【完結】ToLOVEる  ~守護天使~ (ウルハーツ)
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プロローグ

簡単な過去の経緯

【To Loveる 例えばこんな物語】と言う作品を書く。

当時過去に見たアニメの知識のみで書いて居たが故に限界が来る。

止む無く削除。何時か復活を目指してさようなら。


~約2年~


コミックを揃えていざ執筆!

とりあえず全て考え直す。男の娘は駄目、やっぱり自分は百合で行こう……!

結構なストックも出来たから、投稿しよう。大丈夫である事を願って!


それでは……どうぞです!


 荒れ果てた大地の元、2人の存在が向かい合って立って居た。お互いに肩で呼吸をし、口や頭からは血が流れて地面へと落下する。既に2人とも満身創痍と言える状況であるが、それでも2人はお互いに口元に笑みを浮かべて笑って居た。

 

「なぁ、俺達の因縁も長いよな? ギド」

 

「テメェがとっととくたばらねぇからだろ、ジル」

 

「それはこっちの台詞だっての。突然現れた奴に俺の星を明け渡せると思うか?」

 

「銀河最強は2人も要らねぇんだよ。だったら潰すしかねぇだろうが」

 

「はは、お前らしい……けどな!」

 

 言葉を交わし続けて居た時、ジルと呼ばれた男性が突然右手に光を集め始める。それと同時に背中から生えて居る真っ白な羽が共鳴する様に輝き始め、ギドと呼ばれた存在はその光景に浮かべて居た笑みを消す。

 

「俺にも譲れない物がある! だから、これで……決めようぜ!」

 

「己の全存在を賭けるか……いいぜ、乗ってやるよ!」

 

 ジルの言葉に先程よりも獰猛と言える笑みを浮かべ、ギドはジルが翼を使う様に自分の背後に生えて居る黒い尻尾に力を籠め始める。やがて集まり始めた黒い光はジルが溜めて居る白い光と同格。もしくはそれ以上の力を見せ始め、やがてジルが走りだすと共にお互いの力が交差する。混ざり合った白と黒は2人の間で大きな衝撃を生み、2人をその場から大きく吹き飛ばした。

 

 荒れ果てた大地の元、2人の存在が大きく身体を広げて倒れて居た。1人はまるで子供の様に幼く、1人はその身体から光を放ちながら淡く光り続けて居た。……やがて、立ち上がったのは子供の方。子供は辛そうな表情と重い足取りの元、倒れて居るその存在に近づく。

 

「おい」

 

「……」

 

「おい!」

 

 子供は一度倒れて居る存在……ジルに声を掛けるが、ジルはそれに答えない。そしてもう1度名前を呼び、痛む身体を必死に動かしてジルの傍へとたどり着いた時。ようやく答えなかったジルの口が開かれる。

 

「負け……ちまった……な」

 

「……あぁ、俺の勝ちだ」

 

 既にジルは虫の息であり、助かる事は無い。と子供……では無く、子供の姿になったギドは悟る。そしてそれは本人であるジル自身も理解して居り、だからこそ言葉を残すために途切れ途切れになりながらもその口を開き続ける。

 

「約束……忘れん……なよ。……お互い……決着が……ついたら」

 

「あぁ。残った方が相手の家族の面倒を見る。だろ?」

 

「はは……分が悪い……約束……だよな。……お前は、娘3人と……妻1人で……俺は、娘1人だけ……だもんな」

 

「俺が育ててやるんだ。ぜってぇに幸せにしてやるよ」

 

「頼もしい、な……【シンシア】の事、頼むぜ……親友」

 

 ギドの言葉に僅かに笑みを作るジル。するとゆっくりその手を上へと上げ、遥か空の向こう側へとそれを伸ばす。

 

「セレナ……今、行こう」

 

 手を伸ばし、呟くと同時に光を放って居たジルの身体が大きく輝く。そしてそれと同時にその姿は消え去り、白く輝く羽が数枚空へと舞い始める。それはやがて吹き始めた風に煽られ、遥か彼方へと飛んで行く。……そうして残ったのは子供の姿になったギドと、荒れ果てた大地のみ。やがて消えて逝く羽を見送り、ギドはその場を離れる。

 

 この日を境に、銀河中にはとある噂が知れ渡り始めた。それは長年対立し、長年戦い続けて居た【デビルーク】と【エンジェイド】と呼ばれる種族の戦いが終わったと言う物。デビルーク星人は勝利し、エンジェイドはその種族を絶滅させる。そして同時にそれは生き残ったデビルークが銀河を統一したと言う結果を知らしめる事となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い銀色の髪を揺らし、走り続ける幼い少女。その背後には黒い服にサングラスと言う怪しげな悪人面の男たちが少女の後を追っており、やがて少女は目の前に見えて来た小さなポットの様な物に乗り込む。中に存在して居たのはそこで過ごすことが出来る様にと用意されているソファやベッド等の入った時とは余りにも違う広い内装であった。そして、その中には外を見る事の出来る画面と複数のボタンが設置されていた。

 

「!」

 

 生活を視野に移動する事を目的とした脱出ポット。それが少女の乗り込んだものであり、少女は急いで中に設置されているボタンを押す。しかしその操作の仕方は分かって居らず、見えるボタンを唯只管適当に押し始めた。何度もポッドが音を立て乍ら、その内装を揺らす。と、やがて少女を追って来た黒服の男たちが出入り口の前に立つ。

 

「くっ! デビルーク王の命令だ! 絶対に逃がすな!」

 

 入った時、少女はその扉をロックしたため簡単に入れはしない黒服の男達。しかし、それで諦める訳でも無く男たちは一斉にその扉に攻撃を加え始めた。そしてそれに焦り、少女は目に見えた赤いボタンを押す。すると大きな衝撃が突然少女を襲い、立つ事も出来ずにその場へ倒れてしまう。外では男たちが額に汗を流しながら、目の前で地面から浮き始めた脱出ポットを見る事しか出来ず……そうして少女は男たちから逃れる事に成功する。が、その行き先は少女にも分からないものであった。




ストックが途切れるまでは、2、3日毎に投稿する予定です。


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1年生
第1話 結城家の朝


2,3日? そんな事しないで無くなるまでは毎日行こう!

と言う事でストックが無くなるまでは【基本】毎日投稿に変更致しました。


 天気は雲も無い快晴。とある一軒屋の1階では、朝食を作る音が響いて居た。ダイニングキッチンとなって居る広いリビングの中、そのキッチン内で料理をして居るのは僅かに身長差がある2人の少女。1人はダークブラウンの長髪、その一部分を小さく頭の上で止め、愛用のエプロンを付けて包丁を片手に野菜を切る身長の低い少女。1人は先程の少女同様に長髪で、薄い銀色の髪をどこも結ぶこと無く降ろしたままにして居る先程の少女よりも少し高めな少女。高校生なのか制服を着用し、その上にエプロンをつけた少女は片手にフライパンを持ち、手首のスナップと共に作りかけて居た目玉焼きが一回転する。

 

「相変わらず器用だね、真白さん」

 

「……美柑も」

 

「私は慣れてるから。あ、なら真白さんも同じ理由か」

 

「ん」

 

 無事にフライパンの上へと戻る目玉焼きを見て、動かしていた包丁を一度止めた後に話しかけた低い側の少女……美柑こと【結城 美柑】。話しかけられた高い側の少女……真白の返しにその後答えると共に納得し、笑みを浮かべ乍ら手元を再開する。そうして再び響き続ける料理の音。並ぶ2人はお互いに会話をしない物の、その間の空気が気まずい。等と言う事は一切無かった。

 

 やがて音は徐々に静まり、美柑は大き目な深皿にサラダを。真白は目玉焼きを同時間、傍に置いて居たトースターで焼いたパン2枚が出来上がると同時にそれを取り出し、盛りつける。そして平皿を2枚用意した後に1枚づつそれを乗せた。美柑は真白が用意していた物を取りに来るが、2皿。2枚しか無い事に首を傾げた。

 

「あの、一枚少ないと思うんだけど」

 

「……まだ」

 

 受け取ったそれを見て美柑が真白に聞けば、真白はそれに一言続けた後に素早く新しい卵を1つ割り始める。そして片手でフライパンを動かしながら開いた片手でトースターに再びパンを一枚挿入する。そんな光景を見て美柑は少し難しい顔をするが、溜息をつくとリビングの方へと足を進めて行く。すると、リビングと玄関や2階に続く階段のある廊下を繋ぐ扉が突然開かれる。それを開いた本人はツンツンとしたオレンジ髪の青年で、パジャマ姿のまま欠伸をし乍らリビングの中へと入って来た。

 

「ふぁ~あ、おはよう美柑」

 

「おはよう、リト」

 

 欠伸を手で抑える様にしながら朝の挨拶をする青年……リトこと【結城 梨斗】。そんな彼に気付くと、少し冷めた様な雰囲気を出しながらも美柑はそれに返す。苗字から分かる様に、この2人は兄妹である。

 

 リトは美柑に挨拶をした後、料理をして居る真白の姿を視界に捉える。そして迷わずキッチンへと足を向け、冷蔵庫の前に立って真白に視線を向けた。片手でフライパンを動かし、開いた片手でお皿を用意していた真白。焼ける音によって扉の存在には気付いて居なかったらしく、しばらくそのままだった物のやがてリトの存在に気付いた。が、見るだけで真白は何も言う事は無い。

 

「えっと……おはよう」

 

「ん……おはよう」

 

 何も言わずに見つめて来る真白の姿に少し戸惑いながらも挨拶をすれば、無表情のまま頷いて返した後に再びフライパンへと視線を戻してしまう真白。美柑はそんな2人の姿を見て溜息をついた後、助け船の様にリトの名前を呼ぶ。リトは呼ばれた事に気が付くと、冷蔵庫から飲み物を取り出して片手に持ったままリビングの方へと戻った。そこにはテーブルに置かれている朝食を前にして肘を突き、座って居る美柑の姿。

 

「あんまり居ると邪魔になるよ?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 リトは美柑の言葉に頷きながら向かいの椅子に座り、持っていた飲み物を既に飲み口が逆さの状態で用意されていたコップをひっくり返すと注ぎ始める。美柑はダイニングが故に見える真白の姿を横目で捉え乍ら、目の前に用意されている朝食には一切手を突ける事無く時間を潰し続けていた。っと、やがてキッチンから音が消える。その後少しして目玉焼きの盛り付けてあるパンの乗った皿を両手で持ちながら出て来た真白。そんな姿をリトと美柑は唯見て居り、真白は首を傾げた。

 

「?」

 

「いや、待ってたんだよ」

 

「やっぱり皆で食べないと……ね?」

 

 真白の行動に言葉は無くとも伝わったリトが答えれば、続ける様に美柑が口を開く。真白はそんな2人の言葉に静かに頷いた後にリトとは斜め向かい、美柑の横の席に座った。そうして3人がテーブルの周りに揃ったところで、美柑が「それでは」と一言。

 

≪頂きます!≫

 

「……頂き……ます」

 

 結城兄妹の元気な声と、真白の静かで途切れ途切れの言葉がリビングの中に紡がれる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、そろそろだな」

 

 朝食を終え、椅子に座って時間を潰していたリト。既に彼は制服に着替えて居り、時計を見ると立ち上がる。そんな彼の近くでは水と皿の当たる音が聞こえ、真白が洗い物をして居る姿が見えた。美柑は真白と並んで洗い物を行っており、リトが立ち上がった事で顔を上げる。そしてすぐに時間を見て、真白に「時間だよ」と告げた。既に洗い物の大半は終了しており、真白は持っていた最後の皿を置くと同時に頷いて返す。

 

 先程の朝食の際、使われて居なかった椅子には鞄が置かれていた。それは真白の物であり、キッチンから出て来た真白はそれを肩に掛ける。リトも既に鞄を手にしており、美柑も置いてあったランドセルを手に取る。家を出る前にはしっかりと戸締りを確認し、リトの先導の元家から出た3人は次に美柑が家の鍵を掛けて居る姿を確認する。そして、通学路を3人で並んで歩き始めた。朝の通勤、通学時間な現在は制服を来た物やランドセルを背負って居る物。鞄を手にスーツ姿で歩く者など、様々な人々が歩いて居た。

 

 しばらく歩いて居た3人だが、途中で分かれ道が見えて来る。美柑は小学生な為、リトと真白が向かう場所とは当然違う場所。故にここで分かれる事となるのだ。美柑はリトと真白に「それじゃあ、またね」と言って別の道へと進んで行き、リトと真白はお互いに同じ場所を目指すが故に歩き続ける。……そこで、何時もの様にリトは困り始めた。

 

 3人で歩いて居る間、美柑と言う妹であり話し相手が存在して居る。しかし真白と2人だけになった時、お互いの会話はほぼ皆無となってしまうのだ。美柑は沈黙があってもそれが普通と感じて居るが故に気まずいと感じて居ない……が、異性であるリトは美柑と違いその沈黙に居心地の悪さを感じてしまう。そもそも口数の少ない真白は話しかけたところで会話が発展など一切しないのだ。

 

「はぁ……ん? !?」

 

 思わずため息をついたリト。と、ふと顔を上げた先に1人の女子生徒の姿を捉える。と同時に一瞬にしてリトはその場から移動、電柱の裏側にその身体を隠し始める。そんな奇妙な行動を取るリトの姿だが、傍に居た真白には何時もの事。何も思う事は無いのか、止まる彼をスルーして歩き続ける。やがて真白とリトの距離は離れ、代わりに真白とリトが見つけた女性生徒の距離が縮まり始める。

 

「あ、三夢音(みむね)さん。おはよう」

 

「ん……おはよう」

 

 リトが見つけた女性生徒は藍色の髪をショートヘアにし、その一部をヘアピンで止めて居る。そしてそんな髪を少し揺らしながら女子生徒は真白に挨拶をした。三夢音と言うのは真白の苗字であり、真白はそれに返すとそのまま歩みを進める。リトとも女子生徒とも一緒に歩くつもり等最初から無かった様で、真白は学生たちの波の中を早足で進み続ける。そうしてやがて見えてくるようになった正門を潜り、真白は普段通り通って居る高校……【彩南高校】へと登校するのであった。



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第2話 クラス委員の友達

 学校とは学び舎であり、当然乍ら生徒達が授業を受ける事を目的とした場所。12時の鐘が鳴り響くには少し早い時間帯の現在。彩南高校、1-Bの教室内では黒板にチョークが当たる事で響く高い音と生徒達が音と共に増えて行く黒板の文字をノートに書き写す度に僅かになる音が響き続けていた。

 

「ここを、そうだな。11時32分、さっきは足したから今度は引いて出席番号21番の……三夢音か」

 

「……」

 

 静かだった教室に教員の声が響き、呼ばれた真白にクラスメイトの殆どの視線が向けられる。一瞬にして注目の的になってしまった真白は特に臆する事などせずに席を立ち上がると、黒板の前まで歩き始める。そして教員からチョークを受け取り、問いに答え始める。書く度に少しずつ薄い銀髪が揺れ、無表情のまま黙々と文字を増やしていく真白の姿は何処か別の世界の人間の様に見えてしまう。

 

 全ての内容を書き終え、チョークを黒板の下側にある入れ物の中に入れた後に教員に視線を向ける真白。無表情のまま何も言わずに見つめて来るその赤い瞳に、思わず内心で一歩下がってしまう教員。しかしすぐに立て直し、間違って居ない事を告げる。それを聞いた真白は一度お辞儀をし、自分の席へと戻って行った。

 

 その後、何事も無く授業は続いた。やがて鳴り響くチャイムを合図に教員が挨拶を指示し、その役割を持つ物が挨拶の号令をかける。無事に閉められた授業に、一同は一斉に肩の力を抜き始めた。静かだった教室には生徒達の話声が響く様になる。昼食の時間がこれから始まると言う事もあり、その声が収まる気配は一切無かった。

 

 真白は教科書などを自分の鞄に入れると、交代に布で包まれた四角い箱……自分のお弁当を取り出す。それは綺麗に包んで有り、縛られている上の部分を外せば見えるのはお弁当本体。平均的な大きさで、男子から見れば少ない量と言えるだろう。だが、特に体型に付いては気にして居ない様で、気にして居る人からすれば羨ましい量とも言える。

 

「今日も1人なのね、真白……そろそろ誰か友達、見つけなさい」

 

「……」

 

 突然掛けられた声に真白が顔を上げれば、見えたのは同じ制服を来た黒い長髪の女子生徒であった。既に真白の目の前の席は開いており、女子生徒はその席の持ち主に席を使う承認を得ようと声を掛ける。特に問題は無かった様で、笑顔で許しを貰った女子生徒はその机を180度回転させ、真白の席に前の部分をくっつけて繋げてしまう。

 

「……唯」

 

「はぁ~。クラス委員として、孤立してる生徒を黙って無視する訳には行かないのよ」

 

 女子生徒……唯こと【古手川 唯】は真白が聞く前にそう言って椅子に勢いよく座り込む。唯は自分が言った通り、このクラスでクラス委員として活動していた。真白との出会いは今と同じ様に1人だった真白に話しかけた事が始まりであり、今ではこうして2人で居る事は当たり前となって居た。唯自身は気付いて居ないが、真白と唯が友達なのだと言う事が周りに広まった事で真白の周りにそこまで人が寄って来なくなって居る。人はグループを作り、他のグループがあればそこに関わろうとしないのが普通なのだ。既に真白には唯と言う友達が居る。なら無理して引き込む事も無い、そう思ってしまったのである。

 

「まったく、私も毎日真白に付き合ってられないのよ?」

 

「……」

 

「何よ」

 

「……何でも」

 

 自分のお弁当を取り出し、机に置きながら言った唯の言葉に真白は少しだけジト目にし乍ら視線を向ける。だがそんな目をされる言われは無いとばかりに強い口調と目で唯が聞けば、真白は再び何事も無い普通の目に戻してお弁当を開く。入って居たのは半分が白いお米、4分の1が肉や魚等で残りが野菜等と小さな世界にバランスよく入って居る光景。唯はそれを見て何かを安心する様に頷くと、自分の物も開ける。内容は似ているが、真白に比べれば野菜が少し多いだろう。

 

 2人で食事の挨拶と共に昼食を食べ始めるが、真白は基本的に喋らないが故に当然乍ら会話は殆ど無い。唯は食べながらクラス全体を見渡し、最後に真白に視線を戻して溜息をつくと同時におかずを一つ口に運んだ。唯自身、真白に友達を作れと言ってはいるものの出来て居る訳では無いのだ。席を貸してくれた生徒も其の場だけであり、普段から会話をする様な仲では決してない。現状、友達と呼べる存在は唯もまた1人も居ないのである。そしてその理由が徹底した委員活動が原因なのかも知れないと、理解もして居た。曲がった事は正す。そう言う考えは時に押しつけとなり、孤立する理由にもなってしまうのだ。

 

『……友達……出来た』

 

『そう。頑張った甲斐があったわね。これで今日から三夢音さんも孤立しないで済むのね』

 

『ん……よろしく、唯』

 

『えぇ、よろしく。……え?』

 

 目の前で静かに食べ続ける真白の姿を見てつい最近の出来事を思い出した唯。何処か呆れた様な、でも嬉しい様な、そんな複雑な感情を抱きながら唯は昼食を続ける。唯のその表情は誰にも気付かれなかったが、僅かに微笑んで居るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後となり、部活のある者は部活へ。入って居ない者は残って友達と話す者も居れば真っ直ぐに帰宅する者も居る時間帯。真白は鞄を手に教室から出るために歩き始める。その途中、唯の傍を通る事となった真白。唯は真白が真っ直ぐに何時も帰っている事を知っている為、「また明日ね」と声を掛ければ真白は静かにその言葉に頷いて教室から外に出る。廊下は走らず下駄箱まで行き、靴を履き替えれば真白の準備は完了する。

 

「!」

 

 外に出た真白は急速に足を速め、ダッシュで校門へと走り始めた。人の波を綺麗に掻い潜り、目指すは朝出た結城家。無表情のまま過ぎて行くその姿を誰も視界に捉える事は出来ず、走り抜けた風だけが通り過ぎる。徒歩でも十分通える距離故にそんなに時間が掛かる事は無く、行きに掛かった時間の半分よりも早く結城家の目の前へと辿りつく真白。急速なダッシュとここまでの走りを行ったにも関わらず、息を乱さず汗も掻いていない真白は玄関に立つと鍵の束を取り出した。そして1本を選んで鍵穴に差し込み、半回転させれば鍵の開く音が響いた。

 

 扉を開き、靴を脱いで中に入った真白。まっすぐリビングに入れば、ソファに腰掛けてテレビを前にゆっくりしている美柑の姿があった。リビングの扉が開いた事で美柑は振り返り、真白の姿に「お帰りなさい」と一言。真白はそれに頷き、鞄を食卓にある椅子の1つに置く。

 

「あ、帰りに軽くだけど買い物して来たよ」

 

「ん……」

 

 美柑の言葉を聞き、冷蔵庫を開いた真白。美柑の言葉通り、買い物をして来た後の冷蔵庫は朝に比べて内容が充実していた。そして真白はそこから数種類の食材をそれぞれ一定の量取り出すと、それを抱えてキッチンへとそのまま立つ。制服の上からエプロンを付けてまずは手荒いと嗽を行い、その後食材を洗い始めた。美柑はついていたテレビの電源を消すと、自分もまたエプロンをつけてキッチンへと入る。特に何も言わずに、だがその場に来ただけで真白はすぐに理解すると少し横にずれて水場のスペースを空けた。

 

「今日は何作る予定?」

 

「……パスタ」

 

「そっか。あ、なら卵が今日安かったからカルボナーラが良いかも」

 

 共に並び、食材を洗いながら夕飯の内容について話す真白と美柑。真白は美柑の提案に頷くと、本格的に調理を開始するのだった。



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第3話 宇宙から来た少女

「お風呂湧いてるからリト、先に入っちゃってね」

 

「あぁ、分かった」

 

 真白がキッチンの中で使った食器を洗い、美柑はテーブルの上に並べられている空になった皿を集める。そんな何時もの光景の傍で座っていたリトは美柑の言葉に了承すると席を立ち、自分の部屋へと服などを取りにリビングを出て行った。美柑は集めたお皿をキッチンの真白が使って居る洗面台の中へ置き、真白が洗い終わった皿などを綺麗なタオルで拭いて元々あった位置へと戻し始めた。

 

「今日もこの後は帰るの?」

 

 美柑は皿を拭きながら真白に質問。真白は作業を行い乍ら頷き、美柑はその行動に「そっか」とだけ言って無言のまま続ける。階段から降りて来る音が聞こえて来た事でリトがこれからお風呂に入る事をすぐに理解出来た2人。だが特に気にも留めずに洗い物を続け、やがて全てが終わると真白は最後に自分の手を拭いてリビングの椅子に置かれていた鞄を手に取る。

 

「……また明日……」

 

「うん。また明日ね」

 

 真白の言葉に何処か憂いを帯びた様な表情で返す美柑。そのまま真白が玄関から出るのを見送ろうとリビングの扉を開けた時、突然2人の耳にリトの悲鳴が聞こえて来る。現在お風呂に入って居る彼に何かがあったのか、美柑は真白に。真白は美柑に目を合わせるとお互いに悲鳴の聞こえたお風呂場に急ぐ。そうして脱衣所に到着した時、腰にタオルを一枚巻いただけのリトが浴室からうつ伏せになりながら出て来ている光景が2人の目に映った。

 

「どうしたのリト!」

 

「と、突然風呂場に裸の女が!」

 

「……は?」

 

「……」

 

 まるでただ事では無い光景に焦る美柑だが、リトの言った言葉にその焦りは急速に冷めて行く。普通に考えて可笑しなことを言っているリト。美柑は一切信じる事無くリトの言葉の内容を確認するため浴室の中を覗きこんだ。真白も一緒になって覗くが、その中に人の姿は存在して居ない。美柑が何処にいるのかと聞けば「浴槽の中だよ!」と告げるリト。しかし浴槽の中にはお湯が溜まっているだけで特にリトの言う存在が居る様子は何処にも無かった。そうしていくら探しても見つからない事を告げればリトも恐る恐る覗きこみ、何も居ない光景に困惑した表情を浮かべる。

 

「あ、あれ。変だな……確かにさっき」

 

 頭を抱えて混乱するリトの姿をどこか白い目で見ていた美柑。リトはそんな美柑の瞳にたじろいでしまい、唯一残されて居る筈の真白は……気付けば2人の前から姿を消しているのであった。2人がそれに気付いたのはしばらくしてから。美柑は既にリトの事に呆れ、帰ってしまったのだろうと解釈してしまう。そしてリトもまた、自分が見た事に困惑しながら真白に呆れられてしまったと感じていた。だが現在真白はその考えとは全く逆の思いで行動を起こしている事を、2人は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リトが美柑に呆れられているその頃、真白は脱衣所から廊下に出ると同時に聞こえて来る音に気付く。それは階段の上がっている音であり、今この家の中にはリトと美柑。そして自分だけである筈にも関わらず、聞こえて来るその足音は確実に誰かが【もう1人】居る事を物語っていた。故にその相手を確かめるため、真白は階段を上る。その際、少しだけ濡れている床に気付くと鞄からタオルを取り出して木が駄目にならない様に床を拭いながらその水を頼りに進み続ける。やがてたどり着いたのは……リトの部屋であった。

 

「……」

 

 真白はリトの部屋の前に立つと、その扉を開ける。最初に見えるのは当然内装。机や本棚などの学生にはよくある家具や、サッカーボールなどの男子が好きそうであるスポーツの道具。そして常に寝ているであろうベッドも存在しており、その上にあるのは布団や枕だけの筈であった。……だが今現在そのベッドの上には綺麗な桃色の髪を伸ばし、バスタオル一枚を身体に巻き付けている一人の少女。

 

「あれ、さっきの人じゃ無い? まぁ、良っか! タオル借りてるよ!」

 

「……」

 

 まるで当たり前の様にそこに居座り、真白の姿に首を傾げた後に軽く言い放つ少女。真白はそんな少女の背後に黒い紐の様な物が伸びている事に気付く。それは今の位置からでは把握出来ないが、少なくともリトの物では無いだろう。それはつまり少女の物。っと、少女が真白の顔を再び見始め、やがてベッドから立ち上がると殆ど隠せていないその豊満な裸体をバスタオルで本人なりに隠しながら真白の周りを何度か回り始める。その顔は何か気になっている様で、真白は少女の姿を唯見つめていた。

 

「う~ん、ねぇねぇ? 何処かで私と会った事無い? あ、私ララ!」

 

「!」

 

 少女……ララは真白の目の前で立ち止まると少し考えた後に質問をする。が、その後に自分の名前を名乗った時、真白は無表情を少し変化させ乍ら驚いた様に一歩後ろに下がる仕草を見せる。それは普段の彼女を見ている美柑やリトなら気付く事が出来たかもしれないが、ララでは特に違和感を感じなかった様子。何も言わない真白に「気のせいかな?」と呟いた後、笑顔で「まぁ、良っか!」と勝手に解決してしまう。そしてそのままララは再びベッドの上に戻り、真白はララの姿を見ていた。すると

 

「あれが妄想? ……だとしたら俺、不味いんじゃ……え?」

 

 徐々に近づく様に聞こえて来たリトの声はやがて部屋の前で止まり、それと同時に驚いた様な声を出して固まってしまう。それもその筈、今現在彼の目の前では帰ったと思っていた真白とお風呂場に突然現れた存在が自分の部屋に居る光景があるのだ。それも真白は大丈夫としても、ララの場合はバスタオル一枚。高校生男子の中では非常に純情である彼には余りにも刺激的すぎる光景である。

 

「な、なな、何だお前!?」

 

 既にララの姿に頭がオーバーヒート状態になっているリトは真白をともかくとし、訳の分からない存在であるララに顔を真っ赤にしながら質問する。が、ララはリトの質問に何の悪気も恥ずかしがる様子も無く自分の名前を先程の真白への仕方同様に答えた。が、その後に続いた言葉にリトも真白も衝撃を受ける。

 

「デビルーク星から来たの」

 

 ララの一言で思考が冷め始めたリトはララの姿を見ない様にしながらララに「宇宙人だって言うのか!?」と質問。普通に考えて宇宙人と言われて信じる事等出来はしない。が、ララはリトの質問に信じていない事を理解すると立ち上がる。そしてバスタオルでは隠れきれていないお尻をリトに向けた。っと、そこには人には確実に無い物。先程真白が見た黒い紐の様な物が人体にくっ付いている光景。それは正しく【尻尾】であり、それがララが人間では無い証明であった。……が、証明されると同時にリトは再び真っ赤になってしまう。

 

「……何で……ここに?」

 

「そ、そうだよ! 宇宙人なのは分かったけど、何でいきなり風呂場に現れるんだよ!」

 

 冷静になれそうにないリトに代わり、真白が質問をする。リトはそれに同意する様に捲し立てながら続け、ララはその質問に堂々と何かを取り出した。それは奇妙な装飾の付いたブレスレットであり、ララ曰く『ピョンピョンワープ君』と言う発明品であるらしい。生きて居る物を場所指定は出来ないがワープさせることが出来る物であると言う事。その内容の時点で確実に地球人では無いだろう。

 

 リトはララの答えに続けざまにどうしてそれを使ったのかを質問する。と、ララは自分が追われていると言う事を悲し気に呟いた。何か大きな理由があると感じたリトだが、ジッとララの姿を見る事が出来ず顔を反らしてしまう。……と、突然部屋の窓が小さく叩かれる音が聞こえ始める。そしてそこに居たのは小さな人形の様な生き物。

 

「ペケ! あ、あれ? これどうやって開けるの?」

 

「……」

 

 ララはその姿にすぐさま駆け寄り、窓を開けようとする。だが開け方が分からず傍に居た真白に質問。真白は無言で近づくと窓を開ける。その際リトが真白の行動に宇宙人を歓迎している様にも見えて「おい!」と止めようとするが、窓の開いたそこから人形はララ目がけて飛びつく。そしてララもその人形の存在に嬉しそうに抱きしめた事で、リトは真白の行動に抗議する気を失う事になった。宇宙人であれ、感動の再会の様に喜ぶ2人を裂く気にはなれなかったのだ。

 

「ララ様、あの冴えない顔の地球人と親切な地球人は?」

 

 人形の様な生き物がララとの再会を終えると、リトと真白を見て質問する。リトは『冴えない』と言われた事に少しショックを受ける中、ララは名前を知らない事に気付くと2人に名前を聞いた。そうして最初に聞こうとしたのは真白。が、真白は聞かれても口を開くことが無い。……と、リトがすぐに真白の前に立ってフォローをする。

 

「あ、あぁ~、えっとこいつは真白で俺はリト」

 

「真白とリトだね! この子はペケ、私が作った万能コスチュームロボットなの」

 

 リトによる2人の自己紹介を受けて今度は人形……ペケの自己紹介をするララ。最後、ペケが「初めまして」と付け加えて終えると同時にララは覆っていたバスタオルを突然脱ぎ捨てる。ララの言ったペケの紹介に疑問を持つリトだが、ララの行動に驚いてすぐに視線を外す。そしてその行動に怒ろうとするが、ララがペケに何かをお願いすると同時にその身体を突然光が纏い始める。そうして次にララを見た時、その姿はしっかりと服を纏っていた……コスプレの様な恥ずかしい服だが。

 

 何とかほぼ裸からコスプレの様な服装に変えたララの姿に真正面から見る事が出来る様になったリト。ペケとララが会話を始めようとしたその時、部屋のカーテンが大きく揺れる。そして一瞬の内、部屋の中に2人の黒ずくめにサングラスをかけたガタイの良い男性が2人。窓の傍に居たララはすぐに後ろへ下がり、男性に巻き込まれかけたリトは無理矢理真白に下がらされ、守られる様にして立つ形となる。2つの意味で驚き戸惑うリトだが、その間にも男性達はララに話し始める。そしてすぐにその2人がララの言う【追っ手】であると理解する事が出来るのであった。



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第4話 逃亡の末に

 突然現れた謎の男達2人に困惑するリト。しかしそんな彼を蚊帳の外にララはペケに冷たい目線を向ける。どうやらララを追って来た彼らはララの元に戻るであろうペケを尾行していた様で、それはララから注意されていた事だった様子。謝るペケだが、それで状況が好転する訳では無い。徐々にララを捕まえるため、部屋の中を土足で歩いて近づき始める男達にリトはどうするか迷いながらも決断する。現在真白に守られている彼だが、そんな彼女の前に出ると部屋にあったボールを手に動きだした。

 

「真白!」

 

「!」

 

 リトの行動は余りにも突然な物。手に取ったボールを運動神経が良かった彼は素早く蹴り、ララの腕を掴み始めていた男達の行動を妨害すると同時にララの手を今度は自分が取って、開けてあった窓から飛び出した。当然追おうとする男達だが、リトが真白の名を呼ぶと共に彼女もまた行動を起こしていた。リトがどう行動するかを知っていたかの様に先回りし、部屋から出て窓の外の屋根へと足を付けていた真白。目の前でリトとララが通過すれば、男達が出る前に窓を外から閉める。それは追う為に飛び出そうとしていた男達の前を妨害し、窓に勢いよくぶつかる音を背後に真白も2人を追って走り始める。ぶつかった反動と窓を開けると言う数秒だけの時間稼ぎだが、それでも安全に家から逃げ出すには十分であった。

 

「2人とも、どうして?」

 

「分からねぇけど、目の前で女の子が連れ去られそうになってるのを黙って見てられるかよ!」

 

「……」

 

 困惑するララの質問にリトは答え、真白は無表情にその後ろを走る。リトは先程の運動神経を持つ様に、非常に身体能力が高かった。そしてそれは真白も同じであり、3人は並んで家々の屋根を飛んで走り続ける。……しかし、それは長く続く事は無かった。相手は一瞬で人の家の中に入って来る程の動きをする者達。例え身体能力が高くとも、【地球人】であるリトが【宇宙人】である彼らから逃げるまでには至らないのだ。人気の無い公園の様な場所で、3人は男達に挟まれてしまう。

 

「ま、不味い!」

 

「……」

 

 相手は今まで過ごして来て居た常識が通用しない相手。当然その事実に恐怖を感じ、目の前に立つ男に恐れながらもララの手は離さずに守ろうとするリト。真白もまた、リトとは反対の方角で目の前に立つ男を見つめて居た。そうしてお互いに追い詰められた時、男は突然ララに言う。

 

「もうお止めください! 家出など!」

 

「嫌!」

 

「そうだやなこっ……って、は? 家出!?」

 

 男の言葉に答えたララに続けたリトだが、その内容を言いながら理解する。追手……それはララと言う存在を追ってきている存在であり、何か彼女に取って嫌な事を目的としているが故にララは逃げていた。それを分かっているが為、リトはその嫌な事が【家に帰る事】と言う事実に驚かずにはいられなかった。どうやらララは良いところのお嬢様の様で、【後継者】・【お見合い】と言う単語がララの口から飛び出す。そしてそれに嫌気が刺し、逃げ出した様子。余りの事実に放心状態になってしまうリトは、近くに居た真白を見る。

 

「お、俺が助けた意味って……」

 

「……ドンマイ?」

 

 助けた事に意味があったのかと不安になり、肯定してほしかったリト。しかし真白が告げたのは何処かで覚えたのであろう、労いの言葉であった。思わず頭を抱えたリトだが、その間にも男達とララの会話は進行している。ララは男達との会話に何時まで経っても埒が明かないと思ったのか、携帯の様な物を取り出す。そして、そこから出て来たのは……巨大なタコであった。

 

「いっけー! ごーごーバキュームくん!」

 

「なぁ! 巨大な掃除機なのかよこれ!」

 

「!」

 

 ララの掛け声と共に巨大なタコは周りにある物を何もかも吸い込み始める。男達は勿論の事、草木や公園に散らばるゴミ。果ては自分を助けたリト自身も吸い込もうとし始めた。既に男達は吸い込まれており、後は止めても良い筈……なのだが、ララはその止め方はど忘れしてしまった様子。近くにあった物に捕まっていたリトだが、やがてその手が離れると共に、今度は誰かに腕を捕まれた。

 

「ま、真白!?」

 

「……!」

 

 その手を掴んだのは真白であり、彼女は近くにあったまだ抜けていない大木に片手でしがみ付きながら辛うじて耐えていた。しかしその表情は普段崩さない真白にしては珍しく、少しばかり苦悶の表情。それだけ辛いのだろう。だが、今の状況。リトに取って真白の腕だけが助かる唯一の術であった。故にその手に捕まれていない手も伸ばし、真白の腕にしがみ付く。

 

「ララ! 早く止めてくれ!」

 

「えっと、これかな? う~ん、あ! これかも!」

 

 身体を浮かせ、手だけで助かっている状態のままリトは元凶であるララに止める様に言う。特に焦った様子も無く、タコ本体や携帯を見ながら操作していたララはやがて何かを見つけた様に操作。ゆっくりと吸い込みは収まり始める。そうして無事に助かった時、リトは右手に存在する何かに頭の上に?を浮かべて顔を上げる。

 

 かなりの勢いで吸い込まれていたリト。そんな彼が必死に真白の腕を掴めば、当然制服故に長袖であった彼女の服は引っ張られるだろう。ボタンは上から殆どが弾けており、見えているのは下着と彼女の白い柔肌であった。半脱ぎ以上の状態になっていた真白。我武者羅にしがみ付いていたリトは気付けば彼女の腕より上へと辿り着いており、その右手は下着越しに真白の胸を掴んでいた。

 

「……」

 

「な、あ、なぁ!」

 

 純情故にララのバスタオル姿でオーバーヒート仕掛けていたリトが、長い付き合いと言えど同じ異性である真白の胸を掴んでいた等、当然彼の理解しても問題無い容量を超えてしまう。急いで掴んでいた手を離すと同時に顔を真っ赤にし、真面に言葉を交わせなくなってしまったリト。しかし真白は気にした様子も無く、制服を着直す。ボタンが弾けてしまっている為、それでも前は掴んでいなければ開いてしまうが。

 

「ご、ごめん!」

 

「……平気」

 

 急いで謝ったリトの言葉に普段通り、抑揚の無い声音と無表情で答える真白。と、今まで蚊帳の外になっていたララが話しかけてくることでこの事態はやがて一時的ではあるが終息を迎える。……そして、この後。真白はリトと別れ、ララとも別れて帰路を格好故に走って帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。まるで何事も無かった様に普段通り、結城家へとやって来た真白はこれまた普段通りに美柑と共にキッチンで料理をしていた。

 

「昨日はリトがごめんね? 『お風呂に女が居た』、なんて可笑しいよね」

 

「……そうでも無い」

 

「え?」

 

 朝食を作りながら話す話題は昨日のリトの話。美柑はララの存在を知らない為、リトが昨日言っていた『お風呂に女が出た』と言う話を妄想の類だと考えていた。しかしそれが恐らくではあるが、本当だったと分かる出来事にその後遭遇していた真白からすれば違う。だが、特に詳しく言う事無く何気ない一言で済ませた真白に美柑は不思議に思いながらも流した。

 

「そう言えば真白さん、今日は制服で来なかったけど大丈夫なの?」

 

「ん……これから……直す」

 

「? 直すって、壊れちゃったの?」

 

 美柑は会話の為の内容を考え、朝真白が来た際に着ていた服が普段と違い私服であった事を思いだした美柑。その事に真白へ何となく質問すれば、壊れてしまったと言う事実に美柑は再び不思議に思う。【制服が壊れる】等、そうそうある事では無いのだ。真白は美柑の質問に頷き、料理を進める。しかしその速度は普段より早く、美柑はその手際の速さに恐らく時間を少し多めに使う為、早めに料理を終わらせようとしているのだと理解した。

 

 しばらくすれば、また普段通りにリトが起床して来る。既に全員分の食事は用意した状態であり、普段同様に3人で朝食を取り始める。急ぐことは無く、でも遅い速度でも無く、食事を続けた真白はやがてそれを完食するとしばしの食休み後にリトと美柑が使った後の空になった皿も回収する。そうして流し台へと立った時、美柑がそんな真白の傍に駆け寄った。

 

「制服、直すんでしょ? 今日は私がやるから、真白さんはそっちに専念して良いよ。家を出る前に終わらせなきゃ」

 

「……ありがとう」

 

 普段は共に洗い物を行うが、制服の事を知った美柑の好意によって早めに直す時間を貰った真白。荷物の中から折りたたまれた制服を取り出し、裁縫のセットもまた取り出すとボタンを手に取り付けを始める。普段と違い、流し台に並ばずに椅子に座って裁縫をしている真白の姿は少し新鮮であり、椅子に座っていたリトはその光景に少しの違和感とそれをさせてしまった罪悪感を感じる。

 

「……気にしないで……良い」

 

「! お、おう」

 

 リトが感じていた思いを読んだように、裁縫をし乍ら呟いた真白。その目はしっかり手元に向いている為、リトを見ている訳でも無い。故に突然思っていた事に関して言われた事に驚きを隠せなかったリトだが、最後には頷くと椅子から立ち上がる。そして美柑の隣に並び、真白が出来ない分自分がすると言う意思の元洗い物を始めた。当然急に手伝い始めたリトの姿に驚き、訝し気な表情で見る美柑だが、真白の代わりにと言う考えを理解したのかキッチンにリトよりも多く立つ者として指示をし乍ら洗い物を再開する。そうして普段と変わらず、でも普段と少し違う朝は過ぎて行くのであった。



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第5話 勘違いで始まる恋

 例え前日に不思議な事が起ころうと、学校に通うと言う日課は何も変わらない。普段と同じ様に、修繕の終えた制服を着て2人と共に学校への通学路を歩き始めた真白。途中で美柑と別れ、途中でリトを置いて学校に足を進め続ける真白は何1つ変わる事無く普段通りの学校生活を送る……筈であった。しかしどうやら前日の不思議は、日が経っても2人を解放しない様である。

 

「随分騒がしいわね」

 

「……」

 

「ちょ、いきなり何よ……真白?」

 

 昼食の時間となり、各々の生徒達が持参したお弁当を開けている中。廊下の方から聞こえて来る大勢の男子達による騒々しい声がお弁当を開けていた真白。そして一緒に食べようとしていた唯の耳に入る。自由な時間故に少しばかり騒々しいのであれば『仕方の無い』で済むだろう。だがその騒々しさは余りにも度が過ぎており、唯は持ち前の正義感からか男子達を鎮めさせようと席を立ち上がる。が、突然真白が無言のままその腕を掴んだ事で唯は急停止。急に自分を止める真白に振り返るも、無言で廊下を見つめる真白の姿に唯は首を傾げる。

 

「……駄目」

 

「何でよ?」

 

「……」

 

 やがて静かに口を開き、自分を見つめ始めるその真っ赤な瞳に唯は思わず内心でたじろいでしまう。が、そんな様子を表に出すこと無く強気に聞き返すした唯。真白はその質問に答えること無く、再び廊下の方へと視線を向けて黙ってしまう。捕まれた腕は未だに離される事が無く、無理にそれを振り払う事に少しばかりの抵抗を覚えた唯。そんな体勢のまま少しすると、その騒ぎは徐々に静かになって行く。理由は分からない物の、止める必要の無くなった唯はそれに不思議に思いながらも「もう行かないわ」と真白に告げる。その言葉を聞き、真白はそっとその手を離した。

 

「騒ぎの原因を知ってるみたいだけど……教えてはくれないのね?」

 

「……知らない方が……良い」

 

「……何よ、それ」

 

 再び席に座り、箸でお弁当の中身を突きながら聞いた唯。しかしその質問に帰って来た答えは決して答えとは言えない物であり、真白はそれ以上言わないと分かった唯はもうそれ以上質問することを止める。心の中に感じる疑問と、理由を知れなかったモヤモヤを残しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、何時も通りに結城家へ向かった真白。しかしそこに居たのは美柑だけで無く、昨日から不思議を運んで来る張本人であるララも存在して居た。真白は居るとは思っていなかったララの存在に無表情のまま見つめ、ララは「お帰り~!」と笑顔で。美柑は無表情乍らも驚いていると分かったために、そんな真白の姿に僅か乍ら笑みを浮かべながら「お帰り」と告げた。

 

 何故ララが結城家に居るのか? 疑問に思うのは当然な事であり、察した様に美柑が「ここに住むんだって」とその答えを教えた。真白はそんな答えを聞き、少し目を閉じた後。何も言わずに普段通りの家事を開始し始める。美柑も真白が始めればそれに加わり、ララだけはリビングの椅子に座ったままその背凭れに両手を乗せて2人の姿を見始める。

 

「リトと美柑は兄妹なんだよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「じゃあ真白は?」

 

「真白さんは……家族だよ」

 

「???」

 

 真白と美柑の並ぶ姿を見つめていた時、ふと気になった様に質問したララ。最初のリトと美柑の関係についてすぐに肯定した美柑は、次に聞かれたその質問に手を止めて真白に一度視線を向ける。話題の当事者である真白は特に気にした様子も無く作業を続けており、そんな姿を見た美柑は笑顔でララに答える。そしてそれと同時に美柑の頭の中には数年前、まるで猫を拾って来るかの様にして母親が連れて来た幼い真白の姿が浮かび上がる。が、頭の中など分からないララは頭の上に『?』を浮かべるだけであった。

 

 結局その後ララはそれ以上の質問をする事無く、リビングに置かれていた小さな機械で遊び始める。どうやらゲーム機の様で、家に居る間それで時間を潰していたらしい。真白と美柑は特に気にした様子も無く料理を続け、やがてそんな3人の耳に微かにだが扉の開く音が聞こえた。今この場に唯一居ない、帰って来て居なかったリトが帰宅したのだろう。ララはその扉の音に顔だけを玄関のある廊下に繋がる扉に向け、美柑は手を止めずにその扉が開いた時に視線を向ける。入って来たリトはリビングの中を見渡し、やがて当然の様に遊んでいるララの姿に真白とは違い分かりやすく驚いた表情を見せる。

 

「お帰り、リト!」

 

「な、何でお前が家に居るんだよ!?」

 

「私、今日からここに住むことにしたの!」

 

 笑顔で迎えるララに疑問をぶつけたリト。しかし思いつきを行動に移した様に言うララの言葉に、開いた口が塞がらないと言った状態になってしまう。真白はそんな2人の姿に手を止めて、美柑も同じ様に手を止めて2人の会話を見守っていた。が、やがてリトはこの状況が不味いと思った様でララの手を取って自分の部屋へと走り去って行ってしまう。恐らくしっかりと話をする為に向かったのだろう。美柑は「部屋に連れ込んだ……」と居なくなったリトの姿に若干引き気味で言い、真白は既に料理を再開していた。

 

「真白さんは気にならないの? ララさんの事」

 

「……ララは……あのまま」

 

「確かにララさん、嘘ついてる感じは無いけど……?」

 

 何となく気になり、質問した美柑。だがそれに帰って来た真白の答えに何処か引っ掛かりを覚える。確かに今の言葉をそのまま受け取るならば、『ララは見たままだと思う』と答えて居る様にも聞こえる。しかし、美柑には真白がその言葉を言う時。僅かに【思いだしながら】言っている様な気がしたのだ。……が、唯の気のせいかも知れないと思った美柑はそれ以上聞く事を止める。そしてその後、料理を完成させた事で会話は終了。上に行った2人も呼び、夕ご飯をララも加えて食べ終えた後、リトはララを連れて外へと出て行ってしまう。ララはゲーム等の部屋にある物に夢中になっている為、部屋の中では真面に話が出来ないのであろう。

 

「真白さんは行かなくて良いの?」

 

「?」

 

 空になった食器を洗い始めていた時、ふと言った美柑の言葉に真白は首を傾げる。美柑は昨日の件を知っている訳では無い。が、既にララと真白が知り合いであったと言う事はすぐに理解出来ていたのだ。故にララの事は真白にとって無関係では無い事だと思っていたのだろう。美柑の言葉に悩み始めているのか、手を止めていた真白。その姿に美柑は「私なら1人でも大丈夫だから」と言って笑う。と、真白はやがて静かに頷いて持っていた食器をその場に置いた。そして、部屋を出る時。洗い物をする美柑に振り返る。

 

「……ありがとう」

 

 その言葉を最後に、家を出た真白。1人残った美柑は洗い物を続け乍ら、言われたそのお礼の言葉に笑みを零すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リトとララの後を追って結城家を出た真白は2人の向かった場所を予測しながら歩き始める。ララが興味を持ってしまう様な場所で話をするのは、外に出た意味が無い。故に何処かの娯楽施設に入った可能性はまず無いだろう。となれば、何も無い場所。そこで真白の頭の中には、電車の走る光景が見える河川敷が思い浮かんだ。そしてそこを確認するために移動しようとした時、その向かうべき方角から微かにだが爆発に近い音が聞こえた事でその足を速める。

 

 真白が河川敷にたどり着いた時、そこにあったのは地面に出来た地割れの後の様な亀裂と崩壊した車と言う余りにも恐ろしい光景。速めていた足は走る事に切り替わり、まるで足跡を残す様に様々な破壊された後を通ってその後を追い始める真白。やがて彼女の視界の中に、リトとララ。そしてリトに光の剣を振るっている鎧にマントを付けた男性の姿が映り込んだ。……それを見た後の真白の行動は非常に早かった。切りかかる男性の真横に突然現れる様に移動し、男性が驚く間に回し蹴りをその身体に打ち込もうとする。何故か頭から血を流していた男性は目にかかる血も相まって恐ろしさのある驚きの表情を浮かべながらそれを受け、吹き飛ばされはしないものの少し後方へと下がる事になった。

 

「ま、真白!?」

 

「加勢……だと!?」

 

 突然現れた真白に驚くリトと男性。その間にも真白はリトの前に立ち、片手を横に出してリトを守る様に立った。何故か武器を持って居ないリトが無傷であり、武器を持って居る男性がかなりの大怪我をして居るが、今真白にとってそれは関係の無い事である。知って居る存在が知らない存在に襲われている。助ける理由はそれで十分なのだ。

 

「誰だか分からないが、その地球人の味方と言うのであれば容赦はせぬぞ!」

 

「……!」

 

 光の剣を手に、再び構え始める男性。真白もそれに対等する為に拳を握る。構えなどは特に無く、唯相手の前に立っているかの様なその姿に男性は少し違和感を感じながらも迷いなく切りかかろうとした。……が、今度はそんな男性の横に何時の間にかララが立っており、その片足が前に伸ばされると共に男性はそれに躓いて前に転倒する。そして、顔面から地面に倒れ伏した。

 

「女の子に剣を向ける何てサイテー! デビルーク星でNO.1の剣士って言われてるザスティンに2人が敵う訳無いじゃん!」

 

「しかし! ララ様との結婚はデビルーク王の後継者として数多の星の頂点に立つ事! 弱い者には務まりません!」

 

「……結婚?」

 

「あ、いや……どこから説明するべきなんだ……!?」

 

 ララの罵倒と共に飛び起きて反論する男性……ザスティン。そんな彼が言った【結婚】と言う言葉に真白はリトに振り向いて首を傾げた。一体何をどうしてリトはララと結婚する事になっているのか。何も分からない真白にとって、それは困惑するには十分な物。リトは顔を引きつらせて説明に苦難するが、その間にはララとザスティンの口論は続く。

 

 そもそもララがお見合いをさせられているのは彼女がデビルーク星と呼ばれる世界中の星を統べる王の娘であるからとの事。しかしその相手の条件は王の代わりに星を統べる事の出来る人材で無ければならず、故に沢山の相手の中からそれを見つけだそうとしているとの事であった。が、ララにとってそれは父親が自分を利用して自分の後継者を決めようとしていると言う風にしか捉えられなかった。……だから家出をしたのだろう。そして、それから逃れるためにララはリトを自分が決めた結婚相手として口実に利用した。結婚と言う言葉が出た意味を理解出来た真白は握っていた拳への力も抜き、静かに小さな溜息を漏らした。

 

「何でこんな訳わかんない目に合わなきゃいけないんだよ……」

 

「!」

 

「お見合いだとか、デビルーク星だとか、後継者だとか、俺にはどうだって良いんだ……!」

 

 静かに本音を漏らす様に呟き始めたリト。その声を聞き、真白は抜いていた力を再び込める。間違い無く、今真白の瞳に映るのは苦悶の表情を浮かべるリトの姿。そしてそれを見た時、真白は数時間前に言われた言葉を思い浮かべる。

 

『真白さんは……家族だよ』

 

『こうして一緒に居て。傍に居て楽しいと思えるなら、俺達はとっくに【家族】なんだって!』

 

 そしてそれに連想する様に、真白の中に存在する過去の言葉が繰り返される。やがてそれは普段喋る事の無い真白の口を開かせる切欠となり、真白は口論する2人の傍に立つ。突然横に立った真白に「何だ地球人」とザスティンは喋りかけ、それに真白は静かに口を開いた。

 

「……苦しめないで……家族を」

 

≪!≫

 

「真白」

 

「……大事な人だから……辛い顔は……見たく無いから。……だから、解放して。【自由にして】」

 

 胸の前に手を当て、普段は言わない言葉を続けた真白。そんな彼女の言葉に口論していた2人は勿論、苛立ちを露わにしていたリトもその名を呼んで思わず黙ってしまう。……しかしやがてララはゆっくりと真白に近づき、その両手を取る。

 

「今日1日だけだったのに。私の事、そんなに思ってくれてたんだね。真白」

 

「?」

 

「私の事を思ってくれて、私の思いも理解してくれて……私、真白が良い!」

 

「……は?」

 

 真白の言葉を聞いて笑顔で言ったララ。どうやら彼女は先程の真白の言葉を自分への言葉だと思ってしまったのだろう。1日しか食事を共にしていないにも関わらず、家族と呼んで辛い顔を見たくないと言われ、自分を縛っている現状からの解放を。自由を求めてくれた……と。そしてその事に嬉しくなったのならばそれは感謝の心だけで済むものだ。しかしその嬉しさを声にした後、続けたララの言葉にリトは思わず呆けてしまう。リト自身、【家族】と言う言葉や先程の状況からそれが自分への。自分達家族への優しさだと理解出来ていた。そしてだからこそ、ララの言葉に何かがすれ違っている事に気付く。

 

「なぁ。今のは「私は、ずっと見て見ぬ振りをしていた」お、おい」

 

「ララ様の心を。王の命に従う、それが自分の役目なのだと言い聞かせて。だが王の事を考え、ララ様の思いを酌める様な者に出会ってしまっては……もう何も言えまい」

 

 ずれている事を伝えようとしたリト。だがそれを遮る様に今度はザスティンが口を開く。目から涙を流し、強く自分の拳を握り締めて。……どうやら彼もまた、先程の言葉に違う形で受け取ってしまった様である。『家族を苦しめないで』と言う言葉。それをララと同時にララの父親である王の事も思っていると。王は娘であるララを常に思っている事、それでも解放してあげて欲しいと言う願いを告げたのだと。そしてそれを完全に理解した時、ザスティンは眼元を擦る。

 

「許嫁候補はきっと納得しないでしょう。ララ様も真白殿も女性です」

 

「関係ないよ! 私、決めたから!」

 

「……分かりました。私から、デビルーク王には報告して置きます。ララ様の。そして王の気持ちすらも解る事の出来る存在であると」

 

 真剣な面持ちで確認する様に言ったザスティン。だが即答したララの答えは予想していたらしく、何も言わずに唯理解した様に引きさがる。そして去りながら言葉を続け、やがてその姿は見えなくなってしまった。そうして取り残されたのはリト・ララ・真白の3人。リトは余りの状況に口を開ける事しか出来ず、真白は何故か自分が巻き込まれてしまった事実に助けを求める様にリトを見る。が、手を握っていたララがその身体に抱き着いた事でその目線は戻さざる負えなくなってしまう。

 

 その後、帰路を歩き始めた3人。ララは笑顔で真白の手を握り、リトは反対側に立って真白を見る。その目は明らかに罪悪感を感じて居り、やがて静かにリトは呟く。

 

「ごめん。俺のせいで真白が」

 

「……気にしない……解放されて、良かった」

 

「でもこれから真白はララに……それに良く分かんないけど、宇宙人の奴らと関わる事になっちまう」

 

「……私は……守りたい。美柑を……リトを……だから、良い」

 

「何だよ、それ……」

 

 リトの謝罪に首を横に振って普通の人では分からない微笑みを浮かべる真白。長い時を一緒にいたリトにだけそれは理解出来、その言葉を聞いてリトは悔しさを感じると共に拳を握る。そして、彼なりの決意をした。解放される事を望んではいたが、それは決して家族を犠牲にして手に入れる物では無い。故に自分が巻き込んだのなら、自分に出来る事はしようと。それが自分の責任なのだと……。



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第6話 訳ありな家族

 ララが真白を気に入ってしまったその翌日。本人が言っていた通り、ララは結城家での寝泊りをその日から開始した。そのため、朝が来た時。結城家に来た真白を迎えたのはララであった。正確には美柑も真白が来る大体の時間に迎える為に玄関の傍にいたが、ララは入って来た真白にその名を呼びながら抱き着いたのである。どうやら彼女、かなり抱き着く癖がある様だ。

 

 自分を抱きしめるララを何とか離し、美柑に「大丈夫?」と心配される真白。2日間の不思議な出来事に今回の件で、真白が少し疲れ初めている様に美柑には思えたのだろう。詳しくは分からなくとも、ララが真白と結婚したいと思っている意思は同じ屋根の下を共にしたのだ。聞いている筈である。真白はそんな美柑に大丈夫である意思を伝える様に頷き、そのままリビングへと足を進めた。例え1人増えていても、真白に取ってやる事に変わりは無いのである。

 

「あ、それじゃあ私。ちょっと出掛けて来るね!」

 

「何処に行くの?」

 

「えっへへ、すぐに分かるよ!」

 

 キッチンに立った真白を見届けた後、ララは外に出ようとする。宇宙人であり、知り合いなど殆ど居ない筈の彼女が一体何処へ行くと言うのか……美柑は気になり質問するが、ララは笑みを浮かべてそう答えるとコスプレの様な恰好をしたまま外へと出て行く。しかも空を飛んで、である。誰かに見られれば騒ぎになりそうだが、本人は特に自重する気は無いらしい。

 

 ララが居なくなった途端、リビングの中は一気に静かになる。聞こえるのは調理の際に聞こえて来る音のみであり、美柑と真白はお互いに並んだまま何も言わずにそれを続けていた。それは普段と変わらない事であり、だがその事に美柑は少し不安を感じ始める。

 

「真白さん、本当にララさんと結婚するの?」

 

「……」

 

「だよね、しないよね。だって真白さんもララさんも、女の子だもん」

 

 続けていた時、ふと聞いた質問に真白は首を横に振って否定を見せる。ララはする気満々らしいが、真白はそうでは無い様子。真白の答えと同様の行動に、美柑は大きな安心感を得る。突然現れた相手が家族である真白と結婚すると言いだす。不安に思うのも仕方の無い事であろう。だが美柑は自分が言った言葉の中で、何かが引っかかるのを微かに感じた。

 

「……焦げる」

 

「へ? あっ! 不味っ!」

 

 真白に言われた言葉で美柑は手元に持っていたフライパンの上を見る。目玉焼きを焼いて居た彼女は、考え事をしている間一切手を動かしていなかった。故に同じところばかりが焼かれ、徐々に焦げ始めていたのだ。美柑は真白の言葉にすぐに気付き、急いでその対処を始める。そうして気付けば考えていた事も忘れ、美柑は何とかなった目玉焼きを見て安心するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日続けて起きた不思議な出来事。2度ある事は3度あると言う諺が地球には存在するが、その日それ以降何かが起こる事は無かった。学校で何かが起こる訳でも無く、何事も無い1日を過ごした真白。結城家に帰った時、同じ様に朝から外出していたララは既に帰宅した後であり、歓迎する様に再び抱き着かれる。最早ララがこれから結城家に住むのであれば、慣れるか躱す方法を考えるしか無さそうである。

 

 その後、美柑と共に夕食を作るために行動した真白。ララはその間真白と美柑に話しかけたり、リトから何時の間にか借りていた携帯ゲーム機で遊んだりして時間を潰す。その後リトも帰宅し、「お帰り~!」と当たり前の様に居座っているララに思わず溜息。料理をして居る真白と美柑に視線を向けた後、一度自分の部屋に戻った後に着替えを済ませて降りて来る。そして家の中にある植物等の状態を確認したり、何だかんだでララとゲームをしたり等して彼もまた時間を過ごしていた。

 

 1人増えた結城家の夕食は騒がしくありながら、非常に明るくなったと言えるだろう。普段喋らない真白にララがほぼ絶え間なく話しかける事で、真白も少なからずその会話の回数を増やすことになっていた。答えるだけの行為ではあるが、それでもその出来事は間違い無くリトと美柑にとって嬉しい事であった。……その後、片付けも終えて結城家を後にした真白。夕食の際、ララは真白が何処に住んでいるのか気になり着いて行こうとしていたが、真白が帰ろうとしたのはララがお風呂に入っていた時故にそれは叶わずに終わる。

 

「あれ? 真白は?」

 

「もう帰った。ってララ! 服を着ろ服を!」

 

「えぇ~! 真白の家の場所知りたかったのに~!」

 

 お風呂から出て来たララはバスタオル一枚でリビングに戻って来ると、リビングのソファでは一番風呂に浸かった後のリトが何かを思いだしながら嬉しそうな表情を浮かべ、寛いで居た。ララはそんなリトを見た後に真白の姿を探す。しかし既に帰ってしまった真白の姿はそこには当然無く、唯一居たリトに聞けば彼は表情を戻してララに振り返りながら答えた。と同時にララのその姿に顔を真っ赤にして顔を背ける。特に恥じらいと言った物が無いのか、ララは気にした様子も無く居なくなってしまった真白の事に肩を落とす。と、美柑がララの後ろから姿を見せた。恐らく部屋に居たのだろう。

 

「じゃ、私入って来るね」

 

「おう」

 

「あ、ねぇねぇ美柑。何で真白はここに住んで無いの? 家族なんでしょ?」

 

 リトは既に住んでおり、ララは今上がった。故に最後の1人である美柑がお風呂に入る事を伝えた時、ララはそれを呼び留めて質問する。すると美柑はその質問に僅かに悲しそうに俯き、美柑の代わりにリトが口を開いた。

 

「真白が望んだんだ。俺も美柑も、真白の事は家族だと思ってる。真白だって俺達の事、家族だって思ってくれてる。でも、やっぱり何処かで気を使ってるんだ。だからここに住もうとしない」

 

「何度も誘ったんだよ? でも真白さん、頷いてくれないの」

 

 リトは昨日自分の事を家族と言っていた真白の姿を思いだしながら言う。そしてそれに続ける様に美柑が言い、ララはそれ以上聞く事は無かった。リトと美柑は似ている訳では無い物の、血の繋がっている兄妹。しかし真白は苗字も違い、美柑に【さん】と呼ばれる様な存在だ。故にララは聞かずとも真白が2人とは血が繋がっていない事に気付いていた。そして告げられたその内容に、それ以上詮索することを止める。色々とずれている彼女ではあるが、それでも流石に今の少し重くなった雰囲気にはそれ以上言えなかったのだ。

 

 その後、リトが大きく一度手を叩いて音を鳴らすとその重い空気を晴らす。美柑もお風呂に入るために行動し、リトは顔を反らしながらララを見ない様にして自分の部屋へ。1人残ったララはリビングのソファに座り、窓の外を見る。既に夜を迎えている外は真っ暗である。

 

「地球人にも色々とあるみたいですな」

 

「何とか力になってあげられないかな?」

 

 頭に付いて居たペケの言葉にララは考え、その後その答えは出ぬままこうしてまた一日は過ぎて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、朝の学校の教室内は普段以上に賑わっていた。話をする生徒達の殆どが口々に【転校生】と言い、静かに座っていた真白はそんな光景を気にした様子も無く過ごし続けていた。唯は登校している様だが、今日は日直の様で現在教室の中には居ない。

 

 やがてやる事を終えた唯が教室に入って来ると、そのすぐ後に担任が入って来たことで生徒達は各自自分の椅子へと戻る。そうして担任から告げられたのは噂になっていた転校生の話である。だが転校生は真白たちの居るクラスでは無く、リトの居るクラスへ入った様で、会ったら仲良くする様に。分からない事は教えてあげる様にと注意を促す。すると突然廊下に続く教室の扉が開かれる。

 

「あ、居た! 私も学校、来ちゃったよ! 真白!」

 

 そうして入って来たのは何とララであった。どうやら噂になっていた転校生とはララの事の様で、普段のコスプレの様な服装からしっかりと彩南高校の制服を着用しているララ。既に何故かララの事を知っている男子達は「あの時の美少女!」と呟く中、名前を呼ばれた真白にララと同様の視線が向けられていた。そしてその視線を向ける者の中にはクラスで唯一真白とそれなりに交流のある唯も含まれており、真白は現在の状況とララの転入に小さく溜息を吐くのであった。



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第7話 デビルーク王からのメッセージ

 転入した事を真白の元に知らせに来たララだが、どうやら自分の自己紹介の最中に真白が居ない事から探し始めたらしく、その後やって来たリトによって連れ戻されて行くこととなった。そしてその後の休み時間は殆どの生徒がララの元へと駆け寄って質問をする中、真白の元には唯が近づいていた。ララとの関係は他の生徒達も気になっているだろう。しかし同じクラスの生徒達は基本、真白が何も話さない事を知って居る為半ば諦めていた。が、中には唯との会話から情報を聞こうとしている者もいる。

 

「貴女、あの非常識な転入生と知り合いなの?」

 

「……おはよう」

 

 傍に近づき、少し睨む様な目線で質問をする唯。先程のララの行動を非常に良く思って居ない様で、その知り合いかも知れない真白に少し憤りを感じている様である。だが真白の返答は答えでは無く、朝の挨拶であった。今日最初の出会いだったため、まず最初に言うべきだったのは間違い無く、唯は少々狼狽えながらもそれに返す。と、真白がゆっくりと先程の質問に答える為、首を縦に振った。

 

「学校には居なくても、その他では友達が居た訳ね。良かったじゃない、友達が来て。これで私はもう必要ないわね」

 

「……違う」

 

 元々唯が真白と交流する様になったのは友達がおらずに孤立していたのを放って置けなかったため。だが今日、真白の友達と思われる存在が現れた事でその理由は無くなる事になる。それは良い事の筈でありながら、何処か苛々を感じていた唯は無意識に棘のある言い方で言う。しかし真白は首を今度は横に振るとそれを否定し、唯は「何が違うのよ?」と聞き返した。すると真白は唯を目を見て、口を開く。

 

「……今は……唯だけ」

 

「でも、貴女はあの転入生と親しそうだったじゃない?」

 

「それ……は……」

 

 今現在は自分だけが友達と言う真白の言葉に唯は聞き返すと、顔をゆっくりと下に向けて元から小さかったその声音を更に小さくしていく真白。普段とは明らかに違うそんな真白の姿に唯は何処か違和感を感じ、自分が話をしていた内容を思い返す。非常識な行動をした者への怒りを気付けばその知り合いかも知れない真白にも少し向け、友達が居る事実からもう自分は話さないとでも言うかの様な言動。……すぐに唯は気付いた。自分は真白を無意識に責め、真白は嫌われる事を。自分が居なくなる事を恐れていると。

 

「……別に縁を切ろうって訳じゃ無いわ」

 

「!」

 

 少し顔を反らしながら言った言葉に反応する様にして顔を上げる真白。この時唯は、真白の新しい姿を理解する。人との関わりを自分から持とうとはせず、余り喋らない彼女。しかし自分に出来たその関わりは絶対に失いたく無いのだと。つまり、友達が去る事を彼女は人一倍恐れていると。詳しく理解出来た時、唯は少々の罪悪感を感じ始める。が、それよりも早く真白が唯の手を取った。

 

「!?」

 

「……ありがとう」

 

「何時もと同じってだけ、お礼を言われる事じゃないわ!」

 

 突然の接触とお礼の言葉。唯はそれに思わず顔を赤くしながらそっぽを向いて強めに言い放つ。しかしその瞳に一瞬でも映った光景を唯はその後忘れる事が出来なかった。普段は変わらないその表情を微かに動かして浮かべた、真白の笑みを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転入初日のララはその日、生徒達によって自由に動ける時間が殆ど無かった。真白が帰宅し始めた時もそれは同様であり、ララは放課後に学校の案内を受ける事に。リトは帰宅せずにそんなララと彼女を案内する1人の女子生徒を隠れ乍ら見つめ、そんな事をしている合間にも真白は真っ直ぐに結城家へと向かおうとする。が、その帰路の途中で真白の前に1人の男性が姿を見せた。何故か初めて会った時同様、ボロボロになっているザスティンである。

 

「真白殿。少し時間を頂戴したい」

 

 そんな姿でありながらも、真剣な表情で話すザスティンに真白は静かに頷くと場所を移す。今居る場所では同じ様に帰宅している生徒達も居る為、目立ってしまうのだ。現に鎧にマントを来たボロボロの男の存在は周囲の目を引いていた。その為、急いで移動したその先は公園の森の中であった。

 

「三夢音 真白殿。貴女にララ様のお父上、デビルーク王直々のメッセージを持って来た」

 

「!」

 

「心して聞く様に」

 

 ララの父親である存在からのメッセージ。その事に目を見開いて驚く真白だが、ザスティンはそれに気付かずに禍々しい姿をした謎の道具を取り出す。それはザスティンの手によってやがて宙に浮き始め、そこから低く恐ろしい声が響き始める。

 

『三夢音 真白、テメェの事は聞いてるぜ。女でありながら中々やるみたいじゃねぇか』

 

 輝きながら声を放つそれに視線を向けた真白。そこから響く声が自分の名前を呼んだ時、真白は明らかにそれを睨み始めていた。唯一この場に居るザスティンは何故か何処からか現れた犬に噛み付かれ、逃げ回り始めていた事でそれに気付く事は無い。そしてそんな状況でも録音されたであろうそれはお構いなしに言葉を続ける。

 

『ララが初めて惚れた奴だ。認めてやりてぇが……女を婚約者にする訳にはいかねぇ。が、俺個人はテメェの事が気に入った。ララは当たり前だが、まさかこの俺様の事まで考えるとはな。随分と度胸があるじゃねぇか? あぁ?』

 

「!?」

 

 目の前には居らず、音声だけでありながらもその言葉と最後の声に思わず震えてしまう真白。睨むことは止めず、だが確実にその威圧感に押されながらも真白はその言葉の続きを待った。

 

『……そこでだ。テメェを【俺の中での】婚約者候補に上げて置いてやる。そして銀河中に【結城リト】の存在を知らしめた』

 

「!」

 

『いずれ銀河中の婚約者候補共がララを奪いに来る。そして、結城リトを倒しに襲い掛かるだろうな。だから、それをテメェが守れ』

 

 真白は続けられた言葉に再び目を見開き、その瞳に動揺を見せる。そしてまるで他人事の様に喋るその言葉にゆっくりとその拳を握り始めた。既に震えは存在せず、あるのはリトを人質として利用した事への怒りのみである。

 

『いずれ行う婚約の儀。その時までララを守り通せれば、お前とララの結婚は俺が全て用意してやる。問題の無い様にな。……が、もしも守りきれなかった場合、その命。ちっぽけな地球(ほし)事ぶっ潰すっ! ……覚えとけ』

 

 条件と時期。その内容を話し、最後に先程とは比にならない程の威圧を一瞬だけ飛ばしたデビルーク王の声。だが真白はそれに震えるよりも、睨みつける眼光をより強くする。そうしてザスティンが用意したデビルーク王のメッセージは終了し、その道具は地面に落ちる。犬から解放されていたザスティンはそれを回収し、「王は本気だろう」と真白に念を押す様に言う。と、真白はそれに静かに頷いて返す。そして小さく呟いた……傍に居たザスティンも聞こえない程の声で。

 

「……知ってる」

 

「? とにかく、真白殿。ララ様の事を頼む。案ずるな、婚約者候補と言っても皆が皆戦いに長けている訳では無い。……まぁ、真白殿なら問題無いかもしれないがな。では」

 

 真白が何かを言ったと言う事しか理解出来なかったザスティンは少し気になりながらも、すぐに言うと共に頭を下げる。そして安心させる様に言いながらザスティンは初めて出会った時の真白の行動を思いだして笑みを浮かべた。そしてそのまま背中を向け、去り始めたザスティン。その姿は非常に様になっていて、格好良いと言える。……最後に車の追突音と悲鳴が聞こえなければ、もっと良かっただろう。真白は聞こえて来るザスティンの悲鳴に小さく溜息を漏らす。既に空は薄暗くなっており、真白はそこで思いだした様に走り始めた。もう既にリトもララも帰っているだろう。そして夕飯の支度は美柑のみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅くなって到着した真白を待っていたのは、まだ夕食を食べ始めていないリト達であった。既に夕食の用意は終了しており、カツにサラダ、そして味噌汁と一通りが出来上がってテーブルの上に並べられている状態であった。到着してすぐに真白は夕食の準備を一緒に出来なかった事を謝るが、美柑はそれを笑顔で許す。そしてリトが「何をしてたんだ?」と質問。普段なら真っ直ぐに結城家に来る真白がどうして遅くなったか? 当然気になる事だろう。少し冷めてしまっている物の、まだ暖かい夕食を全員で食べ始め乍ら会話を始めた4人。と言ってもリトの質問に真白は詳しく説明することは無かった。『これから狙われる』等、簡単に伝えられる筈が無いのだ。

 

 ララが味噌汁を啜ってその味に感激し、美柑がそれに付いて説明する中。真白は少し普段よりも遅いペースで食事を続けていた。リトはそれに気付くと何も言わず、唯真白を見つめ始める。……そうして夕食が過ぎた後、洗い物を開始した真白。最初で出来なかった分、しっかりと片づけを続けていた時。その横からララがキッチンに入って来ると同時に真白へ急接近し始める。

 

「真白! 今日は一緒にお風呂入ろ!」

 

「ぶっ!」

 

 刃物などを持って居なかったため、危険は無い。しかしリビングの方で飲み物を飲んでいたリトがララの言葉に水を吹きだしていた。一緒に真白と洗い物をしていた美柑はララの言葉に手を止めて「そんなに広く無いけど入れるかな?」と首を傾げる。そしてその間にも唯一の男子であるリトはララと真白がお風呂に入る姿を妄想してしまい、顔を真っ赤にして煙を頭から出し始めていた。

 

「……私は……家で」

 

「偶には良いんじゃない?」

 

 真白は自分の家で入ると言う理由でそれを断ろうとする。が、美柑がララに援護し始めた事で事態は入る方へと進み始めた。ララは笑顔で真白を入浴に誘い、美柑は普段帰ってしまう真白が家でゆっくりすると言う事実に嬉しがる。こうなってしまえばもう断るのも難しいだろう。結局その後、真白はララと共に結城家のお風呂に浸かってから帰宅する事となるのであった。



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第8話 見掛け倒しな宇宙人

「真白! 一緒にお弁当食べよ!」

 

 今日も今日とて学校に着て居た真白は、お昼時になると同時に突入して来たララの存在に目を細める。ララの登場にクラスの男子たちが湧き、真白の傍に居た唯は少し眉を顰めてララに視線を向ける。だが、そんな注目を集めて居る事に特に関心を持たないララは迷う事無く教室の中へと侵入しようとし始めた。本来なら他クラスに入る事は駄目な事。それを行おうとするララに唯が更に目つきを悪くすると、真白は静かに立ち上がってララの傍に近づく。

 

「……入っちゃ……駄目」

 

「ふぇ? あ、そっか。じゃあじゃあ、廊下で一緒に食べよ! 階段とかなら座れるよ!」

 

 ララの言葉に静かに振り返った真白。その視線の先には唯が居り、唯はララの行動を注意して居る真白の姿にもう前日の様に苛立ちを感じる事は無かった。そして向けられた視線に小さな溜息の後、理解した様な仕草をすると徐に立ち上がって自分の席へと帰り始める。『別に良いわよ』。そんな風にも見えたその唯の答えに真白は頷いた後、ララと共に廊下へと出始める。と、そんな2人の元にとある生徒を注意する先生の声が聞こえる。

 

「こら! 廊下を走るな!」

 

「?」

 

 真白はその声に注意する先生を。そして【必死な形相で走るリト】の姿を見る。ララは「どうしたんだろ?」とリトの姿に不思議がり、真白は少し考えた後にリトの去って行った場所へ向かう為に足を進め始める。家族である事を知って居るララは、リトも誘う気なのだろうと理解してそんな真白の後を追い始めた。

 

 リトの向かった場所は屋上にある部屋であった。後を追った真白たちには彼がその中へと突入する様に入って行く姿が見えた。普通ならそんな場所に用事など無い筈の彼が一体どうして中へ入ったのか……気になりながら真白はその扉の近くに近づき始める。そして中を覗いた時、真白は思わず目を見開いた。中にはリトの他に1人の男の姿と、気を失って居るのか目を瞑って触手に吊るされている女子生徒の姿があった。その女子生徒は以前、リトが隠れ乍ら見たり真白に挨拶をした少女である。

 

「真白? 何がんん!?」

 

「……」

 

 真白は普段の声音で喋り掛けて来たララにすぐにその口を塞いで空いた手で自分の口元に指を1本立てて見せる。驚いた様に目を開けながらも、ララは自分の口元にある手と真白の行動に小さく小刻みに何度か頷いて見せた。と、突然何かが破れる様な声が聞こえて真白は再び中を覗く。そこにあったのは、リトと女子生徒。そして明らかに人間では無い怪物の姿をした何かが存在して居た。

 

「俺の名はギ・ブリー。結城リト、ララから手を引いて貰おう」

 

「は?」

 

「!」

 

 怪物の言葉に訳が分からないとばかりに返すリトと、その言葉の意味を分かって居たが為に再び目を見開いた真白。『銀河中に【結城リト】の存在を知らしめた』。昨日ザスティンによって持ってこられたメッセージから伝えられたデビルーク王の言葉である。そして今の現状が、どうして出来上がったのか真白はすぐに理解出来てしまった。昨日の夕時、詳しく説明をしなかったのは巻き込まずにどうにかしようと考えて居たから。しかし真白のその考えはすぐに崩れ去ってしまったのだ。

 

「恍けるな。お前が新しい婚約者候補なのはもう分かってるんだよ」

 

「婚約者……候補!? 俺が!?」

 

「あぁ? 何を驚いてやがる。とにかく、ララから手を引かなきゃこの女は返さないぜ?」

 

 ギ・ブリーの言葉に驚き、動揺するリト。そんな彼の姿にギ・ブリーは違和感を感じて居る様子だが、特に気にする様子も無く女性生徒を人質に取り続ける。そして徐に持って居た何かの機械を動かし始めた。……それは女子生徒を吊って居た触手と連動し、女子生徒の服などが無残にも破かれる事となる。純情なリトはそれとは別の理由もあり、その光景に狼狽え始めて居た。真白からは見えないが、その表情は赤さを通り越して居るだろう。しかしその間にもギ・ブリーの要求は続く。

 

 狼狽えて居たリトはやがて女子生徒を見ない様にし乍ら、拳を握り締め始める。ギ・ブリーの行動は卑怯極まり無い物であり、ララを振り向かせるための行為では到底ない。その事に怒りを露わにしたリトだが、彼の言葉にギ・ブリーは吐き捨てる様に告げる。そしてそれは全て私利私欲に寄る物であった。ララの事も身体目当て、結婚すれば銀河を統一した物の継承者。自分が決めた事は絶対とでも言うかの様な言葉に、その拳が更に握られる。既に強すぎて、指の甲は白くなり始めてすら居た。

 

「お前に取っちゃ、ララも春菜ちゃんも道具って事かよ……!」

 

 リトの言葉にそれではまるで自分が悪者見たいだとあざけ笑いながら言うギ・ブリー。そして怒りが頂点に達した時、リトは大きく「あぁ、最低だ!」と告げる。その姿は後姿故に見えないが、もうそこに恥ずかしさなど無いのだろう。そしてギ・ブリーは一瞬だが、リトの言葉にその悍ましい姿をビクつかせる。全体を見て居た真白は、それに気付くと静かに後ろへ振り返った。

 

「……ララ……手を貸して」

 

「一体何が、ってギ・ブリー!? 何であいつが……! 春菜!」

 

 真白の行動に声を潜めながらも中を様子を伺ったララ。しかし中の様子を。そして女子生徒の姿を見てララは思わず大きな声を出してしまう。そしてその事に一瞬とは言え、リトもギ・ブリーも突然現れたララの姿に驚く。と同時に真白は部屋の中へと一気に足を踏み入れた。誰かが気付く間もなく入り込んだ真白は、触手に吊るされる女子生徒の傍に駆け寄ると一気にそこから手際よく解放する。

 

「なっ!?」

 

「真白!」

 

 人質が取られた事。真白が現れた事で両者ともに驚く中、真白はすぐにその場から離れて横抱きに抱えながらその女子生徒を救い出す。既に人質が無くなったギ・ブリーは焦った様子を見せ、リトは助け出したその姿に安心した後にギ・ブリーを睨みつけ始める。が、やがてギ・ブリーは歯ぎしりを始め乍ら怒り始めた。

 

「俺様を怒らせたな……テメェらに地獄を見せてやる! ギ・ブリー様のこの真の姿でなぁ!」

 

 怒号と共に姿を見る見る変え始めたギ・ブリーはやがてその姿は悍ましく恐ろしい姿へと変える。その姿は波の者では相手に出来ない様な存在感、そして強さを見せて居た。リトはそれに目を見開きながら、後ろに控える2人と眠る女子生徒を見る。

 

「結城リト、ララから手を引け。そしてララ、俺と結婚しろ。これが最後の忠告だ。でなきゃここに居る全員、地獄を見ることになるぜ?」

 

 ギ・ブリーの言葉に真白が女子生徒を抱え乍らも戦闘態勢に入ろうとした真白。しかしそんな彼女の前に手を伸ばし、リトがそれを制した。明らかにその手は震えているが、それでもギ・ブリーから視線を離さず逃げようと言う様子は無い。それどころか何かを決意した様にギ・ブリーを睨みつけ始める。

 

「テメェは俺がぶっ飛ばす!」

 

 どうやら彼の怒りは既に最頂点に達しており、今人質の居ない現状。勝てないかも知れない相手を前にしても引く事無くその拳を再び握りしめ始める。ギ・ブリーは怖い姿と表情をし乍らもリトを見て明らかに目を震わせ始めるが、今居る者達はその光景には気付かない。と、ギ・ブリーは更にその姿を変化させる。より恐ろしく、より悍ましく。が、それでもリトの決意は変わる様子が無かった。

 

「俺があいつを引きつける。その間に逃げてくれ。真白、春菜ちゃ……西連寺の事、頼む」

 

「……リト」

 

 ギ・ブリーに聞こえない程の声で告げたリト。そんな彼の姿に名前を静かに呼ぶが、それよりも早くギ・ブリーに向かって駆け出し始める。握った拳を振りかぶり、声を上げて殴りかかったリト。そんな彼の姿に明らかに強い姿をして居たギ・ブリーは……その巨体に似合わない怖気っぷりを見せて「ごめんなさい!」と謝り始める。必死の形相を見せて居たリトはその事に一瞬唖然とし、ギ・ブリーは立て直す様に取り繕う。が、既にリトは全てを察して居た。そして突然脅かす様に声を上げれば、怯えて足を後ろへ下げ、足元にあったボールに足を滑らせ転倒。頭を強打し、その痛みにのたうち回り始める。やがて暴れて居た身体が他の道具に接触すれば更なる追い打ちを受け、その姿を徐々に小さくして行った。そうして出来上がったのは小さな小狸の様な姿である。

 

 ギ・ブリーの正体。それはペケ曰く擬態能力に優れ、代わりに肉体的にはひ弱な種族であるバルケ星人と呼ばれる生き物だとの事。既に気絶し動けなくなって居るその姿に一気に肩の力を抜いたリト。やがてララは何処からともなく前の用に発明品を取り出す。ララ曰く『じゃーじゃーワープ君』と呼ばれるその発明品はまるでアヒルの様でありながら洋式トイレの便器の様になっており、ギ・ブリーを摘み上げたララは迷いなくそこに流してしまう。と同時に安心しきったのか座り込んだリト。真白は女子生徒を抱えたまま、その傍に近寄る。真白の存在に顔を上げ、その腕に抱えられる女性生徒の姿に顔を真っ赤にして俯いた。

 

「良かった……無事だよな?」

 

「ん……リトの……お蔭」

 

「俺の? 違うだろ、西連寺を助けたのは真白だしさ」

 

 無事に助けられた事に安心したリト。そんな彼に真白が告げれば、自分の手柄を否定する。そして女子生徒が目覚めた時の言い訳として、『貧血で倒れたところを真白とララが見つけた』と言う事にしようと言って立ち上がったリト。ララが「一緒に行かないの?」と聞くも、大勢で行く必要も無いと言って部屋を出ようとする。

 

「……リト」

 

「?」

 

「……格好良かった」

 

「! な、何だよ急に……また後でな」

 

 呼び止められて振り返ったリトに真白は微かに笑みを浮かべて告げる。普段は見れないその姿にリトは照れながら顔を赤くした後、その部屋から今度こそ去って行ってしまった。彼本人は否定しているが、ララも真白もそうは思って居ない。自分達の為にギ・ブリーに立ち向かった彼の姿は、間違い無く頼もしい物であったのだから。

 

 部屋を出て行ってしまったリトの姿が消えた後、真白は女性生徒を抱えたまま立ち上がる。ずっとこの場に居る訳にも行かず、真白はララと共にその後女子生徒を保健室まで送り届ける。そして保健室で食事を済ませる事になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……んん……」

 

「あ、目が覚めた?」

 

 保健室。ゆっくりと目を開けた女子生徒に気付き、ララが口を開く。と保健室の薬品が並ぶ棚を覗いて居た真白が振り返った後に近づき始める。自分がどうして眠って居たのかを理解出来て居ない彼女にララはテニス部の部室の傍で倒れて居たと教え、やがて起き上がった事で大丈夫だと思ったのかララは抱き着き始める。突然の事に驚きながらも、女性生徒はそのままの状態で真白を見る。

 

「えっと、三夢音さん達が見つけてくれたの?」

 

「ううん、違うよ」

 

「……助けたのは……リト」

 

「え……」

 

 帰って来た答えに驚いた表情を見せる女子生徒……名を西連寺 春菜。リトの長年の想い人にして、彼女もまた不思議に巻き込まれた者の1人である。



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第9話 ララの地球見物

 結城家のリビングでは重い雰囲気が支配して居た。美柑とララは現在共にお風呂に入って居る為この場には居らず、居るのは真白とリトだけ。リトはギ・ブリーとの戦いの最中、自分が【ララの婚約者候補】になって居ると言う事実を知ってしまって居た。隠しておこうとして居た真白だが、それはもう無理な事。故に2人が居ない今の時間を狙い、帰る事無くリトに話をしたのである。

 

 話を聞いたリトは余りの内容に驚き戸惑う事しか出来ずにいた。だがやがて徐々に理解し、冷静になり始めたリトは自分の起きた出来事を思いだしながら「そっか……」と静かに呟く。と、真白は俯いて居た顔を上げてリトに視線を向ける。

 

「……私のせい」

 

「違うって。真白のせいでも、ララのせいでも無い。そりゃ、これから宇宙人に狙われる何て怖すぎるけどさ。あんな奴らばっかりなら、放って置けないって。それに、今はそれより怒ってる事がある」

 

 自分が巻き込んだと思いながら呟いた真白の言葉をすぐに否定し、自分の思いを告げたリト。そんな彼の言葉に顔を上げた時、リトは真剣な顔で続け始める。

 

「なぁ、真白。宇宙人とか、結婚とか、確かに難しくて俺達にはどうしようも無い話ばっかりだ。けどさ、だからって1人で抱え込むなって。少しは俺達の事も信用してくれよ。家族……なんだからさ」

 

「!」

 

 綴られる言葉に目を見開き、やがて少し照れた様に顔を反らして頬を掻きながら言いきった彼の言葉に少し黙った後に静かに頷いて返した真白。そんな彼女の行動にリトが笑みを浮かべて安心した様な表情を浮かべた時、リビングと廊下を繋ぐ扉が開かれる。そこには普段同様、バスタオル一枚に包まれているララの姿があった。そしてララは普段は居ない真白の姿に「真白、まだ居た!」と喜びを露わにして駆け寄り始めた。その勢いでバスタオルは落ち、リトはすぐに顔を真っ赤にして反対の方へ。真白はララの登場に小さく溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週末は学生にとって基本的に休日であり、思い思いの時間を朝から過ごすことが出来る。真白やリト達もそれに漏れず、休日の日を迎えた彼女達はつい最近やって来たララが『地球見物がしたい!』と言ったことで外に繰り出す事となった。地球見物と言っても世界を見る事は不可能である。故に真白とリトが出来る範囲……彩南町を紹介して回ると言う事になった。真白たちが休日であるならば、小学生である美柑もそれは同様。彼女も一緒に揃って4人での外出となる。

 

 ララの恰好は制服以外に他に持って居る物が無いらしく、普段のコスプレの様な服装で外へと外出していた。が、それは当然周りの目を引く。3人はしばらくその光景に黙り続けて居たが、やがてリトがララの手を引いて建物の間の人気の無い場所へと駆けこんだ。美柑は走って行く2人を見て苦笑いを浮かべながら真白に「行こ?」と言い、真白はそれに頷いて2人の後を追う事にした。

 

 何事も無く見物をするならば、普通の人と同じ格好にならなければ目立ってしまうだろう。リトと美柑に説明を受け、町を歩いて居る人の中から選別して、ペケにその服に変身させて貰うと言う事になった。が、ここでララが選んだ服装が非常に駄目な物ばかりであった。男の物の服やどうして街を歩いて居るのか疑問に思ってしまう様な服等、個性豊かな服に連続でなるララ。数度変身を続けた後、決まったのはララにピッタリの非常に可愛らしい服装であった。それには思わずリトも少し顔を赤くして反らしながら納得する。

 

 無事に服が決まった事で止められていた見物を再び再開できる事になったララは真白の手を掴んで走り始める。今度はリトと共に置いて行かれた美柑。「楽しそうだね?」とリトに言えば、優しい笑顔で「だな」と返し、2人もまた彼女達の後を追い始める。

 

 ララの彩南町見物は4人に取って有意義な物と言える物であった。気になったお店の中に入り、気になったお店の食べ物を食べる。常に笑顔であったララの姿は3人にとっても嬉しい物であった。そしてその途中、ゲームセンターのクレーンゲームでララが欲しがる物をリトが1発で手に入れる等の活躍も見せる。

 

 目に見える楽しそうな物を一通り楽しんだ時、リトは何時の間にか美柑が持って居たチケットに気付く。どうやら買い物の際に貰った物の様で、水族館に入れるチケットとの事。ララが『水族館』と言う言葉に興味を示した時、リトがララの服を見て気付く。

 

「おいララ! 服が、消えてる!」

 

「……ペケ」

 

「申し訳ありません。先程の連続フォームチェンジが負担になった様で……エネルギーが切れてしまった様です」

 

 リトの言葉に全員がララの服を見る。その布は所々穴が開いた様に消えて居り、それは現在進行で広がりを見せて居た。ララの服の元はペケ。故に真白がその名を呼べば、弱弱しい声でペケが説明をする。連続で変身したことで、ペケに限界が来てしまった様である。そしてもしこのまま放って置けば、ララはすぐに町の中で素っ裸になってしまうとの事。それを聞いた時、リトと真白は同時に走りだして居た。お互いにララの片手を掴み、猛ダッシュする2人。焦った様子を見せないララと、焦った様子のリト。無表情の真白は町の中で走った結果目立ってしまう。そして周りに居た男たちは一様にララの姿に鼻の下を伸ばし始めた。

 

「……間に合わない」

 

「一先ずその辺の店に入るしか無いよ!」

 

「なら、ここだ!」

 

 消えていく服にこのままでは手遅れになると思った真白。リトは必死に何処か問題の無い場所を考えるも、この様な町中に問題の無い場所など存在しない。故に美柑はせめて人が沢山居る今の場所よりも何処かすぐ傍にある場所に逃げ込むことを提案。リトは目の前に見えたそこに一気に乗り込む様にして足を向ける。無我夢中だった彼はそのお店が男性の入る場所では無い、ランジェリーショップであると入ったと同時に理解。場所を変えようとするが、素早く美柑が服をかき集めて真白がララを試着室に押し入れる。ララの手を掴んでいたリトは試着室に一緒に入る事は免れるが、お店の中から出る事は出来なかった。

 

「……セーフ。あむっ」

 

「真白さん、ララさんの服探そ!」

 

「ん……はむっ」

 

「おい、店の物を汚すなよ?」

 

 何とか事無きを得た事で安心したリト。そんな彼に走る時にも片腕で抱え、ずっと持って居た袋から鯛焼きを1つ取り出して食べ始めながら言う真白。先程の買い物の最中に買った物であり、その袋の中にはまだ沢山の鯛焼きが入って居る様子である。すると同じ様に安心した美柑が真白に服を共に探すことを提案。真白は頷いてもう1度鯛焼きを齧り、リトは念の為に注意しながらも居心地の悪さを感じ始めた。

 

 先程までのペケで出来た服では無く、地球の本物の服。しかも持って居ないとなれば、これから着る可能性のある服だ。急ぎながらも慎重に決め、2人で決定した服を持って行った時。そこにはリトとララ。そしてもう1人、リトの想い人である西連寺 春菜が居るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美柑が貰って居た水族館のチケットで水族館へと足を運んだ真白、リト、ララ、美柑。そして春菜。既にララは春菜と友達であり、美柑もまた春菜とすぐに打ち解ける事が出来て居た。真白も春菜と面識は当然あり、仲は良くも悪くも無い所謂普通の関係。春菜を前に緊張して居るリトのみが、真白を覗いた3人の会話を聞きながら春菜を気にし続けて居た。そうして目的地の水族館へとたどり着いた時、最初にその魚の住む水槽を見て歓喜の声を上げたのは他ならぬララであった。

 

 ふとリトの視線に気付いた美柑はララと春菜が話をして居る為、気付かれない様に少し距離を取るとそのまま歩いて居た真白の元に近づく。既に鯛焼きを食べ終えていた真白は水槽の中をボーっと見つめて居り、美柑は誰にも聞こえない様にひっそりと声を潜めて真白に話しかける。

 

「ねぇ、真白さん。あの春菜って人はリトと中学からのクラスメイト何だよね? もしかして?」

 

「ん……青春」

 

「へぇ~。やっぱり」

 

 リトが春菜に好意を抱いて居るのは傍から見て丸分りであり、美柑はそれを確認するために真白に話しかけたのだ。当然真白も気付いて居り、美柑の確認に頷いて答える。と、何かを企む様に楽しそうに納得して美柑がそこから離れる。そしてそれと同時に今度はララが真白の傍に駆け寄った。

 

「真白! しじみが居ない!」

 

「……ここには……居ない」

 

「そうなの? じゃあじゃあ……」

 

 何時か美柑が作った味噌汁の具として存在して居たしじみを探して居たララ。真白が居ない事を告げれば、ララは不思議そうな顔をして他の魚の質問を始める。基本的に食べられる魚の名前しか出ないのは、ララがそれしか知らないからである。

 

 話をして居た時、ふと何か面白そうな物を見つけたララは真白の手を取って走り出してしまう。ララが興味を持ったのはペンギンの集まって居るペンギンコーナーであり、楽しそうにその水槽の中を覗きこむ彼女の姿は何処にでも居る可愛らしい少女である。……背後にフラフラと揺れる尻尾が無ければ、だが。

 

「う~ん、何か皆元気が無いね?」

 

「……そう?」

 

 ペンギンたちの群れを見たララはその光景にやがて楽しく無さそうに呟いた。しかしペンギンたちに関して詳しく無い真白は見える光景に違和感を感じる事は出来ず、ララの言葉に首を傾げるのみである。と、ララが突然何かを取り出した。それは謎の錠剤の様でありながら、怖い顔のマークが付いて居る物。真白はすぐにそれを不味いと思うが、時既に遅かった。

 

「バーサーカーDX(デラックス)! これで元気が出るよ、きっと!」

 

「!」

 

 無情にも投げられたその錠剤はペンギンたちが泳いでいた巨大な水槽の中に落ち、徐々に溶け始める。すると真白たちには見えないが、水槽の中に居たペンギン達の瞳が一斉に赤く光り始めた。と同時にペンギンたちが一斉に水槽から飛び出し、様々な方角へと飛び出し始める。それは当然傍に居たララと真白の傍にも飛んで来ており、その内の1匹が真白たちの傍……2人の後を追って来た美柑へと迫り始める。止まる気配の無いペンギンたちだ。美柑の様な小学生が当たれば、怪我では済まない可能性もある。

 

「! 美柑……!」

 

「へ?」

 

 それに気付いた時、真白はすぐに美柑の目の前に立って居た。そして迫るペンギンに容赦なく下から蹴りを放つ。スカートだったため、見る場所によっては中が見えてしまう。が、今の真白にそんな事は関係ない事である。ララは元気になったペンギンたちに喜び、美柑が余りの事に呆けて居るその間にも迫り続けるペンギンたち。真白は自分と美柑に迫るペンギンたちを弾き返しながら、美柑を守り続ける。やがてペンギンたちの突撃が自分達の方に余り来なくなった時、真白は美柑の手を引いて曲がり角へと避難した。

 

「ど、どうなってるの、これ?」

 

「……ララの……仕業」

 

 基本的に一直線にしか飛んで来ることが出来ないペンギンたちの為、曲がり角を曲がった事で安全な場所となり安心する真白。美柑はようやく我に返るとどうしてこうなったのかを聞き、静かに答えた真白の言葉に嫌でも納得することになった。……そしてその後、事態が収まるまで真白は美柑を守りながら内心で頭を痛めるのであった。



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第10話 過去を知る女教師。臨海学校1日目

 休日の2日目、真白は朝から結城家に行くことは無かった。普段は毎日の様に通う彼女であるが、日曜日だけは違うところへと朝から向かう真白。休みであっても朝早くから外出することは変わらず、やがて真白が辿り着いたのはそこそこ大きな洋館であった。

 

 洋館には鍵が掛かっているが、真白は持っていた合鍵を取り出すと迷う事無く解錠。中へと足を踏み入れた。中には大きく広い部屋。真白はそんな中を確認しながら、迷う事無く中を歩く。そうして辿りついた場所にあったのはモップや叩き、掃除機などが並べて置かれている部屋であった。そしてそこからの行動は素早かった。何処からともなくエプロンを取り出してそれを付け、腰紐に叩きを引っかける。頭にも三角巾を付け、傍にあったコンセントに掃除機のプラグを差し入れると掃除を開始し始めたのだ。洋館の中には掃除機のモーターの音が響き渡り、掃除機の届かない場所は叩きで埃を落としてから掃除機で吸うなど非常に慣れた様子である。

 

「ぅん、何よ……もう来たのね」

 

「……おはよう」

 

 真白が掃除を続けていた時、洋館の2階にある閉まっていた部屋が開かれる。そこはまだ真白が入っていなかった場所であり、敢えて入らなかった場所である。そしてそこから出て来たのは下着姿に白衣を来た美女であった。大きな伸びをして部屋から出て来た美女は、1階を見下ろしながら真白に声を掛ける。真白はそんな美女に極普通に挨拶をして、掃除を再開し始めた。

 

 下着も見えるその姿のまま掃除をする真白の姿を見降ろしていた美女。少しそのままでいると、やがて一度部屋の中へと戻って行く。そして次に出た時、一応人前に出ても先程よりは恥ずかしく無い服装へと着替えて姿を現した。その平均よりも遥かに大きな胸は上部分が下着を使っても尚殆ど隠れていないが、恐らくそれが彼女の服装なのだろう。そうして1階へと降りて来た美女は掃除をしている真白に再び話しかける。

 

「毎週毎週、来なくて良いのよ?」

 

「……平気……私は、気にしない」

 

「私が気にするのよ。はぁ~」

 

 当たり前の様に自分の家を掃除する真白に気を使いながら言う美女だが、真白の言葉に1人呟きながら溜息を漏らす。そしてその後真白が一通りの掃除を終えるまでの間、美女は何処か違う部屋で自分の事をし始めた。……それから数時間後。違う部屋に籠って自分の事をしていた美女が部屋を出た時、聞こえて来たのは掃除機の音では無く何かを炒めている調理の音であった。

 

 階段を降り乍らこの家のキッチンがある場所へと向かった時、美女の周りに美味しそうな香りが漂い始める。そしてリビングとキッチンが一緒になっている部屋に入った時、フライパンの上に乗っているパラパラな米を手首のスナップを効かせて炒めている真白の姿が映る。どうやら作っているのは炒飯の様で、もう出来上がる寸前の様子である。その量はしっかりと2人前分。美女は何も言わずにリビングの椅子に座り込む。真白は振り返らずに来たことに気付いていた様で2つの皿に盛った後に火を止め、元栓を閉めてからやって来る。

 

「……頂き……ます」

 

「頂きます」

 

 テーブルに置かれた良い香りのする炒飯に美女は知らぬ内に少しばかり期待し始めていた。そして真白が食べるための言葉を言うと、美女も続けて言い、2人は食事を開始する。真白は好きな味付けが分かっている様で、自分好みの味になっているその味に舌鼓を打ち乍らも美女は口を開く。

 

「流石、彼女の元で作り続けてただけあるわね」

 

「……仕方ない……2人には、無理」

 

「そう、ね……1人は知らないけれど、少なくとも彼女が作れるとは思えないわ」

 

「……」

 

 笑みを浮かべながら褒める様に言った美女の言葉に、変わらずとも何処か優しい表情で思いだす様に答える真白。しかし美女が話している内に徐々にその表情は普段の何も感じられない物へと戻って行き、動いていたスプーンを持つ手も止まってしまう。今の真白に見えるのは悲し気な姿であり、美女は真白が元気を無くしてしまった事に溜息を付いた後、「食べましょ?」と言って食事を再開する。真白も言われた言葉に頷いた後、再び手を動かし始めた。

 

 美女はふと、目の前で当然の様に食事を取る真白が自分の目の前に初めて現れた時を思い出す。自分の友人からの手紙を持って現れた今よりも更に幼げな真白。何年も自分を探していたと言う事実を聞いて自分の家に住まわせようと考えた物の、既に別の人に拾われていた事への驚きや、それ以降度々現れては自分の生活にこうして干渉している彼女の存在に美女は最初は心配であり、面倒にも感じていた。が、今では決まった日にこうして来る真白の存在に気付けば当たり前と感じている自分が居た。

 

「……涼子?」

 

 考え続けていた時、真白が美女の手が止まっている事に気付いて声を掛ける。美女はそれに笑みを浮かべながら「何でもないわ」と答えた後、食べようとして……その手を一度止めた。

 

「貴女、今は良いけど学校ではちゃんと呼びなさいよ?」

 

「ん……御門、先生」

 

 自分の言葉に言いなおした真白の姿に再び笑みを浮かべ、今度こそ食事を再開した美女……御門 涼子。彩南高校の保険医にして真白の過去を知っている彼女もまた、ララと同じ宇宙人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑いわね」

 

「ん……暑い」

 

 揺れるバスの中。唯が片手を団扇の様に使いながら胸元を軽く広げ、苦しむのを横目に真白は特に変わった様子を見せずに答える。真夏を迎え始めているこの時期は、何もしていなくても汗ばんだり等と過ごし難い環境が続く。本来であればプールの授業など、夏ならではの授業も存在するが……つい先日、謎の出来事に寄ってしばらくプールは使用禁止となってしまっていた。一体何が起きたのか理解出来ないが、辛うじて見えたのはプールから巨大な水の竜巻が巻き上がったと言うあり得ない現象であった。何となく理由を理解出来ていた真白はそれを見るだけであったが、他の生徒達は違う。理由が分かる事は無かった物の、結果的に今年のプールはその時に入っていた者達でお終いになってしまったのだ。

 

「にしても何があったのかしら? 今回の臨海学校、てっきり中止になると思ってたわ」

 

「……」

 

 しかしプールが中止になっても、他の物が中止になる訳では無い。夏ならではの行事は他にも存在しており、その1つが今現在バスに乗っている理由……臨海学校であった。3日間彩南町を離れて別の場所で寝泊まりをし乍ら涼しい森の自然などと触れあう。これもまた、夏ならではの行事である。が、実は昨日までその臨海学校は『中止になる』と生徒の誰もが思っていた。非常に強い台風が迫っていたからである。当然雨風が強い日になってしまえば、生徒達の安全を考えて中止になっても可笑しくは無いだろう。しかしそれを認めない物が居た。生徒の中で恐らく、誰よりも臨海学校を楽しみにしていたララである。

 

 台風によって臨海学校が中止になるかも知れない。そう思った時、ララはすぐに行動に出た。……その結果、ララは自分の力で台風を遠ざけてしまったのだ。銀河を統一した王の娘と言うのも伊達では無いと言う事だろう。そして臨海学校が無事に行える様になり、こうして今真白は同じクラスメイト達と同じバスに乗って自分達が寝泊りする旅館へと向かっていた。まだ出発したばかりであり、冷房が効き始めていない現在。もう少しすれば過ごしやすくなる事だろう。真白はララの行動で台風が逃げたなどと言う訳にも行かず、唯の言葉に静かに頷いて返すだけで返答を済ませる。

 

 それから長時間のバスによる旅を続けた後、目的の旅館へとたどり着いた時。真白達を出迎えたのは美人な旅館の女将と仲居さん達であった。クラス毎に別でバスに乗っていたため、一度合流することでリト・ララ・春菜の姿を見つけた真白。ララも真白を見つけて大きくその名を呼んで手を振るが、もう数日でそれは見慣れた物。今はそれよりも綺麗な仲居さん達に数人の男子達がざわつき、そんな中で女将の元に親しそうに飛び込んだのは身長の低い小太りでサングラスを付けた男性……校長であった。彩南高校では非常に有名な助平であり、女将は慣れた手つきでその校長の顔面に拳を入れる。余りの光景に呆気に取られる中、気にした様子も無く旅館の中へと案内された真白達。大きな部屋の中で一通りの注意事項を受けた後、決められた部屋へと移動する事となった。

 

 基本的に部屋割りは同じクラスの中で4人ずつ。真白と唯はすぐに決まり、残りの2人は真白達と同じ様に仲の良い2人が集まる事に寄って合計の4人組が出来上がった。それなりの交流はしつつも、基本的には仲の良い相手と話すことが多くなるだろう。唯の場合は話す相手が真白の時点で会話が殆ど無さそうだが、それは仕方の無い事である。

 

 旅館に到着したこの日は話などで夜を迎えてしまった為、クラス毎に温泉に入る事となる。先にリトやララの居るクラスが温泉に入り、時間が来たら交代で今度は真白達のクラスが温泉に入る。当然男湯と女湯で分けられており、その時間が来るまで真白達は部屋で待機することとなった。

 

『1年B組の生徒は集合! 温泉に入りますよ!』

 

「あ、私達じゃない?」

 

「行こ行こ!」

 

 そうして時間をそれぞれが潰していた時、やがて聞こえて来る声に同じ部屋に居た女子生徒の2人が立ち上がる。そしてお互いに仲良く喋りながら部屋の外へと出て行く。そんな姿を見つめていた真白は、立ち上がった唯が「ほら、私達も行くわよ」と言って手を差し出したことで頷きながらその手を取り、立ち上がる。

 

 女子風呂に続く脱衣所では女子高生達による若々しく騒がしい声が響いて居た。そんな中で、真白は着ていた制服を脱いで棚にある籠の中へ入れる。そのすぐ隣では同じ様に服を脱いで裸になった唯の姿があり、真白は唯のスタイルを見る。唯の身体は16歳とは思えないプロポーションであり、特に胸は涼子程では無いもののそこそこの大きさを誇っていた。対する真白は小さい訳では無いが大きくも無い中途半端な大きさ。スタイルも前回の身体検査等で余り良くなっておらず、幼児体型では無いが大人に成りきれない子供の様な体型である。

 

「……綺麗」

 

「んなっ! じ、ジロジロ見ないで。破廉恥な!」

 

 自分の姿に少しガッカリし、真白から見て自分よりも女として魅力的な姿を持つ唯の姿に思わず呟いた言葉。それを聞いた唯は持っていたタオルで前を隠し、顔を赤くしながら少し怒った様子で真白に言う。そして温泉へと続く扉へ歩き、それを開いた。見えるのは露天風呂であり、自然に囲まれた気持ちの良さそうな温泉。唯は思わずその光景に「へぇ」と声を上げ、唯の後ろを付いてやって来た真白もそれを見ると先程とは反対の様に唯の前に立って振り返る。

 

「……入ろ」

 

「えぇ。あ、タオルは湯船に入れちゃ駄目よ? マナー違反だわ」

 

「……知ってる」

 

 真白の言葉に頷いた後、注意をした唯。しかしそれは既に真白も知っている事であり、頷いて答えたその姿に唯は微笑む。そして2人はその後、他の生徒達の声を聞きながらも気持ちよく温泉に浸かり続けるのであった。



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第11話 水着泥棒のイルカ。臨海学校2日目

 臨海学校1日目が過ぎ、普段とは違う新鮮な朝を迎えた真白と唯。本来は温泉の後に肝試しと言う予定があった。しかしリトやララが居る組が先に行った結果、何故か脅かす役の人々が一様に逃げ出して居なくなってしまうと言う事態が発生。仕方無く中止となってしまった。謎の現象を起こす隣の組に、様々な反応を示す中。それでもその日は結局就寝となってしまう。

 

 臨海学校2日目。新しい日になっても、生徒達は皆海で自由な時間を送る事になっていた。凝り固まった学習と言う考え方とは違い、あくまでも触れ合う事を目的としているのだ。故にそれは遊んでいたとしても、達成されるのだろう。それで良いのか?と思う者も居るが、殆どの生徒にとっては嬉しい限りである。

 

「はぁ~。こんな事してて良いのかしら?」

 

 砂浜の上で座り込みながら呟く唯。その彼女の視線の先にあるのは、水着を来た生徒達であった。スクール水着とは違い、自由に持って来た水着を着用して遊ぶ女子達。そしてそんな女子達の姿に鼻の下を伸ばしながらも遊ぶ男子達。学習とは程遠いその光景に、真面目である唯は1人疑問に思う。現在唯は水着を着ておらず、私服であった。……そしてそんな彼女の横に居る真白は大き目で前にチャックが付いているパーカーを着て座っていた。

 

「真白~! 一緒に遊ぼうよ~!」

 

 現在自由に海で遊ぶ事が出来ている生徒達にクラスは関係なく、故にその中にはララや春菜も存在して居た。リトも砂浜で立って居り、ララが遠くから真白を見つけると同時に名前を呼んだことで視線を向ける。肝試しや温泉などで一緒に行動出来なかった分、こうして合同で行える事には一緒にやりたかったのだろう。ララの言葉を聞き、真白は唯に視線を向ける。と、唯は小さく溜息を吐いた。

 

「私の事は気にしなくて良いわ」

 

「…………ん」

 

 唯の言葉を聞いてしばらく黙っていた真白。しかしその言葉に静かに頷いて答えると、徐に立ち上がる。真白が立ち上がった事に遠くに居たララは更に笑顔を浮かべ、リトは少し意外そうな表情を浮かべる。そして着ていたパーカーのチャックをゆっくりと降ろし始めた真白。そんな彼女の姿に、クラスの男子や他の男子達も気付くと同時に視線を向けていた。彼女自身とは交流しにくいが、彼女の容姿に関しては幼さがありながらもかなり高いレベルであったからだ。リトも長い付き合いでありながらも、余り見る事の無い真白の水着姿に思わず見つめ始めてしまう。

 

 チャックが開かれた時、最初に見えたのは少々膨らんだ胸を隠す白い布。静かに着ていたパーカーを脱ぎ、全てが明るみになった時。真白の容姿を好む者は聞こえない程の声量で『おぉ~』と小さく声を漏らす。真白が着ているのは何の絵柄も付いていない真っ白なビキニ。しかしその白が彼女の象徴の様に存在感を現し、後ろから見ていた唯ですら太陽からの日差しで陰ばかりが見えながらも目を見開いていた。……と、真白は一度静かに膝を突くと脱いだパーカーを畳み始める。そして

 

「……置く」

 

「……! え、ええ。分かったわ」

 

 自分が先程まで座っていた場所にパーカーを置き、唯に告げる。動く気の無い唯に自分の物を預け様としているのだ。突然の言葉に唯は一瞬反応が遅れるも、すぐに我に返ると何時もの様に返事をする。それを最後に真白は再び立ち上がり、ララ達に向けて歩き始めた。

 

「真白、可愛い!」

 

「三夢音さん、素敵な水着だね」

 

「……美柑が……選んだ」

 

 自分を呼んだララ。そしてそんな彼女と既に遊んでいた浮き輪を持つ春菜が真白の水着を見ながら一言ずつ言うと、真白は自分の水着の胸と胸の間を繋ぐ紐を軽く引っ張って答える。そしてララが遊ぼうと口を開き掛けたその時、何処からか女子の声が響く。

 

「水着泥棒!」

 

 1人の女子生徒の声に3人が視線を向けた時、その周りに居た女子生徒の胸にある水着が目に見えぬ速度で取られている光景があった。困惑する生徒達の中、首を傾げるララ。そしてそんな彼女に迫る陰に春菜だけが気付いた。しかし伝えたところで回避する時間は無く、春菜はララをその場から自分の身体を使って突き飛ばす。結果、狙われていたララの位置に立った春菜の水着が無くなってしまう。するとそれを最後に3人の周りから犯人は消え、また別の場所で悲鳴が響き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままじゃせっかくの海が台無しだよ!」

 

 海の家へと逃げ込んだ生徒達。男子生徒は基本的に被害の受けようがなかったが、水着を失った女子生徒達は様々な協力の元に私服に何とか着替える事が出来る。しかし海に入ればまた同じ事が繰り返されるだろう。何よりも海に入れないと言うのは生徒達にも、何よりララにとっても由々しき事態である。故に行動を起こそうとしたララ。犯人を捕まえ、海に平和を戻すために。

 

「真白は待ってて! 私の水着はペケが作った物だから平気だけど、真白は取られちゃうかも知れないから!」

 

「……一緒に行く」

 

「お、おい! 待てよ!」

 

 ペケが作った水着ならば何度でも再製が可能。しかし真白の水着は他の生徒達と同じ、無くなったら最後復活しない物である。女子の水着を取ると言う行為に脇でご立腹の唯が行動を起こす中、ララもまた女子達と話をして犯人を捕まえる為の話を始めると、出ようとした時に真白へと告げる。だが真白はそれに首を横に振った後、ララの背中を追い始める。そして海の家を出て行く彼女達の姿に焦り、リトもまたその後を追い始めた。

 

 ララがやって来た場所は最初に女子が水着を奪われた場所。海の中に入り、周りを探索して手掛かりを探し始めた3人。だがやがて現れたのは手掛かりよりも重要な、【犯人】であった。

 

「!」

 

「ララ様!」

 

 急加速で何かが迫る事に気付いた真白とペケ。真白はその方向へ振り返り、ペケは狙われたララの名を呼ぶ。しかし先程同様、ララに反応する程の余裕は無い。すると真白が素早く海の中に潜り始める。……そして迫る何かへ一瞬で足を動かし、その身体に真下から大きな水の衝撃を与える。凡そ人間離れした業だが、リトもララもそれを考える前に打ち上がった何かを視界に捉える。と、リトが大きく海から飛び上がってその身体を抱きしめる様に捕まえた。そうして捕まった犯人。その正体は、子供のイルカであった。

 

「……イルカ」

 

「私知ってる! 図鑑で見た事あるよ!」

 

「何で此奴が水着を……? !」

 

 捕まえたその正体に真白が名前を呼ぶと同時にララが実物を見た事で興奮する中、リトはイルカがどうして水着を盗んでいたのかと考え始める。が、相手は野生のイルカだ。運動神経の良いリトとは言え、考えながら捕まえて置く事等簡単に出来る訳が無い。そして、捕まったからと言って抵抗を止める訳が無いのだ。

 

「うわぁ!」

 

「!」

 

 突如暴れ始めたイルカはリトの身体から離れようともがき、近づいていた真白の水着。その真ん中部分にあった紐部分を口で引っ掛ける様にしてとってしまう。余りの事に目を見開く真白と、必死で抑え乍らもそれを直視してしまったリト。顔を真っ赤にして手から力を抜いてしまい、その隙を突いて逃げ出したイルカはあろうことか真白をその身体に乗せてしまう。流石の真白も海の上でイルカのスピードに逃げる事が出来ず、ララは瞬間的に真白を取り返すためにその手を伸ばす。……結果、2人はイルカに連れられてその場から姿を消すこととなった。

 

「あはは! 凄い早い!」

 

「……返して」

 

 イルカの背に跨り、胸を片手で隠しながらその口元に引っかかる水着に手を伸ばす真白。イルカの尻尾にしがみつき、猛スピードで海を渡る事に喜んで居るララ。2人の反応は余りにもかけ離れているが、イルカは関係なしに海を泳ぐ。やがてたどり着いたのは、洞窟であった。イルカは最初からそこに向かって居た様で、止まったと同時に水着を取り戻した真白は洞窟の岩場に乗るとそれを着け始める。と、そんな真白の傍に居たララが声を上げた。

 

「真白! こっちに来て!」

 

「?」

 

 ララの呼ぶ声に首を傾げながらも近づいた真白。そうしてララの横に立った時、少し離れた場所に自分達を連れて来たイルカよりも一回り程大きなイルカが乗り上げている光景があった。イルカがやっていた事は、どうやら唯の悪戯では無く助けを呼ぶと言う目的だったと言う事である。と、少し離れた場所からリトの大きく名前を呼ぶ声が聞こえ始める。

 

「……リト、呼んで」

 

「分かった! リト~!」

 

 真白は目の前の光景とリトの呼び声を聞き、ララにリトをこの場所へ導く様に言うと同時にそのイルカに近づく為に岩場を降り始める。やがてリトがたどり着いた時、彼もまたすぐに子供のイルカが行っていた理由を理解した。そして親イルカの傍でその身体を撫でている真白に気付くと、ララと共にその場所へと近づき始める。

 

「……手伝って」

 

「あぁ、俺達で海に戻してやろう! ララも手伝ってくれ!」

 

「うん!」

 

 真白の思った事とリトの思った事は一緒であった。故に真白のお願いにリトはすぐに頷くと、ララにも協力を頼む。彼女もイルカの親子を助ける為にそのお願いに笑顔で返すと、3人で一斉に親イルカの押し始めた。乗り上げてしまったその巨大な身体は、3人の力でゆっくりと動き始める。……そうして親イルカの身体は子供のイルカが心配そうに見つめる海の中へと無事に戻り、イルカの親子は2匹ともが一緒に喜び合いながら3人にお礼を言う様に鳴き始める。そんな光景にララとリトは笑みを浮かべ、真白も僅かに笑みを浮かべる。

 

「親子……か」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「ちょっとね……少しデビルークの事、思い出しちゃって。平気だよ」

 

 仲の良い親子の光景はララにどう映ったのか。それは彼女自身にしか分からない事だろう。家出をして来た事とその理由を知っているリトはそんなララの姿に少し心配そうに視線を向ける。が、ふとリトはララの向こう側に立っていた真白を見る。

 

「え……」

 

「リト?」

 

「?」

 

 思わず出た声に反応し、名を呼ぶララと首を傾げる真白。リトは何事も無い様に首を傾げているその姿にやがて首を横に振ると「何でも無い」と答えた。気のせいだと思ったのだ。ララが家族の事を思い出していた時、真白がそんな彼女へ【睨みつける】様に視線を向けている姿など……。



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第12話 夏休みが開けて。外国からの転入生?

 臨海学校が終わり、次に生徒達が迎えたのは念願の夏休みであった。1年間に存在する長期休みの中で一番長い休みの期間であり、喜ぶ者は非常に多い。だが学校を楽しみにしていたララはその期間の間、暇を持て余しながら過ごしていた。夏休みになっても真白がする事は何も変わらず、朝から夜になる前までを結城家で過ごした後に帰宅。既にララが居る事が日常と化し始めていた真白たちは、普段通りの日々を過ごした。……そうして時が流れ、1月後。

 

「久しぶりね」

 

「ん……久しぶり」

 

 彩南高校1年B組では、1月の間会っていなかった友達やクラスメイトとの会話が教室内には広がっていた。そしてその中には真白と唯も含まれており、久しぶりに再会した2人はお互いに声を掛け合う。積もった話など余り無いが、それでも少ない会話を行い乍ら時間を過ごしていた2人。やがて先生が来たことで、クラスの全員が椅子へと移動する。

 

 HRで行われる連絡事項の最中、先生は隣のクラスに転入生が入った事を知らせる。ララが転入したのも気付けば数か月前の事。1年で2人も来ることは珍しいが、可笑しな事では無い。……が、気になる事も当然あった。

 

「また隣のクラス何ですか?」

 

 とある女子生徒の質問にクラスの内の半数以上が同じ疑問を抱いて居り、一斉に先生へ視線を向ける。本来クラスの人数は同じ様に分けられている筈であり、前回ララが隣のクラスに入ったのなら転入生は自分達のクラスに来る可能性の方が高いだろう。だが、事実2人目の転入生もまたA組へと入っている。気になるのも当然の事であった。しかし先生はその事に明確な答えを持っておらず、その質問に答える事は出来ない様子である。自分達の担任が関わっていたとしても、決めている訳では無い。何となくではあるが、それが理解出来たクラスの生徒達はそれ以上聞く事を止める。そして代わりに転入生がどんな生徒なのかを聞き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい転入生は非常に目立つ存在であった。ララと同じく外国人の転入生としてやって来た男子生徒……名を【レン・エルシ・ジュエリア】と言い、銀髪に後ろだけ黒髪をしている彼は誰が見ても美少年であった。転入生と言う事で見に行った者達は一様にその珍しさに目を引かれ、女子は喜び男子は羨む。しかしそんな中、真白は特に気にした様子も無く教室で時間を潰していた。

 

 昼休み。普段なら真白の元に来るララの姿は無く、久しぶりの出会いと共に久しぶりに一緒に昼食を取る事になった真白と唯。隣では何か大きな声が響いていたりもするが、2人は黙々と食事を進め始める。が、やがて唯が口を開いた。

 

「貴女、転入生とかに全然関心を持たないの?」

 

「?」

 

 しっかり者の唯であったとしても、流石に転入生となれば気にはなる物。見方としてはその存在が非常識な存在で無いかを確かめる為であるが、それでも気になる事には変わりない。しかし今現在、静かに食事を食べ乍ら自分の言葉へ稀に耳を傾ける真白が一体何に関心を示すのか、少し気になったのである。が、真白は言われた言葉に首を傾げると静かに首を横に振った。そして何かを言う……と思いきや当たり前の様に食べる事を再開する真白に唯は溜息を吐く。

 

「はぁ~、じゃあ何になら興味を持つのよ?」

 

「……」

 

 そうして再び投げかけた質問に真白は動かしていた手を止め、突然考える様に少し上を向く。それから数秒、真白は視線を降ろして唯に視線を向けると口を開いた。

 

「……アイス」

 

「え?」

 

「……ケーキ。飴。……餡子も、好き」

 

「全部食べ物じゃないの。……あぁ、そう言う事ね」

 

 突如言った言葉に聞き返してしまった唯。しかし真白は唯の質問に答える為、言葉を続け始める。普段は頷く等でしか答えず、意思の疎通がしっかり出来ているのかと不安になる時すらある唯。だがこうして答える真白の姿に一瞬呆気に取られながらも、やがてその答えが食べ物だけである事に気付いて言う。と同時に唯は真白に付いて1つ理解する。どうやら彼女は食べる事が好きであり、特に【甘い物】が好物なのであると。余り分からない真白と言う存在に付いて、知れた事に唯は内心で少し嬉しく思うと同時に彼女を可愛らしくも思う。普段は何を考えているか分からないが、昼食の時に食べる事へ喜びを感じているのならそれは微笑ましい事なのだ。

 

 その後、昼食を終えた2人は授業が始まるまでの間を共に過ごす。午後の授業も普段通りに終え、帰宅する時間になった時。真白は何時も通りに唯に別れを告げた後、結城家へ向けて足を進めようとした。だがそんな彼女の視界の中に、普段は見ない存在が映り込む。転入生であるレンだ。何故か傍にはリトも立っており、何処か浮かない顔をし乍ら彼と話をしていた。が、そんな彼らを尻目に教室から桃色髪の少女が飛び出して来る。

 

「真白! 一緒に帰ろう!」

 

「……」

 

 出て来たのは勿論ララであり、真白が帰る事を既に分かっていたが為にこうして現れたのだ。ララは学校に通い始めて以降、部活等には入っていなかった。その代わり、真っ先に結城家へと向かう真白に着いて行く様にすぐに帰宅していたのだ。ララ自身の学校生活故に、放課後の時間をどう過ごすかもまた彼女の自由。美柑の元へ真っ直ぐに向かう真白に着いて行くのは、彼女の意思による物である。

 

 ララの言葉に静かに溜息を漏らす真白。するとそんなララと真白の姿に気付いたリトが視線を向け、それに釣られる様にしてレンも2人の存在に気付く。と、ララが2人に向かって大きく手を振りながら告げる。

 

「リト~! 何時も通り、先に帰ってるね!」

 

「お、おぉ」

 

「ララちゃん! 今から僕は結城リトよりも早く……」

 

 先に帰る事を言ったララの言葉は普段と変わらず、そんな彼女に向けて胸を張りながら言い始めたレン。だがララは特に彼を気にした様子も無く「真白、行こ!」と言ってその手を掴むと歩き始めた。真白は掴まれているが故に進む事しか出来ず、リトに視線を向け乍らもその姿を消す。胸を張ったまま言葉を最後まで言えなかったレンは去って行ってしまうララに何も言う事が出来なくなり、そんな彼の姿にリトは少しだけ同情の視線を向け乍らも帰宅する為に行動を開始する。

 

 ララの運動能力は地球人の比にならない程に凄い物であった。幸い彼女が走る事は無い物の、真白は手を繋がれたまま着いて行くことしか出来ない。そうして下駄箱までたどり着き、帰るために校舎を出た2人。そんな2人の姿を物陰から見ていた2人の女子生徒の姿があった。1人は金髪。1人は眼鏡のツインテールとララやレンには劣る物の十分個性的な姿をしており、去って行く2人の姿を眺めると2人はお互いに見合って笑みを浮かべる。

 

「結城とレンレンが必死にララちぃを取り合ってるけど」

 

「当のララちぃは2人に眼中無しで三夢音さんLOVEみたいだね」

 

「女の子同士……つまり、禁断の恋なのよ!」

 

「百合って奴ね! 面白くなって来たじゃない!」

 

 お互いに言葉を続け乍ら笑みを浮かべた2人。しかしその会話内容の中心に存在する2人は当然それに気付く事は無く、その後真白は普段と変わらぬ1日を過ごすことになるのであった。



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第13話 レンの疑問。アニマルな2人

「可笑しい……」

 

 転入生ことレン・エルシ・ジュエリアは思わず呟く。彼が彩南高校に転入してきたのは嘗ての幼馴染であるララが婚約者候補である悪い男、結城 リトに騙されていると言う情報を得たからであった。自らも婚約者候補であり、ララに好意を抱くが故に助けるつもりで地球へとやって来たレン。リトと出会い戦いを挑み続ける時間を送るも、その成果は一向に出ていなかった。……そんなある日クラスメイトである2人の女子によって設けられたリトとの勝負でお互いに最悪の結果を残したレン。そこで初めて、彼はようやく気付く。

 

「ララちゃんは仕切りに結城 リトでは無く、『真白』と言う名前を口にしていた。そう、まるで彼の事等眼中に無いかの様に」

 

 言葉巧みに騙されているのならば、ララが好いている者の名前は結城 リトの筈。しかし実際に過ごして居た時間の中で、ララが口にしていたのはその場に居ない『真白』と言う者の名前であった。もしも予想が当たっているのならば、結城 リトとの戦いは無意味でしか無い。何故結城 リトが騙していると言う情報が出回って居るのかは分からずも、目の前でそうでは無い現実を見たレンは考える。

 

「? そう言えば一度、ララちゃんが女子生徒を連れて帰宅して居た様な……確かあの子の事を真白って言って居た筈だ!」

 

 転入した初日に一度見たララと共に居た1人の女子生徒。その姿を思いだし、その名前を思いだした時。レンは決心する。自分の中にある疑問を解決する為に、ララが呼ぶ真白と言う存在を調べて見ようと。幸い、彩南高校はAとBの2組のみ。自分の教室に居ないのであれば、その女子生徒が居る場所などすぐに予想出来ていた。

 

 学校への登校と共に普段であればララと結城 リトを待ち構えるレン。だがその日待ったのは一度辛うじて見ただけの女子生徒。ララが話しかけるなどすれば判別は早いが、唯探すとなればそう簡単に見つかるものでは無い。そう考えていたレンは思った以上にその相手をすぐに見つけられた事に驚き、そしてその姿を見て再び驚愕する。

 

「そんな……あの姿は!?」

 

 歩く度に揺れる美しい銀髪。凍り付いた様に無表情な顔。他の生徒に紛れて居ながらも、探せばその存在感は測り知れない物であった。だがそれだけが理由で驚いた訳では無い。レンはその女子生徒の姿に、嘗てララと共に遊んだ事のある1人の少女の姿を重ねたのだ。そしてその少女はもう二度と会う事の出来ない筈の存在。

 

「エンジェイドは滅んだ。……彼女もその筈だ……」

 

 レンは既に校舎の中へと入って行った女子生徒の後姿を見つめ乍ら呟く。そんな彼の言葉は誰にも聞こえず、やがて現れたララがレンに友達として元気よく挨拶を行う。そしてその横で警戒するリトだが、レンはそんな2人に普段通り爽やかに「おはよう!」と言うと……それ以上変に突っかかる事は無かった。何時もと違う事に呆気に取られるリト。そしてその日以降、リトはレンから突っかかれる回数が減ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衣替えが行われる季節。制服も半袖から長袖へと変わった日、クラスの中は授業の時間でありながらも賑わって居た。その理由は1つ。近々行われる行事、『彩南高校学園祭』に関する出し物を決める為である。リトやララ達の居るクラスの方からも大きな賑わいが聞こえる中、実行委員として前に出る生徒の先導の元で真白達の居るクラスも出し物を決める為に話し合いを行って居た。真白本人は特に興味を示しておらず、交わされる会話を聞き流しながら何もせずに時間を潰して居た。

 

「隣のクラスはアニマル喫茶だってよ!」

 

「何だよそれ? 今時流行らねぇだろ」

 

「でもインパクトはあるんじゃない? こっちも何かおっきなことやらなくちゃ!」

 

 自分達のクラスがまだ決まって居ない中で隣のクラスから聞こえる話声にその内容を知り、少々焦り始める実行委員と生徒達。出される案はお化け屋敷や隣のクラスに対抗した○○喫茶等の物。だが尽くありきたりであるが故に潰される中、余りにも長く決まらない話し合いに痺れを切らした様に立ち上がったのは、クラス委員である唯であった。

 

 唯は意見などを纏めるのが非常に上手い。そして駄目な事や認められない事はきっぱりと切り捨てる決断力も持って居た。男子の欲望のままに言った案も女子からすれば嫌な内容である場合がある。実行委員に指示を出し、黒板に書かせながらも駄目な物はきっぱりと駄目と言い切るその姿は正しくクラスを纏め上げるに相応しい物。強気な彼女の言動や行動は稀に反感を買う事はあるかも知れないが、まず間違い無く進まなかった話し合いを前へと進め始めて居た。

 

 結局決まった出し物は言ってしまえば普通であった。だがそもそもアニマル喫茶と言う強い衝撃を受けるであろう出し物を考えて居た時点でどのクラスも勝つ事等不可能。後日、瞬く間に広がったアニマル喫茶の噂は今期の学園祭の目玉として注目され始める。違うクラスであるが故に巻き込まれないと思っていた真白だが、家に帰ったそこに待って居たのは豹をイメージさせるコスプレをしたララであった。

 

「真白の分も借りて来たよ!」

 

「……何で?」

 

「可愛いと思ったから! ほら、着て見ようよ!」

 

 ララの手に握られていたのは白猫をイメージさせるコスプレ服。それはララと違ってお腹の部分は繋がって居ないが為に面積の少ない服であり、ご丁寧に白い猫耳も用意されていた。そしてそれを両手に持ったまま近づくララに1歩ずつ下がり始める真白。傍には美柑も居り、助けを求める様に視線を向ければ静かに首を横に振る。『諦めるしかないよ』と口で言わずに告げていた。

 

 結局逃げる事等出来ずにその場で着替える事となった真白。急ぐララによって制服をリビングのソファに脱ぎ散らかす様に置き、着替え終わったその姿は真っ白な髪や綺麗な肌も相まって非常に可愛らしい物であった。コスプレ故に決して本物にはなれないが、それでもその姿は間違い無く白猫。その姿にララは「おぉ~!」と。美柑も思わず頬を赤らめながら真白の姿を見る。すると2人が真白の姿に感心して居た時、リビングの扉が開かれた。入って来たのはたった今帰って来たリトであり、リビングで豹の姿と白猫の姿をして居る真白に思わず硬直する。

 

「あ、お帰り~!」

 

「お前ら、何やって……!」

 

「見て見て! 真白のこれ、可愛いでしょ!」

 

「…………にゃぁ」

 

「!」

 

 何事も無く迎えたララの言葉に顔を真っ赤にして我に返りながら聞いた質問にララは笑顔で真白を注目させる。ララに向いて居た視線がゆっくりと真白へと移動し、見られ始めた状況に真白は少し考えた後……何気なしに猫の様に鳴いた。と同時にリトは頭から煙を出してリビングを飛び出て行ってしまう。ララの服装は学校で一度見て居る為に何とか問題無かったのだろう。だが本来その様な事をする性格でない真白のまさかのコスプレ姿とそれに伴う鳴き声はリトには耐えられなかった様子である。

 

「初心だね~……あ、真白さん。写真撮って良い?」

 

「あ、じゃあ私も一緒に映る! えへへ、ツーショットって奴だよね!」

 

「……にゃぁ……」

 

 逃げ出す様にしてリビングから出て行ったリトの姿に美柑は面白そうに笑みを浮かべると、何処からともなくカメラを取り出す。向けられ始めるカメラにララも同乗する様に真白の傍に近づき、徐に肩の上へ手を置いてもう片方の手でピースを作った。雰囲気的に断れないと悟ったのだろう。真白は溜息を付くかの様に、もう一度猫の鳴き真似をするのであった。



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第14話 彩南高校学園祭。リトの誕生祝い

 『彩南高校学園祭当日』

 

 目玉となって居たアニマル喫茶は予想通りの人気を博し、1年A組は沢山の人で賑わっていた。基本どのクラスも前半後半で店番などを決め、半分の者が自由な時間を。もう半分が出し物の仕事に精を出す。真白もその例に漏れず、生徒の1人であるが故に役割を受け持っていた彼女は後半にそれを割り当てられていた。その為前半の時間を自由に過ごせると言う事もあり、校舎の中を歩く真白。特に行く場所も決めていなかった為、賑わうアニマル喫茶の前を通った時。『30分待ち』と書かれた大きな看板を持つリトがそこには立っていた。客引きと行列になって居るそれを誘導する仕事をしているのだろう。

 

 面倒そうにしながらもしっかりと仕事をしているリトの姿を見て真白は邪魔をしないためにその場を離れる。するとその時、階段へと続く曲がり角に大き目な丸い眼鏡を掛けた1人の女子生徒が居る事に気付いた。それは1つ年上の上級生の様であり、その視線は真っ直ぐにリトへ。熱い視線……とは違う観察する様なその目線に真白は首を傾げる。と同時にその女性生徒がリトを見つめる様に、真白が自分を見つめて居るのに気付いたのだろう。視線がずれ、お互いに目線が合う。

 

「!」

 

「?」

 

 驚いた様に目を見開いた後、逃げる様にその場所から去って行く女子生徒。その姿に真白は再び首を傾げ、特に気にする事無く校舎の中を歩くために足を動かそうとする。だがその時、去ろうとしていた真白に気付いた様に大きな声が廊下まで響き始めた。

 

「真白~! 来てくれたんだ!」

 

「……違う」

 

「さ、入って入って!」

 

 お店になっている教室から真白の姿が見えたのだろう。昨日と同じ豹のコスプレをしたララが教室から飛び出して来ると、行列等我関せずに真白の言葉を聞かず教室の中へ引っ張り始める。当然横入りとなる光景に不服を漏らす生徒は……誰も居なかった。アニマル喫茶が人気であるのは偏にララの容姿等が原因であった。故にララが行う事は全て許されてしまうのだ。看板を持って居たリトも引きこまれる真白の姿に気付くと同情の視線を送り、交代の呼び声でその場を去って行く。

 

 ララに誘導されたのは教室の机に白いテーブルシートを引いてそれなりの雰囲気を作り上げてある席。そこに真白を座らせると、一瞬その場から離れた後にメニューを手に戻って来る。ララを目当てとして来ていた男子生徒達は真白に取られてしまっている状況に少し残念そうにしながらも、その姿を遠くから見つめていた。取られたと言っても相手は女子。まるで幼げなお嬢様に付く健気で元気なコスプレ美少女の姿はそれだけで一部の男子達には需要があった。そんな時、教室の入り口辺りで並んでいた生徒達が騒めき始める。と同時に3人の奇抜な恰好をした女子生徒が入り始めた。鞭を持ち、黒いボンテージを纏ったその姿はそれだけで視線を集める。

 

「あれ、天条院先輩?」

 

「え、あの2年B組の変わり者!?」

 

 3人の内一番前に立っていた薄茶色の髪を一部巻き髪にして伸ばして居るリーダー的存在感を放つ女子生徒の姿に来ていた生徒達が話し始める。どうやら2年生。真白達の1つ先輩であり、その左右に居る取り巻きであろう黒髪の女性生徒と先程真白が見た丸い眼鏡を掛けた女子生徒も同じ様な恰好に帽子を被って控えていた。と、天条院と呼ばれた女子生徒は一歩前へ。その視線は真っ直ぐに真白の傍に居たララへと向けられる。

 

「ララさん! (わたくし)と勝負なさい! どちらが彩南祭のクイーンに相応しいか、決めましょう!」

 

「勝負? 何か良く分からないけど、良いよ! 面白そう!」

 

 言い放った言葉に教室の中にあった騒めきは静まり、ララはその言葉を受けて首を傾げた後にあっさりと承諾する。恐らく勝負を受けた本人は余り分かっていないのだろう。教室の中に居た生徒達は、一様にどうして天条院がララに勝負を仕掛けたのか理解する。様は転入してきてから目立っているララの存在が余り気に入らないのだろう。変わり者ではあってもその容姿のレベルは高い。本人もそれを理解しているが為に高慢し、故に自分への評価を奪うララが許せなかったのだろう。と。

 

「審査員はここに居る方々。どちらがより好感を持っていただけるかで勝敗を決めますわ!」

 

 突然の勝負に経営側である生徒達が困惑する中、始められる勝負。するとまず最初に動いたのは天条院であり、持っていた鞭を地面に降ろして見た目通り女王様の様な行動を取る。受ける者には受ける行為だが……残念ながらそれに興奮する者は居なかった。サングラスに低身長の小太りな校長を除いて。

 

 ララを応援するが為にララの元へと駆け寄る生徒達。真白は危険を察知してそこから動き、自分が居た場所が生徒の波に飲まれた光景を前に上手く行かなかった天条院へ視線を向ける。すると男子生徒が多い事を利用し、色気を含む誘いを始めていた。胸にケーキを挟み、誘惑すればそれだけで男子生徒達はララから天条院の元へ。誰も居なくなった事に特に残念そうな様子も見せないララだったが、突然何かに気付いた様にしゃがみ込むと話し始めた。そしてその間にも天条院へと群がっていた男子生徒達。勝利を確信したであろう表情を見せた時、ララは立ち上がる。……その恰好は先程のコスプレ姿とは全く違う、行き過ぎた者。

 

「えっと、私を食・べ・て?」

 

 服を脱いでペケを首に巻き付け、生クリームだけで胸などを隠しただけのその姿に天条院へと群がって居た男子生徒達は再びララの元へ。だが余りにも行き過ぎた行為に流石に黙って居られなくなったのか、飛び出たリトが必死に注意しながら止めさせようとする。だがその姿は1人占めしようとする男子生徒に映ったのか、怒号と共に再び騒ぎが始まる。確信した勝利が急激に遠のいた事に焦った天条院。だがその時、近くにあった木の枝が胸部分を閉めるホックを外してしまう。取り巻きの女子生徒達が焦る中、それすらも利用しようとしたがララに夢中な男子生徒達に効果は無い。……代わりに効果として傍に居た校長が鼻息を荒くし始める。と、危険を察知したのだろう。天条院は胸を手で隠しながら逃げて行ってしまう。「覚えてなさい!」と捨て台詞を残して。

 

「さ、沙姫様!?」

 

「追い掛けるぞ、綾!」

 

「う、うん! え……?」

 

 逃げてしまったその姿に焦った丸い眼鏡を掛けた女子生徒……綾は焦り、続けて言われた言葉に行動を開始しようとした時。そんな彼女の手元に白いテーブルクロスが落ちて来る。突然の事に驚いて前を見た時、そこに居たのは無表情に佇む真白の姿。一度目が合った為にその姿を見た事がある綾は困惑する中、真白は出入り口を指差す。

 

「……急いで……」

 

「……」

 

「綾!」

 

「!」

 

 受け取ったテーブルクロスならば裸になってしまった天条院こと、沙姫の身体を隠すことが出来るだろう。何が目的なのかと詮索する様に見つめる綾に真白が静かに呟いた時、呼ばれた事で真白の言う通りだと分かったのだろう。何も言わずに沙姫を追い掛け始めた綾。真白は3人が居なくなった事を確認すると、未だに騒ぎ続けるララとリトに群がる男子生徒達の姿を見る。そして興味を失った様にその視線を外すと、何も言わずに教室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩南高校学園祭と言う大きな行事が終わり、普通の学校生活に戻った生徒達。真白もそれに漏れず、その日は放課後になると同時に普段よりも早い速度で結城家へと向かい始めた。そして玄関の扉を開け、リビングへと入った時。そこに居たのは美柑と……『大漁』と書かれた鉢巻を巻いた男性であった。リビングの扉が開いた事で真白の帰宅はすぐに分かり、それと同時に男性は笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「久しぶりだな! 真白!」

 

「ん……久しぶり」

 

「材料は一通り揃えてあるから、何時でも作れるよ」

 

 元気よく言った男性の言葉に普段通り返し、美柑の言葉に頷いて鞄を椅子に置いた後にリビングへと立った真白。そんな彼女の姿を男性は見つめた後、美柑に視線を向けた。

 

「上手くやれてるみたいだな?」

 

「当然。それに聞かなくても分かるでしょ?」

 

「いや、そりゃ信じてるけどよ……親としてはやっぱり気になる訳だ」

 

「そっか……仲良くやれてるよ。っと、私も手伝ってくる」

 

「娘2人の共同料理。楽しみだな!」

 

 言われた言葉に同じ様に美柑も視線を向け、そして会話をする2人。やがて数度の会話を交わした後に美柑は立ち上がると、笑みを見せ乍ら真白の元へ。男性は真白にも向けた様に爽やかな笑顔で言うと並んで料理をする2人の姿を見続ける。……結城 才培。それがこの男性の名前であり、リトと美柑2人の兄妹としっかり血の繋がった正真正銘の父親である。

 

 料理を続けていた時、突然窓の外からザスティンと共に帰宅したララ。実はこの日、ララは学校を休んでいた。その理由を知っていた美柑は帰って来たララの姿を見て「お帰り」と。真白も理由を知っているが、ララが帰って来た姿を見て少し視線を向けた後にそれを戻す。と、どうやらララと才培は既に知り合っているのか「リトパパだ!」と言って親しそうに話を始めた。才培もまた爽やかな笑顔でお出迎え。ザスティンともかなり仲が良い様子でその後しばらくの間リビングで話をしている3人だが、美柑は思い出した様にララに話しかける。

 

「ララさん、目当ての物は見つかったの?」

 

「うん! 凄く可愛いお花を持ってきたよ!」

 

 美柑の質問に嬉しそうに答えたララ。するとその時、玄関が閉まる音が5人の耳に聞こえた。それは唯一この場に居ないリトの帰宅を意味しており、才培は口元に人差し指を立てて静かにする様にジェスチャーすればララとザスティンも頷いて控える。美柑は真白に視線を向けると、真白は静かに頷いた。それに美柑は頷き返すと紐の付いた縦長で逆三角錐のとある道具を構える。……しばらくの無音。やがてリビングの扉が開かれた時、大きな破裂音と共に銀紙がリトへと降り注いだ。

 

≪誕生日おめでとう!≫

 

「へ……?」

 

 突然のサプライズに困惑気味のリトに才培は笑顔で告げる。この日、10月16日は結城 リトが生まれた日。つまり誕生日であった。リトの手には1つの如雨露が握られており、何かを考えていたリト。呆けてしまっているそんな彼にララが首を傾げて「どうしたの?」と質問すれば、首を横に振って頬を掻きながら笑顔を見せる。

 

「ありがとう、みんな!」

 

 それは心の底からの感謝。喜ぶその姿に全員が嬉しい気持ちになる中、ララはリトに誕生日のプレゼントを渡す為にその手を引いて庭へ。ザスティンからララが苦労した話を聞きながら、見せられたそれは……彼の想像を絶する物であった。

 

 庭から聞こえるリトの叫び声。それを聞きながら真白はリビングから出ずに作業を続ける。その手に握られる包丁の腹には白い生クリームが沢山ついており、真白は丸いスポンジに生クリームを広げ続ける。少し時間が掛かっているプレゼント渡しの間に大体は終わり、盛り付けを始めた真白。やがて美柑、才培。ザスティンの順で庭からリビングへと戻った時、唯一キッチンに残る真白の姿が3人には映った。

 

「……」

 

 無表情乍らも真剣な眼差しで何かを乗せた真白。それを最後に終わったのか、額を腕で拭う仕草をすれば目の下辺りに手についていた生クリームが付着する。だが本人は気付いておらず、リトが戻って居ないリビングに視線を向けた時。3人に見られている事に気付いた。

 

「はは、相当頑張ったみたいだな」

 

「真白殿は何を作っていたのだ?」

 

「すぐに分かるよ、ザスティンさん。あ、真白さん。ここ、付いてるよ?」

 

 何を考えて要るかも分からないその顔でも、やり遂げたと言う感情を感じ取った才培。そんな彼の言葉にザスティンは首を傾げる中、美柑は微笑みながら言って真白に生クリームが付いている事を伝える。真白はそれを聞き、付いていた生クリームを指で掬い取り……それを口の中に納めた。何でも無い行為だが、才培と美柑には真白がそのクリームの味に喜んでいると感じる。

 

「ったく、なんつうもの寄越すんだよ……まぁ、ありがとな?」

 

「えへへ」

 

「おしっ、んじゃ飯にすっか! 真白、お前の自信作をお披露目してやれ!」

 

「……美柑も」

 

「少し手伝っただけだよ。殆どは真白さん」

 

「?」

 

 庭から戻って来たリトとララ。そんな2人の姿を確認し、才培は仕切る様に言ってテーブルの上を広げる。そして真白に言えば自分だけでは無いとばかりに言うが、美柑はそれを否定。リトは何の話か分からないとばかりに首を傾げる中、何かを手にゆっくりとリビングから外へと出始める真白。その手の上にあったのは大きなお皿。そしてそこに用意された……ホール型のケーキであった。それは正しく誕生日ケーキ。しかしそこから出て来た事。そして先程の会話から、すぐにそれが買って来たものでは無く家で作った物だとリトは気付く。

 

 テーブルの中心に置かれるケーキ。しっかりとした丸型にイチゴのトッピング。チョコレートの板に書かれた『おめでとう』の文字など、それは手作りとは思えない完成度。才培もザスティンも余りの完成度に驚き、美柑は分かっていたが為に笑みを。ララは「凄い!」と率直な感想を述べる。そんな中、それを作られた本人であるリトはそのケーキに。そしてそれを作った真白に何も言えずに驚いていた。

 

「こいつはすげぇ。冗談抜きで店に出せるかもしれねぇな」

 

「……食べる」

 

「ほら、リトとララさんも席に座りなよ」

 

「あ、あぁ」

 

「美味しそう!」

 

 才培が想像以上の出来に感心する中、真白の言葉に美柑がまだ庭の近くに居たリトとララを呼べば2人は席へと付く。ケーキを食べるのは皆でではあるが、その初陣を飾るのはやはりこの誕生会の主役であるリトが相応しいだろう。故に全員の視線が集中する中、真白に静かに渡された包丁を握ったリト。呆けていた彼もようやく我に返り、そのケーキを見た後に真白へ視線を向ける。

 

「ありがとな、真白」

 

「ん……」

 

「そんじゃ、頂きます!」

 

 リトの感謝の言葉に静かに頷き返せば、それを合図にリトは包丁をケーキに入れる。最初の一刀はリトが行い、その後は引き継ぐように慣れた手つきで切り分ける真白。やがて6つになったそれを各々に用意した中皿に取り分け、今度はもう1度全員で『頂きます!』と。その後味に関しても好評であったケーキはあっと言う間に無くなってしまう。ケーキについてそこまで詳しく無かったザスティンも、その味には感動の舌鼓を打つほどである。

 

 その後、誕生会は徐々に終息。漫画家である才培はその手伝いをしていると言うザスティンを連れて今住んでいる場所へと帰宅し、真白も片づけを済ませて帰宅。何時もの面子に戻った結城家はその後普段通りに一日を終える。リトは自分の部屋で、持って帰って来た如雨露を。ララからのプレゼントである庭に見える巨大な花を。夕食に食べたケーキの味を思い出し、嬉しく思いながらも眠りに付くのであった。



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第15話 ララ、コロット風邪に掛かる

 朝。結城家へと到着した真白は玄関を開けると共に少し構える。それはある意味反射的な物であり、毎日の様にララが飛び込んで来る事が原因。だがその日、珍しく真白が来たにも関わらずララの姿はそこに無かった。真白はララが居ない事に気付くと、何事も無い様にリビングへ。そこに座っていたのは美柑とララであった。

 

「あ、真白さん。おはよう」

 

「ん……おはよう」

 

「あぅ……はぅ……」

 

 真白が来たことに普段通り挨拶を交わす美柑。真白も当然それに普段通り返すが、その場に居たララは普段とは全く違う反応を見せていた。まるで恥ずかしがっている様に美柑の傍に立ち、顔を赤く染めて真白を見つめるララ。真白は首を傾げると、美柑がララの状態を見て苦笑いを浮かべる。

 

「なんかララさん、朝からこんな感じなんだよ」

 

「あの、その……おはようございます。真白」

 

「……」

 

 美柑の説明と共に挨拶を行ったララ。しかしそれは普段のララからは想像も付かない程に丁寧な物であった。天真爛漫に明るく、元気の良い彼女とは全く違うその光景に真白は何も言わずに黙り込む。すると部屋から降りてきたであろうリトが話をして居る3人に気付いて「おはよう」と言うと同時に「どうしたんだ?」と質問。真白は何も言わずにララへ指を差せば、恥ずかしそうに美柑の後ろに隠れるララの姿にリトは思わず「は?」と驚いてしまう。

 

「どう言う事だ?」

 

「……」

 

 リトの疑問に答える物は誰も居なかった。その後、普段とは違うララと共に朝するべき食事などを終えた4人は登校する為に結城家を出る。何時もなら片手に鞄を持ちながら楽しみなのか笑みを浮かべているララだが、今は両手で鞄を前に持つと言うまるでお嬢様の様な姿を見せる。鍵を掛けている真白の姿をしっかりと見つめ、やがて同じ場所になれば並行する様に歩き始めた。普段登校中の時間すらも楽しそうに過ごしているララは、リトを置いて先に行く真白を追い掛ける事は無い。だがこの日、真白が早歩きになり始めると同時にララもまた早歩きでその横を並行し始める。

 

「真白。偶には学校まで一緒に行きたいです」

 

「……」

 

「あ……ふふ、ありがとうございます。真白」

 

 ララの言葉に真白は何も言わず、だがそのスピードを徐々に下げ始める。それに気付いたララは微笑みを浮かべながらお礼を言い、やがて2人は校舎の近くへ。すると少し離れた位置に3人の人影が映り、その内2人が大きく手を振っている姿が見えた。それはララと同じクラスの女子生徒2人であり、その傍に居たのは春菜であった。春菜は勿論、女子生徒2人もララと仲が良いらしく駆け寄って来るとまずは挨拶。何時もの返しを想像していた3人は、帰って来たララの挨拶に思わず黙り込んでしまう。

 

「おはようございます。春菜さん、里紗さん、未央さん」

 

「……え?」

 

「ら、ララちぃ?」

 

 元気な挨拶を想像していた3人にとって、その御淑やかな挨拶は驚愕するもの。言っているのがあのララと言う事もあって困惑する中、意を決した様に女子生徒の内金髪の里紗と呼ばれた女子生徒が傍に居た真白に声を掛ける。

 

「え、えっと三夢音さん? ララちぃ、何かあったの?」

 

「……?」

 

 普段会話をしない相手との会話は誰でもぎこちない物。里紗の質問に真白はララへ視線を向け、やがて首を傾げる。見られ始め何故か首を傾げられた事にララも首を傾げ乍ら「どうかしたの?」と質問。そんな2人の光景に春菜は「三夢音さんも分かんないんだね」と結論を出す。里紗は春菜の通訳の様な言葉に「あ、そう言う事」と納得し、未央と呼ばれた眼鏡を掛けたツインテールの女子生徒が「意外に三夢音さんって」と何かを真白に見出し始めて居た。

 

 その後、里紗と未央は何かを話し始める中で春菜は「結城君は?」と質問する。普段先に言っている真白と遭遇することは珍しい事であり、普段ララとほぼ同じ速度で歩いているリトがこの場に居ない事に質問したのだろう。真白はその質問に自分が来た道を振り返り、指を差す。春菜はその先に視線を向け、少し離れた場所にオレンジ髪の生徒が居るのに気付いた。向こうも気付いた様子であり、自分に視線を向けている春菜に気付いたリトは一時固まった後に少し早歩きで合流。その頃にはもう、真白は校舎の中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真白。一緒に食べませんか?」

 

 昼食の時間になった時、隣のクラスであるにも関わらず教室へとやって来たララの言葉に真白は黙り込む。すぐ傍には普段から食事を取る唯も居り、ララが来た際に譲るのはもう慣れてしまっていた唯。「行っていいわよ」と言う言葉に真白は唯へ視線を向けた後にララへ近づこうとした時、ララは唯の存在に気付いたのだろう。

 

「あ、先客が居たのですね。なら無理しなくて平気ですよ。また今度にします」

 

 ララは突然そう言うと一度頭を下げた後にその場を去って行く。普段の目立つララを知っている生徒達は一様にその行動に驚き、唯もまた困惑し始めていた。だがその間にも昼休みの時間は進み続ける。真白はララが居なくなった事に唯へ視線を向けると、自分の席に戻ってお弁当を広げ始めた。当然ララが居なくなった今、このままでは1人で食べる事になる真白の姿に唯は持っていたお弁当を手に真白の席に近づく。そして数日振りに、共に昼食を取り始めた。

 

「何があったのよ、あの子。まるで別人じゃない」

 

「……」

 

「分からないのね。にしてもあの変わりよう……ありえないわ」

 

 おかずを摘みながら唯が真白に聞けば、箸を口に入れたまま首を横に振る真白。それだけで意思を理解した唯は既に居ないララの立って居た場所を見た後に何処か現実から目を反らす様に呟く。特に会話がそれ以降盛り上がると言った事は無かったが、真白の知らないところで少しだけ唯の機嫌が良くなっているのは本人のみ知る事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、ララの変化にリトは流石に不安に思ったのだろう。帰宅するよりも早く真白を呼び止め、ララと共に人の居ない屋上へと向かった3人はその場で話をする事になった。と言っても当の問題である本人が「話がある」と呼ばれただけで、何でこの場に呼ばれたのか分かっていない様子である。見ていた真白は当然理解出来ており、リトとララの会話を見守る様に見続けていた。……そんな時、少し強い風が下から斜め上へと吹き抜ける。それはララのスカートを、そして真白のスカートを捲り上げた。急いでスカートを抑え込むララとは対照的に真白は特に気にした様子も無く、唯それを静かに抑える。と、ララは少し睨む様にリトに視線を向けた。

 

「見た?」

 

「え、えっと……」

 

「見たんだね」

 

「わ、悪かったって! でもパンツが見えたのは不可抗力で」

 

「忘れて。私のはどうでも……良くは無いけど、それよりも真白のを見たのなら、すぐに忘れて」

 

「へ? いや……は?」

 

「……」

 

 ララとリトの会話を聞き、両方をジト目で見つめていた真白。するとララは突然リトから守る様に真白の身体を抱きしめる。そしてそこで何かに気付いたのか、会話が終わると同時にララの額に突然自分の額を触れさせ始める。余りに突然の行為にララは急激に顔を真っ赤にし、逃げる様に距離を取った。だがそれを行った本人である真白は触れあっていた額を触り、確信する。

 

「……熱がある」

 

「熱? でもそんなのあったら普通でいられる筈ないだろ?」

 

「いいえ、コロット風邪なら説明が付くわ」

 

「え? なっ、保険の御門先生!?」

 

 真白の言葉が嘘とは思えず、だが熱があるにしては怠そうにも何も見えないララの姿に困惑するリト。そんな彼に答えを告げたのは、この場に突然現れた彩南高校で保険医を行っている先生……御門 涼子であった。リトが当たり前の様に現れた御門に驚く中、御門本人は病気になっているであろうララを。そしてその傍に居る真白に視線を向けると、一番説明を欲しがっているであろうリトに話を行う。

 

 御門の話に寄れば、微熱と同時に性格が変わってしまう宇宙人特有の病気が存在しているとの事。リトは聞いた事の無い病名に最初は戸惑ったが、その説明で納得する。……と同時に宇宙人特有の病気を知っていると言う事実に驚愕する。ララの正体が宇宙人である事は誰にも伝えていないため、知っているならその理由は1つ。御門は特に隠した様子も無く自分が宇宙人である事を明かし、それと同時に地球にはララが来る前から沢山の宇宙人が住んでいる事を教えた。

 

「案外、貴方の傍にも居るかも知れないわ……ね?」

 

「俺の傍に……?」

 

「……」

 

 説明の最後にそう付け加えると、リトに気付かれない様に真白へと笑みを向ける。そんな御門の行動に真白は再びジト目で見つめ、話を変える様に御門は着ていた白衣のポケットから小さな容器に入った液体を取り出す。それは御門曰くコロット風邪に効くお手製の風邪薬であり、それを御門はリトの手に落とす。

 

「あげるわ」

 

「良いのか!」

 

「本当は報酬を貰う所だけど、前払いされてるから貰わないであげる」

 

「前払い? 誰が?」

 

「さぁ、誰かしらね? お節介な人である事は確かね。それじゃ、お大事にね。お姫様(プリンセス)

 

 御門はララにそう言い残し、屋上を後にする。リトは御門が宇宙人であった事や、その御門が言った言葉に考えようとするもすぐに持っていた薬でララの事を思い出す。流石にもう恥ずかしさは無くなっている様であり、今の性格なら言われた事もしっかりと聞いてくれるだろう。リトはララにその薬を手渡すと、それを飲む様に言う。少し不安そうにし乍ら真白に視線を向けるララ。真白は去って行った御門の後姿があったであろう扉に視線を向けており、ララの視線に気付くと手に持っている薬を見て静かに頷く。

 

 その夜。薬の効果は絶大ですぐさま治ったララは何時も通りに戻り、そんなララによって真白はまた一緒にお風呂に入る事になるのだった。



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第16話 美柑と一緒

「えぇ~! 何で真白は行かないの!?」

 

 学校が終わった放課後の時間。その日ララやリト、真白などの彩南高校に通う学生達は一様にあるパーティーに誘われていた。学園祭の際にララへ勝負を挑んだ2年生の天条院 沙姫が主催するクリスマスパーティーである。パーティーと言う事で楽しみにしていたララだが、真白がそのパーティーに出席しないと言う事を聞いて驚いた後に質問をする。一緒に行けると楽しみにしていたのだろう。

 

「真白さん、私の事を気にしてるんだったら別に平気だよ?」

 

「……そう。……でも、行かない」

 

「まぁ、真白は騒がしい所が苦手だもんな。諦めろって」

 

 3人で出席すれば当然美柑だけが家に残されてしまう。故に自分の為に行かないと考えていると思った美柑が告げれば、真白は少し黙った後に頷いて。しかし行かないと言う意思を示す。美柑の思っている事は間違いでは無く、それと同時に本当に行きたくないのだと言う事も分かったリトは真白の事を告げ乍らララに諦める様に言う。当然簡単に納得出来ていないララ。お風呂などならその場だけの為に強制的と言う行動が多いが、パーティーともなれば大きな催しだと分かっている為に無理矢理と言う行為は流石に考えなかった。しかしそれで楽しみにしていたパーティーに行かないのも嫌なララ。結局、真白は置いて行くしか無いのである。

 

 家を出る時間も近づいて来た頃、もう一度ララは「本当に行かないの?」と真白に質問。真白はそれに首を縦に振り、少し元気をなくしながらララはリトと共にパーティー会場へと出発する。結城家には沢山喋るララが居なくなった事で静寂が訪れ、真白は美柑と共に見送った後に夕食の支度を始める。その材料は普段よりも少し豪華な物。ララ達がパーティーに出て美味しい物を食べる様に、家で美味しい物をと奮発したのだと美柑はすぐに察した。

 

「本当に良かったの?」

 

「ん……」

 

「……そっか」

 

 キッチンで手を動かす真白に美柑が質問すれば、帰って来るのは肯定する真白の返事。普段と変わらず、後悔している様子も無い真白の姿に美柑はやがてそれ以上言うのを止めると共に手伝いをする為に同じ様にして並ぶ。

 

 クリスマスケーキ……とまでは行かないものの、ミニケーキを作り上げた2人。チキンも2人分だけ用意して結城家で開かれた小さなパーティーを過ごした2人。片付けも共に行った後、普段であれば真白は帰宅しているだろう。だがその日、真白は片づけを終えると共に帰宅する為に鞄を取るのではなく、鞄を退かして座り込んだ。そんな彼女の行動に、美柑は言わずともすぐに分かる。恐らくリトとララが帰って来るまでは、こうして一緒に居るつもりだと。

 

 真白と2人きりの時間は久しぶりな美柑。相手が相手の為に会話が毎回成立する訳では無いが、当然それを理解している美柑はその時間を苦痛などとは一切思わなかった。寧ろ最近はララにばかり話しかけられている為に隙が無く、見ているしか出来なかった事で話しかけられる事に嬉しく思えていた。だがそもそも真白と家族として付き合っている美柑には、聞く事が余り無かった。健康状態はほぼ毎日一緒に居る事で良好であると聞かずに分かり、学校で上手く行っているかと言うのならララやリトの雰囲気から可笑しな事にはなっていないと予想出来てしまう。……故に美柑は話せる時間がありながら、話すことが余り無かった。

 

 ふと、リビングの扉の向こう側から音楽が流れ始める。それは結城家の浴槽の湯が溜まったと言う合図であり、真白はその音を聞いて美柑に視線を向けた。最近はララによって多くなっていたが、基本結城家でお風呂に入る事は無い真白。故にその視線も美柑に入る様に語っており、美柑は立ち上がると……何気無しに思いついた事を提案する。普段は余り乗り気でない真白も、美柑からの提案に少し考えた後にそれを了承した。

 

「真白さんって、やっぱり肌白いね?」

 

「……そう。……美柑も、綺麗」

 

「へ? そ、そうかな?」

 

 洗面所兼脱衣所でお互いに衣服を脱ぐ美柑と真白。美柑の提案は何時もララが真白に言っている『一緒にお風呂に入る事』であった。真白が制服のボタンを取り、Yシャツをも脱いだ時。美柑の視界に映ったのは真白の染み一つ無い肌。それに思わず感想を告げた時、真白はそれを受け入れると同時に美柑の片手をゆっくりと触りながら告げる。美柑もまた染み等は一つも無く、真白よりは健康的な色をした肌は触り心地も良い物。まさか褒められるとは思わなかったのか、少し狼狽えた美柑はすぐに戻るとお風呂場の扉を開けた。

 

「どっちが先に洗う? 私はどっちでも良いよ?」

 

「……洗う」

 

「なら、私は浸かってるね……って真白さん?」

 

 浴槽に溜まったお湯を見た後、先に身体や頭を洗う順番を決める為に言った美柑の言葉に答えた真白。当然それは真白が先に自分の身体や頭を洗うと受け取った美柑だが、掛け湯をしようとした美柑は真白に座らされた事で困惑する。しかしそれに答える事無く真白はシャワーを手にすると、お湯の蛇口を捻った。最初に出て来るのは冷たい水。だがそれは徐々に熱くなり、真白は水の方もそれに併せて捻りながら丁度良い湯加減へと調整する。と、美柑に視線を向けた。

 

「……掛ける」

 

「あ、うん。……」

 

 強い水圧にしない様に優しい勢いにしてあったお湯は、美柑の身体を撫でる様に濡らし始める。身体を伝う水と触れる様な暖かさに美柑は気付けば目を細めており、真白はそんな美柑の身体全体にお湯を通した。そしてまずは了承を貰ってから、その頭にもお湯を掛け始める。水を浴び、重くなり始めた髪は重力に従って下へ。一通り濡らした後、真白はお湯を止める。と同時に傍にあったシャンプーのボトルを2回程押し込む。そして手に付いた液を広げ、美柑の頭を優しく洗い始めた。

 

「何か……久しぶりだね。こうして洗ってもらうの」

 

 頭に広がる泡が目に入らない様に気を付け乍ら、目の前にある鏡越しに美柑は真白へ言う。それに真白が返答することは無かったが、鏡越しに映るその姿に美柑は思わず微笑んだ。無表情に何も変化の無い様に見えるその顔。しかし長いからこそ分かる『真白の微笑み』は今の時間を、自分の言葉を受け入れていると言う何よりの証明であった。

 

 優しく髪の先まで洗い、やがてお湯で流される泡。同じ女性であるが故か、丁寧に洗うその姿に美柑はやはり微笑んでしまう。そして髪を洗い終えた後、今度はボディーソープに手を伸ばした真白。それをシャンプー同様に手の中で広げ、

 

「ま、真白さん!? んっ!」

 

「……手の方が……肌に良い」

 

 その手で直に美柑の身体へ塗り始めた。余りに急な事に焦った美柑。自分の身体を動き回る真白の手によって齎されるくすぐったさに思わず声が出そうになるのを抑えると、真白が美柑が困惑している事を理解して説明する。と、普段はスポンジなどで洗っている美柑も真白の言葉で前に見たテレビの内容を思い出す。身体を洗う時、一番肌に良いのは同じ肌である手で行う事。真白はそれを知っていたが為に、美柑の肌を考えて行っているのだろう。それは嬉しい事である反面、やはり恥ずかしい事でもあった。

 

「そう、だね……ん……ぁ」

 

 悪意の無い真白の手に寄って齎される感覚に、美柑は納得すると同時に必死に声を抑える。普段自分で洗う際には感じない人肌の感触。自分で洗っていないと言う事で何処をどう触れるか予測の出来ない現状。美柑は顔を真っ赤にしながら、その時間を耐え続ける。首から始まり胸、腕、手、お腹、太腿、脹脛、足首、足。髪も合わせれば、言葉通り頭の天辺から足のつま先までを現れた美柑。お湯で洗剤を流し、一段落した時。真白は美柑に先に湯船に入っている様に言う。が、美柑はそれを断った。

 

「今度は私が洗ってあげるよ。ほら、交代」

 

「ん……」

 

 自分が洗って貰ったなら、そのお返しに今度洗ってあげる。そう決めた美柑は真白に自分が居た場所に座る様に促して全く同じ様に頭から濡らし始める。美柑とは対照的な白に近い銀髪はやはり同じ様に重さを持つと下へと向かい、それを小さな手でシャンプーを手に洗い始める美柑。髪を洗い終われば、次は身体。此方も全く同じ様に美柑は自分の手で直に真白の肌に触れ乍らボディーソープを塗って行く。身長は真白の方が僅かに大きい為、小さい美柑がするとなれば少し大変だろう。まだ小学生である美柑とは違い、胸も出ている真白では塗る面積もやはり違う。が、それでも止めずに美柑は真白の身体にそれを続けた。

 

「よい、しょ」

 

「……っ!」

 

「どうしたの?」

 

「……何でも、無い」

 

「?」

 

 美柑が真白の背中に手を這わせた時、震える様にして一瞬動いた真白。何かあったのかと質問すれば、首を横に振ってそれを否定する真白に美柑は首を傾げる。そしてすぐにまだ湯船に入っていない為、寒かったのかも知れないと考えた美柑は少し急いで真白へそれを続け始めた。自分がされたように、頭の先から足の先まで。やがてお湯で全てを洗い流し、間違い無く綺麗になった2人は今まで溜まりながらも放置していた湯船へ共にその身体を沈める。

 

「ふぅ……」

 

「……」

 

 脱力して思わず出る美柑の声。何も言わず、しかし目を細めて気持ちよさそうにする真白。お互いに反応は別々だが、お風呂を十分に満喫する。……その後身体も洗い終わった2人は逆上せる前に湯船から上がり、真白は美柑が良く食べているアイスを貰って一緒にソファで並びながらそれを食べる事に。リトやララが帰って来たのは夜のかなり遅い時間。そんな時間に真白が1人で帰るのは危ないと、リトは疲れているであろう身体を動かして真白を家まで送るのであった。




明日は投稿致しません。また来年、お会いしましょう!


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第17話 金色の再会

あけましておめでとうございます!


 真白はその日、学校は無いものの日課である結城家へと向かっていた。日曜日以外は基本結城家へと通っている真白。当たり前の様にそこへ辿りつけば、迎えたのはリトと美柑。ララと……ザスティンであった。どうやらララに用事があって来ていたらしく、真白に気付くとザスティンは礼儀正しく挨拶を行う。真白はそれに頷くかの様に頭を軽く下げるだけで返し、普段通りリビングへ。

 

「あ、今日親父に頼まれて色々買いに行くけど真白も行くか? 近くにスーパーもあるからついでに買い物も出来る筈だけど」

 

 しばらくして真白が美柑と共に朝食を作り始めていた時、リトが思い出した様に真白へ言う。そんな彼の言葉に真白は漫画を作る為に必要な画材が売っている店の場所を想像し、その周りの風景を思い浮かべる。彼の言う通り周りにはスーパーもあり、屋台なども沢山並んでいた。……考える事数分、真白は静かに頷いて返す。

 

「何? デート?」

 

「いや、違うだろ」

 

「ん……違う」

 

 リトの誘いとそれに乗る真白の姿に少しだけ面白そうに言った美柑。しかし返って来たのは当たり前の様にそれを否定するリトと真白の返事であった。弄り甲斐の無いそんな2人に美柑はそれでも少しだけ笑って、真白と一緒に手を動かすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街の中は休日と言う事もあって普段よりも賑わいを見せていた。学生の姿もチラホラと見える中、画材店へと入ったリト。何の画材を買うのかはリトが持っているメモでしか分からず、何度もこうしたお使いを経験しているリトならば置いてある場所は把握済み。故に手伝う事の無い真白は、少し離れた位置にあった屋台に気付く。そしてそこから香る甘く香ばしい匂い。近づけば、そこにあったのは鯛の形を取った最中が鉄板で焼かれている光景。甘い物などが好物である真白にとって、それは誘惑であった。

 

「……6つ」

 

 自分に2つ。皆に1つずつ。恐らくそんな計算をしたのだろう。誘惑に抗う事無く、すぐに鯛焼きを購入した真白は受け取った熱々の鯛焼きを1つ取り出して齧る。この時、傍に居た者は以降その光景を忘れる事は無いだろう。無表情を仮面の様にしている少女の表情が、傍から見ても判るほどに綻んだその瞬間を。

 

 5つの鯛焼きが入った袋を腕に抱え、屋台から離れた真白。振り返る様に後ろを向いた時、屋台から少し離れた位置のガードレールに寄りかかる様にしてその少女は立って居た。普通の人とは明らかに違う服装。長く伸びた金髪。真白と同じような赤い瞳が目の前に居る真白の姿を映し、その姿に真白は自分の好きな食べ物が入っている袋を……落とす。目はこれまで見た事も無い程に見開かれ、口を開けたまま閉じる事も出来ずにその少女と視線を合わせる真白。すると何を思ったのかその少女はゆっくりとガードレールから離れ、1歩1歩と真白へ近づく。やがてその目の前に立った時、ゆっくりとその手が伸び、それと同時に少女の【髪】が真白へ迫った。

 

「ようやく……【見つけた】」

 

 

 画材の購入を済ませて外に出たリトは店の目の前に真白が居ない事に気が付くと、周りを見渡す。しかし何処にも真白の姿は見当たらず、何処へ行ったのかと考えようとした時。何も無いガードレールの前に袋が落ちているのに気が付く。遠目から見ても分かるその袋の中身は鯛焼き。何も齧られて居ない鯛焼きが数個外に落ち、食べかけの鯛焼きがそのまま地面へと落ちていた。……どうしてそんな物があるかなど、分かる筈が無いリト。だがそれでも、その鯛焼きの存在がリトに妙な胸騒ぎを伝えていた。

 

「すいません! 俺より小さくて銀髪で、赤い目の女の子を見ませんでしたか!?」

 

「? それならさっき、鯛焼きを買って行ったけど?」

 

「!? 数は!」

 

 鯛焼きを売って居る店は幸いすぐ傍に。リトがそこへ真白の存在を確認しに行けば、来ていたと言う事実に今度は買った個数を質問する。帰って来た数字は『6』であり、リトが拾った袋の中には食べかけの鯛焼きを含めて6つ。……もはやその鯛焼きを誰が買ったのか等、明白であった。故に屋台の人へお礼を言った後、リトは走り始める。真白が食べ物を。甘い物を道端に捨てる事等考えられないリトにとって、出る結論は1つ。真白は鯛焼きを【捨てざる得ない状況に陥った】。

 

「くっそっ! 何処に!」

 

 画材と拾った鯛焼きの袋を手に走りだしたリト。真白が何処に居るか検討も付かないが、リトはその場に留まって居る事等出来なかった。っと、走っていたリトの耳に聞こえた呟きがその足を止める。

 

「さっきの見た?」

 

「女の子が何か連れて飛んでたよね!?」

 

「飛ぶ……? 空か!?」

 

 最近不思議な事ばかり経験しているリトにとって、空を飛ぶ等はもう見慣れた物。だがそれが出来る存在は基本宇宙人でまず間違い無い。普通は隠れて生きていると言っていた御門の話から、見える位置で空を飛ぶ等と言った行動を取るのは地球に今まで居なかった不慣れな宇宙人で有ると言う証拠。真白が巻き込まれたとするならば、目撃されたその宇宙人であると思ったリトは空を見上げる。すぐ傍に空を飛ぶ人の姿など存在しない。だが、遥か遠くに何かが建物越しに移っている光景が一瞬見える。……それを確認した時、リトはまた走り出した。そしてそんな彼を呼ぶ様に、空からララの声が響き渡る事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、真白は文字通り空を飛んでいた。だがそれは翼が生えて居る訳でも、抱えられている訳でも無い。自分の身体に包み込む金色の髪が真白を吊し上げ、まるでぶら下がる様にして飛んでいた。髪の持ち主である少女はビルを超えて何処かへと向かい続け、やがてたどり着いたのは人気の無い神社。そこへ着地した少女は、髪で包んでいた真白を自分の前へと優しく降ろす。立った状態で綺麗に降ろされた真白は少女に話しかけようとして……強い衝撃を受ける。攻撃された訳では無い。唯、少女が真白に抱き着いたのだ。

 

「信じて、ました。必ず……生きて居ると……!」

 

 そう言って抱きしめる力を強くすると、真白は静かにその少女の身体を同じ様に抱きしめ始める。そして優しく、その金色の髪を撫で始めた。すると少女は何を思ったのか、真白の身体を強く押す。抱きしめ返すだけしていた真白はその力に身体を後ろに倒すことになり、少女は髪を動かしてその衝撃を与えない様に受け止める。結果、金髪のベッドに横になった真白。すると少女はそんな真白の身体に覆い被さり始める。

 

「もう、離しません。奪わせもしません……貴女は私の者です」

 

 少女の言葉と共に、優しく受け止めていたベッドとなっている筈の髪の一部が動き始める。そしてそれはすぐに真白の手首足首を輪っかの様にして拘束してしまい、それに飽き足らず首やお腹周りも同じ様に拘束。驚いて身体を動かそうとしても既に逃げる事等叶わなくなってしまった真白。そんな彼女と距離を無くし、ゆっくりと目を合わせ乍ら顔を近づけ始めた少女は真白と同じ様に無表情でありながら何処か嬉しそうであった。……と、そんな2人から少し離れた階段の続く鳥居の元に駆け付けるリト。

 

「真白!」

 

 金髪の恐らく宇宙人であろう少女に拘束されて押し倒されているその光景に、思わずその名前を叫んだリト。するとそんな彼の頭上に何時ものコスプレの様な姿をしたララも現れ、同じ様に真白の名を呼ぶ。そしてすぐに少女にその視線を向けた。対する少女は明らかに不機嫌になると同時に真白から顔を離し、後ろを振り返る。その目は何処までも赤く、光を失った様に恐ろしい眼。思わずその目に1歩後ろに下がりそうになったリトだが、決して逃げる事はせずにその場所に止まる。そして強く睨みつけた。

 

「お前、真白に何するつもりだ!」

 

「真白? ……誰の事か知りませんが、邪魔しないでください」

 

「真白は返して貰うんだから! くるくるロープくん!」

 

 リトの言葉に首を傾げた少女。すると空に居たララがそう言って突如長いロープの様な物を取り出す。それは真っ直ぐに少女の元へ向かい、その身体を拘束しようと動くが……それが身体を拘束するよりも早く、少女の『手が刃になる』事で破壊されてしまう。明らかに人では無いその力にリトが驚愕する中、ララはそれでも諦めずに様々な発明品で少女から真白を取り返そうとする。が、それは全て少女の前では無意味であった。

 

「もう! こうなったらごーごーバキュームくんで!」

 

「止めろララ! あんなの使ったら真白ごと吸い込んじまう!」

 

「な、なら! えっと、リト! どうしよう!?」

 

「リト……貴方が結城 リトですか?」

 

「え? そ、そうだけど……!」

 

「そうですか……なら恨みはありませんが、消えて貰います」

 

 ララが次の発明品を取り出そうとした時、その名前だけで初めて会った際に使った物だと分かったリトはそれを止める。だがそれが無くなった途端、手段を無くして焦ったララ。そんな彼女がリトの名前を呼んだ時、少女はリトへと視線を向け乍ら質問する。突然自分の名前を、苗字すらも知っている事にリトが驚きながらも肯定した時。目の前には少女の姿があった。髪は未だに少女の背後でベッドの様に、しかし立つ様にして真白を拘束しながらも、少女はリトへと一瞬で近づくと手を刃にして振るう。間一髪でそれを避けたリトは自分が狙われた事に目を見開いていた。そしてそれを見ていた真白もまた、驚く様に目を開ける。

 

「……駄目」

 

「私が生きる為にして来た仕事です。平気ですよ、すぐに終わらせますから」

 

「……駄目……!」

 

 少女を止める様に言った言葉。しかし少女は説明する様に真白に言うと、リトを殺そうと再び動き始める。それを見て必死に拘束する髪の輪から抜けだそうとする真白。だが少女の髪で出来た拘束は異常な程に堅く、真白の力では何をしようとも無意味であった。

 

 逃げ続けていたリトだが、それにも限界が来る。不味いと思った時、リトはララによって空に持ち上げられる事で何とか事無きを得る。が、少女も空へと逃げた2人を追う様にして背中から翼を生やすと空へ。ララに抱えられるリトと、真白を背に拘束している少女はお互いに空中で睨みあっていた。

 

「何故結城リトを助けるのですか? 彼は貴女を脅迫し、デビルークの乗っ取りを計画している極悪人だと依頼主から聞いています」

 

「リトが? リトはそんな人じゃないよ。真白の家族で、美柑のお兄ちゃんで、優しい人だよ?」

 

「そうですか……ところで先程から呼んでいる『真白』と言う人物。それは誰の事ですか?」

 

「? 真白は真白だよ! 貴女がずっと真白を捕まえてるの!」

 

「……」

 

「……そう言う事ですか」

 

 空中で会話を続ける少女とララ。やがて少女がララに質問すれば、怒りながら答えたその内容。少女は真白に視線を向けやがて何かを納得した様に呟く。と、ふと思い出した様に再びララとリトへ視線を向けた。

 

「結城リト……貴方はその真白と言う人物と家族なのですか?」

 

「あぁ……そうだよ。だから真白には手を出さないでくれ。真白を、離してくれ!」

 

「そう、ですか……そうですか……分かりました」

 

 突然の質問にリトはララに持ち上げられてぶら下がった様な状態のまま、それでも答えると同時に真白の安全を求める。2人から見れば間違い無く、今拘束されている真白は人質の様なもの。だが少女の先程からの対応などを見て、何かを考えている事は明らかであった。そして今もリトの言葉に突然何かを理解した様に呟けば、リトは安心した様に溜息を吐く。だが突如少女はその手を刃へと変質させると、そのままリトへと切りかかった。その刃が到達する前にララが更に上に上がって避ければ、少女は無表情のまま2人を見つめる。

 

「結城 リト。貴方は殺します。彼女の家族は……私だけです」



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第18話 リトのラコスポ鉄拳制裁

 空の上を駆け巡る4人。少女の攻撃は常に寸前のところでララが上がるなり下がるなりして回避することで、リトは毎回寒気を感じていた。だが、空の上を飛び続けている時間もやがて限界が訪れる。人間離れした力を持っているララも、流石に男子高校生であるリトを抱えて永遠に飛んでいられる訳では無いのだ。徐々にその高度は下がって行き、やがて最初と同じ神社の前へと落ちてしまう。

 

「はぁ……はぁ……もう、飛べないよ~!」

 

「終わりです」

 

「! 止め……て……!」

 

 膝をついて動けないと言う様に叫ぶララにリトは焦りながら振り返れば、そこに立っていたのは何時までも追い続ける少女の姿。腕を刃に変えて近づいて来るその姿に自分の命がもう終わりに近づいていると嫌でも感じてしまっていたリトは冷や汗を流しながら下がる。少女の後ろでは必死に暴れて拘束から逃げだそうとしている真白の姿があるものの、結果は変わらず何時まで経っても無意味でしか無かった。

 

 逃げる手段を失ったリトに近づく少女。もう後数歩でその刃がリトの身体を切り裂くと言った所で……その声は響いた。

 

『何時まで時間を掛けるつもりだ、金色(こんじき)(やみ)! そんな女は放って置いて、ちゃっちゃと片づけるだもん!』

 

 特徴的な声が響く中、空を見上げた4人の上空には巨大な円盤が飛んでいる光景があった。どうやら今居る4人の光景は見えている様で、リトとララの姿を。そして金色の闇と呼ばれた少女とその後ろに居る真白の存在を確認したのだろう。どう見ても真白を拘束している事が無意味に見えたのか、円盤から響かせて言った声。それに無表情乍ら、僅かに眉を顰めた少女だがそれに誰も気付く事は無い。

 

 響く声が収まった時、円盤の中央から突然光が地上へと降り注ぎ始める。するとその中央部分が開き、ゆっくりと落ちて来る人影。それはやがて地上へと降り立つと、その場で大きく両手両足を広げて自分をアピールする。

 

「ラコスポ、只今参上だもん!」

 

 その姿は子供よりも小さく、どう見ても戦いに長けて居る様には見えなかった。一言で言えば、『弱そう』なのである。だが本人は自信満々に胸を張りながら、ララに視線を向けると笑みを浮かべて求婚を始める。

 

「迎えに来たよ! さぁ、今すぐに僕たんと結婚しよ!」

 

「嫌だよラコスポ何て! 殺し屋さんまで使うなんてサイテー! そんな酷い人とは絶対に結婚なんてしないから!」

 

 余程自信があったのだろう。ララの言葉に目に見えてショックを受けたラコスポは徐々に肩を揺らし始め、怒りの形相でリトを指差して「お前のせいだもん!」と八つ当たりを始める。婚約者候補としてリトが全宇宙に公表されている今、責任転嫁するには打ってつけだったのだろう。そしてその流れのまま、リト達の向こう側に居た金色の闇にも指を差す。

 

「お前もだ金色の闇! そんなどうでも良い地球人は放って置いて、さっさと始末するだもん!」

 

「……」

 

 告げられたその言葉に少し俯いた状態で立って居た金色の闇は突然その手を刃に変質させる。それを見てララは「止めて!」と叫び、リトはまた狙われるのかと焦る。依頼主であるラコスポは本気で殺す気になったのだろうと笑みを浮かべ、そうして駆け出した刃は……ラコスポの目前まで迫った。

 

 突然の事に後ろ周りで転がりながら間一髪生存できたラコスポ。自分が攻撃されたと言う事実に怯えた表情のまま、刃を振り下ろした体勢の金色の闇へ怒りを露わにする。

 

「な、なにするだもん! 殺すのは僕たんじゃ無くて結城 リトだもん!」

 

「確かに依頼はそうでした。ですが貴方から貰った結城 リトの情報は随分違う様です。標的(ターゲット)の情報は嘘偽り無く話すよう、言った筈ですが?」

 

「う、煩いだもん! 結城 リトはララたんを騙す悪い奴だもん!」

 

「ヤミちゃん、ラコスポの言葉なんて信じちゃ駄目!」

 

「そうですか、でも正直それはもうどうでも良いです。問題は……貴方が彼女を蔑ろにした事です」

 

 そう言って恐ろしい程の殺気を放ち始めた金色の闇事、ヤミ。明らかに自分に敵対するヤミの姿にラコスポは焦りだすと同時に奥の手を出す様に上空を飛ぶ宇宙船に向けて大きな声で何かを呼ぶ。するとラコスポが登場した時の様に現れたのは……巨大な蛙であった。何故か鳴き声の猫の様に『ニャー』と鳴いているが、それよりも目立つのはその大きさ。明らかに自分達の何十倍もの巨大を誇るその蛙にラコスポはよじ登ると、その頭の上に立つ。

 

「さぁ、ガマたん! お前の恐ろしさを見せてやるもん!」

 

「!」

 

 ラコスポの指示に従う様に巨大な蛙は口を開くと、そこから突然粘液を吐き出し始める。狙われたのはヤミであり、咄嗟にその場を飛んだヤミだが地面に着いた粘液が跳ねる事で少量服に付着することに。そしてそれと同時に付着したヤミの服の一部は音を立てて溶け始めた。その事実に気付いた時、ラコスポは笑顔で説明する。巨大蛙の粘液は相手の服を溶かす効果があるのだと。

 

 ヤミはその説明を聞き、早く終わらせる為に一瞬で巨大蛙へと近づいて刃を振るう。だが粘液を帯びている身体は弾むだけで斬る事が出来ず、伸びる舌がヤミの身体を弾き飛ばした。……そしてこの時、ヤミは少なからず攻撃を受けた事で一瞬焦りを見せる。それは集中力を途切れさせるに等しく、落下し始めた身体は突然優しく抱き留められた事で更なる衝撃を受ける事無く無事に着地する。

 

「……平気?」

 

「だ、大丈夫です」

 

 ヤミを受け止めたのは真白であった。拘束され続けていたが、先程の一瞬でそこから逃れたのだろう。横抱きにしていたその身体をゆっくりと降ろし、安否の確認をした。少し狼狽え乍ら答えたヤミ。だがそんな2人に粘液が真っ直ぐに向かって来ており、ヤミが気付いた時には既にそれは避ける事が出来ない状況であった。が、真白はそれを見ても焦る様子も見せずに突然その場で回し蹴りを行う。当然液体である相手に攻撃をしても効く物では無い。だが、蹴りによって発生した風圧が粘液の進む方向を反転させた。それは余りにも人間離れした技。リトが思わずその光景に目を見開く中、弾かれた粘液は真っ直ぐにラコスポ達の方へ。

 

「あ、ありえないもん! ふぐぅ!」

 

「……リト」

 

「え?」

 

 戻って来た粘液を顔面から浴びたラコスポ。当然本人が説明した通りに服は溶け始め、だがそんな事等誰も気に留めずに真白は突然リトの名前を呼ぶ。突然呼ばれた事に驚く中、真白は強い瞳で何かを言う様にリトの姿を見つめた。他人から見ればそれは唯見つめ合うだけの光景。だが2人の間には間違い無く『会話』が交わされ、リトは頷くと蛙に向かって走り出す。そしてそれと同時に真白もまた、蛙に向かって走り始める。2人が何をするのか分からないララとヤミは、その光景を見守る事しか出来なかった。

 

 蛙の目の前に立った時、ラコスポはようやく顔に付いた粘液を落とし終えたところであった。需要の無い上半身を晒しながら、2人が居ない事に気付いたラコスポ。そんな彼の真下では、真白が自分に向かって走って来るリトを相手に両手の指を合わせて小さなジャンプ台を作り上げる。そしてそれを下げ、リトがそれに足を掛けた時。一気に振り上げる事でリトは一瞬でラコスポの前へ。目の前に現れたリトに驚いたラコスポ。そんな彼から振るわれる剛腕を避ける術など、ラコスポには最早無かった。

 

「ぶっ飛べぇぇぇ!!!」

 

 リトの拳を顔面に受けて大きく空を吹っ飛ぶ事になったラコスポは、明るいにも関わらず空に光る小さな星の様な輝きを最後にこの場から退場することとなった。主を失った巨大蛙は何もせずにその場で待機したままであり、やがて空に浮いて居た円盤型の宇宙船が光を放ちながら蛙を回収するとラコスポを追ってこの場から姿を消す。……そうして残ったのは無事に着地したリトと敵が居なくなって安心した様に溜息を吐く真白。2人のコンビネーションに目を輝かせるララと、何処か複雑そうな表情をするヤミであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤミは宇宙で有名な殺し屋であり、地球に来た理由はラコスポによって依頼されて結城 リトを殺害する為。だが嘘の情報や依頼した相手が悪人であったと分かった今、ヤミがリトを殺す理由は存在しなくなった筈……であった。

 

「これで俺を狙う理由も無くなったしさ、宇宙に帰るんだろ? な?」

 

「宇宙に帰る……? ありえません。ここに居ると分かった以上、私もここに居ます」

 

 自分がもう狙われない事に安心し、ヤミが帰るであろうことを期待したリト。だがそんな彼の言葉にヤミは首を傾げると、すぐに横に振りながらそれを否定。そして真白の傍に近づくと、リト達に振り返って告げる。そこでようやく真白とヤミの関係について気になり始めたリト。だがそんな時、彼の持つ携帯が鳴り始めた事で会話は一時中断。相手は美柑であり、余りにも帰りが遅い事に心配しての物であった。

 

「はぁ……とりあえず帰るか」

 

「そうだね! ヤミちゃんも来る?」

 

「私は着いて行きます。貴女の行く場所なら、何処へでも」

 

「……帰る」

 

 美柑との会話を終えてまずはこれ以上の心配をさせない為にも帰る事を提案したリト。ララはそれに賛同し、ヤミを家へと誘い始める。居候の身であるが、特に気にせずに誘うその姿にリトは頭を悩ませると同時に命を狙っていた相手と言う事もあり少しだけ億劫になってしまう。だがヤミの答えは真白に全てを委ねるに等しい物であり、髪を揺らして真白の身体にその一部を巻きつけ始めるその姿に真白は僅かに溜息を吐きながら答える。真白が帰ると言う事はつまり、ヤミがお邪魔すると言う事。リトは少しだけ憂鬱になりながら、自分の家へと歩き始めるのであった。



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第19話 滑り踊る少女達

 日曜日。結城家へと向かわずに御門の家へと向かった真白は、そこで普段通り掃除などを始める。だがその傍には普段は居ない筈の少女、ヤミが立って居り、音で目を覚ました御門は真白の姿を。そしてヤミの姿を見て驚いてしまう。自分の家に知らない少女が存在し、それは有名な暗殺者。驚くなと言う方が無理な話である。

 

「なるほど……それでここに来たと言う訳ね」

 

「はい。久しぶりですね、ドクター御門」

 

 真白が掃除を行っている間、ヤミと話をして居た御門。どうして地球に来たのかを聞いた御門は、すぐに納得した様に呟き。そこで改めて挨拶を行ったヤミに「そうね」とだけ返して真白に視線を向ける。無表情なのは変わらず、だが御門はそれを見て何処か安心した様に溜息を吐いた。

 

「貴女の事、あの子は随分心配していたわ。『助けられなかった』とね。彼女もきっと、同じ思いの筈よ」

 

「……」

 

「彼女の所在は今も探しているわ。今はあの子との再会を喜んでいなさい」

 

「言われなくてもそのつもりです。もう、私は離れません」

 

 御門の言葉に静かに虚空を見つめていたヤミ。だがその後に続けられた言葉には返事を返し、真白の場所に向かったのかその場を去るヤミ。部屋から居なくなった後、聞こえていた掃除機の音が一度止まった事で会話をしているのかも知れないと思った御門は何処か疲れた様に溜息を吐くと、座っていたソファに体重を掛けて少しだけ脱力する。

 

「後は貴女だけよ、ティア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段であれば御門の家での掃除や昼食を終えた後、家へと帰宅して居る真白。だがこの日、真白は自分の家へと一度帰宅はした物の再び外出をしていた。向かった先は『SAINAN SKATE』と書かれた看板が存在する大きな建物。名前の通り、彩南町に存在するスケート場である。実は真白、午後からリト達に誘われてスケート場に行く予定をしていた。真白が行くならばそれに当然一緒に着いて行くヤミ。スケート用のシューズはレンタル出来る為、2人はそこへ入ると同時に受付等で入場を済ませる。

 

 明らかに普通の靴とは違う刃の付いた靴にヤミが首を傾げる中、真白はヤミに見せる様にそれを履く。真似る様にして自分もそれを履いたヤミ。真白は少しだけ前に出てヤミに手を伸ばし、それを掴んだヤミは立ち上がると共に真白に連れられて氷の上へ。

 

「あ、真白!」

 

 2人が入って来たことに最初に気付いたのはララであった。真白達が入った位置とは違う場所から氷の上へと入場したララ。傍には美柑とリトも居り、美柑は問題無く氷の上で立っている物の、リトは不慣れなせいで上手く立てずに壁際に寄りかかって生まれたての小鹿の様に足を振るわせていた。

 

 初心者とは思えない程に上手く滑りながら真白達の元へと急接近するララ。だがそのスピードはかなり速く、止まる方法を考えていなかったララは真白の近くになってから焦り始める。が、真白に激突するよりも早く金色の壁がララと真白の間を割って入る事で2人の激突は防がれる。……ララはその壁に激突してしまうが、それを作り上げた当の本人は何食わぬ顔で「気を付けてください、プリンセス」とララに注意した。

 

「えへへ、嬉しくってつい。ねぇねぇ、一緒に滑ろうよ!」

 

「ん……滑れる?」

 

「問題ありません」

 

 ヤミの言葉に笑みを浮かべながら立ち上がると、真白を誘ったララ。その言葉に真白は頷いた後、ヤミに振り返って質問すれば帰って来るのは自信有り気な返事。その言葉通り、氷の上で既に真白の手を握らずにバランスを取って立って居るヤミに真白は納得すると滑り始めた。まず最初に向かう場所は美柑とリトの場所。ララもそれに着いて行き、ヤミもその後ろを着いて行く。

 

「……平気?」

 

「お、おぅ。これぐらい余裕余裕。あだぁ!」

 

「こりゃ、滑れる様になるには少し掛かるかもね」

 

 リトと美柑の元へたどり着いた真白。足を震えさせる姿を見て聞いて来る真白の姿に、リトは見栄を張りながら動き出そうとする。だが一度転んだぐらいで滑れる訳が無く、結果は2度目の転倒。その姿を見てやれやれと言った様に美柑が言い放ち、真白を見て少し笑う。その時、真白の傍に居たヤミがジト目でリトを見ている事に気付いた美柑は昨日の出来事を少しだけ思い出した。

 

『私とシ……真白は家族です。貴女達が家族になるその前から、ずっと』

 

 ヤミと真白の関係を聞いたリトの言葉に帰って来た返事。それは少なからず美柑に衝撃を与えていた。自分達が家族になるその前から家族であると告げたヤミ。その時、美柑は真白が居なくなってしまうのかと一瞬考えてしまう。結果は今の様に居なくならず、普段通りに過ごしているが……一瞬とは言え間違い無く真白が居なくなる事に怖くなってしまったのは事実である。

 

「そう言えば、ヤミさん。真白さんの事を何て呼ぼうとしてたんだろう?」

 

「美柑……み~か~ん!」

 

「ふぇ? ど、どうしたのララさん?」

 

 美柑にふと思い浮かんだ疑問。それはヤミが答えた時、明らかに真白の事を言おうとして言い直していた事であった。間違い無く別の名前か何かで呼ぼうとして、まるで『自分達に合わせた』様に言い直した。それに気付いていた美柑はヤミが言おうとしていた言葉について気になり始める。美柑自身、何故かはわからない。だがヤミが知っていて自分達が知らない真白。未だに一緒に住まない事や何処かで壁を感じるその向こう側をヤミが知っていると言う事に少し、モヤモヤとしていた。だが考えている途中、ララに呼ばれた事に気付いて顔を上げた美柑。見れば心配そうにこの場に居るほぼ全員が自分を見ている事に気付く。

 

「大丈夫か? ボーっとしてたみたいだけど」

 

「あ~、うん。平気平気」

 

 リトが全員の意思を代表する様に質問すれば、考えに耽って上の空になってしまっていた事が分かった美柑。大丈夫であると全員に伝え、滑ろうとした時。この場に居た5人に声が掛かる。呼んだのは違う場所から入場したであろう春菜・里紗・未央の3人であり、リトが春菜の登場に驚く中でララが3人を呼んだのだと教える。すると春菜に反応しているリトに気付いた美柑。それは真白も同じであり、2人はお互いに目を合わせると行動を開始する。

 

「……滑る」

 

「私も行きます」

 

「あぁ~! 私も!」

 

「ねぇ里紗。例の作戦、やってみない?」

 

「にしし。やってみますか!」

 

 真白は滑る為に移動し始めれば、それに付き従うヤミと着いて行くララ。ララが行ったことで里紗と未央も何かを企みながら着いて行き、残ったのはリトと美柑。そして春菜だけであった。春菜もリトと同じ様に足を振るわせており、美柑はそれを見て「練習に付き合ってあげたら?」とだけ言ってその場を去って行く。結果、残ったのはリトと春菜の2人だけ。上手くその空間を作れた事に、遠くに居ながらも美柑は真白へ親指を立てる。真白はそれに視線だけ向けて返し、各々が遊び始める。

 

 鮮やかに滑る真白を見てララも同じ様に滑り、2人の姿に驚きながら褒め称える里紗と未央。

 

「スケート。滑るだけとは、随分地球の娯楽は原始的ですが……綺麗です」

 

 ヤミはそんな光景を見て、周りを見渡しながら難しそうに首を傾げる。だがそれもすぐに滑り続けている真白を見て考えるのを止め、感想を呟いた。っと、見て居た里紗と未央が突然動き始めると並行して滑る真白とララの間に入り込む。

 

「競争しようよ! 魅せる動きは無理でも、スピードなら負けないよ!」

 

「ここから向こうの端まで行って、最初に帰って来た人の勝ち。良いよね?」

 

「面白そう! 真白もやろうよ!」

 

「……」

 

 未央の提案にルールを説明する里紗。ララはその説明を聞いてワクワクしながら、真白は他にも人が居るのを確認して邪魔にならない様に気を付ける事を心がけ乍ら頷いて返す。スタートを切るのはヤミと言う事になり、4人は並んでヤミの声を待った。

 

「行きます……位置に着いて」

 

≪……≫

 

「あ、負けたら罰ゲームね?」

 

「スタート」

 

 ヤミの声に沈黙していた中、何気なしに告げられた里紗の言葉と共に不慣れなスタートが切られる。『よーい』等が来ると思っていた未央と里紗は突然のスタートに少し遅れる中、一番最初に前に出たのは真白であった。ヤミがどの様にスタートを切るのか予想していたのだろう。ララはその後ろに続き、里紗と未央は少し焦り始める。罰ゲームと言った本人が負ける訳には行かないと。

 

 滑るのにはそれなりの技術が必要である。真っ直ぐに早く進むだけならば滑れる様になっただけで行えるが、生憎スケート場内は他にも人が居る。人の波を避ける様に進むのは難しい物であり、スイスイと進んで行く真白とは対象的にララはそのスピードを落とさざる負えなかった。里紗と未央は上手い具合に人の波を掻い潜り、あっという間にララは一番後ろに。このままじゃ不味いと思ったのだろう。ララが取り出したのは、発明品を作るための道具であった。

