遥か遠き蜃気楼の如く (鬱とはぶち破るもの)
しおりを挟む

その名はルフトシュピーゲルング

艦隊これくしょんの作品を検索してもあまりない(と思っている)鋼鉄の咆哮の超兵器ルフトシュピーゲルング主役の小説が読みたかったので…

このルフトシュピーゲルングはシリーズにおけるルフトのいいところ取りみたいな代物なのでご了承ください。
流石にグロースシュタットは知名度のあまりの低さ+火力的にルフトシュピーゲルング以上なのは確実なので自重




蜃気楼の名を冠する超兵器

 

ウィルキア帝国が開発した最後の超兵器“ルフトシュピーゲルング”、波間に沈みし摩天楼を継ぎし艦艇型超兵器

 

全長1.2kmの艦体に隙間なく装備された対空パルスレーザーは航空機の飛行を許さず

巨大艦でありながら速力57ノット、洋上艦にしては魚雷挺並、否それを越える速力を誇る

 

連装75口径80cm砲6基、12門を“副砲として”装備

主砲に至っては三連装75口径100cm砲4基、12門。

この時点で大和型を遥かに越える打撃力を誇る兵器であるが、これだけではないのである。

 

対艦多弾頭ミサイル発射機構、誘導荷電粒子砲8基、57mmバルカン砲10基、特殊弾頭ミサイル発射機構、光子榴弾砲6基、大型レールガン2基、前部甲板固定式超波動砲1基。

 

この中でもっとも非力な57mmバルカン砲を見てみても“この世界”で考えてみればかなり有力な装備になりうる。

 

また、補助装備も充実しており実弾攻撃を半減させる“防御重力場Ⅴ”

光学兵器をほぼ無力化が可能な“電磁防壁β”

再装填を素早く終わらせることが可能な“自動装填装置β”

超巨大艦を制御するスーパーコンピュータの分析力に情報を与える海上レーダー“電波探知機Ⅴ”海中ソナー“音波探知機Ⅴ”

レーダー射撃を補助する“電波照準器Ⅳ”

 

完成が帝国が幾多の海戦に敗北し、余力の無くなった時期のため幾つかの装備は開発が間に合わず、既存品の使い回しではあるがそれでも異界からやってきたヴォルケンクラッツァーを再設計し作り上げたヴォルケンクラッツァーⅡ、それを発展改良し出来たのがこの前代未聞の超巨大艦ルフトシュピーゲルングなのである。

 

火力は大陸をも消し飛ばし、防御力は“この艦を沈めるためにはもう一隻ルフトシュピーゲルングが必要”とまで言われていたのだ。

 

しかし、帝国最後の最強の超兵器は決戦に敗れてしまう。

 

通常艦艇を改良し改造し元と為った艦がわからなくなるほど弄くられたそれは、蘇った摩天楼の蜃気楼を“消滅”させてしまった。

 

物語はここで終わりを迎え、そして新しい物語が始まる。

 

「あー、マジか…あーマジか。」

 

当事者の事情など殆ど無視し、極めて歪な状態で。

広い広い見渡す限りの水平線の上、海風に黒地に白い紐を通されたロングスカートをはためかせ、メイドカチューシャのような電子探知機を白い髪の中に付けている不安と不満と困惑の色を顔に浮かべ

彼女は腕を組ながら現実に、現状に不満を漏らす。

なにも変わらないと明瞭に理解しながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蜃気楼の出現

襲われて劣勢な艦娘達を救援する、というのはある意味お約束ですね。





 

 

 大口を開いた泥土のような匂いを撒き散らす敵艦が口内の砲を発射する。

出来損ないのクジラのようなそれは敵としては最低ランクの存在である駆逐艦イ級と呼称される存在である。

それ一匹ならばそこまで問題ではないだろう、徒党を組み強力な指揮者がいなければ。

 

「ぐっ…」

 

 海面に打ち込まれる砲弾はまるで雨粒のように海水と火薬の匂いを撒き散らす。

断続的に打ち込まれる砲弾を巧妙に取り舵面舵の転舵で致命傷を避ける、その動きは完成され感嘆の声が上がっても可笑しくないものである。

しかし、巧みに回避しなんとか命中弾をかわしてもやはり損傷も疲労も蓄積しており、交戦開始時より機敏さが低下しているし、速力も下がっている。

 

