? ……さらば、久方ぶりの天然武器(ネイチャーウェポン)よ」

 

 それを行った当の本人はこちらを心配しながらも、どこか哀愁を漂わせ、突き刺さった衝撃でボロボロと崩れ去る槍を見つめていた。

 

「よく反応してくれました。今のは冷や汗でしたよ」

 

 アスフィが褒めるも、ラプラスはハハ、と乾いた笑いを漏らす。

 また見つかりますように、とぶつぶつ呪文のように唱える彼の姿を見た千草は、先ほどまでの少しの心配が晴れていることに気がつく。

 そして、彼らと一緒ならばきっとベル達を助け出すことが出来ると強く思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 14階層に向かう階段に着いた頃、ヘスティアは疑問に思っていたことを口にした。

 

「ところで、正規ルートとやらを通ってきたわけだけど、途中にある縦穴を通った方が早かったんじゃないかい?」

 

 ヘスティアは道中何箇所か見かけた縦穴を何故利用しないのか、冒険者達に問う。下に繋がっていることがわかっているのならば、真っ先にそこに飛び込んでしまえば良いのではないかと。

 その最もな疑問に、相変わらずモンスターの相手をしていないラプラスが答えた。

 

「いえ、神ヘスティア。中層の縦穴は先ほども言った通り、神出鬼没。開いたと思ったら次の瞬間には閉じている、そういうものです。それに迂闊に飛び込んでしまっては、今度は我々が現在位置を把握出来なくなってしまいます」

「それに、ベル君達が上層に向けて帰還している可能性も考えられるしね。万が一入れ違いにならないように正規のルートを辿った方がいい」

 

 ヘルメスも、ラプラスの意見に続いた。なるほど、と頷くヘスティア。先を見れば、覆面の冒険者が階段を下りていく。

 

「それで、いい加減説明してくれないかヘルメス」

 

 階段を下り終わり、再び捜索が再開される中で、ヘスティアが隣にいるヘルメスに問いかけた。

 どうやら、ヘルメスが何故見ず知らずのベル・クラネルを助けに行こうとしているかについて言及しているようだった。

 ラプラスは彼らの話は自らにはそれほど関わりのないものである、と聞き流す程度に耳を傾けていたが、ふいにある言葉が彼の耳に飛び込んできた。

 

「オレはこの目で確かめ、見極めたいんだ。時代を担うに足る、英雄(うつわ)であるかをね」

 

 その言葉に思わず反応するラプラス。隣を歩く千草にはその様子を気取られることはなかったようだが、彼の様子を横目で見ていた男神がいた。

 

(それに、彼のこともね)

 

 ラプラスは一瞬反応しただけで、今は至っていつもと変わらぬ様子であった。ヘルメスの視線に気づいているのか、その瞳は僅かに青い光を讃えていた。

 

 

 

 

 

 

 14階層を難なく突破した彼らは、その後15、16階層も問題なく踏破した。しかし、未だにベル達は見つけられておらず、時間だけが刻一刻と過ぎていくのだった。

 

「ここが17階層……ここまでベル君達は見つからずじまいか……」

 

 ヘスティアは不安を押し殺し、呟いた。

 その様子に、隣のヘルメスは明るく問いかけた。

 

「でも、ベル君の反応はまだあるんだろう? ならもしかしたらオレ達より先にとっくに18階層に着いていたりしてな」

 

 ヘルメスの言葉に、ヘスティアも大きく頷いた。

 

「うん、ベル君は生きている! 絶対見つけてやるんだ!」

 

 ヘスティアが腕を大きく振り上げて意気込む中、前衛にいた彼女は17階層の異様な空気を一番に感じ取っていた。

 

「……静かすぎる」

 

 え、と彼女に視線が集まるが、その声すらもまるで階層全体に響き渡っているかのようだった。16階層以前までの怪物の遠吠えのようなものも、襲いかかるモンスター達もやって来ない。

 この空間だけ時が止まり、置き去りにされているかのように静寂に包まれていた。

 

「嫌な予感がします。急ぎましょう」

 

 アスフィが出発の合図をし、一行はすぐに18階層への道を進む。しかし、その道中最短ルートを辿っているが、全くモンスターが襲ってこない。そこには確かにモンスター達の気配を感じる。冒険者達を目の前にしても、彼らは身を潜め、何かに怯えているかのように姿を表すことはなかった。

 

「なんだい、ここは。モンスターが全然いないじゃないか。いつもこうなのかい?」

 

 ヘスティアはこれまでの道程を振り返ると、あまりにもスムーズに進むことができるこの階層に疑問を覚えた。モンスターが襲ってこない階層があるのかと。

 

「……いえ、ここは『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』の手前、冒険者を待ち受ける最後の関門です。普段ならば16階層よりも過激にモンスターの襲来が起こるのですが……」

 

 ラプラスはヘスティアの質問に答えながら、ある一つの答えに辿り着いていた。まさかいるのではないかと、生まれているのではないかと。

 

「彼の言うことに間違いはありません。ですが、ここまで静かとなると原因は恐らく……」

 

 アスフィがその正体を口にしようとした瞬間、大きな地響きに、階層全体が揺れる。そしてそれと同時に反響し、どこか遠くから聞こえる『咆哮』。

 

「なんだい!? 今のは!?」

 

 ヘスティアが思わず尻もちをつき、先程の咆哮について尋ねる。

 ラプラスは咆哮の聞こえてきた方角を見やり、呟いた。

 

「生まれたか、『階層主(ゴライアス)』!』

 

 咆哮による余波がなくなる頃には、彼らの周囲には先程まで隠れていたモンスター達が群がっていた。

 主の誕生に感化され、その雄叫びに応えるように叫びをあげる怪物達。

 

「ここからがこの階層の本気ということか」

 

 ヘルメスの言葉が開戦の合図となったかのように、モンスター達は一斉に襲いかかる。

 強襲を退けながら、ラプラスはヘスティアに近づいた。

 

「神ヘスティア、先程の『咆哮』はこの17階層の主人、『階層主(ゴライアス)』によるものです。これから我々は奴のところに向かいます」

「はぁ!? 正気かい!? あんな恐ろしい雄叫びをあげるモンスターだぞ!」

「しかし、18階層に向かう唯一の道の前に奴の存在する大広間があります。奴の懐を掻い潜るしか18階層に進む方法はありません」

 

 ぐぬぬ、と唸るヘスティアに、ラプラスは顔の前で指を立てると続けた。

 

「一つ、希望的観測をするならば、クラネル達は『階層主(ゴライアス)』の誕生直前に、モンスターが襲ってこない状態だったこの階層を脱出している可能性があります」

 

 その言葉にヘスティアは顔を上げる。にやりと口元に笑みを浮かべたラプラスは彼女にはっきりと告げる。

 

「つまり、我々がここを乗り切りさえすれば18階層でクラネル達と再会できると思われます」

 

 ヘスティアはラプラスの方に顔を向ける。彼の黒い瞳の中には青い光が爛々と輝いていた。その溢れるような深き青の光に言及する間もなく、彼は迫り来るモンスターを退けるために、彼女から離れていく。

 ひとしきり唸った後、ヘスティアはパーティ全員に聞こえるように声を上げた。

 

「行こう! 18階層へ! 必ずベル君に会うんだー!!」




タグやらあらすじやらちょくちょく変えていますが、そんなに気にする人いませんよね?


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魔弾

ベル君甘いもの苦手なの可愛いね♡



 ベルが目を覚ましたのは、18階層に滞在する【ロキ・ファミリア】の野営地だった。

 目覚めたベルは【ロキ・ファミリア】団長であるフィンより、【ロキ・ファミリア】が階層主(ゴライアス)から逃げおおせた彼らを発見、保護し傷の手当てまで行っていたこと、更に彼らの野営地にしばらく滞在しても良いとの許可を得ることとなった。

 ベル達は初めての中層挑戦にも関わらず、『地下の楽園(アンダーリゾート)」まで到達という偉業を成し遂げたのだ。

 彼らを甲斐甲斐しく看病していたアイズ、そんな付きっきりの看病を受ける彼らに対して面白くない感情を抱いたのは、彼女と同じ【ロキ・ファミリア】の者達だった。あのアイズからあんなにも関心を向けられるなど、身内の自分達ですら味わったことがないというのに……と、様々な感情が入り混じった微妙な敵意をベルに浴びせ続けていた。

 更に追い討ちをかけるように、ティオナやティオネといった幹部ですらベルに対して興味があるという。彼の与り知らぬところで、殺意の波動が向けられるのであった。

 

「えー、アルゴノゥト君来てるんだー!」

 

 レフィーヤから運び込まれたベル・クラネル達の説明を受けていたティオナは、歓声をあげ、ベルの18階層到達を嬉しそうに喜んだ。ベルとミノタウロスとの戦いを見ていた彼女は、彼がこの短期間で既に18階層までやって来た事を自分のことのように喜ぶのだった。

 

「あーあ、ラプラスもあの子の戦い見れたらなー」

「まだ言ってんのあんた。あいつもダンジョンに行けるようになったんだから、もっと節度を持ちなさいって言ってるでしょ」

「だって楽しみなんだもん〜、ラプラスと一緒にダンジョン行くの」

 

 えへへ、と頬を染め相好をくずすティオナに、ため息を吐くティオネだったが、その表情はどこか柔らかいことを隣にいたレフィーヤは感じ取っていた。

 

「それで、そのベル・クラネルはどこにいるの?」

 

 せっかく良い気分になっていたのに、その名前を聞いた途端レフィーヤは水を刺されたように、不機嫌そうに彼の居場所を説明した。

 

「先ほどまで団長達と面会していたようですけど……」

「そっか、後で会いに行こー」

 

 姉妹はレフィーヤに別れを告げると、上機嫌に自分の武器を置きに天幕の方へと向かっていった。

 ますます機嫌を損ねるレフィーヤ。自らに振り分けられたキャンプの仕事に戻りながら、その頬を膨らませる。

 

「アイズさんだけじゃなく、ティオナさん達まで……」

「まあまあ、そんなに張り詰めなくても……」

 

 ラウルは殺気立つ【ロキ・ファミリア】の主に男性団員の中でも殆ど唯一周りを宥め、落ち着けていた。

 彼女に一声かけたラウルは再び下級団員達の輪の中に連れ込まれ、不満をぶつけられ、振り回されている。

 

「意外です。ラウルさんも他の男の人達と一緒に、面白くないって言うと思っていたのに……」

「それはラウル君が苦労人というか、そんなこと思っている余裕がないからじゃない?」

 

 むすっと唇を尖らせるレフィーヤに答えたのは、彼と同じ第二軍構成員のヒューマンであるナルヴィだった。

 彼より年下であるナルヴィの全く遠慮のない言葉に、思わず苦笑いするレフィーヤ。

 

「……私とラウルはほぼ同期なんだけど」

 

 そこに鍋を火の上でかき回していた猫人(キャットピープル)のアキが口を開いた。

 

「私達がこの【ファミリア】に入団した時、アイズはもうLv.2だったのよね」

「は、八歳でLv.2の最速到達記録を達成したっていう、あ、あの噂の……?」

 

 信じられないことを聞いたように、一緒に話を聞いていた治療師(ヒーラー)のリーネが声を震わせた。

 

「そう。自分達よりずっと小さい女の子が、モンスターをどんどん斬っていっちゃうの」

 

 その頃を思い出すように、アキは苦笑する。

 

「ラウルはもう震えあがっちゃって、その頃から『さん』付け。アイズが大きくなっていく姿をずっと見てたしね」

 

 未だに振り回されてげんなりしている同期の青年をアキはちらっと見やる。

 アキの話を聞き、ラウルが他の団員とは違った視点でアイズを見ていることを知るレフィーヤ。そこでふと疑問に思ったのが、アイズよりも先に冒険者となるも、今は活動を休止している、先程のアマゾネス姉妹との会話にも出てきたヒューマンの彼のことだった。

 

「……ラウルさんがアイズさんを尊敬しているのはわかったんですけど、ラプラスさんも何かそういうエピソードがあるんですか? 確かアイズさんよりも前に【ファミリア】に所属していたんですよね?」

 