 

「良い感じ!」

 

「三夢音さんにワシワシする為にも、勝たなくちゃね!」

 

 背後を追い掛けて来る里紗と未央。何を言っているのかは理解出来ずとも、何処か寒気を感じた真白はそのスピードを上げ始める。そして端に到着し、戻るために振り返った時。迫る里紗と未央の向こう側にその場で回転し始めているララが存在していた。どうやら履いていたスケート靴を改造したものの、失敗したのだろう。言う事を聞かずにその場で回り続けていたララ。すると突然、その場所から小さなバッジの様な物が飛んで行く。……ペケであった。

 

 ペケはララの服を作り上げている存在。故にそれが離れた時、ララの服装は一瞬で裸になってしまう。公衆の面前で裸になってしまうのは流石に不味く、故に急いで駆け寄った真白は回転が収まって目を回すララに上着を被せる。だが真白の上着では小さい事もあってミニスカ―トの様になってしまい、裸では無くともかなり官能的な恰好になってしまう。

 

 空を飛ぶペケもララ同様に目を回していた。そしてその力は暴走してしまい、落ちた先……ヤミがそれを受け取ると同時にその恰好は一瞬で別の物に。寒い季節には絶対に着ないであろうスクール水着へと変わってしまい、一時の静寂。後に自分の恰好に気付き、怒りながらペケを放り投げた先に居たのは未央であった。当然それに触れた未央は一瞬でコスプレの様な姿に。変化した未央に里紗が驚いてその身体に触れた時、連鎖的に今度は下着の様な姿になってしまう。そして再びペケは空へ。

 

「……」

 

「あ……」

 

 落ちて来たそれを両手でお皿を作って受け止めた真白だが、今までの連鎖からすれば結果は言わずもがな。着て居た衣服は一瞬で変化し、真っ白な甘ロリへと姿を変える。官能的とは言わない物の、幼げなその容姿にあった可愛らしいその服装にヤミが小さく声を上げる。と、翼を生やしながらペケはまた何処かへと羽ばたき……ララの元へ向かう為に動きだす。が、真っ直ぐに進めないその小さな身体はララの傍に居た春菜へくっ付いてしまう。すると春菜の恰好は普段ララが着て居るコスプレの様な姿に。ララ本人は普段平然としているが、普通の女子高生である春菜には恥ずかしい事この上ない物であった。

 

 その後、焦る春菜を助けるためにペケを取り外したリトがあられもない恰好を晒すことになるが、それは本人の為にも割愛する。



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第20話 仕組まれたバレンタイン

 2月14日。バレンタインデーであるこの日、朝からリトは少しソワソワしていた。そんな彼を見て真白と美柑はその理由をすぐに察し、何時も通りに朝食を作り始める。

 

「真白さんは、リトの他に渡す人とか居ないの?」

 

「……居ない」

 

 普段家族愛と言う感情の元でリトにチョコレートを作っている2人。今年も恒例故に作るつもりであるが、美柑はふと気になった様に質問する。真白もリトと同じ高校生。リトが分かりやすく春菜に好意を向ける様に、真白も一見その様子は無い物の誰かに好意を向けているのでは? そう考えたのだろう。だが帰って来たのは否定であり、美柑はそれに「そっか」とだけ返して調理を再開する。

 

 現在、リビングではテレビを見ている様に見えてボーっとして居るリト。そして真白に着いて来ているヤミと、ヤミにバレンタインについて教えているララの姿があった。何処か間違った内容なのだが、朝食を作る2人も上の空のリトもそれには気付かない。

 

「はい、出来たよ」

 

「……座る」

 

 最初は結城兄妹と真白の3人だけであった朝食も、気付けばララやヤミと人数が増えている。前の様に運ぶのでは時間が掛かってしまう為か、手や腕にまでお皿を乗せて運んで来る真白。ララが身を乗り出して話している為に、真白が一言言えば「はーい!」と元気よく返事をしてしっかりと座る。そして全員分を並べ、食事の挨拶を行って朝食を食べ始めた。

 

「あ! 真白。今日学校で皆にチョコあげるけど、真白は少し待っててね! 真白には特製のすっごいの、作るから!」

 

「?」

 

 食べていた時、突然ララは真白へそう言って笑顔を向ける。ご飯を食べていた真白は箸を加えた状態のまま、ララが言う【特性のすっごいの】と言う事に疑問を抱いたのか首を傾げた。すると真白の腕が軽く突かれ、視線を向ければヤミが真顔で真白を見つめる。

 

「真白のチョコレートが欲しいです」

 

「……分かった」

 

 ララからどの様な説明を受けたのかは分からないが、チョコレートを希望したヤミ。真白はその言葉に少し考えた後、静かに頷いて了承した。元々リトへ作るつもりでもあったため、少し量が増えたところでそこまで負担にはならないと考えたのだろう。ヤミは貰えると分かったのか、食事を再開。だが楽しみなのか、僅かに笑みを隠しきれていなかった。

 

 その後、朝食を終えた真白は美柑と共に片づけを始める。ララはヤミに配る用のチョコレートから1つを渡した後、学校の友達にも配るために早めに学校へ。リトは真白と美柑が出る時まで待とうとするが、美柑が先に行っていても良いと。真白がそれに賛同する様に頷けば、リトも先に学校へと出発する。

 

 片づけを終えて、ヤミを連れたまま美柑と共に家を出た真白。戸締りをしっかりと確認した後。真白とヤミは美柑と別れるその場所まで一緒に歩く。そして別れ道になった時、美柑は笑顔で真白たちに振り返った。

 

「材料は何時も通り帰りに買っておくから、帰って来たら一緒に作ろ。じゃ、また後で。ヤミさんもまた後でね?」

 

「ん……気を付けて」

 

 帰りに被って材料を買わない様に予め言った美柑は最後にヤミにも言って、その場から去って行く。真白は美柑に静かに告げて、ヤミは何も言わずに頷いてそれに返した後、歩き始める。が、学生で無いヤミが彩南高校に入る訳には当然行かない。故にしばらく歩いていた後、学校が近くなって来たところで「そろそろですね」とヤミは言ってその場に止まる。

 

「毎日毎日離れるのは嫌ですが……仕方ありません。学校が終わる頃、迎えに来ます」

 

「ん……」

 

 学校に通っている以上、真白と離れなければいけないのは絶対である。再会して最初の登校日は一切納得せずに学校にまで着いて来ようとしていたヤミ。だが長い説得の末、ようやく学校の時間だけは別の場所で過ごして貰う事となったのだ。何処に行っているのかは真白も分からないが、それでも学校の終わりの時間には必ず待っている事から自由に何処かで過ごしているのは間違い無いだろう。因みに説得の時間は丸1日。故に真白は学校を休むことになってしまった為、唯に心配される事となった。

 

 1人になり、彩南高校にたどり着いた時。真白の目に映ったのは廊下で何故か抱き合ったりしている生徒達であった。一様に頬を赤く染め、息も少しばかり荒い。どうしてこの様な状況になっているのか当然理解出来ない真白。その時、真白の元に駆け寄る存在がいた。……唯である。

 

「真白! 逃げなさい!」

 

「?」

 

「貴女の友達が配ってたチョコレートを食べた人が皆可笑しくなってるのよ! こんなのありえないわ! っ!」

 

 必死に説明をしていた時、唯の背後にゆらりと現れた男子生徒は唯へと襲い掛かろうとする。だが一瞬で真白は唯の手を引くと駆け出した。男子生徒の腕は空振りし、真白は唯の手を握ったまま移動。2人の存在に気付いた生徒達がゆらゆらと近づき始めるが、真白は唯の位置を考慮しながらその波を捕まらない様に走り抜ける。もしも相手が生徒で無ければ攻撃を加える事も辞さないであろう真白。だが今回この様な状況になったのは唯の説明からするにララのせいであり、故に生徒達は被害者であると分かっている為それはしない。

 

「真白! どうする気!?」

 

「……保健室」

 

 腕を引っ張られて必死に転ばない様に走る唯は真白が真っ直ぐ何処かに向かっている事に気が付くと、その場所を確認する為に質問。帰って来たのは学校に存在する御門が居るであろう場所であった。どうしてそこに逃げようとしているかは定かでないが、逃げるしかない今。真白に連れられているのはある意味で安全である事を理解した唯はそれ以上何も言わずに走る。やがてたどり着いた保健室の扉を勢いよく開いた時、デスクに座って何かの書類を書いている御門の姿があった。

 

「あら、どうし……本当にどうしたのよ?」

 

「御門先生! クラスの皆が可笑しくなってるんです!」

 

「……ララのチョコ」

 

「あぁ……そう言う事ね。良いわ、ここに居なさい」

 

 突然入って来た真白に最初は普通に返そうとするも、その手に握る唯の手や唯が息切れしながら必死な顔になっているのを見て只事では無いと感じた御門。唯が現状を、真白がその原因を説明すればそれだけで全てを理解した様に御門は立ち上がる。そして保健室に居て良いと伝えれば、真白はそれに頷いて中へ。唯は未だに焦る中、御門は「用事が出来たわ」と言って保健室を後にする。

 

「ちょっと、御門先生も危ないんじゃ」

 

「……平気」

 

「でも、ってそう言えば御門先生と随分親しそうに話してたわね」

 

 廊下へと出て行ってしまった御門を心配する唯だが、真白はそれに静かに返す。当然納得等出来ない物の、先程の会話を思い出した唯はそこで疑問を抱く。普段同じクラスの生徒を相手にしても余り会話をしない真白が、自然に御門と話していた事に。だがそれに真白が答える事は無く、走り疲れた身体を休める為に椅子へと座ろうとした時……突然保健室の窓ガラスが割れ、転がり込んで来るとある人物の姿。

 

「こ、今度は何よ! お、女の子!?」

 

「……」

 

 窓ガラスから突入したその存在に驚き焦る唯とは対象的に、真白はその姿を見つめる。しゃがむ様にして着地していたその少女はゆっくりと立ち上がり、金色の髪の隙間から真白へ視線を向ける。再会後は何度も傍に居て、何度もみているその瞳。しかし今そこに普段の彼女の姿は無い。

 

「……ここに居て」

 

「え……?」

 

 手をゆっくりと離して静かに真白が告げる。唯は突然の言葉に訳も分からず困惑し、2人を見ていた時。最初に動いたのは少女であった。髪が急速に真白へと伸びて行き、真白はそれを寸前で躱すと同時に保健室の外へ。少女は唯には目もくれずに、真白の後を追い始める。結果、保健室に取り残された唯は安全と言われたその場所から出る事も出来ずに固まっている事しか出来ないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真横から迫る髪を避けて上手く着地した真白は自分を追い続ける少女……ヤミに振り返る。どうしてヤミが襲い掛かって来るのか等、真白には既に理解出来ていた。生徒達が一様に発情でもするかの様に可笑しくなっている原因がララのチョコレートであるならば、それを朝受け取っていたヤミが食べていても不思議では無い。そしてそのせいで他の生徒達同様に可笑しくなっていても、また不思議では無い。

 

「天条院く~ん!」

 

「いやぁぁぁぁ!」

 

 真白が逃げた先では校長に抱き着かれ襲われている沙姫の姿もあり、付き人として何時も一緒に居る2人はそれを呆然と見つめる中で真白は跳躍。校長の頭を踏みつけてそこを通過すれば、ヤミもその頭を踏みつけて同じ様に通過する。……この時、真白は1つの失敗をしていた。

 

「!?」

 

「はぁ……はぁ……捕まえ……ました」

 

 飛んだが故に着地する真白。しかし追っていたヤミは髪をその真白の足首に引っかかる様にして伸ばし、着地と同時に走り出そうとした真白を転ばせる。そして目に見えぬ速さで真白の上を取り、馬乗りの状態で頬を薄く赤らめながら言い放つヤミ。真白の両手を自分の両手で抑え込み、空いた袖口の隙間や裾の下からゆっくりと髪を侵入させ始める。

 

「ん……ぁ……」

 

 ヤミのサラサラな髪が真白の肌を触り、微かに漏れる声を抑える真白。そのまま更に奥へと髪を進め、制服の中で下着によって守られている場所以外を撫でていた時、ヤミの頬の赤みが薄れ始める。他の生徒達も一斉に正気に戻り始め、慌てて着崩れた服を直す中。ヤミは自分の下に真白が居る事に気が付くとしばし呆然。すぐに髪を真白の服から元に戻し、中で動いていたが為に制服を着崩している真白を前に慌て始める。

 

「あの、これは……その」

 

「……もう……平気?」

 

「え……あ、はい。大丈夫です」

 

 嫌われたくないのか、必死にどうにか言葉を紡ごうとするも言えないヤミ。真白はそんな彼女を前に立ち上がり、少しだけ力なくではあるが普段通りに質問する。最初に来たのが怒りでも無ければ真白自身の心配でも無く、自分である事にヤミは一瞬驚きながらもすぐに返答。真白はそれに頷いた後、着崩れていた服を元に戻す。

 

「真白……怒って無いのですか?」

 

「ん……理由は……知ってる」

 

 少し不安そうな声音で質問したヤミに真白は頷いて答えると、周りを見回す。ヤミも含め、可笑しくなっていた時の記憶は無いのだろう。首を傾げたり何をしていたのかを友達に聞いて結局分からずに困惑する中、既に授業の時間が来ていた事で戻り始める生徒達。真白も授業が始まるのなら戻らなければならず、学校の中に来てしまっているヤミに視線を向けると雰囲気で察したのだろう。

 

 その後ヤミは迷惑を掛けない様に、そして誰かに見られない内に学校から外へ。ララのチョコレートが原因。しかしそのチョコレートの作り方として偽の内容を教えたのが御門であったと後に知った真白は、しばらくの間御門に冷たい視線を送る様になる。御門は真白から来るその冷たい視線と、ヤミが侵入する際に割ったガラスから入って来る冷たい風にしばらくの間寒い日々を過ごすことになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だかんだありながらも無事に学校を終えた真白は帰りの途中で待っていたヤミとも合流し、結城家へ。既に帰宅していた美柑は朝の通りに材料を購入し終わっており、料理の出来ないヤミはリビングで待機したまま2人でチョコレートを作り始める。

 

 材料は市販のチョコレートと生クリーム。まず真白がチョコレートを刻んで行き、美柑が鍋で生クリームを温め始める。2人で同時に行う調理は普段から行っている事もあって息が合っており、お互いがお互いを必要とした時。同時に準備は整っている程。最初は買えば手に入るチョコレートも、2人の力によって全く別の物へ。最後は作り上げたそれを冷蔵庫の中に入れて冷やすだけとなった所でリトとララが帰宅する。

 

「ただいま! あ、この匂い……チョコだ! 真白と美柑が作ってたの?」

 

「そうだよ。今回は今までよりも大きく作ったから、ララさんとヤミさんの分もあるよ」

 

 入って来て最初にララは挨拶すると同時に作っていたが為にリビングの中を充満する甘いチョコレートの匂いに気付き、笑顔で2人の傍にカウンター越しに駆け寄る。すぐに食べられる訳では無いが、自分の分もあると聞いて「楽しみ!」と喜ぶララ。その後ろで椅子に座るヤミもまた、ほんの僅かに笑みを浮かべていた。朝の約束が果たされる事が楽しみなのだろう。そんな2人の顔を見ていたリトはその雰囲気に笑みを浮かべる。

 

 チョコレートの調理を終えた真白と美柑はそのまま夕飯の準備に。リトとララは部屋へと向かい、ヤミは真白が帰らない限り真白が見える場所に控え続ける。そしてしばらくした後に全員で夕食を取り終わった頃には、チョコレートを作って数時間が経過していた。

 

「そろそろ良いかも」

 

「ん……」

 

 美柑の言葉に真白は頷いて立ち上がり、チョコレートが来ることに喜ぶララ。美柑はチョコレートが来るまでの間、食べた後には歯磨きをする等の注意を促していた。そして真白の手によって運ばれた美柑と真白の作ったチョコレートは世間一般で言う『生チョコ』と呼ばれる物。普段ならリトだけが食べていた為にもう二回りほど小さいが、欲しがるヤミとバレンタインは皆が皆に配ると思っているララの為に今回はかなりの大きさに。その大きさにリトが「おぉ」と驚く中、真白によって切り分けられる。

 

「あれ? 真白と美柑は?」

 

「私達は作った側で、食べるのはララさん達だよ」

 

「えぇ~、一緒に食べようよ! 皆で食べた方が美味しいよ! ね、ヤミちゃん」

 

「そうですね。真白も食べてください」

 

「結構大きいしさ、2人が食べたって問題無いって」

 

 切り分けてお皿に乗せた時、それが3人分しか無い事に気付いたララは首を傾げ乍ら2人に聞く。バレンタインはチョコレートを渡すもの。故に作った真白と美柑は3人に渡すだけで食べる気が無いと分かった時、ララは2人も食べる様に誘い始める。ヤミもララの言葉に同意し、リトも同じ様に2人を誘う中で、美柑と真白はお互いに目を合わせる。そしてお互いに考える事数秒。美柑が「食べよっか」と言った言葉に真白も頷き、お皿を2つ追加し始める。

 

「じゃ、改めて。いっただっきま~す!」

 

≪頂きます≫

 

「……頂き……ます」

 

 ララの言葉に全員が言った後、食べ始めた生チョコ。ララは幸せそうに頬に手を当て、ヤミは僅かに笑みを浮かべる。リトも美味しいのか頷いた後、真白と美柑へ視線を向けた。

 

「真白、美柑。ありがとな!」

 

「すっごく美味しい!」

 

「美味しいです。とても」

 

 3人からの来る喜びと感謝に美柑は真白に「成功だね」と言って片手を広げて見せる。それはハイタッチを待つ仕草で間違い無く、真白はそれに頷いた後に優しくその手を叩いて成功を喜び合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真白! 真白の為に作った特製のチョコだよ! 今度は大丈夫!」

 

「…………ありがとう」

 

 帰る間際、ララから笑顔で渡されるのはハート型のチョコレート。学校での出来事もあり、真白はそれを普段よりも長い無言の後に受け取る。被害者の1人であるヤミが「大丈夫でしょうか?」と言う傍ら、それを持ち帰る真白。例えララが作ったと言えど捨てるのは選択肢に無く、真白はそれを自分の家で勇気を持って食す事に。……結果は普通に美味しいチョコレートであった。



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第21話 突然の告白。ヤミ、発熱する

 授業が終わった後の休み時間。移動教室であった真白は唯と共に廊下を歩いていた。が、真白はふと何処からか感じた視線に振り返る。そこに居るのは短い休み時間を楽しんでいる生徒や同じ移動教室故に歩いている生徒達で賑わっており、特に自分を見つめている生徒の姿は何処にも無い。

 

「どうしたのよ?」

 

「……」

 

 突然止まって後ろを振り返った真白に当然気になり話しかけた唯。真白はその声にもう少しだけ見続けた後、首を横に振って歩みを再開する。その後、何事も無く授業を終えた真白。移動教室での授業が4限だった為、昼休みに突入した学校内で教室にお弁当を置いたままの真白達は一度戻る事に。すると教室の前には真白を待っていたのだろうララが居り、この日は唯と食べる気でいた真白はそれを断る為にララの元へと近づこうとする。だが突然視界が変化し、廊下から一瞬で別の空き教室へ視界が切り替わっていた。そして

 

「私と一緒にお昼ご飯を食べて!」

 

 そう真白へ昼食の誘いを行ったのは薄い浅葱色の髪を肩下まで伸ばし、2本だけ上に立たせて居る1人の少女。真っ赤な顔をし乍ら両手でお弁当を差し出すその姿に真白は何も答えずに少女を見つめる。やがて余りにも見つめられている事に恥ずかしそうにモジモジとし始めた時、真白はそこでようやく首を傾げた。場所が急激に切り替わり、知らない少女に昼食を誘われる事にそもそも困惑するのは当然である。

 

「……どうして?」

 

「私、ずっと見てたの。最初は些細な事で気になって。でも気付いたら真白ちゃんの事が忘れられなくて。そんな趣味無いって最初は思って、違う男の子の事も考えたりしたけど……でも駄目だった。私、真白ちゃんの事が好きになっちゃったの!」

 

「……」

 

 真白がした質問に意を決した様に言った少女。昼食の誘いから急激に告白へと移り変わった少女の言葉に真白は無表情乍らも呆然とする中、既に告白を行ってしまった少女に恥じらいと言う物は無くなってしまったのかも知れない。静かに1歩足を踏み出すと、真白の背中に手を回し始める。そして指を1本立て、背中を上から下へとなぞれば一瞬身体をピクッと震わせる真白はすぐに後ろに下がって少女と距離を取る。

 

「真白ちゃんは私の事を知らないよね。だから、これから知って。沢山、教えてあげるから」

 

「……!」

 

 離れた真白の姿に自らの唇を舌で舐め、徐々に近づき始める少女。真白はその姿に危険を感じ、その場から逃げるために移動し始めようとする。が、その時真白と少女の目の前にララが現れる。恐らくあの場から突然居なくなった真白を探していたのだろう。

 

「あ、居た! 突然誰かに引っ張られていったから吃驚……ってルンちゃん!?」

 

「……ちっ」

 

 真白を見つけた事に喜びを見せていたララは、真白の前に立って居た少女を見て驚いた様に名前を言う。対する少女はララが現れた事に聞こえない程の声量で舌打ちを行うと、真白に笑みを浮かべて口を開いた。

 

「邪魔が入っちゃった……また今度、一緒に食べてね。私の未来のお嫁さん♪」

 

「あ、待ってよルンちゃん!」

 

 少女……ルンは真白に最後に言い放つと、その場を逃げる様に去って行く。どうやらララの知り合いの様で、ララはその場を去ったルンを追い掛けて同じ様に居なくなる。そうして1人取り残された真白は現在居る教室に付いていた時計を確認し、今居る場所を確認した後に教室へと戻る事にする。まだ昼食の時間は半分以上残っており、自分の教室へと到着した真白は突然消えた事に心配する唯に平気であると伝えた後、予定通り唯と食事を行う事になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある朝、結城家へ向かう前に自分の家で起床した真白は隣に眠るヤミが寒くならない様に布団を掛けなおした後に顔を洗い始める。パジャマ姿であった服を脱いで洗濯籠の中へと入れれば、壁にハンガーで掛けてあった制服を手に着替え始める。普段ならこの時にヤミが目を覚まし、顔などを洗い始めるのだが……この日。ヤミは寝苦しそうに顔を歪めていた。

 

 基本しっかりしているヤミが起きて来ない事が気になったのだろう。真白はヤミに近づくとしゃがみ込んでその姿を見る。真白が着ているパジャマを着用している為、微妙に大きいその袖などが可愛らしい姿を作り上げている光景。顔は少しだけ赤みを帯び、やはり寝苦しそうにしているその姿を見て真白は静かに手を伸ばすとヤミの前髪を上げる。そして自分の額を当て始めた。

 

「……熱い」

 

 何処か異常があると思って行ったであろう行動は項を奏し、真白はヤミに熱があると分かると静かに立ち上がる。そして傍に置いてあった充電するためのコードが繋がって居た携帯電話を手に取ると、畳まれている画面を開けて御門の名前を探し始める。真白の携帯に登録されている名前はリトと美柑の母親も含めた結城家4人と、御門のみ。故に探すのは簡単であり、それを開いた真白はメールを打ち始める。やがて打ち終えた後、次にリトへとメールを送った真白はヤミの身体を抱き上げた。

 

「ぅん……え……?」

 

「……少し……我慢」

 

 抱き上げられた事によって目を覚ましたヤミは自分が真白に持ち上げられている事に気付くと、力無く驚く。そんな間違いなく弱っているヤミの姿に真白は静かに告げると、ヤミを腕に抱きながら家を出る。鍵を閉める事は忘れないが、締めた後はヤミに負荷を掛けない様急ぎ過ぎずに。だが急いで御門の家へと向かい続ける。

 

 真白の家と御門の家は結城家に向かう距離とそこまで変わらず、そんなに時間を掛けずにたどり着いた時。真白は自分の家と結城家の家、そして御門の家の鍵が束ねてある鍵束を取り出すとその扉を開ける。御門が寝ているのは2階であり、真白は近くにあったソファにヤミを一度寝かせると2階へ。扉をノックするも返事は無く、真白は何も言わずにその扉を開けた。

 

「ん……すぅ、すぅ……」

 

「……」

 

 中に居たのは下着姿で眠っている御門。傍に置いてある携帯電話は一度鳴ったのだろう、気付いて貰えるように定期的に光り続けているが……持ち主である本人は一切気付く事無く夢の中である。その光景に真白は一度目を瞑った後、その身体を揺らし始める。

 

「んっ……」

 

「!」

 

 だが起こす為に揺らしていた時、御門は寝相からか真白の身体をベッドの中へと引きずり込み始める。突然の事に対応も出来ずにベッドの中に引き込まれた真白は、前から御門に抱きしめられる事でその大きな胸の中に顔を埋める事に。抱いた枕を撫でる癖でもあるのか、背中を優しく撫でられ始めた真白は息が出来ない現状も相まって暴れる様に身体を揺らし始める。

 

「ん~? 何よ~、一体」

 

 腕の中で暴れる真白にようやく目を覚ました御門。確かめる為に胸を後ろに下げて下を見始めた御門は、起きた事を確認する為に上を向いていた真白と目が合う。そしてしばらくの沈黙の後、怪奇な物を見る目で真白を見始める。

 

「何してるのかしら?」

 

「……離して。……後、助けて」

 

 何の目的があったのかと怪しんだ御門だが、解放を望む真白の言葉で悪意が無いと分かったのだろう。抱きしめていた腕を解放すればすぐにそこから逃げ出す様に移動した真白。そしてそのまま続けた真白の言葉に目を細めて「どう言う事?」と質問。真白は部屋から出て行き、御門は傍にあった白衣を着て真白の後ろへ続く。そうして導かれたのは、ソファの上で薄く目を開けて弱弱しく呼吸するヤミの場所。

 

「そう言う事ね」

 

「ん……涼子なら……助けられる」

 

「そうね。死人以外ならどんな患者でも直して見せるわ。ヒーリング・カプセルに入れるから、脱がすのを手伝って頂戴」

 

 見ただけで全てを察した御門に真白は強い目で告げる。その視線には普段は余り見られない微かな不安の感情が混じっているが、御門がそれに強く言い切る事で一瞬にして全てが信頼へと変わる。そして御門の指示に従ってヤミを助けるために言われた通り、服を脱がし始めた真白。ボタン付きのパジャマは脱がしやすく、ヤミの綺麗な素肌が徐々に晒されていく。やがて生まれたままの姿になった時、御門はヤミを直すための装置がある場所へ向かう為に歩き始める。真白もそれに着いて行くため、ヤミを横抱きに抱えて歩き始めた。

 

「最近、変身(トランス)能力を考えなしで使ったのでしょうね。その副作用よ」

 

「……」

 

 御門によって症状の原因を告げられた真白はヤミが身体の一部や髪を武器にしている光景を思い出し、次に普段一緒に居ない時のヤミの行動の中でそれを使う場面があった可能性を想像する。そしてその間に大きな丸い水の入ったカプセルに入れられるヤミ。溺れる心配は無いらしく、そこに居れば問題無いと御門は告げると時間を確認する。既に学校は始まっている時刻。「遅刻よ」と真白に告げれば、真白は何も言わずに首を横に振った。

 

「……ここに……居る」

 

「一応私、先生なのよ?」

 

「……追い出す?」

 

「……はぁ、見逃すのは今日だけよ? せめて何処か違う部屋にでも居なさい。起きたら知らせるわ」

 

 ヤミが起きるまで家に居ると告げた真白の言葉に教師として言った御門。だが真白が再び強い意志を込めた目で御門を見れば、折れた様に溜息を付いて御門は真白が学校をサボる事を見て見ぬ振りすると決める。そして座る場所の無い今の空間で立ち続ける事を想像した御門が言えば、真白はその思いを理解して頷いた後に今の部屋から出ようとし……振り返る。

 

「……涼子」

 

「? 何?」

 

「……ありがとう」

 

 突然のお礼に驚いた様な表情をする中、今度こそ部屋を後にした真白。ゆっくりと閉まる扉を見つめ、御門は小さく微笑むと巨大なカプセルの中で眠るヤミに視線を向ける。そしてまた優しく笑みを浮かべた。

 

「愛されてるのね、貴女は。少し妬けてしまう程に……ね」



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第22話 仇討ち

 全ての始まりが突然であった様に、その出会いも突然であった。

 

 彩南町全体に響く轟音。彩南高校の屋上でぶつかり合った2つの力。傍に居たリトとララと春菜はその衝突から発生する衝撃波の負荷をその身に受ける事で、身動きすら出来ずに立っている事しか出来なかった。だがその間にも押し合う2つの力は、やがて強い力が弱い力を押し返し始める事で結果が見え始める。自分の身に来るであろうその運命を、自分の未来を悟った時……真白は目を閉じた。

 

「止め、ろ……止めろぉぉぉぉ!」

 

 力に飲み込まれるであろうその姿を前にリトが叫ぶ。すると真白は静かにその瞳を開き、リトへと視線を向けて何かを呟いた。その声は音に書き消され、だが理解出来てしまったが為に目を見開いた時。リトの視界は強い光に包まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間前。普段の様に学校へ通い、放課後を迎えた真白は何時もなら来るであろうララが来ない事に首を傾げる。唯は先生の手伝いと言う事ですぐにその場を離れ、真白はララが来ない事を理解すると1人で帰る為に行動しようとする。下駄箱で靴を履き替えて外に出た時、そこには何故かボロボロになっているリトの姿。何を起こしたのかは分からずとも、真白はその傍に近づくとしゃがみ込む。

 

「……平気?」

 

「ま、真白か……いっ、酷い目にあったぜ。ってあの餓鬼、何処行った!」

 

「?」

 

 真白の声にリトは頭にたんこぶを複数作りながらも何とか立ち上がると、周りを見渡して誰かを探し始める。言葉からするに子供の様だが、リトの周りに子供の姿は無い。リトを見つけた際には他に誰も居なかったために真白が首を傾げる中、リトは後ろ髪を掻き乍ら「まぁ、良っか」と言って鞄を手に立ち上がった。

 

「ララは一緒じゃないのか?」

 

「ん……」

 

「放課後になったら何処か行っちゃってさ。真白のところに居ると思ったんだけど……ほんと、何処行ったんだ?」

 

 どうやらララと同じクラスであるリトもララの所在が分かっていない様で、真白はその事に若干気になりながらも最初の予定通り帰る為に歩き始める。リトもこの場に留まっている理由は無い様で、真白が帰ろうとしているのに気付くと「俺も行くよ」と言ってその隣を歩き始めた。普段1人で帰っている事もあって、少しだけ珍しい2人での帰宅。最近は真白の傍に基本ララかヤミが居る為に会話をしているその姿を見るぐらいで気まずくなる事は無かった。だが今回はどちらも居ない事で、リトは何を話すべきかと考え始める。

 

 校門を出たと同時に鞄を肩に掛けなおした真白。帰る際には走っている事を知っている為、リトも走る為に鞄を掛けなおした時。テニス部が使うであろうテニスコートにラケットを持って立って居る子供の姿に気付く。思わずリトは声を上げ、真白もその声に視線を子供へ。後姿故にどんな顔かは理解出来ないが、リトが探していた子供がそこに居る子供なのだとすぐに理解する。

 

 子供がテニスコートに立って居るのはテニスをする為であった。反対側にはテニス部の顧問である男性……佐清が立って居り、子供相手に遊んで上げるつもりなのだろう。真白は興味を失った様に走り出そうとして、次に起こった出来事でその足は急停止する。

 

「な……なっ!」

 

 リトが声も出せずに驚くのも無理は無い。子供がサーブとして最初に撃ったテニスの玉は、佐清の真横を通過して地面に大きなクレータを作り上げたのだ。もしも当たれば木っ端微塵どころでは無いその威力に佐清も気絶する中、子供はラケットを捨てるとテニス部の女子生徒達の元へと駆け出し始める。そして胸を揉んだりスカートを捲ったりと、セクハラを開始した。相手が子供と言う事もあって本気で起こる事はしない女子生徒達。っと、そこでリトがテニスコートに近づく春菜の姿に気付く。

 

「不味いっ! 悪い真白! やっぱり先に帰っててくれ!」

 

「……」

 

 春菜へ子供の魔の手が伸びるのを防ぐために走り出したリト。真白はそんなリトの言葉に反応する事無く、ジッと出来上がったクレーターを見つめ続けていた。そして徐に足を後ろに戻すと、鞄を持ったまま学校の中へと戻り始める。リトが春菜の腕を掴んで校舎の中へ逃げ込むのを確認し、真白も校舎の中へ。階段を上って行く足音を聞き、屋上へと足を向け続けた真白はやがて屋上に続く扉が開いているその向こうに並ぶ人の姿を見る。そこに居たのはリトと春菜。そしてララとザスティンに……【尻尾を生やした子供】であった。

 

「来やがったな、三夢音 真白」

 

「! 真白!?」

 

 屋上へと出た時、子供は先程の無邪気さを微塵も見せない口調と雰囲気で振り返らずに真白の存在に気付く。真白が付いて来た事にリトが驚き、状況を飲めない春菜も困惑する中。子供はゆっくりと振り返って真白と目を合わせる。

 

「家族である結城 リトが宇宙人と思わしき危険な存在に追われれば、絶対に助けに来ると思ったぜ。まずは教えてやろう。俺がデビルーク王……ギド・ルシオン・デビルークだ」

 

「……」

 

「ララ。話は聞いてるな? 俺の後継者……お前の結婚相手が決まった。相手はこいつ、三夢音 真白だ」

 

「なっ!? 結婚って、真白もララも女で「それがどうした?」!?」

 

「こんな地球(ほし)でも性別を変える技術があるってのに、デビルークにそれが出来ないと思うか?」

 

 真白がこの場所に来るのは子供の……ララの父親であるギドの計算通りであり、告げられた言葉に驚きながらも無理である事を言ったリト。だがその言葉に帰って来たのは考えていた事を上回る言葉であった。地球にも性別を変える技術は完全では無くとも存在する。もしも地球より発展している宇宙人達の世界でそれ以上の技術があるのなら、完璧な性転換も不可能では無いのだろう。言われた言葉と『後継者』と言う事に何方が男になるか等は明白。驚くリト達とは対象的に、真白は何の反応も示していなかった。

 

「ザスティンからお前に関する報告は受けていた。その上で判断した事だ。貧弱かと思えば地球人の割には努力し、何よりララの意思を尊重出来る。……だから三夢音 真白、お前は俺の後継者になれ」

 

 偶にザスティンと出会う事はあれど真白に関する報告を行っていたと言う事実にやはりリト達が驚く中、最後に告げた言葉に全員の視線が真白の集中する。最初から最後まで一切の反応を見せていない真白。そこで初めて、リトは真白の雰囲気が何時もと違う事に気付く。普段は静かに佇んでいる真白だが、今この時感じる真白の雰囲気は……何かに憤りを感じている。

 

「ま、真白……!?」

 

 何処か何時もと違う真白の姿にリトが口を開いた時、大きな風がリトの横を通り抜ける。そしてそれと同時にギドの立っていた場所から襲い掛かる衝撃波がこの場に居た者達を大きく吹き飛ばした。リトと春菜は一緒に、ララも飛ばされ、王を前に片膝をついて居たザスティンも少し後ろへと下がりながら目の前の光景を信じられないとばかりに見つめる。

 

「……何のつもりだぁ? テメェ」

 

「……!」

 

 低い声を出して自分に振り下ろされた拳を片手で受け止めるギド。その声は聞いただけで震えあがりそうな物であるが、真白はそれに怯える事無くその場で回転すると回し蹴りを放ち始めるが、これもやはり軽々と受け止められてしまう。

 

「真白殿!? 止めるんだ!」

 

「どうしちゃったの真白! 何でパパに攻撃するの!?」

 

「真白……何がどうなって」

 

「み、三夢音さん……」

 

 ギドの力を知るザスティンとララは攻撃をする真白に止める様に言い、何故か攻撃をする真白の姿に困惑するリト。その傍には目の前で起こる出来事に不安を抱えながら見守る事しか出来ない春菜。突然始まった戦いは、只管攻撃する真白とそれを軽々と受け止めるギドと言う圧倒的力の差を見せつける。が、それでも真白が止める事は無い。殴り続ける拳から例え血が流れ始めようとも。

 

「俺の期待を裏切って攻撃までしてくるんだ。死ぬ覚悟は出来てるよな?」

 

「!」

 

 初めて行ったギドの攻撃。それは尻尾で叩くと言う簡単な物であった……にも関わらず、その威力に大きく身体を吹き飛ばされた真白。固い床を転がって地に付した時、ララが駆け寄ろうとする。しかしその時、真白に起こった現象にこの場に居た全員が息を飲んだ。

 

「……デビルークの王……父の……仇!」

 

「真……白……? 何で……まさかお前も……?」

 

 真白の足元が光り出すと同時に現れたのは、大きな白く輝く羽。それは間違い無く真白の背中から生える様にして出現し、制服の後ろ側の一部を破った状態で大きく広がる。その身体はララと同じく地球人にそっくりでありながらも存在する羽が地球には居ない存在……宇宙人である事を物語り、今まで長い時を過ごしていたリトにとってその現実は受け入れがたい物であった。

 

「あの羽は……! 間違い無い! 絶滅したエンジェイドの特徴!」

 

「エンジェイド? ! それってパパが……じゃ、じゃあ真白は!」

 

 宇宙人であるザスティンは真白が何の宇宙人なのかに気付いて声を上げ、その言葉にララは驚きながらもその種族がどんな物だったかを思い出し始める。すぐに思いだしたのは、自分の父親が銀河統一を果たす際に一番苦戦して最後に勝利を納めた種族であると言う事。そして長い戦い故に親交も有り、絶滅する際に最後に手を下したのが自分の父親であると言う事。故に理解してしまう。……もしも真白が本当にエンジェイドなら、ギドは言った通り【仇】になるのだと。

 

「そう言う事か。まさかこんな所に居たとはな……シンシア・アンジュ・エンジェイド!」



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第23話 闘争の果て

 その場から消える様にして姿を消した真白が次に現れたのはギドの目の前。足の振りかぶりも終わり、後は当てるだけと言う体勢で現れた真白の姿にギドは寸前で受け止める為に手を出せば先程と違って明らかに威力の増した攻撃にその身体を少しだけ下げる。今までその場所から移動せずに余裕で受け止めて居た攻撃とは、桁違いの力。ギドが驚いて居る事と攻撃を寸前で受け止めながらも下げられた事にザスティンやララは驚きを隠しきれなかった。

 

「あいつの子供なだけはある……だけどな、場数が違うんだよ!」

 

「!?」

 

 追撃を掛ける為にギドの後ろに真白が現れた時、それを先に予想して居たギドの尻尾が真白の身体を再び吹き飛ばす。だが真白は空中に飛ばされる、空の上で回転しながら体勢を立て直す。そして再びギドへと急接近を始めた。

 

「止めて……止めてよ……もう、止めて!」

 

 ララが目の前の光景に悲痛な声で叫ぶも、真白はそれを聞く事無くギドに攻撃を加える。今度は拳を振りかぶり、ギドが一歩下がればその立って居た場所に真白の拳が触れる……と同時に地面が大きく砕ける。その振動は今現在校舎内で先生の手伝いをして居る唯の天井にまで響き渡り、上から響く音に唯が首を傾げて居る間にも真白はギドを追う様に動いて居た。

 

「仕方ねぇ。一度……沈めるか」

 

「!」

 

 真白が止まらない事を理解したギドは突然真白から距離を取るのを止めると、攻撃に移る。

 

 子供の姿で放たれた小さなパンチ。だがそれは尻尾以上の威力を誇り、真白が自らの羽を身体に包んで防ごうとするも、その羽がまるで破壊される様にして攻撃を通してしまう。巨大な羽は輝く小さな羽根を残しながら消え去り、空を飛べなくなった真白は再び床へ。それでも立ち上がり、真白は再び背中から羽を出し始める。と同時に羽が光り始め、その光はやがて右手へ。その光景は嘗て、ギドが真白の父親であるエンジェイドの長……ジルと戦った際にも見せた物。そしてその末路は【消滅】。

 

「恨むなら好きにしろ。だが、約束なんでな……そんな事には絶対にさせねぇ!」

 

 このままでは同じ運命を辿ると理解した時、ギドはそう言い放つと一瞬関係の無い方へと視線を向ける。そしてすぐに黒い尻尾の先に力を溜め始める。やがて真白が右手に溜めた白い光を放った時、それに対抗する様にギドも黒い光を放ち始めた。最大にまで溜めた真白の攻撃と、それに気付いて途中までしか溜めて居ないギドの攻撃。だがそれでもギドの方が遥かに威力が高く、周りに壮大な負荷を掛けながらも徐々に真白は押され始める。……やがてギドの力が自分に近づいて来た時、真白は目を閉じた。

 

「止め、ろ……止めろぉぉぉぉ!」

 

 ぶつかり合いによって発生する衝撃波に動く事も出来ずに、だが真白がギドの攻撃に飲まれる事が分かった時。叫んだリトに真白は静かに目を開ける。そしてリトに視線を向けた時、静かに口を動かした。轟音が声を掻き消す中、それでも分かった真白の言葉。

 

『ありがとう、ごめんね』

 

「!」

 

 真白のその言葉にリトが口を開くよりも早く、屋上は大きな光に包まれた。

 

 徐々に視界が戻って行く中、見えるのはギドによって放たれたビームが真白の居る場所を越して地面を削った跡。そこに真白の姿は無く、その攻撃によって消滅してしまったのだとすぐに誰もが分かってしまう。宇宙人であった衝撃よりも真白が居なくなってしまった衝撃にリトが膝から崩れ落ち、春菜が目を見開いて見続け、ララが涙を溢れさせながら飛び出す。

 

「何で! 何で真白を……! 何で!」

 

「……」

 

「パパなら出来たでしょ! 真白を殺さずに止める事が!」

 

「あぁ、出来たな」

 

「! だったら何で……!?」

 

 真白を消してしまったギドに怒りをぶつけるララ。最初はそれに黙り続けていたギドだが、やがてララに言われた言葉に肯定した時。それに更に怒ろうとして、ララはギドの表情に気付く。それは後悔でも無表情でも無い、笑み。そこでララはようやく先程の言葉が『それも出来た』では無く、『それが出来た』である事に気付く。そしてすぐに周りを見渡した時、ララは階段に続く扉の上側に立っているその姿に気付く。鎧を着て1人の少女を横抱きにしているその人物に。

 

「真白……ザスティン!」

 

 ララが気付くと同時にそこから飛び降りたザスティンは真白を横抱きにしたまま歩き始める。ギドはその姿に再び笑みを浮かべ、ララは真白が生きて居る事に涙を流しながら。リトもララの声にすぐにザスティンとその腕に抱えられる真白に気付くと駆け寄り始める。

 

「中々の荒業だったが、成功だな。良くやった」

 

「恐縮です、デビルーク王」

 

「……ねぇザスティン。どうやって助けたの?」

 

「真白殿……いえ、シンシア殿は己の全存在を賭けて攻撃を行いました。つまりそれは消滅してしまうと言う事」

 

「だからまず俺が力を押し返して本人に自分の力を強制的に浴びせ、俺のが当たる前にザスティンに回収させた訳だ」

 

 ギドの言葉に頭を下げて敬意を示すザスティンに、ララは涙を拭いながら質問する。確かにララ達の目の前では光に飲まれたように見えた真白。だがザスティンとギドの説明から飲まれたのは自らが放った光にであり、ギドの攻撃はその寸前でザスティンが回収したことで逃れたのだと説明されれば、安心した様にザスティンの腕に横抱きにされて居る真白の身体に抱き着くララ。っと、ギドはその姿を見て立ち去ろうとする。そしてそれに気付いたリトが少し怯えながらも声を掛ける。

 

「ど、何処に行くんだよ?」

 

「事情が変わったからな。ララ、お前の結婚の件は無しだ。三夢音 真白がシンシアであると分かった以上。認める訳には行かねぇ」

 

「! 真白がエンジェイドだから!? パパを殺そうとしたから!?」

 

「そいつがお前と同じ……【俺の娘だからだ】」

 

 ギドの言葉にララが真白を守る様に立って質問した時、ギドの答えは予想すらして居ない物であった。リトとララがその言葉に思わず呆ける中、ギドは屋上から飛び降りる様にして姿を消してしまう。そうして静寂が支配し始めた時、今まで見る事しか出来て居なかった春菜が真白の状態を見て焦った様に声を上げる。

 

「結城君! ララさん! 三夢音さんが!」

 

 春菜の声に我に返り、真白を見た2人。ザスティンに横抱きにされて居る真白は今現在、眠って居る状況にも関わらず汗を額から噴き出させて苦しんでいた。どう見てもそれは普通では無く、焦るリトとララ。ザスティンも苦しんでいるその姿に揺らさない様にそっとしながらもどうするべきか考える中、同じ様に焦りながらも「お医者さん……かな?」と言った春菜の言葉に3人は一斉にある人物を思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が脱がす必要あったのか……? !?」

 

「殺します!」

 

「ちょ、ま! うわぁぁぁぁ!」

 

 御門の家に眠ったままの真白を見て貰うために駆けこんだリト達。その道中でザスティンからリトの背に場所を変更して運ばれる真白の姿に何時までも待って居たヤミも合流した後、御門の家にたどり着くと同時に行ったのは診やすくする為に服を脱がせると言う行為であった。女性はララとヤミも居る中で何故か御門はリトにお願いし、真白の服を脱がすことになったリト。制服のボタンを外した後に脱がせて見えた下着やその下着すらも脱がして見てしまった胸の天辺等を思いだして顔を赤くした時、それに気付いたヤミがリトに襲い掛かる。

 

 ヤミが襲い掛かり、リトが逃げ続ける中。ララは普段の元気を無くした状態で俯き続けて居た。っと、真白が居るであろう部屋から姿を見せた御門。普段通りに白衣を掛けた状態でポケットに手を入れて出て来た御門の姿にララはすぐに駆け寄る。

 

「真白は大丈夫なの!?」

 

「えぇ、とりあえずは問題無いわ。かなり弱って居る様だから、しばらくは安静にするべきね」

 

「そっか……良かった……」

 

 御門の言葉を聞いて全ての力が抜けたかの様に座り込んだララ。そんな姿を横目に見ながら、御門は追いかけっこが終わっていたリトとヤミに視線を向けると声を掛ける。

 

「しばらくはここで預かるから安心して良いわ。少なくとも春休みの間は殆ど安静ね」

 

「分かりました。じゃあ私は生活用品を取ってきます」

 

「ここに住む気なのね……さて、一体何があったのかしら?」

 

 真白の居る場所にヤミは居る。なら、真白がここで過ごして居る間ヤミもここで過ごすのだろう。御門はそれを理解して少し頭を悩ませる様に言った後、元気を無くして居るララを一度見た後にリトへと質問する。走ったせいで息を荒くしながらも、御門の言葉で真剣な表情になったリトは起きた出来事を説明。ララが元気を無くして居る理由なども聞いた時、御門は椅子に座り込む。

 

「なるほどね。通りであそこまで弱って居るのね。デビルーク王のお蔭で消滅は免れた物の、殆ど生きる力は空に近いもの」

 

「真白は……ううん、シンシアはやっぱり私を恨んでるのかな。パパがシンシアのパパを殺したから」

 

「ララ……」

 

「はぁ……そうかも知れないわね」

 

 弱りきって居る真白がどうしてそうなったのか、その理由を聞いて納得した御門の言葉に続ける様に言ったララ。リトはララが酷く落ち込んでいるその姿にどうにかしたいと思い、だが何も出来ない事と真白に関しての思いに拳を握りしめる。が、そんな2人の姿を見て御門は溜息を吐くと当然の様に告げた。その言葉に肩を揺らしたララと、驚いた様に顔を上げたリト。御門はそんな2人の反応を見ながらもう1度溜息を付く。

 

「まずは話しなさい。何も話さないで相手の気持ちを決めつける事程、すれ違う原因は無いわ。彼女があなた達をどう思って居るのか、これからどうしたいと思って居るのか。よく話して、それから決めなさい。……話せる様になったら、連絡するわ」

 

 御門はそう言いきると立ち上がり、「もう今日は帰りなさい」と2人に言う。既に外は暗くなり始めており、リトは美柑にメールで遅れる事等を伝えてはある物の何と言っていいのか分からずに考え始める。そしてその横で、ララは先程まで失っていた元気を再び見せると「お話しなくちゃ!」と言ってその日を迎える為に心を入れ替えていた。ララが元気を出した事でリトも笑みを浮かべ、2人はそうして帰宅する。美柑にも起きた出来事を掻い摘んで説明し、それからしばらくの間。結城家に三夢音 真白が居ない日々が始まるのだった。



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第24話 偽りを捨てて

 既に彩南高校は春休みに入った中、御門の家の1室では窓から入り込む日差しを足元に受け乍らボーっとしている真白の姿があった。病気の患者が着る様な白い服を身に纏い、窓の向こうに見える木の枝に乗る2匹の雀の姿を見ながら無表情のまま時を過ごし続ける真白。やがてその部屋の扉が開かれた時、ゆっくりとその扉へ視線は向ける。

 

「気分はどうかしら?」

 

「……」

 

 入って来たのは御門であり、放たれた質問に真白は何の仕草もせずに視線を布団の上。自分に掛かる掛け布団へと向ける。

 

 医師である御門は聞かずとも真白の体調が戻りつつあることを分かっている。が、その心まで理解出来る訳では無い。身体は良くなって行こうとも、それを動かす本人の意思が弱っているのであれば御門は治っていると認めなかった。しかし春休みも前半を終え始めており、時間はそんなに残っていない。故に御門は溜息を吐くと、普段ならば数度話をして去って行くにも関わらず椅子を取り出して真白のベッドの横に座り込んだ。

 

「これから、どうするつもり?」

 

「……」

 

「別にここに居ても良いけど、何時までもこうして居られないのは貴女が一番良く分かる筈よ」

 

「……」

 

「いい加減、『逃げる』のは止めなさい」

 

 御門の質問にも、その後に続けた言葉にも反応を示さない真白の姿に御門は2度目の溜息を吐くと立ち上がる。そしてその扉に手を掛けて開いた時、弱弱しくも小さな声がその行動を止めた。

 

「……待っ……て」

 

 真白が御門の家に入院し始めて以降、一度も言葉を発することは無かった。故に微かに聞こえたその声に御門は手を止めて振り返る。先程までは俯き続けていた真白の顔は気付けば真っ直ぐに御門を見ており、その姿を見た御門は何を言いたいのか分かったのだろう。「良いのね?」と質問すれば、真白はその言葉にやがてゆっくりと頷いた。

 

 御門が真白の寝ている部屋から外に出た時、そこにやって来たヤミ。手には果物などを持っており、恐らく真白に食べさせるつもりで来たのだろう。だが部屋から出て来た御門が微笑んでいるその姿を見て、ヤミは首を傾げる。

 

「どうしたのですか?」

 

「準備するわ。彼らを呼ぶ準備を……ね?」

 

 ヤミの質問にそう言って答えた時、持っていた果物が床へと落ちる。だがそれも一瞬、すぐにヤミは「分かりました」と言うと落ちた果物をそのままにその場から飛び出す様に出て行った。御門はヤミが落とした果物を拾い上げると、ヤミの出て行った扉を見る。

 

「あの子も変わっているのね。ふふ」

 

 御門がヤミと初めて出会ったのは彼女が大怪我をして治療目的でやって来た時であった。その時、何処か真白が探している相手と共通する物を感じながらも本人だとは思わずに送り出した御門。その際ヤミは『家族を探しています』と言い、その家族と再会できた事でヤミは真白に依存する様に傍に寄り添っていた。……そして真白に出来た自分以外の新しい家族を認めていなかった。

 

 だがヤミは御門が言う様に変わりつつあるのだろう。最初は目の仇の様にしていた相手と気付けば仲良くなり、今では真白が話せる様になったと分かるや否やそれを知らせる為に外へと飛び出て行った。ヤミが意識的に行っている事なのか、それは定かでは無い。だがヤミが真白の新しい家族と言う存在を認め、大切にし始めているのは間違い無い事であった。

 

 飛び出て行ったヤミの速度からして、家に来るのも時間の問題だと思った御門は来客の準備を始める。そしてその間にも、外に飛び出たヤミは人の波を掻い潜る等の手間を省くために建物から建物へ飛んでいた。そうして辿り着くのは真白と行動を共にする様になって以降、毎日の様に通っていた一軒家。庭へと着地した時、巨大な花とリビングに居たリトがその姿に気付く。

 

「ヤミ!? 何で庭に?」

 

「……話せる様になった様です」

 

「! それって……」

 

 窓を開けて驚きながらヤミに声を掛けたリト。そんな彼にヤミが告げれば、それだけで全てを理解した様にリトが言う。ヤミは静かに目を瞑りながら頷いて答え、再び御門の家へと帰還する為に移動し始める。そして残されたリトは……ヤミ同様、行動を開始していた。急いで2階へと上がり、ララが勝手に改造した部屋兼ラボの扉であるクローゼットを開ける。中に居たのは何かを作っているララであり、突然入って来たリトに気付くとその手を止めて首を傾げた。

 

「どうしたの、リト? そんなに慌てて」

 

「さっきヤミが来たんだ。話せるらしい!」

 

「ほんと! なら今すぐ行こうよ!」

 

「あぁ、行こう!」

 

 リトの言葉を聞いて作業の手を止めると同時に持っていた道具すらも放り投げて笑顔で言うララ。リトもそれに答えると、そのまま美柑の部屋へ。ノックもせずに入って来たその姿に最初はジト目を見せるも、すぐに真白と再会できると分かった美柑は同じ様に外に出る準備を始める。結城家に響く物音は数分続き、やがて玄関の前に3人は集合。3人はそれぞれ頷き合うと、御門の家へ向かう為に外へ出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御門先生! 話せるんだよね!」

 

「えぇ。でも一斉には止めて起きなさい。まだ弱ってる事に変わりは無いわ。……そうね、まずは結城君達だけ入りなさい。お姫様はその後よ」

 

「分かった。行こう、美柑」

 

「うん。少し、緊張するな」

 

 御門の家へとやって来た時、真白が寝ているであろう部屋の前に到着したララは確認の為に詰め寄る様にして質問する。御門はその勢いを予想していた様で、特に変わった様子も無く肯定する。が、すぐに3人居る事に気付くとリトと美柑の入室を許可してララには待つ様に告げる。真白との関係を既に知っているララはその言葉に少しだけ落ち込みはする物の、すぐに納得。リトは美柑に視線を向けて扉に手を掛け、美柑は緊張した面持ちでリトが開いた扉の中へと入る。

 

 部屋の中にあった家具らしき物はベッドと棚のみ。小さく開いた窓から春の心地よい風が入り込んでカーテンを揺らし、そんな何も無い様な世界でベッドの上に座る銀色の髪を持つ少女が窓の外を見ていた。傍にはヤミが扉とは反対の窓側に椅子を置いて座っており、開いた扉から入室したリトと美柑の姿に気付くと視線を向ける。そして外を見ていた真白もまた、2人の姿を見た。

 

「……ぁ」

 

 微かにその姿に声を漏らした時、リトと美柑は久しぶりに見た真白の姿に何も言えなくなってしまう。話したいことは沢山あったにも関わらず、言葉を発することも出来ない中。ヤミが助け船を出す様に部屋の隅にあった椅子を教える。一瞬とは言え切り替える為、リトと美柑は椅子を手に真白のベッドの横。ヤミとは反対の位置に座ると、再び目を合わせた。

 

「その、久しぶり……だな。真白……って、違うんだよ……な?」

 

「……真白……で……良い」

 

「で、でも真白さんの本当の名前は……」

 

「……林檎……と……才培……が、くれた……名前」

 

「え、真白って……父さんと母さんが考えたのか?」

 

 何とか会話を始める事が出来たリト。だが真白の本当の名前を聞いている彼は、何て呼ぶべきか分からなくなってしまう。しかし真白は今まで通りに自分を『真白』と呼んで良いと伝えれば、同じ様に話を聞いて違う名前を知っていた美柑がそれに戸惑う。そんな中で真白はリトと美柑の母親である者の名前、林檎と父親である才培の名前を出すと2人から貰った物だと告げる。初めて出会った時から真白と2人に呼ばれ、真白として紹介された2人は今ここで初めてその名前が2人の付けた物である事を知る。

 

「……シンシア・アンジュ・エンジェイド。私の……【前の名前】」

 

「宇宙人……何だよな?」

 

 改めて名前を名乗った時、真白はそれを過去の名前として言う。ララと同じような形式の名前で屋上での出来事を思い出した時、リトは不安げに。だが大事な事、故に質問すると、真白はその言葉にしばらく黙った後に静かに頷いた。そして2人の顔を見た後、俯きながら口を開いた時。リトと美柑、そして傍に居たヤミは真白の手の甲に水滴が落ちるのを見る。

 

「……ずっと……騙してた。……2人を……林檎と、才培、も。……だから」

 

「一緒に居られない、何て言うなよな」

 

 真白が言いたいことを理解出来た時、その言葉を遮る様にして言ったリト。それに真白が顔を上げた時、2人が表に出していた表情は……笑顔であった。リトも美柑も、普段何気ない時に見せる優しい笑顔を浮かべていた。

 

「私達、ずっと待ってたんだよ? また真白さんと一緒に過ごせる日が来るの」

 

「宇宙人だってのには驚いたけどさ。今まで過ごした時間は嘘じゃないんだ。だから、真白が宇宙人でも俺達の家族である事に変わりは無い。前に言ったろ? 俺達を信用してくれ、って」

 

「!」

 

 騙し続けていた為に自責の念を感じていた真白。だがそんな彼女の不安と後悔をまるで包む様にして美柑が、そしてリトが言う事で真白は落とし始めていた涙を頬に流しながら目を見開く。今までと変わらず、隠していた本当の自分をも受け入れた2人に……真白は涙を止められなかった。するとリトは真白が堪えようとしているのに気付き、徐に立ち上がると真白の頭を抱きしめる。

 

「抑えなくて良い、思いっきり泣けって。それでまた一緒に過ごそう。俺も美柑も、待ってる」

 

 それからしばらくの間、真白は涙を流し続けていた。何時から泣いていなかったのか、その涙はリトの服を沢山濡らし続け、泣き止んだ時にはかなり重くなってしまう。だがそれでもリトは嫌な顔1つせずに真白の頭を撫でながら安心させ、もう1度美柑と一緒に待っている事を告げると、ララと交代する為に部屋を後にする。泣き止み、少しだけ目の下を赤くしながらも受け入れてもらえた事が嬉しかったのかほんの僅かに笑みを浮かべる真白。ヤミはそんな姿に嬉しくなり、そして寂しくも感じ始めていた。

 

 少しだけ時が経った時、小さく響く部屋の扉。誰かがノックした証明であり、ゆっくりと開いた扉から姿を現したのは……桃色の髪を揺らして瞳を不安げに揺らすララの姿であった。音で扉に視線を向けていた真白はララの登場に何も反応せずに見つめ、ララはそんな真白の姿に近づき始める。と、今までずっと一緒に居たヤミが立ち上がった。

 

「私は席を外します……」

 

 今まで命のやり取りを沢山行っていたヤミだからこそ、真白がどの様な決断を下すか分からないこの場所に。復讐を行うかも知れないこの場所に居るべきでは無いと感じたのだろう。だがそれだけでは無く、どの様な答えが出るのかヤミなりに予想は付いているのだろう。ララだけを残し、真白と2人きりにした時。ララは真白の前で突然頭を下げた。

 

「御免なさい!」

 

「……」

 

「私、何にも分かって無かった。ううん、分かろうとしてなかった。本当は最初に見た時、何処かで会った事がある気がして。でも思いだそうともしないで、真白がデビルークを恨んでる事も知らずに……私、ずっと酷い事してた」

 

 ララはあの日以降、話をすると同時に自分が今までして来た事を思いだして真白が自分を責める様に自責の念に駆られていた。真白からしてみれば自分は仇の娘。デビルークが嫌いな筈の真白にとって、自分と居る時間は辛い時間であっただろうと。そしてもう1つ。デビルークとエンジェイドが長い戦い故に親交もあった際、真白はシンシアとしてララと出会っている。遊んだこともあり、故にそれをちゃんと思い出せなかった事もララが自分を責める要因の1つである。

 

 ゆっくりと顔を上げた時、ララは先程の真白の様に涙を流していた。自分の事を責め、謝り、これから真白が自分の嫌ってしまう未来を想像した時、ララは涙を流さずにはいられなかった。

 

「……私の……父……は、デビルークに……デビルーク王に、殺された……」

 

「! そう、だね」

 

「……ララは……デビルーク王の……娘」

 

「うん。……ねぇ、真白。私ね、考えたの。パパを許して何て言えない。だけどもし、もしも真白の気持ちが少しでも救われるなら……私……」

 

 そこまで言った時、ララは真白の瞳が何かを言おうとしている事に気付いた。そしてその場所からは動かずに手を伸ばし、ララの身体へと手を伸ばし始める。許しては貰えない、でも責めてその苦しみは軽くしたい。そんなララの気持ちは本気の様で、何をされるか定かでも無いその手に近づき始める。……そしてその手が身体に触れた時、ララが感じたのは痛みでも苦しみでも無かった。

 

 優しく包む様にララの手を両手で握り、自分の胸へと持って行き始めた真白。ララがそれに驚く中、真白はその体勢のまま口を開く。

 

「……ララは……友達。……私の、初めての……友達」

 

「真、白……?」

 

 遥か昔、ララとシンシアであった真白が出会った時。2人は友達になった。戦いが行われている種族であろうとも、子供である2人には余り関係の無い事。種族の数が少なかったエンジェイドで長の娘であるシンシアは友達と言う存在が居らず、故に無邪気で今と変わらず天真爛漫であったララと出会った時。シンシアは初めて友達と言う存在を知る。

 

 真白にとって、初めての友達はララであった。相手が仇の娘だと分かっていても、その事実は変わらない。だからこそ、真白はララに恨みを押し付ける事をしないと決める。デビルークと言う種族は恨んでいても、ララと言う存在を恨むことはしないと。

 

「真白……私、は……また、友達になっても、良いの? これからも、一緒に居て、良いの?」

 

「ん……」

 

 真白の言葉で自分が許されたと理解した時、再び涙を流し始めたララ。涙で途切れながらも言った言葉に真白が頷けば、ララは真白の身体に抱き着いて真白のすぐ隣で泣き続けた。自分よりも小さな身体を抱きしめて、もう出来ないと覚悟すら決めていたその温もりを離さないとばかりに。……やがて泣き止んだ時、ララは真白の肩に手を置いて真っ直ぐにその目を見る。

 

「真白……改めて言うね? 私は、真白の事が好き。宇宙で一番、貴女の事が好き。今はもう1度友達から。だけど何時か必ず振り向いて貰える様に私、頑張るから」

 

 今までもずっと表に出していた感情を改めてしっかりと告げた時、真白は慣れた筈のその言葉に驚く様に目を見開く。そしてそれと同時に部屋の扉が開かれ、御門が入室した。

 

「そろそろ休まないと身体に障るわ」

 

「そっか……真白、またね!」

 

 リトと美柑と行った会話にララとの会話。それは合わせれば数時間に渡り、流石に完全回復している訳では無い真白にも厳しい物なのだろう。本人は特に何も感じていない様だが、本人よりも本人の身体に詳しい御門が言えば、文句1つ言わずにララは真白から手を離す。そして笑顔で告げて部屋から外へと出て行った。笑顔で出て行くその姿に御門は喧嘩では無いが、上手く仲直りが出来たと分かったのだろう。「見送って来るわ」と言って部屋を後にする。

 

 唯一取り残された真白は、朝の様に窓の外を見る。まだ明るいが、徐々に夕方に差し掛かり始める時刻。木の枝に居た雀達も飛び立った後であり、真白は今日あった出来事を思い出すとその無表情を崩す。頬が上がり、生まれる優しい笑みは誰にも見られる事は無い。だが確かにこの日、真白は『笑った』のであった。



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2年生
第25話 騒がしい新学期


 春休みが終わり、新しい学期が始まる日。最初の登校日であるこの日、真白はヤミと共に結城家へと辿り着くとその玄関を開ける。するとその向こうに居たのは、今から朝のお風呂に入ろうとしているララの姿。手にはバスタオルを持ち、裸のまま立っていた彼女は真白が来ると同時に笑顔で出迎える。そしてその身体に容赦なく飛びついた。体格差からして潰されてしまうが、真白は何とかそれを受け止めると倒れない様に後ろでヤミが真白の背中を支えた。

 

「おはよう真白! 一緒にお風呂入ろうよ!」

 

「……ご飯……作る」

 

「あ、そうだった。じゃあじゃあ、ヤミちゃん一緒に入ろうよ!」

 

「え?」

 

 一緒の入浴に誘われた真白。だが首を横に振ってそれを断ると、ララは思い出した様に言った後に真白を支えていたヤミを誘う。突然の誘いに思わず聞き返す中、ヤミの手を引いてお風呂場へと直行するララ。巻き込まれてしまったヤミを目にし乍ら、真白は静かに溜息を吐いた。真白が結城家へと通い始めるのを再開したのはこの日が最初。故にララは久しぶりの出会いに気分が上がっているのだろう。

 

 つい先日まで御門の家で最後の最後まで過ごしていた真白にとって、約1月の間は長いもの。久しぶりの結城家を見渡し、リビングへと入った真白を迎えたのはリビングの椅子に座って入って来るのを待っていた美柑であった。

 

「あ、真白さん。おはよう……それとお帰り!」

 

「……ただいま」

 

 何時もとは違う出迎え。真白が再び通い始める様になった事に関しての喜びを笑顔と言葉で表現した美柑は真白が鞄を何時もの場所に置く姿を見た後に朝ご飯に何を作るのかを質問する。材料は何があるのかを確認して、ご飯が炊けているのも確認した後に取り出したのは卵と味噌汁の材料。それだけですぐに何を作るのかを理解した美柑は、真白から味噌汁の具材を貰うと調理を始める。お互いに使う場所はガスコンロ。故に至近距離で並んで。

 

「またこうして一緒に作れるの、楽しみにしてたんだよ?」

 

「……そう」

 

 真白が結城家に来れなくなってしばらくの間、美柑は時折手伝ってくれるリトやララと共に家事を行っていた。やり難い等と言う事は無かったが、それでもやはり普段から一緒に行っている相手で無いと稀に違和感を感じてしまうのは当然の事。故に見慣れたその姿が横に居ると言う事は安心感のある物であり、美柑は鍋に火を掛け乍ら真白に告げる。と、真白は卵を片手で割りながらそれに静かに返した。変わらぬ表情と抑揚の無い返事。だが何時もと同じそれに、美柑は微笑みを浮かべる。

 

 それから朝食を作り続けていた2人。やがて真白が目玉焼きを5つ作り、美柑が味噌汁を作り終えると小さなお皿を1つ取り出してお互いに味見を行う。丁度良い濃さと美味しいと思える味に真白が頷けば、美柑は小さく「よし!」と言って喜ぶ。そして真白と美柑で配膳を行い、5ヵ所に並べ終える直前で美柑がリトを呼び始める。っと、少しして玄関が開く音が聞こえ始めた。どうやらリトは部屋では無く、庭の周り等にある植物に水を与えていた様子。だが扉が開いてすぐに聞こえ始めるのはララの声。最悪のタイミングであった。

 

『なっ! 風呂の後に裸でうろつくな!』

 

『だって、ペケが居ないんだもん』

 

『!? 結城 リト!』

 

『って、何でヤミまで!?』

 

「……」

 

 リビングとの間を閉じる扉の向こうから聞こえる3人の声。お風呂から上がったララと遭遇したのだろう。そしてララに連れて行かれたヤミも当然存在しており、ララによって連れられていたところでリトと遭遇。怒り出したことから、見られるのは不愉快な恰好をしていたのはまず間違い無い。暴れる様な音が響く中、真白はリビングの向こう側を想像して扉をジト目で見つめる。……しばらくした後、ペケによって制服を来たララと普段の黒い服を着用したヤミ。そして理不尽に攻撃されて肩を落とすリトが入り始める。

 

「……お疲れ」

 

「朝から酷い目に、って真白!? あぁ、だからヤミも居たのか。……お帰り、真白」

 

「美味しそう! 早く食べようよ!」

 

 朝から酷い目に遭ったことで元気を無くしていたその姿を軽く慰めた真白に返事をし乍ら気付いたリト。ヤミが居た事にも納得して美柑と同じ様に真白を迎えれば、ララがテーブルに置かれている朝食に気付いて楽しみとばかりに喜び始める。

 

 リト達がそれぞれ定位置に座り、美柑と真白もお茶碗にご飯をよそって全員分のご飯を配り終えると席へ。美柑が手を合わせて「それでは」と一言。全員が手を合わせ、告げた。

 

≪頂きます!≫

 

「……頂き……ます」

 

「頂きます」

 

 合わせる事になれている3人の元気な声と、途切れ乍ら言う真白の声。そして抑揚の無いまま、それでもしっかりと行うヤミの声が同時に部屋の中へと響き、そして5人は朝食を食べ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白と美柑が食事の後片付けを行う間、リトとララは学校に行く準備を始める。ヤミは片づけ終わったテーブルを拭いて居り、やがて2人が降りて来る頃には片づけも終了。5人は外へと出た後に戸締りを確認して学校へと向かい始める。道中で美柑と別れ、ヤミとも別れると真白・リト・ララの3人に。普段ならば真白は当たり前の様に先に行ってしまうが、この日歩幅を合わせて並んで歩いていた。それもその筈、今現在真白の片手はララに握られているのだから。

 

「楽しみだね、新学期!」

 

「2年生か……考えて見れば去年は色々あったよな、ほんと」

 

 ふと手を離したララは真白の前に立って後ろ歩きに進みながら2人に笑顔で言う。本心から学校を楽しみにしている様で、リトはそんな姿に自分達が進級することを。そして1年生の間にあった出来事を思い返す。宇宙人であるララと出会い、様々な事に巻き込まれ、そして家族である真白の秘密も知った。濃くも充実した、普通じゃ経験できない1年間だったのだろう。大変であった筈の日々を思い出し、それでもリトは笑みを浮かべていた。

 

 ふとリトは横を歩く真白を見る。手を離されても先に行くこと無く、自分達と同じ速度で歩くその姿に去年との違いを再びリトは実感する。っと、リトは少し先に見えたその姿に一瞬で緊張した様な表情になる。突然の変化にララが首を傾げる中、真白はララの向こう側に見えるその姿を確認した。去年と変わらず、藍色のショートヘアにヘアピンを付けた清楚な印象を持つ少女。

 

「あ、春菜!」

 

 ララが振り返ると同時にその姿に気付き、名前を呼びながら手を振れば春菜も微笑みながら小さく手を振り返す。距離はそこまで遠い訳でも無く、合流すると同時に笑顔で挨拶を行った2人。当然その傍に居たリトと真白にも目線は動いた。

 

「おはよう、結城君。三夢音さん」

 

「お、おはよう! 西連寺!」

 

「ん……おはよう」

 

 去年と変わらず、だが明らかに距離の縮まったごく自然に行われる挨拶。リトは目に見えて緊張しながらそれに返し、真白は特に変わらずにそれに返す。春休みに入る前、ギドと真白の争う姿などを見ていた春菜は既に真白が宇宙人である事を知っている。が、実はそれ以前に真白は不参加で行われていた春菜の誕生日会でララが宇宙人である事を知っていた春菜。故に免疫が既に付いていたのだろう。その事に深く触れる事も無く「体調は大丈夫?」と真白に質問すれば、真白は静かに頷いて平気である事を示した。

 

 彩南高校へと辿り着いた4人。下駄箱は変わらず、向かう教室も既に分かっている4人は靴を履き替えると決められた教室へ。去年は真白以外が同じクラスであったが、今年は真白もリト達と同じクラスであった。他にも里紗や未央もおり、真白は教室に到着するとまずは自分の席へ。その後、真っ直ぐに向かったのは……唯の席であった。

 

「……おはよう」

 

「おはよう、久しぶりね。終業式の時に居なかったのは少々心配だったけれど、平気そうね」

 

「ん……同じ教室……嬉しい」

 

「そ、そうね……でもあの子も同じクラスなのね」

 

 前回同じクラスであった唯も同じクラスであり、ララが他の生徒達に挨拶を行っている間に真白は唯に話しかける。朝の挨拶から始まり、春休みに終業式前から体調を崩したと言う事で休み始めた真白が普段と変わらずに目の前に居る事に薄く微笑みながら言う唯。真白はそれに肯定し、一緒のクラスである事の喜びをそのまま伝える。唯はその直球な言葉に少し狼狽えながらも答え、そして少し睨む様にしてララに視線を向けた。

 

 唯にとってララと言う存在は自分の友人の友人であり、学校の風紀を乱す存在であった。ふざけた事を嫌う唯は今まで隣のクラスだった事もあり、ララの行動を我慢していたのだろう。だがこうして一緒になった今、唯の心は決まっていた。

 

「私が同じクラスになったからには、好き勝手にはさせないわ」

 

「……」

 

 そう言って強い意志を示した唯の姿を真白は何も言わずに見続ける。その後、授業では無く新しい教室や廊下の掃除を始める事になった生徒達。当然真白達も掃除する為に道具を手に行動を開始する。何時もなら掃除をする際には1人か唯とだった真白。だが同じクラスになった事で、ララが真白を連れて行動を開始していた。そしてそれを見守る様にリトも同じ場所を掃除し始める。

 

 場所は教室の目の前の廊下。ララと真白は箒を手に、リトは雑巾を手に掃除をしていた時。ララに声を掛ける人物が現れた。それは先程まで話をしていた唯であり、ララが呼ばれた事で真白とリトも視線を向ける。

 

「話があるんだけど、良いかしら?」

 

「あ、真白のお友達だよね! えっと……」

 

「古手川 唯。元1-Bのクラス委員よ」

 

 声を掛けられた時、ララは真白を誘う際に何度も見掛けていたその姿に笑顔で返事をし乍らも名前を思い出そうとする。だが正式に自己紹介をした事は無く、唯はここで初めてララに自分の名前を教えると同時に前にクラス委員であった事も告げた。真白は唯が何を言うのか分からず見つめ続け、唯は自分を見ているララ・リト・真白の姿を一度見るとララに真っ直ぐ指を差した。

 

「1年の時はA組のクラス委員だった西連寺さんが甘いせいで好き勝手出来ていた様だけど、私が同じクラスになった以上そうは行かないわ!」

 

「? 好き勝手?」

 

「恍けないで! 貴女が学校中を引っ掻き回してるのは周知の事実よ。……それに」

 

「それに……?」

 

 宣戦布告の様に告げた唯の言葉にララが首を傾げると、唯はまるで分かっていないその姿に強く告げる。そして何かを言おうとするも、途中で止まってしまった言葉にリトが聞く。すると後ろに居た真白と唯の視線が一度会い、「あ……」と小さく何かを告げた後に少しだけ頬を赤くしながらも咳ばらいを行った。

 

「と、とにかく。これから貴女の好き勝手にはさせないわ。大体何! その尻尾は!」

 

 何かの言葉を無理やり隠し、ララに告げた唯はララの後ろから生えて居るゆらゆらと揺れる尻尾を指さす。分かって居る人にはそれは本物であると分かるも、ララが宇宙人である事を……それ以前にそもそも宇宙人と言う存在が居る事を知らない唯にとってそれはララが勝手に持って来て居る玩具としか思えない物。故に注意するも、ララが説明しようとした時。それを遮る様にして別の場所を掃除して居た筈の里紗がララに後ろから抱き着き始めた。

 

「本物だもんねー? だってララちぃ、宇宙人だもん!」

 

「え? 宇宙人?」

 

 里紗の言葉に傍に居た未央が「ねー!」と合いの手を入れる中、唯は『宇宙人』と言う言葉が理解出来ず聞き返す。意味は理解出来ていたとしても、その存在を認める等普通ではありえない事。が、里紗はそれを証明する様にララを尻尾を握り、そして擦り始めた。

 

「ひぁ! や、やめっ……てぇ……!」

 

 最初握られて身体を跳ねさせたララは、次に擦られる事で喘ぎ声を漏らし始める。実はララの尻尾は本人にとって一番敏感な部分であり、故にその様な攻めをされれば身体から力も抜けてしまうと言う言わば弱点の様な場所であった。余りにも色っぽく声を上げるララの姿に唯が顔を赤くして注意する中、リトも顔を赤くして。真白は既に掃除に戻っていた。

 

 突然遠くからリトの元へと大声を上げて走って来る人物が現れる。それは去年転入して来たリトとララと同じクラスであった生徒、レン。どうやらララに好意を抱く彼はリトとララが一緒に居ると言う事が余り認められなかったらしい。リトへと飛びかかり、胸倉を掴んで怒る中。喧嘩を止めようとした唯が2人の間に入れば、唯の長い髪がレンの鼻先に振れる。するとレンはそれによって誘発される様にくしゃみを起こし……その姿を変えた。

 

 薄い浅葱色の肩下まで伸びた髪。2本だけ上に立つ世間一般で言うアホ毛。その姿は何時だかに真白を誘った、ララにルンと呼ばれた少女であった。レンと言う男子生徒からルンと言う見た事も無い女子生徒に一瞬で変わった事にその場に居た全員が絶句する中、男子生徒用の制服をブカブカの状態で着ていたルンは周りを見渡す。そして変わった事に同じ様に見つめていた掃除中の真白を視界に捉えた。

 

「真白ちゃん!」

 

「!」

 

 朝結城家にたどり着くと同時に飛びつくララの様に、飛びかかって来たルン。真白はその身体を何とか受け止めようとするも、勢いが強すぎた事もあって壁に背中を打ちつけてしまう。が、ルンはそんな事を知る気も無く真白の身体に。胸に制服越しに顔をこすりつけ始めた。一方、レンが女の子になった事についてララが同じ宇宙人である事を説明し始める。

 

 本来レンでありルンである存在はメモルゼ星人と呼ばれる宇宙人であり、『男女変換能力』と言う性質を持っていた。本来ならばそう簡単に入れ替わる事等無い筈の2人。だが宇宙とは違う地球では環境が違うためか、『くしゃみ』を行うと変わってしまうと言う体質になってしまっていた。そしてそれをララは簡潔に『レンちゃんはくしゃみするとルンちゃんに変わる宇宙人』と説明。里紗と未央は疑いも無くそれに納得する中、唯は目の前で変わった姿を。そして真白に抱き着いている姿を見て我に返ると、引き剥がそうとする。

 

「貴女、真白が困ってるでしょ! 離れなさい!」

 

「嫌! それに困ってる訳無い! 真白ちゃんは私を受け入れてくれるから!」

 

「! このっ! って、きゃぁ!」

 

 唯の注意に首を横に振って恍惚とした表情を浮かべながら真白の胸の間に顔を埋めるルン。離れる様子の無いその姿に唯がルンの両腕を持って引っ張ろうとした時、思ったよりも簡単に剥がれてしまった事に驚くと共に後ろへと勢いよく下がってしまう。その先に居たのは先程まで説明していたララであり、後ろ向きで近づいて来る唯に気付いた時には時既に遅く、2人はぶつかってしまう。

 

「イテ」

 

「え? ……!」

 

「あ、ペケが取れちゃった」

 

 唯がぶつかってしまった事で倒れてしまった体勢を直そうとした時、小さく聞こえた何処かから聞こえる声に一瞬周りを見る。そしてその中で制服を着ていた筈のララが裸になっている姿に気付き、顔を真っ赤にし始める。どうやら唯がぶつかった拍子にペケが外れ、地面に落ちた事でペケが小さく声を上げたのだろう。それと同時にララの服を具現化しているペケが居なくなった事で、全てが無くなってしまったララ。他にも生徒が居る中で焦った様子も無く言うララだが、里紗と未央も流石に焦って他の男子の目からララの身体を隠す。

 

「えへへ、真白ちゃ~ん!」

 

「……ペケ」

 

「ら、ララ様の服が! 真白さん、お願いします!」

 

「ん……!」

 

 再びルンに抱き着かれた状態で、真白は落ちて来たペケに手を伸ばす。自分が落ちた事に焦り始めていたペケは飛ぶ事も忘れており、真白に拾われた事ですぐに戻る方法として真白に投げて貰う事を考えた。真白も同じ事を考えており、説明せずともペケがお願いすれば真白は頷いてその体勢のままペケを投擲。綺麗にペケはララの髪に引っかかり、それと同時に制服を瞬時に修復し始めた。

 

「これで一先ず安心です」

 

「あ、ペケ! 真白が拾ってくれたの? ありがとう!」

 

「こ、こんな場所で裸になる何て……破廉恥な!」

 

 何とかなった事に安心するペケ。戻って来た事とその方向から真白がペケを投げたと分かり、笑顔でお礼を言うララ。一時とは言え学校の中で裸になったと言う事実に赤面し、非常識なララに向けて言い放つ唯。リトは既にララの裸に煙を出して意識を失いかけており、里紗と未央は何とかなった事に胸を撫で下ろす。掃除の時間は既に終わりに近づいており、真白は自分から離れないルンを相手に静かに溜息を付きながらも終わりの鐘が鳴るその時を待つのであった。



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第26話 クラス委員に相応しい者

な、何故か昨日だけでお気に入り件数が98件も増えて居る……吃驚です。


 クラス替えが行われた事で生徒達は一様に係や役職などから一時的に解放される事になる。だがそれは短い時間。授業が始まるよりも前に再びそれぞれの生徒達が何かの役割を担う為に、改めて役職を決める事となる。

 

 真白達のクラスの担任である高齢の先生……骨川によってまずはクラスを纏める為に必要な存在、クラス委員を決める事となった教室内。男子と女子で1人ずつ決める中、誰よりも最初に手を上げたのは去年もB組のクラス委員であった唯であった。真白はそれを予測していた様で、唯より少し離れた自分の席からそれを見守る。

 

 この教室には1年生の時にクラス委員であった存在が2人居た。1人は唯であり、もう1人はA組のクラス委員であった春菜。故に春菜も立候補をするかと思われたが、本人は部活などに精を出すために考えている様子であった。故に他に立候補者が居ない事で決まるかと思われた時、思わぬ人物が手を上げる。その人物に唯が、リトが、春菜が一様に驚き、真白も少し目を大きく開けて微かに驚く様な表情を見せる。

 

「ら、ララ!? 本気かよ!」

 

「? うん、何か面白そうだもん! 分からない事は春菜に聞くから大丈夫!」

 

 リトが立ち上がって驚き焦るその姿に首を傾げ乍ら笑顔で返したもう1人の立候補者、ララ。春菜は自分の名前が出た事に驚きながらも教えると言う事に関しては断らず、リトは辞める気の無いララに諦めた様に席に座る。唯は相手がララと言う事で燃え上がり、そんな光景に真白は溜息を吐いてこの先の事を不安に思うしか無かった。

 

 2人の立候補者が出た事で、投票で決める事になったA組。しかしそれはすぐでは無く、次の時間まで。故に唯は休み時間になると、まるで選挙の演説の様にクラスの生徒達に話を始める。根っから真面目である唯のその主張は固くも間違った者では無く、数人の生徒が話に拍手を送る中。真白は休み時間を読書で過ごしていた。1年生の時から友達と言えば唯しか居なかったため、唯が居なければ本を読んで過ごしていた真白。だが今年から彼女に本を読む時間は早々訪れないだろう。……真白が1人になる事を許さない存在が居るからである。

 

「真白! 真白は何かこのクラスに望む事、ある?」

 

「……無い」

 

「えー! リトと同じで参考にならないよ。何か無いの? 何でも良いんだよ?」

 

「……ん……無い」

 

 ララはララなりにクラスの望みを聞いて回っていたのだろう。当然同じクラスである真白を見逃す筈も無く、本を読んでいる真白のすぐ目の前に立って質問したその言葉に真白は一度首を傾げ乍らも答える。余りクラスと言う物に関心を持っていない真白は、嫌な事も良い事も特に無いのだろう。参考にならないその答えにララは文句を言いながらも深く答えを聞きだそうとする。が、結果は変わらない。それでも少し考える様にしただけ、真白なりに頑張った事であった。

 

 真白の望みが無いと分かったララは次の人に聞くために移動し始める。離れて行くその姿を見て真白は再び本に視線を戻そうとするも、すぐ隣にまた誰かが立った事で真白は顔を上げる。そこに居たのは先程まで演説を行っていた唯であった。

 

「貴女の友達を悪く言うつもりなんて無い。でも、あの子に任せるのだけは絶対に駄目よ。だからこそ、私は負けられないわ」

 

「……」

 

 投票することを頼むなんて事はせず、だが強い意志を示して去って行く唯の後姿を見続けた真白。休み時間は後少しで終わり、投票の時間が迫る中。真白はクラスの生徒達を見回した。リトと春菜はララに着いて行って廊下へ。唯も廊下へと出ている為、生徒達はそれぞれ誰に投票するかと話し続けていた。するとその生徒達の内、2人の女子生徒……里紗と未央が真白に近づき始める。

 

「ねぇねぇ、三夢音さんはどっちに入れる?」

 

「古手川さんだと色々厳しくなりそうだよね。かと言ってララちぃに入れるのも少し心配かな~?」

 

「……難しい」

 

 里紗と未央はララと友達になり、その経緯で真白と話をする事が今までに数度あった。そんなに長い時間では無いが、人と関わる事を得意としていた2人はその時間だけで真白と言う存在の性格などをある程度理解したのだろう。何の違和感も無く話しかけ、真白の言葉に≪だよね~!≫と合わせ乍ら相槌を打つ2人。その後も真白は今まで通り最低限の言葉で、だがそれでも2人と会話を行い続ける。やがて顔を真っ赤にして逃げる様に教室へ入って来る唯に、何故かボロボロになっているリトとそれを心配そうに見る春菜。そして変わらぬ笑顔を見せ乍らララが教室に戻ってくれば、生徒達の視線はその4人に向く。

 

「あ……私、今良い事思いついちゃった!」

 

「私も!」

 

「?」

 

 順番に入って来るその姿を見て2人が何かを思いついたと言う中、真白はどうして唯が真っ赤でリトがボロボロなのか。そして2人が何を思いついたのか分からず首を傾げる。と、思いついた事を説明する様に周りには聞こえない声で未央が真白に囁きながら教えた。真白はそれに最初は反応を示さない物の、やがて静かに頷いて返す。見れば周りの生徒達も誰に入れるのかもう決めている様であり、チャイムが鳴り始めた事で全員は席へ。真白も本をしまい、そして投票の時間が訪れる。

 

 配られる投票用紙を受け取り、そこに名前を書いて順番に用意されていた投票箱の中へ。それを順番に繰り返し、やがて投票の時間は終了する。緊張が続く中、投票用紙を順番に開いて数を数える骨川の姿を息を飲んで見つめる唯。35人で形成されているクラス故に投票用紙も35枚。それを数える時間などそう長くは無く、まずは男子のクラス委員は1人だったと言う事で的目 あげるという生徒が決まったと発表され、次に女子のクラス委員が発表される。

 

「集計の結果ぁ……ララくんが2票」

 

 35人中2人しか選ばれていないと言う事実に唯は勝利を確信し、笑顔を見せる。だが次に告げた骨川の言葉でその表情は一変した。

 

「それで、古手川くんも2票」

 

「……は?」

 

「西連寺くん、31票。と言う訳で西連寺くんにクラス委員はお願いしまふ」

 

「わ、私……?」

 

 立候補した唯でもララでも無く、31人の票を受け取ったのは春菜であった。自分が選ばれた事に驚く中、里紗と未央は去年同じクラスだった事もあって慣れているからと理由を言い始める。ララは自分が選ばれなかった事に特にショックを受けた訳でも無く、自分も春菜に入れたと告げれば思わずずっこけてしまったリト。燃え尽きている唯を横目に、真白は里紗に言われた言葉を思い出していた。

 

『古手川さんでもララちぃでも無く、春菜に入れるのってどう?』

 

 恐らく思い至ったのはその時教室に戻って来た4人の姿を見たからだろう。真っ赤になって走り込む様に教室に逃げ込む唯よりも、常に笑顔を浮かべているララよりも、目の前でボロボロになっているリトを心配する春菜の方がクラスを纏める存在に相応しいと。決して唯とララがそうで無いと言う訳では無いが、クラスメイトの事を気に掛ける優しさを一番に持っているのは春菜だとその時誰もが思ったのだろう。故に里紗や未央だけでなく、クラスの殆どが春菜へと投票したのだと真白は理解する。

 

 教壇の向こうに立つ春菜の姿にショックで燃え尽きている唯を放置して、その後は様々な内容が決まって行く。次の休み時間になった時、真白は唯を慰めた方が良いかと思いながらその時間を過ごすのであった。



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第27話 新田 晴子の家庭訪問

 学校も既に終わったその日、美柑は頭を悩ませていた。それは今日、小学校の担任が結城家にやって来る家庭訪問の日であり、だが父親である才培は漫画の締め切りが迫っている為に帰って来れないと言う問題が発生していたからである。家に居るのは普段と変わらずに兄であるリトと珍しくヤミと一緒では無い家族である真白。そして居候であるララのみ。親が居ない現状、別の日にして貰う事を考えはする物の既にそれは何度も繰り返していた。

 

「あ! 私に良い考えがあるよ!」

 

≪?≫

 

 美柑からの相談を受けていたリト達は突然ララが思いついたその内容に少しだけ不安に思いながらも首を傾げる。ララが思いついた事。それは才培が居ないのであれば、『リトが才培になれば良い』と言う物であった。そんな事が上手く行くとは到底思えないが、他に何か思いつく事も無かった為に行動する事にしたリト達。オレンジ色の髪を黒にする為にカツラを被り、太い眉毛を作る為に付けまつげを付け、頭に大漁と書いた白い鉢巻を付ける。メイクは全てララが行い、そうして出来上がったのは……無理のある若い才培であった。

 

 緊張した面持ちで家庭訪問の時間を待つリト。やがてインターホンが鳴り、扉を開いた向こうに居たのは眼鏡を掛けた女性教師……新田 晴子であった。リトが緊張する様に晴子も緊張した面持ちであり、リトは才培として自己紹介を行う。流石にばれると思った美柑。だが晴子はそれを疑う事無く、目を輝かせて才培として存在するリトを見ていた。

 

 普段使うリビングでは無く、応接間として畳の居間へと晴子を通したリト達。今の今まで見ているだけだった真白はその時その場から一度姿を消すと、話をしている居間へと遅れて入る。その手にはお盆があり、お盆の上には湯呑と急須が用意されていた。そして対面で座るリトと晴子の間。テーブル横側に座り、急須で湯呑にお茶を注いで静かに晴子の前へ。

 

「……どうぞ」

 

「あ、お構いなく……」

 

 差し出された湯呑を前に返しながらも真白を凝視する晴子。母親が家に居ない事を既に先生故に知っていた晴子は真白の存在とララの存在が非常に気になっていたのだ。ララは先程美柑が『親戚のお姉ちゃん』と誤魔化した事で済んでいたが、真白はまだ何の紹介もされて居ない。故にお茶を一度啜り、真白を見て「貴女も親戚の方?」と少々不安そうに質問する。と、真白は少し考える様に美柑に視線を向ける。美柑は何とか上手く誤魔化して欲しいと言った目で真白を見つめており、その目を見て真白は晴子に視線を戻す。

 

「……姉」

 

「え? あ、お姉さんでしたか」

 

 真白の答えに内心で余り似ていないと思いながらも納得した晴子。その後リトが緊張と嘘が苦手な事が重なって変な口調になりながらも先生との話は続く。学校での美柑の印象は成績優秀でクラスからの人望も厚いと聞かされ、胸を張る美柑。姉として聞いていた真白はそんな美柑の姿に静かに近づくと、徐にその頭を撫で始める。それは真白なりに姉として、妹を褒める為に行った行為。だがされた美柑は一瞬固まり、顔を赤くしながら真白に振り返る。

 

「なっ……っ! 何してるのまし……お姉ちゃん!」

 

「?」

 

「ふふ、仲が良いのね」

 

 焦る美柑に首を傾げる真白。そんな2人の姿を見て晴子が笑みを浮かべる中、リトが美柑の評価を聞いて『親父も喜びます』とボロを出してしまう。当然それを聞いて晴子が聞き返し、焦り始めるリト。そんな姿にララが何かを思いついた様に部屋を飛び出してしまう。何かをしようとしているのは確実であり、追い掛けようとする美柑。だが真白はそんな美柑の肩を掴むと、代わりにララを追って部屋を出て行く。家庭訪問は先生と親、そして生徒の3人が揃ってこそ成立する者。美柑がそこから居なくなる訳には行かないのだ。

 

 ララが向かった先は自分の部屋であり、真白はララの部屋に向かう為にまず通るべきリトの部屋を通過する。クローゼットを開けたその先に居たのは冷蔵庫の様な物を開けているララの姿。何かを探しており、真白が近づき始めた時。「あった!」と言って1本の瓶を取り出す。その中には謎の液体が入っており、真白はララの持つそれを見て首を傾げた。ララは何時の間にか入っていた真白に気付くと、その姿を見て説明を始める。

 

「デビルークのハーブが入ったドリンクだよ! これを飲めば心が落ち着くの!」

 

「……」

 

 ララの発明品はその殆どが不安を感じさせるもの。だが今現在持っているそれはララが発明した物では無い様で、真白はララの説明を受けて少し黙った後に頷いて戻り始める。ララもその背に着いて行き、2階から降りた2人の前には何故か廊下に出ているリトと美柑の姿。どうやら緊張の余り何か失態をリトがしてしまったらしく、美柑から注意を受けていた。

 

「リト! 良い物持って来たよ!」

 

「? ララさん、それ何?」

 

 話す2人の元にドリンクを手に声を掛けるララ。ララの持つそれを見て真白同様に疑問を抱き、質問した美柑に同じ様に説明をしたララはリトの答えを聞かずにそのドリンクの蓋を開けるとほぼ無理矢理それを飲ませ始める。すると瞬く間にリトの頬は上気し、まるで酔っぱらっているかの様にフラフラし始めた。どう見ても大丈夫では無いその状態で、それでもララはリトを晴子の元へと返してしまう。

 

「……変」

 

「うん。どう見てもリト、可笑しく無い?」

 

「ふむ。どうやらあのハーブは地球人が服用するとアルコールに近い作用がある様ですね」

 

 真白の言葉に美柑も頷いた時、ペケがリトの姿を見ながら言った一言に真白と美柑はお互いに顔を見合う。酔っぱらって居るかの様では無く、本当に酔っぱらっているとなれば不味い事は明らかなのだ。リトはまだ学生でアルコールを取って良い年齢では無い。嫌な予感がした時、それは目の前で現実に起きてしまう。

 

「あれ~~?」

 

「……へ?」

 

 フラフラと歩いて居たリトはやがて転倒し、その先に居た晴子の服を降ろしながら地面に伏せてしまう。肩から服を降ろされ、下着だけになってしまった時。先生が我に返るよりも早く焦った美柑が扉を開く。真白も急いで先生の服を隠す為に置いてあった『サイバイ』と書かれた服を先生に渡し、美柑と共に先生の服を掴むリトを引き剥がしに掛かる。……が、リトは徐に両手を伸ばして美柑のズボンを。そして真白のスカートを掴むとそのまま再び倒れてしまう。当然掴まれたそれは下へと下がり、美柑の柄物の下着が。真白の白い下着が曝け出される事となってしまった。

 

 先生の目の前で恥をかいてしまった現状に顔を真っ赤にして怒る美柑。その後真白が何事も無く自分のスカートを戻す傍らで、リトは美柑によってボロボロにされて家庭訪問はそこで終了。晴子は逃げる様に去って行ってしまい、目を覚ましたリトは何も覚えていないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。真白も既に帰った後、美柑は湯船に浸かりながら今日の出来事を思い出していた。ララの提案によって行われた作戦は結果だけ見れば成功に近い物。その代わり晴子にとって才培と言う人間の印象が悪くなっているのではないかと不安になる中、自分に起きた恥ずかしい現象を思い出して顔を赤くする。気付けば湯船に鼻の下辺りまで浸かり、何処を見るでも無くジト目になった美柑。思い出せば思い出す度に最悪な一日だったと思い、肩を落とす。

 

「……」

 

 思い出していた時、ふと美柑は自分の頭に触れた一時の感覚を思い出して頭の上に手を乗せた。そして焦りながらも自分が言った言葉を思い出し、再び顔を赤くし始める。普段は名前に『さん』を付けて呼んでいたにも関わらず、誤魔化す為に言った一言。

 

「お姉ちゃん……か……」

 

 呟いた言葉は誰に聞かれる事も無くお風呂場に響き、消えて行く。だがそれでも、美柑は自分の言葉に。その時の出来事を思い出して微笑むのであった。



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第28話 旧校舎の幽霊探し【前編】

 授業が終わって訪れた休み時間。里紗と未央がララや春菜に話しかけるのを横目に何もしないで次の授業の時間を待つ真白。結局話に参加することは無く、次の授業を終えてそのまま放課後までを過ごした真白が帰る為に立ち上がった時。普段の様にララがその傍へと駆け寄る。だが、普段ならば一緒に帰る事を要求するララはその日違う事を要求した。

 

「真白! 幽霊を確かめに行こうよ!」

 

「?」

 

 突然の言葉に思わず首を傾げた真白。そんな彼女の姿にララは「あれ?」と言って少し考えた後、そこで初めて真白に何の説明もして居なかった事に気付く。そうして説明される内容は学校に存在する旧校舎の噂であった。何でも幽霊が出るらしく、それを確かめに行くつもりだったララ。里紗と未央が話しかけて居たのはその事だった様で、参加するのはララ・春菜・リト・里紗・未央の5人。当然ララは真白と一緒に行くつもりであり、気付けばもう行くことがララの中で決定して居たのだろう。真白は少し考えた後、頷いて携帯を取り出す。何時もなら真っ直ぐ帰る分、少し遅くなると美柑にメールを送ったのだ。そして同様にヤミにも送り、思いつく問題は解決する。

 

 ララに手を引かれて他の4人とも合流し、旧校舎へと出発した6人。普段使って居る綺麗な校舎から離れ、立ち入り禁止の札を通り過ぎて辿り着いたのは古びた所々が朽ちて居る建物であった。人の気配の無い建物の中は静まり返り、ララに手を引かれたまま歩く真白は稀に後ろを気に掛けながらも足を進める。

 

 メンバーの反応は様々であり、ララは幽霊を大きな声で呼ぶ中。真白は普段通り無表情に。里紗と未央は特に怖がっている様子は無く、春菜は明らかに怯えながら。リトは武器としてフライパンを手に周りを警戒し続けて居た。っと、突然足元に走った生き物に春菜が声を上げる。それは唯のネズミであり、安心すると同時に幽霊などやはり居なかったのでは? と思い始めた一同。だがその時、全員に間違い無く聞こえる何かが動いた音で警戒を始める。

 

「聞こえた?」

 

「うん、あの中から聞こえたよね?」

 

 里紗の確認に頷いた後、上半分がガラスになって居る扉を指さす未央。音は未だになり続き、ガラス越しに近づき始める人影に全員が怯えながらも構える。やがて扉がゆっくりと動き始め、意を決した様にリトが飛び出そうとして……真白が片腕を掴んでリトの行動を止める。

 

「のわぁ! 真白!?」

 

「……平気」

 

 相手が危険な人物の可能性も想像し、誰よりもこの場に居る者を助けるために行動を起こしたリト。だがそれを止められた事で思わず声を上げ乍らリトは真白に振り返る。すると返って来た返事にリトは一瞬呆け、それと同時に扉は全開になった。そうして姿を見せたのは黒い服に長い金髪を伸ばした少女。全員が驚く中、その少女も全員を。特に真白を見ると目を見開く。

 

「ヤミちゃん!?」

 

「……何故ここに? 遅くなるのでは?」

 

「……幽霊……探し」

 

 出て来たその姿にララが声を上げる中、ヤミは真白に近づくと質問する。真白はその質問に自分達がここに居る目的を言うも、その言葉だけでは分からず首を傾げたヤミ。そんな2人の光景を見ながら、里紗と未央はララに近づき始める。

 

「ねぇ、ララちぃ。あの子、偶に校内で見かけるけど知り合い?」

 

「あ、うん。ヤミちゃんは友達で、真白の家族なんだよ!」

 

「へぇ~、三夢音さんの。にしても、可愛い~!」

 

 実はヤミ、最近になって学校内に現れる様になっていた。1年生の時は真白を外で待って居たが、2年生になってからは図書室に入り浸る事が多くなって居たのだ。ヤミがここに居た理由も古い本を読むためと言う事であり、里紗と未央はララの説明を受けて真白とヤミのツーショットを視界に納めた後、ヤミを愛でようと近づき始める。が、触れるよりも早くヤミは軽やかに移動して真白の傍を回る。と、何かを感じた様に真白を前に立って守る様に立った。

 

「何か、居ます」

 

 自分達以外に誰かが居る。その言葉の意味に再び構えた全員。だがその姿が見える様になると、一斉に再び安心する。

 

「あなた達! 揃って何処に行くかと思えばこんな所に入り込むなんて! 校則で禁止の筈よ!」

 

 それは真白以外、最近になって交流を持つ様になった唯の姿であったからだ。ララは幽霊かと期待して居た様で、唯の登場に目に見えて落胆する中。唯はクラス委員である春菜にまずは活を入れると、そのまま矛先を真白に向けた。

 

「貴女もよ真白! どうせあの子に流されたんでしょうけど、駄目な事はきちんと駄目と言いなさい!」

 

「……ん」

 

「しっかり返事する!」

 

「……はい」

 

 唯の注意を受けて返事をした真白。最初やヤミが次は唯と、幽霊でも何でもない現象の数々に幽霊が居ないと里紗と未央は少し冷や汗を書きながらも笑い合う。だがそんな2人の笑い声を一瞬で止める様に、この場に居る全員の耳に低い声が響き始める。

 

『出て行け……出て行け……さもなくば……』

 

 明らかにこの場に居る者の声では無いそれに焦る中、突然真白たちの足元が崩れ始める。足場が落ちるに従って自分達も落ちる事になり、当然真白も落下する。が、途中で真白の身体はヤミの髪に包まれると上へと上げられる。崩れた際、ヤミは残った足場に回避して居たのだ。そして落ちてしまった真白を回収し、無事に横へと着地させる。

 

「床が腐って居た様ですね」

 

「おーい! ララちぃ! 春菜!」

 

 ヤミと真白が立つ場所とは反対の残った足場には里紗と未央が立って居り、他の全員が落ちて行ってしまった穴へと叫ぶ。だが返事は無く、とにかく下に行く方法を探す為に行動しようとした2人。当然反対に居たヤミと真白も連れて行こうとするが、真白は穴を見つめた後にヤミに視線を向ける。そして里紗と未央が2人の元にたどり着いた時、真白はヤミに何かを言って戸惑い無く穴の中へと【飛び込んだ】。

 

「ちょ! 三夢音さん!?」

 

「ヤミヤミ! 止めなくて良いの!?」

 

「……問題ありません。私達は私達で合流する道を探しましょう」

 

 落ちて行く真白の姿を見て驚き焦りながら駆け寄る里紗と話をして居たヤミに聞く未央。しかしヤミは落ちて行った真白の面影を見つめながらも答えると、歩き始める。この様な状況で当たり前の様に移動を始めるヤミに里紗と未央はお互いに顔を見合い、そしてヤミを追い掛けて2人もまた移動を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落下の衝撃を受けて尻餅をついて居たリト・ララ・春菜・唯の4人。既に痛みを我慢しながら立ち上がった状態であり、リトが不慮の事故で唯の下着を見てしまった事で殴られた時。4人の頭上から微かに音が響く。急いで見上げた時、そこに居たのは白い羽を生やしてゆっくりと降りて来る真白の姿。上から降りて来るため、下に居る全員にはスカートの中が丸見えだが真白は特に気にした様子も無く着地すると、羽根を撒き散らしながらそれを消して周りを見渡す。そして4人が全員無事である事を確認すると、微かに溜息を漏らした。安心したのだろう。

 

「ま、真白……貴女今……」

 

「真白! 追い掛けて来てくれたんだ!」

 

 羽を生やして降りて来るその姿を見てしまった唯は信じられないとばかりに驚いて話しかけるが、それを遮る様にララが真白の身体に抱き着く。真白の顔はララの胸の谷間に埋まり、後頭部を包んで逃げられない様にまでしてしまったララ。最初は軽くララの身体を押して離れようとするも、やがて息が出来なくなって来たのか強引にそれを引き剥がす。そして後ろに数歩進んだ時、真白の足を何かが引掛ける。

 

「っと、大丈夫かよ?」

 

 地面に激突するよりも早くリトが真白の後ろに移動してその身体を支えるが、真白は足元を見てから周りを気にし始める。明らかに何かを警戒して居るその姿にリトが声を掛けようとした時、そんなリトの身体に悲鳴を上げて春菜が飛びつき始める。

 

「は、春菜ちゃん!?」

 

「今……ピ、ピアノの音が……」

 

 突然飛びつかれた事に焦りながらもその身体を受け止めたリト。すると春菜が怯える理由を話し、それと同時にこの場に居る全員に突然ピアノの音が聞こえ始める。今現在旧校舎に居るのはこの場に居る者と上に居る3人のみ。もしも同じ様に誰かが幽霊を確認しに来ていたとしても、ピアノを弾くなど可笑しい事。怪奇現象としか思えない状況に怯えながらも辿り着いたのは……音楽室であった。

 

 リトと唯は目の前の扉の中から聞こえて来る音に怯え、冷や汗を流し続ける。確かめるためには開けなくてはいけないが、開ける勇気を中々出せない2人。そんな2人を見かねた様に真白が歩きだすと、ララも一緒に並んで歩き、やがてその扉に手を掛ける。そして2人の心の準備が決まるよりも前に扉を開けた時、中には誰も存在して居なかった。ピアノの音も止まり、真白とララは躊躇なく中に入ると音楽室内を確認する。幽霊の姿も、怪しい存在も何も居ない部屋を。

 

「や、やっぱり幽霊が……!」

 

「認めないわ……居る筈無いわ、幽霊何か!」

 

 無人の部屋で鳴ったピアノ音。その事実にリトは春菜にしがみ付かれたまま中へと入り、唯は自分に言い聞かせる様に呟きながら同じ様に中へ。一通り調べ終わった後、結局何も見つからなかった事で他の場所へと移動する事になる。

 

『……』

 

「?」



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第29話 旧校舎の幽霊探し【後編】

「良い? 怖いと思うからちょっとした物音も怖く感じてしまうの」

 

「? じゃあ唯も怖いの?」

 

「こ、怖い訳無いじゃない! 存在しない幽霊何かに私が怖がる訳……」

 

 廊下を歩きながら額に冷や汗を流し、自分に言い聞かせる様にして話をしていた唯はララの質問に少々焦りながらも振り返る。だがその言葉は途中で止まり、何かに驚いた様な表情を浮かべ始めた。一番最後尾を歩いていた真白は唯の視線に気付いて後ろを見るが、そこには何も存在しない。

 

「……唯?」

 

「な、何でも無いわ。えぇ、何でも」

 

 唯の行動に真白が質問するものの、本人は目を擦った後に引き攣った笑みを浮かべて答える。まるで何か見てはいけない物を見たかの様なその姿にその場に居た4人が首を傾げる中、突然聞こえて来た足音と何かが響く音に全員が前を見る。……そこにあったのは人体模型と骸骨が歩く姿。骸骨がカタカタと笑いながら『出て行け』とその場に声が響かせると、その光景にリトが顔を青くする中。恐怖が極限に達したのか、春菜が気を失ってしまう。幽霊を否定していた唯も目の前の光景に尻餅をついてしまう。が、そんな中でも変わらない者が居た。

 

「真白? これ、何処から声出てるのかな?」

 

「……」

 

 骸骨に何事も無い様に近づき、その首を外して上や下から覗きこむララ。真白も怖がっていない様で、ララの傍に近づくと無表情のまま首を傾げる。余りにも普段通りな2人に思わず絶句してしまったリトと唯。そんな中、人体模型がまるで骸骨を助ける様に2人へと襲い掛かろうとした。狙いは頭を持つララ。が、それに気付くや否や真白がララの目の前に立つ。そして、その人体模型の身体に綺麗な回し蹴りを放った。

 

 人体模型は凄まじい蹴りの威力で大きく後方へと飛び、バラバラに。するとその中から沢山の小さな毛玉の様な生き物が姿を見せる。1匹ずつにしっかりと顔が付いており、毛玉達は真白と目が会うや否や「気付かれた、逃げろ!」と言ってその場から素早く退散し始める。その光景に真白が後を追おうとした時、その身体にララが抱き着く事でそれは中断される。

 

「助けてくれたんだよね! 真白!」

 

「……追う……!」

 

「今度は何だよ!」

 

「! 上に何か居るわ!」

 

 不意打ちに近かったララの行動に身動き出来なくなってしまった真白。すると突然、天井が轟音を立て始めた事でリトと唯が動揺しながらも上を見上げる。真白もララに抱き着かれたまま上を警戒し、やがて天井の板が壊れると同時に何かが真白達の目の前に落下した。巻き上がる煙が視界を邪魔するが、やがて見える様になった時。そこに居たのは正しく化物。

 

『大人しく出て行けば良いものを……思い知らせてやる!』

 

 巨大な1つ目に大きな歯が並ぶ口。何本も生えている手足の様な触手から、タコの様な化物である事が一目で分かる。そして悍ましい声を上げ乍ら現れたその姿に先程よりも顔を青くしたリトと唯。っと、そこで真白とララの目にとある人物の姿が映る。

 

「ヤミちゃん!」

 

「うっ……にゅるにゅるは苦手……です」

 

 それは2階で別れたヤミであった。しかしその身体は化物の触手に絡めとられており、本人も力を出せなくなっている様子。違う場所を見れば里紗と未央も捕まっており、その光景を見た時。真白がララの身体を剥がそうとし始める。が、それよりも早く真白に襲い掛かった触手に気付いたララが真白の身体を突き飛ばす。結果、真白の代わりに捕まってしまったララ。ヤミは身体を変身させて攻撃しようとするも、すぐに苦手なにゅるにゅるで顔を撫でられれば失敗。ララも抵抗を見せるが、弱点の尻尾を掴まれて無抵抗になってしまう。

 

「!」

 

 ララによって助けられた真白はすぐに自分に迫った触手を避けると蹴り上げる。が、その衝撃はプルプルとした肉感によって吸収されてしまうだけ。打撃系統が効かないと分かった時、真白は一時後ろに下がってリトと並ぶ。

 

「真白! どうする!?」

 

「……助ける。……唯と春菜……お願い」

 

「あ、あぁ。ってどうするつもりだよ!」

 

 目の前の光景に焦りながらも聞いたリトに真白は告げると、今現在捕まっていない唯と気絶したままの春菜をリトに託して走り始める。その姿にリトが聞く中、真白の背中が僅かに光り始める。と同時に出現したのは白く輝く羽。真白はそれを出すと同時に向かって来た触手を飛んで躱し、一気に目玉の目の前に立つ。そして見開く目玉に向けて拳を振り上げ、そのまま振り下ろした。

 

『ぎゃあぁぁぁ、貴様あぁ!』

 

「!」

 

 悲鳴を上げ乍ら只管触手を振るい始めた化物のその攻撃を躱しながら、もう1度攻撃を加えようとした時。リトの声が聞こえて真白は振り返る。そこにあったのは沢山の化物を相手にフライパンを持って構えているリトの姿。後ろには唯がおり、壁には春菜。真白はそれを見て捕まっているヤミとララにも視線を向ける。リトが化物相手に1人で戦っているのを加勢に行くか、2人を先に助けるか。究極に近い選択を迫られていた時、それを察した様にリトが声を上げる。

 

「真白! こっちは俺が食い止める!」

 

「……分かった」

 

 相手は化物であり、1人で何とか出来る可能性は低い。が、それでも告げたリトの言葉に真白は頷くと一気に化物の中心へと進み始める。そして苦手な物に目を回すヤミや尻尾を触られて動けないララ。2人で捕まっている里紗と未央の捕まっている触手を伸ばしている身体の中心に到着すると、手を軽く光らせ乍ら拳を入れる。唯の打撃とは違うその攻撃はプリンの様に揺れるその身体に当たると同時に中へとまるで入る様に一度震え、やがて化物は痛みを訴えながら全員の絡めていた触手から力を抜く。っと、落ちて来るヤミとララを必死に脇に抱えてそこから離脱を測った。里紗と未央は化物を間に挟んで反対に着地し、距離を取る。

 

「真白! ありがとう!」

 

「た、助かりました」

 

「……まだ」

 

 すぐには動けないヤミとララの身体を運びながら後ろへと下がる真白。やがて唯達の傍に着地すると、2人をそこに降ろす。立つ事は出来る様で、真白はそれを確認するとリトの方に視線を向けた。……が、それと同時に聞こえて来た悲鳴にこの場に居た全員の視線がリトの方へと向けられる。そしてそこにあったのは、地獄絵図であった。

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

「さ、西連寺……落ち着いて……ぐぁ!」

 

「春菜!?」

 

 気絶していた春菜が『リトを武器に』暴走していたのだ。沢山居た化物達は春菜の攻撃に皆倒れ伏し、ヤミやララを奪われた怪物も一番の脅威と思ったのか最初に春菜を捕まえようとする。だがその触手が春菜に触れた時、春菜の恐怖は更に増してリトを怪物に向けて叩きつける。何でも無い打撃その身体には通用しない……筈であった。しかしその攻撃は化物に壮大なダメージを与え、倒すに至ってしまう。余りの出来事に全員が呆然とする中、冷静になった春菜がボロボロのリトを膝枕しながら謝り始める。

 

「お化けってこんなに居たんだね!」

 

「……違う」

 

「えぇ。ここに居る者は全員、宇宙からの来訪者です」

 

 倒れ伏す怪物たちを前に何とか元に戻ったララが言えば、真白が首を横に振って否定。ヤミが続ける様に説明する。と、先程まで真白と戦っていた一番大きな怪物……宇宙人が力鳴く説明を始める。

 

 この場に居る宇宙人達は一様にリストラし、様々な場所を放浪しながら集まった者。気付けば旧校舎を住処にし、そこに入って来た者達を追い返していたのだと言う。幽霊事件は正体は宇宙人だったと言う事である。結果的に不可思議な存在ではあるが、気付けば慣れていた全員は一様に納得。っと、そんな話をしている時。今まで居なかった人物が入って来る。

 

「住処を守るために幽霊騒ぎを起こした……なるほどね」

 

「あ、御門先生!」

 

「……」

 

 それは御門であり、ララが嬉しそうにその名前を言えば宇宙人達が一斉にざわつき始める。医者である御門は地球に来た宇宙人を相手に闇医者の様な活動もしており、結果的に宇宙人達には有名になっていた。だからこそ、その名前を聞いて驚きだす宇宙人達。しかしそんな彼らを尻目に、御門は数歩歩くと真白の横に立つ。そして少しだけ周りを見渡し、徐に真白の頭に手を置いた。

 

「ふふ、貴方達。彼女達に手を出して死なないで済んで良かったわね?」

 

 御門の言葉に再びざわついた宇宙人達はララの姿を見て、ヤミの姿を見て顔を青くし始める。銀河最強の娘と殺し屋として名を馳せている金色の闇。そんな相手に手を出したとなれば、生きている事が奇跡だとも思えてしまうのだろう。御門はそんな宇宙人達の反応の中に真白の事が出なかった事を確認すると、満足そうに頷いて真白の頭から手を離した後に1歩前に出る。

 

「さて、ここに住むのは不味いわね。……良いわ、私が仕事先を紹介してあげる」

 

 御門の言葉に驚き、歓喜し始める宇宙人達。そんな光景を目の前に、唯が真白の傍に近づくと御門も宇宙人なのかと質問する。真白はそれに頷いて返し、未だに頭を撫でる手を感じ乍ら幽霊が居なかったと言う事に安心している全員へと振り返る。っと、何故か全員の顔が一斉に引き攣り始めた。その事に真白が首を傾げた時、微かに微笑む声が聞こえる。……それは真白の聞いた事の無い声。

 

『皆さんの仕事が見つかって良かったです。……これで私も静かに過ごすことが出来ます』

 

「ま、真白……う、後ろ……」

 

「?」

 

『あ、ふふ。私、400年前に死んだお静と言います』

 

 ごく自然に話すその言葉を後ろから聞き、リトが指差し乍ら後ろを見る様に言ったことで振り返った時。真白の目の前に映ったのは白い着物姿で淡い紫色の髪を伸ばした少女であった。だがその身体は腰から下が無く、言うなれば……幽霊。そしてその幽霊は真白の頭の上に置いていた手を離すと、目が会った瞬間。微笑みを浮かべて自己紹介を行った。そして数秒の静寂の後、悲鳴が校舎の中に木霊するのであった。



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第30話 結城 林檎の一時帰宅

 学校が終わり、真っ先に帰宅した真白は結城家でヤミと同じソファに座りながら美柑と夕飯の献立を話し合っていた。だが突然来客を知らせるチャイムが鳴った事で首を傾げ乍ら応対する為に玄関へと向かい、その扉を開ける。……そこに立っていたのはサングラスを頭に掛けた1人の女性。その姿を見た時、美柑は声を上げて驚き、真白は目を見開いた。

 

「結城 林檎。一時帰宅よ!」

 

 そう名乗った女性は正しくリトと美柑の母親であり、真白を結城家へと繋げた張本人であった。

 

 林檎は固まっていた2人を置いて家の中へ。やがてリビングの中へと入って行き、ようやく我に返った2人は追いかける様にリビングへと向かう。と、そこには林檎に身体を上から下まで見られているヤミの姿。ヤミは戻って来た真白と美柑に「この方は?」と質問する。それに美柑が「私とリトの母さんだよ」と答えた時、林檎が2人に振り返った。

 

「この子は美柑の友達?」

 

「え? あ、えっと……ヤミさんは真白さんの家族なんだよ」

 

「! そう……真白、良かったわね?」

 

「……ん」

 

 高校生としては低身長である真白だが、その友達まで低身長になる可能性は低い。故に美柑の友達だと思って聞いた林檎だが、返って来た答えに驚きながらも微笑みを浮かべると真白に近づいてその頭を撫で始める。その優しさの籠った手に真白が微かに頷いて答えた後、林檎は引いていたキャリーバックを部屋の隅に置いてソファに腰掛ける。先程まで真白とヤミが座っていた場所だ。

 

「そんなに長くは居られないけど、色々聞きたいわね」

 

「……珈琲? ……紅茶?」

 

「飛行機で眠れなくなりそうだから、紅茶でお願いするわ」

 

 美柑とヤミを前にそう告げた林檎。真白は飲むものを質問した後に言われた通り紅茶を入れ始め、美柑とヤミは質問攻めに遭い始める。普段話さない真白に質問をしても上手く返事が帰ってこないのは理解していたが故に、ターゲットになってしまった2人。やがて目を回し始めた頃、真白がティーカップを手に林檎の傍に立つと目の前にそれを差し出す。そこで一度質問は中断。カップを手に取り、一度香りを楽しんでから飲み始める。

 

「ふぅ。久しぶりの味ね……」

 

「……茶葉……送る?」

 

「そう言う事じゃ無いわ。家で飲むから、真白が淹れてくれるから美味しいのよ」

 

「……そう」

 

 味の感想に真白が首を傾げ乍ら質問すれば、林檎は首を横に振って答える。その内容に特に照れた様子も無く返し、真白が立ち上がった時。玄関の扉が開かれたのか、音が響く。と同時にララの「ただいま!」と言う声。そこで目を回していた美柑が立ち上がると、猛スピードで廊下へと飛び出て行く。そしてすぐにリトの手を引いて戻って来た。

 

「か、母さん!? 何時返って来たの!?」

 

「ついさっき! ちょっと日本で仕事が出来てね。余りゆっくりはしてられないけど」

 

「親父に連絡は?」

 

「急だったからしてないわ。邪魔しても悪いしね? それよりも、そこの子が居候している宇宙人の女の子?」

 

「初めましてリトママ! ララで~す!」

 

 リトはまず林檎が居る事に驚き、次に才培が知っているのかを確認する。だが首を横に振って答えた林檎は次にリトの後ろに居たララに視線を向けた。先程行っていた美柑とヤミへの質問の中で、ララの存在と宇宙人の存在を聞いていた林檎。宇宙人と聞いて特に驚いた様子を見せない事にリトが呆然とする中、ララが元気良く挨拶をする。と、林檎の目が変わり始める。そして徐に立ち上がり、ララの元へ。その身体をヤミと同じ様に下から上へと見上げた後、手を伸ばし始めた。

 

「へ? ふぁ!」

 

「ふむふむ。胸の大きさ。お尻の引き締まり……B(バスト)89 W(ウエスト)57 H(ヒップ)87って所かしらね……素晴らしいわ!」

 

「……」

 

 ララの胸やお尻等を余すことなく触り、揉み始めた林檎。突然の事に抵抗する暇も無く、ララは少しの間されるがままになる。やがて解放すると、1人ララの身体に関して呟きながら納得する林檎。そんな姿に真白はジト目になり、ヤミは自分の胸などを軽く触り始める。自分の場合は触られなかった事に安心すると同時に、ララと比べて明らかに足りない事を確認しているのだろう。

 

「は!? ご、御免なさいね? お仕事モードになっちゃって」

 

「? お仕事モード?」

 

 ようやく我に返った時、謝りながら言った言葉にララが首を傾げる。そしてそれを説明する様に美柑が口を開いた。

 

 結城 林檎はファッションデザイナーでありモデルのプロデュ―サーでもある。故に可愛い相手やスタイルの良い相手を見ると『お仕事モード』となって確認してしまうのだと。それを聞いた時、ララは目を輝かせて林檎を見る。と、ここで小さな声が全員の耳に入る。なんと玄関の近くには春菜が居り、真白と美柑はララが誘ったのだとすぐに察した。初心なリトが誘える可能性は、非常に低い故に。

 

 春菜は林檎とリト達の会話などを聞いて邪魔してしまったと思った様で、帰ろうとする。ララはそれを止めようとし、リトも止めようとする中。我に返っていた筈の林檎が再びお仕事モードになってしまう。当然その標的は春菜。が、ララとは違って身体を触った後に服まで脱がせようとし始めた事には流石にリト達も焦り始める。何とかリトが林檎の肩を掴んで止めた頃には、制服が脱げる寸前まで行っていた春菜。林檎が必死に謝る中、春菜は顔を赤くしながら制服を戻す。

 

「ご、御免なさいね? えっと、貴女は……?」

 

「あ、西連寺 春菜……です。その……結城君とは同じクラスで……」

 

「? 貴女、ひょっとして……」

 

 謝りながら何とか違う話にしようと名前を聞いた時、春菜の自己紹介とその後に続けた言葉で一気に顔を近づけた林檎。そして微かに聞こえる程の声で何かを聞いた時、春菜は顔を真っ赤にする。微かだったために全容は聞けず、それでも『リト』と言う名前が出た事に気付いたリトが首を傾げれば、口元に手を当てて楽しそうに笑いだす林檎。っと、更に顔を赤くして逃げる様に春菜は帰ってしまう。

 

「面白い事になってるわね~」

 

「でしょ?」

 

「……」

 

 明らかに楽しんでいる林檎と美柑の言葉にジト目になり乍らも溜息を吐いた真白はリビングへと戻る。っと、そこには身長が伸びて胸も大きくなって居るヤミの姿があった。お互いに目と目が会い、固まる中。何を思ったのかヤミは顔を赤くしながらも真白の前に立つと、震え乍ら手を上げる。そしてその手は真白の頭に乗り、林檎を真似る様に撫で始めた。

 

「こ……これは……」

 

「…………ヤミ」

 

「!?」

 

 真白の髪の感覚と見下ろしながら見るその光景に何処か新しい感情を感じていた時、名前を呼ばれた事で我に返ったヤミは一瞬で身体を元に戻すと顔を先程よりも真っ赤にしながら顔を背ける。

 

「今のは……その……」

 

「……」

 

「わ、忘れてください!」

 

 忘れろと言って簡単に忘れられるものでは無い。それを理解しているからこそ、ヤミはしばらくの間恥ずかしさに見悶える事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 林檎の滞在時間は本人が言う様に短く、来たその日にまた外国へと飛ぶと言う事で見送りに来たリトと美柑。真白とララ。そして顔の赤いヤミ。

 

 人が沢山居て混雑する中で、林檎は頭に掛けていたサングラスを目に掛けてキャリーバックを片手に歩き続けていた。が、やがて発着場の前へとたどり着いた時。振り返って見送ってくれる全員の顔を見る。

 

「じゃあ、またね? あぁ、そうそう。ララさん。それと美柑も、こっちに」

 

≪?≫

 

 別れの言葉を言うと思えば突然呼ばれた事にお互いに顔を見合わせて首を傾げた2人。だが時間も余り無い為、林檎の傍に近づけば微かに小さな声で告げられる。

 

「同性愛は海外では良くある事よ。先を越されない様、頑張ってね♪」

 

「ふぇ?」

 

「な、何で私にも言うの……?」

 

「ふふ。何でかしらね?」

 

 顔を真っ赤にして俯いているヤミの姿を一度見た後に言われた言葉。それにララが驚いた様に声を出して、美柑が戸惑い乍ら聞き返す。だが林檎は笑みを浮かべるだけで明確な答えを言わず、そのまま飛行機に乗るためにその場を後にした。

 

「日本でゆっくりする時間も無い、か。大変だな、母さんも」

 

「ん……」

 

 リトの言葉に真白は頷くと、目を瞑って離れて行く林檎の後姿に想う。今周りに居る人達は自分が作った繋がりかも知れない。だがそれでも、その繋がりを作るきっかけを作ってくれた林檎へ。最初の繋がりをくれた彼女へ……感謝を込めて。




ストックが終了致しました。故に以降は毎日の連続投稿が不可となります。

【5話】又は【10話】程お話が完成次第、順次投稿して行くつもりですのでこれからも本作品をよろしくお願い致します。


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第31話 夏祭り。ルンの報復計画

【5話】完成。本日より5日間、投稿致します。


 夏を迎えた彩南町で毎年開かれる夏祭りは、人混みの激しい物であった。騒がしい場所を苦手とする真白は普段ならそれに参加する事無く過ごすのだが……今年は違う。夏祭りと言う物に興味を示したヤミ。そしてララ達からの誘い等が重なり、真白は夏祭りに参加することになったのだ。

 

 夏祭りは数日開催されるが、リト達が参加するのは日曜日。故に真白もその日に行くことになり、朝は御門の家へ。そして午後はヤミを連れて夏祭りの会場で合流することとなって居た。因みに本来であれば着物を着用するのだが、真白とヤミは持って居ない為に私服での参加である。

 

 会場に到着した時、目の前に見える人でごった返す道の光景に真白は怯む様に1歩後ろに下がる。声が行き交うそこは正しく真白の苦手とする空間。真白の姿を見て察したのか、「帰りますか?」とヤミが質問すれば真白は黙り込んでしまう。ヤミの表情は余り変わっていないが、楽しみにしていたのは間違い無いだろう。でなければ興味を示すことは無い。もしここで帰ってしまえば、ヤミの楽しみを奪う事になってしまうのだ。……故に真白は葛藤する。

 

「真白じゃない。それにヤミさん、だったかしら?」

 

「……唯」

 

 悩んでいた真白は突然掛けられた声に顔を上げる。するとそこに居たのは普段は降ろしている髪を纏め、着物姿で立っている唯の姿であった。ヤミは自分の名前を言われて軽く会釈するだけで返し、真白は唯が現れた事で安心した様にその名前を呼ぶ。苦手な場所で知り合いに会えた事は、間違い無く真白の心に小さな余裕を持たせた。

 

「……あぁ、そう言う事ね。まったく、そんなになるなら無理して来なければ良いじゃない」

 

 唯は人混みから離れた位置で突っ立っているだけの真白の姿を見た後、何となく理解したのだろう。1人納得すると呆れた様に言うが、その顔は何処か笑みを浮かべていた。そして真白の傍に近づくと、「一緒に回ってあげるわ」と言ってその手を掴む。突然の事に真白が一瞬驚く中、歩き始めた唯。ヤミは逸れない様に気を付け乍らその後を追い、唯に先導されながら真白は人混みの中へと入り込む。

 

「こういうのは雰囲気も楽しまなきゃ損よ。貴女が楽しめないなら、その子も詰まらないでしょ?」

 

「そうですね。私は真白と共に楽しみたいです」

 

「……頑張る」

 

 苦手な人混みの中で足を止めて唯が真白に告げる。荒療治の様な方法ではあるが、ヤミの思いも酌んだその言葉に真白は静かに頷いて答える。と、唯に捕まれている手とは反対の手を伸ばしてヤミの片手を掴んだ。人混みでは逸れる可能性がある為、その防止として。

 

 唯は1人で来ていたが、結果的に真白と共に楽しむことになって夏祭りを満喫する。そして真白も唯の先導によって屋台などを渡り歩き、ヤミも真白と共に屋台を見たり等し乍ら夏祭りを楽しむ。……そして。

 

「真白、貴女適応し過ぎよ」

 

「?」

 

 気付けば顔の側面に白猫のお面を付け、片手に林檎飴を持っている真白の姿が出来上がっていた。その隣には黒猫のお面を付けて綿菓子を食べるヤミの姿もあり、髪の色や顔は違えどまるで姉妹の様に並ぶその姿に唯は思わず顔を引き攣らせる。だが実際、真白は人混みを克服している訳では無かった。唯単に今だけ、慣れてしまったのだ。

 

 その後、そのまま唯と共に夏祭りを過ごし続けた真白とヤミはやがて空に上がった綺麗な花火に目を奪われる。ヤミも花火の事は聞いていたが、実際に目にするのは初めてだった為に瞳を僅かに輝かせる中、真白は自分の持っていた携帯が揺れ始めた事でそれを手に取る。それはリトからのメールであり、開いた真白はそこでようやく自分達がこの会場でリト達と合流する筈だった事を思い出した。

 

 既に夏祭りの醍醐味である花火も終盤、後は終息を迎えるだけになる。真白は忘れてしまっていた事にメールで謝罪すると共に、今日はそのまま帰る事を伝える。っと、花火に魅入っていた唯の傍に並んだ。

 

「……綺麗」

 

「えぇ……そうね」

 

「……唯……ありがとう」

 

「! ……どう致しまして」

 

 花火の感想を言った真白の続けて言った感謝に唯は一瞬動揺を見せる。何時もならば素直になれない彼女だが、それでもこの時だけは。真白のお礼に笑みを浮かべて答えた。

 

 その後、唯と別れて帰宅することになった真白とヤミは翌日。ララに一緒に行動できなかった事を残念がられ、美柑に忘れていた事を見透かされて怒られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校での授業と授業の間に存在する休み時間。1年生の時はクラスが違う事から何も無かったが、ララと一緒になった今年。真白はその時間が来る度に笑顔でララに抱き着かれていた。そしてそれを同じく1年生の頃は避けていたが、今年になってからは受け止める様にもなっていた。不意打ちではない為、何とかその威力を身体で受け止める真白。だが体格差故に真白はララの身体に殆ど包まれてしまう。そんな光景は既にクラスの中で当たり前の事になっており、ララは真白を抱きしめたまま話しかけられれば会話をする。

 

「羨ましい……何でララばっかり……!」

 

 だがそんな光景を、真白を抱きしめているララを親の仇の様に見つめる存在が居た。違うクラス故に教室に入る事は出来ず、廊下の陰から教室の中を伺う少女……ルン。掴んでいた壁は宇宙人の握力によって罅が入り、しばらく睨み続けた後に授業のチャイムが鳴った事で嫌々ながらも教室へと戻る。が、その内心は穏やかでは無かった。

 

「こうなったらララに恥をかかせて真白ちゃんの前に出れなくしてやるんだから!」

 

 授業が始まる瞬間、そう決意したルンは授業中の間殆どその内容を聞く事無く作戦を考え始める。そして数時間後、昼食を取るべき昼休みになった時。ルンは大きなバスケットを両手に抱えて隣のクラスへと向かった。何時作ったかなどは気にしてはいけない。

 

「真白ちゃん! 私とお昼ご飯、食べよ!」

 

 普段、真白は唯と昼食を取っていた。が、2年生になって以降は唯も含めてララやリト。春菜に里紗や未央と言った数多くのメンバーと共に食事を取る事が多くなっていた。そしてその日も7つの机を繋げて昼食を取ろうとしていた真白たちだが、ルンが現れた事で考え始めた数人。すると里紗が「じゃ、偶には別々で食べよっか!」と提案する。ルンの感情は誰が見ても分かる為に、違うクラスである彼女だけが毎回仲間外れになっていると察したのだろう。未央はその提案に乗り、春菜を連れて。唯も別で食べると言って去っていき、残ったのはリトとララ。

 

「じゃあ4人で食べよっか!」

 

「いや、俺も猿山と食べるよ」

 

「……分かった」

 

 ララは別になるつもりが無かった様で、リトも数に含めて食べようと言う。が、リトはそれに首を横に振って答えるとそのままその場を去っていった。そうして残ったのは真白とララのみ。その光景にルンは内心、笑っていた。他のメンバーは分からないが、真白を誘えば絶対にララがついて来ると予想していたのだ。故に作戦通りにララが付いて来た事に、そして真白と食事が取れる事に2重の意味で喜ぶ。

 

 違うクラスの為に教室で食べる訳には行かず、階段で食事を取る事になった3人。真白とララが開いたお弁当の中身は殆どが一緒であり、その事に気付いたルンが質問すればララが笑顔で答える。

 

「真白と美柑が何時も作ってくれるんだよ!」

 

「ま、真白ちゃんの手作りお弁当!?」

 

「?」

 

「はっ! そ、そうだった……ララちゃん。偶には幼馴染として、お弁当の中身を替えっこしてみない?」

 

 ララの言葉に立ち上がって驚くルン。美柑と言う名前は彼女の耳に入らなかった様で、真白が作ったと言う部分に分かりやすく反応を示したその姿に真白は首を傾げる。そこで思いだした様にルンはバスケットを差し出しながら言う。ララはルンの提案に「良いよ!」と笑顔で返し、ルンは再び内心で笑みを浮かべた。実はバスケットの中身はそもそも自分用では無く、ララに食べさせるための物だったのだ。そしてそれと交換することで自然にララがバスケットの中身を食べ、自分は真白の手作りを食べられる。正に一石二鳥である。

 

「頂きま~す!」

 

「真白ちゃんの手作り……い、頂きます!」

 

 バスケットの中に入っていたサンドイッチをララに渡し、ルンはララのお弁当から卵焼きを1つ貰う。そしてお互いが一緒に口の中に入れれば、ルンは目に見えて幸せそうに頬を触って喜んだ。と同時にララの反応を伺う。……ララも美味しくサンドイッチを食べていた。

 

「スパイシーで美味しいね!」

 

「え!?」

 

 ルンがララに食べさせる為に作ったサンドイッチ。それは激辛にしてある筈であった。が、食べた本人は何食わぬ顔で笑顔を浮かべて感想を言う。その事実にルンは驚き、バスケットの中のサンドイッチを確認する。そして何処かで作り方を間違えたのかと焦る中、ララは笑顔でルンのサンドイッチを真白にも渡し始める。ルンがまさかの行動に焦る中、真白はそれを受け取ると口を開いた。

 

「だ、駄目ぇぇぇ!」

 

「!?」

 

 それが口に入る直前、自分目がけて突然飛びつき始めたルンに真白は目を開けて驚くと食べるのを中断してその身体を受け止める。階段の為、避ければ段差に身体を打ちつけてしまう事を考慮しての行動。結果的にルンの行動は真白がサンドイッチを食べると言う最悪の結果を回避することに成功する。そして飛びついた衝撃でルンの用意したバスケットも逆さまにひっくり返り、全て駄目になってしまう。

 

「あ、あはは~。駄目になっちゃった~、テヘ」

 

 ルンは地面に落ちたサンドイッチを素早く回収すると、態とらしく自分の頭を小突いてもう食べられない事をアピールする。っと、徐に真白は立ち上がってルンの前に。そして手を伸ばし……見た目綺麗な落ちたサンドイッチを1つ、その手に掴んだ。

 

「ま、真白ちゃん!?」

 

「ふー……はむっ」

 

 ルンが驚く中、真白は小さなゴミ等を考慮して少しだけ息を吹き掛けると、それを迷わず口の中へと入れた。当然焦り始めるルン。だが複数回咀嚼した後に真白はそれを飲み込むと、ルンを見る。

 

「……辛い」

 

「う、うぅ……それは」

 

「でも……食べる……勿体無い、から……あむっ」

 

「へ?」

 

 真白は我慢した様子は無い物の、その辛さをしっかりと感じていた。故に言った感想にルンが白状しようとするが、それを遮る様に真白は再びサンドイッチを口に含み始めた。その行動と真白の言葉にルンは一瞬呆けてしまうが、すぐに眼元を潤ませ始めると真白に抱き着き始める。それが食べ物への優しさなのか、作ったルンへの優しさなのか。それは定かでは無い……が、ルンは素直に嬉しかったのだ。

 

「私も食べるよ! ルンちゃん!」

 

 ララは真白の言葉を聞いてルンが持っていたバスケットのサンドイッチに手を伸ばすと、同じ様に息を吹きかけてから食べ始める。真白の優しさを受け、ララの優しさを受け、ルンはいた堪れなく思いながらも自分で作ったサンドイッチを自棄になった様に齧る。と同時に口から火が出そうになるのを必死に堪えて、改めて決意する。

 

「(絶対にララに真白ちゃんは渡さないんだから!)」

 

 結局真白とララはルンと共にサンドイッチを平らげる。そしてルンはララを真白から引き剥がす為に他の作戦を考えはする物の、その日行動を起こすことは無かった。



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第32話 春菜に憑依したお静【前編】

 その日、学校へと普段通りに登校した真白は早めに登校していた唯と挨拶を交わしていた。何時もならばララ達が来るまで唯と会話をする等して時間を潰していた真白。だがこの日、そんな2人に。正確には真白に声を掛ける存在が居た。

 

「おはようございま~す! よしよし!」

 

「……?」

 

「さ、西連寺……さん?」

 

 それは春菜であった。が、その行動に真白は首を傾げ、唯は可笑しな物を見た様にその名前を呼ぶ。それもその筈。春菜は登校して来るや否や、荷物を持ったまま真白の存在に気付くと駆け寄って来たのだ。そして普段の春菜とは明らかに違う元気の良さで挨拶を行うと、さも当然の様に真白の頭を撫で始める。

 

 真白と春菜は挨拶や軽い会話をする事はあっても、そんなに深く仲が良い訳では無い。にも関わらず、春菜がこの様な行動を起こした事に理解が追い付かない唯。真白も明らかに可笑しい春菜の姿に目を細める中、そんな可笑しな春菜の背後に忍び寄る影があった。

 

「は~る~なっ!」

 

「きゃ! あ、あはは! くすぐったいですよ!」

 

 現れたのは里紗と未央であり、背後に立った里紗が突然声を出すと同時に春菜の胸を後ろから揉み始める。普段の春菜であればその事に驚きながらも顔を真っ赤にして恥ずかしがるが……何処か可笑しい春菜はそれに笑い始め、挙句傍に居た未央に仕返しとばかりに今度は同じ様にしてその胸を揉み始めた。普段の春菜では絶対にしない行為。故に里紗と未央が困惑する中、丁度良く登校して来たリトがその光景を見て顔を真っ赤にする。

 

「あ、貴女達! 朝から何て破廉恥な! 西連寺さんも委員長でしょ!」

 

「? あ、一緒にやります?」

 

「は? って、止めな、さい!」

 

「……」

 

 見兼ねた様に唯は立ち上がると注意するが、春菜は何を勘違いしたのか今度は唯に同じ行動を始める。自分が巻き込まれるとは予想していなかったのか、焦りながら引き剥がそうとする。それをジッと見ていた真白の視線に気付いた春菜は楽しそうに唯を解放すると、両手の指を動かして真白へと近づき始める。……何をしようとしているか、流れで誰もが察せる中、真白はそれから逃げる様に春菜から距離を取り始めるが、すぐにその手は掴まれる。

 

「えい!」

 

「! んっ……ぁ……」

 

 身長が低く、幼げな少女の胸を揉みしだくと言う官能的な光景に。そして普段は無表情の真白が小さく声を出しながら微かに恥じらう光景に里紗と未央は思わず感嘆の声を上げる中、目の前の光景に呆気に取られながらもやがて我に返った唯が真白を助けるために動こうとする。が、ここで春菜が何かに気付いた様に手を上に上げた。……その手には真っ白な女性用の下着。

 

「!?」

 

「可愛い! 何かしら、これ?」

 

「それは……ま、まさか、真白の……!!!」

 

 学校に下着を持ち物として持って来る様な者は居ないだろう。となれば当然それは誰かが付けていた物だとすぐに誰もが分かる。そして先程まで春菜は真白の胸を揉んでおり、外せるとすればその相手は真白のみ。それを理解した時、唯は顔を真っ赤にして春菜からそれを取り上げると、真白を連れて教室を飛び出して行く。突然奪われ、真白も連れていかれた事に春菜が呆気に取られる中、教室の中は静寂に包まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真白さ~ん!」

 

「!」

 

「下がってなさい、真白」

 

 午前の授業を終え、昼休みを迎えた真白達。すると自由時間になったと同時に春菜が真白の名前を呼び始め、それに跳ねる様に反応した真白に気付いた唯が真白を庇う形で前に出る。そして唯を挟んで会話をする様になった春菜は目の前に唯が居るにも関わらず、笑顔で真白に話し始めた。

 

「真白さん! 学校の中、教えてください!」

 

「学校の中って……西連寺さんが知らない筈無いでしょ?」

 

「え? あ……そう言えば忘れてました。実は私、幽霊のお静なんです!」

 

「……は?」

 

≪えぇぇぇ!!≫

 

「……お静……?」

 

 春菜のお願いに呆れた様に返した唯。そこで思いだした様に春菜は声を出すと、何気ない内容の様にその正体を明かす。気になっていたが為に聞いていたリトがその言葉に言葉を失い、それと同時に教室の中に数人の驚く声が響いた。そして真白は驚く様な姿を見せずに言われた事とその本来の姿を思いだして首を傾げ乍ら確認する様にその名を呼べば、「はい!」と元気よく春菜の姿をしたお静が返事をする。

 

 旧校舎でお静で出会っているのは宇宙人達を除いて全部で9人。その内御門とヤミはこの場に居らず、春菜は現在春菜ではない。が、その他の6人は揃って同じクラスだった為に理解出来ると同時に声を上げてしまったのだ。当然驚きが教室の中を支配する中、呆気に取られていた唯を抜いてお静は真白の手を掴むと廊下へと出ていってしまう。

 

「春菜の中に、お静ちゃんが入っていたって事?」

 

「でもどうして春菜に? って、あれ?」

 

 里紗と未央が話をしながら、やがてお静が居ない事に気付く。そこで他のメンバーも驚いていた間に2人が居なくなっていた事に気付き、リトは昼食を食べる事も忘れて廊下へと2人を探しに飛び出す。と、ララも同じ様に飛び出して廊下へと出ていってしまう。

 

「あ、ありえないわ。ゆ、幽霊何て居る訳無いのよ!」

 

「いや、流石にもうそれは無理じゃない?」

 

「私達、本物見ちゃってるしね?」

 

 唯がお静と言う幽霊の存在に震え、その言葉に里紗と未央が声を掛けていたその間。真白はお静に手を引かれて階段を上っていた。何処か向かう場所は決めていたのか、お静に連れられて辿り着いたのは屋上。そこからは彩南町の景色の一部が見え、お静はその光景に目を輝かせて手摺りへと近づき始める。

 

「うわぁ~、建物が一杯! それに太陽の陽ざし……気持ちいいですね~!」

 

「……お静……何で、春菜の中?」

 

「え? あ、それはですね……」

 

 見える景色を一望し、空からの陽ざしを嬉しそうに受けるお静に真白は質問する。するとお静は思いだす様に語り始めた。

 

 旧校舎で出会って以降、外の世界に憧れを感じ始めてしまったお静は募る思いを抑えきれずに到頭外へと出る事を決めて行動を開始した。が、その途中で犬に吠えられて逃げていた所、傍に居た春菜にぶつかってしまい、そのまま春菜の身体を乗っ取る形で憑依状態になってしまったと言う。

 

「そろそろ春菜さんにも迷惑が掛かってしまいますし、旧校舎に戻りますね?」

 

「……外に……出たい?」

 

「へ? そう、ですね……出来るならもう少し出ていたかったかも知れません」

 

「…………私の身体……使う?」

 

「……はい? い、良いのですか?」

 

 真白の突然の提案に思わず聞き返してしまったお静。自分の身体を他人に渡す等不安でしか無い筈の事を自ら提案したその姿にお静は驚きながらも確認すれば、真白は静かに頷いて肯定の意を示す。お静はそんな姿を見て嬉しそうに「ありがとうございます!」と言ってその手を掴み……首を傾げた。

 

「えっと……出方が分かりません!」

 

「……」

 

 まさかの答えに真白は思わず絶句する。と、真白とお静を追って来たリトとララが屋上に姿を見せた。2人は屋上を見渡し、やがて真白たちの存在に気付くと近づき始める。そしてお静と会話をし、お静が真白にした様にここに来た経緯を説明し始めた。……最後に出れない事も含めて。

 

「幽霊って地球人と合体出来るんだね!」

 

「ち、違う様で違く無い様な……にしても出れないって、どうするんだよ?」

 

「……御門……先生」

 

 ララが強ち間違っていない現状に楽しそうに言う中、リトの言葉に真白はその名前を口にする。医者である御門は当然病気だけが専門分野では無い。身体的内容などを調べるのであれば、知り合いの中で一番頼りになるのは彼女を於て他に居ないだろう。故にその名を出せばリトもすぐに納得し、真白はお静の手を今度は自分が引く様にして保健室へと向かい始めるのであった。



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第33話 春菜に憑依したお静【後編】

 御門の元へと到着した真白たちはすぐに事情を説明し、御門に診て貰う事になった。ベッドのあるカーテン越しに春菜の身体を調べ、やがて出て来た御門は首を横に振りながら告げる。

 

「正直お手上げよ。医療関係なら私の技術でどうにでもなるのだけれど、霊の様な不可解な現象は流石に宇宙でもまだそんなに明らかになって無いわ」

 

「どうしましょう、このままでは春菜さんに迷惑を掛け続けてしまいます」

 

 春菜の身体に入っているお静が御門の言葉を聞いて俯き始め、真白はそれを慰める様にその背中を優しく触る。その間、リトはどうにかして春菜からお静を引きだす方法が無いかと御門に質問する。と、御門は唯一の手掛かりとして分かった事があると小さな機械を取り出した。それには小さな画面が付いており、横線が波を立てる等して何かを現している。

 

「幽霊の持つ特殊な波長ね。でもこれだけでは解決出来そうに無いわ」

 

「どうすれば……」

 

「う~ん。? あれ、真白とお静ちゃんは?」

 

 御門から説明されるそれを見ても詳しく理解出来る訳では無い。故に御門の最後の言葉で大体を判断し、再び考え始めたリト。するとふとララが振り返り、先程まで居た筈のお静。そしてそのお静を慰めていた真白が居なくなっている事に気付く。保健室の扉は開いており、リトとララは一度目を合わせると何処かへ行ってしまったのだとすぐに理解した。

 

「……不味いわね。早く連れ戻して彼女を引き出す方法を探さないと」

 

「なっ! ど、どう言う事だよ御門先生!」

 

「西連寺さんの意識が少しずつ弱まっているの。彼女にその気が無くても、今のまま憑依していれば……西連寺さんの精神は消えてしまうかも知れないわ」

 

「!?」

 

 その言葉は何よりもリトに衝撃を与えた。春菜の意識が消えてしまう……それはつまり春菜が死んでしまうも同じ事。故にそれを聞いた時、リトは「急いで探そう!」と言って保健室を飛び出していく。ララも話を聞いていた故に、友達である春菜を助けるため外へ。御門は保健室に残り、先程調べた結果を見てお静を春菜の身体から引きだす方法を探し始める。

 

 一方その頃、春菜の身体を借りたお静は春菜の身体を奪い続けている罪悪感に保健室を飛び出してしまい、そのまま無意識に学校の外へと出て来てしまっていた。気付いた頃には商店街の真ん中を歩いており、見た事も無い光景に驚くお静。しかし彼女は自分が歩いていた場所が車道だと気付いていなかった。故に背後から迫るトラックに気付いておらず、すぐ傍にそれが近づいて来た時。ようやくお静はその存在を認識する。が、もう逃げる猶予は残っていなかった。

 

「きゃ!」

 

 お静は身体に衝撃を感じ、小さな悲鳴を上げる。だがそれは迫って来ていたトラックがぶつかるにしては小さく、何かがすぐ傍を横切って行くのを感じてゆっくりと目を開いた時。自分の身体が自分よりも小さい何かに寄りかかっていた事に気付く。

 

「……危ない」

 

「ま、真白さん……今のは、一体?」

 

 掛けられた声でその相手が真白だと分かったお静は体勢を整えてドンドン離れて行くトラックを見つめる。400年前に死んで以降、旧校舎の外に出た事の無い彼女は車の存在も何も知らないのだ。真白はそれが分かると、唯一言「車」とだけ答えてその手を引っ張りながらお店の近く。車の通らない安全な場所に移動する。

 

「……戻る」

 

「あ……すいません。勝手に出てしまって」

 

「ん……」

 

 お静の謝罪に真白は小さく頷き、微かに出して居た羽を消滅させる。近くで無ければ認識出来ない程の小ささ故に、周りに気付かれる事は無い。……そもそもお静が無意識に外へと飛び出した時、真白はその後を追っていた。が、校舎を出た辺りで一度見失ってしまったのだ。しかし放って置く訳には行かず、最低限の配慮を行った上で空から探していたのである。その結果先程の危険に気付き、辛うじて回避することに成功した。

 

 真白はお静の手を握って学校へと戻るために歩き始める。一方連れられていたお静は見た事も無い物に度々目を奪われており、電気屋のガラス窓の向こうに並べられたテレビの映像を見ると更に目を輝かせ始める。

 

「真白さん真白さん! あの薄い女の子はあの中で働いているんですか?」

 

「……違う」

 

 テレビには【爆熱少女マジカルキョーコ (フレイム)】と言う番組が放送されており、お静はそこに映る少女の姿を見て真白に質問する。当然テレビの中に世界がある訳も無く、強いて言うならそれは何処かのスタジオ等で撮られた物だろう。地球人なら誰もが知っている事に真白が首を横に振って否定すると、その後も質問を繰り返すお静の言葉に返事を返しながらもやがて学校の目の前へと戻って来る。

 

「よーし! 行くよ、リト!」

 

「おう! って飛べるかぁ!」

 

「……」

 

「どうしたんですか? リトさん」

 

「へ?」

 

 そこに居たのはララが黒い翼を広げて空へと飛んでいってしまう姿に、リトがついていけない事から思わず叫んでいる光景があった。真白はそんな光景を何事も無い様に見つめ、お静はリトに話しかける。と、リトは掛けられた声に振り返って探していたお静が居た事に驚いた。

 

「よ、良かった! ……良く聞いてくれ」

 

 安堵の表情を浮かべた後、突然真剣な表情になったリトにお静が首を傾げる中、リトは御門から言われた事をお静に伝え始める。今のままでは春菜が危険な事を。そしてそれを聞いた時、お静はショックを受け乍ら慌て始める。すると握っていたその手が微かに強く握られ、更にその手を包む様に上から真白の手が添えられる。

 

「……焦っちゃ……駄目」

 

「は、はい! ……そ、そうだ! 春菜さんの意識を目覚めさせれば、私は春菜さんの身体から追い出されるかも知れません!」

 

「本当か!?」

 

「分かりませんが、やってみます!」

 

 暖かい手の温度と言葉で何とか冷静になる事の出来たお静は考え始め、やがて1つの可能性を見出す。藁にも縋る思いのリトは驚きながらも聞き、お静は挑戦する様に言うと静かに目を閉じ始めた。……静かな静寂が続き、ゆっくりと目を開けた時。お静はリトを見る。

 

「リトさん! わ、私と……接吻してください!」

 

「せ、接吻!?」

 

「……キス」

 

「いや、別の言い方しなくても分かるから! で、でも何で!」

 

「わ、私も恥ずかしいですが……今はこれしかありません!」

 

 突然のお願いに動揺を隠せなかったリト。そんな彼に真白が何を誤解したのか違う言い方で伝えようとすれば、必死に言いながら理由を聞こうとする。だがお静は説明する暇も惜しいと思ったのか、リトの両頬に手を添えると顔を近づけ始める。中身はお静とは言え、身体は春菜。好きな相手である春菜からキスされると言う事に、近づいて来る顔にリトの顔が急激に赤くなっていく中、不意打ち気味に聞こえた犬の吠える声で悲鳴を上げ乍ら春菜の身体から白い身体が飛び出す。

 

「ゆ、結城……くん? わ、私……何で!?」

 

『い、犬怖いです~!』

 

「……」

 

 お静が身体から出ていった事で元に戻った春菜は唇が触れる寸前の距離にリトの姿があった事に困惑し、顔を真っ赤にする。そして謝りながらリトから距離を取り、リトは嬉しい様な残念な様な、複雑な感情を抱きながらも一先ず安心する。そんな傍では2匹の犬が喧嘩しており、その声を聞いてお静が真白の身体に怯え乍ら縋り付いていた。

 

 何はともあれ春菜の身体から無事に出る事の出来たお静は迷惑を掛けた春菜やリトに謝罪をした後、旧校舎に帰る事を伝える。身体を貸す約束をしていた真白はそれに首を傾げるが、お静はそれに気付くと微笑みながら真白の頭に手を置いた。

 

「真白さんの提案、嬉しかったです。でもこれ以上は望み過ぎですから……」

 

 振り回してしまった罪悪感もあったのだろう。そう言って優しい笑みを浮かべたお静はそのまま旧校舎へ向けて飛んで行ってしまう。リトはお静が帰って問題も解決したことで大きく声を出しながら脱力し、春菜はまだ顔を赤くしたまま。そして真白は去って行くお静の姿を見ながら何かを考え始めるのであった。



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第34話 宇宙の海でサバイバル!? 【前編】

「真白! 海に行こうよ!」

 

「?」

 

 結城家のリビングにて、寛いでいた真白は突然されたララの提案に訳も分からず首を傾げる。するとそれを見ていたリトが説明を始めた。何でもリトの友達である猿山という生徒が海に行くことを提案したらしい。臨海学校以来の海にララは賛成し、自分の発明品で移動する事を提案。参加者は提案者である猿山と移動手段提供者のララ。リトも同行し、猿山に誘われた春菜も参加。話を聞いていたレンもララが居るという事で参加を訴え、男女の海水浴という事に、監視の名目で唯も同行するとの事であった。

 

「海ですか……」

 

「ヤミさんは海、見た事無いんだっけ?」

 

「本でならありますが、実際に見た事は無いですね」

 

「……行く?」

 

「真白が行くのであれば」

 

 海という言葉に反応を示したヤミ。地球に来て気付けば長い彼女もまだ海を見た事は無いらしく、美柑の質問に頷いているのを見て真白は聞く。するとこの場に居た全員が予想していた通りの返事をした事で、全員の視線は真白へと向けられる。が、向けられた本人は次に美柑に視線を向けていた。見られている事に気付いた美柑は一度首を傾げるが、すぐに理解すると笑みを浮かべて答える。

 

「私はパスかな~。1人だけ小学生が混じってるのはちょっとね?」

 

「特に皆気にしないと思うぞ?」

 

「私が気にするんだよ」

 

 ヤミは例外とし、自分だけ年が大きく離れていると言うのにはやはり引け目を感じるのだろう。リトの言う通り参加するメンバーは一様に気にする人たちではないが、それでも美柑自身が気にしてしまうのであればどうしようも無いだろう。無理について行き、楽しめない事程苦痛な事は無い。真白は美柑を置いて行くと言う事に悩み始めるが、その姿に「ヤミさんを連れて行ってあげて?」と美柑が微笑みを浮かべて言えば、しばらくした後に真白は頷いて参加の意思を伝える。

 

 真白の参加に目に見えて喜んだララは移動手段の準備をすると言って部屋を後にする。そうして海に行く当日はすぐにやって来た。

 

「私の研究所(ラボ)へようこそ!」

 

 結城家にあるリトの部屋。そのクローゼットの向こうに広がるララの部屋へと通された参加者たちは明らかに普通では無い部屋の内装に驚愕する。春菜と猿山は純粋に驚き、唯はクローゼットの奥としては信じられない広さに「ありえないわ」と。レンは宇宙人の為、ララの部屋にある物が分かる様で「最新の設備が揃っているんだね!」と褒める様にして周りを見渡す。リトは自分のクローゼットが出入り口である為に既にその内装を見慣れており、真白とヤミも何度か入っている為に驚いてはいなかった。

 

「里紗と未央は予定が合わなかったみたい」

 

「そっか、残念だね?」

 

「いい、あなた達! 私はあなた達が風紀を乱さないか、監視する為に来たんだからね!」

 

「……浮輪」

 

「よ、余計な事は言わなくて良いのよ!」

 

 普段この様な企画には絶対に参加している里紗と未央は不在であり、それを残念がるララと春菜。そんな傍ではこの場に居る者を見て忠告する様に言う唯が居たが、その腕には空気を入れてある浮輪が存在していた。明らかに楽しむ為に用意されたそれに真白が触りながらジト目で唯を見れば、バレバレでありながらまるで誤魔化す様に強い口調で唯は言い返す。

 

「ところで、ララちゃん。どうやって海に行くんだい?」

 

 ふと、気になった様にレンがララに質問をする。海に行く方法として、今まで『ララの発明品』という説明しか受けていなかった一同はララに視線を向ける。するとララは待ってましたとばかりにそれを取り出した。ウサギの様なモチーフと乗るであろう足場が存在するその機械。それを目の前に出した時、ララは笑顔でその名前を告げる。

 

「ぴょんぴょんワープくんDX(デラックス)!」

 

「はぁ!? お、おいララ!」

 

 名前を聞いて誰よりも先に反応したのはリトであった。だがその表情は非常に焦っており、ララを呼ぶと何かを話し始める。どうやらリトは以前に似た名前の、そして似た効果のあるララの発明品で酷い目に遭っている様だ。が、今回は大丈夫だとララは自信満々に宣言する。半信半疑でありながらも、リトはそれを信じ、そしてララに乗る様に催促される全員。やがて足場に全員が乗った後、ララは何かを操作し……視界は一瞬で切り替わった。

 

 照り付ける太陽。肌に感じる暖かい風。目の前には大きな海が広がり、背後には沢山の木々が生い茂る。一瞬で切り替わった視界とその光景に固まり続ける中、一番最初に復帰した猿山が大きな声を上げる。

 

「海だぁぁぁ!」

 

 その声を合図に他の全員も我に返り、各々が感想を言う中。真白は移動せずに自分の足元を見ていた。そこにあるのは太陽に照らされ続けて温度を上昇させた熱い砂浜であり、後ろや周りを見て何かを探す様にしている真白の姿にヤミが気付く。

 

「何を探しているんですか?」

 

「……」

 

 質問して来たヤミの姿に真白は顔を上げ、何かを言おうとして……それを止める。普段感情表現が真白程では無い物の乏しいヤミが目の前の海と言う存在に僅かにソワソワしている事が目に見えて分かったからだ。教える事は問題無くとも、それがもしもその気分を邪魔してしまったら? と考えた真白は首を横に振って何でも無い事を示す。と、ヤミと共に歩き始めた。

 

 私服のままだった全員は一度、水着に着替える為にその場を離れる。当然男女は別々で、更衣室等は無い為に木陰に隠れて。

 

 ララは臨海学校の時とは違う新しい水着を着用している事から新調したのだろう。そして臨海学校の時とは何も変わらない水着を着用していた春菜と真白はあれから成長していないのかも知れない。唯も今回は泳ぐためという事で水着をしっかり持って来ていた為にそれを着用し、ヤミは海に行くと決まってから水着が無かった為に真白と美柑と共に買いに行って手に入れた、真白とは対照的な真っ黒のビキニを着用する。そして準備が整ったことで、真白たちは海へと入る事にする。

 

「お風呂……よりは冷たいですね」

 

「……えい」

 

「ひぁ! な、何を……そう言う事ですか」

 

 ヤミは目の前の広大な海を前に、恐る恐る足を付け始めて感想を言う。と、それを見ていた真白が徐に両手で水を掬ってヤミへとそれを掛けた。突然身体に触れたその水の冷たさにヤミは驚き、自分に掛けた真白を見て文句を言おうとする。だがそれを最後まで言う事無く1人納得すると、髪を変身(トランス)能力で巨大な手にし始める。そしてその巨大な手で大きく水を掬い、ヤミは口元を微かに歪めた。

 

「お返しです!」

 

「!」

 

 少量では無く大量の水が自分に迫って来る事に真白は無表情のまま、背中に大きな羽を出現させる。そして手を動かす訳でも無くそれを一度羽ばたかせれば、迫っていた水の大半が海へと帰っていく。……だがそれでも返せなかった一部が真白の身体に掛かった。

 

「……やり過ぎ」

 

「? 水で相手を沈めるのでは?」

 

「……」

 

 水遊びにしては物騒なヤミの言葉に真白が肩を落として首を横に振って説明をする。そんな2人の傍ではララと春菜が本来の水掛け合いを行っており、リトと猿山は水着姿の女子に前者は顔を真っ赤に。後者は鼻の下を伸ばしていた。レンはどうにかしてララと遊ぼうと様子を伺う中、唯はヤミとは違った理由で恐る恐る水に振れる。

 

「……な、波が高すぎるわよ……この海」

 

「……唯?」

 

「! お、泳げない訳じゃ無いわよ! ……あ」

 

 寄せて返す波の強さに1人呟いた時、ヤミに説明を終えた真白が唯が海に入っていなかった事に気付いたのだろう。声を掛ける。すると唯は何も言われていないにも関わらず強い口調で言い返し、自ら墓穴を掘った事に気付く。真白は普段通り無表情のままだが、それでも恥ずかしかった唯は自分の失敗に顔を真っ赤にしてしまう。っと、突然ヤミをその場に残して海から上がった真白はそのまま唯に近づき始める。

 

「な、何よ?」

 

「……練習……する」

 

「い、いいわよ別に! 大体人が浮くなんて事が非常識なんだから!」

 

「……泳げないまま……良い?」

 

「うっ……」

 

 唯が泳げないと分かった真白は静かに片手を出して練習に誘い始める。最初はそれに抵抗を見せた唯だが、それに返された真白の言葉に目に見えて狼狽え始めた唯。泳げない人間は世の中に沢山居るが、それでも泳げる様になればその分更に楽しめる環境が増えるのも事実である。現に唯は先程まで、自分以外が楽しそうにしている光景に羨ましさを感じて居た。だからこそ、泳げる様になれば。海の中に入れる様になれば、真白や他の人達とも遊べる様になるのだ。

 

「わ、分かったわよ。練習するわ」

 

「ん……」

 

 差し出されていた手を掴んで浮輪を砂浜に置き、覚悟を決めた唯。真白はそれに頷くと、ゆっくり後ろに下がり始める。当然海の中へと戻って行くため、手を掴んでいた唯も海の中へ。最初は問題無かったが、やがて腰近くまで水が来た時。その顔色には徐々に焦りが見え始める。そしてそれに気付いた真白は下がるのを止めて、唯の状態を確認した。

 

「……平気?」

 

「だ、だだ、大丈夫よ!」

 

 明らかに大丈夫では無い返事の仕方に真白はそれ以上下がるのを止めると、唯の両手を掴み始める。そしてそれ以上深い所に行くのではなく、何時でも足が付けられる場所でまずはバタ足の練習から始めた。唯の手を引っ張り、足を付けないで水面で足を叩かせて泳げる様になるための最初の段階から始める真白。そんな2人の光景を少し離れた場所で姿勢を低くして鼻下まで海に浸かり乍らヤミは見つめていた。っと、そんなヤミの傍に突然空気の入ったボールが落下する。

 

「ヤミちゃ~ん! 一緒にやろうよ~!」

 

 ボールを拾い上げたヤミを呼ぶララの声。真白の事が気にはなったものの、海での遊びにも興味があったヤミは結局ララの誘いに乗る事にした。春菜にボールの名前やどうやって遊ぶのかを教えて貰い、遊びを開始する中、それを見つめていたレンは未だにタイミングを伺い続けていた。が、そんな彼には不幸とも言える予兆が訪れてしまう。

 

「ま、不味い……はっくしょん!」

 

 出てしまったくしゃみと共にレンの身体は煙に包まれ、ルンへとその姿を変えてしまう。咄嗟に海の中に身体を浸ける事で胸などを隠すことに成功したルンは隠れ乍ら海の外へ。レンが着けていたブカブカのトランクス型の水着を外し、荷物の中から女性用の水着を取り出す。

 

「レンに内緒で忍ばせといて良かった。さて、真白ちゃんは~……あ、居た!」

 

 自分が出て来てしまった場合を想定してあったのだろう。用意してあった水着を着用し、真白を探し始めたルンはすぐに唯の手を引いているその姿を見つける。そして唯の姿を気にする事無く、駆け出した。やがて距離が短くなった時、その身体に一気に飛びかかる。不意打ちに近かったルンの突撃に真白は何も対処することが出来ず、唯から手は離れて海の中へ。

 

「真白ちゃん! 一緒に遊ぼうよ!」

 

「……危ない」

 

 溺れる事は無かったが、それでも真白はルンの行動に抑揚の無い声音で注意をする。両頬に手を添えて業とらしく「きゃ!」と怒られた事に喜ぶ姿を見せたルン。そんな彼女を横目に真白は自分が手を引いていた唯が大丈夫なのかを確認する為にその姿を探した。

 

「ま、真白? 何があったのよ? 真白?」

 

「……泳げてる」

 

 そこには怖さからか目を瞑って両手を前に突き出し、足をバタ足させて奇妙な形で泳いでいる唯が居た。どうやら握られていた感触が無い事に不安になりながらも、海の中故に目を開けられないらしい。そんな唯の姿に真白は静かに目を細めて呟く。

 

 その後、唯の練習やルンの相手、ララ達とのビーチバレーなどに参加した真白。やがて長時間海で遊んだことで満足したララ達が帰ろうと言いだしたことで海から上がると、何かに気付いた様に声を上げたララに全員が視線を向ける。

 

「ワープくん、据え置き型で部屋に残ったままだった……つまり、えーと……帰る方法、無いや」

 

「マジ……?」

 

 ララの言葉にリトが思わず呟く。真白が最初についた時、足元を確認していたのはそこに帰る為に必要な帰還用の『ぴょんぴょんワープくんDX』が無かったから。故にこの状況は予想が付いていた様で、何時帰れるかも分からないこの状況に、真白は結城家に1人にしてしまった美柑の事を思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~、私も真白さんたちに付いて行けば良かったぁ~」

 

 帰れなくなってしまった真白たちの状況を知らない美柑は結城家で1人、暑さにやられながら後悔しているのであった。



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第35話 宇宙の海でサバイバル!? 【後編】

「帰れないって、どうするのよ一体!?」

 

 唯がララの言葉に声を上げる。帰る方法が無くなってしまった為に、海のあるこの場所に取り残されてしまった全員。ララを頼っていた為に、そのララから伝えられた言葉に絶望に近い感情を抱いていた。すると唯を落ち着かせる為にその手を取り、真白が首を横に振る。言葉を発さずとも、言いたいことの分かった唯はまだ苛立ちを隠せてはいない物のそれ以上声を上げる事は無くなった。

 

「ララ様、ここは何処の何と言う島なのですか?」

 

 まずは自分達が何処に居るのか? それを確認する為にペケが質問すれば、何とここはオキナワという場所にある何処かの島であると答える。日本には沖縄という場所が存在している為、その名前を聞いて希望を見出した一同。近くに民家があるかも知れないという事で探しに行くことになり、荷物を取りに行った時、そこに持って来ていた荷物は何も残っていなかった。

 

「……あれ」

 

「? あぁ! あれ!」

 

 突然何かを指差した真白の姿にその先へと視線を向けた猿山。そこに居たのは猿に似た謎の生き物であり、その手には各々が持ってきていた荷物が。木に登った状態で馬鹿にする様に笑みを浮かべているその姿に猿山が声を上げると、猿たちは一様に逃げ始める。そのまま逃がせば当然荷物はあの猿たちの物になってしまうだろう。故に追いかける為に走り出すが、相手は野生の猿。人間が追いかけて捕まえられる様な相手では無い。

 

「ペケ! 反重力ウィング!」

 

「……追う。……皆、お願い」

 

「分かりました。気を付けて」

 

 ララがペケに言うと同時に出現するのは黒い羽。それを見て真白もヤミに告げると背中に白い羽を出現させる。そしてララが飛び立ったのを見てこの場に居る全員をヤミに託し、真白も空へと飛び立つ。人では到底追いつけない相手でも、空を飛べる身体能力の高い宇宙人である2人ならば捕まえられるかもしれない。

 

 木々を渡る猿たちの背後を目前に何度も迫る木を交わしながら追い続ける真白とララ。だが相手は本当に普通の猿なのかと思ってしまう程に身体能力が高く、一向に距離を縮める事が出来ずにいた。が、それでも追い続けていた時、ララが何とか猿の持っていた荷物に手を掛ける。しかしその瞬間、逃げていた猿が一斉にララに向かって襲い掛かり始めた。

 

「!?」

 

 一斉に飛びかかってくる猿たちを目の前に対処する暇も無かったララ。どの猿も鋭そうな爪や歯を持っており、攻撃されれば小さな怪我では済まない可能性もある。目を瞑って痛みへの恐怖に身構えた時、ララの目前を強い光が通過した。その光は襲いかかろうとしていた猿たちを文字通り吹っ飛ばし、ララの目の前には1匹も残る事無くその脅威を払ってしまう。

 

「……平気?」

 

「ありがとう! 真白!」

 

 この場に唯一居る助けてくれたであろう真白に抱きついたララ。だがララの手には何も無く、追い掛けていた猿の姿ももう見えなくなってしまっていた。逃げていた猿は逃げおおせて、仲間だった猿は先程の攻撃で居なくなってしまったのだ。深い森の中で自分達の荷物を持っている猿だけを探すのは難しい。見失ってしまった以上、諦めるしかないと思った真白は抱きつくララをそのままにヤミに託して別れた皆と合流する為に戻り始める。すると突然2人の耳に巨大な咆哮が聞こえて来る。

 

「あっちみたい!」

 

 真白から離れ、声のした方向を指差したララを見てそれが何かを確かめる為に動き始める真白。やがて2人の目の前に見えてきたのは巨大な恐竜……が目を回して倒れている姿であった。逃げていたのだろう、近くの木には唯たちが登っていて、恐竜のすぐ傍にはリトの上に春菜が覆い被さる様にして転がっており、手を武器から元に戻すヤミの姿もあった。何があったのかを何となく理解出来た真白。まずは恐竜を撃退したであろうヤミに近づくと、何も言わず褒める様にその頭に手を置いて撫で始める。家庭訪問の際、美柑を褒めた様に。自分の頭に触れる真白の手に少しだけ恥ずかしそうにし乍ら俯くヤミ。やがて真白はその手を離すと、他の全員に視線を向けて誰も欠けていない事を確認する。そしてララへ振り返った。

 

「……ここ……地球じゃ、無い」

 

「へ?」

 

 猿に似ている生き物ならば、地球の何処かに存在する知らない種類である可能性もあった。だが目の前に倒れる恐竜は明らかに地球に存在する生き物ではない。故に確信した真白はララに告げる。と、ララはその言葉に驚きながら声を出した後に自分達が居る場所を今出来る限りの方法で調べ始める。やがて真白の言う通り、ここが地球でないという事がすぐに判明した。

 

 まず最初に周りを見た時、空に見えたのは2つの衛星。それだけでも地球で無い事は丸分かりであり、更に調べれば出会った生き物たちの情報から今居る場所が地球から300万光年離れた星『オキワナ星』だと発覚する。

 

 通信手段は何も無く、戻るためには誰かが地球で自分達が帰れなくなった事に気付く他に無いとペケは語る。一番気付く可能性があるのはこの場に居る者達の家族だが、宇宙人という存在を知る者は少ない故に居なくなっても別の星に居るとは誰も思わないだろう。美柑が戻ってこない事に不審に思っても、それをどうにかする方法は無い。唯一の希望は宇宙人でありながら地球でララと定期的に会っているザスティンがララ達の失踪に気付いてくれる事、であった。

 

「そんな……」

 

「……仕方ない」

 

「うん。こうなったら助けが来るまで、皆で力を合わせて頑張ろうよ」

 

 突然立たされた自分達の状況に目に見えて肩を落とす唯。そんな姿を見て真白が静かに言えば、頷いた後に春菜が続ける。後ろ向きに考えてもどうにもならないのなら、助けが来るまで待つしかない。こうして学生とその家族1名によるサバイバル生活が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探索を始めた真白たちは最初に雨風を凌げる洞窟を見つけだす。すぐ傍には小川も存在する、夜を越すには絶好の場所であり、寝床に関して問題は無くなった。が、食料などが無い為に唯はこれからに絶望しながら肩を落とし続けていた。そしてそれをララが慰めようとした時、唯は思わずララに怒りをぶつけてしまう。移動手段を提供し、戻る事を考えていなかったと責めてしまったのだ。

 

「ごめんね」

 

「あ……いえ……」

 

 普段の笑顔で返されると思っていた唯。だが帰ってきたのは本当に申し訳なく思っているララの表情と謝罪であり、それに罪悪感を感じてそれ以上唯は怒る気になれなくなる。するとそんな2人の元にゆっくりと何かが降り立った。それは食料を探しに行っていた真白であり、羽を消滅させながら差し出したその両手には見た事の無い実が存在していた。

 

「……春菜が……見つけた」

 

 食料を探しに行ったのは真白だけではなく、その実を見つけたのは春菜であると伝える。木に生っていたのを発見したのだ。そして高い位置にあったために、真白がその実を取ったのであろう。渡されたそれを見てペケが確認を始めれば、それが安全な物だと結果が出た。

 

「ふぅ、良かった」

 

「? 何かあったのか?」

 

「さっき、三夢音さんが毒味しちゃって……」

 

 ペケが出した結果を聞いて安心していた春菜に気付いてリトが質問すれば、帰ってきた答えにリトは思わず真白を見て溜息を吐く。食べる事が好きな真白だが、決して食い意地が悪い訳では無い。もしもの事を考えて、本当に確認の為に食べたのだろう。だがそれを当たり前の様に行ったという事にリトは真白の危うさの様な物を感じて思わず頭痛を感じてしまう。春菜も真白の行動を止めようとして食べてしまった為に、心配で気が気ではなかったのだろう。

 

「……まだある……取って来る」

 

「手伝います」

 

「あ、なら私も行くよ真白ちゃん!」

 

 真白はララと唯に実を渡した後、他の皆にも分ける為にその実を取りに飛んで行く。そしてそれを同じ様に羽を出現させて追い掛けるヤミと、砂浜を駆けて追い掛けて行くルン。その後真白とヤミが木の実を取って、ルンがそれを腕一杯に抱えて戻る事で一時の食料を確保することに成功する。そしてそれぞれが腹ごしらえに手に入れた実を食べ、自分達の環境を更に良くする為に再び行動を開始した。

 

 春菜の提案で次に枯れ葉を集める事になった真白たち。ルンとララはどうして集めるのか分かっていなかったが、やがて地面が枯れ葉で埋まった時、そこはふかふかな枯れ葉のベッドに姿を変えた。その事にルンが笑顔になる中、今度は唯の分を集める為に行動を開始したララ。何か思う事があるのか唯はそれを見つめており、真白はそれを見ながらも何も言わずにララの後を追いかける。

 

 8人分の枯れ葉を集めるのは非常に大変であり、7人目のベッドが完成した時、既に空は暗くなっていた。後1人分ではあるが、暗い中を外に出るのは危険だろう。どうするかを考えていた時、ヤミが思いだした様に口を開く。

 

「必要ないですね」

 

「でも結城君たちも含めて、8人だよ? 誰か1人だけ堅い地面なんて、可哀想だよ」

 

「いえ、そうでは無く……私と真白は普段から一緒に寝ていますので、別にする必要が無いかと」

 

「い、一緒に寝てるの!? 真白ちゃんと!?」

 

 真白とヤミは普段から同じ家で日々を過ごしている。元々真白しか住んでいなかったために布団は1つしか無く、ヤミが来て以降用意をしようとした真白だが当然最初の数日は用意できず、同じ布団で眠る事になった。その後、新しい布団を態々買うよりこのままで良いとヤミが提案したことで2人は同じ布団で寝る様になっていたのだ。ヤミが満足するならばと特に気にする事も無く、一緒に寝る事が気付けば当たり前になっていた真白。故にこの様な場面でも一緒に寝れば問題が無いとヤミは思ったのだろう。その内容を聞いて納得する真白を横に、ルンがヤミに必死の形相で聞き返す。好意を寄せる者として、ルンはヤミの語る普段が羨ましかった。

 

「おーい!」

 

 突然呼びかけてくる声に振り返れば、洞窟の外から大きく手を振っているリトと猿山の姿。やがて2人は中に入って来ると、洞窟の裏側を探索した際に良い物を見つけたと語り始める。この状況での良い物が何かは分からないが、2人に連れられてたどり着いたのは……湯気の立ち上る岩に囲まれた湯、『温泉』であった。どうやら今居るこの島は火山帯らしく、天然の露天風呂が出来ている様である。

 

「俺達は後で入るから、女子が先に入って良いぜ」

 

 何か企むような顔で言った猿山の言葉にララは笑顔を浮かべて喜ぶと、温泉に向かって走り始める。リトと猿山はすぐにその場所から離れ、2人が居なくなった事を確認した春菜達はそれぞれ唯一残っていた水着を外す。また泥棒に合わない様に安全な場所にしっかりとそれを隠し、そして全員は温泉に浸かり始める。自然に出来た温泉は身体を温め、枯れ葉集めで掻いた汗を疲れと共に流してくれる様であった。普段無表情の真白も気持ち良いせいか、僅かに目を細める。するとその姿に見ていたルンが思わず鼻を抑えた。

 

「ララさん……さっきは少し、言い過ぎたわ」

 

「唯……」

 

「こ、こういうのも人生経験と考えれば悪く無いかも知れないわ」

 

 ララに強く当たってしまった事をずっと気にしていた唯はそう言って恥ずかしそうにそっぽを向く。だがその言葉が嬉しかったララは迷わず唯の身体に飛びついた。抱きしめられる身体に唯が顔を赤くしてララを引き剥がそうとする中、真白はその光景を静かに見つめていた。すると同じ様にその光景を優しく見つめていた春菜が静かに浸かっている真白に視線を向ける。

 

「三夢音さん、木の実を見つけた時の事なんだけど……」

 

「?」

 

「もっと自分を大事にしなきゃ駄目だよ? 皆の為なのは分かってる。けどそれで三夢音さんに何かあったらその方が心配だから、ね?」

 

「……ん」

 

 春菜もまた、自分の事を顧みず危険かを判断する為に木の実を食べてしまった事が気になっていた様である。同い年でありながらもそうは見えない真白を相手に、春菜はまるで子供に言い聞かせる様に優しい笑みを浮かべて言う。真白はその言葉を聞いて少しの沈黙の後、静かに頷いて返した。と、突然何かが温泉へと落下して来る。大きな水しぶきを上げ、頭に大きなたん瘤を作って顔を出したのは……リトであった。そしてその目の前には裸で抱き合うララと唯。彼の登場に場の空気が凍りつく。

 

「……」

 

「な……な……破廉恥な!」

 

 目の前の状況を何も言わずに見続けていた真白。裸を見られて狼狽えながらも唯が叫ぶ中、リトは顔を真っ赤にして湯船の中に沈んでしまう。初心な彼には刺激が強すぎたのだろう。真白は小さく溜息を吐いて、気絶してしまったリトを湯船から上げる。

 

「な、何で結城君が空から?」

 

「……」

 

 真白の行動を見てすぐに水着を着て出てきた春菜が聞くも、当然理由を知らない真白は首を横に振るだけ。その後女子の温泉は終了し、リトを何とか洞窟に運んでその日は終了。何故かボロボロの状態で猿山も帰還し、後日2人が荷物を持っていった泥棒猿が再び現れた事でそれを捕まえようとして、リトが足を滑らせて落ちてしまったという内容を聞くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サバイバル生活が始まって3日。集めた食料も減り始め、何処かへ食料を探しに行くことにした8人。唯が温泉での一件からリトを警戒して一緒に行動することを拒否する中で、猿山の提案によってチームを作ろうという事になった。決め方は拾った枝を短い枝と長い枝に分け、同じ枝の持ち主が共に行動するという物。8人が一斉に引いた結果、ララ・ルン・唯・ヤミのチームとリト・春菜・真白・猿山と言うチームが出来上がる。ララは3人に笑顔で「頑張ろうね!」と言い、ルンは真白とは別でララとは同じと言う事に内心では残念がりながらも笑顔で、唯はリトと別という事で安心しながら、ヤミは真白に3人の安全をお願いされた後にララの言葉を聞いて頷く。

 

 別々に行動を開始しようとした時、猿山が思いついた様に自分が洞窟に残る事を提案する。また泥棒猿が現れるかも知れないために、見張りをすると。それを見ていた真白は続ける様に羽を出現させる。

 

「……空から……探す」

 

 全てはリトと春菜を2人だけにする為。猿山は空へと上がって行く真白の姿に春菜には見えない様に親指を立てて見せる。リトは自分の恋心を知る猿山に感謝し、同じ様な行動を取った真白にまさか知られているのかと内心で動揺しながらも春菜を先導して森の中を探索し始める。

 

 地球とは違うこの場所では、見た事の無い危険な生物が存在している可能性がある。恐竜の事があったために周りを警戒しながら、真白はリトと春菜の元に何時でも駆けつけられる様に付かず離れずの距離を保って周辺を調べ続ける。だがまだ入ったばかりの周辺は来た次の日に真白・ヤミ・ララの飛べる3人で取り尽くしてしまっていた。8人ともなれば食べる量もそれなりに多く、消費量も激しいのである。

 

 空を飛んでいた時、真白の目の前にあった木の枝に見た事のある生き物が着地する。それは荷物を持って行った泥棒猿であり、既に他の猿たちが真白を囲んでいた。まだ何かを持っていないかと探しに来たのだろう。そして1人である真白に狙いを付けた……がそれは間違いであると猿たちはすぐに思い知る事となる。荷物を奪い、家族が怪我をする原因を作った生き物。再び襲い掛かってくるのなら、真白は容赦などする気が無かった。

 

 飛びかかり始める猿。だが真白はそれを寸前で躱すと同時に空中で飛びながら回し蹴りでその背中を蹴りつける。威力は高く、地面に落ちた猿を見て怒り襲い掛かる猿たち。しかしそれは一様に次々と地に伏すこととなった。銀河最強の娘であるララが強いのならば、その銀河最強と最後まで戦い張り合っていた者の娘である真白もまた、強かったのである。

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

「!」

 

 突然響く春菜の悲鳴に真白は地に伏して居た猿を放置して2人の元へと急ぐ。そこには巨大な木の化物に拘束されている春菜と、その春菜を助けようとしているリトの姿。リトは木の化物が動かすうねうねと動き回る枝に噛み付き、春菜を助け出すとその手を引いて走り始める。だがすぐに2人を捕まえようと迫る枝。真白は2人と木の間に入ると、その枝を殴ろうと拳を振るう。だがその拳が枝に触れる事は無く、真白の片腕が枝に捕まれると同時に連鎖する様にもう片方の手や両足首にも枝が絡み付き始めた。

 

「! 真白!」

 

「平、気……! 逃げ、て……!」

 

「っくそ、置いていける訳ねぇだろ! 西連寺は逃げてくれ!」

 

「そんな!」

 

 間に入った事で捕まらず、だが代わりに真白が捕まってしまった事に気が付いたリトはすぐに振り返ると真白の言葉に強く言い返して春菜の手を離す。そして春菜には逃げる様に言った後、真白を引きずり込もうとする枝に叩いたり噛んだりと必死に攻撃を加え始める。だが先程リトに噛まれて学習していたのか、真白を掴んでいる枝は想像以上に固い物であった。そしてその間にも本体との距離は縮まっていき、ゆっくりと存在する大きな口を開く。やがてもう駄目かと諦めかけた時、突然その木の周りが光り始める。するとまるで弱体化する様に小さくなる木。枝も強かった締め付けを止め、真白を解放する。急に力が無くなった事で身体を引っ張っていた真白は後ろに転びそうになり、春菜がすぐにそれを支えた。

 

「真白さん! 大丈夫!?」

 

「ん……平気」

 

「一体何が……」

 

「驚いたわ……何であなた達がこんな所に居るの?」

 

 春菜が真白の無事を確認し、リトが突然起きた出来事に困惑する中で聞こえて来た声に3人は驚く。そこに居たのは真白の理解者であり、リトと春菜にとっては学校の保険医でもある御門 涼子であった。

 

 何とか無事に生き残る事の出来た3人はこの星に居る理由を説明。別々に分かれていた面々とも合流し、話をする事になった。海に来ようとして別の星に来てしまい、戻れなくなった。その事実を聞いて呆れる御門を前に真白が首を傾げる。

 

「……何で……ここに?」

 

「そうだよ! 何で御門先生はこんな所に?」

 

「あぁ、このオキワナ星ではね。貴重な薬草が多く手に入るのよ。だから定期的にここに薬草を取りに来ているの」

 

「……帰れる?」

 

「そうね。私の宇宙船(ふね)なら4時間で地球に帰れるわ」

 

 御門がここに居る理由を聞き、真白が帰れるかを質問すれば笑みを浮かべながら何かのリモコンを取り出す御門。やがて答え乍らそれを操作すれば、少し離れた場所に見た事の無い乗り物が出現してゆっくりと着陸するのが全員の視界に映る。無事に地球へ帰る事が出来るという事に安心する一同。その後全員は御門の乗り物に乗り込み、無事に地球へ帰還することが出来たのであった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第36話 ヤミとの模擬戦。ご立腹な美柑

此方の調子が良かったのか、1月で【10話】完成。本日より10日間、投稿致します。


 ある日の夕方。彩南町に存在する河川敷にて、夕日を横目に2人の少女が見つめ合っていた。1人は彩南高校の制服を来た無表情な銀髪の少女……真白。対する相手は真っ黒な変わった服装をした金髪の少女……金色の闇。普段は仲が良い筈の2人だが、今この時、内に秘める思いはお互いに相手を倒すと言う事であった。そして、そんな光景を見つめる者がまた2人。お互いに見つめ合って立ち続ける2人を不安そうな表情で見続けるリトと、楽しみとでも言いたげに笑みを浮かべているララである。

 

「手加減は……しませんよ」

 

「ん……来る」

 

 長い間黙っていた2人。だがやがてヤミが口を開けば、真白がそれに頷きながら静かに返す。戦う前の最後の言葉を交わし終え、ヤミは「分かりました」と言って目を瞑り……真白目がけて飛び出した。距離は一瞬で詰まり、目の前にはヤミが現れたかの様な感覚を受けた真白。気付けばヤミの右手は刃と化し、真白の身体目がけて迫り始める。しかしそれが当たる寸前、謎の光の壁がその刃を受け止める。少し驚いた様に目を見開くヤミ。だが考えるよりも早く後ろに下がった時、ヤミが立って居た場所に真白の右足が猛スピードで通り過ぎる。靴のつま先がヤミの身体のすれすれを通過し、ヤミは空中で宙返りをし乍ら元居た位置へと足を付けた。

 

「は、速すぎるだろ……今の」

 

「真白~! ヤミちゃ~ん! 2人とも頑張って~!」

 

 切りかかり、防がれ、カウンターを放つも避けられる。たった4つの出来事ではあるが、それを常人では考えられない速度で行われれば話は別だ。宇宙人であるが故の身体能力とそれを扱う技術を備えている者同士の戦いは現実ではありえない光景を見せていた。故に目の前の戦いに思わず呆気に取られ、冷や汗を流し乍ら呟くリト。そんな彼とは対照的に、さもそれが当たり前の様に感じているララは戦う2人を同時に応援し続けていた。

 

「やはり、守りが固いですね」

 

「……」

 

「! くっ!」

 

 ヤミは最初の攻撃を防がれてしまった事に微かに眉間に皺を寄せ乍ら呟く。すると何も言わずに歩き始めた真白。何をするのか定かでは無い行動だが、ヤミは長い戦いで培われた予感を活かして上に視線を上げた。先程まで目の前で歩いていた真白がその瞬間、ヤミのすぐ目の前に現れる。踵落としを行おうと右足を大きく上げており、スカートの中身がヤミにはしっかりと映る。同性であるが故に気にしていない真白であり、何時でも見れる故に気にしないヤミはすぐに両手を合わせて大きな盾を作り上げる。甲高い音が鳴り、自らの腕を盾にしているが故にその衝撃を感じるヤミ。だがそのままヤミは間髪入れずに髪を操ると、真白の両手両足を縛り上げ始める。

 

「!?」

 

「触れながら攻撃すれば、その守りも超えられます」

 

 拘束されてしまった事に思わず目を見開いた真白。そんな彼女を前に、ヤミは真剣な表情で言うと盾にしていた腕を元に戻すと同時に右手を再び刃に変える。離れる事も出来ず、そのまま首元に突きつけられる刃。もし今何か抵抗をして髪から解放されたとしても、目の前の刃が真白の首を掻っ切るのは明白である。それが分かったが故に小さく溜息を吐いた真白。

 

「……降参」

 

「賢明な判断です。……では」

 

 降参する意を伝えれば、ヤミは薄く笑って真白に告げる。と、拘束を解放するかと思いきや何を思ったのか腕を元に戻した後に自分の元へと真白を近づけ始める。そして目の前から真正面にその身体を抱きしめると、ようやく髪を手足から解放し始めた。が、抱きしめられている為に身体を拘束されている事には変わりなかった。

 

「……強い」

 

「そう簡単に負けては務まりません、殺し屋は」

 

「…………そう」

 

「おーい!」

 

 真白はヤミが強い事を改めて感じ、そのまま口にする。そしてヤミが返答をした時、その中に含まれる『殺し屋』と言う部分に僅かに反応を示した真白。解放された手をヤミの背に回し、何か言葉を言うでも無くその身体を抱きしめ返し始めた。お互いの温もりが感じられる状況に真白は無表情のまま、ヤミは嬉しさを完全には隠しきれないとばかりに真白の懐に顔を埋め始める。自分よりも大きい胸の上側に触れる顔。少し位置を低くして間に顔を埋めようとした時、戦闘が終わった事で近づいて来たリトの声でその表情が一瞬にして無表情に戻る。そして真白の身体を改めて解放し、近づいて来る2人に視線を向けた。

 

「凄かったね! 2人とも!」

 

「改めて宇宙人同士の戦いを見たけど、何て言うか……次元が違うよな」

 

「……怖い?」

 

「最初は少し怖かったさ。でもこうして関わってると、悪い奴ばっかじゃないからな。……まぁ、中にはムカつく奴も居るけど」

 

 満面の笑みで感想を言うララと頬を掻きながら言うリト。宇宙人と地球人の差を改めて感じたのだろう。リトの言葉に真白は静かに頷いた後に質問すると、リトは少しだけ顔を反らしながらもやがて真っ直ぐと目を見て答える。その言葉に真白は表情を変える事は無かったが、それでも長い付き合いのあるリトには内心では微笑んでいるのだと感じる事が出来た。

 

「よし! それじゃ、帰ろ? 美柑が待ってるよ!」

 

「だな」

 

「夕飯の後は先程の反省をしましょう」

 

「ん……よろしく」

 

 戦闘も終了し、もうここに居る用事の無くなった4人。ララが笑顔で帰る道のりの方向に向かって少しだけ走りながら言えば、リトがそれに賛同して歩き始める。そんな2人を前にヤミが真白へ視線を向けて言うと、真白は頷いてヤミと共に2人の後を追う様にして歩き始めた。……そもそもここで戦いを始めた理由。それは真白が頼んだ事が原因であったのだ。何か目的があってのお願いだったのだろう。ヤミは真白のお願いならとすぐに了承したが、帰路の途中でふとそれが気になり始める。

 

「真白。何故私と戦いたかったのですか?」

 

「……強く……なりたい。……守りたい、から」

 

 ヤミの言葉に返す真白の脳裏に浮かぶのは、果たして何時の出来事なのか……それは本人にしか分からないだろう。だが真白はここ最近の出来事の中で、明らかに【力不足】を感じていた。だからこそ、戦いを知っているヤミに頼んだのだ。守りたいものを守る。そのために必要な力を得る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日。結城家に来ていた真白は現在、美柑と並んでリビングのソファに座っていた。何時もなら居るヤミは現在居らず、リトとララも現在リビングには居ない。間違い無く今の状況は2人っきり。ララやヤミが来る前までは今の状況も良くあった。が、今ではヤミがほぼ常に真白の傍におり、ララが居たり等もする。故に久しぶりの状況に美柑は内心戸惑いながらも、真白の前では現在とある雰囲気を出していた。

 

「……美柑」

 

「……」

 

 名前を呼ばれた美柑は微かに反応するも、すぐに両手で植物の雑誌を広げたまま返事をする事も無く読むのを再開してしまう。明らかに不機嫌である美柑の状態に、真白は無表情乍らもゆっくりと近づき始める。同じソファに座っている為、近づけば離れるを繰り返してもすぐに美柑は追い詰められてしまう。……今のままで居れば、何れ真白が何か行動をする。そう思っていた美柑だが、何時まで経っても何もしてこない事に美柑は軽く横目で真白を見る。

 

「……美柑……まだ、怒ってる?」

 

「!」

 

 無表情である事には変わりないが、それでも長い付き合いだからこそ分かる真白の表情が不安である事を物語っているその光景に美柑は思わず動揺してしまう。そもそも美柑がこうして不機嫌を装い始めたのは、数日前の海へ行った際に起きたサバイバル生活が原因であった。日帰りの予定だった海は結果的に数日となってしまい、家に1人残される事になってしまった美柑。心配であり寂しかった数日間を過ごし、無事に帰って来た時。美柑は思わずリト達に怒鳴ってしまったのである。そしてそれから美柑はずっと機嫌を悪くしていた。……が、美柑の心が離れたと言う事実は美柑の想像以上に真白にダメージを与えていた。

 

「……許して」

 

「……」

 

 最初は本当に怒り、素っ気なくしていた美柑。だが思った以上に反省し、許しを請う真白の姿に罪悪感に苛まれ乍らも美柑は今の状況を続けていた。簡単には許せず、かと言って不安そうな真白の姿を見るのは気が引ける。美柑は内心で葛藤しながら、結局は今の状況を続けていた。っと、何時にも増して美柑に元に戻って貰おうと行動を始めた真白。美柑のすぐ傍に近づき、本を読んでいるその身体ごと両手で包み込む様にして抱きしめ始める。

 

「ふぇ? ま、真白……さん?」

 

「……お願い……嫌わないで……」

 

 突然の事に思わず素で声を出してしまう美柑。だがその後に弱々しく紡がれた言葉で美柑は我に返った。真白が異常な程に嫌われる事を嫌がる理由……それは家族を一度失っているからこそ、二度と失いたくないと言う思い故であると分かったからである。美柑はその事に気付くと、読んでいた雑誌を捨てて真白の身体を同じ様に優しく抱きしめ返す。

 

「ごめんね、変な意地張って……大丈夫だよ。真白さんの事、大好きだから」

 

「……美柑」

 

 自分よりも少し大きな身体だが、何処か小さくて儚げに見えるその姿に美柑は少しだけ抱きしめる力を強くしながら謝る。真白は美柑が会話をしてくれた事や嫌っていないと言う事実に目を見開きながらも、その名前を呼んで同じ様に力を強くする。そんな真白に美柑は思わず胸がキュンとしてしまい、顔が赤くなりながらも何処か嬉しく思い始める。そして今の体勢のまま、流れに任せて美柑は真白にとある提案をした。

 

「ね、ねぇ、真白さん? 今日、泊まっていかない?」

 

「……今日?」

 

「う、うん。た、偶には一緒に寝たいな~……なんて」

 

「ん……美柑が……望む、なら」

 

 その後、美柑は目に見える程機嫌を直して今まで通りに真白と接し始める。そしてその日真白は結城家に泊まり、ララからの誘いもあったが、美柑との約束を優先して2人は共に美柑の部屋で眠るのであった。



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第37話 風紀よりも大事な事

 授業の合間の休み時間。各々の生徒が自分の時間を過ごす中、雑誌を読んでいたとある女子生徒の目の前に唯は突然立つと、その雑誌を引っ手繰る様にして奪ってしまう。突然奪われた事に女子生徒が驚く中、唯は強い視線でその女子生徒をまるで睨みつけるが如く見る。

 

「学校に不必要な物を持って来るのは校則違反です。減点2。もし10点を超えた場合、反省文を書いて貰いますからね」

 

「ちょっと古手川さん。それぐらい良いんじゃない~?」

 

 クラス委員にはなれなかったものの、風紀委員として活動する様になっていた唯。そんな彼女の言葉に雑誌を読んでいた女子生徒だけで無く、クラスに居た生徒達数名が不服の声を上げる。そして代表するかの様に里紗が唯に言うが、その瞬間。唯は最初に里紗の足元にしゃがみ込むと何処からかメジャーを取り出してスカートの長さを計測。次に立ち上がると未央を全体的に見た後、持っていたボードに書き込み始める。

 

「スカート丈が1㎝短く、ネクタイも無い! 減点2です」

 

「ちょ、細かすぎない!?」

 

 あっと言う間に図られ、あっと言う間に減点される。余りにもしっかりし過ぎている唯の行動に里紗は驚きながら抗議する。しかし唯がそれに応じる事は無く、ふと見つめた先。真白の席に立っているララに気付いた。

 

「真白! 今度はこんなの作って見たよ! これを使うとね……あ!」

 

「学校に変な物を持ち込まないで! 減点よ! これは没収しますから!」

 

「……」

 

「な、なぁ古手川? それぐらい……」

 

 小さな丸い何かを持って真白に話しかけるララ。それがすぐに発明品だと分かった時、唯はまず最初に先日起きたサバイバルの事を思いだす。ララの発明品の大きな欠陥によって数日を過ごす羽目になってしまった事を。そしてそれ故にララの発明品は危険であると認識してしまった唯。真白に見せていたそれを横から奪い取ると、強い口調で言い放つ。そんな唯の姿を真白は無言で見ていると、今の光景を目撃したリトが声を掛ける……が、掛けられると同時に振り返った唯の眼光に思わず怯んでしまう。

 

「貴方も他人事じゃ無いわよ、今度破廉恥な事を見かけたら即減点10なんだから」

 

 ララの発明品に危険を感じる様に、唯はリトの事を深く警戒していた。それは普段からリトが何かに巻き込まれてしまっているのを目撃していると言う事もあるが、ララと同じくサバイバルの時に裸を見られてしまったと言う事もあるのだろう。強い口調で言い放った後、去って行く唯の後姿を見ながらリトは未だに根に持たれている事に肩を落とす。っと、今までの行動を見ていた同じクラスの生徒達が唯が居なくなると同時に文句を言い始める。彼女への不満が溜まり、明らかに心が離れて行っている光景に春菜が残って居た3人の元に近づいて話しかけた。

 

「古手川さん、このままじゃ……」

 

「あぁ、クラスで孤立しちまう。……真白?」

 

 1人だけ浮いてしまう事を不安に思った春菜の言葉に同じ様に頷いて答えるリト。すると徐に立ち上がった真白に気付き、リトが声を掛ける。何も言わず、唯少しだけリトと目を合わせた後に教室を出て行く真白。春菜が首を傾げてリトに視線を向ければ、何処か安心した様子のリトに気付く。そしてリトは春菜に見られていた事に気付くと、少しだけ笑って口を開いた。

 

「古手川の事は、真白に任せようぜ」

 

「え? でも……」

 

「この学校で古手川と一番付き合いが長いのは、多分真白だからさ。それよりも俺達は戻って来た時に迎えられる様に、出来る事をしよう」

 

「そう、だね。うん、私達は私達に出来る事を……」

 

 リトの言葉に最初は困惑した春菜。だがすぐに扉の向こうを見ながら言うリトの言葉に春菜も了承する。明らかに真白を信じているリトのその姿に、少しだけ真白を羨ましく思いながらも彼女を信じるリトを信じる事にしたのだ。そして2人は唯の事を真白に託すと唯が戻って来た際に悪い雰囲気にならない様に、行動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室から出た後、唯は様々な生徒に注意や持ち物の没収を行っていた。そんな彼女を追う為に廊下へと出た真白。何処に行ったのか分からず廊下を歩いていた時、微かに聞こえて来る声に気付いて足を進め始める。

 

