甲斐奮闘記! (兵太郎)
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0話 次の世界に

どうも、初めての方ははじめまして。それ以外の方はこんにちは。兵太郎です!

好きな武将は上杉謙信、最近真田丸の影響で後期の人にも興味が湧いてきたり?

好きなキャラクターは小早川隆景ちゃんです!(11巻で一気に好感度を持っていかれた感)



気がつくと、俺は何もない場所にいた。

 

あたりは真っ黒に……いや、真っ黒とは言えないのかもしれない。眼が見えない人がその閉じた視界の色を言えない様に、俺も目の前も、遠くも、360度全てを塗り潰した色の名前を言うことはできなかった。ただ、暗い闇がそこにはあった。それしかなかった。

「どこだ……ここ……」

しばらくそこでぼうっとしていた俺だったが、何十分かの長考の末にようやくその言葉を捻り出した。しかし、自分が喋っている、という感覚がまるでなかった。言葉が発せているのかもわからない。

が、そこで何もない世界に一つの光が生まれた。

色の正体は淡い水色。四角い長方形のパネルの様な物が空中に浮かんでいる。俺はそこに近づいていく。走っている様な感覚はなかったものの、だんだんとパネルの方へと近づいていく事ができた。

近づいてパネルを覗き込む。そこに書かれてあったのは日本語。これがもしフランス語とかスペイン語とかで書かれていたら、俺は情報の飢えで発狂していたかもしれないから、日本語で安心した。そこには、こんな風に文が綴られていた。

 

『貴公はこの世界から別の世界へと渡る権利を獲得しました。以下の注意規約等を読んだ上で、好きな世界をお選び下さいませ』

 

意味がわからない。いや、文章の単語の意味は理解しているんだが、それを文章として繋げた時にこの文章の意図が全くと言っていいほどわからない。とりあえずこの文章の意味を探るため、俺は更に文章を読み進めていく。

 

 

 

『権利証明及び注意規約

 

1.記憶の保持……次の世界(以下甲)に移る際に、前の世界(以下乙)の記憶をそのまま受け継ぐ事を可とする。(任意)

2.身体の変更……甲によっては現在の身体では不十分な事が多々有り、甲に行く際に適した身体に変更する事を可とする。(任意)

3.〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

……長い。こんなに説明書的なものが長いと読む気をなくしてしまう。とは言っても、読まなければ先に進めなさそうなので、俺は頑張って全てに目を通す。注意規約とか書いていたから下手に読み飛ばしたりすれば騙されたりする可能性がある、なんて事を思ったりしながら、なんとか読み切る事ができた。

注意規約の最後の文は、こう書かれていた。

 

『55.帰還の不可……貴公は諸事情により乙に戻る事は不可能である』

 

乙……つまり、前の世界に戻る事ができない。嘘だろ、と最初思った。次に、これは夢だと思った。しかし、いくらそこにいても夢が覚める事はなかった。現実のベッドの上に戻る事はできなかった。

 

注意規約の下には、『以上を踏まえた上で、世界への移動を行いますか?』という簡単な質問文と、選択肢が用意されていた。

 

『はい いいえ』

どちらかを選んでしまったらそこで何かが変わってしまうのがわかった。しかし俺は、そこから逃げる事ができない。多分、選ばないといけない事を本能的に理解しているんだと思う。

『いいえ』を選択してみたい、とも思った。それを押せば、元の平和な日常に帰って行けるような気がした。これは変な夢を見たなぁ、程度で笑っていられる様な考えが頭をよぎった。しかし、そこで注意規約の一言が再び脳内に出現し、それらの楽観的考えを一掃した。

俺は、数分迷った挙句、『はい』を選択した。

 

すると、自分の周りに沢山の風景が出現した。

例えば、人の様に二足歩行をする生き物達と擬人化した食べ物が生活している風景。

例えば、中学生位のサッカー選手が、試合でありえない様なオーラを纏った必殺シュートを放つ風景。

例えば、高いビルが並ぶ都会の道路の真ん中で、バーテンダーの服を着た男が道路標識を振り回している風景。

 

……それらを見て、俺は何となく意味がわかった。

次の世界ってのは新天地って訳じゃない。前の世界でいうところの漫画とかゲームとかアニメみたいな、創作された世界の事だ、と。

二足歩行で歩く生き物や食べ物が暮らしているのは、『アンパンマン』の世界。

超次元シュートを放っているのは、『イナズマイレブン』の世界。

バーテンダーが暴れまくってるのは、『デュラララ!!』の世界。どれも俺が今まで生きてきた中で、触れた事のある作品だった。全部実写映画の様に三次元の映像だったから、特に『アンパンマン』なんて違和感しかなかったけど……

つまり、見た事があるアニメとかの世界に行く事が出来るのか!俺は興奮する。そういう世界に行くのは叶わぬ夢だと思っていた。

どうやらこの中から一つを選べ、という事らしいので、俺は周囲の世界を改めて見直す。

 

行ける世界の中で、これはあってほしいな、なんて思うものが俺にはいくつかある。

 

俺は小学校から高校まで約十年間、サッカーをしていた。だからサッカーの世界に行ったら楽しいと思う。

また、父親の影響で戦国時代にとても興味を持っている。だから戦国の世というのも実に興味を惹かれる。

更に、高校の友達の影響でラノベにもハマっているから、つい最近も『あんな世界に生まれてればなぁ』なんて思うほどにはその世界にも憧れている。

 

で、その三つを統合していった結果……

 

俺は、一つの風景を選ぶ。そこに映っているのは沢山の人間、馬、そして日本刀。今は戦の真っ只中の様だ。

その戦いの中で目立つのは、鎧兜を身に纏い馬に乗った美女。それも一人では無く戦場に十人や二十人はいる。

 

俺が選んだ世界、その元ネタになる作品のタイトルは『織田信奈の野望』。俺は今までに、既刊である計十一巻(外伝一つ含む)を読んでいる。あとは、アニメも見たかな。

この話は戦国時代を元ネタとしたラノベだから、戦国時代色にもラノベ色にも浸れるし、確か既刊の中には『本猫寺(ほんびょうじ)』とかでサッカーをしたりしてたはずだ。つまり、俺の要求する物を三つとも満たしている素晴らしい作品。良くこんな俺の趣味に合う作品を見つけていたな、と過去の自分を褒めてやりたい気分だ。

 

 

で、次に見た目。体格とかも変えられるんだっけ?下手したら性別も変えれるのかな、なんて思ったけどそれじゃあラブコメできない、なんて思ってそれは見送った。

見た目ってのをイメージしづらいな、なんて思っていたけど、そこで俺はいい案を思いついた。

同じ絵師さんの他の作品のキャラを三次元の見た目にして、それを俺の外見にしよう、と。

幸い、俺は同じ絵師さんの他の作品を一つ読んだ事がある。あれは戦国時代では無く、その後の話。確か秀吉が史実より長生きして凄い爆弾か何かを使って家康を倒して豊臣幕府を開いた、その何百年後……なんてストーリーだったな。だから正直戦国時代の顔と一致するかはわからないけど、同じ絵師さんだからしっくりは来るだろう。

その作品のタイトルは『大奥のサクラ』。俺の姿はその主人公、『豊臣秀影(とよとみひでかげ)』の姿を頂戴した。

 

それを三次元の見た目にして、見てみると……やだ……カッコいい……。

俺はその見た目であっちの世界に行く事に決めた。

 

 

『次の世界』も決まった、容姿もバッチリ。他に準備する事は無いようだ。良くみるとパネルが、『準備完了? はい いいえ』という二択を迫ってきていたから、俺ははい、を堂々と選ぶ。

すると、急に暗かった世界が動き出した!自分の周りに亀裂がどんどんと入っていき、できた割れ目から光が飛び出してくる!俺は久しぶりに見たその眩しさに、目の前に手をやって光から目を守ろうとする。

 

と、そこで。

 

俺の足元にも亀裂が走り、立っていた場所に大きな穴が空いた。

 

「はっ?」

 

その一言を残して、俺は引っ張られるようにその光で溢れた穴へと落ちていくーー

 




主人公……転生者。名前はまだ無い。原作、1〜10巻+『伊達政宗外伝』既読。
サッカーをしているおかげで運動は得意。反面、勉強は得意ではない。
戦国時代が好きだがオタクというほどでも無く、マイナーな武将や戦いの名前、また戦いとは全く関係の無い武将の伝承的なんかを言われた時は良くわからずうろたえる。ラノベ知識にしても同様。
女の子は割と興味がある方。

主人公のプロフィールはこんな感じですねー。

次回、『名前を考えよう!』


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1話 俺と熊と褌と

主人公の落ちた先はーー


ーー!

