~裏切りの剣~ (MIKOTO.H)
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1話

 

 

 

 

 

「…はぁ…はぁ…くそっ」

 

 

朝比奈は思わず斬魄刀を地面に突き刺した。

先ほどの打撃をもろに食らってしまったらしく、頭から流れてきた血で視界が霞む。

 

後方に目を向けると既に瀕死状態の隊士達が倒れている。

森の中は土と血の匂いが充満しており、四方の木々の向こうからは虚の叫び声が聞こえてくる。地獄絵図とはまさにこのことだろう。

 

 

 

「…朝比奈隊長。ここは一時撤退した方が…」

 

後方で他の隊士の援護にまわっていた副隊長の櫻井美鈴が瞬歩で戻ってきた。

彼女も致命傷は免れているもののこれ以上の戦闘は難しそうだ、自慢の黒髪は血と土で汚れており、死魂装の袖も大きく破れ血に染まる肩が見えている。

 

 

「…そうだな。そりゃ最善策だが、あいにくこいつ等担いで逃げる余力が残ってねぇよ」

 

 

朝比奈は彼女に笑って見せたが、その仕草だけでもあばらに激痛が走った。やはり何本か折れているようだ。

 

 

 

「霊圧制御装置だけでも解除できれば…四十六室はなにやってるんですか!?」

 

 

 

彼女は苦しそうに溜息をつく。

随分前にした申請した霊圧解除の許可はまだ下りない。

いつも冷静な彼女がここまで感情的になるのも珍しい。

 

良いものが見れたと呑気に思えるということはまだ自分に余裕があるということだろうか。

またはこのギリギリな事態から現実逃避でものしたいのだろうか。

 

 

最初は通常の虚討伐のはずだった。

半日あれば帰ってこれる簡単な任務のはずだったのに---。

 

これでは死神最強の零番隊の名が廃る。

 

 

朝比奈は空の割れ目から顔を覗かせる虚を見つめながら自嘲の笑みをこぼした。

 

 

 

 

「隊長!!やっぱ様子がおかしい…こいつら全然攻撃が効かない…」

 

 

少し離れたところで虚と対峙していた三席の西園寺拓が息を切らしながら戻ってきた。

戻ってきたというより吹っ飛ばされてきたという方が合っているかもしれない。彼のいた方向から虚の遠吠えのような声が聞こえる。

 

 

「(拓の霊圧も下がってきている…ここまでか…)」

 

 

朝比奈は奥歯をギリッと噛むと、深く息を吐いた。

虚がおかしいのか。それとも…。

 

 

 

「…はめられたか」

 

朝比奈はゆっくりと立ち上がると、隊士達を囲むように結界を張った。

 

 

「朝比奈隊長?」

 

「護廷十三隊には援護要請済みだ。白哉と京楽隊長の霊圧も感じるし、もう少しすれば皆来てくれる。それまで…」

 

 

不思議そうに見つめてきた櫻井に朝比奈は笑顔を返すと、彼女の肩に自身の羽織っていた隊長羽織をかけた。

 

 

 

「美鈴…死魂装が破れてる、羽織っとけ…。お前らだけは絶対帰すから…」

 

 

櫻井がその言葉の意味を問いかけようとした時だった。

朝比奈が小さく何かを呟いたと同時に睡魔が櫻井と西園寺を襲った。

 

 

 

「(白伏!?…隊長…なんで)」

 

西園寺は既に意識を手放し横で倒れている。

櫻井も薄れる意識の中で必死に彼の姿を見つめた。

 

朝比奈は1人結界を出ると、手首にしていたブレスレット型の霊圧制御装置を外した。

 

「み…なと」

 

振り返ることのない彼にそう呟くと櫻井も意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ごめんな。でもお前らを失う訳にはいかねえから」

 

誰に届くこともない謝罪をすると、朝比奈は斬魄刀を虚に向けた。

 

「…虚ども。借りはきっちり返させてもらうからな…卍解!!」

 

朝比奈は1人、虚の群れの中に斬りかかっていった。

虚も束になって彼に襲いかかる。

 

その瞬間、虚の群れの向こうに人影が見えた。

 

「あいつは…」

 

 

 

これまでに感じたことのない霊圧と断末魔の音が森の中に響き渡った。

 



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2話

――――― 半刻後 ―――――

 

 

要請を受けた、四番隊、六番隊、八番隊、十番隊の隊士たちはあまりの惨劇の現場に息を呑んだ。既に虚の姿はなく現場には零番隊の隊士達だけが倒れている。

 

「…皆さん…すぐ手当に取り掛かってください。勇音は重傷者からお願いします」

「はいっ!!」

卯ノ花の言葉とともに隊士達も慌てて動き出す。

 

「松本っ!!俺たちもだ四番隊の手伝いに当たれ」

「…はい!!」

 

「こりゃ…ひどいねぇ…」

あまりの悲惨な現状に京楽はため息交じりに呟いた。

すぐ隣では朽木が辺りを調べるよう隊士達に指示を出していた。

 

「あの零番隊が虚相手に手も足も出なかったのか」

日番谷隊長の言葉に朽木は複雑そうな様子をみせた。

 

「それはないだろうねぇ。あの子達強いから…他に何かあったと考えるのが妥当だろうね」

 

「…あの子達?」

京楽の言葉に日番谷が疑問を持った時がそれ以上は問わなかった。

 

「京楽隊長!!ちょっと来てください!!」

現場の奥の方から慌てて戻ってきた隊士の様子に3人は顔を見合わせ案内されるがまま最奥へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

そこに着くとより一層、悲惨な現場が広がっていた。

戦場の最前線であったであろうそこは、木々はなぎ倒され、人のものか虚のものかわからない赤いそれがあたり一面を染めている。先に入った四番隊が慌ただしく隊士達の手当に当たっている。

 

「ひどいな…死人が出てないだけ良かったものだろ…」

日番谷隊長がそう言いかけた時だった。

 

「…美鈴ッッッ!!」

朽木はいきなりそう叫ぶと地面に座り込む黒髪の女性の元へと駆け寄って行った。

あまりの慌てた様子に日番谷は少し驚いた様子を見せる。

 

 

 

彼女は朽木の存在に気がつくと、隣で西園寺の手当てをする卯ノ花から朽木へと視線を移し、小さく微笑み安堵の表情をみせた。

 

「…白哉…京楽隊長…お久しぶりですね」

 

力なく笑う彼女のすぐ横に朽木はしゃがみこんだ。

櫻井の頭には包帯が巻かれており、袖から出る細い腕にはいくつもの傷が見え隠れしている。

 

「美鈴…何があった!?」

朽木の問いかけに彼女は答えようとしない。

 

「西園寺君も大丈夫そうだね。皆無事でなによりだよ」

京楽は手当を受ける西園寺三席に視線を送りながら櫻井の元へと歩いてきた。

日番谷も無言のまま京楽の後に続く。

 

「…美鈴ちゃん…それは…」

 

視線を櫻井に移した京楽は、櫻井の肩に掛けられた零の文字が入った隊長羽織を指差した。

指をさされたそれは櫻井のものではない血で赤く染まっている。

京楽の問いかけに櫻井は答えることなく、肩にかかった羽織をきゅっと掴んだ。

 

「美鈴、湊はどうした?」

朽木の言葉に彼女は答える事なく俯いた。

あまりにもつらそうな表情に朽木と京楽は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

「重傷の方から搬送します。こちらへ…」

卯ノ花の指示の元、応急処置を終えたものから瀞霊廷へと搬送が始まる。

現場はなんとか収拾へと向かっていた。

 

 

 

「(…あれは…)」

 

先ほど櫻井達がいた場所より少し奥に入った所にそれは落ちていた。

金色のブレスレットと紺色の柄の斬魄刀―――。

 

