無記名霊基の英霊達 (日立インスパイアザネクス人@妄想厨)
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白亜宮殿のセイバー
囚われの王妃


 ――目を覚ますと、そこは牢屋だった。

 どうしてここに居るのか自分でもわからない。カルデアで魔術トレーニングを行なって疲れてしまい、マシュにマイルームのまで連れて行ってもらってベッドに放り込まれた所までは覚えているのだが……?

 そこのところどう思うかね後輩くん?

「すいません。私にもさっぱり……」

 デミ・サーヴァント状態のマシュは俯きながらそう言った。

「フォウ!」

「あら? どうしたの? まぁ、こんな所にもお花は咲くのね」

 最初は夢かと考えたが、この空間の感触がただの夢とは思えなかった。まるで魔術的な結界に囚われてるようで、何もしなかったらずっとここに囚われてしまいそうな錯覚に陥る。

「それにしてもあなたを見てると……こう、力を込めてむにむにしたいですわね? どうしてかしら?」

「フォウ!? フォゥゥ……」

 牢を区切る柵は魔術の込められてない普通の鉄(多分)。マシュの力ならすぐに出れるだろうか。そう聞くとマシュは盾を奮ってあっという間に鉄柵を破壊した。

 ……と言うことはこの牢屋自体に魔術的要素は無いってことか……。

「フォウ、フォーウ!」

「きゃっ、そんな所に入らないで! もう、ハレンチな子!」

 

 ――そろそろ話しに入ってきてくれませんかね王妃? ←

 ――フォウ君、今どこに入ったんだい?

 

「そうです。恐らくですが、ここは『ギネヴィア』さんの夢ではありませんか?」

 マシュがフォウと戯れていた少女に尋ねると、少女はおもむろに目を向ける。

 彼女の髪は濃い金色。財宝や金貨のような無性に手に入れたい、と思わせる魔性を漂わせており、細かい宝石のついたサークレットが髪を纏めている。白を基調としたドレスにも宝石や金の金具が取り付けられ、いかにも王族の一員だとわかる。……が、誰もが見惚れるような端麗な(かんばせ)には彼女が居た時代には無い眼鏡が掛かっていた。

 彼女の真名はギネヴィア。

 かのアーサー王の妻であり、アーサー王伝説の終焉を引き起こした王妃だ。

 

 マシュの問いに、ギネヴィアはふふっ、と微笑む。

「いかにも。ここは私わたくしの見る夢の中ですわ。と言うことは、私とマスターの繋がりはより深くなったという証なのでしょうか?」

 そう言ってまたフォウ君を持ち上げたり降ろしたりして遊びだした。

「確かにマスターがサーヴァントの夢を見ると言うことはありますが……何故私たちは牢屋に居るのですか?」

「私もよくわかりませんが、多分攫われたのではなくて?」

 と、さらっととんでもない事を言っちゃう王妃様。

「さ、攫われた?」

「ええ、ここは騎士マリアガンスの城の地下牢ですわ。一度来たことがありますもの」

「……何でそんなにリラックス出来るんでしょうか」

 その悠長な様子にマシュは困惑しながら問いかけた。対してギネヴィアは、

「攫われる事に慣れてますもの」

 あっけらかんと自慢にもなりそうにない事を言ってのけて自分たちを唖然とさせるのであった。

 

――とりあえずここから出よう ←

 

「そうですね。ここがギネヴィアさんの知る城なら待っていても問題ないですが、簡単に出れるなら出た方が良いかもしれません」

 牢屋は狭苦しくて気が滅入るしね。

 それにギネヴィア曰く、ここの警備は『生前ならともかくサーヴァントなら簡単に突破できる程度ですわ』との事だ。

「ギネヴィアさんもそれで良いですか?」

「……夢とはいえ生前通り助けに来てくれるとは限りませんし……よろしくてよ」

 彼女はゆるりと立ち上がり、背伸びをした後マシュが破壊した鉄柵を潜っていく。何処までもマイペースな彼女に思わずため息を吐いてしまうのだった。

 

     ◆

 

「あれは、この城の警備兵みたいですね」

 地下から階段で上がってようやく一階まで来た所で自分たち以外の人間を見かけた。

 重厚な鎧をまとい辺りを警戒している彼らはいかにも中世の騎士としか表現できない佇まいだ。

「結構人が多いですわね」

「そうでしょうか? ひとまず様子を見て進みましょう」

 そうして注意して出口を探しながら進んでいる。と、不意に、

「しかしまあ、私の夢とはいえ、そんなにも(マリアガンス)は私を求めたいのでしょうか。この身はすでにアーサーのもの。……主君の王妃を誘拐するなど、領地はく奪も生ぬるい所業ですのに」

 呆れるような口調で言う。

「私自身そういった事はまだわかりませんが、この間読んだ小説で身分違いの恋というのがありました。手が届かない、けれどすべてを投げ打ってでも傍に居たい。命を懸けた愛なんて、私は素敵だと思います」

「掠奪愛というものですの? ……やっぱり理解できませんわ。そんなことしても殿方も姫君も不幸になると言うのに」

 

 

「――っ! 後ろが騒がしくなってきました。牢を抜けたことがバレたようです!」

 ざわざわとした喧騒が後ろから響く。遠くに居る兵士も何事か起こった事を察したようだ。

「ふぅん。ここは強行突破がよろしいかと」

「わかりました。マスターもそれで良いですか?」

 

――峰打ちでよろしく! ←

――いのちはだいじに。

 

「戦闘開始です!」

 マシュは自身の身長ほどもある盾を構え。

 ギネヴィアは左手を上げ前を見据え。

 二人は警備兵の元へ駆け抜けた。

 

     ◆

 

 

「はぁ!」

 迫りくる槍の一刺しを盾で受け止めたのち、穂先を盾の表面を滑らせて一気に敵の懐に入り込み、強烈な一撃を与える。グワン! という轟音と共に敵は壁際まで吹っ飛ばされて動かなくなった。……死んでないよね?

 一人が倒れ、なおマシュは次の相手に向かって行く。左右から同時にくる攻撃を盾を器用に使って防ぎ、カウンターで反撃する。その繰り返しで人数は結構減った。

 

 マシュの離れた所でギネヴィアは指を振る。指揮者のように、周りを敵に囲まれた状態で、だ。

「ハイ、ワン、ツー!」

 だが、彼女に兵士の攻撃は届くことは無い。

 彼女が軽く手を振ると周囲に10の武器が現れて、それぞれが独立して攻撃と防御を行なっている。

 英雄王のような射出ではなく、舞踏会で舞うように。剣と槍が敵を打ち倒していく。

 

「一気に畳みかけます!」

「承りましたわ」

 ここでマシュに『瞬間強化』をかける。直後、マシュを囲っていた兵士の壁が崩れ落ちるのが見えた。

 マシュは敵の息があるかを確認したらすぐにギネヴィアの元へ駆け寄ろうとし、やめた。ギネヴィアの方も決着が着くようだ。

「アグラヴェイン! オザンナ! テンポを上げて!」

 斬撃と刺突の鋭いコンビネーションが次々と敵の意識を奪っていき、たった今最後の一人が地に伏したところだ。

 ふぅ、と一息つくと剣や槍は粒子となって消えていく

 

「疲れました……ケイのお茶が飲みたい気分ですわぁ」

 相変わらず悠長な事を言うギネヴィア。

 だが、ここは出口ではなく、まだ終わりではないのだ。

「ゆっくりしている場合じゃありません! まだ後ろから追ってきています!」

 



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囚われの王妃

追手を撒きながら進むと出口らしい扉が見えた。

 ここに来るまで警備兵はどんどん増えていき、扉を見張ってる兵は最初とは比べ物にならないほど多かった。まるで扉へは行かせないように。

 ということは、この夢はあの扉がゴールではないか?

「とはいえ、この数は……!」

 ……室内の広さと人数がアンバランス過ぎて気持ち悪い事になってる。がちゃがちゃでムシムシなので早く出たいものだ。

「――っ」

「? どうしましたギネヴィアさん?」

「いえ何も……」

 心配なさらず、とギネヴィアは言うが……。

 

――コンディションに問題がある? ←

「私の体には傷一つありませんわよ。あったとしても『医術』スキルであっという間」

「……次の戦闘は長丁場になると思います。万が一の事があれば私たちはこの夢から出れない可能性がありますので、何かあればおっしゃってください」

「コンディションには何もありませんわ。あるとしたらメンタルの方です」

 ふっと目を閉じて深呼吸するギネヴィア。

 そんな彼女にかけてあげる言葉は――

――自分たちがフォローする! ←

――ギネヴィア出来る子!

「マスター……」

 再度、ギネヴィアは深く空気を吸う。

「その言葉を信じますわよ? 今からどのような事があっても……あなた達の力を借りますので」

 目を開け自分の瞳を見つめ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。……意を決したようだ。

 

 警備兵の前へ出て二人は交戦の態勢を取った。

 守りは強固。

 こちらは英霊二人であってもかなり手間取るだろう。だからこそ、マスターがしっかり采配せねば。

「マシュ」

「はい。戦闘開――」

 

 

 直後に扉の方から爆風が襲う。

 思わず顔を手で覆い、吹き荒れる風を耐え凌ぐ。

「我が騎士たちよ、我らを守りたまえ!」

「マスター!」

 マシュの声がして、恐る恐る顔を上げると盾を構えたマシュと10の武器で柵を作ったギネヴィアの姿があった。

「助かりましたギネヴィアさん」

「――……」

 返事は無い。ギネヴィアはただ爆心地を見据えている。

 

 外からの衝撃で破壊され粉々になった破片が玄関ホールに散らばり、

 覆い尽くしていた警備兵は今の一撃で全滅、

 その先に居るのはたった一人の騎士、

「そう、今回はランスロットではなく貴女が来るのですね。アーサー」

 黒馬(ラムレイ)を駆り黒の(フルアーマー)を身に纏いし聖槍の騎士。

 ……何でアルトリアがここに居る!? 

 それにあれは絶対に助けに来た様子じゃない!

「うふっ。ここで貴女が、それもロンゴミニアドを持って参上とは……何たる皮肉ですの?」

 乾いた、自らを嘲ける笑いをするギネヴィア。

「マスター。ご存じでしょうが、今のあの方は敵対すると決めた時のお姿。私たちを全力で殺しに来ますわ。それと恐らくですが、何処かで非情さを兼ね備えた理想の王の部分が混ざってるかもしれませんわ」

「でも、何で……!?」

「簡単なことです。私が未来のブリテンで破滅を齎すから。今ここで不都合を消してしまった方が合理的だから、ですわ」

 マシュが息を飲む。その意味は自分にもわかった。

 ギネヴィアが手を振り、武器の体形を変える。その剣先はアルトリアの方へ。

「けれども、この方々は貴女との確執に関係はありません! 裏切りの烙印を押されようとも通させていただきます!」

 

    ◆

 

 アルトリアの行動は迅速だった。

 蹄の音が鳴ったと思えばすでにギネヴィアは槍の間合いに入れられていて、

「っ!」

 アルトリアが槍を振るうのと同時にギネヴィアは2本の剣を、一方は防御へ、もう一方はアルトリアへ向ける。

 『直感』で予期していたアルトリアは迫る剣を見切って、馬上で体を傾けて避けた。しかし彼女の槍は未だにギネヴィアに向けられたまま。

 『直感』に近い感覚で思った。これは防ぎきれない。他の武器を防御に向かわせても、攻撃に向かわせてもあの槍はギネヴィアの体に届いてしまう、と。

 

「『奮い立つ決意の盾』っ!」

 だから咄嗟にマシュに指示を出した。

 槍の標的はマシュに切り替えられ、堅牢な盾とぶつかり合う。衝撃がここまで伝わって倒れてしまいそうだ。

 瞬時にギネヴィアが武器に指示を出した。

 アルトリアを包囲し独自でアルトリアに斬りかかる。

 すぐにギネヴィアとマシュは自分を抱えて離脱する。

「……あの様子だと長くは持ちませんね」

「持ってあと20秒ほどですわね」

 全方向からの攻撃もあのアルトリアからしたら脅威にならないものらしい。武器を馬の踏み鳴らしや槍の一閃で叩き潰してしまっている。

 

 状況は変わらない。むしろギネヴィアの武器は壊れたらしばらく使用できなくなるものだから、こちらの攻撃手段は大幅に削られることになる。ジリ貧だ。

「……マスター、宝具を使います。使用の許可を」

 歯噛みして状況を整理していると、ギネヴィアがそう言ってきた。

「非常に心苦しく思いますが、『彼』の実力ならあの方に匹敵するでしょう。……ただ単純に呼び出しても無駄かと、一瞬で一太刀入れなければ勝てる見込みはありませんわ」

 

 ギネヴィアは基本戦わないサーヴァントだ。

 武器を持たない、魔術は使えない、指揮の才もない、と三拍子が揃った姫系サーヴァント。

 そもそもどうやって聖杯戦争で生き残るかわからないサーヴァントだが、他のサーヴァントと渡り合えるすべは存在する。

 自分以外の者に『戦ってもらう事』だ。

「では私が足止めを行ないます」

 ならば宝具を使うタイミングは自分が図る。

 そしてギネヴィアはその間、魔力を温存し、神経を尖らせ、宝具を使う瞬間を待つ。

 これがあのアルトリアを退けるフォーメーション。

 

 作戦が決まり、すぐに行動に出た。

 マシュがアルトリアに突貫する。

 黒馬にダメージを与えて機動力を削ごうとした攻撃だったが、アルトリアは槍の一突きで止めてしまった。

 轟音。

 今回の衝撃は体格差のあるマシュのみならず馬に乗ったアルトリアも後ろへ下がらせる威力があった。

 瞬間、アルトリアがスキル『魔力放出』を発動する。

 元々持っていた『騎乗』と併せ、黒馬すら一つの兵器。ロケットの様な直線の突貫にマシュは危険を感じて防御のスキル『今は脆き雪花の壁』を発動し衝撃に備える。

 しかし、アルトリアはマシュにとって予想外の行動をとった。

 速度の乗った黒馬はアルトリアの『魔力放出』によってジグザグ走行を行ない、マシュの横を通り過ぎたのだ。

 

 ――彼女の後ろにはマスターとギネヴィアだけ。

「先輩!!」

 握った手を前にだしているギネヴィアに向かってアルトリアは突き進む。

 彼女はこちらの狙いに気づいていたのだろう。

 そもそもアルトリアとギネヴィアは色々あったとしても伴侶。ギネヴィアの手札も考えも知っている。

「『緊急回避』!」

 それはこちらも同じ。合理性に長けたアルトリアは攻撃手段を潰すために真っ先に向かうのはマシュではなく自分(ギネヴィア)の方だと、ギネヴィアは自分に話してくれた。

 『緊急回避』によってギネヴィアは姿勢をそのままにマシュの後ろへ転移(ワープ)する。よかった、まだ集中は切れていない。だがまだ勝負は終わっていない。

 

「宝具、展開します……! 仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 事前に打ち合わせたようにマシュは宝具の光の壁を展開する。これで少しでも時間を稼げれば……!

 アルトリアは取り逃がしたギネヴィアを睨み、黒馬の軌道を大きく弧を描き速度を落とさないで視線の方向へ向かい、壁にぶつかる。

 さすがにスキルの効力が切れてるのか威力はそこまで無い。

 だが、『魔力放出』を重ね掛け、槍による連撃を繰り出した。

 削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る!

 宝具の効力が切れるまで攻撃を止めるつもりは無い。

「くっ……!」

 マシュが苦悶の声を上げる。宝具で守られても落ちないアルトリアの攻撃の破壊力は、はた目から見ても安心できるものではないと感じられる。

 耐えてほしい。今すぐ魔術を使って手助けしたいが、まだ駄目だ。全てはギネヴィアの一撃に掛かってる。そのタイミングを見極め終わらせるためにここはマシュに頑張ってほしい。

 だから耐えてくれ。最後の一撃のために――。

 

 

 そして、時は満ちた。

 アルトリアの攻撃が一時的に弱まる。どうやらまたスキルが切れたようだ。

 その瞬間が来た時、ギネヴィアに合図を送った。

「――我が騎士。我が愛しの人よ」

 握っていた手が離される。

 白い手から零れたのは装飾の無い指輪。

「――未だ愛があるのなら、我が元へ」

 指輪は地面に落下し、小石が落ちた湖面の様に吸い込まれ、

 

恥辱を耐えし我が騎士(デュ・ラック・エンゲージ)

 地面から這い出した人影は目にも止まらぬ速さでマシュを通り過ぎ、アルトリアを袈裟がけに斬りつけた。

 剣の宝具を持たないギネヴィアの、剣の英霊(セイバー)たる由縁。

 円卓最強と呼ばれる騎士は黒いオーラを纏わせてアルトリアの心臓に剣を突き立てる。

 

 噴き出る血。直後に薄くなる彼女の存在。

 終わった。体の端から魔力の粒子に還る様子をみてそう確信した。

 だが、

「申し訳ありません、王よ。――貴女にまた剣を向けてしまった」

「……いいのですランスロット。『この方』は私の夢。本来は私が処理しなければならない独りよがりの幻影」

 ギネヴィアと、魔剣を携えた美丈夫の表情は晴れない。

 ……そこにどんな感情があるのか。容易に踏み込むことは出来ない。

「……いつか、あなた達と――」

 ギネヴィアが何か言う前に、アルトリアは粒子となって消えて行った――

 

 美丈夫の騎士は座に帰り、ようやく自分たちは日の目を見ることが出来た。

「夢も終わりですわね」

「はい。……ギネヴィアさん」

「ここは私の夢の中。何か尋ねられたら胸に抑えてる気持ちを誤魔化せなさそうなので、質問は控えてくださる?」

 そう言われたらマシュも自分も黙るしかない。

 けどそれでいいかもしれない。

 

――起きたらお茶会でもしよっか。 ←

 

 そういうとギネヴィアは口元を隠してふふっと微笑み、

「そうと決まればさっさと起きなさい。ケイに飛びきりのを淹れさせましょうか」

「それは楽しみです。私もドクターの所から高級品のクッキーを盗ってきますね」

 うん。お菓子の出所はともかくとして、王宮付の執事の入れるお茶だ。絶対に美味しいに決まってる。

「マスター、マシュ。また後で会いましょう」

 ギネヴィアの声が遠くなる。そう認識した瞬間に意識がぼやけて言った。

 

 

「マスター。私はあなた達を裏切りませんわ」

 眼鏡のリムに触れる。

 ギネヴィアが三度目の再臨をした折、実は遠視眼だったと知ったマスターがくれた物。

「セイバーのクラスで召喚してくださった恩、必要も無いのに眼鏡をくださった恩」

 その時ギネヴィアは不要だからと断ったのだが、押し付けるように渡され結局掛けることになったのだ。

 ちょっと恥ずかしく感じながらマスターに感想を求めると、マスターはこう言った。

 

――ああ、やっぱり顰めた顔よりその方が似合ってる。

 

 そう言ってくれたのはあの方以来。

「あの時は照れ隠しつい反論しましたが、本当は嬉しかったですのよ?」




円卓の王妃

真名:ギネヴィア
身長:159cm / 体重:44kg
出典:アーサー王伝説
地域:イギリス
属性:中立・混沌
性別:女性
実は遠視眼。名実ともに眼鏡っ娘。

ステータス:筋力C 耐久A 敏捷D 魔力B+ 幸運C+ 宝具B
保有スキル:
麗しの姫君C+:近衛兵を集めるカリスマ性。このスキルのおかげで耐久が2ランクほど上がった。
医術C:教会の尼僧としての医療術。ある程度の怪我、病気などを治せる。
対魔力C:魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。セイバークラスだが彼女は魔術と関わりが無いため低い。
騎乗E:彼女自身が騎乗することは無い。

宝具:
恥辱を耐えし我が騎士(デュ・ラック・エンゲージ)
ランク:A
種別:対人宝具。
レンジ:1~2
最大捕捉:1人
 ギネヴィアが誘拐された時、ランスロットに彼女の危機を知らせた指輪。
 この指輪を触媒にクラスに縛られない状態のランスロットを召喚することが出来る。
 またこの状態のランスロットの剣、『無毀なる湖光』には《円卓》特攻が付いている。
王妃近衛部隊(テン・ナイツ・オブ・ギネヴィア)
ランク:C+
種別:対人宝具。
レンジ:1~10
最大捕捉:10人
 アグラヴェイン。ブランデレズ。サグラムア。ドディナス。オザンナ。ラディナス。ぺルザント。イロンシード。ぺレアス、執事のケイによって構成されたギネヴィアの近衛兵。
 彼らの持つ武器はそれぞれ彼女の指示が無くとも自立して行動する。ブリテン式オートマチックウェポン。
 また、ギネヴィアの同意があればギネヴィアのステータスを振り分けて彼らの武器のランクを上げることが可能。


 アーサー王の時代を一人の騎士との不義によって終焉を招いた少女。
 円卓の持ち主である戴冠王レオデガレンスの娘で後ろ盾が必要だったアーサー王と婚約を交わし、アーサー王の王妃となった。
 ……が、この世界におけるアーサー王は実は女性で、政略結婚せざるを得なかった悲劇の女性である。また『ギネヴィアを手に入れると同時に王位が手に入れられる』という運命にあり、彼女の思ってるような華やかな結婚生活は望めなかった。
 そんな状況でランスロットに転ぶのは致し方が無いのかもしれない。

 ――しかしそれも上手くは行かなかった。
 ランスロットはギネヴィアを異性として愛していたが、結局は『臣下としての忠誠』が上回っていたため、一人の人間としてのギネヴィアを見ることが出来なかった。
 一人の女として見ることを欲したギネヴィアはさらに深みに嵌っていき、次第に自身とランスロットを窮地に追いやっていく。

 一見、肩の力が抜けた悠然とした女性だが、実際は冷静に物事を現実的に捉えることが出来る女性である。
 彼女の思う『理想に殉じる王女』像を演じているだけ。
 マスターとは当初、一線を引いた感じで接してくる。魔術師に対して良い記憶が無いので仕方がないが、セイバーとして呼び、彼女の本質を理解してくれるマスターには次第に心を許していく。
 また、アルトリアとの関係は良い方なのだが、夫婦としては壊滅的。いかんせん彼女達の恋愛の対象は共々ノーマルなのだ。
「「そっちのけはありませんので!」」



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サーヴァントマテリアル

現在小説へのモチベーションが上がらず1行書いては1行半を消す行動を繰り返しています。
今回はバレンタインデーに書いた話でギネヴィアの話を読み返していたら『設定がアレだな』と思い、ちょっとマテリアルを書き直しました。スキルが2つだけだった時代の設定だったのでスキル強化もしてみました。


真名:ギネヴィア

 

円卓の騎士王の王妃。

『騎士王』アーサー・ペンドラゴンが王としての伝説は彼女の一目惚れで始まり、理想の騎士との不義をきっかけに円卓の崩壊へと導いた、恋によって物語の開幕と閉幕を彩った女である。

しかし初恋の相手が女性だったことが彼女の最初の不幸であり、また騎士王の掲げる理想に追従できるほど強い王妃になれなかったことがその後の運命を決定付けてしまう。

円卓崩壊後は修道院に入って余生を過ごしたという。

 

身長:159cm / 体重:44kg

出典:アーサー王伝説

地域:イギリス

属性:混沌・善・地

性別:女性

実は遠視眼。名実ともに眼鏡っ娘。

 

ステータス:筋力C 耐久A 敏捷D 魔力B+ 幸運C+ 宝具B

保有スキル:

麗しの姫君C+:統率力としてではなく、周囲の人を惹き付けるカリスマ性。ギネヴィアの場合、宝具で騎士を霊体で召喚することができるが、彼女に付き従うカリスマ性は騎士との相性次第であるためこのランクに落ち着いている。このスキルのおかげで耐久が2ランクほど上がった。また後述の宝具との相乗効果で攻撃力がアップする。ゲーム的には「自身に無敵状態を付与&毎ターンHP回復状態を付与&攻撃力アップ」

 

医術C:迷信が蔓延っていた当時の医療技術より数段優れた近代的医術。なお、このスキルは現代の基準で比較するのではなく、サーヴァントの生きた時代の基準で判定するものとする。教会の尼僧としての医療術。ある程度の怪我、病気などを治せる。

 

戴冠の証A:認めた者を擬似的に王族としての威光を与える。王族の娘としてお受けに繁栄をもたらす者を迎え入れる宿命、または血族以外の者に王権を授ける者としての起源。古来より、姫君の役割は王家の血を絶やさないための保険《リザーブ》であり、優秀な人材を取り入れる楔である。貴き血統には永き縁故を。良き血には王家の寵愛を。……嫁入り道具EXとか言っちゃ駄目。ゲーム的には「味方単体にスター集中度大アップ&宝具威力をアップ&無敵状態を付与&【王】属性を付与」

 

対魔力C:魔術に対する抵抗力。戦う者ではなく魔術にも精通していない彼女はセイバークラスあるまじき低さを誇る。

 

騎乗D:乗り物を乗りこなす能力。自らが騎乗し操ることは出来ないが、ある程度他者に騎乗させて操らせる行為を指南させることが可能。

 

宝具:

恥辱を耐えし我が騎士(デュ・ラック・エンゲージ)

 ランクA

 対人宝具。

 ギネヴィアが誘拐された時、ランスロットに彼女の危機を知らせた指輪。

 この指輪を触媒にクラスに縛られない状態のランスロットを召喚することが出来る。

 またこの状態のランスロットの剣、『無毀なる湖光』には《円卓》特攻が付いている。

 ゲーム的には「敵単体に超強力な『円卓の騎士』特攻攻撃」

王妃近衛部隊(テン・ナイツ・オブ・ギネヴィア)

 ランクC+

 対人宝具。

 アグラヴェイン。ブランデレズ。サグラムア。ドディナス。オザンナ。ラディナス。ぺルザント。イロンシード。ぺレアス、執事のケイによって構成されたギネヴィアの近衛兵。

 彼らの持つ武器はそれぞれ彼女の指示が無くとも自立して行動する。ブリテン式オートマチックウェポン。

 また、ギネヴィアの同意があればギネヴィアのステータスを振り分けて彼らの武器のランクを上げることが可能。前述のスキルとの相乗効果によって相性のいい騎士の武器にヒット数の増加が付与される。