 やっぱり、先に団員になった先輩だからとか? と、続けるレフィーヤ。しかし、その疑問にアキは口をつぐんだ。ナルヴィやリーネも何も言わなかった。レフィーヤが【ロキ・ファミリア】に入団した頃には既にラプラスはダンジョンに行くことはなく、今と変わらぬ生活を送っていた。この場でダンジョンに向かっていた頃のラプラスを知らないのは彼女だけだった。

 

「……まあ、一番の原因は()()()()()でしょうけど、ラプラスにも色々あったのよ。詳しい事は私達にも知らされていないけど、あの子がダンジョンに行かなくなったのも.それ相応の理由があるとだけ聞かされているわ」

「あの出来事……?」

 

 リーネは顔を俯かせながら、レフィーヤの疑問に答える。

 

「ラプラスさん、五年ほど前に突然行方不明になったんです。ちょうどアイズさんがランクアップした頃に…。誰もが予想外で、ロキですらお手上げになってしまって、正式に死亡扱いまでされていたんですけど、その後一年ほど経ってから突然姿を現したかと思ったら、ダンジョンに行かなくなって、そのまま現在に至るんです」

 

 あの頃は『闇組織(イヴィルス)』もまだ活発だったしねと、昔を振り返るアキ。レフィーヤがその話を聞いたのは初めてだった。昔、それとなくラプラスに聞いた時にはぐらかされてしまったきり、そのような出来事があったと彼女に伝えることはなかったのだ。

 

「もちろん、色んな神や人がこの出来事に興味を示したわ。でも、本人も団長やロキですらもこのことについて話すことはなかったの」

 

 ラプラスがダンジョンに行かなくなった最大の理由とされる空白の一年間について、その詳細を知っているのは主神であるロキ、団長フィン、そして幹部の中でもリヴァリアとガレスのみだという。かつてその理由を問い質しに行ったティオナやベート達ですら、終ぞ明かされることはなかったと聞く。本人もその事について他言することはなく、毎日の話題に事欠かない迷宮都市では、彼がダンジョンに行かなくなったことに疑問を抱くものは少なくなっていった。そうしていつしかラプラス・アルテネスはダンジョンに行かないという結末だけが残り、その理由について考えるものはいなくなっていた。

 

「理由を知る人はいない……ですか」

「そうね、あの子が周りの団員から距離を置き始めたのはそれくらいからだったかしらね……。行方不明になる前と後でまるで別人のようだったのよ。今じゃ信じられないと思うけどどあの子も昔はもう少し可愛げがあったのよ。それこそ、今ここに来ているあの白兎君みたいに顔を赤くしたり、もっと表情豊かだったわね」

「確かに、特にレフィーヤたちは今のラプラス君しか知らないもんね」

 

 アキが朗らかに笑うと、その言葉にナルヴィも同意する。

 

「で、でも、きっと昔も優しい方だったんでしょうね……」

「リーネはベートさんにもそうだけど、なんか優しいよねー」

 

 リーネは彼のことを擁護するが、ナルヴィがそれを茶化す。

 今では基本的に淡々としているラプラスだが、彼女らの思い出に残る彼は、瞳を輝かせて自分だけではなく、周りの団員達にもいつも手を差し伸べる、そんな性格だった。例え、それが後から冒険者になり、自らのLv.を易々と超えていった者達の手であっても。

 遠い日の記憶に思いを馳せたアキは、思い悩むエルフの少女に笑みをこぼす。

 

「ふふ、アイズのことなら心配ないわよ、レフィーヤ。貴女がこの【ファミリア】に来てから丸くなったもの。前より、ずっと笑うようになった」

 

 だから心配しなくても大丈夫だと心の中を見透かされたレフィーヤは赤面してしまった。

 鍋に入れる果物の皮剥き作業に没頭すると、ナルヴィやリーナにもくすくすと笑われてしまう。

 

(ま、まあ、私達とアイズさんの間には、深い絆がありますし?)

 

 他宗(よそ)者が割り込めるほど甘いものではないと、自信をつけたレフィーヤ。

 作業を続けるうちに、先程の会話で気になったことが頭に浮かぶ。

 

(でも、あの白髪の少年()のような性格だったとしたら、一体何があったらダンジョンに行かないなんてことになるのだろう)

 

 そして、ラプラスが昔、Lv.1でミノタウロスを倒すあの少年のようだったのだとしたら、果たしてダンジョンに行かないなんて状態に耐えることが出来るのだろうかと、思考したところで、あの少年の顔がチラつき考えが霧散する。レフィーヤは勝手に宿敵認定しているあの少年に複雑な感情を抱き、作業により一層力を入れ、先ほどまで考えていたことはすっかり忘れてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

「彼等は仲間のために身命をなげうち、この18階層まで辿り着いた勇気ある冒険者達だ。同じ冒険者として、敬意を持って接してくれ」

 

 18階層に『夜』が訪れる。

 この階層の天井には巨大なクリスタルがあるが、それは定期的な周期で明滅を繰り返す。つまり、この階層には昼夜が存在するのだ。

 森が暗闇に包まれる中、【ロキ・ファミリア】野営地では団長であるフィンの声が響いていた。

 中央に煌々と光る魔石灯を置き、それを輪になって囲む団員達は、一斉に配られた杯を掲げる。

 

『乾杯!』

 

 ささやかな宴が催される中、そこにはベル達の姿もある。彼の仲間であるヴェルフとリリも回復し、この場に加わっており、アイズに連れられ人気のないところに参加していた。

 フィンから言外に揉め事を避けるように釘を刺された男性団員達は、一先ず私怨に満ちた殺気を引っ込め、上級冒険者である自尊心と、都市最大派閥の一員であるという自負を持って、ベルに対する不満を上書きした。

 

「それにしてもあやつ等、随分と賑やかなものじゃなぁ」

「ははは、そうだね」

 

 首脳陣が位置取る上座の正面では、アイズと共に、ベルとその一行が騒ぎ声を上げていた。見れば、ベルは雲菓子(ハニークラウド)と呼ばれる甘い果物に悪戦苦闘しており、それを巡って何やら盛り上がっているようだった。

 

「むぐむぐ、ティオネ! あたし達も早くアルゴノゥト君のところに行こうよー!」

「食べながら話すな!? どうせ足りなくなったらまた食べ出すんだから、先に食事を済ませておきなさいよ! ところで団長、一献いかがですか?」

「ああ、頂こうかな」

 

 ティオネがフィンに注いでいる赤漿果(ゴードベリー)と呼ばれる果物は、熟し方によって酒のような風味をもたらし、上級冒険者達はこれを果実酒のようにして飲むのが嗜みであった。

 ティオナは急いで何杯目かわからないおかわりをかき込むと、フィンに尺をしていたティオネを引き連れ、ベルの下へと向かう。

 

「アルゴノゥト君ー!」

 

 昼間の内に既に顔を合わせていた彼女らは、早速ベルに対して、その能力のや成長の秘密を疑問にぶつけてきた。

 

「ねー、どうやったら能力値オールSにできるの?」

 

 能力値のことに触れられたベルは冷や汗をびっしり額に浮かべながら、何とか追求を逃れようとするが、彼をここに連れてきた憧憬は、興味津々といった様子でこちらに耳を傾けており、パーティの鍛冶師(スミス)は、先輩に絡まれており、こちらを気にしている余裕はない。サポーターの方に助けを求める視線を送っても、逆に睨まれてしまう始末であった。

 ここに彼に助け舟を出すものはおらず、フィン達もこの光景にため息を吐きながらも、止めることはなかった。

 ベルがあまりの状況に意識を飛ばしそうになる、その直前、

 

『ぐぬぁあっ!?』

 

 野営地の外の方角から、幼い少女らしき悲鳴が届いてきた。

 ベルにとって最も聞き馴染みのあるその声に、彼は我先にと一目散に駆け出していく。

 彼らが駆け出し、アイズ達もその後に続く。

 見張り役の団員達が俄かに慌ただしくなる中で、ベル達だけではなく、【ロキ・ファミリア】の彼らにとっても予想外の客人が訪れることとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 時は、少し前に遡る。

 『階層主(ゴライアス)』が現れたのと同時に、17階層のモンスター達は一斉に冒険者達に襲いかかってきた。

 16階層まで、安定して進行していたラプラスら捜索隊も、その圧倒的な物量に何度か危機に陥ることもあり、一つ先のルームへと進むのにも、時間が掛かるようになっていた。

 

「ひぃ〜、どうしたっていうんだい!? 急にモンスター達が暴れ出したぞう!?」

「ふむ、『階層主(ゴライアス)』の誕生に感化されて、モンスター達が一時的に凶暴化しているようです。急いでこの階層を抜けたいところですが、幾分、数が多いですね……」

 

 次々と襲いくるモンスター達にヘスティアは思わず悲鳴をあげる。ラプラスは彼女達神の安全を最優先に確保するために、飛びかかってくるモンスターの迎撃を繰り返す。

 前方から波のように押し寄せる怪物は相も変わらずリューが片っ端から斬り伏せてはいるのだが、如何せん数が多く、彼女だけでは捌ききれずに撃ち漏らしてしまうモンスターの数も徐々に増えていた。

 

(いくらリューがLv.4とはいえ、この量、それにこの後には『階層主』も控えている……と、なると)

 

 剣、斧、槍、刀と、次々と得物を変えながら応戦していたラプラスは、一瞬考えを巡らせると、後方で中距離遠距離問わず、遊撃を行なっていたアスフィに自らの作戦を手短に伝える。彼女はそれに同意すると、ヘルメスとヘスティアの二柱に、少し下がるように伝える。サポーターの千草に自分の後ろにいるように釘を刺した彼は、前方で壁のように押し寄せるモンスター達を細切れにするリューに向かって声を上げた。

 

「リュー! ()()()()()! これで一気に押し通る!」

 

 その言葉に彼女は一瞬此方に目をやると、前線から退き、ラプラスの背後まで後退する。

 

「一度下がってくれ、命、桜花! 前方に道を切り開く」

 

 そう言った彼は、先程まで握っていた短剣と槍を虚空へ消すと、左手を掲げ、その手に何処かから取り出した白色に淡く輝く弓を携えた。

 それは、派手な装飾がなされるわけでもなく、とても簡素な形をしていたが、極限まで機能美を追求したかのように美しく、ただ透き通るように白い弓であった。しかし、その美しさに反してその弓には、矢を番えるための弦が存在しなかった。

 さらに、ラプラスは右手に弓とは対照的に派手な意匠が施された、赤い刀身の魔剣を取り出す。この二つを手に取った彼は弓を構える。

 

「『魔剣接続』」

 

 徐に呟いた彼に呼応するかのように、白い一筋の光が、弓の末弭から元弭まで降りていく。その光を弦のように引くと、本来矢があるべき場所に魔剣を番えた。

 魔剣を弓矢として撃ち出す。

 本来の用途からかけ離れた運用をしているにも関わらず、その魔剣は元々これが本来あるべき姿であるかのように、正確に照準を怪物の群れに合わせていた。

 

「弾けろ」

 

 ヒュッという風切り音が鳴る。真っ直ぐ怪物達の群れに突き刺さるように放たれた魔剣は、次の瞬間轟音と共に巨大な爆風を巻き起こす。その余りの威力に、顔を覆った彼らが目を開けると、そこに広がっていたのはまるで地獄の蓋を開けたかのような惨状で、灼熱の業火を一身に浴びた怪物達は塵すら残さず、跡形もなく消え去り、余りの高熱に迷宮の壁面は所々赤く溶け出していた。

 

『!?』

 

 その威力に絶句するヘスティアや、【タケミカヅチ・ファミリア】の面々。ヘルメスはその威力に感心しており、アスフィは頭痛を抑えるように手を額にかざす。

 と、ふらりとよろけるラプラス。直ぐに彼の元へ駆け寄り、肩を貸したのはリューだった。

 

「……満足しましたか? これは貴方も相当魔力を使う筈。お陰でモンスターは一掃できましたが……ここまでする必要はなかったのでは?」

 

 リューは様子を窺うために、俯く彼の顔を覗き込む。前髪で表情はわからなかったが、彼は口元に笑みを浮かべていた。

 

「あぁ、最高だ。やはりダンジョンに来て良かった。こんなものオラリオではとてもじゃないが使えないからな」

 