「恋をすれば、彼女にもきっと分かりますわ。ホーホッホ!」

 

 曲がり角を曲がった時、そこに立って居たのは屋内にも関わらず日傘を差して何故か派手なドレスを着ている彩南高では有名なお嬢様……天条院 沙姫とその付き人である2人であった。普段通り、高笑いをする沙姫の姿に真白は何も言わずに見つめた後に来た道を引き返そうとする。しかしそんな真白の存在に誰よりも早く気付いたのは付き人の1人である丸眼鏡を掛けた女子生徒の綾であった。眼鏡の内側で目を見開き、すぐに沙姫に何かを告げた綾。すると沙姫の視線が今まさに離れようとする真白の姿を捉え、声を掛ける。

 

「貴女ですわね? 学園祭の時、綾にテーブルクロスを貸したのは。お蔭で醜態を晒す事無く、私のこの美しい身体を守れましたわ。礼を言って差し上げます!」

 

「……そう……良かった……」

 

「? 何か探しているのか?」

 

 突然のお礼に真白は静かに答えると、窓の外を見る等してそこから去ろうとする。そんな真白の行動に気付いたのは綾とは違うもう1人の付き人である黒髪の女子生徒であった。真白は言われた言葉に頷いて返す。と、それを聞いていた綾はすぐに先程すれ違った生徒の事を思い出し始める。

 

「もしかして私みたいに髪の長い黒髪の女子生徒?」

 

「!」

 

 真白は綾の言葉に去ろうとしていた足を止めると、振り返って綾の顔を見る。表情は変わらないものの行動が間違いの無い事を物語っており、沙姫は「あら?」と言いながらも自分達が来た道を指さした。

 

「彼女でしたら向こうの方へ行きましたわ。ついさっきの事ですわよ」

 

「……ありがとう」

 

「礼には及びませんわ。こんな事で返せるとも思っていませんもの。何かあれば、この天条院 沙姫が力になって差し上げますわ! オーホッホッホッ!」

 

 唯の居る場所への手掛かりをくれた沙姫にお礼を言う真白。すると彼女は笑みを浮かべながらも続け、やがて左頬に右手の裏を添えて高笑いを始める。その声を背後に真白はその場から離れ、再び唯を探し始めた。教室から出てすぐ分かれ道になっていた廊下も、探す方向が分かれば見つかりやすさは格段に上がる。道なりに進んで行けば、やがて男子生徒を注意する唯の姿を見つけた真白。ボードに何かを書いていた唯の傍に近づけば、真白の存在に気付いた唯が驚きの表情で目を見開いた。

 

「真白……何か用かしら?」

 

「……無い。……でも、一緒に居る」

 

「何よそれ? まぁ、勝手にしなさい」

 

 唯はすぐに表情を元に戻すと、顔を背けてボードを見ながら質問。真白はその言葉に首を横に振ると、静かに答える。唯は真白の言葉に呆れ乍らも言うと学校内の見回りを再開。様々な生徒を注意するが、必ずその傍らには真白が存在する様になった。……その休み時間だけでは無く、次の休み時間も。そのまた次の休み時間も。やがて放課後になった時、唯は誰も居なくなった教室の教卓にボードに挟んでいた紙を広げる。そこに書かれているのは全て減点した生徒の名前や内容ばかり。唯はその数に怒りながら、教卓を叩く。そして溜息をついた時、突然そんな唯に声が掛かった。

 

「……唯」

 

「真白? 珍しいわね……今日は急いで帰らないのね」

 

「ん……心配な事……あるから」

 

「? この学校に?」

 

 普段なら真っ直ぐに急いで帰っている真白が教室に入って来たことで、唯は驚きながらも質問する。すると真白は頷きながらも答え、唯は気になった事にまた質問しながら首を傾げた。すると真白は再び頷き、唯の傍へ。やがてすぐ傍までたどり着くと、何を思ったのか徐に唯の書いた紙を手に取った。そこに書かれているのは里紗やララを含んだクラスメイトの名前や減点内容。真白はそれを見つめた後、唯に視線を向ける。

 

「何? 何か言いたいって感じね?」

 

「……唯……疲れてる」

 

「べ、別に私は疲れて何て……!?」

 

 何も言わずに、それでも何かを思っているのが分かった唯は強い口調で真白に言う。すると真白は静かに告げ、その手を伸ばし始める。突然の言葉に訳も分からず狼狽え始めた唯。だがそんな彼女の右手が優しく握られた事で、その言葉は中断される。真白の両手が優しく唯の手を包み、やがて左手で唯の手を乗せ乍ら右手で唯の指を触り始める。唯の指は細く、その指の1本に小さなタコが出来ているのを確認した真白。くすぐったい様な感覚を受けて思わず固まっていた唯は、すぐに我に帰ると同時に手を無理矢理手前に引っ張って真白の手から解放させる。

 

「い、いい、一体何がしたいのよ! 貴女は!」

 

 思わず叫ぶ様に顔を赤くしながら言い、真白から距離を取ろうとする唯。そんな姿を前に、真白は胸に手を当てると唯を見る。優し気だった視線は強い意志を見せ、唯は真白が何を言うのかと少しだけ怖くなる。

 

「……風紀は……大事。……校則も……大事」

 

「そ、そうよ! 当然の事だわ!」

 

「……だけど……縛り、過ぎたら……皆、笑えない。……唯も、笑えない」

 

 守るべきことを守るのはごく自然で当たり前の事である。だがそれを強制されて無理矢理守らされる様になってしまえば、言われた方も言う方も不快な気持ちになるもの。唯に注意を受けた生徒達は苛立ち等から笑えず、注意をする唯も守ってくれないと言う気持ちから苛立ち、疲れて笑う事が出来ない。このまま続けていれば何時か、生徒達も唯も誰も笑えなくなってしまう。それが真白の心配事であった。

 

「……唯が……笑えなくなるのは……嫌」

 

「!」

 

「……風紀より……校則より……唯が、大事……だから」

 

 続けられる言葉に驚き戸惑う唯。そんな彼女に追い打ちを掛けるが如く続けた真白の本心から来るその言葉に、唯はやがてゆっくりと顔を伏せ始める。長い黒髪が表情を隠し、今どの様な事を感じているのか誰にも分からない。が、その状態のままやがて唯は口を開き始める。

 

「もし私が笑えたら、貴女も私に笑ってくれるの?」

 

「……唯?」

 

「! な、何でもないわ! ……そうね。少しは肩の力を抜いた方が、良いのかも知れないわ。流石に毎日こんなんじゃ、疲れるものね」

 

 微かに呟いた言葉が真白に届く事は無く、それでも何かを呟いた事が分かった真白が声を掛ければ焦った様に唯は答えてから薄く笑みを浮かべて続ける。そして紙を1つに纏めてしまうと、帰宅の準備を始める唯。真白はそんな姿を何も言わずに見守り続け、帰る事無く唯の準備が終わるのを待ち続けた。やがてその準備が終わった時、唯は「帰るわよ」と真白に声を掛ける。真白はそれに頷き、唯の横に足を並べて歩き始めた。

 

「こうして一緒に下校するの、何だかんだで初めてね」

 

 普段から素早く下校する真白がこうして残っているだけでも珍しい事であり、帰り道が長い間一緒と言う訳でも無い。故に唯が真白と共に帰るのは1年以上の付き合いがあっても初めての事であった。真白も同じ思いの様で、唯の言葉に頷いて返す。それから少しすれば、すぐに別れ道へと到達してしまう。

 

「また明日、学校で」

 

「ん……また、明日」

 

 真白と別れ、1人で帰路を歩く様になった唯。鞄を左手に夕焼けになっている空を見上げ乍ら右手を額に乗せて溜息を吐くと、ついさっき学校で言われた真白の言葉を思い出す。

 

「……私が大事……か」

 

 何気なしに呟いた言葉にやがて顔を赤くして足を止めてしまった唯は恥ずかしさを振り払う様に顔を左右に何度も振ると、改めて家へと帰る道を歩き始める。唯本人が気付く事は無いが、帰り道を歩く彼女の表情は何時もよりも穏やかであった。それは笑っていると言うよりは微笑んでいるに近いものではあるが、少なくとも彼女が担いでいた肩の荷が下りたのは間違いの無い事である。



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第38話 宇宙マフィア組織・ソルゲム【前編】

 朝の登校時間。結城家へ朝から行っていた真白は彩南高への道中でまず美柑と別れ、後にヤミと別れてからリトとララと共にその道のりを歩き続けていた。

 

 1年生の頃ならば真っ直ぐに2人を置いて学校に向かっていた真白。だが2年生になって以降、真白はララと共に歩くことが当たり前と化していた。何故なら美柑とヤミの2人と別れた後、先に行ってしまう真白の手をララが握る様になったからである。真白本人に逃げる意思が例え無くても、逃げられないと言う事である。

 

「あら? おはよう」

 

「あ、御門先生! おはよう!」

 

 ララに手を引かれて歩いていると、普段は合わない人物と真白は遭遇する。それは御門であり、御門は2人の姿とその後ろを歩くリトの姿を見つけた後に声を掛けた。すぐに御門に気付いたララは笑顔で、真白も静かに頷いて返す。と、歩きを止めた事でリトも合流して御門に気付くと朝の挨拶を行う。平和であり、ララと真白が並んで歩く光景は微笑ましいものであったが、御門はふとララと真白が手を繋いでいるのに気付いた。特に何かの反応を示すことは無いが、それでも少しだけその繋がる手を見つめる御門。

 

「……何か……あった?」

 

「いいえ。何も無いわ。……にしてもほんと、お姫様達が来てから賑やかになったわね」

 

「ははっ、少し賑やか過ぎる時もありますけどね……」

 

 御門が何かを気にしているのに気付いた真白。だが聞かれた質問に御門は首を横に振って有耶無耶にすると、ララを見て過去の静かだった学校を思いだしながら呟く。その言葉に反応したのはリトであり、彼は何処か疲れた様に。だが微かに優しい笑みを浮かべながら答える。

 

「そう言えば御門はどうして地球に来たの? 真白関係?」

 

「真白と出会ったのはこっちに来てからよ。それまではこの惑星(ほし)に居るなんて思いもしなかったわ」

 

「? じゃあ何で?」

 

「そうね……風が吹いたから、かな?」

 

「……風?」

 

「どういう意味?」

 

 何気なくララがした質問に御門は真白の関係での事を否定すると、やがて答えた言葉に3人は同時に首を傾げてしまう。そんな姿に御門は「深い意味は無いわ、気まぐれよ」とだけ言うと歩きを再開してしまい、結局3人はその言葉の意味を分かる事は無いのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、昼休みを迎えた教室にて、唯が自分の机の上に以前作り上げた資料も含めた書類を積み上げ初めていた。数日分であろうその量はかなりのものであり、唯1人で運ぶのは明らかに大変だろう。それに気付いた真白は積み上げた書類を纏めて持とうとしている唯に近づくと、何も言わずにその半分を手に持つ。突然出て来た手に驚く唯。別に手伝わなくてもいいと伝えようとするが、それを聞くよりも先に廊下への扉へ向かう真白に唯は笑みを浮かべながらも溜息を付く。真白は唯が来るまで廊下の目の前で待っており、教室から出ると2人は並んで廊下を歩き始めた。

 

「……何の……資料?」

 

「今度風紀委員で提出する資料よ。この学校がどうすればより良く出来るか、考えないと……」

 

「……」

 

「勿論、やり過ぎない程度だから安心しなさい」

 

「……なら……いい」

 

 抱えていた資料に付いて質問する真白。そんな彼女に唯は答えながらも考え始めるが、不意に視線を感じて隣を見る。そこには無表情ながらも心配そうに見つめる真白の姿があり、唯はすぐに薄く笑みを浮かべながらも安心させる為に伝える。真白は唯の言葉に目を少しだけ閉じた後、静かに返すと歩きを再開しようとして……持っていた資料が空に舞い上がった。

 

「え……?」

 

「なっ!」

 

 それは突然の事であった。真白が自らの体で唯の体にぶつかったのだ。それも転んだや躓いたと言う事では無く、故意に。訳も分からず呆気に取られる唯。だがすぐに真白がそれをした理由が理解出来る。自分が立っていたそのすぐ背後に、見知らぬ男が立っていたのだ。明らかに地球人では無いその相手もまた突然の事に驚いており、資料が舞い上がる中で、真白が唯を押した体の体勢を反転させるようにして蹴りを放つ。対処も出来ず、それを身体に受けて大きく蹴り飛ばされる謎の男。真白はすぐに唯へ視線を向ける。

 

「……逃げて……!」

 

「な、何が……! 真白! 後ろ!」

 

「!」

 

 真白の言葉に混乱する中、蹴り飛ばした男を警戒している真白の背後からもう1人の男が近づいているのに気付いた唯。大きな声でそれを伝えれば、真白は瞬時に振り返って攻撃を加えようとする。だがその為に突き出した手は水っぽい何かに包み込まれてしまう。それはゲル状の何かであり、急激にそれは真白の手を通って体へと昇り始める。

 

「!?」

 

「抵抗されるとは想定外だが、所詮は地球人。これには勝てないだろ? おい、早くその女も捕まえろ!」

 

「真白!?」

 

「逃げ、て……んっ……」

 

 徐々に上って来るそれに驚く真白。そんな彼女を嘲笑う様に男は言うと、真白に蹴られた男に指示を出し始める。唯は目の前の光景に真白の名を呼ぶが、真白は唯に逃げる様にお願いをするだけ。やがて上って来たそれが制服の中にまで入り始めた時、真白は与えられる滑る感触に声を押し殺して男を睨みつける。そして立ち上がろうとした男と唯の間に立つと、強い目で唯を見た。

 

「……はや、く……!!」

 

「ぬぉ!?」

 

 それが真白に出来る最後の事だったのだろう。ゲル状の中に自ら手を入れて男の胸倉を掴み、起き上がろうとしているその男へ力強くその体を放り投げる。まさかまだ抵抗されるとは思っていなかったのか、声を上げる男。左右を挟まれる様になっていた状態は片側だけが解放され、真白は横目で唯を見る。ようやく動ける様になった唯は言われた通り逃げる為に立ち上がろうとして、真白が来ない事に気付いて振り返る。そこには体の半分以上を包まれ、制服のボタンなども外れたせいで半脱ぎ状態になって座り込む真白の姿があった。

 

「ま、真白!?」

 

「……ん、ぁ……」

 

「くっ、すぐに助けを呼んで来るわ!」

 

 助けたいと思っても、男たちを相手に戦える力の無い唯にはどうすることも出来ない。それを分かっているからこそ、唯は助けに入ることよりも今は逃げて助けを呼ぶ事を決めると大きな声でそれを告げて走り始める。男たちは唯が逃げた事に舌打ちするも、ゲルに包まれて座り込んでしまっている真白の姿に厭らしい笑みを浮かべると、真白を何処かへと運び始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必死に走る唯が一心不乱に助けを求めようと考えた時、思いついたのは3人であった。図書室で稀に本を読んでいるのが見掛けられる、真白の傍にいた金髪の少女……ヤミ。真白と仲良く、またべったりな問題児……ララ。そして真白と親し気に話している最近宇宙人だと知った女性、御門 涼子である。地球人では明らかに適わない相手なら、宇宙人に助けを求めるべきだと思ったのだろう。真白の危機なら必ず駆けつけてくれる確信のある相手としてその3人を探すため、唯は保健室へと向かい始める。ヤミは確実に図書室に居る訳では無く、ララは何処に居るか分からない。そんな中で唯一保険医である為に保健室に居る可能性が高い御門の元へ、唯は全力で走った。

 

「はぁ、はぁ……御門先生!」

 

「あら?」

 

「あ、唯だ! 後は真白だけだね?」

 

「? 古手川? 何でそんなに慌ててんだ?」

 

 保健室の目の前にたどり着いた時、唯はノックすることも構わずにその扉を開く。中に居たのは御門とララ、そしてリトの3人であった。探すべき3人がいた事で唯は心の底から安堵すると、すぐに真白の事を話す為に口を開く。

 

「ま、真白が私を庇って変な男たちに捕まって……助けてください!」

 

≪!?≫

 

 唯の言葉で一瞬にして笑みを消すララに目を見開くリトと御門。その時、突然4人の頭上に謎の光が発生し始める。壁に謎の機械が存在し、そこから発生する光。それはやがて映像を映し出し始め、明らかに宇宙人だと分かる男が映り始める。

 

『久しぶりですね、ドクター・ミカド』

 

「ゲイズ……何故ここが?」

 

「! あの恰好! 私達を襲った人とそっくりです!」

 

「何ですって……?」

 

 映り始めた男は御門の知る人物の様であり、唯はその男の恰好が襲い掛かって来た男達と同じ様な服装である事に気付くと御門に告げる。眉間に皺を寄せて映像を睨む様に見る御門。そんな彼女の姿に男は余裕そうに『そう睨まないで貰いたい』と言うと歯を見せて笑い始める。

 

「あの子に何かしたら、唯じゃ置かないわよ」

 

『おや、あの生徒は貴女と何か深い関係でも?』

 

「何が目的?」

 

『分かり切った事を……我らが組織【ソルゲム】は貴女の力を必要としているのですよ』

 

「ソルゲムですと!?」

 

「ペケ、知ってるの?」

 

 強い眼光で言い放つ御門の言葉に飄々とした様子で聞くゲイズ。だが御門がそれに答える事は無く質問すると、興味を失った様に深く聞く事無く告げる。ゲイズの言葉に誰よりも先に反応したのは、ララの髪に付いて居たペケであった。声を出して反応したことで御門とゲイズ以外の視線がペケへと向き、ペケは説明を始める。曰く殺人や武器の密輸、製造などの悪事を行う危険なマフィアであり、デビルークとは敵対関係にある組織であるとの事。その事実に何よりも3人が怖くなったのは、そんな組織に真白が捕まっていると言う事実であった。

 

 突然映像が切り替わり始める。それは何処かも分からない部屋の中、足や手をゲル状のものに拘束されている真白の姿が映し出され始めた事で見ていた全員は各々の反応を示す。唯は口元に手を当てて、ララとリトは真白の名前を呼び、御門は拘束される真白の映像を睨みつける様に見続ける。映像の中で何も動かない真白。蠢くそれは太腿や二の腕にも巻き付き、普段は何の反応も示さない真白の頬が間違い無く赤く染まりながら呼吸を荒くしているのが誰の目にも分かった。

 

『あのスライムは我々が作った合成生物でね。命令1つで相手を拘束することも、窒息させることも出来る。さぁ、この生徒を見殺しにしますか? それとも……』

 

「……分かったわ。貴方たちの言う通りにするわ」

 

「!? 御門先生!」

 

 ゲイズの言葉にやがて彼に付いて行くことを了承する御門。その事実にリトは思わずその名前を呼ぶが、もし彼女が断れば真白が死ぬかも知れないという事も分かっていた為に止める事が出来ず、必死に唇を噛み締める。ララや唯も同じ気持ちを味わう中、ゲイズはそんな事は知った事かと御門に1人でとある場所に来るように指定。映像が消えた時、御門は眉間に皺を寄せて何かを考え続けて居た。

 

「御門先生……」

 

「結城君に古手川さん。あなた達に1つ、お願いがあるわ」

 

 不安そうに御門に話しかけるララ。そんな彼女の姿を見て御門は何かを決めると、顔を上げてリトと唯の2人を見乍ら言い始める。御門の言葉に悔しそうな顔をしていたリトはすぐに真剣な表情へと変わり、唯は突然のお願いに目を見開いて驚く。だが2人はすぐに御門の言葉を了承。その後、御門がゲイズに指定された場所へと向かう中で、2人は必死に御門のお願いを……唯一助けられるかも知れない術を求めて学校中を駆け回る事になるのであった。



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第39話 宇宙マフィア組織・ソルゲム【後編】

 リトと唯は別々に分かれ、とある人物を探す為に学校内を走り回っていた。真白の命と御門の運命が関わる内容故に廊下を走る事も厭わず、只管その人物を探して駆けまわる2人。やがてリトが2階の廊下に並ぶ窓から、探し人が下に居る光景を目撃する。

 

「古手川! 下だ!」

 

「! 急ぐわよ! 結城君!」

 

 リトがその姿を見つけた事で階段に向かえば、唯が上って来ようとしている光景があった。すぐにリトは探し人が下に居る事を伝えると、唯は即座に方向転換して来た道を戻りながらリトが見た場所へと向かい始める。2階から見えた位置にたどり着いた時、少し離れた場所に長い金髪を揺らしながら誰かを探す彼女の姿があった。

 

「! ヤミ!」

 

「……結城 リト。丁度良かったです。真白を知りませんか?」

 

「はぁ、はぁ。その事で貴女に用事があったの! お願い、真白と御門先生を助けて!」

 

「! ……どういう事ですか?」

 

 2人が探していたのはヤミであり、リトがその姿を見つけると大声で彼女の名前を呼ぶ。ヤミはリトが来たことで振り返り、彼女もまた真白を探していた様子でリトに気付くと質問をする。だがそれに答えるよりも早く、息を切らしながら言った唯の言葉にその目元は一瞬で鋭くなった。『助けて』と明らかに穏やかでない言葉と切羽詰まった表情に、只事では無いと感じたのだろう。息を荒げる唯よりも、睨む様にしてリトを見るヤミ。少し怖さすら感じるその姿にリトは一瞬怯むも、すぐに起きた事を説明する。

 

「真白が……人質? そう、ですか……」

 

「御門先生は真白を助ける為に奴らに連れて行かれるかも知れない! だからすぐに真白を助けて、御門先生も助けないと不味いんだ!」

 

「貴女ならきっとどうにか出来るって、御門先生がそう言ったの!」

 

 説明を受けてヤミが目を見開くと共にゆっくりと顔を伏せ始める中、説明を続けるリトと唯。中々動かないヤミの姿に唯が声を荒げようとするが、リトがヤミの様子に気付くと唯の前に手を伸ばしてそれを止める。顔を伏せて表情を伺う事が出来ないヤミ。だが彼女のその手は微かに震えており、ゆっくりと開かれていた手が握り込まれると顔が上げられる。その表情は普段と同じ無表情……よりも感情を感じさせない表情を浮かべていた。が、リトはすぐに分かる。今ヤミの感情の大半を占めているのは、怒りであると。

 

「場所は分かっていますか?」

 

「い、いや。何処に居るかも分からない」

 

「そうですか……襟の長い服装の男、でしたね?」

 

「え、えぇ。真白の居場所、分かるの?」

 

「これから見つけます。今すぐに……!」

 

 静かに紡がれるヤミの声。だがその中にまるで今にも爆発しそうな感情があると分かったリトは、少しだけ怯えながらも答える。すると、相手の服装を確認するヤミ。唯がそれに肯定して場所が分かるのかと質問すれば、帰って来たのは今から探すという事。それと同時にヤミの背中から翼が生えると、目に見える速度を超えて空へと突然舞い上がる。強い風が2人に襲い掛かり、何とか飛ばされない様に足を踏ん張りながらもやがてヤミの姿を追って2人は空へと視線を追わせる。

 

 周りの目など欠片も気にせず、学校の上を飛ぶヤミ。人の姿を微塵も逃さず、やがて屋上付近に誰かが立っている姿を見つける。リトと唯が教えた服装と一致した男が2人、保健室の中を覗きこんでいた。今現在保健室にはララだけが居る為、彼女を監視しているのだろう。ヤミはリトが言った言葉を思い出す。

 

『ララはそいつらに多分目を付けられてて、下手に動けないんだ。だから俺達でどうにかするしかない』

 

 ララを監視している男たちが真白を人質に取った者達の仲間なら、ヤミに容赦をする気は一切無かった。男たちからすれば一瞬の瞬きの内に突然現れたと言って間違い無いだろう。反応する時間も無く、激痛を受け乍ら倒れ伏す男達。ヤミはその内の1人に髪を刃にして顔の真横に突き立てると、コンクリートが綺麗に割れてその刃が突き刺さる。

 

「彼女は何処ですか?」

 

「お、お前は……金色の闇!?」

 

「もう1度聞きます、彼女は何処ですか?」

 

「ひぃ!」

 

 質問に答える事無くヤミの存在に驚く男。だがヤミは驚く男に反応する事無く、もう1度同じ事を質問する……顔の反対側にもう1本の刃を突き刺して。情けなく悲鳴を上げる男はヤミの姿に恐怖し、簡単に真白の居場所を吐き始める。やがて場所を完全に把握出来た時、ヤミは髪を元に戻して男に背を向ける。が、それを好機と思った男がヤミに襲い掛かろうとした。しかし、最初からヤミは彼らを許す気等無かったのだろう。ヤミに攻撃が届くよりも早く、巨大な拳になった髪が男を地に沈める。

 

 ヤミは男達2人を雑に髪を利用して持ち上げると、男が吐いた真白の場所へ向かって全速力で飛び始める。空を見てヤミが飛び回っているのを見つけたリトはヤミが飛んで行った方角を見て走り始め、唯も彼が走り始めた事で驚きながらも飛んで行くヤミの姿を見てすぐに追い掛け始める。……やがてたどり着いたのは学校外の立ち入り禁止になっている廃工場。リトは半開きになっていたその扉を恐る恐る開くと、中には正に地獄絵図が広がっていた。

 

「が……ぁ……」

 

 最後の1人が倒れ伏す音が響く中、ヤミが髪を元に戻している姿がまず最初に映る。だがすぐにそんな彼女の周りに、4人の男がそれぞれ白目等を剥いて倒れている姿があった。身体も服も全てがボロボロになり、明らかにやられた後も過剰な攻撃を受けた事が伺える。ヤミの怒りは全て、彼らに向けられたのだろう。リトは彼らを哀れに思いながらも、自業自得だと1人納得する。

 

「! 結城君! 真白は!?」

 

「! ヤミ! ここに真白が居るんだよな?」

 

「えぇ。……こっちです」

 

 追いついて来た唯が何よりも先に真白の安否を確認しようと声を掛ければ、リトは男たちの事への思考を捨ててヤミに質問する。男たちがここに居る以上、確実に関係する何かがここにある。そしてヤミがここに来たという事は真白がここに居るのだと、そんな確信がリトにはあった。そんな彼の言葉にヤミは静かに頷くと、周りを見渡し始める。だが見たところ真白の姿は無く、ヤミが突然目を瞑って微かに匂いを嗅ぎ始めれば……まるで分かった様に歩き始めた事で2人もその後ろを追い始める。

 

「この扉の奥から真白の匂いがします」

 

「に、匂いって……」

 

「今はそんな事どうでも良いでしょ! 早く開けるわよ!」

 

 ヤミの言葉に若干引き気味に言うリト。だが唯は気にする事無く言うとその扉に手を掛けて開け放つ。……中に居たのは探し人である真白の姿であった。ゲイズ達が作ったというスライムに包まれた真白。命令は無くとも蠢いている様であり、真白は微かに頬を赤くしながら熱い息を漏らし続けていた。保健室で見せられた映像の後にも続いていたのだろう。制服のボタンは全てが外れてしまい、下着もずれて胸が露出。スカートも膝元までずれ落ちてしまっている。余りにも官能的なその光景に顔を真っ赤にするリトと、同じ様に顔を赤くして口と鼻を押さえる唯。すぐに助け出そうとリトがヤミに視線を向けると、ヤミは何故か目を見開いて固まっていた。

 

「や、ヤミ? 早く真白を助け出そうぜ!」

 

「…………そう……ですね」

 

 リトの言葉に長い沈黙の後、途切れながらも答えるヤミ。何か様子の可笑しいその姿にリトが首を傾げる中、ヤミは歩き始める。が、ヤミはスライムの様なニュルニュルが苦手な為に近づく事が出来ずにいた。リトはその事に気付くと、ヤミの代わりに真白の元へ。唯も我に帰ると真白のスライムを取る為に行動を開始する。

 

「結城君! 貴方は目を瞑って取りなさい!」

 

「む、無茶言うなよ! う……ぁ……」

 

「結城 リト。貴方は今の真白を見続けた時間に応じて彼らと同じ目にあわせます」

 

 真白の素肌や下着が晒されている光景に唯が唯一の男子であるリトに言う。しかし見ずにスライムを外すのは難しい事であり、顔を真っ赤にしながらも続けるリトに今度はヤミが髪を刃にして突きつけ乍ら告げる。赤かった顔を一変、真っ青に変えたリト。その後何とか真白を解放出来たところで、3人は安心した様に一息をつく。が、リトはすぐに思い出すと携帯を取り出した。

 

「真白を助けたって伝えないと、御門先生が不味い!」

 

「……涼……子?」

 

「大丈夫です、真白。彼女も必ず守ります。ですから今は、休んでいてください」

 

「……お願……い……」

 

 真白が救出された事を未だに知らない御門は、今現在もゲイズの言われた通りにしているだろう。リトはもう言いなりになる必要が無い事を伝える為に、御門に電話を掛け始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。河川敷にて御門はゲイズと対当していた。ゲイズの目的は御門の医療技術。その力を生きている存在に利用すれば、常識を超えた力を手に入れる事が出来ると言う。そしてそんな存在を大量に作り上げて商品として販売することで、デビルークが統一した宇宙に再び戦争を齎すことが出来ると。もし戦争が始まれば、彼らの組織は瞬く間に急成長出来るだろう。御門はそれを聞いた後、静かに目を瞑る。

 

「生物の改造と強化……それで生み出された子を1人知っているけれど、私は医学をそんな事に使いたくは無いわ」

 

「だが生徒の命には代えられない。どうやらあの生徒は貴女に取って少し特別な様だ……」

 

「……そうね。あの子は確かに特別。だからこそ、貴方は大きな失敗をした」

 

「? 失敗?」

 

 御門の言葉に厭らしい笑みを浮かべながら言うゲイズ。だが御門はそんな彼の言葉に肯定しながら、白衣のポケットから来る振動を感じて安心した様に告げる。ゲイズは御門の言葉の真意が分からず、眉間に皺を寄せ乍ら質問。御門は微かに笑みを浮かべてそれに反応すると、「そうね」と言って白衣のポケットに両手を入れる。何をするか分からない御門の行動に、ゲイズも懐に手を近づけて銃を隠し持ち始める。

 

「貴方は人質にする相手を間違えたの。あの子を特別だと思うのは、私だけじゃないわ」

 

「何を言っている……?」

 

「あの子に手を出せば、彼女が黙っていない。貴方は絶対に触れてはいけない琴線に触れたのよ」

 

「訳の分からない事を……!?」

 

 ゲイズが御門の言葉にやがて痺れを切らした様に近づこうとしたその瞬間、突如上空から急接近する何かに気付いた。遥か遠くに微かに見えたと思えば、一瞬にして目の前に現れたその存在にゲイズは銃を取り出そうとする。だがその銃は向けられたと同時に一瞬でバラバラになり、驚くべき光景にゲイズは目を見開いた。っと、そんな彼と御門の間に静かに降り立つ少女。

 

「金色の闇だと!? 手出ししなければ何もしないと思っていたが、何故貴様がミカドの為に動く!?」

 

「貴方は彼女に手を出した……それだけです」

 

 それは先程真白を無事に救出したヤミであった。廃工場からここまで、リトに場所を聞いて来たのだろう。ゲイズはそんな彼女の登場に狼狽え始め、叫ぶ様に質問。ヤミは答えながらも右手を刃にして近づき始め、ゲイズは焦りながらも攻撃をしようとする。だが気付けばゲイズはヤミの髪が変化した巨大な拳に握られており、抵抗することも出来ずにヤミの接近に恐怖する事しか出来なかった。

 

「殺しては駄目よ。大きな組織だから、潰すためにもアジトの場所を吐いて貰わないと。まぁ、やるのは私達では無いでしょうけど」

 

「…………分かりました」

 

「……もう1度言うけれど、殺しては駄目よ?」

 

 刃を振り上げた時、御門がヤミに忠告をする。ゲイズをこの場で始末してしまうよりも、彼に吐かせて組織ごと潰してしまうべきと言う御門の言葉は尤もな事。しかしそれに了承したヤミのするまでの間が長かったこともあり、御門は同じ事をもう1度言う。ヤミはそれに頷き、そこからは……ゲイズにとっての地獄が始まるのであった。

 

「(ドクター・ミカドと金色の闇は繋がっている? いや、ドクター・ミカドの言葉からするに繋がっているのは!)」

 

「……少し変更して、今日の記憶が無くなるぐらいは徹底的にして良いわ」

 

「難しい事を言わないでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。保健室にて、ベッドの上で真白は眠っていた。そんな彼女の眠るベッドの左右にはララと唯が椅子に座っており、カーテンの向こう側では御門が自分の定位置に。そしてヤミが出入り口の傍で壁に寄りかかり、リトが窓の傍で茜色に染まる外を眺め続けていた。

 

「! 真白!」

 

 突然聞こえるララの声に全員の視線が一斉に真白へと向き始める。囲む様にして全員が真白の傍に近づくと、目を覚ましていた真白がゆっくりと起き上がろうとする。それを見て唯は無理をさせない様にその背中を抑え乍ら起きる手助けをし、真白は唯にお礼を言うと周りを見渡した。唯・ヤミ・御門・リト・ララ。5人の顔を順に見回した真白。すると真白が起きた事に眼元を潤ませ始めたララがその身体を抱きしめ始めた。強過ぎない様に、負担を掛けない様に気を付けて。

 

「良かった! 良かったよ!」

 

「……ララ……ありがとう。……唯、平気?」

 

「えぇ。貴女のお蔭で私は平気よ。……ねぇ、真白?」

 

「?」

 

「助けてくれた事には凄く感謝してるわ。だけど……だけど……!」

 

 真白が無事な事に安心するララ。そんな姿に真白は抱き着かれたまま、お礼を言うと次に唯の安否を確認し始める。唯はその事に目を見開いてから答えるも、その後に弱弱しく名前を呼ばれた事で真白は首を傾げる。っと、拳を強く握りながら言い始める唯。何かを言おうとして、中々言えないといったその姿。だが真白以外の全員が、唯の言いたいことを理解していた。

 

「なぁ、真白? もう少し自分の事も考えてくれ。頼む」

 

「確かに古手川さんを守ったのは立派な事よ。彼女を守る事が最善だったのも間違いじゃない。でも、貴女に何かあれば悲しむ人が沢山居るのよ」

 

「……」

 

「貴女の繋がりは私達の繋がりでもある。もう貴女1人だけじゃ無いの。自分の事も考えなさい。……それと、巻き込んでごめんなさい」

 

 御門は真白に言った後、最後にそう付け加えて保健室を後にする。ララに抱き着かれたまま、自分の手を見つめ始める真白。静寂が支配する保健室内に気まずさを感じ、やがてリトは手を叩いて音を鳴らす。

 

「帰ろうぜ? 美柑も心配してるから、な?」

 

 リトの言葉に真白は顔を上げた後、頷いて返す。ララも真白を解放して帰りの準備をする中、唯は未だに顔を伏せていた。そんな彼女に気付いた時、真白は唯の体を抱きしめ始める。突然の事に唯が驚く中、真白は静かに口を開いた。

 

「……良かった……無事で……」

 

「! わ、私は先に帰るわ! 今日はありがとう、貴女も気を付けて帰りなさい! それじゃあ!」

 

 真白の言葉を聞き、唯は急激に顔を赤くした後に素早い動きで荷物を持って真白に言うと同時に保健室を飛び出て行ってしまう。余りの事にリトは呆気に取られ、ララは「唯も元気になったね!」と。真白は何も言わずに首を傾げて開かれた扉を見続ける。すると今まで黙っていたヤミが唯の居た真白の目の前に立ち、手を差し出した。

 

「荷物は纏めてあります。帰りましょう、真白」

 

「ん……」

 

 真白はヤミの言葉に頷いた後、その手を取る。その後、無事に家へと帰る事の出来た真白たち。騒がしく危険な1日が、こうして幕を下ろすのであった。



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第40話 キザなリト

 休み時間を迎えた真白は席を立ち、廊下に足を進め始める。すると教室を出ると同時に見える金色の髪が真白の視界にも映り込んだ。普通なら驚くべき事だが、真白は特に驚く様子も無く視線を横へ。お互いに目が会うと、ヤミは「昼食ですか?」と真白に質問をした。言葉通りだった為に真白が頷いて答えれば、教室内にある真白の出た扉とは反対側の扉からララが飛び出して真白を見つける。

 

「真白! お昼ご飯食べよ!」

 

「……ん。……リト、は……?」

 

「何か疲れが取れなくて怠いから、御門先生に相談して来るって!」

 

 ララの言葉に真白は特に反応する事無く、だが頷いた後に教室の中に視線を向ける。真白の位置からは前半分よりも少し多めの席が見え、その中には唯の姿もあった。唯は現在昼食であろう包みを取り出しており、真白の視線に気付いた様に顔を上げる。何を言うでも無く、だが真白の言いたいことが分かった唯。真白に見える様に溜息を吐くと、包みを手に立ち上がって近づき始めた。

 

「何時も通り、付き合ってあげるわ」

 

「すごーい! 唯って真白が何も言わなくても分かっちゃうんだね!」

 

「阿吽の呼吸……ですか」

 

「べ、別に何時もの事だから直ぐ分かるだけよ!」

 

 言葉を交わさずに分かり合う2人に目を輝かせるララと、目を細めて呟くヤミ。ララの言葉に唯は強めの口調で言うと、真白に何処で食べるのかを質問する。するとヤミが「中庭はどうでしょうか?」と提案。真白はそれに頷くと、3人と共に中庭へと向かい始める。

 

「にしても最近はヤミちゃん、何時も真白と一緒だよね?」

 

「何時また襲われるか分かりませんから」

 

 真白の隣を歩くヤミの姿にララが言えば、軽く顔だけを振り返らせて答えるヤミ。数日前の誘拐以降、ヤミは真白の傍に今まで以上に居る様になっていた。事件の翌日には授業中にまで外から真白を見守っていたヤミ。明らかにやり過ぎだった為に真白が注意をした結果、授業の終了時に廊下で待つ様になっていたのである。だがそれでも間違い無く真白とヤミが傍に居る時間は長くなっており、真白を常日頃から気にしていたララにはそれが良く分かった。

 

 中庭にたどり着いた4人は空いているベンチを見つけると、右側から唯・真白・ヤミ・ララの順で座り込む。そしてそれぞれが持っていたお弁当を開けた時、唯は3人のお弁当を見て少しだけ固まった。

 

「あ、貴女達……全部一緒なのね」

 

「真白と美柑が作ってくれるんだ!」

 

 そう、唯以外3人のお弁当の中身は完全に一緒だったのである。朝早くから結城家へと行っている真白が美柑と共に作っている為、同じものが出来るのは仕方の無い事。同じお弁当を持つ仲が良すぎるとしか思えない3人の光景に唯が多少の居心地の悪さを感じ始めた時、真白が開けた蓋を更に自分のお弁当の中身を少しだけ取り出す。そしてそれをゆっくりと唯へ差し出し始めた。

 

「何よ?」

 

「……交換。……唯も……一緒」

 

 余りに突然差し出されたため、最初は意味の分からなかった唯。だが真白の言葉に理解すると、難しい顔をし乍らもそれを受け取る。そしてそれを膝の上に置いた時、唯もまた同じ事をして真白に自分のお弁当の中身を差し出した。

 

「わ、私だけ貰うのは不公平よ。だから、私も上げるわ!」

 

「良いな~! 私も真白と交換したい!」

 

「同じ中身です、プリンセス」

 

 お互いにお弁当の中身を交換し合う2人を見て羨ましそうに言うララ。そんな彼女にヤミが静かに言うと、箸箱から箸を取り出し始める。地球に来た際、ヤミは箸を一切使う事が出来なかった。だが真白に教えて貰い、今では当たり前の様にそれが使用できる様になっていた。ララはヤミの言葉に「そうだけど~」と少し唇を尖らせながら言い、唯は2人が出来ない事を出来ていると言う現状に何処か優越感に似た感情を感じていた。

 

「では、頂きます」

 

「頂きま~す!」

 

 ヤミとララが食べる為に言えば、唯も同じ様に呟いて。真白も静かに手を合わせた後に食事を開始する。ララは毎日食べているものだが、それでも変わらずに笑顔で真白に美味しいと告げる。ヤミも「美味しいです」と感想を言い、ヤミとララの視線が同時に唯へと向かった。真白もそれに釣られて視線を向ければ、何かを食べたのだろう。箸を口に加えて見られている事に動揺する唯の姿が映った。

 

「どうどう? 真白と美柑の作ったおかず、美味しいでしょ!」

 

「え、えぇ……そうね。美味しいわ」

 

 その感想に嘘偽りは無く、だが無理矢理引きだされた為に少々言い辛そうに答える唯。だがそんな事気にした様子は無く、ララは唯の言葉に嬉しそうな表情を浮かべる。作り手では無いララが何故か誰よりも嬉しそうな光景にヤミが目を細める中、真白が動かしていた箸を突然止める。何かを見つけた様であり、3人は真白の姿に気付くとその視線を追う。その先に居たのは……何故か女子の制服を来たレンが逃げて行く姿であった。恐らくルンの状態で、くしゃみをしてしまったのだろう。理由は察したものの、何から逃げているのかに首を傾げた時、レンが走って来た方角からゆっくりとリトが現れる。彼は4人の姿を見ると、ゆっくり近づき始めた。

 

「やぁ、今僕の目の前には素晴らしい花たちが並んでいる様だね。何時までも見つめていたい……そんな光景だよ」

 

≪……≫

 

 そうして4人の目の前に立つと、恥ずかしげも無く言い放つリトの言葉にその場に居た全員が文字通り凍り付いてしまう。だがそんな4人に構う事無く、リトは更に近づくと真白の手を取って突然立ち上がらせる。腰に手を回し、手を取って顔を近づけるリト。余りの光景に未だに反応できない者達を置いて、リトはキザな笑顔で口を開く。

 

「真白、君は何時も僕の傍に居てその美しい姿を見せてくれる。時に薔薇の様に綺麗で、時に鈴蘭の様に儚く可憐な君は本当に美しい」

 

「……リト?」

 

 まず間違い無くおかしいリトの姿と言動に手を取られて体を触れられても、特に動揺する事無く心配そうにその名を呼ぶ真白。だがリトはそのままゆっくりと口を近づけ始め、やがて真白の唇は……奪われるよりも先に強い衝撃がリトを襲う事で無事に終わる。リトの立って居た場所には巨大な拳が存在し、リトから解放された真白の体は少し後ろへよろめくも唯がそれをすぐに支える。

 

「何のつもりですか……結城 リト」

 

「今貴方、絶対真白に破廉恥な事しようとしたわね!」

 

「き、綺麗な薔薇には棘があるとはよく言ったものだね。だけど、障害がある方が恋の炎は燃え上がる物だよ」

 

「何か今のリト、変だね?」

 

「新しいボケか何かですかね?」

 

「……多分……違う」

 

 リトから真白を救い出す為に行われたヤミの攻撃。それはリトの体を軽々と吹き飛ばし、唯は転がるリトを睨みながら真白の体を抱き留めた状態で腕に力を込めながら言う。だがヤミの攻撃を受けて尚、立ち上がったリト。様子のおかしいままヤミ達を見つめ、ララが首を傾げればペケが的外れな見解をする。どう考えても違うと分かった為、真白はそれを否定して唯の腕の中でリトを見続ける。っと、何かを思いだした様にリトが出て来た方向に視線を向けた。

 

「……涼子」

 

 相手は先生だが、それでも構わずに真白はこの場に居ないその相手の名前を呟く。リトが疲れを訴えて御門を訪ねに保健室へ言ったことを聞いていた真白は、今のリトが出来上がった原因が彼女であるとすぐに察する事が出来たのである。大量の拳を作り上げて攻撃を続け、今にもリトを殴り殺しそうなヤミの姿に真白は声を掛けると首を横に振る。ヤミは真白の言いたい事が分かった為に拳を元の綺麗な髪に戻した後、ボロボロになっているリトに視線を向けた。

 

「……もう……平気」

 

「え? !?」

 

 ヤミがリトを攻撃しなくなった事を確認した真白は自分を抱きしめている唯に告げる。唯は言われた言葉に一瞬困惑し、すぐに自分が真白の体を抱いているのに気付くと顔を真っ赤にして距離を取る。自由になった真白はこの事態の元凶である確率が高い御門の元へ行く為、リトに手を取られた際に何とか空いていた手で持っていた食べかけのお弁当を一度しまって足を進め始める。何処かへ向かい始める真白にヤミは当然としてララと唯も一緒に付いて行き、やがて全員は保健室前へ辿り着く。そして真白が保健室の扉を開ければ、開いた扉に反応して御門が真白を見る。

 

「あら? 何か用かしら?」

 

「……リト……変。……何か、した?」

 

「? 疲れが取れないって言うから滋養強壮効果のあるオキワナ星で取れた薬草で作った薬を渡したけど……まさか」

 

 真白の言葉に御門は呟きながらも、やがて何か思い当たる事があるのか難しい顔になる。するとヤミの髪に包まれてリトが少々乱暴に保健室のベッドの上へ。その後、ララと唯がリトの可笑しくなった内容を詳しく説明。御門の薬はそもそも宇宙人が飲むことが多かった為、地球人が飲むと性格が少しだけ可笑しくなると言う結果が出る。目が覚めた頃には元に戻っていたリトは可笑しかった頃の記憶が残っており、謝りながらもヤミから受けた攻撃の怪我を治療して貰うのであった。



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第41話 彩南高スポーツフェスタ【前編】

 その日、彩南高校は普段以上の賑わいを見せていた。それもその筈、現在グラウンドには体操着を着た生徒達が集まっていたのだ。

 

「彩南高スポーツフェスタ! 楽しみだね!」

 

 巨大な垂れ幕に書かれた言葉や賑わう雰囲気を見てワクワクしながらララは笑顔で傍に居たリトと真白に告げる。『彩南高スポーツフェスタ』。彩南高校の体育祭であり、既に何日も前から種目決めなどが行われていた行事である。ララは大きな行事の殆どを楽しみにしている為、これもその例に漏れず楽しみだったのだろう。輝きすら見せる笑顔にリトは少し笑って、真白は何も言わずにその姿を見つめていた。

 

「協賛が天条院グループってのが気掛かりね」

 

「天条院……あの先輩か」

 

 ふと、真白の近くに立って居た唯が顎に手を当て乍ら呟く。現在唯の髪型は普段のストレートでは無く、動きやすさを求めて髪を上げた状態で纏めていた。そしてそんな姿を真白が見つめる中、リトは唯の呟いた名前を聞いて3年生に居る1人の先輩を思いだす。天条院 沙姫。ララの事をライバル視し、何かある度に災難な目にあったりあわされたりする余りお近づきにはなりたく無い人物。それがリトが思う彼女への印象であった。

 

「? 何よ?」

 

「……」

 

「あ、みんな~!」

 

「ララ様~!」

 

 唯が見つめられていた事に気付いて真白に声を掛ける中、大きな行事であると同時に沙姫の行動によって一般の客が今日だけ特別に出入り出来ると言う事で美柑とザスティンが学校にやって来ていた。2人は目的の人物であるララ達を見つけると大きな声で手を振りながら近づいて来る。ララは美柑とザスティンの姿に笑顔で名前を呼び、リトは少しだけ恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「ララ様! デビルーク王家の名に恥じぬ様、頑張ってください!」

 

「あ、でも無茶しちゃ駄目だよ? それとお昼ご飯は期待してね! 私と真白さんで、豪華に作ったから! って、あれ?」

 

 ザスティンが拳を作ってララを応援する中、美柑は注意をした後に笑顔でリトとララに告げる。そこで真白がすぐ傍に居ない事に気付いた美柑。首を傾げて周りを見た時、少し離れた場所で唯と話をしている真白の姿が映る。が、唯が真白の目の前に被っている為にその姿を完全に確認することが出来ない。故に美柑は笑顔で真白の元へ。ザスティンが美柑の行動で真白の存在に気付く中、唯が近づいて来る美柑に気付いて横にずれ乍ら振り返った時、美柑は目の前の光景に一瞬固まった。

 

「? ……美柑?」

 

 美柑に気付いてその名前を呼ぶ真白。現在彼女は口に黒いゴム紐を加え、両手で髪を一束に纏め上げ様としていた。揺れる銀色の髪に見え隠れする項。普段真白は髪を降ろしている為、余りにも珍しい光景に美柑は言葉に詰まってしまう。美柑が反応しない事を不思議に思った真白は髪を結び終えると美柑の前へ。固めずに結んだだけの為、サイドテールとなった真白の姿に呆然とする美柑はやがて我に返ると顔を真っ赤にする。

 

「ま、真白さんも頑張ってね! それじゃあ!」

 

「?」

 

 逃げる様に去って行く美柑の姿に真白が首を傾げる中、ザスティンは難しそうな表情で真白を見つめていた。……真白とザスティンは殆ど出会う事が無く、最後に2人が出会ったのはデビルーク王であるギドが居た時である。王を守る者として、どんな理由があろうとも真白の行為を見過ごす事が出来ないザスティン。しかし王の気持ちを知っていて、更に真白の心情も理解している為にザスティン本人の心は今まで通りにするつもりでいた。だが一度感じた強い感情が邪魔をするのか、ザスティンは真白に話しかける事も無く複雑な心境を抱く事しか出来なかったのだ。

 

 そんな彼に声が掛かる中、真白は逃げてしまった美柑の姿に理由が分からず唯へと視線を向けていた。1年以上友達を続けていて初めて見る髪型の真白に唯は何となく美柑の心情を理解しながらも「知らないわよ」と答える。

 

「おーい! ララちぃ!」

 

「あ、里紗! 未央!」

 

「!」

 

 再びララを呼ぶ声に全員が振り返った時、そこには手を振って走りながら向かって来る里紗と未央、そして春菜の姿があった。ララが笑顔で駆け寄って来る2人の名前を呼ぶ中、リトは春菜の存在に気付くと目に見えて動揺し始める。現在この場に居る者は全員体操着。春菜も例外では無く、中々間近では見る事の出来ない光景に恥ずかしさと嬉しさに挟まれているのだろう。そんな事は露知らず、ララは3人の元へ。どうやら何か話があった様で、里紗が口を開く。

 

「ねぇ聞いた? この大会の景品!」

 

「景品?」

 

 里紗の言葉に首を傾げるララ。すると未央が一枚のチラシを見せ乍ら説明を始める。何でも今回の行事で優勝したクラス全員に、豪華客船のスペシャルディナー招待券が配られると言う。明らかに学生が行う学校行事の景品にしては大きすぎるものだが、協賛が天条院グループ故に誰もおかしいとは思わない。おかしいのが普通であり、おかしく無い方がおかしいのだ。

 

「凄いね! 見た事無い地球の料理が一杯! よーし! 絶対優勝して、皆で行こうね!」

 

「うん。皆で行けたら、きっと楽しそうだもんね?」

 

 ララが見せられたチラシに載る食べ物に食いついてやる気を出す中、そんな彼女に微笑みながらも賛同する春菜。里紗と未央も同じ思い故に一致団結し、リトも内心では春菜と一緒に行けるディナーにやる気を出す。やがてクラス全員が集まって優勝することを目標に士気が高まる中、唯は腕を組んで眉間に皺を寄せていた。

 

「体育祭の景品の為に頑張る何て……」

 

「……皆……やる気……出してる」

 

「やる気を出すのはともかく、その理由が不純だわ」

 

 真面目な彼女には余り良く映らなかったのだろう。真白の言葉に強い口調で言った後に溜息を吐く唯。その後、準備体操などを経て種目が始まった時。真白と唯は同時に立ち上がる。

 

「最初の種目は……おんぶ競争、ね。まったく、何よ。おんぶ競争って」

 

 最初の競技。それは1人の生徒の背中に1人が乗った状態で速さを競う、おんぶ競争と言う物であった。明らかに変な競技だが、学校側で競技が決められてしまっている以上、唯にそれを止める手段は無い。1人愚痴る様に喋る中、真白は静かに唯の前でしゃがみ始める。この競技は2人1組、唯の方が大きく真白の方が小さいが、力は真逆の為に背負うのは真白なのだ。すぐ傍にはララを背負うリトの姿もあり、真白達と少し離れた場所で「頑張ろうね~!」と大きな声で話しかけるララに真白は静かに頷く。そんな彼らの2つ隣では、綾に背負われた沙姫が高笑いを見せていた。……恐らくこの競技を提案し、採用させたのは他ならぬ彼女なのだろう。

 

 スタートラインに並ぶ一同。やがてスターター役の人物が火薬銃を手に空へ向ける。

 

「位置に付いて……よーい、ドン!」

 

 大きな発砲音と共に走り出す選手たち。リトと真白も足を動かす中、何故か沙姫は余裕そうな表情で少し後方からそれを眺めていた。

 

「ふふ、そんなに急いで良いのかしらね~? 皆さん?」

 

 誰にも聞こえない様な距離で沙姫が呟いた時、真白たちの傍を走っていた女子生徒の1人が何かを踏む。と同時に地面から突如水が噴出し、体操服は見る間にビショビショになってしまう。濡れた事で透けて見える下着に見ていた男子たちや男たちが鼻の下を伸ばす中、違う場所でも同じ様な別の罠が発動して生徒達を妨害して行く。

 

「何なのよこれ! こんなの競技でも何でも無いわ!」

 

「……障害物?」

 

「どんな障害物よ! 真白! こんな競技、!?」

 

 周りの生徒達が様々な被害に遭う光景を見て唯が怒りを露わにする中、突然真白が大きく飛び退いた事で唯の顔が一瞬驚愕の表情を浮かべる。真白の立っていた場所は気付けば砂場の代わりにブルーシートが敷かれ、明らかにヌルヌルしていそうな液がその上に広げられていた。一瞬の内に土と入れ替わった事に唯が驚く中、真白は空中で何も無い所を蹴る様に足を動かす。すると2段ジャンプの様にもう1度空中で跳躍。ブルーシートの部分を超え、砂場に足を付ける。

 

「じょ、常識の無い競技も常識が通じなければ何とかなるのね」

 

 余りの出来事に驚きながらも真白の背中なら安心と確信した唯。真白は着地すると同時に再びゴールへ向かい始め、直後背後で巨大な爆発が起こる。思わず立ち止まって振り返れば、ララによってトラップ地帯が爆破された光景が。呆気に取られる唯と無表情乍らも足を止めてその光景を見つめていた真白は、すぐに何かを察知した様に顔と身体を動かす。真白の立って居た場所に、何かが猛スピードで通過して地面に着弾した。

 

「今度は射撃!? もうこんな大会、続けて大丈夫なのかしら……」

 

 明らかに狙われていた事に驚き、もう疲れた様に呟く唯。真白はそんな彼女を背に、とりあえずは目的の為に再び走り始める。が、そんな彼女目がけて飛んで来る何かがそれを妨害する。

 

 少し離れた木の上で、射的で使われる様な銃を手に構える存在が居た。九条 凛。沙姫の付き人として綾と一緒に普段から行動している黒髪の女子生徒である。凛々しい雰囲気を普段から醸し出す凛。だが今彼女は目の前の光景に驚き、焦っていた。

 

「何故だ。何故当たらない!」

 

 体力の無い綾が沙姫を背に一生懸命に走る姿を見て、自分もまた沙姫を勝利に導くために。そう思って一番前に出ている生徒を止める為に用意をしていた凛。だが彼女が確実に当てられると確信し、発砲した銃弾をまるで見えているかの様に真白は全て避けてしまっていた。超人的な光景に額から汗を流しながらも次を構える凛。その時、走っていた真白が微かに視線をずらす。そして隠れていた凛と、その目が合った。

 

「私の居場所に、気付いている……!?」

 

 思わず動揺した凛は指を掛けていた引き金を引いてしまう。それは真白たちとは違う明後日の方向へ。その先に居たのはリトであり、吸い込まれる様に彼の額へその銃弾は当たる。と同時に煙が彼の視界を遮り、ふらつき始めた。ララはリトがふらつく事で安定しなくなり、傍に居た者の服を掴む。が、彼女は宇宙人。咄嗟に掴んだそれは地球人とは比にならない力で引き千切られ、掴まれた者……沙姫は見る間に下着姿に変えられてしまう。

 

「な、なな、何するんですの馬鹿力!」

 

「あ、あわわわわ!」

 

 沙姫は一瞬理解出来ず、だがすぐに我に帰るとララに怒鳴る。だが前を走っていた為に沙姫が振り返って怒鳴った事で綾は体勢を崩し、倒れ込んでしまった。沙姫は綾を心配しようとするが、周りの視線が自分に気付くと顔を真っ赤にする。その中にはザスティンも居り、沙姫は誰よりも彼に見られた事にショックを受け乍ら身体を抱きしめる様にして隠す。どうやら彼女はザスティン相手に、特別な感情を抱いている様である。

 

「沙姫様! !?」

 

「ここで2-Aの選手ペアがゴール!」

 

 沙姫の状態に驚く中、ゴールの音が響いた事で凛はゴールテープのあった場所を見る。そこには既にゴールして背後で起きている光景を見つめる真白と唯の姿が。凛は悔しそうに真白を少しだけ強い瞳で睨みつけると、沙姫を助ける為に動きだすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、もうこんなおかしな体育祭に参加したくないわよ……」

 

「……」

 

 肩を落として呟く唯の背中を、真白は優しく擦って慰めるのであった。



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第42話 彩南高スポーツフェスタ【後編】

 障害物競争。パン喰い競争等の様々な競技が続く中、真白はその殆どを人並みの身体能力を見せ乍ら上位に入る様にしていた。宇宙人としてでは無く、普通の人間として何年も行動していた為にその程度を理解出来ていたのだ。が、ララは違う。人間以上の身体能力を見せ、出る競技は全て1位を独占していた。明らかにおかしい光景も、彩南高の生徒の殆どは凄い等の感想しか抱かず、唯は何故何も言われないのかと顔を引き攣らせながら思う。

 

「っと、次は1㎞マラソンだな」

 

 リトが次の競技を確認すると立ち上がる。彼が出る競技の1つであり、それと同時に真白や唯も出る競技である。スタート地点に集い始める生徒達。真白と唯もその中に紛れてリトも紛れる中、春菜もその集いの中に入り込み始める。

 

「頑張ろうね、三夢音さん。古手川さん」

 

「ん……」

 

「当然よ。理由はどうあれ、やるからには1位を狙うわ」

 

 春菜の言葉に真白が頷いて、唯が腕を組みながら答える。それを聞いて春菜は口元に手を近づけて微かに微笑むと、今度はリトの元へ。リトは春菜の存在に気付いていた様で、近づいて来るその姿に目に見えて緊張し始めていた。分かり易い光景に真白が何も言わずに見つめる中、やがてスタート前の準備が始まる。

 

「よし! 優勝してやるぜ!」

 

 春菜との会話で大きくテンションを上げたリト。そんな彼の声が生徒達の声に紛れて聞こえる中、ゆっくりと上げられるスタート用のピストル。やがて合図が響いた時、一斉に並んでいた生徒達が走りだす。しかしその時、走り出した生徒の1人の腕が春菜に接触。大きく体勢を崩して転びそうになる。が、リトはそれに気付くと競技を放棄して素早く春菜を支える為に行動する。だがその結果、春菜は無傷なもののリトが足を挫いてしまう。

 

「結城君!」

 

「!」

 

「真白?」

 

「……行って」

 

 春菜の声を聞いて真白はそれに気付くと足を止める。唯が止まった真白の姿に疑問を抱くも、すぐに後方に見えるその光景を見て理解する。そして真白の言葉に少し止まってから頷くと、3人を置いて走り始める。先に行く唯を見送った後、真白は2人の元へ。春菜に肩を借りているリトの傍に近づくとリトは安心させるように笑って、しかし痛みに堪える様に表情を歪める。

 

「……痛む?」

 

「へ、平気だって……いっ!」

 

「リト! 春菜! 大丈夫!?」

 

「私は平気だけど……結城君が」

 

「……保健室」

 

「なら、私が連れて行く。私のせいだから……三夢音さんは、競技に戻って」

 

 真白はしゃがみ込むとリトの足を見ながら聞く。リトはそれに強がるも、真白が足を少し突くとリトは痛みに悲鳴に近い声を上げる。明らかに強がっている為、真白は小さく溜息を吐いた。っと、見ていたララが駆け寄って2人を心配。春菜はララに言いながらも苦しむリトを見ると、真白は立ち上がって2人に保健室に行くことを告げる。すると責任を感じていた春菜は自分が連れて行くと言ってリトの身体を支える。そして大きく出遅れてしまってはいるが、まだ続いている競技に戻る様に真白に言った。ララもリトを心配して手伝おうとするも、次の競技にララは出る事になっていた。故にリトがそれを止める。

 

「悪い、俺達のクラスは2人少なくて不利だけど……頼んだ」

 

「大丈夫よリト! あんたの代役、今連れて来たから!」

 

「何故私が……」

 

「……ヤミ?」

 

 クラスから2人欠員が出るのは大きく後に響くため、リトは自分よりも其方の心配をし始める。っと、ララの後に駆け寄って来た美柑がリトに親指を立て乍ら告げる。と同時にそんな彼女の背後から現れたのは、ヤミであった。その服装は他の生徒と同じ体操着。しかし大きいのか少しブカブカであり、少し納得のいかない様子を見せるヤミの姿に真白が首を傾げる。

 

「ここの校長先生がヤミちゃんの服、貸してくれたよ!」

 

「いや~、お似合いで何より。っとと、ヤミさん。それ、私物なんで後で返してくださいね? 洗わずに」

 

「真白……良いですか?」

 

「ん……手伝う」

 

 美柑がヤミの服装に付いて傍に何時の間にか居たサングラスに小太りの男性……彩南高校の校長を見ながら言う。すると校長は優しそうな表情で答えるも、次に厭らしい表情でヤミに告げた。何の反応も見せずに真白へ視線を向けて聞くヤミ。全員が頭の上に『?』を浮かべる中、真白は頷くとヤミと共に校長を攻撃し始める。ヤミは校長を髪で殴り、地面に倒れ伏すその姿に真白が容赦なく足で蹴りを入れる。校長は地球人であるが、2人は一切の容赦をしなかった。が、普通の人間ならば命すら危うい攻撃を当の本人はヤミの髪の感触と真白の靴越しの足に喜んでいる様子を見せる。

 

「つ、次の借り物競走に入れておきましたので……ぐふっ」

 

 まるで息絶える様に言いながら顔を伏せた校長。その姿を誰も心配することは無く、真白はヤミを少し見続けた後に頷く。期待されているのは間違い無く、ヤミは真白のその行動に返事をする様に頷き返した。っと、未だに続いている競技もそろそろ終盤になっており、リトと春菜は棄権。真白がまだスタート地点に居るという状況に気付く。リトは春菜に任せ、代走は決定。もう大丈夫だと思ったのだろう。

 

「……戻る」

 

「戻るって、もう間に合わないだろ?」

 

「……平気」

 

 春菜に支えられたまま、真白の言葉に返すリト。しかし真白はそれに答えると、文字通りその場から姿を消した。ヤミとララだけが目で追えていた様で、気付けば真白はかなり離れた場所で走っていた唯の傍に。普段は見せていない身体能力を見せたのだろう。唯が突然現れた真白の姿に遠くからでも分かる程に驚く光景を見ながら、リトは乾いた笑いをする。……その後、リトと春菜は保健室へ。ララとヤミは次の走者の中に入り、真白と唯は上位でゴールするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で響き渡る爆発音。クレーターが沢山出来たグラウンド。唯と美柑は目の前の光景に口を開けて呆気に取られ、その隣で真白は無表情のままその光景を見つめる。今目の前の光景を作り上げているのは沙姫であり、その狙いはララ。どうやら恥をかかされた事をかなり怒っている様で、何処からともなく爆弾やバズーカなどで用意しては使っているのだ。もう既に妨害で済む話では無く、生徒達は避難。ララと巻き込まれたヤミはその攻撃を避け続け、借り物競走は恐ろしい結果だけを残して彩南高スポーツフェスタは中止となってしまうのであった。




少々終わり方が雑ですが、ご容赦ください。


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第43話 子供の多い結城家の1日

 その日、学校から結城家へと帰って来た真白達。しかしその姿は何時もと何処か違っていた。普段なら存在している確かな胸の膨らみが無くなっているララと真白。ヤミも元から余り無かった膨らみが無くなり、それぞれ身長は小学生低学年ぐらいの身長になっていた。そしてそれに伴い、胸以外にも様々な部分が明らかに幼くなっている。

 

「ただいま! 美柑!」

 

「あ、お帰……り!? ど、どうしたのその姿!?」

 

 リビングへと入った時、ソファで寛いでいた美柑が帰って来た全員に視線を向けて返事を返す。だが振り返りながら発していた言葉はその姿を見て跳ねあがり、立ち上がって幼くなってしまっている3人の前に立つとその姿を見回す。明らかに見知った顔の面影があるが、自分よりも幼い姿には驚かずにはいられなかったのだ。美柑の反応は当然の物であり、そんな3人の後ろから予想通りの反応を見せる美柑の姿に苦笑いを浮かべてリトが現れる。

 

「いや、さ。学校で色々あって、皆子供になっちまってさ」

 

「子供にって……何それ?」

 

 リトの言葉に美柑は訝し気に質問すると、リトは言い難そうにしながらも説明を始める。

 

 そもそもの原因。それはララに対抗心を燃やしているルンが宇宙からとある生物を学校に連れて来た事にあった。モドリスカンクと呼ばれたその生物はお尻から若返る効果のあるガスを発生させ、ルンはそれでララを子供にする計画を建てた。だがルンは誰よりも早くモドリスカンクのガスを浴びてしまい、幼児化。モドリスカンクは彩南高内に逃げ込んでしまい、手当たり次第に生徒達を幼児化させてしまったのだ。ララが捕まえようとしてガスを浴び、手を繋いでいた真白も被害を受けた。ヤミも学校内で被害を受け、結果的にこうして幼児化してしまったのである。……因みにモドリスカンクはララの活躍によって何とか捕獲され、現状もう被害が拡大することは無い。

 

「学校の奴らは効果が切れて午後には皆元に戻ったんだけどさ……」

 

「私達は宇宙人だから、治る速度が違うみたい!」

 

「恐らく1日はこのままだと思います」

 

 リトの言う通り、学校で被害を受けた者達は帰宅する際には元に戻っていた為に何事も無く下校することが出来た。しかし真白たちは一向に治らず、御門に診て貰った結果、地球人と宇宙人では効果に違いがある事が判明。少なくとも今日1日は幼児化したままである可能性が高い事が分かった。

 

「真白! 何かして一緒に遊ぼうよ!」

 

「……夕飯……作る」

 

「今の身長では不便なのでは?」

 

 幼い姿のまま、それでも何時も通り。何時も以上に元気の良いララが真白を誘うが、首を横に振って真白はキッチンへと向かい始める。そんな姿を目で追いながら質問するヤミ。キッチンにたどり着いた時、真白の頭が流し台から少し上に出る辺りだった為に手が到底届くようには見えなかった。何とも可哀想で、可愛らしい光景に美柑が苦笑いを浮かべながらも真白の傍へ。自分よりも小さなその姿を抱き上げると、ソファへ向かい始める。

 

「……美柑?」

 

「今日は私がやるから、真白さんはお休み。ね?」

 

 軽々と運ばれる事に、真白は首を傾げながらも運ぶ美柑へ視線を向ける。すると美柑はソファに真白を座らせて視線を合わせて微笑みながら告げた。今のままでは家事など出来ないと悟ったのか、真白は頷くとソファに寄りかかる。っと、休むことになったのだと分かったララが真白の座っているソファへ飛び乗った。自然とヤミも近づき、大きなソファに幼女が3人集まって何かを始める。普段と違う光景にリトは何とも言えない表情を浮かべた後、キッチンに立つ美柑の姿を見ると何かを決めた様に頷く。そして自分の部屋へ向かい……少ししてから私服姿になって降りて来ると、美柑の元へ。

 

「手伝うよ」

 

「じゃ、卵割っといて」

 

 普段は真白と行っている作業の為、負担も真白が居なければ2倍。子供が3人居るという現状でまだ残りの1日がこれからも大変になる事は明白であり、リトは少しでも負担を減らそうと思ったのだろう。美柑はリトの言葉に少し驚きながらも料理の指示を出し、2人はキッチンに並んで夕食の準備を始める。ダイニングな為に3人の遊んでいる光景が見え、顔を上げればララが小さな身体で真白の身体に抱き着いている姿が見えた。ヤミも真白の隣でララが抱き着いた衝撃で触れ合う真白の感覚を受け乍ら、学校の図書室で借りたであろう本を読んでおり、真白は何もせずにララにされるがままである。

 

「今日は真白さん達、泊まるでしょ?」

 

「だと思うぜ? まぁ、あの状態だからな。今日は流石に帰せないって」

 

「だね。……真白さん達、何時になったら家に住む様になるのかな?」

 

「何か切欠が無いと、難しいかもな」

 

 何ともバラバラな3人の姿を見ていたリトは美柑からされた質問に答える。普段も夜遅い時間に帰宅する等余り良い事では無いが、今は子供の状態。故に今日この日は無理矢理にでも泊まらせるつもりでいたリト。美柑も同じ意思の様で、少し間を開けた後に呟く様に言った言葉にリトは割った卵をかき混ぜながら同じく呟く様にして答える。

 

 その後、2人によって夕食の準備は終わる。子供になってしまっていても中身はそのままな為、手間も掛からず普段通りに食事を始めた真白達。食事中に泊まる話も行い、真白は自分の状態を理解していた為にリト達の提案を受け入れた。当然真白が泊まればヤミも泊まり、寝るところの話になった時。ララが笑顔で手を上げる。

 

「今日は皆で寝ようよ!」

 

「皆でって、皆でか!?」

 

「うん! 美柑の部屋が良いかな? そこに布団を並べて、皆で寝るの! 今の私達なら小さいから狭く無いよ!」

 

 ララの提案に狼狽えながらも聞き返したリト。身体が小さくなっているとは言え、その中身は自分と同年代の相手だ。一緒に寝るとなると、抵抗があるのだろう。ララはリトの考えている事が分からない為に笑顔で「どう? どう?」と真白や美柑に同意を求め始める。

 

「私は良いよ」

 

「真白が居る場所で私は寝ます」

 

「……ん」

 

「じゃ、決まりだね! よーし! じゃあ、皆でお風呂入ろ―!」

 

 美柑はララの提案を受け入れ、ヤミは真白に自分の事も託す。そんなヤミの言葉を受けた後、目を輝かせて自分を見るララの瞳を見た真白。やがて頷いて了承すれば、見るからに嬉しそうな表情を浮かべてララはリビングを後にする。お風呂に入ると言っても、まずは溜める必要があるのだ。既に食べ終わっている様で、嬉しそうなララの姿を見送りながら真白も最後の一口を食べ終える。

 

「俺の意見はねぇのかよ!」

 

「無いんじゃない? 一応今はこの中で最年長なんだし」

 

「いや、でもさ」

 

「え、何? リトってロリコンだったの?」

 

「なっ! 違うって! そんなんじゃ無くてさ!」

 

「……平気」

 

「まっ、リトに手を出す度胸何て無いもんね?」

 

「あったらあったで、明日の陽の目を見る事は無いですが」

 

 聞かれなかった事に声を上げるリト。そんな姿を少々目を細めて見つめながら、美柑が告げる。そして揶揄われ乍らも、最後にヤミが言った一言で顔を青くするリト。その後、リトが片づけを行う間に美柑を含めた子供達4人がお風呂に入る事に。リビングにある廊下へ続く扉が少し開いている為、微かに聞こえるララや美柑の声を聞きながらもリトは少々寝る時の事に緊張した面持ちで洗い物を続ける。そして4人が出た後、自分もお風呂へ。やる事を全て済ませた後、寝る時間になった時、リトの部屋の扉がノックされる。リトが入室を許可すると、ゆっくりとその扉は開いた。

 

「……そろそろ……寝る」

 

「お、おう。分かった」

 

 入って来たのは何処にでもありそうな枕を抱えた真白であり、リトを呼びに来た様であった。リトは枕を抱える幼い真白と言う珍しく懐かしい姿に少し狼狽えながらも、来てしまった時間に覚悟を決めて美柑の部屋へ。来客用の布団も含めて敷かれていた3枚の布団。ララが右側の布団で縦に転がりながら。美柑がヤミと共に左側の布団で横になって本を読んでいた。しかしリトが来たことに気付くとララは転がりを、美柑とヤミは読書を止める。

 

「じゃ、寝よっか?」

 

 美柑の言葉で寝る準備に入った一同。どんな順番で寝るのかと言う話になった時、美柑はヤミと隣が良いと。ララは真白と隣が良いと希望する。リトは一番端が良いと思っていたが、言いだすよりも早くララと美柑が寝る場所を確保。流れに流された挙句、左から順にヤミ・美柑・リト・真白・ララと言う順番になってしまう。……リトは真ん中にされてしまったのである。

 

「いや、何でだよ」

 

「ほら、寝るよ? リト、電気消して。お休み~」

 

「お休みー!」

 

「お休みです」

 

「……お休み」

 

「はぁ~、お休み」

 

 気付けば真ん中と言う事実に納得出来なかったリト。しかし美柑は立っているリトに言うと、電気を消すことを指示して告げる。美柑の言葉にララが、ヤミが、真白が答えると、リトは溜息を付いて電気を消した後に答えて布団の中へ。ヤミと美柑が同じ布団に、真白とララが同じ布団に入り、リトは1人布団を使う。別々の様になってはいるが、隣を見ればそこには美柑か真白の姿があった。

 

「(緊張……はしたけど、子供の姿だから平気そうだな!)」

 

 いざ寝て見れば自分以外は皆幼い姿。リトはその事実に安心し、目を閉じる。だが彼は忘れていた。真白たちが幼い姿である時間には、期限があると言う事を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥の声が聞こえる様になり、朝日が部屋へと差し込み始めた頃、リトは未だ残る微睡みの中で目を覚ます。そんな彼を包むのは柔らかい何か。それはとても心地よく、未だ寝ぼけているリトはそれに顔を擦りつけながら幸せを感じる。しかし、彼が顔を動かし続けた時、鼻先に何かが当たった。そして

 

「んっ! ……」

 

「……」

 

 微かに聞こえた声にリトの思考が微かに正常へと戻り始める。そして柔らかいその物体の正体を知る為に、顔の傍に手を持って来てそれを掴んだ。弾力のあるそれは非常に触り心地が良く、リトはそれの正体にまさかと思いながらも徐々に顔を離す。真っ暗だった視界は離れる事で明るくなり、目の前に映るのは肌色。掴んでいる物もよく見える様になり、リトは無意識にそれを何度か揉んでしまう。

 

「……ぁ」

 

「!」

 

 今度は大きく顔を遠ざけたリト。そうして見える様になった全貌は、パジャマを着ている普段の真白であった。しかし着ていたパジャマは美柑のだった為、元に戻った事で胸などを抑えられなくなったのだろう。ボタンが千切れており、下部分が落ちてしまっていた。故に片乳が完全に解放されてしまっており、不幸な事に上部分もララが引っ張った様で解放。結果、真白の胸は完全に露出してしまっていた。……先程までリトはその胸の間に顔を入れ、その突起に触れ、今現在も胸を片方掴んでいるのだ。もしもこの光景が誰かに見られてしまえば、誤解されるのは当然。リトが顔を真っ赤にしながらパニックになる中、背後から感じ始めた殺気に顔を徐々に青くし始める。

 

「結城 リト……やはり貴女は危険な様です」

 

「や、ヤミ? これは不可抗力って奴で……」

 

「問答無用、始末します!」

 

 向けられる殺気に振り返ったリト。そこに居たのは髪をゆっくりと上げ乍ら今の光景を、真白の胸を掴む自分の光景を見つめるヤミの姿であった。目と目が合い、ヤミの言葉に何とか言い訳をしようとするリト。しかし聞く耳は持たれず、その後結城家の庭でボロボロのリトが発見されるのはまた別の話である。



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第44話 危うい唯の手を引いて

 日曜日。結城家へと赴かず、御門の家へと行った真白はヤミを連れて商店街に来ていた。別の家で住んでいる以上、真白たちの家にも当然食料品などは必要なのである。基本的には結城家で食事を取っている2人だが、それでも買い出しに来ることは可笑しな事では無い。エコバックを片手に歩く真白と、途中で買ったと思われる鯛焼きが数個入った袋から1つを取り出して齧っているヤミ。そんな2人が歩いていた時、とある店の前で道を邪魔する様に座り込んでいる3人の男達の姿が見えた。明らかに迷惑になっているが、男たちは気にもせずにその場に居座り続けており、周りの人々も怖さと面倒事を避けたいという思いから注意せずに通り過ぎて行く。

 

 本来であれば、真白とヤミも騒ぎになりそうな事は避ける故にその光景を見たところで何もしなかった。しかし真白が視線を外そうとした時、見えてしまう。自分の知っている存在が、その男達に注意しようとする姿を。何時もは学校で会うために制服である彼女も今日は休日な為に私服であり、男たちの前に仁王立ちする様に立つと背中まであるサラサラとした黒髪と穿いていた黒いミニスカートを揺らしながら指差すその姿は間違い無く真白にとって掛け替えの無い友達……唯であった。男達に何かを言っているのは明白であり、恐らくは通行の邪魔であると注意をしたのだろう。だが男たちは不機嫌そうにしながらも立ち上がると、唯の姿を見て厭らし気に笑みを浮かべながら囲み始める。周りを歩く人々はその光景を見て見ぬ振りで済ませており、到頭男の1人が唯を羽交い絞めにする。そして違う男がスカートを捲り上げようとした事で唯が抵抗出来ずに目を瞑った時、自分の足元が突然暗くなった事に男は不審に思いながら顔を上げた。

 

「縞パ、ぐぇ!」

 

「……は?」

 

 顔を上げた男の視界に見えたのは何だったのか、何を言おうとしていたのか理解出来なかった他の男達。だが目の前に映るその光景は何度見直しても変わる事が無かった……仲間だった男が突然現れた幼げな少女に顔を膝で踏みつけられていると言う光景は。

 

 ゆっくりと少女の舞い上がっていたスカートが降り、男の身体から退きながら唯を羽交い絞めにする男へとその視線を向ける。未だに呆気に取られていた男達。捕まっていた唯は謎の音と驚く声に目を開き、目の前に立つその姿に目を見開く。

 

「ま、真白……?」

 

「ん……」

 

 唯が名前を呼べば、頷いて返す真白。男たちはようやく我に帰った様で、唯を羽交い絞めにしていた男が何かをしようとする。が、突然男は唯を拘束していた両腕に激痛を感じてその拘束を解放。唯は男がよろめいた事で反動を受けて前に押し出され、真白がその身体を受け止めると、男の向こう側に立つヤミの姿を見る。ヤミは静かに頷き乍ら鯛焼きを齧った。

 

「……走る」

 

「え? きゃっ!」

 

 突然告げた真白の言葉に戸惑った唯だが、真白が片手を掴んで走り始めた事で驚きながらも一緒に走り始める。ヤミも鯛焼きを1つ食べ終えると空へと飛んで行き、残された男たちは諦める事無く怒りながら2人を追って走り始める。……そんな光景を見ていた1人の青年は、手を引かれて逃げる唯を。そして手を引く真白の姿を目を細め乍ら見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下手に暴力沙汰などを起こせば今だけで終わる話では無い。故に逃げる事を決めた真白は唯の手を引いて走り続ける。

 

「はぁ、はぁ。もう大丈夫かしら?」

 

「……まだ」

 

 結構な距離を走り、息を上げ乍ら隠れて背後を確認しようとする唯。だがそれに真白は答えながらも、遠くに聞こえる男たちの声を聞き取る。無駄にしつこい男たちに真白は溜息を吐くと、唯を見る。既に疲れていて走るのは辛いであろうその姿に真白は少し考えた後、傍にあった車とフェンスを見つめる。どうやら今の場所は駐車場であり、フェンスを超えて逃げればそうそう捕まる事は無いだろう。それを考えた時、真白は1人で頷くとフェンスの前に立つ。

 

「? 真白?」

 

 唯が真白の行動に名前を呼ぶ中、真白はその場からジャンプをする。身体能力が高い故なのか、そのジャンプ力もかなりの物。フェンスの上へと綺麗に着地した後、真白はその細い足場の上でしゃがんで唯へと手を伸ばす。驚きながらもすぐに意味を理解して真白の手を掴もうとフェンスの下に立つ。何気なく見える真白の青と白の縞模様のパンツが見えて恥ずかしさから微かに頬が赤くなるのを感じ乍らも、その手を掴んだ唯。真白が引っ張り上げれば、簡単にその身体はフェンスを超える事が出来る。だが降りる時、それは起きた。

 

「きゃぁ!」

 

「!?」

 

 細い足元の上ではバランスが取り難く、唯が足を滑らせてしまう。もしもそのまま落下して地面に激突してしまえば、大怪我を負う可能性もあるだろう。突然の事だったため真白も対応出来ずに唯に引っ張られる形で落下。それでもすぐに唯の身体を掴むと自分が地面に背中を打つ様に体勢を変える。唯はこのままでは真白が不味いと気付いて焦るが、その瞬間、真白の背中から翼が出現する。大きな風が真下へと吹き、その勢いは落下する2人を押し返し始める。そしてゆっくりと尻餅をつく様に地面に着地すれば、真白は安心した様に溜息を吐いた。真白の腕の中にいた唯は放心状態であった。

 

「?」

 

 ふと男達の気配が消えている事に真白は気付く。探すのを諦めたのか、何かあったのか。どちらにせよもう追われる心配は無さそうであり、真白がそれに付いて伝えようと唯の顔を見れば……何故か顔を真っ赤にしている唯と目が合った。現在唯は真白に抱きしめられており、その顔は真白の胸の中であった。鼻先に感じる服越しの下着の感覚と真白の匂いに同性でありながらも恥ずかしいのだろう。ようやく我に帰った時、唯は冷静を装ってゆっくり顔を離す。

 

「……怪我、無い?」

 

「え、えぇ。大丈夫よ」

 

 助けられてから今まで殆ど会話という会話が出来ていなかった2人。真白の確認に唯は頷きながらも立ち上がり、スカートなどを数回叩くと真白へ手を伸ばす。真白もその手を掴んで立ち上がり、唯は落としていた鞄を拾う。

 

「……もう……平気」

 

「そういえば、静かになったわね」

 

「……」

 

「……何よ? 何か言いたいって顔ね?」

 

 真白の言葉でもう追われなくて済んだと気付き、安心した唯。しかし無表情乍らも何かを感じるその視線に唯が普段の強気に戻って聞いた時、真白は頷いた後に口を開く。

 

「……無茶……しない」

 

「うっ……で、でも放って置けないわ! あんなの!」

 

「……危なかった」

 

「そう、ね。……はぁ、分かったわよ。今度から気を付けるわ」

 

 今の様な結果を招いた事に責任を感じているのか、真白の言葉に少しだけ狼狽えながらも答える唯。しかし続けられた一言に返す言葉が見当たらず、その場の勢いだけで後先を考えなかった事に反省する。そんな姿を見て真白は何気なく自分の胸元に手を当てると、唯に向けて告げた。

 

「……無事で、良かった」

 

「!」

 

 言葉だけでは無い、告げた瞬間に見せた紛れも無い【笑顔】に唯は雷に打たれたかの様な衝撃を受ける。唯の表情は目を見開いて明らかに驚いているのが丸分かりになっており、真白は唯の反応に首を傾げる。

 

 その後、駐車場を出て何とか商店街にまで戻った真白と唯。既に真白は買い物を済ませており、唯は何か目当ての物があった訳でも無く商店街に来ていた様で2人はお互いに帰る事を決める。そして別れる事になった時、唯は何かを言おうとして言えずにいた。

 

「……また、明日」

 

「えぇ……真白!」

 

 別れの言葉を交わし、背を向けて離れ始める真白の後姿に唯は首を強く横に振って何かを振り払うとその名前を呼ぶ。真白は唯の声に振り返り、視線を受けながらも唯は口を開いた。

 

「助けてくれて……ありがとう」

 

 唯はそう言って真白へ笑顔を見せた。そして真白の反応を見ずに唯は恥ずかしそうに頬を染めながらも「また明日!」と言って走り去る。対する真白は……去って行く唯の姿を無表情のまま見つめながら、やがて少しだけ目を瞑ると再び帰路を歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ユウちゃん。用事は済んだのぉ?」

 

「あぁ。悪かったな。デート、続けようぜ?」

 

 商店街のとある場所にて、1人の青年が女性の元へと駆け寄る姿があった。どうやら女性を待たせていた様で、女性の言葉に爽やかな笑顔を見せながらも答える。そんな青年がこの場に来るまでの通り道。その道を遡った終点は駐車場であり、そこにあったのは男達がボロボロにされて倒れ伏す光景であった。

 

「唯の奴、これで少しは大人になると良いけどな」

 

「? 何か言ったぁ?」

 

「いや、何でも無ぇよ……早くならねぇと、愛想尽かされても知らないぜ?」

 

 空を見上げ乍ら呟き、女性と共に歩みを続ける青年……古手川 遊。唯の兄である彼の言葉は誰に届くでも無く商店街の雑音に紛れて消えて行くのであった。



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第45話 大浴場で大乱闘

 真白とヤミはとある建物の前で立ち止まる。『彩南 ぽかぽか温泉』と大きな看板が掲げられたそこは彩南町に存在する大きな浴場施設であり、結城家へと行かない日曜日は毎週ここへ2人で来ていた。腕に桶とタオルを抱えて2人は暖簾をくぐり、番台に座る者へ2人分の料金を支払うと中へ。男湯と女湯に分かれている為、真白たちは女湯に向かう為に足を進め始めた時、突然呼びかけられた事で2人は振り返る。

 

「真白にヤミちゃんだ!」

 

「……ララ?」

 

 暖簾をくぐり、番台の向こう側で桃色の長い髪と特徴的な黒い尻尾を揺らしながら大きく手を振って名前を呼ぶのはララであった。真白がララの存在に首を傾げる中、暖簾が捲りあげられて更に入って来るお客達。それは一様に真白たちの見知った存在であった。

 

「あれ、三夢音さん? それにえっと……ヤミさん、だよね? 奇遇だね?」

 

「何してんだよ、こんな所で」

 

「いや、お風呂に入りに来たに決まってんじゃん」

 

 最初に入り、真白たちの姿に気付いて声を掛けたのは春菜であった。そして次にリトが、続けて美柑が入って来るなり真白に気付きながら話し始める。真白はどうしてリト達が浴場に来たのか分からずに首を傾げる中、番台に居る者にお金を払って入場した美柑が説明を始める。何でもララが買って来た入浴剤が可笑しなものだったらしく、お風呂が詰まって使えなくなってしまったとの事であった。

 

「せっかくだし、一緒に入ろうよ!」

 

 大きな浴場施設の為、同じ時間に入る事はつまり一緒に入浴することと同じ。真白は美柑の言葉に頷いて、そのまま並んで女湯の暖簾をくぐって奥へと進み始める。ヤミも美柑の反対に並んでついて行き、ララが入って行く3人の光景に追い掛ける様にして、春菜がそんなララに引っ張られて女湯の暖簾をくぐって行く。走り出したララに注意をし乍らも1人残されたリトは男湯へ。そうして男女は別になり、脱衣所は男性の方は静かに。女性の方は騒がしくなりはじめる。

 

「色んなお風呂があるんだね! 行ってみようよ! ? 真白?」

 

 浴場へと続く扉を開けて中へとタオルを片手に裸で入ったララ。春菜と真白たちもその後ろについて行く形で入り、ララは中を見て楽しそうに言うと走りだそうとする。だが真白が瞬時にその腕を掴んで止めれば、ララが真白を見て首を傾げる。真白は首を横に振るだけで、何を伝えたいのかララは完全には分からなかった。っと、それを見ていた春菜が微笑みながら真白の代わりに口を開く。

 

「ここは私達以外にも色んな人が居るから、走ったり騒ぎ過ぎたりしちゃ駄目だよ?」

 

「あ、そっか……うん! 気を付けるよ!」

 

「ん……」

 

 春菜の言葉を聞いてララは納得しながら真白に告げる。その言葉で安心した様に真白が頷いてその手を離すと、ララは気になる場所へと早歩きで移動し始める。春菜はララについて行くかここに残るか迷い始めている様で、真白は気付けば離れて湯船に浸かっているヤミと反応が薄くともヤミに話しかける美柑の姿を見た後に春菜へと視線を向ける。

 

「……入る」

 

「あ、うん……そうだね」

 

 決して仲が悪い訳では無い。だが2人だけで話す機会など殆ど無かった為にどうしようかと迷っていた春菜は突然言った真白の言葉に少しだけ驚きながらも頷いて返す。そして2人は特別な事は何も無いシンプルな湯船へと浸かり始める。真白は基本話すことが無い為に無言の時間が続き、何もせずに唯浸かる真白と、チラチラと真白を見ながら苦笑いを浮かべる春菜。そんな時間が少しだけ続くも、意を決した様に春菜が口を開く。

 

「ま、真白さん。身体は大丈夫?」

 

「? ……平気」

 

 春菜の質問に首を傾げながらも、やがて以前あった出来事を思いだすと真白は腕等を見せ乍ら答える。たった1度の会話だが、春菜は真白の答えに安心すると同時に居心地の悪さの様なものを感じなくなり始める。そして立ち上がると、湯船に肩まで浸かっている真白に手を伸ばした。

 

「ララさんも行ってるし、私達も色んなお風呂に行ってみよっか?」

 

「…………ん」

 

 真白は春菜の誘いに少し考える様に無言でいたが、やがて頷きながら春菜の手を取ると立ち上がる。そして湯船から出てララが行った方向を確認しながら向かおうとしたその時、突然の轟音にその場所へと振り向く。

 

『見つけたぜ……金色の闇!』

 

 壁が破壊され、そこから入って来る巨大なロボット。そこから聞こえて来るのは男の声であり、呼ばれたヤミは……美柑を庇いながらロボットを見つめていた。周りにいた女性客たちは一様に逃げ出しており、春菜も目の前の光景に驚く中、真白はタオルを肩から巻いて何事も無い様に2人の元へ。春菜がそれに気付いて声を掛ければ、止まった後に春菜へ振り返って顔を横に振る。恐らく近づかない方が良いと伝えたいのだろう。

 

「ソルゲム製の無人型戦闘ロボット……私が目的の様ですが、何者ですか?」

 

『賞金稼ぎさ! お前を倒して懸賞金は頂くぜ!』

 

「そうですか……なら、遠慮なく破壊させて貰います」

 

 ヤミは真白と再開する以前、暗殺者として生きていた。故にその首には懸賞金が掛けられており、男はそれを狙ってどうやらヤミを襲いに来た様である。話をしていたヤミだが、帰って来た言葉と向かってくる攻撃に静かに返答をすると同時に飛び上がる。そしてカメラの付いている首と思わしき場所を捻りながら破壊し、続いて髪を刃にして機械を一瞬にしてバラバラにしてしまう。明らかにやり過ぎに近い光景に男の声が驚く中、ヤミは持っていた首の部分をバラバラになった機械の中に放り投げた。

 

『そ、そこまで破壊する必要があるのか!?』

 

「貴方がソルゲムの関係者かは分かりませんが、私はこの組織の製品が大嫌いですので」

 

『くっ、まさか登場から会話含め13行で破壊されるとは……だが、これならどうだ!』

 

 男の声と同時に今度はロボットよりも小さい何かが浴場に着地する。それは真白たちの見知った存在であり、本来ならば女湯に居ない筈の存在。

 

「身体が勝手に!」

 

「リト!? あんた何で堂々と入って来てんのよ!」

 

「……! 何か……ついてる?」

 

「アンテナ……ですか」

 

 腰にタオルを巻いた状態でぎこちない動きをし乍ら歩くリトの姿に美柑が驚きながらも怒る。しかし真白は頭に普段のリトには絶対に付いていない何かが付いているのに気付き、ヤミが目を細めながら告げる。すると男の声は笑いながら説明を始めた。リトには生体制御が可能なアンテナを取り付け、今は男の意のままに操れる様になっていると。そしてリトを選んだ理由は、

 

『金色の闇が唯一仕留め損なった男……これ以上に強い味方は居ねぇよな!』

 

「……」

 

 大きな勘違いによるものであった。【何時でも殺せるが、真白の家族故に殺せない】。そんな理由を知らない故の勘違いにヤミが無言になる中、ゆっくりと真白に振り返る。

 

「これを機会に抹殺しては駄目ですか?」

 

「や、ヤミ!?」

 

「……駄目」

 

 ヤミの提案にリトが恐怖を感じ乍ら名前を呼ぶ中、真白は静かに首を横に振って答える。すると突然リトが走り始め、ヤミへと襲い掛かった。リト自身を攻撃出来ない為にアンテナを破壊しようとしたヤミ。だがその時、ヤミが何をするのか分かった様で男の声が響く。

 

『はっはっは! アンテナを破壊したらその瞬間にドカン! こいつは死ぬぜ!』

 

「!?」

 

 男の声に寸前で攻撃を止めたヤミ。だが襲い掛かるリトは止まらずにその手がヤミに届きそうになった瞬間、突然ヤミの身体は横から攫われて違う場所へと移動させられる。勢い余ったリトの身体は地面に激突、ヤミは自分を抱擁する相手……真白を見る。

 

「助かりました、真白」

 

「ん……」

 

「真白さん! リトを操ってる奴を私、探してくるよ!」

 

「……」

 

「大丈夫だから! 私を信じて!」

 

「!」

 

 ヤミがお礼を言うと同時に2人の元に駆け付けた美柑。そんな彼女の提案に真白は首を横に振った。相手は間違い無く宇宙人であり、美柑を危険な目に遭わせる訳には行かない。そう思ったのだろう。だが自分の胸に手を当てて告げる美柑の言葉に真白はリトが言った言葉を思い出す。それは初めて宇宙人の悪意に巻き込まれた時、改めて家族になった時に告げられた言葉。真白はそれを思いだし、美柑を見つめる。そして……頷いた。

 

「! 行ってくる!」

 

 真白の行動に美柑は強く頷き返して走りだす。っと、未だに腕の中に居たヤミが静かに解放された。ヤミは去って行く美柑の姿を見つめた後、真白を見ると口を開く。

 

「危険なのでは?」

 

「……平気……美柑は、強い」

 

 ヤミは真白の言葉に少し首を傾げるが、真白の背後に迫り始めていたリトに気付くと真白を髪で包んで横へと跳躍する。今度は真白が助けられた為、ヤミへとお礼を言えば2人はリトへと視線を向けた。未だにぎこちない動きを見せているが、それが操られている事を証明していた。

 

「……時間……稼ぎ」

 

「美柑が見つけるまで、ですね。仕方ありません」

 

『さっきも言ったがアンテナを壊せばこいつは死ぬ! 大人しく捕まれ、金色の闇!』

 

「俺の、身体ぁ~!」

 

 戦う覚悟を決めた様に並ぶ2人。そんな姿を何処から見てるのかは分からないが、余裕そうに男の声が告げる。リトは必死に抵抗しようとしている様だが上手く行っておらず、そんな彼の顔が自分達へと向いた時、走りだしたことでヤミは気付いた。

 

「どうやら結城 リトの見えている視界を介して此方を見ている様ですね」

 

「……目隠し」

 

 ヤミの言葉に真白は静かに呟くと、2人は反対に飛ぶ。最初から狙われているのはヤミだった為、リトはヤミが飛んだ方向へ。だがその身体が真白に背を向けた瞬間、真白が背後からリトの目元に自分が付けていたタオルを巻きつけ始める。男の驚く声とリトの戸惑う声を尻目に、タオルを簡単には外せない様にきつく巻き付け……やがてリトの目は完全にタオルに覆われて塞がれる。焦る男の声を尻目に、ヤミが駆け寄ると今度は見えていないリトを地面に倒してその四肢を髪で完全に拘束した。

 

「例え操れても、その力を増幅させるのは不可能です。地球人である結城 リトを選んだのは間違いでしたね」

 

『くそっ! これじゃあ何も見えねぇじゃねぇか! せっかくの裸がぁ!』

 

「真白さん! ヤミさん! 見つけたよ!」

 

『何っ!』

 

 地球人と宇宙人では明らかに力などに差が有る為、運動神経が例え良くとも宇宙人であるヤミの込められた力にリトが適う訳が無かった。故に何も出来なくなり、悔しがる男の声にここに来た本当の目的が明らかになる中、突然遠くから聞こえた美柑の声に真白が顔を上げる。そしてそれと同時にその姿がその場から消えた。

 

『この餓鬼! こうなったらこいつを……ひっ! お前何時からそこに!? って、お? 中々に冥福な……ま、待て! 何だそれは!? 分かった! 俺が悪、ぎゃあぁぁぁぁぁ!!』

 

「……終わりましたね」

 

「もがもがもがっ!」

 

 聞こえて来る男の声は明らかに美柑に何かをしようとした。だがそれよりも早く現れた存在、恐らく真白であろうその姿に最初は歓喜し、次に恐怖して許しを請うも受け入れて貰えず、悲鳴が木魂する。っと何かを破壊する様な音が響き、それと同時にリトが自由を取り戻した。ヤミは聞こえて来る声に安心し、リトはもう平気な為に拘束を解いて欲しいとばかりに声を上げるが……ヤミはそれを冷たい目で見降ろした。

 

「今更ですがそのタオルは真白が巻いていた物だった筈……」

 

「もがっ!? もがが!!」

 

 その後、簡単に操られる様になってしまったお仕置きの様に酷い目に遭う事になったリト。何だかんだで宇宙人達は倒され、別の浴場に行っていたララは何事も無かった様に合流。真白たちは疲れを取りに来た筈の浴場で更に疲れて帰宅することになるのだった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第46話 転校生は幽霊少女

【5話】完成。本日より5日間、投稿致します。


「さて、これで良いわ」

 

「……ありがとう」

 

 御門の家にて。その家の主である御門が機械を操作しながら、やがて軽く弾く様にして指を離すと傍に立っていた真白へ回る椅子を回転させながら告げる。真白はその言葉に頷いた後、以前ヤミが眠っていた際に使われていた巨大カプセルの中に眠る1人の少女の姿を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「村雨 静と申します! お静って読んでください!」

 

 その自己紹介に教室の中が一瞬固まり、半数以上の生徒達がやがて我に返った様に歓迎の声を上げる。だがリトを初めとした一部の生徒達はその存在に驚いたまま固まり続けていた。それもその筈、村雨 静と名乗った少女の姿を幽霊として見た事があるからである。しかし教壇の前で自己紹介をしてやや薄い紫色の長い髪を地面に落としながらお辞儀をするその姿は明らかに人であった。故にリトは生き返っていると言う事実に驚愕し、唯は信じられないとばかりに放心。春菜も驚き、里紗と未央でさえ驚き戸惑っている様子であった。唯一驚かずに喜びの反応を示すのはララのみ。真白は反応する事無く、その光景を見つめていた。

 

 教室の中での騒ぎはしばらく続き、お昼休みになるまでお静は自由に行動することが出来ない程であった。だがようやく自由の身になった時、お静は立ち上がると同時にある場所へと向かう。その先に居たのはお弁当の入った包みを手に立ち上がろうとしていた真白であった。

 

「真白さん真白さん! お弁当、一緒に食べましょう!」

 

「……ん」

 

≪ちょっと待った!!≫

 

 真白と数㎝程の差で顔を合わせて昼食を誘うお静に真白は特に驚く事も無く頷いて返すと、共に教室から出ようとする。扉を開けた際、その奥に金色の髪が微かに見えた事からヤミも居るのだろう。だが当たり前の様に出て行く2人の姿に思わずリト達が一斉に待ったを掛ける。どうして今お静がここに居られる様になったのか、知らない故に。

 

「いや、凄く自然にしてるけどさ、お静ちゃんはどうやってここに?」

 

「ゆ、幽霊だったよね?」

 

「あ、はい。因みに今も幽霊ですよ? 唯この身体に憑依してるんです!」

 

 里紗と未央が代表する様に質問すると、お静は当たり前の様に答える。だがその答えに全員が思いつくのは誰かの身体を勝手に使っていると言う事だった。しかしそれを察した様に真白が首を横に振ると、お静の前に出る。

 

「……御門……先生」

 

 たった一言だが、その言葉に全員は納得するのだった。

 

 その後、詳しい話を聞きたいと言う事で、お静の正体を知っている一同は御門の居る保健室へ。そこでは既に食べ始めようとした御門が居り、入って来た全員の姿に箸を口に入れたところで振り返る。そしてそのまま首を傾げた。

 

「随分と大所帯ね。差し詰めお静ちゃんの事、かしら?」

 

 お静と共に入って来たことで用事をすぐに察した御門の言葉に全員が頷くと、御門は一度溜息を吐いてから箸を置いて全員に身体を向けた。

 

「真白からお願いされてね、彼女の為に人工体(バイオロイド)を作ったのよ」

 

「バイオロイド?」

 

「えぇ。有機物だけで構成された、限りなく生体に近いロボットって所ね」

 

「私、実体が欲しかったんです。以前春菜さんの身体を勝手に借りちゃって、皆さんに凄い迷惑を掛けてしまいました。だからあの後、真白さんが貸してくれるって言ってくれたんですけど、お断りしたんです」

 

「……借りるのは、駄目……なら」

 

「新しい身体を作ってしまえば良い。そう言う事よ」

 

 御門の説明、お静の思い、そして真白の行動力。その3つが合わさって出来た目の前の光景にリトは開いた口が塞がらなかった。が、その説明で完全に納得したララ達はお静に久しぶりに身体を動かす感想などを聞き始める。するとお静は着ていた制服のスカート部分を触りながら足が出る事に中々慣れないと答える。しかしその言葉で里紗と未央の2人の視線はお静の綺麗な足をロックオン。抱き着き、触り始めた事で保健室内には悲鳴が木魂した。唯一の男子であったリトはその光景に顔を真っ赤にし、戸惑いながらも何とか納得した唯がそれを止めようとする中、御門はその光景に微かに微笑む。

 

「良かったわね」

 

「……ん」

 

 幽霊のままでは絶対に起きず、見られない光景。わき合い合いとしているその雰囲気に御門が呟くと、真白が小さく頷いてそれに共感を示す。

 

「そろそろ食べましょう。次の授業に間に合いません」

 

「あ、そう言えば私達、お昼ご飯まだだったね?」

 

「じゃあ皆で食べよっか。偶には良いじゃん?」

 

「さんせ~い!」

 

 教室から出た際に合流し、共に着ていたヤミの言葉に春菜が反応する。そして言った言葉に全員が時計を見た。まだ食べる時間はあるが、ゆっくり食べるにはそろそろ厳しい時間であった。春菜の言葉にお静の足弄りを止めた里紗と未央は全員で食べる事を提案。その中には御門も含まれており、何処で食べるかは言わずもがなであった。特に問題がある訳でも無い様で御門は何も言わず、全員は昼休み故に持っていたお弁当をその場で開け始める。

 

「椅子はその辺にあるわ。全員分は無いけれど」

 

「ではでは真白さん! 一緒にベッドに座りましょう!」

 

「あ、私も!」

 

 今現在保健室に居るのは10人。数人なら椅子が用意されていても、10人となれば流石に想定外だった故に椅子の数は足りなかった。しかしそれを聞いてお静はすぐにカーテンで囲われていたベッドに近づくと、カーテンを完全に開けて座ると同時に自分の横を数回叩いて並んで座る様に促す。もしも誰か生徒が体調を悪くしていたりすれば、御門を抜いた9人が来ている事態で大迷惑だが……運よく誰も居ない故にその心配は無かった。お静の誘いに真白は頷いた後に隣へ。ララも反対に座り、左右が埋まった光景にヤミは何も言わずに4つあった椅子の内1つを持って真白の前に向かい合う形で座る。

 

「ここに並んで座ろっか?」

 

「じゃああたしここね? 結城は春菜の隣ね」

 

「えぇ!?」

 

 ヤミが座った事で同じ様にヤミの隣、お静の向かい側に座る里紗。それに乗じて未央もその隣に座り、唯一の男子だった故に混ざる事に抵抗があったリトは拒否権の無い一言とその場所に驚き戸惑う。椅子は後1つだけ残っており、春菜は唯と話をした後に椅子では無くお静の隣、未央の前に座る。故にリトはその隣に顔を赤くしながらも座り、唯は楽しそうに席を考える目の前の光景に溜息を吐きながらヤミの隣、ララの前へ座る。結果、席順はベッドにララ・真白・お静・春菜・リトとなり、その向かいに唯・ヤミ・里紗・未央となった。そして始める騒がしい時間。御門はその光景に他に人も居ない為に何も言わずに背を向けようとして、真白と目が合う。

 

「……」

 

「……はぁ、仕方ないわね」

 

 何も言わずに、しかしその目が言いたいことを訴えかけていた事で御門は微かに微笑みながらも呟いて座っていた椅子を動かす。そして唯とララの間、全員が見える場所にその位置を動かした。最初は驚いた唯とララだが、真白が頷いてから食べだしたことで理由を察して何も言う事は無く迎え入れる。……その後、保健室で楽しく昼食の時間を過ごした一同は食べ終わるまで保健室に居続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄く美味しかったです! 今度また、分けてください!」

 

「ん」

 

 昼食を終え、教室へと戻る為に廊下を歩いていた一同。授業に向かうためヤミとは既に別れ、歩きながらする話は昼食の時に分け合っていたおかずについてであった。真白と美柑が作ったお弁当と聞き、真白たちが以前した様な分け合いっこを今回共にしたお静。その場には10人も居た為、その交換は壮大なものとなった。だが結果的にお静を含めて全員が満足のいく昼食となり、また今度したいと言うお静の言葉に頷いて返した真白。するとその時、並んで歩いていたお静の足が自分の足に引っかかって倒れてしまう。余りに突然の事に誰も反応できず、お静の顔は地面に直撃。思わず悲鳴に近い声を上げる春菜達を前に、真白は急いでその傍に近づく。が、すぐに顔は上を向いた。

 

『自分の足で歩くのって久しぶりで、まだ慣れません……あはは』

 

 そこには本当に幽体離脱したお静の姿があり、後ろ髪を掻きながら答えるその姿は自分が離れていると気付いていない様であった。故に全員が教えた時、少し離れた場所から全員の担任である年老いた教師、骨川先生が近づき始める。リトがそれに気付くと早く戻る様に言うが、中々戻る事の出来ないお静。やがて骨川は倒れているお静に気付き、明らかに死んでいるその身体を見て驚きの余りお静と同じ様に幽体離脱しそうになる。が、間一髪その魂を骨川の身体に押し戻してそれを阻止した。その後すぐにお静も元に戻り、一瞬記憶が抜けていると言う骨川に夢であったと説明。難を逃れたが……また新しい問題が現れる。

 

「あれ? よく見かける野良犬くんが居るよ?」

 

「野良……犬……!?」

 

 ララが少し離れた場所に居た犬を発見したのだ。そしてその言葉でお静は犬の姿を確認してしまう。お静にとって一番苦手な存在と言えば、それは犬だろう。故にその存在に気付いた時、声にならない悲鳴と共に周辺にあったゴミ箱などが動き始める。それは所謂ポルターガイスト現象であり、その原因は間違い無くお静であった。

 

「いやぁぁぁぁ!」

 

 何故かお静に反応する様に犬が吠え、それに更に恐怖するお静。やがて傍に居た里紗に近づけば、現象を受けて里紗の制服のボタンが一斉に弾け飛ぶ。余りに突然の事に反応できない里紗と、それを間近で見てしまったリト。犬に追われ、お静は逃げ惑いながらやがて真白に助けを求める様に駆け寄り始める。もしも触れればどうなるかは明白だが、それを拒否する訳にも行かなかった真白は結果的にその身体を受け止める様に前から抱きしめた。途端、案の定制服が壊れるものの、お静が被さっている為に晒される事は何とか防がれる。っと、真白は抱き留めたままララに視線を向けた。

 

「……犬……駄目」

 

「へ?」

 

「ララ様! 真白さんが言いたいのは犬を遠ざけ欲しいと言う事だと思われます!」

 

「あ、そっか! うん、任せて! ぴょんぴょんワープくん!」

 

 真白の言葉の意味に一瞬驚き、しかしペケの通訳ですぐに了解したララはウサギに似たモチーフのリングを犬に投げる。綺麗にそれは犬に引っかかり、その場から消失。犬が居なくなった事で脅威は去ったが、気付かないお静は未だに怯えている為にポルターガイストは続いていた。

 

「……もう、平気」

 

「怖いです! 犬怖いです!」

 

 もう居ない事を伝えるも、一切気付く様子も無く声も届かない程に怯えるその姿に真白は成す術が無かった。一番近くに居る真白がどうにも出来ない事にどうすべきか迷う中、春菜が意を決した様に近づき始める。2人の周りは物が飛び回り、非常に危険だが、それでも構う事無く近づき続ける春菜。やがて物が一度額に直撃するも、お静の後ろに立った春菜は真白とは反対側からその身体を抱きしめ始める。真白も一緒に包む様にして。そこで初めて、お静は新しい誰かの感覚に顔を上げる。

 

「もう、大丈夫だよ。お静ちゃん」

 

「春菜、さん……? ! ま、真白さんの制服が!」

 

 ようやく我に返ったお静は自分の目の前に映る真白の制服が崩壊した裸同然の姿に驚きの声を上げる。しかしポルターガイスト現象は無事に収まり、その後里紗と真白は制服を何とか元に戻す。ボタンなどは弾けてしまって居る為に簡単な修復で済まし、その後何とか全員は午後の授業を迎える事が出来た。……そして

 

「皆さん、今日は色々ごめんなさい。元々犬は苦手で、噛み付かれると思ったら更に怖くなってしまって」

 

「今は生身の人間だもんね? 仕方ないって」

 

 放課後、今日1日の出来事に関して謝るお静に里紗は気にしていない様子で笑顔を見せ乍ら答える。他の全員も気にしておらず、お静はその事に安心すると春菜に視線を向けた。

 

「春菜さん、ありがとうございました」

 

「え? わ、私は何もしてないよ……」

 

「誰かに抱きしめられる感触、暖かさ。長い間、忘れてたんです。だから春菜さんに抱きしめられた時、あんなに安心出来るんだって、思い出しました」

 

 長い時を旧校舎で過ごし、人と接することを長くしていなかったお静にとって温もりとは忘れていたものに近かった。だからこそ、温もりを得る事はあっても与えられる事の無かったお静はあの時、春菜に間違い無く救われたのである。お静の言葉にその場に居た全員が思わず笑顔になる中、お静は笑みを浮かべて今度は真白に視線を向ける。

 

「真白さん。私、身体を持てて嬉しいです! だから、ありがとうございます!」

 

「……ん」

 

 お静の言葉に普段通り、静かに頷いて返す真白。だがその声の中に交じる微かな感情に気付いた者は、その光景に改めて笑みを浮かべた。

 

「改めて、これから皆さん! よろしくお願いします!」



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第47話 とらぶるくえすと【前編】

 彩南高校にて、真白は午後の授業が終わった事で普段通りに結城家へと向かおうとしていた。登校はララやリトと共にする事が多くとも、帰宅は家に居る美柑と夕食などを決める為に早く帰っている真白。真白がすぐに帰る事は既に周知の事実であり、居なくなる前に笑顔で声を掛ける里紗や未央、唯や春菜に頷いた真白はそのまま学校を出る。そして通学路を長い髪を靡かせながら颯爽と通り抜け、結城家の前に立つのは10分も掛からなかった。

 

「お帰り、真白さん」

 

 鍵を開けて中に入ればリビングでは無く何故か玄関を入ってすぐの廊下で美柑が出迎え、その事に首を傾げた真白。美柑はそんな真白の姿に楽しそうに笑みを作りながら「何となく帰って来ると思って」と答え、リビングへと入って行く。真白も美柑を追ってリビングの中へと入った時、テーブルの上に置かれていた見慣れぬ2枚の封筒を見つける。差出人は書かれておらず、唯一あるのは『三夢音 真白様へ』と言う宛先のみ。もう1枚には『結城 美柑様へ』と書かれており、美柑も真白が封筒を持っていたのに気付くと近づいて自分宛の封筒を手に取る。

 

「ポストに入ってたんだよ。私と真白さんの分だけ。何だか分からないから、一緒に開けた方が良いかな? って思ってそのままにしてたんだ」

 

「……」

 

「開けて見よっか?」

 

 美柑の説明に唯静かに封筒を見続けていた真白。しかし見た目は特に可笑しな事等無いそれを見続けていたところで何かが分かる訳も無く、美柑の提案に頷くと2人は同時に封筒を開ける。封筒の中に入っていたのは1枚のカード。そしてそこに書かれていたんのはそのカードの意味と一言だけであった。

 

「招待状? このカードを開いてください、だって」

 

「……」

 

 書かれていた内容を美柑が読み上げ、真白は封筒を置いてカードを見る。どうやら開く事が出来るカードの様で、真白は書かれていた通りにカードを開く。と同時に真白の視界は突然強い光に包まれ始めた。突然の事に目を手で庇いながらも美柑の方を向けば、同じ様に開けていた美柑の姿。

 

「真白さ……」

 

 驚く美柑の姿に真白はカードから手を離して美柑に手を伸ばすが、その姿は徐々に消えていってしまう。そして更に強くなるカードの光はやがて真白をも包み込み、結城家から2人の姿は消えてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『結城 美柑がエントリーしました!』

 

 謎の機械音と共に美柑が目を開いた時、目の前に広がっていたのは見慣れたリビングでは無く、見知らぬ街の中であった。周りに見えるのは街の人々だが、その服装は普段見る人達とは明らかに違う。家も木造が多く、高い建物等は何処にも見えなかった。

 

「何処、ここ? ! 真白さん!?」

 

 思わず口に出した疑問に答える者は居らず、美柑はすぐに自分と同じ様に光に包まれていた真白を探す。しかしその姿は何処にも無く、街の中を名前を呼びながら歩くも見つける事は出来なかった。だがその変わり、その間に歩いていた街の中の光景に美柑は自分が今どの様な場所に居るのかを理解した。何処までも同じ土の地面に、何処かで見た事のある看板。武器屋や防具や、宿屋に酒場まであるその環境はまるで

 

「ゲームの中? こんな現象、やっぱりララさんかな? 真白さん、大丈夫かな……?」

 

「あ、あの」

 

 余りにも現実離れした現象だが、美柑は冷静に考えた後に見つけられない真白の事を心配する。するとその時、突然声を掛けられた事で美柑は顔を上げて声のした方へ振り返った。そこに立って居たのは真白で見慣れた制服を着ている見た事のある人物。藍色のショートヘアにヘアピンを止め、不安そうな表情をしているリトの思い人、西連寺 春菜であった。美柑は見た事のあるその顔に驚き、訳の分からない世界故にその存在に安心しながらも、自分と同じ様に巻き込まれたのだとすぐに理解した。

 

「えっと、西連寺さん?」

 

「うん。美柑ちゃん、だよね?」

 

 お互いに数回あった事はあれど深くまで会話をした事の無い所謂顔見知りであったため、まずは確認する様に会話をする。美柑は春菜からの質問に頷いた後、この場所に行き着くまでの過程を話した。すると春菜もまったく同じだった様で、学校で鞄の中に入っていた封筒を開け、光に包まれた事を説明する。

 

「私達以外にも、ここに来た人が居るかも知れない」

 

「真白さんは何処かに絶対居る筈だよ。リトも多分居るんじゃないかな?」

 

「結城君も……。うん、美柑ちゃん。他の人を探して見よ?」

 

 何時までもこのままではいられないと思ったのだろう。美柑もそれに頷いた後、2人は街の中を共に歩き始めた。

 

 同時刻、箒に乗って空を飛ぶとんがり帽子を被った少女が広大な平原を進んでいた。辺り一面平原故に自分が何処に居るかも分からなくなりそうな場所だが、その少女は目的の場所に向かって一直線に進み続ける。そして徐々に見えて来た光景に深めに被った帽子とマントの隙間で晒される口元が微かに歪んだ。そこに見えるのは数匹の獣と1人の少女。自分目掛けて飛び掛かる獣を前に恐れる事も無く、少女は回し蹴りを浴びせる。白い下着を見せ乍ら振り抜かれた足は獣の顔を蹴り、大きく飛ばされながらやがて煙となってお金に変わる。少女の強さに残りの獣が怯える中、箒に乗った少女がその目の前に降り立った。

 

「……誰?」

 

「ふふ、貴女を迎えに来たんだよ、三夢音 真白ちゃん♪」

 

 まるで全てを理解しているかの様に言う少女の言葉に真白は目を細める。そして箒を手に近づき始めた少女の姿に警戒し、数歩後ろへ下がった。気付けば獣は居なくなっており、離れようとする真白の姿にそれを拒絶と受け取った少女は笑みを浮かべたまま足を止める。

 

「素直に着いて来てくれれば良かったんだけど、仕方無いよね~、ね?」

 

「!?」

 

 帽子とマントで素顔を隠しながらも飄々した言動で話していた少女。だがその最後の言葉を言った後、同意を求める様に『耳元で囁いた』事で真白は目を見開いた。まるで最初から居た様に背後を取った少女は真白が振り向くよりも早くその腰元に手を回し、後ろから抱き着いたまま真白の耳元で何かを呟く。すると少女の身体が一瞬だけ光った後、真白の身体はゆっくりと前へ倒れ始める。が、それを少女は前に回ってしっかりと抱き留めた。

 

「お休み、可愛いお姫様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の街だ!」

 

 リトの言葉に剣を持つ勇者になった春菜が、本を持つ魔法使いになった美柑が、武闘家になった唯が遥か先に見える建物を見つける。美柑と春菜は合流した後、街の中を歩いて同じ様にこの世界に来てしまっていたリトと唯を見つける事に成功した。そしてその後、街の人間に職業を決める様に進められた転職屋で職業を自動で決められたのだ。服装もそれに見合ったものとなり、3人が武器や戦いの力を手に入れた中、リトだけが唯一花屋と言う如雨露を手にする職業となっていた。

 

「旅人とは珍しい、ここはヘボンの村だぜ」

 

「村の名前に興味なんて無いわ。この街にも誰か居るかしら?」

 

「真白さん、ここに居ると良いんだけど……」

 

「ララさんも見つけないと」

 

「あぁ、とりあえず宿屋……」

 

「まぁしろー!! リトぉー! みんなぁー! 何処に居るのー!」

 

 入ると同時に酒瓶を片手に街の名前を教える住人。しかし唯はその言葉に冷たく返して歩いて行き、他の全員も同じ様に泊まる事も聞く事も無く足を進める。唯一春菜だけが少しだけ申し訳なさそうな表情を作るも、それ以上に気になる事があった故に足を止める事は無かった。最初の街で合流出来てから誰とも出会っていない4人。他に誰が居るのか定かでは無いが、ララと真白が居る事は既に確信していた。故に街の中を見て回りながら歩く4人の内、リトが喋っていた時、突然聞こえて来た耳が壊れそうになる程大きな声に思わず耳を塞いでその発生源である家の屋根の上に視線を向ける。聞きなれた声故に誰が声を出しているのかはすぐに分かり、ようやく声が止まるとリトが今度は大声でその名を呼ぶ。

 

「ララ―!」

 

「あ! リトだ! 美柑も春菜も唯も居る!」

 

 リトの声が無事に届き、そこから飛び降りて皆の目の前に着地したララ。その服装は何時ものコスプレの様な服装であり、知り合いが見つかった事で歓喜している様であった。そんなララの姿にまた1人知り合いと合流出来たと安堵する一同。

 

「あれ、真白は一緒じゃないの?」

 

「うん。ララさんも一緒じゃ無いんだね?」

 

 ララは喜びながらも真白の姿が無い事に気付いて首を傾げながら質問。美柑はララの言葉に答えた後、今度は同じ様に質問。ララは頷いて自分以外には誰とも合流出来ていない事を事を伝えた。

 

「なぁ、ララ。この世界はお前の仕業なのか?」

 

「ううん。私じゃないよ。鞄の中に封筒があって、開けたらこの街に居たの」

 

「私達と同じって訳ね」

 

「やっぱり」

 

 リトの質問に首を横に振った後、ここに来た経緯を言ったララ。それはこの場に居る全員と全く同じであり、春菜と唯はララが首謀者で無いと確信する。美柑も信じたのか頷き、リトも最初この世界に来た際はララの事を疑っていたが、すぐに現れない事や春菜が『ゲームをクリアしなくては帰れない』と言うこの世界のルールがララらしくないと言っていた事で疑問に思い始めていた故に、ララの言葉を聞いてララでは無いと信じた。

 

「ところでララさんは転職屋に行ったの?」

 

「何かこの街に来た時に行けって言われた場所になら行ったよ? そしたらペケが何もしてないのにドレスフォームになったの!」

 

『らら:どうぐ使い』

 

 ララの頭の上に出て来たゲームで使われるウィンドウの様な中に書かれていた言葉を読んで、リトはララが道具を沢山使う故に納得する。恐らく服装もペケがララの作ったもの故に反映されたのだろう。そもそも道具使いにそれらしい服装は無いのだ。

 

 リト達が来る前からララはここに居たため、ララが出会っていなければ他に誰も居ないと思った一同。宿屋を探そうと街の中を歩き出した時、空からゆっくりと降り立つ人影を見つける。街の住人は何食わぬ顔で歩いているが、明らかに可笑しな光景に驚く一同。しかしその理由は空を飛んでいるからでは無かった。空を飛ぶ等、ララで見慣れているのだ。なら、何故驚くのか? それはその姿を見た事があるからである。決して知り合いでは無く、しかし見た事がある存在。

 

「ま、マジカルキョーコ!?」

 

「わー! 本物だ! 何で何で!」

 

 それはテレビで放送されている番組、『爆熱少女マジカルキョーコ (フレイム)』の主人公である少女であった。ララは普段から番組を見ている為、その姿に大喜び。美柑も何度か見ている為に驚き、リトも口を開けたままにしていた。しかし春菜と唯は訳が分からず首を傾げる。っと、降り立ったキョーコは迷わずリト達の前へ足を進め、そして立ちはだかる。

 

「なんでもかんでも燃やして解決っ! マジカルキョーコ、参上!」

 

「凄い、凄いよリト! 美柑! 本物だよ!」

 

「な、何で……?」

 

 キョーコが言った言葉は番組を見ていれば何度も聞く決め台詞。ララが感動して飛び上がる中、リトはどうしてここに居るのかと困惑していた。するとキョーコは笑みを浮かべながら5人を見渡す。

 

「ねぇ、真白ちゃんの場所、知りたい?」

 

「! 貴女、真白を知ってるの!?」

 

「ふふ、知ってるも何も私はこのゲームの大魔王だもん。そして真白ちゃんは私の城に囚われたお姫様って事。魔王の私を倒して真白ちゃんを助け出せば、クリアって訳」

 

 突然出た真白の名前に唯が反応すれば、微笑みながらキョーコが告げた事実に全員が驚き戸惑う。そしてそんな驚きに追い打ちを掛けるが如く、キョーコは言葉を続けた。

 

「でもキョーコのHP(ヒットポイント)は無限だから、絶対に倒せないんだよね~」

 

「な、何それ!」

 

「だからぁ~、そんな皆にチャンスを上げる」

 

 キョーコが告げた事実、それはつまりこのゲームが最初からクリアする事等出来ないと言う事でもあった。真白が囚われていると言う事もあり、美柑が戸惑いながら声を上げると、キョーコは更に深い笑みを見せ乍ら言う。真白を助け出し、元の世界に帰れるチャンス。故にどんな事を押し付けられるのかと不安になる一同だったが、キョーコが告げたチャンスは残酷なものであった。

 

「真白ちゃんを私にくれたら、皆を元の世界に帰してあげる」

 

「……は?」

 

「真白ちゃんはこの世界に残して、皆だけ帰るの。1人見捨てれば帰れるんだよ? ねぇ、どう?」

 

 両方では無く何方かしか無い選択肢。もしも断れば絶対に倒せない相手に永遠に挑み続け、この世界に居続ける事になってしまう。だが真白を見捨てれば自分達だけだが元の世界に帰る事が出来る。キョーコの提案に思わず黙ってしまっていた全員だが、やがてララが前に出るとキョーコに向けて指を差した。

 

「貴女、キョーコちゃんじゃない! キョーコちゃんはこんな酷い事しないもん!」

 

「私はちゃんとマジカルキョーコって設定のボスだよ? それで、どうするの?」

 

「真白は物じゃない! 貴女に何か、絶対に渡さないから!」

 

 ララは今までの言動で目の前のキョーコがテレビの番組で見るキョーコとは別人であると断言する。すると笑みを浮かべながらさも当然の様に告げたキョーコの言葉。それは自分が偽物であると言っている様なものであり、ララはキョーコの提案に拒否を示した。キョーコはそんなララを見て目を微かに細めながら何かを考える様な仕草をし、ララ以外の者達へ視線を向ける。っと、今度はララの言葉に頷いた後に春菜が口を開く。

 

「友達を見捨てる何て出来ないよ。だから、私は貴女と戦う」

 

 春菜はそう言ってゆっくりと持っていた剣を抜く。街の中だが、この場に居る者達以外はプログラムされた存在故にその行動に怯える者も反応する者も居ない。そして春菜が剣を抜いた事で、唯が息を吐いて指抜きになっているグローブに手をしっかりと入れ直しながら拳を握る。

 

「悪いけど、私も帰らないわよ。……今度は私が助ける番だもの」

 

 唯は答えた後、小さく他の誰にも聞こえない程の声で呟いた。それが依然助けられた時の事を言っているのかは唯だけが知る事だが、それでも唯の意思はしっかり伝わっただろう。キョーコはその言葉に唯も駄目だと分かり、今度はこの中で一番幼い美柑に視線を向ける。子供なら可能性があると思ったのだろう。しかし美柑は2人の言葉を聞いて微かに嬉しそうに笑うと本を開く。

 

「真白さんは家族だから、家族を置いて帰れる訳無いじゃん」

 

 美柑の意思も聞き、微かに眉を顰めながらも最後の1人……リトに視線を向けるキョーコ。だがその姿を見た時、言葉を出さなくても彼が何を言おうとしているのかを感じる事が出来た。エプロンを付けて片手に如雨露と言う何とも弱そうな格好だが、自分へ向けられる強い眼光には他の誰にも勝る明らかな力があった。

 

「お前の提案を受け入れる訳には行かない。帰る時は真白も一緒だ!」

 

「ふ~ん、勝てないって分かっても挑むんだ。じゃあ、頑張ってね~」

 

「あ、おい!」

 

 全員の答えを聞いてキョーコは口を開くと、箒に乗って空へと舞い上がってしまう。突然の事に驚きながらもリトが声を掛けた時、キョーコは右手を上げて指を鳴らす。と同時に爆音が響き、全員は驚きながらもその方角へ視線を向けた。そこに居たのは巨大な体格に大きな棘の付いた棍棒を持つ巨人。ウィンドウに現れるのは『キョーコの刺客・ゴーリキ』と言う名前であった。

 

「私を倒すつもりならそれぐらい倒せなくっちゃね~。もし倒せたら、私のところまで一発で来れるアイテムが手に入るよ~。倒せたら、ね?」

 

「くっ! こんなの、倒せるの!?」

 

 巨人とリト達を真下に見ながらキョーコは告げて遥か遠くへと飛んで行ってしまう。追おうにも目の前にはゴーリキが立ち塞がり、その姿に拳を握りしめながらも額から汗を流して唯が呟く。っと、ゆっくり足を振り上げたゴーリキ。その場に居た全員が嫌な予感を感じてバラバラに走りだせば、先程まで居た場所にその巨大な足が落とされる。地面は大きくへこみ、リトはその光景に顔を引き攣らせた。

 

「こんなのに勝てるかっ!」

 

「でもこいつを倒せば真白さんのところに行けるんだよ!」

 

 勝てるとは一切思えないその恐ろしさに思わず叫ぶが、美柑の言葉にリトは逃げる事も出来ないと必死に戦い方を考えようとする。だがその時、2人の耳に聞きなれた声が響いた。

 

「今の言葉、本当ですね?」

 

「え……?」

 

 姿が見えず、確かに聞こえた声に辺りを見回したリトと美柑。すると先程まで巨人が歩く度に五月蠅かった筈の音がしない事に気付き、2人は巨人を見上げる。巨人は何故か棍棒を振り上げたまま固まっており、やがてその身体の至る所を白い光が走った時、煙を発生させながらその姿を消滅させた。それは今まで倒して来た外の魔物と同じ現象であり、やがて煙の中から宝箱と思われる箱を手に出て来るその姿にリトと美柑は驚き声を上げる。

 

「ヤミ!?」

 

「ヤミさん!?」

 

「それで、どうやって真白の元へ行くのですか?」

 

 それは何故かレオタードに似た黒い肩を出した服に大きなウサギの耳を付けた、バニーガール姿のヤミであった。煙の中でも輝く金色の髪に安心感はあれど、その恰好に思わず目を点にする一同。だがヤミはそんな視線を気にする事無く話していた真白の場所へ行く方法を詳しく知る為、2人へ質問するのであった。



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第48話 とらぶるくえすと【後編】

 崖の上に立つ巨大な大魔王の城。その最奥に存在するベッドの上で、真白は静かに眠っていた。キョーコに囚われてしまった真白。今現在キョーコの姿は何処にも無いが、その代り2人のマントを被った人影が眠る真白の姿をベッドの左右から見つめていた。

 

「本物、だよな?」

 

「えぇ、私達の目の前に居るのはシンシア・アンジュ・エンジェイド……本物のシア姉様です」

 

 上から下までをマントで覆い、その姿を現さない2人。しかし会話するその声は女性のものであり、やがて1人がゆっくりと真白に向けて手を伸ばす。眠ったままの真白が反応することは無く、徐々に近づく手は真白の頬へ。マント越しにでも分かる程に震え始めたその人物は、途端に抑えが効かなくなった様にベッドへ身を乗り出し始めた。1人が眠るのは余りにも大きなベッド故に乗ったところで狭くはならず、その人物は真白の横に寝るとその片腕を抱きしめ始める。

 

「マジだ、マジでシア(ねぇ)だ!」

 

「勝手に何してるんですか?」

 

 何処か半泣きになりながらも喜ぶその姿に表情は見えないものの、不機嫌そうに話しかけるもう1人。しかし気付けば彼女も真白の反対側の腕をベッドに座り込んで持ち上げ、その手を取って自分の両手で覆っていた。そしてその手を自分の顔にまで持って行き、目を瞑ってその暖かさを感じ始める。

 

「それで? 姉上とシア姉の家族ってのはどうなんだよ?」

 

「お姉様は私達が信じた通り。そしてシア姉様のご家族とご友人方も残ったみたいですね」

 

「ふぅ~ん。ま、当然だよな。見捨てる様な奴らだったら今頃……」

 

 真白の両腕を互いに掴みながら会話をする2人。するとその部屋の扉が突然開かれ、箒を手にキョーコが入って来る。一仕事終えたかの様に大きく伸びをしたキョーコは2人と眠る真白の姿を見ると、笑みを浮かべながらその場所へ急接近した。

 

「楽しそうだね、私も混ぜてくれないかな~?」

 

「……どうする?」

 

「まぁ、少しなら良いでしょう」

 

 キョーコのお願いに2人は考えた後、許可を出す。途端にキョーコは喜びながらベッドの上、真白の足元に近づき始める。これから何をするのかは定かでは無いが、許可を出したマントで顔を隠した者はその中で笑みを浮かべる。

 

「早く来ないと我慢できなくなってしまいますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やみ:遊び人』

 

「転職屋に行ったらこうなりました」

 

 ヘボンの村、宿屋にてリト達と合流したヤミ。何故かバニーガールとなっている服装について、説明をしたヤミの言葉に普段からゲームをするリトと美柑だけが納得する。反対に余りゲームをしない春菜は苦笑いを浮かべ、唯はヤミの服装に「破廉恥よ」と小さな声で呟く。そしてどちらでも無いララは唯純粋に、ヤミのその姿に「可愛いね!」と感想を言っていた。

 

「あれを倒せば真白の元に行けると言っていましたが、あれがそうですか?」

 

「あ、あぁ。多分あの中に何かが入ってるんだと思う」

 

 部屋のテーブルに置かれていたゴーリキを倒した際に入手した宝箱。キョーコの去り際の言葉が真実であれば、その中には真白の元へと行ける何かが入っているのだろう。ヤミは何処かの街に留まる事無く真白を探して彼方此方を回っていた様で、ようやく見つけたその手掛かりにリトが頷いたと同時にその宝箱を遠慮なく開く。一瞬罠かも知れないと美柑は焦るも、中に入っていたのは太陽に顔が描かれた謎の道具のみ。そしてそれを全員が見ると同時にウィンドウが出現する。

 

『キョーコの導き』

 

「これを使えば真白のところに行けるのかな?」

 

「あの言葉が本当なら、ね」

 

 中に入っていたその道具にララが首を傾げ、唯が半信半疑といった様子で呟く。すると春菜は不安そうな表情でリトに視線を向け始め、その視線に気付いたリトは緊張しながらもどうするべきか考える。キョーコは自分の事を絶対に倒せないと言っていた為、何の策も無く挑んでも無駄になる可能性がある。しかしそれは強くなったところできっと変わらないだろう。ヤミの様子は今すぐにでも助けに行こうとしており、ゆっくりしている選択肢も無さそうであった。故にリトは一度息を吐きだすと、全員に向き直る。

 

「ここに居たって仕方ないしさ、真白を助けに行こう!」

 

「うん。皆、頑張ろ!」

 

 リトの言葉に春菜が続けた時、その場に居る全員が頷いて答える。それを最後にリトはもう一度宝箱へ向き直り、キョーコの導きを手に取った。使用すると言う事がどの様な行為なのかは定かでないが、少なくともそれを掲げれば良いと直感で感じたリト。その予想通り、リトがそれを掲げた瞬間に全員の視界を強い光が襲う。そして急な浮遊感を感じた後、気付けば全員は落下していた。

 

「うわぁぁぁ! はぶっ!」

 

 地面に向かって一目散に落下したリト。そんな彼の傍ではヤミが美柑を抱えて羽を出し、ゆっくりと地上へ降り立っていた。ララも驚きながらゆっくりと降下していき、飛べない春菜と唯はリトと同じ様に急落下。唯が痛みを伴いながら落下する中、春菜は何故かリト顔の上に落下してしまう。結果、春菜の股の間に顔を埋める事となったリト。春菜が気付きドンドン顔を真っ赤にして行く中、唯はその光景に気付くと春菜が立ち上がった瞬間にリトへ攻撃した。明らかな事故だが、この様な場合は全て男が悪くなるものなのだ。決してリトが自分からした事で無い為、春菜は顔を真っ赤にしながらも怒らないが……ララ以外の者達からリトは冷たい視線を受ける事となった。

 

「いてて……! 大魔王の……城?」

 

 痛む場所を擦りながらも顔を上げたリトの目の前に見えたのは崖の上に聳え立つ巨大な城であった。リトの呟きに他の全員も視線を向け、その大きさと周りの光景に春菜と唯は戸惑う。しかし一切怖がる事無く、何時も通りの人物も居た。

 

「皆~! 早く行こうよ!」

 

「……」

 

 気付けば先行して自分達を呼ぶララと、更にその先を歩き続けるヤミの姿に何処か頼もしさすら感じるリト達。ヤミがドンドン進んでしまう事で美柑もその後を追い始め、変わらぬその姿に唯が溜息を吐きながらも歩き始める。そして残った春菜とリトだが、何とも話し難い雰囲気になってしまっていた。が、リトは意を決して春菜に話しかける。

 

「さ、さっきはその……ごめん」

 

「う、ううん。業とじゃないのは分かってる、から。ほ、ほら! ララさん達を追い掛けないと、置いてかれちゃうよ?」

 

 リトの謝罪に春菜は首を横に振って言った後、リトより数歩先に出て進む様に促す。嫌われてはいないと分かり、安心したリトは春菜の言葉に頷くと先行するララ達を追って魔王城の中へ入って行くのだった。

 

 最後のボスであるキョーコが居る大魔王の城に出て来る敵は当然終盤の強力な存在ばかり。強くなっていないリト達では到底太刀打ちできないが、バランスなど関係ないとばかりにヤミがその全てを切り捨てる為に誰もダメージを受ける事は無かった。やがてその道中で遭遇するのは、同じ様にこの世界へ巻き込まれた天条院 沙姫と彼女の傍に何時も居る藤崎 綾と九条 凛の3人。どうやら彼女達はキョーコに協力することで元の世界に帰して貰うと約束している様で、リト達の前に立ち塞がる。だが魔法使いの様な恰好をした綾が使った呪文が何故か3人の胸を晒すという結果を齎し、恥ずかしがる彼女達を無視して全員はその場所を通過した。

 

「いやぁぁ! 近づかないでぇぇぇ!」

 

「? 今の、ルンちゃん?」

 

 奥に進む道中、今度は遥か遠くから聞こえて来るルンの悲鳴にララが首を傾げる。どうやら何かに追われている様であり、遥か遠くで走り回るその姿を確認したララはやがてルンを追う存在が狼の恰好をした彩南高校の校長であると気付く。リトが何故ここに居るのかと思うが、この中で校長を誰よりも嫌うヤミは容赦なく校長を叩きのめした。ボロボロになりながらも何処か喜んでいるその表情に思わず唯たちが引く中、ルンは泣きじゃくりながらその場に座り込んでしまう。どうやら彼女も沙姫たちと同じ様に敵側になっていた様で、校長もしばらく動けないと判断してその場を通り過ぎる事にした一同。やがて大きな扉の前に辿り着いた時、その扉をリトが開く。

 

「へぇ~、あれを倒せたんですかぁ」

 

「偽キョーコちゃん! 真白を返して!」

 

 扉の中は広い空間であり、その最奥に巨大な椅子が存在していた。そしてキョーコはその椅子の肘掛に座っており、入って来たリト達の姿に少しだけ感心した様に言う。そんな姿を前にララが1歩前に出て言った時、キョーコは笑みを浮かべながら椅子から立ち上がって全員の前に立った。

 

「返して欲しかったら私を倒してくださーい。まぁ、倒せればの話ですけどぉ。!?」

 

 余裕そうにキョーコが告げた時、誰よりも早く目に見えぬ速度でキョーコに攻撃を仕掛けたヤミ。キョーコは突然の事に一瞬だけ目を見開くも、ヤミの攻撃はキョーコの身体をすり抜けてしまう。厳密には当たっているが、HPが無限故に傷が瞬時に治っているのだろう。今度はヤミが驚く中、キョーコはヤミの背後を取るとその両手を捕まえてしまう。

 

「ふふ、捕まえた。貴女、真白ちゃんの家族なんでしょ?」

 

「くっ!」

 

「ねぇ、貴女は真白ちゃんの肌に触れた事ある? あの柔らかい肌、癖になるよねぇ?」

 

「!」

 

 捕らえられたまま語り掛けられる事にヤミは何とか解放されようともがき続けるも、簡単に抜け出すことが出来ずにいた。だがキョーコが耳元で言ったまるで知っている様なその言葉にヤミは目を見開くと、その髪が一斉に背後に向けて伸びる。正しく串刺しに近い状態になったキョーコの身体。しかしキョーコは貫かれながらも苦しむどころか笑みを浮かべて余裕な表情を崩さずにいた。

 

「頬、二の腕、太腿に脇腹。何処も気持ちよかったけど、やっぱり……ここと、ここかな?」

 

 睨むヤミを前に言い続けるキョーコ。だが最後に喋りながら説明する様に自分の胸元へ手を伸ばし、やがて臍からゆっくりと下へその手を動かしながら告げた時、ヤミは誰も見た事が無い程の攻撃をキョーコに向けて放つ。しかし結果は同じ、キョーコは痛みすら感じる事無く笑みを浮かべたままであった。

 

「ヤミさん! 落ち着いて!」

 

 キョーコの言葉に怒りを露わにして攻撃を続けるヤミの姿に美柑が叫ぶ様に声を掛ける。キョーコが行っているのは間違い無く挑発。美柑もキョーコの言葉にドンドン不安を感じるが、それでも乗ってしまえば彼女の思う壺なのだ。だがヤミにその声は届いておらず、やがてキョーコは意味深げに笑みを浮かべて唇に指を当てる。そして告げた言葉は、ヤミの怒りを限界にまで引き上げた。

 

「美味しかったよ、あの子のは・じ・め・て♪」

 

「! 変身能力(トランス)!」

 

 無数の刃になっていたヤミの長い髪が一つに纏まり、部屋の中を狭いと感じさせるほどの巨大な拳に変化する。そしてそれを容赦なくキョーコに目がけて振り抜いたヤミ。キョーコの身体と共にそれは椅子を破壊してその後ろの壁をも貫いた。普段は余り見られない息切れを見せながらも、髪を元に戻すヤミ。破壊された壁の向こうは煙で見えなくなっていたが、その向こうに部屋がある事に全員は気付いた。

 

「! ねぇ、あれ!」

 

 煙が晴れて中が見える様になった時、唯がその光景に声を上げる。何とそこに居たのはキョーコでは無く、ベッドの上に座る真白であった。そしてそんな彼女の傍には桃色の髪に何処か見た事のある黒い尻尾を生やした2人の少女。

 

「あぁ! ナナ! モモ!」

 

「久しぶりだね、姉上」

 

「お待ちしておりました、お姉様」

 

「……は?」

 

 その姿を見つけた時、ララが言った名前らしきものに反応する2人。1人は桃色の髪をツインテールにし、八重歯を見せながらも少々勝気な笑みを浮かべる少女……ナナ。1人は同じく桃色の髪を縛る事も無くショートボブにした御淑やかに見える少女……モモ。ララと似ており、ララを姉と呼ぶその姿にリトを初めとした面々は思わず呆気に取られてしまう。が、やがて我に返った事でリトはララに説明を求めた。

 

「ら、ララ? あの2人は?」

 

「妹だよ? 双子なの!」

 

「え! ララさんって妹居たの!?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

 リトの質問にさも当然とばかりに返すララ。だがララに姉妹が居る等誰も聞いていなかった為、ララの言葉にその場に居た全員が頷いて答える。っと、モモが真白の横から降りると前に出てお辞儀をする。

 

「まずはゲームクリア、おめでとうございます」

 

「は? クリアって……! この世界はじゃあ!」

 

「そ、私達が用意した世界。姉上がどんな環境でどんな身近な人と居るのかを確認したいってのもあったけど」

 

「シア姉様が地球に居るとお父様から聞きまして、会いたくなったのです。そして」

 

 モモの言葉にリトが察する中、ナナが肯定すると同時に喋り始める。そしてモモがそれに続けた後、リトと美柑。そして微かに俯いているせいで表情が伺えないヤミの姿を順に見る。

 

「新しい家族と言う方々がどの様な存在なのか、見て見たかったのです」

 

 ララと真白は遥か昔に出会い、友達になっていた。そしてララと2人が姉妹であるのなら、当然真白と面識があっても不思議では無いだろう。現在真白は目の前の光景を座ったまま何も言わずに見つめており、2人がデビルーク星人である事は尻尾や今の会話でも明らかでありながら何もしない事から、2人は真白にとって恨みを晴らす対象にはなっていない様であった。……そもそも愛称でララと同じ様に姉と慕う辺り、仲は良かったのだろう。

 

「シア姉様を見捨てる事無くここまで来てくださった事、本当に良いご家族に出会えたんだと分かりました」

 

「姉上も楽しそうだし、まぁ合格だよな! いやぁ~、結構苦労したよ!」

 

「まさか貴方達、私達を試す為だけにこの世界を作ったの?」

 

 モモとナナが勝手に納得して喜ぶ中、唯が質問するとモモは首を横に振った。モモ曰く、この世界はララが作っていた途中で放棄したゲームソフトを改造して作り上げた世界との事。地球に来たばかりの頃、宇宙には無いゲームに興味を示したララが勢いで作りながらも途中で面倒になって放置した物をララの研究所(ラボ)で見つけ、完成させたとの事であった。今までの苦労を振り返る様にナナが告げるも、どうやら作業をしたのはモモの様で徐々にナナの自慢に表情を笑みから無表情に変えて行く。やがて限界が来たのか、自慢するナナの首を掴むとそのままヘッドロックを掛け始める。

 

「さっきから全部私がやった事ですよ? 貴女がしたのはお姉様とシア姉様の知人に招待状を送っただけでは無くて?」

 

「わ、悪かった! 悪かったから! し、死ぬっ!」

 

 御淑やかに見えたモモの豹変に思わず全員が引く中、そのままではナナが不味いと言うところまで来た時、モモの肩を何時の間にかベッドから降りていた真白が優しく叩いて首を横に振る。何も言わずに、それでも意味の分かったモモは笑顔で「分かりました!」とナナを解放。ナナは何とか解放された事で息切れを起こし、真白はその光景を見た後に全員に視線を向ける。

 

「……ありがとう」

 

 それが何に対してのお礼なのか、言わずとも分かったリト達はその言葉に笑みを浮かべて返す。だが唯1人何も言わないヤミだけは突然歩き始めると真白の傍に近づき始める。そして顔を伏せたまま真白の前に立った時、突然両手を伸ばして真白の身体を抱きしめ始める。突然の事に全員が驚くが、真白はヤミの姿に何も言わずにその髪に触れ乍ら抱きしめ返した。……そしてそんな姿をモモは少しだけ目を細めて見つめる。

 

「金色の闇。彼女がシア姉様の家族と聞いた時は危険だと思いましたが……」

 

 先程の戦闘でも、真白に関する挑発を受けて恐ろしい程に怒り狂っていた彼女を見ていたモモは目の前の光景に何かを考える。そしてその間にも2人は抱き合っており、ヤミは離さないとばかりにその力を強くしていた。故に真白が動く事は不可能であり、真白は顔を上げてヤミを抱きしめたままナナに視線を向ける。

 

「……帰る」

 

「え? あ、そうだった。それじゃあこの制御リモコンで……あれ?」

 

「? どうしたの?」

 

「いや、転送システムが動かないんだけど……!?」

 

 真白の言葉を受けて目の前の光景に驚きながらも我に返ったナナが小さなリモコンを取り出して操作し始める。しかし困った様に声を出した姿にモモが質問した時、ナナが説明をして事態は一変した。突然地面が揺れ始め、壁や天井が崩れ始めたのだ。突然の事に全員が慌てふためき、落ちて来る落下物にリトが春菜に庇われる中、真白とヤミの元にも巨大な柱が落下してきていた。

 

「真白さん! ヤミさん!」

 

「駄目! ここからじゃ間に合わないわ!」

 

 美柑が気付いて声を上げるが、揺れる足場に上手く歩けず誰も助けに行くことが出来なかった。だが真白は落ちて来るその柱を見た時、目を瞑ってヤミの身体を少しだけ強く抱きしめる。と同時に真白の背中から真っ白で巨大な羽が出現する。その羽は周辺に小さな羽根を撒き散らしながら大きな衝撃をその場から発生させ、迫って来ていた柱をその衝撃で吹き飛ばした。

 

「あれがエンジェイドの、力……ではやはり」

 

「! な、何!? 服が!」

 

「うそ、消えてく!」

 

「多分この世界のデータが壊れ始めてるんだよ! 服もデータの一部だから!」

 

 モモがその光景に驚き何かを考える中、今度は唯が声を上げる。何と全員の着ていた服が消え始めたのだ。ララはすぐに理由が分かった様でそれを伝える中、ヤミの服も真白の服も消滅してしまう。だが真白は出現させた羽でヤミを包むことでヤミの肌を守った。が、真白は背中から羽を生やしている為、その後姿は完全な裸になってしまっていた。っと、事態をどうにかする為にララが動き始める。どうやらこの世界の核であるメインコントロールルームが何処かにある様で、ナナとモモにその場所を聞いて向かい始める3人。その間、残った全員は崩れ消えて行く足場から潰されず、落ちない様に何とか必死でその場に残り続けた。……そして強い光を受け乍らその世界は消え去り、

 

「あ、あれ? 帰って来た、の?」

 

「……」

 

 気付けば真白と美柑は結城家のリビングに立っていた。どうやら世界に入った場所に戻された様で、リトや春菜も学校に戻っている事だろう。ナナやモモが何処に行ったのかは分からないが、こうして戻ってきている以上無事なのはまず間違い無い。故に美柑は帰って来た事に安心し、ソファに腰を下ろした。外は既に真っ暗である。

 

「はぁ、すっごい疲れたね。……真白さん、今日は泊まってかない?」

 

 美柑の提案にしばらく黙った後、真白は頷いて泊まる事を決断する。っと、何かに気付いた様に真白は窓に視線を向けると近づき始めた。美柑が首を傾げる中、窓を開けた真白。すると結城家の庭にヤミが降り立ち、真白と目が合うとヤミは何も言わずに窓から結城家へ入る。そして真白が窓を閉めて振り返った時、目の前にはヤミの顔が存在していた。そして驚く真白の顔の真横にヤミの手が伸び、背後は窓だが壁ドンに近い状況に真白は立たされる。

 

「真白、答えてください。捕まっていた間、何をされたんですか?」

 

 ヤミの質問に見ていた美柑はキョーコが挑発する為に言っていた言葉を思い出す。それが唯の挑発なら問題無いが、キョーコが城に戻ってから自分達が辿り着くまでの間にはそこそこの時間があった。ずっと椅子に座って待っていたとは到底思えない為、もしかすれば本当に何かされていた可能性もあるのだ。故に美柑もヤミ同様に真白が一体何をされたのか、気になってしまう。っと、真白は目を瞑った後にヤミと視線を合わせた。

 

「……二度寝」

 

「え? 二度寝?」

 

「ん……ナナと……モモと」

 

「……それだけですか?」

 

 真白の答えに思わず聞き返したしまった美柑。だが真白はそれに頷いた後、2人と一緒に眠った事を伝える。真白の言う通り、真白は捕まっていた間特に何かされた訳では無かった。目が覚めた時は顔の見えない2人に当然警戒したものの、その正体が分かったと同時に真白はその警戒を解いた。そして久しぶりに会話を行い、唯その腕や身体を抱きしめられながら2人と共にリト達を待ちながら眠っていたのだ。キョーコとも会話等はしたものの特別に何かをされた訳では無く、つまり挑発で言っていた内容は全てヤミを本気にさせるための真っ赤な嘘であった。が、それを聞いてもまだ不安に感じたのだろう。窓から手を離しながらもヤミは真白から視線を逸らさずに口を開く。

 

「明日、ドクター御門の家に行きましょう」

 

「?」

 

「精密検査をして貰えば、はっきりします。ドクター御門なら、誰がどう触れたかも把握出来る筈ですから」

 

 美柑はそこまでするのかと少し思いながらも、ヤミが本気であると理解して何も言う事は無かった。御門には面倒を掛ける事になるが、しなければ決して納得しないと真白も察してヤミの提案に頷く。そこでようやく真白は解放され、その後は美柑と共に何れ帰って来るであろうリトとララの分も含めた5人分の夕食を作り始めるのであった。



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第49話 真白の検診。離れないヤミ

 上半身の服を脱ぎ、下着姿になったまま目の前で自分を診察する御門の姿を見つめ続ける真白。結城家へと泊まり、翌日御門の家へとヤミに連れて来られた真白はそのまま流される様に検査される事となった。学校があったため時間は放課後であり、昨日の話を聞いていた故に今日は結城家へいけないと言う真白の連絡に美柑はすぐに了承の返事を返した。

 

「どうですか?」

 

「そうね。腕や髪に触れた形跡はあるけれど、箇所から考えて可笑しな事はされてないと思うわ」

 

 御門の医療技術は宇宙でも有名なもの。そんな彼女の医療の中には何とその人が別の誰かに一体どの様に触られたか等が分かるものも存在していた。真白が学校で授業を受けている間に御門へ連絡を取っていたヤミは放課後になると同時に真白を連れて御門の家へ。御門も説明を受けていた故にやれやれと言った様子で準備を終えており、真白が到着すると同時に検査が始まった。機械の中に入り、腕や足などを目視や眼鏡の様なもので観察され、今現在は聴診器に似た様な物を当てられ続けていた。もう既にそこそこの時間が経過しており、ヤミの質問に御門は真白の胸の谷間近くに道具を当て乍ら答える。

 

「……寝た……だけ」

 

「誤解しそうな言い方は止めなさい。一緒に眠っただけ、でしょ?」

 

「ん……二度寝」

 

「そうですか……」

 

 真白が言った答えに御門が注意し、それに頷いて最初と同じ様にヤミへ告げる真白。ヤミは御門の言葉もあり、ようやく納得した様に呟くと余り表情を見せないながらもその強張っていた雰囲気が緩和される。そんなヤミの姿に御門が微かに目を細めた後、真白に向き直る。そして肩を出して下着越しに上半身を露出するその姿を改めて見た時、御門は何処か安心する様に笑みを浮かべた。

 

「色々な事があったけれど、貴女は穢れ無いわね」

 

「?」

 

「でも無垢な物ほど、染まる時は一瞬よ。気を付けなさい」

 

 突然の言葉に真白が首を傾げる中、御門は言葉を続けた後に「検査はお終いよ」と言って椅子から立ち上がると部屋から出て行く。そうして残されたのはヤミと真白だけ。すると御門が出て行った部屋の扉から今度はナースの服装をしたお静が入り始める。最初は首だけ出して覗き込む様に。しかし真白の姿に気付くと笑顔でその身体に後ろから飛びついた。ヤミは何かを考え、真白は扉に背を向けた状態で脱いでいたシャツのボタンを付けていた為、突然の事で反応出来ずにそのまま抱きしめられてしまう。

 

「真白さん! 今日はお夕飯、食べて行かれますか?」

 

「何、してるんですか……?」

 

「? 真白さんを抱きしめてるだけですよ? それで、どうしますか?」

 

 お静は身体を貰って以降、その身体を定期的に診て貰う為に御門の家に居候していた。ナース服なのは御門の助手として彼女の手伝いをしているからである。御門は地球で宇宙人を見る闇医者。様々な病気で沢山の宇宙人が彼女の元を訪ねるため、人手は1人多くなっても邪魔にはならないのだろう。が、稀にドジを踏む為に完全に迷惑を掛けていない訳では無かった。真白は毎週日曜にここへ来ている為、その度にお静から失敗してしまったと反省を聞き、御門からお静の何が大変なんだと愚痴を聞かされる事も少なく無かった。そして今、平日には普段来ない真白が来たことで少々テンションの上がっているお静。しかし彼女が抱き着いた事で、部屋の中に居たヤミを中心に温度が微かに下がった。そして微かに重くなった静かな声で質問するヤミだが、お静は首を傾げて当たり前の様に答える。結果、更に部屋の温度が下がった。

 

「……作る」

 

「分かりました! それじゃあ準備しておきますね!」

 

 そんな寒さすら感じる部屋の中で、真白は抱き着かれたまま答える。間違い無く真白は夕食に誘われたが、その夕食を作るのはこの場合真白であった。御門は多少出来るが、お静は400年も旧校舎に居たため料理など既に記憶から消えてしまっているだろう。何も出来ない訳では無いが、まだ完全に歩くことに慣れていない彼女では危険が伴ってしまう。故に真白が居る時、御門の家で料理を作るのは真白であった。

 

 お静が居なくなったと同時に部屋の温度が戻って行き、真白は椅子から立ち上がると部屋を出る為に振り返る。と同時に真白の腕にヤミが自然に抱き着いた。真白はそんなヤミの姿に首を傾げるが、何事も無い様に「行きましょう」と言ったヤミの言葉で足を進め始める。部屋を出て向かうのはキッチン。唯それだけの距離だが、ヤミは真白の肌から身体を絶対に離そうとはしなかった。

 

「……料理、する」

 

「はい」

 

「……離れて」

 

「嫌です」

 

「……」

 

 キッチンに立った時、真白はもう1度自分の腕に抱き着くヤミに視線を向けた。最初はこれからする事を言って察して貰おうと思ったのだろう。しかしヤミはそれに返事をするだけであり、今度は直球にお願いをした真白。だが帰って来たのは即答の拒否であった。静か乍ら強い意志の籠ったヤミの言葉に思わず黙ってしまう真白。っと、ナース服からエプロンに服装を変えたお静がキッチンへと入って来る。そして2人の姿を見て首を傾げた。

 

「どうしましたか?」

 

「……料理……出来ない」

 

「えっと、ヤミさん? そのままだと真白さんが片手を使えませんよ?」

 

「なら私が使えない片手になります」

 

「……」

 

 その日、真白からヤミが離れる事は無かった。料理は何とかお静と共にヤミにも片手で手伝って貰い、少々失敗しながらも何とか完成。その後帰宅する時も腕に抱き着き、お風呂から寝る時まで決してヤミが真白を離すことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、昨日からこのままなの?」

 

 翌日。幸いにも土曜日で休みだった故に学校は無かったが、ヤミの状態は未だ変わらずであった。それでも普段通り結城家に訪れた真白。リビングのソファで過ごす真白の隣には腕を掴むヤミの姿があり、美柑はそんな光景に驚きながらも事情を聞き、苦笑いを浮かべた。リトは真白が苦労している事に少々同情し、ララは何故かヤミの反対側に座って真白の腕を掴もうとする。が、ララが真白の腕を取ろうとすると同時にヤミの髪が2人の間に壁となって立ち塞がった。

 

「勝手に触れないでください」

 

「えぇ~! 私も真白に抱き着きたい!」

 

「……何か、少し不味く無い? このままじゃ真白さんが大変だよ」

 

「あぁ。どうにかしないと」

 

 ヤミの拒絶にララが文句を言う中、笑い事では済まなくなって来たと理解した美柑とリト。このままではヤミは一生真白から離れようとしないだろう。それはヤミにとっても真白にとっても大変な事の筈。だからこそ、壁を超えようとするララを引きつれて3人は一度リビングから廊下へ。作戦会議を始める。

 

「好きなもので釣って見る、とか?」

 

「いや、どう見ても真白さん(好きな者)を独占しようとしてるでしょ」

 

「他にヤミちゃんが好きなもの、無いかな?」

 

 リトの言葉に美柑がジト目になって答えると、ララの言葉に一斉に黙って考え始める3人。そしてすぐに思いついたものは、ヤミが普段からよく食べて居るお菓子であった。初めて真白に地球で貰ったお菓子らしく、その美味しさも相まって彼女の好物となったもの。3人が同時に思いつくと、リトが代表して家を飛び出す。そして数分した後、袋を持って帰宅した。微かに感じる香ばしい香りにそれぞれ頷いた後、3人はリビングの中へ。

 

「ヤミさんヤミさん! これ、食べない?」

 

「さっき買って来たんだ」

 

「……」

 

 変わらず真白に抱き着くヤミの前に袋の中身を見せ乍ら誘う美柑とリト。するとララが「私も食べたい!」と言って袋から魚の形をしたお菓子、鯛焼きを1つ取り出して食べ始める。何故かララが食べ始めてしまった事でリトが「何でお前が食うんだよ!?」とツッコミを入れるが、美味しそうに食べるララの姿にヤミは無表情のまま鯛焼きを見つめ続ける。っと、明らかに誘われていると思った美柑がもう1度食べないか質問した。

 

「……頂きます」

 

「よし! これ……で?」

 

 美柑の誘いに乗り、鯛焼きを手にしたヤミ。普段から鯛焼きは両手で持って食べている為に真白から手を離すと思ったリトが上手く行った事に喜ぼうとして、ヤミが腕を絡めたまま両手で食べ始めた事に思わず固まってしまう。真白の腕を捕まえたまま食べる事が可能であると、必死だった故に気付かなかったのだ。思わず美柑も乾いた笑みを浮かべる中、真白はヤミの持つ鯛焼きを見る。するとその視線に気付いたヤミが鯛焼きを真白に近づけた。

 

「食べますか?」

 

「……ん」

 

 差し出された鯛焼きを少しだけ見つめた後、頷いてヤミが食べた場所の続きを齧った真白。するとそれを見ていたララが今度は自分の食べていた鯛焼きを真白へ差し出した。

 

「真白! 私の方も食べて!」

 

「? ……ん」

 

 鯛焼きを食べさせる事には特に関心を抱かなかったのか、ヤミは何も言わなかった。そして真白も鯛焼きを食べるのは嬉しい事だった為、差し出されたララの食べ掛けを一口。するとララは笑顔で真白が齧った鯛焼きを見る。

 

「これで私が食べれば間接キスって言うのになるんでしょ? 頂きま~す!」

 

「! 関節……キス」

 

 恐らく里紗か未央辺りに教えられたのだろう。ララは特に恥じらう事も無く、嬉しそうに言って真白が齧った後を鯛焼きを齧る。だがそんなララの言葉に衝撃を受けた様に固まったヤミ。今彼女の中に巡る思考は間接キスから始まり、キョーコが言った言葉にまで行きついた。結果的には何もされていなかったと分かっても、言われた言葉がヤミの頭から離れる事は無かった。

 

 突然固まってしまったヤミの姿を美柑が心配そうに見つめる。真白も何があったのかと首を傾げ、リトはララの言葉を聞いたヤミが何かするのではと内心冷や冷やしていた。が、ヤミはやがてゆっくりと顔を上げて真白へ視線を向ける。

 

「真白、キス……してください」

 

「え……え!? や、ヤミさん!?」

 

「……」

 

 突然の言葉に一瞬訳が分からず、しかしすぐに理解した美柑が動揺するのを尻目に真白はヤミの言葉に無言のまま目を見開いていた。ララは鯛焼きを食べる事に夢中で聞いていなかったのか、目の前の静けさに首を傾げる。

 

 部屋の中が静寂に包まれる中、リトと美柑は真白がどうするのかを困惑しながらも待ち続けた。突然ヤミからされたお願いにどう答えるのか? しばらく待ち続けていた時、真白は徐にヤミに顔を近づける。思わず初心なリトは勿論、美柑までもが顔を真っ赤にして手で目を覆う中、やがて2人の間に小さな音が響く。チュッと言う一瞬の音に美柑が恐る恐る指の隙間から見た時、そこに映ったのは目を見開くヤミの頬に優しく唇を当てる真白の姿。キスと言えば口だと思っていた美柑はその光景に驚きと安心を感じ、ヤミが目を見開いたまま動かない事に気付く。っと、やがてララとの間を塞いでいた髪の壁が消えて行き……ヤミは後ろにゆっくりと倒れた。

 

「(あんなのされたら気を失うよね……分かるよ、ヤミさん)」

 

「?」

 

 突然倒れたヤミを何とか腕を回して抑えた真白。思わず首を傾げるその姿を見ながら、美柑は何度も頷いて納得する。……その後、目を覚ましたヤミは真白の腕に抱き着く事を止めた。まるで憑き物が取れた様に今まで通りに戻ったヤミの姿にとりあえずは安心したリト達。

 

「真白~! 私ともキスしよ!」

 

「駄目です」

 

 だが今日の出来事を見たララのお願いの中に、キスが含まれる様になったのは仕方の無い事である。そしてそれを言われる度に真白よりも早くヤミが拒否を示すのは結城家では当たり前となるのであった。



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第50話 リト、女の子になる

 女子更衣室にて、体操服を脱いで制服に着替える為にYシャツを手にした真白。すると突然そんな真白に笑顔で近づいたララが何気なしに質問する。

 

「ねぇ、真白! 真白はおっぱい好き?」

 

「?」

 

「なっ! 何破廉恥な事言ってるのよ!?」

 

 ララの質問に訳も分からず真白が首を傾げるその横で、Yシャツに腕を通したばかりの唯が驚きながら言う。するとララは質問するに至った経緯を説明し始めた。授業の際にリトへ胸について熱く語る猿山の姿を見たらしいララは、他の女子の冷たい目にも動じること無く語るその姿に男子が胸を好きであると理解した。なら、女子の場合はどうなのか? 疑問に思ったララはこうして質問をしたのである。更衣室には他にも女子が居るため、ララの話を聞いて猿山と巻き添えにされたリトへの好感度が本人たちの知らぬところで下がる中、未だに体操服のままだった里紗と未央が現れる。

 

「男は皆好きだよね、色々好みはあるだろうけど」

 

「おっきいとか、小さいとかね?」

 

「ち・な・み・に、私は何でも好み!」

 

「きゃぁ!」

 

 里紗の言葉に未央が続いた後、里紗は突然上半身下着姿になっていたお静の胸を揉み始める。突然の事に悲鳴を上げるお静だが、巻き添えになりたくはない故に誰も助けようとはしない。が、お静は涙目で頬を赤らめながら真白に助けを求める。結果、2人の視線が真白へと向いた。

 

「そう言えばまだ、三夢音さんにした事無かったよね?」

 

「去年は別のクラスだったし関わり難かったけど、最近はそうでも無いし……やっちゃう?」

 

「……真白、今すぐ着替えなさい」

 

「?」

 

「いいから、急ぐわよ!」

 

 2人で顔を合わせ、他の誰にも聞こえない程の声で内緒話を始めた事でお静は無事に解放された。だが2人の行動に嫌な予感を感じた唯は真白に告げる。いきなりの事にまた首を傾げた真白だが、唯は説明する時間も無いと判断して急がせた。理由は分からないが、焦る唯の姿に真白は言われた通りに着替えを急ぎ、そして更衣室から唯に手を引かれて外へ。2人はお互いに頷き合い、真白の居た場所に視線を向ける。

 

「あれ? 三夢音さんは?」

 

「さっき出て行ったよ?」

 

「ありゃ、逃げられたね」

 

 だが当然そこに真白の姿は無く、里紗の言葉に着替えを終えた春菜が答える。唯も居ない事から未央は察した様に呟き、里紗は少々残念そうに肩を落とす。だがすぐに2人は何も言わず、だが同時に笑みを浮かべた。そして着替え始めるその姿に、見ていた春菜やお静は言い様の無い不安を感じるのであった。

 

 一方その頃、誰よりも早く更衣室を出ていたララは考え事をしていた。ララの頭の中にあるのはおっぱいについて。先程の会話の中で男子が好きであり、里紗も好きである事が判明した。それはつまり、女子でも胸を好きな人が居るという事。

 

「真白もおっぱい、好きなのかな?」

 

「? 真白がどうしました? プリンセス」

 

 更衣室から出てすぐに呟いたララの言葉の中にあった真白の名前に反応したのは、真白を待つヤミであった。片手に本を、片手に抱きかかえる様に鯛焼きの入った袋を持つヤミの姿に笑顔で反応したララはすぐに気になった事を質問する。

 

「ヤミちゃんはおっぱいの事、どう思う? 後、どんなのが好き?」

 

「……は?」

 

 自然とされた質問だが、その内容故に理解に時間が掛かったヤミはようやく分かると同時に思わず聞き返してしまう。ララは何を思ってそんな質問をしたのか定かでないが、笑顔を浮かべながら答えを待つその姿にヤミは一度目を瞑った後に視線を合わせる。

 

「興味ありませんし、好みもありません」

 

「そっか~。あ、じゃあ真白がどんなおっぱいを好きか知ってる?」

 

 静かに答えたヤミだが、続けてされた質問に今度は完全に動きが停止してしまう。ララが顔の前で手を振っても再起せず、首を傾げながらも動かなくなってしまったヤミに別れを告げて離れるララ。その後、唯に手を繋がれて出て来た真白と遭遇したヤミは何かを聞こうとしながらも結局聞けず、真白に首を傾げられる事になった。

 

 廊下を歩きながら考えるララは次に沙姫と遭遇する。そしてヤミと同じ様に質問をした時、沙姫は余裕そうな笑みを浮かべた。そして普段通り傍に居た綾と凛に声を掛けて両手を上げた時、瞬く間に沙姫の姿は上下ともに下着姿へと変わった。

 

「見なさい! この完成されたプロポーションにバストを! ただ大きければ良い訳ではありませんわ。胸は形や美しさが揃ってこその物。故に私は私の胸に誇りを持っていますわ!」

 

「形に美しさ、だね!」

 

 廊下の真ん中で下着姿で語るその姿に女子が引き、男子が顔を赤らめて興奮する中、ララは何処かから取り出したメモ帳に沙姫の言葉を書き留め始める。その後、下着姿のまま高笑いをして去って行く沙姫の姿を見送ったララは何かを決めた様に「よし!」と言うと中庭へと向かい始めた。先程の授業は本日最後の授業であり、今はHR(ホームルーム)が行われているであろう時間。他に生徒の姿は無く、ララはそれを忘れて作業を初めてしまう。そして数分、帰り始める生徒が見える様になった中、ララは額を腕で拭いながら笑みを浮かべた。

 

「完成!」

 

「ララ様、何を作ったので?」

 

「ぱいぱいロケット君! 当たった人のホルモンバランスを変えて、理想のおっぱいを作り上げるの! これなら真白の好きなおっぱいになれるでしょ?」

 

 目の前に存在する発明品の説明をするララ。そんな同時刻、真白を待っていたヤミが何気なしに廊下のガラスを鏡代わりにして自分の胸を見つめ続けていた。そして以前結城家で行った様に、その胸を自分の能力を使って大きくし始める。最初は小さく、次は大きく、様々な形にして行くヤミは気付けば夢中になっていたのだろう。突然教室の扉が突然開いた時、反応することも出来ずに鏡越しに映るリトとその目が合う。現在ヤミの胸は大きくなっており、リトはそれを鏡越しにだがしっかりと見てしまった。結果、ヤミは小さく震えながら胸を一瞬で元に戻して振り返る。

 

「……見ましたね」

 

「い、いや! 見てない! 見てないから!」

 

 このままでは不味いと分かり、必死に首を横に振って答えたリト。ヤミの不注意が招いた事態だが、八つ当たりの様に無慈悲に放たれた髪を変形させて作られた拳がリトを大きく外へと吹き飛ばしてしまう。その落下先はララの作った発明品だが、そんな事は露知らず、ヤミは髪を元に戻す。っと、今度は鞄を手に真白が教室から外へ。何故か割れた窓ガラスと外を見るヤミの姿に首を傾げる。

 

「……何か……あった?」

 

「いえ、何でもありません。帰りましょう」

 

 真白の質問に何事も無かった様に振り返り、答えたヤミ。その答えに真白は疑う事も無く頷くと、ヤミと共に結城家へ。その後、ララと共に帰宅したリトの姿に2人は驚く事となる。何故なら帰って来たリトの姿はララの発明品によってホルモンバランスを変え、可愛らしい美少女へと変貌していたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リトがお姉ちゃんになっちゃった訳だ」

 

「俺……戻れるんだよな? ……な?」

 

「ちょっと調べれば直す方法も分かるから! 多分」

 

「……お願い」

 

 結城家にて、美柑が目の前に座るオレンジ色の髪をした美少女……リトを見ながら言うと、リトは頭を抱えて絶望した表情でララに質問する。ララはそんなリトの言葉に笑顔で答えた後、誰にも聞こえない程の声で続ける。するとそれを聞いていた真白もまた、リトを戻す様にお願いした。そして少し離れた場所で鯛焼きを齧り、目を細めながらその光景を見つめるヤミ。リトはララが何とか戻すとして、美柑は今のリトの姿を見る。ララの話では性別が変わる寸前、発明品とリトがぶつかって爆発を起こしたらしく、今現在リトの姿はかなり汚れていた。

 

「とりあえずシャワーでも浴びて汚れを落としたら?」

 

「あ、あぁ……!? で、出来る訳無いだろ! この身体だぞ!」

 

「いや、自分の身体じゃん」

 

「そうだけど! そうじゃないだろ! 恥ずかしくて真面に洗えないって!」

 

「う~ん。あ! じゃあリトは目を瞑って、私が洗ってあげる! 私が原因だもん」

 

「……手伝う?」

 

「じゃあじゃあ、美柑とヤミちゃんも入って皆でシャワー浴びようよ!」

 

「は? はぁ!?」

 

 美柑の提案に頷き、すぐに自分の身体を思いだして顔を真っ赤にしたリト。するとその言葉を聞いてララは一度腕を組み、やがて思い付いた様に提案する。突然の提案にリトは勿論、美柑とヤミも驚きの余り目を見開いて固まってしまう。が、美柑はララと真白。そしてリトの姿を見た後に唸る様に考え始め、ヤミも同じ様に考え始める。

 

「まぁ、今はリトも女の子だし。目を瞑ってるなら良いかな?」

 

「結城 リト。もし目を開けたら最後、二度と開けられない様にしますので覚悟してください」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! って、ララ!? 押すな!」

 

 今は女の子であり、目を瞑るという話があった故に美柑はやがて一緒に入る事を決める。っと、残ったヤミも美柑の言葉を聞いてリトが目を瞑ると分かって了承。リト本人が断ろうとするも、彼の意見が完全に言い終わるよりも先にララがその背を押してお風呂場へと押して行ってしまう。入ると決めれば行動の早い全員はやがて脱衣所に集まり、それぞれが服を脱ぎ始める。当然リトは目を瞑り、脱ぎ終わったララによって服を脱がされ始めていた。

 

「まずは暖かいお湯が出るまで待って……5人で入るとやっぱ結構狭いね」

 

「(狭いどころじゃねぇって! 何か柔らかいのが当たって……!?)」

 

 本来5人も入る事を想定されていないお風呂場は狭く感じ、リトは4人の真ん中に立たされていた。そして美柑がシャワーから水を出してそれがお湯になるのを待ち始めると、呟いた言葉にリトが心の中で反応する。するとそんな彼の腕に柔らかい何かが触れた。それが何かが最初は分からなかった物の、すぐに誰かの胸だと分かったリト。今この中で確かな膨らみを持つのはララと真白だけであり、故にどちらかのものである事はすぐに理解出来た。と同時に顔を更に真っ赤にし始める。目を瞑っていても、2人の裸を想像してしまったのだ。

 

「あ、そろそろ良いかも。えっと……」

 

「貸して貸して! えい!」

 

「! 突然掛けないでください」

 

「あ、ごめんね? こうやって上に向けて皆に掛かる様にした方が良いかなって思って」

 

「ん……平気」

 

 シャワーの温度が暖かくなった時、美柑からそれを借りたララは躊躇なくそれを天井に向けて掛け始める。ギリギリで天井に触れない位置まで水が上がる様にした時、上に上がった水は重力に従って広い範囲に降り注ぐ。結果、この場に居た全員に優しいお湯が降り注ぎ始め、突然の暖かさにヤミが驚いて文句を言えば、ララが謝る。そしてそれに真白が答えた時、美柑はボディーソープの入った容器へと手を伸ばし始めた。が、容器は美柑からは遠く、間にはララが立っている為にその手は届かない。

 

「あと、少し……」

 

「? ……これですか?」

 

 必死に手を伸ばし続ける美柑の姿にお湯を浴びながらも気付いたヤミは、髪を伸ばして人と人の間を通過。やがて美柑が取ろうとしていた容器を掴み、それを美柑へ差し出した。美柑はその光景にすぐにヤミだと理解出来たため、顔を向けて「ありがとう」とお礼を言った後にポンプ式になっている容器を数回プッシュ。容器を自分とはリトを挟んで反対の場所に立つ真白へ渡す。

 

「まずはリトを洗って、それから自分だね。はい、真白さん」

 

「ん……」

 

「(!? 美柑の手が触れて……! 背中に感じるのは真白か!?)……ひぁ!」

 

 美柑が差し出した容器を受け取る真白。その際、美柑の伸ばした腕がリトの脇へ微かに触れる。そして受け取る為に少し近づいた真白の身体がその背中に当たった事で、リトは目を強く瞑る。っと、何回か聞こえるプッシュ音の後、突然お腹に冷たく柔らかい感触がした事でリトは思わず声を上げてしまう。目は瞑り続けているが、微かに聞こえる美柑の笑い声がリトに全てを理解させた。

 

「ひぁ! だって。リト、可愛い~」

 

「頼むからふざけないでくれ! くぅ!」

 

「……背中……洗う」

 

「ちょ、今は止め! んぁ!」

 

 揶揄う美柑はそれでも手を止めず、リトは文句を言いながらも這い回る手に声を漏らす。すると静かに背後から告げられた言葉に驚き、止めさせようとする言葉と背中に真白の手が触れるのはほぼ同時であった。前後から来る感覚に必死に耐え続けるその姿は官能的だが、誰もそんな姿を気に留める事も無くリトの身体を洗い続ける。ララも同じ様にリトの身体に触れ、ヤミだけは触れる事無く洗剤の追加を求める者に髪を操ってそれを渡し続けた。……そして

 

「うん! リト、綺麗になったよ!」

 

 ララの言葉に目を開く事は出来ない為、何も反応できないリト。だがそれ以上現れる事が無くなった事で内心ほっとしていた。が、目を開けられる様になるには服を着なくてはならず、その為には誰かに手伝って貰う必要があった。

 

「私がリトに服を着せて来るよ。真白さん達は先に洗ってて」

 

「分かった! じゃあ真白! 洗ってあげる!」

 

 美柑がリトを連れて脱衣所へ出て言った時、容器を手に真白へ背中から抱き着き始める。そんな光景にララの背後で微かにムッとするヤミだが、それに気付かずララは抱き着いたまま真白の目の前で洗剤を手に出してそれを真白へ塗り始めた。

 

「っ! ……ぁ」

 

 身体を這うララのヌルヌルとした手の感触に反応した真白の身体。だがララに抱きしめられている為に大きく動く事は出来ず、されるがままになり続けるしか無かった。そしてそんな光景をお風呂場に唯一あった一枚の鏡越しに見るヤミの顔は少々赤くなっていた。が、ララは気にする事無く前を洗い続け、次は後ろへ。しかしその時、ララが背中に触れようとするのをヤミが止める。

 

「プリンセス。そこは駄目です」

 

「? あ、そっか。真白はここが敏感だもんね? あれ? でも羽が無いよ?」

 

 ヤミの言葉に最初は首を傾げながらも、すぐに納得したララ。だがその場所を見つめ乍ら呟いた疑問にヤミは少々俯いてしまった。そもそも真白はエンジェイドと言う宇宙人であり、ララに尻尾というデビルークの特徴であり弱点がある様に真白にもそれが存在している筈だった。そしてエンジェイドの弱点、それは背中にある肩の付け根に生えている小さな羽であった。普段力を使う際はその羽を巨大化させる様にするのがエンジェイドの特徴。しかし今現在ララとヤミに映る真白の背中に、それらしき羽は存在していなかった。

 

「……気に……しない」

 

「とにかく、そこは優しく洗わなくては駄目です。この様に」

 

 ララの疑問に2人が説明することは無く、その後背中はヤミが洗う事で真白の身体は洗い終わる。そして次はララが真白に洗われ、ヤミが真白とララに洗われた後、リトを無事にリビングへ返した美柑が戻って来た事で今度は3人が美柑の身体を洗う事に。こうして無事にシャワーを済ませた全員がリビングに戻った時、既にリトは自分の部屋に戻っていた。

 

「そう言えばリトの服、何時もの服だったけど良かったのかな?」

 

「う~ん、リトも今は女の子だからお洒落とかしたいかも!」

 

 それは無い。そう思った美柑だが、今のリトは女の子故に間違い無く男性用の服よりも女性用の服の方が似合うだろう。そして何よりも面白そうだと思った時、美柑は「女の子の服を着せて見よう!」と提案。ララはそれに賛成して一緒に行こうとする中、真白は既に夕飯の支度を始める為にキッチンへ移動していた。

 

「ヤミさんは一緒に行かない?」

 

「遠慮しておきます」

 

「そっか……じゃあララさん! リトの部屋に突撃だよ!」

 

「うん! ペケの充電が切れた時様に服は沢山用意してるから、リトを可愛くしよう!」

 

 真白の邪魔は出来ないと思い、残っていたヤミを誘う美柑。だがヤミはその誘いに首を横に振りながら答えると、美柑は予想していたのか頷いた後にララを連れてリビングの外へ。その後しばらくして2階から猛スピードで誰かが降りて来る音が響き、リビングに来る事も無く玄関から外へと出て行ってしまう。一体誰が外へと飛び出したのか? 調理をし乍ら真白が気になっていると、リビングの扉が開かれて美柑が戻って来る。

 

「揶揄い過ぎて逃げられちゃったよ」

 

「……程々に」

 

「だね。ちょっと反省した。……今日は何作るの?」

 

「……オムレツ」

 

 どうやら女の子の服を着る事に抵抗があったリトが逃げ出した様で、美柑が苦笑いしながら言うと真白が静かに告げる。そしてその言葉に頬を掻き乍ら美柑は答えると、キッチンに入って並びながら調理に加わった。リトを戻す為にララは研究を始めたらしく、戻るのも時間の問題かも知れないと思いながら調理を続ける事数時間後。先程と同じ様に2階から猛スピードで誰かが降りて来る。今回はララ以外に居ない為、それが誰かすぐに全員は分かった。

 

「解除ミサイルが出来たから、リトを探して戻して来るね! くんくんトレースくん、発信!」

 

『ワンっ!』

 

 リビングに現れたララの手には大きな銃が握られており、告げると同時に機械の犬を離したララ。するとその犬は匂いを嗅ぎながら外へと飛び出し、ララもそれを追って外へ。余りの速さに美柑とヤミが呆然とする中、真白は卵でひき肉を包み込む。

 

 その後、何故かボロボロになりながらも男に戻ったリトを連れてララが帰宅。美柑と真白が作った料理を食べ、今日もまた濃い1日を終えるのであった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第51話 現役アイドルRUNの贈り物

【5話】完成。本日より5日間、投稿致します。


「久しぶりの学校! 真白ちゃんに会えるし、これも渡さなきゃ!」

 

 彩南高校の前で大きな伸びをし乍ら呟くのは、最近登校回数が減り始めているルンであった。不登校などでは無く、彼女は今世間を騒がす『RUN』と言う名でアイドル活動を行っていた。ある日スカウトされたルンはアイドルとなり、人気は急上昇。今では出したCDの売り上げが1位になるなどの大人気アイドルとなっていたのだ。だが必然的に人気が出れば出る程アイドル活動が忙しくなり、学校への登校回数が減っていたルン。義務教育では無い為、学校を止めてアイドル活動に専念する等の誘いもあるが、ルンはそれを断り続けていた。学校に通いたい、強い理由がある故に。

 

 大人気アイドルのルンが彩南高校に登校すれば、それだけで生徒達の反応は大きなものとなる。アイドルになる前から付き合いのあったクラスメイトたちの見る目も変わり、サインを強請る生徒も続出。サイン会などで慣れているルンだが、まさか学校でも同じ目に遭うとは思っていなかった様で午前中、彼女に自由などは一切存在しなかった。……そして午後、ルンはお弁当を手に立ち上がる。向かうは教室の外、今自分の教室から外に出ようとしているであろう真白を誘う為に。

 

「真白ちゃ」

 

「ルンちゃん! 一緒に私達とお昼食べようよ!」

 

「いや、俺達と食べようぜ!」

 

「私達とよ! 男子は下がってなさいよ!」

 

 教室を出ようとしたルンの前に突然立ち塞がったクラスメイト達はルンと昼食を食べる為に誘い、そのまま言い争いを始めてしまう。目の前で行われる言い争いを前に困惑する中、クラスメイト達で出来た壁の向こうでお静や唯、ララやヤミと言った顔ぶれと共に廊下を歩く真白の姿を見たルン。大声でその名前を呼び掛けるが、言い争いの声に紛れて真白たちにその声が届く事は無かった。そしてそのまま放課後になってしまい、学校が終わった後はアイドルの仕事が待っていたルンは結局真白と話をする事も出来ずに忙しい時間を迎えてしまう。

 

「はぁ……せっかく話せると思ったのに~!」

 

 誰も居ない楽屋で学校での出来事を思いだし、地団駄を踏むルン。次に登校出来る日を確認し、今度こそはと誓いを立てたルンはその日の仕事を普段通り精一杯行った。

 

 数日後、再び学校の前に立ったルンは登校すると同時に前回と同じ様に騒がれ始める事で前回の結果が脳裏を過る。変装したところで生徒である事には変わらない為、身分を偽って登校することは不可能。だがこのままでは前回と同じ結果になってしまうだろう。そう思ったルンは授業中、突然苦しみ出す演技を始める。

 

「うぅ! せ、先生……急に気分が。保健室に行っても良いですか?」

 

「平気か? 保健委員のどっちか、連れて行ってやれ」

 

 アイドル活動をする上で演技力も高くなったルンの演技はその教室にいる誰もを騙すことに成功する。保健委員の片割れに付き添われ、保健室へと向かったルン。体調が悪くなれば、流石に自分の元に生徒達が詰めよって来る事は無いと考えたのだ。無事に保健室へと辿りつけば、そこには当然御門の姿が。突然来たルンと状況を説明する保険委員の言葉に目を細めながらも受け入れる事を許可すれば、保健室はルンと御門の2人きりとなった。

 

「大変そうね。仮病を使ってまで休むなんて」

 

「あ、あはは。やっぱり分かっちゃいました?」

 

 一般の生徒を騙すことが出来ても、御門を騙すことは出来なかった様で頬を掻きながら答えたルン。彼女が普段から忙しくしている事は御門自身も察していた為、それ以上何を言う事も無く追いだすこともしないその姿にルンは内心で感謝をする。そして次に思い浮かべるのはこの後、どうやって真白と接触するか? であった。下手に治った様子を見せて真白の元に向かえば、前回同様に邪魔されることは間違い無いだろう。ベッドの中に入り、顔を半分程掛け布団で覆いながらも考えるルンに御門は振り返る事も無く口を開く。

 

「ここに呼ぶ事も出来るわよ?」

 

「へ? ほ、本当!? ですか」

 

 突然告げられた言葉に一瞬呆けてしまうも、すぐに理解して飛び起きたルン。御門には既にばれている為、演技をする意味も無く素で声を上げればようやく御門は振り返って意味深な笑みを浮かべる。

 

「えぇ。その代わり、私も同伴する事になるけれど」

 

「お願いします!」

 

 最初から真白と2人きりになれる可能性は低いと思っていたのだろう。寧ろ御門のみで済むのならと、考える事も無くお願いをしたルン。そして昼休みとなった時、保健室から出ていた御門の声が放送で聞こえ始める。

 

『2年A組の三夢音 真白さん。2年A組の三夢音 真白さん。至急、保健室に来なさい』

 

 放送を聞いた生徒達は教室にいたお弁当の包みを持つ真白へ一斉に視線を向け、真白は放送を聞いて思わず首を傾げた。御門の呼び出し等珍しい事であり、傍に居た唯が「何かしたの?」と質問するも思い当たる事など無い為に真白は首を横に振る。御門が相手なら、ついて行くことも考えたララ。だが呼び出しともなれば何か大事な用件である可能性が高く、ついて行こうとするそれを里紗と未央が止める。唯も諦め、お静もララと同じ様に説得され、真白は1人で向かう事に……ならなかった。

 

「ドクター御門の場所ですね。行きましょう」

 

 当たり前の様について来るヤミの姿に真白は拒否することも無く、保健室へ。そして扉の前に到着するとその扉を数回ノック。すぐに中から御門の声が響き、入る様に促される。そして扉を開ければ……中からルンが飛び出して真白に抱き着いた。

 

「真白ちゃん! 久しぶり!」

 

「ん……久しぶり」

 

 突然の事に驚く様子も見せず、その身体を受け止めた真白。背後で目を細めるヤミに気付く事も無く、ルンに手を引かれて保健室の中に入れば椅子に座った御門が笑みを浮かべながら出迎える。そして背後にいるヤミの姿に気付くと、小さく「思った通りね」と呟いた。既に椅子が用意されており、その数は2つ。ルンはベッドに座る様で、ヤミが来ることは想定の範囲内だったのだろう。真白は促されて椅子に座ると御門に視線を向け、御門もその視線に気付くと口を開く。

 

「呼んだ理由は彼女よ」

 

「やっと登校出来たのに全然会えなくて、でも渡したい物もあったから御門先生に頼んじゃった♪(なんか余計なの付いてるけど)」

 

「……そう」

 

 呼び出しの理由が何か問題が起きた訳では無いと分かり、静かに頷いて納得する真白。ルンの心を読む事等誰も出来る訳が無い為、内心で毒づいた事等知る由も無い。そしてそのまま昼食となるが、その前にルンは運ばれる際に一緒に持って来ていた鞄を漁ると何かを取り出す。それは自分の顔がパッケージになったCDケースであった。中には2枚のCD。ルンはそれを手に取ると、笑顔で真白に差し出した。

 

「これ、今度出すアルバムなの。受け取ってくれる?」

 

「……ん」

 

「何時も通り、他の人には内緒だから……ね?」

 

 それはまだ世間一般には手に入らない物であった。大人気であるルンのCDはそこそこの値が張る物であり、簡単に手に入る物では無い。過去にもこうしたやり取りは存在し、その時は受け取る事に抵抗を示した真白。それは嫌という意味では無く、特別扱いされている故に。だがルンに取って真白は正しく特別であり、受け取らなければ悲しい顔をするその姿に真白はやがて受け取る様になったのだ。以降、こうして新しいのが出る度に渡される真白。結果、真白の家の一角にはルンのCD等が沢山ある事は真白とヤミしか知らない事実である。

 

「さ、一緒にお昼食べよ! 今日の午後は早退だから、あんまり時間無いんだ」

 

「ん……」

 

 ルンは受け取った真白の姿に笑顔を浮かべると、再び鞄を漁ってお弁当を取り出す。そして傍に居る2人など忘れたかの様に真白と食事を開始する為に包みを開き始める。真白はルンの言葉に頷いた後、隣に居たヤミと御門に視線を向けて一緒に食べる事を目だけで伝える。会話する事無く、食べ始める事が分かった2人は頷いて食事を開始する為に用意を始め、ルンの視界には真白だけが。真白の視界には3人を映しながら昼食を開始するのだった。



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第52話 美柑、熱に倒れる

 登校する前、結城家へと赴き料理を作る事を日課としている真白はその日も美柑と共に料理を作ろうとしていた。だが、同じキッチンに並んで立つ美柑の姿に真白は動かしていた手を突然止める。そして隣に居た美柑の手を突然掴むと、持っていた物を降ろさせて何も言わずに自らの額を合わせ始めた。

 

「……え?」

 

「……美柑。……熱、ある」

 

 余りにも突然な出来事に赤い顔をし乍ら驚き戸惑う美柑。しかしその赤く火照った顔は恥ずかしさでは無く、彼女が現在熱を出しているからに他ならなかった。火に掛けているものなどは何も無かった為に、キッチンから美柑を連れてリビングへと出る真白。椅子に座ってその光景を見ていたヤミが、真白が何かを言う前に小さな機械を手渡す。それは人の体温を測る事の出来る、体温計であった。

 

「大丈夫、だよ?」

 

「……」

 

 心配させない為か、弱々しく笑みを浮かべながら告げる美柑。だが真白はそれで納得する事無く、無言で受け取った体温計を美柑の前に差し出す。このままでは測らない限り離れられないと感じたのだろう。美柑はそれを受け取ると、服の首元から自らの脇にそれを挟ませる。結果が出るまで真白はその場に居る様で、誰も居ないキッチンと時間を見て美柑は口を開いた。

 

「朝ごはん、作らないと……」

 

「……駄目」

 

「でも……」

 

 何時もやっている事をやらない訳には行かないという様にキッチンに立とうとする美柑。その肩を抑え、もう1度椅子へと座らせた真白はヤミと一度視線を合わせた後にその場から離れる。ダイニングになっているキッチンはリビングに座る美柑の姿と、監視する様に見つめるヤミの姿を捉える事が出来、真白は美柑が無理をしないか確認しながら料理を再開した。

 

 少し時間が経った時、小さな電子音が響き始める。それは美柑が脇に挟んだ体温計であり、それを抜いて確認した美柑は少し驚いた様子を見せる。すると、電子音を聞いた真白が確認する為に近づき始めた。が、美柑はすぐにその体温計の電源を切ってしまい、結果を真白には見えない様にしてしまう。当然美柑の行動は良いものでは無く、ジト目になって見つめる真白。そんな姿に美柑は力が出ない身体を動かして、「大丈夫だから! ね?」と答えた。どうしても熱がある事を認めたくない様子であり、真白はこれ以上何を言っても聞かないと諦めた様子で小さく溜息を吐く。しかし今だけでもと考えたのか、美柑にはそのまま座って貰う様に告げた。不服そうだが、仕方なくそれに従う美柑。目だけを合わし、美柑が無理をしない様に見て欲しいと伝えられたヤミは頷いて返した。

 

 その後、朝食の時間になって現れたリトとララは何時も通りに騒がしい食事を行う。何処か元気の無い美柑の姿にリトも気付いた様で、心配する姿を見せるも美柑は真白の時同様に強がるばかり。朝食を終え、学校へと向かう時にも心配そうにする真白達を他所に美柑はフラフラとした視界の中で懸命に学校へと向かい続ける。

 

 そして数時間後、休み時間に小学校で結城 美柑が倒れた事を真白達は知らされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美柑が目を覚ました時、最初に見えた景色は自分の部屋の天井であった。最後の記憶は教室でふらつき、倒れてしまった時の光景。心配する生徒達の声と、先生の『すぐに保健室に! それと親御さんに連絡を!』と言う声に忙しいであろう林檎と才培に迷惑を掛けまいと止めようとした自分の行動。美柑の家の事情を知っていた担任の新田 晴子はすぐに姉と紹介された人物を思いだし、その人と連絡を取る為に行動を開始した。幸いにも家庭訪問の日、真白は彩南高校の制服を着ていた為に何処の学校かはすぐに判断できた。電話の中で、あの日居なかった兄の存在を知らされながらも無事に連絡が付いた後、数分で現れた姉の姿に安堵すると同時に車も使わず、早退の手続きを瞬時に終えて連れて帰った行動力に驚き顔であった。

 

「あぁ……そっか。私……?」

 

「……美柑」

 

「あれ……? 真白、さん?」

 

 自分が倒れた事を思いだした美柑は独り言の様に呟いた。だがその声に同じ部屋、美柑の眠るすぐ傍に居た真白が反応する。そこでようやく真白の存在に気付いた美柑はボーっとする頭の中で、それでも何故真白がここに居るのかと困惑した。時間を見ればまだ学校は終わっておらず、ここに居てはいけない筈。自分が自分の家の部屋に居る事も考え、美柑はすぐに答えへ行きついた。

 

「御免ね……迷惑、掛けちゃって。私が朝、ちゃんと真白さんの言う事を聞いてれば……」

 

「……」

 

 美柑が倒れたという連絡を聞き、真白は早退したのだ。本来なら実の兄であるリトが早退するか、両親に連絡して引き取ってもらうのが普通である。だが担任が唯一分かる美柑の肉親は姉と紹介された真白であり、両親に連絡することは美柑自身が嫌がった。そして何よりもリトが迎えに行くより、真白が迎えに行く方が速かったのだ。当然リトにも美柑が倒れた事は知らされているが、真白が行くことを伝えると同時に同じ様に早退しようとするリトを止めたのである。

 

 真白を早退させた。少なくともそれは真白にとって、良い事では決してない。迷惑を掛けたと自分を責め、謝る美柑の姿に真白は何を言うでも無くゆっくりと手を伸ばす。そして何も言わずに、布団の中で横になる美柑の身体を抱きしめた。

 

「真白……さん?」

 

「……無事で……良かった」

 

 美柑は抱きしめられた事に驚くが、唯一言告げられた言葉に目を見開く。怒る訳でも呆れる訳でも無く、唯静かに告げられた言葉。それは間違い無く今現在話をする自分の姿に安心している様であり、美柑は以前思いだした真白の過去を再び思いだし始める。何よりも真白が恐れる事……それは、家族が消える事。

 

 その後しばらくの間、抱きしめられ続けた美柑。真白が美柑の風邪を貰う可能性は低く、気の済むまで抱きしめた後に真白は今日1日は絶対安静にする様に美柑へ告げる。朝の様な強がりはせず、真白の言葉に頷いて美柑は了承した。

 

「大丈夫そうですか?」

 

「ん……美柑を……お願い」

 

「分かりました」

 

 素直に休むことを約束した美柑に安心した真白は、結城家の家事をする為に部屋を出る。するとそこには真白の早退によって当然の様について来たヤミが立っており、彼女もまた心配そうに真白へ美柑の容体について質問する。ヤミにとって真白の次に共に居る時間が長いのは、美柑なのだ。真白の頷きに表情は薄くとも安心した様子を見せるヤミに美柑をお願いした時、ヤミは了承と同時に頷いて部屋の中へと入れ替わりに入って行く。その光景を見た後、真白は1階に降りて作業を開始した。

 

 本来は美柑がやっている家事も、今日は全て真白が担当。早退した為に時間は沢山あり、洗濯から風呂の掃除まで全てを熟し続ける。そうして時間が経過した時、廊下を歩く真白の目の前で玄関の鍵が外から開けられる。それも急ぐ様にして。

 

「美柑! 真白? 美柑は!?」

 

「……」

 

 学校が終わったのだろう。汗を掻き、走って帰って来た様子が伺えるリトの大声に真白は口元に指を置いて静かにする様に伝える。焦っていたが故に気付いていなかった様で、リトはその行動に少しだけ冷静になった。

 

「悪い。……それで、美柑は大丈夫なのか?」

 

「ん……今は……部屋。……多分、風邪」

 

「熱があるんだろ?」

 

 美柑の容体について説明した時、リトの言葉に真白は頷いた。朝、熱を測った際に隠されてしまった体温計。美柑が寝て居る間に真白が勝手に計った時、それは39℃という高熱を示した。大人でも苦しむ温度であり、小学生である美柑なら倒れても不思議では無い温度だ。恐らく朝はもう少し低く、無理をした為に上がったのだろう。美柑が自分を責める様に、真白もまた止められなかった事を内心で悔いていた。っと、何も変わらない表情からでも理解した様にリトが溜息を吐く。

 

「気付けなかったのは俺も同じだ。だから、真白のせいじゃないって」

 

「……」

 

「幸い明日明後日は休みだしさ。出来る事は、俺達もやる。だから、元気だそうぜ!」

 

 リトの励ましに頷いた後、遅れてララも帰宅する。リトとララでは身体能力に大きな差がある筈だが、妹を思う兄の気持ちはそれを超えたのだろう。汗は掻かずとも急いで帰って来たのは同じ様であり、リトと同様に美柑を心配するララへリトが聞いた容体を伝え乍ら様子を見に行くことを提案する。その際には絶対に騒がない事をララに約束させて。

 

「真白。何か、する事はありますか?」

 

 美柑の傍に居たヤミがリト達と入れ替わりに1階へと降り、真白の元にやって来ると手伝いを申し出る。だが今すぐにやるべき事は余りなく、首を横に振った真白に「そうですか」と少しだけ残念そうに答えたヤミ。すると、2階から降りて来る足音に2人は視線を向けた。降りて来たのはリトであり、美柑の様子を確認し終わった彼は真っ直ぐに何かを確認する為に冷蔵庫へと向かう。

 

「やっぱりな。真白! 俺とララで、買い出しに行ってくる」

 

「買い出しですか……料理を作る真白が行くべきでは? 荷物なら沢山持てますし」

 

「いや、真白は帰ってすぐに色々やってるからな。出来れば、美柑の傍に居てやってくれ」

 

「……分かった」

 

 真白と美柑が料理をする事が多くても、買い出しに行くのは美柑だけ。冷蔵庫などを使う事はあれど、やはり家に住んでいるリトの方がその中身について覚えていたのだろう。リトの提案に今現在やる事の無いヤミは真白の役に立つ為に提案するが、リトは首を横に振って答えた後に何処か優しい目で真白にお願いをする。真白は首を傾げながらも、頷くとララを呼んで買い出しに出ようとするリトを見送った。

 

 夕ご飯の支度以外にする事が無くなった真白は、リトの言う通りに美柑の元へと向かい始める。ヤミは付いて行こうと最初はするも、2人で中に居続けるのは余り良く無いと考えて再び扉の前に待機。部屋の扉が開いた事で、横になっていた美柑が顔を向けて真白の姿を確認した。

 

「真白さん。ありがとう」

 

「?」

 

「家事とか、してくれたんでしょ? リトが言ってたよ」

 

 どうやら真白の行動はリトを通して聞いていた様で、美柑はそれに笑みを浮かべてお礼を言う。真白はそれに頷いて答えた後、美柑の横になるベッドのすぐ傍に座り込んだ。そして何を言うでも無く、ゆっくりと延びたその手は美柑の頭の上へと触れた。

 

「ふぇ?」

 

「?」

 

 優しく撫でる真白の手に一瞬訳が分からずに声を出した美柑。真白は戸惑う美柑の姿に首を傾げながらも手を止めず、やがて理解した様に美柑の頬に赤みが増す。熱が上がったのかと思った真白は膝立ちになると、今度は朝同様に額を合わせ始める。朝はボーっとしていたが故に余り動揺しなかった美柑。だが、しばらく休んだ事で多少なりとも回復したのだろう。間近に見える真白の顔に爆発寸前になった美柑だが、するより速く静かに離れる真白に心の底から安心する。

 

「……計る」

 

「あ……うん」

 

 額では温度を数値化する事が出来ない。故に熱が上がったと勘違いした真白は傍に置いてあった体温計を差し出す。美柑はそれを受け取り、脇に挟んで横になっていたベッドの上で座る体制になった。

 

「ね、ねぇ……さっきなんで、頭を撫でたの?」

 

「? ……何となく」

 

「な、何となくなんだ……」

 

 未だに残る頭を撫でる感覚を思いだしながら質問した時、真白の答えに美柑はリトの様に頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。しかし心の何処かで名残惜しいと感じており、それを言いだせない恥ずかしさに葛藤し始めた美柑。するとその様子に気付いた真白は再び手を伸ばしてその頭を撫で始める。小さく「ぁ」と声を漏らした美柑は、それを止めさせる事も出来ずに受け入れ続けた。すると突然、電子音が鳴った事で美柑は我に返る。

 

「えっと、熱は……あ、少し下がってる」

 

「……見せて」

 

 美柑の言葉に朝動揺に体温計を受け取ろうとする真白。今度は隠すことも無く差し出されたそれを受け取り、見て見れば小さな画面に37.5℃と表示されていた。微熱とも言えない温度だが、下がった事には変わりない。故に安心した様に体温計を置いた後、真白はもう1度美柑に横になる様に言う。そして言われた通り横になった美柑の頭を三度撫で始めた。美柑は何も言わないが、嫌がっていない事だけは明らかだった為に。

 

「ぉねぇ……ちゃん……」

 

「?」

 

「な、何でも無い! お休み、真白さん」

 

「ん……お休み」

 

 眠ろうとする美柑が真白を見て微かに呟いた言葉は真白に届く事無く、首を傾げたその姿に再び顔を赤くしながらも掛け布団を口元にまで持って行って有耶無耶にすると、眠る為に真白へ告げた。真白もその言葉に頷いた後に答え、頭を撫でられながら美柑はやがて眠りに付く。その後、無事に買いだしを終えたリト達が帰宅。入れ替わりで美柑の傍に誰かが付き、お粥を作るなどした後に真白とヤミは帰宅。次の日には熱も下がり、それでも安静にする様に言われた美柑が平日を迎えた時、無事に元気な姿が見られる様になったのであった。



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第53話 夏と夕立と戸惑う感情

 季節は暑くなり始めた夏。彩南高校の制服は夏服となり、動き易くなった服装にララが喜ぶ光景を真白は静かに見ていた。既に結城家を出て彩南高校へと向かう道中であり、美柑とも別れた事で共に歩くのはリトとヤミ。ララが一番前を歩き、その後ろに真白とヤミが並んで。最後にリトが3人を見る形で、季節の変化に若干の違和感を覚えながらも歩き続ける。っと、喜んでいたララが後ろ歩きになって真白に振り返ると半袖になっている真白の姿を見る。

 

「真白の夏服も久しぶりだね!」

 

「皆一斉に変わってるからな」

 

「ん……」

 

「そう言えばヤミちゃんは最近ずっとその格好だけど、前に着ていた服とか里紗未央がお勧めしてた服とかはもう無いの?」

 

「ありますが……何かあった際に、この戦闘服(バトルドレス)で無いと動き難いので」

 

 ララの言葉にリトが言い、真白が頷く中で気になった様に質問されたヤミは真白を見ながら答える。実はヤミ、以前に里紗と未央によってお洒落をしてみようという考えの元に連れて行かれた事があった。まだ真白が学校で危険な目に遭う前の話であり、半ば強制的に連れて行かれたヤミは様々な服を着るという経験をしたのだ。放課後だが、真白は結城家へと先に帰っていたので知らない事である。だが最終的には何も購入せずに終わったその出来事。実は真白と過ごす上で、その序盤に別の服は買っていたのだ。が、ヤミが普段着ている黒い服はヤミの変身(トランス)能力に対応している物であった。以前は別の服を着ていた事も稀にあったが、真白に危険が迫って以降、何時でも戦える為に元々の服しか着なくなってしまっていた。

 

「……大丈夫」

 

「油断は出来ません」

 

 早々危険な事は起きないと安心させる為に告げれば静かに、だが力強い声音で返すヤミ。簡単には考えを変える気が無い様で、真白はリトにしか分からない程度に残念そうな表情を見せて話を止める。やがて見えた彩南高校を前に、校門を通って何故かヤミも堂々と一緒に校舎の中に入る。そしてその光景を後ろから見ながら同じ様に校舎の中へと向かう唯の姿があった。唯は少し後ろから真白たちの姿を見ており、教室に入ってからも真白と少しだけ言葉を交わす程度で同じ教室にて授業を受ける。そして休み時間になった時、春菜の座る席の周りに里紗と未央が集まって話す会話がその耳へと届き始める。内容は春菜の姉が2人の男性に告白され、『何方も詰まらなそうだから』と振ったと言うもの。里紗と未央がその余裕に感心する中、それを聞いていた唯は頬杖を突きながら窓の向こうに見える景色を前に思う。

 

(学生の本分は勉強の筈よ。愛だの恋だの、どうして皆そんな話ばかりなのよ)

 

 真面目な唯にその話は合わなかった様で、廊下へと見回りのつもりで出た唯は生徒達の声を背後に歩き始める。頭の中で考えるのは否定ばかり。しかし建物から出て少し歩いた時、椅子に座る真白とヤミの姿を見てその足が止まる。もう少し歩いて近づけば、自然に声を掛けるか掛けられるかするだろう。だが何故か疚しさ等無いにも関わらず、近づく事を戸惑ってしまう唯。どうしてか分からず唯自身が戸惑う中、その背後から近づく存在に気付かなかった。足元に這い蹲り、下から覗き込む黒いサングラス。微かに聞こえる荒い息がその耳に届いた時、唯は振り返ってその姿を見た。小太りな男性が這い蹲って自分のスカートの中を覗きこんでいる姿を。

 

「っ! きゃあぁぁぁぁ!」

 

「!」

 

「あれは……」

 

 それは彩南高校の校長であり、自分の下着を覗いて興奮するその姿に悲鳴を上げた唯。その声を聞いて真白は唯の姿に気付き、ヤミはその真下に這い蹲る校長の姿に気付く。すると校長は唯の足に手を伸ばして顔を擦りつけようとし始める。突然の事と恐怖に腰を抜かし、必死に下がろうとするその姿に迫る凶威。やがて校長の手が唯へと届くその瞬間、校長の黒いサングラスを破壊しながらその顔面に靴が減り込む。そして勢いよく蹴り上げたその足は校長を大きく浮かし、宙に浮かんだその身体に今度は巨大な金色の拳がぶつかると同時にその姿を空の彼方へと吹き飛ばした。

 

「……平気?」

 

「ぁ……ま、しろ……! その……あ、ありがとう」

 

 怯えていた為か、目の前で手を伸ばす真白の姿に唯は弱々しくその名前を呼ぶ。真白の背後では校長に止めを刺したヤミが近づいて来ており、唯はやがて我に返るとお礼を言いながらその手を取る。そして地面についてしまった箇所を軽く叩きながら飛んで行った校長を方角を睨みつけた。

 

「どうかしてるわ! あ、あんな破廉恥な事するなんて!」

 

「真白。あれは殺してしまった方が良いと思います」

 

「……」

 

 唯の怒りも当然であり、ヤミも何度か校長に絡まれている故に校長を敵と見なしていた。恐らく彩南高校の女子生徒の殆どが、校長を危険人物と見ているだろう。だからこそ、ヤミの提案に真白は肯定はしないものの駄目とも言わなかった。

 

 気付けば真白と会話することになっていた唯。1年前と違い、ヤミと言う存在が居るものの何も変わらない筈だった。だが顔を合わせて話をしようとした時、唯はとある出来事を思いだす。

 

『……無事で、良かった』

 

 数日前までは意識していなかった筈の事。しかし先程から考えていた事と連想する様に思い出す真白の笑顔に、言葉が出なくなってしまう。金魚の様にパクパクと口を開いて徐々に赤くなるその姿に真白が首を傾げてヤミが目を細める中、唯を助ける様に予鈴のチャイムが鳴り響き始める。唯はその音に我に返ると、教室へ戻る様に促して逃げる様にその場を去ってしまう。何処か挙動不審なその姿に真白は離れて行く姿を見つめ、ヤミは何も言う事無く取り残されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。風紀委員として活動する唯は他の生徒達よりも少し遅めに下校する。既に知っている生徒は部活や帰宅で居らず、下駄箱を通って校門へと向かい始めた唯。だが校門を通った時、見知った姿に唯は目を見開いた。

 

「え……真白?」

 

「ん……」

 

 普段なら真っ先に帰る真白がそこで鞄を両手に持って門に寄りかかる形で待っていたのだ。予想出来ない突然の出来事に唯が困惑する中、真白は唯の前に立つと頷いて肯定する。そして一緒に帰る為にその隣に立った。

 

「な、何で待ってたのよ?」

 

「……心配……だから」

 

 それは嘗て言われたのと似た様な言葉。唯は何が真白を心配させたのかと困惑し、その傍に何時もは居るヤミの姿が無い事に気付いて質問する。普段ならピッタシ傍に居るヤミだが、真白はこの日先に結城家へと向かう様にお願いをしたのだ。守りたいという思いから傍に居るヤミだが、その本人である真白からのお願いをされてしまえば流石に断る事が出来なかった。結果、今現在1人になっている真白。唯はヤミが居ないという事実を聞いた時、微かに感じた思いにすぐに戸惑う。

 

(な、何で真白が1人の事に私……ホッとしてるのよ)

 

「……唯?」

 

 何も言わずに考え込んでしまっていた唯は真白に声を掛けられた事で現実に戻る。途中までは同じ道のりの帰路を並んで歩き続ける2人だが、予想外の出来事に見舞われる。小さく降って来た一粒の水滴。頬に落ちたそれに唯が冷たさを感じて驚き空を見上げた時、一粒。また一粒と水滴が落ち始める。そしてその間はドンドン短くなり、土砂降りになり始める。

 

「夕立!? とりあえず何処かで雨宿りしないと!」

 

「ん……」

 

「! あの公園なら! こっちよ!」

 

 余りにも突然の雨に焦りながらも鞄を頭の上に乗せて少しでも防ごうとする唯。真白は特に何もする事無く唯の言葉に頷き、唯は雨宿り出来る場所を思いだした様に真白の手を掴むと走り始める。そこは『ときめき公園』と呼ばれる公園であり、その遊び場の1つであるドーム状の中に入る事で雨から逃れる。既に雨に濡れてしまっている2人はとりあえず雨から逃れられた事に安心する。っと、唯は目の前に座る真白の姿に顔を赤くして視線を逸らした。真白を見た時、そこに見えたのは濡れてしまったYシャツ。夏服に変わった事でそれしか上が無く、濡れて透け始めていたそのYシャツ越しに真白の下着の形が現在見えてしまっていた。色は白の様で、Yシャツの色と被って微かに形が分かる程度。だが唯はその光景に恥ずかしく思い、そしてドキドキする気持ちに困惑する。

 

(何で……何で私、真白にこんなにドキドキするのよ……!)