 

長い長い光の穴を抜けた果てにたどり着いたのは、暗い夜の森。さっきまで周りがとてつもなく明るかったせいか、余計に周りが暗く感じてしまう。良く考えれば、この時代……安土桃山、いや、まだ室町かな?……には街頭なんて無いもんなぁ。

 

 

考えてみて思ったんだけど、今は原作でいうところのどこまで進んでるんだろう?……の前に、そもそもここはどこだろう?この作品の主人公、相良良晴(さがらよしはる)君は戦場に出て、しかもすぐに今川義元(いまがわよしもと)とか織田信奈(おだのぶな)(史実でいうところの信長(のぶなが))と出会ったりしてるからわかりやすかったと思うけど、俺の周りにあるのは木とか草ばっかりで、ノーヒント過ぎて逆に笑えてくるんだけど。

森を抜けたらどっか人の住んでる場所に向かえるかな?なんて安易な考えに従い俺は歩き出す。道が整備されたりなんかは当然してないので時々大きな石に躓いたりしながら、俺は草木が茂る森の中を早足で歩いていく。しばらくすると周りの木が少なくなってきた。森を脱出できるかな、なんて思って速度を更に上げると、数秒後には森を抜けた。近くに切り株があったから俺はそれに腰掛け、グッと伸びをして、そして見た。

 

「……綺麗……」

夜空に輝く幾万もの星を。俺の元いた時代とは違ってこっちの時代には余計な明かりがない。だから星がこんなにはっきりと見えてるんだ……

俺はしばらくその輝きに目を奪われ、座ったまま空を眺めていた。

 

 

十数分くらい経っただろうか?俺はやっと正気に戻る。星空はいつでも見れる、それよりも人を探さないと、と思い直した。が、再度考える。こんな夜中に村や城下に入って行ったら、泥棒か忍者と間違えられて成敗されるんじゃ……

嫌な想像をしてしまった俺は、この森の出口で一泊する事にした。特に金目の物とか持ってないよな、と確認していてふとまた一つ気がついた。

この服装……洋服はダメだろ……違和感MAXだろ……

どうしよっかな〜と俺は目を瞑り座禅を組んで考える。

 

ポクポクポクポクポクポク……チーン!!あ、閃いた!!

 

「という訳で、第一回簡単!室町の服製作講座〜!!わーパチパチ!!」

一人ぼっちの寂しさを独り言で埋める、哀れな俺である。早く人に会いたい物だ。

「まず最初に、服を一着用意します!できれば白がベスト!!俺の場合はTシャツを使います。作り方は簡単!まず、木とか石とか、とにかく先端が鋭くて布を切り裂く事が出来そうな物を用意します!」

近くを探してみるがそう言った鋭利な刃物のような物は何も落ちていなかった。仕方なく俺は木の枝を一本折って、先端を近くの石で削って尖らせる。

「次に、布から大きくて四角い生地を取ります!」

大きければ大きいだけ良いと思う。俺はシャツを脱ぎ、その背中部分を全部切り取った。

「そして、腰に巻きつけます!!」

詳しい巻き方は俺も知らん!!とりあえずズボンとパンツを脱いで、無防備な腰に布を巻きつけた。

「出来た!!日本男児愛用、前掛け付きふんどしの完成……?」

なんか……ふんどしと言うよりもパレオみたいになってるんだが……あれぇ?

 

その後布一枚相手に裸で格闘した結果、どうにかよく見るふんどしの姿になる事が出来た。

「でー、余ったTシャツは法被風に羽織って終了!」

江戸っ子風祭り男装備完成!……あれ、江戸っ子って室町じゃない様な……

「まぁそんな細かい事は気にすんな!」

自分に言い聞かせながら、使っていないズボンを切り裂いて開く。

「ちょっと冷えるから軽い掛け布団も制作!これでばっちりだな!」

俺は作品達のできに満足すると、切り株を床にして眠りについた。

「うう、やっぱり肌寒い。前の世界では夏だったのに……」

 

少し後に知る事になるが、この季節は旧暦七月の初め……つまり現在の太陽暦で言うところの八月上旬である。八月にこの寒さなら、もし冬にこの場所に落ちてきた場合、余りの寒さに凍え死んでいたんじゃ……と自分の悪運の強さに感謝したのは、また別の話だ。

とにかく俺はその日、星の下で眠りについた--

 

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

ーー七月某日、卯の中刻(午前六時)。日光が地や草木を照らす中、一人の姫武将が共に三人の従者を連れ、狩に出かけていた。

「しかし、熊が出るという噂を聞いて熊退治に出かけるとは、なかなかの良い領主っぷりですな、姉上」

少し皮肉を込めて共の者が言うと、姫武将はそれを受け止め苦笑する。

「仕方がなかろう。まだ下剋上してから日も浅い。評判が悪かった岩松(いわまつ)から城を奪ったと言っても、私達は元々その家臣。完全に信用されてはいないどころか、城下の者達はいつ私達が木曽義昌(きそよしまさ)にならぬかと不安であろう。しかも、頼りであった父上は先の壬生合戦で討死。私の様な若造が領主になればなおさらだ」

「で、その民の不安を払拭するためにこんな早くから森に熊退治、と。いやはや、しかし不安です。町人以上に私が不安ですよぅ。もし熊に捕まって頭からボリボリとかじられたらどうしましょう」

別の従者の言葉に、もう一人の従者が笑って返す。

「ガッハッハ!もしそうなったとしたら、この赤井妙印が仇を取ってやる!心配するな!!」

「それでは遅すぎますよぅ。できるなら、私が喰われる前に助けていただきたいのですがぁ」

「あなたが喰われたら、多分私達の士気も上がるでしょう。『よくも繁詮(しげあき)を!!!絶対に許さんぞ!!!』みたいな感じで」

「そんな人柱みたいな役、嫌ですよぅ!そう言った事は姉様がおやりになればよろしいでしょう!」

「やだよ、痛いし」

「しっ、そろそろ着くぞ。静かに」

姫武将の声に他の者達も黙り、静かに気を身体に纏わせる。

と、その時。

 

『グワオオオォォ!!』『うおぉぉお!?!?』

熊の雄叫びと、人間の悲鳴が!

「え、もう誰か襲われてる!?」「良かったですね、繁詮。あなたが喰われなくても済みそうですよ」

「言ってる場合か!急ぐぞ!早く熊を倒さねば!!」

姫武将の声と共に馬達は速度を上げる。目的地が見えてきた。その入り口で戦っている熊と人間も。

 

 

「…………え!?」

四人は一瞬、自分の見ている物が理解できなかった。しかし二度見してみても、視界の様子は変わらない。

褌姿の男が、防戦一方、ほぼ逃げ回っているとはいえ、熊と相対して生き延びている!!

 

「……ほう。あの男、面白そうだな。即刻救援するぞ!!」

「「「応!!」」」

 

こうして四人の武士が、熊に襲われる謎の男を助けるため、各々の獲物を抜いて突撃する!!

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

--頰に何かザラザラした物が当たる感触で、俺は目を覚ました。とりあえず、その感触の方に目をやる。

そこには、近づいてくる大きな歯が……

 

「おう危ねっ!!」

すんでの所でゴロッと床を転がると、切り株から落ちた。そのおかげで、謎の口からは逃げられた様だ。俺は今まででおそらく最も早く起き上がり、そして見た。

 

「く……熊……?」

そこにいたのは、二本足で立つ巨大な獣。大きな爪と牙を有した、森の王者。

その王者は、獲物に避けられた事でご立腹である。

「ちょっと待ってこちとらまだ転生して日が浅いんだっておわ!?」

その鋭い爪がこちらに向かって振り落とされる!これがベアー・クローか、とか言ってる場合じゃねぇ!

しゃがんでどうにか避ける俺。しかし、爪が引っかかったのか、俺の法被が持っていかれてしまった!

「オイィ!!俺の一張羅ぁ!!」

そんな事熊が聞くはずもなく、更に追撃を放ってくる!俺は慌てて後ろに下がる。

と、そこで気づいた。

 

(あれ。俺、運動能力上がった?)

熊が突進してくる。それに合わせる様に、俺はジャンプする。すると、俺の身体は熊を越え、少し離れた木の枝までたどり着いた。

「……そうか、転生した時に身体を変えたから……」

その身体の持ち主だった秀影さんと同じ身体能力を得た訳だ!すげぇ!これが転生特典とか言うやつか!?……いや、ちょっと違う様な……

「ってうわぁ!!」

そんな事を考えている間に、熊が俺の乗っている木に突撃してきた!俺は振り落とされ、木から落ちる。幸い、熊とは気を挟んで反対側だったが、奴はそんなの気にしない!