 

マテリアル

 アーサー王の時代を一人の騎士との不義によって終焉を招いた少女。 

 ……が、この世界におけるアーサー王は実は女性で、政略結婚せざるを得なかった悲劇の女性である。

 騎士王が女性であっても、その理想は彼女にも美しく映った。

 だからこそ彼女はその理想を手助けしたいと願い、騎士王と形だけの契りを結び、理想の王の理想の妻として振舞おうとした。……その立場の重さを知らないままに。

 そうして折れた彼女がランスロットに転ぶのは致し方が無いのかもしれない。

 

 ――しかしそれも上手くは行かなかった。

 ランスロットはギネヴィアを異性として愛していたが、結局は『臣下としての忠誠』が上回っていたため、一人の人間としてのギネヴィアを見ることが出来なかった。

 一人の女として見ることを欲したギネヴィアはさらに深みに嵌っていき、次第に自身とランスロットを窮地に追いやっていく。

 

 この金貨の如き王妃にとって、ただ恋に焦がれた日々が一番幸せだった。

 遠目で見た輝く一撃を奮う金砂の英雄が、目の前で青き極光を振るわれた黒騎士が、自分だけを見てくれるであろう英雄たちの勇姿は彼女の心を奪うに十分なものだった。

 時が流れて恋が儚いものだと理解する女性へとなれば、王妃としてこの恋は不必要。それが正しい成長である。

 ……だが、たとえ片思いの失恋に終わり、破滅の未来を迎えようとも、それでも彼女は恋多き少女であろうとする。それが最悪の未来を先延ばしに出来ると信じて。

 

 一見、肩の力が抜けた悠然とした女性だが、実際は冷静に物事を現実的に捉えることが出来る女性である。自身単体で戦えないため、王妃時代に培った観察眼で他の陣営の勢力を観察し戦略思案をマスターに丸投げしてマスターに活躍の場を与えマスターが良い一手を考案したらほのかに褒め不平不満は顔に出さないように心がけ常にマスターの隣に居ても不快に思われないように清潔清廉さを保つなどマスターとの関係をわきまえた立ち回りをする。つまりキャリウー系。

 マスターとは当初、一線を引いた感じで接してくる。魔術師に対して良い記憶が無いので仕方がないが、セイバーとして呼び、彼女の本質を理解してくれるマスターには次第に心を許していく。

 また、アルトリアとの関係は良い方なのだが、夫婦としては壊滅的。いかんせん、彼女達の恋愛の対象は共々ノーマルなのだ。

 




書いた当初はギネヴィアさんの知識は原典一冊+wikiだけだったのですが、他の方の小説から知った事も多かったです。円卓って元々ギネヴィアさんの持ち物だったんですね……。

戴冠の証を書いていて思った事。
むしろギネヴィアちゃんの方が嫁入り道具だったので(ry
レオデ王「円卓と王権あげるから娘貰ってくんろ」
ギネ「は?」


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【バレンタイン礼装】白亜宮殿のセイバー

バレンタイン・デー企画第1弾!
2月現在行われているバレンタインイベントにあやかって短編を描いてみました。
……本当は去年もやろうとは考えていたもののバレンタインデーを過ぎてしまったので……。

今回書くにあたってセイバーの章を読み返したのですが、2年前に書いたものなのでFGO本編のシナリオとかけ離れた部分や本編の新しい設定が出てきて自分の中のイメージがブレてくるのを感じます……。


今回のイベントでインパクト強かったのは新シンの「ラーメンおごってくんろ」だと思う。くんろて。くんろだって。


「…………」

 

――…………。 ←

 

「……フォーウ……」

 なんとも言えない空気が流れている。

 足元に居るフォウ君ですら気まずそうな鳴き声を上げながら様子を伺っている。

 

 今日はカルデア全体が浮かれている日だ。食堂はもちろんのこと、スタッフルームに管制室など人がいる場所ではそういう『甘い』空気が漂っていて和やかな時間が流れていた。

 なのに何故このカルデアの一画が辛気くさく言葉を選びにくい雰囲気に包まれているのかというと、先ほど走ってきたらしく息を切らしてやってきたギネヴィアが持ってきた本日のメインが原因だったりする。

 

 彼女が作ってきたのはミルフィーユパイだった。

 メレンゲを挟んだ丸いパイ生地を何層も重ねたシンプルなもの。この甘酸っぱい香りはレモンを使っているのかもしれない。重なったパイのてっぺんにホイップしたクリームで飾り、半透明な丸く薄いトフィーを乗せ、軽く炙ってキャラメリゼにした彼女特製の一品だ。

 某王様に雑と切り捨てられた国の料理とは思えないほどとても美味しそうなお菓子を前にして思わずヨダレが出そうになるのを抑えると共に、素直に感想を言えない自分にもどかしさを感じてしまう。

 

 ……割れているのだ。パイの中心線に沿うように。

 円柱形の代物であるものだから、その……()()を連想してしまうワケで……。

「…………マスター」

 金貨のような髪を持つ王妃はリムをくい、と上げる仕草をして、

「これは仕様ですわ。(わたくし)らしさを全面に出した!」

 

――その個性は出して欲しくないなぁ。 ←

――その円卓ジョークはあんまり面白くない。

 

「ですわねー……」

「フォウフォウー」

 ガクリ、と項垂れる彼女につい苦笑する。

 ……所でさっきキッチンの方でどったんばったん大騒ぎがあったのを聞いたけど、一体何が起きてたの? まぁ円卓がらみだろうけど。

「初めは、この日に備えてブーディカ様とエミヤのお料理教室でご教授してもらい、円卓の(みな)には内緒で作っていましたわ。ご教授していただいた簡単な焼き菓子を作ってみたのですが……想像以上に打ち込み過ぎてしまって、スコーンを作るつもりがなぜかこのようなものにグレードアップしてしまって……」

 マジか。独学でここまで上り詰めたのか王妃さま。

「満足のいく出来栄えのものが出来たのは本当に先ほどなのです。……その、ですので今日まででご用意できたのはこれだけでして……運悪く元気なアルトリアに見咎められ、『セイバーのお菓子は全て私の物! すなわちそのお菓子は私の物です!』と奪われかけて、そこから食堂を巻き込んだ聖菓戦争が勃発した次第でございます」

 その光景が安易に想像できた。ただでさえ今日は皆が浮かれてるから、ギネヴィアに関係あろうと無かろうと彼女のミルフィーユパイを巡って争っていたんだろう。

 その結果が真っ二つ(コレ)か。

「本当にごめんなさい……。急いでいて気づかなかったとはいえ割れたものをお渡ししてしまうなんて、キャメロットの王妃としてあるまじき失態。後で作り直した上でランスロットと一緒にアルトリアからお叱りを受けに行きましょう。ええ。二人でなら怖くありませんもの。ええ。決して女性職員の方々からちやほやされていたことは気にしていなくってよ?」

 

――おっと案外自分への罰が軽めだぞ? ←

――やめろまた円卓が崩壊する。

 

 心の中でランスロットに合掌。どの道アルトリアとマシュから説教を受けることが確定していそうだ。

 

「フォウっ、フォー」

 不意に足元に居たフォウ君が肩まで駆け上がって一声。言葉はわからないけど、なんとなく急かしているような声だ。

 フォウ君の言いたい事はよくわかる。

 バレンタインで贈り物を受け取る側の対応はひとつだけ。

 それが第二次カムランを防ぐ一手でもある。

 

――結局は割れても美味しいし。 ←

――ぜひいただこう!

 

「まあ」

 さも驚いた! というようにギネヴィアは両手で口を覆った。

 割れた所で食べられないこともないし、彼女の想いが詰まったものを破棄させるわけにはいかないじゃないか。

「フォウっ、フォーウっ!」

「そうおっしゃるとは思っていましたが……やっぱり嬉しいものですわ」

 まるで『イグザクトリー!』と言っているようにフォウ君はまた一声上げ、ギネヴィアはフフっ、とたおやかに微笑む。

「ありがとうマスター。これからも共に歩みましょう」

 

      ◆

 

「あら? あなたは……。マスターに着いていかなかったのですか? ごめんなさい、今は遊べませんわ。これからアルトリアやランスロットたちの分も作らないといけませんの」

「フォウ? フォーウキュっ?」

「え? ……ああ、お菓子が出来上がった時、最初に食べていただきたいと思ったのはマスターでしたわ。アルトリアとランスロットではなくて。出来れば3つ同時に作れたらよかったのですけれど」

「フォー……」

「マスターが一番の理由は、そうですね……うまく言葉に表せられないのですが――」

「フォ?」

 

 

「ちゃんと(わたくし)を見ていただける。きっと理由はそれだけで十分だったのでしょう」




王妃特製の割れフィーユパイ
ギネヴィアからのバレンタインチョコ?
王妃お手製のミルフィーユパイ。
料理初体験のギネヴィア妃がキッチン英霊からご教授なされた焼き菓子を凝りに凝った結果別の御菓子になられた逸品。
どういう因果か丸いミルフィーユは真っ二つに砕け遊ばせたものの味は折り紙つき。

ちなみに何故形状的にもお召し難い丸いミルフィーユをチョイスなさったのかというと、
「いじわるではなくてよ? ミルフィーユにはキチンとしたお召しあがり方がありますので、マスターが四苦八苦しているところを優しく教えて差し上げて急接近しようなんて魂胆はありませんわ!」
という乙女の計算高さ(あざとさ)なんてなかったんだからねっ。


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アルスターのランサー
ルーザークエスト!


 木々が生い茂る子の森では生物の気配が捉えにくい。

 右か。前か。左か。後ろか。上か。下か。

 敵は何処からでも襲い掛かって来る可能性がある。

 

「贄を溶かすように絞殺せよ、イチイの根(クリヴァル)っ!!」

 

 彼女の右手から毒々しい色の蔓が勢いよく四方に伸びる。

 通常の植物の成長速度ではありえない伸び方をする蔓は藪に潜むウェアウルフに巻き付き、その獣骨をへし折る。

 それでも取り逃がした獣人を見ると、空いている左手から蔓を伸ばして獣人の脚を叩き折った。

「せいやっ!!」

 次いで、マシュの大盾を振りぬいてウェアウルフを屠る。……今の彼女を見ると、骸骨に手間取っていた頃を思い出してしみじみした気持ちになるな。

 そんな二人の猛攻を受け、逃走するウェアウルフがちらほらと。

 それを見た二人はアイコンタクトを交わし、

「行きます! はぁっ!!」

 あろうことかハンマー投げの要領で盾をぶん投げた。

 回転して木々をなぎ倒し逃げていた狼頭の一体をすり潰した。……本当に立派になって。

「まだまだァ!」

 さらに彼女の蔓の鞭が盾を追いかけて伸び、捕まえた。

 回転しながら飛ぶ盾は彼女の巧みな鞭さばきで方向を変えて、別のウェアウルフを巻き込みヨーヨーのように彼女の手元へ戻ってきた。

 鞭を手に巻き付かせて辺りを警戒する。

 しばし待っているとふっ、とピリピリした雰囲気が無くなるのを感じた。どうやら敵は居ないらしい。

 

「それが(ルイン)の力なんですね」

「その通りだ。闘争、流血の気配を感じ取り、血を啜るために我が腕に巻きつくじゃじゃ馬だ。担い手の血すら糧にする困りものだが、性質を利用すれば良い猟犬となる」

 片目を細めて質問に答える今の彼女は戦ってる時の威圧は無い。

 獣に切り裂かれた顔を持つ彼女は、痛々しく恐ろしい風貌とは裏腹に丁寧な態度で接してくる、戦えば伝わる肉体言語主流なケルト勢の中でも話しやすい部類の人物。

 また守護を行なったサーヴァントでもあるためか、マシュと度々話し合う姿を見かけることがある。あんな無茶苦茶な大技も事前に打ち合わせてたのだろう、見た時は驚きはしたけどそんなにひりひりした感じは無かった。

 

 

 それ以上に心配な事があるから気にならなかったのかもしれない。

 

「――少し休憩を入れましょうか。ここら辺のウェアウルフは倒してしまったようですし、連戦はマスターの気力を使ってしまいますから。喉は乾きませんか? カルデアからお茶を送ってもらいますね先輩」

 そう言ってカルデアへ連絡を飛ばすマシュ。

 そのタイミングを見計らい、彼女へ耳打ちした。

 

――大丈夫? ←

 

「……まだだ。この『ケルトハル』、この程度で倒れるわけには……!」

 

     ◆

 

事の発端はロマンから診察を受けていた時。

 

「失礼する。……貴様も居たのか」

「やあケルトハル。――と、僕は邪魔だったかな?」

 度重なるレイシフトで体に異常が無いかをAEDに似た機械で調べてる時、自動ドアが開いて白髪交じりの黒髪と隻眼が特徴の人物が入って来た。

 

 ケルトハル・マク・ウテヒル。

 ランサーのサーヴァントとしてカルデアに現界されたケルト神話の勇者。

 赤いタイツで身を包み、首に付けた鉄のチョーカーから伸びた鎖が四肢に巻き付かせた罪人を思わせる格好はケルトの戦士たちの中で多少違和感を感じる。背の高い赤枝の女戦士は鋭い隻眼を優しく細め、ロマンに別に構わないと断った。

 

――何か用? ←

 

「……簡単な相談だ。自分を運用する上で聞いてもらいたい話だ」

「ただ事じゃないね。一体どうしたんだい?」

 確かに。

 戦ってる最中にもしもの事があればケルトハルは勿論、一緒に戦ってる仲間まで座に戻されるかもしれない。AEDから延ばされたコードを抜いて椅子を引いて来て座るように言った。詳しく話を聞かないと。

 促されて座ったケルトハルはわずかに視線を彷徨わせて、おずおずと話し始めた。

「……召喚時から感じていたのだ。何かが足りない。まだサーヴァントに成りきれてないと。坊主やフェルグス殿、スカサハ様ほどの霊格を持っているとは思ってはいないが、十全じゃないと感じているのだ」

 霊格云々関係なく、ケルトハルはしっかりしている。癖の強いサーヴァントと上手く取り持ってくれたりするし、索敵や計略などマルチに役立ってくれてる。

 自信なさげな彼女にそんなことは無いと返すがあまり意味を為さなかった。

「……」

「う~ん……ランサーとして召喚されたから弱体化した、って事もありえるけど、ケルトハルはランサー以外に適正クラスは無いしね」

 一緒に話を聞いていたロマンが口を開いた。

「そもそもカルデアの召喚は通常のものと違うからね。その所為で本来の霊格を取り戻してない事もある。もしかしたら今回もそれかもね」

 心配ないよ、と微笑むロマンに釣られて笑う。

 それだったら話は速い。他のサーヴァント達と同じように、特訓あるのみ! ……あれ、なんか考え方がケルト流?

 すると、

「それだけではない。ここからが大切な話だ」

 腕を掴まれてベッドに戻された。

「まだ何かあるのかい?」

「……まぁ、その……至極個人的で、戦いには直接関係ないというか大いにあると言うか……マスターには伝えるべき事で、はぁ……」

 妙に歯切れが悪い。

 一体なんだろう? と身構えていると、意を決したようで目線を合わせてくる。

「実は……、……なのだ」

 

――? ワンモア。 ←

――聞こえぬ。

 

 

「だから嫌いなのだ。――い、犬、が」

 

 ………………………………………………………………………………。

 犬って犬?

 思わずロマンと目を見合わせる。

 ……犬?

「えぇぇぇ――――――っ!? 冗談でしょっ!? 何で犬嫌い!? よりによって犬!? だって君は――」

 

――魔犬殺しです。ありがとうございます。 ←

 

「い、犬嫌いというか、苦手というか……鳴き声を聞いて不安になり、見たら呼吸がし辛くなり、触ろうものなら体の節々が狂ったように震える程度だ」

「重度な犬恐怖症(キュノスフォビア)じゃないかぁぁぁ――――!!」

 あまりにもあんまりな発言にロマンが叫びたくなる気持ちが理解できる。これは本当に酷い。

 というかすでにもう『犬』と呼ぶこと自体避けようとしてるような節があるんだけど……。

「……何とか克服しようとしたさ。犬も飼った時もあったが上手くいかず、野生化して近隣に迷惑をかけた事もあった。サーヴァントに成ってからは顕著に出てきてな、ふふっ生前より酷い」

 ケルトハルからにじみ出る自嘲した空気に何とも言えなくなった。

 思えば玉藻やキャット、アンリとパーティを組んでた時、妙に動きが悪かったような気がしたけど、そういう事なのか。問うと何も言わず頷いた。

「………………何となく察しているのだろう、刺青のアヴェンジャーが宝具を展開して尻を撫でて来たり狐娘二人もニヤケながら寄って来る。果てに年を取った方の坊主が『狐だったり猫だったり泥だったり大変だな。あ、俺クランの番犬だったわwww』と言ってくる始末……!」

「やめよう! もうやめようよ。聞いてられないよ……!」

 後でアンリを狂の修練場単独ツアーへ送るとして、これは深刻だと思う。

 

 味方に犬っぽいのが居るだけで鈍くなるなら、ウェアウルフを相手にする時はどうなるんだろう。……言いたくないけど、人理を修復する使命を帯びてるカルデアは今後様々な苦難が待ち受けてる。魔術王の妨害なんて百も承知。だからこそ細心の注意を払って、ありとあらゆる障害を除いて挑んでいる。そうなると、ケルトハルには悪いけど座に戻ってもらわないといけなくなる……。

「案ずるな。嫌いな事とスレイヤーである事はまた別。討伐となれば殺意を持って殺す。そこの所はわきまえているつもりだ。だから気にすることは無い。貴様にその顔は似合わぬ」

 と、ケルトハルはそう言ってくれた。

 ケルトハルは女性だけどハスキーで背も高いし、それに顔の傷の事もあって自分が女性という意識が低いんだよね。言動も男に寄ってるし、宝塚の王子役とか騎士役とか似合いそうで時たまドキッとする瞬間とかある。だから欲望に忠実なケルト組とは空気が違うと言うか、生まれてくる時代を間違えたんじゃないだろうかって思う。

「……出来ることなら、2,3匹程度の戦場が良いな、とは思っている。それ以上はつらい」

こら。不安なことを言うなっ。

 

「それとだ。不仕付けではあるが、この事はあまり知られたくない。言いふらさないでもらいたい」

 ケルトハルの鋭い隻眼が見つめてくる。

「知られてる分には、もう仕方ないと観念しているが、キリエライトには特に感づかれたくない」

「マシュ? ……ああ、よく手合わせとかしてるもんね君たち」

 確かにマシュとケルトハルは二人で一緒に修練場で特訓する光景を見かける。きっかけは他のサーヴァントの流れ弾を助けてくれたことだと聞いてるけど、なるほど。サーヴァントの先達として情けない姿を見せたくないのか。

 

 それはそうと、ケルトハルの悩みは一先ず後回しにしておこうか。これは根が深そうだし、解決には時間がかかるだろう。

 第一の悩みに目を向けてみよう。

 これは何かしらの原因がある。これまであったように、特異点で何かしらのきっかけをつかんで見せるかもしれない。原因の調査はロマンに任せて、自分たちは鍛練や特異点の問題を解決して力を付けることに尽力するのが効果的だろう。

 と、

「先輩、失礼します。――ケルトハルさんもいらっしゃったんですか。丁度良かった」

 再びマイルームの自動ドアが開いて、後輩が部屋に入ってきた。

「やぁマシュ。今さっき診察が終わったけど体に異常は無かったよ。健康そのものだ」

「そうですか良かったです。あの、今から先輩をレイシフトに連れて行っても大丈夫でしょうか?」

 ? マシュにしては急な話だ。一体どうしたんだろう?

「実は第2特異点から戻ったクーさん達から伺ったのですが、ブリタニアで魔獣が異常発生していて近隣の村や町を襲っているので討伐クエストが受注されていたとの事です。先輩の経験値獲得クエストになると思って」

 武者修行で単独レイシフトしてるケルト組だけど、ローマでそんな事が起こってるとは。異常な特異点程大事な事じゃないけど、そのしわ寄せは治めてるネロに降りかかってくるだろうし、個人的に手伝っておきたい。

「ほう。故に我が居て丁度良かったと」

「はい。ケルトハルさんは『魔獣殺し』のスキルを持っていると言っていましたので連れていきたいなと思ったんです」

「けど、若い方のクー・フーリンも持ってたはずだよ? そのスキル」

「クーさんが言うには『今回はケルトハルの姉御に譲ってやんよ』だそうです」

 珍しい事もあるもんだ。あのクー・フーリンを始め戦闘民族ケルト組が戦いを譲るなんて。

「わかった。我も同行しよう。所で、その魔獣とは何だ? 魔猪か? 怪鳥か?」

 ケルトハルの問いに、マシュは満面の笑みで返す。

 

「ウェアウルフです!」

 

 その時、ケルトハルの表情から感情が消えていたと、後にロマンと一緒に語り合った。

 



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ルーザークエスト!

金キャス来た! ギルかキャスギルですか!?

「サーヴァント、キャスター。トーマス・アルバ・エジソンである! 顔のことは気にするな! これはアメリカの象徴である!」

いやエジソン好きだけど持ってなかったけど……今来なくて良くない!?

バビロニアピックアップはこんな結果でした。


――つーか確信犯だろ光の御子!! ←

 

「奴を攻めても変わりあるまい。後で(ルイン)を見舞ってやる」

 そういう事があり第2特異点(ローマ)のブリタニア島へ訪れたが、まさに犬天国だった。一名畜生道を行く人は居たけど。

 ケルトハルの様子を見守っていたけど、膝が震えてるのやら崩れてるのやらで平常じゃないのは一目瞭然な感じだった。『アトラス院の制服』で精神的な弱体化を打ち消せないか試したけど無駄だった。一応マシュの前では何事も無いように装っているけど……。

 ていうかこんな状態になるなら始めから断ればよかったのに、

「いつかはい……奴らを越えねばならない時が来る。それが早まっただけと思えばまだ気が楽だ。それにキリエライトの期待に応えねばケルトではないだろう? ……あとケルト組(やつら)からの推薦で断ったとなれば何と言われるか怖い」

 わかった。この娘周りの目を気にして意見を変える流されやすい子だ!

「……」

 あ、首筋にじんましん。

 もう一度弱体状態解除の魔術を使おうとすると、

「ふっ!」

 パァンッ!! と平手を打って無理やりブツブツを引っ込めたケルトハル。そこまでして隠したいのか!?

「お待たせしました先輩――どうかされました?」

「何も無い。……しかしまだ居るか……」

 

 ケルトハルの言う通りウェアウルフの群れは討伐するごとに増えていくように現れた。5匹が10匹、10匹が40匹……、ウェアウルフの群れを追って森の奥まで来たけれど、この後はどれだけの数が待ち受けているんだろう?

 マシュから受け取ったペットボトルはキンキンに冷えていて動いて火照った体の芯を急速に冷やしていく。健康に悪かろうと知った事か。

「ふん……恐らくそれらを産み出す元凶が居るのだろうな。奴らは魔獣、普通の生まれ方はしていないはずだ。それと……いぬは鼻が利くからな。こういった他所から持ってきた食料の匂いで気づかれる」

「あ! す、すいません……。先輩が飲み終わり次第再転送しますね」

 水気を含んだ植物の茎を食みながらケルトハルはそう指摘した。

 けどケルトハルの言う通りだったら元凶を断てばウェアウルフの異常発生も収まるはず。問題は何処に居るのかだけど、それもケルトハルの宝具を使えばどうとでもなる。

 

 かさり、と、森の木々が風以外で動いたのを感じた。

 自分が気づいた時には二人は既に戦闘態勢に入っていた。

 マシュは盾を構え、ケルトハルは鞭を手繰る。

「まぁ、結果的にあちらから来るよう仕向けられた。良い手柄だなキリエライト」

「いえそんな褒められる事では! ――それよりも、これからどう動けば?」

「もう仕掛けている!」

 ケルトハルがさらに蔓の鞭を手繰り寄せる。

 途端に、メリメリメリィ! と辺りの木々がこちらへ集中する。

 とっさにマシュが覆いかぶさってくれたことで樹木の破片がぶつかることは無かった。

 音が鳴り止んで、盾から顔を出すと、辺りはうっそうとしていたハズなのにミステリーサークルさながらに拓けてしまった。

 見えたのは数十を超える原始的な武器を持つ二足歩行のいぬ科生物たち。

「何匹か逃したか、ちくしょうが……」

 ひそかに呟かれる悪態は幸いにもマシュには聞き取れなかったようだ。

 

 今のケルトハルの攻撃でウェアウルフは減ったようだが、未だにこちらを包囲するほど数が居る。

 しかも仲間が殺されたことで怒り狂って咆哮を上げている。

 まるで森自体が自分たちに牙を向けようとしてるようで思わず息を飲んだ。

 否。

 既にこの森は敵だ。

 足を踏み入れたからあんなに出てきた。森の民を殺したからさらに牙を突き立てに来た。

 

 

――けど、皆困ってる。 ←

 

 この森から流れてきたウェアウルフは修復した特異点を、ローマの民を、ネロの大切なものを脅かしている。いずれ無かったことにされても、見過ごす事なんて出来はしない。

「そうですマスター。ネロさんが未来へ繋ぐこの時代がこれ以上荒らされるのを見てるわけにはいけません!」

 そう言ってマシュは盾を構える。

 防御の姿勢ではなく、突撃の溜めの姿勢。

 それに呼応して、ウェアウルフの群れは斧や槍を振り上げる。狼の遠吠えはビリビリと空気を震わせて、武器を持つと言う行為は殺意を明確にしていた。

 ――けどその程度で自分たちは引かない。

 

『Garuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』

 一匹の雄叫びを皮切りに、ウェアウルフが一斉に駆ける。

 牙が肌を裂こうと剥きだしになり、使い込まれた武具が乱雑に振り回す姿は、人間には無い野生の現身。

 へし折られた木々を乗り越え、飛び越えて、斧や槍をマシュとケルトハルに向けた。

「ぐぅっ!」

「ふん」

 マシュは斬撃を受け止めるように防ぎ、ケルトハルは刺突の軌道を見切って躱す。

 さらに、マシュは防いだ際、力加減を調整して押し返すようにウェアウルフに盾をぶつけて吹っ飛ばした!