 

 自分に質問をしてもその答えが出る事は無く、雨が止むまで待つ事を決めた唯。だが微かに聞こえた声と足音に外を除いた時、包帯姿の校長が傘と本を片手に歩く姿に気付く。現在唯はドームの端に座って壁に寄り掛かっているが、真白は真ん中に座っていた。そしてその位置は真白からも校長からも簡単に見える場所であり、だが真白は気付いて居ない様子であった。もしも校長に気付かれてしまえば危険な目に遭うのは間違い無い。説明する時間も惜しく、唯は意を決して音を立てない様にし乍らも真白の手を掴むと自分の方へと引っ張った。突然の事に目を見開きながらもその身体は唯へと引き寄せられ、その胸に抱きしめられる形となった真白。唯は恥ずかしさを我慢しながらも小さな声で告げる。

 

「少しだけ、少しだけ我慢して」

 

「?」

 

 唯が頬を赤くしながらもドームの外を覗き込む姿に真白は抱きしめられたまま動く事も出来ずに数分待ち続ける。校長は本を見て上機嫌に去って行き、やがてその姿が見えなくなると同時に唯は安心の溜息を吐く。そしてもう大丈夫である事を伝えようとして、自分が真白を抱きしめている事を思いだした。

 

「あ、あの……これは……!」

 

「……」

 

 急いで解放した唯は説明しようとして、言葉を詰まらせてしまう。だが真白は特に何を言うでも無く唯のすぐ隣に座り込み、首を横に振った。恐らく気にしていない事を伝えようとしているのだろう。そしてそれは唯に伝わり、唯は安心しながらもすぐ隣に感じる温もりにそれ以上の安心を得る。雨は少し待てば止むと予想し、ドームの中で待ち続ける2人。何を話すでもなく時間は過ぎて行き、しばらくすると土砂降りだった雨が嘘だった様に晴れ始める。唯は外に出ても大丈夫だと分かるとドームから外に出て、真白もその後を追って外へ。濡れた後はあれど、もう大丈夫な光景に2人は目を合わせる。

 

「もう大丈夫ね。私はこっちだから……また明日」

 

「ん……また、明日」

 

 2人が別れる道は丁度公園の傍であり、唯は空を眺めた後に真白へ告げる。真白はその唯の姿を見て少し驚いたのか微かに目を見開きながらも、やがて頷いて答えるとお互いに背を向けて歩き始める。真白の心配は気付けばもう無くなっており、唯は1人になった後に腕と身体に残る真白の感覚を思いだす。そして振り払う様に顔を強く横に振って、少し抑えられない笑みをそのままに帰宅するのであった。



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第54話 双子姉妹の家出騒動

 夕飯を済ませ、結城家から帰宅する真白とヤミ。お互いに余り会話をする事無く、だが距離があるのか分からない程に近づいて並ぶその姿を真夜中故に見る者は居なかった。普段通りであれば何事も無く真白の住む家へ辿り着くのだが、この日。その帰路の途中に普段は見掛けない人物が待ち伏せしていた事で真白たちの足は止まる。尻尾を生やし、御揃いの肩を出す変わった格好をした2人組。真白とヤミの姿に気付くと同時に大きく笑顔で手を振る者と、優雅にお辞儀をするその2人の姿に真白とヤミは表情に余り出すこと無く、しかし驚いていた。

 

「……ナナ……モモ」

 

 それはララの妹であり、双子のデビルーク星人。ナナ・アスタ・デビルークとモモ・ベリア・デビルークであった。再開したのは数日前のゲームに似た世界。ヤミはその時の事を覚えていた為に余り良い感情を抱いておらず、少しだけ警戒心を抱きながら一歩前に出る。何も言う事無く、だが真白と2人の間に入る事で何時でも行動出来る様に。モモはヤミの考えを理解した上で笑みを浮かべながら、ナナは明らかに感じる敵意に少しだけ不機嫌そうな顔をした。

 

「……何で……ここに?」

 

「あ~、いや、その……」

 

「しばらくこの地球に滞在するつもりなんです。なのでまずはそのご挨拶を」

 

 3人の間で危険な空気が流れ始める中、静かに質問した真白の言葉に不機嫌そうに見えたナナの表情は一瞬にして困り顔へと変化した。何処か答え難そうに喋るその姿にモモが助け船を出す様に説明を始める。だがその内容に真白は微かに目を細めた後、2人を何も言わずにジッと見つめ始めた。額に汗を掻いて真白の視線を受けるナナと、少しだけ緊張した様子で生唾を飲み混むモモ。やがて数秒した後、真白は目を瞑って小さな溜息を吐く。

 

「……ララと……同じ」

 

「なっ!?」

 

「……流石シア姉様です。すぐに気付かれてしまうとは」

 

「確か、プリンセスはお見合いが嫌になって家出をした。そう聞いています」

 

「私達の場合はお見合いじゃないんだけどな。似た様なもんで、地球に逃げて来たって訳だ」

 

「先程お姉様達には会ったのですが、既に帰ってしまったと聞きまして。それにザスティンさんにも見つかってしまって」

 

 真白の言葉にナナは驚き、モモは感嘆の溜息を吐いて真白へ答える。ララと同じという言葉を聞いてすぐ、ヤミは何が同じなのかを理解した様に告げれば頭の後ろに両手を組みながらナナが開き直った様に答え始める。そう、ララが家出をした様に2人も何らかの理由で家出をして来たのだ。そしてモモが続けた時、2人の背後から微かに聞こえる金属の音に全員がその方角へ視線を向けた。鎧が走る事で鳴らす音であり、走りながら近づいて来たその姿にナナ達は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「見つけましたぞ! お二人とも!」

 

「ちっ! しつこい奴!」

 

 息を切らすことも無く、2人を強い視線で見つめて告げるザスティン。その姿にナナは悪態を付き、モモも警戒する様に構え始める。ザスティンの傍には2人の黒いスーツにサングラスを掛けている、以前ララを追い掛けて現れたブワッツとマウルの2人も控えていた。ララが宇宙人であり銀河最強の娘である故に驚異の身体能力を持つ様に、ナナとモモも間違い無くその血を濃く引き継いでいるだろう。下手に戦えば周辺は危なく、睨み合うその光景を真白たちも放って置く訳には行かなかった。

 

「迎えの船も用意してあります。さぁ、デビルーク星にお戻りください!」

 

「嫌だね! 私はここに残るからな!」

 

「私もです。お父様にはザスティンさんからよろしくお伝えください」

 

「……王のご命令です。致し方ありません。少々手荒にはなりますが、ご覚悟を!」

 

 ザスティンの言葉に反発するナナと、それに賛同するモモ。だがザスティンにとって2人の意思よりも王の命令を守る事の方が大きく、少し残念そうな顔をした後にゆっくりと剣を構え始める。背後に控えていたブワッツとマウルも同じ様に拳を構え、対するナナとモモは何かを取り出して見せる。それは真白たちも見た事のある、小さな携帯の様な機械であった。

 

「ザスティン、今こう思ってるだろ? 私達の能力じゃ何も出来ないって?」

 

「そ、それは!?」

 

「『デダイアル』。情報入力した物を呼び出せる、お姉様の発明品です。ふふ、私達のお友達を紹介します」

 

 勝ち誇った笑みを見せるナナの姿とその手に持つ機械に青い表情を浮かべたザスティン。微笑みながら説明し、それを操作し始めたモモの姿にザスティン達が焦り始める。そしてそれを見ていた真白とヤミはお互いに目を合わせた後、何も言わずに頷いて距離を取った。奪う事が出来れば防ぐ事は出来たが、既に操作を初めてしまった段階で止める事は不可能だったのだ。

 

「おいで! シシナベ星で知り合った、ギガ・イノシシのギ―ちゃん!」

 

「来てください。オキワナ星のシバリ杉さん!」

 

 言葉と共にナナのデダイアルからは巨大なイノシシが、モモのデダイアルからは以前遭難したオキワナ星でリトと春菜の2人が襲われた巨大な木の化物が現れる。町中の何気ない道の途中にそんな生き物が現れた時点で危険なのは火を見るよりも明らかな事である。ザスティン達がイノシシに飛ばされ、木の枝に薙ぎ払われる光景を前に、止めさせる為に真白は駆け出す。っと、木の化物は標的として真白を捉えた。

 

「っ! 違います! その人は!」

 

「!」

 

 薙ぎ払われる枝は猛スピードで真白に迫り、叩きつけられそうになる。だが真白は避けようとせず、モモがその光景に目を瞑った時、聞こえて来た木の化物による断末魔に驚いた。見れば真白に迫っていた枝は切り刻まれ、その間に降り立つヤミの姿。一瞬の出来事に驚く中、モモは近づいて来る真白の姿に小さく口を開けて何も話す事が出来なかった。

 

「ギーちゃん! 止まれ!」

 

 ナナの声に真白が見たのはモモへと突撃する巨大なイノシシの姿。自分が起こした今の状況と、真白が襲われた事実に放心状態になったモモはそれに気付く事が出来なかった。気付いた時には逃げられない距離であり、しかしその間に舞い降りた白い羽が小さな羽根を撒き散らしながらモモの前に降り立つと同時に一回転。全体重を掛けて突進していたイノシシは真白に接触する……と同時に放たれた蹴りがその身体を大きく後方へと吹き飛ばした。地面に叩きつけられて目を回すイノシシと、その下敷きにされるザスティン達。ヤミは真白の横に静かに降り立ち、モモは我に返ると同時に動く事も出来ずにボロボロにされたシバリ杉を見た。

 

「……戻して」

 

「シア姉様……これは……」

 

「…………戻して」

 

 幸いにもザスティンたち以外の一般人が巻き込まれる事は無かったが、その危険を作ったのは変えようの無い事実。それに気付いて少し震える様に弁解しようとするも、もう1度告げられた同じ言葉に背筋に寒さを感じ乍らもモモはデダイアルを操作する。同じ様にナナもモモとの会話を聞いていた為、急いでデダイアルを操作。ギガ・イノシシとシバリ杉はその場から姿を消すと、残ったのは地面に少し出来たイノシシが作ったクレーターとシバリ杉が枝で壊した壁。気絶するザスティンたちとなった。

 

 普段から無表情である真白の声は抑揚の無いもの。故にその中に籠る感情も分かり難く、聞いてすぐに理解出来るのは結城家の人間とヤミぐらいだろう。故に無表情のまま見つめる目と静かに話す言葉がナナとモモに微かな恐怖を与えた。

 

「……駄目」

 

「ご、御免。流石に……その、やり過ぎた」

 

「ここは地球。デビルーク星とは違うと、理解して置くべきでした」

 

 深く謝る2人を前に、真白は静かに頷いた後に気絶しているザスティンたちを連れてその場を離れる。その後ナナとモモは地球に滞在することから交流出来る様になる為、その項を真白たちに伝えて居なくなる。目を覚ましたザスティンは王の命令を守れなかった事に落胆し、こうしてナナとモモは地球に居続ける様になるのであった。



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第55話 暗殺者・ランジュラ。2度目は鉄脚制裁

「あ……」

 

 夏祭り。小さな声と共に破れてしまった金魚すくいに使われるポイを見つめるヤミは前回と違い、真白に用意して貰った浴衣を着ていた。その姿は既に彩南町の住民として違和感が無く、そんな彼女の傍に立っていた美柑は屋台で購入したホットドッグを片手に笑みを浮かべて話し掛ける。2人のすぐ隣では8匹目の金魚を軽々と掬い上げるリトが居り、春菜とお静が褒めれば照れるその姿にヤミは目を細める。

 

 その後、様々な屋台で輪投げや射的等のゲームに挑戦したヤミ。だが尽くそれは失敗し、隣で挑戦するリトが尽く成功していく光景にヤミはやがて何も言わずに無表情のままリトを睨み始める。美柑も流石に可哀想に思う中、春菜達に褒められて嬉しかったリトが何気なく答えた言葉……『コツさえ分かればお子様も簡単』と言う台詞にヤミは持っていた射的の銃を真っ二つにしてしまう。響いた音で振り返ったリトは明らかに不機嫌そうなヤミの姿に顔を青くし、美柑も少しだけ焦る。が、ヤミは持っていた射的の成れの果てを屋台に返して歩みを再開した。

 

「や、ヤミさん?」

 

「流石は真白の家族であり、私の標的(ターゲット)です。私も本調子なら負けませんが」

 

 心配する美柑の声にヤミは振り返ると、リトに視線を向けて告げる。そしてそのまま背を向けて去ってしまう姿にリトは安心した様に胸を撫で下ろすも、ヤミの言った言葉に引っ掛かる。だがすぐにその意味が分かり、リトは美柑に視線を向けた。目が会うとジト目になって溜息を付く美柑の姿にリトは少しだけ罪悪感を感じる。

 

「少しは空気読みなよ」

 

「悪い……」

 

「ヤミちゃん、元気無かったね?」

 

「多分、真白さんが居ないからでは無いでしょうか?」

 

 美柑の言葉に肩を落として謝れば、春菜が既に見えなくなったヤミの歩いて行った方へ視線を向け乍ら話す。そしてその言葉に団扇を片手に人差し指を立てて顎に当て乍ら告げたお静の言葉に分かっていたリトと美柑は静かに頷いた。真白とヤミが普段から一緒に居る事は学校でも良く見られる光景の為、春菜もそれに納得。だがどうして居ないのかと質問しようとした時、お静が少し離れた場所からやって来る人影に笑顔で手を振った。

 

「ララさんです!」

 

「皆~!」

 

 お静の言葉に振り返れば、駆け足で近づいて来る浴衣姿のララ。この場に居た全員が近づいて来るその姿を笑顔で迎える中、春菜はララが1人だけである事に首を傾げた。

 

「あれ? ララさん、確かナナちゃんとモモちゃんを連れて来るんじゃ無かったの?」

 

「それが2人ともついた途端に地球のお祭りに喜んじゃって、しかも途中であった真白を連れてどっか行っちゃった! 多分、今も何処か回ってるんじゃないかな?」

 

 最初お祭りに喜ぶ2人を思いだしたのか、優しい表情で話をしていたララ。だがしかし途中で少し怒る様な表情になった後、今度は周りを見ながら告げる。ころころと変わるララの表情に少しだけ暗かった雰囲気も吹き飛び、それと同時に春菜はヤミが真白と居ない理由を知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段はツインテールにしている髪を降ろして用意していたのだろう浴衣を着ているナナ。そしてその反対側に1人を挟んで歩くのは髪型は変えず、しかし周りを見て笑みを浮かべるモモの姿があった。そんな2人の間に挟まれた真白は現在、ヤミと同じ様に浴衣を着ていた。それはナナとモモが用意した浴衣であり、3人は花柄を揃わせて歩いていた。

 

 本来、ヤミに浴衣を用意した真白は自分の浴衣を用意して居なかった為に前回同様に制服で訪れる予定であった。だがヤミと共にこの場所を訪れると同時にすぐ出会った2人に半ば攫われるに近い形で連れて来られた真白は素早く物陰に連れ込まれると、浴衣を2人から差し出されたのだ。どうやら真白が浴衣を用意していない事を知っていた様で、前回の失態を取り返したいという思いもあったのだろう。他にも思惑はあったかも知れないが、真白は2人の好意を受け取る事にした。元々着ていた制服はモモの持つデダイアルによってしまわれ、現在3人は手ぶらで屋台を見ながら歩いていた。

 

「これが地球の祭り!」

 

「思っていた以上の賑わいですね。それにこの人混み……逸れてしまっては大変そうです」

 

「……」

 

 立ち並ぶ屋台の数と人の多さにナナが嬉しそうに言えば、モモがナナ程では無いにしろ嬉しさを隠しきれずに微笑みながら呟く。そしてごった返す人混みを改めて見た後、誰かを探す様に周りに視線を探らせる真白を見つめ始めた。誰かと約束をしている訳では無いものの知り合いが着ている可能性は高く、何より何も告げずに離れてしまったヤミと合流するべきだと考えていた真白。だが目の前の人混みへ入るには躊躇いを感じてしまう為にどうするべきかと悩み始めた時、突然右手が誰かに握られた事で真白は考えを中断して視線を向ける。変わらず微笑んだまま、しかし真白の右手と手を繋ぐモモの姿がそこにはあった。

 

「逸れない様に、こうして手を繋いでおきましょう」

 

「なぁ、モモ! って、何勝手にシア姉と手を繋いでんだよ!」

 

「あら、混雑する場所で手を繋いで逸れない様にするのは普通の事よ?」

 

「……繋ぐ?」

 

「!? は、逸れたら不味いもんな! それじゃあ……」

 

 振り返ると同時に真白と手を繋ぐモモの姿に気付いたナナが驚きながらも聞けば、当たり前な事の様に告げたモモ。彼女の言っている事も間違いと言う訳では無く、真白が再び混雑を見て空いていた左手を差し出した事でナナは再び驚きながらも言い訳する様に告げて真白の左手を手に取った。その顔は真っ赤であり、モモはその姿に三度微笑みながら歩き始める。手を繋いでいる以上、誰かが歩けば付いて行かざる負えない。故にモモに連れられる様にして真白が歩き、2人に連れられてナナも歩き始める事となった。

 

 初めての夏祭りである2人は屋台の内容に興味津々であり、真白を連れてどんなものかを1つ1つ確認していく。その中でそれぞれが興味を持った物を購入。幸いにもナナとモモは地球に1年以上住んでいるララを通して購入する為のお金を用意していた為、会計などで困る事は無かった。前回同様に長時間人混みの中に居た事で徐々に真白も慣れ始め、ナナは購入した綿菓子を食べ乍ら、モモは今現在も買う物を考えていた。

 

「シア姉様は何か買わないのですか?」

 

「ん……まだ……」

 

 悩むモモが何気なくした質問に真白は静かに頷いた後に答えた。林檎飴、綿菓子、焼きそばにホットドッグ等々食べられる物は沢山存在するが、まだ買う気は無い様である。そんな真白の言葉に少しだけ残念そうに「そうですか」とモモが肩を落とした時、突然聞こえる笛の音の様な音にナナとモモは周りを見渡した。真白はそれが何なのかすぐに分かり、空へ指を差しながら2人にその方向を見る様に告げた瞬間。大きな音と共に空に巨大な花が咲き誇る。思わず魅入った2人を前に、真白は静かに口を開いた。

 

「……花火」

 

「あれがお姉さまの言っていた」

 

「滅茶苦茶綺麗だな……花火って」

 

 賑わっていた人々も空に打ち上がった花火に魅入り、一時誰もが足を止める。しかしそれも数秒で、すぐに動きだした人々の中から真白たちの知る人物が姿を現した。普段は降ろしている髪を1つに束ね、浴衣を着たその姿を真白は前にも見た事があった。

 

「真白。それに貴女達は」

 

「……唯」

 

「お?」

 

「貴女は確か……コケ川さん?」

 

「古手川よ! にしても……そっか。ララさんがしばらく地球に滞在するって言っていたわね」

 

 まだ来たばかりの様子である唯は真白の姿に気付き、その両隣に立つ2人の存在にも気付く。真白は唯に気付くと静かにその名を呼び、ナナとモモも初めて地球に来た際に起こした事件で唯を巻き込んだ為に覚えていた。が、モモが覚えていた苗字が間違いだった為に唯はすぐ訂正すると、学校でララから教えられていたのだろう。2人が居る事に間を置かずに納得した。そして真白を挟んでくっ付いている事に言及しようとした時、突如聞こえて来た声に全員が視線を向けた。そこには全速力で必死に走りながら近づいて来るリトと、その隣を無表情ながらも同じ様に走るヤミの姿があった。

 

「古手川! 真白! ナナにモモも! 退いてくれぇ!」

 

「リトさんに、金色の闇さん?」

 

「……」

 

 今のままでは確実にぶつかってしまう為、全員が急いで道を作りそして通り過ぎる寸前、何かが飛来してそれをヤミが髪を使って叩き落とした。一瞬の出来事であったが、真白とモモはその瞬間を見逃さなかった。そして完全に通り過ぎる時、真白はヤミと目を合わせる。……やがてそのまま走り去ってしまう2人の姿に、唯が何が起こったのかと混乱しながら口を開いた。

 

「な、何だったの?」

 

「今、誰かに攻撃されていたわ……シア姉様。あれ? シア姉様?」

 

 唯の言葉に驚いたまま、だが間違い無く見た光景に隣へ視線を向けたモモ。だがそこに真白の姿は無く、繋いでいた筈の片手の先には誰も存在していなかった。ナナも何時の間にかに消えてしまった真白に驚く中、モモは真剣な表情で去って行ったリトとヤミ……そしてそれを追ったであろう真白の方へ視線を向け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人々の賑わう声も微かにしか聞こえなくなる程には夏祭りの会場から離れた場所。鳥居を潜った先の神社の裏で、ヤミとリトは拘束されていた。そもそもはリトが何者かに狙われた事から始まる。花火を見る為の穴場にララ達を招待し、飲み物を買うと言って1人離れたリト。だが突然首に糸の様なものが巻き付き、窒息か頸動脈が切れるかと言った危険な状態に陥ってしまう。それはリトを狙った暗殺者のものであり、しかしその危険を救ったのもまた暗殺者であるヤミであった。彼女はリトを狙う視線、周りを伺う誰かの視線に気付いていたのだ。そして、リトの窮地を救う事となった。が、暗殺者は諦めず、場所が場所だけに騒ぎは起こせないとその場を離れる事に決めたヤミ。リトを連れて夏祭りの会場を離れ、今に至るのである。

 

「思いだしました。身体から糸を分泌し、それを手足の様に使う殺し屋。通称、ランジュラ」

 

「ランジュラ?」

 

 離れる際にも迫った攻撃から相手を割り出したヤミ。そしてそのヤミが呟いた名前にリトが復唱する様にもう1度名前を言った時、何処からともなく聞こえて来る男の声にリトは周りを警戒する。ヤミは今まで名のある殺し屋として生きていた為、男は名前を知られている事に余裕を持ちながらも感謝の意を示す。その瞬間、地面が微かに動いた事でヤミは瞬時にリトをその場所から突き飛ばした。が、その結果ヤミは糸に吊るされて拘束される事となる。粘り気のある糸は動きを封じ、ヤミのお蔭で間一髪逃れたリトもすぐにヤミにくっつく様に拘束される。2人纏めて、捕らえられた獲物となってしまった。

 

『あははははっ! みっともない姿だな、金色の闇。守りながら戦うのは随分大変そうだ。どうしてそこまでそいつを助けようとする? 【標的(ターゲット)】なのだろう?』

 

「そうですね。結城 リトは私の標的です。なのでいずれ殺します」

 

「や、ヤミ!?」

 

『なぜ何れなのだ? 今、殺せば良いだろうに』

 

「依頼での殺しよりも遥かに優先すべき、生かす理由が出来たからです」

 

 男の質問に何も一切の危機を感じていないかの様に普段と変わらず答えるヤミ。その返答に思わずくっ付いているリトが怯えるも、続けられた質問への答えでリトは安心する。と同時にヤミが如何に真白の言葉を大事にしているのかも理解した。内心で真白の存在に感謝しながらも、どうにかこの場を切り抜けようと必死に動けばヤミの浴衣が徐々に肌蹴てしまう。そしてその間にもヤミの返答を、男は鼻で笑っていた。

 

『馬鹿な奴だ。殺し屋が生かす等。所詮は小娘、なら生かすべき標的と共に死ぬが良い!』

 

 大量に迫る糸にリトは恐怖から目を瞑る。男の高笑いが聞こえ、やがてそれが何かにぶたれた様な音と共に地面へ落ちる音が聞こえる。痛みも何かが触れた感触も無く、リトが目を開ければ髪を遥か遠くに伸ばしているヤミの姿。そしてその髪の先には、殴られた様に頬を晴らした男が倒れていた。

 

「あんなところに!?」

 

「何故、何故だ! 何故俺の居場所が!」

 

 男は混乱しながらもやがて自分の腕に自分のとは全く違う毛が絡んでいる事に気付く。最初からヤミは囚われたのではなく、振りをしていただけであった。故に自らを拘束していた糸も容易く切り裂いて自由を取り戻すと、男へ静かに告げる。殺し屋故に分かる事なのか、その言葉にリトは思わず寒気を感じた。

 

「勝利と死は隣合わせ。相手の息の根を止めるまで、油断しない事です」

 

「こ、小娘がぁぁぁ!」

 

 先程まで余裕を持っていたとは思えない程自暴自棄にすら見える男の突撃。だがそれがヤミの元へ届く前に、巨大な食人植物が男を足元から食べ始めてしまう。リトが驚愕する中、木の上に立っていたモモがデダイアルを片手に微笑みを浮かべていた。そして地面へ着地すると、周辺を見回しながら不思議そうに呟く。

 

「可笑しいですね。シア姉様の姿がありません。あ、この子は私のお友達ですので安心してくださいね? 余計なお世話だったかもですが」

 

「いえ、無駄な血で手を汚さずに済みました。……それと、真白ならここには居ませんよ?」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リトと美柑が教えた穴場には、招かれざる宇宙人が1匹存在していた。嘗てヤミに嘘の情報を吹き込んでリトを暗殺させようとしたララの婚約者候補の1人、ラコスポ。今回リトを狙った暗殺者も彼が仕向けたものであり、先程までは前回と同じく巨大な蛙のガマたんを呼び出して好き勝手に暴れていた。お静の浴衣を溶かしたり、春菜の浴衣を溶かしたり等々。だが今、彼は宙をくるくると回っていた。地面に足を付ける事も出来ずに悲鳴を上げるだけであり、落下した先に存在する巨大な蛇が回転と同時に尻尾でラコスポの身体を打ち上げる。小さく丸いその身体は軽々と空へ上がり、また落下。しかしその先に居たのはヤミの元へ向かったと思われていた真白であり、ゆっくりと後方へ振りかぶった足にラコスポは顔を青くする。しかし彼はここで大きな誤解をしていた。この場にいる存在は一部を除いて地球人であり、真白もその1人であると。だからその蹴りはきっと恐ろしく【痛い】と。

 

「真白! やっちゃえー!」

 

「!」

 

 ララの言葉と共に真白は足の膝から下を徐々に光らせ始める。やがてそれはこの状況を見ていた美柑達が目を開けてはいられない程に輝き、ラコスポは真白に近づくにつれて光る足に目を見開く。そして危険だと思って必死に逃げようとするも、既に出来る事は何も無かった。家族を狙われた事から手加減をする様子も無く、真白は到頭その足を大きく振り上げる。そして最大まで上がるその途中で、ラコスポの顔面は真白の足に蹴り上げられた。

 

「な、何じゃそれぇ! だもーん!」

 

 空へと何倍も大きく舞い上がったラコスポはその声にドップラー効果を伴い、最終的に星の様にキラリと光りながら戻って来る事は無かった。足をゆっくりと降ろし、ララが飛びついて来るのを受け止めた真白は安心した様に息を吐いた。ラコスポを空に飛ばした蛇の傍にはナナが居り、彼女の傍にはボロボロになったラコスポの忘れ物であるガマたんが涙目になりながらナナに従う姿があった。

 

 その後、五体満足で怪我の無いリトがヤミとモモを連れて戻って来る。モモは真白がこの場に居る事に不思議そうに首を傾げ、ヤミは真白の元に近づくと振り返って説明した。

 

「真白には結城 リトの暗殺を手引きした者を片づけるべきだと伝えました」

 

「そんなの何時……あ」

 

 ヤミの言葉に話をしている時間など無かったと思ったモモ。だがすぐにそれらしき場面を思い浮かべ、それが一瞬であった事を理解した。リトを守りながら場所を移動していた際、すれ違った時に視線を合わせた時である。

 

「あんな一瞬で全部伝えたのか!?」

 

「私と真白なら十分です。阿吽の呼吸、ですね」

 

 ヤミは以前唯と真白が出来ていた事を羨ましいと思っていた。が、今日この日にしてそれを成功させた為に表情は変わらない物の本の微かに嬉しそうであった。それに気付く人物は殆どおらず、真白はヤミの言葉に一度目を瞑った後に優しくその頭へ手を置いて撫で始める。小さく驚いた様に声を出すも、それをヤミが嫌がる事は無かった。

 

「暗殺者は所詮雇われの身。雇い主を倒さない限り、何度でも結城 リトは襲われます」

 

「もうラコスポは懲らしめたから、きっと大丈夫!」

 

「ガマたんももうあたしのペットだしな。にしても吃驚したぜ。助けに来たと思ったらガマたんがボロボロにされてたんだからな」

 

「あの大きな蛙がお静さんと春菜さんを襲ったけど、真白さんが来てくれて助かったね」

 

 ヤミの意思を聞いてヤミ達の元に行くのではなく、リトをヤミに任せて暗殺者を雇った雇い主を探し始めた真白。結果的に行きついたのはララ達の元であり、ラコスポのペットであるガマたんと真白は戦う事になったのだ。その後助けに来たナナはボロボロのガマたんと地球人だと思っているが故に驚き、必死にガマたんへ倒す様に命令するラコスポの姿を見る事になった。動物と心を通わす事の出来るナナはジロ・スネークと呼ばれる巨大な蛇をデダイアルで呼び出してガマたんと対峙させながら自分のペットになる様に命令。ジロ・スネークはガマたん事イロガーマの天敵であり、尚且つ満身創痍だった故にガマたんは呆気なくラコスポを裏切ったのである。そしてその後は仲間を失ったラコスポが蛇に遊ばれた後に空へ上げられ、真白によって蹴り飛ばされたのだった。

 

 やがてリトの様子を見ていた唯や夏祭りに真白たちの知らぬ所でステージに出ていたルンも合流し、まだ今も撃ちあがる花火を全員で眺める事に。騒がしく危険はあったが、それでも無事にリトはその日を終えるのであった。

 

 

 

 

「ありがとな、ヤミ」

 

「別に。貴方が死ぬと真白が悲しむので。真白が良いと言えば、今すぐにでも殺しますよ」

 

「……駄目」

 

「だそうです」

 

「勘弁してくれ……」




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第56話 天条院家のプライベートビーチにて

【10話】完成。本日より10日間、投稿致します。


 夏と言えば海と答える人も少なくは無い。現在、真白は目の前に広がる海を静かに眺めていた。すぐ傍では海の光景に嬉しそうに両手を上げて喜ぶララや優しい目でそれを見守る春菜の姿もあり、少し離れた場所でリトがそんな彼女達の水着姿に顔を赤くしていた。リトの友人である猿山も来ており、真白が居る事からヤミは勿論の事。美柑やナナとモモ、里紗と未央に唯とお静。レンの姿もそこにはあった。そしてそんなメンバーをこの海へと招待した張本人である天条院 沙姫が傍に九条 凛と藤崎 綾の2人を連れて全員の前へと出る。

 

「ようこそ皆さん! 我が天条院家のプライベートビーチへ! この広がる青い空に! 流れる白い雲に! そして(わたくし)天条院 沙姫に感謝し、存分に楽しんで」

 

「真白~! 海に入ろー!」

 

「って人の話を聞きなさい!」

 

 堂々と出て語り始めた沙姫だったが、招待された一同はララを初めとして殆どがその話を聞いていなかった。リトは赤面。猿山は女子達の水着姿に鼻の下を伸ばし、レンがそれを咎める。里紗と未央はお静を連れて既に海へ入り、唯は不安そうに浮輪へ身体を入れながらも砂浜で海を見つめていた。ナナとモモも自由に入り始める中、入らずに目の前の光景を見つめていた真白は隣に立つヤミと美柑にララの言葉を聞いてから視線を向ける。既に海の中に入っているララは春菜と共に真白を待っており、その光景に美柑は少し微笑んで「入ろっか?」と真白に告げる。真白が頷けば、ヤミも頷き、そして3人は海の中へ……入る前に真白へ声が掛けられる。

 

「待ちなさい。海へ入る前にするべきことがあるでしょう?」

 

 突然掛けられた声に振り返れば、そこには招待された者の中で一番最年長である御門が砂浜に敷かれたシートの上に座り、掛けられたパラソルの下で小さな瓶を片手に待っていた。何の事か分からず首を傾げるが、御門は「とにかく来なさい」とだけ言って真白を誘う。少し黙り続けた後、真白は美柑たちに先に入る様に促して御門の傍へと近づいた。

 

「陽が差す空の下で肌を晒すなら、オイルを塗っておくのは常識よ。日焼けすると後で痛いし、何より白い肌は大切にしなさい」

 

 既に海も2回目であるが、今まで気にした事の無かった真白は御門の言葉に余り分からなそうに首を傾げる。その姿に御門は溜息をついた後、横になる様に真白へ告げた。悪意など一切無い事は間違い無く、真白は何かを疑う事も無く御門の言う通りにシートの上へ横になった。御門は少し慣れた手つきで真白の胸を隠す水着の後ろを外し、瓶から液を手へと落としながらそれを背中へと塗り広げ始める。

 

「っ……ん……」

 

「少しひんやりするけれど、我慢しなさい」

 

「ん…………っぁ」

 

 背中へと広がる粘り気のある液と、それを広げる御門の手に真白は微かに反応を示す。まだ背中で一番敏感な場所には触れていないが、何れ来る事も考えて真白は少しだけ強く目を瞑って耐え始めた。御門はそんな姿に微笑みを浮かべながら、手は止めずに楽しそうに遊ぶ生徒達の姿を見る。結城家程では無いが、それでも真白と短く無い時間を過ごしていた御門。だからこそ1年前にララが来て以降から今までの出来事などを思い返した後、燥ぐ生徒達の姿に……そんな者達と親しくなっている真白の姿に感じるものがあった。

 

「前にも言ったけれど、貴女の周りも賑やかになったわね」

 

「……そう」

 

「大事にしなさい。貴女が作った繋がりを」

 

「……」

 

 御門の言葉に真白が何かを答える事は無く、静かにその手を受け入れていた。余り言葉を口にしない真白が今何を考えているのか、御門は気になりながらも無反応であるその姿に小さな悪戯心が湧き上がる。背中の一部が敏感である事を知っている御門は、その姿を見て見たいと思うが故に手を伸ばした。

 

「っ! ひ、ぁ!」

 

「あら、御免なさいね。少し刺激が強かったかしら?」

 

「……平、気……んんっ!」

 

 普段反応が少ない真白だからこそ、中々見る事の出来ないその反応に御門は笑みを浮かべながらも謝罪。その手を止める事は無かった。うつ伏せで横になっている真白に御門の表情は見えず、更に刺激しようとした御門は突然真白の身体を包んで持ちあげたまま連れて行く金色の髪に悩む事も無く溜息を吐きながら視線を動かした。少し目を細め、真白を保護しながら御門を警戒するヤミの姿がそこにはあった。

 

「少し、過保護過ぎるんじゃ無いかしら?」

 

「いくらドクター御門と言えど、真白に手を出すのなら許しません」

 

「はぁ……」

 

 真白は現在、胸に水着を付けていなかった。だがご丁寧にヤミは真白の上半身を包みながら御門から回収した為、それが晒される事は無い。しかし御門はヤミのその姿に同じく目を細めて何かを思案しながら話しかけ、帰って来た返答に分かり易く溜息をついた。残された真白の水着を手に取り、ヤミに見せる様に差し出せば細い髪がそれを回収。身体を包んだ髪が小さな空間を作り、髪によって差し出された水着を真白は受け取ると付け始める。

 

「前から1つ、聞きたかった事があるわ。貴女、真白の事をどう思っているのかしら?」

 

「? 質問の意味が分かりません。真白は家族です」

 

「そう。ならもし真白が今の様な姿を見せた時、貴女は何も感じないのかしら?」

 

「! どう言う意味……ですか?」

 

 水着を付けていて話を一切聞いていない真白の横で、御門と話をするヤミ。首を傾げながらもされた質問に返せば、再び掛けられた質問にヤミが一瞬動揺した様に御門には映った。そして帰って来た質問に御門が答える事は無く、何かを思案しながらも「もういいわ」とだけ告げて手についたオイルを拭き始める。ヤミは御門の行動に納得が出来ずに声を掛けようとするが、口を開くよりも先に遠くから掛けられる美柑の声に振り返る。笑顔で手を振りながら海に入る様に誘っており、既に水着を付け終わった真白はヤミの姿に首を傾げながらも隠さなくて平気である事を伝えると海へ向かう様にヤミへ告げる。美柑の誘いと真白の言葉に断る事も出来ず、ヤミは御門への質問を続ける事が出来なかった。

 

「自覚無し……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各々に海を楽しみ続けた一同は一時、休憩する事となった。美柑に誘われ、ララと春菜と共に海の中を存分に泳ぎ遊び続けた真白は沙姫の家が保有するプライベートビートと言う事もあって普通の海には存在しない貸し切りの休憩スペースで昼食などを食べる。先程まで遊び続けていたが、里紗と未央はまだ遊び足りない様子。先程までお静と共に遊んでいたが、何かを思いついた様に立ち上がると全員に提案する。

 

「皆でビーチバレーやろうよ!」

 

 全員で楽しめる遊びの提案に反対する者は居らず、沙姫も乗り気だった事から直ちにネット等がプライベートビーチの一角に用意される。ボールも準備され、残すはチームを作るだけ。里紗と未央は2人で組むつもりだった様で、その2人を元に2人1組を作る事となった。ヤミは美柑に誘われ、ララは横で誘うレンが見えていないかの様に真白へ一緒に組もうと誘いを掛ける。ナナとモモは2人で組むつもりの様で、お静は御門と。唯と春菜はララと真白の会話を聞いて組むだろうと判断し、元クラス委員と現クラス委員のコンビが出来上がる。真白はララの誘いに乗る事にし、やがて残った男子組が3人の内でペアを組む事に。そこで猿山が思いついた様に口を開いた。

 

「俺は審判やるわ!」

 

 それは一瞬でも女子とコンビを組めると思っていたが、結果的に野郎と組むことになった事でならばいっその事誰とも組まずに違う事をしようと決意した男の提案であった。確かに審判は必要不可欠であり、猿山の提案は了承される。結果、リトとレンが組むこととなった。対戦相手はくじ引きで決定される事となり、凛とペアを組んだ沙姫が全員の前に1歩出て話し始める。

 

「それではこれより天条院家主催、ビーチバレー対決を始めますわ! 優勝者には賞品も用意して差し上げます!」

 

 天条院家が用意する賞品。それだけで期待は高まり、里紗と未央を初め各ペアの士気が上がる。笑顔で「頑張ろうね!」と心から今の状況を楽しむララの言葉に、真白は静かに頷くのだった。



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第57話 激闘! ビーチバレー対決!

 里紗と未央の提案で始まったビーチバレーは天条院家主催の大会へと変わり、それぞれがペアを結成して対戦相手を決めるくじ引きに参加する。ペアは全部で8組であり、トーナメント形式で進行。やがて始まったくじ引きの結果、ララ真白ペアはお静御門ペアと対決する事が決定する。試合のコートは急遽決まったという事で1ヶ所のみ。最初の試合は真白が参加する試合では無く、里紗未央ペアとナナモモペアの対決であった。

 

 天条院 沙姫の命令で即座に作られたネットを挟んでコートの中に入る4人。宇宙人と地球人では身体能力に大きな差が出てしまう為、極力地球人側と合わせる様に約束させられたナナとモモはどれ程の力加減でやれば良いのかと思案し続ける。そして何気なくナナが片手を上から下へ下げれば、それだけで地面の砂が大きく舞い上がり粉塵が広がる光景に里紗と未央は思わず顔を引き攣らせる。そうして心配を残しながらも、試合は始まる。

 

「それではこれより、籾岡沢田ペア対ナナモモペアの試合を始める!」

 

 足の長く位置の高い椅子に座った猿山はそう宣言すると同時に用意されていた笛を首に掛けていた為、それを口に加えて勢いよく吹く。甲高い笛の音が響き、先にボールを手にしていた里紗のサーブから試合はスタートする。空へと上がったボールを追い掛けて地面に落とさない様に上手く空へと上げ、隙を見れば相手のコート内へ。ナナとモモも上手く地球人に合わせており、試合は見事に4人の女子による白熱したものとなっていく。

 

「いくよ! 里紗!」

 

「良いよ! 未央!」

 

 声を掛け合うと共に未央がボールを里紗の頭上目がけてゆっくりと狙える速度で上げる。コートのギリギリで待っていた里紗はタイミングよく飛び、そのまま力強くボールを叩いてナナとモモが立つコートへと叩きつけ様とした。が、何時も仲の良い二人のコンビネーション技であるそれは同じく仲が良く双子であるナナとモモのコンビネーションによって防がれる。

 

「ナナ!」

 

「任せろ!」

 

 地面へと迫るボールはモモの位置からでは間に合わない。だがモモに掛けられた声にナナは答え乍ら地面とボールの間に文字通り滑り込んだ。斜めに滑り込んだ身体のその平らな胸によってボールが上へと上がり、好機とばかりに今度はモモがそのボールを未央同様に次へ繋げる為に上げる。決まると思っていた為に反応が遅れた里紗と未央を前に、ナナはすぐに立ち上がると口元に八重歯を覗かせ乍ら笑みを浮かべた。

 

「此奴で終わりだ!」

 

 大きく飛びあがったナナの地球人に合わせたスマッシュによって戻って来たボールは里紗と未央の真ん中を通過して地面に落ちる。猿山はその光景に笛を鳴らし、ナナはガッツポーズをしながら喜びを表現した。だがまだ1点である。本来は21点1セットを2回と15点1セットを1回の計3セットで行うものだが、これはあくまで遊びの延長線。故に7点先取の1セット勝負と決められていた。つまりナナとモモのペアは勝利まで後6点取る必要があり、里紗と未央もまだまだ勝機があった。

 

 その後、1回戦最初の試合は白熱した。ナナとモモはルール上身体能力を加減してはいるものの、試合には真剣に取り組んでいる為に点を取って取られてを繰り返す。そして猿山による試合終了の笛が鳴り響いた時、里紗と未央は汗を掻きながら地面へと仰向けに横になった。猿山の座る椅子の隣には試合に参加しない綾が立って居り、その傍には得点番が存在していた。そしてその得点番は里紗未央ペアの方に6と。ナナモモペアの方に7と記されている光景。勝者は、ナナモモペアであった。

 

「あぁ~! 負けた!」

 

「ふふ、良い試合でした」

 

 言葉は悔しそうにしながらも、その表情には笑顔を見せる里紗。そんな彼女にネット越しではあるが、微笑みながらモモが声を掛ける。ナナも未央と話をしており、その後体力を少し取り戻した里紗と未央は加減していた故に体力に余裕のあるナナとモモと共にコートから外へ。すぐさま次の試合の準備が始まる。真白たちは3回目であり、次の試合はリトレンペアと美柑ヤミペアの対決であった。

 

「まさか君と組むことになるとはね、結城 リト」

 

「あはは……まぁ、よろしく頼むな」

 

「頑張ろうね! ヤミさん!」

 

「そうですね」

 

 ネット越しにお互いのペアが相方へと声を掛ける。レンとリトは普段仲が余り良い訳では無い為にチームワークに期待は出来ないだろう。だがレンは宇宙人故に身体能力が高く、抑えていてもある程度の戦力は間違いが無い。そしてリトも地球人の中では間違い無く運動神経が良い為に個々の力があるだろう。対する美柑とヤミは普段から真白も存在するが、日常的に一緒に居る為に仲は良好。これから始まる試合を前に、真白へと一度視線を向けながらもヤミはネット越しにリトを見る。

 

「覚悟してください、結城 リト」

 

「か、加減しろよ!?」

 

 ヤミからの言葉に恐怖しながらも答えたリト。やがて猿山による開始の合図と共に、美柑がボールを打ち上げる。飛んできたボールを取る為に近かったリトが動き始めたが、そんな彼の傍にレンが近づいた。気付いた時には間に合わず、2人の身体がぶつかり合うと同時に身体が下がってしまい、ボールはそのまま地面へと落ちてしまった。

 

「何をする! 結城 リト!」

 

「いや、今の位置は俺が取ってレンが打つべきだろ!?」

 

「ふん。貴様のアシストなど要るものか。僕1人で十分だ」

 

「それじゃあ試合になんないって……」

 

 個々の力は強くとも、ビーチバレーでは相方の協力が必要不可欠である。嘗てリトを敵と考えていた名残なのか、未だに敵意を消さないレンの言葉にリトは思わず頭を抱えた。そしてそんな光景をネット越しに見ていた美柑はやれやれと言った様な仕草をし乍らヤミに視線を向ける。

 

「何か、凄く簡単に勝てそうだね?」

 

「その様ですね。早く終わらせましょう」

 

 それからリトとレンは上手く合わせる事が出来ず、意図も簡単に4点先取されてしまう。このままでは勝つ事が出来ないと思い、ほぼ諦めかけたリト。だが突然レンが動きを止めると徐々に顔を青くし始める。リトを始め全員がその表情の意味を理解出来ない中、当の本人は内なる【もう1人の自分】と会話をしていた。それはルンであり、彼女は真白とペアで無い事を悔しがりながらも試合が出来る事を楽しみにもしていた。だからこそ、明らかに合わせようとしないレンへ冷たく告げる。

 

「(もし今のまま真白ちゃんとの試合が出来なかったら、お仕置きだから)」

 

「(お仕置き? 何方かしか居られないのに、そんな事出来る訳無いじゃないか!)」

 

「(女子更衣室で鼻こより。あ、ライブ中でも良いかな? きっと私のファンが怒ってレンに襲い掛かるよ……ふふふ)」

 

 最初はルンの言葉に余裕だったレンだが、彼女の言葉に想像したレンは思わず震えてしまう。唯でさえルンの状態からレンになった時、女子制服を着ている為に変態に近い恰好となるのだ。女子更衣室で変われば変態どころでは済まず、ライブ中に変わってしまえば怒りの対象となっても可笑しく無い。明らかにルンにも支障が出るが、その声音はそれでも構わないという覚悟を感じさせるものであった。故にレンは歯を食いしばり、プライドを一時捨てる。

 

「ゆ、結城 リト。今だけ……今だけ、君に合わせてやる!」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「この勝負に勝たないと大丈夫じゃ無くなるんだ!」

 

 レンの言葉に呆けるリトだが、その後に続けたレンの必死な表情にリトは何があったのかは分からずとも頷いた。そしてそこから、2人の反撃が始まる。今まで点数を余裕で取れていた美柑とヤミ。だが決まると思って放った美柑の1発は簡単にレンに受け止められ、リトへと渡る。そしてリトは高い跳躍力と共にそれをスマッシュした。その勢いは強く、余裕だと思っていた美柑は反応する事が一切出来ない。そしてヤミは反応するものの、落ちた先はコート外ギリギリだった為に間に合わなかった。結果、リトレンペアに1点が追加される。美柑は気を引き締めてヤミは変わらず、レンは必死になってリトはようやくちゃんと試合が出来る。それぞれ思い思いの感情を抱きながら、試合は本格化する。

 

 1回戦に引けを取らない白熱した試合はやがて終わりを迎える。綾が得点番を動かし、猿山の終了を告げる笛と共にリトは膝に手を置いて息を切らせながら額を拭う。

 

「はぁ……はぁ……か、勝った……」

 

 リトとレンが協力する様になった事で、試合は一変。先に4点取られてはいたものの、その後2点を取られながら7点を取り返すという奇跡を2人は起こした。ネットの反対側では美柑がヤミに謝り、ヤミが美柑は悪くないと首を横に振る姿があった。見ていた者達も最初は美柑ヤミペアが勝利すると思っていたが、まさかのどんでん返しにリト達を好意的に見ると同時に美柑とヤミにも賛辞を送った。

 

 試合は3回戦目となる。ララと真白が、お静と御門がコートへと入る光景に全員が興味津々とばかりに視線を向ける。

 

「真白! 頑張ろうね!」

 

「ん……」

 

「身体の調子は平気かしら?」

 

「はい! 偶に抜けちゃいますけど、最近は大分慣れて来ました!」

 

 元気よく声を掛けるララとそれに頷いて答える真白。反対側では御門がお静の調子を聞いてお静は笑顔で答えていた。お静は新しい身体を手にしてすぐは何かの拍子に身体からその魂が抜けてしまう事が多かった。だが学校での授業では体育などもある為、慣れる環境が多かったのもあって今では大分増しになっている。故にお静の答えに御門は相槌を打った後、反対側に立つ真白とララへ視線を向ける。

 

 猿山による笛の音を合図に始まった試合。お静のサーブでボールが飛んで来ると、真白はそれを受け止めてララの元へと飛ばす。そしてララが飛んでスマッシュをすればお静がそれを受け止めて今度は御門へ。普段余り動く印象の無い御門だが、彼女も宇宙人。故に身体能力は高く、抑えていても地球人に引けは取らないだろう。この試合に地球人は存在せず、抑えながらも行われる試合はそれでも常識から外れていた。打てば取られ、取れば打つ。最初の1点すら決まらずに数分試合は続いた。だが突然、その場に居た誰もが予想しなかった出来事によって、点が決まる。

 

「あら?」

 

 飛んできたボールを上に上げようと構えていた御門。そんな彼女の元へと降りたボールは御門の手では無く、その大きな胸に着地する。ボールが触れた事で揺れた胸に猿山が鼻の下を伸ばし、ナナが胸元に手を当て乍ら憎々し気に見つめる中、跳ね返ったボールはネットに触れてお静御門ペアのコート内へと落ちる。少し遅れて笛が鳴り、ララ真白ペアに点数が入った。

 

「やったね真白!」

 

「……まだ」

 

 長い攻防の末に決まった1点。それにララは喜びながら真白に飛びかかる。まるで試合が終了したかの様な喜び様に真白は抱きしめられながらもララに答えるが、次が始まるまでララが離れる事は無かった。次のサーブは真白であり、ボールが来た事でようやく解放された真白はそのボールをララの上へ向けて飛ばす。再び始まった長い攻防の中、今度は滑り込もうとしたお静が身体から抜けてしまった事で再びララ真白ペアに点数が入る。そしてララが再び真白を抱きしめた。元々無かった抵抗は諦めに変わり、何を言うでも無く次が始まるのをそのまま待つ真白。だが決して嫌がっている訳では無い事が、分かる者には分かった。1名、目を細めてその光景を不機嫌そうに見つめる者が存在するが、誰も気付く事は無い。

 

「少し、本気で行きましょうか」

 

「? 何するんですか?」

 

 御門の言葉にお静が首を傾げる中、再開した試合は先程よりも長く続き始める。胸で弾かれる事も魂が抜ける事も無く攻防を続けていた時、御門が狙った様に後ろ側のコートとコート外ギリギリへ向けてボールを叩いた。ララと真白が間に会う事は無く、点数となったその御門による攻撃はその後も行われる。真白とララが間に合わない位置へと誘導され、そして点数を取る決め技。だがそれも3点程取ったところで真白が気付くとララへ視線を向ける。

 

「……距離。……気を付けて」

 

 真白の言葉に首を傾げながらもララは言われた通りに距離を意識しながら立ち回り始める。真白と近づき過ぎず、前に出過ぎずに片側の全体へ間に合う様に意識して。すると御門は今までの事が出来なくなり、再び長い攻防の末に点数を取られる様に。今までで一番時間の掛かる試合を続け、やがて終了の笛が鳴り響いた時。1点差で勝利したのはララ真白ペアであった。因みに最後の1点は最初と同じ、御門の胸による事故である。

 

「真白ー!」

 

 喜びと共に抱き着くララに抱きしめられたまま、真白は抵抗もせずに立ち続ける。美柑やヤミの様に自分よりも身長が低ければ頭を撫でる等の返しをしていたかも知れないが、ララが相手では抑え込まれるに等しい為に何も行動を起こすことは無い。お静は悔しさよりも楽しかったという思いの方が強い様で、「またやりたいですね!」と笑顔で告げる。そして御門は勝敗を気にした様子も無く軽い溜息を吐きながら、終わった事に安堵している様子であった。

 

 最初に決められた対戦も次で最後。4回目となる試合は春菜唯ペアと沙姫凛ペアの対決であった。真白たちが退場した後、コートに春菜と唯が入れば突然聞こえて来る高笑いに視線を向ける。反対側のコートで右手の甲を左頬に当て乍ら余裕そうに高笑いをする沙姫の姿がそこにはあり、春菜は苦笑いを。唯は呆れながらも勝利を確信する様なその姿に見返そうとやる気を出す。……そんな中、沙姫の高笑いの横で静かに立つ凛は静かに目を瞑りながら一瞬だけ見ている者が集まっている場所へ視線を向ける。

 

「凛……凛!」

 

「……! 何でしょうか、沙姫様」

 

「上の空だった様だけれど、何処か具合でも? 無理せず、綾と変わってもよろしくてよ?」

 

「いえ、問題ありません。沙姫様のお役に立てる様、全力で私も戦わせて頂きます」

 

 その視線が何処へ向かったのかは凛本人にしか分からないが、沙姫の声に遅れて反応した事で沙姫は心配そうに凛へ告げる。それは彼女の為を思っての言葉であり、凛は首を横に振った後に強い意志と共に沙姫へ誓う様に答えた。本人が平気と言ったのならそれを信じるといった様に、沙姫はそれ以上言う事も無くネットの向こうに立つ2人へ視線を向ける。

 

「行きますわよ、凛!」

 

「はい! 沙姫様!」

 

「古手川さん、頑張ろうね」

 

「えぇ。やってやるわ!」

 

 各々が鼓舞し乍ら猿山の吹く笛と共に試合が始まる。宇宙人が1人も交じらない地球人のみの試合。運動神経が悪い者も居らず、その試合は取って取られての接戦を繰り広げ続けた。そして両ペアが6点を取り、次の点数で勝者が決まる時。沙姫が上げたボールに凛は強い視線を向ける。アタックをするチャンスであり、何処へ落とすかを瞬時に判断。沙姫から託される様に名前を呼ばれ、凛は大きく空へ舞った。

 

「はぁ!」

 

 春菜と唯が取ろうとするが、何方も間に合う事無くボールは砂の上へ後を付ける様に叩きつけられる。終了の笛の音と共に沙姫凛ペアの勝利が決まった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝利を飾ったペアは次の段階へ。2回目のくじ引きを行い、次の試合で勝ったペアが最後の戦いへと駒を進める事となる。ララ真白ペアはくじ引きに参加し、対戦相手に決まったリトレンペアに視線を向けた。

 

「よろしくな、真白。ララ」

 

「……よろしく」

 

「くっ、ララちゃんと戦う事になろうとは……」

 

「レンちゃんと遊ぶの、久しぶりだね!」

 

 リトが笑い掛け乍ら話しかけ、真白が静かに頷きながら答えるその横で悔しそうに拳を握るレンと楽しそうに話すララの姿があった。少し離れた場所ではナナとモモが対戦相手に決まった沙姫と凛に話しかけており、少しの時間へ経て試合が開始される事となった。沙姫と凛は先程動いたばかりだった為、比較的多く疲労が回復しているララ真白ペアとリトレンペアの対決を先に行う事が決定。両ペアはコート内へと入り始めた。

 

 猿山の鳴らす笛と共に試合が開始され、最初にボールを受け取ったレンがサーブをすると誰もが思っていた。だが笛が鳴り響いた後も一向に動く様子の無い彼に全員が首を傾げる。現在、彼はまた内なるもう1人の自分であるルンと会話をしていた。先程は勝たなければお仕置きと言われ、具体例を出された為に本気でリトと協力しあったレン。しかし今現在告げられる彼女の願いはレンが叶えられるものでは無かった。

 

「(変わって! 真白ちゃんと戦うなら、私に変わって!)」

 

「(都合良く変われる訳ないだろう!?)」

 

「レン、おいレン! 大丈夫か?」

 

「へ、平気だ(頼むから黙っててくれ!)」

 

 ルンのお願いに頭の中で会話をしていれば、始めないレンにリトが声を掛ける。そこで待たせてしまっている事に気付いたレンは強くルンに言って試合を開始した。頭の中では納得していないルンが何時までも変わる様に言い続け、レンは集中することが出来ないまま試合を続ける。リトがレンにアタックさせる為に上げたボールも、ルンの声が頭の中で響き続ける為に気付けず地面へ落ちてしまう。明らかに可笑しなレンの姿にリトが話し掛けようとした時、レンを今の状況から解放する予兆が訪れ始める。鼻へ感じるむずむずとした感覚と開いてしまう口。リトを始めこの場に居る大勢の者がそれが何かを知り、そしてレンの場合は不味い事を知っていた。だからこそ、今現在海パン姿のレンでは非常に不味かった。

 

「は、ふぁ……」

 

「ま、不味い!」

 

 傍に居たが為に逸早く気付いたリトだが、彼にどうにかする術は無かった。やがて、無情にも放たれたレンのくしゃみは彼の身体から煙を発生させる。そしてそこから現れたのは海パンを履いて胸を曝け出したルンの姿であった。隠される事無く晒されるその乳房に御門の時以上に鼻の下を伸ばす猿山と顔を真っ赤にして視線を逸らすリト。状況を見ていた者達も流石に焦る中、当の本人は気にした様子も無くネットの向こうにいる真白へ笑顔で手を振り始めていた。

 

 その後試合は一時中断となり、レンはルンとなってしまった為に試合はララ真白ペアの勝利と言う事で決着する。上着を貰い、隠すべき場所を隠しながらルンは真白とビーチバレーが出来なかった事に肩を落とす。そして真白とペアを組むララに嫉妬しながらも観戦者としてその場に居る事になった。元々優勝に拘っていなかったリトは残念そうにしながらも「仕方が無いさ」と諦め、試合はナナモモペアと沙姫凛ペアの対決へ移る。

 

「これで勝てばお姉さまとシア姉様、2人と戦う事になりますね」

 

「とっとと終わらせて、早くやりたいぜ」

 

「あら、私たちに勝てるとでも?」

 

「優勝は沙姫様のものだ。……それに戦いたいのはお前たちだけじゃない」

 

 コートの中に立ち、ネットの向こうに立つ沙姫と凛を前にまるでそんな2人が映っていないかの様に会話をするナナとモモ。余裕そうな彼女達に沙姫もまた余裕そうに返し、凛が告げる。だがその後に続けた言葉は小さく、しかし傍に居る沙姫よりも宇宙人故か聴力の高かったモモの耳にその言葉はしっかりと届いていた。凛の声音は決して好意的では無く、何方かと言えば敵対する相手に向けたもの。モモは凛の姿に少しだけ目を細めながらも、始まる試合に改めて集中する事とした。

 

 宇宙人故に力を抑え、それでも負けない様に戦うナナとモモ。だが2人が思っていた以上に沙姫と凛のコンビネーションは完成されたものであった。決して手も足も出ない訳では無いが、姉妹の絆とはまた違う主従の絆は沙姫と凛の場合強いものであった。

 

「これで、終わりですわ!」

 

 沙姫の叩いたボールは真っ直ぐにナナの元へ。受け止められると八重歯を見せ乍ら構えた時、ナナの差し出した腕に落ちたボールはナナの胸へ当たると同時に前へ飛んでしまう。その先にあったのはネットであり、点数は沙姫凛ペアのものとなる。そしてその1点が、勝負を決める最後の1点となった。

 

「ナナの胸で前の試合は勝てましたけど、負けるのもナナの胸が決め手になってしまいました」

 

「おい、モモ。馬鹿にしてんのか? 馬鹿にしてんだろ? ペタンコで悪かったな!」

 

 モモの馬鹿にする様な言葉にナナが怒りを露わにしながら叫ぶ中、無事に勝利する事の出来た沙姫と凛はそれぞれ次の相手に視線を向ける。

 

「最後に立ちはだかるのはやはりララ。今日こそ何方が上か、はっきりさせますわ!」

 

「三夢音 真白。あの時の借りを、返してみせる……!」

 

 元々沙姫はララへ敵意を抱いていた。だからこそ勝敗が決まるこれからの戦いに今まで以上のやる気を見せ始める。そしてそれは凛も同じであった。嘗て行われた【彩南高スポーツフェスタ】。その時沙姫のサポートを行っていた凛だが、唯を背に競技に参加していた真白に場所を気付かれると共に全ての攻撃を交わされるという出来事があった。綾が必死に沙姫を手助けする中、真白のゴールを止める事が出来なかった事に悔しい思いを抱いた凛。謝った彼女を沙姫は優しく微笑んで許したが、凛自身が自分を許すことが出来なかった。……そして今、その悔しい思いをした相手と凛は再び合間見える事となる。雪辱を果たすため、凛は覚悟を決めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより、最終対決を始める!」

 

「沙姫様! 全力で応援させていただきます! 凛も頑張って!」

 

「真白さん! 頑張ってね!」

 

「お姉様! シア姉様! 頑張ってください!」

 

 猿山の声と共に綾から沙希と凛へ声援が送られる。同じ様に美柑やナナとモモからララと真白へ声援が送られ、それぞれ試合に参加する4名はコートの中へ。勝つ気満々な沙姫と一度目を閉じて息を吐きながら改めて集中する凛とは対照的に、最後まで楽しそうにするララと何を考えているのか分からない無表情の真白が向かい合う。先にサーブを始める凛がボールを受け取り、猿山が鳴らす笛の音を待ち始めた。最終戦と言う事もあり、場は不思議な緊張感に包まれる。

 

「始め!」

 

「!」

 

 声と共に響き渡った笛の音。それを合図に凛がボールを飛ばす。飛んできたボールをララは迎えると大きく空へ飛ばし、ネットのすぐ傍へ移動。ララが浮かせたボールを真白は次にララへ繋げる為に上げると、狙い通りにネットの傍へ。ララはタイミングよく飛び、それを相手のコート内目掛けて叩く。だがそんなララの目の前にネット越しで沙姫が現れた。

 

「させませんわ!」

 

「うわぁっと! 真白!」

 

「!」

 

 沙姫がララのアタックを両腕を使って防ぎ、その身体に当たったボールはララと真白のコート内へと戻ってしまう。打ったララに対処する術は無く、着地しながら振り返って真白の名を呼んだララ。そこには丁度滑り込んでボールを完全な落下から防ぐ真白の姿があった。ララはそれを見てすぐに今度はアシストに回り、真白がアタックへ。行動の早さに沙姫達が驚く中、すぐに真白によるアタックが行われた。今度は地面に身体を滑らせながら凛がそのボールを取ろうとするが、運悪く凛の腕に当たったボールはそのままネットとは反対のコート外へと出てしまう。

 

「くっ、やりますわね!」

 

「だが、負ける訳にはいかない……!」

 

「ふぅ……助かったよ、真白!」

 

「ん……」

 

 まずは1点。だが沙姫と凛も抑えているとはいえララと真白に遅れを取らない動きをしており、今まで以上の戦いを誰もが予想した。そしてその予想は的中し、次に点数を取ったのは沙姫凛ペアであった。当然お互いに最初の点数であり、相手が相手の為に油断は一切無い。気づけば来た際には強い陽を照らしていた太陽も沈み始め、茜色に染まる砂浜の上で4人は動き続ける。

 

「お、終わらねぇ……」

 

 リトは今現在も目の前で行われる際を前に思わず呟く。既に3点を互いに取り、今は4点目を賭けた試合。しかし今に至るまで既に1時間以上が経過しており、この調子で行くと7点先取が決まるまでには単純に計算してもう1時間以上掛かることだろう。

 

「はぁ……はぁ……まだ、終りませんわ……!」

 

「負ける……ものか!」

 

 肩を上下に動かして苦しそうに呼吸をする2人。そんな彼女達とは対照的にララと真白は疲れた様子を見せず、変わらぬ姿であった。根本的な体力の量に加えて力を抑えているという現実が埋められない差を作っているのだ。傍から見ればもう沙姫も凛も限界に近い。だが2人に諦める様子は無く、それに答える様にララと真白も真剣に続けていた。

 

「これで!」

 

 凛が強く打ったボールの先には真白が立っていた。上げる為に既に構えており、真白の手によって打ち上がったボールを前に最初と同じ様に飛んだララ。真白は返された時に対応出来る様に移動するが、その時凛は微かに自分から見て真白が左側に立っていると知る。途端、沙姫が同じ様にブロックに入る光景を前に叫んだ。

 

「沙姫様! 右です!」

 

「! 貰いましたわ!」

 

 凛の言葉を受け、沙姫は腕を少しずらして返す先を調整する。真白は同じ様に言葉を聞いていたが、時既に遅くララはアタックしてしまう。沙姫の腕に当たって弾かれたボールは真白が立つ場所から特に遠い場所へと飛んで行き、真白が間に合う事も無く地面へ落ちてしまう。結果、4点目を取ったのは沙姫凛ペアであった。

 

「やりましたね、沙姫様」

 

「ナイスアシストですわ、凛」

 

 疲れた身体を動かして互いにハイタッチを交わす2人。流れる汗が飛び交い、周りを輝かせながら落ちていく光景に綾は1人感動を覚える。この調子なら勝てると何処かで確信し、余裕を持った沙姫は汗に濡れた後ろ髪を片手で流しながらララに告げる。

 

「ふふ、ララ。本気を出してもよろしくてよ?」

 

「え? 良いの?」

 

 その瞬間、場の空気が正しく凍りついた。今まで力を抑えて参加していたララと真白。だが沙姫の悪い癖が出てしまい、告げられたララは驚きながら聞き返す。余裕な様子で笑みを浮かべながら頷いて答える沙姫を前に、ララは腕を回して改めてやる気を見せ始める。当然リトを始め見ていた面子はそれぞれ嫌な予感を感じ始め、真白もこのままでは不味いと感じてララへ声を掛けようとする。しかし沙姫は自分が蒔いた種に気づく事無くボールを手にサーブを始めてしまい、間に合う事は無かった。

 

「行っくよ~!」

 

「不味い! 皆、逃げろ!」

 

 飛んできたボールへ大きく跳躍して腕を振り上げたララ。そしてその腕が触れた時、ボールは恐ろしい速さと共に沙姫と凛の立つコート目掛けて返された。宇宙人であるララの馬鹿力を完全に忘れていた沙姫は迫るボールを前に冷や汗を流す事しか出来ず、やがて地面へと着弾したボールは周りにあったネットや猿山等を吹き飛ばして地面を抉りながら進行し続ける。沙姫と凛の間を通過すれば2人は軽々と風圧で吹き飛ばされ、付けていた水着も一瞬で木っ端微塵に。それでもボールは停止する事無く海へと向かい、全員の目の前には綺麗に裂かれた海が見えるのであった。

 

「あれ?」

 

「……やり過ぎ……」

 

 地面に着地したララは相手のコート側から向こうに広がる光景を前に首を傾げ、その姿に真白が静かに告げた。当然その後試合を続ける事等出来ず、ボロボロの沙姫がララ相手に怒るのを前に半ば逃げるに近い形で一同は帰る事となった。

 

 

 

 翌日、海に起きた現象がニュースとして報道されるのを苦笑いしながら見る事となったリトと美柑。大破した天条院家のプライベートビーチには破壊の後が残り、海には原型を留められずにバラバラとなったボールの残骸が浮かび続けるのであった。



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第58話 唯のお見舞い

「少し、良いかな? 三夢音くん」

 

「?」

 

 ある日、学校で突然ある男子生徒に声を掛けられた真白。珍しくヤミが傍に居ない真白は声に反応して視線を向ける。そこに居たのは丸眼鏡を掛けた男子クラス委員長を務める生徒、的目 あげるであった。普段から話す人物では一切無く、真白の反応にあげるは眼鏡を少し触りながら片手にプリントの束を持って口を開いた。

 

「君、古手川くんと仲が良かったよね? 風邪で欠席している彼女に放課後、プリントを届けて貰えないかな? 必要ないかも知れないけど、骨川先生に自宅の地図も用意して貰っているから」

 

「……」

 

 あげるの言葉に真白は言葉を発すること無く、だが静かに頷いて差し出されたプリントの束を受け取る。了承して貰えた事もあり、「頼んだよ」と付け加えて離れるあげるを気にする様子も無く真白は空いている唯の席に視線を向けた。彼の言う通り、唯は今日欠席していた。サボる事等絶対にありえないであろう彼女の欠席は非常に珍しい事であり、風邪と聞いて心配するのは当然の事。あげるに渡されたプリントと一緒に用意された地図を確認した真白は携帯を取り出すと美柑とヤミにメールを送る。美柑は今現在も小学校に行っている為にすぐに気付く事は無いが、それでも残しておけば伝わるだろう。珍しく傍に居ないヤミは用事がある様で、結城家で合流すると真白は伝えられていた。故に真っ直ぐ帰らない事を伝えれば、少しの間を置いて理由を聞くメールが返って来る。その後、詳細を説明してヤミを納得させてから真白は残りの授業を終えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真白! 唯のお見舞いに……って、あれ?」

 

 鞄を手にララが真白の席に視線を向けるが、号令が終わってすぐに教室を後にした真白は既にそこには居なかった。廊下へ出て真っ直ぐに下駄箱を通過した後に数回唯と帰宅した際、お互いが分かれた場所まで辿り着いた真白。渡された地図は既に暗記しており、普段は通らない道を通り乍ら唯の家へと足を進め続ける。やがて到着した1軒家の表札には【古手川】と書かれており、真白は唯の家へ無事に辿り着いた。

 

 玄関の傍にあるボタンを前に手を伸ばして一度押せば、中から微かに聞こえるインターホンの音。やがて鍵が開かれると1人の青年が真白の前に姿を現した。

 

「へーい。ん?」

 

 静かに目を瞑り、頭だけを動かして挨拶する真白の姿を前に青年は見覚えがあったのか考え始める。そして少し考え続けた後に思いだした様に目を大きく開くと真白と目を合わせ始めた。

 

「唯の友達だよな? お見舞いに来たんだろ? あ、俺は唯の兄で古手川 遊。よろしくな。ま、入ってくれ」

 

 青年……遊は以前妹である唯が不良を前に危険な状況に陥った際、助けると同時に唯を連れて逃げた真白の姿を目撃した事があった。その後2人の知らぬところで不良たちにお灸を据えたのは彼だけが知る秘密である。真白は遊の言葉に頷いて肯定すると、遊は玄関を大きく開けて中に入る様に促した。元々唯の様子は気になっていた為、真白は言われた通りに家の中へ。唯の部屋は2階にあり、遊によって部屋の場所を伝えられた真白は真っ直ぐにその部屋へと向かい始める。やがて辿り着いた扉を前に真白が2回扉を叩いてノックすれば、中から唯の声が返事をした。

 

「何? 入って良いわよ」

 

 普段通り少し素っ気なさの交じった唯の言葉を聞き、真白は扉を開けた。中にはパジャマ姿の唯がベッドに座っており、入って来た真白の姿を前に声を上げて動揺し始める。どうやら遊だと思っていた様であり、まさか別の人物が来るとは一切想像していなかったのだろう。慌てる唯を前に真白は扉を閉めると静かに近づき始めた。

 

「……平気?」

 

「え、えぇ。大分熱も下がったわ。……お見舞いに来てくれたのね」

 

「ん……後……これも」

 

「これは、プリント? ……そう言う事ね。ありがとう」

 

 変わらぬ静かな真白の質問に徐々に冷静になった唯は頷いて答えると共に真白へ改めて視線を向ける。唯の言葉に頷いた後にあげるから渡されたプリントを唯に差し出せば、唯はそれを受け取って真白が来た意味を理解した。一瞬残念に感じ乍らも真白にお礼を言えば、そのまま真白はベッドの横。唯の部屋に座ってしまう。何処かでプリントを渡しに来ただけだと思ってしまった唯はその行動に少しだけ驚いてプリントから真白へ視線を戻す。

 

「な、治り掛けは移り易いから帰った方が良いわ」

 

「……平気……風邪、引かない」

 

「あ……そうだったわね。な、なら良いわ」

 

「……」

 

「……うぅ」

 

 帰る様子の見せない真白を前に思わず言えば、返された言葉に納得せざる負えなくなってしまった唯。移さないという事実に安心しながらも、普段通りの沈黙を前に唯は気まずさを感じずにはいられなかった。普段は学校や外などで話をしたり共に居る真白が現在は自分の家の自分の部屋に居るという事実が唯を少し混乱させているのだ。部屋に何か可笑しな物は置いていないか等と気にし始める中、真白は何かをする様子も無く唯を見続ける。すると突然扉から音がすると共に遊がお盆を手に部屋の中へと入って来たことで2人の視線は彼に向いた。

 

「とりあえず珈琲と紅茶を用意したから、まぁゆっくりしてってくれ」

 

「ちょっとお兄ちゃん!」

 

「見舞いに来てくれるくらいにはお前を心配してくれる友達なんだ。大切にしろよ?」

 

 お盆の上には彼の言う様に2種類の飲み物が用意されていた。何方かを飲めなかった際の配慮なのだろう。続けた彼の言葉に唯は思わず反発して声を出すが、遊は気にした様子も無く部屋で座る真白を見た後に笑みを浮かべながら唯に言って部屋を後にする。再び訪れた沈黙の中、真白は自然に紅茶へ手を伸ばしてカップを口元へ近づけた。そんな彼女の姿を前に、唯は自分が最初から緊張している事を理解すると共に少しだけ馬鹿らしくなってしまう。家に来る事等滅多にないが、真白は何処に居ようと変わらないのである。

 

「はぁ……」

 

「……猫」

 

「え?」

 

 思わず唯の口から漏れた溜息。すると突然、カップから口を離した真白が唯に向けて呟く。驚いて顔を上げ乍ら真白を見た唯は、すぐに部屋の中にある物を見回した。本や観葉植物なども存在しているが、それ以上に目に入るのは猫である。実際の生き物では無く、写真やぬいぐるみといったものばかり。真白はそんな部屋に並ぶ猫を見て呟いたのだろう。そして真白は唯と1年以上付き合いがある故に教えられていた事があった。

 

「アレルギーだから、こうして見て楽しんでるのよ。この子とか、可愛いでしょ?」

 

「ん……」

 

 それは唯が猫好きでありながら猫アレルギーであるという事。既に話をして来た中でそれについての話題が過去にあり、故に真白は知っていた。唯は説明する必要が無いと分かっている為に、猫の写真の中でもお気に入りであろう物を手に取ると真白に見せ乍ら話を続け始めた。猫の話をする唯は少し楽しそうであり、真白は肯定しながらも彼女が思う猫への愛について聞き始める。気付けば気まずさなど消え、話に没頭していた唯。一度話を終えたところで語っていた事に気付いた唯は我に返る様に真白へ視線を向けた。そこには普段通りに無表情で唯の話を聞いていた真白を姿があり、だが唯はその顔を前に不思議と思う。その無表情が何処か、微かに微笑んでいる気がすると。

 

 真白は唯の話が終わった事で立ち上がり、それが帰ろうとしているのだと唯は察する。だからこそ、鞄を手に飲み終えたカップの乗ったお盆も手に取った真白へ最後にまた声を掛けた。

 

「今日は、ありがとう。明日には学校にも行けると思うわ」

 

「ん……待ってる」

 

 唯の言葉に真白は静かに頷いた後、部屋を出ようと扉を開けた。途端に1階から聞こえる遊の声が2人の耳に入る。それは唯にまたお客が来たと言うものであり、2人が顔を見合わせる中、足音が聞こえ始める。1人では無く複数人の様であり、真白は出ずに立ったまま部屋の中でその来客を唯と共に待ち続けた。やがて半開きになった扉が開いた時、顔を出したのはララを初めとした最近唯が交流を持つ面子であった。

 

「唯! お見舞いに来たよ! あ、真白もやっぱりここだったんだ!」

 

「良かった、古手川さん。元気そうで」

 

「家よりも直接来た方が速く合流できると思いまして。後、鯛焼きの差し入れです」

 

 一度に沢山の人数が来たことで戸惑う唯を前に元気よく声を掛けるララと安心した様子で胸を撫で下ろす春菜。気付けば真白の傍にヤミも立っており、座る唯へ鯛焼きの入った袋を手渡した。他にもお静やルンの姿もあり、本来病人が居る以上余り騒ぐものでは無いのだが、基本的に元気なララが居ればそれだけで部屋は明るくなる。唯の身体に障らない様に気を配りながらも、結局真白は皆と共にもう少しだけ同じ場所で時間を過ごすのであった。



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第59話 狙われた美柑。御揃いの服

 朝。結城家にて美柑より先にキッチンへ朝食を作る為に入った真白は冷蔵庫を開け、中に入っている量を見て少しだけ黙る。お弁当と朝食の分は足りるが、夕食は少し厳しく見えるその中身。するとエプロンを付けて真白の後に入った美柑がその姿を前に笑みを浮かべて声を掛けた。

 

「今日、帰りに買い物してくるよ」

 

「……分かった」

 

 休日などであれば真白も一緒に行くことを提案しただろう。だが小学校と高校では明らかに下校時刻にずれがあり、美柑を待たせるよりも任せてしまった方が美柑にとっての都合が良いのである。真白は美柑の言葉に頷いた後、食材を取り出して用意を始める。美柑も材料を見て何を作るのか予想し、頼まれるより先に次の準備に取り掛かり始める。そんな手際良く、話さなくても伝わる2人の姿をリビングから少し感心した様子で見つめるナナの姿があった。実は最近、ナナとモモは結城家の屋根裏へ住み始めたのである。基本的に炊事や洗濯等といった家事全般は自分達でやる事とし、結城家の中にもう1つの家が出来た様な形となっていた。

 

「何か、本当に家族って感じだな」

 

 思わずナナはそう呟くと、キッチンから目の前へ視線を移す。現在ナナが座る椅子の向かいには湯呑でお茶を飲むヤミの姿があり、自分よりも明らかに馴染んでいるその姿にナナは少しだけ複雑に感じる。地球に来て長く無く、結城家の屋根裏に空間を作って住み始めてからは更に短いナナはまだ今の環境に慣れたとは言えなかった。不満がある訳では無いが、自分は場違いなのではと少し感じてしまう事もあるナナ。すると静かに湯呑を置いたヤミがナナを見た後に立ち上がる。今現在リビングにはヤミと自分以外誰も居なかった為、ヤミの行動を気にしたナナはヤミがキッチンへ入って行く姿を、そして真白に何かを話す姿を見始める。

 

「? 何だ?」

 

 ヤミの言葉を聞いて静かに頷いた真白が今度は美柑へ視線を向ければ、「平気だよ」と言って手を動かすその姿にナナは頭の上に『?』を作らずにはいられなかった。それから少しして、一枚のお皿を持って戻って来るヤミ。皿の上には2つの黄色く四角い何かが置かれており、ヤミは向かい合わせでナナと挟む様にテーブルの上へその皿を置く。遠くからでは良く分からなかったそれも、近くに来れば『卵焼き』だとナナはすぐに気付いた。

 

「お弁当に入れる卵焼きです。1つ、食べますか?」

 

「! 良いのか!?」

 

 ナナはヤミの言葉に思わず反射的に身を乗り出していた。ナナとモモは既にリトやララがほぼ毎日食べているお弁当が美柑と真白の合作であり、評判も良い事を知っていた。自分達で食事などはどうにかすると約束した手前、美柑と真白が作る結城家の食事を食べる機会は余り無く、故にヤミの言葉に大きく反応したナナ。静かに頷いた後、箸を取り出して1つの卵焼きを食べ始めるヤミを前に尻尾を揺らしてワクワクした様子でナナももう1つの卵焼きに手を伸ばす。ゆっくりと指に挟まれた卵焼きがナナの口へと近づき、やがてその中へと1回で全てが落ちる。途端、リビングから聞こえて来るナナの幸せそうな声に美柑は嬉しそうに笑いながら真白へ視線を向けた。何時も通りの無表情だが、美柑はそんな真白の【笑み】を前に今日の始まりを感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白がヤミと共に結城家へたどり着いた時、中には誰の姿も無かった。ナナとモモが地球観光と称して外出しているのは良くある事であり、リトやララよりも早くに帰っている為にその4人が居ない事は何も可笑しな事では無い。だが小学校はとっくに放課後を迎えており、買い出しに行った場合も大抵は美柑が先に帰っている場合が多い。真白は首を傾げながら中に入り、ヤミも美柑がいない事に気付いて探し始める。結果、結城家に現在美柑の姿は何処にも無かった。

 

「まだ買い物の途中でしょうか?」

 

「……」

 

 ヤミの言葉に少し考え始めた真白。すると突然真白の携帯がメールを受信し、真白はそれを開いた。差出人はリトであり、どうやら学校から才培の元へと行ったらしい彼は画材の買い出しを頼まれた為に帰りが遅くなるとの事であった。真白は了承すると共に美柑が家に居ない事も伝える。少しの間を置いて来たリトの返信には何処かに遊びに行っているのかもしれないと安心させる様な内容と共に、買い出しの時に見かけたら連絡するというものであった。

 

 普段から美柑はしっかり者である。もし誰かと遊ぶために家を開けるとしても、絶対にリトか真白に連絡は入れるだろう。冷蔵庫の中を確認すれば、朝に食材を使ったことでほぼ空になったまま追加されていない事から一度帰って来ている訳でも無い。少し考えた後、真白は鞄を結城家に置いたままヤミに告げる。

 

「……探す」

 

「分かりました。では手分けして探しましょう」

 

 真白の言葉に驚く事もせずに頷いて了承したヤミ。結城家を出た後、2人は別々の方角へ歩き始める。真白が向かったのは買い出しに来る際には必ず通るであろう商店街であり、辺りを見回しながら美柑を探し続ける。すると真白が肉屋を通りかかった時、中に居た店の人物から声を掛けられた事でその足は止まる。真白も美柑も何度も来ている為、顔馴染と言っても過言では無い2人。普段から真白は喋らずに美柑が喋る事も知っている為、店の人物は真白からの返事を待つのではなく美柑が居ない事に。そしてそれ以外の何かに首を傾げた。

 

「さっき美柑ちゃんは肉買って行ったけど、一緒じゃないのかい?」

 

「! ……何時?」

 

「うぇ!? ……え、えっと……30分くらい前かな?」

 

 告げられた内容を聞いて真白は反応を示すと、聞き返す。普段から美柑と言う事もあり、珍しい真白の言葉と声に店の人物は動揺しながらも答えた。真白はそれを聞くとその場所から離れ、美柑が買い出しをしていたのは確かだと確信する。何かの理由で学校が遅くなり、今現在も買い出し中だという可能性も無くは無い。真白はもしそうならば一緒に買い物をして手伝えるのではと考え、美柑の捜索を続行する事とした。

 

 だがその後、美柑が何処に行ったかという手掛かりを見つける事が出来なかった真白は足を動かしながら辺りを探すことしか出来ずにいた。そんな時、突然電話が着信で鳴りだした事で真白はそれを手に取る。相手はリトであり、その内容が急ぎのものであると真白はすぐに理解する。何故なら通話が苦手な真白にメールでは無く着信をする時点で焦っているのが分かるからである。

 

『真白か! さっき美柑を見つけたんだけど、何かララみたいな恰好で空を飛んでたんだ!』

 

「……」

 

『何があったか分からないけど、何かあったのは間違い無い!』

 

 電話に出た真白の耳に機械越しに聞こえるリトの声は予想通りに焦っていた。そして聞かされた内容に真白はララの様な恰好をした美柑を想像する。美柑が好んで着る可能性は低く、故に何かあったのは間違い無いだろう。真白が黙る事は分かっていたのか、リトはそのまま続けると見掛けた場所を真白に伝える。電話を切り、リトが美柑を見掛けたという場所に向かった真白はその周辺で探すことにした。結果、普段とは違い目立つ格好をした美柑の姿は遠くからでも目立った為に容易く見つける事が出来る。道の曲がり角で立つ美柑はリトに伝えられたララの様な服装では無く、ヤミの様な服装をしていた。真白はまず見つかった事に安心して近づこうとするが、見えなかった角の向こう側に明らかに人では無い存在を認識する。今にも美柑に飛び掛りそうなそれは間違い無く宇宙人であり、それを認識してから真白の行動は早かった。その場から文字通り姿を消し、美柑の前へと出た真白。その時、宇宙人の後ろには同じ様に美柑を探していたリトの姿が。互いに美柑を守る為に繰り出した蹴りは綺麗に宇宙人の顔面を挟み、宇宙人はその衝撃に地面へ倒れ伏す。

 

「人の妹に何しようとしてんだ……!」

 

「……」

 

「リト! 真白さん!」

 

 地面に伏した宇宙人を見下ろしながら睨みつけるリトと、無言で見続ける真白。そんな2人の姿に美柑は嬉しそうに声を掛けた。よく見れば美柑の頭にはペケが付いており、「助かりました」と安心している様子。宇宙人が無力化された事で、真白とリトは美柑に近づいた。

 

「平気か? 美柑」

 

「……怪我……無い?」

 

「う、うん。でも2人ともどうしてここに?」

 

「俺は親父に画材の買い出し頼まれて、美柑が居ないって真白がいうから探してたんだ。そしたら美柑がララの恰好して飛んでるのが見えたし、終いには此奴に襲われそうになってたから思わず……ってか何で今度はヤミの恰好?」

 

 心配するリトと真白を前に美柑が質問すれば、頬を掻きながらリトが説明する。それだけで真白が探していた事も美柑には伝わり、リトが続けた尤もな疑問に思わず苦笑いで返した美柑。とりあえず安心した3人だが、その足元では倒れ伏した宇宙人が残った意識で何かを取り出そうとし始める。それは銃の様な機械であり、真白は美柑を心配して。リトと美柑は安心していてその行動に気付く事は無かった。そしてその照準が3人の誰にでも当たる様に構えられた時、その引き金が引かれる……よりも早くその宇宙人の身体に巨大な鉄球が降り注ぐ。地面が割れ、その破壊の中で完全に意識を失った宇宙人。手からは銃が転がり落ち、3人は驚きながらも宇宙人の上に足を鉄球にして立つヤミの姿を認識した。

 

「私の家族に銃を向けるとは、死ぬ覚悟は出来てますね?」

 

 当然意識を失った宇宙人に返答する事等出来ない。その後、殺そうとするヤミを止めてペケの提案で宇宙人をザスティンに引き渡した後、4人とペケは結城家へと帰宅する。そしてその際には当然、どうしてこうなったかの説明もあった。

 

 そもそもの発端は美柑が買い出しに来た際、ララの服に関するデータを増やそうとしたペケと遭遇したと同時に引っ手繰りにあった事が始まりであった。手癖の悪い宇宙人、ヒッタクン星人に財布や食材を引っ手繰られた美柑は空を飛んで探す為にペケの力を借りてララの衣装に。それでも捕まえられず、相手が宇宙人という事でペケが考え付いたのはヤミに成り切る事であった。金色の闇は宇宙で有名な殺し屋であり、宇宙人なら誰もが恐れると思ったんだろう。結果、一瞬怯えさせたもののすぐにその正体がばれて襲い掛かられそうになり、リトと真白に助けられたのである。

 

 結城家へと帰宅すると、既に帰っていたララがナナとモモの2人と共に出迎える。そしてその際、美柑がヤミと同じ服を着ている事に気付いて少しだけ盛り上がる事となった。ヤミも嫌な顔はしておらず、寧ろ何かを考えている様子で美柑から外れたペケと何かを話し始める。普段以上に騒がしく大変な1日であったが、美柑は最後に助けてくれたリトと真白の姿に嬉しさを感じ乍らキッチンへ。この日の夕食は肉屋で半額セールをしていた為に決定したリトの好物、唐揚げであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。ヤミに呼ばれた美柑と真白は結城家の庭へと出る。ララからリトへ送られた巨大な植物、セリーヌが見守る中。ヤミの背後からペケが飛びながら姿を現した。何をする気なのかと首を傾げる中、ヤミは普段着ている戦闘服(バトルドレス)を着ているのとは別にもう1着取り出す。そしてそれを美柑に差し出しながら告げた。

 

「着てください」

 

「……へ?」

 

 突然の言葉に思わず変な声が出てしまう美柑。だがヤミの目は本気であり、美柑は少し戸惑いながらも以前ペケが行ったのとは違う自らの手でヤミと御揃いの服となる。髪の色は違えど身長の近い2人が同じ服を着ていれば仲の良い姉妹等に見えても可笑しく無い。が、ヤミは美柑の姿に頷いた後に今度は真白へ振り返った。そして次にペケへ視線を向ける。

 

「お願いします」

 

「分かりました。真白さん、失礼いたします!」

 

「!」

 

 ヤミの言葉に頷いたペケが何の迷いも無く言うと同時に真白へ突進を始める。急な事に驚きながらもペケを抑えようとした真白。だがペケは突然大きく円を描く様に移動すると、真白の手を避けてそのまま髪の上にその身体を触れさせる。その瞬間、真白の着ていた服はペケの力によって一瞬で変化した。真白が普段、毎日の様に見ているヤミの戦闘服へと。

 

「これで御揃いです」

 

「あ、あはは……これがしたかったんだ」

 

「……」

 

 真白の姿にヤミは頷きながら呟き、ヤミのしたかった事が分かった美柑は苦笑いを浮かべながらも悪い気はしなかった。突然服を変えられた真白は髪に付いているペケを見れずとも見上げ、ペケは「ララ様が喜びそうだったので」と主の為にヤミに協力したことを告げる。するとヤミがゆっくりと真白の横へ近づき、美柑も言われずともヤミとは反対の真白の横へ。身長は真白の方が微かに高い程度故に、年の近い3姉妹の様な姿が結城家の庭に存在した。

 

「は、恥ずかしい」

 

「私の服は恥ずかしいのですか?」

 

「そういう事じゃ無いんだけど……その、一緒だと気恥しいって言うか」

 

「……似合う」

 

「真白さんもだよ。綺麗な銀髪だからヤミさんと並ぶと特に」

 

「美柑も綺麗だと思いますが?」

 

「あ、うぅ……あ、ありがとう」

 

 ヤミの褒め言葉に頬を赤くしてしまう美柑。その後、ペケの機能によって写真が取られた後にしばらくその姿で時間を過ごした3人。後に現像された写真を美柑は大切な宝物として、部屋に飾るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真白! 私の服も着て4人で一緒に映ろ!」

 

 数日後。3人の写真を見たララがナナとモモを引きつれて真白にお願いしに来るのは、ある意味当然の事であった。



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第60話 クラスメイトから友達へ

 昼休み。昼食を終えた真白は2年A組のクラスに戻って来ると同時に里紗と未央に目の前を塞がれる。ヤミは既に廊下で別れており、共に昼食を取っていた唯が突然現れた2人に驚きながらも真白を守る様に前に出た。明らかに警戒されている光景に里紗と未央は少しだけ苦笑いしながらも何もしない意思を伝えた後、唯の後ろに立つ真白に視線を向け始めた。

 

「今日の放課後さ、一緒にショッピングに行かない? 勿論ヤミヤミも連れて」

 

「……?」

 

「考えて見たら私達って大所帯の時は話す時もあるけど、あんまり一緒に遊んだ事ないじゃん? だから偶にはどうかな~って」

 

 里紗の提案に首を傾げた真白を見て、続ける様に提案した理由を告げる未央。彼女達の言う通り、真白は何か大きなイベントで集められる事等が無い限り2人と接する機会が余り無かった。仲が悪い訳では決して無いが、理由がないと話す機会も無い唯のクラスメイトの関係。それで問題が無いと言えば無いのだが、里紗と未央は満足していない様子である。少しでも話す機会があってこれからもあるのなら、仲良くしたいと思ったのだろう。真白はその提案に少し考え始めるが、それを聞いていた唯は明らかに難色を示していた。誘われているのは真白だが、里紗と未央の2人から連想するのは何方も破廉恥な事を数多く行っているという事。真白もその被害の1人になるのでは? と不安になる中、そんな唯の気持ちを察した様に里紗が口を開いた。

 

「春菜も誘う予定だし、変な事はしないって」

 

「西連寺さんは甘い所があるから安心出来ないわ」

 

「じゃあ古手川さんも一緒に来ない? それなら安心でしょ?」

 

「生憎、今日は用事があって行けないわ」

 

 心配性な唯へ安心させるつもりで春菜も一緒である事と手を出さない約束をするも、信用されない事に自分達への印象が明らかに悪い事を嫌でも理解する2人。そこで未央は唯も一緒に来る様誘い始めるが、残念ながら唯は参加出来ない事を伝える。このままでは何時まで経っても話が纏まらないと里紗が頭を抱えそうになった時、唯の後ろから真白が1歩出て2人の前に立った。

 

「……行く」

 

「! 真白!?」

 

「……平気」

 

「三夢音さんもこう言ってるしさ、良いじゃん?」

 

 実は里紗と未央に提案されて以降の唯が話をしている間、真白はリトと美柑にメールを送っていた。リトは同じ教室の中で猿山と話をしていたのか、メールが来ると同時に真白の状況に気付いてメールで返答。内容は『家の事は任せてくれ』であった。そして今現在小学校に行っている美柑も丁度良く休み時間だった様で返信が速く、『偶には遊んで来ても良いよ。こっちは任せて』と兄妹似た内容の答えに真白は里紗と未央の提案に乗る事を決めたのだ。

 

 真白が決めた以上、唯が文句を言ってもそれは無駄な事。里紗の言葉に少し黙った後、唯は真白に振り返るとその両肩を掴んで告げる。それはまるで初めて遊びに行く子供を心配する母の様に。

 

「何かされそうになったら絶対に逃げなさい。良いわね?」

 

 その言葉に頷く真白の姿を前に、里紗と未央は自分達への信頼の無さに思わずため息を吐きながらも無事に放課後の約束を取りつけられた事に一先ず安心するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後を迎えた真白は帰りの支度を終えた後、普段通りに素早く下校する。だがその向かう先は結城家では無く自分の家であり、着替えた後に商店街の約束した場所で落ち合う事になっていた。教室から出て来た真白と共にヤミも一時家へと帰り、そこで真白は制服から休日に着ている私服に着替えると再び家から外へと出た。結城家に向かう際には急げば急いだ分、やる事を速く済ませる事が出来た。だが約束した場所に全員が揃うには時間が必要であり、家を出てからは急ぐ事無くヤミと歩いて向かい始める。

 

「以前、服装について聞かれた際にお店で色々と試着したことがありましたね」

 

 並んで歩いている途中、ヤミが思い出す様に口を開くと真白は顔だけヤミに向けて話を聞き始める。嘗てヤミは里紗と未央に戦闘服以外の服装を進められ、色々と試着した過去がある。その時に真白の姿は無かったが、これから行くショッピングにヤミは同じ事をする想像をしている様子であった。ショッピングとは決して服装だけでは無いが、基本的な生活での買い物以外に行った事がある買い物はそれぐらいだった為に思い付かないのだろう。里紗と未央の提案から親睦を深める事が目的の様だが、その為のショッピングでどんな買い物をするのかは真白にも分からなかった。

 

「この辺りですね」

 

「ん……」

 

 商店街の待ち合わせ場所に着いた2人は周りを見渡しながら落ち着ける場所を探して少しだけ離れた所にベンチを見つける。その位置は相手が気付き易く、自分達も見つけ易い丁度良い場所だった為に真白はヤミと共に座って待つ事を決める。そんな2人の姿は現在、非常に目立っていた。彩南町にカラフルな髪の色をした者が居るのは自然な事だが、ヤミの様な服装をした者は目立ってしまうのだ。既にヤミがこの町に来て長い日が経つ為、見掛けた事がある者も決して少なくは無い。だが当然始めて見る者も居る為、必然的に2人は視線を集めてしまっていた。その結果何処に居ても2人の存在は色々な人達の目に止まり、待ち合わせ場所に訪れた春菜はすぐに2人の姿に気付くと近づいて声を掛け始める。

 

「三夢音さんにヤミさんも、早いね? もう来てたんだ」

 

「そう言う其方も早いですね。まだ時間には15分程ありますが」

 

 近づいて来る春菜の姿に真白達も気付く。そして掛けられた声にヤミが返した後、まだ里紗と未央が来ていない事もあって3人で一緒にベンチに座る事となった。ヤミも真白も口数が多い訳では無い為、向こうから話を振って来る可能性は限りなく低い。だが以前に銭湯で真白と話をした事のある春菜は気まずさの様なものを余り感じず、リラックスした様子でヤミを挟んで隣に座る真白へ視線を向けて話し掛け始めた。

 

「三夢音さん達は普段お買い物とかするの?」

 

「……偶に」

 

「生活に必要な物を買いに行く程度ですね」

 

 春菜の質問に頷きながら静かに真白は答えると、補足する様にヤミが続ける。普段から接点が多い訳では無い春菜に真白の短い言葉の中に含まれた思いを感じる事はまだ難しかった。以前も1対1だった為に会話と言えるか難しい状況だったが、今はヤミが居る事で間接的ではあるがスムーズに話を出来る事に春菜は内心で驚きながらも安心する。そして同時に真白の言葉数が少ない欠点を補うヤミ、と言う普段から見慣れた2人の光景に改めて納得した。

 

 その後、ヤミの補足を受けながらも真白と会話をし続けた春菜。少しの時間を3人で過ごしていると、離れた場所から掛けられた声に3人は話を止めて視線を向ける。そこにはショッピングに誘った張本人、里紗と未央が私服姿で手を振る光景があった。一度真白は春菜に視線を向けると、春菜はその視線に静かに頷いて立ち上がる。真白も続けて立ち上がり、ヤミも必然的に立ち上がると3人で2人の元へ近づき始めた。

 

「何々? 仲良さげに話してたけど、何の話してたの?」

 

「特に特別な事は話して無いよ。普通にお話してただけだから」

 

「三夢音さんと話が出来たって時点で結構気になるんだけど……?」

 

 全員が無事に集まった時、未央が離れた場所から3人が話をしているのを見ていたのだろう。何を話していたのか質問する。だが春菜は本人が思っている通り、特に特徴の無いごく普通の話をしていた為にその内容を言う事は無かった。が、普段から話しをするとなれば難しい真白との意思疎通が出来ていた事実に里紗は本気で何を話していたのか気になり、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。しかし彼女の言葉に答える者は、誰も居ない。

 

「それで、今日は何処に行くつもりなの?」

 

「一応考えてるけどさ、三夢音さんは行きたい場所とかある?」

 

「……」

 

 無事に合流出来た事で行き先を質問した春菜。里紗はその質問に頭を掻きながら難しい顔で言った後、今度は真白に質問する。だが真白は首を横に振って無い事を示し、その事に今度は腕を組みながらも「仕方無いか」と言って決めた様に頷く。

 

「とりあえず服でも見に行こっか? 後の事はその時考えるって事で!」

 

「じゃあこの前ヤミヤミと行った場所で、今度は三夢音さんをコーディネートしちゃおうよ!」

 

「真白を……ですか」

 

「えっと、大丈夫?」

 

「……ん」

 

 里紗の言葉に腕を大きく上げて元気良く提案する未央。そんな彼女の言葉にヤミは自分が以前された事を思いだしたのか、同じ目に遭う真白の姿を想像し始める。春菜は真白が着せ替え人形の如く色々着せられると思い、心配そうに声を掛ければ特に不安は無いのか普段通りに頷いて返した真白。そして5人はお店に向かって歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里紗と未央が先導しながら辿り着いた店、『Indies Bland Cronos』。女性者の服を中心に変わった服や、下着まで置いてあるお店である。嘗てここで里紗と未央によって着せ替え人形にされた経験のあるヤミは見た事のある内装に落ち着いた様子で事の成り行きを見守り続けていた。真白も店内を周り乍らも何かに気になる様子は無く、春菜は別の場所で服を見ていた。っと、お店の中を歩いていた真白は入ると同時に居なくなった里紗と未央が目の前に現れた事でその足を止める。

 

「見つけた! 三夢音さん、こっちこっち!」

 

「まずはこれから着て見ない? あ、でもこれでも良いかも!」

 

「いや、どうせ全部着るから順番なんてどうでも良いって」

 

 真白を探していたのだろう。服を沢山持った里紗と未央は真白を見つけると、里紗がその腕を掴んで半強制的に試着室に向かって歩き始める。歩く間、未央は持っていた服の中から着る物を考え始め、里紗はその姿に少し投げやりになりながらも明らかに楽しみと表情を見せていた。真白が連れ込まれる姿をヤミも見届け乍ら止める事は無く、春菜はお店の中で騒ぐ2人に注意する為に服を片手に駆け寄る。未央に服を渡されて流れる様に試着室へ真白が押し込められると、駆け寄って来た春菜に気付いて里紗と未央は目を合わせ乍らにやりと笑う。何か嫌な予感を感じ取った春菜だが時既に遅く、注意することも出来ずに真白の隣の試着室に押し込められてしまう。

 

「う、嘘!? こんなの着れないよ!」

 

「良いから着てみなって! 私達の中でそれが一番似合うの、春菜しか居ないからさ!」

 

 隣で衣の擦れる音が聞こえる中、渡された服を手に悩む春菜。だが状況からして着なければ試着室から出しては貰えない様子で、春菜は恥ずかしがりながらも意を決して服を脱ぎ始める。そして少しの時間が経った後に同時にカーテンを開けた春菜と真白の姿に里紗と未央は感嘆の声を小さく上げる。普段から余りお洒落に興味の無い真白はそれでも美柑が選んだ服などを着ていた為に問題無かった。が、今時の女子高生である里紗と未央が仕立てた服装は真白の違った魅力を引き立たせていた。何時もとは違う雰囲気にヤミも試着室の中に立つ真白の姿を見て固まる中、春菜の恰好に別の意味で喜ぶ里紗と未央。

 

「も、もう良い?」

 

「もう少しだけ見せて! むふふ、やっぱり私達の目に狂いは無かったね!」

 

「春菜はナース服が似合うって思ってたもんね!」

 

「……似合う」

 

「三夢音さんまで……うぅ……」

 

 現在春菜が着ているのは病院などでしか見掛ける事の無い、ナース服であった。真白とヤミはお静が着ている姿を見た事が何度かあるが、春菜にその服装は里紗と未央の言う通りにしっかりと合っていた。普段から人の事を気に掛ける事が出来る分、中身も十分に似合っているだろう。恥ずかしそうにする春菜の姿に興奮した様子で鼻息を荒くしながら次の服を考え始める里紗と未央。流石にこれ以上辱められるのは嫌だと思ったのか、春菜はすぐにカーテンを閉じると素早く着替えて元の姿に戻る。気付けば真白も着替える前に戻っており、春菜は真白に声を掛けると共に試着室から外へ。

 

「あ! 何処行くの春菜!?」

 

「ちょ、里紗! 服置いてかないと不味いって!」

 

 逃げだした春菜の姿に驚きながらも追い掛けようとした里紗だが、その手には次に着て貰う為にと里紗から受け取って用意していた服があった。その気が無くとも会計せずにお店の外に出てしまえば、それは万引きと思われても可笑しく無い。故に未央は追い掛けようとする里紗を何とか止めるが、その間にも春菜はお店の入り口にまで辿り着いていた。そして試着室の前で焦る里紗と未央を見ていた真白の姿に気付くと、店内なので大声は出さない様に気を付けながらも真白へ聞こえる様に声を掛ける。

 

「三夢音さん! 早く!」

 

「? ……」

 

 元々着せ替え人形に近い未来が待っていた真白だが、今ここで置いて逃げてしまえば自分の分まで彼女に降りかかると思った春菜。真白は掛けられた声に春菜へ視線を向けながらも首を傾げるが、一緒に逃げようとする彼女の仕草に意味を理解する。そして里紗と未央が品物を元あった場所に片づけ終えた時、既に真白と春菜の姿は見えなくなっていた。ヤミは余程衝撃的だったのか未だに固まったまま、里紗と未央は流石に無理強いし過ぎた事を後悔するしか無かった。

 

 お店から外に出た春菜と真白は少しだけ先程の場所から距離を取る為に移動する事を決める。ナース服を着た事が余程恥ずかしかったのか、心底安心した様に溜息を吐く春菜。だが安心した彼女はその事に頭が一杯で、少しだけ不注意になってしまっていた。結果、運悪く前から歩いて来る人とぶつかってしまう春菜。そして更に不運な事に、見た目からしてぶつかった相手は柄の悪い男達の1人であった。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「ごめんなさい、だぁ? ……へぇ、ちょっと付いて来いよ。そっちのお前も」

 

「……」

 

 春菜の謝罪に明らかに不機嫌ですと言わんばかりの口調で話す男。後ろには別の男達が2人立っており、目の前の光景をまるで面白い物を見つけた様にニヤニヤしながら見ていた。すると、不機嫌そうだった男は春菜の顔と後ろに立つ真白の顔を見て同じ様に笑みを浮かべ始めると同時に告げる。良からぬ事を考えているのは明白であり、普段から非力な女子高生である春菜は思わず後ずさる。だが逃がさないとばかりに男は春菜の腕を掴もうと手を伸ばし……それは一瞬で叩かれた。

 

「あぁ?」

 

「み、三夢音さん!?」

 

「……逃げる」

 

 気付けば春菜の横に移動していた真白が守ろうと男の腕を叩いたのだ。そして男がそれに驚いている隙に、真白は春菜の手を掴んで男達とは逆の方向へ走り出す。突然の事に困惑してしまう春菜だが、徐々に理解すると同時に真白と一緒に走る事で男達から距離を取ろうとする。だが男達も逃げる2人を放って置く気は無い様で、不機嫌さを取り戻した男が他の2人に何かを言うと同時にその2人は追う為に走り始める。

 

 人の間を通り抜ける真白たちと、それを追う男2人。真白だけならば確実に逃げる事が出来るが、春菜も一緒となると話は別になる。息を切らし始める春菜を見て真白は隠れる事を決め、曲がり角を見つけるとその中へ。先程よりも人通りが無くなった場所だが、潜んでいれば気付かれない可能性も高かった。春菜に休憩させると同時に警戒を続ける真白。だが、男達が追い掛けて来る様子は無かった。

 

「ご、御免なさい……私がしっかり前を見てれば、こんな事にならなかったのに」

 

「……平気」

 

 息を切らしながら謝る春菜に首を横に振って答える真白。それから少しして、春菜が何とか体力を取り戻した事で2人はその場所から出る事にする。入って来た場所から出る為に歩き出した2人だが、真白が先に出ると同時に左右から待ち構えていた様に2人の男が飛び出してくる。突然の事に驚きながらも距離を取ろうとした真白だが、前に出ていた為に男達を挟んで春菜と離れてしまう。そしてそれが狙いだったかの様に春菜がぶつかってしまった相手の男が違う場所から現れると、春菜の傍へ。

 

「逃げられるとでも思ったか?」

 

「!」

 

「おっと、動くなよ? 分かるよな?」

 

 男の姿にもう攻撃することも止む終えないと覚悟して動こうとした真白だが、男は春菜の傍に近づくとその背に回って腕を首の前に当て始める。何時でも春菜の首を絞める事が可能な光景に真白は迂闊に動く事が出来ず、その光景に楽しそうに笑みを浮かべた男は2人の仲間達に合図を出した。そしてそのまま2人の男達に両腕を掴まれた真白は春菜と共に再び人気の無い中へと戻される。町を歩く人達には余り見えない位置まで辿りつけば、両腕を掴まれたまま地面に真白は無理矢理座らされた。

 

「ったく、手間掛けさせやがって」

 

「お願い! 私の友達に、酷い事しないで!」

 

「無理だな。面倒を増やした罰って奴だ」

 

「……」

 

「なぁ、そろそろ始めようぜ?」

 

「だな」

 

 春菜が微かに震えながらを意を決して叫ぶが、男は簡単に却下してしまう。そして真白を抑えている男の1人がソワソワしながら話し掛ければ、下卑た笑みを見せ乍ら答えた男。やがて真白と春菜の身体にその男達の手が伸び始め、状況は正に絶対絶命であった。春菜は自分がこれからされるかも知れない事に恐怖すると共に、真白を巻き込んでしまった事を心の底から悔いる。そしてこの状況から救われたいと、叶わないと知りながらも願う。それは春菜の思い人……。

 

「(助けて! 結城君!)」

 

 春菜が心の中で叫びながらリトの姿を思い描いた時、突如として何かが春菜達の元に飛来する。緑色の球体とは余り言えない不格好な何かは真っ直ぐに春菜を拘束する男の後頭部へ直撃。かなり堅い物の様で、男は余りの威力にふら付いて春菜から後ろへ離れながら倒れる。余りに突然の事に何が何だか分からない春菜は、男の頭にぶつかって舞い上がった後に目の前で転がるそれを見た。……男の後頭部に当たったのは、南瓜であった。

 

「な、何が……っ!」

 

 真白を拘束していた男達が同じ様に困惑する中、1人が背後に気配を感じて振り返る。そこに立っていたのは……。否、飛び込んで来たのは里紗と未央であった。

 

「私達の友達に!」

 

「何してんのよ!」

 

「ぐぁ!」

 

 いくら男であっても不意打ちで女子高生2人の突進には叶わない。受け止める事も耐える事も出来ずに呆気なく2人に潰され、仲間がまた倒れた光景を前に最後の1人が真白を見ながらまだ勝機があると慌て乍ら必死に笑みを浮かべ始めた。

 

「お、おい! こいつがどうなっても」

 

「どうなっても……何ですか?」

 

「なっ!」

 

変身(トランス)!」

 

 だが男の言葉は突如聞こえて来た声に遮られ、男は驚愕しながらも聞こえて来た方角……上を見上げる。そこには今正に自分の居る場所に落ちて来る金髪の少女、ヤミの姿があった。空から降って来る少女の姿に反応できる訳も無く、更にヤミは髪を巨大な拳に変えると同時に真白へ被害が行かない様に計算した上で男の元へ振り下ろす。地面に減り込み、死んでも可笑しく無い程の攻撃を受けた男はそのまま意識を失った。

 

「このっ! どけっ!」

 

「うわぁ!」

 

「ちょっ!」

 

「ふざけやがって! !」

 

 自分の上に乗る里紗と未央を無理矢理退かして立ち上がった男は、倒れた里紗に拳を振り上げる。だがそんな彼の目の前に突然現れたのは、先程まで拘束していた真白であった。既に足は振り抜かれており、男が反応するよりも早くその足は男の身体へ。地球人では到底出せない力で蹴られた男の身体は地面に減り込む男の様に、壁へ激突。そのまま背中を擦る様に座り込んで気絶してしまう。……そんな光景を、最後の1人である春菜を人質にしていた男は倒れたまま恐怖しながら見ていた。

 

「ひ、ひぃ! な、何なんだよこれっ!」

 

 身体を後ろへ引きずって後ずさりしながら逃げようとする男。だが先程衝撃を受けた後頭部が今度は何かにぶつかった事で、男は真上を見上げた。真白を助けた里紗と未央は男2人の背後から現れた。ヤミは空から現れ、南瓜は春菜を人質にしていた男の後ろから。つまり男の後ろには、まだ姿を現していない南瓜をぶつけた誰かが居ても可笑しく無いのだ。そして男の目に映ったのは、オレンジ髪をツンツンさせた青年……結城 梨斗であった。

 

「ゆ、結城君!?」

 

「……リト」

 

「無事か! 西連寺! 真白!」

 

 片手にビニール袋を下げているリトは男に一切反応する事無く、大事な春菜と家族である真白に怪我が無いかを心配する。男はリトが2人を心配する姿に逃げられると思ったのか、立ち上がるとリトを押しのけて入って来た場所とは反対の誰も居ない場所目掛けて走り始める。このまま逃がしたところで、恐怖を植え付けられた男はもう春菜と真白を付け狙う事は無いだろう。しかし思い人である春菜を、家族である真白を危険に晒した男にリトは怒りを抑えずにはいられなかった。春菜に駆け寄った事で足元にある南瓜を足で上げ、それを華麗に蹴り飛ばしたリト。恐ろしいコントロールで走って逃げる男の後頭部に再び直撃させれば、男は勢い余って前方へ文字通り吹っ飛ぶ。

 

「へぇ~、やるじゃん結城!」

 

「今の凄かったね!」

 

 完全に男3人が沈黙した事で、安心した様に里紗と未央がリトの凄さを褒める。南瓜を回収してとりあえずその場から離れる事にした全員はヤミが息の根を止めようとするのを何とか止めさせ、男達をその場に放置して人通りの多い場所へ移動する事に。春菜は助けに来てくれた4人にお礼を言い続け、真白も中々話す事は無いが感謝している事を全員に示す。そして、本当に安全な場所に辿り着いた事で春菜と真白はベンチに座って休まされる事となった。

 

「流石にやり過ぎたと思って探してたけど、まさかあんな事に巻き込まれてるとはねぇ」

 

「ヤミヤミの鼻が無かったら危なかったかも」

 

「ヤミさんの……鼻?」

 

 ベンチに座る春菜と真白を囲う様にして立つ4人の内、里紗と未央が口を開けばその中の言葉に春菜が首を傾げる。何でも春菜と真白を探すことにした2人が無事に見つけられたのは、ヤミが真白の匂いを嗅ぎ取ったからとの事。その話にリトは嘗てソムゲルに連れ去られた真白が囚われていた場所を訪れた時、その場所の何処に真白が居るのかをヤミが匂いで判断していたことを思いだす。そしてリトも含めて思わず全員がヤミに視線を向ければ、ヤミは首を傾げた。

 

「当然の事ですが、何か?」

 

「あ、あははは……っで、結城は何であそこに居たのさ?」

 

「美柑に買いだし頼まれてさ。これとか重いし、俺が行った方が良いだろ? でも帰り際、逃げてる真白たちの姿を見掛けて何かあったんだって思って。それで追い掛けたけど一度見失って、探してたら西連寺の声が聞こえたんだ」

 

 リトの説明に納得して行く中、最後の言葉に内心でドキッとする春菜。自分が思った事がリトに届いたのかと一瞬驚くが、リトが続けて説明すればそれは春菜が真白を助ける為に男へ叫んだ声だと言う事が判明する。春菜は安心しながらも、過程はどうあれリトが自分達を助けてくれたという事実に嬉しく感じた。そして彼を頼もしくも感じる。

 

 その後、買い出しを終えていた事もあってそのまま結城家へ帰宅する為にリトとは別れる。残ったのは本来約束していた5人であり、里紗と未央は「これからどうする?」と春菜達に質問した。色々あったが、まだ少しだけ遊ぶ時間が残っているのだ。

 

「三夢音さんは、どうしたい?」

 

「……」

 

「特には何も無い様ですね。そもそも、何処かに行く必要があるのですか?」

 

「? どう言う事?」

 

「いえ。必ず何処かに行かなければいけない訳では無いと思いまして。こうして話すのも交流と言う面では問題無いのでは?」

 

「確かに、ヤミヤミの言う通りかも!」

 

「じゃあ、適当に話しますか! っとそうだった。ねぇ、三夢音さん。1つ、お願いしても良い?」

 

「?」

 

 春菜の質問に首を傾げた真白を通訳したヤミだが、彼女の感じた疑問に今度は里紗が首を傾げる。そして告げられたヤミの言葉に少しだけ目を輝かせながら未央が賛成し、里紗の言葉で何処かに行くのではなくこの場所で話をするという事に決定。すると、里紗が何かを思いだした様に真白へ話し掛ける。真白へのお願いと言う珍しい事に春菜は何をするのか気になって事の成り行きを見守り、未央は里紗がするお願いの内容が分かっている様子であった。そして、里紗が意を決した様に口を開く。

 

「今までずっと私達、『三夢音さん』って呼んでたけど。これから『真白』って呼んで良い?」

 

「中々言い出せる機会が無かったもんね。でも今日の最後に言おうって決めてたんだ」

 

「……ん」

 

 里紗のお願い。それは苗字では無く、名前で呼ぶ事であった。些細な事と感じる者も居るかも知れないが、ある程度仲良く無ければ出来ない事である。里紗と未央が今日こうして共に時間を過ごそうと決めたのも、仲良くなる為。未央の言葉に里紗は頷いて真白の答えを待つ。普段通り言葉で答える事は無かった真白だが、頷いて了承する姿を見て里紗と未央は笑顔でお互いにハイタッチをした。

 

「それじゃあ、真白! 改めてよろしくって事で!」

 

「よろしくね、真白!」

 

「……里紗……未央……よろしく」

 

「ほら、春菜も!」

 

「う、うん。よろしくね、真白さん」

 

「ちょっと硬いけど、まぁいっか!」

 

 里紗と未央、そして春菜と更に仲を深めた真白。その後、真白の言葉を時にヤミが通訳しながらも5人は帰る時間まで話し続けるのであった。



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第61話 セリーヌを救え! 惑星ミストア【前編】

 ある日の土曜日。結城家で朝食の片づけをしていた真白は突然聞こえて来る美柑の焦った様な声にその手を止める。読書をしていたヤミも美柑の声に顔を上げ、2人は共に美柑が洗濯物を干す為に出た庭に向かう。普段ならばそこに居るのはララがリトの誕生日に渡した巨大な植物、セリーヌ。だが今その姿は弱々しく、花も地面へと伏していた。明らかに弱っており、美柑はそんなセリーヌの姿に声を上げたのだろう。

 

「ま、真白さん……セリーヌが!」

 

「……リト……モモ」

 

「分かりました」

 

 出てきた真白とヤミの姿に美柑が不安そうに声を掛ければ、頷いた真白はヤミに告げる。それはセリーヌを一番世話しているリトと植物を相手に意思疎通が出来るモモを呼んできて欲しいと言う意であり、それを瞬時に理解したヤミは家の中へと入って2階に居るであろうリトを呼びに行き始めた。そして少しすれば、慌てている事が分かる程に足音を鳴らして降りてくるリト。そのすぐ後にヤミと共にモモを始め、ララとナナも降りてくると、全員がセリーヌの前に集まった。

 

「お、おいセリーヌ! どうしちまったんだよ!」

 

「元気無いね。病気なのかな?」

 

「……お願い」

 

「分かりました。リトさん、私が話を聞いてみます」

 

 心配するリトと理由を分からないながらも考えるララを前に、真白はモモに視線を向けてその名前を呼ぶ。頷いて返したモモはセリーヌを心配するリトに告げて少し離れて貰った後、優しくその身体を摩りながら話し掛けた。小さな音を出すセリーヌを前に、不安で一杯のリトはモモにセリーヌが何を言っているのか質問。モモはセリーヌから離れ、リトに振り返って暗い顔のまま答える。

 

「大丈夫。ちょっと疲れてるだけだから心配しないで……。そう言っています」

 

「心配しないでって、どう見ても辛そうだよ?」

 

「そう、ですね。もしかすると、カレカレ病。なのかもしれません」

 

「カレカレ病?」

 

「放って置けば数日で枯れ果てて死に至る、この種特有の病気です」

 

 モモの言葉に思わず口に手を当てて驚く美柑とショックを受けるリト。だがララはすぐに助ける方法が無いのかをモモに質問する。モモはララの質問に少しだけ間を置き、言う事を躊躇いながらもやがて口を開いた。

 

「あるにはあります。ですが、大変な危険が伴います」

 

「! 危険でも何でも良い! 教えてくれ!」

 

「で、ですが……」

 

 モモの言葉にまだ希望があると分かったリトは無意識にモモの目の前に立って内容を聞こうとする。しかしモモは説明することを戸惑い、中々教えようとしなかった。それは彼女の言う様に、かなりの危険が伴うのだろう。それも宇宙人であるモモが危険と思うのだから、地球人であるリトには計り知れない危険になるのだろう。だがリトは一歩も引く様子を見せず、モモは状況を見ていた真白を見る。真白もモモを見ており、視線が合うと同時に頷いて返した。

 

「分かり、ました。……惑星ミストア。地球から300万光年離れた星です。その場所にはカレカレ病に効くラックベリーの果実があると聞きます」

 

「それがあれば、セリーヌは助けられるんだな!」

 

「はい。ですが、ミストアは未開の原始惑星。どんな危険が待ち受けているか」

 

「私のデータが正しければ、惑星ミストアは危険指定Sランクの星になっている筈です」

 

 モモの言葉にやる気を見せるリト。だがモモが再び続けると、ララの頭に付いているペケが補足する様に説明する。宇宙人たちが危険と判断する星。普通であれば恐怖し、諦める者も沢山居るだろう。しかしリトは一切諦める様子を見せなかった。拳を握り、覚悟を決めた様に全員を見回す。

 

「危険だろーが、このままじゃセリーヌが死んじまう! だから、俺は行くぜ!」

 

「リト! 気持ちは分かるけど、どうやって行くのさ!」

 

「それは……」

 

「……平気」

 

 リトの決意を聞き、彼の優しさを感じる全員。だが美柑の言う通り、地球人である彼に地球から遥か離れた星へ行く術は無い。リトがその言葉を聞いて拳を落とし掛けた時、静かに告げた真白の声に全員が視線を向ける。真白はその視線を流す様にヤミと目を合わせれば、言いたい事が分かった為にヤミは微かに目を見開いた。

 

「確かに可能ですが、無事に帰れる保障はありません」

 

「……」

 

「……」

 

 ヤミの言葉に頷きながらもその目は何かを告げる。それだけでヤミは悩む様に目を閉じ、やがてゆっくりと開けば全員に視線を向けた。

 

「私の宇宙船なら3人どころか、ここに居る全員を乗せても余裕でミストアに迎えます」

 

「! 本当か!」

 

「はい。真白が行くつもりなら、私も行きます。ついでに貴方も乗せてあげます。死にそうになった時、私が止めを刺す為にも」

 

 ヤミの言葉に落とし掛けた力を取り戻したリト。だが続けられた言葉に思わず恐怖する中、無事にミストアに迎える事が決定した事でリトはすぐにでも出発しようと言い出す。するとそこで話を聞いていたモモがリトに声を掛けた。

 

「リトさん。張り切っていますが、ラックベリーがどんなものか分かっていますか?」

 

「え、えっと……」

 

「はぁ~。勢いとやる気があってもそれじゃあ無駄足になるだけだぜ?」

 

「うっ。じゃ、じゃあ教えてくれ!」

 

「教えても似たようなのは一杯ありますよ。ですから、私も一緒に行きます」

 

「私もサポートするよ! セリーヌを助けたいもん!」

 

「ま、姉上とモモが行くなら私も行くぜ?」

 

「皆……ありがとな!」

 

 モモの言葉にララとナナも続き、リトは3人の言葉に嬉しさと感謝の思いを心の底から感じて笑顔でお礼を言う。その笑顔は子供の様に人を魅了しそうな笑顔であり、その場に居た全員がリトの笑顔を前に再び決意を固める。

 

「私はセリーヌがこれ以上酷くならない様に出来る限り手を尽くしてみる!」

 

「あぁ、頼んだ!」

 

「それでは、宇宙船をここに呼びます」

 

 美柑はここに残る事となり、ヤミが何処からか小さなスイッチを取り出すとそのボタンを押す。その瞬間、結城家の上に巨大な黒塗りの宇宙船が出現した。余りの大きさに呆気に取られるリトと嬉しそうに見上げるララ達。真白は既に見た事も乗った事もある為、無表情のまま驚く様子は一切見せなかった。

 

「共に幾多の死線を潜り抜けた相棒(パートナー)。ルナティーク号です」

 

「……行く」

 

「あぁ、行こう! 惑星ミストアへ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルナティーク。惑星ミストアまで、どのくらい掛かりますか?」

 

『ヘイッ(マスター)。このままワープドライブを続けてりゃ、2時間ちょいってとこだぜ!』

 

「凄いね! ヤミちゃんの船、人工知能が付いてるんだ?」

 

「でも何か、口悪くね?」

 

『何だぁペタンコ娘! 文句あんなら宇宙に放り出すぞ?』

 

「誰がペタンコだ!」

 

『お前に決まってんだろぉが! 隣の姉ちゃんはお山があるのにお前はなんだぁ? 絶壁じゃねぇか! ぎゃはは!』

 

「壊す! こいつ今すぐ壊す!」

 

 ルナティーク号の中。ヤミが最初に話しかけたのはララの言うとおり人工知能、ルナティークであった。だがその口調は悪く、同じく口調の悪いナナが思った事を言えばそのまま機械を相手に売り言葉に買い言葉。怒りながら破壊しようとするナナをモモが宥める。破壊することを止めたナナだが、自分に攻撃しないことを分かった様で更に煽るルナティーク。近づく人影に気づく事無く煽り続けるが、煽られていたナナが不意に勝ち誇った様な表情を浮かべたことでルナティークは不審に思う。

 

『おい! 何笑ってんだテメェ』

 

「やり過ぎたんだよ、お前」

 

『はぁ? 何を言って……は!?』

 

「……」

 

 ナナの言葉に意味が分からなかったルナティークだが、いつの間にか近づいていた真白の存在に気づいて驚いた様に声を上げる。普段通りの無表情だが、その目にあるのは冷たいものであった。不味いと思ったルナティークは主であるヤミに助けを求めるが、無意味に終わる。

 

『あ、(あね)さん待ってくれ! 今のはちょっとした冗談で! ちょ、それ抜いたら俺切断され……』

 

「……」

 

 電源が抜ける音と共にルナティークの声は掻き消える。人工知能で意思を持っているルナティークも、自分の出る場所が無くなれば話すことなど当然出来ない。運転に問題は無く、急に静寂が支配する船内でナナは消えた画面を見ながら「ざまぁみろ」と告げる。が、そんなナナに視線を移した真白は首を横に振った。意味が分からなかったのか首を傾げるナナに、ララが手のひらに拳を乗せて「分かった!」と声を上げる。

 

「ナナも悪いから反省しなさい! だよね?」

 

「ん……」

 

「ご、ごめん。ちょっと頭に来たからつい。あ……」

 

 ララの言葉で意味を理解したナナは反省した様子で謝る。すると無言で真白はナナの前に近づき、その手を伸ばして頭を優しく撫で始めた。ヤミよりも美柑よりもナナとモモは身長が低い為、真白でも自然と手を伸ばす事が出来たのだろう。突然の事にナナは驚きながらも少しだけ頬を染めて嫌がる様子は見せず、その光景を微笑ましそうにララは見守る。ヤミは何を言うでもなくその光景に目を微かに細めて見つめ続け、モモは少しだけナナを羨ましいと感じた。っと、今の今まで一言も発さないリトが静かに地面を見つめる姿に気づく。

 

「リトさん? リトさん!」

 

「え? な、何だよモモ」

 

「大丈夫ですか? ……セリーヌのこと、心配なんですね」

 

「あ、あぁ。思い返すと、もう長い付き合いだしさ。変かも知れないけど、やっぱりあいつも家族なんだよ」

 

「……」

 

 ララがリトにセリーヌを送って以降、誰よりもセリーヌの世話をしていたのはリトであった。美柑も少ない訳ではなく、真白やヤミも結城家に居れば時々世話をしたりする事はあった。だが植物が好きなリトがやはり誰よりも多く世話をして接していた為、助けたい思いは人一倍強いのだろう。リトの言葉に真白は静かに頷き、そんな光景にモモは優しく微笑む。植物と意思疎通が出来る以上、セリーヌのことを大切にするリトや真白の姿がモモには嬉しく感じたのだろう。

 

「あぁ! 春菜を家に招待してたの忘れてた!」

 

「ありゃ、まぁでも仕方無いんじゃない? 状況が状況だしな」

 

「……平気」

 

「そうですね。美柑が何とかしてくれると思います。それよりも、目的地が見えました」

 

 ララの言葉に両腕を頭の後ろに回してナナが言えば、真白の言葉に頷いてヤミが続ける。そしてヤミが自然に窓の外を見ながら告げれば、その言葉にリトは驚き立ち上がりながら窓の外に視線を向けて、見え始めた光景を前に思わず生唾を飲む。明るく話をしていた全員がその異様な惑星の姿に今一度気を引き締め、リトは増える心拍数を感じながらその惑星を見続けた。

 

「あれが……」

 

 ルナティーク号から見えたのは、謎の霧に覆われた巨大な惑星……ミストアであった。



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第62話 セリーヌを救え! 惑星ミストア【後編】

「? ルナティークが何かを伝えようとしています」

 

 惑星ミストアを前に全員が息を呑んでいた時、ヤミの言葉で最初に反応したのはナナであった。

 

「またあいつを出すのか? すげぇ嫌なんだけど」

 

「ですが大事な事かも知れません。繋いで見ましょう」

 

 馬鹿にして来た事もあって、明らかに嫌っているナナ。だが宇宙船の外について分かるのはルナティークだけであり、モモはそれを分かっていた為に繋げるべきだと考える。嫌がるナナを置いてモモの言葉に他の全員は頷き、真白が抜いた線を再び繋ぎ始めた。その瞬間、内部にあるモニターにルナティークが映り始める。

 

『やっと繋がったぜ。(マスター)! ミストアの大気から異常なレベルの磁気を観測したぜ! 多分惑星を覆ってる霧のせいだ!』

 

「磁気、ですか」

 

『あぁ、それも近づき過ぎれば船体に影響が出そうなくらいのな。予定の軌道を変更して侵入するぜ!』

 

「……お願い」

 

『任せときな、(あね)さん!」

 

 ルナティークの説明にヤミが反応し、その後の行動予定に真白が頷きながら告げると、突然船内が大きく揺れ始める。降りる場所を探すのは大変な作業の様で、全員は近くにあったものを掴みながら体勢を維持した。

 

「おい! 余り揺らすなよ!」

 

『うるせぇ! ペタン……嬢ちゃん!」

 

「お前、言い直しても言おうとした事は分かるからなぁぁ!」

 

 更に強くなる揺れにナナの声が木霊する中、やがてルナティークは無事にミストアへの侵入ルートを見つけ出す。そしてルナティークから無事に降りた面々が最初に見た光景は、巨大な大木の並ぶミストアの地上であった。

 

「ぺ、ペケ!? どうしたの!?」

 

 突然聞こえてくるドレスフォームになっていたララの焦った声に全員が視線を向ければ、微かに着ている服がぶれ始めている事に気づく。ララの服を保っているのはペケであり、そのペケに何か異常が起きているのは誰が見ても明らかであった。喋ること等に問題は無い様だが、ペケ曰く機械に影響のある電磁波が発生しているとの事。

 

「何も無きゃいいけど……。で? ラックベリーの実ってのは何処にあるんだ?」

 

「私も分からないわ。図鑑で見た程度で中々見つけられない希少種の筈だから。とりあえずこの辺の植物達に……!?」

 

 モモが植物と意思疎通をしようとした時、驚愕した様子で辺りを見回し始める。モモだけがこの惑星の植物達が持つ『悪意』に気付いたのだ。そしてその悪意は今、この場にいる全員に襲撃と言う形で牙を向く。モモの姿に心配するララの背後に、巨大な花が近づいていたのだ。唯一それに気付いたのは真白だけであった。

 

「!」

 

「ふぇ?」

 

「! 真白!」

 

 ララに近づいた花の花弁が動き始め、何かをララに向けて発射しようとする。真白は誰よりも早くララを守ろうと動き出し、身体を押してその場所から遠ざけた。が、ララを遠ざける為に入った事で真白が変わりに発射された何かを浴びてしまう。それは花粉であり、頭からそれを浴びてしまった真白の姿に焦るリトの足元に植物の蔦が絡みつく。気付いた時には軽々とその身体は放り投げられ、少し離れた場所にある大きな穴へと落ち始めてしまう。リトは普通の人間の為、高所からの転落は命の危険すらあった。

 

「!?」

 

 真白はその光景を前に動き出そうとするが、急に身体の力が入らない事に気づいて目を見開いた。身体が動かないならばと翼を出そうとするも、微かに輝いた後に作り出した白い光は一瞬にして拡散。翼が真白の背に現れる事は無かった。

 

「何、で……!」

 

「待って! 真白!」

 

 戸惑ってる間にもリトは落下を続けている。真白は自分に起きている現象を知りながらも無理矢理身体を動かしてリトを追い始め、ララはそんな真白の姿に叫ぶ様に声を掛ける。当然真白の姿にヤミ達も黙っている訳では無かったが、動こうとした彼女達の前に蔦が現れた事でそれは叶わなくなってしまう。唯一動けたのは、真白に庇われたララだけであった。

 

 リトを追う為に動いた真白。だが力の入らない今の彼女はすぐに限界を迎える。穴を前に崩れる様に倒れれば、真白の身体はリトと同じ様に落下してしまったのだ。ララは落ちた真白の姿を見て考える間も無く、追いかける為に穴の中へ自ら飛び込む。頭を下にして落ち続け、途中で落下している真白を抱きしめる様に抱えた後に同じく落下している焦った様子のリトを視界に捉えた。

 

「リト! 捕まって!」

 

「ララ!?」

 

「早く!」

 

 必死に身体を動かして落下速度を軽減しようとするリトは目の前に現れたララの姿に驚きながらも、言われた言葉に藁にも縋る思いで手を伸ばす。だが今現在落下している事もあり、掴もうとしても上手く掴む事が出来ずに更に焦ってしまうリト。只管ララへと手を伸ばしていた時、近づく地面が見えてリトは思わず目を瞑ってしまう。と同時に何かが触れ、リトはそれを掴んだ。

 

「ひぁ! し、尻尾は駄目ぇ!」

 

 ララの声が響く中、3人は穴の底へ辿り着く事となる。全員が意識を失ってしまい、少しの間を置いて最初に目を覚ましたリトは自分の顔の上に何かが乗っているのに気付いた。手には黒い何かが握られており、それがララの尻尾なのだと理解したリトは素早く手を離す。尻尾を辿ればララの倒れている背中が微かに見える事から、自分の上に居るのが誰かリトにはすぐに分かる。が、前を見れば映るのは薄暗い光景だけで自分がどんな体勢になっているのかまでは分かっていなかった。

 

「真白! おい、真白! 頼むから起きてくれ!」

 

「うぅ~ん……あれ、真白? リト? ……! 真白!」

 

 リトの声を聞いて目を覚ましたのは真白では無く、ララであった。少し寝ぼけた様子のララは、真白の股下で下敷きにされているリトの姿を見ると同時に全てを思い出す。そして傍に駆け寄ると、リトが起きているのに気づいて真白を優しく退かし始める。何とか無事に立ち上がれる様になったリトは視界が晴れた事で、真白を心配するララにお礼を言おうとして……顔を真っ赤にする。現在、ララは何も纏わぬ姿になっていたのだ。リトが赤くなった事に首を傾げたララは理由を告げられて初めて自分が裸になっている事に気が付いた。

 

「ペケ!」

 

 服を形成していた筈のペケが頭に付いていない事にも気付いたララは、ペケを探して周囲を見回す。探していたペケは少し離れた場所で倒れており、その機能は停止していた。リトとララは機械に影響のある電磁波が流れている。と話していたペケの言葉を思い出し、深くまで落ちてしまった為にそれが強くなってしまったのだと考える。このまま裸で動かれては下手にララへ視線を向けられない為、リトは着ていた上着をララに被せる。

 

「と、とりあえずこれ着てろよ」

 

「あ……うん、ありがとう!」

 

 ペケを回収して上着に身を包んだララはお礼を言って再び真白の元へ。ペケは電磁波の影響で仕方ないが、真白が未だに目覚めないのは流石に不自然であった。何かが可笑しいと感じたリト。そこで、ララが真白に膝枕をした状態で不安そうに口を開く。

 

「私を庇ってくれた後に真白はリトを助けようとしたんだけど……様子が可笑しかったの」

 

「もしかして、この霧のせいか?」

 

「ううん、違うと思う。もしそうなら私にも何かあると思うし。……多分、あの花粉だと思う」

 

 ララの言葉にリトは自分達の周りを覆う霧を見る。だがララはその言葉に首を横に振って否定すると、悲痛な表情で思い出しながら告げた。自分を庇った事で真白が浴びてしまった花粉。自分が不注意だった為に真白がこんな事になってしまったとララは自分を責め始め、小さな声で真白の髪を撫でながら「ごめんね」と話し掛けた。リトはそんなララに掛ける言葉が見つけられず、場には少しの静寂が訪れる。が、ララの膝に眠る真白が微かに目元を動かした事でララは驚いて真白の名前を呼び始める。

 

「真白!」

 

 呼び掛けられた声に反応する様に、真白はゆっくりと目を開き始める。ララの行動で真白が目覚めた事をリトも瞬時に理解して駆け寄り、真白はララの膝から頭を上げると周りを見回す。そして何も言わずに立ち上がろうとした時、その身体がよろめいた事でララは素早く立ち上がると真白の身体を支えた。

 

「真白、無理しちゃ駄目だよ。……ごめんね。私のせいで」

 

「……違う」

 

「違くないよ。私がもっとちゃんとしてれば、真白がこうなる事は無かったから」

 

「……」

 

 真白の身体を支えながら告げるララの言葉に首を横に振って否定するも、ララはそれに納得する様子を見せなかった。自らを強く責めている事もあり、落ち込んでしまっているララを今すぐに元気付けるのは難しいだろう。リトは2人の光景に話を切り替える事にして、上を見上げる。そして、落ちてきてしまった大穴をどうにかして上る手段は無いかと質問した。ララの力があれば、2人を抱えて上に上がる事等造作も無いだろう。しかしララはリトの提案に首を横に振った。

 

「確かに簡単だと思うけど、2人にも負担が掛かるの。今の真白だと耐えられないと思う」

 

「……平気」

 

 2人を運ぶには両脇に抱えるか、背中と前でおんぶと抱っこを同時に行うしかない。だが真白は今現在、リトよりも力が無い為に長時間しがみ付くのは難しいのだ。他にもララに吊るされる様な運ばれ方もあるが、弱った真白が耐えられるかは分からない危険な賭けとなってしまう。真白はララの言葉に大丈夫であると意思を示すも、ララの言葉にリトも納得した様子で運んでもらう案は却下される。幸いにも少し離れた場所に上り坂があるのをリトは発見していた為、そこから上る事となった。

 

「はい、真白」

 

「?……歩ける」

 

「駄目。フラフラしてるもん。それに、今度は私が真白を助けたいの」

 

「……」

 

 移動を始める事になった際、真白の前に姿勢を低くして背を向けて構えるララ。真白は首を傾げながらも、自分を抱えようとするララの意思を理解すると告げる。が、ララは背を向けたまま答えてその体勢から戻る様子を見せなかった。何処か助けを求める様に真白がリトへ視線を向けるも、リトはララの味方をする様に「良いんじゃないか?」と答えた。真白を助けたいと思うララの気持ちがリトにも強く伝わったのだ。少し迷いながらもやがて真白はララの背にその身体を預ける事に。ララは真白を背に歩き始め、リトはそんな2人を先導する様にその前を歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な大木の根や幹が作り出すミストアの大地を歩くリトとララ。ララの背には真白が乗っており、時々そんな彼女の様子を確認する様にララが声を掛けていた。ララが代りに歩いている事で2人程の疲労は無いだろう。だが元々の体力が今現在かなり下がってしまっている真白は、ララが移動する際や道と道の間を飛び越える際に訪れる衝撃だけで微かに疲労を溜め始めていた。普段から無口な事もあって話し掛けなければその様子に中々気付く事の出来ない2人。やがて何度目か分からないララの声に、真白が反応しない事でララはその足を止めた。歩く事に夢中だった意識を背後に向ければ、普段は聞かない真白の少々荒い息遣いが聞こえ始める。

 

「リト! 待って!」

 

「? お、おい真白! 大丈夫か!?」

 

 巨大な木の幹は人が横になっても余る程の幅があり、ララは真白の状態が分かった為に前を歩くリトに声を掛けると真白を一度降ろす。再びララの膝を枕に横たわる真白の姿は、まるで熱に苦しんでいるかの様に辛そうであった。頬が微かに赤く染まり、静かな筈の息遣いも少し乱れている。明らかに様子が可笑しい光景に焦ってしまいそうな心を何とか落ち着かせ、リトは一度休むことを提案。ララもそれに頷いて、その場で一時休憩する事となった。

 

「確か、途中に水場があったよな? 少し戻って飲めるか確かめて来る。飲めそうなら真白を連れて行こう」

 

「う、うん。! リト! 後ろ!」

 

 ここまで来る途中で見かけた水場を思いだしたリトが提案した時、ララがリトの背後に迫る影に驚いて声を掛ける。リトが急いで振り返れば、そこにいたのはリトより少し大きい程の生き物であった。玉葱の様な頭に足から蛸の様に蛸以上の足を生やした恐らくミストアの生物であろうそれは、リトへ襲い掛かる為に突進して来ていた。攻撃を受ける前にララの声で気付く事の出来たリトは咄嗟に避けて回避する事に成功し、次の攻撃を警戒する。……が、その生き物は次の攻撃をする事無く倒れてしまう。

 

「ど、どうしたんだろう?」

 

「弱ってる? ……水分が足りてないみたいだ」

 

 生き物の倒れた光景に戸惑うララと、その姿に弱っている理由を理解するリト。やがてリトは生き物の傍に近づき、その身体を背に抱え始める。ララはそんなリトの姿に吃驚し乍らも声を掛けた。

 

「どうするの?」

 

「さっき言った水場に連れて行く」

 

「危険な生き物かも知れないよ?」

 

「だとしても、苦しんでるこいつを放っては置けないって」

 

 自分に襲い掛かった生き物を助けようとするリトの姿にララはやがて嬉しそうに笑みを浮かべる。結城家で1年以上の時を共に過ごしているララはリトが持つ底知れぬ優しさを理解していた。気付けば真白の様子も先程に比べて安定しており、リトの姿にララは一緒に付いて行く事を決断する。真白を抱え乍ら、何かあった時には動けないリトも守る為に。

 

 来た道を引き返した2人は真白と生き物を連れて無事に大きな湖にも見える水場に到着する。リトが抱えて来た生き物を水場の中に入れて上げれば、見て分かる程に水を吸収し始める生き物。やがて玉葱の様な頭の天辺に綺麗な木が生えた光景にリトは思わず感心した。そして元気になった様子を前にリトは水の色を確かめる。透明にも見えるが、飲めるかと言われれば微妙な所。休息をこまめに取れば真白の体力も少しは戻る事が分かった為に、リトは首を横に振って飲めないと判断する。

 

「それじゃあ、俺達は行くからな」

 

「バイバイ!」

 

 元気になった植物に別れを告げ、2人は真白を連れてその場から離れようとする。だがその時、突然水場の中央に泡が浮かび始めると共に恐ろしく巨大な生き物が姿を現した。海藻の塊の様な姿をしたその生き物は、離れようとする2人に向けてその一部を放つ。水が恐ろしい程に音を出した事でその存在に嫌でも気付かされた2人は、振り返ると同時にその攻撃を間一髪で回避した。

 

「な、なんじゃこりゃぁ!」

 

「! リト! 避けて!」

 

「!」

 

 何十倍、何百倍もありそうな巨体を前に思わず叫んでしまうリト。そんな彼に再び攻撃が迫り始める。ララの声でそれに気付くも、3度目の回避は無かった。捕まってしまい、地上から足を離して振り回されるリト。そんな彼を前にララは助ける為に動きだそうとするが、相手はララでは無くその背後で弱っている真白に目掛けて攻撃を仕掛け始めた。

 

「!?」

 

 間一髪でそれを避けたララだが、相手は未だに標的を真白にしている様子。自分を狙う攻撃では無い事で、ララは下手に動く事が出来なかった。だがこのままではリトが危ないと動き出したララ。真白を標的として迫る攻撃を避けようと動いたララ。だが至近距離でその狙いが突然ララに変更された事で、対処出来ずにララは地面に叩き落とされてしまう。そしてその衝撃で真白はララの背から離れ、地面を転がってしまう。……今までの光景をジッと見つめていた生き物の傍へ。

 

「真、白……」

 

 地面に倒れたララが離れてしまった真白に手を伸ばすが、そんな彼女の身体に海藻の様な物の一部が尻尾ごと巻き付いてリトと同じく吊るされてしまう。そして2人は怪物の頭の上……口元へと運ばれ始めた。

 

「ら、ララ!」

 

「ひぁ! し、尻尾が擦れて……力が……」

 

「ま、不味いぞ! このままじゃ!」

 

 抜け出そうと身じろぎをすれば、一緒に巻かれた尻尾が身体と海藻の間で擦れる為にララは力を出せなくなってしまう。運動能力が人より少し高いだけの地球人であるリトにこの状況をどうにかする手段は無く、2人はゆっくりと開かれる巨大な口元へ徐々に近づいて行く。……そんな光景を少し離れた場所で、倒れたままの真白は消えそうな意識の中で見る事しか出来ずにいた。

 

「い、や……止……めて……」

 

 必死に身体を動かそうとする真白だが、その腕に力は入らない。目の前で家族と友達が食べられそうな光景に、真白は失う事への恐怖を感じる。誰にも聞かれない声は響く轟音に掻き消され、徐々に真白はその意識を落とし始める。だが突然、そんな真白の口元に何かが触れた。目を開けば、リトが助けた生き物が自らの足で自分の頭に存在する木に生っている丸い実を真白に差し出している光景があった。それが何を意味するのか、真白は当然分からない。しかしこの状況で他に出来る事は無く、真白は最後の力を振り絞る様にその実を齧った。

 

 巨大な口の中に見える尖った鋭い歯がリトに恐怖を与える。真白が弱り、ララが捕まり、他の皆は何処に居るのか分からないこの状況で救助は絶望的であった。リトはこのまま食べられると思い、今現在も地球で苦しんでいるセリーヌの姿を思い浮かべる。

 

「(ごめんな……お前を助けられなかった)」

 

 そんな謝罪を心の中で告げて近づく口に目を瞑ったリト。そして感じ始めた浮遊感に、口の中へ投げられた事を悟る。が、突然何かに片手を掴まれた事に驚いてリトは目を開いた。そこに居たのは、先程まで力を失って弱っていた真白の姿。

 

「真白!?」

 

「……ん」

 

 リトの片手を自らの片手で掴んで空を飛ぶ真白は、リトの言葉に静かに頷いて捕まっているララの元へ。ララは弱りながらも近づく真白の姿に嬉しさを感じ、やがて海藻が途中から切断されると同時に解放される。そしてリトと同じ様に真白がララの片手を掴むと、2人を連れて陸へと戻り始める。逃がさないとばかりに真白たちへ迫る数本の海藻による攻撃。だが真白はその攻撃を掻い潜って行き、やがて無事に陸へと辿り着く。

 

「……リト……お願い」

 

「あ、あぁ。ララの事は任せてくれ!」

 

 敏感な尻尾に刺激を与え続けてしまった為、今現在ララは腰砕けの状態になってしまっていた。そんな彼女の姿に真白がリトへ告げれば、意味を素早く理解出来たリトが頷いて答える。それに真白が頷き返した後、気付けば3人の傍に居た生き物の木の生え際を優しく撫でて飛んで行き始める。向かう先は、リトとララを食べようとした巨大な怪物と呼んでも間違い無い生き物。近づいて来る真白をまるで恐れる様に先程の倍以上の海藻が真白に迫り始める。が、真白はそれを避け乍ら辛うじて見える怪物の目元へ到着。背中に白く輝く巨大な羽を出現させ、その輝きを更に強め始める。そんな光景にリトは嘗てララの父親であるギドと戦った際に使っていた攻撃を思い出すが、焦る前に回復したララが声を掛けた。

 

「大丈夫だよ。あれは真白の全存在を掛けた技じゃ無いから」

 

「そうなのか?」

 

「うん。あれはエンジェイドの基本技。私達で言えば、尻尾からビームを出す感じかな?」

 

 ララの説明を受けて再び真白に視線を向けたリト。光を溜める真白の元へ攻撃が集中するも、まるで見えない壁に弾かれる様にその攻撃は全て無意味に終わる。やがて真白へ向けて全ての海藻が襲い掛かれば、真白を中心に球体を作る様に絡み合って光は海藻に覆われて遮られてしまう。が、リトとララはそれでも安心していた。根拠は何処にも無いが、今の真白が負ける事は無いと確信していたのだ。

 

 海藻に覆われて出来た球体から突然光が漏れ始め、海藻が徐々に剥がれ始める。眩しい程の光が周りを照らし、真白の背には見ていられない程に輝く光の羽が出来上がっていた。そして真白は徐に片手を前に出すと、指でピストルを作る様な仕草をする。途端に羽へ集まった光が全て指の先に集まり、やがて真白の身体以上の大きさを持つ巨大な光の玉が出来る。リトはその光景に、次に真白が何をするのかすぐに分かった。

 

「……ばぁん」

 

 小さく告げられた真白の声と共に、その光の玉が怪物に向けて発射される。何とか止めようと海藻が光の玉に向かうも止まる事は無く、そのまま怪物は光に飲まれる。今まで以上の眩しさに目を庇ったリトが次に目を開いた時、真白の目前に広がっていたのは巨大な丸い何かが通ったと誰もが分かる程に大地が削れた後であった。怪物の姿は無く、リトは余りの光景に呆然としてしまう。

 

「やったね! 真白~!」

 

 大きな声を出して喜びを露わにするララが真白の名前を呼べば、振り返ってゆっくりと近づいて来るその姿にリトは安心すると共にどうして急に力を取り戻したのか気になり始める。そして質問すれば、真白は静かにリトが助けた生き物へ視線を向けた。言葉にしなくても生き物が何かしたのだと理解したリトは、生き物に近づいて真白と同じ様に木の生え際を撫でながらお礼を言った。

 

「ありがとな」

 

「ふふ、命を助けて貰ったから今度は助けたかった。そう言ってますよ」

 

「モモ! ナナにヤミちゃんも!」

 

「途轍もない光を感じて来て見ましたが、やはり真白でしたか」

 

「全員無事で何よりだな!」

 

「あはは、ペケが停止しちゃってるけどね?」

 

 リトのお礼に鳴きながら返した生き物の意思を通訳する様に、モモが語りながら姿を現す。後ろにはナナとヤミの姿もあり、全員集合できた事にララは喜びを見せた。ヤミの言う様に、真白の放った強い光を手掛かりにここまで来たのだろう。ヤミは当然の様に真白の傍へ移動し、ナナは頭の後ろに手を回しながらも八重歯を見せて笑みを浮かべる。唯一まだ話せないペケは今現在も停止しているが、地球に戻れば直せるので問題は無かった。

 

「それにしても流石お姉様達です。ラックベリーの実を見つけてしまうなんて」

 

「はぁ? じゃ、じゃあ此奴がラックベリーの木なのか!?」

 

 モモの言葉にリトは驚きながら生き物を見つめる。生き物はリトの言葉に反応する様に鳴き声を上げ、それはモモが通訳しなくても肯定していると誰もが分かった。ラックベリーの木は命の恩人であるリト達になら幾らでも実を上げて良いと思っている様で、モモの通訳によってそれを聞いたリトはお礼を言いながら実を1つ貰う。必要な物を手に入れた事に全員は喜び、急いで地球へ向けて帰還する事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラックベリーの木にお礼を言って地球へ帰還したリト達を待っていたのは、既に力を失って巨大な丸い殻を先に付けたまま萎れるセリーヌの姿であった。ララが招待したと言っていた春菜が、共に来たのであろうお静や唯と共に美柑と並んでセリーヌの傍に立って居り、帰って来たリト達の姿に悲しそうに顔を伏せる。春菜曰く、突然光出した後に今の様な姿になってしまったとの事であった。そしてその事実にリトはラックベリーの実を落として膝から崩れ落ち、両手を突いて絶望する。

 

「……可笑しいです」

 

「? 何がだよ?」

 

「例えカレカレ病と言えど、ここまで早く枯れる何て普通はありえません」

 

「え……で、でもセリーヌは。! リト! 見て!」

 

 モモの言葉にナナが聞き返せば、その言葉に思わず困惑してしまう美柑。再びセリーヌへ視線を向けた時、先端に存在する殻に罅が入った事で驚きながらも絶望して顔を下に向けてしまっているリトへ声を掛けた。美柑の言葉に驚きながらも全員がセリーヌを見始めた時、殻はまるで卵から孵る様に割れ続ける。そして最後に大きな罅が入った時、殻が完全に壊れて中から姿を見せたのは……。

 

「まうまうー! まうー!」

 

「…………は?」

 

 頭に花を咲かせた、緑髪の凄く小さな女の子であった。



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第63話 結城家の賑やかなクリスマス

 12月25日のクリスマスを迎えたこの日、結城家では普段以上の人数と共にクリスマスパーティーが行われていた。リトと美柑は勿論の事、去年から住んでいるララや今年から結城家の屋根裏に住み始めているナナとモモ。そしてララのクリスマスプレゼントとして、海外に居た林檎や仕事が忙しい筈の才培までもが結城家に集まっていた。フランスに居た林檎はララの宇宙船があれば一瞬で到着する事が出来、締め切りで忙しい筈の才培も住み込みでアシスタントを務めるザスティン達の協力によって参加することが出来たのだ。美柑は久しぶりに全員が集まれた事にララへ感謝し、リトはそんな美柑の笑顔に嬉しく思った。

 

「まうまう! まう~!」

 

「それにしても、この子があのセリーヌちゃんだなんて信じられないわ」

 

「謎の多い希少種なので、私も予想外でした。まさか人型になるなんて……」

 

 テーブルの上に乗る食べ物を前に喜びの表情で食べる1人の幼女の姿に林檎が眺めながら呟く。実は結城家にはまた、新たに1人の家族が増えていた。惑星ミストアに向かってまで助けようとしたセリーヌが、幼い少女の姿に成って生まれ変わったのだ。しっかりした言葉を話す事は出来ないが、意思疎通は可能なセリーヌ。元々家族の様に接していたリト達は当然驚きながらも、今では改めて家族の一員として迎えていた。植物に詳しいモモも流石に想像していなかった様で、林檎と同じ様に食べるセリーヌの姿を見る。すると見られている事に気付いたセリーヌは首を傾げて2人に視線を返し、そんな姿に2人は難しく考える事を止めて笑みを浮かべながら食事を再開した。

 

「クリスマスツリー、ですか」

 

「うん。毎年こうやって飾るんだよ? ヤミさんは去年居なかったから、初めてだよね?」

 

「そうですね」

 

 別の場所では美柑が用意したクリスマスツリーを眺めるヤミの姿があった。ヤミはクリスマスが過ぎた頃に地球へやって来た為、クリスマスと言う物を知らない。地球にしか無い文化に興味を示しているヤミはクリスマスの意味について質問し、美柑が思いだしながら説明を始める。そしてその頃、ナナが美味しそうに食べ物を口に運ぶララの姿を見て悩み始めていた。

 

「美味そうだよな~。でも、飯とかで迷惑は掛けないって決めてるし……」

 

「気にすんなって。遠慮しないで楽しんでくれ」

 

「そうだよナナ! ほら、凄く美味しいよ!」

 

 食事等に関して自分達で何とかすると約束していたナナは、それを律儀にも守ろうとしていたのだ。だがそんな彼女の姿を見てリトは苦笑いを浮かべた後、ナナへ食べる事を進める。すると先程から遠慮の欠片も無く食べては幸せそうに笑みを浮かべていたララがナナへ食べ物が盛られたお皿を差し出した。しばらくの葛藤を経て、ナナは厚意に甘える事にして食べ物を口へ運び出す。その後見せた表情は流石姉妹なだけあってララとそっくりだと、リトは感じるのだった。

 

「家も随分賑やかになったもんだぜ」

 

「ん……」

 

 結城家でそれぞれ過ごす姿を見ながら片手にお酒を持って眺める才培。キッチンでは未だに料理を作り続ける真白の姿もあり、まるでバーの様に才培は飲みながら静かにそこで過ごしていた。普段は豪快な彼も偶には落ち着きたくなるのだろう。ふと真白に視線を向けた才培は、それだけで何かに気付いた様で笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「以前に比べて、大分変わったな。憑き物が落ちたって感じだ」

 

「……」

 

 そう言って手に持っていたお酒の入ったグラスを口元へ運ぶ才培の姿を前に、真白は動かしていた手を一時止めてその姿を見た。普段から忙しく過ごす才培と話す機会は非常に少ないが、話をせずに雰囲気だけで言い当てるその姿に流石の真白も驚いたのだろう。一気にグラスの中にあったお酒を飲み終えた才培は新たにお酒を真白に出して貰おうとする。そこで再び作業に戻った真白は言われた通りに冷蔵庫からお酒を出し、次はリトが好きな唐揚げを作る作業に取り掛かった。

 

 既に彩南高校も美柑が通う小学校も冬休みを迎えている為、良い事では無いが夜更かしをしても問題は無かった。パーティーはまだまだ盛り上がりを見せ、今度は美柑がキッチンに立つ事で真白は食べる側に回る事に。すると真白が座った席の後ろに突然現れた林檎が、迷わずその手を真白へ伸ばし始める。何処かで見た光景にリトが止める間も無く、林檎の手は真白の身体に触れた。

 

「んっ……林檎……」

 

「以前に比べて胸が少し成長したかしら? 他は問題無さそうだし、うん。中々悪く無いプロポーションね」

 

「か、母さん! いきなり何してんだよ!」

 

「あ、あら? ごめんなさい、つい」

 

 林檎の行動によって身体を這い回る手に一瞬身動ぎし乍らもジト目を向ける真白。そんな姿に気付く事無く評価する林檎の姿にリトが注意すれば、そこで我に返った様に林檎は両手を上げ乍ら謝った。既にララを初めとしてナナやモモも林檎の『お仕事モード』の餌食になっており、長い期間を離れ離れに過ごしていたが故に真白も今回は被害を受けたのだろう。無事に解放された真白は微かに頷いた後、食べる為にお皿を手に取った。

 

「あ、真白! さっきの服、真白の分もあるんだ! 着て見ようよ!」

 

「さ、さっきのって姉上が着てた服の事か!?」

 

 キッチンから出て食事を始めた真白の姿に気付いたララは、真白の座る席の反対側に立って話し掛ける。実は林檎と才培を結城家へ呼んだ際、ララはクリスマスと言う事でサンタの恰好をしていたのだ。だが唯のサンタでは無く、肩を出して膝下も非常に短いミニスカートになっているサンタである。故にララの言葉を聞いたナナが驚きながら真白のミニスカサンタを想像し始め、話を聞いていたヤミが止める……事は無かった。

 

「着て見てはどうでしょうか?」

 

「私もシア姉様があの恰好をしたのに興味があります」

 

「真白だけじゃないよ! 美柑にヤミちゃん、ナナとモモの分だって用意してあるんだから!」

 

「私の分は無いのね? ふぅ……」

 

 何処か乗り気な様子を見せるヤミに続いてモモも期待した様に言えば、ララは恰好が気に入ったと思ったのだろう。林檎を除いた全員分があると告げる。まさか自分達が着る事になるとは思っていなかった様で、美柑が聞こえない振りをする様に料理を続ける中、モモ達は真白だけでは着替えない可能性も考えて覚悟を決める。自分の分が無い事に心底安心する林檎を置いて、料理をする美柑を邪魔しない様にララ達は真白を連れて5人で一度その場を離れた。

 

「リトには刺激が強いかもね?」

 

 自分が巻き込まれなかった事に安心すると同時に余裕が出来たのか、これから現れる5人の姿を想像した美柑がリトを揶揄う。同じく想像したリトはすぐに顔を真っ赤にして否定するが、少しして現れたララを筆頭に全員が同じ格好で現れた事でリトはすぐに視線を背けた。美柑が想像した通り、腕や胸を始めとして下腹部等もしっかり纏っているものの、非常に露出度の高い服装であった。露わになっている二の腕や太腿等が眩しく映り、人に寄って感じる違いに美柑は不思議と感心していた。ララが健康的な明るさを持つのなら、真白は白く透き通った肌を持つ。普段から太腿を微かに見せているヤミも、その見せ方は普段と大きく違う為に印象が大きく変わる。そもそも、ヤミが今の様な恰好をする事が珍しい為に仕方が無いだろう。

 

「さ、流石に恥ずかしいな……これ」

 

「ふふ。素敵です、シア姉様」

 

 堂々としているララとモモとは対照的に、自分の恰好に恥ずかしさを感じて身体を必死に隠そうとするナナの姿は何処か悪い事をしている様な卑猥さを醸し出す。モモは自分の恰好では無く真白の恰好を見つめており、真白は余り気にした様子も無く座っていた席に戻ると食事を再開した。特に今の恰好に何かを感じている訳では無い様だ。

 

「お、お前ら何時までその格好で居る気だよ!」

 

「え? このままで良いかなって思ってるけど?」

 

「良くねぇ!」

 

「はっはっはっは! 本当に変わったな、真白!」

 

「まう~? まうまうまう!」

 

 5人の恰好に目元を隠しながら質問すれば、首を傾げて当然の様に答えたララに驚きながら叫ぶリト。そんな光景が楽しい様で、真白が今の様な恰好をしている事もあって才培は声を上げて笑っていた。見れば頬がかなり赤い事から大分酔っているのだろう。そしてそんな才培を見て真似する様に声を出すセリーヌの姿があった。

 

 その後、助かったと思っていた美柑も結局ミニスカサンタを着せられる事になり、林檎も進められるが断り続ける。リトはしばらくの間迂闊に視線を動かすことが出来ず、才培は酔いが完全に回ったのか眠り始めていた。セリーヌもお腹が満たされた事で眠くなったのだろう。才培の近くで眠り始めており、ナナが未だに恥ずかしがる中、ララとモモは何事も無かった様に話や食事を再開。真白も自分が作った料理や美柑が作った料理を食べ、ヤミも真白や美柑と話をしながら時間を過ごした。……今まで以上に賑やかで騒がしい結城家のクリスマスは、まだまだ続くのであった。



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第64話 お正月にはすごろくを【前編】

「それじゃあ、皆! カンパーイ!」

 

≪乾杯!≫

 

「……」

 

 新しい年を迎え、新年会と称して集まった全員はララの声と共に手に持ったグラスを上げる。中にあるのは当然ジュースであり、真白は何も言わずに皆で同じ様にグラスを上げた後に口を付け始めた。この新年会を企画した猿山がグラスに注がれた炭酸飲料を一気に飲み干して唸る中、その隣でリトは振袖の姿で座る春菜に見惚れていた。猿山がその姿に気付くと、自分に感謝する様に告げる。リトはそんな猿山に「声を掛けただけだろ?」と言った後、真白に話し掛ける唯の姿を見る。唯も現在振袖を着ており、長い髪を纏めて左右の前だけ降ろす普段とは違う髪型をしていた。

 

「このお節も貴女が作ったの?」

 

「……美柑と」

 

 囲んでいるテーブルの上に置かれている料理はお正月と言う事あり、美味しそうなお節料理であった。色鮮やかな料理を前に真白に質問すれば、真白は箸を片手にもう食べ始めていた美柑へ視線を向ける。突然の事に驚きながらも、美柑は食べていた物を飲み込んで少し照れた様に笑みを返した。唯は着付けに時間が掛かってしまった為に来るのが少し遅くなってしまい、料理をする真白と美柑の姿を見ていなかった。が、それ以外の全員は見ていた為に各々が食べては2人に感想を告げる。どれも褒められるものばかりであり、美柑は真白に「やったね」と声を掛けた。真白もそれに頷き、食べ始める事に。

 

「ねぇ、春菜。里紗未央は結局来れないの?」

 

「うん。何故か連絡が取れなくて。お静ちゃんも駄目みたい」

 

「そっか。皆、どうしたんだろう?」

 

 現在この場に集まっていたのは主催者である猿山にリトと美柑、春菜、唯、ララ、真白の7人であった。真白が来た際にはその隣にヤミの姿もあったが、突然『用事が出来ました』と告げて居なくなってしまったのだ。故に集まった人数は知り合いの中でも少数であり、春菜は心配そうに。ララは不思議そうに首を傾げる。すると突然、この場に居なかった者が現れる。それは振袖を来たナナとモモであった。

 

「その理由はすぐに分かるよ、姉上」

 

「皆さん、明けましておめでとうございます」

 

 ナナに続いたモモの挨拶に、全員が返しながらも疑問を抱く。すると質問するよりも先にモモが笑みを浮かべながら説明を始めた。

 

「実は皆さんに楽しんで頂こうと、ナナと一緒にゲームを作ったんです」

 

「げ、ゲーム?」

 

「はい。そして皆さんのご友人はその協力者としてお呼びしています」

 

 モモの言葉に思わず聞き返したリト。そしてそのまま続けられた会話にこの場に居た全員が一瞬思いだしたのは、初めてモモとナナが現れた際にプレイした仮想空間でのゲーム『とらぶるくえすと』。ララがモモの説明を受けて面白そうと期待する中、前回の事を知らない猿山以外の全員が不安を感じる。だが話は進んで行き、モモはデダイアルを操作して腕に嵌められるリングを出現させた。当然数はこの場に居るナナとモモ以外の7人分であり、それを各々に配布し始める。

 

「危ない事にならない、よね?」

 

「それは勿論です。ご安心ください!」

 

「言ったろ? 楽しんでもらう為のゲームだって。よし、全員付けたな!」

 

「それでは、皆さんをゲーム空間へご案内します!」

 

 モモの言葉と共に視界が切り替わると、浮遊感が全員を襲う。お節料理の残った部屋には誰も残らず、その場から消えた全員が次に見たのは雲の上の世界だった。手摺りのある小さな足場に立ち、目の前に見えるのは巨大なマスの様な物が連なる光景。それは遥か遠くにまで伸びており、見ただけでこのゲームが何なのか誰もが理解した。

 

「これって、でっかいすごろく!?」

 

『その通り!』

 

 リトの言葉に返事をするモモの声。すると空中に突如画面が出現し、そこにマイクを持ったモモの姿が映し出され始める。モモ曰く、地球に存在するすごろくをモチーフに作ったこのゲーム。ルールは普通のすごろくと同じであり、サイコロを振って出た目のマスだけ進むことが可能で最初にゴール出来た者には優勝賞品が贈られる。との事であった。規模は違えどルールは同じと言う事で唯が安心した時、最初の人からサイコロを振る様にモモが指示を出す。サイコロは唯の手の上に突然出現した。

 

「わ、私からなのね。えいっ!」

 

『3だな。じゃ、3マス進んでくれ! コケガワ!』

 

「古手川よ!」

 

 唯が降ったサイコロの目は3。それを見てナナが名前を間違え乍ら言えば、怒った様子で注意しながらも唯は3マス分歩みを進める。すると唯の目の前に突然画面が出現。そこには文字が書かれており、唯はそれを読んでみる。

 

「下着ショップでセクシーな下着をゲット? ……!?」

 

 内容を読み上げた瞬間、唯の服装が変化し始める。振袖だった筈の唯は気付けば文字通りのセクシーな下着姿になってしまい、変えていた髪型も元通りに。余りにも恥ずかしい恰好に手で肌を隠しながらも画面に映るモモへ戻す様に言う。が、モモは笑みを浮かべたまま無情にも告げた。

 

『プレイヤーには止まったマスで表示される指示に従って貰います。残念ですが、次に振るまでそのままでーす!』

 

「そ、そんな! くっ、ちょっと結城君たち! 見ないでよ、破廉恥な!」

 

「わ、悪い!」

 

「べ、別の意味で危なかった……うぅ、私もあんな恰好になるのかな?」

 

「……」

 

 モモの言葉にショックを受けながらも見ていた猿山やリトに告げる唯。鼻の下を伸ばした猿山とは対照的にリトは慌てて顔を真っ赤にしながらも視線を逸らした。そんな光景を前に美柑は自分にも起こる可能性を感じて肩を落とし、真白も同じ身である為にその背中を擦って慰める事しか出来なかった。

 

 次は猿山の番であり、5の数字を出した彼は言われた通りにマスを進む。やがて現れた文字は短かった。

 

『1回休み!』

 

「いきなりかよ!?」

 

 驚く彼の姿が突然消えた事で見ていた全員が驚く中、モモたちが映っていた筈の画面に何処かへ出現する猿山の姿が映り始める。戸惑う彼が部屋の中を見渡した時、優し気に掛けられた声に猿山は振り返った。何とそこに居たのはベッドのシーツに包まれただけの御門の姿。自分の元へ来る様に誘うその姿に猿山が喜んで飛び上がった時、突如落ちて来た大きな盥が彼の頭を直撃する。

 

「ど、どうして御門先生が?」

 

『御門先生だけではありません。色々な方がこのゲームに参加してくださる予定です。そして内容も、あんな事からこんな事まで。色々用意しちゃってます。ふふふ』

 

 リトの言葉にモモが告げた後、浮かべた笑みを見ていた者達の殆どが思った。彼女が誰よりも自分達を使って楽しんでいる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意を決して振ったサイコロの目は4を出し、リトはグラビア撮影と言う指示を受けてしまう。気付けば海が見渡せる砂浜でカメラを片手に立っていたリト。辺りを見渡した時、少し離れた場所で画面に向けて話し掛ける水着姿のルンが居る事に気付いた。

 

「真白ちゃ~ん! 見てる~?」

 

『……』

 

「これからリト君に撮って貰う写真は、今度真白ちゃんにあげるから楽しみにしててね!」

 

「と、撮るって俺が!?」

 

 画面の向こうに映る無表情の真白へ向けて話し掛けるルン。そんな彼女の言葉でこれから自分が何をしなくてはいけないのかを理解したリトは、顔を真っ赤にして慌てる。だが10枚の写真を撮らなければこの場所からは出られないらしく、ルンは話し掛けるのを止めると気合を入れてリトにポーズを取り始める。

 

「良い感じに撮ってね!」

 

 ルンの言葉にリトは何とか恥ずかしさに耐え乍ら写真を撮って行く。少々の時間を掛けて何とか戻って来たリトはその場に座り込んでしまい、そんな彼を前に今度はララがサイコロを振る事に。元気良く振ったサイコロは数回転がった後、1の目を上にして停止した。

 

「あちゃー1になっちゃった!」

 

『神社でアルバイト! お掃除お掃除!』

 

 指示と同時に姿を消したララが次に現れたのは神社の前であった。気付けば巫女服になっていたララは箒を片手に周囲を見回す。するとララの元へ駆け寄るお静の姿があり、ララは嬉しそうに同じくお静へ駆け寄った。お互いに普段は見ない服を前に褒め合い、掃除を始めようとする。が、そんな彼女達の傍に1匹の犬が現れた。犬が苦手なお静は逃げ出し、何故かその犬はララの尻尾を舐め始める。画面の向こうから聞こえる喘ぎ声を聞いて春菜は戸惑いながら口を開いた。

 

「な、何でマロンが……?」

 

「……マロン?」

 

「う、うん。私が飼ってる犬なの。でも、どうしてここに?」

 

『あたしが呼んだんだ! 次は春菜の番だぜ!』

 

「うぅ。やらなきゃ駄目、何だよね?」

 

 ララの尻尾を舐める犬は何と春菜の飼い犬であり、春菜の戸惑いに画面の向こうでナナが説明をするとサイコロを出現させる。落ちて来たサイコロは春菜の手の上に落ち、自分に起きるであろう何かに怯えながらも春菜は意を決してサイコロを投げる。出た目は3。唯と同じ数であった。が、そこまで足を進めた春菜の前に現れたのは別の文字であった。

 

『美容の為、エステへ通う』

 

 文字の出現と共に姿を消した春菜が次に現れたのは里紗と未央が待つ部屋であった。気付けばタオル1枚の姿になっていた春菜は2人に連れられてベッドへ。両手の指を動かして自分へ迫り始める2人を前に春菜が恐怖すれば、安心させる様に里紗が笑みを浮かべる。

 

「心配しないで、春菜。……たぁっぷり気持ちよくしてあ・げ・る」

 

「ひっ!」

 

 太腿から胸にかけて指先でなぞる様に触れる里紗。その後、画面が消えると共に春菜の喘ぐ声と楽しむ里紗と未央の声だけが聞こえ始める。リトは聞こえて来る声に顔を真っ赤にしながらも聞き耳を立ててしまい、見ていた美柑は戸惑いながら画面へ声を掛ける。

 

「さ、さっき3は違う内容だった筈なんだけど?」

 

『被る事は配慮済みです。なので指示は基本的にランダムで決定されます』

 

『何処に止まったら何がある。何て分かってたら詰まらないだろ? よし、次は美柑だな!』

 

 それは良いとも悪いとも言えない答えであった。今の唯の姿や、春菜の様に何をされているか分からない目に遭いたくないと思っていた美柑。同じマスに止まっても同じ目に遭うとは限らないと言う安心感と共に、まだまだ何が残されているか分からない不安感が襲い掛かる。だが逃げだすことも出来ず、美柑は意を決してサイコロを振るった。出た目は4。現れた文字は

 

『夜道で怪しい人にストーカーされる』

 

「あ、怪しい人って……? !」

 

 気付けば暗い夜道、街灯の下に立っていた美柑は背後へ振り返る。電柱の後ろに誰かが隠れており、徐々に姿を現せばそこに居たのは太ったサングラスの男性……彩南高校の校長であった。間違い無く変態である彼は美柑を見ると同時にその容姿に興奮し、自分の学校に勧誘する様に裸になって飛び掛り始める。恐怖でしか無いその光景に美柑が悲鳴を上げた時、飛び上がった校長の身体が強い衝撃を受けて蹴り飛ばされた。

 

「や、ヤミさん!?」

 

「大丈夫ですか? ……気を付けてください。この男は本物の危険人物です」

 

「ぐぇ!」

 

 美柑を救ったのは何故か女性警官の恰好をしたヤミであった。笛の代わりに鯛焼きを加えたヤミは足元で横たわる校長を踏みつけ乍ら美柑に注意を促す。何とか無事に助かった美柑はマスに戻り、最後の順番である真白の上にサイコロが出現した。

 

「……」

 

 何も言わずにサイコロを放った真白。転がったサイコロが出した目は2であり、それを見て足を進めた真白は目の前に現れる文字を読む。

 

『メイドに就職。基礎を教わる』

 

 その場から消えた真白が次に現れたのは豪華な装飾などが施された部屋の中であった。明らかにお金持ちの家だと分かる様な部屋であり、着ている服も気付けば肩を出してスカートの丈も短いメイド服となっていた。すると突然部屋の扉が開き、現れたのは沙姫であった。その後ろには何時も通り凛と綾の姿もあり、真白は首を傾げる。

 

「この前のお礼として、私もこのゲームに協力して差し上げますわ!」

 

「沙姫様に仕える身として、出来る限りの事は教えよう」

 

「頑張ります!」

 

 実は数日前、沙姫が父親の指示で留学をする様に言われて家出をしたと言う話があった。その際逃げ込んだのは結城家であり、色々あった後にララの『自分の意思を親に伝える』と言う言葉を聞いて覚悟を決めた沙姫は父親と話をする。結果、留学の話は無くなって沙姫はこれからもこの町に居続けられる事となったのだ。そんな事もあり、ライバルだと思っていてもしっかり恩を感じていた沙姫はこのゲームに誘われたのだろう。こうして協力者として現れた彼女は目の前に立つ真白を前に凛や綾と共に仕える者のあり方を教え始める。

 

『認められれば合格となって次のサイコロが振れます。シア姉様、頑張ってくださいね?』

 

『これで1周だな! それじゃあ、2周目スタートだ!』

 

 ゲームはまだ、始まったばかりである。



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第65話 お正月にはすごろくを【後編】

 3周目を迎えたすごろくゲーム。唯は様々な恥ずかしい恰好を強制的に着せられ、ララも様々な恰好でワープした先にて指令を熟す。リトも服装に変化は無いが何処かへワープして指令を熟し、それぞれが多種多様なイベントに遭遇して行く中、真白は自分の手元に落ちて来るサイコロを受け取った。現在リトがトップに立ち、続いて春菜が。その次に唯がバニーガールの衣装で立っており、真白が振るのを楽しそうに待つララが4番目である。猿山はその後ろで先程まで猛獣に追われていた為に息を切らしており、真白から5マス先に居る美柑が不安そうに真白を見つめていた。

 

『シア姉様は現在最下位。頑張ってください!』

 

『メイド修業で1回休みが差を作ったんだな。だけど同じ休みでも猿山は高い数字を出したから、シア姉にも逆転出来る可能性はまだまだあるぜ!』

 

 真白は最初のマスで沙姫達の元にワープし、メイドとしての修業をさせられていた。今現在それは終わったものの、2周目は認められなかった為にサイコロを振る事が出来なかったのだ。最初の2マスしか進んでいない為、大きく遅れを取ってしまっている真白。勝利にこだわる様子は無いが、何時までも持っている訳には行かなかった為にサイコロを前方へ投げる。何度か転がって出た目は、5であった。

 

『美柑と同じマス。って事は?』

 

『スペシャルイベント発生です!』

 

「スペシャルイベント?」

 

 5マス先に立っていた美柑の元へ辿りついた真白は、到着すると同時に響いた音に顔を上げる。モニターには楽しそうに告げるナナとモモの姿があり、美柑は2人の言葉に首を傾げながら繰り返した。当然真白も知らない事であり、モモが説明を始める。その内容は同じマスに止まった者同士が共に協力して指令を熟す、と言うものであった。2人で行うと聞いた美柑は協力する相手である真白へ視線を向け、それに返す様に真白も美柑を見る。

 

「どんな内容なんだろ?」

 

「……」

 

 真白が美柑の言葉に首を傾げた時、その視界が突然変わり始める。そして次に美柑と真白が気付いた時、目の前に広がっていたのは結城家のリビングであった。戻って来たのかと一瞬戸惑った美柑だが、真白はこの場所が本物の結城家で無い事をすぐに理解する。美柑と共にお節料理を用意した真白はキッチンの片づけを軽く済ませただけであり、食べ終わってお客も帰ってから全て終わらせるつもりでいたのだ。が、今現在キッチンに道具は1つも出ていなかった。まるで、一度も使われていないかの様に。

 

 真白のお蔭で偽物の家だと分かった美柑は、何をするべきか分からずにリビングを探索する。するとテーブルの上にとある道具が置かれている事に気が付いた。それは木で出来た片側にフワフワの梵天が付いた耳かきや、白と黒の綿棒など。どれも耳掃除に使う道具であり、それに気付いた美柑と真白の目の前に突然現れた文字が指令を伝えた。

 

『スペシャルイベント! 姉妹の耳掃除』

 

「えっと、私達で耳掃除をしろって事?」

 

 思わず真白に振り返りながら美柑が言えば、他に答えが無い為に真白は頷いて綿棒を手に取った。思ったよりも全然平和で恥ずかしい目にも合わない事に安心する美柑だが、そんな彼女達の姿を見ていたモモは何かを楽しみとばかりに笑みを浮かべていた。

 

「なぁ、何で耳掃除なんだよ?」

 

「ふふ、見ていれば分かるわ。私の記憶が確かなら、シア姉様は……」

 

 質問されたモモは何処か意味深げに答える事無く美柑と真白が映る画面を見続ける。何を企んでいるのか分からないナナは不思議に思いながらも言われた通りに画面へ視線を向けた。画面の中では先に美柑が真白の耳を掃除する事になった様で、ソファに美柑が座ると同時に膝を叩く姿が映っていた。

 

「それじゃあ、真白さん。ここに頭乗せて」

 

「ん……」

 

 美柑の言葉に頷いてソファに近づき、その膝の上に頭を乗せて横になった真白。片耳を上に向ける為に横顔を見せる真白の姿に美柑は少しだけドキドキしながら耳の中を見て見る事にした。中に余り汚れは見当たらず、早く終わると思った美柑。だが耳かきを手にした瞬間、美柑の目の前に指令とは別の画面が表示された。

 

『5:00』

 

「え、何これ?」

 

 時間の様な表示に戸惑う美柑。だが真白はその画面を見る事が出来ず、美柑は画面が気になりながらも始める事にした。ゆっくりと耳かきを真白の耳の穴へと近づけ、微かに触れる。瞬間、目の前に映る時計が『4:59』へと変化した。が、驚いて真白の耳から出せば時間の変化は止まる。それはまるで『5分間、耳掃除を続けろ』と言っているかの様であった。

 

「……美柑?」

 

「あ、ごめんね。何でもないから。それじゃあ、始めるね?」

 

 微かに触れたにも関わらず、始まらない事で心配になった真白が掛けた声で美柑は我に返る。そして改めて耳かきを真白の耳へ入れ始めた。汚れは最初に確認した時と同じく余り存在せず、だが5分間は続けなければいけない為に美柑はゆっくり時間を掛けてやる事を決める。が、予期せぬ事が再び美柑の手を止めてしまった。

 

「……っ! ん、ぁ……」

 

「ま、真白さん?」

 

「ん……平気」

 

 耳かきで触れる度に聞こえる真白の声。美柑が思わず手を止めて話し掛ければ、何事も無かった様に真白は答える。しかし再び始めれば真白は声を微かに漏らし始めており、膝に乗せている為に美柑は真白の表情を見る事が出来なかった。……一方、カメラの視点を移動させていたモモは口を必死に閉じて出てしまう声を抑えようとしながら、結局抑えきれずに出てしまう真白の顔をしっかりと見ていた。隣では顔を赤くするナナが居り、恐らくすごろくのフィールドでもリト等は顔を赤くしている事だろう。

 

「な、なな、何だよこれ!?」

 

「シア姉様はエンジェイドの弱点とは別に耳が非常に弱いのよ。所謂性感帯の1つね」

 

「し、知らなかった……。何でモモは知ってるんだよ?」

 

「子供の頃。シア姉様に遊んで貰った時、ふざけてシア姉様の耳を舐めた事があったわ。その後、シア姉様は身体に力が入らなかったみたいでしばらく立てなくなってしまったけれど。あの姿は今思いだしても……ふふふ」

 

 モモが思いだして笑い始める姿に若干の恐怖を感じ乍らも、ナナは画面の中で美柑に耳かきをされる度に堪えようとする真白の姿から目を外さなかった。すごろくのフィールドでは普段見せる事の無い真白の姿に春菜が驚き、唯は同じ様に驚きながらもその光景に恥ずかしさの様なものを感じていた。ララは珍しい光景を前に今度自分が真白に耳かきをする決意をし、猿山が悶える女子の姿と言う事で興奮し始める。そんな中、リトは画面を直視出来ずにいた。普段は無表情な真白を知っているからこそ、各々の反応はどれも大きいものであった。

 

『1:00』

 

「んっ……ぅん、ぁ……!」

 

(どうしよう……手が止められない。いや、止めなくて良いんだけど)

 

 膝の上で反応を示す真白を前に、美柑の中で徐々にイケナイ感情が湧き上がり始める。必死にその感情を抑えて残りの1分を終わらせようと無心になる美柑だが、真白以外誰も居ないこの場所で聞こえて来る声は真白の抑えられた喘ぎ声のみ。湧き上がる感情に溺れそうになるも、今確実にこの光景を見ているであろうナナやモモを思いだして美柑は抵抗し続ける。……やがて、1分と言う美柑にとって途轍もなく長い時間が終わった時。真白は美柑の膝から起き上がった。

 

「お、終わった……」

 

 正に燃え尽きたとばかりに立ち上がる事の出来ない美柑を前に、今度は真白が綿棒を手に美柑の隣へ腰掛ける。そして美柑の頭を包む様に抱えた真白はそのまま美柑を自分の膝上へと誘導した。気付いた時には真白の膝の上に頭を乗せていた美柑。何かを言うよりも早く真白は耳へ綿棒を近づけ始め、新たな『5:00』が出現した。

 

「……始める」

 

「ちょ、心の準備が……ふぁ!」

 

 先程までの事もあり、真白の膝の上と言うだけで緊張してしまう美柑。しかし彼女の言葉も空しく真白は無情にも美柑の耳掃除を始めてしまった。耳の中で触れる綿棒のくすぐったさとは別に、身体へ走り始める痺れの様な物を不意打ち気味に感じた美柑は思わず声を上げてしまう。

 

(や、やばっ。これ、気持ち良すぎ!)

