何でも屋エリスでございます (魔帝)
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序章第一話


 どうも、初めましての方々、お久しぶりの方々もいるかもしれませんね。
 魔帝です。すぴばる小説部で投稿していて、はやりハーメルンでも書いてみたいと思い、マルチ投稿させていただきました。

 どうかこの作品を、暖かい目で見守って下さい。


 

 

 

 古代ベルカのとある場所。戦乱の地で埋め尽くされたこの世界の何処かに、彼はいた。

 家もボロボロで小さく、お世辞にもお金があるとは思えない感じだった。

 黒髪紫目の彼はそこで己の商売道具でもあり一生の相棒……今の時代には似つかわしくない質量兵器である、黒い刀身の刀の手入れをしていた。

 

 

「………うん、今日も綺麗だ」

 

 

 少々長いめの刀を黒い鞘を納め、壁に立て掛けた。彼は黒いインナー姿に黒の長ズボンに姿でおんぼろのベッドに寝転んだ。

 

 

「あ〜……仕事ねぇかね〜……」

 

 

 彼の職業は所謂傭兵、何でも屋のようなものだ。依頼があれば戦場に赴き、敵をバッタバッタ斬り伏せ、報酬を貰う。ただ……。

 

 

 ジリリリリ……!

 

 

「はいはい、こちら『エリス』でございまーす……そこはもう敗戦まじかだろ。金にならん……何? 報酬ははずむだと? 敗戦国にそんな金は無いだろ。さいなら〜」

 

 

 と、このように自由気まま、気分屋、面倒くさがりなのだ。だから仕事が無い。ただ、実力はある。だから依頼の電話がくるのだ。

 

 

「まったく……毎日が退屈だな」

 

 

 このご時世、そんな事を言うのはもの凄く場違いなのだが、彼には関係ない。

 

 

 ジリリリリリ……!

 

 

 そしてまた電話がかかる。

 

 

「はいはいこちら『エリス』……拠点に籠った敵の殲滅? 相手は数百人? 金払えんの? ……オーケー、受けてやる」

 

 

 彼は電話を切り、掛けてある刀と黒のロングコートを取り、外に出た。

 

 

 バキッ!

 

 

「………あ〜……」

 

 

 彼がドアノブに手をかけてドアを開くと、ドアが壊れて取れた。

 

 

「………後で直さないとな」

 

 

 ドアを立て掛けて彼は戦場に赴いた。

 

 

 

 

 どっかの研究施設。そこに今回の依頼国側の敵が潜伏している。

 

 

「ふんふ〜ん♪」

 

 

 そこに彼が現れた。彼は鼻歌を歌いながら施設の前まで歩き、敵を視認した。

 

 

「止まれ!」

 

「と言われて止まる馬鹿はいないと」

 

 

 見張りの兵士達だろうか。その兵士達が杖を彼に向けていたが、彼は臆することなくご機嫌に施設へと近付いた。

 

 

「このっ……撃て撃てぇ!」

 

 

 彼に向かって一斉に魔力弾が放たれた。

 

 

「遅いっつうの」

 

 

 彼はその場から消えた。そして兵士達の後ろに現れた。彼の手は鞘から少し抜かれている刀の柄を握っていた。

 

 

「取り敢えず、死んどけ」

 

 

 チン…っと音を立てながら鞘に納めると、兵士達の身体が言葉通り両断された。

 

 

「さてさて……敵さんは何処ですか〜?」

 

 

 彼は優雅に施設内を歩き始めた。そして見つけた敵から片っ端に斬り伏せて行った。

 

 

「どいつもこいつも骨の無い奴だな。誰かいないのか?」

 

「ここに居るぞ」

 

 

 彼の前に一人の女騎士が現れた。ピンクのポニーテールにアームドデバイスである剣を持った騎士。

 そしてその横にはオレンジ色の髪で鉄槌をもった紅い女の子。短い金髪の女性。白髪で筋肉モリモリの長身の男性。

 

 

「———ほぅ?」

 

 

 彼は不敵に笑った。まるで発売数か月前に予約したゲームを手に入れた様な顔だった。

 

 

「女が相手か……だが強いな。そっちの子供も、男も。……アンタは……まぁ攻撃には向いていないな」

 

 

 一人一人を分析し、己の相棒に手をかける。騎士たちも剣を、鉄槌を、拳を、指輪?を構えた。

 

 

「行くぞ、手加減は出来んからな」

 

 

 彼は地を蹴った。

 

 

 

 

「チッ……」

 

 

 結果的に彼は勝った。だが彼が騎士たちを殺してはいない。騎士たちは撤退していったのだ。そして彼も肩に一筋の切傷を付けられていた。

 

 

「ふぅ……まさか俺が傷を負うとはな。中々強い相手だ」

 

 

 彼は走った。それも肉眼では捉えきれない程の速さで。

 

 

「こんな楽しいのは久々だ。絶対に逃がすもんか」

 

 

 彼は本来の目的を忘れ、騎士たちを待ち伏せする事しか頭になかった。

 

 

 

 

 彼は走っている途中、とある一室から声がするのが聞こえた。彼はそれで本来の目的を思い出し、まぁ見つけたからやるかといった感じで扉を開けた。

 

 

「ハロハロ、『エリス』で〜す。お命頂戴……い?」

 

「っ! 貴様は!」

 

 

 その部屋には先程の騎士たちとここの研究員らしき人物が数人と、一人の銀髪の女性と一人の女の子がいた。

 女の子はボロボロの服を着ており、食事を与えられていないのか痩せ細っていた。

 

 

「ほら見ろ! 貴様らが役立たずのせいでここに来てしまったではないか!」

 

 

 一人の研究員が騎士たちに向かって叫ぶ。銀髪の女性は女の子を後ろに俺を警戒し、騎士たちに指示を出した。

 

 

「騎士たちよ、我が主を守るのです!」

 

 

 騎士たちは武器を手に彼を取り囲んだ。

 

 

「あ〜……取り敢えず、そこの女性は誰ですか?」

 

 

 彼はそんな状況は知ったこっちゃないと言わんばかりに、銀髪の女性を指した。

 

 

「ふん! 貴様が知る事ではない! さっさとやれ!」

 

「わーわー喚くな。煩い」

 

 

 彼がそういうと、黒い魔力で出来た短剣が部屋中を埋め尽くした。切っ先は騎士達と研究員たちに向いていた。

 

 

「ふぅん……状況から察するに、ここの研究員がその女の子に暴行を働き、その子を守るためにこいつらが働いている……そうか?」

 

 

 彼は銀髪の女性にそう尋ねた。しかし女性が口を開く前に研究員の一人が開いた。

 

 

「何を馬鹿なことを! こいつらはただの道具に過ぎん! 我々の指示通りに動く兵器だ!」

 

「……あっそ。なら壊して良いよな?」

 

「壊せるものなら———」

 

「はい、死んだ」

 

 

 黒い剣が研究員を蜂の巣にした。続いて彼は他の研究員を睨みつけ、睨まれた研究員は逃げ出すか、騎士達に命令しだした。

 

 

「な、何をやっている!? は、早く殺せ!」

 

「お助けぇ!!」

 

「チッ———無に返れ」

 

 

 黒い剣が一斉に研究員に向かって射出された。全ての剣は研究員を貫き、切り裂き、串刺しにする。

 やがて全てが終わると、今度は銀髪の女性とボロボロの女の子を見た。女性は彼に向かって拳を構えた。

 

 

「………」

 

 

 彼はそんな女性にふっと笑って見せ、ゆっくりと近付いた。騎士達は彼を近づけさせまいと襲い掛かったが、彼から発せられた魔力波により近づけなかった。

 

 

「……よう、嬢ちゃん」

 

 

 彼は女性と女の子から少し離れた場所で腰を低くし、女の子の目線に合わせた。

 

 

「こんな所にいて楽しいか?」

 

「……(ふるふる)」

 

 

 女の子は首を振った。彼は優しく微笑み、手を伸ばした。

 

 

「じゃあさ、俺の子になるか?」

 

「「「「「……は?」」」」」

 

 

 その場にいた彼と女の子以外が間抜けな声を上げた。襲撃してきた男がいきなり俺の子になれと言ったのだから無理も無い。

 

 

「ただし、働かざるもの食うべからずだ。嬢ちゃんにはウチの受付嬢でもしてもらおうかな」

 

「……な、何を言い出すのだ!」

 

 

 ポニーテールの騎士が怒気を含めた声で尋ねた。

 

 

「アンタらも、こんな湿気た場所で暮らすのも嫌だろ? 俺の家も大概だが、ここよりは断然マシだ。衣食住付けるぜ?」

 

「うっせぇ! どうせテメェも闇の書の力が欲しいんだろ!」

 

 

 鉄槌の女の子が怒鳴った。

 

 

「闇の書? んじゃそら? 俺は本なんて興味がねぇよ。眠くなるし」

 

「ざけんな!」

 

 

 鉄槌の女の子が彼に向かって鉄槌を振り下ろす。が、彼は突如出現させた黒い剣でそれを受け止めた。

 

 

「うんうん、子供は元気が一番だ」

 

「アタシを子供扱いするなーーー!」

 

「嫌だね。子供は子供だ」

 

 

 彼は鉄槌の女の子の後ろ襟を掴むと、ポニーテールの騎士に向かって放り投げた。彼は放り投げた後、再びボロボロの女の子に振り返った。

 

 

「で? どうする?」

 

「……みんな……一緒?」

 

「ああ。大歓迎だ」

 

「……じゃあ……なる」

 

「我が主!? 本当に言っているのですか!?」

 

 

 銀髪の女性は驚き、女の子を見た。

 

 

「うん……。もうみんながおこられるのみたくない……」

 

「我が主……分かりました。あなたの言うとおりにします」

 

「闇の書! 何を言っているのだ! こんな得体の知れない奴に……!」

 

「ですが、ここにいるよりはずっとマシでしょう。……貴方」

 

「ん?」

 

 

 銀髪の女性は彼を真剣な表情で見つめた。

 

 

「我らを傍に置くと、貴方までも狙われますよ? それでも宜しいのですか?」

 

「狙われるね〜……。俺ってさ、傭兵みたいなのしてるからさ、敵が世界中にいるんだよね。だから狙われるなんて慣れっこさ」

 

「……そうですか」

 

「ああ、でも……」

 

「……?」

 

「お前らを守り通すくらい、朝飯前だ」

 

 

 彼は女性に手を差し出した。女性は少しだけその手を見つめると、彼の手をそっと握った。



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序章第二話



 今回は続けていきます。
 少し無理矢理な感じがしますが、うん、まぁ、どうぞ。


 

 

 

 

何でも屋『エリス』。その朝は少女の大声で始まる。

 

 

「起っきろぉぉぉぉぉっ!」

 

「んおっ!?」

 

 

 ベッドの上で寝ていた彼は少女の声により飛び起き、ベッドから落ちた。

 

 

「っつ〜〜……! ファン、頼むから普通に起こしてくれ……」

 

「お父さんがそれじゃあ起きないからでしょ! 朝ごはん出来てるよ! 皆ももう起きてるから!」

 

「はいはい……」

 

「はいは一回!」

 

「はい!」

 

 

 突き出されたお玉に、彼は即座に敬礼し、テキパキと身支度をし始めた。

 

 彼———イヴァシリア・ムトス・エラフィクス、通称イヴァは女の子———ファン・エラフィクスを引き取って父親代わりになった。

 ファンは闇の書という魔導書の主で、騎士達はその守護騎士プログラムであり、銀髪の女性は闇の書の管制人格であり、主と融合して戦う事ができる『融合騎』である。

 更に闇の書はもともとは違うものであるらしく、その名は『夜天の書』。

 それが何時の日か当時の主によって歪められ、破壊を呼ぶことしか出来ないようになったそうだ。

 そして闇の書は魔法の源である『リンカーコア』を吸収し、魔導書の頁を増やし、全666頁まで完成させると持ち主に凄まじい力を与える。

 

 だがファンはそんなことはしたくないと言い、世界を滅ぼしたくもないし、ただ幸せに暮らしたいという願いから何もせず、この数年間はただ普通に暮らしていた。

 

 

「おはようさん」

 

「おはようございます、イヴァ」

 

 

 最初に挨拶を返したのは銀髪赤目の女性、闇の書の管制人格だ。

 

 

「寝癖が付いていますよ」

 

「ん? ああ…サンキュ、ヤミっち」

 

 

 イヴァは彼女の事を闇の書から取ってヤミっちと呼ぶ。

 

 

「兄ちゃん、早くしろよ! 腹が減って仕方がねぇ!」

 

「はいはい、悪かったね」

 

 

 イヴァは鉄槌の女の子———ヴィータに急かされ、席に座る。ここでの掟はご飯は皆で取るという、ファンが決めたのだ。

 

 

「イヴァ、まさかまた夜更かしをしたのではないな?」

 

 

 ポニーテールの女性———シグナムがイヴァを睨む。

 

 ここでの掟その二、早寝早起き。

 

 

「俺は夜行性なの。ベッドの上じゃ王者だぜ?」

 

「イヴァさん」

 

「ん?」

 

「後ろ」

 

「へ? ばふっ!?」

 

 

 イヴァの顔面にフライパンが炸裂した。先程イヴァを後ろに向かせたのは緑色の服を着ていた金髪———シャマルである。そして顔面にフライパンをお見舞いしたのはファンである。

 

 

「お父さん! 朝から何言ってるのよ!?」

 

「ナニだ」

 

「ふんっ!」

 

 

 もう一撃炸裂。思春期の女の子にはいけないワードのようだ。

 

 

「イヴァ殿、今日は屋根の修理ですかな?」

 

「あ、ああ……そうだな。風が冷たいし、さっさと直さないとな」

 

 

 そして白髪の筋肉モリモリくん———ザフィーラ。彼は人型と青い狼の姿になれる。

 

 

「はい、じゃあ食べよっか!」

 

 

 ファンが用意した朝食を、家族全員で食べる。これが当たり前の光景で、とても貴重な幸せなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリリリリ……!

 

 

「はい、お電話ありがとうがざいます! 何でも屋『エリス』です!」

 

 

 今日もまた電話が鳴る。ファンが来てからここの電話は頻繁に鳴る。それもその筈、イヴァが出ると大抵の事は断ってしまい、ファンの場合はどんな事でも引き受ける、真の何でも屋になるからである。

 

 

「捜索の手伝いですね? 分かりました!」

 

 

 この様に、本当にどんな事でも引き受ける。

 

 

「ザフィーラー! お仕事だよー!」

 

 

 こうやって騎士たちも巻き込んでいる。そして肝心の店主はというと……。

 

 

「ん、行ってこいザフィーラ。後は俺がやって置く」

 

「かたじけない」

 

「いってら〜……はぁ……戦いの仕事は無いのか……」

 

 

 店員もとい家族が増えた事により、自分に仕事が回って来ない。故に家に籠りっ放しのニートくんである。因みに、シグナムは警備の仕事、シャマルは戦争で避難してきた人達を治療している。イヴァはもっぱら戦闘しか引き受けなかった。

 

 

「イヴァ、手伝いますよ」

 

「お、悪いなヤミっち」

 

 

 そしてヤミっちもちゃんと役割がある。この家の家政婦さんである。まだ子供であるファンには限度というものがる。それを補う為にヤミっちがしっかりしている。

 

 

「しっかし、古くなってきたなぁ……」

 

「ここは貴方の曽祖父から続いているのですよね?」

 

「ああ。ここで爺さんが産まれて、母さんが産まれて、俺が産まれた。そして今はお前達がやって来た。これからもずっとこの家を守っていくさ」

 

 

 屋根の修理をしながらイヴァは昔を思い出す。昔はもっと綺麗で、埃一つ無かった。母も父もいたが、今はもういない。

 

 

「では……貴方の娘であるファンも何時かはこの家を守って行くのですね」

 

「そうなるな。……妻もいないのに娘ってなぁ……」

 

「……やはり、欲しいのですか?」

 

「そら欲しい……が、もう良いさ」

 

「何故ですか?」

 

 

 イヴァは屋根から降りてヤミっちを見た。

 

 

「だって、もし俺が女なんか連れてきたら、お前嫉妬するだろ」

 

「なっ、しません!」

 

「どうかな〜? 確か俺が街で女性相手に話ししてたらお前ムスってしてたじゃん」

 

「気のせいです!」

 

 

 ヤミっちは顔を紅くしてイヴァに反論した。しかしイヴァはその姿を見て笑っているだけだった。ファンも外に居る二人を窓から見ていて、笑顔を浮かべていた。

 

 ファンは願った。

 

 この幸せが何時までも続いて欲しい。何時までも何時までも笑顔で溢れていて欲しい。家族みんなで生きていきたい。

 

 そう願った。

 

 だけど、神の悪戯か、運命か、それは叶わぬ願いとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファンが倒れた。

 

 しかも足が動かなくなった。 徐々に身体が弱っていっている。

 

 原因は分かっている。闇の書だ。闇の書がファンから足りない魔力を吸収しているのだ。このままではファンは死んでしまう。なら闇の書を完成させなければならない。

 だが完成させれば世界が滅んでしまう。

 ならば、その暴走を自分が、父である自分が止めてみせる。

 イヴァはそう決心し、家族は動いた。

 幸い、今は戦乱の世。リンカーコアには困らない。戦場に赴き、片っ端からリンカーコアを蒐集していった。が、まだまだ闇の書は完成しなかった。

 

 

「ファン……」

 

「お…とうさん……」

 

「何か欲しい物はあるか?」

 

「ううん……何もいらない……」

 

「……もう少しで治るからな? 頑張れ」

 

「うん……でも……」

 

「うん?」

 

「傍に……いて欲しいな……」

 

 

 ファンはイヴァのコートの裾を掴んだ。イヴァは拳を握り、ベッドの隣に座った。

 

 

「ああ、いるから。安心して寝てくれ」

 

「うん………」

 

 

 イヴァはファンが眠りに着くまでファンの手を握りしめた。やがてファンが眠ると、そっと手を離し、外に出た。

 

 

「……助けてやる……絶対に……!」

 

 

 イヴァはその場から消えた。戦場に赴き、蒐集を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒐集を始めてから数週間。今日はイヴァだけで蒐集をしている。他の皆はファンと共にいる。

 イヴァは今日の蒐集を終え、皆が待っている家に帰った。

 

 家に帰ると、イヴァは異変を感じた。結界が張られている。しかも魔力を遮断する珍しい物だった。

 皆にそんな結界は張れない。なら何者かが張っている。イヴァは急いで結界ぎりぎりまで近付き、魔法で強化した目で窓から家に中を見た。

 なかでは何処かの軍人が数名、ファンを人質に取り守護騎士達を拘束していた。

 

 

「何でファンが人質に!? あいつらの実力ならそんなヘマは……っ!」

 

 

 家の屋根に大きな穴が開いていた。しかもファンの部屋の天井だった。彼ら軍人は誰にも気づかれずに屋根を壊して進入したのだ。そしてファンを確保し、守護騎士達を拘束したのだ。

 

 

「くそっ! 奇襲をかけるか? けど敵の数が分からない! いや、あいつらも馬鹿じゃない、俺が奇襲をかけることだって呼んでいる筈だ!」

 

 

 イヴァは必死に攻略方法を考えた。しかし、時は待ってくれない。軍人のリーダー格の男が何かの指示を出すと、数名の軍人がザフィーラ以外の守護騎士を押し倒し、陵辱を始めだした。

 それを見た瞬間、イヴァは刀を抜き取り、消えた。そして現れたのは軍人達の目の前。イヴァは一瞬で室内にいる敵の居場所と数を把握し、黒い魔力剣を射出。そして刀を振るい、リーダー格の男を———

 

 

「待っていたよ、傭兵君」

 

 

 切り伏せる前にバインドで身体を拘束された。射出した剣も、ほんの数名は命中したが、残りは避けられていた。

 

 

「いやいや、君が単純な男で良かったよ。君のおもちゃを取り上げようとしたら、君は一直線に飛んでくるだろうと思ってね」

 

「おもちゃ……だとぉ……!」

 

「ああ。もっとも、私達は兵器、道具として扱うがね。こんなものに意思など不要」

 

 

 軍人がヤミっちを蹴り飛ばした。反攻したいが、ファンを人質に取られていて何も出来ない。

 

 

「てめぇ……俺の家族に手を出してんじゃねえ……!」

 

 

 イヴァは黒い魔力を溢れ出させながらバインドを引き千切ろうとした。が、杖で殴られて途中で止めてしまう。

 

 

「家族か……。君は変な趣味を持っているな。ただの道具を家族にするとは」

 

「テメェのような屑で世界の汚物には理解できねえんだよ! 能無し!」

 

「っ……これだからゴミは困る。おい、さっさとこれらを運び出せ。それとこの男は殺せ」

 

 

 軍人たちはファンを連れて行こうとした。イヴァはどうするか考えた。このままではまたファン達は道具のような人生を歩まされる。生きている事なんて感じさせないような最悪な人生を。

 その時、イヴァは頭に何かが引っ掛かった。奴らはなぜファンたちを狙う? 闇の書が欲しいのならそれだけを奪えばいい話だ。だが闇の書は闇の書が決めた人間でないと扱えない。そして選ばれた人間はファンだ。ならファンをどうにかすれば……。

 

 イヴァは連れ去られていくファンの顔を見た。今にも死にそうで、苦しがって、苦痛に耐えている表情だった。

 次に守護騎士達を見た。皆は屈辱と悔しさ、絶望が支配している表情だった。

 

 

「………」

 

 

 イヴァは決めた。これから行う事は自己満足の中の自己満足。勝手に自分で決め付けた、自分だけの為の解決策。それは———

 

 

「皆……ごめん」

 

「なっ、何をしている!?」

 

 

 それは———ファンを……家族を殺す事だった。

 

 

 イヴァはバインドを強引に引き千切り、近くにいたシャマルの身体を斬った。

 

 

「———っ!」

 

 

 驚いて誰も動いていない隙にザフィーラを斬り殺した。痛みを感じないように素早く、綺麗に殺した。

 ヴィータも、痛みを感じる暇を与えないで斬り殺した。

 

 イヴァの顔は歪んで、涙でいっぱいだった。

 

 正気に戻った軍人たちは一斉にイヴァを殺しに掛かるが、イヴァは気にも留めず、シグナムを斬り殺した。その時、シグナムと目が合い、シグナムは覚悟した表情だった。

 

 

「————っっ!!」

 

 

 それが余計にイヴァに苦痛を与えた。だがまだ終わっていない。残りは愛する娘と、恐らく心から愛する女性がいる。

 

 軍人が放つ魔力弾がイヴァの身体に命中する。血が噴出し、臓器を破壊していく。だが止まらない、止められない。

 イヴァは唇を噛み締め、ヤミっちを…闇の書を斬った。そしてファンを―――斬った―――。

 

 

「————ぁぁぁぁぁああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 

 そしてイヴァも、叫び声をあげ、弾丸に貫かれながら倒れた。しかしその時にイヴァは魔力剣を四方八方に連続掃射し、それに巻き込まれた全ての軍人の命も消えた。

 

 イヴァは薄れゆく意識の中、自分が殺した家族を見た。

 

 

「……シグナム……」

 

 

 何時も強く気高い、剣のような意志を持っていた騎士。

 

 

「ヴィータ……」

 

 

 子供扱いすると怒り、けれど子供のようにはしゃぎ回る騎士。

 

 

「シャマル……」

 

 

 家事が破壊的で、何時も健気に皆を気遣っていた騎士。

 

 

「ザフィーラ……」

 

 

 一見怖そうだが、子供にはとても優しく、男二人で何時も話してた騎士。

 

 

「ファン……ヤミっ…ち……」

 

 

 娘として愛してきた優しい少女と、多分初恋だった相手の、闇の書の管制人格。

 

 全員、自分が殺した。自己満足な助け方で殺した。愛する家族を全員殺した。

 そして自分ももうすぐ死ぬ。騎士達とは同じところへはいけない。騎士達は闇の書と共にまた違う場所へと消える。

 けど、ファンと同じところへもいけない。一人孤独に、永遠の闇へといく。

 

 

「ファン………向こうに行っても………かぞく…………つく……れ…………よ…………」

 

 

 イヴァも眠る。後悔と絶望を胸に、闇へと堕ちる。

 

 イヴァシリア・ムトス・エラフィクス。享年25歳。

 ファン・エラフィクス。享年13歳。

 

 闇の書は新たな主を見つけ出し、また破壊の限りを尽くす。

 

 嘗て家族がいた事を忘れて、破壊を続ける。

 

 

 

 



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第一章第二話



 三発目です。


 

 

 

 ミッドチルダのクラガナンのひっそりとした、誰もいない暗い場所。その場所に、お世辞にも綺麗とは言えないおんぼろのレンガ造りの建物がある。

 看板が一応立てられてはいるが、ボロボロでじっくり見ないと読めないほどだ。

 

 

 ジリリリリリ……!

 

 

 その建物の部屋のデスクの上にある電話が鳴る。やがて部屋の奥からぼさぼさの黒髪の男がダルそうに出てきた。男は椅子に座り電話を取る。

 

 

「はいはい、『何でも屋エリス』でございます。ご用件は何でございましょうか」

 

 

 男は驚くほど棒読みで決まり台詞を口にした。

 

 何でも屋エリス…それが男の職業である。

 

 

「……あ? 迷子の子猫? 写真ある? 結構、そっちに行くから住所を。……あいよ、五分で向かう」

 

 

 電話を切り、男は自分のトレードマークである黒のロングコートを着て外に出た。その際、扉を強く閉めすぎたのか、変な音を立てて取れた。

 

 

「あー……また直さないとな」

 

 

 扉を立て掛けて空を見上げる。

 

 

「……今日も良い天気だ」

 

 

 男はそう呟き、その場から消えた。

 

 

 

 

 「ねーこさん、ねーこさん、どっこにっいる?」

 

 

 男は即興で歌を作りながら街を練り歩く。

 

 

「にゃーお、にゃーお、にゃー……お?」

 

 

 やがて男は木の上に首輪をつけた白と黒の毛を持った猫を見つける。持っている写真と照らし合わせて、右足に同じ模様が付いているのを確認した。

 

 

「見っけー! さぁ……大人しくしんしゃい!」

 

 

 男は地面を蹴り、猫がいる木まで近付いた。

 

 

「昇竜拳!」

 

 

 錐揉みしながらジャンプし、猫を捕まえた。

 

 

「はっはっはー! 観念———」

 

「フシャァァァァ!」

 

「いてっ!? いてててててっ!!」

 

 

 猫は男の顔面を爪で何度も引っ掻いた。それはもう何度も何度も。

 

 

「痛いって! ああもうっ! 大人しくしやがれってんだあああっ!!!」

 

 

 男は気迫で猫を黙らせた。猫はプルプルと震えだし、男の腕の中で丸まる。

 

 

「よしよし。こっちも仕事なんだ、我慢してくれ」

 

 

 猫を頭の上に乗せ、依頼主の家に向かう。

 

 

「お前だって外の空気吸いたいよなー?」

 

「……にゃー」

 

「だよなー。自由ってモンが欲しいよなー?」

 

「にゃー……」

 

「定期的に外に行くべきだよなー?」

 

「にゃー!」

 

 

 あら不思議、もう男は猫と意気投合していた。そのまま色々と会話しながら、依頼主の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「らっしゃーい!」

 

 

 仕事を終えた男はミッドにはもの凄く珍しい存在の屋台へと来ていた。

 

 

「おっちゃん、熱燗くれ。あと大根と竹輪と玉子」

 

「あいよ」

 

 

 出された酒を飲み、今日の収穫を確認する。

 

 

「お? 今日はたくさんあるね〜?」

 

「今日は五件も仕事が入ったからな。今日は飲み明かす!」

 

「そりゃありがてぇ。だがそんな事ばっかしてっから一向に金が貯まらねぇんじゃねぇの?」

 

「うっせ。俺は一日一日を凌げれば十分だ。それに……」

 

「それに?」

 

「いつか俺を養ってくれる女が現れるって」

 

「はいはい、もっと前を向きな。はい、こんにゃくサービス」

 

「ラッキー!」

 

 

 男と店主は他愛無い会話をしながら夜を過ごしていった。

 すると、男の隣に一人の女性が座った。

 

 

「らっしゃい!」

 

「私も彼と同じのをくれる?」

 

「げっ……」

 

「あいよ」

 

 

 男はあからさまに嫌な顔をして女性を見た。緑の長い髪をポニーテールにし、彼以外が見れば嫌な顔などせずに鼻の下を伸ばしてしまうほどの美女だった。

 

 

「お久しぶりね、ファン」

 

「……リンディ」

 

 

 男———ファン・フィクスは目の前の女性———リンディ・ハラオウンに舌打ちをして酒を飲んだ。

 

 

「何度も電話したのに、貴方私だけ着信拒否してるでしょう?」

 

「悪いか? 友人の女を取りたくないんでね。美人な大人の女は大好きだからな」

 

「その割には、とても嫌な顔をするのね?」

 

「嫌だからな。おっちゃん、酒」

 

「あいよ」

 

 

 ファンは若干不機嫌になり、酒をグビっと飲んだ。リンディは苦笑して出されたお酒を飲んだ。

 

 

「で? 何の用なんだ?」

 

「あら? 友人に会いに来るのに理由がいるのかしら?」

 

「嘘吐け。大体、お前は時空管理局提督で巡行艦『アースラ』の艦長様だ。ただ会いに来る為だけに場を離れないだろ」

 

 

 どうやらリンディは管理局という組織のお偉いさんの様である。しかし、その人を前にしてファンの態度はどうかと思う。

 

 

「当たり。実は協力して欲しい事が———」

 

「断る」

 

「どうして?」

 

「どうして? お前が絡むと碌な事が無い。何時だったか? お前に頼まれて向かった世界の先には千を越える大犯罪者の集団、更に違う件では凶暴な生物が数百、その全てがなかなかどうしてかタフ。また違う件では原住民族に襲われる、はたまた別ではいきなり女性しか居ない所に放り投げられて痴漢と勘違いされる、かと思ったら今度はイケナイ男性しか居ない所に放り投げられて危うく掘られそうになる。まだまだあるぞ? 聞くか?」

 

「あ、玉子も貰えるかしら?」

 

「あいよ」

 

「聞けやおい!」

 

 

 リンディはファンの訴えを一言も聞いていなかった。よく見るとリンディは結構な量を食べ進んでいた。

 

 

「聞いてるわよ。でも、それでもずっと助けてくれたわよね?」

 

「クライドに貸しがあったからやったまでだ。それが今はもう無い。よって協力しない」

 

「どうしても?」

 

「大体な、アレ全部タダ働きだったんだぞ? いくら俺が戦い好きだって言ってもそりゃねえぜ」

 

「それじゃあ、客としてお願いするわ」

 

「お引取り願います」

 

 

 綺麗サッパリと断った。考える素振りも見せず即答で断った。リンディはちょーと眉をピクリと動かして良い笑顔を浮かべた。

 

 

「どうしてか、教えてくれる?」

 

「メンド———嘘です、だから俺の酒を奪うな!」

 

 

 ファンはリンディから酒を死守し、リンディを睨んだ。リンディは臆することなく話を進めた。

 

 

「それじゃあ、頼まれてくれるかしら? “悪魔さん”」

 

「……高くつくぞ?」

 

 

 悪魔と呼ばれた瞬間、ファンは雰囲気を変えた。

 

 

「大丈夫。ちゃんと現金で即払いよ」

 

「……内容は?」

 

「今、第97管理外世界で事件が起こってるのよ」

 

「……地球か?」

 

「ええ。知ってるかしら? ジュエルシードというロストロギアを」

 

「持ち主の願望を叶えてしまうという事しか……まさか地球にあって、それを狙う奴がいるのか?」

 

「話が早くて助かるわ。そう、ある一人の魔導師が地球でジュエルシードの回収を行ってるの。そして此方にも地球で見つかった魔導師に民間協力者として二名いるの」

 

「……地球で? それはまた、珍しい」

 

 

 ファンは口の端を吊り上げた。彼の中ではその二名との戦闘を思い浮かべているようだ。

 元々、地球では魔力を持つ者がいない。それどころか、魔法文化というものがない。あったとしてもお伽話程度だ。なのに、そこで見つかった。

 

 

「言っておくけど、どちらも九歳の子供よ。狙ってる魔導師も」

 

「……じゃあ俺に何をしろというんだ」

 

 

 流石に子供とは戦えないのか、ファンは落胆した様子で仕事の内容を聞いた。

 

 

「実はね、その民間協力者の一人がどうも危なっかしいの」

 

「どういう風に?」

 

「有体に言えば、力だけを暴れさす馬鹿よ。それに、自己中心的な考えを持ってるの」

 

「それは気に入らないな」

 

「貴方ならそういうと思ったわ。だから依頼する内容は二つ。その子を教育するのと、その子の監視。貴方なら出来るでしょう?」

 

「それ程なのか? その餓鬼は」

 

 

 ファンは少し驚いている。彼は驕っているわけではないが、本気を出せば世界の一つや二つ、破壊させる事が出来ると自負している。それ程の実力を持つ彼に、まだ幼い子供の教育と監視を頼むのだ。

 

 

「ええ。純粋な力だけなら、貴方の一歩、いえ二歩下かしら?」

 

「……分かった。だが子供同士の喧嘩に俺は介入しないからな。精々アースラから見るだけだな」

 

「結構よ。じゃあ、契約成立の証として……」

 

「お? 驕ってくれんのか?」

 

「驕ってくれる?」

 

「いやお前が驕れよ、そこは!」

 

 

 結局、ファンの驕りで乾杯をする事になってしまった。それからはリンディの息子のクロノ・ハラオウンが迎えに来るまで飲み続けた。

 

 因みに、屋台のおっちゃんはその筋に深く関わっている人間なので、聞いていても問題は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなりで悪いが、彼らは所謂転生者である。前世で死に、前世の記憶を持ちながら、この世界に新たな命として生まれて来た。

 しかも、特殊能力を神から授かり、今生を生きている。

 

 ある者はこの世界の物語に介入したり、ただ傍観しているだけだったり、私利私欲のまま生きたり、力を隠して一般市民として生きたり、様々な生き方をしている。

 

 その中の一人、白髪紅目の一人の少年、黒島蓮夜(くろじまれんや)がいた。彼はこの世界に転生し、彼の世界で物語だったこの世界での主要人物、高町なのはと隣同士となった。この少年と少女の両親も友人同士で、産まれた時から交流があり、自然と幼馴染となっていった。

 そして蓮夜は次第にある考えを持ってしまった。自分には誰にも負けない最強の力がある。そして自分は主要人物と幼馴染という立場にある。だからこの世界は自分の為に存在する世界だと。そう思い込んでしまった。

 そして彼の他にもまた転生者は数多く存在する。その転生者も物語に関わりたいが為に、主要人物に近付いたり、その近くに居る同じ転生者を邪魔者扱いし、能力で捩じ伏せたりした。

 が、蓮夜には敵わなかった。蓮夜は全てのベクトルを操作する力と膨大な魔力、更には異常な身体能力を持っているが為に、最強だった。それが蓮夜の考えを肯定しているかのようだった。

 

そして、蓮夜は高町なのはとなのはが魔法を知るきっかけとなった人物、金髪で碧の瞳をした少年、ユーノ・スクライアと共にロストロギアの捜索と回収を管理局に民間協力者として行動している。これも、蓮夜のいる世界での物語の一部に過ぎなかったのである。

 

 ある日、なのはと蓮夜とユーノはリンディに会議室に集まって欲しいと言われ、その場に向かっていた。

 

 

「大切なお話って何だろう?」

 

「ジェルシードの事かな? 何か問題が見つかったとか?」

 

「俺達の管理局への勧誘じゃね? ほれ、俺達もの凄く活躍してっから」

 

「そんな、まさか。いくらなんでもそんな事しないよ」

 

「けっ……」

 

 

―――俺に意見出すなっつうの。てめぇは俺を引き立てるただのモブキャラなんだよ。

 

 

 三人は会議室に到着し、中へと入った。中にはリンディとクロノ、その隣に見知らぬ黒いコート着た男がいた。

 

 

―――誰だ、こいつ。原作にはいなかった……という事はこいつも転生者? まさか原作よりも何十年も前に転生してるとはな。大人組み狙いか?

 

 

 蓮夜は男の正体を推測した。自分の邪魔をしないのならどうでも良いが、もし邪魔をするのなら排除するつもりだ。

 

 

「来たわね。あなた達に紹介したい人がいるの。とりあえず座って」

 

 

 リンディの言われるとおり三人は席に座った。

 

 

「紹介するわね。此方は私の友人のファン・フィクス。管理局ではないけれど、私から直々に協力を依頼したの」

 

 

―――管理局じゃない……これはもう確定だな。絶対転生者だ。

 

 

 蓮夜はありったけの敵意をファンに向けるが、ファンは気づいていないのか、ちっとも反応しない。

 

 

―――けっ、俺の殺気に気づかないなんて、下っ端だな。

 

 

 蓮夜はファンを見下した。自分の壁にもならない存在として見た。

 

 

―――……さっきから目障りだな、あの小僧。自分が上だと勘違いしてやがる。

 

 

 だが実際は違った。ファンは最初から気が付いており、煙たく思っていた。

 

 

「彼は本日付けで黒島蓮夜君の専属教導官となってもらいます」

 

「はあっ!?」

 

 

 蓮夜は驚いた。最強である自分が教導される。何故自分が? あり得ない、冗談だ。そう思わざるを得なかった。

 

 

「何でだよ!? 俺の活躍見てたろ!? 今更教えてもらう事なんかねえよ!」

 

「今だからこそ教えるのよ。力の使い方というものを」

 

「はあ!? 意味わかんねえよ!」

 

「ごちゃごちゃ煩い餓鬼だ。餓鬼が大人に教わるのは当たり前だろ」

 

「アァ!? 雑魚がでかい口叩いてんな!」

 

 

 蓮夜はファンに喰らい付く。まるで自分が最強だと、上だと、主人公だと。

 

 

「あら? 彼は貴方よりも比べ物にならない程に強いわよ」

 

「止せよリンディ、照れるじゃないか。いくら真実だったとしても」

 

「そうね、褒めすぎたかしら。真実だとしても」

 

 

 二人は笑った。まるで蓮夜に見せつけるように。蓮夜はその様子に苛立ち、つい口にしてしまった。

 

 

「なら! 俺がそいつより最強って言う事を見せてやる! そんなおっさんに俺が負けるはずねえからな!」

 

「―――お、おっさ……!」

 

「あら……」

 

 

 おっさん。その単語にファンは目を開き、リンディは言ってしまったと言いたげな表情を浮かべた。

 もはや会話に入れていないなのはとユーノはオロオロとしていた。

 

 

「上等だ……いまからお前を立てない程に痛めつけてやる。安心しろ、子供には優しくっていうのが俺の信条だ。優しく痛めつけてやる」

 

 

ファンは不敵に笑いながら蓮夜を見下ろした。それが気に食わなかった蓮夜は、今にも殴りかかりそうだった

 

 

 

 



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第一章第二話


 今回ラストです。
 この頃のファンさんは、ずいぶんと大人気ないです。


 

 

 

 アースラの訓練場にファンと蓮夜はいる。ファンは手に黒い鞘に収まった刀を持っており、蓮夜は刀身が紅い二本の剣を持っている。

 

 

「それがお前のデバイスか?」

 

「ああ! アームドデバイスの『紅蓮』だ! ってかテメェ、それどう見たって質量兵器だろ!」

 

「ほう? 良く知ってるな。誰に聞いた?」

 

「誰でも良いだろう!」

 

「そうか。確かに、これは質量兵器だ。だが……俺の場合少々特殊でな。特例として許可を貰ってるんだよ」

 

 

 

―――特例だぁ!? ますます臭いやがる! だが、俺がこの世界の主人公なんだ! モブは黙ってくたばってろ!

 

 

 蓮夜はニヤリと笑い、紅蓮を構えた。

 

 

「行くぜぇ!」

 

 

 蓮夜はベクトルを操作し、高速でファンに近付いた。蓮夜は右手の剣を振り下ろした。ファンは咄嗟に鞘で受け止めた。

 

 

「腹ががら空きだぁ!」

 

「っ!」

 

 

 左足でファンの腹を蹴り飛ばした。ベクトルの操作で威力を増大させているから、まともに喰らったファンは天井に叩きつけられた。

 

 

「火炎斬波!」

 

 

 紅蓮から飛ばされた炎の斬撃が、ファンの身体を斬り付けた。

 

 

「まだまだぁ! 俺の力はこんなもんじゃねぇぞぉ!」

 

 

 飛び上がり、ファンを殴りつけて天井に減り込ます。そして顔面を掴み、床に叩き付けた。

 

 

「くたばっちまいな! 火炎斬波!」

 

 

 剣を交差させて飛ばされた炎の斬撃が、叩きつけられたファンに命中し、爆発を起こす。辺りは爆煙に包まれた。

 

 

「けっ、ぜんっぜん大した事ねぇじゃねぇか! 何が痛めつけてやるだよ。逆に痛めつけられてんじゃねぇか!」

 

 

 蓮夜は大笑いして自分の存在をますます確信してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、えげつないな……」

 

「うん……」

 

 

 模擬戦の様子を見ていたユーノとなのはが顔を顰めた。

 

 

「何時見ても強引な戦い方だな。ただ力をぶつけてるだけだ」

 

「そうね。でも力比べだけなら凄いのよね〜」

 

 

 クロノとリンディも蓮夜の戦闘の仕方に呆れる。

 

 

「あの人、何も出来なかったね……」

 

「あら? なのはさん、彼はまだ始めてすらいないわよ?」

 

「ふぇ? だけど蓮夜くんに……」

 

「あれはただ黒島の力がどんなのか確認しただけだ。まったく、いくら身体が丈夫だからって、実際に受けなくても良いのに……」

 

 

 なのははクロノの言っている事が分からなかった。ファンは完璧に蓮夜に沈められた。壁をも貫く蹴りと拳を受けて、更には斬られたのだ。これで何とも無い人なんていない。

 だけど、その幻想は打ち消された。再び蓮夜とファンに視線を戻してみると、ファンが肩をトントンと叩きながら平然と立っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜……どうやら特殊能力みたいなのがあるようだな」

 

「ば、バカな……!? 何で立ってられるんだ!?」

 

「まあ、体質だからな。で、だ……お前はその歳で桁違いな魔力と、たぶん身体強化みたいなのをしてるんだろ」

 

「はっ、態々答えるかよ!」

 

 

―――一体どんな手品を使ったのかは分からないが、どうやらベクトル操作の事は分かっていないみたいだな。

 

 

 ファンは首を解すと、蓮夜を睨みつけた。

 

 

「じゃあ……説教の時間だ」

 

 

 そう言った瞬間、蓮夜の周りに紫色の魔力で出来た剣が出現した。

 

 

「大丈夫だ。ただ刺さるだけだから」

 

 

 とてもいい笑顔でそう告げ、指を鳴らした。すると剣が一斉に射出され、蓮夜を襲った。

 だが、蓮夜に剣が触れた瞬間、剣が全て砕け散った。

 

 

「ん?」

 

「馬鹿が! んなモン効くかよ!」

 

 

 蓮夜は地面のベクトル操作をしてファンに迫り、右手を伸ばす。ファンはその手を掴もうとしたが、腕に触れた瞬間、ファンの手が弾かれた。

 

 

「ほう?」

 

「くたばれぇ!」

 

 

 ファンは伸びてきた手を避け、蓮夜の腹に拳を叩き込むが、拳も腹に触れた瞬間弾かれた。

 

 

「ふむ……」

 

 

 ファンは一旦離れ、顎に手を当てた。

 

 

「なるほど……反射か? 綺麗に俺の拳が反対方向に弾かれたな……」

 

「さあな! 仮にそうだとしてもどうする事もできねぇだろ!」

 

 

―――何でだ? 弾かれたら骨ぐらい折れるはずだぞ!?

 

 

 蓮夜は再び突撃した。今度は斬撃を飛ばしながらファンの逃げ道を無くして。

 

 

「これで終わりだぁ!」

 

「ああ―――そして説教タイムだ」

 

 

 蓮夜の手がファンに触れる前に、ファンの拳が蓮夜の顔面に叩きこまれた。しかし今度は弾かれず、しっかりと顔面に減り込んだ。

 

 

「がぶらぁっ!!?」

 

 

 蓮夜は吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

 

―――な、何だ……? 何で反射しなかったんだ? 木原真拳? まさか、あり得ない!

 

 

「さて、先ずは何から説教しようか……」

 

 

―――そうだ。無意識の内に反射のスイッチを切ってたんだ! きっとそうだ! 今度はしっかりと入れて……。

 

 

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

 

「先ずはその口調だ。目上の者には敬語を使え、馬鹿者」

 

 

 バキっ言う音を立ててファンの拳が蓮夜の顔面に叩きつけられた。蓮夜は地面に叩きつけられ、頭を踏まれた。

 

 

「一体どういう教育をされてきたのか。今ここできっちりと教育しなおしてやる」

 

 

―――な、何で!? ちゃんとスイッチは入れてた! なのにどうして効かないんだ!?

 

 

「どうやらお前は普通の子共ではないようだからな。大人の対応でいかせてもらう」

 

「ぐッ……!」

 

「ほら、先ずはタメ口でごめんなさいだ」

 

「がっ!」

 

 

 ファンは蓮夜の頭を蹴り、強引に立たす。

 

 

「ほら、リピートアフターミー?」

 

「ざ…ざっけんな!」

 

「……マイナス一点だ、餓鬼」

 

 

 蓮夜を上に放り投げ、落ちてきたところに刀を立てる。すると柄頭に蓮夜の腹が減り込んだ。

 

 

「ゴフッ―――!?」

 

「マイナスされていく度に暴力一つな。ほら、おっさんと言ってすみませんでした、お兄さん。言ってみ?」

 

「くっ………死んどけ、おっさん」

 

 

 蓮夜はファンの首を掴んだ。ファンの血液のベクトルを操作して逆流させるつもりなのだ。だが、蓮夜の能力は発動しなかった。

 

 

 

「え……?」

 

「マイナス二点」

 

「がはっ!」

 

 

 鞘に収まったままの刀で蓮夜の肩と腹を殴り、足を払う。ファンは刀を杖代わりにして体重をかけた。

 

 

「この様子じゃあ、暫くは医務室の常連さんになっちまうな」

 

 

 ファンはスッキリしたような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ……蓮夜が可愛そうに思えてきた」

 

「私も……。ねぇ、クロノくん。あれって流石にやりすぎなんじゃないの?」

 

「う……艦長……」

 

 

 クロノも流石にアレはやりすぎに思えたのか、艦長に指示を仰いだ。リンディは少し考え、手を打った。

 

 

「そうね……見てるこっちが嫌だわ。ちょっと緩めて貰いましょうか」

 

『止めさすんじゃないんだ……』

 

 

 リンディの決定に、なのはとユーノは蓮夜に合掌した。汝に幸あれと。あれ? 違う?

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファン、見てるこっちが嫌だから、もうちょっと緩めて貰える?』

 

『えー、せっかくストレス発散の相手を見つけたのによー』

 

 

 リンディからの念話に、ファンは嫌そうに言った。

 

 

『ストレスが溜まるほど仕事して無いでしょ』

 

『だからこそ溜まるんですー』

 

『それ以上やったら、児童虐待で訴えられちゃうわよ?』

 

『……アイアイサー。りょうかーい』

 

「チッ……」

 

 

 ファンは舌打ちをしてのた打ち回る連夜を見下ろした。

 

 

「リンディ艦長からのお優しい、それはもうお優しい、悪く言うと甘っちょろい判断により、少々緩めで説教してやる事になった。とりあえず、今日はおっさんだけは撤回しろ。俺は二十五だ」

 

「チクショウ……一体何をしたんだよ……!?」

 

「何って……ただ殴って蹴って突いての繰り返しだけど?」

 

「ざけんな! 俺は全てのベクトルを操作してんだ! 反射もオプションにしてんだ! なのに何も働かない! 何をしやがった!?」

 

「へー。お前面白い能力持ってんだな。でも残念、俺には意味を成さない」

 

 

 刀で肩を叩きながら蓮夜に近付く。連夜は恨めしそうにファンを睨むが、ファンは見下すように笑った。

 

 

「俺の力を知りたきゃ、ちゃんと教養を積む事だ、餓鬼」

 

 

 その後も模擬戦は続けられ、結局蓮夜は一方的に足を払われてこかされ続けた。

 ファンはストレスが発散されたのか、とても良い笑顔だった。

 ただ、いくらキレてたとは言え、子供相手にやりすぎたと、後に死ぬほど後悔した。

 実際は、中身はもう大人なので問題は無いのだが、そんなことはファンは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラの食堂で、ファン、リンディ、クロノ、なのは、ユーノの四人で食事を取っていた。

 

 

「まったく、やりすぎですよファンさん」

 

「まだ言うかクロノ。確かに三割方ストレスの発散目的でやったが、アイツは俺にとって禁句の一つを口にしたんだ。なら身体で分からすしかないだろ。それにアイツ見たいな奴は少々痛めつけても何とも無い。」

 

「ですが、限度と言うものがありますよ」

 

「分かってるさ。……やりすぎた」

 

 

 蓮夜は医務室のベッドの上でぐっすりと眠っている。全身包帯だらけで。

 

 

「あの、フィクスさん」

 

「ん? 俺の事はファンお兄さんと呼びなさい、高町」

 

「あ、じゃあ私もなのはでいいですよ。それで、ファンさんは普段は何をしてる人なんですか?」

 

「何でも屋エリス。迷子の猫探しから必殺仕事人モドキまで何でもお任せあれ。初めての方には無料で提供させていただきます。はいこれ名刺」

 

 

 と、ファンはなのはとユーノに名刺を渡した。名刺には『何でも屋エリス』店長、ファン・フィクスと書かれている。

 

 

「あら珍しい。貴方名刺なんて持ってたかしら?」

 

「害の無さそうな人にしか渡さないの」

 

「ということは私は害がありそうなのね?」

 

「当たり前だろう。自分を何だと思ってるんだ?」

 

「……クロノ〜、私ちょっとファンとお話があるから、席を外すわね」

 

 

 ガシっとファンの後襟を掴み、もの凄く黒い笑みを浮かべながら食堂から出ていった。その間、ファンは引き摺られながらクロノに助けを求めていた。

 

 

「……仲……良いんだね?」

 

「そう……だな。良いんだろうな」

 

「良い……のかな?」

 

 

 なのはとクロノとユーノは強引にそう思い込み、食事をつづけた。

 

 

 数十分後、とてもスッキリした表情で人型のボロ雑巾を持ってきたリンディであった。

 

 

 

 



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第一章第三話

三話目ですよ~!
もう既にお気に入り登録がッ!?





 

 

 

 ファンがアースラにやって来て数日。今日もまたファンは蓮夜を調教ならぬ教育していた。

 

 

「オラァ!」

 

「てい」

 

「ぐあっ!」

 

 

 殴りかかってきた蓮夜の拳をかわし、デコピンを喰らわせて後ろに吹き飛ばした。

 

 

「ち…くしょう……! 何で俺がこうも……!」

 

「はい、もう一度。お兄さんと言いなさい」

 

「けっ、おっさん!」

 

「………リンディ、抜いて良いかな?」

 

 

 ファンはモニターで見ているであろうリンディに笑顔を向けて刀の柄に手をかけた。

 

 

『駄目よ♪』

 

「チッ……」

 

 

 リンディの楽しそうな拒否に舌打ちをして蓮夜を見た。

 

 

「なーんでこんなに性格が悪いのかね。よっぽど親の教育が悪かったのか?」

 

「っ……アンタには関係ないだろ!」

 

 

 ベクトル操作で地を駆け、ファンに紅蓮を振り下ろす。

 ファンはそれをひらりとかわすが、蓮夜はそのまま何度も振り回す。

 

 

「どうした? パパとママの悪口言われて怒ったか?」

 

「うっせぇんだよ! 親なんてクソくらえだ!」

 

 

 紅い魔力が蓮夜の身体に纏わり、紅蓮から魔力の斬撃を放つ。

 

 

「ほっほー、強引な攻撃だな」

 

 

 しかしその斬撃はファンに触れる前に消える。

 

 

「何でだよ! 何で全部消えちまうんだよ!」

 

「だーかーらー、おっさんを撤回したら教えてやるっつの」

 

「ざっけんな! 誰がテメェに従うか!」

 

 

 蓮夜は牙を剥き出しにしてファンに迫る。

 ファンはそんな蓮夜の様子を見て、少しばかり驚いた。

 

 

―――何だこの怒り……今までのような傲慢じゃない……これは……。

 

 

「消えろぉぉぉぉぉ!!」

 

「っ! 馬鹿が!」

 

 

 蓮夜は床に己の魔力をありったけ込めた拳を叩きつけた。

 その瞬間、アースラに激しい振動が起こりだし、床一面にミッド式の魔法陣が展開された。

 しかし、込められた魔力が大き過ぎたのか、蓮夜には制御仕切れなかった。

 

 

「え―――?」

 

 

 本来ならば術者を中心に己以外の者を攻撃する広域殲滅魔法なのだが、蓮夜が出したソレは制御仕切れず、自分も含めアースラそのものを破壊しようとした。

 

 

「―――引っ込んでろ!」

 

 

 ダンッと、ファンの手が魔法陣に叩きつけられる。やがて振動が収まっていき、魔法陣も消えていった。

 

 

「ふぅー……あぶねーな、ったく……」

 

「え……な……」

 

「おいコラ、訓練も何もしていないお前が、こんな滅茶苦茶な魔法を使ってんじゃない」

 

 

 叩き付けた右手をプラプラと振りながら蓮夜を睨んだ。

 

 

「な、何でだ……? 俺は……オリ主のはず……。だから暴走なんて起こすはずが……」

 

「もしもーし、何をぶつぶつ言ってんだ? 聞いてんのか?」

 

「なのに何で……? まさか、いやそうだ。そうに違いない」

 

「おーい?」

 

 

 蓮夜はファンの言葉が耳に入っていないのか、驚愕に満ちた表情で一人呟いていた。

 

 

「さっきから何を―――」

 

「お前が! お前が俺を嵌めたんだろ!」

 

「あ?」

 

 

 いきなり何を言い出すのか理解できなかったファンは、蓮夜の行動に首を捻った。

 

 

「お前が何か訳の分からない力を使って俺の力を暴走させた! そこでお前が解決してかっこつける! そして俺に恥をかかす! そうなんだろ!」

 

「何言ってんだ? そんな事して何になるってんだよ?」

 

「しらばっくれるな! この卑怯者め!」

 

 

 蓮夜はファンに向かって紅蓮を振り下ろす。

 すると紅い斬撃がファンに向かって襲い掛かった。

 

 

「……何を言っているのか分からんが、お前には先ずじっくりと話し合いをする必要があるな」

 

 

 そう口にした瞬間、ファンは消えた。いや、蓮夜の目の前にいた。

 両者との距離は十メートルほど離れていたはずなのだが、ファンは瞬きが終えるか否やの速度で移動した。

 

 

「なっ―――!」

 

「少し、眠ってろ」

 

「っ―――」

 

 

 ファンが蓮夜の額を小突くと、蓮夜はふっと意識を手放した。

 ファンは倒れこむ蓮夜を抱きかかえ、訓練場を後にする。

 

 

 

 

 アースラの医務室に、蓮夜は寝かされていた。

 傍にはファンが座っている。

 ファンはなのはに頼み、蓮夜の事を聞いた。

 

 曰く、既に両親はいない。事故で亡くなっており、幼い時に高町家に引き取られたらしい。

 

 

―――こりゃあ……傷を抉っちまったかな?

 

 

 知らない事だったとしても死んだ両親を侮辱してしまった事に後悔をし、反省した。

 自分も同じ事を言われれば、深く傷つくのだから。

 

 

「う……」

 

「お? 起きたか?」

 

「……ここは……?」

 

「医務室。……悪かったな、両親を侮辱して」

 

「……はぁ? うっせんだよ……」

 

 

 蓮夜は心底鬱陶しそうにして、顔を背けた。

 ファンはどうしたものかと頭をかく。

 これから色々と話し合いをするのにこんな状況では満足に話ができる訳がない。

 

 

「すまん、この通り」

 

 

 ファンは頭を下げた。

 それを見た連夜は舌打ちをして起き上がった。

 

 

「どうでも良いっつうの。碌な親じゃなかったからな」

 

「……そうか」

 

「誰に聞いたんだよ?」

 

「なのはからだ。事故で亡くなったそうだな」

 

「事故ね……。そういや、なのははそう聞かされていたな」

 

「ん? どういう事だ?」

 

「死んだ原因は事故なんかじゃねぇ。俺が殺した」

 

「……理由を聞いても?」

 

「……ちっ、普通はそんな反応はしないだろうが」

 

 

 蓮夜は頭をかきながら自分の過去話を始めた。

 蓮夜の両親は最初は至って普通の親だった。

 父はサラリーマンで母は専業主婦。

 なのはの両親とも仲が良く、近所からはもの凄く評判の良い仲だ。

 蓮夜が生まれてからも、初めての息子にこれ以上ないくらいに愛情を与えた。

 

 だが、蓮夜が四歳の時に、その幸せの時間は終わりを迎える。

 

 父親の両親が死んでしまった。

 それだけなら悲しいだけで済むのだが、祖父がしていた多額の借金を蓮夜の父親が払う事になってしまったのだ。

 身に覚えの無いことに怒りを覚えたが、どうすることも出来なかった。

 更に不幸な事に、父親が勤めていた会社が倒産した。

 働き口を失った父親は、最初こそは前向きに考えていたが、新しい働き口が見つからず、次第に荒れていった。

 なのはの両親も、喫茶店を経営しているから働かないかと話を持ちかけたが、喫茶店で働いただけで返済できる借金ではなかった。

 父親は酒を浴びるように飲みだして、母親にあたるようになってしまった。

 母親は、必死にパートで働き、蓮夜を育てた。

 父親からの暴力にも耐え抜き、蓮夜を必死に守った。

 だが、それも限界だった。

 母親は衰弱していき、食事も喉を通らない。

 その様子を知ったなのはの両親は母親だけでも守ろうとしたが、すでに遅かった。

 蓮夜の感情が爆発したのだ。父親だからと我慢し、母親の頑張りを無駄にしたくないからと我慢し、前のような家庭に戻って欲しいからと我慢し、遂に崩壊した。

 父親を能力で殴り殺し、死体を弾けさせ、感情任せに暴れまわった。

 その時に、蓮夜を止めに入った母親までも巻き込んでしまったのだ。

 気が付けば両親は弾けとび、自分は血溜まりの中に呆然と座り込んでいた。

 後に異変に気が付いたなのはの両親が駆けつけて蓮夜を保護し、蓮夜を匿った。

 それからは高町家で過ごし、なのはには事故と伝えた。

 

 

「……というのが俺の過去。どうだ? 中々濃い過去だったろ?」

 

「ああ、濃いな。ティッシュの箱、十箱も使い切っちまったぜ」

 

「きったねえな! これ布団じゃなくて使用済みのティッシュかよ!」

 

「鼻水入りだ」

 

「ざっけんなチクショウ!」

 

 

 ファンは眼と鼻から流れ出る水を拭き取り、ティッシュに埋もれた床に投げ捨てる。

 

 

「何なんだよテメェは! 気持ち悪い転生者だな!」

 

「ズズッ……転生者? 何だそれは?」

 

「惚けんな。お前も神に力貰って転生してきたんだろうが!」

 

「………じゃあ、お前はその転生者だとでも言うのか?」

 

「ったりめーだ! 俺こそが真の主人公だ! 誰にも邪魔はさせねぇ!」

 

「………リンディ! 俺やっちまった! 子供に脳の障害を植え付けちまった!」

 

 

 ファンはリンディにもの凄い形相で通信を開き、冷や汗をダラダラと流しながら叫び出した。

 

 

「ちょ、おいテメェ! 何行ってやがる!」

 

「ああどうしよ! こんなことしたら今まで築き上げてきた信用が崩れ去り、依頼が来ない! 即ち仕事無い、金無い、命無い!」

 

 

 うがーっと頭を掻き毟り、これから先の暗い人生を予見した。

 それはもうどえらい絶望的な顔で。

 

 

「このっ、いい加減にしやがれ!」

 

 

 絶望するファンの頭を掴んでベクトル操作で吹き飛ばそうとするが、何も起こらなかった。

 

 

「くそ! だから何で効かねぇんだよ!」

 

「……………ある、一人の男がいました」

 

「あん?」

 

 

 先ほどまで絶望していたファンの様子がガラリと変わった。

 蓮夜の手を離し、静かに語りだした。

 

 

「その男は孤独で、だがそれなりに人生を謳歌していました。ある時、六人の家族が出来ました。それはそれは楽しい時でした。しかし数年後、男は家族を殺しました。何故なら殺さなければ皆には死より残酷な人生が待ち受けているからです。そう、勝手に解釈したのです。そして男も一緒に死にました。けれど、一つの存在に魂を拾われました。その存在は言いました。生きたいかと。男はこう答えました。生きたい。家族と一緒にもっと生きたかったと。だからその存在は男にチャンスを与えました。そして男はそのチャンスに挑みました。それは果てしなく永く、辛い道でした」

 

「………で?」

 

「その男の名は、イヴァシリア・ムトス・エラフィクス。無と孤独を司る、古代ベルカの悪魔。俺は……その力を宿している」

 

「……はあぁ?」

 

 

 蓮夜は可愛そうな人を見るような眼でファンを見た。自分の事は棚に上げて。

 

 

「……何てな。俺はただそれに似たような|稀少技能(レアスキル)を持ってるだけだ。名づけて『ゼロ』。万物を無にする力。だからお前の能力は、全て消してたの」

 

「……|幻想殺し(イマジンブレイカー)かよ」

 

「お? それなんかカッコいいな! 今からでも改名しようかな……」

 

「ちっ……あくまでもシラをきるつもりかよ」

 

「何の事だよ?」

 

「あーあーうっせーな! 寝るからこのティッシュを片付けろ! お前の言うゼロでな!」

 

 

 蓮夜はそういうと布団に包み、眠りについた。ファンは苦笑をしてティッシュを片付けた。 そして医務室から出て行った。

 

 

「……紅蓮」

 

『はい、マスター』

 

「今の話……古代ベルカの悪魔っての、本当か?」

 

 

 蓮夜は紅蓮に聞いた。紅蓮は神に貰ったデバイスであり、この世界の事を全て知っている。 未来の事は分からないが。

 

 

『はい。ミッドチルダでは聖王オリヴィエと同じく崇められている伝説級の悪魔です。彼女と共に乱世を駆け巡ったと、または彼女を導いていたと言われています』

 

「けど悪魔なんだろ?」

 

『はい。自らをそう名乗ったとされています。それと、イヴァシリアに付き従う存在がいたとか』

 

「……それって、魂を拾ったとかいった?」

 

『はい。その存在を人々は魔、死、無、闇と言葉で表していたとされています』

 

「………そんなの、原作じゃあ無かった設定だよな……。何だよ、イレギュラーがあんのかよ、チクショウ」

 

 

 蓮夜はこれから先、原作通りに進むのか不安になった。もしイレギュラーな事ばかり起これば、自分の力でどうにかなるのだろうかと。

 

 

 

 



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第一章第四話

続けていくぞ!!


 

 

 

 アレから数日。

 蓮夜の教育にほんの少しだけ進歩があった。

 ファンの言う事を、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ聞くようになったのだ。

 

 

「いいか? 運動前の準備体操は大切だ」

 

「……ああ」

 

「今まではそれが無かった。だから今日から加えようと思う」

 

「……あっそ」

 

「はい、それじゃ始めるぞー!」

 

 

 ポチっと、ラジカセのスイッチを押すファン。

 カセットの内容は、『これで貴方も逆三角形! 目指せターナネーター!! バリーズブートキャンプ!』という内容だった。

 二人はラジカセの前に立ち指示が出るまで待機する。

 

 

『さあ! 先ずは右脚を首の後ろにかけてぇ!』

 

「初っ端から無理じゃねえか!!」

 

「何を言っている。これは柔軟性を高めるものだ」

 

「筋肉モリモリじゃねえの!? ってか出来てるし!? キモッ!?」

 

「………」

 

「……?」

 

「………戻せない」

 

「もう死ね」

 

 

 蓮夜の協力により、何とか脚を戻せたファンは、もう絶対にしないと言ってラジカセを壊した。

 

 

「さあ、いよいよお待ちかねの……」

 

「うっしゃあ!! 今日こそテメェをぶっ殺す!!」

 

「休憩に入ろうか」

 

「ズボラッ!?」

 

 

 何処からか出してきた卓袱台を出して羊羹とお茶を味わうファン。蓮夜はズッコケて顔面を強打した。

 

 

「ん〜、この羊羹の程よい甘さ、このお茶の苦味とマッチングしてvery good」

 

「このジジイがぁぁああッ!!」

 

「俺はお兄さんだ!!」

 

 

 ファンの拳と蓮夜の拳がぶつかり合う。これが何時もの開始の合図である。

 

 

「お茶と羊羹を満喫して、何がお兄さんだ!!」

 

「今の若い者はこういった日本文化の良さを知らない! だからせめて俺だけでも文化を守ってんだよ!」

 

「謝れ! 若い人たちに謝れ!」

 

 

 孫○空も吃驚するほどのやり取りを演じ、結局ファンが圧勝した。

 

 

「Hoooooooooッ!!」

 

「この……くそがぁ……!!」

 

 

 

 

 アースラの艦長室に、ファンとリンディの姿がいた。

 二人はアースラには不相応な畳の上でお茶を啜っていた。

 

 

「フェイト・テスタロッサね~……。こんな子供が……」

 

 

 ファンの手元の資料には、蓮夜たちと同じ歳ぐらいの金髪の子供の写真。

 

 

「何を目的としてジュエルシードを集めているのかは不明だけど、何かを企んでいるのは間違いなさそうね」

 

「………」

 

「……ファン?」

 

「……あ? 何か言ったか?」

 

「いえ、ただぼうっとしてたみたいだから」

 

 

 ファンはフェイトの写真をずっと見つめていた。

 その様子を見てリンディは何かに気がついたのか手を叩いた。

 

 

「分かったわ! ファンってロリコンだったのね!」

 

「……帰る」

 

「あ〜ん! 冗談よ、冗談! だから帰らないで!」

 

 

 リンディの言葉にカチンと来たのか、今すぐ家に帰ろうとしだす。

 リンディはそれを必死に止めた。

 

 

「で? 何か知ってるのかしら?」

 

「いや? ただ……」

 

「ただ?」

 

「……将来はもの凄く美人になるだろうなって。……手篭めにして養ってもらおうかな?」

 

「そんな事したら現行犯逮捕するわよ?」

 

 

 手錠をチラつかせ、とても良い笑顔を見せるリンディに、底知れぬ恐怖を抱いたファンは嘘だと謝った。

 

 

「それとこっちが使い魔の犬よ。この使い魔がサポートしているみたいなの」

 

「へえー、使い魔ね。ま、何にせよ、俺は関わらないって契約だからな。それに子供と戦うのは好きじゃない」

 

「毎日蓮夜君を苛めてる貴方がそれを言うかしら?」

 

「苛めてるんじゃない。調教してるんだ」

 

「余計性質が悪いことに気が付いて欲しいわ」

 

 

 その後も大福とお茶を味わい、割と暇な時間を過ごした。

 因みに、極度の甘党なのか、リンディはお茶に砂糖を大さじ二杯とミルクをたっぷり入れていた。

 

 勿論、ファンはそれを見て吐き気を覚えた。

 

 

 

 

 そして、また数日が過ぎたある日。事は進んだ。

 海上にて、フェイト・テスタロッサと使い魔の犬が、正確にはフェイトが魔法で強力な電撃流を海に叩きこみ、ジュエルシードを強制的に発動させたのだ。それも五つも。

 

 

「うわちゃー……滅茶苦茶な女の子だな。最近の子は皆あんななのか?」

 

「その発言が既におっさんだぞ」

 

「お兄さん、だ!」

 

「って!? 何しやがる!?」

 

「で? どうすんだ? リンディ?」

 

「無視すんなや!!」

 

 

 文句を言う連夜を無視してファンはリンディに問う。

 それは先ほど駆けつけたなのはも気になっている事だった。

 

 

「勿論、自滅するのを待ちます。自滅しなくても力が弱まったところを叩けばいいだけです」

 

「はん! 誰がテメェの言う事なんかぎゃふぅ!?」

 

「だから、年上には敬意を払えってんだ」

 

 

 クロノの答えに蓮夜が激しく反論したが、ファンが蓮夜の頭を殴りつけて黙らせた。

 

 そうしている間にも、モニターの向こうではフェイトと使い魔が、暴走したジュエルシードによって起こされた竜巻と雷にダメージを与えられていく。

 このままでは本当に自滅しそうなまでだった。

 

 

「私達は、常に最善な選択をしないといけないわ。残酷に見えるかもしれないけど、これが現実」

 

「でも……」

 

 

 なのははそれでも食い下がる。それを見かねたファンは頭をかきながら誰にも聞こえないように溜息を吐いた。

 そして念話で後ろにいるユーノに話しかけた。

 

 

『おーい、君のお姫様がお困りですよー。騎士様は如何するおつもりですかー? ってか男見せろ男を』

 

『え、あ、はい! 勿論です!』

 

 

 その後、ユーノはなのはに念話を繋げたのか、なのはがユーノに振り返った。

 すると転送魔法が発生した。

 

 

「君は!」

 

 

 クロノが気づくが、その時にはなのはは走り出していた。

 そしてなのはが転送魔法の上に到着すると、ユーノは通せんぼのように手を広げた。

 

 

「ごめんなさい。高町なのは、指示を無視して勝手な行動を取ります!」

 

「あの子の結果内へ転送!」

 

 

 ユーノは印を組み、なのはをフェイトのいる場所へと転送させた。

 

 

「……あ、おい! 俺も行かせろ!」

 

「えぇ~……」

 

「アァン!?」

 

「わ、分かったよ! だからその手を引っ込めて!」

 

 

 それからすぐにユーノと蓮夜はなのはがいる場所へと転移していった。

 

 

「……あのガキんちょが。誰がお前まで行って良いと言った」

 

「まったく、仕方の無い子達ねぇ。帰ったらおしおきね」

 

「ひっ…!?」

 

 

 その時のファンとリンディの表情を見たクロノは、この先忘れる事のない恐怖を刻まれたそうな。

 

 

 

 

「三人でせーので一気に封印!」

 

 

 ユーノとフェイトの使い魔のアルフが竜巻を止めている好きに、なのはか空を駆け出した。

 蓮夜も紅蓮を柄頭で連結させ、投擲の構えを取る。

 

 

―――ここで一発カッコいい所を見せなくちゃな。今まであの野朗の所為でそういう場面が無かったからな!

 

 

 内心には不純な動機を秘めて構えているが、それは今はどうだって良い。

 

 

「せーの!」

 

「サンダ―――」

 

「ディバイィィィン―――」

 

「|刺し穿つ(ゲイ)―――」

 

「レイジィィィィイイ!!」

 

「バスタァァァァアア!!」

 

「|死翔の槍(ボルク)!!」

 

 

 落雷とピンクの収束砲、そして紅い閃光が竜巻に直撃する。

 そして激しい衝撃が発生し、ジュエルシードの封印が完了。

 なのはとフェイトの前には、六つのジュエルシードが姿を現した。

 

 

―――よし! 後はここでなのはとフェイトの会話に入れば強い印象を与えられる! それでプレシアの攻撃を防いでやれば完璧!

 

 

 蓮夜はここから先の展開の道筋を立ててなのはとフェイトに近寄ろうとした。

 が、その瞬間、何処からか、蓮夜に向かってどデカイ魔力砲が襲い掛かった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 幸い、反射能力で魔力砲を弾き返し、事無きを得た。

 

 

「何だ!? こんなの原作に―――まさか!?」

 

 

 転生者。その単語が蓮夜の頭に過ぎった。原作ではここでこんな魔力砲は無かった。

 ならば、自分以外の転生者がこの砲撃を放ったに違いない。

 

 

「ンのクソがァ……! 主人公である俺に向かってぇ……!」

 

 

 蓮夜が激怒を現れにしたのと同時に、紫色の雷がフェイトに直撃した。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!!」

 

 

 

 

 時は少し前。ファン達はモニターでジュエルシードの封印を確認した。

 

 

「な、何て出鱈目な……」

 

「……でも凄いわ」

 

「うわー……将来が楽しみだ。腕がなる……」

 

 

 ファンは将来の実力が楽しみになり、成長したなのは達と本気で戦いたいと思った。

 

 と、アースラに緊急警報が鳴り響いた。

 

 

「次元干渉!? 別次元から、本艦及び戦闘空域に向けて魔力攻撃来ます! あ、後六秒!」

 

「なっ!?」

 

 

 管制官のエイミィの知らせに緊張が走る。

 

 

「まずっ……!」

 

 次元の向こうから紫色の雷が見え、咄嗟にファンは『ゼロ』を発動した。

 雷はアースラに直撃した。だが撃沈はされていなかった。

 

 

「くっ! クロノ、行け!」

 

「は、はい!」

 

 

 クロノは戦闘空域に転移し、ジュエルシードの回収へと向かった。

 

 

「逃走するわ! 補足を!」

 

 

 雷に撃たれる最中、リンディが指示を出す。

 だが雷はアースラを撃沈は出来なかったものの、機能を奪っていった。

 だから逃走しだすフェイトとアルフを追う事は出来ない。

 

 

「機能回復まで後二十五秒! 追い切れません!」

 

「……機能回復まで対魔力防御。次弾に備えて」

 

「「はい!」」

 

「それから……なのはさんとユーノ君、蓮夜君とクロノを回収します」

 

「チッ……無くせたのは威力だけか……」

 

「貴方……まさか今のを『ゼロ』で防いだの!?」

 

「ん? そりゃまあ、何か一撃で撃沈できる威力持ってたし、俺もこんな所で死にたくないからな」

 

 

 ファンは肩を回しながら、疲れたのか、リンディが座っている艦長席に肘掛に腰を下ろした。

 

 

「あんな威力の魔法を消して……身体は大丈夫なの?」

 

「大丈夫だって。この力の代償は知ってるだろ?」

 

「……ありがとう。お礼を言うわ」

 

「だったら報酬をうわの――」

 

「今度の休日に貴方の家に行って一日家事をしてあげるわ」

 

「来ないでください!」

 

 

 ファンは土下座してまで断った。

 一体何が彼にあったのだろうか。

 それは二人だけの秘密である。

 

 

 



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第一章第五話



 最近忙しくて眠れない。


 

 

 

 前回の戦闘の直後、なのはと蓮夜とユーノはリンディによるオハナシを与えられた。

 それはもうニッコリとした微笑で暗黒面といい悪魔を降臨させたような恐怖を三人に植え付けた。

 蓮夜に至っては……。

 

 

「何だあの怖さは……!? あんなの知らない……! 知らないぃ!!」

 

 

 といった具合にガクガクブルブルニャーニャーな状態に陥っていた。

 しかし、蓮夜にはまだ恐怖が待ち構えていた。

それは……。

 

 

「さぁ……始めようかぁ……! お仕置きという名の調教を!」

 

「それ意味ほぼ同じぶらぁ!!」

 

「そらそらぁ! 休んでいる暇など無いぞぉ!」

 

「テメェはギルガメでぃしゅぶぅ!!」

 

 

 ファンによるお仕置きが待ち構えていたのだ。

ファンは自身の周囲に展開した黒い魔力剣を、蓮夜に向けて連続掃射をぶちかましていた。 しかも、『ゼロ』を使用してのものであるから、当然、蓮夜の反射は効かない。

 

 

「な、何で俺だけなんだよチクショウが!!」

 

「ある者が言った……可愛いは正義だと!」

 

「お前絶対転生者だろべちゃ!!!」

 

「ほらほら、無駄口叩くから当たるんだよ」

 

 

 このお仕置きは、数時間に渡り続けられた。

 因みになのはとユーノには渾身のデコピンを与え、少なからず、その痛みに恐怖を植えつけた。

 

 

 

 

「でぇ~~……かったる〜い……」

 

「ファンさん……だらしないですよ」

 

 

 アースラの食堂で、ファンとリンディ、クロノとエイミィが食事を取っていた。

 なのは達御一行は、この先大きな動きがあるかもしれないという事で、暫しの休息を与えている。

 よって地球に一時の里帰りをしている。

 

 

「だってよぉ~、俺は本来バンバン戦場に出て、暴れまわって金を貰うのが仕事だぜ? なのにこの艦に閉じ込められて、挙句の果てにはこの命名『緑の悪魔』と終始一緒に居るんでででででででっ!!?」

 

「だ~れが悪魔ですって?」

 

「アンタだよっ! その一見惚れ惚れする笑顔で男共を魅了し、奴隷のように扱う貴女様ではございましぇ~ん!! そこは男として大事な部分ンンンンッ!!」

 

 

 どうやらリンディはファンのある部分を握り潰そうとしている様だ。哀れ、ファン。

 

 

「わお……艦長、過激~」

 

「か、母さん……」

 

「お、お前ら助け―――」

 

「えい♪」

 

「パゥ―――!?!?!?」

 

 

 何かが……潰れてしまったようだ。

 

 

 

 

 ここはリンディの部屋。そこにはリンディとファンが二人でお茶を飲んでいた。

 

 

「それで? 貴方は何か知っているんじゃないの?」

 

「何を?」

 

「今回の主犯、プレシア・テスタロッサの事を」

 

 

 プレシア・テスタロッサ。リンディ達と同じミッドの出身者で、元研究員。

 彼女自身が研究開発していた次元航行エネルギー駆動炉、『ヒュードラ』の使用の際、違法な材料を持って実験を行い、失敗。

 結果的に中規模次元震を起こしたことで中央を追われて地方へ転属。

 随分揉めたようだが、プレシアの言葉を一切無視。その後行方不明。

 そして、フェイト・テスタロッサの母親でもある。

 

 

「………知らないな。知っていても教えない」

 

「あら、どうして?」

 

「仕事内容に含まれていない」

 

「そう……」

 

「ま、依頼主がピンチになったら、その時はその時で何とかしてやるさ」

 

「あら、頼もしいわ」

 

 

―――そう……何とか、な……。

 

 

 

 

 ファンとリンディがだべっている間に、動きがあった。

 フェイトの使い魔アルフが、なのはの友人のアリサという女の子の家で保護されていたのだ。

 話を聞くと、プレシアのフェイトに対する扱いに激怒し、反攻。

 返り討ちにあい、地球に転移。

 更にアルフはフェイトを助けてほしいと管理局にお願いをしてきた。

 無論、それを管理局側、否、アースラはそれを受理。

 なのはが当たる事になった。

 

 

「………」

 

「どうしたんですか、ファンさん? 難しい顔をして」

 

「ん? いや、何でも」

 

 

 そして今、ファンの目の前のモニターでははのはとフェイトの戦闘が行なわれている。

 だがこの戦闘はどっちが勝ってもいいのだ。

 なのはが戦闘で時間を稼いでいる間、フェイトの帰還先を追跡する準備をしておく。

 

 

「にしても、現代にここまでする子供が居るもんだね~」

 

「ファンさんはどうだったんですか?」

 

「俺? 確か……五歳で百は相手にしてたか? 素手で」

 

「貴方は本当に人間ですか?」

 

「さぁね~?」

 

「そこは否定してくださいよ!」

 

 

 画面の向こうでは、雷の嵐やら魔力砲の嵐やらをぶつけ合っている。

 本当に子供同士の戦いとは思えない。

 因みに、蓮夜はというと、今回ばかりは戦闘の外に居た。

 否、周りを警戒していた。

 

 

 

 

―――チッ……何で俺があのおっさんに指図されなくちゃいけねえんだよ!