「…京楽…それは?」

「そうか日番谷隊長は見るの初めてかい?これは零番隊用の霊圧制御装置だよ。付けているのは席官以上のメンバーだけだけどね。と、たぶんこの斬魄刀は零番隊の隊長さんのものだね…」

 

少し悲しげに斬魄刀を見つめる京楽を日番谷は黙って見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

搬送場所に戻ると、負傷者の搬送は既に終え、ほとんどの作業は終わっていた。

六番隊は現場の調査に当たっているため朽木隊長の姿はなく、卯ノ花と未だ方に隊長羽織を掛けた櫻井の姿だけがあった。

 

「卯ノ花隊長、世話をかけてしまってごめんなさい。助かったわ…本当、零番隊のくせに…情けないわね」

 

「いいえ、困った時はお互い様ですよ。私も久しぶりに貴方の顔が見れて嬉しいです」

 

時折笑顔を浮かべながら話す2人に引き目を感じながらも京楽は二人の元へ近づき、櫻井に先ほど拾った斬魄刀を手渡した。

櫻井は一度京楽に視線を送った後、恐るおそる差し出された斬魄党を受け取る。

 

 

斬魄刀の柄が血で汚れているのに気付き、一瞬目を見開いたがすぐに冷静を取り戻し、小さく呟いた。

「…朝比奈隊長の物です。間違いありません…」

 

静かに斬魄刀を見つめる櫻井に笑顔はなかった―――。

 



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3話

夢を見ていた――。

もう100年くらい前の夢だろう。

 

 

俺は白哉と朽木家の庭で毎日の日課でもある稽古に励んでいた。

縁側では美鈴と緋真が自分達を眺めながら談笑している。

時折顔を出す夜一隊長や朽木銀嶺隊長に稽古を付けてもらい、京楽隊長にからかわれながら、毎日笑って平和に過ごす日々―――。

 

 

場面は変わり、俺は四十六室に囲まれた場所に立たされていた。

あの日の嫌な記憶。

「抗うことは許されない」「逃れることは許されない」「護りたいなら従え」

 

反論したいのに声が出なかった。

口から洩れる空気だけが空を切る――。

 

 

零の文字が刻まれた腕章を腕に付けた俺は当時の零番隊隊長に連れられ、零番隊隊舎の中へと促されている。

隊舎の入口には京楽隊長や夜一隊長に抑えられながら、こちらに叫び続ける美鈴と白哉の姿が見えた。声は聞こえないが、美鈴は泣いているように見えた。

 

 

場面は再び変わった。

薄暗い隊舎内、ハッと辺りを見渡すと血まみれの同胞達がすぐ横で息絶えている。

「…たいちょう、やめてください」

一人の隊士が途切れ途切れにそう呟くと目の前で息絶えた。

自身へと視線を移すと痛みは感じないものの、死魂装は血で染まっている。

視線を上げると当時の三席の人間を斬魄刀で串刺しにしながら高笑う零の文字が刻まれた隊長羽織が視界を支配した。

こちらに振り向き、斬魄刀にささったそれを引き抜き投げ捨てると、彼はゆっくりとこちらへ向かってくる。口元は三日月の如く笑っている。

 

声は出ない。俺は震える手で横に落ちていた自身の斬魄刀を握る。

握った刀がカタカタと揺れる理由が自分自身が震えているせいと気付くのにそう時間はかからなかった。喉が詰まり息が苦しくなる。腰が抜けているのか立ち上がることができない。

 

 

目の前まで来たそいつは相変わらず笑っていた。

「死ね」

声は聞こえない。しかし口元の動きから多分そう言った。

 

 

自分に振り下ろされた斬魄刀に俺は目を見開いた―――――――。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「わあああああああっっっ!!!!」

 

叫ぶのと同時に朝比奈は上半身を起こした。とたんに全身に激痛が走る。

 

「いっっつ…」

 

激痛に耐えながら辺りを見渡すと病室のような無機質な部屋が広がっていた。

視線を落とすと自身には真っ白な布団がかけられベッドの上にいる事が認識できた。

サイドテーブルにはボロボロの死魂装が丁寧に畳まれ、置かれている。

 

「…ゆめ…か」

 

朝比奈が小さく呟いた時だった。

部屋に一つだけあるドアが開きオレンジ頭の少年と、水の入った洗面器を持った栗色の髪の少女が入ってきた。

 

「よう。目覚めたか」

 

少年はそう言って笑いかけるとベッドの横にあった椅子に腰かけた。

後に入ってきた少女も良かったねと笑顔を朝比奈に向け、部屋の奥でなにやら作業をしている。

事態を掴めず、黙っている朝比奈の様子を察した少年は自ら言葉を発した。

 

「俺は黒崎一護。そっちは妹の遊子。ここは俺の家の黒崎医院、病院だ。覚えてねぇか?お前2日前に俺の家の前で倒れてたんだよ。血まみれで…って聞いてるか?」

 

「…ああ。すまない。とりあえず助けてくれてありがとう…」

 

そこまでで再び黙ってしまった朝比奈に、「おう」と笑顔で答えると一護は席を立ち作業を続ける遊子の元へと歩いて行った。

2人の姿を目で追いながら、ふと頭に手をやると包帯が巻かれている。

他にも胸や腹、腕にも包帯が巻かれているのを実際に手を置くことで認識した。

朝比奈は一通り自分自身を確認した後、背中の枕に身を預け、深く息を吐いた。

 

「じゃあ、お兄ちゃん。私買い出しに行ってくるから後お願いね」

「おう」

 

遊子と呼ばれた少女は朝比奈に1度視線を向けにっこりと微笑むと部屋を出て行った。

遊子が出て行くのを確認すると、一護は先ほどの笑顔とは打って変わり朝比奈に真剣なまなざしを向けた。

 

「…お前…死神だろ?」

 

 

 

死神という言葉に朝比奈はピクッと反応し視線を一護へと向ける。

朝比奈が言葉を発そうと口を開いた時だった。

 

 

バンッッッッッ!!!

 

 

「みーなーとーっっっっ!!目~覚めて良かったぜ~心配したんだからなもうっ!」

 

勢いよく扉を開け、朝比奈に飛びついてきたのは黒崎一心だった。

抱きつく寸前の所で一護に止められ、跳ね返された一心はドアのすぐ横の壁にめり込んだ。

 

「親父てめぇ。怪我人に抱きつこうとしてんじゃねぇよ」

 

 

 

「…一心さん…?」

 

朝比奈は思いがけない知り合いの登場に驚きの様子をみせた。

そして更にそれに驚いたのは一護の方だった。

 

 

 

 

「親父…知り合いなのかよ」

 

「いてて…ん?ああ…湊のことならガキの時から知ってるぞ?なぁ?」

 

ぶつけた頭をさすりながら、一心は朝比奈にニカッと笑って見せた。

 

「そうゆう大事なことは早く言えっ!!」

 

再び一護の怒号が部屋中に響き渡る。

いきなり目の前で繰り広げられた幕間劇に朝比奈もクスッと笑ってみせた。

 

 

「良かった元気みてぇだな!」

 

 

 

一心は再びニカッと笑うと朝比奈の頭をくしゃっと撫でた。

どうやら相当心配させてしまったようだ。

一護も先ほど真剣な表情は見られない。

 

朝比奈は深く深呼吸すると一護へと視線を向けた。

 

「一心さんの息子さんだったのか。警戒してすまなかった。朝比奈湊だ。よろしく」

朝比奈は先ほど密かに一護に向けた殺気を詫び、片手を差し出した。

 

「いや。誰だって起きて知らない奴ばかりだと警戒するさ。気にしてねぇよ」

一護も笑顔で差し出された手を握り返した。

 

