機動戦士ガンダム00 変革の翼 (アマシロ)
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1stシーズン
プロローグ


 

 

――――世界は、広い。

 

 

 知識として知っていても、ここから出る事ができない私には分からないことだった。例え宇宙の広さが見えていても、そこに出て行くことができないのなら存在しないことと何が違うのだろう。

 

 

 けれど―――、

 

 

「あれ………なぁに?」

 

 

 綺麗な光。ガラス越しながら淡い緑色の輝きが鮮烈に目に焼き付けられ、そしてその中心には緑の光をまるで翼のようにして佇む、白い巨人の姿だった。

 隣で微笑んでいるお母さんが、僅かに誇らしげに言う。

 

 

「あれはね、ガンダムよ。皆が幸せになれるように、私たちはあれを作っているの――――」

 

「みんな、しあわせに……」

 

 

 すごい、そう思った。

 大好きな御伽噺の英雄を見るような気分でガンダムを見詰めていると、ガンダムは緑の光を撒きながら宇宙へと飛び立っていった。

 ……お母さんは、迂闊に宇宙に出たら死んでしまうと言っていなかっただろうか?

 

 

「お、おかーさん。へーきなの…っ!?」

「……ふふっ、もちろんよ。だってガンダムは私たちの希望だもの」

 

 

 呆然とガンダムを見送る。

 宇宙を、暗闇と星明かりの無限の世界を自由に飛び回るその姿に、きっと私は心を奪われてしまったのだろう。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『――――目標対象確認。予定通り、ファーストフェイズを開始する』

 

 

 通信を通してあの無口な、けれどガンダムへの確かな想いを持つ彼。ガンダムマイスター、刹那・F・セイエイが行動の開始を、そして私たちにとっての全ての始まりを告げる。私は待機状態のガンダムのコクピットに座りながらそれを聞き、各種機能に異常がないことをもう一度確認しながら小さく呟く。

 

 

「……始まる、のですね」

『怖くなったか?』

 

 

 通信回線を開いていたから聞こえていたのだろう。頼りがいのあるお兄さんという言葉がしっくりくる、そして事実頼りになるガンダムマイスター、ロックオン・ストラトスが軽く呟く。……きっと、緊張を和らげようとしてくれているのだろう。

 だから私も僅かに微笑んで、呟く。

 

 

「いいえ、平気です。いつも通り最初からとっても怖いですから」

『なるほど、そりゃあ大丈夫だな。いつも通り頼むぜ』

 

 

 

 

――――西暦、2307年。

 

 化石燃料は枯渇し、しかし人類はそれに代わる新たなエネルギーを手に入れていた。3本の巨大な軌道エレベーターと、それに伴う大規模な太陽光発電システム。しかし、このシステムの恩恵を得られるのは、一部の大国とその同盟国だけ。

 

 3つの軌道エレベーターを所有する3つの超大国群。アメリカ合衆国を中心とした『ユニオン』。中国、ロシア、インドを中心とした『人類革新連盟』。ヨーロッパを中心とした『AEU』。己の威信と繁栄のため、超大国群は壮大なゼロサム・ゲームを続けていた。

 

 

 そして、今回。

 私たち……というより刹那はファーストフェイズとしてAEUの行う新型MSイナクトによるデモンストレーションに乗り込み、撃破する。今まさにでしょうか?

 

 そして、私の出番はセカンドフェイズから。

 

 

 

『エクシア、ファーストフェイズ終了。セカンドフェイズに移行する』

 

 

 やっぱりずいぶんと早い。けれど刹那とエクシア、そして彼我のモビルスーツの性能差を考えれば当然かもしれない。

 刹那とガンダム―――エクシアはAEUの軍事演習場から飛び立つと、真っ直ぐに軌道エレベーターへ向かう。

 それを私はガンダムアイシスの狙撃装備による最大望遠で見ていた。

 

 

 

 重要な防衛目標である軌道エレベーターを守るため、そして公開軍事演習に乗り込んでAEUの新型機を叩き潰して面子も丸つぶれにしたエクシアを迎撃するべく、AEUの現在の主力モビルスーツ・ヘリオンが3機、飛行形態で出撃してきている。

 

 しかし刹那はそれのヘリオンから放たれるリニアライフルを滑らかな動きで回避し、GNソードを一閃。ヘリオンの一部を切り裂くとヘリオンは地上へ向けて墜落。……あれなら不時着できるだろう。

 

 

「……はぁ」

『刹那が心配―――ってわけでもないんだろ?』

 

 

 小さく息を吐いた私に、ロックオンが声を掛けてくる。

 もしかしたら、ロックオンも少しは緊張しているのかもしれない。とてもそうは見えないですけど……。そんなことを考えながら、でも少しだけ拗ねた口調になってしまいつつ返す。

 

 

「ガンダムがあんなのに落とされる訳が無いです」

『ったく。刹那もそうだが、セレネも大概だよな』

 

 

 ……そう、だから私が心配しているのは――――。

 

 

 

『やはり、AEUはピラーの中にも軍事力を……これは条約に違反している』

 

 

 刹那が呟く声が通信を通して聞こえる。

 セカンドフェイズの目的。AEUによる軌道エレベーターへの条約以上の軍事力の駐屯を暴く事。……それを証明するようにわらわらと軌道エレベーターから出てきたヘリオンがエクシアを取り囲むようにして遠距離からのライフル攻撃を浴びせている。

 もちろん刹那はしっかりと回避、あるいは防御しているが(当たってもどうと言う事はないだろうけれど)、近接格闘戦に特化したエクシアには非常にやりにくい展開だろう。

 

 

『エクシア、カコマレタ、カコマレタ』

『ははっ、さすがの刹那でも手を焼くか』

 

 

 ロックオンと、彼をサポートする独立AIロボットのハロが呟く。

 そう、この展開は戦術予報士の予測通り――――。

 

 

『なら、狙うとしようか――――行くぜ、ハロ! セレネ! ガンダムデュナメスと、ロックオン・ストラトスの初陣だ――――目標を狙い撃つ!』

 

 

 

 通信を聞きながら、操縦桿を握りなおす。

 巨大な岩石が並ぶ荒野の一角、そこには純白の装甲のモビルスーツが両肩に大きな外套のようなモスグリーンのシールドを装備し、巨大な岩の一つに狙撃銃を固定するような体勢で空を見上げていた。

 本来は完成するはずではなかったガンダム。装備換装型万能支援モビルスーツ、GN-001Xガンダムアイシス。

 

 

『了解です。エクシアの援護を行います――――ガンナーアイシス、セレネ・ヘイズ。目標を無力化します―――…!』

 

 

 その最大の特徴である特殊兵装、装備の換装によりあらゆる状況で他のガンダムを支援するGNパック。そのガンナーセットを装備したガンナーアイシスは、狙撃特化のロックオン・ストラトスとガンダムデュナメスには及ばないにせよ、この場において十二分な狙撃能力を発揮する―――!

 

 デュナメスの放ったビームは一撃でヘリオンの一部を吹き飛ばし、墜落させる。エクシアの攻撃の背後に回り込もうとするヘリオンの動きが見える。ロックオンの凄まじい狙撃に動揺し、注意が散漫になっている。

 

 

「―――甘い…っ!」

 

 

 戦場での動揺は致命的。私は一瞬息を止め、片目を瞑る。狙撃用に用意された、そしてデュナメスに搭載されているものと同型―――というか使いまわし―――のライフル型コントローラの引き金を引いた。

 

 やはりデュナメスからの使いまわしであるGNスナイパーライフルから発射された光線は、狙い違わずにヘリオンの翼を中ほどから吹き飛ばす。

 

 

「これ、なら――――…!」

 

 

 きっと、無事に脱出できる。

 安堵の息を吐きそうになり、しかしロックオンが2機目を撃墜―――しかも私以上に鮮やかに、そして同じようにコクピットは撃ち抜かずに仕留めて見せたのを見て私は顔が強張るのを感じた。

 

 

『うまく脱出しろよ……コクピットは撃ち抜いてねぇんだから』

「―――…」

 

 

 聞えてきたロックオンの呟きに肩の力を抜き、私も2射目。……ロックオンは狙撃手、私はあくまで支援なのだから……そして何より、お互いに戦争根絶のために戦う仲間なのだから妙に張り合う必要なんてない。

 

 再び片翼を撃ち抜かれたヘリオンが墜落し、その間にロックオンが2機仕留める。……く、悔しくない。悔しくないです……。

 

 

『五つ! 六つ! 七つ!』

「3つ――…4つ!」

 

 

 狙撃で混乱し、こちらに注意を向けてしまったヘリオンをエクシアが流れるように連続して斬り捨てる。3分掛かったかどうかという程度の時間で、あっけなく戦闘空域に残っているヘリオンはいなくなった。

 

 

『セカンドフェイズ―――』

『―――終了だ』

 

 

 ……って、どうして刹那とロックオンはそんなカッコよく決めて……!?

 ちょっとずるいと思います。

 

 

「……後はお願いしますね。アレルヤさん、ティエリアさん」

『ま、とりあえず面倒事になる前に予定ポイントに向かうとしますか』

『……了解』

 

 

 そう、いつまでもここでボーッとしているわけにもいかない。私はGNドライヴやGN粒子の散布状況に異常が無いことを確認して狙撃体勢を解き、アイシスを浮上させた。

 

 

 

…………………

 

 

 

 

『―――私たちは、ソレスタルビーング。機動兵器ガンダムを有する私設武装組織です。ソレスタルビーイングの活動目的はこの世界から戦争行為を根絶することにあります。私たちは自らの利益のためには行動しません。戦争根絶という大きな目的のために立ち上がったのです。

 ただいまをもって全ての人類に宣言します。領土、宗教、エネルギー……どのような理由であっても、私たちは全ての戦争行為に対して武力による介入を開始します。戦争を幇助する国、組織、企業なども我々の武力介入の対象となります。

 私たちは、ソレスタルビーング―――――…」

 

 

 

 

 

 ソレスタルビーイングによるビデオメッセージ。サードフェイズ、人類革新連盟の軌道エレベーター『天柱』で起こったテロを未然に防いだ団体を名乗って(というか本当だが)マスコミに送りつけたそれは、無事に世界に流れていた。

 

 そして南太平洋に浮かぶ孤島、身の隠し場所として指定された場所の一つで、私と刹那、ロックオンは携帯端末でこの放送を見ていた。

 

 

(……ティエリアさんとアレルヤさん、スメラギさんたちも見ているのかな)

 

 

 私たちは何となく3人でそれを眺めていたのだが、ロックオンは携帯端末を閉じて放送を見るのを止めた。……まぁ、もう今までに飽きるほど見ましたからね。

 

 

「始めちまったぞ……ああ、始めちまった」

 

 

 ロックオンが自分に言い聞かせるように呟いて、何か苦々しげな顔をしている。……刹那も何か思うところがあるのか、ロックオンの様子には気づいていない。

 私はそんなロックオンを眺めながら小さく呟く。

 

 

「とりあえず、世界が平和になるまで十分なチョコレートはおあずけでしょうか……」

「……ったく、本当に相変わらずだな。俺がバカみたいじゃねぇか」

 

 

 ロックオンは僅かに微笑むと、私の方に手を伸ばして―――って、どうして頭を撫でるのですか…っ!? あと、チョコレートは命の燃料ですから!

 

 

「……こ、子ども扱いしないでください!」

「っと、悪い悪い。チョコレートくらい買ってやるよ。それくらいの時間ならあるだろ?」

「…………」

 

 

 刹那が、なんとも言えない表情でこちらを見ている。……な、なんだか「お前たちは何をしてるんだ」みたいな表情に見えますね……。

 ロックオンはそんな刹那に苦笑いすると、呟く。

 

 

「分かってるさ、刹那。俺たちは世界に喧嘩を売ったんだ」

「………ああ」

 

 

 刹那は待機させてあるエクシアを見上げる。

 ……刹那は、ガンダムにどんな想いを抱いているのだろう? 単に愛着というだけではない何か。そう、憧憬のようなものがその瞳に宿っているのを感じながら、私もアイシスを見上げた。

 

 

 

――――…ガンダム。私のガンダム。

 

 刹那もそうであるかもしれないように、私も……。

 信じ、託し、そして希望を抱くもの。

 

 

 そして、大切な絆だから………。

 

 

 

「――――俺たちは、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」

 

 

(………きっと、世界を変えてみせる――――)

 

 

 

 





GN-001X ガンダムアイシス

 プトレマイオスチーム、5機目の太陽炉搭載型ガンダム。太陽炉の改良実験のために使用されていたものをヴェーダからの指示により改修、計画に組み込まれることとなった純白のガンダム。最大の特徴は換装により様々な状況に対応する特殊兵装『GNパック』であるが、時間が無かったために他のガンダムの装備を流用しているものが多い。各GNパックには大型のGNコンデンサーが搭載されており、パックの換装によりGN粒子の一時的な枯渇すら気にせずに大火力を投入できる……はずである。また、GNパックにはハロと同様のAIが搭載されているので無人で射出し、性能上は戦闘中であってもドッキングによる換装が可能だとされる。
 なおフレームがガンダムエクシアの使いまわしであり、型番がほぼ同じなのもそのため。ただ、通常時の装甲はGNパックの装着のために簡素なものとなっている。

武装
・ GNビームサーベル:他のガンダムにも搭載されているいたって普通のもの。
・ GNビームライフル:高出力ライフル。銃口部分からサーベルを発生させることもできる。


ガンナーアイシス
 デュナメスの狙撃銃と照準補助用パーツを中心とする、狙撃に対応したガンナーパックを装備したアイシス。セレネの「ハロは無くしそうで怖い」という考えの下ハロは搭載されていないが、ライフル型コントローラーは搭載されている。また、ヴァーチェのGNキャノンを腕に装備したり、キュリオスのGNビームサブマシンガンを装備することもある。また、デュナメス用に造っていたGNフルシールドがロックオンの配慮により先にこちらに実装されている。シールド制御は搭載AIにより行われる。

装備
・ GNスナイパーライフル:デュナメスの長銃身狙撃ライフル。
・ GNビームピストル:射程はあまりない牽制用の武器。ふくらはぎのホルスターに装備される。
・ GNミサイル:腰部フロントアーマーと両脚に装備される。
・ GNフルシールド:デュナメスのものと同じ両肩に装備する外套型シールド。
 





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第1話:ガンダムマイスター

 

 

 

 

 長身を白のスーツで固め、長い後ろ髪を後頭部で纏めているのが特徴的な男。ユニオン軍モビルスーツ開発技術顧問のビリー・カタギリと、くせのある金髪にあどけなさの残る顔立ちながらユニオン軍第一航空戦術飛行隊―――通称MSWADに所属する中尉、グラハム・エーカーは、AEUの公開軍事演習でガンダムエクシアを目撃した後、その演習場から少し離れた荒野で車を停めていた。

 

 

「軍に戻らなくていいのかい? 今頃は対応におおわらわだよ?」

「ガンダムの性能が知りたいのだよ。あの機体は特殊すぎる。戦闘能力は元より、あれが現れるとレーダーや通信、電子装置に障害が起こった。恐らくは全てあの光が原因だろうが……」

 

 

 グラハムはそこで一旦区切ると、カタギリに向き直って言った。

 

 

「単刀直入に聞こう。カタギリ、あれが何か分かるか?」

「現段階では特殊な粒子としか言えないよ。恐らくあの光はフォトンの崩壊現象によるものだと思うけど……まだまだ秘密があるだろうね」

 

 

「フっ………好意を抱くよ」

「…へっ?」

 

 

 グラハムの突然の言葉にカタギリが思わず聞き返すが、グラハムは微笑んで言った。

 

 

「興味以上の対象だということさ」

 

 

 と、その時ユニオン軍諜報部の信号を出す一台の車が近づいてきた。運転席から降りるグラハムたちに、諜報員は敬礼しつつ報告する。

 

 

「グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問。MSWADへの帰投命令です」

「その旨を由しとする」

 

 

 そしてグラハムは予測していた。実際に肉眼でガンダムを目撃した二人。そして自分が好意を抱いたガンダム――――すぐに、また出会えるだろうと。

 

 

(……フフっ、是非ともお手合わせ願いたいものだ)

 

 

 そして二人は、ユニオンの輸送機に乗った。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ソレスタルビーイングの隠れ場所の一つである無人島。そこで一夜を明かしたセレネは私服である飾り気のない白のワンピースを着て、川に足を浸してぼんやりと空を眺めていた。すぐ近くには石に腰掛けた刹那もいるが彼は水には入っておらず、それにパイロットスーツのままだった。

 

 

「……ねぇ、刹那? パイロットスーツ以外の服はないのです?」

「……人がいる地域に行く場合の服ならある」

 

「いくつです?」

「1つだ」

 

 

 「何か問題でもあるのか」と言いたげな刹那に少しムッとしました。別に刹那が臭くて私が困るわけではないですけど……。

 

 

「……でも、宇宙ならともかく地球でそれは……。エクシアが臭くなったりしたら嫌ですよね?」

 

 

 このあたりは赤道に近いですし、宇宙でも使えるパイロットスーツは当然のように機密性バツグンです。私なんて必要がなければすぐ脱ぎますし……。

 刹那もエクシアが臭いというのは想像したくなかったのか、目に見えて顔を顰めた。

 

 

「………しかし、今日は次のミッションの予定がある」

「そうですね。ですから、次からは何か違う服を用意しましょう? 無いのでしたら買いにいきましょう。エクシアのために!」

 

 

「……わかった」

 

 

 私も刹那も、ガンダムが臭くなるのは嫌ですからね…! それにエクシアはアイシスとほぼ同型なので私も特に思い入れがあるのです。刹那は僅かな逡巡の後に頷き、そこでロックオンが歩いてました。

 

 

「―――ったく、どの国のニュースも俺達の話題で持ちきりだってのに。お二人さんはデートのお約束かい?」

 

「いえ、お買い物です。エクシアのために」

「………ガンダムだ」

 

 

 やや茶化すような口調のロックオンでしたが、私と刹那の答えを聞くと何故か呆れたように肩を竦め、それから呟きます。

 

 

「お前ら、本当に好きだよな……」

「ガンダムマイスターですから」

「当然だ」

 

 

 「いや、お前らのは関係ないだろ……」とロックオンは呟いていますが、何だかんだでロックオンもデュナメスには思い入れがあると思うのです。

 と、気を取り直したロックオンが再び口を開きます。

 

 

「とにかく、謎の武装集団が全世界に戦争根絶を宣言するって話題でどの国も持ちきりだ。最も、ほとんどのヤツは信じちゃいないようだがな」

 

「――――ならば、信じさせましょう。ソレスタルビーイングの理念は、行動によってのみ示されるのだから」

 

 

 ……気配は感じていましたが、綺麗な若い女性の声。

 3人で視線を川に向けるとそこにはボディーガード兼秘書の紅龍(ホンロン)にお姫様抱っこをされ、何故か探検隊のコスプレのような姿をした美女、『王』家の当主にしてソレスタルビーイングの大スポンサーである王留美(ワン・リューミン)がいました。……川から登場する意味は…?

 

 

「……王留美」

「お早いお着きで」

「……どうしてコスプレなのです…?」

 

 

 そして、どうしてそんなに綺麗なのでしょうか。……胸もありますし。

 嫉妬と羨望の入り混じる視線を向けていると微笑ましいそうに見られ(屈辱です)、王留美は笑顔で告げました。

 

 

「――――セカンドミッションよ」

 

 

 

 ……これは、わざわざ言いに来る意味があるのです?

 もしかしてコスプレを見せたかっただけなのかもと勝手に邪推しました。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 宇宙、ソレスタルビーイングの多目的輸送艦であるプトレマイオスでは、ファーストミッションにおいてサードフェイズを担当した二人のガンダムマイスターが発進準備を整えていた。オペレータであるクリスティナ・シエラの声が響く中、ガンダムが格納されたコンテナに向かう。

 

 

『3300をもってセカンドミッションを開始します。繰り返します。3300をもって――――』

 

 

「機体テスト込みの実戦か……全く嫌になる」

 

 

 「どことなく暗いけれど多分良い人」とセレネに内心で評されているアレルヤ・ハプティズムが艦内を移動するためのグリップを握りながら呟く。

 

 

「これからのためにも、ガンダムを見極めておく必要がある」

 

 

 それに対し、「とても真面目な人」だと評されているティエリア・アーデがその後ろに続きつつ冷静に呟いた。

 

 

「それは……そうだけど」

 

 

 明らかに乗り気ではなさそうなアレルヤ。と、そこに長い髪の女性が現れた。

 

 

「ごめんね、無理させちゃって」

「スメラギさん…」

 

 

 プトレマイオスの戦況予報士であり、実質的にプトレマイオスのクルーとガンダムを指揮する女性、スメラギ・李・ノリエガ。それに対してティエリアはそっけない態度を崩さない。

 

 

「問題ありません。覚悟の上で参加しているんですから」

「強いんだ」

 

 

 呟くスメラギに、ティエリアは冷たい声で言った。

 

 

「弱くは無いつもりです」

「…行きます」

 

 

 やや苦笑気味のアレルヤと相変わらずのティエリアが移動し、スメラギは小さく呟いた。

 

 

「……それは若さよ」

 

 

 セレネがいたら多分「スメラギさんもまだ若いですよ」と言って怒られただろう。

 

 

 

『プトレマイオス、コンテナ、固定位置で固定。キュリオス、C装備でカタパルトデッキへ――――』

 

 もう一人のオペレーター、クールでピンク色の髪の少女であるフェルトの声と共にガンダムキュリオスがカタパルトへセットされる。

 そしてその頃――――。

 

 

 

 

 

 

『ジカンドオリ、ケイカクドオリ』

 

 

 確かに時間通りで計画どおりですが、どうして走って現れるのでしょうか……。まるでスーパーロボットの発進シーンのように(そのものではあるのですが)カッコよくヘルメットを付けながらエクシアに乗り込む刹那と、ハロを抱えてやっぱりスチャッと乗り込むロックオンをアイシスのコクピットで待ちながら私はちょっと羨ましいなーと思いました。

 

 

 

「GNシステムリポーズ解除……プライオリティーをセレネ・ヘイズへ」

 

『ハッチオープン、ハッチオープン』

 

 

 コンテナのハッチが開き、3機のガンダムが起き上がります。

 

 

「GNパックはソードを選択……ドッキングセンサー」

 

 

 純白のアイシスに、蒼い肩の追加装甲とそれおよび腰に付属する追加スラスター、そしてGNソードやGNダガー、GNシールド―――2つ目のGNパック、エクシアを基にしたソードパックが無事に装着されるのを確認。

 

 

 

『エクシア、デュナメス、アイシス、シュツゲキジュンビ、シュツゲキジュンビ』

 

 

 完全に起動したガンダムの太陽炉から勢いよくGN粒子が放出され始め、そしてGNコンデンサーが緑色に発光。ツインアイがまるで意思を宿すかのように輝いた。

 

 

『エクシア、刹那・F・セイエイ。セカンドミッションを遂行する』

『デュナメス、ロックオン・ストラトス。出撃する!』

「ソードアイシス、セレネ・ヘイズ――――いきます!」

 

 

 GNドライヴの出力を上げた3機が緑色の輝きと共に舞い上がり、王留美が地上からそれを見上げつつ呟いた。

 

 

「――――ガンダム。あれこそが、ソレスタルビーイングの理念を発現する機体…」

 

 

 

…………………

 

 

 

 次の武力介入の目標はセイロン島。

 現在は人類革新連盟、いわゆる人革連が展開しています。元々セイロンでは民族紛争が起こっているのですが、人革連が自らの利益のために少数派に肩入れしたことで紛争が悪化。無政府状態にまで陥ってしまっています。

 

 

『来たぞ。刹那、セレネ! アレルヤとティエリアだ』

『確認した。予定ポイントで合流後、ファーストフェイズに入る』

「…はい、了解です」

 

 

 

 ……最大望遠した画面に、旧式MSのアンフが質でも数でも勝る人革連の重装甲MSティエレンに嬲られるようにしてやられているのが見えました。あそこで人が死んでいるのだと思うとやるせない気持ちになります。

 

 

『スメラギ・李・ノリエガの戦況予測通りに各自対応する。それなりの戦果を期待しているのでよろしく』

 

『それなりに、ね』

『俺は徹底的にやらせてもらう』

 

 

 空気を軽くするためか少しおどけて言うロックオンにアレルヤさんが答え、そしてティエリアさんがとても物騒なことを呟いています…っ!?

 ロックオンが肩を竦めるのが見える気がします。

 

 

『……お好きに。聞いてるか、刹那、セレネ』

「……はい。聞いてます……」

 

 

 ……きっと、今回のミッションでは私たちのせいでもたくさんの人が亡くなるでしょう。少しぼんやりしてしまう私に、ロックオンは小さく呟きます。

 

 

『……大丈夫か? 無理はするなよ』

「……はい、ありがとうございます」

 

『で、刹那。お前も聞いてるのか? 返事しろ、刹那…?』

 

 

 刹那の返事がありません。

 どうかしたのでしょうか……気になった私は、ロックオンと一緒になって呼びかけます。

 

 

「刹那、どうしたのです…?」

『刹那。応答しろ、刹那…!』

 

 

 そしてその時、確かに刹那の声が耳を打ちました。

 

 

『――――…ガンダムだ』

『な、なんだって……?』

「………刹那?」

 

 

『――――俺がガンダムだ……』

『何言ってんだ…!?』

 

 

 そしてその言葉と同時に刹那は一気にエクシアを加速させ、ロックオンが慌てて呼びかけますが返事はありません。

 

 

『ぅお、お、おい! 刹那ぁ!?』

「――――…ま、待ってください! 刹那!」

 

 

 刹那だけを突出させるわけにはいきません。アイシスを加速させ、刹那を追います。

 

 

『お前も待てセレネ!?』

『子どもたちのお守りをよろしく』

『……作戦行動に移る』

 

 

 アレルヤとティエリアもそれぞれ勝手に動き始め、一人残されたロックオンが呼びかけますが誰も止まりません。

 

 

『うぉ、おい! お前ら!?』

『ビンボークジ、ビンボークジ』

 

『……ちっ、分かってるよ。砲撃に集中する! 回避運動は任せたぞ、ハロ!』

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 一方、セイロン島に展開していた人革連のティエレン部隊ではキュリオスとヴァーチェ、アレルヤとティエリアのガンダムが大気圏を突入したことによりガンダムのセイロン島への出現を知り、にわかに慌しくなっていた。

 

 

『敵部隊の30%を叩いた。このまま一気に殲滅させるぞ』

『大尉、本部から緊急連絡です。ソレスタルビーイングが来るそうです』

 

『そうか―――此処に来るか。各部隊に通達しろ!』

 

 

 

 その時はすぐに訪れた。

 多数派民族の部隊のアンフを人革連のティエレンがカーボンブレードで切り裂こうとしたまさにその時。空から飛来した光線がその腕を吹き飛ばす。

 

 そして、GN粒子の緑の輝きと共に舞い降りる白と蒼の機体……ガンダムエクシア。

 

 

『……来たのか。ソレスタルビー―――ぐぉ…っ!?』

 

 

 続けて更に上空から飛来した3つの光線が残った左腕と両脚を打ち抜き、ティエレンを戦闘不能にする。……舞い降りる二機目、純白のガンダムにセリフを遮られたパイロットは完全に行動不能になったティエレンから、やむなくセリフを言い終えることなく脱出した。

 

 

『エクシア、紛争を確認―――根絶する』

「アイシス、同じく紛争を確認―――無力化します…!」

 

 

 

 その言葉と共にエクシアは右腕のGNソードを展開。向かってきたティエレンを地面を滑るような動きで回避すると、素早く背後に回りこんで一閃。ティエレンの重装甲をやすやすと切り裂き、ティエレンは爆散。そのまま空に舞い上がると強烈な飛び蹴りを食らわせて更に一機沈め。流れるような動きでもう一機を切り裂く。

 

 ―――その瞬間、遠距離砲撃装備のティエレンの一撃がエクシアを襲った。エクシアは盾を構えたものの、装甲の厚いティエレンでもダメージは免れない一撃―――。

 

 

『や、やったか……!? いや、無傷!? なんて装甲――――』

「――――脱出してください、ね…!」

 

 

 瞬間、やはり地面を滑るように移動する純白のガンダム―――アイシスのすれ違いざまの二刀のビームサーベルの一撃を受けて両脚と砲身を切り取られ、そのティエレンも倒れる。脚と武器が無くなれば、地上でのモビルスーツは動けない荷物でしかない。鈍重なティエレンに囲まれることなどむしろ的が増えるだけでしかないとばかりにアイシスは敵の密集地帯に突っ込むと立て続けに無力化していく。

 

 なんとかアイシスを包囲して無力化しようとするティエレン部隊だが、アイシスの肩の追加スラスターから一際強い緑の輝きが放たれ――――。

 

 

『喰らえ――――なんだとっ!?』

「動きが……遅いです…っ!」

 

 

 

 急激に加速したアイシスは斜め上方に回転しながら跳ね上がるという曲芸じみた動きで一斉射撃を回避し、そのままGNソードを一閃。コクピットとエンジンは避けつつもティエレンを一刀両断し、今度は逆の追加スラスターで回転を止めつつ一気に上空に舞い上がった。

 

 ティエレンたちはなんとかアイシスを狙おうと上空を向くが―――。

 

 

『デュナメス、目標を狙い撃つ!』

 

 

 必殺の一撃――――正確無比なロックオンの射撃が閃き、隙だらけになったティエレンを次々に葬る。

 一通り仕留めたロックオンは、凄まじい勢いで次々とティエレンを片付けている刹那と、見ているだけで目が回りそうな奇想天外な機動で次々とティエレンを無力化するセレネに舌を巻いた。

 

 

『気合の入れすぎだ、刹那…! セレネも無茶な動きばかりしやがって…!』

 

 

 恐らくセレネは敵を殺さず、しかしアイシスにも無駄な損耗をさせないように奇抜な動きをしているのだろうが、あれでは中のセレネの負担は尋常ではないだろう。……というか、あんな機動をするのにかかる駆動部への負担よりティエレンの砲撃の方が損傷が少ないのではとすら思ってしまう。

 

 そして、しゃがみながら独楽のように回転してティエレンの脚を纏めて薙ぎ払ったアイシスを見てロックオンは思わず叫んだ。

 

 

『無茶しすぎだ、馬鹿!』

 

 

 とりあえず、セレネの周りの敵を狙い撃つことから始めた方がよさそうだった。

 

 

 

 

 

『……これで稀代の殺人者……けどね! それがスレスタルビーイングだ!』

『ヴァーチェ、目標を確認。排除行動に移る――――!』

 

『て、撤退! 撤退だ!』

 

 

 

 アレルヤとティエリアからの通信の内容も鑑みると、そろそろあらかた片付いたころでしょうか……。

 人革連が撤退を開始し、センサーにこちらに向かってくる反応が無いことを確認してセレネは小さく息を吐いた。今度も、上手くいった……。

 

 

(……だいじょうぶ。一人も、死んでいない……)

 

 

 多数のティエレンを無効化したけれど、それでもコクピットは全機無事。エンジンが誘爆しなかったことも確認している。……もちろん、刹那がコクピットごと破壊してしまった人、ロックオンが狙い撃った人、アレルヤの爆撃に巻き込まれた人、ティエリアが吹き飛ばした艦に乗っていた人もいただろう。

 

 ただ、それでも。

 人を殺さない努力を怠ってしまったら、戦争根絶の先に目指すもの―――平和な世界を目指しているなんて言えないような気がした。

 間違っているのは私。それでも……私が無力化した人はきっと死なずに済んだはずだから。

 

 

『ここまでだ……ここまでだよ。刹那……』

 

 

 ロックオンが呟く声が聞こえる。

 今回、刹那は何か思うところがあったのでしょう。凄まじい勢いでティエレンを駆逐していました。……紛争。いいえ、民族の対立……? 一方的な蹂躙…?

 先ほどまで阿修羅の如く戦っていたエクシアは、しかし逃げる相手は追撃しない理性が残っているようで、倒れているティエレンを見下ろして静かに佇んでいます。

 

 しかしその時、多数派の部隊からモビルスーツに搭載されているスピーカーによるものと思われる声が響きました。

 

 

『――――協力を感謝する! 敵は崩れた、今までの借りを返してやる!』

『こんの……馬鹿野郎!?』

「…っ!」

 

 

 ロックオンが罵倒する声が聞こえ、デュナメスがアンフを止めようとしますが、既に彼らは人革連の部隊を追おうとしてエクシアの近くを通り過ぎようとし――――…ソレスタルビーイングは、全ての戦争行為に対して武力介入する。それはやられていた部隊の反撃も例外ではない。

 

 刹那は負けている彼ら多数派を攻撃しないのではないか――――恐らくそう思ったロックオンから不安げな雰囲気が伝わってくる。

 けれど、違う。

 

 

『――――っ』

「――――…だめ…っ!」

 

 

 届かない。コクピットの中で必死に手を伸ばし、しかし届くはずもなく、エクシアの流麗な回転切りが立て続けに2体のアンフを切り裂き、爆散させた。

 

 

『――――これが、ソレスタルビーイングだ』

『刹那……』

 

 

 刹那の声も、安心したようなロックオンの声も聞こえない。

 刹那を責める気なんてない。……ただ、自分がもっと彼らを戦闘不能にしていたら―――そうしたら、死ぬ人はきっと一人でも少なかったのだろう。それが子どもじみた考えだと分かっていても、それでも私にはそれしかなかった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 そのころ、世界の各所ではソレスタルビーイングの武力介入の情報が伝わっていた。

 

 

「スリランカで武力介入……双方に攻撃!?」

「馬鹿な!? たった一度の武力介入で300年にわたる紛争が終わると本当に思っているのか…!?」

 

 

 

 しかし、そんな疑問もソレスタルビーイングに関わるものたちにとっては大したものではない。答えるだけならば単純なのだ。

 

 

「一度で終わらないのなら、何度でも介入する―――」

「そう、我々に憎しみが向けられるまで……」

「それが、ソレスタルビーイング……私たちは、物事を変えるときにつきまとう痛み…」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、海の上。

 武力介入を終えたガンダム5機のうちの3機、キュリオス、デュナメス、ヴァーチェは並んで飛行しつつ通信していた。

 

 

『……エクシアとアイシスはどうした? まさかやられたのかい?』

『先に帰投した。初めての紛争介入だ、思うところがあるのさ』

『分からないな……何故彼が、そして彼女がガンダムマイスターなのか』

 

 

 

 

 

 

 先行する刹那に少し遅れて海の上を行くセレネはアイシスのコクピットの中でヘルメットを投げ捨てて、だいぶ長くなってしまった黒髪を払いながら夕暮れに染まる空を見上げ、眼下に広がる海を眺める。汗でじっとりと湿ったパイロットスーツの中が気持ち悪い。

 

 

「………ぅー、もういいですよね…?」

 

 

 ミッションはもう終了した。後は帰還するだけ……そんな思いでパイロットスーツを脱ぎ捨てると、白のキャミソールとパンツだけというなんともモビルスーツのコクピットに不適切な姿に。……赤道近くは暑いのです。

 

 

「……はぁ」

 

 

 こんな時だというのに、貧相としか言いようの無い自分の身体を見て思わず溜息を吐き、それから席の後ろに置いておいたワンピースを被ります。フェルトと同い年なのに、この差は何なんなのでしょうか…。と、その時センサーに反応があり、思わず飛び上がって驚いてしまいました。

 モニターに近づいてくる物体の情報が即座に表示されます。

 

 

 

「―――ユニオンの、輸送機…!? この空域で…?」

 

 

 ここはAEUと人革連の領土はそれなりに近くても、ユニオンはほとんど地球の反対側のはず…。そんな驚きを感じつつも、慌ててヘルメットだけ被って操縦桿を握り締めました。

 

 

「……フラッグ…?」

 

 

 輸送機からはユニオン最新のMSであるフラッグが一機だけ、飛行形態でこちらに向かってきます。でもあれは、キュリオスと違って飛行中の変形をするスペックは無かった―――1機とは言え油断せず、あらかじめ頭に叩き込んである情報を思い起こしながら、フラッグの背後を取って攻撃する方法を組み立て――――驚愕した。

 

 

 そのフラッグは、その有り得ないことを実行してみせた。

 空中で失速せずに変形。人型形態になると即座にソニックブレイドを構えたのである。

 

 

「―――…このフラッグ……ちがう…っ!?」

 

 

 並々ならぬ気迫と、奇妙な意志を感じる。

 知らぬ間に握り締めた操縦桿に、汗が滲んだ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――――見つけた。見つけたぞっ!

 

 

 フラッグのパイロット、グラハム・エーカーは自らの興奮を抑えられずにいた。

 ガンダムはあの特殊粒子のせいでレーダーによる索敵ができない。それはつまり肉眼での視認に頼るしかないということだ。その発見の困難さは言うまでもないだろう。しかし、見つけた。まさしく、運命を感じずにはいられなかった。

 

 

 軍事演習で見た白と蒼のガンダムではなかったが、スマートな純白のボディにところどころ蒼い装甲を纏ったガンダムは、どこか女性的な優美な魅了を湛えているようにグラハムには見えた。カタギリの制止を振り切ってグラハムはフラッグで飛び出し、そして空中変形――――人呼んで、グラハム・スペシャル! を行いつつソニックブレイドを抜き放った。

 

 

 ガンダム――――ソードアイシスもそれに対抗してGNソードを展開し、ほとんど衝突するような勢いで激しく切り結んだ。両機の剣からプラズマと粒子の光が迸った。

 

 

 

「―――はじめましてだな……ガンダム…ッ!」

「このフラッグ……ちがう…っ!?」

 

 

 絶妙な均衡で鍔迫り合いが続く中、コクピットでグラハムは叫ぶ。通信こそ通じてはいなかったが、相手の驚く雰囲気を感じ取ったグラハムは構うことなく続けた。

 

 

「私はグラハム・エーカー……キミの実力、拝見させて頂く!」

 

 

 ここで相手が軍事演習場で出会ったガンダムならばグラハムは別のセリフを叫んだのであろうが、今回は一応運命を感じつつも初対面のガンダムにはまず自己紹介から……というグラハムなりの礼儀が確かにそこにはあった。

 

 

 

「5機のガンダムが確認されていると聞くが、新型…―――いや、装備を変えたのか? なるほど、あの時のガンダムと同じ衣装を纏っているというわけか! 乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じられずにはいられない……な!」

 

 

 

 そこまで思考を及ばせる思考の素早さ、勘の鋭さ、そして独特すぎる言い回し。万一、セレネに会話が通じていたら全ての意味で驚愕されただろう。

 グラハムはペダルを踏み込み、背中にあるイオンジェットプラズマの出力を上げた。ガンダムが一瞬だけ押されかけ―――そして、グラハムは驚愕した。

 

 ガンダムの肩、蒼い装甲の後ろから斜め上方に一際強い緑の輝きが発せられると、ガンダムが一瞬にして視界から消えたのである。同時にガンダムの圧力が消え、力をかけていたフラッグが前のめりにバランスを崩す。

 

 

 

「――――くぅっ!? 何という身のこなし…!?」

 

 

 グラハムにはそれだけ、その一瞬だけで十分に分かっていた。

 ガンダムがいかに巧みにフラッグのかけていた力を受け流し、加速し、フラッグの直下という絶好の位置をもぎ取って見せたか、そして急激な下方向へのGに耐えつつも鮮やかに体勢を立て直し、一撃を加えんとする相手のパイロットの強かさ。

 

 

「――――好意を、抱くよ…!」

 

 

 そう、実際に剣を交えたからこそのこの想い!

 グラハムは瞬時にペダルを限界まで踏み込み、そして―――。

 

 ガンダムの下からの強烈な切り上げは空を切った。再び空中変形を―――飛行形態になったフラッグが猛烈な加速でGNソードを紙一重で回避して見せたのである。

 

 

 

「その大きな得物では―――と言いたいところだが……!」

 

 

 

 グラハムは笑みを浮かべていた。苦しい戦いだ。一瞬でも油断すればその瞬間に落とされるだろうという確信がある。しかし――――それ以上に!

 

 ガンダムという間違いなく世界最高峰のモビルスーツに、ようやく出会えた自分の全てをぶつけることができる好敵手に! かつて感じていた、ただひたすらに腕を磨いた日々の命を削り合いの、腕の高めあいの感覚!

 

 

「――――改めて名乗らせていただこう……私の名はグラハム・エーカー! 君の存在に心奪われた男だッ!」

 

 

 

 息もつかせぬ急速旋回にギシギシとグラハムの身体とフラッグが悲鳴をあげる。それも意に介さずに再びガンダムに向き直ったグラハムはリニアライフルを連射する。しかし、再びガンダムの肩のスラスターが閃く。左、右、左、上、右と目まぐるしく動くガンダムはリニアライフルをかわし、あるいはシールドで見事に受け流してみせる。

 

 ガンダムから反撃とばかりに連射される正確な上に逃げ道を確実に塞いで放たれるビームを、しかしグラハムも曲芸のような急上昇、そしてそこからのバレルロールという並のパイロットなら戦闘など考えられないような荒業で、2発ほど掠った程度の損害で乗り切って見せた。

 

 

「―――――もらった! 人呼んで……グラハム・スペシャル!」

 

 

 そして再びの空中変形。ガンダムの直上を取った、会心の動き。

 

 しかし―――――。

 

 

「――――…ぐっ、馬鹿な…!?」

 

 

 

 ガクッ、と不気味な振動がコクピットを揺らし、失速する独特の感覚が肝を冷やす。瞬時にモニターに目を走らせると、先ほど掠った攻撃、あるいは無茶すぎる機動が駆動系を損傷させていたのだろう。そしてその上での無茶な連続空中変形が祟ったのか、イオンプラズマジェットが機能不全を訴えていた。ペダルを踏み込んでも、全く反応が無い。

 

 

「――――メインブースターがイカれただと!? よりにもよってこんな時に……くっ、飛べん……っ!」

 

 

 これでは、急加速と急降下による一撃が――――。

 そう考えたグラハムはしかし、いつの間にかガンダムがビームサーベルを構えて完全に迎撃の姿勢を取っていることに気づき、自らの敗北を悟った。

 

 

「―――そう、か……いずれにせよ読まれていたか……」

 

 

 最高の相手。敗北を認めるに相応しい、最期の相手に過分なくらいの強敵だった。

 しかしグラハムは、決して満足できていない自分がいることに気づいていた。叶うのなら、このガンダムと全てを出し尽くして戦いたかったと思う。

 

 

「……くっ、無念だ……」

『グラハム、早く脱出するんだ!』

 

 

 通信妨害されていないのかカタギリの悲鳴のような声が響くが、そんな真似ができようはずもない。愛機であるフラッグを見捨てるというのもそうだが、この真剣勝負にそんな無粋な真似は不要だと悟った。

 

 

 一瞬、ガンダムが失速したフラッグに戸惑う素振りを見せる。もちろん、グラハムもメインブースターが止まった程度で諦めはしない。せめて最高の一撃を―――そう願い、リニアライフルを捨てて二刀となる。だが、到底納得のいく一撃ではなく――――。

 

 

「………見事な一撃だ」

 

 

 対照的に、惚れ惚れするような一撃を貰った。

 ガンダムは急激にフラッグに向けて加速すると、懐に飛び込んでビームサーベルを一閃。フラッグの両腕を纏めて切り裂いて見せた。

 

 

「……全く、まだ動けるのなら私も飛び込んでみせたものを」

 

 

 懐に飛び込んでくるガンダムに、同じくこちらも加速してすれ違いざまに斬り合う―――そんな心躍る幻想を描きながら、そして夕日を背に輝く緑の光を纏うガンダムの姿を目に焼き付けながら、グラハムは海に沈んだ。

 

 

 

「……浸水、か。あっけない最期だったな」

 

 

 その点だけはガンダムに文句を言いたかったかもしれない。……せめて、フラッグファイターとして空で華々しく―――いや、これ以上は贅沢というものか。

 自嘲気味の笑みを浮かべ、そして最期の光景、ガンダムを目に焼き付けておくために目を瞑って――――ガクン、と今度は機体が引き上げられる感覚に目を見開いた。

 

 

「…………これ…は…!?」

 

 

 何かに背を押されている。

 振り返ると―――いや、振り返らなくともグラハムには分かっていた。

 

 そのまま沈み、海の藻屑となるはずだったグラハムを、フラッグの背を抱くようにして押し上げる純白の機体―――ガンダム。

 

 

「………全く、敵わないな。ガンダム……いや―――」

 

 

 

 グラハムは悟った。ガンダムも、そのパイロットも自分と同じようにこの心躍る戦闘に感じるものがあったのだと。そう、それはさながらスポーツで全力を出し切った両者が互いを讃え合うような感覚。そして、本当の全力での戦いを求めているのだと。

 

 

「好意を、抱かせてもらう。ガンダムのパイロット……」

 

 

 ここでガンダムだけに好意を抱いては失礼というものだ。そのパイロットとして技量。そしてその精神。間違いなく好感が持てるものだった。今までの人生で一番の笑みを浮かべたグラハムは、咄嗟に今更思い出したほぼ使った事のない外へ呼びかけるためのスピーカーを使って呼びかけた。

 

 

「……ガンダムのパイロット、感謝させていただく。私はグラハム・エーカー……もしよろしければ、名前を教えて頂きたい」

 

 

 

 しかし残念ながらガンダムからの返答は無く、グラハムが乗っていた輸送機にフラッグをわざわざ運び込むと、そのまま飛び去ってしまった。

 

 意気消沈しながらフラッグを降りたグラハムを、カタギリが出迎える。

 

 

 

「グラハム……無事で何よりだよ! ……そんなに落ち込まなくても、生きているのだから再戦の機会は――――」

 

「……それにしても、若かったな。あのガンダムのパイロットは」

 

 

 

 そう呟くと、今度はガンダムと戦った興奮が蘇る。そして今度こそ実力を出し切って戦うチャンスが―――いいや、出し切って見せるという想いがグラハムに笑みを浮かべさせる。それにカタギリは驚いたように言った。

 

 

「話したのかい…!?」

「まさか。モビルスーツの動きに感情が乗っていた……あのガンダムのパイロットは、若い女性かもしれないな」

 

 

「いや、そこまで分かるものなのかい…?」

「乙女座のカンだ。……是非ともお付き合い頂きたかったものだが―――」

 

 

 「フラれてしまったしな」と言おうとしたグラハムに、しかしその前に報告が入った。

 

 

『―――中尉! ガンダムから光信号です!』

「―――なんだとっ!?」

 

 

 【GUNDAM AISIS】とだけのそっけない内容。

 しかしそれは、グラハムにとって今までのどんな通信よりも心を震わせるものだった。

 

 

「ガンダム……アイシス」

 

 

 噛み締めるように呟くグラハムは人生最高の笑みを即座に更新し、そしてカタギリに叫んだ。

 

 

「カタギリ、フラッグのチューンが必要だ! 全力を出し切れる機体を……あのガンダムを――――アイシスを口説ける機体を用意する! 手伝ってくれ!」

「……合点承知!」

 

 

 こうして二人のガンダムへの……そして、ガンダムアイシスへの挑戦が始まった。

 

 

 

 

 



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第2話:変わる世界

 軌道エレベーターは、その名の通りエレベーターである。

 昨日の作戦から一夜明け、ティエリアとガンダムヴァーチェは軌道エレベーターを利用して宇宙に戻ることになっていた。ソレスタルビーイングの輸送艦プトレマイオスは太陽炉が搭載されていないので、ガンダムがいないとエネルギーが補給できないのだ。

 

 人革連軌道エレベーター『天柱』。その出発ロビーでは3人のガンダムマイスター―――ロックオン、ティエリア、アレルヤが集っていた。

 刹那とセレネも来るはずなのだが――――。

 

 

「よお、遅かったじゃねぇか。この聞かん坊め」

 

 

 ようやく現れた刹那にロックオンが僅かに笑みを浮かべ、そしてティエリアは冷たい表情を崩さずに言う。

 

 

「……死んだかと思った」

「何かあったのかい?」

 

 

 そんなティエリアにも、その態度に苦笑しつつ問いかけるアレルヤに刹那は答えず、ただ小さく呟いた。

 

 

「……ヴェーダに報告書を提出した」

「後で閲覧させてもらうよ」

 

「ああ」

 

 

 そんな、普通に会話しているはずなのに全く仲が良さそうに見えない二人にロックオンはなんとも言えない表情を浮かべ、言った。

 

 

「まぁ、無事で何よりってことで――――…って、刹那。セレネはどうした?」

「会っていない」

 

 

 その言葉に4人は顔を見合わせ、そしてティエリアが嘆息した。

 

 

「案外本当に死んだのか――――…いや、来たようだ」

「お、おいおい…」

「………」

「どういう状況なんだか―――って、見れば分かるか」

 

 

 

 現れたセレネは白いブラウスに蒼い上着を着て―――というのはいいのだが、何やら親切そうなお爺さんに連れられており、ぺこぺこと頭を下げていた。お爺さんは優しく微笑むとセレネの手に飴玉らしきものを握らせて颯爽と去っていった。

 

 4人は確信した。「アイツ、絶対に迷子になりやがった」と。

 それを証明するかのように4人に凝視されていたことに気づいたセレネは引き攣った笑みを浮かべ、ただでさえ小さな身体を更に小さくしてこそこそと4人のいるテーブルにやってきた。

 

 

「……えっと。お待たせしました」

 

 

 気まずい空気。と、ちょうどそこに誰が注文したのか飲み物が届いた。

 

 

「お待たせしたしました。ごゆっくりどうぞ」

 

 

 刹那とセレネの前に置かれる、白い液体が注がれたコップ。刹那はいつも通りの無表情で、セレネは肩をプルプルと小刻みに震わせた。

 

 

「……ミルク?」

「オレの奢りだ」

 

「……だから、子どもじゃないです…っ」

 

 

 カッコよく言ったロックオン。刹那はそれを一息で飲み干し、セレネは不機嫌そうに唸りながらも一口飲むと美味しそうに飲み始める。どう見ても子どもだろう、と普段は決して仲がいいとは言えない残り4人の思考が奇跡的なシンクロを見せた。

 が、ティエリアが無慈悲に告げた。

 

 

「それで、どういう状況だったのか説明してもらおうか」

「……そ、の……こほん。遅れてしまいそうでしたので道を尋ねたところ親切にも案内して頂けるとのことで……」

 

 

 ティエリアの冷たい視線にたじろぐセレネに、アレルヤは苦笑いしつつ言った。

 

 

「つまり、迷子だね」

「ぁぅ………以後、気をつけます……」

 

「……はぁ」

 

 

 なんでこんなのがガンダムマイスターなんだ。とティエリアの瞳とその溜息が語っているような気がした。ロックオンも苦笑するしかないようで。

 

 

「まぁ、全員無事で何よりってことで?」

 

 

 

 その後ティエリアとガンダムヴァーチェは無事に宇宙に上がり(ロックオンによると搬入さえクリアしてしまえば、以後のチェックは無いに等しいそうです)、4人で軌道エレベーターから出ました。盲点ですね、というか杜撰です。

 

 

 

「さぁて、帰るか」

 

 

 呟くロックオンに、アレルヤが憂鬱そうに呟きます。

 

「少しは休暇が欲しいけどね」

「鉄は熱いうちに打つのさ。一度や二度じゃ、世界は俺達を認めたりしない」

 

 

 そう、まだまだ始まったばかり……。

 そんな事を考えつつ、私は刹那に声を掛けました。

 

 

「それじゃあ刹那、行きましょう!」

「ああ」

 

 

 頷く刹那にアレルヤが心底驚いた表情になる。

 

 

「二人でどこに行くんだい? 今日はミッションはないはずだけど……」

「デートなんだと。ま、楽しんで来いよ」

 

 

 茶化すロックオンは、嫌な感じではなく純粋に「羽を伸ばして来いよ」という優しさが感じられて、私は頬を膨らませつつも頷いた。

 

 

「……まぁ、いいですけど。それじゃあ刹那、エクシアのためにもいいお洋服を見つけましょう!」

「了解した」

 

 

 

 デートと言われても顔色一つ変えない刹那に、自分の女性としての魅力の無さを突きつけられたようでとても悲しかったです。

 

 

「……ガンダムのために洋服ってどういうことだと思う、ロックオン?」

「いやぁ……セレネと刹那だしな」

 

 

 なんだかとても引っかかる言い方なのです…っ!?

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ユニオンに所属するMSWADの本部に戻ったグラハム、そしてカタギリは早速直属の上司であるMSWAD大隊長から呼び出されていた。

 

 

「グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問、ただいま到着いたしました」

 

 

 執務机でペンを走らせていた大隊長は、やはりガンダムの影響で忙しいのか顔も上げずに片手で挨拶する。

 

 

「ご苦労だった。AEUの新鋭機視察のはずが、とんでもないことになってしまったな」

「あのような機体が存在しているとは、想像すらしていませんでした」

 

 呟くグラハムに、カタギリも頷いて大隊長に進言する。

 

「研究する価値があると思いますが」

「上もそう思っているようだ」

 

 

 その言葉に、グラハムは内心で自らの乙女座としての運命を強く感じた。

 そして望みどおりに展開が進んでいる、と。

 

 大隊長はペンを置くと二通の指令書を取り出し、二人に手渡す。

 

 

「ガンダムを目撃した君達二人に、転属命令が下りた」

 

 

 グラハムは半ば確信を抱きながらその書類に目を通し、そして隠しきれない笑みを浮かべながら呟いた。

 

 

「対ガンダム調査隊、ですか?」

「新設の部隊だ。正式名は追って司令部がつけてくれるだろう」

 

 

 と、書類の中に恩師の名前を見つけたカタギリが声をあげた。

 

 

「レイフ・エイフマン教授……! 教授が技術主任を担当するんですか?」

「上はそれだけ事態を重く見ているということだ。早急に対応しろ」

 

 

 その言葉に二人は指令書を閉じると敬礼した。

 

 

「はっ! グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問、対ガンダム調査隊への転属、受領いたしました」

 

 

 隊長室を出たグラハムの後ろから、カタギリが声を掛ける。

 

 

「驚いたな。キミはこうなることを予見していたのかい?」

「いいや、私はそこまで万能ではないよ……ただ、こうなることを願ってはいたがね」

 

 

 ソレスタルビーイングの目的が戦争根絶ならば、すぐに会えるだろう。

 ……早急に、ガンダムを口説くための機体が必要だった。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 MSWADのモビルスーツ格納庫。両腕を切断され、海水まみれという無残な姿の愛機の前でグラハムはカタギリと共にガンダムの性能について考えていた。

 

 

「機体の受けた衝撃度から考えて、ガンダムの出力は少なくともフラッグの6倍はあると思うよ。どんなモーター積んでるんだか」

 

「出力もそうだが、あの機動性だ。特にあれほど滑らかな急加速に対応できるモビルスーツでなければ、恥ずかしくて誘いをかけることもできん」

 

 

「戦闘データで確認したよ。やはりあの機動性を実現させているのは―――あの光る粒子に秘密があるだろうね」

「あの特殊粒子はステルス性の他に、機体制御にも使われている。特に彼女(アイシス)はそれが顕著だが―――」

 

 

 と、その時。

 杖を突く音と共に何者かの声が響いた。

 

 

「――――恐らくは、火器にも転用されているじゃろうて」

「レイフ・エイフマン教授!」

 

 

 カタギリの声に小さく頷くと、白髪の老人―――エイフマン教授は続ける。

 

 

「恐ろしい男じゃ。わしらより、何十年も先の技術を持っておる」

 

 

 恐らく、いや確実にソレスタルビーイングの首謀者、指導者だと思われるイオリア・シュヘンベルグのことだろう。頷く二人に、教授は続ける。

 

 

「できることなら、捕獲したいものじゃ……ガンダムという機体を」

「同感です」

 

 

 グラハムは強く頷き、そしてガンダムのパイロットについても考えてみた。

 戦争根絶のために武力を振るう、そしてガンダムに敗れ海中に沈んだ自分をわざわざ救出する、とことんまで矛盾した存在。

 

 感情の乗ったあのガンダムの動き。柔らかく、しかし刃のような鋭さを隠し持ち、そして掴みどころのないそれは、どんなパイロットなのかという想像を駆り立てて止まない。

 そしてガンダムのパイロットの情報が一切不明であり、名乗るどころか気配すらない以上、恐らくはガンダムを捕獲でもしない限り顔を拝むことはできないだろう。

 

 

(無論、私とて恩知らずではない……しかし、ガンダムさえ手に入れればパイロットが逃げたとしても上層部とて文句は言えまい)

 

 

 助けられた恩は忘れていない。

 ただ、ガンダムとの真剣勝負やパイロットの顔を拝む誘惑には抗えそうにない。そして自分は軍人だ、指示がある以上戦わなければならない。いざとなれば自身の全てを懸けて恩は返す。と結論付けたグラハムは、強い意志に溢れた口調で言った。

 

 

「そのためにも、この機体をチューンしていただきたい」

「パイロットへの負担は?」

 

「無視していただいて結構。ただし……期限は一週間でお願いしたい」

「ほぅ……無茶を言う男じゃ」

 

 

 その言葉にグラハムは僅かに笑みを浮かべた。

 

 

「多少強引でなければ、彼女(ガンダム)は口説けません」

「メロメロなんですよ、彼」

 

 

 メロメロ……なるほど。言いえて妙だが、確かにこれは恋のようなものかもしれない。

 グラハムは次にガンダムに……アイシスに出会った時に何と声を掛けるか考えながら、小さく呟いた。

 

 

「これが恋……ふっ、そうであるならば悪くない」

 

 

 燃え滾るような熱い想い、そして次はどんな戦い方を見せてくれるのかという期待。一人で笑っているグラハムに、残された二人は揃って肩を竦めた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――…くちゅんっ!」

「……体調管理を怠るな」

 

 

 ガンダムエクシアのマイスター、刹那・F・セイエイは、隣を歩く小さな少女―――ガンダムアイシスのマイスター、セレネ・ヘイズの何とも気の抜けたくしゃみに思わず思ったことをそのまま口に出してしまった。

 

 ……似合わないことをしている、という自覚はある。

 幼い頃からゲリラの少年兵として生きてきた刹那にとって、小さな少女というのはほとんど関係のなかった相手だ。どう対応すればいいのやら分からなかった。

 本人曰く「子どもじゃない」そうだが、あまり当てにならない。

 

 

「……ぅぅ、ありがとうございます……」

 

 

 鼻をすすりながら礼を言うセレネは、白い肌に長く黒い髪、同じ色の大きな瞳というその容姿も相まって、どこかの令嬢のように見えないこともない。

 ただ、無愛想なはずの刹那に対して無防備に後ろをついてくるようなこの少女の存在は、かつていた故郷の弟分と同じような存在にも感じられた。

 

 

「刹那、刹那! この服なんてどうですか?」

 

 

 と、そういえば服を買いにきていたのだった。今着ている、故郷でよく見られるような白い服と赤いスカーフ以外に服を持っていないと言ったところ、「洗うときはどうするのです?」「エクシアが臭くなったらどうするのです!」などと言われ、確かに理解できたことから買い物に同行したのだが……。

 

 

「……似合う気がしない」

 

 

 自分とセレネの次の潜伏先が経済特区『東京』だということで、移動してから東京の街を見ているものの、刹那にとってはどれも奇抜すぎる衣装に見えた。……とはいえ、刹那が街行く人の中で浮いていることは事実だろうと思われたが。

 いや、しかしセレネの選ぶ服は置いてある服の中では割とシンプルなものが多く、強いて言うのであれば悪くないような気がした。

 

 

「………ぅー、試しに試着してみませんか?」

「……わかった」

 

 

 ……街に少しでも溶け込むのはミッションの、ひいてはガンダムのためにもなる。そういうわけで、Tシャツと重ね着用の蒼いシャツを着た。……変だ。何かとてもコメントのしようがなく違和感がある。そう思いつつ試着室を出ると―――。

 

 

「………せ、刹那?」

「……なぜ疑問系になる」

 

 

 自分で薦めておいて、そんなに似合わなかったのだろうか。

 やや不機嫌になりつつ呟くと、セレネは猛烈に首を横に振った。

 

 

「そ、その……えっと、似合ってます…! ……少し、カッコよかったので驚いたといいますか……とにかく買いましょう、刹那!」

「………」

 

 

 嘘を吐くとすぐに動揺するというセレネの性格を考えると、どうやら似合っていないわけではなさそうだった。というか、これで拒否すると拗ねて面倒なことになりそうだと直感した刹那は、大人しく購入を決めた。

 

 「そのまま着て帰りましょう!」というセレネの提案により街へ出ると、なるほど確かに異物への奇異の視線が減ったような気がした。……ただ、今度は他の視線が増えたような気がしたが。

 

 

「あの子、カッコイイわね」

「隣の小さい子、彼女なのかしら?」

 

 

 耳も鋭い刹那はそれらの情報から割と好意的な意見が多い事に気づき、異物として目立つよりはマシか、と結論づけて我慢することにした。目立たない服が一番理想なのだが。

 

 

「それでは、晩御飯の材料を買って下宿先にいきましょう! 刹那、食べたいものや食べられないものはありますか?」

 

「……特に何も無い」

 

 

 まさか、セレネが作るのだろうか?

 小さな子どもが喜び勇んで料理に挑戦……としか見えない事態に、刹那はなにやらとても不安を覚えるのだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 あ、ありのまま……見てきたことを話すのです!

 ソレスタルビーイングに手配されたマンションに二人で行ったのですが、てっきり隣の部屋か何かだろうと思っていたら……。

 

 

「せ、刹那……? どうして私と刹那の持っている鍵が同じ部屋のものなのです…?」

「……スメラギ・李・ノリエガから、セレネ・ヘイズ一人は危険なので面倒を見るよう言われている。また、ヴェーダからも同様の予測が出ているらしい」

 

 

 ヴェーダ! ……私、これほどまでにヴェーダを恨んだ事はないのです!

 スメラギさんは立場上そういう考えもしないといけないのは分かりますけど……。

 

 

「―――~~っ! わたし、女の子です…っ!」

「問題ない、中に部屋が複数あるというのは確認済みだ」

 

 

「で、でも……ど、同棲……」

「……同居だ」

 

 

 なるほど、同居ならだいじょうぶー! って、そんなわけないのです!

 と、近づいてくる人の気配を感じた私たちは言い争いを止めました。……何やら、憂鬱そうな顔をした少年が近づいてきます。

 

 

「まいったなぁ……あれ? あの、お隣さんですか……?」

 

 

 どうやら、お隣さんのようでした。

 何か悩んでいるようだったその少年は私たちを見ると少し驚き、それから挨拶してきます。

 

「ぼく、沙慈・クロスロードっていいます。この部屋で姉と二人で暮らしてます」

「はじめまして、セレネ・ヘイズです。こちらは―――」

「……刹那・F・セイエイ……」

 

 

「セイエイ……? 変わった名前ですね、これからよろし――――」

 

 

 いきなり「変わった名前」呼ばわりなんて、失礼です。というかクロスロードも大概では……と思っていると、余計な係わり合いは御免だと思ったのか、はたまた癪に障ったのか、刹那は鍵を開けるとさっさと扉に入ってしまいました。

 

 クロスロードさんは私とともにあっけにとられていましたが、ややムッとしたような表情をしたので私は軽く頭を下げた。

 

 

「すみません。私も刹那も、知らない人は苦手なのです……もしよろしければ、これからよろしくお願いしますね」

 

「あ、う、うん。よろしく……」

 

 

 わざわざご近所づきあいを悪くする事はないのです。というわけで営業スマイルを浮かべると、どうしてか目を逸らしたクロスロードさんに特に疑問を抱くことなく(興味が無いので)、私も刹那に続いて部屋に入り、鍵をかけました。

 

 

「……それじゃあ刹那、私は肉じゃがをつくりますね!」

「………外で食べれば問題ないと思うが」

 

 

「ダメです! マイスターたるもの健康的な生活が必要なのです…!」

「………」

 

 

 どうしてかどことなく不安げな目で見られました。……く、屈辱です!

 いいでしょう、私がお子様ではないという証拠―――見せてあげます!

 

 

………1時間後。

 

 

 テーブルには肉じゃがとご飯、味噌汁という日本らしい食事が並び、刹那は箸の代わりのフォークとスプーンで肉じゃがを一口食べます。

 そ、そういえばお父さんとお母さん以外に食べてもらうのって初めて…?

 

 

「ど、どうですか……?」

「……悪くない」

 

 

「ほんとですか―――…あつっ!?」

 

 

 思った以上に高評価だったのが嬉しくて、肉じゃがに入れてあった熱々のジャガイモを口に放り込んで口の中をやけど。

 やれやれ、とでもいいたげな刹那の視線が痛かったのです……。

 

 

 と、そこで一応付けておいた携帯端末のテレビから、臨時ニュースが流れてきました。

 

 

『―――本日未明、北アイルランドのテロ組織であるリアルIRAは、武力によるテロ行為の完全凍結を公式に表明いたしました。これにより、新たなる平和への―――』

 

 

「………刹那。一歩だけ、平和な世界に近づけましたね」

「……しかし、俺達がいなくなればすぐにテロは再開される」

 

 

 そう、リアルIRAはソレスタルビーイングに武力介入されないように凍結したに過ぎない。だから、これは小さな一歩。そう思うと、私は笑みを浮かべていた。

 

 

「……それでも、これで命が助かる人がきっといます」

「……そうだな」

 

 

 そう、絶対に世界を平和にしてみせる。

 ……もう、あんな思いはしたくないから………。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ユニオン、MSWAD本部。

 そこのMS格納庫に、一体の黒いフラッグが鎮座していた。そのフラッグの前に立つ三人、グラハム、カタギリ、エイフマン教授は、フラッグを見上げながら話していた。

 

 

「――――バックパックと各部関節の強化。機体表面の対ビームコーティング。武装は、アイリス社が試作した新型のライフルを取り寄せた」

 

「壮観です、プロフェッサー」

「その代わり、対Gシステムを起動させても全速旋回時には12Gもかかるけどね」

 

 

 12G、グラハムにとっても洒落にならない負担だろう。しかしグラハムはアイシスを思い浮かべて笑みを浮かべる。……ガンダムに対抗するには、それくらいして見せねばな。

 

 

「望むところだと言わせてもらおう!」

「――――おおっ、これが中尉のフラッグですか!」

 

 

 と、そこで新たに2人が現れ、敬礼する。

 

 

「ハワード・メイスン准尉、ダリル・ダッジ曹長、グラハム・エーカー中尉の要請により対ガンダム調査隊に着任しました!」

 

「来たな……歓迎しよう、フラッグファイター!」

 

 

 勿論、グラハム個人としてはアイシスとは1対1で決着をつけたいところであるが、個人的な望みと責務は別のものだとも理解している。そこで、やはり手を抜かずに素質があると思ったハワードとダリルを部下に、と要請したのだ。

 

 それにガンダムは5機いる。望みどおりにアイシスに出会える可能性は単純に考えて20%しかないのである。

 

 

(いや、だが私は確信している。また再び戦場で相見えるとな……)

 

 

 前回の戦闘では、アイシスに全力を出させているようには到底思えない。

 しかし、このフラッグならば……。

 

 

(……全く、こうも私を虜にするとはな。しかし望むところ。そちらも私の虜にしてみせよう……!)

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「――――くちゅん…っ!」

「……着けておけ」

 

 

 セレネがお風呂から出て、次は刹那の番というころ。

 くしゃみを連発するセレネに、刹那は呆れ返ったようにスカーフを巻きつける。セレネは思わぬ優しさに驚いたが、やや顔を赤くしつつぼそぼそと礼を言った。

 

 

「……あ、ありがとう……です」

「……気にするな」

 

 

 と、そこで刹那はセレネの顔が赤いことに気づいてしまった。

 残念ながらロックオンのような察しのよさが皆無な刹那は本格的に熱でもあるのかもしれないと判断し、着ていた蒼いシャツを脱ぐとセレネに被せた。

 

 

「せ、刹那…?」

「……体調管理を怠るな。暖かくして早く寝ろ」

 

 

 そのまま風呂に行った刹那に、残されたセレネは小さく呟いた。

 

 

「……や、やさしい…です?」

 

 

 その優しさの理由が「あまりに子どもっぽくて放っておけないから」に近いものだというのは、きっと知らないほうが幸せなことなのだろう。

 ただ、なんとなく暖かい気持ちになったセレネは、シャツをしわしわにするわけにはいかないので椅子にかけて自分の部屋に入り、少し逡巡したものの、スカーフを巻いたままベッドに入った。

 

 

「ぅー……すごく、刹那の匂いがします」

 

 

 やっぱり洗わないと。

 そんなことを考えながら、そしてどういうわけか熱をもったままの頬に疑問を覚えながらもセレネは眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話:対外折衝

 

 

 

 

「―――タリビアがユニオンを脱退…です?」

「そのようだな」

 

 

 特別経済特区『東京』に設けた部屋。なんだかんだで刹那との同居生活にも慣れた私が、放っておくとジャンクフードばかり食べようとする刹那のために今日はオムライスを作って二人で朝食を食べていると、不穏なニュースが流れていました。

 

 ……タリビアの主張というのは、ユニオンが50を越える国家が集る連合体であり、議会制を敷いてはいるものの、実質は太陽エネルギー分配権を持つアメリカ一国の独裁だとし、自国の独自のエネルギー使用権を主張。他国から圧力がかかれば軍事力で対抗する……。

 

 アメリカへの敵対宣言に等しいこの宣言に対し、間違いなくユニオンは軍事的干渉に踏み切るでしょう。

 

 

「……このタイミングでこれ……。間違いなく、私たちの介入を見越していますね……」

「……紛争幇助国」

 

 

 ソレスタルビーイングがタリビアの強攻策を手助けすれば後に続く国が現れるでしょうし、介入しなければ私たちの理念が瓦解する……。ユニオンが罠を張っている可能性も否定できない。

 

 

 一見すると難しい状況のようですが、刹那の言った一言が全てです。

 タリビアは紛争を幇助する国と認定され、ソレスタルビーイングはタリビアを攻撃する。……そして恐らくユニオンは即座にタリビアを救援し、タリビア国内の反アメリカ感情が沈静化して―――という予想を立てていると、刹那が小さく呟く。

 

 

「ミッションプランが届いた」

「……あ、ほんとです。それじゃあ、出発の準備を―――」

 

 

 と、そこで刹那が何か包みを取り出すと机の上に――――私の前に置きます。

 

 

「……刹那?」

「……渡しておく。好きに使え」

 

「え…っ?」

 

 

 そのまま自分の部屋に入ってしまう刹那を思わず呆然と見送って、包みを見詰める。

 

 

「……プ、プレゼント……?」

 

 

 ……誰かからものを貰うなんて、ソレスタルイーイングから貰ったアイシスと、ロックオンから時折お菓子を貰う以外にあったでしょうか…?

 どうしてか僅かに震える手で包みを開けると、そこには蒼いスカーフ。

 

 この1週間強で幾度となく言われた「体調管理を怠るな」という刹那の言葉が思い起こされて、いつの間にか目頭が熱くなっていました。

 

 

「………っ」

 

 

 かつて、「風邪を引くなよ」と言って心配そうに微笑んでくれたお父さんとお母さんの顔が思い出されて、唇を噛み締める。そしてそれを隠すようにスカーフを首に巻きつけると、ほんの少しだけ口元を緩めて呟いた。

 

 

「……ありがとう、です。刹那……」

「気にするな」

 

 

 

「いえ、そんな……って、刹那…っ!? ど、ど、どうしてっ!?」

「少し出掛けてくる」

 

 

 部屋に行ったと思ってたのに!?

 

 

「い、いってらっしゃい…です。気をつけてくださいね」

「ああ、分かっている」

 

 

「って、そうじゃなくて――――もういないのです…っ!?」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜。

 

 

『エクシア、刹那・F・セイエイ……発進する』

「ソードアイシス、セレネ・ヘイズ。行きます!」

 

 

 スメラギさんからの指示で、武力介入に移るべく私と刹那は東京を出発。今回はタリビアの市街地での戦闘になると予想されることから、建造物への被害を最小限にするためにGNパックはソードを選択。……というか、東京にはソードパックしか置いてないのです。見つからないようにコンテナを置いてる場所が何故か東京湾ですし場所が無いのです!  まさに盲点ですね。寒いですし苦しいですし濡れて服が透けますし、最悪なのです。コンテナといっても移動にも使える便利なものなので休憩スペースで着替えたりできますけど!

 

 

 

 

『これより、ロックオンとアレルヤとの合流ポイントへ向かう』

「……了解です」

 

 

 

 それから私たちが到着するまでの間――――ただ、途中で無人島で合流しつつタイミングを計っていましたが――――にタリビア軍は主要4都市にモビルスーツを展開。ユニオン軍と、ユニオンから出撃要請を受けたアメリカ軍がタリビアに向かって進軍し、ユニオン軍の航空部隊がタリビアの制空権を掌握しました。

 

 

「一触即発……ですけど、完全に誘ってますね」

 

 

 憂鬱な気分で呟くと、アレルヤとロックオンも呟く。

 

 

『世界の悪意が見えるようだよ……』

『ったく、人様のこと利用して好き勝手しやがって』

 

 

 ただ、利用されていると分かっていても。私たちは―――。

 

 

『俺たちはソレスタルビーイングのガンダムマイスター……紛争を幇助するのなら、武力をもって介入する』

 

『よっしゃ、その意気だぜ。刹那』

『……そうだね』

「もう妙なことを考える人が現れないように……派手にいきましょう!」

 

 

『っと、やる気だな。セレネ』

『……確かに、一度で終わるならそれに越した事はないけど』

『了解した』

「あ、刹那。今日の晩御飯はシチューにしますね」

 

 

『そうか』

『アレルヤ……セレネと刹那のやつ、何か妙に親しげじゃねぇか?』

『確かに、というか会話の内容が……』

 

 

 

 ………私たちの武力介入で人は死ぬ。

 けれど、物事を変えるには常に痛みがともなう。世界を変えるために、私たちは罪を背負う。そして、世界が平和になったら……その時は。

 

 

(……だから、今だけは……)

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 首都に展開していたタリビア軍のオレンジ色のユニオンリアルド―――フラッグの一つ前の機体であるそれらを、突如として飛来したビームが撃ち抜いた。

 

 

『―――う、うわぁぁぁ!?』

『ユニオンの先制攻撃か…!?』

 

 

 驚くタリビア軍パイロットだが―――ビームが飛来した方向を見上げると、純白のモビルスーツが緑の輝きとともに舞い降りてくるのを見た。

 

 

『ガンダム!?』

『わ、我々はまだ何もしていないぞ…!』

 

 

 その通信は聞えていなかったものの、そんな感情がなんとなく伝わってくる。セレネはアイシスのコクピットで常になく厳しい視線をリアルドに向けると、一気にペダルを踏み込んだ。

 

 

「――――戦争根絶の意志を利用しようとしておきながら……白々しいのです!」

 

 

 もし、それも分からないのなら救いようが無い。

 上の言われるままに何も考えずに戦場に立つのか? 漠然と、ソレスタルビーイングが助けてくれるのではなんて考えていたのではないのか?

 

 

「私たちの想いを……紛争を起こすためになんて、使わせません…!」

 

 

 太陽炉、GNドライヴがいつも以上の駆動音を上げ、アイシスの胸部が強い緑の輝きを放つ。それと同時に背面、両肩と腰に2つずつ付けられた追加スラスターもGN粒子を一斉に放出し―――。

 

 

 その瞬間、リアルドのパイロットたちはガンダムが消えたように見えた。正確には急加速したアイシスが地面を這うように猛スピードで突進してきたのだが、気づいた時には既に彼らのリアルドは全て両脚とライフルを破壊されて地面に倒れていた。

 

 

 

『タリビアを紛争幇助国と断定―――エクシア、目標を駆逐する』

「……あ。同じく、紛争幇助国と断定―――アイシス、目標を駆逐中です…!」

 

 

 うっかり名乗りを忘れていました。どうせ仲間にしか聞えませんが。

 

 

『デュナメス、目標を狙い撃つ!』

『キュリオス、介入行動に入る』

 

 

 恐らく、すぐにユニオンが救援に来るはず……だから、スメラギさんから撤退指示が来るまで、ただひたすら駆逐します…!

 

 

「―――行きます…っ!」

 

 

 地面を滑るように移動してリニアライフルを回避しつつ、接近して斬る。接近して斬る。そして接近して斬る。アイシスはこの程度の攻撃なら当たっても無傷な以上、いつものように無駄に大きな回避は本来必要じゃない。……後悔させてあげるのです…!

 

 

『は、速―――うわぁぁぁっ!?』

『当たらねぇ!? なんなんだよ、コイツ―――うぉぁ!?』

 

『くそっ、くそっ!? 動けよ!』

 

 

「おそいっ! 止まって見えるのです……!」

 

 

 刹那のように鋭い動きをする敵機がいなければ、ロックオンのように凄まじい射撃の敵機もいない。コクピットを狙わずとも、四肢の半分でも損傷すればリアルドは地上ではロクに動けない。

 

 一撃たりとも掠ることすらなく、澄み渡る思考の中でひたすらに突撃を繰り返す。動きのいいリアルドが格闘戦を仕掛けてくるが、蹴り飛ばして両腕を落とす。

 と、その時。暗号通信が届いた旨がモニターに表示される。

 

 

「ユニオン軍からモビルスーツ発進。予測通りこちらへの攻撃だと思われる。ガンダム4機は速やかに撤収せよ……了解です」

 

 

 

 最後の一機の頭を踏みつけ、アイシスは一気に上空へ舞い上がる。

 そしてそのまま海に出て、GN粒子で撹乱しつつ撤退しようと――――。

 

 ピピピピ、とアラームが鳴り響く。

 素早くレーダーに目をやるとフラッグが一機、凄まじい速さで猛追してきていた。

 

 

「―――アイシスについてくる…っ!?」

 

 

 明らかにスピードがおかしい。スペックの2倍以上はある。

 一瞬、こちらも加速して振り切ろうかと考えたものの、先ほどから飛ばしすぎたせいでGNパックに溜めてあった追加スラスター用の粒子量が余裕があるとは言いがたい。GNドライヴは常に粒子を生産してくれるが、戦闘散布や飛行に使う分を考えると追加スラスターを吹かし続けて逃げるのはいい考えではない。

 

 

「なら―――迎え撃ちます…っ!」

 

 

 反転し、GNソードをライフルモードで構える。

 ちょうどその瞬間、海上すれすれを飛んでいたそのフラッグ―――黒いフラッグが機首を上げ、リニアライフルから弾丸が放たれる。

 

 

「――――っ!? このフラッグ、ちがう…っ!」

 

 

 武装も普通のフラッグと何か違う。正確に放たれる、心なしか弾速の速いような気がする弾丸を急速浮上で回避しつつフラッグの上を取ろうとし―――空中変形を行ってソニックブレイドを抜き放ち、凄まじい速さのまま突進してくるフラッグに絶句した。

 

 

「――――まさか、この前の…っ!?」

 

 

 即座にGNソードを展開して切り結び、わざと弾かれるように後退することで受け流す。そして、スピーカーを使っているのだろう相手のパイロットの若い男の人の声にまた絶句した。

 

 

『――――逢いたかったぞ、ガンダム……いや、アイシス! 改めて名乗らせていただこう―――私はグラハム・エーカー! キミの存在に心奪われた男だッ!』

 

「……ふぇ…っ!?」

 

 

 その言葉と共に、もう一刀のソニックブレイドをも抜き放ってフラッグが突進してくる。咄嗟に全力でアイシスを後退させつつこちらも左手でビームサーベルを抜き放つ。

 

 なんとか引き剥がそうと左右に動きながら攻撃を受け流しつつも、頭の中は先ほどの言葉でパンクしていた。

 

 

(こ、心を奪われるって…? き、きっとそれはアイシスに……で、でもアイシスはモビルスーツで………っ!?)

 

 

 と、そこでレーダーにこちらに迫っている2機のフラッグがいることに気づき、頭を振って一気にペダルを踏み込みました。

 

 

「……っ、一気に終わらせます…!」

 

 

 むしろ自分に言い聞かせるように呟き、アイシスのGNドライヴが一際強い輝きを放つ。それと同時に4つの追加スラスターが順に輝き―――。

 

 

「―――はぁぁぁ…っ!」

 

 

 ガクッ、と一気に下方向に加速したアイシスが右に逸れつつフラッグの下に潜り込む。そして跳ね上がるように鋭い切り上げを―――。

 

 しかし、視界に映ったのは突進してくるフラッグの脚だった。

 

 

『二度も同じ手は喰らわんよ!』

「―――きゃぁっ!?」

 

 

 蹴り飛ばされる寸前、咄嗟に振るったGNソードでフラッグの右手のソニックブレイドを叩き落したものの、コクピットを襲う強烈な衝撃に思わず悲鳴を上げてしまう。

 

 

『っ!? さすがだな、アイシス……しかし!』

「―――なに、この動き…っ!?」

 

 

 ソニックブレイドを吹き飛ばされたことを意に介さず、フラッグは距離を離さずに突っ込んでくる。その無茶苦茶としかいいようのない戦い方に戦慄した。

 フラッグが左手で振るうソニックブレイドをGNソードで迎え撃ち、咄嗟に右半身の追加スラスター2つを全開に。

 

 

『――――くぉっ!? なんと…っ!?』

「やぁぁぁっ!」

 

 

 急加速でGNソードとビームサーベルを構えたまま横に一回転したアイシスはフラッグを弾き飛ばし、残る2つの追加スラスターもあわせて起動させてフラッグに突進する。

 しかしフラッグは驚異的な操縦で即座に姿勢を立て直すとこちらも一気に加速。ほとんど両機が激突するような勢いでGNソードとソニックブレイドがぶつかり合う。

 

 

『―――身持ちが堅いな、アイシス!』

「―――そ、そういう問題ではないのです…っ!」

 

 

 というかこの人、しつこさも腕前も尋常ではないのです…っ!

 ちらり、とレーダーに一瞬だけ視線を落とすと、2機のフラッグがもうここに到着する上にユニオン軍の大量の援軍が徐々に近づきつつある。この人のフラッグではなく、背後の2機がGN粒子の通信妨害範囲外から通信で援軍を要請したのでしょう。

 

 咄嗟に援軍のフラッグに対してこの黒いフラッグを盾にするような位置関係を維持しつつ、思い切りペダルを踏み込みました。

 

 

『――――まだ出力が上がる!? 出し惜しみは―――くっ!?』

 

 

 GNソードへの粒子供給量を増大させ、切断力を更に強化。

 輝きを増したGNソードはフラッグのソニックブレイドを断ち切り、武器を失った黒いフラッグは見事な判断で斬撃を回避してみせた。

 

 

 と、恐らくは黒いフラッグの危機だと悟ったのだろう。2機のフラッグのうち1機が、こちらは空中変形なんて技は使わずにリニアライフルを撃ちながら突っ込んでくる。

 

 

『――――ハワード!? 無理をするな!』

「……っ」

 

 

 恐らく部下なのだろう、突っ込んでくるフラッグを案じる黒いフラッグのパイロット……そういえばエーカーさんと名乗っただろうか? の声がする。

 私は咄嗟にそのハワードさんのフラッグに向かって突進すると、その機首であるリニアライフルのあたりを思い切り踏みつけた。

 

 

『―――ハワード・メイスン…ッ!?』

「ごめんなさい…っ!」

 

 

 ハワード機は強烈な下方向の力を加えられたことで海に不時着。この前のエーカーさんのように機体に大ダメージを与えてはいないから浸水はしないだろうし、この2機のフラッグが救援するはず―――そう考えてアイシスを一気に加速。黒いフラッグが追いかけてこないことを確認しつつ離脱した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 MSWADの帰還するユニオンの輸送機で、3人のフラッグファイターとカタギリが話をしていた。勿論、内容はつい先ほどのガンダムアイシスとの戦闘である。

 

 

「申し訳ありません、中尉……」

「気にするな、ハワード。キミが助けに来ていなければ私が落とされていたかもしれん」

 

 

 結果的にグラハムの足を引っ張るような形になってしまったハワードが申し訳無さそうに呟くが、グラハムは「気にするな」と肩を叩いた。ただ、グラハムの実力であればリニアライフルだけでもアイシスから逃げる事はできただろうが。

 

 

「とはいえ、中尉……あのガンダム、実際に見ると凄まじい動きですね……」

「そうだろう!」

 

 

 何故か嬉しそうなグラハムをフォローするように苦笑するカタギリが口を開く。

 

 

「グラハムはあのガンダムを高く評価していてね。特にあの白い機体は自分が倒してみせるって言って聞かないんだよ」

「そ、そうなのですか……何かあったのですか?」

 

 

 と、聞かれてやはり嬉しそうにグラハムは答える。

 

 

「前回戦った際に、エンジンの故障で海に沈みかけたところを助けられてな。是非ともパイロットの顔を拝み、直接礼を言いたいと思っている」

 

「な、なるほど………」

 

 

 

 微笑むグラハムにカタギリは苦笑いし、ハワードとダリルは「この人どこまで本気なんだろうか」と思ったが、これまででいい人だというのは分かっていたので余計なことは言うまいと心に誓った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「――――くちゅん…っ」

 

 

 あ、あたまが、いたいのです……。

 けど、そろそろ晩御飯を……シチューを……。

 

 

「大人しく寝ていろ」

 

 

 と、部屋に刹那が入ってきて市販の風邪薬と水をテーブルに置きます。

 

 

「ぅー…、ありがとうございます……」

「……熱は測ったのか?」

 

 

 私は無言で脇から体温計を取り出すと、刹那に手渡します。

 刹那はそれを見ると僅かに顔を顰めました。

 

 

「39度……」

「……せつな、ごめんなさい……ヴェーダとスメラギさんにほーこくを……」

 

 

「……報告済みだ。スメラギ・李・ノリエガから『当分は治療に専念するように』と、『無茶をして周りに迷惑をかけないこと』だそうだ」

 

 

 ……クビって、わけじゃないですよね…?

 アイシスから降ろされたりはしないですよね…?