 満足そうに呟くラプラスにため息を吐いた彼女は、呆れたと言わんばかりに肩を貸すのを辞めると、周りの警戒に戻ってしまう。

 

「……瞳、青くなっていますよ」

 

 去り際にそう残したリューの方を見ると、ラプラスは自分の目に手をかざした。

 

「……仕方ないだろう、こんなに心躍るんだぞ」

 

 すると入れ違いにヘルメスが近づいてきた。

 

「やあ、すごいなラプラス君。それが彼の有名な『魔弾』かい? こんな所でお目にかかれるとは、噂通りの凄い代物だね」

 

 先程の一撃で一先ず脅威は去り、怪物達の進撃も落ち着きを取り戻した。弓を消したラプラスに、戯けたように笑いかけるヘルメス。ヘスティアも初めて間近で見た魔剣の威力に驚くと共に、ラプラスの話に興味が湧いたようだった。

 

「それがヘファイストスと話していた()()ってやつかい?」

 

 ヘスティアの問いに、ラプラスは出発前の出来事を思い出す。

 ラプラスは【ミアハ・ファミリア】ホーム『青の薬舗』で、協力要請をした際にヘファイストスがその場に居たため、その足で【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶場へ向かい、椿に調整を依頼していた長弓『フライクーゲル』を受け取っていた。

 第一等級武装『フライクーゲル』

 それが、彼の主武装(メインウェポン)となる弓の名であった。

 上質なミスリルで造られたその弓は弦を持ち主の魔力を用いて形成し、矢であろうとなかろうと、如何なる形の得物であっても射出することができる特殊武装(スペリオルズ)である。さらに、魔力操作に長けた者であれば、魔力を矢にあたる武器に付与することでその威力を上げることもできる、オラリオでも屈指の性能を誇る弓であった。

 彼はその弓に相応しい矢として魔剣を用いて扱うことを考案し、魔力を付与させた魔剣を最大出力で撃ち出すことにより、その威力を底上げすることに成功した。

 勿論、矢として用いた魔剣は使い捨てとなってしまうこと、魔力の消費が激しいことや、所謂『クロッゾの魔剣』やオリジナルの超長文魔法などと比較すると、やはり威力は見劣りしてしまうなどのデメリットはある。しかし、例え低品質の魔剣であってもある程度の高威力に出来る点や、彼の持つ『魔法』との相性の良さから、ラプラスがよく使用する技であった。

 彼が普段から愛用する『魔法』、その名も【道化の悪戯箱(イリミテイブル・ヴォイド)】。

 主神の名に恥じぬこの『魔法』は、世にも珍しい無詠唱魔法であり、事前に亜空間に転送された物を両手が塞がっていない時に限り、凡そ手に取ることができるサイズのものであれば何でも出し入れすることができる非常に使い勝手の良い魔法だ。生物でなければ、武器や回復アイテムなどの様々な物を運搬出来ること、消費魔力も少ない事から、かつて【ファミリア】の遠征部隊にも、Lv.1ながら帯同していた事もある程重宝される、破格の性能を誇る。

 通常必要な『魔法』の詠唱と、魔剣の近距離でなければ扱えないという両者の短所を打ち消すことのできるこの戦法は『魔弾』と呼ばれ、かつての闇組織(イヴィルス)殲滅作戦などにも使われたことで恐れられた。

 

「俺はこれでも狙撃手ですので。神ヘファイストスの眷属にしか、これの調整は頼めません」

 

 再び剣を握りしめる彼の姿に、ヘスティアは疑問符を浮かべる。

 

「でも君はこれまで全然弓を使ってなかったじゃないか。どうして普段から弓を使わないんだい?」

 

 彼女の最もな疑問に、ラプラスはふふん、と得意げになって答えた。

 

「神ヘスティア、主神(ロキ)曰く、『真の射手(アーチャー)は弓を使わない』のだそうです。おれも射手の端くれならばと、弓だけではなく様々な武器を使えるように訓練してきました」

 

 それ、騙されてないかい、というヘスティアの呟きは彼の耳に届いておらず、ラプラスは自信ありげに剣を振るう。

 ヘスティアが、ベルには変なことを吹き込まれないようにしようと心に刻む頃、一行は17階層最後の砦まで歩みを進めていた。

 

「この先が『階層主(ゴライアス)』のいるルームになります。もう生まれてしまっている以上、なるべく戦闘を避け駆け抜ける他、道はありません」

 

 アスフィの言葉に、皆気持ちを引き締める。

 捜索隊の目の前には、大口のように彼等を待ち受けるルームの入り口があった。

 

(待っててね、ベル君……)

 

 眷属の無事を祈るヘスティア。

 彼女達は、この旅の最後にして最大の難関へと挑むのであった。

 



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過去

ところで皆さんダンメモやってます?



 ベルは声のした方角を進み、17階層と18階層を繋ぐ連絡路に辿り着いた。

 そこには既に【ロキ・ファミリア】の見張り役が集まっており、彼らの視線の先には、彼の主神の姿があった。

 

「おおおおお……!? 何とか逃げられた……」

「あっははははは! 死ぬかと思ったー!」

 

 その隣には地面に座り込み、大笑いしている男神がおり、それ以外にも肩で息をしている冒険者達がいた。

 

「……あ」

 

 続々と集まってくる人々の中から、ヘスティアは自らの眷属の姿を見つけ、走り出す。

 人々が道を開けると、一直線に飛びついた彼女を受け止めきれず、ベルは尻餅をついてしまう。

 周りの視線などお構いなしに、彼らが感動の再会を果たしていた。暫くすると、ベルは自分達の状況に気付き、顔を赤くする。

 すると、この中で最も(主にヘルメスによって)疲弊しているアスフィが、あることに気づいた。

 

「!? 彼らがいないではないですか!?」

 

 その言葉に、周りに集まっていた冒険者達だけではなく、ベルやヘスティアも注目する。

 彼ら、とベルが疑問符を浮かべるのも束の間、再び17階層の階段から大きな音がしたかと思えば、何かがごろごろと転がってきた。

 

「ぐあぁぁあああああ!?」

「貴方は本当に馬鹿だ! 死にたいのですか!?」

 

 その転がる物体?は顔面から地面に勢いよく滑り込み、停止する。さらにその後ろから、ベルがよく知るエルフの、とても聞いたことのない剣幕を帯びた声が響いた。

 その人物は息を荒げて階段を駆け降りると、このお馬鹿!と転がってきた人のお尻を木刀で思い切り殴っていた。

 余りの恐怖にベルは絶対にリューをこれから怒らせるようなことだけはしないでおこうと心に誓う。

 むくり、と殴られた人物が体を持ち上げる。

 

「ふふふ、ふはははははははっ! あーっははははは! 『階層主(ゴライアス)』だ! リュー! もう一度行こう!!」

 

 突然高笑いを始めた人物にベルは見覚えがあった。以前ギルドでエイナと共にアイズのことについて教えてもらった、その時は落ち着いた印象を抱いた人物だった。

 

「ラプラス!?」

 

 その声は【ロキ・ファミリア】の人混みの中から響いた。すぐにこちらに駆け寄ってきたのは、先程ベルを質問攻めにしてきたアマゾネス姉妹の妹の方だった。

 

「嘘……!? ホントにラプラスなの!?」

 

 そこにいるのが信じられないといった様子でラプラスの方に近付いていくティオナ。

 ようやく興奮が収まったのか、ティオナの存在を確認したラプラスは、いつもと変わらぬ様子で、おう、と手を振った。

 

 

 

 

 

 

「いや〜、突然押しかける形になってしまって申し訳ない! まさかベル君達を先に保護してくれていたとは」

 

 フィン達は天幕に通された客人達の一人、ヘルメスを見つめていた。彼の後ろにはアスフィもおり、アイズと目配せで挨拶をしていた。

 

「確認させて頂きたいのだが、神ヘルメス、貴方方がこの階層にやって来たのは、ベル・クラネル一行を救出するため、間違っていないだろうか?」

「ああ、そうさ。ヘスティアに依頼されてね。ちゃんと依頼書もある」

 

 ヘルメスは懐から依頼者を取り出す。

 

「先にこちらの要望を伝えてもいいかい?」

 

 ヘルメスはこの場に救助隊の代表として訪れていた。この場にいる【ロキ・ファミリア】の面々は、フィン、リヴェリア、ガレスの首脳陣、ベートを除くアイズやティオナ、ティオネといった幹部が連なる。そこに、外で宴の片付けをしている他団員達に情報を共有するため、ラウルも同席していた。

 ヘルメスが口を開いたところで、フィンが手を挙げ、それを遮った。

 

「と、その前に何故()がここにいるのか、それを説明してもらいたい」

 

 フィンの視線の先には、簀巻きにされ、床に転がされた上で口も塞がれ、しくしく泣いている放置されたラプラスがいた。

 彼はあの後、直ぐに遠征隊の負傷者テントに行き、重症者にある分の薬を渡し、その場で確保されこの場に連れてこられていた。

 

「彼がここにいるのは、彼の意思さ。オレも彼がこの旅に同行するのは驚いた」

 

 ヘルメスの言葉に嘘はなかった。話し合いを聞いていたラプラスもその言葉に偽りがないことから、何も言うことはなく、ただヘルメスの言うことに首肯した。

 

「はぁ、こうならないように制約をつけたのに、存外皆君に甘いようだね」

 

 フィンは大きくため息を吐く。

 

冒険者依頼(クエスト)に参加した以上、必ず完遂すること。一人の冒険者として、これは当然の責務だ。その場にいなかった僕達がどうこう言えるものではない」

 

 それはそれとして、君は後でここに残るようにと伝えられるラプラス。漸く解放された彼はヘルメスの隣に立った。

 

「それならば、早速で厚かましいが彼らをここの野営地に滞在させてやってくれ。そして18階層を出発する際の部隊にも同行させてやってほしい」

 

 先程のヘルメスの要望をラプラスが簡潔に伝える。それにヘルメスが付け加えた。

 

「君達がモンスターの襲撃に合ったことはもちろん知っている。だが、オレ達もベル君達を助けるために急いでいたからね、野営の準備を持ってきていないんだ。それに、あの宿場町(リヴィラ)に泊まるのもね」

 

 ならず者の街であるリヴィラは実力主義の場であり、新参者でただでさえ目立つ彼らがその街に泊まるのはリスクが大きすぎた。

 

「食料等は何とかするし、出費が出たら地上に戻ってからオレ達の【ファミリア】に請求してもいい」

 

 言葉巧みに交渉を続けるヘルメスに、ラプラスは思わず舌を巻く。中立を気取る彼の話術はやはり侮れないものだと再認識する。

 とんとん拍子で話がまとまる中で、ヘルメスはふと、思い出したかのようにフィンに微笑んだ。

 

「ああ、そうだ。遅くなったけど、『遠征』お疲れ様。戦果は挙げられたのかい?」

「おかげさまで、犠牲者もゼロに抑えられた」

「それはすごい! 流石は【ロキ・ファミリア】だ!」

 

 フィンが淡々と答えると、喜びを露わにしていたヘルメスは、口元に笑みを浮かべたまま、その目を細めた。

 

「それで、59階層では何を見たのかな?」

 

 突然、探りを入れる彼に、ティオナやティオネは顔を強張らせ、アイズでさえも僅かに目を見張る。しかし、首脳陣は取り乱した様子もなく、堂々とそんなことを宣う神に凄んだ。

 

「我々はロキの眷属だ。得体の知れない神に話す義理はない」

 

 隣にいるラプラスも気圧される程の威圧感に、思わずたじろぐが、ヘルメスは気にした様子もなくそのまま言葉を続ける。

 

「それもそうだ、悪かったよ。だけど少し事情が変わってきてね。オレはロキやディオニュソスと同盟を組んだんだ」

「!」

「所謂被害者同士の繋がりといったところだよ。あの極彩色のモンスターや闇組織(イヴィルス)の残党に対するね」

 

 遠征に向かっていた彼らにとって思いもよらない情報がさらりと告げられるが、フィンは冷静に返答した。

 

「生憎、確認が取れるまではその情報は信用できない」

「それもそうだが、()()その会合に居た人物がいるんだよなあ」

 