 たかが一匹を飛ばしただけで狩りは終わらない。すぐさま次の敵が来る。

 左手から襲い掛かる狼男を盾を振りぬいて胸骨を破壊する。

 前方から新たに現れた敵は一旦地面に突き刺した盾を軸に回し蹴りで対処。

 右手から投げつけられる斧は寸での所でキャッチして近くに居た相手に投げつけて始末した。

 後方は――今回の相方の鞭の振り上げでアッパーカットを食らったように顎が砕けた。

 

 カルデアで最も信頼している後輩(デミ・サーヴァント)と同じく、魔犬狩りの勇者も負けてはいない。

 鞭の利点、手の振りと伝わる衝撃のズレは視覚と触覚の錯乱を引き起こし、武器を盾にして防いだはずの攻撃が後ろから襲い、振れば振るほど大きくなる一撃にウェアウルフは混乱の極みだった。

 

「戦士の悔恨よ、その身を巡りて毒と成れ、秘の毒(ネス)

 そして彼女の(ルイン)は形態を変化させる。

 際限無く伸びる蔓の鞭で敵を叩き落とすだけではない。

「神の武具、灼火になりて敵に絡め、魔炎(アッサル)

 時には火炎の車輪になって肉を削り取る。

「生き血を啜りし者、ただ穿て、屠殺者(アラドヴァル)っ」

 時には伝承通りの槍の形で心臓を貫く。

 本人は華が無くケルト足り得ない者だと卑下するが、マシュも自分も多彩な攻撃を得意とするトリッキーな武芸者だと思っている。だって前口上とか変形武器とかちょーカッケーし。

 

 しかし、二人の奮闘を持ってしてもウェアウルフは数を減らさなかった。死ぬ頭数よりも新たに増える頭数の方が多い。

 逆を言えば、元凶となった親玉が近くに居ると言う事なのだけど……。

「これじゃ! キリがありませんねっ、やぁ!」

 突きだした盾で顔面を潰しながらケルトハルに問う。

 倒しても倒しても一向に湧き出る狼男に苛立ちを隠せないケルトハルは、

「……絶滅されたいか」

 え? と声を上げるマシュ。

 そりゃそうだ。マシュは聞いたことが無かったのだろう。

 ……こんなにも低いケルトハルの声を。

 

「足止めを頼む。――封印、剥離」

 パキキッ、と、彼女の鞭から鳴った。

 毒々しい表面が剥がれ落ち、燃える炭のように発火する本体が顔を出した。

 ブォン、と。

 魔犬狩りの勇者が頭上で鞭を振り回すことで起きる空気を焼き斬る音。次第に音は大きく、振り幅の感覚が短く、そして噴き出る炎の勢いが強くなる。

 宝具を使うつもりだ。けど、

「あの、ケルトハルさん!?」

 ケルトハルに言われた通り、彼女に近づくウェアウルフを追い払うマシュが困惑した声を上げていた。

「全種必中、2,3,5発火、1,6発毒、4吸血、7錯乱、装填完了――」

 やがて円を描いた鞭は輪になってケルトハルの手から離れた。

「束ねて散り逝け――」

 熱気と魔力の迸りを見てて、正直この場からにげたいとおもう。だってケルトハル目を回してマトモじゃなくなってるし。そう、あの宝具のように!

 自らの尾を食むヘビのように回転する槍は発火と瘴気を纏っていき、

 

太陽神の名も無き槍束(ルー・ア・ルイン)!!」

 放たれた。

 回転に負けて空中分離した円盤にも見えるそれは、7本に別れ四方へ飛び、さらにそれぞれが7本に分裂し、また7本に分裂……それを繰り返していく。

 無数の炎槍はまさしく雨のように降り落ちた。

 ――問題は敵味方の判別が付いてないことか。

 

「ろ、」

 結果。

 こっちにも被害が来たり。

仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロォォォーーーード・カルデアァァァス)!!??」

 

――ケルトハルーー!! ←

――あぶねぇなてめー!

「いぬが、いぬがどんどんふえる……。はっぱのうらがえせばいぬのたまごがいっぱいだ―――」

「犬は哺乳類です!」

 マシュのツッコミを無視したまま、ケルトハルはさらに宝具を発動して火の雨を降らす。混乱しすぎてマシュの言葉も聞こえてないようだ。

 ていうかもうウェアウルフいなくなったんですけど――――っ!?

 

     ◆

 

「ケルトハルさんって、もしかして犬が苦手なんですか?」

「ぶふぅぅぅ―――――――――――――!!」

 

 ウェアウルフが完全に消し炭になり、火が森に移りそうになった頃にマシュと二人掛かりで押さえつけて、やっと正気を取り戻した時。

 マシュは開口一番にそう尋ねた。

「………………………………その、すまない。貴様には隠しておきたかった……」

 ……まぁ、傍から見てたらさほど隠しきれてなかったけどね!

「いえ、悪いのは私の方です。私が知っていればケルトハルさんが困る事はありませんでした」

「しかし私が見栄を張らずに素直に言っておけばこうはならなかった。……マスターにもキリエライトにも迷惑をかけることは無かったのに」

「ですが、」

 

――はいそこでやめましょー。 ←

 

 と待ったをかけた。

 二人とも謙虚なのは良いけれど、譲り合い過ぎて次に行かないのは欠点だ。

 程よいとこでやめないと、クエスト放棄してカルデアに帰るよ?

 そう伝えると二人は何とも言えない面持ちで顔を見合わせる。

「……ごめんなさい」×2

 また謝り合う二人を見て、やれやれと嘆息した。

 

 さて、と一息ついて、次にすることを考える。

 ブリタニア島の森は様変わりした。

 ケルトハルの宝具大放出のおかげで辺りは焼け野原になりむわっとした空気に包まれていた。令呪を使わなかった分、正気を取り戻すのが遅れた所為か。

「……すまない」

 この様子だとこの森のウェアウルフはほぼ全滅したようなものだ。だから後はウェアウルフを産み出してる奴を見つけるだけだ。

 まぁ、見晴らしが良くなったし、これだけ大暴れしたから元凶とやらが炙りだされるのも時間の問題じゃないかな?

「そうですね。それにこうして燃えた事で古い木が灰となり、森の養分になると本で読んだことがあります。焼き畑農法というものですね。だから気を落とさないでください!」

「……、」

 いやぁ、そのフォローはむしろ追い詰めてるような気もしないでもないけど……。

 

      ◆

元凶を見つけるべくさらに森の奥へ歩を進めた。

 木々に囲まれたこの場所では先ほどの熱気は落ち着きを取り戻していた。と、同時に鼻の粘膜に張り付くような獣臭が気になり始めた。

 

 どうやら巣が近いようだ。

 

 さっきの騒動で生物の気配がまるでしなかった。

 なのに、

「……っ、見られてませんか」

 何かが居る。

 この何処かに居る。

 何処かに身を潜めてこっちを狙ってる。

 その事を意識すると、辺りに散らばるあらゆる情報が一斉に入って来る感覚に陥った。

 木の葉のこすれる音。

 地面を動く小動物。

 実際に肌で感じる視線。

 それら一つ一つが心の警鐘を鳴らす原因となる。

 木々から洩れる陽光が目に見えた。音の一つ一つが何かの呻きに聞こえた。何処から襲ってくるかもわからない恐怖に、気が付けば身を強張らせていた。

「大丈夫です。先輩」

 そんな時、不意に手を握られた。

「どんな敵が来ようとも私が守ります。先輩には指一本触れさせませんっ」

「肩の力を抜け。一人で気を張る必要は無い。我らは貴様の守護者なのだからな」

 頼もしい二人の言葉に、握った手のぬくもりに自然と力がこもっていく。

 大丈夫、何があっても切り抜けられる。そう思えた。

 

 ざざっ、と森が揺れた。

 自分たちの周りを廻るように駆けるそれは、姿が見えなくてもはるかに巨大なものだとわかる。

 マシュがいつでも迎え撃てるように盾を構える。ケルトハルも鞭を手に取り溜めの姿勢をとって敵の姿を追った。

 巨影はこちらの出方を伺ってるのか、円を描くように走り回ってるだけで中々仕掛けて来ない。

 けたたましく響く騒音。ポルターガイストのような現象にシビレを切らしたのは魔犬狩りの勇者だった。

「小賢しくも臆病な獣よ、我らを恐れるか! 見せぬなら引きずり出すまで!!」

 

 手の振りが見えなかった。

 木々が吹き飛んだと理解した瞬間に空気が破裂した音がやってきた。幻惑などの精神干渉を無効化し己の恐怖心を力に変える『勇猛』と護ると宣誓したものを背にした時に無類の強さを発揮する『三守の誓約(ゲッシュ)』が同時に発露した所為で起きた現象だった。

 思わず腕で顔を覆った。衝撃波が大きすぎて木の破片や反響した波が襲い掛かってきたからだ。大きい物はマシュが弾いてくれたが、小さい物は自分で守るしかない。その中、腕の間からケルトハルが吹き飛ばしたものを見ることが出来た。

 

 ケルトハルの宝具に似た毒々しい色の獣。

 今の一撃を受けたにも関わらず、その肉体は毛一本も欠けずに耐えていた。

 シルエットと身に刻まれた貫禄。その姿を見て、今回の騒動の元凶だと悟った。

 マシュは今の一撃を耐えたことに息を飲む。この獣を相手に無事に帰ることが出来るのか、と。

 ケルトハルは苦虫を噛み潰したような表情で獣を睨む。もう一度倒せるか(・・・・・・・・)、と。

 

「よりにもよって貴様か……ダイルクーっ!!」

 

    ◆

 

 ダイルクー。

 ケルトハルの救国の最後の相手とされる魔犬。

 かつて彼女が打ち倒した敵、コンガンフネスの墓に居た三匹の子犬が魔獣化した魔犬はその命を引き換えにケルトハルを毒殺という。つまり彼女の死因を作った天敵ということ。

 

――大丈夫?

――倒せる? ←

 

 死因となったとはいえ、一度は討伐したはずだ。今回はマシュと自分が居るし、何とかなるかもしれない。期待を込めてそう聞いてみたが、

「……すまない。実を言うとどう倒したか覚えてない……思い出そうとすると気を失うらしい」

 何それ?

 そういえばいつかフェルグスがケルトハルに肩を貸してこう言ってた。ケルトハルに昔話を聞いたら急に気を失ったとかなんとか。

 だが、とケルトハルは不敵な笑みを張り付ける。

「もう一度こいつを殺せば我の犬嫌いを無くせるやもしれんな。思えばこれと関わってから碌なことにならん。――ここで因果を断ち切る」

 ボッ!! と、ケルトハルの片腕が発火する。

 元々腕に巻き付いていた(ルイン)。彼女の闘争心に呼応して彼女の腕ごと(・・・・・・)燃え上がったのだ。

 彼女にとって雪辱の相手。八つ当たりも兼ねてるのだろう、手出ししたらこちらまで燃やし散らされそうな殺意が籠ってる。

 魔力を高め、今にも宝具を解放しようとした、

 

「待ってください」

 そんな彼女の腕を引いて引き止めたのはマシュだった。

「――なんだ」

「……っ」

 剣呑な視線にマシュは怯みながら、ある一点を指さした。

 魔犬(ダイルクー)のすぐ後ろを。

「子犬です。子犬が居ます」

 マシュの言う通り一匹の子犬が居た。巨大な魔犬よりはるかに小さい子犬が魔犬(ダイルクー)の脚をなめている。

 毛色が違う事から、魔犬ダイルクーの子供ではなく普通の犬の子供のようだ。

「……知らん。奴ごと屠ってやる」

「だめです!!」

 突然の後輩の叫びにびっくりした。

 普段物静かな彼女がこんなにムキになって……。

 ケルトハルも目を白黒させている。

 

「あの子犬たちをダイルクーが守ろうとして、子犬もダイルクーを助けようとしてます。ダイルクーはたぶんこの森の犬たちを守ってたんですよ。ケルトハルさんと同じです!」

「は? いや、我はその……流れでゲッシュを立てられたと言うか……」

 彼女のいつにない強気な言葉にケルトハルが押されてる。

 火を噴いていた宝具も情けない音を立てて鎮火してるし、魔犬も二人の会話に何も言ってこない。何か律儀に待ってくれてるみたい。

「ではどうすればよいのだ? 子犬を殺すな、ダイルクーを生かせ、それではウェアウルフはまた増えるぞ。キリエライトの言ってる事は支離滅裂だ」

 ケルトハルの言う通り、ウェアウルフの大量発生は魔犬(ダイルクー)の仕業でそれを止めないとまた同じことが起きてしまう。

 

 するとマシュはしばし考えるしぐさをし、ぽんっと電球が浮かんだ。

「克服の仕方を変えてみませんか?」

 ケルトハルと首をかしげる。何処からどう繋がって出てきた言葉なのか。

「受け入れる事です。つまり人を襲わないように言い聞かせるんです。魔犬でも犬は犬ですから」

「はぁ!?」

「最低でもこの森から出ないように言い聞かせればそれで大丈夫じゃないでしょうか」

 確かにそれが出来れば言う事無しじゃないだろうか。上手く住み分けできてるとは思う。

 しかしケルトハルはそうは思ってないようだ。

「無理だ! あの犬は懐く所か飼い主を殺しかけた魔獣だぞ!? そんなことできるわけがない!」

「嫌いなのはわかっています。ですが、拒絶して廃絶して離れるばかりでは恐怖症が長引くばかりです。ですから一度こちらから歩み寄ってみてはどうでしょうか。押してだめなら引いてみな、です」

「うぅ……」

 

――もう一回ぐらいチャレンジしてみたら? ←

 

 退路を塞がれたケルトハルはマシュと魔犬(ダイルクー)を交互に見て、武器を腕に巻き付かせた。

 意を決して魔犬(ダイルクー)へ向き、じりじりと詰め寄った。

 

 さっきもだけど、こちらはかなり隙を見せていたのに魔犬(ダイルクー)は何も仕掛けて来なかった。まるでケルトハルを待っているように。

 それは敵意ゆえなのか、はたまた別の感情があっての事なのかわからない。

 わからないけどぶつかるしかない。

「うぅ……」

 ケルトハルは魔犬(ダイルクー)に手が届く所まで来ると恐る恐る手を伸ばす。

 犬と接する基本。相手に匂いをかがせて警戒心を緩めさせること。それを実践してるつもりらしい。

 魔犬(ダイルクー)は差し出されたケルトハルの手をすんすんと匂いを嗅ぐ。そして口が開いた。

 

 ガプリ、と、手に噛みついたのは子犬だった。

 きっと魔犬(ダイルクー)に何かしようとする人間を警戒して、やられる前にやっちまえと歯を突き立てたんだろう。

「うひぅ」

 そんな子犬の抵抗にケルトハルは見るからに怖気だった様子を示してる……。何度も言うが、あんた魔犬狩りの勇者だろうに……。

 まるで珍獣を触る女子高生のようにしどろもどろになるケルトハルがだんだんと面白くなってきた頃、その微笑ましい光景の中に魔犬(ダイルクー)が入って来る。

「奇跡のスリーショットですね、先輩。これは録画不可避かと」

 より近く。子犬に必死過ぎて接近に気づいてないケルトハルの頭辺りに鼻を近づけて、魔犬(ダイルクー)は匂いを確かめていた。

 そして、

 

 

 ガパァっ、と。

 顔を十字に裂いた口は犬の首の根元まで開き、大口は長身のハズのケルトハルの体躯をさらに超える。

「――ん、ぇ?」

 

 誰かの声が出る前に、バワぁッ!! と空気を割る音と共にケルトハルは子犬を抱えたまま魔犬(ダイルクー)の口の中に消えていった。

 

「クリィィィ―――――――チャァァァ―――――――――!!!???」

 

――くわれたー!? ←

――こいぬー!?

 ごきゅりっ、とコミカルな嚥下の音を鳴らした魔犬(ダイルクー)の巨顔がこちらを向く。

 それだけで肩が跳ねた。マシュも同様に。

 しかたないじゃんだってあんな光景見てたら。パニック映画の一場面が目の前で起こったんだもん。超怖いに決まってんじゃん。

 ぎょろッ、とした目玉がこちらを捉えたのと同時にマシュが身構えた。

「せせせ先輩どうしましょう、何故かすごく殺気立ってますそれよりもケルトハルさんが溶かされちゃいますっ」

 魔犬(ダイルクー)の口端から垂れるよだれは地面を消化させる音を立てている。よだれでも強力な酸性なら飲み込まれた彼女も危ういハズ。礼装魔術の『オシリスの塵』やマシュのスキルで無敵状態にすれば大丈夫だろうか? すでに胃袋辺りに居るから出来るかわからないけど。

「そうですね。とにかくやってみましょう……っ!」

 

 魔術を攻撃と認識したらしい魔犬(ダイルクー)が牙を剥きだして襲い掛かった!

 とっさに盾で防いだマシュが苦悶の顔をする。キツイ獣臭もあるが、防いだ時によだれも飛び散ったからだ。

 その巨体に潰されそうになるも、弾くように押し返し、距離をとった。

「怪我はありませんか、先ぱ――」

 先輩、と言い切る前に突然袖口を掴んで思い切り引き裂いた。

 突然の事で驚いたが、投げ捨てられた袖を見て納得した。飛んできたツバが肩辺りに付着していたらしく、見る見るうちに溶けていたから。

 

 直感的に魔犬(ダイルクー)を見る。

 魔犬(ダイルクー)はまた口を十字に開き、大量の空気を吸い込んで、一気に吐き出した。

 吐き出された空気と体内で生成された毒が混ざって霧となって辺りに充満した。

 マシュと契約してから基本的に毒が効きづらい体質になってはいるが、この状況に頭の中に警告がひっきりなしに浮かんでくる。

「こっちですマスター!」

 同じく察したマシュが腕を引く。

 なるべく遠く、少し段差が出来た所に身を隠し、さらに盾でフタをした。

 

 直後に、盾越しでもわかるほどの熱波が襲った。

 

 想像した通りあの毒霧は可燃性だったようで、何らかの方法で火を作って一気に燃やしたのだろう。

 ケルトハルが嫌うわけだ。こんな怪物と和解なんてできるわけが無かった。

 

 ザッ、と目の前に魔獣が降り立った。

 大口を開ける魔犬は先のように火を吐くのか、ケルトハルのようにまとめて喰らおうとするのか。

 どちらにせよ追い詰められてしまった。

 立ち向かうにしてもこちらには決定打となる手が無い。

 

 マシュが魔犬の前に立ちふさがった。

 獲物の敵意を感じ取った魔犬(ダイルクー)が空気を吸い込み、毒霧を吐き出そうとした。

 

 

 

「――?」

 ――が、今度は何も出ない。魔犬(ダイルクー)は口を開いたまま動かなかった。

 何事かと二人で様子を窺うと、すぐに変化を表した。

 

 大口から見える喉奥からするすると何かが這い出してきた。

 それは口中に手を伸ばし、やがて根を張って、魔犬(ダイルクー)の口を開いたまま絡まり固まった。

 魔犬(ダイルクー)は必死に動かそうとするが、固められて動かせない。自慢の毒液もその蔓を溶かすに能わないようだ。

 

――グロイ……。 ←

 

 正直言ってその一言に尽きる。このおぞましい光景にマシュも閉口している。

 もがく魔犬(ダイルクー)が毒を垂れ流した時、ポッと蔓の先端に火が灯った。

 

 

 ボムっ!! と。

 可燃性の毒に火が移り、魔犬(ダイルクー)の断末魔は自身の肉が破裂する音に代わった。

 

 

 びちゃびちゃと二人一緒に肉片やら体液やらを浴び、混乱が醒めきれぬまま茫然と立ち尽くしていると、爆破地点から飛んできたモノが目の前に転がって来る。

 

 ケルトハルだ。

「……思い出した……あの時もこうやって殺したんだ」

 ケルトハルはぐったりとした子犬を抱いて、力なくその場で大の字になって倒れ込んだ。

 

      ◆

 

「おかえりみんな……ってどうしたの?」

 第2特異点からの帰還を出迎えてくれたロマンの口が引きつった。

 ……そりゃあ粘液まみれのでろでろぬるんぬるんで帰って来たわけだし、一体何があったんだと問われても仕方ない。

 魔犬(ダイルクー)の毒はもう無くなってるから毒に侵されることは無い。でも体に絡みついたにゅるにゅるを早く取りたい。

 マシュもげんなりした様子で、当のケルトハルは何も無い所に視線を向けて『くさいぬめるぬめくされる』とか『わんこぜったいころ……せなかった』とかブツブツ呟いていて放心している。

 

――何も聞かないで。 ←

――大人に、なったんだよ。

 

 ロマンは何も言わず憐れんだ眼差しを向けるだけだった。

「そうそう。ケルトハルに朗報だよ。君の霊基の不調の原因が分かったんだ」

 気分を変えるようにロマンは明るい声調で言う。

 しかし当の彼女は相変わらず念仏を唱えるだけでピクリとも反応しなかった。……代わりに聞いてやろう。

「まず原因なんだけど、ケルトハル自身特殊なサーヴァントだったんだ」

 マシュと二人で首を傾げる。犬殺しの英雄なのに犬嫌いなこと以外、特に他のサーヴァントと違いが無いようだけど?

「彼女は二人で一つの霊基を共有して召喚されるサーヴァントだったんだ。アン・ボニーとメアリー・リードと同じような例だね」

 それはおかしな話だ。

 だってケルトハルが召喚された時、ケルトハル以外誰も居なかった。一緒に召喚されてると言うなら何処に……?

「別に一緒に召喚されるってわけじゃないらしいんだ。ここからが面白い話でね。ケルトハル・マク・ウテヒルと、一緒に召喚された英霊は両方不十分な霊基を持って現界する。その霊基を取り戻すにはどちらか一方が消えなければならない。だから互いに殺し合って、一人のサーヴァントに成ろうとするんだ。一種の儀式、――試練と言った方が良い」

 珍しいタイプの英霊だね! と笑顔で語るロマニ。一方、その話を聞いて一つの答えが浮かび上がる。

 

「もしかしてその一緒に召喚された英霊って……ダイルクーですか?」

「そうだね。元々召喚された場所から離れた所で召喚されるみたいだけど、今回は人理滅却の所為で時代を超えてしまったみたいだね。試練だからケルトハルはダイルクーと闘った記憶がなかった。」

 つまり。

 ローマに現れた魔犬の騒動の原因はケルトハルの召喚が巡りまわった結果と言う事なのかなんじゃそりゃ。

 それに、マシュが止めた所で彼らの争いは回避出来ないものだったのか。

 失ったものを取り戻すために永遠に争い続ける。

 なんとも悲しいサーヴァントだろうか。

 するとロマンがこんなことを言う。

「二人が悲観する事はないよ。だって負けた方は勝った方の宝具として現界されるんだし」

 

 は? と。

 ロマンに聞き返そうとした時、魔力の粒子が形作る。

 毒々しい色の毛並み。強靭な筋肉を押し込めた肉体。それは今回自分たちに大きなトラウマを植え付けた魔犬の姿。

 魔犬(ダイルクー)がケルトハルの隣に現界する。

 

「…………………………………………………………………………………………………………ぇ」

 絶句するケルトハルを余所に、魔犬は長年連れ添った愛犬のように尻尾を振ってぐぱぁと口を開いて、飼い主の顔を舐め回した。

 

 

 直後、カルデア全体に響き渡る悲鳴を間近で聞いた。

 この日を境にケルトハルの犬嫌いをおちょくるサーヴァントが多くなった。




魔犬狩りのサーヴァント


真名:ケルトハル・マク・ウテヒル
身長:171cm / 体重:58kg
出典:ケルトハル・マク・ウテヒルの最期
地域:アイルランド
属性:中立・中庸 カテゴリ:地
性別:女性
友情に性別は無いと信じる残念なお方

ステータス:筋力B++ 耐久B 敏捷C++ 魔力C+ 幸運E 宝具A++
保有スキル
獣殺しA-:魔獣や野生動物に対する特攻。特に猛獣と化した犬の対処に長けている。
ゲーム的には犬特攻は(相性の関係で)完全に死にスキルである。

勇猛B-:威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する。また、格闘ダメージを向上させる。ケルトハルはある事がきっかけでこのスキルのランクがガタ落ちすることがある。

三守の誓約A:アルスターを三度守護する誓い。守護する対象に背を向けて戦う事で筋力や耐久といったステータスを上昇させることができる。護国の鬼将に似たスキル。Aならば自身と守護する対象にもステータスを上げることが出来る。
ゲーム的に「自身の攻撃力大アップ&自身にターゲット集中状態を付与&味方全体の防御力アップ」という効果で設定される

対魔力B:魔術に対する抵抗力。


宝具:太陽神の名も無き槍束(ルー・ア・ルイン)
ランク:C / B+
種別:対人宝具 / 対軍宝具 / 対獣宝具
レンジ:1~3 / 2~80 / 2~80
最大補足:7人 / 31~49人 / 7頭
由来:ケルトハル・マク・ウテヒルの持つ魔槍ルイン。
太陽神ルーの保有する槍のいずれか。
原点となる宝具が多数存在するため不安定な形状のままケルトハルの手に渡り、使い方次第で様々な形状に変化する宝具になった。共通の性能として、
・毒を纏って封印を施し、封印を解くと担い手を焼き尽くすほどの炎を発する。
・敵の気配を感じ取ると担い手の腕に絡みつく。
・振るえば障害物を避けて敵を討ち、投げれば7人殺して戻って来る。
上記二つは真名解放しなくても使える能力であり、真名解放をしても魔力の消費量は少ない。
ケルトハルが主に使う武装として、発火性の毒を噴出する鞭。
ゲーム的に「自身に必中を付与&敵全体に大ダメージ&確率で毒を付与&確率で呪いを付与&確率で自身のNPを増やす&確率でやけどを付与&確率で混乱を付与&『デメリット』味方全体のHPを500~1000減らす」という効果で設定される