 風邪を引いてるからなのか、悪い考えばかりが頭の中を渦巻いている。

 

 

「……せつな、ガンダムは……アイシスは、わたしの……」

「……ああ……アイシスは、お前のガンダムだ」

 

 

 熱でぼんやりした視界の中に、優しげな笑みを浮かべる刹那が見えたような気がして、私は胸が軽くなったような気分と共に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 静止衛星軌道上、ソレスタルビーイングの輸送艦プトレマイオスのブリッジではフェルトとクリスティナがオペレーター席に座り、砲撃担当のラッセ・アイオンが休憩中のリヒティの代わりに操舵を担当していた。

 

 と、フェルトが珍しくやや驚いた表情になり、お酒を飲んでいたスメラギに声を掛けた。

 

 

「スメラギさん、セレネが風邪でダウンしたそうです」

「……なんですって?」

 

 

「刹那からの情報によると『足元がおぼつかず、戦闘は不可能だと思われる。体温は現在計測中で、部屋で休ませている』とのことです」

「風邪……やっぱり、コンテナを東京湾に置くのは無茶だったかしら……」

 

 

 頭が痛い、とばかりに額に手を当てるスメラギに、ちょうどやってきたティエリアが呆れたように呟く。

 

 

「……体調管理もできないとは」

「えー、仕方ないじゃない。ティエリアも海の中にコンテナ置いてみる?」

 

 

 ちょっと不満げに言うクリスティナに、ティエリアも流石に嫌なのか顔を僅かに強張らせて首を振った。

 

 

「必要があるならそうするが……謹んで辞退させてもらう」

「とりあえずフェルト、刹那に『当分は治療に専念するように』と、『無茶をして周りに迷惑をかけないこと』ってセレネに伝えるように送ってちょうだい。ヴェーダには私が情報を送っておくわ」

 

「了解しました」

 

 

 と、スメラギがヴェーダへの報告書を書き上げると同時にティエリアが声を掛ける。

 

 

「それで、アイシスのパイロットはどうするのです? セレネ・ヘイズが役に立たないのなら、代わりのパイロットを用意しておくべきだと思いますが」

 

「それは確かにそうだけどね……」

 

 

 風邪くらいで、という思いもないでもないが、長引く場合も考えると一応交代要員を東京に送っておいたほうが安心感は高まる。ガンダム各機は個人認証システムにより対応するガンダムマイスターでなければ動かせないが、ヴェーダから許可が出ればそれの一時的な変更も可能である。

 

 ただ、問題は―――。

 

 

「アイシス、使いこなせるかしら?」

「…………」

 

 

 ガンダムアイシスの最大の特徴は装備の換装による高い適応力であるが、その分パイロットにも高い適応力が求められるのである。……例えばソードアイシスなら格闘戦の適性が必要だし、ガンナーアイシスなら高い射撃適性が求められる。

 

 刹那と同等の格闘適性、ロックオンに次ぐ射撃適性を持つセレネならではの機体だと言えるだろう。更に、間もなく完成する第3のパックはセレネ用に一から造り上げたセレネ専用と言っていいものだ。その扱いにくさは、方向性で言えばタリビアへの武力介入で現れたカスタムフラッグと同じものだろう。

 

 ……パイロットを殺めることを極端に嫌うという致命的な『欠陥』があると言えるセレネがティエリアにも一応はマイスターとして認められているのは、そのズバ抜けて高い素質あってのことだ。特に、反射神経ならダントツでトップだろう。

 

 スメラギは黙り込んだティエリアに僅かに苦笑しつつ続ける。

 

 

「それに、私たちは慢性的な人手不足だわ。……大丈夫なのはラッセくらいだけど、いけるかしら?」

 

 

 ラッセは元々、刹那が来るまではエクシアのマイスターの最有力候補だった。が、ラッセは肩を竦めて苦い表情を浮かべた。

 

 

「前にシュミレーターをやったことがあるが、あれは無理だ。勿論ガンナーは論外だが、ソードも追加スラスターが使いこなせなけりゃ自爆するのがオチだぜ」

 

「どうやら、ヴェーダも同感のようね」

 

 

 スメラギの送ったセレネ行動不能の情報に対してヴェーダの出した回答は『ガンダムアイシスはセレネ・ヘイズの回復まで待機』一つだけ。ティエリアも特に反論する点が無いと思ったのか、小さく呟く。

 

 

「ヴェーダがそう言うのなら、俺も異論はありません」

 

 

 

 と、そこでフェルトのコンソールにメッセージが届いた。

 

 

「……スメラギさん、刹那から報告です。『アイシスへの交代要員はセレネのメンタルを著しく損なう可能性が高い』、だそうです」

 

「刹那が…?」

 

 

 スメラギは思わず驚いていた。

 これは明らかに単なる現状の報告というだけでなく、セレネを気遣うものだ。

 他者との馴れ合いを嫌うような、そんな雰囲気のあった刹那が恐らくセレネのためにそんな報告を送ってくるとは予測していなかった。

 

 周囲のメンバーも同感のようで、クリスティナなど面白そうなものを見たと言わんばかりの笑みを浮かべている。

 

 

「これってもしかして……?」

「……セレネが放っておけないだけだと思う」

 

 

 フェルトは幼馴染といって差し支えない、あの危なっかしくて仕方の無い少女を思い起こしつつ呟く。……優しくて、夢見がちで、でも本当は現実も知っている、泣き虫の少女。自分でも無感情だという自覚のあるフェルトをして放っておけないのだから、刹那もきっと同じだろう。

 

 スメラギもフェルトと同じように恋愛とかそういうものではないだろうと思いつつ、小さく頷いた。

 

 

「何にせよ、ガンダム同士の連携が良くなるならそれに越した事はないわ」

 

 

 

 できれば、あなたも―――そんな思いを込めて視線をティエリアの方に向けるが、ティエリアは肩を竦めるとブリッジを出て行った。

 

 

 

 

 

 





開示情報


セレネ・ヘイズ

年齢:不明
性別:女性
身長:およそ150cm
体重:およそ40kg
外見:十代前半であるのは間違いなく、腰までの長い黒髪と同色の大きな瞳が特徴的。


 ソレスタルビーイングに所属する、ガンダムアイシスのマイスター。温厚な性格であり、他者を傷つけることを嫌っている。ガンダムマイスターになった経緯は不明だが、両親がソレスタルビーイングと何らかの関わりがあったと思われる。
 マイスターとしては性格的に欠陥はあるものの、MSの操縦センスには天性のものがあり、ズバ抜けた反射神経による高速機動や格闘戦、乱戦での乱れ撃ちを得意とする。
 好物はチョコレートなどの甘いものやフルーツジュースなどであり、料理も得意だが、方向音痴だったり辛いものが苦手だったりする。

 性格的に、相手を殺す覚悟がなければMSの性能差が縮まる等の苦しい戦況に追い込まれた場合に相当な苦戦を強いられると思われる。
 またマイスターの中で最も体力的に劣っており、長期戦に弱い危険性がある。




ソードアイシス

 可動式特製サブスラスターを肩と腰に追加し、エクシアのGNソードとシールドを装備する格闘戦型モード。エクシアが他のガンダムとくらべてGN粒子に余裕があることから、その部分を機動力に回している。元々エクシアのフレームを使っていることから相性も良い。追加スラスターによる強引な加速とそれによる不規則な動きが可能だが、操作性と乗り心地が最悪で疲れる上に目が回る。刹那からは「エクシアにはつけるな」と大変不評だった。
 ちなみにサブスラスターは常に使用するのはあまり想定されておらず、あくまで要所要所での加速が目的である。


 ・GNソード:エクシアに搭載されているのと同じものだが、ソードパックでは肩のサブスラスターによるえげつない斬撃の加速が可能。ただし機体が回転してしまうので隙が大きいという欠点がある。剣を折りたたむとライフルモードになる。

 ・GNシールド:エクシアのシールドそのまま。小型軽量化されており、先端が尖っているので突き刺したりもできる。









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第4話:セブンソード

 

 

 

 

「おふろー…せつなー、おふろ~!」

「……大人しくしていろ、セレネ」

 

 

 エクシアのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイは頭を抱えたい気分だった。熱で頭がボケているのか、アイシスのマイスターである少女、セレネ・ヘイズが見た目相応……見た目以下の言動になってしまったのである。

 先ほど晩御飯を食べさせたのだが、今度は風呂に入りたいと駄々をこね始めた。

 

 

「ぃやぁー……あせ、きもちわるいのー……」

「……!? 服を脱ぐな…!」

 

 

 先ほどまでベッドで大人しくしていたのだが、何が気に食わないのかセレネはパジャマのボタンを外し始め、思わず顔を背けた刹那の頭の上にぽすっと何かが乗った。

 

 

「……ん?」

 

 

 思わず手に取った。

 白い布だった。小さな赤いリボンの付いた。……俗に言うパンツである。

 

 

「……セ、セレネ・ヘイズ!?」

「ふぁぃ……なんれすかー……せつな?」

 

 

 流石の刹那も、ここで振り返ったりしてはいけないという常識は持ち合わせていたし、なおかつガンダムマイスターとして鉄壁の意志を持っていた。その上元々無口で無愛想な性格だ。しかし、性質の悪い事にセレネは幼い顔立ちとはいえ刹那がロリコンだったら一撃で粉砕されるくらいは可愛かった。

 

 

「……服を、着てくれ」

 

 

 ちょっと懇願する感じになってしまった。

 しかしセレネが首を傾げる雰囲気が伝わってくる。

 

 

「おふろは、ハダカじゃないとおぼれちゃうのですよぉ~?」

「熱がある人間は風呂に入ら―――っ!?」

 

 

「……えへへ、いってくるのです~」

 

 

 油断していた刹那の目の前を服を脱ぎ捨てたセレネが通り、しかも笑顔で手を振ってから部屋を出て行った。

 

 新雪のように白い肌は熱のせいで紅潮して危うい魅力を放ち、無防備にさらけ出されたしなやかな四肢と慎ましい膨らみ。刹那はしばし沈黙。顔が熱くなっていることを自覚しつつ呟いた。

 

 

 

「……お、俺がガンダムだ……」

 

 

 ピピピ、とその瞬間に鳴り響いた携帯端末の呼び出しに思わず飛び上がってしまった刹那を誰が責められようか。……恐らく、他の誰かに知られたら揃って責められるだろう。

 しかしそんな悲しい現実はさておいて、携帯端末に知らされた情報は一刻を争うものだった。

 

 

「軌道エレベーターで事故……!? ロックオンの狙撃を支援し、不要な重力ブロックをパージ…」

 

 

 すぐに出撃し、重力ブロックを押しているというアレルヤ、キュリオスを支援するためにロックオンに協力する必要があった。即座に家を飛び出そうとした刹那は、しかし一応セレネに声を掛けることにした。風呂場の前、脱衣所から声をかける。

 

 

「……セレネ、緊急ミッションが入った。お前は大人しく寝ていろ。………セレネ?」

 

 

 ……返事が無い。嫌な予感のした刹那は「開けるぞ」と断ってから風呂の扉を開け――――ぶくぶくと沈んでいるセレネを見て慌てて風呂に飛びこんだ。

 

 

 

 

………………

 

 

 

「…………はぁ」

 

 

 幸いにも沈んですぐに救出したお陰でセレネは大したことはなかったのだが、刹那は精神的に疲労困憊だった。幾つ下なのか知らないが年下の裸とはいえ、一応は可愛らしい異性の裸である。身体を拭いてベッドまで運ぶのがどれだけの苦行だったのかは刹那にしか分からないだろう。

 

 

「……ヴェーダへの報告…か」

 

 

 何て送ればいいのか。咄嗟にセレネが危険なのでミッションに遅れると送ったところ、スメラギ・李・ノリエガからは『問題ないのでセレネについているように』とのメッセージが送られてきたのだが……。風呂で溺れたセレネを助けた、と素直に送っていいものなのだろうか? それはつまり、裸を見たと暴露するようなものだ。

 

 

 

「……んぅ……せつなぁ……」

 

 

 枕を抱きしめ、あどけない寝顔をさらしながら呟くセレネは何か夢でも見ているのか……。しばらくして、自分が寝顔を見入っていることに気づいてしまった刹那は気まずい思いでセレネの部屋を出た。

 

 思うに、不慮の事態とはいえミッションに従わなかったのは相応の理由がなければティエリア・アーデが納得しないだろう。刹那は、スメラギ・李・ノリエガにだけ真実を送っておくことを決めた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「………ぁれ…?」

 

 

 目が覚めた。………なんだか、へんなかんじ…です?

 と、そこで何気なく身体を起こしたセレネは、自分が服を着ていないことに気づいて声にならない悲鳴をあげた。

 

 

「~~~っ!?」

 

 

 慌てて布団を被りなおし、頭だけ布団から出して服を探すと、ベッドの傍に下着とお気に入りの白いワンピースが置いてあった。

 

 

「………な、なにがあったのです…っ!?」

 

 

 

 

 というわけで朝食。

 刹那が焼いてくれたパンとベーコン、目玉焼きを食べていた。……空気が重いです。

 

 ぼんやりと、駄々をこねて服を脱ぎ捨てたような記憶があった。

 顔から火が出そうなくらいに恥ずかしくて刹那を直視できない、ニュースが速報を流したのはそんな時だった。

 

 

 

――――新ヨーロッパ連合、AEUが動いた。

 

 

 軌道エレベーター建設の遅延の影響もあり、ここ数十年はユニオンや人革連の後塵を拝していた彼らは、現状に一石を投じるべく南ヨーロッパの小国であるモラリア共和国との軍事協力を取り付けたのである。

 

 モラリアは人口が十八万、特産品もないような国だったが、それを補って余りある特色があった。それこそが軍事産業。人口の400万人以上の外国人労働者がおり、約四千社ある民間企業の約二割がPMCと呼ばれる民間軍事会社であり、モラリアは戦争で経済を成り立たせている国だった。

 

 しかし最近はソレスタルビーイングの活動でモラリア経済は破綻寸前。そこにAEUが手を差し伸べ、合同軍事演習が行われることになった――――。

 

 

 

「これは、私たちに対する挑戦……」

「……ならば、受けて立つまでだ」

 

 

 ガンダムマイスターとして思考を切り替えた私と刹那は先ほどまでの気まずさは一時的に捨て去り、届いた情報を整理する。

 敵モビルスーツは150機以上、スメラギさん、フェルト、クリスさんも地上に降りてバックアップしてくれるらしく、アレルヤとティエリアも合流してガンダム5機の総動員となる。そして、やはり孤島でガンダムは合流することになっていた。

 

 

 

…………………

 

 

 

 太平洋上に位置する孤島。レーダーに見つからないようにGN粒子を散布しながら、エクシアとアイシスが降り立つ。着陸したアイシスからコクピットハッチを開け、降機用のウィンチロープで地面に降りた。

 

 もうデュナメスは到着していて、輸送用コンテナも見えた。そして、すぐに二人の人物が駆け寄ってくる。一人はハロを抱えたロックオン。もう一人はソレスタルビーイングの総合整備士であるイアン・ヴァスティさん。イアンさんは髪を短く刈り込んだ中年の男性で、眼鏡をかけている。と、そのイアンさんが手を挙げます。

 

 

「よぉ、刹那にセレネ。お前さんたちに届け物を持ってきてやったぞ」

「「届け物?」」

 

「見てのお楽しみってヤツ」

『プレゼント、プレゼント』

 

 二人同時に首を傾げる私たちにロックオンが茶目っ気たっぷりに言い、ハロも続く。

 

 

「デュナメスには、少し遅れたがGNフルシールドが遂に実装だ」

 

 

 まるで外套のような緑の装甲。……ロックオンが装甲が厚いとは言えないガンナーアイシスに先に付けさせてくれたのと同じGNフルシールドだ。

 

 

「それで刹那、お前さんにはこれだ」

 

 

 イアンさんが専用の端末を操作すると、輸送用コンテナのハッチから大小二本の実体剣が姿を現した。

 

「……これは……」

「エクシア専用、GNブレイドだ。GNソードと同じく高圧縮した粒子を放出、厚さ3メートルのEカーボンを難なく切断できる。どうだ、感動したか?」

 

「GNブレイド……」

 

 

 GNブレイドを見上げて呟く刹那に、待ち遠しくて堪らなくなった私はイアンさんに声を掛けます。

 

 

「イアンさん、私のは…っ!?」

「っと、急かすな。……こっちがアイシス専用――――」

 

 

 急かされても悪い気分ではないのか、どこか自慢げにイアンさんは端末を操作し、もう一つのコンテナが開きます。

 

 

「――――ウィングパックだ!」

 

 

 

――――そこに入っていたのは、蒼い翼だった。

 

 第4のGNパック、『ウィングパック』。

 その正体はアイシスのためだけにつくられた超高機動パックであり、翼のように見えるのは高濃度圧縮した粒子を全て加速力に変換する特殊機関。そのコンセプトは単純明快、とにかくスピードを出してできるだけ多くの敵を無力化すること。

 翼だけでなく腕と脚に追加スラスターと追加武装はつけられ、燃費はソードやガンナーに比べて劣るものの、戦闘力は間違いなくこれまで以上になるはずだった。……それに、いくつかの隠し玉もある。

 

 

 

「ありがとうございます、イアンさん! ……早速つけましょう!」

「喜んでもらえたようで何よりだ」

 

 

 

 上空からは、ガンダムが大気圏を突入して降りてくる甲高い音が聞える。ガンダムキュリオスとガンダムヴァーチェ……戦いが、刻一刻と近づいていた。

 

 

(………戦いを終わらせるために、私は戦う……)

 

 

 もう、巻き込まれる人を出さないために……。

 私たちの武力介入で人は死ぬ。けれどそれは、兵士であったりと戦う覚悟がある……なければいけない人たち。そして、戦いを起こしている人たち。……ひどい考えだとは思う。けれど本当に酷いのは、テロであったり、戦いに巻き込まれる人たち。

 

 

 

(……お父さん、お母さん……)

 

 

 ……きっと、怒るだろうな。

 翼を纏ったアイシスを見上げて、そっと涙を拭った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――――予定通り、00時を持ってミッション開始……ですか」

 

 

 暗号通信によって届いたスメラギさんからの指示をアイシスのコクピットで確認しながら、ウィングパックの稼働状況を表示する。

 

 

「ウィングスラスター動作良好、腕部、脚部ブースター問題なし……」

 

 

 病み上がりの身体はやや気だるさが残るものの、無茶をしなければ問題はない。そう判断して最終チェックを完了させると、並んで飛行しているエクシアから通信が入った。

 

 

『……無理はするな、セレネ』

「ありがとうです、刹那―――…あれ?」

 

 

『…どうした?』

「……セレネって、名前で……?」

 

 

『……セレネ・ヘイズ』

「言い直さなくていいのです…っ!?」

 

 

 と、そこでやや呆れ気味のロックオンが通信に割り込んだ。

 

 

『仲睦まじいとこ悪いが、敵さんが気づいたみたいだ。各機、暗号通信は常時開けておけよ。ミス・スメラギからの変更プランが来る』

 

「りょ、了解です!」

『『『了解』』』

 

 

 小さく深呼吸をして敵機―――AEUヘリオンの編隊を見据え、テストも兼ねてペダルを全力で踏み込みつつ呟く。

 

 

「―――ウィングアイシス、セレネ・ヘイズ……目標を無力化します!」

 

 

 

 ウィングパック、高機動モード……後ろに向けて展開される翼から一斉にGN粒子の輝きが放たれ、ガンダムの対Gシステムでも軽減しきれない強烈な加速に歯を食いしばる。

 

 

――――速い…っ!

 

 

 予想以上の強烈な加速に驚きつつも、僅かに笑みが浮かぶ。

 自分とアイシス以外の全てがゆっくりと動いているような、そんな錯覚すら感じる。

 

 

「――――…いける…っ!」

 

 

 凄まじい速度でリニアライフルの弾丸が通り過ぎていくが、当たらない。当たるはずがない。動揺したように動きの乱れる地上の編隊に急速接近しつつ両手で構えたビームライフルを向けた。

 

 

「――――狙い、撃ちます!」

 

 

 威力を抑えて速射モードにした2丁のビームライフルが連続して火を噴き、全てがヘリオンのライフルや脚部を打ち抜く。更に、ビームライフルのモードを変更。銃口からビームサーベルを展開してすれ違いざまに斬り捨てる。

 

 

「――――まだ、です…っ!」

 

 

 腕部のブースターを作動。急速に軌道を変えたビームサーベルが更に1機切り裂き、その影響で機体が反転したことを利用してウィングスラスターを全開。急制動をかけて残っていたヘリオンに襲い掛かかり、3機纏めて両脚を切り落とした。

 

 

「――――く、ぁぁ…っ!」

 

 

 急停止によるGが頭を揺さぶる。ウィングパックのテストを兼ねているとはいえ、無茶をしすぎかもしれない―――そんな想いが頭を掠めた瞬間、言いようのない気持ち悪さがお腹からせり上がってきた。

 

 

「………ぅぇ」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 クリスティナのハッキングによりリアルタイムで表示されているガンダム各機とモラリアとAEU、PMCトラスト軍の配備状況。そしてモラリアにある王留美の別荘からそれを見てリアルタイムで指示を出すスメラギ、クリスティナ、フェルト。

 

 5つあるガンダムを示す赤い点のなかでも、特に尋常ではない動きを見せていたアイシスの光点の動きが急激に鈍る。慌ててセレネと連絡しようとしたフェルトの元にそのセレネから暗号通信が届いた。

 

 

「……スメラギさん、セレネがはしゃぎすぎて吐いたようです…!」

「治りきってないのに無茶するから…! アイシスはポイントT554へ移動、エクシアを射撃で援護させて!」

 

 

 

 確かにウィングアイシスの戦闘力が驚異的なのは実証されたものの、セレネがダウンしてしまうのでは意味が無い。出撃前に念を押したのに……。

 スメラギは頭を抱えつつ、なんとかセレネの負担を減らす方法を模索し―――そこで信じられない情報が入った。

 

 

 

「―――エクシアが、コクピットハッチを開けたですって!?」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 数分前。新装備であるGNブレイドの凄まじい切れ味を実感しつつ敵機を次々と殲滅していた刹那は問題なくファーストフェイズを終了しようとしていた。

 

 

「エクシア、フェイズ1終了。フェイズ2に―――」

 

 

 その言葉は、鳴り響く警告音によって遮られる。素早くその場を退避するエクシアの足元を着弾の土煙が走っていく。……上空からの射撃。

 上を見上げた刹那は濃紺のAEUイナクトがモビルスーツ形態でリニアライフルを構えながら接近しているのを確認し、巧みな操縦で立て続けに放たれる弾丸を避ける。

 

 

「新型か」

 

 

 AEUの演習、最初の介入で打ち倒したものと同型のようだ。

 刹那は弾を回避しつつ隙を窺い、チャンスがあれば一撃で切り落とそうと考え―――しかし、異変が起きた。ライフル弾は正確にエクシアを捉え始め、巧みに揺さぶりを掛けても追従してくる。

 

 

「なに…っ!?」

 

 

 まぐれか偶然だろうと思い更に動きを激しくするが、敵の弾はエクシア動く先に弾を放ち、次々と機体に着弾させる。

 

 

(動きが読まれている…っ!?)

 

 

 着弾の衝撃で揺れるコクピットには、やかましいほどにアラームが鳴り響く。ガンダムの装甲性能のおかげで損傷はほとんど無いが、このまま浴び続ければいくらガンダムといえど無傷では済まない。しかし、どう避けようとしても敵の射撃から逃れられない。

 

 なぜ、こうも読まれる…っ!?

 

 その焦りをも見切ったかのように、イナクトの体当たりがエクシアに直撃。大きく揺れたコクピットで、刹那は焦燥を募らせていた。

 

 

「くっ!」

 

 

 その時、舞い上がって上空からエクシアを見下ろすイナクトから外部スピーカーで声が発せられた。

 

 

『ハッハッハッ、機体はよくてもパイロットはいまいちのようだなぁ! ぇえっ、ガンダムさんよぉ!』

 

「この…声!?」

 

 

 聞いたことが、あった。

 

 

『商売の邪魔ばっかしやがって!』

「ま、まさか……!?」

 

 

 刹那の記憶の奥底、彼がまだゲリラの少年兵のころ―――。

 

 

“この戦いは―――神の御前に捧げられる聖戦である――――”

 

 

 赤髪をたなびかせる、粗野ともいえる精悍な顔つき。飢えた野獣のような目つき。

 刹那たちを従え、刹那たちを育て上げた男……。

 その声が、重なる。

 

 

『こちとらボーナスがかかってんだ!』

 

 

 無我夢中で操縦桿を動かし、剣を振るう。

 しかしやはり動きが読まれているかのようにイナクトは回避し、蹴りを組み込んだ変則的な格闘術でエクシアのビームサーベルを弾き飛ばす。

 

 

『―――いただくぜ、ガンダム! 別に無傷で手に入れようなんざ思っちゃいねぇ。リニアが効かねぇなら……切り刻むまでよっ!』

 

 

 繰り出されるソニックブレイドを、エクシアはGNブレイドで受け止める。鍔迫り合いが両者の間にスパークを起こす。

 

 

『……動きが見えんだよ』

 

 

 同じだ……侮蔑の笑みを含んだ声色も、口調も。

 

 

 

 

―――俺は殺した。

 

 

 あの男の命ずるままに。父と母を。

 それが正しいと思っていた。あの男の言うとおり、神の戦士として聖戦に参加するために必要なのだと……俺も、仲間たちも。

 

 

“―――これで君達は神に認められ、聖戦に参加することを許された――――”

 

 

 ……何故だ。

 なぜ、俺はあんな真似をした……!?

 なぜ……信じた!?

 

 

 神は信じている。しかし、神の言葉を語る男の声を、なぜ―――…っ!?

 

 今なら分かる。利用されたのだ、自分の中にある信仰を。

 今なら分かる。神を信じても、神はいない。……いないんだ…っ!

 

 

「うあああああぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

 エクシアの胸部ジェネレーターが強い輝きを放つ。

 GNドライヴに貯蔵されていた高濃度圧縮粒子が解放され、GNブレイドの出力が最大限まで引き上げられる。まるで、刹那の想いに応えるように。

 

 エクシアが、GNブレイドを横薙ぎに振りぬいた。

 一瞬早く距離を取ったイナクトが手放したソニックブレイドが、半ばから断ち切られた状態で音を立てて地面に落ちる。

 

 

『なんて切れ味だ……これがガンダムの性能ってわけか』

 

 

 確かめたいことがあった。なんとしても。

 刹那は光通信で『コクピットから出て来い』と呼びかけつつ、コクピットハッチを開けた。

 

 

 

『ハハハッ、面白ぇ、面白ぇぞ、ソレスタルなんたら!』

 

 

 イナクトのコクピットハッチが開き、赤いパイロットスーツの男が立ち上がった。

 ゆっくりとヘルメットを脱ぎ、その顔が見える。

 

 多少印象が変わっていても、見間違いであるはずがなかった。

 

 

―――アリー・アル・サーシェス…ッ!

 

 

「素手でやりあう気か? ええっ、ガンダムのパイロットさんよぉ!?」

 

 

 なぜお前がここにいる…!?

 お前の神は、どこにいる…っ!?

 

 刹那は銃を構え、サーシェスも即座に銃を向ける。

 

 

「何だよ、わざわざ呼び出しておいてこれかよ! ヘルメット脱いで、ツラくらいおがませろよ! ぇえ、おい!?」

 

 

 刹那は引き金にかけた指に力を込める。あとほんの僅かで弾が発射される。

 この距離なら外すことはないだろう―――。

 

 

 

 

 

 

『――――刹那、コクピットに戻って…っ!』

 

 

 その時、エクシアのコンソールから悲痛な叫びが響き、GN粒子の光がエクシアとイナクトの間を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 




おまけ


諸々の、カットされてる部分などの言い訳(にもなってませんが)です。

若干キャラ崩壊+アレルヤが愛されて(弄られて)ます。
苦手な方はお気をつけください。






限界離脱領域は?


ロックオン「おい、オレとアレルヤの見せ場はどうした…!? 成層圏まで狙い撃ってねぇぞ!?」
アレルヤ 「世界の悪意が見えるようだよ……」

ティエリア「キミの愚かな振る舞いは、諸般の事情でカットしておいた」
ラッセ  「ま、あそこじゃセレネの出番が無いしな」
セレネ  「……え、えっと……ドン・マイ☆」

ハレルヤ 「悲しいよなぁ、アレルヤァァァッ!」



第3のパックは?


アレルヤ 「…そういえば、ウィングパックが第4のGNパックなのは何故なんだい?」
セレネ  「第3のパック――ヴァーチェを基にしたものは既に完成済みです。……あれは火力が高すぎるのでまだ使わないのです」

ティエリア「……別に構わないが」
ロックオン「そういえば、ウィングパックってキュリオスが基だよな? 一体どのあたりがキュリオスなんだ?」


刹那   「……名前か?」
ティエリア「少なくとも、見た目は似ていない」
イアン  「…ま、まぁアレだ。キュリオスの可変機構は再現できなかったからな」
ロックオン「となると、残ってるのは………えーと、スマン。アレルヤ」

セレネ  「…………ど……どん・まい☆ …です?」
アレルヤ 「うわあぁぁぁあぁぁっ!」



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第5話:報われぬ魂

多数のご感想、お気にいり登録ありがとうございます!
恐縮です><

稚拙な作品ですが、頑張って書かせていただきたいと思っていますので、どうかよろしくお願いいたします!
また、明日は更新できないかもしれません……。


「――――刹那、コクピットに戻って…っ!」

 

 

 どうして刹那はコクピットから出ているのか。そんな疑問を抱きつつも、高機動モードにしたアイシスで濃紺のイナクト目掛けて突進する。角度が悪くて刹那に当たらないように射撃はできないが、同じく救援に駆けつけたロックオンの狙撃がイナクトとエクシアの間を切り裂く。

 

 刹那がコクピットにもどり、2発、3発とデュナメスの粒子ビームが通り過ぎる。わざと外して敵機を威嚇しているのでしょう。もし直撃させれば爆発で刹那もただでは済みません。イナクトは間もなくフライトユニットをふかし、エクシアから離れる。

 

 

 即座に、ロックオンの本気の狙撃がイナクトを狙うが――――。

 

 

『…なっ!? 避けやがった!』

「―――いきます!」

 

 

 凄まじいキレの機動でロックオンの狙撃を回避し、丘陵の下に身を隠そうとするイナクトに、アイシスで突進する。二丁ビームライフルで弾をばら撒き、両脚と頭を狙う。しかし―――。

 

 

『そんな生っちょろい弾が当たるかよ!』

「―――っ!?」

 

 

 まるでこちらの狙いを読んでいるかのような動き。

 この距離で当たらない…っ!? それなら……切り裂きます!

 

 

「――――圧縮粒子、全開……ハイパーブースト!」

 

 

 コンソールの画面が切り替わり、圧縮粒子の充填率が表示される。先ほどからチャージしておいたおかげで既に数値は89%を示している。

 GNドライヴが唸りを上げ、ジェネレーターが輝く。

 

 そして次の瞬間、ウィングスラスターから緑の翼のようにGN粒子が噴出し、アイシスが消えた。いや、消えたようにしか見えなかった。イナクトのパイロットすらも驚愕する。

 

 

『なんだと…っ!?』

「……っにぅ!?」

 

 

 あまりの速さに制御しきれずにビームサーベルの軌道が逸れる。

 イナクトの頭が切り裂かれ、危うく地面で盛大に転びそうになったアイシスは咄嗟の判断で大空に舞い上がる。

 

 

『……ちっ、命あっての物種ってな!』

 

 

 イナクトは即座に変形すると、狙撃を避けて地上スレスレを凄まじい速さで飛ぶ。

 そしてアイシスはそれを追撃することはせず、中のパイロットの状態を示すかのようにふらふらと地上に降り立った。

 

 

『おい、セレネ!? 大丈夫か…!?』

『……セレネ!?』

 

 

 心配するロックオンと刹那の声がする。けれど――――。

 

 

「……ぅぅ……は、はきそう……です…っ」

 

『無茶しすぎだ、馬鹿!』

『………』

 

 

 と、そこでスメラギさんからの通信が入る。

 

 

『事情は後で聞かせてもらうわ! ミッション、続けられるわね?』

『了解』

 

 

 刹那は落ち着いて答え、特に異常は感じられない。もう平静にもどったみたいですね……よかったです……。安堵の溜息を吐きたいですが、いっしょにいろいろと出ちゃいそうですし……。

 

 そんなことを考えていると、スメラギさんが矢継ぎ早に指示を飛ばします。

 

 

『フェイズ5まですっ飛ばして6から続行。デュナメスはエクシアのサポートをお願い。……アイシスは、高機動モードの使用を緊急時以外禁止します。通常モードとバーストモードで対応して!』

 

「……バーストモードは、ここでは使わないです」

 

 

 

 思わず唇を噛み締め、呟く。

 バーストモードなら確かに一気に多数の敵を無力化できる。けれど、確実に相手のパイロットを殺めずに撃ち切る自信がなかった。

 スメラギさんはそれに対して小さく頷き、しかし厳しい目で言います。

 

 

『……貴女の腕なら、場合によってはそれが一番死者を少なくする方法よ。例え、貴女が人を殺めたとしても……酷いことを言っているのは分かってるわ。でも、覚えておいて』

 

「…………っ、ごめん…なさい。了解です……」

 

 

 

 ……そう、だった。

 言葉のところどころに、スメラギさんの辛そうな感情が篭っている。……人を殺めることに苦しんでいるのが、私だけであるはずがなかった。

 

 戦いはスメラギさんの指揮の、作戦の下で行われる。

 自分の指示でたくさんの……数百、数千の命が失われていくのは、どんな気持ちなのだろう。……きっとそれは、苦しくて、やりきれなくて――――でも、目を背けても世界に紛争がある限り人は死んでいく。

 

 ……スメラギさんは、できる限り死者を出さないために……?

 そのために、戦っているのだろうか。自分の指揮で人を殺し、それで被害を最小に抑えるために……。

 

 

(………わたし、は……)

 

 

 誰も殺さない。一人でも多く助ける。……けれど、誰も殺さずに10人を救うのと、1人を殺して12人を救うのは、それは……?

 

 

(私は……どうすれば…?)

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

――――フェイズ6。5機のガンダムは渓谷を抜けることで敵の司令部まで一気に向かい、そしてラストフェイズ。一気に司令部にいる戦力を壊滅させてカタをつける。

 

 

『まったく……こんなルートを通らせるなんて…』

 

 

 一番先頭を飛ぶキュリオスのアレルヤさんが呟きます。……それは確かに私も同感で、少し油断したら擦ってしまいそうです…。ちなみに、ウィングスラスターは可動式なので現在は後ろにたたんでいます。

 と、そこでロックオンが宥めるように言います。

 

 

『ボヤくなよ。敵さんは電波障害が起こっているポイントを重点的に狙ってる。隠密行動で一気に頭を叩くのさ。頼んだぜ、水先案内人―――ぅぉっ!?』

 

 

 その時、キュリオスの翼が岩壁をこすり、崩れた岩がデュナメスの頭に当たりそうになりました。ロックオンはなんとか避けましたが……。

 

 

『っぶねぇな、おい!』

『ヘタッピ、ヘタッピ』

 

 

 ハロにそこまで言われるなんて……。割とアレルヤさんってハロにキツく当たられてないです…? なんて考えていますと、アレルヤさんがあんまり悪びれずに言います。

 

 

『ドン・マイ』

『そりゃこっちのセリフだ……』

「……アレルヤさん、もっとガンダムは大切に扱ってください…」

 

 

 車と違って傷つかないからって、適当に操縦しちゃだめなのです…。

 

 

『あ、うん……悪かったよ』

『……セレネ』

 

 

 ロックオンが気遣うように呟いてくれますが、どうしても気分が暗くなってしまいます。殺すこと、殺さないこと。殺す覚悟を持って、多くの相手を無力化すること。

 どうするべきなのか、答えは見えなくて―――…。

 

 

 

『ったく、気にしすぎるなよセレネ。……ミス・スメラギは何もお前を否定しようとしたわけじゃねぇ。使うべきだと思ったら躊躇うな、そういうことだよ。オレたちはできることをやるしかないんだ』

 

「……ロックオン……ありがとう、です…」

 

 

 ……うん、きっとそう。

 心が軽くなるのを感じて微笑むと、モニターに映るロックオンも僅かに微笑みました。

 

 

『……お前は強いよ。恐れるだけじゃなく、立ち向かってるじゃねぇか』

「…………っ。…やっぱり、優しいです。ロックオンも……」

 

 

『女性限定でな。……で、オレ『も』ってことは他にも誰かいるんだろ?』

 

 

 優しい微笑みから一転。ロックオンが意地悪な笑みを浮かべてるのです…っ!?

 い、今のは特に誰かを意識なんて…っ。

 

 

「な、なにを言ってるのかわからないのです…っ!」

『そうか? それじゃあ試しに当ててみても――――』

 

 

「い、いらないのですっ! アレルヤさん、ロックオンに岩をお見舞いです!」

『いいのかい?』

『いいわけねぇだろっ!?』

 

 

 

 賑やかに騒ぎながらも、敵司令部はもうすぐです。

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 渓谷を抜け、一斉に飛び出す5機のガンダム。敵モビルスーツ隊が出てきますが―――。

 

 

『……ヴァーチェ、目標を破砕する』

 

 

 ヴァーチェのGNバズーカとGNキャノンが極太の粒子ビームを放ち、敵基地を一直線に焼き払う。巻き込まれたMSが次々と爆散する。

 

 

『デュナメス、目標を狙い撃つ!』

 

 

 ロックオンのGNピストルが連続してビームを放ち、次々とヘリオンの腕や脚、頭が吹き飛ばされて無力化されていく。

 

 

『キュリオス、介入行動に入る』

 

 

 キュリオスのGNサブマシンガンが大量のビームを吐き出し、やはり次々と敵機を無力化する。

 

 

『エクシア、目標を駆逐する…!』

 

 

 エクシアのGNブレイドが閃くたびにMSの一部が吹き飛び、無力化されていく。

 そして、私は――――。

 

 

「……アイシス、目標を無力化します…!」

 

 

 速射モードの2丁ビームライフルが連続してビームを吐き出し、確実に敵機を無力化していく。……敵機の集中具合、そして機体性能を考慮。バーストモードを使う利点より欠点の方が多い……。そう、使うべきときに使えればいいから―――…。

 

 

「―――今はただ……狙い撃ちます!」

『っと、決め台詞を取られちまったな』

 

 

「リスペクトでオマージュなのです。……ロックオン、お手本をよろしくお願いします」

『了解だ、任せとけ――――狙い撃つぜ!』

 

 

 

 アイシスの2丁ビームライフルとデュナメスの2丁ビームピストルが絶え間なく火を吹き、その全てがヘリオンを撃ち抜く。――――そして、一機たりともコクピットを撃ち抜かれた機体は無かった。

 

 

『ゼンダンメイチュウ、ゼンダンメイチュウ』

『やるじゃねぇか、セレネ』

「……ロックオンの、おかげです」

 

 

 小さく、ほんとうに小さく呟く。

 ……聞えても、聞えなくてもいい。そう思った。けど、聞えていたらしいロックオンの笑みを見て私は少し頬を膨らませた。

 

 

『敵部隊、反応なし……』

 

 

 確認するように声を出すアレルヤさんに、ロックオンも呟きます。

 

 

『まだやるか……? それとも――――』

『―――…いや』

 

 

 そのティエリアの呟きを合図にしたように、降伏信号である白の信号弾が打ち上げられ、輝く。

 

 

『ハロ、ミス・スメラギに報告。敵部隊の白旗確認!』

「……ふぅ」

 

 

 

――――また、殺さなくて済んだ。

 

 

 今更のように震える手で操縦桿を握りなおし、大きく息を吐く。

 また一つ、戦争が終わった――――。

 

 

 

 ねぇ、アイシス……?

 

(……わたしは……わたしたちは、平和な世界に近づけているのかな……?)

 

 

 

 もちろん、答えはない。

 けれど、きっと―――――。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 MSWAD本部基地。

 窓辺に二人並んでコーヒーを飲んでいたグラハムとカタギリの前に、エイフマン教授がやってきて呟く。

 

 

「―――…終わったようだな」

「どうやら、AEUは賭けに負けたようです」

 

 

 姿勢を正し、答えるグラハムにカタギリはやや俯きつつ言った。

 

 

「それはどうかな……確かに25機以上のモビルスーツを失ったのは痛いけど、これでAEUは国民感情に後押しされて軍備増強路線を邁進する事になると思うよ。モラリアに貸しを作ったことで、PMCとの連携もより密接になるだろうしね」

 

 

 そこで、教授はコーヒーメーカーを操作しつつ呟く。

 ぴゅうっ、と間の抜けた音と共にコーヒーが出てくる。

 

 

「悲しいな……どんなに華やかな勝利を得ようとも、ソレスタルビーイングは世界から除外される運命にある……」

「プロフェッサーは……彼らが滅びの道を歩んでいるとお考えですか?」

 

 

「まるで、それを求めているかのような行動じゃ。……少なくとも、ワシにはそう見える」

 

 

 

 

 

 

 東京では、以前に重力ブロックの事故でソレスタルビーイングに助けられていた沙慈・クロスロードとそのガールフレンドであるルイス・ハレヴィが学校の大型モニターでモラリアでのソレスタルビーイングの武力介入のニュースを見ていた。

 

 

『――――まず最初は、昨日モラリア共和国で起こったモラリア軍とAEUの合同軍事演習に対するソレスタルビーイングによる武力介入のニュースについてです。非常事態宣言から無条件降伏までの時間は、僅か5時間あまりでした。現時点での死者は兵士、民間人含めて504名で、行方不明者の数を含めると犠牲者はまだまだ増えると予想されます』

 

 

「はぁー、もう終わってるし」

「秒殺かよ」

「すげーなガンダム」

 

 

 呟くほかの生徒たちの中で、ルイスはよく分からないと言いたげに呟く。

 

 

「沙慈、私たちってソレスタルビーイングに助けられたのよね…?」

「ああ、そうだよ……そうだけど……」

 

 

 沙慈には、ソレスタルビーイングの考えが理解できなかった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ミッションを終えた私たちはミッション開始前に合流した無人島に帰還――――したのですが、空気は重いものでした。モラリア・AEU・PMCトラストの各部隊を撃破し、合同軍事演習を阻止。AEUが軍備増強路線を邁進しても、モラリアが更に巨額の資金を軍事開発に回すとしても……どんな大部隊が相手だろうともソレスタルビーイングは、ガンダムは介入を止めないと示すことが必要。それが世界の変革の礎になる―――だから問題は、過程ではなく結果だった。

 

 

 夜の砂浜。ロックオンが刹那を呼び、ティエリアが無言で後に続き、私とアレルヤさんが慌てて追いかけてきた結果、ガンダムマイスターが5人集っていました。

 

 

 

――――そして、ロックオンが刹那を殴りつけた。

 

 肉を打つ湿った音が静かな砂浜に響き、刹那が砂浜に倒れこむ。

 

 

 

「――――刹那っ!?」

 

 

 慌てて刹那に駆け寄ろうとしますが、ロックオンは静かに腕で私を止めると首を横に振りました。

 

 

「……黙ってろ。お前も分かってるんだろ、セレネ」

「―――…っ! ……でも、理由も聞かずに殴らなくても…っ」

 

 

 理屈は分かっていた。

 尻すぼみに声が小さくなる私をロックオンはやんわりとどかし、刹那に声を掛ける。

 

 

「……刹那、殴られた理由は分かるだろう? ガンダムマイスターの正体は、太陽炉と同じSレベルでの秘匿義務がある。何故敵に姿を晒した」

 

 

 刹那は何も答えない。

 

 

「理由ぐらい言えって」

 

 

 何か思うところがあるのか、刹那は視線を逸らしたまま口を真一文字につぐんで何も言う気配がない。その反抗的にしか見えない態度に、ロックオンの眉がピクリと跳ね上がります。

 

 

「……強情だな。お仕置きが足りないか」

 

 

――――その瞬間、カチャリという音が響いた。

 

 

 銃を構える音。ティエリアが刹那に拳銃を向ける。その姿に躊躇いは感じられず――――。

 

 

「言いたくないなら言わなくていい。君は危険な存在だ――――」

「――――…やめてください…っ!」

 

 

 私は、咄嗟に銃口の前に飛び出していた。

 ティエリアさんの冷たい、刺すような視線に身体が震える。

 

 

「……そこを退け、セレネ・ヘイズ。邪魔をするのなら君も―――」

「―――…退け、セレネ」

 

 

 いつの間にか立ち上がった刹那が私を押しのけ、砂浜に尻餅をつく。

 刹那も銃をティエリアに向けていた。その瞳には、殴られていたときとは違う、揺ぎ無い決意のようなものが宿っていて―――。

 

 

「―――俺はエクシアからは降りない。俺は、ガンダムマイスターだ」

「そのマイスターに相応しくないと言っているんだ」

「銃をおろせ、刹那! ティエリア!」

 

 

 ロックオンの制止も聞かず、二人は互いの銃口に睨んで牽制しあう。

 

 

 

 

――――…どう、して…?

 

 

 どうして、私たちまで争わないといけないの…?

 涙が滲みそうになり、けれど必死に堪える。今は、泣いている場合じゃない。

 

 どうしてこうなったのか。刹那がコクピットから出た理由が分からないから。

 どうして刹那は答えたくないのか――――。

 

 

 

 再び、二人の間に飛び込む。……身体が竦む。

 けれど、必死に刹那の瞳を見て叫んだ。

 

 

「……おねがいします……こたえてください、刹那…っ! どうして、なにも言ってくれないのです……? 私も……私たちも…! ガンダムマイスターです…っ!」

 

「………っ」

 

 

 刹那が僅かに顔を俯け、銃口を下げる。

 僅かな静寂の後、聞えたのは小さな声だった。

 

 

「……俺はあの時、刹那・F・セイエイではなかった」

「刹、那……?」

 

 

 刹那は前に出ると私の横に立ち、未だ銃を構えるティエリアに向かって言う。

 

 

「……ティエリア・アーデ」

「……なんだ?」

 

 

「……理由を話すには、秘匿義務に抵触する」

「…………」

 

 

 

 刹那ではなかった。秘匿義務に抵触する。

 ………刹那・F・セイエイはコードネーム。マイスターになってからの名前。

 そしてマイスターには過去を秘匿する義務があり、仲間であっても無闇に話すものではない。つまり刹那は、あの行動が刹那の過去に関わるものだと暗に告げていた。

 

 顔を顰め、何かを考えるティエリアに、これまで黙っていたアレルヤが言う。

 

 

「命令違反をした僕が言うのもなんだけど……ぼくたちはヴェーダによって選ばれた存在だ。刹那がガンダムマイスターに選ばれた理由はある」

 

 

 ティエリアの銃口が僅かに下がる。

 しかしティエリアは刹那から視線を外すことはせず、言った。

 

 

「……これだけは答えてもらおう。戦争根絶―――我々の計画と君の過去、どちらを優先する」

「戦争根絶だ」

 

 

 即座に答えた、強い意志を秘めた刹那。

 ティエリアはまだ納得していないような表情で、しかし銃を仕舞う。

 

 

「……もしその言葉が偽りだったなら。次こそは君を庇う人間ごと躊躇わずに撃つ」

「…………」

 

 

 一瞬、ティエリアさんの冷たい視線が私に向けられ、足が震えた。

 ティエリアさんがそのまま背を向けて歩き出すと、私は砂浜に崩れ落ちて安堵の溜息を吐いた。

 

 

「………ぁぅ……怖かったのです……」

 

「ったく、無茶しやがって……」

「ハラハラしたよ」

 

 

 ロックオンとアレルヤさんもホッとした表情で呟き、私は刹那に顔を向けて―――。

 俯いた刹那が、小さく呟く。

 

 

「……もうあんな真似はするな」

「…っ!?」

 

 

 どういう意味なのか分からなかった。

 けれど、それは私が邪魔だったというような意味に聞えて―――。

 

 

「……刹、那……どうして…?」

「……俺を庇う必要はない」

 

 

「―――あります…っ! 私は―――…」

 

 

 仲間、だから?

 一瞬の逡巡。その間に、刹那は常になく強い口調で叫んだ。

 

 

「―――ない…っ! ……余計な真似は…するな」

「……っ」

 

 

 視界が滲む。

 どうしてか、堪らなく悲しかった。涙が止まらない。

 

 このまま此処にいたら、みっともなく色々なことを泣き叫んでしまいそうで、ゆっくり立ち上がった私は、森に向かって走った。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「…………」

 

 

 涙を流して走り去ったセレネの背中を呆然とした様子で見送る刹那の頬を、再びロックオンの拳が殴りつけた。

 

 

「殴られた理由は分かってるだろうな、刹那」

「…………」

 

 

 再び答える気配がなく、しかし今度は単に呆然としているだけのような刹那に、ロックオンは呆れた様子を隠そうともせずに頭に手をやった。

 

 

「じゃあ、何であんなことを言った?」

「………」

 

 

「……ったく。まさかお前、本気で分かってないのか……?」

「………」

 

 

 ガンダム馬鹿め。と心の中で呟いたロックオンは、どうするべきか頭を抱えた。この調子だと、もう一人のガンダム馬鹿であるセレネも何を考えてるのか分かったものじゃない。ただ、間違えようも無いと思うのだが……。

 

 アレルヤに視線で同意を求めると、苦笑いしつつ頷いた。

 ヒントを出していいものなのか。少々悩んだロックオンだったが、本気で呆然としている刹那があまりにも不憫な気がしたので一言だけ呟いた。

 

 

「刹那、お前は自分がどうしてあんなことを言ったのか良く考えろ。……もう怒る気もしねぇ。いくぞ、アレルヤ」

 

「了解……刹那、とりあえずちゃんと休みなよ」

 

 

 

 一人、夜の砂浜に残された刹那は頬と、そして胸の痛みを感じながらしばらくそのまま転がっていた。

 

 

 

「…………俺、は……なぜ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ


キャラ崩壊警報(刹那)





イアン「お、おい大変だ! 世界の主要都市7箇所で同時多発テロが――って、刹那!? 他の奴らはどうした…!? というか何でそんな場所で寝とるんだ!?」

刹那 「……ガン、ダム」


イアン「………おーぃ? 刹那ー?」
刹那 「……ガン…ダム…っ」


イアン「………ちゃんとコンテナに戻って寝ろよ?」
刹那 「……ガンダム…っ」


イアン「……ダメだこりゃ」
刹那 「ガン……ダァァァァム…っ!」





刹那 「…………………セレネ」




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第6話:無差別報復

タグにアンチ・ヘイトを追加させていただきました。
保険的な意味合いが強いのですが……。

理由といたしましては、本来のヒロインであるマリナ姫とセレネが非常に相性が悪い可能性があると感じたためです。アンチをしたいというわけではありませんが、そのように感じる方がいらっしゃるかもしれないと思い、勝手ながら今回からタグの追加をさせていただきました。

まことに申し訳ありません…。



5月19日:タイトル修正


 

 

 中東の小国、アザディスタン。

 かつて豊富な石油資源で財を築いた中東は太陽光発電システムの普及と、それに伴う大幅な石油の輸出規制によって財政が逼迫する国が多数あり、アザディスタンもその中の一つであった。隣国の吸収などを行って地域治安を求め、最終的に王政を復活させることで国民の意識を一つに纏めようとし、しかし議会で保守派と改革派が対立していることもあってお世辞にも上手くいっているとは言えなかった。

 

 古い宗教や戒律を守ろうとする保守派と、慢性的なエネルギー不足を打破するために太陽光発電システムを取り入れようとする改革派。両者の溝は深まるばかりで、国内治安の悪化もあいまって一触即発の事態であった。

 

 

 そして、改革派に近い考えを持つアザディスタン王国の第一皇女であるマリナ・イスマイールは、技術支援を行ってくれる国を探す為に飛び回っていたのだが―――。

 

 

 マリナはフランスのホテルで深く溜息を吐く。

 今日の外交も失敗に終わったのだ。フランス外務省の外務次官は丁寧に対応してくれ、友好的な関係が築けるかもしれないと期待を抱いたものだが、アザディスタンの情勢が不安定であり、派遣する技術者の安全が保障できないとして断られたのだ。

 

 ……国と国との関係で見返りのない行動というのは有り得ず、そしてアザディスタンには何の利益もない。だから、援助してくれる国なんて……。

 そこまで考えてマリナは慌てて首を横に振り、どこかに援助してくれる国があるはずだと考える。国の情勢さえよくなれば、平和になると信じていた。

 

 

 と、部屋に備え付けの端末が鳴り、皇女となる以前からの付き合いである秘書のシーリンの顔がモニターに映し出された。

 

 

『ごきげんよう、姫様』

「シーリン……」

 

『諸国漫遊の旅は満喫してる?』

「それ、皮肉?」

 

『そう聞えなかった?』

 

 

 シーリンが微笑み、マリナは苦笑する。

 慣れたやりとりが心地よかった。

 

 

『それで、やっぱり食料支援しか得られなかった?』

「そんな当然のことのように言わないで」

 

 

『だって当然のことでしょう。AEUはモラリアとの軍事演習でソレスタルビーイングの武力介入を受けて25機以上のモビルスーツを失った。そんな状況の中でAEUに所属する国々から色のいい返事を貰おうなんて虫が良すぎるもの』

「それは、そうだけど……」

 

 

『それより、ニュースは見たの?』

「いえ、今日はまだ……」

 

『世界各地でテロ行為が活発しているそうよ。ソレスタルビーイングの武力介入に対する報復行動みたい』

「報復……」

 

 

『気に入らないんでしょう、彼らが』

「だからって、武力を使って言う事を聞かせようだなんて……」

 

 

『それがテロ組織というものよ。もし訪問国でテロが起こったら、その時点であなたの外交の旅は終わりになるわ』

「そんな……」

 

 

 ここでも、ソレスタルビーイング……。

 モラリアのときも、ソレスタルビーイングの武力介入が始まれば国に帰ってもらうかもしれないとシーリンに言われていた。マリナには、彼らが行く先々で自分の邪魔をしているようにしか思えなかった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……………テロ」

 

 

 輸送用コンテナ内に用意されたベッドで、目を泣き腫らしたセレネは小さく丸まって布団を被りながら端末に届いた情報を見ていた。

 世界の主要都市七箇所で起こった多発テロ。テロ実行犯から出された犯行声明では「ソレスタルビーイングが武力介入を止め、武装解除しない限り今後も世界中に無差別報復を行う」という。先ほどマイスターに集合がかけられたのだが、セレネは体調不良を理由にしてベッドに篭っていた。

 

 

「……刹那の、ばか……」

 

 

 小さく呟くと、少しだけ気持ちがすっきりしたような気がした。それでも、端末を流れるテロの被害予測などが心に重く圧し掛かる。……死んだ。無関係な人がたくさん死んだ。私たちの活動で。それに対する理不尽な報復で。

 

 

(………おかあ、さん)

 

 

 自慢げにガンダムについて話してくれたお母さんの笑顔と、冷たくなってしまって動かない姿がフラッシュバックして、セレネは小さな拳を握り締めて震えた。

 

 

(………おとう、さん)

 

 

 いつもお母さんの隣で微笑んでいた優しいお父さんと、冷たいお母さんの隣で悲しむお父さん。………そして、溢れんばかりの緑の光が――――。

 

 

「………ぅ、く………」

 

 

 嗚咽を堪えるように自分の身体を必死に抱きしめる。

 ………さむい。とても、さむかった。

 

 

『―――テロが憎くて悪いか…ッ!』

 

 

 テロが起こっている、そのことにロックオンが怒っているのが、悲しんでいるのが感じられるような気がした。

 

 

『……テロという紛争を起こすのならば、武力で介入するのがソレスタルビーイングだ』

 

 

 戦争を根絶する、刹那の強い決意も。

 きっと二人とも、今頃―――…なのに、私は……。

 

 

「…………テロは」

 

 

 テロは、根絶しないといけない。

 私が殺す事を躊躇って、その影響でテロを止められなかったらどうなるか。

 

 なら、テロを起こす人は殺していいの…?

 

 答えは出ない。……けれど、そんなことを自分の価値観で決め始めたら何かが決定的に間違っている。そう思った。

 

 

 

『ガンダムは、みんなが幸せになれる世界を――――お互いのことを分かり合って、思い合える、そんな世界を―――…』

『……お前が……母さんの望んだ世界を創るんだ』

 

 

「……………ひとりは、いや…だよ……っ」

 

 

 

 誰にも相談なんてできない。

 みんな、覚悟を持って戦っている。罪を背負っても世界を変える覚悟を……。

 

 一人でも助かる人を増やす。甘い願いなのは分かっていた。

 けれど、無差別テロをするような人間を赦すなという思いが煮え滾るように溢れてくる。殺してしまえと、それが平和な世界のためだと考える自分もいることが堪らなく悲しくて、そして怖かった。

 

 

「………どう、して……」

 

 

 

 どうしてテロは起こるのか。どうして無関係な人を巻き込むのか。

 分かり合えない。……そうとしか思えない自分が、それを否定できない自分が堪らなく悲しかった。

 

 

 

「……わたしは、ガンダムマイスター…なのに……」

 

 

 

 戦争根絶を体現するガンダムを操る者。

 セレネがガンダムに、マイスターに願うのは世界を変えること。

 …………もう、失わないように。そして、平和を……幸せを……。

 

 

「………せつ、な…」

 

 

 なんとなく、私と刹那の望むものは近いと感じていた。……戦争を止められる存在。イオリアが、お母さんが、私が、ガンダムに求めた理想を実現したい。

 違いは、殺す覚悟があるかどうか。

 

 殺す覚悟ではなく、殺さない覚悟を。

 ガンダムマイスターを志した時に目指したそんな願いは、もう……。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 翌日、スメラギさんとフェルト、クリスさんの乗ったリニアクルーザーが私たちのいる孤島に到着しました。

 早速、一度全員で甲板に集ることになった……のですが。

 

 

「……ク、クリスさん…? な、何か御用でしょうか……?」

 

 

 どういうわけか私だけ先にクリスさんとフェルトに船に拉致……もとい、連れて行かれるそうです。しかも、その理由が……。

 

「大丈夫よ、セレネ。私たちでちゃんと選んであげるから!」

「い、意味が分からないのです…っ!?」

 

 

 どういうわけか水着を着たクリスさんと妙に疲れきった表情のフェルトに嫌な予感が爆発します。フェルトに目線で助けを求めると、微妙に黒い笑みを浮かべてフェルトは小さく呟きます。……三十六計逃げるに如かずです…っ!

 

 

「……セレネもがんばって」

「―――GNシステム、リポーズ解除! プライオリティをセレネ・ヘイズへ! アイシス、ブローディングモードでスタンバ―――」

 

 

「セーレーネ?」

「……にがさない」

 

 

 ガシッ、ととてもいい笑顔のクリスさんに肩を掴まれ、小型インカムを無表情なフェルトに没収されます。一瞬、格闘術で二人を無力化しようか本気で検討しましたが、その前に数世紀前の捕獲された宇宙人のイメージよろしく両脇を掴んで持ち上げられてしまいました。

 

 

「―――っ!? は、はなしてください…っ!?」

「セレネ、ちょっと軽すぎじゃない…? よし、それじゃあ行くわよフェルト!」

「……了解」

 

 

「い、いやぁぁぁっ!」

「こら、駄々をこねないの!」

「……ふ、ふふ」

 

 

 く、屈辱です! 今ほど自分の小ささを恨んだことはないのです…!

 必死にバタバタと抵抗しますが、まさか二人に蹴りを入れるわけにもいかず。なんだか楽しそうなクリスさんと、「……セレネも私と同じ苦しみを」みたいな黒いオーラを発しているフェルトが怖いのです…っ!

 

 

「だ、誰か…っ! ロックオン! アレルヤさん! ティエリアさん! ……刹那! たすけてください…っ!」

 

 

 せめてもの抵抗として必死に助けを呼び―――コンテナから外に引きずり出されたところで隣のコンテナから刹那が出てきました。

 

 

「……何をしている」

 

 

 イマイチ表情の読めない刹那は、しかし相変わらずの視線の鋭さでクリスさんとフェルト、そして捕獲されている私を順に見て、首謀者だと当たりをつけたのかクリスさんに視線を注ぎました。

 

 こ、これは助かるかもです…っ!?

 そんな僅かな期待を、クリスさんは笑顔で粉砕します。

 

 

「ちょっとね、セレネに新しいお洋服を着せてあげようと思って。刹那もセレネの着替え見る?」

「………」

 

 

 刹那は無言で首を横に振ると、スタスタとコンテナに戻ってしまいました。……た、たしかに着替えは見られたくないですけど! その着替えが嫌なのです!

 

 

「ま、待ってください! クリスさんを止め―――」

「さぁ、行きましょうセレネ! ……ふふっ、セレネはフェルトはまた違った可愛さだから腕が鳴るわ♪」

 

 

「い、いやぁぁぁっ! 誰かぁぁぁっ!」

 

 

 

 アレルヤさんが一瞬ちらりと見えた気がしましたが、苦笑いすると「触らぬ神にはなんとやら、だね」とでも言いたげに去っていきました。

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

「ダメじゃないセレネ。プロフィールに嘘の身体情報を記入なんかしちゃ」

「……セレネは150cmもないもの」

「ぅ、ぅぅぅぅ~~~っ! あります! あるのです…っ!」

 

 

 「フェルトが教えてくれなかったら危なかったわ」と神妙に頷くクリスさんは、無慈悲にも私を船室のベッドに縛り付けています。………逃走に失敗した結果ですが。

 ガンダムマイスターとして一応会得してある縄抜けで逃げ出そうとしますが、その前にフェルトがメジャーを取り出しました。

 

 

「……測る?」

「あ、グッジョブよフェルト!」

「うわぁぁぁん…っ、いやぁぁぁ! メジャーが、それがこわれてるのです…っ!」

 

 

「………新品だけど、そもそもメジャーってどう壊れるの?」

「えーと、141? って、本当に9cmも嘘吐いてる!」

「欠陥品はメジャーの数字が10cmズレるのです! 今の世界は切り上げ方式なのですよぉ~~…っ!」

 

 

 ………おわった。

 女の人は実年齢を言われると老けるとかいうそうですが、私は実身長を言われると泣きたいのですよ……。ぅぅっ、もう何もかもどうでもいい―――…。

 

 

「大丈夫よ、セレネ! ちゃんと貴女にあわせて水着を買っておいたから!」

「……そういえば、パイロットスーツってどうしてるの…?」

「イアンさんたちは、ちゃんと150って言ってくれたのです…っ!」

 

 

「ああ、なるほど」

「……それじゃあ、この水着も150cm用」

「うわぁぁぁん、フェルトのばかぁぁ!」

 

 

 それはどう見ても子ども用の水着なのですよ…っ!

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そういうわけで、全員がクルーザーの甲板に集った。

 アレルヤは今朝の騒ぎで大体の事情を悟っていたが、一応流れというものがあるので目の前のスメラギたちの格好を見て呟いた。

 

 

「なぜ、そんな格好を……」

 

 

 スメラギ、クリスティナ、フェルト、セレネの4人は水着を身につけていた。特に前3人はバカンスにでも来たような出で立ちである。

 

「カモフラージュよ、カモフラージュ」

 

 スメラギが指を立てて説明し、どうやらテンションが元にもどったらしいクリスティナが苦笑する。

 

「ちょっと、趣味が入ってるかも……」

「………」

 

 なんだか妙にスッキリした無表情のフェルトもあわせて、なるほど確かに3人はソレスタルビーイングの一員というより外洋クルージングにきた三人組という印象だ。

 

 

「………ぅ、ぅぅ~~…っ!」

 

 

 そして涙目で怒りながら肩を震わせているのは、紺色のピッチリした水着―――スクール水着を着た、いかにも水泳の授業を受けていますといった雰囲気のセレネだった。黒髪と真っ白な肌の対比が目に眩しいのだが、こんな水着になった原因は身長以外も数値を盛ったセレネと、それをクリスに知らせなかったフェルトにある。……幼馴染であるフェルトもそこまで知らなかった可能性も否定できないが。

 

 

「えーと……今がどういう状況か分かってるんですか。スメラギさん?」

「わかってるけど、今は王留美が放ったエージェントの情報を待つしかないもの。ああ、それにしても暑いわね。冷えたビールとかないのぉ」

 

 

 どうみてもジュニアスクールの学生にしか見えないセレネに苦笑しつつも正論を言ったアレルヤをスメラギはスルーし、船室へ向かう。

 

 

「神経が太いというか、何というか……」

「強がってんだよ……ったく、やれやれ」

 

 

 呆れたようなアレルヤにロックオンは小声で言い。フェルトに突っかかりながら地団太を踏む、微笑ましいとしか言いようの無いセレネを見て苦笑する。……もしかすると、これを狙ってミス・スメラギはセレネに水着を着させたのかもしれない。そんなことを考えつつもほんの僅かだけテロから気分が逸れたロックオンは、テロ実行犯の居場所が分かれば容赦しねぇと思いつつも僅かに肩の力を抜いた。

 

 

「……ぅ、ぅぅー、フェルト~~…っ」

「……似合ってる」

 

 

 スクール水着が似合って嬉しいわけがないのですっ!

 

 

「誰が小学生なのですか…っ!」

「言ってない」

 

 

 秘匿義務さえなければ年齢をいえるのに……とがっくりと膝をつくセレネ。しかしどちらにせよ同い年であるはずのフェルトと自分の決定的な違いをフェルトの水着に見出してしまったセレネは涙を呑んだ。

 

 

「い、いいのです……胸のサイズの違いが戦力の決定的な差ではない……はずです…っ! そんなの、ガンダムマイスターには必要ないのです…! 身体が小さい方が対Gも有利だって聞いたことありますし…っ!」

 

「……そんなこと言ってると育たないかも」

 

 

「ぅぁぁぁん、ごめんなさいぃぃ…っ!」

 

 

 セレネを弄ってフェルトが常になく楽しそうだ。

 本当に仲がいいんだなーと思いつつも、クリスティナは小さく呟く。

 

 

「こっちからエージェントに連絡できればいいのに……」

 

 

 待つだけは辛い。そんな気持ちの篭った呟きだったが、ティエリアは冷たく言い放つ。

 

 

「実行部隊である我々が、組織の全貌を知る必要は無い」

 

 

 実行部隊は敵に捕まる危険も高いわけで、余計な情報は計画そのものの命取りになりかねない。そんな意味も篭った正論ではあったのだが、アレルヤはフォローの意味も込めて呟く。

 

「ヴェーダの采配に期待するさ」

 

 

 

 そんな中、刹那は一人船首近くで黄昏ていた……いや、そのはずだった。

 昨日の夜からセレネと気まずく、しかし今朝方助けを求められてそんなことを気にせずに駆けつけた……までは良かったのだが。

 

 『刹那もセレネの着替え見る?』と笑顔で言うクリスティナと、顔を真っ赤にするセレネが思い出される。……動揺した。ガンダムマイスターであるこの俺が……。

 アリー・アル・サーシェスと出会ったときと同じ、あるいはそれ以上に動揺してしまった刹那は結果的にセレネを見捨ててしまい、更に気まずい気分を味わっていた。

 

 そして、どういうわけか気がつくと水着姿のセレネを目線で追っていることに気づいてしまった刹那は自身の異常としかいえない行動の理由が分からず。黄昏ているように見せてその実、悶々と悩んでいた。

 

「よぉ、どうしたんだ刹那?」

「……ロックオン、か」

 

 

 なにやら常になくニヤリとした笑みを浮かべるロックオンが船首近くにやってくる。どうやら刹那の異常に心当たりがあるらしいロックオンだったが、刹那がセレネを泣かせたことを怒っていたのでそう簡単には助けてはくれないのだろう。

 

 

「で、刹那はセレネの水着に興味津々なのか?」

「……………」

 

 

 ジロリ、と睨みつける刹那にもロックオンは肩を竦めるだけで、全く気にした様子はなく続ける。

 

 

「セレネがいないと寂しいんじゃねぇのか?」

「………」

 

 

 違う。そう呟こうとして、しかし何故だか言葉が出てこなかった。

 

 

『刹那、刹那! お洋服を買いましょうっ!』

『今日の晩御飯はカレーにしたのです!』

『……あ、甘口は人類に優しいのですよ…っ!』

『……ありがとう、です。刹那……』

 

 

 振り返っても小さな少女の姿が、笑顔が無い。

 それだけのことで、どうしてこんなにも胸にぽっかりと穴が開いたように感じるのか。生きている、そして近くにいるのに。話しかけようと思えば話せるにも関わらず。

 どうしようもなく、遠く感じる。

 

 

 刹那は、かつてゲリラの少年兵として戦ってたくさんの仲間を失った。それはきっと、寂しかったのだろう。けれど、失ってもいないセレネがそれと同じように……下手をすればそれ以上に寂しく感じられるのが何故なのか、分からない。

 

 

 ロックオンは「まだダメか」と呆れたように呟いてから、真剣な瞳で刹那を見据えながら呟く。

 

 

「……いいか、刹那。お前も分かってるかもしれねぇが、失ってからじゃ遅いんだよ。しっかり自分の気持ちを伝えて、さっさと仲直りしろよ」

「………ロックオン」

 

 

 怒っているのではなかったのか。

 どう考えてもアドバイスだと思われる言葉を言ったロックオンに僅かに刹那が目を見開くと、ロックオンは苦笑いし、ひらひらと手を振りながら離れていく。

 

 

「……仲間だからな。これくらいはしてやるさ」

「………」

 

 

 刹那は、何と言葉を発すればいいのか分からなかった。

 ちょうどその時、ビールを手に船室から出てきたスメラギ・李・ノリエガが言った。

 

 

「今回の事件を起こした国際テロネットワークは、複数の活動拠点があると推測されるわ。エージェントの王留美がその正体と拠点の割り出しを急いでくれているけど、いまだ確定情報は届いてない。相手が拠点を移す前に攻撃するためにも、ガンダム各機は所定のポイントで待機してもらいます。いいわね?」

 

「「「「「了解」」」」」

 

 

 ガンダムマイスター全員が声を揃え、それからスメラギはふと思い出したように付け足した。

 

 

「そうそう、セレネはしばらく療養ね」

「……えっ!? ど、どうしてです…っ!?」

 

 

「集合をすっぽかした罰よ。体調が悪いならちゃんと休む。気分転換も大切よ」

「………ぅぅ」

 

 

 

 

 「……刹那のばか」と小さく呟くセレネに、どういうわけか心が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ(設定)



ウィングアイシス

 第4のGNパック、機動力特化の『ウィングパック』を搭載したガンダムアイシス。蒼い翼のような形をしたウィングスラスターが最大の特徴であり、高濃度圧縮粒子を推進力に変える。特に圧縮粒子を全解放する『ハイパーブースト』では、既存のモビルスーツでは考えられない加速力を実現する。ただしその操縦は困難を極め、高機動戦に特化したセレネ・ヘイズでなければ制御しきれない―――とされている。
 腕と脚にも追加のスラスターがあり、更にはウィングスラスターも可動式であることからセレネの求める奇想天外な動きもおおよそ実現可能。
 また、通常モードと高機動モードの他に、セレネ曰く『隠し玉』である『バーストモード』が搭載されているらしい。ただ、燃費の悪さはヴァーチェに次ぐレベル。


 ・GNビームライフル:威力を抑えて速射が可能な高出力ライフル。銃口からビームサーベルを出す事もできる。セレネは主に2丁同時に扱う。

 ・GNビームサーベル:特に変更点はなし。


 なお、その他の武装は不明。
 ちなみにアイシスのコクピットは身長の低いセレネのためにカスタムされているので他のパイロットが操縦するのは大変である。


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第7話:出会い

 

 

 

 スメラギ・李・ノリエガおよびヴェーダの予測により、次にテロが起こる可能性が高い場所の1つとされるスコットランド……その山岳部に既に数日間潜伏するエクシア。そのコクピットで待つ刹那は、昔のことを思い出していた。

 

 

『行っちゃうのか…っ!?』

 

 

 ゲリラの少年兵、仲間が出て行こうとしていた。

 刹那には、なぜそうまでして戦うのか分からなくなっていた。……たくさんの仲間が死んでいる。なのに、なぜ……。

 

 

『当たり前だ。俺は神の代わりに勤めを果たしに行くんだ』

『ダメだよ……死んじゃうよ!』

 

 

 思わず叫んだ刹那の胸倉を、少年が掴み上げる。

 

 

『なんだお前……死ぬのが怖いのか!? それは神を冒涜する行為だぞ』

 

 

 そして、集った少年たちの前で話すアリー・アル・サーシェス。

 

 

『彼は神のために生き、神のために死んだ。これで彼の魂は、神の御許へよ誘われることだろう……』

 

 

 本当に、本当に死の果てに神は……。

 あの頃の俺は、まだ悩んでいた。

 

 

 

「……死の果てに、神はいない」

 

 

 小さく呟いた、その時。エクシアのコンソールに新たな情報が入る。

 

 

「熱源反応…!? テロ襲撃予測地点に近い……」

 

 

 モニターに、黒煙が上がる街の映像が映し出される。刹那は僅かに顔を顰めて呟いた。

 

 

「……やはりテロか」

 

 

 その時、ピピッと音を立ててインカムに着信があった。

 相手は、王留美。

 

 

「刹那だ」

『監視カメラを経由して、現場から立ち去る不審者を発見しました。現場から一番近いのは貴方です。任されてもらえる?』

 

 

「了解、現場に向かう」

『今、エクシアを使うわけにはいかなくてよ?』

 

「わかっている」

 

 そう、ガンダムがテロリストの確保に動いたなどと情報が流れてしまったら相手は更に警戒と報復を強めるだろう。

 刹那はエクシアの外壁部迷彩皮膜を発動させた後、用意しておいた黄色の大型バイクに乗り込んだ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 マリナ・イスマイールがテロ発生の情報を聞いたのは、イギリス外務省との会談を控えたスコットランドの首都、エンディバラのホテルだった。テロの現場からさほど離れていない場所である。

 

 

「ここは危険です。郊外のホテルを手配しました。移動の用意を」

「…わかりました」

 

 

 マリナは黒塗りのリムジンに乗り、ホテルを出て静かに大通りを進む。窓の外に顔を向けて流れる景色を眺める。……テロが起こり、そしてアザディスタンでは議会が紛糾してしまっている。マリナはその仲裁に入るために帰国せねばならず、もう時間がない。しかしそれまでに太陽光発電システムの技術協力を得なければならないが、とても実現できるとは思えなかった。

 

 

―――…結局、何もできずに帰るのだ。

 

 

 うつろな目で景色を眺めていた、その時。

 対向車線を茶色のクーベが猛烈な速さで通り過ぎ、それを大型の黄色いバイクが追っているのが見えた。

 

 黄色のバイクを運転していたのは十五、十六の少年だった。黒い髪、浅く焼けたような肌。少年を見たとき、瞬時に同郷の人間だと気づいた。少年が着ていた服こそこのあたりで普通に見られるシンプルなものだったが、分かった。何かに追われるような険しい顔をしている。

 

 何かあったのだろうか。年端も行かない少年がバイクを走らせている状況や、切羽詰ったような表情がどうしても気になったマリナは、ハンドルを握る警護の男に声を掛けた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 エディンバラの郊外にある自然公園。そこにある展望台のような場所に刹那、そしてどういうわけか彼を警官から保護した黒髪の女性が並ぶように立っていた。

 

 

「余計なことをしたかしら?」

 

 

 小首を傾げて問う女性に、刹那は視線は合わせず小さく呟く。

 

 

「……いや」

 

 

 すると、やはり気になったのか女性は言った。

 

 

「どうして警官ともめていたの? 何かトラブルでも?」

「………」

 

 

 当然、助けられた以上は言う事もやぶさかではなかったのだが、非常に面倒だ。まさか拳銃でクーベを狙っているところを怪しまれたと素直に言うわけにはいかない。少々答えを考えていると、それをだんまりと判断したのか女性が更に尋ねてくる。

 

 

「あなた、旅行者? それともこの街に住んでるのかしら? ご両親は?」

 

 

 ……急かすな。というか余計なことまで訊くな。

 刹那は思わず女性を睨んだ。

 

 

「あ、ごめんなさい。こんな場所で同郷の人に出会うと思わなかったから、つい……」

 

 

 睨んだことを気にも留めず、女性は照れるように首を竦めた。……なるほど。同郷の人間に会ったからというわけか。

 そんな理由で他人を助けるとは……と考えていると、身近にものすごく似たようなことをしそうな少女がいることを思い出した。ただ、セレネは人見知りが相当に激しいので、あくまでも刹那のイメージだが。

 

 

 

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私、マリナ・イスマイール」

「……カマル・マジリフ」

 

 

 思い切り偽名である。

 秘匿義務があるので話すつもりはなかった。

 

 

「カマル君ね。カマル君もアザディスタンの出身でしょう?」

 

 

 なるほど、確かに刹那の出身であるクルジスはアザディスタンの隣であるし、既に吸収された国だ。……しかし、刹那は国が滅んだからと言って出身が変わるとは思っていない。過去の戦いを、そして死んでいった仲間を忘れてはいない。だから、はっきりと答えた。

 

 

「違う。クルジスだ」

「クルジス……あ、そ、そうなの……私、なんて言ったらいいか……」

 

 

 これ以上話すことはないだろう。むしろ、この女性も気まずいはずだと判断した刹那は視線を外し、立ち去ろうとした。

 

 

「待って! もう少しだけお話させて……お願いだから……」

 

 

 刹那は、足を止めた。

 何故かはよく分からなかったが。

 

 

 

……………

 

 

 

「……外交?」

 

 

 どうやら、この女性はアザディスタンでそれなりの立場にあるらしい。刹那にとってはどうでもいいことだが、クルジス出身だと知ってそんなことを言うとは迂闊だと思った。

 

 

「そうなの。カマル君も知ってると思うけど、アザディスタンは改革派と保守派に分かれて国内は乱れているわ。石油の輸出規制を受けているアザディスタンの経済を立て直すには太陽光発電システムが必要。でも、私たちの生活が悪くなったのも太陽光発電システムができたから。保守派の人たちは、それを快く思っていないの」

 

 

 ……要するに、マリナ・イスマイールは改革派で、しかもそれなりの立場にいるのだろう。やはり迂闊だ。……とはいえ、保守派は国外に出ようとしなそうではあるが。

 

 

「両者の対立も止めないと、彼らがやってくるわ……」

「……ソレスタルビーイング」

 

 

 他にないだろう。呟いた刹那に、マリナは僅かに頷いた。

 

 

「……狂信者の集団よ。武力で戦争を止めるだなんて……」

 

 

 ……確かに、世間一般の人間からはソレスタルビーイングのメンバーが何を考えているかは分からない。それは仕方の無いことだろう。しかし、狂信者……自分に関してはそれについてとやかく言うつもりは無かったが…。

 

 テロを憎み、戦争を……テロを無くそうと戦うロックオン。そして、苦しみながらも平和のために戦うセレネを思うと、その言葉を肯定したくはないと思った。

 

 

「確かに、戦争はいけないことよ。でも、一方的に武力介入を受けた人たちは、現実に命を落としているわ。経済が傾いた国もある……彼らは自分たちのことを、神だとでも思っているのかしら」

 

 

 

 違う。そう言いたかった。

 刹那は、セレネが熱を出した時に魘されていたのを……涙を流して母親を呼んでいたのを知っている。テロによる無差別報復を知ったロックオンがどんなに怒っていたか、そしてその目がどんなに哀しみを湛えていたか知っている。

 

 神ではなく、俺たちは戦争根絶を体現する者。

 ……ガンダムマイスターだ。

 

 しかし、秘匿義務を破らないように必死で自制した刹那は代わりに呟く。

 

 

「…戦争が起これば人は死ぬ」

「介入の仕方が、一方的すぎるって言ってるの。話し合いもせず、平和的解決も模索しないで、暴力という圧力で人を縛っている。それは、おかしなことよ…!」

 

 

「話している間に、人は死ぬ」

「でも……!」

 

 

 話し合いで解決するのなら、何故セレネやロックオンのような人間がいる。何故、世界中にソレスタルビーイングに介入される紛争がある。何故、俺は……俺たちは戦う。

 ……何故、俺たちは戦わなければならなかった。

 

 

「クルジスを滅ぼしたのは、アザディスタンだ」

「…っ、確かにそうよ。でも、二つの国は平和的解決をしようと―――」

 

「その間に人は死んだ」

 

 

 俺の仲間も、そして俺が殺した相手も……。

 

 

「カマルくん、まさか……戦いが終わったのは、6年も前よ…あなたはまだ若くて………戦っていたの…?」

 

「今でも戦っている」

 

 

 他の答えはなかった。

 俺の戦いは終わっていない。もうあんな戦いを起こさないために。そうだ、俺たちは――――。

 

 

「……戦っている」

「―――あなた、まさか保守派の!? まさか、私を殺しに…!?」

 

 

「…あんたを殺しても、何も変わらない。世界も変わらない」

 

 

 そんなに単純な世界なら、俺たちは存在していない。

 

 

「カマル……くん」

「―――違う。俺のコードネームは刹那・F・セイエイ……ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」

 

 

「ソレスタル……ビーイング…!?」

「紛争が続くようなら、いずれアザディスタンにも向かう」

 

 

 そのままバイクに乗り、走り去る。

 

 

 ……元の大通りを走りながら、刹那は考える。

 

 なぜ、話を聞いたりしたのか。そして、正体を教えてしまったのか。仲間に知られれば秘匿義務違反だと責められるだろう。警官から解放されてすぐに逃げれば警官に不審に思われかねないが、途中で立ち去ろうとする足を止めた理由にはならない―――。

 

 そこまで考え、ある事実に気づく。

 

 

――――そうだ、似ていた。

 

 声が。震えながら自分の名前を呼び続ける声。そう――――。

 そこで、インカムの呼び出し音が鳴った。

 

 

『私です』

「刹那だ」

 

 

 王留美だった。そして、その声が告げる。

 

 

『国際テロネットワークの正体が判明しました』

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 国際テロネットワークの正体は、欧州を中心に活動する自然回顧主義組織、ラ・イデンラ。各国の諜報機関が間接的に提供した情報を元にその割り出しに成功。そう、つまり……。

 

 

――――ガンダムマイスター、出撃です!

 

 

「ちょっと待って」

「ス、スメラギさん…?」

 

 

 アイシスに乗り込もうとしたところをスメラギさんに呼び止められ、そして背後からクリスさんとフェルトに両脇を抱えあげられ―――…すごくデジャヴな光景です…っ!?

 

 

「は、離してください…っ! 私もガンダムマイスター―――」

「戦力は十二分だから、今回はお休みよ。必要なときに必要な分だけ戦力を投入するのが戦術予報には必要なの。……他のマイスターじゃ不安?」

 

 

 

 そう言いつつも、本当は私が殺さなくてもいいように……そして、私が殺せずにミッションを失敗する確率も考慮してくれているのでしょう。テロリストのMSなんてたかがしれてますから、人との戦いになるのです。反論できずに黙り込んだ私は、クリスさんとフェルトに引き摺られてビーチに向かいました。

 

 

「……でもその、私そんなに泳ぐの好きじゃ……」

「綺麗なお魚がいっぱいいるみたいだけど?」

 

 

 それは本当ですか、クリスさん…っ!?

 

 

「……!? お、泳いでもいいのです…! 泳ぎましょう!」

「うん、その意気よ!」

「……相変わらず分かりやすい」

 

 

「う~み、う~み♪」

「ちょ、セレネ速い!?」

「……私も」

 

 

 そして、スメラギさんはビーチチェアに座ってイアンさんと話していました。

 

 

「まさか、各国の諜報機関が協力してくれるとは。良かったじゃねぇか」

「良いように使われただけです」

 

「だが、大いなる一歩でもある」

「……ですね」

 

 

 と話しつつ、海ではしゃぎまわる3人娘を見て二人は苦笑するのだった。

 

 

 

 

「―――いきます…! GN水鉄砲、狙い撃つのです!」

「ちょっ、セレネそれただの手……きゃぁ!? な、なんて威力なの…!?」

「……一体どこにGN要素が」

 

 

 

 

 

 




おまけ



次回予告


 ソレスタルビーイングはやりすぎた。圧倒的物量で行われる殲滅作戦。そこに隠された真の目的とは……。そして、プトレマイオスを守るべくアイシスが牙を剥く。次回、『大国の威信』。―――混迷の宇宙に、俺がガンダムだ!





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第8話:大国の威信

追記:敵モビルスーツの数を修正させていただきました。


 ソレスタルビーイングの多目的輸送艦プトレマイオスは、武力介入を始めてから四ヶ月が経ち、不具合の出始めたガンダム全機のオーバーホールを行うために静止衛星軌道上を航行していた。……なんでも、そこが最も安定的に航行できるからだそうです。

 

 

『エクシア、着艦完了。引き続きアイシスの着艦作業に入ります』

『……背部コンテナ、オープン。相対誘導システム作動』

 

「誘導システム同調。アイシス、着艦します」

 

 

 プトレマイオスは4機のガンダムしか運ぶ予定が無かったので、アイシスは後付けのコンテナに着艦する必要があります。……だからリニアカタパルトも使えないのです。

 なんてちょっと拗ねつつも、相対誘導システムに従ってコンテナに着艦しました。

 

 

『アイシス、着艦しました』

「……はぁ」

 

 

 久々の無重力。かつては嫌いだったのに、どことなく心地よく感じる。全身の力を抜いてアイシスのコクピットをしばし漂い、コンテナが密閉されたのを確認してコクピットハッチを開けた。

 

 

「よぉ、いい着艦だったぞセレネ」

「あ、イアンさん! えっと……おはようございます?」

 

 

「ああ、おはよう―――だが、一応言っとくが今は15時だぞ?」

「……ぅー、相変わらず面倒なのです。さっきまで北米にいたのです」

 

 

 

 イアンさんは「慣れれば分かるようになるさ」と笑い、それから少し厳しい顔で言います。

 

 

「それでだ、駆動部が疲弊しとるアイシスは今回徹底的にオーバーホールする必要がある。とりあえず一通りチェックしてから部品を取り替えるが……勝手に乗り回すんじゃないぞ!」

 

「……ぁぅ。イアンさん、それもう何年も前の……」

 

 

「ワシにとってはつい昨日の出来事だ。というか、1年ちょっとしか経っとらんだろ!」

「そ、それじゃあイアンさん、整備よろしくお願いします。です!」

 

 

 

 そして三十六計逃げるに如かず、なのです!

 アイシスの胸部装甲を蹴って、更にコンテナの天井を蹴って方向転換。久々の上下のない自由な動きに少し感動しつつ、無限壁キックで自分の部屋を目指します。

 

 

「~~♪」

 

 

 東京で覚えた朝のアニメのオープニングを口ずさみながら、四方の壁を不規則に蹴って加速したり手で勢いを殺しつつ移動していると―――廊下の先にティエリアさんが佇んでいることに気づいて慌てて姿勢を正しました。

 ティエリアさんは私のあまりの行儀の悪さに驚いたのか(お願いですから子どもっぽいなんて思わないでください…っ)僅かに目を見開くと、何事か呟きます。

 

 

「……そうか。ガンダムアイシスのあの機動はここから……」

「……え、えっと…? ティエリアさん、こんにちは…?」

 

 

「……ああ」

 

 

 ……って、ちゃんと返事をして頷いてくれたのです…っ!?

 そしてティエリアさんは何を思ったのか、「……マイスターとして移動中も訓練を欠かしていなかったというのか」と呟きながら私が来た方向に私と同じように無限壁キックをしながら進んでいきます。

 

 

「あ、そんなに飛ばすと危ないのです―――…!?」

 

 

 と、部屋の扉が開いて緑のパイロットスーツ……ロックオンが出てきました。

 スピードが出すぎているので、宇宙ではそう簡単には止まれません。

 

 

「―――うぉっ!?」

「―――し、しまった!? す、すまない……ロックオン・ストラトス…」

 

 

 わ、私は何もしていないのです!

 けれどこのまま逃げるのも申し訳なかったので、「いいってことよ」とロックオンが呟くのを確認してから、私は逃げるようにブリッジに向かいました。

 しかし、唐突に真横からアレルヤさんが現れ―――。

 

 

「――――甘いのです…!」

「うわぁ!?」

 

 

 アレルヤさんの頭の真横の壁を蹴り、軌道修正。ギリギリで回避した私は減速しつつブリッジに入ろうと――――して、アレルヤさんの陰に隠れていた刹那に飛びついてしまいました。

 

 

「―――っ!?」

「ご、ごめんなさい、刹那! だいじょぶです…っ!?」

 

 

 反動で背中を壁に軽くぶつけてしまった刹那に慌てて謝りますが、顔が少し赤いような気がするのです…っ!? 

 

 

「は、はやく医務室にいきましょう!」

「も、問題ない…」

 

 

 と言いつつも、ようやく刹那の顔がものすごく近くにあることに気づきました。………あれ、そういえば私は一体何に抱きついて―――…っ!?

 パイロットスーツ越しでも中に引き締まった肉体が入っていることを感じさせる感触。刹那にぴったりと密着するような姿勢になっていることにようやく気づいた私は、顔から火が出るのではないかと思いつつ慌てて壁を蹴って離脱しました。

 

 

「そ、その……ごめんなさい…っ!」

 

 

 逃げるようにブリッジに飛び込み、フェルトのオペレーター席を利用して勢いを殺すと、そこに座っているフェルトが驚いたように言います。

 

 

「……どうしたの?」

「ぅ、ぅぅ~~…っ、なんでもないのです……」

 

 

 

 

 一方、思わぬアクシデントでセレネに抱きつかれた刹那は、セレネの想定外の軽さと柔らかさに驚きながらも、呆然と立ち尽くしていた。

 

 

「……えーと、刹那? 大丈夫かい…?」

「……いや、問題ない」

 

 

 あれでガンダムマイスターとして平気なのだろうか? と少し心配しつつ、しかし全く不満や不安は無い……そして抱きしめられた感触を思い出している自らの思考に気づく事も無く、刹那はぼんやりと自分の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ……今日はフェルトの両親の命日で、体調が悪いというフェルトを心配して部屋に行くとロックオンとフェルトが仲良く話していました。どうしてか邪魔しない方がいい気がしたのですが、アレルヤさんが部屋に入ってしまいました。ドンマイなのです。

 

 ……そういえば、刹那は……な、なんでもないのです…!

 

 

 

 

 

 さて、ガンダム全機のオーバーホールとなればそれ相応の時間が掛かるので1日や2日では終わりません。……正直、イアンさんやハロたち、整備ロボットさんに任せきりなので私には細かいことは分からないのですが……。

 

 

「――――ハイパーブーストです…!」

「……切り裂く…!」

 

 

 ソレスタルビーイングの総力を結集した3次元ガンダムバトルゲーム……ではなく、実際にコクピットを使ったシュミレーションモードで、私は暇つぶ……刹那と訓練をしていました。なんだか刹那に会うと、その……抱きついてしまったことを思い出してなんだか恥ずかしかったのですが、先程まで訓練していたロックオンが「休憩するから刹那、代わりにやっといてくれ」と言って刹那を連れてきたのでなし崩し的に訓練が始まり、戦いが始まれば互いに近接戦闘に特化したもの同士としてヒートアップしました。

 

 ちなみにこのシュミレーション、本来はフラッグやティエレン、ヘリオンなどと戦うだけのものなのですが、つい昨日にこの対戦機能が解放されました。

 

 

 

 爆発的な加速力を誇るハイパーブーストですが、どうしても動きが単調になりやすいという欠点があります。対刹那用にGNソードを装備したウィングアイシスとエクシアが凄まじい勢いで激突し、しかし刹那は刃を立てないようにして受け流して見せました。

 

 

「……はぁぁっ!」

「――っ!?」

 

 

 エクシアの左手がGNブレイドを掴み、鋭く一閃する。

 咄嗟にブーストでアイシスを上に動かし―――それを読んでいた刹那が同方向に加速しながら本命のGNソードの突きを放った。

 

 

「……くっ!」

「―――まだです…っ!」

 

 

 咄嗟に右脚をブースターで加速させてエクシアを蹴り飛ばしますが、左足をGNソードに持っていかれます。一瞬悔しさが頭を満たし―――。

 

 

「それ、なら……! バーストモー―――」

 

 

『――――緊急連絡です、Eセンサーに敵通信装置! こちらの場所が探知されています!』

『各マイスターはガンダムで待機して!』

 

 

 

 焦ったようなクリスさんの声が艦内放送で流れ、少し遅れてスメラギさんの声が聞こえます。私は慌ててシュミレーションを終了させると、通信回線を開きます。

 

 

『イアンさん、アイシスの整備状況は!?』

『―――問題ない! デュナメスが脚部のジェネレーターを使えんが、アイシスとエクシアの整備は終わったところだ!』

 

 

『キュリオス、ヴァーチェを先行発進! 敵部隊を陽動する動きをとりつつ、敵の背後に回りこんで!』

『トレミー、カタパルトモードに移行します!』

 

 

 にわかに慌しくなる通信の中、私は必死に頭の中で状況を整理していました。

 

 

(双方向通信機をばら撒いて粒子による通信遮断領域を特定した……?)

 

 

 どれだけの物量作戦なのですか!