 ヘルメスは隣にいるラプラスと肩を組むと、にこりと笑みを浮かべる。

 

「まあ、その時のことは彼から聞いてくれ。そして、これから言うことは聞き流してくれても構わないんだが……オレ達神はダンジョンの入り口がバベル以外にも存在するということで結論付けた」

 

 アイズ達は息を呑む。

 

「君達が地上に帰還したのち、本格的にオラリオ内部の調査をする必要があると考えている」

 

 少ないけど、宿代さと言い残し、神は眷属を従えその場を後にする。

 一方的に情報を与えて去っていったヘルメスに、残された彼らは動揺を隠せなかった。

 

「……君は、この話を聞いていたのかい?」

 

 静寂が訪れた天幕に、フィンの声が響いた。

 ラプラスは彼の視線を受け、口を開く。

 

「……ロキは帰ってから伝えるつもりだったと言っていた。地上に残ったおれ達では出来る事も限られてくるしな」

 

 ラプラスの言葉に、フィンはやれやれと、ため息を吐く。

 

「地上に戻ってからも忙しくなりそうだ」

 

 

 

 

 

 

 天幕には派閥首脳陣とラプラスだけが残されており、ラプラスは彼らの前に立たされていた。

 

「まさかこんなに早くダンジョンに来るとはのう。お主も我慢ならん奴じゃ」

「……ガレス、あまり甘やかすな。此奴は私達との取り決めを破ってここまで来たのだ。それ相応の罰は必要だろう」

 

 ガハハ、と笑うガレスに対して、リヴェリアの反応は辛辣なものだった。間にいるフィンは暫く何も言わなかったが、徐に口を開く。

 

「リヴェリア、今回の事は大目に見てあげよう。彼は正確には約束を破ったわけではないからね」

 

 リヴェリアはその言葉に口を挟むことはなく閉口する。

 

「……さて、ロキ達をどう言いくるめたのかは戻ってから確認するとして、君が薬を持ってきたことは大きな成果だ。【ファミリア】の利益に繋がる行いに咎を言うつもりはない」

 

 フィンは淡々とラプラスに向けて言葉を告げる。てっきり懲罰でも下ると読んでいたラプラスはその酌量に驚きすらしていた。

 しかし、フィンはただし、と付け加えると、目付きを変える。

 

「ただし、今回のことに関しては、地上に帰ってからまた話し合いの場を設けることにする。このように例外的措置を他の団員に真似されては困るからね」

 

 フィン達首脳陣が言わんとすることが良く伝わったと、ラプラスは首を縦に振る。彼らが懸念しているのは、下級団員達ではなく、寧ろ歯止めの効きにくいやんちゃな幹部達のことだった。

 

「軽率な行いに対する、寛大な処置に感謝する」

 

 ラプラスは深くお辞儀をすると、フィンは一つため息を吐いた。

 

「まあ、今回は18階層までが目的地だからね。ここにいる間は、久しぶりのダンジョンを見て回るといい」

「元よりそのつもりだ。それでは、失礼する」

 

 フィンの言葉に、にやりと口元に笑みを浮かべたラプラス。

 すると、天幕の外から何やら騒がしい声が聞こえて来る。

 

「はぁ、ティオナ達だな……」

 

 そう呟くリヴェリアは深いため息を吐くと、フィンに目配せをした後、ラプラスの方を見た。

 フィンは片目を瞑るが、何か言うことはなく、リヴェリアに任せるといった様子だった。

 

「お前も来い。私からの罰として、この騒ぎを止める手伝いをしろ」

「……なかなか無茶なことを言う」

「文句を言うな。そら、着いて来い」

 

 心底嫌そうな顔をしたラプラスを連れて、リヴェリアは天幕を後にする。

 

「それにしても、随分と甘いのう、フィン」

「ラプラスに関してかい?」

 

 残されたガレスとフィンは後のことはリヴェリアに任せようと、一先ず息をついた。

 先程のラプラスに関する処遇に関してフィンの対応を思い返したガレス。その言葉にフィンは苦笑する。

 

「ここまで来てしまったのなら、僕達が何を言ってもしょうがないさ。それよりも、今後こういった事態にならないよう再発防止に努めないとね」

 

 それに、と付け加えるフィン。

 

「最後にこちらに向かって笑った時の彼の瞳を見たかい? 爛々と青く輝いて……スキルとはいえ、もっと隠す努力をしないとね」

 

 ガレスは困ったもんじゃ、と豪快に笑い飛ばす。

 ラプラスの瞳は彼のスキルの影響で、感情の高ぶりに呼応して無意識に青く輝く。この癖が未だに治っていなかったことを、フィン達首脳陣は知ることになるのと同時に、彼が心から今回の探索に歓喜していることがわかったのだった。

 フィンとガレスは先程天幕から出たラプラスと、彼を連れて行ったリヴェリアのことを考える。

 

 

「リヴェリアも存外あやつのことを気に入っておるからのう」

 

 罰と言っていたが、殆ど口実のようなものだとガレスとフィンは見抜いていた。

 

「そりゃ3歳の頃から世話をしているんだ。情が移らないといったら嘘になるだろうね」

「そうか、もう15年も前か……」

 

 感慨深く呟くガレス。

 しん、と静まる天幕の中で、フィンはラプラスの様子を思い返していた。

 

(しっかりと立ち直れているようで安心したよ)

 

 フィンの心の声は誰にも聴こえることなく、迷宮の空に溶けていった。

 そして、リヴェリア達が去った天幕に訪れた人影が一つ。

 

「フィン、話って……?」

 

 金髪の少女はその瞳に困惑を携えていた。

 

 

 

 

 

 

 本営を出たリヴェリアとラプラスは、先程大騒ぎしていたティオナ達の天幕へと向かっていた。

 

「リヴェリア、頼むから実力行使だけは勘弁してくれ。そういうのはガレスだけで間に合っているからな」

 

 必要以上にビクビク怯えるラプラスに、珍しいものを見たとリヴェリアは笑みを浮かべる。

 

「ふ、何を怯えている。そんなことには恐らくならんだろう、安心しろ」

「……絶対ではないのだな」

 

 天幕に近づくと、中から聞こえてきたのは、精霊、アイズという単語だった。会話の意図が掴めなかったラプラスだったが、リヴェリアはその言葉に少し顔を顰めると中へと入っていった。

 

「……あまり詮索してやるな、お前達」

 

 リヴェリアの不意の登場に驚く面々。ラプラスが中に入ると、そこにはティオナ、ティオネやレフィーヤ達第二級冒険者達数名、そして椿が確認できた。

 一体何を話していたのやら、とラプラスが思念する中でティオナが口を開いた。

 

「ねえ、リヴェリア。アイズの秘密って、あたし達には教えられないものなの?」

 

 ティオナの悲痛な様子に、ラプラスは彼女達がアイズの何か重大な秘密について話していたことを知る。59階層にて『精霊』と戦っていたことを知る由もない彼は、何故アイズの秘密について彼女達が知りたがるのかわからないのも無理はなかった。

 ラプラスが話についていけない中で、リヴェリアは告白する。

 

「アイズには『精霊』の血が流れている」

 

 さしものラプラスもこれには驚愕した。

 『精霊』など御伽噺の存在である。その血が流れているということは、彼女はある意味、神に近い存在であると言えるからだ。

 

(アイズに『精霊』の血が……)

 

 彼女の鬼神のような強さの一因はその血であるのかと考えるラプラス。

 彼が思考に陥る間に、ティオナ達はアイズを支えると奮起していた。

 

「……」

 

 すると、リヴェリアの後ろにラプラスがいることに気付いたレフィーヤは、真っ先に気付きそうなティオナが何も言わないことに疑問を持った。

 

「あれ、ティオナさん。ラプラスさんがいるじゃないですか。どうして声を掛けたりしないんですか?」

 

 レフィーヤは当然のようにその質問を投げかけたのだが、ティオネを含む周りの団員達は、揃って顔を見合わせる。

 レフィーヤは何かおかしなことを言ったかと疑問符を浮かべたが、こちらに向かって顔を向けたティオナの濁った瞳と口元に張り付いた笑みを見て、自らの選択が大きな過ちを犯していたことを瞬時に悟った。

 

「そりゃあもちろん気付いてたよ? 天幕の外からラプラスの足音と声が近づいてきているのはわかってたし、誰かと話しているのも知ってたよ。でもラプラスはあたし達が『精霊』と会ったことを知らないし、多分リヴェリアについてきたのも嫌々だったんじゃないかな? 天幕に入ってきた時の表情が少し歪んでいたからね。多分外で会話の流れだけでも掴もうとしたけど、自分の知らない、関係ない言葉が聞こえてきて、取り敢えず情報を集めるところから始めようとしたんじゃないかな。あと、入ってきてすぐに誰がいるか確認した時に、椿のことを見つけたラプラスの表情がちょっと曇ったのも見逃せないよね。ラプラスは椿のことが苦手だから、余計なことを言ったら何かされると思って最初は何を話していたのか知ろうとしたんだと思う。それに『精霊』って単語が出た時に何かを考えている時の顔になったから、しばらくはトリップして戻ってこないと思うよ。ラプラスはこの状態に入っちゃうと自分が納得いく結論が出るか、無理やり起こすかしないとずっと考えちゃうから。ちなみにだけどラプラスはこの状態の時ってホントに何しても気付かないから、ちょっと突っついてみたり、食べ物あげたりしても食べてくれるの! すごい可愛いよね! 昔、あたしと一緒に打ち合っていた時に、急にこの状態になった時があって、あたしびっくりしたんだけど、その時チャンスだな〜と思って色々実験してみたの! 縄で縛ったりしても気づかなかったけど、【ファミリア】の団員以外の人がいる時にはこの状態にあんまりならないから、多分信頼できる人といるとなっちゃうみたい。あ、でもレフィーヤはいくら信頼されてるからって悪戯しちゃダメだよ。これを最初に見つけたのはあたしだからね。もう試せることは試したし、ね。それにレフィーヤでも抜け駆けなんてしたら絶対に許さないからね。あれ、でも確かレフィーヤって【ファミリア】に入った頃にラプラスから色々教わってたよね? アイズに憧れてっていうのは知ってたけどラプラスもその頃暇してたって言ってたけど、新人教育なんて普段しないのにレフィーヤの時だけどうして? やっぱりリューさんなのかな、あの人が一枚噛んでてもおかしくないよね。レフィーヤはあの頃、ラプラスから何か聞いてたりしてた? 例えば、エルフが最近気になっているとか。あ、もしかしてアマゾネスが好きとか!? どうしよ〜ラプラスがそんなこと言ってたら! でもラプラスはポーカーフェイスに見えるだけで表情には出やすいタイプだから、多分レフィーヤのことに関しては他意はないはずなんだよね。でもやっぱりレフィーヤだけ特別に新人教育なんてされたのやっぱり何か訳があると思うんだけどどう思う? レフィーヤ、ねえ? ねえ?」

 

 レフィーヤは深く後悔した。

 まさかそんな所にティオナのスイッチがあるとは思わず、完全に捕まってしまった。

 他の団員達は早々に避難しており、レフィーヤは自分の目の前にいつも明るく輝く瞳を若干濁らせたティオナが迫ってくるその視界の隅で、ティオネがひらひらと手を振り、他の団員達が手を合わせ、椿は笑いながら、リヴェリアですら非常に申し訳なさそうに天幕を出るところを捉えていた。

 

(こんなのって、こんなのって……)

 

 未だにレフィーヤに向けてラプラスの魅力について、延々と語り続けているティオナ。

 誰も助けはおらず、この天幕に残されたのは彼女とティオナ、そしてその元凶であり、未だ思考の渦の中にいるラプラスだけであった。

 

「あんまりです〜〜〜〜!!!!」

 

 レフィーヤの絶叫は18階層全域に響き渡ったという。




一番頑張ったのはティオナの長文


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アンダーリゾート

「まさかラプラスも着いて来てくれるなんて思わなかったな♪」

 

 いつにも増して上機嫌なティオナはラプラスの顔を覗き込んだ。

 【ヘスティア・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】幹部の異色の大所帯は18階層に存在する冒険者の街、リヴィラを訪れていた。