魔犬の試練(ダイルクー)
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:1~20
最大補足:5人
由来:ケルトハルが最後に討った魔犬。
召喚当初はケルトハルと別のサーヴァントとして限界する。この二人は互いに殺し合う運命にあり、どちらかが死なない限り聖杯戦争を中断してでも戦い続ける。そして勝った方が正規のサーヴァントとしての霊基を持つことができ、負けた方は勝った方の宝具として扱われるのだ。
魔犬(ダイルクー)自身は敗けたら勝った相手に服従を誓うので、忠実な猟犬となるだろう。逆の場合ケルトハルは反逆の機会を窺いながら涙を呑んで魔犬(ダイルクー)に付きしたがうだろう。
ちなみに拾われたのは魔犬(ダイルクー)の他に2匹おり、一匹はレンスターのマク・ダトーに、もう一匹は鍛冶屋のクランに贈られた。クランに贈られた犬は後にある青年に殺され、その青年の通り名の由来となった。


赤枝の騎士団の勇士の一人で、アルスターの守護者。
ブリヴグの異邦人、ブライを殺してしまい、その償いとしてアルスターの住人を三度救うゲッシュを立てられる。
……ケルトハル本人はブライとは何の関わりも無く、ブライ自身も特に高貴な生まれでも要人でもなく、ゲッシュをたてるほどの事も無かったが、ケルトハル曰く、「事故であれこれしてたうちにいつの間にかゲッシュを立てられていた」とのこと。
――これは特に思うことはない。

荒武者コンガンフネスを計略で打ち倒し、人や家畜を襲う恐犬を撃退し、コンガンフネスの墓で拾って飼っていた犬が逃げ出し魔犬(ダイルクー)となって近所に迷惑をかけたため、死闘の末自身の槍で殺した後、魔犬(ダイルクー)の血が槍を伝って猛毒に変化し、たまたまその毒が傷口から入った事が死因となった。
――これもまあ仕方ないと思ってる。

そういった逸話がある一方、自分の飼い犬を殺した末に死因が犬の血ということで、どういう曲解があったのかわからないが、英霊になってから犬嫌いを拗らせまくってしまった。解せぬ。

彼女自身マスターに忠実で、他のサーヴァントとも折良く付き合おうとする常識人。しかしその一方で周囲からの評価に流されやすい人柄。顔の傷から自分を女性と視てないきらいがあるが、我の強い人物が多い英霊の中では付き合いやすいサーヴァントだろう。……犬が絡まなければ。
アルスターを守護する者としてではなく赤枝の騎士として戦いに臨んでみたいと願っていたが、現在は犬嫌いという風評を消し去りたいと思ってる。


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ベイカー街のアサシン
模倣証明


pixivで投稿していた奴のリメイクです。
長々と書いててストーリーにまとまりが無くなってしまったのです。
新たに配信される1.5章ではまた装いの違うサーヴァントが出るようですね!
今回のサーヴァントは、シャーロック・ホームズがメインなら出るんだろうなぁ、と思い急ぎ書き進めています。


 ロンドンの石畳を歩く音しか聞こえない。

 仕方ない事だ。未だにこの街の機能は完全に復活してないのだから。

 自分たちにとって、かなり前に終わった出来事でも、この時代に生きる人にとってはまだ爪痕が残ってる。

 そして今現在、足音を立てて居る人間は3人。

 自分の他に大盾と甲冑を装備した少女と、象牙のステッキを持つ壮年期を過ぎた紳士。

 紳士を先頭に続くように着いていくが、マシュも自分も未だに行き先を知らされていないので、忙しなく辺りを見回してしまう。

「この先だ」

 見た目相応の穏やかな紳士の声。

 聞き慣れているが、何故か違和感を感じる。

 

 それはスキルの所為だ。

 今の所スキルの効力を弱めているため、声に違和感を感じるだけ。スキルを100%解放したら、紳士服の上に白衣を纏ったこのサーヴァントはもうカルデアの研究員と見分けがつかなくなる。

 このスキルに抵抗するためには論理に立てられた推理力が必要であるので、魔術礼装『魔術協会制服』の『高速思考化(コマンドシャッフル)』をフル活動させないと、前を歩くサーヴァントを見失ってしまいそうだ。

 そんなこちらの考えもつゆ知らず、紳士は無言で前を()く。

 

 それだけでも異様なのだ。

 普段の芝居がかった口調が無い事が自分たちを不安にさせるのだ。

 

「あの、そろそろ何処へ行くか教えてください」

 ついにマシュがアサシンにそう尋ねた。

 カツン、と脚が止まり、それに合わせて全体の進行が止まった。

「ここだ」

 淡々と。感情が見えない。

 何が彼を追い立てているのかわからない。

 

 彼が示した場所はロンドン随一のメインストリート。一見人通りのない街並みに何があるのか意図が読めなかったが、隣に居たマシュが答えを出した。

「ベイカー・ストリートですね? 世界最古の地下鉄のロンドン地下鉄のベイカー・ストリート駅があり、蝋人形彫刻家マリー・タッソーが創立したマダム・タッソー館が1884年まであった場所です。そして何よりも――」

 

――推理小説シャーロック・ホームズシリーズの舞台。 ←

――探偵小説のはじまりの街。

 

 そう答えるとマシュは嬉しそうに頷いた。

「ここはミスター・ホームズを始め、多くの探偵小説の部隊にもなった場所です。小説の中でシャーロック・ホームズの下宿先のベイカー街221番地Bと言われていますが、1888年にはまだ221という番地は存在しません。後年になって二つの街が合併し、アッパー・ベイカー街41番地がベイカー街221番地になりました。

ワトソン氏が手記を発行する上で位置を偽装するためにそう記したという説もあって、全世界のファンが観光して221番地の特定にいそしんでると、ドクターが言ってました」

 世界が魅了された小説は彼女のハートも射止めているらしい。舞台となっている場所の、それも彼らが活躍した年代を目の当たりにしているのだから、興奮しないわけがない。

『いいなぁ~。僕もベイカー街に来た事があったけど、その時代より100年後だったし』

 そういえばロマンもファンだったと言っていた気がする。まあどうでも良い事だ。

 

 あともう一つ、カルデアでベイカー街と所縁(ゆかり)のある人物が一人居る。

 それが彼だ。

「さて。観光案内は終わりかね? ベイカー街の情報が無いのであれば私が教授してもよいがね」

「す、すいません『モリアーティ』教授。つい話が止まらなくなってしまって」

「構わないさ。好きでもない授業(クラス)を受ける生徒は大抵恋人と愛を語り合う。それを見た教師の選択は二つ。チョークをぶち当てるか微笑ましさをバーで語るかだ。私は後者だよ」

 彼――ジェームズ・モリアーティはくつくつと笑う。

「何処へ行くのか、という質問の答えは見ての通り。ではこれから何をするか、という命題だが、先ほどと変わらない。君たちを221のBへ連れていく」

「え?」

『え、何?もう一回言って』

 ロマンが聞き返すも、モリアーティは調子を変えず、

 

「ベイカー街221番地のB。彼の下宿先。顧問探偵事務所がある住所。そこが我々の目的地さ」

 淡々と告げられた内容に言葉が見つからなかったが、異議を唱えたのはマシュだった。

「ここが特異点だとしても221番地は存在しません。ジキルさんやヴィクター・フランケンシュタイン氏のようにモデルとなった実在の人物が居たからこそ、この特異点に現れた場所もありますが、結局は実在する座標がその地名に成り代わっただけです。――なにより」

『前回第4特異点で探索した時、エリアサーチで探しても見つからなかったんだよね。魔霧の所為でもあったけど、目視で確認してもやっぱり1から88までしかなかった』

「はい。私もジキルさんやアンデルセンさんから話を聞いたのですが、二人とも探偵が居たという話を聞いたことがないそうで、やっぱり221は無いと言う結論に至りました」

 

「――が、第6特異点で覆された。そうではないかね?」

 そう。

 第6特異点、聖都と砂漠の都市が入り交じったあの時代で、本人と出会ったのだ。

 名探偵シャーロック・ホームズに。

 

『……そう言われてもボク的にはまだ半信半疑なんだけどね。実在の人物(ジキルのれい)が居るとしても、シャーロック・ホームズシリーズは創作なのは間違いないハズなんだけど……』

「シャラップドクター。ミスター・ホームズは居たのです。ドクターは実際に見てないから信じられないだけなのです――」

 と言ってから、マシュは何かに気づいたように息を止めた。

 

「……まさか221番地とは異界なんですか?」

 マシュが出した結論に自分もロマンも呆気を取られた。

 まさかとは思う。が、彼女の考えを反論する材料が無い。

 思えばシャーロック・ホームズは予想ではキャスタークラスだ。彼の小説を熱心に読んでいるわけではないが、何かしらの逸話を持っているなら固有結界みたいな空間を作る能力を持っているのかもしれない。

 

「ファンの方が見つけられなかったのは魔術師の工房のように隠されていたから……だとすると番地番号は、ミスターホームズを必要とする依頼者だけが知ることが出来るワトソン博士の手記に隠した暗号でしょうか?」

「良い質問だ。キリエライト君」

 ピシッ、と授業で良い回答をした生徒を褒めるようにマシュを指さした。

 ……なんというか二人とも楽しそうだ。マシュは街に隠された事務所を見つける探偵気分だし、モリアーティもモリアーティでなんかノリノリ。ていうかモリアーティは犯罪者でしょーに。

『……教授って意外と世話焼き……じゃないか。混沌・悪属性や純粋無垢なサーヴァントにちょっかいかけてカルデア内にモリアーティ陣営を造ろうとしてるみたいだし。ここで貸しを作って、後で何かと便利使いにしようとしてるんじゃない? でもうらやましいな~。だってファンだったら犯罪皇に魂を売ってでも知りたがる情報だよ! マシュ探偵団にボクも加わりたかった!』

 まぁそこら辺は諦めてほしいな。ロマンが管制室を離れたらカルデアのほとんどが機能しなくなるから。

 

 蚊帳の外のロマンとそう話し込んでいる内にも、マシュとモリアーティの談義は進む。

「実際には221などというアドレスは地図上に無い……我々が向かうのは東側の15番地だ」

「15……この数字には何か意味があるのですか?」

「如何にも。詳しくは現地に着いたら話すとしよう。――まずは、仇なす物に銃弾を与えよう」

 スッ、と左手を拳銃の形にして路地の向こうを指す。

 

 直後、カシュッという音と共に彼の手に小型の黒い拳銃が納められる。

 破裂する乾いた銃声。

 その後に来るのは強烈な光だった。

 照明弾だ。

 

 真っ暗だった路地は赤い光に照らされ、そこに潜むものを暴き立てる。

『敵性反応! ごめん、話に夢中になって気が付かなかった! 気を付けて、君たちの真上の壁に張り付いてる!』

 ロマンにそう言われてすぐに仰ぐ。

 モリアーティの照明で照らされ、本来白い表皮を赤く染めたホムンクルスは、乾いたナメクジのように身体と一体に成っていたレンガからブチブツブツブチィッ! と剥離して、重力に従い自分たちに落ちてきた!

「先輩!」

 とっさにマシュが盾を掲げる。あの関取のような巨体を活かしたボディプレスでも、防御に特化したマシュなら防げるはず。

 が、ホムンクルスは襲い掛かってこれなかった。

 ホムンクルスは二つの銃声によって撃ち落され、盾にぶつかる事無く地面に叩きつけられてその機能を停止させたからだ。

 一つはモリアーティによる空砲。もう一つは空砲に呼応して何処かから放たれたライフル射撃によるものだ。

 マシュの盾に隠れるように後退してきたモリアーティがふぅ、と息を吐く。

 照明弾(こうげん)が役目を終え、石畳に墜落する。と同時に路地の魔物は再び闇を味方につけていく。

「どうも」

「目視では20体ほどか。私の部下に任せても4分もかかるまいが?」

「いえ、私も戦います。私は先輩のサーヴァントですから」

「計算通りの答えだよ」

 それ以上の言葉は無かった。

 照明弾が光を失ったと同時に彼女たちは敵に向かって行った。

 

 




星5アサシン欲しいけどジャンヌは持ってるしなぁ……今年は引かないどこうかなぁ……。
あ、今回の話のテーマは『謎解き』です。
あまり推理小説は読まないしシャーロックシリーズはモリアーティに関する話をちょっと目を通しただけですが、シャーロック・ホームズの謎などを独自解釈して自分なりにミステリー感を出してるつもりです。未熟な推理表現ですが、マシュや藤丸になった気持ちで謎を解いてみていただければ幸いです。


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模倣証明

1/21次の話につなげるために編集

Q1:ベイカー街221番地のBってどーこだ?


 そもそも何故第4特異点(ロンドン)でホームズの下宿先(ホーム)を探してるのかというと……何で探してるんだろう?

 確か事の発端は、ロマンとダ・ヴィンチちゃんとある装置について話してた時に彼が加わってきたから、か?

 

 

 疑似霊子演算装置・トライヘルメス。

 アトラス院が開発したオベリスク状の記録媒体。おおよそ世界のあらゆる事象が記録されていると言われるそれは、第6特異点に出現した2016年のアトラス院と共に発見された。

 フィニス・カルデアに送られた霊子演算装置・トリスメギストスの元となった装置だ。

 

 第6特異点攻略の手助けになったトライヘルメスは、アトラス院の錬金術師だけが持つ使用権限を使い切り、その役目を終えた――だが、

『2016年のアトラス院か……ああ懐かしき学び舎よ、あなたはその古めかしい様相を変えないのだな』

 印象に残らない男は仰々しく、しかし穏やかに呟く。

『……モリアーティ教授、基本的に後衛の人が前に出るのはおすすめ出来ません』

『それは問題ない。私の経験則ではここまで到達した者に防衛プログラムは(けしかけ)けられることは無い。そうだな、今から君たちにアトラス院について講義をしてやろう。そのついでにカウンセリングをしてもいい。人間関係の相談なら特に受け付けるさ。嫌な上司を黙らせる効率の良い完全犯罪を教唆しても――』

『フォフォウ!』

『何をする魔獣!?』

 などとふざけたことをぬかすモリアーティにマシュの盾に隠れていたフォウ君が襲い掛かった! 何でか知らんけど、モリアーティはフォウ君が苦手らしい。

 

 砂漠の地下とは思えない青空が覗くこの空間の中央。そこに目的のトライヘルメスが鎮座していた。

 ここで出会ったはぐれサーヴァント、シャーロック・ホームズが持っていた使用権限を使い切ったため攻略の役目は終えたが、その実、壊れたり動力を失ったわけでもなくただ鎮座してるだけで、使用権限があれば再び起動させることが出来るのだ。が、それでもアトラスの錬金術師ではない自分たちにはその全ての性能を引き出すことは出来ない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

『スーツに毛が付いたぞ……ハリスツイードなのだが』

『そうですね。では教授、早速始めてください』

『悪人とは嫌われるものだと理解はしているがね、ミス・キリエライトの対応は堪える』

 

――何を今さら。 ←

――何を今さら。

 

 このアトラス院だとカルデアからの通信が途絶えてるし、早く作業を終えて帰りたいのが本音だ。というわけで口を動かす前に手を動かせ犯罪紳士。

 そう急かすとモリアーティは杖を持たない方の手で顎をなぞり青空の天井を仰いだ。それが中々に『らしい』と思ってしまうのは彼の稀薄な雰囲気の所為だろうか? 紳士といっても言動がいちいちうさん臭さ漂う紳士だけども、それは怪しいとは思えないのだ。ある警官が彼が黒幕だという前提で対面しても信じられなかったように、全く警戒心が湧いてこない。

 

 オールバックに整えた髪を手櫛で後ろに流し、諦めたかのようにトライヘルメスへ向き直った。

『彼は電源が落ちたと言ったそうだね? その程度なら何とかなるだろう。魔力を流し込んで(ショートさせて)電源を叩き起こす。そして使用権限だが、未使用の権限のIDをマスター(キミ)に書き換える』

 タイプライターを前にするように空中を指で叩いていくモリアーティ。傍目で見てるため何をやっているのか理解できないが、彼の頭脳の中では膨大な計算処理が並列に行なわれてるのだろう。

 仮想のキーボードを叩く速度が速くなると同時にトライヘルメスがおもむろに反応する様子を見る度に、()()()()()()()()()としての実力があると実感する。今回の作戦も、ロマンとダ・ヴィンチちゃんにトライヘルメスを再起動出来ないかを話してた時に立ち聞きしてたモリアーティがカミングアウトしたことが発端。そんな意外な事実にロマンも首を傾げるほどだった。

 トライヘルメスの実用は今の所検討中だが、使えるようになればこれからの作戦の幅も増えるだろう。素人目から見た皮算用な考えだったのだが、利用できるものなら利用しようじゃないかという指揮官の決断で行われてるのだ。

 

『……』

 ふと、後輩の顔を見ると、何か考え込んでるような訝しげな表情をしていた。

『いえ、何でもありません。……無いのですが……』

 どうも歯切れの悪いマシュ。やはり何か思いつめることがあるようだ。

 マシュと共にここに居る理由はモリアーティの護衛だったので、モリアーティが作業してる間は自分たちに仕事は無い。折角だし後輩の悩みを聞いてあげようじゃないか。

『……モリアーティ教授の事です』

 

――絶対黒幕だよねあいつ。 ←

 

『それは間違いありません。モリアーティ教授といえばミスター・ホームズのライバル――天才的な頭脳を持つ探偵の物語になくてはならない存在なんです。それに優れた数学者という面も持っているので、スーパーコンピュータのような情報処理も可能な方だと思います』

 意外にもマシュから語られるのはモリアーティに対する賛辞だった。

 モリアーティに対して塩対応だったから、てっきり馬が合わないと思ってた。

『でも実際に教授に会ってみると、その、妙に親しみやすいと言うか』

『――何と』

 不意に、今まで声も発さず作業に没頭していたモリアーティが驚嘆の声を漏らした。

 彼の方を向くと、手を止めて茫然とトライヘルメスを睨む光景。

 数秒間、その姿勢のまま固まった後、再び高速タイピングが始まった。しかし、今度は先ほどのような単純作業の様子ではなく、鬼気迫るハッキングのような叩き方だ。

 彼の豹変に声を掛けるのも躊躇われる。

 ここまでモリアーティが真剣な表情で物事に打ち込む姿は召喚されてから見たことがなかったから。

 

 仮想世界の難題との格闘は1分ほどで終わる。

 勝負の天秤は難題の方に傾いたらしい。

『……』

 指で顎をなぞったまま動かないモリアーティに単刀直入に聞いた。

 

――何があった? ←

 

 するとモリアーティは答えず、再びタイピングを開始した。

 わずかに発光するトライヘルメス。相変わらず彼らの間に何が起こってるのかわからないが、とりあえず黙って見ておくことにする。

 しばらくして、エンターキーを押したような動作をして、ようやくモリアーティがこちらを振り向いた。

『申し訳ない。トライヘルメスは完全にロックされたようだ』

 はい?

『ロック……? セキュリティプログラムに阻まれたのですか?』

『ある意味ではね。トライヘルメスに組まれたものではない、これは外部から後から追加されたようだ。おかげで不正アクセス元を割り出された挙げ句、私自身(アドレス)を締め出してしまった。これ以上の侵入(クラック)は難しいだろう。しかしまあシャットアウト間際にわずかながらデータを手に入れる事が出来た。いや、()()()()()()

 立て続けに述べられる報告にちょっと混乱してしまうけど、要するにモリアーティのハッキングに失敗したという事か……。上手くいくかもと思って期待してたけどそう簡単じゃないよね。

 

『外部から……。あの、送られてきたというのは?』

 確かに気になる所だ。

 外部から、というと誰かがこの演算装置に接触しなければならない。送られたってのも結局はこれを通して来てるわけだし、誰かがここまで来たということ。それもごく最近のようだ。

 自分達が知る限り、トライヘルメスに接触したのはモリアーティとシャーロック・ホームズだけ。だけどとても困難なハズだ。

 まずこの特異点に現れたアトラス院は砂漠に突然現れて、その周りをスフィンクスなどの魔獣が徘徊してる。中に入ったとしても道中は迷路になってるし、防衛プログラムが居るため深部に辿り着くのも難しい。そして着いたとしてもトライヘルメスにアクセスする権限が無い(アトラスのれんきんじゅつしじゃない)と使えない。まして後からトライヘルメスにアクセスしようとする者に向けて外付けのプログラムを仕込むのなら、それこそとんでもない頭脳を持つ(モリアーティをりょうがする)天才が行なった事なんだろう。個人としても団体としても、そんなことが出来る人は知らない。

 

 それに送られてきた情報の方も気になる。一体どんな情報が送られたんだ? その事について詳しく聞こうと、

『……』

 モリアーティにしては険しい表情に、聞くのをためらった。

 眉間にシワを寄せて、腕を組み、ステッキの象牙で出来たグリップを指で叩き、虚空を見つめ続けて思考を続ける彼は、ただ静かに怒っていた。

『フォウ!』

『またか!?』

 が、そんな雰囲気もフォウ君の再襲撃で四散する。ナイス!

 気を取り戻したモリアーティは一瞬呆けた様に見回して、思い出したように仮想キーボードを叩いた。

『データは君たちの冒険の記録だった。本当に記録のみ、何処で何をした、といった簡単な結果だよ。冒険小説のように心躍るような内容は全くない。トライヘルメスの欠点はこういう遊びが無い事だな。データはドクター・ロマニに見せたまえ。良い息抜きになるだろうさ』

『(先輩、詩的表現を出そうとして余計な事を言ってしまういつもの教授です)』

 そのようだ。

 

 ともかく、このミッションは続行できないようだし、カルデアに帰るとしようか。色んな事があって本当に疲れる一日だった。戻って寝たい。

 そうマシュに伝えると微笑んで頷いた。

 しかし、

『待ちたまえ』

 今回のミッションの同行者、モリアーティが待ったをかけた。

『カルデアに帰還後、すぐにロンドンに向かう。休息はその後だ』

『はい? どうしてですか? 先輩は運動してから1時間休眠を挟まないと夜に途中で起きてしまいます』

 待てマシュ。そんな子供みたいに寝れないよ?

『ならば食堂でコーヒーゼリーを与え給えよ。理由は、まぁなんだ――今回我々の邪魔をした者に報復をするだけのことさ』

 モリアーティの返答に、マシュも口を噤む。

 モリアーティは笑顔だった。紳士的な笑みだった。

 ただ……あれは憎しみに近い嘲り混じりの笑みだと思う。

 

        ◆

 

 ホムンクルスは滞りなく討伐され、戻ってきた二人に『全体回復』の魔術を掛けて傷を癒す。

 

――マシュは大丈夫? ←

――モリアーティ怪我させてない?

 

 そう尋ねると二人は肯定の意を示した。

「いつも思うのですが、あの狙撃は何処から来てるんですか? 百人隊を召喚する宝具とかなかったはずですけど」

「それは私のカリスマというものだよ。私がせずとも全ての悪性は私の味方するものだ」

「指示を出して他人に撃たせるのは二度手間かと」

「これは空砲でね、元から人を殺すようにできてない。それに、黒幕とは自分の手を汚さないものだろう?」

 冗談なのか本心なのかわからないが、マシュは『はぁ』と気の抜けた返事を返していた。

『周囲に敵性反応なし! 広範囲に索敵をかけたけど、エネミーは見当たらなかったよ』

 いや、そもそもロマンが見逃した所為で反応遅れたわけだし、少し反省してなさい!

 

        ◆

 

「先ほどミス・キリエライトが言った通り、シャーロック・ホームズの探偵事務所は我々が居るこの座標には存在しない」

 その後、何度かエネミーの襲撃を受けたが難なく回避し、妙に入り組んだ路地から脱出して、目的地の15番地に辿り着いた。

 やはり人は出歩いてはおらず、レンガ造りの建物の内部にも人の気配が無いように感じる。たぶんロンドン自体から避難しているんだろう。

「異界と言えば異界だね。人の脳で起きる盲点を利用した、存在するが目に見えない秘境なのだよ」

『魔力を持たない人の想念が作り上げた物理的な異界……そんなものをこんな街中で造れるのかい?』

 信じられない話だ。まだ素人魔術師とはいえ、キャスタークラスのサーヴァントの工房がどれほどすごいのか何となく感じることは出来る。あれはあれで別世界に入った気分になるもんだ。けど、魔術師じゃない人がそんな異空間を造れるなんて……。

 

モリアーティが示した場所は何の変哲もない街角だった。石畳の道路を挟んでバロックだかロマネスクだかのレンガ造りの建物が並ぶ。この時代の最新ファッションを着せられたマネキンが置かれた三方向から見れる硝子ショーウィンドウの店やテントをたたんだテラス付きのレストラン、映画とかで見る殺し屋が宿泊してそうな安っぽいホテルや『15S』と書かれた標識などイメージ通りのロンドンが広がっているが、ここにそんな異界があるのか?

「それではうら若き探偵殿に謎を与えよう。この地区に探偵事務所がある。そこは何処なのか? 言い当ててなさい」

 と言われて二人で頭をひねる。

 一見しても、っていうか普通のロンドンとか知らないし。外国とか旅行したこと無い日本人だし。

『こういう問題は今まで出た情報にヒントが隠されていると相場が決まってるよね』

 情報と言われてもよくわからん。マシュはどうだろう?

「……たぶんホテルでしょうか。ホテルは部屋の数が多いですし、目立たないその他のスペースがあるので魔術師の工房が建てられやすいはずです」

 マシュは明かりの点いてない(ほぼ全ての建物だが)ホテルを示す。確かにホテルって隠し部屋とかありそうな雰囲気があるから、マシュの推理になるほど、と思った。

「残念ながらその推理はハズレだと言おう。もっと幼稚で言葉遊び(ジョーク)に溢れている。そう、これはなぞなぞだ」

 は? と聞き返す他無い。

 謎のベールに包まれた隠れ家の場所をなぞなぞなんて表現をしたモリアーティに、マシュもロマンも胡乱な目で見つめている。この人は本当に探偵事務所の場所がわかったのか?

 

 そんな疑惑を余所にモリアーティが口を開く。

「15番地に来た理由、これは実に簡単だ。221番地と15番地は鏡文字になっていてね、あのポストコードを視給え」

 モリアーティが示した郵便番号(ポストコード)。『15S』と書かれている。

「このポストコードはここの他に15m先のそこと、8mほど歩いたあそこにもある。15のS。15番地の南部と言う意味だが、普通Sを書く場所は逆、S15が正しい書き方である」

 モリアーティが指さした所には確かに、15Sと書かれた表札がある。そしてそれは意図的に書かれたものだったのだ!