 AEU、ユニオンの最近のガンダムによる被害を最小限に抑えようとする方針から考えると、恐らくは人革連。でも、これは恐らく相当な戦力が投入される……。

 

 

『ダメです! 敵通信エリアから抜け出せません!』

『オービタルリングの発電衛星へ向かって。あそこは電磁波の影響で通信空白地帯になる。状況を5分に持ち込めるはずよ』

 

『了解っす!』

『キュリオス、発進しました。ヴァーチェをカタパルトデッキへ移行させます!』

 

 

『ガンダム2機で、陽動作戦か?』

『それもあるけど―――』

 

 

 と、そこでフェルトの声も聞こえます。

 

 

『……遅れました!』

『フェルト、発進シークエンスお願い!』

 

『……了解!』

『ヴァーチェ、ティエリア・アーデ。いきます』

 

 

 

 ……私はまだなのでしょうか?

 ちょっとヘルメットを被りなおしつつ、アイシスの状態に異常が無いことをチェックしながらとても長く感じる数分間を待ちます。

 

 

『トレミー、オービタルリングの電磁波干渉領域に入りました!』

『……光学カメラが敵部隊を補足』

 

 

『来たか』

 

 

 呟く刹那に、私はじわりと汗が滲む手で操縦桿を握り締めます。……そうだ。今回は武装を持たないトレミーが攻撃を受けることになる。私が……私たちがフェルトたちを守らないと…!

 

 

――――おかあ、さん。

 

 

 ……もう、あんな思いはしたくない…。

 血が滲むほどに唇を噛み締め、搾り出すように言う。

 

 

 

 

「……イアンさん、フォートレスパックの射出用意もお願いします…っ」

『―――セレネ…っ!? ……わかった!』

 

 

「スメラギさん、ガンナーアイシスのフルウェポン出撃を提案させてください…!」

『許可します! デュナメスが万全じゃない今、貴女が守りの要よ……お願い!』

 

 

『敵艦、最大望遠でモニターに出ます!』

『……接近する艦影は人類革新連盟軍、多目的輸送艦、EDI-402ラオホゥ、5隻と断定』

 

『2隻がそれぞれ左右に展開してます。恐らく、キュリオスとヴァーチェの攻撃に向かったかと』

 

 

 ……モビルスーツの艦隊戦は接近して包囲するのがセオリーなのに、陽動に乗った!?

 私はアイシスをコンテナから出撃させ、ガンバーパックとドッキングして状態をチェックしつつ息を呑みました。

 

 先程少し聞えましたが、スメラギさんの作戦は陽動と見せかけて挟み撃ちにすること。この状況、精鋭部隊であるはずの相手が間抜けすぎるというのは考えられない。ということは、スメラギさんの作戦が読まれて……!?

 

 その予想を裏付けるように、スメラギさんが噛み締めるように呟きます。

 

 

『やられた……アレルヤたちへの通信は…!?』

『電磁波干渉領域です、無理ですよ…!』

 

 

『リヒティ、軌道を急速変更! オービタルリングを盾にして、敵艦との距離を取って!』

『りょ、了解!』

 

 

 私は通信を聞き流しつつ、アイシスに追加の武装を装備させます。

 

 

「フルウェポン……GNスナイパーライフル、ミサイル、キャノン、ライフル2丁、フルシールドの接続良好。イアンさん、次は多分フォートレスになります…っ」

『分かった!』

 

 

 特別にカスタマイズして、上にGNキャノンを装備できるようにしたフルシールド、そして腰にはGNミサイルを、両腕でスナイパーライフルを装備し、更に背中のマウントにはGNビームライフル。明らかに装備過多であるが、GN粒子の重量軽減効果もあって問題はない。勿論、その分粒子の消耗は激しくなるが―――。

 

 

 

『全乗組員に、戦術予報士の状況予測を伝えるわ。接近する艦船は輸送艦、ラオホゥ3隻。恐らく、そこに敵戦力の全てが集中しているはずよ』

『どういうことです…!?』

『敵艦2隻が、キュリオスとヴァーチェの迎撃に向かったはずだ』

 

 

 クリスさんとラッセさんの声に、スメラギさんの声が答えます。

 

 

『……本来はそうしてほしくなかったの。最初のプランではこっちの陽動を見抜いた敵艦隊がアレルヤたちを無視して本艦へ向かう。そうなれば後方に回り込んで挟み撃ちできたんだけど……。敵は、こっちの陽動に陽動で応えたのよ。恐らく、攻撃に向かった敵輸送艦に搭載されたモビルスーツは既に発進済み。アレルヤとティエリアは迎撃に時間を取られているはず……』

 

 

 そう、こちらの作戦は完全に読まれていた。

 ガンダム2機は足止めされ、こちらは集中攻撃を受ける。

 

 

『敵の陽動を受けたアレルヤたちが戻って来るのは、私の予測だと6分。その間、敵モビルスーツ部隊の波状攻撃を受ける事になる……』

 

『ミス・スメラギがそう予測する根拠は?』

 

 

 ロックオンの声に、スメラギさんは苦々しげに言います。

 

 

『18年前、第4次太陽光紛争時に、これと同じ作戦が使われたわ。……人革連の作戦指揮官は、『ロシアの荒熊』の異名を取る、セルゲイ・スミルノフ…!』

 

 

 

……………

 

 

 

『……エクシア、デュナメス、コンテナハッチオープン。エクシアはプトレマイオス前面で迎撃体勢で待機しつつ、砲撃するアイシスの援護をお願いします』

 

『了解した』

 

 

 プトレマイオスの前面、既にガンナーパックにつけられるだけ武装を付けたアイシスの隣に並ぶようにエクシアが浮かび、背後のコンテナでは脚の代わりに鉄骨をつけたデュナメスが狙撃体勢をとります。

 

 

『……デュナメス、脚部をコンテナに固定。GNライフルによる迎撃射撃状態で待機』

『トレミーのプライオリティを防御にシフト。通常電源をカットする』

 

『ほ、ほんとに戦うの…!? この船、武装無いのに…っ!?』

『ガンダムが、いますよ!』

 

『3機だけじゃない…っ!』

 

 

 ……そういえば、クリスさんは実戦は初めて……。

 私は最悪の事態を想像して震える自分の身体をそっと抱きしめて、それから小さく呟きます。

 

 

「だいじょうぶ、です。……やらせない……みんなは、絶対に守ります…っ」

『その意気だ、セレネ。俺たちに任せとけって』

『目標を駆逐する』

 

 

『―――さぁ、そろそろ敵さんのお出ましよ! 360秒、耐えてみせて!』

 

 

 まるでその言葉に応えるように、リングの陰から2隻の敵艦がこちらに向かってくる。

 

 

『リングの陰から、敵輸送艦出現!』

『デュナメス、アイシス、高狙撃戦開始!』

「『了解!』」

 

 

 私はあらかじめ構えておいたライフル型コントローラーを握りしめ、照準を―――。

 ……ラオホゥのブリッジが切り離されている! つまり、無人艦…!

 

 そのことに嫌な予感を感じつつも、人がいないのならと躊躇い無くトリガーを引いた。

 

 

「――――いけ…っ!」

『行けよ! ……っ、機体重量の変化で照準がズレていやがる…!?」

 

 

 GNキャノンとスナイパーライフルが火を噴き、アイシスの狙ったラオホゥが爆散。それと同時にラオホゥの陰に隠れていた20機以上のモビルスーツが散開する。

 しかし、デュナメスの狙撃が外れてしまう。ぐんぐんと加速するラォホウに照準を直しながら、叫ぶ。

 

 

「スメラギさん、ラォホウは無人です…っ!」

『まさか、無人艦による特攻!?』

『……ミサイル接近! 数24!』

 

 

 ……数が多いっ!? しかも、特攻…!?

 恐怖にお腹の奥が冷たくなるような感覚を感じつつも即座にアイシスのスナイパーライフルをフルシールドにマウントし、背中から2丁のビームライフルを抜き放って散開したモビルスーツに片方、ミサイルにもう片方を向けた。

 

 

『―――狙い撃つぜ!』

「全弾発射…っ!」

 

 

 速射モードのビームライフルが連続して火を噴き、一瞬の間をおいてGNキャノンがミサイルを纏めて吹き飛ばす。取りこぼしをロックオンが狙い撃ち、刹那も何発か撃墜しながらアイシスを狙う挙動を見せる敵機を牽制してくれる。

 

 

『ミサイル、全弾迎撃を確認!』

「―――まだです…っ!」

『やらせねぇ!』

 

 

 続けて、特攻してくる無人艦にデュナメスとアイシスの放ったGNミサイルが命中。内部に粒子を注ぎ込まれた敵艦は瞬く間に膨張、爆発した。

 

 

『もう片方の輸送艦の後ろにも敵モビルスーツ部隊を確認した!』

『敵総数、48機…!』

 

 

 ロックオンと刹那が呟き、操縦桿を強く握り締める。

 再びライフルを腰に戻したアイシスはスナイパーライフルに持ち替え、狙う。

 

 

 

「――――当たれ…っ!」

 

 

 粒子残量を気にする必要はない。立て続けに放つ狙撃に、脚部を大破したティエレンが慌てて逃げ―――逃げない…っ!?

 

 

「……っ、宇宙なら脚がなくても動けるから…!?」

『くっ、死角に入られた! ブリッジ、コンテナを回転させてくれ!』

 

 

 刹那が急速接近してティエレンを1機GNソードで切り裂き、残り47機。しかしティエレンたちはエクシアが接近しようとするのを察知すると三々五々散ってしまい―――。

 

 

「甘いのです!」

 

 

 正確に照準されたGNキャノンがティエレン2機の下半身を吹き飛ばし、更にライフルがその武器である長滑空砲を爆散させ、その2機は撤退し更に2体減る。すると、敵機はアイシスにも砲撃をある程度集中させつつ更に距離を取る。

 

 

(おかしい……一気に包囲殲滅してこない…っ!?)

 

 

 嫌な予感がどんどん膨れ上がるのを感じながら、一切粒子残量を気にしないアイシスの猛攻と、それに合わせたロックオンの狙撃が更に2機のティエレンを無力化するものの、敵モビルスーツ部隊は時間稼ぎをしているような…?

 

 

「―――っ!? スメラギさん…っ!」

『……まさか、相手の真の目的はガンダムの鹵獲…っ!?』

 

 

 

 私と同じ答えに至ったスメラギさんが叫び、私もGNパック内の粒子が危険域に達したのを確認して即座に通信で呼びかけます。

 ……どれだけの敵部隊がいるのか分からない! 下手をすれば、分断されたアレルヤとティエリアが罠を張られて多数の敵機に待ち伏せを受けている……!

 

 

 ……だめっ、それは……それ、だけは…っ!

 私は、もう………っ。嫌なの…っ!

 

 

 

 冷たい頬も、何も見ていない瞳も。そして、狂った笑いも。溢れる緑の光と、思考が溶けるような激痛も――――手が震える。勝手に涙が溢れ、視界が滲む。

 

 

 気がつくと、私は叫んでいた。

 

 

 

「―――イアンさん! フェルト!」

『準備はOKだ!』

『了解…! カタパルトより、フォートレスパックを射出します!』

 

 

 

「―――ガンナーパック、パージ! 刹那、おねがい…っ!」

『了解…!』

 

 

 スナイパーライフルをマウントし直したフルシールドを中心とし、腰のミサイルパックや腕に付属した照準補助装置が一体となってパージされる。それと同時にガンナーパックは搭載AIに従って内蔵されたスラスターでトレミーのコンテナへ。

 

 純白の機体を晒したアイシスに敵の砲火が集中しかけるが、アイシスの前に躍り出たエクシアが飛んでくる砲弾を防ぐ。

 

 

『……フォートレスパック、いきます!』

「―――ドッキングセンサー!」

 

 

 飛来する装甲の塊―――としか見えないフォートレスパック。

 四肢を大きく広げたアイシスの背中から放たれる同調用センサーとパックが連動し、塊となっていた装甲が人型に大きく展開され――――。

 

 パックが背中の太陽炉につながり、背後からアイシスを抱きしめるように、装甲がアイシス全体を包み込むように装着される。そして右腕にはGNバズーカ。一旦外したGNキャノンも再び肩に装着される。

 

 そして、アイシスのツインアイが紅く輝き―――。

 

 

「――――フォートレス・アイシス、目標を殲滅します…っ!」

 

 

 各部装甲、GNバズーカ、キャノン、接続良好……GNパック内の粒子、99%、問題なし……! 敵部隊の密集地点は――――…!

 

 

「GN―――バズーカ…っ!」

 

 

 慌てて逃げ出そうとする敵機の間を眩い光が駆け抜ける。

 強烈なビームの余波に巻き込まれた4機のティエレンはそれぞれ腕を、脚を、頭を吹き飛ばされ、しかし辛うじて爆散はせず、ふらふらと撤退行動に移る。

 

 

―――なんとか、無事…っ!?

 

 

「……ぅく、はぁ……はぁ…っ! まだ、です…っ!」

 

 

 止めていた息を吐き出すと滝のように汗が噴き出し、全力疾走した直後のように息が乱れる。けれど、今は……っ。早く、二人の救援に―――…っ!

 

 

 

「……刹那、守りは私とロックオンに! …スメラギさん!」

『―――許可します! クリス、GNフィールド最大展開!』

『……了解! ―――エクシア、目標を駆逐する!』

 

 

 

 恐怖を植えつけて撤退に追い込む…!

 GNパックとアイシス、それぞれの粒子残量に素早く目を走らせ、呟く。

 

 

 

「――――…死な、ないで……っ」

 

 

 

 エクシアが前に出たことで、慌てて敵機がプトレマイオスに攻撃することでエクシアを引き剥がそうとする。身勝手だって分かってる。けれど……わたしは…っ。

 ……アレルヤを、ティエリアを………仲間を……みんな、だけは……っ!

 

 

 

「―――ああぁぁぁぁ…っ!」

 

 

 

 GNバズーカとキャノンの光が駆け抜け、暗い宇宙を爆発の光が照らした。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告


 罠に嵌ったソレスタルビーイング。キュリオスはその中で覚醒を促され、そして、少女もまた……次回、『ガンダム鹵獲作戦』。―――君はガンダムの涙を見る……。




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第9話:ガンダム鹵獲作戦

 

 人革連の、ガンダム鹵獲作戦に参加した一人のパイロットはそれまでガンダムを見たことこそなかったものの、絶対に鹵獲してみせると自信を持っていた。

 何しろ、作戦に投入されたモビルスーツの数は60機。そして作戦指揮官は『ロシアの荒熊』の異名を取る歴戦の勇士、セルゲイ・スミルノフ中佐。

 

 更には静止衛星軌道上の8割をカバーできる大量の双方向通信装置でこれまで捉えられなかった敵の輸送艦を発見。敵の陽動に陽動で応え、更に待ち伏せを行ってガンダムを鹵獲するという中佐の万全な作戦を聞いてその思いは更に強まった。

 

 自分たちは、母艦を守らざるを得ないガンダムを相手に、ただ時間稼ぎに徹すればいい。迂闊に前に出られない敵機に何ができるのか―――そんな慢心もあったのだろう。

 

 そして、その3機のうちの一機が白いガンダム――――コクピットを攻撃せず、殺さないという根強い噂のある機体だったのもその余裕の中にはあったかもしれない。

 しかし――――。

 

 

『――――な、なんでこんな距離で当てられるんだよ…っ!』

 

 

 ガンダムの粒子の影響で通信はできないが、恐らくほとんどのパイロットがそう思っていただろう。脚に鉄骨をはめて代用し、固定砲台となっている狙撃タイプのガンダムは死角にさえ入ってしまえば問題なく、近接タイプのガンダムは近づかなければ問題ない―――。

 

 しかし、絶え間なくビームを放つ狙撃装備の白いガンダムがどうしようもない。

 『デカ物』のガンダムが背負っているのと同じだと思われる恐ろしい火力のビームが閃けばどこかで味方機が四肢の一部、あるいは半分ほどを吹き飛ばされる。更にその射撃を避けようとすると狙撃タイプに狙い撃たれ、あるいは近接タイプの近くに追いやられるということもあるようだった。

 

 

『――――ふざけやがって! この程度の損害で―――…うわぁぁぁっ!?』

 

 

 宇宙なのだから、少しくらい破損しても動ける―――不殺なんて、戦場で手ぬるいことを。と考えた僚機もいたようだったが、機体重量の変化で更に機動力の鈍ったティエレンは近接タイプと狙撃タイプにとっていい的でしかなく、その慈悲を無視すれば悉く爆散の憂き目に遭うと言っても過言ではなさそうだった。

 

 

『くそっ、ガンダムだってエネルギーが無限なはずがない! あれならエネルギー切れも早いはずだ!』

 

 

 誰かがそんなことを考え始めた頃、唐突に白いガンダムが緑の外套型シールドをパージ。そして、敵母艦から新たな装甲のようなものが射出され―――。

 

 

『ま、まずい! 阻止しろ!』

 

 

 武器が弾切れした場合、どうすれば戦えるか。―――新しい武器を持てばいい。実際はそれとは少々違う理屈であったものの起こる結果は同じであり、慌てて複数のティエレンが白いガンダムに砲火を集中させるものの、近接タイプのガンダムが庇うように前に出てシールドを構える。更に、動きを止めてしまったティエレンが狙撃で一気に数機も撃墜される。

 

 

 ――――そして、『デカ物』とほぼ同じフォルムとなった白いガンダムが、『デカ物』と全く同じ武器を、あの大火力ビーム兵器をこちらに向けた。

 

 

 

『――――ぅ、うわぁぁぁっ!?』

 

 

 

 映像で見たことのあった、恐ろしい火力の兵器。焼き払われた基地をみたこともあったし、跡形もなく爆散させられたモビルスーツもあった。

 

 

 ―――死ぬ。あんな武器で不殺なんて有り得ない。恐怖の中で必死にティエレンを動かし―――次の瞬間、閃光が視界を埋め尽くして不気味な振動がコクピットを揺らした。

 

 

 

『―――お、俺は……生きて…?』

 

 

 慌てて機体の状態を確認すると、ティエレンは下半身を丸々もぎ取られた上に武器である長滑空砲も無くなっていた。半ば呆然と周囲を見渡すと、似たような状態―――大破はしているものの、辛うじてコクピットは原型をとどめているティエレンが3機。

 

 

『………な、なんだよ……これ』

 

 

 こんなもの、偶然なんかでは起こりえない。

 この時、あのガンダムは徹底的に不殺を貫こうとしているのだと、恐怖と畏怖と共に刻み付けられた。

 

 そして、母艦の防衛を放棄するかのように突っ込んでくる近接型をなんとか引き剥がすべく敵母艦に接近して攻撃しようとしたティエレンが再び放たれた『デカ物』のビームに纏めて吹き飛ばされ、それでもコクピットをやられた機体はなかったように思えた。

 

 

『………本当に、人間なのかよ…っ!?』

 

 

 最低でもこちらの動きを完全に読みきっていなければあんな真似はできない。もしもソレスタルビーイングがガンダムのために作ったコンピューターが動かしているのだと言われれば納得しただろう。

 

 

 そして、もし。もしあのガンダムが殺すつもりで攻撃してきたら何が起こるのか―――。一瞬だけ考え、先程掠めたビームと、モニターに映る自らの乗るティエレンの無残に溶けた下半身を戦慄と共に眺めたパイロットは、再び閃いた大出力ビーム砲に尻を蹴飛ばされるように慌てて撤退行動に移った。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「………はぁ…、はぁ……っ」

 

 

 心臓が痛いほどに早鐘を打っている。コンソールに表示されたミッションタイマー、今回そこに表示されるスメラギさんのキュリオスとヴァーチェの予測帰還時間まで50秒を切った。

 殺してしまうことも覚悟で、けれども殺すために撃つことがどうしてもできなかったビームは、今のところなんとか当たった敵機に損害を与えつつ戦意を喪失させることに成功しているようだった。

 

 

 フォートレスパックに充填されている残りの粒子は7%、アイシス本体には58%を示している。そろそろ、ウィングパックを―――そんなことを考えた瞬間。

 

 

「――――…っ!? ……な、に…っ?」

 

 

 

 チリリ、と嫌な感触が肌を刺す。

 まるで針を突きつけられたような嫌な感触。そしてそれと同時に、誰かが苦しむ叫び声が聞えたような気がした。

 

 

 

「………アレ、ルヤ……さん…?」

 

 

 

――――死んでしまった?

 

 

 

 そんな冷え切った思考が脳裏を掠め、しかし嫌な感触が継続していることから死んではいない、と頭を振って無駄な思考を追い出し、プトレマイオスの前面にアイシスを移動させつつ叫んだ。

 

 

「―――フェルト、ウィングパックを! 刹那…っ!」

『……ウィングパック、射出!』

『……了解!』

 

 

 四肢を大きく広げたアイシスから、装着時の逆再生のようにフォートレスパックがパージされる。AIに従ってコンテナに戻るフォートレスパックに敵の弾丸が当たるが、構いはしない。その程度ではヴァーチェの装甲、フォートレスパックは貫けない。

 

 

「―――ドッキング、センサー…っ!」

 

 

 そして、飛来する蒼い翼。

 同調用センサーに連動し、即座に装着されたウィングスラスター、そして両腕と両脚への追加装甲に付随するブースターからGN粒子の緑の光が噴き出し―――アイシスのツインアイが輝いた。

 

 

「―――…スメラギさん、おねがいします…! キュリオスの救援に行く許可を……!」

『――――セレネ…っ!?』

 

 

 まだ敵機は30機近く残っている。万全でないデュナメスのことも考えると、そう簡単に許可できるものではないだろう。けれど、どうしてかキュリオスの救援に行かなければならないという脅迫にも近い直感があった。

 

 誰かの苦しむ声はまだ止まない。どこか遠くのもののようでありながら、確かに聞える。悪寒が走り、背筋が震える。どうしてこの感覚が伝えられないのか。どうしようもないもどかしさを感じながら、2丁ビームライフルで敵機の長滑空砲を腕ごと吹き飛ばしながら更に言い募る。

 

 

「おねがいします…っ! キュリオスが―――アレルヤさんが…っ!」

『落ち着け、セレネ! 一体何がどうなって―――』

 

 

 ロックオンが事情を聞こうとしてくれますが、どう説明すればいいのか分からない。そしてその瞬間、苦しむ声が唐突に聞こえなくなってしまう。歯痒さにペダルを思い切り踏み抜き、近くにいたティエレンの四肢を二刀ビームサーベルで一息に斬り飛ばす。

 

 

「―――時間がないのです…っ! あとで説明しますから―――…っ!」

 

 

 

 叫びながらも、こんな説明にもならない話でどうなるのかと考える冷静な自分もいて。空回りする思考が真っ白になりかけたその時―――。

 

 

 こんなときでも素っ気無い、けれど確かな声が耳朶をうった。

 

 

『―――了解した。……ここは任せろ』

『……せつ、な…!?』

 

 

 驚きのあまりアイシスの動きが止まり、ちょうど飛んできた弾丸をエクシアが盾で弾く。アイシスの前、プトレマイオスとアイシスを守る意志を体現するかのようにGNソードを構えて立つエクシアの背中を呆然と眺めながら、刹那の声を聞いた。

 

 

 

『……話は後で聞く』

「――――…っ。ありがとう、です…っ!」

 

 

 

 その僅かな言葉から刹那の優しさを……そして信頼を感じた。

 僅かに胸が温かくなり、四肢に力が篭るような不思議な感じがした。

 

 

 

『――――まったくもう! すぐにキュリオスを助けて戻ってきて! 刹那はちゃんとセレネの分まで働くのよ!』

『ったく、きかん坊め! ……抜けた穴は、おれが狙い撃つぜ!』

 

 

「……スメラギさん……ロックオン…! ―――いきます…っ! アイシス、高濃度圧縮粒子解放――――ハイパーブーストモード…ッ!」

 

 

 

 

――――広げるのは光の翼。間に合う……間に合わせてみせる…!

 

 

 全力で踏み込むペダルに応えるように、眩い緑の光を散らすアイシスが星空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ガンダムヴァーチェを操るティエリア・アーデが敵モビルスーツ部隊に向けてGNバズーカのトリガーを引く。不意を突かれた2機、そして愚かにも応戦しようとした1機のティエレンが、ビームの直撃を受けて瞬く間に蒸発した。

 

 敵輸送艦が陽動だと気づいたティエリアはオービタルリングに沿って急速反転し、帰還途中に敵モビルスーツ隊を確認したのだ。

 

 

「別働隊がいたとは……」

 

 

 どのような作戦だったのか思考を巡らせようとして、しかしモニターから発せされる電子音に遮られた。……キュリオスの機体識別信号?

 しかし、キュリオスの機体は見えない。素早く反応ポイントをモニターに拡大表示すると、宙域から離脱しようとする敵の大型輸送艦が映し出された。

 

 

「なに……っ!?」

 

 

 思わず絶句した。信じがたいことではあったが、それ以外には考えられない。

 

 

 

「まさか、敵に鹵獲されたのか…!?」

 

 

 それ以外の結論は考えられない。

 計画を乱すだけではなく、よりにもよって!

 

 

――――ガンダムマイスターともあろう者が…!

 計画の要であるGNドライヴを搭載したガンダムを敵の手に落とすとは!

 

 

「……なんという失態だ、敵に鹵獲されるなど―――万死に値する!」

 

 

 ティエリアは即座にGNフィールドを展開。そしてその中でGNバズーカを構え、敵の輸送艦を狙う。……この距離ならば外しはしない。輸送艦もろともキュリオスを破片一つ残さずに溶解させることができるだろう。部品一つ渡さない、それこそがガンダムマイスターの死に様だ。

 

 敵のティエレンの放つ長滑空砲は虚しくGNフィールドに弾かれ、ヴァーチェは確実にバズーカに高濃度圧縮粒子をチャージしていく。

 

 

「……アレルヤ・ハプティズム。君も刹那・F・セイエイと同様、ガンダムマイスターに相応しい存在ではなかった」

 

 

 ティエリアの冷たい目が敵輸送艦を見詰め、一切の躊躇いなくトリガーに指をかけ―――モニターに反応があった。サブウィンドウに表示される拡大映像を、紅桃色の機体が一瞬で通り抜ける。

 

 

「―――なっ!?」

 

 

 ―――速い!

 敵機は既にメインモニターで捉えられる距離まで接近している。

 

 

「……ティエレンとは違う。新型か…!?」

 

 

 ヴァーチェが敵機に向き直り、輸送艦が射線から外れる。

 

 

「邪魔をするな!」

 

 

 両肩のGNキャノンを新型に向け、右のキャノンを放ち―――敵機が回避したところに左のキャノンを放つ。しかし、それすらも敵機は避けて見せた。

 

 

「二度も避けた…!?」

 

 

 思わぬ機動性に驚きつつも、敵輸送艦が離れつつあることに気づく。

 

 

「輸送艦が…!」

 

 

 これでは逃げられてしまう。焦りつつも、滑空砲で邪魔をしてくる新型に、ティエリアは再び狙いを定める。

 

 

「たかが一機でヴァーチェに対抗する気かっ!」

 

 

 片側2門、計4門のGNキャノンが一斉に火を噴き、敵機はその光に紛れるように猛進。ヴァーチェの機体すれすれを掠めるようにして通り過ぎる。そしてその直後、背後に敵機の反応があった。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 咄嗟にGNフィールドを張るが、至近距離からの砲撃がフィールドを突き破ってヴァーチェの装甲に連続して着弾する。コクピットに警告の赤い明滅が繰り返される。

 

 

「このっ……調子に乗るなっ!」

 

 

 咄嗟に、GNキャノンのトリガーを引いた。敵機は接近しすぎており、撃てばどこかしらに当たる。その読みどおりにGNキャノンは敵の新型の右脚を溶解させ、しかし敵機はそこを即座にパージして再び滑空砲で攻撃をしかけてきた。

 まだやる気か!

 

 

「こいつっ!」

 

 

 

 

………………

 

 

 

 ティエリアは思い通りにいかない戦いに焦っていた。敵の新型は片脚を失ったにも関わらず超常的な反射能力でヴァーチェの攻撃を逃れ、反撃してくる。

 

 

「あの機体から、特別なものを感じる……ヴェーダ、これは……」

 

 

 その時、新たな敵影がモニターに表示される。総勢八機のティエレン宇宙型。密集しつつこちらに向かってくる。

 

 

「新手か……舐められたものだ!」

 

 

 密集する敵部隊を纏めて薙ぎ払うべく、GNバズーカを放つ。

 しかし、敵機はそれを読んでいたかのように散開。一機も当たることなくヴァーチェを取り囲み―――。

 

 

「何っ!?」

 

 

 更に、ティエレン4機からワイヤーが射出されてヴァーチェの両腕両脚に巻きつき、引かれ、四肢を大の字に広げられる。間を置かずに放たれた固着用ジェルがヴァーチェの関節にへばりつき、思うように関節が動かなくなる。

 

 

「これしきのことで……ッ!」

 

 

 苦虫を噛み潰したような思いを味わいつつも、右腕をわずかに動かしてGNバズーカを右腕にワイヤーを絡める敵機に向ける。狙いを定められたティエレン宇宙型が必死に機体を動かそうとするが、遅い――――!

 

 

 しかし、またしても紅桃色の新型が邪魔をする。蹴飛ばされたGNバズーカが右手からこぼれ落ちる。

 

 

「くっ……それでもっ!」

 

 

 左右のGNキャノンを180度に展開し、敵機を狙う。しかし手の空いていた2機のティエレンがそれぞれGNキャノンにとりついて無理矢理に砲塔を互いに向けさせてしまう。これで撃てばヴァーチェも大ダメージを免れないだろう。

 

 

「だとしてもっ!」

 

 

 苛立ちのままに、一気にペダルを踏み込む。背面の噴射口から大量のGN粒子が放たれ、6機のティエレンを引き摺りながら加速を始める――――が、新型が突進してくるのを視界の端に捉えた。恐らくはヴァーチェの一部を破壊してでも止めるつもりだろうが…!

 

 

「GNフィールド、展開!」

 

 

 しかし、GNフィールドは展開できなかった。四肢に巻きつくワイヤーが、GN粒子の散布口を閉じさせている。

 

 

「……くっ!?」

 

 

 接近する新型が、滑空砲を振り上げ――――。

 

 

 

 

 ……この窮地を脱する方法が、一つだけあった。

 

 しかし、それは計画に支障をきたす恐れのある行為……自分の信じるものを自分で汚す行為。許されざる裏切りだ。しかし、ヴァーチェを鹵獲されるというのも論外。

 どうすることもできない状況の中で、ただ敵の攻撃がそこにあるという事実は揺るがなかった。

 

 

(――――やられる…っ!?)

 

 

 

 

 

 ――――ティエリアの防衛本能が咄嗟に身を守ろうとするその直前。飛来した粒子ビームが新型ティエレンの腕を根元から吹き飛ばし、蒸発させる。更に同時にワイヤーを持っていたティエレン4機が大破。眩いばかりのGN粒子の光が煌き―――。

 

 

 

『――――アイシス、目標を無力化します…っ!』

 

 

 バシュッ、と音を立ててGNキャノンにへばりついていたティエレンが恐ろしい勢いで飛来したアイシスに両腕を纏めて斬り飛ばされ、アイシスは更にその勢いのままにカーボンブレイドを抜こうとした敵の新型を蹴り飛ばす。

 

 両腕を大きく広げ、急制動のために粒子の翼を纏うアイシスは、諦め悪く滑空砲を向けたティエレンを振り向きもせずライフルで撃ち抜いてみせた。

 

 

 

『―――ティエリアさん、だいじょうぶですか…!? アレルヤさんは…っ!?』

「――――っ!?」

 

 

 ―――今、おれは……ぼくは……わたしは……何をしようとしていた…!?

 

 ティエリアは、自分がナドレの機体を晒そうとしていたことに気づいていた。そのことに、計画を歪める行いをしようとしていたことに、とてつもない罪悪感を覚えていた。しかし、セレネ・ヘイズの言葉にキュリオスが鹵獲されていることを思い出して砕けそうなほどに歯を噛み締めてから呟く。

 

 

「アレルヤ・ハプティズムは……むざむざとキュリオスを鹵獲された! すぐに……対処する! 協力を!」

 

 

 排除する。と言い掛け、しかし咄嗟に無駄な事でセレネ・ヘイズと言い争う時間は無いと判断を下し、思考を太陽炉の確保に切り替える。随一の加速力を誇るウィングアイシスならば、輸送艦如きに追いつけない道理は無い。

 

 通信からセレネ・ヘイズの息を呑む気配が伝わり、それからいつもよりも厳しさの混じる声が聞こえる。

 

 

『余計なものを排除します…! ヴァーチェを動かさないでください!』

「な…っ!?」

 

 

 いきなりビームライフルの銃口からビームサーベルを出し、ヴァーチェに向かって振り上げるアイシスに反論する暇も無く、ビームサーベルは僅かに装甲の表面を溶かしたものの固着ジェルとワイヤーを瞬時に焼き切った。

 

 

『機体状態は…っ!?』

「……問題ない! …………すまない」

 

 

 ほんの僅か、小さく呟いた声にセレネ・ヘイズが再び息を呑んだような気がしたが、構う暇は無い。先程蹴り飛ばされたGNバズーカを素早く掴みなおすと、ティエリアの意図を汲んでアイシスがヴァーチェを抱きしめるようにしつつGNドライヴの駆動音を高める。

 

 

『……ティエリアさん、これでいい……ですよね?』

「ああ……残敵を排除しろ、と言っても聞かないのだろう」

 

 

 ティエリアとしては生温いと全く思わないと言えば嘘になるが、確かにソレスタルビーイングは無駄な殺しを是としない。今は文句を言う気力もなかったこともあり、ただキュリオスの太陽炉奪還、そしてキュリオスの確保か排除を考えることにした。

 

 

『――――アイシス、高機動モード!』

 

 

 アイシスとヴァーチェがGN粒子を放ちつつ猛烈な加速を開始し、敵の輸送艦を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………しかし、二人が見たのはどういうわけか宇宙にぽつんと佇むキュリオスで、既に敵の輸送艦は陰も形も無く。ただ、その残滓と思われる破片だけがキュリオスの周囲を漂っていた。

 

 

 

 

 

 そして間もなく帰還した3機を出迎えたのは、損害軽微といっても差し支えの無いエクシア、デュナメス、そしてプトレマイオス。……こうして人革連が大量の物資を投入したガンダム鹵獲作戦は終了し、そしてこの戦いが後に世界に大きな動きをもたらすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

プトレマイオスに帰還したセレネたちに、新たな紛争の情報が入る。その地の名はアザディスタン―――刹那の故郷だというその地で、セレネは運命の邂逅を果たす。


……かもしれない。なお、この次回予告は実際に投稿される内容と異なる場合がございます。
というか戦闘描写がとても難しいです。泣きたいです。
そしてアレルヤごめんなさい。わざとじゃないんです。


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第10話:過去

 プトレマイオスでは、ガンダムマイスターを含むクルーの全員には一人一つずつ私室が割り当てられている。何も工夫をしなければ窓一つない部屋は息苦しさを感じさせずにはいられないが――――セレネの場合は備え付けのテーブルの上に小さな白い花が置かれていた。……特殊な素材で固めた、標本のようなものだ。

 

 それ以外の私物は、ほとんどが両親が研究に使っていたという資料。両親の意見が書き込まれたアイシスの設計図面や、GNドライヴから生み出される粒子の運用法の改良案などもある。両親亡き今は処分されるべきものでありながら、セレネはそれをこっそりと隠し持っていた。

 

 

 そして、セレネはベッドに寝転がって地球で買ったカメのぬいぐるみを抱きしめながら、先程の戦いを思い起こす。

 

 

(……死んだ。たくさん、人が……)

 

 

 パイロットスーツを脱ぎ捨て、他のマイスターたちも着ているらしいピッチリしたインナーも脱ぐ。それから軽くタオルで身体を拭ってから下着と淡い水色のワンピース、無重力下で下着が見えないように半ズボンを着ると少し身体の強張りがとれたような気がした。

 

 

「………へいき、だから……きっと」

 

 

 震える手で情報端末を開き、アイシスから転送したミッションレコード……記録映像を再生する。そして、スローやズームを駆使して敵機の動きや自分の動きを見直しながら、相手のコクピットが無事かどうかを確認していく。

 

 

 ………わたしは、なにをしてるのだろう?

 

 

 平和な世界のために、世界から戦争を無くすために戦っている。

 ……人類がこの先もずっと争い続けるより、その方が亡くなる人は少ないだろう。

 

 

 ………けれど、こわかった。

 

 

 自分が殺した誰かが、誰かのお父さんやお母さんだったら? 大切な人だったら? どんな理由があっても、それを奪われた人は私を許せないだろう。あの嘆きが、苦しみが、悲しみが、この世界から無くなってほしいから戦うのだ。

 

 

 矛盾していると思う。でも、それで……私の自分勝手な戦いでも、それでも確かに生き残れる人は増えるはずなのだ。

 

 

 思考が堂々巡りになりかけたその時、部屋の扉がノックされた。

 

 

 

「は、はい…っ?」

 

 

 一体誰だろうか。滅多にない誰かの訪問に思わずベッドの上で姿勢を正すと、扉が開いてパイロットスーツの刹那が入ってくる。

 

 

「……っ!? せ、せ、刹那…っ!?」

「……邪魔をしたか」

 

 

 僅かに目を細めた刹那は私と情報端末を見比べて呟き、出て行こうとする。それを私は、慌てて呼び止めた。

 

 

「い、いえ…っ! その、さっきのミッションの映像を確認していただけですから…!」

「……そうか」

 

 

 今回の防衛戦はいつものようにヴェーダに指示されたミッションというわけではなかったけれど、気分の問題である。刹那はザッと部屋を見渡し、机の前に置かれた椅子の上に私が脱ぎ捨てたパイロットスーツとインナーが引っかかっているのを見ると黙って壁際についた。

 

 

(~~~~…っ!?)

 

 

 は、恥ずかしいのです…っ!?

 火が出るかと思うほど顔が熱くなり、誤魔化す意味を込めて私は慌ててベッドを勧める意味を込めて軽く叩きました。

 

 

「そ、その、どうぞ…!」

「……いや、俺は……」

 

 

 いえ、刹那だけ立たせて(?)おくわけにはいかないのです!

 この状態で椅子を勧めるのはちょっと……かなり恥ずかしいですし、部屋が狭いのですからベッドを椅子代わりにしてもいいでしょう。

 ……それとも、やっぱりベッドは嫌でしょうか…。自分では気づかないだけで実はこの部屋ってくさいとか……?

 

 

 どうしてか妙に速い心臓の鼓動と空回りする思考に、ネガティブな考えを抱きそうになり―――刹那がスッと壁を蹴って私の隣にカメのぬいぐるみを挟んで座りました。

 

 

(……ち、ちか、近いのです…っ!?)

 

 

 宇宙ではそう簡単には止まれないことを失念していた。

 刹那から僅かに漂う汗をかいた後特有の匂いに、どうしてか心臓が跳ね上がるような気分を味わう。

 

 

(……で、でもここで距離を取ったら嫌がってるみたいですし…っ)

 

 

 すごくヘンな気分だけれど、いやじゃない。

 ……むしろ、刹那が離れたら刹那に嫌がられてるってこと―――と考え、咄嗟にいつの間にかパサパサに渇いてしまった気がする口を動かす。

 

 

「そ、その……それでどうしたのですか、刹那…?」

 

 

 言外にこんなところに来るなんて珍しい。という意味がないことも無いのですが、かなり近く感じる刹那の顔を見上げると、刹那は僅かに口元を引き結んでから言った。

 

 

「……話は後で聞くと言った」

「………? ………あっ!?」

 

 

 

 そうだった。アレルヤさんを助けに行こうとする前、プトレマイオスの防衛を放棄しなければならないことを納得してもらおうとして……。

 

 

 

『―――時間がないのです…っ! あとで説明しますから―――…っ!』

『―――了解した。……ここは任せろ』

 

『……せつ、な…!?』

『……話は後で聞く』

 

『――――…っ。ありがとう、です…っ!』

 

 

 

――――す、すっかり忘れてたのです…っ!?

 

 

 最近、刹那の表情の変化が「怒った顔」と「呆れた顔」だけ分かるようになったのですが、呆れ顔としか言いようの無い顔になった刹那が、補足するように小さく呟きます。

 

 

「スメラギ・李・ノリエガは、ティエリア・アーデと今回の作戦について話している」

「………ぁっ」

 

 

 ……今回、スメラギさんの作戦は相手に読まれてしまい、その影響でキュリオスとヴァーチェが鹵獲されかけてしまいました。きっとそれでしょう。

 

 なんとか、スメラギさんを擁護したい―――そう思いましたが、私は直感は良くても戦術予報については完全に専門外なのでどうにもなりません…。

 僅かに考え込むと、刹那が呟きます。

 

 

「……説明は」

「―――あ、ご、ごめんなさい…! え、えっと……」

 

 

 

 ま、まさか刹那に聞かれるなんて…!?

 てっきりスメラギさんかティエリアさんくらいじゃないと何も聞かれないだろうと思っていたので、何も言う事を考えてないのです…っ!?

 

 できる限り正直に答えるのなら『アレルヤさんの声が聞こえたから』、ですが………もし正直に答えて刹那に頭がおかしいと思われたら……そして、もしも『あの事』を知られてしまったら。

 

 その想像に頭が真っ白になり、身体の奥が冷たくなるような気がして……気がつくと、小さく呟いていました。

 

 

「そ、その………ちょ、直感…です……?」

「………そうか」

 

 

 自分でも苦しすぎる言い訳だとしか思えない回答に、どうしてそんな答えにしてしまったのかと後悔する。けれどその後悔も既に遅く、刹那は僅かに視線を鋭くすると「もう話すことはない」と言わんばかりにベッドから浮き上がり、床を蹴って部屋から出て行ってしまいました。

 

 

「………せ、つな…っ!?」

 

 

 怒らせてしまった。

 伸ばした手は遅すぎて、閉じてしまった扉があるだけ。

 

 視界が滲んで、涙の粒が無重力で浮かぶ。

 

 

「………わたし、どう…して……」

 

 

 私は、どうして泣いているの?

 訳が分からなくて、でもどうしようもなく悲しくて、ぬいぐるみを力いっぱい抱きしめて顔をうずめた。

 

 

「…………ぅ、ぅぅ………ぅぁぁぁ…っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 セレネの部屋を出た刹那は、言いようの無い気持ちに襲われていた。

 

 

(……なぜ、俺は……)

 

 

 わざわざセレネを問い詰めて困らせる必要も、そのまま部屋を出てくる必要もなかった。けれど、説明できない感情が刹那にそうさせていた。

 

 

――――あの時。プトレマイオスを守っている間に、躊躇い無くセレネを信じた自分がいる。

 

 

 それが何故なのかは分からなかったが、必死なセレネの声を聞いて応えたいと思った。それで戦況が苦しくなるとしても、一片の迷いもなく。

 

 

――――そして、知りたいと思った。

 

 

 救援に行きたいといったのは偶然なのか。……キュリオスが、ガンダムが簡単に鹵獲されるなど容易に想像できることではない。なぜ、あれほどまで必死だったのか。

 

 

 ………そして、何のために。なぜ、戦うのか。

 

 

 知る必要の無いこと。むしろ、秘匿義務がある以上は知ってはならないことだろう。けれど、セレネの考えを知りたいと思った。

 

 

「…………俺は」

 

 

 俺は、怒っていたのか…?

 セレネに答えをはぐらかされ、言いようの無い感情とともに部屋を出た。……怒っていた、のだろうか。

 

 

 何かがおかしい。そう思った。

 ガンダムマイスターである以上、隠し事や言えないこと、言いたくないことがあるのは刹那も理解している……いや、していたはずだ。

 

 事実、ロックオンやアレルヤ・ハプティズム、ティエリア・アーデが何を考えているのかは気にならない。……考えは違えど、ガンダムマイスターである以上は気にする必要が無いことだ。なら、俺はセレネを信用していないのか?

 

 

「……違う」

 

 

 そんなはずはない。すんなりと出た否定に僅かに安堵しつつも、答えの出ない迷宮に迷い込んでしまったように胸が晴れない。

 

 そして、ようやく先程の自分の行動でセレネが落ち込んでいるかもしれないという考えに至って胸が痛んだ。しかし逆に、全く気にしていないのではという言いようの無いモヤモヤした感情も頭を掠め――――艦内放送で、スメラギ・李・ノリエガの声がした。

 

 

 

『―――今後のプランを説明します。ブリーフィングルームに集ってちょうだい』

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 アレルヤ・ハプティズムからの情報提供により、人革連の所有する『超兵』―――宇宙空間に適応するために肉体改造と神経処理を施された強化人間―――をつくるための施設『超人特務機関』。そこへのキュリオスとヴァーチェによる武力介入が決まった。

 

 そしてエクシアとアイシス、デュナメスはオーバーホールのために中断されていた地上への武力介入のために地上に降りることとなる。

 

 

 というブリーフィングを終え、セレネ・ヘイズと刹那・F・セイエイの放つどんよりした空気から、スメラギ・李・ノリエガから聞いたセレネ・ヘイズの不可思議な言動についての質問は一旦保留することにしたティエリア・アーデは、プトレマイオスにある彼専用のとある部屋に来ていた。

 

 

 

 様々なデータが表示される、球状の部屋。

 

 

―――計画の要である量子型演算処理システム『ヴェーダ』と接続するためのアクセスルームである。

 

 

 そこを漂うティエリアの虹彩が電子的な黄金の輝きを放ち、瞬時にヴェーダから膨大な情報がティエリアの中に流れ込む。

 

 その膨大な情報の中で、ティエリアはヴェーダにブリーフィングルームの記録映像を要求した。クルー間での情報共有やミッションプランの説明や検討に用いられるブリーフィングルームは、その性質上常に室内が録画され、ヴェーダのデータベースに保存されているのである。

 

 

 その映像の中からティエリアはスメラギとアレルヤの会話の部分を見つけ出す。

 

 

 ……そして更に、ヴェーダから作戦プランと付属データを閲覧する。

 そこに載せられていたのは、アレルヤの過去。超人特務機関と超兵計画。

 

 ティエリアは静かに目を閉じ、思う。

 

 

(そうか……人類というものは、人間というものは、ここまで愚かになれるのか……)

 

 

 

 ティエリアはこのとき、過去と向き合って任務のために行動しようとするアレルヤのことを初めて評価に値する人間だと―――ガンダムマイスターだと認めようとしていた。

 

 

(……しかし、脳量子波を使えるようにグリア細胞を強化した人間だと…? それならば……)

 

 

 超兵同士では脳量子波の干渉を受けるという。つまり、セレネ・ヘイズも『同類』だと考えると今回の不可解な行動にも納得がいく。しかし、彼女の両親はソレスタルビーイングのメンバーであったはず……。

 

 

(……レベル7へのアクセス権)

 

 

 ヴェーダの情報は、情報の重要度から7段階にレベル分けされ、ガンダムマイスターに関するデータは最高機密であるレベル7に位置する。そこを閲覧することはティエリアにのみ許された特権であったが、計画を歪める危険性も考えて余計なことをするつもりはない……いや、なかった。

 

 

 しかし、ソレスタルビーイングの内部にそのような真似をする輩が入り込んでいるのならば由々しき事態だ。見逃すわけにはいかない――――。

 

 その思いからティエリアはレベル7、セレネ・ヘイズのパーソナルデータにアクセスし――――静かに息を吐いた。

 

 

 

「……そう、か。そういうことか……」

 

 

 なぜ彼女がガンダムマイスターなのか。ずっと抱いていた疑問を吐き出し、セレネ・ヘイズへの評価を改める必要があると感じた。

 

 

(………一体、どんな思いだったのか……)

 

 

 ヴェーダからは情報しか読み取ることができない。

 ……これまでヴェーダが全てだと思っていたティエリアが、初めてそれ以外の情報も必要だと感じた。

 

 

(……人間は、表面的なものだけではない…か。そうか、そのために―――)

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 太平洋上空を、3機の大型輸送機が東から西へと飛んでいた。目的地は中東のアザディスタン王国。それはアザディスタン王国の改革派からの要請を受けたユニオン軍の輸送機であり、搭載されているのは対ガンダム調査隊のモビルスーツとパイロットであった。

 

 

 そしてその調査隊の隊長であるグラハム・エーカーは、ガンダムの性能を記録、解析、そしてできることならば鹵獲せよとの指示を受け、先頭を飛ぶ輸送機の貨物室に併設されたレストボックスにいた。

 

 そこには技術顧問のビリー・カタギリと、グラハムのスカウトしたフラッグファイターであるダリル・ダッチとハワード・メイスンの姿もある。

 

 

「ようやくガンダムとまた出会えそうですな、中尉」

「そうでなくては困る」

 

 

 ハワードに答えるグラハムは、ガンダムに出会えなければ何の為の調査隊だか分からないと考える。……これまでに何度かユニオン領にも小規模な武力介入があったものの、到着するころにはガンダムはいなくなっていたのである。つまり、タリビア以降は一度もガンダムと出会えていないのだ。

 

 

「しかし、アザディスタンに出兵できるとは」

 

 

 褐色の肌を持つダリルの言葉に、カタギリが答える。

 

 

「軍の上層部がアザディスタンの議会に働きかけた結果だよ。軍上層部としてはガンダムが欲しくてたまらないようだからね。無論ぼくらもだけど」

 

 

 友の言葉にグラハムは軽く微笑み、そして窓越しに愛機を見詰める。

 今度こそ、ガンダムと全力を尽くした戦いを…! その中でしか得られないものがあると彼は熟知し、そして切望していた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 アザディスタン北部の国境付近、山岳地帯の一角に隠れるようにして王留美の所有する専用VTOLが着陸していた。付近には外壁部迷彩皮膜を発動させた3機のガンダムが待機し、機内のキャビンには三人のガンダムマイスター―――刹那・F・セイエイ、ロックオン・ストラトス、セレネ・ヘイズがシートに腰を下ろす。

 

 

「アザディスタン王国内では保守派と改革派による内戦が勃発するのは確実視されています。内戦が始まるまでは機内でお待ちください。狭いですが、部屋も用意しておきました」

 

 

――――アザディスタン保守派の宗教的指導者にして象徴である、マスード・ラフマディーが誘拐された。

 

 

 そのニュースは既に世界を駆け巡り、三人と王留美、そして紅龍(ホンロン)は別ミッション遂行のために連絡の途絶えているスメラギさんたちの助けを借りずに対処する必要があった。ので、今はこうして国境付近で待機しているというわけだ。

 

 紅龍は状況を伝えつつ3人の前にコーヒーの入ったカップを置いた。

 

 

「気が利くね」

 

 と軽い調子でロックオンが答え、ハロが『ホテル、ホテル』と電子音声をあげる。その一方でセレネは興味津々といった風情で真っ黒なコーヒーを覗き込み、すんすんと匂いを嗅いでいる。セレネは見た目がアレなので下品というより微笑ましい感じではあるが、本人が望んでいる「子どもじゃなくてレディ」には程遠い何かである。

 

 

「で、どうするんだ?」

 

 

 ロックオンがセレネに苦笑しながら手本とばかりにコーヒーを一口飲みつつ王留美に水を向ける。

 

 

「アザディスタンの内紛を抜本的に鎮めるためには、誘拐されたマスード・ラフマディー氏を保護し、全国民に無事を知らせる必要があります」

「じいさんを拉致った組織は?」

 

 

 二人が真面目な話をする傍ら、セレネは「これくらいいつも飲んでいます」とでも言いたげな顔で何気なく一口飲み―――。

 

 

「………~~~っ!?」

 

 

 口を押さえ、その受けたダメージを物語るかのように足をバタバタと動かす。それでいてバレないようにするつもりなのか必死に声はあげないセレネを他の4人は見なかったことしてあげよう。と目線だけで通じ合い、話を続ける。

 

 

「まだ特定には至っていません。ただ、誘拐した組織は改革派ではない可能性が高いとヴェーダが推察しています」

「保守派のマッチポンプかぁ?」

 

 

 ロックオンが嘆くような声を出し、紅龍がロックオンの前に角砂糖の入った瓶を置く。その行動と紅龍の視線だけで察したロックオンは無造作に砂糖をコーヒーに放り込んでまた一口。

 

 

「っと、やっぱり砂糖は美味いな」

 

 

 別にビターコーヒーでも構わないのだが、勿論今回の目的は別にある。元々セレネのコーヒーには砂糖を仕込んであったのだが、予想外の反応だったのでセレネが意地を張らずに砂糖を追加できるようにとの優しさである。

 

 案の定、きょろきょろと若干挙動不審になりつつも砂糖の瓶を確保したセレネがぱぁっと笑顔になりながらコーヒーにドバドバと砂糖を入れる。ついでにこっそりと角砂糖を口に放り込んで頬を緩める。

 

 

「………ぁふぅ」

 

 

 セレネのとても満足げな笑みに刹那以外の3人は必死に笑いを堪えながらも、話を続けるべく今度は紅龍が口を開いた。

 

 

「…だっ、……んんっ! だ、第三勢力の可能性もあります。ラッフ……ラフマディー氏の捜索のためにエージェントを派遣しましたが、この国の人々は異文化を嫌っています。どれだけの成果が出せるか……」

 

 

 紅龍が言葉を濁らせると、刹那がシートから立ち上がった。

 

 

「俺も動こう」

「あなたが?」

 

 視線を向ける王留美に、刹那が答える。

 

「……俺はアザディスタン出身だ」

「この国の?」

 

「ああ」

 

 

 ロックオンはその言葉に一瞬、何かを考えるような素振りを見せたがすぐに苦笑し、言った。

 

 

「……刹那、故郷の危機だからって感情的になるんじゃねぇぞ」

「わかってる」

 

 

 刹那はVTOLから離れながら、内紛について考える。

 

 

 

(この国に紛争を仕掛ける者がいる……)

 

 

 それは、刹那にとって決して無視できる考えではなかった。嫌でも過去の記憶が蘇るのだ。六年前の、クルジスとアザディスタンの国境紛争が。銃を取って駆け抜けた戦場と、恐怖。聖戦と信じて命を散らしていった仲間の少年兵たち。

 

 

(あんなことを、まだ続けるつもりか……!)

 

 

 それは過去から何も学ばない世界への怒りであり、死んでいった少年たちのことを一顧だにしない生者たちへの怒りでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、納得の行く甘さに仕上げた黒い砂糖水を飲み終えたセレネは、どこからともなく取り出したメイクセットを手に意気込むのだった。

 

 

「――――わたしも、いきます!」

「いや、セレネ。お前は待ってろっての!」

 

「待機をオススメいたしますわ」

「……紅茶でもいかがでしょうか?」

 

 

 なんだか微妙な空気になったことに気づいたセレネは、しかし刹那とは未だに気まずい空気とはいえ、刹那の故郷が見たいと思った。

 

 

「……!? い、行くと言ったら行くのです…っ!」

「ほらよ、チョコレートだ」

 

 

「―――いただきます…っ!」

 

 

 

 ……甘い甘い砂糖水の後に食べたチョコレートは、とても苦かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

アザディスタンで起きた内紛により、故郷の地を踏む刹那。彼がそこで受ける断罪とは何か……。希望の背後から、絶望が這い寄る―――…貴方の背後に這い寄るガンダム♪ セレネ・ヘイズですっ♪



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第11話:教義の果てに

 夜のとばりがおりたアザディスタン。砂漠にある太陽光受信アンテナの建設には、アザディスタン軍のモビルスーツ隊二個小隊が駐屯していた。保守派の襲撃を懸念した改革派の有力議員たちが派遣して警護にあたらせていたのである。

 

 しかし、そのアンフの一機から火花が散った。軍に潜りこんでいた保守派の人間が仲間のアンフに攻撃を仕掛けたのである。そしてその爆発を合図にするように保守派と正規軍による銃撃戦が始まる。

 

 

 それにいち早く気づいたのは、上空を哨戒していた対ガンダム調査隊の面々だった。グラハムの操る黒いユニオンフラッグカスタムを先頭に、ダリルとハワードのフラッグ。3機の飛行形態フラッグが飛ぶ。

 

 

『ポイントDで交戦!』

 

 

 カスタムフラッグのコクピットにダリルの声が響く。

 

 

「やはりアンテナを狙うか!」

 

 

 警戒しておいて正解だった、と心の中で呟くグラハムは操縦桿を握り締める。

 

 

「いくぞ、フラッグファイター!」

 

 

 機体を太陽光受信アンテナへ向けて急降下させ、ハワードとダリルも続く。しかし、表示される現場の拡大映像を見て二人は眉をひそめた。何せ、同じアザディスタン軍の機体同士でやりあっているのである、

 

 

『中尉、味方同士でやりあってますぜ』

 

 

 と、ハワードが戸惑うような声をあげる。

 

 

『どうします!?』

 

 

 やはり戸惑うダリルに、グラハムは眉間にしわを寄せる、

 

 

「く…っ!? 一体、どちらが裏切り者だ……!?」

 

 

 その瞬間カスタムフラッグに表示されていたレーダーが乱れ、スピーカーからノイズが聞えてくる。

 

 

「レーダーが!?」

 

 

 これは、まさか―――!

 それに応えるかのように眼下を一条の白い光が駆け抜け、同軍同士で交戦するアンフの一機を貫いた。更に、別方向からの光がアンフの脚部と武器を正確に破壊して無力化する。味方同士で撃ち合っていたすべての機体が黒煙をあげて倒れていく。

 

 

「この粒子ビームの光は……!」

 

 

 グラハムはその光の発せられた先を見据え、叫ぶ。

 

 

「――――やはり、ガンダムか!」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 デュナメスとは別方向。GN粒子の緑の輝きを放つ蒼い翼を纏い、肩には左右2門ずつのGNキャノン。全身に分厚い装甲を纏ったガンダムアイシスがGNスナイパーライフルを構えていた。

 

 

「――――アイシス、ウィングフォートレスガンナー……目標の無力化を確認です…!」

『同じくデュナメス、目標の無力化確認だ!』

 

 

 一応、相手がどんな手を使ってくるか分からなかったのでできるだけ武器を積んできましたが、アンフくらいならガンナーパックだけでも全く問題なかったのです…。

 

 

 

「……ねぇ、ロックオン。こんなときですけど、ウィングフォートレスガンナーアイシスって名前が長すぎると思うのです……」

『いや、今みたいにウィングフォートレスガンナーだけでいいんじゃねぇか?』

 

 

 だめです! アイシスの部分が一番だいじなのです…っ!

 

 

「むしろWFG(ワーグ)アイシス…! みたいに略した方がいいのでしょうか…?」

『……いや、むしろフルアーマーとかフルウェポンとかでいいんじゃねぇか?』

 

 

 ……! そ、その手があったのです!

 そんなことを考えていると、四つの光が遠くから太陽光受信アンテナ目掛けて飛んでくることに気づきました。

 

 

――――まさか、ミサイル!?

 

 

「ロックオン、ミサイルが…っ!」

『なんだと…っ!?』

 

 

 

 即座にガンナーパックの照準補助能力をフルに使ってミサイルを狙いますが―――次の瞬間、四つだったミサイルの光が無数に分裂する。…これは、小型ミサイルがばら撒かれた…!? 大量の小型ミサイルが太陽光受信アンテナ目掛けて飛び――――。

 

 

 

「―――…っ!?」

 

 

――――間に合わない…っ!?

 

 

 

 ……太陽光受信アンテナを破壊されてしまっては、アザディスタンの改革派も黙っていないだろう。保守派の象徴の拉致に続いて改革派の希望の破壊。必ず紛争が起こる。

 人が死ぬ。争いが起こるだろう。……刹那の、故郷で。

 

 

 

―――――そんなの、そんな、こと…っ!

 

 

 

「―――やらせ、ない…っ!」

 

 

 瞬時にGNキャノン、スナイパーライフルが放たれる。そして、更にウィングパックをパージ――――セレネの黒い瞳が細められ、モニターが……アイシスのコクピット全体が紅く輝き―――叫んだ。

 

 

「――――ハイパー……ブースト…っ!」

 

 

 アイシスから分離したウィングパックが眩い光を、粒子の翼を広げる。

 そして次の瞬間、凄まじい勢いでウィングパックが飛ぶ。高濃度GN粒子を纏いながらミサイルの群れを切り裂き、爆散させる。

 

 まだまだミサイルは残っているが―――ここから…っ!

 

 

「――――…バーストモード!」

 

 

 その言葉に応えるかのようにウィングスラスターが急停止し、放出するGN粒子が止まる。そして、一つに束ねられたウィングスラスターから強烈な粒子ビームが放たれた。

 更に、それだけでは終わらない。ウィングアイシスにおいて両腕と両脚に位置するブースターが片面のみ全力稼動。それによってウィングパックが粒子ビームを放ちながら回転し、纏めてミサイルを消し飛ばした。

 

 

『セレネ…!?』

「…………急いで回収します!」

 

 

 ロックオンが驚愕する声が聞こえますが、これはそれほど驚くことではありません。正直に言えば、ウィングパックに搭載したAIによってこのような攻撃をすることも可能なのです。……難しい指示はできないですし、加減もできないのでモビルスーツ相手には使いたくないのですが、GN粒子による重量軽減効果、ハロと同性能のAI、ウィングスラスターの超出力、そしてウィングスラスターのバーストモード……その全てを活かした攻撃です。

 

 これでウィングパックの粒子がほぼ空っぽになってしまいましたが、でも……!

 

 

「―――ミサイル…全機撃墜確認……っ」

 

 

 

 小さく安堵の息を吐きながら静かに空中を回りながら漂うウィングパックにアイシスを向かわせ―――そして、アイシスに急速接近する機体があることに気づいた。

 ……猛烈な勢いで突っ込んでくる、黒いフラッグ。

 

 

 

『―――――逢いたかった……逢いたかったぞ、アイシス…ッ!』

 

 

 

 そしてスピーカーから響く、とても聞いた事のある声。

 

 

 

「………あ、あの時のヘンタイさんなのです…っ!?」

 

 

 

 ヘンタイさんにしか見えないモビルスーツの機動もそうですし、アイシスに心奪われたなんておっしゃってましたし…!

 

 し、しかもこれはストーカーさんです! 

 思わず全力でペダルを踏み込み、私は必死に逃げ出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、カスタムフラッグのコクピットでは、奇しくもグラハムの目的の一つであった太陽光受信アンテナ防衛を見事に果たしてみせたアイシスにグラハムが隠しきれない笑みを浮かべていた。

 

 

「―――ハワード、ダリル、ミサイル攻撃をした敵を追え。ガンダムは私がやる!」

 

『了解!』

『ガンダムは任せますぜ!』

 

 

 離れていく2機を視界の端に捉えながら、グラハムはもう一つの目的を達成するべく、分厚い装甲を纏い、戦うつもりはないとばかりに逆方向に逃げるアイシスを猛追した。凄まじいGを感じるが……この程度!

 

 

 

「―――――待ってもらおうか、アイシス!」

 

 

 重装甲で動きの鈍いアイシスが振り向きざまにスナイパーライフルを放つ。しかし翼を狙ってくると分かっていればどうということはない。ビームを掠めるようにして回避し、そこを狙って放たれる二射目をグラハム・スペシャル―――空中変形によって回避する。フラッグの脇を掠めるビームを無視し―――更にそこを狙って脚に放たれたキャノンを、再び変形することで回避する。

 

 

『な、なんて動き…っ!?』

 

 

 実際に声こそ聞こえていないものの、アイシスのパイロットが驚く気配が伝わってくる。この機体の運動性能が信じられんか、ガンダム。それを操る私が何者か知りたいか、ガンダム。ならば――――!

 

 

「あえて言わせてもらおう――――」

 

 

 カスタムフラッグをアイシスの側面に回りこみつつ急接近させ、そのまま思い切り右足をぶつける――――!

 

 

「グラハム・エーカーであると!」

『GNフィールド…っ!』

 

 

 アイシスの纏った緑の輝きが蹴りをある程度受け止め、しかし勢いを殺しきることはできずにフラッグとアイシスが互いに弾かれる。

 

 

「――――さすがだな、アイシス!」

『ドッキングセンサー!』

 

 

 と、いつの間にか飛来していた翼がアイシスの背中にドッキングする。翼装備の普段は腕や脚を覆っている部分も翼を形成し、凄まじい重量感のあるフォルムである。

 しかし、いくら装甲が厚かろうとも!

 

 

 フラッグがソニックブレイドを右手で抜き放ち、切り掛かる。それに対してアイシスも左手でビームサーベルを抜き放ち、フラッグが振り下ろすソニックブレイドを受け止めてみせた。

 

 

「やはり身持ちが堅いな、アイシス!」

 

 

 

 私がこれほどアプローチをしても、簡単にそでにしてくれる!

 

 しかしその装甲でよくぞ反応してみせた!

 にやりと笑みを浮かべるグラハムはしかし、アイシスの右肩のキャノンが僅かに動いてフラッグを狙ったことに気づいた。

 

 

「――――くっ!?」

 

 

 咄嗟にアイシスのサーベルを受け流しつつもスロットルを全開にし、左腕を吹き飛ばそうとするビームをなんとか掠る程度の被害で抑えた。

 

 

『――――こ、この距離で避けた…っ!?』

「よくも――――私のフラッグを!」

 

 

 

 再び切り掛かろうとするものの、アイシスの肩のキャノンが一斉にビームを放ち、更にスナイパーライフルもフラッグを狙う。さすがのグラハムもその高すぎる火力に少しだけ距離を取り―――――。

 

 

『ハイパーブースト!』

「なんとっ!?」

 

 

 その僅かな隙を見逃さず、緑の翼を広げたアイシスが凄まじい勢いで逃げ出す。

 

 

「……逃がさん!」

 

 

 

 グラハムはアイシスを逃がすまいと飛行形態になりつつ全速力でアイシスを追い――――その一瞬の油断を突かれ、斜め後方から飛来したデュナメスのビームにフラッグの機首を撃ち抜かれた。

 

 

 

「――――くっ!? 視線を釘付けにされたか……!」

 

 

 

 辛うじてコクピットは無事だったものの飛行が継続不能となり、グラハムのフラッグは渓谷地帯に墜落していった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 一方、アザディスタンの援助のためにこの地を訪れていた国連大使アレハンドロ・コーナーは、クーデターが起こり炎に照らされた首都と、正規軍とクーデター軍のアンフ同士の戦いを、破壊されていく街をホテルの窓から眺めていた。

 

 

「避難しなくてよろしいのですか?」

 

 

 アレハンドロの後ろに立つ物腰の柔らかそうな少年……リボンズ・アルマークが立っており、言った。しかしその問いには答えず、アレハンドロは空を見上げる。

 

 

「リボンズ、きみも見ておくといい。ガンダムという存在を……」

 

 

 その視線の先には、舞い降りる一つの光があった。

 GN粒子と輝きと、青と白の機体―――ガンダムエクシア。

 

 

 エクシアは両軍の交戦ポイントに滑らかに降下すると、そのままGNソードを展開して正規軍のアンフの胴部を一刀両断。続けざまに近くにいた正規軍のアンフを次々と切り倒すと、今度はクーデター軍のアンフに襲い掛かる。

 

 エクシアはGNダガーを引き抜いて投げつけ、機銃を撃とうとしたアンフがトリガーを引く暇もなく地面に倒れる。その背後にいた機体がエクシアに長滑空砲を放つものの、エクシアはシールドで防御し、GNビームサーベルで敵機を切り裂く。更にGNブレイドも抜き放ってそれぞれを2機のアンフに突き立て、活動を停止させる。

 

 そこで最後の一機がエクシアに組み付いたものの、無造作に腕を振るってそのアンフを地面に叩きつけ、その頭部にGNソードを突き刺した。

 

 

「あれが、ガンダム……」

 

 

 エクシアの姿を見ていたリボンズが呟くが、アレハンドロは不満そうに鼻を鳴らす。

 

 

「力任せだ。ガンダムの性能に頼りすぎている。パイロットは確か、刹那・F・セイエイだったか……」

 

 

 不安定なガンダムマイスターの一人。

 彼は、あれで本当にガンダムを具現化していると思っているのか?

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 エクシアのコクピットから緊急暗号通信が入り、ウィンドウに王留美が映し出された。

 

「なんだ?」

『カズナ基地からもモビルスーツ部隊が発進しました』

 

「保守派か」

『でしょうね。現在ケヒ地区を通過中よ』

 

 

 ……ケヒ地区。保守派の勢力が圧倒的に強い街か。

 

 

「了解」

 

 

 最低限の返答で通信を終了させると、刹那はエクシアを空へ向ける。

 

 

……いつまで続けるつもりだ……!

 

 

 刹那は苛立っていた。

 戦争が起これば人が死ぬ。この国は二十年以上も前からそれを繰り返してきたというのに、なのにまだ人の命を欲するのか。何を求めて戦争を起こすのか。

 マスード・ラフマディの拉致に対する報復か。この機に乗じて権力を奪うためか。あるいは神の教えに従わないものとして粛清するためか。

 

 しかし、どのような理由があろうとも、それは戦争だ。

 それを止める。ガンダムが!

 

 

 そうだ……俺が…―――!

 

 

  その時、エクシアが丘陵地帯を越えてモニターにケヒ地区の街が映る。

 

 

「……っ」

 

 

 刹那の顔が僅かに歪む。

 ケヒ地区の街からは黒い煙がいたるところから上がっていた。白みかけた早朝の空に、街を覆いつくさんばかりに…。その中で、銃弾の火花が見える。

 

 

 流れ弾によって破壊されたのであろう街の中をモビルスーツが進んでいく。カズナ基地から無断で発進した保守派のアンフを攻撃するために正規軍がケヒ地区に侵攻したのだろう。そして、戦っているのはモビルスーツだけではなかった。

 

 

 崩れ落ちた家屋からは男がマシンガンを乱射し、アンフに跳弾の火花が散る。そして、その中には子どもも混じっている。それは、刹那が6年前に味わったのと同じ光景で―――…。

 

 

 刹那が目を見開く。

 あそこにいるのは、俺と同じだ。あの時の俺だ。

 そして、あの時俺を救ったのが―――…。

 

 

「ガンダム!」

 

 

 エクシアのスピードを上げる。

 アンフが振り返り、男たちに機銃を向ける。放たれた弾丸があげる土煙で男たちの姿が見えなくなり―――エクシアがアンフを切り裂いた。

 

 

(そうだ…俺は、このために……!)

 

 

 戦場に命をもてあそばれる者のために…!

 

 土煙が晴れ、エクシアが振り返り―――刹那は凍りついた。

 

 

 地面には、赤い血と四肢を千切られた男たちの、そしてそれに混じる少年の姿しかなかった。……下半身と頭部の半分がなく、残った方の目が虚空を見詰めている。

 

 ………なにかを求めるように。すがるように。

 

 しかし、救いは与えられなかった。……与える事が、できなかった。

 

 

 エクシアが背後に砲撃を受ける。3機のアンフがいた。

 

 

 

「……ぅ、あああぁぁぁぁァァッ!」

 

 

 GNソードを閃かせ、エクシアが、刹那が吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………静かだ。

 

 

 戦闘は終了した。全てのアンフは両断した。

 もう銃火の音もなく、悲鳴もない。あるのは壊れた街と、黒い煙。

 

 鉄くずとなったアンフと、傷ついて斃れた者の散る、壊れた街だ……。

 

 

 

 ………俺は、なんのために戦っている?

 

 なぜ、ソレスタルビーイングに入り、そしてエクシアに乗っている?

 何の為に戦った? 

 

 答えは決まっている。

 

 ガンダムに、なるために……。

 

 

 あの時、俺を救った存在。

 俺も、そうなりたいと……あの時から、それだけを……。

 

 

 なのに……なのに、俺は……。

 

 

「俺は………ガンダムに、なれない………」

 

 

 

 

 噛み締めた唇から、一筋の血が流れて落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現在公開可能な次回予告


ガンダムデュナメスによって撃ち落されたカスタムフラッグ。そしてグラハム・エーカー。機体に深刻なダメージを受けたことで通信装置が故障してしまい、渓谷で立ち往生する彼の前に、地元民を名乗る小さな少女が現れる―――。次回、『願う世界』。



追記

ウィングスラスターは大型スラスター2つと中型2つで構成されており、粒子の圧縮率および収束率を変更することにより、それぞれからビームを出せ、さらに束ねることでどこぞの金ジムさんのようなビームを放つことができる。また、ウィングパックのみ装着している場合はそれぞれのスラスターを前方に向けてビームを一斉射することを「バーストモード」と呼ぶ。


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第12話:願う世界

投稿が遅くなってしまい、申し訳ありません><
理由は……読んで頂けたらお察しいただけるかな、と…。


 

 クーデター勃発から一夜があけ、太陽光受信アンテナからやや離れた渓谷。そこで、無残にも風穴を開けられたカスタムフラッグのコクピットでグラハムは全く反応のないコンソールに大きく息を吐いた。

 

 

「……ふむ」

 

 

 愛機であるカスタムフラッグはガンダムの狙撃と、不時着の衝撃の影響で完全にうんともすんとも言わなくなってしまったのである。

 更にはこの渓谷が悪い具合にフラッグを衛星から隠し、そして友軍に探してもらおうにも墜落時に単独で動いていた上にガンダムの粒子の影響で最終通信地点もハッキリしないだろう。

 

 

「為す術無し、といったところか」

 

 

 とにもかくにも、コクピットで一夜を過ごしたところまでは良かったのだが食料がない。通常、モビルスーツには少しくらい非常食なりを入れておくのが基本なのだが、グラハムは僅かでもフラッグを軽くするべく余計なものは取り払ってある。

 

 

「……ガンダムしか頭になかったのが仇となったな」

 

 

 次からはこのような状況も想定しておくとしよう。と考えつつも、グラハムの腹の虫が盛大な音を立てる。

 

 

「……くっ、腹が減っては戦はできぬというのに……」

 

 

 

 そう呟きつつ、開閉できないために開きっぱなしのコクピットハッチからウィンチロープで外に出る。どうせフラッグが使い物にならないのであれば、一旦此処に置いていくしかあるまい。……必ず後で回収に戻る。

 

 地面に降り立ったグラハムは、こんなにも無様ではプロフェッサーに申し訳が立たないと思いつつ愛機を静かに見上げ―――背後から遠慮がちな少女の声がした。

 

 

「……えっと、あの……?」

「………すまない、今は――――…なんとっ!?」

 

 

 この私が背後を取られただと…っ!?

 戦慄とともに即座に振り返ると、赤茶けた色のフードを被り、蒼いスカーフを巻いた小さな少女が大声に驚いたのか思い切り後ずさっていた。……怖がらせてしまったか。

 

 少女はまだ11、2歳程度と見え、黒髪と同色の大きな瞳、そしてやや浅黒い肌はこの辺りの出身のように思えるが……少女はやや腰が引け気味になりつつもグラハムの顔を見上げて小さな声で言った。

 

 

「……その、どうしてこんなところに……?」

「っと、すまない。実は私の乗っていたモビルスーツ―――これが墜落してしまってな。きみは何故このような場所に?」

 

 

 そうだ。何かがおかしい。

 こんな少女がこのような渓谷に何の用があるというのか。僅かに警戒しつつ少女の反応を窺うと、少女はフラッグを感心したように見上げながら小首を傾げた。

 

 

「……ひょっとして、綺麗な緑の光が出ますか?」

「む?」

 

 

「さっき、お家の近くで綺麗な緑色の光がみえて……こっちにきたから、探しにきたのです」

「……そう、か。いや、すまない。それは私ではない」

 

 

 恐らく、少女が言うのはガンダムの粒子のことだろう。

 乙女座の直感が「何かが変だ」と訴えかけてくるような気がするのだが、それと同時にこの少女から敵意や害意のようなものは一切感じられない。今までにない感覚にグラハムが内心で首を捻っていると、少女がフラッグに開いた大穴のあたりを見詰めつつ言った。

 

 

「……これ、こわれちゃってるのです…?」

「……ああ、その通りだ」

 

 

「……帰れないのです?」

「……ああ」

 

 

 言っていて虚しくなってきたグラハムであったが、心配してくれているらしい少女に対して答えないというような不義理な真似はできないと感じて頷く。

 すると少女は僅かに考え込む素振りを見せつつ呟いた。

 

 

「……お兄さんは、どうするのですか…?」

 

 

 お兄さん……私のことか!?

 そんな呼び方をされたことなどほとんど無かったので若干驚きつつ、隠しても仕方が無いと思い、考えていたことを話した。

 

 

「ひとまず、歩いて友軍……仲間の場所まで戻ろうと考えている」

「……だいじょうぶ、なのです…?」

 

 

「無論―――」

 

 

 言いかけたところで、グラハムの腹の虫が盛大な音を立てる。

 ……二人の間に静寂が落ち、少女が懐からカバンを出し、そこからパンと水筒を取り出した。

 

 

「……これ、差し上げます」

「いや、しかし―――」

 

 

 この地域では、グラハムが想像している以上に食料や水は貴重なはずだ。受け取るまいと考えて顔を顰めるグラハムに、少女は無邪気に微笑んで言った。

 

 

「困ったときは、おたがいさま―――です?」

「……感謝、させていただく。……ありがとう」

 

 

 少女は小さな手でグラハムにパンと水筒を手渡すと、ぺこりと頭を軽く下げる。

 

 

「それでは、私はもうちょっとだけ探してみるのでこれで失礼します…!」

 

 

 そう言って軽やかに歩き出す少女に、グラハムは何故か疑念が無視できないレベルに膨れ上がっている事に気づいた。……少女におかしな点は無いとは言えないが、何かが違う。一体何が――――そこまで考えて、グラハムは渡されたパンと水筒がやけに綺麗なものである事に気づいた。……これは、このような地域に普通にあるものなのか? 軽々しく手渡せるほどの…? 

 

 

 そこまで考え、グラハムは咄嗟に少女に声を掛けていた。

 

 

「……きみは、この国の内紛をどう思うかな?」

「………」

 

 

 少女が、ゆっくりと振り返る。

 答えを考えているといった風情の少女に、グラハムは続けた。

 

 

「客観的には考えられんかな。なら、きみはどちらを指示する?」

「……支持は、しません。……この戦いで、人が死んでいます。たくさん……たくさん」

 

 

 悲しげに歪む少女の顔にも、瞳にも、悲哀が満ちていると思った。……たくさんの死を見てきた、それだけではないと直感させるような悲壮な光だ。

 

 

「同感だな」

「………なら、どうして戦うのですか…?」

 

 

 何故戦うのか、か。

 軍人に戦いの意味を問うとはナンセンス、と言いたいところではあるが…。

 

 

「……私は軍人だ。初めこそ空を飛ぶことに憧れただけだったが―――国の秩序を守るために命を、人生をかけて戦った者たちを知っている。ならば、彼らの想いに応えることが私の戦う意義だと感じている……最も、己が力を出し切れる好敵手との戦いを切望する浅はかな男でもあるのだがな」

 

「………そう、ですか」

 

 

 少女は少し嬉しそうに、そして寂しそうに微笑む。

 その顔を見たグラハムは、咄嗟に思うがままに呟いていた。

 

 

「ならば、きみは何故戦う。何の為に戦う?」

「………え?」

 

 

 少女は訳がわからないといいたげに眉をひそめるが、どちらせよこの反応だろう。間違っているのならそれはそれで構わんさ、と結論付けて言い切る。

 

 

「ならば、仮定の話だ。きみは戦っているとする。何のために戦う?」

 

 

 少女は困ったように微笑むと、小さく、とても小さく呟く。

 

 

「………きっと、死ぬのがこわくて……かなしいから、です」

 

 

 

 儚げに、今にも消えてしまいそうに微笑む少女に、グラハムはもう何も言う事ができなかった。しかし、どうしてかそんな少女のありようを悲しく感じた。

 そのまま少女は立ち去り、グラハムは一瞬だけ少女を捕まえてみようかと考え、すぐに首を振って止めた。

 

 

「……恩を仇で返すのは趣味ではない」

 

 

 ただし、真剣なる勝負は別だが。

 

 

 

 

 

 数十分後、もらったパンを食べながら考え込むグラハムの上空をガンダムが―――アイシスが通り過ぎ、それを追う様にフラッグが2機、グラハムの前に降下してくる。

 

 

 

『――――隊長、よくぞご無事で!』

『心配しましたぜ、隊長!』

 

「……まさか、な」

 

 

 

 このタイミングで、どうやら丁寧にも救援を呼んできてくれたらしいアイシス。もしかすると、あの少女はソレスタルビーイングと何らかの繋がりがあるかもしれない――――しかし、流石にガンダムのパイロットなのではという直感は苦笑とともに打ち消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 そのころ、クーデターを一時的にせよ鎮静化させた刹那は、一度ロックオンと人気の無い岩場で落ち合っていた。

 昨夜、ミサイル攻撃をした敵機を追った成果を聞くためだ。

 

 

「……ロックオン、何か分かったのか?」

「ああ、ミサイルを撃ちやがったのはAEUのイナクトだ。……それも、モラリアで見かけたヤツに間違いねぇ」

 

 

 その瞬間、刹那の脳裏によぎるものがあった。「しかも、また俺の狙撃を避けやがった」と苦々しげに呟くロックオンの声も耳に届かない。

 

 

 

 

――――素手でやりあう気か、ぇえ? ガンダムのパイロットさんよぉ!

 

 

 

「ばかな……」

「どうした、刹那…?」

 

 

「やつが……あの男が……この内紛に関わっている……?」

「あの男…?」

 

 

 神の教えとして俺たちを戦いに駆り立て、戦い方を仕込まれた。ヤツの言葉は、あの時の俺にとっては神の言葉だった。それなのに……!

 なぜ……! なぜ、救われない者たちがいるにも関わらず……なぜ、ヤツは……!

 

 

 刹那は強く唇を噛み締め、そして駆け出した。

 エクシアに乗り込み、一気に飛翔する。

 

 

 

『おい、応答しろ刹那!?』

「……ポイントF3987」

 

 

『あ? なんだって…? そこに何がある?』

 

 

 驚いたような声をあげるロックオンにも、わざわざ説明する時間が惜しかった。何故知っているのか、そして何があったのかも。

 一刻も早く、確認しなければならない。

 

 

「ないかもしれない。だが、可能性はある」

 

 

 その答えにロックオンはしばらく考え込むように声をつまらせ、言った。

 

 

『……黙って待つよりマシか。了解だ、刹那。セレネにも連絡を入れる』

 

 

 

 刹那には、確信があった。

 あの男が……アリー・アル・サーシェスがこの内戦に関わっているならば、根城としてきっとあの場所を使うと。そこは、クルジス共和国のキャヴィール砂漠にある打ち捨てられた小さな街。かつて、刹那たちクルジスのゲリラ兵たちも使っていた―――。

 

 

 

 

 

 しばらくして、刹那はその街を視界に捉えた。

 やはり廃墟のままだが、なにやら傭兵のような者たちがいるのが見えた。

 そして――――。

 

 

 

 

「……見つけた!」

 

 

 やはり、いた…!

 街からモラリアで剣を交えた濃紺のイナクトが飛来する。イナクトは雨のように銃弾を乱射するが、回避パターンを今までと変える。そうだ、俺の動きだから読まれる。

 

 

(――――…セレネ)

 

 

 エクシアとアイシスの基本性能は同じ。なら―――…!

 

 半ば蹴飛ばすようにペダルを踏み込み、一気に操縦桿を押し込む。踊るように動くエクシアがリニアライフルの射線を避けつつGNソードを展開。急降下でライフルを回避し、そのまま跳ね上がるように斬りかかる。

 

 イナクトは素早くソニックブレイドを抜き放って受け止めるが、確かな手ごたえがある。そう頭の片隅で判断しつつ、刹那の熱くなった感情が外部へのスピーカーを有効にしつつ叫ぶ。

 

 

「―――あんたの戦いは……終わってないのか!? なぜ、あんたは戦う!?」

 

 

 刹那の怒りに応えるように、エクシアがイナクトに強烈な蹴りを放つ。刹那の喉から怒号のような声が迸る。

 

 

「クルジスは、すでに滅んだっ!」

『知ってるよッ!』

 

 

 掠めるようにして蹴りを回避したイナクトから返答が聞えるのとほぼ同時、お返しとばかりに突き飛ばされ、腹部を蹴られる。エクシアが地上に向けて落ちていき、追い討ちをかけるようにイナクトがライフルを連射する。

 

 咄嗟にエクシアの体勢を立て直し、地面すれすれを滑るように飛んで回避する。地面を穿つ弾丸が巻き上げる土煙に紛れるようにエクシアを反転させ、GNソードをライフルモードに切り替えてイナクトがいると思しきポイントに向けて乱射する。

 

 

 土煙を抜けた先には、優雅とすら思える凄まじい機動で全弾回避して見せたイナクト。そこに再びGNソードを展開したエクシアが斬りかかり、二度、三度と激しく剣を交える。

 

 

「……あんたは、なぜここにる!? クルジスを再建しようとでも言うのか!?」

『冗談だろ…!』

 

 

「なら、なぜあんたは戦った!? あんたの神はどこにいる!? 答えろ!」

『そんな義理はねぇな!』

 

 

 サーシェスの返答に刹那は愕然とした。

 まさか、この男には思想と呼ぶべきものが無いというのか。

 

 神を語り、人を導いたのは当時のクルジス政府の打倒を目論んだからではないのか?

 ……もし。当時も傭兵として、今のアザディスタンと同じように内戦で国を悪化させるように依頼されていたとしたら。

 

 

 もしそうなら、俺は何の為に戦った…?

 なんのために仲間たちは死んでいった………!?

 

 

 刹那の怒りが乗り移ったように、鋭い斬撃がイナクトのライフルを真っ二つに切り裂く。しかし、その爆発を煙幕にしてイナクトがエクシアに組み付き、そのまま一気に地上まで叩きつけた。激しい衝撃で呼吸が一瞬止まる。

 

 しかし、それよりも。

 エクシアはイナクトに組み敷かれ、両手両脚を押さえつけられて身動きがほとんど取れなくなっていた。イナクトの手が、エクシアのコクピットハッチを掴む。

 

 

『モビルスーツは戦うための兵器だ。人をぶっ殺すためのもんだ。……それを紛争根絶とかフザケたことに使ってんじゃねぇ! もったいないからその機体……俺に寄越せよッ!』

 

 

 

 引っ張られるコクピットハッチが軋むような音を立てる。

 しかし、その時―――。

 

 

 

『――――……あなたは、不快です』

 

 

 

 刹那とサーシェスがそうしているように、外部スピーカーを使った声。聞き慣れた、しかし聞いた事のない声。無邪気な優しさが消えうせ、底冷えするような怒りを滲ませた声。

 

 

『なんだ、ガキ……しかも女――――なっ!?』

 

 

 次の瞬間、恐ろしい勢いで飛来したアイシスがイナクトを蹴り飛ばす。

 恐らくはエクシアを巻き込まないように加減しているのだろうが、それでも弾丸のように弾き飛ばされたイナクトが潰れたカエルのように廃墟に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 どうしようもなく不快だった。

 イナクトのパイロットから漂う『嫌な感じ』が。感じるプレッシャーや、戦いを楽しむという点だけならばカスタムフラッグのパイロットと通じるものがあるものの、真剣な勝負とその中での駆け引きを楽しむあの人とは決定的に違う。そう直感していた。

 

 鮮血のような紅色に染まるアイシスのコクピットで、セレネは噛み締めるように問いかける。

 

 

「……何故、あなたはそんなにも楽しそうに戦うのですか? 強いからですか?」

『――――戦うのに理由なんているかよ!』

 

 

 信じがたいスピードでイナクトが体勢を立て直し、形勢不利と見たのか即座に撤退に移る。……強い。この人は強い。

 

 けれど、見逃すわけにはいかない。

 

 

 話は、聞いていた。本当は狙撃で刹那を援護するつもりだったから。

 刹那の故郷で、この人は内紛を起こそうとした。そして、刹那との先程の会話。

 

 わかってしまった。

 この人が、刹那を戦いに駆り立てたこと。そして、刹那の仲間がたくさん死んでしまったのだろうということも。刹那と悲しみと怒りも。

 

 

 

「なら……わたしがあなたを殺すのにも、理由はいらない……!」

『ほざけよ!』

 

 

 

――――わかる。

 

 

 この人は、やっぱりミサイル攻撃をした人なのだろう。

 ウィングパックの奇襲攻撃を警戒して、小刻みに横の動きを入れながら離脱していく。

 

 エクシアが、刹那が咄嗟にイナクトを追おうとする。

 

 

「……まってください、刹那。巻き込まれます」

『セレネ…?』

 

 

 私が追う気が無いと判断したのか、イナクトが速度を上げて一気に離脱しようとする。その瞬間、叫んだ。

 

 

 

「――――アイシス…っ!」

 

 

 

――――白い閃光が閃いた。

 

 

 

 朝焼けの太陽に隠れるようにして放たれたビームが、咄嗟に動いて致命傷を避けたイナクトの右腕を吹き飛ばす。

 鋭い狙撃。その先にはデュナメスではなく――――ガンナーパック。無人にも関わらず小刻みに動きを修正し、スナイパーライフルでサーシェスを狙う。

 

 

『なんだと…っ!?』

「……っ!」

 

 

 避けた…っ!?

 なら――――!