 あの後、深夜まで熱弁していたティオナはこってり絞られ、レフィーヤは満身創痍で自らのテントに帰り、ラプラスもまた、何が起きたのかさっぱり理解しないまま、自らの野営地へ戻ったのだった。その際、リヴィラへと向かう旨を伝えられ、18階層脱出までの猶予が1日あり、行動を制限されているラプラスはティオナの誘いを受けることにしたのだった。

 

「フィンもそれくらいなら、と了承してくれた。俺自身、久しぶりのリヴィラは楽しみだ」

 

 ラプラスも内心喜びを抑えきれない様子だった。

 先導する形になった彼らの後ろでは、ベルを巡って神と眷属が争っていた。彼の腕を取り、挟んで口論してるが、間に挟まれたベルは顔を真っ赤にして困惑している。ティオネ、アイズもその近くにいるのだが、どうにも微笑ましげにしている様子だ。ティオネはフィンと共に来れなかったことを嘆いていたが。

 

(うう〜あたしもラプラスにくっついてみようかな…)

 

 一方で、それを横目に見ていたティオナは、自分も隣の彼にアピールするべきか悩んでいた。

 現在は彼を独り占めの状態であり、普段ダンジョンに篭りがちな自分とは違い、地上でどんどん仲を深めているハーフエルフの受付嬢や、最近呼び方が変わり、また急接近しているように思えるエルフも、ダンジョンにラプラスと一緒に来た時は驚いたが、今は姿が見えない。

 ティオナ自身、実質これはデートのようなものであり、自分のターンが回ってきていることを自覚していた。

 

「はぁ……あんたねえ、とっとと手でも握りなさいよ。なんでそう奥手なのかしら」

 

 その様子を見ていた姉は煮え切らない態度に痺れを切らしたようで、ズンズンと近づいてくると、強引にティオナの手を取り、ラプラスに絡ませた。

 

「「……!?」」

 

 ティオナは思わずお節介な姉に対して文句を言おうとしたが、一瞬見えた動揺を隠せないラプラスの表情に覚悟を決め、そのまま進むことにした。

 流石のラプラスも驚いた様子で視線を落とすが、当のティオナは耳まで真っ赤にしながらも、決して腕を離さないのだった。

 ラプラスは腕に感じるティオナの鼓動とその赤面に思わず面食らった様子だったが、少し身じろぎすると、黙ってこの状況を受け入れるのだった。

 その様子に疲れたように肩を落とすティオネ。お互いに意識しあっているのが見え見えなのに、進展しない彼らの関係は、アマゾネスの彼女からしたら何とも焦れったく思えてしまうのだった。

 

「おやおや、ラプラス君も青春してるんだねえ。これは俺のアドバイスも無駄じゃなかったってことだ」

「神ヘルメス、貴方のそのアドバイスのせいで此方がどれ程苦労しているかお分かりですか??」

「ラプラスは何でも言うこと聞いちゃうから……」

 

 初々しい彼らの様子を見ていたヘルメスはそうごちるが、ティオネとアイズは思わず神に対して口を挟まずにはいられなかった。

 ハハハ、と笑い飛ばす主神に対して、アスフィは謝り倒すことしか出来ないのだった。

 

「それにしてもここは何も変わっていなくて安心した。見てみろティオナ、ポーションで家が買えるぞ」

「ほんとにいつ見ても高いよねーこの街」

「おう、にいちゃん、文句言うなら他所に行け……って【大切断(アマゾン)】!?【ロキ・ファミリア】!?」

 

 ラプラスは店先に並ぶポーションの値段を見て呟くが、店主はその隣にいる人物を見て驚いた様子だった。【ロキ・ファミリア】幹部が男と腕を組んで店に来たら誰でもそうなりそうだが。

 

「はいこれ、深層の魔石とドロップアイテム。あと、ポーションなんかも見せて頂戴」

 

 ティオネが店主に向かって深層の強力なモンスター達から採取した素材を差し出す。

 今回リヴィラに来た目的は観光ではなく、持ちきれなくなったアイテムをここで換金し、少しでも荷物を減らすことにもあった。遠征は59階層まで進むことができ、『エニュオ』や『精霊』といった新たな脅威を目の当たりにしたが、それはそれとして彼ら冒険者は何もするにも金が必要だ。

 

「はぁ!?こんだけ魔石とドロップアイテムがあるのに50万ヴァリス!?あんた足下見てんじゃないわよ!?殺されたいの!?」

 

 余りにも法外な値段を提示され、ティオネは怒り狂っていた。彼女は今日来れなかった団長から出来るだけ高くこれらのアイテムを買い取ってもらうように命じられていたのだ。

 

「あたしはこれをなるべく高く売るよう団長に仰せつかっているのよ!あんまり舐めたことするなら腕の一本や二本覚悟してもらうわよ?」

「おいおい、だったら地上まで我慢すりゃいいだろ?団長様に宜しく伝えといてくれよ、ここでは売れませんでしたってな」

「あぁ?」

「あ、すんません、でもほんとにこれが限界で……」

 

 リヴィラの街は冒険者達が作り上げた実力主義、そして無秩序の街。それは例え上級冒険者であっても態度は変わらないのだった。流石に都市でも最強クラスの者に目を付けられては勢いも衰えてしまうが。

 

「店主、80万ヴァリスでどうだ?……ティオネ、これ以上は無理だろう。無いよりはマシだと思った方がいい」

 

 ラプラスは本当に手を出しかねない雰囲気のティオネを諌め、何とか交渉をまとめる。普段なら交渉上手なティオネだが、心労が重なり、いつにも増して暴力的だった。

 何とも不運な店主に助け舟を出し、ヴァリスをティオネが受け取り店を後にしようとすると、漸く店主が彼のことを思い出したようだった。

 

「……お前まさか【自宅警備員(ニート)】か?ダンジョンに行かないって話だったが……」

「いや、そのまさかだ。俺も漸く冒険が出来る」

 

 去り際に、店主は彼の瞳の中に、仄かに青く輝く光を見た。

 

 

 

 

 

 

「さて、ベル君。オレはこの時を待っていたんだ。君と二人きりになれたこの時をね」

 

 ラプラス達がリヴィラから帰ってきてから少し経った頃、ヘルメスはベルのテントを訪れていた。

 

「ヘルメス様……僕に何か?」

「本当はラプラス君も誘ったんだけどね、用事があるからと断られてしまったんだ。君は一緒に来てくれるよな?」

 

 神の悪戯に一匹の兎が巻き込まれようとしている頃、ラプラスは森の中にいた。

 

「良いのか? ティオナ達は水浴びに行ったようだったが」

「ええ、私は正体を隠してここに来ています。それに、あの場所には明るい時間に行きたかったので」

 

 18階層までの道のりを殆ど一人で切り開いたリューは、ラプラスを誘い、ある場所を目指していた。

 彼も18階層に来た時から行こうとしていた場所であり、自ずとどこへ向かっているのかはわかっていた。

 

「……ですが、どうしてもというなら仕方ありませんね。ええ、これは仕方のないことです」

 

 ぶつぶつと何か呟くリューの様子に気付かぬラプラスは、彼女の企みに為されるがまま付いていくのだった。

 

「今からここで水浴びをします」

「気をつけろ、リュー。近くに【呪詛(カース)】使いがいる」

 

 まさに秘境と言えるほどに、ひっそりと隠されたようにある水辺に着き、最初にその言葉を耳にした時、ラプラスは幻聴かと思い、思わず周囲を警戒した。その横でリューは羽織っていたマントを外し、マスクも外し始めていた。

 

「おいおいおいおい、待て待て待て。正気か?本当に【呪詛(カース)】を喰らったんじゃないよな?」

 

 ラプラスは急いで樹の影に隠れ、リューに声をかける。彼女は見たこともないほどに動揺している彼を尻目に、一枚ずつ衣服を脱いでいくと、ゆっくりとその身を水に浸けた。

 

「……どこまで見ました?」

「見ていない」

「嘘です」

「本当だ」

「嘘」

 

 リューはくすくすと嬉しそうに彼に問いかける。ラプラスは自分が完全に遊ばれていることを自覚しながらも、全く太刀打ち出来ないことを悟っていた。

 

「……背中が少し見えた」

「ほら、やっぱり」

「勘弁してくれ」

 

 ぱしゃり、と水が跳ねる音。木漏れ日に煌めく金の髪。木の葉の擦れる音。瑞々しく流線形を描くその姿はまるで絵画を切り抜いたようだった。そこが怪物の巣窟であることを忘れてしまうほど、美しい幻想を一瞬彼は見ていた。

 

「やはり、またここに来れて良かった」

「……貴方は……」

 

 暫くして、彼はぽつり、と呟いた。

 リューは返す言葉を詰まらせるが、それでも彼の心からの言葉に安堵するのだった。

 

「うわああああああああああ!!」

 

 と、そこに闖入者が現れた。

 酷く取り乱した様子の彼は、自分がどこに迷い込んでしまったのかわかっていない様子だった。

 そんな彼に向かって反射的にナイフを投擲するリュー。

 

「一名様、ご案内だ」

「え、うわああああ!?誰ですか!?」

 

 ギリギリのところでそのナイフを弾いたラプラスは、そっとベルの目を塞ぐ。

 ラプラスのいた方向と丁度真逆の方から茂みを抜けてやって来たベルは、まさかこんな所でエルフの水浴びを見てしまうとは思っても見なかったようだ。

 

「……クラネルさん、弁明は後で聞きます」

「リューさん!?ごごごごごめんなさいぃぃぃ!!」

「脇目も振らずこちらに向かってくるとは、純粋そうだが、意外とそうでもないのか?」

「この声、ラプラスさんですか!?何も見えません〜〜!?」

 

 全く状況が掴めておらず、混乱しているベルに対し、茶化すように言葉を掛けるラプラスは、今のうちにと、リューを促す。

 リューが支度を終えた頃に、漸く目から手を離したラプラス。その頃にはベルも幾らか落ち着きを取り戻していたのだった。

 

「本当に申し訳ないです」

「はあ、クラネルさん。貴方はもう少し疑うことを覚えた方がいい」

「神ヘルメス、恐れ入るな。うちの女性陣を怒らせたらどうなるかわかった上でそのような事をされるとは」

「そして、反省というのはこういう者がするのです」

 

 すっかり小さくなり、涙目のベルはしどろもどろになりながらも、ヘルメスに唆されて覗きに加担したこと、それがバレてしまいここまで逃げてきてしまった事を話した。

 リューはため息をつきながらも、ベルに対して忠告だけで済ませ、何やら不穏なことを宣う男の後頭部を思い切りどついた。

 あまりにもスムーズに行われた制裁に、自分の反省が足りていなかったらと、冷や汗と恐怖が止まらないベルに対して、リューはある提案をした。

 

「クラネルさん、貴方にも少し付き合って頂きます」

 

 行きますよ、とダウンしていたラプラスを起こすと、着いてくるよう促すリュー。

 どのような粛清がされるのかと戦々恐々とするベルに対して、ラプラスは肩の力を抜くように言った。

 

「何も取って食おうというわけではないぞ。少し寄りたい所があるだけだ」

「それじゃあ、あの許して頂けるんですか?」

「許すも何も、貴方に非はありません」

「でも、僕が嘘をついているとか……」

「自分を卑下するのはやめなさい、クラネルさん。貴方の悪い癖です」

 

 少し面食らったようにするベル。ラプラスは純粋すぎるが故に全てを背負おうとしてしまう少年の眩しさに少し目を細めた。

 

「……着いたか」

 

 森が少し拓けた場所にそれはあった。長年使われていないことがわかる様々な武器が突き刺さる丘のような場所。しかし、とても綺麗な状態に保たれているそれらは、ここに頻繁に通う者がいることを示唆していた。

 

「あの、ここは……」

「私のかつての仲間たちの墓です」

 

 道中で摘んでいた花を置くリュー。そして、彼女は自らの過ちとその末路をベルに語り始めた。

 

「私は、恥知らずで横暴なエルフです。結局同胞以外に肌を晒さず、仮面を被り続けてしまった」

「リューさん、自分を卑下する言葉はやめてください。僕も怒ります」

 