 だとすると、モリアーティが言った事を思い返して考えてみると……。

「鏡とはあのショーウィンドウですね!」

 振り向いて確認すると、マネキンを保護するガラスの表面に映るのはロンドンの建物とそこにいる自分たち、そして15Sを縦軸に反転した221という数字が。

「丁寧に他の表札からでも見えるように出来ている。そして全てのコードが見れる場所を示している暗号なのだよ」

 なるほど。

 ではあのビルに探偵事務所が?

「ではあとはBの謎ですね。部屋の番号でしょうか」

 それは中に入ればわかる、と言ってビルへ入っていく。

 

 しかし、Bという字は無かった。

 部屋の番号が数字だったのだ。

『いよいよ謎が深まってきたね~。部屋も薄暗いし雰囲気も出てきたよ!』

 人の気配が無いのは恐怖心を煽られて落ち着かないけど、度々ロマンが喜々と実況してるから少し気が楽になって良かった。

 

 部屋は左右にあり、部屋の番号は向かい合わせに金字で1,2と行く。

 6対目に到達した時、ちょうど行き止まりに突きあたった。

 行き止まりと言ってもその壁には13の表札が付いた茶色の扉があり、その扉の前には木箱などが置かれて、完全に物置と化した空間だった。

 あからさまに扉があるし、ここが221のBなのだろうか?

「座標上はここで合っている。しかし、その扉は鍵が掛かって開かない。防犯はしっかりしているな」

 モリアーティが床に落ちた何かを拾った。

 よく見ると小さな白いチョークだ。

「ヨーロッパ圏の地域では13は不吉な数字として使われることが無い。日本の病院に4号室が無いように。故にこの13号室はここにありながら人々の心理から消えている場所なのだ」

 木箱を乗り越えて扉の前へ。茶色い扉は他の部屋に付いてるものと同じ種類で、表札は白字でそこだけが違う点か。

 

 そこへ、モリアーティは1と3の間にチョークで太線を引いた。1と3の隙間は繋がって無くなり、残ったのは不格好なBという文字。

「これでいい」

 かしゅん、という音が鳴る。

 恐らく筆圧で作動する仕掛け(ギミック)があったのだろう。

 しかし最後だけ呆気なさすぎやしませんかねぇ!?

 ほら、マシュもロマンも反応に困ってるんですけど!

「だから私は言った。見るがいい。クイズに品性がカケラも無くクオリティが低すぎる。あの探偵の助手ですら1日かければ解ける問題だぞ?」

 ワトソンさんが解けるか否かはわからないにしても、世界一の探偵が作った暗号にしてもなんかイメージとかけ離れてる。なんかほら、ダ・ヴィンチ(ちゃん)コードみたいに大がかりなトリックとかさぁ!

『ま、仕方ないんじゃない? 本当に困ってる人のための探偵事務所なんだから、そんな本物の天才じゃないと解けないようなトリックじゃ誰も来ることが出来ないしね』

「そうですね、ミスター・ホームズは偏屈と言いますか、気難しくて、けどユーモラスな感性をしてる方ですからこういったことは好きなんじゃないですか? ……ハッ、もしかしたら今の先輩の反応も織り込み済みで作ったとしたら――?」

『あ~それもありかもね!』

 和気藹々とホームズ談義を始める二人。その様子を見てちょっと熱が冷めた。そんな些細な事にツッコミを入れてもね。

 

 ともかくも、こうして目的地へ着いた。

 ベイカー街221のB。ホームズの下宿先。

 本来ならシャーロック・ホームズとワトソン氏が依頼人を待っているはずだが、今回はここにモリアーティを怒らせた人物が居るらしい。

 

 物語の舞台を目の前にしてるというのに、何故か心にあるのは言い知れない不安だった。

「それでは入るとしよう。ああ、ミス・キリエライトは後ろを見張ってくれないか。何かあれば大変だからね」

 モリアーティが先頭に立ち、ドアノブに手を掛けた。

 いよいよ長い謎解きの旅が終わる。盾を構えて後ろを向きながらもワクワクで何処か落ち着かないマシュの手を握っておく。今は逸る気持ちを抑えよう。何が待ち受けているかわからないのだから。

 ノブが回る音。

 

 直後、強い衝撃により自分の体が後方へ吹っ飛んだ。




ミステリー感って難しい……表現とか言い回しとかよくわからないし、トリックもこの程度の文量じゃ読者に現場の背景が思い浮かばないだろうし、これが思い浮かんだらあっちが立たなくなる~って感じで結局ごっちゃになるしあれミステリーって何だっけ?
そんな感じで書き上げました。モリワキ教授の言う通りなぞなぞですね。

冬の極悪ピックアップは本当につらい……。これ!と決めたサーヴァントが居なかったから11日に勝負をかけようとした瞬間にじいじが……! 星5アサシンを持ってない僕に揺さぶりかけてやがる……! ガチャは25日まで控えます。まさかエレシュキガルが来るはずは……ないですよね?


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模倣証明

Q2:次のヒントから得られることを述べてください。
ジュラの森
マルセイユ
オールドストリート
ホワイトチャペル
ハイドパーク
東の村
王城
晩鐘廟


 ボゥン!! と、ベイカー街の一画のビルが爆発した。

 狭い通路であったため、行き場の無い爆風が一気に出口へ噴きだした。通路のフローリングや奥に放置されていた荷物は外へ放り出され、向かいの建物の窓ガラスへ突っ込んでいった。それが爆風のすさまじさを物語っていた。幸いなことは住人が既に避難していたことか。

 

「なるほど」

 男が呟く。

「なるほどなるほどなるほど? ()()()()()()()()()()()

 ニタニタ。

 ニヤニヤ。

 せせら笑い。

 表面上の顔に刻むそれは心の奥底から湧き出てるような表情(カオ)。今まで見たことのない新しい一面(カオ)

 自分の傍にいる男の狂気に飲まれかけながらも、立て続けに起きる出来事に混濁した意識の尾を掴むことに成功した。

 

 

 ――さっきまで居たビルから煙が立ち込める光景を、道路から見ていた。

 後ろに吹っ飛ばされたと思ったら何かを砕く音がして、気づいたら道路(ここ)でへたり込んでいた。

 目まぐるしく変わる場面に後輩が紫眼を回して口を開く。

「は、あ――? 一体どうやって……? ビルの中に居たはずじゃ……?」

「この星の公転を私に移しただけのことだ。知っているだろう? 私の宝具を」

 しゅるり、と細い糸がモリアーティの手に集まり、象牙のグリップからシャフトが生えていき、一本のステッキに成っていった。

 さも当たり前のことのように語るモリアーティだが、『宝具を使った』事実を聞いて背筋が凍った。

 彼の宝具は倫敦指鋲図という、対星宝具。

 モリアーティ曰く、惑星の自転や公転を操る宝具らしいが、その内容は耳を疑うものだった。

 そもそもこの宝具は物理現象なんだ。概念現象とか魔力攻撃とかそんなんじゃなく、実際に自転や公転に作用する物理数学式。発動すれば冗談ではなく星が滅ぶ、なんてオレTUEEEEな厨ニ生が考えたようなトンデモ宝具。

 今回行なったのも恐らくワープではなく公転に沿った直線移動。何か障害物があった場合、防ぐ間も無くミンチに成っていた。マシュが後ろに居たからクッション代わりになって壁を突き破っても無事でいられたんだ。

「無駄な魔力を使ってしまったな。今後を考えると残量魔力に再計算が必要か――」

 

――おいこら。 ←

――勝手に使ったことに対して何かないのか?

 

 勝手に星を破壊する宝具を使ったんだ。何で未だこうして無事なのかよくわからないからじっくり説明してもらおうじゃないか。

「問題ないさ。カルデアの変換魔力と周囲の大源(マナ)、君から送られる微々たる魔力は星を砕くに至らない。プラス宝具の発動時間を計算に入れてある。現に君たちの肉体も地球も変わりないだろう? 1000分の1秒だ、いかんながら人体にも星にもさほど影響は出ない」

「先輩、もうそろそろ令呪で制限させた方がいいんじゃないでしょうか」

 マシュの批難する声に大きく賛同する。初速無し秒速30㎞/sなんて空気抵抗で擦り切れる速さなんだぞ。

 契約してるサーヴァントに令呪縛りはしたくないんだけど一度検討する必要があるかも。

「結果的には爆風に巻き込まれずに済んだ。一先ずはそれで良いだろう。しかしここから離れた方がいいな。爆弾を仕掛けてきたということは、我々に対して攻撃の意思があると言うことだ。君たちの調子はどうだね?」

「……それも一理あります。先輩はどうですか?」

 マシュに促されて小さく頷いた。ちょっと頭がフラフラするだけでそれ以外に異常はない。でも通信機からノイズみたいなのがずっとなってるんだけど……。

「爆風の影響で故障したのかもしれませんね。自動修復機能が付いてるので復旧まで待ちましょう。それまでは何処かで身を隠します」

 そうだ。何でホームズがあんなことをしてくるのかわからない限り、ここでジッとしてるわけにはいかない。

 

 と、何処かで物音がした。

 またホムンクルスか? そう思っていると、モリアーティが飛び出し式の隠しピストルを上に向けて前に出て、マシュが背中を守るように盾を持って身構える。

 

 その直後に。

 ビルの窓ガラスが一斉に割れ、雨あられのごとくガラスが襲い掛かった。

 

 咄嗟にマシュが庇うように覆いかぶさった。

 マシュの顔がすぐ近くにあるとわかった瞬間に、ガラスの割れる音が鼓膜を裂くかのように響いた。

 盛大な不協和音に顔をしかめ、眼前の現象に頭が混乱する。一体何が起きてるのかわからない。

 魔術、なのだろうか。自分たちがここに来ることを見越して、誰かが仕掛けた罠なのか――。

 

 

「ははははははははははははははははははははっ」

 空回りする思考の中で、モリアーティは笑いながら空砲を撃つ。

 紳士らしいとは言えない少年のような笑い声は苛烈な発砲音でかき消される。一体この状況の何が彼の琴線に触れたんだ?

 

 しばらくするとガラスの雨は収まった。雨に打たれてたモリアーティが一見無傷な所を見ると、魔力を込めてない普通の攻撃だったのだろう。

 恐らく自分(マスターだけ)を狙うためのものか。

 それでもなお、トチ狂ったようにモリアーティは空砲を止めなかった。

「ははははははは……。5時の方向からでかいのが来るぞミス・キリエライト!」

 ハッとマシュが盾をどかして振り向いた。

 

 見えた光景はまた奇妙なもの。

 ごく普通に照らしていたアーク灯が折り曲げたポールコーンのようにしなっている。

 まるで振り下ろすために力を溜めるように。

 

 それは実現した。

 

 ドガガンっっっ!! と。

 アーク灯は電球が割れるのを躊躇わずに地面に激突した。

 当たらなかったのはマシュが盾を霊体化させ、咄嗟に担いで避けたからだ。

 ガラスが少ない場所にそっと下ろしてくれたマシュはすぐに盾を実体化させる。まだだ。街灯の他に電柱がある!

「またガラスが降って来る可能性があります。マスター! すぐに避難しましょう!」

 そう言ってるうちにまた電柱がマシュに鉄鎚を振り下ろした!

 マシュはそれを真正面から受けた。とてつもない衝撃音が全身を震わせる。衝撃で手とかが痺れてもおかしくないけど、マシュは鉄槌を真上に打ち返し、飛んで逆に盾を電柱に向かって振り下ろした。

 その攻防にほっと一息吐き、直感的に後ろを振り向く。

 向かい側にもアーク灯があるのを忘れていた――!

 既に溜めを終えて振り下ろそうとするアーク灯だが、一発の発砲音により動きを止めた。

 何処かからの狙撃でアーク灯が撃ち抜かれ、しなった形のまま止まったのだ。たぶんアーク灯の火に魔術がかけられていたのだろうか? そして何故かモリアーティが居なくなっている……! いつの間に逃げたんだあいつ!?

 が、考える暇すらなかった。

 足元から細かい砂粉が動くようなシャラシャラという擦過音が聞こえた。

 それは粉々になったガラス。それが動いているということは――いやな想像が浮かぶ。

 

――こっちだ! ←

 

 とにかくここから離れることが先決だった。なるべく電柱などから離れていて屋根があるだろう場所。屋内が良いだろう。頭をフル回転させて(コマンドシャッフルして)自身で思いつくあらゆる選択肢を挙げていき、一つの答えを閃いた。

 マシュに呼びかけて前へ。途端に、

 シャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリシャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリンッ!! と。

 一種の幻想のような音が足元を駆ける。

 割れたガラスは指先についた程度の大きさでも皮膚を切り裂く。あんなガラスの大蛇に触れようものならスプラッタなモノがロンドンの街中に二つ転がるだろう。

 

 走る――。

 階段を駆けて焦げ目がついた木箱を乗り越えて、バキバキにめくれ上がったフローリングを踏み抜かないように気を付けてとにかく走る。

 目指すのは最奥の部屋。爆発の起点でありながら開口部は形を残し、戸がぶらぶらと所在なげに揺れている。

 罠が仕掛けられた場所にもう一度来るなんて正気じゃないと思う。

 が、一度張られた罠の上からまた罠を張る、なんてことはそうそう無いはずだ。それにあれだけの爆発があったんだ。あったとしても一緒に吹き飛ばされてる。

「マスター!!」

 扉の前の4、5mの床が抜けていた。

 

 構わない。走幅跳の要領で力強く跳び込んだ。

 宙を浮遊し4、3、と扉に近づくにつれて徐々に視界が降りていく。が、トン、と後輩の後押しで一気に飛距離が伸びる。

 2、1――。

 ダムっ!!という床が軋む音。

 威力を殺しきれずにゴロゴロと転がる。人とは地力が違うマシュは受け身を取って立て直し、すぐさま扉を閉めた。

 

       ◆

 

 部屋には既にモリアーティの姿があった。

「物語の終焉を決定付けるファクターとしての概念宝具、といったところか。探偵の死を持って終わる物語のためのデウス・エクス・マキナとして、探偵を抹消するために()()()()()()()()()()()()を仕掛けているのか? 誰かが仕掛けた爆弾による暗殺。ガラスの落下による裂傷死。……あの電灯らはいささかメルヘンだが、電灯の腐食事故と関連付ければ説明はつくか――?」

 いつもと変わらない穏やかでうさん臭い紳士の声。杖を持たない手で顎を擦る動作はもう見慣れてきた。

 

 今居る空間はモリアーティの言い分を照らすと多分あのビル、221番地Bの部屋なのだろう。結果的に入る事が出来たんだ。

 けど想像していたのとは全く違う。

 窓が無くて全体的に真っ暗。だけど木のフローリングにはうっすらと埃が付いていて、近くにあった台を見ると埃はなおさら目立った。焦げ臭いのはさっきの爆発で巻き上げられた埃が燃えてるからだろう。これは人が来るものの全く手入れをしていない証拠だ。

 それに気づいて不審に思い、モリアーティに明かりを頼むと照明弾を撃ってくれた。

 照らされたのはいくつもの木箱。広さは8m四方で、学校の理科準備室のようにずらっと並んだ棚にはファイルや何かしらの薬品、また木箱が積まれ、壁一面にはロンドンの地図、人物や風景の写真、殴り書きされたメモがおびただしく貼られている。

 ここがホームズの住居というのは嘘だ。

 ここには生活感が無い。まるっきり倉庫じゃないか。

「……」

「痕跡を残さないよう気を遣っているが、なるほど。()しもの天才でも人の脳の中までは探れなかったようだ」

 自問自答して勝手に納得する姿は違和感だらけだ。

 

 彼はジェームズ・モリアーティ。

 彼はシャーロック・ホームズの敵役。

 彼はホームズとの死闘の末、ライヘンバッハの滝で命を落とした。

 なぜ彼はホームズの住居(ここ)を自分の所有物のように語っている?

 

「モリアーティ教授」

 マシュが口を開く。

 その声には警戒の色が含まれていた。

 

 

「率直に聞きます。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 マシュが言っていた親しみやすさ。それがどういうものなのかはよくわからないけど、今回の旅を通してなんとなく違和感がある事は理解した。

「小説ではミスター・ホームズの下宿先を突き止め、ここで対話したと。でしたらこの場所を知ってることは説明が付きます。ですが知られたとして、こんな隠れ家のような住居を造ったホームズさんが何もせずここで佇んでいるのでしょうか? よりにもよって宿敵であり天敵であるあなたにです。実際に何があったのかわかりませんが、かつてここで住んでいたとしても、もうここにホームズさんは居ません」

 滔々と、真実を語る探偵のようにマシュは言葉を並べる。

「『シャーロック・ホームズの探偵事務所へ行く』とロンドンに着いてあなたは言いました。『トライヘルメスを改ざんした犯人に会いに行く』とアトラス院であなたは言いました。私達はホームズさんが原因だと思っていましたが、そもそもホームズさんは表の世界を歩く人間です、いえ、魔術に心得があったとしても、エジプトの錬金術をマスターしていないと思われます」

 トライヘルメスに接触したのはホームズとモリアーティ。改ざんした可能性があるのはホームズと思っていた。けどマシュの言い分が合ってるなら、その可能性は低くくなる。

 だとしたら……この騒動の元凶は――

「教えてくださいモリアーティ教授。あなたは一体何をしようとしてるのですか?」

 ここまで連れてきて何を企んでいる? とマシュはそう断言した。

 持っている盾を力強く握りしめて、何が起こっても良いように備えてる。完全にモリアーティに疑念をを抱いていた。

 話してほしいと思った。だってモリアーティの契約者(クライアント)なんだ。あやしい隠し事をしようが悪の道に引きずり込もうが構わないけど、こういう風に黙って巻き込んでいくやり口はやめてほしい。それが彼の(さが)だとしても、こっちが信用してる分モリアーティも信頼してほしいのだ。

 

 

 

 

 モリアーティの返答は芝居じみた4発の拍手だった。

「全く持って君の推理は正しい」

 張り付けた笑顔、ではない。

 何が嬉しいのか、何が琴線に触れたのか。

 穏やかな紳士の嘲り顔は鳴りを潜め、獰猛とも見える笑顔をこちらに向けていた。

「勘違いはしないでくれ。別に君たちをダマそうとしたつもりはない。だがシャーロック・ホームズについての推理は見事だ。かはっ、そうだね、モリアーティが探偵のマネなんてするもんじゃないな」

「……やっぱり違うんですね」

「ああそうさ。『緋色の研究』で世間に知られるようになった彼に会ったこともないし、そうだ、ロンドンにも居なかったハズだ」

「……そうですか」

 モリアーティの話を聞いて、マシュの語調が落ち込んでるのを聞き逃さなかった。

 

――それじゃあ別の英霊? ←

 

「そうとも言えるしそうとも言えない。君と同じだよミス・キリエライト」

 ? どういう意味だろう。引き合いに出されたマシュも首を傾げた。

「我々の世代で一世風靡したのがシャーロック・ホームズシリーズの推理小説だった。当時革新的で魅力的だった名推理に誰もが惹き込まれた。()()()()()()()()()()()。阿片のような仮想と現実が入り混じったストーリーに我々は現実を見失っていったのだ」

 時々出てくる『我々』という単語が気になった。マシュは納得した表情をしてる。愛読者(かのじょ)だからわかる何かがあるのだろうか。

「それは……とんでもなく……」

「無意味だろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()。――私もその一員だったがね」

 照明弾が力尽き、光源の無い闇が帳のようにモリアーティの顔を隠していく。

「わたしは無意味とは思いません。教授たちも何かを産み出そうとして、実際にこうして造り上げてしまったんですから」

「お褒めに預かり光栄に思う。だが、その居るはずのない偶像を追い求めたくだらない連中の果てがこの私だ。彼が為したことを模倣した功績で『座』に居るかもわからない犯罪者の殻を被った、ただの錬金術師。それがジェームズ・モリアーティを名乗るこの私の正体」

 モリアーティは自らを嘲るように口元を引くつかせた。

 推理ドラマとかでトリックを見破られた犯人は口が軽くなるようなシーンは実際に起こりうるようで、モリアーティの口調は軽かった。隠す必要が無くなったから開放感を感じてるからかもしれない。

 

 ……それじゃあもう一つの本題。

 今回自分たちを襲ったのは誰の手引きだったのか。

 既にモリアーティが手引きしたとは思ってなかった。だってあの爆発やガラスや電灯の襲撃について何か知ってるようだったし、カルデアのサーヴァントという枠組みが気に入らないから抹殺を考えた、という自作自演にしては遠回り過ぎる。

「先輩の言う通りです。アトラス院から続いた一連の出来事には関連がある……これはもう事件ですね」

 後輩が色々荒ぶっているけど、言い分は的を得ているためあえて何も言わない。

 トライヘルメスという財宝に目がくらみ、そこから自ら深い所へのこのこ追いかけて――その果てに報酬は無く、大口を開けた魔物が居るだけだった。人類最後のマスター殺人事件になる所だったのだ。

「――では今一度、今回の事件の概要を考えてみよう。今回の事件の一番の難点は、証拠が多すぎるということだ」

 明かりが無くなり、もうシルエットでしか人を判別できない。モリアーティの表情は窺えなかった。

 

「トライヘルメスを改竄したことで我々はロンドンへ誘い込まれた。では何故誘い込む必要があったのか? それはわかるかね? ああ、ここでは誰が(WHO)どうやって(HOW)は考えなくていい」

 モリアーティの問いに思慮を巡らせる。前にロード・エルメロイから聞いたことがあるけど、『魔術が絡む事件において誰がやったのか(フーダニット)どうやってやったのか(ハウダニット)は意味はない』との事。一連の事件も犯罪者のサーヴァントがいる時点でそれらは意味を無くしてる。

 ただ、『何故やったのか(ホワイダニット)は例外だ』と。

 そのことを前もって言ってるのだからそこに答えがあるんだろう。

 

 あの爆発やガラスは明らかにマスターである自分やマシュに向けられたものだった。それで犯人はどう得をするのだろう?

 魔術王が差し向けた刺客? ――違う。魔術王はこちらに興味を持ってない。まだ見ぬ特異点に聖杯を送り込むだけで、すでに修復した特異点をどうこうするような奴じゃないハズだ。

 はぐれサーヴァントによる無差別な攻撃? ――これは近いと思うが違う。攻撃はあったけどすべてピンポイントで行われていた。それに第6特異点から第4特異点まで単独で移動なんて出来るのだろうか?

 ではカルデアに居るサーヴァントを狙って? ――恐らくこれだ。マスターを失えば契約したサーヴァントに大きな打撃を与えるはず。ライバルだったり犬猿の仲だったりなサーヴァント同士で戦うことはよくあるけど、それでも一筋縄ではいかない。単純にサーヴァントの抹消を考えたらマスターを狙うのが効果的だ。

 誰を狙って? ……これは言うまでもない。

「モリアーティ教授?」

 一連の事件で最初から最後まで共に居るサーヴァント。関係が無いハズが無い。

 

 けどここで疑問が発生した。

 トライヘルメスの改竄だ。あれが出来るのは今の所モリアーティだけ。彼ともう一人、ホームズには改竄なんて出来ない。

 そんな思考を読み取ったのか予想してたのか、モリアーティが答えた。

「君たちは言ったね。彼がトライヘルメスを使ったと。だがそれは違う。もう一人居たのだろう。君たち二人、ベディヴィエール卿、ミス・サンゾー、ミスター・トータ、そして敬愛なるシャーロック・ホームズ。そこにもう一人、居たのだよ」

 芝居がかった口調に拍車がかかる。声に合わせてシルエットがオペラ俳優のように一言一行する。

 

「それからもう一つ。トライヘルメスから送られたデータがあっただろう?」

「はい。全て私たちの旅の記録でしたが」

 第1特異点から、ジュラの森のマルタ戦、地中海の港町マルセイユでのゾンビ狩り。

 第4特異点から、オールドストリートでのオートマタとの戦い、ホワイトチャペルのジャック・ザ・リッパーの襲撃、ハイドパークでは魔本を焚書していた。

 第6特異点から、東の村で山の翁と大英雄と対決場面、晩鐘廟で操られた静謐のハサンを救った事、そして王城の獅子王との決戦。

 思い返すと色んな感情が織り交ぜになる記憶だ。

「もう一度言おう。この事件は片手間に考えられたような言葉遊び(なぞなぞ)で占められているのだよ。これらの資料から示されるヒントはイニシャルによるアナグラムだよ」

 スッ、と手が空を彷徨うと、突如通信機が作動してホログラムが宙に浮かぶ。

「特異点の地名をそれぞれのイニシャルを並び替えれば言わずともわかるだろう。このメッセージは明らかに私に向けて送られたものだ。だから私はここまで来たかったのだよ。ふざけるな、と言いにね」

 

 第1特異点から、ジュラ(Jura)マルセイユ(Marseille)

 第4特異点から、オールドストリート(Old Street)ホワイトチャペル(White Chapel)ハイドパーク(Hyde Park)

 第6特異点から、東の村(East village)王城(Royal Castle)晩鐘廟(Angelus Temple)

 特異点ごとで並び替えると、WHO ARE――

 

――……マイケル・ジャク――!? ←

――……ジェームズ・モリアーティ?