 

 

 続いて、上空に待機させておいたフォートレスパックがGNバズーカとキャノンを一斉に放つ。廃墟を焼き尽くさんばかりの強烈なビーム攻撃はしかし、イナクトに辛うじて回避され――――。

 

 

『やってくれるじゃねぇか――――!』

「……い、け…っ!」

 

 

 再び、GNスナイパーライフルがイナクトを狙う。しかしイナクトは足元の廃墟を蹴り飛ばしてそれも回避し――――それを待っていた。

 

 無理な回避はその後の動きを制限する。

 攻撃が避けられるなら、避けられない攻撃を放てばいい。

 

 その瞬間、高速で回転するソードパックが飛来し、イナクトの腹部を、コクピット付近を僅かに切り裂いた。

 

 

『こっ、この俺があっ!?』

「―――っ!」

 

 

 

 イナクトは即座に体勢を立て直し、急速離脱していく。

 その様子を、私はただ見ていることしかできなかった。

 

 

 手が震えていた。

 じっとりとした、嫌な汗が溢れてくる。

 

 

「………ぅぁ…っ、……はぁ…っ」

 

 

 感じてしまっていた。

 イナクトのパイロットの受けた痛みを。

 

 腕に破片が突き刺さり、それでも操縦桿を動かそうとする激痛を。

 

 

 

「……い、たい……っ」

 

 

 また、やってしまった。

 しかも、トドメを刺すことができなかった。

 

 わかっていたのだ。本当は、ソードパックでコクピットごと両断できた。

 なのに……こわかった。

 

 殺すことが、死ぬことが怖かった。

 『入り』すぎていた。飛来する剣が、避けられないという恐怖が『視える』くらいには。

 

 

 

「……嫌なのに……いや、なのに…っ」

 

 

 

 砂漠の空気で乾いた瞳から黒いカラーコンタクトレンズが落ちる。黄金色に輝く虹彩があらわになる。そこから、一筋の涙が零れて落ちた。

 

 

 あの人は、イナクトのパイロットは不幸な人を増やすだろう。

 あるいはそれは、私たちのうちの誰かかもしれない。それほどに危険な相手だという確信があった。それなのに……。

 

 

「……ころ、せない………むり、です……っ」

 

 

 

 寒い。どうしようもなく寒い。

 感情が昂りすぎて、暴走していた。

 

 

 クーデターに乗じて強盗をする人が、それで殺されてしまった店員の女性がいる。今まさに、テロの爆発に巻き込まれた人がいる。

 

 

 

「……ぃや………いやぁ…っ」

 

 

 

 くるしい。世界はどうしてこんなにも苦しいのだろう。

 どうして、こんなにも美しいのに。こんなにも悲しいのだろう。

 

 必死に自分の身体を抱きしめて、それでも寒い。

 流れ込む感情が止められない。

 

 

――――このままだと、どうなるのだろう。死んでしまうのだろうか。

 

 

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、けれどどうすることもできない。

 頭の中がぐちゃぐちゃして、何もかもがわからなくなりそうで―――。

 

 

 

『―――セレネ…!?』

 

 

 声が、聞こえた。

 ぼんやりと顔を上げると、モニターにやや焦ったような刹那の顔が表示されていた。

 

 

「……せ、つな…?」

『……っ』

 

 

 刹那が息を呑む気配が伝わってきた。

 頭が真っ白になった。カラーコンタクトが外れてしまっている。見られて、しまった。……刹那に、知られてしまった。

 

 

 咄嗟に、通信を音声だけに切り替える。

 それでも、何と言っていいのか分からなかった。

 

 

 

「……ごめん、なさい………すこし、休ませてください……っ」

 

 

 

 きっと、今の顔は見せられないから。

 どうしようもなく悲しくて、寂しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告


3つの国家群による合同軍事演習に仕掛けられた紛争。死地に赴くマイスターたちの胸に去来するものとは。次回、「決意の朝」。それが、ガンダムであるなら。




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第13話:決意の朝(前編)

話が長いので分割です! ちなみに次も恐らく第13話:決意の朝(後編)で投稿させて頂くと思われます。


 

 

 セレネは、自分が嫌いだった。

 自分の置かれている境遇は、いい。最終的には自分の選択の結果だったし、世界を変えるために頑張ろうという思いは変わっていない。だって、どんなに世界が悲しいか。どんなに苦しんでいる人がいるのか、知ってしまっているから。

 

 ……コンプレックスである体型のことも……別にいい。

 今更仕方ないという思いもあるし、悲しすぎることにナイスバディな自分が全く想像できないからだ。それにまだ成長期だから、これからだとも思っている。

 

 なら、何故嫌いか。

 

 

「………はぁ」

 

 

 早朝、王留美の所有するユニオン領にある有名リゾート地の別荘。そのものすごく豪勢な別荘の、ものすごく豪勢なお風呂に置かれた、ものすごく大きな鏡に映る自分を見据えて溜息を吐く。

 

 

 

 黄金色の虹彩が、電子的な揺らめきとともに輝いている。

 単純な話、どうしようもなく人間離れした自分が嫌いだった。自分の瞳の揺らめきをじっと見詰めていると、何かに飲み込まれていくかのような怖さがある。

 

 こんな姿では特注のカラーコンタクトでもして隠さないと外も出歩けない。しかも、下手に誰かに意識を向けようものなら勝手に感情を読み取ってしまうというオマケつき。

 それに―――と、手鏡を取って自分の頭頂部を見る。……案の定、白銀色の髪が伸びてしまっていた。

 

 

 唇を引き結んで、白髪染めを手に取る。

 『あの時』からずっとこうだ。人間離れした容姿になり、そうして向けられる周囲からの奇異の感情を読み取ってしまう。必死に感情を読み取る事だけでも制御しようとして、なんとか普段は表面的な感情の揺らぎ程度しか感じないようになれたものの、怒ったり動揺したりするとやはり勝手に感情を読んでしまう。そんな人間に、一体誰が親しくしようと思ってくれるというのか。気味が悪い、その一点に尽きるだろう。

 

 

 だから本当の自分を押し隠して、それで仲間とも接してきた。

 刹那が本当は優しいことをぼんやり感じながら、くだらないことで笑うのが好きだった。いつも優しく、気遣いを忘れないロックオンも、ちょっと皮肉げだけど優しいアレルヤさんも、空気を引き締めてくれるティエリアさんも。

 フェルト、スメラギさん、クリスさんやイアンさん、リヒティさんや、お医者さんのモレノさんも、みんなが好きだった。たのしかった。

 

 でも、ほんとうのわたしは……。

 

 

 

「……さみ、しい……です」

 

 

 隠している。その事実が心に突き刺さっているように思う。

 ほんとうのわたしを知ったら離れていってしまうのではないか。そんな思いにずっと苛まれて……そして、刹那に知られてしまった。

 

 

「………刹那」

 

 

 小さく呟いて、自分の身体を抱きしめる。

 虹彩の光が、黄金色の揺らめきが強くなるけれど、GN粒子が無ければそれほどの離れた距離の感情は読めはしないし、刹那は東京の隠れ家に戻っている。

 

 ……本当は私も戻る予定だったけれど、それを聞いてこちらに滞在することにしたから間違いはない。

 

 

 無理矢理押さえ込んでいた感覚が広がる、僅かな開放感のようなものを感じながら刹那のことを考える。……もしかしたら、嫌わないでくれるかもしれない。そんな僅かな期待を抱いていた。けれど、怖かった。刹那にも拒絶されたら……そんな不安から、ひたすらに刹那を避けていた。

 

 

 そして、状況も予断を許さない。世界が動き始めていた。

 

 

 

「……三国、合同軍事演習」

 

 

 ユニオン、AEU、人革連による合同軍事演習が行われるという情報があった。ガンダムを鹵獲する為に世界が協力姿勢を取る……。それは、計画の第一段階の終了に近づいているということだ。

 

 けれど、恐らく三国はガンダムを捕まえるために本気を出す。そして、敵に鹵獲されればどんな目に遭うのかは想像したくはない。……謎に包まれたソレスタルビーイングの情報を聞き出すために自白剤で廃人に、ということも十分に考えられた。

 

 

 選ぶ必要があった。

 仲間が絶対に無事だと信じ込み、自分の理想を貫くのか。

 仲間が助かる確率を少しでも上げるために、理想を捨てるのか。

 

 

「………わたし、は」

 

 

 自分の胸に手を当てる。

 ……トクン、トクンと心臓が脈打つのを感じる。

 

 自分も人間なのだと、感じられるただ一つの証。

 

 

 生きて欲しい。一人でも多く。ヒトとして生きられない、わたしの分も……。

 ………そう、例えわたしがどうなったとしても……。

 

 

「……ごめん、なさい……おかあさん………おとう、さん」

 

 

 今回が計画の分水嶺。ここさえ乗り切れば、もう世界にガンダムを倒すだけの力は残されないだろう。なら、わたしは………まもりたいものは、かならず全部守ってみせる。

 やっぱり、怒られるだろう。けれど、懐かしく感じるようになってしまったお母さんの顔を……怒った顔でもいいから、もう一度みたいと思った。

 

 

 

 ひょっとしたら、これが最期のお風呂かもしれない。

 そんなことを考えながら、広い浴槽に飛び込んだ。

 

 

 

「………あしたも、入ろうかな」

 

 

 身体を優しく包み込むお湯の中で泳ぎながら、やっぱり明日も早朝に……誰もいない時間に入ろう。そう思った。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、時差の影響で深夜であるアザディスタン。

 宗教的な指導者であるマスード・ラフマディの誘拐に端を発したクーデターは、非武装のガンダムエクシアが王宮までラフマディ氏を送り届け、そしてマリナ・イスマイールとの対談、および共同声明によって沈静化した。

 

 いまだに保守派と改革派の対立はあるにせよ、国内は以前のような落ち着いた様相を取り戻し、夜の街に火の手があがることもほとんどなくなった。

 

 

 そして、第一皇女であるマリナ・イスマイールはその日も再開された太陽光受信アンテナ建造に関わる様々な会合や公務をこなし、ベッドに入ったのは夜も遅くなってからのことだった。

 体こそ疲れているものの、幸いにもクーデター時にほとんど被害のなかった受信アンテナの建造は非常に順調であり、そのことに興奮を覚えているのも寝つきが悪い要因なのだろう。

 

 そして、彼女が夢の現の間でまどろみ始めたちょうどその時だった。

 部屋の中の空気が微妙に変化したことに気づいた。

 

 

 風がそよぎ、天蓋の薄布がかすかに揺れる。カーテンもだ。

 そして―――人の気配。床には人の影があり、近づいてくる。

 

 

「……誰っ!?」

 

 

 ベッドの上で跳ね起き、両腕で自分の身体を抱きしめるようにする。

 そして、マリナはそこにいる人物を見た。

 この前、アザディスタンの危機を救ったガンダムのパイロット―――。

 

 

「……せ、刹那・F・セイエイ……」

「……マリナ・イスマイール」

 

 

「どう、して……」

 

 

 どうしてここにいるのか。そう問いかける前に刹那が言った。

 

 

「なぜこの世界は歪んでいる?」

「え?」

 

「神のせいか? 人のせいか?」

「………」

 

 

 刹那は、マリナを真摯な目で見つめていた。彼女の中に芽生えた刹那との再開を喜ぶ気持ちは雲散霧消していた。刹那は真剣に答えを求めている。彼女はそれに応えなければならなかった。

 

 マリナは自らに問いかけた。神の教義はあり、人の道義も彼女なりに考えがあった。マリナは顔を伏せ、それらを手繰りながら答える。

 

 

「……神は平等よ。人だって分かり合える。でも、どうしようもなく世界は歪んでしまうの……どうしようもなく……」

 

「……なら、なぜ分かり合えない」

 

 

 小さく、しかし噛み締めるような刹那の声。マリナは刹那の苦しみの一端を感じたような気がして僅かに目を瞑り、そして言った。

 

 

「それは……きっと、お互いの事を知らないから……だから、刹那。私たちは、もっとお互いのことを――――」

 

 

 と、顔を上げたところでマリナの声は途切れた。

 刹那の姿が消えていたのだ。最初からいなかったかのように。

 

 納得して帰ったのか、それとも失望したのか……。

 

 

「……刹那……」

 

 

 その言葉は、闇夜に溶けて消える。

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 アザディスタンの星空を、エクシアが飛翔する。

 そのコクピットでは、刹那が操縦桿をきつく握り締めていた。

 

 なぜここを訪れたのか。三国合同軍事演習の前に、彼女の……マリナ・イスマイールの考えを聞いておきたかったのかもしれない。……母とそっくりな声を持つ、彼女に。そして、自らとは違う、外交という方法で平和を模索する彼女に。

 

 

 しかし、世界は歪んでいる。人は分かり合えない。

 ……セレネにも、避けられている。

 

 

 あの、吸い込まれるような黄金の瞳を見てしまってから。

 きっと、知られたくなかったのだろう。セレネの何かを恐れるような表情をはっきりと覚えている。やはり、自分と同じように他のマイスターたちにも様々な過去や、戦う理由があるのだろう。しかし……。

 

 

 

 

 刹那に、世界が歪む元凶は見えない。

 どうすれば人が分かり合えるのかもわからない。

 

 しかし、だからこそ……世界の歪みを正す者、ガンダムが存在する。

 世界を正す。………そして、今度こそ救いたいと思った。……自分と同じ存在への同情からではなく、世界への怒りでもなく、自分の存在する理由だからでもなく……。

 

 

 一人の少女の笑顔を救いたいと、胸の奥から湧き上がる想いがそう願っていた。

 

 そうだ、だからこそ―――――。

 

 

 

「………俺が、ガンダムだ」

 

 

 

 そうありたいと。噛み締めるように、呟いた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 人革連では、対ガンダムを選任する『頂武』が人革領の砂漠地帯にある駐屯基地への移動が命じられた。他にも、人員の異動や再編など、何かの前触れのような兆候がいくつもあった。頂武に所属する強化人間……超兵1号であり、紅梅色の新型ティエレンのパイロットでもあるソーマ・ピーリスは、それがガンダム絡みであると察し、隊長であるセルゲイ・スミルノフ中佐に訊いた。

 

 

「出撃ですか、中佐?」

「恐らくな。……まだ私にも作戦の内容は伝えられていないが、我々だけではなく他のモビルスーツ部隊にも指示があったようだ」

 

「今度こそ任務を忠実に遂行します」

「気負うなよ……」

 

「了解」

 

 

 ピーリスは敬礼し、思う。

 気負いはしない。しかし、ガンダム鹵獲作戦では多くの仲間を失った。ガンダムの超人機関への武力介入でも、弟妹とも言える同類が多く殺された。ゆくゆくはともに戦場を駆け、国のために共に力を尽くす存在が……。

 

 

(必ず、借りは返す……。ガンダムを、倒してみせる……)

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 同じく、AEUでも同様に大規模作戦の予兆があった。

 そして、転属命令を手にした一人の男がアフリカ北部のAEU空軍基地に降り立った。パトリック・コーラサワー。AEUの模擬戦で2000回のエース様(自称)。

 

 過去、最初のエクシアの介入であっけなく切り倒され、モラリアでの合同軍事演習ではヴァーチェの粒子ビームで早々に戦線離脱。しかしパトリックの自信は全く揺らがない。

 油断と敵の不意打ちということで自己完結していた。

 

 だから、大幅に遅刻しても全く問題ないと考えていた。

 むしろ、AEUのエースパイロットなのだから拍手でもして歓迎して当然だろうと。

 

 

「AEUのエース、パトリック・コーラサワー、ただいま到着いたしました!」

 

 

 しかし、その身に浴びせられたのは割れんばかりの拍手ではなく、強烈な鉄拳の一撃だった。派手な音と「ぐはぁっ!?」という声とともにパトリックは床に倒れる。

 

 

「遅刻だぞ、少尉」

 

 

 ハスキーな女性の声。そこにはパトリックを殴ったのだろう女性士官が立っていた。

 

 

「な、なんだ女ぁ……よくも男の顔を!」

 

 

 その瞬間、強烈な二撃目がパトリックの右頬にめり込んだ。再び呻き、床に転がる。

 

 

「に、二度もぶった…!」

 

 

 痛む頬を押さえて女性を仰ぎ見ると、女性仕官がパトリックを睥睨しつつ言う。

 

 

「カティ・マネキン大佐、モビルスーツ隊の作戦指揮官だ」

 

 

 そこで、パトリックは気づいた。

 

 

(……よく見ると、いい女じゃないか)

 

 

 クールな短い黒髪も、眼鏡も、そして冷徹に人を見下すような強気な目がたまらない。

 

 

「なにか、少尉?」

「い、いえっ! なんでもありません!」

 

 

 パトリックは無駄に素晴らしい復活を果たすと、素早く立ち上がって敬礼する。

 

 

「遅刻して申し訳ありません、大佐殿!」

 

 

 彼の頭から、怒りなどは綺麗さっぱりなくなっていた。

 

 

(……惚れたぜ……)

 

 

 どうしてエースパイロットには変人が多いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「オーバーフラッグス?」

 

 

 ユニオンの対ガンダム調査隊に所属するハワード・メイスン少尉が振り返る。アメリカ西部にあるMSWADの基地には、青空が広がっている。

 

 

「ああ、対ガンダム調査隊の正式名称だ。公には、フラッグのみで構成された第八独立航空戦術飛行隊として機能することになる」

 

 

 と、隊長であり変人ぶりもエースぶりも突き抜けているユニオンのトップガン、グラハム・エーカー上級大尉が言った。

 

 

「パイロットの補充はあるんですか?」

 

 

 ダリル・ダッチ曹長が訊く。正式名称があっても、隊員がたったの三名では格好がつかない。

 

 

「だからこそ、ここにいる」

 

 グラハムが不敵にニヤリと微笑み、手にしていた双眼鏡を手渡す。ハワードが不思議そうにそれを受け取り、そして遠方からプラズマジェット推進の音が聞えてきた。

 

 

「来たぞ」

 

 グラハムが空を見上げ、ハワードとダリルもそれに倣う。すると、逆V字の隊形を組んで接近してくる飛行編隊があった。ジェットの雲をたなびかせるそれらは、全てがユニオンフラッグの飛行形態。

 

 

「じゅ、十二機も!?」

 

 

 ダリルが驚きの声を上げ、そしてハワードが受け取った双眼鏡でフラッグの左肩の部分のオリジナルマーキングを見て彼の声が一段と興奮を帯びる。

 

 

「先頭を飛んでいるのは、アラスカのジョシュアか!」

 

 

 飛行部隊のパイロットは、その腕が認められると愛機の左肩にオリジナルのペイントを施すのが慣例になっていた。それだけに、それが認められているというのはその腕の証明でもあった。

 

 

「ジョージアのランディ、イリノイのスチュアートまでいる…!」

「各部隊の精鋭ばかりだぜ……」

 

「驚くのはまだ早い。プロフェッサー・エイフマンの手で全機がカスタム化される予定だ」

「本当ですか!?」

 

「嘘は言わんよ」

 

 

 グラハムはそこでフラッグが次々とランディングしてくる滑走路に目をやり、二人の部下に振り返りつつ言った。

 

 

「……調査隊が正規軍となり、十二人ものフラッグファイターが転属……かなり大掛かりな作戦が始まると見た。引き締めろよ」

 

「「了解!」」

 

 二人は敬礼し、そしてダリルが目元を緩ませた。

 

 

「楽しみですね、隊長」

「――――ああ、楽しみだ」

 

 

 グラハムの目には、次なるアイシスとの戦いの渇望が燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告


世界が動き始めていた。ガンダムマイスターたちは最大の危機を前に思うことを為す。それは、迫る己が最期への手向けなのか…。次回、『決意の朝(後編)』。




なんだかまだランキングに載ってて嬉しかったので思わず投稿です^^;
読者の皆様、ありがとうございます!

ちなみに、もしかしたら次回が後編じゃなく中編の可能性もあります><


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第13話:決意の朝(後編)

 

 

 王留美の別荘には屋外プールすらもある。

 

 現在、プトレマイオスはソレスタルビーイングの秘密ドックに預けてある。『ガンダム鹵獲作戦』による戦闘や長期間の連続航行によって疲弊したプトレマイオスを全面的にメンテナンスするため、その間に休暇よろしく地上に降りてきたのである。

 ただ、アレルヤとイアン、医者のJB・モレノは宇宙に残っていたが……。

 

 

 プールサイドのパラソルの下、水着を着てくつろぐスメラギと王留美をリヒティがビデオカメラのファインダー越しに眺めている。無論、録画中である。

 

 

「何話してるんだろ、あの二人」

「キミ、それセクハラ」

 

 

 と言ったのは、リヒティの後ろで呆れ顔のクリスティナ。二人ももちろん水着着用であったが、リヒティの水着は半袖半ズボンの全身タイツのようで、何ともコメントに困るものであった。とりあえず確実にイケてない。

 

 

「セ、セク……!? そ、そっすかねぇ?」

「そうよ」

 

 

 にべもなく断言するクリスティナであるが、そういえばリヒティが薄着しているのを見たことが無いと思う。だらしなさそうなのに、下着姿で出歩いたりはしないのだ。

 

 そんなことを考えつつ、クリスは反対側のプールサイドに目を向け―――ラッセがビキニパンツで猛烈に腕立て伏せをしているのを見て無言で目を逸らした。

 

 逆に、プールではセレネが自分の手で水を飛ばすGN水鉄砲(自称)でフェルトの市販水鉄砲と激戦を繰り広げていた。アイシスを彷彿させる凄まじい動きのセレネと容赦なく大きな水鉄砲を乱射するフェルトは恐ろしい事に互角である。

 ちなみに先程クリスも参加したのだが、セレネに水が当たらないわフェルトが容赦ないわで先程撤退を決意したのである。

 

 

「――――ねらい撃つぜぇー! なのです…っ!」

「……給水完了。迎撃射撃に入ります…!」

 

 

「……あっちはあっちで自分の世界に入ってるし」

 

 

 二人ともまだ子どもなんだなーと深く感じさせられる光景である。ちなみにセレネの水着は薄ピンク色のワンピースタイプに変わっている(子供用だがセレネは知らない)。

 なんだかんだで先程はクリスもムキになって参加していたのは気にしない。

 

 クリスはやれやれと首を振り、それから尋ねる。

 

 

「ねぇ、他のマイスターズは?」

「刹那は隠れ家に戻って、ロックオンはどこかに行っちゃったっす。ティエリアは地下にいるみたいだけど」

 

「なんつーか、連帯感ゼロね……」

「四六時中ベタベタしてたら気持ち悪いっすよ」

 

 

 約一名、逆に一人でいると心配せざるを得ないマイスターがプールではしゃいでいるが。

 と、苦笑気味に呟いてからリヒティは己の失言に気づいた。

 

 

(し、しまったぁぁぁーーっ!?)

 

 

 もちろんフェルトも可愛いと思っているし、スメラギも美人だと認めている。セレネも年齢を考えなければ相当に可愛いだろう。だがリヒティは21歳。ロリコンではないのでセレネは対象外であり、やはり一番はクリスティナだった。

 

 だから休暇を利用して仲良くなりたかったのに!

 むしろ自分でその可能性を潰しにかかってしまったのである。自分がベタベタする口実を失ったともいう。

 

 考えすぎかもしれないが、これまで何度もアプローチを粉砕されているリヒティとしては死活問題であった。そういうわけで真剣に悩んでいると……。

 

 

「ねえ、なに?」

 

 とクリスティナが訊いてきた。

 

「へ……? な、なにって……?」

「さっき、私のこと呼んだじゃない。『あのさ、クリスティナ』って」

 

 

 無意識に呼んでしまったらしい。

 狼狽するリヒティ。これはチャンスでもあるが、何を話せばいいのか―――。

 

 

「用、ないわけ?」

 

 

 無言の時間が長いためか、彼女の眉根が不機嫌そうであった。

 

 

「……ひ、暇つぶしに、ロックオンのところに連絡してみません?」

 

 

 リヒティは笑顔だったが、それは悲しい笑顔だった。

 そして、クリスも不思議そうにしつつそれに従う。

 

 

「……フェルト、リヒティさんは何をしてるのです…?」

「……セレネ、見ちゃダメ」

 

 

 わけがわからない。とばかりに小首を傾げるセレネに、フェルトは首を横に振った。

 なんだかんだで、みんな自分の恋には鈍感であった。

 

 

 

 

……………

 

 

 

「なんだ、リヒティか……」

 

 ロックオンは通信端末の画面を見て言った。ロックオンの周りには賑やかな音楽と若い女性たちの笑い声が入り混じっている。こちらからは音声のみの通信だが、向こうからは通常通信であるために青空をバックに水着のリヒティとクリスが映し出されている。

 

 

「なんの用だ? 定時連絡はしてるだろ」

『いや、なんとなく……』

 

 

 その時、ロックオンの横から若い女性たちの笑い声があがる。それを耳ざとく聞きつけたリヒティが目を輝かせる。

 

『うわ、もしかして女の子っすか!? ていうか、何人ハベらせてるんですか?』

 

 

 ロックオンはふっと笑う。完全な苦笑なのだが、リヒティには気障な笑いに見えた。

 

 

「バーカ、ヤボなこと訊くなよ」

 

『フェルト、ハベらせるって何するのです…?』

『……目標を殲滅します』

 

『マジすか、マジすか!? いいな――――ぶわっぷ!?』

 

 

 セレネの訳が分かってなさそうな声に続き、フェルトの水鉄砲が八つ当たり気味にリヒティの顔面を襲う。最新式の高圧縮水鉄砲の全力射撃はその威力を遺憾なく発揮し、リヒティは鼻に水が入って猛烈に咽る。

 

 

『うぇおっほおっほ!?』

『……サイテー……』

 

 

 というクリスティナの呟きが聞え、ロックオンはまた苦笑する。

 

 

「用が無いなら切るぞ、じゃあな」

『あ、ちょっ……げほ、げほっ!?』

 

 

 リヒティの声を無視してロックオンは通話を切って携帯端末を横のシートに投げ、それからカーステレオのスイッチを切る。スピーカーから流れていた音楽や女性たちの笑い声が消え、ロックオンは愛車のシートに体を預けた。 

 

 

 それから一呼吸置き、車を降りて助手席側のボンネットに腰掛けた。

 

 

「まったくよぉ……」

 

 

 目の前の景色を見て、呟く。

 

 

「……こんなに綺麗になっちまって……」

 

 

 そこには、深夜でひっそりと静まり返る公園があった。

 公園の中央には十字架を立てたようなオブジェ。それは、この地で起きた自爆テロの被害者に贈る慰霊碑だった。十字架の台座には、ロックオンの家族の名も刻まれている。

 

 あれから、十年。

 瓦解したビルの跡は整地され、公園へと姿を変えていた。

 

 時の流れを感じさせられずにはいられない。

 

 しかし、ロックオンの記憶にあるのは瓦礫の山であり、どれほど綺麗になろうともそれは見慣れない景色以外の何物ではない。……まだ、忘れてはいないのだから。

 

 

 

「……まったく……感傷に浸る気分じゃねぇな、こりゃ………」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スメラギは別荘の地下にある情報収集機器の前に座り、ユニオン、AEU、人革連の各軍の動きとそれに付随するデータなどが表示される大型ディスプレイを苦い表情で見詰めていた。

 

 ついに三国家軍による合同軍事演習が翌日に迫っていた。それと同時に、演習場であるタクラマカン砂漠の濃縮ウラン埋設地にテロが仕掛けられるということも……。ソレスタルビーイングは、これを見逃すわけにはいかなかった。罠だと分かっていても…。

 今回の軍事演習は以前にモラリアとAEUがおこなったものとは比べ物にならないほど大規模なものだ。……彼女の誓いは、到底守られそうも無い。

 

 最小の犠牲で、最大の戦果を。

 こちら側に損害を与えず、仲間の誰をも失わない。敵の被害を最小で抑えることなど、とてもできそうにない相談だ。ガンダムマイスターたちを危険な目に遭わせることも分かりきっている。

 

 

「……スメラギさん」

 

 

 背後から声が掛けられた。

 スメラギは驚いて振り返り、そしてもう一度驚いた。

 

 暗い部屋の中でセレネが瞳を黄金色に輝かせ、寂しそうに微笑んでいた。

 

 

「……セレネ? そ、れは……?」

「こういう、体質なのです。普段はこれで隠しているのですが……」

 

 

 そう言ってセレネは黒いカラーコンタクトをつけ、小さく呟く。

 

 

 

「……スメラギさん、わたしは脳量子波によるGNパックの遠隔操作が可能です。ある程度のGN粒子さえあれば一斉に複数個所への攻撃も可能ですから、それもミッションプランに―――」

 

「ちょ、ちょっと待って! ……それは、貴女もアレルヤと同じように脳量子波の干渉を受けるということなの…?」

 

 

 無感情に、淡々と話すセレネを止めなくてはいけないと、このままでは何かがいけないと咄嗟に判断していた。セレネは僅かに顔を顰めると、言う。

 

 

「半分、正解です。細かい理屈はわからないのですが、波長がちがう……のです? 超兵の影響だけ特別強く受けたりはしないのですが、意識を集中させれば相手の感情がなんとなくわかります。攻撃も、回避もそれを利用すれば格段に有利です。……ですから、一番危険な場所は私に任せてください」

 

 

 頭が混乱していた。

 淡々と語るセレネの瞳にはいつものような明るさがなく、冷たい光が宿るだけ。

 しかし、スメラギはそんな状況でもセレネのその能力の危険性を察していた。これまでのセレネをしっかりと見てきたからでもあるのだろう。

 

 

「……それは、相手の苦しみも分かる……ということなの?」

「…………なんとかなります」

 

 

 ぴくり、と一瞬だけ動いた口元がセレネの内心を表していた。

 スメラギは一瞬だけ考え、言う。

 

 

「……ダメよ。貴女はそもそも長期戦には向いていない。私のミッションプランに従ってちょうだい」

「いざとなれば、アイシスは自爆させます…っ」

 

 

 スメラギは目を見開いた。

 何かに追い立てられるようなセレネの必死さと、焦りのようなものを感じた。ここ数日、何か様子がおかしいと思ってはいたけれど―――。

 

 スメラギは唇を引き結んで立ち上がり、セレネの頬を平手で打った。

 

 

「……っ!? ……ぅ、ぅぅ……っ」

 

 

 途端に涙を滲ませるセレネに罪悪感を覚えつつも、意を決し、冷たく言い放つ。

 

 

「貴女は、刹那やロックオンが、アレルヤやティエリアが自爆すると聞いたらどう思うの!? もっと意味を良く考えて言いなさい…!」

 

「……それが、嫌だから言っているのです…っ! 今度のミッションは、無理です…! スメラギさんだって……スメラギさんが、一番よく分かっているはずです…っ!」

 

 

 

 そうだ。今回の戦いは絶望的なものになるだろう……。

 確かにアイシスを敵陣に突っ込ませて敵の砲火を集中させることができれば、多少なりとも他のガンダムの離脱は楽になるかもしれない。けれど、それは―――。

 

 

 

「……ですから、私が囮になります。ウィングアイシスなら緊急脱出の可能性は最も高いです。むしろ、私一人でも―――」

 

 

 もう一度、引っ叩かなければいけないのだろうか。

 ハイパーブーストは行き帰り両方にチャージ無しで使えるような燃費ではないのだ。確実に敵の砲撃に捕まって、永遠に続くかというほどの砲撃を受け続けることになる。そして、万一のときは自爆するというのだろう。

 

 スメラギだけではなく、ロックオンもアレルヤも、そして刹那もそんな作戦とも言えないようなものを認めるはずが無い。スメラギが唇を噛み締めて腕を振り上げようとしたその時――――底冷えするような声が地下に響いた。

 

 

 

 

「………セレネ」

 

 

 

 びくっ、とセレネが震え上がる。

 壊れた人形のようにゆっくりと振り返るセレネは、入り口に立つ少年の――――刹那・F・セイエイの、無表情なのに明らかに激怒していると分かる異様な空気に完全に呑まれて硬直する。

 

 

「……せ、つな……どう、して……」

「スメラギ・李・ノリエガ、コレを借りる」

 

 

 刹那はセレネが何か行動する暇も与えずに接近してセレネの腕を掴むと、スメラギの返事を聞くことなくそのまま連れ去った。

 

 

 

 

 

「……お酒でも飲もうかな」

 

 

 スメラギは小さく呟き、なんとなく持っていたワインを開けた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

――――お、怒ってます。ものすごく怒ってるのです…っ!?

 

 

 

 部屋を出て、思い出したように足を突っ張って抵抗を試みたものの、刹那はどこにそんな力があるのかというほどの力で抵抗など無いかのように私を引き摺ります。

 地上に上がるための階段があり、これで何とかなるかと思ったのも一瞬、容赦なく抱えあげられてしまいました。

 

 

「……は、はなしてください…っ!」

 

 

 咄嗟に四肢をばたばたさせて抵抗を試みますが、刹那はそれを意に介さないばかりか、ギラリと剣呑な光の宿った瞳で見据えてきます。

 

 

「……大人しくしていろ」

「………っ」

 

 

 こ、怖いです…っ!

 思わずこくこくと頷き、泣きそうになりながら運ばれた先は――――刹那に割り当てられた部屋。そのままスタスタと部屋に入ったかと思うと、ベッドに投げ捨てられました。

 

 

 

「――――きゃぁっ!? せ、刹那……危ない―――…と、思うのです…?」

 

 

 む、無理です! こわいのです…っ!

 刹那の怒りのオーラに抗議の声は尻すぼみに小さくなり、じりじりと必死にベッドの上で後退すると刹那は顔を顰め、ベッドの前から私を見下ろしつつ言う。

 

 

「なぜ、あんなことを言った」

「……ど、どれの――――ぁぅ…っ!?」

 

 

 目を逸らしつつ思わずとぼけてしまうと、それが気に食わなかったのか、あるいは埒が明かないと判断したのか、ベッドの上に乗った刹那に肩を掴まれ、壁に押さえ込まれて至近距離で瞳を合わせられる。

 

 

 

「なぜ、軽々しく死ぬようなことを言った…!」

「……そ、れは…っ」

 

 

 

 目が逸らせないほどの距離。そして、混乱した意識が勝手に刹那の感情を読み取っていた。………怒って、いる。けれど、これは………。

 

 

 

 

「なぜ、何も言ってくれない…! 俺も……俺たちもガンダムマイスターだ…!」

「……せ、つな…?」

 

 

 

 かつて刹那がモラリアの軍事演習でコクピットから出たとき、理由を言ってくれなくて、険悪な空気になって、咄嗟に叫んだ言葉。あの時のわたしは、何を思ってこの言葉を言ったのだろう。

 

 混乱していた。

 けれど、刹那の真剣な……必死な瞳に、気がつけば口が動いていた。

 

 

 

「……だ、って……わたしは……ばけもの、なんです……」

 

 

 知っている。ほんとうのわたしを見た人たちがどう思ったか。戦場でわたしの戦いを見た人が恐怖を覚えたことも。そうだ、だから……わたしは……。

 

 

 

「……だから、わたしは……みんなに、生きてほしくて―――っ!?」

 

 

 

 

 強く、抱きしめられていた。

 刹那の身体の温かさと、刹那の感情が……哀しみが伝わってくる。

 

 

 

「………俺は、お前に生きていて欲しい」

 

 

 

 たったそれだけの言葉なのに、伝わってくる。

 刹那が、今まで一緒にいたときのことを、大切に思っていてくれたことが。

 

 ほんとうに、わたしなんかのこと心配してくれていることが。

 

 

 

「……せ…つな、わたし、心が読めるんですよ…?」

「話す手間が省ける」

 

 

 勝手に、涙が溢れてくる。

 

 

「わ、たし……ほん…とうは、白髪…なんですよ…?」

「嫌なら染めればいい」

 

 

 どうして、刹那に反論したいのかわからなかった。

 けれど、もしかしたら――――…。

 

 そっと、カラーコンタクトを外す。刹那をそっと押し返して、瞳を合わせた。

 

 

 

「だ、って……こんな、目なのに……!」

「………綺麗、だ」

 

 

 

 

 それだけ言って、もう一度抱きしめられる。

 

 

 

 

「ぅ、く……っ、ぐすっ……にあわ、ないです……せつな……っ」

 

 

 

 

 刹那の顔は見えない。けれど、僅かに拗ねたように顔を顰める刹那が見えたような気がして。胸の奥から込み上げる、温かな感情に身を任せて。刹那の身体を強く、抱きしめ返して――――そのまま、溢れてくる涙を堪えずに泣いた。

 

 

 抱きしめてくれている刹那の温もりを感じながら、そのまま眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

圧倒的な物量。絶え間なく続く攻撃。
これが世界の答え。ガンダムマイスターたちの終焉……。
次回、『折れた翼(前編)』。その死地を、剣が駆ける。




Cパート





 三国合同軍事演習の準備段階が終了しようとしていた頃。
 フランスの外人部隊基地で指揮官である小太りの大佐が極秘任務の指令書を赤毛の少尉に手渡していた。



「我が隊に極秘任務ですか?」


 指令書を受け取った赤毛の少尉は黒いスーツを纏い、背がスラリと高く全身から精悍な雰囲気を漂わせていた。


「詳しくは指令書を読んでくれ。この私ですら内容は知らされていない。私に与えられた任務は、キミにこの指令書を渡す事と――――アグリッサを預けることだ」

「アグリッサ?」


 指令書に目を落としていた少尉が顔を上げる。


「第五次太陽光紛争で使用したあの機体ですか」
「機体の受け渡し場所も指令書に明記されている」


 少尉は顎に手を当て、それから頷いて立ち上がった。襟元で結ばれた赤毛が揺れた。


「了解しました。第四独立外人機兵連隊、ゲーリー・ビアッジ少尉、ただいまをもって極秘任務の遂行に着手します」


 そういって、アリー・アル・サーシェスは仮初めの上官に敬礼した。


 基地から出たサーシェスは、コンクリートの上を歩きながら髪を束ねていた紐を解く。
 クク……ククク……と、狂笑がもれる。


「楽しくなってきたじゃねぇか……!」


 戦場だ。ようやくだ。
 あのクーデターを止めやがったクルジスのガキも、ナメたお嬢ちゃんも、借りは返させてもらう。


 たまらねぇ。たまらねえな。
 俺は戦場でなけりゃ生きていけねぇ。

 待ち遠しい。血が滾る。心が躍る。




「こりゃぁ戦争だぜ! そりゃもう、とんでもねぇ規模のなァ――――!」









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第14話:折れた翼(前編)

 

 

 広大なタクラマカン砂漠に双方向通信装置による巨大な電波の網が敷かれたのは夜半も過ぎてからのことだった。地上は自走式のものが、空中は浮遊式のものがカバーする。これでガンダムの粒子による通信途絶ポイントを知ることができ、逆に粒子を放出しなければ通常のレーダーやEセンサーに引っかかる。

 

 準備は、整った。

 三国合わせて総部隊数は65、参加モビルスーツは1040機。全ての配置が完了する。

 

 

 そして、濃縮ウラン埋設施設を破壊しようとしたテロ組織のモビルスーツを貫くデュナメスの粒子を合図に、青空のタクラマカン砂漠で5人のガンダムマイスターと世界の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

「デュナメス、目標を狙い撃つ!」

『全弾命中! 全弾命中!』

 

 

 スナイパーライフルがテロ組織のモビルスーツと人員輸送車を跡形もなく吹き飛ばす。ハロの報告を聞きながら、ロックオンは叫んだ。

 

 

「ミッション終了! 離脱するぞ、アレルヤ!」

 

 

 テロ行為への武力介入は完了した。今回のミス・スメラギの指示は一撃離脱。そのため、飛行形態のキュリオスに装備したテールユニットの上にデュナメスが乗り、遠距離狙撃の後に速やかに現場から撤収することになっていた。わざわざ袋叩きにされるのを待つ必要などない。

 

 

『了解…!』

 

 

 というアレルヤの返答とともにキュリオスが加速していく。このまま包囲網から抜け出せればいい……しかし、それを見逃してくれるほど敵は甘くなかった。

 

 

 デュナメスのコクピットに電子警告音が鳴る。背後から大量の多弾頭ミサイルが迫っていた。それら全てが外部装甲をパージし、詰め込まれていた小ミサイルが一斉に、噴煙で空が真っ白になるほど放たれ、デュナメスとキュリオスに牙を剥く。

 

 空中で無数の爆発光が連なり、一つの巨大な塊になる。その中央にいるデュナメスとキュリオスが白熱光と炸裂音、そして激しい振動に襲われる。

 

 

「くっ!」

『敵機接近! 敵機接近!』

 

 

 ハロが両目のLEDを点滅させ、前方から広く展開したユニオンリアルドが三十二機、飛行形態とモビルスーツ形態が半分ずつ、大きな波のようにして行く手を阻んでいた。

 

 

「くそっ!」

 

 

 やっぱ、そう簡単に逃がしちゃくれねぇか……。

 あいつらを倒して突破口をこじ開けるしかねぇ!

 

 

『ロックオン!』

「わかってる!」

 

 アレルヤの声に応え、デュナメスをテールユニットから離して空中に身を躍らせる。

 即座にGNスナイパーライフルと腰部前面のGNミサイルを放つ。更に、キュリオスがテールユニットの発射口を開き、ミサイルを全弾撃ち出す。

 

 リアルド部隊が爆煙をあげ、しかしその煙の中から飛行形態のリアルドが突っ込んでくる。しかも、速度を下げる気配がない。

 

 

「アレルヤ!」

 

 

 キュリオスは回避行動を取ったが、避けきれない。

 リアルドがその腹に激突し、爆煙が広がる。更に数機のリアルドが煙の中に突っ込み、そのたびに爆煙が規模を増す。そして、キュリオスは煙から吐き出されたかと思うと機体制御を失ったように落ちていく。

 

 

「くっそ、アレルヤッ!」

 

 

 しかし、心配している暇は無かった。モビルスーツ形態のリアルドがデュナメスを取り囲み、リニアライフルを連射してくる。

 ロックオンはGNビームピストルに持ち替え、敵の弾を回避しつつ応戦。数機のリアルドが爆煙となり―――そして、背後からの激しい衝撃がコクピットを襲った。

 

 

「なにっ!?」

 

 ロックオンがそれに気を取られた隙に、前方からもリアルドに組み付かれた。警告音がけたたましく鳴り響く。前後からリアルドがデュナメスに抱きついているのである。

 

 

「なんなんだ、こいつら!?」

 

 

 そう吐き捨てると同時に、ロックオンは前方のリアルドがコクピットを含む下半身を分離させ、危険物から離れるように距離を取るのを見た。

 

 

「まさか、自爆―――!?」

 

 

 振りほどく暇もなく、リアルドが盛大に爆炎をあげる。衝撃がデュナメスのコクピットを貫き、体が激しく揺さぶられる。僅かに意識を失いかけ、気がつくと砂の地面が目前に迫っていた。すぐさま操縦桿を引き、ペダルを踏み込んで軟着陸する。

 

 

『ロックオン!』

 

 

 テールユニットをパージしてモビルスーツ形態となったキュリオスが傍によって来る。アレルヤも無事だったようだ。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

 短く答え、ロックオンは敵の次の攻撃に目を移した。

 

 

「来るぞ!」

 

 

 右前方から、多数というのも馬鹿馬鹿しい数のミサイルが飛来する。

 避けきれないと瞬時に判断し、デュナメスのフルシールドを閉じて衝撃に備える。

 キュリオスもシールドを前面に展開し――――そして、豪雨のように弾丸が降り注ぐ。

 

 

 爆音と衝撃に揺さぶられて機体が軋む。人革連のティエレン長距離射撃型による砲撃だ。離脱できなかった場合の展開はミス・スメラギに聞かされていたものの、やはり自分で体感させられるのでは大違いだ。衝撃が、閃光が、戦場の空気が、否が応でも精神力を削っているのを感じていた。

 

 

 砲撃開始から一分が経過しても、砲撃は止む気配が無いどころかむしろ激しさを増しつつあった。ティエレンの砲撃にユニオンフラッグ陸戦重装甲型やAEUのリアルドホバータンクの混成部隊による砲撃が混じる。三国家軍による挟撃―――もはや、退路は完全に断たれていた。

 

 更にダメ押しとばかりの爆撃装備のAEUヘリオンが上空から爆弾を落としていき、デュナメスとキュリオスの周囲が火の海になってもロックオンは耐えていた。

 

 

 ガンダムの装甲は並大抵のことでは破壊されなくとも、コクピットの中で気を抜くことはできない。常に体が揺さぶられ、緊張が走り、手や足を突っ張って全身を支えなくてはならない。少しずつ体力が削り取られていく。

 

 もう既に軽く息が上がっていた。パイロットスーツの中が蒸れ始めていた。

 

 

「さっさと帰って、シャワーでも浴びたいぜ……」

 

 

 その願いも虚しく、砲撃の嵐は止む予兆すらなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ファーストフェイズの終了予定時刻を過ぎた。

 しかし、作戦終了を報せる暗号通信は届いていない。

 

 エクシアのコクピットで待つ刹那は、やはり歯痒い思いをしているのだろう小さな少女のことを思う。

 

 

(……セレネ)

 

『……やくそく、します。まだ、死んだりしません。だから、刹那も……』

 

 

 

 できれば、このフェイズでカタをつけたかった。

 ガンダム2機の脱出失敗から、脱出を支援するためのセカンドフェイズが始まる。

 

 操縦桿を強く握り締める。

 すると、ティエリア・アーデから通信が入った。

 

 

『ミッションプランをB2に移行する』

「了解。エクシア、外壁部迷彩皮膜を解除。ミッションを開始する」

 

 

 タクラマカン砂漠の一角に、セブンソード装備に更にソードアイシスと同じように追加スラスターを身につけたエクシア、その隣にヴァーチェの姿が現れる。プランB2はヴァーチェのGNバズーカによる脱出路の確保。そして、エクシアによる護衛。

 

 警告音が鳴った。

 どうやら、哨戒していた2機のリアルドに発見されてしまったようだ。

 

 

「エクシア、目標を駆逐する…!」

 

 

 少しでも敵にこの場所を知られるのを遅らせる。

 追加スラスターを閃かせたエクシアが逃げようとしたリアルドに瞬時に追いつき、GNソードを展開しつつ斬り捨てる。

 

 眼下では、ヴァーチェがGNバズーカを両手で構え、更に胸の前で固定。太陽炉に直結させ、高濃度圧縮粒子が転送される。GNバズーカが砲身の上下のパーツをスライドさせ、バーストモードに移行する。

 

 

 そして僅かに間をおき、それが解放された。

 

 ヴァーチェの4、5倍はろうかという圧倒的な粒子ビームの奔流が砲口から迸る。その巨大な光の柱はビル数階分の深さまで砂地を抉り、それと同程度の空間を焼き払いながら砂漠を一直線に貫く。その凄まじさは反動にも現れ、ヴァーチェの巨体が一気に後ろへ滑っていく。

 

 僅か数十秒で高濃度圧縮粒子の全解放は終了し、直線上にいたユニオンの砲撃部隊は塵も残さずに消滅しただろう。それを察知したデュナメスとキュリオスはこれでできた窪地を防御に利用しつつ離脱に入るはず―――そう考えつつ、再びヴァーチェがGNバズーカを構え、チャージを開始するのを見る。

 

 次の狙いは人革連のティエレン長距離射撃部隊。そちらも潰せば敵の布陣を大きく乱すことができ、その後にエクシアとヴァーチェも離脱する手はずだった。

 しかし、その前にエクシアのコクピットに警告音が鳴り響く。

 

 空が、ミサイルの噴煙で白に染まる。

 多弾頭ミサイルから無数の小ミサイルが放たれる。

 

 

「この物量は……!」

『敵の反応が早い…っ!』

 

 

 避けきれるものでも、撃ち落せるものでもない。

 そして、エクシアとヴァーチェも多方向からのミサイルの嵐に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ミッション開始からおよそ2時間が経過。未だに連絡はない。

 セレネは静かに、アイシスのコクピットでまどろんでいた。

 無論、寝ているわけではない。現在タクラマカン砂漠ではガンダムが4機も集結しており、その分のGN粒子が存在する。

 

 アイシスから発せられるものと合わせれば、潜伏地点からでも多少の情報を読み取る事ができると思ってのことである。

 

 

 けれど、感じ取れたのは絶え間ない爆音と振動、そして白く染まる視界だけ。

 ここで自分の精神力を削るのは得策ではないと悟って首を大きく振り、黄金色に揺らめく瞳を瞬かせる。

 

 

「………まだ、です…」

 

 

 

 セレネは小さく息を吐き、刹那たちのことを想う。

 

 

 二時間もの間、それだけの長時間にわたって爆発の衝撃を受け続けるなど尋常ではない。それでもここまでアイシスが投入されなかったのは敵の緊張が僅かでも緩む事への期待、自力での脱出への期待、そしてセレネが相手のパイロットを殺さないからだ。

 

 

 フォートレスでGNバズーカのバーストモードを使えば、脱出成功の可能性は飛躍的に上がるはずだった。けれど、セレネは心の底ではそうしたくないと願っていた。

 一人でも、死ぬ人を少なくしたいという夢想を捨てられなかった。

 

 

 

『俺は、死なない』

 

 

 だから、お前が思うガンダムに……。刹那はそう言ってくれた。

 ロックオンも、笑って認めてくれた。アレルヤさんも、気にしなくていいと言ってくれた。ティエリアさんも、咎めるようなことは何も言わずに黙認してくれた。

 スメラギさんも、その意図を汲んでこのミッションにしてくれた。

 

 だから……絶対に後悔しない結果にする。

 

 

 

 

「………ぜったいに、死なせません……」

 

 

 何の為にこんな身体になったのか。それは、世界を変えるため。

 平和な世界に、少しでも近づけるため。

 

 一人でも多く、こんな無駄な戦いから生かして帰す。

 そして、大切な仲間は絶対に死なせない……!

 

 

 

 

「………刹、那」

 

 

 小さく呟く。

 どうして、こんな短い言葉がこんなにも心を温かくしてくれるのだろう。

 

 このミッションが終わったら、もう一度………心が温かくなるどころか、どうしてか顔が熱くなるのを感じながら操縦桿を握り締め――――そして、感じた。

 

 

 

「―――アレルヤ、さんっ!?」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『うああああぁぁぁぁっっ!』

 

 

 デュナメスのコクピットのスピーカーからアレルヤの絶叫が響く。砲撃を避けながら脱出ルートを移動していたキュリオスが突然地面に倒れる。

 

 

「どうした、アレルヤ!」

 

 

 すぐさまロックオンが機体をキュリオスに寄せ、飛んでくる砲撃を防ぎながらキュリオスを立ち上がらせようと腕を引く。

 

 

『……あ、頭が……』

 

 

 苦悶に呻くアレルヤの声が聞こえる。

 

 

『……く、来る……超兵が、来る……!』

「超兵だって!? 報告にあった人革の専用機か……!」

『敵機接近! 敵機接近!』

 

 

 ハロの警告で我に返り、気がつくと砲撃が止んでいた。その代わりにこちらに近づいてくる砂煙が視える。人革連のモビルスーツ隊…!

 

 

「立て、アレルヤ! 行くぞ!」

 

 

 デュナメスがキュリオスを抱え上げ、キュリオスはよろけながらも機体を起こす。

 その時だった。紅梅色の機体が窪地に飛び込んでくる。

 

 

 あれが、人革連の超兵専用機か――――!?

 

 

 デュナメスがGNビームピストルを放つが、敵機は空中で自在に動いて的を絞らせず、これまでで疲弊していたロックオンは弾を外してしまう。粒子ビームは虚しく宙に消えていき、隙をついてキュリオスが奪い取られる。そして、そのまま加速して離れていく。

 

 

「アレルヤッ!」

 

 

 なんとか追おうとするものの、コクピットを襲う衝撃がそれを遮る。遅れて到着した高機動B型ティエレン部隊が窪地のふちから滑空砲を撃ってきていた。

 デュナメスはフルシールドでそれを防ぐが、足止めによりキュリオスと分断されてしまう。

 

 

「思う壺かよっ!」

 

 

 ビームピストルで応戦すると敵は即座に後退し、代わりに中断されていた砲撃がお返しとばかりに降り注ぐ。

 

 

「ぐあぁっ!」

 

 

 コクピットが激しく振動し、また延々と続く砲撃に耐えなくてはならなかった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 キュリオスは紅梅色のティエレン、ティエレンタオツーによってデュナメスから離された上で地面に叩きつけられ、踏みつけられて至近距離から滑空砲を連射される。

 しかし、それを意に介さないかのようにティエレンタオツーのコクピットのソーマ・ピリスに羽付きガンダムから通信が入る。

 

 

『おい、名前は?』

「通信…?」

 

『教えろよ』

 

 

 どろりとした声。言い知れない嫌なものを感じながら、ピーリスは一喝するかのように答えた。

 

 

「超兵一号、ソーマ・ピーリス少尉だ!」

『……ソーマ・ピーリスか……いい名前だ……』

 

 

 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

 そして―――。

 

 

『――――殺し甲斐がある!』

 

 

 突然、キュリオスのシールドから細身の剣が飛び出す。ティエレンタオツーのメインカメラが串刺しにされ、ついでとばかりに蹴飛ばされる。

 

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 視界が途切れ、復旧するまでの間に凄まじいパワーで蹴り飛ばされたティエレンタオツーのコクピットが激震し、ほんの一瞬だけ思考が鈍る。その隙に逆にキュリオスはタオツーを地面に押さえ込み、胴体を踏みにじる。

 

 

『にしても、超兵一号だぁ…? どれだけの数のガキが実験で死んだかテメェは知らねぇのか? それとも、知っててそんなに自信満々なのか? ま、テメーらからすりゃぁ失敗作なんてゴミ同然、無かったのと同じことなんだろうけどなァッ!』

 

「な…っ!? ……それを、あの場所を破壊したキサマが言うのかっ!」

 

 

 そんな話は知らない。一瞬動揺したものの、敵の言葉に耳を傾けるほど愚かではないと叫び返し、なんとか羽付きを引き剥がそうとする。

 しかし、羽付きのパイロットはそれを鼻で笑った。

 

 

『ハッ、あの地獄もしらねぇくせに粋がってんじゃねぇよ…! ……なぁ、あそこがどれだけ苦痛な脳量子波に満ちてたか知ってるか? ……たすけてくれ、たすけてくれ、って声が響きやがる。なぁ、答えてみせろよ――――あそこの『実験』が何なのかよぉ!』

 

「………くっ!?」

 

 

 

 羽付きが大きく足を振り上げ――――そこに連続して滑空砲が命中する。

 

 

『いったん離れろ、少尉!』

「中佐!?」

 

 

 キュリオスがややバランスを崩した隙に、ティエレンタオツーはキュリオスを蹴飛ばすようにして脱出。それと入れ替わりで大量のミサイルが窪地に飛び込む。

 

 

 

 それを背後に映しながら、ピーリスはセルゲイたちと共に撤退していた。

 ……羽付きパイロットの言葉が胸に突き刺さるようだったが、それに乗っては思う壺だと意識を戻す。今は、戦いに集中する。

 

 

『やはり、一筋縄ではいかんな。だが、必ずまたチャンスは来る』

「わかっています」

 

 

 

 そう、これは戦術的撤退だ。

 砲撃班は複数に分かれており、大物量でガンダムに身動きできないほどの砲撃を加え、弾薬が尽きれば即座に次の班と交代して弾薬を補充、あるいは休憩する。

 それを繰り返してガンダムに付け入る隙を与えない。砲撃をくらい続けていれば気の休まる暇も、食事を取る暇すらあるまい。そして三国家軍には、二日でも三日でも作戦を継続させる余裕があるのだ。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そのころ、AEUの司令部ではカティ・マネキン大佐が指示を飛ばしていた。

 

 

「大佐ぁ! なぜ私が待機命令なのですか!?」

 

 

 と、自称・AEUのエースが直談判しに来たが、今はまだまだ砲撃でガンダムを弱らせる頃合である。

 

 

「信用しろ、私がお前を男にしてやる」

 

 

 そう言ってやると、少尉はぽかんと口を開けて二の句が次げないでいた。……その間抜け面のお陰で肩の力が抜けてリラックスできた。自慢の腕前は知らないが、こういう点では役に立たない事も無いか―――そう考えたとき、モニターに映し出される通信途絶地点が増え、オペレターが焦った声を出す。

 

 

「ポイントE05の通信装置が途絶しました! さ、さらに4つに分裂します!」

「なんだと…っ!?」

 

 

 普通に考えれば、これはガンダムが出現したサインだが……4つだと!?

 ただの陽動……いや、そんなことをする意味はない。

 

 すぐさま移動している4つの通信途絶ポイントを確認し、そしてその全てが砲撃部隊のいる地点を目指していることに気づいたカティは即座に指示を出した。

 

 

「遊撃部隊を回せ! 予備の部隊も出撃させろ! どれかの通信途絶地点に例の白いガンダムが紛れている可能性がある!」

 

「りょ、了解!」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 真紅に染まるアイシスのコクピットでは、全身の力を抜き、瞳を黄金に輝かせるセレネがぼんやりと虚空を……いや、戦場を見据えていた。

 

 戦闘開始から2時間強。戦場には十分な量のGN粒子が満ちている。

 それは通信に影響を及ぼすようなレベルではないが、確かに存在している。

 

 

(……ここまでしていただいたのですから、これで……!)

 

 

 セレネにははっきりと見えていた。

 砂漠を駆ける4つのGNパック、ソード、ガンナー、フォートレス、そしてウィング。

 GNパックの単独行動用のための追加パーツ、使い捨ての粒子パックと補助の武器を装備した4機は、その全てがセレネの四肢と同じように動くことができる。

 

 アイシスのコンソールには次のような文字が表示されている。

 “Quantum Synchronize System”量子同期システム。一定以上の粒子濃度のある場所において、パイロットの脳量子波をGN粒子と共に拡散し、端末と同期。GNパックを、そして自らの機体を肉体を介することなく操作するシステム。余計な工程を排除することによって反応速度の限界を超えるとともに、旧来とは次元の違う遠隔攻撃を実現する。

 

 ……お母さんの、創ったシステム。

 ヒトという枠組みでは使いこなせず、本来は不必要なシステムだ。

 

 けれど――――わたしなら。

 

 

 

(――――…ガンダムアイシス、セレネ・ヘイズ……目標を無力化します…!)

 

 

 

 

 最早、セレネ自身の身体はぴくりとも動かない。ただ心臓が脈打ち、無意識に呼吸しているだけ。半ば睡眠状態に近いかもしれない。

 しかし、間違いなくセレネは戦場を駆けていた。

 

 

 

 ほとんど一方的な砲撃しか行われないような戦場では、心配していた感情の逆流によるセレネ自身のオーバーロードもない。そして、セレネの脳量子波と同期したGNパックはほとんど同時に敵の砲撃部隊を捉えた。

 

 

 

『――――な、なんだあれは…っ!?』

(……切り、裂く!)

 

 

 GNソードを機首のようにして飛来するソードパック。その明らかにモビルスーツではない形態に動揺しつつも敵機が砲撃してくるが――――当たりません…!

 

 パック側面に位置する追加スラスターが僅かに緑の輝きを放ち、砲撃を掠めるようにして回避。その勢いでパックに横方向の回転を与え、ティエレンの砲身を頭ごと真っ二つにする。そして、そのまま小刻みに動いて敵の砲撃に当たることなく次の獲物にGNソードが喰らい付く。

 

 

 

 

 

『ど、どこから…っ!?』

 

 

 続いて、ユニオンフラッグ重装甲型の砲撃部隊が立て続けに遠距離からの狙撃で倒れる。

 すぐさま別の部隊が超遠距離狙撃で砲撃部隊を狙い撃つガンナーパックに攻撃を加えるが、後ろ目でもついているかのように回避される。

 

 

(……甘い、です…っ!)

 

 

 お返しとばかりに放たれるGNミサイルがユニオンリアルドの上半身を吹き飛ばし、戦闘不能にする。更に、正確に放たれるGNビームピストルが敵を寄せ付けない……いや、不用意に近づいた敵を最低限の弾で仕留めていた。

 

 

 

 

 

『く、くそっ!? なんなんだよコイツは…っ!?』

 

 

 一方でAEUのリアルドホバータンクは必死に、自分たちに接近してくる装甲の塊に砲撃を浴びせる。しかしもっとも多く使い捨て粒子パックを装備し、GNフィールドを展開するフォートレスパックの前では全く意味をなさない。ましてや、中にパイロットがいるわけではないのだから衝撃を受けようとも照準が少し狂う程度の意味しかない。

 

 

(……最大の効率を…!)

 

 

 4門のGNキャノンが火を噴き、一度に5機ものリアルドホバータンクが吹き飛ばされる。しかし、それでもコクピットに致命傷はなかった。

 

 

 

 

 

 

『は、速い…っ!?』

(おそい、のです…っ!)

 

 

 そして、凄まじい速度で戦場を駆け抜けるウィングパックが装備された2丁ビームライフルを乱射する。その度にティエレンが砲身ごと肩を抉り取られていく。

 ……三国の砲撃部隊は、4機のGNパックの猛攻で確実に陣形を掻き乱されつつあった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 一方、GNフィールドを展開するヴァーチェと共に砲撃を受け続けていたエクシアのコクピットで、刹那は異変に気づいた。

 

 

「……砲撃が、弱まっている…!?」

 

 

 恐らくは、セレネが参戦した影響だろう。あれほど激しく、ヴァーチェに照準を定めさせなかった砲撃が恐らくは一時的にせよ、確実に弱まっていた。しかしセレネの身体に、意識にかかる負担を考えればこのままセレネに頼るのは論外。

 

 

「ティエリア・アーデ…!」

『……分かっている! いや、これは……了解した…!』

 

 

 ティエリアが何事か呟き、僅かに砲身を動かす。更に、粒子の圧縮率と砲身のパラメータを変更。範囲を抑えて射程を可能な限り延ばす。そして、叫んだ。

 

 

 

『GNバズーカ……バーストモード!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、なんだと…!?」

 

 

 次々と通信途絶、そして恐らくは撃破されている砲撃部隊にカティは歯噛みしていた。それどころか、飛来した強烈な粒子ビームが司令部の通信を統括していたアンテナとその周囲の機関を跡形も無く消し飛ばしたのである。幸いにも人的被害はほとんど無さそうだが、その影響で一時的に全ての通信がストップ。通信自体は数分で復旧したものの、部隊への指示が、謎の4つの通信不能点への対応が滞り、致命的なロスを招いたとカティは感じていた。

 

 

 

 

 一方でユニオンの空母、そこに並べられたフラッグカスタム。

 オーバーフラッグス隊の隊長であるグラハム・エーカー上級大尉は、本来はまだ出番ではなかった。

 

 しかし、突如として現れた4つの何かによって戦線が掻き乱されており、更にはAEUの司令部の通信が一時途絶。ガンダムが戦場の離脱に成功しかねないと感じたグラハムは即座に緊急出撃を上申し、ちょうど動揺していた上層部によってそれは受け入れられた。

 

 

 カスタムフラッグのコクピットで、彼は笑みを浮かべていた。

 

 正直に言うのであれば、今回の作戦には苦いものも感じていた。ガンダム5機に対して三国家軍は1000機以上のモビルスーツを投入しており、1機あたり200機以上の計算になる。多勢に無勢。大軍をもって敵を制するのは戦争の基本であるが、いささかやりすぎな気もあった。これはもはやイジメを越え、集団リンチという領域すら超越していると思った。しかし同時に、古来より人間は猛獣などの圧倒的に力の差のある敵には人海戦術でそれらを倒してきたという事実もある。

 

 となれば戦争の基本に立ち返るのも仕方の無いこと。そしてグラハム・エーカーは軍人であり、これは軍の命令であった。そこに疑問や口惜しさを挟まない……それでこその軍人なのだ。

 

 しかし、そこでこの状況。

 一度アイシスがあの翼を分離してミサイルを撃ち落すのを見ていたグラハムには、これがアイシスによるものであると即座に理解できていた。そして、この事態に対処する方法も考えてある。

 

 緊急事態で、なおかつ上層部に出撃が認められたのであれば是非もない。

 真剣勝負ができそうだ。グラハムは心の底からの笑みを浮かべる。

 

 

 

「オーバーフラッグス隊、ミッションを開始する! グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ガンダムの脱出は、先程までよりも確実に進みつつあった。

 一時的とはいえAEUの指令の寸断。それにより更にヴァーチェの人革連砲撃部隊への攻撃成功。残るユニオンの部隊をGNパックで強襲し、エクシアとヴァーチェは離脱可能だと思われる。デュナメスももう少しで包囲網を脱することができそうであり、問題はキュリオス―――。

 

 

 と、高速で4機のGNパックの情報を並列処理しながら頭の片隅で考え、そして異変に気づいた。

 

 

 GNパックの撒く粒子に紛れ込んで砂漠に潜入し、その後は外壁部迷彩皮膜を発動させてジッと身動きをとらないことで場所が特定されていないはずのアイシス本体の位置。そこに無数のミサイルが飛来しているのである。

 

 

(――――っ!?)

 

 

 現在アイシスはGNパックを装備しておらず、防御的にも攻撃的にも脆弱な丸裸。

 それでもガンダムの装甲はミサイル程度でやられはしないが―――防御にプライオリティをシフトさせるために、迷彩皮膜を解除せざるを得ない。

 

 

「……きゃぅっ!?」

 

 

 コクピットを襲う揺れに、僅かに意識が乱れる。

 そしてほぼ同時に、凄まじい勢いでこちらに突っ込んでくる部隊があることに気づいた。

 

 それは、15機もの黒いカスタムフラッグ。

 先頭にはプレッシャーを放つ、あの人の機体。

 

 

 

『逢いたかった……逢いたかったぞ、アイシス…ッ!』

(……ど、どうして…っ!?)

 

 

 

 それはフラッグの編隊であり、変態だった。

 

 

 

 

 




次回予告


 成功するかと思われた脱出。しかし、セレネの前に再びあの男が現れる。
 吹き荒れる弾丸の嵐の中で、刹那が叫ぶ。次回、『折れた翼(後編)』




追記
すみません、オーバーフラッグスは15機でした><


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第14話:折れた翼(後編)

すみません、どうしても早く出したくて一気に後編も更新です。
長すぎて誤字のチェックが追いついていません……作者失格ですが、誤字がありましたら感想でご指摘ください。申し訳ありません><


 刹那は異変を感じていた。

 再びを砲撃が激しさを増しつつある。

 

 

「……セレネ…!」

 

 

 恐らくは、セレネに何かがあった。

 今なら、エクシアを離脱させることができるだろう。しかし―――そうすれば更に他のマイスターたちへの攻撃は激しさを増すだろう。

 

 刹那は、感覚の鈍った手で操縦桿を強く握り締める。

 静かにエクシアを浮かび上がらせ、言う。

 

 

「……ティエリア・アーデ。俺は救援に向かう、お前は脱出を―――」

『冗談は止してもらおう。ガンダムが鹵獲される可能性を残して撤退などしない。……僕が突破口を開く』

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「コマンダー、ポイントE06で目標視認。作戦行動に入る。オーバーフラッグス、フォーメーションEでミッション開始する!」

 

 

 

 いつもの追加武装を身につけず、砂地に純白の機体を晒すアイシスにグラハムは僅かに目を見開き、それから笑みを浮かべる。柔肌を覗いてしまうとは無粋な真似をしてしまったようだが――――是非ともお相手いただこうか…!

 

 しかし、その時。ダリルから通信が入る。

 

 

『隊長、ジョシュアが!』

「…っ!」

 

 

 ジョシュアのフラッグが勝手に突出していた。明らかに命令違反。

 アイシスは命を無闇に奪おうとしない優しさこそあれど、決してそ生温い相手ではないというのに…!

 

 

「ジョシュア、隊列を崩すな!」

『ふっ……隊長ヅラして――――』

 

 

 その瞬間、ジョシュアがアイシスに向けて急降下しつつ人型形態に変形する。

 これまでグラハム以外に為し得なかった快挙、空中変形―――かと思われたが、その瞬間、隙だらけのフラッグの腕をアイシスのビームライフルが貫いた。

 

 

『―――ぅっ!? ぅ、うわぁぁぁぁっ!?』

「―――ジョシュア…っ!? 早く機体を立て直せ―――!」

 

 

 

 空中変形中に腕を、翼を吹き飛ばされたフラッグはバランスを崩して失速。更に錐揉みする機体を立て直せるのは、それこそグラハムのようなパイロットだけだったろう。ジョシュアのフラッグはそのまま地面に突き刺さると、爆発して消えた。

 

 

 

 

『ジョ、ジョシュアが!?』

「――――えぇい! フォーメーションをFに変更する!」

 

 

 

 やはり、アイシスは生温い相手ではない。アイシスを甘く見て命令違反をしたジョシュアに同情はしないが、仲間を失った苛立ちはある。しかし、今のは……明らかに致命傷は避けようとしていたアイシスの慈悲を、ジョシュアが無駄にしたとも取れるものであった。なぜなら、出現したばかりのアイシスのパイロットは疲弊しているわけが無いからだ。

 

 悔しさが残るが、仕方が無い……。必ず戻る。

 部下をこれ以上犬死にさせないためにも味方の砲撃部隊にこの場を譲り渡すことを決意したグラハムは、アイシスを名残惜しく見詰めながら後退し――――。

 

 

 

「なん……だ!?」

 

 

 アイシスがビームライフルを撃った姿勢のまま、ぴくりとも動いていなかった。

 何故かグラハムにはその姿が、初めて人を殺してしまった新兵のそれと重なって見えた。

 

 

「……っ、アイシス……」

 

 

 ガンダムを鹵獲しようと、これほど卑劣な作戦に出られてもまだ我々を気遣うというのか…。グラハムはそして、無防備なアイシスに襲い掛かる無数のミサイルを見て血が滲むほどに唇を噛み締め、コンソールに拳を叩きつけた。

 

 

 

「……くっ! 軍人、失格だな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 アイシスの量子シンクロシステムが揃ってエラーを表示し、けたたましい警告音を響かせていた。あらかじめ設定しておいた通り、GNパックはAIに従って行動しているのだろうが……。

 

 

「……ぅ、ぁぁぁぁああぁ……っ」

 

 

 涙が溢れていた。

 それと同時に、ロクに防御姿勢を取っていないアイシスのコクピットが激震する。

 

 けれども、どんなに涙を流しても自分が殺してしまったパイロットの恐怖の叫びが耳元にこびり付く。GNパックに意識の大部分を割いていたことで相手のパイロットの感覚の逆流はほぼ無かったが、何の慰めにもならない。それはむしろ、自分が手を抜いたせいで一人が命を落としたという事実を突きつけられているのに過ぎないのだから。

 

 

 

 弾丸の嵐は徐々に強まり、それが浅はかな自分を責め立てているように思える。

 GNパックとのシンクロも手放してしまった。必死に意識を伸ばして再同調しようとしても乱れた感情と離れた距離、そして襲い掛かる衝撃が、閃光が邪魔をする。

 

 

 

「……だ、め……わたしは、まだ……」

 

 

 生きないと。小さく呟く。それに応えるように、セレネの脳量子波に反応してアイシスが地面に膝を突くようにしつつ、腕でコクピットを庇うように防御姿勢を取る。

 焼け石に水とはいえ僅かに衝撃がマシになったように思えるコクピットで、必死に自分の身体を抱きしめた。

 

 

 

「……せつ、な………さむい…です……っ」

 

 

 

 溢れるGN粒子の輝きと、頭を引き裂くように流れこむ無数の感情を思い出す。熱した金属を流し込まれたように痛みだけを狂ったように訴える身体も、全てが終わり、自分の物ではないかのようになってしまったそれらも。

 

 

「……ぁ、ぐ……ぅぅ…っ!」

 

 

 脳量子波の過度な使用と感情の乱れの影響で暴走しかかった能力が、無数の感情を頭に押し込めてくる。飽和状態の砲撃のせいで、もう逃げる事はできない。敵が確信を持ってガンダムの鹵獲に乗り出すまで延々と砲撃を受け続けるだけ……。

 

 震える手でコンソールを操作し、致命的なダメージを受ける、またはコクピットあるいは太陽炉に看過できない干渉を受けた場合は自爆するという設定を確認する。

 自爆方法は太陽炉のオーバーロード。これで、少なくとも太陽炉は渡さなくてすむ…。

 

 

 脳への過負荷のせいで、意識がぼんやりしてきた。

 

 

 

(………ごめん、なさい……刹那……)

 

 

 

 やくそく、守れないかもしれません。

 

 

 

(………また、いっしょに……おかいもの……)

 

 

 

 もしできたら、また二人で晩御飯の食材を買いにいきたい。

 刹那はほとんど喋ってくれないけれど、いっしょにいてくれるだけで、それだけで心があたたかくなるから……。

 

 

 

(………せつ、な……は……なにが……いちばん……)

 

 

 

 

 意識を失ったセレネの身体から力が抜ける。しかしシートに崩れ落ちた小さな身体は、そんなことはお構いなしに続く衝撃に嬲られ続けた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……戦闘開始から5時間が経過したか……」

 

 

 ホテルのスイートルームからは夕日に染まる大海原が一望できる。その沈みかけた夕日がソレスタルビーイングの命運を表しているように、アレハンドロ・コーナーには思えた。

 

 まだ、5機のガンダムが帰投したという報告は受けていない。

 ということは、まだ彼らは砲撃に囲まれたままということなのだろう。敵は今回限りの急造軍だけに容易に敵陣を突き崩せるかと思ったが、なかなかどうして敵軍の連携は意外にも固かったらしい。

 

 

 しかし、このままではガンダムマイスターたちは確実に死ぬ。

 そんな不吉な予測を立てながらもアレハンドロは微笑みを浮かべていた。

 

 このまま打つ手なしで時が過ぎれば、マイスターたちは消耗の末に昏倒してしまうだろう。もしその場で生きながらえたとしても、鹵獲されたガンダムのコクピットから引きずり出されれば、ソレスタルビーイングの全容を暴く為に自白剤を大量に投与され、調査という名の拷問を受けるだろう。そして、最期にはぼろぼろになった体を衆目の前にさらされて処刑される。三国家郡による世界平和というプロパガンダのために。

 

 あるいはその前に自爆するという道もあるが、どちらにせよ破滅は不可避だ。

 

 

 

 このままなら、世界は変革を迎えずに計画は終わるのかもしれない。

 ガンダムマイスターに補充はきくが、GNドライヴに予備はない。

 

 

 

 しかし、アレハンドロは動じていなかった。

 ……いよいよ、か。

 

 

 アレハンドロは眼下の美しい景色から視線を外し、窓から離れる。

 

 

「どちらへ?」

 

 

 近くで控えていたリボンズが尋ねる。

 

 

「他の監視者たちの意見を聞く……私の役割も、ここまでかもしれんな……」

 

 

 そう呟いて別室に入る彼の背中をリボンズは眺め、そして苦笑気味に呟く。

 

 

「そんな気なんかないくせに」

 

 

 言葉の裏に本音を隠し、成長するにつれて純粋さを失う。より、他者と分かり合えなくなる。それがリボンズには生命体として鈍化しているように思えた。

 

 

「大人は嫌いだね……」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 戦闘開始から八時間が経過し、砂漠はすっかり夜闇に包まれている。

 タクラマカン砂漠北東、この作戦のために建造されたAEUの駐屯基地。その中央にある指揮管制塔では、作戦指揮官であるカティ・マネキン大佐が指示を飛ばしていた。

 

 

「第七モビルスーツ隊のあとを第十七モビルスーツ隊に引き継がせろ。パイロットには食事と仮眠を忘れないように伝えておけ」

 

 

 カティ・マネキン大佐は戦闘開始から僅かな食事休憩を除いて常にデータを睨みつけ、迷うことなく指示を飛ばし続けていた。途中、謎の4機の襲撃とデカ物ガンダムの想定外の長距離精密射撃、そしてこの基地が即席だったこともあって指揮系統が混乱させられたが、ユニオンのエースだというパイロットが敵機の本体を見抜いて攻撃を仕掛けたとかで暴れていた謎の4機はどこかに消え、包囲はなんとか持ち直していた。

 

 その間に受けたデカ物ガンダムの砲撃の被害が想定以上、それに乗じて突っ込んできた近接タイプが一個大隊以上を壊滅させる勢いで大暴れしたこともあって被害甚大というべきものではあったが、伊達に1000機ものモビルスーツがいるわけではない。

 

 最も諦めの悪いデカ物と近接型に、近接攻撃も含めて攻撃を集中させたこともあって現在戦況はひたすらこちらが一方的に砲撃を続けるだけの理想的と言うべきもの。すでに、戦況は詰みかかっているといっても過言ではない。油断など絶対にしてはやらないが。

 

 

 しかしそれにしても、と思う。

 ユニオンのエースは作戦指揮の才能すらも持ち合わせているのだろうか? カティが指揮系統の復旧に忙しかったとはいえ、あの短時間でガンダム本体の位置を特定して叩くなど尋常ではない。実際、そのお陰でなんとか作戦が持ち直したといっても過言ではないのだ。

 ……あの白いガンダムへの攻撃はユニオンに譲るくらいの誠意は示すべきかもしれない。とはいえ、一機でも多くガンダムを鹵獲するつもりであることに変わりは無いが。

 

 

 ……そしてこの、待機命令を出したら何故か私の隣で待機している少尉もそれと同じレベルの……頭はカバーすればいいとして、操縦技能を持っていればいいのだが。

 そんなことを考えながら、少尉に向き直る。パトリックがはじかれたように姿勢を正す。

 

 

「少尉、出番は近いぞ。出撃準備、急げよ」

「はっ!」

 

 

 

 大佐にスペシャルな感じでカッコイイとこ見せてやるぜ! というパトリックの思考は、流石のカティの頭脳をもってしても読みきれない、ある意味ハイレベルなものだった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 戦闘開始から、十時間が経過していた。

 なおもヴァーチェは砂漠の中で砲撃を受け続けている。すぐ横ではエクシアがシールドを掲げていたが、そのエクシアの膝がガクリと揺れて地面についた。

 

 

「……刹那・F・セイエイ」

「……し、心配…ない……」

 

 

 ヴァーチェのコクピットに、刹那の途切れ途切れの声が届いた。しかしその声には何もできない歯痒さと、焦りのようなものが含まれている。

 ティエリアの息も乱れている。GNフィールドでミサイルの直撃こそ防いでいるものの、それでもすっかり体力は消耗してしまった。十時間も耐え続けるというのはそういうことだ。

 

 

(この、ままでは……ガンダムが鹵獲されてしまう……)

 

 

 ヴェーダの計画が狂う。いや、破綻してしまう。

 ティエリアはヴァーチェを反転させ、ミサイルを放っている敵の砲撃部隊に向かってGNバズーカを構えた。GNフィールドを展開したまま、圧縮粒子をチャージしていく。

 

 この状況を打破できるのは、最早ヴァーチェのGNバズーカしかない。キュリオスとエクシアの装備では遠距離砲撃に対応できないし、デュナメスでは一機ずつしか倒せないために敵に隊列を立て直す時間を与えてしまう。

 

 

 一時は猛攻で敵陣を掻き乱したアイシスも、全く動きが感じられない。GNパックの粒子が想定よりも早く無くなった……というよりも、脳量子波でセレネ自身がオーバーロードしたか、本体が見つけられてこちらと同じく集中砲火を浴びているのだろう。

 

 敵の指揮官はかなりのやり手だ。

 それこそ、スメラギ・李・ノリエガに匹敵するレベルの。

 

 

 

 バーストモードは必要ない。敵の陣形に風穴を開けさえすれば、必死というのも生温い猛攻で敵機を薙ぎ払うエクシアが突撃し、反撃の糸口を掴める。その確信があり、そして事実これまではそうだった。――――例えすぐに別に部隊によって包囲されるにせよ、2機は少しずつだが確実に敵機を減らしていた。

 

 ティエリアは圧縮粒子を十分にチャージさせたところでGNフィールドを解除。即座にトリガーを引き、極太の粒子ビームが発射され――――しかし、その一撃は砲身に絶え間なく降り注ぐミサイルの直撃や爆風の影響で射線をそらされ、敵部隊を掠めるようにして夜空の闇に消えていった。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 ティエリアは再びGNフィールドを展開し、止む気配のない砲撃から機体を守る。

 機体の大きさが災いしてか、射線が逸らされる。堪えて発射できたとしても、最も有効な地点からは外される。……そして、疲労で確実に成功率は下がっていた。

 

 

「ガンダムを……渡す、わけには…!」

 

 

 ティエリアは肩で息をしていた。この程度で息が上がる自分の体が恨めしい。

 しかし、それでも……ガンダムを鹵獲されて計画に支障をきたすなど許されない。許されるわけがない。許されるはずもない。

 

 気がつくと、先程片膝をついたエクシアがそのままうずくまっていた。機体のどこかに不具合が生じたかと心配したが、ガンダムはそんなにヤワではない。マイスターが疲弊しているのだ。

 

 ヴァーチェがエクシアの腕を掴み、引き寄せる。

 

 

 

『な、何を……』

「黙っていろ」

 

 

 ヴァーチェがGNフィールドの展開領域を拡大させ、エクシアの機体までもすっぽりと包み込んだ。完全ではないが、これでかなり爆発の衝撃がマシになるはずだ。

 

 

『……バカな、そんな…ことをすれば……』

 

 

 GNバズーカに圧縮粒子をチャージする時間が長くなる、と言外に言う刹那の意図は、そして、その裏に含まれた焦りも汲み取れた。しかし、ティエリアはぴしゃりと言い放つ。

 

 

「ガンダムを失うわけにはいかない。……そして、一機たりとも鹵獲させはしない。非効率な攻撃よりも、チャンスを待つ」

『し、かし……』

 

 

 

「言ったはずだ、一機たりとも鹵獲させはしない。……計画に支障が出る」

『……すまない』

 

 

 小さく聞えた声に、何故かティエリアはほんの僅かに笑みを浮かべていた。

 こんな状況だと言うのに……。

 

 一機たりともガンダムを失わない。

 その強い決意で、ティエリアは充填率の遅くなったモニターを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 夜空に浮かぶ星々の輝きが失われようとしていた。

 間もなく、夜が明けようとしている。それでも、砲撃の嵐は未だに止む気配すらない。

 

 

「………せ、戦闘開始から、十五時間……」

 

 

 ヴァーチェのコクピットの中、ティエリアは呻くように呟く。あまりにも長く衝撃を受け続けた影響で、全身の皮膚感覚が麻痺したように鈍い。更に、そこには蓄積された疲労も加わっている。

 

 未だに、チャンスは到来していなかった。

 GNフィールドに内包したエクシアは身をかがめて動かない。……彼は持ちこたえているだろうか。

 

 しかし、ティエリアにも仲間を気遣う余裕はほとんど残されていない。

 最早、爆発の衝撃も閃光も爆音も、どこか遠くのもののように感じられる。慣れたせいではない。意識が朦朧とし、現実感が喪失しかかっているのだ。

 

 気を抜くと意識が途切れる。白昼夢でも見ているようなそれは、限界が近づいている……あるいは、とっくに通り越した証拠だ。

 

 視界が暗くなるたび、乱暴に頭を振って覚醒を促す。

 こんなところで気を失うわけには、いかない…! 人間の限界など知るものか!

 

 

 ティエリアが、最早何度目か分からない眩暈を振り払った時、それは起こった。

 

 

「……え…?」

 

 

 顔を上げる。周囲から砲撃の爆発が消えていた。遠方から飛来するミサイルも見えない。周囲には嘘のように静まり返った夜の砂漠の寒々しい空気だけが流れていた。

 

 

『……砲撃が、止んだ……?』

 

 

 刹那・F・セイエイの声がする。

 スメラギ・李・ノリエガの予測通り、敵部隊がガンダムの鹵獲に乗り出そうとしている。しかし、これこそがコレが最大最後のチャンスに間違いなかった。

 

 

 

「プランX……離脱、する」

『……セレネ…の、支援に向かう……っ!』

 

 

 その場を離れようとしたティエリアに対し、エクシアが追加スラスターを閃かせ、アイシスが潜伏しているはずだったポイントに向けて飛翔するのを見た。

 

 

「せ、刹那・F・セイエイ…っ! くっ……」

 

 

 即座に自身のコンディションを確認する。状態は最悪であり、とても満足な戦闘などできそうにない。本来はヴァーチェとエクシアは別行動。機動力の低いヴァーチェは即座に離脱するべきだ。

 

 

 

「………」

 

 

 ティエリアは、静かにヴァーチェをホバリングさせるように移動を開始した。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラハムは上層部から『砲撃終了とともにガンダムを鹵獲せよ』との命令を受けて再びアイシスのいたポイント付近の上空に来た。しかし、その胸中にあるのは虚しさだけだった。

 

 

「………くっ」

 

 

 砕けるのではというほど歯を噛み締め、操縦桿を握り締める。

 無数の砲撃でその付近だけ抉られたようになっている砂の中、仰向けに倒れたアイシスの白い装甲が半ばまで砂を被って埋もれ、ぴくりとも動かない。

 

 ……アイシスのために整えた舞台だ。そう思ってなんとか自分を納得させていたのが、そのあまりにも無残な姿を見て霧散した。

 

 

 

『……隊長……』

 

 

 ダリルが心配そうに呟くが、グラハムの胸中に渦巻くのは後悔だけだった。

 これならば、せめて正々堂々と一太刀でも交えたかった。まさか、隊長という自らの立場を恨む時がくるなど、想像もできなかった。

 

 自らの力を出し切って戦えると思った好敵手は、卑怯としか言いようの無い一方的な砲撃で嬲り殺しに遭ったのだ。それも自らが発見し、報告したことが原因で。

 

 

 ……そうだ、自分がこの状況を導いた。作戦を成功させる、そのために。相手を決して殺そうとはせず、ジョシュアの自滅で呆然とするようなアイシスに十時間以上もミサイルを浴びせて……。

 

 限りなく高潔な精神を持っていたアイシスに、最悪の形で応じた。自ら踏みにじったのだ。……せめて、あの時交戦を決意していれば……。

 

 アイシスは殺めずに無力化しようとする。部下に被害を出さずとも、そして14対1というハンデこそあれど、少なくともこれよりはマシな戦いができたのだろう。

 

 

 

「……くそ……っ、くそぉぉぉ…っ!」

 

 

 

 こちらからの通信を切り、力任せに自らの脚を殴りつける。

 これが……卑怯者でなく、何だと言うのだ…っ!

 

 オーバーフラッグスの面々も思うところがあるのか、アイシスを見ながら遠巻きに様子を見るだけで黙っていてくれている。

 

 

 

「………私は……軍人、失格だ……」

 

 

 小さく呟く、そのバイザーの中を涙が零れ落ちた。軍人として正しいことをしたのは分かっている。それなのに、どうしてもこれが正しいのだと認めたくなかった。

 涙を飲み込み、通信のスイッチを入れる。

 

 

「……ガンダムを……アイシスを艦まで連れて行く…。丁重に扱えよ……」

『……了解』

 

 

 やはり強敵との戦いがこんな形で終わるのは腑に落ちないものがあるのか、あるいはグラハムの心情を慮ってくれたのか、オーバーフラッグスは静かに了解の意を表して地上に降りて変形しつつ、グラハムを先頭にゆっくりとアイシスに近づき――――その間の空間を、粒子ビームの光が切り裂いた。

 

 

 

「――――っ!? ガンダムか…!」

 

 

 紙一重でビームを回避したグラハムが、ビームが飛来した方向を見遣る。

 朝焼けの太陽に半ば隠れるように、白と青のガンダムが眩い粒子の光を背負って一直線に突っ込んできていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「―――――…セレネに、触れるなあぁぁぁぁッ!」

 

 

 

 エクシアのコクピットで、刹那は叫んだ。

 ほとんど感覚の無い体など、知った事ではなかった。

 

 ただ、セレネが死ぬ……そんなことは断じて認められない!

 

 コンソールを操作し、背部コーンスラスターの安全装置を解除。最大出力であるオーバーブーストモードに移行する。イアンからは安定しないために使用しないように言われていたが、今使わずにいつ使うというのか……!

 

 

「――――――う、ああああぁぁぁぁっ!」

 

 

 エクシアの胸部ジェネレーターが眩いばかりの輝きを放ち、GNドライヴの駆動音が一気に高まる。追加スラスター全てが全力で稼動する。いつもとは比較にならない強烈なGが疲弊しきった刹那の身体を苛むが、それでも敵機から、アイシスから目を離さない。

 

 

 

「――――エクシアァァァァッ!」

 

 

 

――――頼む、応えてくれ……エクシア…! ガンダム……ッ!

 

 俺に……セレネを守れるだけの力を……!

 

 

 限界まで粒子を供給されたGNソードが、眩い緑の輝きを纏う。敵機が一斉に迎撃のリニアライフルを放つが、そんなものはガンダムには通じない。刺突の構えを取ったGNソードを中心に放たれる大量の粒子によって擬似的なGNフィールドが形成され、ライフルの弾はエクシアに掠りもせずに弾かれる。

 

 

『なんと…!?』

 

 

 敵の隊長機が驚くような素振りを見せるが、関係ない…!

 何機いようとも……全て、切り裂く!

 

 緑の輝きを纏うエクシアが、流星のように敵の隊長機に突っ込む。理由は、アイシスに最も近いから。それだけで十分だった。

 

 

『―――く、おぉぉぉぉっ!』

 

 

 しかし敵機はソニックブレイドを抜き放つと、凄まじい剣捌きでGNソードの切っ先を逸らす。それでもエクシアは擦れ違いざまに敵機の右腕をもぎ取り―――。

 

 

「――――ま、だだぁぁっっ!」

 

 

 エクシアは足元を削って急激に減速しつつGNソードを畳み、即座にGNダガー2本を背後に投げつける。

 

 

 こちらにライフルを向けていた一機のコクピットにダガーが直撃。更にもう一本が別の一機の頭をもぎ取る。それを確かめる事も無く左肩のみ追加スラスターを全力噴射。急速反転したエクシアは二刀のビームサーベルを抜き放ち、次の獲物に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「―――――圧倒、された…!?」

 

 

 機体性能の違い、パワーの違い。そんな小手先のものではない。

 ガンダムのパイロットの、底知れない気迫に完全に圧倒されていた。一瞬、呆然と通り過ぎるガンダムを見詰めてしまったグラハムの耳に、切羽詰まった通信が響く。

 

 

『―――ランディがやられた!』

『メ、メインカメラが!?』

 

 

 

『う、うぉぉぉぉっ!?』

『スチュアートォォッ!?』

 

 

 反転して襲い掛かるガンダムをなんとか迎え撃とうとしたスチュアートのフラッグが、ガンダムの突進と斬撃を受け、X字に切り裂かれて爆散する。

 

 

 ……呆気に取られて指示を忘れるなど…!