「あ、一護。ちなみに湊は零番隊の隊長さんだからな。霊圧に当てられんなよ?」

「え…はぁぁぁぁ!?」

朝比奈の症状を記してあるカルテに目を通しながら付け加える一心の言葉に一護は再び怒号にも似た声で驚いた。

 

 

 



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4話

―――零番隊壊滅から数日――

零番隊が虚に破れたという噂は尾ひれをつけて瞬く間に広まっていた。

瀞霊廷では緊急の隊主会が開かれた。

すでに山本総隊長以外の隊長達は隊主会室に顔を揃えている。

相変わらず三番隊、五番隊、九番隊の隊長は不在のままだ。

「今回の集まり … 先日の零番隊の件であろう。あの零番隊が全滅したという話は誠なのか?」

「待て待て。全滅だなんて … 隊士達は全員無事だよ。そうだろ卯ノ花隊長」

「はい。軽傷の者はすでに復帰していますし、他の方々も後、二、三日目すれば復帰も可能です」

狛村の言葉に浮竹は慌てて弁解をしてみせ、浮竹の問いかけに卯ノ花は淡々と答えた。

零番隊敗北の噂は最悪の形で広まってしまっているようだ。面目も丸潰れであろう。

「そういえば京楽隊長は零番隊の奴らと知り合いだったのか?」

日番谷は話題を変えようと先日からの疑問をここで投げかけた。

その言葉にずっと黙っていた京楽が口を開く。

「隊長さんと副隊長さんだけだけどねぇ。湊くんと美鈴ちゃんは小さい頃からの付き合いでね。朽木隊長は 2 人と幼馴染だし。ね?」

京楽はそう言って朽木に笑顔を向けるが、彼は黙って俯いたまま反応を示さない。

その時、一番奥の扉が開き山本総隊長が部屋へと入ってきた。ピリッとした空気の変化に隊長達も会話を止める。

「 … 待たせたのぉ」

山本のすぐ後ろには零番隊副隊長の櫻井が付いて歩いてきた。彼女の目元は少し赤く腫れている。

山本はいつもの場所に立つとその隣に立つよう櫻井を促した。櫻井も無言のまま山本の隣に立つ。

「皆も、もう分かってはいると思うが、今回は先日の零番隊の件についてじゃ。その前に初めての者もいるじゃろう。櫻井」

山本は簡単に主旨のみを説明をすると挨拶をするよう櫻井へと視線を向けた。

櫻井もそれに、はいと小さく返事をして顔を上げた。

「王族特務零番隊副隊長の櫻井美鈴と申します。先日はありがとうございました。本日は、現在不在の朝比奈湊隊長の代理として出席させて頂きました。以後、お見知り置きを」

凛とした立ち振る舞いでそう答えると軽く頭を下げた。

「まぁ、初見は狛村隊長と日番谷隊長くらいかの…今後暫くは護廷十三隊と共に任務にあたってもらう事もあるじゃろ。他の隊士にも話を通しておくように」

 

山本の言葉に隊長達は無言の了承をする。

そのまま山本の咳払いと共に話は本題へと進んだ。

 

「して…朝比奈隊長の捜索はどうじゃ…砕蜂隊長、涅隊長」

 

「はい…事件以来、隠密起動総出で捜索はしていますが未だ足取りは掴めず、霊圧の痕跡すら発見できておりません」

 

「断界ヲ遠ッタ形跡モナイネ」

 

「……そうか」

 

明るい兆しの見えない報告に山本は黙り込んでしまい、数秒の沈黙が流れる。

最初にそれを破ったのは朽木隊長だった。

 

「朝比奈くらいの者なら霊圧を消す事も容易だ。此方に居ないのであれば現世にいる可能性がある。先程、阿散井副隊長を向かわせた」

 

朽木の言葉に山本は重そうに口を開いた。

 

「…その事なんじゃが…」

 

珍しく口籠る山本を見て、櫻井が衝撃の言葉を続けた。

 

 

「本日付で四十六室より零番隊隊長 朝比奈湊の捜索打ち切りの決定が下りました。以降当面の間、零番隊は一時凍結。もともとの零番隊の任務は一番隊が代行。隊士達は護廷十三隊に別れ、各自任務に付くようにとの事です」

 

 

櫻井の発言にその場にいた全員がどよめいた。

 

 

「…捜索打ち切りってどうゆう事だ」

 

日番谷の問いかけに櫻井は表情変える事なく答えた。

 

「今回私達は、救護班の二ノ宮四席を同行させませんでした。彼女が負傷していた事もありましたが、同行していれば被害を抑える事が出来たかもしれない。この事から朝比奈隊長の判断ミス。隊長能力の欠落と判断されました」

 

櫻井は眉ひとつ動かさず言葉を続けた。

 

「他にも朝比奈隊長は無断で霊圧制御装置を外した事も咎められています。合わせて隊長羽織と斬魄刀を破棄した事から四十六室は朝比奈隊長の職務放棄と断定し、零番隊隊長の称号の剥奪を決定されました」

 

櫻井は言いきると同時に俯いてしまった。

あまりにも理不尽な決定にその場の全員が言葉を失った。

 

「山爺…そりゃ酷すぎじゃないかい…」

 

絞り出すような京楽の言葉に山本は答える事は無かった。

 

「…零番隊に所属する三席以下の者は後日、護廷十三隊に振り分ける。人事は後ほど連絡する。本日は以上じゃ」

 

それだけを言い残し、山本は奥の自室へと姿を消した。ゆっくりと隊主会室の入り口が開かれる。

 

その場には動く事の出来ない隊長達と櫻井だけが取り残されていた。

 

「…美鈴。君は納得しているのかい?」

 

浮竹の言葉に櫻井はピクッと反応を示した。

それを皮切りに日番谷も言葉を続けた。

 

「どう考えたって可笑しいだろう。第一、羽織と斬魄刀は破棄された物では無い…お前が一番よくわかっているはずだ…」

 

「霊圧解除の許可申請もうちの隠密機動の隊士が要請を受けて四十六室へと許可願いに行っている。渋ったのは四十六室の方であろう」

 

きちんと説明をしたのかと砕蜂は櫻井を攻め立てた。

櫻井は俯いたまま黙って言葉を受けている。

 

「まぁ砕蜂隊長落ち着いて。現場と四十六室との間で話が食い違ってしまってるんじゃないかい?四十六室への報告に行ったのは美鈴ちゃんだよね?」

 

京楽は砕蜂を宥めると優しい口調で櫻井に問いかけた。その言葉に櫻井は少しだけ視線を上げる。

 

「…何があったか話してもらえるかい?」

 

京楽の優しげな口調に、櫻井は視線を上げ動揺の様子をみせたが、すぐに首を横に振った。

 

「…何もありません。ご報告は以上です。失礼しますっ!」

 

彼女は俯いたまま、隊主室を出て行ってしまった。

 

「相変わらず…頑固だねぇ…」

 

京楽は小さく溜息をつき、彼女の出て行ったドアを見つめていた。



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5話

―――零番隊隊用宿舎―――

 

 

 

 

 

 

 

隊主会から帰宅した櫻井はまっすぐに宿舎へと帰宅していた。

休むにはまだ早く、日も先程頂点を過ぎたばかりだ。

 

櫻井は一番奥の部屋の襖を全開に開け、入口からぼーっとその部屋を眺めた。

開け放たれた部屋の中には無数の本が積み上げられている。

床の間には水墨画の掛け軸が飾られ、一本の斬魄刀が置かれていた。

櫻井は部屋に入り、壁に掛けてあった白い羽織を手に取ると、部屋の前の縁側に寝転び、顔を覆うように羽織を掛けた。

 

隊舎の庭に植えられた桜は満開を迎え、風が吹くたびに花びらが縁側に降り注ぐ。

そこに寝転んだ彼女にも風に舞うそれは降り注いだ。

 

 

「っっっばーーーかっ!ばーーか!ばーかっっっ!」

 