 

「……」

 

「く、ぅう! ぁ、あ……!」

 

 何処か手慣れた様に掃除を続ける真白の手は留まるどころか更に激しくなり、美柑は必死に声を押し殺そうとして上手く行かずに顔を真っ赤にするしかなかった。

 

「あぁ、あんな大胆に……」

 

「こ、これ耳かき……だよな? そうだよな?」

 

 モモは頬に手を当てて妖艶さを醸し出しながら話す中、顔を真っ赤にしながらナナは自分が見ているものを1人確認し続ける。同じ頃、すごろくのフィールドでは唯が更に顔を真っ赤にしながら画面を指差した。

 

「あ、あああんな声出して! 破廉恥よ!」

 

「美柑、気持ち良さそう~。真白にしてあげたら、今度は私もして貰おう!」

 

 唯の言葉に春菜は苦笑いを浮かべる事しか出来ず、ララが更なる決意をする横でリトが自分の居ない所でやる様に注意する。鼻の下が伸びきった猿山は画面を見続けており、唯がそれに気付くと見ない様に言う。が、それでも視線を逸らさない猿山の頭上に盥が飛来した。頭上にヒヨコを回して倒れる彼を前に、全員が真白たちの映る画面とは別のナナとモモが映る画面へ視線を移動させる。

 

『厭らしい顔で見てんじゃねぇ! エロ猿!』

 

『時間も残り3分を切りましたし、美柑さんの番まで進めておきましょう。それでは4周目、スタートです!』

 

 ナナによる猿山への罵倒とモモによる指示の元、リト達は再びすごろくを再開する事となった。5分間の間、美柑の声をバックに進めるゲームは4周目の春菜の順番になってようやく停止。2人はすごろくのフィールドへと戻って来る……が、美柑の顔は正に茹蛸状態であった。

 

「大丈夫? 美柑ちゃん」

 

「……」

 

 心配そうに話し掛ける春菜だが、美柑が反応を示す事は無かった。不安になりながらも自分の番だった為、春菜はサイコロを振る。今現在もトップであったリトとの差は4。転がったサイコロが出した目は……4であった。

 

『本日2度目のスペシャルイベント発生だ!』

 

「嘘だろ!?」

 

『スペシャルイベント! 愛の逃避行』

 

 春菜と一緒にスペシャルイベントと聞き、リトは緊張と同時に先程の真白と美柑を見ていた為に似た様な事をさせられるのかと顔を真っ赤にする。春菜も同じ様な事を考えたのか顔を真っ赤にする中、2人の姿はその場から消えてしまった。が、今回消えたのはリトと春菜だけでは無くその場に居た全員であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春菜が気付いた時、そこは巨大な教会の様な場所であった。着ていたのは結構式で着るウエディングドレスであり、イベントの内容を察してリトと結婚と思った春菜は顔を赤くする。っと、背後に誰かが現れた事で春菜は「結城君!?」と驚きながら微かな期待と共に振り返り……正装した猿山の姿に驚愕する事となる。

 

「春菜! 凄い綺麗だよ!」

 

「ん……」

 

「美柑ちゃん、貴女本当に大丈夫?」

 

「……」

 

 広い教会の席1列に気付けば座っていたリト以外のメンバー。服装は本来着ていた振袖に戻っており、春菜の姿に褒めるララと言葉にはせずに頷いて同じ様に褒める真白。そんな2人の隣で未だに顔を真っ赤にしたまま俯いた状態の美柑を見て、唯が心配そうに声を掛けていた。何処を探してもリトの姿は無く、春菜は戸惑う。が、そんな彼女に猿山は声を掛けるとその両肩に手を置いた。

 

「さ、西連寺! ゲームって事で許してくれな!」

 

「え、何を……嘘!?」

 

 結婚式と言う事もあり、猿山はそう言ってキスを始めようとした。春菜はその事に驚いて逃げようとし始めるが、そんな2人と見ているメンバーが居る教会の扉が突然開かれる。扉の向こうに立って居たのはすごろくゲームを始める際に着ていた私服姿のリトであり、猛スピードで春菜に近づいた彼はお姫様抱っこで春菜を掻っ攫ってその場所から離れて行った。その形相は必死であり、猿山から春菜を攫ってそのまま離れて行くリトにララが「頑張れリト!」と声を掛けた。

 

「いや、どう言う事なのよこれ?」

 

「……ドラマ?」

 

「お、俺の純情なハートは弄ばれたのかぁぁぁ! くっ……いや。俺には、俺にはリコちゃんという心に決めた子が居る! 今行くよリコちゃぁん!」

 

 状況が理解出来ずに思わず呟いた言葉に真白が首を傾げながら続けると、新婦が居なくなった事で猿山は膝を突いて悔しがってしまう。が、すぐに立ち直った彼はリコという名前を叫びながら同じ様に1人でその場所から姿を消してしまった。誰にでも鼻の下を伸ばす助平な性格を知っていた為に唯が猿山へ白い目を向ける中、リコと言う名前に真白が首を傾げた。その名前はリトが女性に成ってしまった際、名乗っていた名前だったのだ。つまり猿山はリトの女性版であるリトに恋を抱いている事となる。

 

 新郎新婦両方が居なくなってしまった教会の中にいたメンバーは突然視界が切り替わると共にすごろくのフィールドへ戻される。その後、画面の向こうで走り続けるリトの元へ刺客として送られるお静。だが忍者の恰好で忍術を使おうとした彼女は風を操ろうとして操れずに自らの下着を晒してしまい、恥ずかしがる隙にリトは逃げ切る事に成功する。身を隠してどうすれば終わるのかを考える真剣な表情を前に春菜がドキドキし始める中、突然飛来したマフィアの様な姿のセリーヌに2人は反応することが出来なかった。セリーヌは春菜の胸へ飛びついて子供故か吸い付き始め、リトはその光景を前に大慌てで外しに掛かる。

 

『スペシャルイベントも終了。次はシア姉様の番ですよ!』

 

 無事に戻って来たリトと春菜だが、美柑同様に顔を真っ赤にして俯いてしまった春菜にリトは掛ける言葉を見つけられなかった。

 

 ゲームは続いて行き、7周目を迎えた段階でリトが残り2マス。春菜が3マス。ララが5マスで猿山が6マスと、終わりが見え始める。唯や美柑、真白等はまだ9マスや10マス以上存在しており、この周でゴールする事は不可能に近かった。

 

「今度はどんな格好にさせられるのよ……えい!」

 

 恥ずかしい恰好ばかりさせられていた唯は次の恰好に怯えながらもサイコロを転がす。当然何の目が出てもゴールには辿りつけず、唯に出た指令は再び服装関係のものであった。

 

『お休み前にお着替えを。こんな格好は如何?』

 

「今度は何? ……! こ、これ、何で透けてるのよ!?」

 

 唯が着せられたのは生地の薄いネグリジェと呼ばれるものであった。生地が薄いせいで中が透けて見えてしまい、幸いにも最初から付けていた下着が残されている為に完全な裸では無い。が、唯単に下着姿になるのとは別の恥ずかしさに唯は必死で自らの身体を隠そうとする。正月から眼福なものばかりを見ていた猿山は自分の番になり、伸びた鼻の下を戻して唯1人だけ終わらない事を願いながらサイコロを転がす。出た目は6であった。

 

「え? 終わり?」

 

『おめでとうございます! 大逆転で猿山さんの優勝です!』

 

「優勝……って事は賞品があるって事か! よっしゃぁ!」

 

 最初は終わってしまった事実に驚いた猿山だが、聞こえて来るモモの言葉で喜びを露わにし始める。駆け出し、全員が目指していた『GOAL』と書かれている場所まで直行。大きく両手を上げて喜ぶ猿山の横に突然拍手をし乍らモモが出現した。

 

「や、やっと解放されるのね……」

 

 猿山がゴールした事でゲームは終了。その事実に唯が安心した様に溜息を吐き、春菜は未だにリトの姿を見れずに思いだしては顔を真っ赤にし続けていた。真白と美柑は特に気にした様子も無く、リトは既に刺激の強すぎる様々な指令を前に放心状態に近かった。唯一元気なララだけが猿山の優勝に拍手を送り、猿山は賞品が何かをモモに質問する。モモは笑みを浮かべてとある方向へ視線を誘導、そこに立って居たのはチャイナドレス姿のナナであった。

 

「まさか賞品はナナちゃんとのデートとか? いやぁ、嬉しいけど趣味的にペタンコはちょっと」

 

「ペタンコで悪かったな! それに勘違いすんな。賞品はこっちだ」

 

 猿山の言葉に怒りを一瞬露わにした後、落ち着いてナナはデダイアルを取り出す。そして僅かな操作の後、猿山の目の前に現れたのは超巨大な亀であった。

 

「宇宙でも激レアのクリムゾンタートルだ! 亀は縁起が良いんだろ?」

 

 賞品を前に固まる事しか出来ない猿山。その後、巨大な亀に遊ばれる彼の姿を見て参加していたメンバーの殆どが優勝しなかった事を心から助かったと思うのだった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第66話 バレンタインは少し素直に

【5話】完成。本日より5日間、投稿致します。


 2月を過ぎた頃、春休みを控えた彩南高校で真白は休み時間になると同時に突然囲まれる。囲んだ相手は里紗と未央であり、その顔は何か気になっている様子。真白が首を傾げてその姿を見た時、里紗が最初に口を開いた。

 

「ねぇねぇ、真白は何時も誰かにあげてるの?」

 

「?」

 

「ほら、2月と言えばあれじゃん? 男子が浮足立ってワクワクするけど、殆どが絶望する日」

 

「……チョコ?」

 

 里紗の言葉に再び首を傾げた真白だが、未央の出したヒントでその意味を理解する。2人は真白の言葉に笑顔で「その通り!」と答えた後、最初の質問の答えを待ち始めた。2月14日はバレンタインデー。普段真白は美柑と共に結城家でチョコを使った何かを用意しているため、今年もそのつもりであった。リトだけで無く、結城家に住む者達全員に作っている真白と美柑。今年は去年に比べて更に人数が増えた為、当日は大忙しになる予定である。

 

 真白が少ない言葉でそれを伝えている間、傍で猫の本を読んでいた唯はその会話を聞いていた。興味があった訳では無く、偶然耳に入ったその会話。里紗と未央の言葉で真白と同じ様にバレンタインデーを理解して、興味無さげに本へ視線を戻した唯。だがそんな姿を未央は見逃さず、真白の説明を受けた後に笑顔で唯に近づき始める。

 

「古手川さんもバレンタインに興味津々かな?」

 

「おぉ! 遂に古手川さんにも意中の人が!? だれだれ?」

 

「わ、私はそんな事に興味無いわよ!」

 

 未央の言葉に反応した里紗が詰め寄れば、顔を真っ赤にして本を閉じ乍ら唯は立ち上がる。そして強い口調で告げて教室を後にしてしまった。里紗と未央はお互いに顔を見合わせ、「やれやれ」と唯の何時も通りな姿を見送る。唯に意識が向いた事で2人から解放されていた真白は、唯の姿を同じ様に見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2月14日。バレンタインデー当日を迎えたこの日、真白とヤミは結城家に普段より少し早く訪れていた。既に美柑は起床しており、2人が早く来る事も想定済み。リトやセリーヌ達はまだ眠っており、ララやナナとモモの姿も現在は無かった。静まり返るリビングで音も立てずに椅子へ座るヤミを横目に、真白と美柑は同時にエプロンなどを付けて準備を始める。

 

「それじゃあ、始めよっか」

 

「ん……」

 

 美柑の言葉に頷いた後、キッチンで2人は動き始めた。素早くお互いの役割を決めて行動する2人は決して目で追えない速度で動いている訳では無い。だが料理に関して余り理解の無いヤミは2人が何をやっているのか何となくでしか理解出来ず、手の動きに内心で驚いてしまう。

 

 時間が経ち、キッチンでは未だに音が鳴り続ける。リトが起床してリビングへやって来ると、冷蔵庫へ向かう為にキッチンの中へ入ろうとする。だがヤミはそんな姿を前に声を掛けた。

 

「今は入らない方が良いですよ?」

 

「何で……はぁ!?」

 

 まだ寝起きだった事で周りが見えていなかったリトは、ヤミの言葉に疑問を持って入らずに中を覗き込む。そしてリビングで動き回る2人の姿に驚愕した。目で追えない速度とはヤミから見たものであり、地球人であるリトにはその速さに驚くしか無かったのだ。身体は見えるものの動き続ける為にぶれる美柑と、一瞬消えては現れるを繰り返す真白。一体そこまでして何を作っているのかと疑問に思ったリトだが、その隣でヤミが言葉を続ける。

 

「今入れば何方かにぶつかる可能性が高いです。何より、邪魔になります」

 

「そ、そうだな」

 

 ヤミの言葉に呆気に取られながらも何とか返したリト。その後、ララも起床。リビングに入って来ると、2人の姿に吃驚しながらも2人が作るチョコレートにワクワクし始める。そして作業する真白に向けて笑顔で話し掛けた。

 

「私も飛びっきりのあげるから、楽しみにしててね! 真白!」

 

「…………ん」

 

 ララの言葉に手を止める事無く普段よりも長い間を置いた後、真白は頷いて返した。一瞬去年の出来事が真白の頭の中を過ったのだ。ヤミもリトも同じ事を思いだした様で、リトが恐る恐るララに声を掛ける。

 

「へ、変なの入れて無いよな?」

 

「大丈夫! 今年は春菜と一緒に材料を集めたから!」

 

「!?」

 

 リトの質問に胸を張って笑顔で答えたララ。春菜と共になら大丈夫だと安心する真白とヤミだが、聞いた本人であるリトはララの言葉に戦慄する。春菜と共に材料を買ったと言う事はつまり春菜もチョコを作るつもりだと言う事。一体そのチョコは誰に渡されるのか……一瞬自分だと思って幸せそうにしながらも、すぐに別の知らない男かも知れないと考えて絶望するリトの姿にララは首を傾げる。ヤミは興味無さそうであり、真白と美柑はお互いに視線を合わせた。

 

「心配しなくて良いのにね~」

 

 美柑の言葉に真白は頷いて同意を示し、その後も2人の料理は続いた。無事に朝食は完成。朝から動き回っていたにも関わらず、結城家で振る舞うチョコレートに関しては下拵えであった。リトはどの様な規模の物が出て来るのか気になりながらも、普段通りに食事を済ませて登校する為の準備を始める。

 

「あれ? 真白さん、それって……」

 

 同じ様に登校する為、鞄を手にした真白は小さな銀の包みを鞄の中に数個入れ始める。美柑の知らぬ内に用意されていた物の様で、気付いた美柑が声を掛ける。真白は静かに頷いて何かを肯定。美柑は少し考えた後、去年に比べて色々な人と知り合いになっている事を改めて思い出した。

 

 結城家を出て戸締りを確認した後、登校する為に全員で歩き始める。通学路の途中で美柑と、学校の手前でヤミと別れた真白達は教室に入ると同時に視線を向けられる。その目は一様に男子生徒達のものであり、ギラギラとした鋭さを感じる程に強い視線であった。女性生徒の登校を確認すれば、貰えるか気になっているのだろう。リトにはララや真白と一緒に教室に入って来た事で嫉妬の念も込められていた。

 

 リトが猿山と挨拶を交わして話を始める中、真白とララも里紗と未央に話しかけられる。2人の手には沢山の小さなチョコが入った箱があり、挨拶をした後にリトと猿山の元へ近づき始めた。

 

「はい、結城。義理チョコだよーん!」

 

「猿山もあるよ。最初で最後のチョコ!」

 

「おぉ! サンキュー!」

 

「んだと! まだ貰えるかも知れないだろ! まぁ、ありがとな!」

 

 里紗と未央からチョコを受け取った2人は別々の反応を示しながらお礼を言う。その後、2人が入って来る男子生徒達にチョコを配り始める姿を見ながら真白は教室の中を見回した。騒がしい教室の中で、何かを難しそうに考えている唯の姿を見つけた真白。まだ時間があった為に傍へ近づき始めれば、唯は真白の姿に気付いて顔を上げた。だが普段と違い、その視線は真白の目と合わずに泳ぎ続けていた。

 

「……唯?」

 

「うぇ!? え、えっと……その……」

 

 明らかに狼狽える姿に首を傾げながらも、真白は鞄から何かを取り出そうとする。だがそれが取り出される一歩手前で真白の傍に里紗と未央が急に現れた。

 

「何々? もしかしてチョコでも渡すの?」

 

「なっ!? い、言った筈よ! 私はバレンタイン何て興味無いって!」

 

 ニヤニヤしながら話し掛ける里紗の言葉に顔を真っ赤にしながら自分の席から立ち上がった唯は、強い口調で言って数日前の様に教室を後にしてしまう。しかし里紗と未央はそんな姿に心底不思議そうな顔でお互いに見合い、首を傾げた。

 

「真白に言ったつもりなんだけど……何で古手川さんがあんなに反応した訳?」

 

「もしかして古手川さんも渡すつもりだった、とか? ……そんな訳無いよね!」

 

 恐らく大体の男子生徒に配り終えたのだろう。2人が話をする姿に真白は去って行く唯の姿を見つめて今は諦めると、同じ様に鞄から何かを取り出す。それは結城家で鞄に入れた銀の包みであり、渡された里紗と未央は驚きながらもお礼を言う為に口を開いた。

 

「ありがとね、真白。いやぁ、でもまさか貰う側になるとは……流石に想定外かも。しかもこれ、手作り?」

 

「ん……」

 

「所謂友チョコって奴だね! う~ん、ちょっと待ってね!」

 

 里紗はお礼を言った後、明らかに市販されているチョコとは違う包み方に手作りである事を見抜いた。真白が肯定する姿を前に未央が笑顔で言うと、真白へ待つ様にお願いして本人には聞こえない様に背を向け乍ら里紗と内緒話を始める。

 

「流石に今日のチョコで返すのは悪く無い? 私達のは買った奴だし」

 

「だよねぇ。う~ん。あ、ならこうしよう!」

 

 真白の前で背を向け乍ら話す2人。やがて未央の提案に里紗が納得した様子でお互いに頷き合った後、再び真白へ振り返って2人は笑顔で決めた事を告げる。

 

「お礼はホワイトデーの時に、返す事になったから!」

 

「楽しみにしててね!」

 

 その言葉と同時にチャイムが鳴り始める。一斉に席へ座り始める生徒達の姿に里紗と未央も席へ向かい、唯も廊下から教室へ戻って来る。真白も自分の席に座り、次の休み時間までを過ごした。

 

 それから真白は休み時間を迎える度、仲良くなった者達へチョコを渡して回り始めた。今日は登校していた隣のクラスのルン。同じクラスの春菜とお静。保健室で過ごしている御門。3年生の沙姫とその傍に居る凛、綾。等々、ここ最近で特に話す事の多い者達に配り続けた真白。だがまだ渡せていない人物が1人だけ存在していた。

 

「ま、真白……その……な、何でも無いわ!」

 

「……」

 

 授業が終わる度に真白は唯から話し掛けられる。だがその内容が最後まで告げられる事は無かった。真白もチョコの渡すタイミングを伺うも、唯は毎回教室から出て行ってしまう為にその機会が中々訪れなかった。しかし今回迎えたのは昼休み。真白は唯が言い難い理由として、朝の出来事から誰かに見られている事だと考えてその手を掴む。驚く唯を他所にそのまま強引に教室を後にして、向かった先は中庭であった。

 

「……」

 

 まだ昼休みは迎えたばかりであり、中庭に人の影は一切無い。何も言わず、だがジッと見つめる真白の姿に唯は狼狽えながらもやがて覚悟を決めた様に視線を合わせた。そして何処からか取り出したのは、手の平サイズの可愛らしい布に包まれた箱であった。それが一体何なのか、説明しなくても当然分かった真白。唯と今一度視線を合わせた後、それを両手で受け取る。

 

「と、友チョコよ。本当はこんな事興味無いけど、一応渡しておくわ」

 

「……ありがとう……」

 

 そっぽを向きながらも話す唯へ、真白は受け取った箱を両手で胸の前に持ったまま感謝を伝える。その言葉で真っ赤になる唯だが、真白はお返しをする様に目的であった手作りのチョコを唯へ差し出す。他の誰かに渡している姿を唯は教室から離れてしまう等して見ていない。故に差し出されたチョコに驚きながらもそれを受け取り、赤い顔のままお礼を言った。そして、そんな光景を陰から見ている者達が居た。

 

「いやぁ、青春だねぇ~」

 

「若いっていいねぇ」

 

「……そろそろ行って良いでしょうか?」

 

 強引に教室から連れ出した為、気になって後を付けて来ていた里紗と未央。真白と合流する為に待っていたヤミは2人に捕まり、真白達から見えない場所で話をしていた。ヤミは今からでも合流しようとするが、それを里紗と未央の2人が止める。

 

 その後、唯と一緒にお互いが渡したチョコを開いた真白。真白が作ったのは色々な人に渡す事を考えて、小さな小粒のチョコを纏めたもの。対する唯が作ったチョコは、猫の形であった。丁寧に顔や髭も描かれており、真白は開いて最初に小さな声で「……可愛い」と感想を告げる。自分が作ったチョコ故に真白の言葉を聞いて恥ずかしくなったのか、唯は貰ったチョコの一粒を照れ隠しに食べる。ほろ苦い味を感じ乍ら、無事に渡せた達成感に唯は安堵するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のわぁ! 何だこれ!?」

 

「凄い! これ、真白と美柑が作ったの?」

 

「モモさん達も家に住む様になったから、今回は結構張り切っちゃった。……ちょっとやり過ぎたかもだけど」

 

「……一杯ある」

 

 夜を迎えた結城家の夕食は真白と美柑の作ったバレンタイン特性ケーキであった。リビングに置いてあるテーブルを端から端まで占領する程の大きさであり、簡単に作れるものではどう見ても無い。春菜からチョコを貰えて上機嫌で帰宅したリトがリビングに存在する巨大なケーキに驚愕する中、ララがその大きさに大喜びする姿を見て頬を掻きながら答える美柑。屋根裏の空間に住んでいるモモとナナも呼び、セリーヌも合わせて8人で賑やかで甘い夕食を楽しむのであった。



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第67話 美柑とヤミの入れ替わり

 日曜日。既に陽も沈み始めた頃、御門の家で家事を終えた真白は両手に買い物袋を持って帰宅する為に歩いていた。ヤミは珍しく傍におらず、1人で歩いていた真白は空を飛ぶその姿に気付いて顔を上げる。そこには何処か不安定に上下しながら空を漂うヤミの姿があった。が、能力で生えている翼が消えると同時にその身体は落下。下には民家があり、屋根へ上手く着地する事も出来ずに頭から落ちてしまう。……明らかにその光景は普通のヤミでは無かった。

 

「いたたっ……気を抜いたら消えちゃうのね。結構難しいかも……」

 

「……平気?」

 

「ま、真白さん!?」

 

「?」

 

 頭の上にたん瘤を作り、普段の無表情が嘘の様に痛みから顔を歪ませて頭を抑えるヤミ。屋根の上で倒れたままのヤミに下から見上げる様にして真白が声を掛けた時、目に見えて驚きながら自分の名を呼ぶその姿に違和感を感じて真白は首を傾げた。慌てて何かを取り繕おうとするが、そんな彼女のすぐ傍に何かが落下してくる。ヤミが驚き、真白が警戒する中で姿を現したのは……何故かボロボロな彩南高校の校長であった。

 

「へ?」

 

「おぉ~、落下した先にヤミちゃんとは。これは運命を感じますなぁ~!」

 

「きゃ、きゃあぁぁぁ!」

 

 煙の中から徐々に姿を見せる校長は、丁度ヤミの足元から仰向けの体勢で倒れていた。スカートの中が見えているのか、興奮するその姿に悲鳴を上げそうに無いヤミが大きな悲鳴を上げる。そしてその場所から逃げようと走り出すが、今居る場所は屋根の上。足元は危険であり、案の定足を踏み外してしまう。何故か翼を出す等の事が出来ないその姿に、真白は買い物袋を放って走り出した。その結果、買った卵を犠牲に払って無事にその身体を受け止める事に成功する。

 

「ま、真白さん!?」

 

「……危ない。……!?」

 

「ヤミちゃぁ~ん! 真白ちゅわぁ~ん!」

 

 突然近づいた真白の姿に焦るヤミと、注意する真白。だがそんな2人の元へ屋根から正しく飛び掛る様に校長が近づき始める。真白はヤミを抱えたまま後ろに跳躍してそれを回避すると、逃げる為に走りだす。そしてヤミは今の状況に困惑しながらも、遠ざかる校長と買い物袋に助けられている事を理解した。そしてこのままでは不味いと思ったのか、突然髪を伸ばし始める。向かった先は校長……では無く、買い物袋であった。

 

「に、荷物は任せて! 真白さん!」

 

「……」

 

 抱えられながら告げるヤミの姿に真白は反応する事無く、再び大きく跳躍する。真白に連れられる様に金の髪に引っ張られて買い物袋が揺れ、校長から見る見る距離が出来て行く2人。やがて屋根の上から屋根の上へ着地する事を繰り返し、校長を撒く事に成功した真白はヤミを降ろした。

 

「ありがとう! 真白さん!」

 

「……ん」

 

 ヤミの姿をし乍ら、普段のヤミでは到底見せない笑顔でお礼を言うその姿に真白は違和感を感じ乍らも頷く。そしてヤミの髪に引っ張られた買い物袋を回収して中身を確認し始めた。最初の衝撃で卵は全て駄目になっており、中身の殆どが何処かで落としたのか袋の中に残っていない光景に真白は無表情のまま反応しない。だがそれを見ていたヤミが申し訳なさそうに頬を掻いた後、思い付いた様に手の平に拳を乗せた。

 

「今から一緒に買い物に行こ! 明日の献立も考えながら、ね? 大丈夫、お金は私が出すから!」

 

「…………」

 

「だ、駄目……かな?」

 

「……美柑?」

 

「ふぇ!? ……あ」

 

 真白の言葉に驚いた後、思いだした様に声を出したヤミはヤミでは無く美柑であった。自分への呼び方や雰囲気、力を扱えていない様子に当然乍ら違和感を感じていた真白。だがその正体が美柑と分かった最大の理由は、『一緒に献立を考える』と言った事であった。普段ヤミは食べるだけであり、料理の話をするのは美柑が殆ど。お金もヤミ本人なら絶対に出す等と言わないだろう。何故ならそのお金は真白のお金でもあるのだから。だが、美柑ならば話は別。結城家の家計を担っているのは基本美柑なのである。

 

 正体がばれた事で美柑は自分がヤミの姿になっている理由を説明し始める。切欠はヤミの変身能力(トランス)を見て美柑が自分も使ってみたいと思ったことが始まり。『身体を交換出来たら良いのに』と何気なく行った美柑の言葉に、偶然一緒に居たララが『まるまるチェンジくん』と言う機械を出して出来る事を説明。ヤミと話して今日1日、お互いに入れ替わる事にした。との事であった。

 

「……美柑も……違う?」

 

「うん。その筈だよ」

 

 今現在ヤミの姿をした美柑が居る様に、何処かに美柑の姿をしたヤミが居る事を知った真白。実は校長の飛んで来た理由が美柑の姿をしたヤミに襲い掛かって帰り討ちにあったからである事を知らない2人は、無表情に過ごす姿を想像しながら話を終わらせる。そして一緒に買い物する事にした真白は、かなり軽くなった袋を手に歩き始めた。当然、その隣には普段のヤミの様子を真似する様に美柑が着いて行く。

 

 その後、買い物を済ませて一緒に買い物袋を手に結城家へ向かい始めた2人。到着して中に入った時、リビングでセリーヌと共に無表情のままテレビを見る美柑の姿をしたヤミがそこには居た。自分の姿をした美柑が真白と共に帰って来た事でヤミはテレビから視線を外し、2人の元へ。既に真白は知っている事を美柑から聞かされたヤミは、何時も通りにリビングの席に座った。そして、真白と美柑はキッチンに入り……そこにあった昼食の残りであろうそれに美柑が顔を引き攣らせる。

 

「や、ヤミさん……これ、何?」

 

「結城 リトに夕飯を作って欲しいと言われたので、作ってみました」

 

「……」

 

 真白と美柑の前にあったのは3品。鯛焼きの刺さったご飯に鯛焼きの乗せられたサラダ。そしてスープに浮かぶ、鯛焼きのふやけた残骸であった。味で言えば間違い無く甘ったるいであろうそれを夕食として出されたリトに美柑は軽く同情しながら、買って来た食材を仕舞い始める。

 

 それからしばらくした後、ララによって元に戻った美柑とヤミ。美柑は校長に追い掛けられ、真白と共に買い物をしてと普段より少し濃い1日を過ごした事に満足した様子であり、ヤミはそんな美柑の言葉に普段通りの無表情で「そうですか」とだけ答える。そして結城家から真白と共に帰る途中、徐にヤミは口を開いた。

 

「私は今日、美柑でした」

 

「ん」

 

「そして私と知らずに美柑と思い接する結城 リトはとても暖かかった」

 

「……そう」

 

「家族の暖かさ。それは、何処も同じなのですね」

 

 ヤミは言い終えると同時にお互いの温もりを感じられる距離まで真白に近づいた。そしてそのまま2人は家に到着するまで、何時もより近い距離で歩き続けるのだった



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第68話 綺麗な桜の木の下で

 彩南緑地公園。今現在綺麗な桜が咲き乱れるその公園は花見をする人々で賑わっていた。普段人混みが苦手な真白なら、今現在人の多い公園に入りはしないだろう。だが約束がある故に公園を訪れていた真白は、シートを敷いたその上で桜を静かに見上げていた。傍には鯛焼きを齧るヤミの姿があり、真白の手にもまだ食べていない鯛焼きが握られている。

 

「あ、居た居た! 真白~!」

 

「どうやら来た様ですね」

 

 突然賑わう人々の声に混ざって聞こえたララの声を聞き、真白とヤミが同時に視線を向ける。大きく手を振って駆け寄って来るララの姿がそこにはあり、彼女の背後にはリトと美柑。ナナとモモに、春菜とお静の姿もあった。今回お花見をする事が決まった上で、約束する事が出来た面子である。

 

「おぉ~! ここは一段と綺麗だね! 桜!」

 

「……お静……見つけた」

 

「はい! 飛び回りました!」

 

「あ、あはは……」

 

 すぐ傍へ座り込んで桜を見上げるララの言葉に頷いた後、お静へ視線を向けた真白。笑顔で答えるお静の横で、春菜が探す間の事を思いだして苦笑いを浮かべる。お静と先に場所を取る為、公園を訪れた春菜。桜がより良く見える場所を探す為にお静が考え付いた事は、幽霊になって様々な箇所を確認する事であった。その間、幽霊が苦手な春菜は友達であるお静の霊体を前に怯え、抜け殻になったお静の身体を支え続ける羽目になったのである。

 

「真白さん。ここに来る途中に屋台があったけど、一緒に行かない?」

 

「……」

 

「今度は私が残るから、大丈夫だよ」

 

「……ん」

 

 お静と春菜の確保した場所が迎えに行く間に取られない様、残って居た真白とヤミ。美柑の提案に一度春菜に視線を向けた真白だが、微笑みながら今度は自分が残る事を春菜は告げる。他に迎えに行く者は居なかった為、彼女の言葉に真白は頷いて立ち上がった。何も言わず、隣に居たヤミも立ち上がる。そして3人は一緒に屋台の並ぶ場所へ足を進め始めた。っと、そんな姿に珍しくナナが声を掛けた。

 

「あたしも行く!」

 

 その言葉を拒否する者は当然居らず、ナナを加えた4人で改めて真白たちは屋台へ向かい始める。先頭に屋台の場所を知る美柑が立ち、真白とヤミが並んで。そしてその後ろにナナが真白の後姿をジッと見つめながら歩いていた。……やがて、美柑の見掛けた屋台の並ぶ場所に到着した4人。そこで真白がナナへ振り返る。

 

「……何が……良い?」

 

「え? あぁーじゃ、じゃあフランクフルトで!」

 

「あ、私も食べよ。真白さんとヤミさんは?」

 

「真白が食べるなら、食べます」

 

「……4本」

 

「はいよ!」

 

 真白の質問に驚きながら屋台を見回し、最初に視界に映った物を言葉にする。美柑もナナと同じ様に買う事を決め、真白とヤミに質問。ヤミが答える中、既に真白は屋台でフランクフルトを作っている男性に注文していた。粋の良い男性の声を聞き、すぐに差し出される4本。真白はそれを受け取って戻って来ると、3人に1本ずつ差し出した。

 

「あ、ありがと」

 

「真白さん、幾らだった?」

 

「……平気」

 

「頂きます」

 

 行動の速さに再び驚くナナと、値段を払おうとする美柑。だが真白は首を横に振って答え、その隣でヤミが食べ始める。お祭りとは違う為、屋台の数はそれ程沢山ある訳では無い。何の屋台かを確認しながらも殆どを流し、やがて端まで辿り着いた4人は改めて食べる物を決める。そして戻る最中に購入する事とした。結果、各々がフランクフルトを1本ずつ持ちながら、別々の物を反対の手に持っていた。春菜の待つ自分達の場所に戻れば、花より団子と言う言葉の似合う4人の姿に春菜が微笑ましそうに笑みを浮かべる。同年代である筈の真白も、見た目的には年下に見える為に違和感を感じる事は無かった。

 

「真白! バドミントンやろうよ!」

 

 戻って来た後、桜の下で食べる真白の姿に気付いたララがラケットを手に話しかける。彼女の向かいには倒れるリトの姿があり、その傍には灰になったシャトルの成れの果てが存在していた。恐らくララとのバドミントンは地球で行われるものとは完全な別物なのだろう。最後の一口を食べ終えた真白は、腹ごなしの運動にと頷いてリトの傍へ近づいた。中央が焦げたリトのラケットを拾い、何時の間にかララが用意していたシャトルを手に「行くよ~!」と声を掛ける。

 

「えい!」

 

「!」

 

 間の抜けた声と共にララのラケットに叩かれたシャトルは、勢いの余り赤く光りながら真白へ急接近。しかし真白は瞬時にラケットを構えてそれを受け止めるだけでなく、ララへ返した。勢いの強いシャトルを無理に返そうとした為、ララへ向かう速度も恐ろしい事に。だがララは笑顔で再び真白へそれを返した。

 

「シア姉も姉上もすげぇな」

 

「あれ、バドミントン……だよね?」

 

 傍から見れば赤い何かを高速で撃ちあっている様にしか見えない2人。宇宙人であるナナには打ち合われるシャトルが見えているが、地球人である美柑には赤い光が微かに見える程度。故に感想は全く違う物であり、気付けば花見に来ていた筈の人々が2人の遊びに魅入って集まり始める。が、突如終わりは訪れる。

 

「そぉれ! あれ?」

 

 一際強くシャトルを叩いたララだが、その手に持つラケットが掴む場所を残して折れてしまう。先は遥か遠くへ飛んで行ってしまい、もう返す事は不可能だろう。間の抜けた声を出すララを前に、真白が終わらせる為に向かってくるシャトルを撃ち返そうとする。

 

「!?」

 

 だが今度は真白の持つラケットが同じ様に折れてしまい、その先は同じ様に遥か彼方へ。シャトルは大きく上へと打ちあがり、やがて2人の丁度中央へ落ちた。ネット等は用意されて居ない為、結果は引き分けである。一瞬静まり返る公園内。しかし数秒の後、見ていた花見客達の歓声が響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか? シア姉様」

 

「……平気」

 

「騒がしいの苦手だもんな、真白は」

 

 歓声と共に沢山の人々から話し掛けられてしまった真白。ララが照れながら返す中、真白は誰にも見えない速度で逃げだしたのだ。人々からすれば突然居なくなった様に見えたであろうその場をララに任せ、逃げ切った真白は安心した様に桜の木に立ったまま凭れ掛かった。そしてそんな彼女を心配した様に陰から見ていたモモと倒れていたリトが追い掛け、今に至るのである。

 

「にしても凄かったな、さっきの。流石宇宙人って感じだ」

 

「あら、リトさん? お姉様もシア姉様も力の1割を出していなかったと思いますよ」

 

「ん……」

 

「ま、マジかよ」

 

 リトの言葉に不思議そうな表情で告げるモモ。それに頷く真白の姿を見て、リトは顔を引き攣らせてしまう。それ程までに先程のバドミントンは衝撃的だったのだろう。少々恐怖する中、リトはふと目の前に立つ大きな桜とその下に居る真白とモモの姿を改めて見る。

 

「こうして見ると、2人とも絵になるよな」

 

「絵、ですか?」

 

「?」

 

「女の子らしさって言うのかな? それが際立ってて、すげぇ綺麗だからさ」

 

 何気ないリトの言葉に首を傾げるモモと真白。やがて説明する言葉を聞いて2人はお互いに視線を合わせた後、桜を見上げた。モモから見れば真白が。真白から見ればモモが改めてその綺麗な光景を認識して、2人は同時にリトへ視線を向ける。彼の背後にも桜は沢山咲いており、花弁が落ちる光景の中に立つ姿は好青年と言って間違い無い物であった。2人の視線に変な事を言ってしまったのかと困惑して焦るリト。そんな姿にモモが笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、リトさん」

 

「ん……ありがとう」

 

「へ? え、何が?」

 

 突然のお礼を受けて更に困惑してしまうリト。だが2人が彼の疑問に答える事は無く、徐々に落ち着きを取り戻し始めている自分達の場所へ歩みを進め始める。その後、真白たちは飽きるまで桜を愛でながら花見を楽しむのであった。



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第69話 離れられない2人。一緒に居たい2人

 放課後。結城家で夕食の下ごしらえを終わらせた真白はララに自分の部屋へ招かれていた。リトの部屋にあるタンスから繋がる異空間に存在するララの部屋。本人曰く整理をしたらしいその足元には、謎のガラクタが所々に落ちていた。恐らく整理する前はもっと酷かったのだろう。共に訪れていたナナとモモもララの言葉に「整理?」と部屋の中を見て思わず首を傾げる。

 

「飲み物を用意しますね」

 

 部屋の中を見た後、寛ぐ事になった4人。モモの言葉にララが笑顔でお礼を言った後、飲み物が何処にあるのかを口で説明する。モモはララの話を聞きながら歩き始めるが、その足元にはガラクタが落ちていた。ララに意識を向けていたモモはそれに気付く事が出来ず、先に気付いたナナが声を掛けるがもう遅い。足を引っかけて転んでしまったモモは、身体に痺れを感じ乍ら咄嗟に何かへ手を伸ばす。伸びた先にあったのは……真白の身体であった。

 

「大丈夫!?」

 

 ララが焦りながら声を掛けてナナも心配そうに駆け寄る中、モモは身体を起こそうとした。だが右手が上手く動かない事に気付いて確認する為に視線を向ける。……そこには真白の左手をまるで恋人繋ぎの様に握ったまま離れない自分の手が存在していた。真白も自分の手とモモの手に気付いて驚いているのか少しだけ目を見開きながら、何とか一緒に立ち上がる。当然離れない手をそのままに。

 

「平気か? ってか何時まで手を繋いでんだよ?」

 

「離れないのよ。何故か」

 

「……は?」

 

 無事である事を確認したナナが手を離さないモモをジト目で睨み始めるが、告げられた言葉で呆気に取られてしまう。そして確認する様に真白へ視線を向ければ、何も言わずに頷いてモモの言葉を肯定した。離れる事が出来なくなった原因で思い当たるのは1つだけ。モモが躓いたガラクタを拾い上げたララは、それが以前作った発明品である事を告げた。『触れたものに強力な磁場を発生させてくっつける』効果を持つ発明品であり、誤作動でモモと真白の手が付いてしまった。と。

 

『誤作動であれば、時間で効力が切れる筈です』

 

 ペケの言葉に安心すると共に、しばらくこのまま過ごすしか無い事を理解した真白とモモ。そして2人は文字通り、離れられない生活を送る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ララさんの発明でねぇ。じゃあ仕方ないか」

 

「……」

 

 ララの部屋である異空間から結城家へ戻った真白はモモと一緒にリビングへ入った。そこでは美柑とヤミが適当に談話している姿があり、やって来た真白の姿を笑顔で迎える……と共に恋人の様に手を繋ぐモモの姿に驚いた。そしてモモが説明をした事で、美柑は苦笑いを浮かべながらも納得。ヤミは何も言わずにジッと繋がれた真白とモモの手を凝視していた。

 

「その状態じゃ大変だろうから、今日の夕飯は任せて」

 

「ん……お願い」

 

「御免なさい、美柑さん」

 

 この後、普段通りに夕飯を美柑と共に作る予定だった真白。だが状況が状況故に美柑は笑顔で告げる。真白はそれに頷いて、モモは申し訳なさそうに謝った。「気にしないで」と美柑はそれに答えた後、キッチンに向かい始める。そしてリビングのソファに座る事にした真白とモモ。手を繋いでいる為当然隣同士であり、その距離は非常に近かった。すると、モモの座る左側とは反対の右側に何も言わずにヤミが座り込む。

 

「シア姉様。御免なさい。ご迷惑をお掛けしてしまって」

 

「……平気」

 

 モモの言葉に首を横に振って答えた真白。するとリビングの扉が開き、リトが現れる。美柑だけがキッチンに立ち、真白がソファに座っている事に当然違和感を感じたリト。そして繋いでいる手を見て「何してんだ?」と質問した。モモが美柑とヤミにした様に説明すれば、リトはララの発明品が引き起こした事と聞いて少しだけ頭を抱える。が、すぐに真白たちの場所から離れるとキッチンへ向かい始めた。

 

「美柑。何かやる事、あるか?」

 

「それじゃあ……」

 

 以前真白が子供に成ってしまった時と同じ様に、リトは真白が居ない負担を補おうと美柑の手伝いを始める。一度見ている真白とヤミは彼らしいと思い、初めて見るモモはその優しさに内心で感心した。そして夕飯の準備を2人に任せた真白とモモは、ヤミと共に時間を潰す事に。片手の自由は効かないが、まだ不便さを大きく実感していなかった2人。時間が経過して夕飯の時間になった時、離れられないモモは真白と共に結城家のリビングで食事を取る事に。ララは最初から結城家で食事を行っている為、必然的に1人になってしまわない様、ナナも参加する。そしてそこでモモは左手しか使えない不便さを実感した。

 

「箸が……くっ」

 

 この日の夕飯は豚カツと豆腐の入った味噌汁。当然片手が使えない故にお椀を持つ事は出来ず、更にモモは聞き手では無い左手で箸を使わなければいけなかった。力加減が上手く行かずに崩れて行く豆腐。米を摘もうにも殆どがお椀に落ちてしまい、苦戦するその姿を前に真白が使える右手でモモに用意された味噌汁から箸で豆腐を掬い上げる。そしてそれをモモの口元に差し出した。

 

「し、シア姉様!?」

 

「なっ!」

 

「……」

 

「……手伝う」

 

 食べさせて貰うその行為は世間一般に『あ~ん』と呼ばれており、無意識に行う真白の厚意にモモは驚き意識してしまう。見ていたナナが驚き、少し鋭くなるヤミの視線を受け乍ら真白の言葉を聞いたモモ。不意打ち気味だった為に戸惑ったものの、何とか平常心を取り戻しながらモモはそれを口に入れた。

 

「はむっ。……ふふ、美味しいです」

 

 箸を持ちながら頬に手を当てて嬉しそうに感想を言うモモ。するとそれを見ていたララが自分もやりたくなったのか、真白に箸で挟んた食べ物を差し出した。真白は食べ方に困っていない為、ララの行動に首を傾げる。だが眩しい程の笑顔で「食べて食べて!」と告げるララを姿を見て、言われた通りそれを口に入れた。

 

「真白。どうぞ」

 

「ヤミさんも!?」

 

 ララに続いて見ていたヤミが同じ様に真白へ食べ物を差し出した光景を見て、美柑は思わず驚いてしまう。そしてそれから始まるあ~ん合戦。食べさせた後は食べさせて貰おうとララもヤミも真白に催促し続け、長い時間を掛けて食べ物が無くなるまでそれは続く。特に意識している様子は一切無く、食べさせて貰う真白の姿はまるで餌付けをされている様にも見えて美柑とナナは思わず加わろうかと少し考えてしまう。だが恥ずかしさが勝った為に結局加わる事はしなかった。

 

「何か、平和だな」

 

「まう~?」

 

 リトだけが普通に食事をしていた為に誰よりも早く夕飯を食べ終え、その光景を前に呟く。そしてその言葉を聞いていた大好物のラーメンを啜るセリーヌだけが、反応する様に首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーから飛び出す暖かいお湯を浴びながら、真白とモモは至近距離で並んでいた。夕食の後、普段ならヤミと共に帰宅する真白。だがモモと離れられない現状、真白が帰る為にはモモを連れて行く必要があった。モモは真白とヤミの家に行く事に嫌がるどころか楽しみといった様子を見せるが、何故かヤミとナナが反対。真白が結城家に泊まる事で話は進み、ヤミは美柑の部屋に。真白はモモとナナの部屋に泊まる事が決定した。そしてお風呂の時間になった時、当然離れられない真白とモモは一緒に入る事となったのである。

 

「湯加減は平気か?」

 

「えぇ、大丈夫よナナ。ところで何時までそこに居るつもり?」

 

「モモがシア姉に変な事しないか、警戒してんだよ」

 

「?」

 

 浴室と脱衣所の間を塞ぐガラス製の扉越しにナナが2人に声を掛ける。モモはそれに返事をしつつ、真白には見られない様に振り返って訝し気に扉の向こうに居るナナへ質問した。そして返って来た答えに聞いていた真白が首を傾げる。今までモモが何かをした過去は無いが、ナナからすれば夕食の出来事が警戒するに値する事だったのだろう。モモは溜息を吐いた後、何かを思いついた様にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「シア姉様、洗いっこしませんか? お互い片手が使えませんから」

 

「……ん」

 

「あ、洗いっこ……だと……!?」

 

 浴室から微かに反響しながら聞こえるモモの声と了承する真白の声。戦慄したナナを余所にポンプ式のノズルを数回押す音が聞こえ、次に聞こえて来た声にナナは一気に顔を真っ赤にした。

 

「っ! ぁ……」

 

「あら、シア姉様。去年より少し大きくなりましたか?」

 

「……わから……なぃ。んっ!」

 

 ナナの顔を赤くしたのは怒りよりも先に耳に木魂する真白の微かに漏れる喘ぎ。モモの言葉で今何処にボディーソープを塗っているのかも想像出来てしまい、だが文句を言おうにも今現在浴室に居る2人が身体を洗うのは当然の事故に我慢するしか無かった。

 

「後ろもお互いに抱き合って(・・・・・)洗いましょう。片手が使えない以上、仕方ない事(・・・・・)ですから」

 

「……分かった」

 

 モモは浴室の外に立って居るであろうナナへ聞こえる様に、そして一部の言葉を強調しながら提案する。しかしそれは僅かな差であるが故に一番近くに居る真白が気付く事は無かった。普通だったら気付いたのかも知れないが、微かにモモの手で感じている事で集中出来ないのかも知れない。ナナは聞こえてしまう言葉に恥ずかしさと気付けば湧き出る羨ましさを感じ続ける。その後、聞こえて来る真白の小さな声とモモの声を聞き続ける事になったナナ。2人は浴室から出た時、彼女が顔を真っ赤にして放心状態になっているのを見つける事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白は再び異空間に訪れていた。だがそこはララの部屋では無く、ナナとモモの部屋。真白は見慣れない天井を見上げながら、左右に温もりを感じていた。手が離れなくなってしまった事で、今日半日一緒に居続けたモモ。そして普段からモモと一緒に居る事が多く、この部屋の主の1人でもあるナナ。ベッドの上で2人に挟まれながら眠ろうとする真白だが、ふとモモの目が静かに開かれる。ベッドの上で真白へ向いて横伏せで眠るモモは、今現在も繋いだ手を見て口を開いた。

 

「大変な1日でした。……でも、少し楽しかった気もします」

 

「あたしは楽しくなかったけどな」

 

「まだ起きてたのね。……お風呂の時は流石にやり過ぎたと思ってるわよ。まぁ、後悔もしていないけど」

 

 モモの言葉で目を開けた真白。そして今度は反対から聞こえて来るナナの声に再びモモが口を開く。そしてモモは目線を上げて真白の横顔を見ながら呟いた。

 

「シア姉様とこうして一緒に寝るのは、再会した時以来なんですね」

 

「……半年以上……前」

 

「結構あっと言う間だよな」

 

 既に半年以上前、ナナとモモがゲームの世界を作ってリト達を巻き込んだ際に真白は囚われの身となっていた。囚われと言っても拘束されていた訳では無く、再会した2人と共に眠るなどしていただけだが。そしてそれ以降、こうして3人が一緒に眠る機会は訪れなかった。モモの言葉に真白は思い出す様に過去の事を、ナナは過ぎる速さを想う。すると、真白の手を握るモモの手に力が籠る。真白がそれに気付いてモモへ視線を向け、2人は見つめ合い始めた。

 

「シア姉様。明日にはきっと手も離れます。でもまた、こうして私達と一緒に居てくれますか?」

 

「偶にはこっちで泊まっても良いだろ?」

 

「……ん」

 

 結城家に泊まる事は何度かあれど、真白が2人と一緒にこうして過ごした回数は少ないと言えるだろう。モモの言葉とナナの言葉を聞いて真白は静かに頷いた。何時も通りの小さく短い肯定の返事だが、2人は満足した様子で姉妹故に似た笑みを浮かべる。

 

「約束ですよ。……お休みなさい、シア姉様。ナナ」

 

「お休み、モモ。シア姉も、お休み」

 

「……お休み」

 

 改めて眠る為、モモの言葉を皮切りに目を閉じる3人。気付けばナナも真白の空いていた手を握っており、3人は一緒に繋がる様にして眠りに付いた。

 

 翌日、モモの予想通りに目が覚めた2人の手は無事に離れる事が出来るのであった。



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第70話 美少年ペケのお礼

 放課後。彩南高校での1日を終えた真白は真っ直ぐに結城家へ赴き、美柑と共に夕食の支度を行った。ララは春菜と約束がある様で未だ帰らず、リトも外出。ナナとモモもまだ見ぬ地球見物に何処かへ。結城家に残って居るのは下拵えを終えてリビングで寛ぐ真白と美柑。そして真白の傍に居続けるヤミと……1人の美少年だった。

 

「そう言えば、ペケってご飯は食べられるの?」

 

「ご飯ですか? そうですね……食べても害はないと思いますが、必要ないと思います」

 

「……お腹……空かない?」

 

「元々機械ですからね」

 

 お茶を啜り乍ら何気なく美柑が美少年……ペケへ質問する。そう、彼はララが開発した万能コスチュームロボットのペケである。

 

 数日前、真白達が町中で何処か目立つ見覚えのある美少年と出会った。それはララのドレスフォームと似た格好であり、あの能力を応用する事で自らも人型になる事が出来る様になったとペケは明かした。その後、ファッションに異様な執着を持つ宇宙人……ダサール星人のカーマンという存在に目を付けられたペケ。どんな服装にでも成れる能力を目的に嫌がるペケの記憶を消して自分の者にしようとしたカーマンだが、途中で真白達と合流したリトも含めた4人で無事に撃退。ペケは今まで通りララの元で過ごしていた。

 

 ペケは普段からララの頭にくっ付いて居る。だが、四六時中ララの頭に居る訳では無い。彩南高校の制服は本物とペケが作ったコスチュームと存在しており、今日のララは本物を着用している。故にペケは結城家で寛いでいても問題無かった。が、例え必要で無くてもララの頭に付いて居る事の多い彼がこの場に居る理由は別にあった。

 

「ところでヤミさん。お礼の話なんですが……」

 

「はい。貴方にしか出来ない事です」

 

 自分を救ってくれた真白・美柑・ヤミ・リトの4人に彼はお礼をしたいと言った。だが『家族の家族が危険な目に遭ったから助けただけ』と答えたリトはそれを断り、美柑や真白も同様にお礼を受け取らない。ヤミも最初は真白の姿に同じ様に頷いていたが、ペケが『ですが、何もしない訳には……』と申し訳なさそうにする様子を見せた。どうしても何かを返したいと思ったのだろう。少しリト達が困っていた時、ヤミが静かに告げたのだ。

 

『それでは後日、お願いがあります』

 

『! 何でも言ってください!』

 

 余り人を頼らないヤミがペケへ何かをお願いする。美柑やリトからすれば驚くべきことであり、真白も少しだけ驚いたのかヤミを見た。しかし彼女は普段と変わらぬ無表情故にその真意は誰にも分からない。……が、今日。ペケが結城家に残り、真白と美柑以外誰も居ないこの時間はヤミが約束を果たしてもらう上で絶好のタイミングであった。一体どの様なお願いをするのか、美柑は気になって仕方が無い様子で2人の会話を聞こうとする。

 

「説明しますので、着いて来てください」

 

「? 分かりました」

 

 だがヤミは立ち上がるとペケを連れて廊下へ行ってしまう。どんな内容の話なのか更に気になって仕方の無い美柑は、落ち着かない様子でお茶を飲んだ。それから戻って来るヤミと、少しだけ複雑そうに真白を見るペケ。ヤミが「お願いします」と告げれば、ペケが覚悟を決めた様に「分かりました!」と答える。……美柑はそんな2人の会話に何処か見覚えがあった。そして、何となく予想出来てしまう。

 

「真白さん。失礼いたします!」

 

「……」

 

 ペケが人型から見慣れた人形の様な姿になれば、真白の元へ飛びついた。バッチの姿になり、長く伸びた銀髪の額付近に自ら装着されたペケ。途端に真白の服装は学校から真っ直ぐ帰って来ていた為に着ていた彩南高校の制服から、神社の巫女が着る巫女服へと変化する。お茶を飲むために湯呑を持っていた真白は自分に起きた出来事に無表情乍らも停止し、美柑は目の前の光景に目を見開いて驚いた。微かに膨らみが分かる胸元、何故か晒される脇。結城家に静寂が支配した。

 

「……」

 

「次、お願いします」

 

 誰も言葉を発さない中、ようやく口を開いたのはヤミだった。真白の姿をジッと見つめ続けていた彼女は無事目に焼き付け終えた事で指示を出す。何の服装かも告げず、だがペケは言われた通りに真白の服装を変化させた。巫女服の次に真白が着る事になった服は、白衣である。が、その着方は独特な物。真白が最初から付けていた下着をそのままに上から白衣を羽織るだけで前を一切止めてはいない。……それはまるで彩南高の保険医、御門 涼子の着方と酷似していた。

 

「ぶっ!」

 

「……」

 

 突然晒された真白の下着と、官能的にも見える白衣の着方に思わず美柑は咽てしまう。先程以上に真白の姿を凝視し始めるヤミ。もう、流石に美柑もヤミがしたい事を完全に理解した。彼女はペケからお礼として、真白に様々な服を着せる事を求めたのだ。普段の様子からは余り考えられないが、中々手に入る服では無いコスプレ衣装を着せられるのは今しか無い。ヤミの思いに驚きながらも、美柑は何処か悪い気がしない故にそれを止めようとは思わなかった。寧ろ、次の服が気になり始めてすらいる。

 

 ヤミが再び衣装チェンジの指示を出す。特に怒る様子も恥ずかしがる様子も見せない真白はされるがままであり、ペケが次に真白へ着せた服装は水着であった。だが何度か共に海などへ行った際に着ていた様な水着では無い。世間一般にスクール水着と呼ばれるそれは、真白の身体のラインをしっかりと強調していた。丁寧に胸元には『ましろ』とまで書かれており、この場に居る中では大きいものの比較的背の低い真白にその服装は違和感が無かった。

 

「……」

 

「ぅ、あぁ……!」

 

 気にした様子の見せない真白とは対照的に、美柑は顔を真っ赤にしてしまう。実際の事実とは異なるが、横目で見るヤミの目は血走っている様にも見えた美柑。恥ずかしさを感じ乍らも、チラチラと見続けていた時。真白の額に付くペケが声を発する。

 

「す、すいません……そろそろエネルギーが……」

 

 その声音は何処か疲れており、ペケの言葉に美柑は嘗てララが地球見物をしたいと言った事で町に出た時の出来事を思いだす。道行く人の服装をコピーして中々決まらず、ようやく決まったもののペケがエネルギー切れを起こした事で裸になって行くララを服の店に急いで連れ込んだ出来事。その後、水族館で起こった出来事も思いだして大分前の出来事だと懐かしく思う中、ヤミが静かに口を開いた。

 

「美柑。何かありますか?」

 

「え!? えっと……」

 

 思いだしていた美柑は突然振られた事で戸惑ってしまう。まさか自分が服を提案する事になるとは思わなかったのだろう。変な服装を求めれば、その後真白から冷たい目で見られるかもしれない……そんな事を考えながら思案する美柑。だが黙って自分の言葉を待つヤミと真白の姿に焦ってしまい、美柑は思わず頭の中に浮かんだ真白の姿をそのまま告げた。

 

「え、エプロン……かな?」

 

「エプロンですね! 分かりました!」

 

 咄嗟に浮かんだのは先程まで制服の上にエプロンを付ける真白の姿であった。御揃いのピンクのエプロンを付けた真白の姿を日曜日以外、毎日と言って良い程に見ている美柑。故に思い浮かんだそれを聞いて、ペケが答える。だがこの時美柑は失念していた。現在スクール水着になっている真白はペケの能力で制服も下着も消えている。エプロンを要求すれば、ペケは間違い無くエプロンを着せるだろう。だがそれは同時に、エプロンだけでもあった。

 

「なっ……あ……」

 

「……」

 

 真白の身体が輝き始め、後にヤミと美柑の目に映ったのはエプロンだけを着た真白の姿だった。『裸エプロン』と言う言葉をヤミは知らないが、美柑は知っている。目の前でその姿になっている真白は服の感覚が無い事に気付いたのか、自分の身体を確認していた。背中を見る為か少し身体を捻れば、前だけが隠れていた為に真白の身体が見えてしまう。膨らんだ胸へ優しく掛かるエプロンの布地が、その頂点をギリギリ隠す。肩から指先や背中などの前以外あらゆる部分が曝け出され、絹の様に綺麗な肌が2人の目に映り続けた。決して見るのが初めてな訳では無い。一緒にお風呂へ入った回数など数え切れない故に。……が、リビングと言う別の環境になっただけで恥ずかしさは何十倍にも膨れ上がった。

 

「しばらくそのままでお願いします」

 

「え!?」

 

 ペケが真白に新しい服を着せるのはもう難しいだろう。美柑が思わず声を上げて驚く中、そのままの服装を維持する事はまだ出来る様でペケが了承する様に答える。恥ずかしくて目を反らしたくなり、だが無意識に目が真白の身体へ向いてしまう美柑。反対に恥ずかしいとは思っていないのか、ジッと真白の身体を見つめ続けるヤミ。2人の視線を受け乍ら、真白はお茶を啜る。ふと、お茶を飲み干してしまった事で真白はテーブルに置いてあった急須へ手を伸ばした。伸びる手に視線が動き、少しだけ前屈みになった真白の胸の谷間が見えた事で美柑は素早く視線を逸らした。

 

「ただい……まぁぁ!? な、何だその格好!?」

 

「あ」

 

「……お帰り」

 

 突然、リビングの扉が開いてリトが帰宅する。玄関の音で普通ならば気付く筈だが、ヤミも美柑も目の前の姿に別々の形で夢中だった為に気付かなかったのだろう。リビングの出入り口からは真白の身体を横から見る事が出来る。そして真白は扉側に座って居たため、その真正面に座る美柑やヤミとは違ってリトは後ろから真白の姿を見る事になった。故に隠れていない背中や臀部が椅子越しにリトの目には見えてしまっていた。裸にエプロンの姿だが、後ろから見れば裸同然。目の前の光景に焦る中、美柑が驚くのとは対照的に真白は普段通り迎える。……が、この場にこの状況を前にして黙っていない人物が1人だけ居た。

 

「結城 リト」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! これは完全に俺のせいじゃ……!」

 

「問答無用です!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

 

 リトの悲鳴がリビングに響く中、美柑がペケにもう止めて良い事を伝える。疲れた様子のペケは人形の姿に戻ってテーブルに座り、制服の姿に戻った真白は変わらずにお茶を啜る。思い返すだけでも恥ずかしい差し詰め『真白ファッションショー』とでも言うべき時間を終え、美柑は1人安堵の溜息を吐いた。

 

 それから数日の間、美柑の頭から真白のコスプレ姿や裸エプロンの姿が離れなかったのは余談である。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第71話 別荘に鳴り響く黒猫の銃声【前編】

【10話】完成。本日より10日間、投稿致します。


「ようこそ皆さん、我が天条院家の別荘へ!」

 

 沙姫の言葉に豪華な内装を見回していた全員が視線を向ける。ある日突然来た招待状。差出人は沙姫であり、ララ達やセリーヌを含む結城家6人を始め、唯や春菜。真白とヤミ。猿山を含んだ5人も招待に応じてこの場に来ていた。春菜には姉が居り、彼女も招待されていた。が、どうやら来なかった様子。里紗と未央も都合が合わなかった様で今回は不参加である。

 

「サキ! 招待してくれてありがとう!」

 

「貴女には家出の件でお世話になりましたから、天条院家の人間として受けた恩は忘れませんわ。でも、これでチャラですからね!」

 

 普段ララを敵対視する沙姫だが、決して悪人では無い。彼女の言葉に笑顔で答えるララの姿を見て、平和な光景に見ていた者達は優しい気持ちになる。

 

「沙姫様のご友人方ですね。ようこそ、いらっしゃいました」

 

「貴方は?」

 

「この屋敷の管理をしております、執事の嵐山と申します」

 

 突然現れた男性の姿に驚きながらも唯が質問すれば、お辞儀をし乍ら答える男性……嵐山。どうやら彼が今回招待客を御持て成しする様で、話を聞いていた全員がお礼を告げる。そして沙姫の指示の元、彼に先導されて全員は用意された部屋へ案内された。当然男女は別であり、招待された者の人数は分かる人数で11人。広い部屋の多い別荘だが、一部屋で過ごせば狭く感じてしまうだろう。だがそこはやはり快適に過ごす為か、2,3人で一部屋と言う待遇であった。リトと猿山は同室に。ララ、ナナ、モモの3人が同室に。唯と春菜が同室になり、真白、ヤミ、美柑の3人が同室となる。因みにセリーヌはどの部屋も行き来する事で決まった。

 

「わぁ……良い眺めだね」

 

「ん……」

 

「絶景。とはこの様な光景を言うのでしょうか」

 

 自分達に用意された部屋の窓から見える海と山の景色に美柑が見入る中、真白も同じ様にその光景を眺める。既に何度か結城家で美柑と共に夜を過ごした事のあるヤミは環境が違うだけ故にワクワクした様子も緊張した様子も無く、2人が見る景色を同じ様に眺める。すると美柑が景色から部屋に視線を戻し、2人に話しかけた。

 

「真白さん、ヤミさん。夕食まで時間もあるし、大浴場に行ってみようよ!」

 

「大浴場……銭湯とはまた違うお風呂でしたね。賛成です」

 

 普段は『彩南 ぽかぽか温泉』。稀に結城家のお風呂。お風呂と言えばヤミに思いつくのは2つだけであり、故に興味があるのだろう。美柑の言葉に頷きながら答えれば、真白も黙って頷いて同じく賛成の意を伝える。楽しそうに美柑は着替えの準備を始め、真白とヤミも持って来ていた代えの服を用意する。そして美柑が部屋を出た時、ヤミも出ようとして微かに聞こえた声に振り返る。それは人では無い、猫の鳴き声。それはヤミだけでは無く、真白にも聞こえていた。

 

「……黒猫」

 

「……」

 

 気付けば窓に存在していた真っ黒な毛並みの猫。どうやってその場所に立ったのか定かでは無いが、真白は不思議に思いながら近づき始める。ヤミがジッと黒猫を見つめる中、ゆっくりとその身体へ真白が手を伸ばした時。黒猫は逃げる様に跳んで行ってしまう。天条院家が飼っている猫なのか、野良猫なのかは当然2人にも分からない。居なくなってしまった猫の姿に真白は気にした様子も無く振り返り、ジッと窓の外を見つめるヤミに声を掛ける。

 

「……行こう」

 

「! そうですね。行きましょう」

 

 我に返って答えた後、美柑の出て行った部屋の扉を開けるヤミ。廊下では中々部屋から出て来ない2人を待つ美柑の姿があり、改めて3人は大浴場へと向かい始めた。既に誰かの気配を感じる事の出来る大浴場。どうやら考える事は皆同じの様であり、招待された女性達全員が大浴場に集まっていた。そして話している内容は主に胸の話であった。明らかに入っても碌な目に遭わない様子の湯船に裸になった美柑やヤミは戸惑う。が、真白は気にした様子も無く湯浴みの後に湯船へ浸かった。

 

「あ、真白!」

 

「貴女も来たのね」

 

「……ん」

 

 真白の姿に気付いたララの声で、その場に居た全員が真白を認識する。当然彼女が居るならばと美柑やヤミの姿も確認し、2人は気付かれた事で同じ様に湯船へ浸かった。

 

「う~ん、真白も再会した時に比べると少し大きくなったね!」

 

「……そう?」

 

「うん! あ、触っても良い?」

 

「んなっ!?」

 

 ララの言葉に声を上げて驚いたのは唯であった。見れば真白が答えるよりも早く胸に手を伸ばすララの姿があり、その膨らみに触れた途端。ララの顔は目に見えて嬉しそうな笑顔に変わる。

 

「同じおっぱいなのに少し違うんだね! 唯よりも掴みやすくて私の指を弾き返してくるよ!」

 

「シア姉の……胸……」

 

 そもそも胸の話が始まったのは、ナナが唯の大きな胸に嫉妬し始めた事が原因だった。ララが解説する真白の胸の感触。この場に居る全員は当然言われた言葉を想像して、ナナは思わず唾を飲み込む。出来る事ならララの様に触って見たいとさえ思うが、流石にそれを言える勇気をナナは持っていなかった。

 

「ふにふに~! もみもみ~!」

 

「んっ、ぁ……もう……止め……」

 

「いい加減止めなさい!」

 

 触るどころか揉み始めるララの手に翻弄されているのか、何処か弱々しく声を出す真白の姿に唯が強引に間へ入る事で行為を中断させる。お湯の暖かさで温まった事とは明らかに違う薄い顔の赤みを見せる真白の姿に、見ていた春菜が顔を真っ赤にしながらも心配そうに声を掛けた。そしてララが残念がる中、唯が湯船の中で説教を始める。

 

「ふふ、気になりますか? シア姉様のお胸が」

 

「なっ!? べ、別にそんなんじゃねぇよ! モモの方こそ気になってんじゃないのか?」

 

「いえ、私は気になりませんよ。だって先日、存分に堪能しましたから♪」

 

 モモの言葉にナナは思わず歯軋りしながら悔しさを覚える。手がくっ付いて離れられなくなった日、一緒に結城家のお風呂に入ったモモは確実に真白の胸を触る事が出来たのだ。それを思い出した事で悔しさを感じ乍ら、ナナはこれ以上この場に居てもモモに弄られるだけだと察して湯船から上がる。そして脱衣所の近くにたどり着いた時、そこでナナが目撃したのは泡に塗れて滑って転び続ける沙姫とルンの姿であった。ルンがこの場に居る事も驚きだが、何となく2人が悪巧みの末に被害に遭っているとまた察したナナ。呆れる凛と綾を尻目にナナは大浴場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真白ちゃん! 久しぶり!」

 

「ん……久しぶり」

 

 大浴場から出て来た真白を迎えたのはルンであった。自分が先程沙姫と共に自業自得な目に遭っていた過去など無かったかの様に自然と現れたルン。どうやら沙姫の招待は今回、アイドルの仕事が無いオフの日と重なった為に参加出来た様である。真白の後を追う様にヤミと美柑も大浴場からあがり、やがてララや春菜も出て来るとルンの姿に驚きながらも仲間が1人増えた事を歓迎した。そして皆で談笑しながら廊下を歩いていた時、突然聞こえた耳を劈く様な音に全員が驚く。

 

「な、何……今の」

 

「【銃声】、みたいだったけど……」

 

 春菜が困惑する中、美柑が呟いた後に「まさかね」と続ける。だがこの場に居る全員がそれを否定出来なかった。本物の銃声を聞いた事が無くても、テレビ等でドラマを見ていれば何度かそういったシーンを見かける事もある。一斉に嫌な予感を感じる中、黙っていたヤミが静かに告げる。

 

「間違い無く銃声だと思います」

 

 それはこの地球にやって来るまでの間、宇宙一の殺し屋として生きていた者の言葉。誰も否定する事は出来ず、困惑しながら立ち止まる全員の元に複数の走る足音が聞こえて来る。やがて姿を見せたのは、リトと猿山。そして真白達よりも先に大浴場を後にしていた唯とその肩に乗るセリーヌの姿であった。どうやら彼らも銃声を聞いて駆け付けた様だ。

 

「皆! 無事か!?」

 

「私達は大丈夫。だけどさっきの音」

 

「えぇ。まるで銃声みたいだったわ」

 

「ヤミさんが言うにはみたいじゃ無くて、銃声だって」

 

「ほ、本物って事か!?」

 

 リトの声に少しだけ安心出来た春菜が答えれば、唯が不安げに告げる。先程の話をしていた美柑がヤミの言った事を伝えれば、目に見えて猿山が動揺し始めた。だがこの場に居続ける訳にも行かない。銃声のした方角はホールの様であり、リトが意を決した様子で行くことを告げれば全員で向かう事となった。……そしてその先で見たものは余りにも残酷なもの。

 

「あ、嵐山……さん……!?」

 

 胸に穴を開け、自ら流した血の海に横たわる嵐山の死体がそこにはあった。



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第72話 別荘に鳴り響く黒猫の銃声【後編】

 主催の沙姫やその付き人である綾を始め、招待された面々も揃って大きな部屋に集まっていた。椅子に座って頭を抱える沙姫の表情は余りに暗く、この場に居る誰も言葉を発そうとはしない。

 

「どうして、嵐山が……」

 

「沙姫様。一応他の従業員には待機して置く様に伝えて置きました」

 

「そう、ありがとう」

 

 綾の言葉に沙姫が力無く返す中、部屋の扉が開かれた事でその場に集まっていた全員が視線を向ける。そこには同じ様に暗い表情をした凛がおり、彼女の登場に沙姫が椅子から立ち上がると話し掛けた。

 

「凛! 警察への連絡は出来ましたの?」

 

「それが……何故かあらゆる通信手段がまるでこの島を外界から遮断するかの様に使えなくなっています。ネット、電話、全て」

 

「何ですかその下手な推理ドラマみたいな展開は!?」

 

 警察へ連絡する為にこの場を離れていた凛。だが彼女の言葉に声を上げて反応したのはルンだった。彼女の言う通り、まるで今の状況はテレビで見るドラマの様な状況。気付けば外は嵐になっており、沙姫の話では明日迎えの船が来る手筈になっている。が、天候によっては来る事が出来ない可能性もあった。

 

「! ララ達のデダイアルならどうだ!? ザスティンに連絡出来れば!」

 

「う~ん。何か、デダイアル。使えないみたい」

 

「私達のもです。嵐の影響を受ける筈無いのですが……」

 

 リトの考えは尤もであった。だがララとモモがデダイアルを手に首を傾げながら告げれば、他に方法は無くなってしまう。風に煽られ雨が窓ガラスに打ち付ける中、突然光った空に美柑が顔を青くする。瞬間、響く雷鳴に傍に座っていた真白へ反射的に飛びついた。美柑、雷が苦手なのだ。

 

「……平気」

 

「あ……ご、ごめん。!」

 

「……無理……しない」

 

 真白の声で飛びついてしまった事に気付いた美柑が離れようとするが、再び間を置かずに鳴り響いた雷鳴に離れる事が出来なかった。すると真白は美柑を隣に座らせてその身体を優しく抱きながら頭を撫で始める。周りに人がいる故に恥ずかしくも感じるが、それ以上に齎される安心感が美柑を包み始めた。響く雷鳴に恐怖を感じざる負えないが、それでも大分気分が楽になったのは間違い無いだろう。

 

 怯えた美柑の姿にリトは部屋の中を見回す。凛の言う様に外界から遮断されているのなら、間違い無く嵐山を殺した犯人は自分達と同じ様に別荘内もしくは外に居る事になるだろう。不安を感じるなと言う方が難しい事であり、部屋を覆う重い空気にリトは何とか少しでも明るくする為に口を開いた。

 

「だ、大丈夫だって! ここに皆で居れば安全だろうし、どんな地球人が来たってララ達が居れば怖くないって!」

 

「……地球人が犯人。とは限りませんよ」

 

「なっ、どう言う事だよ?」

 

 リトの言葉を聞いて静かに告げたヤミ。彼女の言葉に驚いた様にリトが視線を向ければ、ヤミは続けた。

 

「地球の技術と共に地球外の技術までが妨害されています」

 

「確かにヤミさんの言う通り、地球人にデダイアルを止める術は無い筈。人為的なものなら、異星人を疑うべきですね」

 

 地球人が相手なら宇宙人が何人かいる現状、危険度は大きく下がると考えていたリト。だが相手が地球の外から来た存在なら、危険度は大きく膨れ上がる。話を聞いて励ますどころか自らも不安を感じ始めてしまう中、我慢出来なかったかの様に猿山が立ち上がる。そして彼はこの状況では確実に不味い行動に出てしまう。

 

「もう耐えられねぇ! 俺は泳いででも帰るぞ!」

 

「さ、猿山! それ完全な死亡フラグ……!」

 

「ちょ、リト!?」

 

 ドラマの中で死亡する可能性の高い人物が口にする様な台詞と共に部屋を出ようとする猿山。何とか止めようとリトが動くも、強い力で歩く猿山の勢いに押し返されてしまう。体勢を崩して向かった先は美柑を抱きながら撫でる真白の元。倒れる様に近づくリトの姿に美柑が驚いた時、彼はそのまま勢いを抑え切れずに2人とぶつかってしまう。余りに豪快な激突に見ていた者達は一様に一度目を瞑り、そして確認する為に開く。……そこには美柑の着ている服の中に片手を入れ、真白の胸の谷間に顔を埋もれさせるリトの姿があった。

 

「ふごふごっ!?」

 

「んっ!」

 

「り、リト! 手を動かさないで! って言うか早く抜いてよ!」

 

 片手で微かに感じるまだ未発達の膨らみと、顔全体で布越しに感じる確かな膨らみを前に顔を真っ赤にしながら驚き戸惑ってしまうリト。急な事で正常な判断が出来ていないのか、離れるのに少しだけ時間を要しながらもリトはようやく立ち上がる。が、次の瞬間背中から踏まれて地に伏せる事となった。

 

「こ、この(ケダモノ)! シア姉の胸に顔を埋めやがったな!」

 

「こんな時にまで破廉恥なっ!」

 

「殺します」

 

「ま、待ってくれ! 今のは事故で」

 

『うわあぁぁぁ!』

 

≪!?≫

 

 ナナ、唯、ヤミの怒りを露わにした姿に先程の状況とは別で命の危険を感じたリト。現行犯ではあるが、何とか弁解しようとする彼の言葉を遮る様に突然聞こえた猿山の悲鳴が部屋の中に居た全員の耳に聞こえた。リトが友人の危機故に立ち上がって部屋を飛び出せば、そこには無傷の猿山が怯えた様子で暗い廊下の向こう側を指差していた。

 

「い、今、向こうに黒い影が!」

 

「何!?」

 

 猿山の言葉に何も見えない暗がりを見つめるリト。すると部屋の中から様子を伺っていた者達の間を通ってヤミが前へ出る。

 

「私が見てきます」

 

「……私も……行く」

 

「いえ。真白はここに居てください。それと、後で覚えておいてください。結城 リト」

 

 ヤミの言葉に着崩れた服を戻した真白が告げるものの、ヤミは首を横に振ってそれを断ってしまう。そしてリトに一言続けて暗闇の向こうへ消えてしまうその姿にこの場に居た全員は一様に心配する。例え宇宙一の殺し屋と言う実力を持っていても、女の子である事に。友人である事に変わりはないのだ。……そしてそれ以上に真白にとっては家族でもある。

 

「行って、真白さん」

 

「……」

 

「こっちは任せて! 皆の事は、私が守るから!」

 

「……お願い」

 

 ヤミを誰よりも心配する真白の思いを察した美柑。彼女の言葉にその場に居た全員が思いを1つにする。そしてララが笑顔で告げれば、真白は静かに答えてヤミの後を追う様に暗闇の向こうへ姿を消した。ヤミだけでは心配であり、それは他の誰かでも同じ事。だがリトや美柑、ララ達は何となくだが感じていた。ヤミと真白が一緒なら、必ず無事に帰って来ると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い廊下を歩く真白。他に人の気配は無く、ヤミの姿を見つけられない真白は周囲を警戒しながら歩みを止めない。

 

「……?」

 

『……』

 

 ふと、何か小さな気配に気付いた真白は背後へ視線を向ける。そして暗闇に紛れる様にして存在する黒い猫の存在に気付いた。ジッと真白の事を見つめるその黒猫は大浴場に向かう際、ヤミと共に見掛けた黒猫と同じ。真白がしゃがんで黒猫と視線を合わせ続けていた時、再び背後に気配を感じて振り返った。

 

「真白……追い掛けて来たのですか?」

 

「ん……心配……だった」

 

「そうですか。……ところで、何時までその姿で居るつもりですか?」

 

「?」

 

 そこに立っていたのは真白が追い掛けたヤミであった。ヤミを認識して何処か安心した様子で身体を振り返らせた真白。だがヤミは真白の言葉を聞いた後、真白の方へ視線を向け乍ら告げる。それは真白に告げられた言葉では無く、故に真白はヤミの言葉に首を傾げた。が、彼女の言葉に答える様に男性の声が響き始める。

 

「こんな惑星(ほし)でドクター・ティア―ユの生体兵器に出くわすとはな」

 

「!?」

 

 それは真白の背後から聞こえた声であり、驚き振り返った先に居たのは黒い髪に黒い服を着た青年であった。先程まで居た猫の姿は何処にも無く、だが何処か同じ様に黒い姿で闇に紛れる青年。ヤミはその姿を認識した後、再び口を開いた。

 

「やはり貴方でしたか。殺し屋、通称『クロ』。私も貴方の顔を見る事になるとは思いませんでした」

 

「お前の事は……金色の闇。とでも呼べば良いか?」

 

「お好きな様に。ヤミちゃんでも良いですよ」

 

「全力で遠慮する」

 

 間に真白を挟みながら会話をする2人は明らかに互いの事を知っている様であり、ヤミの言葉から男性……クロが殺し屋である事を真白は理解出来た。と同時にクロがヤミから目の前に立つ真白に視線を向ける。クロの金色に光る眼と真白の赤く光る眼が合い続け、やがてクロは視線を外しながら口を開いた。

 

「探し者は見つかったみたいだな」

 

「……えぇ」

 

「忠告しておく。俺の仕事の邪魔をするな。でないと、また戦う事になる」

 

「私も言っておきます。私の友人に、家族に手を出したら……許しません」

 

「ふっ……家族、か」

 

 クロの告げた言葉の意味を真白は理解出来ない。だがヤミは理解出来た様であり、その後に続く会話の果てでクロは微かに笑う。そして闇の中へ消える様に去って行ってしまう。狙いが誰なのかを聞ければ良かったが、雰囲気から間違い無く答える事は無いと察した2人。消えた彼の姿に真白がヤミへ振り返った時、何かを考えるヤミが口を開いた。

 

「仕事の邪魔をするな。彼はそう言いました」

 

「……まだ、終わって……無い?」

 

 真白が続けた言葉に頷いて肯定するヤミ。クロについてはヤミが間違い無く知っている様子故に真白はここで詳しく聞かず、皆の元へ戻って話す事にした。既に外の雨は止んでおり、強い風だけが吹き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通称『クロ』。私と同じ殺し屋です」

 

「クロ、ですと!?」

 

「知ってるの? ペケ」

 

「要注意人物リストで名前を見た記憶があります。銀河で唯一精神エネルギーを弾丸に換えて撃つ黒い装飾銃を使いこなす殺し屋」

 

「その人が犯人だとして、どうして嵐山さんを?」

 

「……分からない」

 

「えぇ。ですが、クロはまだ目的を果たしていない様です。今は下手に動かず、相手の出方を待つのが得策でしょうね」

 

 部屋に戻った真白とヤミは無事に帰って来た事に安心されると共に何か分かったか質問された。そこでヤミが始めた説明に春菜や唯は顔を青くする。目の前にも殺し屋は居るが、それでも今現在殺し屋がこの場所で誰かを殺そうとしていると聞けば恐怖するだろう。ヤミの言う様に部屋で待機し続ける事になり、真白はヤミと共に空いていたソファへ座る。と同時にヤミが静かに口を開いた。

 

「私から貴女や彼女を引き剥がしたあの組織を潰したのは彼です」

 

「!」

 

「彼の手で解放された私は殺し屋として生き乍ら、貴女を探し続けました」

 

「……そう」

 

 ヤミの告げた言葉に普段は見れない程目に見えて驚いた真白。その姿を見た者はおらず、続けられた言葉にやがて静かに返した真白は目を瞑る。暗い瞼の中、思い浮かんだ光景は幼い頃のものだった。

 

 

 

 

 

『……!』

 

『お姉ちゃん! あの人達が来たよ!』

 

『!? 動いて……!』

 

 小さな機械の船で必死にボタンを押すが、思い通りに動かない。背後で同じくヤミと言う名では無かった幼い彼女の姿があり、やがて自分達のいる場所の扉が開くと同時に数人の大人が入り込む。大人たちは彼女を無理矢理連れて行こうと腕を引っ張り始め、必死に抵抗する姿に真白がボタンから手を離して大人たちと彼女を引き剥がそうとした。だが子供の力では大人に敵わず、振り払うと同時にボタンの位置にまで投げられた真白。その際、再び触れたボタンがスイッチとなったのか足場が揺れ始める。

 

『駄……目……』

 

『お姉ちゃん! お姉ちゃん!』

 

『兵器は回収した。戻るぞ』

 

『あの餓鬼はどうする?』

 

『放って置け。もうすぐこの船は宇宙のゴミだ』

 

 打ち所が悪く意識が朦朧とする中で自分を呼ぶ彼女の声を聞き、大人たちの会話を聞きながらも動けない身体。やがてその場所には自分以外誰も居なくなり、船は真白だけを乗せて宇宙へ。それが再会する前の彼女との最後の時間だった。

 

 

 

 

 

「……ろさん。真白さん!」

 

「!」

 

「大丈夫?」

 

「……ん」

 

 我に返った真白は目の前で心配そうに自分の顔を覗き込む美柑の姿を前に頷いて返す。どうやら既に戻って来てから数時間が経過している様で、それぞれの疲労も限界になり始めていた。恐怖を感じる環境でも、疲れ切ってしまえば眠くなってしまっても不思議では無い。各々の集中力が途切れ始める中、突然部屋の扉が開くと共に血相を変えた沙姫が綾と凛を連れて部屋の中に入って来る。

 

「た、大変ですわ!」

 

「どうしたの?」

 

「今、従業員から連絡があったんだ」

 

「エントランスにそのままにしていた嵐山の遺体が消えてしまったそうですの! 血の跡も残さずに!」

 

「なっ!? それってどう言う……!?」

 

 明らかに動揺する沙姫の姿にララが質問した時、凛が補足した後に沙姫が説明を始める。警察が到着するまで一切触る事無くそのままにして置くべきと言う事で残してあったエントランスの遺体。死人が動く筈も無く、血の跡も無いとなれば不自然に感じずにはいられないだろう。リトが驚いて言葉を発していた時、突然部屋の電気が一斉に消えてしまう。

 

「停電!?」

 

「どうして今……!」

 

「な、何だよ古手川」

 

「貴方が何時もの感じで何かするんじゃないかと思って……」

 

「うわあぁぁぁ!」

 

「へ?」

 

 突然の停電に再び困惑する中、唯がリトから距離を取り始める。今まで何度も事故とはいえやらかして来たリトを警戒しての事だった。だが突然リトと唯の間に怯える猿山が通り過ぎた事で唯は彼とぶつかり、リトから強制的に離される。今回転ぶのはリトでは無く、唯の方であった。そしてその先はリトと全く同じ真白であった。

 

「ちょ、また!?」

 

 何処かで見た景色を前に真白の傍に居た美柑が驚きながら言う。唯の身体は吸い込まれる様に真白の元へ近づき、そして倒れ込んだ。あの時と違うのは美柑が巻き込まれなかった事だろう。だが真白への被害はあの時以上であった。唯の手が真白の両腕にあった服を掴み、下へ降ろしていたのだ。下着を晒す事になった真白と、真白の膝に顔を埋める様な体制になっていた唯。状況が理解出来ずに立ち上がろうとした唯は顔を上げ、自分がしでかした状況を理解する。

 

「ま、真白!? ごめんなさい!」

 

「ん……平気。怪我、無い?」

 

「え、えぇ」

 

「シア姉! コテ川! 下がれ!」

 

「!」

 

 急いで降ろしていた布地から手を離して謝る唯。真白は降りた服を元に戻しながら微かに頷いた後に言葉を続ける。特に感情の機微を見せない真白に動揺しながらも答えた時、叫ぶ様に聞こえるナナの声で2人は驚きながら全員を見る。一斉に窓へと視線が向けられており、その視線を追った先に居たのは……クロであった。何故か頭にセリーヌを乗せ乍ら。

 

「お、おいセリーヌ! 何やってんだ!」

 

「まうまう~♪」

 

「通訳しますと、『わーい! お客さんまうー!』と言ってますね」

 

 モモの通訳を聞いてリトが客じゃないと内心で突っ込む中、セリーヌを頭に乗せたクロはペケが説明した様に黒い装飾銃を取り出す。銃口の先に居るのはララと彼女の背後に隠れる猿山。この場に居る全員がクロの標的(ターゲット)がララだと考える。

 

「くっ! 止めろっ!」

 

「邪魔だ、どけ」

 

「い、嫌だ!」

 

 ララへ向けられた銃口の間にリトが意を決して入り込めば、冷たい声と共に告げられる。が、リトは恐怖に震えながらも決してその場から動こうとはしなかった。座っていた真白も動こうとするが、それを制する様にヤミが真白の前に手を伸ばす。リトの覚悟を見て春菜もララを守る為に銃口の間に入り、クロはその光景を前に引き金に指を掛けた。だがそんな彼の背後に真白を止めたヤミが現れ、髪を複数の拳にして伸ばす。クロを背後から狙ったと誰もが思うが、その拳はクロの横を通過した。春菜とリトの横も通過し、ララをも通過し、やがてその拳に蛸殴りされたのは猿山であった。

 

「猿山!? な、何で!」

 

「あれが真の標的。そうですね、クロ」

 

「標的って……なっ!?」

 

 猿山が殴られた事に驚いたリトはヤミの言葉で再び猿山に視線を向ける。だがそこに居たのは猿山では無く、人の身体の様な体型の頭部分に小さな生き物が乗っている姿であった。それは猿山が猿山では無かったと言う証拠。驚き戸惑う面々を気にも留めず、クロが口を開く。

 

「万の姿を持つ変装の達人、カーメルン。ある銀河マフィアの機密情報を盗んで逃亡中の男だ。常に変装している故に誰も本当の姿を見た事が無い。今この場に居る全員以外はな」

 

 彼の言葉は更に続き、カーメルンが嵐山に変装していた事も発覚する。エントランスで見た嵐山の死体は撃たれた際、クロをやり過ごす為に仮死装置を使って誤魔化した後であった。死体や血の跡が消えていたのはそもそも死んではおらず、血も偽物だった故。だが、クロ曰く血の匂いがしなかった事で誤魔化されなかった様である。

 

「その後、部屋を出た猿山 ケンイチと入れ替わった貴方は私やプリンセスを使ってクロを倒そうとした。そうですね」

 

「くっ!」

 

「……ヤミさん、最近推理ものの小説呼んだんだね」

 

「ん……」

 

 まるで探偵や刑事が断言する様に指を差してカーメルンに告げるヤミの姿を前に、何となく察した美柑が呟くと真白が肯定する様に頷いた。すると突然カーメルンはその場で暴れ出し始める。部屋の中に煙が舞い始め、気付けばカーメルンの姿は何処にも無い。が、代わりにナナが2人になっていた。

 

『ふふふ、クロ。お前は無関係の人間は巻き込まないポリシーだと聞く。これでは何方が本物か分かるまい』

 

≪……≫

 

『ん? 何だお前ら、その顔は』

 

「お前……あたしを馬鹿にしてんな……」

 

「……はっ! ちゃんとスキャンして化けた筈なのに!」

 

 勝ち誇った様に響くカーマインの声。だが2人のナナの内、1人は胸が大きかった。胸にコンプレックスを抱くナナは怒りを抑えずに自分の姿をしたカーマインを攻撃し始め、ナナの思いを知る者は同情を覚えずにはいられない。クロ曰く、最初の攻撃で機械が一部破損しているとの事。完全な変装が出来なくなったカーマインは既に万策尽きた上、ナナの攻撃でボロボロになっていた。が、殺し屋の仕事は殺す事。懲らしめただけで終わるものでは無い。

 

「待ってください」

 

「仕事の邪魔をするな、と言った筈だ」

 

「邪魔するつもりはありません。ですが……」

 

 銃口を向けたクロの姿にヤミが止めると、彼の言葉にヤミは部屋の中に居る者達を見回した。そして再びクロに視線を向けて口を開く。

 

「友達や家族に、血に塗れた私や貴方の世界を見せたくない」

 

 ヤミの言葉を聞いて少しだけ目を見開いたクロ。彼女の言葉にその場に居た全員も言葉が出ず、やがてクロは銃口を再びカーメルンに向ける。

 

「悪いが「まう♪」……」

 

「通訳しますと、『皆仲良く!』と言ってます」

 

「セリーヌ! 今大事な話してんだ! 離れなさい!」

 

「ま~う~!」

 

 突然再びクロの頭にしがみ付いたセリーヌ。モモの通訳を聞いてリトが剥がしに掛かる中、セリーヌは必死に嫌がってクロの頭にしがみ付く。当然リトが引っ張ればクロの頭も引っ張られる事になり、クロもされるがままと言う訳では無い。リトとは反対側へ頭に力を入れ、やがてセリーヌの手が離れる……と同時にクロは勢いよく反対側へよろめいた。二度ある事は三度ある、と言う諺がある様にクロのよろめいた先に居たのは真白であった。リトもよろめいた拍子にララとぶつかり、ララの頭からペケが外れた事で衣服が消滅。晒された胸に喜んでセリーヌが飛び掛った。

 

「ちっ、いい加減に……」

 

「……」

 

 倒れたクロが立ち上がろうと身体を上げた時、自分の下に倒れる真白と目が合う。真白を下に覆い被さる様な体勢になっていたクロ。驚き立ち上がると共に感じた殺気に振り返れば、ララの裸を背後に髪を逆立てるヤミの姿がそこにはあった。

 

「言った筈です。家族に手を出したら許しません、と」

 

「今のは、事故だ」

 

 背後に見えるララの裸に何とか視界に入れない様にしつつ答えるクロ。どうやら彼はリトと同じでかなり初心な様だ。

 

「何なんだ、お前らは……調子が狂う」

 

「何処へ行くつもりですか」

 

「仕事をする気分じゃ無くなった。そいつはお前らで好きにしろ」

 

 入って来た窓際に足を進めるクロ。やがて彼はそこから姿を消し、カーメルンはナナに気絶させられていた為に拘束される事となった。デダイヤルの電波妨害もクロが去った事で解消され、犯人が宇宙人だった故に対応はザスティンに任せる事で決着。本物の嵐山や猿山は別荘の物置に閉じ込められており、無事に救出された。

 

 事件が解決した事で無事に安心して夜を越せる様になった面々。改めて大浴場等で疲れを癒しながら、迎えの船が来る翌日まで各々好きな時間を過ごすのであった。

 

「ヤミさん……大丈夫?」

 

「はい。……次あった時は必ず一発殴ります」



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第73話 霧崎 恭子の観察

 その日、待ち合わせをしていた真白は彩南町にある小さな公園に1人で訪れていた。現在ヤミは御門の元に居る為、珍しく1人な真白。公園には既に待ち合わせの相手であるルンが立っており、真白の姿に気付くと同時に大きく手を振ってその名前を呼ぶ。

 

「おはよう! 真白ちゃん!」

 

「ん……おはよう」

 

 公園には2人以外誰の姿も無く、真白が近づいて来るとルンは嬉しそうにその傍へ駆け寄った。殆ど無いと言っても過言では無い距離で笑顔を見せるルンはこの日、アイドルの仕事が無いオフなのだろう。真白が公園に訪れたのは彼女に来て欲しいと頼まれたからである。

 

「実はね、真白ちゃんに紹介したい人がいるの」

 

「?」

 

「友達と昨日、楽屋で恋話(こいばな)になってね? 好きな人がいるって言ったら同じ日にオフだから「ぜひ会ってみたい!」って頼まれちゃって。ね? 会ってくれないかな?」

 

 ルンの友達。楽屋と言う言葉から間違い無くその相手も芸能人なのだろう。既に好意を隠すこと無く曝け出しているルンの言葉に真白はしばらく黙った後に頷いて了承した。少しだけ心配そうにしていたルンはその表情に笑顔を再び見せて「ありがとう!」と喜びながら真白に抱き着く。すると、そんな2人の姿を見て声が掛かる。

 

「へぇ、本当にルンはその子が大好きなんだね」

 

「あ、キョーコ!」

 

 突然の声に振り返った真白と、声を掛けた相手が知り合いだった故にその名前を呼ぶルン。2人の視線の先に居たのは黒いショートカットの少女だった。そして真白は何度かその姿を画面越しに見た事がある事に気付く。遥か前、ナナとモモが初めて地球に来た際にデータとして使った存在であり、ララが大好きなテレビ番組。【爆熱少女マジカルキョーコ (フレイム)】で主人公を演じている少女だった故に。

 

「初めまして、霧崎(きりさき) 恭子(きょうこ)です。三夢音 真白ちゃん。だよね?」

 

「ん……」

 

 恭子の自己紹介を聞いた後、質問に頷いて肯定した真白。実はルン、恭子と共に同じ番組やユニットを組む事があった為に自然と仲良くなったのである。テレビ番組は知らないものの、ルンから直接CDを受け取る事が多い真白は2人で歌う曲を数曲知っていた。

 

 ルンは真白の片腕に抱き着いたままであり、恭子は興味深そうに真白とルンの周囲を回りながら眺め始める。思わず首を傾げる真白の姿を前に、やがて立ち止まると同時に恭子は笑顔になった。

 

「生真白ちゃん、だね」

 

「……生?」

 

「写真とか真白ちゃんの話をルンから沢山聞いてるから、一度実際に見て見たくなっちゃって」

 

 恭子の言葉にルンは少しだけ照れた様な姿を見せる。どうやら真白の知らぬ内にルンを経由して恭子に様々な情報が送られている様である。会うだけならば終わりだが、ルンが説明した様にこの日はルンも恭子も仕事の無いオフの日。ルンは中々一緒になれない故か、真白をすぐに帰す気は無い様子であった。

 

「もし時間があるなら、3人で歩かない? キョーコも色々話してみたいでしょ?」

 

「そうだね。真白ちゃんは時間ある?」

 

「ん……平気」

 

 ルンの提案に恭子が確認を取れば、頷きながら答えた真白。公園を後にした後、3人は商店街を並んで歩く事にした。2人は芸能人で売れっ子のアイドル。気付かれれば騒ぎになる可能性すらあるが、一切変装する様子は無かった。恭子曰く、「堂々としていれば簡単にばれない」との事である。

 

「あ、そうそう。真白ちゃんも宇宙人なんでしょ?」

 

「……ルン」

 

「平気だよ、真白ちゃん。キョーコもそうだから」

 

「正確にはフレイム星人と地球人のハーフなんだけどね? ほら」

 

 恭子はそう言って指先に小さな炎を出現させる。人目のある場所故に見つかれば問題になるが、証明する為に付けた火はすぐに消滅する。彼女が出演する【爆熱少女マジカルキョーコ 炎】は『どんな事件も燃やして解決』と言うそこそこ危険なキャッチコピーの番組だ。内容はキャッチコピーの通り、主人公が炎を使って問題を解決するものである。当然普通にテレビを見ている者達は演出で見せていると考えるが、どうやら恭子本人が自らの力で本当に燃やしている様である。

 

「うーん。ルンの話通りだね。中々驚いてくれない」

 

 何も無い所から火を見せれば、普通は驚くものだろう。だが真白は特に表情を変える事無くその光景を目撃するだけだった。出会って以降、まったく無表情のまま変わらない真白の姿に少しだけ違う表情を見て見たいと思った恭子。何か良い案は無いかと考え始めた時、男性の声が耳に入る。

 

「うっひょ~! キョーコちゃんにRUN(ルン)ちゃん! 真白ちゃんでは無いですか!」

 

「!?」

 

「げっ!」

 

「何時かの変態!?」

 

 それは彩南高校の校長であり、彼は3人の並ぶ姿に鼻息を荒くする。彼の変態性を知る真白とルンは当然嫌な予感しか感じず、過去に彼と出くわした事がある様子の恭子も驚いて後退る。校長は徐に着ていた服に手を掛けると、瞬きよりも早くパンツを残して町の中で裸になる。

 

「わしの身体にサインしてー!」

 

「逃げるよ! 真白ちゃん! キョーコ!」

 

「うん!」

 

「……」

 

 悍ましい校長の行動に真白の手を引いて走り出したルン。恭子もほぼ同時に走り出しており、真白もルンに引っ張られながら走り始める。当然追い掛けて来る校長の姿が背後にはあり、ルンは真白の手を掴みながら手持ちの荷物を探り始めた。少しでも撒く為に曲がり角に入った3人。そこで真白は急に立ち止まると、背後へ振り返った。手を掴んでいたルンは驚きながら困惑し、恭子は何をするつもりか分からず真白の名前を呼ぶ。

 

「逃げても無駄ですよぉ~、ぐぶはぁ!」

 

 追い掛けて来ていた校長の姿が現れた瞬間、その顔面に容赦なく真白の蹴りが叩きこまれる。少しだけ狭い道だった故に置いてあった自転車等を引きながら2,3度跳ねた後に地面に伏せた校長。危険人物は無事に撃退された為、安心した2人は溜息をついた。

 

「あ、あった。もう、何で必要な時に見つからないの!」

 

「? ルン、それは?」

 

「銀河通販の痴漢撃退爆弾。こういう時の為に持ってたのに、全然見つからないんだもん!」

 

 ルンが手に持った球体を見ながら憤りを感じる姿に苦笑いを浮かべながら、校長を撃退した真白にお礼を言おうとした恭子。だが気付いてしまう。先程まで伏せていた校長の姿がそこに無い事に。

 

「! 真白ちゃん!」

 

「油断大敵ですぞぉ!」

 

「!?」

 

 恭子の声と同時に校長が真白の背後で飛び上がっていた。その軌道の先には真白がおり、恭子は咄嗟に真白を押し倒して校長を回避する。3人が立っていた中央に校長が顔面から激突し、ルンが驚きの余り持っていた球体を落とした。途端、爆発音と共に周辺が煙に包まれる。

 

「っ……大丈夫? 真白ちゃ……ん……!?」

 

「……」

 

 徐々に煙が晴れる中、恭子が真白の無事を確認する為に身体を起こしながらその姿を見る。そして何の服も纏わない真白の姿に思わず固まった。

 

「これ、着衣消滅ガス弾だった!」

 

 聞こえて来るルンの声に何でそんな物を持っているのかと問い詰めたくなる恭子。だがそれ以上に問題なこの状況に上手く頭が回らなかった。顔の左右に手を突いて至近距離で見つめ合う事数秒。吸い込まれそうな赤い瞳を前に顔を赤くしながら恭子は真白の上から退いた。

 

「ご、ごめんね真白ちゃん!」

 

「……ありがとう」

 

「え? あ、う、うん。ど、どう致しまして……」

 

 謝る恭子にお礼を言った真白。一瞬訳が分からなかった恭子だが、自分達がどうしてあの体勢になってしまったのかを思い出す中で校長から助ける為に取った結果である事を思い出す。真白のお礼は助けてくれた恭子への真っ当のものであった。

 

「おぉ! 正にヘブン! 裸の美少女に囲まれて!」

 

「! ひっ!」

 

 聞こえて来た校長の声に振り返った恭子。そこには自分達と同じ様に最後の1枚すら纏わず立つ校長の姿があった。嬉しそうに両手を上げて空を見上げるサングラスの変態。見えてしまった醜いものと自分達が裸である事に恭子の恐怖は頂点に達する。もし見上げた視線が下がれば、自分や真白の裸が見られてしまう。嫌なものを見た上にそれは絶対に嫌だった。例え目の前の変態を殺してでも、阻止する案件だった。

 

「いやあぁぁぁぁ!」

 

「ぬわぁぁぁぁぁ!」

 

 持てる力全てを使って炎を両手から校長に向けて放った恭子。火炎放射器でも出せない威力の炎に悲鳴を上げ乍ら焼かれ続けた校長はやがて丸焦げになって地面に再び伏せた。決して死んではいないが、気絶した校長。高火力で焼かれたにも関わらず命がある彼はある意味地球人最強かもしれない。

 

「ふぅ、ふぅ……もう、大丈夫かな?」

 

 肩で息をしながら丸焦げになった校長を確認する恭子。既に伏している為、醜いものも見える事は無い。安心した様に突き出していた手を下げた時、校長を挟んで反対側にいたルンが駆け寄った。変態は今度こそ撃退出来たが、3人は現在全裸のままである。

 

「どうしよう。とにかく服を手に入れないと」

 

「……家……近い」

 

「真白ちゃんの家?」

 

「真白ちゃんの家……行って良いの!?」

 

「ん……飛べる?」

 

「うん。大丈夫」

 

 町の中を裸で歩く訳にはいかない。服を買うにも全員が全裸ではそれも出来ない。そこで真白が提案したのは自分の家に行く事であった。幸い今の場所から距離は余り無い様であり、人目に付かない様に高い位置を飛んで行けば何とか到着出来るだろう。恭子が確認する中、ルンは真白の家に行ける事でテンションを上げる。ハーフだと説明していた恭子に飛行出来るかを質問した後、真白の先導の元に2人は裸で空を飛ぶ事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御免ね、服借りちゃって。今度ちゃんと返すから」

 

「……平気」

 

「真白ちゃんの服……」

 

 無事に真白の家に到着した3人は急いで着替えを行った。あるのは真白かヤミの服故に前者の服を借りる事になった2人だが、真白に比べると身長もスタイルも大きい2人には少々小さかった。それでも肌を隠すことは出来る為、外に出る事は出来るだろう。恭子が申し訳なさそうにする姿を見て首を横に振って答える真白。その横では真白の服を着たルンが少し興奮気味な様子だった。

 

「ルン、真白ちゃん。今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとう。色々大変な事もあったけど、楽しかったよ」

 

「キョーコ……私も楽しかったよ」

 

「……ん」

 

「またオフの日が重なったら3人で遊ぼうよ!」

 

 恭子のお礼を聞いてルンが笑顔で答えれば、真白も頷いて同意を示す。そしてルンの言葉にもう1度同意を示す様に真白が頷けば、恭子は少し驚いた後に笑みを浮かべた。恭子はルンが真白の事を好きだと知っている。ルンが何度も話す真白と言う存在に1度会ってみたいと思った恭子だが、ルンや真白の仕草を見て嬉しく思うと同時に理解する。自分はこの日、新しい友達を作ったのだと。

 

 既に空は茜色になり始め、恭子とルンは帰宅する為に外へ出る。小さなアパートの1室であった真白の家。ルンはこの日、家の場所を頭の中のメモに焼き付ける。そして見送る真白の姿に恭子は振り返った。

 

「それじゃあ、またね。真白(・・)

 

「ん……また」

 

「またね! 真白ちゃん!」

 

 去り際の会話にお互い返事をして、真白は2人が見えなくなるまで見送り続けた。

 

 夕日を眺めながら共に並んで歩く恭子とルン。やがてルンが少しだけ楽しそうに口を開いた。

 

「どうだった、真白ちゃんは?」

 

「うん。表情が変わらないから考えてる事は分からないけど、優しい子なのは分かったよ。後、恥ずかしい事に関して無頓着って感じだった。それも表情に出て無いだけなのか分からないけど……唯ルンが好きになった理由は少しだけ、分かる気がする」

 

「……そっか」

 

 ルンの質問に真白へ感じた事を説明する恭子。何処か優しい表情にルンが同じ様に夕日へ視線を向けた時、恭子は言葉を続けた。

 

「応援するよ、ルンの恋。女の子同士だけど……ルンが本気なの、私は知ってるから」

 

「キョーコ……うん。ありがとう!」

 

 告げられた言葉にルンは驚いた後、笑顔でお礼を言う。その後2人は帰路が別れるまで、今日あった出来事を思い出し合うのだった。



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第74話 皆違って皆良い

 結城家にて、アイスを舐める美柑とヤミの姿を視界に映しながら自らもアイスを舐める真白。その頭の上にはアイスを舐めるセリーヌを乗せており、バニラの甘い味を感じて微かに目を細める真白の姿は他人が見れば普段通りである。だが美柑とヤミは美味しそうに、嬉しそうに食べる真白の姿を真白が自分達を見つめる様に見つめていた。

 

『ただいまー!』

 

『お、お邪魔します』

 

「まう?」

 

「ナナさんが帰って来たみたいだね。春菜さんの声も聞こえたみたいだけど」

 

 突然玄関が開くと同時に聞こえて来るナナの声。続いて控えめに春菜の声が聞こえた事で全員は玄関へ続く扉へ視線を向ける。そして出迎える為に美柑と真白が立ち上がれば、真白の頭に乗ったセリーヌは勿論ヤミもその後を着いて行く。玄関にはナナと春菜、そしてお静の姿があった。

 

「あ、皆さん! お邪魔します!」

 

「こんにちは」

 

「お帰りナナさん。春菜さんとお静さんもこんにちは。リトは出掛けてるよ? ララさんも何処か行ってるみたい」

 

「あぁ、違う違う。今回2人はあたしのお客さんだからな。あ、そうだ。シア姉達も一緒にやらないか? おっぱい作戦!」

 

「お、おっぱい作戦……!?」

 

 挨拶を交わした後、美柑は春菜達がリトかララに用事があると予想する。それもその筈。春菜やお静と仲は良いものの、一緒に遊んだりする事等集まりでもない限りしないのだ。その点、ララは普段から春菜と遊ぶことが多い。お静は誰とでも仲良くしているため、今回は一緒だと思ったのだろう。が、ナナの言葉に珍しいと思った美柑。その後続けられた言葉に思わず首を傾げながら反応すれば、隣で真白も首を傾げた。セリーヌは落ちない様、器用にバランスを取っていた。

 

「あ~、美柑はこれから大きくなるかも知れないから必要ないかもな。シア姉はそこそこあるし、ヤミは自由に変えられるし」

 

「あ、あはは……」

 

 ナナは困惑する美柑達の姿を前に顎に手を当てて1人で考え始める。呟いた言葉に春菜が苦笑いを浮かべる中、作戦名とその言葉から胸の大きさについての話だと察する事が出来た美柑。何をするかは分からないが、余り関わらない方が良いと思った美柑は「遠慮しとく」と答えた。美柑の答えにナナは少し残念そうにした後、真白とヤミの答えを聞く為に視線を向ける。……何処か官能的に溶けそうなアイスを下から舐める真白と食べ終わったヤミの姿がナナの視界には映った。

 

「! そ、それじゃああたしの部屋に行こうぜ!」

 

 前者の姿に顔を赤くしながら視線を逸らしたナナは逃げる様に連れて来た2人を先導しながら階段を上って2階へ上がり始める。美柑が真白へ振り返った頃には彼女も既にアイスを食べ切っており、ナナに着いて行く2人の姿を見送った後に3人はリビングに戻った。だが真白は棒を捨てると冷蔵庫の前に立つ。冷蔵庫の中に存在する冷凍庫。引きだし部分になっているその中には、まだアイスが数本入っている。

 

「真白さん。あんまり食べるとお腹壊すよ」

 

「…………ん」

 

 無表情で冷蔵庫の前に立つ真白の姿に考えている事が分かった美柑が警告する様に告げる。決して駄目とは言わないが、再び食べるのは余り褒められた事では無い。甘い物が好きなのは美柑も知っている為、悩んだ真白が長い間の後にアイスの誘惑を振り払って戻って来る姿に美柑は満足そうに微笑んだ。

 

「お客さんも来てるし、何か持って行ってあげようか?」

 

「鯛焼きが良いと思います」

 

「それ、ヤミさんが食べたいだけじゃ……」

 

「……分かった」

 

 美柑の提案にヤミが続けるものの、美柑にはどう見ても自分が食べたい故に発言した様にしか見えなかった。だが真白は美柑の提案とヤミの注文を受けて鯛焼きを用意し始める。実はヤミが真白と再会して以降、真白の家と結城家の家の冷蔵庫には必ず鯛焼きが入れられる様になっていた。以前美柑とヤミが身体を入れ替えた際、リトに出した鯛焼きの創作料理も常に入れて置いた故に出せた品である。

 

 1人1つずつ。合計7個の鯛焼きを用意した真白。コップを3つ用意して飲み物を注ぎ、お盆に乗せて鯛焼きを小さなお皿に3つ乗せる。残りの4つはリビングのテーブルに置き、真白は渡す為にリビングを後にする。リビングでは用意された鯛焼きを手に取るヤミと、何時の間にか降りていたセリーヌが鯛焼きを嬉しそうに頬張る姿があった。

 

 ナナの部屋は屋根裏にある異空間の中。真白は既に何回か入った事がある為、迷わず扉の前に到着するとノックしようとする。だが聞こえて来た声にその手が止まった。

 

『ひやぁ!』

 

『や、止めてぇ……!』

 

『誰か助け……』

 

 何が起きているかは定かでは無い。だが間違い無く良く無い事が起きていると悟った真白はその扉を開いた。過去に何度か見た事のある部屋の内装と共に真白の視界に入ったのは、小さな蛸の巨大な足に絡み付かれる3人の姿だった。何故か吸盤で執拗に胸を吸われており、甘い声と共に逃げ出そうとして出来ない様子である。

 

「し、シア姉! うぁ、助け……!」

 

「!」

 

 ナナの弱った声に動こうとした真白は、突然下から迫る蛸の足に間一髪で避ける。しかし持っていたお盆が宙を舞い、鯛焼きや飲み物が床に落ちてしまった。逃げる真白を追尾する様に追い掛ける蛸の足だが、真白は足と足の間を通り抜けて一直線に小さなタコ本体へ接近。

 

「チュミ!?」

 

 気付けば振り上げられた足に小さな蛸が驚く中、無情にもそれは振り下ろされる。踵は柔らかい小さな蛸の頭に大きく沈み込み、やがて跳ねあがる様に戻される。だが小さな蛸自身にしっかりダメージはあった様で、目を回しながらやがて伸ばしていた足を床に降ろした。無事に解放された3人の姿に真白は静かに部屋の中を見回す。

 

「……平気?」

 

『た、助かりましたぁ~!』

 

「ありがとう……真白さん」

 

「う、うぅ……戻れ! オクちゃん!」

 

 真白の言葉に肉体から離れて霊体になったお静と春菜がお礼を告げる中、両手を床について四つん這いになっていたナナはデダイアルを取り出すと同時に小さな蛸を消し去る。どうやら小さな蛸は動物好きのナナが飼っている生き物だった様だ。帰って来た際にナナが告げていた作戦とどう関係するのか分からずに首を傾げる真白を見て、流石に説明しない訳には行かないとナナが口を開いた。

 

「胸を大きくしたかったんだよ……今日の朝、モモに馬鹿にされて……見返してやりたくて」

 

 ナナによれば朝、モモにブラが必要の無い胸と馬鹿にされた事で大きくする事を決意。相談した春菜とお静の2人と共に胸を大きくする方法を考えていたとの事であった。誰かに揉まれれば、キューオクトパスと呼ばれる先程の小さな蛸に吸わせれば。そんな様々な情報を実際に行った結果、あの様になったと。人の成長は人それぞれであり、それは宇宙人でも変わらない。今までナナが悩む姿を何度か見ていた真白だが、本気で悔しそうな姿を前に出来る事は1つだけだった。

 

「……へ?」

 

「……無茶は……しない」

 

 突然優しく抱きしめられた事に戸惑うナナ。そんな彼女へ静かに真白が告げれば、その変わらず抑揚の無い声音に心配が混じっている事にナナは気が付いた。何も言えずに抱擁を受けるナナの姿を前に、春菜が真白の背後からナナへ向けて口を開く。

 

「無理に大きくする必要、無いんじゃないかな?」

 

「で、でもさ……」

 

「周りには確かにスタイルの良い人が沢山いるよ。だからつい自分に自信が無くなっちゃう時もあると思う。でもね、ある人が言ってたんだ。『大切なのは外見じゃ無くて、中身だろ?』って」

 

「それ……リトか?」

 

「うん。そんな風に言ってくれる人もいるの。だからナナちゃんはナナちゃんのままで良いと思う。……無理に変わろうとする必要なんて無いんだよ、きっと。心配してくれる人がいるなら、尚更ね」

 

『ナナさんも十分可愛いですから!』

 

「春菜……お静…………ごめん、シア姉。心配掛けて」

 

「ん……」

 

 春菜の言葉と霊体の姿で笑顔を見せながら続けるお静の言葉を聞き、ナナは自分を抱きしめる真白の背中に手を回して謝る。今でも胸を大きくしたいと思う心は変わらない。ナナにとって胸がある事は大人である証拠であり、子供の様に何時も見られる事は決して嬉しい事では無い故に。だがそれと同時に少しだけ、自分を包む暖かさに思う。

 

「(子供の方が良い時も……あるかもな……)」

 

 胸の大きさを馬鹿にする者もいるが、決して気にしない者もいる。モモの様に胸がある者に比べれば大人っぽく無いかも知れないが、それでも今自分が受けている抱擁は自分の為に心配した真白の厚意だった。ナナは嬉しく感じ乍らしばらくその時間を感じ続け、やがて真白が離れた事で頭を切り替える。

 

「あたしはあたしだ! これからは外見も中身も磨いて行くぞ!」

 

 ナナの言葉に胸に関して諦めていない事を悟った春菜が苦笑いを浮かべるが、彼女らしいとも感じた故に口を出す事は無い。無表情乍ら何処か優しさを感じる真白の視線を受けて、ナナは自分の部屋を見回した。……そして荒れた惨状に気付いてしまう。キューオクトパスが暴れた事で部屋の物は散らかり、入り口付近の床は真白が持って来た飲み物が零れたせいで濡れてしまっている。鯛焼きも不幸な事に飲み物を被って一部がふやけてしまっており、食べても余り美味しく無いだろう。ガックリと肩を落とすナナの姿に春菜が片づけを手伝うと言い出せば、身体に戻ったお静も笑顔で続ける。真白もナナを見て頷いた事で同じ意思を示し、ナナはお礼を言いながら3人と共に部屋の片づけを始めるのだった。



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第75話 プールの激闘。ララの想い

「真白さん! そろそろ行きましょう!」

 

 日曜日。結城家では無く、御門の家を訪れていた真白は袋を手に片手を大きく振りながら話し掛けるお静の声で近くにいた御門へ視線を向けた。お静が向かおうとしているのは、つい最近オープンしたばかりのプール。前日にララから誘いを受けていたお静を始め、結城家に居た真白達やその他の面々も約束をしたのだ。思い付く限りの友達を呼び、『明日一緒にプールへ行こう』と。そしてその関係で現在御門の家に普段なら真白の傍を離れないヤミの姿も無かった。

 

「行ってきなさい」

 

「ん……行ってくる」

 

 御門もお静経由で誘われはしたものの、宇宙人達の予約があった為に参加を辞退。元々余り乗り気では無かった様で、普段よりも早く家を離れる事に少し悩んでいる様子の真白の背中を押す様に薄く笑みを浮かべながら告げる。真白はその言葉を聞いて頷いた後、予め分かっていた故に用意してあった水着の入った袋を手にしてお静の元へ向かう。笑顔で迎えるお静と共に去って行く真白の背中を見続けた後、御門は豊満な胸を突き出すかの如く大きな背伸びをして頭を仕事に切り替えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しく出来たプール『彩南ウォーターランド』は出来たばかりと言う事もあり、人々で賑わっていた。日曜日である事も大きな理由になるだろう。……故に人混みが苦手な水着姿の真白は少し隅の方で適当にその風景を眺める。まだ少し早かった様で、現在この場所に来ているのは真白とお静のみ。向かう際に数人から家を出た等の連絡が来ていた為、集まるのは時間の問題であろう。が、それまでする事の無い真白は人混みを避ける様に隅で時間を潰していた。

 

「ねぇ、君1人?」

 

「良かったら俺達と過ごさない?」

 

「……」

 

 若い者達が多い施設内ではナンパを目的として訪れている者も多少は居たのだろう。1人で何もしていなかった真白に目を付けた2人の男性。が、真白はそんな2人の言葉に特に反応を見せる事は無かった。男性達はその後も話し掛けるが、真白が反応を見せる事は無い。既に約束した相手が居る為、眼中に無かったのだ。例え居なかったとしてもそれは同じだが、当然何も言わなければ伝わる事は無い。故に男性達は徐々に苛立ちを見せ始める。

 

「おい、無視してんじゃねぇぞ!」

 

「……」

 

「貴方達、何やってるの!」

 

「あぁ? うぉ、スゲェ……」

 

 怒気を込めた低い声で話し掛けた男性。しかし真白は変わらず無反応であり、代わりにその光景を見つけた者が声を掛ける。それは萎んだ浮輪を片手に持つ水着姿の唯であった。突然掛けられた声に振り返った男性達だが、その顔は一瞬にしてだらしないものとなる。それは唯の大きな胸に釘付けになった為であり、唯は強い目線で男性達を警戒しながら真白の手を掴んだ。

 

「やっぱり人混みから逃げてたわね。探したわよ」

 

「……そう」

 

「結城君達も来てるわ。行きましょ」

 

「なぁ、良かったら俺達と一緒に」

 

「お断りよ。私達には連れが居るの。それにもし居なかったとしても、そんな破廉恥な目で見る様な人達と遊ぶつもりは無いわ。」

 

「んなっ!?」

 

 今までの無視とは違う明らかな拒絶。だがその内容は攻撃的なものであり、思わず話し掛けていた男性はその強い目と言葉に怯んだ。しかし少しして先程まで感じていた怒りがぶり返したのか、再び怒気を含ませながら口を開いた。

 

「美人だからってつけあがりやがって」

 

「連れてこうぜ!」

 

 人混みから離れた場所でも人の目は多少なりともある。だが男性達の姿に止める者は誰も居らず、2人の手が同時に真白と唯の腕を掴もうと動き始めた。そしてその手が2人の肌に触れそうになった時、突然響いた轟音と共に真白たちと男性の間に何かが通過した。間一髪男性達は後ろに下がり、自分達の腕があった場所を見る。……その場所はまるで抉られた様に床の一部が破壊されていた。

 

「外しましたか。次は外しません」

 

「ひ、ひぃ!」

 

「……駄目」

 

 現れたのは水着姿のヤミであった。言葉を発しながら徐々に近づく彼女の姿に戸惑いながらも恐怖を感じずにはいられない男性達。決して人では起こせないそれを起こした彼女に怯え慄いた2人はやがてその場所から一目散に逃げだした。一瞬追おうとするヤミだが、それを止める様に真白が口を開けば彼女はそれで追跡を止める。すると息を切らせながら現れた美柑が3人の目の前で少しだけ息を整えた後、顔を上げた。

 

「真白さん、唯さん、平気?」

 

「え、えぇ。彼女のお蔭で大丈夫よ。でも流石にこれは……」

 

「……やり過ぎ」

 

「緊急事態でしたので」

 

「ヤミさん、突然飛び出したから吃驚したよ。あの状況じゃ仕方無いのかも知れないけど」

 

 ヤミと共に来ていた美柑の言葉でヤミが遠くから先程の光景を確認し、助けに来たのだと真白達は理解する。助けられた事には感謝する2人だが、問題はヤミが作りだした床だった。出来たばかりの施設に人が到底作れそうに無い巨大な亀裂を作ってしまったヤミの一撃。見ていた者達は男性達同様に命欲しさから関わらない事を決め、現在その亀裂を不味いと認識して居るのはこの場に居る4人だけだった。

 

「どうにかしないと……」

 

「シア姉様ー! 皆さーん!」

 

 悩む唯の言葉と同時に聞こえて来た声で4人は顔を上げて視線を向ける。そこには水着姿のモモとナナの姿があり、他の面々もその背後に並んでいた。そしてその光景を見て美柑が思い付いた様に片手の平に拳を乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

「いえ、これくらいなら簡単ですので。それよりナンパした男性達の顔は覚えていますか?」

 

「お、覚えて無いわ」

 

「そうですか。残念です♪」

 

 腰近くまで浸かるモモに両足をプールに浸けてお礼を言った真白。ヤミが作った巨大な亀裂はモモの持っていた発明品によって事無きを得た。最初はララが自分の発明品で何とかしようと声を上げたが、彼女の場合は何かしら別の問題が起こる可能性を見越してモモに任せたのである。真白のお礼に笑顔を浮かべながら答えたモモだが、その後に続けられた言葉に浮輪の中に入って浮かんでいた唯は一瞬寒気を感じた。彼女の笑顔が笑顔に見えなかったからである。だがすぐに普段の笑顔に戻ったモモに唯は内心胸を撫で下ろした。

 

「真白~! 遊ぼうよ~!」

 

 少し離れた場所でその水面を胸で叩きながら大きく両手を振るララ。ナナはその姿にクスッと笑い、唯は周りの迷惑を考えないララの姿に溜息をついた。

 

「行ってきなさい。これ以上騒がれても迷惑になるわ」

 

「ん……」

 

 唯の言葉を聞いて頷いた真白はララの元へ向かう為、身体の半分以上を水に浸けて動き始める。そして近づき続けていた時、微かに自分の足元に感じた水の流れにその足を止めた。そして背後の水面に黒い影が浮かんだ時、真白は素早くしゃがんで水の中へ潜った。

 

「初ワシワシ頂き! って、ありゃ?」

 

「あ、里紗! 真白あっちに泳いでってる!」

 

 黒い影の正体は里紗と未央であり、彼女達は真白の胸を揉む為にその機会を伺っていたのだ。以前の出来事で仲良くなって以降、稀に狙われる様になった真白。ララや春菜、時々唯などが2人の手に掛かる事があるも、真白は未だに彼女達の手を逃れ続けていた。水の中からの奇襲なら上手く行くと思っていた2人だが、今回も失敗の様である。

 

「真白は2人のあれを避けるの上手いよね!」

 

「私、何時も逃げられ無くて身体から抜けちゃうんですけど……何かコツとかあるんですか!?」

 

「……殺気?」

 

「さ、殺気って……」

 

 水面から顔を出した真白にララが近づいて声を掛ければ、お静が切実な様子で真白に質問する。だが濡れた髪を揺らしながら首を傾げて答えた真白の言葉に聞いていた春菜が複雑そうな表情を浮かべた。

 

 以前海で遊んだ時とは違い、公共の施設故に大掛かりな遊びは出来ない。だがそれでも水を掛け合ったり泳いだりとプールでの遊びを満喫し続けていた各々は楽しい時間を過ごし続けていた。……が、それは突然現れた。

 

『キャアァァぁ!』

 

「な、何?」

 

「おいリト! あれ見ろ!」

 

「み、水の化物!?」

 

 遊んでいた場所とは別のスペースに居たであろう人々が悲鳴を上げ乍ら走って逃げて来る姿が全員の目に映った。そして突然実はこの場に来ていた猿山が何かを指差しながらリトに声を掛ければ、他の者達も一緒にその存在を認識する。水の塊が浮き上がり、眼の付いた明らかに地球上には居ない筈の生物。一般人達は一斉にその姿を前に逃げだす中、宇宙人に慣れているリト達やそもそも自分が宇宙人である真白達のみがその場に留まっていた。やがて宇宙生物に詳しいナナが口を開く。

 

「あ、あれはアクアン星系の原子生物ミネラルン! 超レアな奴だぞ!」

 

「な、何でそんな奴がこんな所に居るのよ!」

 

「! そう言えば昨日、御門先生の患者さんが言ってました! 『ヌップル』って言うペットが逃げ出したって」

 

 お静の言葉に名前はどうあれそれが目の前の生き物であると全員が一斉に確信した時、ミネラルンが水を触手の様に動かして襲い掛かり始める。真白は傍にいた春菜を。ララはお静を。他にも身体能力の高い者達が地球人である者達を上手く引っ張る事で、一先ず水の中から脱する事に成功する。

 

「とにかくどうにかしなくてはいけませんね」

 

「ナナ! 何か弱点は無いのか!?」

 

「えっと……!?」

 

 リトの声に考え始めようとしたナナ。だが彼女にミネラルンの攻撃が迫った事でそれは中断される。辛うじて避けた先にはもう1本の水触手が待っており、ナナは軽々と絡め取られる様にして身体を持ちあげられてしまう。水故に締める苦しさは無いが、沈んでしまえば呼吸も出来なくなってしまうだろう。

 

「ナナ!」

 

「!」

 

 ララの声と共に飛び出した真白がミネラルンとナナを拘束する水触手の間に蹴りを放つ。強い蹴りは水とミネラルンの間を切断し、離れた部分は意志の無い水となってプールサイドに降り注ぐ。何とか着地出来たナナが顔を上げた時、真白へ目掛けて迫る数本の水触手がそこにはあった。

 

「シア姉!」

 

「させません!」

 

「させないよ!」

 

 真白目掛けて迫った水触手達は半分が途中から切り裂かれ、半分が炎によって蒸発する事で消え去る。そして真白が着地したすぐ傍に着地したのはヤミと……恭子であった。

 

「霧崎 恭子!?」

 

「マジカルキョーコちゃんだ!」

 

「な、何でここに?」

 

「開店記念でさっきまでRUNとKYOKOでライブ中だったんだよ。もうお客さんは居ないけどね」

 

 突然有名人が現れた事で驚く唯や喜ぶララに説明する恭子。彼女の言う様にルンも一緒に居た様で、ミネラルンを警戒する面々の中に気付けば混ざっていた。恭子がフレイム星人とのハーフだと知っているのは真白とルンのみ。故に彼女が炎を出した事にリトは戸惑うも、詳しく説明を聞いていられる猶予は無かった。

 

「……教えて」

 

「へ? あ、弱点か! えっと……そう! あいつの身体の何処かにある核に衝撃を与えれば気絶させる事が出来るかも知れない!」

 

「核、ですか」

 

「見え易いと簡単なんだけど……そうも行かなそうだね」

 

 ミネラルンを相手にするべき事は分かったものの、巨大な水を自由自在に操る相手の核を見つけるのは簡単な事では無い。ナナ曰くミネラルンは捕まえた相手を飽きるまで弄るのが特徴であり、捕まったら最後溺死する危険もあると言う。捕まらずに中にある核を見つける。厳しいが、やるしか無かった。

 

「真白! 私は水の中じゃ何も出来ないから、援護するよ!」

 

「真白、無理しないでください。……変身(トランス)人魚(マーメイド)!」

 

 恭子の言葉に頷き、ヤミが下半身を魚にして水の中に入ったのを見て真白はプールサイドを走り始める。現在ミネラルンの興味は行動を開始した3人に向いており、外に居る真白と恭子が水触手に襲われる事となった。が、真白の傍に近づいた水触手は恭子が放った炎によって一瞬で蒸発。少ない本数の水触手を避け乍ら、真白はミネラルンの身体の中を凝視する。

 

「リト! 俺達も何か出来ないのか!?」

 

「ナナ、核はどんな物か分かる?」

 

「さっきも言ったけどミネラルンはかなりレアな宇宙生物だからな……詳しくは知らないんだ。ただ水晶みたいに綺麗な核らしい」

 

「水晶……なら光に当てれば光るかも!」

 

「ルン! ライブでライトって使ったか!?」

 

「防水で明るい時でも輝ける凄いのがあった筈! 今持って来るよ!」

 

 戦う姿に見ている事しか出来なかった面々もナナの言葉を聞いて動き始める。ルンが取りに行く姿を見て春菜や唯達も手伝う為に後を追い始め、聞いていた猿山も走り始める。リトも手伝う為に動こうとした時、巨大な身体の中を泳ぐヤミが途中で息継ぎをしようと外に出たところを狙う水触手に気付いた。

 

「ヤミ!」

 

「!」

 

「……駄目」

 

 本日2度目の制止する真白の言葉。だが今この時その相手はミネラルンであった。プールサイドから気付けばヤミの傍に移動していた真白はヤミの助ける為に水触手を攻撃する。間一髪ヤミが捉えられる事無く水の中に戻ろうとした時、真白の真下にあった水溜りが大きく浮かびあがり始めた。そしてそれは真白の足首を掴む様にして引きずり込む。

 

「真白! くっ!」

 

 水に飲まれるその姿を見た恭子が助けようとするも、妨害する様に迫る水触手に自らの守るので手一杯になってしまう。ヤミが水の中を泳いで真白に近づこうするが、突然水流が2人の間を引き裂く様にして流れた事で強制的に距離を取らされて救出は失敗。気付けば真白を中心に外側へ水流を作って近づけなくしてしまう。ミネラルンは水自体が自らの身体故にそれが出来るのだ。

 

「シア姉様!」

 

「不味い! このままじゃ!」

 

「! 万能ツール!」

 

「ララ!?」

 

 モモとナナが焦る中、ララが目の前に出現させたのは発明を作る際にも使用するステッキの様な道具。様々な用途で使用できるそれを握った時、ララは迷いなく走り出していた。急接近するララに攻撃を向けるミネラルンだが、高い身体能力で全てを掻い潜ったララ。やがて万能ツールを横に伸ばした時、黒いビームがまるで剣の様に出現した。

 

「真白を……返して!」

 

 そう言ってララが水を切る様に振るえば、真白の傍にあった水が大きく裂かれる。すぐに戻ってしまいそうになる水を前にララが手を伸ばして真白の手を掴むと、その身体を引っ張りだすと同時に大きく上へと上がった。2人を追い掛ける様に水触手が空へと上がり、ララが一気に急降下すれば追い掛ける様に水触手も急降下。危険な追いかけっこが始まってしまう。

 

「あのままじゃ何れ捕まっちまう……!」

 

「! この野郎ぉぉぉ!」

 

「リトさん!?」

 

 大声を上げて飛び出したリトに驚いたモモだが、彼は止まらずにミネラルンの傍に近づき始める。地球人である彼は宇宙人である彼女達に比べれば余りにも非力である。が、それでも何もせずに見ている事が彼には出来なかった。ミネラルンの周りを少し走って向かう先は、誰かが遊びで持って来ていたのであろうビーチボール。そして彼がそこに到着するより先に、ルンや春菜達が総出で大きな丸いライトを持って戻って来る。

 

「怪我防止で線は着いて無いから、遠慮なく投げ込んで大丈夫だよ!」

 

「皆で行くよ! せーの、()!」

 

 大きな水飛沫を立てて水の中に沈んで行くライト。その光はミネラルンの身体を輝かせ、その中で一際輝く小さな点の様な物が全員の視界に映る。それを見た時、リトは我武者羅では無く狙いを定めてビーチボールを蹴り放った。凄まじい威力を持ったシュートは普通のボールに比べて弱いにも関わらず、ミネラルンの身体の中を高速で移動。やがて威力が大分弱まった頃、水晶の様に光る核に接触する。決して衝撃とは言えない威力だが、それでもミネラルンは大きく身震いする様に怯んだ。迫っていた水触手が一斉に唯の水となって落ちて行き、空かさず水の中に居たヤミが核の傍へ。金色の髪を巨大な黄金のハンマーへと変え、遠慮なく叩きつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙生物が暴れた事など無かったかの様に活気を取り戻した『彩南ウォーターランド』。その隅でベンチに座る真白の目の前にペットボトルが差し出される。顔を上げて見れば、そこに居たのは心配そうな表情を浮かべるララ。少し離れた場所では普通の水に戻ったプールの中で遊ぶ里紗達や、真白と同じ様に別のベンチで座って休むリト達の姿があった。

 

「大丈夫?」

 

「ん……ありがとう」

 

 ララから差し出された飲み物を受け取り、真白は封を開けて中身を飲むために口を付ける。何度か喉を通して飲んだ後、息を吐いた真白の姿にララは笑顔でその隣に座り込んだ。何か話し掛ける事は無く、だがその傍で楽しそうに笑うララ。真白は開けた封を閉めて隣に置いた後、ララへ視線を向けた。

 

「……ありがとう」

 

「?」

 

「……助けてくれた……から」

 

 ベットボトルのお礼とは違うお礼にララは首を傾げる。だが真白の続けた言葉に納得した様に頷くと、ララは笑顔で口を開いた。

 

「真白が捕まった時、勝手に身体が動いたんだ。助けなきゃ! って、思った」

 

「……」

 

「きっとあれがリトでも春菜でも同じ事思ったと思う。友達だもん!」

 

「……」

 

「だけどね。本当は少し違ったんだ。私が思ったのは『私が真白を助けなきゃ!』って事だった」

 

「?」

 

 真白はララの言葉に首を傾げるが、ララは気にせずベンチから立ち上がると真白の前に立った。そして先程より何倍も輝く様な笑顔で言い切る。

 

「好きな人は自分の手で助けたい。他の誰かじゃ無くて、私の手で。そう思ったから」

 

 そう言ってララは片手を真白へ差し出す。その手を真白が取った時、ララは力を貸すのではなく真白の身体を自分の元へ引っ張った。そして距離が近づいた時、迷いなく彼女は行動に出る。

 

「んっ」

 

「!」

 

 顔が目の前になり、唇に感じる温かみのある感触を受けて目を見開いた真白。その時間は一瞬であり、2人の間では数分であった。やがてララが真白から離れた時、その頬に赤みを見せ乍らも笑顔をそのままに告げる。

 

「私のファーストキス、あげちゃった。大好きだよ、真白」

 

「……ララ」

 

 両手を繋ぎ、お互いの体温を感じられる程の距離で見つめ合う2人。気付けば雰囲気からもう1度しようとしたララだが、そんな行動を遮る様に声が掛けられた。

 

「ここだけ随分暑いのね?」

 

「……涼子」

 

「あ、御門先生」

 

 声のした方に視線を向ければ、そこには大胆な水着を着た御門の姿があった。プールに来るつもりの無かった御門だが、患者のペットが見つかったとなれば話しは別である。患者を連れて来るために赴き、どうせ来たのならと皆に交じる事になった御門。水着を着て更衣室からプール浴場に入れば、彼女の目に映ったのは2人が見つめ合う姿であった。……ララに取って幸いなのは決定的瞬間を彼女を始め、奇跡的に誰にも見られなかった事である。

 

「あ、御門先生ー!」

 

「シア姉! 遊ぼうぜ!」

 

「ララちぃ! 競走しようよ!」

 

 御門が来た事で彼女に気付いたお静が声を掛け、傍にいた真白やララにも声が掛かる。

 

「行きましょうか」

 

「うん! 真白、行こ!」

 

「ん……」

 

 歩きだした御門の言葉にララが笑顔で真白の手を引き、真白も頷きながら引かれた手を握って着いて行く様に歩みを進める。その後、真白は一緒に来た面々と共に夕方まで遊び続けるのであった。



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ダークネス
第76話 騒がしくも平和な1日


 平日の朝、自宅で目を覚ました真白は時計で時間を確認して布団から外へ出る。隣ではヤミがすやすやと寝息を立ててまだ眠っており、彼女を起こさない様に気を付け乍ら立ち上がった真白は洗面所で顔を洗い始めた。寝癖のある所々が少し跳ねた薄い銀色の髪は手櫛で軽く解かすだけで元に戻り、服装は寝間着から制服へ着替える。その間にヤミも起床し、真白に声を掛けて洗面所へ。顔を洗って普段通りの無表情になった彼女だが、その髪は寝起きの真白同様に寝癖が残っていた。

 

「……おいで」

 

「お願いします」

 

 櫛を手に手招きする真白に驚く様子も無く当然の様に近づいたヤミは、真白に背を向けて座り込んだ。綺麗な金色の長い髪を優しく片手で掬い上げ、上からゆっくりと櫛を通して解かしていけば微かにヤミの目元が細くなる。何度か繰り返してサラサラに戻したところで真白が櫛を置けば、一言お礼を言ってヤミは真白に貰った寝間着から何時も着ている戦闘服(バトルドレス)に。そして一息入れたところで真白が立ち上がれば、ヤミも一緒になって自宅を後にした。……これが結城家へ行く前に2人が繰り返す日常であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結城家へ到着すれば、既に起床して着替えを済ませ終えた美柑が笑顔で出迎える。リビングにはソファで眠るセリーヌの姿があり、ヤミはリビングにあるテーブルの下に入れられた椅子を引いて座る。そして真白と美柑は朝食の準備を始めた。何を作るのか話し合い、息を合わせて調理を始める2人。やがてリビングに寝起きであろうリトが欠伸をし乍ら入ってくれば、ヤミとキッチンに立つ2人に「おはよう」と声を掛けて冷蔵庫を開けた。そしてヤミの座る椅子では無く、テレビの見えるセリーヌが眠るソファとは別のソファに座り込んだところで次に姿を見せたのはララであった。

 

「おはよー!」

 

「おはよう、ララさん」

 

「……おはよう」

 

「おはようございます、お姫様(プリンセス)

 

「あぁ、おはよう」

 

「えへへ!」

 

「? 何だよ?」

 

「ううん。何時も通りだけど、こうして皆と話せるのが嬉しかったから! あ、お風呂入って来るね!」

 

 ララの挨拶に全員が返せば、楽しそうに笑う彼女にリトが質問する。普段通りである1日の始まりを心から喜べるのは彼女が純粋故だろう。リトもララの言葉を受けて以前は美柑と真白、自分の3人だけで朝を過ごしていた事を思い出す。気付けば人数が増えて賑やかになったが、不思議と嫌な気持ちは欠片も感じなかった。そしてララが答えた後に再びリビングから出れば、リトもソファから立ち上がって庭へ。置いてあった如雨露を手に花達へ水やりを始めた。

 

「おはようございます、皆さん」

 

「ふぁ~、おはよう」

 

「おはよう、モモさん。ナナさん。今日は一緒に食べる?」

 

「ご迷惑で無ければお願いします。昨日、買い出しに行かなかったもので……」

 

「冷蔵庫、空なんだよなぁ」

 

「……待ってて」

 

 リトが庭に出たところで起きて来たのはモモとナナであった。お玉を手に質問する美柑の言葉に申し訳なさそうな表情で答えたモモ。ナナが続ける様に両手を頭の後ろに組んで答えれば、フライパンを手に真白がヤミの座るテーブル周辺に視線を流しながら告げた。以前は5席しか用意して居なかった椅子も今では8席に増え、各々が何となく決めた席へと座る。徐々に香り始める美味しそうな匂いにワクワクした様子のナナと、作る姿を眺め続けるヤミ。途中でセリーヌも起床し、モモの膝の上へ移動して朝食の完成を待ち侘びた。

 

「ふぅ~、さっぱりした! あ、2人ともおはよう!」

 

「おはようございます、姉様」

 

「おはよう! 姉上!」

 

「水やり終わり……って、ララ! 裸でうろつくなって何度も言ってるだろ!」

 

 朝風呂から上がったララがタオル1枚纏っただけの姿で現れ、普段通り故に挨拶を交わすモモとナナ。そしてこれまた普段通りに水やりを終えたリトがララの姿を見て顔を真っ赤にし乍ら注意した。何度も言われている事ではあるが、ララ曰く『朝はペケがまだ充電中故に着替えられない』との事であった。これから学校故に制服はあるものの、それは異空間にある自分の部屋。浴室に隣接する洗面所まで持って来る事は基本忘れている様で、赤くなるリトにララは「はぁーい!」と答えて自分の部屋へ向かった。

 

「ふぅ。朝から結構な量だね。ま、良いんだけどさ」

 

「……」

 

 嘗て3人分作っていた時に比べ、今では作る量が倍以上の8人分。当然負担も倍以上になるが、額を拭う美柑の表情は言葉とは裏腹に優しかった。フライパンに出来上がった複数の目玉焼きを皿へ移す真白は無表情のまま特に何も答える事は無いが、それでも美柑には微笑んでいる様に映る。そしてキッチンから離れてパンを焼く為にトースターへ向かえば、そこには既に6枚目のパンを入れるヤミの姿があった。

 

「これぐらいなら私でも出来ます」

 

「あはは……ありがとう、ヤミさん」

 

「ナナは牛乳で良いかしら?」

 

「おい、何処見て言ったモモ! あたしは何でも良い」

 

「あら? じゃあピーマンたっぷりの野菜ジュースでも」

 

「嫌がらせか! 牛乳でお願いします!」

 

 料理は出来なくとも他の事で手伝う事は出来る。ヤミやモモが飲み物やパンなどを準備して皿等を食器棚から出せば、美柑がそこに盛り付けを始める。キッチンで盛り付けたものは真白が両手で2枚ずつ運び、2回往復する事で8人分の料理が用意された。制服に着替えたララが戻り、手を洗い終えたリトが戻り、全員が食卓に集まる。そしてリトが静かに手を合わせれば、倣う様に他の者達も手を合わせた。

 

「それじゃあ、頂きます」

 

≪頂きます!≫

 

「まうまぅ!」

 

 リトの言葉に数人が大きな声で告げ、真白とヤミはお辞儀をする様にして同じ様な行為をする。そしてその後は先程よりも騒がしい朝食が結城家で続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう!」

 

 彩南高校へ到着すれば、彼方此方から挨拶の声が聞こえて来る。ララが先頭になって、その後ろに横並びで歩く真白とヤミ。その背後にはリトが歩いており、肩が触れ合う距離で歩く真白とヤミの近さに何とも言えない表情を浮かべていた。まだ暑さの残る季節故、間違い無くあの距離では大変だと思ったからである。

 

「ララちぃ! 真白! 結城にヤミちゃん! おはよー!」

 

「今日も可愛いね、結城以外!」

 

「あ! 里紗、未央! おはよう!」

 

「……おはよう」

 

 他の生徒達が挨拶して行く中、真白達にもその声が掛かる。相手は里紗と未央であり、2人にララと真白が返せばヤミは会釈で答えた。リトも挨拶を返そうとして、2人の背後に立つ春菜の姿に固まる。

 

「おはよう、ララさん。真白さん。ヤミちゃんに……結城君」

 

「お、おお、おはよう! 西連寺!」

 

 挨拶をする春菜に緊張した面持ちで答えるリト。1年生の頃に比べればララ経由等で大分仲良くなったと言っても良い彼だが、それでも初心なのは変わらない。優しく微笑む春菜の姿に心の中で癒されながら、ララと並ぶ彼女の姿を学校に着くまで後ろから見つめ続けるのだった。

 

 教室に入れば集まっていた全員は一時解散。ヤミも離れ、真白は自分の席に座って荷物の整理をする。するとそんな彼女の前に現れたのは唯であった。

 

「おはよう、真白。朝から悪いんだけど少し手伝ってくれないかしら?」

 

「? ……分かった」

 

 挨拶と同時に告げられた言葉に首を傾げながらも、内容を聞く前に了承して席を立った真白。唯が自分に変な頼みをしないと信用している故に出来る事である。彼女の頼みとはプリントの束を職員室から教室へ持って行く事であり、朝のHRで使うと説明を受けた後に2人で半分ずつ運び始めた。

 

「うっひょ~!」

 

「! きゃあぁぁぁ!」

 

「沙姫様!?」

 

「沙姫様に、近づくな!」

 

 階段を上っていた途中、突然聞こえて来た悲鳴に驚いた真白と唯。顔を上げれば階段の上で沙姫に飛び掛ろうとする校長の姿があり、綾が驚く中で逸早く反応した凛が何処からともなく取り出した竹刀で校長を撃退する光景があった。突き出す様にして放たれた竹刀は校長の顔面に直撃し、サングラスを壊すと共にその身体は階段を転がり落ちる。突然の事で驚いた唯は逃げる事が出来ず、真白が急いで前に出ると落ちて来た校長を足で横に蹴って直撃を免れる。両手が使えない以上、仕方の無い事であった。……その蹴りに一片の容赦が無いのもまた、仕方の無い事である。

 

「……平気?」

 

「え、えぇ。ありがとう」

 

「三夢音 真白…………。巻き込んでしまって済まなかった。沙姫様、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですわよ、助かりましたわ」

 

 唯の無事を確認した真白の姿に気付いた凛は階段の上からその姿を見つめて暫く黙り続けた。が、やがて謝罪をすると共に階段の向こうへ消える。そして聞こえて来る沙姫との会話。階段の途中にある壁に顔面から減り込む校長をそのままに、真白と唯は自分達の教室へ改めて向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は過ぎて昼休み。真白は一緒にお昼を食べようと誘って来たお静と共に保健室へ訪れる。現在誰も診ていない御門は椅子に座って教員としての仕事を行っており、扉が開かれた事で真白とお静へ視線を向ける。少しだけ目を細めながら来た理由を考える御門だが、すぐに2人が持つ風呂敷包みを見て納得した。

 

「ここは怪我人が来るところよ」

 

「偶には良いじゃないですか! 一緒に食べましょう!」

 

「1週間に1回は家で食べてると思うのだけど?」

 

「……違う」

 

 保健室で昼食を取ろうとする2人を注意する様に言うが、お静は笑顔で入り始める。真白もその後を着いて行き、御門は日曜日にヤミも含めて4人で食べている為に反論するも、真白が首を横に振って答えれば溜息をついて断る事を諦めた。何となく、幾ら戻る様に言っても無駄だと察したのだ。

 

「さぁさぁ、ご飯にしましょう! 真白さんとおかずの交換もしましょう!」

 

「それが目的なのね」

 

「……分かった」

 

 椅子を用意して風呂敷を膝の上で広げたお静はお弁当の蓋を開けると、その蓋を逆さにしてお皿の様に用意する。御門とお静の昼食は基本的に一緒であり、作っているのはお静本人。現在3人しか居ない為、交換相手は真白のみ故に真白を見ながら目を輝かせるお静。御門が少し呆れながらも微笑する横で、真白は風呂敷を広げた。

 

「そう言えば、お姫様の妹ちゃん達がここに入るみたいよ」

 

「モモさんとナナさんがですか!?」

 

「……どうやって……ぁ」

 

「えぇ。校長なら気にせずに許可するわ。お姫様みたいに、ね」

 

 昼食の途中、御門から伝えられた情報に吃驚した様子のお静と無表情のままであった真白。2人は宇宙人故、簡単に学校へ入学する事等出来る筈が無い。が、真白はすぐに理解してしまう。ララが入学する際も状況は同じだった。だが簡単に入学出来たのは、彩南高校の校長が『可愛いからOK!』と簡単に許可を出したからである。

 

「1年生に入るみたいね。1月前に転入生が入ったばかりだから、流石に変に思われるかも知れないけど……家庭の事情、で何とかなるでしょう」

 

「御2人が学校に……もっと学校が楽しくなりそうですね!」

 

「…………」

 

「?」

 

「真白さん? 真白さん!」

 

「!」

 

「大丈夫ですか?」

 

「……平気」

 

 御門の言葉に両手を握って笑顔で真白に話すお静。だが真白は会話を聞いて何かを考える様にその手を止めていた。御門がその姿に不思議に思うが、お静が何度か話し掛けた事で我に返った様にお静と目を合わせた真白。心配する彼女へ普段通りに言葉を返して食べるのを再開した真白だが、彼女の頭の中には嘗て言われた言葉が何度も反響を繰り返していた。

 

 

『私も入学すれば、一緒に居られるでしょうか?』

 

 



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第77話 双子姉妹の転入。謎の後輩少女

 翌日。真白は授業と授業の間にある短い休み時間を、ララに誘われて春菜も含めた3人で移動教室故に歩きながら過ごしていた。笑顔で話をするララに微笑む春菜と表情を変えずに聞き続ける真白。そんな時、突然3人に声が掛かる。それは階段の上からであり、見上げた先に居たのは制服姿のナナとモモであった。

 

「ナナ!? モモ!? どうしてここに? それにその制服……」

 

「ふふ、今日から私達も彩南高校(ここ)に通う事になったんです」

 

「吃驚したか!」

 

「そうなんだ。よろしくね、2人とも」

 

「はい、宜しくお願いします。春菜先輩♪」

 

「姉上と春菜は吃驚してるけど、シア姉は吃驚しないんだな」

 

「……知ってた」

 

 学校に居る2人の姿に驚いたララを見て説明をしたモモ。春菜が笑顔で告げれば、同じく笑顔で返したモモの横で少しだけ不満そうにナナが真白を見ながら呟く。表情豊かなララと春菜が驚く事は想定済みであり、その上で殆ど表情を変えない真白の顔が少しは変わると期待していたのだろう。だが既に御門から話を聞いていた真白は心に受け入れる準備が出来ていた為、普段通りであった。

 

「先輩、って事は1年生だよね? あれ、でも2人の年は……」

 

「余り気にしないでください。校長先生にお願いしたらこうなりましたので」

 

「出来れば姉様やシア姉と同じ2年生が良かったんだけどなぁ。ま、今日から他の皆とも毎日会えるし、正直留守番してるのはかなり暇だったから良いんだけどさ!」

 

 ナナが両手を頭の後ろに組んで告げる中、予鈴のチャイムが鳴り響いた事で授業に向かっていた事を思いだすララ達。ナナとモモは報告と挨拶をしに来た様で、授業の場所は自分のクラスだと説明する。そこで昼休みに会う約束をした5人はそれぞれ目的の場所へ向けて足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、宜しくお願いしますね」

 

「よろしくな!」

 

 屋上でお辞儀をするモモと元気よく言うナナの姿に約束をしていたララ、春菜、真白の3人は何事も無く受け入れ、新たに集ったリト、唯が顔を引き攣らせる。2人とも考える事は一緒であり、また学園生活が騒がしくなる予感を感じた為であった。

 

「頭が痛くなるわ……」

 

「あ、あはは……でも2人とも良い子だから大丈夫だよ」

 

「ん……」

 

「ま、決まったものは仕方無いな。ナナ。モモ、下手に宇宙人だってばらすなよ?」

 

「はい。分かってます。ですよね、ナナ」

 

「へ? あ、あぁ~、うん。大丈夫大丈夫」

 

 頭を抱える唯に苦笑いしながらもフォローする春菜。真白も頷いて肯定する中、リトは気持ちを切り替えて2人を迎えた。だが2人は宇宙人であり、その事実は周りに公表するべきでは無い事。既に手遅れな気もするが、それでも黙っているに越したことは無いと注意したリトに微笑みながら答えるモモ。しかし彼女とは対照的にナナは頬を掻いて目を反らしながら答えた。それは明らかな同様であり、見ていた全員が思う。『もう誰かに言ったな』と。数名から感じる冷たい視線にナナは耐えられなくなり、追及される前に白状する。

 

「1人友達が出来てさ、そいつに言っちまった。他の奴には言って無いぞ! それに言ったって普通信じないって。あいつは信じたけど」

 

「はぁ~。言ってしまったものは仕方ないけれど、今後は気を付けなさい」

 

「分かってるよ。気を付ける」

 

「えへへ」

 

「? 何だよ姉上」

 

「ううん。唯、ナナにも友達が出来て嬉しかっただけ!」

 

 白状したナナに注意するモモだが、そんな2人の会話を見ていたララが満面の笑みを浮かべている姿にナナが質問する。笑顔の理由は妹を大事にする彼女らしいものであり、それを聞けばナナが誰かに秘密を話した事をもう咎める者はいなかった。まだ昼休みの時間は残っており、昼食を取ろうとお弁当を出した真白に唯が「そう言えば」と口を開く。

 

「ヤミちゃんはどうしたのよ? 何時もなら貴女にピッタリついてるじゃない」

 

「また何か用事か?」

 

「ん……手続き」

 

 唯の質問にリトが続き、全員が視線を向ける中でお弁当の箱を開けた真白は頷きながら答える。彼女の言葉に全員が首を傾げる中、気にした様子も無く真白は卵焼きを箸で挟んで口元へ運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。ララはナナとモモの2人と帰宅し、リトは適当に散歩して帰ると告げ、唯は用事があるからと真っ直ぐ帰らない事を真白へ告げた。故に真っ直ぐ結城家へ向かおうと席を立ち、教室から出た真白は下駄箱で靴を履き替える。そして校舎から出ようとした時、目の前に現れた1人の女子生徒にその足を止めた。

 

「こんにちは、真白先輩」

 

「……?」

 

 赤い髪に長い1本のおさげ。元々彩南高校の制服に学年の違いを示す物は無い為、見た目で学年を判別する事は不可能であった。が、真白は先輩と言う言葉から下級生であると理解する。……しかし、一切相手の事を知らなかった。忘れているのでは無く、本当に初対面なのだ。

 

「私、先輩に聞きたいことがあるんですよ」

 

「……聞きたい……こと?」

 

「えぇ。……真白先輩、『家族』って何ですか?」

 

「……」

 

 女子生徒の言葉に首を傾げた真白は続けられた質問を聞いて即返答する事無く相手を見続ける。まるで2人以外には誰も居ない世界の様な沈黙を互いに感じ続け、やがて真白は1度目を閉じてから答える。

 

「……私の……居場所」

 

「真白先輩の?」

 

「……そう」

 

「それじゃあ、もしその居場所が危険に晒されたらどうしますか?」

 

「……守る……絶対に」

 

「居場所。守る。そうですか……とっても素敵ですね! あ、そろそろですか。それでは、また(・・)明日♪」

 

「……」

 

 答えを聞いて何かを考え始めようとした女子生徒は、何かに気付いた様に顔をあげると笑顔でお辞儀をし乍らその場を去る。向かう先は校門とは違う方角であり、真白はジッとその背中を見送り続けた。そして彼女の姿が見えなくなった頃、反対の空からヤミが真白の隣へ着地した。

 

「まだここに居ましたか」

 

「……」

 

「? 何か、ありましたか?」

 

「…………平気」

 

 真っ直ぐに真白の足で帰っていればもう家に着いていても可笑しく無い時間にも関わらず、まだ学校の校舎前に残る真白の姿にヤミは不思議に思いながら質問する。だが真白は普段よりも少々長い沈黙の後、首を横に振りながら答えて歩き始めた。ヤミは無理に聞き出そうとはせず、歩きだした真白の後ろを追う様に自分も歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。空に星が輝く頃、とある建物の屋上で真白と放課後に話をした女子生徒は彩南町の夜景を見渡していた。

 

「家族は居場所、か……」

 

『まさか、迷い始めたりはしていないな』

 

 真白の言葉を思いだした様に呟いた時、黒い影が彼女の背後に立って声を掛ける。彼女は振り返らずに手摺りへ身体を預けて笑みを浮かべながら答えた。

 

『当然だよ、(マスター)ヤミお姉ちゃん(・・・・・・・)に結城 リトを殺させる。そうすれば三夢音 真白はヤミお姉ちゃんを見放して、ヤミお姉ちゃんは元の殺し屋に戻る。そして三夢音 真白はまた孤独になる』

 

 彼女の言葉で黒い影は満足した様に笑い、消える。また1人になった時、女子生徒は空を見上げながらまた1人呟いた。

 

「結城 リトの代わりにヤミお姉ちゃんと私が居場所になる。そんなのも素敵かも……ふふ」



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第78話 真白の過去。迫る少女

 生き物にとって記憶というものは複雑である。忘れたい事程刻み込まれ、覚えようとしても覚えられない記憶がある。忘れたくない事が時間と共に薄れ、何れ消えてしまう事もある。だが本当に心に刻まれた記憶は例え本人が忘れていたとしても、その心に残り続ける。……彼女はそれが見たかった。

 

「真白先輩、貴女の忘れたくても忘れられない記憶。私に見せてください」

 

 真夜中。真白の家で、眠る真白の上に乗りながら告げる彼女の表情は冷笑にも見えた。何時も傍に居るヤミの姿は現在結城家にあり、美柑の部屋で共に眠りに付いている。普段なら真白から離れようとしないヤミだが、美柑から誘われたのだ。その際には真白も一緒に誘われたのだが、真白は今日この日の泊まりを断った。ヤミも真白が断った事で帰ろうとしたが、嘗ての事件故に自分の傍に居続けるヤミが自分に縛られているに等しいと感じた真白はヤミへ首を横に振って残る様に言ったのだ。用事がある時以外は自分の傍に居る彼女は言ってしまえば自由が無く、故に『自由に過ごす様に』と。そこでヤミは真白と一緒に居る事が自由であると返すも、残念そうな美柑を放っても置けなかった。……結果、今日1日だけ別々で一夜を過ごす事となったのである。そしてそれは、彼女に取ってまたと無いチャンスであった。

 

 長く伸びた髪が動き、真白の頭を撫でる様に伝って降りていく。微かに身動ぎするも目を覚まさない真白の姿を見つめ乍ら、その髪はやがて首元へ。邪魔の服のボタンを両手で外し、胸の谷間の少し上に止める。

 

「ふふ、繋がりましょう。真白先輩♪」

 

 彼女の言葉と共に、触れていた髪は真白の身体の中へ入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、真白先輩の記憶の中……」

 

 彼女が目を開けた時、周りに見えたのは真白の家では無かった。真っ白とも真っ黒とも言える不思議な空間の中、唯一見えるのは様々な場面を切り取った静止画の様なものが沢山浮かぶ光景。腕を組んで強い眼光で見つめる唯の姿。ララの手を引いて走るリトの背中。口元に水着を引っかけたイルカの姿。泣いた後なのか、目元を赤くしながらも笑うララの姿。他にも様々な真白の記憶がそこには浮かんでいた。

 

「この辺りでヤミお姉ちゃんと再会したんだ。……こっちは、地球に来る前かな」

 

 記憶の画を眺めながら自分の持つ情報と照らし合わせて進む彼女は、やがて真白の地球に来る以前の記憶を見つける。そして何かを思い付いた様に早歩きになると、少しして彼女は目的の画を見つけた。それは幼いヤミと1人の女性が映る画であった。女性の姿はヤミと似ており、ヤミが成長すれば彼女の様になると思える程。彼女はその画を見て納得した様に声を上げる。

 

「へぇ~。話には聞いてたけど、本当にヤミお姉ちゃんが生まれた時から一緒だったんだ。……? あの記憶は?」

 

 ふと見つけたその画は涙を流す女性の姿だった。画が自分を見ていると言う事からそれは真白に向けられたものであり、その理由を考えようとした彼女は女性の向こうにあった鏡に映る光景を見て気付いた。その鏡には微かに幼い真白を映っており、それと同時に彼女の背後。その足元に血溜まりが出来ている事に。それは誰かを殺した訳でも怪我させた訳でも無い。……半ば好奇心から、彼女はその画に触れた。

 

 

『本当に、良いのね?』

 

『……お願い』

 

 気付けば画の並ぶ空間では無く、真白が見た記憶の元に作りだされた記憶の中の部屋に立っていた彼女は目の前で行われる光景をジッと見つめる。まだ足元に血溜まりは出来ておらず、記憶の中故に立っていても存在として気付かれる事は無い。悲痛な面持ちの女性が確認する様に幼い真白に声を掛ければ、静かに真白は頷いた。

 

「何を……!」

 

 最初は分からなかった彼女は真白が女性に背を向けて服を脱ぎだした事で一瞬驚いた。だが更に驚きなのは、彼女の背中に小さな白い羽が生えていた事であった。【エンジェイドの羽】。その種族である証であり、誇りでもあるその羽を彼女は情報でのみ理解していた。そして、今エンジェイドは真白以外に存在しない事も。……何をしようとしているのか、嫌でも理解出来てしまった。

 

『ごめん、なさい……っ!』

 

『! ひっ、ああぁぁぁぁぁ!』

 

 その悲鳴は彼女の鼓膜を揺らす。恐らく真白の悲鳴を聞いた事がある者など、今【羽を斬り落としている】女性以外には誰もいないだろう。涙を流し、出来る限り早く地獄の様な痛みに苦しむ真白を解放する為に羽へ刃を突き立て続ける女性。やがて数分で2つの羽は音を立てて床へ落ち、光と共に消えていった。

 

『はぁ……はぁ……』

 

『ごめんなさい……貴女を守るには、こうするしか……ごめんなさい!』

 

『……あり、が……とう。……ティア』

 

 頭から汗を流して苦しむ真白に謝り続ける女性。だが真白は苦しみながらも彼女へ振り返ると、切り取られた羽の部分から血を流しながらもお礼を言う。その言葉に涙を零して目を見開いた女性は手が血で汚れる事も構わずにその小さな身体を抱きしめた。……そして世界は元の画が並ぶ場所へ戻る。

 

 

「……絶滅したエンジェイドの生き残りである事を隠すため、かな」

 

 既に宇宙から消えてしまった種族の生き残り。その存在が明るみになれば、必ず狙う者が現れる。そんな者達から生き延びる為に、真白は幼くしてエンジェイドの誇りを捨てた。頭の中で考えながら疲れた様に溜息を吐き、彼女は画を見つめた。

 

「ヤミお姉ちゃんの真似をして今まで色々斬って来たから血も見慣れてるけど、これはもう見たく無いなぁ。……何でだろ?」

 

 涙を流す女性の画から離れ、再び真白の記憶を巡り続ける彼女。人の記憶を聞くのではなく見る彼女は気付けば色々な場面を喜び、怒り、悲しみ、楽しむ。……既に地球が微かに明るくなり始めた頃、彼女は見ていた画の中から出て頃合いを感じた。

 

「はぁ~、面白かった! 真白先輩、思っていた以上に素敵な思い出が一杯! 意外な関係(・・・・・)も知れたし、ヤミお姉ちゃんの事も知れた。やっぱり私達(・・)家族は一緒じゃ無いとね!」

 

 笑顔で1人告げた彼女は真白の中から出て行こうとする。だがふと見えた浴室と思われる場所にシャワーや煙が映る画を見てニヤリと笑みを浮かべる。

 

「記憶から夢にして……えいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白が目を開いた時、見えたのは結城家の浴室であった。何故そんな場所で目が覚めたのかは分からないが、自分が裸である事とシャワーから流れ出るお湯を見てお風呂に入ろうとしていたのだと考える。まだ身体は濡れておらず、暑くも寒くも無い。シャワーを手に取って身体に湯を流し、目を瞑って頭にも湯を掛けて長い髪の先まで濡らす。そして濡れた顔の目元を拭って再び目を開けた時、目の前に彼女は立っていた。

 

「!?」

 

「こんにちは、先輩♪」

 

 何も纏わず裸で笑みを浮かべながら挨拶する彼女の姿に真白は目を見開いて1歩下がる。だが気付けばその身体は彼女の長い髪に巻かれ、離れられなくなっていた。

 

「洗いっこ、しましょ?」

 

 胸同士をくっ付け、腕や足も動かすだけで互いの身体に触れられる至近距離。そんな状態で彼女は告げると、何時の間にか持っていたボディソープの容器を手にそのノズルを数回押す。勢いよく飛び出た粘り気のある青白い元液が真白の胸へ必要以上に掛かり、彼女は容器を放り投げて真白の身体を抱き着く様に抱きしめる。胸に乗った原液が彼女の胸に擦れて卑猥な水音を鳴らしながら互いの胸へ広がり始めた。

 

「んっ、……何、で……」

 

「家族、んっ、何ですから、一緒に、あっ、お風呂に入るのなんて、ふぅ……当たり前じゃない、です、か!」

 

「ん! かぞ……く……?」

 

「そうですよ。私とヤミお姉ちゃん、そして真白お姉ちゃん(・・・・・・・)は家族です」

 

 身体を動かして胸と胸を擦り、身体と身体を擦り合わせながら告げる彼女の言葉に真白は首を傾げた。目の前の少女と家族になった覚えなど当然無い。だが何故か納得する自分がおり、それを否定する事も動く彼女を跳ねのける事も真白には出来なかった。そしてそんな真白の姿に動き出した彼女は浴槽の縁に真白を移動させ、そこに座らせる。

 

「家族なんですから、えっちぃ事をするのも当たり前ですよね?」

 

「……家族……えっちぃ……事……?」

 

 思考が浮く様な感覚と共に何か大事な常識の様なものが塗り替えられ、彼女の言葉が真実に聞こえ始めた真白。笑顔を絶やさずに彼女はやがて真白の胸を両手で掴んだ。

 

「ぁ」

 

「私しか居ませんから、声出しちゃいましょ? お姉ちゃん」

 

「……こ、ぇ…………知ら、ない」

 

「え?」

 

 掴まれた事で微かに声を漏らした真白を見て真白の中に眠る理性を解放しようと囁いた彼女。一瞬言う通りに流されかけた真白だが、何かに気付いた様にその目は光を取り戻し始める。はっきりし始めた思考は繋がっている故に理解出来、驚き戸惑う彼女に真白は告げた。

 

「……名前……知らない。……家族じゃ、無い」

 

「……あ~あ。初めて話した時に名乗って置けば良かったかな」

 

「……」

 

「私は黒咲 芽亜だよ。また会おうね、真白先輩♪」

 

 真白の言葉でこれ以上は無理と判断した彼女……芽亜は真白から離れて後悔した様に呟いた後、ジッと見つめる真白へ名前を名乗ると同時に手を振った。そして一瞬真白の視界が揺らぎ、気付けば真白は自分の部屋で目を覚ます。普段なら居るヤミの温もりは無く、家の中には誰も居ない。微かに残る記憶は徐々に薄れ、辛うじて覚えた名前と共に今まで起こった事全てが夢であったのだと真白は考えるのであった。



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第79話 金色の転入生。黒咲 芽亜の接触

「しょれでふぁ、今日からあたらしふクラスの仲間になる子を紹介しまふ」

 

 真白やリト達が居る2年A組の教室にて、担任である骨川が告げると同時に扉の向こうに居るであろう転入生に入って来る様促す。音を立てて開かれた扉の向こう側に居たのは、長い金色の髪を揺らす無表情の少女。以前から彩南高校の図書館で見かけられる事があり、真白の傍を基本的に離れないヤミの姿であった。

 

「なっ!?」

 

「はぁ!?」

 

「ヤミちゃんだ!」

 

 真白と交流のある者は必然的に彼女とも交流している。故にその姿を見て驚く声や歓迎する声がある中、ヤミは静かに骨川の隣。教壇の前に立って一度お辞儀をした。

 

「ヤミです。宜しくお願いします」

 

「……」

 

 特に驚いた様子も無くヤミの姿を見つめる真白にヤミも視線を向け、2人は見つめ合い続けた。2人の姿に生徒達は一様に気付くも、担任である骨川だけは気付かずにヤミの席について話そうとする。だがその話題が上がった時、ヤミが骨川に向けて口を開いた。

 

「あの席が良いです」

 

「ほぇ? しかしもうあのしぇきは彼の場所なんであって」

 

 基本的に学校の席順とは縦一列に同性が、横には異性が座る者である。余った男女で2人程差が出れば別だが、2年A組は問題無く交互に並んでいた。が、ヤミが指定した場所は真白の隣。そこは男子生徒が座っており、自分が指差された事に驚く中で骨川が受け入れられないと言葉を発した。だがその言葉を言い終える前にヤミは真白の傍を通って彼の元へ。転入生の幼げな美少女に見つめられて緊張した彼だが、真白には見えない様に机の端から伸ばされた手を見て硬直する。それは鋭い刃であり、緊張から掻いていた汗は一瞬にして冷や汗となる。

 

「変わってもらえますか?」

 

「は、はい喜んで!」

 

「……」

 

「許可は貰いました」

 

 ヤミの言葉に思わず席から立ち上がって直立する彼の言葉に真白がジト目になる中、ヤミは気にした様子も無く骨川へ振り返りながら告げる。本来余り認められる事では無いが、そこに居た生徒が移動する意を示したのなら許可しない理由も無い。骨川は仕方なさそうに彼へ移動する様に指示を出し、机を移動させる。そしてヤミにはヤミの机を用意してその場所に移動させた。……これで真白とヤミは隣同士となった。

 

「い、良いのかな……?」

 

「無茶苦茶よ」

 

 明らかに真白の隣を奪い取ったヤミに思わず引き攣った笑みを浮かべる春菜と頭を抱える唯。真白の隣に座ったヤミは「よろしくお願いします」と改めて真白に告げ、真白は静かに頷いて担任である骨川に視線を向けた。その後、HRが終わるまで震えの止まらない男子生徒。隣となった者が不思議に思うも、彼が見た事実を伝える事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤミが彩南高校の生徒になった事で、今まで以上に堂々と共に昼食などを過ごす事が出来た真白達。途中ヤミの転入を許可した校長に襲われかけたものの、ヤミと真白の2人でその身体に攻撃を加えて空の彼方に吹っ飛ばす等の時間を経て、ヤミの初登校日は終わりを迎えようとしていた。真白が結城家へ向かう為に荷物を持てば、ヤミも今までは無かった鞄を手に真白の様子を伺う。そして一度目を合わせた後、2人は同時に教室から姿を消した。廊下を通り、下駄箱で靴を履き替え、校門から外に出た2人。だがそんな2人を待っていた様に1人の女子生徒が道を塞いで立っていた。

 

「こんにちは、真白先輩♪」

 

「……」

 

「誰ですか?」

 

 笑顔で挨拶をする女子生徒……芽亜の姿に真白は無表情乍ら足を止める。ヤミは少し訝し気に何方でも無く質問するが、芽亜は何も言わずに笑顔のままであった。彼女は今、真白の頭の中が少々混乱している事を知っているのだ。夢の中で起きた出来事は結局夢であり、あの時名乗った事を覚えていても本当かどうか分からない。何故か知っている気がして、でもそれは知らない筈の事。真白が混乱する中、やがて芽亜は口を開いた。

 

「そう言えば自己紹介がまだでした! 私は黒咲 芽亜って言います!」

 

「!?」

 

 それは夢の中で名乗った名前であった故、微かに目を見開いた真白。表情は変わらないまでも、彼女が驚いている事が分かった芽亜は頬に手を当てて「素敵」と呟いた。

 

「真白に何の様ですか?」

 

「もう、そんなに冷たくしないでよ。ヤミお姉ちゃん♪」

 

「! お姉ちゃん……?」

 

「そう。(マスター)から聞いてるよ。貴女は私の家族だって。だって、同じだもん」

 

「!? それは……(トラ)……(ンス)……!」

 

 真白の前に出て告げたヤミの言葉に残念そうに、だが嬉しそうに告げた芽亜。彼女の言葉にヤミが驚く中、真白とヤミに芽亜が告げ乍ら見せたのは髪を刃にするヤミと同じ能力。変身能力(トランス)であった。ヤミが生物兵器として生み出されてその力を持ち、同様に彼女も同じ力を持つ。それはつまり、彼女がヤミと同じ様にして生まれた事を意味していた。彼女がヤミの事を『お姉ちゃん』と呼ぶのはそう言う意味なのだと、2人は理解した。

 

「ヤミお姉ちゃんは真白先輩と家族でしょ? なら、私も真白先輩の家族みたいなものだよね?」

 

「……」

 

「ねぇ、ヤミお姉ちゃん。一緒に結城 リトを殺そ? 私が応援してあげる。だから……!」

 

 芽亜の言葉が最後まで続く事は無かった。彼女の告げた結城 リトを殺すと言う言葉に反応して動いた真白が容赦なく芽亜へ攻撃を仕掛けたからである。素早く後ろに下がってその攻撃を避けた芽亜は冷たくも睨む様に自分を見つめる真白の目を見る。

 

「本当に素敵♪ ねぇ、ヤミお姉ちゃん。結城 リトを殺して私達と一緒に宇宙に帰ろうよ。こんな地球の陽だまりじゃ無い、深淵の闇の方が絶対に合ってる。真白先輩の事なら安心して? 一緒に闇に連れて行って染めてあげれば良いんだよ。最初から主もそれを望んでた。『白は輝く限り美しく、だが他の色に染まり易い』ってね」

 

「貴女は……」

 

「ふふ、また会おうね。ヤミお姉ちゃん。真白先輩」

 

 芽亜はヤミに長々と告げた後に軽く手を振って大きく空へ飛びあがる。真白は一瞬追おうとするも、ヤミが動かない事でその足を止めた。真白と再会するまでの間、ヤミはその名の通り闇の人間として生きていた。真白と再会して地球で過ごす内に当たり前となった明るい生活。だが彼女の言葉でその明るさに影が差し始めたのを嫌でも感じてしまったヤミ。自分は今の様な生活を送るべきでは無いと考え始めた時、暖かい何かにヤミの手は掴まれる。

 

「……一緒に……居る」

 

「真白……ですが、私は」

 

「……守る、から」

 

 ヤミは真白の言葉で嘗て美柑に言われた言葉を思いだす。それは泊まった事で一緒に同じ部屋で眠っていた時、真白が再会する前まで何をしていたのかと言う話で盛り上がった時の言葉。

 

 

『真白さんは何よりも傍に居る人が離れる事が怖いんだよ』

 

『傍に居る人が、ですか?』

 

『うん。ヤミさんは前に真白さんと一緒に居たんでしょ? でも離れ離れになっちゃった。よくは知らないけど、真白さんの本当の家族も同じみたい。そんな事があったから、真白さんは傍に居る誰かが居なくなるのを恐れてる。だからこそ、私達は絶対に離れないで傍に居てあげたいんだ』

 

 

 真白の傍に居続けたからこそ分かる美柑の考え。それは今目の前で自分を離しはしないとばかりに手を握る真白の姿を見れば、嫌でも納得出来てしまう。戦闘に置いての守るならば真白よりも強いヤミだが、真白の言った守るには他の様々な物が含まれている事はヤミにも分かった。故にヤミは真白の手を握り返す。

 

「大丈夫です、真白。前にも言いました。『もう貴女を離しません、奪わせもしません』と。貴女の傍から私は二度と離れません」

 

 その言葉に強く握る真白の手から微かに力が抜ける。だが今度はヤミがその手を握り直して真白と視線を合わせた。その目には強い思いが籠っており、真白は微かに頷いて彼女の言葉を受け止める。……そして2人は残りの帰路を手を繋いで歩くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何のつもりだ、メア。何故あの娘の目の前で目的を明かした』

 

 彩南町が見渡せる建物の屋上にて、以前と同じ様に影と話をする芽亜は影の言葉に夜景を眺めながら口を開いた。

 

「別に深い意味は無いよ? 唯、丁度良かっただけ」

 

『あの娘に目的を知られてしまえば、金色の闇が結城 リトを抹殺しても見放さなくなる可能性が出て来る』

 

「……ねぇ、主。私1つ、分かった事があるんだ」

 

『分かった事? 何だそれは』

 

 芽亜の言葉に表情は見えずとも何処か苛立ちの籠った声音で聞き返した影。芽亜はその質問に微かに笑みを浮かべながら答える。

 

「ヤミお姉ちゃんが結城 リトを殺しても、あの人は家族を見放さない。ううん、見放せない」

 

『……』

 

「だったらヤミお姉ちゃんと一緒にこっちの世界へ引き込んじゃえば良いんだよ。地球には『友達の友達は友達』って考えがあるんだから、『家族の家族は家族』でも良いと思うの! 方法は違うけど、主はそうするつもりだったんでしょ?」

 

『…………勝手にしろ。目的を達する事が出来るなら、構わない』

 

 そう言って消える影を見る事も無く、芽亜は変わらず彩南町の夜景を眺め続けていた。



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第80話 平和な時間を壊す襲撃

 ヤミの初登校日から数日。芽亜からの接触も無く、平和に過ごしていた真白達は静かに授業を受けていた。黒板にチョークが当たる度になる音を聞きながら、そこに書かれた内容をノートに写す時間。中には授業に集中出来ずに話している者達が居る中、唯や春菜と言った真面目な者達は黙って写し続けていた。真白とヤミは普段から一緒に居る為、この時間に話さなくてはいけない事等無い。故に真面目に授業を受ける。……やがて鳴り響いたチャイムの音と同時に、座っていた男子生徒が立ち上がった。

 

「昼だ!」

 

「まだ終わって無いぞ。日直」

 

「はい。起立! 礼!」

 

 昼食の時間故に立ち上がった男子生徒を注意した教員が唯に視線を向ければ、彼女は返事をして授業の締めとなる言葉を告げる。立ち上がり、頭を下げれば一気に解放されて騒がしくなる教室内。ノート等を片づける真白の元に、春菜が近づいた。

 

「真白さん。ヤミちゃん。今日は私達と一緒に食べない?」

 

「私は問題ありません」

 

「ん……」

 

 春菜の誘いに一度ヤミへ視線を向けた真白。彼女が頷きながら答えれば、春菜に視線を戻して頷く事で肯定の意を示した。荷物は机に置いたまま、お弁当のみを持って立ち上がった真白とヤミは春菜の後ろを着いて歩く。場所は教室内であり、3人を待っていたのは里紗と未央であった。

 

「お、来た来た!」

 

「何か一緒に食べるの、久しぶりだよね!」

 

 笑顔で迎える2人は既に自分の机とその周りにあった机の向きを変えており、5人分の席を確保してあった。どうやら2人が断る事は考えていなかった様である。向かい合う様に机が4つあり、1つだけ横からくっ付けただけの席。里紗と未央はお互いに向き合う形で端の席に座っており、真白とヤミが向かい合う様に。そして春菜が4人を見渡せる様な位置の席へ座る。

 

「にしてもヤミヤミが来た時は驚いたよね~!」

 

「まぁ、1年生にもララちぃの妹ちゃん達が入ったらしいから可能性はあったけどね」

 

「手続きは真白さんがやったの?」

 

「ん……校長」

 

「あの危険人物の元に自ら出向く事になりましたが、仕方ありません」

 

 彩南高校の校長がどんな人物なのかは説明しなくても在籍しているだけで嫌でも理解する事になる。以前からヤミを知り、彼女に襲い掛かる事もあった彼がヤミの入学を拒否する訳が無かった。校長室に出向いた際、襲い掛かって来た校長を地に伏せて許可を貰ったのは2人にとってまだ新しい思い出である。ヤミの言葉に乾いた笑みを浮かべる春菜達だが、里紗がここぞとばかりにヤミへ話掛けた。

 

「それでどう? 学校は。楽しんでる? 分からないところとか無い?」

 

「以前から地球の歴史等については調べていましたので、その辺りは問題ありません。他の分からない事についても真白に教わっているので」

 

「良いなぁ~、真白って頭良さそうだし。今度私も教えて欲しいかも!」

 

「真白が教えてる姿、あんまり想像つかないんだけど」

 

 里紗の言葉に春菜は何となく真白が勉強を教える姿を想像してみる。無口な彼女がどの様にして勉強を教えるのか……何時まで経っても無言な彼女しか思い浮かばなかった。何処と無く彼女の教え方が気になりながら、お弁当に箸を入れた時。まるで交代制の様に未央がヤミへ質問する。

 

「やっぱり真白の傍に居たくて入学したの?」

 

「はい。これで今まで以上に守る事が出来ます」

 

「……過保護」

 

「いや過保護って言うか……本当にヤミヤミは真白の事大好きだよね」

 

 迷う様子も無く答えるヤミと、彼女の言葉を過保護と捉える真白の姿に一瞬顔を引き攣らせながらも優しい表情でヤミを見る里紗。その言葉にヤミが可愛らしく首を傾げるが、聞いていた3人からすれば彼女の言葉は間違い無く真白が好きで無ければ言えない言葉であった。自覚が無いのは本人とその家族だけである。

 

「そう言えば真白は好きな人とか居ないの?」

 

「…………」

 

「居ないんだね」

 

 話の流れから未央が質問すれば、考える様に手を止めて黙り続ける真白。心当たりがあると一瞬思ったものの何処と無く違うと感じた春菜が口を開けば、真白は頷いて肯定した。そしてまた流れから里紗と未央もお互いに好きな人について話をするが、特に思い付く相手はいない様子である。里紗曰く、『学校の男子は皆お子ちゃま』との事である。

 

「春菜は?」

 

「へ!? わ、私は……」

 

「お、その反応は居る感じ? 誰々?」

 

 質問のターゲットにされてしまった春菜は2人からの質問に顔を赤くしながらも、最後までその相手を明かす事は無かった。だが真白は春菜が微かに自分達の話に聞き耳を立てているリトの様子を気にしていた事に気付き、興味無さそうに昼食を再開。ヤミは横目で焦る春菜を見ながら、真白と美柑が作った料理を美味しく食べるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。真っ直ぐに帰ろうとした真白が足を動かそうとした瞬間、唯に話し掛けられた事でその足を止める。

 

「少し良いかしら?」

 

「?」

 

 突然の事に首を傾げた真白。唯は大事な話があると真白に告げ、教室では無い別の場所へ行きたいと告げる。真白は短い間の後に頷いて了承すると、ヤミへ先に帰る様に促して唯と共に教室を後にした。教室に残されたヤミは結城家で待っているであろう美柑の姿を思い浮かべ、真白と唯が去って行った方とは違う道を通って下駄箱へ向かう。その途中、中庭付近を通った時。ヤミの視界に3階の渡り廊下を歩く唯と真白の姿が映った。

 

「あの先は……!」

 

 何か違和感を感じたヤミだが、それが何かを知る前に背後に立つ誰かの気配に振り返る。少し離れた場所、そこに芽亜は笑って立っていた。

 

「こんにちは、ヤミお姉ちゃん!」

 

「また貴女ですか」

 

 芽亜の挨拶に警戒心を見せ乍ら返したヤミ。だが芽亜は彼女が警戒している事等気にも留めず、笑顔でその場に立ち続けていた。何をしたいのか分からなかったヤミだが、突然真横から自分へ向かって伸びる手に気付いて間一髪躱す。その手は彩南高校の制服を着た男子生徒のものであり、気付けばヤミの周りには沢山の生徒達が立っていた。

 

「ヤミお姉ちゃんの強さ、私に見せて♪」

 

「!」

 

 芽亜の言葉と同時に飛び掛った生徒達。その顔は正気を失っており、その原因が芽亜である事は明らかであった。雇われて襲い掛かる相手なら、命を刈り取れば良い。だが操られているのなら、殺す訳には行かない。過去の自分なら容赦無く殺していたが、真白とした約束を守る為にヤミは誰かを傷つける訳には行かなかった。

 

「ふっ!」

 

 髪を拳にし、手加減した打撃で相手を気絶させる。四方八方から襲い来る生徒達だが、ヤミはその全ての攻撃を躱して襲い来る生徒達を無力化して行った。徐々に減っていく生徒達の姿を見て嬉しそうに芽亜は笑う。

 

「素敵♪ 地球に居ても、ヤミお姉ちゃんの腕は全然衰えて無い!」

 

 彼女の声を聞いた時、ヤミは目の前に立つ男子生徒の頭を踏み台に大きく飛びあがる。そして片手を刃にして芽亜へ一気に迫った。芽亜の笑みが表情だけとなり、長いおさげが刃となってヤミの攻撃とぶつかり合う。金属が擦れる耳障りな音と共に鍔迫り合い、やがてヤミが後ろに飛んで地面に着地。背後から襲う生徒を髪を変身させて一気に薙ぎ払った。

 

「私は貴女と共に行きません。例え地球(ここ)が私の居場所じゃないとしても、彼女の居る場所が私の居場所です」

 

「うん、分かってるよ。だからね? 真白先輩にも来てもらうの!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唯の後を追って歩き続ける真白が辿り着いたのは使われていない空き教室であった。唯が一体何の話をする為にここまで連れて来たのか分からなかった真白だが、教室に入ると共に全てが突きつけられる。

 

「ぅ、あ……ゆ……ぃ……」

 

「……」

 

 突如振り返り、唯はその腕を真白の首に伸ばした。地球人であると共にか弱い女性である筈の唯は軽々と真白を片手で持ち上げ、真白は突然の事に目を見開くと共に苦しみに悶える。唯の腕を両手で掴んで話そうとするが、『彼女が壊れない程度の力』ではどうにもならない。そして微かに合った彼女の目は、光を失っていた。

 

 徐々に薄れて行く思考。解放されようと伸ばした腕が力無く落ち、真白の目が閉じる。……そして唯が手を離した時、真白の身体は地面へ落下した。光も感情も無い冷たい目で真白を見下ろす唯が再び真白へ手を伸ばそうとした時、大きな破壊音と共に教室の壁が崩れる。

 

「あ……ぁ……真……しろ……」

 

 崩れた壁の向こうに立っていたのはヤミであった。その服装は少々ボロボロになっており、彼女の視界に映るのは唯と地面に倒れる真白の姿。絶望とも言える表情で目の前の出来事を認識しようとする中、ヤミの背後に楽しそうな表情で芽亜が現れる。

 

「真白先輩が一緒なら、ヤミお姉ちゃんは来てくれるよね? だって、ヤミお姉ちゃんの居場所は真白先輩なんだから」

 

 彼女の言葉にヤミが反応する事は無い。数少ない分かっている事は、唯が芽亜に操られている事。そして真白はまだ生きている事だけであった。連れて行こうとする真白を殺す筈が無いと分かっている為である。が、ヤミはそれでも動けない。守ろうと一緒に居た相手が意図も簡単に傷つけられてしまった故に。嫌でも突きつけられる自分の無力さ故に。そしてそんなヤミに芽亜は徐々に足を進めて近づくと、その耳元で囁く様に告げた。

 

「1つ教えてあげる。結城 リトは真白先輩の事が好きなんだよ」

 

「!」

 

「確かに今2人は家族かも知れないけど、血が繋がってる訳じゃない。何より2人は異性! もし結ばれれば、ヤミお姉ちゃんの居場所は結城 リトに取られる事になるんだよ」

 

 それは真っ赤な嘘であった。真白や美柑はリトが好きな人を知っている。だが彼の恋愛に興味の無かったヤミがその嘘を嘘と知る手段は無かった。芽亜がクスクスと笑いながらヤミの耳元から離れ、指を鳴らす。途端に糸の切れた人形の様に唯は倒れ、芽亜はヤミに背を向けて歩き始めた。

 

「結城 リトを殺せばヤミお姉ちゃんは自分の居場所を守れる。地球には居られないかも知れないけど、その時は私達が迎えてあげる。素敵でしょ?」

 

 その言葉を最後に彼女はこの場から姿を消した。ヤミが落ちる髪で目元を隠し、行動も出来ずに立ち続ける中で目を覚ました唯。彼女は寝起きの様にボーっとした思考のまま、頭を上げた。

 

「ぁれ……ここは? ! 真白!」

 

 見慣れない空き教室に何故倒れていたのかも分からぬ内に、隣に倒れていた真白の姿を見て驚きながらその身体を揺らす。焦る中で再び周りを見渡し、崩れた壁と立ったまま動かないヤミの姿に気付いた唯は声を上げた。

 

「ヤミちゃん! 一体何が……と、とにかく真白を保健室に運ばないと!」

 

 混乱しながらもするべき事を考えて言う唯の言葉にようやく動き出したヤミ。だがその表情は見えず、静かに彼女の髪が真白の身体を包むと自らの手元に寄せて横抱きに抱える。そして長い薄銀色の髪が床に向けて落ちる中、彼女は何も言わずに真白と共に唯の前から姿を消した。それは瞬きをする一瞬の出来事であった。

 

「何……何なのよ……」

 

 操られていた記憶の無い唯は破壊された空き教室で1人、訳も分からず呟くのであった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。

と普段なら書くのですが、今回は投稿中に【10話】完成。10日間、延長します。


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第81話 5日間の失踪

『守れない。私では彼女を守る事が出来ない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いなぁ……」

 

 既に陽が暮れた頃、美柑の呟いた言葉にリトはリビングに飾ってある時計を見る。時刻は既に19時を回っており、夕食の時間である。だが心配そうに外を眺めるララも含め、その場に居る誰も食事を始めようとはしない。……未だ帰って来ない真白とヤミを待つ為に。

 

「シア姉様達は……まだの様ですね」

 

「連絡も無いのか?」

 

「あぁ。何時もなら遅れるとか来るんだけど、何にも。……俺、探しに行ってみるよ」

 

「あ、なら私も行く!」

 

 静寂が支配するリビングの扉が開き、入って来たのはナナとモモであった。彼女達も帰って来ない2人を心配しており、やがてリトが椅子から立ち上がって玄関に向けて歩き始める。彼の言葉にララも立ち上がり、2人は揃って結城家から外へと出て行った。残されたのは椅子に座るセリーヌと美柑。そしてナナとモモの2人だけである。

 

「何か、あったのか?」

 

「地球で起きうる事故なら、シア姉様もヤミさんもそう危険な目には合わない筈。だとすれば……」

 

 不安そうに呟いたナナの言葉に考え始めたモモ。2人の姿を見た後、美柑は自分達の料理にラップを掛けて窓の外を見る。雨は降っていないが、雲の多い暗い空。夜以外にも何処か不安にさせるその暗さを見つめ、美柑は胸元を強く握った。

 

「早く帰って来ないと……美味しく無くなっちゃうよ、真白さん。ヤミさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の暗さなど無かったかの様な快晴となった翌日、彩南高校へ登校したリト達の表情は暗かった。結局真白とヤミの姿を見つける事は出来なかったのだ。リトが真白の家に行っても留守であり、連絡も何も無い現状に不安は募るばかりである。

 

「え! 真白とヤミヤミが居なくなった!?」

 

「どう言う事!?」

 

 明らかに元気の無いララの姿に声を掛けた里紗と未央は、話を聞いて驚きながら言葉を繰り返す。一緒に話を聞いていた春菜も口元に手を当てて驚いた後に連絡が無いかを質問し、少し離れた場所で日直故に黒板の文字を消していた唯もその手を止める。リトも同じ様に猿山に心配されており、説明を聞いた彼はリトの背中を叩きながら「すぐに見つかるって!」と励ました。

 

 結局その日、真白とヤミが学校に来る事は無かった。教員の数人が無断欠席に憤りを感じる中、普段から欠席などしない2人の事を知っている者達は心配せずにはいられない。

 

 放課後を迎えた時、リトは美柑に電話を掛けていた。内容は真っ直ぐに帰らず、2人を探してから帰ると言うもの。電話をしまってすぐにでも教室を出ようとした時、彼の背中を掴んで止める者が現れる。振り返った時、そこに居たのは真剣な表情の猿山であった。

 

「俺達も2人を探すぜ!」

 

「友達だもんね!」

 

「私達で探せば、すぐに見つかるって!」

 

 彼と彼の背後には里紗や未央を始め、お静・春菜・唯と言った面々が立って居り、全員は一応に手伝う事を告げる。気付けば1年生の方からナナやモモも来ており、ララが嬉しそうな表情を浮かべる中でリトは胸に熱いものを感じずにはいられなかった。

 

「皆……ありがとう!」

 

 彼の言葉に少しだけ笑顔を浮かべた面々は、すぐに真剣な表情に切り替えると一斉に教室を出て彩南町へ繰り出す。近所迷惑にならない範囲でヤミと真白の名前を呼び続け、ある時は公園の遊具の中を。ある時は路地裏を。ある時は居ないであろうゴミ箱の中まで探して回る。中々2人の姿を見つける事は出来ず、時折合流しては確認を取り合って互いに別の場所へ。気付けば服も汚れ、空も暗くなり始めた頃。公園に全員は集まった。

 

「駄目ね、何処にも居ないわ」

 

「2人とも、何処に行っちゃったのかな?」

 

「真白さん達が居ないと私、私! 『寂しくて死んじゃいます~!』」

 

 大人数で探しても見つけられない事実に暗くなってしまう全員の思い。やがてリトは顔を上げて全員に声を掛ける。彼が告げようとしたのは弱音であり、それを覚った様に春菜が前に出て口を開いた。

 

「今日は駄目でも、明日は見つけられるかも知れない。諦めちゃ駄目だよ!」

 

「そうよ、結城。もしあんたが諦めても、私達は諦めないからね!」

 

「お前、家族なんだろ? だったら絶対に諦めるなよ!」

 

「西連寺……皆……あぁ! 絶対に2人を見つける。力を貸してくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白とヤミが姿を消してから5日。時にはどうしても外せない用事故に探せない日もあったが、それでも彼らは毎日の様に2人を探し続けた。だが2人を見つける事は出来ず、休日となったこの日。リト達が探しに行く中で美柑も探しに行く為に結城家から外へ足を進めた。探す事を諦めず、2人は必ず帰って来る。そう信じて数日、気付けば奮い立たせようとする心も弱っているのが目に見えて分かった美柑。元気の無いリトやララ達を見たく無い。また真白と一緒に料理を作りたい。ヤミと並んで同じ時間を過ごしたい。願いを胸に街の中に入った時、美柑は遥か遠くに金色の髪を見つける。見慣れた黒いコスプレの様な服。後姿だが、何かを片腕に抱き締めるその少女は探し人に酷似していた。そしてその少女が曲がり角を曲がって消えた時、美柑は思わず無我夢中で走り出していた。

 

「! ヤミさん!」

 

 名前を呼びながら道を歩く人を躱して進む。やがて横断歩道となっていた場所を超えた時、真横から迫る車が美柑の視界には映った。もう気付いても遅く、自分ではどうにもならない。思わず目を瞑った時、一瞬の浮遊感を感じた美柑。来るであろう衝撃は来ず、ゆっくりと目を開いた時。その視界に映ったのは鯛焼きを食べるヤミの姿であった。

 

「平気ですか、美柑」

 

「ぁ……あぁ……ヤミ、さん……ヤミさん!」

 

 鯛焼きが好きな彼女の何時も通りな姿に思わず溢れる涙を止められずにその身体に抱き着いた美柑。ヤミは少し驚いた様子で手に持つ袋と鯛焼きを持ったまま、美柑の抱擁を受け入れた。彼女は強くヤミの服を握り締める。

 

「何処行ってたの! 何日も何日も帰って来ないで! ずっと、ずっと心配したんだよ!」

 

「……すいません。少しだけ地球を離れていたので」

 

「ぐすっ……地球を? そう言えば真白さんは何処に行ったの? 一緒じゃ無いの?」

 

「真白は今、安全な場所に居ます。私が居ない間、危険が及ばない様に」

 

 美柑の質問にそう答えたヤミ。気付けば周りの人々に見つめられており、美柑がそれに気付いて少しだけ顔を赤くしたのを見たヤミは「場所を変えましょう」と言って歩き始める。美柑は急いで携帯を取り出し、リトにヤミを見つけた事を知らせてヤミの後を追い掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「只今戻りました」

 

「帰ったのね。あら?」

 

 ヤミが向かった先は御門の家である洋館であった。美柑は過去に真白が消えかけた件で訪れた事があり、御門と面識もある。だがそれ程親しい訳では無い為、ヤミの来訪を迎えた彼女に美柑はお辞儀をして返した。

 

「真白は居ますか?」

 

「えぇ、今はお静も居ないからキッチンに居るわ。まったく、あの子達に気付かれない様にするのは大変なのよ?」

 

「『シンシア・アンジュ・エンジェイド』を消した貴女なら難しい事では無い筈ですが?」

 

「はぁ~。取りあえず、帰って来たって事はあの子達に知らせても良いのね?」

 

「はい。準備は出来ていますので」

 

 美柑を置いて話をする2人。何が何だか分からず、再び歩きだしたヤミに着いて行った美柑はとある部屋に入る。瞬間、香る美味しそうな匂いが美柑の鼻をくすぐった。

 

「……お帰り」

 

「ただいまです」

 

「真白さん!」

 

 ダイニングキッチンでフライパンとお玉を手に2人を迎えた真白。ヤミは微かに微笑んで答える中、美柑はヤミを見つけた時同様に無意識に駆け出して彼女の傍へ駆け寄った。恥ずかしさなど捨て、その身体に抱き着いた美柑。真白は両手に物を持っていた為、一度火を止めてそれを置いた後に美柑を受け止めた。

 

「感動の再会って感じだけど、どうやらそれだけでは終わらなそうよ」

 

「?」

 

「ヤミ! 真白!」

 

 美柑を受け止めてその頭を撫でていた真白は、2人の後に入って来た御門の言葉に首を傾げる。だがすぐに彼女の言葉の意味を理解する事となった。彼女の後に入って来たリト・ララ・ナナ・モモの4人の姿を見たからである。当然乍ら数日間姿を消した理由やお説教が待っていると思った真白は少しだけ視線を何も無い方へ向けて現実逃避するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「修業?」

 

「簡単に言えばそうですね」

 

 御門の家は広く、用意されているテーブルも大人数で囲む事が出来るサイズの物である。久しぶりに真白の手料理を食べ乍ら今まで何処に居たのかを聞いたリトは、その答えに思わず聞き返した。ヤミは数日の間、地球を離れて危険な宇宙生物が生きる星を訪れていたとの事。そしてその目的を一言で纏めれば、修業であると。

 

「何か理由があるんですよね?」

 

「はい。しかし今それを教える訳には行きません。情報が漏れる可能性もあるので」

 

「あたしたちが漏らすってのか?」

 

「いいえ。ですが例えここに居る誰かが口を開かなくても、相手に情報が渡る可能性があると言う事です」

 

「???」

 

 モモの質問に頷きながらも詳細を伝えないヤミの物言いを受け、思わずムッとして聞き返したナナ。だが首を横に振りながら告げたヤミの言葉に今度は頭の上に『?』を浮かべる事となった。ヤミは芽亜の能力について、ある程度理解していた。それは相手を操るだけで無く、相手の精神に干渉する事が出来るものであると。知ってしまえば芽亜には情報を引き出す手段がある、と。彩南高校に居る事は間違い無く、ヤミはナナに出来た学校の友達が芽亜であると言う事実を既に知っていた。故に彼女の本性を教えれば、知った者達が危険な目に遭う可能性があると判断したのだ。

 

「真白はずっと御門先生の家に居たの?」

 

「ん……」

 

「盲点だったって言うか、一応御門先生には協力して貰ってた筈なんだけどな」

 

「嘘をつくのは正直心苦しかったわ。だけど内容が内容だから、教える訳には行かなかったのよ」

 

「話の流れからすると真白さんとヤミさんを狙う誰かが居て、ヤミさんはその人に勝つ為に修業して来たって事?」

 

「正確には『対抗する手段』ですが、その通りです」

 

 ララの質問に頷いた真白の姿を見て、頭に手を当て乍ら呟いたリト。御門がそんな彼に伝えれば、美柑が今まで聞いた内容を簡潔に纏める。そこでモモは首を傾げた。

 

「理由は分かりました。ヤミさんが帰還して私達と出会い、シア姉様とも再会できた。それは即ち御2人とも戻って来ると解釈してよろしいのでしょうか?」

 

「はい、そのつもりです」

 

「……心配……掛けた」

 

「まったくだぜ! ま、シア姉が無事で良かったけどな!」

 

 2人が戻って来ると言う事実に笑顔を浮かべる各々。八重歯を見せて笑うナナの言葉を最後に話は他愛の無いものとなり、久方ぶりの笑顔が溢れる食事の時間を過ごしたリト達。連絡出来る相手には2人が無事に戻って来た事を伝え、真白とヤミは自宅に。リト達は結城家へ帰る為に御門の洋館から外に出る。ララが笑顔で真白に話しかけ、美柑がヤミと話をする中、モモは足を止めて御門へ振り返った。

 

「1つ、質問してよろしいでしょうか?」

 

「? 何かしら?」

 

「今回、シア姉様を匿って誰にもばれない様に情報を遮断。シア姉様を狙う相手からも隠しました。それはきっと簡単に出来る事ではありません」

 

「……」

 

「昔、お父様はエンジェイドとの戦いを終えた後にシア姉様を迎え様としました。ですがシア姉様は逃亡。その後消息不明となりました。お父様は必死に探し続けたと聞きます。一時はそれらしい情報もあったそうです。ですが、ある日を境にぱったりと情報が途絶えてしまったそうです。そしてそれ以降、どれだけ探してもシア姉様の情報は手に入らなかった。『デビルークの力を持ってしても』、まるでその存在が『消えたかの様に』」

 

「…………はぁ。貴女の考えている通り、シンシア・アンジュ・エンジェイドは私が『消したわ』。この世界、全宇宙から一片も残さず」

 

 モモの言葉を聞いて長い間の後、溜息を吐いて答えた御門。その言葉にモモは目を瞑って考える。元々父親であるギド・ルシオン・デビルークが銀河統一をしようとした事から始まり、交流のあったエンジェイドと対峙する事となった。だがお互いにお互いが消えた時、その子供を託す約束を交わしていた2人。ギドが勝利を収め、真白に送った迎えが逃がしてしまった事で迎える事が出来なかった。……モモはその経緯を思い出す度、思うのだ。もしも真白が逃げていなければ。真白が見つかっていれば。自分はララと同じ、彼女の妹として生きていた筈であると。

 

「貴女は私に怒りを感じるかしら? それとも軽蔑するかしら?」

 

「いいえ、何方でもありません。…………ありがとうございます」

 

「!」

 

「それがシア姉様を助ける為だった事ぐらい、分かります。今こうして一緒に居られるのは、そのお蔭なのかも知れません。ですから私が感じるのは怒りでも、軽蔑でも無く、感謝です」

 

「……そう。貴女も彼女と同じ事を言うのね」

 

 御門はモモの言葉に驚いた後、少し遠くなったヤミの背中を見つめる。真白と再会してしばらくが経った時、ヤミはモモと同じ様に真白が真白である前の名前を失った経緯に気付いた。彼女は必死にシンシアを探し続けていた訳であり、真白として生きる彼女と再会できたのは奇跡の様なもの。真白がその名前を捨てると共にその経歴も捨てた意味を知り、それに手を貸した御門に告げたのは……感謝の言葉であった。

 

「そろそろ行きなさい。今度は見失わない様に、ね」

 

「えぇ、そうします。……また明日、学校で」

 

 お辞儀をした後に背を向けて走り出したモモの姿を眺め、御門はやがて洋館の中へ戻る。そしてモモが全員と合流する中、彼女達の姿を。見失った真白とヤミの姿を見つめる視線があった。

 

 

『ようやく姿を見せたか』

 

「まさか逃げちゃったかと思ったけど、良かった! ヤミお姉ちゃんはそんな弱く無いもんね!」

 

『そろそろ客人を迎える時間だ』

 

「ふふ、楽しくなりそうだね。ヤミお姉ちゃん、真白先輩♪」



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第82話 御揃いのキーホルダー。夜間の強襲

「今日は買い物しないとな~」

 

 冷蔵庫の中を見ながら呟いた美柑の言葉にキッチンで使い終えた皿を洗っていた真白は水を止め、手をタオルで拭きながら美柑に近づいた。そして彼女と同じ様に冷蔵庫の中を覗き込めば、何処か寂しく感じるその中を見て美柑と視線を合わせる。

 

「……買ってくる」

 

「なら偶には一緒に行こっか?」

 

 普段、学校の帰りに買い出しをする事が多い美柑。だが稀に真白と合流して買い物する時もあり、当然その時はヤミも一緒である。主に気分で決まる事が多く、この日はそんな気分であった。真白も美柑の言葉に頷いて了承し、2人は放課後に買い物へ行く約束をする。

 

 その後、結城家を出て真白達が彩南高校へ向かう途中、小学生である美柑と別れる場所で美柑は振り返って真白に大きく手を振りながら声を上げた。

 

「終わったら連絡してね!」

 

「……」

 

「買い物か?」

 

「……約束」

 

 美柑の言葉に軽く手を振りながら見送る真白にリトが聞けば、頷いた後に答えた真白。既に学校に居る者達に数日前何処かへ消えてしまった事は謝罪しており、登校すると同時に笑顔で迎える者達の中に真白達は混ざるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束の放課後。真白は授業が終わると同時に美柑へメールを送る。急いで帰る事はせず、ヤミに買い物へ行く事も伝えてあった真白は彼女と共にゆっくり校舎を出た。

 

『了解。それじゃあ、何時も通り公園で合流しようね』

 

「公園ですか?」

 

 鳴った携帯を取り出せば、画面に映る美柑からの返信。ヤミは画面を見る真白の姿にそれを見ずとも内容が分かり、真白は頷いて肯定した後に歩みを再開する。学校の屋上から見つめる視線に気付かぬまま、彩南町の待ち合わせとして普段使う公園へ向かった真白とヤミ。目的の場所へ到着した時、小さな袋を腕に抱えてベンチに座りながら鯛焼きを齧る美柑の姿がそこにはあった。

 

「あ、真白さん!」

 

「……待った?」

 

「そんなに待ってないよ。はい、2人の分」

 

「ありがとうございます」

 

「……ありがとう」

 

 同じ様に真白とヤミの姿に気付いた美柑が鯛焼きを手に手を振れば、2人は少し早歩きで美柑の元へ。真白の質問に首を横に振った美柑は抱えていた袋を真白へ差し出した。まだ袋は暖かく、買ったばかりなのだろう。中には美柑が食べる鯛焼きとまったく同じ物が2つ入っていた。真白は1つをヤミに渡し、自分の分も取り出して一緒にお礼を言う。

 

「取りあえず食べて、それから行こ! はむっ」

 

「そうですね。はむっ」

 

「ん……はむっ」

 

 美柑が言った後に鯛焼きを齧れば、同じベンチに座って言葉を返しながら鯛焼きを齧る2人。幼げな3人の少女達が美味しそうに鯛焼きを食べるその姿はとても微笑ましいものであった。最初に食べていた美柑が食べ終われば、次にヤミが。そして真白が鯛焼きを食べ終わる。何時でも立ち上がる準備は出来ているが、それでも今の雰囲気が少し楽しかった美柑は食休みも兼ねて立ち上がろうとしない。真白とヤミも何を言うでも無く空や公園を見渡しており、ふと美柑は思い出した様に口を開いた。

 

「そう言えばさっき、こんなの見つけたんだ!」

 

 そう言って美柑が取り出したのは小さな鯛焼きのキーホルダーであった。彼女曰くお店に並んでいたのを見つけ、鯛焼きからヤミを。ヤミから真白を思い浮かべたとの事。美柑は笑顔でヤミと真白にそれを渡し、もう1つを取り出す。そして腕を伸ばしてそれを眺めながら、やがて2人へ振り返って笑顔を浮かべた。

 

「3人の御揃い! ね?」

 

「御揃い……ですか。良いですね」

 

「ん……大事に、する」

 

 美柑の言葉に両手でそれを見つめた後、微かに微笑みながらヤミはそれを優しく握る。真白は頷いて美柑に告げた後、それを自分が使っている携帯に取りつけた。今まで何もついて居なかった携帯に初めて、飾りがついた瞬間である。

 

「そろそろ行こっか。あんまり遅くなると、夕飯作ってる暇無くなっちゃうよ」

 

 取りつけられたキーホルダーに嬉しく思いながら美柑が立ち上がれば、真白とヤミも同じ様に立ち上がって3人は公園を後にする。その後、商店街を回って献立を考えながら日が暮れる頃まで買い物をした3人は結城家へ帰宅。お腹を空かせたリトとララに目を合わせて笑い合いながら、真白と美柑は夕食を作るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結城家から自宅へ帰って来た真白とヤミ。お風呂は結城家で借り、後は寝るだけであった2人は布団を敷いて寝間着に着替えると共に同じ布団の中へ入った。明日もまた学校があり、夜更かしをせずに眠ろうとした2人。だがそんな彼女達を見つめる視線の持ち主が厭らしく笑みを浮かべる。

 

「金色の闇を求めてこんな場所に招かれて見れば、随分な腑抜けっぷりだね。情報通りって訳かい」

 

 その声は女性であり、その肌は褐色。窓から見える真白とヤミの寝顔を見続けていたその女性はやがて苛立ちながら歯軋りをした後、手に持った鞭を振るう。

 

「地球人の小娘と家族ごっこに友達ごっこ。殺し屋がそんな物望んでどうするってんだい。まぁでも、丁度良い。あの顔を苦痛で歪めるには最高の獲物じゃ無いかい!」

 

 再び鞭を振るえば、地面に叩きつけられて高い音が響く。その鞭は唯の鞭では無い様で、叩かれた部分は意図も簡単に破壊されていた。そしてニヤリと笑みを浮かべてある方向へ手を伸ばせば、何かを掴む様にその手を握り締める。

 

「さぁて。簡単に死ぬんじゃないよ、金色の闇ぃぃぃ!」

 

 鞭を大きく振るい上げ、空を飛んだ女性は猛スピードで真白とヤミの住むアパートへ近づく。そして容赦無くその鞭が振るわれた時、途轍もない轟音と共にアパートは崩壊。当然そこで眠っていた2人は建物の下敷きとなるのであった。



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第83話 暴虐のアゼンダ

 女性は崩れた建物を前に笑っていた。嘗て彼女は殺し屋として宇宙を股に掛けていた金色の闇と対峙し、敗北。殺し屋として生きていた彼女の信頼は失墜し、以降金色の闇に復讐する事だけを目的に生き続けていた。殺せれば良い。出来る限り、苦しめる事が出来れば良い。そう思う彼女がすぐにヤミを殺す訳が無かった。

 

「早く出て来な! 金色の闇!」

 

「……用があるなら明るい内にインターホンを押すのが常識ですよ」

 