 

 

 蓮夜はファンに辺りの警戒をしていろと指示を出されたのだ。

 あの時のように、プレシア以外の攻撃があるかもしれないからだ。

 

 

―――まあ確かに、アレは確実に転生者の仕業だ。今回も何らかのアクションを起こしてくるに違いねぇ。

 

 

 蓮夜は辺りを警戒しながら、紅蓮の待機状態である紅い宝石の腕輪を触った。

 

 

―――俺が主人公だ……誰にも邪魔はさせねぇ……! 邪魔する奴は消してやる!

 

 

 そして、なのはとフェイトの決着がついた。

 なのはの収束砲が、バインドで固定したフェイトを撃ち抜いた。

 

 この勝負、ジュエルシードを賭けて戦っていた為、フェイトのジュエルシードはなのはに渡される事になる。

 が、それを許すプレシアではなかった。雷がなのはとフェイトを襲い、ジュエルシードを回収した。

 

 

「なのは! フェイト!」

 

 

 蓮夜は二人の下へ賭け付けようとしたが、突然、魔力砲が蓮夜を襲った。

 

 

「んだよゴラァ!!」

 

 

 蓮夜は左手で弾き、魔力砲が向かってきた方向へ、長距離斬撃波を放った。

 しかし何も起こらず、蓮夜は舌打ちした。

 

 

―――んだよ……まさか不意打ちで俺を殺すつもりだったのか? ならこれでもう意味がないと分かったか?

 

『蓮夜』

 

「あン? 何だよおっさん!?」

 

 

 蓮夜の前に、ファンから通信映像が繋げられた。

 

 

『今すぐになのはとフェイトを連れて戻って来い』

 

「けっ……言われなくてもわーってるよ」

 

『それと、よく最後まで警戒したな。偉いぞ』

 

「んなっ……!?」

 

 

 ファンは一方的に通信を切った。

 

 

「……き、きき、きききききききき気色悪ゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 ファンの褒め言葉に鳥肌が立った蓮夜であった。

 

 

 

 

 なのは達が帰ってきてすぐ、アースラ全局員がプレシアの居場所に転移で乗り込んだ。

 ジュエルシードが回収された時、そのジュエルシードを追ってその居場所を突き止めたのだ。

 

 

「お疲れ様」

 

 

 リンディは帰ってきたなのは達を労う。

 そこには手錠をかけられたフェイトと、付き添うようにアルフもいた。

 

 

「それから……フェイトさん、初めまして」

 

「………」

 

 

 フェイトはリンディの挨拶に答えず、待機状態になっているデバイス、バルディッシュを握り締めた。

 

 

「……?」

 

 

 ふと、フェイトはある男の人に視線がいった。

 

 

「………」

 

 

 その男、ファンはフェイトには顔を見せず、モニターを見ていた。

 だがフェイトはジッとその後姿を見つめ、目を大きく開いた。

 

 

「お、『お兄ちゃん』!?」

 

「「「お兄ちゃん!?」」」

 

「ビクッ……!!」

 

 

 フェイトの驚きの言葉に、その言葉を聞いた全員は声を揃えて驚き、ファンは肩をビクつかせて冷や汗を流した。

 

 

「……どういうことか、説明してくれるわよね?」

 

「ナンノコトデスカー? ワタシ、ソンナビショウジョシリマセーンヨ?」

 

「あンだとテメェ!? やっぱり何か企んでやがったな!?」

 

 

 リンディは、それはそれは美しい笑みを浮かべてファンの肩を掴み、蓮夜は紅蓮を突きつけた。

 

 

「ファンお兄ちゃん! 私だよ! フェイトだよ!」

 

「あ~……悪いが、俺はフェイト・テスタロッサという女の子とはこれが初対面だ。俺は君を知らない」

 

「そ、そんな……」

 

 

 フェイトはショックで表情を暗くする。

 対してファンはフェイトから目を逸らし、モニターに視線を戻す。

 モニターでは、局員がプレシアを取り囲んでいた。

 それから数人の局員がプレシアが座っている玉座の後ろにある部屋に辿り着いた。

 そこを開けると、中には一つの生体ポットが存在していた。

 その中には……。

 

 

「……やはり、アリシア」

 

「っ、おい、テメェ!」

 

 

 少しだけ幼いフェイトそっくりな女の子が入っていた。

 

 

『私のアリシアに触らないで!』

 

 

 アリシアの生体ポットに触れようとした局員が、突然現れたプレシアに弾き飛ばされた。

 プレシアは手をかざし、全領域に雷を落として局員を全滅させた。

 

 

「いけない! 局員達の送還を!」

 

「りょ、了解です!」

 

「………」

 

 

 ファンはモニターを睨んでいた。まるで怒り、悲しんでいるように。

 

 

『もう駄目ね。時間が無いわ。たった九個のロストロギアではアルハザードへ辿り付けるか分からないけど……』

 

 

 プレシアは生体ポットにすがり付きながら呟いた。

 

 

『でももういいわ。終わりにする。この子を亡くしてからの暗鬱な時間を……この子の身代りの人形を娘扱いするのも……』

 

 

 フェイトは息を呑んだ。

 プレシアが言う事を本能的に察してしまった。

 

 

『聞いていて? 貴女の事よ、フェイト。折角そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない……私のお人形』

 

「……アリシア・テスタロッサ。プレシア・テスタロッサの実の娘であり、『ヒュードラ』の事故の際に死亡」

 

 

 ファンは眼を閉じながら呟いた。まるでその場で見て来たように。

 

 

「プレシアの最後の研究は、使い魔を超える人造生命の生成、死者蘇生の秘術。恐らく……フェイトという名前はその計画の名前」

 

『……ファン、貴方……』

 

「久しぶりだな、プレシア。暫く見ない内に随分とまぁ、窶れたな」

 

『黙りなさい。自由気ままに生きる貴方とは違うのよ。アリシアを……私の娘を守ってくれなかった貴方とは違うのよ!』

 

「っ……」

 

『でももう良いわ。その役立たずの人形と一緒に二度と現れないで』

 

 

 ファンは苦虫を潰した様な表情になった。

 プレシアはモニター越しにフェイトを睨み、笑いながらこう言った。

 

 

『いいこと? 私は貴女お作り出してからずっと……大嫌いだったのよ!』

 

「っ……!」

 

 

 フェイトはその最悪な言葉に衝撃を受け、精神を崩壊させてしまう。

 倒れる寸前、なのはが身体を受け止めた。

 

 そして、局員の回収が終了した瞬間、プレシアの根城に大量の魔力反応が確認された。

 

 

『私達の旅を、邪魔されたくないの』

 

 

 次元震が引き起こされ、プレシアはアルハザードへと向かおうとする。

 

 

「……プレシア、お前の娘への想い、痛いほど分かる。だが……」

 

 

 ファンはコートを翻し、転送ポートへと向かいだす。クロノもそれに続く。

 

 

「もう一人の娘を、蔑ろにする事は、この俺が許さん……!」

 

 

 動きだす。何もしないと言った男が、母と娘の為に刃を抜く。

 

 

 



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第一章第六話

今回で無印は終了~! 展開早!?





 

 ファンはクロノを連れてプレシアがいる庭園に乗り込もうとしていた。

 だが途中、なのは達が自分達も行くと言い出し、流れ的に全員で行く事になった。

 フェイトは精神が崩壊し、アルフによって部屋に運ばれている。

 

 

「おうおうおう、沢山いるねぇ……」

 

 

 ファン達の目の前には鎧姿の機械が大量にいた。

 これらは近くの敵を攻撃するように創られたただの機械たちだろう。

 

 

「けっ、こんなモン、俺の力の前じゃ意味ねぇんだよ!」

 

 

 蓮夜は足の裏のベクトルを操作し、機械たちの中へと駆け出しす。

 

 

「取りあえずスクラップ決定だあ!!」

 

 

 機械たちの身体に触れ、爆発させていく。

 紅蓮も使用して紙くず同然に切り落とす。

 

 

「アハハハハッ!! 弱ぇ、弱ぇよテメェら!」

 

「……なんとも無茶苦茶な戦い方だ」

 

「でも、今はありがたい」

 

 

 ファンは蓮夜の戦い方に呆れ、クロノは蓮夜に乗じてデバイスを構えた。

 

 

「兎に角、今は先に進むよ」

 

『Stinger Snipe』

 

 

 クロノは蒼い魔力光弾を放ち、次々と機械人形を貫いていく。

 

 

「……おいテメェ、俺の獲物を横取りしてんじゃねえよ!」

 

「何を言ってるんだ。今はそんな事を言ってる場合じゃないだろ」

 

「何だとテメ――」

 

 

 突如、蓮夜の足元に見慣れない魔法陣が展開された。すると蓮夜の姿が突如消えた。

 

 

「蓮夜!」

 

 

 ファンが叫んだが、もう既に蓮夜の姿は無い。

 

 

「あ?」

 

「何……アレ?」

 

「生物……?」

 

「ファンさん……」

 

 

 代わりに現れたのはおぞましい姿をした生き物たちだった。

 剣や槍を持った人型の何か。鋭い触手を幾つも持っている何か。

 そんな生物が大量に現れた。

 

 

「……生きているだけマシか」

 

「ファンさん、何を……」

 

「クロノ、お前はプレシアを確保しに行け。なのは、ユーノはここの区動炉の封印。時間が無い、さっさと行動しろ」

 

 

 ファンは柄に手をかけながら三人に指示を出した。

 

 

「ですが……!」

 

「行け」

 

 

 ファンの鋭い睨みにより反論は却下された。

 クロノは引き下がり、なのはとユーノと共に中へと進んだ。

 

 

「まったく……子供が大人の心配すんじゃないっての。で……」

 

 

 ファンは目の前にいる生物達を睨みつけた。

 

 

「少しは楽しましてくれるんだろうな? ええ? 雑種共ぉぉお!!」

 

 

 たった一蹴り。

 それだけでファンは生物達の真ん中に移動していた。

 刀を鞘から抜き放った状態で静止している。

 

 

「戦慄に舞い踊れ……」

 

 

 また一蹴り。

 それだけで離れた場所へと、刀を振り放った状態で移動していた。

 

 

「狂気に呑まれ、悶え苦しめ……」

 

 

 血を振り落とすかのように刀を何度も振るい、鞘にゆっくりと、音を鳴らして納めた。

 

 

「奥義、『無影斬舞(むえいざんまい)』」

 

 

 斬撃の世界が、生物達に襲い掛かった。

 次々次々次々次々、生物達の身体が斬り刻まれ、命を絶やしていく。

 

 

「そら、これで少しは広場が……」

 

 

 ファンは生物達に目を戻したが、数が減るどころか、逆に増えていっていた。

 

 

「……どっかに生成装置でもあんのかねぇ」

 

 

 ファンの周りに槍を持った数体の生物が現れた。

 その内の一体がファンに飛び掛った。

 

 

「………」

 

 

 視認は不可能。その斬撃が飛び掛った生物を縦に両断した。

 そのままその生物の隣にいた生物の槍を両断し、その場で回るように刀を横に一閃。

 周りにいた生物達は上半身と下半身に分かれた。

 

 ファンは刀を鞘に納めて回りに視線をやった。

 再び生物たちがファンを取り囲む。

 

 

「ふん……」

 

 

 後ろにいた剣を持った生物が剣を振り下ろしてきた。

 が、ファンは後ろを見ずに鞘の部分で受け止め、振り払う。

 そしてその生物の腹を鞘で一突き。

 更に目から二体の生物が剣と槍を振り下ろしてきたが、柄で打ち払ってから刀を抜いて二体を両断した。

 そしてまた鞘に収めて生物の一体の両足を払い、宙に浮かせた。そして宙に浮いた生物を隣にいた生物と一緒に両断した。

 

 

「何だ、何だぁ? 気持ち悪い姿してんのに、血は赤いのな」

 

 

 血飛沫がファンの全身にかかり、血だらけになっていた。

 

 

「まだまだ俺を楽しませろよぉぉぉぉぉぉおおっ!!!」

 

 

 地を駆け、刀を振り回していく。

 通り過ぎていく生物達は皆、身体を両断され、命を絶やしていった。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁああっ!!!」

 

 

 縦横無尽に駆け回り、最後の一体を斬り伏せた。

 そして鞘を背中に回し、刀に付いた血を振り払いながら背中に回して鞘に収めた。

 

 

「奥義、『疾風乱舞(しっぷうらんぶ)』」

 

 

 ファンは顔に付いた血を拭い、血で濡れた髪を手でかき上げる。

 

 

「ヒュ〜♪ まったく、退屈しないで済みそうだ」

 

 

 ファンの目の前には、魔法陣から続々と出現する生物たちがいた。

 

 

「レッツ・パーリィ、てか?」

 

 

 ファンは回りに黒い魔力剣を出現させて群れに突撃した。

 

 

 

 

 何処か分からない部屋に強制転送された蓮夜は、突如現れた生物らを反射で弾き飛ばした。

 

 

「あン? 何だよ、何ですか? まだ本命じゃねえのかよ」

 

 

 蓮夜は紅蓮を構えて生物達を睨みつける。

 

 

「なるほど、察するに、君の能力は一方通行かい?」

 

 

 と、子供の声が広い部屋に響いた。蓮夜は声がしたほうに顔を向けた。

 そこには紫色のローブを身に纏った、蓮夜と同じ歳ぐらいの男の子が立っていた。

 

 

「それを知ってるって事は、やっぱり転生者か」

 

「そう。僕こそがこの世界の主人公さ。この最強の力を手に入れ、全てを手に入れる者さ!」

 

 

 少年は、両手を大きく広げて盛大に語った。

 

 

「……お前馬鹿じゃねえの?」

 

「何……?」

 

「テメェみたいな猿芝居しか出来ないような三下が、この俺を差し置いて主人公語ってんじゃねぇって言ってんだよ!」

 

 

 蓮夜はベクトル操作で少年に突撃した。だが少年は手を翳し、魔力障壁を展開して蓮夜を止めた。

 

 

「あン?」

 

「どうだい? これはどんな力でも無効化する防御壁だ。故に、君の力も効かない!」

 

 

 空いた手で魔力弾を展開し、蓮夜に向かって放つ。

 蓮夜はその場から飛び退き、魔力弾を避ける。

 

 

「僕は天才的な頭脳を手に入れてねぇ……どんな魔法でも瞬時に開発しちゃうのさ! だから、ベクトル操作を無効化する魔法ぐらい、今ここで作れちゃうのさ!」

 

 

 そう言って、百を超える魔力弾が少年の周りに展開され、蓮夜に雨の如く迫り狂う。

 

 

「………」

 

 

 だが蓮夜は黙って両手に紅蓮を握り締め、魔力弾の雨を見つめる。

 

 

「終わりだよ!」

 

 

 やがて魔力弾が蓮夜に降り注ぎ、爆炎で辺りを包み込んだ。

 

 

「アハハハハッ! その魔力弾はどんな力でも無効化して貫く代物……ベクトル操作も例外ではない! 僕の勝ちだ! アハハハハ―――」

 

「何だ、この程度か……」

 

「―――は?」

 

 

 勝利を確信した少年は、負けて死んだはずの蓮夜の声がして固まった。

 ゆっくりと蓮夜がいた場所に目を移し、やがて煙が収まり、視界が開けた。

 

 

「ンなもん、当たらなければイイ話じゃねえか……」

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 

 蓮夜は不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 無傷な姿で、狂気に似た笑みを浮かべて立っていた。

 

 

「何故!? ベクトル操作は無効化されたはず!」

 

「あア? 知らねぇよ……。片っ端から剣で斬ってたし、遅くて欠伸が出そうだったし」

 

「全て見切っただと!? 馬鹿な! 動体視力を底上げしたというのか!?」

 

「けっ、これだからモブキャラは困るんだ……!」

 

 

 蓮夜は自身の身体能力とベクトル操作の力を使用し、一瞬で少年の目の前に移動した。

 

 

「ヒッ!?」

 

「俺はなぁ……ベクトルの他に、魔力と身体能力を得てんだ。これしきの事でくたばるかってんだ!」

 

「あがッ!」

 

 

 蓮夜は少年を蹴り飛ばし、肋骨を砕いた。

 

 

「痛い……! 痛いぃ!」

 

「ギャハハハ! ザマァねえぜ! オラァ!」

 

 

 転がっている少年の腹を蹴り上げ、宙に浮かせる。

 

 

「大体テメェの能力が何だって? 天才的頭脳? インテリが俺様に勝てるわけねぇだろ!」

 

「ゴハァッ!」

 

 

 落ちてきたところを蹴り、踵落としで地面に叩き付けた。

 

 

「何だよ、何だよ。テメェの力はそれだけかよ? ってかやられた時の事考えてなかったのかよ? まさか動揺して魔法が使えないとか言うなよなァ?」

 

 

 ガスッ、ガスッと蹴って少年を血まみれにしていく。

 

 

「い、痛い!? 痛い痛い!!」

 

「ギャハハッ! 図星かよ!? ザマァねェなァ!!」

 

 

 少年を前に蹴り飛ばし、紅蓮に魔力を込めだした。

 

 

「さて……最後に言い残す事は?」

 

「この……クソ野朗が! テメェなんて死ね! 消えろ! クセェんだよ! 屑!」

 

「カカッ! 天才的頭脳はどこいったんだよ? 頭の悪い悪口言ってんじゃねえよ!」

 

「何だよ! 何で僕が負けるんだよ! なのはもフェイトもはやても、皆俺のもんなのに!」

 

「……あ? そりゃまた大層で哀れな夢なこった。取りあえず……もう死ねや」

 

 

 蓮夜は二つの紅い斬撃を飛ばし、名も口にしなかった少年はこの世を去った。

 

 

「………ンだよ、クソッ」

 

 

 蓮夜は先程の戦いを思い出して悪態を吐いた。

 先程の魔力弾の雨。普通なら蓮夜でも避けれなかった。

 だが蓮夜は普通じゃなかった。ファンのあの黒い剣の嵐を長時間、何度も何度も喰らい続けた結果、あの魔力弾の雨など見切るのに苦労しないようになっていた。

 寧ろファンの剣のほうが恐ろしく感じた。

 

 

「胸糞ワリィ……。あのおっさんのお陰だと……? ふざけんじゃねぇよ……!」

 

 

 蓮夜は取りあえずここから脱出する事にした。幸い、出口はすぐに見つかり、連夜は奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 戦闘が始まって数十分。戦況は明らかだった。

 絶望の淵にいたフェイトが復活し、先に助太刀に来たアルフに続き戦場に参上。

 なのは達と共に機械人形を破壊し、なのはは区動炉へ、フェイトは母の、プレシアの元へ向かっていた。

 

 そして、決定的な戦況になったのは、リンディが自ら出陣し、自らの力を持って次元震を抑えこんでいた。

 

 

「そうよ、私は取り戻す。私とアリシアの……過去と未来を!」

 

 

 プレシアはアリシアとの思い出の日々を取り戻そうとしていた。

 アルハザードへ向かい、死者蘇生の秘術を手に入れて。

 

 

「取り戻すの……こんな筈じゃなかった世界の全てを!」

 

 

 プレシアがいる部屋に爆音が響く。

 クロノが頭から血を流しながら突入してきたのだ。

 

 

「世界は……何時だって、こんな筈じゃない事ばっかりだよ! ずっと昔から、何時だって、誰だってそうなんだ!」

 

「っ……!」

 

 

 そしてフェイトとアルフもやってきた。

 プレシアはフェイトの姿を見て一瞬だけ驚いた。

 そして、苦しみだし、血反吐を吐いた。

 

 

「母さん!」

 

「何をしに来たの?」

 

「ッ!」

 

「消えなさい……貴女にもう用はないわ」

 

 

 プレシアは嫌悪感を込めた目でフェイトを睨んだ。

 だがフェイトは臆することなく口を開いた。

 

 

「貴女に言いたい事があって来ました」

 

「……?」

 

「私は……私はアリシア・テスタロッサではありません。私は、貴女が作り出した人形なのかもしれません」

 

「………」

 

「だけど、私は…フェイト・テスタロッサは……貴女に産み出してもらって、育ててもらった、貴女の娘です!」

 

 

 力強く、プレシアの眼を見つめて言い放った。

 

 

「ふ、ふふふふ…あはははははっ!」

 

 

 しかしプレシアは笑い飛ばした。

 

 

「だから何? 今更貴女を娘と思えというの?」

 

「貴女が……それを望むなら」

 

 

 フェイトは言った。

 

 

「それを望むなら、私は世界中の誰からも、どんな出来事からも貴女を守る」

 

「………」

 

「私が貴女の娘だからじゃない。貴女が、私の母さんだから!」

 

 

 フェイトは前に踏み出て手を差し出した。力強い意志を目に込めて、自分の母に手を差し出した。

 

 

「………」

 

 

 プレシアはそんなフェイトの姿を見て、一瞬だけ、笑った。

 だがすぐに表情を険しい表情に戻し、口にした。

 

 

「くだらないわ」

 

 

 プレシアは手に持っていた杖で地面を叩いた。

 するとプレシアの足元に巨大な魔法陣が展開され、庭園全土が激しく揺れだす。

 庭園を崩落させようとしていた。

 

 

「私は向かう! アルハザードへ! そして全てを取り戻す! 過去も、未来も! たった一つの幸福も!」

 

「ところがギッチョン!」

 

 

 ダンッ! 地面を叩く音が響き激しい揺れが言葉通り『ゼロ』になった。

 

 

「はあ、はあ、ちょいと遊び過ぎたわ……」

 

 

 ファンが、全身血だらけで地面に手を当てていた。

 

 

「ファンさん!」

 

「よぉ、クロノ。まだ逮捕する力は残ってるだろうな?」

 

「はい!」

 

「んじゃま、今回はサービスしといてやるか!」

 

 

 ファンは一瞬でプレシアの目の前に現れた。

 そして刀を抜き、アリシアが入っている生体ポットを斬った。

 

 

「何をするの!」

 

 

 中から出てきた裸のアリシアの身体を受け止め、コートを脱いでアリシアの身体を包み込んだ。

 

 

「こんな姿じゃ、可愛そうだろ」

 

「私の娘よ! 返しなさい!」

 

 

 プレシアは手を伸ばすが、ファンはアリシアを抱きかかえてその手を避けた。

 

 

「俺の義妹でもある。今のお前には渡せない」

 

「ふざけないで! アリシアを見捨てたくせに!」

 

「見捨ててなんかいないさ! あの時俺は、確かにアリシアの傍にいなかった! ああ、それは認めよう。俺はアリシアを助けれなかった! だがな! もう死んだ娘にそこまで執着するな! それじゃあアリシアが報われないだろう!」

 

「貴方には分からないのよ! 唯一の娘を奪われた気持ちが!」

 

「ああ、そうだな! 分からないな! アンタは奪われた立場で、俺は“奪った立場”だからな!」

 

「何を……!」

 

「それに唯一の娘? ふざけるな! お前には、母と言ってくれる存在がいるだろう!」

 

 

 ファンはフェイトを指した。

 プレシアはフェイトのほうに目をやり、此方を見つめるフェイトと目が合った。

 

 

「アンタにはまだいるんだ……! 母と慕ってくれる存在が……家族が! それを無視してまで死んでしまったアリシアに固持してんじゃない!」

 

「だけど……アレはアリシアじゃない!」

 

「当たり前だ! あの娘はフェイト・テスタロッサ! お前の娘で、アリシアの妹に当たる存在だ!」

 

「っ……!」

 

「いい加減認めろよ……! あの娘は、フェイトは自分の娘だって!」

 

「……無理よ。今まで私があの娘に何をしてきたか……」

 

「だったら! これから築き立てていけば良い!」

 

 

 ファンはしゃがみ、崩れ落ちたプレシアと目線を合わせた。

 その表情は、どこか悲しそうで、辛そうだった。

 

 

「そんな事は不可能よ……。私は―――」

 

「癌だってんだろ? どこのヤブ医者だ、治せないって言ったのは」

 

「何ですって……っ!」

 

 

 ファンはプレシアを抱き寄せた。そして目を閉じて『ゼロ』に集中した。

 

 

「俺は不幸なのが嫌いだ。だから消してやる。お前の不幸を……」

 

 

 淡い光がファンとプレシアを包み込み、やがてプレシアの中に吸い込まれていった。

 

 

「そら、これでもう大丈夫だ。時間が出来たさ」

 

 

 消した。文字通り消した。プレシアを蝕む不幸をゼロにしてしまった。

 

 

「ファン……貴方……!」

 

「特別サービスだ。もう一人の娘を、大事にしてやれ」

 

 

 ファンは笑い、アリシアを抱き上げて立ち上がった。そしてフェイトに視線をやってファンはプレシアから離れた。

 

 

「……母さん」

 

「………」

 

 

 プレシアはフェイトから目を離し、拳を握った。

 

 

「私は……どうしたら……」

 

「……一緒に、頑張ろう……母さん」

 

「っ……!」

 

 

 フェイトはプレシアに近寄り、プレシアの手をそっと握った。

 するとプレシアは目から涙が溢れてきた。ポタポタと涙が手に落ち、フェイトはプレシアを静かに抱きしめた。

 

 

 

 

 ファンはアースラの自室に、アリシアを寝かせた。

 ファンは永遠に眠るアリシアの顔に手を置いて、優しく撫でた。

 

 

「アリシア……ごめんな。あの時、俺が傍にいたら……お前を救ってやれたのに……!」

 

 

 ファン目からは涙が流れ出してきた。

 

 

「ごめんな……駄目な兄ちゃんで……!」

 

 

 その日、ファンは何処かで涙を流し続けた。

 

 

 

 



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第一章第七話

最近忙しくて、パソコンに手を付けられない……!


 

 

 

 あの後、プレシア、フェイト、アルフは拘束され、牢屋に入れられた。

 しかし、彼女達の顔には笑顔が出ていた。

 

 プレシアの膝に寄りかかるフェイト。

 フェイトの頭をぎこちないが優しく撫でるプレシア。

 その様子を涙を拭いながら眺めるアルフ。

 とても、犯罪を犯した人達とは思えない姿だった。

 

 それから、蓮夜はあの少年を葬り去った後、あの少年が作り上げた生物達を一掃していた。

 本当はなのは達の所へ向かいたかったのだが、その生物たちが邪魔をして行けなかったのだ。

 蓮夜が駆けつけたときにはもう既に終わっていた。

 だが蓮夜のお陰で被害が抑えられたのは確かである。

 あの少年が健在であったのなら、きっと何処かで何らかの被害を被っていただろう。

 それが認められてなのは、ユーノ共々表彰を受けた。

 ただ、その少年を殺したとは伝えていない。

 ファンが蓮夜のお陰であの生物の生成を止められたと言った為、それで表彰を受けたのであった。

 

 実は、ファンは蓮夜が何をやったのか知っていたのであった。

 何故黙っているのか、蓮夜は問うたが、ファンは答えなかった。

 

 そして、そのファンだが、何やらリンディと揉めていた。

 

 

「だーかーらー! 報酬としてくれって言ってんだよ!」

 

「駄目です。こればかりは貴方の言う事でも認められません」

 

「ザッケンな! 契約違反だぞ! 訴えるぞ!」

 

「百の確立で私が勝ちます」

 

 

 先程から揉めている理由は、ファンの報酬についてだった。

 リンディはファンに報酬として多額のお金を払うと言っているのだが、ファンはそれを拒否。

 そしてファンはあろう事かプレシア・テスタロッサの罪を軽くしろと言い出したのだ。

 

 

「結果的に次元震は起こらなかったし、管理局への公務執行妨害しかやってない!」

 

「いいえ。プレシア女史はロストロギアを暴走させ、危険な行動に出ました。それだけでも重罪です」

 

「……公開してやってもいいんだぞ?」

 

「何をかしら?」

 

「管理局が今までやってきた、闇に葬ってきた出来事を」

 

 

 ファンは知っている。組織の裏の部分を。

 だからこそ、ファンと管理局との間に色々な制約を取り決めている。

 その一つに、ファンの武器の使用を許可している。

 『ゼロ』で人間相手には威力を消してはいるが。

 

 

「それをしたら、貴方は世界の果てまで狙われるわよ?」

 

「俺を誰だと思ってる? 何でも屋エリス店主、ファン・フィクスだぜ? ―――嘗めてんじゃねぇぞ、リンディ」

 

 

 ファンはドスを効かせてリンディを睨む。

 同時に『ゼロ』をアースラ全域に流し込む。

 

 

「俺がその気になれば、世界の二つや一つ、ゼロにする事なんて容易い事だ」

 

「脅迫になるわよ? それでは意味が―――」

 

「勘違いしているようだが、これは取引だ。俺はプレシアの刑の軽減、お前達は闇を知らされなくて済み、俺の手綱を少しは確保できるって訳だ。悪い取引じゃないだろ?」

 

「……まるで悪魔みたいな人ね」

 

「残念。俺は“悪魔”だ」

 

 

 リンディは頭を抱え、考えた末に本局に連絡を取った。

 そして少しは揉めたようだが、話が着いた。

 

 

「管理局は貴方と取引します」

 

「そうこなくっちゃな」

 

「ただし」

 

「あん?」

 

「これから数ヶ月、貴方にはアースラで仕事もしてもらいます」

 

「……………………ナニ?」

 

 

 リンディはとても良い笑顔を浮かべてファンに告げた。それはもう楽しそうに。

 

 

「掃除、洗濯、食事の用意、整備の補助、局員との訓練、その他諸々。詳細は後ほど送るわ」

 

「ちょっと待て。何だその重労働は?」

 

「あら? 本来なら数百年の実刑なのに、それを数ヶ月にするのだから、これぐらいは当然よね?」

 

「なっ……!?」

 

 

 ファンは目の前にいる自分以上の悪魔を、悪女を見た。

 

 

「……ふっ、確かに、これぐらいで母と娘の絆が強まるのなら、お安い御用でさぁ」

 

「あら、なら私の身の回りの世話もして貰おうかしら」

 

「え……」

 

 

 かくしてプレシアとフェイトの時間は約束された。

 因みにフェイトは事情が事情な故に、本当に軽い罪にしか問われない。

 最悪で裁判をするだけだろう。

 

「この……悪魔ーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 時は流れ、平和な時間が過ぎていた。

 

 あの事件は首謀者、プレシアからとってプレシア・テスタロッサ事件、P・T事件、またはジュエルシード事件と名づけられた。

 

 そしてフェイトは保護観察を受けるのだがほぼ無罪となり、今は嘱託魔導師として管理局に協力している。

 それからプレシアは暫くはフェイトと離れる事にはなっているが、数ヶ月の実刑で済み、今は管理局の本局で身柄を拘束されている。

 色々とペナルティーも付くようだが、ファンとの取引上、厳しい事はされない。

 時折フェイトと面会しては親子らしい会話をしているようだ。

 

 それから、ファンは……。

 

 

「ファン、お茶~」

 

「はいはい」

 

「ファン、着替え持ってきて~」

 

「はいはい」

 

「ファン、ご飯持ってきて~」

 

「はいはい」

 

「ファン、この書類の整理お願いね~」

 

「はいはい」

 

「ファンファン、こっち手伝って~」

 

「はいは―――って、待てやコラ!何だそのペットみたいな呼び方は!?」

 

「あら、あと二ヶ月は私のペットでしょう?」

 

「初めて知った驚愕の内容!?」

 

 

 アースラでリンディにこき使われていた。

 

 

「あのな、俺にだって本業があるんだから、ずっとお前に構ってる訳には……」

 

「フェイトちゃんが可愛そうね~。永遠に母親と切り離されちゃうなんて……」

 

「もう、ご主人様は意地悪だなぁ! 冗談に決まってるじゃないですか!」

 

「キモイから止めて♪」

 

「チクショウ……!」

 

 

 親子の絆を守った代償は大きかったようだ。

 

 因みにだが、アリシアの遺体はプレシアの意向により、地球で葬式と埋葬を行なった。

 埋葬は土葬で、常に一般人が入ってこられないように結界をはり、海が良く見える場所に土葬した。

 プレシアも参加し、決して大きくはないが、ちゃんとした葬式をあげた

 

 

「ったく、早く本業に戻りたいよ」

 

「あ、そう言えば貴方宛に手紙が何通か届いてたわよ」

 

「え、手紙?」

 

「差出人は……『エスティナル・ヴァティ』」

 

「え………」

 

 

 何でも屋エリス。依頼があれば何処へでもはせ参じます。

 

第一章・終焉

 

 

 



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第二章第一話

リインフォースのグッズが欲しい今日この頃。


 

 

 P・T事件から時は流れ、地球は平和な時間を過ごしていた。

 その事件にリンディの依頼で関わってしまったファンは、今はアースラから離れ、地球の海鳴市へ来ていた。

 

 

「あ~やべぇ……」

 

 

 しかし観光をしている訳ではなく、落ち込んだ気分を晴らそうとしているようだった。

 何故、彼が落ち込んでいるのかと言うと、それはリンディから受け取った手紙の内容である。

 

 

『拝啓、お日柄も良く――は、どうでも良いですわよね。ファン、貴方は少々限度というモノを知るべきですわ。だ・か・ら、そろそろ帰らせていただきます。ちゃんと“代償”を払って頂きますよ? うふふふ……』

 

「……リンディ、助け―――」

 

「知らないわ♪」

 

「うわああああん!」

 

 

 という事があったのだ。

 一見、礼儀正しい手紙に思えてそうではない手紙に書かれている事は、『代償』という言葉から恐らく『ゼロ』に関する事なのだろうが、ファンはそれをとても恐れているようだった。

 

 

「どうしよ……アイツには何を払ったら……。また眠れない日々が続いてしまうのか……!」

 

 

 ファンは街を歩き回り、打開策を考えていたが、これと言って良い考えが浮かばなかった。

 因みに、ファンの今の格好はロングコート姿ではない。

 一度その姿で街を歩いたのだが、その時の周りの眼が痛かったらしく、今は地球に合わせた、いや普通に合わせた格好……灰色のシャツに黒の上着、黒の長ズボンといった格好である。

 

 

「……ん? 図書館か……何か良い資料が見つかるかも……」

 

 

 ファンは目の前に現れた図書館に希望を託し、中へと入っていった。

 

 

「ほっほー? 結構広いのな。ここならアイツが喜ぶような物が見つかるかも」

 

 

 ファンは中を見て回る事にした。本が大量にあり、様々な種類の本があった。

 

 

「何かあっかなー……あ?」

 

 

 ファンはある場所に視線を奪われた。そこでは一人の車椅子の少女に、金髪の少年が話かけていた。

 

 

「俺、クライシス・バーメリオン。君の名前は?」

 

「え、えっと……」

 

 

―――何だ? ここではあんな小さな子達までもがナンパすんのか? けど、嫌がってるよな、あの娘……。

 

 

 誰がどう見てもあの少女に強引に詰め寄っているにしか思えない。

 ファンは頭をかきながらその少女少年に近寄った。

 

 

「君って良くここにいるよね? 何か面白い本でもあるの?」

 

「え、えっと……その……」

 

「はい、そこまで」

 

 

 ファンは二人の間に入って詰め寄っている少年を少女から引き剥がした。

 

 

「何だよ、おっさん?」

 

「おっさんじゃねぇ、お兄さんだ。それにここは図書館だ。ナンパする所じゃない。それと、この娘が嫌がってるだろ」

 

「は? そんな訳ないだろ。な?」

 

「うっ……」

 

 

 少女は肩を震わせて眼を逸らした。少年は驚いた表情になり、変な事を言い始めた。

 

 

「馬鹿な……!? 俺にはニコポとナデポがあるのに!?」

 

「……ここにも頭のイってしまった哀れな子が……」

 

「何!? このおっさんが!」

 

「だ~か~ら~! 俺はおっさんじゃなくてお兄さんだ!」

 

「黙ってろ! 俺の邪魔すんな!」

 

 

 少年はファンに掴みかかろうとしたが、ファンに軽くあしらわれて床に尻もちをついた。

 

 

「何しているんですか?」

 

 

 と、そこに男の職員がやって来た。

 

 

「ああ、職員の方ですか? この少年がこの娘を怖がらせてましてね。しかも掴みかかってきまして、追い払ってくださいます?」

 

「え……」

 

「お願いします」

 

「は、はい。ほら君、こっちに来なさい」

 

「お、おい離せ! 俺はオリ主だぞ!」

 

 

 少年は変な事を口走りながら職員に連れて行かれた。

 ファンは連れて行かれた事を確認すると、少女に向き直った。

 

 

「さて、もう大丈夫だ。変な少年は行ったから」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 

 少女は安心した表情を浮かべてお礼を言った。

 ファンは周りを見渡したが、この少女の連れの人は見つからない。

 

 

「見た所一人なようだが……誰かと一緒?」

 

 

 ファンは膝を曲げて、少女の視線に合わせて尋ねた。

 

 

「後から来ます」

 

「そっか。いいかい? もしまたあんな子がやって来たら、今度はところ構わず大声で助けを呼ぶんだ。そうすれば誰かが助けてくれるから」

 

「は、はい」

 

「あ、そうだ」

 

 

 ファンは財布を取り出し、名刺を取り出した。

 

 

「これも何かの縁だ。何か困った事があればここに連絡しなさい。子供なら何時でも無料でサービスだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ファンは何でも屋エリスの連絡先を渡し、手を振って少女から離れた。

 

 

「ファン・フィクス……外人さんやったんや……」

 

 

 少女は少しだけ微笑み、本を借りて図書館を後にした。

 

 

 

 

 結局、ファンが探しているものは見つからず、そのまま時は過ぎて行った。

 

 だがファンに落ち込んでいる暇は無かった。

 なのはが何者かに襲われ、本局の医療機関に運ばれたのだ。

 同時に、蓮夜も大怪我を負っていた。

 ベクトル操作で全てを弾き返す事が出来るあの蓮夜が、傷だらけで治療を受けているのだ。

 

 

「蓮夜……」

 

「けっ、笑えよ。こんな不様な姿―――」

 

「一体どんな奴と戦ったんだ!? 強かったか? 俺と渡り合えそうだったか!?」

 

「何嬉しそうな顔してんだよ!? 何? お前子供が大怪我してんのに、そんなに戦いたいのか!?」

 

「当たり前だろう!」

 

「死んどけや!」

 

 

 蓮夜はファンを弾き飛ばそうとしたが、『ゼロ』により消される。

 ファンは子供のように眼を輝かせてどんな相手なんだろうと想像していた。

 

 

「……相手は俺と同じ子供だぞ?」

 

「蓮夜、お前が何とかしろ」

 

「だと言うと思ったよ」

 

 

 ファンは落ち込み、蓮夜の肩に手を置いてそう言った。

 蓮夜は面倒くさそうに手を払い、先の戦いを思い出した。

 

 

―――あの野郎……まさか木原の戦法を完璧にこなしてくるなんて……。しかも俺より身体能力も、魔力も上……。ははっ、おもしれぇ……。主人公には強敵が必要だよな……!

 

 

「蓮夜、二ヤつくな。キモい」

 

「アンだと!? もういっぺん言ってみやがれ!」

 

 

 大怪我を負っているというのに、元気な蓮夜だった。

 

 

「んで? 今回はどんな事件に巻き込まれてんだよ?」

 

「チッ……テメェも知ってんじゃねぇのかよ? 『闇の書』って奴だよ」

 

「っ………!?」

 

「……あん? んだよ?」

 

「あ、いや……何でもない」

 

「………?」

 

 

 ファンは蓮夜から目を逸らした。

 蓮夜はそれを疑問に感じたが、ファンに対して一々反応していたら疲れることを、短い期間でだが学習している。

 よって、無視することにした。

 

 

 

 

 ファンは本局でプレシアと面会している最中である。

 

 

「どうだ? フェイトとの時間は?」

 

「ええ、それなりに有意義な時間だわ。貴方のおかげよ」

 

「……顔、元に戻ったな」

 

「え?」

 

「前までは窶れてて、皺だらけだったのに、今では元通り、美人になってるよ」

 

「………何も出ないわよ?」

 

「いらねぇよ……」

 

 

 ファンはズッコけて頭を抱えた。

 

 

「……なあ、プレシア」

 

「何かしら?」

 

「……もしさ……家族が……敵に回ったら……どう思う?」

 

「何を言って……」

 

 

 プレシアは気付いた。ファンの組んでいる手が、僅かだが震えているのを。

 だから驚いていた。あの何時も自由気ままでお気楽なファンが、まるで泣き出しそうな表情をしていることに。

 

 

「何かあったの……?」

 

「……いや、ちょっとな」

 

「……それでも私は、家族を大切にするでしょうね」

 

「………」

 

「これ、貴方が教えてくれたことよ?」

 

「……そうだったな」

 

 

 ファンは気が楽になったのか、笑みを見せた。

 

 

「もう後ちょいで出られるから、それまで辛抱しておけよ」

 

「ええ、ありがとう」

 

 

 ファンは面会を終えて、帰る場所へと帰った。

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「ん、フェイトにアルフか」

 

 

 本局の通路を歩いていると、フェイトとアルフと出会った。

 フェイトはファンの事をお兄ちゃんと呼んでいる。

 本当はアリシアの記憶なのだが、それがフェイトに複写されている。

 ファンはフェイトをもう一人の義妹として接していた。

 

 

「なのはの様子はどうだ?」

 

「うん。大丈夫だって。でも暫くは魔法は使えないんだって」

 

「そうか……」

 

 

 ファンは表情を少し落とした。

 

 

「どうしたんだい? あの映像を見てから元気が無いぞ?」

 

「……いや、何でも無い。にしてもアルフ……」

 

 

 ファンは手をワキワキさせて笑みを浮かべた。

 アルフは一歩後ろに引いて引き攣った笑みを浮かべた。

 

 

「その耳と尻尾……モフモフさせろや!」

 

「ああ、もうまたかい! ぜーったい嫌だ!」

 

「お兄ちゃん、セクハラになっちゃうよ」

 

「大丈夫だ! 本人の同意があれば――」

 

「強引にしてはダメよねぇ」

 

「………」

 

 

 ファンは後ろから聞こえた悪女の声に冷や汗をダラダラ流した。

 

 

「……さ、仕事仕事~」

 

「そうね。私もお仕事しようかしら」

 

 

 バインドでファンの手足を拘束し、何処かへ連行していった。

 

 

 

 

「へ? 引越し? 誰が?」

 

 

 食堂でファンの耳に、リンディから地球に引っ越すと伝えられた。

 

 

「だから、今回の事件の司令部、なのはさんの家の近所にすることにしたから」

 

「へぇ~……で?」

 

「勿論、貴方も来るのよ」

 

「何で? 俺はもうここで働く事は無くなったし、もう関係ないだろ」

 

「だ・か・ら、今回も依頼するわ」

 

「断る」

 

「あら」

 

 

 ファンは即答で断った。リンディは何時もの事だと困らずに隣の席に座った。

 

 

「またそう言って、どうせ最後は――」

 

「悪いが今回ばかりは駄目だ」

 

「ファン……?」

 

 

 ファンの眼は本気だった。絶対に以来を受けないと頑なに決心していた。

 

 

「今回は俺個人で動く。誰にも邪魔させやしない」

 

「……何か知ってるの?」

 

「………」

 

 

 ファンは沈黙を貫いた。

 リンディはこうなったファンを一度だけ見たことがある。

 過去にある事件で、“闇の書”という物の事を聞いたとき、ファンは今と同じ状況になっていた。

 こうなったらファンは絶対に首を縦に振ってくれない。

 

 

「……闇の書、貴方にとって一体なんなの?」

 

「………」

 

「どうしても依頼を受けてくれないの?」

 

「………」

 

「……内容は単に戦闘時の協力。貴方の戦いが必要なの。蓮夜くんが戦った相手は強敵。まだ他にもいるかもしれない。だから貴方のその力が必要なの。だから、お願い」

 

 

 リンディは頭を下げた。

 それほどファンの力を欲しているという事なのだろう。

 ファンは何か考えているのか、目を閉じていた。

 やがてゆっくりと開き、口も開いた。

 

 

「言っておくが、この事件だけは俺の思うように動く。それを頭に叩き込んでおけ」

 

「じゃあ……!」

 

「報酬は後で考える」

 

 

 そう良い残し、ファンは食堂を出た。その時、ファンの拳は握り締められていた。

 

 

 

 

――お父さん。誕生日、何が欲しい?

 

――ん? そうだなぁ……何でもいいや。ただお前の料理食って、お前達と笑ってたら。

 

――もう、本当に欲が無いなぁ。前はアレが欲しい、これが欲しいって言ってたのに。

 

――お前みたいな可愛い娘を持つとな、他は要らなくなるんだ。

 

――ヤミちゃんも?

 

――そいつは欲しいな。色々な意味で。

 

 

 それは、ある父親の、ある日の思い出。父親は娘を後ろから抱きしめて自身の誕生日の話をしていた。

 二人はとても明るい笑顔で溢れていた。

 とてもありきたりな時間で、とても幸せそうな二人だった。

 

 

――お父さん。

 

――んー?

 

――大好きだよ。

 

――嬉しいな……。俺も大好きだよ、“ファン”。

 

 

「はあっ―――!?」

 

 

 ファンは飛び起きた。全身は汗でびっしょりで、息も酷く乱れていた。

 

 

「はぁ―――はぁ―――!」

 

 

 身体も震え、ファンは丸くなるようにして頭を抱えた。

 

 

「くそぉ……! 俺は……俺はぁ……!」

 

 

 目から涙が滲み出てきだした。まるで何かを後悔しているかのように泣いていた。

 

 

「“ファン”……!」

 

 

 

 



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第二章第二話

最近の睡眠時間が平均三時間、だと……!?





 

 

 

 ファンは地球に来ている。

 今回の事件の司令部が地球の海鳴市のとあるマンションの一室であるからだ。

 そこに、ファンも住む事になっているのだ。

 

 

「ファン~、そこに荷物も運んどいてね~」

 

「あいよ~―――ってまてやゴラァ!」

 

 

 ファンは運んでいたダンボールを置く場所に放り投げ、一人お茶を啜っているリンディに向けて怒鳴った。

 

 

「何かしら?」

 

「何かしら、じゃねえだろ! 何で俺が引越しの手伝いをしてんだ!?」

 

「大丈夫よ、報酬は払うから」

 

「……いくら?」

 

「三百円♪」

 

「俺は子供か!?」

 

「お、お兄ちゃん。私も手伝うから、ね?」

 

「わ、私も手伝います!」

 

「………ああ、もう! 俺の負けでいいよ! ほら、お前達子供は景色でも楽しんどけ」

 

 

 ファンはリンディの勝ち誇った笑みを睨みつけ、残りの荷物を運んでいく。

 過去にこういった仕事をした事があるのか、その手際は見事だった。

 

 

「……って、何で俺は手伝わされてんだよ!?」

 

「お前男だろ。格好良い所を見せる時だろ」

 

「っ……そう言われちゃぁ仕方がねぇな!」

 

 

 蓮夜はベクトル操作で重い荷物を次々と運んでいるが、なのはとフェイトはフェレット化したユーノと子犬化したアルフに夢中だった。

 

 

「このぉ……淫獣がぁ……!」

 

「そんな……!?」

 

「あん……?」

 

「モフモフが……消えた……!?」

 

「アンタもつくづくセクハラだな……」

 

 

 ファンはアルフが子犬化になったことで尻尾のモフモフや大きな耳が小さくなった事にショックを受けていた。

 

 

「なのは、フェイト、蓮夜、友達だよ」

 

 

 クロノがやってきて友達が来た事を伝えに来た。

 

 

「……行って来い」

 

「言われなくてもなっ」

 

「おおっと!?」

 

 

 蓮夜はファンに向かって荷物が入ったダンボールを投げつけた。

 

 

「あんにゃろ〜……!」

 

「ほらほら、ちゃんと働いて」

 

「……ヘイヘイ」

 

 

 リンディはリビングから出て行ったなのは達を追い、ファンもダンボールを置いて新しい荷物を取りに廊下へ出た。

 

 

「フェイトさん、お友達?」

 

「さっきクロノが言ってただろ。ボケたか?」

 

「ふんっ」

 

「ぶげっ!?」

 

 

 ファンの鳩尾に拳を叩き込み、ファンは廊下でのた打ち回った。

 

 

「「こ、こんにちは」」

 

「今日は。すずかさんにアリサさん、よね?」

 

「はい……」

 

「私たちのこと……」

 

「ビデオメール見せてもらったの」

 

「そうですか!」

 

「良かったら、お茶でもどう? 彼が用意してくれるから」

 

 

 そう言って廊下に転がっているファンを指した。

 

 

「何で俺が……」

 

「五百円にしてあげるから」

 

「だから俺は子供か!?」

 

「あら、違うの?」

 

「違うわ! え? 俺ずっとそう思われていたの!?」

 

「冗談よ、ヒモ」

 

「尚更悪いわ!」

 

 

 いや、将来美女に養ってもらうといっている時点でその毛はあると思う。

 

 

「えっと、ウチのお店で!」

 

「あ、そうね。じゃせっかくだから私もなのはさんのご両親にご挨拶を。ちょっと待っててね。ほら、貴方も来るのよ」

 

「何で俺まで?」

 

「車、出しなさい」

 

「はあ!?」

 

「免許持ってるでしょう。車もあるし、男ならそれぐらいしなさい」

 

「差別反対! この若作りが!」

 

「ア゛ア゛?」

 

「いえ、何でもありません」

 

「そう、じゃあ早く用意しなさいな」

 

 

 ファンはビシっと敬礼をして部屋の奥へと消えた。

 

 

「綺麗な人とカッコいい人だね」

 

「フェイトのお母さんとお父さん?」

 

「ううん。お兄ちゃんと…親戚の人だよ」

 

 

 アリサの問いのフェイトが答える。

 因みにすずかのカッコいいという言葉を聴いて蓮夜は腹が立っていた。

 

 

―――あのおっさん……! 俺のすずかを……!

 

 

 後日、蓮夜はファンに奇襲をしかけるが、これまたあっさりデコピンの一つでやり返されるのであった。

 

 

「お、お父さんって……お父さんって……」

 

「あら、私みたいな美女と夫婦に間違われているのよ? 光栄じゃない」

 

「………ふっ」

 

「ふんっ!」

 

「ちょ、それはマズいって!」

 

 

 

 

 ファンが何時取ったのか分からない免許を持っていたお陰で、なのはの家の喫茶店、『翠屋』へは楽に迎えた。

 しかもさり気なくファンの運転の腕前は良かった。

 因みにバイクの免許も持っているそうな。

 

 

「そんな訳で、これから暫くご近所になります。宜しくお願いします」

 

 

 そんなわけで、こんなわけで、どんなわけで?

 ファンとリンディはなのはの両親に挨拶をした。

 その時、全世界の人間が思ったであろう気持ちを、ファンも体験していた。

 

 

―――若っ!? ええ!? 若っ!? リンディやプレシアもそうだけど、え、何!? 今の時代の人間ってある程度の歳しか取らないのか!?

 

 

 ファンは若干、いや結構内心焦っていた。

 これ程若い母親がいるだろうか。

 聞けば、なのはの他に二人も大きな息子と娘が居るそうだ。

 ファンはこの世の不思議に直面したと言っても過言ではないかもしれない。

 

 

「えっと、ファンさんでしたね。なのはと蓮夜君がお世話になりました」

 

「ん? ああ、いやいやとんでもない。こっちも楽しませてもらいましたよ」

 

 

 なのはの父、高町士郎がファンにお礼を言った。

 ファンは半年前までなのはと蓮夜に、二人が学校を休んでいる間、勉強を教えていた、という設定になっているのだ。

 

 

「それにしても、お若いですね~。リンディさんから聞いた話だともっといっているかと思ったんですけどっ!?」

 

 

 なのはの母、高町桃子がファンに向かってお若いといった瞬間、ファンの眼から涙という名の滝が出現した。

 

 

「ど、どうなさったんですか!?」

 

「ヒッグッ…! お、俺の事…! わ、わわ、若いって…! グズッ…! こ、こんなに嬉しいのはっ……久しぶりだっ…!」

 

「そんな大袈裟な。泣くほどでもないでしょう」

 

「うるせぇ! お前には分からないんだよ! このお方の偉大なるお言葉が! 今まで俺はまだ二十五歳なのにおっさん、おっさん、おっさん! 老け顔ですらないのにおっさん! なのにこの方はお若いって! 若いって言ってくれたんだぞ! そもそも! お前は俺よりも年上だろ! なのに何で俺がおっさん!? そう考えたらお前はおばさんだろうが! いや高町桃子殿は別だ! 例外だ! 彼女は身も心もお若くお美しくいらっしゃる! だが! お前は何だ!? 見た目はまあ良いだろう! だがお前の心は皺くちゃのババァだ! 腐った悪女だ! ああ、何言ってるんだろうな俺! ちょーっと興奮しすぎて訳が分からない言葉を発しているだろうさ! だがこれだけははっきりと言える! 頼むからその右手に掴んでいるものを離してくだしゃいぃ!!」

 

「言いたいことはそれだけか? ア゛ァ゛?」

 

 

 リンディはファンの、いや、男の大事な場所を鷲づかみにしている。

 それも誰にも見えないようにし、魔力を込めながら強く握り締めていた。

 口調も今までの口調とはかけ離れ、もはやどこぞのボスのような感じだった。

 いや、ボスだけれど。

 

 

「リンディ提と――リンディさん」

 

「はい、なぁに?」

 

「パ―――ッ!?!?」

 

 

 フェイトら子供達が現れた瞬間、リンディはファンのアレを捻って離し、優しい微笑みを浮かべた。

 

 

「あの、これ……これって……」

 

 

 そう言って見せたのは白を基調とした可愛らしい服だった。

 

 

「転校手続き取っといたから、週明けからなのはさんと蓮夜君のクラスメイトね」

 

 

 どうやらその服はなのはと蓮夜が通う学校の制服だったようだ。

 

 

「あら、素敵!」

 

「聖祥小学校ですか! あそこは良い学校ですよ。な? なのは」

 

「うん!」

 

「良かったわね、フェイトちゃん」

 

「あの、えと……はい。ありがとう……ございます」

 

 

 フェイトは頬を赤らめながら制服を胸に抱きお礼を言った。

 

 

「ちょっ、誰か……! 回復系の魔法を……!」

 

「……あのおっさんは何やってんだ?」

 

「蓮夜君? 世の中には言ってはならない事があるのよ。彼はその体現者」

 

「……ま、頑張れや」

 

 

 

 

 翌日の夕方、ファンはまたあの図書館へ来ていた。

 また何かないかと探しに来ているのだ。

 

 

「ん~……衣・食、どちらが良い? どっちもか? いや。どっちも駄目とか……。ああ~! もうまたあんな事が続くのか!? 男としてはまあ、アレだけど、俺としては駄目なんだよな~……ん?」

 

 

 ファンは図書館の廊下で、見覚えのある少女二人を見つけた。

 

 

「あれは……何時かの娘とたしかすずかって言うあいつらの友達、だったよな?」

 

 

 ファンは声をかけるか少し迷ったが、結局声をかけることにした。

 

 

「お~い、すずかちゃんに何時かのおじょ――――ぁ」

 

 

 ファンは少女たちの近くに、ピンクのポニーテールの女性がいるのに気が付き、息をするのを忘れてしまった。

 

 

―――何で……ここにいるんだ……!?

 

 

 

――また夜更かしですか? ファンが怒りますよ。

 

――『  』、また剣の打ち合いをお願いします。

 

――やはり貴方との戦いは楽しい。

 

 

「――あ、ファンさん!」

 

「え? あ、ホンマや!」

 

「ん?」

 

「っ――!」

 

 

 ファンを元に戻したのはすずかと少女の声だった。

 我を取り戻したファンはすずかと少女に微笑み、ピンクの髪の女性を気にしながら近付いた。

 

 

「よ、よお! 偶然だな!」

 

「はい!」

 

「あの時はありがとうございました! って、あれ? すずかちゃん、知り合いなん?」

 

「え? はやてちゃんも?」

 

 

 はやて、それが少女の名前らしい。

 

 

「私は友達関係で知り合ったの」

 

「私はちょぉ助けてもらった事があってん」

 

「へぇ~、そうなんだ!」

 

 

 二人が話している間、ファンは後ろにいる女性が気になっていて仕方がなかった。

 その女性も、ファンの後姿を睨むように見ていた。

 

 

「君達は友達だったのか?」

 

「はい。この図書館で出会ってからで……」

 

「そっか」

 

「あの、八神はやてって言います。あの時は本当にありがとうございました、フィクスさん」

 

「ん? 名前名乗ったっけ?」

 

「名刺ですよ」

 

「ああ、そうか」

 

「ある――はやて殿。お知り合いですか?」

 

「っ……!」

 

 

 女性がファンの後ろに立ってはやてに尋ねた。

 ファンは肩を震わせたが、はやてとすずかには気づかれていないようだ。

 

 

「そや。ここで変な子に絡まれてな。そこを助けてくれたんよ」

 

「そうでしたか。どうもありがとうございます」

 

「あ、いや……」

 

 

 ファンは彼女の対応に眉をひそめた。それから彼女の顔を見て、ある違和感を覚えた。

 

 

「あ、紹介します。この人はシグナムって言って、私の遠い親戚の人なんです」

 

「シグナムです」

 

「あ、ああ……。ファン・フィクスだ。宜しく……」

 

 

 ファンはシグナムの表情を見て、ますます違和感を覚えた。

 

 

―――何だ……この違和感……。何で……彼女は……。

 

 

「どないしたんです?」

 

「へ? あ、ああ! 何、あまりにも美人で見惚れちゃったんだよ!」

 

「もう! リンディさんに言いつけちゃいますよ?」

 

「何故に!? ってかそれは勘弁!」

 

 

 すずかが笑顔で恐ろしい事を口にし、ファンは本気で頭を下げた。

 

 

「リンディさん? ファンさんの恋人?」

 

「絶対に違う! あんな悪女、お断りだ!」

 

「もう、駄目ですよ? 女の人にそんなこと言っちゃ」

 

「はい、すみません……」

 

 

 小学三年生の女の子に注意される二十五歳男性……哀れな。

 

 

「ふふふっ、何や面白い人ですね、フィクスさんって」

 

「ファンでいいよ。それより、何か困った事があればいつでも連絡してくれよ。何時でも何処でもどんな事でも無料で助けてやるから」

 

「はい! あ、そや!」

 

 

 はやては手をパンっと叩いて、笑顔でファンに口にした。

 

 

「明日、ウチですずかちゃんと皆でお鍋するんですけど、ファンさんにもお礼をしたいんですけど……」

 

「へ? いやいや! いきなり知り合ったばかりの男の人を家に呼ぶのはいかんよ!」

 

「すずかちゃんの知り合いでもあるし、親戚の中にちゃんと男の人もいます。な? ええやろシグナム」

 

 

 はやてはシグナムに同意を求めた。

 シグナムは少し焦っていたが、渋々といった感じに賛同した。

 

 

「で、でも……」

 

「嫌ですか?」

 

「うっ……」

 

 

 ファンは内心、どうしようか迷っていた。

 いきなり家にお邪魔するのはどうかと思うし、何よりシグナムが気掛かりなのである。

 

 

―――……だが、この違和感を確かめる機会だ……意を決して行ってみるか。

 

 

 ファンはそう決め、はやての顔を見た。

 

 

「それじゃあ、お言葉に甘えてお邪魔になろうかな」

 

「ホンマですか!? それじゃあ、腕によりをかけて作りますね!」

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 

 ファンははやてと約束をし、その後は四人で一緒に図書館で過ごして、帰りははやての家を知るのを兼ねて家まで送った。

 

 

 

 

 夜。ファンは外を歩いていた。冬に入り、息が白くなる寒さの中、一人で人気が少ない場所を歩いていた。

 そのまま歩き続け、ファンは山の中に入っていった。

 

 

「……ここなら誰もいない。姿を現せ」

 

 

 ファンは周りに聞こえるように呟き、そして背後に人影が現れた。

 

 

「……何時から気づいていた?」

 

「何時からでもいいだろう。それで、何の用だ?」

 

 

 ファンは後ろを振り向き、後ろに立っている女性――シグナムを睨んだ。

 

 

「貴様……管理局の者か?」

 

「違う。が、その者に雇われているがな」

 

「ではやはり主を狙って……!」

 

 

 シグナムはファンを睨んで剣のデバイスの切っ先を突きつけた。

 

 

「違う。はやてと会ったのは偶然だ。それに、俺はそんな事考えちゃいない」

 

「それを信じろと?」

 

「いや、信じろとは言わんさ。だが、出来れば信じてほしいがな」

 

「………」

 

 

 二人は睨み合い、やがてシグナムは剣を鞘に収めた。

 

 

「信じた訳ではない。ただここで争うつもりはないだけだ」

 

「……そうか」

 

「貴様は何者だ?」

 

「………“ファン”、“イヴァ”」

 

「……?」

 

「……聞き覚えは、無いか?」

 

「……無いな」

 

「っ……そうか」

 

 

 ファンは地面に視線を落とし、拳を握った。

 

 

「……俺はファン・フィクス。何でも屋エリスの店長だ」

 

「何でも屋……?」

 

「ああ……」

 

「……主に危害を加えるのなら……」

 

「……ああ。あの娘は悪人じゃない。見れば分かる」

 

「……そうか」

 

「明日……行っても良いのか?」

 

 

 シグナムが飛び去ろうとした時、ファンは呼び止め、明日の約束の事を聞いた。

 

 

「……ああ。それが主との約束だからな」

 

「……そうか。じゃあ、また明日……」

 

「………」

 

 

 シグナムは飛び去り、ファンが一人残された。

 

 

「………」

 

 

 ファンは地面に崩れ落ち、拳を地面に叩き付けた。

 

 

「……ンだよ……! これが……『罰』なのかよ……! こんなのって……ねぇよ……!」

 

 

 涙を流し、ファンは地面に拳を叩き続けた。

 その拳が血みどろになるまで……。

 

 

 



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第二章第三話

そういえば、はやての誕生日がついこの間だったみたい。

おめでとーーー!!





 

 

 

 ファンは今夜行なわれる、はやての家での鍋パーティの為の買い物に、はやてとはやて曰く親戚のシャマルと来ていた。

 

 

「そやけど、最近みんなあまりお家におらんようになってしもたね」

 

 

 はやてがふと思ったことをシャマルに言った。

 

 

「ん? そうなのか?」

 

「え、ええ…まあその……何でしょうね?」

 

 

 シャマルは笑顔で誤魔化そうとしたが、どう見ても誤魔化せていない。

 

 

「あ、別に私はええよ。皆が外で何かやりたい事があるんやったら、それは別に……」

 

「はやてちゃん……」

 

「私は、元々一人やったしな」

 

 

 はやてはそんなシャマルに笑顔を見せる。

 だがシャマルは笑みを消してはやての前に出た。

 

 

「はやてちゃん、大丈夫です! 今は皆忙しいですけど……その、すぐにまたきっと……」

 

「……そっか! シャマルがそう言うんなら、そうなんやね!」

 

 

 はやては笑顔を見せて並べてあるお肉を取った。

 

 

「今夜はファンさんとすずかちゃんも来てくれるし、お肉はこんなもんかな」

 

「はい」

 

「外は寒いし、今夜はやっぱ暖かい鍋やね」

 

「はい」

 

 

 ファンはそんな家族のような光景を静かに見守っていた。

 まるで彼女達を通して何かを見ているように。

 

 そして買い物は済み、ファン達は外に出た。

 そこでシャマルが皆を迎えに行くと言いだし、ファンとはやては先に帰る事にした。

 

 

「にしても、今日会ったばかりの男にこう何で簡単に任せるかねぇ……」

 

「んー、ファンさん、ええ人そうやもん」

 

「そうか? こう見えて色々と悪いことしてんだぜ?」

 

「どんな?」

 

「んー、まあ色々?」

 

「ふふ、何ですのそれ?」

 

 

 ファンははやてと色々な会話しながらはやての家へと向かった。

 それから家に到着し、鍋の用意をはやての指揮の下、テキパキと進めていく。

 

 

「あ、すずかちゃんかな?」

 

 

 インターホンが家に鳴り響き、ファンが対応しに出た。

 

 

「はいはーい。お、いっらっしゃい……って、俺が言う台詞じゃないか」

 

「ファンさん、こんばんわ」

 

「はい、こんばんわ」

 

 

 ファンはやってきたすずかを迎え入れた。

 

 

「すずかちゃん、いらっしゃい! 」

 

「こんばんわ、はやてちゃん!」

 

「後は食材を切るだけだし、俺に任せて二人はお話してな」

 

「そんな、ファンさんお客さんやのに」

 

「いいって、いいって。その代わり、鍋奉行は任せた」

 

「ふふん、任された!」

 

 

 ファンは一人台所に立ち、食材を切っていく。

 刀を扱うゆえか、眼にも留まらない速さで食材を切っていく。

 後ろでは、はやてとすずかが楽しそうに会話を弾ませていた。

 

 

 

 

 海鳴市の夜の街。そこには結界が張られ、中では闇の書のプログラム達となのは達が対峙していた。

 

 

『Accel Shooter』

 

「シューート!!」

 

 

 幾つもの誘導弾がなのはのデバイス、『レイジングハート・エクセリオン』から放たれる。

 

 

「チィ!!」

 

 

 それを相手にするのは、紅いゴスロリの格好をしたオレンジ色の髪を後ろで二つに分けて三つ編みにしている少女だ。

 

 

「でりゃぁぁぁぁぁああっ!!」

 

 

 少女、ヴィータは四つの鉄球を取り出し、持っている鉄槌型のアームドデバイス『グラーフアイゼン』で鉄球を打つ。

 鉄球は紅い魔力を纏い、なのはが放った魔力弾を相殺していく。

 

 

「ええい!」

 

 

 だがなのはの魔力弾の方が多く、空を駆け回って弾を避ける。

 

 

「はあぁぁぁぁああ!!」

 

「うおぉぉぉぉおお!!」

 

 

 変わってフェイトとシグナムが、自分のデバイス『バルディッシュ・アサルト』と『レヴァンティン』をぶつけ合う。

 

 

「くっ!」

 

「ふっ!」

 

 

 凄まじいスピードで空を駆け回り、次の瞬間にはデバイス同士をぶつけ合っていた。

 

 

「でりゃあぁぁぁぁああ!!」

 

「ごおぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

 

 

 地上では、アルフと白い髪に狼の耳を生やした男性、ザフィーラが拳をぶつけ合っていた。

 

 

「この―――デカブツがぁぁぁぁああ!!」

 

「ぬえぇいいぃぃぃぃぃぃいい!!」

 

 

 周りに魔力波を撒き散らしながら拳をぶつけ合っていく。

 

 そして、一番激しい戦闘をしているのが、黒島蓮夜と、赤髪の少年―――『ルシファル・マディガン』。

 ルシファルはデバイスである籠手『ネメシス』を身に付け、白いコートを身に纏っていた。

 対する蓮夜は、紅い刀身を持つ『紅蓮』を両手に持ち、あの正義の味方を目指した英雄が着ていた霊装を身に纏っていた。

 

 

「火炎斬波・絞牙(こうが)!」

 

 

 紅蓮から放たれる炎の斬撃が渦巻くように収束して行き、ルシファルへ襲い掛かる。

 

 

風塵烈波(ふうじんれっぱ)!」

 

 

 ルシファルの掌から放たれる風の収束砲が、炎の斬撃をかき消していく。

 

 

「チィッ!」

 

「ハハハッ! 雑魚が! オリ主に勝てる訳ないだろ!」

 

「ほざけ! テメェ見たいなクソが主人公な訳がねぇだろうが!」

 

「じゃあ、我に傷の一つでも与えてみろ! まあ、そのベクトル操作も魔力も身体能力も意味を成さない! そんな屑のような力で勝てる訳ないだろうがな!」

 

「一々煩せぇ野朗だ……。大体、テメェの目的は何だ!?」

 

「目的? そんなもの決まっている! この最強の我が! この世の女達を愛でる事だ!」

 

 

 ルシファルは歪んだ表情を浮かべ、空を見上げて両手を広げた。

 

 

「ケッ、王様気取りかよ」

 

「いや違うさ。この我こそ最強の王だ! 最強の力を授かり、全世界を統べる覇者となる!」

 

「はっ! 随分とまぁ、死亡フラグを建てまくる王様――だな!」

 

 

 ベクトル操作と身体能力を駆使し、ルシファルに近付く。

 

 

「無駄だ」

 

 

 ルシファルは高速で近付いてくる蓮夜の腹に左拳を叩き込んだ。

 

 

「ふんっ!」

 

「がはっ!」

 

 

 通常ならば反射で弾き返されるのだが、ルシファルが行なっているのは特殊な攻撃。

 拳が当たる寸前に引き戻し、デフォルトでベクトルの向きを逆にするの能力によって引き戻す力を逆にさせているのだ。

 だからと言ってその能力をオフには出来ない。

 オフにすれば、魔法を添加した拳を叩き込まれる。

 反射を越えるのは純粋な拳だけなのである。

 

 

「フハハハハッ! そらどうした!? もっと我を楽しませて見せろ!」

 

 

 蓮夜をビルに叩き落し、全体重をかけた蹴りを蓮夜の腹に落とした。

 

 

「がああっ!?」

 

「ん? 加減はしたつもりなんだがな。骨の一本は逝ったか?」

 

「ぐっ……ケッ! こんな攻撃、おっさんに比べたらどうって事ねぇんだよ!」

 

 

 蓮夜は未だルシファルの足を掴もうとしたが、その前に顔面に拳を叩きこまれた。

 

 

「んん? 今足を掴もうとしたな? 雑魚から我に触れようとは万死に値するぞ!」

 

 

 足を持ち上げ、また腹に叩き落した。

 

 

「ごはッ!?」

 

「そらッ! 立ってみせろよ! 立って我を楽しませろ!」

 

「ぐっ―――ぁぁぁアアアああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 蓮夜は咆哮を上げて何度も蹴ってくるルシファルの足から退けようとした。

 それを許さず、ルシファルは蓮夜の腹を蹴りまくる。

 

 

「冥土の土産に教えてやろう。我は先ず手始めに八神家を手篭めにし、それからなのはにフェイト、アリサにすずか、そして後にキャロやヴィヴィオ、戦闘機人、更にその後の女共を全て手篭めにする!」

 

「がはっ―――そんな穴だらけのクソみたいなっ―――ぐっ! 夢物語が現実になるかってんだ!」

 

「なるさ! 貴様のような邪魔者を全て消し、あいつらから同情を引くようにし、その優しさに漬け込み、我の力を見せ付ければ簡単な事だ! 何せ、我は真の主人公だからな! 無理なら我の玩具となるだけだ!」

 

「があっ!?」

 

「安心しろ、リインフォースも救い出してやるさ。だからあの世で我の栄光を指を咥えて見ておれ!」

 

 

 ルシファルは左手を手刀の形にして蓮夜の心臓部分に向けて振り落とした。

 

 

――やべぇ……このまま死んじまうのかよ……! ンだよ……せっかくあの“地獄”から抜け出して来たってのに……せっかく“独り”じゃなくなったのに……!

 

 

 蓮夜は願った。

 まだ死にたくない。

 純粋に、オリ主がどうとか関係なく、純粋に生きたいと願った。

 

 

――ざっけんな……! 俺は……もう“独り”は嫌なんだよぉぉぉぉぉおおお!!!