櫻井は突然叫ぶと、上半身を起こし羽織をギュッと握りしめた。

 

「どこ行っちゃたのよ…またそうやって黙っていなくなるわけ…」

 

彼女の肩は心なしか小刻みに震えている。

 

 

 

 

 

「やはり…何かあったのだな…」

 

突然、聞こえた声に櫻井は驚いて振り返った。

 

「白哉!?…皆も…どうしてここに?」

 

振り返った先には朽木、浮竹、京楽、七緒の姿があった。

その後ろから四席の二ノ宮がひょこっと顔を出した。

 

「…皆さま副隊長とお知り合いだと言うので、お通ししましたわ。お茶淹れてきますわね」

 

二ノ宮はそれだけ言い残すとそそくさと去ってしまった。

 

「…タイミングが悪かったか?」

 

その問いに櫻井が不思議そうな顔を返すと、朽木は黙って櫻井の手元を指差した。

彼女の手元には零の文字の入った白い羽織が握られている。

 

事の意味を理解した櫻井の顔は途端に赤くなる。

 

「これはっ!違う!違うの!なんでもないんです!!」

 

櫻井は羽織を後ろに隠し弁解してみせるが、もはや既に遅いだろう。

その場にいた全員が肩を震わせ笑いをこらえていた。

きっとわかっていて二ノ宮も通したのだ。

 

 

 

 

気を取り直し、櫻井は彼らを応接間へと通した。

 

「…で、何しにきたんですか?」

 

「まぁそうむすっとしないで?久しぶりに会ったのに寂しいじゃない」

 

突っぱねる態度を取る櫻井に京楽が笑って見せた。

 

「先日の虚討伐の現場で気になることがある。それを確かめに来た」

 

「気になること?」

 

朽木の言葉に櫻井も視線を上げた。

 

「先日の虚討伐の現場…湊の霊圧がある場所でぱったりと消えていた。虚の数も異常な量だ。そもそも零番隊に虚討伐の任が行くのも不自然だろう。本当に何もなかったのか?」

 

「今回は重傷の者が多いと卯ノ花も心配していたよ。特に西園寺三席もまだ意識が戻らないらしくてね。二ノ宮四席の回道でも間に合わなかっただろうって。」

 

朽木と浮竹の言葉に、櫻井は答えることなく俯く。彼女の拳は正座した膝の上でギュッと握られている。

その様子を見た京楽が一口お茶を飲み、静かに口を開いた。

 

「…湊君が居なくなったこと自分のせいだと思ってるんでしょう?君たちはすぐ自分だけで背負いこもうとするからね…僕たちは心配なんだよ…心配で…お酒も喉を通らないんだから」

 

最後にヘラっと笑って見せた京楽に、櫻井も思わず顔を上げた。

すかさず七緒が京楽に空気を読むように注意をし、怒る七緒を浮竹が必死に宥めていた。

その光景に、櫻井もつい吹き出してしまい、顔を綻ばせた。

 

「…ふふ。本当、京楽隊長は変わりませんね…」

 

櫻井の様子に京楽達は安堵の表情をみせる。

 

櫻井は一度深呼吸をするとゆっくりと当時の状況を話し始めた。

 

「…今月に入って零番隊は二度、虚討伐に出ているんです。零番隊にそんな任務滅多にありませんから…四十六室からの直々の任務で、朝比奈隊長もその点に関しては不審がっていました」

 

 

「一度目は二ノ宮が負傷した時です。二ノ宮は零番隊の救護班ですし、言ってしまえば生命線でもありますから、必ず護衛の隊士も付けています。でもその時二ノ宮を襲ったのは護衛に付けていた隊士でした。幸い、湊が近くに居たこともあり、すぐに制圧出来たのですが、二ノ宮は手首に傷を負いました」

 

「隊士のが裏切ったというのか…」

 

朽木の言葉に櫻井は首を横に振る。

 

「わからない…でも湊の話だと、多分何かに操られたものだろうって…実際、その隊士は二ノ宮を襲ったことさえも覚えてはいなかった」

 

「二度目の討伐もそうです。いきなり操られたかのように隊士を襲う者が何名かいました。でもその時は虚の様子もおかしくて、情けない話ですが、正直一杯いっぱいでそこまで手が回りませんでした…」

 

櫻井はそこまで話すと溜息をついた。そこで何かを思い出したかのように浮竹が話に割って入った。

 

「そういえば、隊士の中に刀で切られたかのような切り傷を負っているものが複数いると、卯ノ花が言っていた気がするな…」

 

「それも気になる点でありますが、一番解せないのは今回の四十六室の対応ですわ!」

 

「…二ノ宮…いたの?」

 

いきなり入ってきた二ノ宮に櫻井は驚いて見せたが、二ノ宮はそれを無視して言葉を続けた。

 

「二度目の討伐にも私は同行するつもりでした。でも当日にいきなり待機するよう朝比奈隊長に言われたんです。上の言葉は絶対だからって…上って四十六室のことでしょう?ですのに…同行させなかったのが判断ミスだなんて横暴もいいところですわ!!」

 

「二ノ宮、勝手に霊圧を上げるのは規則違反よ。それと、護廷十三隊の隊長達の前です。少し場を慎みなさい」

 

持っていたお盆を畳に叩きつけながら霊圧を上げる二ノ宮を、櫻井が強めに注意すると彼女はシュンと縮こまってしまった。その雰囲気を察した京楽が間に割って入る。

 

「まぁまぁ…無理もないよ。今回の事は本当に矛盾ばかりだからね…それに、そのことは美鈴ちゃんが一番良くわかってるんじゃないかな?」

 

「…はい…四十六室に報告に行ったのは私と元柳斉様です…正直、今回の四十六室に関しては私たちも困惑していて…二ノ宮のことも霊圧解除のことも聞いていないの一点張りでした。隊長が居なくなってしまった件に関しても、私たちが行ったときには既に処分は決定していたようでした。とりあえず、その場は聞き入れて様子を見ようというのが元柳斉様のお考えです。少し調べてみるともおっしゃっていました」

 

櫻井は大きな溜息とともにそう告げると、もうお手上げとでもいうかのように俯いてしまった。その落胆した様子に誰も言葉を掛けることが出来ず数秒の沈黙が流れた。

 

「朝比奈の事なんだが…」

 

その沈黙を破ったのは朽木だった。彼は一枚の紙を櫻井の前に差し出しながら話を続ける。

 

「これは、先日の討伐時の現場調査の報告書だ。朝比奈の霊圧が突然消えているのも確かに不自然だが、それともう一つ、ある人物の霊圧痕が見つかった。これは涅隊長にも確認を取ったのだが、その人物の霊圧が断界内にも残っていた。これは、朝比奈と関係があるとみて良いよ思う」

 

「ある人物?」

 

「ああ…それは――」

 

 



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6話

 

「修羅天海!?…誰なんだよそいつは」

 

 

一護の言葉に浦原はハハハと乾いた笑いを漏らした。

 

「まぁ、昔の人ですからね。私も久々に聞きましたし、一護さんが知らないのも無理ないいっすよ」

 

 

一通りの事情を聴き終えた一護は、朝比奈と共に浦原商店を訪れていた。

 

 

浦原と朝比奈の感動の再会も浦原からの一方的な抱擁で済ませている。テッサイとも顔なじみだったようであった。

 

 

「俺がまだ零番隊の副隊長だった時の隊長だよ」

 

 

「そうなのか?…で、そいつが何したんだよ」

 

 

「一夜にして零番隊を全滅に追い込んだ裏切り者っすよ」

 

 

「なっ!?」

 

 

笑顔で答える浦原にたじろいでみせる一護を朝比奈は神妙な面持ちで見つめていた。

 

 