 彼女は確信していた。あの程度の攻撃と瓦礫の雨に降られた程度では金色の闇が死なない事を。傍にいた者の事等死んだところで彼女に取ってどうでも良く、故に瓦礫を押しのけて少し汚れた寝間着姿で姿を見せるヤミの姿に恐ろし気な笑みを浮かべる。

 

「は! 地球の常識何て知った事じゃ無いよ。随分平和ボケしてるみたいだね」

 

「郷に入っては郷に従え。殺し屋である事とは別に生きる上で当たり前の事ですよ、暴虐のアゼンダ」

 

「ほう、嬉しいね。あたしの名前を覚えていたかい。ところで一緒に居た小娘はどうした? 潰れたかい?」

 

「……」

 

 求めていた敵を相手に嬉しそうに話し掛ける女性……アゼンダとは対照的に、ヤミは無表情のまま何処か面倒そうに言葉を返す。アゼンダはヤミが名乗る前の自分の事を記憶していた事に喜び、そして彼女を陥れる為に傍で寝ていた真白について質問する。ヤミはそんな言葉に視線を下げ、片手を静かに差し出した。途端、その手を掴んで立ち上がる姿にアゼンダは微かに目を見開く。彼女の攻撃はヤミを傷つけると共に隣にいた真白を瓦礫で押し潰せる様に調整して放たれたものであった。だがそこに居るのは無傷の少女。アゼンダは驚き戸惑うが、すぐに笑い始める。

 

「守ったか。人の命を奪う筈のお前が人の命を救うとはな。本当に失望したよ金色の闇ぃ!」

 

「!」

 

 持っていた鞭を大きく振るって2人へ叩きつけようとしたアゼンダだが、ヤミは真白の手を掴んだまま大きく跳躍する事でその攻撃を回避する。ヤミに引っ張られる様に真白もその攻撃から逃れ、足元の悪いアパートの跡から広い公園まで移動した。月が空から地面を薄く照らす頃、足を止めたヤミは追い掛けて来たアゼンダと向かい合う。

 

「追いかけっこはお終いかい?」

 

「そうですね。ここなら心置きなく戦えます」

 

「その地球人を守りながらあたしを倒すつもりかい? 一度勝ったからって良い気になるんじゃないよ!」

 

 止まったヤミとその背後に立つ真白を見て話すアゼンダに答えたヤミだが、その表情は変わらない。それが余裕にも見えたのか、アゼンダは怒りを露わにし乍ら鞭を振るった。しかしその鞭はヤミが片手を刃にして弾いた事で、身体に当たる事無くアゼンダの元へ。ヤミは鞭を破壊するつもりで弾いたが、恐ろしい柔軟性がその刃すらも受け止める事で壊れはしなかった。武器を破壊するのは難しいと判断し、ヤミは一気に飛び出る。だがその瞬間、アゼンダはニヤリと笑った。

 

「お前にあたしは斬れないよ。何故なら」

 

「……」

 

「!?」

 

「お前の友達があたしを守るからね!」

 

「! み、か……ん……」

 

 余裕そうに笑うアゼンダの言葉を聞きながら伸ばした刃となった髪は、アゼンダの前に突然現れた美柑の目の前で停止する。驚き目を見開いたヤミと同じく美柑がアゼンダの守る様に立った事で驚く真白を前に、アゼンダは鞭を振るった。攻撃を急停止したヤミは間一髪でそれを避けるが、まるで美柑が対峙する様にヤミの前に立ちはだかる。

 

「あたしの能力は忘れたかい? 金色の闇」

 

「念導力……!」

 

「意識の無い地球人程度なら簡単に操れるさ。この娘はお前のお友達、だろ? 見ていたから良く知ってるよ。……そしてお前の後ろに居るのは」

 

「! 真白!」

 

 美柑を操るアゼンダの能力を思い出したヤミは続けてアゼンダが片手を動かした事で嫌な予感を感じて振り返る。そこには公園の遊具が地面から外れ、真白の周りを浮きながら回転し続ける光景があった。囲まれて逃げる事が出来ない真白の姿にヤミがアゼンダを止めようと動くが、それを妨害する様に意識の無い美柑が攻撃を仕掛ける事でアゼンダに辿り着けず……再びアゼンダは恐ろし気に笑った。

 

「お前の家族、だったものだ」

 

 その言葉と同時に真白の周辺を回る遊具が一斉に真白へ襲い掛かった。四方八方から襲い掛かる鉄棒や滑り台といったものを避ける術は無く、真白はヤミへ視線を向ける。言葉も何も無い一瞬。ヤミが目を見開いた瞬間、真白は遊具の雨に埋もれた。

 

「さっきはお前が守ったが、今度はそうはいかない。どうだ? 家族の死に際をみた感想は?」

 

「……」

 

「もっと苦しめてやる。家族を、友達を持った事を死ぬほど後悔させてやる。這い蹲って許しを請って、無様に死ぬ姿を見下ろしてやるよ!」

 

 微かに下を向いて表情の見えないヤミ。その姿を家族として接していた相手が死んだ故に言葉も出なくなったと考えたアゼンダは怒りの形相で告げる。そして意識の無い美柑を動かしてヤミに向かわせた時、ヤミは静かに顔を上げた。

 

「愚かですね」

 

「! はっ! お友達を殺すつもりかい?」

 

 先程と何も変わらない様子で髪を動かし始めたヤミ。それは真っ直ぐに美柑へ向かい、動揺した様子の無いヤミの姿に驚きながらもヤミが美柑を傷つけられないと確信していたアゼンダは笑いながら告げる。だがヤミが取った行動は美柑への攻撃では無く、優しくその身体を受け止める事であった。美柑の身体が傷つかない様に優しく。だが思い通りに動かせない程には複雑に、その身体を拘束した。再び驚きながらも、アゼンダは鞭を持つ手に力を籠める。

 

「お友達を拘束したところで、お前ががら空きになるだけさ!」

 

「信じる者は救われる……私は、信じています」

 

 アゼンダがヤミを殺すつもりで放った鞭を避ける動作も見せずに見続けるヤミ。ヤミの殺せると確信したアゼンダが次に見たものはヤミの死体では無く……先から徐々に壊れて行く自分の鞭であった。内側から光が溢れる様にして、脆く崩れて行く鞭。驚き自ら握る手の部分まで来た時、アゼンダは自らも崩れるかも知れないと言う恐怖に鞭を手放す。鞭は完全に崩れ去り、静かな風が鞭であった砂すらも飛ばしていった。

 

「い、一体何が……!? お前は!」

 

「……」

 

 驚き戸惑うアゼンダが顔を上げた時、ヤミの隣には殺した筈の真白が当たり前の様に立っていた。その後ろにある遊具で出来た瓦礫の山は最初よりも崩れており、そこから出て来た事は明白。武器を失い、家族も殺せていなかった事実にアゼンダは困惑した。

 

「私は家族を信じています。守り続けます。ですが同時に私もまた、守られています」

 

「! まさか、金色の闇が探していた人物ってのは」

 

「……!」

 

 必死に拘束から抜け出そうとする意識の無い美柑を髪で抱き留めたまま、話をするヤミの言葉にアゼンダは金色の闇に関連する噂を思い出して更に驚きながら真白を見る。宇宙を股に掛けていた金色の闇は最強の殺し屋であると同時にずっと人を探している。それは殺し屋の世界では有名な噂であり、再会後は殆ど殺し屋として過ごさずにその世界から姿を消したヤミが探し人と再会出来た事を知る者は少ない。アゼンダが真白を唯の宇宙人では無いと理解した時、気付けば真っ赤な瞳が間近に迫っていた。

 

「そして、私達は家族に手を出した者を許しません」

 

「ひっ!」

 

 ヤミの言葉と同時に片手で真白に顔を掴まれたアゼンダは一瞬の悲鳴の後、頭と足の位置を入れ替える事となった。後頭部を地面が割れる勢いで叩きつけられ、足が大きく浮いた後に重力に従って落下。真白が手を離した時、そこには白目を剥いて倒れるアゼンダの姿があった。地球人なら即死だが、宇宙人故にそれで済むのだろう。

 

「……あれ? 何で私、外に……ってえぇ! 何で私ヤミさんの髪に巻かれてるの!?」

 

 美柑を操っていたアゼンダが倒れた事で意識を取り戻した美柑は自分が外に居る事とヤミの髪に包まれている事に驚き戸惑い始める。美柑の声で彼女が元に戻った事に気付いたヤミは優しく美柑を地に降ろし、それと同時に真白がその傍へ近づいた。

 

「……怪我……無い?」

 

「真白さん? えっと、何処も痛くは無いけど……何があったの? そこに倒れてる人は?」

 

「良いんです。美柑が無事なら、それで」

 

「へ? や、ヤミさん? ふぁ! 真白さんも!? な、何がどうなってるの!?」

 

 心配する真白の姿に自らの身体を見ながら答えた時、美柑は少し離れた場所で倒れる人影を見る。だが操られていた事実など知られたく無かったヤミは気にならない様に、そして無事である美柑を確かめる様にその身体を抱きしめる。突然の事で更に困惑する美柑の姿を見た真白はヤミの行動に乗っかる様に2人ごとその身体を抱きしめ、2人の暖かさを感じる美柑はパニックになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか落ち着いた美柑を結城家へ送り、アゼンダを然るべき場所へ運んだ真白とヤミは自宅へ帰る。だが2人の目の前にあるのは崩壊したアパートであった。実は真白達が住んでいたアパートに現在、他の住居者は誰も居ない。故にアゼンダの攻撃によって死人や怪我人は出ておらず、被害を受けたのは真白とヤミ。そして別の場所に住む大家だけであった。

 

「どうしますか?」

 

「……」

 

 真白はヤミの知らぬところで行った大家との会話を思い出す。2人が住んでいたアパートの大家は既にアパートを経営するのも大変と感じるお婆さんであった。そしてそのお婆さん曰く、『現在住んでいる者達が居なくなった時点で建物は取り壊す』。との事であった。決して追い出す様な真似はせず、だが新しい住居者の募集もしない。真白達が最後となった事で壊し方について考える様になったと本人から聞いており、間違い無くもう住めない目の前のアパートはこのまま無くなる事が真白には分かった。

 

「……荷物……出せる?」

 

「壊れていない物なら少しありそうですが、家具等は諦めた方が良さそうですね」

 

 瓦礫の中へ足を踏み入れ、自分の部屋だった場所周辺を探る真白とヤミ。やがて着替えや生活に使う必需品等を出来る限り集めた後、2人は瓦礫から外に出る。

 

「……お世話に……なった」

 

「お世話になりました」

 

 アパート跡へお辞儀をし乍ら真白が告げれば、倣う様にヤミもお辞儀をし乍らお礼の言葉を言う。誰も居ないアパート跡から当然返事が帰って来る事も無く、真白は頭を上げると歩き始めた。ヤミが何処へ行くのか質問すれば、考える様に黙る真白。傍から見れば荷物を沢山持つ夜逃げの様な姿であり、2人は泊まる場所を求めて移動するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、今日の分はこれで終わりですね。おや?」

 

 漫画家であるリトの父親、結城 才培の元でアシスタントとして働くザスティン。彼は夜中まで作業を行っており、自分に任された場所を無事に終えた事で寝る前に気分を切り替える為、窓を開けて庭へ足を運んでいた。後は寝るだけであり、家の中に籠っていた為に新鮮な外の空気をザスティンは大きく吸い込んで吐き出す。そして戻ろうとした時、何かが庭に落ちているのを見つけた事で彼は首を傾げた。良く観ればそれはモゾモゾと動いており、その姿を見てザスティンは目を見開く。

 

「貴様は殺し屋・暴虐のアゼンダ! 何故貴様がここに! ? これは……?」

 

 その正体は紐で拘束されて自由に身動きが取れなくなったアゼンダであり、危険人物と知っていたザスティンは驚きながらも傍に石を乗せて置いてあった手紙の様な物を拾う。そこに書かれていたのは一文だけであった。

 

「『襲われた』……ここに奴が居ると言う事は無事な様だな。差出人は……」

 

「何やってんだ? ザスティン。お? この字は真白のだな! 何々、襲われた……ねぇ」

 

 手紙を読むザスティンの姿に気付いた才培が庭へ足を運び、ザスティンの持つ手紙を見てそれを書いた人物を言い当てる。内容から目の前で横たわるアゼンダが真白達を襲い、帰り討ちに合ってここまで運ばれた。そう全てを理解したザスティンは一度目を瞑った後に頷いた。

 

「銀河警察に引き渡さなければ。ブワッツ! マウル! しばらくの間見張っていてくれ」

 

「で、ですが原稿が……」

 

「残りは俺がやるから心配すんな! ザスティン、そいつの事は任せたぜ?」

 

「はい。責任を持って対処させていただきます」

 

 未だにザスティンは真白と会う機会が無く、故にその感情は複雑なものであった。だが才培に取って娘であり、敬愛するデビルーク王が何とか和解しようとしている相手を襲ったアゼンダを許す道理は欠片も存在しない。部下の2人を呼び寄せ、犯罪者を引き渡す為に動きだしたザスティンの姿を見て才培は家の中に戻る。

 

「さて、そんじゃ今日も徹夜と行きますか!」

 

 そう言った彼の表情は笑顔であった。



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第84話 結城家へ。ヤミの自覚

 当たり前の様に結城家で朝食を済ませて彩南高校へ登校した真白達。だが真白とヤミの姿に気付いたお静がその名を呼びながら2人の元へ駆け寄った。

 

「良かった! 無事だったんですね!」

 

「?」

 

「あれ? 真白さんとヤミさんが住んでいる家、無くなっちゃったんですよね?」

 

「……は?」

 

 お静の言葉に思わず驚き固まってしまったリト。話を聞いていた者達も一様に驚き、驚いていないのは当事者とそれを知っていたお静だけである。真白の家は結城家と御門、そして1度家に入った事のあるルンと恭子のみが知り、他の誰も彼女が何処に住んでいるのかを知らない。故にその事実を知っていた者は他に誰も居なかったのだ。

 

「……どうして?」

 

「御門先生に聞いたんです! 今朝、朝ご飯を食べ乍ら地球のテレビを見ていた時ににゅーすでやってました! 御門先生がそれを見て、『真白さん達の家だ』って」

 

 既に家を離れた真白とヤミは知らなかったが、突然破壊されたアパートは当然メディアに報じられていた。一夜にして破壊されたアパート。姿を消した住居者。彩南町では不可思議な事が度々起こる為、放って置けば徐々に終息して行くだろう。が、まだ最初故に報じられた内容とその住所に御門が気付いても不思議では無い。……因みに結城家では人数が増えて賑やかになった事もあり、朝テレビを付ける事は少なかった。漫画を描くのに忙しい才培がテレビを見る余裕を持つ訳も無く、海外に居る林檎がそれを知る由も無い。何も言わなければ気付かれずに済むと何処かで思っていた真白だが、結果的にその予想は外れてしまった。

 

「ど、どう言う事だよ!? だって今日も普通に家に来て……家からじゃ無かったのか?」

 

「はい。昨夜はこの町にあったホテルで部屋を借りました」

 

 我に帰ったリトが真白とヤミに向けて聞けば、素直に頷いて肯定したヤミ。それがどんなホテルなのかは定かで無いが、リトがそれを聞いて黙っている訳が無かった。すぐに思い付いた事を口にしようとした彼だが、それを言う前にHRの始まりを告げるチャイムが学校中に鳴り響く。

 

「真白。後で話がある。良いな?」

 

「……分かった」

 

 今はこれ以上話をする訳にはいかず、だがリトは必ず話をする為に予め約束を取りつける。真剣な表情の彼に真白は頷いて了承し、ヤミと共に席へ。何も話そうとしなかった真白の後ろ姿を見てリトは溜息をつくと、自分も席へと向かうのであった。……そして授業の合間の休み時間に話をしようとしたリトだが、尽く真白が消えていたり誰かに話し掛けられて入り込めそうに無かった事で断念。気付けば昼食の時間になっていた。

 

「真白、今日は」

 

「ごめん、古手川。今日は俺に譲ってくれないか?」

 

 リトは昼休みの間に必ず話す決意を固め、真白へ話し掛ける唯の言葉を遮りながらお願いする。今朝の話を教室に居なかった故に知らない唯は最初は訝し気にリトへ視線を向けたが、彼の表情が何時に無く真剣な様子に少し黙った後、「分かったわ」と言って真白から離れた。唯が離れ、リトへ視線を向ける真白。その隣に居るヤミも黙ってその光景を見つめ、やがてリトが何かを告げた後に真白とヤミを連れて教室を後にする。そんな3人の姿を今朝の話を聞いていた者達は心配そうに見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上へやって来た3人は向かい合っていた。黙り続ける真白とヤミを前にリトはしばらく口を開かず、やがて2人に聞こえる様に溜息をついた後に持って来ていた鞄を漁り始める。そして何かを手に持った時、迷わずリトはそれを真白に投げた。

 

「! ……豆、乳?」

 

「それ、俺のお気に入りなんだ。取りあえず座ろうぜ?」

 

 そう言って優しい笑みを浮かべる彼の姿に真白は頷き、ベンチへ向かう。リトはヤミの分もしっかり用意しており、それをヤミに渡した後に3本目を取り出して備え付けのストローを差し込む。3人が同時に口を付けて紙パックが微かにへこみ、再び同時に口を話した時。空気の入る音が弱々しく響いた。

 

「朝の話、本当なのか?」

 

「……ん」

 

「宇宙人絡みか?」

 

「はい。嘗て私が戦った殺し屋の襲撃によるものです」

 

「襲撃!? で、でもここに居るって事は大丈夫だったんだよな!」

 

 真白が静かに頷いて再びストローへ口を付ける姿にリトは安心した様に息を吐き、雲が紛れる青空を見上げてる。

 

「他に住む当てはあるのか?」

 

「……」

 

 彼の質問に真白は答えない。朝ヤミが言った様に、昨日の夜は彩南町にあるホテルで過ごした2人。林檎と才培から送られるお金を最低限使わない様に過ごして来た真白はまだ数日泊まるお金が残っている。が、必ずそのお金にも限界は来る。時間の問題なのだ。

 

「なぁ、真白。……もうずっと言って無かったけどさ、久々に言うよ。家に来ないか?」

 

「!」

 

 ピクリと肩を揺らした真白の姿をリトは見逃さなかった。数年前。ララ達が来るよりも前、何度か真白はその言葉を言われた事があった。だがその度に自分が宇宙人である事を隠している負い目等から、結城家に住む事を拒み続けていた。林檎と才培のお蔭で真白の思いを尊重して別の家を借りる事となったが、今は違う。また2人に頼めば別の家を借りる事に協力はしてくれるだろう。が、それ以上に過去と今では環境が違っていた。既に結城家は宇宙人の存在を知り、ララ達デビルーク星人やセリーヌを受け入れ、自分がエンジェイドである事も知っている。……受け入れ様とする彼に甘えるのは簡単な事であり、だがそれを止める何かが真白の中に残っていた。そしてその感情を乗り越えて貰う為に言葉を続けたのはリトでは無く、ヤミであった。

 

「私は、行くべきだと思います」

 

「!」

 

「この地球(ほし)に来て、貴女と再会して、色々な事を知りました。ですが何時まで経っても変わらないものもあります。私は家族の傍に居たい。貴女の傍に居たい、と」

 

「……傍に」

 

「真白に取って結城 リトが家族なら、美柑が家族なら、傍に居るべきです」

 

 ヤミがリトに視線を送れば、彼は頷いてベンチから立ち上がる。そして真白の前で片手を差し出した。

 

「真白、家に来ないか? いや、家に来てくれ!」

 

「……」

 

 彼の言葉に顔を上げた真白がヤミを見れば、彼女は静かに頷いた。そして優しい笑みを浮かべるリトの顔を見て、1度目を瞑る。真白に取って家族は守るべき者であり、自分の居場所。ヤミに取って家族とは信じられる者であり、傍に居るべき者。別々の定義で出来た【家族】と言うモノが真白の雁字搦めになった葛藤を解き始める。静かに目を開けて顔を上げた時、真白はゆっくりとその手をリトの手へ重ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上からリトと真白が去った時、ヤミは同じ様に屋上を後にしようとして足を止める。気付けば屋上の真ん中に少女は立って居り、ヤミは振り返る事もせずにその場で留まった。……僅かな沈黙の後、口を開いたのは少女であった。

 

「あれが……家族……?」

 

「私達にとっての家族です。家族とは、人によって形を変えるものですから。……ですが」

 

 静かに振り返ったヤミの視線の先に居たのは風で長いおさげを揺らす芽亜の姿であった。その表情は笑顔では無く困惑であり、ヤミは自分の揺れる髪を抑え乍ら続ける。

 

「貴女は家族を言葉でしか知らない。本当に私達を迎えたいのなら。家族になりたいのなら、人の温もりを知ってください」

 

「人の温もり……そんなの、私みたいな兵器が感じられる筈無いじゃん! ヤミお姉ちゃんだって私と同じなら、感じる筈ないよ!」

 

「いいえ。人は、心は貴女が思う以上に強いものです。例え私達が兵器として生まれたとしても、別の生き方を教えてくれます」

 

「別の生き方……」

 

「私はここで、家族を守り生きて行きます。例え貴女が私に結城 リトを殺させようとしても、私は彼を殺しません。真白の家族ですから」

 

 その言葉を最後に再び屋上を後にしようとしたヤミ。だが彼女は足を半分入れたところで背を向けたままもう1度口を開いた。

 

「1つ、貴女に感謝しています」

 

「え……?」

 

「貴女のお蔭で、私は自分の思いを知る事が出来ました。……ありがとう」

 

 それを最後に今度こそ閉まる屋上の扉。1人取り残された芽亜はヤミに告げられた言葉を頭の中で繰り返しながら、1人考え続けるのであった。



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第85話 好感度MAXの真白

 朝の陽射しがカーテンの隙間から部屋の中を照らし、それを目元に浴びる事でベッドに眠っていたモモは目を覚ます。普段からナナと一緒に使っている自室では無い部屋の内装を眺め、まどろみの中で自分がどうしてここで寝ているのかを思い出したモモは左右を確認した。左には飾り気の無い部屋の内装と廊下へ続く扉が、右には静かに寝息を立てる真白とその向こう側にある壁がモモには見えた。……そこは結城家の1室。真白が結城家で住む上で使われる様になった部屋であった。

 

「ふふ、おはようございます。シア姉様」

 

 モモは上半身を起こして眠る真白に近づくと、少しだけ姿勢を低くしてその頬に触れる。人肌の暖かさと彼女の柔らかさを感じて寝起きから上機嫌になったモモは、身体を再び横にして真白が被る布団の中へ手足を忍び込ませる。時刻は7時を回った頃であり、普段なら別の家から結城家へ来る為に起きている真白。だが朝食を作る場は起きてすぐとなった為、必要以上に早く起きる必要が無くなっていた。そして何よりも今日この日、真白たちが通う彩南高校は休みであった。

 

「シア姉様の身体。シア姉様の体温。はぁ~」

 

 真白が結城家で住む事を知った時、モモは目に見えて喜びを露わにするララと美柑や嬉しさを隠そうとして隠し切れていないナナの姿を見ていた。そんな彼女の尻尾も無意識に動き回っていたが、それを本人が知る由も無い。唯彼女がその話を聞いた時に感じたのは喜びと震えであった。前者はララ達と同じ様に。後者は今まで以上に傍に居られる現実に、である。

 

 引っ越しする上で大変な家具の移動はその殆どを失っていた真白にとって必要無い事。2階建ての結城家はララ達が来るまでリトと美柑が住んでいただけであり、元々部屋に余りは存在していた。何よりまだ幼い頃に真白が使っていた部屋を、リトと美柑が何時か来るこの時を願って残していた事で引っ越しは1日も掛からずに終える事が出来た。故に真白は結城家でその日から寝泊りする事が出来る様になったのである。

 

「今頃まだヤミさんは美柑さんと一緒の筈。今の内にシア姉様を堪能して置かないと」

 

 今まで真白と共に同じ布団で眠っていたヤミは現在、美柑の部屋で眠っている。彼女は自分の部屋を持つ事はせず、基本的に真白や美柑の部屋で過ごす様になったのだ。間違い無くヤミが今この場に居れば、モモが潜り込む事は不可能だっただろう。だが異空間とは言え結城家に住むモモがヤミの寝場所を把握出来ない訳が無かった。

 

「あぁ、良い匂い……少しだけなら」

 

「すぅ……んっ……」

 

 真白の首筋で息を吸い込んでその香りを堪能していたモモは、他に誰も居ない事を良い事に忍び込ませていた手を動かし始める。その身体を抱きしめるだけで満足していた筈なのに、気付けばパジャマの下へ手を入れて直にその柔肌に触れ始めた。身体を撫でるモモの手によって微かな吐息を漏らす真白の姿に目を細め、何かに気付いた様にモモは目をその見開く。

 

「し、シア姉様は寝る時、下着を着けないのね」

 

 胸元へ伸ばした手が触れたのは布では無く、柔軟性と弾力を兼ね備えた真白の胸であった。衝撃の事実とでも言うかの様にその背後へ雷を落として驚いたモモは1度廊下へ続く扉へ視線を向ける。誰かが入って来る気配も、誰かが近づいて来る気配も無い。……彼女は意を決した。

 

「んぁ!」

 

「! ……ふぅ、起きて無いですね」

 

 輪郭をなぞった後に片手で包み込む様にして柔らかい肌を撫でながら指で突起を摘んだ瞬間、余り聞く事の出来ない真白の嬌声に吃驚したモモは下手に動かずに真白の片乳を掴んだまま固まる。やがて聞こえて来る寝息に安心したモモはゆっくりと手を引き抜こうとする。が、突然真白が動き出すと共にモモは先程以上に血走った目を見開いた。

 

「し、しし、シア姉様……!」

 

「すぅ……すぅ……」

 

 寝返りをして体勢を変えた真白は無意識にモモの目の前にその顔を移動させていた。1㎝にも満たない距離でその顔を見たモモは顔を真っ赤にして服から手を抜く事も忘れたまま、その寝顔を見つめ続ける。気付けば布団の中から飛び出た尻尾を真白の身体に1周させ、やがてそれは2人の間に入り込む。

 

「ふ、ぅ……シア姉、さまぁ……んっ、あ」

 

 真白の顔を見つめ乍ら、真白の身体にデビルーク星人特有の敏感な尻尾を擦りつける事で快感を得るモモは熱い吐息を漏らす。起きない様に弱く、だが着実に達する事が出来る様に続けたモモは数分後にその身体を震わせる。額から汗が流れ、途端に罪悪感の様なものを感じた彼女は巻き付けていた尻尾を真白から遠ざける。

 

「どうして、私は……」

 

 もう1人の姉として敬愛する真白にした行為を思い出して思わずモモは呟いた。罪悪感と共に感じる別の心の中にある感情。彼女はそれに気付き掛け乍ら、真白に気付かれる前に部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよう」

 

「あ、おはよう! 真白さん!」

 

「おはようございます、真白」

 

 目が覚めた真白は私服の姿で1階のリビングに顔を出す。そこではまだパジャマ姿の美柑とヤミが過ごしており、真白の声に振り返った2人は返事を返した。

 

「……誰かと一緒でしたか?」

 

「? ……1人」

 

「そうですか。何故か身体から違う誰かの匂いがするのですが……」

 

 2人の元へ近づいた時、真白は唐突にされた質問に首を傾げながら答える。ヤミはそれを聞いて呟きながら考え始め、美柑はヤミの言葉に顔を引き攣らせる。人それぞれ特有の匂いを持ってはいるものだが、美柑にそれを判別する能力は無い。そもそも犬や猫でも無い人が人の匂いを判別する方が難しい事である。が、真白に対してだけ敏感に察知するヤミの姿に引かずにはいられなかった。「混ざっている匂いは近しい者な気がするのですが」と呟くヤミに今だけは関わらないと決め、美柑は真白へ視線を向ける。

 

「朝ご飯、作ろっか。着替えて来るね」

 

「ん……」

 

「私も着替えて来ます」

 

 美柑とヤミが着替える為にその場を後にする姿を見て、エプロンを手に取った真白はそれを付ける為に背中へ手を回す。その瞬間、前方から何かが胸目掛けて飛び込んだ事で真白は尻餅をついてしまう。

 

「まぁまぁ、ぅ~」

 

「……セリーヌ……!?」

 

 それは寝起きのセリーヌであった。真白が立ち上がる為、まだ結べていないエプロンの紐をそのままに彼女の身体を両手で持ち上げた時。セリーヌの頭に付いた花から突然噴き出した花粉が真白の身体を包み込む。突然の事に驚きながらも怪我させない為にセリーヌはしっかりと持ち続けた真白。やがてその花粉が全て地面に落ちた時、真白の頭には綺麗な1本の花が咲き誇る。

 

「お待たせ……って、真白さん!? 何その頭の花!」

 

 着替えを終えてリビングへ戻って来た美柑が真白に声を掛けた時、振り返った彼女の頭を見て驚きの声を上げる。美柑の背後から同じ様にヤミも姿を見せ、頭の花と持ち上げているセリーヌの姿を見て理解した。嘗てヤミは真白の知らぬ所でセリーヌの花粉を浴びた事があったのだ。セリーヌの花粉を浴びた者はセリーヌが大好きな人物の事を自分も好きになってしまう。……セリーヌが一番好きな人物は、自分を一番世話してくれたリトであった。

 

「不味いですね。結城 リトに絶対会わさない様にしなければ」

 

「えっと、どう言う……! 真白さん?」

 

 ヤミの言葉に訳も分からず首を傾げた美柑。だが次に真白へ視線を向けた時、彼女が自分達の目の前に立っていた事で美柑は再び首を傾げる。何も言わずにそっと手を伸ばした真白は美柑の右手とヤミの左手を取り、優しく握り込んだ。

 

「……待ってた」

 

≪!≫

 

 明らかに可笑しい真白の姿に理解していた筈のヤミと理解の出来ない美柑が絶句する中、他の者達も起床するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐らくは寝起きのセリーヌ殿の花粉を宇宙人である真白さんが浴びた為、効果が変化したのだと思われます」

 

「まだまだ分からない事が多い種ですから、何が起きても不思議ではありませんが……まさかこんな事になるなんて」

 

 ペケの説明を受けて難しい顔で考えるモモ。彼女は現在、必死にとある現実から目を反らしていた。現在リビングには結城家に住んでいる者達全員が集まっており、ペケの説明を受けてリトが真白へ視線を向ける。……現在、彼女はソファに座っていた。隣で座るナナの手を握って。

 

「し、シア姉? そろそろ離れないか?」

 

「……や」

 

「! や、やばいぞこれ。姉上、モモ……助けて」

 

 緊張した面持ちで手を握る真白に話しかけたナナだが、髪を大きく揺らしながら首を横に振って断られた事で、彼女は空いていた手で鼻を塞ぎながら自分達を眺めるモモとララに助けを求める。彼女はある意味現在、命の危機に瀕していた。普段は絶対に甘えて来る事の無い真白が自分を離さない現状に、悶え死にそうになっていた。

 

「後10分もしたら対象が変わるから、それまで頑張りなさい」

 

「無理無理! こんなの10分も耐えられないって!」

 

「……ナナ。……私の事、嫌い?」

 

「き、嫌いな訳ないって! そ、その、好き……だぜ?」

 

「! ……ナナ、大好き」

 

「ぐはっ!」

 

 冷たい視線で告げるモモの言葉に必死で首を横に振ったナナだが、無表情乍らも何処か不安そうな声音で聞く真白の質問に顔を赤くして返答。直後、自分の身体を寄せてナナに弱々しくも抱き着いて告げた真白の言葉にナナの周りに鮮血が舞った。そんな光景を見て更に冷たい目線を送るモモ。その理由の多くは嫉妬であった。

 

「そろそろ時間です」

 

「次は誰に……!」

 

 ヤミの言葉にリトが緊張した面持ちで唾を飲んだ時、血溜まりに伏せるナナから離れた真白が立ち上がる。そしてゆっくりと歩きだした彼女が近づいた相手はララであった。自分の元に近づいて来た真白に満面の笑みを浮かべたララが両手を広げれば、真白は自らその身体に抱かれる為に身を寄せる。リトが安心した様に溜息を吐いたところで、朝食を作り終えた美柑が皿を手にキッチンから顔を出した。

 

「取りあえず30分は安心だね」

 

「まさか時間毎に相手が変わるとは思わなかった」

 

「リト殿の事が一番に好きなセリーヌ殿ですが、他の皆さんの事もやはり好きなのでしょう。寝起きである事と真白さんが宇宙人である事が重なり、リト殿だけに特化するのでは無く全体を対象に異常な好意を抱く様になった様ですね」

 

「ちゃんと戻るんだよな!?」

 

「過去の出来事から見るに、時間で戻ると思います。どれ程の時を有するかは分かりませんが」

 

 ペケの言葉に一先ず安心するリトは改めて頭に花を咲かせた真白を見る。過去にセリーヌの花粉を浴びた者達を見て来たリトは最初、真白の頭に咲く花を見て不味いと感じずにはいられなかった。セリーヌの好きな人物が自分であり、同じ様に花を咲かせた者が急に自分へ好意を抱き始めた過去を体験しているのだから当然である。普段から無表情な真白がどんな風になるのか想像もつかず色々な意味で戦慄したリト。だが実際に見て見れば、彼女の好意を抱く対象は時間毎に切り替わると言うものであった。最初は美柑とヤミ。次にナナとなり、現在はララに抱きしめられている。

 

「私とヤミさんが一緒だったって事は、1人だけじゃ無い時もあるって事だね」

 

「セリーヌ殿が普段から見ている光景によって変わるかも知れません」

 

「美柑とヤミは良く一緒に居るから、セリーヌは一緒に居る2人を好きって考える訳か」

 

「恐らくは」

 

 リトと美柑はペケからの話を聞いて取り敢えず時間が来るまで真白を見守る事にした。まともに家の事を出来なくなってしまった真白に変わって美柑が1人で作った朝食を食べる為に席に着こうとすれば、普段はヤミと隣で座る真白がララの隣へ。何も言わずにジッと見つめるヤミの姿を見て美柑やリトが思わず恐怖する中、モモは瀕死のナナを連れて同じ様に席へ座る。全員が手を合わせて食べる為に言葉を告げた時、真白は迷わずに食べ物を端で掴んでララへ向けた。

 

「……はい」

 

「食べさせてくれるの! わーい! はむっ!」

 

「……美味しい?」

 

「うん! すっごく美味しい!」

 

 以前の片手が使えなかったモモの時とは違う。好意によって齎される所業。羨ましがるモモやナナとは対照的に、ヤミは恐ろしい程に無表情のまま黙って食事を続けた。自分が作った料理の筈なのに、それを食べて喜ぶララの姿に少しだけ不満を感じた美柑も黙々と食事を開始。何とも複雑な空気の中、リトは朝食を過ごし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい真白!?」

 

「……逃げないで」

 

 朝食を終えた頃、真白の対象はララからリトへ変更された。幸い休日だった故に学校の心配は無いが、部屋の中でリトは真白から必死に距離を取る。真白は対象となった相手に必ずする行為がある。それは相手と手を繋いで絶対に離さない事だ。ここ数年で色々なものを見て来たリトだが、それでも初心である彼が女の子と手を握り続けるのは羞恥心が勝る故に難しい。何よりも他の者達と違い、自分に対象が向いた瞬間に向けられるヤミの射貫く様な視線がそれを良しとしない。仮に自分が我慢して真白の手を握り続けたところで、後に命が続かない予感が彼にはあった。

 

「……私の事……嫌い?」

 

「いや、嫌いとかじゃ無くて! うわぁ!」

 

 リビングの中を駆け周る2人。真白の質問を必死に返しながら距離を取り続けた彼は思わず足を滑らせる。離れていた身体が真白へ一気に近づき、その身体を押し倒して倒れたリト。顔が真白の胸に埋もれ、真っ赤にし乍ら急いで顔を離そうとしたリトの頭に優しく真白の手が乗った。

 

「ふぁ、ふぁしろ!?」

 

「んっ……リトが……したい、なら……良い、よ?」

 

 顔を引き剥がせないリトに向けて優しい声音で無表情乍ら告げたその姿に目を見開いたリトだが、背後からの恐ろしい程に向けられる殺気に気付いたリトは頭に力を入れて真白の胸から距離を取る。振り返ればそこには見ていた筈のヤミが片手を刃にして近づいて来る姿があり、リトの額に冷や汗が流れた。

 

「殺さないと言いましたが、今ならまだ前言撤回で済むでしょうか」

 

「や、ヤミ? 今のは業とじゃ無くて……真白もセリーヌの花粉で可笑しくなってるだけだから」

 

「問答無用です!」

 

 斬りかかったヤミに両手を交差させて思わず目を瞑ったリト。だが一向に痛みが来ない事で恐る恐る目を開けば、リトの前に庇う様にして真白が立っていた。

 

「……させない」

 

「くっ、退いて下さい真白。その男を殺せません」

 

 元々家族を守ろうとする真白がリトを守るのは当然であり、現在の真白がリトを守る為にヤミと対峙している事も決して不思議な事では無かった。真白を攻撃する訳にもいかず、手を元に戻して告げるヤミに容赦なく構えた真白。リトが驚きながら今正に戦いを始めようとする真白へその名前を叫んだ時、彼女はヤミに急接近した。そしてその拳がヤミへ襲い掛かりそうになった時、ヤミの目の前でその行為が止まる。と同時に真白はヤミの身体を抱きしめた。

 

「……ごめん」

 

 そう言って抱きしめる力を強くする真白の姿にリトや見ていた者達は察する。次の対象がヤミである事を。リビングで戦いが始まらなかった事に全員が心底安心する中、真白はヤミの身体を解放すると同時に両手を握る。自分を見て、自分の手を握る真白の姿に気付けばリトへの殺意など忘れてソファへ移動したヤミ。2人は向かい合って見つめ合い、何も言わずに時間を過ごし続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、幸せです……!」

 

 真白と手を繋いで傍にいるモモは幸福を感じていた。普段から手を握る事等頼めば行ってくれるだろう。だが自分から頼むのと真白からされるのでは大きな違いがある。周りの視線が気にはなるものの、モモはやがて今の時間を好機と見て真白へ話し掛けた。

 

「シア姉様、大好きです」

 

「ん……私も、大好き」

 

 自分の言葉に好意を言葉にして返してくれる真白の姿を見て、内心で身悶えたモモは少しだけ距離を詰めて肩と肩を触れ合わせる。手だけで無く、身体で互いの体温を感じるモモの表情は恍惚としていた。だが、そんな彼女の心に水を刺す様にヤミの声が告げる。

 

「そろそろ変わります」

 

 一気に冷水を掛けられた様な気分となり、離れてしまうであろう真白の手を強めに握ったモモ。心の中で離れたく無いと思った時、真白は片手をモモから離して立ち上がらずに手を伸ばす。距離がある故に届かないが、その手はモモを羨まし気に見つめるナナに向けられた。

 

「……来て」

 

「あたしか? でもモモの手も握ってるし……」

 

「私とヤミさんみたいに2人なのかも」

 

 ナナが驚きながら疑問に思うが、美柑の言葉を受けて納得した彼女は真白の言う通りにその傍へ近寄る。真白を挟んで左右にナナとモモが座れば、2人の手を握って真白はその手を自分の胸元に近づけ乍ら稀に頬で頬擦りをした。今朝同様、鼻の辺りに熱を感じて必死に顔を背け乍ら抑えるナナとは対照的にモモは真白の肩へ自分の頭を乗せる。ナナが混じりはしたものの、まだ離れなくて済んだ事に心の中で歓喜したモモ。3人はそのまま一緒の時間を過ごし続ける。

 

 数時間後、真白は好意を抱く対象を変えながら過ごし続ける。時間は昼食が近くなった頃、美柑がキッチンに立とうとした時に真白の対象が美柑になっていた事でそれは起きた。

 

「あちゃ~」

 

「……怪我、無い?」

 

「うん、私は大丈夫。でも服が……あぁ、下着も濡れちゃってる」

 

「ここは私達がやりますから、美柑さん達はシャワーでも浴びて来てください。シア姉様の事、お願いします」

 

 自分が対象ならば何時も通りに料理が出来ると思っていた美柑だが、真白が片手を握ったままである事を彼女は忘れていた。作り始めてしまっていた料理を止める訳にも行かず、片手で何とかしようとした美柑。だがそれは無理な話であった。幸い熱いものでは無かったが、汁物を大胆に零してしまった美柑。傍に居た真白と共にそれを浴びた2人は見事に濡れてしまう。驚きながら駆け寄ったモモが濡れた2人を見てそう言えば、美柑はその言葉に甘える事にした。

 

「よいしょっと。真白さん、大丈夫?」

 

「ん……入る」

 

 脱衣所で着ていた服を抜いだ美柑と真白は浴室へ入る。最初はシャワーのお湯が水である為、関係ない所で暖かくなるまで待った後に美柑は真白に一言告げてその身体にお湯を流し始めた。暖かいお湯に分かっていても一瞬身体を震わせた真白は、適当に暖まったところで美柑からシャワーを受け取る。同じ様に美柑へお湯を掛けた後、先に美柑から身体を洗う事となった。……そこで美柑は以前一緒に入った時にした洗い合いを思い出す。今の真白がそれをする可能性は非常に高く、その予感は的中した。

 

「ふぁ! ま、真白さん……?」

 

「……私が……洗う」

 

 お湯を止めてボディソープを手に背中から抱き着く様にして真白は美柑の腹部を撫でる様に広げ始める。以前と違うのは真白が密着しようとする故、背中に感じる柔らかい感触。そして彼女の手が優しさとは別の何かを感じさせる事であった。

 

「ん、くっ……ぁ……ま、しろ、さん」

 

「……気持ち、良い?」

 

 美柑は真白の言葉へ正直には答えられない。恥ずかしさがその言葉を胸の内に押さえ付けるからである。腹部から右手が上へ、左手が下へ動き始めた時。美柑は咄嗟に身体を1回転させて真白と間近で向き合う。胸も大事なところも触られる事無く、だが至近距離で見つめる吸い込まれそうな赤い瞳に美柑は動けなくなってしまった。そしてそんな美柑へ徐々に真白の顔が近づき始める。何をしようとしているのかは明らかだった。

 

「(ど、どうしよう!? このままだと私、真白さんとキスしちゃう! 家族なのに! 女同士なのに!)」

 

「……美柑」

 

「(真白さんのこんな切なそうな顔、初めて見たかも。……あの花のせい、だよね)」

 

 目の前に見える真白の表情は変わらない無表情にも見えるが、美柑にはその違いが分かる。故に焦りながらも見せるその顔を見て美柑は真白の頭に咲く1輪の花を見上げた。全てはあの花が真白を可笑しくしているとペケが語った。真白はセリーヌが好きな人物を好きになり、本当の真白は今そこに居ない。……美柑は葛藤する。

 

「(今の真白さんは本当の真白さんじゃない。キスしたって何の問題も……ううん、身体は真白さん何だから結局本当の真白さんとした事になっちゃう! でも身体は動かないし、真白さんから迫って来たら逃げようが無いんだから仕方ないよね。うん、しちゃっても私は悪くないと思う)」

 

 赤い瞳を見つめ乍ら短時間で必死に自分へ弁解して納得した美柑は、やがて受け入れる様に目を瞑った。少しだけ唇を前に向け、完全に心から受け入れる覚悟を固めて。だが柔らかい感触が唇に当たるよりも先に、何か湿った者が胸に落ちた感触で美柑は目を開ける。真白の頭を見れば、そこに生えていた花は何処にも無かった。そして、2人の胸の間に先程まで生えていた花が落ちている光景。真白の接近も止まっており、美柑は急激にその顔を赤くする。

 

「ま、真白さん……!?」

 

「……?」

 

 気付けば背中を抱きしめていた真白の手から力も抜けており、美柑は後ろに下がって距離を取る。真白は異常な好意を失った事で美柑の反応に首を傾げ、周りを見た。今の彼女には記憶が所々抜け落ちて居るのだ。ナナやモモ達と手を繋いだ記憶はあるが、『大好き』と告げた記憶は無い。リトに押し倒された記憶はあるが、その先の行為を受け入れた記憶は無い。美柑と自分が濡れてしまった為にシャワーを浴びに来た記憶はあるが、キスをしようとした記憶は……無い。

 

「(私、真白さんと……しかも最後は受け入れようと……うぅ、真白さんの顔が見れない!)」

 

 恥ずかしさ故に顔を両手で覆う美柑の姿に真白は理由が分からず、暖かい浴室の中で平常心を取り戻すまで美柑を待ち続けた。やがて何とか動ける様になった美柑と身体を洗ってリビングに戻った真白。真白の頭から花が無くなっている事にリトとナナが安心し、ララ・モモ・ヤミの3人が残念に思う中。美柑が顔を真っ赤にしている事に気付いたモモによって、何があったかを聞かれた彼女は部屋へ逃げ込んでしまうのであった。



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第86話 元気を出す魔法

 ある日の事。真白はお風呂から上がったところでリビングに座っていたナナから「相談があるんだ」と突然持ち掛けられ、彼女を自分の部屋へ通す。家具の少ない真白の部屋に椅子は1つも用意されておらず。故に真白は自分が普段眠るベッドを叩いてナナに座る様に伝えて自分もまたそこに座って濡れた髪を拭い始める。何度か真白が結城家で泊まっていた事はあるが、普段余り見る事の無い真白の姿にナナは少しだけ頬を赤らめながらも真剣な顔に切り替えて話をし始める。

 

「あたしの友達がさ、最近元気無いんだ。「お姉ちゃんと喧嘩した」って言うんだけど……力になってやりたくてさ」

 

 ナナの相談に真白は手を止めた後、考える様に顎に手を添える。ナナ曰く、ナナの友達は姉と再会したばかりだと言う。故にまだ仲良くなれておらず、本人はどうにかして仲良くなりたいと思っている。との事であった。ナナの友達がどんな人物なのか、真白は知らない。故に相手の家庭事情へ下手に介入する訳にも行かない。不安そうにするナナの姿に真白はようやく口を開いた。

 

「……ナナは……どう、したい?」

 

「あたしか? あたしは……あいつと初めて会った時、笑ってたんだ。凄い良い笑顔で。だから、あいつには笑ってて欲しい」

 

 真白はその言葉を聞いて過去にリトが自分にした行為を思い出す。それは幼い頃、まだ出会ったばかりの頃。笑わない真白の顔を見て彼は必死に色々な事をした。変な顔や変な踊りをして、必死に真白を笑わせようとした。一緒に居た美柑は彼の行動に笑う事が多く、そのお蔭で泣き止んだ事もある。……真白は彼の思いを今なら理解出来、それは今ナナが願う事と同じだと考える。故に真白は答えた。

 

「……笑わせる」

 

「笑わせるって、どうやってだよ?」

 

「……ナナにしか、出来ない事……きっと、ある」

 

「私にしか……笑ったら、あいつも少しは元気出してくれるかな?」

 

「……笑顔は……暖かく、なれる。……大丈夫」

 

 胸に両手を当てて告げる真白の言葉にナナは「そっか」と呟いた後、ベッドから立ち上がって笑顔を見せる。

 

「笑わせる為にも、まずはあたしが笑ってないとな!」

 

 そう言って八重歯を見せ乍ら振り返ったナナの顔を見て、真白は静かに頷いた。話を終えたナナは真白にお礼を言って部屋の外へ出て行き、1人残った真白は小さな欠伸をしてベッドへ横になる。まだ少しだけ慣れない新しい環境を感じ乍ら、ゆっくりと目を瞑った真白はそのまま静かに寝息を立て始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。彩南高校付近を歩いていた真白達の中で、校門の近くを歩く少女の姿に気付いたナナが大きく手を振ってその名前を呼びながら駆け出す。

 

「おーい! 芽亜!」

 

「!」

 

「どうしたの? 真白」

 

 ナナの声に振り返った少女、芽亜はその姿を見て驚いた後に更に後ろに居た真白達の姿を見る。だが一瞬だけであり、近づいて来るナナと会話を始めた芽亜。真白はナナの友達が芽亜である事を今、初めて知った為に思わず足を止めていた。それに気付いたララが首を傾げて聞けば、真白は首を横に振って歩みを再開する。

 

「そう言えばナナが紹介した時、シア姉様とヤミさんは居ませんでしたね。彼女は黒咲 芽亜さんと言って、ナナに出来たお友達です」

 

 モモの言葉にヤミへ視線を向けた時、彼女が頷いた姿を見てその事実を受け入れた真白。昨晩ナナが笑って欲しいと思っていた相手は芽亜の事だったのだろう。『お姉ちゃんと喧嘩した』と言うのはつまり、ヤミと上手く行ってない事を現していた。ナナに初めて出来た友達であり、自分達に襲い掛かって来た芽亜。真白の思いは複雑であった。

 

「なぁ、芽亜。今日の放課後空いてるか?」

 

「え? うん、大丈夫だよ。何処か遊びに行くの?」

 

「ちょっと見せたい物があってさ。この後、紹介出来なかったもう1人の姉も紹介するよ!」

 

 笑顔で話し掛けるモモの言葉に首を傾げながら質問する芽亜の姿は彩南高校に通う普通の1年生に見える。今まで危険な姿しか見ていなかった真白はナナと話をする姿を見て無意識に行っていた警戒を少しだけ緩めた。気付けば校門を通過して下駄箱へ辿り着いていた真白達は、1年生と2年生に別れて教室へ向かった。

 

 挨拶を済ませ、朝のHRも終わった時。教室の外から聞こえるナナの声に真白は廊下へ出る。そこにはモモと話をするナナと、それを眺める芽亜の姿があった。

 

「あ、シア姉! 紹介するよ! あたしの友達だ!」

 

 真白の姿にナナが笑顔で芽亜を紹介すれば、彼女は微笑みながらお辞儀をして口を開いた。

 

「真白先輩、おはようございます♪」

 

「……芽亜……おはよう」

 

「? 御2人は既にお知り合いですか?」

 

「そうなのか?」

 

 名前を名乗らずに挨拶する芽亜と、名前を聞かずにその名前を呼ぶ真白の姿に少々驚いた様子でモモは質問する。ナナも同時に芽亜へ聞き、2人は両者へ同時に頷いて肯定した。そして再びその視線を合わせた時、真白の後ろから出て来たヤミの姿に芽亜は再び微笑んだ。

 

「おはよう、ヤミさん(・・・・)

 

「おはようございます、黒咲 芽亜」

 

 ヤミと挨拶する芽亜の姿に再び驚いたナナ。その後、彼女は彩南高校の一生徒として会話を続ける。ヤミが姉である事も、真白を狙った事も当然口には出さない。そして真白とヤミもまた、彼女の正体を明かす事は無かった。それは真白が数日前、ヤミに言われた言葉が理由であった。

 

『彼女は私と同じ様に生まれ、ですが私と同じ様な家族には出会えなかった。黒咲 芽亜は真白達と会えなかった時の私です』

 

『……』

 

『彼女にも知って欲しい。兵器としてでは無い、人としての生き方を。家族の暖かさを』

 

 それは姉として、人として願う彼女の思い。家族であるリトを殺させようとする芽亜を、自分達に仕掛けて来る彼女を簡単に許す事は難しいだろう。だが知らない故の行動ならば、知ってもらう事で彼女を変える事が出来るかもしれない。微かな望みを真白とヤミは胸に抱き、彼女を『ナナの友達』として改めて受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後を迎えた時、ナナは芽亜の手を掴んで2年A組へ走った。宇宙人としての脚力を活かして猛スピードで走る彼女に、自分が地球人では無いと気付かれない様にし乍らも芽亜は着いて行く。そして教室の目の前に立った時、開いた扉から真白とヤミが姿を現した。

 

「シア姉! ヤミ! この後空いてるか!?」

 

「家で美柑が待っていると思いますが」

 

「それなら心配すんな! シア姉達を借りるってもう伝えといた!」

 

「……分かった」

 

 ナナは少しだけ焦った様子で2人の姿を前に聞き始める。本来なら休み時間に聞きたかった内容なのだが、紹介した際には色々な驚きでタイミングを逃し、他の休み時間には互いに都合が合わずに今を迎えてしまったのだ。結城家へ帰る前に何とか間にあったナナの言葉に真白を見ながらヤミが答える。しかし既に先手を打つ様に携帯を見せ乍らナナが告げれば、真白は静かに頷いて了承した。ナナは笑顔でお礼を言うと、真白の手を空いていた手で掴んで走り始める。

 

「ナナちゃん、何処に行くの?」

 

「行って見てのお楽しみだ!」

 

 未だにナナが連れて行く場所を知らされていない芽亜が質問するが、走りながら八重歯を見せて笑うナナは答えを言わない。下駄箱や校舎を通って彩南町の商店街を走ったナナは、やがて河川敷にその足を進める。人通りが少なくなり、鉄橋や川が見える見晴らしの良い場所。そこでようやくナナは足を止めると、2人の手から自分の手を離して両手で口元に円を作る。

 

「お~い! マロン! 居るかー?」

 

『ワンっ!』

 

 大きな声でナナが名前を呼んだ時、少し離れた場所から突然姿を見せた1匹の犬がナナに向かって駆け寄り始める。だが突然犬は進路を変えると、迷わず芽亜の身体へ飛びついた。突然の事に驚き、犬の突撃に尻餅をついた芽亜は自分の身体に乗って荒い息を吐く犬と見つめ合う。

 

「この子は?」

 

「あたしの友達で、春菜のペット。西連寺マロンだ! 変な顔だろ?」

 

 犬……マロンはボストン・テリアと呼ばれる犬種であり、宇宙でその種は珍しいのだろう。お世辞にも美形とは言えないその顔が面白かったのか、ナナの言葉に芽亜はその身体を両手で持ち上げて眺める。そしてしばらく黙った後、突然笑いが我慢出来なかったかの様に噴き出した。

 

「本当だ、変な顔!」

 

 芽亜は笑顔になってナナの言葉に頷きながら答える。マロンがナナに視線を向け乍ら吠え、それを聞いてナナが「頼むぜ」と告げた時。マロンは芽亜へ再び向いて舌を伸ばす。動物と会話を出来るナナはマロンに予め何かを伝えていたのだろう。突然舐められた事に芽亜が驚いた時、マロンは足元へ着地して芽亜の露出した足を舐め始める。

 

「きゃ! あはは! くすぐったい!」

 

 マロンと笑顔で戯れる姿を真白は無表情乍らその奥に優しい笑みを浮かべて眺める。ナナの速度に知られている故、隠す事もせずに着いて来ていたヤミも同様であった。芽亜の姿は純粋で可愛らしい少女であり、その姿が2人の思いを強くする。っと、芽亜を舐めていたマロンが真白とヤミに気付いてナナへ視線を向けた。

 

「ん? あ、あの2人は……待てよ? 芽亜が笑ったみたいにシア姉も笑わせられるかも!」

 

 ナナはマロンが2人を気にした事で答えようとして、思い至る。元気の無かった芽亜が現在甘えられる事で笑顔を見せている。なら可愛い動物達に囲まれて、一斉にじゃれる事で真白の無表情も笑顔に出来るのではないか? と。そう思った時、ナナはデダイアルを手に空へ掲げていた。

 

「来い! あたしのペット達!」

 

 その言葉と同時にナナの周りで白い煙が沢山出現し、そこから様々な生き物が飛び出し始める。そのどれもが地球には存在しない奇妙な動物達であり、ナナ曰く宇宙の彼方此方で知り合った友達。との事であった。動物達は一斉に芽亜や真白達に群がり始め、じゃれつき始める。それはナナに呼ばれた際、この場に居る者達に甘えて欲しいと言うお願いを聞いての行為であった。身体を擦りつける物や舐める物が居る中、芽亜を舐めていたマロンが対抗心を燃やし始める。マロンに取って相手を舐める事は最大級の甘え方であった故に。

 

「ちょ、んぁ! まってぇ」

 

「お、おい! やり過ぎ、ひぁ! し、尻尾をしゃわるにゃ~!」

 

「ん、ぁ……!? んんっ! せなか、は……だ、め……!」

 

「くっ、ニュルニュルが纏わり着いて……力が……」

 

 暴走とも言える動物達の甘える行為は徐々にナナの手に負えなくなり始める。芽亜の身体中を舐め、ナナの尻尾を擦り、真白の背中に入り込み、ヤミを滑る触手で絡み取る。様々な生き物達が居る為、様々な攻めを受ける事となった4人。ナナが持っていたデダイアルで全員を宇宙に戻そうとするが、突然小さな猿がそれを掴んで飛んで行ってしまった事で送り返す事も出来なくなってしまう。

 

「それ、返せ! ふぁ!」

 

 飛んで行った猿に手を伸ばして動こうとしたナナは尻尾を攻められて倒れてしまい、臀部を中心に動物達に甘えられる。快感から抜け出せない芽亜は只管手を伸ばし、その手を掴んだのは真白であった。お互いに引き寄せ合い、間近に迫った時。快感に乱れる芽亜と必死に声を抑える真白は互いの顔を見合った。

 

「真白、先輩ぃ、あぁ!」

 

「んっ、め……あ……んんっ!」

 

 気付けば互いの身体が触れあう位置で手を繋ぎ合った2人を中心に動物達が甘える構図が出来上がっており、微かに蕩けた芽亜の声が真白を呼ぶ。握る力を強くして返すものの、真白の声は弱々しかった。逃げ出す手段の無い4人は動物達に甘えられ続け、何時まで続くのかと思った時。救世主となる者の声が響いた。

 

「ナナ! 受け取って!」

 

「あ、姉上……てりゃぁぁ!」

 

 それはララの声であり、ナナは自分の元へ飛んできたデダイアルに手を伸ばす。ギリギリのところでそれを受け取った時、ナナは迷わずにボタンを押した。途端、マロンを残してその場に居たナナのペット達は一瞬にして宇宙へ送り返される。後に残されたのは乱れた服装の4人だけだった。

 

「た、助かったぁ~」

 

「はぁ、はぁ。吃驚、したね?」

 

「ん……大、丈……夫?」

 

「私は、問題ありません……」

 

 解放された事で安堵するナナを見て芽亜が口を開けば、真白が頷いた後に3人を見ながら確認する。まだ呼吸が荒いものの全員怪我は無い様子であり、真白はそれを確認して胸を撫で下ろす。っと、4人の元へドレスフォーム姿のララが舞い降りた。

 

「大丈夫?」

 

「あぁ、助かったぜ姉上」

 

「メアちゃんを元気付けたいって言ってたナナが気になって来て見たけど、正解だったね!」

 

「え……」

 

「あ、姉上!」

 

 ララの言葉に驚いた様子でナナへ視線を向けた芽亜。ナナは隠して置きたかった思い故にララの言葉で恥ずかしそうに顔を赤くし、その様子で真実だと芽亜は理解する。それと同時に何かを感じた様に胸へ手を当てた芽亜。ララはナナが隠そうとしていた事に気付き、だがばらしてしまった故に笑顔で芽亜へ視線を向けた。

 

「ナナはね? メアちゃんに笑って欲しかったんだよ。お姉ちゃんの事で最近元気が無いから、元気を出して欲しいって」

 

「何で姉上知ってるんだよ!?」

 

「えへへ。真白の部屋で話てたの、聞いちゃった!」

 

「ち、ちち違うからな! あたしはそんな思いで芽亜を呼んだ訳じゃないからな! ちょっとあたしの友達を紹介して、喜んでくれるかな~と思っただけだからな!」

 

 ララの暴露に驚いて質問すれば、舌を出しながら答えたララ。真白との会話を聞いていたと聞いた事で、芽亜は真白へ視線を向ける。何も言わずに静かに頷く真白の姿を見て、芽亜は立ち上がると座り込むナナへ近づいた。ナナは顔を伏せて芽亜の行動に気付かず、言葉を続ける。

 

「でもこんな事になっちまって……悪いな、芽亜」

 

「ううん。嬉しかったよ。それに楽しかった! ありがとう、ナナちゃん!」

 

「! 芽亜……」

 

 謝るナナへ首を横に振った後、花の咲く様な笑顔でお礼を言った芽亜の姿にナナは目を見開いて驚く。だがすぐに照れくさそうに顔を背けた後、芽亜が差し出した手を取って立ち上がった。……そんな光景を優しく見守っていたヤミの隣に真白は移動する。

 

「……大丈夫」

 

「はい。彼女はきっと、変われます」

 

 笑い合うナナと芽亜の姿を眺め、2人は優しく見守るのであった。



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第87話 レン、第三次性徴を求める

「少し、良いか?」

 

 移動教室の為、荷物を手に廊下へ出た真白とヤミは声を掛けられて振り返る。そこに立って居たのは銀色の髪とその背後に混ざる黒い髪が目立つ男子生徒、レン・エルシ・ジュエリアであった。ルンと身体を共用している彼は現在、普通の生徒として彩南高校に登校していた。普段はアイドルとして活動している為、特別に休みを貰っているルン。だが同じ存在でありながら違うレンに特別は通用しなかった。一応は宇宙人である事を隠して居る為、最低限登校する必要があるのだ。

 

「これを渡して欲しいとルンに頼まれたんだ。受け取ってくれ」

 

 レンがそう言って渡したのは1枚のCDであった。パッケージには可愛らしい衣装のルンが笑顔で映っており、何度か受け取った経験のある真白はそれを手にするとお礼を告げる。が、レンが何処か難しい表情で自分の姿を見つめていた事で首を傾げた。

 

「いや、不便だと思ってな。僕とルンは当たり前の様に同じ身体を共有して来た。だけどこの地球(ほし)に来て、それぞれしたい事が出来てしまった。本当ならそれもルンが自分の手で渡したいと言っていたんだ」

 

「……そう」

 

 それはメモルゼ星人であるレンとルンにしか分からない悩み。受け取ったCDを見ながら真白がルンの姿を思い浮かべていた時、彼の言葉を聞いていたヤミが今度は首を傾げる。

 

「まだ第三次性徴は来ていないのですか?」

 

「第三次、性徴?」

 

「以前図鑑で読んだ覚えがあります。メモルゼ星人は第一次、第二次を経て第三次性徴を迎える。そこで晴れて成人の身体になる。と」

 

「そうなの、か?」

 

「はい。成人になる。それはつまり2人の独立した男女になると言う事です。年齢から考えるに、何時来ても可笑しく無いと思います」

 

 「宇宙人と地球人では成人に差がありますから」。そう続けたヤミの言葉に驚きの余り声も出せなくなっていたレン。普段から本を読む事の多いヤミの博識さに真白がその頭に手を乗せて褒める様に撫でれば、微かにくすぐったそうにしながらもヤミはそれを受け入れる。そして真白がヤミの頭を撫で続けていた時、我に返ったレンが空いていた真白の手を突然握った。

 

「協力してくれないか! 僕とレンが分離出来る様に!」

 

「?」

 

 レンの言葉に真白は再び首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、成長したい。と……そう言われてもね」

 

 レンの願いを叶える方法として一番最初に思い浮かんだのは、誰よりも身体に詳しい御門の存在であった。保健室にやって来た真白・ヤミ・レンの話に顎に手を添えて考える御門。その様子は何か心当たりがある様にも見え、レンは「あるんですか!?」と詰め寄りながら質問する。

 

「無理に身体を成長させる事はお勧めしないわね。身体に過度な負担が掛かってそれ以降の成長が止まったり、何か副作用があるかも知れないもの」

 

「そんな。何か方法は……」

 

「一番良いのは時が来るのを待つ事ね」

 

 肩を落とすレンにそう言って回転椅子を回し、背中を向けた御門。ヤミの言う事が本当ならば、必ずその時が来る。御門の言葉は正論であり、だが別々になれるかも知れないと希望を抱いたレンは今すぐにでもそれを起こしたかった。自分が自由である為に。ルンが自由である為に。

 

「そうね。身体に精神が着いて行く様に、精神に身体が着いて行くって考えもあるわ」

 

「?」

 

「大人になれば良いのよ。例えば……階段を上って見る。とかね?」

 

「お、大人の階段……!?」

 

 突然思いついた様に半身だけ振り返って告げた御門の言葉に衝撃を受けたレンは、言うと同時に固まってしまう。御門は思わせぶりな笑みを浮かべており、固まった彼の姿を見て席から立ち上がった彼女は真白の元へ近づき始める。何をしようとしているのか分からずに首を傾げた真白に微笑み、御門はその身体を片手で抱き寄せた。

 

「見分でも勉強出来るわ。少しは大人になれるかも、ね?」

 

「んっ……涼子?」

 

「……」

 

「な、何を僕に見せる気だ!?」

 

「それは勿論、大人の行為(・・・・・)よ」

 

 含みのある笑みを浮かべながら、抱き寄せた真白の首筋を軽く撫でて見せた御門の姿にジト目になるヤミと驚いたレン。彼の言葉に御門は続けた後、真白の胸元やスカートの中に手を入れ始める。リト程初心では無いが、人の行為を見る趣味の無いレンは目を反らした。が、そんな彼の姿を見て御門は口を開いた。

 

「目を背けていては、勉強出来ないわよ?」

 

「ひぅ! 舐め、ない……で……」

 

 真白の耳を舐め乍ら言った御門の言葉に意を決してその姿を見ようとしたレン。内側に居るルンが羨ましさと見ていたいと言う感情の板挟みになっていて煩いが、分離出来るならばレンは必死に我慢する。だが弄られる真白の姿を見ようとした時、レンは頭に強い衝撃を受けて意識を失う事となった。

 

「ドクター御門。そこまでです」

 

「意識を奪ったら何の意味も無いわよ?」

 

「そんな真白を見せる訳にはいきません」

 

 ヤミの言葉に溜息を吐いた後、御門は真白から離れて気絶したレンをベッドに運ぶ。その時、突然彼の周りが光出した事でその場に居た全員は驚いた。徐々に強くなる光はレンの姿を掻き消し、やがてその光から飛び出た何かが勢いよく真白の元へ。自分よりも少しだけ大きいその身体に真白は押し倒され、もう1つのベッドに転がる。

 

「あれ?」

 

 訳も分からない様子で自分の下に居る真白を見つめるのは、何も纏わない裸のルンであった。だが彼女が居るにも関わらず、他のベッドには未だにヤミの攻撃を受けて気絶する制服を着たレンの姿がある。……静寂の後、ルンは最高の笑顔で真白の身体に抱き着いた。制服越しに出来るだけ真白を感じられる様、身体のあらゆる場所を密着させて。

 

「分離出来たよ! 真白ちゃん!」

 

 レンとルンはこの日、別々の身体を得る事が出来た。御門の行為もヤミの行為も関係なく、単純に第三次性徴を迎えたのだ。心から喜ぶその姿に水を刺す訳にも行かず、真白はルンが満足するまで抱きしめられ続ける。その後、目覚めたレンも歓喜する姿を眺めた真白達。レンが登校する為にオフであったルンは、残った自由な1日を真白と共に過ごすのであった。



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第88話 お静の不安、真白と結城兄妹

 日曜日。結城家で住む様になった真白だが、変わらず1週間に1度は御門の家を訪れていた。顧問をしている訳では無いが、部活等がある故に土曜日と平日は彩南高校に居続ける御門。しかし日曜日は朝から晩まで家の為、真白が家に入れば最初にお静が。次に寝起きの御門が出迎えた。

 

「朝ご飯、作りますよね?」

 

「ん……」

 

「用意して来ます!」

 

 お静がそう言ってキッチンへ向かったのを見て、真白も後を追おうと動き出した時。去って行ったお静の姿を見ていた御門が静かに口を開いた。

 

「昨日からあの子、少し様子が可笑しいのよ」

 

「?」

 

「何処かうわの空で、時折何かに怯えているみたい。心当たりはあるかしら?」

 

 御門の言葉に首を傾げた真白は、続けられた問いに首を横に振って答えた。学校でお静と一緒に過ごす回数は決して少ない訳では無い。だが一緒に居ない時も当然あり、その間に起きた出来事に関して真白は知る由も無かった。御門は「出来れば気に掛けてあげて」と言って部屋へ戻って行き、残された真白はキッチンへ。既にリビングではテーブルを前にしてジッと椅子に座るヤミの姿があり、彼女の視線を受け乍ら真白はキッチンの中へ入る。

 

「……」

 

「……危ない」

 

「へ? あ、すいません!」

 

 入って早々、真白が見たのは包丁を手にし乍ら自らの手を見ないお静の姿であった。動かしていた包丁は片手で抑えた野菜を適当な大きさに切ってはいるが、その大きさはどれもバラバラ。放って置けば怪我をする可能性もあり、真白は御門の言葉を思い出してお静から包丁を奪った。

 

「? 真白さん?」

 

「……何か……あった?」

 

 包丁を取られて首を傾げたお静は真白の質問に目を見開いた。彼女はある事を抱え乍ら、それをどうするべきか分からずに困惑し続けていた。それでも日常生活において支障が出ない様に、心配されない様に努めていた……つもりだった。真白の言葉でそれが出来ていなかった事を知り、お静は空笑いした後に決意した様子で真白と目を合わせる。

 

「黒咲 芽亜さんの事です」

 

「!」

 

 お静の言葉に今度は真白が目を見開く事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女がヤミちゃんの妹を自称している事も、真白達へ襲い掛かった事も既に知っているわ」

 

「そ、そうだったんですか! うぅ、『必死に悩んでいた私は一体……』」

 

 お静が抱えていた内容は数日前、彩南高校に居た時に興味本位で起こした事が始まりだった。新しくナナに紹介されて交流を持つ様になった黒咲 芽亜ともっと仲良くなれる様に、彼女の中に霊体となって入ったお静。彼女の心の内を知る事が出来れば、より仲良くなれると思ったのだ。が、その結果お静は芽亜の過去を見てしまう。それはヤミを探す彼女が宇宙人を相手に戦う姿であり、更にその奥にあった『何か』によってお静は消される寸前になったと語る。何とか芽亜の中から抜け出す事には成功するが、その時に見つめられた芽亜の視線を思い出す度に彼女は震えてしまう。自分だけしか知らない芽亜の本性と、その内に秘めた『何か』。お静は誰にも相談出来ず、抱えていたのだ。だがお静は御門から告げられた事実に驚き、一気に脱力。身体からも抜けてしまう。

 

 真白とヤミが消息を断った時、御門は真白をお静にも隠して自分の元へ匿っていた。だが当然何の理由も知らされずに協力する訳では無い。ヤミから唯一説明を聞いていた彼女は既に黒咲 芽亜が唯の生徒では無いと知っていたのである。ヤミについてはその身体を調べる等して多少の知識を持つ御門。だが芽亜については分からぬ事ばかりらしく、警戒し続けてはいるものの現在出来る事は何も無かった。故に芽亜の本性を知り、共有する者は真白・ヤミ・御門の3人だけであった。が、今日この日お静が仲間入りする事となる。

 

「……内緒」

 

「既に貴女が彼女の内を知っている事を、彼女は知っている。その上でここに居られると言う事は、今すぐ手を出す気は無いと見て良いわ」

 

「ですが誰かに言おうとすれば、黙っている訳には行きません。必ず動きます」

 

 真白の言葉に御門とヤミが続ければ、流れぬ唾を飲んで緊張した面持ちで頷いた霊体のお静。正直者の彼女が周りに話をすれば、信じて貰える可能性は十分にある。だが始めての友達として芽亜を大事に思っているナナ等は否定する可能性もある。そして芽亜本人に確認しようとすれば……他の者にも危険及びかねない。今1度心の中に知ってしまった事実を抱えると約束した4人。他の誰かに話す事は出来なくても、自分と同じ事実を知る者が居る事にお静は安心するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結城家にて、暑さ故に薄着でアイスを食べる美柑は頻繁に時計を眺めていた。真白が朝早くから出た事は知っており、彼女が日曜日は結城家以外の場所へ行っていた事も当然美柑は知っている。だが日曜日は殆ど会えなかった真白の家は現在、結城家である。何時帰って来るのか気になっている美柑の姿にモモが微笑んだ後、ふと思い付いた様に口を開いた。

 

「そう言えば、シア姉様の子供の頃ってどんなだったんですか?」

 

「真白さんの?」

 

 モモは嘗てデビルークとエンジェイドの関係として交流していた時の真白しか幼い頃の彼女を知らない。エンジェイドが滅んだ後に逃げた彼女がヤミと出会い、そして地球に来た事は既に知っていたモモだが、どんな風に過ごしていたのかは何も知らなかった。記憶にある一番古い時から無口で無表情だった真白が今でもそうである為、その辺りは何も変わっていないと言う確信がある。が、それでも自分の知らない真白の幼少期がモモは気になった。

 

「う~ん、最初はあんまり上手く行かなかったよ。私もあまり覚えて無いけど、最初は避けてたみたい。怖いって、ちょっと思った記憶はある」

 

 「今はそんな事無いけどね?」。そう言ってアイスを口に入れた美柑は甘さを感じて微かに微笑んだ後、話を続けた。

 

「真白さんは今と同じで全然笑ってくれなかった。だからリトが必死に笑わせ様として、結局駄目で落ち込んでさ」

 

「ふふ、リトさんらしいですね」

 

「私は必死なリトがおかしくて面白かったけど……多分あの時、真白さんには私もリトも見えて無かったんだと思う」

 

 食べていたアイスの残りが少なくなり、美柑はそれを一口で食べ切るとテーブルに置いてあったお皿の上へ残った棒を置いた。モモは美柑の言葉に訳が分からず首を傾げ、美柑はそんな姿に何と続けるか悩む。だが少し考え続けた後、再び話を続けた。

 

「お母さんに拾われて、いきなり帰って来たと思ったら『新しい家族よ』って真白さんを紹介されてさ。私もリトも当然驚いたけど、真白さんからしたら受け入れられなかったのかも知れない。だって真白さんは本当の家族が居なくなって、一緒に居たヤミさんとも離れ離れになったんだよ? 私だったら、多分思っちゃう。『家族何てもう要らない』って」

 

「そう、ですね。2度も失ってしまったら、3度目が来ない様に自ら拒んでも不思議ではありません」

 

 モモは悲痛な面持ちで美柑の言葉に同意した。真白の家族を奪ったのが自分の父親故に、その痛みを感じさせてしまった事をモモは苦しく思ってしまう。

 

「でもね。どんなに真白さんが私達から距離を取ろうとしても、リトだけは絶対に諦めようとしなかった。『笑わないなら絶対に笑わせてやる!』って意気込んで、私も一緒に色々な事やらされたっけ。……でもある日、真白さんが私達に言ったんだ」

 

『……私は……家族じゃ、無い』

 

「……」

 

「それから真白さんはもっと私達を避ける様になった。普段から喋る事が少なかったけど、殆ど1日中話さない時だってあったんだよ?」

 

 今現在の生活を知るモモからすれば、それは驚くべき事であった。決して口数の多く無い真白だが、それでも彼女は挨拶もすれば話もする。結城家に来た時からそんな姿を見ているモモからすれば、リトや美柑との会話を拒否する真白の姿は想像する事すら難しい光景であった。

 

「それから、どうしたんですか?」

 

「さっきも言ったけど、真白さんは私達を避ける様になったよ。だから顔を合わせるのは家の事をしてくれる時と、ご飯の時だけ。一緒に居る時間も減って、機会も無くなって……だけどやっぱりリトは諦めなかったんだ。『俺達が諦めたら、誰が真白の家族になるんだ!』って」

 

 美柑はその当時の光景を思い出し乍ら告げる。真白が食事を終えて食器を片付け、リビングを後にする姿を見て幼い美柑が不安そうな表情で見つめる中。椅子から立ち上がったリトが拳を握って強い意志を込めた目で告げる姿を。彼はリビングから出て行った真白の後を追い掛けて、美柑も彼の背中を追い掛ける。

 

 

『真白!』

 

『……』

 

『っ!』

 

『……』

 

 階段を上がる真白の背に声を掛けたリト。真白は静かに感情すら失った様な無表情で振り返り、その姿を見てリトの背後に隠れる美柑の姿に再び階段を上がり始めようとする。だがリトは階段を上ると、離れ行く真白の手を掴んだ。

 

『!?』

 

『真白。お前がどれだけ俺達から距離を取っても、俺達は絶対に諦めないからな!』

 

 

「それからリトは真白さんを出来る限り1人にしない様にして、色々やったよ。私もリトの姿を見て真白さんと家族になるんだ! って思う様になった。真白さんが私達から離れれば、それ以上に私達は真白さんに近づいて……徐々に話も出来る様になった」

 

 1日置きでは変わった様に見えない距離だが、1月置きで見れば徐々にその距離は縮まる。何も話さず何も反応しない真白が話を黙って聞く様になり、頷く様になり、言葉を発する様になる。リトと美柑の諦めない心が真白の乾いた心を満たし始めていた。

 

「ある日ね? 真白さんが私達に聞いたんだ」

 

 

『……どうして』

 

『?』

 

『……私は……家族じゃ、無い。……なのに、何で……』

 

『真白さん……』

 

 

 当時の事を思い出しながら話す美柑の話にモモは続きが気になり、「何て答えたんですか?」と質問する。そこで美柑は優しい笑みを浮かべて答えた。

 

「リトがね。もう家族だ。って。『こうして一緒に居て。傍に居て楽しいと思えるなら、俺達はとっくに【家族】なんだって!』って。そう言ったの。私もその言葉で思ったよ。もう真白さんと私達は家族に成れてたんだって。前の真白さんだったら否定してたかも知れないけど、あの時真白さんは否定しなかった。それが凄く嬉しかったのは今でも覚えてる」

 

 暖かく感じる胸に手を当て乍ら告げる美柑の表情は優しく、モモは彼女の言葉を聞いて自分もまた暖かい感情を抱いた。

 

「それからずっと一緒に居て、でも真白さんは中学生の時に自分から家を離れちゃった。宇宙人だって事を隠しているのが辛かったから、なのかな? 家の事は私と真白さんでやってたから朝も夜も来てくれて、だから寂しくは無かったよ」

 

 それが美柑の語る真白の過去であり、その生活を続けていった果てに今がある。モモは話を聞き終えた時、溜息を吐いて美柑へお礼を言った。結城兄妹と真白が家族となる経緯は彼女の知りたかった事であり、聞く価値があったとモモは確信する。その時、突然玄関が開いた事で2人は顔を見合わせた。現在リトは2階に居り、ララとナナはセリーヌと共に異空間へ。故に結城家に帰って来るのは2人しか居ない。

 

「お帰り、真白さん! ヤミさん!」

 

 リビングから廊下へ向かった美柑は笑顔で2人を出迎えるのであった。



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第89話 お礼は愛情籠った唐揚げの味

 昼休みを迎えた時、真白はヤミと共に小さな袋を手にして教室から廊下へ出る。授業の合間にある休み時間に、『昼は用事がある』と伝えていた為に真白の事を誘う者はおらず、彼女が向かった先は違う階にある上級生の教室がある場所であった。教室から外に出て来る3年生達によって徐々に賑わう中、真白は探し人を求めて辺りを見回す。すると少し離れた場所から聞こえて来る、特徴的で聞き覚えのある高笑いがその耳へ届いた。

 

「天条院 沙姫の声ですね。恐らく傍に居ると思います」

 

 ヤミの言葉に頷いて声のした方へ歩き始めた真白。教室の中には居なかった様で、廊下を歩いていた2人はやがて3人で並んで歩く見覚えのある後姿を見つける。それは真ん中で意味も無く高笑いをする沙姫と少し呆れながらも横を歩く凛、「沙姫様、ご機嫌ですね!」と話し掛ける綾の姿。徐々に距離が縮まれば、黙って沙姫を見ていた凛が2人に気付いて振り返った。上級生の居る階に2年生が居る事と真白達が自ら近寄って来た事に怪訝な表情を見せた凛。そんな彼女の姿に気付き、沙姫と綾も真白とヤミに気が付いた。

 

「あら、三夢音さんにヤミさんではありませんか? 何か用ですの?」

 

「ん……これ」

 

「! 何だ……私に、か?」

 

 沙姫の質問に頷いた真白は話をしていた沙姫では無く、凛の前へ移動する。10㎝以上身長に差がある為、見下ろす形となった凛は真白が差し出した袋を前に困惑する。その様子は明らかに自分へそれを渡そうとしており、確認する様に聞けば静かに頷いて真白は肯定した。突然の事だった為、恐る恐る受け取った凛。袋の中を覗いてみれば、そこには小さなタッパが入っていた。

 

「な、何を貰ったの?」

 

「これは、唐揚げ?」

 

 言葉を発さない真白から突然渡された物に見ていた綾も不安を感じており、彼女の言葉で凛がそれを取り出せばタッパの中身が露わとなる。それは美味しそうな色の唐揚げであり、更に困惑する凛に真白は告げた。

 

「……美柑……お世話に、なった」

 

「夏の暑さに倒れかけたところを助けて貰ったと聞きました。それは真白と美柑がお礼の為に作った、一番の得意料理です」

 

 凛は真白の言葉とヤミの言葉を聞いて、数日前の出来事を思い出す。1人で買い物をしていた美柑が夏の暑さに意識を失い掛け、偶々通りかかった自分がそれを助けた事を。何度か沙姫が呼んだ集まりで美柑と顔を合わせた事はあった為、その日沙姫とは別に行動していた凛は美柑を自分の家に上げた。シャワーを貸して家で休ませ、何とか体調を元に戻す事が出来た美柑と様々な話をした凛。その会話の中には結城 リトと三夢音 真白の話も含まれていた。そして凛は美柑を結城家の近くまで見送り、その後の事は当然知る由も無い。だが現在こうしてお礼の品を渡されている事から、美柑が無事に帰宅して話をしたのは間違い無いと理解する。

 

「……ありがとう」

 

「礼が欲しくてした事じゃない」

 

「凛、ここは受け取って差し上げなさい。貴女にその気が無くても、貴女がした事は立派な人助け。(わたくし)も友達として、誇らしく思いますわ」

 

 お礼を言われて何とも言えない表情を浮かべる凛の姿に沙姫が告げる。既に用意された唐揚げは凛に食べて貰うために作られた物。その中には美柑と真白の感謝の思いが込められており、沙姫の言葉に凛はタッパを袋に戻すと頷いた。

 

「分かった。受け取ろう」

 

「ん……」

 

 凛の言葉に無表情乍ら何処か満足げに頷いた真白は一度お辞儀をしてその場から立ち去ろうとし始める。ヤミも全く同じ様にその場を去ろうとするが、そんな彼女達に沙姫が声を掛けた。

 

「お待ちなさい。貴女達、昼食はまだですわね?」

 

「? はい、そうですが」

 

「でしたら、今日は特別に私達と共に過ごす事を許可致しますわ!」

 

 沙姫の言葉にヤミと真白は目を合わせる。聞いていた凛と綾も驚いて目を見開く中、言葉を交わさずにヤミと会話を終えた真白は振り返って静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九条家。そこは大きな座敷の家であり、代々天条院家に仕えている家である。凛は放課後も長い時間を沙姫の元で過ごし、帰宅。家に人の気配はなく、凛は荷物を置いて今日1日の汗を流す為にシャワーを浴びる。暖かいお湯が頭から首筋や大きな乳房を伝って落ちる中、凛はその日1日を振り返る。何時もの様に沙姫の元で仕えていた自分の元に突然やって来た真白とヤミ。受け取った唐揚げとお礼の後、沙姫の言葉で共に昼食を取る事になった。

 

「思えば、初めてだったな……」

 

 凛は真白とヤミの存在を、特に前者に関しては警戒対象として知っていた。決して悪い事をする人物では無いが、何かと沙姫の障害になる人物として。故に凛は彼女に会う度、彼女を敵として見てしまう。それと同時に何時か打倒すべき相手としても。……だからこそ、彼女と共に昼食を取る時間は彼女を知る大きな機会となった。

 

 美柑はリトが頼りになる存在であり、真白は決して感情に乏しい訳では無いと語った。凛のリトへの認識は所構わず破廉恥な事を行う(ケダモノ)であった為、美柑の話を聞いて少しだけその認識を改めた。と同時に真白への認識も微かに改める。そして今日この日、昼を共に過ごした事で凛は美柑の言った言葉が真実であると知った。

 

「見た目は無表情だったが、な」

 

 普段話す事が無い故に沙姫は真白やヤミに色々な話をした。基本は聞きに徹する2人だが、答える時はしっかりと答える。好物は甘い物。得意な料理は唐揚げ。ララとの関係は昔からの友達であり、美柑やリトとの関係は血の繋がらない家族である。無表情乍らも答える真白の姿は傍から見れば感情が無い様にも見えたが、美柑の言葉を聞いた凛には少しだけ微笑んでいる様にも見えた。気の所為と言われればその通りかも知れない。が、美柑の言葉が嘘では無いと凛は確信していた。

 

 シャワーを止め、濡れた身体をタオルで拭きながら浴室を出た凛は着けていた下着とは別の下着を手に取る。大きな胸を下着で覆い、大事な場所も下着で隠す。そしてその上から自宅であり、他に誰も居ない為に一番動き易い格好になった凛。浴室を出て鞄を開けた時、その中に自分が持って行った荷物とは別の荷物を見つける。それは真白に渡された、美柑と真白特製の唐揚げであった。

 

「結城 リトの好物と言っていたな」

 

 昼食の際に食べようと思っていた凛だが、誘った沙姫が用意したのは大量の料理であった。真白達を含めた5人でも食べ切るのがやっとであり、話や食べる事に意識を向けていた全員はすっかり唐揚げの存在を忘れていた。凛だけが覚えており、だが満腹の腹に唐揚げを追加するのは苦しいと考えてそっとそれを鞄にしまったのだ。昼食で渡そうとしていた事から、冷める事は考慮されている筈の唐揚げ。会話の中でリトの好物が唐揚げと聞いていた凛は静かにそのタッパを開けた。当然暖かくは無いが、それでも美味しそうな香りがタッパを中心に凛の鼻を擽る。

 

「はむっ。……上手いな」

 

 直接手で掴んで口へ運んだ凛は1人静かに感想を呟いた。決してそれは今までで1番等と言う物では無い。沙姫の傍に居る事で、その気が無くても腕の良い料理人の作った料理を食べる事もある。断っても彼女が『一緒に食べますわよ』と半ば強引に誘う事もあるのだ。だからこそ、世界で指折りの料理人が作った唐揚げや他にも美味しいものを食べた事がある凛。だが、目の前に置かれる冷めた唐揚げの味を凛は美味しく感じた。名のある料理人が作る料理とは違う、何か。言うなればそれは……愛情の味。

 

「…………」

 

 その後、凛は1人故に言葉を発する事は無かった。だが彼女が就寝する頃、九条家のキッチンには洗い終わった空のタッパが置かれていたのだった。



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第90話 中途半端な猫化

『絶対に1人で行動しないでください。黒咲 芽亜に狙われる可能性がありますから』

 

 ヤミは定期的に御門の家で身体を見て貰っており、今までその間はヤミを連れずに過ごしていた真白。だがここ最近の出来事から1人になるのは危険だとヤミに告げられた真白は結城家の自室で静かに過ごしていた。質素な部屋に新しく用意された本棚には、ヤミと真白が読む為に入れてある本が並べられている。真白はその中から適当に1冊を手に取り、ベッドに座って読書を開始。部屋に居るリトやララ達にリビングでセリーヌと2人ソファで眠る美柑等、結城家は各々が静かに過ごしていた。

 

 しばらく何も無い静寂を真白が過ごしていた時、突然聞こえて来る足音に真白は本を閉じる。その足音は徐々に近づいており、やがて真白が居る部屋の扉をノックする音が響いた。本来であれば中から返答が返って来た後に開けるもの。だが真白の場合は声を余り出さない為、少しの間を置いて静かにその扉が開かれる。

 

「真白! 面白い発明が出来たよ!」

 

 笑顔でそう言って入って来たのはララであった。彼女は部屋の中に入って扉を閉めると、真白の元へ一気に近づいて同じベッドに座る。突然言われた言葉に真白が首を傾げるが、それを気になっていると解釈したララは小さな丸い何かを取り出して説明を始める。

 

「まだ名前は決まってないんだけど、これを使うと何でも好きな動物に変身出来るの!」

 

「……動物」

 

「真白はどんな動物が好き?」

 

 真白はララに言われて好きな動物を考え始める。基本的に変な生き物で無ければ動物に好きも嫌いも感じていなかった真白はふと、唯が風邪を引いた時にお見舞いに行った時を思い出した。彼女の部屋には沢山の猫が写真やぬいぐるみとして置かれており、彼女は猫が好きだと実際に口にもしていた。真白も猫は何方かと言えば好きであり、故にララの質問に真白は答える。

 

「猫だね? それじゃあここをこうして……行っくよ!」

 

「!?」

 

 答えを聞いたララは持っていた丸い何かを少し弄った後、それを掲げ始める。途端にそれは強い輝きを放ち始め、真白は驚いて目を閉じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでこうなったと」

 

「うん。完璧だと思ったんだけどな~、何処が間違ってたんだろ?」

 

「……にゃ」

 

 リビングにて、呆れ乍ら真白を見て告げるリトの言葉に頷きながらララは悩み始める。そしてそんな彼女の姿に真白は無表情のまま、静かに『鳴いた』。

 

 現在、真白の頭には人とは明らかに違う可愛らしい猫耳が生えていた。薄い銀髪の隙間から生える耳は彼女の思いとは関係なく稀にピクピクと動き、後ろ腰から生えた尻尾が意思とは関係なくゆらゆらと揺れ動き続ける。それは付けた訳では無く、ララの発明によって生えてしまったもの。話を聞いていたモモが驚きと別の感情から口と鼻を塞ぐ中、恐る恐ると言った様子で美柑が話し掛ける。

 

「真白さん、言葉は分かる?」

 

「……にゃ」

 

「分かるみだいでずね。でもおはなじをずる事は出来ない訳でずね」

 

「……んにゃ」

 

 美柑の質問に頷きながら返す真白だが、その言葉は鳴き声のみ。気付けば両方の鼻にティッシュを詰め込んだモモが真剣な表情で状況を整理し始めるも、その姿は余りにも滑稽であった。それでも真白はモモの言葉を肯定する様にもう1度頷き、リトが溜息を吐いてララへ視線を向ける。

 

「直す方法はあるんだよな?」

 

「時間で解除される様に作ったから、半日もすれば治ると思う!」

 

 リトの質問にそう答えたララは真白へ視線を向けた。今までも時間経過に伴って問題が解消された事柄が多数ある為、今回も大丈夫だと思ったリトは改めて真白を見る。猫耳と尻尾が生えてしまったその姿では流石に外出も出来ず、だが真白と美柑が一緒に買い物に行く予定を話し合っていた光景を見た記憶があったリトは確認する為に話し掛けた。

 

「美柑と買い物に行く予定だったんだよな?」

 

「……んにゃ」

 

「そうだよ。でも流石に今の真白さんを外には連れて行けないよね」

 

「あぁ。……仕方ねぇ、今日は俺と美柑で買い物に行ってくるよ」

 

「まぅまぅ!」

 

「はは、セリーヌも一緒に行くか?」

 

 少し考える様な姿を見せた後にリトが告げた時、傍に居たセリーヌがリトの頭へよじ登った。どうやら彼女も買い物に着いて行きたい様子であり、それを察したリトの言葉に彼女は笑って喜び始める。その後、リト・美柑・セリーヌの3人は買い物の為に外出。ヤミの居ない結城家には真白とデビルーク三姉妹が残る事となった。

 

「あれ? そう言えばナナは?」

 

「学校の宿題が分からないとかで今必死に勉強してます。あ、シア姉様。お菓子食べますか?」

 

 必死に頭を抱え乍ら勉強するナナの姿を思い出しながら答えたモモ。気付けば彼女の鼻からティッシュは無くなっており、彼女の提案に真白は頷いて答えた。それを見てモモは立ち上がり、キッチンの中へ。するとララが真白と目を合わせて口を開いた。

 

「ごめんね、真白。迷惑掛けちゃって」

 

「……にゃ……にゃぁにゃ……にゃにゃ」

 

「あはは、何言ってるか分からないや。でも慰めてくれたんだよね? ありがとう」

 

 ララの言葉に首を横に振って真白は言葉を話す様に鳴き始める。何を言ったのかがララに伝わる事は無かったが、何をしようとしていたのかは彼女に無事伝わった事で優しい笑顔を浮かべてお礼を言ったララ。ふと、彼女は無意識の内に手を伸ばしていた。真白の頭を撫でる為に伸ばした手が彼女の柔らかく暖かい耳の感触を感じた後に髪の肌触りを感じ、それと同時に擽ったそうに目を細める真白。……ララの手は止まらなかった。

 

「用意出来まし……!」

 

 何処か心地良さそうにララの手を受け入れる真白と、ニヤケ顔でそんな真白の姿を眺める幸せそうなララの姿を前に、ケーキと紅茶の乗ったお盆を持って戻って来たモモが固まる。2つの意味で美味しいその現状に素早くお盆を置いて地球に来て用意した携帯を取り出したモモ。2人がその行為を止める前に、機会のシャッター音が響いた。

 

「? ……にゃにゃ?」

 

「気にしないでください。ふふ、良いのが撮れました♪」

 

 音を聞いて真白がモモに視線を向けるが、既にモモの手に携帯は握られていなかった。もう1度お盆を手に近づいたモモは真白とララ、そして自分の前にケーキと紅茶を置く。何度か用意した事のあるモモは砂糖等の配分も完璧であった。美味しそうな香りにララが笑顔で「頂きます!」と言った時、真白も静かにお辞儀をしてケーキを一口。無表情な仮面が微かに微笑んだ様に見えて、モモの顔も無意識に笑みを浮かべていた。

 

「にゃ!?」

 

「シア姉様!?」

 

「だ、大丈夫!?」

 

 突然普段は聞けない様な大き目の声に驚いたモモとララが見たのは、口元を抑える真白の姿だった。テーブルの上には傾いたティーカップが残されており、淹れられていた紅茶が零れてしまっている。だが2人は拭く事を後回しにして真白の傍へ近づいた。そして何処か辛そうに口元を抑える真白の姿を見て大きな怪我が無い事を確認。安心した様に2人は溜息を吐いた。

 

「何があったの?」

 

「恐らく、猫舌なのかも知れません」

 

「猫舌?」

 

 理由の分からないララが首を傾げながら呟いた時、テーブルを拭く為に布巾を用意したモモが答える。ララは猫舌の意味を知らない様であり、彼女の聞き返しにモモは頷いてテーブルを拭きながら説明を始めた。

 

「地球の猫は熱い食べ物が苦手とされていて、そう言った食べ物が苦手な人の事を言うそうです。今シア姉様の身体は人型でありながら猫にもなっていますから、舌も猫になっていて不思議ではありません」

 

「……」

 

「今、淹れなおしますね。アイスティーで大丈夫ですか?」

 

「……にゃ……にゃにゃん」

 

「気にしないでください。私も配慮が足りていませんでしたから」

 

 倒れたカップを手にキッチンへ戻るモモに弱々しく真白が鳴けば、彼女は微笑みながら優しく返した。人の言葉が話せなくても、真白が『ごめん』と言ったのが伝わったのだ。その後、真白は特別に冷たいアイスティーを改めてモモに用意して貰う。冷房の掛かった部屋では寒くなりそうであり、ケーキと飲み物を飲み終えた真白は案の定身体を震わせ始めた。

 

「シア姉様! 今、何か温める物を……!」

 

「……にゃ……にゃ」

 

「真白?」

 

 震える姿に急いで立ち上がったモモだが、真白は首を横に振って同じ様に立ち上がるとリビングを後にする。向かった先は自室であり、彼女は中に入るとベッドで布団に包まる様にして横になった。心配で着いて来ていたララとモモは安心した様に溜息を吐くと、モモが「片づけて来ますね」と告げてその場を後にする。残されたララは少し考えた後、真白の部屋に入って扉を閉めた。

 

「はぁ。真白、可愛いな~」

 

 それはずっと感じていたララの本音であった。微かに頭だけを出して眠るその姿にまた手を伸ばしていたララは、優しく撫で始める。気持ち良さを感じた為か、徐々に包まれていた布団から身体を出し始めた真白。そんな彼女の姿に欠伸をしてしまったララは、微笑んで彼女の隣で横になった。手は未だに真白の頭を撫で続け、やがてその目が徐々に閉じ始める。

 

「おやすみ……真白」

 

 その言葉を最後に真白の部屋は2人分の寝息しか聞こえなくなる。その後、片づけを終えたモモが様子を見に来たものの、並ぶ姉と真白の姿を見て静かにその扉を閉めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戻った」

 

「やったね! 真白!」

 

 その日の夜、真白の頭と腰からは無事に耳と尻尾が無くなった。ララはその事に喜びを露わにし、後日改良を施した試作段階を春菜に見せる。だがその行為が再び波乱を引き起こし、春菜とリトがそれに巻き込まれる事等2人は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「? 何かしら……モモさんから?」

 

 同日。湯上りの唯が自室へ戻った時、携帯がメールを受信した音で彼女はそれを手に取る。メールの差出人はモモであり、件名には『猫が好きと聞いたので♪』と書かれていた。唯はその件名に首を傾げながら画面を下げ……そこに映る1枚の写真に目を見開いた。

 

「な、ななな何よこれ! まし、真白がねね、猫に……!」

 

 思わず画面を凝視して目が離せなくなってしまった唯。その写真は猫耳に尻尾を生やした真白がララに撫でられているものであり、唯は一体何があったのか心底気になりながらも心を落ち着ける。自室にも関わらず周りに自分を見ている視線が無いかを警戒した唯は、やがて携帯を操作して画面を閉じた。何かをやり切った様に溜息を吐いた唯はベッドに横になって天井を見つめる。

 

「何やってるんだか……私は」

 

 そう言ってゆっくりと唯は目を閉じる。その日以降、滅多に開かれる事の無い写真のフォルダに1枚の写真が追加された。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第91話 モモの自覚。安心安全? ドッチボール対決

【10話】完成。本日より10日間、投稿致します。


 モモは1人、彩南高校の中庭で考え事をしていた。事の発端は昼食の時、学年関係なくララ達にナナ共々誘われて食事をしていた時の事。

 

『そう言えばララちぃ。真白はまだ好きな人がいないって言ってたけど、ちゃんとアタックしてる?』

 

『うーん、そう言えば最近は何かした覚え無いな~。真白には振り向いて欲しいと思ってるけど、一緒に居られるとそれで満足しちゃうんだ!』

 

 里紗の言葉にララはそう言って笑顔を見せる。面と向かって大好きと言う事のあるララが真白の事を好いている事等、既に2年A組の誰もが知っている。だからこそ教室で何時もの声で告げるララの言葉に他の者達は驚きもしない。ララが真白の事を好きなのはモモとナナも知っている。『熱いね~』と未央がララの姿を見て呟く中、里紗が一緒に食事をしていたモモとナナに質問した。

 

『2人は好きな人とか出来た?』

 

『好きな人って言われてもなぁ、姉上とかシア姉とか上げたら切りが無くなるぜ?』

 

『ナナはお子様ね。そう言う意味の好き、じゃ無いわよ』

 

『はぁ? じゃあどう言う意味の好きなんだよ?』

 

『それは……』

 

 ナナの質問にモモは説明した。ナナの思う好きは親愛的なものであり、里紗の聞く好きとは恋愛的なもの。余りそう言った話が得意では無いナナは説明されるにつれて顔を赤くし始めるが、その後に続けた彼女の言葉でモモは固まってしまう。それは赤くしたナナを揶揄ったからこそ返された言葉。

 

『も、モモは好きな奴居ないのかよ!?』

 

 大人の様に「居ないわ」と返す事が出来れば、ナナの悔しそうな顔を見る事が出来ただろう。だがモモは何故かそれを言う事が出来なかった。一瞬浮かんだその顔が言葉を詰まらせ、だがそれは駄目だと振り払う様に首を横に振って考える。自分の心を。

 

「あれ? モモ、どうかしたの?」

 

「姉様……いえ、少し考え事をしていただけです」

 

「何か悩み? 私で良ければ相談に乗るよ!」

 

 考えるモモの前に現れたのはララであった。難しい顔で1人俯くモモの姿が気になって声を掛けたララ。心配そうにその顔を覗き込み、笑顔で続けた彼女の言葉にモモは少しだけ戸惑った後に口を開いた。

 

「もし、もしもです。自分の大事な家族が好きな人を好きになってしまった時、姉様ならどうしますか?」

 

「うーん……」

 

 例え話としてモモが告げた内容にララは顎に人差し指を当て乍ら考え始める。モモの中で自分が例え話に出て来た『自分』であるならば、身を引くべきだと彼女は思う。自分が諦めても、家族がその人を射止めれば傍に居る事は出来る。家族が幸せになり、自分はその人の傍に居られる。……それがモモが考える最善の選択。

 

「私は、諦めないかな」

 

「え……」

 

 だがモモの最善とララの最善は違う。ララの言葉に驚いたモモが目を見開いて顔を上げた時、ララは笑みを浮かべて続けた。

 

「家族がどんなにその人の事が好きでも、私は自分の好きを誤魔化したくない。負けたくないって思うから」

 

「で、ですが、それでは家族との仲が悪くなってしまうかも知れませんよ」

 

「う~ん、そうなのかな? 少なくとも私がその家族だったら、嬉しいよ!」

 

「う、嬉しい……ですか?」

 

「うん! だって、自分が好きな人を他にも好きになる人が居るって事でしょ? つまりそれだけその人は素敵な人だって思えるからね!」

 

 一般的な家庭ならララの様には行かないかもしれない。だがララだからこそ思える事がある。モモはララの言葉を聞いて驚きと共に大きな閊えが取れた様な気がして、立ち上がると同時に笑顔でララにお礼を言う。不思議そうな顔をし乍らも、晴れた様なモモの顔にララは笑顔で答えた。

 

「姉様。シア姉様の事、好きですか?」

 

「うん! 大好きだよ」

 

「ふふっ、そうですか……私もです♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くよ! それっ!」

 

 体育館にて、体操着姿のララは手に持ったボールを片手に目前で立つ真白へ声を掛ける。頷いた彼女の姿を見た後、ララは迷いなくボールを投降。地球人が出せない威力のボールが真白に迫り、だが難なく真白はそれをキャッチした。ボールの威力に見ていた者達の顔が一様に引き攣る中、ララは清々しい程の笑顔で告げる。

 

「うん! 大丈夫そうだね!」

 

「大丈夫な訳あるか! あんなのドッジボールで来たらキャッチ出来る訳無いだろ!?」

 

 彼女の言葉にクラスを代表してリトが告げる。これから始まるのはドッジボールであり、肩慣らしとして投げたララの投球は地球人である彼らにとって死の危険を感じさせる物であった。リトがララに力を抑える様に言い続け、ララもすぐに納得して笑顔で了承。不安を抱え乍ら試合は開始される。

 

「頑張ろうね、お静ちゃん!」

 

「はい! 頑張りましょう、春菜さん!」

 

「ララちゃんが居れば百人力。いや、万人力だぜ!」

 

「大丈夫なのかしら……激しく不安だわ」

 

 ララと共に戦うのはお静・春菜・猿山・唯の4人と他のクラスメイト達。対するのは真白・ヤミ・リト・里紗・未央の5人と他のクラスメイト達である。お互いを鼓舞し合う春菜とお静にララの投球で勝利を確信する猿山の姿を見て、外野に居た唯は頭を抱え乍ら呟いた。

 

「絶対に勝つよ!」

 

「外野は私達に任せて!」

 

 ララ達の背後でコート内に居る真白やリト達に大きな声で告げる外野の里紗と未央。2人の言葉にやる気を出すクラスメイト達を見て、リトも気を引き締める。遊びと思えば遊びかも知れないが、勝ち負けのある試合だと思えばそれだけで心構えは変わるもの。力を抑えたララを相手に何処まで善戦出来るかは分からないが、戦う以上彼も負ける気は無かった。……そして彼と同じ様に勝ち負けがある試合に置いて、甘んじて負けを受け入れる等許せない者が居た。

 

「真白、私から離れないでください」

 

「……」

 

 前と後ろの両方を警戒しながら告げる体操着姿のヤミを見て、真白はジッと彼女を見る。その表情は変わらないが、彼女の目は優しいものであった。現在は体育の時間に行われているドッジボールであり、ヤミの姿は真剣に授業を受けている様に見えなくも無いのだ。学生としての時間を満喫する様なヤミの姿は、真白から見て微笑ましいものである。

 

 体育の教師が笛を慣らした瞬間、ボールが放たれる。互いにボールを取っては相手に投球し、当てるか取られるかを繰り返し続けた一同。徐々に生徒達が外野に集まって行く中、コートの中に残ったのは5人であった。

 

「やりますね。お姫様(プリンセス)

 

「えへへ、負けないよ!」

 

 対峙するヤミとララの姿を怯えながら眺めるリトと、不安そうに見つめる春菜。真白もヤミに守られながら試合に参加していた為、当てられる事も無くコートの中に残っていた。現在ボールを持つのはララであり、対峙するヤミに満面の笑みを浮かべて投げる動作を見せる。彼女の行為にキャッチする為にヤミが構えた時、ララからそのボールは放たれた。だが力の抑えられたボールの速度はヤミから見れば低速でしか無く、片手で難なくそれをキャッチ。少し詰まらない様子を見せる。

 

「結城 リト。このままでは一生終わりませんよ」

 

「い、いや……でもな……」

 

 人よりも身体能力の高いララとヤミが人並みの力でボールを投げ合えば、軽々と取る事が出来る。それを繰り返していては永遠に試合は終わらない。ヤミの言葉にリトは頬を掻きながら困った様子を見せ、ララと共にコート内で立つ春菜へ視線を向けた。彼女はリトの視線に苦笑いを浮かべた後、口を開いた。

 

「ララさん。被害が出ない程度に抑える事は出来ないの?」

 

「う~ん、本気で投げて威力を分散させればどうにかなるかも!」

 

「威力の分散?」

 

「うん! ヤミちゃん! こっちに投げて!」

 

「色々と可笑しい気がしますが……どうぞ」

 

 春菜の言葉に思い付いた様子で告げたララはヤミへ両手を上げ乍らボールを譲ってもらう。戦っている相手へ渡す事に違和感を感じ乍らも、ヤミはボールをララへ転がす。それを受け取ったララはまた笑顔を浮かべた後、ヤミに片手でボールを向けて告げた。

 

「行くよヤミちゃん! 後ろに受け流すからね!」

 

「! そう言う事ですか……真白、私の横に居てください」

 

 何かに気付いた様子のヤミに言われ、彼女の横に移動した真白。やがてララがボールを放った時、それは肩慣らしに見せた剛速球と殆ど同じものであった。リトが驚く中、ヤミはそれを両手でキャッチ。途端に彼女の背後に猛烈な風が発生し、外野に居た者達の数名が大きく吹き飛んだ。

 

「はぁ!?」

 

「大丈夫です。当たっても怪我をする事はありません。威力をその後方に分散させているので」

 

「全然大丈夫じゃないよ!?」

 

 驚くリトにヤミが平然と告げるが、その言葉は後ろに広がる地獄絵図を無視しているからこそ出る言葉である。彼女にとって真白を初めとした者以外は有象無象なのだろう。関係ない人を傷つけない様に言われているが、こう言った場合の巻き込みは彼女の中で約束の範疇に無かった。春菜がヤミの言葉に思わず反応するが、時既に遅くボールは再び投球される。ララの投げ方を真似る様に威力を後ろへ分散させる投球。ララが笑顔でキャッチするその背後で、的目 あげるを初めとしたクラスメイト達が空へ舞い上がる。

 

「えいっ!」

 

「止めろララ!」

 

 リトが止めようとするもララは素早くボールを投げ返しており、それはヤミの上を通って外野に向かい始める。ボールが向かう先に居たのは唯であり、彼女は迫り来るそれにキャッチする事が出来ずに両手で身体を庇う。瞬間、彼女を襲ったのは痛みでも衝撃でも無かった。

 

「……え? !? きゃぁぁぁ!」

 

 恐る恐る目を開けた時、下を向いていた彼女の目に映ったのは自分の大きな胸であった。何も纏う事無く曝け出されたそれに驚いた彼女が自分の姿を確認すれば、身体の何処にも肌を隠す布が存在しない。……彼女の周りには弾けて使い物にならなくなった体操着の残骸が落ちており、現在彼女は生まれたままの姿であった。幸いな事に男子生徒はリト以外猿山も含めた全員がララとヤミの投球で吹き飛んだ為、気絶している事でそれを見られる心配は無い。が、何人かの女子生徒達にはバッチリ見られていた。……その後、彼女の悲鳴を最後にチャイムが鳴った事でドッジボールは終了。何とか制服に着替える事で唯は最初の被害のみで済むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……反省」

 

「はい」

 

「うぅ、足がぁ~!」

 

 その日、結城家で正座するララとヤミの姿があったのは余談である。



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第92話 再会、ドジッ子眼鏡教師。ネメシスと言う名

 その日、彩南高校の2年A組では1つの話題で持ちきりになっていた。担任の骨川が腰痛を感じ始めており、そのサポートとして今日から新しく共に過ごす先生。里紗や未央を中心にどんな先生なのか気にする生徒達の中、教室で席に座っていた真白とヤミは何も話そうとしなかった。

 

「真白はどんな先生だと思う?」

 

 話の輪に入っていたララが真白に声を掛けるが、彼女は一切それに答える事無く黙り続ける。どうにも様子が可笑しい事にララを初めとして複数人が首を傾げる中、リトはそんな真白の姿を見て微かに気が付いた。真白は今、『何かを思い詰めている』と。隣に居るヤミも様子が同じな事から同様であり、聞こうと席から立ち上がった途端に鳴り響いたチャイムがそれを止める。心配に感じ乍らも席に戻るララ達を前によろよろと担任の骨川が教室の中へ入ると、彼の後を追う様に1人の女性が姿を見せた。

 

 スーツを押し上げる大きな胸元。入り込む太陽の光が微かに反射する眼鏡の奥には、緑色の目が優しく生徒達を見渡す。長い金髪がゆらゆらと揺れ、リトを初めとした複数人が一斉に同じ事を思った。彼女はヤミに似ている。と。

 

「きょふから、副担任になるせぇんせぇいを紹介しまふ」

 

「ティアーユ・ルナティークです。よろしくお願いしますね」

 

 そう名乗った彼女の姿を真白とヤミはジッと見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨夜。真白とヤミは珍しく御門に呼ばれて彼女の家を訪れた。既に結城家での家事を済ませた後であり、お風呂に入る前だった2人は当然呼ばれた事に疑問を抱いた。だが彼女が無駄な事で、どうでも良い事で呼び出す事は無い。故にリト達へ一声掛けて訪れた彼女の家で、2人を出迎えたのは御門とお静。……そしてティアーユであった。

 

「……ぇ」

 

「……ティ、ア……」

 

「ぁ……あぁ……シンシア! イブ!」

 

 その姿を見た途端、微かに声を漏らしたヤミと震えた声で名前を呼んだ真白。同じ様に入って来た2人の姿を見た時、ティアーユの目は見開かれると同時にその瞳から涙が零れ始める。やがて嘗ての名前を呼びながら駆け出したティアーユは2人の頭を両腕で抱きしめて身体を寄せた。

 

「良かった、2人とも無事で……良かった!」

 

 ティアーユ・ルナティーク。ヤミを生み出した科学者であり、2人に取って失った家族である。

 

 感動の再会故に3人の心が落ち着くまで優しく見守り続けていた御門。その傍らでは3人の姿に涙を流すお静も居り、やがて何とか落ち着いた3人はリビングの席へ移動する。真白とヤミが隣に座り、その向かいにティアーユと御門が座る。お静は飲み物を用意する為に立っており、静寂が支配する部屋の中で最初に声を出したのは御門であった。お静に用意された珈琲を一口飲んだ後、業とらしく溜息を吐いて。

 

「ようやく会えたのに、何も話さない訳?」

 

「その、何を話せば良いか……」

 

 御門の言葉に少しだけ困惑した様子でチラチラと2人に視線を向けながらもティアーユは答える。御門との会話で上手く話し合いが出来る様に繋げたかった彼女だが、一向に口を開かない2人に御門はもう1度溜息を吐いた。

 

「明日からティアには彩南高校の先生になって貰うわ。もう手続きも済んでいる」

 

「!」

 

「今すぐにとは行かなくても、早めに素直になりなさい。互いに、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝のHRが終わると同時に猿山を筆頭にティアーユは2年A組の男子生徒達から質問攻めにあう。独身なのか? 恋人は居るのか? スリーサイズ等も聞かれ、戸惑うティアーユの姿を見兼ねて唯が止めに入る。だが男子達は止まらず、何とか落ち着かせようと動いたティアーユは足を教卓にぶつけて蹲った。痛そうにしゃがみ込む彼女を心配する声があり、彼女は安心させる為に笑顔で頭を上げた。が、今度は黒板の下にその頭を強打する。……結果、『金髪巨乳眼鏡ドジッ子教師』と言う肩書きが彼女についてしまう。

 

 涙目になる彼女の姿に萌えなるものを感じ、再び熱くなった男子達。唯たちもどう納めて良いのか分からず困る中、頭を抑えて蹲るティアーユの目の前に手が差し出された。それに気付いてティアーユが顔を上げた時、無表情に手を差し伸べる真白と「今の内です」と彼女へ告げるヤミの姿がそこにはあった。

 

「いい加減にしなさい!」

 

「年上美人に興味を持って何が悪い! 健全な男子高校生なら当たり前だ!」

 

「だからってセクハラは駄目じゃない?」

 

「そうそう、ティアーユ先生も嫌がって……あれ? 先生は?」

 

 唯の怒声を物ともせずに反論する猿山。彼の言葉にジト目で里紗が告げた時、頷きながらティアーユに視線を向けた未央の言葉で教室にいた生徒達全員が教卓へ視線を向ける。そこに彼女の姿は無く、蹲って隠れている訳でも無い。何処かへ行ってしまった事実に落胆する男子達と安心する唯の姿を見ながら、リトは真白とヤミが居ない事に気が付いた。……朝の時から様子が可笑しく、気にしていたリトはティアーユが教室に入って来てから2人が一様に彼女を見つめていた事にも気付いていた。

 

「まさか……な」

 

「結城君?」

 

「い、いや! 何でもないよ西連寺!」

 

 2人が共通して気にする相手。まだ会えていない家族の話はリトも聞いており、その可能性を考える。そして思わず呟いた言葉に聞こえていた春菜が声を掛け、リトは一気に緊張して両手を大きく左右に動かしながら誤魔化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白とヤミがティアーユを連れて逃げた先は屋上であった。昼休みなら人が居る事もある屋上だが、HRと授業の間にある短い時間に来る者は殆どいない。真白に手を繋がれたまま息を切らすティアーユは自分の体力の無さを後悔しながら顔を上げた。

 

「た、助かったわ。シンシア」

 

「……違う」

 

「あ……そうね。今は、真白。で良いのかしら?」

 

 ティアの言葉に首を横に振って真白は否定する。ナナやモモから『シア』と呼ばれている真白だが、実は過去数回訂正した事実がある。しかしその名前が染みついてしまっていた2人は中々直せず、結果的に諦めたのだ。が、ティアーユの場合はまた違う。理由を既に御門から聞いていた彼女は真白の言葉に名前を言い直し、静かに彼女は頷いた。

 

「イブも、ありがとう」

 

「私もその名前は捨てました。今は金色の闇……ヤミちゃんでも可です」

 

「そう……ね。……」

 

 今度は真白の隣に居たヤミへお礼を言ったティアーユ。だが同じ様に訂正されてしまい、その理由を考えてしまった故に彼女の表情は暗くなる。彼女の記憶の中に存在するイブは何時も笑顔で子供らしい子供であった。だが今現在目の前に居るのは笑顔を見せない無表情なヤミ。……その現実は彼女の心を苦しめた。

 

「ごめんなさい。私が貴女達を置いてしまったばっかりに……」

 

「……気にしていません。貴女が何をしようとしていたのか、私は知っていますから」

 

 ヤミの言葉でティアーユは顔を上げる。隣に居る真白はそんな彼女に頷いて答えた。嘗て、イブを生体兵器として使おうとしていた組織から彼女と真白を連れて逃げようとしたティアーユ。だが全てに気付かれていた彼女は組織から命を狙われる事となってしまう。一緒にいた真白も同じ様に狙われ、途中で彼女と分断されたティアーユは1人で逃げる他に選択肢が無かった。その後、ティアーユの知らぬ場所でイブと合流できた真白も彼女から引き離されて宇宙船で宇宙の海に。……だが今、この場に嘗ての家族は名を変えて、成長した姿でティアーユの前に立っている。昨夜の様に、再びティアーユの目には涙が浮かんだ。

 

「あれからずっと、貴女達を探した。何年も見つからなくて、数年経って裏の世界に名の知れた金色の闇を知ってすぐに貴女だと分かった。でも、信じたく無かった」

 

「……」

 

「明るくて優しかった貴女が、どれだけ絶望したらあんな生き方になるのかって。そしてシン……真白と一緒に居る事が出来なかったんだって」

 

 ティアーユにとってイブであったヤミが金色の闇として生きる道を選んだ事はつまり、自分と同じ様に真白と離れ離れになってしまった事を意味する。2人の大切な家族がどれだけ辛い目にあったのかを考え、始末されてしまった可能性も考えたティアーユは守れなかった自分に絶望。銀河の外れにある星で目立たず唯人形の様に暮らしていた。……だが、そんな彼女に転機が訪れた。

 

「ある日、裏の世界から金色の闇が消えたと聞いた時。何かあったと思った。消されてしまったかも知れないって、そんな事も考えてしまった。だけど私はもう1つの可能性も考えた」

 

「私が真白を見つけた。ですね」

 

 ヤミの言葉に頷いた後、ティアーユは言葉を続ける。

 

「最後に貴女が向かった場所を探して、行こうとして、でも私は怖気づいてしまった。もしそうじゃ無かったらって。最悪の可能性が頭から離れなくて、それが現実だったら私は……耐えられる自信が無かった」

 

 最悪な結末。それはつまりイブであったヤミが殺され、シンシアも既に死んでいた場合の可能性。殺し屋として生きていたヤミが命を狙われる事は日常茶飯事であり、自分と同じ様に抹殺され掛けたシンシアが生きている可能性も低い。何かが違えば、何方かが。或は2人とも死んでいて可笑しく無かったのだ。だが、やがて2人の生存を知らせる声が彼女に届く。それは真白とヤミが家族と再会する為に御門へ頼んだティアーユの捜索。彼女にも生活がある為出来る範囲は限られるが、色々な宇宙人の患者と接触する彼女だからこそ頼む事の出来る事であった。

 

「突然私が隠れていた星にミカドがやって来て、言ったわ。『貴女の家族が待ってるわ』って。私は居ても立っても居られなくなって、彼女と一緒に地球へやって来た」

 

「? ……昨日、じゃ……無い?」

 

「えぇ。ミカドは私の検査や今後の身の振り方に動いてくれて、終わったのが昨日だったの」

 

 ティアーユの言葉で真白とヤミは目を合わせる。日曜日に御門の家を訪れていた2人は特に何かを言われた覚えが無かった。現在は平日のど真ん中であり、ティアーユがやって来たのは数日前。平日には保健室にいる御門と顔を合わせる時もある為、彼女はティアーユを見つけて数日黙っていた事になる。ティアーユの為に行動していた事は明らかな為、そこに2人が怒りなどを感じる事は無い。だが再会させた時を想像して期待する彼女の姿が2人には想像出来た。

 

 突如響き渡るチャイムの音。短い時間故に話せた量はまだ少ないが、昨夜に比べれば少しだけ打ち解けたと言って良いだろう。再び家族の様に過ごす未来を願うティアーユと、再会を喜ぶ真白とヤミ。3人は授業に向かうため、頷き合って屋上を後にした。

 

「きゃ! ぁう……」

 

「……気を付けてください」

 

「……」

 

 途中、屋上から屋内に入る扉の足元にある段差で転んだティアーユへヤミが静かに注意する。形は違えど失った者が戻った事を実感した真白はそんな光景に僅か乍ら微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。今日は結城家では無く御門の家に行くと美柑にメールで伝えていた真白はティアーユと共に帰る為、教室で残っていた。徐々に生徒達が居なくなる中、唯や春菜とも別れてララ達をも見送った真白。隣には当然ヤミが同じ様に待って居り、やがてティアーユを残して教室の中は3人だけとなる。

 

「ふぅ、教師って思っていた以上に疲れるのね」

 

「……お疲れ」

 

「お疲れ様です」

 

「ふふ、ありがとう。まだ職員室で整理したりしないといけないから、先に帰ってても大丈夫よ」

 

「……待ってる」

 

 学生が部活をする様に、教師も放課後になってすぐに帰宅をする訳では無い。部活の時間よりも長く学校に残る事も当然あり、だが真白とヤミは今日がティアーユの初勤務故に早くあがれる事を御門から聞いていた。彼女の言葉に首を横に振って答えれば、ヤミも同じ意思を示す様に頷いて返す。2人の姿に少しだけ嬉しくなったティアーユは微笑み、「ありがとう」と告げて廊下へ。だが教室から出た時、彼女は何かに驚いた様に目を見開いて立ち止まる。

 

「……ティア?」

 

「! この気配は……!」

 

 様子が変わった彼女に真白が首を傾げた時、ヤミが何かに気付いた様子で彼女の前へ移動。真白も後を追う様に廊下へ出た。そこには廊下で窓の外を眺める長いおさげの少女……芽亜が立って居り、やがて彼女は3人の姿を見てニッコリと笑顔を浮かべる。

 

「こんにちは、博士。真白先輩にヤミお姉ちゃんも。……ゆっくり話したかったんだ」

 

 少女らしい笑顔で挨拶をしてお辞儀をする芽亜だが、顔を上げた彼女が次に見せた笑みは裏を感じさせるものであった。ティアーユがヤミを生み出した者であるならば、芽亜が生まれた事もまたティアーユが関係している。ヤミと真白が守る様に立つが、ティアーユは2人の肩に手を乗せると1歩前へ足を踏み出した。

 

「私も貴女と話したかったの。メアさん」

 

「へぇ、意外。一体どんな話をするつもりなのかな?」

 

 少しだけ驚いた様に目を開け、薄く笑みを浮かべながら気にした様子で芽亜が聞き返す。既に黒咲 芽亜について御門から話を聞いていたティアーユは彼女の事を知っていた。ヤミと同じ様に生まれ、ヤミを真白と再会する前に戻そうとしている事。それと同時にヤミの傍に居る真白を同じ世界へ引きずり込もうとして居る事。だがティアーユは彼女に敵意を向け様とはしない。優しい笑みを浮かべて静かにその手を差し出した。

 

「貴女が自分の事をどう思っていようと、私は貴女を兵器とは思わない」

 

「は?」

 

「貴女がヤミちゃんの妹なら、私にとっても妹だもの」

 

「……(マスター)の言う通り、愚か者だね。私は、私とヤミお姉ちゃんは兵器だよ。他の何物でも無い」

 

「いいえ、例え生まれた理由がそうだとしても。生き方次第で変わる事が出来る。別の生き方がある。貴女達は人に成れる」

 

 ヤミの似た容姿でヤミと同じ様な事を言うティアーユの姿に芽亜は目を見開いた。彼女へ感じていた冷たい感情が何かを感じ始め、だがそれを振り払う様に芽亜は首を横に振って声を上げる。

 

「他の生き方なんて要らない! 私は主が教えてくれた様に生きて、主の望み通りにヤミお姉ちゃんを。三夢音 真白を闇に誘うだけ!」

 

「プロジェクト・ネメシス」

 

「!」

 

 芽亜の言葉を聞いて静かにその言葉をティアーユが告げれば、再び驚いた様子を芽亜は見せる。真白とヤミは分からずにティアーユへ視線を送り、彼女は言葉を続けた。

 

「貴女を事を調べる内、見えて来た事があるわ。ヤミちゃんを生み出した『プロジェクト・イブ』と並行して進められた全く別の変身(トランス)兵器開発計画」

 

「へぇ、知ってるんだ」

 

「えぇ。でも開発は失敗して計画は凍結。彼女(・・)が生まれる事は無かった……筈だった。でも、そうじゃ無かったのね」

 

「流石天才科学者。色々分かるんだ……そうだよ。私の主はマスター・ネメシス。『プロジェクト・N(ネメシス)』から生まれた私やヤミお姉ちゃんと同じ変身兵器」

 

 彼女は語る。培養カプセルから出て最初に見た物が崩壊した研究所であった事を。そこで出会った存在が今現在彼女が主と慕う者……ネメシスである事を。生まれたばかりで何も知らない芽亜は彼女の言葉を聞いて兵器として生きる意味を知り、自分と同じ能力()を持つ姉が居る事を知らされ、戦う術を教えられた事を。姉の傍には1人の少女が居る事も聞かされ、地球に入って最後金色の闇として殺しの世界に生きる事を止めた姉を少女共々自分達の元へ引きずり込むべきべきだと言われた事を。

 

「貴女がどう思おうと、私達は兵器でしか無い」

 

「それでも、心があれば変わる事が出来る。私は貴女を兵器とは思わないわ」

 

「っ! 勝手にすれば! 私は主の教わった考えを曲げないから。必ずヤミお姉ちゃんも、真白先輩も彩南(ここ)から連れ出して見せる」

 

 自分を兵器として考える芽亜と人間として彼女を見るティアーユの思いは互いに相容れない。ティアーユの優しさの様なものを感じた芽亜は苦しそうな表情を浮かべながら強い声音で告げた後、自分の硬い意思を確かめる様に言って窓から外へ去ってしまう。芽亜が居なくなったと同時に緊張が解けたのか、座り込みそうになったティアーユ。ヤミと真白はそれに気付くと、彼女を後ろから支えた。

 

「……お疲れ」

 

「マスター・ネメシス。それが黒咲 芽亜の主ですか……」

 

「えぇ。私も忘れていた計画よ。合ってるか分からなかったけど、どうやら間違いないみたいね」

 

 労う真白と芽亜に関する事実で分かった主の正体を呟いたヤミ。ティアーユは確信が無かった様で、芽亜に鎌を掛けた事が彼女の言葉から2人には理解出来た。何とか心を落ち着かせて職員室へ向かう事にしたティアーユ。真白とヤミは教室で待つ事にし、廊下を歩く彼女は1人考える。

 

「彼女の言葉通りなら、ネメシスは真白の事を地球に来る前から知っていた(・・・・・)……?」

 

 ティアーユの疑問に答えられる者は誰も居ない。



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第93話 雷雨の日。唯の自覚

 芽亜がティアーユと話をしてから数日、彼女が目立つ行動を起こす事は無かった。新しい教員として迎えられたティアーユは御門の家で過ごしており、嘗て家族であった真白とヤミは結城家に住むリトや美柑達にだけティアーユとの関係を話した。リトは話を聞いてティアーユを結城家に迎えようと考えたが、真白とヤミがそれを断る。彼女達は既に話し合ったのだ。再会出来た3人は互いに何かが変わっていてもやはり家族である。だが真白にとって既に家族はヤミとティアーユだけでは無い。ヤミも結城家の者達と家族の様な関係になり始めており、ティアーユはそんな2人を新しい家族から引き剥がす真似はしたく無かった。故に決める。共に過ごす事はせず、だが心は常に共にあると信じる事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、彩南町は大雨であった。前日から天気予報で言われており、その予報では真白達が帰宅する放課後と時間は全く同じ。故に大雨が降るよりも早く帰る事が出来る美柑は『無理に急いで帰る必要ないからね?』と真白達に伝えていた。詳しい予報で適当に時間を過ごせば弱まる可能性が高い事を聞いていた真白達は美柑の言葉に甘え、その日急いで帰る事はしない。

 

「雨、止まないわね」

 

「ん……」

 

 中には雨の中でも急いで家に帰りたい為に帰宅する者は居る。だが真白と同じ様に雨が弱まるのを待つ者も当然居る。唯もその1人であり、廊下で止まない雨を眺める真白の隣に立って声を掛ける。現在ヤミは教室にいるララ達の話に巻き込まれており、芽亜は既に帰宅している事から彩南高校(ここ)は安全だと考えていた。

 

「! 光ったわね」

 

「……雷」

 

 突然窓の外が一瞬明るくなり、真白の言葉と同時に鳴り響く雷鳴が窓ガラスを揺らす。教室内では他に残っていた女子生徒達の数人が悲鳴を上げ、真白は家に居るであろう美柑を心配する。彼女は雷が苦手であり、間違い無く1人きり。何とか帰りたいと思った時、教室からヤミが姿を見せる。

 

「真白、雷です。美柑が怖がっているかも知れません」

 

「ん……」

 

 考える事は同じであった。ヤミの言葉に頷いて歩き出した2人の姿に唯は驚いて窓の外を見る。先程よりも強い雨風に再び鳴り響く雷鳴。普通に考えて今外に出るのは危険である。が、2人にそれを言ったところで諦めないのは火を見るよりも明らかであった。宇宙人だから大丈夫。……そんな思いを抱きながらも、唯は放って置く事が出来なかった。

 

「私も行くわ。美柑ちゃんの事は私も心配だし、1人残って居てもする事無いもの」

 

「……分かった」

 

 唯の言葉に真白は頷いて了承。下駄箱へ向かった3人は校舎の外に出る手前で降り続ける雨を今一度見つめる。傘を差したところで傘が壊れる可能性が高く、壊れなくても左右からの振り込みで濡れるのは間違い無い。だが1度帰る事を決めた真白とヤミに迷いは無かった。結城家から持って来ていた傘を手に真白が外に出ようとした時、ヤミがそれに待ったを掛ける。

 

お姫様(プリンセス)から発明品を預かりました。避け避けアンブレラくん、だそうです」

 

「大丈夫なの?」

 

「分かりませんが、使ってみましょう」

 

 ヤミが取り出したのは一見普通の傘であった。それは美柑を心配して帰宅しようとするヤミの姿にララが渡したものであり、少し大き目のその傘をヤミは開いた。目だけで入る様にヤミが促せば、真白と唯は同じ傘の中へ。そして3人が同時に歩み始めた時、雨は傘に当たる事無くまるで避ける様にして落ち始める。

 

「今回はしっかりした道具みたいね。これなら濡れる心配も無さそう」

 

「それでは行きましょう」

 

「ん……」

 

 心配していた唯が驚くべき光景に安心する中、ヤミの言葉で改めて3人は結城家へ向かい始める。真白とヤミだけならば走る事も可能だが、唯が一緒である以上そうは行かない。歩きながら帰路を進む中、轟く雷鳴が3人の鼓膜を揺らす。雷が苦手な訳では無い真白達でさえその音には驚く程であり、苦手な美柑が怯えている姿を想像した3人は少しだけ足を速める。が、それは突然起きた。小さな機械音と共に突如ヤミの持つララの発明品、避け避けアンブレラくんが勝手に閉じてしまったのだ。

 

「ちょ! 何で閉じちゃったのよ!」

 

「どうやら電池切れの様です!」

 

「……」

 

 強い雨風に大きな声で話す唯とヤミ。ララの発明品では珍しくしっかりした物だったが、今回の問題は持続時間だった様だ。真白は雨に打たれて風に髪を揺られながら静かに溜息を吐いて、2人の手を掴む。既に濡れてしまっている以上、走ったところで何の問題も無い。唯が転ばない程度のスピードで出来る限り早く走る事にしたのだ。Yシャツを瞬く間に濡らす雨が3人の服を透かし始め、結城家に到着した時3人は人に見せられない様な状態になっていた。

 

「ま、真白さん!? ヤミさんに唯さんまで! どうしたの!」

 

「……雷……鳴った、から」

 

「美柑が怖がっていると思って帰りました」

 

「私はその……ついでよ!」

 

「と、とにかくこのままだと風邪引いちゃう! 今タオル持って来るからシャワー浴びちゃって!」

 

 帰宅した3人の姿に驚いた美柑が理由を聞いて内心嬉しく思いながら、同時に3人の心配をして駆け出す。部屋の中が濡れない様にタオルを用意して浴室に向かってもらい、そこでシャワーを浴びる事になった3人は徐に服を脱ぎだした。真白とヤミは普段から共に入る事が多い為に何事も無さそうだが、早々一緒のお風呂に入る事等無い唯は何故か緊張してしまう。服を脱ぎ始める2人をチラチラと確認しながら、1枚ずつ唯は服を脱いでいき……やがて生まれたままの姿になった時。唯の目には同じ姿の真白とヤミが映った。

 

「? ……唯?」

 

「何でも無いわ! 何でも!」

 

「……」

 

 唯は真白の裸を見た時、一気に赤くなる顔を隠す様に目を背けた。様子のおかしい唯の姿に真白が首を傾げるが、彼女は必死に何かを隠すような素振りで答える。そこで何か察した様にヤミがジッと唯を見つめる中、3人は本来の目的を果たす為に浴室へ入った。シャワーを使ってお湯を出し始め、浴室内を温めながらそれぞれの身体も温め合う。しきりに目を閉じ続ける唯の姿に真白は不思議に思うも、深く質問する事は無かった。

 

「(臨海学校の頃は当たり前の様に見れたじゃない! 何で今はこんなに……)」

 

 自分の事でありながら理解出来ない事に唯は困惑し続ける。その後、何とかシャワーを浴び終えた3人は美柑が用意した着替えを着てリビングへ。真白とヤミは普段着だが、結城家に住んでいる訳では無い唯は必然的に借りる事となってしまう。何度かヤミと美柑は唯が着ている服を持ち主である真白が着ている光景を見ており、だが唯故に明らかな違いを感じる。……それは彼女の大きな胸であった。

 

「少し、きついわね……」

 

「それ真白さんの服だから、仕方ないよ」

 

「そう、真白の……!?」

 

 美柑の言葉に流そうとして流せずに唯は狼狽え始める。途端に洗濯で使う洗剤の香りとは違う何か別の香りを感じ始め、キッチンに立つ真白へ視線を向けた。外の雨風は未だに強く、今すぐ帰る事は難しいだろう。既に真白は美柑と話をして唯に夕飯を食べて行って貰う事にしており、美柑はそれを伝えると真白の居るキッチンへ向かい始める。その表情は笑顔であり、真白とヤミが雷の鳴り響いているこの状況で帰って来た事が嬉しいのだと唯は察した。

 

「私も何か手伝った方が……」

 

「止めて置くべきかと。2人の間に入るのは難しいと思います」

 

 料理をする2人の姿に何もせず待つのを申し訳無く感じた唯が立ち上がろうとするが、キッチンに立つ2人を見れる位置に座っていたヤミが首を横に振りながら告げる。彼女の言葉に最初は意味が分からなかった唯だが、すぐにキッチンに立つ2人の動きが速くなり始めた事でその意味を理解する事となった。言葉を交わさずに互いの意思を察して行動する2人の姿に驚きながらも、常に昼食を初めとして一緒に料理すると聞いていた唯は納得する。

 

 テレビも付けず、ヤミと共に料理を作る真白と美柑の姿を唯は眺め続けてた。不思議とその姿は飽きるものでは無く、気付けば時間が過ぎる。やがて玄関が開いた音で視線を外した唯とヤミは手の離せない2人の代わりに帰宅した誰かを出迎える事にした。

 

「古手川!? 何で……!」

 

「あ、唯だ! ただいま!」

 

「お帰り、ララさん。結城君。モモさんにナナさんも。真白が帰るついでに寄ったのよ」

 

「まぁ、そうだったんですか」

 

「その格好……今日は泊まってくのか?」

 

 帰って来たのは結城家に住む残りの面々であり、それぞれが一様に唯の存在に驚く様子を見せる。腕を組んで押し上げられた胸を更に強調する唯の姿にリトが顔を逸らす中、喜ぶララや説明を聞いて眠るセリーヌを抱きながら納得するモモを前に唯の恰好に気付いたナナが質問すれば、唯は首を横に振って否定する。

 

「雨が弱まったら帰るつもりよ」

 

「……それは難しいと思いますよ?」

 

 だが唯の言葉を聞いたモモが言った言葉に、今度は首を傾げる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか予報が変わるとは思わなかったわ」

 

「……明日の……朝まで」

 

 夜、真白の部屋にて。溜息を吐きながら呟いた唯の言葉に真白は続けた。夕方過ぎまで降り続けると言われていた雨は現在も降り続いており、唯はモモに言われた言葉を思い出す。それは携帯によって知る事の出来る最新の天気予報を見せ乍ら告げた事実。

 

『予報が変わって、この雨は明日の朝まで降るみたいですよ?』

 

「お兄ちゃんも泊まりになったみたいだし、ある意味丁度良かったわ」

 

「……嬉しい」

 

「! そ、そう……」

 

 雨が止むまで家に居るつもりだった唯は雨が止まない事実に最初は困った。だが話を聞いていた美柑が「泊まって行けば?」と言った事で唯は悩んだ末に1日世話になる事を決断。結城家に居る者達の中で一番仲が良い真白の部屋で一夜を過ごす事となった。自宅の両親へ連絡した唯は自分の兄が同じ様に友達の家で泊まる事になった事を聞き、自分も友達の家へ泊まると説明。迷惑を掛けない様に言われながらも了承を貰い、今に至るのである。

 

 現在、唯の服装は真白の私服から真白のパジャマになっていた。ヤミは美柑の部屋で過ごす事となり、既に夕食も済ませて後は眠るだけ。真白のベッドに2人で座ってた唯は恥ずかしさから顔を背けた後に立ち上がると、寝る為に真白へ布団が何処にあるのか尋ねる。が、真白はその質問に首を傾げた後に座っていたベッドを叩いて告げた。

 

「……ここ」

 

「? ここは貴女が寝るベットでしょ?」

 

「?」

 

 唯は真白の言葉に当たり前の事を告げるが、彼女は何故か首を傾げてしまった。何かが噛み合っていないと思った唯は真白の言葉を理解する為に考えて……彼女が自分に自分のベッドを譲ろうとしていると理解した。故にベッドは真白が普段通り使い、自分は布団を敷いてそこで寝ると説明。だが真白は唯の言葉に首を横に振った。

 

「……布団、無い……2人で……寝る」

 

「へ?」

 

 真白の部屋には最初から用意されているベッド以外に寝る道具が用意されておらず、基本的に同じ部屋で寝る者は同じベッドで眠る事が殆どであった。以前からヤミと一緒に寝ていた事もあり、真白からすれば自然の事。故に今日も当然の様に同じ布団で寝ると考えていた。が、それを聞いた唯は理解すると同時にその顔を赤くし始める。

 

 暗い部屋の中、自分の入っている布団の横を捲って誘う真白。その誘いに乗って布団の中に入った唯と真白は互いに惹かれ合って身体を寄せ合い、身体が火照り始めた事で着ていたパジャマを脱ぐ。離れる事はせずに裸のまま、互いに肌を触れ合わせ続けた2人はやがて口元を近づけ……唯は妄想の世界から現実に覚めた。

 

「は、破廉恥よ!」

 

「?」

 

 突然言い放った唯の言葉に真白は首を傾げる。唯は何とか別の布団を用意出来ないか話すが、既に美柑達は眠っている頃故に物音を立てれば起こしてしまう可能性もある。少し考える素振りは見せたものの、真白は首を横に振って否定。他に選択肢は無く、唯は少したじろいだ後に覚悟を決めると再びベッドの上へ。

 

「ね、寝るわよ!」

 

「……ん」

 

 寝る為に気合を入れる唯の姿を見て真白は不思議に思いながらも頷き、唯の隣で横になる。奥に真白が、手前に唯が並ぶ様にして横になった2人。真白は誰かと共に眠る事に慣れている為、短時間で寝息を立て始める。だがもう何年もの間、自室で1人寝ていた唯は落ち着く事が出来なかった。静かな寝息を聞いて真白の方へ向けば、そこには微かに穏やかな表情で眠る真白の姿が。気付けば唯はその顔を見つめていた。

 

「寝ている時は自然な表情なのよね……貴女は」

 

 無意識に伸ばした手が真白の髪を掻き上げ、微かにくすぐったそうに身動ぎする真白の姿を見て唯は微笑む。指の間を通る髪の心地良さを感じて、本人が寝ている故に恥ずかしがる事も無く唯がそれを続けていた時。眠っていた真白の身体が動き始める。仰向けだった身体を唯の方向へ向け、その身体へ抱き着く様に寝返りを打ったのだ。身長に差はあるものの、横になっている2人の頭の位置は同じ。故に至近距離で見つめる真白の顔と押し付けられ合う胸の感触に唯の顔は再び真っ赤に染まる。

 

「! !? っ!」

 

「……ん……すぅ……すぅ」

 

 真白を起こさない様に自分の手で口を塞いで唯は声にならない悲鳴を上げる。彼女の状況など知る由も無く眠り続ける真白は静かな吐息を立てており、唯は内に感じる早い心臓の鼓動に困惑した。シャワーを浴びた時と同じ、真白が傍に居る事で感じる胸の高鳴り……唯はそれが何か知っている。経験した事がある訳では無いが、知識として。だが、それは本来唯にとってあり得ない事であった。相手が真白である故に、くだらない事であると思っていた故に。

 

「ん……ゅ……ぃ」

 

「私……は……」

 

 眠りながら自分の名前を呼ぶ真白の姿を前に葛藤する唯は、やがて頭を左右に強く振って何かを振り払う。抱きしめられた身体は解放出来そうに無く、唯は諦めた様に真白の身体を自分もまた抱き返して目を瞑った。……そして夜は明ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……唯?」

 

「平気よ、本当に平気」

 

 翌日、目の下に隈を作った唯は真白に心配される事となった。



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第94話 芽亜の急襲。メアへの強襲

 6限目。1年生とグラウンドを分けて体育の授業を別々に行っていた2年A組は、授業の終わりと同時に使っていた道具を戻す指示を受ける。真白とヤミは別々の場所を指定されてしまい、不服そうにし乍らもヤミは真白の元を離れる。そして数人のクラスメイトと体育倉庫で道具を片づけていた時、真白は驚いた様に振り返った。

 

「ふふ、こんにちは。真白先輩♪」

 

「……芽亜」

 

 1年生の中にはナナやモモも居り、彼女達が手を振る姿を見ていた真白は芽亜の存在にも当然気付いていた。芽亜は手を振る事無く唯真白達へ微笑んだ後、普通の女子生徒として授業に参加。真白は何事も無いと思っていたが、授業が終わったと同時に彼女は接触して来た様である。気付けば芽亜の力でクラスメイト達は体育倉庫から居なくなっており、彼女は入って来た扉を後ろ手で閉めると内鍵を簡単に掛ける。何かをしようとして居るのは明らかであり、真白は僅かに距離を取って警戒した。が、再び気付いた時。彼女は自分の背後に立っていた。

 

「遅いですよ、真白先輩」

 

「!」

 

 彼女の声を聞くと共に目の前でゆらゆらと揺れるおさげに真白の目は見開かれる。動かそうとしても自由に身体を動かす事が出来ず、芽亜は楽しそうに笑った。

 

「私の力、精神侵入(サイコダイブ)の応用です。今、私と真白先輩は繋がっている。実は私達が繋がるの、2回目なんですよ? 気付いてました?」

 

 1回目は真白が眠っていた時であり、霧が掛かった様に不明確な記憶であった。故に芽亜の言葉に驚いた真白だが、彼女に言葉で答える事は出来ない。身体が自由に動かせないと同時に口もまた、動かす事が出来ないのだ。しかし繋がっている芽亜には真白の考えている事が伝わり、その思いを知る事が出来た。楽しそうに真白の前へ移動した芽亜が軽くその肩を押せば、真白の身体は軽々と後ろに倒れてマットの上へ横になる。

 

「本当に真白先輩も私が人に成れると思ってるんだ。あんな事した私を受け入れようとしてるんだ」

 

 繋がっているからこそ、芽亜は真白の本心を知る事も出来た。何度か仕掛けた事があるにも関わらず、彼女の中にあるのは自分を受け入れようとする心。まだ危険と感じている部分があるのか、その中には微かに敵意も存在する。だがそれすらも霞む様な何かが逆に自分の中へ入って来る様に芽亜は感じた。

 

「素敵……何処まで私を受け入れてくれるか、試して見たくなっちゃった♪」

 

 そう言って芽亜は仰向けに倒れる真白の上に跨る様に座ると、何処か淫靡な表情を浮かべて真白の腹部に手を伸ばす。現在の服装は体育の後と言う事もあり、当然乍ら体操着。伸ばされた芽亜の手は容赦なく真白の着ていた服を捲り上げ始めた。抵抗する術を持たない真白は意図も容易く一番上まで持ちあげられてしまい、芽亜は再び裏のある笑みを浮かべると真白の身体が勝手に動き始める。そして芽亜が捲り上げた体操服を真白の口元に持って行けば、自らの歯で噛んで落ちない様に固定してしまう。

 

「!」

 

「驚いてるのが分かるよ。でもお楽しみはこれから」

 

 自分の口で服を固定して下着を曝け出す真白の淫らな姿は芽亜を昂らせるのに十分なものだった。驚きと共に芽亜の心を感じる真白は彼女が次に何をしようとしているのかも理解して嫌がるが、その意思を受けても芽亜は止まらない。真白の身体を抱きしめる様に身体を倒すと、着けていた真っ白な下着のホックを背中に回した手で外す。後は下着を持ちあげるだけで晒される状態となり、芽亜は身体を起こして真白と目を合わせた。

 

「ほら、このままだと真白先輩の大切な場所が私に見られちゃうよ?」

 

 流れ込んで来る真白の心を芽亜が理解した時、今度は彼女が目を見開く事となった。彼女が求めていたのは拒絶。自分(兵器)とは違う生き物である彼女の心は屈辱を受ける等すれば簡単に心変わりすると期待していたのだ。一度でも拒絶する心を持てば、後はそれを増幅させるだけで受け入れる事を止める。それを期待した芽亜だが、現実は彼女に残酷だった。襲われて快感等に抵抗する姿はあり、されるであろう行為を拒否する心もある。だが芽亜自身への拒絶だけは生まれない。あくまでも真白は芽亜を人として、新しい自分と関わりのある人物として受け入れようとし続けている。

 

「! だったらもっとしてあげる!」

 

 真白の中に芽亜の焦りが流れ込み始める。それと同時に彼女の不安もまた流れ込み始め、真白は芽亜が以前ティアーユとの話をして以降、彼女の主であるマスター・ネメシスと連絡が取れていない事を知る。自分を受け入れようとする者達に心が揺れ、ネメシスに目が覚める様な言葉を掛けて欲しい。……そんな彼女の心が。

 

 下着を手に持った芽亜はそれを横へ放り投げ、真白の身体に再び覆い被さる。2つの膨らみを両手で掴み、その内片方に顔を近づけて舌を這わせる。途端に真白の身体は跳ね上がるが、声は出ない故に喘ぎ声が響く事は無かった。が、芽亜には真白が感じている事が良く分かる。それは彼女と繋がっているからでもあり、感覚を共有している為でもあった。……つまり自分がした行為は芽亜自身にも返って来るのである。

 

「ふ、ぅ……ん……はぅ! 気持ち、良いっ!」

 

 突起を舐め扱きながら膨らみを揉むだけで痺れる様な快感が2人を襲う。芽亜はその快感に悶えながらも攻め続け、真白は身体を跳ねさせて芽亜の中で喘ぐ様に反応する。だがどれ程彼女が真白を責め続けても、屈辱を与え続けても、その心は変わらない。……が、快感に震える芽亜の思考は既に別の事で頭が一杯になっていた。

 

「もっと……!?」

 

 蕩けた表情で真白の下腹部に手を這わせながら近づけた時、突然聞こえた轟音が芽亜の行為を中断させる。芽亜が振り返ればそこには天井の無くなった体育倉庫の下で煙が舞っており、一瞬ヤミかと思った芽亜は違う気配に冷たい視線を向けた。そこに居たのは明らかに地球人では無い3人の男達。

 

「ようやく見つけたぞ、赤毛のメア」

 

「ひひっ、お楽しみ中か?」

 

「テメェを殺しに来てやったぜ?」

 

「……」

 

 宇宙人であろう男達は真白の上に跨る芽亜の姿を見て下卑た笑いをしながら口を開いた。彼女からすればこれから盛り上がるところを邪魔された訳であり、視線だけですら殺せそうな冷たい目で男達を見つめる。思わず怯んだ男達だが、彼らはすぐに立ち直って目を睨み始める。

 

「はぁ……」

 

「! ……め……ぁ」

 

「ヤミお姉ちゃんの情報を集める上で賞金稼ぎみたいな事してたからさ、結構私も命を狙われてるんだよね。ふふ、大丈夫♪」

 

 溜息と共に繋がりが解除され、弱々しく真白が芽亜の名前を呼べば彼女は振り返って微笑みながら真白へ告げる。その瞬間、彼女の背後に武器を振りかぶった男が立っていた。真白が目を見開く中、芽亜の姿はその場から一瞬にして消える。そして男の真上に現れた芽亜はヤミと少し違う戦闘服(バトルドレス)を着た状態で男の顔面を踏みつけた。が、男は踏みつけられたまま再び下卑た笑みを浮かべると芽亜の足を掴む。

 

「おらぁ!」

 

「!?」

 

「あぁ?」

 

 物凄い力で放り投げられた芽亜の身体はまだ残っている体育倉庫の壁へ向かい始める。だがその壁に激突するよりも早く、真白が横から芽亜の身体を攫う様に現れてその身体を受け止めた。下着は芽亜に取られて放られてしまった為に着けていないが、口元が自由になった事で服を戻す事は出来る。故に真白は傍から見れば何も変わらず体操着を着ている様に見える状態だった。

 

「何で……」

 

「……怪我、無い?」

 

「! 下がってて。これは私の敵だから。私が……殺す(・・)

 

 助けられた事に信じられない様子だった芽亜は真白の言葉ですぐに傍から離れると、彼らに向ける様な冷たい目線で真白に告げて駆け出した。3人の男達を前にヤミの様な戦い方を見せる彼女は何かを感じている様で、だがそれが明らかに良く無い物だと真白は感じる。

 

「どうして私の居場所が分かったの?」

 

「ネメシスとか言う奴が情報をばらまいたのさ! そいつもお前を相当恨んでるんだろうよ!」

 

「ふ~ん、そっか。主が……そう言う事。これなら、思い出せそうかな! !?」

 

「ぬおぉぉぉ!」

 

 戦いながら聞いた芽亜の言葉に男の1人が笑いながら答える。芽亜はその答えで何かを理解した様に笑みを浮かべると、攻撃を仕掛けようとする男へ容赦なく髪を刃にして向けた。だがその髪が男に触れるよりも前に間へ入った真白が刃になっていない部分を掴んで止め、代わりに前へ出た真白は男を蹴り飛ばす。突然の強襲に避ける事も出来ずに男は体育倉庫の壁へ吹っ飛んだ。

 

「下がってて、って言ったよね?」

 

「……殺させない」

 

「私は殺す為の生物(兵器)だよ? 当然の事をしてるだけ」

 

「……違う」

 

 割り込んだ真白へ芽亜が怒気を込めながら話すが、帰って来た言葉に今度は苦虫を潰した様な表情を浮かべる。何があっても自分が信じていた生き方を否定する真白の姿に調子を狂う様な感覚を感じ乍らも、芽亜は男達へ視線を向けた。

 

「赤毛のメアに仲間が居るなんて聞いて無かったが……俺達の邪魔をするってんならテメェもぶっ殺してやるよ!」

 

「……来る。……気を付けて」

 

「誰に言ってるの、真白先輩? 先輩こそ、死なないでよね!」

 

 一気に迫って来る男を前に並んで互いを見ずに話した2人は同時に構える。崩壊した体育倉庫は一瞬にして戦場となり、その音を聞いた数名が駆けつけるのはもう少し後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音が響く彩南町の一角で空を飛ぶ芽亜を追う様に2人の男達が建物の屋上を跳躍する。少し離れた場所では彼女と付かず離れずの距離で同じ様に屋上に足を着けては跳躍する真白の姿があり、彼女を追う様に1人の男が移動する。彩南高校から離れた2人はやがて住宅が並ぶ十字路で止まり、その中央で背中を合わせた。

 

「逃げるのはお終いか? 赤毛のメア」

 

「そっちの女も地球人じゃ無い様だが、恨むなら赤毛のメアと関わった自分を恨むんだな」

 

「はぁ~、馬鹿な人達。本当に私に勝てると思ってるんだ?」

 

「! こ、小娘がぁぁ!」

 

「……」

 

 3方向から囲む様に近づいて話し掛ける男達の姿に余裕そうな表情で芽亜が口を開けば、一瞬にして怒り狂った男が急接近する。芽亜は楽しそうに笑ってその男に迎え撃つために動き出し、真白は2人の間に入ろうとして自分に迫った手を回避する。残り2人の男達は話をすると、片方が芽亜と戦う男に加勢する事で話が付いたのだろう。戦う2人の元へ飛んだ男に真白が止めようとするが、先程と同じ様に自分へ迫る攻撃に遮られてしまう。

 

「っ!」

 

 自分へ近づいた男へ真白は蹴りを放つ。だが男は両手を顔の前に交差させてその蹴りを受け止めた。地球人とは違う真白の蹴りは高威力の筈だが、男は交差した腕の間からニヤリと笑って見せる。嫌な予感を感じて素早く距離を取れば、無傷の男が余裕そうに口を開いた。

 

「俺は赤毛のメアにやられて全身をサイボーグ化した。お前みたいな小娘の攻撃、痛くも痒くも無いわ!」

 

 そう言った男の姿が消えた時、真白は急いでその場から離れる。振り返れば先程まで立って居た場所の背後に男は立って居り、両手の拳を合わせて振り降ろす姿がそこにはあった。また轟音が響き渡り、先程真白が立って居た場所が一瞬にして陥没。煙を上げる手を軽く振りながら、男は避けた真白へ視線を向ける。

 

「外したか。だが次は外さない!」

 

「……」

 

 構える男に真白は何もせず唯ジッとその姿を見つめ続ける。何を考えているのか分からず、だが今度は避けようともしない真白の姿に観念したと男は考えた。そして真白の立つ位置へ真上から出現して攻撃をしようとした時、それが真白に当たる前に突然急接近した鉄球に吹き飛ばされた事で男は地面を何度も跳ね乍ら転がる事となる。

 

「がっ! な、何が……!」

 

「待たせました、真白」

 

「……お願い」

 

 口から微かに血を流しながら顔を上げた男に見えたのは、真白の前に佇む金色の髪をした黒衣の少女。芽亜が嘗て男達に初めて出会った際、彼女の目的は金色の闇を探す事だった。地球に居る理由までは知らなかった男は今ここで初めて、金色の闇が地球に滞在していた事を知る。そして自分が手を出した相手が彼女にとって琴線であった事は、これから知る事実である。

 

 2人の男達と戦っていた芽亜は楽しそうな笑みを浮かべて彼らの攻撃を避ける。当てられない事に苛立ちを見せる男達を前に、芽亜は家の屋根に立って余裕そうに口を開いた。

 

「ほらほら、手加減してあげてるんだからもっと楽しませてよ?」

 

「ちっ!」

 

「おい、そっちはまだ……なっ!」

 

 更に苛立つ仲間の横で真白の相手をしていた男を呼ぼうとした者は、そこにあった光景に思わず絶句してしまう。仲間だった男は白目を剥いて引きずられており、それを引きずるのは金色の闇であった故に。芽亜を相手に苦戦する自分達が彼女以上に名を馳せていた金色の闇に勝てる訳が無い。ヤミが引きずっていた男を放り投げて2人の男達へ渡すと、彼らは悔しそうな顔でその場を撤退し始める。……後に残されたのは一部が崩壊した十字路に真白とヤミ、そしておさげが解けた芽亜3人だった。

 

「あ~あ、詰まらなかった。でも改めて感じられた。私は戦う為の道具(兵器)だ。ってね?」

 

「…………」

 

 戦いを終えた芽亜は残念そうな表情で呟いた後、今度は楽しそうに告げる。彼女を変えるつもりだった2人は少しだけ離れてしまった様に感じてしまい、やがて真白が口を開こうとした時。彼女よりも早くこの場には居なかった4人目の人物が声を出した。

 

「め、メア……?」

 

 それは黒咲 芽亜という初めての友達に喜んでいた少女……ナナの声だった。



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第95話 ナナとメア。本当の友達

『もう終わりにしよ、友達ごっこは……』

 

 電気も何もついて居ない部屋の中、ナナは自分のベッドの上で布団に包まっていた。閉め切られたカーテンの外は太陽が上っている様で、平日故に学校もある。だが現在の時刻は既に9時を回っており、つまりそれはナナが学校を休んだ事を意味していた。

 

 彼女の頭の中には昨日の出来事が鮮明に蘇る。突然破壊された体育倉庫と居なくなった芽亜に心配した彼女は学校が終わると同時に自分のベッドを使って彼女の姿を探した。そして見つけた時、そこに居たのは自分の知らない『本当のメア』。真白とヤミを見降ろしていた彼女の姿に声を掛けた時、芽亜は驚いた様子を見せ乍らもナナに告げた。それは以前悩んでいた姉がヤミである事、自分が彼女と同じ生物兵器である事。以前から真白とヤミに襲い掛かっていて、今まで地球人としてナナと『友達ごっこ』をしていたと言う事を。……ショックの余り頭が真っ白になったナナはその時の芽亜の表情を見る事すら出来ず、膝から崩れ落ちた。

 

 ナナにとって黒咲 芽亜は初めて出来た友達だった。だからこそ彼女に拒絶された事が苦しくて、学校に行く事が怖くなる。自分の身体を包む布団を握り締め、歯を食い縛って抑えようとする彼女の目からは涙が溢れた。

 

『……ナナ』

 

「!」

 

 突然静かに響いた扉をノックする音と、その向こう側から聞こえる声にナナは涙を零して目を見開いた。様子が可笑しいとモモやリトに気付かれはしたものの、説明する余裕も無かったナナは突然閉じ籠ったに等しい。が、数少ない芽亜以外にナナが塞ぎこむ理由を知る人物が2人居る。……扉の向こうから聞こえたのは、その1人である真白の声だった。返事をする事も出来ずに布団に包まるナナは、やがて静かに開かれる扉を見て咄嗟に叫ぶ。

 

「入るな!」

 

『!』

 

「……シア姉……何で、居るんだよ……」

 

 答えを聞かずとも閉じ籠ってしまった自分を心配した真白が学校を休んでまで傍に居ようとした事くらい、ナナは察する事が出来る。だがナナは今の自分の姿を見せたくないと同時にどうしても思ってしまう事があった。

 

「シア姉は、知ってたんだよな……メアの事を」

 

『……』

 

「前に居なくなったのも、あいつのせい……何だよな……」

 

 自分の為に教えなかった。それが分かっていても、ナナは知らなかった事が悔しかった。友達だと思っていた相手が元から友達になる気が無く、しかも自分のもう1人の姉の様な存在を襲っていた。2つの事実に真白にも、学校に行っているかも知れない芽亜にもナナは会う事が恐ろしく感じてしまう。だからこそ、全ての始まりとなった自分の決断を彼女は後悔した。

 

「こんな事になるなら……学校なんて、行かなきゃ良かった!」

 

 最初から学校にさえ行かなければ、黒咲 芽亜と言う偽物の彼女と知り合う事も騙される事も……傷つく事も無かった。再び溢れ始める涙を流しながら叫ぶ様に告げたナナは布団に顔を伏せてしまう。悲しみや苦しみに押し潰されそうなナナの心。だが彼女は自分のベッドに誰かが座った事に気付いて涙に濡れたまま顔を上げる。入って欲しく無かったのに入ってしまった真白へ文句を言う為に。

 

「入るなって……ぁ……」

 

「……1人は……辛い」

 

 ナナの言葉は途中で弱々しく消えて行った。文句を言おうとした相手である真白が自分の身体を包む様に抱きしめた為に。布団とは違う人肌の温もりがナナの心までもを包み込み、三度溢れる涙を今度は抑える事が出来なかった。気付けば布団では無く真白の服にしがみ付いてその胸を借り、溢れる感情のままに号泣する。……その日流した彼女の涙を知るのは、真白だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん」

 

「……平気」

 

 目元を赤くしながらも何とか落ち着きを取り戻したナナは同じベットで座る真白に気まずく感じ乍らも謝る。ナナの涙で微かに胸元を濡らした真白は彼女の謝罪に首を横に振って答えた後、しばらくの間を置いてから口を開いた。

 

「……芽亜は……迷ってる」

 

「! 迷う?」

 

 突然出て来た名前に驚きながらも、ナナは真白の言いたい事が分からず首を傾げて聞き返した。

 

「……心……繋げた、から……分かる。……不安で、孤独で……2つの生き方に……迷ってる」

 

「2つの、生き方……! 芽亜は自分の事、兵器だって言ってた。……なぁ、シア姉。シア姉が知ってるメアの事、あたしに教えてくれ!」

 

 ナナの言葉に真白は言葉を途切れ途切れに発しながらも、ナナへ自分が知る黒咲 芽亜について説明を始める。初めて出会った時から今までどの様な事があったかを話し、自分達が彼女に『人としての生き方』を知って貰おうとしている事も話す。真白の話を聞いて先程告げた2つの生き方の意味を理解したナナはその話に驚きながらも、やがて俯き始める。彼女が感じている思いは真白には分からない。だが、やがて顔を上げたナナは真白の手を掴んだ。

 

「あたし、もう1度アイツと友達になる。今度は本当のアイツと。……だから、力を貸してくれ! シア姉!」

 

 決意した様子で告げるナナの言葉に真白は頷いて答えた。既に真白は1人で学校に行かせたヤミから芽亜が学校を休んでいると聞いており、それを聞いたナナは昨日と同じ様に鼻の利くペットを呼び出した。毬藻の様な姿をした宇宙生物、マリモッタ。以前大量に呼び出した中に紛れていたペットであり、芽亜を襲っていた内の1匹でもある。ナナは芽亜を探す様にマリモッタへお願いをして、デビルーク星で着ていた私服にデダイアルで一瞬にして着替える。

 

「行こう、シア姉!」

 

「ん……」

 

 ナナの言葉に頷いた後、真白は彼女と共に結城家を出る。マリモッタは時折匂いを嗅ぎながら進み続け、やがて2人は以前ナナが芽亜にマロンを紹介した河川敷へ到着。広い河川敷を見渡した時、2人の視界には草の上で座り込む戦闘服(バトルドレス)姿の芽亜が映った。マリモッタは彼女へ目掛けて進み続け、ナナは芽亜に話し掛ける為に駆け出す。真白も追い掛けようとして……複数の気配に足を止めた。その気配は少し離れた場所であり、数は3。明らかに芽亜を狙っていると分かった真白はナナには声を掛けずに飛び出す。

 

「今度こそ赤毛のメアを……!」

 

「くっ! お前は昨日、赤毛のメアと一緒に居た小娘!」

 

「また我らの邪魔をするか!」

 

「……邪魔は……そっち」

 

 互いの本心を曝け出して本当の友達に成ろうとする2人の邪魔だけは絶対にさせない。その思いを胸に真白は3人の前に立つ。昨日の戦いで全身をサイボーグ化したと告げていた男は真白を脅威と感じていない様子で前に出ると余裕の笑みを浮かべ始める。金色の闇が居ない今、勝てると踏んだのだろう。だが男達が笑っていた時、彼らの視界は一瞬で別の場所を見ていた。気付けば河川敷から何処か良く分からない場所におり、真白の姿も無い。驚き戸惑う彼らの少し上で、輝く羽を背中に出現させた真白が見降ろしていた。

 

 

 河川敷で芽亜から攻撃を向けられるナナはそれを避けようともせずに足を進める。何故か芽亜の攻撃は全てナナに当たる事無く、放っていた本人すらもその理由が分からず目を見開いていた。が、やがて意を決した様に放った芽亜の攻撃がナナの額に当たる。それは身体を傷つける事無く、彼女の精神の中へ入り込んだ。昨日真白にした時と同じ様に繋がった芽亜。だが、彼女から伝わる感情は唯1つ。……『本当の友達に成りたい』と。唯、それだけであった。

 

 拒絶する芽亜にそれでもナナは歩み寄る事を止めない。やがて芽亜がナナの心から逃げる様に繋がりを外した時、自由になったナナは芽亜の身体を抱きしめた。

 

「何で……私は兵器でナナちゃんは人間。仲良くなれる訳無い、一緒に居て良い訳が」

 

「人間とか兵器とか、そんな肩書どうだって良いんだ! 大事なのはあたし達の気持ちだろ! あたしはメアともう1度友達になりたい」

 

「もう……1度……? で、でも私は主の教えを。自分が兵器だって考えは変えられないよ? この町にも何時まで居られるか分からないんだよ?」

 

「言ったろ? あたしは人間でも兵器でも、それこそ動物でも関係ない。メアと友達になりたいんだって」

 

 「シア姉達の事はちょっと怒ってるけどな」。そう言いながら笑顔で告げるナナの顔は繋がらなくても芽亜にその言葉が本心であると伝える。芽亜は心の中に感じる暖かい感覚が広がって行く気がして、やがて零れる涙に目を見開いた。自分を兵器だと考えていた彼女は泣けた事が驚きだったのだ。

 

「ふふっ……そこまで言われたら、断れないじゃん」

 

「! メア!」

 

 そう言って泣きながら笑う芽亜(メア)の姿にナナは嬉しさの余り再び強く抱き着いた。こうして2人は改めて友達となり、この出来事はメアにとって大きな変化を齎す始まりでもあった。

 

「へへっ……あれ、シア姉は?」

 

 ナナの疑問に答える者はいない。だがこの日3人の男達がザスティンの元に気絶した状態で運ばれ、銀河警察に引き渡されるのであった。



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第96話 妹CAFEで休日を

 土曜日。真白は昼過ぎにある約束をしていた為、結城家を出る。数日前にナナとメアが本当の友達になって以降、彼女は主と慕うマスター・ネメシスに『自由に過ごして良い』と言われた事を真白達に伝えた。心からナナと共に笑う彼女の姿は正しく人であり、可愛らしい少女。ヤミと真白は完全には解けないものの、殆ど警戒を解いていた。……故に真白はこの日、ヤミと共にでは無く1人で外出する。最初はヤミも着いて行こうとしたが、美柑の誘いがあったために真白が其方を優先させたのだ。

 

 商店街へ入り始めれば徐々に人混みが増えて行き、やがて何処を見ても誰かが映る様になる。真白は人混みが苦手である為、彼方此方を見た後に我慢するかの様に俯き始める。するとそんな彼女に近づく人影があった。真白の背後にゆっくりと近づき、胸辺りまで上げた両手の指が縦横無尽に動き出す。そして人影が真白へ一気に襲い掛かった時、真白は素早く振り返って身体を回転させながらその相手の背後に回った。

 

「へ?」

 

「……里紗」

 

 華麗に躱されたと言うべき現実に空を揉みながら驚き戸惑う里紗を前にして、真白は微かに目を細めながらその名前を呼ぶ。ゆっくりと振り返った里紗の目に映ったのはジト目で自分を見つめる真白の姿。里紗は乾いた笑みを浮かべながら後頭部を掻き、「ごめんごめん」と謝り始める。

 

「今回は行けると思ったんだけどなぁ~」

 

「……帰る」

 

「ちょ! 待って待って! 今日はもうしないから、ね?」

 

 残念そうに呟く里紗に真白は背を向けて歩き始める。その光景に焦った様子で里紗は真白の前へ移動すると、両手を合わせて拝む様に引き止めた。両目を閉じていた里紗が徐々に片目を開けて真白の顔を確認しようとすると、真白は普段通りの無表情で静かに里紗を見つめていた。

 

「ま、真白?」

 

「……未央……待ってる」

 

「! よ、よし! それじゃあ改めて未央のお店に案内しよっか!」

 

 一瞬呆気に取られた里紗は真白が大して気にしていない事が分かり、安心しながらも笑顔で告げる。真白の頷く姿を確認して歩き出した里紗が向かう場所は親友である未央がアルバイトをするカフェ。少し特殊なお店なのだが、真白には内緒にしていた里紗は楽しそうに彼女を先導する。……やがて2人が辿り着いたお店の看板には大きな文字で『妹CAFE』と書かれていた。気にした様子も無くお店へ入る里紗とは対照的に、真白はその看板を見て首を傾げた。

 

「真白~?」

 

「……」

 

 お店の前で足を止めていた真白は、彼女が背後に居なかった事で気付いた里紗の声に歩みを再開する。里紗が笑顔で扉を開き、真白がお店の中に入れば……数人のメイド服を着た少女達が頭を下げて出迎える。

 

≪お帰りなさい! お姉ちゃん!≫

 

「……」

 

「ここが未央の働くお店。所謂メイド喫茶って奴だね。妹限定だけど」

 

 出迎えた少女達の数人は頭を上げると共に表情の変わらない真白の姿に驚き、そんな彼女達に気付く事無く里紗はお店の紹介をする。崩れるかも知れないと期待した真白の表情が全く変わらない事に内心ガッカリしながら。

 

「あ、いらっしゃい! 真白お姉ちゃん!」

 

 来客とそれに伴う少女達の声で接客をしていた未央が2人の存在に気付くと、近づきながら声を掛ける。既に何度かお店に着ている里紗は他の少女達に顔を覚えられている様で、未央の登場に道を開けていった。そして未央が2人の前に立つと、真白に笑顔で話し掛ける。同じ年代で学校でも友達関係である相手に姉と呼ばれた真白はジッとその姿を見つめ、未央は真白の反応を待つ為に同じ様に待ち続ける。結果、お店の中には何とも言えない沈黙が訪れた。

 

「えっと……真白?」

 

「……妹?」

 

「え? あ、そうそう。今の私は真白お姉ちゃんの妹な訳! って、はぇ?」

 

 不安そうに里紗が声を掛けた時、真白は未央の姿を見つめたまま首を傾げて質問する。未央は一瞬驚いた後に頷いて肯定し始めるが、突然頭に乗った真白の手に呆然とした。それは真白なりに未央を妹として接している証明であり、だが頭を撫でられると思っていなかった未央は恥ずかしさから顔を真っ赤にしてしまう。何時もの様なノリで返す事が出来ず、唯恥ずかしそうに受け入れる未央の姿にお客や従業員の内数人は心を打たれた。

 

「はっ! 真白ストップ! 未央が蕩けてるから!」

 

「はにゃ~」

 

「?」

 

 目の前の光景に吃驚していた里紗は我に返ると同時に真白を止める。撫で続けられて言葉通りに蕩けてしまった未央の姿を前に、真白は手を止めて再び首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『妹CAFE』の客席で里紗と真白は互いに向かい合って座り、注文した飲み物を置いてお店の中を眺めていた。基本的に来店している客層は男性が多いが、今現在居る里紗や真白の様に女性の姿も無い訳では無い。恰好は同じでありながら様々な属性の妹を演じる従業員達に鼻の下を伸ばす者や可愛らしく見守る者達が居る中、真白と里紗は特に特別な思いを抱く事無くそこに居続けていた。

 

「一度連れて来たかったんだよね~。以前結城は連れて来たからさ」

 

「……リト?」

 

「そ。しつこい男にナンパされてさ。近くを通りかかった結城に助けを求めて、そのお礼に」

 

 グラスの中にある氷をストローで転がしながら里紗は話す。彼女の言葉通り、リトは一度この『妹CAFE』へ里紗に連れられて来店していた。その後色々あったのだが、里紗はそれについては話さない。しかし代わりにその時の出来事を思い出した里紗は真白へ質問する。

 

「ララちぃが言ってたけど、今結城の家に住んでるんでしょ?」

 

「ん……」

 

「結城って学校でもあんなだけどさ、家でもよく転ぶ訳?」

 

「……ん」

 

 最初の質問に頷いて肯定した真白は、落ちる髪を少し掻き上げ乍らグラスに入ったストリーへ口を付ける。そして次にされた質問に真白は口を付けたまま目だけを上げた後、ストローから口を話して頷いた。一瞬その動作や上目遣いに里紗はドキッとしながらも、彼女の答えを聞いてリトが転んでいる姿を想像する。大概彼が転ぶ際には何かえっちぃ事が起きる。それを理解していた里紗が想像したのは……真白の股間に顔を埋めるリトの姿だった。

 

「はぁ、気を付けなよ? 結城も男な訳だしさ」

 

「……平気」

 

「そうそう。もし結城が狼になっちゃう様なら今頃ララちぃ達はガブリ! だと思うな」

 

 2人の会話にお盆と料理を持って現れた未央が入りながらテーブルへ置き始める。既に昼食を済ませていた2人が頼んだのはデザート系統であり、里紗はケーキを。真白はパフェを注文していた。目の前に置かれたケーキに期待した様子でフォークを手にした里紗は「それもそっか」と言って一口。その表情に笑顔が浮かぶ。同じ様に目の前に置かれたパフェへスプーンを伸ばして口元へ運んだ真白の表情は……微かに微笑んだ。

 

「!」

 

「おぉ!」

 

「?」

 

 以前から真白の好物が甘い物である事を知っていた2人は今度こそ笑顔が見れると期待していた。故に満面とはいかずとも微かに微笑んだ真白の姿に里紗は驚き、未央は目を輝かせる。本人は特に意識している訳では無い様で、2人の反応に首を傾げた。

 

「美味しい? お姉ちゃん」

 

「ん……」

 

「えへへ!」

 

「なんか未央、楽しそうね~」

 

 パフェを食べる姿に質問した未央は真白が肯定する姿を見て何も言わずに頭を差し出した。彼女が求めている事は言葉にしなくても伝わり、真白は何も言わずに未央の頭へ手を伸ばして撫で始める。嬉しそうな未央の姿を見て里紗も楽しそうに声を掛け、その後未央はアルバイトの途中故にその場を離れる事となる。

 

「それ、美柑ちゃんに何時もやってるの?」

 

「……昔……今は、しない」

 

 数回しか里紗と美柑は会っていない。だが回数が少なくてもその性格は覚えており、頭を撫でられれば恥ずかしそうに受け入れるか逃げるイメージが里紗には浮かんだ。そしてケーキを再び食べようとした時、真白の目が自分の食べているケーキに向かっている事に気付く。

 

「少し食べる?」

 

「…………ん」

 

 無表情のまま長い間を置いて頷いた真白の姿に里紗は彼女の中で少しの葛藤があった事を悟る。そして真白へ分ける為フォークを動かそうとして、里紗はその手を止めた。少しだけ悪戯をして見たくなったのだ。里紗は再び手を動かして小さく分けたケーキをフォークで刺し、そのまま真白へ差し出し始める。

 

「はい、あーん」

 

「……ぁむっ」

 

 だが真白にとってその行為は一切恥ずかしい事では無かった。元から食べさせ合う事に羞恥心を感じておらず、更に結城家ではララ等に何度もされているのだ。何事も無く自分の差し出したケーキを食べる姿に里紗が呆気に取られる中、真白は何度か咀嚼をして飲み込んだ後に小さく頷いた。

 

「……あーん」

 

「私!? えっと……あーん」

 

 今度は自分の目の前に差し出されるパフェの一口分に里紗は驚きながら、やがて真白と同じ様にそれを食べる。ケーキとは違う別の甘さを感じ乍ら、弄れなかった事に里紗は肩を落とした。女子高生同士で食べさせ合う行為を主に未央で慣れていた里紗は、以外にも別の人物だと緊張してしまうと言う事実を始めて知りながらケーキを食べ終える。そして気付けば2時間程お店の中に居た2人はお互いに確認し合い、出る為に席を立った。

 

「あ、もう帰るの?」

 

「そのつもり。会計お願い」

 

「……美味しかった」

 

 2人が出入り口に近づいた事で気付いた未央が声を掛ければ、里紗はそう言ってレジの前に立つ。レジは友人関係にある未央とは違う人物が対応し、元々今回の誘いは里紗が支払いをする前提で『未央の働く店を紹介したいから来て欲しい』と頼まれていた為に真白の分も里紗は会計を済ませる。その後真白は食べた2つの味の感想を告げて、里紗は未央に一声掛けてお店を後にした。

 

「よし。それじゃあ帰ろっか?」

 

「ん……ありがとう」

 

「気にしない気にしない! 何だったらまた来よう。今度は春菜とかララちぃも連れてさ」

 

 里紗の言葉に真白は頷き、そして2人は別れる。その後里紗は彩南町を適当に歩き、真白は真っ直ぐ結城家へ帰宅して美柑と夕飯の支度を始めるのだった。



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第97話 ネメシスの接触。蘇る記憶

「これで良いでしょうか?」

 

「大丈夫、似合ってるわ」

 

「ん……」

 

 御門の家で浴衣姿を見せるヤミにティアーユが笑顔で、真白が頷いて答える。今夜は彩南町で夏祭りが行われる日であり、御門の家にやって来た真白とヤミは着付けをして貰っていた。何度か着物を着た事のある真白や御門が余り慣れないヤミとティアーユに着付けを教え、現在は全員が着物姿である。

 

「ふぅ、大丈夫そうね。お静はもうお友達と行ってるから、私達も行きましょうか」

 

「えぇ。っとと! 着物って少し歩き難いわ……きゃ!」

 

「! ……平気?」

 

 着物姿で告げる御門の言葉に頷いて歩こうとしたティアーユだが、慣れない服装にその足は覚束ない。やがてその体勢が崩れた時、真白が急いで前に立ってその身体を支える事でティアーユは転ばずに済む。真白にお礼を言ってもう1度立ち上がり、御門はそんな姿に溜息をついた。

 

「貴女達は先に言って楽しんで来なさい。私はティアに歩き方を教えてから行くわ」

 

「普通に歩くだけなのですが……」

 

「それが出来ないから教えるのよ」

 

 その言葉に納得したヤミは少し考えた後、真白へ「行きましょう」と告げる。2人を待つつもりで考えていた真白は何処か様子の違うヤミの姿を見て御門と目を合わせ、理解した様子で頷いた。余り表情は変わっていないが、ヤミは少し楽しみにしているのだろう。純粋に祭りを楽しみにしていると思った真白だが、実際は前回の夏祭りで殆ど真白と一緒に居られなかった故である。

 

 2人で御門の家を後にした真白とヤミは夏祭りの会場へ向かう為に足を進める。道中で食べたい物等を話し合い乍ら曲がり角を曲がった時、それは突然襲い掛かった。

 

「真白!」

 

「!?」

 

 目の前に突如現れた黒い霧の様なものが真白へ向かって急接近し、ヤミが気付いて声を上げると同時にそれは真白の身体を通り抜ける。瞬間、真白は様々な現象に見舞われた。頭の中をかき混ぜられた様な不快感と微かに蘇った記憶。身体中に快感も襲い掛かり、真白は耐え切れずに膝をついてしまう。

 

「くっ! 何者ですか」

 

『……』

 

 急いで真白を背に黒い霧から庇う様に立ったヤミは相手に話し掛ける。だが黒い霧は何も言わず、やがて人の形を作り始める。それはヤミと同じ変身(トランス)の類であり、メアから話を聞いていたヤミはすぐに自分の質問に関する答えが浮かんだ。ティアーユ曰く、自分と同時期に開発されていたと言う『プロジェクト・N(ネメシス)』。

 

「こういう時は初めまして。と言うのか? 金色の闇」

 

「ようやく姿を現しましたか、マスター・ネメシス」

 

 黒い影が形作った姿は1人の少女であり、彼女は薄い布1枚を着た状態でヤミに声を掛ける。最大までに警戒しながらヤミが言葉を返した時、黒い髪を揺らした少女……ネメシスは明らかに裏のある笑みを浮かべた。そして何も言わずにその足が1歩前へ出た時、彼女の姿は消えていた。

 

「お前にも挨拶をしておかないとな、三夢音 真白。初めまして、だ。……いや、この場合は『久しぶり』と言うべきか?」

 

「……ぁ……」

 

「どうにも人と会話するのはメアに任せていたからな、慣れていないのだ。!」

 

 気付けば真白の目の前で彼女を見下ろすネメシスの姿があり、ヤミへ告げた様に挨拶を始める。だがその言葉に真白は下を向いたまま目を見開いて驚いた様子を見せ、構わず話を続けるネメシスにヤミが襲い掛かった。が、簡単に後ろへ飛んでその攻撃を回避すると少し離れた距離で再び笑みを浮かべる。

 

「三夢音 真白。お前があの時の事を忘れていたのは知っている。私はメアの中に居たからな。だが、今はどうだ?」

 

「……」

 

 まだ辛い身体を無理矢理立たせて真白はネメシスの姿を見た。今現在、彼女の頭の中には目の前に立つネメシスとは別に1人の少女の姿が記憶として浮かび上がっていた。幼い頃、ヤミが培養カプセルの中でティアーユに話し掛けられて笑う姿とは他に別のカプセル内に居る少女。それは彼女を作る研究所の中で1人迷った時、入り込んだ部屋で見た光景。ヤミとは違って笑う事は無かったが、それでもシンシアだった真白はその少女と見つめ合った記憶。

 

「記憶を呼び起こした今、お前は私の事を知っている筈だ」

 

「……N(エヌ)……ネメ、シス」

 

 唯名前を呼んだだけにも聞こえる真白の言葉だが、ネメシスはその姿に確信した様子で笑みを浮かべる。

 

「あの時、迷い込んだお前を私は今も覚えている。私を兵器としか見ない研究者共とは違う、お前の目を。言葉を」

 

 

『……女の子……?』

 

『……』

 

 特殊な水の入った培養カプセルの中、幼い頃の真白へ見つめるネメシスは言われた言葉に目を見開いた。人として一切の扱いをされなかったネメシスは生まれた時から兵器だと言われて作られ続けていた。だからこそ、優しい目でカプセルを触って告げられたその言葉の意味をネメシスは知らなかった。だがその言葉が今まで言われていた言葉とは全く別の意味だという事だけは分かった。……数年後、崩壊した研究所でメアと出会ったネメシスはその言葉の意味を知る。

 

 

「私は兵器として生まれた。だがお前は私を『女の子』と言った。……不思議な事に、私はそれを忘れられない」

 

「……」

 

「それで貴女達は私と真白を狙った。私を兵器としての道に戻し、自分が忘れられない真白を消す為に。そう言う事ですか」

 

 ヤミの言葉にネメシスは少しだけ意外そうな顔をした後、再び笑みを浮かべながら「いや」とヤミの言葉を否定する。

 

「消そう等とは考えていない。寧ろその逆だ。私は初めて見た光を忘れられない。ならその光を自分のものとし、その光すらも私達と同じ闇にしてしまえば良い。……要は三夢音 真白を私で染めたい。と言う訳だ」

 

 その言葉を聞いてヤミは別の意味で警戒を強めた。殺すつもりが無いと分かった事は大きいが、狙っている事には変わり無い。故にヤミは手を刃にしてその姿勢を見せる。が、ネメシスは余裕そうな笑みを浮かべながら再び口を開いた。

 

「勘違いしないで欲しい。私は喧嘩をしに来た訳じゃない。宣戦布告でも無い」

 

「なら、何の用で私達の前に姿を現したんですか」

 

「挨拶。だよ。金色の闇。仲良くしたいのだ。お前や三夢音 真白……これからは真白と呼ぼうか。他にもお前たちに関わる様々な人間達と」

 

 今度は訝し気にヤミはネメシスを見る。本心なのか裏があるのかは分からないが、やはりヤミは警戒を解く事をしない。ネメシスもそれは分かっていた様で、ヤミの後ろで守られている真白へ視線を向けて言葉を続ける。

 

「メアの中で私はお前たちを見ていた。そしてつい最近では兵器である筈のメアと本気で友達に成ろうとする者が居る事に心底驚いた。興味深いと思ったよ、人間とは」

 

「……兵器……じゃ、無い」

 

「お前はそれを私にも言うか?」

 

 彼女の問いに真白は静かに頷いて返した。忘れてしまっていた事等への罪悪感が心の中にあるものの、今現在目の前に立って話をするのはネメシスと言う1人の少女。興味深いと告げた彼女の中にはやはり心があり、それだけで頷くには十分の理由だった。

 

「……やはりお前は私には眩しすぎる。だが、だからこそ染め甲斐がある」

 

「させません」

 

「ふっ。お前は私達兵器の中で一番光に当てられた存在だ、金色の闇。しかしお前の中に眠る本物の闇……(ダークネス)にはまだ届いていない」

 

「ダークネス……?」

 

 ネメシスの言葉に少しだけ驚いた様に、だが完全には分からない様子でその言葉をヤミは繰り返した。そしてそれは微かな隙となり、ネメシスはヤミが反応するより早く再び移動。真白の背後に立つと、ゆっくりその手を後ろから伸ばして真白の浴衣へ忍ばせ始める。幸いにも地球で過ごしていた時間が長い真白は浴衣の中に下着を着けていたが、ネメシスは迷う事無くその中にまで手を入れ始めた。

 

「んっ!」

 

「私が染め切るのが先か、お前が奥底まで染まるのが先か……楽しみだな」

 

「!」

 

 反応する真白にニヤニヤと笑いながらネメシスが告げれば、ヤミはそこで反応して真白の背後へ攻撃を仕掛ける。だがネメシスはそれを軽く避けて大きく飛ぶと、2人から一番近い電柱の上に着地した。……その服装を薄い布1枚から膝下が短い浴衣へ変えて。

 

「浴衣と言ったか? 足を動き易くすれば、手元や暗器を隠せる。良い服装だ。……また退屈したら遊びに来るから、よろしくな。金色の闇。真白」

 

 自分の恰好を確認しながら満足げに頷いたネメシスはそう言って夜の闇に紛れるが如く姿を消してしまう。後に残されたのはネメシスに好き勝手された真白とヤミの2人だけ。着崩れた浴衣を元に戻して2人が話を始めようとした時、遅れて家を出た御門とティアーユが現れて合流。何故まだ居るのか御門に聞かれた2人は先程起きた出来事を説明するのであった。



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第98話 メアとネメシスの予想外な食卓

 真白は彩南町にあるデパートへ買い出しの為に訪れていた。ネメシスの件で再び警戒する様になったヤミも隣には居り、様々なコーナーを回り続ける2人はカートに乗った籠に沢山の食材などを入れて行く。やがてレジの並びに真白が立った時、少し離れた位置から戻って来たヤミは何も言わずに籠の中へ何かを入れた。

 

『冷凍鯛焼き 5個入り』

 

「……」

 

「……」

 

 商品の名前を見て真白がヤミへ視線を向ければ、彼女も同じ様に向けて2人は見つめ合う。お菓子を買う事自体は何の問題も無く、お金が結城家の物と言ってもリトや美柑が文句を言う事も無い。真白は何も言わずに頷いた後、少し進んだ並びを進んだ。

 

「あれ? ヤミお姉ちゃんに真白先輩!」

 

「……メア」

 

「貴女も買い物ですか?」

 

 突然隣から話し掛けられた2人が視線を向ければ、そこに居たのは手に籠を持ったメアであった。その籠の中にはお菓子ばかりが入っており、彼女はヤミの質問に笑顔で「そうだよ!」と肯定する。そして続けた彼女の言葉に真白は目を細めた。

 

「夕飯の買い物! 地球って美味しいのが一杯だよね!」

 

「夕飯……どう見てもお菓子しかありませんが」

 

 メアの籠の中に入っていたのは飴やチョコレート等々であり、それを彼女は夕飯と言った。明らかにバランスを考えておらず、その事に毎日朝昼晩とご飯を作っている真白は黙っていられなかった。実際には何も喋らないが、真白は並びから抜けることも厭わずにメアの傍に近づいて籠の中身を見た後にメアと視線を合わせる。

 

「……駄目」

 

「えぇ~、でも私達は人と違うから別に健康とか考えなくても……」

 

「駄目」

 

 物静かである事に変わりはないが、普段とは明らかに違う様子で喰い気味に繰り返した真白の姿にメアは驚いた。そして彼女が反応するよりも早く空いていた手を掴むと、ヤミへ振り返って目を合わせる。何を言わずとも全てを察したヤミは静かに頷いて答え、真白から財布を手渡された後に改めてレジへの並びに並ぶ。

 

「え? え?」

 

「……こっち」

 

 突然手を握られた事や話さずにお互いの意思を理解する2人の姿に困惑するメアを置いて、真白は歩き始める。向かう先はお菓子のコーナーであり、最初にそこでしたのはメアの籠に入っているお菓子の山を減らす事。駄々を捏ねる様に嫌がる彼女を甘やかす事無く、20個程のお菓子を3個程に減らした後に今度は食材のコーナーへ足を進める。流石にメアも察する事が出来た。真白は自分にバランスの良い食事を取らせる為、調理されていない食材を買わせるつもりだと。

 

「ねぇ、真白先輩。私食材買っても料理なんて出来ないよ? マスターもそんな事しないし」

 

「……私が……作る」

 

 その言葉にメアは再び驚いた。が、そんな彼女を気にする事無く真白は食材を前に首を傾げる。何を作るか考えているのは間違い無く、メアは慣れない感情に戸惑うしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メアが住んでいるのは彩南町にあるマンションの一部屋であった。結城家には既に全てを理解したヤミが説明をしている筈であり、日が暮れた頃にメアは真白を連れて帰宅。家の中には数日前からメアの身体では無く、実体を持って姿を見せる様になったネメシスの姿があった。

 

「帰ったか。ん? 何故真白が一緒なんだ?」

 

「何か、夕飯作ってくれるんだって」

 

「ほう? どうやら金色の闇は居ない様だが、まさか自分を狙う者が居る場所へ1人ノコノコ現れるとはな。そんなに闇に染まりたいか?」

 

「……」

 

 玄関から現れたメアを迎えた浴衣姿のネメシスがその後ろから現れた真白の姿に驚き、メアの答えに笑みを浮かべて立ち上がる。以前は何もせずに髪を降ろしていたネメシスだが、現在はヤミの様に2カ所髪の一部を結んで降ろすツーサイドアップと呼ばれる髪型にしていた。そしてそんな彼女は邪魔する者も居ない事から真白へ近づき……捕らえたと思った手は空を掴んだ。

 

「なにっ?」

 

「……」

 

(マスター)。あっち」

 

 消えてしまった真白の姿に驚いたネメシスへ声を掛けたメアはとある方向を指差す。そこは普段殆ど使っていないキッチンであり、埃の被ったシンクを水で流し始める真白の姿があった。ネメシスは驚きながらも再び真白へ飛び掛かるが、また消えてしまった彼女が次に姿を見せたのは買って来た食材の詰まったレジ袋の前。人参やジャガイモ等を出しているその姿にネメシスも流石に本気を出し始め、まるで野良猫に近づくが如くゆっくりと距離を縮め始める。

 

「…………今だ! はっ!?」

 

「……遅い」

 

「あはは! 主が遊ばれてる!」

 

「何故だ……私が捕まえられない程身体能力は高く無かった筈だが……」

 

 ネメシスが捕まえようとしても真白はその場から消え、すぐに次の工程へ移れる場所に現れる。中々見る事の出来ない主の姿にメアは面白そうに笑い、ネメシスは悔しそうに料理を続ける真白を眺めながら呟いた。……その後、何度も同じ事を繰り返しては同じ様に避けられたネメシス。彼女は到頭自分の身体を黒い霧にして真白を包囲する様に捕まえようとし始める。が、お玉片手に真白が人差し指を伸ばして前方へ突き出し乍ら一周。真白の指が回った範囲に細い光の輪が現れ、迫るネメシスの黒い霧を遠ざける様に広がり始める。どうやっても近づけず、やがてネメシスは人型に戻ると膝をついた。

 

「馬鹿な……!」

 

「へぇ、あんな技もあるんだ。真白先輩って本当に素敵♪」

 

 ショックを受けるネメシスと頬を微かに染め乍ら手を当てて笑うメアを余所に、真白は料理を作り続ける。ネメシスは以降諦めた様子でリビングから料理を作る真白の姿を眺め続け、メアも同様にその姿を眺め続ける。普段は2人だけで過ごして居る部屋に突如やって来た真白。自分達が狙っている事を知りながら、それでも自分達の為に料理を作る彼女の心を2人はまだ理解出来なかった。

 

「……メア」

 

「何? 真白先輩」

 

 鍋の中身をかき混ぜていた真白はその中身を掬って小皿に乗せると一口味見をした後、メアを呼び始める。普段誰かが料理をする姿など見ないメアは首を傾げながら真白へ近づき、もう1度小皿に盛った皿を差し出された事でようやく意味を理解する。そして何となく真白が口を付けた場所に自分も口を付けてそれを食べれば、メアは笑顔で目を輝かせ始めた。

 

「美味しい! これ、何て言う料理?」

 

「……カレー」

 

「ほう、そんなに上手いのか?」

 

「凄いよ主! 地球に来てから食べた中で1番かもしれない!」

 

 その言葉で真白は改めて確信する。メアもネメシスも地球に来てからちゃんとした食事をしていないと。惣菜などを食べる事はあったかも知れないが、メアが持っていた籠から察するに余り美味しいと思わなかったのだろう。だがお菓子の様な甘い物は美味しいと感じ、以降そういった物ばかり食べているのだ。

 

 メアとネメシスの家には普段から自炊をしていない為、お米が用意されていなかった。家具等は備え付けで何とかなったものの、それはどうしようも無い。故に仕方なく真白が取り出したのは惣菜で買った白米であった。当然炊いた方が美味しいが、背に腹は代えられないのだ。

 

「……お皿」

 

「あ、今用意するね!」

 

「ふっ、既に用意してある。感謝しろ」

 

 盛り付ける為に皿を出して貰おうとメアに話し掛ければ、返事をする彼女の隣でネメシスが腕を組んでしたり顔で告げる姿があった。メアの感想で彼女も気になったのだろう。明らかに言葉では言わずとも食べたがっているその姿に真白は何も言わずに頷いた後、惣菜のご飯を3人分に分けた後に作ったカレーを掛ける。……そうして3人分のカレーライスが完成した。

 

 1人1皿ずつ自分の夕飯を手にリビングへ移動し、唯一と言って良い家具の無い部屋に存在するテーブルへそれを置いた。カレーを作る上で無い事を想定していた真白はレジ袋からプラスチック製のスプーンを3本取り出して2人に1本ずつ渡し、静かに手を合わせる。

 

「頂きま~す!」

 

「確か、食材となった生き物に感謝する。だったか? 弱き者が強き者の生きる贄となるのは当然の事だと言うのに。愚かな事だ」

 

「……食べない?」

 

「そうは言っていない。……頂きます」

 

 真白とメアの姿にカレーライスを見下ろして馬鹿にした様子で告げたネメシス。だが真白がその言葉に目を細めて皿を引き始めれば、素早くネメシスの手が反対を掴んで自分の元へ戻し始める。そして心は籠っていないが、メアと同じ様にしっかりと言って一口。……その目が大きく開いた。

 

「これは……」

 

「真白先輩! 御代り!」

 

「……ご飯……無い」

 

 ネメシスが衝撃を受ける中、その隣であっと言う間に完食したメアが真白へ皿を差し出した。だが惣菜で買って来たお米は綺麗に3人分で分けてしまった為、お米は既に残っていない。真白の言葉に残念そうに肩を落とすメアを前に、真白は静かに溜息を吐くと自分の皿をメアへ寄せた。

 

「え? これ、真白先輩の分だよ?」

 

「……平気」

 

「良いの? 食べちゃうよ?」

 

 自分へ譲ろうとする真白に最後の確認とばかりに聞いた時、頷いた姿を見てメアは笑顔でお礼を言いながら食べ始める。彼女の隣では殆ど自分の分を食べ切ったネメシスが最後の一口を食べ、そのスプーンを置いた。何処か満足げに微笑むネメシスは声を出しながら息を吐き、真白に視線を向ける。

 

「お前、これから私達に飯を用意しないか?」

 

「……」

 

「夕飯だけでも良いぞ? 偶にでも良い。どうだ?」

 

「ふふっ。主、それじゃ駄目だよ。ねぇ真白先輩? お店でも言ったけど、私も主も料理出来ないんだよね。今日は良いかも知れないけど、また明日から夕飯はお菓子かも……ね?」

 

 1度味わってしまった惣菜とは違う手料理の味。それを知ってしまったら最後、ネメシスはこれから何時も通りの食事で満足出来ない自信があった。故に料理が出来て自分が数少ない関係を持つ、料理の出来る存在……真白を誘う。だがその物言いは彼女らしく、それでは駄目だとメアが言った後に告げたのは一種の脅迫の様なものであった。材料は自分達であり、『自分達を思うならここに来て欲しい』。そんな内容。

 

「…………」

 

 真白はジッと考える様に黙ったまま、2人の姿を交互に見続ける。メアが徐々に変わり始める事が出来たのなら、ネメシスもまた変われる可能性がある。そして彼女達を本当に変えたいと思うのなら、積極的に接点を持つ事も大事だと真白はヤミと話していた。当然危険はあるかも知れないが、地球には虎穴に入らずんば虎子を得ずと言う諺もある。……真白はやがて2人の言葉に頷いた後、来る日を決める事にした。結果、1週間に1回。御門の家に行く日曜日の夜に夕食を作りに来る事で話は決まる事となった。



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第99話 モモの真意。ナナの自覚

 1年B組の教室は現在教員による授業が行われていた。黒板とチョークを使って言葉を書き出していく教師の背中を視界に映しながら、それをノートに写していく生徒達。だがナナは授業に集中出来ていない様であり、ふと覗いた窓の向こう側に映った光景に驚いて釘づけとなった。現在グラウンドでは2年A組が体育の授業を行っており、当然ララや真白達の姿もある。何となく気になってジッとその姿を見つめて居た時、微かに反応した真白が顔を上げた。……そして、その目が合う。

 

『……』

 

「! っはは……」

 

 ナナの視線に気付いた真白は目立たない程度乍らナナが気付く様に手を振った。思わず嬉しくなってナナが手を振り返しながら笑うと、真白は春菜に声を掛けられて授業に戻る。それを見てナナも授業に戻る為に視線を前に向け、自分がクラスメイト達や担任教師に見られている事に気付いた。

 

「授業に集中しろ」

 

「……はい」

 

 注意されて萎縮するナナの姿に全てを見ていたメアが笑う中、授業は再開される。その後、時折グラウンドを気にし乍らも授業を終えたナナは同じ様に授業が終わって誰も居なくなったグラウンドを見て溜息を吐いた。そしてその姿にメアが笑みを浮かべながら話し掛ける。

 

「ナナちゃん、何か悩みでもあるの?」

 

「え? あ、いや……うん」

 

 メアの言葉にナナは戸惑いながらも思い当たる節があったのか、やがて頷いて肯定する。元々勉強が余り好きでは無いナナだが、集中力が無い訳では無い。だがメアが見た限りここ数日の間、ナナは殆どの授業等で集中出来ていない様子であった。故に気になっていたメアはナナが肯定した事で彼女の前にあった席の生徒に一言言ってその場所に座る。明らかに話を聞こうとするメアの姿にナナは少しだけ頬を掻きながらも話し始めた。

 

「最近さ……気になるんだ」

 

「気になるって、何が?」

 

「……シア姉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結城家に帰宅したナナは最初にリビングへ向かう。そこには既に帰っているであろう美柑や真白が居る筈であり、扉を開けて中に入れば想像通りキッチンで料理をする2人の姿があった。

 

「あ、ナナさんお帰り!」

 

「……お帰り」

 

「お帰りです、プリンセス・ナナ」

 

「お、おう……」

 

 見慣れた光景であり、何時も通りの事。だがナナは何処かぎこちない様子で返した後、リビングを出て自分の部屋へ戻ってしまう。何処か様子のおかしいナナの姿に当然3人も気付き、だが理由が分からない故に首を傾げた。

 

 階段を上がって異空間にある自分とモモのスペースに入った時、最初に通る共有スペースでモモは携帯を見つめていた。その頬に手を当てて楽しそうに画面を見つめるモモの姿にナナは不思議に思い、声を掛ける。

 

「モモ、何見てんだ?」

 

「あらナナ、お帰り。ふふっ、これよ」

 

 ナナの声で帰宅したことに気付いたモモは迎えると同時にその携帯画面をナナへ見せる。そこには幸せそうな表情でララが猫耳を生やした真白の頭を撫で、撫でられた本人も少しだけ気持ち良さそうに目を細める画が映っていた。それはナナが宿題に必死でリビングに居られなかった際に起きた出来事であり、モモはその写真を待ち受けにして眺めていたのだ。

 

「な、なな、何だよこれ!」

 

 顔を真っ赤にして両手で携帯を手に叫ぶナナの姿に勝ち誇った様子でモモは笑みを浮かべる。既に終わってしまった事の為、真白の頭に猫耳が生える事はもう無い可能性が高い。モモはそれを含めて説明した上でナナの手から携帯を取り返すと、再び頬に手を当ててその写真を眺め始める。

 

「あぁ、何時までも見ていられるわ」

 

「……モモも大概、姉上達の事が好きだよなぁ」

 

「? 当然じゃない。それに、私の好きは唯の好きじゃ無いわよ」

 

「……はぁ?」

 

 自分達の姉であるララや同じ様に姉の様な存在である真白の事が大好きだと見ただけで分かるモモの姿に少しだけ呆れた様子でナナが呟いた時、モモは不思議そうな顔でさも当然の様に答える。だがその言葉の最後が理解出来ず、ナナは首を傾げた。そこでモモは持っていた携帯をしまってナナへ告げる。

 

「だって私、シア姉様の事を本気で愛してるもの」

 

「……! あ、愛し!? あ、ああ、愛!?」

 