 

「逆だよキミ。自慢じゃないがステップで足を交差させるだけで足をもつれさせる自信がある」

J・M(ジェームズ・モリアーティ)です先輩。ジェームズ・モリアーティとは誰か? です」

 その通りだ、とモリアーティが肯定する。

 自分たちからしたら目の前の紳士がそうだが、この問いを投げかけた相手はその答えを求めてないはずだ。

 これまでの行動を鑑みるに、この人物像は誰かに似ている。自分がわかってる問題を人に試すようなことをして、人目を忍ぶくせに敵対者には自己顕示する証拠を残すようなやり方。

「奴は太陽だ。彼を中心に犯罪者は惑星のように回る。居るだけで悪意は植物のように育ちゆく。それでいて厄介なことに彼は自らの手で他人の『悪』を行使することができるのだよ。蹂躙という言葉なぞ生温い、凌辱後の搾りカスすら利用するその悪意。並大抵の人間では天上で見下ろす彼に手を届かせることは出来ない。唯一、天から堕ろしたのはシャーロック・ホームズだた一人さ」

 マシュも、自分も、出題者が誰なのかがわかった。

 トライヘルメスを改ざん出来たのも説明が付く。アトラス院の錬金術というのは詰まるところ、膨大な計算処理によって行われる奇跡なのだから。錬金術師でなくても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ヨーロッパの数学界に定説を残すほどの論文を書いた数学教授であり、シャーロック・ホームズと相対する犯罪者であった人物。

 

 

 

――ジェームズ・モリアーティ。 ←

 

     ◆

 

 気づけばそこに居た。

 

 モリアーティと対角、自分たちの背後からサーヴァントの気配が立ち上がった。

 その瞬間に室内の燭台が火を灯した。

 まだ薄暗いものの、部屋全体のディテールがわかる程度の視界を確保できた。

 モリアーティはこちらを睨みつけながら佇んでいる。いや、あの敵愾心に満ちた目が向いてる先は自分たちの後ろだ。

「紹介しよう。彼が君たちを襲った犯人だ」

 

 振り向いた先に居た人物は――言葉を失う。

 英国紳士然とした雰囲気、黒い髪をオールバックにして、コートとケープを合わせたようなダークブラウンのインバネスコートを纏ってる。柔和な笑みを浮かべるその人はかつて特異点攻略の折に色々と助けてくれた。

 

 要するにシャーロック・ホームズその人だった。

 

「ミスター・ホーム、ズ? え、でも何で……」

 わけがわからない。

 シャーロック・ホームズがロンドンに居るのは良いとして、かつてアトラス院で手を貸してくれた彼が命を狙ってくる理由がわからない。それに一連の事件の犯人は本物のジェームズ・モリアーティではなかったのか。

 

 困惑しきった様子を見て、モリアーティがくつくつと笑い声を漏らした。

「君たちには彼に見えるのか。私には黒い影が佇んでいるようにしか見えないのだが……。信じられないだろうが、彼がモリアーティ教授だよミス・キリエライト」

「初めまして、カルデアのマスター。わざわざロンドンまで呼び出してすまないと思っているよ」

 ホームズの姿で。ホームズの声で。ホームズの所作で。しかしあの時の彼とは決定的に違うと感じる。

 

 表情が無いのだ。

 普通、喋る時は口元が動くハズなのに、腹話術のように微笑みの表情が動かない。

 自然と足が引いてしまうほどにそれが不気味だった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自身の目に映った光景でしか処理できない故に個人によって見え方が変わるのさ」

 しかしどうしたらよいものか?

 どういうわけだか二人のモリアーティに挟まれてしまったのだが……。ウチの方は味方だと信じたい。

 マシュはいきなり現れた方に盾を向けて、いつでも引き寄せられるように片方の手で魔術協会の制服の端を掴んでいる。

 

 マシュが口火を切った。

「あなたが今回の事件を引き起こした犯人だとして、何故このようなことを? やはりこちらのモリアーティ教授があなたを偽ったからですか?」

 改めて、至極当然な質問。

 ホームズ姿は表情を変えず、

「君たちカルデアは魔術王の人理焼却を防ごうとしているだろう? それを妨害するためだよ」

 

 

「――……」

 ――――――――――――――――――。

 ホームズの容姿で、あまりにも当然というような口ぶりでに語った内容に、一瞬思考が停止してしまった。

 こいつはいわゆる『オルタ』のような状態なのだろう。でも、シャーロック・ホームズという人物はこんなことを言ってのけてしまうのだろうか?

「『それ』は『彼』とは違うのだよ。ある意味の願望器であり、たった一人の探偵の願望から生まれた英霊だ。彼に人間的な思考を求めない方が良い。

 勝手に他人の悪意を読み取って最適解を打ち出す自動機。それが小説上のモリアーティ教授なのだ」

 モリアーティがそう解説した。相変わらず口端を引きつらせながら睥睨している。

「ともあれ、()()()計画(プラン)は破綻している。そうそうに立ち去ってもらいたいのだが――」

「何を言っている」

 ガクンと、雰囲気が変わった。

 

 あっちの『モリアーティ』が無表情になった。

 

 

「私は複製を認めない。贋作を認めない。模造を、模倣を、偽装を、捏造を、詭弁を、外連を、詐欺(ペテン)を、瞞着(まんちゃく)を、虚説を、欺罔(ぎもう)を、枉惑(おうわく)を、認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない――」

 

 それこそ壊れた機械のように同じことを繰り返す。

 頭を掻き乱し、苦痛に悶えるように体をねじくらせ、それでもなお表情は変わらない。

 その異様な気配に思わず圧された。

「世界を維持を放棄した錬金術師。君たちは悪性/英雄の死を溜飲すべきだった。君たちは物語/英雄を存続させるべきではなかった。君たちは本物/英雄を求めるべきではなかった。終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった。ワタシは君たちの矛盾を認めない。ワタシは終演。君たちの物語は終わらせる。終わらせる。終わるべきだ」

 ギシィッ!! と空間が鳴った。

 辺りに散らばる文具が、配置された家具が、六方を隔てる部屋全体が、全てが自分に向かって這いよってくるような気がする。

 

 ようやく理解した。あれは、彼の世界の矛盾(モリアーティ)を殺すためだけに、魔術王を利用し、人類を滅ぼそうとする。完全な舞台装置だ。

 物語を終わらせるファクターとして、あらゆる事象を捻じ曲げて強制終了させる概念。それがこの『ジェームズ・モリアーティ』という英霊なのか。

 

 

「――それは、違います」

 そう、マシュが呟いた。

 歪に体をくねらせた『モリアーティ』はぐりん! と顔だけマシュに向けた。

「……半英霊の少女、君も同罪だ。全ては終わる。君の創作に対する愛は無意味だ……いや、その愛こそが、その思想があの模倣英霊を産み出した。故にここで」

「無意味ではないです」

 あらゆる声が重なって聞こえる『モリアーティ』の言葉を、マシュは即座に否定する。

 本の中の登場人物からの拒絶の言葉に、マシュは曇りない意志を持った瞳で睨み返した。

「綺麗に終わるからその物語が美しいという理屈はわかります。けど、それだけでは無いはずです」

「――」

「この部屋だって、あなたの言う創作に対する愛情によって出来たものです。美しかったものを後世に残したい、そんな情熱が私には伝わってきました。物語が美しく終わっても、登場人物のその後を考えたり物語を深く考察することは自由なんです。……続くことが間違いだとしても、それは多くの人に愛された証拠なんです」

 その言葉があの『モリアーティ』に届くかは知らない。

 けど腹をくくるには十分だった。

 マシュは認めなかった。

 物語の終わりなんてそう決められるものじゃない。千差万別、美しくも醜くも、スパッと潔く終わるのもダラダラ続くのもそれはそれで『あり』なのだ。要はその物語が皆に愛されたかが問題なのだから。

 その小説のファンだから、マシュは物語を続けさせたい思いを認めない『モリアーティ』を認めない。

 

 

 そして、

 

――いつまでへこんでいるんだモリアーティ!! ←

 

 次に声を掛けるのはカルデアで召喚した方のモリアーティだ。

 当の本人は後ろでずっと佇んでいた。で、今はキョトンとしながら首を傾げている。

「……へこんでる? この私が?」

 ああ、そうだ! 今そのことでかなり頭にキている。

 ずっと憧れていた人にお前を認めないだとか言われたら誰だって落ち込む。英霊のたまり場のカルデアじゃよくあることだ。

 けど! 目の前でマスターが危機に陥ってる時にへこんでるサーヴァントが居るか!

「――ああ、そうだね」

 黒い糸が纏まるようにマシュの隣に現れたモリアーティは、いつも通りの笑みをさらに深く刻んでいた。

「私が召喚に応じた理由を見失っていた。私の計画にはクライアントたる君が必要不可欠。目的を前にして過程をおろそかにしてしまった」

 モリアーティは嗤う。

「まずはあなたに非礼を詫びよう。確かに我々は完璧だったものに傷をつけた。終演(あなた)の存在を無駄にした」

 深々と紳士的なお辞儀をするモリアーティ。しかし、その態度は言葉と真逆だ。

「しかし礼を述べる。あなたの存在のおかげで我々の計画は大いに前進した」

「――何?」

「――ジェームズ・モリアーティはシャーロック・ホームズの幻覚によって生まれたとしたら、ホームズが居ることでモリアーティは存在を確立することになる。逆説的に、モリアーティが居ればホームズの存在を証明できるのではないか」

 『モリアーティ』が始めて表情を変えた。

 奇妙でなんという単語で処理できるかわからない表情だったが、こちらにプラスになる感情じゃないだろう。

「在らざる存在を想像し証明することこそ我々の得手なのだ。ただ愛していた。その感情だけで架空を現実に再現せしめる理由としては十分だ」

 それが彼がモリアーティになった理由なのか。

 ただのファンだから。

 作品を愛したから自分も作品の一部に成りたいと思ったから。

 行き過ぎた狂愛者(マニア)の理解できない、ごく普通の発想。

「――――――――――――――――――――――――。

 ――――――――――――――――――――――――。

 ――――――――――――――――――――――――。

 ―――――――――――――――――――――――おまエタちは狂ッている」

「ああそうだね。自覚しているつもりだよ。しかし、改めてあなたを前にして思ったことがある。あなたはモリアーティ足り得ない。犯罪のコンサルタントを名乗るのなら、人の感情を深く理解していなければならない。犯罪は人の感情によって起こされるものだからね。従って、機械的に物語を終わらせてファンの願いを何故と言ってのけるあなたを我々は『ジェームズ・モリアーティ』とは認めない」

 

 

 再び空間が軋んだ。

 空気が圧縮し、物体は重力を逆らって。あの『モリアーティ』を中心に世界が塗り変わり始める。

 

 死角からの被害に遭わないよう、マシュの背中に張り付いて周囲を観察する。

 視界の情報はあまりあてになりそうにない。部屋全体が歪み捻じ曲がってるから真っ直ぐに進んでもいつの間にか天井を歩いていた、ということになりそうだ。

 

「ここぞとばかりに煽ってどうするんですか」

「ファンの言葉を鵜呑みにして当たり散らすのは作家としていけないことだと、読者からのささやかなアドバイスのつもりだったのだが有難迷惑だったかね?」

「確信犯ですね。犯罪者のくせに」

 そんな中、マシュの苦言にもモリアーティは飄々とした様子でそう嘯いていた。

 二人の息の合った(?)掛け合いを聞いて思わず半笑い。先ほどのピリピリとした空気を二人の間から感じない。いつも通りの仲がいいとも悪いとも言えない、後輩と教授が揃った時の独特な雰囲気。

 彼の告白でわかった。性質的にも人格的にも反りが合わなそうな二人が何故あんなに楽しそうにしていたのか。

 要は彼もファンだっただけの話。多くを語らずとも、自然と通じ合ってしまっただけ。

 

 空気を裂いて飛んできたペーパーナイフを刺さる寸前にマシュが掴む。

 いけない。今命狙われてるんだった。

「――っと、このままでは先輩が潰されてカーペットされちゃいます。どうしますか?」

 もちろんあの『モリアーティ』を倒してここから出よう。虎の絨毯みたいになるのは嫌だし。

 『モリアーティ』は変わらずここが私の定位置だ! と言わんばかりにそこに佇んでいるけど、あれはもう本体じゃない。あれを倒してもこの現象は止まらないだろう。それに相手は幻影のようなものらしいし、マシュが物理的に叩いても効かなそうだ。

 そういうわけだから、何か案はありませんかね教授?

「当然あるさ。『もしモリアーティに邂逅した場合の対処』は計算済みだ。まぁそれには――」

 ちらっちらっ、とこれ見よがしに流し目を送ってくる英国紳士に思わず嘆息した。

 たしかに言ったけども。勝手に使うなとは言ったけども。嫌味に感じるからやめてくれません?

 手ぐしで髪を解いて、一言。

 

――やっちゃって。 ←

――宝具開帳、許可します!

 

 モリアーティはニヤリと嗤った。

 

「承った。我が頭脳を持って証明しよう。――ミス・キリエライト、君の想い人に巻き添えを食らいたくなければしっかり守りたまえ」

「っ! はい!」

 

 モリアーティから遮るように、マシュが盾を構えた瞬間、

 

 

 いつの間にか盾とマシュの間に、突起の付いた円柱状のものが現れた。

「あ、――」

 何なのかを理解した瞬間に、閃光手榴弾(それ)は五感を奪い去った――。

 

     ◆

 

 ――音が鼓膜に刺さると共に動き出す。

 ――フラッシュバンの効果は精々5,6秒、その間に術式を完成させるのは容易い。

 

 鋭利な刃物が身体の左側の関節を貫通した。

 

 ――妨害さえなければだが。

 

 ――これが完成すれば、偽典ではあるものの、固有結界を展開した相手にとって猛毒となる。

 ――それがわかってるからこその、この妨害。

 ――膝が崩れ、片足で支えるが痛覚の悲鳴が集中力を乱してくる。これは『狂化』を持っても思考にノイズが入ってしまう。

 

 手にしていた象牙のステッキがほどけた。

 棒が布へ。布が糸へ。繊維をエーテライトで構築した杖は見る間に姿を変えていく。

 表面に数式が書かれた糸がロンドンの街の図を頭上に描く。

 

 ――唐突に、魔力の上昇を感じた。

 ――自分の内包魔力ではない。外部から送られたものだ。

 ――『霊子譲渡』。サーヴァントの内包魔力やマスターからの供給魔力。これらとは別の、物質の情報を書き換え魔力に似た性質を持つ霊子に変換する術式。変換する物質は主に魂であるため、霊子を送られたサーヴァントとマスターは一時的にだが『繋がって』しまう。

 ――この宝具は騎士王の聖剣と同じく数多の制限が存在する。全てを語るには時間がないが、最も大事な要素は魔力。

 ――ただの大源(マナ)小源(オド)ではない。悪意を持った人間の魔力だ。計算によれば、19世紀のロンドンの人工と同じ人数の魔力があれば星を破壊できる。きっと本物のモリアーティが犯罪のナポレオンになったのもそういう経緯があったはずだ。そうでなくてはならない。

 ――善良なマスターからの魔力なんてカップの底に沈殿する茶のカスっ葉程度しかない。

 

 嫌な音がした。

 穴を開け、叩き割り、掻きまわす音。

 視界が赤くなって、釘辺りで脳天を撃ち抜かれたらしいことを悟った。

 銃弾の弾道に沿って体が傾く。

 視界があらぬ方へ向く。

 

 ――だがおかげで宝具を発動する程度の余力が出来た。

 ――式は完成した。

 ――ほんの少しの合間に考えたのはわずかに与えられた魔力のこと。

 ――意識がマヒしてるはずなのに、あの一瞬で魔術を完成させた?

 ――予測してあらかじめ発動させていた? (カット)。あのお人好し。手助けしようと無意識にやってしまった可能性大、か。

 

 ――嘲笑。揶揄。冷笑。愚弄。嗤笑。嘲謔。久方ぶりにそれ以外の笑みが自然と浮かんだ。

 

 

「君がやってきた事だ。その脳細胞を使わせてもらおう。……精々発狂しないように気を付けるがいい」

 そう言って、真上に向けて照明弾を撃ちあげた。

 

「この謎を、亡きアーサー・コナン・ドイルに捧ぐ」

 

 それは街全体に描かれた巨大術式。

 ロンドンで起きた未解決犯罪の地図。

 

 ――発動するのは対星宝具。

 ――その前段階の固有結界専用の対界宝具。

 ――その宝具を五感で感じてしまった者は壊れてしまう。その者の世界が破壊される。

 ――だから後ろの二人を眠らせた。だからカルデアのモニターを遮断した。

 

「「倫敦指鋲図(ダイナミクス・オブ)=覚醒式(・アステロイド)

 

 異変は足元から起こった。

 照明弾で照らされた、術式の影。

 それがゆらゆらと揺らめく。

 何処かから聞こえる太鼓と魔笛(フルート)の音色に合わせて影は勝手に踊り狂う。

 

 ――『モリアーティ』は舞台装置だ。感情を理解しないように、感情を持たない機械だ。

 ――『モリアーティ』は感情を持つべきだった。この光景を見た時瞬間に逃げることができるから。

 

 時間が巻き戻るようにモリアーティは起き上がる。

 儀式は完了した。

 けれど不満足な心持ちだ。

 その視線は頭上のロンドンの地図にある。

 

 ――早く発動した分、魔力が少なすぎた。

 ――残念ながら召喚できたのは()だけだ。

 

 手が一本出ていた。

 月のクレーターのようにボツボツしていて、出来の悪いエロ同人誌の触手のような手がちょっとだけ倫敦の地図から出ていた。

 

 それだけだった。

 

 

 星が壊れた。

 

「もし彼に戻るのなら伝えてくれ」

 存在ごと壊される感覚に苛まれながら『モリアーティ』が聞いたのは憎たらしいあの男の声。

「ライヘンバッハの滝であなたを待つ。そして我らの決着を持ってあなたを証明する、と」

 

     ◆

 

「おはよう諸君。つかの間の夢から覚めた気分はどうだね」

 目が覚めた時には外に居た。

 おかしい。時間を確認しても1分も経ってないハズなのに、いつの間にかビルとビルの間にぽっかりと空いた空き地のような場所で倒れていた。

 困惑してる時に、薄い印象を抱かせながらも胡散臭い紳士がそんな社交辞令を投げかけてきた。

 

――最悪な気分です。 ←

――て、け、り、り?

 

 うん。それに加えて『霊子譲渡』したときに何か悪いものを感じた所為か、脳髄がすり合わすような不快感を感じてる。

「あの『モリアーティ教授』は倒したのですか? モリアーティ教授」

 まだ頭がはっきりしていない様子でマシュはそうモリアーティに尋ねた。

「答えはNoだよミス・キリエライト。完全に破壊する前に逃げられた。――まだ私をそう呼ぶのかね」

 と、モリアーティは目を瞬かせた。そんな彼の動揺に思わず笑みが零れる。

 

 おかしな言い方だが、カルデアのモリアーティは彼なのだ。

 あの舞台装置でも、本物の犯罪の皇帝でもなく、アトラス院出身のどこかおかしいなんちゃって英国紳士がカルデアのサーヴァントとして人理救済に協力している。今さら他のモリアーティは考えられないのだ。

 

 モリアーティは気恥ずかしそうに息を吐くだけだった。

 

 マシュの手を取って立ち上がる。

 ちょっとした思い付きがこんな大事になるとは思わなかった。疲労困憊、とはこういうこと。

 カルデアとの通信は途絶えたままだし、もう少しロンドンに留まらなくてはいけないんだけど――

「――っ、そこをどいてくれ」

 モリアーティが唐突に声を上げた。

 何事かと思ってその場から飛び跳ねると、英国紳士はこれまでにないほど敏捷に地面に伏せた。

 スーツが汚れるのもいとわず、モリアーティは一心不乱に地面を探る。

 次第に砂が払われていき、()()()()()()()()が顔を出した。

「これって……!」

 それは1.5m平面の鉄板に取っ手がついた扉だった。

 年季が入っており、恐らくこの扉の上に後から建物が立ったと推測できる。

 だが、それだけのものじゃない。それだけでマシュが驚嘆の声を上げて、モリアーティの笑みがさらに深くなることは無い。

 扉にはシンボルが彫刻されていた。

 

 パイプを持った紳士の横顔のシルエットが。

 

「このまま見ないフリをしてカルデアに戻るか、好奇心に任せて前に進むか……諸君はどうするかね?」




模倣犯のサーヴァント


真名:ジェームズ・モリアーティ〔シャーロキアン〕
身長:168cm / 体重:63kg
出典:シャーロック・ホームズシリーズ(史実)
地域:ロンドン
属性:混沌・悪 カテゴリ:地
性別:男性
カルデアにて犯罪と小説の布教に勤しむ老紳士。

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷B++ 魔力B+ 幸運E 宝具?
保有スキル
犯罪教唆:犯罪計画や必要な道具を提供するスキル。幸運が1ランク下がる代わりにE~Bランクの気配遮断、情報隠蔽のスキルを得ることができる。ゲーム的に「味方単体にスター発生率アップ&敵単体の強化解除&精神弱体耐性大ダウン【デメリット】」という効果のスキル。

カリスマ(悪):軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。悪・混沌属性に対し絶大な効果を得る。ゲーム的に「味方全体の攻撃力をアップ&自身を除く味方全体の〔悪〕の攻撃力をアップ」という効果のスキル。

犯罪皇:情報抹消、諜報、抑制などを含めた隠蔽技術。日常に溶け込みながらも誰からも怪しまれず、犯罪社会を裏から操っていたモリアーティの固有スキル。このスキルを保有するモリアーティは、自らスキルを解除しない限りサーヴァントでさえも目の前に居ながらモリアーティをサーヴァントだと気づけない。

架空数学:本来存在しない事象や物的証拠、人的証拠を計算し、存在を在るものとして証明する固有スキル。このスキルを持つモリアーティは、小説の単語一つから推理し、そのものの解釈を捻じ曲げて本来『無い』はずの神性の存在を在るものとして証明させた。「ありもしないものを存在させることこそが私の真骨頂さ」

狂化:別名『狂愛』。『狂化』に比べランクはかなり低いが、好きな物事に対して集中力が格段にアップする。


宝具:倫敦指鋲図(ダイナミクス・オブ・アステロイド)
ランク:?
種別:対星宝具 / 対界宝具
レンジ:1000 / ?
最大補足:現70億人 / ?
由来:ジェームズ・モリアーティが発表した論文、または数式。それをこのモリアーティが独自解釈して解析した終末論。
計算上、条件を満たした時、文字通り惑星を壊す数式。
小説の一文にだけ登場した謎の論文で、その解釈は多岐に渡る。一例を出すと、世界中の人間が全員犯罪者になった場合、地球を爆砕して無数の小惑星にしてしまう、世界を滅ぼす「終局的犯罪」について書かれた論文。また他にもかつて火星と木星の間にあった惑星がある神性によって粉々に砕け、現在のアステロイドベルトを形成させたという仮説の提唱など。そのため、この宝具は条件、過程を変えると様々な効果を生み出す宝具となる。しかしいずれの方法でも地球が破壊されるという結果は変わらない上、これらの結果は魔術を使って物理的な現象を起こしているため、霊体にはさほど効かない。
このモリアーティは『覚醒式』と『円環式』という二つの過程でこの宝具を使い分けており、またカルデアの供給魔力だけでは発動できないため、宝具を限定的に発動させて星の表面を剥がすに留めている。
ゲーム的に「敵全体に強力な〔地上の物体〕特攻攻撃&〔死霊またはサーヴァント〕攻撃無効【デメリット】」

絆マテリアル
推理小説、シャーロック・ホームズシリーズに登場する頭脳犯。
ロンドンの犯罪社会を影から操り、幾多の犯罪を迷宮入りにしたと言われる。表向きは大学の数学教授であり、また軍事学校の教師でもあった彼の人脈は多岐に渡り、そのあらゆる伝手を用いて犯罪者に情報や武器、犯罪計画を提供した。シャーロック・ホームズをもってして「命を懸けて倒さなければならない相手」と言わしめた。――が?

ロンドン史上最悪の犯罪者と言われるモリアーティだが、彼を犯罪者と認識していたのはホームズただ一人であった。とあるスコットランドヤードの警部が彼と直接対面した際、彼の紳士的な態度に疑惑を向ける所か逆にホームズに疑われて気の毒に思われたほど。

――モリアーティというキャラクターは現実世界にも小説の世界にも存在しない。
小説で彼の話が出たのは2度だけ。しかもホームズの回想でどういう為人かを説明されただけで実際に登場してはいないため、現実でも架空でも存在しない英霊である。(ワトソン氏の手記であるため仕方のないことかもしれないが)
現実にモデルと言われる人物は多数居るが、サーヴァントとして召喚されるのは阿片中毒に陥ったシャーロック・ホームズの幻覚か、小説の後の年代の人物である。

このモリアーティは全くの偽物である。
アトラス院の錬金術師であった彼はイギリスに渡った際、書店で購入した書籍にドハマりし、アトラス院の意向をも無視して小説に人生を捧げた。後に彼の同士となる団体に協力し、自身がモリアーティになり小説の世界を現実に持ってこようと計画した。その後第二次世界大戦の最中にアトラス院が放った刺客により命を落としたと伝えられる
本来、カルデアの召喚システムでは星を滅亡させようとするサーヴァントは召喚されないのだが、彼の願いは「シャーロック・ホームズを現実に存在させること」であり、星の破壊はその目的の過程に過ぎないため召喚することができたとか。サーヴァントとして召喚されたのは自身が召喚された時の抑止力としてホームズが召喚されることを見越した行動。

宝具倫敦指鋲図(ダイナミクス・オブ・アステロイド)は小説に出てきた単語を独自に解釈し、あらゆる分野や事象と結び付けてその数式を存在するものとして確立させたものである。その分野にはアトラス院に封印された7つの禁忌も含まれている。


※指鋲図とは探偵とかが事件の関係者や関わりのあるものをピンとヒモで表現する相関図的なアレです。何て言うのかわからなかったので造った造語です。


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バイエルンのバーサーカー
幼獣が見る夢は


皆さんお久しぶりです
言い訳をさせていただきますとサボっていたわけではないです。ちまちま書いてました。書いては消してを繰り返してました。
それと前回戴いた感想を見直して、こだわりを持って小説を書いているにしても返信としてこれは駄目なんじゃないか?と考え、前回の話が面白くないからこう言う感想が来たんじゃないか?と思い、プロットを見直して書き直しました。
話の流れ自体はあまり変わりません。


 その獣は世界が正しく進むことが可笑しいようにただ笑っていた。

 

 何の役割も持たず、かといって何も求めず、ただ始めから存在()ったようにそこに居て、唯一の行動がただ世界の全てを嘲笑う事だけだった。

 ある者は問うた。

『その生き方は生き辛くはないか?』

 と。

 いいや? と獣は嗤う。

 ある者は問うた。

『その生き方は楽しいのか?』

 と。

 知るか、と獣は嗤う。

 

 獣に恩を受けたその者たちは報いとして、世界を与えようとした。

 (ひかり)を。(おと)を。(あじ)を。(におい)を。

 人が美しいと思えるものを、美を嗤う獣に見せてやりたかったのだ。

 獣は、大口を開けて嗤う。

『これが世界!! つまらん、つまらん、何ともつまらん! 綺麗すぎる整然すぎる端正すぎる純潔すぎる佳麗すぎる。テメェらはこんな地獄が美しいのかっ!? 混在から産み落ちたこのオレを人にしたかったのか!? これがテメェらのた報いか?』

 口の端を限界まで引き攣らせて、焦点の合わない瞳孔を震わせて、もはや声が出ないほど涸れた喉を痙攣させ、獣は嗤う。

『……ああ。……こんな世界を知るぐらいなら、獣のままでいたかったぜ……』

 

 それが獣の最後。

 意味も落ちも無いつまらないお話―――。

 

      ◆

 

 目覚めは最悪なものだった。

 あの夢の所為かわからないが、……いや確実にあの夢の所為。

 なんか知らん中国人が出てきた上にやたらとテンションが高い斜めに突っ切る系中二病患者の心の叫びとか……。

 酷い……というか、訳の分からない夢だった。

 きっと契約した誰かの記憶を夢として見たのだろうけど、何なのだろう?