「今から100年程前、零番隊の隊士が次々に斬殺される事件が起こったんすよ」

 

 

「その犯人が天海っつう奴なのか?」

 

 

一護の問いに答えたのは朝比奈の方だった。

 

 

「最終的にはそうだが、実際…当時隊士に手を掛けていたのは零番隊の副隊長に当たる人間だったんだ。目撃者もいた事から犯人なのは確実とされたが、全員犯行時の記憶が無いのも、当時は不可解な点ではあった」

 

 

「記憶が無いって操られでもしたのか?全員って…?」

 

 

「全部で5人だ。副隊長に就いた者は数日以内に隊士を複数名、手に掛け即日追放されている。変わりの副隊長がすぐ就けられたが、一護の言うように全員操られたかのように同じ犯行を繰り返しては追放されていった。それで俺がその6人目」

 

 

朝比奈は他人事のように淡々と説明を続ける。

 

 

「…それで、湊…お前は大丈夫だったのかよ?」

 

 

一護の問いかけに朝比奈は困ったように笑い、黙り込んでしまった。

その代わりに浦原が続きを話し出す。

 

 

「湊さんが副隊長に就いて1週間後っすよ。当時隊長だった修羅天海は同じ零番隊の隊士を皆殺しにし、霊王にも手を掛けました―」

 

 

「は!?霊王って…どうゆうっ…」

「霊王に手は掛けてねぇよ」

 

一護の言葉を遮り、朝比奈は浦原の言葉に訂正を入れる。

 

 

「そうっすね。正しくは掛けようとした。寸での所で湊さんが天海を粛清しました。結局、斬殺事件も修羅天海が黒幕で副隊長を操っていた事が分かり、彼は即日処刑。めでたしめでたし……のはずだったじゃないすか」

 

 

浦原は、ねっ?と、笑顔で朝比奈を見つめるがその瞳は笑っていない。

 

 

「ああそのはずだ。でも、確かにあの時見たのは天海だった」

 

 

「その…向こうで虚と対峙した時か?」

 

 

一護の言葉に朝比奈は黙って頷く。

 

 

「処刑から逃れてたってことっすか?」

 

 

浦原の言葉に朝比奈は首を横に振った。

 

 

「わからない。実際、天海の処刑には立ち会っていないし…正直…あの夜…天海が隊を襲った時の事もよく覚えてないんだ…」

 

 

朝比奈は頭を押さえながらため息混じりにそう話した。

 

 

「嫌な予感しかしませんねぇ」

 

 

考え込む浦原の隣で一護も黙り込んでいた。

何かを考えると言うより事の理解に手間取っている様子だ。

 

 

 

 

朝比奈はすっかり冷めてしまったお茶を一口飲み、窓の外へと視線を送った。

 

 

 

曇天模様――。

昼過ぎにも関わらず夜のように薄暗い空はいかにもな不気味な空をしている。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

―――瀞霊廷―――

 

 

 

暗い室内で、パソコンの画面だけが青白く櫻井を照らしている。櫻井は一人大霊書回廊に足を運んでいた。

 

『修羅 天海』

 

あの時、白哉は確かにそう言った。

 

 

あいつはあの時確かに処刑された。

今更、断界で霊圧が見つかるはずもない。

しかしなぜ――

 

 

櫻井にはその名前に身に覚えがあった。

そしてそいつは白哉の言うとおり、朝比奈とも関係の深い人物だ。

櫻井の頭にあの日の記憶が蘇る。

 

 

ある日突然言い渡された朝比奈の昇格は喜べるものではなく、当時、斬殺事件として騒ぎにあった渦中の零番隊副隊長の席だった。

文句一つ言う事なく辞令を受け入れた朝比奈を私は感情のまま攻め立てた。彼にも何かしらの思惑があったのだろうが、その時は事件解決よりも朝比奈自身の方が大切だったのだ。

そしてあの夜、事件は起こった。

零番隊から漏れた彼らの霊圧は瀞霊廷に留まらず流魂界にも悪影響を及ぼした。席官以下の者達は皆、意識を持っていかれ大パニックになった。

ようやく辿り着いた零番隊隊舎で見たのは血まみれでその場に立ち尽くす、朝比奈の姿だった。

あの時初めて見た恐怖に怯える彼の顔を思い出すたび、後悔の念に襲われるー。

 

 

 

「…湊……」

 

 

櫻井は目の前のモニターを見ながら呟いた。

画面には修羅天海についての記録が映し出されている。

記録には出生記録や戦歴が記されている。

あの日の事件の事も記録はされている。

その中の備考欄に記された記述に櫻井は目を止めた。

 

 

 

「虚の…支配化?まさか…虚の事も操れるって言うの?」

 

これが本当なら最近の虚の変化にも納得がいく。

櫻井は衝撃の事実に眉をひそめた。

 

 

あいつがまだ生きていたとして、あの事件の再来を狙っていたとしたら…。

湊を狙っているのかもしれない。

 

今度こそ、湊は私が護る―――

 

 

 



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7話

阿散井恋次は驚いていた。

 

 

 

 

あの冷静沈着な朽木隊長が珍しく血相を変えて探すよう命じてきた零番隊隊長が、こう意図も簡単に見つかってしまっていいものだろうか。

 

朽木ルキアと共に気合いを入れて現世に来たは良いものの、その目的の探し人は目の前で呑気に茶を啜っている。

 

「いやぁ、それにしても白哉に妹が出来た事は知っていたけど、本当、緋真そっくりな」

 

優しく微笑む朝比奈にルキアは頬を赤らめた。

 

「きょ、恐縮ですっ!兄様と緋真様とご友人だったとは…その…えっと…」

 

「ルキア。お前しっかりしろよ。顔真っ赤だぞ?」

 

朝比奈の隣で一護はルキアの様子をニヤニヤと眺めている。

 

「たわけっ!!零番隊の隊長だぞ!?き、緊張くらいする…」

 

その後も一護がルキアに何やら言葉を返すと痴話喧嘩のような言い争いが始まった。

 

朝比奈はそれを微笑みながら眺めている。

 

「あの…あ、朝比奈隊長。一緒に尸魂界に帰還頂きたいのですが…」

 

阿散井も緊張を滲み出しながら自身の任を朝比奈に告げた。

 

「…ちょっと調べものがあってね。もう少し待ってくれる?」

 

一護達を眺めていた朝比奈は、阿散井に視線を向けるとにっこりと言葉を返した。

 

 

「湊さん…ちょっと…」

 

阿散井の言葉と同時に奥の部屋から戻って来た浦原は手にしていた紙を朝比奈に渡しながら内容について告げた。

 

「やっぱり可笑しいっすね。修羅天海について調べて見ましたが所々改ざんの後があったっす。それと彼の斬魄刀。その記述だけがごっそり抜けている」

 

朝比奈はそれを見ながら、口元に手を当て何かを考えている様子だった。

 

「まぁ、あの事件の首謀者ではあるから他者を操ることが出来るってのが能力なんだろうけど…副隊長しか操らなかったのには何かしらの理由があるはずなんだ。例えば一定の距離内の近親者しか効かないとか…」

 

「一緒に居たの一週間足らずっすからね…夜一さんなら面識もあったし知ってるかもしれないっすけど、あいにくいま尸魂界に行ってましてね…」

 

 

会話を続ける浦原と朝比奈を見ながら阿散井は妙な疎外感に襲われて居た。

 

 

 

俺、忘れられてないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

ズゥゥゥゥゥンッッッ!!!!