 自分の情けなさに歯噛みしたい思いを抑え、叫ぶ。

 

 

「一旦距離を取るぞ! フォーメションDだ!」

 

 

 即座に残った12機のフラッグが飛行形態に変形し、舞い上がる。

 グラハムはガンダムが追撃してくれば即座に迎え撃つつもりだったが―――。

 

 

「……っ!」

 

 

 ガンダムはこちらに見向きもせず、地面に膝を突く。そして、そっとアイシスを抱え上げた。肩を貸すようにして起き上がり、リニアライフルで攻撃するオーバーフラッグスに一切興味など無いと言わんばかりに移動を始める。

 

 その様子に、グラハムの脳裏をアイシスのパイロットが危険な状態なのではという嫌な想像が掠める。操縦桿を握る手が震えた。

 

 軍人として、ここでガンダムを逃がしてはならないと分かっている。

 しかし、それでも……グラハムのフラッグファイターとしての誇りが、矜持が、攻撃するなと叫んでいた。 

 

 

『た、隊長! ど、どうしますか…!?』

「……く…っ!」

 

 

 噛み締めた唇から血が滲む。見逃してやることは……できない。

 しかし……せめて…。

 

 

「ガンダムは健在だ、無策で追うな…! この場から撤退しつつ司令部に連絡し、援軍を――――」

 

 

 

 それならば、作戦としても間違ってはいない。あのガンダムは底が知れない。

 そして同時に、僅かに通信を遅らせればアイシスが脱出できる確率も上げられる。

 しかし――――その瞬間、友軍……AEUの識別反応と共に通信が入った。

 

 

 

『――――おうおうおう! 楽しそうじゃねぇか…! 俺も混ぜてくれよ……獲物は片方くれてやるからよぉ!』

 

『テメェら、ガンダムは俺様……AEUのエース、パトリック・コーラサワー様の獲物だ! そこを退きやがれ!』

 

 

 

「―――なっ!?」

 

 

 

『――――この前の借りを返してもらうぜ! ぇえ、ガンダムさんよぉ!』

『待っていてください、大佐ぁぁ!』

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――――セレネ…! 応答しろ、セレネ…!」

 

 

 刹那は必死にセレネに呼びかけていた。しかし、返事が無い。

 無茶な機動で刹那の意識は限界に近かった。リニアライフルの直撃で機体が揺さぶられる。それでも、絶対にアイシスを……セレネを離さない。

 

 その時、更に警告音が鳴り響く。

 新たに接近する正体不明機があった。

 

 

「あれは……モビルアーマー…!?」

 

 

 ずんぐりした卵型の形状。鮮血を浴びたような装甲。ヴェーダのバックアップを受けたエクシアが即座に敵機を識別。第五次太陽光紛争で使われた機体―――アグリッサ。

 その機体の先端では、まるでケンタウロスのようにモビルスーツが上半身を覗かせていた。

 

 

「あの、イナクト…!」

 

 

 見たことがあった。あれは、アリー・アル・サーシェスの…!

 刹那の人生を大きく狂わせた男。しかし、今はそれよりも……っ。

 

 

 

 

『――――この前の借りを返してもらうぜ! ぇえ、ガンダムさんよぉ!』

「……くっ!」

 

 

 それに応えるように外部スピーカーによるサーシェスの声が響く。

 

 全力でペダルを踏み込む。

 サーシェスへの怒りよりも、今はとにかくセレネを安全な場所に運びたかった。

 

 

『ずいぶんツレねぇじゃねえか、えぇ!? そんなにそのお嬢ちゃんが大事かよぉ!』

『逃がすかよ、ガンダム!』

 

 

 しかし、両肩に長い盾のようなものを装備した8機のヘリオンが刹那の行く手を阻む。3時の方向からは、サーシェスがリニアライフルを撃ちながら突っ込んでくる。

 そして、上空には12機のフラッグ。

 

 更に、右肩でアイシスを支えているせいでGNソードが使えない。

 しかし、セレネを落とすなど――――。

 

 

 エクシアがGNブレイドを抜き放つ。再び、オーバーブーストを使って切り抜けようとして――――けたたましい警告音が鳴り響く。背部コーンスラスターが機能不全を訴えていた。

 

 

「しまっ―――!?」

 

 

 咄嗟に追加スラスターでなんとか速度を保つ。しかし、その隙に4機の特殊装備ヘリオンに取り囲まれ――――。

 

 

 

 

 

 

『――――ヴァーチェ、目標を殲滅する…!』

 

 

 

 飛来した粒子ビームが、4機のヘリオンのうち3機を纏めて吹き飛ばす。

 驚いて顔を上げると、半ば霞む視界にGNキャノンを放つヴァーチェの姿。

 

 

「……ティエリア・アーデ…!?」

 

 

 脱出したのでは無かったのか。

 出掛かった言葉はしかし、ティエリアの掠れた、しかし断固たる意思の篭った声で遮られる。

 

 

『……脱出を支援する。……言ったはずだ、一機たりとも……ガンダムは渡さない!』

『――――やりやがったなぁ! やれ、目標はデカ物だ!』

 

 

 

 今度はヴァーチェに向かって隊長機らしきヘリオンが突っ込み、それに5機の特殊装備が続く。

 

 

『GN、バズーカ……!』

『どうした、動きがのろいぜ、ガンダム!』

 

 

 上手く狙いが定められないのか、掠りもしないGNバズーカ。

 その隙に特殊装備ヘリオンが一気にヴァーチェに接近する。

 

 

『それでも…! 早く行け……刹那・F・セイエイ!』

 

 

 

 ヴァーチェが包囲されかけるが、GNキャノンが火を噴きヘリオンが散開する。

 辛うじて耐えているといった状態のヴァーチェに一瞬逡巡するが、背負ったアイシスの重みに操縦桿を握り締め、ペダルを踏み込む。

 

 

 しかし―――――けたたましい警告音が鳴り響く。

 

 

 側面から突っ込んできたアグリッサによってコクピットに衝撃が走る。

 エクシアが全身を痛打され、砂漠の上に投げ出される。

 

 

 刹那の意識が一瞬途切れていた。

 しかし、それでもセレネは離さず―――気がつくと、エクシアとアイシスの周囲には折り畳まれていたアグリッサの六本の脚が突き刺さり、取り囲まれていた。

 

 

 

『――――逝っちまいな』

 

 

 サーシェスの非情な声とともに、アグリッサの脚部中央から青白い光が灯る。直後、青白いスパークが雷の乱舞となってエクシアとアイシスに襲い掛かった。

 

 

「ぐああああぁぁっ!?」

 

 

 刹那が悲鳴をあげる。全身の皮膚細胞が互いに反発して引き裂かれるような痛み。体が痺れ、呼吸がままならない。それでも刹那の喉は絶叫を迸らせる。

 

 

『くくくく。どうだ、プラズマフィールドの味は? 機体だけ残して消えちまいな、クルジスのガキと生意気なお嬢ちゃんよぉ!』

 

 

 その時、聞えた。

 掠れた、小さな声。けれど、確かに。

 

 

『ぅ、ぁぁぁぁ…っ……せ、つな……っ』

「―――――ああぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 アグリッサの放つ放電の出力が倍加する。ただ、通信を通してセレネの苦しむ声が聞こえた。痙攣する刹那の右腕が、操縦桿を一気に押し込む。握られていたGNブレイドがアグリッサに突き刺さる。しかし、雷撃が止まらない。

 

 

 

 

 そして、刹那の意識が暗闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 夢を、見ていた。あるいは、走馬灯かもしれない。

 夢の中の刹那は戦場を駆けていた。

 

 胸に抱えたマシンガンは重く、息が苦しい。心臓の鼓動が痛い。

 それでも駆けていた。

 

 その少年の頃の自分を、静かに見つめていた。

 静かに、見つめていた。

 

 

(死ぬ、のか……)

 

 

 あれだけ抗って、戦場を駆けて。戦い抜いてきたのに。

 俺は、死ぬのだろうか。

 

 世界の不条理に抗ってきた。

 世界の理不尽さに怒ってきた。

 世界の矛盾を正そうとしてきた。

 

 この、歪んだ世界の中で……なににもなれぬまま。

 失い続け、また失って……朽ち果てるのか。

 

 

 少年の頃の彼が、涙を零して空を見上げている。

 上空から、光の翼を広げた何かが舞い降りる――――人ならざるもの。

 

 

 ……そうだ。

 

 俺は、あれに……あれに、なりたかったのだ……。

 そして、救いたかった。かつて、自分が救われたように……。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 刹那の唇が小さく震える。

 最早、刹那の体は苦痛を感じられなくなっていた。

 

 ただ、腕を伸ばした。

 

 

「………セ、レネ……」

 

 

 

 救って、やりたかった。

 いつも独りで苦しんでいたのだろう、小さな少女を。

 

 楽しそうに微笑んでいてほしかった。

 刹那の心も、あたたかくなれるような気がしていたから――――。

 

 

 

 

 刹那の震える指が小さく痙攣し、力を失いかけた――――その時。

 

 

 

 

 刹那の視界の端に、赤い光条が迸った。

 光の槍に貫かれたアグリッサが爆発を起こす。これまでとが違う衝撃に、刹那が僅かに正気を取り戻す。

 

 

 黒い爆煙に遮られた視界が風で振り払われ、刹那は見た。

 

 

 空に浮かぶ光点。

 光の翼を広げて舞い降りる、人ならざるもの。

 

 

「………ガン、ダム……」

 

 

 刹那は呆然とそれを眺め、腕を伸ばす。

 かつての景色と、重なる。

 

 

「………ガンダム……っ」

 

 

 刹那が望んでいたもの。

 追い求めていたもの。

 

 

「ガン…っ、ダァァァム…ッ!」

 

 

 

 未だに、掴めていないもの。

 それが、答えた。

 

 

 

『……生きてる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

新たに現れた3機のガンダム。彼らが放つGN粒子の光が映し出すものとは。
次回「トリニティ」。鳴り響くベルは、第2幕の始まりか。


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第15話:トリニティ

『大丈夫してる? エクシアのパイロットくん』

「……お、お前は……」

 

 

 

 いつの間にか、エクシアのコクピットモニターにサブウィンドウが開いていた。そこに映し出されているのはピンク色のパイロットスーツを着た少女。目尻の跳ね上がった小悪魔的な大きな瞳。そばかすの散った頬。状況と通信内容から、降下してくるモビルスーツのパイロットであることは疑いようがない。

 

 

『ネーナ・トリニティ』

 

 

 そう、少女は名乗った。

 

 

『きみと同じ、ガンダムマイスターね』

「ガンダム……マイスター……」

 

 

 ワインレッドの装甲に、頭頂部が後方に出っ張ったような特徴的な頭部。ツインアイにブレードアンテナ、口に当たる突起。エクシアよりも一回り細い腰に背部に背負った平らなジェット推進部のようなユニット。そして、背面から放出される血のように鮮やかなGN粒子の光――――。

 

 

「その……機体は……」

『――――ガンダムスローネ三号機、ガンダムスローネドライ』

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 セレネは、コクピットシートに身体を沈みこませたままジッと話に耳を傾けていた。気絶している間も衝撃に嬲られ続け、更にプラズマフィールドを受けた身体に力が入らないというのもあり、そして別の理由もあった。

 

 

(……なにか、ヘン……です…?)

 

 

 赤いガンダムのパイロットから、妙な感じがする。

 ティエリアさんと同じような、けれど違う。たぶん超兵でもない。

 

 嫌な感じ……というのも違う。

 けれど、何なのだろうか。何が足りない……そんな感じがする。

 

 

 

『GN粒子、最大散布! 行っけえっ! ステルスフィールド―――!』

 

 

 唐突に、スローネドライというらしい機体が左肩のシールドと背中のGN粒子放出ユニットの放出口を展開する。そこからは大量の赤い粒子が溢れ出し、その姿はGN粒子による6枚の翼を纏った天使のようで。

 その翼が、爆発的に拡大する。猛然と、圧倒的な勢いで。

 

 赤い光の奔流は瞬く間に空を埋め尽くし、視界を赤く染めつくす。

 そして、タクラマカン砂漠ほぼ全域が通信不能に陥る。

 

 

 それを、セレネは肌で感じていた。

 高まるGN粒子に呼応して、身体が熱を帯びているように思える。

 黄金の瞳の揺らめきが激しくなり、煌々と輝く。けれどそれと同時に、まるで湿度が高すぎる場所に放り込まれたような、ねばついた嫌な感じがした。

 

 

(……毒性が、高い……?)

 

 

 違和感の正体はこれなのだろうか。

 GN粒子は濃度が高すぎるなどの状況によっては毒になる。セレネは、きっと誰よりもそのことを良く知っているという確信があった。

 

 けれど、それはこの程度の濃度では感じ取れないはずだった。

 このステルスフィールド程度ならずっと浴び続けなければ害は無いと思うけれど、武装に使うほどに濃度を上げれば細胞に異常を引き起こすのではないだろうか。

 

 

 一瞬だけ躊躇ってから、赤いGN粒子に意識をのせる。

 いつものGN粒子と違って、意識にぬめついた嫌な感触が纏わりつく。それでも意識を広げてロックオンとアレルヤさん、ティエリアさんの無事を確認して、すぐに自分の身体に戻った。

 

 

 

「………ん、ぅ……はぁ…っ………はれ…?」

 

 

 

 あたま、が……ぼーっとして…?

 なんだか、ふわふわ…する、ような……。

 

 

 

『……セレネ…? 応答しろ、セレネ……!』

「ふぁ………せつなぁ……ぇへへへ」

 

 

 サブウィンドウに映し出される刹那の顔。

 なんだかすごく久しぶりな気がして、うれしくて。勝手に頬が緩んだ。

 

 

 

『……セ、セレネ…?』

「たすけにきてくれて、ありらとーなのれすー!」

 

 

 ……なんだか、舌がまわらないのです?

 でも、かんけーないですよねっ!

 

 

『………お、応答しろ、セレネ…?』

「ぅー……、むししゅるなんれ、ひろいのれす……!」

 

 

 

 なんとなく頬を膨らませて、じぃ~~っと刹那の顔を睨みつける。

 刹那は一瞬だけ呆然とした後、操縦桿を動かしてアイシスを肩を貸すようにして持ち上げる。

 

 

『……セレネ、離脱するぞ』

「りょーかいなのれすっ!」

 

 

 操縦桿を押し込みながら思い切りペダルを踏み込むと、下方向と前方向に急加速したアイシスが思い切り地面に激突し、ガツンという衝撃とともにセレネは再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 タクラマカン砂漠から離脱すると、ガンダムスローネを名乗る3機の新型ガンダムは宙域のポイントデータを送ってどこかにいなくなり、プトレマイオスのガンダム5機とマイスターたちは洋上を移動し――――ただし、アイシスはセレネが気絶しているので両側から支えられ――――ながら、話していた。

 

 

 

『新たな3機のガンダムの出現……か』

『聞いてねぇぞ、まったく……』

『(………あんな機体、ヴェーダにも情報がなかった)』

 

 

 何事か考え込むようなアレルヤ、ロックオン、そしてティエリア。

 そして刹那は――――。

 

 

 

 

『……ん……ぅゅ………ぇへへ……』

「………」

 

 

 酔っ払っているかのように顔を赤くして、サブウィンドウにあどけない寝顔を晒すセレネをなんとなく眺めていた。……セレネが気絶する前に浮かべた満面の笑みだったり、潤んだ目と赤くなった頬で上目遣いに睨んできたこと、そしてこの寝顔だったりで、刹那の中で眠っていた何かの感情が呼び起こされそうだった。

 

 

 なんだろうか。

 守ってやりたい……ような。むしろ苛めたい……ような。

 他3人とは全く別の、しかしこれはこれでわけのわからない自身の感情に真剣に悩んでいた刹那に、唐突にロックオンが話を振った。

 

 

 

『……刹那、お前はどう思う?』

「………!? ガ、ガンダムだ……っ!」

 

 

 咄嗟に意味不明なことを口走ってしまった。

 いつもの無表情と見せかけて内心で焦りまくる刹那に、ロックオンは僅かに驚いた顔をした後に得心したように苦笑した。

 

 

『そりゃそうだ。さすが刹那だ、シンプルでいい』

『そうだね』

『……確かに、あの機体が本当にイオリアの計画を体現する存在……ガンダムであるのなら、問題はない』

 

 

 それどころか、アレルヤ・ハプティズムとティエリア・アーデまで僅かに頷く。

 ……いいのか、それで。

 

 しかし、事実としてあの3機のガンダムに助けられたのだから、とりあえずは敵ではない……と認識していいのだろう。

 

 

 

 ………そうだ、ガンダムだ。

 

 俺の求めるもの。戦争根絶を体現するもの。

 かつて、俺を救ったもの。

 

 エクシアに乗っていても、まだあの時の見た光景には手が届いていない。

 そんな気がしていた。

 

 この理不尽な世界を変えられる存在になりたい。

 そのための存在、ガンダムに……。

 

 刹那は、死んでいったかつての仲間たちと不条理な戦場の光景を思い浮かべ―――。

 

 

 

『………せつなぁー……』

 

 

 夢でも見ているのだろうか。

 幸せそうな顔で、セレネが呼んでいた。

 

 

『お、呼ばれてるぞ。刹那』

『ほんと、仲良いよね』

『……ふっ』

 

 

 3人のマイスターたちの苦笑するような、妙に生暖かい視線を受けながら、刹那はなぜだか、とても気恥ずかしいような気がして―――。

 

 

 

「……ガ、ガンダムだ!」

 

『『『いや、なんでもそれで済ませるな』』』

 

 

 

 ………お前たちも仲良いじゃないか。

 そんなことを少し思った刹那だった。

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 

 

『――――ナドレ!』

 

 

――――ティエリアの虹彩が黄金の輝きを放ち、ヴァーチェのコクピットが、コンソールが赤色に変化する。そこには、“GN-004 NADLEEH”と表示されて――――。

 

 

 ヴァーチェの装甲が、ゆっくりと外れる。

 そして装甲の下から現れるのは、GN粒子の赤い供給コードを髪のようにしたスリムな白銀の機体、ガンダムナドレ。それと同時にナドレから目に見えない特殊フィールドが形成される。

 

 

 

『――――ヴェーダとリンクする機体を、全て制御下におく………』

 

 

 

 ティエリアが静かに、厳かに宣告する。

 

 

 

『……これが、ガンダムナドレの真の能力…! トライアルシステム!』

 

 

 

 

「………いいのかぁ? これは……」

「い、いいんじゃないかな? ティエリアがいいって言うんだし……」

「それ以外にない」

 

 

 ちょっと顔を引き攣らせるロックオン。どんな顔をしていいのか分からなそうなアレルヤ。そしてじっと待つ刹那。

 

 

 

――――というわけで、隠れ場所である無人島。

 

 輸送用コンテナの中に格納したガンダムアイシスから、とりあえずセレネを運び出してベッドで寝せることにしたのだが、パイロットのセレネが気絶しているのに外側からガンダムのコクピットを開けるのはかなり面倒なことである。

 

 

 何せ、万一でも敵に簡単に開けられるようでは困る。

 よって、ヴェーダに登録されたパイロット以外では並大抵のことでは開けられない。中にハロでも乗っていればいいのだが、アイシス搭載のAIはあくまでも操縦補助だけだ。

 

 

 しかし刹那やアレルヤ、ロックオンならいざしらず、疲労しているセレネを起きるまで放置というのはどうなのか。ということでマイスターたちの意見が一致。

 

 

 かといってあの過酷な戦いの直後でマイスターたちも疲れ切っていたので、どうするかということになり……ティエリアがトライアルシステムを使ってくれたというわけだ。色々と突っ込みどころがありすぎる気もしたが……。

 

 

『――――コクピットハッチ、強制解放!』

 

 

 いいのか、それで。というマイスター約2名の思いも虚しく、ティエリアの声とともにアイシスのコクピットが開いた。

 

 ちなみに本来ならヴァーチェを構成する装甲が外れるときは弾け飛ぶのだが、今回はすぐに元に戻せるように固定が外れる程度のパージである。ティエリア曰く「それくらいはできて当然」らしい。

 

 

 

「………セレネ!」

 

 

 開いたアイシスのコクピットに飛び込むような勢いで刹那が入る。他のマイスターにまた苦笑されたような気がしたが、気にしている暇はなかった。

 

 

「……せつ、な?」

 

 

 セレネがぼんやりと目を開く。黄金色に揺らめく瞳がとろんと瞬き、何となくぽわーっとした雰囲気のセレネは小首を傾げて微笑んだ。

 

 

「……おはよーございます、せつな……っ!」

「……っ!?」

 

 

 突然、セレネが刹那に抱きつく。

 なにやらロックオンがヒュウっと口笛を吹いたような気がするが、それどころではない。思わず硬直する刹那の胸に、セレネは頬をすりすりと擦りつけた。

 

 

「……ぇへへ……せつなのにおいですー……」

「セ、セレネ…っ!?」

 

 

 二人きりなら抱きしめ返したかもしれないが、明らかに様子のおかしいセレネに困惑する刹那はとりあずコクピットの外にロックオンに視線で助けを求める。

 

 

「おお、よかったじゃねぇか。刹那」

「ロックオン・ストラトス……!」

「………ぅにゅー♪」

 

 

 正直、冗談を言っている暇はない。

 何を我慢しているのか刹那自身にも全く定かではないが、刹那の自制心が限界だった。

 そしてやはり明らかにセレネがおかしい。ロックオンは苦笑して、しかし真面目な表情に戻ると呟いた。

 

 

「……見た感じだと、酔ってるんじゃねぇか?」

「ふぇー……? よってないのれすよー?」

「酔ってるみたいだね」

 

 

 アレルヤが苦笑し、通信を介してティエリアが言う。

 

 

『セレネ・ヘイズ。君はあのガンダムスローネのGN粒子を意識の拡散に使ったのか?』

「……そうれすよー? でも、べたべただったのれす!」

 

 

 ぷんぷんです! という到底ガンダムマイスターに相応しく無さそうな擬音が似合いそうな感じで憤慨するセレネの言葉に、ティエリアは僅かに考え込むような間を置いてから口を開いた。

 

 

『つまりは、あの赤いGN粒子には色だけではなく何かしらの違いがあるのだろう』

「……と、とりあえず、離れろ……」

 

 

 ずっと密着されて色々とマズい気分になってきた刹那はそっとセレネを引き剥がそうとし、セレネは頬を膨らませると両手両脚で刹那にしがみついた。

 

 

「ゃぁー…っ! なのれす…っ!」

「ロ、ロックオン…!」

 

 

 助けを求める刹那に、ロックオンはやれやれと首を振った。

 

 

「ほらよ、セレネ。チョコレートだ」

「……! チョコですーっ♪」

 

「………」

 

 

 チョコレートに飛びつくセレネを見ながら、刹那は助かったにも関わらず微妙に悔しいような悲しいような気分を味わった。

 

 

 しかし、次の瞬間。

 セレネの瞳がギラリと輝き、危険な笑みとともにセレネは立ち上がる。

 ドカーン! という擬音が聞えたような気がした。

 

 

「――――もっとなのれすー!」

「……やべっ。このチョコレート、アルコールが入ってやがる…っ!?」

 

 

 

『「「…………」」』

「――――…ぇへへへ~♪」

 

 

『な、なんという失態だ…っ!?』

「ぅ、うわぁぁ!? 脳量子波の干渉が……―――イヤッホォォォウ! 楽しいよなぁ、アレルヤァァァ!」

「ゆ、指先の感覚が―――うおわぁぁっ!?」

「……お、俺が……――――ガンダァァァァムっ!?」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 タクラマカン砂漠での激闘から十数日が経過し、タクラマカン砂漠離脱時にスローネのマイスターたちから渡された宙域データのポイントにプトレマイオスが訪れた。

 

 そして、そこにいた不思議な形の艦からガンダムスローネアインが殊勝にも非武装で、かつ掌に残り二人のマイスターを乗せて現れ、光通信でのやり取りの後にプトレマイオスに着艦した。

 

 

「着艦許可を頂き、感謝します。スローネアインのガンダムマイスター、ヨハン・トリニティです」

 

 

 すらりとした細面の青年がそう礼儀正しく挨拶し、続いてなんだか怖そうな人が嫌な笑い方をしながら言います。

 

 

「スローネツヴァイのガンダムマイスター、ミハエル・トリニティだ」

 

 

 ……なんとなく、いやな感じです。

 わたしは万一に備えてエクシアで待機していた刹那がいないので、思わずロックオンの背中に隠れさせてもらいながら最後の三人目、わたし以外で初めての女の人のマイスターを見ました。

 

 

「スローネドライのガンダムマイスター、ネーナ・トリニティよ」

 

 

 明るくVサインするネーナさんに、悪い人じゃないのかな…? と思いながらも、頭がちりちりと「なにかが違う感じ」を伝えてきます。

 ……ミハエルさんとネーナさんから、使命感…みたいなものを感じられない? 

 

 

「あ……みんなも、若いのね……それに名前が……」

 

 

 スメラギさんも何かに困惑するように言い、ヨハンさんが生真面目に答えます。

 

 

「血が繋がっています。私たちは実の兄妹です」

「そうなの……あ、助けてもらったお礼を―――」

 

 

「ねえ」

 

 と、ネーナさんがスメラギさんの言葉を遮ります。……興味が無いことはどうでもいい。そんな意思を感じてわたしは思わず顔を顰め、その次の言葉にそれが困惑に変わりました。

 

 

「エクシアのパイロットって、誰?」

「えっ?」

 

 

 わたしと同じく目を丸くするスメラギさんから視線を動かし、ネーナは壁際で腕を組むティエリアさんに目を向けます。

 

 

「あなた?」

「いいや、違う」

 

 

 ティエリアがほんの僅かだけ怪訝そうにしつつも顔を背けて否定し―――。

 

 

「―――俺だ」

 

 

 通路の壁についているガイドレールのレバーを掴んで、刹那が到着しました。

 

 

「俺がエクシアのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ―――…」

「キミね、無茶ばかりするマイスターは!」

 

 

 ネーナさんがパッと破顔して、スメラギさんたちの間をすり抜け、刹那に近づいていきます。………なんだかものすごく嫌な予感がして、飛び出しそうになるのをなんとか抑えると――――。

 

 

 

「そういうとこ……すごく好みね」

 

 

 そう言って、ネーナさんの顔が刹那の顔に近づいて――――…ちか、づいて……?

 刹那がたじろぐように顔を仰け反らせるけれど、ネーナさんの顔は止まらない。

 

 その唇が、刹那の唇に、触れて――――…っ!?

 

 

 

 ………キ、ス…?

 

 

 

 パチッ、と頭の中がショートする。刹那が感じるネーナさんの唇も、その逆の感触も僅かに感じ取れてしまう。どうしてか、頭の中が真っ白になる。

 言いようのない嫌悪感と、叫んで走り出したいような衝動が爆発しそうだった。

 

 

 刹那がネーナさんを突き飛ばして叫ぶまで、永遠にも思えるほど長い時間があったのではないかと思えた。

 刹那が口元を拭って怒鳴った。

 

 

「俺に触れるな!」

「あん」

 

 

 無重力の為に流されていくネーナさんをヨハンさんが抱きとめ、ミハエルさんがソニックナイフを抜く。

 

 

「貴様、妹に何を!」

「妹さんのせいだろ」

 

 

 ロックオンがたしなめますが、ミハエルさんはむしろ逆上して―――。

 

 

「うるせぇぞ、このニヒル野郎! 切り刻まれた――――ぅぉ!?」

 

 

 

 ミハエルがナイフの刃先をロックオンに向けた瞬間。

 金属同士の激突音と共に、ソニックナイフの刃が唐突に消えた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……今、本気でしたね」

 

 

 爛々と、特別製のコンタクト越しでも分かるほどにセレネの瞳が輝いていた。ロックオンの前には、何か短い棒のようなものを振りぬいた姿勢のセレネ。ミハエルは半ばからへし折られた己のソニックナイフとその刃を見ながら、セレネに掴みかかろうとする。

 

 

「テメェ、よくも―――!」

「やめろ、ミハエル」

 

 

 ヨハンが間に入り、セレネは軽蔑するような視線をミハエルに向けつつ、どういう仕組みなのか無重力にも関わらず何かを蹴るような様子もなくふわりとロックオンの隣に降りる。と、そこに場違いとも思える甲高い電子音声がした。

 

 

『ヤッチマエ、ヤッチマエ』

 

 

 ミハエルを煽るような言葉を放つのは、紫色のHARO。すると、ロックオンのハロが電子音声をあげて割り込んできた。

 

 

『兄サン、兄サン』

「兄さんだぁ?」

 

『会イタカッタ、会イタカッタ、兄サン、兄サン』

『誰ダテメェ、誰ダエメェ』

 

『ハロ、ハロ』

『知ンネーヨ、知ンネーヨ』

 

 

 HAROは小うるさい邪魔者を追い払うようにハロに機体をぶつけ、ハロが呆然としているような語調で慣性に流されていく。

 

 

『兄サン、記憶ガ。兄サン、記憶ガ……』

 

 

 ハロの声は少しすると聞こえなくなり、残されたのは興がそがれて決まりの悪い空気だけ。セレネは無表情に持っていた棒を縮めるとパイロットスーツの腰部分に追加してあるアタッチメントに仕舞う。

 

 

「………え、えっと」

 

 

 とスメラギは前置きし、ついでに咳払いをして言う。

 

 

「………とにかく、ここじゃなんだから部屋で話しましょ」

「わかりました」

 

 

 ヨハンが頷き、長兄の合図を受けてミハエルが渋々としか言いようのない態度でナイフと、セレネにへし折られたナイフの刃を仕舞う。スメラギを先頭に、ヨハン、ミハエル、ネーナ、ロックオン、アレルヤ、セレネが移動していく。

 

 刹那は、トリニティの三人をジッと見つめていた。

 擦れ違いざま、ヨハンは刹那に目もくれず、ミハエルは嫌悪感をあらわに睨みつけ、ネーナはウィンクを残していく。

 

 

 その後ろ姿を見送りながら、刹那は苦い気分で考えていた。

 

 

(……やつらが、新しいガンダムマイスター……)

 

 

 本当に……?

 タクラマカン砂漠でスローネドライと追い求めるガンダムの姿を、人ならざるものを重ねて見た、あの時の自分の感情を否定する気はない。ないが……。

 

 その後の彼らの言動を見るに、胸の奥からふつふつと疑念がわく。

 彼らは、本当にガンダムマイスターたる資格を有しているのか、と。

 

 刹那自身、エクシアのマイスターに選ばれたのはヴェーダの推薦があったからでしかない。そして今までにも他人から、自分自身から、自分にその資格があるのか問われ続けてきた。

 

 

 ガンダムマイスターたる者の信念、理念、覚悟、動機、精神……。

 どうしてもトリニティには、特にミハエルとネーナにはそれが欠如している気がした。心に秘めたものがない、そんな軽い印象だった。

 

 ロックオンやアレルヤ、ティエリア……そして、セレネは共に戦争根絶を目指す仲間だと、同志だと自信を持てる。しかし、彼らからはむしろ反対のものを感じる。

 ……単にいきなりキスをされて苛立っているというのも否定しきれないところではあるのだが。と、なんとなくセレネが気になってちょうど目の前を通り過ぎるセレネに目をやり―――。

 

 

「………(ぷいっ)」

 

 

 今まで見たことがないほどに不機嫌そうなセレネがそっぽを向き、刹那を視界に入れたくないと言わんばかりに露骨に無視された。

 

 

 不意に、刹那の隣に残っていたティエリアが口を開いた。

 

 

「初めて意見があったな」

「……な、なにをだ……?」

 

 

 胸にぽっかり穴を開けられたような強烈な一撃に壁に寄りかかって落ち込む刹那に、ティエリアはやれやれと首を振り、言った。

 

 

「口にしなくても、わかれ」

 

 

 何故か命令口調。

 それだけ言ってティエリアは床を蹴ってスメラギたちに続き、そのほぼ無表情ながら苦笑の混じった横顔を眺め、それから刹那も傷心の心を抱いて後に続いた。

 

 

 

 ………後でセレネと話そう。とにかく、なんとか宥めなくては。

 判断を下すのは、それからでも遅くない。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

セレネの感じるスローネの影と悪意。戦争根絶。同じはずの目的を掲げ、スローネが武力介入を開始する。その猛攻に世界は震撼し、翻弄されるしかないのか。
次回、「スローネ強襲」。



なお、飲酒してのモビルスーツの操縦はとても危ないのでやめましょう。



独自設定

スローネから放出される粒子について

 プトレマイオスチームのガンダムの放出する緑のGN粒子と違い、赤いGN粒子。セレネ曰く毒性が強いようで、セレネの場合は意識同調に使用すると酔いと同じような症状が出る模様。ちなみに納豆をぬりたくられるようななんとも言いがたい感覚があるとかないとか。


セレネの持っていた武器

 Eカーボン製の警棒みたいなもの。ちょっとしたギミックが仕込んである。



パージしたナドレの装甲

 スタッフが美味しくいただきました



追伸
 あとがきに書くのもどうかと思う雑談以下の何かを、投稿に合わせて活動報告で書くかもです。



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第16話:スローネ強襲



試験的に長いものを区切らずに投稿してみました。
……前半がゆるゆるなのと、ちょうどいい区切りがなかったからなのですが、何か長さに関してご意見がありましたら感想で送っていただけるとうれしいです><


 

 

 

 

 

(……しら、ない…っ。知らないのです…っ! 刹那が、キ…スしても、わたしは……関係なんて……)

 

 

 プトレマイオスのブリーフィングルーム。

 あのナイフ男さんの殺気に反応して迎撃したのはよかったのですが、刹那の顔を見るとどうしてか胸の中がもやもやして、泣き出したいような感じがして……。

 わたしはロックオンの後ろに隠れるようにして、話を聞き流していました。

 

 

 

「―――なぜあなたたちはガンダムを所有しているの?」

「ヴェーダのデータバンクに、あの機体がないのはなぜだ?」

 

「応えられません。私たちにも守秘義務がありますから」

「ざぁ~んねん」

 

 

 

『―――俺は、お前に生きていてほしい』

 

 

 刹那が言ってくれた言葉を思い出す。

 けれどもし、刹那にそう思ってもらえなくなったら…?

 

 

 ちらり、とネーナさんのほうを見る。

 

 

 ………かわいい。退屈そうにしているますけど、とても可愛いです。

 声も、聞いたことがないような可愛い声でしたし、赤毛も綺麗ですし、瞳が金色なのは同じでも、私みたいに不気味に揺らめいたりしませんし……。

 ……む、むねも、おっきいですし……。

 

 

 パイロットスーツを着ていても存在を主張して止まないネーナさんの二つの山を見ながら、白地に蒼いアクセントの入った自分のパイロットスーツを……そして、『ほぼ』平坦な自分の胸をぺたぺたと触ります。

 

 ……ぜったいに、『完全に』平坦ではないのです。

 まな板なんかではないのです…っ! まな板に失礼なのですっ! ……あれ?

 

 

 

「じゃあ太陽炉……いや、GNドライヴをどこで調達した?」

「申し訳ないが、答えられない」

 

「またまた、ざぁ~んねぇん!」

 

 

 けれど、ちっちゃくて白髪でヘンな目で、勝手に心を読んで、勝手に怒って。それで陰に隠れてうじうじしているようなヘンな子と……。

 

 可愛くて、元気で、「すごく好み」とか言ってくれて、むねがおっきくて、……キ、ス…までしてくれるような女の子と、おとこの人がどっちが好きかなんて考えるまでもありません……。

 

 

 

(……刹那も、ネーナさんを好きになったら………)

 

 

 刹那は警戒心が強いので、あまり自分から他人とは関わりあおうとしません。

 だから、きっとさっきも恥ずかしがって突き飛ばしたのです……。

 

 けれど刹那は優しいですし、ネーナさんは可愛いですし、積極的ですし、きっとすぐ、なかよくなって……。

 

 

 

『――――俺は、ネーナに生きていて欲しい』

(………ぅ、ぅぅ~~…っ)

 

 

 じわり、と視界が滲む。

 けれどそこで、ふと冷静な自分が「どうしてわたしは泣いているのだろう?」と考えた。

 

 そうだった。刹那が誰とキスしても、わたしには関係がない。

 なら、どうして……?

 

 

 

(……関係ないのが、かなしい……のです?)

 

 

 

 ………さみしいのかもしれない。と、思う。

 けれど、ロックオンとフェルトが仲良くなったらどうだろう。

 

 

(……うれしい、です?)

 

 

 フェルトは前からロックオンと仲良しですし、いっしょにいるとフェルトが楽しそうです。良い事だと思います。

 

 じゃあ、ロックオンが知らない女の人と仲良くしていたら?

 ……フェルトがかわいそうなのです。なんだか嫌です。

 

 なら、ロックオンとスメラギさん。

 ………しかたない、ような気がします。あんまり想像できないですが、知らない女の人より全然良いような気がします。

 

 

 これ、って……もしかして……?

 

 

 

 

「なら、きみたちは、何をしにここに来たんだ?」

「旧世代のモビルスーツにまんまとしてやられた、無様なマイスターのツラを拝みに来たんだよ」

 

「なんだと……!?」

「なぁーんつってな。なぁーんつってな。へへへへ」

 

 

 

 

―――つまり、わたしは知らない人と刹那が仲良くなるのがさみしいだけなのです!

 

 すっきりしました。だから、わたしがネーナさんと仲良くなれば解決です!

 刹那だって、友達は多いほうがいいに決まってるのです!

 

 

 

「気分が悪い。退席させてもらいます。あとでヴェーダに報告書を」

「わかったわ」

 

 

 

 ……って、いつの間にか険悪ムードなのですっ!? 

 ティエリアさんが冷たい怒りを迸らせながら退室して、ナイフ魔さんが言います。

 

 

「おしいねぇ。女だったら放っとかねーのによぉ」

「ミハエル」

 

「へいへい」

 

 

 すると、噂のネーナさんがヨハンさんに問いかけます。

 

 

「ヨハン兄、あたしつまんない。船の中探検するね?」

「……よろしいですか?」

 

 

 とヨハンさんがスメラギさんに問いかけ、スメラギさんは僅かに躊躇ってから頷きます。

 

 

「え、ええ……」

「やった!」

 

 

 ネーナさんはぴょんと飛び上がるようにドアに向かって、けれどその途中で刹那のほうに向き直ると笑顔で声をかけます。

 

 

「ねえ、一緒に行く?」

 

 

 これが本当のデートのお誘いというものなのでしょうか?

 い、いいこと……これは、刹那にとっていいことなのです……っ。

 

 精一杯、笑顔を浮かべようとしますがどうなっているのかわかりません。

 けれど、おとこの人は可愛い女の子と一緒だと幸せだと聞いたことがあるような気がします。つまり、刹那はネーナさんと一緒にいる方が幸せに違いありません。わたしは心にぽっかりと大きな穴が開くようなヘンな気持ちを感じて、けれど刹那はネーナさんを無視します。

 

 

「―――行く?」

 

 

 刹那はそういう気分ではないのか、人形のように無言を貫き―――。

 

 

(――――っ!?)

 

 

 殺気を感じた。刹那がネーナさんに肩を突き飛ばされ、ゾクリと寒気を感じるような表情のネーナさんが刹那を睨みつけていました。

 

 

「わたしを怒らせたらダメよ……」

 

 

 わたしは動きがあれば即座に対応できるように例の棒を手に持ち、しかし瞬時に殺気を消して微笑むネーナさんに唖然としてしまいました。

 そのまま何事も無かったように部屋を出て行くネーナさんに刹那は、無言で触れられた肩を軽く払うように撫でます。

 

 スメラギさんも困惑気味でしたが、再びヨハンに視線を戻しつつ言います。

 

 

 

「とにかく、これだけは教えてくれない? ……あなたは、あのガンダムで何をするのか……」

「むろん、戦争根絶です」

 

「ホントに?」

「あなたたちがそうであるように、私たちもまた、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターなのです」

 

 

 

 ………ネーナさん、怖いのです。

 棒を仕舞いながら、刹那とネーナさんは馬が合わないかもしれない、と考える。

 

 ……けど、もしかしたら刹那もああいう子のほうが……いいのかもですし。

 

 

 

(……わたしも、ネーナさんみたいに……)

 

 

 

 ……キス、したら、刹那はよろこんでくれるのだろうか。

 そっと、自分の唇にふれる。……よく、わからない。

 

 

 

 ふと、アザディスタンの皇女だという綺麗な人が頭に浮かんだ。

 そして、そういえば刹那がアザディスタンのクーデターを止めたときに刹那・F・セイエイというコードネームをあの人が知っていたということを思い出した。

 

 

(……ひょっとして)

 

 

 刹那は、あの人が好きなのではないだろうか。

 というより、刹那の故郷はアザディスタンで……。もしかすると、昔からの知り合い? 恋人? 幼馴染? 

 

 なるほど、それならネーナさんを嫌がったのも納得なのです。

 もともとあんな綺麗な人が好きなら………わたし、なんて……。

 

 

「つまり、俺たちと組むってのか?」

「バーカ、そんなことすっか!」

 

 

 ロックオンの言葉にナイフ魔さんが答え、とても大事な話のような気がして慌てて話に意識を戻すと、ナイフ魔さんが嫌な笑いを浮かべます。

 

 

「あんたらがヤワい武力介入しかしねーからオレらにお鉢が回ってきたんじゃねーか」

「……それは、どういう意味です?」

 

 

 さすがに、看過できなかった。ヤワい、ということは更に強行な武力介入をするつもりだというふうに聞える。

 ロックオンの後ろから出てナイフ魔さんの顔を見据えると、ナイフ魔さんはちょっと驚いたような顔をしてから言います。

 

 

「言ったとおりの意味だ。アテになんねーのよ。あ? 不完全な改造人間ちゃんよ。……っつても、よく見りゃ意外に顔はいいんじゃねぇの?」

 

「……ぇ? あ、ありがとうございます…?」

 

 

 確かにわたしはアテにならないですし、不完全な改造人間のようなものなのですが…。顔、いいのでしょうか? 初めて言われたので、お世辞でもうれしいかもしれません。

 

 そんなことを考えていると、ナイフ魔さんは笑みを浮かべます。

 

 

「……どうよ、オレがイイコト教えてやろうか?」

「………いいこと、です?」

 

 

 良い事なら是非教えて頂きたいのですが、いいのでしょうか?

 なんだか粘つくような嫌な気配を感じるのですが、良い事を教えてくれるそうですし…。

 

 

「――――お、落ち着け刹那! 銃は、銃は止めろ!」

「……離せ、ロックオン・ストラトス…!」

「ま、まぁまぁ!」

 

 

 後ろの方がなんだか騒がしいのですが、それどころではありません。

 ……そういえば、このナイフ魔さんも妹さんには優しいですし、フェミニストさんなのかもしれません。それなら本当に何か役立つ情報をもらえるかも……。

 でも、よくよく考えてみれば―――。

 

 

「その、いいことってどんなことなのですか?」

 

 

 素直に聞いてみればよかったのではないでしょうか。

 古来から聞くは一時の、聞かぬは一生の恥といいますし。

 

 

「……へぇ、それじゃあ今からでもベッドで教えてやろうか?」

「……???」

 

 

 どうしてベッド…?

 眠くなるほど長い話なのでしょうか。

 思わず小首を傾げると、ヨハンさんが溜息とともに言います。

 

 

「申し訳ない、弟の無礼を謝罪します。……しかし、私たちに命令を下した存在は、あなた方の武力介入のやり方に疑問を感じているのではないでしょうか」

 

「……私たちはお払い箱?」

 

 

 スメラギさんとヨハンさんで話が進んでいくのです……。

 良い事……気になるのです…。

 

 

「………目標を駆逐する…!」

「マジで止めろ、刹那! 向こうさんも一応謝ってるだろ!?」

 

 

「………いままで通りに作戦行動を続けてください。私たちは、独自の判断で武力介入を行っていきます」

 

「あなたたちは、イオリア・シュヘンベルグの計画に必要な存在なのかしら?」

 

 

「どうでしょう? それは、私たちのこれからの行動によって示されるものだと思います」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 刹那がスローネチームと相容れないと、敵ではないが味方では絶対にない、目標が同じでも同士にも仲間にもなりたくないというか一刻も早く駆逐したいと確信していた少し前。ティエリアもまた、悔しさを噛み砕くように歯を食いしばっていた。

 

 

(……あんな奴らにガンダムを与えた者は誰だ……?)

 

 

 ティエリアが持つのは「戦争根絶」という崇高な大業を成すという純全たる使命感であり、その計画を体現するガンダムマイスターたちは相応の自負や覚悟、誇りを持っていなければならないと思っている。

 

 しかし、トリニティの三人からは僅かでもそれを垣間見ることはできなかった。

 セレネも今でこそ刹那のせいで様子がおかしいものの、本来は真面目な話の場合は「一人でも多く助ける」という切実な願いを滲ませる。

 

 

 なのに、それどころかトリニティからは自分たちを見下すようなものしか感じられなかった。

 

 

 元々、マイスターたちには「どうやって目標を完遂するか」ということだけが重要なのであり、妙な上下意識など必要ない。それなのに、わざと挑発するようなあの態度。

 そして、何よりもヴェーダにあのスローネとやらの情報が無いことが許しがたかった。

 

 

 

 

 

 量子型演算処理システムであるヴェーダはソレスタルビーイングの全てを統括、管理する、計画の根幹をなすものだ。ティエリアにとってヴェーダとは神にも等しく、ヴェーダに選ばれたということに誇りと矜持を持っていた。

 

 それなのにヴェーダに記載されていない機体がGNドライヴを所有し、ガンダムを名乗っている。それはティエリアにとってどうあっても認めがたいことだ。

 

 

(とにかく、ヴェーダで情報の検証を……)

 

 

 しかし、ティエリアはヴェーダのターミナルユニットの前に来たところで驚きで目を見開いた。

 

 

「ヴェーダのターミナルユニットが開いている…!?」

 

 

 ターミナルユニットは球体の形をした、ヴェーダとリンクするための部屋なのだが、普通の方法では開けないはずのその部屋が開いていた。

 

 条件的には、セレネ・ヘイズならばその気になればここに入る事はできるだろう。別にティエリアも今となってはそれを止めようとは思わない。

 彼女の目的遂行に関する能力も思想も、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターと認めうるものだ。

 

 

 しかし、彼女の性格を考えると勝手に入るというのは考えにくすぎる。

 入り口から、中に人影が見えた。

 

 

「そこにいるのは誰だ!?」

 

 

 そこにいたのは、ネーナ・トリニティだった。床を蹴って部屋から出てくると、悪びれた様子もなくティエリアの前に立つ。

 

 

「……どうやって入った」

「普通に、ね!」

 

 

 Vサインとウィンク付きで答えられた。

 ……普通に入るなど、できるものか。通常の人間に……。

 

 

「きみは……きみたちは何者だ?」

「内緒♪」

 

 

 またしてもVサインとともに答えるネーナにティエリアは、内心でトリニティへの猜疑心が更に強まっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 太平洋上を航行する三隻の米軍輸送空母に、タクラマカン砂漠から本国に帰還するオーバーフラッグス隊が乗艦していた。その旗艦である空母のパイロット待機室では、オーバーフラッグス隊の初期メンバーであるグラハムとハワード、ダリルが顔を突き合わせていた。……その雰囲気は、一様に暗い。

 

 

 

「与えられたミッションを失敗するどころか、優秀なフラッグファイターを三名も死なせてしまった………隊長失格だな、私は……」

 

 

 色濃く疲労の見える表情のグラハムに、ハワードとダリルが顔を見合わせる。

 二人は、グラハムの苦悩がそれだけではないと察していた。結果的に己の判断でアイシスに卑怯な戦いを仕掛けてしまったこと。そして恐らくは、アイシスが助かったことに安堵している自分自身が許せないのだろう、と。

 

 実際にアイシスと戦わなければわからないだろうが、アイシスは凄まじい精度の予測射撃で執拗に武器や腕などを狙う。わかるのだ。殺す気が無いというのが。

 そしてハワードとダリルもグラハムのフラッグの記録した戦闘映像を見て、太陽光受信アンテナを守るために必死に攻撃するアイシスも見ているのだ。もしあの攻撃を本気で向けられれば、ハワードとダリルならひとたまりも無いだろう。

 

 

 不殺。

 言うだけなら容易く、しかし実行する事がどれほど難しいのか検討もつかない。

 そしてアイシスはそれを可能な限り、全力で実行している。

 

 

 それに、嬉々としてアイシスとの戦いに赴き、正々堂々と戦い、そして相手の凄さを楽しげに語るグラハムは輝いていた。それはきっと、好敵手という言葉がしっくりくるくらいには。

 

 

 

 

「仕方がありませんよ、隊長。新型のガンダムが出てくるなんて予想もしていませんでした。隊長に落ち度はありません」

 

 

 その言葉に、グラハムは微苦笑で応えた。

 ここで礼を言って自己の責任を軽くするような真似をしては、死んでしまった三人に申し訳が立たなくなる。その思いからの、グラハムとしての精一杯の返礼だった。

 

 それを察して、ダリルは言う。

 

 

「……隊長でしたら、次こそは正々堂々とガンダムを倒すことができるはずです」

「ダリル……そう、だな」

 

 

 グラハムが力なく、しかし確かに笑みを浮かべる。

 それに乗るように、ハワードが苦々しく笑って言う。

 

 

「ダリル、俺たちもフラッグファイターだ。矜持を見せろよ」

 

 

 

 ………本当は、最早アイシスに会わせる顔など無いと思っていた。

 己が部下を統率し切れなかったせいで結果的にアイシスに人殺しをさせてしまった。

 

 部下を死なせ、そしてアイシスの高潔さを踏みにじり、あまつさえ軍人としての己に疑問を抱いてしまった。どの面を下げてアイシスの前に立つというのか。

 ………引き際なのかもしれない。もう、第一線で戦うべきではないかもしれない。

 

 

 そんなことさえ考えていた。

 しかし、携帯端末にガンダム出現の知らせが届く。

 

 

 

「大気圏を突入してくる機体がある!? 降下予測ポイントは―――なんだとっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 アメリカ、MSWAD基地。

 そこに、三機のガンダムスローネが降下してきていた。

 

 

「目標ポイントに到達した。ネーナ、ドッキングしてくれ。一気に殲滅させる」

『了解♪』

 

 

 ヨハンたちの受けたミッションは、MSWAD基地の破壊だった。MSWADが二度と部隊として機能できないほどのダメージを与えろとの命令だ。

 ネーナのスローネドライがアインの背後に回り、背部左上にあるGN粒子注入口にGNハンドガンを差し込む。これにより、アインのGNランチャーの威力を格段に上げることができるのである。

 

 そして、スローネアインが右手のGNビームライフルを右肩のGNランチャーにドッキング。折り畳まれていたGNランチャーの砲身が展開する。そして、ランチャーの付け根部分に現れるグリップをドライが掴んで機体を固定。準備は整った。

 

 

『高濃度GN粒子、転送!』

 

 

 眼下のMSWAD基地では兵士たちが慌てているが、もう遅い。ヨハンは基地の全ての施設を徹底的に壊滅させるつもりであったし、計画のためならば厭うつもりなどなかった。

 

 

『GN粒子、転送完了!』

「了解」

 

 

 ヨハンのヘルメットに狙撃用のセンサーが下りてくる。

 その目は寸分の躊躇いもなく、MSWAD基地を見据えていた。

 

 

 

「スローネアイン、GNメガランチャー、撃つ」

 

 

 ヨハンの指がトリガーを引く。

 凄まじい衝撃音と共にGNメガランチャーの砲身から真っ赤な粒子ビームが迸る。モビルスーツを飲み込めそうなほどの巨大な粒子ビームは滑走路を焼き払い、焦土と化しても止まらない。

 

 スローネアインがメガランチャーの射線を動かし、地面に絵でも描くような気軽さで基地内の施設を焦土に変えていく。格納庫、資材庫、武器庫、整備室。それらとそこにいた人々が苦痛を感じる間もなく蒸発して世界から消えた。

 

 しかし、それでも止まらない。

 宿舎を、オフィスを、技術研究塔を、管制塔を焼き払う。

 それらが爆煙を上げ、融解し、崩壊する。

 

 

 時間にして、2分にも満たなかった。

 MSWAD基地は最早原型をとどめておらず、炭化して瓦解した廃墟があるだけ。

 

 

「ミッション終了」

 

 

 自らの成果を確認したヨハンが誇るでもなく、後悔も感じさせず、ただ淡々と宣言する。メガランチャーを折り畳み、ドライもドッキングを解除して離れる。

 

 

『ひゃははははっ! いやっほぅ!』

 

 

 スローネツヴァイのミハエルが歓喜するかのように笑い声をあげる。

 

 

『さっすが兄貴! やることがえげつねーぜ!』

 

 

 これで褒め言葉だというのだから恐れ入る。しかし、ヨハンはそれをよく理解しているのでそれには何も言わずに口を開く。

 

 

「ミハエル、ネーナ」

 

 

 帰投するぞ、と言いかけたところで電子警告音が鳴った。

 モニターに接近する十二機のモビルスーツが映し出される。

 

 

「……フラッグか」

『へへっ、来たぜ、ザコがわんさかっ!』

 

 

 ミハエルの歓喜の声が、響く。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 飛行形態をとったグラハム専用ユニオンフラッグカスタムと十一機のオーバーフラッグがMSWAD基地に近づく。赤い粒子を排出している三機の新型の向こうでは、彼らの基地が無残な姿をさらしていた。

 

 

『隊長、新型が三機です!』

「見ればわかる!」

 

 

 ダリルの通信に、グラハムが苦々しげに返す。

 タクラマカン砂漠へ出発したときには整然としていた基地が見る影も無い。圧倒的な火力による破壊。明らかにこれまでのガンダムが、アイシスが行ってきた『戦争を止めるための最低限の破壊』ではない。再起不能にしてやろうという意図が見える。

 

 ………これが我々の卑怯な攻撃に対する報復なのだとすれば、何も言い返せない立場であるというのはわかっている。……しかし…っ!

 

 

「我々の基地が……っ!」

 

 

 どれほどの犠牲が出たのか。それは、理屈で割り切れるものではない。

 どうしようもなく湧き上がる怒りに歯を食いしばり、そこで通信が入った。サブウィンドウに、片腕を押さえたカタギリが映る。苦痛に顔を歪ませ、全身が血や土埃で汚れていた。

 

 

「カタギリ!?」

『グラ…ハム……きょ、教授が………エイフマン…教授が……』

 

 

「……なんだと…っ!?」

 

 

 頭の中が冷え切り、それから瞬時に白熱する。

 

 ………非は認めよう。

 確かに先に卑劣な攻撃を仕掛けたのはこちらだ。しかし……しかしっ!

 やはり感情とは、そこまで単純に割り切れるものではない…ッ!

 

 グラハムは激情のままに激しくコンソールに拳を叩きつける。怒りを闘志に置き換える。

 

 

 

「――――堪忍袋の緒が切れた…ッ! 許さんぞ……新型…ッ!」

 

 

 

 激昂するグラハムに応え、イオンプラズマジェットを噴かすフラッグは凄まじい勢いで新型に向けて突進した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

『撤収するぞ、ミハエル』

 

 ツヴァイのコクピットにヨハンの声が響く。

 

 

「なんでだよ」

 

 

 ミハエルが露骨に嫌そうな声を出す。食事が足りないとわめく食べ盛りの子どものような顔。兄貴とネーナは基地をヤッたかもしれねーが、オレは何もヤッてねーんだぜ。ヨッキューフマンってヤツだ。

 

 

「少しくらい遊ばせてくれよ、兄貴」

 

 

 言うなり、返事を聞かずにツヴァイを上昇させる。

 凄まじい速さで後続機を引き離しながら突っ込んでくる黒いフラッグを見据える。

 

 

『ミハエル』

「なーに、すぐ済むさ」

 

 

 そうさ、相手はたかがフラッグ。

 

 

「……破壊して、蹂躙して、殲滅してやる! ――――いけよ、ファング!」

 

 

 スローネツヴァイのスカートから六つの金属の牙のようなものが放たれ、フラッグに躍りかかっていった。

 

 

 

……………

 

 

 

 グラハムの眼前に迫る六つの牙。それぞれが自由に動き回り、あるいは突貫武器のように機体を貫こうと、あるいは多方向から粒子ビームを放ってくる。初めて見る武器だが、高度な技術が使われているということはわかる。さすがはガンダムの同型機だと褒めてやろう。だが―――――。

 

 

「――――それが、どうしたッ!」

 

 

 こんなもの、動きの鈍い敵6機に囲まれているのと何が違う!

 アイシスのようにこちらの想像を上回る動きも、砂漠で出会ったガンダムのような凄まじい気迫も無い! この程度でガンダムを名乗るか…!

 

 

 グラハムが凄まじい速度で操縦桿を動かし、6機の牙を軽々とかわす。プロフェッサーの遺してくれたカスタムフラッグの機動性ならば、この程度では牽制にもならん!

 

 新型の攻撃をすり抜け、リニアライフルをスカート付きのコクピットハッチに叩き込む。あの牙を操作していると本体の動きが散漫になるのか、容易に直撃する。

 

 

 

――――どうした! アイシスはもっと苦しい状況でも迎え撃ってみせたぞ!

 

 

 

「総員、フォーメーションDで新型を包囲しろ!」

 

 

 グラハムはスカート付きが怒りに任せてグラハムに全ての牙を向けるのを感じ、即座に最適なフォーメーションを判断して叫ぶ。瞬時にフォーメーションを組み替えたオーバーフラッグスは三機一組の編隊となって一撃離脱の波状攻撃を繰り出す。

 攻撃を当てたフラッグを追おうとする敵機は、入れ替わり立ち代りで縦横無尽に攻撃を加えるフラッグに翻弄されつつあった。

 

 

――――短絡的だな、目の前しか見えんか!

 

 

 新型の機体に面白いようにリニアライフルが直撃する。新型は戦術レベルでの攻撃を受けるのになれていないのか、みるみる機体の動きが鈍る。

 このことが、新型を倒すための一筋の光明になるかもしれない―――そう思ったとき、一機のオーバーフラッグが編隊から離れて新型に突進した。

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

『ハワード!?』

 

 

 僚友であるダリルの声が聞こえた。しかし、ハワードは更にスピードを上げてスカート付きに突っ込む。隊長の命令を無視してしまった。……もし生きて帰れても、軍法会議ものだ。それに、隊長になんと詫びればいいのかも分からない。しかし、それでも……。

 

 

 

 ハワードもまた、フラッグという機体に魅了された一人の男だった。

 そして、フラッグを正式採用の座に上り詰めさせた人物こそが敬愛する上官、グラハム・エーカーなのである。そしてまた、ハワードを推薦してフラッグファイターとして取り立ててくれたのもグラハム。

 

 尊敬する上官と愛する機体。その機体で共に空を飛ぶ事こそがハワード・メイスンの矜持。フラッグファイターとしての魂。

 

 

 ハワードのフラッグが空中でモビルスーツ形態へと変形する。

 “グラハム・スペシャル”―――これで、少しでも隊長に近づけただろうか?

 ……いいや、まだだ! ここから、ここからなのだ…!

 

 隊長の、そしてフラッグの戦いは!

 

 

 

 そして、この基地を……仲間たちを……この空を奪ったお前たちに……!

 

 

「――――見せてやる、ガンダム!」

 

 

 

 フラッグがソニックブレイドを引き抜き、突撃の勢いのままに敵機に向けて振り下ろす。スカート付きは右肩にマウントしていた巨大な実体剣で受け止めるが、勢いはこちら側にある! フラッグのソニックブレイドがじりじりとスカート付きの剣を押し始め―――。

 

 

「―――これが、フラッグの力だ!」

 

 

 

………………

 

 

 

 

 モニターに映るソニックブレイドとGNバスターソードのスパークを見ながら、ミハエルは呻くように表情を曇らせた。じょじょに青白い光を帯びた刃が近づいてくる。

 

 

「こ、このままではやられる……」

 

 

 押し切られてしまえば、ガンダムといえどもただではすまない。

 きっと、傷つけられてしまう――――かすり傷くらいはなぁ?

 

 ミハエルがニヤリと嗤う。本当に倒せるとでも思ったのか?

 

 

「ンなわけねーだろ!」

 

 

 ミハエルの指が素早くキーを叩く。目の前のフラッグが、びくんっと全身を痙攣させた。それが5回――――フラッグの両腕に、胴に、両脚に、GNファングが突き刺さっていた。GNファングはビーム刃を纏うことができるのだ。

 

 そして、最後にフラッグの頭部にもファングが突き刺さり――――フラッグの顔面のセンサー素子の光が消える。ゆっくりと、機体が落ちた。

 

 

 

 

………………

 

 

 

「ハワード・メイスン!」

 

 

 グラハムは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 そこに、ノイズ混じりのハワードの声が聞こえた。

 

 

『た、隊長……』

「ハワード!」

 

 

『隊長……フラッグ、は……』

 

 

 

 視界で、オレンジ色の閃光が瞬いた。……それと同時に、ハワードとの通信は途切れた。

 ハワードを散らせた6つの牙はスカート付きに収納され、三機の新型はもはや用は無いと言わんばかりに飛び去る。

 グラハムには、それを見送ることしかできなかった。

 

 

『隊長!』

「……無策で、追うな!」

 

 

 今行っても返り討ちにあうだけ。それが事実だ。

 ……だが、無念だった。

 

 全身から噴き出してくる悔しさを抑えるために、操縦桿を握りつぶす勢いで握る。奥歯をぎりぎりと食いしばり、眼下の基地に視線を落とした。

 

 粒子ビームで焼かれた地面の黒々としたラインも、もうもうと煙の立ち上る崩れた建物も。敗北という揺ぎ無い事実を突きつけてくる。

 思うまま蹂躙され、一矢たりとも報いることができなかった。

 

 

 

「……プロフェッサー…ッ、……ハワード……ッ」

 

 

 

 その時、なぜか砂漠の国の渓谷で出会った少女の顔が浮かんだ。

 悲哀に満ちた瞳。ただ人が死ぬのを見ただけではない。そう思わせる瞳。

 

 

『………人が、死んでいます……たくさん、たくさん……』

 

「……そう、か……これか……」

 

 

 分かってしまった。彼女が死んでいると言うのは、単に人が死んだというのを指すのではない。……彼女にとっての仲間、あるいは家族の。そういう存在の死が彼女にあの瞳をさせていたのだと。

 

 

 そして、なぜ戦うのかと問うた時、彼女はなんと答えたか?

 

 

 

『………きっと、死ぬのがこわくて……かなしいから、です』

 

 

 

 ………ああ、そうだ。大切な仲間が死ぬのはひどく怖い。そして、悲しい。

 自分で奪ってしまった命の重さを知っているつもりだった。しかし、奪われる命の悲しみと恐ろしさは……。

 

 

 

「………何のために、戦うのだろうな」

 

 

 なぜ、争うのか。奪われた者の戦いも、守るための戦いも、戦いの発端にはなりえない。ならばなぜ、戦いは始まってしまうのか……。

 グラハムに、答えは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 トリニティチームがMSWADの基地を強襲したというニュースは、間もなくプトレマイオスにいるガンダムマイスターたちにも届けられた。むろんトリニティからの報告ではなく、地上にいるエージェントからの情報だ。

 

 そのようなミッションに関しては全くなにも聞いていません。寝耳に水です。すぐさま対応を話し合うべく、ブリーフィングルームにスメラギさんとマイスター5人で集りました。

 

 

「あいつらが米軍の基地を襲ったって?」

 

 

 ロックオンが怪訝そうに問いかけ、アレルヤさんもスメラギさんに顔を向けます。

 

 

「目的は?」

「不明よ」

 

 

 スメラギさんが首を横に振り、更に言います。

 

 

「ヴェーダにも情報は来てないみたいね」

「……勝手な事を」

 

 

 吐き捨てるようにティエリアさんが言い、ロックオンは肩を竦めて皮肉ります。

 

 

「おーおー、俺らへの風当たりが強くなるようなことしちゃって」

 

 

 ……世間のソレスタルビーイングに対する評判は、様々な意見はありますが単純に言えば「テロ組織」というものです。好感を持ってもらえるなんて思っていませんが、トリニティの攻撃はやりすぎ……そう思えます。

 

 その時、刹那がぽつりと呟きます。

 

 

「……マイスターなのか?」

 

 

 顔を上げると、刹那と目が合いました。

 苦々しげな、けれど切実な感情の篭った瞳。

 

 

「トリニティは―――やつらは本当にガンダムマイスターなのか?」

 

 

 ……ガンダムに乗っているのがマイスターだというのなら、そうなります。

 けれど、わたしは……。

 

 

 

『きっといつか人は分かり合えるわ。……けれど、それを待っている間に人は死んでしまう。たくさん。たくさん……。だから、ガンダムが世界に変革を促す。世界を一つにする。そして、一人だけでも多くの人を救う』

 

 

 そして、お母さんはさみしそうに微笑んで言うのだ。

 

 

『………無駄だと思っても、動かなければ何も変えられないの。そして、もし一人でも救うことができたなら――――それは、誇っていいの。その人を大切に思う人からすれば、それ以上の偉業は世界に無いのだから』

 

 

 

『――――お前が、母さんの望んだ世界を創るんだ』

 

 

 

 

 ……あんなの、お母さんの望んだガンダムじゃない。

 

 小さく心の中で呟く。それは、不思議とすっぽりと胸の中に収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

信念や理念があろうとも、戦場で散りいくは人の命である。
ガンダムは何がために存在するのか。
次回、『悪意の矛先』。その翼、空を舞う。


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第17話:悪意の矛先


せっかく後半が熱いので、ほぼ2話分一気に投稿!
休日だから書く時間があっていいですけど、平日だったら2日に1回2話サイズと、1日1回1話サイズのどちらがいいでしょうか…?



 

 

 

 

 

 

 トリニティによる武力介入は徹底的に目標を潰すスタイルを貫き、一切の容赦が無いその戦いに、世界は彼らが行動するたびに新型ガンダムの性能の高さと彼らの冷酷非情さを恐怖と戦慄として刻み付けられる。

 

 プトレマイオスチームには一切報告など無く、各国報道機関による速報やエージェントからの情報で情報が届く。

 

 

 そんな中、セレネはロックオンと刹那とともに太平洋上の孤島に身を潜めていた。

 

 

 

(………何人、死んだのかな……)

 

 

 トリニティの行為は、攻撃目標は、ソレスタルビーイングの理念から外れてはいない。けれど、殺す必要のない人を殺し、壊す必要のないものまで壊すやり方をセレネはどうしても認めたくなかった。それでも、悔しいことに彼らは理念に反していないのだ。

 

 

(下手に動いたら、状況を悪化させる……)

 

 

 スローネたちは機体を戦闘不能にしたところで、恐らく彼らは修理して再び戦いを挑むだろう。そしてそうなれば、セレネへの報復とプトレマイオスチームへの報復が同一のものと取られてしまう最悪の展開も考えられた。

 

 つまり、セレネにはこのまま黙って大きな犠牲を積み重ねながら世界の変革を待つのか、あるいは裏切り者として断罪されることも覚悟でスローネを屠るしかなかった。あるいはスローネの武力介入のたびに割り込むという方法も……しかし、それもそのうちにセレネが攻撃対象になるだけだろう。

 

 

 動くに動けない。

 歯痒かった。殺されるのを見ていることしかできない。

 かつて感じ取った世界の苦しみがガンダムによって生み出されているというのは許しがたい侮辱でもあり、しかし犠牲を減らすためにトリニティを殺すというのは絶対にできないことでもある。

 

 

 

――――ひとりでも多く助ける。諦めずに足掻き続けなければ、セレネの行動原理が、生きる意味が瓦解する。なのに、動けない。

 

 もしもセレネが独りだったなら、既に戦う意味を見失っていただろう。

 

 

 

「やつらの武力介入は、これで七度目………あれこれ構わず基地ばかりを攻撃、しかも殲滅するまで叩いてやがる。……アレルヤの台詞じゃないが、世界中の悪意が聞えるようだぜ」

 

「トレミーからの連絡は?」

 

 

 現在、三人はエクシアの輸送用コンテナのレストルームで話していた。自分のコンテナで苦悩していたセレネをロックオンが引っ張り込んだ形である。セレネは本当は刹那に会うと苦しいような、悲しいような気分になってしまうので嫌だったのだが、ロックオンに断る理由を聞かれて「刹那の近くにいたくない」などと答えられるわけもなく。

 

 

「待機してろと。ヤツらのせいでこっちの計画は台無しだからな。ミス・スメラギもプランの変更作業に追われてるんだろうよ」

「………」

 

 

 刹那が黙ってガラスの向こうで超然と佇むエクシアに目を向ける。

 最近、なぜか加減がきかなくなってきた能力が勝手に刹那の思いを読み取る。

 

 

『あれが、ガンダムのすることなのか……?』

「……刹那」

 

 

 ガンダムは理想を実現するための機体だ。紛争を武力で根絶しようという行為は必ずどこかで犠牲を強いる。しかし実現されるべき理想が、むごたらしい破壊の向こうになどあるとは思えない。

 

 刹那は、そう信じていた。

 他のガンダムマイスターもそう思っていると信じていた。

 

 そして、過度に無意味な破壊を行うトリニティに刹那は懐疑の念を抱いている。

 

 

 

「……セレネ?」

「……ぇ?」

 

 

 刹那がこちらを見る。どこか拒絶を恐れるような感情が伝わってくる。

 そこでようやく、セレネは自分が心の中で呟いたつもりで声に出して刹那を呼んでしまったことに気づいた。

 

 

「……っ、その……なんでも、ないです……」

「……そうか」

 

 

 どんよりとした空気が漂う―――と、そこでロックオンが刹那に近づいて何事か耳打ちする。……なにを話してるのでしょうか? 刹那からやや動揺するような気配が、ロックオンからは苦笑するような気配が伝わって、言います。

 

 

「悪い、ハロを取ってくる。セレネ、渡しておきたいものがあるから帰るなよ」

「……ぇっ!? ロ、ロックオン!?」

 

 

 

 せ、刹那と二人きりにしないでくださ――――…ふ、ふたりきり…?

 わたしも取りにいきます。そう言おうとして立ち上がり、けれどその前に刹那に腕を掴まれた。

 

 

 

「待ってくれ、セレネ…っ」

「………ぁ、ぅ……」

 

 

 

 心臓がやかましいほどに騒いでいた。掴まれた腕と、顔が熱をもっているようだった。ゆっくりと振り返ると、刹那が真剣な瞳で見つめてくる。どうしてかその瞳を直視できず、ちょうど私の目線の高さにある刹那の胸辺りを見つめる。

 

 すると、急に刹那の胸が目の前にあった。

 

 

 

「………ぇ?」

 

 

 いつのまにか刹那が目の前に立っている―――どころではなく、わたしの背中に刹那の腕が回っている。そっと、身体が密着する。驚きのあまり、息が止まった。

 咄嗟に、刹那を見上げて何かを問いかけようとして―――…。

 

 

「………せつ、な――――――んぅっ!?」

 

 

 どうしてか、刹那の顔が目の前にあった。

 声が出ない。唇に少し乾燥した、けれど柔らかい感触。

 

 それと同時に、刹那から何かの感情が伝わってくる。

 ……けれど、知らない。わたしは、こんな…きもちは……っ。

 

 

 

 

「――――……っ!? ん、ぅーー…っ!」

 

 

 

 頭がふわふわして、呆然としていた。

 けれど我に返って、わけもわからずにジタバタと暴れる。 

 

 刹那の腕はそれくらいではビクともしなかったけれど、永遠にも思える数秒の後にそっと離される。半ば崩れ落ちるようにしてふらふらと刹那から離れると、もう人間という枠組みを越えて情報を処理できるはずだった頭が、わけのわからない感情で埋め尽くされていた。

 

 

 

 

「………っ、ぐすっ………ば、か……せつなの、ばかぁ……っ」

 

 

 

 勝手に涙がぼろぼろと溢れて、零れ落ちる。

 わけがわからなかった。どうして泣いているのかもわからず、ただ、処理できない感情と情報を無理矢理に理解しようとする。

 

 だって、わたしなんかが誰かに好きだと思ってもらえるはずがない。

 化け物だ。ばけものなのに。それに、こんなにもお子様なのに。

 そうだ、だから……きっと。こんなきもちは、かんちがいなんだ……っ。

 

 

「っ……セレネ、俺は……っ!」

「ぃ…いや……いやぁぁ。刹那…はっ、アザディスタンの時の女の人が……っ!」

 

 

「なぜ、マリナ・イスマイールが…!?」

 

 

 本当なら、刹那が困惑していることがわかっただろう。

 なのに、錯乱した頭は勝手に自分でも納得できる答えになるように回答を捻じ曲げる。

 

 

 やっぱり刹那は、その人のことが好きなのだ。

 だけど、きっとわたしが刹那のキスを気にしていたから……っ!

 

 

 

「………ごめん、なさい…っ、せつな……っ」

 

 

 

 刹那から伝わってくる驚愕と悲しみの意味もわからない。

 ただ、ふらふらと立ち上がって一目散に外を目指した。

 

 そうしなくてはいけない。

 そうでなければおかしくなってしまうような気すらした。

 

 

 コンテナを飛び出しても走り続けて、途中でロックオンに呼び止められたような気もしたけれど止まらなかった。誰もいない川辺でようやく立ち止まって、崩れ落ちる。

 

 

 

「………はぁ…っ、はぁ……っ」

 

 

 

 熱くなった頬を、冷たい涙が流れ落ちる。

 ほんの少しだけ冷静にもどった思考に、冷たい現実に気づかされる。

 

 

 

(………これ、で……ほんとうに、刹那にきらわれた……)

 

 

 

 それでいい。それでいいの…っ。

 心の中で何度も呟いて、川を覗き込む。

 

 だいきらいな、自分の顔が水面に映っている。

 足元の草を千切って水面に投げつけると、僅かに像が揺らいで、けれどすぐに元に戻る。

 

 

 刹那といっしょにいても、苦しいだけ。

 だって、わたしは……。

 

 

 

「………ぅ、ぁぁぁあぁぁ…っ、刹那……、せつなぁぁ……っ」

 

 

 

 いっしょに、いたいのに。

 どうしても怖い。失う事が、怖い。

 

 たいせつなものは、ぜんぶ消えてしまうから……。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 コンテナの外でこっそりと話が終わるのを待っていたロックオンは、セレネが泣きながら飛び出してくるのを見て慌てて呼び止めたが、振り向きもせずに走り去るセレネにただごとではない何かを感じてコンテナの中に入り、魂が抜けたように椅子に座り込む刹那に慎重に声を掛けた。

 

 

 

「……おい、刹那…? 何があった…?」

 

 

 どう考えても刹那とセレネは両想いのはず。よっぽどのヘマをやらかさなければネーナの一件以来、避けられまくっている刹那でも仲直りどころか一足飛びに恋人にでもなれると思っていたのだが……。

 それで『素直に思うまま気持ちを伝えろ』と刹那に入れ知恵してこんな場を設けたのだ。責任も感じつつ対処を考えるロックオンに、半死半生といった風情の刹那が小さく呟く。

 

 

「………、と……」

「へ?」

 

 

「……ごめんなさい、と……」

「な、なんだって…!?」

 

 

 素直に気持ちを伝えて「ごめんなさい」と謝られるなど、尋常なダメージではない。しかし、セレネが刹那を断るなど想像できないロックオンは、刹那に追加ダメージが入るのを覚悟で問いかけた。

 

 

「な、何て伝えたんだ…?」

「…………」

 

 

 しかし、へんじがない。しかばねのようだ……。

 それでも、聞かないことには始まらない。辛抱強く待つと、刹那は小さく呟いた。

 

 

「……伝えて、いない」

「……は?」

 

 

 意味がわからない。「ならなんで泣きながら逃げられたんだよ」との意思を込めて刹那を見据えると、刹那はものすごく言いにくそうにしつつ、長い沈黙の後に言った。

 

 

「………キスを、したら。泣かれた……」

「―――馬鹿だろ!? おまっ、何も言わなかったのか!?」

 

 

 あのセレネに! いきなりキスなんてしたら錯乱するのが目に見えてるだろうが!

 そう怒鳴りつけてやりたいのを必死で堪えた。もう馬鹿だろと言ってしまったがそれくらいは仕方の無いダメージだと割り切る。

 

 

「……言おうとした。逃げられた……」

 

 

 なんかもう片言になっていやがる……。

 かつて想像も出来なかったほどの落ち込み具合の刹那の前でロックオンは頭を抱えた。

 

 

―――この、ガンダム馬鹿め…!

 

 

 なんとなく刹那にも事情があって恋愛の経験が皆無だというのはわかる。それに、流れによってはセレネを抱きしめたくなったりキスしたくなる気持ちも理解できる。なんか小動物みたいだから愛でたいのもわかる。

 しかしそれでも、とにかく自分を卑下するセレネに、どう思っているかを誤解しようも無いくらいはっきりと伝えるのが大事だったというのに!

 

 

 間違いなく何かとんでもない誤解を生んでいる。

 

 そして、それと同時にセレネの異常なまでの卑下をなんとかしないといけないのかもしれないと感じた。本当に刹那が嫌なわけではあるまい。世界がこんな状態だからこそ、二人には早く仲直りしてもらいたかった。

 

 

「あー、ったく! 俺がセレネから事情を聞いてくる。いいか刹那、お前はセレネのことをどう思っているのかもう一度よく考えておけ!」

 

「……すま…ない、ロックオン……」

 

 

 

 ったく、本当に世話が焼けるガンダム馬鹿どもだ!

 ロックオンは苦笑して、セレネがいなくなった森に向かった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 光が乱舞する、プトレマイオスのヴェーダのターミナルユニット。

 そこではティエリアがもう一度ヴェーダの情報を洗い出し、ヴェーダがハッキングされている可能性を検証していた。

 

 

(レベル3クリア……レベル4……レベル5……)

 

 

 次々と上位レベルにアクセスしていき、そして最高位であるレベル7に到達したときのことだった。そこにある情報の形が一部、以前見たときと変化していることに気づいた。

 

 

(……レベル7の領域のデータが、一部改竄されている…!? このデータ領域は、一体……)

 

 ティエリアがその領域を確認しようとしたときだった。急にデータの流れが断ち切られ、アクセスが強制的に打ち切られる。再度アクセスしようとしても、できない。

 

 

(……きょ、拒否された…!?)

 

 

「こ、この僕が……アクセスできないなんて……そんな……」

 

 

 打ちのめされたティエリアには、しばらく体を動かすこともできなかった。

 ……そして、確実に何かが狂っている。そう思った。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 アメリカの軍人墓地に、ぱらぱらと小雨が降っていた。

 それが故人を偲ぶ空からの悲哀に思えるのは感傷がすぎるのかもしれない。しかし、グラハムは今は少しでもその感傷に浸っていたかった。

 

 

 目の前には、真新しい墓石。グラハムは花を手向けると、そこに刻まれている名前を小さく呟く。

 

 

「……ハワード・メイスン……」

 

 

 その若すぎる死が、名の下に刻まれて生没年にはっきりと記されている。

 後ろに立つダリルが、静かに呟く。

 

 

「……ハワードは、隊長のことをとても尊敬していました」

 

 

 グラハムにとって、初めて耳にすることだった。

 

 

「次期主力モビルスーツ選定でフラッグが選ばれたのは、テストパイロットをしていた隊長のお陰だと……」

 

「……私は、フラッグの性能が一番高いと確信していたからテストパイロットを引き受けたにすぎんよ。しかも、性能実験中の模擬戦で……」

 

 

「あれは不幸な事故です、隊長…!」

 

 

 ダリルがグラハムの言葉を遮り、言う。

 

 

「……隊長、ヤツはこうも言っていました。隊長のお陰で自分もフラッグファイターになることができた。……これで、隊長と……共に、空を飛べる…と…っ」

 

 

「……そう、か……彼は、私以上にフラッグを愛していたようだな……」

 

 

 僅かに言葉をつまらせたダリルに、グラハムが僅かに表情を緩ませた。

 グラハムの脳裏に、ハワードの顔が浮かんだ。まだ彼の声も顔も、忘れていない。今にも現れて、またフラッグの変形を生かした戦術について語り合えるような気すらする。

 

 

 

 心に開いた空虚な穴には、奪われた分の憎しみが、悲しみが渦巻く。

 グラハムは静かに立ち上がり、墓前に敬礼した。

 

 

「……ならば、ハワード・メイスンに宣誓しよう。私、グラハム・エーカーはフラッグを駆って、あのガンダムを倒す事を………」

 

 

 すまない、ハワード。そう心の中で呟く。

 仇は必ず取る。しかし……。

 

 

「……隊長。ハワードも、分かっています。……俺たちも、隊長の部下(フラッグファイター)ですよ」

「ダリル……」

 

 

 

 敵わない、な。

 そう思う。雨は、まだ止みそうにない。

 

 しかし、僅かに日の光も見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 スペイン郊外の上空。

 

 トリニティのガンダムスローネたちはミッションを終え、帰路の途中だった。

 あるいはこのとき、ほんの僅かにでも時間がずれていれば運命は変わったかもしれない。

 しかし―――。

 

 

『ラグナから、次のミッションが入った。目標ポイントへ向かう』

『またかよ!』

 

 

 ヨハンの言葉にミハエルが不満を漏らす。

 

 

「やだあ、ここんとこ働きづめじゃない……」

 

 

 ネーナもモニターに顔を近づけて眉根を寄せ、しかしヨハンは静かに言った。

 

 

『我慢しろ。戦争根絶を達成させるためだ』

「あーもう……」

 

 

 ネーナはシートに体を投げ出して考える。武力介入が嫌いなわけではない。むしろ楽しんでミッションを遂行していたし、破壊に対する快感もあった。

 けれどタクラマカン砂漠以降、間を置かずに連続して出撃しているためにストレスが溜まっていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 と、そこで何かに気づく。全方位モニターの下方、緑の多い丘陵地帯にある大きな邸宅の中庭で、たくさんの人が集っていた。

 その映像を拡大すると、何かのパーティのようだった。みんな笑っている。浮かれている。楽しんでいる。一瞬頭をよぎった羨ましさが、苛立ちに取って代わる。

 

 

「なにそれ? こっちは必死でお仕事やってんのに、能天気に遊んじゃってさ。あんたら、わかってないでしょ?」

 

 

 ネーナはスローネドライをその邸宅に向ける。

 

 

「世界は、変わろうとしてるんだよ」

 

 

 それなのに自分の目の前でなければ関係ない、世界は平和だと勘違いする連中。そんなのが足を引っ張るから世界が変わらない。あたしらが忙しく動き回る羽目になってるんだよ。そう、無知は罪なの。

 

 

 

 眼下で、怯えたような人の群れ。はしゃいでいるようなヤツもいる。

 

 

 ……なんて、マヌケ面。

 

 

 それは、ネーナの傲慢だった。ガンダムに乗ってるということ。そしえ普通の人間とは違うというプライドと優越感。人の命を蹂躙できる特権が、高慢な笑みを浮かべさせる。

 

 あんたたちみたいなの、世界にはいらないんだよ。

 だから、そう――――。

 

 

「――――みんな、死んじゃえばいいよ」

 

 

 

 ネーナはGNハンドガンを向け、躊躇い無くトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「…………ぅ、ぐす…っ」

 

 

 無人島の木の上で、静かに泣いていたセレネの通信端末に新しい情報が届く。またロックオンか、それとも刹那か。能力をフルに使って隠れるセレネを二人が探しているのは気づいていたけれど、応じるつもりなんてなかった。

 

 

 しかし、さみしかった。

 気まぐれで端末に目を落とす。すると、エージェントからの情報だという事に気づいた。

 すぐさま情報を開き、そして愕然とする。

 

 

「………トリニティが、一般人を攻撃……?」

 

 

 

 紛争幇助対象者がいたわけでもなく……意味も、なく……?

 

 信じていたソレスタルビーイングの理念が、瓦解するような気がした。

 

 

 

 

 

 きつく、自分が座っていた枝を握り締める。

 ミシリ、という音を立ててそれまでセレネを支えていた枝が握りつぶされる。

 

 身体を包む落下の感覚に、セレネは動じずに地面との距離を測り、音も無く両脚で着地する。ああ、やっぱり……どうしようもなく化け物なのだ。

 

 

 けれど、それは――――お父さんとお母さんの。そして、わたしの理想のため。

 

 

 わたしには、それ以外に生きている意味がない。

 だから、そう――――。

 

 

 

「………アイシス、来なさい」

 

 

 邪魔なコンタクトレンズを外し、煌く黄金の瞳を晒して呟く。

 

 GN粒子の輝きが、近づいてくる。

 主の呼び出しに応じて静かに降り立つのは、蒼い翼と緑の輝きを纏った純白の天使。

 

 

 

「………すべてを失うとしても、わたしは……」

 

 

 

 コクピットに乗り込み、ロックオンと刹那からの通信を訴える端末の電源を落とす。コンソールを素早く操作してアイシスへの通信をシャットアウトすると、暗号通信の送信画面を見ながら小さく呟いた。

 

 

 

「………ごめん…なさい。わたしは……、わたしのために戦います……」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 アメリカ、イリノイ州にある米軍航空戦術部隊の基地。

 本拠地をガンダムによって壊滅させられたオーバーフラッグス隊は、その一角を間借りして新たな所属基地としていた。あくまでも借家だが、今のところ新たな基地の建設計画は未だに軍部に承諾されていない。

 

 

 グラハム・エーカー少佐は、夜の格納庫を歩いていた。

 階級が上がっているのはガンダム鹵獲作戦における多大な貢献が評価されたためだ。事実としてひっくり返されかけた戦況を持ち直させて、危うく3時間程度で失敗しかけた作戦を16時間まで引き伸ばし、新型ガンダムを引きずり出した功績はある。とはいえ、そのせいで新型が暴れまわっているというのだからグラハムの内心の苦味は察する事ができるだろう。

 

 グラハムとしては辞退したかったが軍の命令でもあり、そして色々と考えていることもあって引き受けた。

 

 

 

 それはさておいて、格納庫には生き残った十機のオーバーフラッグが飛行形態で格納されている。基地の中では外れ、僻地に捨て置かれるような格納庫であったが、グラハムとしては逆に静かでいいとも思っていた。基地の責任者である大佐にも数時間前に謝辞を述べてきた。

 

 

 グラハムは足を止め、愛機であるグラハム専用ユニオンフラッグカスタムを眺める。愛機を見据えるその瞳は、厳しい。

 

 

 ………ハワードに、フラッグで新型ガンダムを倒すと誓った。

 その自信はある。しかし……。

 

 

「おや、どうしたんだい。こんな時間に?」

 

 

 声が聞こえて顔を上げると、カスタムフラッグの陰からひょいと顔を出す人物がいた。額に包帯を巻き、特徴であるちょん髷を結わずに長髪をたらす、ビリー・カタギリ技術顧問。ギプスで固め、肩から吊るした左腕が痛々しい。

 

 

「―――…カタギリ!? なぜ、ここにいる…?」

 

 

 

 グラハムは慌てて親友のもとに駆け寄った。MSWAD基地でガンダムの襲撃に巻き込まれたカタギリは、幸いにも直接ビームを受けはしなかったが爆風に煽られて全身を強打していた。

 

 

「全治三ヶ月の診断で入院しているはずでは……」

「ぼくがいないと、このカスタムフラッグの整備はできないよ。なんたって、エイフマン教授が直々にチューンした機体だからね。並みの整備兵じゃとても……っ」

 

 

 と作業に戻ろうとしたカタギリが、顔をしかめてスパナを落とした。

 

 

「無理をするな」

 

 

 グラハムはがスパナを拾い上げると、カタギリは真剣な瞳で言った。

 

 

「……そうもいかないよ。きみに譲れないものがあるように、ぼくにも譲れないものはある……」

「……強情だな」

 

 

 グラハムは苦笑してスパナを差し出し、受け取ったカタギリも苦笑した。

 

 

「キミほどじゃないさ」

 

 

 

 静かな時間が流れた。グラハムは黙って整備の音を、工具が触れ合う音や整備用の端末を操作する音を聞いていた。するとふと、カタギリが呟く。

 

 

「……ぼくはね。こう思っているんだ。オーバーフラッグスの本部をガンダムが襲った本当の目的は……エイフマン教授じゃないかって」

「……なぜだ……?」

 

 

 親友がこんな冗談を言うようには思えず、そして疑う気もないグラハムは驚きに目を見開き、それから細める。カタギリは小さく頷くと、続けた。

 

 

「教授は、ガンダムのエネルギー機関と特殊粒子の本質に迫ろうとしていた。なんらかの方法でそれを知ったソレスタルビーイングは、武力介入のふりをして教授の抹殺を図った……」

 

「………まさか、軍の中に内通者がいるというのか……」

 

 

 表情を強張らせるグラハムに、カタギリは頷く。

 

 

「いないと考えるほうが不自然だよ」

「………一枚岩ではない、か。………カタギリ、ソレスタルビーイングはどうだと思う?」

 

 

 グラハムは頼りになる親友に、真剣な瞳を注いだ。

 何を言いたいのか分かったのだろう。カタギリは僅かに表情を緩めた。

 

 

「……キミのほうがよく分かってるだろう。グラハム?」

「……そう、だな」

 

 

 

 しかしその時、思考は鳴り響くサイレンによって打ち切られた。

 

 

『アイオワ上空、F3988ポイントに、ガンダムと思われる三機の機影を発見……』

 

「ガンダムだと!」

 

 

 グラハムが大きく身を乗り出し、カタギリが僅かに思案する。

 

 

「そのポイントにある施設といえば……」

 

 

 カタギリの呟きに、グラハムはカスタムフラッグのリニアライフルに目を向ける。そうだ、このライフルが造られた場所――――。

 

 

「アイリス社の軍需工場!」

「まさか……いくら軍需工場とはいえ、働いてるのは民間人だよ…!?」

 

 

「カタギリ、フラッグを出せるか?」

「そりゃ、少し待ってもらえば……って、まさか!?」

 

 

 表情を曇らせるカタギリに、グラハムは重ねて問うた。

 

 

「出せるんだな」

「単独出撃なんて無茶だよ! 相手は三機も―――」

 

 

 そうだ、わかっているとも。

 しかし、その工場で働く民間人もやはり、誰かにとっての大切な人間なのだろう。

 

 フラッグは出せる。私は動ける。

 その事実があれば、道理など無用…!