 あの光景はそのサーヴァントが見たもの……? 残念ながらそんなサーヴァントは心当たりが無い。

 ……まぁ、今考えても栓無き事だ。それよりも張り付く布団をいったん剥がしてしまいたい。それに夢見が悪かったから喉も渇いたし水分も摂りたい。

 時計を見るとまだ深夜の時間帯だった。皆も寝てるだろうけどカルデアは個室だし、明かりを付けるぐらいなら迷惑はかからない。

 暗闇を立ち上がる。手探りで電灯のスイッチまで辿り着く。

 

 蛍光灯に電気が流れてマイルームを照らす。イベントがない限り変わり映えのないいつも通りのマイルーム……。

 

 

 

「…………(すこー)」

 

 …………無視したわけじゃない。これは本当に気づかなかった。ベッドの足元側から黒い半身が出ているなんて。

 下半身はお尻を床に付けたまま前屈をするように足をベッドの下に突っ込んでいて、上半身はベッド上に腕を組んでうつ伏せの状態で寝ている。マスクをしたままでうつ伏せして邪魔じゃないのだろうか?

 

 彼のことは知っている。カルデアで召喚されたサーヴァント、真名は『カスパー・ハウザー』。ドイツの田舎町に現れた謎の怪人。

 ……目下、秋のカルデア困った子トップ5に入っちゃうサーヴァントなのだ。

 サーヴァントには気難しい為人(ひととなり)や協調性皆無だったりとカルデアで召喚されたとしても問題を起こす奴はいる。カスパーもその中の1人だ。

 

 

 彼はサーヴァントを見境なく襲う。

 

 実力差のある英雄だろうが比較的温厚で友好的な偉人だろうが、それこそ不敬即殺な太陽王や邂逅即刃飛乱(バビロン)な英雄王にも食って掛かるぐらいのイカれ……度量の持ち主なのだ。

 まぁとにかく召喚された当初からサーヴァント達にケンカを売りまくり、そのたびに返り討ちに遭ったり周囲からの仲裁が入って抑え込まれたりしているから今の所大事にはなっていないのが幸いか。

最近は何もない場所をジッと見ていて、何を思ったのかそこへ攻撃を繰り出して壁や家具を破壊してはスタッフさんに注意される姿を見る。逆ギレしたカスパーがスタッフさんを殴り殺すんじゃないかとハラハラして見ていたけど、意外な事に素直に言うことを聞いていた。が、いつ彼が『つい』で手を出してしまうのかわからないし、警戒しておいた方が良いだろう。

 

 ……しかし、ぐっすりと熟睡しているが何の用だろう?

元々短い生涯を送ったこととバーサーカーのクラスで召喚されたこともあってか、幼稚な行動が目立つ。だからこういった突拍子の無い行動は多いが、それは彼なりの理念に基づいた行動だ。こうして夜中に訪ねてきた事も何か理由が……あ、いや無いかも。こんな夜更けだし。当の本人寝ちゃってるし。

 すっかり目が覚めてしまったし、話を聞いてみることにしようか。そう考えてカスパーの頭に手を伸ばした。

 そう乱暴には起こさない。

虫を捕まえるようにそーっと。

――あのマスクを外して、そこに隠された神秘(すがお)を見るために……!

 

 ガスマスクに手が触れる――ということは無く、伸ばされた手は彼の後頭部から伸びた三つ編みに阻止された。

 もさっとした感触にちょっと心地よさを感じてると、ベッドに突っ伏して寝ていたカスパーがもぞりと動き、顔を上げた。

 眼を引いたのはやはり象のようなガスマスクだ。その下の素顔は一切空気に触れていないが、三つ編みされた銀髪が背に掛けて流されている。

「…………」

そんなホラーフェイスでジッと見上げてくるのは若干気圧されるのだが……。

 とりあえず部屋から出てってくれまいか? 適当に時間を潰したら寝るつもりだし、こんな時間にここに居ると『マイルームの寝床に勝手に潜り込んでくる』トリオに何て言われるかわからないよ?

 しかしそんな忠告を聞いたのか聞いてないのか、カスパーは首を左右に揺らめかせながらずっとこちらを見上げていた。

 

 お互いに見つめ合っていると、カスパーが両手をこちらに向けてきた。

 手を引いてほしいのだろうか? 正直に言えば体格的に難しいんだけど。キミ普段猫背だけど背を伸ばしたら160越えてるから。

 それでもなおカスパーは立たせるが良いぞ? 良いぞ? と言わんばかりに両手を差し出してくるのであった。

 

――そのマスクを!

――剥ぎ取ってくれよう!

 

 手を差し伸べる……フリをして頭に手を伸ばす。

 ガッカガッガッ!! とガスマスクを巡る攻防が繰り広げられ、互いの手が絡み合って膠着状態に。押しても引いても動かない、カスパーは尋常じゃない力を込めている。そこまでして顔を見せたくないのか……!

 

 カスパーが強引に手を振り払い、その手を床に付け、ベッドに入れた脚を引き出した。そして新体操のように床に付いた腕の力だけで体を持ち上げて逆立ちするように立ち上がった。

 その顔から下も露出が少ない格好だ。首元まで閉じた白シャツに黒いコートを羽織り、半ズボンから覗く足もタイツで覆われ軽騎兵の軍靴の中に入れている。ガスマスクを除けば19世紀ヨーロッパの一定層の子供が着るような服装だった。

 立ち上がった猫背のガスマスク少年はう゛~、とマスク越しのくぐもった声で唸る。マスクを取られそうになって怒った様子を見せているが、本気で怒ってるわけじゃない。まぁこれは遊びのようなものだ。

 とりあえず彼を立ち上がらせることに成功したわけで、そのままマイルームから追い出そう――として、またカスパーに手を引かれた。

 ……まぁ、こんな深夜帯にマイルームに訪れたんだから何かしらの用事があったんだろうでもそれは明日にしてほしいこんな夜中に外へ出回る元気はないんだ……!!

 

 

「――、――、」

 くぐもった声調で難解な言語を吐き、力いっぱいに手を引くカスパー。人間と英霊の力の差を気にしないものだから掴まれた部分すごく痛い。そして気づいた時にはあっという間にマイルームから連れ出されていた。

 何処へ連れていくのか? そう問いかける前に口から出たのは悲鳴だった。

 

――まずは服を着替えさせて!! ←

 

        ◆

 

 こちらの言いたいことがわかったらしいカスパーはクローゼットから適当な礼装を引っ張り出してそのまま手を引いてマイルームを出た。状況何も変わってない。もう目的地に着いたら着替えよう、と諦めた。

 

 カスパーが解放したのは管制室だった。

 彼は手を離すやいなや、すぐに管制室から出て行った。

 結局話を聞けずじまいで、仕方ないし礼装に着替えることにした。

 …………………………………………………………………………………………………………。

 よりによって機能性に優れてるけどセンス的に着たくない礼装ナンバー1の『カルデア式戦闘服』と選ぶとか、あいつの考えてることがさっぱりわからん。まぁ『ガンド』が使えるから良いとしよう。

 

 戦闘服に着替えてからしばらくすると、耐衝撃仕様の自動ドアが開いて、まぁ予想通りの人物が入ってきた。

「おや、いつの間に来たんだい? しかもその礼装を着てるとは……何処かにカチコミかい?」

 コーヒーカップを片手にダ・ヴィンチちゃんは朗らかに笑う。

 本気も何も、何が何だかわからないうちに連れて来られてこの礼装も多分意図しないで選ばれたものなんだけどね。

「……その様子じゃ説明なんてされずに連れて来られたようだね。全く、バーサーカーという奴は……」

と、デスクチェアに座ってコーヒーを啜り一服する。

「まぁ、君が予想する通り、彼は特異点新宿へ行きたがってる。詳細は私も分からないが、何か臭いにおいでも感じ取ったんじゃないかい? 鼻は良いからね、彼」

 とダ・ヴィンチちゃんの説明を受けてカスパーの目的について考える。

 カスパーのスキルーー『カスパー・ハウザー症候群(シンドローム)』は単純な五感の強化。部屋の中に居ながら屋外に飛んでいる羽虫が蜘蛛の巣に引っかかった事を言い当てたり、暗闇の中でも周囲の様子を知ることができたという逸話からきた能力だけど、カルデアに居ながらレイシフトした先の様子がわかるとかわけわからん。

 何処へ行くかわからないけどカスパーが何かを感じ取った。その上で自ら行こうとしてるわけだし、何か仕出かさないよう監視も含めて付き添ってやるのがマスターとしての義務だろう。その辺りは今までの経験で心得てるつもりだ。

 

 ……それはそうと、

 

――所でこの箱はなんです? ←

 

 でん! と大きめの空段ボール箱がそこに鎮座していた。

 段ボールだ。まごうことなき段ボールだ。中に眼帯のおじさんは居ない。

「それは私にもわからない。彼が来た時から抱えてたんだ。本当に何をするつもりなんだろうね?」

「引っ越しの準備でもするのかしら? こういう時はお蕎麦を送るのよね?」

「それは自分が越してきた時の近所へ挨拶する時の日本の習慣だよ。私のとこではそういった風習は無いが、送るのならポルト酒がいいんじゃないかい?」

子供にお酒を送るのはどうだろうか? あと空箱一つなんて身軽すぎる引っ越しは無いと思うんだ。

 

――世界の引っ越し事情はここまで。 ←

――何でここに居るの若奥様。

 

「まぁまぁウフフ、若奥様だなんて。あなたもなかなかお上手ね」

「……若奥様と呼ぶには色々と無理があるんじゃないかい? あ、下方修正の意味でね」

「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフっ」

ダ・ヴィンチちゃんと一緒に入って来たのか、いつの間にやら背後にいらっしゃった白い法衣の若マダム、アイリスフィール・フォン・アインツベルンはなんだか怪盗みたいに笑った。

「それにしても災難だったわね。こんな時間にレイシフトだなんて」

「全くだ。サーヴァントを優先する君の方針には賛同するが、レイシフトも職員1人の日給分(ただじゃない)からね。君の健康的にも夜更けのレイシフトも止めたい所なんだが……」

ダ・ヴィンチちゃんは苦々しい表情で呟いた。彼女(彼?)の言い分も最もなんだけど、後回しにすると癇癪起こしそうなんだよね、彼。

でも眠くてフラフラだし、こんな状態でレイシフトするのは危ないってことでマイルームに戻れないだろうか……。

 

「そこで、だ」

 ビッ、と人差し指を立てる。

「今回のレイシフトは彼女の同行を条件に許可しようと思う」

 ダ・ヴィンチちゃんが目を向けた先にはアイリが居た。そうなの? と聞くとアイリは微笑みながら頷いた。

「アインツベルン独自の錬金術での戦闘支援や現地での健康調整が可能。戦闘、野営活動のサポートに関して彼女は有能だ。それにアイリスフィール本人たっての希望でもある」

 それはちょっと意外だった。

 カスパーはサーヴァントを寄せ付けないし、他のサーヴァント達も彼を嫌厭しているから、彼に関わりを持つサーヴァントを知らない。もちろんアイリとカスパーに繋がりがあった、ということも聞いたことがない。そんなアイリがカスパーの気まぐれに付き合うなんてどういうことだろうか?

 疑問符を浮かべているとこちらの様子を察したアイリが口を開く。

「……あのサーヴァントが召喚された時から私の霊基が訴えかけてくるの。『あれは違う』って……」

 とアイリは粛々と呟く。

 

――違うって、 ←

――何が?

 

「それが何を示しているのか、私にはわからない。けどあのサーヴァントとすれ違うたびに。遠目で見るたびに。その声が強くなっていく。まるで怨念のようにね……。今回はいい機会だと思ったわ。この違和感……カスパー・ハウザーという英霊の真実に近づくことができる。だから良いわよね、マスター? まかせて、あなたのこともしっかりと守って見せるわ」

 力強いアイリの宣言に一先ずは安心した。

 

 一先ずは、というのも、すぐに別の問題が頭に浮かんだからだ。

 そう。例の英霊嫌い。それを解決しないとレイシフトした先で衝突しようものなら探索どころではないのだ。

「心配しないで。その事についてはちゃんと対策も考えてあるわ。そうよねミス・レオナルド」

「そうとも! 実はもうそのための調整は済んでいるのさ。さて、アイリスフィールの変わった所、キミにはわかるかな?」

わかるかな? と言われましても。改めてアイリをじっくり観察する。

天の衣と呼ばれる白い宝冠(ミトラ)と祭服、見た目的には変わった所は無い。ということは魔術的な何かが施されてると考えた方が自然だろう。……が、そこは魔術師素人。サッと見ても注視しても分からないものは分からない。

 

何処が違うのか。いっそ第三の目を開眼させてみようと躍起になっていると、ヴゥン、という機械音が聞こえた。そちらに目を向けると見慣れたガスマスクの少年が立っていた。

さっき別れた時と変わらず……いや、コートのポケット部分がわずかに膨れている。何かを持ってきたのだろうか?

 

 ふと、カスパーの反応がおかしいことに気づいた。

 マスク越しではあるが彼の視線が固定されている。

 自分と視線が合っていないから恐らく違う。さらに後ろ。万能のサーヴァントでもなく、聖杯の貴婦人の方を凝視していた。

 しばしカスパーは呆然としていたが、不意にアイリへ向かって歩を進めた。カクン、カクン、とブリキ人形のような歩き方。彼は生前から膝関節が固く歩行も困難で、敏捷もEマイナスという鈍足を誇っている。

 マズいと思い声をかけようとするとダ・ヴィンチちゃんに手で制される。

「(スンスン)」

 ガスマスクの先がアイリの体に触れそうになるぐらい近づき、臭いを嗅ぐような仕草をしたり、ペタペタとアイリの顔に触ったり、困ったように微笑む彼女の周りを歩き回ったり。アイリの何かを確認しようとしたカスパーは、やがて首をひねり釈然としない様子で彼女から離れていった……?

 

「ふむふむ。どうやら成功したようだね」

「そうね。……こうなるとわかってはいても正直ひやひやしたわ」

 ダ・ヴィンチちゃんは腕を組んで誇らしく言った。

これが彼女たちが言っていた対策……? カスパーに対して何らかの魔術をかけてアイリを誤認させているんだろうか。

「しかしいただけないなカスパー。レディをそんなにジロジロ見るものじゃあない。まぁ、キミも思春期を終える前に死んだ身だ。女性に興味があるというのなら、この絶世の美女と名高いこの私を(バリィッ!)あいたぁ!?」

 あ、引っ掻かれた。ダ・ヴィンチちゃんには適用されてないみたい。

 

「f7h、be……!」

くぐもった声が管制室に響く。『早く行こう』と言うように急かすカスパーの声。

「いたた……ともかくさっさと彼の気まぐれを終わらせて戻ってきたまえ。そしてアイリスフィール。くれぐれも無茶をさせないよう見張ってくれよ?」

「ええ。任せて」

 

――無茶はしてないつもりなんだけど……。 ←

 

「「はいダウト」」

 

――なんと!? ←

 

    ◆

 

 新宿へレイシフトしたマスター達を見送り、レオナルド・ダ・ヴィンチ以外誰も居なくなった管制室。

 聞こえてくる音は精密機器の駆動音のみ。そんな静寂の中で、万能の天才と呼ばれた彼女は1人訝し気にモニターを睨んでいた。

「――カスパー・ハウザー」

 現在、マスターと共にレイシフトしたバーサーカー。

 それが彼女を悩ませる原因。

「彼は本来カルデアに召喚されるような英霊じゃない。いや、()()()()()()()()()()()()

 英霊は様々だ。

 王。武人。文学人。科学者。殺人鬼。暗殺者。ならず者。聖人。復讐者。魔性。神性。英雄のかつての姿や異なる次元の宇宙人なんてのも居る。そして幻想から生まれ落ちた者も。

 星の数ほど居る英霊。その数だけ様々な逸話があり、様々な存在が英霊となる。

 そんな彼らには一つの共通点がある。

 

それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

それはヒトから英霊へ至る条件。

 

 例えば、作家サーヴァント達。

 彼らが出版した著書の多くは名作と評された。彼らの本は世界中の読者を魅了し、作品への信仰は作者へ向けられた。

 例えば、病原菌のサーヴァント。

 存在するだけで死をもたらす()()は病という概念として顕現したという例がある。

 例えば、荊軻。

 彼女の暗殺は失敗に終わった。しかし彼女はその事を悔やんではいない。

 何故ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 偉業を成したからこそ人々から信仰される(アラヤから認められる)

 人間から英霊に昇華するのだ。

 だが、

「カスパー・ハウザーは居ただけだ。英霊へ至る霊基数値がまるで足りていない。良くて幻霊止まりにすぎないはず」

 

 だからこそありえない。

 幻霊であるカスパーは実体と宝具を持ち召喚された。

疑似サーヴァントや新宿のような特例ではなく、カスパー・ハウザーとしての霊基をもって。

 

 カスパー・ハウザーという人物の生涯は謎で包まれていた。その生き方を表すように、 ダ・ヴィンチの叡智を持ってしても彼の実体を掴むことはできなかった。

「解明不可能だなんて、万能の名が霞んでしまうが……。また厄介なサーヴァントを引き当てたものだ。我らがマスターは」

 そう自嘲するレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 考えれば考えるほど疑問が湧いて出るが、今はこの事だけはわかっている。

 

 

「彼はバーサーカーだぞ? 何も起きないわけがないだろう」

 彼女の夜はこれからが本番なのであった。

 




次回も早いうちに……投稿したいなぁ……。


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【バレンタイン礼装】バイエルンのバーサーカー

一年近く放置していた上にバレンタイン1月遅れの投稿です。すいません。
もう全体的に行き詰まりののろのろ執筆ですが、楽しんで読んでいただければ幸いです。


 2月14日――バレンタインデー。

 いつもお世話になっているサーヴァントたちに様々な想いを込めたチョコを贈り合う、カルデアの恒例行事。

 

――……渡せばわかってくれるはず。 ←

――……気持ちは通じるはず。

 

「フォフォウ……」

 こちらを見つめるフォウ君もなんとなく不安げに感じた。

 当然だ。今からチョコを贈る相手は気難しい……というか、普段から会話が通じるかすら怪しいし、こちらの意図も理解しているかもわからない。会話が全て絶叫だけのバーサーカーたちの方がよっぽど話が通じるかもというレベルだ。

 ――加えて、

 

――ココアパウダーて……。 ←

――ギリチョコの圏内?

 

 食堂に保管されていたココアパウダーが入った小瓶。食事が水と小麦粉という、胃の中でパン生地をこねてるような彼にどんなものを送ればいいかキッチン英霊に相談した末にこんなものを用意したわけだけど、常人にこんなもの贈ったらその人との関係性を考えてしまうものだ。……まぁ彼が食べれるものを考慮した結果だ。受け取ってもらえなくてもしかたないか。

 

        ☆

 

 カルデア中に広がる甘い香り。どこそこで賑わう喧噪。

 浮き立った雰囲気の今日のカルデアは、鋭敏な感覚を持つ彼にとって耐えがたいだろう。であれば、彼はきっとひと気が無く静かな場所を好むだろう。

 そう考えてカルデアにある当てはまりそうな場所を探した。

 そして、

「……」

 案の定、彼以外誰もいない、人が来なさそうな倉庫で一人遊びをしている彼をみつけた。暗い部屋でぼんやりとした白い髪がピコピコ動いてるのはちょっとした怪談になりそうだ。

「フォーウ!」

「……4j(ROSS)?」

 鳴き声を上げたフォウ君に反応してガスマスクに包まれた顔をこちらに向けた。

 フォウ君を確認すると手に持ってた6本足の首なしペガサスをけしかけたりしていた(フォウ君は嫌そうに飛び跳ねてる)。

 水槽の魚を見るような、なんとなく何時間も眺めていられる一幕。

 けど今日は彼に用事があって探してきたんだ。本日のメインイベントを消化しよう。

 

――カスパー! ハッピーバレンタイン! ←

 

 ココアパウダーを押し付けるとカスパーは戸惑ったように首を傾げた。

 渡されたココアパウダーの瓶を不思議そうにマスクの鼻先に押し当て、それがカルデア中に広がっている匂いだと分かったらしい。カスパーは威嚇するように小さく唸った。

 サーヴァント嫌いなカスパーだ。恐らくカルデア中に広がるチョコの匂いをサーヴァントと紐づけてしまったから、チョコに警戒心を抱いてるのかもしれない。

 

――フォウ君。 ←

 

「フォウ? フォウフォウ」

 一旦カスパーからココアパウダーを預かって手に粉を振った。そしてそのまま手に広がった茶色い粉をカスパーに見せるように舐め取った。子供とかに見たこともない食べ物をあげるのと同じ、まず自分が食べて見せて食べれるものと認識させてあげることが重要だ。ついでにフォウ君にも舐めさせてあげた。……そういえばこいつにチョコをあげてよかったんだろうか?

 

 そうやってカスパーの反応を窺っていると、若干警戒心がほぐれた様子でココアパウダーの瓶を奪う。

 が、ココアパウダーがなんなのかを理解したというところで興味を失ったらしく、小瓶をポケットにしまってまた6本足の首なしペガサスをフォウ君にけしかける遊びに戻るのだった(フォウ君は迷惑そうに飛び跳ねてる)。

 ともかくカスパーへの用事は終わった。まだ他のサーヴァントにもチョコを渡さなければならないから倉庫から去ろうとしたけど、カスパーが裾をつかんで引き留めてくる。目を向ければ部屋に置いてあっただろう何らかの故障した機材の一部をこちらに差し出す彼の姿。

 これは、遊んでくれという意思表示なのだろうか?

 たぶんカスパーは今日一日この部屋に閉じこもっているつもりだろう。積極的に他のサーヴァントに関わるつもりがない彼にとって今日はとっても退屈な一日になる。サーヴァントの中でも幼い思考を持つ狂戦士(バーサーカー)。そんな彼――カスパー・ハウザーの心中を完全に察することはとても困難だけど、もし自分がそういった時に遊んでくれる人が来たらとても嬉しいはずだ。

 

 少しの時間、彼に付き合ってあげようか。そう思い、壊れた機材を手に取った。

 

       ☆

 

「なるほど。先輩をお見かけしないと思ったらカスパーさんところへ行っていたんですね」

 マイルームでマシュとくつろぐ時間こそ至高だ。

 一日中チョコを配りまわり受け取りまくった結果出来上がったプレゼント山脈の整理を手伝ってもらってるけどマシュと一緒に作業するからだろうか、めちゃくちゃ捗って山はあと一つ残すだけとなった。

「今年もたくさんいただきましたね。食べられる贈り物は先輩の摂取カロリーと消費期限から計算して日にちごとに分けておきました。食べ過ぎて明日の朝食が入らなくなってしまいます」

 別に今夜中に食べきるつもりはない。

「食べられない贈り物はひとまず飾れそうなところに置いてはいますが……これでは床に置くしかなくなりますね。踏んでしまって先輩の足に穴が開いてしまっては大変です。ダヴィンチちゃんに棚を申請しておきますね」

 

 そう言ってよくできた後輩はマイルームから出ようとし、ふとそう言えばと足を止めた。

「カスパーさんからはどんなものをいただいたのですか?」

 そうマシュに訪ねられて今更ながら自分も思い出した。でもその程度だ。カスパーから返礼をせしめようとは思ってなかったし、カスパーも今日がそういう日だということは思い至ってないだろう。

 まぁ、久しぶりに一緒に遊べたし満足したからいいや。

「カスパーさん、今年がバレンタインデビューですから仕方ないですね。来年は私もカスパーさんのサポートして先輩がより充実した一日を送れるように努めますので期待してください!」

 ふんすっ、とガッツポーズをするマシュ。マシュにとってカスパーって年下の男の子みたいな感じらしく、何かと世話を焼きたがるんだ。彼女の微笑ましい成長につい頬が緩んでしまう。

「ではどのような棚が相応しいかダヴィンチちゃんと相談したうえで選んできますので後ほど――あ」

 今度こそマイルームからでようとしたマシュがまた足を止めた。

 そちらを見るとマシュの前に誰かが佇んでいる。

「カスパーさん? いつからそこに……」

 

 マイルームの前に立っていた人物、カスパーはマシュの質問に答えず、無言でマシュに何かを押し付けた。

 いつもながらの突然の行動に目を白黒させるマシュを尻目に、カスパーは膝が固まった独特な歩き方でこちらに近づいてくる。

「……」

 

――……。←

 

 しばし見つめ合う。

 ガスマスクに覆われた素顔がどんな表情をしてるかわからないけど、自分に用事があるのは明白だ。その用事というのがどういったことなのか、今までの流れからなんとなく察することができるけど、どこまでもマイペースな彼が切り出してくるのを待っておく。

 やがて、カスパーは、

jrq(maître)

 ふい、とそっぽを向いて、ポケットから何かを取り出して押し付けるように渡してきた。

「3:@.。……3lt@s(danke)

 カスパーはそれで用事は終わりと言わんばかりにさっさと立ち去ってしまった。

 けどそんな彼の姿は、まるで気恥ずかしくなって逃げだす少年のような微笑ましさを感じた。

 

 マシュが寄って声をかけてくる。

「お礼なのでしょうか? 私ももらってしまいましたが」

 

――日頃のも含めた、かなぁ。 ←

――遠慮せずにもらっとこ。

 

「そうですね。後でお礼ひゃっ!」

 

――うわっ!? ←

 

 突如、マシュが後ずさった。

 何事かと彼女に目を向けようとした自分もマシュと同じく、身をこわばらせ思わず手に持っていたものを放り投げてしまった。

 手にしてたのはもちろんカスパーからの贈り物。

 

 なんか、ぴちぴち動いた。

 

 放り投げたモノを改めて観察する。薄いピンクがかった6枚の三角形の布状の物体は放って宙を舞い、ひらひらと床に落ちていく。そして床の上でまたぴちぴちとうごめいていた。一方、マシュはまだ手に持ったまま呆然としていた。マシュがもらったものは床に落ちたのと違い、グラデーションっぽい青色でちょうちょ結びのリボンのようなもので、マシュがお椀を持つように手に乗せていると蝶のように動いて宙を舞い、力尽きるようにまたマシュの手に戻っていく。それらが単体でぴちぴちひらひら動くさまはちょっと引いた。……けどこの謎物体、何処かで?