 

熊の爪が木を叩き折り、そのまま俺を狙う!!

「自然の力って怖ぇ!?」

俺は再び別の木に飛ぶ。そこからは俺と熊との体力勝負の始まりだった。

 

で、二十分ほどが経った今。

「ちょっと……熊さん体力ありすぎるよ……」

元々かなり大きい熊だな、とは思っていた。とはいえ、せいぜい五分も逃げ切れば飽きて諦めて帰るだろ、なんて楽観視してたんだけど……なにこの熊、しつこい!というか俺との追いかけっこを楽しんでる風にすら感じられるんだが!!

 

と、ここで。

足場にしようと踏みつけた枝が、ボキッと折れた。

「ぇ!?」

それだけ言って、俺は地上に落下する。いつの間にか、元の入り口に戻ってきていた。

数m先には熊。俺は尻餅をついたまま後退りする。と、そこで俺の手に何か硬い感触が……

 

「っ!これは……!」

俺は即座に立ち上がる。もう、恐怖も絶望感も消えた。俺は今、武器を手に入れたのだ!

「昨日服を作る時に使った大きい石&削った鋭い枝!!」

俺の大声に、熊も驚いたのか少し身体を退く!

しかし、もう許さん!!お前はここで倒して熊鍋にしてやる!!

 

「喰らえ!!スーパーウルトラダイナミックスロー!!」

 

俺はまず、石を投擲!狙うは熊の顔面!もっというなら、その小さな脳みそだ!!

 

「喰らいやが『ヒュン!!……」

俺の首の数cm横を、何かが凄いスピードで通り過ぎた。そんでもって、熊には何のダメージも無さそうだ。

 

「……スーパーウルトラダイナミックスロー!!」

俺は持っていた枝をぶん投げる!狙いは眼!もしくは鼻!枝は俺の狙った通りに高速で飛んでいき……

 

熊の目の前で爪によって弾き返された。枝は俺の褌を掠めると、そのまま少し後ろの床に刺さる。

やはり、熊にはダメージが無い。……しかし、どこかご立腹の様だ。

「グワオオオォォ!!」「うおぉぉお!?!?」

熊が再び突撃してくる!今度はさっきまでのスピードの比じゃ無い!本気出したのか!?俺は何とかジャンプで近くの木に移る。が、その木の幹が熊の双爪に叩き折られた!!

俺は背中から地面に落下する。落下地点には石や尖った木がなかったのが幸いだったが、それでも痛いものは痛い!背中を打ちつけた俺は、一瞬呼吸ができなかった。何とか正常に呼吸を戻したが、その間にも熊がこっちに近づいてくる!!

 

「クソッタレ……熊との戦いなんて聞いてない……せめて、人と会いたかった……」

悔いや無念な気持ちが残る。こんな事なら、服とか作っていないで歩いて城下町か何かを探すんだった……

そう考えながら大の字に転がる俺に、熊は自慢の爪を振り上げ……

 

「諦めるには早いぞ」

 

熊の両腕が、宙を飛んだ。

「グワァァァ!?」「おわァァァ!?」

熊が叫ぶ!俺も連られて叫ぶ!

急に熊の腕が取れた!!血が、血が……!!

などと思いながら熊の方を改めて向くと、その下には二人の女性が立っていた。

薙刀を持った袴の女性が豪快に笑う。

「ガッハッハ、脆い脆い!!森の主の人喰い熊とか聞いていたが、所詮はこんなものよ!!」

え!やっぱり人喰い熊だったの!?俺は改めて熊のしつこさと強さを思い出し震える。

と、もう一人の浴衣の様な軽そうな服を着て、刀を持った女性が、熊の真正面に立ち、言う。

 

「人喰い熊よ、この私が来たからにはもうその様な真似はさせん。ここが年貢の納めどきよ。すぐに楽にしてやるから、ゆっくりと仕留められるがいい!」

 

直後、熊の怒号が森を貫く。その声に驚いたのか、森の中にいたらしい鳥達が一斉に空に向かって羽ばたいた!

その音を合図とする様に、二人と一匹が同時に近づき……!

 

 

「他愛ない」「一人で十分な位だったな」

熊の首が宙を舞い、身体が胸を境に二つに分かれる。

下半身が崩れると同時に、残された上半身と頭もドサリと地面に落ちてきた。

 

「にゃむあみだぶつ」「南無南無」

そう唱えてから二人の女性はこちらを向き、近づいてくる。こちらに手を貸し、立たせてくれた。

「危なかったな。よく生き延びていた」「ま、あと少し遅かったらお陀仏だったがな!ガッハッハ!!」

 

俺はひとまず例を言う。日本人に大事なのは、謙虚な姿勢と思いやり、感謝の心だ。

「ありがとうございます。俺みたいな名も知らない様な男を」

ぺこりと頭を下げ、そして上げる。と、そこで問題が発生した。

 

 

さっきの枝返しで布が切れたのか。

俺の褌が、ストン!と落ちた。

 

 

「うおぉぉお!?!?」

熊に襲われた時の様な情けない悲鳴を上げながら、俺は腰に手をやり無理やり褌を上げる。女子がポロリするならともかく、俺がポロリしても何の意味も需要もないだろ!むしろセクハラで一刀両断されるわ!!

目の前には薙刀と刀を持った女性二人。俺は恐る恐る腰からそちらに目線を上げると……

 

 

「……ぷっ!!」

片方の、袴の女性が吹き出した。

「あっはっはっは!!何だそれ!!身を呈して笑いを取りに来たのか!?それとも偶然か!?何にしても面白いやつだ!!」

ついには腹を抱えて笑う袴の人。何がそんなにおかしかったのかはよくわからないが、よく見るともう一人も肩を震わせて唇を噛んでいた。笑うの我慢してるよ……何がそんなに面白かったんだ?ホントに。

よく見ると、その二人の後ろに更に二人の女性がいた。彼女らは頰を赤く染め、下を向きながらチラチラとこちらを見ている。

それを見て俺は急激に恥ずかしさが増してきて、思わず上の木に飛び上がった。

 

 

数分後。

 

「どなたか知りませんが、助けてくださりありがとうございます!!」

俺は再び二人に深々と頭を下げる。お見苦しい物を……的な意味も含めてだ。

褌は切れているところを見つけて、そこを避ける様にして結び直した。というか、その結びに数分かかったのだ。

浴衣の人が、キリッとした顔で返事をしてくる。凛とした、綺麗な声だ。

「いや、いいさ。人助けは当然の事。それより怪我は無いか?」

「はい。

 

 

褌以外は」

ぶっ!と袴の人が吹き出す。どうやらよほどさっきのネタがツボだったらしい。

「……そうか、それは良かった。私達はもともとあの熊を成敗する予定だったのだ」

こちらもこちらで声が少し震えている。戦国時代の笑いのツボはよくわからんな……

「えっと……あなたはどちら様でしょうか?」

俺が聞くと、浴衣の人は少し驚いた様な顔をして、

「?私を知らないか?別の国から来たのか?」

などと聞いてくる。もしかして、そこそこ、いや、かなり偉い人っぽい。それこそ、どっかの城主とかかも……

 

「まあいい、名乗ってやろう。私は、横瀬新六郎成繁(よこせしんろくろうなりしげ)。横瀬家現当主にして、新田金山(にったかなやま)城城主である」

「私はその第一の側近、横瀬の片腕にして戦国最強、赤井妙印(あかいみょういん)である!」

 

デデン!と仁王立ちする二人。ただ、俺は思った。

(やばい。武将っぽい名前なのはわかるけど、聞いたこと無い)

戦国時代、その大まかな流れを俺は知っている。織田信長が出てきて、本能寺の変が起きて、秀吉(ひでよし)がその後を継いで天下統一して、その死後に関ヶ原、大坂の陣があって、最終的には徳川(とくがわ)の世になる、という事を。

しかし、この世界はその流れに当てはまらないのも知っている。主人公、相良良晴(さがらよしはる)君が色々と駆け巡って歴史を変えていったからだ。

 

ただ、これはそんな話ではない。そもそもの、根底にある話だ。

(俺、この人のこと、全然知らない)

この横瀬さんがどこの出身で、どこの大名の部下で、どんな戦いに出て何の活躍をするのか。俺は全くといっていい程それを知らない。

 

ダラダラダラーッ!と冷や汗を流す俺に、横瀬の殿様は聞いてくる。

「お前の名は?」

…………。

そこで一瞬思考が止まる。よく考えればその事も考えてなかった。

まずい、俺の元々の名前は現代的すぎるし……どうしよう。……あ、この身体、そのままの名前でいいか。

「……秀影。秀影です」

確か戦国時代は、武士みたいな偉い立場じゃないと名字をもらえなかったらしいし、下の名前だけでいいだろう。現に、横瀬の殿様も納得している様だった。

 

「では、秀影とやら。私に仕えてみる気は無いか?」

 

 

……………

 

 

「えーーーー!?!?!?」

「む?……不服か?」

俺は目を白黒させる!うお!?マジで!?いきなり武将から士官の誘いが来た!こんなトントン拍子で良いの!?というか何で俺が!?