異様な霊圧が辺り一面を覆った。

身に覚えのある霊圧に浦原と朝比奈は顔を見合わせ、急いで外へと出た。

 

「なんなんだ!?」

 

一護達も急いで外へと出ると、目の前には1人の大男が立っていた。鬼のような風貌のその男は笑いながら殺気にも似た霊圧を放っている。

 

「天海…」

 

朝比奈の言葉に一護は目を見張った。

 

「あいつがっ…!?」

 

 

「やっと見つけたぜ朝比奈ぁ。霊圧消しやがって生意気によぉ~」

 

大口を開けて笑う天海を朝比奈は無言で睨み返す。

斬魄刀を持たない朝比奈以外は、みな既に刀を抜き天海に刃を向けている。

 

天海はそれを見て更にニヤッと笑ったい、ぽつりと呟いた。

 

 

「なぁ朝比奈……美鈴はまだ元気か?」

 

 

途端に朝比奈の霊圧が一気に上がった。

瞬歩で一瞬にして姿を消した朝比奈は、次に目で捉えた時には天海の目の前に拳をかざしていた。

彼の目は我を忘れたように殺気立っている。

一護達は2人の霊圧で動く事すらままならなかった。

 

「破道の七十三…双連蒼火墜ッッッ!!」

 

瞬間に炎が天海を襲う――

が、吹き飛ばされたのは朝比奈の方だった。

自身の攻撃と同時に天海が仕掛けてきた鬼道を寸前で交わすも、衝撃波に当てられてしまった。

 

「…湊ッッッ!!!?」

 

 

壁に当たった朝比奈はそのまま地面へと倒れこんだ。

天海は攻撃を受けながらも元の場所で笑っている。

 

「わはは。反応は良かったが、やっぱまだ怪我が治ってねぇなぁ。反応が遅すぎんだよ」

 

ニヤッと笑う天海を朝比奈は苦しそうに睨み返した。

 

「朝比奈隊長っ!!」

 

朝比奈の霊圧が弱まったことで動けるようになったルキアが朝比奈に駆け寄る。

 

 

「…てめぇ。…おい、恋次!!行くぞ」

 

既に卍解をした一護が天海に飛びかかる。

 

「おお。咆えろ蛇尾丸!!」

 

二人は次々に攻撃を仕掛けるが、天海は笑顔でそれらを全て避けてしまう。

肩で息をし始める一護達の様子に天海は更に嬉しそうに笑い、腰に差していた斬魄刀を引き抜いた。

 

「わはは。その程度か。まぁ冥土の土産話程度に魅せてやろう。…殺れ、守裏鎌(しゅりれん)」

 

 

天海の持つ斬魄刀は柄の部分が伸び大きな鎌の形へと姿を変えた。

しかしそれは所々刃が欠け、今にも壊れてしまいそうな様子をしている。

 

 

浦原は初めて見る天海の始解に目を見開いた。

「あれはっ…!?」

 

 

「はっ!?なんだよそれ、ボロボロじゃねぇか!んなの、おれがぶった斬ってやるよ!!」

 

一護は怯まず、再び天海に刃を向けると一気に飛びかかった。しかし、同時に聞こえた叫び声に思わず足を止めた。

 

「ゔあああああっっっ!!」

 

振り返った視線の先には、苦しそうに胸を掴みながら踠き叫ぶ朝比奈の姿があった。

ルキアが困惑した様子で必死に朝比奈を押さえている。

 

「なんなんだ!?」

 

一護の言葉と共に天海はより一層、満足気に笑って魅せた。

 

「がっはっは。しっかりと効いてるようだな。堕ちるのも時間の問題か。…折角だ…最高の瞬間までもう少し…楽しみに待とうか」

 

 

天海は鎌を一振りし、強風を起こすとその風に紛れ姿を消した。

 

恋次が急いで後を追うが、既に痕跡すら残っていなかった。

 

「くそ…っ」

 

恋次は天海がいた場所に立ち、奥歯を噛み締めた。

 

 

「…おい!湊っ大丈夫か!しっかりしろ!」

 

一護は脱力し倒れる朝比奈の傍に飛んで行った。

すぐ横には心配そうに見つめるルキアと浦原の姿がある。

 

苦しんだ際に掴んだ朝比奈の胸には指の跡がくっきりと残り、胸の包帯からは血が滲んでいる。呼吸も浅く、軽い過呼吸のような症状を見せ、ぐったりとしていた。

 

「急にどうしたというのだ!?」

 

「わかりません。とりあえず中へ…」

 

ルキアの言葉に浦原は珍しく焦りの色を見せ、すぐに朝比奈を抱き抱えると商店の中へと走った。

 

 

 

 

 



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8話

「ではやはり、修羅天海の斬魄刀は他者を操ることが出来るんですね」

 

瀞霊廷内。四楓院家。

二十畳はあるかのような部屋で櫻井は夜一と向かい合わせに座っている。

 

「…そうじゃ。しかしなぜワシが知っていると思ったのじゃ?」

 

夜一はあぐらをかきながら膝の上に頬杖をつき、櫻井に問いかける。

 

「修羅天海が零番隊隊長になる前、彼の所属は隠密起動でした。当時の上司であった貴方なら天海の斬魄刀の能力をご存じでないかと思いまして…」

 

終始、真剣な眼差しを向けてくる櫻井に、夜一は頬杖をつくのを辞め大きく溜息を吐いた。

 

「よぉ調べたの。さすが零の姫君は頭が良いの」

 

「からかわないでください。彼の斬魄刀が人を操る能力を持つのなら……虚を、操る事も可能ですか?」

 

"虚"という言葉に夜一は反応をみせる。

 

「お主そこまで…さては大霊書回廊に入ったのか?」

 

いつになく真剣な態度を見せる夜一に櫻井は一冊の冊子を手渡した。

 

「いえ、大霊書回廊にはありませんでした。これは零番隊の隊主室にあったものです。朝比奈隊長はここ最近ずっとあの事件について調べていましたから…斬殺事件の事の他に修羅天海に関しても記述がありました。彼の斬魄刀で操る事が出来るのは人だけではないかもしれないと…」

 

夜一は受け取った冊子に目を通しながら、櫻井の話を聞いていた。

 

「それともう一つ、気になる事があるんです」

 

櫻井言葉に夜一は視線を冊子から櫻井へと向けた。

 

「斬殺事件の被害者である隊士は皆、事件を起こした副隊長と親しい関係にあった者達のようでした。1人の目の副隊長は幼馴染を、2人目の副隊長は自分の妹。他の副隊長達もそうです。手に掛けた隊士の中には必ずその副隊長と関係の深い人物が存在します。…これは、偶然でしょうか?」

 

櫻井の言葉に夜一は眉をひそめた。

 

「…偶然ではなく必然だと?」

 

「…わかりません。でも前に朝比奈隊長が言っていた事があるんです。斬殺事件の目撃者の中に、まるで虚を見ているようだと述べた者がいたと…」

 

「副隊長達は虚化したと言うのか?」

 

 

一層眉間にしわを寄せ話す夜一に、櫻井が返答をしようとした時だった。

 

 

―――キンッ!!―――

耳鳴りと共に全身に電気が走ったような痺れを感じた櫻井はその場で振り返った。

 

"霊圧"

 

一瞬にして消えたその感覚は、紛れもなく懐かしい彼のものであった。

 

そしてそれは時を同じくして夜一も感じていた。

 

「…夜一さんっ!!」

 

「ああ…これは現世じゃな…行くぞ美鈴っ!!」

 

「はいっ!!」

 

 

2人は瞬歩でその場を後にしたー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現世での戦闘で朝比奈の放った霊圧は櫻井達だけではなく、護廷十三隊にも届いていた。

 

 

「離せっ!行かせてくれっ!!」

 

 

四番隊舎の一室。

西園寺拓は何人もの隊士に抑えられながら踠いていた。その中に混じる勇音は西園寺の腕を必死に掴みながら叫んだ。

 

「ダメです!西園寺三席、ご自身の怪我の酷さ分かってるんですか!?絶対安静です!」

 

「うるせぇ!!怪我なんかツバ付けときゃ治んだよ!俺は行かなきゃならんのだ!!離せっ!!」

 