 

 

「そんな道理、私の無理で抉じ開ける…!」

「グラハム……」

 

 

「―――…カタギリに譲れないものがあるように、私にも譲れないものがあるのだよ」

 

 

 そう言って、グラハムは強気な笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 アイリス社の工場は、まるで夜空の星々を焦がそうとするかのように激しい炎に包まれていた。眼下に広がる炎の大海原に、絶え間なく赤い光条が撃ち込まれ、すでに焼かれていた建物は崩落し、逃げ惑う人々を消滅させる。

 ビームと炎で人間は傷口から血を流す前に塵となって消えるか、あるいは黒こげの肉塊となり、おびただしい流血はない。

 

 兵器を製造していても戦場とは無縁だった人々の助けを呼ぶ声は轟々と燃え盛る炎と粒子ビームの呼び起こす爆発の中に虚しく消えていく。まるで、地獄のような有様だった。

 

 

 グラハムの駆るカスタムフラッグが現場に到着したときには、既に工場は全焼の域に達しようとしていた。

 赤い炎を黒い煙が、その場にいた人々の苦痛を示すかのようにのたうちまわっているように見える。その上空に、3つの光源があった。

 

 フラッグの望遠カメラがその機体を映し出す。モニターに移す黒、緋色、赤色のガンダムを睨みつける。最大スピードのフラッグにかかる空気抵抗が機体を激しく振動させていたが、そんなことに構いはしない。

 

 惨劇に湧き上がる怒りを糧に操縦桿を握り締め、ペダルを踏み込み続ける。

 

 

 敵機が接近するフラッグに気づいて振り返る。

 

 

 

「――――やはり、新型か…ッ!」

 

 

 

 グラハムはリニアライフルを乱射させ、右肩にランチャー砲を装備した黒いガンダムに突っ込む。敵機は無作為に飛来する弾丸をすべて回避してみせ、右腕に装備した粒子ビーム砲を放ってくるが―――。

 

 

(その程度で―――このカスタムフラッグを捉えられるものか…ッ!)

 

 

 グラハムもまた軽々と敵弾をかわし、機体をガンダムに向けて突進させる。ガンダムはそれを辛うじて回避し、フラッグは擦過する勢いで通り過ぎる。

 しかし――――これで終わると思うな!

 

 

 カスタムフラッグが急速反転する。凄まじいGに全身が悲鳴を上げるが、構いはしない。そうだ、ここからがフラッグと―――私の戦いだ!

 

 

 レッドゾーンを踏み越え、それでもなおアクセルを踏み込む感覚。

 これ以上はダメだという、本能がリミッターをかける。……それをグラハムは、感情に任せて引きちぎった。

 

 

 更に加速するフラッグが、ガンダムに向けて突っ込みながらその姿を変える。

 フラッグがフラッグである所以――――モビルスーツへの変形。

 グラハムがグラハムであると知られる所以――――グラハム・スペシャル…!

 

 

 急激な空気抵抗に体が前のめりになり、したたかにシートに打ち付けられる。肺から空気が搾り出され、衝撃が思考を鈍らせる。だが、だが―――…ッ!

 

 

 全く鈍らない強い意志を宿す瞳の輝きが、新型ガンダムを睨む。

 プロフェッサー・エイフマンを屠り、ハワードの仇でもある一機。

 

 グラハムは軍人である為に、軍人同士の戦いで仲間を失うことで敵を恨むつもりなどなかった。悲しさと怒りは残るが、それは別だ。

 

 

 アイシスたち緑の粒子を放つ5機のガンダムは罠だと知っていてタクラマカン砂漠へとやってくる潔さがあった。決して民間施設を攻撃したりせず、一般人を手にかけたりするような真似などしなかった。

 

 

(………ああ、そうだ。私は……)

 

 

 私は、そんな彼らに好意を抱いていた。

 興味以上の対象だというだけではなく、好敵手として。

 正々堂々と戦い、互いの力を認め合うものとして。

 

 

 だが、新型は――――それを汚した!

 

 

 アイシスたちに感じられる高潔さが、気位の高さが微塵もない。

 ハワードの、プロフェッサーの、仲間たちの命を奪い、あまつさえアイシスたちの思いを踏みにじるような行為。

 

 

――――そう、彼女たちもこんなものを望んでいるはずがない!

 

 

 だから、私も……。

 私も理性ではなく、感情をもって行動させてもらう!

 

 

 

「――――どれほどの性能差であろうとも!」

 

 

 

 

 どれほど絶望的だとしても!

 私は世界を相手に戦う好敵手(ガンダム)を知っている!

 この程度で諦めて、顔向けなどできるものか!

 

 

 カスタムフラッグの左手がソニックブレイドを抜き放ち、ガンダムに躍りかかる。ビームサーベルで受け止められて、鍔迫り合いとなる。だが、この程度だと思うな!

 

 グラハムの足が、あらんかぎりの力でペダルを踏み込む。

 

 

 

「―――――今日の、私は…ァッ!」

 

 

 

 フラッグの左腕が振り抜かれ、ガンダムが弾かれて大きく仰け反る。

 

 

 

「―――――阿修羅すら凌駕する存在だ…ッ!」

 

 

 

 隙を見逃さず、瞬時に切り掛かる。ガンダムは崩れた体勢のままビームサーベルで受け止めて見せるが――――ソニックブレイドがビームサーベルによって焼ききられる寸前。フラッグの左足がビームサーベルを握るガンダムの手を蹴り上げた。

 

 ガンダムの手からビームサーベルがこぼれる。

 フラッグを飛翔させ、寸分の狂いなく宙を舞うビームサーベルを掴み取り、その勢いのままに突進する。

 

 ガンダムが迎え撃とうと右腕の粒子ビームを構えるが――――。

 

 

 

 

―――――遅い!

 

 

 

 鋭い一撃が回避しようとするガンダムの右腕を切断。腕は宙を舞い、僅かな間を置いて爆発四散した。

 

 

 

「い、一矢は……報いたぞ、ハワード……」

 

 

 震える指でヘルメットのバイザーを開けると、ぐほっ、と込み上げたものを右手のグローブに吐き出した。

 

 

「……こ、この程度のGに体が耐えられんとは……」

 

 

 そして、僅かに後方に下がった黒いガンダムの放つ粒子キャノンを辛うじてかわすと、緋色のガンダムと赤いガンダムが粒子ビームを撃ちながら加勢に現れる。

 

 

「……くっ!」

 

 

 右手に持ったビームサーベルが、エネルギーの供給をなくして出力を落とす。

 役に立たなくなったそれを投げ捨てると、グラハムは悲鳴を上げる身体に鞭打ってリニアライフルを構える。

 

 

 しかし、思うように動けない。

 先程の一撃が、唯一の好機だったか……っ。

 

 

 

 それでも必死に三方向からの粒子ビームをかわすグラハムに、スカート付きがハワードを屠った牙を飛ばしてくる。

 あの時はあれほど鈍く感じられた動きが、追えない。

 

 

 グラハムは悟った。これは、避けきれまい。

 

 

 

(………くっ、無念だ……)

 

 

 

 突っ込んでくる牙と粒子ビームを掠めるように回避する。しかし、牙の1つが眼前に迫っていた。なのに、避けられない。反応しきれない。

 

 

 

(……すまない…っ)

 

 

 

 静かにグラハムが歯を噛み締め――――眩い白光がグラハムの眼前で閃き、牙を瞬時に蒸発させた。

 

 

 

 静かに顔を上げる。

 腹の奥から、笑いが込み上げてくる。何がいるのか、乙女座の直感に頼るまでもなく分かっていた。

 

 

 

 

「………よもや……君に出会えようとは…!」

 

 

 

 眩い緑の輝きを纏い、蒼い翼を広げる純白の機体。

 真紅のツインアイを輝かせ、ガンダムアイシスが静かに地上の惨劇と、三機のガンダムスローネを見据えていた。

 

 まるで、抑え切れない怒りと悲しみを堪えるように。

 不届きな者に裁きを与えんとする天使のように。

 

 

 

 

 

『―――……ガンダムアイシス………レナ・キサラギ。三機のガンダムスローネを紛争幇助対象と断定……目標を排除します…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回予告

砲火を交えるアイシスとスローネ。
決意の戦場で、剣は翼を得る。次回、『堕ちた翼』。
その剣、切り裂くは何か。




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第18話:堕ちた翼

追伸:大幅増量しました


 

 プトレマイオスの私室で、スメラギ・李・ノリエガは端末のモニターを睨みつけながらヴェーダがハッキングされている可能性を考えていた。杞憂であって欲しいが、それだとガンダムスローネの存在に辻褄が合わない。

 もしそうなら、ヴェーダ抜きで計画を続行しなければならない。

 

 

「……そんなの、不可能よ……」

 

 

 ヴェーダは計画の最初期からあったシステム。作戦の根幹だ。人員の選定やデータの管理、計画の立案まで、すべてはヴェーダがあってこそ。

 そこで更に、端末に学友だったビリー・カタギリからメッセージが届いた。

 

 

「……そ、そんな、エイフマン教授が……亡くなったですって…!? ガンダムによる攻撃って……」

 

 

『スメラギさん!』

 

 

 クリスティナの声に、スメラギはびくりと体を震わせた。先程まで見ていた端末のモニターにクリスティナの切羽詰った顔が映し出されていた。

 

 

『大変です、セレネが……セレネが!』

「どうしたの!?」

 

 

 端末に、セレネから送られてきたという暗号通信が表示される。

 

 

【ごめんなさい。私は、私のために戦います。さようなら】

 

 

 

 その下に短く、ソレスタルビーングを離反すること、そして今後一切プトレマイオスのメンバーとは関係を持たないと記されていた。

 

 

「……っ!」

 

 

 なんのことはない。スメラギには、これがセレネがトリニティへ攻撃するため、そしてプトレマイオスチームをそれに巻き込まないために送ってきたのだろうとすぐに分かった。トリニティの行動は、セレネにとって許しがたいことであるのは推測するまでもない。

 

 責任を自分で全てを被るつもりなのだ。

 

 

 スメラギは即座にガンダム各機に指示を出そうとして―――。

 

 

 

『エクシア、潜伏ポイントから出撃済みとのこと! ロックオンが指示を求めています!』

『……カタパルト、スタンバイ。射出タイミングをヴァーチェに譲渡します』

『――――ヴァーチェ、ティエリア・アーデ。いきます』

 

 

「……ロックオンに、できる事なら戦いを止めてと伝えて。ただし、現場の状況によってはロックオン・ストラトスの判断を尊重すると」

 

 

 指示を出すまでもなかったか、とスメラギは苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『――――なにっ!?』

『この粒子ビームは……!?』

 

『………よもや……君に出会えようとは…!』

 

 

 

 

 地獄とは、こういう場所の事を言うのだろうか。

 火の海と化したアイリス社の軍需工場の上空、ガンダムアイシスのコクピットでセレネ・ヘイズ―――いや、レナ・キサラギはふつふつと湧き上がる怒りのままに三機のガンダムスローネを見遣る。

 

 怒りで昂る意識が、地上にいる人たちの恐怖を伝えてくる。

 これとテロ行為の何が違うというの……?

 

 民間人への攻撃。そして、今回もまた民間人の働く施設への攻撃。

 

 

 違わない。違うものか。

 絶対に認めない。そうだ、だから……わたしは―――――。

 

 

 

 操縦桿を握り締め、スローネに通信を繋げつつ宣告する。

 

 

 

「――――……ガンダムアイシス……レナ・キサラギ。三機のガンダムスローネを紛争幇助対象と断定……目標を排除します…!」

 

 

 

『てめえ、なにしやがる!』

『あたしら味方よ!』

 

 

 

――――味方? 確かにそうだったかもしれない。

 

 

「……いいえ、違います。残念ですが、私は既にソレスタルビーイングから離反しました」

『なんだと……!?』

 

 

 そう、だから……みんなは、これには関係ない。

 思うが侭に、信じるままに、私は―――…っ!

 

 

 

「言ったはずです、ソレスタルビーイングのセレネ・ヘイズではなく――――わたしは、私としてあなたたちの行いを許さない…!」

 

 

 

 アイシスが2丁のビームライフルをスローネに向けると、スローネたちが戦闘態勢に入る。アインがGNランチャーをこちらに向け、ツヴァイがGNバスターソードを掴み、ドライがGNハンドガンを構える。

 

 

 

『兄貴、ああ言ってんだ。裏切り者がどうなっても構わねぇだろ?』

『……できるなら殺さずに無力化しろ』

『あははっ、楽しくなってきたじゃん!』

 

 

 

 そっと、操縦桿から手を離す。

 ギラギラと、瞳の黄金の輝きが増す。

 

 アイシスのコクピットが紅い光に包まれ、GNドライヴの甲高い駆動音と共にコンソールに文字が表示される。

 

 

 

 

――――Quantam Synchronize System――――

 

 

 

「―――――そう、簡単にいくと思わないでください…!」

 

『ほざいてろ! ――――捕まえて、たっぷり楽しんでやるよ! いけよ、ファング!』

 

 

 

 ツヴァイから6機のファングが放たれる。それに応じてアイシスからもソードパックが分離し、高機動モードに入ったウィングアイシスがGNドライヴの駆動音と共に全てのスラスターから眩い粒子の光を放つ。

 

 

「――――切り裂く…っ!」

 

 

 ビームサーベルをライフルの銃口から出し、アイシスがツヴァイに突進した。

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 グラハムは口の端から血を流しながら、それでも笑みを浮かべていた。

 いや、どうして笑みを浮かべずにいられるだろうか…!

 

 素早くカスタムフラッグの機体状況を確認しつつ、操縦桿を握り締める。

 視線の先では二刀を構えたアイシスが自在にウィングスラスターを操り、あの牙にも他の2機のガンダムの攻撃にも掠りもせずにスカート付きに連続して切り掛かる。

 

 舞い躍る、舞踏のように滑らかでありながら雷光のように鋭い連続攻撃。追加スラスターを閃かせる、予想を上回る攻撃。巨大な実体剣を持ったスカート付きを圧倒するその姿に、胸が昂る。

 

 

「そうだ―――それでこそ……ガンダムだ!」

 

 

 

――――最早、Gに耐えられるかどうかなど問題ではない…!

 

 

 

 アイシスが新型と戦っている。民間人を守るために。

 そして、グラハムはなぜここにいるのか? 彼らを、民間人を守るため。そして、新型のガンダムを倒すため。

 

 そうだ、つまりは私とアイシスの目的が一致したということに他ならない!

 自分の戦う意義も、アイシスとの戦いも、余計な考えなど一切無用!

 

 

 今、この戦場では――――思うが侭に行動させてもらう!

 

 

 

「――――改めて名乗らせてもらおう…! 私はグラハム・エーカー……義によって助太刀させてもらうッ!」

 

 

 

 グラハムが叫び、あらん限りの力でペダルを踏み込む。

 フラッグは瞬時に飛行形態に変形し、アイシスを肩のキャノンで狙う黒いガンダムに弾丸のように突貫した。

 

 

 

……………………

 

 

 

「く…っ!? 何だというのだ…!」

 

 

 再び、リニアライフルを乱射しながら例のフラッグが突っ込んでくる。咄嗟にGNランチャーを放ち――――しかしフラッグはバレルロールでやり過ごし、有り得ないことに更に加速して突っ込んでくる。

 

 

――――パイロットは本当に人間か…っ!?

 

 

 

『ヨハン兄――――きゃぁ!?』

「ネーナ!?」

 

 

 援護に入ろうとしてドライの背後からアイシスのソードパックが高速で回転しながら飛来。なんとか致命傷は回避したネーナだが、ドライの左足が斬り飛ばされる。ヨハンの気が逸れ―――。

 

 

 

『―――――何処を見ているッ!』

「くっ!?」

 

 

 外部スピーカーで、フラッグのパイロットが叫ぶ。

 奇しくも、先程と同じようにフラッグが飛行形態で突っ込んでくる。

 

 

 

――――同じ手など、喰らうものか!

 

 

 スローネアインは背後をとられようとも即座に反撃できるように反転しながらフラッグの突進を回避しようとし――――。

 

 

『……言ったはずだぞ――――今日の、私は…ァッ!』

 

 

 

 瞬間、フラッグが変形する。

 一瞬とは言え隙だらけになり、そして操縦がきかなくなるはずの変形。

 マトモな神経で、敵の眼前でそんなことができるとは思えなかった。

 

 

――――馬鹿な…っ!? この、タイミングで変形だと…!?

 

 

 急激に増大した空気抵抗に行く手を阻まれ、フラッグが僅かに失速する。間違いなく、パイロットを凄まじいGが襲っているはず…! しかし、そんなことなど構わないとばかりにプラズマイオンジェットを全開にするフラッグがソニックブレイドを抜き放つ。

 

 

 

『―――――阿修羅すら凌駕する存在だと…ッ! そうだ、人呼んで――――ッ』

「ぅ、ぉぉぉおおおおっ!」

 

 

 スローネアインが残った左腕で残る一本のビームサーベルを抜き放つ。

 今度こそ、同じ手など喰らうものか! サーベルをそう何度も渡しはしない!

 

 

 スラスターを全開にし、フラッグを迎え撃つ―――。

 

 

 

『――――グラハム・スペシャル…ッ! アンド――――リバァァースッ!』

「――――なっ!?」

 

 

 フラッグがソニックブレイドをスローネ目掛けて投擲する。当たったとしてもかすり傷程度の損傷にしかならないが、一瞬だけ視界が最大出力のソニックブレイドの輝きで遮られる。武器を捨てた事に驚きつつもフラッグ目掛けてビームサーベルを振り抜き――――手応えが、ないっ!?

 

 

 

 

『―――――ダブル…ッ……リバァァァスッ!』

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 

 

 スローネの直上に、更なる連続変形を終えて人型形態となるフラッグ。

 そして、その手には――――GNソードだと…っ!?

 何故、いつの間に――――!?

 

 

 

『―――――受け取るがいい…ッ!』

「――――っ!?」

 

 

 

 最早声もなく必死にペダルを踏み込み、操縦桿を倒す。

 しかし次の瞬間、振り下ろされる剣が視界を埋め尽くすと共に機体が激震した。

 

 

 

『―――ヨハン兄っ!?』

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『―――くそっ、くそっ! 当たりやがれ!』

 

 

 

 スローネツヴァイがファングを動かそうとする気配を察知したレナの意思に、その脳量子波に応え、脚部ブースターを作動させたアイシスがツヴァイの腹部をしたたかに蹴り飛ばす。

 

 

(―――機体が、お留守なのです…っ!)

 

 

 ファングを動かそうとすれば機体が鈍る。機体を動かせばファングが鈍る。どうやってファングが動いているのかはよく分からないが、恐らくはパイロットが指示を出してAIが細かいところを補助しつつ実行するのだろう。つまるところ、GNパックの遠隔操作の通常版と同じだ。脳量子波で一切のタイムラグなく機体とGNパックを手足の如く操り、そして能力で戦場を掌握するレナにとっては、コンピューターと算盤で掛け算の勝負をするようなもの。

 

 ただ、それでもレナも物理法則からは逃げられない以上、囲まれて嬲られれば苦しい戦いになると思っていたのだが――――。

 

 

 

『――――改めて名乗らせてもらおう…! 私はグラハム・エーカー……義によって助太刀させてもらうッ!』

 

 

 

 驚かなかった、と言えば嘘になるだろう。

 けれど、予測していなかったというわけでもない。

 

 あの人……グラハムさんが眼下の惨劇に心を痛めていることはなんとなく察していたし、意外にも私のことを嫌わずにいてくれたのもなんとなく分かった。

 そして、笑みを浮かべつつ思うのだ。

 

 

 

(――――その人は、とってもヘンタイさんですよ?)

 

 

 

 有り得ない動き。有り得ない直感。有り得ないセンス。

 ストーカーだとかユニークな言動だとかで思い始めた『変態』という言葉だったが、常人の理解を超えるという意味でまさしく変態なのだろう。

 事実として、レナは幾度となく苦しめられてきた。だから、実力も良く知っている。

 

 

 

 そう、その人は――――すごいヘンタイさんです!

 

 

 そのレナの内心に応えてしまうかのように、グラハムが凄まじい勢いで突進する。

 相変わらずの無茶苦茶な速度で、そのくせに凄まじい繊細さで。

 

 

 

(――――あの人なら、一対一なら必ず圧倒する!)

 

 

 

 そんな確信とも言える直感に従い、本当はスローネアインへの牽制に使うはずだったソードパックをブーストさせ、フラッグを妨害しようとしていたスローネドライを背後から強襲する。

 

 突撃するフラッグに、先程背後を取られたらしいアインが振り返りながら回避することで奇襲を防ごうとする。しかしそれは―――悪手。

 

 

 ヘンタイは常識に囚われない。

 そんなレナの失礼な、けれど確かな信頼に応えるように、迂闊にも脇腹を見せたアインの眼前でフラッグが変形する。

 

 

 

『……言ったはずだぞ――――今日の、私は…ァッ!』

 

 

 

 その常識を超越する行動に、レナの心が僅かに昂ぶる。それに応じるように瞳の輝きが強さを増し、グラハムの目まぐるしい思考の一部を感じ取る。

 

 

 

(――――武器が足りん! だが、それでも――――!)

 

 

 

『―――――阿修羅すら凌駕する存在だと…ッ! そうだ、人呼んで――――ッ』

『ぅ、ぉぉぉおおおおっ!』

 

 

 

 その瞬間、レナの意識が飛躍した。

 GNドライヴを中心に、意識が広がるような圧倒的な爽快感。

 

 この瞬間、戦場の全てを掌握し、何かに導かれるように選択する。

 この場における最適解。そして、それを実行できるという直感。

 

 

 レナはその声が届くという確信の元、心で叫んだ。

 

 

 

(――――これを!)

(――――この、感覚…ッ!?)

 

 

 

 レナの脳量子波に応え、ソードパックが動きを変える。

 グラハムの中で構築される戦場。その答えに、同調させる―――!

 

 

 

『――――グラハム・スペシャル…ッ! アンド――――リバァァースッ!』

『――――なっ!?』

 

 

 残る最後の近接武器であったソニックブレイドをフラッグが投げつけつつ上体を倒す。その直後、瞬時に飛行形態となったフラッグが、その人型形態を大きく上回る加速力でアインの上を取り――――。

 

 

 

『―――――ダブル…ッ……リバァァァスッ!』

 

 

 更に空中変形。恐ろしいまでの負荷を肉体にかけ、鼻からも口からも血を流しながら、それでもグラハムが笑みを浮かべているのが分かる。

 そのフラッグの手が、飛来しつつ急減速をかけるGNパック。そこから射出されたGNソードをしっかりと、確かに掴み取る―――!

 

 

 

(―――――確かに、託されたぞ……アイシス!)

『ば、馬鹿なっ!?』

 

 

 

 変形で生じる失速。それさえも利用してフラッグが反転する。

 この状態でも更にペダルを踏み込み続けるグラハムの魂の叫びが聞える。

 GNソードが眼下の紅蓮の炎に照らされ、その怒りを宿すように紅く輝く。

 

 

 

(――――そうだ! 散っていった同胞たちの……そして罪なき人々の……そしてアイシスの想い! その一撃を!)

 

 

『――――受け取るがいい!』

 

 

 不安定な姿勢から、しかしそれでも確かに振り抜いてみせたGNソードが、アインの頭部から左肩にかけてをバッサリと切断した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「――――ヨハン兄っ!?」

 

 

 ヨハン兄があんなにやられるなんて…!? 

 ドライのコクピットで驚愕するネーナは、悔しいながらもアイシスとフラッグの有り得ない戦闘力を認めないわけにはいかなかった。

 そして、気づいた。先程まで執拗にドライをつけまわしていたソードパックが、フラッグの援護のためにいなくなっている。

 

 

 そしてネーナは、とある光景を思い出すのだ。

 そう、タクラマカン砂漠のことを。

 

 

「――――あははっ! 油断大敵ね!」

 

 

 分かっていたのだろう。アイシスも最初は。

 けれど、隙だらけ! 調子に乗りすぎ!

 

 

「GN粒子、最大散布! 行っけえっ、ステルスフィールド!」

 

 

 

 スローネドライが舞い上がる。そして、その胸部のGNドライヴが赤く輝いた。

 そして現れる、赤い翼。撒き散らされる圧倒的なGN粒子の奔流に、焦ったように飛来するソードパックの動きが乱れ、地面に落ちていった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「―――~~~っ!」

 

 

 アイシスのコクピットで、レナは声にならない悲鳴を上げていた。

 戦場全てを把握していた調子の良さが、圧倒的な不快感となって押し寄せてきたのである。無数のなめくじでも這いずっているかのような気色の悪い感覚に、制御を誤ったソードパックが墜落する。

 

 

「――――ひぅ…っ、ぁ…ぅぅ~~~…っ!」

『さすがだぜ、ネーナ! おらよぉっ!』

 

 

 更にいきなり強烈なGN粒子の毒の影響を受けた頭が耳鳴りや眩暈を引き起こし、隙だらけになったアイシスをツヴァイが思い切り蹴り飛ばし、更にGNバスターソードの腹でアイシスを叩き落した。

 

 

 

『――――ぅぐ、アイシス…ッ!?』

『あなたも余所見はダメよ!』

 

 

 あまりの凄まじい機動の直後で動きが鈍りつつも、なんとかアイシスの救援に行こうとするフラッグを、ドライがGNハンドガンで牽制する。

 

 

 

「―――…ぅ、ぁぁぁっ……ま、だ……わたし……は…っ」

 

 

 拒否反応を起こす身体が言う事をきかない。

 貧血を起こしたように視界が白く染まり、ちりちりと光が点滅する。

 

 地面に叩き落されたアイシスの眼前にツヴァイが降り立ち、ミハエルはそのコクピットハッチにバスターソードを突きつけて笑みを浮かべた。

 

 

 

『―――――その腹かっさばいて引きずり出して、たっぷり楽しんでやるよ!』

 

 

 

 戦場に過剰に満ちたGN粒子が、その悪意を伝えてくる。

 意識に直接それを叩き込まれたレナの身体が勝手に震え、瞳から涙が零れた。

 

 

 

 

 

「………ぃ、や…ぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

――――――悪意。悪意だ。

 

 

 どうして、世界には悪意が満ちているのか。

 

 記憶の奥にこびり付く、ガラスの向こう。

 何も映してはいないお父さんの瞳と、緑の光―――。

 

 

 

 

 気がつくと、私はいつかの私を見つめていた。

 まだ、ヒトだったころ。

 

 今とほとんど違わない、ただ瞳と髪が黒色の私が、カプセルに押し込められて震えていた。

 

 

 

『……ぃや……こわい、よ……おとう…さん……っ』

『………玲奈、お前が、母さんの望んだ世界を創るんだ』

 

 

 必死にガラスを叩いても、叫んでも、もうお父さんには届かない。

 そこにいるのに、もう、いないのだ。

 

 

 

『――――人類は、変わらなければならない。イオリア・シュヘンベルグは、何故GNドライヴを創る必要があったのか……お前の中に、もう答えはある』

 

『―――…ぅ、ぁ……たす……け、て……っ』

 

 

 

 緑の光が、強まっていく。

 熱い、煮え滾る液体を流し込まれたように。

 痛い、全身が引き裂かれるように。

 

 

 頭の中に何かが流れ込んでくる。

 わたしじゃない、ナニカ。

 

 

 

『――――やだ、やだぁぁぁぁぁっ! おかあさん…っ、おかあさぁぁん…っ!』

『…………なぁ、玲奈。桜は……母さんは、殺されたんだ――――』

 

 

 

 私は――――暗い屋根の下で、毎日毎日―――――殴られて―――煩わしい人間関係が――――飢えていた―――ガンダムに――――踏み潰す――――どろりと血が流れ――――銃を撃ち合う――――初めて撃ち殺す――――神のために――――爆撃機が通り過ぎ――――骨が砕ける痛みが――――腕がちぎれる―――何も見えない―――足がなくなって――――なにもできない――――ひきさかれるような――――…。

 

 

 

 流れ込む、誰かの記憶。

 痛みと苦しみに満ちたそれらに、絶叫することしかできない。

 

 

 

『ぅ……ぁ、ぁぁあああ―――――っ!?』

『――――…もう、計画は信用できない。トポロジカル・ディフェクト……GNドライヴの――――成功した。あの方法では2基しか――――……』

 

 

 

 意識が、朦朧としていた。

 もう、何も感じられない。ただ、自分が自分でなくなって――――。

 

 

 

『………くる……し……おと…さ……』

『………――ェーダ、GN――イヴ、そして、――――…全てが――た、その時こそ――――…玲奈。赦しを乞―――とは思わん。だが、お前は既に――――』

 

 

 

 

 

 

 

―――――わたしは、だれ?

 

 

 

 砂漠に住んでいたような気もする。都会だったような、海の上だったような気も、森の中だったかもしれない。足を地雷に吹き飛ばされたような気もするし、ライフルでお腹を撃ち抜かれたような気も、モビルスーツに踏み潰されたような気もする。

 

 きっと死んでいるのだろうと思うけれど、気がつくと生きていて、そして死ぬ。

 ふと、何かの気配を感じた。

 そういえば、ずっと生きているのが一人いたかもしれない。

 

 

 その一人が、久しく動かしていなかった瞼を動かし、ぼんやりと目を開けると、緑の光とガラスの向こうに真っ赤な血溜まりが見えた。

 メガネをかけ、白衣を着た男の人が転がっている。……ああ、死んでいるのか。

 

 

 何度も、何度も、なんども………永遠に続くかというほど人が死ぬのを見てきた。

 どうして世界はこんなに苦しいのか、ずっと考えてきた。

 

 

 人間は愚かで、争いを止められない。

 ああ、本当に愚かだ。きっとこのまま争い続けて、もしも滅びが眼前に迫ったとしても争い続けるのだろう――――。

 

 

 ふと、涙が流れていることに気づいた。

 手も足も動かないのに、涙だけが溢れてくる。

 

 

『………お…とー、さん……?』

 

 

 

 勝手に、口が動く。

 とっくに枯れたと思っていたのに、まだ悲しみが溢れてくる。

 

 どこかで……見た事…ある人が、死んで……る。

 頭を……撃ち、抜かれて………苦しむ暇も、無かった……きっと……。

 

 

 

『………お、とうさん……っ?』

 

 

 なんで、私は……ないて、るの?

 知らない。知らない。こんな人は―――…。

 

 

『……ぃゃ……、だよ……ひとり……さみ、しいよ……っ』

 

 

 

 死なない人はいない。みんな、最後には死んでしまう。

 もう分かっていた。わかっていたのに。

 

 

『……ぅ、ぁぁぁぁあ…っ! おと…ぅさん…っ! おかー…さん…っ!』

 

 

 

 叫んでも、叫んでも届かない。

 そうだ、世界はこんなにも悲しい。

 

 

 

『もし一人でも救うことができたなら――――それは、誇っていいの。その人を大切に思う人からすれば、それ以上の偉業は世界に無いのだから――――』

 

『お前が、母さんの望んだ世界を――――』

 

 

 

――――世界を、変える。

 

 

 世界の苦しみを、一つでも減らしてみせる。

 それが、それだけが私に残された生きる意味なのだから―――。

 

 

 

 

 なのに、こんなにも無力だ。

 身体に力が入らない。悪意を受けたときの『記憶』が呼び起こされる。

 

 ふと、死んだほうがマシかもしれない、と思った。

 その時――――。

 

 

 

『――――俺は、お前に生きていてほしい』

 

 

 

 ………ああ、どう…して……。

 どうして、ここで刹那のことを思い出してしまうのだろう。

 

 失う苦しみを、悲しみを知っているのに、なぜ求めてしまうのだろう。

 

 

 拒絶したのは、私だ。

 来てくれるわけがない。その……はず、なのに……。

 

 

 

 どう、して―――…。

 

 

 

 

 

「……たす、けて………っ」

 

 

 

 

 振り下ろされるバスターソードが、ゆっくりと見える。

 それ、なのに………それなのに―――…っ。

 

 

 

 

――――どうして、信じているのだろう。

 

 

 

 

「――――………せつ、なぁ…っ!」

 

 

 

 

――――瞬間、飛来した青と白の影がスローネツヴァイを蹴り飛ばす。

 

 

 

 

 その機体から、全身から、怒りを迸らせるエクシアが、刹那が、叫ぶ。

 

 

 

『―――――エクシア……刹那・F・セイエイ………目標を、駆逐する…ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

惑う感情と確かな想いが交錯する戦場で、埋もれていた真実が牙をむく。
次回、『絆』
狙い撃つ相手、それは……。



要望をいただきましたので、増量しました。
……文才が欲しい。あるいはガンダムでもいいから欲しい。


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第19話:絆

昨日、前話のステルスフィールド後あたりにそこそこの量の話を追加させていただきました。
すみませんが、そちらから読んで下さい。お願いします><


 

 

 

 

 

 

 

 ソレスタルビーイングが隠れ家として利用している太平洋の孤島。

 セレネがアイリス社の軍需工場へ飛び、刹那がそれを追ってすぐ。出撃準備を終えようとしていたロックオンは、デュナメスのコクピットで機体状況を確認しながら笑みを浮かべた。

 

 

「ははっ、判断を尊重するだってよ」

 

 

(賢明な判断だぜ、ミス・スメラギ……)

 

 

 ロックオン自身、トリティのやり方には怒りを感じていた。彼らは、人の命や感情といったものを軽く扱いすぎている。それはきっと、セレネにとっては何よりも許しがたい事に違いない。そしてそれはロックオンにも、刹那にも共通する。恐らくはプトレマイオスチームの総意と言っても問題ないだろう。

 

 ただ、一つ言わせて貰うなら――――。

 

 

「勝手に突っ走りすぎだっての、あのきかん坊め……」

 

 

 何せ、勝手に『ソレスタルビーイングを抜けさせてもらいます』とか送りつけて一人で特攻なんてしやがった。こういうところは無駄に刹那とそっくりだと思う。

 まぁ、感情のままに行動する刹那と、自分で全て背負い込もうとするセレネという違いはあるのだが。とりあえずセレネはチョコレート抜きの刑に処してやろう。

 

 

「まったく、刹那も血相変えて飛び出しちまうしよ」

『ロックオン、止メナカッタ、止メナカッタ』

 

 

 専用ポッドでハロが電子音声を上げる。心なしか、ハロも笑って状況を受け入れているようにも思える。

 

 

「あら見てた? けど、あんな顔して飛び出す刹那を止められるかよ」

『ドウスル? ドウスル?』

 

 

 ようやく、刹那もマシな顔になってきた。

 なら、どうするもこうするも―――1つしかないだろ?

 

 

「ぶっちゃけ撃つ気満々だ!」

 

 

 ミス・スメラギは判断を尊重すると言ってくれた。つまりは好き勝手していいという意味であるが、できれば戦いを止めてほしいという要望も一応聞く。

 何せ方法が指定されてないからな。そうとも―――。

 

 

「――――狙い撃つぜぇ…!」

 

 

 スローネを行動不能にして、戦闘を終わらせてやる。完璧だな、文句の付けようがない。とはいえ、トドメを刺そうとする刹那を止めようとすることにはなるかもしれないが。ぶっちゃけ刹那が止められるかどうかはかなり怪しい。

 

 

「……ま、もしそうなったらウチのお姫様に手を出そうとした罰ってことで」

『ネライウツゼ! ネライウツゼ!』

 

 

 

 お姫様というよりマスコットだが、細かいことは気にしない。プトレマイオスの癒し担当で、大切な仲間。それだけ間違えなければ他は問題ない。

 

 

 

「行くぞ、ハロ――――デュナメス、ロックオン・ストラトス! 出撃する!」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 エクシアのコクピットで、刹那はモニターに映るスローネツヴァイ、そして上空で両腕と頭を落とされて無残な姿になっているスローネアイン、ステルスフィールドを止めたスローネドライを見据え、そして最後に地面に倒れこんでいるアイシスを、そしてモニターに映るセレネの涙を湛えた瞳を見つめた。

 

 

 

『………せつ、な……どう、して……?』

 

 

 

 どうして、だろうか。

 しかし、迷いはなかった。スペインでの民間人への、そして今回の民間施設への攻撃。こんなことはガンダムマイスターのすることではないと、ヤツらはソレスタルビーイングの理念を具現化などしていないと確信したから――――。

 

 だが、こんなにも急いでいた理由はそれではない。

 こんなにも心が逸ったのも、恐怖を抱いた理由も、それではないのだ……。

 

 

 

「……セレネ……すまなかった」

『……っ、どう、して……刹那が……っ』

 

 

 セレネを泣かせたから。それ以外の理由が必要だろうか?

 だが、今は―――戦う。……だから、そう。

 

 一つだけ、どうしても伝えておきたいことがあった。こんなにも、時間が掛かってしまったけれど。こんな時だけれど、どうしても――――。

 

 

 

「………好きだ、セレネ」

『――――……っ、せつ、な…ぁ……っ』

 

 

 

 くしゃり、とセレネの顔が歪む。涙を溢れさせて、でも、それでも。

 刹那の心に、セレネの素直な気持ちが伝わってきたような気がした。

 

 

 

 

(―――――……わたし、も……あなたの、ことが――――…っ)

 

 

「………エクシア、目標を……駆逐する―――ッ!」

 

 

 

 今はそれだけでも、十分。

 刹那は胸の奥に感じる温かな思いと、激しく燃える怒りを感じながら操縦桿を握り締める。一気にペダルを踏み込む。

 

 

――――動けないセレネを攻撃させるわけにはいかない。

 

 

 

(――――今度こそ……今度こそ、俺は……!)

 

 

 

――――俺は、セレネを守り抜いてみせる……!

 

 

 刹那の思いに応えるように、エクシアのジェネレーターが強く輝く。

 そしてその勢いのままに、刹那はGNソードを展開しつつエクシアを突進させた。

 

 蹴り飛ばされていたツヴァイは浮かび上がりながらバスターソードを操り、エクシアの斬撃を跳ね返し、返す刀で切りつけてくる。

 それをGNソードの刀身で刃先を逸らすように受け流し、そして刹那は、セレネに影響を受けて追加した肩部の追加スラスターを閃かせ、急激に横方向の力を得たGNソードがツヴァイを弾き飛ばした。

 

 

 

『――――くそっ、テメェまで何しやがる! イカれてんのか、このクソ野郎!』

「――――駆逐する…ッ!」

 

 

 瞬間、全力でペダルを踏み込み全てのスラスターを全開。振り抜いた直後のGNソードの代わりに、渾身の蹴りをツヴァイの腹部に叩き込んだ。

 

 

『ぐぁぁっ!?』

 

 

 更に回転切りを叩き込んでコクピットを真っ二つにしてやろうとした瞬間、電子警告音が、アラートが聞えた。即座に回避行動を取るエクシアを、唯一残っていたGNランチャーで牽制したスローネアインから通信が入る。

 

 

 

『聞えるか、エクシアのパイロット! なぜ、行動を邪魔する? セレネ・ヘイズは裏切りを――――』

 

「―――違う!」

 

 

 刹那はヨハンの言葉を遮り、叫ぶ。

 

 

 

「先にセレネの……俺たちの想いを裏切ったのはお前たちだ…! 貴様は……貴様たちは――――ガンダムではない!」

 

『………錯乱したか、エクシア……』

 

 

 

 低く呟き、ヨハンが通信を切る。

 敵対宣言のようだが、構う事ではない。元々こちらは紛争幇助対象として、セレネの―――俺の敵として、駆逐するために此処に来たのだ。

 

 スローネツヴァイがGNバスターソードで切り掛かってくる。それを受け流しつつ、再びツヴァイを蹴り飛ばすが―――その隙を突いてアインがGNランチャーを三発連続して放ってくる。

 

 

 二発目まではなんとか回避するが、三発目はシールドで防がざるを得ず――――着弾の衝撃でシールドが粉砕され、エクシアの体勢が崩れた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 そこに、ツヴァイが6つのGNファングを放ってくる。武力介入の際に多くのモビルスーツを屠ってきたスローネツヴァイ最強の武器。セレネにとってはGN粒子を撒き散らす武器など自ら位置を教えてくれるようなものだが、刹那にとっては明確な脅威。

 

 だが、それでも――――!

 

 

 刹那は即座にGNビームダガー二本と、GNショートブレイドを投擲。一息に半分を破壊し、更に両手でビームサーベルを構えると、接近してきた残りの3つのファングも蒸発させ――――しかし、危険を報せるアラートは止まらなかった。

 

 モニターに背後から接近する2つのファングが映し出される。ツヴァイは先行する6本を囮にし、死角を突いてきたのだ――――。

 

 

 対応の遅れた刹那が機体へのダメージを覚悟した瞬間――――エクシアの背後に飛来した極太の粒子が空間もろともファングを焼き尽くす。

 三機のガンダムスローネがたじろぐような動きを見せる。

 

 

「この、粒子ビーム……!?」

 

 

 刹那は短く呟き、刹那の危機を救った粒子ビームが飛来した方向を見遣る。

 これだけの大出力の砲撃が可能な機体、それは――――。

 

 モニターに、白と黒の巨体が映し出される。

 

 

「ティエリア・アーデ……!」

 

 

 なぜ、俺に銃を向けるほど反目していたにも関わらず―――。

 僅かに戸惑う刹那はしかし、それと同時に理解していた。

 

 ティエリア・アーデもまた、ガンダムマイスターなのだということを。

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 エクシアとヴァーチェが、揃って空中に浮かび上がったスローネ三機に向けて突っ込む。ティエリアは油断無くモニターに映る三機を睨みながら、状況を素早く判断していた。

 

 

(……セレネ・ヘイズは機体に損害は無いが戦闘不能。あのフラッグは……アイシスが援護した、というところか)

 

 

 恐らくは、彼女の言っていた「手ごわいフラッグ」に違いない。どういうわけかGNソードを装備しているが、セレネが渡したのだろう。スローネアインの左肩がバッサリ切り落とされているのはその一撃によるものだと思われる。

 

 過激なGで中のパイロットが相当に疲弊しているのか、動きが鈍い。

 ひとまず、共通の敵であるスローネがいる以上は放置して問題ないだろうと判断し、事実上の戦力はエクシアとヴァーチェのみだと判断を下す。

 

 

 相手のスローネたちはツヴァイは健在だが、ドライは左足を小破。アインは両腕と頭を落とされているがGNランチャーは健在であり、中破……ほとんど大破だが、遠距離からの支援という点では油断できない。

 

 戦える数においては相手が有利だが――――負ける気など毛頭ない。

 いざとなれば奥の手を使う。だが、それ以前に勝利を確信させる要因があった。それは「何としても勝つ」という意思や信念のようなものではなく、確固とした存在として、ティエリアの隣に存在していた。

 

 

――――――ガンダムエクシア。

 

 

 認めたくは無いが、エクシアとそれを操るマイスターの存在が、ティエリアに勝利を確信させる一助になっていた。彼と、彼の機体の戦闘力は信じるに値する、と。

 

 

 そして、それならば。

 勝利を確実なものにするために、更なる手段を講じるのもやぶさかではない。

 

 

「フォーメーション、S32」

『了解』

 

 

 

 ティエリアの通信に、刹那が即座に答える。

 エクシアがヴァーチェの背後に回り、スローネたちの放った粒子ビームをヴァーチェのGNフィールドが軌道を逸らす。そのままビームを弾きつつ突進するヴァーチェの背後からエクシアが飛び出し、スローネアインに切り掛かる。

 

 アインがそれを辛うじて回避すると、隙ができたエクシアにツヴァイが切り掛かり――――しかしエクシアはそれを予見していたように回避。その瞬間を狙っていたヴァーチェがGNバズーカを放ち、その射線に誘き寄せられていた三機のスローネたちは慌てて散開。

 

 

 辛うじて回避し、空中で再び集結するトリニティを見据えながら、ティエリアはヴァーチェをエクシアの傍に寄せた。ダメージこそ与えられていないが、明らかにトリニティを翻弄しているという手応えがあった。

 

 

「フッ……まさか君と共にフォーメーションを使う日が来ようとは、思ってもみなかった」

『俺もだ』

 

 

 素っ気無い返答。だが、彼らしいと思った。

 素っ気無くとも、その奥に秘められたもの。それを感じ取ったような気がした。

 

 刹那は、訓練以降一度も使っていなかったフォーメーションに即座に反応してみせた。長期に渡った訓練の賜物ではあるが、ティエリアの望みどおりに反応してみせたのだ。

 

 

――――ならば。このまま付け入る隙を与えずに目標を破砕する!

 

 

「フォーメーション、D07、F52」

『了解』

 

 

 今度は逆にエクシアを前にして二機が突進する。即座に粒子ビームでエクシアが狙われるが、追加スラスターを閃かせたエクシアが沈み込むように下方向へ回避。それと同時に、エクシアの背後からGNバズーカがスローネに襲い掛かる。

 

 無論、その程度は相手も想定しているだろう。

 だが、先程のフォーメーションの目的が直線状に集めた敵機へのヴァーチェによる砲撃だったなら、今回は――――。

 

 

 機体の上半身を狙って放たれた粒子ビームを回避するために、ツヴァイが下に潜り込むように回避する。そこに、スラスターを全開にしたエクシアが粒子ビームに紛れるようにして突っ込む。エクシアの全力の切り上げに、ツヴァイはなんとかバスターソードで受け止めてみせるが、エクシアは鍔迫り合いの状態からツヴァイを蹴り上げた。

 

 

 ツヴァイはその衝撃で頭を粒子ビームの中に突っ込み、溶解してぐずぐずになった頭部が爆発する。即座にサブカメラに切り替わるだろうが、メインカメラを潰されたツヴァイが動揺する隙に更に左足の先をGNソードでもぎ取る。

 

 

 泡を食って上空へ逃げるツヴァイをアインがランチャーで支援し、辛うじてエクシアの剣から逃れたツヴァイだが、ティエリアは即座に次のフォーメーションを追加した。

 

 

 J14、L37、C22、K49、F40、すでにトリニティの陣形……あるのかは知らないが、明らかに『キレ』ているエクシアの猛攻、そしてそれに合わせ、利用するティエリアに最早トリニティは防戦一方となっていた。

 

 

 

 トリニティが果たしてどんな訓練をして今ここにいるのかは不明だが、彼らの行動を見るに協力や連携などという言葉はない。戦術一つ取ってもガンダムという特殊機体の性能任せ、作戦さえ果たせればいいというものにしか思えない。

 

 だからこそ、一応の二機対三機という状況でも劣勢に追い込まれる。

 ガンダムマイスターを名乗るだけあって、細かい損傷を積み重ねられながらもこれ以上の致命的なダメージは避けているが、いつまで持つか。

 

 

 そして、スローネツヴァイがエクシアの猛攻に追い立てられて孤立する。

 ティエリアは完全に技量でも気迫でも圧倒されるツヴァイと、追い詰めるエクシアを意識の外に置き、なんとか状況をひっくり返そうとドッキングしようとするアインとドライに向け、ビームサーベルを抜き放ちつつヴァーチェを飛び掛からせた。

 

 

 

「ガンダム相手に、そんな時間が与えてもらえると思っているのか!」

 

 

 

 スローネたちが左右に離れ、ビームサーベルが空を切る。

 二機のスローネに挟撃されるような形になったヴァーチェは、その機動力では回避してきれないだろう。だが――――この距離。これこそが狙っていたもの。

 

 むざむざと不利な状況に追い込まれたとでも思っているのか?

 ガンダムマイスターは、そんなに甘くはない!

 

 

 ティエリアの虹彩が金色に輝く。ヴェーダとのリンクを確立し、叫ぶ。

 

 

 

「――――ナドレ!」

 

 

 ティリアの声に応じ、コクピットのパネルモニターが変化する。赤色の背景。その中央に“GN-004 NADLEEH”の文字が浮かぶ。

 

 ヴァーチェの装甲パーツが瞬時に弾け飛び、内部からGN粒子の供給コードを赤い髪のようにたなびかせる白銀の痩身が現れる。 

 

 ティエリアの思考。それに応じ、ナドレはその力を解放する―――!

 

 瞬時に白銀の機体から目には見えない特殊フィールドが展開。それに狙い通り包み込まれたスローネアインとドライに、ティエリアは信号を送り込む。

 そして、即座に二機に異変が起きた。

 

 

 外見的には何も変わらないが、ぴくりとも動かない。

 まるで最初からそのポーズで作成されたオブジェのように。恐らくは中で必死に操縦しようとしているだろうパイロットを嘲笑うかのように、スローネアインとドライが重力を思い出したかのように落下し、受け身も取れずに地面に激突する。

 

 

――――システムダウン。

 

 

「……ヴェーダとリンクする機体を全て制御下におく……」

 

 

 静かに、厳かに、ティエリアが抑揚なく宣告する。

 

 

「……これが、ガンダムナドレの真の能力。ティエリア・アーデに与えられた、ガンダムマイスターへのトライアルシステム……」

 

 

 

 

 裁判(トライアル)システム。

 万が一、ガンダムマイスターが乱心したときのための制御装置。

 

 ガンダムマイスターといえど人間には変わりない。そして人間は感情で生きる不完全な生き物だ。感情は揺れる。不満、ストレス、嫌悪感や罪悪感、あるいは精神疾患や恋愛感情で自分を見失い、判断を違えることも考えられる。そして、ソレスタルビーイングの理念を頑なに実現しようとして暴走することもありうる。

 

 それを懸念、想定し、最強の武器であるガンダムが不当に扱われないために作られた機能こそが、トライアルシステム。

 

 

 奇しくもセレネ・ヘイズと刹那・F・セイエイもいくつかの条件に引っかかっているような気がするが、トライアルシステムで審判を下す者の感情が揺れては意味が無い。ゆえに、トライアルシステムは『人間以外の人間』に委ねられているのだ。

 

 それがティエリア・アーデのアイデンティティであり、他のマイスターたちと一線を画する部分。そのティエリアがトリニティを有罪だと断じた以上、必然的にセレネ・ヘイズと刹那・F・セイエイは少々先走った程度の問題しかない。

 

 

 

(とはいえ、ヴェーダに情報のない怪しげなマイスターと、ヴェーダに選ばれたマイスター、どちらを選ぶかなど迷うまでもないが――――)

 

 

 

 もし仮にトリニティがヴェーダに載っていても間違いなくティエリアは彼らのほうを断罪しただろうが、そんなことは今はどうでもいい。

 

 

 

 

 ナドレがビームサーベルを構えなおし、地面で固まったままのスローネアインとドライを冷たく見据える。戦いを楽しみ、民間人まで巻き込むような武力介入の果てに、ソレスタルビーイングの理念があるものか!

 

 

 

「――――君たちは、ガンダムマイスターに相応しくない」

 

 

 

 ティエリアの金色の目が険しさを増し、ナドレがスローネに向けて降下する。

 感情を軽んじ、命を軽んじ、ガンダムを、マイスターであることを軽んじるような者。ソレスタルビーイングの理念の一面だけを見、履き違えるようなものが、マイスターに相応しいものか…! そんな者は――――!

 

 

「そうとも―――――万死に値する!」

 

 

 ビームサーベルを構え、紛い物の太陽炉ごとスローネアインを串刺しにせんとナドレが突進する。あと数秒でコクピットを貫く、そう思われたとき―――――。

 

 

 ふいに、ティエリアは眩暈のようなものを感じた。

 鮮明にひらけていた視界がブラックアウトするような、握り締めていたものが初めから存在していなかったように消失する感覚。

 

 

 

―――途切れた!?

 

 

 ヴェーダとのリンクが途切れ、トライアルシステムが強制解除させられる。

 退避したスローネアインに僅かに遅れてナドレがビームサーベルを地面に突き刺さるが、ナドレは、ティエリアはそのまま動くことができなかった。

 

 

「トライアルシステムが強制解除された…? ………一体、なにが……」

 

 そして、以前ヴェーダに格納された情報、その中でも最重要であるレベル7。ガンダムマイスターやクルーの出自データをはじめ、ガンダム各機の詳細な機体情報やGNドライヴの設計データなどが収められたそこのデータ領域の一部が改竄されていたことを思い出す。

 

 

 データ改ざん、アクセス拒否、トライアルシステムの強制解除。

 そしてトリニティと擬似太陽炉……。

 

 

「やはり、ヴェーダは……」

 

 

 ヴェーダは自分を拒絶したのか? あるいは、何者かによってハッキングされているのか? いずれにせよ、それは――――。

 

 

 そこで、ナドレのコクピットに甲高いアラートが鳴り響いてティエリアは我に返った。システムを取り戻したスローネアインとドライが、上空からこちらにGNランチャーとGNハンドガンを向けている。

 

 

 

――――頭上を取られた。

 

 

 相手もマイスターならば、この距離で外すことはない。

 うかつだ! この僕が……!

 

 その瞬間、遠方から粒子ビームが飛来してスローネアインが慌てて回避行動を取り、更にドライの背後から飛来したGNソードがその手からGNハンドガンを叩き落す。

 

 

「いまのは……」

 

 

 粒子ビームが放たれたその先には、モスグリーンを基調としてその機体―――ガンダムデュナメス。そしてGNソードを投げつけるという予想外の行動に出、武器を失ったフラッグは足を引っ張るつもりはないとばかりに、動きの鈍い機体をひきずるように再び地面に降下した。

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

「ふぅ……やれやれ、どうにか間に合ったようだな」

 

 

 とロックオンは戦況を確認しつつ息をつく。

 

 なんかフラッグまで味方になってるが、モニターに映るセレネは気分が悪いのか顔面蒼白とはいえ、無事。ナドレが出ているということはそこそこ苦戦はしていたようだが、ほとんど無傷のこちらの三機に対して向こうさんはボロボロである。

 

 今もエクシアの間合いから命からがらといった風情で脱出してきたスローネツヴァイがアインとドライの隣に合流し、エクシアとナドレもデュナメスの隣に並び、双方が睨みあい、対峙する。

 

 

「これで三対三だ。フェアプレーの精神で行こうぜ」

 

 

 ほぼ無傷の三機と瀕死の三機でフェアプレーもクソもないのだが、挑発してるので怒ってくれて問題ない。有視界通信をオープンにして呼びかけるとツヴァイが突っかかろうとする挙動を見せたが、スローネアインが止める。ヨハンは長兄というだけあって理性的に判断してるのか?

 

 何せ、GNドライヴも向こうは活動限界があるがこちらにはない。更にセレネが復活すればソードパックとウィングアイシスで袋叩きである。それにセレネがダウンしてる以上は刹那も怒り心頭だろうし、俺なら相手が刹那一人でも相手したくないところだ。

 

 撤退するような挙動を見せるトリニティに、ロックオンがまたしても呼びかける。

 

 

「逃げんのかい?」

『我々と敵対するつもりか』

 

 

 有視界通信で返してくるヨハンに、ロックオンは僅かに肩を竦めた。

 

 

「じゃなきゃ、こんなところまで出張ってこねぇよ」

『君は私たちよりも先に戦うべき相手がいる。……そうだろう、ロックオン・ストラトス……いや、ニール・ディランディ……』

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 ようやく僅かに動かせるようになってきた身体に鞭打って、レナはトリニティに照準を合わせていた。……先程までは混戦だったためになかなか援護ができなかったが、いざという時のためにタイミングを測っていたのである。

 

 

 ……ティエリアさんは、ヘンタイさんが助けてくださいましたし。

 

 

 割り込むつもりだったけれど正直、まだ上手く狙いが定められないので助かった。ついでに投擲されたGNソードは、ソードパックにコンソールからの操作でAIに回収してもらう。しかし――――通信を通して、ヨハンさんの声が聞こえる。

 

 

『キミがガンダムマイスターになってまで復讐を遂げたい者の一人は、キミのすぐ傍にいるぞ……』

『なん、だと……』

 

 

 

 これは、聞いてはいけない。

 嫌な気配を感じ取り、アイシスを僅かに浮かび上がらせる。

 

 

「……ウィングパック……バースト、モード……っ」

 

 

 両腕に構えたビームライフル、腰部から中型のウィングスラスターが、肩部から大型ウィングスラスターが大型粒子砲としてスローネたちを狙う。

 コクピットに当てるつもりはないけれど、余計な小細工をする余裕を吹き飛ばします…!

 

 

『クルジス共和国の反政府ゲリラ組織、KPSA……その構成員の中に、ソラン・イブラヒムが――――っ!?』

 

 

 大型粒子砲がスローネアインの脚部を纏めて吹き飛ばし、ビームライフルが肩部に唯一残っていた武装であるGNランチャーを吹き飛ばす。慌てて撤退するスローネアインはしかし、捨て台詞とばかりに言い残した。

 

 

『ソラン・イブラヒム……コードネーム、刹那・F・セイエイ。彼は君の両親と妹を自爆テロで殺した組織の一員。君の仇というべき存在だ』

 

 

 

 

(……わたしが、コクピットを狙わないのを分かって……っ)

 

 

 

 殺さない。その信念を知っていて、逃げるよりもこちらの連携の分断をしようとしたのだろう。そして、感情とは……そう簡単には割り切れない。

 

 刹那は、何も答えない。

 否定も、弁明も。

 

 わずかに訪れた静寂に、ロックオンの呟きが響いた。

 

 

『刹那……』

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 太平洋にある隠れ家の孤島に、アイシスたち四機のガンダムが帰投していた。コンテナにガンダムを収納し、レナはパイロットスーツのまま、ふらつく足で島を覆う森の少し開けた場所に他のマイスターたちと集っていた。刹那は僅かに心配そうにしているが、その素振りは見せずにロックオンと向き合って対峙している。

 

 ティエリアは少し離れた木に背中を預けて腕組みし、レナもその隣で固唾を呑んで二人を見守っていた。

 

 

(……せつ、な……)

 

 

 本音を言うのなら、ロックオンを止めたかった。

 なのに、ロックオンの悲しみを、そして刹那が介入を望んでいないことを感じ取ってしまった身体が動かない。

 

 ただじっと、自分の罪を認めて断罪を待っているかのような刹那に、ロックオンが静かに切り出した。

 

 

「……本当なのか? 刹那、お前はKPSAに所属していたのか?」

「……ああ」

 

「クルジス、出身か?」

「ああ」

 

 

 ロックオンから苦しげな感情が溢れ出し、問う。

 

 

「お前も……お前も、関与しているのか? 十年前、北アイルランドで起きた自爆テロに……」

「いや」

 

 

 静かに否定する刹那に、ロックオンは僅かに黙り込む。

 レナはロックオンが刹那が嘘をつくような性格ではないと考えていることを、けれどもその脳裏に黒い死体袋に詰まった彼の両親と妹の姿が浮かぶのを感じ取ってしまった。

 

 

 

(………かなしい。世界は、こんなに……わたしは、私たちは………こんなことを、無くしたいのに……)

 

 

 憎しみと悲しみの連鎖。ガンダムマイスターでも、それからは逃れられないのだろうか。刹那を殺させないでと湧き上がる自身の感情に顔を歪めて、それでもレナは待った。ここで自分が飛び出しても、事態が悪化するだけだと分かっていた。刹那を、ロックオンを信じたかった。

 

 刹那が、小さく呟く。

 

 

「……ロックオン、トリニティが言っていたことは……」

「事実だよ。おれの両親と妹は、KPSAの自爆テロに巻き込まれて死亡した……」

 

 

 吐き捨てるように言い、ロックオンは続けた。

 

 

「……すべての始まりは、太陽光発電計画に伴う、世界規模での石油輸出規制が始まってからだ。化石燃料に頼って生きるのはもうやめましょうってな。だが、そいつで一番わりを食うのは中東諸国だ。国の経済が傾き、国民は貧困にあえぐ」

 

 

 

 ……ああ、そうだ。

 刻み付けられた『記憶』で、痛いほどにレナはそれを知っていた。

 

 貧しいのに、苦しいのに。

 信じられるものは神しかなく、それでも……。

 

 

「貧しきものは神にすがり、神の代弁者に、富や権利を求める浅ましい人間の声に耳を傾ける。そんでもって、二十年以上にも及ぶ太陽光紛争の出来上がりってわけだ。神の土地に住む者たちの聖戦……自分勝手な理屈だ。もちろん、一方的に輸出規制を決めた国連もそうだ。だが、神や宗教が悪いわけじゃない。太陽光発電システムだってそうだ……」

 

 

 何かが悪いわけじゃない。

 ……レナがずっと痛感してきたこと。

 

 世界には、これさえ無くせば平和になれる。そんな分かりやすいものはない。

 ただ、そう……。

 

 

「誰もが自分の幸せを願う当然の権利を主張しているだけだ。自分の幸せを、自分の意思で。それがぶつかりあって大きなうねりを生み出す。……どうしても、その中で世界は歪む……ああ、それくらい分かってる……」

 

 

 ロックオンが首を振り、改めて刹那に目を向けた。

 

 

「お前がKPSAに利用されていたことも……望まぬ戦いを続けていたことも……わかっている………だがな……」

 

 

 ロックオンが苦しそうに眉間を歪ませる。

 

 

「だが、その歪みに巻き込まれ、俺は家族を失った……」

 

 

 血の滲むような呟き。

 感情に当てられたレナは必死にこみあげる涙を堪えていた。

 

 

「……失ったんだよ……」

 

 

「……だから、マイスターになることを受け入れたのか」

「ああ、そうだ」

 

 

 ティエリアの言葉に、ロックオンは僅かに頷く。

 

 

「矛盾してることはわかってる。俺のしていることはテロと同じだ。暴力の連鎖を断ち切らず、戦う方を選んだ。……だが、それはあんな悲劇を二度と起こさないためにも、この世界を根本から変える必要があるからだ。世界の抑止力となりえる圧倒的な力があれば……」

 

「……それが、ガンダム……」 

 

 

 無言の肯定。そして、

 

 

「人を殺め続けた罰は、世界を変えてから受ける。……だが、その前にやることがある」

 

 

 そう言って、ロックオンは腰につけていた拳銃を引き抜き、銃口を刹那に向けた。

 

 

「ロックオン!」

 

 

 ティエリアが制止の声をあげるのを聞きながら、それでも銃を下ろさないロックオンを、何も言わずに全てを受け入れるかのような刹那を見つめながら、レナは何もできない自分への歯痒さを堪えながら考えていた。

 

 

(………わたし、は……また……)

 

「刹那、今おれは、無性にお前を狙い撃ちたい……! 家族の仇を討たせろ……恨みを晴らさせろ……!」

 

「………」

 

 

 刹那はやはり何も言わず、受け入れるかのように見つめ返し――――銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 刹那の僅かに斜め後ろの木に、小さな穴が穿たれていた。

 刹那は生きて、ロックオンを見つめている。わざと、外したのだろう。その彼に、刹那は言う。

 

 

「……俺は、神を信じていた……信じ込まされていた……」

「だから俺は悪くないってか?」

 

「違う」

 

 

 刹那は首を横に振り、思う。

 

 

「……この世界に、神はいない……」

 

 

 自分の両親を撃ち殺し、神の戦士として選ばれたと喜んだ。誇りすら感じていただろう。心の奥底から神を信じていたから。……だが…!

 

 

「………この世界に、神はいない……」

「答えになってねーぞ!」

 

 

 刹那は僅かに顔を俯け、そしてもう一度ロックオンに向き直る。

 

 

「俺は神を信じ、神がいないことを知った。あの男がそうした……」

「あの男?」

 

 

「KPSAのリーダー……アリー・アル・サーシェス……」

「アリー・アル・サーシェス……?」

 

 

「ヤツは、モラリアのPMCに所属していた」

「民間軍事会社に?」

 

 

 ティエリアが確認するように呟く。

 ……そう、ヤツは……。

 

 

「ゲリラの次は傭兵か。ただの戦争中毒じゃねーか」

「モラリアの戦場で、俺は、ヤツと出会った……」

 

「そう、あのときコクピットから降りたのは……」

 

 

 合点がいったようなティエリアに、刹那も頷く。

 

 

「ヤツの存在を確かめたかった。ヤツの神がどこにいるのか知りたかった。もし、ヤツの中に神がいないとしたら、俺は……いままで………」

 

 

 今まで、なぜ戦ってきたのか。

 ……なぜ、俺の仲間たちは死んでいったのか……。

 

 

「……刹那」

 

 

 ロックオンが刹那に銃を向けなおし、言う。

 

 

「これだけは聞かせろ………お前はエクシアで何をする?」

「戦争の根絶」

 

 

「……俺が撃てばできなくなる」

「構わない。代わりにお前がやってくれれば。この、歪んだ世界を変えてくれ」

 

 

「…………」

「……だが、生きているのなら俺は戦う。ソラン・イブラヒムとしてではなく、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター………刹那・F・セイエイとして」

 

 

「ガンダムに乗ってか?」

「そうだ」

 

 

 

 ……俺は、戦うことしか知らない。

 戦争を否定したいのに、過去を変えたいのに、戦うことしかできない。

 

 そう、あの機体と俺は、同じだ。

 紛争を根絶するための兵器も。戦いを止める為に戦う俺も。矛盾している。

 

 俺とあの機体は同じなのだ。

 だから、そう――――。

 

 

 

「……俺が、ガンダムだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 刹那は静かに、ロックオンの拳銃を見つめていた。

 命乞いをするつもりもなかった。ロックオンが遺志を継いでくれるのなら、それでいい。とうに覚悟はできていた。

 

 だから刹那は、ロックオンが引き金から指を離し、くるりと手の中で弄ぶように照準を外したのを半ば予見していたように、半ば意外なことのように感じた。

 

 ロックオンが大仰に肩を竦める。

 

 

「……ハッ、アホらしくて撃つ気にもなんねぇ」

 

 

 拳銃をホルスターに戻しつつ、彼は呆れた果てたような視線を刹那に向けた。

 

 

「……まったくよ、お前はとんでもねぇガンダムバカだよ」

「ありがとう」

 

 

 と刹那が言うと、ロックオンが目を丸くした。

 

 

「は?」

「最高の褒め言葉だ」

 

 

 刹那が微笑んで、ロックオンはぽかんとして、それから体を折り曲げて笑った。

 

 

「……は、ははっ……ははははっ……ありがとうだってよ、はははははっ……」

 

 

 

 ロックオンは笑いながら刹那の元に歩み寄り――――そのまま刹那の頬を殴り飛ばした。

 

 

 

「………」

 

 

 僅かに呆然とする刹那に、ロックオンは無言で視線を横に向け――――刹那がその視線の先を追うと、今にも泣き出しそうに涙を溢れさせるセレネが―――いや、もう大泣きしていた。

 

 

「ぐ、す…っ………ぅ、わぁぁぁぁああ…っ」

 

 

 途端に慌てる刹那に、ロックオンは笑みを浮かべたまま言ってやった。

 

 

「殴られた理由は分かってるだろうな、刹那?」

「……セ、セレネ…!?」

 

 

 早く行ってやれ、と手で示してやると、慌ててセレネに駆け寄った刹那が、むしろ更に激しく泣き出したセレネに抱きつかれて叩かれていた。……全く痛くなさそうだが。

 

 

 

「ばか…ぁぁっ! せつなの……ばかぁぁぁ……っ!」

「………すまない」

 

 

 

 

「……ったく、ガンダムのことしか考えてねぇからこうなるんだ」

 

 

 呆れたように呟くロックオンは、セレネを引き合いに出して命乞いをしない刹那の態度を好ましくは思うが、やっぱりアイツはどうしようもないガンダムバカだな。と思う。

 

 

 

「……せつな、なんて………だいっきらい、です…っ!」

「………!?」

 

 

 

 セレネがそっぽを向きながら叫び、真っ白な灰になる刹那を見ながら、ティエリアが呆れと苦笑を多分に含んだ笑みを浮かべて呟く。

 

 

 

「………これが、人間か……」

「そうだ、ティエリア。……このどうしようもなく利己的で、不完全で……それでも笑い合える。そんな存在が、人間なんだよ……」

 

 

 

「……セレネ…?」

「……(ぷいっ)」

 

 

 

 刹那にとっては笑い事じゃねぇだろうがな。

 そう呟いて、ロックオンとティエリアは僅かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 






次回予告

 大いなる計画の改変が、世界のバランスを劇的に変えた。
 その中で戸惑い、抗う者たちの叫びは何を生み出すのか。
 次回、『変革の刃』。



注:セレネの視点のときのみ地の文での呼称が『レナ』に、他の視点からは『セレネ』になっています。ある程度レナの気持ちが落ち着いたら元に戻るかもしれません。



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第20話:変革の刃

 

 

 

 ユニオン軍。そのとある基地の司令室で、グラハム・エーカー少佐はビリー・カタギリと並んでユニオン軍司令であるホーマー・カタギリ……ビリー・カタギリの叔父と向かい合っていた。その顔には隠しきれない不満が僅かに顔を覗かせている。

 

 

「……新型ガンダムとガンダムの交戦は黙ってるように、とはどういうことでしょうか?」

 

 

 グラハムにとって、新型とアイシスたちが一緒くたにされて批判される今の世界の状況が面白いはずもない。アイリス社の者たちも喜んで証言するだろうし、カスタムフラッグのフライトレコード、記録映像があるのだ。それをマスコミに流してやればアイシスたちと新型が敵対関係であり、過激な武力介入は新型だけの意思だと分かるのにだ。

 

 にも関わらず緘口令が布かれ、未だにアイシスたちはいわれのない汚名を被ったまま。そのような筋の通らない真似はグラハムにとって納得できるものではない。

 

 

「無論、理由がないわけではない。……これを見たまえ」

「―――これは、まさか…!?」

「……叔父さん、これは…!?」

 

 

 渡された端末に映し出されているのは、ガンダムの背面についていたものと全く同じ円錐型のエンジン機関と、丸みを帯びた見た事もないモビルスーツの外観フレームが映し出されていた。

 ……そのデザインはユニオンともAEUとも人革連とも、そしてガンダムとも異なっているように思える。司令は驚くグラハムとカタギリに、言う。

 

 

「ソレスタルビーイングの関係者を名乗る者からこれが三十機分提供され、それによって国連軍が発足した……。最早ガンダムは不要なのだ。これから行われるガンダム殲滅の上で、世論は今のままのほうが都合がよい」

 

「さ、三十機分も……!?」

 

 

 驚くカタギリをよそに、グラハムは歯を噛み締めた。

 ……司令は、上に立つ者として正しい判断をしている。それは分かっていた。

 しかし、感情が納得できない。

 

 

「……グラハム・エーカー少佐。君は今回の新型ガンダム撃退の功績で中佐に昇進、我々に割り当てられた十機の指揮を取ってもらう」

 

 

 つまりは、昇進の代わりに黙っていろということか。

 断固辞退させて頂きたい――――そう言いかけたグラハムは僅かに考え、言った。

 

 

 

「……分かりました。しかし……どうか一つだけ、聞き届けて頂きたい――――!」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 軌道エレベーターを軸に世界を三分させていた、ユニオン、AEU、そして人革連が国連の管理のもと同盟を締結し、史上最大にして唯一無二の国連軍を誕生させた。目的はソレスタルビーイングの撲滅。ガンダムに対抗するために、世界が纏まったのである―――!

 

 

 

「……刹那っ、せつなっ! はい、あ~ん?」

 

 

 セレネがにこにこしながら、スプーンに乗せたオムライスを差し出してくる。若干動揺した刹那であるが、無視すればセレネが落ち込むのは目に見えていたので諦めて口を開けた。

 

 

「ぁ、あーん?」

「……そ、その……おいしい、です…?」

 

 

 やはり表面上は無表情な刹那に、不安げなセレネが固唾を呑んで返事を待つ。

 ……美味しいのだが、美味しいのだが……!

 

 

「……うまい」

「―――…ぇへへ」

 

 

 はにかんだように微笑むセレネは可愛い。

 しかし刹那は、突き刺さるような視線を感じていた。

 

 

「ったく、ほんとに仲睦まじいこって」

「……はぁ」

 

 

 こりゃ砂糖要らずだな、と苦笑しながらオムライスを食べ終えてコーヒーを飲むロックオンと、ニュースを眺めつつ呆れた様子を隠そうとしないティエリア。二人ともセレネが手料理を作るといってここ、アイシスの輸送コンテナに誘ってきたのだが、この展開は予想外だったに違いない。……俺もだ。

 

 

 相手がセレネじゃなければ公開処刑でもする気なのかと疑うところであるが、間違いなく善意でやってるに違いなかった。どちらにも胃に悪い展開である。

 と、セレネがスプーンにもう一度オムライスを乗せ―――ふと、何かを思いついたかのように真剣にオムライスを見つめた。

 

 何を考えているのか分からないが、とりあえず刹那は手元のコーヒーに手を伸ばして一口飲んでから視線を戻し―――スプーンを咥えて頬を緩めるセレネと目が合った。……別に気にするほどの事でもないと思うのだが、セレネとしてはとても気になるらしい。みるみるセレネの顔が真っ赤になる。

 

 

「……ぁぅ」

「…………」

 

 

 慌ててスプーンを背後に隠したセレネは視線を泳がせながら口をぱくぱくさせ、そしてしばしの逡巡の後に背後のスプーンを取り出すとナプキンでサッと拭き、何事もなかったかのようにオムライスを乗せて刹那に差し出してくる。……顔は耳まで真っ赤なままだが。

 

 

「……は、はい……ぁ、あ~ん……?」

「………」

 

 

 ……こっちまで恥ずかしくなってきた。

 心なしか何か温かいような気がするスプーンを咥えた刹那は、味の分からなくなったオムライスを飲み込むとともにロックオンとティエリアの呆れきった溜息を聞いた。

 

 

「「……はぁぁ」」

 

 

 びくり、とセレネと刹那は揃って僅かに飛び上がり、刹那は慌てて空気を変える為にニュースの話題を振った。

 

 

「よ、ようやく計画の第一段階をクリアしたか」

 

 

 国連軍の誕生は、ヴェーダによる「紛争根絶」のための計画の第一段階だった。圧倒的な力を持つソレスタルビーイングに危機感を覚えた世界が一つに纏まる―――。

 

 と、ロックオンがにやりと微笑みながら言う。

 

 

「お、もしかしてセレネを可愛がる計画の第一段階か? ……刹那、お前もようやくその気になったんだな」

「な…っ!?」

 

「……ふぇ…っ!? せ、せ、せつな…っ!?」

 

 

 そんなわけないだろう! と言いたいところだったが、セレネを泣かせまくっている自身のこれまでの経歴がそれに待ったをかける。思い切り否定したりしたらセレネが傷つくのでは? そんな懸念から思わず黙りこんだ刹那に、何かを悟ってしまったセレネがオーバーヒートして目を回した。

 

 

「………ぅにゅぅ」

 

 

 ガシャン、と音を立ててオムライスに頭から突っ込んだセレネに、ロックオンと刹那は小さく呟いた。

 

 

「「……あ」」

「いや、早く助けてやれ」

 

 

 思わずツッコミに回ってしまったティエリアは、国連軍の発足もヴェーダがデータの改竄を受けているかもしれないという事実も、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しいような気分にさせられた。

 

 そして慌ててセレネを引き上げて顔を拭いてやる刹那をよそに、マイスターの持つ携帯端末に暗号通信が届く。その文面は、少なくとも三人とも同じ。

『――――マイスターは機体とともにプトレマイオスへ帰還せよ』

 

 

 

「オーケー、作戦会議だ―――宇宙へ戻るぞ」

 

 

 端末を閉じて言うロックオンに、

 

 

「セレネ、しっかりしろ…! セレネ!」

「………ぁぅ~?」

 

「……やべ、ちょっと不安になってきたかもしれねぇ」

「……僕もだ」

 

 

 セレネの頭の中が想像以上にお花畑になっている気がする。

 ロックオンとティエリアは目を合わせ、深く溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……で、どうするんだ、俺たちは?」

 

 

 

 プトレマイオスのブリーフィングルーム、砲撃および筋肉担当であるラッセ・アイオンが戦術予報士スメラギ・李・ノリエガに問いかける。今は二人のほかにもクリスティナ、フェルト、イアン、アレルヤが集まり、地上のマイスターたちとリヒティ、JB・モレノを除けばプトレマイオスチーム全員集合である。

 

 

「どうするかは、国連軍の動きを見てからね」

 

 

 そのスメラギの答えに、イアンがにやりと笑みを浮かべつつ言う。

 

 

「あんたの事だ、予測はしとるんだろ?」

 

 

 スメラギはそれに苦笑で返した。確かに予測はしている。国連軍は恐らく攻勢に出る……というより、そうでなければ国連軍を発足させる意味などない。

 

 

「そのためにも、準備できることはしておかないと。イアンさん、ラグランジュ3のラボにラッセを連れて行ってもらえます?」

 

 

 ラグランジュ3は地球から見て月のちょうど反対側にあるラグランジュ・ポイントであり、月から遠いために宇宙開発としては魅力がなく放置されている。そのため、ソレスタルビーイングのメカ開発などを担当するファクトリーが存在するのだ。

 

 

「了解だ」

 

 

 早速とばかりに出入り口に向かうイアンにラッセが声を掛ける。

 

 

「GNアームズがロールアウトしたのか」

「とりあえず一機だけだがな」

 

 

 GNアームズはガンダムをサポート、重武装化するための強化支援メカで、パイロットさえいれば単独行動も可能。ガンダムとドッキングすることでGNアーマーとなり、防御、攻撃の両面を飛躍的に向上させることができる。更に各ガンダムの特性に合わせて兵装を変更できる汎用性の高さもあるので、取りうるミッションプランや攻撃バリエーションの幅を広げられるだろう。

 

 本来は複数機ロールアウトする予定だったのに、一機完成しただけで受け取りに向かわねばならないほど状況は切迫している。それを皆もなんとなく察しているだろう。

 

 

「残りのメンバーは上がってくるガンダムの回収作業に向かいます」

「「「了解」」」

 

 

 スメラギの声にクリスティナ、フェルト、アレルヤが答え、ブリーフィングルームを後にする。一人残ったスメラギは、国連軍を突き動かす何かの正体について考えをめぐらせるのだった…。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 久しぶりの無重力の中、プトレマイオスに着艦したレナはコクピットの中で思う存分身体を弛緩させながら、ふとあることを思い出した。

 

 

(……そ、そういえば『ソレスタルビーイングから抜けさせてもらいます』なんて送りつけてしまったような気がするのです…っ!?)

 

 

 なんでそんな大事な事を忘れるんだ。という感じではあるが、刹那とのこととかロックオンと刹那のこととか色々あって、なおかつ刹那たちが故意にその話題に触れなかったこと、そしてステルスフィールドで掘り起こされた『記憶』のせいでここ最近の記憶があやふやになったせいでもある。

 

 

「こ、これは万死に値するのではないでしょうか……っ?」

『裏切り? よし、万死♪』

 

 

 と微笑んで言うティエリアさんがなぜか脳裏に浮かんで、色々な意味で震え上がった私は慌ててブリッジを目指しました。

 

 

 私がブリッジに到着すると、もうスメラギさんとクリスさん、フェルト、それにマイスターが全員揃っていました。

 ちょうど、ロックオンがスメラギさんに問いかけます。

 

 

「状況は?」

「地上はいまのところ変化はないわ」

 

「トリニティも沈黙している」

 

 

 なんとなく久しぶりにアレルヤさんの声を聞いたような気がします。

 と、そこで珍しく険しい顔をしたティエリアさんが――――。

 

 

「――――命令違反を犯した罰を」

(………万死なのです…っ!?)

 

 

 ここで命令違反の罰が適応される対象が私以外にあるでしょうか。いいえ、ありません。慌てて、しかし物音を立てないようにそっと背後のドアから逃げ出そうとした私を、ロックオンが怪訝そうに呼び止めます。

 

 

「どうした、セレネ?」

「…………ご、ごめんなさいーーっ!」

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 実のところティエリアは待機命令を破った自分への罰を求めていたのであるが、それを言うなら元凶はセレネである。とはいえ誰もティエリアを罰するつもりはなかったし、セレネも……反省はしているようだったので、二度とやらないと約束させてとりあえずは一件落着となった。むしろ、ティエリアの命令違反は無かった事になった。

 

 

「………そんなの、いつしたっけ?」

「………」

 

 

 とぼけるスメラギに黙り込むティエリアの肩を、ロックオンが掴んで笑みを浮かべつつ言う。

 

 

「そういうことだ」

 

 

 ティエリアには、理性ではなく別のところで彼らの意図を汲み取ることができる自分に気づいて、僅かに笑った。

 

 

「……それが人間か」

 

 

 ティエリアもセレネ・ヘイズを罰しなくてはならないとは思っていない。トリニティの行動を認めがたかった。それだけだ。……つまりは、それと同じなのだろう。

 間違えて、それでも許し合える。きっとそんな存在なのだ。人間とは。

 

 

 アレルヤがそんな四人の―――主にティエリアの変化に気づいて首をかしげた。

 

 

「なにかあった?」

「さあな」

 

 

 ロックオンが肩をすくめ、その時。

 オペレーター席に座っていたクリスティナが声を上げた。

 

 

「――――スメラギさん、トリニティが動き出したようです!」

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 トリニティが人革連の広州基地を襲撃。しかし、退却。

 それはトリニティのこれまでを考えれば信じがたいことであったが、それ以上に。まずい情報があった。国連軍が『擬似太陽炉搭載型モビルスーツを戦場に投入した』というのである。

 

 

 

「これからは、ガンダム同士の戦いになるわ」

 

 

 スメラギさんの言葉は、心に重く圧し掛かる。

 世界は新たな局面を迎えようとしている。

 

 

 

 

 

 レナは明かりを消した自室で、瞳を黄金に輝かせながら携帯用の端末を取り出した。脳量子波を使ってアイシスの遠隔操作などが可能なようにカスタムされたそれを使い、プトレマイオスのネットワークを通してヴェーダのターミナルユニットにアクセス。

 

 そこから、ヴェーダにハッキングを仕掛けた。

 

 

「………擬似太陽炉。ティエリアさんのトライアルシステムの強制解除。やっぱり、計画は……」

 

 

 お父さんの『計画は信用できない』という言葉が脳裏を掠める。

 これまでは絶対にしなかったヴェーダへのハッキング。けれど、状況がこうまで悪化していてヴェーダを疑わないことはできない。

 

 

「………ブロック?」

 

 

 レベル1で阻止された。ティエリアさんしか使えないはずのターミナルユニットからアクセスしているのに、パスワードも聞かれずにブロックされるなんて。

 ……脳量子波の波長を検知されている? それとも何か見逃している? あるいはティエリアさんもブロックされて…?

 

 

「………ぅー?」

 

 

 ブロックが堅い。頑なにアクセスを拒否してくる。

 でも、この程度で止められると思ったら心外なのです。伊達にヒトをやめているわけではありません…!

 

 

 ギラギラと、瞳の輝きが増す。

 目まぐるしく揺らめきだした瞳と共に、意識を飛ばす。ターミナルユニットへ、そして、ヴェーダへ……。

 

 

 

 

 

 気がつくと、赤い世界が広がっていた。

 情報の海。そしてそれを守るように聳え立つレベル1のセキュリティ。

 レベル1だからセキュリティが甘いのかと思うと、決してそんなことはない。こんなものにハッキングできるとしたら……。

 

 

(………わたしの、『同類』…?)

 

 

 GNドライブの、粒子の、隠された力。

 その影響を受けた、ヒトならざるもの――――。

 

 

(………試してみれば、わかることです)

 

 

 私にできるなら、同類にもできる。

 できないのなら、同類にもできない。

 

 内部犯なのか外部犯なのか、少なくともこれで無理なら外部の犯行の線はなくなる。

 

 

 そっと、セキュリティに手を触れ――――。

 一瞬で何千、何万というアタックを仕掛け、その全てを瞬時に叩き潰されて顔を顰めた。どんな凶悪な反撃が来るかと身構え、しかし何も起こらず。警戒は解かずに考える。

 

 

(……これ、は……ヴェーダ本体に直接アクセスしなければ、ハッキングは……)

 

 

 ソレスタルビーイングは甘くない、ということだろうか。

 そう思ったとき、唐突にセキュリティの壁が消失した。

 

 

(……っ!? どう…して……?)

 

 

 

 何かの罠?

 疑ってみても、不気味なほどにヴェーダの情報の海は静まり返っている。

 

 

(………誘われて、ます)

 

 

 

 嫌な予感しかしない。

 即座に情報を引っ掻き回しながら逃げに出ると、背後から『誰か』が―――。

 

 

 

『――――覗き、かい?』

「――――っ!?」

 

 

 

 

 

 ベッドの上で目を見開き、飛び起きる。

 心臓が痛いほどに早鐘を打っていた。

 

 

「………あ、れは……?」

 

 

 

 一瞬の攻防だった。

 凄まじい速さで叩き込まれたアタックは、どう考えても人間技ではない。

 

 というより、あの場所にいるということは脳量子波が扱えるか、あるはヴェーダにも人格があるのか……いや、それよりも――――。

 

 

 

 

「……………みつかって、しまいました…?」

 

 

 

 ひょっとして、かなりまずい状況ではないだろうか。

 冷や汗を流すレナに、答えてくれる人はいない。

 

 

 

 

 

 





次回予告


計画を歪める者が存在する。それに気づいた少女の取る道は何か。
刻一刻と迫る滅びを前に、真実の在り処は何処か。
次回、『セレネ』。


注:タイトル変更させて頂きました><


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第20.5話:セレネ

注意:すみません。タイトル変更させていただきました……。
   あと、次回からは……次回こそは、シリアスです!