 普通ならば撤退すべき状況にあるはずなのに、彼女川内型一番艦川内は交戦海域を離れずにいた。

後方に居る護衛対象に早く早くと心の中で急かす、彼女らの危険を少しでも減らすために。

 

「…、ホント。狼に率いられた羊の厄介なこと…!」

 

敵がイ級だけならば問題はなかっただろう。本来ならば新米艦娘達の教導艦の任務を負っていた川内は慣熟航行を兼ねた座学で教えられた筈の陣形の組み方の復習を行っていた。

本来ならすぐ終わり、港に戻る途中で改善点を示すだけの行程である。

 

戦艦ル級に率いられたイ級の群れにさえ出会わなければ

 

 実習を行っていた場所は彼女達の母港の目と鼻の先、肉眼でギリギリ見える距離ではあるがとっくの昔に安全が確保された筈の海域への戦艦を含む艦隊の不意をつく強襲攻撃。

まだ実戦に出ることの出来ぬ新米艦娘達、それを無傷で退避させたのは流石教導艦と言えたが、先制砲撃により綺麗に左腕に装着していた艤装の砲を破壊され、反撃が困難になったうえ、率いていた新米艦達は突如現れた怨念の塊である深海棲艦に恐慌状態に陥り、陣形もなくバラバラと戦域を離れていく。

この行動自体は予め川内自身が指示していた事なので問題はない、戦えぬ者が戦域にいても邪魔になるだけでそれならば退避し援軍を呼んで欲しい。

何度も口が酸っぱくなるくらいに言ったので、問題はない。

 ただ、各々艦隊行動も取らず出しうる最高速で行くのは問題だった。

 

「陣形は互いを守る基礎中の基礎って教えたのになぁ…」

 

 やや不満に感じるがこれは無事帰還できた後で説教会を行うと言うことで晴らすとして、問題はこの敵艦隊である。

普通の…これまで川内自身が戦ってきた深海棲艦の艦隊とは現在相対している敵艦隊は何か違うものを感じてしまうのだ。

普通の深海棲艦ならば、陣形もなく逃げていく新米艦達を狙っていた筈だった、陣形が無いと言うことは1対2でも3でも、好きなだけ優位に立つことが出来る戦い方が出来ると言うことなのだ。

 

だが、この艦隊はどうだろうか?

逃げた艦娘達には目もくれず最初から川内を狙っているのだ。

ご丁寧に艤装の主砲部のみを破壊し、抵抗力を激減させた上で当の戦艦はなにもせずじっとしている。

ただ沈めるつもりならばとっくに戦列に加わっているだろう、がそうしないところを見れば彼女の脳裏に極めて不愉快で不気味な予想が浮かぶ。

 

(…まるで狩り、わざと弱らせた獲物を狩らせて学ばせてる…)

 

 

その当たって欲しくない予想は、的中といえた。

現にイ級達の砲撃間隔は短くなり、回避する為の体力と速度を落としたとはいえ精度も上がっているように感じる。

それだけでなく進行先に砲撃を浴びせ、別の艦が回避予想先に砲撃を放つということまで始めている。

艦娘達にとってはそこまで不思議でもない物だが、人型の深海棲艦は兎も角、イ級タイプでこのような連携の攻撃は始めてみるものであった。

なにせ、敵を沈めるという事しか頭に無い故に協力して攻撃するという発想が端から存在していないのである。

 

 しかし、優秀な獲物を狩るためには狩人も優秀になる。

川内にしてみれば極めて不本意ではあるが、彼女の教導艦としての能力で敵を成長させてしまったことになる。

下がり続ける回避力に比べ上昇する砲撃精度、故に限界はすぐに訪れてしまった。

 

「ぐはぁっ!」

 

 足元に着弾した砲弾にバランスを崩したところへ胴への直撃弾、辛うじて致命傷は避けたものの左腕の砲撃を受け攻撃機能を喪失した艤装で受け止めた為、完全に艤装自体が消滅し左腕から伝わる衝撃に海面に叩き付けられ、疲労から起き上がることもできず耳元に響く波にぼぅっと遠くを眺める。