 その言葉に、リューだけでなく、口を挟まずに聞いていたラプラスも目を丸くする。

 

「これは一本取られたな、リュー」

「今のクラネルさんのように、エルフのしきたりを嫌悪しながらも、自ら壁を作り変われなかった私ですが、そんな私を叱って、手をとって、握ってくれる人達がいました」

 

 話の途中で手袋を外すと、ラプラスの方を一瞥し、そっとベルの手を取るリュー。突然の出来事にベルは顔を赤くする。

 

「クラネルさん、貴方は優しい。私の尊敬に値する人だ」

 

 辺りが暗くなり始めた頃、ベルを野営地に送り届けた後、ラプラスはリューと共にいた。

 

「手を握っているのを見たのはシル以来だ」

「嫉妬ですか?」

 

 驚いたような、それでいて少し嬉しそうにリューはラプラスに問いかけた。昼間の話はいつかベルの耳にも届いたことであり、そして本心であった。

 何も言ってこなかったラプラスがその時何を考えていたのか、リューは知っておきたかったが、彼はそんな彼女の複雑な心境を一蹴した。

 

「まさか、寧ろ嬉しかったよ。クラネルが、あんな風にリューを受け入れてくれて」

「私は、嫌われたりはしていないでしょうか」

「それこそあり得ないな。彼は聡い。どんな気持ちであの場所を案内したのかなんて、言葉にせずともわかっているはずだ」

 

 目を細めて、ベルのいる方を見つめるラプラス。その様子にリューは見覚えがあった。

 

「……彼は眩しいですか?」

「なぜ?」

「初めて会った時、アイズ・ヴァレンシュタイン氏に同じ瞳を向けていましたよ」

 

 はは、と乾いた笑いをこぼすラプラス。

 

「もう、そんな感情も感傷も無いのかもしれないな。俺の冒険はとっくに終わったんだよ」

「それならば何故、六年前に主神であるロキや、貴方が最も尊敬している【勇者】との約束を破ってダンジョンに行ったのですか?『二十七階層の悪魔』で私達を助けに来たのですか?」

 

 リューは自分がどのような答えを欲しているのかわかっていなかった。それは、彼の胸の内に隠している言葉を待っているかのようだった。しかし、口をついて出てしまったその問いの答えは得ることができなかった。

 突然、彼らの近く、東の方角から一条の光が奔った。

 異変を感じ取った彼らは直感のままにその場所に向かって走っていた。

 

「リュー、答えはまた今度だ。今は……」

「ええ、先に向かいます。貴方は増援を……いえ、【ロキ・ファミリア】ならばその心配もないでしょう。急いで来てください」

 

 レベル差もあり、かつスピードに特化しているリューは瞬く間にラプラスを置いて異変のあった東へ向かった。

 たった一つのレベルの差が、絶望的なまでの差を知らしめていた。



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不穏な足音

 ラプラスが光の場所に到着した時、リューは既に十体もの食人花(ヴィオラス)と戦闘を開始していた。その後ろにはボロボロになったレフィーヤと先程キャンプ地に送り届けたベルがいた。彼らは目の前の華麗な戦闘に気を取られ、背後からの脅威に全く気づいていなかった。

 

「くっ…!」

 

 ラプラスは今にもレフィーヤ達を丸呑みにせんとする食人花(ヴィオラス)に向かって最速で矢を放つ。

 魔力に反応し、リューと戦っていた食人花(ヴィオラス)もラプラスを視認した。

 

「ラプラス!追いついたのですね」

「リュー、こいつらは打撃が効かん。それと先程のように魔力に反応する。レフィーヤ達は俺が守る、派手なのを頼むぞ」

 

 彼らは背中合わせに言葉を交わすと、自らの役割を果たす為に再び食人花(ヴィオラス)に立ち向かう。

 

「『今は遠き森の空……」

「大丈夫か、お前達」

 

 リューは並行詠唱を行いながら、十一体もの食人花(ヴィオラス)の群れをその速度で翻弄する。ラプラスは流れ弾のように飛んでくる触手を矢の迎撃でもって完璧に抑えつつも、要所で食人花(ヴィオラス)達にもヘイトを買わないギリギリなところを狙い撃ち、詠唱の手助けをしていた。

 まるで、昔からそうやって戦ってきたかのように彼らの連携は完璧なものだった。言葉を交わすこともなく、お互いがどのように動くのかわかっているかのような信頼を、レフィーヤとベルは彼らの間から感じ取るのだった。

 

「すごい……」

 

 どちらからともなく呟かれたその言葉はリューの魔法の衝撃によってかき消された。

 

「派手にやりすぎだろう」

「やりすぎましたね……」

 

 細切れになった食人花(ヴィオラス)を尻目にラプラスはリューの元に行くと、言葉を掛けた。その煙の向こうでキラリ、と極彩色に光るものがあった。

 

「……!!」

 

 どん、とリューの肩を押す。その場所には、最期の力を振り絞り、襲い掛かってきた食人花(ヴィオラス)がいた。

 

「おおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 左腕を喰われながら、ラプラスは雄叫びをあげる。魔法によって傷つき、脆くなっていた外殻を突き破り、体の内側から最後の食人花(ヴィオラス)を絶命させたラプラスは、灰に還る食人花(ヴィオラス)の前で尻もちをついた。

 

「大丈夫ですか、ラプラス!?」

「ああ、それよりあいつらを手当てしてやれ。どうせ俺は効きが悪い」

 

 食人花(ヴィオラス)に喰われた左腕は消化液や牙の影響でボロボロになっており、最も深手を負っているように見えたが、ラプラスはベルとレフィーヤの回復を優先した。

 

「申し訳ありません、私の油断が招いた事故です」

「気にするな、鈍っていたのはお互い様だろう」

 

 リューはラプラスの言う通り、明らかに格上の相手と戦い、傷ついているベルを回復させながら、ラプラスに謝罪する。ラプラスも、無事だった右手からポーションを出すと、煙を上げる左腕にかけた。

 

「だ、大丈夫ですか、ラプラスさん!?」

「ああ、レフィーヤ。無事で良かった。ところでどうしてこのような所にいるんだ?」

 

 レフィーヤは助けて貰って申し訳ないとぺこぺこお辞儀をする。その向かいでは、リューも先程送り届けたばかりのベルが何故このような辺境にいるのか問い詰めているところだった。

 

「クラネルさん、先程私達は貴方を送り届けたばかりですが、どうしてこのような所にいるのです。夜の森は危険だとそう伝えたのですが」

「ち、違うんです、同胞の人!私が悪いんです。誤解なさらないでください、その人は悪くない……私を助けてくれました」

 

 レフィーヤは咄嗟にベルを庇う。実際、彼女が事情も説明せずに彼を追いかけ回してしまったことがこの騒動のきっかけだった。彼が謂れを受ける必要はなかった。

 

「クラネルさん、申し訳ありません。早とちりでした。貴方のような同胞と出会えて私は嬉しいですよ」

 

 リューはマスクを外し、レフィーヤに向かって微笑みかける。

 レフィーヤはその顔をどこかで見たことがあると思い出そうとしていた。ラプラスと仲が良く、落ち着いた佇まいのエルフに、心当たりがあった。

 

「あ、貴方は……」

「レフィーヤ!」

 

 レフィーヤが彼女に問いかけようとした時、アイズがこちらに向かって走ってきていた。

 

「【剣姫】…彼女がいれば大丈夫でしょう。ラプラスをお願いします。私は少し気になることがあるので……」

「待て、俺も行く」

「貴方はその傷を治してください。深入りはしませんので心配は要りません」

 

 ラプラスはまだ治っていない腕を抑えて、リューに着いて行こうとするが、彼女に諌められる。リューは足早にその場を去ると、入れ替わりでアイズがやって来た。

 

「レフィーヤ、ベル、ラプラスも……!何があったの?」

「リヴェリアー!いたよー!って……ラプラス!?どうしたのその腕!?」

 

 アイズの後ろからティオナ、ティオネもこちらに向かって来ていた。ティオナはラプラスの腕を見るや否や飛びついて怪我の心配をする。

 

「いたたたたたたたたたたたた、離れろティオナ、まだ治りかけだ」

「何でこんな無茶したのー!ポーションないから摩ってあげるね!」

 

 摩擦で煙が出そうなほどラプラスの左腕を撫でるティオナ。その様子に、初めてアマゾネスの押しの強さを見たベルは気圧されているようだった。

 

「ここは私とリヴェリアに任せて、あんた達はその子達を送ってやんなさい」

「すまん、ティオネ任せるぞ」

 

 ティオネは妹達の様子に怪我の心配はなさそうだと呆れながらも、彼女らにラプラス達の護衛を任せ、付近の警戒に戻っていった。

 

「もーホントになんでこんな怪我してるのさ。食人花(ヴィオラス)と下水道で戦った時、安全に倒せてたじゃん」

 

 ティオナはラプラスの腕を心配しながらも、何故このような怪我を負う必要があったのかを聞いた。以前、オラリオ地下の下水道を調べた際、ラプラスは食人花(ヴィオラス)との戦闘経験を積んでいた。基本的に打撃が効かず、魔力に過敏に反応するため、魔法の火力で倒すのも一苦労な食人花(ヴィオラス)だが、弓矢による一撃であれば、安全に倒せるとラプラス本人が証明したのだった。しかし、それが出来たのは日頃からアーチャーを自称する彼と、弓の扱いも随一であるリヴェリアだけであったのだが。

 ラプラスはニヤリと笑うと、漸く治り始めた左手に握っていたものをティオナに見せる。

 

「これだ」

「ん、うわ、魔石じゃん!まさかそれを取るために……」

「ああ、敢えて喰わせた。リューが削っていてくれたしな」

「もう、こういうことしちゃダメだよ!ティオネもフィンにすんごく怒られてたんだから!ラプラスのこともちゃんと怒ってもらうからね!」

「えー……昨日と今日で二日連続、地上も合わせたら三日連続で怒られることになるのだが」

「自業自得でしょ!」

 

 野営地に戻るまで、彼らの喧騒は続き、案の定フィンにこってりと絞られたラプラスは魔石を没収されかけたが、欠片だけでも譲ってくれと泣き縋り、爪の先程度の極彩色の魔石を手に入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その夜、ラプラスは一人天幕を出ていた。

 見張りの者に挨拶をし、18階層が一望できる高台に来ていた。奇しくもそこは、前日ベルとヘスティア、そしてアイズが訪れた場所でもあった。

 

「……」

 

 ラプラスはデッキから18階層を見下ろし、ただそこに佇んでいた。18階層には昼夜の概念が存在し、天井にある巨大なクリスタルが一定の時間で輝くことでそれを示すが、未だ空のクリスタルは光を蓄える気配がなかった。

 ダンジョンの中とはいえ、安全地帯(セーフティエリア)とはいえ、モンスターの中には夜の闇に溶け込み、行動するものもいる。普段なら怪物の雄叫びや冒険者の戦闘音が何処からか響いてきても良いものだが、それらも一切聴こえないほど、辺りは静寂に包まれていた。

 

「一人で行動するのは、感心しませんよ」

 

 後ろから声をかけられ、ラプラスは振り向いた。そこには、緑の戦闘衣に身を包み、彼をここまで導いたリューがいた。彼女はラプラスの隣にやってくると、その行動に苦言を呈した。

 

「……見張りの者には話をつけてある」

「だからといって夜に行動するのは危険だ。ダンジョンでは何が起こるかわからないのですから……」

 

 リューの話を聞いているのかいないのか、ラプラスはただ遠くを見つめている。その様子に、彼女はひとつため息をつく。

 

「……眠れなかったのですか?」

 

 一瞬その瞳が揺れる。ラプラスはその疑問に答えることはなかった。

 

「実質ダンジョンでの初めての戦闘でしたからね、あの食人花は。興奮してしまうのも無理はない」

「何でもお見通しか」

 

 見事にここにきた理由を当てられ、ラプラスは観念したかのように軽く息をついた。リューはそんな彼を見つめ小さく笑みをこぼす。

 

「ふふ、貴方のことだからですよ。ずっと見てきましたから」

「そうか……」

 