「……な、なぜ俺に?」

横瀬の殿様はその質問に「ふむ」と少し考えて。

 

「お前が気に入ったのだよ。熊から逃げ切り、跳躍だけで高い木の枝に登る事のできる身体能力。そして、何よりその笑いの才覚をな」

 

秀影様ありがとうございます!!俺は心で感謝した。読んでて良かった!!

 

「嫌か?」

聞いてくる横瀬の殿様に、俺はブンブンと首を振って言う。

「とんでもない!俺みたいなひよっこで良ければ、むしろ喜んで!!一生ついていきます!!」

 

その言葉を聞いて、横瀬の殿様はハハッと笑うと、

「良い返事だ。では、城に帰るか。ついて来い、秀影!!」

 

そういって指笛を鳴らすと、馬が彼女の側にやってくる。横瀬の殿様はヒラリとその馬に乗ると、颯爽と駆けてゆく。

 

 

 

 

って!俺あれについて来いって事!?豊臣秀吉(とよとみひでよし)じゃ無いんだぞ!?

俺は慌てて走り始める。走りながら、これから始まる新しい人生に、思いをはせるのだったーー

 

 

 

 

 

 




主人公、士官。そして名前決定。

主人公改め秀影君の主人は、横瀬成繁。気になった人は調べてみてくださいね。もしかしたら、タイトルの意味もわかるかも?

次回、『初めての一人暮らし(?)』




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2話 初めての一人暮らし(?)

走ってたどり着いたのは--


ヒュー、ヒューと荒い呼吸をする俺、秀影(ひでかげ)。何とか成繁(なりしげ)達の馬について行き(まぁ、途中何度か止まって待ってくれたのだが)、横瀬(よこせ)家の城、その城下町に来ていた。いつの間にか、日が真上に昇っている。

「ここが成繁達の町だ、なかなか行き届いてるだろう?」

馬を寄せて来ながら、赤井妙印(あかい みょういん)が話しかけてくる。一度大きく深呼吸して息を整えると、俺は辺りを見渡した。

 

周囲に見えるのは、主に田畑と農家。そこらじゅうで農民達が牛の散歩や畑いじりをしている。その中で一方向に賑やかな大通りがあり、そこでは十数の店が居を構えている。商店街の様だ。

「ここの近くには大きな池が二つあり、そのお陰で水には不足しない。また、雨もあまり降らないから、農作物がいっぱい育つのだ」

妙印の説明を見ながら、商店街を歩く。八百屋には確かに、水々しいきゅうりなどの夏野菜が置かれていた。

と、ここで俺は周りの人を横目で見る。

周りの人々はこちら……成繁を見て、感嘆と尊敬の目を向けている。

「……御館様が人喰い熊を退治してくれたみてぇだ」「これであの森を通る時に、怯えなくても良いだな」「あそこは良い木の実がたくさん採れるし、嬉しいなぁ」「ありがたやありがたや」

成繁に目を向けていた農民達は、やがて俺を視界に入れる。

「なんだぁ、あいつ?」「褌一丁で御館様達に連れられて」「犯罪者だか?」

違うわ!と心の中で反論する。流石に大きな声は出さなかった。いきなり敵を造るのはまずいし。

 

商店街を抜けると、また田畑と農家。そして少し歩いたところに、山の入り口があった。

「この上だ。我らの城はここにある」

言われて上を向く。山の頂上には、確かに立派な城があった。天守閣は無いが縦横共に大きく、豪華では無いがどっしりとした迫力が感じられる。

「あの城は、かの有名な室町幕府創設の要の一人、新田義貞(にったよしさだ)公がこの金山に建てたとされることから、新田金山(にったかなやま)城と呼ばれている」

妙印が説明してくれる。あの城のてっぺんからは先ほど言っていた二つの池や関東平野全土が見渡せる、絶景ポイントらしい。

その城への入り口である緩やかな階段を、成繁と従者達の馬がゆっくりと登っていく。俺もそれに続いて階段に一歩足を進めたところで、妙印に声をかけられた。

「おいおい、新入りが入城をいきなり許されるわけないだろー。お前はこっちだよ」

というわけで、成繁や熊とお別れして、俺は妙印について行く。二分ほど歩いた先に、長屋が五軒並んでいるのが見えた。近くには真っ赤な屋根の大きな屋敷もある。

「あの大きな屋敷が、我が屋敷よ!なかなか豪華であろう?」

妙印がふふん、と鼻を鳴らす。確かに立派な家だ。……はっ!?もしかして!

『この家に一人で住むのは寂しい……一緒に住んでくれないか?』みたいなイベントなのか!?

などと俺は妄想するが、特にそんな事はなかった。妙印は長屋の方に近づくと、一番右、妙印の屋敷の近くの小綺麗な長屋の前で馬を止めてヒラリと降りる。

「ここが、下級武士達の暮らす長屋だ。大体の足軽が、ここか自分の家に住んでる。まぁもっとも、ほとんどの者は農民の出故に自分の家があるから、ここに来るのはあまりいないが」

言いながら妙印はずんずん奥へと進んでいく。俺も慌ててそれに従う。

やがて、一つの部屋の前についた。部屋の中には木でできた古箪笥と囲炉裏、畳まれた布団があるのみのシンプルな部屋。

「ここがお前の部屋だ。必要最低限の物は置いてある。娯楽品なんかは稼いで自分で手に入れい」

それだけ説明すると、妙印はこれくらいかな?と言う。俺は好待遇に改めて感謝の意を示し、礼を言って彼女を見送ると、改めて家に入った。床に大の字で寝転び、天井を見つめる。

「おー、結構広ーい」「それはそれは、良かったですな」

 

……

 

手足を使ってザッと飛び退く。先ほどまで頭を置いていた場所のすぐ後ろに、一人の爺さんが座っている。細い目のついた皺の多い顔に立派な白い顎髭をつけ、白髪が少し目立つ黒髪をゆい、ピンと背筋を伸ばして正座している。しかしその腕に老いてなお、といえるくらいの引き締まった筋肉がついている。もし首を絞められていたら、すぐにでも落とされていただろう。

「おうおう、なかなかの筋力」「誰だあんた!?」

ニコニコと笑みを絶やさない爺さんに尋ねると、爺さんは座ったまま口を開く。

「儂は野内(のうち)成厳(せいげん)。もともとは武士でしたが、今は隠居の身で、この長屋の主ですな」

いわば大家さんみたいな人らしい。とりあえず不審者では無さそうなので、俺は警戒を解く。

「あーたが新しい住民ですかな?」

言われて頷き軽く名前を告げると、そうですかと言いながら野内の爺さんは何かを差し出してきた。

「これは……?」「美味しそうでしょう?新居祝いに畑から採ってきたのですよ」

出てきたのは、きゅうりやとうもろこしなどの夏野菜。それらは外から入ってくる日光を浴びて、キラリと光っている。

「もともとは隣さんに渡すつもりだったんですが、今はいらっしゃらないようでね。この季節は物が腐る事も多いですよって、そこであーたがいるのが見えたから、あーたに渡しておこうと」

「じゃあ新居祝いじゃねぇじゃん!」

そうツッコむと、爺さんはホホホと笑う。

「隣のお方も、一昨日この長屋に入ってきたばかりなのです。なんせ、横瀬の姫様がこの長屋を建てなさったのは五日前、下級武士達に与えたのが三日前の事」

「そんな新しいの!?……じゃ、じゃあ、俺って何人目の入居者なんだ!?」

爺さんはそれを聞いて指を一つ折り、二つ折り……

 

「二番目、ですかな?」「そんなに少ないの!?」

妙印さんよ、ほとんどの者が家があるって言われても、あの言い方なら十や二十は人が住んでると思うじゃない。俺以外に一人しか住んでる人いないって、どういう事よ!?