 

 

「っ、何!?」

 

 

 蓮夜は力を振り絞り、ビル全体をベクトル操作で破壊した。

 それによりバランスを崩したルシファルは蓮夜から少し離れてしまい、蓮夜はその隙に崩れ行くビルの中に逃げ込んだ。

 ルシファルは空を飛んで崩壊に巻き込まれるのを避けた。

 

 

「悪足掻きを……! 雑魚は雑魚らしくさっさと死ねばいいのを……っ!」

 

 

 ルシファルを巨大な竜巻が襲い掛かる。

 その竜巻にはビルの残骸が混ざっており、それらがルシファルに襲い掛かる。

 

 

「この程度の攻撃、どうって事ないわ!」

 

 

 ルシファルは拳と蹴りで瓦礫を破壊していく。

 竜巻には呑み込まれず、ただ襲い来る瓦礫を潰していく。

 

 

「ぜらああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

「っ!」

 

 

 蓮夜が瓦礫の向こうから竜巻を纏いながらルシファルに襲い掛かってきた。

 

 

「そんな単調な拳が当たるものかぁ!」

 

 

 ルシファルは蓮夜に拳を放とうとしたが、その前にバインドで高速されてしまった。

 

 

「こんなものぉ!」

 

 

 だがそのバインドは数秒も持たず砕かれてしまった。

 だがその数秒の間は無防備になっていた。

 蓮夜はその数秒の間にルシファルの懐に完全に入っていた。

 

 

「何ィ!?」

 

「弾けろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

 

 

 蓮夜は紅蓮ではなく自らの拳をルシファルの顔面に叩きこんだ。

 そしてベクトル操作でルシファルの血液を逆流させた。

 

 

「ゴハァッ―――!?」

 

 

 ルシファルの身体が次々と弾けていき、血が噴き出した。

 ルシファルはそのまま地上に落ちていき、蓮夜はダメージが大き過ぎたのか、フラフラと地上に降り立ち、その場に倒れこんだ。

 

 

「ぐっ……様ァねぇなぁ……。オリ主がこんなんじゃ……」

 

「そうだな。真の主人公というのは、その圧倒的な力を見せつけ、圧倒的までに敵を叩き潰すものだ」

 

「―――な―――に―――!?」

 

 

 倒れている蓮夜の前に、服だけが血だらけのルシファルが立っていた。

 

 

「馬鹿な……!? 完全に弾けとんだ筈だ!」

 

「ああ。この我最大の失態だな。雑魚といえど能力だけは一人前だった」

 

「何故……!?」

 

十二の試練(ゴットハンド)

 

「なっ……!?」

 

「Aランク級の攻撃でしか傷つかない上に、十二回も殺さなければならない。今のは能力ゆえに通用し、一回分だけ殺せた」

 

「この……クソ野朗……!」

 

 

 蓮夜はもう立てない身体でルシファルを睨みつけた。

 ルシファルは爪を立て、蓮夜の心臓に狙いを定めた。

 

 

「光栄に思え。貴様は我の力の一つを我が油断していたとは言え、引き摺り出したのだ。褒美に永遠の眠りを授けてやろう!」

 

「くそぉ……!」

 

 

 蓮夜は死を覚悟した。

 痛いのだろうか。自分は一度死んだけど、こんな死に方はしなかったし、一瞬で死んでしまったから何も覚えていないし……。

 

 

「では、死ね!」

 

 

 ルシファルは手刀を振り被り―――。

 

 

『 吹 き 飛 び な さ い 』

 

 

 何処からか聞こえてきた女性に声と共に出現した赤黒い魔力によって、ルシファルの上半身が消し飛んだ。

 

 

「え……?」

 

 

 蓮夜は何が起こったか理解できなかったが、我に返り、力を振り絞ってベクトル操作でルシファルの下半身から遠ざかった。

 ルシファルの下半身からは血が噴き出していたが、やがて瞬時に再生しだし、上半身裸で完全再生した。

 

 

「何だ? 他の転生者? それともイレギュラーか?」

 

 

 ルシファルは魔力が飛んできた方向を睨みつけたが、やがてその表情を厭らしい笑みに変えた。

 

 

「ほぅ……」

 

「……?」

 

 

 蓮夜もその方向に眼を向けて驚いた。

 姿形に驚いたのではない。

 その存在、その気配の異様さに驚いた。

 

 

「あらあら、綺麗に再生しましたわね~」

 

 

 ゆっくりと、ゆっくりと近付いてくるソレは笑みを零し、倒れている蓮夜の隣に立った。

 

 

「まだ生きてますわね?」

 

「え…あ、ああ……」

 

 

 ソレは蓮夜の顔を覗きこみ、笑みを浮かべた。

 

 

「あ、あんたは……?」

 

「私はエスティナル・ヴァティ。ファン・フィクスの相棒ですわ」

 

 

 長く艶やかな黒髪をポニーテールにし、瞳は紫色、女性ならばほとんどの人物が羨ましがるスタイル。

 更に身に纏うのは正しく闇だった。

 黒のインナー、丈の短い黒のピッチリしたスカート、黒のロングブーツ、黒のアームガードに黒の指が出るグローブ、そして黒の半袖のロングコート。

 白い素肌は顔と指と絶対領域しか晒していない。

 

 

「おっさんの……?」

 

「あらあら、駄目ですわよ。ファンにおっさんはダブーですわ」

 

 

 指を立てて唇に当てる。

 その一つ一つの仕草がどうしても色気を感じてしまう程美しく、魅力的だった。

 

 

「そこの女」

 

「はい、何でしょう?」

 

 

 ルシファルが厭らしい笑みを消さないままエスティナルに話しかけた。

 

 

「貴様は一度死んだ身か?」

 

「うふふ……さあ、どうでしょう?」

 

「まあ、よい。この世に存在している時点で我のものであることは確かだ。大人しく我の下へ来い」

 

「嫌ですわ。私に相応しい殿方はこの世でただ一人ですから」

 

「ではその男より我の方が上だと証明して見せよう」

 

「それは無理ですわ。だって、彼は存在している時点で何者にも勝りますから。まあ、私がいなければなりませんけれど」

 

 

 ルシファルの言葉にエスティナルは動じず、笑みを絶やさないで答える。

 ルシファルは近くにいないから分からないのか、すぐ隣にいる蓮夜には感じ取れていた。

 

 彼女の闇が、畏れが。

 蓮夜の身体を震えていた。

 彼女の中の闇に本能的に畏れを抱いていた。

 

 

――何だ、この怖さは……!? 怖い、怖い怖い怖い怖い怖い! まるで死……そのもの……!

 

 

「良い、良いぞその眼! その強さ! その強き意志を屈服させ、我の物になる時の快感が楽しみだ!」

 

「ここまで行くと清々しますわね」

 

 

 エスティナルは両手に赤黒い魔力で出来た雷を発生させる。

 

 

「ん……?」

 

 

 ルシファルは空を見上げて眉をひそめた。

 

 

「チッ、どうやら時間のようだ」

 

「あら……」

 

 

 エスティナルと蓮夜も空を見上げた。上空には黒い雷の球体が出現していた。

 

 

「命拾いをしたな、雑魚。次に姿を見せた時が最期だ」

 

 

 そういい残し、ルシファルは空を飛んで消えていった。

 

 

「まず……! 闇の書の魔力爆撃……!」

 

「あらあら、では」

 

 

 エスティナルは笑みを浮かべたまま、右腕を掲げて赤黒い魔力の結界を自身と蓮夜の周りに展開した。

 次の瞬間、上空にある雷が落ち、街を囲んでいた結界を貫き、結果以内を爆発で飲み込んだ。

 

 やがて爆発は止み、エスティナルは結界を消した。

 

 

「もう、危ないですわー」

 

 

 ちっともそんな素振りは見せず、蓮夜の方に顔を向けた。

 

 

「では、皆さんのところへ帰りましょうか」

 

「あ…はい……」

 

 

 蓮夜は本能的に察した。

 エスティナルに逆らってはいけないと。

 逆らえば一瞬で消される。

 否、消えるよりももっと恐ろしい事になりそうだと。

 

 

 

 



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第二章第四話



 奈々さんのライブに行きたい今日この頃。





 

 

 

 ファンは屋根の上に一人、星空を眺めながら寝転んでいた。

 やがて閉じていた瞼をゆっくりと開き、出現させた四つの紫色の魔力剣を玄関前に射出した。

 

 

「っ!」

 

 

 玄関前にいた四つの影、シグナムとヴィータ、シャマルにザフィーラがその場から飛び退き、デバイスを起動させた。

 

 

「おい、お前等」

 

 

 ファンは一瞬で彼女達の前に現れ、怒気を込めた眼で睨みつけた。

 

 

「あんだテメェ!?」

 

 

 ヴィータがファンにデバイスを向けて威嚇する。

 

 

「貴様は……」

 

「貴方……」

 

 

 ファンを知っているシグナムとシャマルはファンの顔を見て反応する。

 

 

「お前等、何処で、何をしていた?」

 

「何でテメェに教えなきゃならねぇんだ! はやてに何した!?」

 

 

 ヴィータがファンの頭めがけてデバイスを振り下ろした。

 

 

「………」

 

 

 だがファンに触れる前に、ファンから一瞬だけ噴き出した魔力によってデバイスは弾かれた。

 

 

「なっ!?」

 

「何処かで結界を張っていたな。闇の書の蒐集か?」

 

「何でそれを!? テメェ管理局か!」

 

「だったら今頃はやては取り押さえられているな」

 

「この――はやてを返せぇ!!」

 

 

 ヴィータが再びデバイスを振り上げたが、振り下ろす前にヴィータの周りに紫色の魔力剣が出現し、動きを止められた。

 

 

「何で連絡を寄こさない。はやてが心配していたぞ」

 

「えと、その……」

 

「戦闘中で、そんな時間が無かった」

 

 

 シグナムがシャマルの代わりに答え、ファンは溜息を吐いた。

 

 

「……はやての身体は、やはり蝕まれているのか?」

 

「何故それを知っている?」

 

 

 ザフィーラが牙を見せて問うが、ファンは表情を一瞬だけ歪め、口を開いた。

 

 

「なあ、それははやてが本当に望んだのか?」

 

「煩せぇ! テメェに何が分かる!」

 

「……ある父と娘がいてな、あるとき娘が病気で倒れた」

 

「あん?」

 

 

 いきなり語り出したファンに、ヴィータがイラつく。

 

 

「父は娘を助ける為に世界を駆け回った。病気の娘を独りぼっちにして……。娘は父と一緒に居たいと願っていたのに、父は娘を独りにして、そして殺してしまった」

 

 

 ファンはシグナム達の眼を見詰めた。

 

 

「はやてを、その娘と同じ目に合わすな」

 

『っ……』

 

 

 ファンの警告に、シグナム達は息を呑んだ。

 ファンはシグナム達の横を通り、帰路へと付いた。

 

 

「はやてはすずかの家に泊まっている。鍋の食材と出汁は冷蔵庫に入れてある。……電話番号を書いてあるから連絡ぐらいしてやれ」

 

 

 ファンはそう言い残し、その場から消えた。

 残されたシグナム達はすぐに家に入り、はやてに電話して謝罪を入れた。

 

 

 

 

「うぃ~、ただいまああ!?」

 

 

 ファンが帰宅した瞬間、お皿が手裏剣の如く飛来してきた。

 ファンは咄嗟に避けたが、皿はドアにぶつかり砕け散る。

 

 

「あっぶー……! 何すんだよ!?」

 

「あら、戦闘が始まっていたのにも拘らず、姿も見せないで一体何をしてたのかしら~?」

 

「地球で出来た知り合いの家で鍋食ってた」

 

「滅!」

 

「うわっ!? 包丁は無いだろ! ってか何処の夫婦喧嘩だ!」

 

「………」

 

「ごめん! 謝るから無表情で魔力弾飛ばさないで!」

 

 

 玄関で土下座をするファンに向けて展開した魔力弾を掃射準備に入るリンディ。

 それを止めたのはエスティナルだった。

 

 

「はい、そこまでにしてくださいな。私の大事な大事なパートナーが死んでしまったらやーですわ」

 

 

 その瞬間、ファンは玄関を突き破って夜空の彼方へ消えていった。

 

 

「あらあら、うふふ……」

 

 

 エスティナルは笑みを浮かべて空間を切り開き、その中に腕を突っ込んだ。

 するとその空間の中からファンが引っ張り出された。

 

 

「はい、ご苦労様」

 

「―――あれぇ!? 何でぇ!?」

 

「マーキングをしてましたから、一度限りですけどここの空間と繋げて引っ張り出しましたわ」

 

「去らば!」

 

「だーめっ」

 

「べぶぅ!?」

 

 

 またもや逃げ出そうとしたファンの両手両足をバインドで拘束する。

 バランスを失ったファンは顔面から床に倒れた。

 

 

「さぁ、さっそく代償を払ってもらいますわ」

 

「い、いや待たれい! 暫し待たれい! この状況でそれ言いますか!?」

 

「言いますわ。もう今というこの瞬間をどれだけ待ちわびたか……。百六十八時間は覚悟してもらいますわよ!」

 

「一週間!? いや待て! それは無茶だ!」

 

「大丈夫です。私も頑張りますから!」

 

「リンディぃぃぃぃぃぃ! ヘルプミィィィィィィ!!」

 

「死になさい、屑男」

 

「んなっ!?」

 

 

 退路は断たれた。

 ファンはじりじりと近寄ってくるエスティナルから離れようとバインドを破壊しようとするが、あまりにも強度が凄まじく、まったくもってビクともしない。

 

 

「では……」

 

「た、たたたたた助けてぇぇぇぇぇええ!!!」

 

「す、ストーーーーーップ!!!」

 

「まあ……」

 

 

 エスティナルの手がファンに触れようとした瞬間、金色の何かがもの凄いスピードでファンを助け出した。

 

 

「お、お兄ちゃんに何するの!?」

 

「ふぇ、フェイト……! マイシスター!」

 

 

 フェイトはファンを背にしてエスティナルから庇う。

 

 

「お兄ちゃん……ファン? 何時からそういう趣味に?」

 

「違う! 断じて違う!」

 

「ですわよね~。貴方は包容力があって胸が大きくてお姉さんのような女性が好きですものね~」

 

「スケベね」

 

「お兄ちゃん……」

 

「待って!? そんなの人の勝ってじゃん!? 何でそんなに引かれなくちゃならないの!?」

 

 

 リンディは当然、フェイトも少しファンから距離をとり、若干悲しそうな表情になった。

 

 

「ええい! さっさと離せ! 代償はちゃんと払うから!」

 

「もぅ、仕方ないですわね~」

 

 

 エスティナルがバインドを消した直後、ファンは消えるようにしてリビングに逃げ込み、クロノとエイミィが座っているソファーの後ろに隠れた。

 

 

「まあまあ、逃げ足の速いこと」

 

「うっせ! 逃げ切る! 何か他の……ん?」

 

 

 ファンは視界の端に映るミイラ男に意識が向いた。

 

 

「……蓮夜か?」

 

「……ケッ」

 

 

 蓮夜が全身包帯だらけで床に座っていた。

 蓮夜は不貞腐れた表情でベランダの窓から空を眺めていた。

 

 

「……どうしたんだ?」

 

「えっと、蓮夜くん……前に戦った子にやられたの」

 

「………お前らは無事か?」

 

「はい」

 

 

 ファンは蓮夜に近付き、蓮夜の腕を掴んだ。

 

 

「何しやがる!」

 

「まあまあ、大人しくしてなって」

 

 

 一応手当てはしているのだろうが、怪我が深すぎたのか、まだ全然治っていない。

 

 

「こりゃこっ酷くやられたな」

 

「うるせぇ! あんな奴、俺が本気を出せば―――」

 

「勝てたのか?」

 

「っ……クソがっ!」

 

 

 蓮夜は自分とルシファルの力の差を認めざるを得なかった。

 完膚なきまでに叩き潰され、やっと勝てたと思ったのにまだあと十回も倒さなければならない。

 

 

「ま、自分の弱さを知らなければ強くはなれないからな」

 

 

 ファンは蓮夜の腕を持ち上げ、左手の掌を蓮夜の腕にそって動かした。

 そして動かし終わると包帯を取る。

 すると傷一つ無い蓮夜の腕が現れた。

 

 

「な、治ってやがる……」

 

「ん~面倒だな。そらっ」

 

「なっ!? 何すんだ!?」

 

 

 ファンは蓮夜の後ろに胡坐をかき、蓮夜を持ち上げて足の上に乗せた。

 

 蓮夜は中身は相応の歳を取っているのだろうが、身体は僅か十歳、小学三年生である。

 身長もそれ相応であり、大の大人と比べれば小さいほうである。

 そして転生者たちは極一部を除いて母親から生まれてくる。

 故に、精神が身体に合わせるように引っ張られていく。

 それでも元々強靭な精神な持ち主ならば引っ張られずに成長していく場合もある。

 

 だが蓮夜は違う。

 もう失ったとはいえ、父と母に甘え、無意識の内に年相応の精神に近付いている。

 両親を死なせてしまった故に、歪んだ形で元に近付いてはいるが。

 

 

「子供がこんなに無茶をするもんじゃないぞ」

 

「うるせぇよ……」

 

 

 だからだろうか。

 蓮夜はファンの『ゼロ』により怪我を消されている間、父を思い出していたのは。

 最終的に荒れてしまった父だが、とても優しくて頼もしく、いつもこうして一緒にテレビを見ていた。

 それが何だか懐かしくて、蓮夜はファンを突き飛ばせないでいた。

 

 

「……うっし、全部消したぞ」

 

 

 包帯を全て取ると、蓮夜の怪我は全て消えていた。

 

 

「凄い……。蓮夜さんって、実は凄い人なの!?」

 

「なのはちゃんよ、俺を侮っちゃいけないな。俺がその気になれば世界の一つや二つ、ちょいーっと時間は掛かるが消せてしまうんだぜ?」

 

「まあ、私が居るからこそ、ですけれどね」

 

「それを言っちゃあお終いだよ」

 

 

 ファンは蓮夜を足の上から退かし、冷蔵庫から麦茶を出してテーブルに座った。

 エスティナルもファンの隣に座り、グラスに麦茶を注いだ。

 

 

「さて、話の続きをしましょうか」

 

「アイアイサー!」

 

 

 リンディが手を叩き、エイミィに合図を出す。

 エイミは部屋にモニターを投影し、モニターには闇の書とシグナム達―――『ヴォルケンリッター』が映し出されていた。

 

 

「何の話をしてたんだ?」

 

 

 ファンがエスティナルに小声で尋ねた。

 

 

「貴方が怒りだす話ですよ」

 

「……?」

 

「守護者達は、闇の書に内蔵された“プログラム”が、“人の形”を取ったもの」

 

「っ……」

 

 

 クロノがモニターの前に立ちヴォルケンリッターの説明を始めた。

 するとファンの表情がほんの少しだけ険しくなった。

 

 

「闇の書は転生と再生を繰り返すけど、この四人はずっと闇の書と共に、様々な主の下を渡り歩いている」

 

「意思疎通の為の対話能力は過去の事件でも確認されているんだけどねー。感情を見せたって例は、 今までに無いの」

 

「闇の書と主の護衛。彼らの役目はそれだけですものね」

 

 

 クロノ、エイミィ、リンディが順に繋げて説明する。

 

 

「でも、あの帽子の子、ヴィータちゃんは怒ったり悲しんでたりしてたし……」

 

「シグナムからも、はっきり人格を感じました。為すべき事があるって。仲間と主の為だって」

 

「主の為、か……」

 

 

 フェイトの証言に、クロノが呟く。

 そしてファンも、どこか遠い目をしていた。

 

 

「まあ、それについては捜査に当たってる局員からの情報を待ちましょっか」

 

「転移頻度から見ても、主がこの付近にいるのは確実ですし、案外主が先に捕まるかもしれません」

 

「ああ~! それは分かりやすくていいねぇ!」

 

「だね! 闇の書の完成前なら、持ち主も普通の魔導師だろうし」

 

 

――普通、ね……。

 

 

 ファンはエイミィの何気ない言葉に呆れを覚えた。

 闇の書の主、八神はやての現状を見たらどんな反応するか、ファンは想像して鼻で笑った。

 

 

「それにしても、闇の書についてもう少し詳しいデータが欲しいな」

 

 

 クロノはそう言うと、なのはの肩にフェレット状態で乗っかっているユーノに視線がいった。

 

 

「ユーノ、明日から少し頼みたい事がある」

 

「ん? いいけど……」

 

「あ、そうだ!」

 

 

 リンディが何か閃いたのか、ファンに向けてとても良い笑顔を見せた。

 

 

「ファン、よこしなさい」

 

「……何をだ?」

 

「情報。闇の書の」

 

「……何故俺が持っていると思う?」

 

「持っているんでしょう? 私達が知らない何かを」

 

「………」

 

 

 ファンは頬杖を付いてグラスの縁を指でなぞった。

 エスティナルはファンの隣で事の様子を眺めている。

 

 

「……エスティから聞いたんだが」

 

 

 エスティとはエスティナルの愛称である。

 

 

「リンディとクロノ、お前等、フェイトがちゃんとした人間で、あいつ等は人間じゃないって言ったそうだな?」

 

「え、ええ…そうよ。それがどうしたの?」

 

「主の命令通りに行動する、ただそれだけのプログラムだとか」

 

「はい」

 

「だったらお前らは俺が殺したくなった相手と同じだな」

 

 

 握り締めたグラスに罅が入り、ファンはリンディとクロノを睨みつけた。

 

 

「……どういう事かしら?」

 

「あいつらだって食をする、血だって流す、感情もある、好みだってある。なのにただのプログラムだと? ―――――あまり過ぎた事を抜かしてるといくら貴様らでも容赦はせんぞ」

 

 

 沸々とファンの全身から紫色の魔力が溢れ出し、部屋の電気がバチバチと音を立てて 消えたりついたりしていた。

 

 

「ファン、少し落ち着きなさい。素が出ていますわよ」

 

「……ふん」

 

 

 エスティナルがファンを落ち着かせ、ファンは魔力を引っ込めた。

 

 

「どうして、そんな事を知っているのかしら?」

 

「教えると思うか? 兎も角、お前らがあいつらをそんな眼で見ている限り、俺はお前らに手は貸さない」

 

「それは、契約違反よ」

 

「残念。俺は俺のやり方で関わるといったはずだ。お前等を助けるかどうかは俺の勝ってだ」

 

「そんな! 闇の書は危険な物だって、貴方だって知っているじゃないですか!」

 

 

 クロノはファンに食って掛かるが、ファンに睨みつけられて勢いを失った。

 

 

「だから、闇の書を消せと?」

 

「は、はい……」

 

「だから、闇の書の主を捕らえろと?」

 

「も、勿論です……」

 

「ふん……お断りだ。俺は闇の書を消すつもりは全くないし、主だって捕らえる気は無い」

 

「なら、貴方は何をしにここへ来たの?」

 

「………」

 

 

 ファンは黙った。

 眼を閉じて沈黙を貫いた。

 リンディはそれが気に食わなかったのか、珍しく少しだけ怒りを表に出した。

 

 

「ふざけないで! 闇の書はとても危険な物なの! この世界を危険に晒すわけにはいかないのよ!」

 

「だったら止めてみせろよ。止められるものならな」

 

 

 紫色の魔力剣を出現させ、リンディに見せ付けた。

 

 ファンの眼は本気だった。

 本気で邪魔をするのならファンはこの剣を迷わずリンディに突き立てるだろう。

 

 

「っ……」

 

「……ふん。エスティ、行くぞ」

 

「はい」

 

 

 ファンは服装をシンボルであるロングコートに変え、刀を腰に携えた。

 

 

「お兄ちゃん、何処に行くの!?」

 

「蓮夜」

 

「っ、な、何だよ……」

 

 

 ファンはフェイトを無視して玄関に視線をやったまま蓮夜の名を呼んだ。

 

 

「お前は自分の弱さを知った。ならあとは強くなるだけだ。その覚悟があるのなら、俺の魔力を辿って来い。お前に戦いを教えてやる」

 

「………」

 

 

 何時もなら食ってかかる蓮夜だが、今回は黙っていた。

 

 

「お前ならば、俺を見つけれるさ」

 

 

 そう言い残し、ファンはエスティナルと共に玄関を出た。

 残された蓮夜達は気まずい雰囲気のなか解散し、この日はお開きとなった。

 

 

 

 

 蓮夜となのはとユーノは夜の街の中を歩いて帰宅していた。

 

 

「……大丈夫? 蓮夜君?」

 

「……あぁ」

 

『本当かい?』

 

「……あぁ」

 

「蓮夜君?」

 

「……あぁ」

 

『……もう僕を睨まない?』

 

「……あぁ」

 

「なのは! 今の聞いたよね!? もう睨まないって!」

 

「う、うん、そうだね」

 

 

 ユーノは嬉しさのあまり念話ではなく、素で喋ってしまった。

 

 

「……蓮夜君、本当に大丈夫なの? まだ痛いところがあるんだったらユーノ君に見てもらう?」

 

 

 なのはは蓮夜に顔を覗きこむ。

 何時もの蓮夜ならば嬉しく思うのだろうが、今の蓮夜はボーっとしていて何の反応を示さなかった。

 

 

「……なぁ、なのは、ユーノ」

 

「何?」

 

『何だい?』

 

「……俺さ、初めてあのおっさん以外に殴られて、怪我させられて、正直悔しかった」

 

「うん……」

 

「なのはとフェイトは良い勝負をしていたのかもしれない。でも俺は何も出来なかった。やっと出せたと思ったのに、それもすぐに意味がなくなって……」

 

「……らしくないなー」

 

『だね』

 

「え……?」

 

 

 なのははそっぽを向き口を尖がらせた。

 

 

「蓮夜くんは昔から『俺に敵はいない』って威張ってたじゃん。アレ、ちょっと煩かったけど、今のネチネチした蓮夜君よりずっと良かったよ」

 

『あ、昔からなんだ。でもそうだね。今の蓮夜は全然怖くないよ』

 

「………」

 

 

 蓮夜は呆気に取られてなのはとユーノをただ見ていた。

 

 

「あのルシファル? っていう子に負けちゃったからって、そんなに小さくなるなんて、蓮夜君じゃないよ」

 

『もっとシャキッとしなよ。何時もみたいに、こうギラってしてなよ』

 

「………そう、か。そうだな……。ハハハッ、何やってんだよ、俺は……!」

 

 

 蓮夜は何時ものように眼をギラつかせて笑った。

 それはもう小学三年生には思えないぐらいにギラつかせている。

 

 

「サンキュー、なのは。そうだな、俺に敵はいないだ。俺こそが……!」

 

 

 主人公だ。蓮夜は拳を握り、ルシファルに誰が主人公か思い知らせてやると胸に誓った。

 

 

『あの、僕には?』

 

『アァ? 何だ獣?』

 

『ヒィ!? もう睨まないって言ったのに!』

 

「駄目だよ、蓮夜君。ユーノ君を怖がらせちゃ」

 

 

 ユーノはなのはの頭の後ろに隠れ、なのははユーノの頭を撫でた。

 

 

「ふん……」

 

 

――まあ、今回ばかりは許してやるか。

 

 

 蓮夜は意識を回りに集中してあるモノを探った。

 

 

「……なのは」

 

「何?」

 

「士郎さんと桃子さんにさ……」

 

「うん! ファンさんと泊りがけで勉強してるって言っておくよ!」

 

「……サンキュ」

 

 

 蓮夜はなのはにお礼を言って走っていった。

 

 

 

 

 海鳴市の海が見えるとある場所に、蓮夜は来ていた。

 そこは、アリシアが眠る場所である。

 そこに、空間が引き裂かれている場所がある。

 蓮夜はその切り裂かれた場所に迷いもなく飛び込んだ。

 その先は何処かの森の中に繋がっており、開けた場所に、滝の音も聞こえてきた。

 

 

「……よう、来てやったぜ」

 

 

 蓮夜は広場の中心にある大きな岩の上に登った。

 そこには、ファンとエスティナルがいた。

 

 

「ようやく来たか。んじゃ……」

 

「俺は手に入れたいモノがあるから強くなる」

 

「ん?」

 

「俺は、欲しいものを取られたくないから強くなる」

 

「……ふん、そう素直な子は大好きだ」

 

「―――俺を、強くしてください!」

 

 

 蓮夜はこの世界に転生してきて初めて土下座をした。

 ファンはそんな蓮夜を見て笑みを零した。

 

 

「いいだろう。その契約、この『悪魔』が結ぼう……!」

 

 

 

 



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第二章第五話

 ライトニングリターンズが欲しいなぁ……。





 

 

 

ここで、ある転生者の少年の話をしよう。

 少年はこの世界の知識は全く無く、面白半分で神様から力を貰って楽しく来世を過ごそうと考えていた。

 そしてその少年は極一般の家庭に生を受け、望み通り平穏に暮らしていた。

 

 だがその平穏も長くは続かなかった。

 

 ある他の転生者が少年の前に現れ、少年を転生者と見破った。

 その転生者は欲望に塗れた権化であり、少年を自分の邪魔をする対象として考え、少年を殺しに掛かった。

 少年も生きる為に、今まで遊び程度に使用していた力を行使し対抗した。

 だが少年はその転生者に歯が立たなかったうえに、助けに駆けつけた両親を殺されてしまった。

 

 少年は必死に願った。

 生きたい、死にたくないと。

 そして、その願いは神様ではなく、『悪魔』に聞き入れられた。

 『悪魔』は少年を自分の領域に連れ込み、転生者から逃がした。

 

 少年は生き残れた事に喜び、両親が殺された事に悲しみ、怒りを覚えた。

 少年は『悪魔』に力が欲しいと願った。復讐の為、自分を守る為に。

 

 

 

 

 ある少女の転生者がいた。少女はこの世界の知識を持っており、物語の中心に関わろうと考えた。

 力も貰い、どうやって関わろうかとワクワクしていた。

 だがそんな矢先、少女の前に一人の転生者が現れた。

 その転生者は自分の欲の邪魔になる者と少女を認識し、少女を消し去ろうとした。

 少女は必死に抵抗し、だがその転生者には敵わなかった。

 だから少女は逃げた。自身の力を最大限に活用し、この転生者から逃れた。

 しかし逃げ込んだ場所が悪かった。

 否、普通はそこに逃げるのだろうが、相手が最悪だった。

 転生者は少女が逃げ込んだ先――家を見つけ出し、少女の家族を皆殺しにした。

 少女は悲しみと憎しみに染まり、転生者に襲い掛かった。

 だがやはり敵わず、少女は逃げる事しか出来なかった。

 逃げて、逃げて、逃げて生き延びる他ならなかった。

 

 生きて、生きて、生き延びたい。

 ただそれだけを胸に、逃げ続けた。

 そして少女は『悪魔』と出会い、ようやくやっと安心を覚えた。

 

 

 忘れないで欲しい。

 この世界には蓮夜、ルシファル、少年、少女の他に数多く転生者が存在する。

 蓮夜、ルシファルは物語の中心近くにいるが、それは決して自然とそうなったのではない。

 彼らに蔑ろにされてきた他の転生者達が存在し、その転生者達が離れ、消えていったからこそ、蓮夜とルシファルはそこに存在する事が出来ているのだ。

 

 それを、忘れてはいけない……。

 

 

 

 

 蓮夜がファンに教えを乞うてから数週間。

 蓮夜はファンと殺傷設定にしたデバイスと、『ゼロ』の能力を消した刀で打ち合っていた。

 ただし、蓮夜の能力はファンの攻撃が当たる瞬間に『ゼロ』で消されている。

 

 

「はぁ…はぁ…!」

 

「痛いか? 怖いか? 震えるか?」

 

「はぁ…はぁ…こぇよ……!」

 

「それで良いんだ。戦いにおいて、怖さを感じないのはいただけない。怖いからこそ、それに立ち向かえる」

 

「……けどよ、怖さを知らなかいからこそ相手に突っ込めるんじゃねぇのかよ?」

 

「突っ込むだけならな。何も警戒しないで突っ込むなんて、自殺志願者しかいないな。そのまま突っ込んでスパッ、死ぬだけだ」

 

「怖いもの知らずは勇者じゃなくてただの愚者って訳か」

 

「そうだ。だから先ずは戦いの怖さを知る。それはこの数週間で大分知る事が出来ただろう」

 

「……ああ。こんなに怖かったのは正直、産まれて初めてだ」

 

「ふっ、随分とまあ、素直になったな」

 

「喧しい! もう余り時間がねぇんだ! 少しでも強くならねぇといかねぇんだ!」

 

「時間か……。そういや、お前自分の事を転生者とかほざいてたな。まさか……」

 

「………」

 

「……知ってるのか? この世界を、いや、これから起こることを」

 

 

 ファンは鋭い目付きで蓮夜に尋ねた。

 

 蓮夜は知っている。

 この先何が起こるのかを。

 誰が現れ誰が消えるのかを。

 だがそれも自分自身、信憑性に欠けていると思わざるを得なかった。

 ファンやエスティナルといったイレギュラー、ルシファルの行動。

 この世界に本来はいない存在がこうも動き回っていれば、何か変わっているかもしれない、変わるかもしれない。

 

 

「……正確には知っていただな。今はもう俺の知る通り進むのかわからねぇ」

 

「……そうか」

 

「……信じるのかよ?」

 

「自分の弟子を信じなくて何が師匠か」

 

「……けっ、やっぱりいけ好かねぇ」

 

 

 蓮夜は『紅蓮』を構えてファンを見据える。

 ファンも刀を構えて蓮夜を見据える。

 そして二人は同時に地を蹴り、そして―――。

 

 

「はい、そこまでですわ」

 

「ぬがっ!?」

 

「あがっ!?」

 

 

 エスティナルが二人の足をバインドで拘束して転がした。

 

 

「もう終了時間ですよ。子供の内から無理をさせては駄目ですわ」

 

「俺は子供じゃねえ!」

 

「どう見たって小学生ですわ。それに、ファンにお仕事が入りましたわ」

 

「何? 仕事?」

 

 

 ファンは刀を鞘にしまい、何処かへと消した。

 

 

「はい。“八神はやて”という少女からのお願いですわ」

 

「……おいおっさん! なに小学生に手ぇ出してんだ!? やっぱりテメェそれが目的か!」

 

「ちげぇよ! 俺は大人な女性が大好きだ!」

 

 

 ファンはロリコンという疑いを取り除きたいが為に、真剣な表情で好みを叫んだ。

 

 

「将来性に期待してんだろ!」

 

「……そういえば将来期待できそうな―――」

 

「あらあら、うふふ……。そのような考えをお持ちで? でしたら、まだ払ってもらってない代償を上乗せしましょうか」

 

「………さあ! 仕事に向かおうぜ!」

 

「そうだな! 行って来いおっさん!」

 

 

 ファンと蓮夜はエスティナルの黒い笑みに恐怖を感じ、見なかったことにした。

 

 

「何言ってんだ。お前も来い!」

 

「はあ!?」

 

「いいからいいから! レッツゴー!」

 

「では、参りましょうか」

 

 

 エスティナルが空間を切り開き、三人は空間の中へと消えていった。

 

 

 

 

「……何で病院なんだ?」

 

 

 ファンは驚いた表情で病院を見上げていた。

 蓮夜は何故病院に着たのか理由を知っているようで、一人頷いていた。

 

 

「なんでも、入院する事になったようでして、その事でお願いを―――あら」

 

「お、おい! おっさん!?」

 

 

 ファンは血相を変えて病院に駆け込んだ。

 蓮夜はファンの変わりように疑問を抱き、エスティナルに尋ねた。

 

 

「おっさん、何慌ててんだ?」

 

「……思うところがあるのでしょう。色々ありましたからね、彼は」

 

「……?」

 

 

 エスティナルはどこか遠い目をして空を見上げた。

 蓮夜は訳が分からず、ファンの後を追った。

 

 

「八神はやて…八神はやて……あった! ここだ!」

 

 

 ファンはノックするのを忘れ、ドアを勢い良く開けた。

 

 

「はやて!」

 

「わあっ!? ファンさん……?」

 

「大丈夫か!? どうして入院なんか!?」

 

「お、落ち着いてください! 大丈夫ですから!」

 

「あ、ああ……すまない」

 

 

 ファンは落ち着きを取り戻し、息を整えた。

 

 

「それで、何で入院なんか……」

 

「今朝、ちょお腕と胸が攣っちゃって、眩暈がしただけなんです。そやのに皆が大袈裟に捉えてもて……。それでついでに検査とかするから入院を……」

 

「……はぁ~…! そうか、そりゃ良かった……」

 

 

 ファンはほっと胸を撫で下ろし、ベッドの横に備えられているパイプ椅子に腰を下ろした。

 

 

「もう、心配しすぎですよ」

 

「何を言う。子供を心配しない大人は大人じゃない」

 

「やっぱファンさんってええ人やな」

 

「おいおっさん! 勝手に先々行ってんじゃねぇよ!」

 

「病院では走ってはいけないんですよ」

 

「あ、悪いな。忘れてた」

 

 

 蓮夜とエスティナルがやってきた。

 蓮夜はファンの胸倉を掴んでグラグラと揺らした。

 

 

「はいはい、病人がいるんだから騒がない」

 

「あ……」

 

 

 蓮夜はやっちまったという顔をしてギギギと首を後ろに向けた。

 そこには驚いた顔をしたはやてがいた。

 

 

――やっちまったーー!! 三大ヒロインの一人に恥ずかしい様を見せちまったああ!! いや待て! 初見でインパクトを与えれたからそれで良しとしよう! うん!

 

 

 という考えを一秒も掛からず瞬時に行い、咳払いをしたからファンから離れた。

 

 

「えっと…どちらさんですか?」

 

「ああ、紹介しよう。黒島蓮夜にエスティナル・ヴァティ。俺の教え子と俺の相棒」

 

「蓮夜だ。宜しく」

 

「エスティナルと申します。以後、お見知りおきを」

 

「八神はやてって言います」

 

 

 二人はファンの傍に立ち、エスティナルはお見舞いの品であるフルーツを差し出した。

 

 

「……何時の間に?」

 

「何時の間にかですわ」

 

「どうもありがとうございます」

 

「そうだ、何かお願いがあるそうだが?」

 

「あ、そうなんです」

 

 

 はやてからのお願いはこうだった。

 自分が入院している間、家に居る親戚達の食事を作ってほしい。

 ただそれだけ。

 

 

「なるほど。はやて以外は料理が出来ないと。よし分かった! お兄さんが人肌脱いでしんぜよう」

 

「おっさん、料理できんのかよ?」

 

「二十五歳嘗めんな。言っておくが、俺の料理の腕はこのエスティが保障する。あまりの美味さに頬っぺた落とすなよ?」

 

「……まあ、それなら良いか」

 

「あれ? 俺とエスティの扱い違くね?」

 

 

 というわけでファンははやてのお願い通り今晩から料理を振るいに向かう事となった。

 事前に連絡はしているという事であり、ファンと蓮夜とエスティナルは食材を買い、八神家へと向かった。

 

 

 

 

「はい、ここで問題です! 現在、俺ことファン・フィクスは何をしているでしょう?」

 

「剣と鉄槌を背中に料理をしている」

 

「正解! 蓮夜君に一点!」

 

「黙れ! 変なもん入れんなよな!」

 

「ちょ、痛い! ガンガン頭を叩くなヴィータちゃんよ」

 

「馴れ馴れしく呼ぶな!」

 

 

 ファンの頭をヴィータがデバイスで何度も殴り、ファンはそれに耐えながら料理をしていた。

 ファン達がはやての家に到着し、出迎えたシャマルはファンの姿に驚き、続いてシグナムとザフィーラが警戒気味で出てきた。

 そこまでは良かったのだが、なんとヴィータが屋根の上から現れ、ファンの脳天に鉄槌を叩き落したのだ。

 それからファンは頭から血を流しながら笑顔で家に入り、なんでもなかったように料理をし始めたのであった。

 そして蓮夜は彼女らと戦闘で出くわしている為、当初は警戒されまくっていたのだが、蓮夜は彼女達を管理局に突き出すつもりは無いとデバイスを預けてまで説得したので、一応保留という事になった。

 

 

「こらヴィータちゃん。いけません」

 

「いいって、子供は元気が一番だ」

 

「元気すぎてアンタ殺されかけてんぞ……」

 

「お前と比べたらこんなもの可愛らしいもんだ」

 

「子供扱いすんな!」

 

 

 ガスガスと、更にデバイスをファンの頭に叩き込んでいくが、そんなのは関係無しに料理を進めていく。

 

 

「そら、出来たぞ。運んだ運んだ」

 

「む……」

 

 

 ファンはヴィータに出来たサラダを渡し、ファンはテーブルに鯛の姿造りをドーンと置いた。

 

 

「凄い……!」

 

「これは……」

 

「ほう……」

 

「けっ、どうせ見た目だけだ。シャマルみたいに」

 

「あ、ヴィータちゃんひどーい!」

 

 

 どうやらシャマルは料理が下手のようだ。

 ファンは笑顔を浮かべたまま料理を並べていき、もう一つのテーブルに自分達の分を並べた。

 

 

「さ、いただこうか!」

 

「いただきます」

 

「ホントに食えんのか……?」

 

『………』

 

 

ファンの自慢の料理を疑いなく食べだしたのは自身とエスティナルだけだった。

 蓮夜は箸で突き何か仕掛けられていないか調べ、ヴォルケンズはジッと料理を見つめて警戒していた。

 

 

「なんでい、なんでい! 人が折角心を込めて作った料理を無碍にする気か? そんなんじゃはやてに怒られるぞ?」

 

『いただきます』

 

 

 どうやらはやてに怒られるのは相当嫌なようだ。

 はやての名が出た瞬間、蓮夜達は箸を持った。

 因みにザフィーラは狼形態である。

 

 

「どうだ? 美味いだろう?」

 

『………』

 

「相変わらず美味しいですわ」

 

「そうだろう、そうだろう! 一昔前は料理店の依頼も来てたしな!」

 

 

 ファンも自分が作った料理を食べ始め、ガツガツと口に放り込んだ。

 一方、蓮夜達はというと……。

 

 

「(んなアホな!? 何でこんなに美味いんだよ!? おっさんのくせに!)」

 

「(美味い……主はやてと同等かそれ以上……)」

 

「(けっ、はやての方がギガウマだ)」

 

「(美味しい! 女として悔しい!)」

 

「(中々美味いではないか。食が進む)」

 

 

 ファンの料理の美味さに戦慄を覚えていたり、素直に褒めていたり、貶していたり、悔しがっていた。

 

 

「どんどん食えよ! デザートもあるからな!」

 

「うおっしゃあぁぁぁ!」

 

「ヴィータ、お前……」

 

 

 デザートという言葉に魅せられたヴィータはそれにありつきたいが為にガツガツと飯を食らう。

 

 

「そうそう、子供は沢山食べないとな」

 

「アタシは子供じゃねえ!」

 

「こらこら、箸で人を指しちゃいけません」

 

 

 その日の晩御飯は多少ぎこちなかったが、賑やかな食事となった。

 

 

 

 

 海鳴市のとある家。そこでは赤髪の少年と、銀髪の男性がいた。

 

 

「おい貴様、何を勝手に我の所有物を触っておる」

 

「良いじゃないか、触るぐらい。それぐらいの度量がないと小物の王にしかなれんぞ」

 

「戯け。王の物に勝手に触るなど、万死に値する」

 

 

 赤髪の少年、ルシファルは銀髪の男性に向けて拳を放つが、銀髪の男性は見向きもせずかわした。

 

 

「チッ……」

 

「そう苛立つな。常に冷静さを保たんと負けるぞ」

 

「ふん、貴様に言われずとも分かっておる」

 

「それは良かった。ところで、もうすぐだな。私の妻が目覚めるのは」

 

「それがどうした? 言っておくが他の女は全て我のものだ。手は出させんぞ」

 

「心得ているさ。ああ、早く逢いたいものだ—————リインフォース」

 

 

 まるで愛おしい人を想うような表情で、男性は笑った。

 

 

 

 



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第二章第六話


フェイトを妹にしたいと思うのは俺だけか?





 

 この日、ファンはデパートにやってきていた。

 彼の視線の先には、フェイト、そしてプレシアが絵になるような様子で服を選んでいた。

 プレシアは刑期を終え無事出所し、現在はフェイトと同じマンションで過ごしている。

 

 そして今日は二人でお出掛けの筈だったのだが、フェイトがファンも一緒にと言い出し、ちょうど蓮夜の修行は休みであり、同行することになった。

 

 

「お兄ちゃん、これどうかな?」

 

「ん? ああ、良いんじゃないか」

 

「じゃあ、こっちは?」

 

「良いと思うよ」

 

「……どうでも良いみたいだね」

 

「え、違うって! フェイトには何でも似合うから!」

 

「本当に?」

 

 

 フェイトはジト目でファンを見つめ、ファンは笑みを浮かべて首を縦に振った。

 

 

「ってか、そもそも俺にファッションセンスを求めるのはナンセンスだ。ほら、俺って黒しか着ないし」

 

「私も黒、好むよ?」

 

「いや、何と言うか俺の場合はだな……プレシアぁ~……」

 

 

 何とも情けない声でファンとファイトを見ているプレシアに助けを求める。

 だがプレシアは微笑むだけで何もしなかった。

 

 

「くそぉ……エスティがいれば……」

 

「……そう言えば、エスティさんとお兄ちゃんって、どういう関係なの?」

 

「仕事の相棒だって」

 

「本当に? 何かいっっっつもお兄ちゃんの隣に居るし、くっ付いてるし、最近夜遅くに一緒に帰ってくるし、この前なんか一緒にお昼寝してたよね?」

 

「……………そうだっけ?」

 

「そうだよ!」

 

 

 ファンはわざとらしい笑みを浮かべて首を傾げたが、フェイトに誤魔化しは通用しなかった。

 

 

「本当はどうなの? も、もしかして……こ、恋人なの?」

 

「違うって。まあ、確かに、端から見ればそんな風に見えてるのかもしれないが、俺とエスティは……むぅ……切っても切れない関係?」

 

「やっぱり恋人なの!?」

 

「ちっが~うぅ! ってか何でフェイトがそこまで気にするんだ?」

 

「だ、だって……恋人って言う事は、将来私のお姉ちゃんになる訳だし……その、もしそうだったら甘えるのは控えて、ふ、二人の時間を作ってあげたほうが……」

 

 

 フェイトは指先でモジモジとしながらファンを上目づかいで見詰める。

 その姿にファンは心が何かに撃ち抜かれ、凄まじい衝撃を受けた。

 

 

「フェイト!」

 

「ふ、ふぁい!?」

 

「妹がそんなこと気にすんな! 例え俺が結婚したとしても、お前が俺の妹という事は変わらない! 何時だって甘えて良いんだぞ?」

 

「本当?」

 

「ホントホント! だからフェイトの後ろで般若の如く俺を睨んでいるプレシアをどうかして下さい!」

 

「あら、何かしら?」

 

 

 フェイトがプレシアに振り向いた瞬間、プレシアは優しい母の笑みに変わり、何事も無かったかのように振舞う。

 

 

『ファン、私の娘に手を出したら、分かってるでしょうね?』

 

『アイ・マム。ワタクシファンハフェイトニテヲダシマセンデス』

 

 

 念話でドスの利いた声で脅された。

 その後もデパート内を周り、三人は時間を忘れて過ごしていた。

 

 

 

 

 夕日で空が紅くなる頃、ファンが運転している車で三人はマンションに帰宅している。

 プレシアとフェイトは後部座席に座り、フェイトはプレシアにもたれかかって眠っている。

 

 

「ファン、今日はありがとう。この子の我儘に付き合ってくれて」

 

「いいって。妹の我儘に付き合うのも兄の仕事だ。それよりも悪かったな。フェイトを守れなくて」

 

 

 プレシアが出所する前、フェイトは無人世界でシグナムと戦った。

 その時、突然現れた仮面を着けた男にフェイトのリンカーコアを取り出され、闇の書に蒐集されてしまった。

 そのお陰でフェイトは暫くの間は安静状態になっていたのだ。

 

 

「気にしないでいいわ。確かにフェイトを襲った輩には腹が立つけれど、貴方に責任は無いわ」

 

「………」

 

 

 本当はある。

 ファンは闇の書の在り処、シグナム達の居場所まで知っておりながら何もせず、ただ知らない振りをしていた。

 

 

「それより……ありがとう」

 

「ん?」

 

「貴方がいなければ、フェイトとこんな楽しい時間を過ごす事は出来なかったわ」

 

「……ホントはここにアリシアも入れたかったんだが、流石の俺でも死という過ぎた結果を消す事は出来なかった」

 

 

 『ゼロ』は全てを消す。

 だが本当に全てではない。

 死だけは消せない。

 死へと近付く道は消せても死だけは消せないのだ。

 

 

「ま、過ぎた事を悔いてもしょうがない。大切なのは過去ではなく現在(いま)だ」

 

「誰かの受け売りかしら?」

 

「あ、バレた? エスティだよ。昔、色々あってな。今のような俺にしてくれたのはエスティって言っても過言じゃないかもな」

 

「―――それで毎晩忙しかったのね」

 

「ぶふっ!?」

 

 

 プレシアの不敵な笑みと共に出てきた言葉にファンは動揺し、思わずハンドルをあらぬ方へときってしまった。

 

 

「ちょっと、ちゃんと運転しなさい。フェイトが起きるでしょう」

 

「お、おまっ!? 止めろよな!? 俺とエスティはそんな関係じゃないし、ってか子供達の前で絶対言うなよな!?」

 

「あら、私は何をとは言ってないわよ?」

 

「………思い出した。リンディに苛められる前はプレシアに苛められてたんだった、俺……」

 

 

 ファンはこれからくるであろう未来、二人の魔女に苛められる日々を、泣きながら確信したのであった。

 

 

 

 

「ふんっ!」

 

「ほい」

 

「はあっ!」

 

「へい」

 

「でりゃあ!!」

 

「あらよっと」

 

 

 この日の晩も、ファンと蓮夜は何処かの広場で刀と剣を交えている。

 とは言っても、全力で向かってくる蓮夜をファンが遊び感覚で剣を捌いているのだが。

 

 

「火炎十字衝!」

 

 

 蓮夜は『紅蓮』に炎を纏わせ、ファンの刀に同じ箇所に十字に同時に叩き付けた。

 

 

「っと!」

 

 

 ファンは『ゼロ』の能力を自身の身体にしか適応させていない。

 故に刀身には『ゼロ』の力は適応されていない。

 蓮夜が繰り出した技は蓮夜の魔力、身体能力、ベクトル操作を全て使用しており、その威力でファンの刀が僅かだが押された。

 

 

「まだだぁ! 烈火ァ!!」

 

 

 その僅かな隙に、蓮夜は炎を纏わせた紅蓮で高速の連続突きを繰り出した。

 

 

「ほっ、はっ、よっ、おおっ?」

 

 

 ファンはそれを刀で捌き、剣先から身体を逸らしたりして避けた。

 

 

「だりゃぁっ!!」

 

 

 ダンッ!

 

 蓮夜は片足を持ち上げ、地面に強く叩き付けた。

 すると地面が蓮夜を中心に砕け散り、ファンのバランスを崩した。

 

 

「ぬわぁにぃ!?」

 

鬼神炎撃斬(きしんえんげきざん)!」

 

 

 蓮夜は両手の紅蓮に業火を纏わせ、力を込めた一太刀をファンに叩き付けた―――。

 

 

「ヒュ~、子供のくせに何よこの力」

 

「なっ!?」

 

 

 筈だった。

 だがファンは刀で剣を逸らして命中を免れていた。

 

 

「今のは良かったぞ。だがまだ無駄な動きが多いな。もっとこう―――」

 

 

 瞬間、ファンは紅蓮を刀で弾き飛ばし、ファンの喉に刃を添えた。

 

 

「速く、力強く、そして無駄なく動け」

 

「……くそっ」

 

「よーし、今日はここまでだ。明日ははやてにサプライズするんだろ?」

 

 

 ファンは刀を鞘に収め、何処かへと消した。

 蓮夜も紅蓮を広い、待機状態へと戻す。

 

 

「ああ。ってか刀何処にやってんだよ?」

 

「四次元空間」

 

「ドラ○もんかよ……」

 

 

 蓮夜は狸に間違われる猫型ロボットを思い出した。

 

 

「今日はなのはの家にフェイトを呼んでの食事だろ。疲れて眠ったりすんなよ?」

 

「しねぇよ………」

 

「……どした?」

 

「いや……」

 

 

 蓮夜はファンにある事を伝えるべきか迷っていた。

 蓮夜が知っている未来では、明日の夜、闇の書は覚醒し、激しい戦いが始まる。

 だが今はもうそれが正しいのか分からない。

 何かの因果か未来は変わり、覚醒が延びるかもしれない。

 若しくはもっと早く覚醒するかもしれない。

 

 

「……闇の書の事なんだけどよ……どこまで知ってんだ?」

 

「………クロノから聞いただろ。闇の書の本来の名前は『夜天の書』。数々の魔法を記録するようなものだったのが誰かの仕業により改変、狂い、壊れ、破壊しか行なわなくなってしまった代物」

 

「……それがさ、明日暴走するって言ったら、おっさんどうすんだ?」

 

「おっさんじゃない、お兄さんだ。……そうだな、流石の俺でも無事には済まないだろう。だがそれを前提で闇の書を消し去るだろうな」

 

「はやてを消すのか!?」

 

「消さん。あの娘には何の罪も無い。穢れも知らず、ただ皆が幸せでいてほしいと願う娘を、俺は必ず救い出す。消すのは闇だけでいい」

 

 

 ファンは拳を握り締め、蓮夜を見据える。

 ファンの瞳は覚悟を決めたような、真剣な眼差しだった。

 

 

「出来んのかよ? そんなこと」

 

「出来る出来ないじゃない、やるかやらないかなんだよ。そう誰かが言った」

 

「つまりやったことがねぇんだな。大丈夫かよそれで」

 

「さあ?」

 

 

 ファンは肩をすくめ、おどけた様に笑う。

 蓮夜は呆れ、今まで迷っていたのが馬鹿らしくなった。

 

 

「いいか、よく聞けよ? 明日、闇の書が覚醒する確立が高い。多分夜だと思う。それから変な仮面を着けた男が二人いるから、そいつらに気をつけろ。そいつらがヴォルケンリッターを蒐集して覚醒させるからな。それから―――」

 

「ああ、分かった分かった。もうそこまで言われたら十分だ。俺が何とかすっから。お前は気にせずクリスマスを楽しんどけ」

 

「………」

 

 

 明日、病院に行った時点でクリスマスを過ごせないのは確定すんだけどなとは言わず、蓮夜は取り合えず頷いておいた。

 

 

「んじゃ、エスティー! 頼むわー!」

 

「はい、では……」

 

 

 今の今までファンと蓮夜の事を眺めていたエスティナルに頼み、空間を切り開いてもらった。

 

 

 

 

「………」

 

「どうかしましたか?」

 

 

 皆が寝静まった時刻に、ファンは自室の窓から空を眺めていた。

 エスティナルはその様子を黒の寝間着姿で見ている。

 

 

「………」

 

「……蓮夜君が言っていた事ですか?」

 

「……ああ。アイツの眼は嘘をついていなかった。とすれば覚醒の確立は高いんだろう」

 

「……ファン」

 

「っ……おい」

 

 

 エスティナルはファンの腕を引っ張り、ベッドに押し倒した。

 

 

「今まで貴方は闇の書に直接は関わりませんでした。関わったとしても間接的。在り処を突き止め、それを報告。ただそれだけでしたのに……」

 

「………」

 

「しかし直接出会ってどう思いましたか?」

 

「……正直、ホッとした。ちゃんと笑顔で過ごせていた」

 

「ですが、貴方の事は忘れていた」

 

「っ……」

 

 

 エスティナルの言葉に、ファンは身体を震わせ、エスティナルから目を逸らした。

 

 

「何を怖がっているのですか? 貴方はあの罪を背負うと覚悟したのでしょう? だから私は貴方の手を取った。―――私を失望させるつもりですか?」

 

「っ……違う」

 

「なら行動しなさい。何時までも傍観者気取ってる訳にはいかないのです」

 

 

 エスティナルの容赦ない言葉にファンは歯を食い縛り、拳を握った。

 眼には薄っすらと涙が溢れていた。

 

 

「だけど怖いんだよ……また俺がこの手で壊してしまうんじゃないかって……」

 

「安心なさい。貴方は何度も多くの人を救ってきたじゃないですか。私はずっと見ていましたよ」

 

「………」

 

「だから安心して、心を強くしなさい。恐れずに、今度こそ彼女たちを救いなさい」

 

 

 エスティナルは優しく囁き、ファンの唇に自分の唇を押し付けた。

 

 

「んっ……」

 

「っ……えす、てぃ……」

 

「それとそろそろ……貰っても良いですわよね? 代価を……」

 

 

 ファンがエスティナルに払う代価の一つ。

 

 それは『精気』。

 

 エスティナルはソレを性行為によって喰らう。

 だがファンはこれに抵抗を感じている。

 ファンは真に愛した人としか行ないたくないと考えているからだ。

 

 そして、代価はもう一つある。

 この代価だけはこれだけを多く与えることで前者の代価を支払わずに済む。

 だからファンは図書館でソレを探したり、街を練り歩いて探していた。

 

 それは『悦び』。

 悦びを与えることで自然と精気がエスティナル自身から湧き出し、ファンから喰らわずに済む。

 精気とは生きる力、生命の根源力。

 そして悦びを与える事で精気が溢れる。

 

 だがしかし、エスティナルはある理由から少しのことでは悦びは感じられないのだ。

 だからこそ、代価としてもらっているのだ。

 性行為も、その悦びを感じる為である。

 

 『ゼロ』は決して万能ではない。

 全てを消し去る力は人の身ではあまりにも大き過ぎる。

 だからこそ、ファンはエスティナルとある事をすることで『ゼロ』を扱えるようにしている。

 それをする為に、ファンは『精気』と『悦び』を支払っている。

 

 

「……やらないと駄目?」

 

「駄目ですわ♪」

 

 

 

 

 翌日の夜まで時は進む。

 ファンは何時ものように黒のコートと刀を持って夜の空を飛んでいる。

 蓮夜の言うことが本当ならば、今晩、闇の書が覚醒してしまう。

 そしてそれを仕向ける者がフェイトを襲った仮面をつけた男の二人。

 ファンは病院の周りの空を飛びながらその男達を捜していた。

 

 

「………ん?」

 

 

 そして見つけた。

 ビルの屋上に立っていた。

 だが一人多い。

 銀髪で紫色のロングコートを身に纏い、背中には大剣を担いでいる。

 

 

――何だあの男……この変な感覚は……ッ!?

 

 

 ファンが空から男を観察していると、その男が空を見上げ、ファンと眼が合った。

 瞬間、男はファンの目の前に現れた。

 

 

「何!?」

 

「ふん……」

 

 

 男は不気味に笑い、ファンをいつの間にか取り付けていた鋼鉄の籠手で殴りつけた。

 

 

「ぐッ!」

 

 

 『ゼロ』を瞬時に発動し、威力を消したが、威力が強すぎたのか、即座には全て消しきれなかった。

 ファンは男から離れ、刀に手を添えた。

 

 

「誰だ、アンタ」

 

「それは此方の台詞だ。君は誰だ? 転生者かい?」

 

「……またそれか」

 

 

 転生者かと尋ねるということは、この男も転生者である可能性が高い。

 ファンはそう思い、蓮夜のように何か特殊な力を持っているのかもしれないと警戒した。

 

 

「俺はお前達が言う転生者ではない。が、転生者というのは知っている」

 

「そうかい。ではもう一つ聞くが、君はここで何をしているんだい? 空を飛んでいるとこから、君は魔導師かい?」

 

「そういうお前も魔導師か?」

 

「チッチッチ……」

 

 

 男は指を振り、笑みを浮かべた。

 

 

「私はそんなチンケな存在ではない」

 

「……?」

 

「私はこの世を統べる絶対的な支配者、崇高なる悪魔、“イヴァシリア・ムトス・エラフィクス”だよ!」

 

「……何?」

 

 

 イヴァシリア・ムトス・エラフィクス。

 その存在は伝説級の悪魔。

 聖王を導いたとされる最強の悪魔。

 それが自分だと、男は名乗った。

 それにファンは滅多に出さない低い声を漏らした。

 

 

「今日は私の妻の目覚めの日でね……邪魔はしないで欲しいんだ」

 

「……妻?」

 

「そう! 破壊と共に目覚め、私と二人で永遠を生きるのだよ! あははははははっ!!」

 

 

 イヴァシリアと名乗った男は狂ったように笑い出した。

 

 

「……それは、闇の書の管制人格のことか?」

 

「そうだよ! 彼女は私と共に永遠の愛を誓い、ずっと愛し合うんだ……!」

 

「………」

 

 

 ファンはそれを聞き、静かに刀を抜いた。

 

 

「……何だい? 君は邪魔をするつもりなのかい? だったら容赦はしないよ?」

 

 

 イヴァシリアも大剣を手に持ち、ファンに切っ先を向けた。

 

 

「このフォースエッジで斬り殺してあげるよ」

 

「…………黙ってろ、変態ナルシスト。貴様はここで……死んどけ」

 

 

 紫色の魔力剣を幾つも展開し、ファンは赤い目を光らせた。

 その瞳には、怒りが確かに込められていた。

 

 

 

 



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第二章第七話


 デビルメイクライは4までだった。
 少なくとも、俺はそう思う。

 銀髪ダンテ万歳。鬼ぃちゃん最高。




 

 

 

 紫と紅が夜空で駆け巡る。

 紫はファンの魔力光、紅はイヴァシリアの魔力光。

 ファンは刀を振るい、イヴァシリアは大剣を振るう。

 二つの刃が交わり、衝撃と火花が散る。

 

 

「チィ……!」

 

「くっ……!」

 

 

 もうこれで刃を交えた回数は三桁を超える。

 ファンは決して手を抜いてはいない。

 今出せる全力で刃を振るっていいる。

 

 なのに差をつけられない。

 それほどまでにイヴァシリアの実力は凄まじかった。

 だが向こうも向こうで自分が勝てない事に驚きを隠せていなかった。

 

 

「やりますね、この私がここまで苦戦を強いられたのは今までで貴方が初めてですよ!」

 

「ふん……戦いの経験が少ない証拠だ!」

 

「ではこれを糧に私は更なる高みへと進みましょうか!」

 

「ぐっ……!」

 

 

 ファンの刀を弾き、左足の鋼鉄の足で蹴りを喰らわせた。

 その鋼鉄の足は紅い魔力を帯びており、踝辺りには鋸が付いていた。

 

 

「遅い!」

 

 

 だがファンは紫色の魔力剣を展開し、足を受け止める。

 だが剣はあっという間に砕け散る。

 それでも少しばかりは時間は稼げた。

 ファンは瞬間移動のように後ろへ離れ、自身の周りに魔力剣を展開し、イヴァシリアに向けて射出した。

 

 

「ルーチェ&オンブラ!」

 

 

 イヴァシリアは両手に少し大きめの黒いハンドガンを展開し、剣を撃ち落としていった。

 

 

「実剣に実弾かよ……銃刀法違反の塊だな」

 

「刀を持っている君に言われたくないな!」

 

 

 イヴァシリアはそのままファンに向かって弾丸を放つ。

 だがファンは刀を手で回し、弾丸を刀身で受け止める。

 それからイヴァシリアの銃撃が止むと、ファンは横に刀を振るい、受け止めた弾丸を横一列に並べた。

 そしてその弾丸が重力に従って落ちる前に、刀身でイヴァシリアに向かって打った。

 その速度は銃から放たれた速度と同等だった。

 

 

「ふん!」

 

 

 イヴァシリアは大剣を横に薙ぎ払い、打ち返された弾丸を斬った。

 

 

「凄いですね……! まさか彼の悪魔と同じ芸当が出来るとは!」

 

「誰の事だ。だが貴様こそやる。弾丸をその大剣で弾くんじゃなくて斬るんだからな」

 

 

 ファンはイヴァシリアの外見と内面どちらも気に入らないが、戦いの実力だけは素直に褒めた。

 

 

「しかし残念です。久々に楽しみたいのですが、どうやら時間切れのようです」

 

「何―――っ!?」

 

 

 ファンはどこかのビルから爆発した紫色の魔力に驚き、息を呑み、そして見逃してしまった自身に怒りを覚えた。

 

 

「アハハハ! 覚醒した! 私の愛しい彼女が! 私が今お迎えに!」

 

「っ、待て!」

 

 

 イヴァシリアはファンの制止を無視し、その場から消えた。

 

 

「くそ! エスティ! 闇の書が! はやてが不味い! 今すぐに来い!」

 

 

 ファンは念話でエスティナルに連絡を取ろうとする。

 だが通信妨害が張られているのか、一向に繋がらなかった。

 

 

「くそ! また俺は!」

 

 

 ファンもその場から姿を消し、闇の書、はやての下へと急いだ。

 

 

 

 

――くそ……結局こうなるのかよ! ってかあのおっさんは何してんだよ!? 食い止めるんじゃなかったのかよ!

 

 

 蓮夜はなのは、フェイトと共に空で、はやて、否、闇の書の管制人格の姿をした女性を睨んでいた。

 蓮夜は仮面をつけた二人の男、その正体を知っており、ヴォルケンリッターと戦っている時に襲撃すると言う事も知っていた、

 だから蓮夜はそれを阻止しようと考えていたのだが、蓮夜にとっての強敵、ルシファルが現れてそれど頃ではなくなってしまったのだ。

 そしてその仮面の二人…クロノの師匠であり、管理局のギル・グレアム提督の双子の猫の使い魔であるリーゼアリアとリーゼロッテにより、ヴォルケンリッターのリンカーコアを蒐集され、闇の書は完成し、はやての身体を乗っ取った。

 ルシファルも蓮夜達と離れ、笑みを浮かべながら様子を伺っていた。

 

 

「デアボリックエミッション」

 

「っ!」

 

「空間攻撃……!」

 

 

 闇の書である女性が魔法の名を呟き、彼女の上空に凝縮された闇が解き放たれる。

 それは巨大な球体となり、全てを呑み込み始めた。

 

 

『ラウンドシールド』

 

 

 なのはは前方にシールドを展開し、呑み込まんとする闇を防ぐ。

 だが……。

 

 

「うっ……限界……!」

 

「なのはっ!」

 

「くそっ!」

 

 

 蓮夜はなのはの前に飛び出して反射で闇を弾き返えした。

 やがて闇は治まり、蓮夜たちはその隙に離れたビルの陰に隠れた。

 

 

「大丈夫か、なのは?」

 

「うん……ありがとう、蓮夜くん」

 

「ああ……」

 

 

――どういう事だ? なのはの盾が突破されかけた? やっぱり何か変わってやがる。しかも最悪な方向に。

 

 

 蓮夜はこの世界が変わり始めて、いや、変わっていることを確信した。

 転生者がこの世界に現れ、物語に関わった事で物語が変わっている。

 しかも良い方に変わっているのではなく、最悪な方向に変わっている可能性が高かった。

 

 

「くそっ! おっさんは何してんだ―――っ!」

 

 

 蓮夜は無意識の内に出た言葉に驚いた。

 今までなら自分だけで全て解決出来ると思っており、誰の手も借りようとしなかった。

 

 だがたった今、蓮夜はファンを頼りにしていた。

 出会った頃から気に食わなかった筈のファンに、今では戦いの術を教えてもらっている。

 

 

――……けっ、何弱気な事吐いてやがる! なのはも言ってただろ、俺は最強で最高な主人公だって!

 

 

 蓮夜はビルの屋上にいる闇の書を睨みつけ、同時にルシファルの存在を探した。

 

 

――奴は何をするつもりなんだ? シグナム達が蒐集された今、アイツが取る行動は……俺達、いや、俺以外のなのは達との共闘か? なら俺を先ず始めに誰にもばれないように消すはずだ……。

 

 

 と、蓮夜がルシファルの行動を推測していると、ユーノとアルフが駆けつけてきた。

 すると街が闇の書が展開した結界に包み込まれ、人が消えた。

 

 

「私達を狙ってるんだ……」

 

「今、クロノが解決法を探してる。援護も向かってるんだがまだ時間が……」

 

「それまで、私達が何とかするしかないか……」

 

「……悪い、俺は単独行動を取らせてもらうぜ」

 

「な、何言ってんだい!? 今がどんな状況か分かってんの!?」

 

 

 突然の蓮夜の申し出にアルフが反対した。

 だが蓮夜は今までに無い、意志を込めた眼で皆を見る。

 

 

「やらなくちゃならねぇ事があんだよ」

 

「……それはこれに関係することなのかな?」

 

「ああ」

 

 

 はっきりと答えた蓮夜に、なのはは満足したのか気持ちよく頷いた。

 

 

「じゃあ、行ってきて良いよ!」

 

「なのは!?」

 

「なのは、何で!?」

 

 

 フェイトとアルフが驚くが、なのはは笑顔で言った。

 

 

「でも! ちゃんと帰ってきてね! 皆待ってるから!」

 

「……わーってるよ。おいユーノ!」

 

「な、何!?」

 

「……ちゃんと守れよな」

 

「……へ?」

 

 

 いつもユーノに対して厳しかった蓮夜が、まるで別人のような態度で伝えた。

 それにユーノは信じられないと言いたげに驚いた。

 

 

「んじゃま、そういうこった!」

 

 

 蓮夜は顔を背けて一人空を駆けた。

 

 

「……なのは、夢じゃないよね?」

 

「うん! 夢じゃないよ!」

 

「……出来れば夢であって欲しかった。何か怖い」

 

 

 

 

「……何の真似です?」

 

「そりゃこっちの台詞だ」

 

 

 闇の書がいるビルからほんの少しだけ離れた場所で、ファンとイヴァシリアは再び対峙していた。

 

 

「どうあっても私の邪魔をするのですか?」

 

「貴様と闇の書に一体何の関係がある?」

 

 

 ファンはイヴァシリアの問いに答えず、問いを投げた。

 

 

「貴方に話す必要は無いでしょう?」

 

「いいやあるね。今の闇の書の主は俺の知り合いでね。訳の分からない男にはいそうですかって渡せる訳が無いだろう」

 

「別にあんな小娘はどうでもいいですよ」

 

「――――」

 

「私が求めているのは闇の書の意志、管制人格なのですから」

 

「―――――った」

 

「はい?」

 

「―――つった」

 

「ちゃんと喋りなさい。今こうしていること事態面倒なのですか―――」

 

「今何っつった!? ああ!?」

 

「っ……!」

 

 

 ファンは全身から紫色の魔力を溢れさせ、イヴァシリアを赤い目で睨みつけた。

 その表情はまさに怒りそのもの。

 

 

「あのような優しい娘をあんな小娘だと!? あんな家族思いで、心から優しい娘がどうなってもいいだと!? あまりこの俺を怒らすな! 殺すぞ!!」

 

 

 ファンはその場から消え、イヴァシリアの懐に現れた。

 そして顎を打ち抜き、イヴァシリアを吹き飛ばす。

 

 

「がっ……!? や、やりましたね……この私を殴りましたね!?」

 

「黙れ青二才! たかが数十年生きただけで調子に乗るな!」

 

 

 更に魔力を噴き出し、ファンを中心に闘気が発生し、回りの建物に亀裂を入れた。

 

 

「何が伝説の悪魔だ! この三下が!」

 

「さん―――……いいでしょう。この私の力、存分に味わいなさい!」

 

 

 イヴァシリアも紅い魔力を全身に纏い、大剣に魔力を纏わせた。

 

 

「来いよ、本当の“悪魔”がどう言ったモノなのか見せてやる」

 

 

 

 

 ファンがイヴァシリアと激突したちょうど同じ頃、蓮夜もルシファルと対峙していた。

 蓮夜の予想通り、ルシファルは蓮夜を消す算段だったのか、単独行動に出たらすぐに自分から現れた。

 

 

「フハハハ! また会ったな、雑魚!」

 

「会った? テメェから会いにきたんだろ? 格下」

 

「……王たる我を格下と申すか、この下衆」

 

 

 ルシファルは籠手を装着し、蓮夜を睨みつける。

 蓮夜も紅蓮を構え、ルシファルを睨みつける。

 

 

「アレほど力の差を知った上でまだそんな眼が出来るか。これはとんだ大物かただの馬鹿だな」

 

「馬鹿ね……テメェの様な中二病よりはマシだな」

 

「貴様ぁ……! その愚かさを悔いて死ね!」

 

 

 ルシファルはその場から消え、蓮夜の前に現れた。

 そしてルシファルは拳を蓮夜の顔面に向けて放つ。

 

 

「……ケケッ」

 

「何ぃ……?」

 

 

 だが蓮夜は右手の紅蓮で拳を受け止めた。

 

 

「どうした? テメェの言う下衆に受け止められて悔しいかぁ?」

 

「……調子に乗るな、下郎!」

 

「っ!」

 

 

 ルシファルは拳と蹴りを何度も放つ。

 それに対し蓮夜は冷静に紅蓮でそれを捌いていく。

 

 

――すげぇ……攻撃が見える……けっ、あのおっさんのお陰ってか!

 

 

「貴様……多少は強くなったようだな」

 

「多少? たったそれだけか?」

 

「っ!」

 

「今度はこっちの番だ!」

 

 

 ルシファルの拳を弾き、紅蓮と蹴りの攻撃を繰り出す。

 紅蓮に炎を纏わせ、蹴りにはベクトル操作を加え、凄まじい攻撃を与えた。

 

 

「くっ、このぉ!」

 

「ぜららららららららああ!!」

 

 

 今までのような無駄だらけの動きではなく、鋭い動きでルシファルを攻撃していく。

 ルシファルも拳と脚で攻撃を防いでいくが、ベクトル操作が働いている蹴りだけは触れずにかわしている。

 

 

炎絞刺衝(えんこうししょう)!」

 

「何!?」

 

 

 紅蓮に纏っていた炎が渦巻き、鋭い槍となってルシファルの頭を貫いた。

 

 

「これで三回目だ!」

 

 

 十二回の内三回、ルシファルの命を奪った。

 これであと九回殺せばルシファルは死ぬ。

 

 

「今の内に……」

 

 

 蓮夜は再生を始める身体に紅蓮で斬りかかるが、その攻撃がAランクの攻撃ではない故か傷一つつかなかった。

 

 

「チッ、なら準備だ」

 

 

 蓮夜は紅蓮の柄頭を連結させて一本の剣にした。

 それからルシファルから少し離れ、投擲に構えを取った。

 

 

――ゲイ・ボルクなら二つ三つは削れるはずだ。また再生している内に持てる全ての技を出し切ればコイツは……っ!

 

 

 蓮夜はルシファルが再生された瞬間、紅蓮を投げつけた。

 そして紅蓮は真っ直ぐルシファルの心臓に進み―――。

 

 

「調子に乗るなと言った筈だ、(ゴミ)が」

 

 

―――胸に直撃する前にルシファルは紅蓮を掴み取った。

 

 

「なっ!?」

 

「―――フン!」

 

 

 そして強く握り締め、砕き、紅蓮は落ちていく。

 

 

「馬鹿な……!?」

 

「馬鹿な? いやこれが現実だ。何が刺し穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)だ。神話の宝具を再現できるわけが無かろう。まあ、威力はそこそこある。それだけは認めよう」

 

「くっ……」

 

 

 確かに、蓮夜の先ほどの攻撃はゲイ・ボルクを真似て作ったものであり、必中の槍ではない。

 ただ命中率がとてつもなく、威力が高い攻撃というだけである。

 

 だがそれでも威力は高い。

 それをルシファルは片手で受け止め、砕いたのだ。

 

 

「我をここまでさせたのは貴様が始めてだ。褒美に我の力を冥土の土産として教えてやろう」

 

 

 ルシファルは拳を握り締め、蓮夜を睨みつけた。

 

 

「先ずはあり得ない程の高い身体能力。二つ目は王に相応しい魔力量。三つ目は十二の試練(ゴットハンド)。そして―――」

 

「っ―――!」

 

「時間氷結だ」

 

 

 ルシファルの両目が赤く光り、まるで悪魔のようだった。

 

 

「……んだよ、それ」

 

「ふん……」

 

「……? っ―――!?!?」

 

 

 ルシファルが笑った瞬間、蓮夜の全身が殴られた様に捻れた。

 

 

「がはっ―――!?」

 

「ふん、停止していても反射は生きているか……」

 

 

 ルシファルは少しばかり焦げた拳を軽く振った。

 

 

「て、停止……だぁ?」

 

「そう……時間の氷結とは停止! 故に貴様は我に勝てる見込みは無い!」

 

「がふっ―――!」

 

 

 また全身を殴りつけられ、蓮夜は血を吐いた。

 

 

「く、くそぉ……!」

 

「すぐには殺さん。じっくりと己が如何に大罪を犯したのかその身に叩き込んでやろう!」

 

「チィ……!」

 

 

 

 

 ファンはイヴァシリアを睨みつけ、刀の切っ先を向けていた。

 

―――全身切り傷で血だらけになって。

 

 

「はぁ…はぁ……ぺっ」

 

 

 ファンは口に溜まった血を吐き捨て、血を拭き取った。

 

 

「もう分かったでしょう? 貴方では私には勝てない。大人しく退きなさい」

 

「チッ、ナルシストのくせに剣技だけはなかなかどうして……」

 

「さあ! もう退きなさい!」

 

「黙れよ、ドブ男。貴様を“アイツ”に近づける訳にはいかないんだよ」

 

「……そうですか。では仕方がありません。これで終わりにしましょう」

 

 

 イヴァシリアは白い大剣を天に掲げた。

 

 

「見なさい、これが伝説の悪魔の真の力です!」

 

 

 大剣に紅い魔力が集中していき、剣の形が変わっていく。

 禍々しく、強大で、神々しい魔剣へと。

 

 

「さあ! スパーダ! 私と共に彼の者を討ち滅ぼそうぞ!」

 

 

 紅い雷が天から飛来し、イヴァシリアの身体に直撃した。

 すると、イヴァシリアの身体が人の身からまさに悪魔の姿へと変わった。

 大きな二本の角、二対の羽、強靭な黒い皮膚、赤い目。そして手には魔剣スパーダ。

 この存在だけで、如何なる敵も敵ではなくなりそうだった。

 

 

「………」

 

『さあ! 我が剣を受けてみよ!』

 

「……断る」

 

 

 ファンは臆することなく刀を構え、目の前の悪魔を睨みつけた。

 

 

 

 



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第二章第八話



 事態は急展開を迎える!