 理解するのに少しばかり時間を有し、やがて分かったナナの顔は真っ赤に染まる。唯姉として好きと言う訳では無いと嘗て似た様な話をした事から理解出来たナナは言葉を繰り返そうとして上手く口が回らず、唯々慌てる姿を見せる事しか出来ない。モモがそんなナナの姿に「やっぱり貴女は子供ね」と呟いた時、気に入らなかったナナは怒りから少しだけ冷静になって顔を赤くしながらも口を開いた。

 

「何だよそれ! 姉上がシア姉の事を好きなのはモモも知ってるだろ!」

 

「えぇ。でも仕方ないじゃない。好きになってしまったんだもの。お姉様を裏切るつもりは無いわ。だけど引くつもりも無い」

 

「ど、どうするつもりだよ……?」

 

「貴女も王宮で習った筈よ。地球では余り馴染が無いみたいだけど、宇宙では一夫多妻やその反対も珍しく無い。そしてそれは同性の間でも無い話じゃ無い。……私はお姉様を応援してるし、シア姉様と結ばれて欲しいとも思ってる。だけどもしも叶うのなら、2番目でも3番目でも良いから私を見て欲しいとも思ってる。それだけよ」

 

「なっ……な……」

 

 開いた口が塞がらない。正にそんな状態になってしまったナナを前に言い切ったモモは何かを考える様に顎へ手を当て始める。真白を好いている者はララだけで無い事は把握しており、他の者達をどうするべきか。そして目的通りにララと真白が結ばれた場合、次期デビルーク王はどうするのか? モモの考えは難題だらけである。

 

 顔を真っ赤にしてモモの言葉を頭の中で繰り返すナナは学校でメアに話した事を思い出す。

 

 

『真白先輩の事が気になるの?』

 

『あぁ。何か気付くと目で追ってるし、一緒に居るとこの辺が暖かくなるんだ』

 

『ふ~ん。ねぇ、それって』

 

 

 ナナは思い出したメアの言葉を振り払う様に頭を振ると、「あたしは認めねぇからな!」とモモへ告げて自分の部屋へ飛び込む様に入ってしまう。何処か自分の言葉とは別に何かへ告げている様に感じたモモは閉じてしまったナナの部屋へ続く扉を見つめ乍ら微かに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を終えたナナとモモは結城家のリビングで寛いでいた。最初住み始めた頃、2人は結城家に食事等で頼らないと決めていた。だが料理を作る真白と美柑は2人分増えたところで問題無いと。リトは一緒に食べた方が美味しいと。ララは一緒に食べたいと言った事で頻繁に食事を共にする様になっていた。因みに食費代に関しては父親であるギドがザスティン経由でお小遣いとしてララ達に渡している為、その一部を支払っている。

 

「お風呂湧いたけど、誰から入る?」

 

「あ! じゃあ真白! 一緒に入ろ!」

 

「……」

 

「シア姉様、少し良いですか?」

 

 リビングへ戻って来た美柑の言葉に立ち上がって真白を誘ったララ。既に片付けも終わっていた為、真白はそれに頷いて同じ様に立ち上がろうとする。だがモモに呼ばれた事で首を傾げながら近づいた時、他の誰にも聞こえない様にモモは真白へ何かを耳打ちする。それを見ていた全員が分からず首を傾げる中、モモの言葉に真白は少し間を置いて頷いて返す。と、モモが笑顔でお礼を言った後にララの元へ。真白の代わりに一緒に入りたいと告げた。

 

 モモとララが居なくなった事で何を言われたのか気になったヤミが話し掛けようとするが、それより早く動いた真白はナナの傍へ近づき始める。突然自分の元へ来た真白に驚きながらもモモが何かを言ったと察したナナは何処か緊張しながら真白と目を合わせた。

 

「……今日……一緒に、入る」

 

「へ?」

 

 ナナがその言葉に驚く中、真白はそう言ってリビングを後にしてしまう。状況が理解出来ずに固まるナナと困惑する美柑を置いて、ヤミも追い掛ける様に部屋を後にすればリビングには静寂が支配した。

 

 1時間後。ララとモモがお風呂からあがった後、美柑がそれを伝える為に真白の部屋を訪れる。ヤミと並んで本を読んでいた真白は美柑の言葉で本を片付け、ヤミを部屋に残して服を手に部屋を出るとナナの居る異空間へ向かった。ナナの部屋をノックすれば彼女の声が聞こえ、静かにお風呂が空いた事を伝える。と、中から焦った様子の声と物音が響いた。少し心配になって真白が部屋の扉を開けようとした時、額に汗を掻いて服を手にしたナナが先に扉を開けた。

 

「そ、それじゃあ入ろうぜ!」

 

「ん……」

 

 やはり普段とは違う緊張した様子で言うナナの姿に真白は頷いて歩き始め、2人は結城家に戻ると真っ直ぐに脱衣所へ向かう。互いに生まれたままの姿となり、浴室に入ってシャワーを浴びた後に湯の張った浴槽へ浸かれば……互いに見合った状態で2人は無言になってしまった。

 

「……ぁ……ぅ」

 

 恥ずかしさからか身体が暖まった故なのかは定かでないが、頬を赤く染めたナナが耐えられないとばかりに真白の目から視線を外した。向けた先は下であり、そこに映るは透明な湯で微かに歪む真白の肌色。更にその頬が赤く染まる中、突然湯が大きく動くと同時にナナは身体を掴まれる。

 

「ひゃ!」

 

「……」

 

 前後を反転させられて真白に背を向ける形となったナナはそのまま身体を引き寄せられ、背中に柔らかい感触を感じ乍ら慌て始める。だが真白は何を言うでも無くその頭に手を乗せると、優しく撫で始めた。それは幼い頃にナナがされた事のある真白なりの慰め。落ち込んでいる時に真白が元気付ける為、甘えたがりのナナが心から甘えられる様にしていた事である。それをされた事でナナは真白が現在『ナナは落ち込んでいる』と考えている事が分かり、どうしてそう思ってしまったのかも理解する。

 

「っ! モモの奴……」

 

「……」

 

「ぁ、はぅ」

 

 八重歯を見せ乍ら悔しがるナナだが、頭を撫でる真白の手にその表情が緩む。無意識に湯船から先の出る尻尾がゆらゆらと揺れ、ナナは真白の身体に背中から身を預けた。暖かい真白の肌と湯の温度、頭を撫でる感触に満たされる心。この状況を作る為に動いたであろうモモに『余計な事をしやがって』と言う思いと同時に感謝も抱き始めていた。……そして蕩けそうな頭の中、ナナは1つだけ伝えたかった事を伝える為に口を開いた。

 

「その……この前はありがと、な」

 

「?」

 

「メアとの事、2回も相談に乗ってくれただろ? お蔭であたしはアイツと本当の友達になれた。全部シア姉のお蔭だ」

 

「……違う。……ナナの、頑張り」

 

 ナナのお礼に首を横に振りながら真白が答えれば、予想していたナナは笑みを浮かべて首元に感じる柔らかさを慣れから羞恥心も薄れて堪能し始める。蕩ける思考と感覚に気付けば甘える事に抵抗も無くなり、ナナはそのままゆっくりと目を瞑り始めた。薄れ行く意識の中、小さな思いを抱きながら。

 

「ぁたしは……シァねぇが……すぅ……すぅ」

 

 何かを言おうとして言えず、やがて聞こえる寝息に真白は少しだけ困ってしまう。だが明らかにこのままでは駄目だと思い、真白はナナの身体を横抱きに抱えて湯から上がる事にした。自分の身体と一緒にナナの身体も拭き、ナナが次に目を覚ました時はベッドの上であった。



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第100話 遠隔操作に興味津々

記念すべき100話目。自分が書いている作品では一番文字数も話数も多いと思います。これも読んでくださる方々のお蔭です。モチベーションの維持って難しいですから。

※今回の話の中で気になる事がある人も居るかもしれませんが、別作品で予定している内容に繋がる予定なので心に留めて貰えれば幸いです。


 朝。制服姿で歩いていた真白達は途中、美柑とも別れて彩南高校へ向かう。前から順番にララ・モモ・ナナが並んで歩き、その後ろに真白とヤミが。最後にリトが1人最後尾で彼女達の後ろ姿を眺めていた。すると、話をしていたララが少し後ろへ下がって真白に話し掛ける。何を話しているのかリトには分からないが、笑顔で話すララと無表情乍ら頷くなどして答える真白の姿は微笑ましいものであった。

 

「!」

 

 学校近くまで来た時、何度も見慣れた後姿にリトは緊張して身体を固くし始める。それは春菜の後ろ姿であり、ララはその姿を見つけると走り出した。と同時に何かを落として行き、真白の隣を歩いていたヤミがそれに気付く。真白はララ経由でモモ達と会話をしていた為に気付かず、リトは春菜の様子を伺っていた為にそれどころでは無い。唯一気付けたヤミのみがそれを拾い、首を傾げた。片手に収まる端末の様な機械にはディスプレイと思わしき部分とボタンが複数あり、落とし主から間違い無く発明品の一種である事は伺える。ヤミはララにそれを渡そうとするが、突然聞こえて来たチャイムの音にその場にいた殆どの者達が走り出した。ゆっくり歩き過ぎていたのだろう。

 

「……走る」

 

「分かりました。……!?」

 

 真白の言葉にヤミは頷いて、ララに返すのは後回しにする事とした。だが仕舞おうとしたその時、小さな何かが端末から真白の首元へ発射される。突然の事に焦ったヤミだが、発射された小さな何かは真白の髪を通って後首へ付着。しかし痛みも何も感じていないのか、真白は付いた事すら気付いていない様子であった。教えるべきなのは間違い無いが、今は時間も惜しい状況。故にヤミは置いて行かれない様に改めて端末を仕舞うと、走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間。授業の合間にある短いその時間、里紗達と話をしている真白の姿を捉え乍らヤミは端末を取り出す。何も映っていなかったディスプレイには何故かデフォルメされた真白が映っており、画面の横には手のマークや唇のマーク等が映っている。真白の呼吸に合わせて動くその絵は本人と繋がっている様で、ヤミは端末にあったボタンを何気なく押してみる。結果、映っていた手のマークと唇のマークが場所を入れ替えた。

 

「何かを示している?」

 

 まだその意味を理解出来ず、ヤミは首を傾げるしか無かった。すると突然、真白と話しをしていた里紗がヤミに話しかけた事で反射的にヤミは持っていた端末を仕舞う。ディスプレイに映る真白の絵に触れてしまいながら。

 

「!?」

 

「? 真白、どうかした?」

 

「…………平気」

 

 途端、真白の身体が大きく跳ね上がった事で彼女と話をしていた未央が心配する。辺りを見回して特におかしな様子の無い教室内を確認した後、首を横に振って何事も無い様に答えた真白。里紗が話し掛けている事も忘れ、ヤミはそんな真白の姿を見て拾った端末の効果を理解し始めた。

 

「(画面に映る真白は、本物の真白と繋がっている……?)」

 

「ヤミヤミ? お~い、ヤミヤミ~?」

 

 呼び掛ける里紗の声もヤミの耳には入らず、やがて休み時間は終わってしまう。教員がやって来て授業が始まる中、教科書とノートを机に出していたヤミは自分の身体で見えない死角で端末を取り出した。……それは過去の自分ではあり得ない、好奇心から来るもの。相手が真白であったが故に、ヤミはその衝動を抑えられなかった。

 

「……」

 

「! んっ……」

 

 優しく画面に映る真白の腹部をタッチすれば、静かな教室内で真白は驚いた様子を見せる。微かに漏れる吐息がヤミの耳にも聞こえ、真白は休み時間同様に辺りを見回した。集中して授業を受けている者も居れば、居眠りをする者や遊ぶ者も居る教室内。だが一瞬感じた何かの原因となり得る者は何処にも居なかった。

 

「どうしましたか?」

 

「……何でも無い」

 

 辺りを見回す真白の姿に心配した様子でヤミが話し掛ければ、真白は首を横に振って答えた。辺りを見回す原因がヤミであるとも気付かずに。

 

 ヤミは確信する。今自分が持っている端末に映る絵は真白と繋がっており、その絵に触れれば真白に触れた事になると。一体どうしてララがそんな発明品を作ったのかは定かで無いが、ヤミはそれをすぐにララへ返す気にはならなかった。普段表情を崩す事の無い真白の姿を見て見たい。そんな衝動に駆られ、ヤミは端末を懐へ仕舞う。

 

 何科目かの授業を終えて昼休みとなった時、真白はヤミと共に里紗や未央に誘われて昼食を食べた。全て食べ切った後は自由に過ごす様になり、真白は教室へ戻る事に。が、ヤミは突然真白へ「少し用事が出来ました」と言って離れる意を伝える。普段自分から離れる様な事をしないヤミ故に不思議な事ではあるが、彼女も1人の少女。そういった場合もあると考え、真白は頷いて別れる事に。しかし真白から距離が出来た後、ヤミは何処へも行かずに真白から気付かれない範囲に立った。

 

「このマークは触れ方、ですね。手のマークなら……」

 

 画面に映る真白とは別の手と唇のマークを見ながら呟いた後、ヤミは真白の絵に振れる。腹部を数回突く様に触れれば、教室で座っていた真白はまた身体を跳ねさせた。3度目の出来事に困惑しながらも辺りを見回す真白の姿を視界に捉え、ヤミは遂に胸の部分へ触れる。

 

「ん、ぁ……」

 

 まるで見えない何かに胸を揉まれた様な感覚を受け、微かに漏れ出る声に真白は口を自分の手で塞いで抑え込んだ。昼休み故に教室の中で残っている生徒は少ないが、居ない訳では無い。必死に我慢する真白の姿に溢れ出る感情を抑え、ヤミは再び触れようとした。だがその時、ヤミの背後に突然現れた人物が持っていたそれを取り上げる。

 

「ヤミお姉ちゃん、何してるの?」

 

「! メアですか……それを返して貰えますか?」

 

 笑顔で声を掛けて来たその姿を少し驚きながらも確認したヤミは、平常心を持ってメアに手を差し出す。だがメアはヤミが何に夢中だったか気になり、手に持ったそれを確認する。デフォルメされた真白と右上に映る手のマーク。教室には辺りを見回す真白の姿があり、メアは何気なく真白の胸部分をタッチした。

 

「ふっ! ん……ん……」

 

「……へぇ~」

 

 教室の中で快感に襲われる真白の姿を確認し、メアは端末を持っていたヤミへ目を細めながら納得した様に声を出す。全てを察されたヤミは何も言わずに手を差し出したまま、顔を背けた。普段の彼女では考えられないその様子にメアは改めて面白いものを見つけたかの様に笑みを浮かべると、端末を触り始める。ヤミの様に試すのでは無く、本格的に真白へ快感を与える為に。

 

「ふ、ぁ! んんっ! だ、め……ん、ぃ!」

 

 首筋、胸、腹部に太腿。足の裏まであらゆる場所を無数の手で撫でられ触れられ揉まれるかの様な快感に真白は口を抑え乍らも自分の机に身体を伏して悶える。明らかに様子がおかしい真白の姿に教室にいた生徒達の数人が気付くが、快感が齎す痺れは正常な思考を奪ってしまう故に真白は気付かない。

 

 教室の外、廊下では金色の髪を大量の拳にして襲い掛かるヤミと軽やかにそれを躱すメアの姿があった。ヤミの攻撃には一切の容赦が無く、額に僅かな汗を流しながらも髪を盾にして防いだり避けたりするメアの手には未だに端末が握られていた。そして全てを能力で変身させた髪に任せ、メア本人は真白の絵に触れ続ける。が、やがてヤミの攻撃がメアの手元に当たると同時に端末は大きく空へ舞いあがった。その拍子に手のマークと唇のマークを入れ変えて。

 

「!」

 

 空へ舞った端末へ両者が同時に手を伸ばす。2人の手が端末を交差してお互いの手に触れれば、両者が同時に空いていたもう一方の手を伸ばす。手と手で端末を取り合えば、何度も端末に映る真白の身体に2人の肌が触れてしまい、その度に真白は自分へ襲い掛かる快感に苦しむ事になった。先程まで手で愛撫されていた身体を今度は滑り気のあるまるで舌の様なものに舐められて。

 

「っ! や、めっ……んぁ!」

 

 自分の傍には誰も居ないにも関わらず、無数の舌が身体を舐め上げる。やがて両胸に2つの舌が容赦無く襲い掛かると、その舌は中心へ移動。……そして、快感によって微かに固さを持ったそれを包む様に舐め上げた。

 

「ひっ、んんっ!」

 

 今日一番に身体を震わせて抑え切れない声を漏らした真白はそのまま力尽きる様に再び机へ伏してしまう。少し離れた場所で端末を取り合うヤミとメアは再び同じ様にお互いの髪を手にして伸ばし、端末を掴む為にぶつかり合った。端末が何度目かも分からずまた舞い上がった時、それはとある人物の元へ飛んで行く。それは春菜と一緒に廊下を歩いていたララであった。

 

「わっ! あれ、何でこれが空から降って来たんだろう?」

 

「ララさん、それは?」

 

「あ、これは携帯型のマッサージ機だよ! 自分で自分をマッサージ出来るの! 骨川先生が腰痛で辛いって言ってたから、前から作ってたんだ! 先生用のは昨日渡したから、試作版かな?」

 

「そうなんだ。優しいね、ララさんは。……あれ? これ、真白さん?」

 

「? ほんとだ、真白が映ってる。何でだろ? 取りあえず、リセット! っと」

 

 空から飛来した自分の発明品に驚いたララは気になって質問した春菜に答えた後、画面に映る真白の絵に気付いてボタンを押す。途端に画面が真っ暗になり、真白の後首に付いた物も消滅した。そしてララはそれを自分のポケットに仕舞うと再び春菜と会話を始め乍ら歩き出し、取り合っていたヤミとメアはその光景を遠くから眺めていた。

 

「あ~あ。面白そうだったのに」

 

「……貴女のせいですよ、メア」

 

「そもそもえっちぃ事を考えるヤミお姉ちゃんが悪いと思うけどな~」

 

 メアはそう言った後、教室へ戻る為に「じゃあね」と言ってその場を後にする。端末を失って真白から離れる理由も無くなったヤミは真白が居るであろう2年A組の教室へ向かい始め、そこに真白の姿が無い事に首を傾げた。そして教室にいた女子生徒に質問すれば、彼女は心配そうに答えた。

 

「三夢音さん、急に体調が悪くなったみたいで早退したみたい」

 

「そうですか……」

 

 全ての原因を理解していたヤミはその答えに頷いた後、自分の席へ戻る。真白の傍に居たいとは思うも、早退する理由を作ったのは自分。勝手に自分も早退してしまえば怒られる可能性もあり、ヤミは罪悪感を感じ乍らも我慢して空いた隣の席を寂しく思いながら1人午後の授業を受けるのであった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。

改めまして、読んでくださりありがとうございます。


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第101話 霧崎 恭子の彩南高校来訪。真白の疑問

【5話】完成。本日より5日間、今作今年最後の投稿を致します。


 彩南高校はその日、途轍もない歓喜に包まれていた。特別授業として全生徒が集められた体育館で先生に連れられ姿を見せた『マジカルキョーコ(フレイム)』で有名な人気アイドル、霧崎 恭子の登場。男女問わず人気故に体育館は歓声に包まれ、恭子は芸能界での仕事について生徒達に教えると言う目的で来訪した事を教師が明かす。そして恭子はテレビの向こう等で見せる笑顔をそのままに話を始め、生徒達は心躍らせながらもその話を聞き続けた。

 

 授業が終わった後、生徒達は一様に恭子へサインを求めて駆け出し始める。既に会った事のあるリトや真白達はその姿を遠目から眺め、ララは過去に貰った経験があるにも関わらずまた貰おうか悩み始めていた。特別授業は昼食前に行われ、授業が終われば長い休み時間が始まる。ティアーユを始めとした教師達が波の如く襲い掛かる生徒達から恭子を守る光景を前に、真白達はその場を去ろうとした。だが恭子がサイン書き終えた瞬間、僅かにその視線が人混みの間から見える真白へ向けられる。

 

「?」

 

「真白、行きましょう。昼食です」

 

 目が合ったのは一瞬であり、首を傾げる真白の後ろから離れ始めていたヤミが声を掛けた。それで気の所為だと判断した真白はヤミに振り返って頷いた後、他の者達と共に体育館を後にする。そして屋上で賑やかな面子と昼食を過ごし、残りの時間をどうするか考えていた時、真白の携帯が着信音を鳴らし始める。普段余り鳴る事の無い着信音にリトやヤミが気にする中、真白はそれに出る。

 

『真白。今、大丈夫かしら?』

 

「……ティア?」

 

『実はお願いがあるの。多分次の授業まで掛かってしまうのだけど……』

 

 相手はティアーユであり、彼女は電話越しにお願いの内容を説明し始める。聞きに徹する真白は何度か見えないと分かりながらも頷き、やがてティアのお願いを了承した。電話を切った後、当然真白は気になった他の面々に質問される。そしてその質問に真白は一言で答えた。

 

「……恭子」

 

 何となく、その場に居た全員はその言葉だけで納得出来るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室に訪れた真白を待っていたのはティアーユと恭子であった。電話越しに伝えられたティアーユからのお願い。それは彩南高校の中を見学したいと言う恭子の案内であった。恭子と仲の良いルンはアイドル業で休んでおり、マネーシャーも別件で一度離れなくては行けない。どうしようか迷った時、恭子が真白の名前を出した事で白羽の矢が立ったのである。真白の姿に気付いた恭子が笑顔で、ティアーユが微笑んで迎える。

 

「こんにちは、真白」

 

「ん……校舎……回る?」

 

「うん! よろしくね!」

 

「それじゃあ、真白。頼んだわね」

 

 ティアーユの言葉を最後に2人は職員室を後にした。最初に比べればサインを求める生徒達も大分減ったものの、恭子が廊下を歩けばそれだけで注目を浴びずには居られない。唯静かに校舎の中を歩いて部屋の前でその名前を告げる真白の姿をジッと恭子が見つめていた時、横から掛かる声に恭子は返事をして視線を向ける。……それは恭子も何度か遭遇した経験のある、彩南高校の校長であった。

 

「これはこれは、お忙しい中講演お疲れさまでしたなぁ。我が校の為に時間を割いて下さり、感謝しておりますよ」

 

「そ、そうですか……?」

 

 恭子にとって目の前の変態(校長)は危険人物であり、だが大人な対応を見せる彼に困惑せずにはいられない。傍に居る真白は足を止めて2人の間に少しだけ距離が出来た状態で立っており、恭子は少しだけ目の前の変態を見直し掛けていた。しかし、彼の本性は何時までも隠れるものでは無かった。

 

「貴重な世界の事を聞く事が出来て、我が校の生徒達も勉強出来た事でしょう。素晴らしい。実に素晴らしい」

 

「……」

 

「是非次は……私と2人っきりで保健体育をぉぼぁぁぁぁ!」

 

「!?」

 

 大人らしい言葉を言いながら徐々に声を小さくするその様子を前に、真白は静かに用意を始める。そして突然パンツ1枚を残して裸になった校長が恭子に襲い掛かろうとした時、動き出したと同時にその身体にめり込んだ真白の足が大きく校長の脂肪を揺らした後、開いていた窓から外へ吹き飛ばされる。一瞬怯えながらも一瞬で脅威が去った光景に思わず呆気に取られた恭子だが、真白は振り抜いた足をゆっくり降ろして恭子へ視線を向けた。

 

「……大丈夫」

 

 その一言に含まれる安心感は計り知れず、恭子は案内役として選んだ真白が同時に途轍もないボディーガードである事を知る。今の光景は他の生徒達も見ており、出す気が無くても下手に恭子へ手を出せば危険であると理解する事が出来た。少し離れた場所で貰い損ねたサインを貰うついでにメアドなども貰おうとしていた3年生が先程の光景に震えている事等知る由も無く、真白は恭子を安全に案内し続ける。

 

「ね、真白。真白は好きな人とか、居ないの?」

 

「?」

 

 部屋の名前を告げて再び歩こうとした時、突然掛けられた質問に真白は首を傾げる。だが答えを待ち続ける恭子の姿にやがて首を横に振り、それを見た恭子は意味有り気に真白の前に立つと足を止めた。

 

「真白はさ、女の子に興味とか無い?」

 

「……女の子?」

 

「同じ女でも、『可愛い』とか『綺麗』とか思う人とか居るでしょ?」

 

 突然の質問に首を傾げて聞き返した真白。その姿を前に恭子が頷いて言葉を続けた時、真白は何も言わずにジッと考え始める。一体彼女の中でどんな考えが巡っているのか気になりながらも待ち続けた恭子。やがてその目が自分に向けられた事で恭子は真白の答えを待った。

 

「……考えた事……無かった」

 

「じゃあ考えてみようよ。例えば……ルンとかどう?」

 

 そもそも恭子が彩南高校に来た理由は、ルンが恋する相手である真白の情報を手に入れる為であった。普段アイドル業が忙しくて会う事の出来ないルンが時折会いたいと呟く事があり、他にも狙っている人物が居る事も聞いていた恭子は友の為に人肌脱ぐ決意をしたのだ。別の高校に通う彼女だからこそ、特別な理由として訪問する事が出来た。後は学校内を回りたいと言ってマネーシャーには別の事を任せ、真白の名前を出せば……今の状況が出来上がるのである。全て、恭子の予定通りであった。

 

「……分からない」

 

「う~ん。……そもそも真白、恋した事とかある?」

 

「……」

 

 首を横に振って答える真白の姿にふと思い付いた事を質問した時、何も言わずに黙る姿を見て恭子は確信する。前提として真白には恋の経験が無いのだと。だがそれを馬鹿にする事も弄る事も、ましてや教える事も恭子には出来ない。何故なら自分もまた、恋愛経験は殆ど無い為である。

 

 恋がどんなものかも分からない相手に同性を見る考えは当然無いだろう。しかし可能性が0になった訳では無い。それ以上にもしも真白が最初に恋した相手が女性になれば、可能性は十分に大きくなる。恭子は必死に考えた末に頭の中が一杯一杯になってしまい、片手でその頭を押さえた。……彼女の中で今、真白に出来る事は1つだけ。

 

「ルンが真白の事を好きなのは、知ってるよね?」

 

「……ん」

 

「それが友達としてじゃ無くて、恋愛感情なのも知ってるよね?」

 

「…………ん」

 

「受け入れて、何て言わない。真白の思いもあるから。だけど……ちゃんと考えてあげてね。ルン、本気だから」

 

「……」

 

 ルンの思いを改めて理解させ、真白に理解していない恋を知ってもらう。恭子は新たな決意を胸に、真白へ告げる。

 

 その後、話をし乍ら案内を続けた真白は恭子と別れた後に1人教室に戻る途中の廊下で窓の外を眺める。まだ太陽の上る明るく平和な彩南町。見慣れた街で暮らして気付けば数年が経ち、ララ達と出会ってから騒がしくなった日常の始まりからも1年以上経っている。

 

「……恋……?」

 

 恭子に考える様に言われたまだ理解の出来ていない感情。明確なものは何も分からず、真白は胸に手を当てて1人廊下で呟いて首を傾げた。



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第102話 日曜日の夜。ネメシスの歪なお礼

 日曜日。明るい時間を御門の家で過ごした真白はヤミを連れてメアとネメシスの住むマンションに足を運んだ。その手には途中で寄ったスーパーのレジ袋があり、チャイムを鳴らせば笑顔で玄関を開けるメアに迎えられて2人は中へ入る。リビングで優雅に寛ぐネメシスの姿が中にはあり、真っ直ぐキッチンへ入る真白とは別にヤミが彼女と睨み合う。

 

「やっとこの日が来たか。そう睨むな、金色の闇よ」

 

 余裕そうにネメシスは真白の姿を確認した後、自分を睨みつけるヤミへ告げる。何も答えずに警戒を続けるヤミと2人でリビングに残る中、キッチンでは食材をまな板やキッチンの台に乗せる真白と夕飯のメニューが気になるメアの姿があった。

 

「真白先輩、今日は何作るの?」

 

「……ハンバーグ」

 

「ハンバーグ。確かお弁当のおかずで食べた気がする! 何か切るのがあったら言ってね!」

 

 何度か食べた事のあるお弁当のおかずにあったハンバーグを想像して期待を膨らませたメアは笑顔で続ける。真白の料理を手伝おうと最初は始めた食材を切る行為。だが()る事に快感を感じてしまったメアはその日以降、料理の手伝いと称して何かを斬りたくて仕方が無かった。一度始まってしまえば粉々になるまで斬り続けるメア。故に真白はメアの目の前に玉葱を置く。ハンバーグを作る過程でそれをみじん切りにする必要があり、何もかも切り刻むメアには丁度良かった。

 

 隣でメアが恐ろしい速度で玉葱を切り刻むのを横目に真白もひき肉や卵などを用意して料理を開始する。やがて恍惚とした表情を浮かべるメアの前に置かれた粉々の玉葱を加えて捏ね続けた後、大きい4つの肉塊を作って焼き始める。徐々に香り始める美味しそうな匂いに戻って来たメアが再びワクワクし始める中、リビングでは未だ警戒中のヤミと優雅に寛ぐネメシスの姿が続いていた。

 

「私達を警戒するお前が真白がここに来る事を許すとはな」

 

「貴女達を受け入れようとしている私達が距離を取るのは間違っている。それだけです。警戒は解きませんが」

 

「ふっ。矛盾しているな」

 

 明らかにピリピリとした雰囲気を醸し出す2人。だがそんな2人の元にその雰囲気に合わない楽しそうな声が聞こえ始める。両手にお皿を持って現れたメアの声だ。皿の上には出来たてのハンバーグがあり、ネメシスはその匂いとテーブルに置かれるそれを前に座り直す。メアの後ろから真白も両手にお皿を持って現れ、テーブルの上には4つのハンバーグと野菜の乗ったお皿が置かれた。

 

「メア、米を」

 

「はいは~い! あ、でも勝手に食べちゃ駄目だよ? 主」

 

「分かっている。早く全員分をよそえ」

 

 自分達で用意した炊飯器(・・・・・・・・・・・)からしゃもじで用意してあったご飯をお椀へメアがよそい始める。初めて真白が料理を作った日、食事をする上で絶対に必要と言っても過言では無い主食の米。カレーを食べてその偉大さを知ったネメシスは迷わず炊飯器とお米を購入して家に置く様にしていた。そして真白が来ない日は適当に何かを食べて過ごす2人は真白が来る日曜日のみ、ネメシスがメアに命令して米を炊かせる。……一週間に一度、美味しい物をお腹一杯食べれるチャンス故に。

 

「頂きま~す!」

 

「ふん、頂こう」

 

「……頂きます」

 

「頂きます」

 

 メアの言葉に続く様にネメシス、真白、ヤミが手を合わせると食事を開始する。幸せそうに頬を緩ませるメアと彼女程では無いが笑顔が隠し切れずにニヤけるネメシスの姿は何処からどう見ても可愛らしい少女であり、真白はその姿を無表情乍ら優しく眺めて箸で分けたハンバーグの一部を口に入れる。

 

「ヤミお姉ちゃんは良いな~。毎日真白先輩の料理食べれるんでしょ?」

 

「正確には真白と美柑の料理です。美味しいですよ、とても」

 

「ふむ。真白、そろそろ日数を増やさないか?」

 

「……駄目」

 

 羨ましがるメアへ正直にヤミが答えた時、それを聞いていたネメシスは前々から行っていた交渉を再び始めようとする。だが開幕で即座に答えが出され、ネメシスは面白く無さそうに箸に乗せたご飯を口を放り込んだ。一度真白の手料理を食べてしまって以降、ネメシスは味に関する最低ラインは底上げされてしまったのだ。適当に購入可能なお弁当等では空腹を満たせても味は満たせない。一週間に一度来る日曜日が待ち遠しくなり、故に日曜日だけ彼女達は普段以上の量を食べる。

 

「あ、ご飯無くなっちゃった」

 

「何? しっかり5合炊いたのか?」

 

「ちゃんと炊いたよ。前回4合じゃ足りなかったから、残って良いと思って思い切ったもん」

 

「真白。確か1合はこの茶碗に2杯、ですよね?」

 

「……ん」

 

 炊飯器を覗き込んで中に何も無い事に気付いたメアの声でネメシスが驚きながら確認し始める光景を前に、ヤミは真白へ質問する。1合は約お茶碗2杯程の量であり、2人の会話が本当ならば10杯分はあった筈である。だが真白とヤミが1杯ずつよそった後は1度も御代りしておらず、それはつまりメアとネメシスで8杯分を食べたと言う事。実は6日間何も食べて無いのでは? と錯覚してしまう程の食べっぷりである。

 

「次は6合で炊くべきか……幸い米は余る程用意してあるからな」

 

「そうだね。それじゃあ残ったおかずだけ……♪」

 

 真剣に米の炊く量を考えるネメシスの言葉に頷いた後、メアは残ったハンバーグを一気に口の中へ放り込んで満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜遅い時間に結城家へ帰宅する真白とヤミは、遅い時間という事もあって日曜日のみ『彩南ぽかぽか温泉』へ行く様にしていた。毎日から一週間に一度となった温泉。慣れた様子で中に入れば、閉店前故に人の姿は非常に少なかった。湯浴みをして身体を洗い、湯船をヤミと共に浸かった真白。だが突然その身体にゆっくりと誰かの手が這い始める。驚き後ろに振り返れば、そこに居たのは裸のネメシス。斜め前に居るヤミからは真白の身体で見えない様な位置取りで、ネメシスは驚く真白の口を手で塞いだ。

 

「食事の礼だ。気持ち良くしてやろう」

 

「!?」

 

 湯船の中で背後から伸ばされるネメシスの手が真白の胸へ容赦無く襲い掛かる。驚きながら与えられる快感に反応するが、口を塞がれている為にその声は抑えられてヤミには届かない。が、当然ヤミが何も真白に話し掛けない筈が無かった。ヤミが気持ち良さに細めていた目を真白へ向けた時、ネメシスの姿が消える。微かに荒い息をした真白を残して。

 

「真白、どうかしましたか?」

 

「……ネメ、んっ!」

 

「真白?」

 

「……何でも、無い」

 

 掛けられた声へ正直に答えようとした真白だが、微かに自分の弱点である過去に羽のあった部分を撫でる指の感覚にその言葉は遮られる。それは同時にヤミへ教えようとすればその場所を攻めるというネメシスからのメッセージでもあり、真白は首を横に振ってヤミへ嘘を告げた。首を傾げながらも「そうですか」と言って視線を外し、再び暖かさにボーっとし始めるヤミ。その傍では視線が外れた事で姿を見せたネメシスが真白の身体を弄び始める。

 

「ほれ、ここが良いのか?」

 

「っ! 止め、て……」

 

「ふふっ、愛いな。この調子で私でしか感じられない身体に……!?」

 

「何、しているのですか?」

 

 耳元で囁くネメシスが更に真白を攻め立てようとした時、突然自分の身体があった場所に斬撃が襲い掛かった。少し驚いた様子ながらも軽々と回避して湯船の中で距離を取ったネメシスは、真白の傍に立つヤミと向き合う。睨みつける裸のヤミからは途轍もない殺気が放たれ、数少ない銭湯を楽しんでいた人々は恐怖から逃げだしてしまう。結果、銭湯には荒い息の真白と笑みを浮かべるネメシス。そして彼女を睨みつけるヤミの姿だけが残った。

 

「ちょっとした礼だ。気にするな」

 

「それで済むとでも?」

 

「済ませるさ。ではな」

 

 余裕綽々で答えた後、ヤミの言葉に軽く笑ってその姿を湯気に紛れる様にネメシスは消してしまう。捕まえる手段は無く、ヤミは怒りを抑えて真白へ近づいた。暖かいお湯に浸かって荒い息をするのは余り身体に良く無い為、ヤミはその様子を見て真白へ身体を貸して湯船から出る事にする。そしてそのまま銭湯を後にした真白は警戒するヤミと共に結城家への帰路へつくのだった。



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第103話 魔剣ブラディクス【前編】

「ようこそいらっしゃいましたわ! 三夢音さん! ヤミさん!」

 

「急の呼び出しですまないが、来てくれて感謝する」

 

「……ん」

 

 天条院家の屋敷に訪れた真白とヤミを出迎えたのは沙姫・凛・綾の3人であった。今回は招待では無く、凛から美柑経由で連絡があった為にやって来た真白。その理由は昨夜、沙姫が使用人を労う為に料理を作って振る舞った結果、全員が今朝から腹痛で仕事が出来なくなってしまったのが原因であった。屋敷の事を出来る人物が誰も居ない。その状況の解決方法としてすぐに思い至ったのは結城家で家事を行っている美柑と真白に来て貰う事であった。だが美柑は用事がある故に来れず、結果真白と付き添いのヤミだけが天条院家に訪れる。

 

「さ、早速着替えてください。此方がその、メイド服です」

 

「貴女方が住む家とは比べ物にならない広さですので、大変だとは思いますが頼みましたわよ?」

 

「……頑張る」

 

「私も手伝います」

 

『ご安心ください! シア姉様!』

 

 綾から天条院家に仕えるメイドが着ている服を手渡された真白は沙姫の言葉に答え、ヤミの言葉に頷いて返した。その時、突如屋敷内に響き渡るモモの声に全員が玄関口へ視線を向ける。突然独りでに開き始めた扉の向こうには、真白の持つメイド服とは違うスカート丈等が短いメイド服を着たモモ、ナナ、メアの3人が立っていた。そして彼女達に交じって執事服を着た何とも言えない表情を浮かべるリトの姿もあった。

 

「私達もお手伝いします!」

 

「この前美柑がお世話になったからな。俺にも手伝わせてくれ」

 

 綾と凛は沙姫に判断を委ねる為、視線を向ける。リトの体質に何度か巻き込まれた経験のある沙姫は彼の存在に少し渋るが、その思いは伝わったのだろう。他の3人共々やがて許した事で全員は改めて天条院家の1日限定使用人となった。綾に渡されたメイド服はスカート丈の長い正統派な物であり、着替える為にその場を離れる真白にモモが声を掛けて着いて行き始めると、しばらくして出て来た真白はモモ達と同じスカート丈の短いメイド服で姿を見せる。傍には同じ服を着たヤミの姿もあり、それを見たナナやメアは嬉しそうにその姿を眺めた。

 

「……これで……良い?」

 

「仕事に差し支えなければ構いませんわ」

 

「ふふっ、良かったです。……」

 

「な、何だ?」

 

 確認する真白へ気にした様子も無く沙姫が答えると、安心した様に微笑んだモモが傍に立っていた凛へ視線を向ける。少し嫌な予感を感じた凛がその様子に質問した時、モモは何処からともなく同じメイド服を取り出した。

 

「実は後1着あるんですが、着て見ませんか?」

 

「いや、私は」

 

「そうですわね。凛も偶には可愛い恰好をしてみても良いかも知れませんわ」

 

「さ、沙姫様!?」

 

 モモの提案に断ろうとした凛だが、まさかの援兵に動揺してしまう。そしてそのままあれよあれよと言う間に他の全員と同じ格好にされた凛。恥ずかしそうにスカートを掴みながら、彼女は気にしない様にする為か仕事を開始する様に言う。真白はヤミと共に。メアはナナと共に。リトはモモと共にそれぞれ別々の場所を掃除から開始し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沙姫の言う通り、一般家庭とは比べ物にならない程に広い屋敷内の掃除は簡単では無かった。髪を箒にして高速で掃除を進める傍らで普段通り掃除を行い続ける真白。1部屋ずつ進めていた2人は次の部屋に入り、そこでリトの顔へ馬乗りになっている凛の光景を目撃する。何も言わずにその光景を見つめる真白と、何も言わずに目を細めるヤミ。凛は2人の姿に気付くと、素早く立ち上がってリトを引っ叩いた。

 

「……」

 

「この不埒者! お前たちも誤解するな! 今のはこいつが足を滑らせて巻き込まれただけだ!」

 

「何時ものですか。懲りませんね、結城 リト」

 

「業とやってる訳じゃねぇって!」

 

「……怪我、無い?」

 

 必死に説明する凛の姿に普段のリトを知っている為、誤解せずに理解したヤミが冷たい視線をリトに向ける。そして叩かれた頬を擦りながら立ち上がるリトの言葉に真白が2人へ交互に視線を向けて確認した。足を滑らせたとの事であったが、リトが凛に叩かれた以外に被害は何も無い様子である。

 

「ここは既に終えている。お前たちは隣の部屋を頼む」

 

 短いスカートを叩きながら真白とヤミに告げた後、リトを一瞬睨んで部屋を後にする凛。彼女の姿を見送った後、ヤミは改めてリトに冷たい視線を向ける。彼自身が業とでは無いと言い、実際に本当なのはヤミも真白も知っている。だがそれでも流石にその事で援護する気にはなれなかった。何度か自分達も被害を受けている故に尚更である。

 

「と、取り敢えず掃除を続けようぜ!」

 

 リトの言葉に頷いて部屋を出る真白に切り替えたヤミも追い掛ける様に部屋を出る。別の場所では恥ずかしさと憤りを感じ乍ら美柑に言われたリトの良い所を思い出して否定する凛が歩いており、彼女は2階の倉庫の整理を始める。そこには沙姫の父親が集めたコレクションがあり、新しく送られて来たそれを確認する為に蓋を開いた凛の目に映ったのは異様な形をした刀剣であった。

 

 別の場所の掃除を開始していた真白とヤミは突然感じる気配に驚き、顔を見合わせる。何かが肩に重しとして圧し掛かっている様な気配は尋常では無く、何も言わずに警戒をし始めた2人。すると突然僅かな亀裂が天井に入り……一気に何かが落ちて来る事で崩落した。土煙が舞い上がる部屋の中で何が落ちて来たのか確認する2人に映ったのは、真っ赤な刀身をした刀剣を手にゆらゆらと揺れる凛の姿であった。

 

「真白、これは……」

 

「……」

 

 明らかに様子がおかしいその姿にヤミが真白へ声を掛ければ、真白は頷いて凛の前に立つ。彼女の目に光は無く、唯只管その口は同じ言葉を繰り返していた。

 

「よこせ……よこせ……血を、よこせ……!」

 

「!?」

 

 突然飛び出た凛は常人では見えない程の速さで真白の前に立ち、その刃を振るう。驚きながらも間一髪体勢を低くして避けた真白は距離を取ろうとするが、離れた先には一瞬で先回りした凛が構えていた。しかしその刃が振るわれるも真白に届く事は無い。間に入ったヤミが手を刃にして防いだからである。

 

「よこせ……よこせ!」

 

「くっ!」

 

 重い一撃を受け止め、それをヤミが横に流せば一瞬にして壁が破壊される。他の部屋や外で掃除をしていた面々も響き渡る轟音を聞く中、ヤミは距離を取って真白と並んで凛と改めて対峙した。

 

「恐らく原因は」

 

「……剣」

 

 見た目は変わらず、可笑しいのは雰囲気と格好に不釣り合いの禍々しい刀剣。元凶は明白であり、ヤミと真白は同時に頷いた。途端、再び2人の目の前に現れた凛が刀剣を大きく横に一閃。跳躍して2人は回避するが、2人の立っていた場所の後ろにあった壁には巨大な斬痕が出来上がる。

 

「私に刷り込まれた武器、兵器に関する知識の中に該当するものがあります。魔剣ブラディクス。寄生型の知的金属生命体です」

 

「……」

 

 生まれ故にヤミの頭の中にはその類の知識が詰め込まれていた。真白は彼女の言葉を聞いて凛を解放する為にすべき事を考える。一番分かり易いのは彼女の手から刀剣を離す事だろう。だが凛を傷つけずにそれを行うのは容易では無い。人間業では無い斬撃を紙一重で躱しながら、真白とヤミは目を合わせた。

 

「破壊します」

 

「それは止めた方が良いよ、ヤミお姉ちゃん」

 

 ヤミの言葉に突然それを止める声が掛かり、2人は崩れた壁の向こうに視線を向ける。そこにはメアを始めとして手伝いに来ていた面々が揃っており、驚く様子があった。訝し気に視線を送るヤミと何も言わずに説明を待つ真白へメアはやがて言葉を続ける。

 

「あの剣が九条先輩に使ってるのは私と同じ精神侵入(サイコダイブ)の応用、肉体支配(ボディジャック)。髪の毛の1本まで物理、精神共に支配して所有権を奪う方法。つまりあの剣と先輩は今一心同体って訳。だとしたらあの剣を壊した瞬間」

 

「っ! 彼女の精神も壊れる訳ですか」

 

「そ、それってどうなるんだ?」

 

「精神の破壊。それは彼女の心が失われると言う事です。そして失った心は二度と戻りません」

 

「まさか……」

 

「多分、二度と目を覚まさないんじゃないかな?」

 

 メアの言葉を聞いて理解するヤミを前に恐る恐るナナが聞けば、モモが真剣な表情で続けた。彼女の言葉に嫌でも察してしまったリト。声にするのも恐ろしいその結果に顔を青くする中、さも当然の様にメアは言い切ってしまう。全員が改めてゆらゆらと揺れる(ブラディクス)へ視線を向けた時、その姿が消えた事で一斉に戦慄した。そして彼女の姿が次に現れたのは、リトの背後であった。

 

「リトさん!」

 

「!」

 

 宇宙人である真白が一度回避出来なかった程の速度に地球人である彼がついて行ける筈が無い。真白は即座に駆け出すも距離がある故に間に合う様子も無く、刃を構えるその姿を前にリトが目を見開く中、モモの声が響くと同時にその刃は無情にも振り下ろされた。



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第104話 魔剣ブラディクス【後編】

 リトは目の前に迫る刃を前に死を覚悟した。だが突然横から飛来した何かが凛の持つブラディクスの刀身にぶつかり、その振るわれる刃の軌道はリトの真横すれすれとなって地面へ振り下ろされる。訳も分からず呆気に取られるリトを前に光の無い目で凛が刃を横へ振るおうとする。しかし1度振り下ろした時間によって辿り着いた真白がリトの着ていた執事服を掴み、その身体を連れて大きく跳躍した事で再び回避に成功する。

 

「のわぁぁぁ!」

 

「……」

 

 状況について行けず叫んでしまうリトを片手に着地した真白はその手を離し、メアへ視線を向ける。彼女の長いおさげの先はハンマーの様になっており、笑みを浮かべて目を合わせる彼女はその髪を元に戻す。……リトを救ったのは他ならない、メアであった。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして♪ 真白先輩」

 

 それは彼女の変化なのか、それとも未だにヤミが行う事に意味があると考えているのか……定かでは無い。だがあの瞬間リトを救ったのは彼女であり、真白が感謝するには十分の理由である。誰かの血を欲して再び構える凛の姿を前に、真白は数歩前に出るとメアにもう1度視線を向けた。

 

「……入れる?」

 

「う~ん、出来るけど……今九条先輩の中はブラクティスが支配してる。中に入ったら襲われるよ? 最悪、真白先輩の心は壊される。そんな危険を冒してまで助けに行く理由があるの?」

 

「……友達、だから」

 

「! ……そっか」

 

 メアは真白の答えに僅か乍ら目を見開いた後、納得した様に呟いた。数日前にナナと本当の友達に成れたメアだからこそ、真白が答えたその理由は彼女を揺らす。2人の会話を聞いていたモモがまさかと思って顔を上げる中、メアは微笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「良いよ、繋げてあげる。その代わり、次の日曜日はカレーにしてね?」

 

「……分かった」

 

「待ってください、シア姉様!」

 

「な、何する気だよ!?」

 

「ま、真白?」

 

「……」

 

 頷いて了承した真白の姿に引き止めようとするモモと何かをしようとしていると分かりながら、それが何かは分からないナナが声を上げる。リトも衝撃から立ち直った後に嫌な予感を感じて凛へ近づき始める真白の背中へ視線を向け、唯一ヤミだけがその姿を前に何も言わずジッと見続けていた。……やがて(ブラディクス)が近づいてくる真白へ容赦無く剣を振るった時、数分前の同様にその刃は間に入ったヤミによって防がれる。今度は流さず、両手でその刃を微かに表情を歪めながら受け止めて。

 

「気を付けてください、真白」

 

「……ん」

 

「行くよ、精神侵入(サイコダイブ)!」

 

 ヤミの見送りを受けて、真白は刃を持つ凛の手を包む様に握る。その瞬間、メアによってその精神は支配された凛の中へ落ちて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い闇の中、漂う様に浮かぶ真白の目の前には四肢を拘束されて吊るされる裸の凛が存在していた。精神体故に真白も裸であり、静かに彼女の元へ近づき始める真白。だがそれを妨害する様に突如彼方此方から触手の様なものが迫る。両手を、両足を絡めとって拘束する触手。やがて真白が両手両足を大きく開く状態で身動きが取れなくなった時、その目の前に目玉が出現した。

 

「何だ、テメェは。外部からの侵入者? まさか、俺以外に精神侵入出来る奴が居るってのか?」

 

「……」

 

「はっ! だがテメェみたいな雌餓鬼、簡単に支配してやるよ! ぎゃはははは!」

 

 それは魔剣ブラディクスの意思であり、ブラディクスはそう言って拘束する触手とは別に真白へ闇の中から触手を出現させて襲わせ始める。一瞬にして真白の姿は見えなくなり、闇の中には彼の笑い声が響き渡る。身体も心も支配されている凛は微かに微睡む様な意識の中、目の前で触手に飲まれる真白の姿を見た。それが誰なのかも徐々に分からなくなり、そしてその意識は再び落ち始める。……ブラディクスは勝利を確信して再び笑い始め、だが突如その笑いが止まる。

 

「あぁ?」

 

 飲まれた真白の周りは完全に触手で埋め尽くされていた。だが突然小さな光が漏れ始め、徐々にその光に当てられた触手が溶ける様に消え始めた事でブラディクスは驚く。消滅する速度は増して行き、やがて手足を拘束していた触手も含めて真白の周りにあった物は光によって掻き消された。

 

「餓鬼、何しやがった!?」

 

「……邪魔」

 

 驚き戸惑いながら質問するブラディクスを前に真白は軽くその目玉を払う。途端に大きな衝撃と共に吹き飛ばされたブラディクスは限界までその目玉を見開いた。浮かぶ様にして凛の傍へ近づいた真白は彼女を拘束する触手に触れ、先程と同じ様にそれを消していく。やがて全てが消えた時、真白は自分よりも大きな凛の身体を抱きしめる様に抱えた。そして何事も無かったかの様に自分が現れた場所へ戻り始める。そこには真白が使う光とは違う明るさがあり、ブラディクスはそれが精神の中と外の出入り口であると嫌でも理解した。そして、それを止める為に動き始める。

 

「折角手に入れた肉体だ! まだ斬り足りねぇんだよ! 逃がすかぁ!」

 

「!」

 

 目にも止まらぬ速さで近づいた1本の触手が真白の胸を貫く。それは肉体的では無く、精神的に真白の身体を支配する為に伸ばされた触手。ブラディクスは再び笑い声を上げて自分を邪魔する真白の精神から支配を始めようとして……再び目を見開いた。

 

「な、何だこれは!」

 

「あ~あ、やっちゃった」

 

「!? また侵入者だと!?」

 

 何かに困惑するブラディクスは突然現れたもう1人の侵入者に驚いた。それは真白をこの場所へ繋げたメアであり、彼女は目を細めて貫かれる真白を眺めた後、ブラディクスへ視線を向けた。

 

「九条先輩を支配出来たから真白先輩も支配出来ると思ったんだろうけど、甘かったね。……その人、貴方程度じゃ支配出来ないよ」

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!」

 

 真白の精神を支配しようとしたブラディクスが困惑する理由。それは支配しようとする力をどれ程強くしようとも、その精神を支配出来ない事であった。今まで誰かを支配して自分を使わせ、何かを斬って来たブラディクスにとってそれは認められない事実。メアの言葉に怒りを現にして本気で支配しようと更に触手を真白に伸ばすが、それが身体を貫く前に真白の手に握られる事で止められてしまう。

 

「何っ!?」

 

「鉄は打たれて強くなるって言葉があるらしいけど、精神も同じなのかな?」

 

「……さよなら」

 

「俺はぁ! もっと血をぉ! おぉぉぉ!」

 

 メアの言葉の意味をブラディクスが理解する事は出来ない。貫いた触手や握られた触手が最初同様に真白から生まれる光に消されて行き、真白はそのまま凛を連れて精神世界から外へ出る。途端、現実では凛の手からブラディクスが落ちる。それは真白が成功した証であり、落ちたブラディクスは刀身に足を生やして移動し始めた。

 

『ふざけるな! あんな小娘共に! こうなったら何処かの街で新しい身体を……!?』

 

「……さようなら」

 

 だが逃げていたブラディクスの上に巨大な金槌が落とされる。それはヤミが手を変身させたものであり、ゆっくりと持ちあげたその下には完全に折れた刀身のみが静かに残っていた。真白と凛は同時にその身体を倒し始め、素早く控えていたモモとナナが2人の身体を受け止める。

 

「シア姉様!」

 

「先輩!」

 

「2人は大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫だよ、リト先輩。どっちも寝てるだけ。そういう風に作られた私ならいざ知らず、生身の人間が他人の精神に入り込むのは消耗するからね。九条先輩も支配されてたから消耗してるけど、ちゃんと目覚めると思うよ?」

 

「そ、そうか……はぁ~」

 

 目を閉じたままの2人に焦ったリトだが、メアの言葉を聞いて安心した彼は大きく安堵の溜息を吐いた。状況は正に一件落着であり、その後騒ぎを聞いて駆け付けた沙姫達にも説明をして2人は屋敷のベッドに運ばれる事となる。そして真白が眠る部屋を庭の外から眺めていたメアは気付けば背後にいたネメシスに気付いて振り返る。

 

「真白先輩の精神を完全に支配するなんて私達でも無理なのに、魔剣如きが出来る訳無いよね」

 

「あぁ、当然だ。家族だけで無く友にまで命を掛けるその精神()……益々染め甲斐がある」

 

 そう言って笑うネメシスはそのまま姿を消してしまう。メアは再び真白と凛が眠る部屋の窓に視線を向け、遠くから聞こえるナナの声に返事をして掃除を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ始めた夕方。夕日の差し込む部屋の中で、凛は目を覚ます。最初に見えるのは見慣れた天井であり、彼女は寝起きの朧気な思考で自分がどうして眠っていたのかを思い出そうとする。最後に覚えている記憶は2階の倉庫で真っ赤な刀身の刀剣を触った事。それから先の記憶は無く、凛は手掛かりを求めて周りを見渡す。

 

「……三夢音……真白」

 

 同じ部屋で別のベッドに眠る真白の姿があり、凛はその姿を前に一瞬だけ蘇る記憶に困惑する。それは暗い世界で触手に飲まれていく真白の姿。詳しい事は定かで無いが、凛はその出来事を思い出すと同時にその時感じた事を思い出す。それは同じ精神世界に居たからこそ、無意識に感じる事が出来た真白の心。

 

「お前は、私を助けようとしたんだな……守ろうと、したんだな……」

 

「……すぅ……すぅ」

 

 静かに寝息を立てる真白の姿を眺め、凛はまだ怠い身体を再びベッドへ倒す。起きた事を報告すべきだと分かりながら、暖かい何かを感じた凛はそのままゆっくりと目を閉じ始めた。

 

「友達……か」



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第105話 V・M・C情報網

 授業の終わりを知らせるチャイムが響き渡った彩南高校の廊下には、徐々に昼休みを迎えた生徒達の姿が見え始める。2年A組の教室内では友達同士で共に昼食を食べようと話を始める生徒達の姿があり、真白もヤミと共に唯や里紗達に誘われる1人であった。……そんな光景を廊下から隠れて眺める人影が1人。

 

「……やはり必要なのは情報、ですね」

 

「モモ様」

 

 それはモモであり、彼女は忍ぶ様に話し掛けられる真白の姿を見つめていた。すると突然彼女の背後に1人の男子生徒が立つ。それはモモが彩南高校に転入して少し経ってから結成された彼女のファンクラブ。V(ヴィーナス)M(モモ)C(クラブ)のリーダー、中島であった。普段モモは彼を始めとした自分のファンクラブに所属する男子生徒達を鬱陶しいと感じる事が多いが、この日モモはそれを我慢して告げる。

 

「貴方達に1つ、お願いがあります」

 

「! モモ様のお役に立てるなら、何なりと!」

 

 廊下で突然片膝を着く中島の姿は非常に目立っており、モモはそれに気付いた後に場所を移す事にする。そして彼に告げた命令(お願い)は彼を中心にファンクラブの全員へ伝わり、放課後までVMCの生徒達は忙しく動き回り始める。……そしてその日最後の授業が終了した後、モモは真っ直ぐ結城家へは帰らずに屋上に足を運んだ。外へ繋がる扉を開けた途端、そこで待っていた中島を初めとする男子生徒の集団が一斉に敬礼してモモを出迎える。

 

「お望みの三夢音 真白先輩の周辺情報を総出で掻き集めました!」

 

「此方、聞き込みや本日の監視等で接触した人物と接触時間です!」

 

 リーダーの中島が代表する様に声を出すと、隣に居た彼の友人兼同士の杉村よりモモは3枚のプリント(資料)を手渡される。そこには真白が誰と接触したか。誰と共に居る事が多いか等の彼女の周りに関する周辺情報がびっしりと記されており、モモはそれを受け取ると頷いて全員へ視線を向ける。

 

「皆さん、ありがとうございます♪」

 

≪ぐはっ!≫

 

 笑顔を作って(・・・・・・)お礼を言ったモモに男子生徒達は一様に胸を撃ち抜かれた様に押さえ始める。中島と杉山も同様であり、だが中島だけは早く立ち直ると再び敬礼して口を開いた。

 

「モモ様、発言宜しいでしょうか!」

 

「……えぇ、良いですよ」

 

 モモは手に持った情報を手に目の前の生徒達が怯んだ隙をついて今すぐにでも帰宅するつもりだった。だが思ったよりも早い復帰に一瞬彼らに見えない角度で面倒そうな顔をした後、何時も通りの可愛らしい笑顔で頷いて了承する。

 

「何故、三夢音先輩の情報を? まさか、あの人がモモ様に何か!?」

 

「違います。シア姉様は私の大切な人です。先に言って置きますが、もしシア姉様の事を一言でも悪く言う様なら……許しませんよ」

 

≪い、イェス、マァム!≫

 

 嘗て彼らは真白の知らない所でリトにちょっかいを出した過去があった。結城家にモモが住んでいると知り、彼が何か卑怯な手を使っていると誤解したからだ。お世話になってる相手であり、真白の家族でもある彼はモモにとっても他の誰かに比べれば大切な人。故にその時、彼女は彼らに恐怖すら感じさせる説教を行った。以降、彼らの中で大事な事の1つに『モモ様の言う事は全てであり、必ず怒らせてはいけない』という暗黙の了解が出来上がった。そして今、中島の言葉で真白をモモに害成す危険人物と見ようとしていた彼らは一斉に察する。彼女に手を出す事は許されざる行為であると。

 

 モモは今度こそその場を去ると、結城家へ帰宅する。普段通りに出迎える真白や美柑達に日常の幸せを感じ乍ら自室へ到着したモモは、受け取った情報を並べて1人会議を開き始めた。会議の内容は……真白に好意を抱く人物の人数と、今後可能性がある人物のピックアップ。

 

「まず一番一緒にいるのは……やはり、ヤミさんなのね」

 

 1枚目の資料に記載される人名の列の横には真白との接触時間がグラフで記載されており、他の誰よりも断トツでヤミのグラフは大きかった。最早振り切れる程に。

 

「彼女は疑う余地も無くシア姉様の事を好いている筈」

 

 モモは数日前から用意してあったヤミだけが映る写真を手に取ってそれを特定の場所へ配置。再び資料へ視線を戻した。

 

「次は……シア姉様が地球で初めて出来た友達、古手川 唯さん。彼女も恐らくは」

 

 そう言って同じく唯だけが映る明らかに許可の得ていない写真をヤミと同じ場所へ配置する。

 

「春菜さん、籾岡さんと未央さんは違う筈。特に春菜さんはリトさんが気になっている様子。籾岡さん達は……今後のシア姉様次第で変わって来るかも知れないわね。中間にして置きましょう」

 

 春菜の写真をヤミと唯が配置された場所とは反対側に置き、その間に里紗と未央の写真を配置したモモは次の名前を確認して少し驚いた様子を見せる。

 

「凛さんと一緒に居た時間が……今日だけかも知れないけど、此方も中間にして置きましょう。沙姫さんと綾さんは違う筈」

 

 VMCが集めた情報は今日の分であり、故に微かにグラフが長い九条 凛の部分にモモは驚かずにはいられなかった。数日前に起きた魔剣の事を思い出したモモは完全に判断出来ない為、里紗と未央同様に真ん中へ写真を置き、同時に沙姫と綾の写真を春菜と同じ場所へ置く。念の為に知り合い全員の写真を用意してあった事が功を奏し、モモは安堵した。

 

「お静さんは……どうなのかしら? 友愛の方が強い気が……思えばシア姉様を可愛がってる事の方が多い気もするわね」

 

 お静と初めて出会った時、モモはまだ地球に来ていなかった。その為、言伝でしかその内容をモモは知らない。だが春菜の身体に憑依してしまった時の話などを聞いており、彼女は真白に懐いていると言った方がモモの中ではしっくり来る。故に悩んだ末、モモはお静の写真を春菜と同じ場所へ置いた。

 

「これでシア姉様と同じクラスの人達は全員。隣にいるルンさんは言わずもがな、こっちね」

 

 2年A組の生徒を終えたモモは隣のクラスであるルンの写真を手に取り、迷いなくヤミと唯の上に重ねる。次に2枚目の資料を手に取ったモモは1年生の欄に入った事でその目を細めた。真白と主に関わりのある人物は1年生には少なく、その名前は自分を除いて2人だけ。ナナとメアである。

 

「ナナは私達と同じね。でもメアさんは分からない。シア姉様と仲は良さそうだけれど……そもそもナナが紹介する前から知り合いだった様だけど、どの様に知り合ったのかしら? ……悩んでも仕方ないわね。彼女は中間にして置きましょう」

 

 ナナの写真を好意を持つ者側へ。メアを中間に置き、それを最後に学生の確認は終わる。だがまだ資料は残っており、手に取って目を通したモモは納得した。そこには学生では無く、教員2人の名前が書かれていた故に。

 

「御門先生とティアーユ先生。何方も私達が知らないシア姉様を知っている。雰囲気からしてティアーユ先生はシア姉様とヤミさんのお姉さんと言ったところかしら。でもこっちは……」

 

 ティアーユの写真をお静や沙姫達と同じ場所に置いたモモは、片手に残る御門の写真を見続ける。今までモモが話をした回数は多くも少なくも無く、真白と親し気に話す姿は何度か見ている。だがそれは他の面々も同じであり、自分が覚えている光景だけで決めるならティアーユと同じだった。だが、モモは何故か其方へ置く事を戸惑う。

 

「……」

 

 モモは自分の中にある何かが告げている様な気がした。彼女は違う、と。思った通りでは無く、彼女もまた真白へ何かを感じている。何の根拠も無い直感であったが、モモは黙って悩み続けた末に御門の写真を中間へ置いた。……以上で学校関係の人々は全てであり、モモは続いて自分で用意してあった資料を取り出す。それは数日前から集めてあった、彩南高校以外で真白と関係する人物の詳細であった。と言ってもその人物は2人だけ。

 

「美柑さんは自覚して無いだけで、間違い無く私達と同じ。そしてアイドルの霧崎 恭子さん。シア姉様とはルンさん経由で知り合ったと言っていたわね。彼女は……どうなのかしら?」

 

 美柑を真っ先にヤミ達と同じ場所へ置き、恭子の写真を手にモモは再び悩む。話をしたのはプールでの戦闘後のみであり、その後見掛けたのも数日前に彩南高校に訪れた時で2回目。モモには判断材料が少な過ぎた。御門の様に戸惑う訳でも無く、本当に何も知らない故にモモはそれを中間へ置く。

 

「最後に私とお姉様を此方に置けば……完成です」

 

 3カ所に分けた写真を纏め、最後にそれを広げて一目で全てを確認出来る様にしたモモは改めてそれを眺める。

 

『ララ・ナナ・モモ・ヤミ・美柑・唯・ルン』

 

「今間違い無いのは私を含めて全部で7人。でも必ず此方から増える筈」

 

『里紗・未央・凛・メア・御門・恭子』

 

「そして此方の方々は私達と別の思いでシア姉様と友好な関係を築いている」

 

『春菜・沙姫・綾・お静・ティアーユ』

 

 纏めたそれを眺め続ける事数分、突然部屋の扉がノックされた事でモモは急いでそれをしまう。そして返事を返せば、開けられた扉から真白が姿を見せた。

 

「……勉強?」

 

「い、いえ。そうでは無いんですが……どうしたんですか?」

 

「……ご飯」

 

 モモは真白の言葉に少し驚いて時間を確認する。最初の頃は食事を別々にしていたモモとナナだが、真白と美柑が料理を作る上でそこまで負担にはならないと言う理由で結城家の食事は全員一緒となっていた。気付けば結城家の食事時間になっており、長い間集中していたのだと気付いたモモ。真白の言葉に「分かりました」と頷いた後、扉を閉めて部屋を去ろうとする真白の背を前にモモは思わず声を掛ける。

 

「シア姉様」

 

「?」

 

「シア姉様は……複数の人と愛し合う事は、駄目な事だと思いますか?」

 

「……」

 

 突然の質問に真白はしばらく黙って考える様に顎へ手を当てる。そんな彼女の姿を前に、モモは思わず固唾を飲んだ。モモは自分の思いをララのお蔭で自覚した後、何方も幸せになれる方法として1つの案を考えていた。だがそれをララと同じ様に尊敬し、且つ特別な思いを抱く真白へ強制する事をモモは躊躇っていた。障害は余りにも多く、しかしそれを乗り越えた先に幸せがあるのなら……モモは手を伸ばす事も厭わない。故に後は根底に必要な真白の思いだけであり、彼女の言葉をモモはジッと待ち続ける。数分にも数時間にも感じる間を経て、やがて真白はモモと視線を合わせて口を開いた。

 

「……皆、幸せ……なら……良い」

 

「! はい! 皆さんを必ず、幸せにします!」

 

「?」

 

 真白の答えに思わず椅子から立ち上がって強い意志を込めて答えたモモ。そんな彼女の姿に真白は首を傾げるが、モモは嬉しさが勝る故にその事に気付く事無く真白に近づき始める。そして笑顔でその手を取った。

 

「お夕飯ですよね! 行きましょう、シア姉様!」

 

「……ん」

 

 詳しい理由は分からず、だが先程よりも明らかに元気の良い姿に真白はそれ以上気にする事無く頷き、歩き出したモモに手を引かれて異空間から結城家のリビングへ向かう。その後、見るからに上機嫌なモモの姿にナナが気味悪がりながらも、1日は過ぎて行くのであった。




次回投稿は来年1月1日になります。


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第106話 ララの耳掻き

あけましておめでとうございます。本日より10日間、投稿致します。


 土曜日。特に用事の無かった真白はその日、リビングでヤミ、美柑、セリーヌと共に寛いでいた。鯛焼きを齧るヤミと棒付きのアイスを舐める美柑の姿を前に、膝に乗って寝息を立てるセリーヌの頭を撫でながら何も無い平和な時間を過ごし続ける。すると突然廊下とリビングを繋げる扉が開かれ、そこから姿を見せたララがリビングに座る真白を見て笑顔で声を掛けた。

 

「真白!」

 

「……」

 

「あ、ごめん。セリーヌ、寝てるんだね」

 

 笑顔溢れる元気なララの声はリビングに響き、だがそれは気持ち良く寝ているセリーヌの眠りを妨げる事にもなってしまう。故に真白は近づいて来るララに振り返って片手で人差し指を立て、口元に当ててララへ静かにする様に伝える。それを見てララは真白の膝上を見て納得し、優しい笑顔で真白の隣に座ってその頭を撫でた。再びリビングには静かな時間が続き、だがララには何か用事があったと思った真白は目を合わせる。ジッと見られて首を傾げたララだが、少し経った後に思い出した様子で口を開いた。

 

「あのね、真白にお願いがあるの」

 

「……」

 

 今度は真白が首を傾げ、その姿を前にララはある物を取り出す。それは茶色の細い棒であり、片側は何かを引掛け易そうな形に曲がり、片側には柔らかく触り心地の良さそうな梵天が付いている。……それは紛う事無き耳掻き棒であった。

 

「これでお互いに耳掻きし合いたいの。後で良いから、駄目?」

 

「……ん」

 

「美柑、溶けてます」

 

「!? うわぁっ!」

 

 ララの言葉に少しの間を置いて頷いた真白。そんな2人の会話を聞いていた美柑はララがそれをお願いする原因であろう過去の出来事を思い出して徐々にその顔を赤くし、食べていたアイスが溶けている事に気付けなかった。その為鯛焼きを食べ終えたヤミがそれを教えると、美柑は慌てて落ちる甘い水滴を舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セリーヌが起きて元気よく動き回る様になった後、異空間にあるララの部屋に真白は訪れた。発明品等が転がる部屋の片隅にあるベッドへ向かい、やがて2人は座り込むと何方が先に行うかを話し合う。結果、ワクワクした様子で真白の膝上に頭を乗せたララはその状態で真白と視線を合わせた。

 

「真白の膝、あったかい。気持ち良いね!」

 

「……そう」

 

 ララはお願いする為にリビングへ訪れた時、セリーヌが少し羨ましく感じていた。耳掻きをする上で膝枕は必要不可欠であり、ララは自分が先にして貰う事を望んだ。そして念願だった真白の膝を感じ、嬉しそうに告げるその姿は可愛らしい少女そのもの。真白は何気なく、セリーヌと同じ様にその頭を撫で始めた。

 

「んっ、これ……眠くなっちゃいそう。でも耳掻きして貰うから寝ない様に頑張る!」

 

 頭を支える柔らかく暖かい感触に髪を撫でる優しい手の感触はララを眠りに誘う。そのまま眠る事が出来ればそれはそれで幸せそうに感じ乍らも、ララは眠気を覚ます様に元気良くを意識して真白へ告げた。そして真白の身体とは反対側に視線を向ける様に身体を横にすれば、真白はそれを見てララが用意した耳掻き棒を手に取る。

 

「……始める」

 

「うん! えへへ、楽しみだなぁ」

 

 真白の言葉に横になった体勢のまま頷いてワクワクした様子でララは待ち始める。そして遂に真白がララの耳に触れ始めると、耳掻き棒を優しくその穴へ入れ始める。普段掃除をしているのか、ララの耳はとても綺麗であった。だがそれでも1日で溜まった垢は当然存在し、真白はそれを取る為に棒の先で中を撫でる様に掻き始める。

 

「ふぁ! これ、凄い……!」

 

 普段感じない膝の温もりと共に自分の意思とは関係なく耳の中を動き回る耳掻き棒の感覚に、ララは思わず艶めかしい声を上げる。反応して僅かに身体を震わせるその姿を前に真白は集中しているのか、一切の容赦を与えない。結果、真白が狙った垢を取り除いた時。ララの呼吸は微かに乱れた状態であった。

 

「……反対」

 

「う、うん……ぁ」

 

 静かに告げられた言葉に頷いて体勢を変えたララは、目の前に真白の身体を感じて思わず小さな声を漏らす。少し視線を見上げる為に横へ向ければ、そこには服を押し上げる中程度の山越しに真白の顔がある。……ララにとってその光景は眼福としか言い様が無く、故にその光景から視線を逸らす事が出来なかった。

 

 最初同様に一言告げて始まった耳掻きにララは先程同様、声を上げる。僅かな時間ではあるが、幸福にも感じるその時を過ごしたララ。だがやがてその行為にも終わりは訪れた。ゆっくりと耳から耳掻き棒を抜き、真白はララの頭を優しく撫でながら告げる。

 

「……終わり」

 

「ぅん、ありがとう! それじゃあ、次は私の番だね。はい!」

 

「……」

 

 暖かい手の感触に名残惜しさを感じ乍らも、ララは身体を起こして今度は自分の膝を叩きながら真白へ催促する。それを見て約束だった故に何も言わず頷き、その膝へ頭を乗せて横になった真白。ララは先程真白が使っていた耳掻きを手に、「行くよ!」と言ってゆっくりとその耳へ宛がい始めた。

 

「!」

 

「真白の耳、綺麗だね!」

 

「……そ、う……んっ!」

 

「えへへ、こしょこしょ~」

 

「!?」

 

「あ……ごめんね?」

 

 元々ララが耳掻きをしたいと思った最初の出来事は、以前お正月にモモとナナが用意したすごろくで互いの耳を掃除する美柑と真白の姿を見たからである。その際、2人の姿を羨ましく思ったララはそれと同時に真白は耳が弱い事も知った。……そしてララはやってみたくなったのだ。自分の手で真白の耳を耳掻きすると同時に、気持ち良くさせたいと。ララ同様に普段から掃除している真白の耳の中は殆ど垢が無かった。故に小さなその日溜まった垢に狙いを定めたララは、小さな好奇心から何も無い所を耳掻き棒の先で撫でる。途端に真白の身体は目に見えて震えた事で、ララは業とだった為に罪悪感を感じて謝る。彼女の言葉に真白は小さく頷いて返した。

 

「よし! 反対もやるよ!」

 

 狙った垢を取り終えたララの言葉に真白は身体を反対に向け、顔をララの腹部を見る体勢になる。先程ララはジッと真白の顔を見ていたが、対する真白は静かに目を閉じてララの行為を受け入れようとしていた。他人の膝に頭を乗せて目も閉じる等、信頼が無ければ絶対に出来ない事。それが分かったララは嬉しさの余り耳掻き棒を手にしたまま、真白の頭を抱きしめた。

 

「……ララ?」

 

「真白、大好きだよ」

 

 腹部と胸の間に挟まれて幸い息は出来るものの、突然の抱擁に僅か乍ら不思議そうな意を込めて真白はララの名前を呼ぶ。すると呼ばれたララは唐突乍らそう言って、抱擁を止めると共に真白と目を合わせて微笑んだ。その姿は余りにも美しく、余りにも率直なララの言葉に真白は目を見開いて驚く事しか出来なかった。

 

『同じ女でも、『可愛い』とか『綺麗』とか思う人とか居るでしょ?』

 

 嘗て恭子に言われた言葉が、真白の頭の中に蘇る。それは目の前の光景が余りにも彼女の言っていた内容と合っていた故に。真白は表情には出さないものの、やがて今までは感じなかった微かな恥ずかしさと共にララから顔を背ける。膝から離れる訳でも無く、腹部を見て動かない真白は決して不快に感じた訳では無いとララは理解した。そしてその上で、今までと明らかに違う反応に首を傾げるのだった。



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第107話 晒される唯の本音【前編】

「何処に行ったんだ……!」

 

 レンは中庭で必死に辺りを見渡しながら何かを探していた。そしてそんな彼に気付かず、中庭を歩く女子生徒が1人。

 

 突然、レンは1匹の変わった羽をした蝶々が草陰から飛んで行く姿を視界に捕らえる。それは彼が探していた蝶であり、急いでその蝶を捕まえようとレンは動きだした。だがその蝶はゆっくりと女子生徒の黒く長い髪の天辺に乗ってしまう。その光景を見てレンは途端に顔色を真っ青に変えた。レンに気付いた女子生徒……唯はそんな彼の姿に訳も分からず首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、HRも終了した2年A組の教室内で真白とヤミは結城家へ帰る為に準備を始めていた。同じ様に自分の席で荷物を纏めていた唯は横目でその姿を眺め、少しだけ寂しく思う。また明日になれば会える事は間違い無いが、それでも話せる時間が終わる故に。すると突然、唯は立ち上がって真白の席へ歩き始めた。……本人の意思とは無関係に。

 

「(え? ど、どうなってるの!? 何で身体が勝手に!)」

 

「真白」

 

「?」

 

「今日も急いで帰るのね?」

 

「……美柑、待ってる」

 

「それは分かってるわ。……でも少し、寂しいわ。(何を言ってるの私!?)」

 

 勝手に話し掛ける自分の身体に内心で困惑し続けていた唯は、真白の言葉を聞いて告げる自分に驚かずにはいられなかった。だが本人の意思とは関係なく唯の身体は真白との会話を続けてしまう。

 

「もう少し、私に構ってくれても良いじゃない」

 

「……」

 

「美柑ちゃんが大事なのは分かるわ。私もあの子の事は好きだもの。だけど、貴女を取られてるみたいでちょっと嫉妬するわ(何なのこれ。まるで……まるで……!)」

 

 唯の言葉に黙ってその姿を見続ける真白。見つめ合う時間の中、頭の中で困惑していた唯は自分が言った言葉に衝撃を受けずにはいられなかった。それは自分の中で必死になって押し込めていた……本心。同じ女だから。恋愛なんてくだらないと思うからと否定し続けてしまい込んでいた本音。今、それは自分の意思とは関係なく真白へ自分の言葉として伝えられていた。故に唯は動かぬ身体で戸惑い、恐れ慄かずにはいられない。

 

「ねぇ、真白。もう少し一緒に居たいわ。偶には私の家にも来なさいよ。そうね、この前のお礼じゃないけど家で泊まって行っても良いと思うわ。明日も学校だけど、それはそれで一緒に登校出来る。ね? 良いんじゃないかしら? (止めて! もう、止めて!)」

 

「…………」

 

「どうしますか? 真白」

 

 以前の泊まりを経て今度は自分の部屋に。そんな事を家で想像していた唯は、翌日が学校だった場合の事も考えていた。そしてその全てを包み隠さず告げてしまう自分の身体に内心では顔を真っ赤にして顔を覆いたい気分になりながら只管羞恥心に苛まれてた。これが2人きりだったらまだ良かっただろう。だが今唯が話をしているのは学校の教室であり、帰る生徒達がチラホラ見える中で教室に残っていた生徒達にはその会話全てが聞かれてしまっている。故にひそひそと聞こえる声が耳に届いてしまう。

 

「うわぁ~お、古手川さん、大た~ん!」

 

「普段はあんなにお堅いのに、今日は随分と積極的!」

 

「お泊り会、私もしたいです! 皆さんと!」

 

「それじゃあ皆でしようよ! ね、春菜!」

 

「そんな急で大丈夫かな? 予定がある人も居ると思うし、場所も決めないと駄目だよ?」

 

 今の光景を見て黙っている訳の無い里紗や未央を始めとして話し始める面々。それは更に内心の唯を追撃してしまい、更に更に追い打ちを掛けるが如く唯の身体は動き始める。お泊り会の話で盛り上がる面々に指を差して強い口調で一言。

 

「私は真白と2人だけでしたいのよ! 貴女達とも楽しそうだけど、今回は譲れないわ! (いやぁぁぁ!)」

 

 その言葉に静まり返る教室内。唯と交流のある面々は2つの意味で驚いていた。まずは当然真白と2人で無ければ駄目だという余りにも分かり易い好意を見せる唯に。そして真白程では無いにしろ、自分達とも楽しそうだと言って断りもしない唯に。普段余り率直な思いなど告げない彼女のその言葉は、慣れないという理由もあって他の面々を照れさせるには十分の事であった。……そんな時、ヤミはふと廊下から教室を覗くレンの姿を見つける。

 

「真白」

 

「? ……」

 

 ヤミに声を掛けられた真白は目配せでレンの存在を告げられ、唯が話している姿を横に彼へ近づき始める。真白が近づいて来る姿に気付いた彼は驚きながら目を泳がしており、明らかに何かを知っている様子であった。それはきっと、今の少し様子がおかしい唯に関連すると確信した真白は彼の前に立つ。

 

「……何か……した?」

 

「うっ! その、済まない」

 

 真白の言葉に目に見えて動揺したレンはやがて頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サラシチョウ?」

 

 2年A組の教室で机に置かれた虫籠の中に入った蝶々を眺めながら首を傾げたリト。そんな彼の言葉にレンは頷いて口を開いた。

 

「ルンが銀河通販で購入した別の星に生息する蝶だ。こいつが今日の朝逃げ出してしまい、ルンは忙しいから探せなかった為に僕が探していたんだ」

 

「これが、古手川さんの様子が可笑しい原因?」

 

「あぁ。この蝶に乗られた人間は自分の意思とは関係なく、本心を晒してしまう。昼休みにやっと見つけたんだが、その際彼女の頭に乗ってしまった。だから今、彼女は本心でしか話す事が出来ない。意思は残っているだろうから、多分この話は本人にも聞こえている筈だ」

 

 春菜の質問に答えたレンの言葉を聞いて全員が一斉に唯へ視線を向ける。現在彼女は真白の隣で殆ど距離を作らずにくっ付いており、普段は見せない緩んだ表情で真白の頭を撫で続けていた。その反対にはまるで対抗する様に真白の腕にしがみ付いて身体を寄せるヤミの姿もあり、その光景に数人は苦笑いを浮かべる。

 

「はぁ~、一度こうやって真白の頭を撫でたかったのよね。でも何故かしら? 撫でてる私の方が気持ち良くて癒されるわ(何時になったら戻るのよ~!)」

 

「分かります! 真白さんの頭を撫でると気持ちが安らいで極楽なんです! 思わず極楽に行ってしまいそうな程に!」

 

「それ、成仏し掛かって無い?」

 

 唯の言葉に普段から真白の頭を撫でる事が多いお静が同調し始め、そんな彼女の言葉に未央が冷静に続ける。すると業とらしくレンは咳払いをして話を戻す。

 

「と、とにかく! 今の彼女は本心を曝け出し続けている。要は嘘がつけない状態な訳だ」

 

「……戻る?」

 

「それは問題無い。モドリスカンクと同じ様なものだから、地球人の彼女なら早くて今日の夜。遅くても明日までには効果が切れる筈だ」

 

 彼の言葉に一先ず安堵した真白は、改めて唯に視線を向ける。彼の言葉が本当であれば、今の唯は本音を曝け出している。つまり先程寂しいと言った事も、美柑に嫉妬すると言った事も彼女の本音。少し考えた後、真白は静かに1人で決めてリトへ視線を向ける。そしてその視線に気付いたリトは真白の意を理解して、何も言わずに頷いた。

 

 その後、解散した真白達は各々部活や帰宅を始める。リトはララ達と共に帰宅し、真白は唯と共に別方向へ帰宅を開始。最初はヤミもついて行こうとしたが、相手の家に必要以上の迷惑を掛けるべきでは無いと判断した事で彼女の帰宅先も結城家となった。

 

「ふふ、楽しみね(まさかこんな事になるなんて)」

 

「……そう」

 

 既に数回訪れた事のある唯の家に真白が迷う訳も無く、くっ付いたままの唯を連れて古手川家に到着した真白は何時もの様にインターホンを鳴らそうとする。だが今現在隣には家の住人である唯が居た為、彼女が取り出した鍵で鳴らす前に玄関は開かれた。

 

「さっ、入って」

 

「……お邪魔……します」

 

 唯に促されて古手川家の敷居を真白は跨いだ。普段は中々見せないニコニコと擬音が付きそうな程に笑顔を浮かべる唯と共に。



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第108話 晒される唯の本音【後編】

「真白、あ~ん(うぅ。食べさせてるのが私なのに私じゃ無くて、何か……複雑)」

 

「……はむっ」

 

「……」

 

 遊は目の前で恥ずかし気も無く真白へ夕食のおかずを食べさせる唯の姿を見て呆気に取られてしまう。普段から余り友達を家に呼ぶ事等しない唯が珍しく友達を連れて来た。それだけで驚きだったにも関わらず、そんな事は些細な事とばかりに広げられる目の前の光景に箸で掴んだご飯を茶碗に落とす。

 

「まぁまぁ、まさか唯にこんな仲の良い友達が居たなんて」

 

 頬に手を当てて2人の姿を優しく見守る唯と遊の母親。その隣では同意する様に何度も頷く父親の姿もあった。確かに今の姿を見れば2人の仲がとても良いのは一目瞭然だろう。過去にお見舞いに来た事や不良から唯を連れて逃げる真白の姿を見ていた遊には今回の光景を見なくてもそれは分かっていた。……故に違和感しか無かった。不器用で素直になれない唯が明らかに普段隠している本心を恥ずかし気も無く晒して真白と接している姿に。そして彼は1つの可能性を考える。何時か出会った結城 リトと言う名の人物と、そこで知った宇宙人達との生活という信じがたい真実を。

 

 唯と一切離れずに過ごした夕食を終えてお風呂を沸かす間、リビングで寛ぐ事になった真白。当然唯は彼女の隣に座り、洗い物をする母親やリビングにある別の場所で寛ぐ父親の姿を横目に部屋へ戻らなかった遊は真白と話をする事にした。

 

「唯の様子がおかしいのは何か理由があるんだよな?」

 

「……」

 

 彼の姿を微塵も気にしない唯に髪の匂いを嗅がれながら、真白は頷いて肯定した。だが説明するのを迷っているのかそれ以上話す気が無いのか、真白は何も喋らない。何とも言えない沈黙の後、遊は頬を掻いて自分が宇宙人などについて知っている事を明かした。遊は過去に女体化したリトと出会い、男性に戻る姿を目撃したのだ。そして真白と別行動をとっていたヤミにリト共々襲われて逃げた事や、その後に彼から宇宙人の存在について説明された事も告げる。真白は話を聞いて後日ヤミへのお説教を決定しながら、頷いて途切れ途切れに説明を始めた。

 

「つまり、今の唯は本心を曝け出してる訳か。……なぁ、唯。俺の事、どう思ってる?」

 

 唯の状況を理解した遊は面白半分で唯に質問をした。そこで真白の髪に顔を埋めていた唯は彼へ視線を向け、優しい笑みを浮かべる。

 

「普段だらだらしてるし節操も無くてどうしようも無いけど、いざとなったら頼りになるし私の事を守ってくれる優しいお兄ちゃん(何でそんな事聞くのよ!)」

 

「……何か、すまん。悪かった」

 

「謝る必要ないわ(謝らないでよ! あぁ、一体これからどんな顔して話せば良いの……?)」

 

 ちょっとした悪戯心と好奇心だった。だが本音しか話せない唯からの回答に遊は頬を掻いて照れた様に顔を背け乍ら、同時に自分がした事へ罪悪感を感じて謝罪する。内心で顔を真っ赤にする唯の姿は誰にも見えず、すると突然リビングに響き渡るお湯が沸いた事を知らせる音楽に唯は視線を向けた。そしてすぐに真白へ振り返る。

 

「真白、一緒に入りましょ!」

 

 そう言って真白の手を取り立ち上がった唯は真白を連れてリビングを後にする。短い時間乍ら疲れた様に溜息を遊が吐いた時、洗い物を終えた母親がリビングを後にする2人の姿を見て微笑んだ。

 

「本当に、仲が良いのね。良かったわ、唯にあんな友達が居て」

 

「友達……なのか? いや、相手の方はそうかも知れないけど……」

 

 唯の現状を聞いた遊は母親の言葉で思わず1人呟いた。今まで彼は真白が唯の数少ない友達だと思っていた。そしてそれは真白から見れば何も間違ってはいないだろう。だが先程の様子を見る限り、唯はそれ以上の感情を真白へ抱いている様に遊には見えていた。仲が良い友達とお風呂に入ろうとする姿も相まって、彼は考える。

 

「風呂は女子なら別に可笑しく無いのか? ……まぁ、どっちでも良いか」

 

「何が良いんだ?」

 

「いや、何でも無い。……あいつの恋に俺が口出す理由も無いからな」

 

 それで唯が幸せに思うのなら。そんな兄らしい考えで結論付けた遊はお風呂が空いたら教える様に両親へ伝え、自分の部屋へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁に掛かる猫の絵や写真。大きなぬいぐるみ等もあり、そんな唯の部屋の中で寝間着の真白は唯のベッドに座っていた。彼女の後ろにはタオルとドライヤーを手に真白の髪を乾かす同じく寝間着の唯の姿もあり、やがてスイッチを切った唯は「良し」と言って真白の隣に移動する。

 

「明日は学校もあるし、早めに寝ましょう?(明日になれば戻ってるわよね?)」

 

「……ん」

 

 既に眠気を感じ始めていた真白は唯の言葉に頷くと、彼女に促されてベッドへ横になる。唯の部屋にあるベッドは壁際であり、真白は唯の先導で壁を背にする形で寝る。すると唯も同じ様に横になるが、その距離は明らかに真白と近かった。唯用のシングルベッドに3分の1程空きが出来る程に。徐々に微睡む真白に微笑んでその手を掴んだ唯は真白の指と自分の指を絡め合う様に繋ぎ始める。世間一般に恋人繋ぎと言われる繋ぎ方だ。

 

「(な、何やってるのよ私!?)」

 

「ん……ゆ、ぃ」

 

「ふふ、大丈夫よ。おやすみなさい、真白(全然大丈夫じゃないわよ!?)」

 

 微睡む真白を安心させる様に額を合わせて優しく声を掛けた唯。内心では焦りながらも当然それは身体に反映されず、徐々に真白の目は閉じ始める。やがて少しの間を置いて静かな寝息が聞こえ始めた頃、唯は再び微笑んで繋いだ手をそのままに額を合わせたまま目を閉じた。……が、内心では顔を真っ赤にしてドキドキしている為、寝付ける訳が無かった。手を繋いだまま近距離で眠るその体勢にようやく慣れ始めた頃、唯は思わず想像してしまう。もし自分と真白が特別な関係だったなら、これ以上の事をしていたのかも知れないと。そして、本音を隠せない唯の身体は動き始めた。

 

「(ま、待って! 駄目!)」

 

「んっ……ん、ぁ……」

 

 更に距離を近づけて身体を密着させる唯。彼女の大きな胸と真白の一回り程小さい胸が2枚の布越しに擦れ合い、真白は微かに反応する。内心で唯は止める様に只管言い続けるも、目に映る光景に彼女の妄想は尽きなかった。そしてそれを実行する為に、容赦無く身体は動き続ける。手を繋いだまま、額合わせを止めた顔が少しだけ下へ下がり、器用にその口で真白の来ている寝間着のボタンを外し始める。内心で驚かずにはいられない唯は、やがて晒される真白の胸元に顔を真っ赤にした。

 

「(ま、不味いわ。これ以上は……考えちゃ駄目。考えちゃ駄目)」

 

 意識すればする程に、唯の思考はどつぼに嵌って行く。故に唯は必死に考えて1つの方法を思い付いた。何も考えない様にしようとすれば、無意識に考えてしまう。なら出来る限り害にならない様な妄想をすれば良いと。そう決めた唯は開いた真白の胸元を前に、想像する。そう、それはまるで彼女の堪能する様に。

 

「すぅ……はぁ……あぁ、これ……良いわ(お願い真白、起きないで!)」

 

「ぅん……ぁ……」

 

 必死に内心で願いながら、身体はその顔を真白の胸元へ近づくと、膨らみの間に顔を埋めて大きく息を吸い込み始める。途端にその顔は恍惚とした表情になり、唯は一度顔を離してから再び匂いを嗅いだ。鼻孔を伝って感じる嗅ぎ慣れたボディソープの匂いに混ざる真白の匂い。それは彼女にとって麻薬に近いものであった。頭が一気にボーっとし始め、ふわふわとした感覚の中で徐々に眠気を感じ始める身体。やがて唯は真白の胸に顔を埋めたまま、意識を失う様に眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、目を覚ました唯は無事に自分の意思で身体を動かせる様になった。だがその日、1日中彼女は学校でも家でも誰とも目を合わせる事が出来なかった。本音を漏らしてしまった為に、面と向かって話す事が恥ずかしくて堪らなかったのだ。

 

「唯! 今度は皆でお泊りしようね!」

 

「え、えぇ。そう、ね」

 

「……楽しみ」

 

 だが、本音を聞いたが故に笑顔で告げるララや話を聞いて頷きながら呟く真白の姿を見て思う。

 

「……偶には、悪く無いかも知れないわね」

 

「?」

 

「何でも無いわ」

 

 小さく呟いた言葉が聞き取れず、首を傾げる真白に微笑んで答えた唯。そう簡単に変われるものでは無いが、彼女はもう少しだけ素直になる努力をしようと決意するのだった。



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第109話 美柑の友達

 休日のお昼前、結城家で美柑と昼食に何を作るか相談していた真白は突然響き渡るインターホンの音に視線を向ける。閉じたリビングから見える廊下への扉と、その先にある玄関。誰かが当然出る必要があり、その時一番動けたのは植物への水やりを終えて寛いでいたリトであった。宅配か何かだろうと考えて話に戻ろうとする美柑。だが再び口を開こうとした時、玄関から聞こえるリトの呼び声に美柑は真白を置いて向かい始める。……そしてそこに居た2人の人物は美柑は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御免ね? ご馳走になるつもりは無かったんだけど……」

 

「でもワクワクじゃ無い? 偶にあるお弁当の日に食べてる美柑の弁当、凄い美味しいし!」

 

 リビングのご飯時に座るテーブルには現在、普段見慣れる2人の少女が座っていた。申し訳なさそうに謝る少女、乃際(のぎわ) 真美(まみ)と頭の後ろで手を組んで笑みを浮かべながら楽しみといった様子でキッチンに視線を向ける少女、小暮(こぐれ) 幸恵(さちえ)。彼女達は美柑が通う小学校での友達であり、普段から美柑に学校で色々な事を愚痴られていた。

 

「絶対に見に来たよ……」

 

「?」

 

 キッチンから盗み見る様に2人を見て呟く美柑に真白は首を傾げる。2人は『偶々近くを通りかかったから寄ってみた』と玄関で出会った際に美柑へ告げたが、その真意は別だと美柑は分かっていた。まず初めに美柑は2人を家に上げた事等無く、2人を遊びに誘う事もしようとはしなかった。それは普段から危なっかしいリトの体質に巻き込ませたく無く、何となく真白に合わせるのも嫌だった故に。だが一緒に学校で過ごす上でリトと真白の事を話す機会は多く、2人は美柑が話すリトと真白に会ってみたいと前々から言い続けていた。当然それを断っていた美柑だが、遂にこの日、2人は強行策に出たのだ。約束も無く訪問して目的の相手を見る。それだけが目的だった2人は、時間故にリトと真白から昼食を食べて行く様に誘われ、今に至る。

 

「あ、あの……」

 

「? 何でしょうか?」

 

「もしかして貴女がヤミさん、ですか?」

 

「そうですね。美柑からはそう呼ばれています。ヤミちゃんでも構いませんよ」

 

「おぉ! 美柑が偶に話してるヤミさん!」

 

 同じリビングで本を片手に黙座するヤミの姿を横目で見ていた真美は意を決して声を掛けると、美柑から聞いていた『綺麗な金色の髪』や『基本的に制服か黒い服しか着ない』と言う特徴を思い出して確認する様に質問する。本から顔を上げてヤミがそれを肯定すれば、身を乗り出して幸恵は嬉しそうにヤミに視線を向けた。見た目的に自分達とそこまで年が離れている様にも見えず、一応高校生である事は知っていながらも2人は小学生故に友達と接するが如く話掛け始める。普段余り喋らないヤミとおしゃべりな2人の差は、余りにも激しかった。

 

「ストップ! ヤミさん、困ってるでしょ!」

 

「美柑、特に困ってはいませんが」

 

「困ってるの! 出来たから、リト達を呼んでくる!」

 

 昼食の準備を終えて割り込む様に2人へ注意した美柑は、ヤミからの言葉に強い口調で決めつける様に告げてリビングを後にした。思わず首を傾げるヤミと、何となく頬を掻いて居なくなる美柑の背中を見送る2人。するとキッチンから出来たての料理を手に姿を見せた真白に気付いた2人は再び目を輝かせる。その手に持つ料理は見るからに美味しそうであり、テーブルに置かれるそれに2人の目は釘づけとなっていた。

 

「うわぁ~、美味しそう!」

 

「これが美柑と真白さんの恊作料理!」

 

 何度かお弁当の交換等で食べた事のある2人は、それを美柑と真白が共に作っていると美柑本人から聞かされていた。思わず涎が出そうな口元を幸恵は拭い、あくまでもお客として美柑がリトや他の面々を連れて来るのを待ち続ける。そこでふと、2人は気になった。実は美柑から聞いていた人物はリト、真白、ヤミの3人。この場に真白とヤミは居り、後はリトだけの筈である。だが、彼女は言った。『リト達を呼んでくる』と。

 

「飯だ~!」

 

「ちょっとナナ、はしたないわよ。あら?」

 

「あれ? お客さん?」

 

「綺麗な人達……」

 

「美柑、この人達は?」

 

「……あ」

 

 現れたララ、モモ、ナナの3人を見て見惚れた様に呟く真美を横に、同じ様に驚きながらも幸恵は美柑へ質問する。そこでようやく3人の事を説明していなかった美柑は宇宙人である事を隠す前提で何と説明すべきか迷い、そこに追い打ちの如くやって来た頭に花の咲いた幼女……セリーヌがやって来た事で美柑は頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真美と幸恵は真白と美柑が作った料理に感動しながら舌鼓を打った後、宇宙人である事を教えられたナナ達と仲良く話をしていた。自分よりも年下であり、宇宙人であると知って興味津々な2人を前に自慢げに話をするナナ。少しジト目になりながら横でモモが時々内容に補足を入れる中、少し離れた場所で美柑はマグカップを手にその様子を眺めていた。

 

「なんつーか、安心したぜ。美柑にもちゃんと友達が居るって分かって」

 

「ん……良かった」

 

「そりゃ、私にも友達くらい居るよ」

 

 そして美柑と共に同じく別の場所からその光景を眺めていたリトと真白が優し気に告げた言葉を聞き、美柑は少しふてくされた口調で恥ずかしそうにマグカップで顔を隠しながら答える。リトと真白はそんな彼女の姿に目を合わせ、微笑んだ。……真白も見た目は変わらないが、分かる者にだけ分かる変化を見せ乍ら。

 

「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」

 

「そう言えばあたし、親に何も言って無かった! 怒られるかも!」

 

 ふと時間を確認した真美の言葉に幸恵が顔を青くしながら立ち上がる。昼食を結城家で過ごした2人は家に何も連絡を入れておらず、当然ご飯時に帰って来なかった2人を心配している事だろう。2人は帰る事に決め、玄関へ向かい始める。一斉に見送るには人数が多い為、見送りは美柑、リト、真白の3人だけで行う事にした。

 

「あの、ご馳走様でした」

 

「さっきも言ったけど、凄く美味しかった!」

 

「……」

 

「これからも美柑と仲良くしてやってくれ。な?」

 

「勿論! あたし達、友達だもんね!」

 

「ね!」

 

「あはは……」

 

 靴を履いた後、改めて頭を下げる真美と感想を告げる幸恵。表情を変えずに唯頷いてそれを聞いた真白だが、2人は今までの短い時間と美柑から真白の特徴を聞いていた為に怖いと思う事は無かった。そして彼女に続く様に優しい笑みを浮かべてリトが言えば、2人は美柑と互いを見て笑顔で返す。美柑はそんな2人に頬を掻きながらも否定する事は無かった。すると突然、幸恵が美柑を手招きする事で彼女は首を傾げながらも2人に近づいた。

 

「勝手に来て、御免ね?」

 

「本当だよ、全く」

 

「でも、美柑が何時も言ってる人達に会えて楽しかったよ。それに男子の告白を断る理由も分かったし!」

 

「! 別に、誰かと付き合うつもりが無いだけだから」

 

「えへへ、そう言う事にしといてあげる! それじゃあ、お邪魔しました!」

 

「お邪魔しました!」

 

 リトと美柑に聞こえない声で話していた美柑は幸恵の言葉に目に見えて動揺し始める。そして僅かに真白へ視線を向けるその姿に幸恵は笑いながら2人にも聞こえる様に告げると、続けた真美と共に結城家を後にした。玄関の閉まる音を最後に廊下は静かになり、一段落。リトはそのまま2階の自室に戻り、真白と美柑はリビングへ戻った。

 

「はぁ~、疲れた」

 

「……お疲れ」

 

 2人で並んでソファに座った時、美柑は大きな脱力と共に思わず真白の膝に頭を乗せる。普段ならしない行為だが、圧倒的な疲労感を感じて羞恥心を感じる余裕も無いのだろう。真白は特に気にした様子も無くそれを受け入れ、美柑の頭を撫で始める。すると美柑が座る方とは逆の真白の隣に何も言わずヤミが座り、同じ様に横になった。結果、ソファの中心に真白が座り、左右からヤミと美柑が真白の膝を枕にして寝る光景が出来上がる。

 

「ふぁ~」

 

「眠く、なって……来ました」

 

「……ん」

 

 撫でられる安心感と柔らかい膝の感触に大きな欠伸をする美柑と、徐々に瞼が落ち始めるヤミ。2人の姿を見て真白も同じ様に眠気に誘われ始め、やがて3人はそのまま夢の世界へと旅立った。すると、結城家の庭に帰った筈の真美と幸恵が姿を見せる。実はテーブルの上に幸恵が忘れていた漫画が置いてあり、彼女達はそれを取りに来たのだ。が、2人の視界に映ったのは3人で寄り添って眠る思わず優しい気持ちになってしまう様な光景。今ここで家の中に入ろうとすれば、間違い無く起こしてしまうと考えた2人は何も言わずに頷き合った後、漫画を諦めてその場を後にした。

 

 その後3人を起こさない様にララ達も静かに自室へ戻り、しばらくの間リビングには3人の小さな寝息のみが聞こえ続けるのであった。



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第110話 メア、正体を明かす

 体育の授業を次に控え、真白は体操着に着替える為に女子更衣室を訪れていた。着替え中の恒例と言っても良い里紗と未央の忍び寄る手を軽々と回避しながら、ヤミと共に着替えを終えた真白。そこでふと、同じく着替え終えていた春菜が辺りを見回して首を傾げる。

 

「お静ちゃんは? 次の時間体育だから、もう着替えないと間に合わないけど」

 

「あの子、ボーっとしてるところがあるから迷子にでもなってたりして!」

 

「……探す」

 

「あ、私も行くよ真白さん!」

 

 春菜の言葉を聞いて更衣室内に同じクラスメイトであるお静が居ない事に気付いた面々。里紗が笑いながら喋る中、着替え終えていた真白は探す為に一足早く更衣室を後にしようとする。当然何も言わずにヤミも後に続き、春菜もその背を追って更衣室を後にしようとする。だが真白が扉を開けた時、出るよりも先に入って来た何かが更衣室内で突然暴れ始める。それはララが発明したであろうアンコウの様な姿をした機械。上には何故かしがみ付くナナの姿もあり、だが機械は構わず開いた口で辺り一面の物を吸い込み始める。……被害は主に着ている衣服であった。

 

「きゃぁ!」

 

「この、止まれ!」

 

「!」

 

「馬鹿! 止めろ!」

 

 暴れる機械を必死で押さえ込もうとするナナだが、その効果は殆ど意味を成さない。やがて裸の生徒達が増えて行く中、機械の標的は真白たち3人に向き始めた。容赦無く吸引を開始する口に紙の如く破れ、吸い込まれ始める体操着。一瞬の内に3人の姿は生まれたままの姿になり、その光景を見てナナの顔は真っ赤になった。すると、ナナ同様に機械を止める為に追い掛けて来ていたであろうリトの声が廊下から聞こえ始める。騒ぎから間違い無く入って来ると気付いた真白は、逸早く扉を閉めた。

 

「お、おい! 大丈夫なのか!?」

 

「……入っちゃ……駄目」

 

「結城君! 大丈夫だから! 入ろうとしないで!」

 

 閉められた扉を叩きながら開けようとするリトに扉越しながら真白が告げた時、春菜が大声で言ったことで彼は少しだけ冷静になる。女子更衣室に入ろうとしていた事に気付き、もし入っていたら大変な事になっていたであろう事にも気付いたリト。扉越しにナナの名前を呼んだ時、更衣室内で唯一服を着たまま機械に跨るナナは赤い顔をそのままにそれを止める為に叩き始める。数度叩かれた機械は痛みを訴える様に暴れ、ナナを落として窓から外へ飛び出した。

 

「こら、待て!」

 

「……!」

 

「私が行きます」

 

 追い掛け始めるナナの姿に真白は加勢する為に動こうとするが、現在彼女は何も着ていない状態だった。そこで真白を止めたヤミが素早く戦闘服(バトルドレス)を着用すると、代わりにそう告げてナナの後を追う様に窓から飛び出る。窓の外は広い中庭であり、ナナが追い掛け回す光景を前にヤミは容赦無く髪をハンマーにすると、機械目掛けて振り下ろした。機体が潰れて損傷し、そのまま地に伏せる機械を前にナナは安心の溜息を吐いてヤミをお礼を告げようとする。だが、そんな彼女を前にヤミは首を横に振って「まだです」と機械から視線を逸らさなかった。

 

「な、なんだあれ!」

 

 ヤミの言葉に機械へ視線を戻したナナが見たのは、真っ黒な球体であった。徐々に空へ浮かび始めるそれを前にヤミが構える中、女子更衣室から状況を見ていた真白達の元に体操着姿のララが訪れる。何故か一様に裸の面々を見て首を傾げた彼女は、窓の外に映る光景を見て驚きながら窓枠を掴んで身を乗り出した。

 

「あれは、マイクロブラックホール!」

 

「ブラックホール、ですって!?」

 

 ララの言葉を聞いて外に居たナナや更衣室に居た一同が一気に戦慄する。ララ曰くそれは先程の機械に使われていた動力源であり、制御装置の破損で外に出てしまったとの事。軽々と学校を飲み込む程の力はあり、吸引力に拘って内蔵した。との事であった。唯がその説明を聞いて「何て危険なものを作るのよ!」と激怒する中、中庭にいたナナとヤミは目の前の光景に構える。まだ吸引は始まっていないが、ララの説明からしてそれも時間の問題であった。

 

「離れた方が良さそうですね」

 

「で、でもこのままだと学校が!」

 

「私が、抑えます!」

 

 ヤミの言葉を聞いてナナがどうするべきか迷い始めていた時、突然中庭にお静の姿が現れる。彼女は目の前に映るそれを前に、決意した様子で人差し指を向けた。途端、僅か乍ら縮小し始めるブラックホール。だが、彼女の様子もそれに伴って悲痛な面持ちに変わって行く。が、それでも彼女は止めない。例え自分が消える事になったとしても(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「私の、責任ですから……!」

 

 今回、ララの発明が暴走した原因。それはお静の念力を受けてしまった事がそもそもの原因であった。掃除機としてしっかり機能していた機械だが、犬が苦手と知るメアが揶揄うつもりでお静を脅かし、驚いたお静が放った念力が機械を暴走させた。……故にお静は責任を感じていた。

 

「……」

 

 そんな様子を違う場所から眺めるメアの姿が廊下にはあった。そして必死で抑えようとするお静の姿を見てメアは僅かに溜息を吐くと、窓から外へ飛び出る。彼女は真白達以外にまだ正体を明かしておらず、責任を感じていたお静にも手助けしないと告げていた。止める為には力を使う必要があり、それは正体を明かす事に繋がる故に。だが、自分の存在を掛けてでも守ろうとするお静の姿を前に彼女の考えにも変化があったのだろう。

 

「仕方ないなぁ」

 

「! メア、さん……」

 

「私が村雨先輩を脅かしたのが原因なら、責任は私にもある訳だし……それに学校が消えたら、困るからね」

 

 そう言って腕を変身させたメアはお静が抑えていたブラックホールにそれを飲み込む程の威力を持つビームを放つ。大きな風圧と共に一瞬世界の色が変わり、やがて全員が視線を戻した時には何処にもブラックホールの姿は残っていなかった。

 

「な、何が起こったんだ?」

 

「今、手が変わった様な……」

 

「あれじゃあ、まるで2年に居る」

 

 一瞬静まり返った校舎内で、ひそひそと声が聞こえ始める。今まで普通の女子生徒だった筈のメアが行った行為。彼女が守りたかった唯の女子生徒としてのメアが崩れ去って行く瞬間であり、それを聞いていたお静が何とか言い訳をしようと振り返った。だがそれよりも早くメアの元に近づくも者が1人。

 

「彼女は、私の妹です」

 

「ぁ……ヤミ、お姉ちゃん……」

 

 見ていた者達全員に聞こえる声で静かに告げたヤミは、驚き目を見開くメアを横に自分と同じ力がある事を説明する。血の繋がりは無いが、長年離れ離れになった末にこの学校で再開した事も説明すれば、再び学校内は静寂に包まれる。……そして数拍置いた後、彩南高校には歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「て事で、改めてよろしくね! 先輩達!」

 

「まさか、貴女も宇宙人だったなんて」

 

「ナナ、貴女まさか知っていたの?」

 

「まぁな。でもメアの事をあたしが言い触らす訳には行かないだろ?」

 

 黒咲 芽亜がメアとして受け入れられた後、昼休みは彼女に質問する生徒達でごった返す事となった。そして放課後を迎えた時、帰らずに教室で待つ真白とヤミの元に笑顔でナナとモモを引き連れてメアが姿を現す。彼女は改めて自己紹介を行い、新しい事実に唯が頭を抑える横でモモがナナへ目を細めて質問する。ナナは頭の後ろで手を組んで答え、尤もな答え故にそれ以上モモが何かを言う事は無かった。

 

「でもまさかヤミに妹が居るなんてな。真白は知ってたのか?」

 

「ん……前から」

 

「色々ありましたので。彼女の存在は私もこの街に来てから知りました」

 

「色々あったよね~!」

 

 リトの質問に頷く隣で、ヤミが答え始める。そして僅かにメアへ視線を向ければ、彼女が軽い様子で続けた。実際にはかなり重い話なのだが、詳しく知るのは当事者達のみである。ヤミの言葉を聞いて「そっか」と納得した様子を見せたリト。そんな様子を見ていたメアの背中をナナが軽く叩いた。

 

「前に言ったろ? 受け入れてくれるのは、あたしだけじゃない。って」

 

「……そうだね。本当に彩南(ここ)は、お人好しばっかり」

 

 メアはそう言って自分を囲む人達の姿を見回す。全員が笑顔に溢れ、その笑顔は正体を明かした自分にも向けられる。初めて彩南を訪れた時には考えられなかった光景に、思わず彼女は窓の外に映る天を仰いだ。

 

 その後、解散する事になった一同。帰宅する事にした真白はリトが学校に残ると言う事で、ヤミとメアの3人で帰る事となった。

 

「ありがとう、ヤミお姉ちゃん」

 

「突然何ですか?」

 

「ううん。何でも無い。唯、ヤミお姉ちゃんの『妹』で良かったと思っただけ!」

 

 笑顔で告げるメアの言葉にヤミは少しだけ目を閉じて、何も言わずに前を向いた。それはその言葉を受け入れた姿であり、メアは楽しそうに帰路を歩き続ける。それからメアは2人と別れて帰宅するまで、笑顔のままであった。



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第111話 診療所でのお手伝い

 ある日の事、結城家で過ごしていた真白の元に御門から連絡が入る。内容は診療所がとても忙しく、人手がお静だけでは足りない為に手を貸してほしい。というもの。その日特に予定の無かった真白は了承。真白から話を聞いたヤミは当然乍ら美柑やモモ、リトも手伝う事となり、4人は御門の診療所で1日だけアルバイトをする事となった。

 

「お似合いですよ! シア姉様!」

 

「……モモも、綺麗」

 

 手伝いという事もあり、真白やモモ達はお静と同じナース服を着る事となった。膝丈の短いスカートの様になっている下は全員の太腿が殆ど露出しており、普段見慣れぬ真白の服装を見てモモは眼福に感じ乍ら褒め称える。だが綺麗さならば断トツの彼女の方が高く、故に真白が返す様に告げればモモは両頬に手を当てて照れた様子で身体をくねらせた。……そんな光景をジト目で眺める同じくナース服の美柑は、隣に立つ見慣れた髪色の見慣れる女性を前に再びジト目になった。

 

「で、何でリトは女の子の姿な訳?」

 

「俺が求めた訳じゃねぇ! モモに無理矢理やられたんだよ……」

 

「……リトも、綺麗」

 

「お、おぅ? ありがと? 何か複雑だけど」

 

「シア姉様。今のリトさんはリトさんではありません。リコさんです!」

 

「……リコ?」

 

「いや、俺は別にどっちでも」

 

 現在、リトは嘗てララの発明品によって性転換した姿……リコに変わっていた。それはナース服を着る事になった際、リトが女性になった経験がある事を思い出したモモの提案である。リコの姿に真白はモモへ伝える時同様に思った事を伝えるが、言われた本人の心境は元男故に複雑である。モモの訂正に首を傾げる真白を前に、頬を掻きながら苦笑いを浮かべたリコ。そんな(彼女)の姿を見て、眺めていた御門が口を開いた。

 

「性転換、ねぇ。出来るなら、後でじっくり調べさせて欲しいわ」

 

「ドクター・御門。何か企んでいますか?」

 

「いいえ、何も? さて、伝えた通り今日は忙しくなるわ。夕方までは休めないと思うから、覚悟して頂戴。その分、バイト代は弾むから。よろしくね」

 

≪はい≫

 

「頑張りましょう、皆さん!」

 

「よろしく頼むわね、皆」

 

「……ん」

 

 リコの身体を頭の天辺から足先まで眺めて告げる彼女の言葉にヤミが何かを感じて目を細めながら質問するが、彼女は首を横に振った後に手を叩いて全員に告げる。そしてリコ達が一斉に返事をする姿を前にお静が拳を握って言えば、続けて告げたティアーユの言葉に頷く真白を最後に全員は仕事を始めた。基本的にやる事は宇宙人の患者を案内したり御門やティアーユの補助をしたり等。普段から日常的に手伝っているお静に指示を受け乍ら仕事を続けていた時、患者を案内していたリコが悲鳴を上げる。見ればそこには怪我のせいでよろけたと称してリコの身体に触る宇宙人の姿が。途端、その宇宙人は命の危機を感じる羽目になった。

 

「……」

 

「ひぐっ!」

 

「私の診療所は御触り禁止よ」

 

「ひぃ!」

 

「病気では無く怪我での来院の様です。なら、多少増えても問題はありませんね」

 

「ご、ごごご、御免なさいぃぃ!」

 

 一瞬にしてリコから引き剥がされた宇宙人。真白によって壁に叩きつけられ、続いて御門の投げたメスが顔の真横に刺さり、最後にヤミが髪を数え切れない程の拳に変身させて近づけば、命欲しさに宇宙人は診療所から逃げ出す。綺麗な女性や可愛い少女達に鼻の下を伸ばしていた患者たちは、その光景を前に邪な感情を抱かない様に決意する。直して貰いに来た筈のこの場所で、怪我を増やすのは流石に笑えない話故に。

 

「……平気?」

 

「あぁ、助かった。ヤミと先生もありがとな。唯一応あれも患者だった筈だけど、大丈夫なのか?」

 

「貴女を助けた訳ではありません。真白に加勢しただけです」

 

「ふふ。患者の事なら平気よ。ああいった患者は最初にしっかりお灸を据えて置かないと、後々調子に乗り始めるもの」

 

 患者から解放されたリコに真白が手を伸ばす。その手をとって立ち上がったリコは自分を助けた3人にお礼を告げ、ヤミの言葉に笑いながら告げる御門の言葉を聞いて安心した様子で息を吐いた。その後、何の問題も無く診察は続いていき……やがて患者の数も徐々に減り始める。気付けば外も茜色に染まり始め、最後の患者を終えた御門は大きく伸びをして脱力感を感じた。すると、お茶を手にお静が御門を労う。

 

「ふぅ。お疲れ様。あら? ティア達はまだ戻っていないの?」

 

「そう言えば、ティアーユ先生とシア姉様の姿がありませんね」

 

 椅子を回転させて全員に労いの言葉を告げた御門は、2人の姿が無い事に気が付いた。最後の最後まで忙しかった全員は御門の言葉でそれに気付き、真白の行方なら知っているであろうヤミに視線を向ける。が、向けられたヤミは首を横に振った。ヤミは仕事中も常に一緒という訳には行かず、仕方なく別行動を取っていたのだ。すると、御門は真剣な表情で立ち上がる。

 

「さっきティアには使わない備品を運んで貰ったんだけど、恐らく真白はそれについて行ったのね。でもまだ戻ってきていないって事は……」

 

「見て来ます」

 

「俺も行くよ」

 

「なら私も行きます」

 

 彼女の言葉に地下倉庫へ向かおうとするヤミ。彼女の後を追う為にリコやモモが着いて行こうとするが、片付けなどが残っている為に全員で行く訳にはいかない。そこで建物の主である御門と週に1度は訪れているヤミ、そしてリコに探すのを任せ、モモと美柑はお静と共に片づけを開始する事となった。

 

「ティアはおっちょこちょいだけど、真白が居れば大丈夫の筈。でも地下には取り扱いの危険な薬品とかもあるから、流石に心配ね」

 

「そうですね。……! 止まってください」

 

「? どうしたんだ?」

 

「この匂い……」

 

 御門の言葉を聞いて頷きながら歩いていたヤミは突然2人の前に手を伸ばして歩みを止める。リコが首を傾げる中、彼女の行動で御門は自分達の元に香る微かな匂いに気付いた。それは何処か甘く、僅かな匂いだけでも頭がボーっとしそうな香り。他にも何か作用がありそうだが、香りの薄い3人の居る場所でそれ以上は何も無かった。だが今向かっている先から香るのであれば、真白とティアーユは間違い無くその香りを嗅いでいる事だろう。

 

「不味いわね。匂いからしてホレ草、パワダの花、アドレナの花が混じってる様ね」

 

「ホレ草ってララがバレンタインでチョコに混ぜたあれか!?」

 

「パワダの花はミストアで真白が力を失った原因です。アドレナの花は興奮作用があると聞きます。何故ここにあるのですか?」

 

「どれも使い方次第では便利な薬品に出来るのよ。でも失敗作もある筈だから、もしそれが漏れ出たなら……」

 

 3人が顔を見合わせ、余り嗅がない様に鼻を押さえ乍ら歩みを再開する。やがて一番匂いの濃い扉を前に、3人は意を決してその扉を開いた。途端、濃い匂いが3人を襲い始める。幸いだったのは、既に空気中に長時間漂ったその匂いに効果は殆ど無かったことだろう。だが、それが充満した際に部屋に居た者には絶大な効果を齎していた。

 

「真白……はむっ」

 

「……ティ、ア……んっ」

 

 殆どナース服を着ながらもその胸を晒した状態の2人が絡み合う姿が、そこにはあった。壁を背に荒い息をする真白に四つん這いの体勢で迫り、その首筋に舌を這わせるティアーユ。胸だけで無く大事な場所を隠す下着も膝元に引っ掛かる形で落ちており、見方によっては完全にアウトである。匂いの原因を理解していた3人は、2人がそうなってしまっている理由も当然理解する。ホレ草で相手を意識してしまい、力の出ない状態でそれでも興奮してしまった2人は求め合い始めたのだと。

 

「なっ、なぁ!」

 

 目の前の光景に顔を真っ赤にするリコを置いて、ヤミと御門は2人に近づき始める。互いの手を繋いで乱れるその姿は前に、何方が固唾を飲んだのかは定かでは無い。だが真白とティアーユは2人の存在に気付く事無く行為を続け、やがて2人はキスをしようと口を近づけ始めた。

 

「駄目です」

 

「駄目よ」

 

 しかしそれは2人の行動に気付いたヤミと御門によって阻止される。真白の顔を御門が抑え、ティアーユの口元と額に髪を回してヤミが引き剥がす。だが薬のせいで互いの事しか見えないとばかりに手を伸ばし合う2人を前に、御門は溜息を吐くとリコに傍にある薬品を数個取る様に指示を出した。驚きながらもそれをリコが集めた時、御門はそれを目の前で調合し始める。……そうして出来上がったのは、2本の試験官に入った青色の液体。

 

「疑似ラックベリー薬よ。これを飲ませれば治る筈だわ」

 

 そう言って手渡された試験管をヤミはティアーユに飲ませる為に、髪に力を加えて強引に抑えた上で口を開かせた。僅かに零しながらもやがて喉を鳴らしてそれを飲み込んだ時、ティアーユの目は徐々に正気を取り戻し始める。自分が何をしていたのかあやふやな様で、現在の状況に困惑しながら。一方、御門は真白に同じく飲ませようとしていた。が、真白はそれを飲もうとしない。力の入らない身体で抵抗は出来ず、だが口は閉じて流し込まれても喉に通そうとしなかった。

 

「本当に染まり易いわね、貴女」

 

「? ドクター・御門? なっ!?」

 

 今、真白の頭の中にはティアーユの事しか無いのだろう。故にそれ以外の者から与えられる干渉を拒み続けている。もし、真白が誰かに恋をしたのなら……そんな事を考えながら御門は何を思ったのか、自分が用意した薬を自分の口へ入れ始めた。彼女の行動に訝し気な視線を送ったヤミは、続いて行った行為にその目を見開いてしまう。

 

「んっ……」

 

「っ!」

 

 真白は御門の口から直接流し込まれる液体を拒む事が出来なかった。滑る舌に唇の間をこじ開けられ、零れない様に抑え付けられて流し込まれる液体は喉を通す以外に逃げ場が無い。それでも僅かに2人の口元から青い液体は滴り落ちるも、真白の正気を取り戻すには十分の量が彼女の中には入り込んだ。そして御門がゆっくりと顔を離した時、真白は虚ろな目のままゆっくりと身体を倒す。それを察知していた御門は素早くその身体を床に打ち付けない様、受け止めた。

 

「これで大丈夫よ。戻りましょう」

 

「あ、あぁ。えっと……」

 

「…………」

 

 御門は真白の身体を横抱きに抱え、何食わぬ顔でそう言って部屋を後にしようとする。衝撃的な光景に顔を赤くしたまま了承する事しか出来ないリコはその後を追う為に歩き出し、ヤミも無言で困惑した後に気絶したティアーユを髪で持ち上げて歩き始める。が、リコはヤミと御門の間に流れる空気に怯える事しか出来なかった。明らかに普段と違う冷たい視線を送るヤミと、そんな彼女の視線に気付きながら特に気にした様子も無く真白を運ぶ御門。やがて微かに振り返った彼女はヤミと目を合わせ、薄く笑みを浮かべて地下倉庫から出る。そして彼女の笑みを前に、ヤミはそれ以上無い程に無の表情を見せるのだった。



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第112話 顕現、ダークネス【前編】

「真白。キス、してください」

 

「……」

 

 それは突然の言葉だった。その日、朝から何処か様子の可笑しい彼女を心配して真白と2人っきりにする事にした他の者達の厚意を経て共に昼休みを迎えると同時に昼食を取る為に屋上へやって来た2人。お弁当を広げて食べ終わった後、真白が単刀直入に悩み事があるのかを聞いた時、彼女は突然真白へキスを願った。彼女の言葉に目を見開いた真白は何も答えずにその姿を見つめ、それが理由を求めていると理解したヤミは僅かに目を閉じた後に告げる。

 

「私は、貴女の事が好きです。誰よりも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1年生の教室でクラスメイトと話をしていたメアは突然感じる【何か】に窓の外を見る。地球人であるクラスメイト達は何も感じていない様子だが、メアだけで無く宇宙人であるモモやナナも同じ何かを感じた様子で3人は目を合わせる。そしてそれが何かを探ろうと教室を出ようとした時、メアの足は【止められる】。

 

「『遂にこの時が来たか』」

 

(マスター)? !?」

 

 それは余りにも突然であった。何処からか頭に響き渡るネメシスの声にメアは辺りを見渡し、気付けばその身体の主導権が自分から離れて行く感覚に襲われる。そして自分の姿を見るモモの驚愕した目と、叫ぶ様に自分の名前を呼ぶナナの姿を最後にメアの目は自分の物では無くなってしまった。何度か別の誰かと繋がった事で入った事のある精神世界に自らの意識を浮かべ、世界から覗く様に見える自分の目に映る光景。声も光景も感じられるが、身体の全ては違う別のものであった。

 

「主! 何で私の身体を!?」

 

「お前はそこで見ていろ、メア」

 

 自分の身体を操る人物、ネメシスにメアは声を掛ける。だが帰って来たのはとても冷たい言葉であり、見える光景に映る自分は突然窓から外へ飛び出し始めた。外の世界でメアの変化を見ていたモモとナナは驚き戸惑いながらも、その後を追い掛ける為に外へ飛び出す。

 

「な、何が起こったの? メアさんの髪が」

 

「わかんない。わかんないけど、凄く嫌な予感がする!」

 

 モモの言葉にそう答えて空を飛ぶメアの後を追った2人が見たもの。それは屋上で対峙する真白と……雰囲気の違うヤミの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前。

 

「! この反応、まさか!」

 

「ティアは先に行きなさい。お静ちゃん、手を貸して頂戴」

 

「え? え? い、一体何があったんですか?」

 

 御門、ティアーユ、お静の3人は保健室で昼食を食べていた。現在生徒は1人も来ておらず、のんびりと食事を楽しんでいた3人。だが突然感じた何かにティアーユが驚いたと同時に、素早く御門は立ち上がると食べかけの弁当を置いて動き始める。訳も分からず困惑するお静を置いて、説明を任せたティアーユは一目散に保健室の外へ。その途中、ドアの下枠に足を引掛けて転ぶのは彼女故に仕方の無い事である。

 

「ティアーユ先生!」

 

「ララさん! 貴女も感じたのね?」

 

 階段を上がろうとしたティアーユは突然掛けられた声に振り返る。そこには必死な様子を見せるララの姿があり、彼女の様子を見て遠くから追い掛けて来るリト、春菜、唯の姿もあった。ティアーユの言葉に力強く頷いたララだが、地球人であるリト達には当然何の話か分からない。ティアーユは時間が惜しく思った為、「説明するけれど、まずは向かいましょう」と言って歩みを再開する。そして彼らが辿り着いた屋上で見たもの。それはナナ達と同じ光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ。ふふふ、あぁ。凄く良い気分」

 

「……」

 

 着ていた制服でも無く、普段着用している戦闘服(バトルドレス)でも無い露出の多い真っ黒な服を着たヤミが鋭い爪をした指を頬に当てて恍惚とした表情で告げる。そんな彼女の姿をジッと見つめる真白の顔は変わらない無表情であり、それがどんな感情を抱いているのか知る術は無い。すると、空からメアの身体を使ったネメシスが現れる。その身体はメアのものでありながら、髪の長さも見た目も全てが完全にネメシスへ変換された姿。彼女はその身体でフェンスに立つと、両手を広げて告げる。

 

「ようやく会えたな、本当のお前に」

 

「ネメシス? そうだね、こう言う場合は初めまして♪ の方が正しいのかな?」

 

 普段のヤミとは違う喋り方に駆けつけた面々が驚愕する中、言われたネメシスは少しだけ怪訝な表情を浮かべる。ヤミの返しはまるで初めて出会った時の自分がした挨拶を彷彿とさせるものだった故に。だがそんな彼女の様子等気にした様子も無く、ヤミは自らの髪を浮かし始める。何をしようとしているのか分からず一同が困惑する中、真白は彼女の行為を受け入れるかの様に目を瞑った。……そして、ヤミの髪が真白の身体全てを包み始める。

 

「な、何するつもりだよヤミ!?」

 

「何するって、簡単な事だよ? 私と真白は1つになるの。永遠に私は彼女の中で生きて、彼女の中で私は永遠に生き続ける。そ・れ・だ・け♪」

 

「! 止めなさい!」

 

 ヤミの行動にリトが声を上げた時、妖艶な表情を浮かべながらそう告げる彼女の姿にモモがナナ同様に嫌な予感を感じる。そして真白を包み込む髪を見てその行為の意味に気付いたモモは声を上げるが、時既に遅かった。ゆっくりと髪は真白の形を残したまま浮かび始め、やがてそれはヤミの目前に。両手を広げてそれを迎えれば、黒い闇が髪の中からヤミの胸の中へ入り込み始める。そしてそれを最後に、解かれた髪の中に真白の姿は何処にも無かった。

 

「……ぁ……」

 

 誰かが漏らした小さな声。目の前の起きた出来事は余りにも呆気なく、だがその意味は余りにも大きなものであった。

 

「ふふっ。これで真白はずっと……私のもの」

 

「……どう言う事だ?」

 

 膝から崩れ落ちるナナやショックで動く事も出来ないララ達の姿を前に笑顔で告げるヤミの言葉を聞き、ネメシスは1人呟いた。すると突然ヤミは背中に翼を生やして空へ飛び立ち始める。何処へ向かうのか定かでは無いが、放って置く訳にも行かないと何とか我に返ったモモが飛び立とうと動き始める。が、それを止める様にティアーユが声を上げた。

 

「待って!」

 

「丁度良い、お前なら分かるだろう。……何故、ようやく姿を見せた【ダークネス】は暴れない」

 

「ダーク、ネス?」

 

 ネメシスの言葉に春菜が呟き、全員がティアーユへ視線を向ける。今すぐにでも追い掛けたい衝動を必死に抑えて事の原因を聞く為にその場で留まった面々はまず初めに今のヤミがどの様な状態であるかを語られる。今現在ヤミは一種の暴走状態であり、全てを破壊出来るリミッターが外れた状態である事。そしてその鍵は戦う為に生まれた彼女が戦いを求めず、平和を受け入れる事。その全てを説明するティアーユの姿を前に、ネメシスは目を見開いた。

 

「全て知っていたか。意外だったな。プロジェクトから外されたお前は知らないと思っていたが」

 

「私も知らなかったわ。ついこの前まで。……でも、教えてくれたのよ」

 

「教える? 誰がだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤミちゃん自身よ」



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第113話 顕現、ダークネス【中編】

『彼女と彼女の主の思惑が私に結城 リトを殺させる事で成り立つのなら、今の私を見てそれは不可能だと理解する事でしょう。そうなれば、必ず別の手段を講じて来ます』

 

「ヤミちゃんは私が再会する前、貴女達に襲われた。そして偽りの情報を与えられて、それでも彼女は真白と真白の家族を守る事を選んだ」

 

 それは御門から聞いたヤミの言葉だった。真白を隠して数日彩南町から姿を消した後、戻って来た彼女はある事実を知っていた。それは自分の中に自分の知らない何かが眠っているという事。再会した後にティアーユはその内容を聞き、彼女の決意を嬉しく思うと同時にヤミの中に眠る何かについての解析を始めた。そして初めてネメシスと遭遇した際に彼女が告げた『ダークネス』と言う言葉がヤミに全てを【思い出させた】。

 

「貴女がヤミちゃんの中に眠るダークネスを狙う事は前から分かっていたの。ヤミちゃんが自分の意思で彼を殺害しないなら、暴走の末に殺させる事を手段に選ぶだろう。と」

 

「俺を、殺す!?」

 

 突然自分が話題に上がり、しかもその内容が余りにも物騒な事だった為に驚かずにはいられなかったリト。そんな彼の姿を軽く横目で見た後、ネメシスは面白く無さそうに鼻で笑うと再びティアーユへ視線を戻した。

 

「私の狙いを最初から理解していたのは分かった。だが、あれは研究員共が金色の闇に刷り込んだ言わば最終兵器だ。発現したら最後、破壊衝動の赴くままに暴走してあらゆるものを破壊する」

 

「で、でも彼女がしたのは真白を……真白を取り込むだけ。その後は何処かに行っちゃったわ」

 

 ネメシスの言葉に話を聞いていた唯が口を開き、自分が見た光景を思い出して悲痛な面持ちで続ける。今すぐにでも追い掛けたいと殆どの者達は思っているだろう。だが唯の言葉を聞いてティアーユは「大丈夫よ」と告げた。彼女の言葉に驚き顔を上げる全員を前に、ティアーユは続ける。

 

「貴女はヤミちゃんに言ったそうね。彼女は真白と言う光に当てられた存在だと」

 

「……まさか」

 

「確かにダークネスに真白の光は届かなかった。だけどダークネスに真白の光を消す事もまた、出来なかったのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時かメアの力を借りて凛の精神世界に入った時と同じ様な感覚で真白は目を開いた。真っ暗な闇の中、何処までも続く深淵なる闇を前に真白は静かに目を閉じると胸の前で両手を握る。途端に彼女の胸元には眩い光が生まれ、その光は真っ暗な闇の中を照らし始めた。……そしてその闇の中に紛れて眠るヤミの姿を見つけた時、真白は泳ぐようにして彼女の元へ近づき始める。光を胸にその傍へ寄り添い、ヤミと真白は光に包まれた。

 

「……ここ、は」

 

「……おはよう」

 

 やがて目を開けたヤミは辺りを見渡し、自分を見下ろす真白の姿を前に浮かびながらも立ち上がる様に身体を立てる。何があったのかあやふやであったヤミは頭を強く振って意識をはっきりさせると、少しの間を置いて全てを思い出した。自分が自分の中に眠るダークネスに飲まれた事を。そして真白を取り込んだ事を。

 

「発現、したんですね」

 

「ん……」

 

 ヤミの言葉に頷いた真白はヤミの手を取って移動し始める。自ら出現させた光を頼りに何かを探し続ける2人。終わりの無い深淵を進み続けた2人はやがて光に照らされる闇を見つける。光を傍に置いて尚、決して照らされる事の無い球体の様な闇。それは現実にて姿を現した事でようやく視認出来る様になったヤミの中に潜む(ダークネス)そのものであった。真白とヤミはそれを前に目を合わせて頷き、構える。途端にダークネスは蠢き始め、その姿を肌も真っ黒なヤミへと変えた。

 

「これが、ダークネス。……真白」

 

「……ん」

 

 片手を刃に変身(トランス)させるダークネスを前に、ヤミも同じ様に片手を変える。真白は武器を使わない為に拳を握り、そして対峙した1体と2人は同時に交差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダークネスそのものを倒すつもりか?」

 

「えぇ。その為に真白は態と取り込まれ(・・・・・・・)、ヤミちゃんは完全に自分が暴走する前に被害を最小限に抑える為、空の彼方へ飛び立ったのよ」

 

「それじゃあ、今2人は!」

 

 ネメシスの言葉にティアーユが答えた時、驚き空を見上げながら告げるナナの言葉にティアーユは頷いて肯定した。今現在誰にも視認する事は出来ないが、空高い雲よりも更に上でヤミは自らの髪を使って自分を動けない様に球体を作り上げ、閉じ籠っていた。破壊衝動に暴れそうな身体はヤミが無意識に抑え込んでおり、それを聞いた面々は今現在壮絶な戦いがあの小さな身体の中と外で行われている事を理解する。

 

「彼女達なら、必ずやり遂げられる。だから私は、私がするべき事をするわ」

 

「……」

 

 ティアーユはネメシスを見つめ、その目で語る。今現在ネメシスはメアの身体を操っており、外に居る者達にその声は聞こえない。何度も身体を返して欲しいと言い続けるメアの悲痛な叫びはネメシスだけが聞いており、だが聞こえずともティアーユはそれに気付いていた。変わり始めた彼女なら、今の会話を聞いている筈の彼女なら決意すると。

 

「『私の身体を返して(彼女の身体を返しなさい!)! マスター(ネメシス!)!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 容赦無く振り下ろされる一撃。それを腕を盾にしてヤミが受け止めた時、ダークネスの横に真白が姿を見せる。そしてその身体目掛けて足を振るうが、ダークネスは片手をヤミと同じく盾にしてそれを防いだ。その後身体を回転させて2人を振り払えば、1体と2人の間に距離が生まれる。

 

「流石は破壊するためだけに作られたシステム。強さは私以上ですね」

 

「……でも……負けられ、ない」

 

『……』

 

 既に何度か攻防を繰り返していた2人はダークネスの強さを前に改めて気を引き締める。すると突然、ダークネスは片手を上に上げてそれを握った。途端にその身体は闇に包まれ、片手でそれを払う様にして現れたのは現在外で見せているダークネス化したヤミの姿であった。変わらず肌の色などは真っ黒のままだが、先程よりも危険になった事は説明されなくても分かった2人。ゆっくりと髪先が円を作った時、灰色の空間が出現した事でヤミは訝し気に警戒する。……そして、その空間とまったく同じ物が真白の背後に出現していた事に気付いた。

 

「! 後ろです!」

 

「っ!」

 

 ヤミの声に振り返った真白。それと同時に空間の中にダークネスは手を入れており、空間と空間は繋がっている様子で真白の背後からその手は近づいた。逃げる事も出来ずにその腕を掴まれた真白は空間の中に引きずり込まれる。そしてすぐにダークネスの元にその身体は連れて行かれ、真白は続けて髪に四肢を拘束された。

 

「っん! ん、ぁ!」

 

 ダークネスの手が真白の乳房や太腿を掴み、髪が乳房の先にある突起を弄る様に攻め始めた事で真白は思わず嬌声を上げてしまう。自分と殆ど同じ姿をし乍ら、自分では無い相手が真白を攻めている光景はヤミにとって許せるものでは無く、彼女は両手を刃にして拳にした髪と共に急接近した。だがその刃が振るった先にダークネスは真白を配置し、思わずヤミの手が止まった隙を突いてその身体を真白同様に拘束し始める。

 

「くっ! にゅ、にゅるにゅる……は、苦手……です」

 

 自分の中に居たからこそ、自分の弱点も理解していたダークネスによってヤミは無力化されてしまう。苦手なニュルニュルに纏わりつかれて目を回し、真白が喘がされる光景を見せつけられる。……状況は余りにも絶望的であった。



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第114話 顕現、ダークネス【後編】

『……』

 

「何を、するつもりですか……!」

 

 苦手なニュルニュルに拘束されたヤミは何も言わずに自分を見つめるダークネスを前に険しい表情で聞いた。だが話す事をしないダークネスは視線を真白へ向け、再びヤミへ戻す。その動作が何を意味するのか……自分の中にあった存在故か、ヤミには理解出来てしまった。気付いていたのは発現と共に終わらない破壊衝動。だが今目の前に立つダークネスがしようとしているのは破壊では無いと。

 

「っ! ぃ、ゃ……!」

 

「くっ! 真白っ!」

 

 真白を自らの手で拘束していたダークネスはまるでヤミへ見せつけるかの様にその身体へ愛撫を始める。ヤミを拘束する滑る触手とは別に左右から伸びる触手が両手の先から肩辺りまでを何度も巻き付く様にして拘束し、磔の様な状態にされたまま背後から襲われる真白の僅かに乱れる姿はヤミにとって甘美であり、そして許せない事でもあった。だがそれを止めたくても行動出来ないヤミにそれを止める術は無い。

 

『……ホシイ……ホシイ』

 

「!? 一体何を」

 

『……スベテ、ワタシノ……』

 

 両手だけでは無く、両足にまで触手を絡み付かせて真白を拘束したダークネスは闇の中に声を響かせながら真白の身体を抱きしめる。腹部に両腕を回して背中から唯抱きしめるだけだが、まるでそれは真白を独占している様にもヤミには見えた。そしてダークネスはヤミと目を合わせる。

 

『……』

 

「受け入れろ、とでも言いたいのですか。そうすれば真白を手に入れられる。とでも」

 

「はぁ……はぁ……んっ!」

 

 言葉は発さずとも何を言いたいのか全てを理解出来た時、ヤミは自分を見つめるダークネスとそれに抱かれて荒い息を吐きながら自分を見る弱った真白の姿を前に黙り込む。ダークネスの意を理解して、迷わない訳では無かった。確かに受け入れればヤミは自らの中に取り込んだ真白を完全に自分の者とする事が出来るだろう。だが黙り続けていたヤミは僅かに身体を揺らし始める。拘束するニュルニュルはヤミへ自分の存在を主張する様に蠢くが、ヤミは強く目を瞑って腕を強引に動かした。

 

『!』

 

「強引にでも奪いたい。そう思った事が無いとは言いません」

 

『……ユダネロ』

 

「私だけを見て欲しいと、何度も思いました」

 

『……ウケイレロ』

 

 強引に拘束を外そうと動かし始めたヤミにダークネスは驚いた様子を見せる。今のヤミは苦手なニュルニュルによって力が出ない筈。だが実際に目の前で起きているのはヤミが力を捻り出して拘束する触手を強引に引き千切り、自由になろうとする光景。伝えた思いを全て理解しているヤミへ誘惑する様にダークネスは語り掛けるも、彼女は静かに呟きながら徐々に解放されていく。やがて完全に触手が引き千切れ、自由になったヤミは片手を刃にダークネスへ1歩近づいた。

 

「ですが、貴女のやり方では真白の心は手に入らない」

 

『……ァ……』

 

 ダークネスが気付いた時、既にその手の中に真白の姿は無かった。拘束していた触手が全て切り刻まれ、ヤミが背後で真白を横抱きに抱えている姿があった為に。

 

『ワタシノ……マシロノ、スベテハ……!』

 

「急いては事を仕損じる、ですよ。…………さようなら、私の中の私(ダークネス)

 

 手の中に真白が居なくなった事を絶望する様に叫ぶダークネスへ静かにヤミは背を向けたまま髪を巨大な刃へ変身(トランス)させて告げる。そしてそれが振り下ろされた時、ダークネスの身体は2つに分かれた後に消滅した。闇の中には静寂が生まれ、ヤミは腕に抱える真白と顔を見合わせる。

 

「終わりました。真白」

 

「……ん……お疲れ、様」

 

『あれ? もう終わっちゃったの?』

 

 突然闇の中に声が響き渡る。それはメアの声であり、ヤミは真っ暗な空間を見回した。だが何処にも彼女の姿は無く、彼女はその姿が見えている様に笑いながら言葉を続ける。

 

『あはは! 今私の能力()で出してあげる! それっ!』

 

 メアの言葉の後、突然闇の中に薄明かりが見え始め、ヤミは真白を抱えたまま歩みを進め始める。徐々に光は強くなり始め……やがて2人の身体は眩い光に包まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バイタルも正常。問題無いわ」

 

 放課後。保健室でヤミの身体を見ていた御門の言葉を聞き、集まっていた一同は安心した様に息を吐いた。無事に元の姿に戻る事が出来たヤミは内に取り込んだ真白を解放する事も出来、だが空高い雲よりも上で意識を失ってしまった。しかし地上でティアーユを主導に御門から説明を受けていたお静や他の面々の協力を経てネメシスから身体を取り戻したメアが駆けつけた事でその身体は落ちる事無く支えられ、保健室へ運ばれる事になったのだ。

 

「良かった……2人も体調に問題は無いのね?」

 

「ん……」

 

「平気だよ。でも今まで感じてたネメちゃん(・・・・・)を感じられなくなって少し寂しいかも」

 

 ティアーユは安心した後、ヤミ同様に大変な目にあった真白とメアの心配もする。だが真白は体力の消耗のみで身体に異常も無く、メアも特に大きな問題は無かった為に頷いて肯定。するとメアの言葉にヤミと真白は驚いた様に視線を向けた。2人の視線に気付いたメアは笑顔で説明する。

 

「私はもう、頼らないって決めたんだ。私の事は私で決める。だから改めてよろしくね! ヤミお姉ちゃん、真白先輩♪」

 

 彼女の言葉に2人は顔を見合わせ、そして頷いた。2人を知らない者が見れば唯無表情に顔を見合っただけの様にも見えるだろう。だが2人を知る者達が集まっているからこそ、2人が嬉しそうに笑っている事に気付く事が出来た。

 

「……真白」

 

「?」

 

「私は今日、自分でも頑張ったと思います」

 

「……ん」

 

「ですから、ご褒美が欲しいです」

 

 ヤミの言葉を聞いて保健室に居た殆どの者が驚かずにはいられなかった。中にはメアを始め数人が面白そうにその光景を見ており、言われた真白は少し黙った後に頷いてヤミに近づき始める。彼女へのご褒美を考えた時、真白の中で浮かんだのは今日お願いされた行為であった。実はあの時真白は了承したのだが、それが引き金となった為に中断されてしまった行為。ゆっくりと顔を同じ高さに合わせ、頬に両手を添えて顔を近づける。……そして、2人の唇は重なり合った。

 

「んっ」

 

「ん! ま、しろ……!」

 

「!?」

 

 自らの唇に触れる柔らかく暖かいその感触を前に、ヤミは抑えが効かなくなったかの様に自らの手で真白を抱きしめて舌を伸ばした。ララにも御門にもされていない情熱的な舌を絡め合う口付けをされて真白が目を見開く中、ゆっくりと満足した様に口を話したヤミは口元に残る唾液を拭う。

 

「今はこれで満足です。……ですが、何時かこれ以上もして貰います。覚悟して置いて下さい」

 

「……」

 

「な、ななな、何やってんだ2人とも!」

 

 ヤミの行動に驚いて若干放心状態になる真白を前に、ナナが指を差しながら声を上げる。途端に保健室の中は騒がしくなり、先程まで戦いが繰り広げられていたのが嘘の様に平和な時間が戻って来るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘗てメアと共に立っていた彩南町を見渡せる建物の屋上で、浴衣姿のネメシスは遥か遠くから彩南高校の保健室にいる真白達の姿を眺めていた。

 

「なるほど。ダークネスを染めるには至らずとも、その光は影響を与えたか。そして金色の闇その者を強くした。……認めざる負えないな、心の存在を。いや、この場合は()と言うべきか?」

 

 1人誰も居ない場所でそう呟いた彼女は視線を空へ向ける。僅かに太陽が沈む夕日となり始めている茜色の空はとても美しく、ネメシスはそれを眺めて笑う。

 

「メアも離れて大事な下僕が1人減った。あぁ……本当に面白い。この世界は、彩南(この町)は」

 

 それを最後にネメシスは黒い霧となって姿を消してしまい、屋上には誰も居なくなるのだった。



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第115話 ヤミの警戒包囲網。ルンの危険な思想

 朝を迎えた結城家で真白は微かに聞こえる呻き声に目を覚ます。その声の正体はモモであり、何故か彼女は真白の部屋で金色の髪に両手足を拘束されて口も塞がれていた。……真白は知らないが、起床したモモは真白が起きる前に布団へ潜り込んでその身体を堪能するのが日課であった。普段は真白が起きる前に満足して去っていたモモだが、今日は今まで通りに行かなかった。

 

「起こしてしまいましたか」

 

「……?」

 

「んんっ! んんんんっ!」

 

「侵入者が居たので捕まえて置きました」

 

 突然布団に潜り込もうとしたモモは同じ理由でやって来たヤミによって捕まってしまったのだ。目の前の光景に少しの間理解出来ず、首を傾げた真白はやがてヤミへモモを解放する様に言う。それを聞いて少し納得いかない様子でヤミは渋々モモを解放した。何とか解放されたモモは荒い息を吐きながら床に座り込んだ。

 

「はぁ……はぁ……酷い目に遭ったわ。まさかヤミさんが来るなんて」

 

「真白にえっちぃ事はさせません」

 

「くっ。なら何故ヤミさんはここに来たんですか!? シア姉様なら普段自分で起きていますし、起こしに来る必要は無い筈です!」

 

 モモの言葉に強い目で告げるヤミ。そんな彼女を前に悔しそうな顔をしたモモは立ち上がってヤミを問い詰めた。真白は普段から目覚まし時計で寝坊する事無く起床出来ている為、誰かが起こしに来る必要が無いのだ。故にヤミの目的を知らないモモが質問した時、彼女は堂々と答えた。

 

「私はしても良いからです」

 

「横暴です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美柑と共に朝食を作り終え、全員で食事を開始した真白は左右をララとヤミに挟まれて無表情のままジャムを塗ったパンを齧る。

 

「はい、真白! あーん!」

 

「此方もどうぞ」

 

「……」

 

 2人に挟まれていた真白は2人から差し出される野菜や果物を前に何も言わず、差し出された順番に食べ始める。前々からララに餌付けされるかの様に食べさせられる光景は見て来た美柑だが、今まで黙ってジト目を向けていたヤミが行動を移す姿を前にリトへ声を掛けた。

 

「何かヤミさん、変わったよね。前は何て言うか……嫉妬深い妹みたいだったのに」

 

「ははっ……だな」

 

 美柑の言葉を聞いてリトは改めて真白とヤミの姿を見る。前も距離が近かった2人だが、美柑の言葉を聞いてからその姿を見れば彼にもその違いが少しだけ分かった。今までは距離が近い家族の2人だった。だが今目の前に居る2人は……ヤミは更に近くなろうとしている。唯の家族じゃ無い、それ以上の何かになろうとしている様に見えるのだ。リトは頬を掻きながら苦笑いを浮かべ、美柑の言葉に頷いて答えた。

 

「そろそろ支度しないと遅れるぜ?」

 

 最後の一口を飲み込んで手を叩きながら告げたナナの言葉に全員が時計を見る。まだ余裕は多少あるが、普段朝食を食べ終えている時間は既に過ぎていた。故にそれぞれ食べ終えると真白は洗い物を、美柑は片づけを始めて他の面々は着替えや荷物を取る為に部屋へ戻る。そして全員が集合した後、大人数で結城家を後にした。道中で小学校へ向かう為に美柑と別れ、彩南高校近くで春菜達や唯と合流した真白達。御門やティアーユも加わり、一番賑やかに登校する彼女達の姿を既に登校していたメアは屋上から眺める。

 

「素敵……真白先輩の周りは何時も楽しそう」

 

「そう言うお前も楽しそうだぞ、メア」

 

「あ、ネメちゃん!」

 

 笑顔でその光景を見ていたメアが呟いた時、他に誰も居なかった屋上にネメシスの姿が現れる。彼女も同じ様に真白達の姿を眺めており、メアはそんな彼女の横顔を見て笑顔で口を開いた。

 

「ネメちゃんも楽しそうだよ?」

 

「ふっ、そうだな。存外、私も光に当てられた身なのかもしれんな」

 

「? どう言う意味?」

 

「何でも無いさ」

 

 メアの言葉に笑いながら答え、呟いたネメシス。だがメアはその意味が詳しく分からなかった故に首を傾げ、ネメシスは三度笑ってその場所から消えようとする。しかしその身体が完全に消えるよりも前に、メアがその腕を掴んで引き止めた。

 

「ネメちゃん、何処にも行かないよね?」

 

「……安心しろ。私はお前たち姉妹を何時でも見守っている。それに、光を諦めたつもりも無いからな」

 

 それを最後に今度こそ姿を消したネメシス。だが彼女の言葉を信じたメアは笑顔を絶やさず、校舎の中へ入って行く真白たちの姿を見た後に自らも校舎内へ戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままではシア姉様の身体を堪能する時間が……」

 

 昼休みを迎えた時、モモは朝の出来事を思い出して頭を抱える。寝ている真白の身体を堪能するのは彼女にとってその日一日の動力源を確保していると言っても過言では無かった。だが今日、モモはヤミの妨害によってそれを阻止されてしまった。そしてそれは今回だけでは無いだろう。何か手を打つ必要があると考えるモモの険しい表情にナナが首を傾げた時、同じくそれを見ていたメアはモモに気付かれない様にしてその頭の中を知る。

 

「へぇ~、ヤミお姉ちゃん。大分積極的になったんだ……なら私も!」

 

「? メア、何処行くんだ?」

 

「まだ休み時間もあるし、真白先輩のところにでも行こっかなぁって思って」

 

「シア姉の? なら、あたしも行く」

 

 悩むモモを置いて2人は真白が居るであろう2年A組へ向かった。だがそこに真白の姿は無く、校舎の中を歩き回った2人は廊下の一角で珍しく登校していたルンと会話をする真白の姿を見つける。今までと変わらず傍にはヤミの姿もあり、メアはそれに気付くと突然駆け出した。ナナの制止の声が廊下に響く中、真白の身体へ飛びついたメア。勢いが強かった為に真白の身体はよろめき、傍に居たルンがそれを支えようとして3人は転倒する。そしてそれと同時にメアの髪が偶然にも真白とルンを繋げてしまった。

 

 もう何度目かになる精神世界に入った真白は今までとは大きく違う何かに気付いた。それは一言で言えば……邪な感情。振り返った時、そこには4人のルンが徐々に両手の指を動かしながら近づいて来る姿があった。

 

『ペロペロしたい』

『ハグハグしたい』

『ワシワシしたい』

『チュッチュしたい』

 

「……!?」

 

 思わず1歩後ろに下がってしまった真白だが、それを見た瞬間に4人のルンは一斉に真白へ飛び掛かった。精神世界故か着ているものは何も無く、ルンに捕まった真白はそれぞれが抱く欲望の餌食となってしまう。耳を舐められ、身体を抱かれ、両胸を揉みし抱かれて、腹部や首筋にキスを落とされる。それは余りにも強い意思故に真白は振り解く事も出来なかった。

 

「ん! ぃ、ぁ! んぁ!」

 

『あ、何か凄い事になってる!』

 

「ひぅ! め、ぁ……」

 

『御免ね真白先輩! 今戻してあげる!』

 

 響き渡るメアの声を聞き、真白が助けを呼ぶ様に弱々しく声を出す。メアはそれを聞いて真白とルンを現実世界へ素早く戻し、横になっていた2人は身体を起こした。真白はされた事を覚えていた為に安心した様子で息を吐いたが、ルンは覚えて居ないのか目を覚ましても寝ぼけた様子で首を傾げるだけであった。

 

「シア姉、大丈夫か? おいメア!」

 

「ごめんってば! にしても、ルン先輩の潜在意識って結構やばいかも」

 

「え? え? 何で真白ちゃん、私から離れるの!?」

 

「一体、何があったんですか……?」

 

 心配するナナが差し出した手をとって真白は立ち上がり、メアは真白と共にルンの内に秘める意識を知ったが為に思わず引いてしまう。一瞬とは言え被害にあった為、真白も思わず距離を取ってしまい、訳が分からないルンの焦りを前にヤミは只管何があったのか気になるのだった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第116話 丁度良い関係

【5話】完成。本日より5日間、投稿致します。


 真白は1人、公園のベンチでとある人物を待っていた。公園の一角には屋台があり、僅かな人で賑わっている。そして真白の待ち人は現在、その中で順番待ちをしていた。やがて無事に購入出来た様子で両手にクレープを持って真白へ近づいて来たその人物は、両方を一度見てから真白へ片方を差し出す。

 

「こっちが三夢音の分だ」

 

「ん……ありがとう」

 

「これはお礼なんだ。気にするな」

 

 受け取った真白の言葉に首を横に振りながら僅かに笑い、真白の座るベンチに隣り合う様にして座ったのは凛であった。数日前のモモが真白に接触している人物を調べていた日、真白は凛に誘われたのだ。『今度互いに時間が空いた時、お礼をさせて欲しい』と。今日がその日であり、故に真白は凛と共に行動していた。

 

「今日1日、何でも言ってくれ。可能な限り叶えよう」

 

「……大げさ」

 

「命を救われたんだ。大げさ何かじゃない。それに……」

 

「?」

 

 何かを言い掛ける凛の姿に真白は首を傾げるが、彼女は「何でも無い」と続けてクレープを食べ始める。真白もその姿に持っていたクレープを齧り、その甘さに僅か乍ら頬が緩んだ……様に凛には見えた。彼女は真白に命を救われた事への感謝と共に、自分の為に命を張った真白の心に戸惑い続けていた。過去に何度か沙姫経由で出会う事はあれど、お世辞にも仲が良かったとは言えない。そもそも最初は敵意すら抱いていた訳であり、唯一穏やかな気持ちで過ごしたのは美柑を助けたお礼の際に共にした昼食ぐらいだろう。故に凛は理解出来なかった。たったそれだけの時間を過ごした友達とも知り合いとも言える間柄の相手に命を張った真白が。

 

「最後にお前の傍に居る少女……ヤミちゃん、だったか? あの子に鯛焼きのお土産を用意する事はもう決めている。彼女が鯛焼き好きなのはそこそこ有名だからな。だが三夢音が好きな物は『甘い物』としか分からなかった。だからこの後は適当に町を歩こうと思うんだが、良いか?」

 

「……分かった」

 

 だからこそ、凛は知りたいと思った。真白が自分に命を張った理由を。そして昔の敵意でも、今までの警戒でも無い、自分の中に感じる不思議な感情を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続いて2人が食べる事にしたのは団子であった。ある人物が好物としている団子だが、そんな事を知る由も無い2人はクレープよりも控えめな甘さに舌鼓を打ちながら目的を決めずに次のお店へ向かい始める。その道中、迷子になった子供を見つけて母親を探したり等もした2人。徐々に空が色を変え始める中、凛は真白と顔を合わせた。

 

「流石に色々食べたな」

 

「ん……満足」

 

 最初のクレープを始め、団子やアイス。他にも趣向を変えてコロッケなど沢山の物を食べた真白は凛の言葉に頷いて答えた。そして最初に凛が告げた通り、鯛焼きを買いに行こうとした2人は突然聞こえて来た声に視線を向ける。それは女性の声であり、悲痛な叫びでもあった。

 

「引ったくりよ!」

 

「! 三夢音!」

 

「ん……」

 

 2人に見えたのは杖を持ったお婆さんが転び、その少し前に鞄を持ったモヒカン頭の男が走っている姿であった。言葉の通りならば、今目の前で起きているのは犯罪行為。それを黙って見過ごせる凛では無く、彼女の言葉に真白も頷いて走り始める。宇宙人である真白はその速度が尋常では無く、瞬く間に男の目の前に姿を現した。

 

「な、何だお前! 邪魔するな!」

 

「……」

 

「少し借りるぞ」

 

「へ?」

 

 突然現れた真白の姿に驚く男。そんな彼の元へ走り続ける凛は、お婆さんの落とした杖を借りて男の元へ。退かない真白を前に焦っていた男は強行突破しようとするが、足を前に進めた瞬間に片足を杖の曲がった部分で引掛けられて転倒する。そして空かさずその上に乗って鞄を奪い返した凛を前に、周りで見ていた者達は数秒呆気に取られた後に拍手を始める。誰もが完全に終わりだと思っていた。……だが、捕まった男は自暴自棄になった様子で暴れ始める。そしてそれはいくら鍛えているとしても、女性である凛を退けるのに十分であった。

 

「こ、のっ!」

 

「っ!」

 

 転んだ凛を前に気付けば男はナイフを取り出し、翳していた。再び悲鳴が聞こえる中、突然の事で驚き反応出来なかった凛は咄嗟に目を瞑る。が、何時まで経っても痛みが来ない事で恐る恐る目を開けた。ナイフは振り下ろされていたが、凛にその凶刃が触れる前に止められている光景がそこにはあった。横から伸びた真白が男の肩と腕を掴んでいた為に。

 

「……」

 

「ひっ! ぐぇ!」

 

 無表情に見つめる真白の姿を前に怯えた様子で声を上げた男は、身体を持ちあげられた後に地面へ叩きつけられた事で無様な声を漏らす。ナイフは地面転がって男の手から離れ、男自身も強い衝撃に意識を失い、完全に無力化された。すると、真白は男の事は気にせずに凛の傍へ駆け寄る。

 

「……怪我……無い?」

 

「あ、あぁ。っ!」

 

 心配する真白の姿に少しばかり呆気に取られながら頷いた凛は、立ち上がろうとして顔を歪める。見た目は何とも無いが、その右足は押し退けられた際に捻ってしまった様だ。隠そうとした凛だが、一瞬だけ顔を歪めたのを見逃さなかった真白は徐にその手を取ると、自分よりも大きな身体を背に担ぎ始める。

 

「お、おい!?」

 

「……平気」

 

 横で無事に手元へ戻った鞄を持ったお婆さんがお礼を言うのを横目に、真白はその場を離れて凛に家の場所を質問した。今の状況に困惑しながらも凛は諦めた様に家の案内を始めると、揺られながら自分の目の前に映る薄銀色の髪を眺める。

 

「また、助けられてしまったな」

 

「……気にしない」

 

「お前はそうかも知れないが……。三夢音。1つ、聞きたい事がある」

 

「?」

 

 凛の言葉に歩みは止めず、顔を僅かに振り返らせた真白。真っ赤な片目と凛は目を合わせ、意を決して言葉を続けた。

 

「お前は……どうして私を助けた。あの時、場合によってはお前の身も危なかった筈だ。なのに、何故だ?」

 

「……」

 

 その質問を受けた真白は足を止めて顔を前に向け、何も答えずに黙ってしまう。それが考えている様にも見えた凛は彼女が喋るまで待ち続け、やがて真白は凛に見えない位置で閉じていた目を開いて答え始めた。

 

「……友達が……消えたら……笑えない」

 

「!」

 

「……凛が、消えたら……沙姫が。綾が……笑えない。……2人が笑えないと……皆、笑えない」

 

「そう、かもしれないな」

 

「……美柑を……助けてくれた……からじゃ、無い」

 

 真白の言葉を聞いて凛はハッとする。一番凛の中で納得出来る理由は美柑を助けたからと言う事であり、助けなかった場合はああはならなかったかも知れないと思わなかった訳では無かった。だが言葉にせずともそれを察された事に驚き、それと同時に凛は思わず無意識に質問する。

 

「私が消えた時、笑えない人達の中にお前は居るのか?」

 

「ん……友達、だから」

 

 その言葉を最後に真白は再び歩き始める。そして凛の家に到着するまで2人が会話をする事は無く、家の中に入って手当を施し終えた右足首を見ながら凛は空を見上げた。既に夕方から夜へと切り替わり始めており、真白は凛の視線を追って空を見た事で帰る為に立ち上がる。

 

「鯛焼き、買い忘れたな」

 

「……また、今度で……良い」

 

「! そう、だな。また今度、共に食べ歩きでもしよう」

 

 ふと思い出した鯛焼きの事を呟いた時、真白の言葉を受けて凛は驚きながらも約束をする。そして真白が家を出た後、1人残った凛は小さな溜息を吐いた。

 

「友達か……案外、私達の関係はそれで丁度良いのかも知れないな」

 

 嘗て敵視していた相手との新たな距離感を思い、凛は静かに呟いて微笑むのだった。



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第117話 デビルーク王妃の来訪【前編】

 ある日の事、才培の元でアシスタントとして仕事をして居るザスティンが結城家へとやって来た事でリビングには見慣れぬ3人の姿があった。彼の部下であるブワッツとマウルが真白の淹れたお茶を頂いて居る中、ザスティンは同じ様に飲んでいたお茶をテーブルに置くと口を開いた。

 

「実は本日此方へ赴いたのには他にも理由があります」

 

「パパからのお小遣いを持って来ただけじゃないの?」

 

「はい。もう1つ、大事な事をお伝えしなければなりません」

 

 気付けばお茶を同じ様にテーブルへ置いてサングラスで見えない目や強面な表情を真剣に見せる部下の2人。代表する様にザスティンが業とらしく咳払いを行うと、真白に一度視線を向けた後にララと彼女の左右に座るモモ、ナナの2人に告げる。

 

「デビルーク星の王妃、セフィ・ミカエラ・デビルーク様が数日後。この地球(ほし)に来訪する予定です」

 

「母上がか!?」

 

「それはまた、どうして突然……?」

 

「目的は家出をしたまま地球に滞在する事になったララ様達の様子を確認する事。……そして、真白殿。いえ、シンシア・アンジュ・エンジェイド殿との再会です」

 

「!」

 

 ザスティンの言葉に僅かに肩を揺らした真白の姿をジッと聞いていたヤミや美柑は見逃さなかった。既に真白の過去を知っている為、真白にとってララ達の母親は仇の妻と言う事になるのだろう。一体どの様な人物なのかは知らない故に、2人だけでなくララ達も真白を心配する。

 

「そもそも真白殿が地球に居ると聞いたセフィ様はデビルーク星を飛び出す勢いでした。ですがセフィ様は政治の苦手な王に変わって仕事をする多忙な身。ようやく時間を作った(・・・・・・)との事です」

 

 その説明からララ達の母親であるセフィがどれだけ真白に会いたがっていたのかを強く理解出来た面々。だが真白に会う気があるかがまた1つの問題でもあり、ザスティンは椅子から立ち上がると、頭を下げ始める。彼の行動を見て慌てた様にブワッツとマウルも立ち上がって頭を下げた。

 

「真白殿。どうか、セフィ様と会って頂けないでしょうか。お願い致します」

 

「真白! 私からもお願い!」

 

「お母様はずっと、シア姉様の身を案じておりました。私からも、お願いします」

 

「シア姉! 頼む!」

 

「……」

 

 ザスティンやララ達の言葉を聞いて、真白は僅かに顔を俯かせて目を閉じる。今、彼女の中では壮絶な葛藤が生まれているのだろう。話を聞いていた美柑が声を掛けようとするが、それをリトが肩に手を置いた後に首を横に振って止める。全ては真白に決めさせる為に。……そして長くも感じる沈黙を破る様に、真白は顔を上げて答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。ザスティンの告げた通りララ達の母親であるデビルークの王妃、セフィ・ミカエラ・デビルークは地球へ来訪した。その顔をヴェールで隠し、だがその身体は町を歩けば通りすがる男達を魅了する。周りを囲む様にザスティンを含んだタキシード姿のデビルーク星人が護衛しながら無事に結城家へと到着した時、ザスティンに玄関を開けられて入った先でララ達は笑顔でセフィを出迎える。

 

「ママ! 久しぶり!」

 

「お久しぶりです、お母さま」

 

「母上!」

 

「ララ、モモ、ナナ。久しぶりね。元気そうで、安心したわ」

 

 3人の出迎えにヴェールの向こうで微笑みを浮かべながらセフィは告げると、彼女達の後ろに立つリトと美柑の姿に気付いた。既にザスティン経由でララ達がどの様な生活を行っているか知っていたセフィは1歩前に出ると、見目麗しい姿をそのままに優雅にお辞儀をする。それを見て2人も慌て乍らお辞儀を返した。

 

「娘達が何時もお世話になっております」

 

「い、いえ。此方こそララ達のお蔭で賑やかに過ごさせて貰ってます!」

 

「本当はもっと早くご挨拶するべきだったのですが、申し訳ありません」

 

「いえいえ! 普段お忙しいってララさん達から聞いてますから!」

 

 似た様に焦りながら答える2人の姿に微笑みながらセフィがお礼を告げれば、不思議と2人は暖かい気持ちに包まれる。そして挨拶は終わり、セフィは周囲を見回した。未だ玄関を入ったばかりの廊下であり、この場に居たのはザスティンを入れて6人。セフィは訪問した理由である真白の姿を聞こうとする。だがそれを言うよりも先に、モモが1歩前に出て口を開いた。

 

「お母さま。あの扉の向こうに、いらっしゃいます」

 

「! そうですか」

 

「あたし達はここで待ってる。1人シア姉の家族が一緒に居るけど、悪い奴じゃないから安心してくれ!」

 

「! なら私も」

 

「ザスティンはここに残る事!」

 

「しかし」

 

≪ザスティン!≫

 

「しょ、承知しました!」

 

 モモの言葉でリビングへ続く扉を凝視するセフィ。ナナがそれに続けた時、誰か分かったザスティンはセフィに着いて行こうとする。だがララに残る様に言われ、渋った彼は3人から同時に言われた事で思わず感じた強い威厳に敬礼しながら了承した。そして全員がセフィに視線を向ければ、既に彼女は扉の前に立っていた。

 

「すぅ……はぁ……行きます」

 

 大きな深呼吸をしてリビングへの扉にセフィは手を掛ける。そしてゆっくりその扉を開いた時、その向こうには幼き頃ララ達と遊んでいた少女と面影の重なる者の姿がそこにはあった。邪魔にならない様に配慮してか、少し離れた位置で座っているヤミの姿もあるが、目の前に立つ者の姿を前にセフィは他の何も気に出来なかった。

 

「……あぁ。本当に、シンシアちゃんなのね?」

 

「……」

 

 ヴェールの向こうで震えた声を出しながらセフィが質問した時、静かに頷いて肯定する真白を前にそのヴェールの下から水滴が落ちる。するとセフィは徐にヴェールを手にとり、それを剥がした。晒された顔はとても美しく、ヤミが思わずその姿に呆然としてしまう程。だが真白は唯ジッとその姿を見つめるのみであり、セフィはゆっくり歩き始めると真白の前に立ってその身体を抱きしめる。

 

「ごめんなさい、私達のせいで辛い目に遭わせて。……ありがとう、生きて居てくれて」

 

 そう言って更に強く抱きしめるセフィの身体を真白は少し考えた後、優しく抱きしめ返す。廊下からザスティン・ナナ・モモ・ララの順にその背に乗りながら扉を僅かに開けてその姿を眺めていた4人は、抱き合う2人の姿に涙を流す。ザスティンに至っては床が濡れる程であり、リトと美柑はそんな姿に顔を見合わせて笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、半日しか居られないのですか?」

 

「えぇ。何とか自由に行動出来る時間は作れたけれど、それが限界だったの。だから今日の夜には迎えに来る母船でデビルーク星に帰る予定よ」

 

「うぅ、仕方ないか。そんじゃ、今の内に!」

 

「ふふ、何時まで経っても甘えんぼさんね、ナナは」

 

 再会を終えてリビングに集まった全員は、和やかな時間を過ごしていた。再びセフィはヴェールで顔を隠しており、最初それを見たリトは気になって質問。そこでリトと美柑はセフィがデビルーク星人では無く、チャーム人(・・・・・)である事を知る。それは宇宙でそれ以上に無い程の美貌を持ち、男性であれば種族問わずに魅了してしまう少数民族。ララ達がデビルーク星人とチャーム人のハーフである事実を知り、モモの植物、ナナの動物とそれぞれ意思疎通が出来る原因もその力がデビルークの血と混ざって変化した故である事実も知らされる。因みにララは容姿はセフィの、能力はギドの血を濃く継いだとの事であった。

 

「そうだ母上! 皆で一緒に風呂入ろうぜ!」

 

 ナナの提案にララとモモが賛同し、美柑も誘われる。突然の様に真白も含まれており、彼女が参加すればヤミの参加も確定。リトとザスティンは男性と言う理由で除け者にされてしまい、彼らを置いてとんとん拍子で話は進んで行く。6人が入れる程結城家のお風呂は広く無く、美柑がそれを言えばナナが胸を叩いて「任せろ!」と告げるのだった。



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第118話 デビルーク王妃の来訪【後編】

 そこはナナの飼っている宇宙動物達が過ごす電脳サファリと呼ばれる場所。ナナ曰く温泉が好きな動物達の為にララへお願いをして作って貰った温泉がそこにはあり、リトとザスティンは当然としてセフィと真白以外の者達は湯船に浸かっていた。暖かく心地よい湯にヤミと並んで美柑が目を細めていた時、少し離れた場所でララとモモの戯れる声が聞こえ始める。美柑が視線を向けた先ではララがモモの胸を触っており、そんな光景をナナが悔しそうに眺める光景があった。

 

「ふん、デカけりゃ良いってもんじゃないからな!」

 

「あ、あはは……」

 

 僻みにも聞こえるナナの言葉に美柑は苦笑いをし乍ら、未だに温泉へ来ないセフィと真白を思い浮かべて岩場の向こうへ視線を向ける。普段から立場上、誰かにお風呂へ入る際に手伝いをして貰っていたセフィは自分だけで準備をするのが難しかった。そこでモモが手伝う為に声を上げようとしたが、それより先に動いたのは真白であった。愛娘達との時間と探していた真白との時間。何方もセフィにとっては天秤には掛けられない大事な時間であったが、真白の行動にララ達が譲った事でセフィのお願いする相手は決定。その際、ヤミは手伝われる事はあっても手伝いは出来ない為、先に入る様に言われたのである。

 

「……これで……良い?」

 

「えぇ。ありがとう、シンシア」

 

「……」

 

「そう、だったわね。貴女はもう、真白……なのよね」

 

「ん……」

 

 美柑が見つめた岩場の向こう側では、服を脱いでベールのみを付けたセフィがタオルだけを巻いた真白と話をしていた。セフィの言葉に真白は頷いて肯定すると、顔に掛かったヴェールを見つめる。セフィは女性だけになったこの状況でも顔のヴェールを外そうとはしなかった。それはこの電脳サファリにはナナの飼う宇宙動物達が住んでおり、チャーム人の効果は動物の雄にも作用する為である。

 

「……」

 

「……ふふ」

 

「?」

 

 自分を見つめる真白の姿にセフィは同じ様に見つめ返し、やがて口元を覆って上品に笑う。何に関して笑ったのかが分からなかった真白は首を傾げ、それを見てセフィは答える為に口を開いた。

 

「御免なさい。貴女が若い頃のセレナに良く似ていたものだから」

 

 その言葉に真白は目を見開いて驚いた。彼女にとってその名前は母親であり、だがそれだけの記憶しか無かった故に。幼い頃に父親を亡くした彼女だが、それより以前に母親は亡くなっていたのである。その理由が病死である、とだけ教えられた記憶があった真白。しかしそれ以上の事は幼かったシンシアには理解出来なかったのかも知れない。今なら分かる事も多いが、それを語れる人物は数少ないのである。

 

「……母は……どんな、人……だった?」

 

「そう、ね。……セレナは……彼女はとてもやんちゃな子だったわ」

 

 真白の質問に思い出すかの様に空を見上げながらセフィは答え、言葉を続ける。

 

「何時も前向きで明るくて、誰よりも早く行動して、何よりも困っている人を放って置けない優しい子だった」

 

「……」

 

「問題があれば何でも解決しようとして、出来ない事まで抱えようとしてはジルさんに心配されていたわ」

 

 懐かしむ様に語るセフィの言葉に真白は僅かに残る記憶を思い出す。白い靄が掛かった様で、母親であるセレナの顔も父親であるジルの顔も分からない。だが2人は互いにセフィとギドと一緒に笑い合っていた。ララ達3人に甘えられるセフィを前にシンシアは顔の見えないセレナの膝上に座り、ギドと肩を組んで陽気に過ごす男2人の姿に母親2人が互いの顔を見合って呆れた様に笑う。……そんな、幸せな光景。

 

「あの人は同じ星に住むデビルークの民の為、銀河最強になる事を決意した。でもその為に築いた屍の中に、エンジェイドの名とジルさんが含まれてしまった」

 

「……」

 

「私が謝ってもどうしようも無い事は分かっているわ。だけどそれでも……貴女達を巻き込んでしまって、御免なさい」

 

 そう言って頭を下げるセフィの姿に真白は無言のまま、セフィが眺めていた空へ視線を移す。最初に仇であるギドと再会した時、真白の中に湧いたのは怒りだけだった。だが以後の生活の中で理解した事実もある。……ララやセフィが今まで安全に過ごして来れたのは、デビルーク星の王が銀河最強である為。中には邪な心を持って近づく存在もおり、ララの婚約者候補の中にも紛れている事実はあるが、迂闊に手を出せる存在では無くなったのは彼のお蔭なのだろう。初めての友達とその妹達やセフィを守っていたのは間違い無く彼なのだ。そしてセフィは母親の、ギドは父親の親友でもあった。

 

「……」

 

「おーい! 母上~! シア姉! まだ入らないのか~?」

 

「流石に何時までも入っていては逆上せてしまいます!」

 

 自らの内にある感情が分からず黙り続ける真白と、そんな彼女見つめるセフィに突然掛かるナナとモモの声。そこで2人は温泉に入ろうとしていた事を思い出し、準備も殆ど終わっていた事に気付いた。真白は空から岩場の向こうを気にする様に視線を向けた後、セフィを見て静かに手を差し出す。真白の行動にセフィは心配そうにその姿を見つめ、だがララ達を余り待たせる訳にも行かない為にその手を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セフィが合流してからの温泉は先程よりもララ達が賑やかになり、真白は美柑と並んで静かにその光景を眺めていた。普段余り見せないナナの甘える姿。何かを見透かされる様に耳打ちされ、顔を真っ赤にするモモ。そして楽しくて楽しくて仕方が無いと言った様子で笑顔を絶やさないララ。普段地球に居る為に会えない母親との再会は3人にとって1秒も無駄にしたくない大事な時間であった。

 

「楽しそうだね、ララさん達」

 

「ん……」

 

「そうですね」

 

「……お母さん、か」

 

 ララ達3人に囲まれて優しい笑みを浮かべるセフィの姿を見て美柑は静かに呟いた。現在セフィは温泉に入っている間のみヴェールを外しており、その素顔が露わになっていた。美柑の中で母親と言えば、林檎以外に居ないだろう。普段は忙しい故に中々会えないが、それでも唯1人の存在である。

 

「真白~!」

 

 セフィとの戯れを止めて眺めていた真白の元へ近づき始めたララ。泳ぐ様に勢いを付けて近づいた為、真白はその身体を自らの身体で受け止める事になった。するとララは真白の身体に正面から抱き着いて自分の胸と真白の胸をくっ付け始める。

 

「う~ん! やっぱり真白のおっぱい、気持ち良いね!」

 

「んっ……そう」

 

 見ているだけでも恥ずかしい行為を恥ずかし気も無く行うララの姿に美柑は少しだけ顔を赤くしながらも目を反らそうとはしなかった。その理由が少し擽ったそうに身を捩る真白が居るからか、何かが羨ましいからなのか……その真意は本人にも分からない。一方、ヤミはララの行動を見て状況が状況故に引き剥がす訳にも行かず、対抗する様に真白の背後にピッタリくっつき始める。

 

「ママ! ママもやってみなよ! 気持ち良いよ!」

 

「えっと……」

 

 ララの提案に困った様子で真白を見るセフィ。真白も同じ様に視線を返し、やがてセフィはゆっくりと湯の中を移動しながら真白へ近づき始める。普段ララが良くやる行為だが、それを自分達の母親がやろうとしている事に思わず生唾を飲んだナナとモモ。ララが離れ、徐にセフィは両手を伸ばして真白の身体をヤミごと正面から抱きしめた。

 

「んっ、ふぅ……これは、確かに」

 

「気持ち良いでしょ?」

 

 真白の肌や感触を感じて少し驚きながらも止めるどころか僅かに抱擁を強くするセフィにララは笑顔で同意を求めると、今度はセフィを含めた3人を両手いっぱいに広げて抱きしめ始める。そして美柑に笑顔で視線を向けた。見られた美柑は何を言われずとも察する。「一緒にやろう!」と言われていると。

 

「その……し、失礼します!」

 

「ふふ。それじゃあ、私も」

 

「あ、ならあたしもやる!」

 

 美柑が意を決して混ざろうとすれば、眺めていたモモとナナも混ざる様に3人の元へ近づき始める。気付けば真白は5人に囲まれる様に抱き締められており、結局そのまましばらくの間広い温泉で6人は固まって過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セフィ様、母船からの迎えが参りました」

 

「もう、帰っちゃうの?」

 

 温泉から出て電脳サファリからも出た6人は結城家のリビングで時間を過ごしていた。だがリビングにやって来たザスティンの一言でセフィは立ち上がり、ララが寂しそうに声を掛ける。

 

「また時間を作ってここに来るわ。……これからも娘達の事、宜しくお願いします」

 

「は、はい!」

 

 ララに優しく告げたセフィはララ達がお世話になっている結城家の2人、リトと美柑に改めて頭を下げ乍らお願いをする。リトは未だに緊張した面持ちで答え、美柑もセフィの言葉に頷いて答えた。するとセフィはその光景を眺めていた真白へ視線を向ける。

 

「真白。何時か、心が許す時が来るのなら。デビルーク星へ遊びにいらっしゃい。皆、喜ぶわ」

 

「……ん」

 

「ヤミちゃん。真白の事、守ってあげてね」

 

「言われずとも、真白は私が守ります」

 

 セフィの言葉に真白は頷いて答え、ヤミは言い切る様に答える。リトはセフィの言葉に一瞬違和感を感じて首を傾げるが、それが何なのか彼には分からなかった。そして彼が考える間にも別れの挨拶は続き、ナナとモモが並んでセフィと言葉を交わす。

 

「母上、今度は何時会える?」

 

「会おうと思えば何時でも会えるわ。私はデビルーク星に居るもの。でも、この町に残ると決めたんでしょ?」

 

「はい。友達も出来ましたし、やりたい事も沢山ありますから」

 

「そう。…………」

 

 モモの答えを聞いたセフィは徐に耳元へ口を近づけると、彼女にしか聞こえない声量で何かを告げる。モモは言われたその言葉に目を見開き、見ていた者達は全員何を言われたのか分からずに首を傾げる。やがてセフィはモモから離れると、全員にも聞こえる声で告げた。

 

「それが貴女にとって幸せと言えるなら、否定はしない。だけど本当にやる気なら、相応の覚悟をしなさい」

 

「!……はい」

 

 セフィの言葉に決意に満ちた眼差しで返事をしたモモ。それを最後にセフィはザスティンの元へ歩き始め、全員に見送られながらデビルーク星へと帰って行った。

 

 まだ終わらずともまた濃い1日を過ごした面々。リトが大きく脱力する中、モモは自室で1人考え込んでいた。

 

「あの徹底したハーレム否定派のお母様が否定しないなんて……何か目的がありそうだけど、これは大きな収穫だわ!」

 

 モモは嬉しそうに1人、部屋で言うと上機嫌で異空間の共有スペースへ足を進め始める。……こうしてデビルーク星の王妃、セフィ・ミカエラ・デビルークの来訪は無事に終わるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デビルーク星へ向かう母船にて。

 

「♪~♪」

 

「地球への来訪、実りある時間となった様ですね」

 

「えぇ。ずっと願っていたシンシアとの再会も出来て、娘達も元気そうで良かったわ。何より、新しい希望も出来たもの」

 

「希望、ですか?」

 

 上機嫌なセフィにデビルーク星へ着くまで護衛として乗って居たザスティンが声を掛ければ、嬉しそうに笑みを浮かべてセフィは答えた。そしてその答えにザスティンが聞き返した時、セフィはある人物との会話を思い出しながら窓の外に見える地球を眺めて答える。

 

 

『もし、もし私に何かあったら……シンシアの事、頼んだわよ!』

 

『不吉な事を言わないで。……ならもし私に何かあったら、娘達をお願いね』

 

『任せなさい! 1人でも4人でも、ジルとなら幸せにしてやるわ!』

 

 

「彼女との約束を果たせる希望。シンシアを。真白を改めて義娘に迎えられる希望よ」



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第119話 真白、チャーム熱に掛かる

 平日の朝。美柑は何時もの様に起きて朝食を作る為の準備をしようとしていた。だが普段なら同じ様に朝早く起きて一緒に準備をする筈の真白が何時まで経っても起きて来ない事で美柑は不思議に思いながらも1人で準備を進め続ける。今まで寝坊などした事の無い真白だが、彼女も絶対では無い。故にそんな事もあると考えて。しかしリトが起床しても、ララ達が起床しても真白は起きて来なかった。一緒の部屋に居るであろうヤミも起きて来ず、流石に心配し始めた美柑は真白の部屋へ向かう。……そして、リビングへ帰って来なかった。

 

「何かあったのか?」

 

「リトさん。セリーヌをお願いします。私が見てきます」

 

「お、おい! 大丈夫なのか?」

 

「私も行く!」

 

「いえ、お姉様たちは待っていてください。もし私も戻って来なかったら、その時は対処を」

 

 モモの言葉を受け、流石に只事では無いと嫌でも理解した面々。そして彼女が階段を上がって行く姿を心配そうに眺めていた4人は……焦った様子で降りて来るモモの姿に安堵し、ララ達を見て言い放った彼女の言葉を聞いて同時に困惑した。

 

「御門先生に連絡を! シア姉様が、シア姉様が……チャーム熱に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違い無くチャーム熱ね」

 

 まだ平日の朝早い時間だった為、御門は彩南高校へ出勤する前であった。真白が病気になったと聞いてティアーユと共に結城家へ訪れた彼女は診察を行い、リビングでその結果をリト達に報告する。現在ティアーユは真白の部屋に居り、その様子を心配そうに見守っていた。赤く染まる頬に苦しそうな呼吸。見た目普通の熱と変わらない様にも見えるが、それは宇宙人特有の病気であった。

 

「チャームってセフィさんと同じだよな? 一体どんな病気なんだ?」

 

「チャーム熱。本人自体は地球人が出す熱と変わらない症状なのですが、それに加えてチャーム人と似た様に周囲の人間の一部を魅了してしまう病気です」

 

「それで美柑とヤミは……あれ? でも確かチャーム人の効果は女性に聞かないってセフィさんが言ってた筈だけど」

 

「チャーム熱が齎すチャームの対象は少し特殊なのよ。誰彼構わず魅了するのではなく、元々好意のある相手の心を増幅させる形になるわ。だから別に好きでも無い相手であれば魅了もされない」

 

「ヤミは当然シア姉の事が好きだもんな。でも美柑もなったって事は……」

 

「美柑も真白の事が大好きって事だね!」

 

「そうなるわね」

 

 リトの質問にモモが説明を始め、湧き出た疑問に御門が答える。そしてナナとララの言葉に頷いて今現在真白の傍に居るであろう2人を思い浮かべた。

 

 心配そうに真白を見守るティアーユとは別に、真白の傍に寄り添い乍ら手を握って離さないヤミと美柑の姿が彼女の部屋にはあった。チャームに掛かった者を強引に引き剥がすのは心の崩壊に繋がる可能性があり、故に2人を部屋から連れ出す訳には行かない。今はまだ寄り添うだけの2人だが、今の状況が長く続けば何か行動する可能性もあり、ティアーユの心配はより大きくなった。

 

「取り敢えず、結城君は近づかない様に。男性の場合は恋愛感情が無くても強引に好意へ変換された上で増幅される可能性があるわ」

 

「私達はチャーム人の血を継いでいますから、耐性があります。ここは任せてください」

 

「何時もシア姉には世話になってばっかりだからな!」

 

「私達で看病してあげよう!」

 

「皆……分かった。真白の事、頼むぜ!」

 

 御門の注意を聞き、ララ達の言葉を受けて真白の看病を託したリト。彼の言葉に3人が同時に頷くが、そんな様子を見ていた御門は静かに口を開いた。

 

「意気込むのは良いけれど、貴方達はこれから学校よ?」

 

≪あ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保険の先生が学校に不在な事は決して珍しい事では無い。リト達が学校で過ごす間は御門が看病する事になり、彼女は真白の部屋で3人の様子を眺めていた。因みにティアーユは担任のクラスもある為休む訳に行かず、嫌がる彼女を御門は強引にリト達へ託す事で出勤させた。

 

「……」

 

「すぅ……すぅ……」

 

「ん……ましろ、さ……ん」

 

 現在真白は御門が与えた薬を飲んで眠りについており、ヤミと美柑も片側ずつ真白の腕を抱きながら眠りについていた。御門は自分がチャームによって魅了されない様に一時的な耐性を持てる薬を服用しており、魅了された2人が変な行動を起こさない様に部屋の中には不思議な香りのするお香の様なものが焚かれていた。その効果は眠気を誘うもので、自身が眠らない様に魅了と同じく対策は万全であった。

 

「この前来たって言う王妃様か、その護衛の誰かがウイルスを持って来たのかしら?」

 

 眠る3人を真白中心に眺めていた御門は1人考える。本来地球に無い病気を地球に居る者が発症する可能性は低い。確かに地球には隠れて沢山の宇宙人が住み着いているが、ここ数日の内に真白がチャーム熱を発症する為にウイルスを貰う原因として考えられるのは……先日やって来たセフィの来訪であった。当然彼女にその気も無ければ周りも自分達がウイルスを持っている等と思ってもいなかっただろう。王妃の護衛となれば、病気の対策も万全な筈。その上で真白が掛かってしまったのは不幸としか言い様が無かった。

 

「ん……りょ、う……こ」

 

「起きたのね。気分はどうかしら?」

 

「……」

 

 ふと静かに目を開けた真白は微睡みながらも自分を見る御門の姿に気付き、声を掛ける。ララが地球に現れた辺りから注意を受けて他の面々と同じ様に先生と呼んでいた真白だが、今だけは前の呼び方で彼女を呼んだ。気を付ける余裕も無いのだろう。御門は気にせずに近づいて額に手を当てると、それだけで真白の体温を計測する。

 

「まだ熱はあるわね。食欲はどう?」

 

「……無い」

 

「そう。でも食べなさい。用意して来るわ」

 

「……涼子……が……?」

 

「言っておくけど、貴女が居ない日は自分で作って食べてたのよ? 最近はお静ちゃんに頼りっきりだけれど、不味いものは作らないわ」

 

「……そう。……お願い」

 

 まだ朝食も食べていない真白だが、当然熱を出していた彼女は食欲を失っていた。だが弱った時こそ食事を取るべきとは良く言うものであり、御門は真白に言い切ると一度部屋を後にする。リトから家の中を軽く説明されており、冷蔵庫の中の物も自由に使って良いと予め了承を得ていた御門。病人が食べる食事として、彼女は無難に卵粥を作り始める。そして完成した後に真白の部屋に戻れば……そこにはとても官能的な光景が広がっていた。

 

「真白……はむっ」

 

「真白さん……ぺろっ」

 

「ん、ぁ……止め、て……」

 

「……はぁ」

 

 真白の両腕に抱き着いて居た2人が互いに片腕を抑えたまま、真白の耳や首筋を舐める。弱った真白に抵抗する力は無く、只管されるがままとなるその姿に御門は溜息をつくと、自分の大きな胸の谷間に手を突っ込んで小さな錠剤を取り出した。徐々に2人の攻めはエスカレートし続けており、御門が取り出す間に真白は上半身を脱がされて胸元に吸い付かれてしまっていた。そこで御門は取り出した錠剤を3人の上に掲げ、口と鼻を押さえ乍ら静かに告げる。

 

「真白、息を止めなさい」

 

「っ!」

 

 与えられる快感に全力で抗い、真白が息を止めると同時に御門は錠剤を指先で砕いた。途端に粉となったそれは3人の元に振りかかり、夢中で胸を堪能していた2人はそれを吸い込む。と同時にまるで事切れたかの様に静かに眠り始め、真白は目を見開きながらも御門を見る。彼女は卵粥の入った器を高い位置で持ったままベッドの脇から窓を開けると、軽く手で仰いで空気を入れ替えて始めた。

 

「……何……した、の?」

 

「安心しなさい。速攻の睡眠薬よ。嗅ぐだけで2,3時間は起きない特別製のね」

 

 少しの間を置いて呼吸を再開した真白からの質問に御門は答えると、2人に乗られて両手が動かせない真白の姿に仕方なくベッドの脇へ座る。そして片手で乱れた真白の服を軽く直すと、ようやく卵粥を食べる様に進めた。体制は横になったままの為、仕方なく真白は首だけを上げて食べるしか無かった。

 

「喉に詰まらせない様に気を付けなさい。はい、あーん」

 

「ぁ、む…………んっ。……美味しい」

 

「それは良かったわ。……後で前だけでも拭いた方が良いわね。唾液でベトベトみたいだもの」

 

「……」

 

 自分でする事が出来ない現状、真白は御門に頼るしか無かった。故に彼女の言葉に頷いて答え、それからゆっくりと卵粥を食べ続ける。その後無事に食べ終わった真白は御門に濡れた暖かいタオルで身体を拭いて貰い、再び眠りについたのだった。

 

 数時間後、まだヤミと美柑も眠る中でリト達が帰宅する。心配そうに状況を確認する彼らに御門は大丈夫である事を伝え、薬を飲ませる事や無理をさせない事を初めとした注意事項を説明した。流石に医者として放課後の診療所は空けられない為、御門はララ達へ真白をお願いして結城家を後にした。

 

「真白。気分はどう?」

 

「……少し……良く、なった」

 

「そっか。念の為明日も学校は休めよな?」

 

「皆さん、お見舞いに来たがっていました。病気が病気ですから、何とか堪えてもらいましたが」

 

「……そう」

 

 夜を迎え、御門に用意された薬を飲んで少し体調が良くなり始めた真白はララ達に学校での話を聞かされていた。幸いな事にチャーム熱は発症後、周辺へ移る心配が無い病気だった為に3人は普段通り真白と接していた。因みに御門曰く、チャーム熱でチャームに掛かった者も発症しないとの事であった。

 

「今日は寝てばかりだと思いますが、治すならそれが一番です。お休みなさい、シア姉様」

 

「お休み、シア姉」

 

「また明日ね、真白」

 

「ん……お休み」

 

 長く居続けては身体に障ると考え、モモは真白に告げて部屋を後にする。彼女に倣う様にナナも部屋を去り、ララも居なくなった後。真白の部屋には3人の寝息だけが聞こえ始めた。……そして更に数時間後、眠る真白を横に美柑が目を覚ます。御門は2,3時間眠る薬と告げていたが、それは何時も通り宇宙人相手での効果時間。地球人である美柑は半日ほど眠ってしまっていたのだ。同様にヤミも普通とは違う為、効果時間は違う様である。

 

「あれ……私……」

 

 目が覚めた美柑は余りにも長い睡眠から覚めた事で中々状況を理解出来なかった。だが冷静に考えようとし始めている事から、既にチャーム熱によるチャームの効果は消え去った様である。それはつまり、明日には真白も元気になれる証であった。

 

「確か起きて来ない真白さんを心配して……それで真白さんに襲い掛かってるヤミさんを見て……!?」

 

 徐々に理解し始めた美柑は急激に顔を赤くし始める。チャーム熱で魅了されていた時間は全て記憶に残っており、自分が真白に何をしたのかも……自分が真白をどう思っているのかも覚えていた。今はまだ眠り続ける真白だが、その姿を前に美柑は平静で居られず、飛び出す様に部屋を出て自分の部屋へ直行。ベッドに入って布団を頭から被り、籠り始める。

 

「(嘘、何で……真白さんは家族なのに。先生に言った様に、お姉ちゃんに近くて……)」

 

 顔から何から全てが熱く感じる中、美柑は必死に理解してしまった感情を否定しようとする。だが先程まで膨れ上がっていた感情は今も消える事無く燻り続けており、それが紛れも無い自分の思いである事もまた自身が一番理解出来る事であった。もう、否定のしようが無かった。

 

「私……真白さんの事、好き……なんだ……」

 

 無意識に認め、呟いたその言葉を聞く者は誰も居なかった。



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第120話 美柑の自覚。遠慮しない関係

 何時もの様に迎えた朝。結城家のキッチンでは体調の良くなった真白が美柑の起きる前に朝食の準備を始めていた。真白と共に起床したヤミはリビングのソファに座って何もせずに真白の姿を眺めており、水の音や調理器具の音だけがリビングには響き渡る。……そして普段美柑が起きて来る時間になった時、彼女は寝坊する事無く普段通りに起きてリビングに現れた。

 

「おはようございます、美柑」

 

「あ、おはよう。ヤミさん」

 

「もう真白は始めていますよ」

 

「う、うん。そう……だね……」

 

「?」

 

 真白がチャーム熱を直してから1日間を置いての今日。美柑はヤミの言葉を聞いてキッチンに立つ真白の姿を見る。何処か緊張している様にも見える美柑の姿にヤミが首を傾げる中、彼女は深呼吸すると「平常心。平常心」と呟きながらキッチンへ入った。そして何時もの様に、笑顔で真白に声を掛ける。

 

「お、おおおお、おはよう! ま、ましゅろしゃん! ……!?」

 

「……」

 

 急激に羞恥心で顔を赤くする美柑。どう見ても様子がおかしいその姿に真白が首を傾げ、自分と同じ様に体調が悪い可能性を考えて熱を測ろうとし始める。だが当然それは接触しなくてはならず、美柑は近づく真白から1歩離れた。そしてその事実に真白は驚いた様に目を開く。

 

「あ、朝ごはん作ろう! ね?」

 

「……ん」

 

 美柑はそう言って真白の横を素早く通過し、途中だった調理を再開する為に手を伸ばした。共に料理を作ろうとする姿は嫌いになった訳では無いと語るが、明らかに様子の可笑しい美柑の姿に真白は少し間を置いてから頷いて再開する。だがその後、2人の息は一向に合わなかった。ヤミも普段2人の姿を見ている為、その様子に気付く事が出来る。やがてリト達が起床し、各々普段通りの行動を行ってから迎えた朝食は……真っ黒な卵焼きやベーコンなどだった。

 

「え、えっと……まだ調子、悪いのか?」

 

「……」

 

「私がちょっと、失敗しちゃった……ごめん」

 

「気を落とさないでください。大丈夫ですよ」

 

「そうそう! ちょっと苦いけど、美味しいよ!」

 

「まぁ、そんな事もあるって! えっと、猿も柿の木から投げるだっけ?」

 

「諺と民話が混ざっています。……」

 

 申し訳なさそうに頭の後ろを押さえる美柑の姿にそれぞれがフォローする中、ヤミはナナの間違いを指摘しながら美柑の姿を見る。真っ黒なベーコンを口に入れて表情を歪めるその姿は、明らかに何かを抱えている様に彼女には見えた。だからこそ、彼女は友達であり愛する者の家族の為に行動する。

 

 結城家を全員で出て美柑と別れる地点に到着した時、離れる前にヤミが美柑へ他の誰にも聞こえない様に何かを告げる。少し驚いた様子ながらも頷いて了承した美柑は改めて全員に声を掛けて小学校へ向かい、ヤミは高校へ向かう全員と再び合流する。

 

「美柑と何話してたんだ?」

 

「内緒話です。なので答えられません……真白。美柑の事は私に任せてください」

 

「…………分かった」

 

 朝の様子を知るのは真白とヤミだけ。当然真白も気にしていたが、ヤミの言葉に親しいものだけが分かる不安げな表情で考えた後に頷いて了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後を迎えた時、真白は真っ直ぐ結城家へは帰らずにヤミと目を合わせる。何も言わず、だが頷いて返したヤミは正体を知られている為に隠すこともせずに窓から跳躍。あっと言う間に下駄箱へ到着し、そのまま飛び去って行った。珍しく帰ろうとしない真白の姿に唯やお静が声を掛ける中、ヤミは風を感じ乍ら真っ直ぐに結城家へ。やがて到着すると、玄関の前で固まる。

 

「……鍵を忘れましたね。仕方ありません」

 

 普段真白と共に帰る彼女は結城家の鍵を所持していなかった。それを思い出したヤミは扉の傍にある呼び出しボタンを押して中に居るであろう美柑を呼んだ。少しの間を置いて鍵が開けられ、美柑が顔を出した事でヤミは改めて帰宅。荷物を素早く置いた後、リビングで美柑とテーブルを挟んで向き合った。

 

「単刀直入に聞きます。美柑は真白の事が好きですか?」

 

「ふぇ? ……す、すす好きって! ヤミさん、何を……!」

 

「安心してください。真白は凡そ1時間程、帰って来ません。プリンセス達も真白が居れば学校に残ると思います。結城 リトは普段急いでは帰って来ませんので、聞かれる心配はありません」

 

 ヤミの質問に戸惑う美柑へ、まるで追撃するが如くヤミは状況を説明する。要はしばらく2人だけの為、遠慮なく話して欲しい。そう理解した美柑は火照った頬をそのままに誤魔化そうとする。……美柑には2つの不安があった。1つは家族だと思っていた相手への感情。もう1つは、ヤミが真白の事を好きだと分かっているが為の負い目。前者は許されない事だと思い、後者は単純にヤミと仲が悪くなる原因になると思わずにはいられないのだ。だが、今のヤミは美柑の本音を聞く為に逃げる事を許さない。

 

「もう1度聞きます、美柑。貴女は真白が好きですか? 当然私が聞いているのは親愛では無く恋愛です」

 

「わ、私は……その……」

 

 もう1度ヤミに問われ、美柑は必死に視線を右往左往させる。誤魔化す事も出来ない聞き方に考える美柑だが、真剣な表情で自分の答えを待つヤミの姿に彼女はやがて自白する様に頷いた。

 

「そうですか」

 

「で、でも私は結ばれたいとか思って無いからさ! 安心してヤミさん!」

 

「? 何故ですか?」

 

「へ? だ、だってヤミさん、真白さんの事が好きなんだよね? 私も好きなんて言ったらヤミさんの邪魔する事になっちゃうし……それに何より私と真白さんは家族だもん」

 

「……色々ありますが、大事な事を1つ。美柑が私に遠慮する必要はありません」

 

 美柑は自分の言葉に告げたヤミの一言を聞いて出来る限界まで目を見開きながら驚愕した。傍から見れば明らかに真白への独占欲がとても強いヤミが、自分の感情を許した事は美柑にとって戦慄しても可笑しく無い出来事であった。

 

「それに家族が理由なら、私も真白の家族です。ですがそんな理由(・・・・・)で諦めるつもりはありません。ですから美柑も、そんな事(・・・・)は気にしないでください」

 

「で、でも……ヤミさんは良いの? もしそれで私が真白さんと一緒になったりしたら……」

 

「美柑。それは捕らぬ狸の皮算用、です。私は決して譲る気等ありません。私は唯……私を理由に、家族を理由に逃げる友達を見たく無いだけです」

 

「!」

 

 ヤミの言葉を聞いて衝撃と共に僅かな衝動を感じ始めた美柑。自分の中で必死にその思いを否定し続けた言い訳が意味を成さなくなり、それと同時に今自分が恋敵(友達)から激励されている事を理解する。遠慮していた美柑へ必要無いと告げ、家族と言う問題をも『そんな事』で片づけるヤミ。美柑はそんな彼女の強さを改めて知ると共に嬉しく感じずにはいられなかった。……だからこそ、彼女の激励を受けて美柑は決意する。

 

「私、ヤミさん相手でも容赦しないよ?」

 

「望むところですよ、美柑」

 

 美柑の言葉に僅か乍ら微笑みながら返したヤミ。そして2人は同じ目標を持つ者同士で改めて会話を弾ませ始める。今まで以上に強い心の結びつきに近い何かを感じ乍ら、話す内容は……真白の事。気付けば2人は長い時間を掛けて語り合い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの味は忘れられません』

 

『真白さんとキス……っ!』

 

「……何か、盛り上がってますね」

 

 結城家の廊下には1人早めに帰宅していたモモがリビングで話す2人の姿を覗いていた。既に放課後を迎えて1時間近く経っており、もう少しすれば真白も帰宅する頃だろう。最初は美柑が真白と会うと緊張してしまう事についての解決案を考えるところから始まり、今ではヤミの語る真白との口付けを聞いて美柑が息を呑んでいた。

 

「まさかヤミさんが美柑さんを認めるなんて。でもこれはまた大きな進展です。何とか美柑さんの様に他の方々を認めさせる事が出来れば……!」

 

 1人意気込むモモは玄関越しに感じる人の気配に気付くと、素早く音を立てずに自室へ戻る。話に夢中だったヤミと美柑はモモが聞いていた事等知る由も無く、開いた玄関の音に顔を見合わせて頷き合った。

 

「平常心、平常心」

 

「無理に構える必要は無いと思います」

 

「う、うん」

 

 椅子から立ち上がって廊下へ続く扉の前で美柑は深呼吸を始め、ヤミが声を掛ける。やがて覚悟を決めた様に帰って来た者達を迎える為、美柑とヤミは廊下へ足を踏み出した。玄関に居たのは靴を脱ぐララと真白の2人。美柑達に気付いてララが笑顔で、真白が変わらぬ表情で視線を向けた時、美柑は何時も通りの。何時も以上の笑顔で出迎える。

 

「お帰り、真白さん(・・・・)! ララさん!」

 

「お帰りです、真白。プリンセス」

 

「ただいま!」

 

「ん……ただいま」

 

 その笑顔に朝の様な違和感も不自然さも無く、ララが元気良く返事をする横で真白も頷きながらヤミへ視線を送る。何も言わず静かに頷いた彼女の姿に、真白がそれ以上美柑へ不安を感じる事は無かった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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第121話 プール開き。リトと春菜

【10話】完成。本日より10日間、投稿致します。

※アンケートを追加しました。期限は今回の投稿期間中となります。ご協力お願い致します。


 昨年、真白と唯は学校のプールに入る事が出来なかった。その理由は明確になっておらず、故に今年のプールが2人にとって彩南高校で初めての水泳授業となる。使用禁止になった時に使っていたのは1-A。つまりリトやララ達のクラスである。

 

「結局、去年は何があったのよ?」

 

「私達も良く知らないんだよね~」

 

「そうそう! 突然ブワァ~! って竜巻が現れて……あれ、何だったんだろう?」

 

「……」

 

 何となく話しながらも予想はついていた。間違い無くあの頃転入して来たばかりのララが関わっているのは間違い無いと。だが彼女はプールを楽しみにしていた者の1人であった為、入れなくする理由が無い。……故に謎は謎のままである。同時刻、グラウンドで走るリトがくしゃみをしている事等誰も知る由も無かった。

 

 遊びに行く時に着る水着とは違う為、全員が一様に統一されたスクール水着を着用。多感な時期であると共に身体の成長が個人差はあれど著しい為、同じ水着を着ても全く違う少女達で更衣室の中は溢れる。そんな中、着替えを終えた真白は共に着替えをしていた唯・里紗・未央の3人と外へ。既に何人か着替え終えた生徒達が出ており、中にはララやヤミの姿もあった。

 

「あ、皆~!」

 

「おぉ~、ヤミヤミ似合ってる!」

 

「ララちぃは大分育ったねぇ~!」

 

「貴女達……破廉恥よ!」

 

「えぇ~? でも、一番破廉恥なのは古手川さんじゃ無い?」

 

「そうそう! 去年と今じゃ大分大きくなったよね。にしし……それっ!」

 

「ちょ、止めっ! ん、あぁ!」

 

 真白達に気付いたララが大きく手を振り、ヤミが何も言わずに真白を見つめる中で里紗と未央がやがて唯に襲い掛かり始める。背後から里紗に胸を揉まれて顔を真っ赤にし乍ら逃げようとする唯だが、2対1では勝てそうに無かった。

 

「真白。とても、似合ってます」

 

「……そう」

 

「いい、加減に……しなさい!」

 

「ちょっ!? うわぁ!」

 

「!」

 

 今までジッと真白を見つめていたヤミが褒める様に真白のスクール水着姿に感想を告げる。人によっては子供っぽいと言われている様にも感じる状況だが、ヤミにそんな悪意が無いのは明らかな為に真白は頷いて言葉を受け取った。すると唯が自分に群がる2人を振り払おうと力を入れ、それに押されて体勢を崩した里紗が真白の背にぶつかる。……そして2人はプールへ落下した。

 

「里紗! 真白! 大丈夫!?」

 

「……ぷはぁ! 私は大丈夫。真白は?」

 

「……平気」

 

 驚いて覗き込むララの声に少しの間を置いて水面から顔を出した里紗と真白。その後教師からふざけ過ぎない様に注意を受け、唯が謝れば調子に乗ったと里紗と未央も謝って事は収まった。……そして授業が始まる。前半は教師に指導を受け乍ら泳ぎ、後半になれば待ちに待った自由時間。優雅に泳ぐララ達を眺めながら、唯はビートバンを手に練習しようとする。その時、静かに彼女の元へ近づいたのは真白と春菜であった。

 

「……練習……手伝う」

 

「私も一緒に良いかな?」

 

「真白は以前付き合ってくれたから分かるけど、西連寺さんは良いの?」

 

「うん。今は皆、あっちで遊んでるから」

 

 そう言って春菜が見た先ではララや里紗達がお静やヤミを引き入れて遊んでいる光景があった。ヤミは真白と一緒に行動しようとしたが、捕まった様である。唯が視線を向ければ丁度お静が念力で水を浮かせている光景があり、それを突いて遊ぶ光景があった。

 

「何か、非常識にも気付けば慣れたわね」

 

「あ、あはは。でも楽しいよ。それに悪い事ばかりじゃ……!」

 

「?」

 

「西連寺さん?」

 

「な、何でも無いよ! ちょっと泳いで来るね!」

 

 現実離れした光景にビートバンへ身体を乗せ乍ら唯が呟いた時、春菜がそれに答える中で何かを思い出した様に顔を赤くし始める。突然様子が変わった事に2人が気付いて唯が声を掛けると、春菜は慌てた様子で両手を大きく左右に振りながら答えて逃げる様に潜って泳ぎながら離れてしまう。熱くなった顔を冷まそうとしている様にも見え、唯と真白はお互いを見合って首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……はっ!」

 

 放課後。結城家のリビングで真白と美柑はキッチンに並んで料理をしながらも、リビングのソファに座って徐々に顔を赤くしては首を横に振ってまた赤くして……を繰り返すリトの様子を伺っていた。何処か体調が悪いのとは違い、何かを思い出しては恥ずかしさに耐え切れず忘れようとしている様な姿に美柑はジト目でその光景を眺めながら口を開いた。

 

「最近あんなだけど、どうしたんだろ? 真白さん、分かる?」

 

「…………」

 

 美柑の言う通り、今のリトの様子は数日前から続いていた。学校でもあの調子であり、口には出さずとも心配していた美柑。だが彼女の言葉に真白は何か考える様に黙り続け、その様子に『何か思い当たる事がある』と察した美柑は視線を向けて動かしていた手も止める。現在はハンバーグを焼く前の捏ねる段階だった為、手を止めても何の問題も無かった。

 

「何か分かったの?」

 

「……多分……春菜」

 

「春菜さん? そう言えば遊びに行ったララさんに呼ばれて春菜さんの家に行ってからああなったかも。また何かやらかしたのかな?」

 

「……進展……?」

 

「進展って、リトが? へぇ~」

 

 プールで見た春菜の様子とリトの様子は違う様で似ている部分があった。可能性として考えるには十分であり、他に無い事から真白は2人の間に何かがあったと考える。それが何かは定かでは無く、また2人の関係に関して口を出すつもりもちょっかいを出すつもりも無い。美柑と同じく横から暖かい目で見守るつもりであった。

 

「あ、真白さん。今日、一緒に寝よ?」

 

「……」

 

 最近、リトと同じ様に美柑の様子が今までと違う気がするのは真白だけが感じる事であった。



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第122話 モモの不満。ネメシス、ストーカーになる?