 思えば、【ファミリア】の面々以外で初めて交流を深めたエルフはリューだった。初めて出会った頃とはすっかり変わってしまった彼らの立場ではあるが、確かにそこには変わらないものもあった。

 

「あー! こんな所にいたー!」

「……バレたか」

 

 突然、大声を張り上げる来訪者。それは野営地からずっとラプラスを付けていたティオナであった。

 

「バレたかじゃないよー! 気づいてたんならどっか行っちゃわないで!」

「ティオナならすぐに追いつくと思ったからな。まあそう怒るな」

 

 彼女は天幕を出た直後のラプラスに声を掛けようとしたのだが、一瞬目を離した隙に撒かれてしまったのだった。リューが彼の後を追い始めたのは、ティオナを撒いた後であり、彼はまさか自分がそんなにつけられているとは思ってもみなかったのだった。

 

「そんな事より、ねえ二人でなにコソコソしてたの?」

 

 ティオナはラプラスを挟んでリューのいる反対側にやってくると、静かにしかし明らかな怒気を孕んだ目で彼らを見つめた。

 

「誤解です、ティオナさん。私達に特にやましい事など……」

「どうかなー。リューさん、昼間の水浴びの時、ラプラスと一緒に帰って来たよね?」

「……あの時はクラネルさんもいましたよ」

「怪しいー! 何でちょっと言うの躊躇ったの!」

 

 ラプラスを挟んできゃいきゃいとやり取りする彼女達。ラプラスは彼女らの話題の中心が自分である事を気にもかけず、何故自分が巻き込まれているのか、とげんなりした表情を浮かべていた。

 

「もう、リューさんは地上にいる時、ラプラスと一緒にいられるでしょ! ダンジョンの中だったらいいじゃん!」

 

 ぐい、とラプラスの右腕が引っ張られる。突然の出来事に彼はなす術なく(実際抗うことなど出来ないが)ティオナの胸に抱かれるような体勢になる。ふに、と周りに対してコンプレックスにしている彼女の胸にラプラスの顔が当たる。何時もなら照れ隠しに吹き飛ばされるのだが、頭に血が昇っているからか気付いた様子はなかった。

 

「それを言うなら貴方は普段一つ屋根の下にいるではないですか! 彼は()()ここに来たのです!」

 

 今度は左腕をリューに引っ張られる。左腕をかき抱くように包み込み、覆い被さる形で彼女にもたれかかるラプラス。全身に彼女の温もりを感じる程に密着しているのだが、こちらもてんでその事を気にする様子はなかった。

 

「わかったわかった! 地上に戻ったら何か埋め合わせするから許してくれ! 俺の身が保たない!」

 

 このままでは物理的に身を引き裂かれる恐れを感じ、ラプラスは彼女らに止めるよう求める。その声が届いたのかは定かではないが、彼女らは落ち着きを取り戻し、睨み合う形になる。

 

「む、朝か……」

 

 しばらくその状態が続いていたが、朝を告げるクリスタルの光が停戦を促した。

 

「綺麗……」

「ええ、素晴らしい景色です」

 

 彼女達もその様子にすっかり毒気を抜かれたようで、ラプラスはホッと息を吐く。

 

「ごめんね、リューさん。言い過ぎちゃった」

「こちらこそ、我を忘れていました」

 

 仲が深まったようで何よりであるとラプラスはうんうん頷いていたが、突然彼女達が両腕に抱きついてきたことで頭に疑問符を浮かべた。

 

「最初からこうすれば良かったね!」

「意固地になってはいけませんね」

 

 そのまま野営地の方へ彼女らに腕を取られて向かうラプラス。

 もう一人で出かけるなんて言わないから許してくれ、と心の中で謝罪するのだった。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、連日のラプラス、ベートの届けた解毒薬の効果もあり、危機を脱した【ロキ・ファミリア】の面々は18階層を発とうとしていた。

 

「それじゃあ、君は後発組に着いてくる事。くれぐれも昨日のような無茶はしないように。……あと明け方、何を騒いでいたの?」

「十分反省している。それについては聞かないでくれ、俺はもう疲れた……」

 

 ラプラスはフィンと共に、先発組の出発の準備を見守っていた。彼らは一昨日産まれ出た階層主とこれから戦うのである。遠征の最後の難関であるその戦闘に向けて、彼らにも緊張が走っていた。

 

「いつか君にも指揮を取らせる時が来るかもね」

「いつも思うのだが、過剰評価だろう。俺などに気を割く必要はない」

 

 ラプラスは自分の現状を痛感していた。今の自分は情けで【ロキ・ファミリア】(都市最強派閥)にしがみつく浮いた存在。寧ろ、何故幹部の面々や一部の人々はこんなにも落ちぶれた自分を見捨てないでいるのか、周りが思っている以上に、彼自身が疑問に思うのは当然だった。

 

「僕は君を買っているんだよ。確かに、危うさを孕んでいるのは間違いない。でも、君は自分で思うよりも価値のある人間さ。そう自分を卑下するものじゃない」

 

 その言葉にラプラスは何も返すことが出来なかった。それと同時に、年長者、そして高みに至った者の余裕を垣間見て、昨日、リューがベルに対して同じことを言っていたことを思い出した。

 

(自分を卑下することはない、か)

 

 地上で燻っていた気持ちに少し整理がついた気がした。ここに来た時もどうしても負い目のようなものを感じていた。フィンのその言葉は、それを見透かすように、自らの枷を解くような言い回しはこれが団長の懐であり、【勇者】の器足る所以であるとラプラスは感じるのだった。

 

「さて、そろそろ出発だ。君もパーティに戻るといい」

 

 フィンに促され、ベル達のいる天幕へと戻ろうとするが、その前に一人の人物を訪ねるのだった。

 

「邪魔するぞ、コルブラント」

「おお〜、ラプラスではないか!随分と早い再会だったな」

 

 ラプラスは遠征に帯同していた【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブラントの元を訪れていた。遠征直前まで手入れしてもらっていた武器のお礼をしに来たのだった。

 

「助かったぞ、間に合わせてくれて。お陰で安全にここまで来れた」

「はっはっは!手前が打った武器ではないが、それを手入れ出来る者も都市にそうはいまい。これからダンジョンに行くのなら定期的に持ってくるのだぞ」

「要件はそれだけだ。長旅ご苦労だったな」

 

 それだけ言い残すと、ラプラスは去ろうとする。

 しかし、天幕から出ようとした所を、腕を首に回され捕まったラプラスは話が長くなることを覚悟した。

 

「おいおい、それだけか。手前の土産話を聞いていこうとか、もっと何かないのか」

 

 相変わらず押しの強い姉気分にラプラスは少し気になっていたことを話した。

 

「それならば……ベル・クラネルのパーティにいるあの赤髪の冒険者の事が知りたい。【ヘファイストス・ファミリア】なのだろう?精霊の血がどうとか……」

「ヴェル吉か?ふむ、彼奴は自分の血族を嫌っておるが……お主ならば吹聴したりはせぬだろう。その通り、あやつの本名はヴェルフ・クロッゾ。先祖が精霊の血を分け与えられたその末裔だ」

「クロッゾ……!?クロッゾといえば、かのラキア帝国の魔剣製造貴族か……」

「あやつは先祖返りというのか、強力な魔剣を打てるのだが、どうにもその才を振るおうとせんのだ。困ったやつだのう」

 

 ラキア帝国かつての栄光、現在は製造出来る者が居なくなったため、衰退してしまったが、一兵卒に至るまで地形を変えるほどの威力を誇る魔剣を携えた魔剣部隊のことは、少し歴史に詳しい者であれば有名な話であった。特に、エルフの森を焼き払ったとされるその魔剣は現在でも一部のエルフ達から忌み嫌われていた。

 昔、魔剣をよく使うラプラスの戦い方をどう思うかリューやエイナに聞いたところ、特に思うことはないと知り、拍子抜けした事があった。エルフの中でも、様々な考え方があることをラプラスは知ったのだった。

 

「おぬしもそうだが、どうにも精霊から愛された者は難儀な性格をしておる。神の領域に至るには、全てを賭してもまだ足りないというのに……」

 

 グッと腕に力が込められる。【キュクロプス】と呼ばれる彼女のその片目にはギラギラとした炎が揺らめいていた。

 

「……精霊に限った話ではないが、愛というものは得てして傲慢なものだ。それは神を見ればわかるだろう」

 

 するりと拘束を抜けたラプラスは今度こそ天幕から出ようとする。

 

「また頼むぞ。今後は他の武器の修理も積極的に頼むかもしれん」

「そこは断定してもらわねば、こちらも商売なのでな」

「お前の所は高いから何度も通えるか」

 

 ハハハと笑い飛ばす椿を残し、ラプラスは今度こそベル達のいる天幕へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「これはどういうことだ?」

 

 天幕に辿り着いた頃、その周辺では【タケミカヅチ・ファミリア】の面々と、ベルとヘスティアを除いた【ヘスティア・ファミリア】のパーティが慌ただしそうにしていた。

 

「何があったんだ?」

「ラプラス殿!それが、ヘスティア様とベル殿が行方知れずなのです!ヘルメス様とアスフィ殿も朝から見かけませんし、何かあったのではと……」

「リヴィラの街に買い物にでも行ったのかとも思ったんだが、どうやらそういうわけでもないらしい……」

 

 ラプラスが事情を伺うと、【タケミカヅチ・ファミリア】の命と桜花が状況を説明する。どうやら一部の人物が出発の時間にも関わらず、未だ姿を見せていないようだった。ラプラスはリューのことならば心配しなくとも平気だと言おうとしていたのだが、神が行方不明だというのは非常に良くない状況だった。

 

「ですが、ヘスティア様もベル様も朝はいたのです!間違いなく何かトラブルに巻き込まれたに違いありません!」

 

 小人族(パルゥム)のサポーターは頻りに事件性を訴えるが、そもそも事件であるのか、ダンジョンにおいて無力な神を連れてどこへ行ってしまったのか、犯人の狙いも皆目検討がつかないのだった。

 

「ふむ、うちの団長風に言うなら『親指が疼くな』」

「え?」

「俺もこれは何か作為的なものだと思うぞ。直感だがな。何か彼らのこれまでの行動で思い当たる節はあるか?どんなに些細なことでもいい」

 

 彼らはそれぞれ記憶を辿り、リリがある事を思い出す。

 

「そういえば、先日リヴィラに行った時、以前ベル様と揉め事を起こした方を見かけました。その時は何とか仲裁があったのですが、あるいは……」

「ふむ、リヴィラは無法地帯の実力主義……たった一ヶ月でここまで来て、当の本人は冒険者のルールも知らずに平然としている。それに対する嫉妬、もしくは反発といったところか?あくまで想像だが」

「ですが、犯人はわかっても今ベル様達がどこにいるのかがわかりません……」

 

 妙に説得力のあるその話に思わず耳を傾ける彼らであったが、犯人とその動機がわかった所で救出の手立てがないのだった。

 しかし、ラプラスはすぐにある人物を思い当たった。

 

「わかった。俺は街の代表であるボールスに掛け合ってくる。あの男は見た目は奇抜だが、義理堅い性格だ。そのようなことには加担していないはずだからな。そちらも何かわかれば俺に構わずすぐに動いてくれ」

 

 すぐに天幕を出てリヴィラに向かう。後発組と帯同するのは時間的に厳しくなりそうだと考えながら、一刻も早く神だけでも見つけ出さなければならないと道を急ぐのだった。

 街の顔役でもあるボールスの店は、リヴィラの代表ということもあり、交通の便の良い場所にある。武器のコレクターでもある彼の店は、非売品であっても一見する価値のあるリヴィラでも有数の店だった。

 そんな繁盛している店に、ラプラスはまるで常連のように入っていく。

 

「邪魔するぞ。久しいな、ボールス。早速だが、幼女のような神とレコードホルダーの冒険者を探して欲しい」

「おいおい何だ何だ急に!てめえ、俺様が誰かわかって……って【自宅警備員(ニート)】!?【ロキ・ファミリア】はもう出発したんじゃなかったのか!?」

「それとは別件だ、現在行方不明者がいてな。リヴィラには来てないそうなのだが、心当たりはあるか?」

 