   つまり、今回は……ごめんなさい、許してください。


 

 

 

 

 

 

 広州方面駐屯基地における、三機の新型ガンダムと十機の国連軍新型モビルスーツとの戦闘のニュースは、瞬く間に世界中の知るところとなった。

 国連軍から提供された戦闘映像を各国の報道機関がこぞって放送。皮肉にもガンダムを倒すために纏まった世界を見て人々は思った。「ガンダムが全て倒されれば、きっと世界はもっと纏まるようになるのではないか―――」、と。

 

 国連軍のプロパガンダ戦略が功を奏した、のだろう。

 ガンダムスローネの武力介入の印象が最悪だったというのもあるし、プトレマイオスチームのトリニティへの武力介入が隠蔽されたのもある。しかしいずれにせよ、ソレスタルビーイングが今までにない危機にさらされているのは間違いなかった。

 

 

 

 プトレマイオスのブリーフィングルームでは、ティエリアが床面モニターにガンダムスローネとGN-Xの戦闘を映し、それを苦々しく見つめていた。

 

 GN-Xの背中から排出される真紅のGN粒子。擬似太陽炉の証。

 ソレスタルビーイングの技術だ。

 

 そこから導き出される結論は、トリニティチームのときと同じ…。

 

 

――――ソレスタルビーイングに裏切り者がいる。

 

 

 しかもその裏切り者は、ヴェーダの最深部であるレベル7にアクセスする権限を持っている。それはレベル7のデータが一部改竄されていたことからも間違いない。更に先日、セレネ・ヘイズからヴェーダにハッキングを試みて何者かから攻撃を受けたとの報告も受けている。

 

 

 ティエリアにとって……いや、ソレスタルビーイングにとってヴェーダとは唯一無二、絶対の存在だ。組織の頭脳であり、中核。ガンダムのシステムすらも、ヴェーダとのリンクがなければ力を発揮できない。

 

 ティエリアはヴェーダを神のように信望してきた。しかし、そのヴェーダがデータの改竄を受けているというのは、それが何者かに操られているということ。何者かの意思がそこに存在しているということだ。

 

 

 ヴェーダは、もはやただの道具になりさがってしまったのか……。

 そんな不安が、どうしようもなく心を苛む。

 

 

(………ヴェーダなくして、同型機に対抗することなどできるのか……)

 

 

 そこに、ロックオンが現れた。よう、と軽く手を挙げてブリーフィングルームに入ってくる。

 

 

「悩み事かい?」

「……ロックオン・ストラトス……」

 

 

 ロックオンは床面モニターに目を向け、言う。

 

 

「気にすんなよ。例えヴェーダのバックアップがあてにできなくても、俺らにはガンダムと、ミス・スメラギの戦術予報がある」

 

 

 その言葉にティエリアは僅かに眉をひそめ、言う。

 

 

「あなたは知らないようですね。スメラギ・李・ノリエガが過去に犯した罪を……」

「知ってるさ」

 

 

 遮るようなロックオンの言葉にティエリアが顔を上げ、ロックオンは続けた。

 

 

「誰だってミスはする。彼女の場合、そいつがとてつもなくデカかった……が、ミス・スメラギはその過去を払拭するために戦うことを選んだ。折れそうになる心を酒で薄めながらな」

 

 

 ティエリアもスメラギの飲酒癖は知っている。そして、言っている意味も理解できるような気がした。……逃げるためではなく、逃げそうになる心を前に向かせるために……。

 

 

「そういうことができるのも、また人間なんだよ」

「……人間、か……」

 

 

 呟いた自分の声を聞いて、ティエリアは俯きかけた顔を上げた。

 

 

「……ロックオン、あなたは……僕の事を………」

 

 

 ロックオンは何も答えない。しかし「気にすんな、大したことじゃねぇよ」と、そのいつもの態度が物語っていた。バカみたいに他人を受け入れている。……それも、人間だということなのだろう。

 

 

 と、壁面の通信モニターにアレルヤ・ハプティズムの顔が映し出された。

 

 

『二人とも、スメラギさんからコンテナでの待機指示が出た』

「了解だ」

 

 

 ロックオンの返答に、アレルヤを映していたモニターが閉じ、ロックオンはティエリアに向き直る。

 

 

「ティエリア、これだけは言わせてくれ。状況が悪い方に流れている今だからこそ、五機のガンダムの連携が重要になる………頼むぜ」

 

 

 ロックオンの目は真剣だった。ティエリアはその視線を受け止め、シニカルな笑みを浮かべる。

 

 

「その言葉は僕にではなく、刹那・F・セイエイとセレネ・ヘイズに言った方がいい」

「……そりゃそうだ」

 

 

 あの二人、何をやらかすのやら全く想像がつかない。

 まさか戦闘中にイチャイチャしないとは思うが……。頭を抱えるロックオンに、ティエリアは僅かに笑みを深くした。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 目の前に、荒涼とした大地が広がっていた。吹き抜ける風が砂塵を巻き上げる。地平線の彼方に沈もうとする太陽が赤茶けた大地を更に深く染め上げ、血の色のようにも見えないこともない。周囲には倒壊した家屋の並ぶ戦場の跡地。そこに、刹那は立っていた。幼少の頃、抱えて駆けずり回ったものと同じライフルを持って……。

 

 なぜ……という疑問は、彼を呼ぶ声によって遮断された。

 

 

「ソラン」

 

 

 振り返ると、ひとりの歳若い女性が立っていた。長い黒髪に、この地方独特のデザインの衣装を身に纏って。

 

 

「……マリナ・イスマイール……」

 

 

 アザディスタンの第一皇女。スコットランドで偶然出会い、アザディスタンの内紛で再び顔を合わせた。刹那が戦争根絶のためにガンダムに乗るように、彼女も彼女なりに国内情勢を平定化しようと戦っている。彼女なりに。

 

 刹那も、立場は違えど平和のために戦うものとして彼女を認識していたが……。

 なぜ? なぜクルジスの赤茶けた大地に、廃墟にいるのか。

 その問いも、口に出る前に遮られた。

 

 

「こっちへ来て、ソラン」

「………」

 

 

 柔らかな表情だけで刹那を迎えている。

 ……なんだというのか。

 若干の警戒心を抱きながら歩み寄ると、マリナが膝を曲げてしゃがみこむ。

 

 

「見て」

 

 

 彼女の視線の先には、乾燥した不毛の地に根を張って、大輪の花が咲いて風に揺れていた。

 

 

「この場所にも、花が咲くようになったのね。……太陽光発電で、土地も、民も、戻ってくる。きっと、もっとよくなるわ………」

 

「…………」

 

 

 黙りこんだ刹那に、マリナは微笑みを向けた。

 

 

「だからね、もう戦わなくていいのよ……」

 

 

 

 

 ふと気がつくとマリナ・イスマイールはいなくなり、今度は黒髪の少女が星を見上げていた。黄金の瞳が、それも星の一つであるかのように眩く輝いている。

 

 

「……セレネ……?」

 

 

 刹那が呟くと少女は振り向いて笑顔を浮かべ、刹那の前まで駆け寄ってくると、僅かに刹那を見上げるようにしながら言った。

 

 

「刹那は、戦争が無くなったら何をしたいと思いますか?」

「……俺、は」

 

 

 俺は、戦うことしかできない。

 そんな思いが頭を掠めて、セレネは僅かにさみしそうに微笑んで、それからそっと刹那に手を差し出した。……白い、ちいさな手だ。いつの間にかセレネは、最近見せるようになった、はにかむような笑みを浮かべて―――。

 

 

「……ねぇ、せつな。わたしと――――」

 

 

 

 腕の中にあったマシンガンが、ガシャリと音を立てて地面に落ちた。

 

 

 

「――――!」

 

 

 

 ビクリ、と体を動かして、刹那は目を覚ました。プトレマイオスのエクシアが格納されたコンテナ、その控え室……なのだが。ベンチに腰を下ろしてうたた寝していたらしい刹那の目の前になぜか、セレネの顔があった。

 

 

「―――ひゃぁっ!?」

 

 

 あわあわ。そんな擬音が似合いそうな慌てぶりで白地に蒼いラインのパイロットスーツに身を包んだセレネが後退しようとして足を滑らせ、刹那は咄嗟にセレネの腕を掴んで引き寄せる。

 

 ぽすっ、と存外軽い手応えとともにセレネのちいさな身体が刹那の腕の中に収まり、頬を赤く染めたセレネが。わずかに刹那を見上げながら呟く。

 

 

「……そ、その……刹那と、おはなししたくて……い、いま、だいじょうぶでしょうか……?」

 

 

 セレネにも、スメラギ・李・ノリエガから待機命令が出ているはず。そんな言葉が頭をよぎったが、そんなことはセレネも百も承知だろう。……やれやれだ。そんなことを思いながら、それでも心が温かくなるのを感じながら、刹那は頷いて言った。

 

 

「ああ」

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

「……そ、その、あの………つ、つまりですね……っ?」

「………」

 

 

 ちかい。とても近い。

 何となくセレネを離そうという気分にならなかったので、刹那からはこの密着状態を何とかしようとはしなかったのだが、緊張でガッチガチになって顔の赤みが増していくセレネの反応がなかなか面白い。

 

 なんとなく頭を撫でてみる。

 

 

「………ぁふぅ」

 

 

 目を細め、頬を緩めたセレネの緊張がわずかにほぐれて、それから拗ねたように頬を膨らませて唇を尖らせる。

 

 

「……せつなの、ばか」

「なぜだ」

 

 

 明らかにセレネも気持ち良さそうだっただろうに。

 

 

「………ぅー、微笑ましそうな目で見てました…っ! わたしは、子どもじゃないのです…っ! もう15歳なんですよ……っ!」

「俺は17だ」

 

 

 地団駄を踏みそうな感じに言うセレネが15歳というのをやや意外なように思うと、セレネが泣きそうな目で睨んできた。……全く怖くないが。

 

 

「……刹那、わたし、心が読めるんですよ?」

「そうか」

 

 

 なら、全く怖くないと思っているのも分かるんだろう?

 いや、むしろ可愛いかもしれない。そんなことを考えた瞬間、セレネの顔がまた真っ赤になる。……ちょっと面白いかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、セレネが顔を紅くしたまま小さく呟いた。

 

 

「……ぇっと、ソ、ソラン……?」

「…………」

 

 

 

 この時、コードネームは所詮コードネームだということを刹那は初めて実感させられた。こちらの反応を心配そうに窺うセレネを抱きしめる力を思わず強くして、刹那はほんの少しだけヨハン・トリニティに感謝する。

 

 

「どうした、セレネ?」

「そ、その……わたし、ほんとは……レナ、って……」

 

 

「……レナ」

 

 

 抱きしめたまま小さく呼びかけると、セレネがはにかんだような、うれしそうな笑みを浮かべ、刹那の胸にもたれかかった。

 

 

「……ぇへへ」

 

 

 パイロットスーツは熱を通さないはずなのに、ふれあっている部分が温かく感じた。

 

 

 

 

 

 ……どれくらい、そうしていたのだろうか。

 ふと、セレネが呟いた。

 

 

「その……刹那? どうして、前に私が身長で嘘をついてたか分かりますか……?」

「いや」

 

 

 背が小さいからではないのだろうか? そう考えた刹那に、今度は拗ねずに、小さく首を振ったセレネが呟く。

 

 

「………身長が、伸びないからです。……5年前から……いいえ、この身体になってから、1mmも」

「なっ…?」

 

 

 セレネは顔を伏せて、ゆっくりと息を吐き、それからさみしそうに呟く。

 

 

「……身長が伸びなくて、でもヘンだと思われたくなくて、こっそりデータを弄ったりして、少しずつ背が伸びてる事にして……あんまり、意味はなかったですけど」

 

 

 見ればヘンなのはすぐにわかりますからね? と言ってセレネは引き攣ったような笑みを浮かべ、続ける。

 

 

「わたしは5年前に特殊に調節されたGN粒子に漬けられて、適応して、脳量子波に適した身体になった代わりに全身の細胞に特殊な異常が起こっています。……成長しないのはそのせいですが、脳量子波の適応度なら超兵の比ではありません……お父さんは、元々わたしに素質があったからできたのだ、というふうに書いていましたが……」

 

「……セレネ?」

 

 

 ……言っていた、ではなく、書いていた?

 辛そうに目を伏せて黙り込んだセレネに声を掛けると、セレネはわずかに潤んだ黄金の瞳を刹那に向け、搾り出すように言った。

 

 

 

「……わたし、は……ほんとうは、お父さんのことも、お母さんのことも、ほとんど何も…おぼえていない……のです」

 

「記憶、喪失か…?」

 

 

 セレネはわずかに考え込むような素振りを見せ、頷く。

 

 

 

「……身体と一緒に、記憶も無くしてしまったのです。……お父さんとお母さんがやさしかったことと、『ひとりでも多くの人を助けて』って。おぼえているのは、それだけです。……わたしには、それしか……なかったのです」

 

「…………」

 

 

 なんと声を掛ければいいのだろうか。

 言葉を詰まらせた刹那に、セレネは続けた。

 

 

「……GN粒子の光の中で、世界を感じていました。辛くて、苦しくて、でも、幸せな事も確かにあります。けれど、とても悲しい世界です。……世界を変えたい、そう思ったのは本当です。……けど、ほんとは……わたしは……それしか、生きる意味が……っ」

 

「………っ」

 

 

 セレネの瞳から涙が零れ落ちて、刹那は咄嗟に、今にも消えてしまいそうなセレネの身体を強く抱きしめた。

 

 

「今も……こわい、です………また、ぜんぶ無くしてしまうんじゃないか、って……」

 

 

 何も覚えていないというのは、どれほどの恐怖だったのだろう。ヒトとは違う身体で、そしてその力で、世界の苦しみを知って。自分が何故生きているのか? セレネにとって、それは……。

 

 

 

 

「……刹那、私は――――…」

「関係ない」

 

 

 セレネが何を言うつもりなのか、その表情がなによりも雄弁に語っていた。何かを恐れる……失う事を恐れる顔。俺はセレネを化け物だなんて思っていないし、それは変わらない。その想いを込めて抱きしめたまま頭を撫でると、セレネがくしゃりと顔を歪めて微笑んで、涙が零れ落ちた。

 

 

 

「ぐすっ…………ねぇ、せつな……?」

 

 

 

 熱に浮かされたような、吸い込まれるような黄金の瞳が刹那を、刹那だけを見つめていた。ふれあう熱が、互いの感情を伝えあう。

 

 きっと、今なら。わかりあえている。そう思えた。

 セレネの桜色の唇が、小さく言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「―――――…すき、です」

 

 

 

 あなたのことが。あなただけが。

 

 

 あなたのために、生きていたい―――…。

 きっと、それ以上に言葉は要らなかった。

 

 どちらからともなく唇が触れ合って、二人の影が一つに重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







「……セレネ・ヘイズ。君は危険な存在だ……」


 情報の海で、誰かが呟く。
 その思考に応えて、とある場所の映像が現れる。

 緑の光が満ちた無数のカプセルに、無数の銀髪の少女の死体が浮いている。
 しかし、その中の一人が、ゆっくりとその黄金の瞳を見開き―――。



「この僕の………イノベイターの邪魔者は、確実に処理しないとね」


 
 映像が切り替わる。
 そこには漆黒の装甲を、蒼い瞳を、そして紅い翼を持つ巨人が――――。



「―――…紛い物は紛い物同士、潰しあうといいよ」



 黄金の瞳を輝かせ、少年は嗤う。




次回予告

ガンダムに対して、新型モビルスーツが牙を剥く。
それは、戦争根絶などという夢想を追い求めてきた断罪か……。
次回、「滅びの道」。これが、世界の答え……。




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第21話:滅びの道

 

 

「―――ごめんね。ムリさせちゃって」

 

 

 自室でつくった特製ドリンクを三本のボトルに入れたものを持ち、スメラギはブリッジで作業をしていたクリスティナとフェルトにねぎらいの言葉をかけつつボトルを渡した。

 

 

「わ、助かります」

 

 

 クリスティナが破顔して、ボトルを受け取る。

 

 

「フェルトもね」

「任務ですから」

 

 

 スメラギは彼女の定位置である指揮官席に手を着いて振り返り、一口飲んでからクリスティナに尋ねた。

 

 

「システムの構築具合は?」

「八割といったところです」

 

 

 スメラギは二人に、良くも悪くもヴェーダから影響を受けない独立したガンダムのシステム構築を依頼していたのだ。ヴェーダとリンクしている今のガンダムのシステムでは、もし裏切りものがヴェーダを通じてガンダムのシステムに障害を起こせばそれが致命傷になる。二人には急ピッチで作業してもらっていたのだが……この短時間で八割とは。

 と、そこでフェルトが口を開く。

 

 

「スメラギさん、さっきセレネが端末経由でアイシスのシステムに組み込んでほしいとプログラムを送ってきたのですが……」

 

「どんなものなの?」

 

 

 セレネがおかしなものを送り込んでくるとは思えないが一応聞いてみると、フェルトはやや首を捻りつつ言った。

 

 

「……バックアップ、らしいです。ただ、解読不能です」

「私もお手上げなんですよ。やたらと重いんですけど、意味のあるデータなのか全然分からないし。セレネに聞いても『備えがあると嬉しいのです』しか言わないですし」

 

 

 セレネが何も言ってくれないのが不満なのか、ちょっと拗ね気味の二人だが、二人とも組み込むことに異議はなさそうだった。

 

 

「組み込んでも容量は平気そう?」

「……ギリギリです。けど、いけます」

 

 

 容量ギリギリって……一体何をするつもりなんだと言いたくなったスメラギだが、セレネがプトレマイオスチームに不利益なことをするとは思えない。フェルトだって、一応スメラギに許可を取ることにしたとはいえ、セレネを疑っているわけではないだろう。

 

 

「……余裕があったら、組み込んでおいてあげて」

「分かりました。……完了です」

 

 

 フェルトがカチっとエンターキーを押すと、データの重さを示すようにゆっくりと転送される。……どうやら組み込むといってもそう難しいものではなかったらしい。

 

 と、そこでクリスティナがスメラギの持ってきたドリンクに口をつけ―――。

 ブハッ、と息を吐き出してドリンクボトルを突き出しつつ抗議した。

 

 

「これ、お酒じゃないですか!」

「美味しいでしょう? 私の特製ドリンク」

 

「スメラギさん!」

「……ふふっ」

 

 

 フェルトが控えめに笑い、スメラギとクリスティナは目を合わせて微笑んだ。

 

 

「最近、柔らかくなってきたわね、フェルト」

 

 

 スメラギが妹の変化を喜ぶ姉のように言うと、フェルトは照れたように僅かに笑みを浮かべ、少し肩を竦めて言った。

 

 

「セレネほどじゃありません」

「フェルトも、素直になってみたら?」

 

 

 クリスティナが面白そうに言うと、たちまちフェルトの顔が真っ赤になる。こういうところはセレネに似ているのかもしれない。

 

 

「……そ、そんなの……」

「そうだ、ロックオンのところに食事でも運んで貰おうかしら?」

 

 

 スメラギもそれに便乗すると、フェルトは目線を逸らしつつ言う。

 

 

「……ま、まだ仕事が――――」

「ずっとコンテナで待機させちゃってるしね。お願いね、フェルト」

「頑張って、フェルト!」

 

 

 クリスティナがフェルトをぐいぐいとブリッジの外に押しやり、スメラギが手を振る中、フェルトはブリッジの外に連れ出されていった。

 

 

「し、仕事――――」

「マイスターズのメンタルケアも大切なお仕事よ、フェルト!」

 

 

「そ、そんなの聞いたことが―――」

「現場の仕事には柔軟さが必要なのよ―――!」

 

 

 

 

 一人ブリッジに残り、ほとんど完成したシステムを眺めながらスメラギは考える。

 国連軍はガンダムに対抗しうる新型のモビルスーツを手に入れた。全世界に大々的に宣伝もしている。トリニティに勝利したことにも、世界の熱気にも後押しされて、彼らは遠からず攻勢にでる――――その予感は、1日と経たずして的中した。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『――――Eセンサーに反応、国連軍の新型モビルスーツ二十機が接近! ガンダム各機、緊急発進!』

 

「コンテナ、緊急解放! ―――セレネ・ヘイズ、ウィングソードアイシス、いきます!」

 

 

 

 コクピットで機体状況を、そしてプログラムを確認しながらセレネは小さく息を吐く。もともとスメラギさんが相手の襲撃を読んで待機命令を出していたこと、そして擬似ドライヴのGN粒子をセレネが数分前に感知したこともあって、ガンダム各機は問題なく発進。既に、武装のないプトレマイオスを防衛するために前面に展開している。

 

 セレネは刹那のところにいたので準備が遅れたが、脳量子波でアイシスを遠隔操作してソードパック、ウィングパックを装備させておいたので問題はない。

 右腕はGNソード、左腕はビームライフル、各ブースター、ウィングスラスターに異常なし……!

 

 

(……機体性能に大きな差がないのなら、狙撃はロックオンに、砲撃はティエリアさんに任せて私は前に出る……!)

 

 

 前衛は刹那とアレルヤさん、後衛はロックオンとティエリアさん。なら、私は遊撃しつつ敵を一機でも多くひきつける。宇宙なら空気抵抗を考えなくていいのでソード装備でもハイパーブーストを使えるし、ウィングアイシスの機動力なら敵陣の撹乱もできる。

 

 そう判断して、セレネは間もなくデュナメスの有効射程距離に入る敵部隊を見据えた。

 

 

「アイシス、デュナメスの第一射に続いてハイパーブーストで敵陣を撹乱します…!」

『―――了解だ! ロックオン・ストラトス……狙い撃つぜ!』

 

 

 セレネの瞳が黄金に煌き、ペダルを思い切り踏み込むと同時にパネルに圧縮粒子の充填率が表示される。

 

 そしてデュナメスがその自慢の精密狙撃を放ち――――待っていたように散開する敵機の肩を掠めるようにして回避された。

 

 

『――――っ、掠っただけかよ!?』

「――――ハイパー……ブースト!」

 

 

 

 散開するのなら、それはそれで構わない。アイシスが粒子の翼を広げると同時に爆発的に加速し、しかし即座に反応した敵部隊が、一斉にアイシスに弾幕を張る。自ら弾幕に突っ込む格好になったのを心配してか、刹那の声が聞こえるが―――。

 

 

『―――セレネ!』

「――――…その、程度…で!」

 

 

 即座にセレネの思考に反応し、ウィングスラスターが方向を変える。急激に下方向に加速して弾幕を潜り抜けたアイシスが殺人的な急加速で上昇すると共に、ビームライフルを構える敵機の両腕を擦れ違いざまにGNソードで切り裂き、更にビームライフルの銃口からサーベルを出しつつ僅かに方向を変え、二機目の右腕をビームライフルごともぎ取り、両脚を切り裂き、更に三機目―――。

 

 

 三機目がビームサーベルで迎撃しようとするが、どんなに機体性能が良くともパイロットが反応できない速度で攻撃すれば意味はない。三機目の右腕をビームライフルで撃ち抜き、ついでとばかりに両脚を切り飛ばす。

 

 そして四機目は、アイシスのあまりの高機動に戸惑う部隊の中でも真っ直ぐに突進してくる機体に狙いを定め――――。

 

 

「――――ゃぁぁあああっ!」

 

 

 二刀ビームサーベルを構える敵機の腕を武器ごと纏めて切り飛ばそうと、ハイパーブーストに加えて右腕部のブースターを作動。敵機を押し切るのに十二分な加速を加えた一撃が、敵機に襲い掛かり――――。

 

 

 セレネは見た。

 敵機のビームサーベルでGNソードの勢いを受け流し、更にその勢いを利用した蹴りを叩き込んでくるという離れ業を。

 

 

(――――この、パイロット!?)

 

 

 咄嗟に蹴りの方向に合わせてブーストしたものの、ハイパーブーストの加速が相乗した強烈な衝撃がアイシスで最も脆い部分―――コクピットを、セレネを襲う。

 

 

「――――きゃぁっっ!?」

 

 

 更に、衝撃で回転するアイシスに向かって加速する敵機がアイシスの両腕を狙って切り掛かってくる。咄嗟に、GNソードとビームサーベルで受け止め――――。

 

 

 

『――――逢いたかったぞ……アイシス!』

「……っ!?」

 

 

 通信、を…っ!?

 開かれた通信に、モニターに、やはりあの人の―――グラハム・エーカーの顔が映し出された。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 グラハムは、緑の粒子の翼を広げてGN-X部隊を圧倒するアイシスを見て僅かに笑みを浮かべていた。

 

 

(……だから、気を抜くなと言ったのだ……)

 

 

 GN-X部隊に配属された元オーバーフラッグスにはアイシスとの戦闘映像を見せて口を酸っぱくして指示したとおり、粒子の翼を展開したアイシスから蜘蛛の子を散らすように、しかし二人一組で迅速に距離を取っており、今攻撃を受けて無力化された三機はいずれもAEUの部隊だ。グラハムはAEUのエースパイロットとやらに説明と映像は渡しておいたのだが、どうやら行き届いてはいなかったようだ。

 

 

 だが、そんなことは構わない。

 今の私にとって大切なのは、正々堂々、真正面からの戦いでアイシスに勝利すること。そして、全ての借りを返すこと――――…!

 

 

 初めての邂逅において完膚なきまでに敗れ、救われ。

 二度目の出会いでは逃げられ。

 三度目の出会いでは防衛対象であった太陽光受信アンテナを救ってもらい。勝負を挑み、追おうとしたところを撃ち落された。

 四度目の出会いでは圧倒的な物量によってアイシスを一方的に蹂躙し、どれだけ後悔したか知れない。

 

 そして、五度目。共に戦い、剣を託され、新型ガンダムを倒した。

 ……トドメはさしていない。だがあの時、そのつもりがあればコクピットを両断できていただろう。ただ、アイシスに託された剣で命を奪うつもりがなかったというだけのこと。命を奪う事が、全てではない。

 

 私の、アイシスの行動で、アイリス社で助かった人間は一人なりともいるだろう。それで、十分だ。……ハワードにはいつか必ず謝罪しよう。だが、私はフラッグで確かにガンダムを倒して見せた。

 

 

 恥を忍び、フラッグを降りたのも。この場所にいるのも。

 全ては、アイシスに借りを返すため。

 

 

 

(………ああ、だが……)

 

 

――――だが、認めよう。それは建前だ。この感情はごまかしようもない。

 

 

 私、グラハム・エーカーは……君と戦えることに、これ以上もなく―――悦びを感じているっ……!

 

 武器ごと上半身を両断せんと、アイシスが突っ込んでくる。グラハムをして、ついていくのがやっとのその機動。だが――――!

 

 

(―――伊達に、君の戦いを見てきたわけではない!)

 

 

 アイシスは高速戦闘において、剣での接近戦を好む。それは何故か? 無論、より確実に相手を殺さずに無力化するためだろう。そして今考えられるその剣筋は三通り。武器ごと腕を切り裂く、脚を切り裂く、回り込んで切りつける。

 

 そしてこの戦い、どう取り繕おうともアイシスたちが不利だ。

 残り17対5。アイシスの粒子の翼が出し続けられないものであることも予想がつく。ならば確実に、そして迅速に無力化するために、アイシスは腕を狙う!

 

 

 武器が持てねば余計な手出しはできない。脚を切り裂いても射撃はできる。

 予想通り、アイシスがビームサーベルごと腕を切り裂くのではないかという勢いで切り掛かってくる。そして、その剣筋はやはり。コクピットを避けて上半身を切り裂くもの――――。

 

 

(このような状況であろうと意志を貫く……その心意気やよし…!)

 

 

 

――――だが、甘く見てもらっては困るぞ!

 

 

 

「――――君の視線を釘付けにする…ッ!」

 

 

 ビームサーベルで斬撃を受け流し、その凄まじい衝撃で流される上体を引きとめようとするのではなく、その力を下半身に伝える。狙い違わず、アイシスの腹部に蹴りが直撃する。瞬時にペダルを全力で踏み込み、加速してアイシスに切り掛かる。

 

 狙うのは、両腕。

 機体性能に差はない。互いにコクピットは狙わない。それならば、この戦いは―――!

 

 

 

――――正々堂々たる、真剣勝負だ!

 

 

 即座に体勢を立て直し、グラハムの二刀の一撃を受け止めてみせたアイシスとグラハムのGN-Xの間で激しいスパークが散る。

 ソレスタルビーイングから提供されたというだけあって、ガンダムにも送ることのできる通信回線を開き、叫ぶ。

 

 

「逢いたかったぞ……アイシス!」

 

 

 

 両腕のブースターを作動させたアイシスがグラハムの二刀ビームサーベルを押し返して距離を取り、アイシスが翼につけていた燃料タンクのようなものをパージ。

 グラハムは再びペダルを全力で踏みつけて機体を突進させる。

 

 

 無茶な加速とともにビームサーベルを振り下ろす、それだけの動きに骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげる。こんな操縦を続ければ、自分の肉体はどうなってしまうのか―――だが、それを望み、ここに来た! この戦いには―――それだけの価値がある!

 

 命を棄てても構わないと思うほどの激情。

 この感情――――。

 

 

「――――ようやく理解した!」

 

 

 互いに蹴りを放ったGN-Xとアイシスの脚が交錯し、ブーストで押し切られる。しかしグラハムはそのまま機体を一回転させてアイシスに切り掛かり、アイシスの肩を僅かに切り裂く。

 

 

 

「私は、キミの圧倒的な性能に……その在りように、心奪われた!」

 

 

 力を持って驕らず、世界を平和にする為に、ただ一人でも助けるために戦う。そして、その意志をこれまで貫いてきた。私は常にアイシスとの戦いを、清々しいまでの真剣勝負だけを常に切望してきた。そうだ――――!

 

 

 

「この気持ち――――まさしく愛だ…ッ!」

 

 

 

 僅かにアイシスが動揺したような気がした瞬間、容赦なく乱射されたビームライフルをグラハムは辛うじて回避し、数発はシールドで防ぐ。

 

 止め処なくビームライフルを撃ちながら、猛烈な勢いでアイシスが後退する。

 

 

 

「――――私はキミとの決着を望む! 正々堂々たる戦いを……!」

 

 

 

 そのビームの雨をかいくぐり、グラハムは突進する。

 何度目かの鍔迫り合いのスパークが、漆黒の宇宙に輝いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 アレルヤ・ハプティズムは苦戦していた。

 トリガーを引いてGNサブマシンガンで弾幕を張り、しかし敵部隊はそれにほとんど当たることなく回避してみせ、あるいは左腕のバリア状のシールドで防いでみせる。そして、反撃する。

 

 

 アイシスが瞬く間に三機も無力化してみせ、今も手強い一機と交戦しているので、残りは十六機。一人当たり四機の計算になるのだが、相手もビーム兵器を装備している以上は一撃が致命傷になる。しかも一撃が倍返し、倍々返しになって返ってくる。

 GNシールドを構えて熱線の雨をなんとか堪えていはいたが、着弾の衝撃で機体が後方に押しやられ、粒子ビームがキュリオスの脇を掠めていく。

 

 ずっとこの繰り返しだった。

 こちらのロクに狙いもつけられない弾は掠る気配もなく、しかし無駄弾になると分かっていても撃たずにはいられない。撃たなければ、更に激しい攻撃にさらされるだろう。最早、反撃ではなく牽制の弾幕になっていた。

 

 またGNシールドにビームが着弾し、閃光がアレルヤの顔を照らす。

 

 

「くっ……! ぼくらの滅びは、計画に入っているというのか……」

 

 

 トリニティが現れてから、ずっと心の中にあった疑問。紛争根絶という理念の実現のために、世界をひとつにするために、そのために、僕らの敗北すらも計画の一部なのではないか?

 

 

 ありえない、そう思いたくとも計画の全容を知らない。

 「裏切り者」だと思っている者こそ、真の計画の実行者なのではないか……。そんな疑惑を、否定できる根拠が何一つなかった。

 

 

 滅びる為に、戦ってきたのか?

 世界中に憎しみを集めて、その滅びで世界を纏めるために?

 

 何も知らない、捨て駒として……。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

「――――そんなことがっ!」

 

 

 そんなことが、あってたまるものか!

 ヴァーチェのコクピットで、ティエリアが声を張り上げる。

 

 回線を通して聞えたアレルヤの呟きを、全力で否定した。

 

 

 滅びるための存在など、戯言でしかない。

 そのような計画を、ヴェーダが推奨するはずがない。

 

 二百年だ。二百年もの間に、計画のために多くの人命が失われた。

 ガンダムマイスターも、命を捨てる覚悟を抱いて戦っている。そこには「紛争根絶」という理念に賛同した人々の想いが、込められているのだ…!

 

 

 それが、その結果が、哀れな子羊を作り出すためだったなど!

 ヴェーダがそのような愚かしい計画を認めるものか……!

 

 そんなことのために、僕たちが戦ってきたなど。

 そんなことのために、僕が造られたなど――――認めるものか!

 

 

 僕たちは死すべき存在などではない……国連軍に、情報を漏洩した者こそが裏切り者だ! そう、現に僕は今もヴェーダと繋がってるのだから―――!

 

 

 GNキャノンを放ち、敵機が回避したところを狙ってGNバズーカを放つ。避け切れなかった2機のGN-Xが粒子ビームの奔流に飲み込まれ、一機が左腕を、一機が右足を失ってスパークを散らす。

 

 

「チィッ!」

 

 

 破壊し切れなかった!

 あれでは戦闘継続も可能だろう。追撃のためにGNキャノンを手負いの二機に向け―――そこで、一機のGN-Xが飛び出してきた。手にしたライフルからビームを連射し、着弾の衝撃がコクピットを揺らす。

 

 GNフィールドの展開に使用する粒子をGNバズーカのチャージに回しているが、それでも発射のタイムラグはなくならない。大きすぎる機体に次々と敵の粒子ビームが命中していくが――――。

 

 

「まだまだ!」

 

 

 揺れる機体の中で、しかしティエリアは迫る敵機にGNバズーカの照準を合わせ―――ティエリアがトリガーにかけた指を引こうとした瞬間。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 視界が暗く染まる。モニターに映っていたデータ類が一瞬にして全て消えていた。ヴェーダとのリンクが断ち切られた。何も見えず、感じられない。

 

 

「ヴェーダからの……バックアップが………!?」

 

 

 ガンダムが、システムダウンを起こしていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 刹那は、暗く沈んだエクシアのコクピットで呆然としていた。

 操縦桿をいくら動かしても、エクシアは何の反応も示してくれない。すべてのスイッチを試してみても、現状を打破できるわずかな兆候すらない。

 モニターだけは生きていたが、それで何ができるというのか。

 

 絶望に打ちのめされた心から、身体から、力が抜けていく。

 

 

(同じだ……)

 

 

 あの頃。クルジスの戦地を駆けてきた頃と。

 死の恐怖に怯えながら、マシンガンを抱えて駆け回っていた頃と。

 

 

(同じだ……あのときと………)

 

 

 無力な少年兵でしかなかった、あの時と。

 誰も助けられない。救えない。ただ仲間の死を眺め、恐怖していた頃と。

 

 

(……エクシアに、乗っていながら……)

 

 

 天空から舞い降りるヒトならざるものに憧れた。

 それと同じ、ガンダムを冠する機体に乗っていながら。マイスターを名乗っておきながら。それ、なのに―――…。

 

 

(……ガンダムにもなれず……俺は……!)

 

 

 死ぬのか。

 こんなところで死ぬのか。

 

 

(……ここまで、なのか………)

 

 

 

 エクシアを国連軍が包囲している。死が、迫っている。

 その時、声が聞こえた。

 

 

 

 

――――もういいのよ、ソラン。

 

 

 刹那の脳裏に、夢で見たマリナ・イスマイールの姿がまざまざと浮かび上がる。かなしげな微笑みを浮かべた彼女が、刹那の耳元に優しく囁く。

 

 

 

『……もう、いいの……』

 

 

 

 甘い囁きだった。

 もう、いい―――もう戦わなくて、人を殺さなくていい。

 心が誘われる。そうだ、もう何もしなくていい。

 

 

 そうすれば、死とともに刹那は自由になるだろう。

 もう戦うことも、抗うこともなく。………彼女の笑顔を、見る事もなく。

 

 

 

 

「―――…違う……」

 

 

 俺は、戦う事しかできない。

 けれど、それだけか? 生きる意味は、それだけなのか?

 

 俺は本当に、戦うためだけに生きているのか……?

 

 

 

「―――――違う……違うぞ!」

 

 

 

 脳裏にセレネの温もりが、笑顔が浮かぶ。

 

 

 俺は何の為に今まで戦ってきた。何の為に抗ってきた。

 世界の歪みを正す為に。かつて自分が救われたように、誰かを救う為に。

 

 そのために戦って、抗って。世界を見つめてきた。

 こんなところで死ぬためなどではない。

 

 ガンダムに乗り、ガンダムになるために。

 

 まだ何も成し得ていない。何も叶えてはいない。

 セレネを本当に救えてなどいない。……平和な世界に。彼女の望む世界に…!

 

 そうだ、まだ……!

 

 

「――――まだ俺は生きている! 生きているんだ…!」

 

 

 操縦桿を握り締め、感情のままに動かす。

 

 

「……動け、エクシア!」

 

 

 諦めるわけにはいかない。いや、諦めたくはない……!

 まだ、生きていたいんだ……!

 

 世界の歪みを正すために!

 それを体現する存在に、ガンダムとなるために!

 

 セレネと、生きるために……!

 

 

 

「動いてくれ…! ――――ガンダムッ!!」

 

 

 

――――瞬間、エクシアの胸部ジェネレーターが眩い輝きを放った。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ガンダムへの予備システムの転送、終了しました!」

「ありがとう」

 

 

 クリスティナからの報告に、スメラギは頷き返す。

 クリスティナとフェルトに頼んでいた予備システムは、戦闘が始まる直前に完成していた。……もし、もう数時間早く襲撃を受けていたら今頃ガンダムは身動ぎ一つできずに粒子ビームで嬲られるだけだっただろう。

 

 だが、国連軍は突如動かなくなったガンダムを罠ではないかと警戒してくれ―――。

 

 

 

「スメラギさん、ヴァーチェのシステム変更にエラーが!」

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

「――――…っ!?」

 

 

 システムダウンさせられたアイシスのコクピットで、セレネは操縦桿を強く握り締めていた。脳量子波を使って操縦できるアイシスといえど、それを処理するシステムがダウンしてしまえば機体を動かすことはできない。

 

 

―――まだ、なの…っ!?

 

 

 フェルトとクリスさんが予備プログラムを作ってくれているのは知っていた。既に完成して、万一の時には転送してくれることも。けれどこんなことなら、出撃前に変えてもらえば良かったと思う。少しでも刹那のところにいたい。その我が儘が、この状況を生んでいた。

 

 この人は、こんな致命的な隙を見逃してくれるほど甘くはないのに―――!

 

 

 周囲に満ちたGN粒子が、驚く思念を伝えてくる。

 

 

『……まさか、機体が万全ではないというのか……?』

 

 

 

 僅かな逡巡。

 こんな形での決着は望んでいない。その想いが、伝わってくる。

 

 敵機は僅かに距離を取り、サーベルを構えて静かに佇む。

 ………そして、アイシスのシステムが復旧した。

 

 脳量子波に応え、アイシスがGNソードを構えなおす。

 

 

 

 再び、通信が入った。

 僅かに笑みを浮かべ、しかし真剣な光を瞳に宿した、あの人の顔が映る。

 

 

『……全力を望む』

 

 

 言外に、不調ならば止めても構わないと言われていた。

 ………殺すつもりなら、殺せただろう。

 

 そう考えると、『お互い様というものだ』と言われたような気がした。

 

 

「………」

 

 

 静かに、コンソールを見つめる。

 こちらからも通信を入れようか、僅かに逡巡する。しかし、そんなことをしても向こうがやりずらいだけだろう。

 

 

(………ほんとに、いやです)

 

 

 こんなときまで、自分の見た目が恨めしい。

 静かに高機動モードに入ったアイシスから粒子が迸り、再び激突のスパークが視界を染め上げて。

 

 

 

『――――ティエリア!』

 

 

 

 セレネの脳裏に、声が響いた。

 

 

「……ぇ?」

 

 

 嫌な、予感がした。

 咄嗟に、感覚を広げて。

 

 感じ取ったのは、激痛を受けるロックオンの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「………僕は……ヴェーダに見捨てられたのか……」

 

 

 

 そう呟いたきり、ティエリアの思考は先の見えない暗黒を漂っていた。

 システムダウンしたコクピットで、情報の海から放り出され、ティエリアがティエリアである理由だった繋がりを絶たれて。

 

 すべてを、失った。

 

 存在する理由を。生まれた意味も。生きてきた意味も。

 最早、体にも、思考にも力が入らない。

 

 

 ふと、我に返った。

 ……目の前のモニターを、大きな影が覆っていた。

 

 それは、ガンダムデュナメスの背面だった。

 そして、デュナメスの背中から突き出しているのは。その赤い輝きは……。

 

 

「……どう、して……?」

 

 

 どうして、デュナメスの背中から、ビームサーベルの切っ先が出ている…?

 目を見開き、無意識に叫ぶ。

 

 

「……ロック、オン…っ!?」

 

 

 傷ついたデュナメスが、片腕のGN-Xによって乱暴に振り払われる。

 無抵抗に流されていくデュナメスがゆっくり回転し、その右胸に、コクピットの至近部分に、黒々とした穴が開けられているのが見えた。

 

 

「あ………ああ……」

 

 

 思考が、追いつかない。目の前で片腕のGN-Xがビームサーベルを振り上げているのを、ただ呆然と見ていることしかできず――――。

 

 

 

 

『―――――…ぁぁぁああああぁぁっ!』

 

 

 脳に直接響くような、突き刺すような絶叫が聞えた気がした。

 瞬間、白色めいた粒子ビームが目の前を通過した。

 

 敵の右腕が、ビームサーベルごと飲み込まれて融解し、爆発する。

 瞬間、飛来したアイシスが敵機を蹴り飛ばし、両脚と頭を切り飛ばし、残った胴体を殴り飛ばす。

 

 

 アイシスはビームライフルを四肢を全損して無残な姿になったGN-Xに向けて。泣き声交じりの少女の叫びが響いた。

 

 

『……ロック、オン……返事を、してください……っ! ロックオン…っ!』

 

 

 けれど、ロックオンからの返答はない。

 ただ、ハロの声だけが虚しく響く。

 

 

『デュナメス損傷、デュナメス損傷、ロックオン負傷、ロックオン負傷』

 

 

「……あ……あ………そんな……僕を、かばって……」

 

 

 

 アイシスがビームライフルを、撃つ。

 しかし何発撃っても、コクピットと太陽炉だけが残ったGN-Xを掠めるだけで漆黒の宇宙へと消えていく。

 

 

 

『………ぅ、ぁぁぁ……っ!』

 

 

 

 国連軍の撤退信号が閃光を放ち、GN-X部隊が速やかに撤退していく。

 残されたのは、少女の泣き声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




誠に申し訳ございませんが、色々と考え直したいこともあるので次回更新は未定です。
明日かもしれませんし、しばらく更新しないかもしれません。
同時に、感想の返信も少しお休みさせていただきます。



次回、『トランザム』。それは、パンドラの箱に眠るもの。






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第22話:トランザム


メンタルが危険域ですが、頑張って書いてみました。
とりあえず1stは完結させるつもりです。

2ndは……分割2クールとかどうでしょうか。


 

 

 医務室のモニターの前で、セレネは呆然とモニターに映る、ベッドに寝かされたロックオンを見ていた。その右目に当てられた保護用のパッチが痛々しい。

 

 

 

 大丈夫だと、思っていた。

 そう簡単に負けはしない。アイシスさえあれば、皆がいれば、平気だと思っていた。

 

 きっと、考えたくなかったのだろう。

 私たちの命が風前の灯だということも、みんなが死んでしまう可能性も。

 

 

(……ばか、みたいです)

 

 

 幾度となく大切な人の死を、その悲しみを『視て』きたのに。

 世界がどんなに無慈悲で、私たちがどんなに無力かも、ずっと思い知らされてきたのに。

 

 ロックオンは外傷は大したことがなかったものの、一番深刻な傷を右目に負ってしまった。これから、医療用カプセルで治療に入ることになるだろう。ロックオンがどんなに歯痒い思いをするか、考えるまでもない。

 

 

 

「ドクター・モレノ、傷の再生までの時間は?」

「最低でも三週間は必要だ。わかってると思うが、一度カプセルに入ったら治るまで出られんからな」

 

 

「治療を、お願いします」

 

 スメラギさんとモレノさんの話を聞き流し、そしてスメラギさんが頷く気配を感じながら、唇を噛み締めて涙を堪える。

 

 

 今回は撃退に成功した。けれど、状況は更に悪くなっている。

 敵モビルスーツは、恐らく太陽炉以外のパーツは容易に補充できるだろう。部分的にパーツを取られても問題がないように、ガンダムは基本的に既存の技術レベルと大差のない素材で作られている。Eカーボンの質が落ちるかもしれないが、どちらにせよ装甲はGN粒子によって強化される。致命的な欠陥にはなりえない。

 

 相手は世界なのだ。

 こちらと違って部品が足りなくなるなど、そう簡単にはないだろう。

 

 そして、ロックオンの離脱。

 これがどれほどの痛手なのか、考えるまでもない。

 

 

 

(……わたしが、太陽炉を潰せば)

 

 

 太陽炉は補充できない、はず。

 全ての太陽炉さえ潰せば、もう新型モビルスーツは出せない。

 

 けれど、それは……。

 確かに太陽炉を潰して、なおかつ敵パイロットを殺さないのも不可能ではないだろう。しかし、太陽炉はコクピットに近い。一歩間違えばコクピットに直撃させる上に、ジェネレーターが誘爆する確率も……。

 

 

 

(………臆病者……っ)

 

 

 自分を罵倒しても、何の反論も出てこない。

 

 殺されたパイロットの家族は、悲しむだろう。

 その想いが、棘のように胸に突き刺さる。帰ってくると信じていた人が帰ってこない悲しみは、わかってる。でも、ならロックオンが、ティエリアさんが、アレルヤさんが……刹那が、どうなってもいいの…?

 

 

 

―――世界を平和にするために必要な、最低限の犠牲だ。

 

 

 心のどこかの、冷徹な自分が囁きかける。

 国連軍を殲滅すれば、世界にもうガンダムに対抗できる力は――――。

 

 

 ない、だろうか?

 本当に? ソレスタルビーイングに裏切り者がいるのに?

 

 終わりの見えない戦いで、ひたすらに人を殺し続ける。

 それは、抱いていた理想と間逆のものだ。

 

 

(……でも、もう……世界は……)

 

 

 世界は動いてしまった。

 もう、不殺で止められる限界をとうに超えている。

 

 ガンダムが殲滅されるか、国連軍が完膚なきまでに叩き潰されるか、どちらかが滅びるまで、この戦いは終わらないだろう。

 

 

 でも、だから殺して何になる。

 更に憎しみと悲しみが増すだけだ。勝てないと理解するまで、延々と殺さず、圧倒的な力でひたすらに勝ち続ける。そう願ったのではないか。

 

 

 

――――刹那が死んでしまったら、堪らなく悲しい。けれど―――…。

 

 

 そのために、他人を殺すのは違う。

 それが、私の抱いていた理想だ。間違っていない。まちがっていない。けど……けど…。

 

 

 

(………いや……そんなの、いや……です……っ)

 

 

 伏せた顔から、涙が零れ落ちる。

 答えの見えない思考の迷路。隣にいる刹那が心配してくれているのはわかっていた。でも、言えるわけがない。刹那と理想と、どちらを守るべきか悩んでいるなんて。

 

 レナとしてなら、刹那のことだけを考えていたいと想っている。

 でも、セレネ・ヘイズとして、ガンダムマイスターとして、最期まで理想を貫いてみせろという思いも確かにあった。例え、また大切な人を失ったとしても……。

 

 戦場で死ぬ人の家族は、それを常に味わっていると。自分さえ幸せなら本当にそれでいいのかと、問いかけてくる。

 やっぱり、わたしは……――――。

 

 

 

『おいおい、勝手に決めなさんな』

 

 

 びくり、と肩が震えた。まるで心を読まれたかのように思ったのだが、実際は起き上がったロックオンがスメラギさんたちの会話に割り込んだだけだったようだ。

 

 

「ロックオン…!?」

『敵さんがいつ来るかわかんねぇ。治療はなしだ』

 

「しかし、その怪我では精密射撃は無理だよ……」

 

 

 心配そうに言うアレルヤさんの言葉はきっと、わたしたちみんなの思いだっただろう。わたしも静かに、ロックオンの目を見つめた。

 

 

(……わたしは、もう……失いたくない、です……)

 

 

 生きる意味も、たいせつな仲間も、どちらも失いたくない。

 ロックオンは私のほうを見て静かに微笑んで、言った。

 

 

『俺とハロのコンビを甘く見んなよ。なぁ、ハロ』

『モチロン、モチロン』

 

 

 それから、僅かに翳りのある笑みを浮かべる。

 

 

『……それにな、俺が寝てると気にするヤツがいる。いくら強がっていても、あいつは脆いかんな……』

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 プトレマイオスの展望室で、ティエリアは一人、暗い宇宙を見ていた。

 

 

「……僕がヴェーダに固執したばかりに、彼に傷を負わせてしまった………僕の……せいで……」

 

 

 どれだけ自分を責めても、後悔も悔しさも晴れない。

 更に、戦闘中にヴェーダとのリンクが切れたという事実もティエリアを痛めつけていた。どれほどそうして立ち尽くしていただろうか――――。

 

 

「いつまでそうしてるつもりだ?」

 

 

 背後から声が聞こえ、強化ガラスにロックオン・ストラトスが映っていた。

 いつも通りの服装。それなのに、右目にはいままではなかった眼帯。彼のその姿があまりにも辛く、目を逸らす。

 

 

「らしくねぇなあ……いつものように不遜な感じでいろよ」

「……失った」

 

 

「あ?」

「……マイスターとしての資質を失ってしまった……ヴェーダとの直接リンクができなければ、僕はもう……」

 

 

 これは、ティエリアの弱音だ。本来は、ロックオンに言うべきものではない。けれど、もしかしたら自分を責めてほしかったのかもしれない。自分のせいで右目に傷を負い、それでもなお心配してくれるのが、辛かったのかもしれなかった。その真意はティエリアにもわかってはいなかったが―――。

 

 

「相応しくない、か……」

 

 

 ロックオンはティエリアの隣に立ち、なんでもないことのように言う。

 

 

「いいじゃねぇか、別に」

「なに?」

 

 

「単にリンクができなくなっただけだ。俺たちと同じになったと思えばいい」

「しかし………しかし、既にヴェーダは何者かによって掌握されてしまった。ヴェーダがなければ、この計画は…―――」

 

 

「できるだろ」

 

 

 きっぱりと、ロックオンが言い放つ。

 その眼差しの強さに、ティエリアは否定の言葉を失った。

 

 

「戦争根絶のために戦うんだ……ガンダムに乗ってな……」

「だが……計画実現の可能性が……」

 

 

「四の五の言わずに、やりゃぁいいんだよ。お手本になるヤツがすぐ側にいるじゃねーか。自分の思ったことを、がむしゃらにやる馬鹿がな」

 

 

 誰の事かは、すぐにわかった。

 刹那・F・セイエイ。

 

 

「……自分の、思ったことを……」

 

 

 それが、正しいことなのだろうか。

 ポン、とティエリアの肩が叩かれた。ロックオンが窓際から離れ、展望室から出て行こうとしていた。

 

 

「じゃあな。部屋戻って休めよ」

「……ロックオン」

 

 

「あ?」

「………悪かった……」

 

 

「ミス・スメラギも言ってただろ。失敗ぐらいするさ、人間なんだからな」

 

 

 そう言って、ロックオンは展望室から出て行った。

 再び一人になったティエリアは、強化ガラスに映る自分の姿に呟く。

 

 

「人間、か……」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……あ、の……刹那?」

「どうした」

 

 

 ど、どうしたというか……着替えて自分の部屋でぼーっとしてたらいつの間にか刹那の部屋に連れ込まれていたのですが……っ!? ……ベ、ベッドしか置いてない殺風景な部屋ではあるのですが、なんとなく刹那のにおいがするような……。

 

 って、腑抜けている場合ではないのです…! 

 

 

「……その、どうして私はここにいるのでしょう……?」

「…………」

 

 

 

 わたしは、どうしてここにいるのでしょう?

 ここに、いていいのでしょうか?

 

 理想と、大切な人。

 どちらかを選ぶこともできずに、悩んでいる私なんかが。

 マイスターにも、普通のヒトにもなれない私なんかが。

 

 思わず唇を噛んで目を伏せると、刹那がぽつりと呟きます。

 

 

「嫌か」

「そんなわけ、ないです…っ!」

 

 

 思わず声が大きくなってしまって、気まずくて目を逸らす。

 と、刹那に肩を軽く押されてベッドに倒れこみ、すぐ目の前に刹那の顔があった。

 

 

「俺は、レナといたかった」

「……っ!?」

 

 

 心臓が跳ね上がった。顔がみるみる熱くなる。

 なのに、押し倒されたような姿勢のせいで顔を逸らす事もできない。……できなくはないですけれど、それだと嫌がってるみたいに見えるような……。

 

 ほんとうは「わたしもです」と言いたかった。

 けれど、口がうまく動かない。

 

 

「駄目か」

「……ぁ…ぅ……その……ぜん、ぜん……」

 

 

 このまま、心臓が破裂して死んでしまうのではないだろうか。

 げ、げんかいです…っ!

 

 このままだと恥ずかしくて死んでしまう。すすすっ、と仰向けのままベッドの上を後退しようとして、刹那に肩を掴まれた。

 

 

「せ、せつ――――んぅっ!?」

 

 

 唇に柔らかい、すこしパサついた感触。

 能力なんて関係なく頭がぼぅっとして、唇が離れても、しばらく動くことができなかった。

 

 

「好きだ、レナ」

「……ソ…ラン」

 

 

 そう、呼んでもいいのだろうか。

 ふと頭を掠めた疑問に答えるように、刹那が僅かに微笑む。

 

 

「………ぁ、ぅ」

 

 

 は、はんそく、です…っ。

 もう何をどうしていいのかわからず、もういちど刹那の顔が近づくのを感じて慌てて、きつく目を瞑る。そして、再び唇の感触が―――。

 

 

「………んぅ? ん、んぅうぅっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………せーつなー……?」

 

 

 

 眠たげな、ぽわーっとしたセレネが抱きついてくる。

 頭をなでると、うれしそうに目を細めた。刹那はわずかに微笑んで、言う。

 

 

「……セレネ。お前も、お前の望むもののために……戦え」

「……せつ、な…?」

 

 

 俺たちのことを考える必要はない。

 俺たちは、ガンダムマイスター……戦争根絶を目指す者。戦争根絶のためにセレネが必要だと思ったことを、やりたいようにやればいい。

 

 そう、だから―――…。

 

 

 

「……全て終わったら、俺の故郷に」

 

 

 きっと、世界が平和になったら。

 俺の故郷にも、クルジス……アザディスタンにも、花が見られるようになる。

 

 見に行きたいと思う。

 セレネと二人でなら。

 

 セレネが笑顔になる。

 それは花が開くような、笑顔。そういえば、セレネのこんな笑顔を見るのは初めてだったかもしれない―――…。

 

 

 

「――――…やくそく、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 プトレマイオスのブリーフィグルームの床面モニターに、ガンダムスローネとGN-X部隊の戦闘が映し出され、それを刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリア、スメラギ、イアンが眺めていた。しばらくして、イアンが口火を切る。

 

 

「……ついに、国連軍がトリニティに攻撃を行ったか」

 

 

 この前のような、基地を攻撃されての反撃ではない。国連軍からの攻撃だ。そして、事実上GN-Xがトリニティを圧倒する結果。トリニティはこのままなら確実に追い詰められ、いつかは狩られるだろう。

 

 

「ガンダムを倒す事で、世界がまとまっていく……」

 

 

 スメラギの表情に、一同は表情を失う。人は共通の敵を見つければ結束する。そして、今。彼らはそれに十分な武器を手にしている……。

 アレルヤが、ぽつりと呟く。

 

 

「やはり、僕たちは滅び行くための存在……」

「これも、イオリア・シュヘンベルグの計画……」

 

 

 アレルヤに同調するようなティエリアの言葉に、悲観的でも楽観的でもない疑問を投げかけられる。

 

 

「だとしたら、何の為にガンダムはある?」

 

 

 刹那に視線が集中し、刹那はその想いを口にした。

 

 

「戦争を根絶する機体がガンダムのはずだ。なのにトリニティは戦火を拡大させ、国連軍まで……なぜ、ガンダムが……」

 

 

 悔しげに唇を噛む刹那に、決然とした口調でロックオンが声を掛ける。

 

 

「刹那、国連軍によるトリニティへの攻撃は、紛争だ。武力介入を行う必要がある」

「おいおい、何を言い出す!?」

 

 

 イアンが身を乗り出し、アレルヤも反論する。

 

 

「無茶だよ。僕たちは疲弊してるし、軌道エレベーターも向こうに押さえられて……」

「ソレスタルビーイングに沈黙は許されない。そうだろ、刹那?」

 

 

 ロックオンが遮るように言い、刹那が頷く。

 アレルヤは注意を促すが―――。

 

 

「二度と宇宙に戻れなくなるかもしれない」

「……俺一人でも行く」

 

 

 きっぱりと刹那は言い切る。もう、すでに心は決まっていた。

 

 

「……俺は、確かめたいんだ。ガンダムがなんのためにあるのか……」

「……わ、わたしも行きます…っ!」

 

 

 ブリーフィングルームに飛び込んできたセレネに、驚いた様子でロックオンが言う。

 

 

「セレネ!? お前、具合が悪くて寝てるんじゃ―――」

「……せ、せつなぁ~~…っ」

 

 

 ぅぅ~~、と唸りながらセレネが刹那を睨むが、先程「セレネは具合が悪いので寝ている」と言った張本人である刹那は悪びれずに言った。

 

 

「……大人しく寝ていろ」

「いやです…っ!」

 

 

 決然と言い放つセレネに、刹那は僅かに顔を顰めて言う。

 

 

「危険だ。大人しくしていろ」

「……なおさら刹那を一人で行かせないのです…っ!」

 

 

 と、刹那がセレネの前に立つ。

 僅かに動揺したようなセレネを軽く抱きしめて、刹那は呟いた。

 

 

「……レナ、トレミーを頼む」

「………ひ、ひきょう……です……」

 

 

 尻すぼみに声が小さくなるセレネを離した刹那に、ロックオンが苦笑いしつつ言う。

 

 

「んじゃ、代わりで悪いが俺が付き合うとしますかね」

「怪我人は大人しくしてろ。俺が行く」

 

 

 と、今度はラッセがブリーフィングルームに入ってくる。

 

 

「強襲用コンテナは大気圏離脱能力がある。ついでにGNアームズの性能実験もしてくるさ」

 

 

 強襲用コンテナとは武装を持たないプトレマイオスのために開発された武装コンテナで、単独での飛行や戦闘も可能な設計だ。ただ、GNドライヴを搭載してはいないので単独行動中には他のGNドライヴからチャージしたGN粒子を使わなくてはならない。とはいえ、ガンダムとドッキングして使用すれば全く問題はない。ラッセの意見は最も有効性が高いように思われた。

 

 

「でも……いま戦力を分断するのは……」

 

 

 不安げなアレルヤが言い終える前に、スメラギが刹那に歩み寄り、ポケットから取り出したデータスティックを差し出した。

 

 

「ミッションプランよ。不確定要素が多すぎて、役に立たないかもしれないけれど」

 

 

 刹那はそれを少しだけ見つめ、受け取る。

 そんな刹那に、スメラギは言った。

 

 

「ちゃんと、帰ってくるのよ」

「………わかっている」

 

 

 刹那はデータスティックを握り締め、もう片方の手を不安げなセレネの頭に置いた。

 

 

「……すぐに、帰ってくる」

「………まって、ます。……いってらっしゃい、刹那」

 

 

 

 セレネは諦めきったように、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんだぁ、ありゃあ!?』

「―――ラッセ!」

 

 

 

 大西洋上の孤島。スメラギが予測したとおりのポイントで、刹那とラッセ、強襲用コンテナとそこに搭載されたエクシアはトリニティを発見した。しかし、それはちょうどまさにスローネツヴァイの攻撃によってスローネアインが爆散するところだった。

 

 

 更に、スローネツヴァイはGNハンドガンで応戦しようとするドライを蹴り飛ばし、GNバスターソードをコクピットに向ける。

 

 

 

『了解だ、刹那! うおりゃぁぁぁああっ!』

 

 

 

 刹那の声に応え、強襲用コンテナが体当たりしてスローネツヴァイを弾き飛ばす。さらに、エクシアをコンテナから分離。そのままの勢いでGNソードを展開しつつスローネツヴァイに躍りかかった。

 

 

 

 なぜ、スローネツヴァイがアインを撃破し、ドライに剣を向けている…!?

 仲間割れは、考えられない。

 そしてその疑問は、GNソードをバスターソードで受け止めたツヴァイからの通信で氷解した。

 

 

『―――邪魔すんなよ、クルジスの小僧が!』

 

 この、声は――――!?

 

 

「アリー・アル・サーシェス…!? なぜだ、なぜ貴様がガンダムに!」

 

 

 突き飛ばすようにしてツヴァイから距離をとり、ライフルモードに切り替えたGNソードを乱射する。しかし、それらを小刻みな動きで全て回避してみせたツヴァイが右手でGNバスターソードを構えたまま左手でGNハンドガンを連射する。

 

 やはりこちらの動きを読んでいるかのような凄まじい機動に、攻勢から守勢に転じざるを得なくなる。豪雨のように押し寄せる粒子ビームの奔流をシールドでやり過ごしていると、通信を通して哄笑が響く。

 

 

『おらおら! どうしたよ、ガンダム!』

 

 

 ツヴァイがハンドガンを連射しながら接近してくる。

 刹那は唇を噛み締め、叫ぶ。

 

 

「貴様のような男が、ガンダムに乗るなど…!」

『テメーの許可が要るのかよ!』

 

 

 GNソードを展開し、刹那の近接攻撃範囲に踏み込んだツヴァイに切り掛かる。しかし、それに合わせるように振るわれたバスターソードに押し負け、GNソードがエクシアの右腕から弾き飛ばされる。

 

 

「―――くっ!?」

『おらぁっ!』

 

 

 返す刀で再びバスターソードがエクシアに襲い掛かり、咄嗟にそれを受け止めたシールドが強引に弾き飛ばされる。更に間髪いれず、両腕の装備を弾かれたエクシアの顔面にバスターソードによる刺突が襲い掛かる。かろうじて機体を傾けて回避するが、頭部の装甲を掠めて刀身との間にオレンジ色の火花が散る。

 

 

 そこに、強襲用コンテナから放たれた粒子ビームが飛来する。しかしツヴァイはその射線を見切ると僅かな動きで回避し、GNハンドガンで応射する。

 

 

『―――なんて正確な射撃だ!?』

 

 

 大きく旋回してなんとか回避したラッセの声が響き、刹那は両腰のGNブレイドを抜き放ってツヴァイの背後から切り掛かる。が、それを予期していたのか難なく回避してみせたツヴァイがエクシアから距離を取る。

 

 互いに武器を構え、睨み合う。

 エクシアのコクピットに、再びサーシェスの声が響いた。

 

 

『最高だなぁ、ガンダムってヤツは…! こいつはとんでもねー兵器だ。戦争のし甲斐がある!』

 

 

 スローネツヴァイが両手でGNバスターソードを構え、突進してくる。

 

 

『―――テメーのガンダムも、そのためにあんだろォ!』

「違う――ッ!」

 

 

 

 GNブレイドで、斬撃を受け流そうとする。

 

 

「絶対に違う…!」

 

 

 しかし突進の勢いをフルに斬撃に伝えたサーシェスの突進を受けきれず、左手のGNショートブレイドが弾かれてしまう。

 

 

「俺の……俺たちの、ガンダムは…ッ!」

 

 

 戦争の道具などではない!

 しかし、GNブレイド一本とGNバスターブレイドでは剣の大きさが、斬撃の重さが違う。右手のGNロングブレイドも弾き飛ばされ、更に背後を取られた。

 

 

『うるせーガキだ』

 

 

 冷徹な、サーシェスの声が響く。

 背後で、GNバスターソードが振るわれるを感じた。

 

 

『――――こいつで終わりだぁッ!』

 

 

 

 

 

 

 

――――横薙ぎに振るったGNバスターソードが、空を切った。

 

 

「なに…っ!?」

 

 

 

 サーシェスは絶句した。

 確実に仕留めたはずが、何の手応えもなかった。しかし残滓のようGN粒子が輝き、そして消えていくだけ。

 

 

――――逃げられた!?

 

 

 その考えが脳裏を掠める。

 

 

(バカな、完璧に俺の間合いだった……逃げられるはずがねぇ!)

 

 

 しかし、実際に何も仕留められていない。

 と、視界の端を何か光るものがよぎった。

 

 

「―――そこか!」

 

 

 振り向きざまにGNハンドガンを乱射する。しかし、粒子ビームを放つ瞬間には既にそれは消えている。光の残像を追って機体を旋回させ、GNハンドガンを撃ち続けるが、的外れな場所を射抜くだけで高速で動くそれを捉えることすらできない。

 

 

「なんだ、あの動きは…!?」

 

 

 側面に光が見えた。即座に向き直り、粒子ビームを放つが、光る何か――――エクシアは残像が見えるほどの高速でGNハンドガンをやすやすと回避してみせ、両手にビームサーベルを構えて突進してくる。

 

 

「あ、当たらねぇ!?」

 

 

 直後、背後から衝撃を受ける。

 

 

「俺の背後を!?」

 

 

 咄嗟に体勢を立て直しつつ背後にGNバスターソードを振るう。しかしやはりそれは空を切り、それどころかGNバスターソードを弾き飛ばされ、蹴りを受けて地面に激突した。

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

「これ、は……」

 

 

 刹那は、見慣れてきていたはずのコクピットを呆然と眺めていた。

 サーシェスの背後からの斬撃を、棒立ちで甘受するつもりは勿論なかった。例え機体に重大な損害を受けようとも、応戦しようとしていた。

 

 しかしガンダムはその思いに、思った以上のスピードで応えてくれた。

 瞬間移動したのかと錯覚するほどのスピード。刹那が望む事を、望む以上に実現した。

 

 

「この、ガンダムは……」

 

 

 そのとき、コクピットモニターに映像が割り込んできた。

 刹那は思わず息を呑んだ。それは、イオリア・シュヘンベルグだった。

 

 

 

『GNドライヴを有する者たちよ。君たちが、私の意志を継ぐものなのかはわからない。だが、私は最後の希望を……GNドライヴの全能力を君たちに託したいと思う。……君たちが真の平和を勝ち取るため、戦争根絶のために戦い続けることを祈る。ソレスタルビーイングのためではなく……君たちの意思で。……ガンダムと、共に……』

 

 

 

 メッセージを伝え終えるとイオリアの映像を消え、彼の言葉だけが残される。

 

 ……やはり、イオリア・シュヘンベルグは……。

 彼の計画はこのような、ガンダムが戦争を拡大するようなものではなかった……。

 

 

「……ガンダム……」

 

 

 背後から、ツヴァイが飛び掛ってきていた。

 

 

『どんな手品か知らねぇが!』

 

 

 バスターソードが振り上げられる。

 が、やはりそれも掠りもせずに空を切り――――直後、スローネツヴァイは蹂躙された。

 

 赤く輝くエクシアに殴られ、打たれ、突き落とされ、蹴り上げられる。

 

 

 

『こっ、この俺がぁぁっ!?』

「うおぉぉぉぉっ!」

 

 

 宙に舞いあげられたツヴァイに向けて、ビームサーベルを二刀で構えたエクシアが飛翔し――――切り裂く。スローネツヴァイの装甲がX字に割れ、爆発する。

 しかしそれは、ツヴァイの本体ではなく左腰のスカート部のみであったが―――黒い爆煙の中からエクシアが姿を現す。赤色に発光するその機体には、いささかのくすみもない。

 

 

 そして、エクシアがこの高機動性を発揮してから、モニターにこれまでにはなかった表示があった。ルビー色のバックに黒色で描かれた文字―――“TRANS-AM”

 

 

 

「……トランザム……?」

 

 

 小さな声で、呟く。

 

 

「……トランザム、システム……」

 

 

 

――――GNドライヴの全能力を、君たちに託したいと思う。君たちの意思で、戦争根絶のために……ガンダムと、共に。

 

 

 

 託された……ガンダムを。

 ガンダムという機体を、理想を。意志を。

 

 

「俺は……託されたんだ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 国連軍の部隊。ユニオンとAEUによる、プトレマイオスチームと交戦していたGN-X部隊。そこに、新型ガンダムと交戦していた人革連のGN-X部隊が合流してきた。

 ……鹵獲された一機の新型ガンダムと、もう一機。ソレスタルビーイングの裏切り者から提供されたというガンダムと、そのパイロットと共に。

 

 

 

「……なんだと…!?」

 

 

 グラハムは作戦会議のためにやってきた旗艦においてその機体を見て、絶句した。

 細身の肢体に、背中に背負った大きな翼―――ウィングスラスター。

 

 四肢の各所にブースターを纏い、徹底的な高機動戦に特化したその機体を、グラハムが見紛うはずもない。例えその機体が漆黒の装甲と紅の翼という、正反対の色彩を身に纏っていたとしても。

 

 

「……アイ…シス…!?」

 

 

 ガンダムアイシス。

 あの翼。天使を彷彿させるようなその翼は、アイシスにしか見られなかったものだ。

 その翼になにやら遠隔武器のようなものが取り付けられているように見えるが、それとカラーリング以外は一切アイシスと同一。そう見極めた。

 

 と、背後からまだ幼さの残る少女の、無感情な声が聞こえた。

 

 

「……なぜご存知なのかは知りませんが……そう、ガンダムアイシスです」

「……っ!? 君は……っ?」

 

 

 

 全く背後の気配に気づけなかった状況に既視感を覚えつつ、振り返る。

 

 白銀の髪。無感情な、暗い黄金の瞳。

 いつか、アザディスタンで出会った少女―――…いや、違う…?

 

 髪と瞳の色の違いだけではない。あの少女よりも背が高く、大人びて見える。

 そして何よりもその瞳。その何も映していないのではないかという暗い輝きに、グラハムをしても僅かに驚いた。

 

 

「……君が、あの機体のパイロットなのか…?」

「………ええ、そうです」

 

 

 何かが、おかしい。

 妙な違和感。拭いきれない何かを感じながら、グラハムは問いかけ、少女は一切の感情を表すことなく言った。

 

 

 

 

「―――……私は、セレネ・ヘイズ。ガンダムアイシスのマイスターです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

 世界を、人の意識を変えたかった。だがその意志に反して今は叫ぶ。
 次回、「世界を止めて」。たえまない慟哭が、漆黒の宇宙に木霊する……。





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第23話:世界を止めて(前編)

 

 

 

 地球と月の重力場、そして遠心力の拮抗点であるラグランジュポイント。五つあるそのポイントの一つ、地球と月の間に挟まれる位置にラグランジュ1がある。やや月寄りの位置ではあるが、ラグランジュポイントの中で最も地球に近いラグランジュ1は宇宙開発の橋頭堡とも言える場所であり、最も早く宇宙開発に乗り出したユニオンのスペースコロニーが建設され、いまも稼働中である。

 

 また、宇宙開発における資材を確保するための資源衛星が地球圏外から多数持ち込まれており、その中にソレスタルビーイングの秘密ドックがある。

 

 そしてそこには、現在プトレマイオスが係留されていた。今後の戦闘に備えて修理と補給を行うためである。コクピット部が大破したデュナメスのコクピット換装作業、2基目の強襲用コンテナを導入、キュリオスの強化パーツであるテールブースターの搬入。

 

 

 その一方で、プトレマイオスのブリーフィングルームではセレネ、スメラギ、ロックオン、ティエリア、アレルヤが床面に映し出されたトランザムシステムの解析図を眺めていた。もちろん、この短時間で解析したわけではなく、プトレマイオスのシステムにトランザム、そしてツインドライヴシステムなる太陽炉の新運用法のあらゆるデータが送られてきたのである。ただ、ツインドライヴは機体の用意どころか設計も間に合わない以上、必然的にトランザムに注目が集まるが。

 

 

「機体に蓄積された高濃度圧縮粒子を全面解放し、一定時間、スペックの三倍に相当する出力を得る……」

 

 

 胸元で腕を組み、スメラギが呟く。既にシステムの概要は把握していた。

 

 

「オリジナルの太陽炉にのみ与えられた機能……」

「トランザムシステム……」

 

 

 アレルヤとティエリアが呟き、ロックオンが笑みを浮かべて続く。

 

 

「ハッ、イオリアのじいさんも大層な置き土産を残してくれたもんだ」

「これなら、上手く使えば数的な不利もひっくり返せそうです」

 

 

 セレネも真剣な瞳で解析図を眺める。が、スメラギが小さく呟く。

 

 

「でも、トランザムを使用した後は機体性能が極端に落ちる……まさに諸刃の……」

 

 

 そう、圧縮粒子を短時間で使い切ってしまうトランザムは、終了してしまえば運動性能が極端に落ちてしまう。そうなれば命の危機に直面してしまうのは間違いない。

 しかし、ガンダムは一撃で敵を撃破できるだけの火力がある。それに、圧縮粒子を使い切ると言っても……。

 

 

『スメラギさん』

 

 

 壁面モニターが開き、ブリッジにいるクリスティナの顔が映し出される。

 

 

『刹那からの暗号通信です』

「開いて」

 

 

 クリスティナの顔からサウンドオンリーの画面に切り替わり、ぱぁっとセレネが笑顔になると同時に刹那の声が響いた。

 

 

『エクシア、トレミーへの帰投命令を受諾……。報告用件あり。地上にいた擬似太陽炉搭載型モビルスーツが全機、宇宙に上がった』

「やはり……」

 

 

 スメラギが僅かに苦い表情になる。……やはり、国連軍がプトレマイオスに狙いを絞ってきたのだから当然ではあるが―――。

 

 

『……また、ガンダムスローネの一機が敵に鹵獲』

「鹵獲!?」

「……っ」

 

 

 ティエリアが思わず声を上げ、セレネが唇を噛み締める。

 

 

『スローネを奪取したパイロットは―――アリー・アル・サーシェス。以上……セレネ、風邪には気をつけろ』

 

「……せ、せつな…ぁっ!?」

 

 

 がくっ、と全員が肩を落とすのが見えたような気がした。顔を真っ赤にしたセレネがブリーフィングルームから逃げ出して、毒気を抜かれた残りの面々は深く溜息を吐いた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 予定通り、強襲用コンテナに乗って大気圏から離脱したエクシア、そして刹那に、強襲用コンテナを操縦するラッセから通信が入る。

 

 

『答えは出たのか、刹那……?』

「……わからない」

 

 

 ガンダムが何の為にあるのか確かめたい。そう言って出撃した。しかし、先の戦闘でそれを見つけ出すことは叶わなかった。

 

 

「だが、俺は……俺たちは、イオリア・シュヘンベルグに託された。なら、俺は俺の意志で、紛争根絶のために戦う。ガンダムと共に……」

 

 

 そして勿論セレネのためでもあるが、わざわざ口にすることでもあるまい。セレネに言うと反応が可愛らしいのだが。

 と、しばしの沈黙の後にある種の諦観を含んだラッセの声が響いた。

 

 

『……正直、俺は紛争根絶ができるなんて思っちゃいねぇ』

「………」

 

 

 反論は、しなかった。

 刹那も簡単なことではないのは重々承知している。

 

 

『だがな、俺たちのバカげた行いは、良きにしろ悪しきにしろ、人々の心に刻まれた。……今になって思う。俺たちは、存在する事に意義があるんじゃねぇかってな……』

「存在する事……」

 

 

『人間は経験した事でしか、本当の意味で理解しないということさ』

「………」

 

 

 そう、人間は経験したことでしか理解できないだろう。それはきっと痛みを伴っていればより効果的で、ソレスタルビーイングの活動は世界の人々の心に「戦争根絶」という理念を刻み付けたのだろう。……多くの人命が失われているのだから。

 

 しかし、この理念は訴えかけるだけで満足すべきものではない。実現させて、平和な世界にして。そこで微笑む少女がいて。それが今の刹那の求めるものだ。

 

 

 だから、戦う。もう後戻りなどは考えない。

 戦い続け、勝利する。あの日、あの時、ヒトならざるものに憧れたように……。

 

 戦い続けた、その果てに。

 理想を捨てずに抱き続け、信念を守り抜けば。きっと見えるものがある。

 

 

 戦いからは何も生まれないだろうか。

 ……いや、そうではない。確かに不毛な戦いというものは存在する。だが、戦わなければ、何も生み出せない。

 

 何のために戦うのか。それが明確であるならば……きっと。

 世界のために。大切な少女のために。それだけあれば、十分だ。

 

 

 

 その時、エクシアのコクピットにトレミーからの緊急暗号通信が入る。

 それを読んだ刹那の表情が、強張る。

 

 

「……トレミーが、国連軍の艦隊を補足……!?」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 セレネが擬似GNドライヴの粒子を感知し、プトレマイオスにスメラギの声が響く。

 

 

 

『―――トレミーは資源衛星を盾に後退。アイシス、キュリオス、ヴァーチェは発進して前面に展開。艦の防衛を。デュナメスはトレミーで待機』

 

「おいおい、そりゃねーぜ」

 

 

 パイロットスーツに着替えたロックオンが不満を口にしつつ自室から出ようとしたが、部屋のドアも、その横のパネルもピクリとも反応しない。

 

 

「くっ、ロックがかかってやがる!?」

 

 

 

 

 ガンダムに乗り込むべくコンテナへ向かう途中で、アレルヤがティエリアに声を掛ける。

 

 

「少し強引じゃないか」

「口で言って聞くタイプじゃない。……私は前回の戦闘で彼に救われた。だから、今度は私が彼を守る……」

 

 

 負傷したロックオンに、万一があっては困る。

 不利なことは分かっている。しかし、それでも……。

 

 プトレマイオスから、キュリオスとヴァーチェが発進する。

 それと同時に、国連軍の輸送艦からモビルスーツ部隊が発進した。GN-X26機。そして、その後方にはアリー・アル・サーシェスの操るガンダムスローネツヴァイ。そして……。

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

『………あのアイシスは私がやります。手助け、干渉など、一切不要です』

 

 

 漆黒のアイシスから、やはり無感情な声が響き、グラハムはGN-Xのコクピットで顔を顰めた。……なんとなくそのような予感はしていたが……。

 

 

「それは困る。私も彼女との果し合いを切望している」

 

 

 即座に返すグラハムに、僅かな沈黙の後に少女は言う。

 

 

『……アレは、貴方には倒せません。本気は出させられるかもしれませんが、それだけです』

「決め付けないで貰いたいな」

 

 

 なぜだろうか。「この少女とアイシスを戦わせてはならない」、そんな嫌なざわめきが、胸の奥にあった。とはいえ、言い負かすことが難しいのも重々承知。僅かな沈黙の後、少女は小さく呟いた。

 

 

『……私としても、専用の装備を持ってきているので引き下がるわけにはいきません。どうでしょう……今回は先を譲っていただき、次回は貴方にお譲りするというのは』

 

「………了解した」

 

 

 一切、感情が見えん。グラハムは苦い表情ながら、頷く。

 少女にそのような言葉は使いたくはなかったが、不気味だった。

 

 

(それにしても、専用の装備だと……?)

 

 

 黒いアイシスの翼に取り付けられた、新型ガンダムの遠隔武器……ファングとやらに似た、それをやや大型にしたようなものが、対アイシス用の武器だというのか。

 

 

(……どうにも、嫌な予感がする)

 

 

 ……そう簡単に負けてくれるなよ……。

 アイシスの強さを熟知しているグラハムをして、嫌な予感を止めることができないのだから。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 刹那から貰った蒼いスカーフをパイロットスーツの中に押し込んで、セレネはアイシスのコクピットで大きく息を吐いていた。

 

 

(……嫌な、かんじです……)

 

 

 擬似太陽炉の粒子、というだけではない。一際凶悪な意志を放つアリー・アル・サーシェスでもない。どこからか、自分と全く同じ声が聞こえてくるような圧倒的な違和感。

 全身の肌が粟立つような、本能が拒否する感覚。

 

 

「……脳量子波、95%以上同調……姉妹、なんてレベルではないです……」

 

 

 アイシスのシステムが、完全にとはいかないものの、他人どころか肉親でも出しようのない、セレネとほぼ同一の脳量子波を検知していた。

 念入りにGNパックおよびアイシスの脳量子波同調システムを見直して、遠隔操縦をジャックされないようにセキュリティを再構築しながら、呟く。

 

 

「………クローン」

 

 

 それ以外には考えられない。

 どうして……? そんな思いを抱きつつ、静かに操縦桿を握る。

 

 

 ……そうだ。たとえ相手が誰であっても、わたしのやることは変わらない。

 世界を変えるために。諦めず、あがき続ける。

 

 

 刹那との、約束のためにも―――…。

 

 

 本来はGNパックの単独行動用のために使う粒子パックをフル装備したウィングパック、ソードパック、ガンナーパックを、それぞれ背中、右腕、左腕に装備する。

 かなり、重い。けれど―――…。

 

 

 

 

「……セレネ・ヘイズ。ガンダムアイシス――――目標を、無力化します!」

 

 

 

 

 

 コンテナが開かれ、翼から粒子の光を出しつつアイシスが飛び立ち。

 

 

 

―――そして、戦闘が開始された。

 

 

 

 

 

 キュリオスのテールブースターから放たれるGNキャノンによる先制の一撃が、逃げ遅れたGN-Xの一機を炎に変える。即座に、二十五機になったGN-Xから反撃の怒涛のような粒子ビームが三機のガンダムに押し寄せ―――。

 

 

『――――テールブースターで、機動性は上がっている!』

 

 

 キュリオスがその粒子ビームの狭い間隙を的確にすり抜け、更にGNキャノンを放つ。それは散開して回避したGN-X部隊だったが、そこにヴァーチェのGNバズーカの光が二つ押し寄せ、更に二機が撃墜される。そこには、なんとGNバズーカを二つ装備したヴァーチェの姿があった。更に、アイシスが―――。

 

 

 

「―――…トランザム!」

『―――セレネ!?』

 

 

 アレルヤの驚きの声とともに、粒子ビームを掻い潜ったアイシスが赤い輝きに包まれる。それと同時に高機動モードに入ったウィングパックから眩い粒子の輝きが放たれ―――。

 

 

「……ハイパー……ブースト!」

 

 

 瞬間、赤い輝きが閃光のように戦場に閃いた。

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

――――“Quantam Synchronize System”は脳量子波によって機体とGNパックを操るシステムであり、つまりは思考と同等の速度で機体を操縦することができる。それは、反応速度がヒトの限界を超えたセレネのためのシステム。けれど、それが真の力を発揮するには、ガンダムの機動性をもってしても足りない。

 

 

 

(………殺さない……その、ために……!)

 

 

 

 

――――殺すまでもない、圧倒的な力で捩じ伏せる……!

 

 

“TRANS-AM”の文字が浮かび上がり、高まる粒子に呼応してセレネの瞳が輝きを増す。同時に、ハイパーブーストを作動させ―――――世界が、止まった。

 

 

 みしり、と身体が軋むような嫌な感覚と共にアイシスが急加速する。恐らくは、GN-X部隊にも、ティエリアとアレルヤにもアイシスの姿は見えてはいないだろう。しかし、セレネには――――セレネにだけは、はっきりと見えた。

 

 

 今まさにGN-Xのビームライフルから放たれる粒子ビームの輝きも、そして、全てのパイロットの思考も、動きも、手に取るように分かる。

 

 

(……数を……減らします…!)

 

 

 ティエリアさんも、アレルヤさんも、トレミーも……絶対に、やらせない…!

 だからこそ、今。出し惜しみなんてしない。もう、後悔なんてしたくない。

 全て……、全て、私が………!

 

 

 アイシスから分離したソードパック、ガンナーパックが赤い輝きと共に閃く。同時に、腰のバインダーから二丁のビームライフルを抜き放つ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 グラハムは、その瞬間を見ていた。

 目にも留まらぬ。その意味を真に理解させられるような速度で飛び交う赤の残像。友軍機が冗談のように腕を、脚を、頭をもぎ取られる。

 

 アイシスが赤い輝きに包まれた瞬間、咄嗟に回避行動を取った。

 直感が叫ぶままに従い、ビームサーベルを抜き放ち、背後に振り抜く。

 

 確かな手応え―――鍔迫り合いの感触があったと思った瞬間、コクピットを蹴り上げられ、咄嗟に抜いた二本目のビームサーベルでGN-Xの脚をもぎ取ろうとするアイシスのビームサーベルを辛うじて弾く。

 

 

(―――――そう、だ…! これと、やりたかった……!)

 

 

 この前のアイシスは、到底戦えるような状態ではなかった。味方機の損傷に動揺する様はグラハムも沈痛な想いにさせられたが、しかし……!

 

 最大速度で後方に加速し、相対速度を少しでも縮めようとし――――。

 

 

「――――くっ!?」

 

 

 次の瞬間には、目の前でアイシスが二刀を交差させるようにして振り上げていた。辛うじてそれも受け止め、カウンターとばかりに蹴りを叩き込もうとし――――。

 

 瞬間移動のような動きで蹴りを回避したアイシスが、GN-Xの右脚を切り飛ばす。

 

 

 

(――――光栄だ、と言いたいところだが……ッ!)

 

 

 この高機動、初めて見るアイシスの全力。それを真っ先に向けられたこと。それは即ち、グラハムの実力を高く買ってくれているということに他ならない。 

 しかし、これは――――…ッ!

 

 

 

 アイシスが両腕を束ね、居合いのように構えて突進してくる。

 

 

 

 

「――――全く…ッ!」

 

 

 

 グラハムもペダルを全力で踏み込み、推力を全開にしてアイシスに向かって突進しつつ両腕を束ねて大上段から振り下ろす。

 激突の瞬間、かつて初めて合間見えた時。ちょうどその時のように―――。

 

 

 

「――――…相変わらず、見事な……一撃だ」

 

 

 

 両腕を切り飛ばされ、アイシスが赤い残像だけを残して消える。

 一矢も報いることができず、しかしそれでもグラハムはコクピットで天を仰ぎ、笑みを浮かべていた。

 

 

 

「……良い、戦いだった……」

 

 

 またしても、完敗。それどころか過去最速の瞬殺と言ってもいい。

 しかし、何故だろうか。清々しい気分だった。

 

 あの時抱いた後悔、それまでも、あの時と同じ……いや、あの時果たせなかった全力での激突で断ち切られた、ということだろうか。

 

 

 

「……全く、どこまで私を魅了すれば気が済むのだ……」

 

 

 

 負けてくれるなよ、いつか私が追いつくその時までは……。

 普通ならば強い悔しさを覚えるはずの、味方が一方的に蹂躙される光景。それを笑って、清々しい気分で眺めているのはアイシスへの信頼、なのだろう。殺さない、その理想を一途に貫く彼女への……。

 

 

(……なに、同胞が死ぬわけでもない。―――ならば、多少なりとも好敵手を応援させてもらっても構わんだろう…?)

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「―――――……これ、が――――!」

 

 

 

 

――――眩い赤の残像が無数の流星のように戦場を駆け抜け、網目のように交錯する粒子ビームの輝きがGN-Xの腕を、武器を、脚を、頭を。穿ち、融解させ、吹き飛ばす。

 

 

 

 

「――――…ガンダム……、です…っ!」

 

 

 

 トドメとばかりにバーストモードを起動させたアイシスの二基の大型、二基の中型ウィングスラスターが、二丁ビームライフルが、圧倒的な粒子の奔流を解き放ち――――薙ぎ払う。

 

 まるで6本の巨大な粒子の剣を振るうように、粒子の奔流はそのままにウィングスラスターが、アイシスが両腕を大きく広げるように動く。その軌道上にいたGN-Xが両脚を、あるいは肩から上を消し飛ばされる。それどころかその斬撃の範囲内にあった資源衛星が悉く消滅、あるいは真っ二つに切り裂かれる。

 

 

 

 吹き飛ばされた資源衛星の残骸が宇宙を漂い、半死半生の状態で呆然とするGN-Xが思い出したように撤退を始め、幸いにもセレネの攻撃範囲から外れたGN-Xが怯えるような挙動を見せる。

 

 しかし――――…セレネは静かに、違和感の元に目を遣る。

 

 

 

「………アイ、シス……っ」

 

 

 黒い、アイシス。

 GNファング、あるいはGNパックの派生なのか、羽のような形をした8基の何かを機体の周囲に展開し、それによって赤いGNフィールドを身に纏った、その機体を。先程の乱射でセレネが牽制で放った粒子ビームの、その悉くを。辛うじてとはいえ回避し、あるいは防いでいたその機体を。

 

 

 

 セレネの脳量子波に応えてGNパック、ソードパックとガンナーパックが再びアイシスに装着され、それと同時にコクピットに表示される粒子残量ゲージが0を示す。アイシスからトランザムの、赤い輝きが急速に失われていく。

 

 

「……圧縮粒子、急速充填……!」

 

 

 即座に、GNパックに装着された予備粒子パックがアイシスのGNコンデンサーに圧縮粒子をチャージする。もちろん、敵に何らかの動きがあれば対処するつもりだったが、黒いアイシスは静かにGNフィールドの展開を終了し、その羽を翼に収める。

 

 それとほぼ同時にアイシスは役目を終えた全ての予備粒子パックをパージし、暗い宇宙で二機のアイシスが睨み合う。……そして、アイシスのコクピットに通信が入った。

 

 

 

『………初めまして、というべきでしょうか』

「……そう、ですね」

 

 

 コクピットのサブウィンドウに映し出された、その顔。自分と全く同じ――――いや、やや大人びた自分の顔に凄まじい違和感を覚えつつ、それでもそんな感情は表に出さず、セレネは僅かに微笑んで通信を返した。

 

 

 

「……それじゃあ、一緒にトレミーに帰りましょうか―――というのはダメです?」

『……大人しく降伏すれば、命だけは助けてもらえるかもしれません』

 

 

 

 全くの無表情な自分。けれど全く自分と同じではないし、全く理解できないわけでもない。そう判断して、セレネは真剣な瞳で相手を見据えた。

 

 

「……つまり、貴女の上に誰かいる。ということですね…?」

 

 

 『助けてもらえるかもしれない』というその言葉が、判断を下すのは自分ではないと暗に言っていた。……とはいえ、クローンであるのなら誰かによって生み出されたのは間違いないのだが……。少女は何の感情を見せず、しかし確かに頷く。

 

 

『……否定はしません。どうしますか、命乞いをするなら通信を繋げてもいいですが』

「文句は言いたいですが、命乞いはお断りです」

 

 

 

 もし私だけ助かっても何の意味もない。計画を書き換えるような相手に、仲間たち全員の安全が保障される可能性も恐らくは皆無。それに、私は……。

 

 

 

――――私は、もう迷わない。

 

 

 仲間たちのために。

 お父さんと、お母さんと。そして、刹那のためにも。

 

 そして、これまでに死んでいった人たちのためにも…!

 

 

 

 

「―――私はソレスタルビーイングのガンダムマイスター、セレネ・ヘイズです。……私は、戦争根絶のために戦います。……諦めたりなんてしない―――……あなた達は紛争を引き起こす存在です。例え、貴女が誰だとしても……私は、世界を変えるために戦う…!」

 

『………そうですか。なら――――貴女には死んでもらいます』

 

 

 

 瞬間、幾筋もの光がアイシス目掛けて殺到し、それを察知していたアイシスが回転しつつ急上昇して回避。即座にガンナーパックとソードパックを分離し、二丁ビームライフルを乱射した。

 

 

 そのセレネの視線が捉えたのは、スナイパーライフルを携えた四機の黒いガンナーアイシス。ビームライフルで応戦するが、辛うじてといはいえ全弾回避される。

 

 

「………まだ…っ!?」

 

 

 一体、何人クローンが……?