「破道の一…衝っ!!」

 

西園寺は途端に入り口とは反対方向に吹き飛び、ベッドから落ちた。

勇音は驚きつつ、入り口に視線を向けるとそこには青い髪をツインテールに結んだ少女が仁王立ちで立っていた。

 

「…二ノ宮四席!!」

 

勇音は少女を見ると少し安心した様子を見せた。

 

「拓…人様に迷惑かけて、みっともないですわ」

 

お嬢様口調で話す少女は吹き飛ばされ床にひっくり返る西園寺を見下すように見下ろした。

 

「こんのっ…てめぇ凛!!痛えじゃねぇか!お前もさっきの霊圧感じただろう…あれは隊長のだ!!俺たちがいかねぇとっ!!!!」

 

隊士達に抑えられながら、感情のままに食ってかかる西園寺を二ノ宮は軽くあしらう。

 

「はぁこれだから単細胞は…わかってますわ。零番隊がこんな事になって悔しいのは貴方だけではないんですのよ。私のせいで隊長が称号を剥奪されるなんて…認めないですわ」

 

二ノ宮は悔しそうに両手を握る。

そのまま二ノ宮は西園寺に向けていた視線を勇音に移した。

 

「残念ながら、西園寺を止めに来たのではないんですの。自分達のミスは自分達で始末しなければいけません…私が同行しますので、西園寺三席を行かせて欲しいのです」

 

「えぇ!?」

 

予想外な二ノ宮の言葉に勇音はあからさまに困った様子を見せた。

 

 

「勇音…構いませんよ」

 

答えに困る勇音の代わりに許可を出したのは、いつの間にか部屋の入り口に立っていた卯ノ花隊長だった。

 

「卯ノ花隊長!!…でもっ」

 

「二ノ宮四席の治癒能力は相当に高いものです。彼女がいるのなら問題ないでしょう」

 

「卯ノ花隊長、ありがとうございます!!…拓っ行くわよ!」

 

「あ!?おいっ引っ張んな!!」

 

困り果てる勇音の隣で二ノ宮は満面の笑みを卯ノ花に向けると、西園寺を引っ張り足早に部屋を出て行った。

 

 

 

 

「……ご武運を…」

 

2人の姿を見送りながら、卯ノ花は誰にも届かない声で呟いたー。

 



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9話

―――浦原商店―――

 

「具合…どうすか?」

 

薄暗い室内の中、布団の上にあぐらをかいて座る朝比奈に浦原は声をかけた。

 

「…だいぶ落ち着ついたし、もう大丈夫だよ…ご心配をおかけしました」

 

微笑みながら会釈をしてみせる彼に浦原は笑顔を返すことなく、布団の隣へと腰を下ろした。

 

「大丈夫には見えなかったっすよ?」

 

心配そうな顔をする浦原を見て、朝比奈は「実は…」と口を開く。

 

「…零番隊、入ってからかな。もう持病みたいになっててね、度々あるんだ。まぁ、あんなに強い発作は初めてだったけど…」

 

「…美鈴さんは知ってるんすか?」

 

「…知らないよ。…言う訳ないだろ。大げさな奴だからね…緋真の時も、浦原さん達が居なくなった時だって大変だっんだ…」

 

朝比奈は俯きがちにそう告げた。

 

「それは悪い事を…ってそれはそうと湊さん…あなたのその発作と修羅天海の斬魄刀の能力…何か関係があるんじゃないっすか?」

 

「…なぜそう思う?」

 

「零番隊の斬殺事件…本当に副隊長さん達を操っての犯行なら、貴方も例外じゃないはずだ。それに先程、天海は美鈴さんの名を口にしていました。湊さん…何か隠してませんか?」

 

朝比奈は一度、溜息をつくと視線を床に落としながらゆっくりと口を開いた。

 

「それと俺の発作が関係があるかどうかは知らない。でも奴がまだ美鈴を狙ってくるのなら、俺は奴を殺るだけだ」

 

 

 

 

 

 

「…それはどういうことだ?」

 

いきなり現れた人物の声に朝比奈と浦原は驚き、入り口へと視線を向けた。

 

「…び、白哉!?」

 

後ろには一護やルキア達の姿もあった。

仁王立ちのまま黙っている白哉に変わり、ルキアが弁解に入る。

 

「すみません!盗み聞きをするつもりは無かったのですが…兄様がいらしたので…お声掛けにと思ったら、つい聞こえてしまって…」

 

「別に聞かれてまずい話をしている訳ではないし構わないよ。久しぶりだね、白哉」

 

慌てるルキアに朝比奈は微笑みかける。

安堵の溜息を漏らすルキアの横で白哉は表情を変えることなく先ほどの質問を繰り返した。

 

「して…修羅天海が美鈴を狙っているというのは、どうゆうことだ」

 

「…そのまま、言葉通りの意味さ」

 

朝比奈は白哉達に座るよう促す。

 

「俺らが零番隊に入る前、美鈴がストーカー被害に遭った事があってね。変な手紙やらプレゼントやら連日送られてきて…その犯人が修羅天海だった」

 

「その話…私は聞いていない」

 

「俺も知らなかったさ…美鈴は誰にも言ってなかった。俺は偶然奴からの手紙を見つけて首を突っ込んだだけ」

 

「どうして、誰にも話さなかったのですか?」

 

途中、小声で一護が美鈴とは誰かと問いかけたが、それにはルキアが零番隊副隊長だと小声で告げ、ルキアが朝比奈に質問を投げかけた。

 

 

「…単純に心配掛けたくなかったんだろう。俺も口止めされたし…」

 

 

「それが今回のことと何か関係があるのか?」

 

 

「…ああ。零番隊の斬殺事件の時の副隊長達、みんな美鈴に好意を持っていた奴らみたいでね、副隊長を決めていたのも天海だったし、あながち邪魔な奴ら排除するのに零番隊を利用したんだろ」

 

あまりにも素っ頓狂な事実に、その場にいた全員が言葉を失ってしまった。

数秒の沈黙の後、何かに気づいたように一護が口を開いた。

 

「ってことは湊も美鈴って奴のことが好きなのか?」

 

その発言にその場は凍りついたかのような沈黙が流れる。

朝比奈は困ったように笑うと、「まさか」と手をヒラヒラとさせながら答えた。

 

「…もともと天海は6人目の副隊長に美鈴を指名していた。ちょうど俺にも他の隊の副隊長の話が来てた時だったから、少しいじって異動先を変えたんだ…天海はカンカンだったけどね」

 

ため息交じりに答える朝比奈に、今度はルキアが恐るおそる質問を投げかけた。

 

「まさか…今回また修羅天海が現れたのは…」

 

「あながち、まだ美鈴の事を狙ってるんだろ。あれから100年も経ってるのに…本当ハタ迷惑な話さ」

 

朝比奈は質問に答えながら、再び困ったように笑って見せた。

そこに、一護は確信をつくような質問を投げかける。

 

「でも、なんでそんなストーカー野郎が零番隊になんか入れるんだよ。零番隊ってそんな簡単に入れるものなのか?」

 

一護の言葉に口を開いたのは浦原だった。

 

「そこが謎なんす。隠密機動にいた時は実力としては下の方だったと思うんすよ。さすがに私だって優秀な隊士は覚えてますから…」

 

 

「それは俺も調べたんだが、わからないんだ。隊長の時の天海の霊圧は確かに他の隊長達と同格のものだった。あれほどの力を一体どうやって手に入れたのか…」

 

「…崩玉を使えば可能ではないですか?」

 

ルキアの言葉に一同は納得したかのような反応をみせたが、すぐに浦原が異を唱えた。

 

「それはありません。あの頃は藍染が持っていた未完成の物だけですから…」

 