俺は妙印の大雑把さに驚いたが、それは今度直接言おう、と心の中にしまう。まだ聞きたい事はいくつかあった。

「ふ、風呂とトイ……厠は、あるのか?」

「厠は長屋の端に一つ、共用の物が。風呂は、井戸があります故、そこから水を汲んで適当な物に入れて沸かせば良いでしょう」

「ああ、五右衛門風呂」「ん?何ですかな、それは?」

ドラム缶風呂を思い浮かべた所、爺さんに首を捻られてしまった。そこで思い出す。五右衛門風呂って石川五右衛門が釜茹でにされたのに似てるからつけられてるんだから、この時代に五右衛門風呂ってないのか!

「あ、ああ、何でもない。俺の元いた所ではそう呼んでただけだ」

そう言うと爺さんはほう、と言って尋ねてくる。

「あーたはこの国の者ではないんですかな?どこの国から?」

早計な事を言ったかな?と思ったが、聞かれた以上答えなければ仕方がない。ここで言い淀んでいたら、もしかすると間者だ斥候だと言われるかもしれない。そうしたら士官の話がパーどころか、最悪首を切られて終わっちまう。

えーーーっと、前世で生きてた頃住んでたのは山梨だから、確か……そう!

「甲斐だ。俺は甲斐の出身だ」

山梨県といえば大国の甲斐。武田信玄(たけだしんげん)で有名な甲斐!

「ほう、それはそれは。儂は何度か戦で行ったのみですが、あそこは山中に健康に良い秘湯があるとか」

「あー……確かにある」

原作でも信玄が入ってたもんな。そこで良晴(よしはる)君と出会ったんだっけ?……いや、なんか違う気がする。まぁいいや。

「甲斐からここ上野(こうずけ)まではそう遠くはないですからな。しかもあそこの殿様は頭が固い事で有名。あそこで武士になっても、ろくな事はできずに戦場で野垂れ死ぬでしょうな。それに引き換え姫様は、優れた者は取り立てなさるお方、手柄を上げれば出世間違いなし。もし今川や北条の様に大国になれれば、城持ち大名も夢ではない」

ほっほっほと笑う爺さん。それを聞いて俺は疑問に思う。

 

「あれ?信玄は下級武士だろうが農民だろうが、優秀な者は取り立てるんじゃ?」

すると、「誰ですかな、それは?」と逆に質問で返された。

「今、甲斐をまとめておるのは、武田信虎(のぶとら)公のはずでは?」

武田信虎……信玄のお父さんか!俺は思い出す。確か、信玄との仲が最悪で、信玄が家督を継ぐ際に他国に追放されたんだっけ?

慌てて誤魔化す。勘違いだったと訂正するのも忘れない。俺はこれから起こる事を(大雑把に)知ってる未来人といえば未来人だけど、そんな事言ったら良晴君のアドバンテージが下がっちゃうもんな。未来の事を言い当てた、なんて言われて予知能力者にされるのは御免だ。俺は甲斐から来て横瀬家に仕官した元農民、秀影。今はそれで良い。まぁ、もっと出世してやる予定だけどな!それこそ秀吉みたいに!

 

その後もたわいない話を爺さんと交わす。時々ボロが出そうになったが、どうにか未来人とはバレずに済んだ……と思う。

その間にも天井に昇った太陽はだんだんと落ち始め、気づいた頃には夕焼けが長屋を照らしていた。

「ほっほっほ、この夕焼けから見て、明日も快晴ですな」

爺さんがそう言った直後、長屋の入り口の方から音がした。草鞋を擦る様な音。人が来たらしい。妙印が忘れ物でもしたのかな?と思った俺は、入り口の方に首を回す。

 

「帰りましたー。野内の爺様、今日は鴨が六羽に鹿が二頭、そして何と!猪を捕まえたのです!まぁ、賭けで負けたので私は鹿だけしか貰えませんでしたが……」

凛とした高い声が、長屋の廊下が軋む音と共に近づいてくる。その声の主は自分の部屋の隣に人の気配を感じたのか、俺の部屋の戸をガラガラっと開ける。獣臭い臭いが部屋に入ってくる。俺は朝俺を襲った熊を思い出してしまった。

 

「ん?見ない顔だな?爺様、そちらはどなたで?」

入ってきたのは、一人の女の子。身長がなかなか高く、現代で言うところの百七十センチくらいはある。えっと、この時代だとなんて言うんだっけ?何尺何寸みたいに言うんだよな。……まあいいや。

茶色がかったまっすぐな髪を腰上まで伸ばし、少し汚れた軽装の鎧を着た女の子は、その肩に獲物の鹿を抱えている。思ったより大きな鹿で、それを見て俺は驚いた。鹿の大きさよりも、それを抱えられる彼女の力に。

 

「あ、少々お待ちあれ」

と、彼女は一度部屋の前から姿を消す。隣からどさりどさりと物を置く音がうっすら聞こえる。一分程して、シンプルな紫色一色の着物を着て、さっきの女の子が部屋に入ってきた。おおっ!?さっきは鎧に隠れてわからなかったけど、思った以上に胸がある!

「やぁやぁ、少し遅くなったな。で、お前はだれだ?」

いきなり単刀直入に聞いてくる女の子。とりあえず俺は答える。

「俺は秀影。今日づてで横瀬様に仕える事になって、この長屋を屋敷としてあてがわれた。君とはお隣さんみたいだな。よろしく!」

俺が手を伸ばすと、女の子も握り返してきた。握る力が強い。

「そうか、新しい住人か!嬉しいなぁ。聞いたかもしれないがこの屋敷は爺様と私しか住んでいなくてね。それも、爺様は私が一人ではかわいそうだからと自分の家があるのにわざわざ泊まってくれている始末。このままでは申し訳ないやら寂しいやらでこの長屋を出て行かなくてはならなかったかもしれないからな。

 

私は、藤生善久(ふじおよしひさ)繁詮(しげあき)様のもとで馬廻として働いている。よろしくな」

 

握手する俺達。と、ここで彼女のお腹がキュウと鳴った。

「ふむ、腹が減ったな。爺様、鹿の肉で何か作って!」「はいはい」

爺さんは立ち上がり、部屋を出ていく。

「え、善久さんが作らないのか?」

聞くと善久さんは『善久さんなんて呼ばなくていいよ、善久で良い』と言った後、

「私は獲物調達と、食事専門なんだよ」

と言った。それと同時に、廊下の方から露骨なため息が聞こえた。

 




主人公、住処と同僚ゲット!

次回、『横瀬家臣大集合!』


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3話 横瀬四家老

主君の名前を由良→横瀬に訂正。後に由良と改名はするんですが、まだ改名より前の時代なので、訂正しときます。


ーー……ふぁああ……。

次の日。俺は縁側から入ってくる朝日を浴びて目を覚ました。雑魚寝していたらしく、首が少し痛い。近くには善久(よしひさ)が眠っている。昨日行われた引越し祝いの宴会で酒をかなり飲んでいたから、眠いんだろう。放っておくのが吉だ。

部屋の外から音がしたためそちらに向かうと、野内の爺さんが粥を作っていた。

「おうおう、秀影(ひでかげ)殿。起きられましたか。ただ今、粥を拵えておりますで、食べていかれよ」

そう言われて、朝食をごちそうになった。朝食は粥、結構健康的かもしれない。多分昼にはお腹が空くと思うけど。……うん、うまい!

俺がこの土地で育ったという米で作られたお粥に舌鼓を打っていると、野内の爺さんは別の部屋に入っていき、何かを持って台所に戻ってきた。

「秀影殿、ずっと褌姿というのもなんであろうし、良かったら儂の古着でも着ておきませんかな」

言われて気づいた。宴会で忘れていたが、確かに服は調達しなきゃと思ってたんだよな、いつまでも褌姿じゃ寒いし。俺は礼を言うと、爺さんの古着という浴衣を着てみた。

「なかなかお似合いですぞ」

爺さんがくれたのは、薄い青に少し黄色が混ざった、鮮やかな色の浴衣。サイズ的には少し大きいが、そんなにブカブカと言うほどでもなく、帯を締めればしっかりと着る事ができる。動きやすそうだし、何より色が綺麗だ。飛び跳ねたり反復横跳びしてみるが、脱げはしないみたいだし。

 

そんな事をやっていると、善久が頭を押さえながら台所に入ってきた。どうやら二日酔いらしい。爺さんが苦笑しながら粥をよそっている。どうやら酒を飲んだ後にはいつもこうなるらしい。じゃあ飲まなかったらいいのに。酒が弱い癖に酒好きなタイプか?