 放課後。学校での時間を終えて帰宅したモモはリビングで寛ぐ美柑の姿を確認した。そして普段なら居る筈の真白とヤミが居ない事に気付き、首を傾げる。

 

「美柑さん、シア姉様とヤミさんは居ないのですか?」

 

「うん。さっき醤油が切れてるのが分かって2人で買い物に行ったよ」

 

 「私もついて行きたかったけどね」と続け乍ら、美柑は窓の外を眺める。現在彩南町の空には暗雲が広がっていた。庭にはまだ干してある洗濯物が存在しており、天気予報では降らないと言いつつも心配だった美柑は家に残る事にしたのだ。真白が居ると期待してやって来たリビングに居ないと分かり、モモは残念そうに溜息をついてソファに腰掛ける。

 

「モモさん、何かあった?」

 

「え?」

 

「何か最近、元気無いみたいだけど」

 

「そう、見えますか?」

 

 突然掛けられた声に驚いた様子で顔を上げたモモは美柑の言葉に聞き返し、頷かれたのを見て何と言葉にすれば良いのか迷い始める。最近、モモが元気が無いのは事実だった。そしてその理由が真白と触れ合う時間が減った事である事は、モモ自身が良く理解出来てもいた。朝の侵入を始め、何かを仕掛ければその尽くがヤミに妨害されてしまう様になった事でモモは大事な何かが失われた様な気分に陥っていたのだ。到頭美柑にまで心配される程に自分が弱っていたと知ったモモは突然立ち上がる。

 

「少し、顔を洗って来ます」

 

 そう言ってリビングを後にするモモの姿を心配そうに眺め、美柑は再び外へ見上げる。先程まで暗かった空は更に黒くなり、それと同時に振り始めていた雨が容赦無く洗濯物を庇う様に掛けられたビニールシートに降りかかっていた。それに気付いて焦りながら庭へ出た美柑は洗濯物が濡れる前に回収して一安心。それと同時に玄関の扉が開いた音に気付いて出迎えに行けば、そこにはビショビショに濡れた真白とヤミの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり傘は持って行くべきでしたね」

 

「ん……」

 

 濡れた服を選択籠に入れながら洗面所で話す真白とヤミ。切れた醤油を買いに行くだけだった為、素早く帰って来れると傘を持って行かなかった事が失敗となって濡れてしまった2人はシャワーを浴びる事にした。美柑が買って来た買い物袋の中に醤油と鯛焼きのセットがある事に頬を掻いている頃、生まれたままの姿になった2人は浴室へ足を進め始める。……そんな自分達の姿を床から眺めている者が居る事に2人が気付く事は無かった。何故ならそれは気配すら持たない物体と成り替わっていたのだから。

 

『ま、まさかこの前お姉様が作った試作段階の発明品がそのまま置いてあるなんて……!』

 

 それはスポンジ。数日前、ララが春菜と共にケーキ作りをしようとした際に作った発明品がその元凶であった。ケーキのスポンジを作る為に作られた発明品。だが何時も通りの失敗で出来上がったのは、乗せた物を身体を洗う時に使えるスポンジへ変えてしまうものだった。その日はリトが嫌な予感を感じた事でララからそれを取り上げてお風呂掃除を始め、そんな姿に春菜と進展して貰おうと近づいたモモが揶揄った末に彼をスポンジへと変えてしまった。その後は料理に失敗した2人がお風呂へ入る事になり、スポンジのままだった彼が大変な目にあったが……それはその日の話。

 

『こ、このままではこの前のリトさんと同じ目に……。? 寧ろチャンスなのでは?』

 

 小一時間で元の身体に戻ったリトは2人の目の前で戻ってしまい、様子を伺っていたモモを気にしたナナにも気付かれて一悶着あった故に発明者のララも被害者のリトも、加害者のモモも忘れていた。その発明品を片づける事を。故に顔を洗いに来たモモは元気が無かった事で周りがしっかりと見えて居らず、ちょっとした拍子にその機械の上に乗ってしまったのだ。モモは最初焦っていたが、徐々に理解し始める。あの時リトは春菜やララが身体を洗う為にスポンジとして使われた。そして今、それと同じ様な事が起きようとしていると。

 

『真白、スポンジがありません』

 

『……洗面所。……待ってて』

 

『! 来ます!』

 

 ガラスの扉越しに聞こえる2人の声にモモは緊張しながらも興奮した様子でその扉が開く光景を眺め続けた。開き切った扉から出て来たのは生まれたままの恰好をし乍らも少し濡れた真白の姿。彼女は少しだけ視線を彷徨わせ、やがて目の無いスポンジと目が合った。

 

「……あった」

 

『来たー!』

 

 動けない身体で飛び跳ね乍ら、真白の手に包まれたモモ(スポンジ)。そのまま暖まった浴室に連れて行かれ、始まるのはモモにとっての桃源郷だった。ヤミの身体を洗う際にも真白の手に握られ、真白自身は自分で洗う為か同じくその手に握られる。常に真白の手に握られ、後者の際には鼻さえあれば(鼻血)が溢れていた事だろう。二の腕に脇の下。胸の谷間に脇腹。太腿に脹脛。臀部に大事な所。その全てを本人に寄って擦りつけられたモモは今まで失っていた何かを急速に取り戻していく。寧ろ摂取し過ぎる程に。

 

 彼女には更に幸運な事があった。それはまだスポンジになってそれ程時間が経っていない事。リトはなってから少しの時間を置いてララと春菜の元へ連れていかれた。だがモモはスポンジになって間もなくこの状況に陥っている為、恐らく2人が出た後で元の姿に戻る事だろう。雨に濡れた身体を温めるのに30分も時間は要らない。真白の身体とヤミの身体を感じたモモはやがて2人が上がる姿をフワフワとした思考で眺めていた。そして少ししてから身体が光り始め、浴室には裸のモモが現れる。

 

「ぁ、はぁ~、しぁわせぇ~……」

 

 決して人には見せられない程に蕩け切った表情のモモは元に戻っても長い間その場所から動けなかった。

 

 その日の夜、途轍もなく機嫌の良いモモの姿にナナが引く中で心配していた美柑を始めとした面々は安心する事となった。が、何故彼女の元気が無かったのかを知る者は誰もいない。

 

『今後はヤミさんに気付かれずに接触する方法を考えましょう。計画も含め、漲ってきました!』

 

 そして彼女の企みを知る者もまた、1人もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、真白先輩はネメちゃんが何処に居るか知ってる?」

 

「……知らない」

 

「私も知りません。もう前の家には居ないのですか?」

 

「うん。最後に会ったのはあの日の翌日。それ以降は会って無いんだ」

 

 彩南高校にて、昼休みにメアと共に昼食を取る事になった真白とヤミは突然の質問に首を傾げながらも答える。どうやらダークネスの一件以降、袂を分かったメアとネメシスは一緒に過ごさなくなった様である。彼女自身もネメシスが何処に居るのかは分からず、心配する姿は嘗ての主だからか。友達だからか……恐らく後者なのだろう。まだヤミはネメシスへ対しての警戒を解けずにいるが、それでも無関心ではいられない。真白と共に彼女の事を色々知った故に。

 

「今、何処で何してるんだろう?」

 

『お前達と一緒に昼飯を食べているぞ』

 

≪!≫

 

 メアの言葉に突然響き渡った声。3人が周囲を見回し始めた時、真白が2人よりも早く自分の隣に黒い霧が集まり始めた事に気付いた。やがてそれが人の形になった時、ゆっくりと伸びた手が置いてあったお弁当の卵焼きを掴む。それは真白のお弁当であり、作ったのは美柑と真白。ゆっくりと取られたそれは完全に実体化したネメシスの口へと落ちていった。

 

「ネメちゃん!」

 

「神出鬼没、ですね」

 

「呼ばれたから出て来てやっただけだ。むっ、この卵焼き……上手いな」

 

 喜ぶメアと目を細めるヤミの姿に答えながらも咀嚼したネメシスは驚いた様子で真白へ視線を向ける。彼女が今まで地球で食べていた物の中で美味しいと思えた物は複数ある。その中に真白が作ったカレー等もあるが、彼女は確信していた。あの時の料理よりも間違い無く美味しいと。

 

「腕を上げた……訳では無い様だ」

 

「……美柑と……作ったから」

 

「美柑。結城 リトの妹だったな。なるほど、そいつと一緒の料理の方が上手い訳か。……」

 

「あげませんよ」

 

 味が向上している理由を知ったネメシスに見られたヤミはお弁当を守る様に髪を変化させて守りの体勢に入り始める。何処か微笑ましくも見える光景にネメシスが僅かに笑った時、一番彼女の事を気に掛けていたメアが身を乗り出してネメシスに声を掛けた。

 

「ねぇねぇ、ネメちゃんは今まで何処で何してたの?」

 

「そうだな。光を手にする為の準備、と言ったところか」

 

「! 今度は何をするつもりですか」

 

「そう構えるな、金色の闇」

 

「……」

 

 ネメシスの答えに細めた目から鋭い目へ変えたヤミが問うも、彼女が答える事は無かった。余裕綽々と再び真白のお弁当に手を伸ばし、今度は唐揚げを手にそれを口の中へ。徐々に無くなるお弁当を前に、真白は何も言わずにジッとその姿を見つめ続けていた。

 

「少々真白の周りを眺めていただけだ。お蔭で色々分かった。普段何処へ買い物に行くかや何が好物か。他にも誰とどう過ごし、どんな道を通るか。普段の生活を色々知れたぞ」

 

「ネメちゃん、それってストーカーって奴じゃ無いの?」

 

「ストーカー? 何だそれは」

 

 話を聞いていたメアが何となく言った言葉。だがそれは大きく的を射ており、ヤミと真白も同じ事を思っていた。しかし本人は言葉の意味を知らない様で、ネメシスから説明を受ける。そして全てを理解したネメシスは……立ち上がって真白へ告げた。

 

「なるほど。私は今、真白のストーカーになった訳か」

 

「ネメちゃん、ストーカーって良い事じゃ無いよ。寧ろ悪い事」

 

「何? そうなのか?」

 

 再び説明を受け始めるネメシス。そんな彼女の姿にヤミは少し馬鹿馬鹿しくなった様子で警戒を解いて昼食を再び食べ始める。確かに相手は危険な存在ではあるが、明らかに彼女が今この時何か害を成そうとはしていないと思った故に。真白は特に気にした様子も無く同じ様に少し減ってしまったお弁当へ箸を伸ばす。その後、ヤミのお弁当へちょっかいを出すネメシスの姿も交えながら4人は時間を過ごすのだった。

 

 

「あぁ、真白。私はしばらくお前の周りに居るつもりだ。だから油断するなよ。油断したら最後、今度こそお前を闇に染めてやろう」

 

「させません。真白は、私が守ります」

 

 

「ヤミお姉ちゃんはネメちゃんに夢中……なら今がチャンスだね♪ 真白先輩、あ~ん」

 

「? あむっ」



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第123話 内側からの侵食

 真白が目を開いた時、その視界に映ったのは何も無い真っ白な世界だった。明らかに現実では無いその場所。最後に行ったのが眠る事だった事もあり、真白はすぐに夢の中なのだと理解した。夢の中で夢であると理解出来る事は稀であり、真白はその事に首を傾げた。すると突然真っ白な世界に生まれる黒い霧。……それで全てを彼女は理解した。

 

「……ネメシス」

 

『ここは、私には眩しすぎるな』

 

 自分をここへ導いた少女、ネメシス。真白がその名を呼べば、見慣れた姿に実体化し乍ら彼女は呟いて周りを見回し始めた。だが少ししてその目は真白へ向けられ、真白もまた目で彼女に問い掛ける。何故自分をこの場所へ呼んだのか? と。

 

「言った筈だ。光を手にする為の準備をしていた、とな。今回はその予行演習の様なものだ」

 

「?」

 

「お前の周りには金色の闇を始め、私の邪魔になる者が多い。だから外からでは無く、中から攻める事にした。こんな風にな」

 

「!?」

 

 ネメシスの言葉に再び首を傾げた真白だが、突如ネメシスが手を伸ばすと同時に自分の周りに黒い霧が纏わり付き始めた事で驚いた様に周囲を見回した。そして嘗て料理の途中で襲って来たネメシスを退けた技を使おうと手を動かした時、目の前に居たネメシスの腕だけが霧の中から飛び出す。一瞬にして片腕を掴まれ、驚く間に反対の手を掴まれた事で真白は両手を万歳する様な体制にさせられてしまった。そして今度は顔だけが真白の目の前に現れる。

 

「既に聞いているだろうが、私はメアや金色の闇とは違う。元々は実体の無いダークマターを奴らが兵器として流用しようとした事で生まれた」

 

「! ぁ……」

 

変身能力(トランス)を知る事で実体化する術を得て、メアと共にお前達を探した。金色の闇を此方に引き込み、お前と言う光を手に入れる為に」

 

「ん、ぁ」

 

 語りながらもネメシスは黒い霧の中から手を伸ばし続ける。彼女の言う通り実体を持たない身体故に、その手は2本だけでは無かった。両手を拘束する手とは別に何本もの手が真白の身体を這い回る様に動き、弄び始める。先程まで着ていた筈の服が気付けば無くなっており、晒された胸や太腿等を撫でられる度に真白は僅かな声を漏らす。語りながらも口元に笑みを浮かべるネメシスはとても楽しそうで、真白は弱りながらもネメシスと目を合わせていた。

 

「金色の闇を引き込む事には失敗した。だが私はお前を諦めるつもりは無い。……いや、諦められないと言った方が正しいか」

 

「……ネメ……シス……んぁ!」

 

「最初に私が見た光。それを求めて私はここまで来た。だからお前を手に入れるまで、私はお前の傍に居続けよう」

 

「!」

 

 突然自分を拘束していた手や襲い掛かって来た手が消え、目の前に四肢のあるネメシスが再び姿を見せる。弱った身体で座り込んでしまった真白の前に立ち、しゃがみ込んでその顎に手を添えたネメシスは真白の顔を上げさせると……笑みを浮かべると同時に口付けをする。目を見開く真白を前に数秒の間それを続け、やがて離れたネメシスは妖艶な笑みで唇を舐めた。

 

「これも言った筈だ。油断するな、とな」

 

 そう言って再び黒い霧に紛れる様にして消えて行ったネメシス。その後彼女が姿を現す事も無く、真白はそのまま倒れ込んでしまう。そして意識が徐々に薄れていき……次に目を覚ました時、そこは結城家の自室であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何故貴女がここに居るのですか?」

 

「? 何か問題でもあるのか?」

 

 結城家のリビングにて、起床した真白が美柑と共に朝食を作っている間。リビングのテーブルではヤミが目の前で当たり前の様に居座る浴衣姿の少女、ネメシスがお茶を飲む光景に僅か乍ら蟀谷を引くつかせていた。美柑はそんな光景にどうしようかと困った様子で真白に視線を向け、真白は少し考えた後にある料理を増やす事を決断。やがてリトやララ以外の2人も起きて来る中、やはり彼女は堂々と居座り続けていた。

 

「貴女、ヤミさんの時の」

 

「メアの身体を奪った奴!」

 

「ふっ。そう言えば真白達以外には名乗って居なかったな」

 

 ネメシスと交流があるのは真白とヤミのみ。それ以外の面々は基本的に彼女を知らず、数少ない分かっている事はヤミにリトを殺させようとしていた事とメアの身体を乗っ取っていた事。何方もこの場に居る全員に取って良い事では無く、故にリビングの空気は張り詰めた重いものとなり始める。ネメシスは刺さる様な視線を特に気にした様子も無く再び湯呑のお茶を啜り、キッチンへ視線を向けた。

 

「真白。卵焼きを作れ」

 

「あなた、いい加減に!」

 

「モモ……平気」

 

「何か良く分からないけどもう作ってるんだ。はい、どうぞ」

 

 卵焼きを要求するネメシスの姿にモモが怒りを露わにするが、真白がそれを止める様に声を掛けて首を横に振る。すると卵焼きの盛られたお皿を手に美柑が現れ、ネメシスの前に置いた。真白は何となく予想していたのだろう。出て来た卵焼きに目を輝かせて「頂きます」と告げ、食べ始めるネメシスの姿にその場に居た全員は何とも言えない表情を浮かべる。真白とヤミ自身が何も言おうとしない事もそうだが、何よりも今の彼女が美味しいものを食べて喜んでいる唯の少女に見えた故に。

 

「えっと……ネメシス、で良いんだよな?」

 

「ん? あぁ、そうだ。結城 リト」

 

「その、もう真白とヤミに何かする気は無いんだよ……な?」

 

「? 何か誤解している様だが、私は諦めて等いない。三夢音 真白は何れ私の者にする」

 

「何だと!?」

 

 恐る恐るリトが声を掛けて質問すれば、ネメシスが言った答えに反応して威嚇する様に八重歯を見せながらナナが睨みつける。モモも同様に冷たい目で鋭く見つめており、ヤミは唯静かに目を細めてその姿を眺めていた。その目は語る。「させません」と。

 

「ふっ。目的も果たした。邪魔したな」

 

「!」

 

 卵焼きを完食したネメシスは箸を更に上に置いて全員を眺めた後、そう言って黒い霧となって消えてしまう。残ったのは皿だけとなり、彼女が消えた事に驚く面々を置いて響くのはキッチンのフライパンから聞こえる焼き音のみ。少しの間を置いて我に返ったモモは真白の傍へ近づいた。邪魔にならない様にキッチンへは入らず、リビングから身を乗り出す様にして。

 

「シア姉様、大丈夫なのですか? 彼女は明らかに危険です」

 

「そうだよ。あいつはメアの身体を奪って、シア姉とヤミを狙ってたんだろ!? あのままで良いのかよ!」

 

「……」

 

「……」

 

 続く様にナナも声を上げる中、真白は同じ様に黙り続けるヤミと目を合わせる。彼女の正体について知っているのは2人だけであり、メアとの関係やヤミとの関係については当然この場に居る殆どの者が知らない。少しの間見つめ合った後、ヤミは静かに頷いて口を開き始める。ネメシスと言う存在がどんな人物であり、彼女もまたメアと同じく変われると信じている事を。まだ不安を隠し切れないモモとは対照的に、ナナはそれを聞いて徐々に納得し始めていた。メアが変わるその時を知っている彼女だからこそ、その話を聞いて思う事があったのだろう。

 

「分かった。あたしは何も言わない。でもシア姉に変な事する様なら容赦しないからな!」

 

「えぇ。その時は私も同じです。真白は私の者ですから」

 

「シア姉様は皆の者ですが、それはともかく。警戒するに越した事は無さそうですね」

 

 3人が各々口にし乍ら考え始める中、2階から聞こえる足音にまだ起きていなかった1人が起きた事に気付いた面々。やがて太陽の様に明るい笑顔で現れるララの姿を切欠に、重い空気は消え去るのだった。

 

「真白、何かあるなら俺も協力する。1人で抱え込むなよ?」

 

「ん…………大丈夫」

 

 故に真白は夢の中で起きた事を明かさないと決める。それがネメシスに取って好都合な事だったと知るのは数日後の事であった。



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第124話 ケーキバイキングの誘い

 土曜日。結城家で朝食を終えた真白の電話に1通のメールが届く。相手は唯からであり、それを読んで黙ったままの真白に美柑が首を傾げながら声を掛けた。

 

「真白さん、どうかしたの?」

 

「……これ」

 

 声を掛けられた真白が見せた携帯の画面には1枚の写真が映っていた。それは福引の前でチケットを手にする唯の手が映る写真。チケットには『彩南デパートケーキバイキング30分食べ放題』と書かれており、その枚数は2枚であった。そしてその下にはその写真が送られて来た理由が一行の文で書かれていた。

 

『福引で当たったわ。用事が無ければどうかしら?』

 

 唯からの誘い。真白にこの後の予定は無く、だが自分だけが行くのは少し気が引けていたのだろう。2枚の時点でヤミも連れては行けず、悩んでいた真白に美柑が全てを理解して笑顔で告げる。

 

「行って来なよ。多分、唯さんも勇気出したんだと思うし」

 

「……分かった」

 

「? 何処かへ行くのですか?」

 

 美柑の言葉を聞いて行く事を決めた真白。その際に言われた勇気について少し考えの差がありながらも真白はリビングを出ようとする。だがその時、リビングから離れていたヤミが現れて声を掛けた。真白は彼女の質問に頷くが、ヤミはそれを聞くと当然の様に準備すると言ってリビングを後にしようとする。しかしそれを見た美柑はヤミに声を掛けた。

 

「ヤミさん、少し話があるんだけど」

 

「これから外出するので、後では駄目でしょうか?」

 

「うん、今が良いかな」

 

「ですが……」

 

「……1人で……大丈夫」

 

 悩むヤミに真白が静かに告げる。ヤミはそれを聞いてもう少し悩んだ末に着いて行かない事を決め、美柑の手助けを受けて真白は1人で外出出来る事になった。唯と連絡を取って待ち合わせ場所を決め、素早く準備をして結城家から家を出た真白。すると電話に再びメールが届いた。

 

『楽しんで来てね』

 

 それは美柑から届いた僅かな一文。だが真白は美柑に深く感謝をして、唯との待ち合わせ場所へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩南町にある大きなデパートの前で唯は真白を待っていた。ポケットの中には兄から貰った(・・・・・・)ケーキバイキングの無料券があり、つい誘うのが恥ずかしくてデパートの傍でやっていた福引で当たった事にしてしまった。だが何はともあれ真白を誘う事には成功。唯は苦しくなる程に胸をドキドキさせながら、待ち人を待ち続ける。……数分後、唯は少し離れた場所に真白の姿を見つけた。

 

「真白、こっちよ」

 

「……唯……おはよう」

 

「えぇ、おはよう。まだ開いたばかりだろうから、今なら混んで無いと思うわ。行きましょう」

 

 現在の時刻は10時を過ぎた頃。目的のお店は10時開店とチケットに書かれており、開店したばかり故に人が居ない事を唯は想定していた。人混みが苦手な真白でも今なら何とか入る事が出来るだろう。そして過去に夏祭りを共に経験していた唯は真白が一時的に慣れてしまえば人混みでも過ごせる事を知っていた。故に入ってしまえば最悪混み始めても問題無いと予想していた。

 

「食べられる種類は決まってるでしょうけど、手に取った物は時間が終わっても食べて良いらしいわ」

 

「……分かった。……頑張る」

 

「何を頑張るのよ。まぁ、無理しない程度にしなさい」

 

 真白が甘い物好きなのを唯は良く分かっている。故に何時も通りに見えながらも少しだけ目が輝いて見える真白の姿に思わず笑みが零れた。そして静かにソワソワする真白を保護者の様に見守りながら、2人は目的のお店へ到着。チケットを出して30分が開始すれば、好きなケーキを取る為に動き始めた。そして約5分程した時、唯は真白のお皿に乗ったケーキの量に顔を引き攣らせた。

 

 

ショートケーキ×3

チーズケーキ×1

モンブラン×3

ブルーベリーケーキ×3

ベイクドチーズケーキ×1

レアチーズケーキ×1

 

計12個

 

 

「け、結構取ったわね」

 

「……ん」

 

 大きさは決してバイキングだからと小さい訳では無い。お皿の上にずらりと並ぶケーキの光景に唯が驚く中、真白は頷いて席に座った。向かいに唯も座り、彼女は自分が取ったショートケーキとモンブランを前に手を合わせる。そして同時に食べる前の言葉を告げて食べ始めた。

 

「はむっ……~♪」

 

「!?」

 

 ショートケーキを一欠食べようとした唯は目の前で微かだが間違い無く笑顔を見せる真白の姿にその手が口を開けたまま止まってしまう。口に入る度に僅か乍らに微笑むその姿に唯は食べる事も忘れて見つめ続け、食べる事に夢中の真白が見られている事に気付く事は無かった。そして10分程した頃、唯が1つ目のケーキを食べ終える前に真白は12個のケーキを食べ終えてしまう。そこで唯はようやく我に返って驚いた。

 

「も、もう食べ終わったの?」

 

「ん……次、取って来る」

 

「まだ食べるつもり!?」

 

 唯の驚く言葉を背に聞きながら、真白は再びケーキを取りに行動を開始。やがて再び戻って来た真白のお皿には先程と大差無い量のケーキが置かれていた。待っている間に1つ目のケーキを食べた唯は目の前でペースを落とさずに食べ続けては僅かな笑みを浮かべる真白の姿に再び目を奪われてしまい、2回目を取りに行く事も無く唯は時間を迎えてしまう。ケーキを食べる事とは別に満たされた様な気になりながら、唯は店を出て隣に立つ真白に視線を向けた。

 

「満足したかしら?」

 

「ん。……ありがとう」

 

 真白は唯にお礼を言い、そのままその顔を見つめ続ける。この後唯に予定は無く、真白もそれは同じ事。学校以外で一緒に居られる時は決して多い訳では無い為、2人はそのまま自然と一緒に行動する事となった。

 

「これ可愛いわね」

 

「?」

 

 デパートの中で共に品物を見る等していた2人は可愛らしい猫のぬいぐるみを見つける。白と黒の2種類があり、余り大きすぎる訳でも無い。値段も相応で買おうと思えば購入可能。悩み続ける唯の姿を前に真白は徐に白い猫のぬいぐるみを手に取る。

 

「……御揃い」

 

「! そ、そうね。なら私もこっちを買おうかしら」

 

 両方を買おうか考えていた唯は真白が白いのを買おうとしていると分かり、黒い猫のぬいぐるみを手に取る。そして会計を済ませた2人は猫のぬいぐるみが入った袋を手にそのコーナーを後にする。その後、再び適当にデパートの中を回った2人は昼前に分かれる事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅後。

 

「新しい猫。しかも真白と御揃い……ふふっ」

 

「……成功したみたいだな。良かった良かった」

 

 唯が自室で黒い猫のぬいぐるみを前に喜ぶ姿を陰から見て満足気に部屋の前から去る遊。そんな同時刻、結城家の真白の部屋にも白い猫のぬいぐるみが置かれる様になった。飾りっ気の無い無機質な部屋に唯一あるその猫は、唯と真白の中を証明する証であった。



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第125話 彩南高校の短い休み時間

「シア姉、見てくれ!」

 

 授業と授業の合間にある短い休み時間を迎えた時、突然教室に現れたナナが真白に見せたのは『風紀』と書かれた腕章であった。今朝、唯からナナが風紀委員に加わった事を聞いていた真白は嬉しそうに腕章を見せるナナの姿に微笑ましく思い、頷く。

 

「ナナさん、風紀委員に入ったんだね」

 

「あぁ! それにこの腕章、あたしのアイデアで出来たんだぜ! これからコテ川みたいにビシッと行くからな! 校長とか、そこのケダモノは特にな!」

 

「あ、あはは……」

 

 本来下級生が上級生の教室に来れば目立つ。それはナナでも変わらないが、少し違うのはそれが2年生の生徒達にとってよくある事と思われている事であった。真白に会いに来るのはナナだけではない。姉であるララも居る為、モモとナナが訪れるのはしょっちゅうの事。メアも真白やヤミが居る為頻繁に訪れており、今の光景も既にクラスメイト達からすれば見慣れた光景であった。

 

 ナナの姿に春菜が近づいて声を掛けると、再び自慢する様にそれを見せつけてから手に持っていたポスターを見せた後にナナはリトを指差して答える。持っていたポスターには『要注意人物!』と大きく書かれた文字の下に彩南高校の校長が映っており、春菜は苦笑いを。リトは自分も同類と思われている事実に顔を引き攣らせるしか無かった。

 

「……そろそろ……準備」

 

「あぁ~、だな。次は移動教室なんだ。それじゃあまた後でな!」

 

 昼休みと違って短い休み時間はすぐに終わりを迎えてしまう。残り5分を過ぎた事で真白が声を掛けた時、ナナは時計を確認して残念そうにし乍らも笑顔で手を振って教室を後にした。彼女が去った事で未だに騒がしい教室内は一段階静かになる。

 

「嬉しそうだね、ナナさん」

 

「ん……唯のお蔭」

 

「へ? わ、私は誘っただけよ。ナナさんとは少し気が合ったもの」

 

「でもナナが笑えるのはそのお蔭だよ! だからありがとう、唯!」

 

 春菜の言葉に真白が唯へ告げれば、驚きながら頬を掻いて答えた唯。すると話を聞いていたのかララが笑顔で唯にお礼を言う。今度は頬を赤くする唯の姿にナナと同じく微笑ましく思う中、真白はその気配を感じて素早く身を躱した。自分の立って居た場所、その胸があった場所には里紗の手があった。

 

「う~ん、残念!」

 

「今回も駄目だったね~!」

 

「……懲りない」

 

「そりゃ、もう内のクラスで揉めて無いのは真白だけだからね」

 

 両手の指を厭らしく動かしながら答える里紗の姿に真白は溜息をついて席に戻ろうとする。だが一度避けた事で油断したと思った里紗は再び真白へ襲い掛かった。しかし真白は再び軽々と身を躱し、そのまま追いかけっこの様なものが始まる。

 

「良いよなぁ~、同じ女子は。俺も籾岡みたいに他の女子の胸を揉みしだきたいぜ」

 

「何言ってんだよ」

 

「猿山 ケンイチ。貴女は真白に触れた時点で殺します」

 

「殺害予告!?」

 

「えっちなのは駄目ですよ!」

 

 真白と里紗の追いかけっこを眺めていた猿山の言葉にリトが哀れな視線を送る中、その言葉を聞いていたヤミが猿山の目前に髪を変化させて刃を突きつけ乍ら告げる。彼女は先程までお静と会話をしていた様で、同じく話を聞いていたお静が指を差しながらヤミに続いた。両手を上げて無力である事を示す猿山の姿にリトが呆れた様子で首を横に振るが、それを見たヤミは猿山と同じ様にリトにも刃を突きつけた。

 

「貴女もです、結城 リト。真白と美柑の家族である為に泳がせていますが、少しでも故意に不埒な真似をしようとすれば許しません。目標(ターゲット)として処理します」

 

「ひっ! そ、そんな事するつもり無いって!」

 

 突き付けられる刃に驚いて席を立ちあがり、距離を取ろうとしたリト。だがそこに偶然にも里紗から避けていた真白が近づいてしまい、背中同士がぶつかり合ってしまう。リトは刃を突き付けるヤミへ急接近。一方真白も逃げていた筈の里紗へと急接近してしまう。教室に響き渡る2つの転倒音。その光景を見ていた各々が心配して近づけば、リトはヤミのスカートの中に顔を埋めて。真白は里紗に背後から抱かれる様に倒れており、何故かその手が制服の中へ入り込んでいた。

 

「大チャンス! それっ!」

 

「!? ん、ぁ……止め……ぁ!」

 

「わあぁぁぁ! 御免!」

 

「……殺します!」

 

 意図せずして真白の胸を掴む事が出来た里紗はそのチャンスを見逃さず、好き放題に揉みしだき始める。制服が大きく歪み、その度に甘い声を漏らす真白の姿に唯や春菜が顔を真っ赤にし始める中。リトは急いで立ち上がってからヤミに謝るも、顔を真っ赤にした彼女は殺気を隠す事も無く突きつけていた刃をリトへ振るった。が、今まで様々な事に巻き込まれていた彼は地球人でありながらも驚異的な身体能力でヤミの攻撃を紙一重で避ける。

 

「おぉ、この癖になる感触。真白も良い物持ってるねぇ」

 

「良いなぁ、里紗。私も真白のおっぱい揉んでみたいなぁ」

 

「離し……んぁ! ぃぁ……んっ!」

 

「ちょっと感じ過ぎじゃない? ほれ、ここが良いのか~? ほれほれ!」

 

 服の中で下着をずらされ、直接揉まれる感覚に敏感な反応を見せる真白。里紗を含めこの場に居る誰もが知る由も無い。ここ最近、夢の中でネメシスに弄ばれる事が多くなった事が原因で徐々に身体が今まで以上に敏感になり始めている事等。それは真白自身も気付いていない事実だった。調子に乗って揉むだけで無く摘むなどの行為まで始める里紗にようやく我に返った唯が止めに入る。普段は見れない淫らに乱れた真白の姿に先程とは別の意味で顔を赤くしながら。

 

 ヤミがリトを攻撃出来ない事に更なる苛立ちを見せた頃、里紗から何とか解放された真白は唯にお礼を言って立ち上がる。と同時に2人の目の前をリトが逃げる様に通り過ぎた。そして彼を追う様にヤミの刃が大きく振るわれ、それは並んでいた真白と唯の服の胸元を綺麗な一直線で切ってしまう。肌には触れず、下着までもを切り裂かれた2人。当然服は重力に従って捲れ、同時に胸を露出してしまった。

 

「はっ!? 私とした事が。すいません、真白。何処も怪我はありませんか!?」

 

「…………ん。唯は……?」

 

「わ、私も怪我は無いけど……うぅ。こんな破廉恥な恰好じゃ授業に出られないわよ!」

 

 自分のした事に気付いたヤミが急いで2人の前を隠しながら真白の心配をする中、真白はジト目でヤミを見つめ乍ら頷いた後に唯を確認する。ヤミが隠したのとは別に自分の手で胸を隠す唯は今の状況に頭を抱えそうになっていた。

 

 真白にしでかしてしまった事に頭が一杯のヤミは既にリトにされた事も忘れていた。故に彼は何とか自分の命に関して一安心するが、すぐにララに声を掛けて2人の服を直せないかと持ち掛け始める。様々な出来事の中で服が失われたりする事は何度か経験済みだった為、ララの持つデダイアルなら修復が可能な事も知っていたのだ。リトの言葉で自分には直す事が出来ると思い出したララは2人の元へ近づいて制服の修復を始めた。

 

「貴方のせいですよ、結城 リト」

 

「……」

 

「……私のせい……リトは……悪く無い」

 

 リトを睨みつけるヤミの姿に真白は首を横に振って告げる。普段から転んだ拍子に意図せずして破廉恥な行為をしてしまうリトだが、今回転ぶ原因を作ったのは里紗から逃げていた真白でもあった。故に自分のせいだと告げる真白の姿にヤミは口をつぐみ、それ以上何も言う事は無くなる。

 

「と、取り敢えず誰も怪我が無くて良かったね」

 

「到頭この手に真白のおっぱいの感触をゲット! これで全員制覇ってね!」

 

 危ない事はあれど誰も怪我をせず、制服も治った為に被害も少なくて済んだ。その事実に春菜が安心して胸を撫で下ろす隣で里紗が広げた両手を握り締め乍ら喜びを露わにしていた。真白と唯に幸いだったのは、捲れて胸が晒されてしまった際。それを見たのが春菜やララ達のみで男子の殆どがヤミとリトに夢中で見ていなかった事だろう。唯一気付いてガン見していた猿山は現在、お静が何とか忘れさせようと手近にあった本を念導力で浮かせて只管頭にぶつけられていた。それは彼女なりの真白と唯に対する優しさであり、目を回して何度も叩かれる猿山は結局気絶するまで叩かれ続ける事となる。

 

「ふぁい、みなふぁん。せきにちゅいてくだふぁい」

 

 次の授業は国語。このクラスの担任でもある高齢の教員、骨川先生が姿を見せた事で全員は席へ座り始める。2年A組の短い授業の合間にある休み時間は今日も騒がしかった。



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第126話 真白、里紗の家に泊まる

 真白とヤミは目の前で徐々に浮き上がって行く宇宙船へ手を振っていた。隣にはリトと美柑も同じ様に手を振っており、それに返すのは宇宙船の窓から笑顔で手を振るララ達三姉妹とセリーヌの姿。それぞれ互いの姿が見えなくなるまで手を振り続け、やがて宇宙船は宇宙の彼方へ飛び去ってしまう。

 

 昨日、ララ達はデビルークにて開かれる大きなパーティーへ出席する事になった。セリーヌはパーティーに興味がある様で同行する事になり、3人の母親であるセフィ直々に真白も招待されはしたが、真白はそれを断って地球へ残る事を選択した。まだ、大きな確執がある故に。簡単に真白が来てくれるとは思っていなかったセフィは無理をさせまいとそれを承諾。結局3人がデビルークへ帰郷する事となり、結城家は一気に静かになった。

 

「それじゃあ、私も出ようかな。ヤミさん、準備は大丈夫?」

 

「はい。大丈夫です。……真白は大丈夫ですか?」

 

「ん……」

 

「俺も大丈夫だからさ、楽しんで来いよな」

 

 ララ達が去った後、荷物を手に出ようとする美柑とヤミ。2人もまた今日は美柑の友達である真美と幸恵と共にお泊り会をする約束をしており、見た目的に接しやすかったのかそれにヤミも招待されていた。最初は真白と一緒に居る為に断っていたヤミは大きな理由としてリトと2人だけにするのが心配だと言い続けていた。今までの事から分からなくも無かった美柑は友達の2人にヤミは不参加になったと告げる事を考えていたが、そこで思わぬ連絡が入る。

 

「真白さんは迎えが来るんだっけ?」

 

「まさか籾岡から誘いが来るなんてな」

 

 それは真白の携帯に掛かって来た電話であった。学校でララ達が帰郷する話をしていた際、里紗も親と食事がある事を明かしていた。だが里紗曰く『ドタキャンされた』との事であり、真白とヤミに誘いが掛かったのである。春菜は両親が帰って来る為に誘えず、未央はバイト。お静は診療所の手伝いで忙しく、唯一彼女が思い付いたのはリトの料理を作るであろう真白とその傍に居るであろうヤミだけであった。だが真白がリトと一緒に居ないと言う事で再びヤミは美柑に誘われ、結果的に行くのは真白1人となったのである。

 

「リト、1人で大丈夫? ゲームばっかで夜更かししちゃ駄目だよ? お風呂も入る事!」

 

「大丈夫だって。家の事は俺に任せて、偶にはゆっくりしろって。な?」

 

「…………ん」

 

 真白も居なくなる為、結城家に残るのはリトだけ。普段から手伝う事等が多い彼だが、美柑と真白は少々心配していた。故に美柑が声を掛ければ優しい笑顔で3人を見るリトの姿に少々間を置いた後、真白は頷いた。そして美柑とヤミが結城家を後にした時、真白を迎えに来た里紗が現れる。

 

「オッス、迎えに来たよ真白~!」

 

「……行ってくる」

 

「あぁ」

 

「んじゃ、結城。真白は借りてくね! もしかしたら、もう帰りたくないとか言いだしちゃうかもだけど、ね!」

 

「……それは……無い」

 

 里紗の家を真白もリトも知らず、故に里紗に導かれる様に真白は結城家を後にする。何時もの軽い調子でリトへ手を振りながら告げる里紗へ静かに答えて、2人は籾岡家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里紗の両親は普段から仕事で忙しく、中々家へ帰宅する機会が無かった。それはまるで林檎と才培の様でもあり、数少ない両親との食事が潰れてしまった里紗の心は真白もリト達も察するに余りあるものであった。普段と変わらず飄々とした様子の里紗の背中を真白は何も言わず、唯ジッと見つめる。

 

「ここがあたしんち。ささ、入って入って!」

 

「……お邪魔……します」

 

 里紗の家へ到着した真白は彼女に迎えられて中へ入り始める。リビングは父親の職業がIT企業の社長と言う事もあり、高そうな家具が点々としていた。が、里紗はそんな場所へは目も暮れずに自室へ向かい始める。そこは彼女らしい内装に大きめのベッド。雰囲気からして真白が一夜を明かす部屋はその場所の様であった。

 

「取り敢えず荷物置いて、何しよっかな~」

 

「……夕食……まだ?」

 

「あぁ、うん。そう言えば結局食べて無かった。何? 作ってくれる感じ?」

 

「ん……食材、ある?」

 

「キッチンの冷蔵庫にあると思うけど……流石にお客さんだし? 作って貰うのは申し訳無いかも」

 

「……なら……一緒」

 

「へ? あ、ちょ!?」

 

 里紗に言われて荷物を降ろした真白は時間を考えて夕食を作る事にした。悩む里紗の手を引いてキッチンへ向かった真白は冷蔵庫等を里紗と共に確認して調理を始める。普段1人と言う事もあり、そこそこ腕があった里紗は真白と共に調理を開始。殆ど一緒にした事が無い為、美柑とは程遠いものの上手く力を合わせて夕食を完成させる。無事に出来上がったのは唐揚げとポテトサラダであった。

 

「あぁ、疲れた。それじゃ、頂きま~す! はむっ……!? 美味(うま)っ!」

 

「……頂きます」

 

 久しぶりの本格的な調理だったのだろう。里紗は少しだけ疲れを見せ乍らも手を合わせ、唐揚げを摘んで口へ放り入れた。途端に目を見開いて驚き、その隣では静かに真白がポテトサラダをよそい始める。

 

「真白の料理か。毎日これを結城は食べてる訳?」

 

「……美柑と……なら……もっと、美味しい」

 

「マジ? うわぁ、本気で結城が羨ましくなってきた」

 

「……でも……今日は……里紗と……一緒」

 

「まぁ、私も偶になら料理するからね。……何か、こんなの久しぶりかも」

 

「?」

 

 食事をし乍ら話をしていた時、微かに里紗の表情に影が落ちる。食べていた真白は首を傾げて彼女と目を合わせ、里紗は薄く笑って口を開いた。

 

「親父も母さんも、殆ど家に帰って来ないからさ。こうして誰かと家で一緒に食べるの、久しぶりなんだよね」

 

「……」

 

「結城の家も同じ感じなのは知ってるけど、やっぱちょっとだけ羨ましいよ……ほんと」

 

 そう言って再び唐揚げを口の中へ入れる里紗の姿に真白は何も言わなかった。例え何かを言った所で、里紗の寂しさを紛らわせる事は出来ない故に。こうして泊まれる日はこれからもあるかも知れないが、決して毎日では無いのだから。

 

 その後、再び何時もの調子を取り戻した里紗は夕食を食べ終えた後にお風呂へ湯を張る為に立ち上がった。食休みと言う名の里紗から真白へ殆ど一方的な談笑を行い、機械の音色がお風呂が沸いた事を知らせる。そこで何方が先に入るか考えた里紗はすぐに真白へ先に入る様に告げた。

 

「お客さんだからね、バスタオルとかは見えるとこに置いとくからさ。ゆっくり入って来なよ。にしし!」

 

「…………分かった」

 

 言葉は持て成してくれている様にも聞こえる。だが最後に見せる邪な何かを感じずにはいられない里紗の笑いに真白は僅か乍ら目を細めた。そして言われた通りにお風呂へ入る為に脱衣所へ向かい、慣れない浴室で身体を洗っていた時。扉越しに感じる人の気配に真白は振り返った。と同時にガラスの扉が開かれ、タオルを巻いただけの里紗が現れる。

 

「お客さん、お背中をお流ししましょう♪」

 

「…………ん」

 

 最初からそのつもりだったのだろう。真白は結城家にてナナやララを相手に慣れていた為、特に驚く様子も無く少々間を置いて里紗へ背中を向ける。無防備な真白の背中に里紗は笑みを浮かべて近づくと、自らの手にボディーソープを広げて真白の背中へ触れ始めた。

 

「んっ……」

 

「ララちぃの尻尾みたいに真白も背中に弱点があるんでしょ? どの辺りかな~、ほれほれ!」

 

「……ぁ! ……ちゃんと……やって、んぁ!」

 

 今までの日常で真白の弱点が背中である事を知っていた里紗はそれを探る様に手を動かし始める。里紗の手つきに真白が止めようと振り返った時、丁度良く里紗の両手が過去に羽があった部分へ触れた。明らかな反応に里紗の顔が厭らしく歪み、そして真白はその場所を重点的に撫でられ始める。

 

「んっ、あ! 止め、て……!」

 

「流石弱点だけあって弱ってくねぇ。ふっふっふ、そろそろこっちも……それっ!」

 

「ひぁ!」

 

 普段は逃げる事で胸を揉まれる事等無い真白だが、前回は事故で揉まれてしまった。しかし今回は事故でも無く里紗の作戦によって弱らされ、容易くその手を許してしまう。気付けば里紗が身体に巻いていたタオルも床に落ち、2人は裸で触れ合い始める。里紗も真白も胸は小さく無い。背中からの攻めを避ける為に身体を振り返った真白は里紗と向かい合い、気付けば全身をヌルヌルにされた状態で胸をぶつけ合いながら壁へ追い詰められていた。

 

「……り……さ……」

 

「そんな顔しないでよ、真白。……ちょっと本気で興奮して来ちゃうじゃん」

 

 弱った姿で見つめる真白の身長は美柑達よりも僅かに大きい程度と言う事もあり、若干里紗を見上げる様な形となる。普段は無表情なのに今は愛おしく見えるその目と顔を前に里紗は熱い息を吐いた。壁に手を付いて顔を寄せる里紗に真白は顔を背け、それを諫める様に耳へ息を吹きかける。当然真白の身体は反応する様に跳ね、里紗はそのまま真白の顔を自分に向けさせようとして……鼻に予兆を感じ始めた。

 

「くしゅん!」

 

「……」

 

 暖かい浴室とはいえ何も着ていない現状で入って来たばかりの里紗はくしゃみをしてしまう。それで急速に冷静となった里紗と真白は互いにボディーソープ塗れだった事もあり、シャワーでそれを洗い流し始める。そして一緒に湯船を浸かった時、里紗は声を出しながら真白へ視線を向けた。

 

「真白はさ、ララちぃの事。どう思ってる訳?」

 

「…………友達」

 

「それだけ? あんなにアプローチされてる訳だしさ、同じ女とは言え何か特別な事を思ったりはしない訳?」

 

「……特別な……事」

 

 真白は里紗の言葉に考える。再会した当初からララは真白に様々なアプローチをして来た。笑顔で大好きと言うのは当たり前。本を読んで恋の勉強をした後に何かをしたり、今の里紗の様にお風呂へ乱入したり。布団へ潜り込んで来る事も多々あった。それが春菜や里紗の様な友達として接しているのでは無く、自分へのアプローチであるのは当然分かっている。何故ならもう1度友達になったあの日、彼女は言い切ったのだから。

 

『私は、真白の事が好き。宇宙で一番、貴女の事が好き。今はもう1度友達から。だけど何時か必ず振り向いて貰える様に私、頑張るから』

 

「……好きって……どんな、気持ち?」

 

「へ? いや、あたしに聞かれても……う~ん」

 

 里紗は突然聞かれた質問に驚き、悩み始めた。彼女自身、誰かを好きになった経験はまだ無いのだろう。雰囲気や言動は男を手玉に取る経験豊富な少女だが、実際は揶揄うだけで色々と未経験なのだ。里紗が悩み、真白も悩む。結局2人がお風呂から出ても、その答えが出る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里紗の部屋。来客用の布団は無いと言う事で自然と同じベッドに眠る事になった2人はすぐには眠らずに話をする事にした。と言っても相も変わらず里紗が話して真白が頷く等するばかり。徐々に話疲れて眠気を感じ始めた里紗が欠伸をし、真白が眠る様に言って目を閉じようとした時。里紗は再び口を開いた。

 

「さっき話した好きって話。正直分からないけどさ」

 

「……」

 

「その人と一緒に居て楽しかったり嬉しかったりしたら、好きって事じゃない?」

 

「……」

 

「でもそれは友達とかの好き。多分ララちぃが真白に感じてるのはそれ以上なんだよ。一緒に居て楽しい、だけじゃ無い。一緒に居たくて仕方が無い。そんな感じ」

 

「……一緒に……居たい」

 

 真白は過去の事柄から無意識に家族を第一に考える様になっていた。故にそれを言われれば最初に思いついたのはリトを初めとした結城家の人々やヤミにティアーユ。最近ではヤミの妹であるメアや彼女達と繋がりのあるネメシスも含まれているだろう。だがそれとは別に今の生活からララ達が居なくなった時の事を想像する。ララもモモもナナも、今では家族の様な存在。だが家族では無く、ララはそれになろうとしている。ララだけじゃ無い、ルンも同じである。

 

「ヤミヤミとかもそうだけど、真白って人気者だよね。……まぁ、正直分からなくも無いけど」

 

「……?」

 

「ふふっ。まぁ、さ。考え過ぎない方が良いよ。でも考えないのは駄目。宇宙じゃ同性婚も認められてるんでしょ? なら後は真白の気持ち次第っしょ」

 

 「頑張って答えを出せば良いじゃん」。里紗はそう言った後、目を閉じてしまう。即座に眠れる訳では無い為まだ意識はある筈だが、真白は寝ようとする里紗に声は掛けずに見慣れない天井をジッと見つめ続けた。頭の中を巡る思考に翻弄されながらも、徐々に閉じ始める目。やがて眠りについた真白と里紗は同じ布団で寝息を立てるのであった。

 

 翌日、気付けば真白を抱き枕にしていた里紗がまるでリトの様に無意識で手を動かして真白を喘がせる事になるのは余談である。



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第127話 殺し屋・クロ

 その日、御門の診療所には何時もの様に多数の宇宙人達が来訪していた。ティアーユやお静が忙しなく動く傍らで診察を続けていた御門は目の前に居る宇宙人の診察を終えて去って行く姿を眺めながらカルテに様々な内容を記載して行く。そして次の患者を読んだ時、現れたのは銀髪の男性だった。見た目は普通の地球人。だがここに来るなら紛れも無く宇宙人なのだろう。何も言わずに顔を俯かせながら目の前の椅子に座る男性に御門も黙り続け、やがて余りにも長い沈黙に痺れを切らしたのは彼女の方だった。

 

「来た内容は? 怪我か病気か、言ってくれないと分からないわよ」

 

「……人を……探している」

 

「?」

 

 質問に帰って来たのは全く関係の無い話。思わず目を細めながらジッと男性を見続けていた御門は、やがてゆっくりと顔を上げ始めた男性のその姿に目を見開いた。…………それは大きな波乱の前兆であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結城家にて、ララ達が居ない事でとても静かな1日を送っていた真白達は夕食を終えて順番にお風呂へ入る事にしていた。現在は美柑が入っており、真白とヤミは既に上がった後。リトはまだ入っておらず、部屋でのんびりと過ごしている事だろう。そんな時、ヤミと真白は突然感じた気配に視線を向ける。暗い夜の闇に紛れた誰かがゆっくりと近づいて来る気配。ヤミと真白は互いに見合い、頷き合うと窓を開けた。

 

「何者ですか」

 

 ヤミの言葉を受け乍ら徐々に姿が露わになって行き、見えた姿に2人は目を見開いた。それは嘗て沙姫の招待を受けて訪れた別荘で出会った殺し屋……クロ。真っ黒な服装に身を包んだ彼はヤミと真白を順番に見た後、明かりが付いているリトが居るであろう2階へ視線を向けた。

 

「何故、貴方がここに……」

 

「三夢音 真白。だな」

 

「……」

 

「お前に恨みは無いがこれが俺の仕事なんでな。……死んでもらう(・・・・・・)

 

「!」

 

 無慈悲に告げられる言葉。それと同時に響き渡る銃声。自室で寛いでいたリトも、シャワーを浴びていた美柑も。何気なく結城家へ遊びに来ようとしていたメアも、その音を耳に入れる。庭には変わらず立ち続けるクロと窓の傍に立つ真白。そしてその間で腕を刃にしたヤミが真白を守る様に立っていた。黒が放った銃弾はヤミの刃に切られて斜め後ろに2カ所の穴を開けていた。

 

「何のつもりですか……!」

 

「言った筈だ。これが俺の仕事だと」

 

「真白を殺す様に誰かが依頼した。そう言う事ですか!」

 

「そうだ」

 

 鋭い目で怒りを露わにするヤミの姿を前に無表情のまま銃口を向けて答えるクロ。リビングの閉まった扉越しにリトや美柑が走って来る足音が聞こえ始め、真白はそれに気付くと庭に向かって一歩前へ進む。

 

「……ここは……止めて」

 

「……そうだな」

 

 前回出会った時もそうだったが、クロは無関係な者を傷つけないと決めていた。故に2人の人間が近づいて来る事に気付いていた彼は銃口を降ろす。そしてリトと殆ど裸の美柑がリビングへ到着した時、そこには開いた窓から風が入る込むだけの静かで誰もいないリビングしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 河川敷にて真白とヤミはクロと対峙する。周りに人の気配はなく、既に夜遅く故に早々誰かが来る事も無いであろう場所。クロは再び真白へ銃口を向け、その間に割って入る様にヤミが腕を刃にして立ち塞がった。

 

「引く気は無い様ですね」

 

「あぁ。お前が邪魔をするのも想定済みだ」

 

「……」

 

 場所を変えたのは2人を巻き込まない為であり、決して潔く殺されよう等と考えたからでは無い。ヤミと同じ様に真白も動ける準備を始め、やがてクロは数秒目を瞑ると一気に開いた。

 

「2人纏めて、死ね」

 

 再び響き渡った銃声を合図にヤミと真白は左右へ動き出した。ヤミは右から大きく飛びあがってクロへ急接近し、その刃を振り下ろす。だが彼は軽く横へ避けるだけでその刃を躱し、反対側から来る真白の拳を片手で受け止める。僅かな光を伴ったその拳は一瞬にして光を失い、それと同時に真白の眉間に銃口が突きつけられた。が、その引き金が引かれる前にヤミが彼の持つ銃を刃で切り上げる。大きな金属のぶつかり合う不況な音が響き渡り、彼の銃は傷一つ付かずに空を待った。しかし動揺もせずにクロは真白を手を掴んだまま足払いを掛けて地面へ倒す。ゆっくりと彼の銃は元の位置へ落ちていった。

 

「くっ!」

 

「随分鈍ったみたいだな」

 

「……」

 

 彼の手元へ銃が戻った時、既に真白とヤミは彼から距離を取っていた。すると空から突然巨大な刃が彼に向かって振り下ろされる。地面が一本の線を描く様に抉れ、砂煙の中から姿を見せたのはメアであった。

 

「吃驚した。銃声が聞こえて家に行ったら焦ってるリト先輩達しか居ないし。また銃声が聞こえて来て見たら殺し屋のクロさんと戦ってるんだもん」

 

「……メア……! 駄目っ!」

 

「!?」

 

 笑顔で声を掛けるメアの姿に一瞬だけ気が緩んだものの、真白はすぐに彼女の更に後ろで銃口を向けるクロの姿を見つけた。メアはその存在に気付けずに真白の声を聞いて後ろへ振り返る。そんな彼女の胸には彼が放った弾丸が触れていた。途端にメアの身体は電撃を受けた様に痺れ始め、ゆっくりと膝を降り乍ら地面へ座り込んでしまった。

 

「し、しび、れた……」

 

「!」

 

 倒れ込むメアの元へ真白が駆け寄り、守る様にヤミが2人の前でクロと対峙する。彼への警戒を最優先にし乍らも、ヤミは僅かに振り返ってメアの状態を確認した。僅かに痙攣しながらも作り続ける笑顔は何処か痛々しく、それと同時にヤミは1つの事実を理解する。

 

「強い電撃……私達の情報は完全に把握している様ですね」

 

「あぁ。お前達変身(トランス)兵器は強力な電撃を受ける事で一時的に変身能力が麻痺して使い物にならなくなる」

 

「あ、あはは。折角、助けに来た、筈なのに……これじゃあ、足手纏いに、なっちゃうよ」

 

「……普通なら今の一撃で黒焦げだ。生身を保ったまま無事で居られるのは流石と言ったところだが、今回はそれが仇になりそうだな」

 

「……」

 

 立ち上がれないメアの姿を前に告げるクロ。それを聞いて居た真白は悔しそうにし乍ら座ったままのメアから離れると、ヤミの更に前へと立つ。

 

「……目標(ターゲット)は……私」

 

「そうだ。だが俺はもう決めた。……この世界から生物兵器は全て消す」

 

「……違う……兵器じゃ、無い」

 

「兵器だ。例え家族を作ろうと、人に成ろうとしても。そこに居るのは兵器だ」

 

違う(・・)!」

 

 普段は発さない大きな声で真白は否定すると同時に走り出した。身体全体に光を纏って近づく姿に最初は同じ様に受け止めようとしたクロだが、何かに気付いた様にその場所を跳躍して回避する。数秒後、彼が立って居た場所は巨大な丸型の穴が出来上がっていた。

 

「エンジェイドの力か。銀河最強のデビルークと互角に渡り合った力。生物兵器2体にエンジェイド。やり残した仕事を含め、本気でやってやる」

 

 クロの言葉と同時にヤミとメアはその圧力に息を飲んだ。未だ嘗て無い程の強者が今、目の前に居る。真白は静かに拳を握り、自分の周りに光を集め始める。彼には及ばないものの、それでも集まった力は相当な物だった。

 

「くっ、このままでは……」

 

『お前達と真白が同時に攻撃を放ったとしても、あの一撃は耐えられないだろうな』

 

「! ネメ、ちゃん?」

 

 突然聞こえた声にメアが弱った身体に力を入れて顔を上げる。するとそこには何時もの着物姿をしたネメシスが立っていた。クロは新しい誰かに驚くも、情報を集めていた事もあってすぐにその存在がヤミやメアと似た存在であると気付く。つまり決意した彼にとって彼女もまた、消す対象であった。

 

「奴のエネルギー。恐らく単純なものなら今のデビルーク王も上回るだろう。そんなものに勝てるとは到底思えんな」

 

「ならこのまま消されろとでも言うつもりですか!?」

 

「いや、1つだけ方法がある。……金色の闇、私を憑依させろ」

 

 他人事の様に告げるネメシスの姿にヤミが声を上げた時、続けられたその言葉に思わず放心してしまう。何を目的としてそれを言ったのかが分からずに彼女を見つめ続ける中、ネメシスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「お前の中にはまだ破損したダークネスが残っている筈だ。壊れたままでは使い物にならないが、私が手を貸せば一時的に足りない部分を補える」

 

「!?」

 

 真白と共に破壊したダークネス。確かにヤミの中にそれが壊れた状態で残っていた。もう自らの意思で扱う事も、平穏を受け入れると言う切っ掛けがあったとしても起動しない世界を滅ぼしかねない最終兵器。ネメシスの協力を得てしても扱いこなせる確証はなく、ヤミの目は大きな決断を前に揺れ動いていた。

 

「どうする? このまま真白共々消されるか、一か八か私の手を取るか。選べ、金色の闇」



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第128話 死闘の果てに奪われたもの

 クロと真白はお互いに対峙していたが、突然生まれるもう1つの力に視線を向けた。そこには嘗て真白を取り込んだ角を生やし、露出の多い服に身を包んだヤミの姿があった。両者が互いに目を見開き、戦慄する。ダークネスが再び姿を見せた事実に。

 

『制御出来るのは持って3分程だ。それまでにケリを付けろ。金色の闇』

 

「分かりました。にしてもやはりこの恰好ですか」

 

「! 意識が……まさか、制御しているのか……!?」

 

 ダークネスがどれ程危険なものか、この場に居る誰もが知っている。簡単に世界を滅ぼす事が出来る最終兵器。そんな物を抱え、剰え自分の力として制御するには恐ろしい精神力や力が必要なのだろう。だが2人の目の前でその姿になったヤミは静かに言葉を発し乍ら自らの恰好を確認して、クロと対峙する。

 

「足踏みしていては進めません。人として生きると決めたからには、覚悟も成長もして見せます」

 

 そう言って腕を刃に変えて歩き出したヤミはその途中で真白へ振り返り、告げる。

 

「メアをお願いします、真白」

 

「……分かった」

 

 理性を持つその目を見て真白は頷き、メアの傍へ移動し始める。1対1となり、クロは銃口を。ヤミは刃を互いに相手を向け合った。

 

「最後にもう1度聞きます。引く気は、無いんですね」

 

「俺は殺し屋だ。依頼を受けた以上、目標(ターゲット)を始末する。それだけだ」

 

 それがぶつかり合う前の最後の言葉だった。互いが互いに持てる全ての力を使う為に構え、そして放つ。クロから放たれたのはヤミを軽々と飲み込む程に巨大な電撃。対するヤミは腕の刃を巨大化させ、その電撃目掛けて振るう。耳を劈く程に巨大な音が響き渡り、真白はメアが吹き飛ばされない様に庇いながら頭を伏せた。近隣住民の1人残らずが目を覚ます中、静まり返った河川敷に膝を着く音が微かに鳴る。

 

「勝負あり、です」

 

「あぁ……そうらしいな……」

 

 膝を着いたのはクロであり、彼の傍には破壊された銃が落ちていた。ヤミの中に居るネメシスはそれを見て驚きの声を上げる。

 

『まさか宇宙一固い金属、オリハルコンで出来た銃を破壊するとはな。流石は世界をも滅ぼせる最終兵器だ』

 

「……もう戦いは終わりました。出て行ってください」

 

『つれない事を言うな、金色の闇。何ならこのままここに永住しても良いんだぞ? そうすれば真白の傍に居られるからな』

 

「出て行ってください」

 

『はぁ。仕方が無いな』

 

 会話の末、ヤミの身体からネメシスが出て行く。と同時にヤミは恐ろしい疲労感や倦怠感にクロと同様膝をついてしまった。今襲われれば確実に負けてしまうが、クロはそんなヤミの姿に攻撃を加えようとはしない。それどころか、そんな彼女の姿を見て不意に笑みを浮かべ始める。

 

「ふっ……はは、ははは……兵器が成長、か。確かに本気で成ろうと思えば、人間にも成れるのかも知れないな」

 

「クロ」

 

「俺の負けだ。任務は失敗。もう、使える相棒もいない」

 

「これから、どうするつもりですか?」

 

「さぁな。唯、お前が変われたんだ。俺が変われない道理はない。殺し屋からは足を洗うさ」

 

 そう言って立ち上がろうとするクロだが、放った攻撃に全てのエネルギーを使った為か立ち上がる事が出来なかった。彼に比べればまだ僅かだが力の残っていたヤミは弱った彼の元へ近づき、肩を貸し始める。そしてメアと真白の元へ移動しようとした時、その声は響いた。

 

「ったく、大口叩いといて何て様だい! こうなったらあたし自ら殺してやるよ!」

 

「貴女は……暴虐のアゼンダ……!」

 

 突然聞こえて来た声は新しい人物、過去に真白とヤミが住んでいた家を壊した宇宙人……暴虐のアゼンダであった。捕まった筈の彼女がどうやってまたこの場に居るのかは定かでないが、少なくともクロが現れた理由に彼女が関わっているのは間違い無い様子である。

 

「金色の闇の目の前で三夢音 真白を殺し、絶望する顔を見てから無様に殺してやる!」

 

『それは困るな』

 

≪!≫

 

 アゼンダが自らの目的を大声で明かしていた時、再び誰かも分からぬ声が河川敷に響き渡る。それは男性の者であり、アゼンダは何処から聞こえる声か分からずに周囲を只管見回していた。ヤミや真白も同じ様に周りを警戒する中、それは突然アゼンダの背後に立つ。そして……彼女は大きく吹き飛ばされた。

 

「なぁっ、がはっ!」

 

 地面を転がりながら鈍い声を上げるアゼンダ。そんな彼女が立って居た場所のすぐ後ろには、銀髪に白い服を身に纏った男性が立っていた。この場に居る誰もがその姿に見覚えが無く、彼は順番にヤミやメアの顔を見回してから……真白に視線を向ける。

 

「ようやく見つけた、我が同朋(・・・・)

 

 そう言って彼が背中に生やしたのは純白の大きな翼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきのデカい音、河川敷の方だったよな!?」

 

「多分そうだと思う! 真白さん、ヤミさん! 無事で居て!」

 

 リトと美柑は結城家を飛び出して真白とヤミを探していた。何処に行ったかも分からずに手当たり次第走り回っていた2人は突然聞こえた轟音の発生源を予想して合流し、走り続ける。そして見えて来た河川敷に立つ数人の姿を前に、2人の息は止まった。

 

「奴らと過ごし穢れた身体に用は無い。我らが王より継承せし力、私が頂こう」

 

「……ぁ……ぅぁ……」

 

「真白!」

 

「真白先輩!」

 

 そこにあったのはボロボロの姿で叫ぶヤミと彼女に支えられるクロ。そしてヤミと同じ様に叫ぶメアと……胸を知らない男性に貫かれた真白の姿だった。真白の背中に男性の手は生えておらず、だがその身体の中には間違い無く入っている。そして狂気にも見える笑みを浮かべた男性が片手で真白の肩を掴むと、貫いていた腕を一気に引き抜いた。真白はそのまま男性に押されて背中から倒れ、男性の手には光の塊の様なものが残る。

 

「ま、しろ……さん……?」

 

「お、おい……真白!」

 

 思わず放心状態になる美柑の横で駆け出したリトは真白の身体を抱き起こす。真白の額には玉の様な汗が流れ、息も荒げていた。その姿は嘗て自らの力を使い切った際に見せたものと酷似している。リトは真白を抱き起こしたまま、男性を睨みつけた。

 

「お前! 真白に何しやがった!」

 

「エンジェイドの力を奪っただけさ! ジル王とセレナ王妃の間に生まれた純粋なる光の力。……デビルークの者共と仲良くする様な穢れた者には必要無い」

 

 男性はリトの質問に答えると、手に持った光を掲げ始める。するとその光は彼の身体の中へ徐々に吸い込まれ始め、やがて消えると同時に彼の身体は一瞬だけ光った。両手を握り、また開き。手に入れた力に満足気な表情を浮かべた男性は真白を抱き起こすリトへ手を向ける。

 

「素晴らしい力だ。まずは手始めに穢れた姫の肉体を浄化してやろう!」

 

「! 止めろ!」

 

「そこに居たら君も消えるだけさ、そらっ!」

 

 リトの制止も空しく無情にも彼が手を前へ突き出した時、巨大な光の弾丸が発射される。惑星ミストアでリトが見た真白の放った弾丸とそれは酷似しており、迫る光にリトは真白を抱えたまま光へ背を向けて頭を伏せた。轟音が美柑やヤミ達の声を掻き消し、リト達はそれに飲み込まれる……前にリトと光の間に立った誰かが剣を振るった。放たれた光は真っ二つに切れ、河川敷の地面へ音を立てて着弾する。

 

「間に合いましたか」

 

「! ザスティン!?」

 

「デビルーク星人!」

 

 2人を守ったのはザスティンであった。リトは驚きながら彼の名前を呼び、男性は憎々し気に彼の種族名を呼ぶ。今までの話からデビルーク星人を恨んでいるのは間違い無い様であり、彼は再びザスティンに向けて手を前へ突きだそうとした。が、先程の様な光の弾丸が現れる事は無かった。

 

「ちっ、まだ制御しきれないか。何時かお前も滅ぼしてやるよ。王室親衛隊隊長、ザスティン」

 

「くっ、お前は……待て!」

 

 ザスティンの制止を聞かずに眩い光を放ち、目暗ましをした男性。余りの強さに各々が目を覆うか背けるかしてしまい、次に見た時には何処にも男性の姿は残っていなかった。少しの警戒をした後、剣を降ろして振り返ったザスティンはリトの腕の中で苦し気な真白の姿を見る。

 

「まずはドクター・ミカドの診療所へ。話はそれからです」

 

 リトを初め殆どがその言葉に頷き、助け合いながら御門の居るであろう診療所へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以前と同じね。消滅はしていないけれど、生きる力が殆ど空の状態よ。唯、この前と違うのは……器そのものを奪われた事で自然回復する見込みが無いって事ね」

 

「そんな、それじゃあ真白はこのままなのですか!?」

 

「……えぇ。残念だけど」

 

 御門の診療所にて、苦し気にベッドで眠る真白の姿を前に御門とヤミが会話をする。現在他の部屋にクロやメア、ついでにアゼンダも運ばれており、彼らを見ていた者達も徐々に真白の眠る部屋へ集まろうとしていた。ティアーユ等は部屋に入るや否や真白のベッドへ近づき、その手を握って心配そうに声を掛ける。が、真白がそれに返事をする余裕は無かった。

 

「ザスティン、助けてくれてありがとな。でもどうしてあそこに居たんだ?」

 

「確かララさん達はデビルーク星で大きなパーティーに出てるんでしょ? ザスティンさんも一緒じゃ無かったの?」

 

「それが……」

 

 デビルークの王と王妃。そしてその娘達が集まるパーティーに王室親衛隊隊長のザスティンが居ないのは明らかに可笑しい事であった。故に不思議がる2人にザスティンは言い難そうに頬を掻きながら答え始める。彼は普段リト達の親である才培の元で漫画のアシスタントをしており、締め切りに間に合わせる為に徹夜をした反動で眠ってしまっていたら迎えの船に乗り損ねた。との事であった。何方が本業か分からなくなりそうな程に情けない失敗だが、今回はその失敗のお蔭で助かった為にリトは何も言わない事にする。

 

「あ、あの! それで真白さんの力を奪ったっていう人は一体誰だったんでしょうか?」

 

「あの翼……間違い無くエンジェイドのものでした。つまり彼は」

 

「真白さんと同じエンジェイド……で、でもエンジェイドは真白さん以外にはもう居ないんじゃ?」

 

「そうね。確かにエンジェイドはもう居ないわ。でも……」

 

 お静を始めとしてヤミの言葉に美柑が続き、だが疑問に思った為に呟いた言葉に今度は御門が続けようとする。だがその言葉を言い切るよりも早く、ザスティンの持つ通信端末に着信が入り始める。それは彼の部下であるブワッツとマウルからの通信であり、何となくリト達は彼らもザスティンと同じ理由で地球に居る事を察した。

 

「そうか。ご苦労だった。この事は至急デビルーク王に報告する。……」

 

「何か、分かったのか?」

 

「あの男が逃げた先が判明した」

 

 彼らと連絡を取るザスティンの表情は真剣であり、恐る恐るリトが質問すれば帰って来た答えに全員が戦慄する。だが逸早く立ち上がったヤミはザスティンの前に立つと、恐ろしい程に鋭い目で口を開いた。

 

「教えてください。あの男は何処に逃げたのですか?」

 

「……旧エンジェイド星。嘗てジル王が納め、真白殿がシンシア・アンジュ・エンジェイドとして生まれた星だ」



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第129話 エンジェイド【前編】

「本当に行く気?」

 

「あぁ、俺はもう決めたんだ。あいつは絶対にぶっ飛ばす!」

 

 御門の診療所から外に出た場所でリトは美柑に心配されていた。ザスティンによって真白の力を奪った男性が逃げた先が判明し、すぐにでも飛び出す勢いだったヤミ。だがクロとの戦闘によって疲労している彼女が今のまま挑んでも帰り討ちに遭う可能性が高く、だが本人は止めても行く様子だった為に御門が提案したのは短くても休息を取る事だった。その間ヤミは疲労を出来る限り取る為にヒーリングカプセルへ入る事になり、メアも隣に並んで入る事となった。

 

 リトが美柑に心配される理由。それは彼がヤミ達と共に着いて行く事にしたからである。地球人である彼に彼女達程の戦闘能力は無い。故に反対されたが……彼の決意もまた固かった。家族を傷つけられた事に対する怒りは他の誰にも抑えられないものだったのだ。

 

「美柑殿。リト殿の事は私が責任を持って守り抜きます。どうか安心してください」

 

「ザスティンさん。……リトの事。お願いします」

 

「美柑は真白の事、見ててやってくれな」

 

「当然」

 

 2人が話をしていた時、デビルーク星への通信を終えたザスティンが声を掛ける。彼もまた男性を追って地球を離れる者の1人であり、先程デビルーク王であるギド直々にも命令が下されていた。そしてその連絡の途中でララ達に真白の事が伝わってしまったのは仕方の無い事である。今すぐにでも地球に帰ろうとする3人を必死で落ち着かせる同僚の姿にザスティンは胸の前で拳を握る。

 

「ふぅ。ルナティーク号の整備は問題無いわ。何時でも出発可能よ」

 

「ありがとうございます、ティアーユ先生」

 

「ううん。私に出来る事はこれくらいしか無いから。皆、お願いね」

 

 ヤミの宇宙船、ルナティーク号はここしばらく飛んでいなかった事もあってティアーユが整備を行っていた。元々高い人工知能が着いている事もあって飛ぶのに問題は無く、リト達はティアーユの言葉に頷いて答える。すると診療所から姿を現したのはヤミを筆頭に御門やメアと言った者達だった。

 

「もう平気なのか?」

 

「えぇ。問題ありません。今は一刻も早く真白の力を取り返さなければ」

 

「もう、無理しちゃ駄目だよヤミお姉ちゃん。一応船の中でもカプセルには入るんだからね?」

 

「ティア、中のヒーリングカプセルはちゃんと使えるかしら?」

 

「大丈夫よ」

 

 リトの質問に頷いて答えるヤミ。だがその隣にメアが諫める様に告げ、御門がそれに溜息を吐きながらもティアーユへ確認を取り始める。そうしてリトはヤミとメア、そしてザスティンと共にルナティーク号へ乗り込んだ。その際ザスティン以外の3人は診療所の窓、その1室へ視線を向けた。そこでは今も弱り苦しむ真白と彼女の額に出る汗を拭うお静の姿があった。

 

「必ず、取り戻します」

 

 ヤミの呟きを最後にルナティーク号の扉は閉まり、やがて宙へ浮き始める。美柑や御門達が見送る中やがてそれは宇宙の彼方へ発進し、地球から外へと飛んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧エンジェイド星。嘗てエンジェイド達が住んでいたその星は既に荒廃していた。未だに風化した建物等がそのまま残っているものの、人の姿は何処にも無い。だがそんな星のとある場所。嘗てお城であったその場所だけが最近人の手が入った様に新しい技術を用いられていた。巨大な城門に守られた城は見張りや兵が居なくても突破出来そうに無く、その更に奥にある玉座に座るのは……真白から力を奪った男性であった。

 

 ルナティーク号は数時間掛けて旧エンジェイド星へ到着する。荒廃した地形を前に各々差はあれど、思う事は一つ。

 

「これが……真白の故郷?」

 

「何か、寂しいね」

 

「デビルーク王がエンジェイド王との決闘に勝利したその日、この星からエンジェイドは消えました。それ以降誰の手も付けられなかったのでしょう。この大地に足を付けるのは懐かしいです」

 

「……」

 

 リトがその当時のザスティンの年齢に若干の疑問を抱く中、ヤミは地面に手を付けて砂を掬い上げた。サラサラとした肌触りのそれは風に吹かれて飛んでしまい、ヤミはそんな光景に静かに口を開く。

 

「この光景、真白には見せられませんね」

 

「そう、だな……。? あそこ、何か目立つのが建ってるけど」

 

「あれは……お城かな?」

 

「! あの場所はエンジェイド王が住んでいた城!」

 

 ヤミの言葉にリトが同意する中、飛んで行った砂を目で追っていた彼は目立つ城を視界に納める。そしてザスティンの言葉で全員が察した。あの場所こそが嘗て幼かった真白が育った場所であると。そしてあの場所に真白の力を奪った男性は居ると。

 

「……行こう」

 

 リトの言葉に全員が頷き、足を進め始める。そんな彼らの後ろを風で舞い上がった砂とは違う黒い霧がついて行った。

 

 荒廃した大地に宇宙特有の変な生物が現れる事も無く、全員はその巨大な城の前に到着した。だが巨大な城門は押しても引いてもビクともせず、ヤミが軽く腕を変身(トランス)させてハンマーにした後に叩いて見ても壊れる様子は無かった。メアも腕を砲身にしてビームを放つが、一切傷一つ付く様子は無い。

 

「困ったな。これじゃあ入れねぇ」

 

「イマジンブレードでも切れないとは。どうやら相当固い金属で出来ている様ですね」

 

「ねぇねぇヤミお姉ちゃん。またダークネスは使えないの?」

 

「不本意ですが、あれはネメシスが居たから使えた変身です。ですから今のままの私では不可能だと思います。それに例え使えたとしても、この後の戦いに参加出来ません」

 

 頭を悩ませる4人。このままその門の前で立ち往生かと思われたその時、荒廃した砂漠に少女の声が響き渡った。軽快なリズムと共に空から突然何かが飛来し、着地する。それは何とアイドルの衣装を着たルンであった。

 

「ルン!?」

 

「真白ちゃんに酷い事した奴が居るんでしょ! だったら私の敵って事だよね!」

 

「ルン殿! どうしてここに!? ルン殿もパーティーに呼ばれていた筈では?」

 

「そんなの抜け出して来ちゃったに決まってるじゃん! 国とか政治とかそんな面倒な事よりも真白ちゃんの方が大事だもん!」

 

「流石ルン先輩、色々やばかっただけはあるね!」

 

 突然現れたルンの姿にリトが驚き、ザスティンが思い出した様に質問すればさも当然の様に帰って来る言葉にメアが思わず笑いながら呟いた。そして4人を置いてルンは目の前にある固い城門を何回かノックする様に叩いた後、笑顔で頷いて動き始める。それは先程から鳴り続けていた軽快なリズムに乗っており、ルン以外4人しかいないこの場所でルンはマイクを手に自分が乗って来たであろう飛行船へ視線を向けた。

 

「な、何する気だよ?」

 

「ちょ~っとファンの力を借りようかな? って思って。早く真白ちゃんに会いたくて最高級の転送装置を買って良かったかも♪」

 

 そう言いながら踊るルンの姿に訳が分からなかった4人。だがすぐに彼女が何をしようとしたのか4人は知る事になる。

 

「皆~! RUNに力を貸して~!」

 

「……」

 

「……」

 

「……え? ルン先輩、こんな場所で何大声なんて出して……あれ?」

 

 響き渡るルンの声は荒廃した世界に響き渡り、誰の返事も帰って来ない。余りにも長い静寂にメアが困惑し始めた時、微かに聞こえる何かの声を全員の耳が聞き取った。徐々に大きくなるそれは次第に近づき始める。

 

『……E……ん……O……E……ちゃん』

 

「何か……来ます……!」

 

『……OVE……ちゃん……LOVE RUNちゃん! LOVE RUNちゃん!』

 

「ま、まさか!?」

 

「そうそのまさか。今から来るのは……私のファン(・・・・・)!」

 

≪LOVE RUNちゃん! LOVE RUNちゃん!≫

 

 ルンの言葉と同時に1人の男性が飛行船から降りて来る。そしてそれを皮切りに1人、また1人と男性が現れ始め……徐々にその数は勢いを増し始めた。人の波が恐ろしさを感じるレベルで押し寄せ、思わずヤミもその光景を顔を引き攣らせていた。するとその中で1人、飛び抜けて目立つファン……と言う名の変質者が飛び上がる。

 

「RUNちゃんの力になれるなんて、これは滾って来ましたぞ!」

 

「あ、校長も居る」

 

「凄まじい。これがルン殿の人望とでも言うべきなのでしょうか」

 

「いや、普通に地球人を宇宙に連れて来て大丈夫なのか!? それに呼んだところで……」

 

 彩南高校の校長がパンツ1枚で飛び上がっており、その姿を確認したメアは軽く。ヤミは心底面倒そうな表情を浮かべる。ザスティンは感心し始めており、唯一リトだけがこの状況にツッコミを入れていた。が、ルンは彼の言葉に笑みを浮かべると再びマイクで拡大した声を全員へ届け始める。

 

「皆! RUNに力を貸して欲しいの! この向こうにRUNの大事な物があるんだけど、この壁が邪魔で通れないんだ!」

 

≪RUNちゃんの邪魔をするものは我々が許さない!≫

 

「もう壊しちゃっても良いから、皆の力を貸して!」

 

≪おぉぉぉぉぉ!!!≫

 

 思わず耳を塞ぎたくなる程に暑苦しいファン達の雄たけび。それと同時に巨大な城門へ一斉にファンが押し寄せ始め、最初は何も起こらなかった門が徐々に徐々に軋み始める。そして少しした頃、僅かにその門に亀裂が走れば……そこから時間は掛からなかった。ファンが門を破壊して次から次へと中へ侵入。だが完全に壊れた事を悟ったルンが三度マイクを使って声を掛ければ、ファン達に寄る暴動の様な破壊活動は瞬く間に終息した。

 

「皆、ありがとう!」

 

≪LOVE RUNちゃん! LOVE RUNちゃん!≫

 

「これが結束の力。素晴らしいです、ルン殿」

 

「えっと……取り敢えず入れる様になったな」

 

「そうですね。行きましょう」

 

「ルン先輩! ありがとね!」

 

「え? あ、ちょ! 私も行きたいのに!」

 

≪LOVE RUNちゃん! LOVE RUNちゃん!≫

 

 ファン達を纏めるのに忙しいルンを置いて城の中へ入った4人。その後ルンはファン達を地球へ送り返す為に忙しくなり、彼らに着いて行く事は出来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、地球は既に朝を迎えていた。御門の意向で診療所から御門の住む洋館へ場所を移された真白。そんな彼女を看病する為に美柑は付きっきりになっており、気付けばそのベッドへ上半身を乗せて眠ってしまっていた。すると突然真白の荷物にあった携帯電話が着信のメロディを流し始め、美柑は驚いて飛び起きてからそれを確認する。相手は唯であった。

 

「はい、もしもし」

 

『あれ? 貴女、美柑ちゃん? 真白の電話に掛けた筈なのだけど』

 

「その、間違って無いです。色々あって、今真白さんは電話に出れないんです」

 

『色々?』

 

 美柑は唯に話して良いか悩む。するとそこに丁度部屋を訪れたお静が美柑の後ろ姿と横になる真白の姿を前に声を掛けた。

 

「美柑さん、真白さんの容体はどうですか?」

 

「あ」

 

『容体? ねぇ、美柑ちゃん。どう言う事?』

 

 電話越しに聞こえる唯の質問に美柑は他に選択肢が無いと悟り、唯へ真白に起こった事を説明し始めるのだった。



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第130話 エンジェイド【後編】

 ルンのお蔭で中に入る事が出来たリト達。そんな彼らが目の当たりにしたのは外と変わらず荒廃した城内であった。蜘蛛の巣に似た何かが至る所に張られ、脆い柱は今にも折れそうに見える。外が新しくされていただけで、中に関してはまだ何も手を付けられていない様子だった。

 

「ここが昔、真白先輩の住んでた場所なの?」

 

「私達と出会う前の真白が生まれ育った場所……?」

 

「お、おい。危ないって」

 

 メアが辺りを見渡しながら首を傾げる中、ヤミはふと気になった一室の扉に近づき始める。何もされていない様に見えても何があるか分からない為、リトがそんな彼女について行き、ヤミはその扉を開けた。……部屋の中は廊下と同じく古びていたが、そこには紛れも無いベッドやぬいぐるみ等が置かれたままであった。何となく、ヤミはその汚れてしまったぬいぐるみを手に取る。風化したそれはヤミの手に捕まれる事無く崩れ去り、ヤミとリトの後を追ってメアとザスティンも部屋の中へ入室した。

 

「確かこの部屋は……」

 

「多分、真白の部屋……だと思う」

 

 ザスティンは過去にデビルーク王のギドがエンジェイド王のジルと親友の関係だった事もあり、この城へ足を踏み入れた事があった。ララ達が同い年の友達であるシンシアと遊ぶ為に入っていた部屋。まだ平和だった頃、この部屋は時折ララ達三姉妹やまだ同じ身体で過ごしていたレンorルンが来る度に騒がしかったのだろう。想像していた笑顔溢れる部屋が再び荒廃した自分達だけが居る部屋に戻り、リトは辛そうに顔を伏せた。

 

「ここにあったのは、全部真白がシンシアだった時に失ったもの。なんだよな」

 

「あの日、力を失ったデビルーク王に代わってシンシア殿を迎えに行ったのは一般の兵士でした。セフィ様や私達は銀河統一後の後作業に追われてしまい、ララ様達もまだ幼かった為に迎えに行けたのは彼等だけ。ですがセフィ様はその事をずっと後悔なさっています。例え無理をしてでも、自分が迎えに行くべきだったと。そうすれば誤解する事も無く、今頃は……」

 

「もしもの話に興味はありません。それに不謹慎かも知れませんが、私は感謝しています。お蔭で真白と出会えましたから」

 

 リトの言葉にザスティンが思い返しながら続けるが、ヤミはその言葉をバッサリと切り捨てて歩き始める。部屋を後にするヤミの手は握り締められていた。メアはそれに気付いて彼女の後を追い、リトとザスティンは視線を合わせる。

 

「確かにララの親父さんやセフィさんには悪いけど、俺も良かったと思う。俺達が真白と家族に成れたのはそのお蔭だからさ」

 

「……王に忠誠を誓った私が言うべきではありませんが、真白殿は今の方が幸せなのかも知れませんね。王に代わってお礼を言います、リト殿」

 

 ザスティンからのお礼に後ろ頭を掻きながら照れるリト。すると扉の向こうから何時までも来ない2人を呼ぶ声が聞こえ、リトとザスティンはヤミ達の後を追って嘗て真白の部屋だったその場所を去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御門の洋館にて。真白の部屋には朝から居た美柑と途中から部屋に入って来たお静。そして美柑から説明を受けた唯と更にもう1人の人物がベッドに眠る真白を囲む様にして立っていた。

 

「それじゃあ、真白は力を奪われた為にこんな状態に?」

 

「御門先生が言うには力の器そのものを奪われてしまった。って事らしいです」

 

「力そのもの、か。昔の私なら世迷言だと思うだろうが、宇宙人が居ると知った今では何でも信用出来そうだ」

 

「えっと……凛さんはどうしてここに?」

 

「古手川が余りにも焦った様子で走っていたのが気になったからな。何があったかは来る途中で既に聞いている」

 

 唯は真白が力を奪われて弱ってしまっていると聞き、家を飛び出してこの場所を訪れた。お静経由で御門の住む洋館が何処にあるか知っていた唯。その際、今日は沙姫の傍から離れて外に出ていた凛が焦った様子で走る唯の姿を見た事で嫌な予感を感じ、説明を聞いた事で彼女も真白の見舞いに来たのであった。2人は前日から変わらないという呼吸の荒い苦しそうな真白の姿に辛そうな表情を見せ、だが何も出来ない事に唇を噛む。

 

「結城君やヤミちゃん達が真白の力を取り返しに向かっているのよね?」

 

「うん。今日の明け方に出たから、もう着いてる頃だと思うけど」

 

「……歯痒いな。それに何も出来ない自分が無力に感じる」

 

「そんな事無いです! 今だって、お二人が来てくれた事を真白さんはきっと喜んでます!」

 

 「ほらっ!」と続けて真白の顔に注目させるお静だが、その表情は相も変わらず苦し気なもの。すると部屋の扉が突然開き、ティアーユが姿を見せた。現在御門は自らの診療所を1人で回す事にしていた為、洋館内に居る人物が全員揃った事になる。そして入って来たティアーユの手にはお盆とその上に乗った鍋が。この場に居る全員が病人に食べさせる物として思い至ったのはお粥であった。

 

「御免なさい。真白に朝食を用意して来たのだけど」

 

「今の様子だと食べるのも大変そうだが……」

 

「それでも食べないと駄目なの。今の真白は生命力が殆ど無くなっている。でも生きてる限りそれは使い続けているから、このまま何もしなかったら最悪……消えてしまうかも知れない」

 

≪!≫

 

「最悪よ!? そうならない為にも、少しでも精の付く物を食べないと」

 

 ティアーユの言葉にその場に居た全員が絶句する中、強く強調する様に言い直したティアーユは美柑の座って居た席を譲ってもらった後に鍋の蓋を開ける。と同時に再びその場に居た全員は絶句した。お粥か何かだと思ったそれは紫色をしており、泡が膨らんでは消えるどう見ても危険な食べ物だったのだから。

 

「て、ティアーユ先生? それは一体……?」

 

「え? お粥を作ったつもりだけど」

 

 顔を引き攣らせながら唯が質問すれば、まるで見て分からないのかと不思議そうに答えたティアーユ。美柑はその光景に嘗て真白が一緒に彼女と過ごしていた際、家事は真白が1人で熟していたと聞いた事を思い出す。ティアーユの家事能力はからっきしであると御門が言っていた事もあり、美柑は溜息をつくとティアーユからお盆ごと鍋を取り上げた。

 

「私が作りますから、真白さんをお願いします」

 

「そうね、その方が良いわ。ううん、そうじゃ無きゃ駄目よ」

 

「手伝います!」

 

「私も手伝おう」

 

 オロオロするティアーユを置いてお盆を手に部屋を後にした美柑。普段から家事を行うお静や嗜む程度の自信はあった凛が手伝う為にその後を着いて行く。唯は何とかあの危険なお粥擬きを真白に食べさせ無くて済んだ事に安心し、椅子に座ったまま真白の片手を取って両手で包み込む様に握り締めた。

 

「真白、消えるんじゃないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白の部屋を後にした4人は真っ直ぐに廊下を奥へ奥へと進み続ける。何処に男性が居るのかは定かで無いが、何となく最奥に居る気がしていた4人。やがて謁見の間であろう広い場所に出た時、4人は玉座に座るその男性を見つける。彼は自らの手の平に光を生み出し、弄んでいた。

 

「見つけました」

 

「まさかこんな所まで追ってくるとはね。それに憎きデビルーク星人も一緒とは……そんなに消えたいか?」

 

「ふざけんな! 真白の力を返せよ!」

 

「これはもう私の力だよ。ジル王とセレナ王妃から継承されたエンジェイドの力。驚く程手に馴染む」

 

 鋭い目を向けるヤミに余裕綽々といった様子で答えた男性はザスティンを見て憎々し気に告げる。すると彼にヤミと同じく怒りを感じていたリトが一歩前に出て声を上げた。しかし再び余裕を見せて光を出現させ、それを握る様にして男性は使える様になった力を見せる。

 

「この力で私は復讐する。我らエンジェイドを滅ぼしたデビルークを1人残らず殺し、再びエンジェイドに力と繁栄を!」

 

「うわっ、凄い小物臭がする」

 

 玉座から立ち上がって両手を広げ乍ら告げる男性にメアが呟いた時、突然男性の目の前に複数の光の弾丸が生まれる。あの時は1つだけだったそれは形大きさ違わず生まれ、男性は笑みを浮かべて手を伸ばした。

 

「デビルーク星人と通じる者もまた、生かしては置かない。故に……死ね」

 

「! 来ます!」

 

 ヤミの言葉を合図に弾丸が急速に4人へ迫り始め、それぞれバラバラに回避する事でまずは事無きを得る。一番最初に男性へ突撃したのはザスティン。イマジンブレードを手に男性へ向かって駆け出し、大きく振り上げて攻撃を加える。だが刃は確かに何かを斬るも、それは男性の前にあった見えない光の壁であった。振り下ろしたザスティンは顔を上げるが、その目の前には男性の手の平が。一瞬の間を置き、謁見の間の玉座から離れた壁にザスティンが吹き飛ばされ、叩きつけられる。

 

「ザスティン!?」

 

「何の、これしき……地球で犬に追い掛けられ、車に轢かれ、列車に吹き飛ばされた衝撃に比べれば!」

 

 彼は色々と地球で危ない目に遭って来た。元々デビルーク星人であると共に高い戦闘力を有し、地球で乗り越えて来た事柄も含めればその攻撃で倒れる程彼の身体は柔では無かった。ゆっくりと立ち上がるザスティンの姿に男性が舌打ちした時、今度は別の方向からビーム砲が彼へ向かって発射される。光の壁に塞がれるも、その壁は黒焦げとなった後に消え去った。と、消え去った壁目掛けて今度は金色の刃が振り下ろされる。それはヤミの髪が変身したものであり、男性はそれを横にずれる事で避けた。

 

「どうやら貴女の壁はそこまで高い防御力を持っていない様ですね」

 

「再生能力は高いみたいだけど、何とかなりそうだね!」

 

「小娘が……!」

 

 メアとヤミの言葉に歯噛みし乍ら睨みつける男性。そんな2人と再び駆け出したザスティンの姿を前に、リトは強く拳を握った。

 

『何も出来ないのが悔しいか?』

 

「! その声、ネメシスか!?」

 

 突然響く声にリトは辺りを見回す。戦いを続ける4人にリトの姿は眼中に無く、また特に気付いていない事から聞こえたのはリトだけなのだろう。声で誰かが分かったリトがその名前を呼べば、目の前に黒い霧が集まり人の形を作り始める。

 

「お前、着いて来てたのか!?」

 

「あぁ。少し迷ったが、弱った真白を手に入れても面白く無いからな。それに……気に食わないと言うのもある」

 

「気に食わない?」

 

「あの男が使っている力は真白の物だ。それを盗んでおき乍ら自分の物の様に扱うあの男は気に食わん」

 

「お前……」

 

 ネメシスが居る事に驚いたリトだが、会話の末に彼女もまた自分達と同じ目的でここに居る事を理解した。そして何故自分の目の前に現れたのか分からなかったリトにネメシスは更に混乱してしまう一言を言い放つ。

 

「結城 リト。私と協力しろ」

 

「はぁ!?」

 

「私は金色の闇やメアと違い、ヒーリングカプセルに入った訳では無い。ダークネスを使った際の疲労は今も残ったままだ。だから私の力をお前に貸してやろう」

 

「……そうすれば、戦えるのか?」

 

「奴ら程では無いだろうが、な。どうする? あの男をぶっ飛ばすのだろう?」

 

 リトはネメシスがどんな存在なのかを既にヤミの口から聞いていた。嘗てはヤミに自分を殺させようとしていた事も、真白を連れ去ろうとしていた事も。……今尚真白を狙っている事も。だが彼はネメシスの姿を前に色々な感情はあれど、完全に悪い人物には思えなかった。それは彼が優しいからなのか、そう見える様にしているのか。それは定かでは無い。だが今この時思う事は同じであり、弱ったネメシスがこのままでは今の自分と同じ様に戦えないと分かったリト。彼は考えた末、ネメシスの前に立った。

 

「やってやる!」

 

「ふっ、それで良い。さぁ、奴に思い知らせてやろうでは無いか! 誰の獲物を横取りしたのかをな!」

 

 別に俺は狙ってねぇ。そんな事を思いながらもリトは駆け出した。今も尚戦いが激化する4人の元へ。そんな彼の背中に黒い霧が入り込み始め、ヤミが近づいて来るリトに気付いて目を見開いた。

 

「離れてください結城 リト。貴方では!」

 

「唯の地球人が私の邪魔をするな!」

 

「っ! うおぉぉぉ!」

 

 ヤミの声と同時に近づいて来るリトに気付いた男性が手を鉄砲の形にして人差し指から小さな光の弾丸を放った。今までと違って威力は小さいものの、地球人である彼の身体に当たれば消滅は免れないだろう。だがリトはそれに若干の恐怖を抱きながらも強く手を伸ばした。途端に手から出た僅かな黒い霧がその光の飲み込み、かき消してしまう。

 

「嘘っ、今のネメちゃんの……!?」

 

「まさか、ネメシスを憑依させたのですか?」

 

『そう言う事だ。金色の闇。私が憑いたからにはこいつも唯の人間では無いと思え』

 

「どんなトリックか知らないが、まぐれで良い気になるなよ! はぁ!」

 

「消えろ!」

 

 メアやヤミが驚く中、リトの背後に僅か乍ら姿を見せたネメシス。だが男性は地球人に消された事実を認められなかったのか、再び光の弾丸を放った。しかしリトは全く同じ方法でそれを消し、一気に駆け出す。……男性は困惑し、恐れ始める。手にした力が何でも無い唯の地球人に消された事実に。故にリトが消せない程の大きな弾丸を放てば良いものを、溜める事も忘れて只管小さな弾丸を放ち続けた。

 

『結城 リト。もう手を翳さなくても良い』

 

 ネメシスの声が聞こえ、それと同時にリトの右上に外れた光の弾丸すら黒い霧に飲み込まれ始める。やがて男性の放つ全ての攻撃が何処へ放たれようと飲まれる様になり、その間もリトは男性の元へ顔を俯かせながら一歩ずつ近づき続けた。攻撃が通用しない事実に先程の余裕が嘘の様に怯える男性の前へ立ち、リトは顔を上げる。その怒りに満ちた目を前に、男性は心臓を掴まれた様な錯覚をした。そしてゆっくりと腕を振り被ったリトを前に最後の足掻きとばかりに攻撃を放ち……それも飲み込まれた。

 

「家族を苦しめたテメェを、俺は絶対に許さねぇ!」

 

「ひっ!」

 

「ぶっ飛べぇぇぇ!!!」

 

 容赦無く振り抜いたリトの黒い拳は男性の頬に突き刺さり、無様にその顔を変形させた後に玉座の後ろにあった壁へ叩きつけられる。男性の形を作って壁がへこみ、ゆっくりとずり落ちた後に地面へ伏した男性。明らかな戦闘の終わりにリトは握り締めた拳から力を抜き、安堵の溜息を吐いた。

 

「ふぅ……」

 

『中々の一撃だったぞ、結城 リト』

 

 ネメシスの賛辞を受けると同時に感じる脱力感。それは彼女が自分の身体から抜けた証拠であり、実体となって現れたネメシスの姿にメアが喜び、ヤミが目を細める。ザスティンも話しには聞いていた様で警戒するが、今の出来事から彼女が協力していた事は理解出来ていた。無事に戦いが終わったと思っていた5人。だが謁見の間に再び聞こえた男性の笑い声に全員が視線を向ける。そこには鼻血を流しながら両手を大きく上へ掲げる男性の姿。そんな彼の元には恐ろしい程に大きな光の玉が出来始めていた。

 

「ははははは! こうなったらこの城ごとお前らを消し飛ばしてやる!」

 

「お、おい! あれ、やばくないか?」

 

「……流石にあれは不味いかも」

 

「ネメシス、ダークネスを使います」

 

「無駄だ。今の私では憑依しても扱えない。何しろ変身する時間も無さそうだ」

 

「くっ! このままでは……!」

 

 勝利の雰囲気から一転、絶体絶命となり始めたこの状況に5人が出来上がって行く巨大な光の玉を見つめる事しか出来ない中。男性は大声で叫ぶ。

 

「我らが王よ! 我らが王妃よ! 私に力をぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テメェみたいな三下が軽々しくその力を使ってんじゃねぇよ』

 

≪!≫

 

 男性の言葉に帰って来たのは静かな男の声だった。リト達がそれを聞いて驚いた時、何処からともなく天井を破壊して真っ黒な光が飛来する。そしてそれは男性が作り上げた巨大な光の玉に触れ、一瞬にして弾け飛ぶ様に消えてしまう。目の前の光景に訳が分からなかったのか、呆気に取られる男性の前に。その男はゆっくりと降り立った。

 

「ほう、あれはまさか……」

 

「だ、誰だ?」

 

「私達のパパだよ! リト!」

 

「! ララ!?」

 

 その後ろ姿にネメシスが面白そうなものを見つけた様子で眺める中、誰か分からなかったリトは怯えながらも誰にでも無く問う。だがそれに答えたのは何時の間にか後ろに居たララであった。突然の登場に再び驚いたリトは彼女の後ろにナナとモモも居る事に気付く。

 

「王に姫様達も、何故ここへ!?」

 

「出来る限り早めにパーティーは切り上げて来ただけだ」

 

「本当は抜け出して来たんだけどな!」

 

「お母様には申し訳ありませんが、今回ばかりはパーティーなんかに現を抜かしている場合ではありませんからね」

 

 ザスティンの質問に振り返らず答えたデビルーク王、ギド。だがそれに続いたナナとモモの言葉で今頃色々と大変な目に遭っているであろうセフィの姿を各々が想像した。するとザスティンはハッとなって思い出した様にギドへ片膝を着いた。

 

「パーティーへの同行並びに護衛を怠ってしまい、申し訳ありませんでした」

 

「本当なら軽くぶっ飛ばしてるところだが……今回は良くやった」

 

「! ありがたきお言葉」

 

 主従関係を改めて見る中でリトは目の前に立つギドの姿に困惑する。嘗て真白と対峙した際のギドは幼い子供の姿だった。だが今現在目の前に立つのは凛々しい青年。どうしてそんな差が生まれたのかを悩んでいた時、ララがそれに気付いた様子で口を開いた。

 

「この前のパパは銀河対戦の後で力を使っちゃってたから、小さくなってたんだよ。だからあれが本来のパパの姿」

 

「そう言えばそんな事、言ってた様な」

 

 ララの言葉を聞いてリトが思い出しながら納得する中、呆然とする男性の前にギドは仁王立ちした。……既に男性は絶望していた。真白から奪った力があればデビルーク星人を全て根絶やしに出来ると思っていた。だが実際は地球人に攻撃を消され、消滅する寸前まで力を溜めた光を軽々と消されてしまった故に。彼は嫌でも理解する事になったのだ。目の前の男には天地が翻っても勝てない、と。

 

「エンジェイドの生き残りか。……名前は?」

 

「……わ、私は……」

 

 逆らう事すら許されない威圧感。男性は死よりも恐ろしい恐怖を感じ乍ら、ギドの質問に答える。彼はその名前を聞いて振り返らずに一瞬だけ後ろに立つモモへ意識を向け、そして再び男性を見た。

 

「テメェのその力を使って良いのはあいつらの娘だけだ。今すぐ返せば殺さないでやる」

 

「! ふざけるな! 我らエンジェイドを滅ぼしたお前が私を生かすつもりか!?」

 

「……」

 

「私はそんな屈辱を味わってまで生きるつもりは無い! それならば我らが王達が、妻と息子が待つあの世に逝った方が何倍もましだ!」

 

「……そうか」

 

 ギドの言葉を受けて身体を震わせながらも言い放った男性。その震えが怒りか恐怖かは定かでは無いが、本心なのは間違い無いだろう。それを聞いたギドが再びモモへ僅かに意識を向ければ、それを感じ取った彼女がゆっくりとギドの隣に向かって歩き始める。腕に大きなディスプレイを掲げ乍ら。訳が分からず近づいて来たモモを見ていた男性はそのディスプレイに映る存在に目を見開いた。

 

『アナタ……アナタなの?』

 

「なっ!? ど、どう言う事だ……何で、どうして……」

 

『あぁ、生きていてくれたのね!』

 

「どうして()が」

 

 男性の呟きに驚いたのはリトだけであった。今までの話からエンジェイドは既に絶滅しており、残っていたのは真白だけ。今回男性が現れた事すら驚きだったのに、そんな彼の奥さんが現れたとなればきっとその人もまたエンジェイドなのだろう。エンジェイドが当たり前の様に増えて行く事に驚く中、モモは静かに真実(・・)を告げた。

 

「お父様とジル王が戦った末、エンジェイドは敗北しました。ですが王が居なくなっただけで民が全員死ぬ訳ではありません」

 

「だ、だがエンジェイドは滅んだ!」

 

「いいえ、この旧エンジェイド星に住んでいた人々は1人残らず移住したのです。デビルーク星へ」

 

「なんだと……!?」

 

 リトもモモの言葉に驚愕し、それと同時に以前デビルークの王妃であるセフィが帰り際に真白へ告げた事を思い出す。

 

『真白。何時か、心が許す時が来るのなら。デビルーク星へ遊びにいらっしゃい。皆、喜ぶわ』

 

「皆って、真白と同じエンジェイドの人達の事だったのか!?」

 

「そ、そんな馬鹿な話が……」

 

「戦争と言うのは終わった後も様々な事象が待ち構えています。中には……敗北した種族が虐げられる事や搾取される場合もあります」

 

ジル(あいつ)とは国同士で前々から約束してたんだよ。お互い自分に何かあった時、相手の国の民を守り続けるってな」

 

「当然気に食わないと拒んだ者も居ました。ですがエンジェイドである事は徹底して言わない様に私達は言い含めたのです。それがデビルーク星に移住したエンジェイド達を守る事であると」

 

「……そんな、話が……」

 

『父さん?』

 

「!?」

 

 話を聞いて信じられないと言った表情を浮かべる男性は再びディスプレイから聞こえる青年の声に顔を上げた。そこに映るのはララ達と同じ年頃に見える青年。それが誰なのか、男性は言われずとも全てを理解し始めた。

 

 そして彼は語る。とある事情で星を離れていた彼がエンジェイドの絶滅を聞いてこの星へ来れば、そこにはもう誰も居なかった事を。家にも町にも人の姿は無く、全てを失った彼はデビルークへの復讐を誓った。そして力を手に入れる為に修業するも、目に見えた成果は得られず。ふと流れて来た僅かな噂を頼りに地球へ赴き、そこでデビルーク星人と仲良さげに話す真白の姿を見つけたと。復讐するべき相手と王達の娘が仲良くする姿に怒りが湧き、その力を奪う事に決めた事を。

 

「もう1度言う、その力をあいつの娘に返せ」

 

「貴方を待っている方がデビルーク星には居るのです」

 

「……あぁ。そうみたいだな」

 

 再び告げられた言葉に男性は頷いて胸の前に手を当て始める。そこから生まれる光は徐々に形となり、やがて手を離せばそれにくっ付く様にして光の塊が彼の手の上に残る。モモはディスプレイを渡すと同時にそれを両手で大事そうに抱え、何処かへ消えてしまわない様に大きな瓶を取り出して中へ入れる。そして強く蓋を閉めればリト達の目的は果たされた。

 

「これで一件落着だな!」

 

「まだよ。これをシア姉様にお返ししないと」

 

「ザスティン、帰るぞ」

 

「? パパは一緒に行かないの?」

 

 ナナの言葉にモモが答える中、その場を去ろうとするギドの姿に気付いたララが声を掛ける。すると1度その足を止め、僅かに半身だけ振り返って彼は告げた。

 

「俺はもう真白(あいつ)の父親には成れねぇ。もう家族が居るらしいからな」

 

「!」

 

 一瞬だけギドに見られたリトは驚くも、怯える事無く強い目で見返す。ギドにはそれが気に入った様で、軽く右手を上げ乍ら今度こそその場を去って行った。ザスティンは全員へお辞儀をしてエンジェイドの男性と共にギドの後を追って退散。残ったのはザスティンを除いた救出組3人とララ達3姉妹だけだった。

 

「ララ達はこのまま地球に帰って大丈夫なのか?」

 

「うん! ママが上手くやってくれるって言ってたから大丈夫だと思う!」

 

「早くそれをシア姉に返そうぜ!」

 

「城の前にルナティーク号を呼びます。まずは出ましょう」

 

 ヤミの言葉に聞いた5人は頷き、城を後にする。そしてルンも居なくなった城門の前で6人が乗り込んだルナティーク号は地球へ向かって全速力で発進するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白が横になるベッドには10人を超える人が集まっていた。そしてナナから光の入った瓶を受け取った美柑がそれを真白の上で開けて胸元へ落とせば、ゆっくりと真白の中へ沈む様にして入って行く。真白の様子を確認すれば、眠っている様子を見せるもののその息遣いはとても穏やかであった。

 

 念の為、身体を動かさない様に気を付け乍ら真白を診察した御門はやがて息を吐いて心配そうに見つめる全員へ告げる。

 

「もう大丈夫よ。でも念の為1日2日は安静にして様子を見ましょう」

 

 その言葉にそろぞれが隣に立っていた者と喜びを分かち合う。リトと美柑が互いを見合って微笑み合い、唯が胸を撫で下ろすのを背中を叩いて凛が激励する。メアが実体化したネメシスの両手を取って回転し続け、お静とティアーユが涙を流して抱き合う。ララとナナとモモも安心した表情で微笑み、真白の眠るベッドの傍に立って居たヤミは静かに近づいた。

 

「ドクター・御門。お世話になります」

 

「あぁ、やっぱり泊まるのね。そうだと思ったわ」

 

「え? 何々! ヤミちゃんはここに泊まるの? じゃあ私も泊まりたい!」

 

「ふふっ、なら私もご一緒したいです」

 

「あ、あたしも泊まるぞ!」

 

「ちょっとララさん達、明日は学校があるのよ?」

 

「でもこの前、唯さんは真白さんを平日に自分の家へ招待してましたよ?」

 

「私もヤミお姉ちゃんが泊まるなら泊まろっかな」

 

「元々私は真白の周りに漂っているからな、許可されなくてもここに居続けるぞ」

 

 ヤミの言葉を切っ掛けに始まる話。御門の許可も得ずにもう決定事項とばかりに話す皆の姿にリトは頬を掻きながら笑い、美柑も同じ様に笑う。だがそんな彼女は突然凛に背中を押された。振り返ればその目が語る。『お前は良いのか?』と。美柑は少し悩んだ後、話の中へ飛び込んだ。

 

「わ、私も今日は真白さんと一緒に居るから」

 

「んじゃ、リトは留守番な! セリーヌは任せた!」

 

「うぇ!? ……まぁ、良っか」

 

 ナナの言葉に驚きながらも楽しそうな光景に彼はそれを受け入れる。その後御門に部屋の中で騒いで居た事を怒られた面々はリビングへ向かい、真白の看病について時間割を組む事にするのだった。……そしてそんな彼女達の声を微かに聞きながら、洋館の屋根に座ったクロは頬を赤く腫らしたまま彩南町の景色を眺める。

 

『ニャ~』

 

「この町は……平和だな」

 

 足元に擦り寄る黒猫。クロはその黒猫を撫でながら、ヤミに素手で(・・・)殴られた頬を撫でて空を見上げる。

 

『以前真白に手を出した件に関してはこれで手内にしてあげます』

 

「本当に……変わったな、ヤミ」

 

 看病の順番に関して話し合いをする中で余裕そうなネメシスと睨むその姿は1人の少女との時間を取り合う女の子だった。




ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。

※本日0時にアンケートは締め切らせて頂きます。ご協力、ありがとうございました。


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第131話 お礼の午後

【5話】完成。本日より5日間、投稿致します。


 真白が力を奪われた事件から数日後。すっかり体調も元通りになった真白はあの場に居なかった故にララ達から話を聞いた春菜達にも心配され、その後は何時も通りの日常に戻っていた。

 

 その日、休日を迎えた真白はとある人物との約束を果たす為に街へ赴いていた。約束に伴う条件は1人で来る事。故にヤミを置いてやって来た真白は待ち合わせの公園へ向かう。時間は昼を過ぎた頃であり、到着した真白を待って居たのは元気に遊び回る子供達と保護者。……そしてサングラスにマスクをした明らかな不審者の姿だった。が、真白はその姿に目を細めると近づき始める。

 

「……ルン」

 

「あ、真白ちゃん!」

 

「……待った?」

 

「ううん! 今来たところだよ! (本当は30分くらい早く来ちゃったけど)」

 

 明らかに浮いている姿に子供の保護者達が警戒する中、真白が声を掛けた事でその不審者……ルンはサングラスをずらしながら嬉しそうに返事をする。約束の時間にはまだ40分程早く、10分前に到着した真白。だがルンはそれよりも早くこの場所で待って居たのだった。因みに真白がもう5分遅かった場合、警察に連絡されていたのを2人は知る由も無い。

 

「今日は楽しもうね!」

 

「ん……」

 

 真白の約束。それはルンと一緒に今日の午後を過ごす事であった。事の発端は数日前のあの事件。御門の家にルンの姿は無かったものの、リトからルンも協力してくれた事を聞いた真白は彼女へお礼を告げた。すると彼女はそのお礼を受け取った後、珍しく仕事の無いオフの日に一緒に遊ばないかと真白を誘ったのである。その際、ヤミは抜きで2人っきりと念を押して。例え助けられなくても、彼女の誘いを断る事は無かっただろう。だが今回はそれも重なり、真白は了承。そして今日を迎えたのである。

 

 2人で公園を離れて行く中、それを草陰から見守るもう1人の不審者がそこには居た。誰にも気付かれずにサングラスをずらして離れ行く2人の姿を観察するのはルンの友達でありアイドルでもある少女、霧崎 恭子だった。彼女もまた、珍しくこの日はオフだったのだ。そして楽屋で真白と約束をしたとルンから聞いた恭子は気になった故に後をつけて来たのだった。

 

「ルン、頑張れ!」

 

「ひっ!」

 

 草陰から少し身を乗り出してルンへ激励を送る恭子。突然現れた不審者に怯える子供の保護者。そうして真白は彼女に見守られながら、ルンと共に街の中へ入って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何、する?」

 

「えへへ。実はね、こんなのがあるんだ!」

 

 真白の質問にルンが取り出したのは2枚のチケットだった。それは映画のチケットであり、タイトルから何となく恋愛ものである事が伺える。真白がそれに首を傾げる中、ルンは説明を始めた。

 

「実はこれ、私も出てる映画なの。アイドルのRUNとしてのちょい役だけどね? あ、でも主題歌は私とキョーコなんだよ?」

 

「……どんな、話?」

 

「あ。え、えっとね……女の子同士の……こ、恋の話」

 

 アイドルとして活動するルンや恭子は当然ドラマや映画に出る事がある。今回はアイドルとして活動するRUNとしてそのまま出ている様で、楽しそうに語るルンは真白から続けられた質問に少々恥ずかしそうに両手の人差し指を当て乍ら答えた。

 

 話をする間に映画館へ足を進めていた2人は到着すると、ルンが2枚のチケットを店員へ差し出した。不審者の様な姿に一瞬訝し気な表情を浮かべた店員。だが受け取ったチケットを見て目を見開いた後に、店員は2人を丁寧に上映される部屋へ案内した。その際、真白は明らかに向かう先が違う事に首を傾げる。数える程しか映画館に来た事は無いが、明らかに一般の人達と向かう先が違うのだ。

 

「さっきのチケットは特別席のなの」

 

「……特別席?」

 

「うん。どんな場所かは……入ってからのお楽しみって事で!」

 

 無表情乍ら疑問に思っていると気付いたルンが真白へ告げ、2人はそのまま店員に連れられて特別席へ到着する。どうやら一般客の席が1階になっており、2人が居るのは2階の様である。そしてそこにあったのは座り心地の良さそうなソファと注文する為のメニュー表。他にも特別席はある様だが、壁で仕切られている為に殆ど個室と言っても良かった。

 

「ここなら他の誰も居ない2人だけで映画が見れるの」

 

「……凄い」

 

 ルンがRUNである故にこの席に座る事が出来る。真白は彼女の凄さを改めて再確認した後、下を見降ろして気付いた。一般客の席は殆どが満席になっている事に。それだけ今から見る映画は人気なのだろう。だがそれ故に真白はルンへ感謝する。もし下に座る事になっていたら、その人混みに入らなければいけなかったのだから。人混みの苦手な真白の場合、最悪逃げ出す可能性もあった。

 

「今の内に注文しちゃおっか? お昼はもう済んでると思うから、アイスとかケーキとか。あ、飲み物は絶対だよね!」

 

 メニュー表を手にソファへ座るルンの姿に真白は隣へ移動すると、座って一緒にメニュー表を覗き込む。そして互いに注文を決めた後、予告編の間にそれを受け取り……2時間少々ある映画を2人で鑑賞し始めた。ルンの言った通り話は女性同士の恋愛。アイドルになりたい少女とそれを支える女性の話であり、アイドルの先輩役としてRUNが登場する場面もあった。その際、少し照れた様に自分の演じるシーンを眺めるルンは真白の様子を伺う。注文した飲み物をストローで吸いながら、彼女はディスプレイを見続けていた。

 

 映画が終わり、エンディングの曲が流れ始める。聞き覚えのある2人の声で歌われる曲は恐らく新曲なのか真白には聞き覚えが無かった。するとルンは曲が流れる中、「今度発売するからまたあげるね」と笑顔で告げる。そして映画館が明るくなり始めた事で完全に上映は終了した。

 

「どうだった?」

 

「……勉強、出来た」

 

「勉強?」

 

「ん…………」

 

 ルンには真白の言う勉強が何なのかは分からない。だが無表情乍ら何処か真剣に見えるその姿にそれ以上聞く事は無かった。そして映画が終わった事もあって部屋を出ようとした真白。しかしルンが顔を俯かせたまま完全に立ちあがるその前にその手を掴んだ事でそれは止められる。突然の事に真白が首を傾げる中、ルンはゆっくりと顔を上げた。

 

「あ、あのね。この部屋は一応好きなだけ居て良かったりするんだ。街も歩きたいけど、人が多いでしょ? それに、私一応有名人だから気付かれると不味いし……その……」

 

「……ここに、居る?」

 

 休日故に街の中は人が多く、ルンの正体が露呈してしまえば騒ぎにもなりかねない。そしてルンは今居る特別席が前方のシャッターを閉めてしまえば完全な個室となる事も知っていた。防音設備の為、完全に閉めてしまえば次の上映で流れる大音量も聞こえない。更にシャッターが閉まればそれに伴って備え付けのディスプレイが降りて来て何か他の映画などを見る事も可能になる。所謂漫画喫茶の1室の様になるのだ。人混みから逃れる事が出来て危険も無く、更に更に言えば2人きりで居られる。ルンはそれを逃すつもりは無かった。

 

「駄目、かな?」

 

「……分かった」

 

 不安そうに聞いたルンの姿に真白は頷き、再び座る。そしてルンが前方のシャッターを閉めれば、2人は一緒に静かな部屋で過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、下の階では。

 

「う~ん、見えない。あ、シャッター閉まっちゃった」

 

「あの、お客様? 上映は終わりましたのでそろそろ」

 

「へ? あ、御免なさい!」

 

 変わらず不審な恰好をした恭子が何とかして上の階に居る2人を見ようと必死になり、見えなくなった事に肩を落として店員に注意されていた。彼女は2人が見れないと分かってようやく自分が目立つ行動をしていたと気付き、謝りながら映画館を後にするのだった。



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第132話 宇宙の珍味、ダークマター

 真白はある日、可愛いラッピングの施された箱を手に結城家の自室へ入った。その箱はララから送られたお菓子であり、真白が御門の家へ行っている時間にララが春菜達と一緒にお菓子作りをして作ったとの事であった。現在結城家には全員居るが、ヤミは美柑と共に。ララ達は三姉妹仲良く過ごし、リトは自室でゲームをして居た。時間は15時を迎える少し前であり、丁度良いと思った真白はラッピングを外して中身を取り出す。……それは黒い点々が所々に見えるクッキーであった。恐らくチョコクッキーなのだろう。

 

「……はむっ。っ! っ!? う、ぁ……ぁ!」

 

 それは突然であった。真白はララお手製のクッキーを一枚摘み、口の中へ放る。そしてそれを噛んで飲み込んだ時、身体の中を駆け巡る様な快感に思わず口を塞いでベッドへ仰向けに倒れてしまった。頭の天辺から足の先まで力が入らなくなり、誰も居ない部屋の中で力無く天井を見上げる真白。そんな彼女の傍に突然黒い霧が生まれ、ネメシスが姿を現した。

 

「面白い事になっているな。これが原因か?」

 

 真白の腹部に跨って見下ろすネメシスは真白の手からベッドへ落ちたララお手製のクッキーを手に取る。そして四方八方から眺めた後、それを口の中へ放った。途端、真白と同じ様に全身へ走る快感を受けてその目を見開いた後に力無く真白の身体へ覆い被さる様に倒れる。その後、僅かに息を荒げ乍らベッドへ手を着いて身体を起こしたネメシスは残りのクッキーを眺めながら全てを理解する。

 

「なるほど、このクッキー。私と同じダークマターが含まれているのか」

 

「……ネメ、シス……?」

 

「聞けばララ姫はダークマターを珍味として酷く好んでいるとか。どうやらそれをこのクッキーに混ぜたらしい。そして私達(・・)の様に身体にダークマターを宿した者がそれを食せば……こうなる」

 

「んっ、!? ひぁあぁぁ!」

 

 説明をし乍ら真白の口の中へクッキーを入れて口を押さえたネメシス。出す事も出来ずに飲み込んだ真白は先程と同じ様に快感に襲われ、それと同時にネメシスが手を離した事で普段は聞けない様な嬌声が真白の部屋に響いた。真白にとって不幸でネメシスにとって幸運だったのは、その声が丁度良く話をしたり騒がしかったり等して聞こえなかった事である。

 

「これは面白いな。ほら、もっとくれてやろう」

 

「止めっ、んぐっ。!? んんっ!」

 

 もう1度同じ行為を繰り返したネメシスは震える真白の顔を間近で見る様に四つん這いになって顔を寄せた。頬を僅かに染めて荒い息をする真白の姿。普段見れないその姿を前にネメシスは興奮を隠す事もせずに眺め続け、更にクッキーを入れようとしてその手を止める。真白が悶える快感を自分も再び感じたくなったのだ。だが真白も悶えさせたい。……そこでネメシスは思い付いた。

 

「はむっ……んっ……ふあぁぁぁ!」

 

「……ぃ、ぁ……んっ……!? んあぁぁぁ!」

 

 自らの口の中に放り、真白と口付けをし乍らそれを流し込む。そこで全てを流し込むのでは無く、1度真白の口内へ送ったクッキーを半分自分の口内へ戻して自分も味わった。当然何度も繰り返されている強烈な快感を互いに受け、ネメシスは真白の胸元に顔を埋める様に倒れ込んだ。

 

「ふぅ。これは……癖になるな」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 真白の胸を掴んで身体を起こしたネメシスは恍惚とした表情で真白を見降ろした。彼女が癖になると思ったのはダークマターを摂取した際の快感……とは別の事であった。弱々しく自分を見上げる真白の姿にネメシスはその両手を指と指を絡め合う様にして押し付ける。そして自分の位置を少し上に移動して再び顔を近づけ始めた。目を見開く真白を前に容赦無い口付けを始め、部屋の中には厭らしい水音が響き始める。

 

「ん、じゅ……はむっ」

 

「んぁ。んん……んぐっ……じゅる」

 

 柔らかい布団に頭が沈み、押し付けられるネメシスの顔と侵入する舌に逃げられず翻弄され続ける真白。身体を動かしてもネメシスに乗られて動けず、両手は恋人繋ぎの状態で動かせば動かす程に深く絡められてしまう。結局ネメシスが望むまま、数分以上真白はベッドの上で襲われ続ける事になった。……そして満足した様に真白から顔を離したネメシスは口周りの唾液を拭いながら笑みを浮かべる。

 

「最高だったぞ、真白」

 

「……ネメ、シス」

 

「そんな顔をするな。……止められなくなる」

 

「! ま、た……んっ!」

 

 感想を告げたネメシスは自分の下で弱々しく名前を呼ぶ真白の姿に不満そうな顔をした後、ニヤリと笑みを浮かべて再び同じ事を繰り返し始める。終わりと思っていた故にまた目を見開いて驚く事になった真白。部屋に再び水音が響く中、部屋の扉をノックする音が僅かに混じる。が、口付けに夢中なネメシスや余裕の無い真白はそれに気付かなかった。返事の無い事を不思議に思った訪問者が扉を開き、そこにあったベッドで襲われる真白の姿と襲うネメシスの姿を見て……激怒した。

 

 突然感じた殺気にネメシスが顔を上げた瞬間、目の前に刃が迫っていた。だがその刃が彼女の頭を貫く事は無く、黒い霧となって無傷のままネメシスは笑う。攻撃が効かない事は理解していたのだろう。容赦無く襲い掛かった相手は軽く舌打ちをする。

 

「挨拶から物騒だな、金色の闇」

 

「ネメシス……! 真白から離れてください」

 

「何だ、嫉妬か? 女の嫉妬は見苦しいらしいぞ?」

 

 ネメシスは対峙する相手……ヤミを相手に余裕綽々と声を掛け、更には挑発までし始める。すると常人相手なら息の根が止められそうな程に恐ろしい殺気を視線に込め、ヤミはネメシスを睨み始めた。だがネメシスはヤミと争う気が無かった為、このままでは明らかな殺し合いが始まると察して真白の上から退いた。しかし完全に消える間際、ベッドの上に立った状態でネメシスは真白へ告げる。

 

「中々楽しかったぞ、真白。この続きはまた今度だ」

 

 その言葉を最後に黒い霧となって部屋から姿を完全に消したネメシス。ヤミが警戒しながらもやがて倒れる真白の傍へ近づく中、黒い霧は町の方角へ向かい続ける。道中で偶然猿山が食べようとしていた三色団子を掻っ攫い、高い建物の屋上で再び人の姿になった。そして手摺りの傍に近づいたネメシスは掻っ攫った団子を食べ乍らつい先程の出来事を思い返した。

 

「順調にダークマターとの融合は進んでいる。が、この調子だと何年掛かるか分からないな。……まぁ、問題無いか。もう数年すれば年齢を考える必要も無くなるからな。はむっ」

 

 その呟きを聞く者は誰も居ない。団子を1つ口に入れながら、ネメシスは徐に片手に纏ったダークマターを振るう。その瞬間、遥か遠くの結城家にある真白の部屋で。ヤミに介抱される真白の片手人差し指が僅かに跳ねるのであった。



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第133話 似た者同士。真・生徒会長爆誕

 日曜日。朝を御門の家で過ごした真白は夕方を迎えた事でメアの家へ向かう。ネメシスが居なくなって静かになってしまったメアの住むマンションの一室。だが真白の周りに居ると分かって以降、彼女は前の様にメアの部屋では姿を見せる様になっていた。今もリビングでヤミと争う姿を横目に、メアはキッチンでエプロンを付ける真白の姿を前に笑みを浮かべて近づき始める。

 

「真白先輩、今日は何を作るの?」

 

「……肉じゃが」

 

「肉じゃが! なら野菜とかは私が切って良いよね?」

 

「……適度に……切って」

 

 争いが激しくなるリビングを気にも留めず、メアは真白の料理を手伝い始める。何かを斬る事に快感を覚える故に注意しなければ全てを微塵切りにされてしまうと分かっていた真白は念を押して、ジャガイモや人参などをメアの前にあるまな板へ置いた。

 

 斬撃がキッチンへ飛んで来る中、料理をし乍ら綺麗に避ける真白とメア。偶にメアが野菜を斬る際に大きく刃にした髪を振るえば、野菜を斬った後に飛んだ斬撃が飛んで来る斬撃を相殺する事もあった。そして鍋に火を付けてメアに任せた真白はキッチンへ入り……何故か黒い霧にもならずに口をヤミに引っ張られるネメシスと、彼女に耳を引っ張られるヤミの前へ仁王立ちした。

 

「……喧嘩……しない」

 

「こ、のっ!」

 

「温い、温いぞ!」

 

「…………」

 

 喧嘩を止めようと声を掛けた真白だが、夢中の2人にその声は届かなかった。キッチンへ振り返ってメアと視線を合わせれば、両手を横に広げて首を振るその姿に真白は再び喧嘩する2人を見る。そして僅かに溜息をついた後、一言。

 

「……夕飯……抜きにする」

 

『それだけは止めてください(止めてくれ)!』

 

 それは胃袋を掴まれた物には効果抜群の言葉であった。普段真白の料理を食べられないネメシスは当然、普段から美柑と真白の料理を食べられるヤミも逃したくないのだろう。綺麗に喧嘩していた体勢から一変して隣り合った状態で正座する2人を前にメアがキッチンから真白へ声を掛けた。真白はその声に反応してキッチンへ向かい、背を向けた彼女を前に安心した様子で同時に息を吐いた2人は互いを見合う。……そして不機嫌そうに睨むヤミとどこ吹く風な様子のネメシスは再び

 

「駄目」

 

「もう何もしないぞ!?」

 

「静かに待ってますので安心してください」

 

 喧嘩を始めるよりも先に真白が2人へ声を掛け、驚きながらも改めて正座し直した。その後、ジッと待ち続けた2人は無事に肉じゃがが出来た事で喜びながら食べる為に立ち上がろうとする。が、長時間の正座によって2人の足は痺れていた。

 

「くっぅ!」

 

「し、痺れて……」

 

「何々? ヤミお姉ちゃんとネメちゃん、足が痺れてるの?」

 

 2人の様子に気付いたメアが面白そうなものを見つけた様に近づくと、指でヤミの足を突き始める。

 

「くっ、うぅ! メア、止めて、ください……!」

 

「ふはは、良い様だな金色のヤミぃっ!?」

 

「……笑わない」

 

「ま、真白!? これ、はぁ!? し、仕返しか!? うぁ!」

 

 メアの突きに悶えるヤミを笑っていたネメシスは自分も真白に突かれ始めた事で悶える羽目となった。少し前に襲い掛かった事もあり、その仕返しだと考えるネメシス。それも無い訳では無いが、単に同じ状況でヤミだけが弄ばれてそれを笑っているネメシスの姿を見て不公平に思っただけである。

 

 それから数分、メアと真白に寄って弄ばれる事になったヤミとネメシス。何とか足の痺れも収まった頃、出来たばかりで暑かった肉じゃがは丁度良い温度になっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩南高校はその日、大きな騒ぎとなっていた。それもその筈。突然全校集会が開かれ、告げられたのは生徒会長を超えた真・生徒会長の誕生。学校内で校長よりも更に大きな権力を有し、変態で有名な校長と前生徒会長がパンツ1枚でひれ伏す中で堂々と姿を見せたのは……彩南高校の制服を着用したネメシスであった。まさかの登場に彼女を知る面々が驚く中、ネメシスは自分がヤミやメアと似た存在である事を隠す気も無く公表。そして真白を指差して宣言した。

 

『そこに居る女子生徒、三夢音 真白は私のものだ!』

 

 全校集会が終わり、学校中の生徒から注目されながら自分の教室へ戻った真白達。ネメシスの登場にララやリト達と話をする中、突然そんな彼らを囲む様に男子生徒達が現れる。中には猿山の姿もあり、困惑する面々を前に彼は鼻息を荒くして口を開いた。

 

「真・生徒会長様のご命令だ! 三夢音 真白を捕えろ!」

 

「! 真白!」

 

 彼の言葉と同時に男子生徒達が一斉に真白へ飛び掛った。しかし逸早く気付いたヤミが真白の身体を掴んで跳躍。天井に足を付けて跳ね返る様に跳び、男子生徒達の輪から外へ逃げ出す。

 

「お、おい猿山! 何のつもりだよ!」

 

「言っただろ! 真・生徒会長様のご命令だ! 俺達はあの方の下僕となったのさ!」

 

 リトが猿山に抗議するが、彼は腰に両手を当て乍ら自慢する様に答えた。そしてその言葉に驚愕する中、ヤミは明らかに何かを言い含められていると感じる。……すると突然教室に放送の開始を知らせる音が鳴り響き、ネメシスの声が彩南高校全域に響き渡った。

 

『全校生徒の諸君、真・生徒会長だ! 諸君らに告げる。三夢音 真白を私の居る生徒会室へ連れて来い。もし連れて来れた者には褒美として宇宙にいる容姿が整った者達との合コンに参加させてやろう。美男美女揃いだぞ、宇宙人は』

 

 静まり返る校舎内。やがて少しの間を置いて、男子生徒達が一斉に叫び始めた。「合コン! 合コン!」と叫びながら真白へ迫り始め、真白を背に庇ってヤミが徐々に後ろへ下がる。が、やがて2人は教室の壁へ追い詰められてしまった。

 

「くっ、何を企んでいるんですか……ネメシス!」

 

「おい猿山! 皆も止めろ!」

 

「お前には分からねぇだろ! 美少女に囲まれて、ララちゃん達と一緒に住んでいるお前には!」

 

 徐々に近づく男子生徒達。純粋な地球人故に余り危険な攻撃は出来ず、見兼ねたリトが止めに入るも今度は彼が一斉に男子生徒達から殺気を向けられてしまう。普段からララ達を初めとして美少女たちに囲まれ、ラッキースケベを起こし、何より同じ屋根の下で共に住んでいると言う事実は世の男子に取って羨ましい事この上無い事であった。真白とヤミから自分へターゲットを変えた男子達にリトが狼狽える中、ヤミはそれを好機とばかりに教室の窓を開ける。それに気付いた男子生徒が声を上げるが、彼らが行動するよりも早く真白はヤミに連れられて窓から逃げ出した。

 

「この様子だと教室に戻るのは危険ですね」

 

「……ん」

 

 宇宙人故の高い身体能力を活かし、屋上へ上がった2人はフェンスに背を預けて考える。本来なら教室に戻って授業を受けなければいけないが、まず間違い無く通常授業は真面に機能しないだろう。校長よりも強い権力を持った彼女の命令なら、恐らく授業よりも優先されてしまう。学校として本末転倒だが、彩南町で可笑しな事が起きるのは今に始まった事では無い。

 

「……生徒会室」

 

「! 態々彼女の元に自分から向かうのですか?」

 

「……他に無い」

 

 全てを収めるにはネメシスを止める他無いと考え、真白は屋上から校舎へ続く扉へ向かう。そして扉を開けた瞬間、待ち構えていた様に男子生徒が飛び出して真白を捕まえようとする。が、その生徒が真白へ触れるよりも前にその背後から誰かが後首を竹刀で叩いた。

 

「……凛」

 

「怪我……は無い様だな。沙姫様に無理を言ってな。加勢する」

 

 気絶して倒れる男子生徒の後ろから現れたのは竹刀を持った凛。彼女はネメシスの放送を聞いて何か起きると予感したのだ。沙姫の元から離れて2年A組に到着した彼女は中の騒ぎを見て屋上へ逃げた真白を追い、今に至るのである。真白は凛の言葉に頷いて、ネメシスが居るであろう生徒会室に向けて歩き始める。こうして真白は突如男子生徒()に狙われる事になるのだった。



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第134話 突きつけられる九つの好意

 廊下をヤミと凛に挟まれて歩く真白の前に彩南高校の男子生徒達が一斉に現れる。1年生から3年生まで学年問わず狙いは真・生徒会長が連れて来る様に命令した真白1人。だが彼らが真白を捕まえようと襲い掛かれば、真白の歩みを邪魔するよりも早く凛とヤミが吹き飛ばした。歩き続ける真白の背後で交差する2人と、積み上がって行く男子生徒達の山。

 

「貰った!」

 

「……」

 

「甘い!」

 

 突然曲がり角で待ち伏せをしていた3年生の男子が真白の目の前に現れ、その手を伸ばす。だが真白は驚く事もせずにその姿を見つめ、代わりに真白の背後から現れた凛が竹刀を突き出した。額を突かれた男子生徒は大きく吹き飛ばされて壁へ激突し、意識を失う。

 

「あぁ! 弄光先輩!」

 

「不意を突いて呆気なく敗北! 凄い噛ませ犬感だ!」

 

「邪魔です」

 

≪ぬわぁぁぁ!≫

 

 3年生の男子がやられた姿を見て実況していた1.2年生の男子達がヤミの髪が変身した巨大な手に掻っ攫われて窓の外へ放り投げられる。因みに念の為記して置くと、基本的に彩南町の住人。主に学生は頑丈なので命の危険は一切無い。容赦無く突きをした凛や窓の外へ放ったヤミもそれを理解した上での行動である。

 

「生徒会室までもう少しだ」

 

「行きましょう」

 

「……ん」

 

 適当に片付いた廊下を見て階段を見ながら凛が告げる。生徒会室の階まで後少し。ヤミの言葉に真白は頷き、その後も心強過ぎるボディーガード2人と共に生徒会室へ向かう。立ち塞がる男子生徒(障害)は全て退け、やがて数人の男子生徒達が壁となって守る生徒会室の前へ到着した3人。自分から現れた真白と明らかに臨戦体勢な2人の姿に男子生徒達が驚き警戒する中、生徒会室の中から声が聞こえた。

 

『通せ』

 

「わ、分かりました」

 

 それは明らかにネメシスの声であり、真白達は互いを見合いながらも警戒する様に頷き合う。そして男子生徒達が道を開けた扉に手を掛けた。……中は薄暗く、カーテンも完全に閉ざされていた。だが一部の壁は明るく、それと同時に何処かの映像が二か所映し出されていた。1つは2年A組の教室。そしてもう1つは見慣れない何処かの教室。

 

「今から面白いものを見せてやろう、真白」

 

「……」

 

 入って来た3人に目もくれず、映し出される映像を見ながら不敵な笑みを浮かべ続けるネメシス。途端に廊下へ繋がる入って来た扉が閉じられ、外から何かしらの方法で鍵が掛けられてしまった。凛が開けようとするも開く事が出来ず、真白とヤミは映し出される映像を見ながらネメシスへ近づき始める。

 

「今度は何が目的ですか」

 

「……教えて」

 

「なに、今に分かるさ。黙ってみていろ」

 

「!?」

 

「なっ!?」

 

「これは……!」

 

 微かに視線をずらしてネメシスが告げた時、突然3人の背後に黒い影が迫る。その影は強引にその身体を絡め取り、傍にあった椅子へ座らせた。更に椅子から離れられない様、両手足と足首に黒い影が巻き付き始める。驚き戸惑う3人を放置して映像を見つめるネメシス。そんな彼女の姿にヤミが攻撃を行おうとするが、それを察した様にヤミの手足に巻き付いた黒い影は滑り気を持ち始めた。

 

「ぐ、ぅ……にゅ、にゅるにゅる……」

 

「ヤミ!? こ、の! ……駄目か……!」

 

「そろそろ始まるぞ」

 

「……」

 

 無力化されるヤミ。必死な抵抗をするも椅子から離れられない凛。そんな2人の姿を見る事しか出来ない真白はネメシスの言葉で映像へ視線を向ける。……2年A組の教室が映る映像には、その中央で1年生の筈であるメアが立つ姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『三夢音 真白を救いたければ、指名された者が真白への思いを叫べ』

      (正し偽った場合、無事は保証しない)

 

「何なのよ、これ……」

 

 突然男子生徒達に囲まれた2年A組は瞬く間に関係の無い生徒達が追い出され、文句を言いながら流されて来た数名と共に教室内へ閉じ込められてしまった。現在2年A組に居るのはララ・唯・ルン・ナナ・モモ・メアの6人。リトや春菜達は廊下で閉じ込められてしまった5人を心配して教室へ入ろうとするも、男子生徒の軍勢に妨害されていた。

 

 男子生徒達が居なくなった後、取り残された6人は何時の間にか黒板に書かれていた指令を読む。校内の状況から指令の相手が誰なのかは何となく察する事が出来た全員。内容が内容故に真白が所謂人質状態であり、唯が黒板を見て苦悶な表情を浮かべる。そんな中、特に難しい様子も見せずにメアが教室の真ん中に立ち始めた。

 

「め、メア?」

 

「真白先輩に思ってる事を言えば良いんでしょ? なら簡単だね♪」

 

 ナナが驚き声を掛ける姿に振り返って笑顔で告げたメアは適当に辺りを見回してから黒板へ真っ直ぐに目を向けた。彼女にとってそれは何となく向けた視線だったが、実は丁度良く生徒会室で眺めるネメシス達を真っ直ぐ見る様になっていた。

 

「私は真白先輩が大好き! 私達に新しい生き方を見せてくれて、私達を家族って言ってくれる真白先輩が。う~ん、正直どっちかは良く分かんないけど……ヤミお姉ちゃんみたいに真白先輩とずっと一緒には居たいかな?」

 

≪……≫

 

 言い終わりと同時に静寂が2年A組の教室内を支配する。すると突然放送用のスピーカーからドラムロールが鳴り響き始め、後に正解を知らせる様な音が教室内に響き渡った。

 

『メア。合格だ』

 

「今の声、ネメちゃん?」

 

『次の者、指令を熟せ』

 

「ネメシス! 一体何のつもりですか!」

 

 言葉は一方通行の様にモモの言葉にネメシスが答える事は無かった。ネメシスの声が聞こえなくなった事でメアは首を傾げながらも端に避け、歯軋りしてスピーカーを睨む横でルンが意を決した様に前へ出る。

 

「次は私が行くよ! ……最初は一目惚れだった。女の子を好きになる筈無いって思ったりもした。でもやっぱり私は真白ちゃんが好き! ファンの皆からの声援も嬉しいけど、それ以上に真白ちゃんが応援してくれるだけで私は幸せになれるの!」

 

 アイドルになる前、ルンは真白へ告白をしている。そしてその後も心を隠す事も無く曝け出して接して居た為に、彼女は臆する事無く言い切った。少しの間を置いて響き渡る成功判定の音。ルンが喜びからガッツポーズした後、中央からメアと同じ教室の端へ移動した。

 

 残ったのはララ・モモ・ナナ・唯の4人。内モモと唯はこの状況に納得しておらず、ララは先に叫んだ2人を見て自分も前に出ようとする。が、ここで唯一メアが叫んでからジッと黙っていたナナがララを止めた。

 

「姉上、御免。先にあたしからやらせてくれ」

 

「ナナ?」

 

「まさか……ナナ、貴女も叫ぶつもり?」

 

「あぁ……確かに無理矢理こんな状況に巻き込まれて納得行かないけどさ。それでもあたしは自分に嘘をつきたくない。だから、やってやる!」

 

 突然ララを止めるナナの行動にモモが訝し気な表情で声を掛ける中、彼女は強い眼光を持って言いながら中央へ立つ。羞恥心が無い訳では無く、その頬は赤く染まっていた。が、それでも彼女は意を決した様に息を吸い込むと……大声で叫ぶ。

 

「あたしは姉上と同じ様にシア姉が……大好きだぁぁぁ!」

 

 放送の音よりも教室内に、校内に響き渡るナナの声。立った一言だが、それでもナナは全体力を使った様に息切れし乍ら「どうだ!」と続けてスピーカーへ注目した。長くも感じる間を置いて、成功判定の音が教室に響き渡る。

 

「ナナちゃん、顔真っ赤っか!」

 

「う、うるさい! ほっといてくれ!」

 

 教室の端へ移動したナナがメアに揶揄われる光景を見る残りの3人。そこで今度こそ前に出ようとしていたララが中心へ移動する。

 

「ナナもだったんだ! 私、凄く嬉しい! よーし、やるよ!」

 

 この場に居る誰よりも元気よくスピーカーへ向けて笑顔で拳を突き上げたララは笑顔を絶やさぬまま、静かに手を下げると胸の前に手を当てた。過去に数回、本格的に真白へ告白しているララ。だがそれでも本気の告白とは勇気の要るものである。

 

「ナナ。メアちゃん。ルンちゃん。この場に居ないヤミちゃん。皆と同じ。ううん。皆よりも、誰よりも私は真白が好き。色々あったし、これからもきっとある。だけどどんな事があっても、私の気持ちは変わらない。……パパはまだ認めてくれて無いけど、真白は絶対に私のお嫁さんにする!」

 

「んなぁ! 真白ちゃんは私の嫁だもん!」

 

「私達ってどっちがお嫁さんなのかな?」

 

「よ、嫁って……嫁って……うぅ」

 

 ララの言葉にルンが反応する中、話を聞いていたメアはナナへ質問する。が、その答えを知る者は殆ど居ないだろう。当然ナナも分からず、彼女は考え始めた末に顔を赤くしながら弱って行った。その後、成功判定の音が響いた事でララは3人の元へ。残るはこの状況に納得していない2人だけとなる。

 

 同時に4人の視線が集中した事でモモと唯はたじろいでしまう。流れを読めば当然真白への思いを何処かで見ているネメシスに聞かせる為、叫ばなければいけないのだろう。だが先に行った4人と違い、2人は分かっていた。人質となった真白の為に叫ぶ言葉をネメシスだけが聞いているとは限らないと。もし真白も聞いていたなら……そんな思いとモモはネメシスの思惑に乗る事を。唯は自分の内を曝け出す事への抵抗で中々中央へ移動しようとしない。

 

『早くしろ、モモ姫。古手川 唯。お前達次第で真白の命運が決まるぞ?』

 

「くっ……仕方、ありません」

 

「モモちゃん……」

 

 スピーカーから催促するネメシスの声が聞こえ、モモは悔しそうにし乍らも覚悟を決めて教室の中央へ移動する。彼女の行動に唯が離れ行く後ろ姿に声を掛けるが、それでも覚悟を決めたモモは振り返らない。中央に立ち、一度深呼吸をしてから黒板へ真っ直ぐに視線を向けた。

 

「私は……私はシア姉様を心の底から尊敬し、敬愛し、あ、愛しています!」

 

『ほう。それを自覚したのは何時頃からだ?」

 

「っ! あ、貴女達と出会う前です」

 

『何か切っ掛けはあったのか?』

 

「な、何で私だけこんな聞き返されるんですか!?」

 

『答えろ、モモ姫。真白を助けたければな』

 

「ぐっ、うぅ……! 元からもう1人の姉の様に思っていましたが、気付けば変わっていました。なので切っ掛けは分かりません」

 

 モモの言葉に今までと違って数回ネメシスの質問が行われ、モモは混乱と怒りを感じ乍らも全てを堪えて答え続ける。やがて最後の言葉が終わった時、数分にも感じる長い間を置いて成功判定の音が教室に鳴り響いた。安心して力を失いながらも端へ移動したモモは黒板を最後の反抗とばかりに睨みつける。そして笑顔のララに「やっぱりモモもだったんだね!」と迎えられた。

 

『残りは1人』

 

「うっ」

 

「唯~! 頑張って~!」

 

「コテ川、頑張れ!」

 

『友を助ける為に本心を叫ぶか、友を見捨てて本心を伏せるか。お前の選択次第だ』

 

 唯は思う。そんなの選択でも何でも無いと。当然真白を見捨てる事を良しとはしない。だが性格上、真白への想いを自覚しながらも隠し続けて来た彼女はこの様な形で想いを叫ぶのに至上の抵抗があった。が、偽るか断るかすれば真白の身が危ない。……故に彼女は葛藤しながらも教室の中央へ近づき始めた。

 

「(少しは素直に……素直に……こんなの少しでも何でも無いじゃない!)」

 

『早くしろ』

 

「わ、私は……私、は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は真白の事が、その……す、すす、好き、よ』

 

「声が小さい」

 

『だ、だからその……好き、なの』

 

「もっと大きい声で!」

 

『! 私は、真白の事が好きなのよ! これで満足!? ……はぁ、はぁ……!?』

 

 生徒会室。そこで映像を見続けていたネメシスと拘束された真白達は今までの出来事を全て見ていた。唯の言葉が生徒会室に聞こえる中、顔を真っ赤にして両手で覆いながら表情を隠してしまう唯の映像を背後にネメシスが笑みを浮かべて振り返る。

 

「これが現実だ、三夢音 真白」

 

「……」

 

「お前は過去にララ姫やルン、金色の闇から告白を受けた。だが他にもお前を想う存在は居る」

 

 薄暗い部屋の中でネメシスの言葉を聞いた真白は俯く事しか出来ずにいた。凛やヤミは既に何人かの気持ちを察していた為、真白程に驚きは無かった。故にネメシスの言葉に何かを言う事も出来ず、唯々真白の俯く背中を眺める。……するともう1つの見慣れぬ教室に現れた人影に気付いたヤミが顔を上げ、そして目を見開いた。

 

「! 美柑!?」

 

「!」

 

「丁度良い。真白、お前を想う存在はあれだけでは無い。誰よりも傍に居る時間の長い相手程、その心に気付けないものだ」

 

「……まさか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美柑の通う小学校。そこで休み時間を迎えた美柑は気付けば普段は立ち入らない様な空き教室に立たされていた。黒板には彩南高2年A組に書かれた言葉と同じ文があり、美柑は困惑しながら辺りを見回す。……すると彩南高に居るネメシスの声が小学校の美柑が居る空き教室にあるスピーカーにだけ木魂する。

 

『結城 美柑』

 

「! この声、ネメシスさん?」

 

『その通りだ。お前をここに呼んだのは他でも無い。目の前にある指令の通りにしろ。出来なければ書いてある通り、真白の安全は保証しない』

 

「ちょ! いきなり何言って」

 

『美柑!』

 

「へ? や、ヤミさん?」

 

 突然の事に更なる困惑をし乍らも放送の相手に気付いた美柑。ネメシスの言葉を聞いていた時、彼女よりも少し小さめな声で聞こえたヤミの声に美柑は更に驚いた。明らかにネメシスが喋る位置から少し離れた場所で大きな声を出したと分かった美柑。プツリとスピーカー越しにマイクが切れた音が聞こえ、美柑は徐々に状況を理解する。……何かが真白やヤミの身に起きていると。そして助ける為には黒板に書かれたネメシスの指令通りにしなければいけないと。

 

「こ、ここで真白さんへの思いを叫ぶ……?」

 

 確認する様に呟くも、それに答える声は無い。美柑は何度も辺りを見渡して、緊張から汗を出し始め乍らも黒板を見つめた。何度も何度も指令を読み返し、自分の状況を確認し、真白やヤミがどんな状況にあるのかを考える。

 

「や、やらなきゃ。すぅ……はぁ……」

 

 深呼吸を繰り返す。バクバクと音すら聞こえそうな程に強く鼓動を打つ胸に手を当てて、意を決した様子で美柑は口を開いた。

 

「わ、私は……えっと、その……ま、真白さんがす、好き!」

 

『それは家族としてか?』

 

「ふぇ!? え、えっと……それも間違いじゃないけど……今はヤミさんと同じで特別になりたい、かな?」

 

 頬を赤く染め乍ら答える美柑。それを最後に少しの間を置いてネメシスによる成功判定の音が空き教室に響き渡った。それと同時に空き教室の廊下へ続く扉のロックが解除され、美柑は何処へでも行ける様になる。そして同時刻、2年A組でも同じ事が起こっていた。

 

 彩南高校、2年A組の教室にて。ジッと待ち続けていた6人は前後の扉のロックが解除された事で顔を見合わせる。すると彩南高校全域にネメシスによる校内放送が響き渡った。

 

『諸君。真・生徒会長だ。三夢音 真白の捕獲は只今を持って終了。以後は普段通りの学校生活を送れ。繰り返す。三夢音 真白の捕獲は只今を持って終了。以後は普段通りの学校生活を送れ』

 

 2年A組の前でリト達を足止めしていた男子生徒達が放送を聞いて一斉に解散し始め、教室に入れる様になった事でリト達が6人の元へ。そこでは顔を赤くしたり笑顔だったり等とそれぞれ三者三様の様子を見せており、何も怪我などが無い事に安心。……そしてこの場に居ない真白が気になった事で全員が生徒会室へ向かった。

 

 その頃、薄暗かった生徒会室は電気を付けられて明るくなっていた。既に3人の拘束は解けており、ヤミや凛は立っている。が、真白だけは椅子に座ったままであった。そしてそんな彼女の前でネメシスは仁王立ちして真白の姿を見下ろす。

 

「お前達の生活は見ていてとても楽しかった。が、それももう飽きた。……三夢音 真白。そろそろ現実を知れ」

 

「ネメシス……貴様、何様のつもりだ」

 

「ふっ、あいつらと同じ真白を想う者の1人だ。が、有耶無耶は嫌いでな。こう言う事は分からせておきたい性質(たち)なんだ」

 

 黙ったまま俯き続ける真白の姿を前にしてネメシスは不敵な笑みを浮かべたまま凛の言葉に返した。すると微かに多数の足音が彼女の耳に届き、生徒会室へ大勢の人が近づいている事に気付く。ヤミや凛も気付いた中、当然同じ様に気付いた真白は……生徒会室の窓を開けて飛び去ってしまう。思わぬ行動に面を喰らった3人。足音が生徒会室の前に到着し、最初に怒り心頭のモモが入って来る中。ネメシスは飛び去った真白の姿に微かな笑みを浮かべた。

 

「面白い。奴も人の子、臆する事もあるという訳か……実に人間らしい」

 

「ネメシス!」

 

 その後、ネメシスは襲い掛かるモモや怒りを見せる面々をのらりくらりと躱し続ける。主に彩南高校で起きた大事件は真白の無断欠席と言う現状を残して終わりを迎えるのであった。



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最終話 楽園の始まり

 夕時を迎え、空が茜色に染まる中。真白は彩南町の河川敷で座り込んでいた。既に無断欠席してしまった授業も終わっている頃だろう。本来ならば真っ直ぐ結城家へ帰り、美柑と共に夕食の準備に取り掛かっている時間。……だが真白は1人で料理をしているかも知れない美柑に申し訳なく思って帰ろうとする度、ネメシスによって見せられた光景が脳裏に蘇ってしまう事で持ちあげた腰を下ろしてしまう。

 

「真白~! 何処に居るの~!」

 

「!」

 

 突然聞こえて来たララの声に真白は驚き、咄嗟に取った行動は隠れる事であった。列車の通る橋の下に身を隠し、他にも気付ける要素が無くなる様に光の壁を薄く作り出す。……真白は知らない。それが自分の匂いすらも遮り、別の何処かで探し続けていたヤミの捜索を妨害した事を。ララは声を出しながら徐々に離れて行き、再び車や川の音だけが聞こえる中で真白は膝を抱えた。

 

「……」

 

「真白さん」

 

「!?」

 

 抱えた膝に真白が顔を埋めてしばらくした頃。突然別の誰かが自分の名前を。それも明らかに自分が居る事を分かっている様な声音で呼んだ事で、真白は顔を上げる。薄い光の壁の向こう、そこに立って居たのは心配そうに自分を見つめる春菜の姿であった。

 

「……春菜」

 

「真白さん、大丈夫? 皆探してるよ?」

 

「……」

 

 春菜の言葉に真白は顔を俯かせる。そこで春菜が近寄ろうとするも、光の壁に阻まれて一定距離を超える事が出来なかった。そんな光景に真白は気付くと、春菜の立つ壁だけ消滅させる。入れる事になったと気付いた春菜が中へ入れば、光の壁は再び出現した。……そして春菜は真白の隣に座り込むと、同じ方を見ながら口を開いた。

 

「何か、あったんだよね?」

 

「…………春菜は……リトが好き」

 

「へ? あ、あの、えっと……え?」

 

 質問に帰って来たのは思ってもいなかった内容であり、春菜は混乱しながら顔を真っ赤にする。だがそんな様子を気にした様子も無く真白は顔を上げると、橋とその左右に見える茜色の空を見上げながら言葉を続けた。

 

「……どうして?」

 

「え?」

 

「……どうして……リトを、好きになったの?」

 

「っ!」

 

 最初の質問に聞き返した春菜。だが続けられた質問に真っ直ぐに見つめる真白の目に春菜の身体に緊張が走る。それは里紗や未央の様に軽い調子で聞いているのでは無く、本気で知りたがっていると分かる目だった故に。一度視線を外して真白と同じ様に空を見上げ、春菜は高鳴る鼓動に手を当て乍ら再び真白と目を合わせる。それは真っ直ぐに聞いた真白と同じ様に淀みない真っ直ぐな目だった。

 

「私が結城君を好きなのは、彼が優しい人だって知ってるから。最初は中学生の頃に花壇の水遣りをしていた事に気付いて、それから何時の間にか目で追う様になって……結城君は何時だって誰かの為に行動出来る。それがどんなに危険な人でも、困ってるなら見過ごせない。そんな彼の優しさが私は好き」

 

「……」

 

 春菜の素直で偽りの無いリトへの思いを聞いて、真白は再び空を見上げる。微かに空を飛ぶナナやモモの姿が視界に映る中、真白は空を見上げたまま呟く様に口を開いた。

 

「……春菜は……凄い」

 

「そ、そうかな? でも真白さんだって」

 

「私は……私、は……分からない。……ララへの気持ちも。……ルンへの気持ちも。……なのに」

 

 その言葉の続きを真白が発する事は無かった。だが明らかに真白が残りの授業を無断欠席してまで逃げ出した理由が恋の話であると察した春菜。自分とは違う同性同士の恋を前に春菜は何を言うべきか迷い、だがそれでも言うべき事を言う為に真白の名前を呼んだ。

 

「真白さん。考えるのは大事な事だと思うよ。でも無理に答えを出そうとしても、それで出た答えはきっと良い答えじゃ無いと思う」

 

「……でも」

 

「何時か私達は大人になる。そしてその時は皆バラバラになるのかも知れない。だけどもしそうなったとしても一緒に居たい人。そんな人を考えれば良いと思うの。……それが例え1人でも2人でも、思った相手はきっと自分にとって大切な人だから」

 

 『大切な人』。その言葉を聞いて真白が思い浮かべたのは1人や2人では無かった。嘗てシンシアだった頃の繋がりから始まり、林檎に拾われて真白となってから生まれた繋がり。その繋がりの先に居る人達は1人残らず真白に取って大切な人達。誰とも離れたく無いとは思うも、それが叶わない事も分かっている。……考えれば考える程に嵌って行く中、ある時モモの言った言葉を真白は思い出した。

 

『シア姉様は……複数の人と愛し合う事は、駄目な事だと思いますか?』

 

 誰か1人を選ぶのではなく、複数を選ぶ選択肢。それは地球で育つ時間の長かった真白にとって他人事なら良いと思えても、自分の事になると抵抗があった。……結局あの時、モモへの言葉は他人事だったのだ。

 

「今、皆で真白さんを探しまわってる。だから今は皆のところに帰ろ?」

 

「……ん」

 

 立ち上がり、手を伸ばす春菜の手を取って真白は立ちあがる。そして自分と春菜を囲う光の壁を消した途端、2人の元に白い羽を生やしたヤミが急速で降り立った。そして彼女の鼻を頼りにしていたのだろう、モモがその後を追って姿を見せる。

 

「ようやく見つけました」

 

「シア姉様! ネメシスに何もされていませんか!?」

 

「……」

 

 目の前に立つヤミの言葉と同時にその横を飛び出して真白の身体を触りながら確認し始めるモモ。余りの速さに春菜が頬を掻いて僅かに引き攣った笑みを浮かべる中、真白は自分の身体を触るモモの肩を両手で掴んで引き離した。

 

「……モモ」

 

「シア姉様? ……シア姉様。私は分かってます。あの時、シア姉様は私達の言葉を聞いていたのですよね?」

 

「! ……ん」

 

「なら、これだけは忘れないでください。確かにネメシスに言わされはしました。ですが、言った言葉は私の本心です。他の皆様もきっとそうでしょう」

 

 真白の様子を見て予想通り自分達の言葉を聞いていたと察したモモはそれを誤魔化す事もせずにその真意を告げる。そして無表情乍ら困った様な表情を見せる真白を見て、モモは優しく笑みを浮かべた。

 

「シア姉様がここに居るのはそれを知ったから。……ですが悩む必要はありません。私が誰もが幸せになれる結末を作ります」

 

「プリンセス・モモ。何をするつもりですか?」

 

 目を細めてヤミがモモへ質問すれば、彼女はヤミを見た後に空や河川敷の向こうから近づいて来る複数の人影を見て笑った。

 

「作りましょう! シア姉様を中心とした楽園(百合ハーレム)を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日。真白は何時もの様に結城家で起床する。だがあの日から大きく変わった事があった。……それは。

 

「おはようございます、シア姉様♪」

 

「今日も潜り込みましたか、プリンセス・モモ」

 

 嘗て真白に気付かれない様潜り込み、気付かれぬ内に部屋を出ていたモモが隠す気も無くベッドへ潜り込む様になった事。更に前は止めていたヤミがそれをジト目で見るも、止める事は無くなった事。同じ部屋で着替えをしてリビングへ向かえば、そこで待っていたのはまだ眠そうな美柑の姿だった。

 

「あ、おはよう真白さん」

 

「おはよう」

 

 何時もの様に朝の挨拶を交わし、ヤミとモモはリビングの椅子に。2人はキッチンへ向かう。が、そこで料理を作る間の美柑との距離感はとても近かった。真白が美柑の顔を見れば、見られた彼女は優しく笑みを返す。何処か今までと違う雰囲気がそのキッチンには存在していた。

 

「おはよう、皆!」

 

「おはよう~」

 

「まうまう~」

 

 やがてララとナナがセリーヌを連れてリビングへ起きて来る。ララは朝から元気良く。ナナはセリーヌと共に眠そうに欠伸をしながら。そしてまたここで普段と違うのが1つあった。それは朝のお風呂に入る筈のララがすぐに入ろうとはせずにリビングから真白の様子を眺め始めている事。

 

「? あぁ、今日はちょっと早いのか」

 

「そう言う事。真白! 後で一緒にお風呂入ろうね!」

 

「……分かった」

 

 全員が今日起きた時間は朝食を食べ終えても登校するにはまだ早い。そんな時は朝食を先に食べてから真白とシャワーを浴びる様にララはし始めたのだ。真白もそれを受け入れる様になり、そうなると大概始まるのは……モモとナナの参戦。

 

「ならあたしも入る!」

 

「異空間にあるシャワールームを改築しましたから、問題ありませんね。美柑さんはどうしますか?」

 

「う~ん、私も一緒に入ろっかな」

 

「ヤミちゃんもだよね?」

 

「当然です」

 

「まうまう!」

 

「……セリーヌも、入る?」

 

「まう!」

 

 2人を切っ掛けにこの場に居る全員で入る事が決定。そこで最後の1人であるリトがリビングに現れた事で全員が挨拶をしてから各々自分の普段使っている席へ着いた。そして真白が料理をする真横で、美柑が少しニヤリと笑ってリトへ声を掛ける。

 

「リト、春菜さんとはどうなの?」

 

「どうって……どうも、無い……けど」

 

 あの出来事があって数日した頃。リトは春菜から告白を受け、自らも告白をした事で付き合い始めていた。リト本人の口からそれを告げた訳では無いが、彼が稀にニヤニヤと笑みを浮かべる姿と春菜の強い心を改めて知った真白は同じく察した美柑と共に彼を祝福。今は恋人として過ごしている様子である。初心な彼にまだそれ以上は厳しいのだろう。2人の関係を知るが故に全員が応援しながら、自分もまた進展を目指そうと気合を入れる。

 

 朝食と大人数でのシャワーを終え、真白は全員で彩南高校へ登校。途中で里紗や未央、春菜とも合流して2年A組へ向かう。が、その途中で下駄箱に入った真白は急接近する人影に構える。反撃では無く、受け止める為に。

 

「真白ちゃーん!」

 

「……ん……ルン……おはよう」

 

 身体を何回か回転させて飛びついて来たルンの勢いを受け流しながら、真白は胸に顔を埋めるルンの頭を撫でて挨拶をする。顔を上げて笑顔で答えたルンは真白から離れて普通に立つと、今日はアイドルの仕事がオフであると真白へ告げた。そこで今までの流れを見ていたララが笑顔でルンに声を掛ければ、ルンはムッとした表情をして真白を腕に抱き直して警戒し始めた。

 

「ララ! 絶対に負けないんだから!」

 

「ルンちゃん……うん、お互い。頑張ろうね!」

 

「うっ! ……覚えてなさいよぉ!」

 

 威嚇する様にララへ言い切ったルン。だが無垢とも言える純粋な笑顔で返された事でルンは狼狽えた後、捨て台詞を吐いてその場を離れて行った。それから1年生と2年生で別れた後、教室に入った真白達を出迎えたのは既に登校していた唯やお静。笑顔で挨拶をする中、席についた真白の元へ近づいたのは唯であった。

 

「今日も囲まれてるわね」

 

「……」

 

 何気ない言葉。真白はその言葉に笑顔で会話をするララ達の姿を眺めるだけで何も言わなかった。すると突然クラスメイトの1人が真白へ話し掛ける。内容は1年生が呼んでいると言うもの。真白と唯は何となく誰だか予想が出来た事で伝言に頷いて席を離れた。

 

「あ、おはよう真白先輩♪」

 

「……メア……おはよう」

 

「ねぇねぇ、早速だけど今日の放課後ネメちゃんと商店街に行かない?」

 

『メア、それでは生温いぞ』

 

「!」

 

 真白を呼んだ1年生はメアであり、挨拶をした後に真白へ放課後の誘いを始める。了承するには美柑に連絡をして大丈夫かどうかの確認をする必要があるが、それを言うよりも先に突然聞こえたネメシスの声。そしてそれと同時に真白の腹部から上半身だけを出現させたネメシスの姿に真白は驚き目を見開いた。傍から見ればテレビで見るホラーとは比べ物にならない程に恐ろしい光景だが、既にそんな恐ろしい光景すら彩南高校の生徒には日常になりつつある。

 

「商店街に馴染の三食団子の店がある。金色の闇も連れて今日、そこへ行くぞ」

 

「遠慮します」

 

「かなり美味い鯛焼きもあるぞ?」

 

「……真白にお任せします」

 

 ネメシスの言葉に話を聞いていたヤミが近づいて答えるが、ニヤリと笑みを浮かべて鯛焼きの事をネメシスが告げるとヤミは真白へ選択を委ねた。既にそこでは携帯電話を使って美柑に連絡を取っている真白の姿があり、少しの間を置いて真白は答える。

 

「……美柑も……一緒」

 

「良いだろう。放課後、約束だ」

 

「皆で放課後にお菓子……素敵♪」

 

 HRも近づく中、約束を終えた2人は教室へ向かう。真白も自分の席へ戻り、やがて来る担任の骨川を待ち続けた。

 

 1限目から4限目までの授業を終え、昼休みを迎えた真白は唯とヤミを連れて中庭へ向かった。するとそこには既にモモが待っており、現れた真白達を笑顔で迎える。同じ1年生であるナナとメアは一緒に昼食を食べる為、ここには来なかった様である。

 

「何か、あんな事があったのに変わらないわね」

 

「そうですね。……メアさんが言ってしまった時は非常に焦りましたが」

 

 4人で食べる平和な昼食の時間を感じて唯は思わず呟き、モモが同意を示しながら先日起きた出来事を思い返した。それはネメシスが起こした出来事の翌日。真白へ計画を提案したモモは自分と同じく真白へ好意を抱く存在を本格的に仲間に引き込む方法を考え始めていた。だがそんな彼女の計画を破壊する様にメアが全員の集まった場所で言ってしまったのだ。

 

『あの時の告白、全部真白先輩に聞かれてたんだって!』

 

 ネメシスと仲が良い彼女だからこそ知れた事。そして彼女はそれを隠す気も無く教えてしまい、大体察していた唯はやっぱりと顔を真っ赤にし乍らも俯く中で一番大変だったのはナナであった。余りの恥ずかしさにその日1日空回りしたナナ。彼女を通じて結城家で美柑も知ってしまい、結局全員が真白に自分の気持ちを知られた事を自覚する様になった。

 

 それからと言うもの、吹っ切れた美柑やナナは今までの比にならない程真白へ接する様になった。ララは元から他の誰かが真白の事を好きだとしても笑顔で受け入れ、モモは全員で真白を囲う計画を考えている時点で覚悟が出来ていた。2人がどう思っているかは定かでないが、計画に取り込むのは難しい事では無いだろう。そして真白の傍に居るヤミは既にモモの計画を一緒に聞いていた為、何も言う事は無かった。……真白が悩み苦しむ姿を見るぐらいならその方が良いと思ったのだろう。

 

「こう変わらないと、気が抜けるわ」

 

「ふふっ。余り抜き過ぎるとシア姉様は取られてしまいますよ?」

 

「真白はものじゃないわよ。でも……そうね。もう隠す意味は無いのよね。後は、自分次第」

 

 ヤミと並んでお弁当を食べる真白の姿を眺めながら、唯は小さな声で呟いた。そしてそんな彼女の姿にモモが微かな笑みを浮かべる中、昼食の時間は進む。その後、口数の少ない2人も交えて会話をし乍ら昼食を終えた後は学年で別れて教室へ。残りの授業を終えれば真白は約束を守る為にネメシス達と商店街へ向かう。

 

 三夢音 真白という1人の少女に恋する少女達と、彼女を取り巻く家族や仲間達との日常はまだまだ終わらない。




まずはここまで読んで頂き、ありがとうございます。

今回の話にてダークネス編が完結。それはつまり原作の終了を意味する為、大きな区切りとして最終話とさせて頂きました。因みに【まだ投稿はします】。速度は大きく変化するかもですが、以降は別章として今まで手を付けて来なかった番外編や原作本編外の話が主となる予定です。

また、別作【愛され過ぎた少女達】で用意している【R18版】の話も徐々に始めるつもりですので、読める方は今後是非そちらもよろしくお願い致します。

今後の投稿形式についてはまだ思案中ですが、とりあえずは何時もの様に。

ストック終了。また【5話】or【10話】完成をお待ちください。


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Extra
EX1話 何もしてはいけない日


執筆速度の大幅な低下に伴い、今作は【3話】完成毎に投稿とさせて頂きます。

【3話】完成。本日より3日間、投稿致します。


 朝の陽射しが入り込み始める真白の部屋。そこで部屋の主である真白は目を覚ました。休日だったこの日、それでも普段通りの生活リズムを送るならば起きて同じ様に起きるであろう美柑と共に朝食を作る。が、布団を捲ってベッドから出ようとした真白は昨日言われた言葉を思い出した。

 

『普段、2人は休みの日でも休めて無いだろ? だから明日は2人の休みだ!』

 

『明日は全て、私達が家事を引き受けます。シア姉様と美柑さんは1日何もしないでください』

 

『普段任せっきりだからね! ゆっくり休んでね!』

 

 平日は勿論の事、休日も家事炊事洗濯等を美柑と熟す真白。それを知っているララ達が突然言い出したのはその全てを引き受けると言う事。話の中でリトもララ達に協力すると言い始め、その結果生まれた『何もしてはいけない日』。目覚めてしまったものの、今下に降りれば誰かと遭遇して怒られてしまう可能性がある。故に真白は少し考えた後、もう1度自らに捲った布団を掛けた。

 

『真白さん、起きてる?』

 

「……美柑?」

 

 だが再び横になる寸前、部屋の扉がノックされる。そして聞こえて来る美柑の声に真白は首を傾げた。静かな部屋の中と廊下では例え大きな声で無くても響き、美柑は真白の声を聞いて起きていると確信した事で「入るね」と告げて扉を開けた。

 

「あ、今起きたって感じ?」

 

「ん……美柑も?」

 

「あはは、うん。こう、自然と目が覚めちゃってさ……」

 

 毎日同じ時間に起床している2人はその身体が起きる時間を覚えてしまっていた。故に同じ時に目を覚ました2人。だが美柑も真白と同じく降りれば自ら全てを請け負うと言ったララ達に不満を感じさせてしまうと思ったのだろう。それを察した真白は僅かな間を置いて美柑を手招きした。

 

「真白さん? って、うわぁ!」

 

「……二度寝」

 

 自分を招く真白の姿に近づいた美柑は、そのまま布団の中へ引きずり込まれてしまった。まだ着替えずパジャマの姿だった美柑はそのまま自らの身体に布団を掛けられ、焦っている間に真白も横になって布団を被ってしまう。結果、隣り合って眠る事になった2人。もう何度も経験している事だが、美柑は思わぬ形で真白と添い寝する事になったと分かって頬を赤く染めた。

 

「……美柑」

 

「へ? な、なに?」

 

「……おやすみ」

 

「え、あ……うん。おやすみ」

 

 まだ状況に追いつけていなかった美柑は突然名前を呼ばれて真白に身体を向ける。すると彼女は美柑の片手を掴み、表裏両方を包む様に握って声を掛け乍ら目を閉じてしまった。焦りや混乱が一周回って多少冷静になれた美柑は自分の片手を大事そうに掴む真白の姿に答え、少し考えた後に自らも真白の片手を包む様に握って目を閉じた。……それから2人が目を覚めるのは1時間程後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リトを含めてララ達が作った朝食は地球の料理であった。宇宙人だからこそ作れる真白達の知らない料理は夕飯の時にとモモに言われ、現在真白はリビングのソファで雲1つ無い空を唯ジッと見上げていた。ナナによって干された洗濯物が風に揺られ、結城家に訪れていたのは平穏で退屈な時間だった。

 

「……平和」

 

「平和ですね」

 

「平和だね」

 

「まぅまぅうぅ」

 

 真白の言葉に賛同するのは左右に座るヤミと美柑と、真白の膝に座るセリーヌだった。ララ達は現在夕食の準備をする為に買い物へ出ており、リトは才培に呼ばれて手伝いに。結果、結城家に残った4人はリビングで寛いでいた。

 

「ふぁ~。また眠くなって来たかも」

 

「……寝る?」

 

「う~ん。朝も二度寝したし、余り寝ると夜眠れなくなっちゃうんだよね」

 

「ま……うぅ……」

 

「セリーヌは眠そうですね。……何か食べますか?」

 

 欠伸をする美柑の姿に真白が提案するも、美柑は悩んだ末に涙を拭きながら首を横に振った。真白の膝上では既に船を漕ぐセリーヌの姿があり、ヤミはそんな彼女を眺めた後に提案する。何か食べている間は眠くならないと思ったのだろう。他意はあるかも知れないが、察した2人は特に何も言う事は無かった。そして美柑が立ち上がろうとすれば、ヤミは片手を出してそれを制する。

 

「私がやります。今日は真白と美柑が何もしてはいけない日、ですからね」

 

「そこまで徹底しなくても……じゃあ、ヤミさん。お願い」

 

 美柑は徹底するヤミの姿に頬を掻き、彼女にお願いする事にした。2人は知らないが、ヤミはモモから『何かしようとしたら止めてください』と言われていたのだ。ソファから立ち上がった彼女はキッチンにある冷蔵庫に向かい、備え付けられている冷凍庫を開ける。

 

「今川焼き。大判焼き。鯛焼き。どれが良いですか?」

 

「全部焼き方が違うだけで中身は同じ気が……ど、どれでも良いよ?」

 

「……ん」

 

「では、適当に」

 

 基本的にヤミが好む中身は餡子であり、他の面々も嫌いという訳では無いが餡子の印象が強い故に全種中身は餡子だけ。つまりどれを選んでも見た目が違うだけで中身は同じであり、美柑の言葉と真白の頷きを確認したヤミは適当に4つ取り出して電子レンジへ。冷凍を4つ一気に温めるとなればそこそこ時間が掛かる為、ヤミはレンジの前で待たずにソファへ1度戻った。

 

「ララさん達が作る料理、どんなだろうね?」

 

「朝はパン。お昼は麺でしたが、夜は分かりませんね。プリンセス・モモの言葉通りなら地球の料理では無く宇宙の料理にする様ですが」

 

「ヤミさんは地球以外の料理を食べた事あるでしょ?」

 

「無い訳ではありませんが、最低限空腹を満たせれば良かったので余り考えてませんでした」

 

 真白を探しながら暗殺者として生き続けたヤミにとって、その間の食事は拘る必要のない物だった。故に宇宙の料理を余り知らず、美柑の質問に答えられなかった。真白も幼い頃に食べていた物の記憶は殆ど無く、覚えていてもティアの元で自分が作っていた故に無難な物。その後地球に来た為、宇宙特有の料理に触れる事は殆ど無かった。……結局この場に居る全員、どんな料理が来るのか想像もつかなかった。

 

「リトも手伝うって言ってるし、変なのは出来ないと思うけど……ちょっと不安かも」

 

 美柑の言葉に真白とヤミが頷いた時、電子レンジの温めが終わった高い音がリビングに響いた。その音で船を漕いでいたセリーヌも目を覚まし、ヤミは電子レンジへ向かった後に鯛焼きが2個。他2種が1個ずつ乗ったお皿を手に戻る。

 

「どうぞ」

 

「ヤミさんはやっぱり鯛焼きでしょ? 真白さんはどうする?」

 

「……セリーヌ」

 

「まぅ!」

 

「セリーヌは鯛焼きか。じゃあ、私が今川焼きで良いかな?」

 

「ん……」

 

「熱いので気を付けてください」

 

 ヤミの注意を聞いた後、真白達はそれぞれ1つずつ両手に持って同時に齧りついた。……そして結城家のリビングには4つの笑顔が咲くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに夕食でララ達とリトが力を合わせて作った宇宙の料理は予想通り初めて見るものであり、問題無く美味しい物であった。

 

「偶にはこんな日も良いかも、ね?」

 

「ん……」



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EX2話 凛と手合わせ

 時は休日の昼前。そこに鳴り響くのは何度もぶつかり合う竹刀が鳴らす甲高い音と鈍い足音。用意された豪華なソファでティーカップを片手に鑑賞して居た沙姫と彼女の後ろに立っていた綾は目の前の光景に呆気に取られ、その手を止めてしまっていた。

 

「はぁ!」

 

「っ!」

 

 繰り広げられるのは死闘にも見える戦い。決して命を掛けた戦いでは無いが、本人達はあくまでも本気なのだろう。振るわれる竹刀の速度は2人には見えておらず、見えるのは本人達の姿とぶつかった際に一瞬止まる2本の竹刀だけ。何度か音を鳴らした末、両者は距離を取って互いを見合う。

 

「はぁ。はぁ……中々筋が良いな、三夢音」

 

「……そう?」

 

「凛、楽しそうですわね」

 

「はい。私にもそう見えます」

 

 肩で息をし乍らも、沙姫と綾が見る友の顔はとても楽しそうであった。対する真白は特に疲れた様子を見せず、片手に竹刀を持ったまま首を傾げる。普段から剣を扱う事が殆ど無い真白が常に背へ竹刀を帯刀している凛と引けを取らず戦えているのは、宇宙人故の身体能力がその差を補っているからであろう。

 

「剣を扱った経験はあるのか?」

 

「……昔……練習した」

 

 凛の質問に真白はそう言って竹刀を片手に空けた片手で何かを握る様な仕草をする。するとそこに光が集まり始め、やがて輝きを放つ剣の様な形となった。そしてそれを軽く左右に振ってから手を開けば、光は宙で溶ける様に消えてしまう。普通ならありえない光景だが、この場に居る人物は宇宙人の存在を理解している為に誰も驚く事は無かった。

 

「……でも……上手く使えない」

 

「そうか。私もまだまだ未熟な故、余り言えた事では無いが……素質はある。鍛錬を続ければものに出来る筈だ。当然、楽では無いが」

 

「……」

 

 真白は凛の言葉に片手で持つ竹刀を眺める。真白の知る人物で剣を扱うのはザスティンと凛の2人だけ。前者はデビルーク最強の剣士と言われる程の腕を持ち、後者は特に大きな肩書は無くとも多少は心を許せる友達。剣を習うとするなら、真白は凛を選ぶだろう。何度か敗北を経験している以上、周りを守る為に。自分が負けない為に強くなる方法としては良い案かも知れない。……そんな事を思いながら、真白は竹刀を凛へ向ける。型も何も無い、唯真っ直ぐに向ける竹刀の先。凛は真白の行動に少し驚いた後、笑みを浮かべて竹刀を構える。

 

「ふっ。まずはこの勝負を終わらせるとしよう!」

 

「ん……」

 

 互いに互いを見つめ合い、静かな場に思わず沙姫と綾が息を飲む中、一瞬の間に両者は動いた。まるで見ていた2人には唯すれ違っただけの様に見えたが、その一瞬で勝敗は決する。気付けば真白の手に竹刀は無く、明後日の方向へ真白の手にあったそれは落下していた。言葉を交わす事無く両者共に振り返って再び互いを見合い、軽くお辞儀をして……戦いは幕を閉じる。その勝者は凛であった。

 

「……負けた」

 

「剣の勝負だ。例え身体能力に差があったとしても、易々と負けてやる訳には行かない」

 

 それは凛の意地の勝利と言っても良いだろう。綾が近づいて来る凛と真白にタオルを渡す中、呆気に取られていた沙姫が我に返ってソファから立ち上がる。頬に片手の甲を当てて見せる高笑いは常に彼女の傍に居る2人は勿論、真白も見慣れたものだった。

 

「お見事でしたわ! 下手な見せ物を見せられるより有意義な時間でしたわね」

 

「沙姫様……恐悦至極に存じます。にしても、大分濡れてしまったな」

 

 沙姫の言葉にタオルを首から下げ乍らお辞儀をして返した凛は、再び汗を拭いながらも自分や真白の服を見る。特に剣道着等を着用して居た訳では無い私服だった2人。汗に濡れた服は肌に張り付き、下着が薄っすらと透ける様に見えてしまっていた。この場には女性しか居ないため、特に気にした様子の無い凛。真白も同じであり、だが気分的に余り良いものとは言えなかった。

 

「お~ほっほっほ! そうなると予想して既に家の者に何時でも入浴出来る様、手配済みですわ!」

 

「一応代えの服も用意してあるよ。三夢音さんの分もあるから」

 

「着ている服は今から洗濯と乾燥を済ませればすぐにまた着れるでしょう。それまではそれで過ごすと良いですわ。何方も天条院家の服。着心地は私が保証致しますわ!」

 

「ありがとうございます、沙姫様」

 

「……ありがとう」

 

 汗に濡れる2人を前に再び高笑いをする沙姫。そんな彼女の横で何時の間にか2組折り畳まれた服を手に綾が近づき、凛と真白へ渡す。そして何時もの様に自信に溢れる沙姫の言葉に礼を言って、凛と真白は入浴する為に足を進め始める。

 

 4人が居たのは天条院家の所有する体育ホール。汗に濡れた者達がすぐに流せる様に入浴施設も完備されており、普段は何処かの団体に貸す事が多い施設であった。だが凛が真白に何気なく剣の勝負を挑み、場所を沙姫が用意した事で今の状況が出来上がったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁に掛けたシャワーから出るお湯を頭から被り、普段は縛っている髪を降ろして気持ちよさそうに目を閉じる凛。そんな彼女の少し離れた場所では既に浴び終えた真白が大きな浴槽に溜まった湯船に彼女へ背を向ける形で浸かっていた。

 

「ふぅ……三夢音」

 

「?」

 

「ありがとう。私の我儘に付き合ってくれて」

 

「ん……悪く、無かった」

 

 掛けられた言葉に真白は湯船から自分の右手を出し、それを眺めながら一度握って静かに開く。嘗て負けた経験があった為、家族や友人達を守る為に強くなろうとしていた真白。だが少し前、再び負けて助けられたが故に真白は嫌でも自分の弱さを感じずにはいられなかった。この先もどんな危険が降りかかるか分からない。故に真白は強くなりたいと願い、今回の誘いにも乗ったのである。普段は使わない剣での戦い。それが自分に出来るかどうかを知る為に。

 

「……凛、強い」

 

「言っただろ? まだ私は未熟だ」

 

 身体を洗い終えた凛が湯へ浸かりながら真白の言葉に答える。そして暖かさに僅か乍ら凛が目を細めれば、彼女の答えを聞いた真白が湯の暖かさを感じたのとは別の意味で目を細めて凛を見た。普段剣を使う事が無いとは言え、地球人よりも数倍高い身体能力を真白は駆使して戦っていた。その差はそう簡単に埋まるものでは無く、だが真白は事実凛に負けてしまった。……つまりそれは宇宙人との身体能力の差を凛が埋める程に強いと言う事。彼女が未熟なら、成熟した人間はどれ程の強さになるのか? 真白はそれ以上考えるのを止めた。

 

「三夢音。今日はこの後、何か予定はあるのか?」

 

「……夕方まで……平気」

 

「そうか。なら良かった。沙姫様から私が代わりにお前を昼食へ招待する様に、言われている。来てくれるか?」

 

「……分かった」

 

 既に時間は昼前。夕食を美柑と作る予定はあったものの、昼食に関しては既に約束をした段階で超える可能性も視野に入れていた真白。予めそれを美柑達に伝えて置いた為、急いで帰る必要は無かった。故に真白は沙姫の招待を受ける事にする。

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「……何?」

 

「あ、いや……何でも、無い」

 

 昼食を共にする事も決まり、湯船で暖かさを堪能する真白。無表情乍ら何処か気持ちよさそうにしている真白の姿をジッと眺めていた凛。やがて真白がその視線に気付いて声を掛ければ、凛は首を横に振って言葉を濁した。

 

 現在入っている湯の色は無色透明。入っている身体は水面で僅かに揺れて歪みながらも見えており、凛は先程まで真白の身体を見ていた。プロポーションの良い身体ならば、沙姫の身体で見慣れている凛。真白と同じ湯に入る機会など殆ど無く、増してや真白の裸体を見る事など無かった彼女はそれを見て思い出していたのだ。自分よりも見た限りでは小さくて華奢なその身体に、数日前。九つの好意が突きつけられたのだと。

 

「お前も……強いな」

 

「?」

 

 今では何事も無かった様に日常が戻っているが、全てが無かった事になった訳では無い。今でもララを始めとして一部の面々が分かり易く彼女へ好意を見せているの見ている限りでは何らかの形で収束したと分かる凛。既に彼女達の好意を理解している以上、真白が何も思わないとは凛には考えられなかった。初めて普段反応の薄い真白がその場から逃げる姿を目の当たりにしたのだから、余計である。だからこそ、それを乗り越えて日常に戻った真白に凛は彼女の内なる強さを感じていた。

 

「そろそろ出るとしよう。恐らく昼食の支度はもう始まっている」

 

「ん……」

 

 大きな水音を立てて2人は立ち上がり、浴場を後にする。タオルで身体を拭いて用意された着替えを着ていれば僅かに時間が過ぎ、やがて凛に連れられて向かった先には長いテーブルの上に豪華な料理が並ぶ光景。

 

「お~ほっほっほっほ! 三夢音さん、最高のランチをご用意しましたわ!」

 

 そして高笑いする沙姫の姿と傍に控える綾の姿。凛と真白は互いに目を合わせて僅かに笑みを浮かべ、2人の元へ歩みを進めるのだった。



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EX3話 アイコンタクトへの憧れ

 休日の朝。賑やかな朝食も済ませ、自分の部屋で寛いでいたリトは喉が渇いた事で再びリビングへやって来た。美柑を始め、誰かが居るだろうと予想していたリト。そんな彼の予想通り、リビングには美柑を含めて5人の人影があった。

 

「何やってんだ?」

 

 誰かが居るのは当たり前の事。故にリトは最初、特に声を掛ける気等無かった。が、彼は何故か床に座った真白を前にソファで並んで座るララとモモ。そして両脇でそれを眺める美柑とヤミの5人を見て声を掛けずにはいられなかった。

 

「あ、リト! ねぇねぇ、リトは目を見て真白が何を言ってるか、分かる?」

 

「目を見て?」

 

「……」

 

 ララの質問を受けて真白へ視線を向けた時、真白もまたリトへ視線を向けていた。宝石の様に綺麗で何処か吸い込まれそうにも感じる真っ赤な瞳。その目に字が浮かぶ訳も無いが、リトはララの言葉を受けて真白と目を合わせる事数秒。静かに目を閉じてララへ視線を戻した。

 

「流石に無理じゃないか? 何となく、『足が痛い』って事しか分からないし」

 

「足が……? シア姉様、ずっと正座だったんですね。此方へどうぞ」

 

「凄いね、リト!」

 

 彼の言葉を聞いたモモは一瞬首を傾げるが、すぐに真白が自分達と目を合わせ易いように正座で座っていた事に気付いた。そして自分の隣へ座る様に言えば、真白は頷いてゆっくりとそこへ座る。どうやら足が痺れている様で、何処かその動きは鈍かった。

 

「やっぱリトも出来るんだ」

 

「あれくらいなら美柑でも分かるだろ?」

 

「私も可能です」

 

 美柑とリトの会話を聞いていたヤミが何処か胸を張った様な様子で続ければ、それを聞いていたララが羨まし気に声を上げて再び真白と今度は同じソファに座ったまま見つめ合い始める。今の会話で何となく今やっている事を察したリトは一度その場を離れて本来の目的である飲み物を片手にキッチンからその様子を眺め始めた。

 

「今、シア姉様と目で意思疎通が出来るのはリトさん。美柑さん。ヤミさん。そして古手川さんの4名」

 

「私とリトはずっと一緒に住んでたからね」

 

「私もティアと一緒に真白と居ましたし、再会してからは地球でも一緒でしたね」

 

「唯は真白の地球で最初の友達なんだよね?」

 

「ん……」

 

「そう考えると、時間の問題と考えるべきですけど……」

 

 真白と目だけで意思疎通を図る事が出来るのはそれ程までに仲が良い証拠。そう思ってしまうモモは仕方ないと言えど、それが出来る4人を羨ましく思っていた。故に今、こうして自分も出来る様にと挑戦し始めたのだ。が、結果は失敗。真白が考えている事は結局分からず、どうすれば良いのかと悩み始める。

 

「何かコツとか無いの?」

 

「コツって言われてもなぁ~」

 

「気付いたら出来る様になってましたので」

 

 ララの質問に首を捻る美柑とヤミ。美柑は言葉通り、気付いた時には出来る様になっていた。しかしヤミの場合は学校で唯と真白が言葉を交わさずに意思を交わす姿を見て、今のララ達と同じ様に羨ましく思った事がある。が、既にそれは過去の話。彼女の記憶からそんな嫉妬する様な出来事は消え去り、今では自分も当然の様に出来ると胸を張れる様な事実だけが残っていた。

 

「う~ん、何事も経験って言うから真白の気持ちが分かる様になってみよう!」

 

「なってみよう! って……まさか」

 

 美柑は何処か嫌な予感を感じる。ララが取り出したのはデダイアルであり、それを見た他の面々も彼女が何をしようとしているのか理解出来た。が、止める間もなくララはデダイアルを操作してそれを手元へ出現させた。

 

「カイカイカイセキくん! これで真白の考えてる事が分かるよ!」

 

 それは小さな扇形の貝。ララがそれを開けば、中には小さな画面とビー玉サイズの丸い何かが数粒入っていた。ララは何も言わずにその粒を手に取ると、真白へ近づける。

 

「はい、あーん!」

 

「……」

 

「これを飲めば、飲んだ人が考えてる事がこの画面に表示されるの! 大丈夫だよ、身体に害は無いから!」

 

「……ぁー」

 

 心配そうに見守る美柑達を横目に、ララの説明を受けて真白は小さく口を開いた。そしてララにその粒を口の中へ放られれば、唾で簡単に飲み込む。……数秒沈黙が続いた後、突然ララの持つ貝の画面に白い文字が表示され始めた。

 

『何も起きない』

 

「これ、真白さんが考えた事なの?」

 

「うん。だよね? 真白」

 

「ん……」

 

「って言っても俺も同じ事考えてたしな……」

 

 表示された画面を見て美柑がララへ聞けば、ララは真白へ。頷く姿を前にコップに飲み物を片手に近づいたリトが心配そうに口を開いた。すると真白の目はリト……では無く、リトの持つコップへ向けられる。

 

『喉、乾いた』

 

「喉乾いたって出てるけど」

 

「ん……」

 

「正常に動いているみたいですね。流石お姉様の発明品です! 今、飲み物を用意しますね。美柑さん達も何か飲みますか?」

 

 モモが真白の意思と知ると立ち上がりながら言葉を続ける。美柑とヤミは喉が渇いていなかった故に断り、ララが欲しいと告げた事でモモは自分を含めた3人分を用意する為にキッチンへ。そこでふと、リトは周りを見渡した。

 

「セリーヌは? ナナと一緒に居るのか?」

 

「2人とも散歩だって。何かメアさんに誘われたみたい」

 

 自分の部屋に居る可能性もあるナナだが、セリーヌは別。故に気になったのだろう。美柑の言葉を聞いてリトが納得した時、再び画面に文字が浮かび始める。

 

『仲が良い。良い事』

 

「ははっ、そうだな」

 

 真白の感情が浮かぶ画面を前にリトが同意しながら笑みを浮かべて答えた時、それを見ていたララが首を傾げて考える様に声を上げ始める。その場に居た全員がララへ注目した時、彼女は気付いた様に首を戻して片手の平に握った片手を置いた。

 

「何か違う気がする!」

 

「まぁ……ねぇ?」

 

「はい。違いますね」

 

 何が違うのか。ララの言いたい事をその場に居た全員は理解する事が出来た。……確かに会話をせずとも真白と意思疎通を行う事は出来る様になった。が、彼女の目を見て話しをするのと機械を使って話をするのでは大きく違う。結果的には同じだとしても、ララ達からすれば機械と話をしている様にも感じるのだ。話をするのならば真白本人と。そう思った故に、ララは残念そうに肩を落とした。

 

「焦る必要無いと思う。俺達も気付いたら出来る様になってたんだ。ララ達も一緒に居ればその内出来る様になるって」

 

「それはそうだけど……真白?」

 

「ん……」

 

『大丈夫。これからも一緒だから』

 

「っ! 真白!」

 

 リトの言葉に意気消沈したままだったララは突然頭に触れる柔らかな感覚に顔を上げる。それは真白の手であり、無表情乍ら何処か優しく見えるその姿と画面に映る文字を見てララは嬉しさの余り真白の懐へ飛び込んだ。真白よりもララの方が体格的に大きい為、ソファの上で真白は腰から下をララに覆われてしまう。が、一瞬驚いた様子を見せ乍らも真白はララを撫でるその手を止める事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回はララの発明品に問題が起こる事は無く、無事にそれは回収された。そしてララ達は自分の部屋へと戻り、真白は美柑とヤミと共に引き続きリビングで過ごしていた。すると玄関の開く音と共にナナとセリーヌの声。そしてメアの声がリビングへ届いた。

 

「ただいま!」

 

「まうまう!」

 

「ん……お帰り」

 

「お邪魔しま~す♪」

 

「メアさん。いらっしゃい」

 

 帰宅した2人と共に現れたメアを迎えた時、彼女は笑顔を浮かべながらさも当然の様に真白の傍へ座り込んだ。と言っても左右は美柑とヤミに座られて居たため、ヤミ越しに座る形となったが……それでも彼女は満足そうである。

 

「あれ? 姉上達は? 確かシア姉と話さずに会話する! とか言ってた気がするんだけど……」

 

「会話せずに? ……」

 

「えっと……色々あって、もう少し頑張る事になったみたい」

 

「そっか。あたしも何時か、シア姉の考えてる事が分かる様になってやるからな!」

 

 ナナの宣言に真白は頷いて答える。そんな彼女の姿を眺めていたメアは分かっていた。真白は元々話すのが苦手である故に、美柑達と同じ様に会話をせずに意思疎通が出来る事がどれ程彼女にとって楽であるかを。だからこそ、ナナへ『頑張って』と言う意味で視線を送っている事を。……相手の心と繋がる事が出来るメアは既に数回真白と繋がった事がある為か、ララ達の目的である真白の考えている事を何となく理解出来ていた。

 

「? メア、どうかしましたか?」

 

「ううん、何でも無い!」

 

 だがその事実をメアが告げる事は無い。彼女はちょっとした優越感に浸ると共に、親友を応援するのだった。




ストック終了。また【3話】完成をお待ちください。


常時掲載

【Fantia】にて、主にオリジナルの小説を投稿しています。
また、一部二次創作の先行公開や没作の公開もしています。
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