 

 

 蓮夜は何とかその場から動こうとした。

 だが気づけばもう全身を殴られている。

 絶対氷結で時間を止められ、ルシファルに全身を殴られる。

 そして時が動き出すとダメージを受ける。

 もうこれを何度も繰り返しており、蓮夜の全身はボロボロだった。

 骨も数本折れてしまっている。

 

 

「クソがっ……!」

 

「ほほぅ、まだそこまでの元気があるか。中々しぶといな」

 

 

――どうすりゃいいんだ!? 奴には十二の試練(ゴットハンド)で防御面はチート、攻撃も時間を止めてからだから防御も出来ねえ! 一体どうすりゃいいんだよ!?

 

 

「ふん、そろそろ終いとしようか」

 

「ええい! 火炎斬波―――」

 

「止まれ!」

 

 

 蓮夜が斬撃を飛ばした瞬間、ルシファルは時を止める。

 そして蓮夜に近付き、蓮夜の腹に力の限り拳を叩き付けた。

 ルシファルは蓮夜から離れ、時を進める。

 

 

「――――ごはっ!?」

 

 

 蓮夜の身体に衝撃が貫き、蓮夜はビルの中に吹き飛ばされた。

 

 

「ぐ……チクショウがぁ……!」

 

『マスター、大丈夫ですか?』

 

 

 戦いの最中、何とか回収出来た紅蓮が蓮夜の安否を確認する。

 

 

「ったりめーだ! あんなクソったれにやられるかよ!」

 

『では私の言う通りにしてください』

 

「何?」

 

『私にありったけの魔力を込め続けて下さい』

 

「何言って―――まさか……」

 

『マスターの察しの通りです』

 

 

 蓮夜が紅蓮と会話している時、ルシファルは蓮夜を吹き飛ばしたビルを眺めていた。

 

 

「ふん、動きが無いな……死んだか?」

 

 

 ルシファルが笑みを零した瞬間、ビルの中から紅い斬撃が飛び出してきた。

 

 

「ふっ、まだ死んでなかったか」

 

 

 斬撃を手の甲で弾き、体内で魔力を循環させ身体を強化していく。

 

 

「ぞらぁあああああ!!」

 

 

 蓮夜がビルから飛び出し、ルシファルに向かって左手の紅蓮を突き出す。

 

 

「血迷ったか下衆!」

 

 

 ルシファルは時を止め、蓮夜へと近付く。

 そして拳を振り上げ―――。

 

 

『インフェルノ』

 

「何っ!?」

 

 

 蓮夜を中心に大爆発を起こし、ルシファルを呑み込んだ。

 

 

「―――っ、ぜらぁ!」

 

「―――クソが!」

 

 

 時が流れ出し、蓮夜はルシファルに斬りかかる。

 ルシファルは籠手で受け止め、再び時を止める。

 

 

「この餓鬼が!」

 

『炎穿陣』

 

 

 豪炎の壁がルシファルを消滅させる。

 しかしすぐに再生され、ルシファルは一旦蓮夜から離れる。

 

 

「貴様……」

 

「……成程。お前のそれ、欠点があるな。無機物には効果が無い。時を止めるといってもそれは体感時間だけ。だから筋肉と意識が止まるだけ。体内の流れは止まらない」

 

「……チッ、インテリジェントデバイスが防御を突破するほどの魔法を……」

 

「良く考えればお前のチートって十二の試練だけだな。何が王だよ? バッカ馬鹿しい! テメェが王だったらおっさんは神だよ!」

 

「王を愚弄するか! 恥を知れ!」

 

「恥を知るのはテメェだ! テメェのような勘違い野朗が王を名乗ってんじゃねえぞ! そのアホくせぇ考え、この俺様と紅蓮で跳ね返してやらァ!」

 

 

 ルシファルの命はあと七つ。

 あと六つ奪い、追い詰めればルシファルは終わり。

 蓮夜は残りの攻撃方法を頭の中で導き出し、勝利へと向かって動き出す。

 

 

「残りの命一気に奪ってやらぁ!」

 

 

 蓮夜はルシファルに向かって駆け出し、紅蓮に魔力を込めた。

 

 

「くっ! 止まれ!」

 

「―――」

 

 

 蓮夜は止まる。

 だが紅蓮だけは止まらない。

 紅蓮は蓮夜から送られた魔力を使用し、魔法を発動する。

 

 

『複射波動・斬滅波』

 

 

 紅蓮から灼熱の波動が放たれる。

 ルシファルはその効果範囲を避ける事は出来ないと考え、前方に魔法障壁を展開する。

 だが波動は蓮夜の前方全空域に広がり、障壁の裏側―――ルシファルへと侵食していった。

 

 

「な、何ぃ!?」

 

 

 灼熱の波動はルシファルを侵食していき、ルシファルの体内から焼き尽くしていった。

 

 

「―――んあ? 複射波動か。これ防ぐには全体防御しかねぇぜ?」

 

「―――こ、このぉ!」

 

「あ? もう氷結は使わねぇのか!?」

 

 

 ルシファルは時間氷結を使わずに己の身体だけで蓮夜に勝負を挑んだ。

 

 

「紅蓮! 出し惜しみナシだぁ! あのおっさんに“教えられた技ァ”! やってやらぁ!」

 

『了解。術式解放、第一から第四までの門を開きます』

 

 

 蓮夜の身体から紅い魔力が溢れ出し、蓮夜自身を包み込んだ。

 

 

「第一……」

 

「ふん!」

 

 

 ルシファルは蓮夜の顔面に向けて拳を放ったが、蓮夜は顔をずらす事でそれを避けた。

 そしてそのまますれ違うように駆け抜けた。

 紅蓮を振り払った状態で。

 

 

紅光一閃(こうこういっせん)!」

 

 

 紅い魔力剣になった紅蓮でルシファルの身体を両断した。

 そしてまたすぐにルシファルの身体は再生される。

 

 

「第二……」

 

 

 蓮夜から溢れる魔力が更に濃度を増し、移動速度が増した。

 

 

「くそっ!」

 

 

 ルシファルは蓮夜に向かい、蹴りを放った。

 だが蓮夜はルシファルの真上に回避し、魔力剣と化した紅蓮を交差させて振り払った。

 

 

紅光千衝閃(こうこうせんせようせん)!」

 

 

 ルシファルの頭上からの激しい二つの紅い光刃を放ち、ルシファルを呑み込む。

 

 

「第三……」

 

 

 更に魔力の濃度と速度が増し、紅蓮は柄が曲がり、銃と変形した。

 再生された身体に狙いを定めて、トリガーを引いた。

 

 

煉獄衝破(れんごくしょうは)!」

 

 

 灼滅の砲撃が放たれ、ルシファルの身体を溶かしていく。

 

 

「第四……」

 

「―――嘗めるなよぉ!!」

 

 

 ルシファルは再生を一瞬で終わらせ、蓮夜から離れる。

 もうこれ以上命を削られては後が無いと思ったのだろう、ルシファルも自身の全力を出す。

 

 

「無双の極地、王の領域、我が拳を受けよ!!!」

 

 

 ルシファルの足元に緑の魔法陣が展開され、ルシファルの魔力が爆発する。

 そして背後に鬼が魔力で形作られ、掲げた拳に鬼が吸収される。

 

 

「例え魔力が跳ね返されようとも! この拳だけは弾き返されん! 反射という壁は王にとって低い!」

 

「……けっ、無駄無駄ぁ!!」

 

 

 蓮夜は口の両端を吊り上げ、紅蓮を一つの剣に変形させた。

 

 

「これで!」

 

「最後だ!」

 

煉獄(れんごく)―――」

 

王神(おうじん)―――」

 

 

 紅蓮に魔力が収束され、巨大な紅い魔力剣と進化した。

 拳に緑の魔力が渦巻き、万物を砕く王の拳と化した。

 

 

「―――剛斬(ごうざん)!!」

 

「―――滅拳(めっけん)!!」

 

 

 剣と拳がぶつかり合い、激しい衝撃が発生する。

 剣は拳を叩き切らんとし、拳は拳を砕かんとす。

 

 

「があああああああああああああああっ!!!」

 

「はあああああああああああああああっ!!!」

 

 

 そして、力の均衡は崩れ去った。

 剣は砕け散り、拳は斬られた。

 

 

「まだまだぁ!」

 

 

 ルシファルは蓮夜に突撃し、もう片方の拳を叩き込もうとする。

 

 

「バァカがぁあ!!」

 

 

 砕け散った剣の破片は消えず、蓮夜とルシファルの周りを吹雪のように回り始めた。

 

 

「どぉおおお!!」

 

「ハァッ!」

 

 

 ルシファルが突き出した拳を、蓮夜は頭突きで受け止めた。

 ベクトル操作でルシファルの拳を任意で操った。

 ルシファルの拳は蓮夜に直撃する前に拳を寸止めの要領で引いている。

 ならその向きに力の働きを向けさせばいい。

 ただそれだけ。

 

 

「なっ……!?」

 

「止めだ―――!」

 

 

 周りで吹雪く破片が一斉にルシファルへと襲い掛かる。

 

 

煉獄翔刃(れんごくしょうじん)!」

 

 

 煉獄の炎と化した破片がルシファルの身体を貫き、焼き切り、焼き付ける。

 

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 

 ルシファルは死んだ。

 これで残りの命は一つ。

 もう次は無い。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…ゴホッ!」

 

『マスター、術式を封印します。これ以上は身体が持ちません』

 

「けっ……餓鬼の身体には厳しいな……。おっさんには第一までで止めとけって言われてたっけか……」

 

 

 紅い魔力は次第に収まり、蓮夜は満身創痍で再生されていくルシファルを睨んだ。

 

 

「……よくも我の命を奪って行ったな……!」

 

「けけっ、あと一つだがどうすんだぁ? 大人しく尻尾巻いて逃げるかぁ?」

 

「……今の貴様にはもう何も出来んだろ。それに対し我は再生して元通り。やることは一つだろう」

 

 

 ルシファルは拳を握り、蓮夜を睨み返した。

 

 

「……どうしてもやんのか?」

 

「何だ? 今更殺しは嫌だといいたいのか? 貴様も他の転生者共を殺してきたんだろうが! この世界は我のものだ! 全て! その為に我は全てを殺してきた! これからもそうだ! 邪魔をする者は全て抹消する!」

 

 

 ルシファルは蓮夜に襲い掛かり、拳を振りかぶる。

 

 

「……二つ訂正する部分がある」

 

「はああああ!」

 

「先ず一つ、俺は別に殺しを否定しねぇよ。邪魔なものは潰す。ただそれだけ」

 

「―――っ!?」

 

 

 ルシファルは眼を見開き、拳を振りかぶったまま蓮夜を通り過ぎた。

 

 

「そして二つ……テメェでは俺に勝てねぇんだよ」

 

 

 蓮夜を通り過ぎたルシファルは、心臓部分から爆発し、身体が四散した。

 

 

「な……ぜ……?」

 

「まだ喋れるのかよ。何にもしてねぇよ。ただ破片をテメェの中に残しておいただけだよ」

 

 

 ルシファルはこれで全ての命を失った。

 即ちルシファルという転生者はこの世から消え去った。

 

 

「……っくしょう、ダメージ受けすぎた……。紅蓮、頼むぜ……」

 

『了解』

 

 

 蓮夜はビルの屋上に着地し、その場に崩れ落ちた。

 紅蓮は自身に内蔵されている治癒魔法を蓮夜に施し、少しだけだが受けた傷を回復していく。

 

 

――あ~、何か忘れてる気がすんぜ……。何かここにいちゃヤバイような……。

 

 

 蓮夜は寝転び、何気なしに空を見た。

 その途端、血の気が引いた。

 夜空に浮かぶピンク色の光。

 それを見て蓮夜は何を忘れていたのか思い出した。

 

 

「ヤベェ! スターライトブレイカー!」

 

 

 その光は闇の書が放つスターライトブレイカー。

 放たれれば蓮夜がいるビルを呑み込む。

 蓮夜には反射があるが、デアボリックエミッションを受けきれなかったなのはには恐らくひとたまり無いだろう。

 

 

「助けに―――いっ!」

 

『まだ無理です。これ以上は動けません』

 

「無理でもなんでも―――!」

 

 

 蓮夜が無理をして立ち上がろうとしたとき、ピンク色の閃光が地上へと向かって放たれた。

 閃光は地面に直撃し、ドーム上に広がっていく。

 蓮夜がいるビルも呑みこまれたが、反射で自身にダメージは無い。

 だがこれ程の威力、なのはたちには到底受け止めきれない。

 やはり何処かで最悪な方向に変わっている。

 

 

「チクショオォォォォォォ!! なのはぁぁぁぁぁああ!!」

 

 

 蓮夜はなのはの名を叫び、何も出来ない自分の無力さに憤りを感じた。

 

 ―――刹那。

 

 ピンクのドームを、紫の閃光が両断した。

 その直後、ピンクの魔力は消えていった。

 

 

「………あの光は……おっさん?」

 

 

 蓮夜は空に視線を動かし、ファンの姿を探した。

 そして見つけた。

 

 

「―――は?」

 

 

 異形な姿の悪魔が、ファンの胴体を手に持つ魔剣で貫いている姿を。

 

 

 

 

 時は遡り、ファンと姿を変えたイヴァシリアが鍔迫り合いをしていた。

 

 

『アハハハハハ!』

 

「チィッ!」

 

 

 夥しい魔力と、凄まじい怪力によりファンは押される。

 

 

『どうしたんですか!? 私を殺すのではないのですか!?』

 

「二重音声で喋るな! 喧しい!」

 

 

 ファンは周りに紫の魔力剣を展開し、イヴァシリアに向けて射出する。

 

 

『そんなもの!』

 

 

 だがそれはイヴァシリアが纏う紅い魔力により弾かれる。

 

 

「このナルシストが! 俺の教え子と同じ魔力光とか腹立つんだよ!」

 

『寧ろ光栄に思いなさい! 伝説の悪魔と同じ色なのですよ!』

 

「何が伝説の悪魔だ! 貴様が悪魔ならリンディは魔神だ! 悪魔の神と書いて魔神だ!」

 

 

 リンディが聞いたら絶対に怒りの鉄槌どころではない何かが送られるだろう。

 

 

『そろそろ終わりにしませんか!? 私は早く彼女の元へと行きたいのですよ!』

 

「……術式解放、第一の門展開!」

 

 

 ファンの全身から紫色の魔力が噴き出し、力が湧き出す。

 

 

『ほう?』

 

「はぁあっ!」

 

 

 ファンは魔剣を弾き、イヴァシリアの胴体へと刀を払う。

 対しイヴァシリアは魔力を纏った拳で受け止めようとするが、ファンの『ゼロ』により魔力は消され、拳は二つに斬れた。

 ファンはイヴァシリアを蹴り飛ばし、距離をとった。

 

 

『ほぉ……まさか私の魔力を斬るとは……』

 

「こっからが本番だ……泣いて詫びるなら今の内だぞ?」

 

『詫びる? 貴方は自分の身体の状態を理解しているんですか?』

 

 

 ファンはまさにボロボロだった。

 身体全身に切傷があり、血だらけで、決して浅くは無い。

 今の今まで動けていたのが信じられないほどに。

 息も乱れ、肩を大きく動かしている。

 そしてファンの力『ゼロ』は決して万能ではない。

 自身の体力に比例して効力は変わる。

 今のような傷だらけで、体力の消耗が激しい状態では満足に使えない。

 

 

――確かに、このまま戦い続ければ間違いなく死ぬだろうな。『ゼロ』も今の状態では満足に使えないし。だがそれは“このまま”の話だがな。“アレ”を行なえば敗走は無い。だがアレは……。

 

 

 ファンは躊躇った。

 あの力を使えばファンが一番恐ろしいと思える事が怒るかもしれないから。

 だから使えない、使わない。己の為に。

 

 

「……使わずにやるしかないか」

 

『何か?』

 

「―――術式解放、第五の門展開!」

 

 

 ファンの魔力が更に溢れ出し、刀に全て集まっていく。

 

 

「この一太刀、貴様に手向ける太刀となろう!」

 

 

 鞘を消し、魔力を渦巻き収束しながら大太刀となった刀を持つ右手を後ろに回し、身体を右に捻り、構える。

 

 

『ほぅ……ならば私も!』

 

 

 イヴァシリアも魔剣に紅い魔力を暴風の如く纏わせ、突きの構えを取る。

 

 

「奥義―――!?」

 

 

 ファンはチラリと視界に入った光に眼を疑った。

 

 

――不味い……あれはスターライトブレイカー!? あれを撃ったら……!

 

 

『行きますよ……!』

 

 

――蓮夜は兎も角フェイトたちが……!?

 

 

『はああああっ!!』

 

「っ!?」

 

 

 イヴァシリアは紅い台風となってファンに迫る。

 今更技の発動を止めてスターライトを止めにはいけない。

 かといってこのまま見過ごせばフェイト達に甚大な被害が出る。

 

 

「―――――このぉぉぉぉおおおおおおお!!」

 

 

 ファンは大太刀を振り抜いた。

 大太刀の刀身が伸び、空を切り裂く。

 そしてイヴァシリアの“頭上を通り過ぎた”。

 

 

「消えろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 

 ファンは全身全霊で『ゼロ』の力を刀身に纏わせ、地面に直撃し、ドーム状に広がっているスターライトを切り裂き、全てを消し去った。

 

 

「―――ごはっ!?」

 

『まったく、何を……』

 

 

 イヴァシリアを無視しての行動は、自身の身体に魔剣を貫かせるという結果を残した。

 渦巻く魔力が身体を削り取っていき、ファンに致命傷を与えていく。

 

 

「――――ファン!!!」

 

『っ!? 何!?』

 

 

 女性の叫び声と共に赤黒い雷がイヴァシリアを襲った。

 イヴァシリアは魔剣を抜き取り、雷を打ち払ってファンから離れた。

 

 

「ファン!! ファン!! しっかりなさい!!」

 

「っ――――ぁ―――!!」

 

 

 身体に大きな穴が開いたファンを受け止めたのはエスティナルだった。

 エスティナルはファンを抱きかかえ、ファンに傷を与えた張本人、イヴァシリアを怒りの眼で睨みつける。

 

 

「よくも……!」

 

 

 エスティナルの周りに赤黒い雷が発生し、まるでそれが怒りを表しているようだった。

 

 

『何ですか貴女は……。貴女も邪魔をするつもりですか?』

 

 

 イヴァシリアは魔剣の切っ先をエスティナルに向け、再び魔力を暴風の如く纏わす。

 

 

「っ……今は……!」

 

 

 エスティナルはすぐにイヴァシリアを八つ裂きにしたかった。

 だがそれを行なえばファンが死んでしまう。

 エスティナルはファンの傷口を押さるがドバドバと血が溢れ出す。

 

 

『もう本当にこれで―――』

 

 

 イヴァシリアが言葉を終わらせる前に、イヴァシリアの上から標識が振ってきた。

 

 

『何?』

 

 

 イヴァシリアはそれを叩き切り防ぐが、次々と電柱、看板、戦いで生じたビルの瓦礫がイヴァシリアの頭上に現れ落ちてきた。

 

 

『一体何なんですか?』

 

 

 イヴァシリアはファンとエスティナルから離れ、落ちてくるものから回避行動を取る。

 

 

「“神楽”! 今はファンを!」

 

 

 エスティナルがそう叫ぶと、ファンとエスティナルの前に一人の短い黒髪の少女が何も無い空間から現れた。

 

 

「っ!? “お義父さん”!?」

 

「神楽! 今はここから離れます!」

 

「う、うん!」

 

 

 神楽と呼ばれた少女は頷き、ファンとエスティナルの身体に触れ、その場から消えた。

 

 

『今のは……。まあいいでしょう。そろそろ準備をし始めないと間に合いそうにありませんしね』

 

 

 イヴァシリアは姿を元の人の姿に戻り、夜空へと消えていった。

 

 

 

 

 消えた三人は結界内であるが戦闘空域から離れた場所に姿を現した。

 

 

「剣誠! 剣誠は何処ですか!?」

 

「こ、ここだはあっ!?」

 

 

 剣誠と呼ばれた黒髪のツンツンの少年が走ってきて派手にこけた。

 

 もう一度言う。

 派手にこけた。

 

 

「ケン! ふざけてる場合じゃないの! お義父さんが大変なの!」

 

「うぇ!? 義父さん!?」

 

「早くアンタの回復魔法で何とかしなさいよ!」

 

「あ、ああ!」

 

 

 剣誠は黒い手袋をしていない左手をファンの傷口に当て、淡い光を発した。

 

 

「キュア!」

 

 

 光がファンの傷を癒していき、ファンの顔色も心成しか良くなってきた。

 

 

「ファン! しっかりなさい!」

 

「く……え…エスティ……?」

 

「神楽と剣誠もいますよ」

 

「な…に……?」

 

 

 ファンは傍に居る子供たちを見て驚いた表情を浮かべた。

 

 

「なんで……?」

 

「だってやっぱりじっとしてられないよ! 知ってるからには何かしたいもん!」

 

「そうだぜ! それにこれで義父さんが死んだら意味ないじゃんか!」

 

「馬鹿! 縁起でも無いこと言わない!」

 

「いって!?」

 

 

 ファンが大怪我をしているのにも関わらず、二人は喧嘩をし始めた。

 

 

「ファン、貴方と言うほどの方がどうしてこれほど……」

 

「なに……油断してただけだ……」

 

 

 ファンは剣誠のお陰で立てるようになり、大きく深呼吸してから三人に視線を向けた。

 

 

「二人とも、ありがとな。あとはエスティと俺で何とかするから」

 

「何とかって、どうするの!?」

 

「……あのナルシスト野朗を叩き潰して、あの防衛プログラムからはやてを引っ張り出す」

 

「前者は兎も角、後者は大丈夫だって! 自分で解決しちゃうから!」

 

「でもあのスターライトブレイカー、どう見ても威力が桁違いじゃなかったっけ?」

 

「うっ……」

 

 

 剣誠の冷静な指摘に言葉を詰まらせる神楽。

 

 神楽と剣誠は蓮夜と同じ転生者であり、この世界で家族を失い、独りでいるところをファンとエスティナルが拾い、ファンが自身の子供として育てている。

 そして転生者な故に、蓮夜と同じくこの世界の成り行きを知っている。

 とは言っても知っているのは神楽だけであり、剣誠は知らない。

 転生者であるがこの世界の成り行きを知らない者もいるのだ。

 

 

「神楽の話じゃ、なのはって女の子がシールドで防ぐんだろ? でもあれはどう見ても無理じゃ―――」

 

「ぅぅ分かってるわよ!」

 

「ぎゃっ!?」

 

 

 神楽は剣誠の頭を小突き、剣誠は頭を押さえ、不幸だと呟いた。

 

 

「それで、どうするのですか?」

 

「……術式を完全解放するか」

 

「それほどなのですか、アレは?」

 

「本来なら使わずに済むんだが……あの愚か者はイヴァシリア・ムトス・エラフィクスの名を騙った。その報いを受けさせなければならない」

 

「……あの(ゴミ)が」

 

『……お義姉ちゃん(義姉さん)怖い』

 

 

 神楽と剣誠は黒い何かを醸し出すエスティナルに震え、冷や汗を流した。

 

 

「エスティ、二人を頼む」

 

「……はい」

 

「何言ってるのよ!? 私も戦う!」

 

「お、俺もだ!」

 

「アンタは駄目よ! 不幸スキルがあるのよ!」

 

「神楽だってうっかり病があるじゃんか!」

 

「アンタよりはマシよ!」

 

「いででででっ!? 耳引っ張るな!」

 

「おい、どっちも―――」

 

 

 ファンとエスティは何かに気づき、神楽と剣誠を抱きかかえてその場から飛び退いた。

 すると今までいた地面から巨大な火柱が発生した。

 

 

「うそっ!? もう!?」

 

 

 エスティナルに抱きかかえられている神楽がそう言った。

 

 

「何!?」

 

「闇の書が暴走しかけてるの! このままじゃはやても管制人格も消えちゃう!」

 

「なっ!?」

 

 

 ファンは剣誠を離し、その場から消えた。

 

 

「義父さん!?」

 

「お義姉ちゃん! 私達も!」

 

「駄目です。貴女達は行ってはなりません」

 

「何で!?」

 

「では聞きますが、貴女達に何かできますか? 高度な転移能力、他人より少しばかり高い魔法。これでファンの助けになりますか? 先ほどは助けられました。ですが今度もそう上手くいきますか? 何より、彼は子供を戦場に立たす気はありません。今戦ってる子達も、本来ならば家族の下で一緒に過ごしてほしかった」

 

「けど!」

 

「神楽、俺達じゃあ戦場の真ん中にはいけないって」

 

「アンタまで何言ってるのよ!?」

 

「痛いって! だから、俺達はサポートに徹しようぜ。何も戦い方は一つだけじゃないんだから」

 

 

 剣誠は神楽に叩かれながらもそう言い、神楽は納得いかないのか拳を握ったが、渋々と頷いた。

 

 

「……では、私達はあの(ゴミ)を探しましょう。見つけ次第、ファンと私に報告。戦闘は無しですよ」

 

『うん!』

 

「あ、それと剣誠は隠れてなさいな。不幸スキルなるもので不利な状況になりたくありませんから♪」

 

「へ? ……そ、そんなぁ〜!?」

 

 

 

 

 ファンは火柱が上り立つ街の中を、凄まじい速度で移動していた。

 姿は見えず、影のような残像を残しながら闇の書の防衛プログラムに迫った。

 

 

「……っ!? フェイト!」

 

 

 ファンが到着した時、フェイトがデバイスであるバルディッシュを鎌にして防衛プログラムに飛び掛っていた。

 だがソレは展開されたシールドで簡単に受け止められる。

 

 そして、フェイトの身体が金色に光だし、次第に力が抜けるようにぐったりとしていきだした。

 

 

「よせ……止せ!! “ヤミっちぃぃぃぃぃぃいいい”!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 ファンは闇の書へと吸収されていくフェイトの腕を掴み、『ゼロ』で闇の書の吸収を消そうとした。

 その時、防衛プログラムである銀髪の女性と眼が合い、彼女は眼を見開いた。

 

 

「―――がはぁっ!?」

 

「っ―――!?」

 

 

 突然、ファンの胸を空から飛来してきた紅い閃光が貫いた。

 血が噴き出し、噴き出した血が彼女の顔に掛かる。

 そして『ゼロ』の力が止まり、闇の書がファンごとフェイトを吸収してしまった。

 

「………イ……ヴァ……?」

 

 

 “ヤミっち”、そう呼ばれた防衛プログラムは信じられない顔をして震える声で呟いた。

 

 

 

 



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第二章第九話



奇跡的に時間が取れたので更新。






 

 

 

「………」

 

 

 ファンは質素なベッドの上で目を覚ました。

 部屋の中は何も無く、ファンの愛刀である少し長めの刀と、その他質量兵器が散らばっている。

 

 

「……ここは……」

 

 

 ファンは何処か見覚えのある光景に頭を捻る。

 そしてだんだんと思い出してきて思考が停止した。

 

 

「な……そんな……!?」

 

 

 ファンは起き上がり、窓を開けて外を見る。

 そこにはあのマンションから見える街の光景ではなく、住宅やビルは無くなっており、辺り一面に緑が広がっていた。

 

 

「ここは……昔の……家……!?」

 

「お父さーん! 起きなさーい!」

 

「っ―――!!!」

 

 

 ファンは驚愕する。

 もう永遠に聞く事の出来ないと思っていた少女の声。

 それが扉の向こうから聞こえた。

 

 

「お父さん! 起きて―――あれ? 起きてる。珍しい」

 

「―――ッ!!!」

 

 

 扉を開けて現れたのは黒髪の少女。

 まだ幼くやっと思春期に入ったぐらいの少女だった。

 

 

「もう、起きてるなら返事してよ。……お父さん?」

 

「――――“ファン”――!?」

 

 

 黒髪の少女、ファン・エラフィクスの姿がそこにはあった。

 

 この世界は、ファン・フィクスが、イヴァシリア・ムトス・エラフィクスであった頃の、一番幸福であった頃の世界だと、彼は確信した。

 

 

 

 

 ファン―――イヴァは食卓に向かい、そこでまた昔の光景を目の当たりにしている。

 

 

「お、兄ちゃん今日は早ぇじゃねぇか」

 

「そうだな。今日は大雨かもしれんな」

 

「もう、シグナムもヴィータちゃんも。失礼よ」

 

「イヴァ殿、おはようございます」

 

 

 シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラがイヴァを迎えた。

 

 

「………お、おはよう」

 

「ん? どうした?」

 

 

 イヴァの様子に違和感を感じたのか、シグナムが首を捻った。

 

 

「い、いや……」

 

「お父さん、寝惚けてるんだよ。また夜更かししたんでしょ」

 

 

 ファンが台所から朝食を持って出てきた。

 その後ろに、銀髪の女性がを引き連れて。

 

 

「いけませんよ。夜更かしは身体に毒なんですから」

 

「………」

 

「……イヴァ、どうしました?」

 

 

 銀髪の女性……ヤミっちがイヴァの顔を覗く。

 イヴァは彼女が自身の本当の名を呼んでくれる嬉しさ、彼女達を殺した罪悪感、この二つが混ざり合い、心がぐしゃぐしゃになってしまい、涙が溢れ出してきた。

 

 

「ど、どうしたのですか!? 私、何か言いましたか!?」

 

「お父さんが泣いてる!? レアだ! レアだよ!」

 

「兄ちゃんが泣いてんの初めて見たぜ!」

 

「シャマル! まさか朝食に手を出してないだろうな!?」

 

「何でぇ!?」

 

「大丈夫だ!毒の臭いはしない!」

 

「ザフィーラまで!?」

 

 

 泣いているイヴァを余所に、ヴォルケンリッターと娘は泣いている姿を写真に収めたり、朝食を確認したりしていた。

 唯一心配してくれているのはヤミっちだけであった。

 

 

「ぐっ……ずっ……だい、じょうぶ…だ……! 何でも……ない……っ!」

 

 

 イヴァは必死に涙を堪えようとするが涙は止まらず、寧ろ勢いを強めていった。

 

 

 

 

 朝食を済ませ、イヴァは外に出て少しだけ離れた場所にある木の下に背を預けて座っていた。

 

 

「俺は……闇の書……夜天の書に吸収されたのか……?」

 

 

 イヴァはフェイトを救出しようとしたが、紅い閃光がイヴァの胸を貫き、『ゼロ』の力が制御できなくなり、そのままフェイトと共に吸収されてしまったのだ。

 ここにフェイトがいないと言う事は、また別の世界にいるのだろう。

 

 

「……何やってんだか。またリンディにどやされるな……」

 

「誰にですか?」

 

「うおっ!?」

 

 

 イヴァはいきなり現れたヤミっちに驚き、上を見上げた。

 

 

「や、ヤミっち……」

 

「らしくないですね。何時もなら家から出た時から気づいているのに」

 

 

 ヤミっちはイヴァの隣に腰掛け、晴天の空を見上げる。

 

 

「どうしたのですか? 今朝から変ですよ?」

 

「……ちょっと、嫌な夢を見てな。いや……今が夢かもしれない」

 

「夢、ですか?」

 

「ああ……」

 

 

 イヴァは話した。

 

 自分が家族を殺して、自分も死んで、死に拾われて悪魔として蘇り、聖王と共に戦争を駆け、自分を駒使いにする女性に苦労し、妹が出来たり、義理の息子と娘が出来たり、今までの事をヤミっちに全て話した。

 

 

「……随分と壮大な夢ですね」

 

「だろ? 我ながら笑えてくる」

 

「……もしもですよ? 今が夢でそれが現実と今が現実でそれが夢と、どちらが良いですか?」

 

「………」

 

 

 イヴァはすぐには答えられなかった。

 向こうは向こうで幸せだ。

 数多くの友人ができ、それなりに楽しい世界だ。

 何よりエスティナルが相棒として存在している。

 こっちの世界も、失われた家族が存在し、心から愛した女性が今目の前にいる。

 幸せの絶頂期だった。

 

 

「……どっちだろうなぁ」

 

 

 イヴァはヤミっちの膝に頭を乗せて寝転んだ。

 何千、何万、何億年ぶりに感じたその心地良さにイヴァはまた涙を流す。

 ヤミっちはそんなイヴァの頭をそっと撫でた。

 

 

「本当に今日はどうしたのですか? 泣きすぎです」

 

「そういう日もあるさ……」

 

 

 以前、エスティナルにも膝枕をしてもらった事がある。

 だがやはり心から愛した女性にしてもらうのとでは違った。

 イヴァはあまりにもの心地の良さに眠りにつこうとしていた。

 

 

「……イヴァ」

 

「ん……?」

 

「貴方はこれからも生きていきたいですか?」

 

「っ……?」

 

 

 ヤミっちの何処か違う雰囲気が篭った声に、イヴァは眠りに着こうとしていた意識を覚醒させる。

 

 

「どういう意味だ?」

 

「そのままの意味です。貴方はこれからどんなに辛い事があっても、生きていきたいですか?」

 

「………」

 

 

 イヴァは思い出しす。

 まだ“死”に拾われたばかりの頃、イヴァの眼は、心は死んでいた。

 どうして生きたいと願ったのか。

 どうして死んでいないのか。

 迷い、苦しみ、無気力に時を過ごしていった。

 今のようにお気楽で、気分屋で、明るく生きていけるようになったのはエスティナルは当然、戦乱の時期に仕事で出会った仲間、そしてその仕事の対象であった少女のお陰だった。

 

 

「……俺は出来るならこんな幸せな時で過ごして生きたいさ」

 

「………」

 

「この世界は……俺が心の奥底で願っている夢……なんだろ?」

 

 

 ヤミっちは静かに頷いた。

 イヴァはヤミっちの頬に手を当てて優しく笑みを浮かべた。

 

 

「そうだよなぁ……俺が家族を全員殺したんだし、いる訳ないもんなぁ……」

 

「違います!」

 

 

 ヤミっちがイヴァの殺したという言葉を大きく否定した。

 

 

「違わないさ。この世界は俺が望む夢だから、そんな事を言うんだ。俺が傷付かないように」

 

「いいえ、違います! 私は確かに夢ですが、ここは書の中です! ですから私は、私達にはちゃんとあの時存在した私達の心があります!」

 

「え………」

 

「ですから本当に違うのです! 貴方は私達を殺したのではないのです!」

 

 

 ヤミっちは涙を流し、イヴァの顔に雫がこぼれる。

 

 

「貴方は私達を救おうとしました! あのまま囚われていれば私達は生きたまま死んでいました! ですが貴方はそれを断ち切り、私達を救い出しました!」

 

「救い出してなんかいない。俺はお前達の命を奪った、可能性を奪ったんだ。決して救ってなんかいない」

 

「それでも! 貴方がそう思っても、私達は救われました! 我が主の絶望を見ずに、絶望を増やさずに済みました!」

 

「止してくれ!」

 

 

 イヴァは起き上がり、ヤミっちから離れて背を向ける。

 ヤミっちも立ち上がり、イヴァの背に抱きつく。

 

 

「もう自分を責めなくて良いのです。寧ろ誇って下さい。貴方は私達を助け出したんですから」

 

「救い出してなんかいねぇ……俺はお前達の笑顔を奪ったんだ! この手で斬り捨てたんだ! 守り通すって言ったのに!」

 

 

 イヴァは悔しさと怒りで拳を握り、涙を溢れさせる。

 ヤミっちはイヴァを強く抱きしめ、イヴァの拳を優しく包み込む。

 

 

「貴方は私達を救い出しました。そして、これからも救ってください」

 

「………っ!」

 

「今向こうで戦っている私を止めてください。そして騎士達と八神はやてを救ってください」

 

「……っ!」

 

 

 イヴァは堪らずヤミっちを抱きしめ返した。

 すぐに折れてしまいそうな身体を強く優しく抱きしめ、顔を涙でくしゃくしゃにした。

 

 

「ヤミっちぃ……! 俺は! お前達を! 助けられたのか……!?」

 

「はい」

 

「また俺は! 助けっ、られる事が出来るのかな……!?」

 

「勿論です。一人が心配なら、仲間と一緒に救えます」

 

「俺はぁ! お前ともっと! 一緒に居たい!!」

 

「私達もです」

 

「……!」

 

 

 いつの間にか二人の周りにはファンとヴォルケンリッター達が、家族が集まっていた。

 

 

「みん、な……!」

 

「お父さん」

 

「ファン……」

 

「私ね、実はちゃんと成仏出来てないんだ。魂の欠片が夜天の書に残っちゃって。今までずっとここに居たんだ」

 

 

 ファンはてへへと笑みを浮かべるて、ちっとも残念がっていなかった。

 

 

「でもそのお陰でこうしてお父さんとまた会えたし、良かったよ!」

 

「おま、えは……俺を恨んで……無いのか……?」

 

「恨む訳ないじゃん。あ、でもちょっと怒ってるかな? あの時ずっと傍に居てって言ったのに、お父さんどっか行っちゃったでしょ? アレは酷かったなー」

 

 

 ぷんすかと怒るファンの表情はどう見ても怒っていないようだが、イヴァの心にはグザりときた。

 

 

「という訳で罰です! ちゃんと起きて、はやてちゃん達を助けなさい!」

 

「………ふっ、ああ」

 

 

 イヴァは涙を拭い、ファンの頭を撫でた。

 ファンは今まで我慢していたのか、涙が溢れるように流れ落ち、イヴァに抱きついた。

 

 

「お父さんっ……大好きだよぉ……!」

 

「ああ……ああ…! 俺も大好きだ……!」

 

「これからも忘れ、ないでね……!」

 

「忘れるもんか……! 絶対に……絶対に忘れるもんか!」

 

「約束、だからね……!」

 

「ああ…約束だ……!」

 

 

 父と娘は満足するまで抱き合い、指きりを交わした。

 涙は流れどもそれは嬉しさの表れ。

 悲しみでは無かった。

 

 

「イヴァ……」

 

「シグナム……」

 

「すまない。我々は貴方の事を忘れていた。この世界に来るまで、我々は貴方を忘れていた……」

 

「……気にするなよ。俺だって、今までお前らと会うことを恐れてたんだ。お互い様だ」

 

「兄ちゃん……」

 

「ヴィータ、待ってろよ。兄ちゃんがお前達を助けてやるから」

 

「うん……!」

 

「イヴァさん……」

 

「シャマル、事が終われば料理教えてやるよ」

 

「はい! 是非!」

 

「イヴァ殿……」

 

「ザフィーラ、また酒を飲み明かそうぜ」

 

「はい、ご一緒します」

 

 

 そしてイヴァは再びヤミっちの方へと振り向き、笑みを向ける。

 

 

「じゃあ、ヤミっち。行ってきますのチュー」

 

「……もっと真剣になったらどうですか?」

 

「俺は何時だって真剣だ」

 

「そんな顔で言われても……。それと、私の今の名前はリインフォースです」

 

祝福の風(リインフォース)、ね……。良いじゃん、誰が付けた? はやて?」

 

「はい。ま、まあ…ヤミっちでも良いですが……」

 

 

 ヤミっち――リインフォースが若干頬を紅く染めて呟いた。

 イヴァは笑い、リインフォースを抱き寄せる。

 

 

「闇なんかより祝福が良いさ、リイン……」

 

 

 そっと唇を重ね、二人は抱き合った。

 ファン達も優しく見守り、涙を流す。

 

 

「じゃあ、皆……行ってくる」

 

「お父さん……行ってらっしゃい!」

 

「……行ってきます!」

 

 

 世界は、光に包まれた。

 

 

「――――は私のモノだぁぁぁあああああああっ!!」

 

 

 イヴァの眼に入ったモノは紅い手だった。

 イヴァはその手を『ゼロ』を使用しながら掴み取った。

 

 

「なっ……!?」

 

「……貴様……俺の家族に何をしようとした……?」

 

 

 今ここに、伝説の悪魔、家族を愛する男、イヴァシリア・ムトス・エラフィクスが降臨した。

 

 

 

 



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第二章第十話



これで今月最後になるでしょう。





 

 

 

 

 ファン―――イヴァとフェイトが吸収された直後、空から銀髪の男が現れた。

 

 

「な、何……?」

 

「やれやれ、最後まで邪魔な男でしたね……」

 

「誰!?」

 

「私ですか? 私は高貴なる悪魔ですよ。小さき魔導師。さて……」

 

 

 男は闇の書の防衛プログラムである銀髪の女性に振り向き、笑みを浮かべた。

 

 

「お前が……イヴァを……撃ったのか……?」

 

「はて? 何の事でしょう? 私は私のモノを穢す害虫を駆除しただけですが?」

 

 

 

 女性に向けて、イヴァシリアは白々しく笑みを浮かべる。

 それを見た瞬間、女性は怒りの形相でイヴァシリアを睨みつけ、殴りかかる。

 

 

「おっと」

 

 

 だがイヴァシリアはそれを難なく避けて女性の腕を掴んで締め上げた。

 

 

「そんなに私に触れたかったのですか? そんなに慌てなくても私から触れてあげますよ」

 

 

 男は右手を魔力で紅く染め上げ、女性の頭を掴もうとする。

 しかしその手は一瞬で現れた黒髪の女性に阻まれた。

 

 

「チッ……!」

 

 

 男は銀髪の女性から離れ、黒髪の女性から繰り出された紅い雷の刃を避ける。

 

 

「また邪魔をしますか……女ぁ……!」

 

「させません……彼の大切な家族に……手は出させません!」

 

 

 エスティナルは赤黒い雷を召喚し、男を睨みつける。

 対して男は余裕の笑みを浮かべて剣を構えた。

 

 

「女如きが私に楯突くなど……。それに、今聞き捨てならない事を言いましたね? 彼の、家族……? ふざけるなっ!!」

 

 

 紅い雷が男に落ち、魔人と化した。

 

 

『彼女は私のモノだ! 誰にも渡さない!』

 

「なのは! 今の内に海の方へ戦場を移して下さい! ここは私が!」

 

「は、はい!」

 

 

 なのはは突然の事にも関わらず、迅速に行動して銀髪の女性に砲撃と近接戦闘を仕掛ける。

 女性はイヴァシリアを睨みつけるが、なのはの攻撃により海の方へと離れていった。

 

 

『もうあまり時間が無いというのに……一瞬で終わらせる!』

 

「あら、(ゴミ)風情が私に近付かないで下さる?」

 

 

 斬りかかって来た男を難なくかわし、赤黒い雷を放つ。

 

 

『ぐおっ!?』

 

 

 雷が男の身体を包み込み、身体を焼いていく。

 

 

『この……!』

 

 

 男は大剣から斬撃を飛ばし、エスティナルは手を手刀にして雷の刃を飛ばす。

 二つの刃はぶつかり合い相殺する。

 

 

『ハァッ!』

 

「あうっ!?」

 

 

 悪魔がエスティナルに一瞬で近付き、首を鋼の籠手で掴み取った。

 

 

『死ね!』

 

「私に……触れないで下さい!」

 

 

 赤黒い雷がエスティナルの全身から発せられ、悪魔の手を消滅させる。

 そしてエスティナルは離れ、天に向かって手を翳す。

 

 

「私に触れたこと、彼の名を騙ったこと、そして彼の家族に手を出したこと……懺悔なさい!」

 

 

 雷雲が結界内の天を覆い尽くし、赤黒い雷が雲に溜まっていく。

 

 

『そんなもの、撃たせなければ!』

 

「ぞぉぉらあぁぁぁぁあああっ!!!」

 

『何!?』

 

 

 男は下から襲ってきた拳を剣で受け止め、簡単に身体ごと吹き飛ばされる。

 

 

「チィッ!」

 

 

 身体を弾けさせようとしていた蓮夜は成功しなかった事に舌打ちし、今だ流れている血を拭った。

 

 

「落ちなさい……!」

 

 

 世界が赤黒く染まり、雷の塊が悪魔に向かって落とされる。

 

 

『ぐおおぉぉぉぉぉおおおっ!!!』

 

 

 雷が悪魔を呑みこみ、悪魔の叫び声が響く。

 

 

「なんつー攻撃だよ……えげつねー……っ」

 

 

 蓮夜は無理して動かした身体が限界に達し、飛行魔法が維持できなくなり落ちてしまった。

 だが落ちていく途中で神楽が現れ、蓮夜と共に剣誠がいる地上に転移した。

 

 

「な……テメェら……!」

 

 

 蓮夜はすぐに彼女達が転生者だと分かった。

 敵意をむき出しにし、神楽達を睨みつける。

 蓮夜の敵意に神楽はビクつき震えだすが、剣誠が蓮夜の敵意にも負けない程睨みつけ、神楽を庇うようにして前に出る。

 

 

「………何が目的だ?」

 

 

 連夜はそう尋ね、紅蓮を下ろす。

 剣誠は敵意をむき出しのまま答えた。

 

 

「義父さんを助ける……!」

 

「とうさん……? まさか……おっさんの事か?」

 

「テメェは何が目的だ?」

 

 

 蓮夜はそれにすぐに答えられなかった。

 今までならなのはやフェイト、はやてといった物語の重要メンバーを己がモノにしようとしていたが、今では何がしたいのか分からない。

 イヴァに弟子入りしたのもルシファルを負かしたいと思ってのこと。

 

 自分は今何がしたい。

 蓮夜は自分の心に訴えかけた。

 そして出た。

 

 

「……はやてを……助け出してやりてぇ……」

 

「……それは、テメェが転生者だからか?」

 

「……違う。この世界は俺達転生者の所為で変わっていっている。はやてだってちゃんと助かるか分からねぇ……。それに……おっさんだって取り込まれちまった……。助け出さなきゃなんねぇだろうが……!」

 

「………」

 

 

 剣誠は蓮夜の本気の眼を見て一先ず敵意を引っ込めた。

 それから蓮夜に近付き、左手を翳して治癒魔法をかけた。

 

 

「……回復系の能力か?」

 

「魔法全般……。アンタは? 見ためからして……一方通行か?」

 

「……そうだ。見た目は勝手にこうなったんだよ」

 

 

 蓮夜は傷が治った身体を起こし、紅蓮を連結させて両刃の剣にした。

 

 

「これからどうすんだよ?」

 

「取り敢えず……あのナルシスト野郎をぶっ飛ばす!」

 

 

 上空では少しボロボロになりながらも大剣をエスティナルに向けている悪魔を睨みつける。

 

 

「うわ……義姉さんの雷喰らってあんだけかよ……」

 

「魔剣士スパーダかよ……胴体を両断するか頭を斬りおとすかしねぇと終わらねぇぞ……」

 

「出来んのかよ?」

 

「あの野郎、認めたくねぇが相当出来やがる……気付かれずに近付ければなぁ……」

 

「……神楽」

 

 

 剣誠は後ろに隠れている神楽に視線を移す。

 神楽は最初よりは落ち着いてはいるが、やはり蓮夜に対して恐れている感じだ。

 

 

「……んだよ?」

 

「……俺達は他の転生者に家族を殺されてんだよ」

 

「………」

 

「その時に俺も神楽も死に掛けて、義父さんと義姉さんに助けられたんだよ。そんで神楽は相手の敵意とか憎悪とか、そういったもんに敏感なんだ」

 

 

 剣誠は拳を握りながら忌々しそうに口にした。

 蓮夜自身、自分も転生者を何人も殺したりしている。

 現にルシファルもプレシア側に居た転生者も殺している。

 だから何も感じないと思っていた。

 だが実際、他の誰かの被害にあった転生者に出会うと、どうも罪悪感というものが出てきた。

 彼らに被害を加えた訳でもないのに、加えたように思ってしまった。

 

 

「………ケッ、俺も甘ぇ奴って事かよ……」

 

「何だって?」

 

「何でもねぇよ。んで? そこの女が何かしてくれんのかよ?」

 

「あ、ああ……神楽、頼めるか?」

 

「……うん」

 

 

 神楽は震える声で頷き、一歩前に出る。

 

 

「神楽がお前をアイツの真後ろに転移させっから、やっちまえ」

 

「転移ね……チャンスは一度ってか? イイねぇ……やってやろうじゃねぇか!」

 

 

 蓮夜は紅蓮に魔力を込め、刀身に渦巻かせる。

 

 

「っ……」

 

 

 途端、蓮夜は胸を押さえた。

 いくら傷が治ったとはいえ、あの技の反動まで治されたわけではない。

 リンカーコアにも少なからずダメージはいっているし、体力も著しく消耗している。

 本当にもう、一度きりのチャンスかもしれない。

 

 

「……まさか、術式か?」

 

「あん? 何で知ってんだよ?」

 

「義父さんの技だし、俺達も使えるしな」

 

「……あっそ。んじゃま、頼むわ」

 

「………」

 

 

 神楽は恐る恐るといった感じで蓮夜の肩に触れた。

 すると蓮夜は悪魔の真後ろに一瞬で転移した。

 

 

「―――!」

 

 

 蓮夜は声を出さずに紅蓮を悪魔の首に向かって振り―――。

 

 

『むっ!?』

 

 

 ―――抜く前に悪魔は刃をかわし、蓮夜から離れた。

 

 

「チィッ!」

 

『君は……ルシファルは負けたのか……!』

 

 

 悪魔は後ろから放たれた赤黒い雷を避け、斬撃をエスティナルに向けて放つ。

 エスティナルは斬撃を避け、両手に赤黒い雷の刃を召喚した。

 

 

「テメェ……はやてに何をする気だ!?」

 

『ただの小娘に用は無い! 用があるのは彼女! リインフォースだけだ! 八神はやてなど、どうでも良い!』

 

「どうでも、良いだと……?」

 

『もう邪魔をするな! 私には時間が無いのだ!』

 

「でしたら、さっさと私達を倒していけば良いでしょう? まあ、(ゴミ)如きにそんな力は無いでしょうけどね」

 

『……よかろう』

 

 

 悪魔は魔剣スパーダを正面に構え、翼を広げた。

 

 

『私に本気を出させた事を後悔するのだな。―――我は無、我は虚、我は魔、この一太刀にて、我に仇名す者を全て滅する!』

 

 

 悪魔から夥しい紅い魔力が溢れ出し、この空間を震えさせる。

 

 

『我が名はイヴァシリア! 最古の魔なり!!』

 

 

 魔力が爆発し、蓮夜とエスティナルを吹き飛ばし、体勢を崩させる。

 

 

『全ての悪よ……』

 

「がっ……!?」

 

 

 悪魔は蓮夜の首を掴み、エスティナルの方へと放り投げた。

 

 

「蓮夜―――きゃっ!?」

 

『全ての害よ……』

 

 

 現れたエスティナルの頭を掴み、向かってくる蓮夜の方へと投げた。

 

 

「がふっ―――!」

 

「うぐっ―――!」

 

 

 二人はぶつかり合い、肺の中の空気を全て吐き出した。

 

 

『全て滅せよ……』

 

 

 閃光のように駆け抜け、二人を斬る。

 すぐさま引き返しまた閃光の如く斬る。

 

 

『我の前から……』

 

 

 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って。

 紅い斬撃の嵐が二人を襲い、やがて斬撃の嵐だけが残り、悪魔は離れたところでスパーダに魔力を込めていた。

 

 

『全て―――消えうせろ!!』

 

 

 突き出された魔剣から紅い魔力の収束砲が放たれ、斬撃の嵐に呑まれている二人を斬撃ごと呑み込んだ。

 

 

『……終わったか』

 

 

 悪魔は魔人化を解き、再び防衛プログラムを探す。

 左手を紅くして海上を探すが、それを炎の斬撃が邪魔をした。

 

 

「……まさか」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

 蓮夜が紅蓮を振り払った状態で上空に留まっていた。

 

 

「クソが……! 反射を押し切るとか、ナメてんじゃねぇぞゴラァ!」

 

「反射……? ああ、君の能力はもしかして一方通行かい? なるほど、首を掴んだ時一度手が弾かれね」

 

「ケッ、剣は斬るまではいかなかったようだなぁ……!」

 

「そうみたいだね。けど……」

 

「……っ!?」

 

 

 蓮夜はいきなり走った全身の痛みに悶え、後ろにいたエスティナルに抱えられた。

 

 

「内部にはダメージが通ってるようだよ?」

 

「チクショウ……がふっ!」

 

「蓮夜!」

 

 

 蓮夜は血を吐き、意識が朦朧としていた。

 

 

「どうやら貴女達を殺すには少々時間をかけなければいかないようだ。ならば……」

 

 

 男は魔法陣を展開し、エスティナルに十重のバインド、蓮夜には五重の結界を張った。

 

 

「そこで大人しくしていなさい。後でまたお相手してあげますから」

 

 

 そういい、男は海上の方へと飛んでいった。

 

 

「くっ……このままでは彼に顔向け出来ませんわ……!」

 

 

 エスティナルは全身から赤黒い雷を放出し、バインドを消してゆく。

 

 

「蓮夜、しっかりなさい。この程度で彼の弟子が務まりますか」

 

「……わかって……ら……!」

 

 

 蓮夜も結界を破壊していく。

 だがダメージが大きすぎるのか、破壊する力が弱弱しかった。

 

 

 

 

 なのはは銀髪の女性と壮絶な戦いをしている。

 自身の身体はボロボロに傷つき、相手はほぼ無傷。

 しかしほぼ互角に戦っていた。その戦いに、水を差す者が現れた。

 

 

「おやおや、流石小さき魔導師。頑張ってますね」

 

「誰!?」

 

「お前……!」

 

 

 なのはは後ろに現れた銀髪の男を振り返った。

 

 

――ここにいるって事は……蓮夜君は!? エスティナルさんは!?

 

 

「ああ、彼らなら今頃……ふっ」

 

 

 男はなのはが考えている事が分かったのは全て言わず笑った。

 

 

「そ、そんな……きゃあっ!?」

 

「君もそこで大人しくしていなさい」

 

 

 男はなのはを蹴り飛ばし、バインドで拘束した。

 

 

「やっと……やっと手に入れれる……! 私が愛して止まない人を!」

 

 

 男は左手を紅く染め、女性へと迫った。

 

 

「これで、私の―――」

 

「させるかアアアアアあああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 男の前に、血を吐いた蓮夜が飛んできた。

 

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 蓮夜は連結させた紅蓮を投擲した。

 

 

「そんなもの!」

 

 

 男はそれをかわし、蓮夜を通り過ぎようとした。

 

 

「こっから先は一方通行だってんだよおおおおおおおおおっ!!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 蓮夜の腕が男の顔を捉え、ラリアットを喰らわせた。

 男は後ろに少しだけ吹き飛ばされたものの、頭が飛ぶ事は無かった。

 

 

「この―――小僧ぉ!」

 

 

 男は蓮夜の顔面を殴った。

 

 

「っっっ!!!」

 

 

 だが蓮夜はその場に踏み止まり、左手のアッパーを喰らわせた。

 

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇえええええっ!!!」

 

 

 ベクトル操作で男を吹き飛ばし、男は大きく上に飛ばされた。

 

 

「なのはぁぁぁああああっ!!」

 

「うん!」

 

「なに……!?」

 

 

 なのはは男に狙いを定め砲撃体勢へと入っていた。

 

 

「馬鹿な! そう簡単に……っ!?」

 

「動かないでくださいな」

 

 

 何十というバインドが男を縛り上げ、動けなくした。

 

 

「貴様……! くそ! 何故こうも私のバインドや結界が!」

 

「あら、簡単な事ですわ。私の雷で消し飛ばしただけですわ。なのはのは蓮夜が投げた私の雷が込められた紅蓮によってバインドを消しただけですわ」

 

「何……!?」

 

 

 蓮夜が投擲した紅蓮は男を狙ったわけではなく、後ろにいたなのはを拘束しているバインドを狙ったのだ。

 その証拠に紅蓮はなのはの周りで待機している。

 

 

「私は少々訳ありの女でして。あの程度のバインドは大したことはありませんわ」

 

「スターライト――――」

 

「く、この―――」

 

「ブレイカーーーーーーーー!!」

 

 

 なのはの放った砲撃が男を呑み込み、男の言葉は掻き消された。

 

 

「はぁ―――はぁ―――はぁ―――!」

 

「蓮夜君!」

 

 

 蓮夜はもう限界をとうに超えていた。

 血を吐き、殴られた場所からも出血し、体力ももう無い。

 

 

「まだだ! まだはやてが残ってんだろ!」

 

「っ……」

 

「俺を気にしてんじゃねぇ! いつものように話を聞かせてやれ!」

 

「……うん!」

 

 

 なのはは女性にデバイスであるレイジングハートを向けた。

 

 

『………させるか』

 

「っ……しぶとい奴だ……!」

 

 

 爆煙の中から紅い魔力を駄々漏れにしている男が出てきた。

 多少ダメージを与えれたようで、紫のコートはボロボロだ。

 

 

「まだだ……まだ終われん」

 

 

 男は空気を震えさせ、魔剣スパーダを振った。

 すると海が割れ、大地が震えた。

 

 

「そろそろ自我が目覚める……もう猶予は無いのだ!」

 

「っ……はやて!」

 

 

 蓮夜は銀髪の女性へと視線を移した。

 女性はギチギチと腕を動かそうとしていた。

 

 

――動いていない……もしかしてはやてが……!

 

 

「はやて! お前なのか!?」

 

『その声……蓮夜君!?』

 

「はやてちゃん!?」

 

「チッ、目覚めてしまったか。仕方が無い。無益な“殺傷”は好まないが……」

 

「―――っ!」

 

 

 蓮夜は反射的に動く。

 はやてを後ろに男と対峙した。

 

 

「テメェ……はやてを殺す気か!?」

 

「最初から言っているだろう。彼女以外どうでも良い。彼女さえ手に入れば何もいらんのだ!」

 

「ざけてんじゃねぇぞア゛ア゛!!」

 

 

 蓮夜は紅蓮を手元に呼び出し、炎を纏わす。

 

 

『なのはちゃん! 今そっちに出てるのは防衛プログラムだけやから、何とか止めてくれる!? その子がおったら私は何も出来ひんねん!』

 

「え……?」

 

「ユーノ!! 説明してやれ!! 俺はこっちをぉ!」

 

 

 蓮夜は男に迫り、紅蓮を振るう。

 だが男に紅蓮は触れれず、溢れ出る魔力だけで止められた。

 

 

「邪魔なんだよ……!」

 

「……けっ、化けの皮が剥がれてんぜ?」

 

「消えろぉ!!」

 

 

 魔力波が蓮夜を襲い、蓮夜は後ろへ大きく吹き飛ばされた。

 

 

「ブレイク―――」

 

「っ、させるものかぁぁぁぁああ!!」

 

「シューーートッ!!!」

 

 

 なのははピンクの砲撃を防衛プログラムに放ち、男はさせまいと砲撃へと駆けた。

 そして―――。

 

 

「邪魔だぁぁぁああッ!!」

 

 

 砲撃は魔剣で斬られ、防衛プログラムに当たる事は無かった。

 

 

「そんなっ!?」

 

「これで―――」

 

 

 男は目の前にいる防衛プログラムに向けて紅く染めた左手を突き出した。

 

 

「彼女は私のモノだぁぁぁあああああああっ!!」

 

 

 だがしかし―――。

 

 突き出された手が防衛プログラムに触れる事は無かった。

 防衛プログラムの前に現れた『悪魔』にその手を止められた。

 

 

「なっ……!?」

 

「……貴様……俺の家族に何をしようとした……?」

 

 

 真の悪魔が、家族を守る為に降臨した。

 その眼に、怒りを宿して。

 

 

 

 



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第二章第十一話

 お待たせしました~。
 最近、やっとこさ時間が取れるようになりました~。





 

 

 

「なに……!?」

 

「失せろ」

 

「―――ッ!!」

 

 

 イヴァは男の顔面を殴り、後ろに吹き飛んだ所へ一瞬で近付き更に殴り飛ばして防衛プログラムから離した。

 

 

「おっさん……!」

 

「蓮夜……良く守ってくれた。ありがとう」

 

 

 イヴァは蓮夜の隣に現れると、蓮夜の頭にそっと手を置いた。

 すると蓮夜の怪我が全て一瞬にして消えた。

 

 

「良く頑張ったな。流石は俺の弟子だ」

 

「……ケッ」

 

 

 蓮夜はそっぽを向き、頭をボリボリとかいた。

 

 

「お義父さぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

「おっと……」

 

 

 神楽がイヴァの頭上から手を大きく広げながら落ちてきた。

 イヴァは神楽を受け止め優しく抱きしめる。

 

 

「お義父さんお義父さんお義父さんお義父さんお義父さぁぁぁん!!」

 

「はいはい、俺はここに居るぞ。心配かけてすまなかったな」

 

「じんばいじだんだがらぁぁぁぁああ!!」

 

「すまんすまん」

 

 

 涙で顔をグシャグシャにした神楽の頭を撫でる。

 

 

「剣誠は? あとエスティは?」

 

「ぐずっ……ケンは街の修復してる。お義姉ちゃんは後ろ……」

 

「ああ、後ろね………後ろ!?」

 

「はぁい」

 

 

 イヴァの真後ろでエスティナルは笑顔で手を振っていた。

 

 

「まったく、今日は本当に疲れましたわ。お肌が荒れます」

 

「その一言で済ますお前はスゲェよ」

 

「あら、そんな事最初からですわ」

 

「あ、そう。さて、と……」

 

 

 イヴァは目の前に広がる黒い闇の塊を見た。

 

 

「フェイトもはやてもヴォルケンリッターも全員帰って来たな……」

 

「……ああ」

 

 

 闇の書に吸収されたフェイト、蒐集されて消えたヴォルケンリッター、暴走した闇の書に取り込まれたはやて、そしてリインフォース。

 全員が帰って来た。

 

 

「あとは邪魔なモノのお帰りだけか。蓮夜、お前はあいつらと共に最後の仕事をして来い」

 

「言われなくてもわーってるよ。アンタもあのクソッタレに一発喰らわせてやれ」

 

「一発? いやいや、完全に沈めるさ」

 

 

 蓮夜を見送り、イヴァはエスティナルと二人を睨みつけている男を睨む。

 

 

「貴様……俺の名を騙った上に俺の家族に手を出したんだ。どうなるか分かってるよな?」

 

「貴様の名? 何を言っている。私は―――」

 

「分かってやってたんだよな? なら殺そう。許しを請うても殺す」

 

「殺す? 私に何も出来なかった貴方が?」

 

 

 男は口を歪ませ笑う。

 そしてイヴァも笑った。

 

 

「……何が可笑しい?」

 

「いやいや、これはとんだ勘違いをしてるなってな」

 

「勘違い?」

 

「そう。俺は何も出来なかったんじゃない……何もしなかったんだよ」

 

 

 直後、周りの空気がガラリと変わった。

 重く、暗く、何処か恐ろしさを感じさせるような空気。

 それが周りを支配する。

 

 

「貴様は確かに悪魔だ。醜い姿で醜い心を持つ最低の、な」

 

「何だと……?」

 

「はき違えるな。俺はそんな腐りきった悪魔じゃないんだよ―――!」

 

 

 イヴァの頭上の空が渦巻く。

 雷が起こり、まるでこれから嵐が起こるように。

 

 

「これはあまり使いたくないんだよ……何せ、力が強すぎるからな。けど……」

 

 

 イヴァは少しだけ嬉しそうな顔をした。

 

 

「それが悪魔(イヴァシリア)なんだよ」

 

「っ……!」

 

「術式完全解放、第零の門展開(だいぜろのもんてんかい)……」

 

 刀を横にして前に出し、イヴァの目の前に紫色のミッド式でもベルカ式でもない、見たことも無い魔法陣が展開される。

 

 

「何をする気か知りませんが、させると思いですか!?」

 

「その台詞、そのままお返ししますわ」

 

 

 男の目の前に赤黒いイヴァと同じ魔法陣が展開され、そこから雷の嵐が発生し、男の邪魔をする。

 

 

「貴様……!」

 

「……醒めよ、我に眠りし無よ!」

 

 

 ―――刹那、イヴァから“黒色”の魔力が爆発した。

 そして魔法陣も黒へと変わった。

 赤い目が更に赤く光り輝き、コートは消え、代わりに襟が立った黒いボロボロのマントと何処か機械的な黒い鎧を身に纏っていた。

 そのマントからは常に影のようなモノが溢れ出しており、まるで魔王、魔神、死神のようだった。

 

 

「見せてやろう……(イヴァシリア)の力を……!」

 

 

 イヴァは刀を鞘に納め、居合いの構えを取った。

 

 

「エスティ、準備をしておけ。奴には悪魔がどんな力を持つのか身を持って知ってもらう」

 

「はい」

 

 

 エスティナルは足元に赤黒い魔法陣を展開し、精神統一をし始めた。

 

 

「この……見掛け倒しが!」

 

 

 男が大剣を構えてイヴァに襲い掛かった。

 イヴァは居合いの構えのまま男が来るのを待ち、そして剣が振り下ろされた瞬間、抜刀する。

 

 

零滅刃奥義(れいめつじんおうぎ)―――」

 

「何!?」

 

 

 抜刀した刀は男の大剣を大きく弾き、男の身体をがら空きにした。

 

 

「―――滅界刃(めっかいじん)!」

 

 

 そして反す刃で横に振りぬく。

 黒い斬撃が男の胴体を斬りつける。

 

「がはっ―――!」

 

「刃に……呑まれろ」

 

「―――!?」

 

 

 斬撃はソレ一つだけではなかった。

 黒い斬撃の痕は消えず、そのまま男の胴体に影のように存在していた。

 そして更に、イヴァは刀を振ってもいない筈なのに、また一つ男に斬撃が打ち込まれた。

 そして今度は二つ、今度は三つ、四つと、まるで斬撃の世界に呑まれていくようにして男は斬られていく。

 最後には黒い斬撃により男の姿は見えなくなり、斬る音しか聞こえなくなった。

 

 

「散れ―――!」

 

 

 イヴァが呟くと斬撃の世界は弾き飛び、中から血だらけの男が出てきた。

 

 

「がっ―――はっ―――!」

 

「エスティ!」

 

「はい!」

 

 

 イヴァは後ろにいるエスティナルに手を伸ばす。

 エスティナルは差し出されたイヴァの手を握り、姿を闇へと変えた。

 

 

「さあ、何が良い? 魔王か? 魔神か? 死神か? 邪神か? 選べ、それで貴様の死に方が決まる」

 

「ぐ―――があぁぁぁぁぁああああっ!!!」

 

 

 男に最早理性など存在しなかった。

 瀕死の状態でただ目の前の存在を消し去ろうとしているだけだった。

 

 

「良かろう、では王となるか」

 

 

 イヴァは闇を握り締めた。

 すると闇がイヴァの手に集まって行き、一つの黒い野太刀となった。

 

 

「零滅刃奥義―――」

 

「あああああああああああああああああっ!!!!」

 

「―――零王斬(れいおうざん)!」

 

 

 向かってきた男に向かって野太刀を振り下ろした。

 すると一瞬の静寂の後、男がいた場所から男の姿が消えた。

 いや、消えたのは男だけではなかった。イヴァの前方が綺麗に縦に消え失せていた。

 空が海が、まるで世界が両断されたように。

 そして最後には遅れてやってきた巨大な黒い斬撃が発生し、爆発音が響いた。

 

 

「……エスティ」

 

『はい。次元震も断層も起きないようにしました。結界も張り直しました』

 

 

 何処からか、否、野太刀から聞こえてきたエスティナルの声にイヴァは一安心し、野太刀を闇へと戻す。

 すると闇はまた一つに集まり、エスティナルの姿へと変わった。

 

 

「すまんな。手間を掛けさせた」

 

「いいえ。パートナーとして当然の事です」

 

 

 エスティナルは野太刀に変わる前に下準備をしていた。

 イヴァの全力の攻撃は世界そのものを消してしまう威力を持っているが故に、エスティナルが威力の調整をする必要があるのだ。

 即ち、先ほどの攻撃はまだ本気の半分も出していないのである。

 

 

「にしても、この状態ではどうも性格が……」

 

「今流行の中二病と言うものですね」

 

「……流行は違うと思うのだが、まあ、そうなのだろうな……」

 

 

 イヴァは自分の姿を見て溜息を吐いた。

 どうやらイヴァはこの状態になると今までの飄々としたお気楽な性格ではなくなってしまうようだ。

 偶に怒りでこういった性格になる事はあるにはあるのだが。

 

 

「さて……どうやら向こうも動き出したようだ」

 

 

 イヴァは蓮夜達のほうへと視線を移した。

 蓮夜達は暴走している防衛プログラムにデバイスを構えて魔力を溜め込んでいた。

 

 

「……ん?」

 

「あら?」

 

 

 イヴァとエスティナルは先ほど消し飛ばした方向に目を向けると、そこに紅い魔力の塊が光り輝いて存在していた。

 

 

「……ゴキブリ並みの生命力だな」

 

「鬱陶しいですわね……(ゴミ)が」

 

 

 その塊は徐々に人の姿へと変えていき、あの男の姿へと変わった。

 

 

「は……ははは! あはははははは! 戻れた! 戻れたぞ!」

 

「一体どんな手品を使ったのか……どうでも良いが、すぐにご退場願おう」

 

「そうですわね」

 

「………どうやらもう、何も出来ないようですね」

 

 

 男ははやての姿を見て諦めた表情になる。

 しかしすぐに濁った眼で防衛プログラムを見た。

 

 

「ならこんな世界はもうどうでも良い! 壊して壊して壊しつくしてやるぅ!」

 

「っ!」

 

 

 男はイヴァに目もくれず、防衛プログラムである黒い塊へと飛んでいった。

 

 

「させん!」

 

 

 イヴァはマントで全身を包み込むと、影のように高速で動き、男の隣に並ぶ。

 

 

「速度よ―――消えろ!」

 

 

 イヴァの眼が光ると男の移動が止まり、イヴァは拳を突き出した。

 

 

「邪魔なんだよぉぉぉぉおおお!!」

 

「何!?」

 

 

 男の最後の足掻きなのだろうか、男はイヴァの拳を防ぎ、イヴァの顔面を殴りつけた。

 その隙を突いて男は黒い塊の中へと消えていった。

 

 

「チッ……」

 

「おい、おっさん……か?」

 

「おっさんではない。お兄さんだ」

 

 

 イヴァとエスティナルは蓮夜の隣に移動し、イヴァは刀を出して抜いた。

 

 

「これから何をするつもりだ?」

 

「……簡単に言えば、これから出てくる防衛プログラムに向けて最大の攻撃をぶつけていく。そんでもって露出したコアをアースラの目の前に転送。アルカンシェルでドカーンだ」

 

「成程。簡単で分かりやすい」

 

「まあ、魔力と物理の複合四層式のバリアを突破させねぇといけねぇんだがな。けどよ……」

 

「あの屑が中に入ってしまったからな……どうなるかは分からんぞ」

 

 

 イヴァは蓮夜との会話を止め、アースラへと連絡を取る。

 

 

「リンディ、アルカンシェルの出力を限界まで高めておけ。後の事とか考えるな」

 

『あら、偉そうな態度ね。何様のつもりかしら?』

 

「さあ? 悪魔ってのは確かだな」

 

『……この件が終わったらちゃんと説明してもらいますからね。その力について』

 

 

 怒りが篭った声でイヴァにそう言うと、イヴァは苦笑して返事を返した。

 

 

「まあ、仕方ないだろう。一段落着けば好きなだけ答えよう」

 

『ちゃんと覚えてなさいよ、ファン』

 

「俺の名前はイヴァシリアだ。記憶しとけよ」

 

 

 イヴァは通信を切り、眼下に移る黒い塊を見た。

 

 

「……お前絶対転生者だろ。何でその台詞知ってんだ」

 

「何の事だ? ……ああ、そうだ蓮夜」

 

「あん?」

 

「――――俺の子にならないか?」

 

「……ハァッ!?」

 

 

 イヴァの突然の申し出に蓮夜は心底驚いて、思わずデバイスを落としてしまいそうだった。

 

 

「剣誠と神楽もお前と同じ立場のようだし、良い兄弟になれると思うぞ?」

 

「……ざっけんな」

 

「何だ、嬉しそうな声じゃないか」

 

「んな訳ねぇだろうが! 俺はなのはのとこに……!」

 

「ああ、訂正しよう。俺がお前を息子として欲しい」

 

「――――――――考えといてやる」

 

「ん?」

 

 

 蓮夜は正直息子にならないかと聞かれたとき、嬉しさが出てきた。

 なのはの両親には今まで育ててくれて感謝はしている。

 だが父と母という風にはどうしても心が捉えれなかった。

 なのはの両親としか捉えれなかった。

 だがイヴァの場合、自分の力をぶつけてもなんら問題無く、更には力もつけてくれる。

 自分より上の存在。

 そして父としての温もりを思い出させた存在。

 他にも同じ境遇の存在がいる。

 蓮夜は己の力が強大な事に心の何処かで周りの人と一線を引いていた。

 だがイヴァ達となら、その線が消えてしまっている。

 

 

「考えといてやるって言ってんだよ!」

 

「ふっ……そうか。ああ、言い忘れていたが、すぐに母親も付いてくるぞ」

 

「あ?」

 

「……来るぞ」

 

 

 防衛プログラムの暴走が始まった。

 黒い塊は掻き消され、中からはスキュラのような生物が現れる。

 周りは多くの触手が存在し、とにかく醜い。

 

 

「……なあ、気づいてっか?」

 

「ああ。屑がいるな」

 

『アアアアアアアアアア!』

 

 

 スキュラの身体にあの男の上半身が存在していた。

 

 

「カァ~! 本っ当ウッゼェ奴だな!」

 

「全くだ。さあ、本当にご退場願おうか!」

 

 

 最後の戦いが始まる。

 アルフ、ユーノがバインドで触手を引き千切り、ザフィーラが触手を一掃した。

 

 

「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン!」

 

『ギガントフォーム』

 

 

 ヴィータが鉄槌を構え、鉄槌は巨大な鉄槌へと変形していく。

 

 

「轟天爆砕! ギガントシュラーーーーク!!」

 

 

 鉄槌は振り下ろされ、一枚目のバリアーが砕かれた。

 

 

「高町なのはとレイジングハート・エクセリオン! 行きます!」

 

『ロード・カートリッジ!』

 

 

 四発のカートリッジが装填され、なのははデバイスを向けた。

 

 

「エクセリオンバスター!」

 

 

 先ずは見えない砲撃が邪魔な触手を薙ぎ払っていく。

 

 

「ブレイク―――」

 

 

 ピンクの魔力が収束されていき―――。

 

 

「シューーーーーートッ!!」

 

 

 強大な砲撃が打ち込まれた。

 バリアーがまた一枚砕かれる。

 

 

「剣の騎士、シグナムが魂。炎の魔剣レヴァンティン。刃と連結刃に続くもう一つの姿……」

 

 

 シグナムは柄頭に鞘を当て、カートリッジを装填する。

 するとレヴァンティンが姿を変えていき、弓と化した。

 出現した矢を引き絞り、炎を足元の魔法陣から溢れ出さす。

 

 

「翔けよ、隼!」

 

『シュツルムファルケン!』

 

 

 放たれた矢は高速で飛来し、バリアーに直撃した瞬間、大爆発を起こした。

 バリアーがまた砕かれる。

 

 

「フェイト・テスタロッサ、バルディッシュ・ザンバー、行きます!」

 

 

 フェイトが黄色い大剣と変形しているバルディッシュを振り、見えない斬撃を飛ばす。

 それが再生した触手を薙ぎ払う。

 フェイトはバルディッシュを上に掲げ、雷が刃に落ちた。

 

 

「打ち抜け、雷刃!」

 

『ジェットザンバー!』

 

 

 雷を纏った刀身が伸び、バリアーを砕く。

 最後のバリアーを打ち破った。

 

 

 かに思えた。

 だがまだバリアーは存在していた。

 

 

『アハハハハハッ!』

 

「んの野朗……!」

 

 

 あの男が防衛プログラムと一体化したことで更に強化されているようだ。

 

 

「落ち着け! やる事は変わりない! ザフィーラ!」

 

「おう! 盾の守護獣ザフィーラ! 砲撃なんぞ、撃たせはせん!」

 

 

 触手から砲撃を放とうとしていたが、ザフィーラが発動した幾つもの光の槍が阻止した。

 

 