善久が粥を食べるのを見守っていると、長屋の入り口から馬の鳴き声と近づく足音が聞こえてきた。俺と爺さんが入り口に向かうと、こちらに向かってくる妙印(みょういん)と鉢合わせた。

「おう、秀影。それに野内の爺」

手を上げてくる妙印に、二人でぺこりとお辞儀する。畏まらなくて良いぞ、と言われたがやはり主君の側近。少しは敬わないと。相良良晴(さがらよしはる)君みたいに平等な視点で話すのは、俺がある程度出世したらだ。

「本日はどういった御用件で?」

野内の爺さんの言葉に対し、妙印は答えた。曰く、これから横瀬家の家中会議があるそうな。

「で、ここの善久と秀影、新参二人も私が招待してやろうと思ってな。お前ら二人は面白い。他の面子にも紹介してやりたいのだよ」

「褌ネタはもうやりませんよ?」

「わかっとるわかっとる。もっともお前ら二人には将来的に、賑やかし役を押し付けたいとは思っておるのだがな。……どうだ、善久と二人で漫才でもしてみんか?」

丁重にお断りした。

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

 

その後、まだ粥を食べていた善久を急かし、用意を済ませて長屋を出た。俺は妙印と善久と三人で新田金山(にったかなやま)城への階段を上る。

「いやぁ、まさかこんなすぐに城に登れるとは思ってもいなかったなぁ」

最後尾で俺が言うと、妙印は「ガッハッハ」と笑い、横瀬家の事情を説明してくれた。

横瀬家は先代の横瀬泰繁(やすしげ)まで、岩松家に仕えていた。岩松家の家臣の中でも、筆頭家老だったらしい。先代岩松家名代が死んでしまった際、子供だった岩松昌純(まさずみ)の後継人となり昌純を君主として育てていた。

しかし、泰繁の教育の厳しさと昌純本来の捻くれた精神が重なり、だんだんと昌純は泰繁に反抗しだした。泰繁の言うことを聞かなくなっていき、城下の統治も雑になっていったため、民が不平不満を持ち始めた。そこで仕方なく、泰繁は昌純を攻撃し自害に追い込むと、代わりとしてその弟の岩松氏純(うじずみ)を置いた。しかし、氏純は泰繁の死から横瀬家を恐れ、数日後に自殺してしまった。岩松家の血筋が途絶えたため、現在は横瀬家が新田庄を支配下に置いている、という。

 

「だが、先代泰繁殿は先日の合戦で討死してしまってな。その際家臣も多くが死んでしまった。そこで成繁(なりしげ)は、新しく若くて逞しい人材を求めているのだ。今横瀬家にいる家臣も、先代の家老の子と、一門衆ばかり。皆優秀だが、新しい風が吹いていない。だから私はお前らを今日誘ってみた。もしかしたらお前らが、『新しい風』になってくれるかもしれんからな」

話が終わるとともに、階段を登りきった。俺の視界を、横広い大きな城が占領していた。新田金山城だ。この前は山の下から見たが、目の前にするとその何倍も大きく感じる。立派な城だな、でも天守閣がないからちょっと地味かも?なんて考えていると、妙印と善久が正門を潜ってしまった。俺も慌てて後を追う。

中に入り靴を脱いで廊下を奥に進むと、広間があり、そこに二十何人かの人間が座っていた。一番奥の上座には、成繁……様が鎮座している。

「お、来たか妙印。……ん?その二人を連れて来たのか?」

「おう、暇そうだったのでな。お前達、末席にでも座っていろ」

妙印に言われて、俺と善久は一番端っこの席に座る。妙印は真ん中をゆっくりと歩き、成繁様の隣に腰を下ろした。

成繁様と妙印以外は、皆二列になって向かい合って並んでいる。俺と善久は下座の一番端で、上座には熊狩りの時成繁様や妙印と一緒にいた女の子二人や薄幸そうな男子なんかが座っていた。

 

「では、家中会議を行う!」

成繁の殿様の掛け声を聞き、家臣一同深々と礼をする。

「本日の評定は、先に定めた『家中法度(かちゅうはっと)』と『百姓仕置法度(ひゃくしょうしおきはっと)』の浸透を確かめる旨、そして……関東管領(かんとうかんれい)上杉公についてだ」

一同が一瞬ざわめくが、妙印が扇子で床を叩いて落ち着かせる。

「まず法度について……成道(なりみち)

呼ばれて、一人の姫武将が立ち上がる。黒い髪を腰まで下ろしたストレートの髪型に、黒縁メガネを掛けた中学生くらいの女の子が、本を片手に説明する。

「えーっと、現在の法度の状況はですね……『家中法度』は既にほぼ家臣全員に広がっている様です。やはり違反した者を数名処罰したのが大きかったかと。『百姓仕置法度』の方は、立札を色々な箇所に置いておりますが、文字が読めない民もいるため、広がるまでまだ少し時間がかかりそうです」

「なるほど……ではやはり農民にも字を教えるべきだな。よし、では学問所を設置してみよう」

異議なし、と妙印が大声を上げる。それに続いて他の人達も異議なし、と叫び出す。俺もとりあえず流れに乗って異議なし、と叫んだ。学問は大事だしね。

 

皆の声が鳴り止んだところで、成繁はコホン、と一回わざとらしく咳をする。

「では……今からが本題だ。

 

関東管領上杉憲政(うえすぎのりまさ)公が、古河公方足利晴氏(あしかがはるうじ)公を味方につけて挙兵した」

再び一同がざわめく。関東管領……っていったら、上杉謙信(けんしん)の仕事だったような……いや、上杉謙信の前任者に、上杉憲政っていたような?

 

……ん?と言うことは、もしかして……俺は、『織田信奈の野望』の原作の時代よりもかなり昔に来ちゃったのか!?今更気づいた重大な事実!もしかしてまだ信奈生まれてなかったりする!?

そんな俺の内面の動揺など他の面々は気にもせず、話を続ける。それを見て俺も落ち着いた。そうだ、別にこの世界に来たからって、無理に原作に介入しなくても……あ、でも年取り過ぎたら南蛮蹴鞠(サッカー)できねぇ!

「関東管領上杉憲政は相模小田原(さがみおだわら)の後北条氏の傀儡と化した古河公方足利晴氏を助け、後北条氏に戦いを挑むつもりらしい。我々も関東の武士(もののふ)、日和見はできないだろう。どちらかにつかねばならないが、どちらを頼るべきか」

皆難しい顔になる。後北条氏……相模の後北条氏ってことは、トップは氏康(うじやす)かな?いや、もしかしたらこっちも先代かもしれないな。

「我々は関東の民、やはり関東管領殿に味方するのが義理というものではないでしょうか」

さっき話してた成道さんがメガネの腹を押さえながら言うと、その反対側に座っていた茶髪の髷を結った背の低い女の子が立ち上がる。

「いや、今勢いに乗っている新興勢力北条氏!あいつらに味方する方が面白いと思う!」

成道さんが深々とわざとらしくため息を吐くと、茶髪髷の子に話しかける。

政光(まさみつ)、さすがに面白いだけでは決められないでしょう」

「なぜだ成道!生は道楽、世は酔狂!面白いものが全てだろう!」

「酔狂で横瀬の家が転覆したらどうしますか」

「むむむ」

政光というらしいその子は、論破されて黙ってしまった。まぁ、面白いから、で家を左右する大事な選択を決められないよね。

「やっぱり上杉が良いんじゃないかな?」「そうそう」

成道さんと政光より一つ下座に座っている薄緑髮の女の子二人が、成道さんを支持する。というより、全体的に上杉に味方する空気になっている。

確かに上杉に味方した方が理にかなってるけど……でも相手は北条だしな。風魔とか放ってきてバンバン暗殺されるよりは、味方についておく方が安全な気も……いやでもやっぱり関東管領とか古河公方とか権威がある方についた方が、勝った時のリターンも大きいし負けた時のリスクも少ないか?うーむ。

 

結局その日は最後まで決まらず、明日考えをまとめて再会議、という事になった。

「よし、それでは本日はここまで。明日までにはどちらかを決めておくように。解散」

その言葉とともに、一礼する。何人かがすぐに退陣すると、それについていくように皆出城し始めた。俺も広間を出て、さて長屋に戻ろうか、と考えていたら、廊下の奥にいた妙印に声をかけられた。

「善久、秀影、こっち来い」

言われた通りに妙印の元に向かう。そこには、先ほど発言をしていた四人の姫武将がそこにいた。

「善久、秀影。新参のお前達にこやつらを紹介しておきたい」

妙印は朗らかに笑いながら言うと、四人にこちらのことを説明し始めた。

「こやつらは面白い奴らでな、今はまだ足軽だがすぐに出世してお前らと肩を並べるようになる者らだ。今のうちに面識を持っとけ」

それだけ言うと、妙印は帰っていった。この言われよう、もしかして俺、妙印に期待されてる?ちょっと照れるな……

 

妙印の背中を見送りながら、俺は四人の姫武将と対峙する。会議の時も思ったけど、やっぱり皆小さい!俺は今、前世より少し若い一五、六歳くらいだけど、この子達、高く見積もっても中学生くらい……いや、何人かは、小学生くらいの年齢じゃないか、これ?