 

青い空に千切れ雲。

それだけ見れば退屈で退屈ででも誰もが望む平和な世界。

ビリビリと痺れる左腕は動かすことも出来ないが激痛に身を悶えながら“喰われる”よりはマシか。

視線だけ動かせば砲撃を止め、戦艦に寄り添うイ級達が頭と思われる部分を差し出せばよくできました、とばかりに差し出した部分を撫でてやるル級の姿が飛び込んできて、溜め息を軽く吐き出して

 

「敵同士じゃなきゃ、拍手してあげたいくらいだよ…まったく…」

 

 やがてスキンシップを終えれば、ル級を中心にジリジリと距離を詰め始める、人型のル級すらギザギザの牙のような歯を剥き出しに、イ級達は砲を引っ込めて大口を開きながら。

 

「…あぁ、どうせなら…夜がよかった。自分の血で悲鳴をあげなくて済むし……。みんなごめん」

 

青い空を削るようにイ級達が視界に収まりだし、いよいよ終わりとゆっくり目をつむる、せいぜいゆっくり食事をすればいい、そのあとに待つのは駐留艦隊からの砲撃なのだから。

 

諦めの気持ちにそまり今まさに無抵抗の川内の喉元に食らい付こうとしたル級は“吹き飛んだ。”

 

「……は?」

 

それは耳障りなノイズとともに川内に、ついでにイ級含む艦隊に、そしてル級の“遺骸”へも届いていた。

 

《我が名はルフトシュピーゲルング!貴艦を援護する者なり!》

 

幼さの残る、妙に耳に残る自信満々で威風堂々という印象を抱く少女らしい…だが何処か安心感のある川内救援の声であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蜃気楼との遭遇

誤字修正指摘ありがとうございました!


 

 大海に身を任せ、漂流状態の川内は正直に言って混乱していた。

唐突に救援する、と言われても肝心のルフトシュピーゲルングと名のる艦娘の反応を感じることが出来ないからである。

電探に意識を集中しようとしても“ザリザリ”という耳障りなノイズがかかっており、今のところまともに通信できる相手が居ないため川内は(せめて何処から、どんな援護方法なのか伝えて欲しかった)と思うものの、再び飛び込んできたノイズ混じりのルフトシュピーゲルングからの通信でそんな悠長ともとれる不満を消してしまう。

 

《これよりレールガンによる支援砲撃を開始、友軍は注意されたし!》

 

 不満はより大きな疑問により掻き消される。

返信で件の相手に砲撃を受けほぼ漂流状態で何に気を付ければ良いのか、それともレールガンとは何か?と混乱の勢いで訪ねようとするものの、遥か水平線より一瞬青白い物が光ったかと思えば、最外縁部に居たイ級が一撃の元に“撃沈”される。

ル級より軽量だったためか、着弾部は綺麗に削り取られ、柔らかい生菓子をスプーンで掬ったかと思うほどである。

更に深海艦隊は二隻沈められてなお、敵の所在を掴めていなかった。

 

「よし、二匹目撃破。」

 

 “この世界ではあり得ない”超長距離射撃を成功させた彼女は、ごく当たり前で当然と特に歓喜の色を浮かべることなくゆっくりと瞼を開き、ピンと伸ばされた右腕を下ろした。

 澄んだ白色金色のつり目気味の瞳が前方を見据える、先程まで電探射撃に集中するべく閉じていた分遠くまで見えるような解放感そのままに視線を右腕に移動させれば、超長距離射撃を行った“レールガン”にぶつかる。

 それは肩から手首まで所々、腕に巻き付くように金具で固定されている火薬ではなく、電気の力で弾を発射する電磁投射砲、それが“レールガン”である。

 ルーツを辿れば、ルフトシュピーゲルングに代表される数多の超兵器を開発したウィルキア帝国が入手した“異界からの転移艦”に搭載されていた代物である。

 完成品さえあれば時間をかけて模造できる程度には技術力のある国だった帝国はそれを再び使用可能な兵器として蘇らすことに成功したのだった。

 