 旧知の間柄のように早々と用件を捲し立てるラプラス。そんな彼に、ボールスは腐っても【ロキ・ファミリア】であり、無碍には出来ないと心底面倒そうな顔をするのだった。事情を聞いたボールスはカウンターで頬杖をつきながらシッシッと厄介ゴトを持ってきた彼を追い出そうとする。

 

「知らねえよ、そんな神も奴も来てねえ。そもそもここはリヴィラだぜ。モンスターにでも食われちまったんじゃねえのか?」

「ボールス、アイズから聞いたのだが、『階層主(ウダイオス)』のドロップアイテムを譲ってもらったそうだな」

「て、てめえ俺を強請る気か!?」

「とんでもない、これは交渉だ。俺は【ファミリア】の中でもアイズに話を通せる方でな。もし協力してくれたらその事をアイズに伝えて、深層の更にレアな素材も口通りが良くなるかもしれんな」

「こいつ……足元見やがって……!!」

「それはお互い様だろう、ボールス」

 

 雑な態度を取られたラプラスは、それでも薄く笑みを浮かべながら、昨日アイズに直接聞いたことをボールスに伝えるのだった。

 頭に青筋を浮かべながらも、ボールスは渋々了承し、ラプラスはリヴィラの街に残っている冒険者達の協力を得ることに成功するのだった。



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呪眼

 ボールスの協力を取り付けたラプラスは、リヴィラの冒険者たちがベルの捜索に向かう前に、目ぼしい場所を探索に向かった。

 リューにもこのことを伝えるべきだと考えたが、彼女が野営していた場所は既にもぬけの殻だった。

 

「くそ……よりにもよって神が行方不明なのが不味いな……」

 

 神は本来ダンジョンに足を踏み入れる事を許されていない。

 彼らは頑なにその理由を話すことはないが、かつてロキにその話をしたときに告げられたのは、気付かれてはならない、だった。

 一体何に気づかれてはならないのかなどの謎は尽きず、その後も折を見ては知り合う神にそのことについて聞いていたのだが、終ぞ答えを得ることはなかった。

 

「……()()()

 

 スッとラプラスは右手を両目にかざす。

 

「『そして、祝福は反転する』」

 

 普段は沈むような黒い彼の瞳孔は、魔力を帯びた青い光を湛えていた。

 ホームでのガレスとの訓練、18階層に至るまで、そして昨日の食人花と戦った際にも用いていた青き瞳。それは彼が背負う【呪詛(カース)】の一つ、『呪夭蒼眼(ビトレイ・グラム・サイト)』。本来加護を与え、人類と寄り添う妖精の残した底知れぬ絶望に、魂まで侵された呪いである。その呪眼は、自らの魔力と引き換えに、視界と視力を大幅に向上するだけではなく、出力を上げる事で魔力の流れを読み取り、モンスターの魔石の位置までも特定することを可能とする。ラプラスの得意とする戦法『反射(カウンター)』や正確無比な狙撃はこの【呪詛】によって補われている。

 しかし、大いなる力には大いなる代償が伴う。『呪夭瞳魂(ビトレイ・グラム・サイト)』を発動する際、ラプラスは全ての基本アビリティが弱体化する。さらに、脳への負担も酷く、思考を遮る程の頭痛が常時彼を蝕む。出力を上げれば上げるほどそれは顕著になり、魔力の流れを見るほどに酷使すると、ステイタスは殆ど0に近くなる程に弱体化してしまう。

 そして、妖精の怨みは魂にまで刻み込まれている。即ち、この【呪詛】を背負っている時点で彼は普段からとあるデメリットを受けているのだった。

 それは、ありとあらゆる魔法、呪詛、スキル、状態異常に耐性を持つというもの。一見すると呪詛や状態異常などに対する強力なメタになると思われるが、これは彼に施される()()()()なども例外ではない。神の奇跡を体現するような治癒魔法、味方を鼓舞し能力を増幅させるスキル、彼はそれらの恩恵を殆ど受けることができない。それはポーションなども例外ではなかった。このデメリットによって、かつての上層や中層での戦いで『耐異常』スキルを得ることが出来なかったラプラスは、強力な【呪詛】や『耐異常』スキルを貫通するほどの状態異常に対して、多少耐性があるものの、解呪や回復に時間がかかり、より長くその影響を受ける体質になってしまった。また、ポーションも効きが非常に悪いため、より攻撃を喰らわないよう、彼が前線から一歩引き、射手になるのも必然であった。

 この【呪詛】はロキにさえ『最高に悪趣味』と言わしめ、事情を知らぬ者には、これはスキルであり呪いである事は他言せず、デメリットに関しても、余計な詮索を受けないように徹底した。その結果、リューやエイナ、【ファミリア】の幹部を除き、彼の眼に関して詳しく知る者はいなくなったのだった。

 

「あそこか……」

 

 絶え間なく襲う締め付けるような、響くような不快感を催す痛みは、最早彼にとっては日常であった。かつては使う度に胃の中身をぶちまけ、幻覚や幻視、幻聴さえ起きる程だったが、使()()()()()というシンプルな方法で、彼はこの弱点を克服していた。ラプラスはリヴィラとは反対方向、モンスターの群れとは違う、魔力が不自然に集まり、蠢く場所を特定し、そこへ向かった。

 見下ろす先では、ベルが冒険者達に囲まれ、リンチを受けているようだった。一見すると、囲まれた冒険者たちの輪の中でベルが一人酔っ払ったかのようにふらつき、時折転がっているように見えるが、瞳を通して映し出された景色には、人型に象られた見えない男がベルを痛ぶっている様子がはっきりと捉えられていた。近くにヘスティアの姿は見えなかったが、このくだらない催しを早く終わらせてから集まる冒険者から話を聞き出せば良いと、その蛮行を止めに向かった。

 

「おっと、それ以上は藪蛇だぜ。ラプラス君」

「……何の真似ですか、神ヘルメス」

「いやー、ちょっとばかし神の悪戯心がくすぐられてさ。折角だ、面白いものも観れると思うし、特等席で見ていきなよ」

「生憎ですが、そんな悪趣味はありません。今すぐにでも……」

 

 彼の前に立ち塞がったのは、彼をこの場所へ連れてくる事に賛成した神、ヘルメス。そして、神に付き従う【万能者】であった。ラプラスは気まぐれなヘルメスだけではなく、合理的で、清廉なアスフィさえも自らに敵対する様子に、少し苛立たしげに呟いた。

 

「アンドロメダ、貴方も止めるべきだ。貴方の作品があんなことに使われていいのか?あんなもの試練ではなく、ただの憂さ晴らしだぞ」

「……申し訳ありませんが、主神の言う事ですので」

「……そうか、なら押し通る形でも良いのか?目の前に主神(エモノ)を置いて、俺の相手が出来るのか?俺は今、何もかも()()()()()()

 

 より一層ラプラスの瞳が青く輝き、アスフィは身構える。格下(Lv.3)とは思えない不気味なオーラを漂わせるラプラスに、アスフィは最大限の警戒をする。

 一触即発の雰囲気が漂う中、その空気を打ち破ったのもまた、底のしれない男神であった。

 

「まあまあ、そう怒らないでくれよ。何も殺そうとまでは考えちゃいない。これもベル君の成長を思ってのことなんだよ。その証拠に、ごらん……」

 

 ヘルメスはラプラスに眼下を見るように促す。

 その光景に思わず、ラプラスは驚愕の表情を浮かべる。

 先程まで、明らかに痛ぶられていただけだったベルが、何も見えていないにも関わらず、相手の動きに対応し始めていたのだった。

 

「これは……」

「くくく、やはり素晴らしいよ、これこそオレたちが求めていたもの……」

 

 眼下の出来事に集中し、ヘルメスの呟きはラプラスの耳には届かなかった。

 

「どういうことだ……?『神秘』を打ち破るスキルでも持っているのか……?」

「……いいえ、私の【漆黒兜(ハデス・ヘッド)】に不備はありません。あるとするならば、彼の……」

 

 ヘルメスはベルの想像以上のポテンシャルに歓喜しながら、隣で食い入るようにそれを見つめるラプラスを確認した。

 

(君も、想像以上のようだね……)

 

 ヘルメスが品定めするようにラプラスを見ていると、ベル達のいる広場が騒がしくなっていた。

 見ればベルのパーティメンバーや【タケミカヅチ・ファミリア】の面々が助太刀に加わっていた。遠くの方からはヘスティアも走り寄ってきている。単独で行動していたリューも鎮圧に動いており、ラプラスが加勢に行かなくとも既に場の収集がつき始めていた。

 

「どうやら、ここらでお開きみたいだ。ほら、面白いものが見れただろう?」

「……神は本当にタチが悪い」

 

 ヘルメスは喜びの声を隠さずにラプラスに話しかける。苦虫を潰したような表情で、決してその言葉を否定しなかったラプラスに対して、ヘルメスは更に笑みを浮かべるのだった。

 その様子を見ていたアスフィは眼下の少年と、そして目の前にいる青年、二人のこれからを思うと、つい溜息を零すのだった。

 その時、彼らはダンジョンでは本来あり得ないものを感じ取る。

 

「やめるんだ」

 

 それは、ベルを助ける為にヘスティアが発した神威だった。

 ダンジョンには本来神は存在してはいけない。

 何故か、気づかれてはならないからだ。何に、()()()()()()()()()に。

 地面、それだけではなく階層全体が地響きを立て揺れ始める。さらに、天井に亀裂が走る。それはまさにモンスターが生まれる予兆であった。

 

 

「……おっと、こいつは予想外」

「ヘルメス様、身の安全を確保してください!」

 

 ヘルメスは普段の飄々とした態度に少しの焦りを発した。アスフィはそんな主神に喝を入れている。そんな二人を尻目にラプラスは非常に嫌な予感を感じ取っていた。

 

「神ヘルメス、これも貴方の戯れか?」

「流石のオレでも、ここまでは出来ないさ」

「状況の説明をお願いします、ヘルメス様!」

「ダンジョンの暴走さ。ダンジョンはこんなところに閉じ込めている神を恨んでいるのさ」

 

 亀裂はどんどん大きくなっていく。

 揺れが一際大きくなった瞬間、亀裂から黒い物体が降下する。

 

『オオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!』

 

 本来モンスターが生まれぬ安全地帯に黒き怪物が誕生した。

 

「アスフィ、リヴィラの冒険者達に応援を要請してこい」

「あれと戦うつもりですか!?」

「アンドロメダ、どうやらそれしか手はなさそうだぞ」

 

 黒いゴライアスが産まれ落ち、すぐにヘルメスは冷静に眷属に命令をかける。アスフィは真っ先に逃走の準備をしようとしていたが、ラプラスの示す場所を見て顔を顰めた。

 17階層へと繋がる唯一の道は崩落により閉ざされていた。

 彼らは完全にダンジョンに閉じ込められたのだった。

 

「〜〜っ!! 生きて帰れなかったら恨みますからね!!ラプラス、貴方はそのろくでなしを守りなさい!」

 

 アスフィは憎まれ口を叩きながらリヴィラに向かった。ラプラスは、その剣幕に少し気圧されながらもヘルメスに近づく。

 

「アスフィは怒ると本当に怖いな〜」

「笑い事ではありません。ダンジョンが明確に神に対して殺意を抱いているなら、貴方も他神事ではないのですから」

「おや、てっきりアレにオレを差し出すのかと思ったよ」

 

 ヘルメスは意地悪そうにラプラスに問いかけた。ラプラスはそれを歯牙にかけず、眼下で活動を開始した『階層主』を見つめていた。

 

「先程のことは気にしていません。貴方の掌で踊らされたことなど、もう両手で数えきれないほどですから」

「へぇ……」

 

 意外そうにその横顔を見るヘルメス。あの【勇者】に育てられた彼ならば、合理的な判断もしかねないと頭の隅で考えていた。しかし、返ってきた答えは温和なものであった。戯れに彼と過ごした地上での時間も存外良い関係を築けたのだとヘルメスは思うのだった。

 

「なら、君はどうするんだい?【ロキ・ファミリア】の秘蔵っ子。【識者(しきしゃ)】の二つ名を持つ君の考えを聞かせてほしい」

 

 神は青く輝くその瞳。一人の青年に、その先に映るものを問いかけた。



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