「ほう、面白い奴らとな!何か隠し芸でもあるのか!?わくわく!」

その中でも一番小さな(小説内の政宗くらい幼いんじゃ?)茶筅髷……政光、だっけ?彼女がこちらにキラキラと光る目を向けてくる。やめてくれぇ、こっちはただ褌を落としただけなんだぁ!そんな純粋な目で、期待するような目で見ないでぇ!

「政光……面白そうなものを前にするとすぐこれだ……もう、子供なんだから」

成道ははぁ、とまたため息を吐く。

「そんなため息ばかりしてると、皺ができるぞ?」

善久が言うと、成道は顔を少し赤くして、「うるさい、足軽のくせにため口を聞くな!」と怒った。

「自己紹介お願いしたいな」「うんうん」

緑髮の残り二人がそう言ってくる。確かに、目下の俺達が先に挨拶するのは礼儀かな。

「俺は秀影、甲斐から来た。年齢は十六くらいだ。よろしく!」

「私は藤生善久、年齢は同じく十六。好物は鴨鍋だ。鴨を他の具とともに煮込んだあの鍋は最高だ。鴨の出汁が豆腐やねぎにしみ込み、代わりと言わんばかりに野菜が鴨肉の旨味を引き立てる、あの相性は素晴らしい。その点、熊肉や鹿肉は少し獣臭いのが難点だな。味はかなりのものだが、臭いが服につくのはいただけない。まぁ、私は料理はしないから出されたものを食べるだけだし、文句は言えないがな。そうそう、この間「もういいです!!」そうか?まだまだ話せるが」

成道さんが話を止めた。長い上に脱線していたし、止めて正解だろう。というか、善久お前そんな長台詞を話せたのか。

「あなた方の事はわかりました。私達も名乗りましょう。政光」

 

「ん?俺からか?わかった!」

ちょちょん!と歌舞伎の見得のようにポーズを取り、政光は堂々と名乗りをあげる。

「我が名は大沢政光(おおさわまさみつ)!横瀬四天王の一人であり、横瀬家最強の剣士である!!齢十二!」

「あれ?妙印も最強って言ってたような……」

「ああ、あれは最強を超えてもはや人外の域に達しておる。俺はまだギリギリ人間として最強、の立ち位置を保っているのだ!まぁ、俺とていつあちら側に転ぶかわからんのだがなぁ」

悪い顔でクックッと笑う政光。なんだろう……梵天丸オーラを全体から感じるぞ?そのうち独眼竜とか名乗ったりしないだろうな?

 

「では、私も自己紹介を。私は林高次(はやしたかつぐ)、同じく横瀬家四家老の一人です。歳は十四。特技はお裁縫で、いつも針と糸を持ち歩いています。いろいろと便利なんですよね、針と糸があれば」

「では続けて私も自己紹介。私は林高宗(たかむね)、同じく横瀬家四家老の一人で、高次はこんな歳ですが我が姪にあたります。と言って、おば……と言ったらその素っ首を叩き落としますのでご容赦を。歳は十五です」

薄緑髮の二人が続いて自己紹介した。姉妹かな、と思っていただけに叔母と姪の関係とは意外だ……戦国時代は大家族が当たり前だから、一番上と一番下の年齢が二十以上違うこともよくあるだろうし、こういうこともよくあるのかな?

「最後は私ですね。私は野内修理亮(しゅりのすけ)成道。四家老筆頭にして、小さい頃から殿の小姓を務めている、筆頭家老です!」

ドヤ顔してる成道さんに、筆頭が被ってるぞと教えてやったら、顔を赤くして怒られた。理不尽だ……。

「野内……という事は、爺様の孫か!?」

善久が驚く……ってああ!そうか!野内って事はそういう事だよなぁ!

しかし成道さんは首を振ると、

「いえ……私は、成厳の娘です。齢は十六になります」

「「え、ホントに?」」

「なぜ同じ事を重ねて言われるのです!?」

「いや、だって……」「なぁ……」

成厳の爺さんは見た目皺くちゃで、かなり歳をとってるイメージだったから、こんなに若い娘がいるのは意外……いや、でも腕の筋肉なんかも凄かったし、ボケてもいないし、もしかしたら見た目と比べて爺さんも若いのか?

俺が野内の爺さんの謎に関心を奪われていると、その手をギュッ、と握られた。

「善久と秀影、その名は俺の身に刻んだぞ!それじゃあ、なんか面白いことやってくれっだっ!」

成道に頭を叩かれる政光。彼女は、少し目を潤ませながら成道を睨む。

「何をする!痛かったじゃんか!」「彼らは曲芸師ではないのですよ、あまり失礼な真似は控えなさい」

成道に言われ、口を尖らせる政光。その手を、俺は握り返した。

「あ、ええっと……今日は色々と忙しいからさ。また今度会った時に、見せてやるよ」

その言葉に政光は目を見開き、

「ほ、ホントか!約束したからな!やったー!」

すごく喜んだ。ああ、なんか癒されるな。可愛いわー。……この気持ちは、純粋な愛である!

 

「あ、いい事考えたぞ、秀影!お前のネタ次第では、俺はお前を我が部下の一人としてやっだ!」

「まだ戦功も立てていない足軽をお笑いで昇格させていたら、皆戦いなどやめてネタ創りに励んでしまうから、やめなさい。そんなお笑いで成り上がった家臣ばかりになったら、横瀬家は終わりです!」

成道は怒る。あれ、原作に本猫寺以降ネタばっか創ってた狸がいたような……あれ?

 

さすがにそれは理があると思ったのか、それとも成道が怖かったのか、「うむむ、言われてみればそうだな」と政光も認めた。

「というわけで、昇格の話は無しだが、それでもネタを見せてくれるか?」

俺はそれに対し、ああとだけ答える。それだけで政光は嬉しそうに頷いた。

「そ、そうか!楽しみにしてるぞ!ではさらばだー!」

政光は『とうっ!』と再び見得を切ってから、階段を跳びながら高速で降りていった。

「じゃあ、私達も城に戻ろうかー」「そうだねぇ」

林二人もそう言って階段を降りていく。俺と善久もそれに続いた。

 

「腹減ったなー、昼飯どーする?」「うーむ……魚が食いたい!」

昼飯の話をしながら数段降りた時、唯一残っていた成道がこちらに言った。

 

「……あなた方が、『新しい風』となる事、期待していますよ」

 

俺と善久はニッと笑んで、もちろんだ、と告げた。

 

 

 

 




今回出た四家老、色々と調べてみたんですが全然情報がない!
というわけで、かなりオリジナルが入ると思いますが、平にご容赦。

次回、『初陣』



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4話 初陣

お久しぶりの投稿です!


--翌日。俺は昨日と同じく下座の一番端っこに善久(よしひさ)とともに座っている。他の顔ぶれも特に変わりはない。

ただ、上座で座す我が主人の隣に一人、貴族風の優男がお上品に座っていた。

 

「やぁ、皆の衆。君達が横瀬家臣団かい?いやぁ、噂に聞いてはいたが女の子がなかなかに多いのだね」

男の名は上杉憲政(うえすぎ のりまさ)。現関東管領(かんとうかんれい)だ。戦はからっきしとの噂があるが、代わりに政争では無双の力を発揮するとか。三歳の頃に義理の兄に奪われた関東管領の座を、壮絶な権力闘争の果てに上杉家の実権ごと奪い返すという事実だけでも、その力がわかる。ちなみに、俺は信奈世界でこいつを見た事がない。

 

彼は現在、その舌を使い古河公方(こがくぼう)足利晴氏(あしかがはるうじ)や同族の扇谷上杉氏を味方につけ、北条氏に戦いを挑むつもりらしい。で、そいつがここに少しの供と一緒に乗り込んで来た、と言う事は。

 

「客将として自らが来る事で、我らの動きを封じているのか。なかなか切れる頭を持っているようだな」

隣で善久が呟く。そう、上杉憲政は俺達が関東管領側に付かざるを得ない状況を作り上げたのだ。

 