「黒島蓮夜、紅蓮、やってやらァ!」

 

『術式解放、第一から第五の門を展開』

 

 

 蓮夜は二つの紅蓮を正面で連結し、紅蓮の刀身を二つに分かれさせた。

 そして分かれた部分に紅い魔力が収束されていく。

 

 

「クリムゾン―――ブラストォォォォオオ!!」

 

 

 紅い収束砲が放たれ、バリアーを打ち抜く。

 だがまだ最後の一枚が残っている。

 暴走した防衛プログラムは上空に魔法陣を展開し、雷を落としてきた。

 

 

「マジかよ!?」

 

「………」

 

 

 あの男と一体化したことによって凶暴な力が更に凶暴化してしまっている。

 イヴァは落ち着いて左手を魔法陣に向け、『ゼロ』を発動した。

 黒い波動が空域を走り、魔法陣と雷が一瞬にして消えた。

 

 

「無と孤独の悪魔、イヴァシリア・ムトス・エラフィクス。我が家族に仇名す者に、永遠の無を与えん!」

 

 

 イヴァは居合いの構えを取り、マントから出る闇を刀に渦巻かせた。

 

 

「零滅刃奥義―――」

 

 

 眼を赤く光らせ、防衛プログラムを見据える。

 そして大きく抜刀した。

 

 

闇滅衝閃(あんめつしょうせん)!」

 

 

 闇の斬撃が防衛プログラムをバリアーと身体と海ごと両断する。

 

 

『アアアアアアアッ!!』

 

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け!」

 

 

 黒い三対の翼、白いバリアジャケットを着て杖を持ち、リインフォースとユニゾンしているはやてが詠唱を唱える。

 すると上空にベルカ式の白い魔法陣が展開され、周りに六つの白い魔力の塊が表れる。

 

 

「石化の槍、ミストルティン!」

 

 

 計七つの白い槍が放たれ、防衛プログラムに突き刺さる。突き刺さった部分から石化していき、ボロボロと砕け散っていく。

 だがそれでも再生を止めない。

 すぐに再生していき、姿を変えていく。

 

 

「悠久なる凍土、凍てつく棺の内にて、永遠の眠りを与えよ」

 

 

 クロノが詠唱を初め、海と防衛プログラムが凍り付いていく。

 

 

「凍てつけ!」

 

『エターナルコフィン!』

 

 

 防衛プログラムは凍り付いて砕かれる。

 だがそれでも再生は続く。

 

 

「やばくねぇか? 何か再生速度がハンパねぇぞ……」

 

「恐らくあの(ゴミ)の所為でしょう。まったくもって忌々しいですわ」

 

「………リンディ」

 

 

 イヴァはリンディに通信を繋げた。

 

 

『何かしら?』

 

「何があってもアルカンシェルを撃て。何があってもだ」

 

『ファン……?』

 

「だから俺はイヴァシリアだ。……絶対だぞ」

 

 

 イヴァは通信を切り、左手に『ゼロ』を纏わす。

 

 

「おいおっさん! 何する気だ!?」

 

「なに、少し帰りが遅くなるだけだ」

 

「イヴァ、貴方……」

 

 

 エスティナルはこれからイヴァがやろうとしている事を察したのか、何も言わなかった。

 

 

「全力全開! スターライト―――」

 

「雷光一閃! プラズマザンバ―――」

 

「響け終焉の笛! ラグナロク―――」

 

 

 なのは、フェイト、はやてがそれぞれの最大の魔法の準備を始める。

 

 

「ま、待て! 皆―――」

 

「っ――!」

 

「おっさん!」

 

 

 イヴァはその場から消えた。

 そしてあの男の目の前に現れ、男の頭を掴んだ。

 

 

「いくら貴様でも、直接触れれば完全に『ゼロ』の力が浸透する。故に!」

 

 

 イヴァの手が黒く光ると、防衛プログラムの再生速度が遅くなった。

 

 

「貴様の力はこの手が触れている限り消える!」

 

 

 マントを広げ、男と自身を絡めて離れないようにする。

 

 

『ブレイカーーーーーー!!!』

 

 

 そして放たれる三つの収束砲。

 ソレは防衛プログラムに直撃し、防衛プログラムの全身をボロボロに消し飛ばす。

 

 

「エスティィィイ!!」

 

「はい!」

 

 

 イヴァは男の上半身を両断し、防衛プログラムから切り離す。

 そしてエスティナルが印を組み、イヴァと男を二つの魔法陣で囲む。

 それと同時にシャマル達が露出した防衛プログラムのコアの転送を始める。

 

 

「おいアンタ! 何やって―――!」

 

「長距離転送、目標座標―――軌道上」

 

「ッ、まさか!?」

 

 

 蓮夜は気がついた。これからイヴァとあの男が何処に行こうとしているのかを。

 

「転送」

 

 

 そしてイヴァと男は転送された。

 転送されている途中、イヴァは男に言った。

 

 

「貴様を消すのは容易い。だがそれでも時間を喰らい、アレの再生が完了してしまう。だからアルカンシェルで消えてもらう。それに貴様は、俺の名を騙り俺の家族に手を出した。苦しんで死ね!」

 

「何故だぁ!? 私が! 私こそが真の―――」

 

「貴様は、偽者にも劣るただの屑だ!」

 

 

 イヴァは宇宙空間でも行動できるように自身を魔法で強化し、イヴァと男は再生し続けているコアの前に姿を現した。

 

 

「さあ! 地獄への片道切符だ! 受け取れ!」

 

 

 イヴァは男を前に突き出し、避けられないようにする。

 

 

『ファン!! 貴方、何を!?』

 

「撃て! リンディ!」

 

『っ―――』

 

 

 イヴァは通信を強制的に切り、マントで男を更に縛る。

 後ろにはコアが再生をし続けている。

 

 

「や、止めろ! 貴様だって死ぬんだぞ!?」

 

「今まで貴様は何を見てきた? 俺は全てを消すのだぞ? 俺だけダメージが無いようにするのは容易い事だ!」

 

「ひぃぃっ!!」

 

 

 男はアースラを眼にした。アースラはもうアルカンシェルの発射体勢に入っていた。

 

 

「地獄に逝ったらどんな所か教えてくれ。俺は逝きそびれてしまったからな」

 

「や、止めろぉぉぉぉぉおおおっ!!!」

 

 

 アルカンシェルは放たれた。

 まっすぐコアを狙って砲撃は伸び、コアの前に居た男とイヴァを巻き込んでコアを打ち抜いた。

 

 

 

 

 アースラの艦橋のモニターで、リンディはコアの最期を見届けた。

 

 

「ファン……!」

 

「効果空間内の物体……完全消滅……」

 

「っ……!?」

 

 エイミィの震える声での報告に、リンディは耳を疑った。

 

 完全消滅。

 それは即ち、あそこにいたイヴァも消滅してしまったということ。

 

 

「そんな……! ファンは!? ファンは何処なの!?」

 

「さ、探しています! けど、何処にも反応がありません!」

 

「っ………コアの、再生反応は?」

 

「っ………ありません」

 

「……そう」

 

 

 リンディは拳を握って、あくまでも任務を優先することにした。

 通信で、現場にいる皆に指示を出す。

 

 

 

 

『準警戒態勢を維持。もう暫く反応空域を観測します。現場の皆はアースラで一休みして』

 

「か、艦長! ファンさんは!?」

 

『……効果空間内の物体は全て消滅したわ』

 

「そんな!?」

 

「ふざけんな!」

 

 

 蓮夜がクロノを押し退け通信に怒鳴った。

 

 

「あのおっさんが死ぬ筈がねぇ! もっとよく探しやがれ! おっさんなら宇宙のそこら辺で昼寝でもしてる筈だ!」

 

『……観測は続けるわ。けど、望みは薄いわ』

 

「くっ……!」

 

「蓮夜」

 

 

 蓮夜の肩にエスティナルが手を置いた。

 

 

「安心なさい。イヴァはちゃんと生きてますわ」

 

「何で分かんだよ!?」

 

「言っていたでしょう? 少し帰りが遅くなると」

 

「………あの野朗には聞かなくちゃならねぇ事が色々あんだよ……! 帰ってこなけりゃ一生恨むからな……!」

 

 

 蓮夜は拳を握った。

 顔も泣きそうな表情だった。

 蓮夜だけではない、なのはやフェイトやはやて、そしてイヴァの大切な家族も、他の皆も、泣いている者や泣くのを我慢している者がいた。

 

 

「本当に……心配をかけさせる人ですね……」

 

 

 

 

 



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第二章第十二話



A`sも終わりです。






 

 

 

 決戦の直後、はやてが倒れた。

 ただの疲労が原因であるため、命に別状は無い。

 ただ、夜天の書、リインフォースの歪みは致命的であった。

 防御プログラムは停止したが、その基礎構造はそのまま。

 何れ新たな防御プログラムを生成し、また暴走を始めてしまう。

 修復しようにも管制プログラムであるリインフォースから本来の状態である夜天の書の姿が無いのでどうしようもない。

 だから、リインフォースは悲しい決断を下した。それは、自らの破壊。

 

 

「……おっさん、早く帰って来いよ……。リインフォースが逝っちまうぞ……!」

 

 

 蓮夜は拳を握り締め、雪が積もる広場で、皆の目の前で行なわれている儀式を拳を握って見ていた。

 蓮夜はイヴァとリインフォース達の関係を知った。

 古代ベルカの時代に出会い、当時の主であったファンとヴォルケンリッター達とは家族になり、イヴァとリインフォースは互いに知らぬ内に愛し合っていた。

 想いを告げずにイヴァとファンは死に、リインフォース達はまた別の主の下へと、記憶を消されて渡った。

 そしてこの時代で再会し、想いを告げ、やっと闇の書という呪いから解放されかけているのに、今この場にイヴァがいない。

 

 

「早く……早く帰って来いよ……!」

 

 

 だが時は進み、儀式は終わりへと近付く。

 

 

「リインフォース!!!」

 

「っ……はやて」

 

 

 病院で眠っている筈のはやてが車椅子でやって来た。

 

 

「あかん! 止めて!」

 

 

 はやては儀式により展開されている魔法陣の近くまで近付いた。

 

 

「破壊なんかせんでええ! 私がちゃんと抑える! 大丈夫や! こんなんせんでええ!」

 

「……主はやて、良いのですよ」

 

「良いことない! 良いことなんか、なんもあらへん!」

 

「随分と長い時を生きてきましたが、私はあなたにもう一度綺麗な心と、そして綺麗な名前を与えてくれました。騎士達も貴女の傍に居ます。何も心配はありません」

 

「心配とかそんなん……」

 

「ですから、私は笑って逝けます」

 

「嘘や! そんなん絶対嘘や!」

 

 

 はやては涙を流しならが怒鳴った。

 

 

「ファンさん……イヴァシリアさんはどうすんねん! やっと、やっと逢えたんやないの!」

 

「……イヴァは……もう……」

 

 

 本当はリインフォースはイヴァに逢いたかった。

 抱きしめたかった。

 手を握りたかった。

 声を聞きたかった。

 けどイヴァはアルカンシェルで暴走した闇と消えた。

 もう逢えないと、リインフォースは誰にも見られずに泣いていたのだ。

 

 

「イヴァシリアさんは絶対帰ってくる! だってリインフォースの大切な人なんやから!」

 

「……もう良いのです。イヴァは世界を、貴女達を守りました。ですから、私も守らせて下さい」

 

「そやけどっ……やっと救われたんやないか!」

 

 

 限りなく長い時の中を、苦しみながら生きてきた彼女たちは、やっとこの時代で救われた。

 なのにリインフォースははやてを救うために永遠に消えようとしている。

 はやてはどうしてもそれが許せなかった。

 

 

「私の意志は、貴女の魔導と、騎士達の魂に残ります。私は何時も、貴女の傍に居ます」

 

「そんなんちゃう! そんなんちゃうやろ!」

 

「駄々っ子は、ご友人に嫌われます。聞き訳を、我が主」

 

「駄々っ子はリインフォースや―――あっ!」

 

 

 はやては車椅子を動かし、リインフォースに近付こうとしたが、石に躓いて車椅子から転げ落ちた。

 

 

「これから……これからやっと始まるんやで……? これから楽しく、幸せに暮らしていけるんやで!? なのに……!」

 

「大丈夫です。私はもう、世界で一番幸せな魔導書ですから」

 

 

 リインフォースは魔法陣の限界まで近付き、はやての頬に手を添えた。

 

 

「もう一度、優しい主に出逢い、愛する人ともう一度出逢えて、分かり合えた。これ以上に無い幸せです」

 

「リインフォース……」

 

 

 はやては願う。

 リインフォースと離れたくない。

 これからもっと、ずっと一緒にいて、皆で楽しく、幸せに、笑顔で暮らしたい。

 

 

―――誰でもええ……リインフォースを止めて……。神様……悪魔でもええ……! リインフォースを……私の家族を助けて!

 

 

 

 

 

『その願い、叶えよう』

 

 

 

 

「え………?」

 

 

 はやての頭に声が響いた。

 聞いた事のある、あの声が。

 その直後、上空から黒い魔力剣が三本飛来し、展開されている魔法陣に突き刺さり、魔法陣を消した。

 

 

「……これは……」

 

「―――――イ―――ヴァ―――?」

 

「え……?」

 

 

 リインフォースは剣が飛来してきた空を見上げていた。

 その先には、白い空の向こうに、黒い点が見える。

 それはどんどん大きくなっていき、やがてそれが人だと分かった。

 

 

「————ぉぉぉぉぉおおおおおおっ!!」

 

 

 その人は広場に不時着し、積もった雪が吹き飛んだ。

 

 

「あぶっ!? 勢い強すぎた! やっぱ大気圏突入は調子乗りすぎたか!」

 

 

 その人物、イヴァシリアはマントと鎧に付着した雪を払ってコートの姿に戻る。

 

 

「うっす! 呼ばれて飛び出てジャジャジャーン!」

 

「おっそいんじゃ! このボケが!」

 

「ごへっ!?」

 

 

 どこぞの大魔王様の台詞を言った途端、蓮夜の飛び蹴りが直撃し、イヴァは吹き飛んで雪の中に顔を突っ込んだ。

 

 

「ぶはっ! 何をする蓮夜!」

 

「ダァマレ!! 遅い上に何ふざけてんだ!」

 

「いや、神楽がこういった挨拶をしたことがあったから……」

 

「答えになってねぇんだよ!」

 

「まあまあ、蓮夜、落ち着きなさいな」

 

 

 蓮夜を何処からか現れたエスティナルが宥めた。

 イヴァは雪を払い、はやてとリインフォースに近付く。

 

 

「……イヴァシリアさん」

 

「イヴァで良いさ。はやて、お前の願い、この悪魔が叶えてやる」

 

「………」

 

 

 イヴァははやてを車椅子に座らせてリインフォースと向き合う。

 

 

「なーにしてんだ? リイン」

 

「イヴァ……生きて……」

 

「当たり前だろ。俺がそう簡単に死ぬか。勝手に殺すな」

 

「……イヴァ……本当に……イヴァなのですね……」

 

「ああ」

 

「どうして……今まで……」

 

「あ~……『ゼロ』でアルカンシェルを消したんだが、どうも久々の完全解放でな。やりすぎて強化魔法まで消しちまってよ。慌ててちょいと次元切り裂いて、別の次元世界に退避してたんだよ。んで、その次元世界でちょいと用が出来てな、時間が掛かっちまった」

 

 

 たははと笑うイヴァはどうかしていると思う。

 次元を切り裂いて別次元に行くとか、まずあり得ない。

 なのに、その場にいる全員はイヴァならやってしまうだろうと、妙に納得してしまった。

 

 

「んで、はやての願いが聞こえてな。ちょうど用も終わったし、転移(ジャンプ)してきた訳よ」

 

「貴方は……何処までも無茶苦茶ですね」

 

「まあ、それが俺だし。ってか、俺はちょーっとご立腹だな。こんなことして」

 

「……仕方が無い事なのです。私が消えないと、また暴走してしまう」

 

「……そっか」

 

 

 イヴァの反応はあっさりしたものだった。

 溜息を吐き、頬をかくだけだった。

 

 

「んじゃま、その前に俺の話しを聞いてくれ」

 

「……?」

 

 

 イヴァは胸に手を当てて何度か深呼吸をし始めた。

 

 

「ああ、もの凄く緊張するな……」

 

「イヴァ? 何を……」

 

 

 イヴァはリインフォースの前で肩膝をつき、顔を少しだけ赤くして口を開いた。

 

 

「リインフォース……俺は見ての通りお気楽で、面倒くさがりだ。おまけに子供も三人いるし、もう一人増える予定だ。だけど、お前を愛する気持ちは誰にも負けない」

 

「い、イヴァ!? いきなり何を……!?」

 

「今度こそ、俺はお前をどんな事からも守って見せる。勿論、皆だって。だから、その……」

 

 

 イヴァはポケットから一つの箱を取り出して、リインフォースの前に差し出して開けた。

 

 

「俺の……俺の一生の女になってくれ!」

 

「っ……!」

 

『……!』

 

 

 差し出したそれは指輪だった。

 蒼い宝石が填められた綺麗な指輪だ。

 

 

「こ、これ…は……」

 

「渡った次元世界が偶然にも鉱山の世界でさ……。そこの住人と交渉して作らせてもらった」

 

「イヴァが……これを……?」

 

「ああ……」

 

 

 リインフォースは手で口を覆い涙を流した。

 

 

「イヴァ……」

 

「……必ず幸せにしてやる。だから、結婚しよう」

 

「………無理です。私は……消えなければ……!」

 

「そんなもんはどうでも良い! 俺はお前の声が聞きたい! お前の心の声が聞きたいんだ!」

 

「っ……!」

 

 

 リインフォースはもう顔を涙でクシャクシャにし、一生懸命答えようとした。

 

 

「で、ですがっ! 破壊しないとっ……私が消えないとまたっ……!」

 

「リインフォース! もう正直に言いや! 本当はどうしたいんや!?」

 

 

 はやても涙を流しながら訴える。

 周りの皆もリインフォースの心の声を待っていた。

 

 

「リイン……俺と一緒に居てくれ!」

 

「――――イヴァ!」

 

 

 リインフォースは己の本心に従い、イヴァに抱きついた。

 

 

「リイン……!」

 

「居たい! 一緒に居たいです! 貴方と一緒に居たい! 叶うものなら、私は貴方を愛し続けていたい!」

 

「っ……叶うさ。俺が、叶えさせてやる……!」

 

 

 イヴァはリインフォースの唇に自分の唇を落とした。

 するとイヴァとリインフォースを中心に紫色の魔法陣が展開され、そこから紫色の粒子が溢れ出した。

 

 

「………こ、れは……!?」

 

 

 リインフォースは自分の身体に起きた事に驚き、イヴァの眼を見た。

 

 

「俺からの婚約プレゼントだ……」

 

「……イヴァっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 

 リインフォースはイヴァを勢い良く抱きしめ、その勢いを殺しきれなかったイヴァは後ろに倒れた。

 

 

「イヴァ……愛しています!」

 

「……ああ、俺もだ……リイン」

 

 

 二人はそのまま抱き合い、互いの温もりを確かめ合った。

 

 

 何万、何億年もの年月を経て、二人の男女は結ばれた。

 それまでの道のりはとても永く、険しく、過酷な道だった。

 だが二人はそれを乗り越え、やっと想いを実らせた。

 

 やっと……。

 

 

 

 

 リインフォースの身に何が起こったのか。

 それはイヴァの『ゼロ』によるものである。

 イヴァは『ゼロ』で夜天の書の防御プログラムの歪んだ基礎構造と再生機能を消し去った。 それによりもう二度と防御プログラムの生成は起こらない。 

 

 ただ一つだけ。

 代償が存在した。

 それはイヴァの右腕だった。

 イヴァの能力は決して万能ではない。

 しかしエスティナルを通す事でそれを万能に近い状態にしている。

 

 ここでイヴァの能力『ゼロ』について少々説明しよう。

 

 『ゼロ』。

 それは森羅万象を消し去る能力。

 だがその力は人の身には大き過ぎる力である。

 であるから、『ゼロ』の力は使用した対象だけではなく、使用した自身に影響を及ぼしてしまう。

 つまり、自身も消してしまう。

 イヴァはそれを防ぐ為にエスティナルと契約をしている。

 だがイヴァがリインフォースを救ったとき、その契約は一時的に切れていたのだ。

 

 何故か。

 原因はあの術式の完全解放にあった。

 あの状態はイヴァの本来の姿である。

 今までのあの状態は『人間』の状態である。

 あの姿はイヴァが蘇った時の『悪魔』の状態である。

 『悪魔』の状態であれば『ゼロ』の力は完璧に扱える。

 だが『人間』の状態であるならば、エスティナルを通さない限り自身の存在までも抹消してしまう。

 そして『悪魔』から『人間』に戻ったとき、一時的にエスティナルとの繋がりは消えてしまう。

 それを承知でイヴァは『ゼロ』を使用した。

 もし、消した防衛プログラムの力がもっと大きければ、右腕だけではすまなかっただろう。

 防衛プログラムが健全な状態ならば、イヴァの存在そのものを代償にしなければならなかったであろう。

 

 長くなったが、要約するとこうだ。

 イヴァは自身の右腕を代償にリインフォースを救った。

 そしてこれからの幸せを掴み取ったのだ。

 

 

 

 

「貴方っていう人は……何て危険な事を……」

 

 

 アースラの艦長室で、イヴァはリンディに説教を喰らっていた。

 

 

「良いじゃん。終わりよければ全て良し」

 

「黙りなさい。貴方、下手したら居なくなってたのよ?」

 

「居なくならねぇよ。やっと手に入れれたんだから」

 

 

 イヴァの顔は幸せに満ちていた。

 リンディはその表情にもはや怒るのも馬鹿らしくなった。

 

 

「伝説の悪魔イヴァシリア・ムトス・エラフィクス。無と孤独を司る悪魔。文献ではあんなに立派だったのに………現実って残酷だわ」

 

「おいコラ。どういう意味だ?」

 

「大体、何で黙ってたの?」

 

「言ったら信じたか?」

 

「そんな訳ないじゃない」

 

「だろ?」

 

 

 イヴァは鼻で笑い、“右手”で湯呑みを掴んでお茶を飲んだ。

 

 

「それにしても、よく三日で馴染んだわね」

 

「ん? ま、それが俺だし」

 

「意味が分からないわよ」

 

 

 リンディはイヴァの無茶苦茶さに呆れて何も言えなくなった。

 

 

「持つべきものは友ってのは本当だよな。一日で完璧なデバイスを作って俺にくっ付けたんだからな」

 

 

 イヴァの右腕は二の腕から下は、イヴァのとある友人が作った義手型のデバイスである。

 電気信号と魔力で動き、感覚まで伝わるトンデモなものである。

 

 

「そもそも、貴方に私とプレシア女史以外に友達が居たなんて吃驚だわ」

 

「おーおー何とでも言え。結婚式には呼んでやらんから」

 

「あら、もうはやてさんから招待されちゃってるわ」

 

「………はやて」

 

 

 イヴァは手の早いはやてに頭を抱え、溜息を吐いた。

 

 

「……なあ、リンディ」

 

「何かしら?」

 

「……ありがとな。俺を誘ってくれて」

 

「………」

 

「お前がアースラに呼ばなけりゃ、俺はこうして幸せを掴む事は無かった。ありがとう」

 

 

 イヴァはリンディに頭を下げて感謝した。

 リンディはそんなイヴァの姿を見て一言。

 

 

「………キモイわ」

 

「ひでぇ!?」

 

「止めて、鳥肌が立つわ。今すぐ消えなさい。ってか消えなさい」

 

「何だよ、折角人が素直に感謝してやってんのによ! もういい! 帰ってリインとイチャイチャしてやる!」

 

 

 イヴァはリンディに舌を出してから部屋を出て行った。

 

 

「………何よ、もぉ……!」

 

 

 リンディは一人になった瞬間顔を赤くして両手で頬を押さえた。

 

 

「もう、バカバカバカ……! あの頃の事思い出したちゃったじゃない!」

 

 

 その後、リンディは熱が収まるまで昔の、夫が生きている頃の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 月日は流れ、皆は成長していった。

 蓮夜はあの時イヴァに申しだされたこと、養子の件を受けた。

 イヴァは喜び、蓮夜を迎え入れた。

 なのはの両親にイヴァは蓮夜を息子にしたいことを誠心誠意伝え、一晩の話し合いの末、蓮夜がイヴァの息子になることを許した。

 黒島蓮夜から蓮夜・K・エラフィクスとなり、イヴァ達と暮らすことになった。

 そしてイヴァとリインフォースは……。

 

 

「イヴァ、朝ですよ。起きてください」

 

「ん~……」

 

「早くしないと神楽が来ますよ?」

 

「はい起きた! だから腹の上に現れるな!」

 

「おはようございます、イヴァ」

 

「…………おはよう」

 

 

 二人は結婚し、八神家で過ごしていた。

 蓮夜、神楽、剣誠も一緒に住んでいる。

 イヴァはこの八神家でも父親的な存在であり、はやてからも父と呼ばれている。

 

 

「あ、おはよう! お義父さん!」

 

「おはよ〜、義父さん」

 

「親父、寝癖すっごいぞ」

 

「おはよう、お義父さん」

 

「ああ、おはよう」

 

 

 イヴァはテーブルに座り、皆に挨拶を返す。

 

 

「昨日は随分と張り切ったようですわね」

 

「なっ!? エスティ! 何を言ってるんですか!?」

 

「良いですわね~。毎日毎日シテもらえて。私なんか、月一回しか……」

 

 

 エスティナルも共に住んでいる。

 ただ、イヴァとの関係上、リインフォースとは本妻と愛人のような立場になってしまっている。

 イヴァにはそういった感情は少なからず無いのだが、本当にもう、ただの仕事仲間なのか分からない。

 ただ、イヴァは契約あるなしにエスティナルを手放す気は無いのは確かである。

 

 

「エスティ……リインを苛めるなよ。リインは初心なんだしさ……」

 

「あら、私とはただの遊びだったんですね……! 酷いわ! あんなに、あんなに求め合った仲ですのに!」

 

「お義父さん、あかんで。責任はちゃんととらな」

 

「はやて、お前この状態を楽しんでるだろ」

 

「まっさかー」

 

「………」

 

 

 どうやらイヴァの女難は何時まで経っても続くようだ。

 

 

「けっ、女誑し」

 

「……はやて、蓮夜とは最近どうなんだ?」

 

「んなっ!?」

 

「んー、まあぶっきら棒にもちゃんと相手してくれるなー」

 

『へ~……』

 

 

 イヴァ、神楽、剣誠はニヤニヤした顔で蓮夜を見た。

 蓮夜ははやてとそういった関係になっている。

 だから、はやてはイヴァの養女にはなっていないのだ。

 

 

「っ~~~~~!!」

 

「はははっ! 照れてやんの!」

 

「ウッセェんだよ! このマヌケ!」

 

「痛っ!? 何すんだこの野朗!」

 

「黙れ不幸野朗!」

 

「何だとツンデレ!」

 

『やんのかコラァ!?』

 

 

 蓮夜と剣誠はこういった仲である。

 何時も喧嘩ばかりしてはやてと神楽に止められるのだ。

 

 

「朝から元気なこった……」

 

「そうですね……」

 

 

 ジリリリリリッ!

 

 

「ん?」

 

 

 イヴァの携帯電話が鳴り出した。

 それは仕事用の電話だった。

 

 

「こんな朝早くから何だよ……」

 

 

 イヴァはぶつくさ言いながらも電話に出た。

 

 

「はいはい、何でも屋エリスでございます」

 

 

 悪魔は家族という大切なモノを再び取り戻す事ができた。

 次こそは決して手放さない事だろう。

 

 

 

 

 



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第三章第一話

 
 これから始まるのは、完全オリジナルぅ♪




 

 

 さあ、語ろう。悪魔とその家族の輝かしい世界を。

 その時が来るまで、語り続けよう。

 

 

 

 

 あの戦いから数年。

 蓮夜、剣誠、神楽はすくすくと育ち、もう中学生である。

 三人とも背は伸び、蓮夜は前のような荒れた性格ではなく、もう少し大人しく―――。

 

 

「剣誠! テメェまたはやての胸触りやがったな!! ア゛ァ!?」

 

「わ、ワザとじゃねぇって! 躓いて置いた手の先がそうであって!」

 

「ウルセェ!! 今すぐにテメェをぶっ殺す! この変態野朗!」

 

「変態じゃねぇっつってんだろ!!」

 

 

 ―――なっている訳が無かった。

 今までと同じように喧嘩ばかりし、昔は子供の殴り合いだったのだが、今では少しばかり派手な喧嘩ばかりしている。

 

 性格は兎も角、容姿はちゃんと変わっている。

 蓮夜は髪を伸ばし、目に少しだけ掛かり、後ろで一つにしている。

 身長も伸び、中学生の平均以上である。しかもイケメンの部類。

 剣誠は相変わらずツンツンヘアーであり、身長は蓮夜より一センチ小さい。

 顔はイケメンというよりも凛々しい。相変わらず不幸スキルは健在。

 

 

「死ねや!」

 

「お前がな!」

 

 

 家のリビングで殴りあう二人。

 台所でははやてが後ろの二人を無視して朝食を作っている。

 喧嘩といえば、そもそも蓮夜にはベクトル操作があるので剣誠には勝ち目が無い————訳が無かった。

 

 

『オラァ!』

 

 

 蓮夜と剣誠の拳が互いの顔面を捉える。

 だが剣誠の拳は弾かれなかった。

 

 

『ゴハァ!』

 

 

 そして同時に声を上げる。

 二人はそれぞれ後ろに下がり、拳を構える。

 

 

「テメェ……何時の間に……」

 

「馬鹿かお前? 何時も先制攻撃を譲る剣誠さんじゃないぜ!」

 

 

 剣誠は黒い手袋を取った右手を見せて不敵に笑った。

 

 

「あ……」

 

「ん?」

 

「………」

 

 

 剣誠は後ろを振り向いた。

 するとそこには腕を組んで剣誠を睨んでいる神楽がいた。

 

 

「あんた達……」

 

『………』

 

「朝っぱらから煩いのよぉぉぉぉおお!!」

 

 

 剣誠を蹴り飛ばし、蓮夜にぶつける。

 その瞬間、蓮夜と剣誠の上にソファーが落ちて二人を下敷きにした。

 

 

『ノォォォォォォオオ!!』

 

「まったく! ご近所迷惑でしょ!」

 

 

 神楽も成長し、スタイルはモデル並になった。

 胸は周りの中学生達よりはあるのだが、本人はもっと大きくなってほしいと懇願している。

 

 

「騒がしいと思ったら……また喧嘩か」

 

「あ、シグナム。ごめんね、今止めたから」

 

「いや良い。主の胸を揉んだ剣誠が悪い」

 

「だから……ワザとじゃ……ってぁ、何で知って―――バフンッ!?」

 

 

 剣誠はソファーから這いずり出ようとしたが、突如上から落ちてきた椅子によって阻止される。

 

 

「テメェ……さっさと退け! テメェが触れてたら力が使えねぇんだよ! ってか不幸がうつる!」

 

「……うつしてやる……私めの不幸をうつしてやるぅ!」

 

「だぁ! 引っ付くな!」

 

「そ、そんな! 蓮夜君が……蓮夜君がそんな趣味やったなんて……!」

 

「はやて!?」

 

「うわぁぁぁぁぁん! 私とは遊びやったんやぁぁぁああ!」

 

「ち、違う! 違うぞはやて! ま、待ってくれぇ~~~~ってアホかぁ!!」

 

「ぶべっ!!」

 

 

 剣誠を殴り、ソファーを上に蹴り飛ばして立ち上がる。

 剣誠はそれに乗じて立ち上がろうとしたが、落ちてきたソファーにより再び下敷きにされる。

 

 

「ふ、不幸だ……」

 

「ったく、嘘泣きは止めろっつの」

 

「あ、ばれた?」

 

「何年お前の彼氏やってんだと思ってんだよ」

 

「一年三ヶ月十日」

 

「何年ってほどでもないじゃん……」

 

 

 神楽は蓮夜をジト目で見てソファーを転移で戻し、テレビをつけて朝のニュースを見始めた。

 

 

「んあ~……朝からうっさいぞ、お前ら……」

 

「あ、ヴィータおはよう」

 

「おはよう、はやて」

 

「おはようございます、はやてちゃん」

 

「シャマルもおはよう」

 

「おはようございます、主」

 

「ザフィーラもおはような」

 

「あれ? 何時も早い義母さんは?」

 

「そう言えば、姉貴も居ねぇな」

 

 

 剣誠がいう義母とは勿論リインフォースである。

 蓮夜がいう姉貴とはエスティナルである。

 

 

「よーし! 私が起こしてこよっと!」

 

「お、おい! 多分二人は―――行きやがった」

 

 

 蓮夜が神楽を止めようとしたが、神楽は転移で姿を消した。

 そしてすぐに戻ってきた。

 顔を真っ赤に染めて。

 

 

「……どうしたんだよ?」

 

「………てた」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お義父さんと寝てた……裸で」

 

『よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁああ!!』

 

「待てお前ら!」

 

 

 剣誠とはやてが何処かへと走り去っていこうとしたが、蓮夜に首根っこをつかまれてその場で駆け足状態になった。

 

 

「何処行くつもりだ!?」

 

「だって裸やで!? リインの裸やで!?」

 

「義姉さんの裸だぞ!? あの女王様の裸だぞ!?」

 

『こりゃ見に行かん訳にはいかんだろ!?』

 

「アホか!!」

 

 

 蓮夜は渾身のツッコミを剣誠だけに喰らわせ、剣誠は床とキスをした。

 

 

「な、何で俺だけ……」

 

「いい加減静かにしろよな……」

 

 

 ヴィータは呆れながらテーブルに座ってホットミルクを飲んでいた。

 

 

「さっさと飯食っちまえよ。それから神楽は兄ちゃんの腹の上に何か重いものでも落とせ。そうすりゃ起きんだろ」

 

「う、うん……」

 

「待て。私は重いものって言ったよな? 何で包丁を触ろうとする?」

 

「あ、ゴメン」

 

「本かそれぐらいのにしろ。あ、テレビは駄目だぞ」

 

 

 神楽はテレビチャンネルを転移させた。

 それから皆で朝食を取っているとイヴァとリインとエスティが降りてきた。

 

 

「おはようさん……」

 

「おはようございます」

 

「皆さん、おはようございます」

 

 

 イヴァは額を押さえていた。

 どうやらそこにチャンネルが落ちたらしい。

 チャンネルを置き、空いている席に座って朝食を食べ始めた。

 因みに今日は和食である。

 

 

「お義父さん。昨晩はえらい忙しかったんやの?」

 

「んあ? ああ……ははっ、忙しかったさ……」

 

 

 イヴァは遠い眼で天井を見つめた。

 まるで燃え尽きたボクサーに見える。

 

 

「……エスティ、何したん?」

 

「何って……ただイヴァとリインを同時に可愛がって鳴かせて搾り取っただけですわ」

 

「~~~~~っ!!」

 

 

 リインは昨晩の運動を思い出したようで、両手で顔を隠し、イヴァはまるで廃人のように力を失っていた。

 

 

「つかよ、おふくろは何時になったら初心っ気が無くなんだよ?」

 

「ええやないの。それがリインクオリティなんやから」

 

「意味分かんねぇよ……」

 

「……それよりお前達」

 

「あん?」

 

 

 イヴァがすっと指を差した方向には八時を過ぎた時計が存在していた。

 

 

「今日、始業式だろ? 遅刻すんなよ」

 

『やっべぇぇぇぇぇぇぇえええっ!!!』

 

 

 四人の子供達は大急ぎで朝食を済ませ、玄関から出て行く。

 

 

『じゃあ、お先!』

 

『あ、神楽! 転移は反則だろ!? 俺も連れてけよ!』

 

『蓮夜君! ゴー!』

 

『あいよ!』

 

『て、テメッ! ベクトル操作で高速移動するなよ!? つかはやてだけじゃなくて俺も乗せろぉぉおお!!』

 

『知るか!』

 

『ふ、不幸だ! 不幸だぁぁぁぁぁぁぁああ!!』

 

「……何やっとるか、あいつらは」

 

 

 イヴァは玄関先で起こったやりとりに呆れ、頭を抱えた。

 元気に育っていくのはいいが、元気すぎやしないかと。

 というか剣誠が哀れすぎる。

 

 

「魔法、ばれなきゃいいんだがな」

 

「だな……」

 

 

 イヴァはヴィータの呟きに同意し、味噌汁を飲む。

 自慢の娘の料理は相変わらず美味しいと、イヴァは思うのであった。

 

 

 

 

 所変わってここ、聖祥大附属中学校。

 その二年の教室で、剣誠は力尽きていた。

 

 

「………」

 

「だ、大丈夫? 剣誠?」

 

「ぁぁ……もう、真っ白さ……」

 

 

 剣誠に話しかけたのはフェイト・テスタロッサ。

 イヴァの妹的な存在であり、剣誠の幼馴染の一人である。

 

 

「ダッシュで登校してたら信号が変わり始めてるのに渡りきれてないお婆さんを背負って渡り、今度は猛犬の尻尾を踏んづけて追いかけられ、空き缶を踏んで足を挫き、痛みと戦いながら走ってたらバナナを踏んでスッテンコロリン、やっとこさ到着したのはいいけど、全身ボロボロで、体力の限界って……何やってんのよ、ホント」

 

 

 アリサ・バニングスが剣誠の不幸に呆れ頭を抱える。

 本当に、剣誠はツイていない。

 良い事をしている筈なのにそれが決して報われていない。哀れ。

 

 

「まあ、何時もの事だから良いけどさ。それより、綺麗に分かれたよな、俺達」

 

「そうだね」

 

「私と剣誠とフェイトと神楽、なのはと蓮夜とはやてとすずか。一組と二組で綺麗に分かれてるわね」

 

「せめて、神楽とは離れたかった。いや、蓮夜と離れただけでも幸いか……」

 

「アンタたち、いっつも喧嘩ばかりしてるわよね。煩いったら……」

 

「うっせー」

 

 

 剣誠と蓮夜の喧嘩は、この学校では有名である。

 一組の最強の不良こと蓮夜・K・エラフィクス。

 二組の最良の不幸者こと剣誠・五条(G)・エラフィクス。

 教師達が止めに入っても止まらない大喧嘩。

 ある生徒間では剣誠派、蓮夜派と分かれ応援合戦したり、ある生徒間では賭け事の対象としたり、ある生徒間では二人を危険視したりと様々である。

 因みに派閥は剣誠の方は女子生徒が六割と男子生徒が四割、蓮夜の方は女子生徒が八割と男子生徒が二割である。

 剣誠の場合、女子は最良と言われるほどの優しさを受け、尚且つ顔も良いのでフラグを乱立させられているから。

 男子生徒は彼のラッキースケベのおこぼれに感謝感激しているだけである。

 蓮夜の場合、そのワイルドさと不良のカッコ良さが女子に受け、尚且つイケメンで強い。

 男子生徒からは兄貴ィー! と慕われている。

 

 因みに、この学校には更に六つの集団が結成されている。

 それはなのは、フェイト、はやて、アリサ、すずか、神楽の派閥である。

 それぞれが美少女であり、それぞれの魅力があり、この学校の六大美と言われている。

 

 

「あんの野朗、俺がテレビ見てんのに勝手にチャンネル変えやがったり、新聞読んでる時に奪ってきたり、俺のおやつ勝手に食ったり、俺の目の前ではやてとイチャイチャしたり! 許せねぇ! そのふざけた幻想をぶち殺す!」

 

「喧嘩の原因ちっさ。子供か」

 

「お前だって許せねぇだろ!?」

 

「だからって<プギャー>したり<ピギャー>したりするかしら?」

 

「し、しないんじゃないかな? (お兄ちゃん、毎日大変そうだね……)」

 

 

 フェイトはこんな子供を持つ兄に同情する。

 イヴァだけでなく、義理の姉に当たるリインにも同情を送るのも忘れない。

 

 

「まいっか! これからだ! 新しい日常の始まりだ!」

 

「ケン~! アンタちゃんと課題やってきたんでしょうね?」

 

「………あい?」

 

『はぁ……』

 

 

 何処からか現れた神楽の言葉に、剣誠以外の皆は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 変わって一組。

 ここではある視線で埋め尽くされていた。

 

 嫉妬、殺気、羨望。

 それらの感情が込められた視線先では、ある二人の男女がある事をしていた。

 

 

「ほら蓮夜君、じっとしいな」

 

「してるっつの」

 

「お義父さんに似て寝癖がすっごいねんから、ちゃんと直さんと」

 

「親父はもっと凄い」

 

「まあ、そやね。そうじゃなくても蓮夜君、髪綺麗やねんから、しっかりせんと」

 

「………」

 

 

 はやてが、蓮夜の寝癖を櫛で直していた。

 しかもその前は蓮夜の制服の乱れをはやてが直していた。

 まるで朝の夫婦のような光景であったと、ある男子生徒は語る。

 

 

「はやてちゃん、相変わらず蓮夜君に世話を焼いてるよね」

 

「うん。イヴァさんと訓練してる時でもこうだよ」

 

 

 なのは達は定期的にイヴァの戦闘訓練を受けている。

 あの伝説の悪魔の訓練を受けれるとあっては、受けないという方がおかしい。

 因みに蓮夜と剣誠と神楽は毎日、しかもなのは達がいる時よりも厳しい訓練を受けていたりする。

 

 

「そういえば、イヴァさん達は元気にしてる?」

 

 

 すずかが気になり、蓮夜に尋ねた。

 

 

「あ? ああ……親父はおふくろと姉貴とよろしくしてるし、シグナムは親父とよく剣の修行に行ってるし、ヴィータとはまさに兄と妹だし、シャマルにはおふくろとエスティとで料理スキルをどうにかして叩き込もうとしてるし、ザフィーラとは毎日の苦労を愚痴りながら呑んでるよ」

 

「うん。最初の部分は事情を知ってない人が聞いたら危ないよ」

 

 

 もう遅い。

 周りの男子生徒は腰を引いたりトイレに駆け込んだり頭を抱えて叫んでいる者共がいた。

 妻と娘とよろしくやっている男なんて、端から見れば最低だ。

 

 

「はい、直ったで」

 

「ん、サンキュ」

 

 

 蓮夜は綺麗になった髪を触り、イケメンオーラを醸し出した。

 その瞬間、クラス中の女子が瞳をハートにして叫び出した。

 

 

「………うっぜぇ」

 

「……チッ」

 

『はやてちゃん、怖いよ……』

 

 

 自分の彼氏が見られていることにはやては舌打ちした。

 

 

「……あ、先生が来たの」

 

 

 一組に担任の教師がやって来た。

 その教師は外国人であり、金髪ロングである。

 因みに担当科目は数学だったりする。

 

 

「はい座りなさ~い。チャイムはもう鳴ってるわよ。それから蓮夜君とはやてさんはイヴァ様を紹介しなさい」

 

「いやしねぇよ……」

 

「したろか~?」

 

「すんな!」

 

 

 この教師、名をアイラ・メイルークと言う。

 ある日、地球で仕事をしているイヴァと出会い、一目惚れしてしまっているのだ。

 まあ、その話は又の機会に。

 

 

「もう、ケチね」

 

「あのな……親父は結婚してんだぞ?」

 

「何言ってるのよ?」

 

「あん?」

 

「略奪愛って言葉があるでしょ?」

 

「俺はぜってーテメェをおふくろとは呼ばねぇ!」

 

「蓮夜君、減点ね」

 

「はあっ!?」

 

 

 学校開始早々減点される蓮夜であった。

 

 

「さて、今日はもうホームルームで終わりだけど、連絡事項がいくつかあるわ」

 

「このアマ……!」

 

 

 蓮夜を無視して連絡をしていくこの教師は、蓮夜以外の生徒からはもの凄く慕われている。 ただ、イヴァに眼がないのが残念だ。

 

 

 

 

 同時刻、二組にも教師がやって来ていた。

 

 

「はいきりぃぃぃぃぃぃぃつぅ!!!」

 

 

 体格が逆三角形の、茶髪ロングの怖い顔のおっさんが。

 

 

「者共ぉ、久しいぃなぁ! ちゃんと忘れずに課題やって来ただろうなぁ、ああん!?」

 

『い、イエッサー!』

 

「…………」

 

 

 剣誠は一人、冷や汗をダラダラと流した。

 

 

――こ、殺される! 絶対殺される!

 

 

「忘れた者はぁ、前に出ろ。この俺が直々にぃ、気合を入れなおしてやる!」

 

 

――何処から出したその巨大斧ぉぉぉおお!? 殺す気満々だ!

 

 

「せ、先生……その斧で殴る気ですか?」

 

 

 誰かが恐る恐る尋ねた。

 

 

「ノンノン、殴りませんよぉ。叩っ斬るぅぅぅうう!!」

 

 

 言葉に合わせて振り下ろした斧から斬撃が放たれ、後ろの壁に直撃した。

 

 

『………』

 

「むん? これはちょっぴりぃ、やりすぎたようだな。フハハハ!」

 

「……武蔵先生」

 

 

 穴が空いた壁の向こうからアイラ先生がユラリユラリと現れた。

 

 

「は、はいぃぃぃいい!!」

 

「何さらしとんじゃあああああ!!」

 

「ぶらぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 

 アイラ先生は武蔵先生の髪を掴んで窓から外へ放り投げた。

 一体何処にそんな力があるのだろうか。

 

 

――た、助かった! 俺、生きてる!

 

 

 剣誠は一人、心の中で歓喜した。

 

 しかし忘れるな。

 それは死を先延ばしにしたに過ぎない。

 課題の提出期限は今日。

 どう足掻こうとも、剣誠に今日提出出来る事はないのだから。

 よって、剣誠は放課後に武蔵先生に追いかけられる羽目になるのだった。

 

 

 

 

 イヴァはソファーの上で刀の手入れをしていた。

 台所ではリインが洗物を、庭ではエスティが洗濯物を干している。

 

 

「む~……」

 

「どうしたのですか?」

 

「最近、戦闘の依頼が来ないから退屈だ」

 

 

 イヴァはこの地球でも何でも屋エリスを営業している。

 ちゃんと営業許可を取ってだ。

 勿論、ミッドでも営業している。

 地球に居てもミッドから電話が来るようある友人に専用の携帯電話を作って貰ったのだ。

 

 

「戦闘は無いにこしたことはありません。平和が一番ですよ」

 

「……生活費が稼げないのに?」

 

「子供達がちゃんと稼いでいますよ」

 

「………」

 

 

 イヴァは部屋の隅で縮こまった。

 

 それはそうだろう。

 一家の大黒柱であるはずの自分は生活費を稼げられず、自分の子供達が生活費を稼いでいるのだ。父としての顔が立たない。

 

 

「あ、で、でも! 報酬は少なくてもちゃんと仕事はしているじゃないですか!」

 

 

 工事現場の助っ人、お年寄りの介護、警備員、イベントの係員、ビルの清掃員等々。

 だがこれは端から見るとただのフリーターだ。

 

 

「くそう……! 俺は……俺は……! なんて頼りない男なんだ……!」

 

「そ、そんな事ありませんよ! イヴァはとても頼りになる人です!」

 

 

 ピリリリリリリ!

 

 

「あ、ほらお仕事の電話が来ましたよ?」

 

「………あい、此方何でも屋エリス……」

 

『はあ~い』

 

 

 ピッ!

 

 

 ピリリリリリリリ!

 

 

『電話を切るなんて、良い度胸してるじゃない』

 

「何の用だ、リンディ」

 

 

 電話の相手はリンディだった。

 イヴァは明らかに嫌そうな表情をしている。

 

 

『お仕事に決まってるじゃない』

 

「仕事?」

 

『家で執事やらないかしら?』

 

「ミッドへ帰れ」

 

 

 リンディは地球で過ごしている。

 どうやら地球が大変気に入ったらしく、アースラの艦長を辞めて本局勤めになってからずっとこっちで過ごしている。

 

 

『報酬は日給五万よ? 一週間で良いわ』

 

「………何で執事?」

 

『退屈なのよ。ほら、私今一人暮らしでしょ? 偶に人恋しくなるのよ。だからよ』

 

「……本音は?」

 

『家事メンドくさ〜い!』

 

「~~~っ!」

 

 

 イヴァは今にも爆発しそうな怒りをどうにか抑え込み、電話を握りつぶさないように慎重に返事を返した。

 

 

「いいだろう。だがちゃんと払えよ?」

 

『そ・れ・は! 貴方次第ね〜。じゃあ明日からお願いね〜!』

 

「………」

 

 

 イヴァは静かに電話を置き、トレードマークであるコートの姿に変わった。

 

 

「リイン、ちょっとアイツ斬り刻んでくるわ……。なに、アイツだってそれなりに戦える女だ……。鬱憤を晴らすのには最適だよ!」

 

「ま、待ってください! 何があったかは知りませんが落ち着いて!」

 

「離せ! 一度奴には人の扱いと言うものを教えてやらねばならんのだ!」

 

 

 これを聞いたリンディは恐らくこう言うだろう。

 

 

『あら、貴方は悪魔じゃない』

 

 

 と……。なんにせよ、イヴァの女難はこれから先もずっと続くのだろう。

 

 

 



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第三章第二話

リンディが……リンディが壊れた……!



 

 

 

「……んだ、これ?」

 

 

 イヴァはリンディの家に来ていた。

 あの執事という仕事を受けにやってきたのだ。

 だが家にやってきて中に入った瞬間、イヴァは鼻を押さえた。

 何故なら……。

 

 

「イ~~ヴァ~~! やっと来たぁ~~!」

 

「寄るな! 来るな! 触るな! 臭い! 酒臭い! お前朝っぱらから何やってんだ!?」

 

 

 リビングのいたるところに酒、酒、酒!

  空き缶や酒瓶がゴロゴロと転がっていた。

 

 

「やーねー! 昨日の夜からよ!」

 

「尚性質悪いわ!」

 

 

 イヴァはリンディが持っているお猪口を奪い取り、酒瓶をリンディから遠ざける。

 

 

「やーん! 何するのよー!?」

 

「クッサ!? お前本当に酒臭いな! 風呂入れ!」

 

「お水ぅ~~!」

 

 

 イヴァはコップに水を入れてリンディに渡しす。

 リンディは水を一口で飲み干し、プハーっと息をつく。

 

 

「さっさと風呂入って来い! 部屋片付けてやっから!」

 

「イヴァ~」

 

「何だぶふっ!?」

 

「い・れ・て?」

 

 

 リンディは白いカッターシャツに青いズボンといった格好だったのだが、何とリンディはカッターシャツのボタンを二つも三つも外し、妖美な笑みを浮かべてイヴァを見つめていた。

 

 

「己はアホか!! なに人夫を誘惑してんだ!?」

 

「ダ・メ?」

 

「お前相当酔いが回ってるだろ!? 思考が危ないぞ!? 黒歴史を作るつもりか!? さっさとシャワー浴びて醒ましてこい!」

 

 

 イヴァはリンディの背中を押して洗面所へと押し込む。

 

 

「……はぁ。何やってんだよ、あのバカは」

 

 

 イヴァは溜息を吐き、汚く散らかっている部屋を見て更に溜息を吐く。

 

 

「……裏技使うか」

 

 

 イヴァは踵で床を叩いて『ゼロ』を使用する。

 するとゴミの存在が全て消えた。

 

 

「……換気はしないとな」

 

 

 イヴァは窓を開けて空気の入れ替えをする。

 その後イヴァはリンディが風呂から上がってくる前に朝食を作ることにした。

 献立は無難にトーストとスクランブルエッグにサラダにホットコーヒー。

 

 

「ふ~、スッキリした」

 

「……服を着ろ、馬鹿者!」

 

 

 リンディはタオル一枚の姿で出てきた。

 しかも長く美しい髪もちゃんと拭いていないから濡れたままでポタポタと雫が床に落ちていた。

 

 

「だって、着替えが無かったもの」

 

「~~~っ」

 

 

 イヴァは眉間を押さえ、怒りで震える身体を抑えながらリンディの着替えを全部用意する。

 シャツもズボンも下着も。

 何故在り処を知っているのかは、この家の引越しを手伝ったのはイヴァだからだ。

 

 

「向こうでさっさと着替えて来い!」

 

「きゃん♪」

 

 

 イヴァは頭を抱えて本気で全力で混乱した。

 

 

――何なんだ一体!? 確かに何時ものリンディなら俺を弄繰り回すのは当然だがそれでもこんな真似はしなかった! 酒だってそうだ! リンディはそんなに酒に耐性があるわけでもない! なのに何であんなに飲んでんだ!? とうとう一人が寂しくて精神が狂ってしまったのか!? いやそうだ! 絶対そうだ! 嗚呼っ、何で俺はもっとリンディに構ってやらなかったんだ! ご近所同士仲良くしていけばよかったじゃないか! 俺の所為だ! 俺の所為でリンディは!」

 

「黙りなさい」

 

「へぶっ!?」

 

 

 イヴァは飛んできた拳に顔面を捉えられ沈められた。

 

 

「別に狂ってなんかいません。ただちょっと仕事で嫌な事があっただけよ」

 

「そ、そうすっか……」

 

「はい、これ」

 

「ん?」

 

 

 起き上がったイヴァにリンディはある物を渡した。

 それは黒い服で、コートのような感じの執事服であった。

 

 

「……これは?」

 

「見れば分かるでしょう? 貴方はこの仕事を請けている最中はこの執事服を着てもらいます」

 

「俺はコスプレイヤーではないぞ?」

 

「仕事服よ。何? 文句あるのかしら? 良いわよ? 着なくても。その分報酬が減って一家の大黒柱としての威厳が無くなるから」

 

「ぐっ……! お前俺が一番気にしている事を……!」

 

「さあ? どうするの?」

 

「く、くそぉ……! それでも、それでも俺はぁ……!」

 

 

 結局着ましたとさ。

 ビシッと着こなして髪もワックスでワイルドにかきあげて乙女の心を射抜く執事へと変身した。

 

 

「くそっ……俺は……俺は……!」

 

「似合ってるじゃない。馬子にも衣装って、こういう事ね」

 

「ぜってー違う!」

 

 

 そう言いながらイヴァは食器を片付けていく。

 その動きは迅速で且つ丁寧だった。

 何でも屋ならば何でもこなすのが当然。

 それをイヴァは実現している。

 

 

「で? 今日の予定は?」

 

「ん~、そうね……取り合えず、お昼までには部屋の掃除をお願いね。お昼を食べた後はお買い物よ」

 

「ヘイヘイ……」

 

 

 バシンッ!

 

 

「お願いね?」

 

「……畏まりました、奥様」

 

 

 哀れ。

 

 

 

 

 昼食を済ませ、イヴァとリンディは大型のショッピングモールへと来ている。

 ここはどんな物でも揃っており、更には遊び場まである、ちょっとした有名な場所である。

 

 そこにリンディは白いシャツに青いジャケットに黒いズボンで、どう見ても二十代にしか見えない姿で来ていた。

 

 

「えっと、何か足らないものがあったかしら?」

 

「……トイレットペーパーにティッシュ、洗剤、シャンプー、リンス、その他諸々。後は今晩の夕食による」

 

「偉いわね~。よく出来ました」

 

「俺は子供か……!」

 

 

 イヴァは拳を握り必死に殴りかかるのを我慢していた。

 

 

「でも荷物になりそうね。それは後回しにしましょ」

 

「は?」

 

「ふふん……付き合いなさい」

 

「え、ちょっ!?」

 

 

 リンディはイヴァの腕を取り、手始めにブティックにやって来た。

 

 

「さあ、今日は買うわよ!」

 

「その金は何処から出るんでしょうか?」

 

「あら、レディに払わせる気?」

 

「レディって……ぷっ」

 

「ふんっ!!」

 

「ごえっ!?」

 

 

 リンディはイヴァの腹に拳を叩き込み、イヴァの首根っこを持って引き摺って中に入っていった。

 

 

「イヴァ~、これはどうかしら?」

 

「ああ、良いんじゃない?」

 

「これは~?」

 

「うんうん、似合ってる似合ってる」

 

「こ・れ・は・ど・う?」

 

「歳考えろよな……」

 

「………」

 

「っ待て待て待て! こんな所で魔法を使うな!」

 

 

 イヴァは試着室の前で試着して出てくるリンディの姿を見て適当に感想を述べていた。

 だが出てくるリンディははっきり言って自分の歳に合っていない服ばかりを着ている。

 だがしかし、リンディの見た目は二十代後半で美女、少なくとも、イヴァにはそう見えている。

 だからリンディはどんな服でも着こなし、強ちイヴァの感想は本音でもある。

 だが、だからと言ってセーラー服は無いと思う。

 絶対に無いと思う。

 

 

「本当にもう……どうでも良いみたいね?」

 

「あ、これどっかの恋愛小説で出てきた場面に似てる」

 

「あら? それは夫を亡くした女性と今の結婚生活に疲れ果てている男性の物語かしら?」

 

「俺は疲れ果ててねぇ! 寧ろ朝昼晩元気一杯だ! 不満もねぇ! リイン万歳! リイン最高! 変な妄想抱くな!」

 

「周りの眼が痛いわ」

 

 

 試着室の前で執事服を着た男が自分の妻を大声で必死にワッショイする男……可哀想。

 というか一度これはフェイト相手に同じ台詞を言われたはずである。

 

 

「ってかこんな所誰か知り合いに見られたら絶対誤解を生む……」

 

「……貴方達……何をやっているの……?」

 

「………って言ったらそうなるフラグだった……」

 

 

 イヴァの後ろに紫が混じった黒髪の女性が現れた。

 その人物はイヴァの友人であり、その人にとってイヴァは恩人でもある人物。

 

 

「頼む、誤解をしないでくれ……プレシア」

 

 

 プレシア・テスタロッサ。

 フェイト・テスタロッサの実母であり、過去に重いモノを持つ美女である。

 

 

「分かってるわよ」

 

「そうか……」

 

「浮気なんでしょう?」

 

「分かってない!?」

 

「冗談よ。大方、リンディに振り回されているのでしょう? 大変ね」

 

「プレシア……」

 

 

 イヴァは眼に涙を浮かべて目の前に居る女神様に感謝した。

 自身の苦悩を理解してくれている事に嬉しさで涙が溢れてくる。

 

 

「ちょっと、なに泣いてるのよ?」

 

「ぐすっ、プレシアぁ……俺、リインとアイツとアイツに会ってなければお前に惚れてた……ぐすっ」

 

「ちょっ、何言ってるのよ!?」

 

「………」

 

「痛い、痛いです奥様ぁ! 腕はそっちに曲がりませんからぁ!」

 

 

 プレシアは恥ずかしさから真っ赤に、イヴァは痛さから真っ赤に、リンディは何故だかしらないが怒りで赤くなってイヴァの腕をへし折ろうとしていた。

 

 

「ところでプレシア? どうしてここへ?」

 

「え? ああ……服を買いに来たに決まってるでしょう」

 

「そうよねー。お一人で?」

 

「……それが、何?」

 

 

 リンディは頬に手を当てて笑い、プレシアは若干眉を吊り上げた。

 

 

「いえ、何でも? 私はイヴァと『二人きり』でお買いものをするから」

 

「ぐお!?」

 

 

 リンディはイヴァの腕をグッと引いて腕を絡ませた。

 イヴァは突然の事に何が起こったのか理解できず、リンディとプレシアの顔を交互に見ている。

 

 

「っ、だから、どうしたの? 別に私が何をしようと勝手じゃない」

 

「ええ、そうね。それじゃあね」

 

「ええ、勝手にするわ」

 

「ふへ!?」

 

「あ……」

 

 

 プレシアはあろう事かリンディからイヴァを奪い取り、腕を絡めた。

 

 

「何するのかしら?」

 

「何よ? 私は昔からの友人と一緒に買い物をするのよ」

 

「私だって昔からの、学生時代の頃からの友人よ」

 

「私は一緒に住んでたわ。アリシアと三人でよく遊んでいたわ」

 

「なら私だってクライドやレティ達と一緒に遊んだり訓練したりしてたわよ」

 

「……あ~、昔もこんな事があった気がする……」

 

 

 イヴァは両側から腕を引っ張られる痛みという現実から逃げ、遥か昔を思い出している。

 リンディとプレシアは一見美しい笑みを浮かべてはいるがその実、裏側は恐ろしい笑顔なのだろう。

 

 

「「………」」

 

「……あのさ」

 

「「何かしら?」」

 

「ひっ!?」

 

 

 イヴァは二人の恐ろしい覇気により怯み、情けない声を上げるが、頑張って声を出した。

 

 

「そ、そんなに誰かと買い物したいんなら、俺達で行けばいいんじゃ、ない、ので、すか?」

 

「「………チッ」」

 

「ええ~……」

 

 

 そんなこんなで始まる、三人でのお買い物。

 服選びから靴選び、アクセサリーに化粧品、そして当初の目的の品もやっとこさ買えて、イヴァはもう燃え尽きかけていた。

 もう思い出すだけで疲れてしまう、キャッキャウフフなんて物はない。

 あるのは二人からの怖い視線。

 イヴァは頑張った。

 愛するリインフォースの為に、家族の為に頑張った。

 

 

「だからご褒美ぐらいくれても良いと俺は思う」

 

「だからこうしてカフェで一休みしてるじゃない」

 

「そのお金は何処から?」

 

「貴方に決まってるでしょう」

 

「……鬼」

 

「悪魔に言われたくないわ」

 

 

 三人はショッピングモールの中にあるカフェで一休みをしていた。

 勿論イヴァのお金でだ。

 

 

――これ、報酬貰ってもプラマイゼロになりそうだ……寧ろマイ。

 

 

「それにしても、何時の間にかこんなに買ってしまったわね」

 

 

 プレシアがイヴァの後ろにある袋の山を見上げる。

 今思うとよくイヴァは一人で持てたものだ。

 唯人では到底持てない量である。

 

 

「どうやって持って帰るんだよ?」

 

「………」

 

「リンディ、そんな威圧的な眼で睨むな」

 

「ニコッ」

 

「笑うな。余計に怖い。分かった、分かったから。車もって来たら良いんだろ」

 

 

 そう言うとイヴァは一瞬にして消えた。

 どうやら家に車を取りに行ったようだ。

 残された二人は黙って頼んだコーヒーを飲む。

 

 

「……ところでプレシア?」

 

「何かしら?」

 

「貴女、正直な所イヴァの事どう思ってるの?」

 

「ぶほっ!」

 

 

 リンディの突然な問いにプレシアは口に付けていたコーヒーを噴き出した。

 

 

「き、急に何?」

 

「いえ、ちょっと気になったものだから」

 

「………大切な友人よ。彼は私が研究でアリシアを一人にさせないために何時も一緒に居てくれて、疲れた私にも色々と気を使ってくれていたわ。あの時だって私を助けてくれたし、フェイトと向き合わせてくれた」

 

「そう……。ねぇ、イヴァとはどんな出会いだったの?」

 

「……突然よ。突然アリシアの前に現れたの。今思えば、アリシアの一人は嫌だという思いが、悪魔であるイヴァに届いて叶えられたのね」

 

「そうだったの……」

 

「……貴女は?」

 

「ん?」

 

 

 今度はプレシアがリンディに尋ねた。

 リンディはちょっと困った様な表情をして口を開いた。

 

 

「私は学院に居た時にね、死んだ夫と一緒に居るのを見かけたの。でね……」

 

 

 リンディは少し頬を染めて恥ずかしそうに言った。

 

 

「私、その時にイヴァに一目惚れしちゃったのよ。初恋ね」

 

「……はい?」

 

「それからね、夫とイヴァから交友を持ちかけてきて、それからもう一人の友人も交えてずっと一緒に居たのよ」

 

「……そう」

 

「まあ、色々あって私はイヴァじゃなくてクライドと結ばれたんだけど。イヴァったら私とクライドをくっ付ける為に色々と根回ししてたのよ」

 

 

 この時プレシアは理解した。イヴァが何故リンディの夫と一緒にいたのか。

 それはクライドがリンディとそういった関係になりたいから、イヴァという悪魔に協力して貰っていたのだと。

 悪魔と言うと聞こえは悪いが、チャームやそういったものではなく、純粋に応援していたのだろう。

 本当にお人好しな悪魔だと、プレシアは苦笑する。

 

 

「……で?」

 

「ん?」

 

「今はどうなの?」

 

 

 リンディは初恋の相手がイヴァだと言った。ならクライドが居ない今、リンディはどう思っているのだろうか。

 

 

「そうね……好きよ」

 

「……」

 

「けど、今はもう友人としてしか好きになれない。本当はもう……」

 

「……何?」

 

 

 リンディは何か呟いたようだが、プレシアには聞こえなかった。

 

 

「……いえ、何でも無いわ。私が愛している人は死んだ夫だけよ」

 

「そう……」

 

「おーい、車持ってきたぞー!」

 

 

 イヴァが帰って来た。二人はコーヒーを呑みほし、イヴァに荷物を持たせて車で送らせた。

 

 

 

 

 夜。

 イヴァは再び頭を抱えていた。

 何故ならば今イヴァの目の前で赤くなっている人が居るからだ。

 別にそういった方面で赤くなっている訳ではない。酒に酔っているからだ。

 

 

「イ~ヴァ~、こっちに来て一緒に飲みましょうよ〜」

 

「断る……。ってか何時の間に一瓶空けてんだよ……」

 

 

 ソファーに寝そべって飲んでいるリンディをよそに、イヴァは夕食の後片付けを終わらせようとしていた。

 

 

「むぅ~、いいじゃな~い!」

 

「おわっ!?」

 

 

 イヴァは後ろから抱き付いてきたリンディに驚き、食器を洗っていた手を止めた。

 

 

「離れろ! 酒臭い!」

 

「そんな事言って~。本当はこうやって密着してこの柔らか~い胸を堪能したいんでしょう?」

 

「んなもん、家に帰ればリインとエスティので味わえる!」

 

「でもでも~、私の方が良いわよ~? 何たって私は……未・亡・人!」

 

「剣誠なら喜ぶだろうさ! だが俺はどうだっていい!」

 

「いやん!」

 

 

 イヴァはリンディの腕を取り、デコピンで遠くのソファーにリンディを飛ばした。

 

 

「や、優しくね……?」

 

「お前は誰だ!? リンディじゃないだろう!?」

 

 

 あまりにもの豹変の仕方にイヴァはもう何が何だか分からず、頭を抱える。

 

 

「ねぇ~、こっちに来て~」

 

「いや―――」

 

「来い」

 

「アイサー!」

 

 

 リンディの恐ろしい睨みと声によりイヴァは一瞬でリンディの隣に座った。

 

 

「そうそう、偉い偉い」

 

 

――リイン、俺は……俺は頑張ってるよな? こんな屈辱的な事を味わってるんだから、一発ぐらい殴り飛ばしても良いよな?

 

「ねぇ、イヴァ……」

 

「……くっ付くな」

 

「―――今は幸せ?」

 

「……は?」

 

「今度はお花見でもしましょ……まだ……咲いて……る……から………」

 

 

 リンディはイヴァにもたれ掛ったまま眠ってしまった。

 

 

「……本当に、どうしたんだよ」

 

 

 イヴァはリンディをベッドに寝かす為に抱き上げた。

 するとリンディの手から何かのデータメモリーが落ちた。

 

 

「……何だ?」

 

 

 イヴァはリンディを抱えたままそれを拾い、一先ずリンディを寝室へと運んで寝かせた。

 それからイヴァはデータメモリーを見詰め、迷いなくそれを開いた。

 

 

「……これは………」

 

 

 イヴァはその内容を隅から隅まで眼を通し、そして読み終わるとデータを閉じ、寝ているリンディに眼をやった。

 

 

「そうか……だからか……ったく、お前って奴は」

 

 

 イヴァはリンディが寝ているベッドに腰掛け、優しく微笑んだ。

 

 

「だから嫌いになれないんだよ、リンディ」

 

 

 チョンっとリンディの額を突き、イヴァは家へと帰っていった。

 

 

 

 



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第三章第三話

 

 

 

 四月の日曜日、快晴。

 エラフィクス家、八神家、高町家、テスタロッサ家、そしてリンディと子供達。

 大所帯で彼らは花見に来ていた。

 

 

「では皆さん、コップを持ってー!」

 

 

 イヴァが立ち上がり、酒が入ったコップを掲げる。

 

 

「カンパーイ!」

 

『カンパーイ!』

 

 

 開始される花見。

 全員はそれぞれ酒を、ジュースを飲み、食べ物を食べ、ワイワイ騒ぎ出す。

 

 

「イヴァ、どうぞ」

 

「お、サンキュ」

 

 

 リインがイヴァにお酒を注ぐ。

 

 

「いやー、この人数で場所が取れるとは思わなかった」

 

「そうですね。良かったです」

 

「うん、良かった。だからリイン、そろそろ抓るのは止めてくれないかなーって、言ってみたり」

 

「嫌です」

 

 

 リインは可愛い笑顔でそう良い、イヴァの腰辺りを抓っている。

 

 何故か。

 それはあの日の買い物が原因であった。

 何と噂好きなご近所のおば様達がイヴァとリンディ、そしてプレシアの買い物の様子を噂していたのだ。

 それがリインの耳に入り、今に至る。

 

 

「エスティも……何時まで電撃流してくる。ってか何でお前まで怒る?」

 

「知りませんわ」

 

 

 エスティもイヴァの身体に地味に痛い程度の電撃を流し続けている。

 イヴァは『ゼロ』で電撃を消し去ろうとするが、そうするとエスティが「契約を消しますよ?」と、それは恐ろしい笑顔で言ったので、泣く泣く『ゼロ』の使用を止めている。

 

 

「お義父さん。はい、これ私が作ったんだ」

 

 

 神楽が鳥の唐揚げを差し出してきた。

 神楽はイヴァに料理の手解きを受け、日に日に腕前を上達させていっている。

 

 

「ほう? 上手そうだな」

 

「はい、あ~ん」

 

「「………」」

 

「ひぐっ……!」

 

 

 神楽がイヴァに唐揚げを箸で口元に持っていった瞬間、リインとエスティが抓りと電撃を強めた。

 

 

「あ、あ~ん」

 

 

 ギュッギュッ、ビリビリとイヴァの身体を痛めつけていく。

 だが父として、愛娘が作ってくれた料理を食べない訳にはいかない。

 イヴァは痛みに耐え、神楽が差し出した唐揚げを口に入れる。

 その瞬間、地味に痛い程度から本気で痛いに変わったのは言うまでもない。

 

 

「……うん、美味いな。また腕を上げたな」

 

「ホント!? えへへ、お義父さんが好きな味付けにしてるんだ!」

 

「おお、そう言えば……。俺の料理と味がほぼ一緒だな」

 

「ふふん!(お義母さん、お義姉ちゃん、負けないよ!)」

 

「「っ……!」」

 

 

 義母と義姉と義娘は視線で激しくぶつかり合っていた。

 そんな事は露知らず、イヴァは痛みに耐えながら酒をチビチビと飲んでいる。

 

 

「何やってんだか……」

 

「はいはい、いくら恥ずかしいからってそっち向いたらいかんよ?」

 

「ぐっ……」

 

 

 イヴァから少し離れた場所では蓮夜とはやてがイチャイチャと、イチャイチャと。

 大事な事だから二度言った。

 はやては蓮夜に寄りかかり、あーんしあったり、手を絡め合ったりして兎に角イチャイチャしまくっている。

 しかもはやてが積極的に動き、蓮夜が羞恥心で顔を真っ赤にしている。

 

 

「は、はやて……ま、周りの眼が……!」

 

「ええやん。私達の愛を見せつけようや!」

 

「ちょっ、おい!? 顔を近付けるな! こ、こんな所じゃマズイだろうが!」

 

「は、はやてちゃん……」

 

「な、ななななな何やってるのよ!?」

 

「わぁー……」

 

「あはは……(親が親なら子も子ってこういう事なのかな?)」

 

 

 なのはははやての行動に呆れ、アリサは顔を紅くし二人に怒鳴り付け、すずかはキラキラした目で二人を見詰め、フェイトは苦笑しながらイヴァと蓮夜を見る。

 

 

「こ、このイケメンが……!」

 

 

 剣誠は拳を握り、視線で人が殺せそうだ。

 

 

「あらあら、剣誠君コップが潰れそうよ?」

 

「リンディさん……」

 

「蓮夜君ははやてさんと、神楽さんはイヴァね……。可哀想に、仲間外れにされて」

 

 

 リンディは剣誠の頭を撫でて微笑む。

 剣誠はそれだけで涙腺が崩壊し始めた。

 

 

「リンディさぁぁぁぁあああん!!」

 

「いやん、駄目よ」

 

「あべしっ!」

 

 

 剣誠はリンディに飛びかかったが、リンディのイヴァさえ戦闘不能にする拳が炸裂し、剣誠は地に伏せた。

 

 

「うぅ……俺も毎日味噌汁作ってくれる女性が欲しい……」

 

「……ふっ」

 

「ああン!?」

 

 

 剣誠の心からの望みに蓮夜が鼻で笑い、剣誠は眼にもの止まらない速さで蓮夜に近付き睨みつける。

 

 

「テメェみたいな変態に出来る訳がねぇだろうが!」

 

「変態じゃねぇって言ってんだろ!」

 

「よく言うぜ! 昨日だって女子生徒スカートの中見てただろ!」

 

「アレはこけて顔をあげたらそこにあっただけだ! テメェだって居眠りしてるはやての顔を間近で眺めて携帯で撮ってたろうが!」

 

「んなっ!? て、テメェ何でそれを!?」

 

「しかもそれを待ち受けにして何時もニヤニヤしやがって! テメェこそ変態だろうが!」

 

「くっ……! 俺の担任に鼻の下伸ばしてる奴が言うな!」

 

「関係ねぇだろ!」

 

「「やんのかコラァ!?」」

 

 

 二人は立ち上がり拳を構える。 

 普段ならここで誰かが止めるのだが今は花見。

 花見と言えば喧嘩である。

 つまり……。

 

 

「お? 喧嘩か? やれやれー!」

 

「は、はやてちゃん!? 喧嘩は駄目なの!」

 

 

 そのノリを知っているはやてが二人を煽り、それに火がついた蓮夜が瞳に炎を宿した。

 

 

「剣誠……覚悟しやがれぇ!」

 

「その幻想をぶち殺す!」

 

「止めんか、バカたれ」

 

「「ぶしっ!?」」

 

 

 今にも喧嘩を始めそうな二人に、イヴァが投げつけた『ゼロ』を纏わせた割り箸が頭に突き刺さり、喧嘩を止めた。

 

 

 

「まったく……喧嘩する程仲が良いって言うけどな、少しは仲良くしろ」

 

「そうだぞ。じゃないと今日は夕飯抜きだ」

 

 

 夫婦揃って息子達を叱る。

 息子たちは夕飯抜きが嫌なのか、正座して謝った。

 

 

「「ごめんなさい、だからご飯ください!」」

 

「そこまでしてご飯が欲しいんだ……」

 

「なのはちゃん、リインの飯はそれはそれは美味いモノだ。嘗めちゃいかん」

 

「も、もう……イヴァったら……」

 

「本当だって。毎日同じモノ喰っても飽きないさ」

 

「イ、イヴァ……」

 

「……義父さんの裏切り者ぉ!」

 

 

 剣誠は血の涙を流し二人の桃色パラダイスから逃げ出した。

 そして姿を消した。

 

 

「イヴァ、明日の夕飯は何が食べたいですか?」

 

「ん~……鯖の味噌煮」

 

「ではそうしましょう。楽しみにしていて下さい」

 

「ああ」

 

「むぅ~……私だって……」

 

 

 神楽も二人のパラダイスに阻まれ泣く泣く離れて子供達の輪に入った。

 

 

「ねぇ、神楽」

 

「……なぁに?」

 

「お兄ちゃんって、何時もあんな感じなの? 私、訓練の時しか二人で居るの見たことないから……」

 

「ああ……うん。ソファーに抱き合いながら座ってそのままベッドにゴーだから……」

 

「へ……!?」

 

「ううん、リビングに誰も居なかったらその場でシちゃう……」

 

「っ~~~~!!!」

 

 

 フェイトには刺激が強過ぎたのか、その様子を想像してしまい、顔を真っ赤にしてしまう。

 

 

「ああ、もう! 私だってお義父さんとイチャイチャしたいのにぃ! お義母さんとお義姉ちゃんだけずるいぃ!!」

 

「ふぇえっ!?」

 

 

 神楽のまさかの発言にフェイトは更に驚き、真っ赤になり、思考がショートしてしまった。

 

 

「……ねぇ」

 

「……っ、な、ななな何かな!?」

 

「フェイトには居ないの? そんな人?」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 神楽はニィっと笑ってフェイトに詰め寄った。

 彼女達は中学二年生。そう言った事に興味があるお年頃だ。

 一つや二つ位あるだろう。

 

 

「にゃ、にゃにゃにゃにゃいよ! そんにゃの!」

 

「ふっふ~ん……怪しいわね……」

 

「ふにゃっ!?」

 

 

 神楽はフェイトの全身を触り出し、揉みだした。

 

 

「こんな身体してんだから、恋の一つや二つしてるんでしょ?」

 

「か、身体は関係ないよ!?」

 

「恋する乙女は美しくなるって言うでしょ? それとも何? 元からこんな良い身体って言いたいの?」

 

「べ、別にそんな事言って―――ひゃん!?」

 

「私だって胸あるし、括れもあるし、程良い筋肉の付き方してるもん」

 

 

 神楽はフェイトの身体をそれはもうエロい手つきで触り、触り、触りまくる。

 しかし、それは何処からか聞こえてきた剣誠の悲鳴で止められた。

 

 

『ぎゃあああああっ!!! 不幸だああああああっ!!!』

 

「っ、ケン!?」

 

 

 剣誠が泣きながら必死な形相でイヴァ達の元へと何から逃げて来る。

 

 

「ケン、一体どうし―――」

 

「ぶらぁぁぁぁぁあああ!! けぇんせぇぇいぃぃ!! この私にぃ、挨拶も無しとはぁ……いい度胸してんじゃねぇかぁ!!」

 

「剣誠く~ん!! 私をイヴァ様の元へ連れてって~!!」

 

「あ~……取り敢えず………お義父さん逃げて! この間の痴女が来ちゃったよ!!」

 

「んなっ!?」

 

「っ、誰ですか? あの女性は?」

 

「イヴァ? 正直に話しないさいな」

 

 

 イヴァは神楽の警告に従って逃げようとしたが、リインとエスティによってそれは阻止される。

 

 

「あら? あれはなのはの担任じゃなかったかしら?」

 

「本当だ。いや~、先生方も花見ですか?」

 

「あ、なのはさんの。どうもこんにちは」

 

「ほぅ? 剣誠の親とな? ぃよしっ、この私が直々にぃ……挨拶を!」

 

「や、止めてぇ! 義父さん逃げてぇ!」

 

「どっせぇぇぇぇぇええい!」

 

「んぎゃあっ!?」

 

 

 剣誠は武蔵先生に首まで地面に拳一つで埋められた。

 

 

「これはこれはぁ、私、エラフィクス生徒とテスタロッサ生徒の担任をしているぅ、宮本武蔵と申しますぅ」

 

「「ヒッ!?」」

 

 

 武蔵の顔を見た瞬間、リインとプレシアはそのごつい形相にビビり、イヴァの後ろに隠れた。

 

 

「ああ、どうも。剣誠の父のイヴァシリア・ムトス・エラフィクスです。ウチの息子と娘がお世話になってます」

 

「いやいやぁ、彼には良い運動相手になってもらってますよぉ」

 

「……? まあ、役に立っているのなら幸いです。これからも宜しくお願いします」

 

「任された。この私がしっかぁりとっ! 教育しましょう!」

 

 

――死んだ! 俺絶対に死んだ!