 この海戦でも、設計陣が期待した通りの命中率を出したルフトシュピーゲルングは静止状態より前進を開始する。

 別にレールガンによりイ級を殲滅しても良いのだが、襲われて居た艦娘の安否が心配になったのもあり最高速…を出す必要の無い距離ではあったがそれでも第五戦速(おおよそ30ノット)の速度で距離を詰めつつ、肩に載せた追尾機能をもつ“誘導荷電粒子砲”とレーダーを同期させイ級の対処をすることにする。

 

「主砲使えるけど…助ける相手を巻き添えは嫌だしなぁ…」

 

 主砲及び副砲はとっくに残存するイ級を捉えていたが、ピンポイントで射撃する物でないためすぐそばで倒れている、川内を巻き込む可能性があるため自重していたのだった。

 

 グングン距離を詰めれば、周囲を警戒していたイ級達はようやく標的を見つけたようで、大口を開き口内砲を発射する。

川内との戦いにより、砲撃精度と連射速度を向上させ連携が出来るようになったその砲撃は彼女へ寸分たがわず命中するコースであった。

 それを見ても彼女はそのまま前進する、もし戦艦級が残っていたならばその駆逐艦以上の遠見で寒気を覚えるであろう、整った少女の顔に似合わぬ獰猛な笑みを浮かべている事に。

 

 イ級の放った砲弾は、着弾直前にあらぬ方向に逸れてしまう。

砲弾はそのまま海面に落ちて、爆発しそれが実弾であることを周囲に示す。

一瞬、イ級が戸惑ったのか砲撃を止めるが直ぐ様次弾を装填し放つ…が結果は先程の結果をなぞることになる。

 

 これも“異界からの転移艦”が装備していた“防御重力場”の恩恵である。

これは、艦の中心より外向きへの力を発生させ実弾防御を図るものである、当然機関出力が高ければ同じ装置であっても効果に差異ができる物で、ルフトシュピーゲルングの機関出力は、波動砲を支えるために最大級の物を搭載しているため、彼女の防御重力場を砲撃で突破するには最低でも46cm砲が必要になるだろう。

 もっともそれを突破できても対80cm砲防御を施された装甲は、イ級の火砲で抜くことは…否、これがレ級であろうと不可能である。

 

「…凄い…。というより…なに、アレ…?」

 

 互いにフォローしあいルフトシュピーゲルングに火線を張りダメージを与えようと努力するイ級に対し彼女は速度を落とし、停止。

 漸く上体を起こせそうな程度には回復した…というよりは痺れがとれた川内は集中砲火を受け、無傷な救援艦、ルフトシュピーゲルングと名乗った少女を見た。

 

 髪は純白、肩の辺りまで伸びていて頭の上にはカチューシャ型の電探装置がつけられている、全体的に細く華奢な印象で黒を基調とし所々、白いリボンで飾り付けてある。

上下合わせてみればおおよそエプロンドレスの様な服であるものの、ほっそりした腰回りに白いコルセットのように艤装とスカートを結ぶリボンがあり、膝上の長さのスカートの裾にも袖と同じく白い布が一定間隔で飾り付けている。

足元は長めの紺色のブーツと推進機関部の艤装が一体化した物を履いており、スカートの下にも黒いズボンを履いている。

 体格から考えれば駆逐艦の様な管制人体だが背負っている艤装がそれを否定する。

 

 彼女自身の体格を遥かに越える三連装砲を四基、連装砲六基、肩には砲身の真ん中に輪が付けられた変わったら連装砲がイ級達に向けられている。

右腕には楽器の一部のような筒が並んでおり、左腕には肩に付けられた物と少し違いがあるものの似たような砲が並んでいる。

背中の方は見えないがそちらも同様の重装備であることは予想が出来た。

 

 結局のところ、詳しい話を聞かなければ…。

知らずに浮かぶ苦笑と冷や汗を浴びた海水のせいとして誤魔化す事を考えている間に、四つの光線がイ級を貫く、一切の回避を許さぬ追尾レーザーから逃れることが出来たイ級は無く、無傷のまま彼女は。

ルフトシュピーゲルングは上体を起こし戦いを見ていた川内にそのまま慎重に接近し停止し、右手を差し出す。

 