「隠密機動の中でも下っ端だった、天海に藍染が声を掛けるとも思えないしね。今回の事は無関係と考えていいだろうね」

 

朝比奈はそう言いながら、見解を外し落ち込むルキアの頭をポンポンと撫で、良い線ではあったと慰めた。

 

「…それもこれも、本人に聞けば全てわかることだ」

 

ずっと黙って話を聞いていた白哉がやっと口を開いた。

彼は先ほどよりも眉間を寄せ、険しい顔をしている。

 

 

“霊圧”

 

 

途端に朝比奈と浦原も緊張の糸を張り巡らせた。

一護達は何事かとまだ不思議そうな顔をしている。

 

その霊圧はかなり遠くのもので集中しても僅かにしか感じ取ることは出来ない。

一護達がすぐに感じ取ることが出来なかったのも無理はないだろう。

しかし間違いなくその霊圧は修羅天海のものである。

 

その霊圧はゆっくりと上がり、一護達もすぐに感じ取ることが出来た。

そして、天海の霊圧と共に身に覚えのある複数の霊圧―――。

 

「…美鈴ッ」

 

そう感じた瞬間には朝比奈は瞬歩で部屋を飛び出していた。

 

 



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10話

「…久しいなぁ。櫻井美鈴~。会いたかったぜぇ」

 

 

 

現世。上空――

 

 

 

 

 

 

穿界門で合流した櫻井、夜一、西園寺、二ノ宮の4人は現世に着いた途端、奇襲を掛けられていた。

 

「初めて見る顔だけど攻撃仕掛けてきたってことは敵で良いんだよな?普通こうゆうのって隊長と感動の再会果たしてからじゃないの?展開早すぎんだろ…」

 

「隊長の霊圧も感じますのに…。お会いできないなんて恋に障害はつきものですのね…ねぇ、櫻井副隊長?」

 

西園寺と二ノ宮は斬魄刀を天海に向けてはいるものの、その後もぶつくさと文句を並べ緊張感の無い様子をみせる。

 

「あんたら…少しは緊張感持てっていつも言ってるでしょうよ…本当、朝比奈隊長が居ないと自由なんだから…」

 

溜息をつく櫻井の横で、夜一も緊張感なく笑っていた。

「こりゃ、朝比奈も大変じゃのう」

 

全く緊張感をみせない様子に天海は殺気立ち、霊圧を上げた。

最初の一言以降全く言葉を発さずに不気味に笑う天海に、先に話しかけたのは西園寺だった。

 

「ねぇ、あんた櫻井副隊長のなんなわけ?っていうか、俺らの隊長知らない?捜してんだけど!」

 

「…朝比奈は…もうお前らの元には戻らない」

 

天海は再びにっこりと笑った。

 

「…そうかい」

 

天海の言葉と同時に西園寺はにっと笑い、瞬時に斬りかかった。

 

ドゴゴゴゴォォォォォンッッッ!!

途端に天海は地面へと突き飛ばされ、付近の建物を破壊した。

 

「あ~あ、西園寺…結界張ってなかったら始末書ですわよ」

 

後方に避難していた二ノ宮は上空でガッツポーズを決める西園寺に注意を投げかける。

 

「戦闘は派手じゃねぇといけねえだろうが。俺ら零番隊様に逆らったことを後悔させてやるよ……って、なっ!?」

 

確かに感じた手ごたえに西園寺は一瞬喜んで見せるも、土埃の向こうに現れた天海の姿に目を疑った。

瓦礫と化した建物の向こうで彼は仁王立ちで立ち、先程と同様にっこりと笑っている。

そして次の瞬間、その場から姿を消したのだ。

 

ドゴゴゴォォォォンッッッ!!

次に吹き飛ばされたのは西園寺だった。

 

「…くっ」

 

「「…拓ッ!!」」

 

すかさず櫻井達は西園寺の元へと飛んでいく。

死魂装には血が滲み、赤黒く変色している。傷が開いてしまったようだ。

 

「二ノ宮!!あんたはすぐに西園寺の手当を!!…夜一さん、二人をお願いします」

 

一気に上がる櫻井の霊圧に二ノ宮も緊張の色をみせた。

 

「美鈴!!どうする気じゃ!!」

 

「あいつは私が殺る!!…咲け、箏唄(そうか)」

 

櫻井はその言葉と同時に始解をすると、瞬歩で空へと飛んだ。

彼女の刀は刃先から柄までが真っ白な刀へと変化している。

 

 

「…あなた、やはり処刑からは逃れていたのね。でもどうして今さら…」

 

 

一進一退の攻防線が続いていた。

始解もせずに遊んでいるかのように笑う天海に、櫻井は苛立ちを募らせていた。

 

「俺の目的を果たしてないからさぁ。戻ってきたんだよ…手に入れるまでは…そのために朝比奈は抹殺しなければならない」

 

「目的?あなたの狙いは湊なの?一体何がしたいのよ」

 

「俺は…欲しいんだ。そのために力を手に入れた。虚と契約をして…」

 

櫻井の問いかけに天海は相変わらずの笑顔で答えていたが、だんだんにその表情と声色に苦しさが混じっていく。言葉も途切れ途切れにしか聞こえてこない。

 

「(なんなの?様子がおかしい…目的?虚と契約って…そんなまさか)」

 

その瞬間、いきなり空が割れその向こうから複数の虚達が顔を出し始めた。

 

「…虚…なんで?」

 

櫻井がそう呟き、空へと一瞬視線を向けた時だった。

 

「っく…きゃぁっ!!」

 

一瞬の隙をついてきた天海の攻撃を寸前で防御するも、その衝撃に耐えられず櫻井は大きく飛ばされてしまった。そのまま瓦礫の山へと激突する。

 

「…いった…」

 

続けざまに飛びかかってきた天海は、既に目の前で刀を振りかざしにっこりと笑っていた。

 

「(しまった…間に合わないっ)」

 

櫻井は斬魄刀を前に出し、防御の体勢を取ると衝撃に備え固く目を瞑った。

 

ギィィィィィンッ!!

刀同士のぶつかり合う音が鳴り響く。

重みを感じない自身の腕に、櫻井は疑問を感じそっと目を開けると、目の前には櫻井の斬魄刀を手にした朝比奈の姿があった。

 

「…み、湊ッッ!?」

 

「櫻井ッッ!!大丈夫か!?」

 

朝比奈は天海からの攻撃を打ち返すと、慌てた様子で櫻井に振り向いた。

櫻井はそこで初めて自分の手に斬魄刀を持っていないことに気づく。

 

「散れ…千本桜…」

「月牙天衝ッッ!!」

「咆えろッ蛇尾丸!」

 

朝比奈に跳ね返され、上空に引いた天海にさらなる攻撃が降り注ぐ。

天海からは先程の余裕そうな笑顔が消え、逃げるように更に上空へと登っていく。

空の割れ目からは虚が次々と現れている。

 

朝比奈は地面に座り込んだままの櫻井に斬魄刀を返すと、ルキアを呼び止めた。

 

「櫻井はここに居ろ。朽木!!悪いが櫻井を頼む!!」

 

「はいっ!!」

 

「…まっ、待って!!」

櫻井はすぐに応戦に向かおうとする朝比奈を呼び止め、一本の斬魄刀を投げ渡した。

 

「っっっ。…これ、俺の…」

 

「忘れものよ…隊舎から持ってきた…」

 

「さすが副隊長…ありがとうな…」

 

瞬歩で空へと向かった朝比奈を、櫻井は座り込んだまま黙って見つめた。

久しぶりに見た彼の姿は相変わらずで、私を安心させてくれる――

「櫻井副隊長…大丈夫ですか?立てますか?」

 

「…腰が…抜けちゃった…ははは」

 

心配するルキアに櫻井は笑顔でそう告げた――。

 

 



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