 

 

 剣誠はこれからの学校生活に死を覚悟し、せめて恋人の一人や二人は欲しかったと、今までの思い出を振り返った。

 

 

「テスタロッサ生徒もぉ、エラフィクス女生徒と共に健気に一輪の花となってクラスの野蛮共をぉ、取り締まってくれてますよぉ」

 

「そ、そう……。それは良かったわ……(言ってる意味が分からないわ! この人本当に教師なの!?)」

 

「……はっ!」

 

 

 イヴァはリインとプレシアを抱えて後ろに飛び退いた。

 すると先程までいた場所に金髪の女性が落ちてきた。

 

 

「イ~~ヴァ~~さ~~ま~~!!」

 

 

 蓮夜のクラスの担任、アイラ・メイルークが目を輝かせ、涎を垂らし、まるで悪魔の様な形相でイヴァに向かって突撃する。

 

 

「うおおおっ!?」

 

 

 イヴァは捕まらないように避けて行くが、変態的に最強な状態であるアイラ先生に徐々に追い詰められてきた。

 

 

――何なんだこの女は!? この俺が追い詰められているだと!?

 

 

「ケケケケケケケッ!」

 

「り、りりりりっ、リインーーー!!」

 

 

 イヴァはあまりにも恐ろしい笑い声に情けなくも妻であるリインに助けを求める。

 

 

「イヴァ!? くっ、止まりなさい!」

 

「っ、誰よ!? 私の恋路を邪魔するのは!?」

 

 

 リインはイヴァの前に飛び出てファイティングポーズをとる。

 因みにリインの戦闘能力はヴォルケンリッター達と変わりない。

 いや寧ろ強い。

 拳一つで山を砕ける。

 

 

「恋路? 何を言っているのですか? イヴァは私の夫です!」

 

「っ! そう……貴女が……ふふっ」

 

「……?」

 

「略奪愛最高ーーー!! 銀髪が調子乗るなーー!」

 

「何を!? イヴァは銀髪が好きなんです!」

 

「……そうなの?」

 

「……黒と紫も大好き」

 

 

 イヴァは膝を抱え、今まさに大乱闘となり始めている光景を遠い眼で眺めていた。

 もう花見もクソもない。

 あるのは無礼講。けど、それが彼らにとっての幸せであった。

 

 

 

 

 とある無人世界。

 この世界に光は存在しない。

 暗闇が世界を支配し、凶暴な生物が存在する世界。

 しかし、その世界に最早生命は存在しなかった。

 あるのは生物だったものだけ。

 

 

「………」

 

 

 その原因を作った存在はただ暗闇の中、ソレを見詰め、何処かへと消えて行った。

 

 

 

 



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第三章第四話

最近、筆が進まない……。


 

 

 

 今日もイヴァはお仕事です。

 その仕事内容は様々。

 街のゴミ掃除から社会のゴミ掃除まで。

 そんな彼ですが、最近ちょくちょくとミッドチルダへ行く事が多いようです。

 彼曰く、「んなもん、そっちに仕事があるからだよ」だそうです。

 しかし、そんな彼を気にしている女性が一人。その方はイヴァシリアの妻、リインフォースでした。

 リインは最近、イヴァが家を空けることが多いので構ってもらえず、少々、否だいぶ寂しい思いをしています。

 本日はそんな彼女の一日を記録していきたいと思います。

 

 

 

 

 朝。

 リインはこの家で一番早くに目覚める。

 リインはイヴァと一緒に抱き合って寝ているので、眼を開ければイヴァの顔。

 そしてイヴァの温もり。

 昨晩はヤっていないのでちゃんとパジャマ姿である。

 リインはイヴァを起こさないようにそっと起きて黒いTシャツに青いズボンに着替え、鏡の前で身嗜みを整える。

 その後下に降り、朝食の準備を始める。

 本日のメニューは味噌汁に焼き魚にワカメのサラダ、納豆に卵焼きである。

 子供達のお弁当も忘れずに作る。

 

 

「んんーっ……! おはよう、リイン」

 

「あ、おはようございます、はやて」

 

 

 次に起きてくるのはこの家の持ち主でイヴァの息子の蓮夜と熱い仲である八神はやてである。

 

 

「相変わらずリインは早いなー」

 

「そうでもありませんよ」

 

「毎晩お義父さんと運動しとるのに、よく体力あるねんな」

 

「は、はやて!? 何を言い出すのですか!?」

 

 

 はやて、少々マセている。

 因みにリインは当初、はやての事を『夜天の書』の主という事で『我が主』と呼んでいたが、イヴァと結婚し、蓮夜とはやてが結ばれるのなら、それは少し可笑しいと言われ、はやてと呼んでいる。

 しかし、そうなるとはやてはリインの事を母と呼ぶことになるのだが、当の本人はそれをなかなか言えず、終いにはリインが名前を呼んでほしいと言い、今のようになっている。

 

 

「これなら子供の一人や二人出来ても可笑しくないなぁ」

 

「……私は、根はプログラムですから……。やはり人と同じようには……」

 

「あ、ああっ! 別にそないな意味で言ったんとちゃうで!? ほ、ほら! 例え話や!」

 

「……はい」

 

 

 リインは少しだけ暗いが笑顔を見せて朝食作りに戻った。

 はやてもそれに加わり、皆が起きてくるまでに朝食作りを終わらせる。

 

 

「おはようさん……」

 

「おはよう! 今日も剣誠さんは不幸にも負けず生きていきますよー!」

 

「おはよう。ケン、言ってるそばから首を寝違えてるわよね?」

 

 

 子供達三人が起きてきた。

 だがまだ朝食は出来ていない。

 だが子供達は別に早く起きすぎた訳ではない。

 毎朝ランニングの為である。

 

 

「ちゃっちゃと行くわよ」

 

「ああ……」

 

「うっし!」

 

 

 神楽を筆頭に蓮夜と剣誠は外に出て町内を走りに行った。

 

 

「毎日精が出るな~」

 

「はい。まあ、帰ってきたらまた剣誠は傷だらけなのでしょうね」

 

「毎日こけるって、もう呆れるで」

 

 

 剣誠は持ち前の不幸スキルでランニングから帰ってきたときには傷だらけである。

 しかし、剣誠の治癒魔法ですぐに治せるのだから問題は無い。

 

 

 そして、朝食が出来終わる頃には三人は帰ってきている。

 それから神楽が先にシャワーを浴び、蓮夜と剣誠はジャンケンで順番を決めるのだが、これで剣誠が勝った例は無い。

 三人がシャワーを浴びる頃には既に朝食は出来上がっており、リインはイヴァを起こしに行く。

 

 

――……そう言えば、今日はエスティが起きていない……まさか!?

 

 

 リインはある予感がし、駆け足でイヴァが寝ている寝室へと向かった。

 そして扉を開けるとそこには……。

 

 

「あら? もう来てしまいましたか」

 

 

 エスティが寝ているイヴァの顔で遊んでいた。

 普段ならばリインとエスティはほぼ同じ時間帯に起きるのだが、偶に遅いときがある。

 そういう時に限ってエスティはイヴァを起こそうとするのだ。

 しかし……。

 

 

「エスティ、夫を朝起こすのは妻である私の仕事だ。それを取らないでほしい」

 

 

 リインの理想の妻像は妻が夫を起こすのだと決めており、その仕事を誰にも譲らない。

 稀に子供たちに任せる時はあるが、それは子供達だからである。

 

 

「あら~、私だってイヴァとはそれなりの関係ですわよ?」

 

「それでもだ! 過去に何があっただろうと、今の担当は私だ! さあ! イヴァ、起きてください!」

 

「んっ……」

 

 

 リインはエスティを押し退け、イヴァを起こしに掛かる。

 エスティは苦笑しながらこの後起こるであろう光景を眺める事にした。

 

 

「イヴァ、朝で―――きゃっ!」

 

「んん~……」

 

 

 リインの腕がイヴァに引っ張られ、そのままイヴァに抱きしめられた。

 

 

「イ、イヴァ! 寝惚けているのですか!?」

 

「りいん……きょうもかわいいな……いただきます」

 

「ちょっ……!?」

 

「はい、そこまで」

 

「ぐへっ!?」

 

 

 リインがイヴァに食べられてしまう寸前、エスティによる脇腹への手刀で阻止される。

 

 

「うっ………あれ?」

 

「お、おはよございます……!」

 

「リイン…………いただきます!」

 

「だ、駄目ですぅーーー!」

 

 

 イヴァはリインの照れ隠しによる拳で完全に覚醒した。

 

 

 

 

 今日もまた、イヴァは仕事に出かける。

 最近、何でも屋の仕事の他に、悪魔として呼び出されもした。

 彼曰く、『唯一の兄の為に強くなりたい少女』らしいのだが、そんな少女をイヴァは地球からミッドへ通いながらほぼ毎日、願いを叶える手伝いをしているようだ。

 

 

「今日は何時ぐらいに帰ってこれそうですか?」

 

 

 玄関でイヴァとエスティに弁当を渡し、リインは尋ねた。

 何故エスティにもかというと、イヴァの仕事の相棒として一緒に行動するからである。

 それにリインが少し嫉妬しているのは間違いない。

 

 

「ん~、今日は地球での仕事が一つとあの子の他にもう一つ入っているから……少し遅くなりそうだ」

 

「そう、ですか……」

 

「……そう落ち込むなよ。仕事が終わったらすぐに帰ってくるから」

 

「はい……」

 

 

 イヴァとリインは静かにキスをしてハグをする。

 その間エスティは、ワザとらしく空を眺めていた。

 

 

「じゃ、行ってくる」

 

「行ってきますわ」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 イヴァとエスティは一瞬にして消えた。

 リインは見送った後、他の者達と一緒に昼までに食器の片付け、洗濯、掃除等を済ませる。

 子供達の部屋までは掃除しない。

 子供達にもプライバシーというものがある。

 その辺をきちんと理解しているのだ。

 それに万が一、子供達の部屋、特に剣誠の部屋を掃除するとなると、必ずそういうのが見つかるであろう。

 

 だがここで勘違いをしてはいけない。

 一見、剣誠が一番そういうのを持っているかもしれないが、それは違う。

 確かに剣誠の部屋ではそういったモノが見つかりやすいが、それは剣誠がツイていないだけ。

 一番持っているのは、なんと神楽である。

 しかも父と娘がメインのを。

 

 次いで剣誠、蓮夜である。

 剣誠は年上系や人妻系等々を保有している。

 因みに中でも和服や浴衣が大好きだとか。

 蓮夜は……幼馴染系だとか違うとか。

 

 

「リインフォース、今日の昼食はどうする?」

 

「そうだな……ヴィータは何がいい?」

 

「ん~……チャーハン」

 

「なら、そうしよう」

 

 

 リインはイヴァやはやて以外には敬語ではなく、こういった口調で会話する。

 大昔からそうであり、主以外にはこういう風に話している。

 ただ、自身が初めて異性として心から愛したイヴァに対しても敬語である。

 イヴァ自身、自分も敬語じゃないほうが嬉しい気があるのだが、リインは必然と敬う相手には敬語になるのだ。

 最近では見知らぬ相手にも、“マナー”として敬語は使う。

 

 

『いただきます』

 

 

 チャーハンを作り、皆で食べ始める。

 ザフィーラも、狼型ではなく人型になって食べている。

 イヴァの、「何時も狼だと、何時か完全にペットとしてみなされる事になんぞ?」という助言に危機を感じたのか、ザフィーラはこうやって食事をする時は人型になる。

 

 

「今日、お前達は仕事は無いのか?」

 

「まあ、向こうも私達をあまり動かしたくないようだ。だから主の護衛が仕事のようなものだ」

 

 

 そう言えば、闇の書事件の罪のことを伝えていなかった。

 いくら八神はやてを助ける為とはいえ、他人のリンカーコアを蒐集し、危害を加えたことに変わりは無い。

 それで魔法を使えなくなったものや、一生ベッドの上という人も居るであろう。

 しかも、闇の書というのははやてが主になる前からもその悪行を行なっている。そのことにも恨みを持つ者達が居るだろう。

 故に、イヴァははやて達を守る算段を立てた。それは自身が力を持って守護する事。

 どんなに謝罪をしようと、どんなに慰謝料を払おうと、どんなに許しを請おうと、恨みが晴れるわけではない。

 絶対に恨みを晴らそうとしてくる輩が居るだろう。

 だからイヴァは必要最低限な罰を管理局に要求した。

 数年の管理局への無償奉仕、デバイスの所持の禁止、地球から出る事は許可が必要、監視処分等々といったものである。

 無償奉仕については管理局側から出される要請に応える。

 デバイスについては勤務外は禁止、預ける先は管理局の中で信頼が置けるクロノへ。

 地球から出ることはその気が無いので問題なし。

 監視もクロノの部下がやっている。

 しかしキチンと規則を守ってはいる。

 はやてについては保護観察に留まっている。

 これらもイヴァがジュエルシード事件同様、管理局に揺さぶりをかけ交渉した結果である。

 そして話を最初に戻し、それでも許さない者達がいる。

 それについてはイヴァが何とかしている模様だ。

 

 

「そうか。では今日は一緒に買い物にでも出かけるか?」

 

「そうね、そうしましょう」

 

「いいぜ」

 

「うむ」

 

 

 そうと決まれば膳は急げである。

 四人は出かける準備をし、デパートへと出かける。

 因みに、この時もザフィーラは人型である。

 黒に近い灰色のジャケットと黒いズボンを履き、その風貌はまさに『漢』。

 こうすることで美女だけで出歩くとナンパされるというイヴァの極端な理論を崩し、所謂ナンパ防止役兼荷物持ちとなるのだ。

 

 

「今日は色々と買い溜めをしておこう。車は私が運転しよう」

 

「なあなあ、アイス買って良いか?」

 

「お前……何個もイヴァに買ってもらってただろ?」

 

「無くなっちまったんだよ」

 

「少しは我慢を覚えたらどうだ?」

 

「そういうシグナムだって、兄ちゃんに扇子とか風鈴とか買って貰ってただろうが」

 

「うっ……」

 

「シャマルだって、料理本買って貰ってるし(上達しねぇのによ)」

 

「ヴィータちゃん……心では何か言ってるよね……?」

 

「ザフィーラだって……」

 

「俺はイヴァ殿と出し合っている。共に同じ酒を飲むのでな」

 

 

 どうだと言わんばかりにドヤァとキメる。

 だが半分出してもらっている時点でアウトだと思う。

 

 

「なあなあ、良いだろう?」

 

「仕方が無い、次からは自分で買うのだぞ?」

 

「おう! って、リインフォースだって色々買って貰ってるじゃないか」

 

「……さ、行こう」

 

 

 

 

 デパートで買い物を済まして家に帰り、リインは少しの休憩に入る。

 シグナムは庭でイヴァ特性の木刀を使って鍛錬を、ヴィータは何処かのじっちゃんばっちゃんと親交を、ザフィーラは狼の姿でジッとテレビを見ている。

 リインというと、お茶を飲みながら雑誌を読んでいる。

 その雑誌とは様々で、右から順にファッション系、料理系、旅行系、育児系、などなど。

 その中でも育児系が多かったり。

 やはり子供が欲しいのだろうか。

 

 

「………」

 

「……どうした? 浮かない顔だぞ?」

 

「ん、いや……」

 

 

 テレビから視線を離さず、ザフィーラはリインに尋ねた。

 

 

「やはり……イヴァも血の繋がった子が欲しいのだろうか?」

 

「……少なくとも、俺はそうは思わん」

 

「何故だ?」

 

「お主には分かるだろう? イヴァ殿のあの顔を。到底そんなことを思っているとは思えん」

 

「……そう、だな……」

 

「……我々はプログラムだが、こうして実体化している。腹も空けば眠くもなる。怪我をすれば血もでるし骨も折れる。何時かは知らんが、人間として存在する時が来るやもしれん」

 

 

 相変わらず視線を離さずそうリインに語るザフィーラは、やはり『漢』を思わす。

 

 

「……そうだな。愚問だった」

 

 

 リインは読んでいた雑誌を片付け、別の雑誌を夕食の準備を始める時間まで読み続けた。

 

 

 

 

『ただいま~』

 

 

 夕方、子供達四人が学校から帰宅する頃には、リインは夕食の準備をほとんど終えていた。

 

 

「お帰りなさい。蓮夜、剣誠、またなのか?」

 

 

 蓮夜と剣誠の格好はボロボロで魔法を使う訳にはいかなかったからか、頬が腫れてたり傷を作っていた。

 

 

「か、義母さん……! これにはふかーい事情がありましてですね!」

 

「そ、そうだ! 別にどっちが喧嘩が強いか決着を着けようとしたわけじゃなくてだな!」

 

「ば、バカ! お前!」

 

「……あ!」

 

「……はぁ」

 

 

 リインは溜息を吐いて鍋の火を止める。

 エプロン姿がどうにも似合いすぎている。

 

 

「いいか? お前達は兄弟なのだから、そう喧嘩ばかりしては駄目だ。兄弟喧嘩といのは確かに良くある事だ。だがお前達のはその域を出ている。少しは仲良くしなさい」

 

「「はい……」」

 

「分かったらよろしい。もうすぐ夕飯だから手を洗ってきなさい」

 

『アイサー!』

 

 

 四人は調子よく敬礼し、洗面所へと向かった。

 その間にリインはシャマルとシグナムと協力して夕飯の準備を進める。

 今日はカレーである。

 

 

『いただきます!』

 

「うめぇ! やっぱ義母さんの料理は最高だな! 義父さんのも良いけど!」

 

「リイン、常々思うんやけど、何やお義父さんより上手なっとるんちゃうん?」

 

 

 リインの料理は好評であり、食欲旺盛である子供達はすぐに平らげてしまう。

 

 

「ああ、今日も何だかんだ不幸な事があったけど、これだけは幸せだなぁ……」

 

「剣誠、大袈裟ではないか?」

 

「ううん、お義母さん。ケンにとってはそれ程なのよ」

 

 

 一体どれだけ不幸な事が剣誠の身に起きているのだろうか。

 母親として少し心配になるリインだった。

 それから夕飯は終わり、子供達も課題を終わらせ、のんびりタイムへと入っていた。

 すると玄関が開き、イヴァとエスティが帰ってきた。

 

 

「あ~、ただいま~っと」

 

「ただいま戻りましたわ」

 

「お帰りなさい、イヴァ。エスティも」

 

 

 リインはすぐに玄関へと駆け寄り、二人を出迎える。

 イヴァは疲れきった表情であり、エスティは何時も通りニコニコとしている。

 と、ここでリインはある事を思いついた。

 それはとある雑誌に載っていたものであり、何故結婚してこの数年やってこなかったのだろうかと後悔したほどの事だった。

 

 

「んんっ……ご飯にしますか? お風呂にしますか? それともわ―――」

 

「私、先にお風呂に入らせてもらいますわ」

 

「………」

 

 

 言葉を遮られたリインはその場に固まった。

 そして、エスティが隣を通った時、エスティは勝ち誇ったような、悪戯が成功したような妖艶な笑みを浮かべていた。

 

 

「あ~、リイン?」

 

「……はい」

 

 

 リインはしてやられたと涙目になってしまっていた。

 

 

「飯食って風呂に入ってからお前な」

 

「っ、イ、イヴァぁ……!」

 

 

 どうやらイヴァには何が言いたかったのか伝わったらしく、嬉しさにあまりその場で抱きついた。

 尚、その後ろでははやて達がビデオカメラで撮影していたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 イヴァとエスティも夕食を終え、イヴァとリインはくっ付きながらソファーに座ってイチャイチャとしていた。

 この光景を見た剣誠は血の涙を長し、蓮夜は自分もはやてとしてみたいとせつに願い、神楽は頬を膨らませて嫉妬し、はやてはジッとビデオカメラで撮影しようとしたが、エスティに止められた。

 因みにエスティにはやてが放っといて良いのかと聞くと、明日の晩に可愛がるから良いと、少し怖い笑みで言ったそうな。

 

 

「今日のお仕事はどうだったのですか?」

 

「んー、ビルの清掃はまあ、楽に終わったさ。あの子の鍛錬もなかなかに充実だ。蓮夜達程とは言えないけど、すぐに吸収しちまう」

 

「そうですか……」

 

「……悪いな、最近家を空ける時間が長くて」

 

 

 イヴァはリインを抱き寄せて胸にリインの頭を乗せた。

 

 

「いえ、大丈夫です。こうしていてくれるだけで私は幸せです」

 

 

 リインもイヴァの腰に腕を回し、半分抱き合っている状態になった。

 

 

「もっとこうしてやりたいんだが……最近、ミッドからの依頼が多くてな」

 

「良い事ではありませんか。それほど頼りにされている事です」

 

「頼り……ああ、そうだな」

 

「ですが……」

 

「うん?」

 

 

 リインは腕に力を込めてきつく抱きしめる。

 

 

「仕事先で浮気はしないでくださいね?」

 

「……ははっ、するかよ。こんな良い女を捨てる訳ないじゃないか」

 

「イヴァ……」

 

 

 二人は静かにキスをしてイヴァはその場にリインを押し倒した。そしてそのまま―――。

 

 

「はいストーップ! ヤるんなら上でしてなー」

 

「「っ!?」」

 

 

 冷蔵庫からお茶を取り出しているはやてに止められ、リインは顔をこれでもかと言うぐらい真っ赤にし、イヴァは苦笑した。

 

 

「悪いはやて。んじゃ、そういう事で……」

 

「きゃっ!?」

 

 

 イヴァはリインを横抱きにして持ち上げ、愛の巣へと向かって行った。

 

 

「あ、そうそう。声とか音がまる聞こえやから防音の結界張っといてなー」

 

「あいよー」

 

「ま、待ってください! この会話は少し可笑しいと思います!」

 

「良いから、良いから。今日もまた可愛がってやるから。愛してるぜ、リイン」

 

「ひゃんっ!? ま、まだ階段っ、んんっ!?」

 

「あははー……こりゃホントに家族が増えそうやわ……」

 

 

 はやては両親のラブラブっぷりに羞恥を超えて呆れてしまった。

 

 

「んー、何とかして子供できひんやろか……?」

 

 

 この考えが後に、末っ子の誕生に繋がるのは、また別のお話。

 

 

 

 

 



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第三章第五話

俗に言う、、水着回ですやん。




 

 

 季節は夏。夏である。

 夏といえば、海水浴、プール、キャンプ、等々様々なイベントがある。

 そして学生にはそのイベントの前にある試練が課される。

 それは期末テストである。夏休み前にある、成績に響くテストである。

 そのテストに、子供達はぶつかってしまっている。

 

 

 

 

 現在、八神家では蓮夜を始めとした子供達が勉強会を開いていた。

 

 

「分からん……分からんぞ……!」

 

「ケン、さっきからそればっかりじゃない」

 

「だって分かんねぇだよ! 何だよ尊敬語とか謙譲語とか形容詞助動詞その他諸々!」

 

「アンタ、からっきし勉強が駄目ね。特に国語系は」

 

「うぅ~、私もなの~」

 

 

 剣誠となのはは頭をうんうんと捻り、必死に答えを導き出そうとしたが、それは叶わなかった。

 

 

「駄目だ~! 剣誠さんはもう駄目なのです!」

 

「ケン、もし最低点取ったら武蔵先生に……」

 

「ヒィッ!? それ以上言わないでおくれ~!」

 

 

 剣誠は一度受けたことがあるのか、身体をガタガタと震わせはじめた。

 

 

「……馬鹿剣誠」

 

「んだとゴラァ!?」

 

 

 蓮夜の呟きをきっちりと拾った剣誠は睨みつけたが、蓮夜はふっと笑って手元の問題集を見せた。

 

 

「んなっ!? ま、満点!?」

 

「テメェとはここが違うんだよ、ここが」

 

 

 トントンと頭を指して不敵な笑みを浮かべる。

 蓮夜の学力は学校一だったりする。

 剣誠はドベ争いをしているとか。

 

 

「チクショウ……! 何でだよ……!」

 

「ふっ……」

 

 

――一方通行の能力を使うに当たって演算処理とかいるんだよ。

 

 

 蓮夜の転生時に貰った力に一方通行というものがある。

 ただ能力だけ貰っても意味が無く、演算処理能力が無ければ使えない。

 だから蓮夜は転生時に能力を使える頭脳も貰っているのだ。

 故に、頭の出来は他人とは比べ物にならない。

 

 

「ちくせう……不幸だ」

 

「……ほんっと、アンタって某不幸少年に似てるわよね。学校でもフラグ建ててるし」

 

「んなワケねぇだろ。俺みたいな不幸だけが取り柄みたいな男に興味持つ人がいるかよ……」

 

「……何よもう……ここにいるじゃない……」

 

「ん? どした、アリサ?」

 

「な、何でもないわよ! 馬鹿!」

 

「ばっ……!? はぁ~……」

 

 

 剣誠は女の子であるアリサに馬鹿と言われてテーブルに伏せる。

 その後ろには真っ暗な影が落ちていた。

 

 

「おうおう、頑張ってっか?」

 

 

 イヴァが盆の上にお茶を載せてやってきた。

 

 

「あ、お兄ちゃん。うん、何とかやれてるよ」

 

「そっか。いいかお前ら。このテストの成績で夏休みに遊びに行けるかどうかが掛かってるんだからな?」

 

「そんなプレッシャー与えないでくだせえ!」

 

 

 剣誠はこの世の終わりだといわんばかりに顔を真っ青にて頭を抱える。

 イヴァはハッハッハッと笑いながら剣誠の頭を乱暴に撫でてお茶を置いていく。

 

 

「剣誠、一ついいことを教えてやろう」

 

「何?」

 

 

 イヴァは剣誠だけに聞こえるようにしてあることを教えた。

 

 

「………ッ! そ、それは……! なっ、そうか!」

 

 

 すると剣誠は瞳にやる気の炎を宿し、問題集と向き合い始める。

 

 

「やってやる! 俺はやってやるぞ!」

 

 

 しかも魔力が溢れ出し、本当にやる気の炎が灯っているかのように見えた。

 

 

「お義父さん? 何教えたん?」

 

「ん? 内緒」

 

「それじゃあ、剣誠君にきこおーっと! なあなあ、何言われたん?」

 

「剣誠に聞いても無駄だって。ちゃんと黙っておくように―――」

 

「水着の義姉さん! 浴衣の義姉さん! タオルの義姉さん!!」

 

『………』

 

「…………さ、リインとイチャイチャしてくっか」

 

 

 イヴァは視線を逸らし一階に降りようとしたが、イヴァの目の前には義姉ちゃんことエスティナルがうふふと笑って立っていた。

 

 

「人を一体何に使っているのかしら?」

 

「……やる気アップ?」

 

「ヤる気アップ、ですか?」

 

「なんかニュアンス違う……!?」

 

「ええ、ええ。良いですわ、ヤりましょう」

 

「ちょっ、そのバチバチした手、止め! 止めなさい! やめっ――イヤァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 ギィィ……バタンっと、部屋のドアが閉められ、ドアの向こうにイヴァがエスティに連れ去られていった。

 

 

「義姉さん! 義姉さん! NE・E・SAN!!」

 

「剣誠の……バカァァァアアッ!!」

 

「アリぶへぇ!?」

 

 

 アリサの鉄拳が剣誠の頭に炸裂し、勉強会が終わるまで意識を失っていた。

 

 

 

 

 何やこんやでテストは終了。

 そして見事に剣誠は赤点をギッリギリ免れた。

 

 本当にギリギリだった。

 どれ程かというと、それはこの一例を読んでもらえば分かる。

 リインが頬を赤らめて涙目で上目使いをし、優しく呟くように『抱いて……?』と言ってそれに耐えられるかどうかの瀬戸際に近い。

 イヴァなら先ず間違いなく、耐えられない。

 いや、全世界の極一部の男性を抜いて耐えれる者はいないはずだ。

 だがそれを剣誠はテストに置き換えているとはいえ、耐えてしまった。

 耐えてしまったのだ。

 

 

「うっせっ! 耐えて悪いか!」

 

「うわっ!? ちょ、もう! いきなり大声を上げないでよね!」

 

「……はれ? 夢、か……?」

 

 

 現在、エラフィクス家、八神家、テスタロッサ家、そしてリンディとなのは達は泊りがけの海に向かっておる。

 今回は高町家はなのはだけである。

 大型車をレンタルし、一台にイヴァとリインと子供達もう一台に残りが乗っている。

 

 

「アンタ、まさか興奮して眠れなかったんだじゃないでしょうね?」

 

「んなワケねーよ。ただちょっと準備に手間取ってたんだよ」

 

「そんなに手間取るの?」

 

 

 フェイトが首をかしげて尋ねる。それに剣誠は大きく頷いて答える。

 

 

「おうともよ! ちゃんと海で溺れた際にどうやったらいいかとか、遭難したらどうすればいいとか、怪我の応急処置とかその他諸々!」

 

 

 剣誠は持ち前の不幸スキルを危険視し、海での万が一の事に備えて色々と知識を詰め込んできたのだ。

 

 

「……ねぇ、剣誠」

 

「何だよ、神楽?」

 

「アンタ……魔法を使うって言う発想は無かったの?」

 

「………あ」

 

『はぁ〜……』

 

 

 初っ端からしでかしていり剣誠であった。

 

 

「クックック……。相変わらずお前はドジだな」

 

「義父さん、それは言わないで……」

 

「剣誠、ちゃんと生きて帰るのだぞ?」

 

「俺達って海水浴に行くんだよな!? 戦場じゃないよな!?」

 

『アンタにしたら戦場でしょ』

 

「ふ、不幸だああああっ!!」

 

 

 

 

 宿泊する旅館に到着。

 イヴァ達はそれぞれ部屋に荷物を置き、海水浴をする為に水着に着替える。

 部屋は全員が一つの部屋になるように大きな部屋にしている。

 そして水着に着替える為に部屋のど真中を襖で仕切っている。

 

 

「ぐっ……! 何とかしてお隣の理想郷を拝めないものか……!」

 

「剣誠、今だけはテメェに協力してやる!」

 

 

 剣誠と蓮夜は襖にどうにかして隙間を作ろうとしていた。

 何故、簡単に出来ないかというと、それはアルフが張った結界で襖に触れられないからである。

 

 

「くそっ! 俺が結界を壊せば良いのに、それをしたら向うにばれる……!」

 

「ああ……チッ、くそっ! 向うにはやてが居るってのによ! っつかテメェ、はやてを見たら殺すかんな」

 

「確かに、はやてにはそれ程の魅力はある! だがしかし! 俺は義姉さんを始めとする年上美女が目的だ!」

 

「……それ、おふくろも入ってんのか?」

 

「………義父さんには黙っててくれ」

 

「お前、ここが何処か分かって―――」

 

 

 剣誠と蓮夜がいる場所、即ち襖で区切られた男衆側。

 つまりそこにイヴァとザフィーラもいるのだ。

 

 

「ほっおー……? 蓮夜、お前は俺の妻、即ちお前の義母の裸をその厭らしい眼で見るというのか? ん?」

 

「………」

 

 

 汗をダラッダラ流す剣誠の真後ろにはイヴァがもの凄く爽やかな笑顔で拳を固めていた。

 

 

「その『手袋』、今日一日外してやろうか?」

 

「っ!? そ、それだけはご勘弁を!!」

 

 

 剣誠は必死に右手を隠し、イヴァに手袋を取られまいとした。

 

 

「蓮夜……」

 

「っ、な、何だよ……?」

 

「はやてが知ったらどう思うだろうな……? 恋人がこんな破廉恥極まりない事をしているなんてな」

 

「ぐっ……! だ、だが! 俺だって男だ! 好きな女の全てに興味がある!」

 

「……ふっ、お前ら」

 

「「ゴクッ……」」

 

「ちょっくら地獄に行ってこいや」

 

 

 スッ! パタンッ!

 

 

『………へ?』

 

『…………』

 

 

 イヴァは手に『ゼロ』を纏わせて結界を消し去り、襖を開き、剣誠と蓮夜を向こう側に放り投げて襖を閉めた。ちゃんと独自の結界を張って開かないようにした。

 

 

『………ごちになりました!』

 

『きゃああああああああああああああっ!!!』

 

 

 襖の向こう側で剣誠と蓮夜の悲鳴が聞こえてきたが、イヴァは気にせず海水浴の準備を終わらせる。

 

 

「……イヴァ殿」

 

「ん?」

 

 

 人間形態のザフィーラが腕を組みながらイヴァにある問題を教えた。

 

 

「二人が向うに行けば、確かに地獄を見るのだろうが、リインフォースの身体を見てしまうのではないか?」

 

「見るなお前らぁぁ!!」

 

 

 イヴァは結界を解き、襖の向うへと突撃した。

 

 

『い、イヴァ!? 貴方まで何を!?』

 

『あらあら、うふふ……』

 

『イヴァ、覚悟は良いかしら?』

 

『イヴァ……貴方、私の娘の裸を見てただで済むと思っていないでしょうね?』

 

『ま、まままま待て! 俺はこの二人をだな!』

 

『……ニコッ』

 

 

 イヴァの悲鳴が旅館全域に響き渡ったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 晴れ渡る青空。

 青く光り輝く広い海。

 サラサラで触れれば熱い砂浜。

 そして、準備運動する男三人。

 

 

「いっちにーさんっし!」

 

『ごーろっくひっちはっち!』

 

「にーにっさんっし!」

 

『ごーろっくひっちはっち!』

 

 

 しかも全身に紅い紅葉を作って。

 女性陣達の手形である。

 ヒリヒリして痛そうである。

 

 

「良いかぁ! 者共! 我々の目的は!」

 

『我らが女神達をゴミ屑からお守りする事であります!』

 

「そうだ! 我々は女神達と楽しい時を過ごしながら護衛の任務を完遂する事だ!」

 

『サー・イエッサー!』

 

「そら見ろ貴様ら! あの美しき花々を!」

 

 

 イヴァは指差した。

 その方向にはいっそ神々しく光り輝く花々が咲いていた。

 美少女、美女が水着姿で浜辺を歩いていた。

 その光景が男達の眼を奪い取っていた。

 

 

「……息子達よ」

 

「あいさー……」

 

「ほいさー……」

 

「来て、良かったな……」

 

『サー・イエッサー……!』

 

 

 イヴァ達は泣いていた。

 目の前の感動の光景に。

 あの光り輝く笑顔、白く美しい白魚の様な肌、キュッとした括れ、細くスラリとした美脚、ぷるんとしたヒップ、そしてたわわに実った胸。

 

 

 まさに女神様。

 

 

「蓮夜く~ん! こっちおいで~!」

 

「……あ〜い」

 

 

 普段眉間に皺を寄せて不機嫌そうな表情をしている蓮夜が、もうデレッデレの表情ではやての方へと歩いていった。

 

 

「待てやコラァ! 何一人で行こうとしてんだ!」

 

「離せやゴラァ! 俺は向うに行くんだよ! あの理想郷になぁ!」

 

 

 剣誠は手袋を外して蓮夜を全身全霊で止めた。

 蓮夜は必死に恋人の下へ行こうと剣誠を振り払おうとする。

 

 

「行かせねぇぞ! 何テメェだけ幸せになろうとしてやがる!」

 

「黙れ! 俺は行くんだよ! テメェは不幸のどん底でくたばってろ!」

 

「離すかってんだ! 義父さんも手を貸して―――」

 

「い、イヴァ、どうですか? す、少し派手過ぎでしょうか?」

 

「いや、似合ってるよ。綺麗だ」

 

「も、もう……」

 

 

 その時剣誠は理解した。

 負け組みは自分だけだと。

 

 父の女性関係は大変だ。

 妻であるリインを始め、契約の他に色々と関係を持つエスティ、親友の妻であり友人であるリンディ、同じく友人であるプレシア、家族であり修行仲間であるシグナム、料理の生徒であるシャマル、イヴァに一目惚れして変態的な行動を取るアイラ先生、そして剣誠がイヴァから聞いた話だと、過去に、イヴァシリアが『悪魔』となったばかりの頃に、それなりに深い関係となっと女性までいるらしい。

 

 つまり、エラフィクス家の男子で女の気配がしないのは剣誠だけなのである。

 まあ、気が付いていないだけなのだが。

 

 

「うっ、うぅ……!」

 

 

 剣誠は色々と打ちのめされて涙を流し始めた。

 もう、それは見ている人が辛くなりそうなほどに。

 

 

「ちょっ、アンタ何泣いてんのよ!?」

 

 

 と、そこへ赤いビキニを着たアリサがやって来た。

 剣誠は顔を上げアリサの姿を眼に捉えた。

 その瞬間、別の意味で泣き出した。

 

 

「ちょっ、ええ~!?」

 

「ヒッグッ……! な、何て優しいんだぁ……! こんな負け組みの俺に声をかけてくれるなんて……!」

 

「な、何言ってんのよ!?」

 

「アリサ様ぁ~!」

 

「拝むなっ!!」

 

「べぶしっ!?」

 

 

 しかし最後には蹴られてしまう剣誠であった。

 

 

 

 

「ん~、眼福眼福」

 

 

 イヴァはパラソルの下で黒と赤のアロハシャツと黒の海パンを着て座っていた。

 視線は主にリインを捉えていた。

 

 

「……ホント、俺は幸せ者だな」

 

 

 イヴァは皆が遊んでいる光景を眺め、その場に寝転がった。

 

 

「と、義父さん……」

 

「……大丈夫か、剣誠?」

 

 

 剣誠がボロボロの状態でイヴァの下へとやって来た。

 

 

「た、助けてぇ……」

 

「はいはい。ほれ、そこに座れ」

 

「あい……」

 

 

 剣誠はイヴァの前に座り込み、イヴァは剣誠に向けて手を翳した。

 

 

「ったく、海に来たのに何でそんなに傷だらけなんだよ」

 

 

 剣誠の身体は岩で切ったのか傷だらけで顔面には見事に真っ赤な紅葉が出来上がり、更にはたんこぶまで出来ていた。

 

 

「この状態じゃ……魔法も満足に使えない……」

 

「体力も消耗しちゃって……ホント、ご愁傷様」

 

 

 『ゼロ』で剣誠の怪我をけしていき、やがて全部消えた。

 

 

「ありがとう、義父さん。……そういや、何で義父さんは海に入らねぇんだ? それにずっとシャツ着てるし」

 

「ん? 俺はこうして皆を見てる方が良いんだよ」

 

「そうなのか? まあ、義姉さんのアレとか凄いし……」

 

「お前……本当にエスティが好きなんだな」

 

「す、好きってか……まあ、俺の理想のタイプだし……。けど、恋とかじゃないんだよな」

 

 

 イヴァは正直言って剣誠の将来を心配していた。

 蓮夜と違って特定の女性は居ない。

 そして剣誠はその持ち前の優しさと腕っ節の強さと度胸で周りの女性を無意識の内に惚れさせている。

 

 しかも剣誠は鈍感。

 周りからの好意に気が付かない。

 何時か後ろから刺されるのではないかとイヴァは心配している。

 

 

「剣誠」

 

「何?」

 

「何時か、何時かで良い。俺がお前達の側にいる間に孫の顔を見せてくれよ」

 

「……義父さん?」

 

「……けど、お前のその不幸っぷりは継がせるなよ」

 

「ひでぇ!?」

 

「はっはっは! ほれ、遊んでこい。青春というものは短いもんだ」

 

 

 イヴァは剣誠の背中を叩いて皆が遊んでいる所に向かわせた。

 その背中をイヴァは真っ直ぐ見つめていた。

 

 

「――――」

 

 

 何かを呟いてイヴァは再びリイン達の方へと視線を戻した。

 

 と、そこでイヴァは眼と鼻の先に現れた赤い瞳に一瞬だけ意識を奪われた。

 

 

「……リイン?」

 

「はい、どうしました?」

 

「どうしましたって……お前こそどうした?」

 

 

 リインはイヴァが剣誠が行った方向、つまり反対方向を向いている間にイヴァに近付き、イヴァが視線を戻した時に鼻がくっ付くぐらいに顔を近づけていた。

 リインはイヴァの隣に腰をかけて肩を寄せた。

 因みにリインの格好はイヴァと合わせた黒のビキニである。ただ、ちょいっと面積が小さいが。

 

 

「最近、何処か疲れている感じがしますが……」

 

「ん~、別に何でもないが……ただ……」

 

「ただ?」

 

「今晩の為に体力を温存しているだけ」

 

「今晩……?」

 

「布団の中での」

 

「っ!?!?」

 

 

 リインは何のことか分かったのか顔どころか身体全身を真っ赤にして、自分の身体を抱くようにして縮こまった。

 

 

「よせやい。そんな可愛い反応すると今ここでヤっちまいそうだ」

 

「そっ、そう良いながらこっちに手をワキワキ動かしながら来ないでくださいっ!」

 

「はっはっは! 嫌よ嫌よも好きのうち~ってな」

 

「はい、そこまで」

 

「ごふっ!?」

 

 

 イヴァがリインに触れようとした瞬間、イヴァの腹にエスティの拳が炸裂し、イヴァはリインの膝の上で気絶した。

 

 

「駄目ですわよ。今日は頑張ってもらうんですから。こんな所でつまみ食いしては駄目ですわ」

 

「……エスティ」

 

「あら? 何ですか、その邪魔をされたような顔は? 嫌がってたじゃないですか」

 

「そ、それは……くっ!」

 

「あら、イヴァの言ってた通り実は……」

 

「う、うわああああ! い、言うなぁ!!」

 

 

 リインは顔を羞恥心と怒りで真っ赤に染め、エスティに向かって黒い魔力弾を放ったが、エスティは指先でちょいと弾いて消した。

 

 

「あらあら、可愛いですわね。食べちゃいたい」

 

「ひゃん!?」

 

 

 エスティはリインの背後に周り胸を優しく掴んだ。

 

 

「イヴァが起きるまで……いただきましょうか?」

 

「や、やめろ――んんっ!」

 

「うふふ、良い声で鳴いてくださいな」

 

「ん、う~ん……」

 

「っ!? お、起きないでくださいぃぃっ!!!」

 

「ぐあほっ!?」

 

 

 イヴァが眼を覚まそうとした瞬間、リインの拳が再びイヴァの腹に炸裂し、また意識を失った。

 

 

「くぅ~……! 私だってお義父さんとぉ!!」

 

「ちょっ! 神楽! それは駄目だって!」

 

「チッ、ペットの分際で……」

 

「り、リンディさん? 何でそんなに黒いの?」

 

「……イヴァ、私の娘の前で何て事を……!」

 

「プレシアさん!? 顔が恐ろしや!」

 

「うわぁー……!」

 

「すずかさん!? 何でそんなに眼をキラキラさせてるんですか!?」

 

 

 イヴァ達の光景を見ている美女と美少女達を剣誠は必死に止めたりツッコンだりして大変だった。

 

 

「ええな~。私らもそろそろ階段登ろか?」

 

「んなっ!? ま、まだはえよ!」

 

 

 何はともあれ、平穏な日々が続いていくのであった。

 

 

   続く!

 

 

 

 



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第三章第六話

今回で旅行回はお終い!




 

 

 

 海水浴は終わり、イヴァ達は旅館に戻って温泉に入ることにした。

 と、ここでまた騒ぎ出すのがお約束である。

 

 

「良いか剣誠。覗きってのはな、ばれるかばれないかの瀬戸際で、夢を見るって事だ」

 

「へっ、分かってんじゃねぇか。流石は義兄弟」

 

「だろう。ってなわけで……」

 

「ああ……」

 

 

 蓮夜と剣誠は二人してコソコソと動き出し、湯船に浸かっているイヴァとザフィーラから遠ざかっていく。

 

 

「何処へ行く?」

 

「「ビックゥ!?」」

 

 

 しかしイヴァには眼を閉じた状態でも二人の動きが見えているようだ。

 頭にタオルを載せて眼を閉じ、素直に温泉を堪能しているイヴァの姿は、男が見てもカッコいいと思える。

 何より、濡れた黒髪が何気に男の色気を醸し出している。

 

 

「二人して何処に行こうとしている?」

 

「ど、何処ってサウナだよ! な!」

 

「ああ! ちーっと、コイツと耐久勝負してくるわ!」

 

「……そうか」

 

 

 イヴァは再び温泉に気を集中し、湯に浮いているお盆からお猪口を取りグビっと酒を飲む。

ザフィーラもお猪口を取って酒を飲む。ってか酒なんてこんな所で飲んでええんかい。

 

 

「チックショオ! 何が悲しくてサウナに入らないけねぇんだよ!?」

 

「待て! こういう手はどうだ?」

 

「あん?」

 

 

 剣誠はこう考えた。

 サウナに入り続け、熱いから露天風呂にでも行って風に当たってくると伝え、堂々と露天風呂に侵入。

 そしてそこから気配を遮断して露天風呂の柵の上えと登り、理想郷をこの眼に焼き付ける。

 

 

「……いいじゃねぇか」

 

「だろ? ってなわけで……」

 

 

 剣誠と蓮夜はサウナからまるで熱さにやられたと演技しながら出た。

 

 

「あ~、やっべ……。我慢しすぎた……」

 

「だな……。親父、ちょいと外行ってくるわ……」

 

「まだ入って二分だぞ。俺の修行を受けてるのだったら十分は悠々と入ってろ」

 

 

 と、イヴァにサウナへと押し戻された。

 

 

「「………」」

 

 

 二人は男の意地を見せて三十分は入り続けた。

 

 

「はあ、はあ、はあ、ま、マジでやられかけた……」

 

「あんのクソ親父……! 鬼か……いや、悪魔だった……」

 

 

 どうにかこうにかしてやっとこさ二人は露天風呂に到着。

 二人は耳を澄まして露天風呂に誰かいるか確認する。

 

 

『うわー、お義姉ちゃん、ええおっぱいしてるやないの~』

 

『あんっ、もう……そうやって強く掴まないの。もっと優しくこうやって……』

 

『ひゃんっ!? え、ええええエスティ!? 何をする!?』

 

『エロい……エロいで! リイン!』

 

『は、はやあぁん!! や、やめてくだふぁっ!?』

 

『いいなー。お義母さんはいっつもお義父さんにあんな事されて……。私だってフェイトに負けないぐらい胸あるのに……』

 

『神楽? どうして私の胸を触ろうとしてくれるのかな?』

 

『知ってる? お義父さんの部屋にある写真、家族の写真の次にフェイトの写真が多いのよ』

 

『え、そうなの? う、嬉しいな……えへへ』

 

『というわけでお義父さんには妹萌えがあると見た。だから妹であるフェイトの成分をプリーズ』

 

『へ? ちょ、ちょっと何意味の分からないひゃん!?』

 

「「ぶっふぅ!!」」

 

 

 剣誠と蓮夜は鼻血を噴き出した。

 そして倒れるのを必死に耐え、もう一度耳を澄ませる。

 

 

『あらあら、これはちょっとペットの躾をしないといけないわね』

 

『そうね。フェイトの写真……アレが何時何処で撮ったのか吐いてもらわないとね』

 

『リンディ? プレシア? なーに二人で黒い笑いしてんのさ?』

 

『アルフ……少しは羞恥心というものを知りなさい。なにタオルで隠さずに歩いてるのよ』

 

『女しかいないから問題ないだろ?』

 

『フェイトに影響でも与えてみなさい? その時はその姿のままイヴァに引き渡すわよ』

 

『ちょっ!? それは無し! ただでさえ耳と尻尾を弄くられてまいってんだからさ!』

 

『と言いつつ、嬉しそうな顔をしてるのは何処の誰だったかしら? 端から見ればイチャついてる男女よ?』

 

『だ、だって……き、気持ち良いし……』

 

『『……死刑ね』』

 

「死刑だな」

 

「死刑だぜ」

 

「「なに巨乳美女使い魔とイチャついてんだゴラァ!! 嫁はどうしたぁ!?」」

 

 

 それからまた耳を澄まして更に会話を聞き取る。

 最早覗きなど後回しである。

 

 

『シグナム、最近兄ちゃんと一緒に居すぎじゃねぇか?』

 

『そうか? ただ無人世界で打ち合ってるだけだが……』

 

『はい、ダウト』

 

『な、何だシャマル!?』

 

『私知ってるんだからね? ただ打ち合ってるなんて言いつつ、実は独り占め出来て嬉しいのよね』

 

『な、何を言うか!? 私は同じく剣を使う者同士、刃を交えるのが嬉しいだけだ!』

 

『そういえば、蓮夜達が混ざってる時はシグナム、お前あいつらの事ジッと睨んでたよな?』

 

『なっ!?』

 

『そうそう。それで、自分の番になったらパァって明るくなって、まるで父親に構ってもらうような娘みたいに……』

 

『う、うぅ……!』

 

「「あのナンパ親父ィィ!! 一体何人の女を落とせば気が済むんだぁぁぁぁああ!!」」

 

 

 二人はもう色々な意味で怒りが爆発しそうだった。

 特に剣誠は怒りのあまり魔法陣を足元に展開してしまっている。

 

 

『アリサちゃん、何してるの?』

 

『うぇ!? べ、別に何もやってないわよ!?』

 

『ふ~ん……。神楽ちゃ~ん』

 

『何、すずか?』

 

『けんふぇっ』

 

『な、なななな何でもないわよ! 別にアイツがどんな髪が好きかとか思ってないから!』

 

「………」

 

「……何だよ?」

 

「いや……(アイツも大変だな)」

 

 

 蓮夜はアリサの恋にひっそりと応援した。

 だが相手この鈍感の結晶といえる剣誠である。なかなか難しいだろう。

 

 

「さて、そろそろ開始すっか」

 

「だな」

 

 

 二人は気配を消した。

 今までの鍛錬のお陰で気配を消すなど造作もない。

 それこそ、あの蛇男すら超えてしまいそうなほどに。

 蓮夜と剣誠は女湯と隔てている塀に近付き、人差し指に魔力をばれないように纏わせ塀に小さな穴を開けようとした。

 だが指が塀に触れそうになった直前、ふっと魔力が消された。

 

 

「「………」」

 

「何してるのかな、我が子たちよ」

 

 

 イヴァが、後ろで両手に黒い魔力を炎のように纏わせて笑っていた。

 まるで悪魔のように。

 

 

「な、何故……?」

 

「俺達の気配は完璧に消したはずだ……!」

 

「戯け。こんな温泉のど真中であるはずの気配が消えたら逆に怪しいだろう」

 

「「………なるほど!」」

 

 

 直後、イヴァは二人の頭を鷲づかみにし、頭と頭をぶつけ暫くの間意識を奪った。

 

 

「まったく……俺だって見たいっつの」

 

「イヴァ殿……あそこで神楽がこちらを見ているのだが……」

 

「んなっ!? こら、神楽!」

 

「ば、バーサーカー!!」

 

「何処を見て言っている!? ってか見るな!」

 

 

 その後、神楽の記憶をイヴァは『ゼロ』を使って消した。

 

 

 

 

 さて、旅館に泊まるにあたって名物になっているものがある。

 それは何か。美味しい夕食? いや違う。

 そう、それは……。

 

 

「第一回! チキチキ! 枕投げで殺戮ショー!」

 

「いや、殺さないでいきませんか!?」

 

「何、剣誠? アンタ蓮夜に負けんのが怖いの?」

 

「……ハッ、おいおい神楽さんや。この俺が蓮夜に負けるって? その幻想をぶっ殺す!」

 

 

 剣誠は左手に緑色の魔法陣を通し、身体強化を施す。

 剣誠の魔法は幅広く、治癒魔法から破壊魔法、強化魔法や超広域殲滅魔法まで使うのである。

 ただある事情により、威力は中途半端であり、広く浅く魔法を扱うと考えてよい。

 

 

「ケッ、テメェが俺に勝つだぁ? やって見ろよ!」

 

「行くぞ最強! 俺の最弱はちとキツイぞ!」

 

 

 それを合図にして枕投げが開始される。

 蓮夜、はやて、なのは、すずか、そして剣誠、フェイト、アリサ、神楽と分かれて枕を投げ始める。

 

 

「あははははは! あっはっはっはっは!」

 

「うにゃっ!? 神楽ちゃん、転移はずるいの!」

 

「勝てば良いのよ勝てば! 勝ってお義父さんと寝るの!」

 

「え、私とお兄ちゃんが寝るんじゃないの?」

 

「は? 何言って……」

 

「だ、だってお兄ちゃんと一緒に過ごすなんて久しぶりだし……」

 

 

 フェイトはちょんちょんと指と指を突いて上目使いで神楽を見上げた。

 神楽はうっと息を呑んで後ろに退く。

 いくら同じ女でもフェイトの上目使いはそれ程の威力がある。

 

 

「だ、駄目よ……。お義父さんは私と……」

 

「うぅ……神楽ぁ……!」

 

「……あ〜もうっ! 三人で寝れば良いんでしょ!」

 

「うん!」

 

 

 神楽の妥協で全ては解決した。

 だが二人は忘れているのだろうか。

 二人は中学二年生。そこそこ大人の身体に成長してきている。

 いや、へたをすれば高校生よりも抜群のスタイルである。

 そしてそんな娘が大の大人と添い寝をする。世間が黙っちゃいない。

 というかリインとエスティとリンディとプレシアが黙っちゃいない。

 

 

「まったく、あいつらは何を言ってんだか」

 

「ふふっ、好かれていますね」

 

「父として、兄として良いのか、もの凄く迷うんだが?」

 

 

 イヴァは部屋の縁側でリインとエスティに挟まれて酒を飲んでいた。

 他にも大人組達が挙って縁側に座ってお酒を飲んでいた。

 因みにヴィータも大人組に入っているが、酒ではなくお茶を飲んでいる。

 

 

「一体何処で育て方を間違えたんだろうか……?」

 

「たぶん……最初からではないでしょうか?」

 

「止めて……」

 

 

 イヴァはフェイトと共闘して枕を投げている神楽を見て頭を抱えた。

 

 神楽を拾った当初、神楽は酷く怯えて家族を殺された事に心を塞ぎこんでしまっていた。

 イヴァとエスティ、そして既に居た剣誠と三人で必死に神楽を元気付け、特にイヴァは神楽

 を無理やりにでも外に連れて行き、年相応の振舞いをさせようとした。

 そして神楽は一年の月日を得て、生きる希望を見つけ、心を開いた。

 

 剣誠もそうだ。剣誠は家族を殺された時に抱いた憎しみで周りが見えず、ただ復讐する為の力を望んだ。

 イヴァは剣誠に力を与えつつ、それとなく復讐の無意味さを教えていった。

 そして剣誠は復讐を成し遂げてしまった。僅か七歳にしてだ。

 その時の剣誠は復讐を成し遂げた達成感と、虚無感に呑まれた。

 イヴァはそんな剣誠にこれから先、生きて行く意味と目的を与えた。

 だからイヴァは二人に好かれている。特に神楽は異常なほどに。

 

 

「昔は純粋な子だったのにな……」

 

「貴方には子育ては無理だったのよ」

 

「うるせぇ。伊達に長生きしてねぇよ」

 

「あら、それじゃあもうおじさんなのね」

 

「お兄さんだ。俺は永遠の二十五歳なんだ」

 

 

 イヴァの身体は人間であった頃の二十五歳のままである。

 故におじさんおっさんと呼ばれるのを嫌ってる。

 二十五歳という年齢はお兄さんかおっさんのどちらが正しいか曖昧だが。

 

 

「そう言えば、貴方私に聞いてきた事がったわよね。子供を育てるにはどうしたらいいか」

 

「仕方が無いだろ。もう数え切れないほど昔に娘を育てた事しか無いんだ。どうすれば良いか忘れてしまった」

 

「……ファン、ですか」

 

「ああ。……そう言えば、ファンとはやては雰囲気が似てるな。あんな馬鹿はしないが」

 

「……そうですね」

 

 

 イヴァとリインは大昔の風景を思い浮かべた。

 あのボロ小屋に七人で短い時間だったが幸せに暮らした日々を。

 

 

「大昔ですか……懐かしいですね」

 

「……大昔……所で、イヴァとエスティはどういう風に出会ったのですか?」

 

 

 シグナムが唐突に尋ねてきた。

 イヴァとエスティの関係は契約関係だというのは周囲に知られている。

 だがどういった出会い、今までどういう風に過ごして来たのかは知られていない。

 

 

「出会い? んなもん―――」

 

「それはもう、運命的な出会いでしたわ」

 

 

 と、言いながらエスティはイヴァの腕に抱き付いた。

 それにより浴衣が乱れていき、そのたわわに実った美しい乳が露わになってくる。

 

 

「何せ、出会いがしらに私の唇を奪ってきたんですから」

 

「………イヴァ?」

 

「イ~~ヴァ~~?」

 

「貴女……最低」

 

「ちょっ!? 待て! 俺が奪ったんじゃない! 俺が奪われたんだ!」

 

「でもしたんですね?」

 

「ま、待てリイン。先ずはその拳を治めなさい」

 

「その後も凄かったんですよ。もう三日は腰が痛くて痛くて……」

 

「それは俺だ! なに俺が痛めつけたみたいに……!」

 

「イヴァ……でしたら!」

 

 

 リインは勇気を振り絞った表情で頬を紅く染めてイヴァに詰め寄った。

 

 

「でしたら私もそうしてください!」

 

「ぶぅっ!?」

 

「今までよりももっと! もっと愛して下さい! それでエスティより!」

 

「お、おおおおお落ち着け!! こ、こんな所で!?」

 

「……プレシア? 今ここでコレをぷちっとしていいかしら?」

 

「良いんじゃないかしら? ぷちっとどころかブチッ!で良いじゃないかしら?」

 

「お、おおおおお前らもなに魔法陣を展開ぃぃぃいいい!?」

 

 

 リンディとプレシアはイヴァの頭上に魔法陣を展開して何かをしでかそうとしていた。

 それはもう、ヤヴァイものを。

 

 

「ああ、もう! 何でさぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 

 イヴァはこの場にいては危険だと理解し、『ゼロ』を全力で使用して場を脱出した。

 が、その場凌ぎにしかならず、結局イヴァは旅館から離れたところで撃墜されました。

 

 こうして楽しい楽しい海水浴は幕を閉じました。めでたしめでたし。

 

 

「めでたくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!! ごはぁっ!?」

 

 

 

 



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第三章第七話


最近、忙しすぎて自分の時間が取れない。
この後もすぐにアルバイトだ。

ああ、リインの癒しが欲しい……。





 

 

 時は流れ、もうすぐクリスマスがやってくる時期。

 

 イヴァは最近、いや、イヴァだけではなくリインも最近、子供達の様子がおかしいと感じている。

 子供達四人は何やら寄って集ってディスプレイを見つめ、イヴァとリインを見つめ、何かをしている。

 一度イヴァは何をしているのか尋ねたが、その時は何でもないと必死に何かを隠そうとしていた。

 

 何かを隠している。

 それは確信しているのだが、あまり踏み入った事をするのは気が引けるようで、イヴァとリインは取り合えず保留と言う形で日々を過ごしていた。

 

 

「親父」

 

「ん?」

 

 

 今日も今日とてイヴァは仕事に向かう直前、蓮夜に呼び止められる。

 

 

「今日はすぐに帰ってくんのか?」

 

「ん? ん~~……晩飯には戻ってこれると思うが、何でだ?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

「……そうか。んじゃ、行ってくるわ」

 

 

 そう言ってイヴァはエスティと共に仕事場へと転移していった。

 残された蓮夜は、イヴァが完全に転移していったのを見届けた後、携帯電話を取り出して何処かへと繋げる。

 

 

「……俺だ。リミットは夕方だ。それまでに準備を完成させる。何、今日は日曜日だ。まる半日はある」

 

 

 蓮夜は携帯を切ってまるで獲物を狙ってるかのようなギラついた眼をし、ネックレスになっている紅蓮を取り出す。

 

 

「頼むぜ、相棒」

 

『了解』

 

 

 

 

「シグナム、子供達が何処に行ったか知らないか?」

 

「いや。そう言えば朝食後から姿を見ていないな」

 

「まったく……。蓮夜達は兎も角、剣誠は少しでも勉強をしないといけないのに……」

 

「ふっ……」

 

「……何だ? 可笑しなことでも言ったか?」

 

 

 ソファーで新聞を読んでいたシグナムは、リインの顔を見て微笑んだ。

 

 

「いや、今更だが本当に母親だなと思ってな」

 

「む……私は母親のつもりだが?」

 

「ふふ、そうだな。そろそろイヴァとの間に―――」

 

「シグナム~!! ちょっと手伝ってくれないかしら~!?」

 

「―――っと、呼ばれたかな?」

 

 

 シグナムは何かを言い終える前にシャマルの呼び声で口を閉じて庭へと出て行った。

 

 

「ちょっとシグナム!? 駄目じゃない!」

 

「すまない。つい、な……」

 

「どうした? 私も手伝おうか? 洗濯物を干すのだろう?」

 

「だ、大丈夫! シグナムにちゃんと働いてもらうから!」

 

「ちょ、おい!? それでは私がまるで働いていないみたいではないか!」

 

「え? 違うの?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 どうやら二人の間で色々と食い違っているようだ。

 確かに、彼女達ヴォルケンリッターは基本的に家にいることを厳守されている。

 デバイスもリンディが預かっており、滅多の事では管理局側から仕事の依頼は来ない。

 しかも家でのシグナムは基本的に世間の情報収集しかしていなかったりする。

 即ちネットサーフィンである。

 後はイヴァと練習用に作った木刀で打ち合うか一人で素振りかだ。

 もっというならば、近所の道場に顔を出す程度。

 これではニートと言われても仕方がないのかもしれない。

 

 

「と、兎に角リインフォースは今晩の運動の為に休んでおいて!」

 

「お、おい!?」

 

 

 まさかの発言にリインは顔を真っ赤にし、シャマルは手を振ってシグナムを庭へと連れて行った。

 

 

「……しゃ、シャマルがそこまで言うのなら今日は……何か精のつくものでも……」

 

 

 リインは本気で今日の夜の運動会の準備を考えたりし始めた。

 

 

 

 

「む~……」

 

「ケン~、これで良いかしら?」

 

「んあぁ、そこ置いといて」

 

 

 剣誠は今、神楽と共にミッドチルダへとやって来ている。

 しかも場所は無限書庫。

 そこで剣誠は大量のディスプレイと本と睨めっこしていた。

 

 

「どう? 出来そう?」

 

「神楽の言う通りなら不可能じゃないんだし、それに一応それらしい方法も見つけたから出来ると思うぜ」

 

「そっか。それにしてもアンタの力って便利ね~。色々な魔法を扱うんだから」

 

「何が便利だよ。右手で力が中途半端になってんだしよ」

 

「馬鹿よね~。どんな魔法でも覚えて使えるようにしてもらったのに、その手まで頼んじゃって」

 

「うっせ」

 

 

 二人が言っているのは転生時の話である。

 神から力を貰った時、剣誠は魔法を覚える事、それを扱えるだけの魔力、そして右手の力を貰ったのだ。

 だがその右手の力で魔法が扱えなかったのだが、イヴァから貰った黒い手袋によって中途半端だが魔法を使えるようになったのだ。

 

 

「……ねぇ、ケン」

 

「何だよ?」

 

「お義父さんが引退したらさ、私達で『エリス』を継ぐでしょう?」

 

「そうだけど、多分義父さんは引退なんかしないぜ? 何だかんだ言ってもう古代ベルカから生きてんだし、定年ってのは有り得ないし」

 

「それはそれで良いのよ。その時はお義父さんと二人で『エリス』をやってくから」

 

「……俺は? 後、義姉さんは?」

 

「え? お義姉ちゃんは良いけど、アンタ?」

 

「ゴメン、やっぱ聞かないでおく」

 

 

 剣誠はこれ以上聞いてはいけないと本能で察し、再びディスプレイに眼を戻す。

 

 

「蓮夜は管理局に就職するでしょ? はやても皆そうだし」

 

「蓮夜ねぇ……。そういや、アイツはちゃんとやってんのか?」

 

「アンタと違ってちゃんとやってるわよ」

 

「……俺だってやってるっつの」

 

 

 剣誠は頬を膨らませながら黙々ととある資料を集め始めた。

 

 

 

 

「でりゃああ!!」

 

 

 紅い閃光が走り、魔法生物を薙ぎ払う。

 

 

「火炎斬破!」

 

 

 炎の斬撃を飛ばし、生物を操っていた人物を斬り裂いた。

 

 

「ぎゃああ!!」

 

「はやて! これで何人目だ!?」

 

「三十人! あと十人や!」

 

「チッ、纏めて吹き飛ばしてやる!」

 

『術式解放、第四の門を開放します』

 

「煉獄翔刃!」

 

 

 蓮夜は全身から紅い魔力を噴き出し、紅蓮の刀身を砕けさせる。

 そして砕けた刃は紅い花吹雪となって蓮夜の周りを舞い散り、魔法生物とそれを操っている人物達、犯罪者達に襲い掛かった。

 

 

「うああああ!!」

 

「がああああ!!」

 

 

 犯罪者達と魔法生物を炎で包み込み、戦闘不能にする。

 デバイスに非殺傷設定を付けているので死にはしない。

 

 

「これでどうだ!?」

 

「……うん! 終わったで! 後は処理班に任せよう!」

 

 

 はやても広域殲滅魔法で犯罪者達を行動不能にしていた。

 その後、処理班達が駆け回り、犯罪者達を拘束し、魔法生物も確保する。

 

 

「あと、どんぐらいだ?」

 

「あと、三件やね。急がな間に合わへんな」

 

 

 蓮夜はバリアジャケットである紅いコートを翻して次の現場へ脚を進める。

 あの某正義の味方の格好ではなく、某デビルハンターの格好である。

 

 

「ったく、メンドくせぇ事を条件に出しやがって……」

 

「まあまあ、凶悪犯をとっちめるだけなんて、破格の条件やと思うで?」

 

「ま、そうだけどさ……」

 

 

 二人は、否、イヴァとリイン以外の八神家とエラフィクス家の子供達は何かの為に行動しているようだ。

 蓮夜とはやてはある事と引き換えに凶悪犯達の逮捕、剣誠と神楽はそのある事を完遂する為の調査を行なっている。

 シグナム達ヴォルケンリッターは家でイヴァとリインの監視、もといお留守番である。

 

 

「ちゃっちゃとやっちまうか」

 

「うん!」

 

 

 二人は次の現場へと向かった。

 

 

 

 

 ここはミッドチルダの何所か広い草原。

 そこでは一人の男性と一人の少女が並んで武術の型をしていた。

 

 

「もっと腕を伸ばす」

 

「はい」

 

「肩と平行に」

 

「はい」

 

「よし」

 

 

 その型は地球の武道の動きに良く似ていた。

 ただ違うのは両手に一丁づつ、銃が握られているところだ。

 一通り型が終わったのか、休息し、地面に座り込んだ。

 

 

「そら、ちゃんと水分を補給しておけ」

 

「はい、師匠」

 

 

 師匠、そう呼ばれた男、イヴァは少女、ティアナ・ランスターに水が入った水筒を渡した。

 イヴァの隣ではエスティが何時ものように笑みを絶やさずイヴァに水筒を渡している。

 

 

「……なぁ、ティアナ」

 

「はい?」

 

「最近さ、俺のところの子供達がさ、変なんだよ」

 

「変?」

 

「ああ。何か隠しているような、俺達に隠れて何かしてるような気がするんだよ」

 

「はあ……」

 

「聞こうにもあまり踏み入ったらアレだし、だからと言って見て見ぬ振りというのも何だか落ち着かんし……」

 

「………」

 

 

 ティアナは黙ってイヴァの悩みを聞いていたが、正直、十歳である自分に何言ってるんだろうと思っていた。

 エスティも苦笑しながら付き合ってくださいなと、ティアナに目線で伝える。

 

 

「何か、吃驚させようとしてるんじゃ……?」

 

「吃驚ねぇ……。あ、そういえば……」

 

 

 イヴァは何か心当たりがあるのか手を叩いた。

 

 

「もうすぐクリスマスだ!」

 

「くりすます?」

 

「ああっと……地球にある家族や恋人と一緒に神様の誕生日をお祝いする日、とでも言おうか」

 

「家族……」

 

 

 ティアナは家族という言葉に暗い表情になってしまった。

 ティアナは天涯孤独の身の少女である。

 両親は幼い時に事故で、そして今まで育ててくれた兄も、殉職してしまった。

 故に、ティアナにとって家族という言葉はコンプレックスになってしまっている。

 

 

「……なに落ち込んでんだ」

 

「わっ……」

 

 

 イヴァはティアナの頭を撫でくりまわして笑みを浮かべた。

 

 

「大丈夫だって。クリスマスにはお前も一緒だ」

 

「え……?」

 

「お前はもう俺の弟子で、俺の家族、娘の一人だ。もう独りじゃないんだぞ」

 

「あ……」

 

「楽しみにしてろよ。俺の自慢の嫁と自慢の子供たちを紹介してやる。他にも自慢の家族だって紹介してやる。だから、お前はもう独りじゃないんだぞ?」

 

「っ……はい!」

 

「良い娘だ」

 

 

 イヴァはティアナの頭を撫でてから立ち上がり、両手に黒い銃を持った。

 

 

「さて、続きを始めるぞ」

 

「はい、師匠!」

 

 

 ティアナも立ち上がり、イヴァと向き合い同じく銃を構える。

 死んだ兄の為、ティアナは己の魔法を極めていく。

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

「ただいま戻りましたわ」

 

「お帰りなさい。イヴァ、エスティ」

 

 

 帰宅し、リインがイヴァとエスティを迎える。

 着替えを済ませてイヴァは皆が待つ食卓へと向かう。

 

 

「……む?」

 

 

 二つのテーブルの上に置かれている食事の豪華さに首を捻る。

 

 

――はて? 今日は何かの記念日か? リインとの結婚記念日ではないし、今日はクリスマスでもない。……はっ!

 

 

 イヴァは何か分かったのか手を叩き剣誠の肩に手を置いた。

 

 

「剣誠! とうとう恋人が出来たのか!」

 

「そうそう、やっと俺にもってちげぇよ! ってか何気に酷いな!?」

 

「む、違ったか。んじゃ、一体この豪華さはどうしたんだ?」

 

 

 視線でリインに尋ねるも、リインもはやてと神楽に台所の主導権を取られたから分からないと答えた。

 

 

「まあまあ、兎に角座って」

 

「お、おう……」

 

 

 神楽に背中を押されて何時もの場所に座る。

 

 

「それじゃあ、手を合わせて!」

 

『いただきます!』

 

 

 いただきの合図をして皆で食事を食べ始める。

 食事は和、洋、中の豪華なものばかり並べられており、そのどれもが絶品だった。

 

 

「どう? お義父さんの味にもの凄く近付いたと思うんだけど?」

 

「……うん、もう殆ど変わりないな」

 

「やった!」

 

 

 神楽の料理はもの凄くイヴァの味を再現で来ている。

 はやてもはやてで幼い頃から料理が達人並だったので最高ものである。

 因みに、イヴァの味ではなくリインの味に近かったりする。

 

 それから食事も終わりに近付き、今はデザートを食べている。

 その時、はやてが咳払いをした。

 

 

「んんっ……なぁ、お義父さん、リイン」

 

「ん?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「子供作らへんか?」

 

 

 ガラガラガッシャーン!