 お腹の奥が冷たくなるような、嫌な感じ。ソードパックとガンナーパックを迎撃に向かわせつつ、コクピットに響く無機質な自分の声を聞いた。

 

 

『………心配はいりませんよ。何人いようとも、私たちは失敗作とされる存在……彼女たちにいたっては、ロクな自我も残ってません』

「………ヒトに、失敗作も何も……ありません…っ!」

 

 

 咄嗟に叫び返し、必死に四方から襲い掛かる狙撃を回避しながら黒いウィングアイシスの四肢を狙ってビームライフルを撒き散らす。が、それは読んでいたように悠々と回避され、黒いアイシスは赤い粒子の翼を広げる。

 

 

『………気にする事はありません。私だって自分と同じ存在なんて……自分の、本物なんて見たくもありませんから――――』

「………っ!?」

 

 

 冷たい、苦い感情が込められた言葉に僅かに目を見開いた瞬間。ハイパーブーストによって凄まじい速度で突進してきたアイシスの斬撃を辛うじて展開したビームサーベルで受け流す。

 

 

(―――はや、い…っ!?)

 

 

 トランザムをしたセレネほどではないにせよ、明らかに予想を上回ってきた動きに驚愕する暇もなく、凄まじい急制動と共に黒いアイシスが赤い翼とともに反転する。

 

 

「―――な…っ!?」

 

 

――――そんな動きをしたら、ガンダムの対Gシステムでも…っ!?

 

 

 背中に向けて叩きつけられる斬撃を咄嗟に後方宙返りで回避し、黒いアイシスにビームライフルを乱射する。しかし、それも視界から消えるような速さで回避される。

 

 

「……っぅ…!」

『――――さようなら』

 

 

 ビームライフルの銃口からビームサーベルを展開して迎え撃とうとした瞬間、ハイパーブーストで撒き散らされた擬似太陽炉の粒子によって掻き乱されたセレネの感知網、その外から叩き込まれた狙撃がビームライフルを二丁とも爆散させる。

 

 

 黒いアイシスが、背後からビームサーベルを振り下ろし――――。

 

 

 

 

『―――トランザム!』

 

 

 

 眩い、白い粒子ビームの輝きが、セレネの視界を染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

歪む世界。その最中で運命を歪められ、戦いに身を投じた者がいた。
運命を創り出され、望まぬ戦いに生きる者がいた。
次回、「世界を止めて(後編)」その命、虚空へ散るか。


もしかしたら次回で終わらず、三部構成の可能性もあるかもです。
……ごめんなさい、あと忙しすぎて次回更新は未定です。


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第23話:世界を止めて(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――トランザム!』

 

 

 

 瞬間、飛来したGN粒子の激流がセレネの視界を白く染め、黒いアイシスが辛うじて回避し距離を取る。その隙にセレネも瞬間的にハイパーブーストを作動させて黒いアイシスから離れ、飛来する狙撃を回避しながら粒子ビームの出所に目を向けた。

 

 

 そこには、赤く輝く大きな機体―――ガンダムヴァーチェ。

 ヴァーチェはスローネツヴァイの攻撃によっていくつかのGN粒子放出口を損傷してGNフィールドの出力が低下したものの、トランザムを発動させて先程のアイシスの攻撃で大きく数を減らしたGN-Xの包囲を突破してきていた。

 

 

 

「……ティエリアさん…っ!?」

『―――やらせは、しない…! フォーメーション、C37!』

 

 

 セレネはその声に応じて即座にヴァーチェの背後につくように機体を動かしつつ、失ったメインウェポンの代わりに四機の黒いガンナーアイシスへの牽制に使っていたソードパックを呼び戻し、ドッキングする。

 

 

『バーストモードで、突破口を開く…!』

「―――了解です! ……GNフィールド!」

 

 

 ウィングパックから放出される緑の粒子の翼がアイシスとヴァーチェを包み込み、ヴァーチェのフィールドと重なり合って飛来した粒子ビームを悉く弾く。

 

 

「―――…目標、右37、仰角2、4カウント!」

 

 

 叫びつつライフルモードにしたGNソードから牽制の弾幕を張り、ソードパックからビームサーベルを抜き放ってヴァーチェを追ってきたGN-X部隊に投げつける。

 

 

 

『――――高濃度圧縮粒子、解放!』

 

 

 

 ヴァーチェがGN-Xの追っ手に向き直りつつ、砲口の数十倍、小さな資源衛星を丸ごと飲み込んで余りある巨大な光の柱を放出する。慌てて逃げ出そうとしたGN-Xがセレネの弾幕と投擲、そしてガンナーパックの狙撃によって阻止され、想定外すぎた大きさの光の柱に飲み込まれる。

 

 

 半身を飲み込まれ、戦闘継続不能になったものが四機。資源衛星の破片に当たって戦線を離脱したものが一機、逃げようとしたところをガンナーパックにGNミサイルと狙撃を叩き込まれてやはり戦闘不能になったものが一機。

 隊列を組んでヴァーチェを追って来たのが仇となり、これでヴァーチェを追っていた部隊は全滅。

 

 

 

『―――セレネ・ヘイズ!』

「いきます!」

 

 

 ヴァーチェがトランザムを終了し、アイシスの展開しているものを残してGNフィールドが消失する―――。

 

 

 

『―――ナドレ!』

「―――ドッキングセンサー!」

 

 

 

 ティエリアの思考に応え、瞬時にヴァーチェが腕部の、脚部の、肩部の、腰部の、胸部の、背面部の装甲をパージする。しかし、頭部の装甲だけはパージせず―――その瞬間、飛来したアイシスのフォートレスパックがナドレに装着される。

 

 元々、フォートレスパックはヴァーチェの装甲を使用している。ならば、少し調整するだけでナドレにも装着が可能。そしてフォートレスパックは貯蔵している粒子の量が違う。即座に戦闘可能なレベルまで粒子量が回復したナドレ―――いや、ヴァーチェがGNフィールドを再展開し、黒いウィングアイシスから放たれるウィングスラスターの大型粒子砲をアイシスとヴァーチェは一度散開して回避する。

 

 セレネは殺人的なGをものともせずに凄まじい機動を見せる黒いウィングアイシスは警戒していたが、それでもティエリアとヴァーチェに心強さを覚えていた。

 

 

 これなら、いけます…――!

 

 

 

「ティエリアさん、ガンナーアイシスの方をお願いします! ……ウィングは、わたしが!」

『了解―――』

 

 

 

『――――ところがぎっちょん!』

 

 

 

 その瞬間、突如として嫌な気配と共に現れたスローネツヴァイが凄まじい勢いでヴァーチェに襲い掛かる。危ういところでビームサーベルを抜き放ったヴァーチェがGNバスターソードを受け止めるが、ツヴァイに蹴り飛ばされてアイシスから引き離される。

 

 

『くぅぅっ!?』

「ティエリアさん――――っ!?」

 

『――――どこを、見ているのですか…っ!』

 

 

 黒いアイシスがGをもろともしない以上、あまり接近しすぎると機動力で負けて嬲り殺される危険がある。咄嗟にそう判断し、思念だけでなくペダルも全力で踏み込み、背後から凄まじい速度で突進してくるアイシスから逃げる。しかし――――。

 

 

 

(――――そん、な…っ!?)

 

 

 

――――引き離せない…っ!?

 

 

 全力で飛ばしているはずなのに、黒いアイシスが徐々に距離を詰めてくるのが感覚で、そして視覚でも分かった。性能が同じなのは分かる。でも、こちらはオリジナルの太陽炉で―――。

 

 その瞬間、ようやく気づいた。

 明らかにあの黒いアイシスから他のモビルスーツより多量のGN粒子が流れている。これは、もしかして――――。

 

 

 

「――――2個の、擬似太陽炉……っ!?」

 

 

 

 ……でも、出力で負けているとしても!

 

 反射速度や、脳量子波による細かい動きでなら負けるつもりは一切なかった。即座にウィングスラスターの向きを変え、多数の小さな資源衛星が漂う暗礁宙域とでも呼べそうな場所へ向かう。無数のデブリを猛スピードで掻い潜り、背後から飛来する粒子ビームをデブリを盾にしつつ掠めるように回避していき――――。

 

 

 

――――ぞくり、と寒気がした。

 

 

 その瞬間、唐突に何も視えなくなる。

 目は見えている。ただ、戦場を掌握していたはずの超感覚が跡形もなく消えていた。

 

 

「……ぇ…?」

 

 

 けたたましいアラートが鳴り響く。

 なのに、今まで立ってると思っていた場所には何もなかったことに気づいたような感覚に、思考が追いつかない。

 

 脳量子波に反応してくれるはずのアイシスが、応えてくれない。

 コンソールに無慈悲な『エラー』の文字が表示され、資源衛星に真正面から激突したアイシスのコクピットが激震する。

 

 

「――――ぅ、ぁ……っ」

 

 

 

 衝撃で息が詰まる。瞬間的に意識が遠のいた。

 

 

『―――…能力に、頼りすぎです』

 

 

 冷たい、突き刺すような声。けたたましく鳴り続けるアラームとともに黒いアイシスがビームサーベルを構えて突っ込んでくる。声にならない悲鳴をあげて、咄嗟に操縦桿を全力で引きつつペダルを踏みつける。

 

 

 

「――――っぁ、な、んで…っ!?」

 

 

 即座に追撃してきたアイシスに追いつかれ、GNソードを展開してビームサーベルを受け止める。けれど、即座に放たれた蹴りに思考は追いついても身体は追いつかない。

 

 

「―――――ぅ……く…っ」

 

 

 再びの激震がコクピットを襲い、込み上げる吐き気を堪え、放たれた追撃の斬撃にGNソードを構えた右腕をブーストさせてカウンターしようと――――。

 

 

『――――迂闊です』

 

 

 

 斬撃に潜り込むような動きに追いつけず、盛大に空振った懐に黒いアイシスが飛び込んでくる。再び蹴り飛ばされて更に激震するコクピットで、宇宙を漂う純白の腕を見た。

 

 

 

「――――…そん…な……っ!?」

 

 

 コンソールが、そして自らの視界もアイシスの右腕が切断されたことを告げていた。連続して激しく揺さぶらされた身体が強烈な吐き気を訴えて、それでも必死に残った左腕で予備の、そして最後のビームサーベルを引き抜く。

 

 しかし、黒いアイシスは二刀を構えて更に追撃してくる。

 

 

 

―――――勝てない。

 

 

 直感が、本能が逃げろと叫んでいた。

 冷たい恐怖が這い上がってくる。

 即座にハイパーブーストを作動させて――――。

 

 

 

『――――貴女は、ここで死ぬんです』

 

 

 

 全力で逃げた。そのはずなのに。

 すぐ背後で、黒いアイシスがビームサーベルを振り上げていた。

 

 

 

――――死、ぬ……?

 

 

 逃げられない恐怖が、心を蝕む。

 勝てない、逃げられない。なら、わたしは…ほんとうに……?

 

 

 

「―――…ぃ、やぁ…っ!」

 

 

 

 咄嗟に、バーストモードに変更したウィングスラスターから粒子ビームを撒き散らす。しかし、それも予見していたかのように回避してみせた黒いアイシスのビームサーベルが振るわれ―――――視界が真紅に染まった。

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

『――――オラオラオラ! 動きがトレェんだよぉ!』

「――――ちぃっ!」

 

 

 

 振り下ろされたツヴァイのGNバスターソードがヴァーチェの腕の装甲を削り取る。辛うじて致命傷は回避し、右手に持ったGNビームサーベルを振って牽制しつつ、左手に持ったGNバズーカを放つ。が、当たる気配もなく悠々と避けられる。

 

 

(……くっ、トランザムは……)

 

 

 トランザムで火力を上げようとも、既に一度トランザム状態でのバーストモードを見られている。相手パイロットの力量を鑑みるに、恐らくはすでに対処されているだろう。

 しかし、フォートレスパックからの圧縮粒子の譲渡は既に終わっている。更にセレネによってティエリアの脳量子波にも反応するようにフォートレスパックの設定が書き換えてある。それならば、やりようは――――。

 

 

 

『――――ファング!』

 

 

 GNファングが、鈍重なヴァーチェに殺到する。GNキャノンとバズーカの射線は巧みに避けた、避けようのない猛攻。だが――――。

 ファングが貫いたのはヴァーチェではなく、消えていく赤の残像だった。

 

 

『―――コイツは…ッ!?』

「―――トランザム…っ!」

 

 

 ツヴァイの背後に、赤く輝く細身の機体――――ナドレが現れ、手にしたビームサーベルを振り抜く。が、辛うじてバスターソードで迎撃される。

 しかし、それでも――――。

 

 

『なんだと―――ッ!?』

 

 

 出力三倍は伊達ではない!

 ナドレがGNバスターソードを真っ向からパワーで押し切り、がら空きになった胴を僅かに切り裂く。

 

 

『―――…やってくれるじゃねぇか、えぇ!? ガンダムさんよぉ―――!』

「……くっ!?」

 

 

 

 そのまま一気呵成に連続攻撃に出るが―――攻め切れない…っ!?

 万全ではなかった粒子残量が、瞬く間に減っていく。攻めているのはこちらのはずなのに、巧みに致命傷は避け続けるツヴァイと、確実に近づくタイムリミットがティエリアの精神をすり減らしていく。

 

 巨大なバスターソードで巧みに斬撃を受け流し、弾き、蹴りを交えたトリッキーな格闘術を、どうしても押し切れない。更に、放たれていたファングがナドレを狙い―――。

 

 

『――――行けよ、ファング!』

「ならば―――!」

 

 

 鍔迫り合いから、互いに相手を弾いて距離を取る。ほとんど全方位を取り囲んだファングがナドレ目掛けて殺到する。

 

 

 

――――しかし、回避行動を取ったのはナドレだけではなく、ツヴァイもだった。

 

 

 残像だけを残して消えたナドレに対し、一箇所だけファングによる包囲網に穴を開けてそこを追撃するつもりだったツヴァイに、背後から粒子ビームが襲い掛かっていた。恐ろしい勘で咄嗟に回避行動を取ったツヴァイの右脚を、粒子ビーム―――フォートレスパックのGNキャノンが消し飛ばす。

 

 

 

『――――く、おぉぉぉっ!?』

 

 

 

 更に襲い掛かる二発目のGNキャノンを辛うじて回避したツヴァイの眼前に、赤い輝くナドレの姿が現れる。

 

 

 

(――――ロックオン・ストラトスの家族の仇……刹那・F・セイエイをゲリラの少年兵に仕立て上げた男………アリー・アル・サーシェス……)

 

 

 

 戦争根絶。その理念に真っ向から反するように、戦争を楽しみ、戦争を生み出す者。

 そんな者がガンダムに乗るなど―――認めはしない!

 

 

 

(――――そうとも……ッ!)

 

 

 

 ナドレが、ビームサーベルを振り上げ――――。

 

 

 

「――――…万死に値する!」

 

 

 

 

 瞬間、飛来した粒子ビーム――――鋭い狙撃の光がナドレの右腕を、両脚を、頭部を打ち抜いた。

 

 

「――――な…っ!?」

 

 

 視界に、宇宙の闇に紛れるように四機、漆黒のガンナーアイシス。

 恐らくは、ナドレが接近してトドメを刺そうとする瞬間を見計らっていたのだろう。

 受けたダメージが原因だったのか、粒子の尽きかけていたトランザムが終了する。機体の反応が鈍る。避けきれない…―――!

 

 

(……僕と、したことが……っ!)

 

 

 ティエリアの眼前で、ツヴァイがGNバスターソードを振り上げた。

 

 

 

 

『――――残念だったなぁ……逝っちまいな!』

 

 

 

 

 その瞬間、再びツヴァイが回避行動に移り、白色の粒子ビームが空間を切り裂いた。

 接近してくるのは、巨大なキャノンと大型ライフル、そしてミサイルコンテナを装備した青色の機体。

 

 

「……GN、アーマー…!?」

 

 

 そして、その中央にドッキングしている機体は――――モスグリーンのガンダム。ガンダム、デュナメス……!

 

 

「ロックオン・ストラトス……っ!?」

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティエリアの危機に駆けつけたロックオンは、GNフィールドを展開しつつ四機の黒いガンナーアイシスと、そしてスローネツヴァイを見据えて唇を噛み締めた。

 

 

「悪いが、今は狙い撃てないんでね…――――圧倒させてもらうぜ!」

『砲撃開始! 砲撃開始!』

 

 

 GNアームズの左側に装備しているミサイルコンテナのカバーが開き、無数のGNミサイルの豪雨がアイシスと、ツヴァイに襲い掛かる。更に、ロックオンはGNアームズの右腕に装備した大型ライフルをツヴァイに向けて放つ。

 

 

 黒いガンナーアイシスたちは、見事な反応で後退するでもその場にとどまるでもなく、こちらへ加速することでミサイルの豪雨による致命傷を避ける。それでも、どの機体も四肢のいずれかは破損していたが――――。

 

 

 バスターソードを盾にしつつ、GNハンドガンとファングで最低限のミサイルだけを撃ち落とし、ツヴァイがほとんどダメージを受けずに資源衛星のデブリの中に逃げ込んでいく。いや、誘っている――――そして、黒いアイシスたちもそれに続く。

 

 

『ロックオン、そんな体で…!』

 

 

 ティエリアの心配そうな声と共に通信が入る。

 ロックオンは僅かに微笑み、そして操縦桿をきつく握り締めた。

 

 

「気遣い感謝するよ。だがな……今は、戦う!」

 

 

 通信を切り、ロックオンはぎりぎりと歯噛みしてツヴァイの消えたデブリ帯を睨みつける。

 

 

「……アリー・アル・サーシェス…ッ!」

 

 

 ロックオンはGNアーマーを最大加速させ、邪魔なデブリを吹き飛ばしつつ仇敵の影を追った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「………ぅ、ぁ…っ」

 

 

 コクピットの側面、アイシスの脇腹の部分がビームサーベルで切り裂かれていた。破片が突き刺さり、痛む右腕を押さえて、必死に息を殺して、セレネとアイシスはデブリの中に隠れていた。

 

 

『……命乞いは、しなくていいのですか?』

 

 

 コクピットに冷たい自分の、自分と同じ声が聞こえる。

 勝てないという現実が、そして恐らくは自分を探しているのだろう黒いアイシスと自分のクローンが、そして彼女たちのもたらす死が迫っているという事実が、恐怖となってセレネを苦しめる。

 

 

 死にたくない。たすけてほしい。

 そう叫びたい衝動を必死に堪えて、きつく目を瞑る。

 

 今は全方位に通信を発信しているようだから、応えなければこちらの場所はまだ分からない。トランザムを使って、逃げ切れるくらい粒子がたまれば……っ。

 

 

 

『……逃げ切れると、ほんとうに思っているのです? 貴女は欠陥品です。どんなに反応速度が良くても、貴女の身体はそれについていけない』

 

 

 ……そう。トランザムとハイパーブーストの合わさった超速度。

 ガンダムの対Gシステムで軽減しきれず、悲鳴をあげる身体は……。

 

 

『……私は父親というものは知りませんが、中途半端なことしかしてくれなかったのですね』

「……ちが…っ」

 

 

 通信を返して、叫びたかった。

 すんでのところで思いとどまり、唇を噛み締める。

 

 否定したい。そのはずなのに。

 状況も、知識も、『ソレ』を否定できない。

 

 

 

『事実、ここで貴女は死ぬのです。それが無駄でなくて何だと言うのです? ……死んだら、何も残らない。知らないなんて……言わせません』

 

 

 冷たい言葉の刃が、胸に突き刺さるような気がした。

 そうだ、死んだら何も残らない。もう、刹那にも――――。

 

 

「……ぃ、ゃ……わたしは……っ、刹那、と……戦争根絶を……っ」

『―――貴女を殺して、世界を平和にしてみせます。統一世界。その邪魔をしているのは貴女です』

 

 

 

 ………そうだ、わたしたちがいなくなれば残るのは国連軍だけ―――。

 でも……そんなの! 嫌だ、絶対に―――!

 

 

「……そん、なの…っ! 歪められた計画なんて…!」

『歪んでいても、それは平和です』

 

 

「……どうして、あなたは―――…っ?」

 

 

 どうして、そんな歪んだ計画に、裏切り者に加担するの?

 返ってきたのは、暗く澱んだような声。

 

 

『――――私には、それしかないですから』

「そんな、の…っ! ちがう……ちがいます…っ!」

 

 

 

 生きる意味は、きっと見つけられる。

 何も持っていなくても、何も覚えていなくても。

 戦うための存在になってしまった、わたしでも……。

 

 わたしだって、見つけられたのだから――――…っ!

 

 

 

「―――あなた、だって…っ!」

 

 

 

 しかし、それでも。

 血の滲むような声が、響く。

 

 

 

『―――言った、はずです…っ! 死んだら、何も残らない! 貴女が死ぬか、私が死ぬか、それだけです…―――ッ!』

 

「……ま…さか……っ」

 

 

 嫌な、冷たい想像が脳裏を掠める。

 もし、もしも。命令違反をしたら自爆するように、あの黒いアイシスに何か仕組まれているとしたら――――?

 

 

 

『……どう、してでしょうね。しっかりと生きたこともないのに……死にたく、ないんです。だから……そう――――死んで、ください―――――GNウィングビット!』

 

「――――っ!?」

 

 

 

 気づくべきだった。

 どうして会話が成立しているのか。こちらが脳量子波による探知ができないからと言って、向こうもできないなんていつ決めたのか。昂った感情に呼応して、わたしは脳量子波を撒き散らして――――。

 

 いつの間にか、アイシスを囲むように黒い羽のようなもの―――GNウィングビットが八基。痛む右腕を動かす前に、声が響く。

 

 

『――――GN、アンチフィールド!』

「ぁ、ぅ…ぁぁああああぁぁ……っ!?」

 

 

 

 眩い赤の輝きが、視界を埋め尽くす。

 高濃度の擬似太陽炉のGN粒子が一気に放出され、通常とは全くの逆方向、包み込んで押しつぶすGNフィールドが――――。

 

 

 

「――――…ぃ、ゃぁぁぁあああ…っ!」

 

 

 どろりとしたGN粒子の毒が身体を、頭を蝕む。全身の細胞を内側から引き千切られるような痛みが走る。ペダルを踏み込み、逃げようとしても身体に力が入らない。

 

 消える。消えていく。

 身体から力が抜けていく。『わたし』が、きえていく――――…。

 

 

 

『………私は、モルモットじゃない…! 偽者じゃない…っ!』

 

 

 血を吐くような、声が聞こえる。

 痛々しい感情が、直接魂に突き刺さるように響いてくる。

 

 もう、頭を抱えて小さくなることしかできない。

 痙攣する身体には力が入らない。勝手に涙が零れた。

 

 

 

「………ゃ、だ……よ……せ、つな……っ」

 

 

 もういちど、あいたいよ……っ。

 さいごに、もういちど……だけ………っ。

 

 

 

『―――私……が、私が……セレネ・ヘイズです……っ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 GNアームズの大型ライフルとキャノンは、一発としてスローネツヴァイを捉えてはいなかった。ガンナーアイシスが時折デブリに隠れながら放ってくる狙撃をGNフィールドで弾き、大型ライフルとキャノンでデブリごと吹き飛ばそうとし、それをアイシスが辛うじて回避し、損傷を大きくする。それの繰り返しだった。

 

 

「クッ、利き目のせいでっ!」

 

 

 苛立ちを込めて呟く。資源衛星に身を隠したツヴァイが衛星を回りこみ、バスターソードを振り上げて切り掛かってくる。GNアームズの左腕が切り落とされ、更に四方から殺到する狙撃にGNアームズが中破する。

 

 

「くそっ!」

 

 

 即座にGNアームズからデュナメスを分離し、飛来する狙撃を回避しつつGNビームサーベルを抜き放ってツヴァイと切り結ぶ。

 激しいスパークの先、ツヴァイのコクピットハッチを見据える。

 

 

「――――KPSAの、サーシェスだな!」

 

 

 有視界通信を開き、ロックオンが怒鳴る。

 

 

『はん、クルジスのガキに聞いたか!』

 

 

 認めた――――!

 初めて聞いたサーシェスの声。侮蔑と愉悦が浮かんだその声に、不快感と嫌悪感がわきあがってくる。長年追い求めた仇敵―――問い質さずにはいられなかった。

 

 

「アイルランドで自爆テロを指示したのはお前か…っ!? なぜ、あんなことを…ッ!」

『俺は傭兵だぜ! それにな――――!』

 

 

 振り回されたバスターソードに弾かれ、ロックオンは再び殺到する狙撃をツヴァイに肉薄することで回避する。切りつけたビームサーベルと防ぐバスターソードの間で再び激しいスパークが散る。

 

 

『AEUの軌道エレベーター建設に、中東が反発するのは当たり前じゃねぇか!』

「それが、なんで自爆テロになりやがる…! 関係ない人間まで巻き込んで!」

 

 

『てめぇだって同類じゃねぇか。えぇ、戦争根絶を掲げるテロリストさんよぉ!』

 

 

 

 ああ、そうだ。俺は間違えた。憎しみから抜けられず、戦うことを選んだ。

 償いきれる罪じゃないことも、分かってる。けれど、それでも……っ!

 

 もう、二度とテロの起こらない世界に……ッ! 

 それを、実現させることが最低限の償いだ。死んでいった人たちへの、そして、父さんへ、母さんへ、エイミーへ……ライルへ――――!

 

 そうだ、だから――――!

 

 

「……咎は、受けるさ―――――…お前を倒した後でなぁ―――…ッ!」

 

 

 デュナメスの腰部装甲が展開し、GNミサイルが放たれる。しかしミサイルが到達する前にツヴァイはデュナメスから離れ、回避する。目標を外れたGNミサイルが資源衛星の一つを微細な欠片に変え、機体を翻して資源衛星群の中に逃れようとするツヴァイを、ロックオンが追いかける。

 

 僅かに追撃の軌道を変更したデュナメスを左側から飛来した粒子ビームの狙撃が掠める。

 

 

 

「―――邪魔するんじゃねぇ!」

 

 

 

 放たれたGNスナイパーライフルが既に両足を失って機動力の低下していた黒いガンナーアイシスに直撃し、一撃で爆散させる。僅かに動揺するような素振りを見せる残り三機を無視し、ツヴァイを追った。

 

 

 

「……許さねぇ…ッ!」

 

 

 デュナメスがGNスナイパーライフルを放つと、ツヴァイがGNハンドガンで応戦してくる。それを潜り抜けて距離を詰め、再びビームサーベルで切り掛かる。幾度目かの激しいスパークが、ロックオンの怒りを表すように激しく散る。

 

 

「――――てめぇは、戦いを生み出す権化だ!」

 

 

 

 機体を叩きつけるように剣を交え、叫ぶ。

 

 

『喚いてろ! 同じ穴のムジナが!』

「てめぇと一緒にすんじゃねぇ!」

 

 

 鍔迫り合いの体勢のまま、素早くGNフルシールドに収めたスナイパーライフルの代わりにビームサーベルを掴み、横薙ぎに振り抜く。GNバスターソードを掴んでいたツヴァイの腕が上腕部から切り離され、左腕のみになったツヴァイが素早くデュナメスから離れていく。

 

 ロックオンは素早く左手のビームサーベルを戻すと、GNスナイパーライフルを持ち直してツヴァイを追った。

 

 

 

(逃がしゃしねぇ……!)

 

 

「俺は、この世界を……!」

 

 

 瞬間、背後で擬似太陽炉が爆発する赤い輝きが煌いた。

 

 

「――――な…っ!?」

 

 

 背後で黒いガンナーアイシスが一機、爆発していた。

 しかし、爆散するような損傷ではなかった。なぜ――――!?

 

 自爆、という言葉が頭を掠めるが、なぜ自爆するのかが分からない。

 

 

 

『敵機接近! 敵機接近!』

 

 

 ロックオンの疑問は、ハロの警告によって遮られる。

 残り二機、既にライフルを失った黒いガンナーアイシスがビームサーベルを引き抜いて突っ込んできていた。

 

 

「――――くそっ!」

 

 

 右側面から一機、左側面からもう一機――――特攻かよ…っ!

 咄嗟に左側面からの一機のスナイパーライフルで撃ち抜き――――右側面の敵機のGNミサイルを叩き込む。しかしそれでも、腕でコクピットを庇った機体が迫り―――。

 

 

 すんでのところで回避したものの、右腕がもぎ取られる。

 しかし、突っ込んできた黒いアイシスのコクピットに右腕で持っていたビームサーベルが突き刺さり、資源衛星の一つに激突し――――爆発して消えた。

 

 

 

 

 

 

 右腕を失った。それだけではなく悪い状況に、ロックオンは唇を噛み締める。

 

 

 

――――右側からの攻撃への反応が遅れた!

 

 

 おそらく、敵に気づかれた。

 右目が見えていないことを。

 

 GNスナイパーライフルを構えた瞬間、それを証明するかのようにツヴァイが恐らく最後であろう、四つのファングを全て放ってくる。無軌道に高速移動する牙が迫る。

 

 

 咄嗟にGNスナイパーライフルを手放し、小回りのきくGNビームピストルを構える。視界を広げ、ファングの動きを読み取る。左斜め前方、右下と、続けざまに二つ破壊する。

 

 

――――もし、デュナメスの右腕が健在ならば。二丁拳銃で対処できたかもしれない。右目が見えていれば、余裕すらあったかもしれない。しかし――――。

 

 

『ロックオン、ロックオン』

 

 

 ハロが死角から迫るファングを報せるが、ロックオンには―――。

 

 

「見えねぇ…ッ!」

 

 

 直後、デュナメスの頭部を、右脚を、ファングが貫く。

 デュナメスの機体が爆発し、GN粒子を含んだ煙が覆い隠した。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『損傷甚大、損傷甚大。戦闘不能、戦闘不能』

 

 

 

 ハロの声に、我に返る。

 頭を振って覚醒を促すと、ズキリと体の奥が痛んだ。

 

 

「ちっ……」

 

 

 機体状況を確認すると、頭と両腕両脚が全損していた。

 つまり、GNドライヴとコクピットだけがどうにか生きている状態だった。

 

 資源衛星の影に機体を隠す。相手は戦闘中毒の傭兵なのだから、死に掛けの獲物をみすみす見逃すはずがない。返り討ちにするチャンスは、ある。その方法も、既に見つけていた。

 

 

 コクピット上部の精密狙撃用スコープシステムを取り外し、コンソールパネルを叩いてコクピットハッチを開ける。痛む体をシートから離し、移動用のバーニアを背中に取り付ける。コクピットハッチに足をかけ、宇宙空間に身を乗り出した。

 

 

「……ハ、ロ……デュナメスを、トレミーに……戻せ……」

 

 

 脇腹の痛みを堪えながら、言う。

 

 

『ロックオン、ロックオン』

「……心配、すんな……生きて、帰るさ……」

 

 

 

 途切れ途切れに言い、相棒に手を伸ばす。

 そして、今まで何度も触れてきたその表面をゆっくりと撫でた。

 何も言わず、されるがままのハロの目が、何か言いたげなような気がした。

 

 想いを振り切るように手を離し、ハッチを蹴って宇宙に飛び出す。

 振り返り、遠ざかる愛機に目を向ける。

 

 

「……太陽炉を、頼むぜ……」

 

 

 ウソついて、悪いな……ハロ……。

 

 

「……あばよ、相棒………」

 

 

 未練を断ち切るように、愛機に背を向ける。

 宇宙を漂い、目の前に浮かぶ武器に向かう。

 

 破壊されたGNアームズの武装の一つ―――キャノン砲。

 取り付いて、システムチェック用の接続ラインを引っ張り出してスコープシステムに直結。スイッチを入れ、コントロールをスコープシステムに移行させる。

 

 キャノンにチャージされていた圧縮粒子は、破壊による流出を免れ、十分な量を残している。一発。それだけあればいいのだ。

 

 機動力のない砲台。外せば的だ。二射目はない……。

 

 

 

 敵の姿を探して、宇宙に目を向ける。

 暗い、冷たい星の光だけの空間……。

 

 

(は、はは………なに、やってんだろうな……俺は……こんなところで……)

 

 

 

 たったひとりで。こんな寂しい場所で。

 流れていく、赤い光が目に入る。擬似太陽炉から放たれるGN粒子の光。

 

 

 痛む体に鞭打って、スコープシステムをかついで立ち上がる。

 鈍く、しかし激しい痛みに呼吸が乱れ、それでもスコープを覗き込んで、仇敵の姿を見据える。

 

 

「………はぁ……はぁ………はぁ…っ」

 

 

 

 こちらに、気づくな。もっと、近づいてこい。確実に仕留めるために……。

 ゆっくりと、トリガーに指を添える。照準は、スローネツヴァイに重ねたまま。

 

 ロックオンの脳裏に、様々な過去が浮かんでは消えていく。

 

 

 アイルランドでの自爆テロ。冷たくなった家族と、黒い死体袋。

 何もできなかった。テロを憎み、ソレスタルビーイングに入り。そして……。

 

 浮かぶ、大切な仲間たちの顔を振り切る。

 出撃前に見た、今にも泣きそうなフェルトの顔。

 

 

 ………こんなところで、ボロボロになって。

 俺なんかの心配をしてくれるヤツをほったらかして……ほんとに、何やってんだろうなぁ……。

 

 

「……けどな、コイツをやらなきゃ……仇をとらなきゃ、俺は前に進めねぇ……世界とも、向き合えねぇ……っ」

 

 

 家族の復讐。それがガンダムマイスターとしての使命を逸脱していることは、分かってる。けど、それでも……これを果たさなけりゃ、俺は俺の過去をふりきれねぇ。けじめがつけられねぇ。……世界が、あのテロを過去のものとしたように……。

 

 

 俺も、過去にけじめをつける。

 あのときの無力な自分。なにもできなかった自分に。誰も救えなかった自分に―――!

 

 

 

 ふと、スローネツヴァイが移動していく先。そこに、もっと眩い赤の光が輝くのが見えた。

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 赤い光の檻。そこに、ぐったりと力を失う蒼い翼の、純白の機体――――右腕と、左脚を失ったガンダムアイシスが、見えた。

 

 

 

「―――セレネ…っ!?」

 

 

 黒い羽のような、ファングのようなものに囲まれて、それで閉じ込められているのが、スコープシステムで見えた。同時に、スローネツヴァイがこちらを振り返る。

 

 

 

――――どうするのか。

 

 

 

 一瞬の逡巡。

 仇が、目の前にいる。やるなら、今しかない。

 

 

 

 

(………ああ、そうだ……俺は……)

 

 

 

 

――――本当は、分かっていた。

 

 

 仇なんて取ったって、何も残りやしない。

 けれど、それしかないんだと思い込んでいた。

 

 

(………けど……けどな……)

 

 

 あったんだ。俺にも……一つだけ。

 こんな、テロリストの俺にも、胸を張って、誇れるものが……。

 

 

 

 

―――――大切な、仲間が。

 

 

 

「だから…さぁ――――!」

 

 

 

 スローネツヴァイが、こちらに近づいてくる。

 GNハンドガンが連射される。しかし、そんなものには目を遣らない。

 

 

 

 

「――――狙い、撃つぜぇぇぇ――――ッ!」

 

 

 

 

 キャノン砲から、ロックオンの想いを乗せるように、巨大な光の柱のような粒子ビームが解放される。まばゆい光が資源衛星を照らしながら、アイシスを囲んでいた黒い羽を、確かに狙い撃ち―――――そして、スローネツヴァイの放った凶弾が、キャノン砲に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

『…………ぅ、ぁぁあああああっ!』

 

 

 

 悲しみと怒りに満ちた、少女の絶叫が脳に直接突き刺さるように響く。赤い粒子の檻から解き放たれた純白のアイシスがその姿を変え、眩い赤の輝きに包まれ、その姿が残像を残して消える。あまりの速さに複数機いるかのような残像がスローネツヴァイを取り囲み、交錯する。そして残像が一つのアイシスに収束し――――ツヴァイがコクピットを残し、細切れに切り刻まれた。

 

 

 その次の瞬間、辛うじて形をとどめていたキャノン砲が爆発し―――。

 そこから投げ出されたロックオンを守るように、アイシスが背中で爆発を受け止める。

 

 そして、赤く輝く巨人はゆっくりと振り返り――――紅く輝くツインアイが、黒いウィングアイシスを、そしてそれを操る少女を見据えた。

 

 

 

「……なっ!? ……ヴェーダの予測なら限界時間はとっくに……っ!? 貴女は……もう……どう、して……」

 

 

 手が震える。アイシスが赤い残像を残しながら、爆煙の中から飛び出してくる。 

 泣いているような、けれど強い意志の滲む、少女の声が脳に響く。

 

 

 

『………生、きる……いきる、んです……』

 

 

 

――――赤い残像が見えたと思った瞬間。翼が、ウィングパックが切り落とされ、腹部を蹴り飛ばされる。

 

 激震するコクピットで必死に操縦桿を握り、ペダルを踏み込み、恐怖に駆られるままに叫ぶ。

 

 

 

「―――嫌……いやぁっ! 死に、たくない……私は……私だって、生きて、るのに…っ!」

『………ぅ、ぁぁぁああああっ!』

 

 

 

 

 赤い残像を必死に追う少女の暗い黄金の瞳が、黄金に輝いた。

 突進してくるアイシスが、見えた。

 

 

 

 

「――――ぁぁあああっ!」

『…………せ……つ、な……』

 

 

 

 ビームサーベルを、抜き放つ。

  

 

 

「――――生きる、んだぁぁ…っ!」

『…………だい…すき、です……』

 

 

 

 

 

 黒と赤、二機のアイシスが交錯し。赤と白の、互いのビームサーベルが互いを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 擬似太陽炉を貫かれた黒いアイシスから赤い粒子が鮮血のように噴き出し、腹部を――――コクピットを貫かれたアイシスから赤い輝きが消え、ツインアイの輝きが消えた純白の機体が、漆黒の宇宙に漂う。

 

 それを、駆けつけた刹那は目の当たりにしていた。

 ビームサーベルに貫かれたアイシスが、黒いアイシスから離れる。コクピットにぽっかりと開いた虚空には、何も見えない。その向こう側には、ただ宇宙と星の輝きだけ―――。

 

 

 記憶を消したいと、切望した。

 消えた。消えてしまった。……セレネが、レナが……。

 

 

 人の死を、仲間の死を、ずっと見てきた。

 しかし、それでも……。

 目から、滴が溢れて視界が歪む。

 

 

「………セ、レネ……」

 

 

 呼んだ。彼女の名前を。

 きっと、誰よりもやさしかった少女を。

 

 うれしそうな笑顔も、はずかしそうな顔も、拗ねたような顔も。仲間と距離のあった刹那の凍りついた心に、いつの間にか当たり前のようにいた少女の名前を。

 

 心配してくれたこともあった。料理をつくってくれたこともあった。心配させられたこともあった。

 

 

「………レ、ナ…っ」

 

 

 震える唇で、もう一度名前を呼ぶ。

 しかし、もう応えてくれない。

 

 数秒前なら応えてくれたかもしれないのに、もう声を聞くこともできない。

 間に、合わなかった……っ。

 

 助けられなかった。

 助けることが、できなかった。

 

 伸ばした指先は、何にも触れることができない。

 何も……もう……っ。

 

 

 

 顔を上げる。零れた涙が、ヘルメットの中を漂う。

 叫ぶ。喉の奥から、あらんかぎりの声で叫んだ。

 

 

 

 

「うああああぁぁぁぁぁぁあぁぁっっっっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 




次回予告


無謀な望みを抱く者は、風車に挑む愚かな騎士か。
例えそうでも、彼らはここにいる。そして、その想いも……まだ。

次回、「終わりなき詩」。
無垢なる望み、その代償は命か。




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第24話:終わりなき詩

時間ができましたら、増量予定です(>_<)


 

 

 国連軍の輸送艦が星の海を航行している。ガンダム掃討作戦のために襲撃したGN-X二十六機、ガンダムアイシス五機、鹵獲した新型一機を乗せて戦闘宙域まで運んだ三隻の輸送艦。しかし、途中から現れた近接型ガンダムの猛追を受けてそのうちの二隻は撃沈され、最終的に残ったのは帰投してきた十一機のGN-Xのみ。

 

 生き残った旗艦のブリッジで、カティ・マネキン大佐は大型モニターから星の海を、多くの仲間が散っていった虚空を眺めていた。

 輸送艦二隻、GN-X十五機が散り、そしてガンダムアイシスの五機と鹵獲したガンダムも敵ガンダムとの相打ちに消えたとの報告を受けている。

 

 

 大敗だ。

 敵のガンダム二機を撃破したとはいえ、こちらに残った戦力は先の戦闘で敵のガンダムアイシスに無力化され、撤退してきた機体のみ。こちらの戦力は三分の一にまで減らされてしまっている。最も猛威を振るっていたガンダムアイシスを撃破したとはいえ、ユニオンのグラハム・エーカー中佐もガンダムアイシスとの戦いでの無理な機動によるGが祟ったとのことで既に戦線離脱してしまっている。

 

 

 

(……あんなものと交戦できたのは、彼とアイシスのパイロットくらいのものだが……)

 

 

 戦闘映像は見させてもらったが、『ロシアの荒熊』ことセルゲイ・スミルノフ中佐が絶句するほどの戦闘。専門外であるカティにも理解不能なレベルのものだと理解できるほどの、そしてスローモーションにしなければ何をしているのか分からない戦いだった。

 あんなものを見せられては、「ゆっくり休んで下さい」以外のどんなコメントもしようがないというものだ。

 

 そしてソレスタルビーイングの離反者から提供されたというガンダムと、専属パイロットだという少女も戻ってきていない。

 

 

 

 最も大きな戦力だった者たちが離脱した状況……実際のところ、あの赤く発光する特殊機能が発動されたガンダムに勝つ作戦が浮かばなかった。

 

 

 ブリッジのドアが開き、人革連所属部隊の隊長であるセルゲイ・スミルノフ中佐が現れる。彼はカティと軽く目礼を交わし、彼女の隣の指揮シートに腰を下ろす。各陣営の代表者のために設置された席であるが、先程も言ったようにグラハム・エーカー中佐が戦線離脱してしまったので一つは空席である。

 

 そして、モビルスーツ部隊の総部隊長でもあるセルゲイが口を開く。

 

 

「今後の作戦行動についてだが……三十二機中、残ったのはたったの十一機。鹵獲した機体も、提供された機体も失ってしまった。それに、ガンダムの新たな能力……マネキン大佐、私は現宙域からの撤退を進言する。このままではいたずらに兵を失うだけだ」

 

「私も同意見です。が……」

 

 

「が?」

「国連の司令部は増援を送ると言っています」

 

 

「増援だと? まさか、GNドライヴ搭載機がまだあるというのか」

「わかりません。到着次第、第二次攻撃を開始せよとのことです」

 

 

 と、そのとき。Eセンサーを監視していたオペレーターが声を上げる。

 

 

「大佐、本艦に接近してくるGN-Xを補足しました」

『――――すみません、大佐。やられちゃいました』

 

 

 モニターにサブウィンドウが開き、パトリック・コーラサワーの顔が映し出される。カティは僅かに微笑み、小さく呟く。

 

 

「心配させおって……バカ者が……」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『指示通り、GN粒子を散布させつつ四つの衛星を四方に飛ばした』

「ありがとう」

 

 

 通信ウィンドウに映るイアンに、スメラギが答える。

 

『しかし……こんなんで敵さんを騙せるのか?』

「気休めです、アステロイド周辺は監視されているでしょうから」

 

 

 衛星は発見され、そして陽動だと看破されるだろう。

 それでも、国連軍は哨戒部隊を差し向けるはず。その報告を受けるまで、その僅かな時間でも稼ぎたかった。

 

 

「打てる手は全部打っておかないと……ガンダムの状況は?」

『キュリオスは背中の飛行ユニットを取り除けば出撃は可能だ。ヴァーチェは外装を取り払ってナドレで出撃させる。専用のシールドも用意した』

 

 

 そして、武器はアイシスの使っていたGNビームライフル……。

 僅かに浮かびかけた感傷を、無理矢理に押さえ込んで訊ねる。

 

 

「どのくらいで終わります?」

『最短で八時間はかかる』

 

 

「……六時間で、お願いします」

『……わかった』

 

 

 通信が切れ、スメラギはシートにもたれて大きく息を吐く。

 ……考えないようにしていたことが、頭をよぎる。

 

 ロックオンも、そしてセレネも帰ってこなかった。

 

 

 ロックオンは完全に生死不明。セレネはビームサーベルでコクピットを貫かれた。

 刹那が回収したアイシスのコクピットにぽっかりと開いた穴に、知らなければそこがコクピットだと分からない虚空。そして大破したデュナメス。GNアームズの砲台の残骸。

 

 方向性は違えど、プトレマイオスのムードメーカーだった二人が一度にいなくなってしまった。

 

 

 スメラギはなんとか意識を引き戻し、コンソールを操作してメインモニターに現戦力のデータを表示する。キュリオス、ナドレ、エクシア……。アイシスのGNパックは全て回収し、フォートレスパックを除けばどれもほとんど無傷ではあるのだが、セレネがいない以上は予備パーツくらいの役割しか期待できない。

 

 

(現戦力で期待できるのは、強襲用コンテナとエクシア、GNアームズ……頼みのトランザムも制限時間がある……)

 

 

 セレネが使用したGNパックによる強引な粒子回復は、GNパックの操縦をAIにやらせるのでは心もとない。頼りにできるか分からないものを頼りにトランザムを使い切って、失敗しましたでは済まされないのだ。仲間の命がかかっている。

 

 そして、エクシアも……アイシスの前で静かに涙を流していた刹那の姿を思い出すと、心配になる。ヤケになって刹那まで命を落とされては困るのだ。

 

 

 やはり、現行戦力で国連軍と交戦するのは、リスクが……。

 と、メインモニターに通信が入り、回線を開くとティエリアの顔が映し出された。

 

 

『スメラギ・李・ノリエガ……次の作戦プランを提示してください』

「……まさか、戦おうというの……?」

 

 

『もちろんです。敵の擬似GNドライヴ搭載型を撃滅させれば、世界に対して我々の力を誇示することができる。計画を継続できる』

「それは、そうだけど……リスクが大きすぎるわ。敵の援軍が来る可能性も……」

 

 

『わかっています。ですが、これは私だけの気持ちではありません。マイスターの総意です』

「……アレルヤと、刹那も……」

 

 

『頼みます』

 

 

 それだけ言って、回線が切れる。

 スメラギはしばしモニターを見つめ、静かに立ち上がる。

 

 

(……彼らは、決めた……)

 

 

 セレネとロックオンの仇討ち、ということもあるだろう。しかし、彼らは彼らの意思で選んだ。戦争根絶のために、戦うことを……。

 スメラギは、期待に応えなければならない。彼らの指揮を執る者として。戦術予報士として。仲間として。仲間の命が危険にさらされることが、予想できるとしても……。

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 刹那は、誰もいなくなってしまったセレネの部屋を訪れていた。

 ……もしかたら、帰って来ているのではないか……そんな思いが、願いが捨てられなかった。

 

 ノックをしても、返事はない。

 扉が開くと、僅かに漂う花のような香りとともに、つい数時間前までセレネがいたのだろう部屋がそのままの姿であった。

 

 

 

「……レナ」

 

 

 呼びかける。ただ、もちろん何も反応などしてはくれない。

 セレネも……そして、ロックオンもいなくなってしまった。

 

 ふと、テーブルの上に赤い薄手のスカーフが置かれていることに気づいた。

 刹那は、何気なくそれを手に取り――――紙が一枚こぼれ落ちた。

 

 

「……っ」

 

 

 その紙を掴み取り、裏返すと。小さな、柔らかい文字で短く一言だけ綴られていた。

 

 

 

――――刹那へ。お礼、です。不恰好でごめんなさい。

 

 

 

 手作り、なのだろう。

 お礼ということは、刹那が蒼いスカーフをあげた頃から……。

 

 

(不恰好な、ものか……)

 

 

 唇を噛み締め、涙を堪える。

 拳が砕けそうなほど強く手を握り締め、呟く。

 

 

 

「……死の果てに、神は……いない……っ」

 

 

 たとえ神がいたとしても、人間を扇動したりはしない。

 死の先には、暗闇しかない。死をもって自らの理念を輝かせても、それは一瞬だけのものでしかない。すぐに忘れられ、暗闇の中に消える。

 

 ……そうだ。だから、俺たちは存在する事に意義があった…。

 

 

 

「……存在、すること……生きる、こと……」

 

 

 生きていて、ほしかった……。

 けれど、俺は……まだ……。

 

 

「………生きる……亡くなった者たちの想いを背負って……世界と、向き合う………神ではなく、俺が……俺の意志で……っ」

 

 

 スカーフを首に巻きつけて、呟く。

 

 

 

「……レナ……俺は、忘れない………忘れさせはしない……っ」

 

 

 

 俺は、生きている。

 存在している。ガンダムを託され、戦争根絶を求め。

 ロックオンの……そして、レナの命を背負っている。

 二人の想いを、背負っている。

 

 そうだ。だから、俺は……戦う。

 俺の意志で。

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

「そうっすか。刹那たちは戦う方を選んだんすか」

 

 

 プトレマイオスのブリッジで、どこかそうなると予期していたような、しかし撤退の方が気楽だったな、と言いたげな曖昧な笑みのリヒティが呟く。

 そして、ラッセがそれを読み取ってわざとらしく意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 

「全員、覚悟を決めておけよ」

「おっかねぇの」

「でも、やるしかないのよね」

 

 

 ラッセの言葉が単なる脅かしではないことを察しているクリスティナは嘆息し、そして耳慣れない音が聞えて振り向き、フェルトがペンを使って何かを書いている事に気づいた。

 

 

 

「なにしてるの、フェルト?」

「……手紙を」

 

 

 フェルトは僅かに一瞥しつつそう答えた。

 

 

「手紙?」

「うん……天国にいるパパとママ……それから、セレネと……ロックオンに……」

 

 

 クリスティナはハッとしそうになる挙動をなんとか押さえ込む。フェルトがロックオンに淡い恋心を抱いていたことも、そしてセレネが大切な友達だったことも知っている。クリスティナだって辛い。けれど、フェルトはもっと……。

 

 しかし、プトレマイオス一のお調子者が悪ふざけめいた口調で言った。

 

 

「縁起悪いなぁ、遺書なんて」

「リヒティ!」

「―――違うの!」

 

 

 フェルトが珍しく大きな声をあげて、遮った。

 

 

「……私は、生き残るから……当分会えないから……ごめんなさいって……」

「……そっか……」

 

 

 クリスティナがフェルトの頭を撫で、ラッセがフェルトに言葉を投げる。

 

 

「その意気だ、フェルト」

「……ロックオンと、約束したから」

 

 

「守れよ、その約束」

「うん」

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 キュリオスが格納されているコンテナのレストルームに、ティエリアが訪れた。

 ……無論、本来は何らおかしなことではないが、なんとなく何らかの意図を感じたアレルヤはティエリアに問いかけた。

 

 

「ナドレの整備は?」

「終了した」

 

 

「……しかし、トライアルシステムもなく、粒子貯蔵量も少ないナドレでは……」

「それでもやるさ」

 

 

 ティエリアは、きっぱりと言い放つ。

 

 

「私はロックオンと、セレネの仇を討たねばならない……」

 

 

 アレルヤには、いささか気負いすぎなようにも思えた。けれど、ティエリアならきっと大丈夫だと、そう信じられた。だからこそ、穏やかに言う。

 

 

「あまり熱くならない方がいい」

「そういうわけにはいかない」

 

 

 予想通りの生真面目な答えに、アレルヤは苦笑を噛み殺した。

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 強襲用コンテナの一つに、大破したガンダムデュナメスが横たわっていた。胴部と胸部を残してほとんどが失われており、コクピット部が消滅しているアイシスとは違った意味で痛々しい。

 

 デュナメスのGNドライヴは未だにその背面に装着され、コンテナを通じてプトレマイオスに粒子を供給している。

 

 

 そして、デュナメスのコクピットハッチ。その縁に立ち、パイロットスーツ姿の刹那がコクピットを見下ろしていた。コンテナ内に空気がないため、バイザーは下ろされている。

 

 

『……刹那』

 

 

 刹那のヘルメットに、少女の声が聞こえた。振り返ると、ノーマルスーツ姿のフェルトがこちらに近づいてきていた。

 

 

「フェルト・グレイスか」

 

 

 軽く手を取って着地を手伝い、訊ねる。

 

 

「どうした?」

『手紙を書いたの、ロックオンに』

 

 

 フェルトはそう言って刹那に手紙を見せた。少女らしい癖のある、しかし几帳面に書かれた宛名が見えた。フェルトはコクピットの中に入り、持ってきた手紙をそっとシートの上に貼り付ける。

 

 

『……刹那は、手紙を送りたい人はいる?』

 

 

 刹那は突然の質問に、表情には出さなかったが戸惑いを覚えた。

 手紙を送りたい人――――。

 

 もう、見ることは叶わない少女の笑顔。

 

 

「……ああ」

『……うん』

 

 

 フェルトも、刹那がそう答えることを望んでいたのだろう。悲しそうに、それでも確かに微笑んだフェルトに刹那は小さく頷き、言った。

 

 

「……だから。寂しいのは、あいつだ」

 

 

 フェルトが振り返る。

 あいつは、もう手紙を出す事もできない。想いを伝えることもできない。

 

 

「ハロ、そばにいてやってくれ。ロックオン・ストラトスのそばに……」

 

 

 手にしていたハロをそっとコクピットの奥に向けて放し、中にいたフェルトが受け止めた。

 

 

『……いてあげて、ハロ』

『了解、了解』

 

『ありがと』

 

 

 フェルトは微笑み、彼女の中の想いを託すかのようにハロを抱きしめた。

 強く、強く……。

 

 

 

『――――Eセンサーに反応、敵部隊を補足しました!』

 

 

 

 艦内に、警報音が響き渡った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 敵部隊、総数十三機……戦闘可能宙域まで、六百三十秒。

 Eセンサーからのデータが次々とモニターに表示される。

 

 

 

『―――スメラギさん、十三機の中にとてつもなく大きいものがいます!』

「大きいもの?」

 

 

 

 クリスティナの報告にスメラギが顔を向ける。クリスティナはその表情を読み取り、言った。

 

 

『メインモニターに最大望遠映像、出します』

 

 

 そこに映し出されたもの。それを見てスメラギたちは息を呑む。

 それは――――巨大な金色の機体。左右に展開した十二機のGN-Xと比較するに、縦は二倍、横は四倍は軽く越えているだろう。機体の中央にはスリットがあり、その上には二門のビーム砲。そして、機体の向こうには赤いGN粒子の輝き……。

 

 

『こ、これは……』

 

 

 フェルトが驚嘆の息をもらし、リヒティが振り返ってスメラギに訊ねる。

 

 

『これ、戦闘艦ですか?』

「違うわ。あれは……擬似太陽炉搭載型の、モビルアーマー……!」

 

 

 

 その瞬間、無造作の金色の機体のスリットが開き、その奥から粒子ビームの砲口が現れた―――それに気づいた時には、メインモニターが閃光で埋め尽くされた。

 

 

『――――粒子ビームが来ます!』

「あの距離から―――!?」

 

 

 

 直後、リヒティの操艦で艦が大きく右へ傾き――――プトレマイオスが激震した。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

『―――第二出力部に、全ての粒子供給を回して!』

『第二射、来ます…っ!』

 

 

 

―――……ここは、どこだろう?

 

 

 

 わからない。わからないけれど、声だけが聞こえてくる。

 

 

 

『―――これ以上は、いかせない!』

『ハッハッハッハハァッ! 悪いな、アレルヤ! 俺はまだ死にたくないんでな!』

 

 

――――…わたしは………。

 

 

 

『……やらせない、やらせるものか…!』

『射程に入った!』

 

 

 

――――だれ…?

 

 

 

『へっ、どこを狙って―――』

『―――トレミーか!』

 

 

 

――――…ああ……。

 

 

 また、光がきえていく。

 命の輝きが、暗闇に呑まれて行く。

 

 

 

『スメラギさん、メディカルルームが……!』

『勝手に逝くな、馬鹿者が…っ!』

 

 

 

――――…まただ。また、涙が溢れてくる。

 

 

 

 

『システムに障害発生! GNフィールド、再展開不能っ!』

『くそ…っ!』

 

 

 

――――いやだ。こんな世界は。こんな……。

 

 

 

 

 

『―――プトレマイオスが……! よくも……っ! ――――トランザム!』

『フェルト、デュナメスの太陽炉に不具合があるわ――――』

 

 

 

 

『計画のためにも…っ! セレネの……そして――――ロックオンのためにも!』

『………フェ、ルト……もうちょっと……おしゃ…れ、気をつかってね………』

 

 

 

――――……いや、なのに…っ。

 

 

 

『………セレネと、ロックオンの分まで――――生きてね……』

 

 

 

 

――――……もう、わたしには……。

 

 

 

 

『………おねがい……』

 

 

 

 

『………お願い……世界を………変えて……』

『クリスティナ・シエラぁぁ―――っ!』

 

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 

『――――エクシア、目標を駆逐する!』

 

 

 

 

――――刹那……っ。

 

 

 

 あきらめ、たくない。

 せめて、せめて……とどいてほしい。

 

 これが、さいごになっても……。

 

 

 

 

………ガン…ダム………アイシス………もく、ひょう…を………

 

 

 

 

 

 

 

――――System complete……start “L7”――――

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 強襲用コンテナが金色の機体に大型粒子ビームを浴びせ、しかし相手のGNフィールドのあまりの強固さに虚しく弾かれる。

 

 間近から見ると金のエイのような形の敵モビルアーマーの背後に回ると、七基ものGNドライヴが搭載されているのが見え、刹那は苛立ちと焦りを込めて叫ぶ。

 

 

「攻撃が効かない!」

『なら、懐に飛び込んで――!』

 

 

 

 強襲用コンテナのコクピットに乗るラッセが叫び、強襲用コンテナが旋回し、敵に向けて突進していく。

 

 

『―――直接攻撃だ!』

 

 

 強襲用コンテナが前面にGNフィールドを集中展開し、敵の側面に向けて突っ込む。敵モビルアーマーが振り向き、互いのGNフィールドが正面から激突する。

 

 敵の強固なGNフィールドに、強襲用コンテナがじりじりと機首を押し込む。そして、コンテナに装備された粒子ビームの砲口がGNフィールド内に侵入を果たし―――。

 

 

 

 敵のモビルアーマーが動いた。敵機の両側面が開き、反転して腕になる。そして、その両腕の先端についた鋏状の手が強襲用コンテナの先端を掴む。

 

 

「なにっ!?」

『―――ふははははははっ!』

 

 

 突如、声が強制的に回線に割り込んでくる。おそらく……いや、間違いなく金色のモビルアーマーのパイロットの声―――!

 

 

『忌々しいイオリア・シュヘンベルグの亡霊どもめ……!』

 

 

 強襲用コンテナが軋む。敵が、コンテナを真っ二つに引き裂こうとしている。

 

 

『―――この私、アレハンドロ・コーナが、新世界への手向けにしてやろう!』

『冗談!』

 

 

 ラッセの声と共に、強襲用コンテナの粒子ビーム砲が火を噴く。しかし、ほぼゼロ距離からの射撃にも関わらず、何らかのコーティングなのか、装甲にまでGNフィールドを展開しているのか、敵モビルアーマーの腕には傷一つつかない。

 

 

『くそっ、刹那!』

「了解!」

 

 

 

 GNアームズのコクピットに移動したラッセが、強襲用コンテナから自機を分離。続いて、ガンダムエクシアが飛び出す。その直後、強襲コンテナが左右に引き裂かれ、爆発する。

 

 

 刹那はGNソードを展開し、金色のモビルアーマーに向ける。

 強襲用コンテナは、敵に何ら損傷を与えられなかった。敵のモビルアーマーの力は完全に未知数………だが……!

 

 

 それでも、俺は……!

 仲間たちの、ロックオンの、………レナの、ために……!

 

 戦争根絶のため、平和な世界のために……!

 

 

 

 

「―――――エクシア、目標を駆逐する…ッ!」

 

 

 

 

 

 




次回予告


キュリオスが散る、ナドレが散る、エクシアが散る。生と死が交錯していく……。
次回、「刹那」。破壊から再生へと至る変革に、願うものは何か。



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第25話:刹那

 

『―――その程度の攻撃で、このアルヴァトーレに対抗しようなど……片腹痛いわ!』

 

 

 アレハンドロ・コーナーと名乗る男の言葉、それは決して大袈裟なものではなかった。エクシアとGNアームズによる集中砲火も強力なGNフィールドに阻まれてかすり傷一つ負わせることができていない。

 

 刹那の焦燥を嘲笑うように、アルヴァトーレの上背部の両側面のカバーが開き、片側十一門、計二十二門の粒子ビーム砲が現れ、一斉に閃光を放つ。

 

 

 刹那はその撒き散らされる粒子ビームの間隙を縫って一気に接近し、GNフィールドに向けて近距離からライフルモードにしたGNソードから連続してビームを放つ。しかし、それでもあっけなく弾かれ――――お返しとばかりに撒き散らされる十一門の粒子砲に即座にエクシアを後退。しかし回避しきれずにGNシールドが粉砕された。

 

 

「――――ちぃっ!」

 

 

 シールドの破片を振り払いつつ、更にアルヴァトーレから距離取り―――そして、不意に金色の機体を包んでいたGNフィールドが消失した。

 

 

「………!?」

 

 

 活動限界が来たと考えるには、早過ぎる。

 更なる攻撃の予兆であると読み、粒子ビームを牽制に放ちつつ更に距離を取り、そして金色のエイのようなその機体。その尾に当たる部分が開いた。

 

 

 そして、飛び出してくる六本の何か。ミサイルのようにも見えるが、赤いGN粒子を放ち、粒子ビームを撃ちながら縦横無尽に急接近してくる。

 

 

「―――……スローネと同じ!」

 

 

 

―――GNファング。

 

 

 スローネツヴァイと同じ六本の牙が、エクシアを四方八方から狙う。刹那はそれらを回避しつつライフルモードのGNソードと両手首のGNバルカンで応戦するが、撃墜することができない――――。

 

 

 

『―――刹那、ドッキングだ!』

「了解…!」

 

 

 

 ラッセの声に応じ、ファングを牽制しつつGNアームズとのドッキングに移る。

 慎重に、しかし迅速に接近するGNアームズが変形を開始し、上下に機体を展開したGNアームズの中央。GNドライヴとの結合部へエクシアが背中を押し込む。

 

 GNアーマーTYPE-E――――エクシア用にカスタマイズされたGNアーマー。左右の腕には大型のGNソードと、その両側にGNビームガンを備え、両肩にはデュナメスによるTYPE-Dと同様に二門の大型GNキャノンがある――――。

 

 

 

『行くぞ、刹那!』

 

 

 

 ファングを仕留めなければ、いい的になってしまう。

 半ば怒鳴るようなラッセの声に応じ、射撃が得意ではないと自覚している刹那は、意図的に意識的に彼の言葉を叫ぶ――――。

 

 

 

「――――狙い撃つ!」

 

 

 エクシアのGNソード・ライフル、GNアーマーのビームガンが、あたかも吸い込まれるように次々とファングを撃ち落とし、GNキャノンが纏めて吹き飛ばす。

 それはそう、まるで彼の―――ロックオン・ストラトスが力を貸してくれているかのようだった。

 

 

 

(……俺は、ロックオンの命を背負っている。戦っている。俺の中で、俺と共に…!)

 

 

 

 操縦桿を強く握り締め、刹那はGNアーマーを金色のモビルアーマーに突進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 GNアーマーが放ったGNキャノンが最後のファングの消滅させ、そのままアルヴァトーレに襲い掛かる。しかしそれもGNフィールドに阻まれて無効化される。

 すると、再びGNフィールドが霧散し―――それと同時に機体中央のスリットが開き、中から口―――大型粒子砲が現れ、鎌首をもたげた。

 

 

(くっ……!?)

 

 

 刹那が危険を察知した瞬間、眩い光の柱が放たれる。ヴァーチェのバーストモードを彷彿させる凄まじい閃光がGNアーマーを呑み込もうと襲い掛かり、急速後退しつつ回避行動を取ることで辛うじてビームから逃れる。背後で資源衛星群が消滅するが、それに目を向ける余裕はない。

 

 

『突っ込むぞ、刹那ぁ!』

 

 

 ラッセの声とともに、加速によって刹那の体がシートに押しつけられる。

 アルヴァトーレが十一門の粒子ビーム砲を乱射してくるが、それをこちらもGNフィールドを展開することで弾き飛ばし、更に加速して突っ込む。

 

 

『―――直接攻撃で!』

 

 

 

――――激突する寸前でGNアーマーはGNフィールドを解除し、エクシアの右脚を固定するパーツに内蔵されたクローを閃かせる。

 

 しかしそれは命中する直前で敵の鋏によって掴まれ、敵の粒子ビーム砲が一斉にこちらに砲口を向け――――。

 

 

「―――くっ!」

 

 

 咄嗟に、大型GNソードを左脚を掴んでいる敵機の左腕に叩き込む。高周波振動し、更にGN粒子を纏う刀身が接触した装甲と火花を散らし――――あっけなく金色の腕を両断した。

 

 

 

『くたばれぇっ!』

 

 

 ラッセが叫び、そこに更に至近距離からGNキャノンを叩き込む。敵機は咄嗟に逆の腕でそれを受け止めるが――――装甲自体は無事だったものの、その勢いに押されて関節が吹き飛ぶ。

 しかし、お返しとばかりに近くにあった二門に粒子ビーム砲が火を噴く。

 

 

 その片方はエクシアの左肩を掠めるだけだったが――――もう片方が、GNアームズのコクピットの至近を貫いた。

 

 

「ラッセ―――!」

『まだまだぁ!』

 

 

 被弾の衝撃で流された機体を立て直し、GNアーマーが再び突進する、交差する瞬間に放ったGNビームガンが金色の機体の右半身に爆発を起こし、敵の斉射した粒子ビーム砲がGNアーマーの装甲を削り落とし―――。

 

 

『……刹那、俺たちの……存在を……!』

 

 

 ラッセの呟きが聞えた直後、爆発とともに通信が途絶する。

 

 

「―――ラッセ…!?」

 

 

 返事が無い。表示されるデータではコクピットは全壊してはいないようだったが、多大なダメージを受けたことは間違いない。刹那の脳裏に、消滅したアイシスのコクピットがよぎり―――。

 

 

「――――貴様ぁ…っ!」

 

 

 ラッセの作ったチャンスを―――無駄にはしない!

 

 GNアーマーの装甲を砕かれながらも、構うことなく突進する。

 右腕の大型GNソードを真っ直ぐに突き出し――――激突した。

 

 

 これまでに受けていたダメージの影響なのか、突き刺さったGNソードが刀身の半ばで砕ける。しかし敵機のGNフィールドもまた、受けた損傷からか消滅し――――そして、GNアームズも続けざまに小さな爆発を起こし、機能不全に陥る。

 

 刹那は即座にドッキングを解除し、GNソードを展開。周囲に散らばる爆煙とGN粒子を突っ切り―――金色の巨体に躍りかかった。

 

 

 

「おおおおおおぉぉぉぉっっ!」

 

 

 アルヴァトーレが迎撃しようと粒子砲をこちらに向けるが―――遅い!

 雄叫びをあげる刹那が、エクシアが、その斬撃の届く距離に、懐に飛び込み―――GNソードが、金色の装甲に深々と突き刺さった。

 

 

 

「―――ぁぁぁぁああああああっ!」

 

 

 

 その勢いのまま、深々と突き刺したGNソードで敵の装甲を切り裂く。縦に、横に、そしてそのまま、真っ二つに引き裂く!

 

 

 

「―――ぅぉぁぁあああああ―――ッ!」

 

 

 

 金色の機体が無残に切り刻まれ、各所からスパークを散らす。

 刹那は敵機に十分なダメージを負わせたと判断し、金色の装甲を蹴飛ばして距離を取る。エクシアへの反撃の砲火は無く―――敵機が、盛大な爆発をあげる。一発、二発、三発と連続する爆発の閃光が、そして溢れだすGN粒子が、アルヴァトーレの黄金を包み込んだ。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 終わっていない。終わってなどいなかった。

 敵機が爆発したのを見て、そう判断したのは早計だったと、刹那が通信の途絶してしまったGNアームズに呼びかけていた時に思い知らされた。

 

 僅かに聞えた、通信回線を復活させようとするノイズ。それとほぼ同時に、ロックオンされたことを報せるアラートが鳴り響いた。

 

 

 咄嗟にエクシアの追加スラスターを閃かせ、放たれた赤い粒子ビームを回避する。

 そしてエクシアを振り向かせ―――見た。

 

 死に体となったはずのアルヴァトーレの、その口のようなスリットの上部の二門の粒子砲が、こちらを狙っていた。そして、その部分が僅かに身動ぎし―――開いた。

 

 

 そして、そこにはやはり金色の――――モビルスーツ。

 二門の粒子砲はビームライフルであり、カバーとなっていた部分が背中に回って翼となる。顔はガンダムようなものではなく、目を翡翠色のゴーグルで覆ったもの。

 

 

(……まさか、あの巨大な機体はGNアームズと同じ…!?)

 

 

 あくまで向こうは強化パーツでしかなく、本体はあのモビルスーツか…!

 刹那が即座に身構え、その金のモビルスーツが右手のビームライフルを投げ捨ててビームサーベルを構え、GN粒子を放出しながら突進してくる。

 

 

 振り下ろされる光剣を、咄嗟にGNソードで受け止め――――。

 

 

『さすがは、オリジナルの太陽炉を持つ機体だ』

 

 

 敵の声が聞こえ、それと同時にモニターにウィンドウが開いて敵パイロットの顔が表示される。見覚えのある顔――――アザディスタンの技術支援の要請に応じて訪れた、国連査察団の代表―――国連大使!

 

 

『未熟なパイロットで、ここまでこの私を苦しめるとは』

 

 

 その肩書き、そしてこの金のモビルアーマー、モビルスーツを操っていたこと……ある程度以上の立場にある人間だと判断して、刹那は叫んだ。

 

 

「――――貴様か……イオリアの計画を歪めたのは!」

『計画通りさ……ただ、主役がこの私になっただけのこと! そうさ、主役はこの――――アレハンドロ――――』

 

 

 

 さも当然のように語る男は、しかし最後まで語ることはできなかった。

 

 

 

「………な、ことで……」

『……なに…?』

 

 

「―――そんな、下らない理由で――…ッ!」

 

 

 そんな理由で、ロックオンは……レナは……っ!

 認めない……認めるものか…!

 

 

 エクシアの追加スラスターが閃き、敵の斬撃を弾き飛ばす。間髪入れず、がら空きになった敵の胴をしたたかに蹴り飛ばす。更に、慣性で弾かれる機体に向けてエクシアを突進させつつ、GNソードをライフルモードに切り替えて乱射する。

 

 

 

『―――くっ!?』

 

 

 しかし、それはGNフィールドによって弾かれ―――敵がビームライフルを乱射する。

 

 

『ソレスタルビーイングの武力介入によって<世界>は滅び、統一という再生が始まった! そして私はその世界を、私色に――――!』

 

「――――黙れ!」

 

 

 

 敵機の下に潜り込むように急接近したエクシアがGNソードを閃かせ、敵機は辛うじてビームサーベルで受け止めるが、左肩の追加スラスターを閃かせたエクシアが、そのコクピットと思われる腹部に、強烈なボディーブローを叩き込み――――。

 

 

 

 

『―――ぐぉぉっ!? くっ、その新しき世界に、貴様の居場所はない…ッ!』

 

 

 敵モビルスーツの背面の翼が、妙な動きを見せた。

 咄嗟に刹那はエクシアに僅かに距離を取らせ――――そして、敵機の両翼が水平になり、その先端が金色の機体を挟むようにして突き出される。

 

 

 翼と翼の間に、エネルギーの線が幾重にも描かれ――――。

 

 

(――――まさか…っ!?)

 

 

 怒りのあまり、接近しすぎていた。

 このままでは、避け切れない――――!

 

 

 

『―――塵芥と成り果てろ――――エクシア…ッ!』

(くっ、間に合え―――ッ!)

 

 

 

 咄嗟にコンソールを叩きつけるように操作し、あらん限りの力で操縦桿を引き絞り、ペダルを踏みつける。しかし、禍々しい巨大な光の矢が、エクシアのコクピットのモニターを埋め尽くし―――――。

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

「………ふっ……ふはははっ……!」

 

 

 あまりにもあっけない。このアルヴァアロンと私の前では無力だったようだな。

 あの距離で避けられるはずもない。そう、例えあの時点でイオリアのシステムを使おうとも避けられるものではない――――!

 

 

「ははははははははっ! 残念だったな、イオリア・シュヘンベルグ! 世界を統合し、人類を新たな時代へと誘うのはこの私……今を生きる人間だ!」

 

 

 

 アレハンドロは、心の底からわきあがる高揚にその身を委ねていた。ガンダムを失ったソレスタルビーイングを傀儡にすることなど容易。ソレスタルビーングの監視者、そして表向きの大きな地位も持っているアレハンドロが、これからの世界を導くことができる――――!

 

 

 しかし、その時。

 彼の目に信じられないものが映った。

 

 

「………バカな……なぜ……っ!?」

 

 

 粒子ビームが消え去った跡。塵をも残ってはいないはずの漆黒の宇宙に、眩いばかりの緑、そして真紅の輝き――――。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 エクシアのコクピットに、トランザムの発動に伴って残りの粒子量が表示されていた。しかし、それは刹那には全く目に入っていなかった。

 

 エクシアを庇うように大きく腕を、蒼い翼を、そしてそこから眩いばかりの粒子の翼を広げた、そしてトランザムによって真紅に輝く、純白の機体―――ガンダムアイシス。

 

 

「……レ、ナ……?」

 

 

 右腕と左脚を喪失し、そして、コクピットに開いた虚空にはやはり何も見えない。

 しかし、確かにそこに存在していた。アイシスの背後で、ウィングパックと合わせてGNフィールドを最大展開していたフォートレスパックが耐え切れずに爆散する。アイシスがGNフィールドを解除しつつ、左腕に構えたGNソードを展開し―――そして、金色の敵機に、それを向けた。

 

 

 

 

――――戦う。

 

 

 その意志を感じ取り、刹那は疑問を、涙を飲み込む。

 大きく息を吐き出し、操縦桿を握り締め、敵機を見据え、叫ぶ。

 

 

 

「―――……見つけた」

『……なに……?』

 

 

 

 

 

 トランザムによって刹那の求めるままに、いや、それ以上に応えるエクシアを駆りながら、そして何も言わずとも逆方向から敵機を挟み込むアイシスの存在を感じながら、刹那の脳裏をロックオンの言葉がよぎる。

 

 

 

『―――何が悪いとかじゃねぇ。けどな、どうしたって世界は歪む……そして、俺はその歪みに巻き込まれて、家族を失った……失ったんだよ……!』

 

 

 

 そうだ、世界が歪むのは誰のせいでもない……はずだった。

 しかし、もしそうでないのだとしたら。

 

 

 

『……一人でも多くの人を助けるために。平和な世界にするために、わたしたちは……』

 

 

 

 俺たちの、そして、レナの願いを踏みにじる輩がいるのなら――――…。

 

 

 

「――――見つけたぞ、世界の歪みを……ッ!」

 

 

 

 自分勝手な欲望で、世界を歪ませるもの――――!

 

 

 

「――――そうだ、お前がその元凶だ!」

 

 

 エクシアが粒子ビームを放ち、敵が応射する。しかしエクシアはそれを残像を残しつつ回避し、その隙に敵の背後、至近に近づいたアイシスがバーストモードに移行し、粒子砲となったウィングスラスターから粒子ビームをGNフィールドに叩き込む。

 

 

『―――再生は既に始まっている…ッ!』

 

 

 吹き飛ばされた敵機がアイシスに粒子ビームを乱射するが、ハイパーブーストを作動させたアイシスが残像だけを残して掻き消え――――。

 

 

『まだ破壊を続けるか!』

「―――無論だ…ッ!」

 

 

 ようやく見つけたのだ。黒幕を。計画を歪めたものを。

 その歪みで、ロックオンは、レナは……。

 

 今の刹那には、刹那に銃を向けたロックオンの気持ちが痛いほどに分かっていた。

 そして戦争根絶の意志を自分勝手に利用する者を、許すつもりなどない―――…ッ!

 

 

 

 エクシアとアイシスの放った粒子ビームが同時に敵機に殺到し、しかしそれもGNフィールドに阻まれる。……だが、対処法は分かっている。

 球体を形成する圧縮粒子の流れ。それを、実体剣で切り裂く――――!

 

 

 

 

 

 そうだ。いつかの、ロックオンに言われた言葉――――。

 

 

 

――――…刹那、なぜエクシアに実体剣が装備されているかわかるか?

 

 

 

 それは、GNフィールドに対抗するため。対ガンダム戦も計画には入っているから…。

 

 

 

――――もしものときは、お前が切り札になる。任せたぜ、刹那……。

 

 

 

(……わかっている、ロックオン……今の俺は、戦うことしかできない破壊者……だから、戦う………この、争いを生み出す者を倒すために!)

 

 

 

「――――この歪みを、破壊する!」

 

 

 

 赤い輝きを纏い、エクシアが金色のモビルスーツ、アルヴァアロンへ向かって駆ける。同時に、アイシスのガンナーパックがGNミサイルと粒子ビームを撒き散らしながら敵機の頭上に向けて突進し、更に敵機の直上で自爆し、爆煙とGN粒子を撒き散らす。

 

 そして、その煙が晴れた時――――アレハンドロが見たのは、眼前で同時にGNブレイドをアルヴァアロンに突き立てる、エクシアとアイシスだった。

 

 

 

『貴様ら……っ!』

 

 

 アレハンドロが自らの肉体を傷つけられでもしたかのように呻き声をもらし、それに構わず、刹那が叫ぶ。

 

 

「―――――武力による、戦争根絶――――それこそが、ソレスタルビーイング!」

 

 

 

 敵のGNフィールドが損傷に耐え切れずに消滅し、エクシアとアイシスは鏡合わせのように同時にビームサーベルを抜き放ち、突き立てる。

 

 

「――――ガンダムが、それを成す…ッ!」

 

 

 更に、エクシアが腰背部に装備したGNダガーを、アイシスがソードパックに装備したGNビームサーベルを、二本ずつ敵の胸に突き立てる。

 

 

 

「……俺と……俺たちと、共に……ッ!」

 

 

 更に残ったビームサーベルを、今度こそ確実に仕留めるべく金色の機体に突き立てる。

 

 

 

「――――…そうだ、俺が……!」

 

 

 折り畳まれてたGNソードを展開し、アイシスと同時に、袈裟切りに金色の機体を切り裂き――――そして刹那の脳裏に響く声とともに、振り抜いた。 

 

 

 

「――――俺たちが……ッ!」

『――――私たちが……っ!』

 

 

 

「『―――――ガンダムだ…っ!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金色の機体が一瞬だけの恒星となって、そして消滅する。

 刹那はそれをしっかりと確認し、エクシアと同時にトランザムを終え、純白の機体を静かに佇ませるアイシスにエクシアを向き直らせた。

 

 

「………レナ、いるのか……っ!?」

 

 

 通信を入れ、叫ぶ。しかし返事はない。コクピットはやはり虚空のままで、それでも刹那は、あることに気づいた。

 

 

(……レナは、脳量子波で機体を操縦する……GNパックが遠隔操作できるのなら、アイシスも……!?)

 

 

 アイシスの脇腹に残る、ビームサーベルに貫かれる前につけられたと思われる、コクピットまで切り裂かれた痕。もし、そもそもコクピットを貫かれた時には既に脱出していたとしたら……?

 

 

「レナ、機体を―――!」

 

 

 レナがアイシスを自分のところにまで呼び戻せば、刹那もレナを見つけられる。

 そう思った瞬間――――飛来した赤い粒子ビームの光が、アイシスの頭を吹き飛ばした。

 

 

 

「―――なっ!?」

 

 

 驚きと共に、刹那は粒子ビームを放った機体――――漆黒の機体に、半ばから切り落とされた真紅の翼と同色の粒子を纏った、黒いアイシスを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 二つ装備していた擬似太陽炉の一基を失い、エクシアから隠れるために資源衛星帯に潜伏していた黒いアイシスを駆るセレネは、確かに倒したはずのセレネ……レナ・キサラギの、オリジナルの脳量子波を感じ、満身創痍の機体で、しかし確実な殺意を持って純白のアイシスを狙った。

 

 

 

「………どう、して…っ!」

 

 

 確かにコクピットを貫いた。即死だったはずだ。

 でも、動いている。動いているなら――――。

 

 

「……こんど、こそ…っ! 今度こそ―――っ!」

 

 

 オリジナルなんかがいるから、私たちはあんな目に遭わされる……っ。

 そうでなければ……そうでなければ……っ。

 

 

「――――私は、殺されるために生まれたんじゃない…っ!」

 

 

 なんで生きているのか。

 死ぬか、あるいは殺すため。

 

 死んだら何も残らない。だから殺さなければ。

 殺して、今度こそ、私は――――…!

 

 

 狂ったようにトリガーを引き絞り、連続して放たれる粒子ビームが棒立ちのアイシスの腕を、翼を、脚を吹き飛ばしていき―――。

 

 

 

『―――やめろぉぉぉっ!』

 

 

 

 エクシアが、GNソードを構えて突進してくる。

 通信が繋がり、相手の声が聞こえ、そして画面に映る黒髪の少年が驚愕する気配が伝わってきた。

 

 

 

『……っ!? セレネ……!?』

 

 

 GNソードと、アイシスの構えたGNビームサーベルが激突する。 

 しかし、少女……セレネには、その言葉に『似ているが、セレネではない』という響きを感じ取ってしまった。

 

 俯き、唇を噛み締め、涙を堪え、叫ぶ。

 

 

 

「――――ちがう…っ! 違うっ! 私が……私が、セレネ・ヘイズです!」

 

 

 否定する。皆揃って私を否定する。

 ……同じだから。『私』は「わたし」になれない。偽者。クローン。コピー。

 

 じゃあ、『私』は一体誰なの……っ?

 セレネ・ヘイズなのに、誰でもないのなら、私は……っ。

 

 

 

『………お前は……』

 

 

 怒りに燃えていたはずの少年が僅かに目を伏せ、セレネの知らない感情の篭った瞳でセレネを見ていた。全てを見透かされているような、そんな―――。

 

 

 

「――――ぃ、ぃゃぁぁああっ!」

 

 

 知らない。しらない。そんな感情は知らない。

 ブースターを閃かせたアイシスがエクシアの剣を押し切り、突き飛ばし、ビームサーベルを振り下ろす。エクシアのエクシアの左腕が肩から分断され―――。

 

 

 

『――――…お前は、何故戦う…っ!』

 

 

 少年の声が、コクピットに響く。

 アイシスがエクシアの胴を両断する軌道で剣を振るい、しかしそれは受け止められる。

 

 

『なぜ、レナを殺そうとする…っ!』

「―――私は……偽者なんかじゃない……っ! あの子がいなくなれば―――!」

 

 

 アイシスのブースターが再び閃き、しかしそれと同時にエクシアも追加スラスターを閃かせる。激しいスパークと共にバチバチとGNソードとビームサーベルが悲鳴をあげ、そして少年が叫んだ。

 

 

『―――そんな必要は、ない…っ!』

 

 

 少年の気迫に応えるように、エクシアのジェネレーターが、GNドライヴが唸りを上げる。その勢いに押し負け、隙だらけになったアイシスの右脚を切り飛ばされる。

 

 

「どう、して……そんな――――っ!?」

『――――お前は、お前だ!』

 

 

「――――そんな慰めなんて……聞きたくない…っ!」

 

 

 最大出力にしたウィングスラスターが悲鳴をあげ、前回の戦闘での損傷がたたって爆発を起こす。しかし突き出したビームサーベルがエクシアの顔面に突き刺さり、貫きこそしなかったが首からもぎ取る。

 

 

『――――生きる意味は、与えられるものじゃない……!』

 

 

 エクシアがGNソードを振り抜き、アイシスの頭を刎ね飛ばす。

 

 

「――――だから、私はあの子を殺して―――っ!」

 

 

 アイシスの右拳がエクシアの腹部をしたたかに殴り飛ばし、更に左脚を叩きつける。

 

 

『―――それは、歪んでいる!』

 

 

 

 エクシアが機体を制動し、GNソードをライフルモードに切り替えて乱射する。アイシスは役に立たなくなったウィングパックをパージしつつそれを回避し、再びビームサーベルを構える。

 

 

 確かに、確かに歪んでいるかもしれない。

 けど、けど……っ!

 

 

「―――…わたしには…っ、他に何も……っ!」

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「………違う」

 

 

 刹那は、小さく呟いた。

 そんなものは、自分の意志での戦いなどではない。

 

 同じ……そう、この少女はセレネと同じなのだ。

 生きる意味に悩み、苦しんでいた、セレネと……レナと……。

 

 そして、そこに付け入られた。

 

 

「―――お前は、他人の意志に流されているだけだ!」

『それ…でも……私は――――っ!』

 

 

 

――――歪んでいる。

 

 

 歪められている。この少女も、誰かによって歪められた存在……。

 偽者か、本物かなど関係ない。刹那にとってレナだけが特別であるように、この少女も、本来であれば誰かにとっての特別な存在になれた……。

 

 そんな歪みを許してしまう世界も、歪んでいる。

 それならば、どうするのか。決まっている―――!

 

 

 

 

「お前のその歪み――――この俺が、断ち切る…ッ!」

 

 

 

 エクシアにGNソードを構えさせ、GNドライヴの最大出力で敵機へ向けて真っ向から飛翔させる。

 

 

 まやかしを、歪みを、粉砕する。

 世界の歪みを破壊する。

 

 「戦争根絶」のため、自身の、仲間たちの、そして一人の少女の願った平和な世界のため。ソレスタルビーイングが、ソレスタルビーングであるために。

 

 ガンダムがガンダムであるために。

 俺が、俺であるために。

 そして、レナのためにも―――!

 

 

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

 刹那が叫び、モニターに敵機が迫る。

 そして、次の瞬間――――永遠にも思える静寂と共に、GNソードが敵機を貫く感触。そして、エクシアが貫かれる感触――――。

 

 

 コクピットは、貫かなかった。貫かれなかった。

 ただ、途絶しかかった通信に、少女の泣き声が聞えた。

 

 

 

『………わた、しは………なんの、ために……』

「………お前は、お前の……生きる、意味を……」

 

 

 

 

 だから、刹那が呟いた言葉も届いたかは分からない。

 次の瞬間、エクシアとアイシスが爆発の輝きに包まれ――――。

 

 刹那は、きっと生きていると信じて、少女の名を呼んだ。

 もう一度会えるように、願いを込めて。

 

 

 

「………レ、ナ……」

 

 

 

 

 宇宙に、一瞬だけ眩い光が煌いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2nd告知

 

 

 

緊急告知

 

 

 

 

 

 

 ソレスタルビーイングが壊滅して、4年。

 

 ―――独立治安維持組織アロウズによって”統一”されつつある世界。歪み続ける世界に、ガンダムマイスターたちが帰還する。世界を変革するために、求める未来のために。そしてソレスタルビーイングに求められる真の目的を知るために…。

 

 

 

 かつて、果てない可能性を持った少女がいた。

 

 

 

「――――来るべき対話。もしも、この戦いもヴェーダの“計画”の内だとしたら……」

「……刹那。“私”のこと、よろしくおねがいします」

 

「――わたし…は、戦います! 守りたいんです…っ、そのために…!」

 

 

 

 生み出された少女は、ただ“理由”を求める。

 

 

 

「私には、これしかないから…――――だから刹那…っ、アナタを殺します!」

 

『―――――アナタの剣は、そんなものじゃないはずです…ッ! 刹那・F・セイエイ…っ! ガンダムマイスターを名乗るのなら、私にもう一度勝ってみせて――――ッ!』

 

 

「――――刹那の視線を釘付けにします…ッ! この、悩殺ビキニで…っ!」

 

 

 

 

 革新者たちは、嗤う。

 

 

 

「例えそうだとしても、世界を導くのはこの僕。リボンズ・アルマークさ」

 

 

 

 

 

 そして、来るべき未来のために。

 

 

 

 

「私は名乗るほどのものでもない――――よって。ミスター・ブシドー、とでも呼んでもらおう」

 

「こんだけ派手にやってるってのに―――――…眠ってられるかよぉ! 楽しくやろうぜ、アレルヤァァァァァッ!」

 

「狙い撃つ、狙い撃つぜ――――っ! テメェがどこに逃げともなぁ…ッ!」

 

 

「刹那、トランザムは使うなと言っとるだろうがっ!」

「了解――――…トランザムッ!」

 

 

 

 

 

 そして、世界を変革するために。

 ガンダムが、目覚める――――!

 

 

 

 

「―――――目覚めてくれ、ダブルオー……っ」

 

 

 

 この世界の歪みを正すために。

 歪みを生み出すものを破壊するために。

 

 

 

「ここには、0ガンダムが――――」

 

 

 

 刹那を救ってくれた、人ならざる者が。

 

 

 

「エクシアが―――――」

 

 

 

 これまでの戦いで常に刹那と共にあった、相棒が。

 

 

 

 

(俺は、1人でここにいるわけではない―――――)

 

 

 

 

 仲間たちがいるからこそ、ここにいる。

 そして、“彼女”の願う世界のために―――――――!

 

 

 そのために!

 

 

 

「――――俺がいる! 俺達の想いが、ここにある――――…ッ!」

 

 

 

 

 

 

 機動戦士ガンダム00 変革の翼 2nd 連載中です!

 

 

 

 

 

 というわけで、大変おまたせいたしました。

 今回、前作をお気に入り登録してくださっていた方にお知らせするために予告編という形で一話投稿させて頂きました。

 

 もう読まないよ、という方も、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

 

 







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