今この場で憲政の首を取り、北条氏に持っていけばそれだけで横瀬氏は大殊勲。

ただ、その大きな代償として、『横瀬家』が天下の極悪人となってしまう。助けを求めて来た客将を殺して敵に首を渡すなど、民の印象は最悪だ。

そして今、横瀬家は前の主君に下剋上をしたばかり。ここで人心が離れては、一揆、謀反が広がっていき、最悪横瀬家が潰れて消える……

 

「なるほど……机上の計算はお手の物、って事かよ。俺達の状勢をよく知ってるようだな」

俺も善久に向かってそう呟くと、関東管領の隣にいる成繁様が凛とした声で告げる。

 

「私達は今、上杉憲政様をお迎えした。この意味は重々承知しているだろう。我らは関東管領の名の下に、関東平野を荒しまわる北条家に挑む!」

応、と家臣団が応える。上杉憲政を招き入れた以上、こうなるのは皆わかっていたのだろう。

 

「上杉憲政様は現在、長年の宿敵である上杉朝定(ともさだ)様とも手を結び、さらに足利晴氏様や関東の諸将を味方につけた。その兵数は五万を優に超える。さらに我らも八百の兵と共に合流し、上杉軍……いや、関東連合軍は北条氏を一気にすり潰す!」

えい・えい・おう!と掛け声が、新田金山城に響く。

「君達の忠義、誠にありがたい。北条に勝ったなら、必ず君達の石高を増やすと約束しよう。では、僕は次の豪族のところに行ってくる。君達は現在連合軍が集まっている、河越(かわごえ)城攻めに参加してほしい。幸い今は当主の氏康が今川との戦に集中しており、しばらく帰ってこない。その間にできる限り彼女の領地を奪っておくのだ」

 

その時、ん?と思った。

河越……北条……上杉……関東管領……古河公方……なんだ?なんか聞いた事があるぞ?有名な戦いだったような……

「どうした?浮かない顔をしているぞ?」

善久に言われ、慌てて笑顔を作る。盛り上がってる中で浮かない顔なんてしてたら、みんなの士気が下がっちゃうもんな。

俺はモヤモヤとしたものを抱えながら、その晩は眠りについた--

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

--次の日、卯の刻(朝の六時くらい)。俺達横瀬軍八百の勢力は、河越城に向かって進軍した。四家老の中では政光(まさみつ)高宗(たかむね)が参戦している。少し話したからといってそんな偉いさんの近くにいられるはずもないので、俺は足軽部隊の後方辺りを歩く。

俺の腰には野内の爺さんから貰った脇差と大刀が一本ずつ付いている。

体には戦用に身につけた軽鎧。これは前の戦で死んだ者の遺品の中で、まだ綺麗なものを貰った。鎧を持っていた死者の家族も、『連れて行ってあげてください』と告げてくれた。ありがたい。

隣には、善久。弓を背中に縛り付けている。

そして隣にもう一人。

「この場で手柄を挙げれば足軽大将まで昇進できるかもしれねーべ。べー!すげーべー戦だべー!」

細い長槍を持った、俺と同じく未だ苗字の無い男。上野の農家の長男、定助(さだすけ)

鎧を貰った家のお隣さんで、その日に死んだ鎧の持ち主の仏像に手を合わせに来ていた。話してみると気が合い、家に誘われて一緒に呑むほどに仲良くなった。友人は、この世界で天涯孤独の俺にとってとてもありがたい存在だ。

「足軽大将なんて小さい目標ではいけないぞ。どうせなら城持ち大名でも夢見るといい」

「そ、そりゃあべーべ、善久!お前さんはそんな強欲な奴だったか!?」

「いや、善久はいつもこんな感じだよ。多分」

ワイワイ言いながら歩く歩く。ひたすら山道を歩いて四時間ほど経っただろうか。

 

「おう、横瀬殿か」

大きな森を抜けると、その視界に小綺麗な城と、それを囲む大勢の武士が見えた。その中から一人の若武者が成繁に近づいてくる。あっちも女性みたいだ。

「おう、山上(やまがみ)殿。城はどんな様子だ?」

「挨拶代わりに何回か降伏と城の明け渡しを求めたのだがな、全く反応しやしない。それどころか時々城の中から雄叫びが聞こえてくる。どうもまだ状態がわかっていないようだ」

「……長い戦いになりそうだな」

「こちらとしては集まりが悪いうちに河越城を開城させて、手柄を総取りしたかったものだがな……ハッハッハー!」

 

そう言うと山上某は馬を反転させ、自分達の配置についた。俺達横瀬家は山上某が向かったのとは逆方向に向かう。彼女達とは城を挟んで反対側になるような位置に、俺達は陣取った。

「こちらで待機!定期的に城内に降伏勧告をしろ!逃げ出そうと城から出てきた者は捕らえよ!降伏してきた者はもてなせ!

では各自寝床を作っておくように!解散!」

妙印に言われ、足軽部隊は散らばる。俺と善久、定助の三人は本陣の近くに寝床を作る……寝床といっても、トイレ用の穴と焚き火消しの水を入れる穴を掘るだけだが。原始的ぃ!

そんな工作をしているうちに夜になった。城近くの川で採れたという魚を焚き火で焼きながら、善久と定助と話をする。内容はもちろん、この戦の事だ。

「……べー。戦いも何も、このままじゃただここで飯食って糞して寝て、あっちの奴らが降伏するのを待つだけだべー」

「いいじゃん、平和で。死ぬよりはマシだよ」

「だな。死んでしまっては酒も飲めんし狩りもできん。何より、出世もできんしな」

 

焦げ目がついた川魚にかぶりつく。少し前まで泳いでいたためか、歯応えの良いぷりぷりとした魚肉が舌の上で踊る。塩も何もかけていないが、十分すぎるほど美味い。

「うまうま」「うめー!」「うーまーいーぞー!」

俺は天然モノの美味さに感動した。前の世界では何にでも調味料で味付けしてたから、素材そのままの味ってのはなかなか食べられなかったけど、これはうまい!

そうやって至って平和に、俺の初合戦、その一日目は幕を下ろしたーー

 

 

ーーそのままの状態で二週間が経過。

「……城はどうなっておる?」

「相変わらず城内の士気は高い模様。現当主、北条氏康がこの戦を想定していたようで、城内にはまだ多くの兵糧が残っている様子。奴らは徹底して籠城の構えをとっております」

 

河越城は未だ開かない。敵が攻めてくる事は一向に無く、痺れを切らした軍が攻め込んでも、城壁から撃ち込まれた弓矢の餌食となるばかり。火薬玉を投げても城壁はびくともしない。

そして何より。

 

「こんな小城、何故落とせぬ!これだけの豪族が集まっておるのじゃ!一気にすり潰してしまえばよかろうに!!」

扇谷上杉家現当主、上杉朝定。彼の指揮が、元々難儀な攻城戦をさらに厳しいものにしている。

彼の指示は基本的に、物量によるゴリ押し戦法。他の者が別の策を進言しても、『そんな搦め手、このような田舎武者に使うものでないわ!!』と足蹴にする。

そうやって今日もまた、一日が終わる。

「「「……」」」

 

俺達は黙って魚を齧る。美味い……美味いんだけど……

「飽きた……」「味付け欲しい……」「違うもん喰いてー……」

さすがに二週間連続魚は飽きちまった。朝は魚。昼は握り飯と魚。夜は魚。なんだこの魚推し。

 

「……行くか」

魚を一口齧った善久は、それを焚火の前に戻すと弓を取った。

「一狩り行くぞ、お前達!!」

「「!!」」

「この我らの後ろに控える森!その中には何かしら動物がいるだろう!私達はそれを狩り、そして食べる!全力前進、者共我に続けぇ!」

「「お、おぉ!!」」

俺も定助も刀を取り、立ち上がる!周りの足軽達も何人か立ち上がった!総勢十二人の狩りが始まった!





ーー河越城近くの森の中、 音もなく木の上を動く影が三つ。
「……」
一人が指を鳴らすと、残り二つの影は左右に分かれる。
「……」
星を見上げる影。北極星の向きを確認すると、再度動き始める。

しばらく進むと、騒ついた声を耳にする。
「……」
影の視界には、足軽達。男女入り乱れた十人ほどが、下で騒いでいる。会話を耳にするに、どうやら狩りをしているようだ。

「……無視」
影はそのまま進もうとし、

「……あっ!?そんな所に人!?そこの人どい……ぁあ!?」
前方から飛んできた人間と衝突し、足軽のもとまで落ちていく--


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