 

 イヴァとリイン以外ズッコけた。エスティまでもコケている。

 

 

「ばっ!? おい、はやて!」

 

「冗談やないの。あいや、ある意味本気やけど」

 

「あー……はやて? 一体全体、どうした?」

 

 

 はやてはもう一度咳払いをして改めて口を開いた。

 

 

「あんな、もうすぐクリスマスやろ?」

 

「ああ。何だ? 何か欲しいものでもあるのか?」

 

「ん~、そやね。でも今はこっちが先」

 

 

 はやては一つの封筒をイヴァに差し出した。

 

 

「……これは?」

 

「これはね、少し早いけど私達からのクリスマスプレゼント!」

 

「え?」

 

「クリスマスに渡したんじゃ、ちーっとタイミングが悪いというか、下手したらお年玉になっちまうからよ」

 

「今まで俺達を育ててくれたお礼だよ」

 

「………」

 

 

 イヴァは封筒を開けてリインと一緒にその内容を読んだ。

 

 

「……これは……!?」

 

「まさか……お前達……!」

 

 

 その書類にはこう書かれていた。

 

 『夜天の書の複製許可証』

 

 本来ならばあり得ない。

 リインを始めヴォルケンリッターとはやてには闇の書事件の中心人物として厳しく監視、管理されている。

 夜天の書の複製など、もってのほかの筈である。

 

 

「お前ら、どうやってこれを……!?」

 

「親父、管理局に入ってないのに、結構顔が利いてんだな。提督に土下座したら条件付きで許可貰えたぜ」

 

「私と蓮夜君が凶悪犯の事件を百件解決。剣誠君と神楽ちゃんが新しい魔法の提供」

 

「神楽がこの世界のバランスを崩しかねない魔法を教えないように見張ってて、俺が魔法を開発したんだ」

 

「勉強は出来ないくせに、魔法に関しちゃ、アンタって天才よね。貰った能力だけど」

 

「うっせ。そんで、これも」

 

 

 剣誠はもう一つの、今度はデータメモリーを差し出した。

 

 

「これは?」

 

「まあ、開いてみてよ」

 

 

 イヴァはモニターを出してリインと中身を見た。

 その中身も驚くべきものだった。

 

 

「……おいおい」

 

「これは……!?」

 

「結構難しかったぜ。全然資料が無かったもんだから、結構ギリギリだった」

 

「これなら、二人の面影を遺せるものね」

 

 

 なんとデータの中身は『ユニゾンデバイスの製造方法』であった。

 しかも剣誠独自の方法も組み込んでアレンジを加えていた。

 

 

「お義父さんとリインも、やっぱ自分と繋がった子供が欲しいやろ? せやから、どないしよっかって考えたらこうなってん」

 

「………」

 

「はやて……」

 

「せやからお義父さんと……お、お義母さんに今までのお礼でプレゼントや! 受け取って!」

 

「っ、はやて……っ!」

 

 

 はやてがリインの事を母と呼んで。今まで照れて呼べなかったが、この時は母と呼んだ。

 それが嬉しくてリインは涙を流しだす。

 

 

「イヴァよ、我が主のお気持ち、受け取ってはくれないか?」

 

「兄ちゃんとリインフォースの子供見てみたいしな」

 

「大丈夫! きっと良い子供が出来るわ!」

 

「イヴァ殿、どうか……」

 

「お前ら……」

 

 

 シグナム達は知っていたようで、それぞれ気持ちを伝えた。

 

 

「イヴァ、受け取ってあげて下さいな」

 

「エスティ……」

 

「この子達は二人の為に動いたのですよ。二人のご自慢の家族達が。別に悪魔がプレゼントを貰ってもバチは当たりませんわ」

 

「……ったく」

 

 

 イヴァはククッと笑って二つのプレゼントを手に取った。

 

 

「誰もいらないって言ってないだろ。ああ、もう! 嬉しいぜこの野朗!」

 

 

 イヴァは両手を大きく広げて子供達を抱き寄せた。

 

 

「やっぱお前達は俺とリインの最高の子だ! 俺は嬉しいぞ!」

 

 

 ぎゅーっと四人を出来る限り抱きしめた。嫌がっても抱きしめた。

 神楽はチャンスとばかりに三人を押し退けて抱きつこうとしているが。

 

 

「皆……本当にありがとう」

 

 

 リインもイヴァと一緒に子供達を抱きしめた。

 そんな光景を、周りの皆は微笑ましい目でずっと見ていた。

 

 

 

 

 とある世界。

 そこはただ森が広がるだけの世界。

 しかし、そこには凶暴な魔法生物が数多く存在する世界。

 そしてほんの少しの人類も存在する。

 

 

『グギャアア!!』

 

 

 その世界で、一匹の魔法生物が上空に打ち上げられた。

 そしてそれは地に落ちて息絶えた。

 

 

「ぬがあああああ!!」

 

 

 その生物を打ち上げたのは一人の体格のよい大男である。

 白い髪をかき上げて岩のような筋肉の肉体を持つ。

 上半身は裸で顔から足までラインのような痕が走っている。

 

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

 

 また一匹、大男によって殴り飛ばされた。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

『キシャアアア!!』

 

「ぬっ!?」

 

 

 大男の後ろから巨大な蛇のような生物が襲い掛かる。

 大男は反応が遅れてしまった。

 

 

 バァァン!!

 

 

 一発の銃声と共に飛来した蒼い閃光が蛇の頭を貫き、蛇は息絶えた。

 

 

「『勝ったと思った時こそ油断なかれ』。アイツが言っていただろう」

 

「チッ……別に問題は無かった」

 

 

 大男は拳に纏った手袋のような金の籠手をしまった。

 先ほど蛇をしとめたのは、やや暗い茶髪の男性で紺色の長袖のジャケットと同じく紺色の長ズボンを着ている。

 手には狙撃用ライフルを持っていた。

 

 

「もう終わったのか?」

 

「ああ。お前が暴れて気を引きつけてくれてるおかげで狙撃に集中できた」

 

「そうか……」

 

「戻ろう。報告書を書かないとな」

 

「アレは嫌いだ」

 

 

 二人には共通のモノがある。

 大男の腰に、茶髪の男性の胸に、剣を模した銀色のバッジをつけている。

 

 

「ちゃんと書かないと、騎士カリムとイヴァに怒られるぞ」

 

「ぬ……カリムは兎も角、おっさんはな……」

 

「それ、イヴァが聞いたら笑って殴ってくるぞ。それに、仮にも師匠だろ」

 

「ぬぅ……」

 

 

 二人は転送でこの世界を去っていった。

 

 徐々に物語は動き始めている。

 それが幸か不幸か、どんな物語になるかは分からない。

 

 

 

 



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第三章第八話

この作品でのユニゾンデバイスの製造方法はオリジナルです。
無理があるかもしれませんが、コレでいきます。

はぁ~、ここまで来たか~。




 

 

 

 クリスマス。

 それは、家族で祝う日。

 それは、男女がイチャイチャしまくる日。

 

 剣誠はこの日、デパートに来てイチャコラしてる男女を見て殺気を飛ばしたりしている。

 

 

「チッ、何でデパートまでイチャイチャの巣窟になってんだよ。俺へのあてつけか?」

 

「な~に言ってんのよ。こんな美少女、将来は美女になる事が保障されてる、この神楽お姉さんと来てるのよ。誇りなさいよ」

 

 

 神楽は腰をくねらせて腰の括れと形の良い大きな胸を強調する。

 

 

「………」

 

「………何か言いなさいよ」

 

「いや……うん、可愛いよ?」

 

「じゃあこっち見て言いなさいよ! それに何で疑問形!?」

 

「ぐふっ!?」

 

 

 剣誠の首をロックしてへし折ろうとした。

 今日、二人がデパートに来たのは今日の夕食の買い物と、クリスマスプレゼントを買いに来たのだ。

 

 

「ってか、聖祥の六大美女の一人とデートモドキしてんだから、もっと喜べ」

 

「よ、喜べるかよ……! こんな場面学校の奴らに見られたらやべぇんだよ……」

 

「そうよね~。罪よね~、私の美しさって」

 

「ファンクラブの皆さま! 貴方達の女神、神楽・(古見)・エラフィクスは完全に上から目線ですよ!?」

 

「良いのよ、そのキャラが受けてんだから」

 

「ええ!?」

 

 

 剣誠は学校の男子諸君の将来を心配してしまった。

 全員ドMか、剣誠は学校の風紀がそれはそれは大変心配だ。

 

 

「でもでも~、私の全てはお義父さんのものだし~」

 

「………」

 

「ん? 何よ?」

 

「……いや、何でもねぇよ」

 

「変なの」

 

 

 変なのはアンタです。

 

 

 

 

 イヴァは今日は一人でミッドチルダに来ていた。

 目的は今日のクリスマスの夕食にティアナを招待する為である。

 

 

「よし、準備できたか?」

 

「はい」

 

「んじゃあ、行くか」

 

「はい!」

 

 

 ティアナはウキウキとした表情でイヴァの手に掴まる。

 新しい家族に会える。そう考えるだけで胸の鼓動が高鳴る。

 

 

「んじゃ……次元転移、開始!」

 

 

 イヴァとティアナの足元に紫色の魔法陣が展開され、やがて二人の姿を消す。

 二人は八神家の前に姿を現した。

 ティアナは初めてやって来た地球に目をパチパチさせている。

 

 

「わー……」

 

「ここが俺の家だ。どうだ?」

 

「えっと……」

 

「ふっ、まあ、入れ」

 

 

 イヴァはドアを開いて先にティアナを入れる。

 するとクラッカーの音が響いて、飛び出たリボンがティアナの頭に垂れかかった。

 

 

『メリークリスマス!』

 

「へ……?」

 

「ククク……」

 

 

 ティアナは目を丸くして驚き、イヴァは悪戯が成功したような顔で笑っていた。

 

 

「ようこそ! ティアナちゃん!」

 

「むきゅっ!?」

 

 

 神楽がティアナに抱きついてその大きな胸に顔を埋もれさせた。

 

 

「可愛いぃ~!! ロリッ子ティアナちゃん可愛いぃ~!! お持ち帰りぃ~!!」

 

「いや、もう家に来てんじゃん」

 

「はっ! 私とした事が! 私はお義父さんと―――」

 

「ただいま、リイン」

 

「お帰りなさい、イヴァ」

 

 

 神楽はイヴァに抱きつこうとしたが、すでにイヴァは愛しのリインとイチャイチャしていた。

 

 

「………」

 

「……ま、頑張れ」

 

「うっさい!」

 

「ごほっ!?」

 

 

 神楽に沈められた剣誠であった。

 

 

「もう、何やってんの。初めまして。私、八神はやてって言います」

 

「あ、ティアナ・ランスターです」

 

「よろしくな、ティアナちゃん」

 

「はい……!」

 

 

 ティアナは頬を薄く紅く染めて頭を下げる。

 そんなティアナにはやては笑みを浮かべて頭を撫でてから中に案内した。

 

 

 

 

「それじゃ……」

 

『いただきまーす!』

 

 

 食卓には豪華な料理が並び、そのまわりを家族皆で囲む。

 笑顔が絶えず、終始笑い続け、美味しい料理を食べ、それぞれ楽しい会話をする。

 

 

「へぇー! ティアナちゃんも私と同じ戦いを教わってるんだ!」

 

「え、じゃあ、神楽さんもですか?」

 

「そうそう! そっかー! じゃあ、私は姉弟子ね!」

 

「姉……」

 

「これから神楽お姉ちゃんと呼びなさい! ってか私はもうお義姉ちゃんだし!」

 

「は、はあ……」

 

「ん〜! 可愛い!!」

 

「きゃう!?」

 

「こらこら、そんなに締め付けるな」

 

 

 イヴァは苦笑しながら神楽の首根っこを引っ張った。

 どうやら神楽はそうとうティアナの事を気に入ったようだ。

 だがティアナはそうでもなかった。

 いや、確かに神楽の事は好きである。

 だがそれ以上に、ティアナはある人物に興味を惹かれていた。

 

 

「ったく、加減を考えろよな。ほら、髪が乱れてんぞ」

 

「あ……」

 

 

 剣誠である。

 蓮夜のぶっきら棒な態度より、剣誠の素直に優しい性格と、その容姿にティアナは惹かれていた。

 ここに至るまでに剣誠の優しさの数々をティアナは目撃し、所謂一目惚れに近い感情を抱いたのだ。

 

 

「うっし、これでもう良いぞ」

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

「ん? 顔がちょっと紅いか……?」

 

「ひゃっ!?」

 

「フン……」

 

「うがっ!?」

 

 

 剣誠がティアナの額に自分の額をくっ付けようとした瞬間、蓮夜がベクトル操作を使用して指で弾いた。

 

 

「何しやがる!?」

 

「黙ってろバァカ。このナンパ」

 

「は、はぁ!?」

 

「あ、あの! だ、大丈夫ですか!?」

 

「え、あ、ああ! これくらいどうって事ないって!」

 

 

 ほら、と額を見せて大丈夫な事を確認させた。

 何せティアナの目が涙目だったからだ。

 

 

「この……泥棒猫ぉ!」

 

「へ? あべしっ!?」

 

 

 神楽が転移してイヴァの手から逃れ、剣誠の首筋に蹴りを喰らわせた。

 

 

 

 

 さて、とうとう今日のメインイベントの時間がやって来た。

 プレゼント交換も終え、残すは例の件。

 そう、『ユニゾンデバイス』の事である。

 

 

「さて、皆、準備は良いか?」

 

 

 イヴァとリインはこのクリスマスの日までにこのユニゾンデバイス、否、娘となる子供を作り始めていた。

 自分とリインの全てのデータを融合していき、何の問題も無く、健康体で、元気な子になるようにと、何度も何度も、二人で形作ってきた。

 そしてとうとう、やっとこの瞬間、子作りが終了し、産まれる。

 

 

「リイン、心の準備は?」

 

 

 ベッドで寝ているリインの周りにはディスプレイが投影されており、一つの画面には『決定』のボタンが表示されている。

 それを押せば全てが完了し、新たな命が誕生する。

 そう、イヴァシリアとリインフォースの子供が。

 

 

「出来ています」

 

「それじゃ……いくぞ」

 

 

 ボタンを、二人で押した。

 すると画面が次々と変わっていきそれと同時にイヴァとリインの身体から魔力が溢れ出てくる。

 

 

「っ……」

 

「………」

 

 

 少しだけ苦しい表情をするリインの手をイヴァは握った。

 魔力が溢れ出ているのは装置によって大量に吸われているからだ。

 その魔力が子供となる。

 魔力は二人から吸収されるのだが、リインが、子を産む痛さを知っておきたいと懇願し、イヴァは危険を承知の上でリインを魔力の出口とし、リインに大々的な負担をかけているのだ。

 魔力が吸収されているときは体力を消耗し、そして二人分の魔力を吐き出しているため、身体に負担をかけ、痛みこそは感じないが、それに等しい苦しみがあるのだ。

 

 

「ハァ、ハァ……ッ!」

 

「頑張れ、リイン」

 

 

 息切れを起こしてきたリインにイヴァは応援する。

 自身も汗や疲労が出てきている。

 テーブルの上に置かれているステージのような装置の上に徐々に徐々に二人の魔力が集まっていき、人型に形成していく。

 

 

「もう少しや、リイン!」

 

「お義母さん、頑張って!」

 

 

 子供達も手を組んで見守る。

 そして一時間後、人間の出産に比べれば短時間だが、ゴールに辿り着いた。

 装置の上には手の平サイズの小さな女の子。

 水色の髪の人形の様な小さな女の子が誕生した。

 

 

「リイン……やったぞ! 産まれた! 俺達の子が産まれた!」

 

「はい……!」

 

 

 イヴァは伝説の悪魔と云われるだけあってそこまで疲れてはいないが、リインは魔力の消耗が激しく、どっと疲労感に襲われていた。

 

 

「ようやった! ようやったでリイン! お義母さん!」

 

「蓮夜……泣くなよっ、ずずっ……!」

 

「バッカっ、泣いて、ねぇっ……ぐすっ……!」

 

「お義父さ~ん! お義母さ~ん! よ゛がっだー! あ゛ー!」

 

「師匠……おめでとうです!」

 

 

 子供達は感動と喜びで泣き。

 

 

「よく頑張りましたわ……」

 

「生命の誕生は、やはり素晴らしいものだな」

 

「そうねっ……! 良かったわね、ヴィータ。これで貴女もお姉ちゃんよ」

 

「お、おう……ぐす」

 

「……今日は本当に目出度い日だ」

 

 

 大人たちは静かに感動し喜んだ。

 

 

「リイン、女の子だ! 容姿もお前にそっくりだぞ!」

 

「私達の……子供」

 

「ああ! あ、名前だ! 名前を授けないと!」

 

 

 産まれた子供をそっと優しく手に乗せ、ベッドに横たわるリインの腕の中に寝かす。

 

 

「名前は……ああ、やっぱりこれしかない」

 

 

 イヴァは何処からか取り出した墨と筆で半紙に名前を書き始めた。

 

 

「出来た!」

 

 

 イヴァは出来上がった半紙を皆に見えるようにして、決めた名前を発表した。

 

 

「この子の名前は……『ミルティリア』。古代ベルカの言葉で、『愛溢る天使』」

 

「『イヴァシリア』の……『無と孤独の悪魔』の対、ですわね」

 

「ああ。昔、俺の母さんが女の子が産まれたら名付けようとしてたんだよ」

 

「ミルティリア……私とイヴァの子……」

 

 

 リインはミルティリアを愛おしく撫でて、ゆっくりと眠りについた。

 

 

「……よく頑張ったな、リイン」

 

 

 リインを優しく撫でてイヴァはリインとミルティリアの二人だけにする。

 その後、イヴァは事後処理を他の皆と一緒にする事にした。

 

 

「さて、面倒くさい作業をしますか」

 

「ししょう……」

 

「ん、ああ……神楽、ティアナを寝かしつけてやってくれ」

 

「はいはーい! 行こうティアナちゃん!」

 

「はい……」

 

 

 睡魔と戦っているティアナを神楽に任せ、端末を開いてキーボードを叩いていく。

 

 

「それにしても、よく考え付いたよな。ユニゾンデバイスの製造方法」

 

「まぁな。俺だってやれば出来るんだぜ?」

 

「ケッ、なら学校の成績を何とかしやがれ」

 

「うっせ。テメェは魔法の勉強を少しでもしろ。お前、何時も戦い方が力任せなんだよ」

 

「はいはい、喧嘩はそこまでや。先ずは本局に出産の報告と、戸籍の登録とデバイスの登録や」

 

 

 ミルティリアはイヴァとリインの子供、と言っても世間一般的にはユニゾンデバイスである。

 しかしユニゾンデバイスとは古代ベルカの代物であり、今の時代にとってとても稀少で確認できる限りリインフォースとミルティリアしかいない。

 そこで本局ではユニゾンデバイスを道具か人で扱うかを検討し、結果的に人権を持つが、何処かしらで道具の扱いをされてしまう事がある。

 

 

「俺の娘をデバイス登録だぁ……? ハハ、管理局は面白い冗談を言う」

 

「イヴァ、そう思うならその刀をしまいなさいな」

 

「こればっかりは仕方がないで。上もデバイスとして許可を下したんやし……」

 

「……一度でも俺の妻と娘を道具扱いにしてみろ。管理局なんか世界ごと消してやる」

 

「せめて管理局だけにしろよ」

 

「いや、そう扱いする人だけにしようぜ?」

 

「何言うとるん? 消すんやなくて、生かさず殺さずやろ?」

 

『………』

 

「それは楽しそうですわね〜」

 

 

 イヴァは思った。あれ? はやて、エスティの影響を受けてない? と。

 それを思ったのはイヴァだけではなく、その場にいた全員であり、シグナム達は主の今後が心配になり、蓮夜は将来尻に敷かれるかもと心配し、剣誠は将来小間使いにされるかもと心配した。

 

 

「ま、子供を作らせて貰ったんだ。それだけは感謝してやろう」

 

 

 指を動かして届けに色々と打ち込んでいく。

 

 

「ユニゾンデバイス。デバイス正式名所『リインフォース・ツヴァイ』。本名『ミルティリア・イリ・エラフィクス』、と……」

 

 

 悪魔にまた一人、家族が出来ましたとさ。

 

 

 



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第三章第九話

長らくお待たせしてすみません。今回でいよいよ物語が進みますよ。


 ミルティリアが産まれて早数ヶ月。蓮夜達は中学三年生になった。そしてミルティリアはというとすくすくと成長して、今やもう幼稚園児になった。―――身体がだが。

 人間とユニゾンデバイスの成長過程は違うといってよいかもしれない。すくなくとも、ミルティリア、愛称ミリィにとっては。

 ミリィは身体は幼稚園児ぐらいの大きさに成長し、ユニゾンデバイス故に頭脳も明晰である。ただ心はまだまだ子供である。現に今もイヴァとリインと手を繋いで楽しそうに街を散歩しているのだから。

 

 

「あ、ワンワンですー!」

 

「っと、こけるなよー」

 

 

 ミリィは散歩している近所の犬を見つけて駆け寄る。

 その犬の飼い主は優しいおばさんで、ミリィに犬を触らせてくれた。

 ミリィは一通り撫で回したあと、バイバーイと手を振ってイヴァとリインの下に戻ってきた。

 

 

「パパ、ママ! ミリィもワンワン欲しいです!」

 

「ん~、ザフィーラで我慢して」

 

「……彼は一応、狼なんですが」

 

「でもザフィーラなら背中に乗せてくれるぞ? 帰ったら頼んでみ」

 

「はいです!」

 

 

 ミリィは二人の手を握って散歩を再会する。ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべて歩く姿はまるで天使のようだ。イヴァとリインは互いに顔を見て笑顔になる。この子が自分達の娘なのだと、幸せを胸いっぱいに感じた。

 

 散歩の終着点は近所の公園である。公園に辿り着くと、そこにはミリィと同い年ぐらいの子供達が沢山いる。中にはミリィの公園デビューの時に知り合った親御さんたちと、その子供達がいる。

 

 

「あ、ミリィちゃんだー!」

 

「おーい!」

 

「あーそーぼー!」

 

「はいですー! 行ってくるです!」

 

「ああ、行っておいで」

 

「くれぐれも気をつけなさいね」

 

「はいです!」

 

 

 ミリィは子供達に混じって一緒に遊び始める。イヴァとリインは他の親御さん達に挨拶をしにいく。

 

 

「こんにちは」

 

「あら、イヴァさん! 今日も夫婦揃って、仲がよろしいですわね~!」

 

「まあ、それが私達の取り柄ですから」

 

 

 と、イヴァはリインの肩を抱き寄せ、リインは顔を赤くして笑顔を浮かべる。

 

 

「あらあらまあまあ! 若いって良いわね~! 私もあと二十若ければね~」

 

「あ、そうだわ! 最近、近所で不良たちがたまってるのよ! 何とかして下さらない?」

 

「家の主人に言っても足臭いだけで何にもしてくれないもの! イヴァさんだけが頼りなのよ!」

 

 

 イヴァは何でも屋をやってる故に、近所では人気者である。何でも引き受けてくれて、誰でも助けてくれる。偶にサービスでただで引き受けてくれたりと、サービス精神もある。加えて凛々しい顔立ちであり、逞しい。老若男女を虜にしてしまうイヴァである。そんな彼の妻であるリインも、美人であり夫を引き立てるその精神、カッコいい女性、女神様と、最後のは兎も角、リインも人気者である。

 

 

「そうですか。確かに、それは子供達が心配ですし何とかしましょう」

 

 

 この後、この近所からは見た目は不良だが、中身は良い奴の人たちが沢山現れる事になるのが、それはまた別のお話。

 その後、イヴァとリインは親御さん達と他愛無い会話をし、帰る時間になるまで公園にいた。

 

 

「ミリィ、今日はお友達と何をしたのだ?」

 

 

 リインが帰り道でミリィに何をして遊んだのか聞いた。するとミリィは楽しそうに話し出しす。

 

 

「えっと、おにごっことかくれんぼにおままごとです!」

 

「そうか。楽しかったか?」

 

「はいです! ミリィ、おにごっこもかくれんぼも一番です!」

 

 

 ミリィの容姿はリインにそっくりである。空色の髪と蒼い瞳を除き、リインをまるっきり子供にすれば、ミリィになってしまうほど酷似している。つまりリイン似なのである。

 しかし、内面的にはイヴァ似である。身体能力がとても高く、イヴァの得意な技、瞬間移動を使用することが出来たり、気配を察知したりと、何ともまあスペシャルである。

 因みに一度、蓮夜と剣誠と神楽と比べてみると実はミリィが一番力が強かったりする。戦いになると当然ミリィはまだ無力であるが。

 

 

「そうか、凄いなミリィは。流石俺とリインの娘だ」

 

「えっへん!」

 

「ふふっ、ではおままごとでは何をしたんだ?」

 

「えっと……『嫁と嫁の妹との三角関係に悩む夫のお話』という遊びです!」

 

 

 ピシっと、二人の笑みが引き攣った。

 

 

「み、ミリィ? そ、それはどういったおままごとなのだ?」

 

「ミリィが妹で、ネネちゃんがお嫁さんでマサオくんが夫です! ミリィはマサオくんをゆうわく? するです!」

 

「……ミリィ、まさかその、誘惑をしたのか?」

 

 

 イヴァは恐る恐るといった感じでミリィに聞く。するとミリィは可愛らしく首をかしげて答えた。

 

 

「ミリィ、あんまり分からなかったから、ネネちゃんがただくっ付くだけで良いって言ってたです! だからずっとマサオくんの隣に座ってたです!」

 

「よし! ミリィはそのまま純粋に育ってくれ!」

 

 

 イヴァは最近の子供達は昼ドラを日夜追い求めているのかと考える、今日この頃だった。

 その後三人は楽しい会話をしながら家に帰宅した。

 

 

 

 

「フェイト、バルディッシュの振りが遅い。もっと早く、迷い無く振るえ。迷えばそれだけで振るう速度が落ちる。それでは高速戦闘の意味が無い」

 

「はい!」

 

「なのは、お前は本来味方がいて力を発揮する固定砲台型の筈なんだが、その域を越して一人で力を発揮しだしている。それは凄い事だが、本来の仕事を忘れるなよ? もっと味方との連携を学ぶんだ」

 

「はい!」

 

「はやて、お前は完全支援型、指揮官タイプだから今の役割で正しい。だが王とは時には自分が動き、戦況を変えるものだ。王が動かないと民はついてこない、そういう事だ」

 

「なるほど……」

 

 

 イヴァはエスティが用意した結界内で子供達に恒例の稽古をつけている。結果内は大きな武家屋敷であり、広い中庭で稽古をつけている。何故武家屋敷なのかは、それはエスティのみぞ知る事である。イヴァの教えはなのは達を確かに成長させ、いまではなのは達は管理局内でエース級になっている。勿論、蓮夜も。

 

 

「で、蓮夜だが……技が力任せすぎると、何度言えばいい」

 

「別に良いじゃねぇか。キレもあるんだしよ」

 

「何で豪快なのにキレがあるのか不思議でたまらんが、とにかくお前はもっと戦いにおいてもっと細かい部分を学ぶべきだ。相手の出方を見切ったり、受け止めるのではなく受け流す、ジャブとストレート。多くあるからな」

 

「ヘイヘ―――」

 

「あん?」

 

「イエッサー!」

 

「ったく……。で、剣誠だが……その不幸をどうにかしろ」

 

「してぇよ! 滅茶苦茶してぇよ! でも出来ないんだよ! この右手がある限り!」

 

 

 剣誠は手袋をした右手を見せながら訴えた。目には涙まで浮かべている。

 

 

「それさえどうにかしたらな~……………消すか?」

 

「消さねぇよ! 消してたまるかってんだ!」

 

「んで、神楽は……」

 

「あれ? スルーぶふっ!?」

 

 

 剣誠がイヴァに訴えようとすると、神楽が剣誠の顔面を殴り飛ばしてイヴァの前に出た。

 恐らく邪魔されたくなかったのだろう。哀れ、剣誠。

 

 

「お前はもうちょっと能力を生かして敵を撹乱すべきだ。自身を含めて触れた物を大きさによるが何でも転移させるんだから、頭を使え」

 

「は~い!」

 

「うっし、あとは各自で特訓しろ。ペアを組んでやるのも良し、個人でやるのも良し。どうしても分からなければ聞きに来い。明日は特訓の成果を見せてもらうからな」

 

 

 イヴァはそう言い終えると、縁側に腰を下ろして何時の間にか隣に現れたエスティからお茶を受け取る。お茶を啜り、子供達の特訓を見守る。父親としてこれは幸せ者なのだろう。

 

 

「パパー!」

 

 

 自慢の嫁と、自慢の娘も居ることだし。

 イヴァは屋敷の中から出てきたミリィを抱き止めて膝に座らせる。ミリィの後ろからはヴォルケンリッター達がやって来た。

 

 

「んれ? リインは?」

 

「PTAの会議だと言っていました」

 

「ああ、そう言えばそうだったな」

 

「……イヴァ、そのだな……」

 

 

 シグナムが落ち着きの無い様子でチラチラとイヴァを見ながら話しかけた。

 イヴァはそれを見て察したのか、笑って刀を出した。

 

 

「別に良いぞ。子供達の特訓が終わるまでの間、相手になってやる」

 

「感謝します!」

 

 

 シグナムは目を輝かせて剣のデバイスである『レヴァンティン』を構える。

 その姿はまるで父に相手をしてもらって嬉しそうな子供のようだった。

 

 

「うわ、でたよ。シグナムの子供化」

 

「シグナムったらもう、大人げないんだから」

 

「……輝いてるな」

 

 

 ヴィータはイヴァの代わりにミリィの相手をしながらシグナムを呆れた表情で見て、シャマルは苦笑し、ザフィーラは狼の姿でその光景を冷静に見ていた。

 

 

「むぅむぅむぅ! シグナムがパパ盗ったです~!」

 

「えっと、ミリィちゃん? シグナムさんは別にそんなつもりは……」

 

「そ、そうだよ。今は訓練の時間だからお兄ちゃんもそっちを優先しただけだから、ね?」

 

「むぅ~!」

 

 

 なのはとフェイトがミリィを宥めようとしたが、ミリィはプクーと膨れて二人を涙目で睨み上げる。それになのはは心にくるものがあり、胸を押さえた。

 

 

「フェイトちゃん……何だろう、この気持ち。今すぐお持ち帰りしたい……」

 

「落ち着いてなのは。そんな事したらお兄ちゃんに殺されちゃうよ?」

 

 

 そう言うフェイトも拳をしっかりと握って何かに耐えていた。きっとなのはと同じ気持ちなのだろう。だが、次のミリィの一言でその気持ちは失せた。

 

 

「ミリィはパパと一緒にいたいです! フェイト“叔母ちゃん”だってずっと一緒にいたです!」

 

「っ―――!!!」

 

「お、落ち着いてフェイトちゃん!!」

 

「そうだ落ち着けフェイト!」

 

「早まっちゃ駄目よ!」

 

「いかん! バルディッシュを離せ!」

 

 

 なのはとシグナム以外のヴォルケンリッター達に羽交い絞めされながら、フェイトはバルディッシュをザンバーフォームにしてミリィに鉄槌を落とそうとしていた。

 ミリィはイヴァとリインの娘。フェイトはイヴァの妹的な存在。つまり、フェイトはミリィの叔母に当たり、家族構成をしったミリィがフェイトの事を叔母ちゃんと呼んでしまった。

 若干十三歳の女の子に叔母ちゃんという呼ばれ方はご法度。フェイトはそれをとてもとても嫌う。例えミリィであったとしても、教育的指導としてバルディッシュを振り下ろしてしまう。

 因みにそうなると、蓮夜、剣誠、神楽、蓮夜に嫁入りする予定のはやてにとってもフェイトは叔母ちゃんになってしまうのだが、バルディッシュの餌食になりたくないので誰も口にはしない。

 

 

「ミリィちゃん、フェイトお姉ちゃんだからね!?」

 

「プイ、です!」

 

 

 

 

 とある世界の町。そこは緑豊かな森に囲まれ、そこから恩恵を受けて不自由なく人々が暮らしていた。

 しかし、その町は今、赤く染まっていた。逃げ惑う人々たち、怪我をして動けないでいる者達、泣き叫ぶ子供達。そんな彼らを襲うのは巨大な魔法生物達。四本足で地面を蹴り、頭にある巨大な角で家々を破壊し、巨大な口には巨大な牙があり、それで人々を喰らう。

 

 

『ガアアアアッ!!』

 

「――――!」

 

 

 その魔法生物の一体に、一つの黒い影が襲い掛かり、魔法生物の角を斬りおとした。

 

 

「――――!」

 

 

 更に魔法生物の周りに無数の紫色の魔力剣を展開して魔法生物を串刺しにする。

 

 

『グギャアアアアア!!!』

 

「――――!?」

 

 

 影は別の魔法生物の前に、一人の子供が恐らく母親であったであろう肉の塊にしがみ付いて動かないでいるのを見つけた。このままでは子供は魔法生物の餌食になってしまう。

 影はその場から消え、子供と魔法生物の間に現れる。影は斬撃を放ち、魔法生物を両断した。が、影の横から無数の光の矢が飛来し、影は攻撃を繰り出した直後であったが故に反応しきれず直撃してしまい、大きく吹き飛ばされた。しかしすぐさま地面に着地し、未だ襲い来る矢を避けながら子供に駆け寄り、子供を包み込むようにして守った。

 矢は影に触れる前に掻き消されていくが、ほんのいくつかは影に直撃していき、最後には影は光の矢で埋め尽くされた。

 

 

「――――!!」

 

 

 しかし影は動き出し、矢が飛来して来た方向に無数の剣を射出してその隙に子供ごと姿を消した。後に残ったのは破壊しつくされた町と、何体もの魔法生物の死骸だけだった。

 

 

 

 

「………」

 

 

 この日の晩、プレシアは食器を片付けていた。

 娘のフェイトは今は部屋で勉強中。時間的にもう直ぐ寝る時間になり、お休みの挨拶をしてくるはずだ。自分も片付けが終わればすぐに眠るつもりである。

 

 

「……?」

 

 

 プレシアはベランダの方から赤黒い光が漏れ出しているのに気がつき、すぐにそれが魔力光だと理解する。その瞬間デバイスである杖を展開し、何時でも魔法を放てる準備をした。

 しかし、すぐにその魔力の反応が自分の知る人のものであると気がつき、警戒は解かないで窓のカーテンを開いた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 ベランダには珍しく焦っている表情をしたエスティと、ぐったりしてベランダの足元を血で真っ赤に染め、エスティに抱えられているイヴァがいた。プレシアはすぐに窓を開けて二人を中に入れる。

 

 

「一体何が―――」

 

「しっ……」

 

 

 プレシアが大きな声を出そうとした時、エスティがプレシアの口を塞いで声を出すなと目で訴える。プレシアが頷くとエスティは手を退かしてイヴァを床に寝かせた。

 

 

「何があったの?」

 

 

 プレシアは小声でエスティに尋ねた。

 

 

「それはあとで話します。今はイヴァの治療が先です。プレシア、貴女は治癒魔法が使えますか?」

 

「ええ。そこまで大掛かりな魔法はもっていないけど」

 

「それで十分です。ある程度まで回復させれば、あとはイヴァが勝手に治します」

 

 

 プレシアはイヴァの服を脱がし、怪我をしている箇所、主に背中に治癒魔法をかけた。

 傷はある程度まで癒されていき、ある程度を過ぎると急速に傷が『消えていった』。

 

 

「さ、これで話してもらえるかしら?」

 

「………良いでしょう。しかし、誰にも教えてはなりません。これは貴女だからこそ教えれるのですから」

 

「いいわ」

 

 

 目覚めないイヴァをソファーに寝かせて、エスティはプレシアに事の成り行きを教えた。

 

 

十三騎士団(サーティンナイツ)というのをご存知ですか?」

 

「確か、聖王協会に所属する騎士の中で最も実力のある十三人の騎士のことよね?」

 

「ええ。プレシア、貴女はイヴァの肩書きをご存知ですか?」

 

「肩書き? どうしてそんなもの………まさか」

 

 

 エスティは静かに頷き、イヴァの肩書きを述べた。

 

 

「『無と孤独を司る悪魔』、『何でも屋エリス店長』、そして……『十三騎士団ナンバー13(サーティーン)』イヴァシリア・ムトス・エラフィクス。イヴァは十三騎士団の一員であり、そのナンバー13」

 

「待ちなさい。イヴァが聖王協会に属しているの?」

 

「書類上は。何故、イヴァが今まで管理局に協力していたのか、分かりますか?」

 

 

 プレシアの件、闇の書の件、最近起きた大きな事件にイヴァは関わっている。管理局側として。

 

 

「……何かあるのね」

 

「はい。……イヴァは悪魔となった自分を受け入れる時、ある誓いを立てました」

 

「誓い?」

 

「『未来永劫、イヴァシリア・ムトス・エラフィクスはユーフェルナル・フォン・メネラテスを守り抜く』」

 

「「っ!?」」

 

 

 答えたのはエスティではなく、目覚めたイヴァだった。

 イヴァはソファーから起き上がり、立ち上がろうとしたがふらついて立てなかった。

 

 

「まだ駄目よ。治ったのは怪我だけで血が足りてないのよ」

 

「……そうか」

 

 

 イヴァはソファーに身体を預け、ぐったりとした。そこにプレシアが近寄り、デバイスである杖をイヴァの首下に突きつける。

 

 

「……何のつもりだ?」

 

「貴方が隠している事、全て話しなさい。さもないと、死よりキツイめに遭わせるわよ」

 

「………駄目だ」

 

「私は知る権利があるの。エスティから貰ったわ。その怪我を治したからね。それに、もしこれでフェイトに危害が及ぶような事があれば……」

 

 

 プレシアはデバイスを握り締める力を強めた。いまにもイヴァの首を刎ねてしまいそうだ。しかしそれでもイヴァは頑なに口を閉じて言おうとしなかった。

 

 

「………もういいわ。だけどこれだけは言っておくわ。もう二度とフェイトに近付かないで。あの子を必要以上に危険な目に遭わすわけにはいけないのよ」

 

「っ、プレシア、それは……!」

 

「いや、良い。寧ろちょうど良かった」

 

「イヴァ……」

 

 

 イヴァはベランダの窓を開けて外に出た。

 

 

「悪い、プレシア。それと、怪我治してくれてありがとな」

 

「………」

 

「……行くぞ、エスティ」

 

 

 イヴァはその場から消えた。エスティもプレシアに一礼をしてから消えた。それから入れ替わるようにしてフェイトがリビングに入ってきた。

 

 

「あれ? お兄ちゃんが来てなかった? 声が聞こえた気がしたんだけど……」

 

「……通信よ。少し話しがあったの」

 

「そう……。それじゃあ、私もう寝るね。おやすみなさい」

 

「ええ、おやすみ」

 

 

 フェイトは部屋に戻った。プレシアはソファーに腰掛けて一息ついた。

 

 

「……貴方は何を考えているの……?」

 

 

 

 

「………」

 

 

 夜中。イヴァは皆が寝静まっている時間に帰ってきた。エスティはそのまま部屋に戻り休んだ。イヴァもリインとミリィが寝ている寝室に静かに入る。寝巻きに着替えてからイヴァは寝ているリインとミリィを見た。

 

 

「………」

 

 

 抱き合って寝ている姿にイヴァはふっと笑みを浮かべて二人の頭を撫でる。

 

 

「……絶対守ってやるからな……今度こそ……絶対に……」

 

 

 悪魔の物語が始まろうとしていた。否、もう既に始まっている。

 その物語の行き着く先にあるモノは一体……。

 

 

 



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第三章第十話


さて、ここからが本番。吉と出るか凶と出るか、それともカオスが出るか。
タグで出してる通り、他の原作作品から色々なキャラが出てきます。
知ってる人がいたら幸いです。


 

 

 

 最近、イヴァの様子がおかしい。リインがそう思うようになったのは秋になる頃だ。地球ではなくミッドチルダでの仕事が多いのか、ずっと向うの世界に行っている。そして帰ってくるのも遅い。普段なら日付が変わる前には絶対に帰ってきていた。なのに今は朝になっても帰ってこないことが多い。それに元気がない気がしてならない。一度リインはイヴァに何かあったのか尋ねたが、はぐらかされて結局何も聞けなかった。

 

 

「では蓮夜、頼むぞ」

 

「ああ」

 

 

 そこでリインは管理局の仕事でミッドチルダに行く蓮夜とはやてに、ミッドでのイヴァの行動を調べてもらう事にした。子供達もイヴァの様子のおかしさに疑問を持っており、迷い無く引き受けた。

 

 

「私はリンディに聞いてくるから」

 

「気をつけろよ。アイツ、ぜってー何か取引してくっから」

 

「何言ってんの。リンディさんがそんなことするはずが………あるかもしれんな」

 

 

 蓮夜のリンディに対しての認識を訂正しようとしたはやても、そこは同意しざるを得なかった。あの悪魔のような女性、イヴァを扱き使う悪魔。何があってもおかしくは無い。

 

 

「大丈夫だ。あの人はそんな事はしない」

 

「だと良いけどよ。んじゃ、行ってくる」

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 二人を見送ったあと、リンディはヴォルケンリッター達にミリィの面倒を頼んで、シグナムと一緒にリンディの下へと訪ねることにした。

 何故シグナムと一緒なのか。それはシグナムが一緒に行くと言いだし、リインが別段断る理由も無かったので承諾したからだ。二人はリンディが住んでいるマンションに到着し、インターフォンを押した。

 

 

『は~い』

 

 

 ドアが開き、リンディの顔が出てきた。

 

 

「あら、どうしたのかしら?」

 

「突然すみません。少し、イヴァの事で相談が……」

 

「まぁ……。良いわよ、どうぞ入って」

 

「お邪魔します」

 

 

 二人は中に入り、リンディが二人にお茶を出した。

 

 

「ごめんなさいね、こんなものしか出せなくて」

 

「いえ、私達が何の連絡もなしに来たのですから」

 

「ええ。気を使わないでください」

 

「ありがとう。それで、どんな相談かしら? 彼が浮気したとか?」

 

「………」

 

「ちょ、まさか本当に……!?」

 

 

 リインとシグナムの雰囲気でただ事ではないと感じ取ったリンディは、普段の明るい雰囲気から真剣な表情に変わった。

 

 

「実は……最近イヴァの様子が変なのです」

 

「変……。それはどんな風に?」

 

「帰りが遅いんです。普段なら日付が変わる前には帰っていたのに、今では朝になっても帰ってこない時が多くて……。それで一度聞いたのですが、はぐらかされてしまい……」

 

「それに、どうも元気が無いようなのです。イヴァならば、どんな仕事でも疲れなどを見せずに済ましてしまわれる。なのに家に帰るなり倒れるようにして眠りについてしまわれる」

 

「そう……」

 

「それで、少し尋ねたい事が……」

 

「何かしら?」

 

「イヴァはミッドの方で仕事があるとだけ言っていました。リンディは今でも本局で働いていますし、何か知りませんか?」

 

「う~んそうね~……」

 

 

 リンディは腕を組んでイヴァに関する情報を頭の中から引き出そうとするが、結局何も出なかった。

 

 

「ごめんなさい、何も分からないわ」

 

「そう、ですか……」

 

「……本当ですか?」

 

「え?」

 

 

 シグナムがリンディの眼を見つめた。何かを確信しているような、そんな眼でだ。

 

 

「シグナム、何を……?」

 

「どういうことかしら?」

 

「私はこれでもヴォルケンリッターの将であり、我が主、八神はやてを守るべく日々を過ごしている。つまり常に周りに気を張っている。故に今回の件、気付かぬはずが無い」

 

「………」

 

「イヴァの様子が変だと感じた私は、その日からイヴァの周辺を調べていた。まあ、大々的に出来なかったから時間が掛かったが……。それでもやっと私はある情報を掴んだ」

 

 

 と、シグナムは全員に見えるように画面を空中に展開した。それは何かの通信記録だった。その記録を見た瞬間、リンディは顔を強張らせた。

 

 

「これが何か、分かりますか?」

 

「………」

 

「シグナム、これは……」

 

「すまない、リインフォース。隠すつもりは無かったのだが、言うタイミングを見つけられなかった」

 

「いや、それは……」

 

「……これを、一体どこで?」

 

「イヴァが寝ている間に、イヴァの通信端末からデータを抜き取った。デバイスではなかったからな、簡単に出来た」

 

 

 映し出された通信記録。それはイヴァとリンディの、仕事のやり取りの記録だった。その仕事の内容とは……。

 

 

「第一級危険生物の掃討、次元犯罪者の抹殺、戦争地域への武力介入、大犯罪組織の壊滅、その他諸々……。何ですか、この危険極まりない内容は?」

 

「ど、どういうことですか、これは!?」

 

「そ、それは……」

 

 

 二人はリンディに詰め寄った。リンディは珍しく焦り、どう説明しようか考え出した。しかし、どう説明しようと恐らく納得しないだろう。現にシグナムはリンディを敵意向き出しの眼で睨み、リインもリンディを怒った眼で見ていた。

 

 

「答えぬと言うのならば……」

 

 

 シグナムの両手に紫色の魔力剣が出現し、リンディの首に当てる。これはイヴァの技であるが、イヴァから教わり使用できるようになったものである。イヴァのようにいくつも展開して放つことは出来ないが、こうやってデバイスが無い状態でも扱えるようにはできる。

 

 

「力ずくで答えてもらうが」

 

「……貴女はまだ闇の書事件の刑があるのよ?」

 

「我らにとってイヴァは主はやてと同等の価値がある! 何もせずにおれるか!」

 

「シグナム! 落ち着け!」

 

「落ち着いていられるものか! このままではイヴァに何があってもおかしくはないのだぞ!」

 

「そんな事は分かっている! だが今以上に立場を悪くしては助けようにも助けられない!」

 

「……くっ!」

 

 

 シグナムはリインの説得により剣を消してリンディを睨むだけにした。リインはシグナムが武器を収めるのを確認してからリンディに改めて問う。

 

 

「リンディ、答えて欲しい。イヴァは何故このような危険な事をしている? そして何故、貴女がイヴァに依頼している?」

 

「………」

 

 

 リンディが答えるかどうか迷っている時、リンディに通信が入った。

 

 

「………出ても良いかしら?」

 

「構わない」

 

「ありがとう」

 

 

 リンディは通信を開いた。

 

 

 

 

 蓮夜、はやて、フェイト、なのははミッドチルダで仕事をしながらイヴァの事について調べていた。だが何も情報を得られず、今はちょうど全員本局に用事があったので、そこの休憩室で集まっている。

 

 

「何で何にもあらへんの~!? 一つぐらい出て来てもええやろ!?」

 

「はやてちゃん、大きな声ださないで。周りに迷惑だよ」

 

「チクショウ……もしかして親父って嫌われてんのか?」

 

「そ、そんな事ないと思うよ?」

 

 

 蓮夜とはやては情報が見つからないことに苛立ち、なのははそんな二人を宥める。そんな中フェイトはずっと何かを考えていた。そして何か思いついたのか口を開く。

 

 

「ねぇ、皆」

 

「あん?」

 

「私達さ、荒削りだけど、ミッドチルダのほぼ全域を調べたよね?」

 

「そやで」

 

「でも何にも出なかったね」

 

「そこだよ」

 

「ふぇ?」

 

 

 フェイトはなのはの発言を指摘した。

 

 

「何も出なかった。これが最大のヒントじゃないかな?」

 

「どういうことだ?」

 

「……お兄ちゃんはミッドで仕事なんかしていなかった。もしくは誰にも見つからないようにしていた」

 

「……ちょい待ちいな。お義父さんが仕事してない? そんなワケあるかいな。せやったらお義母さんから離れへんで?」

 

「でも、お兄ちゃんはミッドに仕事に行くって言っていた。でもミッドで姿を見た人はいない」

 

「……なるほど。だったらこの世界に来ていないか、誰にも見つからないような仕事をしていたか。確かに、的を得てるな」

 

「で、でもどうして? 皆に嘘をついてまですることって何?」

 

 

 イヴァのあの様子からしてサプライズとは言い難い。何かとてつもない事を隠している。そんな気になってきて不安になっていく四人。そんな時、はやてに通信が入った。相手はクロノだった。

 

 

『はやて、他の皆はそこにいるかい?』

 

「おるけど、どないしたん?」

 

『すぐに僕の部屋に来て欲しい』

 

「何なんだよ?」

 

『……来たら話す』

 

 

 クロノは通信を切り、四人は不思議に思いながらクロノ部屋へと向かう。クロノの部屋に到着すると、中にはクロノ以外にも、一人の女性ともう一人の男性がいた。長い金髪で修道女のような格好をした女性。暗い茶髪で紺色のジャケットとズボンを着た若い男性。

 

 

「来たか。挨拶は無しで良い。座ってくれ」

 

 

 四人は言われるまま女性の向かい側に座った。

 

 

「あの、クロノ提督。今日はどう言った用件で?」

 

 

 クロノは提督になっており、管理局の上の立場になっている。はやてはこの部屋の異様な雰囲気に飲まれないようにクロノに尋ねた。

 

 

「その前に彼女を紹介しておく。彼女は聖王協会の騎士で……」

 

「初めまして、カリム・グラシアと申します。はやてさんとはお久しぶりね」

 

「はい、お久しぶりです」

 

「初めまして。高町なのは二等空尉であります!」

 

「フェイト・テスタロッサ二等空尉であります!」

 

「蓮夜・K・エラフィクス二等空尉であります」

 

 

 三人は敬礼する。蓮夜はイヴァに組織に入るならば敬語は必須と叩き込まれたので、嫌々敬語で話している。するとカリムと後ろにいた男性が蓮夜の名前に反応する。

 

 

「エラフィクス? すると君はイヴァの……?」

 

「義理の息子です。 ってか誰ですか?」

 

「失礼。俺は“レオン・S・ケネディ一等陸佐”だ。聖王協会に所属している騎士で、イヴァの友人だ」

 

「お義父さんの?」

 

「………」

 

 

 蓮夜はレオンを警戒していた。何故ならこの男は蓮夜が転生する前の世界で、あるゲームに出ていたキャラクターであるからだ。つまりこの男も転生者である可能性が高い。

 蓮夜は嘗てのように自分が主人公だとかそんな事は考えてはいない。今はただ手に入れたこの幸せを壊されないように守ろうとしている。だから嘗ての自分のような転生者ならば、蓮夜は行動に出る。

 

 

「……本題に入ろうか」

 

『………』

 

 

 クロノは蓮夜達の前にある画面を見せた。それは―――。

 

 

 

 

 同時刻、リンディ宅。

 リインとシグナムは驚愕の表情で染まっていた。リンディに入った通信。それは管理局からのある命令だった。それは―――。

 

 

「どう……して……!?」

 

「あり得ん……あり得ん!」

 

「っ………」

 

 

 リンディは命令書を見つめながら唇を噛んだ。

 

 

「そんな……嘘です! 嘘と言ってください!」

 

「嘘に決まっている! 何だこれは!?」

 

「……!」

 

 

 リンディは立ち上がり、至極真剣な顔で言い放った。

 

 

「これより私は、『イヴァシリア・ムトス・エラフィクスの管理役』として、作戦を実行します」

 

 

 通信を繋ぎ、リンディは命令を下す。

 

 

「『ダモクレス全クルーに命じます。これより私達は処理作戦を実行。イヴァシリア・ムトス・エラフィクスの抹殺を開始します!』」

 

「貴様ぁ!!」

 

 

 シグナムはリンディに飛び掛ったが、音も無く現れた大男によって抑え付けられた。

 

 

「ふっはっはっは! 活きの良い女よ!」

 

「くっ! 離せ!」

 

「シグナム!」

 

「動くな」

 

 

 リインフォースの後ろに黒い衣を纏った男が現れ、リインフォースに短剣を突きつけた。

 

 

「二人をダモクレスに連行しなさい。“オーガス”、他の者達は?」

 

「今頃、突入して取り押さえているだろう。なぁに、向うには“ミュリオン”がいるが“ヤシャ”がいるから安心じゃい」

 

「っ!? まさか……!?」

 

「お前達……私達の家族に……私の娘に……!!」

 

「……!」

 

 

 リインが魔力を溢れさした瞬間、後ろにいた男がリインに手刀を放ち、気絶させた。

 

 

「リインフォース!」

 

「お主も寝ておれ」

 

「ぐっ―――」

 

 

 シグナムも気絶させられ、大男に担がれた。

 

 

「……行きましょう。早くしないと彼に逃げられるわ」

 

 

 リンディは全員を引き連れてその場から転移した。

 

 

 

 

「何でや!? 何でお義父さんが殺されなあかんの!?」

 

「こんなのおかしいよ! お兄ちゃんは何もしてない!」

 

「イヴァさんが何したの!?」

 

「ふざけんなよ! おいクロノ! 説明しやがれ!」

 

 

 四人もイヴァの抹殺の事を知り、クロノに詰め寄る。

 

 

「僕だって知りたいさ! 何でイヴァさんがこんな事にならなくちゃいけないんだって! でも命令が降りたんだよ! だから僕はこうして君達に知らせたんだ!」

 

「俺達に親父を殺せってか!?」

 

「違う! 君達はイヴァさんの家族だからだ!」

 

「カリム! 何でや!? 何でお義父さんが!」

 

 

 はやてはカリムに説明を請うたが、カリムは至って冷静に答えた。

 

 

「彼は聖王協会、そして管理局に反逆したからです」

 

「反……逆……? お兄ちゃんは管理局に属してなんかない!」

 

「一般的に知られてませんから。執務官になりたての貴女では知る術はありませんしね」

 

「どういうことや、カリム? 何で……」

 

「彼とはある盟約を結んでいるのです。彼が聖王協会と管理局に極秘裏に所属する代わりに、ある二つの条件を呑んでいるのです」

 

「二つの……条件?」

 

「一つ。ユーフェルナル・フォン・メネラテスの安全。二つ。エラフィクスに連なる者達の安全」

 

「ユーフェルナル? 誰だよ、それ?」

 

「第一級危険生物……といったら彼の怒りを買うわね。そうね、貴方達の世界で言うならば、ヴァンパイア、吸血鬼、真祖というところかしら?」

 

「真祖だ!?」

 

「そう。それに、イヴァシリアの“幼馴染”でもあるの」

 

 

 ワケが分からない。四人は、いやクロノを合わせて五人はカリムの言っている事が分からなかった。いや、カリムという女性が何者なのか分からなくなってきた。はやての知る普段のカリムは温厚でお淑やかな女性だが、今目の前にいるのは冷酷な女性だった。

 

 

「二つ目のは貴女達の事よ」」

 

「ど、どうして……?」

 

「イヴァシリアは危険極まりない人物……いえ、悪魔よ。一人で世界そのものを消せる力を持つの」

 

「ざけんな! イヴァシリアは聖王を導いた伝説の悪魔なんだろうが!」

 

「だとしても、その力は強大すぎるわ。だから手綱が欲しかったの」

 

「………つまり、人質」

 

 

 フェイトがそう言った。

 

 

「ええ。管理局のトップがそう命令したの。だから、イヴァシリアに関係する者達は皆、イヴァシリアの行動しだいだったのよ」

 

「か、カリムは知ってたんやな……? 私達が人質やって事……」

 

「いいえ。私は彼が私の部下にいた事すら知りませんでした。知ったのはつい先日。この命令が公にされる直前でした。先ほどの事も全て知ったことを教えただけです」

 

「……本当だろうな?」

 

「ええ」

 

「もし嘘を付いてたら……」

 

 

 蓮夜は紅蓮を出してカリムに突きつけた。しかしその前にレオンが銃で紅蓮の刃を受け止めた。

 

 

「疑うのは無理も無い。だがどうか信じて欲しい。彼女は本当に何も知らなかった」

 

「ケッ! テメェが言うと益々信じられねぇな! 俺と同じなんだろう!? 」

 

「……? 何を言ってるんだ?」

 

「しらばっくれんな!」

 

「やめぇや!!」

 

 

 はやての怒号が響き、蓮夜は刃を収めた。

 

 

「今はそんな事どうだってええ! 分かっとるのは一つや! お義父さんの命が危ないって事や! やったらやる事は一つ!」

 

「うん。お兄ちゃんを助けに行く!」

 

「間違ってるよ、こんな事!」

 

「だが、もしそれをすれば君達は犯罪者として扱われるかもしれない」

 

「父親を見捨てる方が犯罪や! 私達は行くで!」

 

「……なら僕も協力しよう」

 

「ホンマか!?」

 

「だけど、あまり期待はしないでくれ。精々アースラを動かすぐらいしかできない」

 

「それだけで十分や!」

 

「……レオン」

 

「分かった」

 

 

 レオンがはやて達の前に出た。

 

 

「俺も一緒に行こう。イヴァは俺の友人で恩人だ。この世界に流れ着いて拾ってくれなければ俺は野たれ死んでいただろうしな」

 

「……良いぜ。けど、もし変な真似でもしてみろ。その首切り落とすからな」

 

「ああ。大丈夫だ。だが気をつけろ。恐らくこの作戦には『十三騎士団』の何人かが参加している。カリムの命令無しにだ。多分、独断で動いている」

 

「『十三騎士団』やて!? えらいモンが来たなぁ……」

 

「だが此方にも二人つくさ」

 

「二人? 誰や?」

 

 

 レオンは胸にしている剣を模したバッジを見せた。するとはやて達は表情が固まった。

 

 

「俺は『十三騎士団のナンバー9』だ。もう一人はナンバー8の……アスラさ」

 

 

 今、戦いの幕が開いた。どんな未来が待ち受けるかは、誰も知らない。

 

 

 

 




やっちゃった? やっちゃったかな? でも良いんだ。面白ければ!




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最終章第一話

いくぜ、ラストターン!! 眠い!!


 

 時は遡り、リインがリンディの家に向かう前の話である。イヴァはとある世界、吹雪が酷く、周りが雪だらけの世界。その世界のある場所に、古びた大きな城が存在する。イヴァはその城の門の前に立っていた。

 

 

「………」

 

 

 イヴァはゆっくりと城の扉を両手で開き、中へと入る。すると扉が勢い良く大きな音を立てて閉まり、イヴァは閉じ込められた。イヴァは溜息を吐いて頭を抱える。

 

 

「あ~、うん。これは厄介だ」

 

 

 イヴァは辺りを警戒しながら中へと進んでいく。中に進んである部屋の前へと到着した。その扉を開けようとして……。

 

 

「っ!?」

 

 

 扉に触れた手が弾け跳んだ。手首から先が無くなり、血が吹き出る。

 

 

「チッ……!」

 

 

 イヴァは手を押さえて扉から離れようとしたが、扉が独りでに開き中へと何かに引き摺り込まれた。

 

 

「くそっ!」

 

 

 悪態を吐くイヴァだが、その直後、イヴァの両脚が吹き飛ぶ。その後も両腕が吹き飛び、胴体がパックリと開き血が吹き出る。肺を失い息も出来ず、イヴァは床の上でもがき苦しむ。

 

 

「………」

 

 

 その様子を、イヴァの頭の顔を覗き込む女性の姿があった。

 

 

「……おい」

 

「はっ!?」

 

 

 女性の一声でイヴァは我に返る。するとイヴァはただ床に転げているだけで、血なんて一滴も出ていなかった。イヴァは立ち上がり、身体を解した。

 

 

「……チィーッス!」

 

「チィーッス」

 

「………」

 

「………」

 

「……ゴホン」

 

 

 何とも言えない空気が流れ、イヴァは咳払いをしてから改めて挨拶をしなおした。

 

 

「久しぶりだな、ユフィ」

 

「ウム、久しぶりすぎて思わず幻術で殺しかけた」

 

 

 先ほどの現象はすべて彼女がイヴァに見せた幻術であった。

 彼女、ユーフェルナル・フォン・メネラテスは床に座り込んで大きな黒猫のようなぬいぐるみを抱いていた。彼女の容姿は長い黒髪に赤い瞳、出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいる。身長はほんの少し小さめで、イヴァの胸辺りである。

 

 

「止めてくれよ、長いこと会わなかった罰で甘んじて受けたけど、正直言ってキツイ……」

 

「知らん。それよりどうだ?」

 

 

 ユーフェルナル……ユフィはそう言って顔を横に向けたりして何かをイヴァに訴えていた。

 

 

「………ああ」

 

 

 ポンっと手を叩いてイヴァは答えた。

 

 

「今回は黒髪に赤目か。何だ? 俺の母さんを意識したのか?」

 

「十点」

 

「へ?」

 

「ここはお前がボケをかまして私がお前を瀕死まで追い込むのだろう。それに真面目に答えるのならば一言ぐらい褒めるのが常識だろう」

 

「う……すまん」

 

 

 前者の事についてはツッコミたいが、後者については確かにイヴァが悪い。イヴァは素直に謝り、改めてユフィの外見を見る。

 

 

「ん~……中々良いじゃないか。髪の手入れを欠かしてないようだな」

 

「当然だ。髪は女の命ともいうしな」

 

「と言いつつ、手入れをしてたのはお前じゃないだろ?」

 

「命じてたのは私だ。だから私がしているという事に変わりは無い」

 

「さいですか」

 

「ん」

 

 

 ユフィがイヴァに向けて両腕を広げた。その行動の意味が分かったのか、イヴァは苦笑してユフィを抱っこした。抱っこというと少し子供っぽいのでここは一つ、横抱きと言おうか。ユフィを抱き上げてイヴァは彼女を部屋にある豪華なベッドの上に寝かせた。

 

 

「それで? 今日はどんな話をしてくれるんだ?」

 

「うんにゃ、今日は話をしに来たんじゃないんだ」

 

「では何をしに来た? はっ! まさか……こ、子作りか?」

 

「それはもう間に合ってる」

 

「……浮気者」

 

「浮気なんかしてねぇし。俺の女はリインだけだし」

 

「エスティは?」

 

「……契約上、仕方が無くだな……」

 

「満更でもないくせに」

 

「………敢えて否定はしないでおく」

 

「やっぱり浮気者だ」

 

「だって否定したらアイツ怒るもん」

 

「私は怒らないとでも言うのか? 私の処女を奪ったくせに」

 

「………昔の話だ」

 

「数百年前まではずっとヤってたのに……」

 

「もう止めてくれ! 止めて下さい! 許して下さい!」

 

 

 イヴァは土下座した。それはもうすんばらしい程に綺麗な土下座を。一家の大黒柱の威厳、いや、男の威厳、伝説の悪魔の威厳は全く、微塵も無い。イヴァの土下座を見て少しは鬱憤が晴れたのか、ユフィは溜息を吐いて話を促した。

 

 

「で? 本当に何をしに来たんだ?」

 

「ああ……。今すぐここから逃げるぞ」

 

「は?」

 

「俺が教会と管理局との間で盟約を交わしているのは知っているだろう?」

 

「ああ。私とお前の家族や友人に危害を加えないのを条件に裏の仕事をするんだったな。それが?」

 

「今回の仕事がお前だ」

 

 

 イヴァはユフィを指した。それだけでユフィは仕事の内容を理解できた。自分は第一級危険生物として管理局に認識されている。そしてイヴァは裏の仕事で様々なモノを『始末』してきた。つまり、今回の仕事はユーフェルナルの始末、ということだ。直接そう依頼されたわけではないが、遠まわしにユフィの抹殺命令が下されているのだった。つまり、管理局は家族を人質にして盟約である条件の一つを潰しにかかってきているのだ。いや、それよりも厄介な事が。

 

 

「盟約が破られたのか?」

 

「いや違う。もう用済みになったから俺達を一緒に始末するつもりだろう」

 

「私とお前を一度に?」

 

「向こうもそこまで馬鹿じゃない。何かあるんだろう。少なくとも、効果的な何かが」

 

「……分かった。ミラ! ネロ! ガルド!」

 

 

 ユフィは三人の名前を呼ぶと、ベッドの横に三人の人影が現れた。

 一人は長髪でクリーム色の毛の女騎士。白銀の騎士甲冑を身に纏い、腰には蒼い鞘に収まった剣がぶら下がっている。

 二人目は白髪の髪をかきあげて白い騎士甲冑を身に纏い、刃が少しだけ大きい赤黒い槍を持った若い男。

 三人目は赤い髪をオールバックにし、赤い胴着を纏っている、体格がデカイ大男。

 

 

「どうやらこの城に馬鹿者共が土足で踏み込んでくる。私はイヴァと共に此処を出る。殿は任せた」

 

『………』

 

 三人は黙って頷くと姿を消した。恐らく戦闘の準備に取り掛かったのだろう。

 

 

「……やっぱり、アレを見ると良い気がしないな」

 

「知らん。お前がずっと此処に居ればアイツらを“作ったりはしなかった”」

 

「今の俺には妻も息子も娘も妹も居るんだ。ずっと此処には居れない」

 

「……何であんな女なんか選んだんだ。ただの道具のくせに」

 

「ユーフェルナル。今のは聞かなかった事にしてやる。二度とリインフォースを道具だとか言うな」

 

 

 イヴァは怒気を込めてユフィを睨む。ユフィは顔を逸らし、ぬいぐるみに顔を鎮める。

 

 

「私はあの女が嫌いだ。私からお前を盗った」

 

「違う。俺がお前から離れたんだ。リインは関係ない」

 

「……何とでも言え。どっちにしろ、お前の隣に居る時点で嫌いだ」

 

 

 イヴァは溜息を吐きながらユフィを背負った。ユフィはある理由で下半身が動かない。ある事をすれば動くようになるのだが、そのある事というのは中々出来るようなものではない。イヴァはユフィがしっかりと自身に掴まるのを確認すると、部屋の窓から外へ飛んでいった。

 

 

「……チッ、もう包囲してやがる」

 

 

 城の外は管理局の魔導師で包囲されており、結界もちょうど張られてしまっていた。

 イヴァはこのまま空を飛んでいても全方位から集中砲火を喰らうと判断し、ならば敢えて敵陣のど真中に着地することで砲火を避けることにした。着地すると、一斉に魔導師達がイヴァとユフィを取り囲み、デバイスを向けた。

 

 

「イヴァシリア、討伐対象を何処へ連れて行くつもりだ?」

 

「………」

 

「答え―――」

 

 

 それ以上男は言葉を紡げなかった。何故ならイヴァが男の首を斬り落としたからだ。

 

 

「なっ……!? 何をしている!? 盟約を破るつもりか!?」

 

「先に破ったのは貴様らだ」

 

 

 イヴァは魔力剣を全方位に展開し射出する。剣は魔導師に次々と命中していき、綺麗な雪景色を真っ赤に染めていく。そしてイヴァは前方に蹴りを放ち、『ゼロ』を斬撃として飛ばす。黒い刃は魔導師達を呑み込んでいき、触れた箇所を消していった。

 

 

「なあ?」

 

「何だ?」

 

 

 背負われているユフィがイヴァにある事を尋ねた。

 

 

「態々降りなくても、お前の『ゼロ』ならこんな奴らの攻撃なんて消しながら飛べるのではないか?」

 

「何言ってんだ。それじゃあ、俺のこの怒りは何処にぶつければ良い?」

 

「……どんどん薙ぎ払え」

 

「サー」

 

 

 イヴァはユフィを背負いながら、敵を消して前進していく。ある程度前進すると、後方から魔導師たちの叫び声が聞こえてきた。後ろを向くと、ミラとネロとガルドが戦闘に参加していた。ミラは剣で敵を両断し、ネロは槍で敵を貫き、ガルドは敵を握り潰していた。

 

 

「………」

 

「……アイツらと戦いたいのか? 昔みたいに」

 

「あんな人形とアイツらを一緒にするな」

 

「確かに……喋りもしない、笑いもしない、怒りもしない、何も口にもしない。人形だが、肉体は本物だ」

 

「中身はアイツらじゃない。……そろそろ飛ぶぞ」

 

 

 イヴァは周りに衝撃を撒き散らしながら上昇した。衝撃は周りにいた魔導師達を薙ぎ払う。

 

 

「出来るだけ遠く離れる。しっかり掴まってろ」

 

 

 そう言い、イヴァは結界を『ゼロ』で消して出た。それから吹雪の中へと姿を消していった。

 

 

 

 

 巡行艦アースラ。その艦橋の艦長席にはやては座っていた。その顔は何時ものように明るい表情ではなく、何時に無く真剣で、不安で満ち溢れていた。

 

 

「……チッ、剣誠にも神楽にも繋がらねぇ。まさか一家全員狙われてんじゃねぇだろうな」

 

「……かもしれん。お義父さんはとんでもなく強いんや。人質として捕まえとるかも」

 

「そんな……お兄ちゃん……」

 

「フェイトちゃん……あ、ユーノ君からだ!」

 

 

 なのはにユーノからの通信が入った。なのははすぐに繋ぎ、全員に聞こえるようにした。

 

 

『なのは、イヴァさんが何処にいるのか分かったよ』

 

「何処だ?」

 

『ユーフェルナル・フォン・メネラテス……この名前で検索したら一件だけヒットしたよ。古代ベルカに現れた最悪最凶の化け物。地球でいう吸血鬼や真祖。本当の姿は誰にも知られず、常に自身の力を振るっていた。そんなモノがいるとされている世界……『アイセシア』』

 

「アイセシア? 聞いた事ない名前やな」

 

『当然だよ。こんなモノが巣くう世界を、公には出来ないからね』

 

「そのユーフェルナルってのは、どんな化け物なんだ?」

 

『色々と伝説があるんだけど、共通しているものが四つ。強力な幻術と、片腕の一振りで大地を抉る力』

 

「……マジか?」

 

『マジだよ。もう一つは魂をも手に取り、もう一つは不老不死、と言われている』

 

 

 もはや神だ。蓮夜達はそう思わざるを得なかった。一振りで勝敗が決すると言っても過言では無いかもしれなくなる相手なのだから。それが父であるイヴァの幼馴染とか、もう驚きを通り越して呆れに入っている。

 

 

「でも、そんなに強いんなら別に盟約をしてまでも守る必要は無いよね? と言う事は……」

 

「うん、フェイトちゃんの言うとおり、今はそれ程力が無いって事やね」

 

「ユーノ、これから何が起こるのか分からねぇ。テメェはそこでありとあらゆる情報、どんなに小さな事でもいい。調べてこっちに報告してくれ」

 

『了解。蓮夜からのお願いとなると、これは天変地異が起きても可笑しくないからね』

 

「……昔の事は忘れろ」

 

 

 蓮夜は少し自分に腹が立ったのか通信を乱暴に切ってムスッとなった。昔の蓮夜をしっている三人は苦笑して次元世界『アイセシア』に向けてアースラを発進させた。

 

 

 

 

 ここは次元戦闘艦『ダモクレス』。これはただ戦闘を目的とした艦であり、全長六百メートルという巨体を持つ、黒い戦艦。そのブリーフィングルームに、リンディを始めオーガス、ヤシャ、ミュリオン、黒い衣を纏った男、そして手錠を付けられたリインフォースがいた。

 

 

「理解いただけましたか?」

 

「ふざけるな……! 私達が人質だと……!?」

 

「ええ。彼を扱うためのね」

 

「イヴァは約束を必ず守る男だ! 盟約とやらも絶対に破らん! お前達が破ったのだろう!」

 

「さあ? 私は上からの命令で動いているだけですので、そこは何とも」

 

「じゃが確かに、あの男は一度口にしたことは実行しておる。案外、我らの側が破っておるのかもな」

 

 

 大男、オーガスが腕を組んで言う。オーガスは白く長い髪で上半身を裸にして下半身は白い袴を穿いており、体中には赤いラインが走っている。そして後ろ腰には長い大太刀が金色の鞘に収められてぶら下がっている。

 

 

「この報告は間違いないのですか? 信憑性は?」

 

「私に調べる権限は無いの。ただ言われた事を行なうだけ」

 

「……そうですか」

 

 

 質問したのは黒い髪で黒い胴着を着て、金色の鼻から上を隠す仮面を付けている男、ヤシャである。

 

 

「別にどうでも良いじゃねぇか! これであの男を殺せるんだぜ? こんな楽しい事はねぇよ!」

 

「ミュリオン! 不謹慎だぞ!」

 

 

 ミュリオン。金色の髪にイヴァやリインの様な綺麗な赤ではなく、狂気に染まったような恐ろしい紅い瞳、黒と金を基調とした着物を着た男。

 

 

「あ? 不謹慎もクソもあるか。俺は楽しみで仕方がねぇんだ。何時も俺も見下してるあの顔を絶望に染め上げる時がよぉ! どうやって染めようか……! ユーフェルナルっつー化けモンを目の前で殺すか? それとも奴の家族を殺すか? それとも……」

 

 

 ミュリオンはリインの顔を掴んで自身の顔に近づけた。

 

 

「こいつを目の前で犯すか?」

 

「………」

 

「オイオイ、何マジになってんだよ、ユーリ」

 

 

 ミュリオンの後ろに黒い衣を着て顔を隠している男、ユーリがミュリオンの首筋に刀を当てていた。ミュリオンはリインから手を離して自分の椅子に座った。

 

 

「っつかよ、あんな野朗に家族がいたって事に驚いてんだよ。なーんで、あんな奴にこんな女がくっ付くんだよ。あんなゴミ野朗が―――」

 

 

 ミュリオンの言葉はそれ以上続かなかった。何故ならリインが手錠を破壊してミュリオンを殴り飛ばしていたからだ。

 リインは夜天の書であり、その戦闘能力は計り知れない。防衛プログラムも、現在はイヴァによって闇を消されて完全な状態で働いている。気絶させられたのは首筋を打たれた時に何かリインにも聞くような特別な気絶用の魔法を直接体内に打ち込まれたからであろう。つまり、手錠などには意味は無く、その気になればこのダモクレスを一撃の元に葬れる。ただそれをしないのは、家族が捕まっているから下手に動けないのである。

 

 

「それ以上私の夫を侮辱してみろ……貴様は死ぬ事になるぞ」

 

「チィッ……! このアマがァ!」

 

「……!」

 

 

 ミュリオンがリインに向かって手を伸ばした瞬間、ユーリが刀を振るい蒼い斬撃を飛ばしてミュリオンの手を弾いた。

 

 

「チッ……!」

 

「止めなさい。いくら『十三騎士団』の貴方でも、夜天の書を相手に一人では傷一つ付けられないわ」

 

「ハァ!? この俺が負けるとでも―――」

 

「煩い奴だ」

 

 

 ヤシャがミュリオンの首を掴んで床に叩きつけて気絶させた。

 

 

「こやつを部屋に放り込んできます」

 

「お願い」

 

 

 ヤシャはミュリオンを担いで消えた。

 

 

「……リインフォース・エラフィクス。先ほどの行動は此方に非があったので見逃しますが、今後、勝手な行動はしないように。もし破れば、貴女の家族がどうなるか、分かっていますね?」

 

「くっ……!」

 

「ユーリ、連れて行って」

 

 

 ユーリはリインを連行してブリーフィングルームを出て行った。

 

 

「リンディ、何故あんな男の乗船許可を出した? 喧しいだけで使いモンにはならんだろう」

 

 

 オーガスがリンディにそう聞いた。リンディは頭を抱えながら答えた。

 

 

「仕方が無いのよ。上からの命令だから」

 

「姿すら見せん奴の言う事など無視すればよかろう。まあ、今回はあの男と戦えるから聞くが……」

 

 

 オーガスはイヴァと戦えるという事に歓喜していた。拳をならしすぐにでも戦えるようにしている。

 

 

「果たして生きて帰れるかしら?」

 

「フッハッハッハッハ! 戦いきって死ぬのならそれでよし!」

 

「……そう」

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……!」

 

 

 吹雪が吹く世界『アイセシア』。イヴァが戦った場所からかなり離れた場所。そこに一人の少女を背負った少年がいた。

 

 

「クソ……義父さんは何処だよ……!」

 

「うっ……!」

 

「っ、“神楽”!?」

 

 

 少年……剣誠が背負っている神楽が呻き声を上げて剣誠にしがみ付く力を強めた。

 

 

「怖い……助けて……誰か……嫌ぁ……!」

 

「大丈夫だ! 俺が助けてやるから! 俺が側にいてやるから!」

 

 

 剣誠は魔法で地面に深い大穴を開けてそこに入り、魔法でバリアーを張って簡易型の天井を作った。剣誠は独自で作り出した収納魔法を使用して寝袋を取り出し、そこに神楽を寝かせた。

 

 

「チクショウ……! 義父さんも義母さんも……何で連絡が取れないんだよ……!」

 

 

 剣誠は一人で買い物でに出かけていた。帰宅すると、家に不穏な気配が漂っている事に気が付き、窓から家の中を覗き込んだ。すると中ではヴィータ達が知らない誰かに気絶されて拘束されていたのだ。

 すぐさま剣誠は魔法を発動してソイツらに攻撃を仕掛けたが、家族を盾にされてまともに攻撃できなかった。更に敵も強敵で、あっという間に追い詰められた。その時に意識を取り戻した神楽が転移を使用し、剣誠の前に出て敵の攻撃から庇った。そしてまた気を失う前に剣誠と一緒にプレシアの家に転移した。

 

 剣誠は家族を守れなかった事に、逆に守られた事に憤りを感じ、プレシアに神楽を預けてイヴァを探しに行こうとした。だが神楽が朦朧とした意識の中、剣誠を離さずに自分も連れて行けと言ったので、プレシアに事の内容を伝えて神楽を治療してからこの世界にやって来た。

 剣誠は過去に、魔法についてイヴァに教わっている時、幻術を得意とする知人がこの世界にいると聞かされ、何かあった時にはこの世界を尋ねろと言われていたのであった。

 

 

「神楽を守らなくちゃ……。確か、ユーフェルナルさんだっけ。先ずはその人に助けを求めよう」

 

 

 だが悲しい事に、剣誠の望みは薄い。ユーフェルナルはイヴァと共に管理局から逃げ回っている。この世界にまだいるのかどうか怪しい。

 

 

「もし無理なら……」

 

 

 剣誠は自身の拳を見つめて口にする。

 

 

「この俺が全部……消してやる」

 

 

 

 

 




色んな人の非情な部分が見えてくる。
イヴァは守るためならば簡単に人を殺め、リンディは冷酷に知人を追い詰めていく。
果たしてどうなる事やら。




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最終章第二話

遅くなってしまった。メリークリスマス。

リアルが忙しい……!!