 

 と、とにかくよくわからないけど回収しておこう。ダヴィンチちゃんに見せて危険性が無いか調べてもらわないと。

 落ちたひらひらとマシュの青リボンを空のペットボトルに押し込んで封印すると、

 

「すいませんマスターさん! カスパー君こっちに来てませんかっ!?」

「イリヤさん? そんなに慌ててどうなさったのですか?」

「ええとカスパー君が襲ってきてじゃなくて私と美遊でもなくてルビーとサファイアが大変なんです!」

――まぁ落ち着いて。←

――とりあえず水をどうぞ。

 

 肩で息をして入室したイリヤちゃんにとりあえずペットボトルを手渡す。混乱状態のイリヤちゃんは言われるがままペットボトルの半分ほどを飲み干し、一息ついて事情を説明する。

「実はさっき廊下でカスパー君に追い回されちゃって、あんまり近づいちゃいけないってママに言われてたんですけど、結局戦うことになったんです」

 そんなことが……。後できつく言っておかないと。

「カスパーさんと……お怪我はありませんか?」

「ちょうど美遊とクロも居て、どこかから銃弾が飛んできたからみんな無事で追い返したんですけど、カスパー君、何故かルビーとサファイアを持ってっちゃったんです! それでカルデア中探しまわって見つかった時にはもう――」

 

『イーリーヤー!! あのガスマスクこっちに居たぁーっ!! 捕まえるの手伝ってー!!』

 

「ほんと!? わかったちょっと待ってて! 失礼しますマスターさん! お水ありがとうございました!」

 そう言ってイリヤちゃんは駆け出すように部屋から出て行った。

 一方、マシュと共に呆然とイリヤちゃんを見送ったあと、自然と2人顔を見合わせ、視線は例のペットボトルに移る。カスパーが捕らえ、イリヤちゃんたちが取り返そうとする二対の羽根はさっきと変わらずひらひらと力なく舞っていた。

 

――後で返してあげよっか。 ←

 

「そうですね」




カスパー'sコレクションNumber4 かるであにでたむしのはね

カスパー・ハウザーからのお返し。

この世界はわからないものだらけ。
面白いものや珍しいものもあれば嫌なものやイライラするものもある。
今日マスターにもらったものは見たことがないものだ。最近辺りから匂うものと同じ匂いがするけど食べれるらしい。
なんでこんなものをくれたんだろう……? はっ、最近まっくろくろの近くからこの匂いがするけど、これはマスターがまっくろくろから奪ってきてそれを俺に献上してきたのだろうか?
だとすればマスターも大変な苦労をしたはず。きっといつも一緒にいるおへそも手伝ったのだろう。ならば2人をねぎらわなければ。
そうだ。最近見かける珍しい虫を捕まえよう。きっと喜ぶはずだ。


そんな厚意から起こった悲劇。

なんとなく並行世界からパワーを送られてる気がするが、取られた本人たちは非常に困ってるためもらったらなるべく早く返してあげよう。


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キャスター・オリエンタル
【バレンタイン礼装】キャスター・オリエンタル


一年近く放置していた上にバレンタイン1日遅れの投稿です。
しかもこの小説ではまだ未実装のサーヴァント。バイエルンのバーサーカーが行き詰っていて現在書き上げようとしている新しいサーヴァントです。真名は予想してください!
それではどうぞ!


 忙しかった午前が終わり、食堂で憩いの時間を過ごしていた。

 

 お昼も近いこともあり、サーヴァントやスタッフが集まりつつある。もちろん、午前の成果(チョコ)を携えて。

その中に自分が渡したものがあると思うと、嬉しくもあり少し恥ずかしく感じる。こういった達成感があるから時間をかけて作った甲斐があるというものだ。

 各々の今日の成果に華を咲かせる様子を眺めていると、食堂に備え付けられたスピーカーから軽快な音楽が流れ始めた。

 失恋をテーマにした物悲しい歌詞とは裏腹にポップな曲調であり、不思議と暗い雰囲気にならない、ふとした時に無性に聴きたくなるお気に入りの曲だ。

 そして曲が終わり、スピーカーを通してダンディボイスが食堂に響く。

 

 

『WRYYYYYYYYYYYYYYYYYY!! さあ今日もテンション上げていくぜカルデアラジオ室! 今日はsurprise、特別な日とあってゲリラ放送で送っていくぜ! つうわけで本日のopening number、2月14日にreleaseされたアルバム「ベスト・オブトリスタン」からこの一曲「フェイルノート」をお送りしたぜ!』

『ファラオに対して何の先触れも無く呼び出すこと自体不敬であるというのに貴方は……。オジマンディアス様への貢物をどういった体で捧げるかまだ考えている最中でしたのに。それと! ゲストとして呼び出しておいて紹介もしないとは何事ですか!?』

『Don't worryニトクリス。忘れちゃいねえぜマジで。ではでは今回のspecialなguestは我らが愛するエジプトの古の女王(ファラオ)、ニトクリス!』

『み、皆のファラオ……! 私などカルデアに召喚されたファラオに比べれば――』

『そしてメインパーソナリティはこの俺っ! D・D・D・DJ(ディスクジョッキー)・オリエンタル!』

『ええい話の腰を折るのはよしませい!』

『いやぁだって話が長くなりそうだし? ゲリラ放送だから無許可なんだよ放送室。風紀委員長とか怒れるトリスタンとか来る前にやることやらなきゃな』

『何故あなたはそう考えナシなのですか! ……はぁ。もういいです。早く企画を終わらせて放送を切り上げましょう。巻きで行きますよ巻きで!』

「thank youニトクリス! では早速最初の企画から行くぞ!」

『最初というか一つだけではないですか……。えーと、「カルデアが選ぶチョコを貰ったサーヴァントランキングトップ3」? まだ今日は半日しか経ってないのにこんなランキングを作って良いのですかコレ?』

『事前にカルデアに居るサーヴァント及びカルデア職員に実施したenqueteを基に、カルデアに召喚されたサーヴァントに送るチョコレートを予測したものがこのランキングだ。ま、ニトクリスみたく日和らなければこのランキングは正確にはならないけどな』

『誰が日和りますかちゃんと今日中に捧げます! ですがこのランキング、一番か決まりきってるではないじゃないですか』

『いやいや意外な結果になるかもだぜ? では早速flip open!』

『正直フリップかどうかはラジオを聞いてる人にはわからないと思います……』

『3位呪腕のハサン、2位茨木童子、1位は同率でエミヤジークフリートガウェインランスロットトリスタンベティヴィエールクー・フーリンロビンフッドディルムッドカルナ――』

『まちませいまちませい! 一位がどれだけ居るんですか!? 何故オジマンディアス様が1位ではないのですか!? オジマンディアス様が1位ではない以上このランキングは不当です!!」

『まぁまぁ落ち着けよ。そこまで不思議じゃないランキングだと思うぞ俺は。単純に渡しやすいサーヴァントがpickupされてるだけだろう。servant同士ならともかく普通のスタッフが太陽王とか英雄王とか王気(オーラ)が強すぎて近寄りがたい(hurdleがたかい)だろうしな。見ろよ、円卓勢は全員ランクインしてやがるぜ? あとThorn woodは去年あちこちから強請(ねだ)りまくっていたらしいから皆準備してるそうだ』

『た、確かに……。ん? ですが何故同盟者がランキングに入っていないのでしょうか?』

『あれは論外だろ。今回のenquete、サーヴァント職員の全員が名前上げてたからな。1位とぶっちぎりだったぞ?

『流石ですね同盟者……』

リスナー(マスター)とバレンタインデーといえば、俺にもさっき届いたんだチョコレート』

『そうでしょうね。同盟者(マスター)同盟者(マスター)で全員分のチョコを作っていたと記憶しています』

『俺たちが居た時代には無い文化。そしてありえるはずのない数々の出会い(miracle)。それを実現する我らがリスナー(マスター)に感謝の気持ちを贈ろうと思う。それに番組に応援してくれるリスナー全員にもpresentしよう!』

『まぁ当然のことですね。異郷のならわしいえど日ごろの感謝を伝えることは良き事。貴方はどのようなものを用意したのですか?』

『リスナーの皆も気になるpresentは――こちら!』

『これは!!』

『番組特製のTシャツを番組を聞いている全員にpresent!!』

『――』

『衣服のことなら串刺し公にお任せ! 通気性と保温性を兼ね備えた魔術素材でどんな環境にも適応できる優れものだ!』

『これは良き装束ですね! これなら同盟者(マスター)も喜ぶことでしょう!』

『Yeah! それじゃあpresentの受け取り方法は――』

『オリエンタル殿ォ!! 目を見開き髪を振り乱したトリスタン卿が我がテルモピュライを薙ぎ払いながら迫っておりますぞぉ!!』

『――と、残念ながら今日の放送はここまでのようだ。リスナー、最後まで視聴をしてくれてthank you!! それではまた次回の放送に期待してくれよ! thank you for everyone。supported by ドルセント――』

『これってもう関わった全員が怒られるパターンですよね!? ぐずぐずせずにさっさと逃げますよ!』

『まてsponsorの紹介だけでも』

 

 

 ぶつんっ! と。

 琴の音が鳴った瞬間、スピーカーからは強制的に番組終了の合図が聞こえた。

 食堂の喧騒は変わってはいない。あのキャスターのやらかすことはいつものことだし割と慣れてきた。……もうその辺りの感覚がマヒしてることは否めない。ただ生暖かい目がこちらに向いているのを酷く感じるのだ。

 キャスター・オリエンタル。

 趣味でやってる放送活動を止める気は無いけど、これだけは言わせてほしい。

 

――恥ずかしいわ!! ←




DJ・オリエンタルの番組オリジナルTシャツ
キャスター・オリエンタルからのバレンタインのお返し。
放送局を乗っ取ったキャスター・オリエンタルが素材集め、デザイン、ヴラド三世に発注したオリジナルTシャツ。通気性、保温性、伸縮性に優れた特異点探索に向いた機能的な普通のTシャツだが、ニトクリスが絶賛するということはデザインに関しては……。なお視聴者全員に送ると聞いた時のヴラド三世の顔は押してはかるべし。


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トロイアのライダー
とある龍の悪夢


今年初投稿


「マスタ~♪」

 

 廊下の角に居た自分に声をかけるサーヴァントは多い。

 が、室内でソニックブームを響かせる人物は一人しか心当たりがない。その爆音に眩暈を起こしそうになりながらそちらに顔を向ける。

 自分の目の前で空中急制動をした彼女は白銀の長髪を暴風に吹かせ、爽快な笑みを見せつけた。

 

「探したよマスター。今日の午後、君は非番のはずでしょう? 朝の定例会議の後に『シミュレーターでテイクオフする』約束をする予定だったのに、私としたことがこんな時間まで寝過ごすなんてね。それでどうだい? この後時間ある?」

 

 そうまくしたてる青色の私服姿の『メリュジーヌ』にstayと両掌を向ける。

 彼女の申し出を叶えたいものの、残念なことに今日は予定を入れてしまっていた。

 

「あ、そうなの? じゃあ仕方ないかな……。ちなみに相手は誰? 交渉次第でマスターの用事も一つ解消させられるかもしれない」

 

 この最強種は……。

 なんだか妖精国で出会った時よりフレンドリーというか、距離間が激近になったメリュジーヌはブレーキを無くしたように接してくる。何なら邪魔者を蹴散らそうとするからちょっと困りものだ。

 そんな彼女だけども、彼女に口出しできる人物もこのカルデアに召喚されている。

 

「私だ」

「ん? バーゲスト」

 

 廊下の角から現れた鎧を身にまとった長身金髪の女性、『妖精騎士ガウェイン』こと『バーゲスト』はその一人に入っている。メリュジーヌを視界に入れたバーゲストはやや煙たそうな顔をした。

 

「朝から見かけないと思えば全く呆れたものだ。加えて、多忙なマスターの仕事を己の娯楽に付き合わせるために横入りするとは、妖精國最強の生物の名が泣いてしまうぞ」

「別にいいでしょ、今日非番だったし~。異分帯攻略のため毎日頑張ってるマスターを甘やかしたかったし」

 

 悪びれる様子もないメリュジーヌ。もはや言葉もないバーゲスト。

 

「それよりバーゲストこそどうなんだい? こんな殺風景な場所でマスターを待たせるなんて、そんな振る舞いは仮にも貴族令嬢らしくないんじゃない?」

 

 メリュジーヌの煽りにバーゲストはわずかに牙を見せたものの、すぐにため息に変えた。

 

「……あなたには関係のないこと、と言っておきます。それとここほど目立つ場所は他にないだろう」

「……目立つの? ここが? どういうこと?」

 

 そんな風に首をかしげるメリュジーヌを見て、彼女はこの場所を知らないことを悟った。そういえば彼女からは()は死角になっているハズ。

 

――だって ←

 

――メムノン像前で待ち合わせだし。 ←

 

「……うん?」

 

 メリュジーヌの首の角度がさらに広がる。

 そして、

 

『待ち人は来たようだなマスターよ』

 ヌ゛ッと、廊下の曲がり角から顔を出した()の顔を見上げた。

 ――その顔は岩石で造られていた。

 本来の全長は15.6m。カルデアに合わせてサイズダウンさせたが、それでも顔の大きさだけで1m前後あり、背丈のあるバーゲストと並んでも頭一つ飛びぬけた岩石の()()

 

 『メムノンの巨像』。

 それが霊基グラフデータに刻まれた彼の真名だ。

 

「……カルデアに召喚されて様々な英霊にお会いしましたが、汎人類史にはこのような方もいらっしゃるのですね」

 

 バーゲストが漏らした小声に、インドの象の巨像と彫像そのものの彼女たちが頭に浮かんだ。

 廊下の角から顔を出すだけでは納まりが悪かったのか、メムノーンはガタゴトと固定された足を動かして寄ってくる。ああ、何か踏んずけたみたいで足元からゴリゴリ音してる……。

 それにしても、

 

――また霊基いじくった? ←

 

『然り。カルデアには幼子の英霊も居るのでな、召喚直後の姿では泣かれる』

「その、霊基を変えることに異論を申し上げるわけではありませんが、子供に好かれたいのであれば少々口調が固いのではないでしょうか」

『……余は怖くない石像だ()!(裏声)』

 

――う~ん、60点! ←

 

「コメントは差し控えさせていただきます」

 

 確かに真夜中に廊下で鉢合わせたときはかなりギョッとしたからね。

 メムノーンの現在の姿はかなりデフォルメされている。

 先ほど頭の大きさだけでも1mといったが、胴体も同じぐらいの大きさだ。つまり二頭身。石像であるためか色は付いてないものの、石像の顔は何処かコミカルでリヨッとしていた。……たぶん霊基を変えるときガラテアも絡んだのかも。それと霊基再臨した時に(ワンド)(スピア)を組み合わせたような武器を持っていたが、今は武器は柄の長い渦巻き模様の団扇(うちわ)みたいなものを持っている。まるで着ぐるみのようだ。

 

 ……ところで、何故バーゲストの待ち合わせ場所にメムノンの巨像が居るのか?

 違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 メムノーンは召喚されて以降、基本的に何かしらのデスクワークをしているらしく、最初期は食堂や管制室で作業している姿がよく見られた。

 が、彼はデカかった。圧がすごかった。

 居るだけで周囲を圧迫する雰囲気を発する彼にカルデア中が何とも言えない顔をし、やがて誰に言われるまでもなく、幅広く開放感のある廊下で一人作業をするようになった。王様系サーヴァントなのに。

 そうしてカルデアの廊下の片隅で動かずにデスクワークをするメムノーンは、石像モードの姿も有り余ってサーヴァントや職員の待合場所として親しまれるようになったのであった。

 当のメムノーンは流石に頭にきてるかと思ったが、

 

『「エチオピア王メムノーン」が「メムノンの巨像」として召喚されたのには理由がある。再臨ごとに全盛期の姿に変えるサーヴァントが居るのは知っているだろう。余の場合は二回、「トロイア戦争でアキレウスと戦った時」と、「死後に母エーオースによって不死性を与えられ石像に変えられた時」だ。石像となった後もナイルの流れを見たこともはっきりと記憶している。地平線からヘリオスが昇るまでに母へ語り掛けたことも覚えている。大勢の人々が余の歌声を聞きに来たことも覚えている。――要するにだ、観光地になるのには慣れた』

 

 ……とのことで、むしろ待合場所に利用してるサーヴァントらと気さくに話しかけてる姿を見かけたことがあった。

 ちなみにメムノーンはその日の気分で待合場所を移しており、管制室の上の階の廊下に居るときは『うえメムノン』、今日みたく管制室のある廊下の角に居るときは『かどメムノン』と呼ばれている。

 

「――マスター、立ち話もよいですが、そろそろ行きましょうか」

 

 バーゲストに声をかけられて意識は現実に戻った。

 井戸端会議に夢中だったけど、そういえばバーゲストとの約束があったのだ。すっかり忘れていた。

 そろそろ行こうかとしてふと、思いついたことをバーゲストに告げる。

 

――メリュジーヌも誘っていい? ←

 

「……マスターがそう言うなら」

 

 バーゲストの了承を得て、さっきから会話に加わってこなかった彼女へ向いた。メリュジーヌも暇を持て余しているなら良いストレス解消になる――そういう思惑は彼女の顔を見た途端に消えた。

 

「……ごめんマスター。やっぱり今日はやめとくよ」

 

 いつもの揚々とした態度はどこへやら、覇気のない声を出す彼女に思わず目を見張る。

 あまりのギャップに何事かを問おうとするも、

 

「じゃ、また今度ね!」

「あ、メリュジーヌ待ちなさ――全くもう」

 

 先ほどと同じく(ソニックブームは出していないものの)高速軌道でメリュジーヌは去っていった。

 妖精國での付き合いが長いバーゲストは呆れてため息を吐いて、

 

「マスター、それではわたくしたちも――」

『妖精騎士さん、もう少し余とお話しよう()(裏声)』

「……何でしょうメムノーン王(そのままで通すのか。提案した側ですし何とも言えない……)」

 

 メムノーンが気にしてるのはやっぱりメリュジーヌのことだろうか。

 メリュジーヌの態度に気を悪くした、と思えないのがメムノーンというサーヴァントだ。おおらか過ぎて彼に因縁があるサーヴァントたちが扱いに困ると相談してくるほどだし。

 あとその裏声はちょっとやめてもらって。

 

「あなたの懸念は大よそ想像つきますが、メリュジーヌのことですね?」

『そうだよ。前から気になってたけど、余を避けてるみたいだからネ(裏声)』

 

 確かにメリュジーヌとメムノーンが対面したのは今日が初めてかもしれない。

 当然ながら二人には生前の縁がないし、カルデアに召喚されてからも関わる機会も全くなかった。

 それでもあの反応はちょっと過剰ではないだろうかとは思う。

 メムノーンの問いにバーゲストはしばし瞳を閉じた。

 

「――メムノーン王、貴方がカルデアに召喚されている以上、彼女があのようになるのは当然というべきでしょう。貴方に非はありませんが……彼女自身の折り合いがつくまで、彼女との距離を置いていただけませんでしょうか」

『そこまで言うのなら構わないけれど。余もカルデアに召喚されたから彼女の力になってあげたいと思うんだ(裏声)』

 

 石像ゆえに表情の変わらないメムノーンに対し、バーゲストはいささか言い辛そうに

 

「貴方の素顔は彼女の心にさざ波を立てるような特別なものです。……同僚として、無礼を承知で申し上げます。貴方はメリュジーヌと相見えることをお控えいただけますと幸いです」

 

 懇願。

 バーゲストがメリュジーヌに対して壁を作っているのは何となく感じていた。だからこそメリュジーヌに気を遣うなんて場面に少し驚いた。

 付き合いが長く、メリュジーヌの琴線を理解しているからこそ、バーゲストはメムノーンにそんな言葉を口にしたのだ。

 一時、静寂が訪れる。

 デフォルメされた石像から放たれる威圧のような気もするし、長身の女騎士の妥協できないという思慮の念かもしれないし、この場に居た自身の気まずさからくるものかもしれなかったが。

 まさかここで一触即発か? そう思ったが、石像からの圧迫感が消える。

 

『いきなり空気を悪くしちゃってゴメンネ。この顔はママから貰ったものだからつい魔力チャージしちゃいそうになったヨ(裏声)」

「(……ママ!?)いえ、こちらこそ出過ぎた真似を致しました。マスターの前(このようなところ)で行なうのは私としても不本意です。メリュジーヌのことは私からも掛け合ってはみますが、どうか心に留めていてください」

 

 二人の間にあった重圧は消え、それはメリュジーヌが居ない中で交わされたこの話はここで終わりだということが感じ取れた。

 そうしたものの、メムノーン自身あまり納得できてないようだ。メムノーンにとってデリケートな話だし、気になるのは仕方がないだろう。

 なので、

 

――メムノーン。 ←

 

『?』

 

――ちょっと顔を見せてくれない? ←

 

 そうお願いすると、彼は一考し、カッ! と霊基を再臨させた。

 

 光の中から再び現れた彼は、金色(こんじき)の玉座に座る赤黒い鎧をまとった美丈夫の姿だった。

 まず目につく金と黒の縞模様の玉座には獅子と蛇の装飾。実はこの玉座は彼の鍛冶神ヘパイストスの特注品らしく、戦闘時には足元が可変し反重力で移動することが可能なのだ。流石はギリシャ神話出身なことはある。

 赤黒い鎧もまたヘパイストスの一級品だという。バーゲストの鎧姿とは一味違った風で、メムノーンの体躯を覆い隠すような、メムノーンをより大きく見せるような甲冑であり言うなればパワードスーツのようなもの。立ち上がったらきっとバーゲストを超えるのだろうけど、起立という行為を阻害するように手首足首に半透明な魔術的な枷が嵌められていた。

 それはまるで罪人のようで――いや、今は関係ないことか。

 最後にメムノーンの顔が映る。

 美丈夫、と言ったが、中性的でむしろ女性と言われた方が正しいかもしれない。

 透き通るような錦紗の髪は鎧から溢れるように伸ばしきり、尖り耳に蛇と鷲のイヤリングをつけていた。

 その装いは英雄らしい精悍なものではあるけど、顔立ちが人間離れした清楚とした風情でどこかまとまりの無さを感じてしまう。

 問題は、その顔が異分帯の妖精國(ブリテン)で出会ったある人物とそっくりで――

 

「問おう妖精騎士バーゲスト」

 

 口調はバーゲストのアドバイス前に戻った、威厳と思慮深さに満ちた口調。

 見た目一つでここまで変わるのか。

 

この顔(コレ)は、彼女にとって呪いか?」

 

 そう尋ねられたバーゲストは頷いた。

 

「似通っているのです、貴方は。――彼女がかつて仕えていた主人に」




石像のサーヴァント
マテリアル

真名:メムノーン〔メムノンの巨像〕
身長:164cm~約18m / 体重:49kg~約36トン+α
出典:トロイア戦争、史実
地域:ギリシャ、エチオピア、エジプト
属性:秩序・悪 カテゴリ:天
性別:男性
 本体は石像の中に居る。石像内にはパソコンなどの電子機器が完備されている。

ステータス:筋力B 耐久A 敏捷B++ 魔力A+ 幸運E 宝具B+
保有スキル

観光資源A:黄金律の亜種スキル。自身が観光地の目玉となり、周辺の経済を潤わせる。
ゲーム的には「自身が戦闘に参加したときドロップで得られるQPの量を0.5%増やす&毎ターンスター2個獲得状態を付与」というクラススキル。

神性C:神霊適性を持つかどうか。ランクが高いほど、物理的な神霊との混血である事を示す。暁の女神エーオースと人間ティートーノスとの間の子。

対魔力B:ライダーのクラススキル。魔術に対する抵抗力。魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗C:ライダーのクラススキル。乗り物を乗りこなす能力。メムノーンは騎乗に関する逸話は無いものの、メムノンの巨像は玉座に座っていることからライダーのクラスに当てはめられたと考えられる。

キャラクター詳細

 トロイア戦争において、トロイアに援軍として来た暁の女神エーオースの子にしてエチオピアの王。トロイアにとって対アキレウス最終防衛線。
 アキレウスに次ぐ俊足であったアンティロコスを一騎打ちの末打ち破り、続いて怒り狂ったアキレウスと互角の戦いをした。
 共に女神の血を引く2人の戦いは天上の神々さえも注目させる激しいものとなり、二柱の女神の懇願を聞いたゼウスによってアキレウスとメムノーンとの二人の運命を天秤にかけ――メムノーンの運命の皿は沈み、アキレウスの勝利が決まる。

 メムノーンのデザインはメムノーンのウィキで見たアンフォラ型容器に描かれてるのはどっちがメムノーン!? とりあえず山勘で選んでデザインしました。


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