 

 

 

 巡行艦アースラは次元世界『アイセシア』に到着した。はやてを始め、蓮夜、なのは、フェイトの四人はアースラを降りて現地調査を行なう事にした。

 

 

「なんや、この感じ……」

 

「……結界、か?」

 

「でも、簡単に入れたよね?」

 

「……入れても出れない結界……。しかも広範囲、ううん、この世界を覆ってる?」

 

 

 フェイトは尋常ではない広さの結界に驚き、皆は辺りを警戒する。

 

 

「お義父さんの『ゼロ』やったら結界なんか消して出ていくんやろうやけど、まだ結界を張ってるっていうことは、この世界におるって事やな」

 

「だろうな。ワケあって出られねぇのか、ただ出てねぇだけなのかは分からねぇが、この世界にはまだいるだろうな」

 

「ええか。お義父さんが此処におるっちゅう事は、お義父さんを追ってきとる奴らもおるっちゅう事や」

 

「つまり、そいつらと鉢合わせしたら即刻戦闘開始ってワケか」

 

「それは最終手段や。先ずはお話や」

 

「……任せたぞ、なのは」

 

「ふにゃ!? 何で私なの!?」

 

「得意だろ?」

 

「そうなの!?」

 

「お兄ちゃんを見つけたらどうするの?」

 

「え、スルーなの!?」

 

 

 なのはの訴えをスルーして話を進める。お話と言えばなのはという暗黙の了解が世間一般に広まっているようだ。

 

 

「先ずは何でこんな事になったんか知る。それ次第で行動する」

 

 

 ジャケットを展開して行動を開始しようとした時、アースラにまだ残っているレオンから通信が入った。

 

 

『皆、聞いてくれ』

 

「んだよ?」

 

「蓮夜君!……何ですか?」

 

 

 『十三騎士団』であるレオンに対し失礼な態度をとった蓮夜に肘打ちをしてはやてが尋ねる。

 

 

『イヴァの居場所が分かった』

 

『へ?』

 

 

 これから探しに行こうとしていたのに、レオンはもう既に見つけてしまったようだ。

 

 

「な、何で分かったんですか!?」

 

『イヴァも十三騎士団の一員だ。このバッジには発信機の様な機能がついていて、これを付けていれば居場所が分かるんだ。ただ、結界の影響か少しばかり時間が掛かったが』

 

「そ、そうですか。何にせよ、ありがとうございます!」

 

『それから、もうこの世界にアスラが来ている様だ。白髪の大男だからすぐに分かると思う。俺も後から追うから君達は先に行っててくれ』

 

「了解です!」

 

 

 レオンからイヴァの居場所が記された地図を送信され、それを頼りにはやて達は空を飛んで向かう。吹雪の中を進むのは視界が悪く困難だが、イヴァの訓練のおかげでこれぐらいなら意図も簡単に突破できる。―――だから四人は目の前に多くの魔導師達がデバイスをこちらに向けて構えているのが目視できた。

 

 

「なっ!? 全員シールドを張れ!」

 

 

 蓮夜が叫んだ瞬間、魔導師たちから魔力弾の嵐が放たれる。蓮夜はベクトル操作で魔力弾を弾き、はやて達はシールドを展開してやり過ごした。

 

 

「おい! 俺達は管理局の―――」

 

「蓮夜・K・エラフィクスと八神はやて、フェイト・テスタロッサと高町なのはだな!」

 

 

 向うの指揮官らしき人が大声で叫んでくる。

 

 

「そうだ! 俺達は敵じゃない!」

 

「悪いがイヴァシリアの関係者は全て我らの敵と見なす! よってここで死んでもらう!」

 

「っ――ああ、そうかよ!」

 

「問答無用って事かいな!」

 

「どうするの!?」

 

「殺さないように、気絶させるしか……」

 

「んな甘ぇ事言えるほど、向うは甘くねぇ! 殺す気でやらねぇと死ぬぞ!」

 

『術式解放、第四の門を展開します』

 

 

 蓮夜は紅蓮の刃を散らせて自身の周りに纏わす。

 

 

「しゃーない! 皆、本気でやり! そやないと私らが死ぬで!」

 

「……わかった!」

 

「お兄ちゃんを助ける為だもん!」

 

「行くぞ!」

 

 

 蓮夜達は父の為に魔導師へと突撃して行った。

 

 

 

 

 アイセシアの何処かの洞窟の中。そこにイヴァとユーフェルナルの姿はあった。

 イヴァは焚火を熾し、ユーフェルナルを焚火の近くに寄せた。

 

 

「此処で少し休んでろ」

 

「それは此方の台詞だ。お前、私を背負ってずっと戦ってただろ。お前こそ休め」

 

「この結界を消す方法を探さないといけない。俺の『ゼロ』で消そうとしても時間がかかって、その間に奴さんがやってくる。この結界を一時的にでも消すか、弱める事ができれば良いんだが……どんだけ強力なんだ。正直、侮ってた」

 

「ミラとネロとガルドもまだ帰ってきてないし……あの三人がいれば少しは力になるんだが……」

 

「……力にはしたくないんだろ?」

 

「……そうだ。また造り直すのに手間が掛かる」

 

「だったら造らなければ良いのに」

 

「………」

 

「……悪い、失言だったな」

 

 

 イヴァは刀を出してユーフェルナルの横に置く。

 

 

「もし何かあればこれでも使え。鞘から抜けば一時的に強力な結界が展開されるように仕掛けた。俺が来るまで持ちこたえるだろう」

 

「……何処かに行くのか?」

 

「……ちょっと、挨拶にな」

 

 

 

 

 ダモクレスにある牢屋。そこにシグナム達は放り込まれている。リインは別室に厳重に拘束されているのだが、シグナム達は一箇所に集められている。

 

 

「チックショー! 出せ! 出しやがれ!」

 

 

 ヴィータが扉をガンガンを蹴って開けようとするが、まるでビクともしない。デバイスは勿論取り上げられており、手錠も付けられている。まだ子供であるミリィですら付けられている。苛立つヴィータにシグナムが落ち着くように言う。

 

 

「ヴィータ、煩いぞ。ミリィが怯えている」

 

「けどよ!」

 

「落ち着くのだ。今そうやって暴れても、今の我らには何も出来ない」

 

「魔法も使えないし、扉は頑丈。打つ手が無いわね」

 

「っ、クソッ!」

 

 

 ヴィータは悔しそうに床に座り込む。この部屋には何も無い。机も椅子も窓も。あるのは冷たい床と頑丈な扉だけ。

 

 

「シグナム……パパとママは……?」

 

「大丈夫だ。絶対に迎えに来る。だから安心して待っていろ」

 

「うぅ……」

 

 

 ミリィは狼形態のザフィーラにしがみ付き、震える身体を抑える。こんな小さな子供にここまで恐怖を与えさせようとは、これが管理局のやることなのか。シグナム達は管理局こそが悪に見えてきた。

 

 

「私達が信じてきた管理局は……間違っていたのだろうか」

 

 

 シグナムがそう呟く。それに返す言葉が聞こえた。

 

 

「そうでもないさ。こんな馬鹿な事をするのは三割程度だ」

 

「そうか………ん?」

 

「ん?」

 

 

 シグナムは固まった。何故ならばシグナムの隣にイヴァが立っていたからだ。管理局に命を狙われているイヴァが、ここにいるのだから。

 

 

「い、いいいいいイヴァ!?」

 

「パパ!」

 

「おおっと、ミリィ。もう安心だぞ」

 

「兄ちゃん!? どうやって……!」

 

「ん? 気配も魔力も存在感も『ゼロ』で消して普通に入ってきたぞ?」

 

 

 イヴァはミリィを抱き上げて頭を撫でた。ただ、手錠は消さなかった。

 

 

「さて、時間が無いから必要な事だけ伝えるわ」

 

 

 イヴァは笑みを消してシグナム達にある事を伝えた。

 

 

 

 

 ダモクレスのリンディの部屋。そこでリンディは今回の件の書類を纏めている。

 

 

「………」

 

 

 いつものお茶を飲もうと手を湯飲みに伸ばし―――。

 

 

「っ―――!」

 

 

 その手を後ろに向けたが、誰かの手によって掴まれた。

 

 

「よぉ、リンディ。仕事に精が出てるな」

 

「イヴァ……シリア……!」

 

 

 イヴァはリンディの手を力強く握り締めニヤリと笑った。

 リンディはそんなイヴァを睨むが、手に走る苦痛に顔を歪める。

 

 

「どうやって……くっ!」

 

「仮にも俺は伝説とまで謳われた悪魔だ。人間如きが敷いた監視体制など、造作も無い」

 

 

 リンディの両腕を椅子の後ろに回し、バインドで拘束し、更に椅子ごと身体をバインドで巻きつけた。

 

 

「ふむ……中々良い絵だ。我ながら上出来だな」

 

「くっ……!」

 

「このまま胸でも揉みまくってやろうか? 日頃の恨みがあるわけだし」

 

「殺すわよ?」

 

「おーおー、怖い怖い。ま、今の俺は指名手配犯だし? もう何してもこれ以上重い罪にならないしな~」

 

 

 そう言ってイヴァはリンディの顎を掴んでグイっと動かして目線を合わせた。

 

 

「っ……」

 

「……冗談だ。俺にはリインが居るし。ついでにエスティも」

 

「……そのエスティナルさんは何処かしら?」

 

「さあ? 何処でしょうねぇ?」

 

 

 イヴァは部屋に備え付けられているソファーに座り、脚を組んで楽な姿勢をとった。それから空中にディスプレイを投影して何かを操作し始める。

 

 

「送信っと。……さて、んじゃあ本題に入ろうか」

 

 

 紫色の魔力剣を数本リンディの周りに展開して待機させる。何時でも攻撃できるようにと脅しをかけているのだ。

 

 

「俺の質問に全て正直に答えろ。先ず一つ、この任務の目的は俺とユフィの命か?」

 

「……第一に貴方。それから可能ならば彼女も」

 

「そうか。ところで、この作戦に参戦している奴ら、見たところな~んか訳あり共ばかりなんだが?」

 

「この作戦に参加して貴方を討ち取った人には、今まで犯した罪を免除されるの」

 

「やっぱり……あいつら汚職やら何やらやってる奴らばっかりだったな」

 

「良く知ってるのね」

 

「調査したからな。そんで……十三騎士団は誰が参加していて何で参加している?」

 

「……オーガスは純粋に貴方と戦いたいから。夜叉はオーガスがやり過ぎないようにとミュリオンの監視。ミュリオンは貴方に恨みがあるようだし。ユーリは分からないわ」

 

「ミュリオンか……厄介だな」

 

 

 イヴァとミュリオンの仲は最悪である。ミュリオンは戦場ならば敵をどんな殺し方で殺しても構わない、自分以外の奴は家畜同然、自分の快楽の為ならばどんな事でも平然とする、自分に従わない奴らは皆殺し。更にイヴァに何か恨みでもあるのか出会えば即殺しにかかり、イヴァもミュリオンを本能的に嫌悪、否、殺意みたいなモノを抱いており、いつも殺し合いをしているのだ。更にミュリオンの能力は少々厄介で、イヴァの『ゼロ』でも決着が付かないのだ。

 

 

「その四人だけなのか?」

 

「ええ、そうよ」

 

「そうか……。それじゃあ、一つ取引といこうじゃないか」

 

 

 

 

 リインは手錠を填められて部屋に閉じ込められていた。シグナム達がいる牢獄とは違い、窓もありベッドもある。ただ壁や扉、窓などは魔法でこれでもかと言うぐらいに頑丈に造られている。リインはベッドに腰掛けて窓の外、吹雪で視界が悪いが景色を眺めていた。

 

 

「……イヴァ、これからどうすれば良いのですか……?」

 

「ん~、取り合えずこっち見て笑顔を見せてくれれば良いと思うぞ?」

 

「え……?」

 

「よっ」

 

 

 イヴァが壁に背を預けて立っていた。リインは驚き思わず立ち上がる。だが両手を後ろで交差して拘束されているため、バランスが取りにくくグラついて倒れようとする。

 

 

「おっと」

 

 

 だがイヴァが一瞬でリインに近付いて受け止める。

 

 

「大丈夫か?」

 

「イヴァ……良かった……無事で……!」

 

 

 リインはそのままイヴァの胸に顔を埋めて涙を流してイヴァの温もりを感じる。イヴァは笑みを浮かべてリインを抱きしめた。

 

 

「悪い、心配かけたかな?」

 

「当然です! 一体何があったのですか!? 何故イヴァが命を狙われないと……!」

 

「ん~、まぁ事情が色々とあるんだよ。だが安心しな! 俺は絶対に生きて帰ってやるさ!」

 

「当たり前です! 貴方が死ぬなんて絶対に許しません!」

 

「はは、こりゃあ絶対に帰らないとな」

 

 

 イヴァはリインの手錠を消して改めて抱きしめる。強く優しく、ぎゅっと抱きしめる。リインも両手が自由になった事でイヴァを抱きしめる。

 

 

「けどごめんな。まだ帰れそうに無いわ」

 

「……どうしてですか?」

 

「俺の幼馴染を助けなくちゃいけねぇんだわ。それにまだ時間がかかりそうなんだよ」

 

「……浮気は駄目ですよ?」

 

「大丈夫、俺の心はリインのモノだし、お前の心も俺のモノだ」

 

「イヴァ……」

 

 

 二人はそっと顔を近づけ、深い口付けを交わした。それだけで終わらず、イヴァはリインをベッドにそっと押し倒した。リインは少し驚いたが、すぐに眼を閉じて身を委ねる。イヴァはイヴァシリアという存在をリインフォースという存在に刻み込むように、激しく彼女を求める。リインもリインフォースという存在にイヴァシリアという存在を刻み込む為に、激しく彼を求める。

 

 

 

 

 アイセシアの洞窟。ユフィはジッと焚火を見つめていた。やがて足音が聞こえ、其方の方に顔を向けて口を開く。

 

 

「挨拶は済んだのか?」

 

「ああ……。済ませてきた、しっかりとな」

 

「……消えるなよ、私の前からは」

 

「……善処しよう」

 

 

 イヴァはユフィに預けた刀を受け取り、赤く燃える瞳で外を睨みつける。イヴァが見る視線の先には、大勢の魔導師達が進軍して来ていた。中には十三騎士団の面子も見える。

 

 

「もう逃げるのは止めだ。この世界を戦場にはしたくは無かったが、ここで全てを終わらせる」

 

 

 刀を抜いて洞窟の入り口に立つ。洞窟の入り口横にはミラ、ネロ、ガルドの姿もあった。

 

 

「この俺に……無と孤独の悪魔と最後の歌姫(ローレライ)に刃を向けたことを後悔させてやる」

 

 

 四人は駆ける。最後の戦いに、己の刃を突きつけたのだ。

 

 

 

 

「……本当に、良いのね?」

 

「構わない。それで我らが主を救えるのならば」

 

「そう……。良いでしょう。ではこれよりヴォルケンリッター一同は、イヴァシリア・ムトス・エラフィクスの討伐に参加していただきます」

 

 

 この時からだろうか。いや、イヴァとリインが初めて出逢った時からだろうか。家族の運命は……。

 

 

「……んん……イヴァ……」

 

「……ケハハ! そうだよなぁ……やっぱ自分が愛した女に殺された方が良いよなぁ! なぁ? 闇の書ぉ?」

 

「……っ!? 誰―――!?」

 

「染まっちまえよ……闇になぁ!」

 

 

 崩壊の道へと進むことになってしまったのは。

 

 

 

 



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最終章第三話

あけましておめでとうございます。ちょくちょくと時間を作って描いております。今年もよろしくお願いします!




 

 

 

 蓮夜とはやて、なのはとフェイトは吹雪の中を猛スピードで飛んでいた。何故ならば、先程からイヴァが居るポイント付近で大規模な魔力反応が発生しているのだ。もしそれが戦闘によるものならば、イヴァがたった一人で戦っていると言う事だ。

 

 

「……ッ、アレか!」

 

 

 遠くの方で爆煙が上がっている。蓮夜達は急いでその場所へと向かった。

 

 

 

 

「くっ!」

 

 

 炎の魔剣を刀で受け流し、上へと飛ぶ。だがそこに鉄槌が振り下ろされる。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 鞘で受け流すが、それで防御を崩されてしまい、そこに拳が入る。

 

 

「ごはっ!?」

 

 

 雪の地面に叩きつけられ、すぐさま緑色のバインドで空中に絡め取られる。

 

 

「飛龍―――」

 

「っ!? しまっ―――」

 

「一閃!」

 

 

 巨大な炎の斬撃がイヴァを呑み込み、焼き切っていく。

 

 

「ぐああああああっ!」

 

 

 焼き切られた後もバインドで空中に固定されている。

 

 

「お前、ら……」

 

「許せ。お前を捕らえれば我らが主の罪は消えるのだ。我らのせいで被る事になった罪が」

 

「はやての為なんだ、ごめん」

 

「ごめんなさい」

 

「……すまん」

 

「……いいさ。それが、お前ら騎士の意思なんだから」

 

 

 『ゼロ』を使用してバインドを消し、全身血だらけで立ち上がる。この状態では『ゼロ』の使用も満足にいかない。加えて“家族”が相手だと、イヴァは刃を向けることが出来ない。

 

 

「お願いです。投降してください」

 

「そうすれば命だけは……!」

 

「それは、無理な相談だな」

 

 

 シャマルとシグナムの声に耳を貸さず、魔力波を地面に叩き込んで雪の煙幕を作り、その場から一瞬で消える。

 

 

「シャマル!」

 

「ええ!」

 

 

 シャマルの索敵魔法でイヴァの追跡を行なうが、別の魔力反応を発見してしまった。

 

 

「え……はやてちゃん!?」

 

「何!?」

 

「はやてが!?」

 

「ぬぅ……」

 

 

 この戦いの事をはやては知らない。はやてがこの事を知れば、恐らく絶対に怒りだす。だから戦いに参加していると言う事を知られる訳にはいかない。

 

 

「――――はい」

 

 

 シグナムは誰かからの念話を受けて頷く。

 

 

「皆、これを使え」

 

 

 シグナムは三人に何かを渡した。それを弄り、黒い靄が展開される。それが四人を包み込み、全身を包み込む黒い騎士甲冑の姿になる。魔力も抑え込められ、これではやて達に姿はばれない。後は戦闘をせずに後退するだけだ。

 

 

「そこの奴ら! 止まりやがれ!」

 

 

 紅い刃が四人の前を斬り込み、四人の動きを止める。

 

 

「テメェらさっきまで親父と、イヴァシリアと戦ってたろ!」

 

「………」

 

 

 黒い騎士甲冑の姿をしたシグナムが首を横に振る。

 

 

「嘘付け! 親父の魔力反応がここら一体にあんだよ!」

 

 

 蓮夜が紅蓮を突きつける。だがはやてが手で制す。

 

 

「……なぁ、アンタら十三騎士団か?」

 

 

 また首を振って答える。

 

 

「じゃあ、その部下か?」

 

 

 一拍の間があって頷く。

 

 

「そうか……一つだけ言っとくで」

 

 

 はやては鋭い目付きで四人を睨みつける。それも明確な敵意と怒気を孕んだ目付きで。はやてがここまで怒ったのはこれが初めてだろう。その証拠にはやてを知る皆は、こんなはやての姿に驚きを隠せないで居た。

 

 

「私達の父親に手出してみ。誰やろうと消したるからな」

 

 

 明確な怒気に四人は無意識に頷いてしまった。ただ純粋に恐かったのだ。はやての怒りが。はやてはそのままイヴァを探しに行き、蓮夜たちもはての後を追いかけた。

 

 

「……はやて」

 

「今は我慢するのだ。これが終わればイヴァも……」

 

 

 シグナムは拳を血が出るまで強く握った。

 

 

 

 

 イヴァは魔導師たちの攻撃を潜り抜け、再び洞窟に戻ってユフィを背負い、空を駆けていた。

 

 

「はぁ…はぁ……!」

 

「おい……! もう限界じゃないのか!?」

 

「まだまだだ……! こんな程度で終わるかよ……!」

 

 

 イヴァは口から血を吐き出して拭った。吐血するということは普通は致命的だ。だがイヴァは仮にも悪魔。確かにこの程度では死なない。が、今は人間の身体。限界はとうに超えている。

 

 

「それに、あんな人形共に後れを取ってたまるかよ」

 

 

 イヴァは後ろを飛んで付いて来るミラ達を見てそう言う。ミラ達も怪我をしており、所々血で真っ赤に染まっていた。

 

 

「イヴァ……」

 

「それに約束しただろ。俺がずっとお前を守ってやるってな。ずっと大昔だが、俺は覚えてるぞ」

 

「……馬鹿者。だったらあんな女じゃなくて私と結婚すれば良かっただろう」

 

「残念。俺の初恋はリインで、これからもずっとアイツしか愛さないんだよ」

 

「……ばか」

 

 

 ユフィはイヴァの背中に顔を埋める。イヴァは笑みを零すが、すぐに引っ込めた。そして急停止してシールドを展開。すると巨大な岩がシールドにぶつかり、それを粉砕する。

 

 

「き、急に止まるな!」

 

「……どうやら、もう場所の移動は出来ないようだ」

 

「何……?」

 

「ワッハッハッハッハッハ! イヴァシリアよ! 猛り狂おうぞ!」

 

 

 オーガスがイヴァの目の前に恐らく跳躍で現れた。イヴァのいる場所は遥か上空。その高さを跳躍で跳んできたのだ。

 

 

「オーガス!」

 

 

 イヴァはオーガスの拳を蹴りで受け止め、そのまま激しい打ち合いを繰り広げる。イヴァは右足で、オーガスは両腕の拳で一秒間の間に十はぶつかり合っている。

 

 

「ぬん!」

 

「くっ!」

 

 

 オーガスの重い一撃が入り、勢いを殺せずイヴァは地面に叩き落される。ユフィを庇い背中から地面に落ちる。幸いにも下は雪なのでそこまでダメージは無かった。ユフィを展開したシールドの中に放り込み、イヴァは拳を構えた。

 

 

「オーガス! そんなに俺と戦いたいか!?」

 

「当然よ! 我は常に強者を求める! 故に貴殿を求む!」

 

「ならかかって来い! 二度とそんな口を利けないようにしてやる!」

 

「行くぞ行くぞ行くぞ!!」

 

 

 オーガスは一瞬でイヴァの目の前に現れ両拳をイヴァに叩き込む。しかしイヴァも拳でオーガスの拳を受け止め激しく打ち合う。

 

 

「そらっ!」

 

「がふっ――ぬぇい!」

 

「がはっ――はぁっ!」

 

 

 殴られては殴り返し、殴られては殴り返す。それを幾多も繰り返し、やがてイヴァの拳がオーガスの顔面に入る。

 

 

「はああああっ!」

 

「むぐぅ!」

 

 

 オーガスは後ろに吹き飛ぶ。しかしイヴァはまた一瞬でオーガスの前に現れ、オーガスの顔を掴んで地面に叩きつけ、地面に押し込んだまま走り、大きく投げ飛ばした。更にイヴァは地面を蹴り、吹き飛んだオーガスがちょうど後ろにあった岩壁に背中から減り込んだところに、両脚で全体重を乗せた強烈な飛び蹴りをオーガスに叩き込んだ。

 

 

「ぞらぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 

 大きな衝撃が起こり、オーガスはそのまま岩壁の中に押し込まれてしまった。

 

 

「はぁ…はぁ……! 何っ!?」

 

 

 イヴァは前方に『ゼロ』を展開し、オーガスが消えた崖の穴から襲ってきた金色の衝撃波を消す。そして崖が吹き飛び、現れたのはオーガスが後腰にぶら下げていた大太刀を抜いて天に切っ先を向けている姿であった。

 

 

「フハハハハハハハ!! やはり貴殿には全力でを持って挑まんといかんな!」

 

 

 オーガスは大太刀を振り下ろす。すると大地に金色の斬撃が走り、大地を両断する。

 

 

「なっ……!?」

 

「行くぞぉ! イヴァシリアァ!」

 

「貴様ぁ……! 俺の友の故郷を……!」

 

 

 イヴァは刀を出して抜いた。そして地面を駆け、オーガスの大太刀と打ち合いを始める。

 

 

「オーガス! 貴様、この世界を壊すつもりか!?」

 

「戦いに犠牲は付き物! それがこの世界と言うことだ!」

 

「ふざけるな! この世界は……俺にとってもう一つの故郷なんだよ!」

 

 

 オーガスの大太刀を弾き、オーガスの胴体に刀を振るう。だがオーガスは刀の刀身を殴って地面に叩き付けた。

 

 

「甘いわぁ!」

 

「そうかよ。なら―――アスラァァァァア!!」

 

「何!?」

 

「ガァァァァァァァアアア!!」

 

 

 白髪の大男、十三騎士団ナンバー8のアスラがオーガスの顔面を殴ってオーガスを吹き飛ばした。

 

 

「助けに来てやったぞ、おっさん!」

 

「おっさんじゃない、師匠だ! アスラ、オーガスを頼む!」

 

「……任された!」

 

 

 イヴァはユフィを護衛していたミラ達を退かし、ユフィを背負って再び空を飛んだ。

 

 

「アスラァ! 何故邪魔をする!?」

 

「貴様は何をやっている!? アイツは仲間だろうが!」

 

「最早仲間ではないのだ! アレは敵だ!」

 

「ふざけるな! 俺達がこの世界に迷い込んだ時、導いてくれたのがアイツだろうが!」

 

「ふん! 確かに! だが今はそんな事はどうでも良い! 我は戦いたいだけなのだ! どちらが死ぬまで!」

 

「オォォォガスッ!!」

 

「退け、アスラァ!!」

 

 

 大男二人の拳がぶつかり合い、新たな戦いが始まった。

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……! 見えた!」

 

 

 イヴァは目的の場所へと辿り着いた。そこは古い遺跡。ボロボロで、しかし神秘的な雰囲気を出す場所。イヴァは中に進もうとして足を止めた。

 

 

「っ――!?」

 

「ようこそ、イヴァシリア! 我が憎き男!」

 

 

 手を叩きながら遺跡の入り口から出てきたのはミュリオンだった。

 

 

「ミュリオン!」

 

 

 イヴァは刀を抜き、イヴァとユフィを庇うようにしてミラ達がイヴァの前に出る。

 

 

「ほぉー? “死体”が動いてる? 穢土転生? いんやぁ……ただ肉体に別の魂を入れて動かしてるだけかぁ?」

 

 

 ミュリオンはミラ達を見て厭らしい笑みを浮かべた。

 

 

「流石はユーフェルナル。伝記通りの化け物だ! 死んだ者の身体を使うとは!」

 

「取り消せ! ミュリオン!」

 

 

 魔力剣を展開し射出する。が、ミュリオンに当たる前に一体の生物が現れ、剣をその身で受け止めた。しかしその生物は死なず、鋭利な爪と長い舌、丸出しの脳みそを見せてイヴァを睨む。

 

 

「どうだ? とある世界の化け物でな。脳か脊髄を潰さない限り死なないんだよ。おまけに戦闘能力も高い。いや、手懐けるのには時間が掛かったよ。何せ見た目がこんなんだからな、お前の“女”と違ってやる気がねぇ……」

 

「―――――――何だ、と?」

 

 

 イヴァの表情が消え、ミュリオンを赤い瞳で睨む。ミュリオンはぎらついた眼でイヴァを見て笑う。

 

 

「おんやぁ? 聞こえなかったかな? お前の女と違ってやる気がねぇ……」

 

「………た」

 

「あぁん?」

 

「………した」

 

「聞こえないねぇ?」

 

「何をしたぁぁぁぁああああ!!!」

 

 

 イヴァはユフィを落とし術式を完全に解放し、本来の姿に戻る。黒い機械的な鎧にボロボロの襟が逆立ったマント。そして溢れ出す黒い魔力。イヴァシリア・ムトス・エラフィクスとしての本来の姿に、悪魔の姿に。

 

 

「貴様!! リインフォースに何をした!?」

 

「何って……さぁ、何だったかな? ああ、でもこれだけは覚えてるなぁ」

 

 

 ミュリオンはニタァっと笑って天を仰いだ。

 

 

「あの女に闇を入れるとき……快感だったなぁ!」

 

「ミュゥゥゥリィィィィオォォォォォン!!!!」

 

 

 イヴァは黒い魔力で強化した刀を振り上げて襲い掛かる。爪を向けてくる生物はイヴァが発する魔力で消滅していく。そして刀を振り下ろして―――何かに受け止められた。

 

 

「―――なっ―――!?」

 

「………」

 

「………リ……イン……?」

 

「あああああっ!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 イヴァの刀を受け止めたのはリインだった。ただ、リインの姿が違った。あの時の、闇の書事件と呼ばれたときの、闇の書の闇が存在していた時の姿だった。

 

 

「リイン……!」

 

「どうだぁ、イヴァシリア? 自分が愛した女を取られて、その上その女に殺されるんだぜぇ? たまんねぇよなぁ!?」

 

「貴様ぁ……!」

 

 

 イヴァはこれ以上に無い怒りを出し、ミュリオンを睨みつける。だがミュリオンはそれが心地良いのか笑みを浮かべる。

 

 

「そうだ……そうだそうだ! その顔だよ! その怒りに染まった顔! そこから絶望に満ちた顔にするのがたまんねぇんだよ!」

 

「この……下衆が!」

 

「この俺を散々見下してきた恨み……今此処で晴らァす!」

 

 

 リインの周りに先程の生物や、巨大な蛙と人が合体したような生物、肉が裂け内臓が丸見えな犬などが集まり、イヴァに襲い掛かった。

 

 バァン―――!

 

 

「ん?」

 

 

 イヴァに飛び掛った犬が何処からか飛来してきた蒼い閃光に貫かれ、息絶えた。そして次々と閃光が飛来し、生物達を撃ち貫き、殺していく。

 

 

「この射撃……レオンか!」

 

「レオン……! チッ、鬱陶しい奴め!」

 

『イヴァ!』

 

 

 レオンから念話が入った。

 

 

『レオン! 来たのか!』

 

『後十秒でそっちに着く! そのB.O.Wは俺に任せてお前は彼女を救え!』

 

『B.O.W? この生き物か……』

 

「チッ、まぁ良いか。じゃあな、俺は特等席でお前の死ぬところを見ててやるぜ」

 

 

 そういい残すとミュリオンは姿を消す。すると上空に巨大な戦艦、ダモクレスと似ている戦艦が姿を現した。恐らく、ミュリオンはあの中に居るのだろう。

 

 

「ああああああっ!」

 

「っ! リイン!」

 

 

 リインはイヴァに向けて拳を放つ。イヴァは拳を避けてリインから距離をとろうとするが、リインがそれを許さない。

 

 

「くっ! リイン! 俺だ! イヴァだ! 分からないのか!」

 

「ああああああっ!」

 

 

 リインは光を失った赤い眼でイヴァを睨みつけ拳を振るう。

 

 

「くそっ!」

 

「イヴァ! 大丈夫か!?」

 

 

 レオンが到着し、手持ちの銃でB.O.Wを撃ち抜いて行く。偶に接近してきた奴を蹴り飛ばしたりもしていることから、身体能力は高いようだ。

 

 

「レオン! 俺はリインを止める! だからお前は遺跡の中にある装置を破壊してくれ! それでこの世界を覆っている結界を弱める事ができる!」

 

「分かった! ああ、そうだ! お前の子供達がお前を助けに来てる!」

 

「……そうか」

 

「絶対に帰ってやれ! お前の居場所はそこにあるんだからな!」

 

 

 レオンは敵を撃ち抜いて前進していくが、突如上から黒いコートを着た大男が落ちてきた。

 

 

「なっ!? コイツは……!?」

 

 

 レオンはこの大男を知っていた。故に前進を止め後退し、銃を撃つ。しかしいくら弾丸を喰らわせても大男はビクともしない。

 

 

「イヴァ! 少し時間がかかる! コイツは手強い!」

 

「くっ……!」

 

 

 イヴァは空を飛んでリインから逃れようとするが、リインの足元に魔法陣が展開され、そこからオレンジ色の鎖が召喚される。イヴァはその鎖に腕を捕られ、大きく引っ張られて地面に叩きつけられた。

 

 

「がっ!」

 

「あああああっ!」

 

「っ!」

 

 

 リインがイヴァの目の前に手を翳し、その手から闇の収束砲が放たれた。

 だがイヴァは『ゼロ』で消していく。闇とゼロがぶつかり合い、衝撃を撒き散らしていく。

 

 

「きゃあっ!」

 

「っ、ユフィ!」

 

 

 ユフィの悲鳴が聞こえそちらを向くと、ヤシャがミラ達を叩き伏せてユフィを肩に担いでいた。

 

 

「ヤシャ!」

 

「……すまない、イヴァシリア。私はミュリオンがやり過ぎないように監視していたのだが……まんまと出し抜かれた」

 

「ユフィをどうするつもりだ! ぐっ!」

 

 

 闇が力を増してゼロを押し込もうとするが、悪魔の状態であるイヴァにはまだ及ばない。

 

 

「……可能ならばこの女性も始末する。まぁ、“不老不死”をどうやって殺すかはまだ分からないが」

 

「……ざけるな!」

 

 

 この時、イヴァはやっと反撃に出た。闇を右手の一振りで掻き消し、魔力波でリインを怯ませ、ヤシャの前に一瞬で現れて拳を顔面に喰らわせた。

 

 

「ぐぅ!」

 

「俺の幼馴染を返してもらう!」

 

 

 ヤシャからユフィを奪い返し、更にヤシャを蹴り飛ばそうとするが、その蹴りはヤシャに受け止められた。

 

 

「忘れたか? 純粋な体術では私のほうが上だ!」

 

 

 イヴァの脚を捻り、イヴァがバランスを崩した瞬間にユフィを奪い取り、イヴァを蹴り飛ばした。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

「ああああああっ!」

 

「っ! ごはっ!?」

 

 

 リインの拳がモロにイヴァの腹に命中し、そのままリインはイヴァの上に跨り、何度も殴っていく。

 

 

「ぐっ! リインっ! 止せ!」

 

「ああああ! あああああああ!」

 

 

 イヴァは腕を交差させて拳を防いでいくが、リインの拳は重く、威力が強すぎる。

 いくらイヴァでもずっと喰らい続けていたら腕が砕けてしまう。

 

 

「……許せとは言わん。恨んでくれ。その方が楽だ。……ユーリ」

 

 

 ヤシャがユーリを呼ぶと、ユーリは音も無く現れた。

 

 

「この女性を頼む。私は奴が放ったこの化け物共を駆逐―――」

 

「クリムゾンブラストォ!」

 

 

 ヤシャだけを狙った紅い閃光が襲撃する。ヤシャは咄嗟に上に飛び、ユーリはユフィを抱えて後ろに飛んで閃光から離れた。

 

 

「何だ!?」

 

「ディバイン―――バスター!」

 

「くっ!」

 

 

 ピンク色の砲撃をヤシャは拳で受け止め弾く。だが弾いて視界が開けた先には金色の少女が鎌を振り上げていた。

 

 

「ハァァアア!!」

 

「何!?」

 

 

 ヤシャは両腕に蒼い光を纏わせ、鎌を腕で受け止めた。

 

 

「何者だ!?」

 

「悪魔の―――妹だ!」

 

 

 鎌を振りぬき、ヤシャの腕を弾く。そのままフェイトは鎌を振り回し、ヤシャの身体に一撃を与えた。

 

 

「フレースベルク!」

 

 

 フェイトは高速移動でヤシャから離れ、その瞬間、ヤシャに白銀の砲撃が襲い掛かった。

 

 

「くっ! 嘗めるな!」

 

 

 ヤシャは拳一つで砲撃を打ち消し、手刀で空を切り裂く。すると蒼い斬撃が飛来し、はやてを襲う。

 

 

「させねぇよ!」

 

 

 しかし蓮夜が前に出て紅蓮で切り裂いた。

 

 

「遅い!」

 

「なっ!?」

 

 

 ヤシャが蓮夜の後ろに現れ、蓮夜に掌底を放っていた。ただ触れているだけの掌底なのに、凄まじい衝撃が放たれ、蓮夜は吹き飛ばされた。ベクトル操作が働いているのにも拘らず、それを押し込んでだ。

 

 

「蓮夜君!」

 

「他人の心配をしている場合か!」

 

「ああっ!」

 

 

 続いてはやてがヤシャに蹴り落とされた。

 

 

「はやてちゃん!」

 

「はやて!」

 

「お前達もだ!」

 

 

 ヤシャはなのはを叩き落し、フェイトを蹴り飛ばした。四人はヤシャの圧倒的な力により雪の中へと叩き落された。

 

 

「む……先程の少年、僅かだが私の力を跳ね返した?」

 

 

 ヤシャの右手は僅かだがダメージを受けていた。

 

 

「ヤシャァァァアア!!」

 

 

 イヴァがリインの拳を掴んでバインドで拘束した。身体全体にもバインドで何重にも拘束し、動けないようにした。そして自分の子供達と妹に手を出したヤシャに怒りの形相で襲い掛かった。

 

 

「貴様! 俺の……子と妹に手を出したなァ!」

 

 

 ヤシャの下に潜り込み、刀を振り上げた。ヤシャは咄嗟に反応して顎を引いて刀を避けた。しかしイヴァはただ刀を振り上げたのではなく、斬撃を飛ばしたのである。つまり刀自身は避けたヤシャであったが、斬撃は避けられなかった。斬撃はヤシャの身体を切り裂き、ヤシャからオレンジ色の血が流れた。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 ヤシャは次の一撃が来る前にリインに向けて蒼い斬撃を放つ。するとイヴァはリインの前に一瞬で移動し、斬撃を消した。その数秒はヤシャが距離をとるのには十分だった。

 

 

「ヤシャ! 貴様はァ!」

 

「くっ……!」

 

「――――何だよ、これ?」

 

 

 信じられない、という声が聞こえた。ヤシャとイヴァはその声がする方を向いた。イヴァは眼を見開き、ヤシャは警戒の色を表した。

 

 

「義父さん……? 何で、蓮夜達が倒れてんだ……?」

 

 

 剣誠は震える声で、震える手で剣誠達を指した。

 

 

「それに……何で義母さんが……暴れてんだ……?」

 

「お前は……」

 

「剣誠! 神楽を連れて逃げろ! お前ではコイツに―――!」

 

 

 剣誠の後ろから鋭い爪を持った化け物が飛び掛った。だが剣誠は見向きもせずにその生物を―――“塵へと変えた”。

 

 

「なぁ……何だよ、これ? 何でこんな事になってんだよ……? 家に帰ったら皆捕まってるし、神楽が俺を庇って怪我しちまうし……」

 

「小僧、貴様……何をした?」

 

 

 ヤシャは剣誠の異様な雰囲気に気が付き、拳を構えて剣誠に向かった。

 

 

「っ、剣誠!」

 

「ああああああっ!」

 

「っ!?」

 

 

 イヴァは剣誠を守ろうとしたが、リインがバインドを破って拳を振り下ろしてきたので助けに行けない。

 

 

「小僧、すまないが眠ってもらうぞ」

 

「――――アンタがやったのかよ」

 

 

 ヤシャの拳が剣誠の顔面に触れる直前、剣誠の眼が赤く光り、瞳に六亡星の紋章が浮かび上がる。するとヤシャは拳を止め、後ろに跳び下がった。

 

 

「ハァ――ハァ――!」

 

 

 ヤシャは今までに無い身の危険を感じて後ろに下がったのだが、それは正解だった。何故ならさっきまでいた場所、剣誠の前が消滅していたのだ。

 

 

「小僧……貴様は一体……」

 

「―――消してやる」

 

「何……?」

 

「神楽を……義父さんを……皆を……傷つける奴は……!」

 

 

 天空に紅い魔法陣が現れて空を紅く染め上げる。

 

 

「全部! 消してやる!」

 

 

 天を剣誠の怒りが貫いた。

 

 

 

 



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最終章第四話

お久しぶりです。


 

 

「いいか、剣誠。その魔法は今後一切、絶対に使うなよ?」

 

「どうして?」

 

 

 これはまだ剣誠が幼い、神楽に会う前の頃。剣誠が復讐を成し遂げて空っぽになり、やっと元に戻った頃。イヴァは剣誠に改めて魔法の訓練をさせていた。

 

 

「その力は大き過ぎる。お前ではまだ完全に扱えないんだ。今のままでは力に呑まれて力に乗っ取られる」

 

「けど、この魔法って俺が作ったんだけど……」

 

「扱え切れたか?」

 

「………無理でした」

 

「だろう。だからその力はもっとお前が成長してからだ」

 

「うん……」

 

「ああ、それと。どうやらその魔法はお前の感情に左右されるようだ」

 

「感情?」

 

「そうだ。お前の感情次第でその力はお前を喰らいにかかるからな」

 

「う……」

 

 

 剣誠は顔を引き攣らせたが、イヴァが笑みを浮かべて剣誠の頭を撫でた。

 

 

「安心しろ。その時は俺が必ず助けてやる。お前は俺の息子だからな」

 

「……うん! 義父さん!」

 

 

 

 

「テメェが……テメェがやったんだな!」

 

 

 眠っている神楽を背負い左手に赤い六芒星の魔法陣を出現させ、ゆっくりとヤシャに近付く剣誠。瞳にも六芒星が浮かび上がり、瞳が真っ赤に光り輝いている。だが、怒りに染まっている。

 

 

「神楽も……お前の所為で……!」

 

「剣誠! 止せ! それを使うな!」

 

「神楽は……皆は……俺が……! 守る!」

 

 

 剣誠は魔法陣をヤシャに向けた。その瞬間ヤシャは剣誠の前から飛び退く。その直後、剣誠の前が全て塵と化した。

 

 

「何だ……! この力は!?」

 

「全て……消えろ!」

 

「くっ!」

 

 

 剣誠が左手をヤシャに翳し、魔法陣を大きく展開した。すると赤黒い収束砲が放たれ、ヤシャに襲い掛かる。ヤシャは手刀でその収束砲を両断しようとしたが、寸前の所でその収束砲の危険性を察知し、空へと逃れる。収束砲は雪と地面を消滅させた。

 

 

「消えろ…消えろ…消えろ消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろ! 消えろぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 

 剣誠は怒りの表情から徐々に不敵な笑みへと変わって行き、魔法陣を彼方此方に展開させ、その魔法陣が展開された部分が塵と化してゆく。

 

 

「ああああああああああああああああああアアアアアアアハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

「剣誠! ぐっ!?」

 

 

 イヴァは剣誠を助けに行こうとするが、闇に支配されたリインがそれを邪魔をする。イヴァはリインの拳を受け止めてバインドで拘束するが、尽くそのバインドを破壊する。

 

 

「うあああああ!」

 

「リイン! 止めるんだ!」

 

 

 シールド、バインド、それらを何重もリインに当てて動きを止めようとするが、夜天の書であるリインには全く歯が立たない。リインは夜天の書を開き、様々な魔法を発動していく。

 

 

「ああああああああ! ああああああああっ!」

 

 

 天空が渦巻き、巨大な隕石が落ちてくる。

 

 

「くそっ!」

 

 

 このままではこの世界ごと全て破壊される。イヴァは止むを得ずリインを地面に柔術で組み伏せ、複数のバインドで拘束。剣誠の周りに『ゼロ』を使用したシールドを展開し、ほんの数秒だけ剣誠の攻撃を閉じ込める。そして隕石に向けて両手を翳し、黒い魔法陣を展開。

 

 

「噛み砕け! 無の龍よ!」

 

 

 魔法陣から巨大な黒い龍が出現し、隕石に向かって飛びかかる。その龍は隕石とぶつかり、隕石を砕いた。

 

 

「あああああっ!」

 

「っ!?」

 

 

 リインの拳がイヴァの顔面に迫ったいた。咄嗟のことにイヴァは反応できず、その拳を見つめるだけしか出来ない。だがリインの拳は、イヴァに触れる前に紅い刃に阻まれた。

 

 

「チィッ!」

 

「蓮夜!?」

 

「ごほっ!」

 

 

 蓮夜はヤシャに喰らった攻撃のダメージが響いており、血を吐く。

 

 

「クソッ!」

 

 

 イヴァは倒れようとする蓮夜を受け止めてリインの拳をシールドで受け止める。

 

 

「蓮夜! しっかりしろ!」

 

「くそ……がぁ……!」

 

「畜生! 何でこうも“予定外”の事が起きるんだよ!?」

 

 

 『ゼロ』で蓮夜の傷を消そうとしたが、後ろから剣誠の攻撃の流れ弾が直撃する。

 

 

「があああっ!?」

 

「あああああっ!」

 

「っ!? ぉぉぉおおお!」

 

 

 その反動でシールドが砕け、リインの拳が迫る。イヴァは蓮夜を投げ飛ばしてリインの拳から逃がす。

 

 

「うあああああ!」

 

「何!?」

 

 

 ゼロ距離の収束砲。イヴァは『ゼロ』で消そうとするが、リインの腕を消してしまうことになるために放てず、まともに喰らってしまった。

 

 

 

「ぐああああああっ!!」

 

 

 イヴァは吹き飛ばされ雪の上を転がった。とっさに顔を逸らしたことで顔面に命中するのは免れたが、左肩に命中して鎧が砕けた。そこからは真っ赤な血がドクドクと溢れ出している。

 

 

「ち……くしょう……!」

 

 

 イヴァは霞む目で辺りを見渡した。蓮夜は血を吐いて倒れ、剣誠は魔法の力に呑み込まれて暴走し、神楽は剣誠の背中で意識を失って、はやてとフェイト、なのははヤシャの攻撃で倒れて意識を失っている。ユフィもユーリに連れられてこの場に居ない。ヤシャも離脱している。そして一番愛している女性が闇に染まって自分を殺しにかかっている。自分が愛し、守ると誓ったのに、現実はどうだ。何も守れてはいない。このままでは家族がバラバラになってしまう。

 

 

「―――――あ~あ、予定が狂ってしまったな……」

 

 

 イヴァは立ち上がり、リインを見据えた。

 

 

「リイン……すまない。少しの間だけ、我慢してくれ」

 

 

 イヴァはリインの目の前に一瞬で移動し、リインを掌底で吹き飛ばす。リインはそのまま地面を転がり、イヴァとの間に距離ができる。その隙にイヴァは剣誠に近寄る。

 

 

「剣誠!」

 

「アハハハハハハハハ!」

 

「目を覚ませ!!」

 

 

 剣誠の頭を『ゼロ』を発動した右手で掴み、神楽を掴んで剣誠から離し、剣誠を地面に叩きつけ、剣誠の右手の手袋を取る。すると剣誠の魔力が弱まり、落ち着きを取り戻し始めた。

 

 

「と……とう……さん……!」

 

「安心しろ……少し眠れ」

 

 

 剣誠の後ろ首に『ゼロ』を叩き込み、剣誠の意識を奪った。

 

 

「イヴァ!」

 

 

 遺跡で黒いコートの男と戦っていたレオンがやって来る。どうやら倒したようだ。

 

 

「レオン……」

 

「駄目だ! 強力な結界が張ってあって入れない!」

 

「そうか……。レオン、お前はアースラに戻れ」

 

「何?」

 

「この戦い……もう決着は見えた」

 

「……もちろん、勝つんだよな?」

 

「ああ……っ!」

 

 

 リインが再び向かってきた。だがイヴァはリインの拳を受け流し、遠くへ放り投げて黒い魔力弾をぶつける。

 

 

「行け! はやてとなのはとフェイトを連れて行ってくれ!」

 

「……分かった!」

 

 

 レオンは手首に付けている端末を弄り、スノーモービルを呼び寄せた。それに乗ってはやて達を乗せて走り去った。イヴァは蓮夜、剣誠、神楽を抱えてその場から消えた。

 

 

 

 

「あ~あ、もう終わっちまったのかぁ?」

 

 

 ミュリオンは戦艦の艦橋でイヴァの戦闘を眺めていた。だがイヴァが離脱したことで肩を落とす。

 

 

「ってかヤシャの野朗は何やってんだよ。ユーリの野朗もあの化けモンを何処かに行っちまったしなぁ……」

 

 

 だが、とミュリオンは手元のデータを見つめて笑う。

 

 

「あの女……中々良い道具だ。これは夜の方も期待できそうだなぁ」

 

 

 ミュリオンは厭らしい笑みを浮かべたが、すぐに引っ込めた。

 

 

「だがその前にあの野朗を絶望の中に叩き落さねぇといけねぇな」

 

 

 ミュリオンは部下達にイヴァの追跡を命じた。

 

 

 

 

 イヴァはユフィと隠れていた洞窟に蓮夜達を運んだ。洞窟に『ゼロ』の結界を張り、三人を寝かせた。

 

 

「はぁ…はぁ……うっ」

 

 

 左肩の怪我を押さえて座りこむ。血を流し過ぎて目が霞み、『ゼロ』で怪我を消そうにも、今の体力ではもう『ゼロ』の使用がまともに出来ず、徐々にしか消していけない。しかもその効果は望めない。

 

 

「くそ……こうも予定外の事が続くとはな……。俺のツキもここまでか……」

 

 

 イヴァは地面を這うようにして子供達に近付く。

 

 

「すまんな……お前達にはこの先、迷惑をかける事になる」

 

 

 自分の胸に右手を当てて、そこが光り出した。

 

 

「だからせめての……俺からの餞別だ」

 

 

 右手を離すと三つの黒い光の塊が浮かび上がった。それをイヴァは蓮夜、剣誠、神楽の三人に近付け、三人の胸の中に吸い込まれた。

 

 

「それから……これもやる」

 

 

 蓮夜に自分が来ていた黒いコートを。剣誠に何時も共に戦場を駆けてきた愛刀を。神楽には二丁の黒い銃を。

 

 

「そのコートは特別製だ。魔力やら防御やら色々とな。その刀も銃もな。ああ、それから……」

 

 

 イヴァは黒猫の大きなぬいぐるみを剣誠の隣に置いた。

 

 

「これ、ユフィから預かってたんだが……返しといてくれ」

 

 

 イヴァの黒い鎧が霧となって消えてゆく。どうやらもう力を維持する程の力が残っていないようだ。鎧が消え、黒いズボンとインナー姿になる。

 

 

「エスティがもうじきやって来る。アイツにはちょっと裏で働いてて貰ってたんだが……アイツにも面倒をかけたな」

 

 

 イヴァは三人の顔を笑みを浮かべながら眺めて背を向けた。

 

 

「―――――さようなら、俺の大切な子供達」

 

 

 イヴァは脚を引き摺りながら洞窟を出る。その時のイヴァの顔は覚悟を決めた、一人の男の顔だった。

 

 

 

 

 アースラの医務室ではやては目を覚ました。すぐには何が起こったのか理解出来ず、辺りを見渡したが、やがて理解して飛び上がる。

 

 

「お義父さん!? 皆!? うっ……!?」

 

 

 身体に激痛が走りすぐにベッドに蹲る。

 

 

「はやて! まだ動いたら駄目だ!」

 

 

 レオンがやってきてすぐに通信で医者を呼んだ。

 

 

「レオンさん……! お義父さんは……!?」

 

「彼なら大丈夫だと。先にアースラに戻れと言われたからお前達を救出した」

 

「蓮夜君は!?」

 

「イヴァが連れていくと言っていたが……遅いな」

 

 

 レオンが呟いた直後、アースラに警報が鳴り響いた。

 

 

「どうした!?」

 

『ケネディ一等陸佐! 大変です! 前方にダモクレス級がニ隻接近!』

 

「何!?」

 

『それと、アースラとダモクレス級の間でイヴァシリアとリインフォースが戦闘を行ってます!』

 

「何やて!?」

 

 

 リインの事を知らないはやては目を大きく開いて驚く。

 

 

「そんな!? お義父さんとお義母さんが!?」

 

「イヴァは何をやっているんだ!?」

 

 

 レオンはやって来た医者にはやて達を任せて艦橋に向かった。

 

 

「状況は!?」

 

「前方一キロ先にダモクレス級ニ隻が戦闘態勢で待機! 前方五百メートル先でイヴァシリアとリインフォースが交戦中!」

 

「連夜一等空尉は!?」

 

「確認出来ません!」

 

「くっ! アスラは!?」

 

「未だオーガスと交戦中!」

 

 

 それを示すかのように遠くの場所で大爆発が起こる。

 

 

「くそ! 俺が直接出る! はやて達は絶対に出すな!」

 

「了解!」

 

 

 レオンは艦橋を走って出て行った。

 

 

 

 

 イヴァは両手に魔力剣を持ってリインと対峙していた。左肩は潰れ、血で真っ赤に染まっている。対してリインは夜天の書を持って光を失った赤い瞳でイヴァを睨んでいる。

 

 

「……なぁ、リイン。覚えてるか? 俺達の結婚式のこと」

 

「………」

 

「俺達二人とも緊張して、ガッチガチに固まってたよな。周りの皆が助けてくれなきゃ、何も出来なかったよな」

 

 

 静かに剣を構えてリインを見るその顔は、とても穏やかな表情だった。

 

 

「今度は子供達の結婚式も見ないといけないよな……。だから、帰ってきてやれよ、リイン」

 

「………」

 

「一人で帰れないなら、俺が連れて帰ってやる」

 

 

 イヴァは地面を蹴ってリインに近付く。リインは両拳に黒い魔力を纏わせて地を蹴る。魔力の剣と魔力の拳がぶつかり合う。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 イヴァの左肩が痛み、リインに押される。

 

 

「ハッハッハ! 随分と積極的じゃないか。でもまだまだだな」

 

「………」

 

 

 リインはもう叫び声を上げない。闇が完全にリインを支配したということだ。そこに感情は無い。心が無い。思いが無い。何も無い。あるのはただの破壊だけ。

 

 

「ごおっ!?」

 

 

 リインの拳がイヴァの腹に直撃し、更に鎖で締め上げ、リインは夜天の書を開く。するとリインの右手に魔力を集め、手首辺りから黒い剣が展開される。その剣をイヴァに突き刺そうとした。だがイヴァは力を振り絞って鎖を砕き、魔力剣でリインの剣を受け止める。

 

 

「くっ……! 力が……!」

 

 

 徐々に力が抜けていき、膝をつく。血が垂れて白い雪を真っ赤に染める。魔力剣も魔力の結合が崩れてゆき、ボロボロになってゆく。

 

 

「リイン……絶対に、お前だけは生きて返す!」

 

 

 イヴァは魔力剣を消す。リインの剣がイヴァに迫るがイヴァは身体を逸らして剣を避け、リインの胸に拳を当てた。

 

 

「夜天の書……“ファン”、頼む!」

 

 

 イヴァの身体が光の粒子になっていき、夜天の書に吸収された。

 

 

 

 

 イヴァが眼を開くと、そこは草原だった。ただ、その草原の真っ只中に、一人の茶髪の少女がいた。その少女こそ、イヴァの最初の娘、ファン・エラフィクスである。

 

 

「……久しぶり、お父さん」

 

「……ああ、久しぶりだな」

 

「凄い怪我だね。真っ赤っか」

 

「だな」

 

「……リインの事でしょ? こっちだよ」

 

「……頼む」

 

 

 ファンはイヴァの手を引いて歩き出す。行き着く先はリインを蝕む、闇の場所へ。

 

 

 



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最終章第五話

お久しぶりです。もう、リアルが忙しすぎてパソコンを開くことすら難しい。




 

 

 

「……彼女の様子は?」

 

 

 ダモクレスの艦橋でリンディはリインフォースの様子を部下に尋ねる。

 

 

「先程から動いていません。ミュリオン様の闇心(ダークマインド)による操作も無効です」

 

「そう……」

 

 

 オーガスはアスラと未だに戦闘中。ヤシャは手負い、ユーリはユフィを連れて行知らず。ミュリオンは自身が持つ戦艦に乗って好き勝手。シグナム達ヴォルケンリッターはイヴァを捜索中。リンディは頭を抱える。イヴァに持ち出された取引の件もある。正直、いっぱいいっぱいである。

 

 

「どうするつもりなのよ……イヴァ」

 

 

 

 

 イヴァはファンに手を引かれて草原を歩き、何処かの洞窟の中を歩いていた。ここは夜天の書の中。つまりリインフォースの中と言っても過言ではない。リインフォースは夜天の書の管制人格。夜天の書を弄ればリインフォースに繋がる。そしてファンは死んだ時、魂が夜天の書に取り残され、この夜天の書に住み着いている。即ち、この世界の住人である。つまりこの世界の事はファンに聞けば良い。

 

 

「左手、動かないんだね」

 

「ん~、肩の骨も砕けてるしな。体力も無いし、この世界じゃ『ゼロ』も使えないようだ……」

 

「この世界に干渉したら、そんな怪我すぐに治せちゃうんだけど、アレが入ってきちゃって出来ないんだ」

 

「いや、まぁそれは良いが……気のせいかな。お前、成長してないか?」

 

 

 ファンは成長していた。あの時、闇の書事件の時に見た子供の姿ではなく、十八、九ぐらいの女性に成長していた。身長は伸び、リインフォースと同じぐらいで、胸は神楽程ではないが大きく、括れもあってスタイルは抜群である。

 

 

「えへへ、どう? ちゃんと年月が過ぎるごとに成長するようにこの世界に干渉したの」

 

「そうかい。ま、娘の成長が見れただけで父親として嬉しいね」

 

「父親かぁ……リインと結婚したんだよね?」

 

「うん? ああ……」

 

「という事はリインはお母さんかぁ……」

 

 

 ファンは嬉しいのか、満面の笑みを浮かべる。

 

 

「そっか~、お母さんか~。いいな~」

 

「……やっぱ欲しかったか、母親」

 

「それはね……。でも、良いの。生きてた頃にう~んっとお父さんに甘えられたから」

 

「………」

 

「もうっ! このお話は終わり! はい! 到着したよ!」

 

 

 辿り着いた場所は堅く大きな石の扉だった。

 

 

「ここにね、何か黒いモノが入っていってね、バンって閉じちゃったの。何度も開けようとしたんだけど、どうやら私の力じゃ動かなくて……」

 

「……成程、ここにリインの心がいるな」

 

 

 イヴァは扉に手を触れて押す。扉はゆっくりと動き、開いた。

 

 

「……リイン」

 

 

 その先にリインはいた。大きな十字架に黒い鎖で全身が埋まってしまうほどに縛り付けられたリインが。

 

 

「……リイン、せっかくの美人の顔が隠れちゃって見えねぇじゃねぇか」

 

 

 イヴァは鎖を外そうとするが、鎖に触れた瞬間、手が弾かれる。

 

 

「っつ~……。ったく、あのクソ野朗……俺の女にこんな物騒な鎖を付けやがって……!」

 

 

 拒絶する鎖を強引に掴み取り、リインから剥ぎ取っていく。しかし鎖は剥ぎ取ったところでその鎖はリインに絡まっていく。イヴァはこれ以上やっても無駄だと判断し、リインから少し離れる。

 

 

「お父さん……」

 

「……ファン、ちょっとだけコレに干渉して隙間を作れないか?」

 

「ん~、ちょっと待ってね?」

 

 

 ファンの身体が淡く光だし、鎖に手を翳す。すると鎖が震えだし、拒絶反応を起こし始めた。

 

 

「……フン!」

 

 

 イヴァは拒絶反応を起こしている鎖に右手を突っ込み、今持てる全ての力を注ぎ込む。この世界では『ゼロ』は使えない。だが魔力の使用は出来る。イヴァの魔力を注ぎ込んで鎖を破壊していく。

 

 

「チィ……! しぶとい!」

 

 

 左手を強引に動かして鎖に突っ込む。血が更に溢れるがお構いなしに鎖を引き千切っていく。だが鎖は引き千切られたところからリインに絡みついていき、イヴァの身体を魔力の雷で焼き払っていく。

 

 

「リイン! お前はこんな鎖に負けるような女なのかよ!?」

 

 

 鎖がイヴァを拒絶し、イヴァの身体を焼き払う。肉が焼け、激痛が走るが、イヴァはそれでも鎖を外さない。

 

 

「今までどんな戦いをしてきた!? こんなただの鎖よりももっと強大な敵と戦ってきたんだろ!? 一度闇を払っただろ!? はやてを守っただろ!? ならもう一度ど払えるだろ!?」

 

 

 鎖がイヴァの身体を貫き、腕を引き千切ろうとするがイヴァはそれでも離さない。此処で離せば愛する者を守れなくなってしまう。イヴァは血反吐を吐いても、肉片が飛び散ろうとも鎖を離さない。

 

 

「お前が帰ってこなきゃ誰も笑顔になりはしないんだよ! はやてに蓮夜! 剣誠に神楽! ミリィだって! 子供達が待ってんだよ! だから!!」

 

 

 四肢を貫かれ、だが鎖を掴みリインから引き千切る。掴み、絡めて、喰らいつき、己の身を省みず鎖を引き千切っていく。その姿はまさに鬼の如く、悪魔の如く、父の如く。男の如く。ただ愛する者の為に喰らいつく。

 

 

「こんな闇なんか、逆に食ってしまえ! リインフォースぅぅぅぅぅう!!」

 

 

 そしてついに、鎖が全て砕け散った。だがまだ、闇そのモノがリインの辺りを漂っている。まだ全ての闇が払われたわけではない。リインフォースと闇を繋げていたモノが払われただけ。あとは闇そのモノを払うだけ。

 

 

「ファン!」

 

「うん!」

 

 

 ファンはこの世界に干渉し、リインと闇を切り離していく。

 

 

「―――イ―――ヴァ―――」

 

「リイン! そうだ! 己をしっかりと保て!」

 

「―――ファ―――ン―――」

 

「しっかりしてよ! 貴女は私の分まで幸せに生きなきゃならないんだよ!」

 

 

 リインの意識が覚醒し始めた。それはリインと闇が離れようとしている証拠。二人はリインに語りかけ、意識を導いていく。

 

 

「リインフォース・エラフィクス! 帰って来い!」

 

「っ―――!!」

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 ミュリオンは艦橋でリインフォースにかけた闇心が解除されていくのを感じ取った。

 

 

「まさか……! くっ……イヴァシリアァ……!」

 

 

 ミュリオンは怒りをあらわにして部下達に命令を下す。

 

 

「あの屑と道具を殺せ! 全砲門発射!」

 

『了解!』

 

 

 ダモクレス級の砲門が全てリインフォースに標準され、放たれる。だがしかし、放たれた魔力砲は赤黒い雷の壁によって阻まれた。

 

 

「今度は何だァ!?」

 

「ぜ、前方に強大な魔力反応!これは…… 空間転移です!」

 

「何だと!?」

 

 

 ダモクレス級の前の空間が捻れ、そこから漆黒の女性が現れた。全身から赤黒い雷を発して。

 

 

「……私の契約者の邪魔はさせません。邪魔をするのなら……殺しますよ」

 

 

 エスティナル・ヴァティ。彼女が艦橋にいるミュリオンを睨んで雷を放射する。

 

 

「次から次へとォ……ウゼェんだよォ!」

 

 

 

 

 イヴァは夜天の書から弾き出された。そしてすぐに体勢を整えリインを見る。

 

 

「ああああああああああ!!!」

 

 

 リインは頭を抱えて泣き叫んでいた。そしてリインの背後に黒い塊が浮かび上がってくる。その黒い塊は再びリインを呑み込もうと闇の触手のようなものを伸ばしてリインに巻きつく。

 

 

「リインフォースぅぅぅう!」

 

 

 イヴァは魔力剣を右手に出して駆けた。

 

 

「っ! イヴァァァアア!」

 

 

 リインは泣きながらイヴァに刃を向けて魔力剣を弾いた。まだ完全にリインから闇が抜けたわけではない。だからまだリインは身体の自由が利かないのだ。

 

 

「頑張れ! 必ず助けてやるから!」

 

「いやぁぁぁぁぁあああ! 止めろぉぉぉぉおお!」

 

 

 リインは必死に自分の身体を止めようとするが止まらない。重傷を負っているイヴァは徐々にリインの剣に斬られていく。

 

 

「泣くな!!!!」

 

「っ!!」

 

 

 リインの剣を魔力剣で受け止め、額をリインの額に押し付ける。

 

 

「泣くな!!! それじゃあ俺達が負けてるみてぇだろ!! 涙は勝ってから流せ!! 今は―――戦え!!」

 

「っ―――!! はい―――!!!」

 

「良く言ったぁ!!!」

 

 

 イヴァは剣を弾き、リインの後ろにある闇に向かって刃を振るう。だがリインが、闇がそれを防ぐ。上空ではエスティがダモクレス級から放たれる攻撃を防いでいてくれる。だがそれも時間の問題。すぐに防御を突破しイヴァとリインを襲うだろう。だから早くケリを着けなければならない。早くリインを助けなければならない。

 

 

「リイン!!」

 

 

 刃をイヴァに突き出して向かってくるリインにイヴァは“右手”を構えた。もう魔力剣を維持するほどの魔力が出ない。残っていない。

 

 

「帰ってあいつらにお前の笑顔を!!!」

 

 

 イヴァも地を蹴って走り出す。二人の距離が詰められる。

 

 

「見せてやれよ!!!」

 

 

 そして――――二人の距離は無くなった。

 

 

 ドスッ―――。

 

 

「これで―――終わりだ」

 

「あ……ああ……!」

 

 

 イヴァの右手が闇に突き刺さる。そして全身全霊で『ゼロ』を発動し、闇を―――消しつくした。

 

 

「……やっとお前を抱けたな」

 

「あ……ああ……! イ…ヴァ……!」

 

 

 リインを優しく抱きしめ、イヴァは笑みを浮かべる。

 

 

「ったく……ホントに今回は計算外の事ばかりだ……」

 

「イ、ヴァ……!」

 

「おかげで色々と……出来なかったなぁ……」

 

 

 イヴァの身体から力が抜け、リインを抱きしめる力も無くなった。だがイヴァは倒れなかった。何故ならば邪魔されていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――イヴァの胸を貫いている剣に。

 

 

「イヴァ……! イヴァぁ……!!」

 

 

 リインは震える手で自分が突き刺している剣を消した。イヴァの返り血が手と顔にかかり、余計に身体が震える。イヴァを抱きかかえて地面に寝転ばせた。

 

 

「イヴァ! しっかりしてください!」

 

「リイン………ちゃんと……戻れた、よな……?」

 

「はい! はい! 戻りました! ちゃんと帰ってきました! だから貴方も一緒に帰りましょう!」

 

「そっか……良かった……」

 

 

 イヴァは力の無い笑みを浮かべた。顔は血だらけで、けれど綺麗な笑みだった。

 

 

「リイン……悪い……俺………帰れないわ………」

 

「何を言って―――!?」

 

 

 イヴァの身体が黒く光だし、徐々に粒子へと変わっていき始めた。

 

 

「何、ですか……これは……!?」

 

「……『ゼロ』……使っちまったから、なぁ……。エスティとの契約……切れてんのに……」

 

 

 『ゼロ』の代償。それは己の存在。エスティと契約することでその代償は別のモノに変わるが、悪魔から人間に戻った状態では契約は一時的に切れてしまっている。だがイヴァは『ゼロ』を使用した。それも己の存在全てを代償にして。リインを闇から救う為に。

 

 

「いや……嫌です! 消えないでください!!」

 

「……まだ……子供達の結婚式……見てないのになぁ……」

 

「見れます! 一緒に見ましょう! だから消えては駄目です!!」

 

 

 リインは徐々に身体を失っていくイヴァを抱きしめて泣き叫ぶ。心は理解していなくても頭は理解してしまっている。ここでイヴァは消えてしまう。自分を助ける為にイヴァが消えてしまう。

 

 

「嫌です! 私の所為で貴方が消えてしまうなんて!!」

 

「……俺が人間だった頃に……俺はお前を一度殺した……。おあいこだよ……」

 

「ふざけないでください!! 生きてください!! 生きて私をずっと抱きしめて下さい!!」

 

 

 イヴァの身体が透き通ってきた。イヴァの温かさも、重さも、心臓の鼓動の音も薄れていく。

 

 

「嫌ぁ!! 逝かないでください!! 私を措いていかないでください!! イヴァ!!」

 

「……俺と一緒に過ごした……大切な思い出……」

 

 

 愛する人の胸の中で……。

 

 

「忘れ……」

 

 

 家族の為に戦ってきた一人の悪魔が……。

 

 

「ないで――――く―――――れ―――――――」

 

「イヴァ!?」

 

 

 この世から、消えた。

 

 

「イヴァ!? イヴァ!! イヴァア!!!」

 

 

 空へと消えていく黒い粒子をリインは必死に掻き集めようとした。だがその手は虚しく、空中を彷徨うだけだった。

 

 

「イヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアア!!!!!!」

 

 

 祝福の風の泣き声が『アイセシア』に響き渡る。

 

 

 

 

『取引の内容はこうだ。シグナム達を討伐に参戦させ、俺と敵対関係を作れ。そしてあいつらの罪を抹消してくれ』

 

「………」

 

『俺は家族には刃を向けられない。そこを突けば俺を討てる確率が上がる。悪くない話だろ?』

 

「………っ」

 

『……悪いな、リンディ。お前にこんな嫌われ役やらせて。それと……ありがとうな』

 

「……イヴァ……!」

 

『俺はユフィと何処かの世界で暫く隠居生活を送っとくよ。またどっかで会おうな』

 

「死んだら……会えない……じゃない……!」

 

『それまで俺の家族、よろしく』

 

「あああっ……! あああああっ! ああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

『いいか、お前達はこの作戦に参加しろ』

 

「イヴァ……」

 

『そうすればお前達の罪は全て消えるだろう』

 

「にい……ちゃん」

 

『家族皆で堂々と外を歩けるんだ。安いもんだろ」

 

「イヴァさん……」

 

『なーに。俺はどっかで隠居生活でもして、ほとぼりが冷めたぐらいに帰ってくるよ』

 

「イヴァ殿……」

 

『それまで子供達の事、頼むな』

 

「……はい……! 貴方が帰ってくるその日まで、我らは貴方に貰った幸せをっ……守ってっ……! 見せますっ……!」

 

 

 

 

『エスティ。俺はお前に感謝してる。俺の魂を拾ってくれたおかげで、俺は皆と幸せを分かち合えた』

 

「………イヴァシリア……」

 

『お前には何度も面倒をかけたな。今度何か別に礼をさせてくれ』

 

「私に……人としての喜びを……」

 

『そうだな……何が良いかな……』

 

「ずっと……教えてくれるのでは……なかったのですか……?」

 

『そ、添い寝? そんなもんで良いのかよ? って、俺もう妻子持ちなんだけど……』

 

「……嘘つき……」

 

『いや、今更って……そうだけどさ……まぁ良いか。分かった、それでいこう』

 

「嘘つき!!」

 

『……ありがとうな』

 

「嘘つきぃぃぃぃぃいい!!!」

 

 

 

 

 イヴァシリア・ムトス・エラフィクス討伐作戦。この作戦は成功し、イヴァシリアは死亡。被害は本作戦に参加した魔導師の八割が死亡。十三騎士団ナンバー6、ミュリオン・デザイアス一等陸佐がイヴァシリアの仲間と思われる女性の攻撃により重傷。意識不明の状態。

 そして十三騎士団ナンバー11、ユーリ・ローウェル一等陸尉はもう一つの討伐対象であったユーフェルナル・フォン・メネラテスと共に行方不明。ユーフェルナルの仲間と思われる男女三人も同時に姿を眩ませた。

 

 更に、本作戦にイヴァシリアの家族であるヴォルケンリッターが参加した為、闇の書事件の罪は無罪放免。イヴァシリアが死亡した事により人質の価値は無くなったが、管理局に貢献する事に処する。これは最高機密である。

 

 その他の者については全て、リンディ・ハラオウン提督が引き続き管理役として監視する。

 

 

 

 



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最終章最終話



行こうか。


 

 イヴァの死亡より三日後。リイン達に笑顔は無かった。リインはイヴァの死が自分にあると思っており、ずっと部屋で泣いている。蓮夜は管理局に怒り狂い、剣誠はずっと黙って何かを考えており、神楽は襲われた時の恐怖でずっと怯えている。はやては何も出来なかった事に悔しく思っており、フェイトもずっとプレシアの胸で泣いており、なのはも泣いていた。

 

 そしてミリィは子供だからかイヴァの死を理解出来ておらず、イヴァに言われたとおりずっと良い子にしていれば帰ってくると思っている。シグナム達は大切な家族を犠牲にして罪を消した事に後悔しており、しかしその分家族を守り通すと誓った。プレシアはイヴァとの最期の会話があんな喧嘩別れのようになったことを少なからず後悔していた。

 

 そして管理局側、リンディ・ハラオウンはイヴァシリアという友人を殺してしまった要因である自分を許せなかった。だから、その罪を一生背負う事を決め、これからこの先、イヴァの家族をずっと命に代えても守り通すと誓った。それが唯一の罪滅ぼしなのだから。

 そのリンディの息子、クロノも同じく悲しんだ。そして実の母がイヴァの死の要因だと知り、リンディを責めたが、自分は何も出来なかった事もあり、それ以上何も言わなかった。

 

 十三騎士団にいたっては二つに分かれてしまった。レオン、アスラ、その他多数の人間はイヴァ側に付き、聖王教会と管理局に反対の意を表している。オーガス、ヤシャ、ミュリオン、他数名はそのまま教会側に付き、命令に従っている。もっとも、ミュリオンにいたっては私利私欲の為に動いているようなものであるが。

 

 そしてイヴァの契約者であるエスティは姿を消した。

 

 

 

 

「……蓮夜君」

 

「……何だ?」

 

 

 はやては自室で蓮夜の背中に背を預けながら重苦しそうに言葉を発した。

 

 

「……私、決めたで」

 

「………」

 

「私、お義父さんの様な強い人になる。管理局でのし上がって、全員を守れる強い人になる。絶対や」

 

「……そうか」

 

「せやから、蓮夜君。力を貸してくれへん?」

 

「………」

 

「……蓮夜君?」

 

「……俺は、他にやらなくちゃならねぇ事がある」

 

「え……?」

 

 

 蓮夜は父が遺したコートを手に取る。ぎゅっと握り締め、怒りに染まった赤い瞳で天井を睨みつけた。

 

 

「だから、お前とは別の道になっちまう」

 

「そんな……!」

 

「……けど、同じ道になったら、力になってやる」

 

「……うん」

 

 

 二人は背中合わせのまま手を握り締めた。

 

 

 

 

「………」

 

 

 剣誠は神楽の部屋の前に立っていた。父が遺した刀と、ユフィに返して欲しいと言われた黒猫のぬいぐるみを手にして。

 

 

「……神楽」

 

 

 扉の向こうで怯えている神楽に語りかける。

 

 

「俺……この家を出るよ」

 

 

 神楽の部屋からは何も反応は無い。それでも剣誠は語り続けた。

 

 

「皆を守るって言ったのに……何も出来なかった。それどころか俺は力に呑まれて義父さんを傷つけた」

 

 

 剣誠は悔いている。己の力をコントロール出来ず、父に牙を向けてしまった事を。

 

 

「だから……もっと強くなって………」

 

 

 剣誠は言おうとした言葉を飲み込む。

 

 

「………元気でな」

 

「ケン!」

 

 

 勢い良く扉を開けて出てきた神楽だが、そこに剣誠の姿は無かった。

 

 

「ケン……」

 

 

 神楽はその場に座り込み、膝を抱える。

 

 

「ヒッグ……また……独り……嫌だよぉ……」

 

 

 神楽は涙を流す。家族を失い、また家族が出来たのに、また父親を失い、剣誠までいなくなった。それは神楽にとってはとても辛い事だ。

 

 

 

 

 悪魔は死んだ。いや、存在を消した。その事実は変わらない、消えない。

 悪魔は多くの人間を救った。喜びを与えた。笑顔を与えた。温もりを与えた。

 悪魔は守った。己の家族を。己の友を。己の全てを懸けて。

 悪魔は守りきれなかった。家族という絆を。愛する者達の本当の笑顔を。

 

 だが忘れるな。悪魔には悪魔の意志を継いでくれる子供達が居る事を。家族が居る事を。

 その意志は次の世代に受け継がれ、そして――――。

 

 

「やっと手に入れたわ……貴方の魂」

 

 

 次なる争いの種へと変わる。

 

 

 






これで完結です。第二部はすぴばる小説部で投稿し続けてます。こっちでも投稿しようかなとは思っておりますが、なにぶん、ちょっとカオスになってきたかもで、こちらに投稿する場合は、だいぶ修正したものになるかもです。設定とかキャラとか。

その時はまたよろしくお願いします。では、また会える日を。




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