「えーっと…もう大丈夫ですよ。」

 

 一方的に敵艦隊を叩き潰しておいてどこか自信なさげな言葉にずっこけそうになり、同時に「あんたは何モンよ」と聞きたいのもとりあえず押さえ、差し出された手を握り返し、巨大な艤装の砲身に体を寄せ軽く息を吐き感謝の意を伝える

 

「救援ありがとう。お陰で助かったわ。私は…川内型の一番艦の川内よ。」

 

「無事で何よりです。オレは改ヴォルケンクラッツァー型二番艦ルフトシュピーゲルング、です。」

 

「ぶおるけん…?舌を噛みそうな名前ね。」

 

「それには大いに同感ですよ。」

 

 ジュルジュルと海に同化しながら溶けていく遺骸に囲まれ、二人は川内を救援に来た駐留艦隊の到着を待ち、提督からの指示当人の希望もありルフトシュピーゲルングは川内の所属する島の鎮守府へ回航することとなる。

 

これにより、対深海棲艦戦は新たな局面を迎えることとなる。




改ヴォルケンクラッツァー級というのはこの作品のみの設定です。

ルフトシュピーゲルングを建造したウィルキア帝国が得たのは、どこかの世界で大破し漂流状態であったヴォルケンクラッツァー(波動砲付き)
それを手本にウィルキアで建造したのがヴォルケンクラッツァーⅡでありそれを改ヴォルケン級としてます。
このルフトシュピーゲルングは改ヴォルケンの二番艦、ということにしてます。
二番艦ではありますが、発展改良を経たためもはや改ヴォルケン級改型、みたいな状態です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異常な艦娘

善意が必ずしも良い結果を生むとは限りません。

ですが、悪意が良い結果を生む事はありません。

誤字修正、指摘ありがとうございました!


 

「では本日はこちらでお休み下さい。何か用事が合ったらそちらの電話で申し付けてもらえば対処します」

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

 時刻は午後7時を過ぎて、黄昏時を過ぎて夕闇に包まれつつある海の上にポツンと存在する諸島郡、その中でも一番大きな島に建設された港湾施設郡の中で最大の地下壕司令部機能を兼ね備え、海上の敵を睨む陸上砲台や幾重にも火線が張れるよう設置された対空砲台により守られた施設の地下、賓客を迎え入れる様に作られた部屋へルフトシュピーゲルングは案内された。

 会話する程度には余裕があるものの、大破判定であり、ドックへと運ばれていく川内を見送った後、川内救援艦隊の一人であった大和型戦艦一番艦大和にここまで案内されたルフトシュピーゲルングは、見事な敬礼をする彼女へ見よう見まねではあるがそれなりに形になっている返礼と案内の礼を述べ、広い部屋の中鍵をかけてベットに腰かけゆっくり息を吐いて緊張を解く。

 まさかのビッグネームに粗相をしないように気を張っていたので幾らか気疲れしてしまったのだった。

 

「ふー…、第一関門突破…と…」

 

 腰かけた体勢から後ろに倒れ、柔らかなベットの上に仰向けになり天井を見ながら何とか受け入れてもらったことに安堵する。

正直にいって、この“ルフトシュピーゲルング”の力を持ってすれば深海棲艦など物の数ではない。

これは奢りでもなく、事実として彼女は…正確に言えば彼女の中の人格の持ち主は確信している。

深海棲艦を攻めるのは容易い、圧倒的な砲火力を持って片っ端から叩き潰せばいい。

 

 だが、日本に生まれ日本に育った者としては例え別の日本だろうと何かしたくなる程度には国を思う事を考える人間であり、強大無比な力を得た今なら尚更である。

 

「…この世界でもちゃんと作動する防御重力場、実弾防御を底上げすればこの先も楽になるでしょ…それ以外の装備も艦娘達に適応できれば!…ふふっ」

 

 文字通りほくそ笑む彼女の脳裏に浮かぶは、80ノット以上の速力で敵艦隊を翻弄する島風に率いられた高速艦隊、レ級だろうと戦艦棲姫だろうと砲撃を真正面から受け無傷の金剛以下打撃艦隊、波動砲をぶっぱなし根城ごと敵艦隊を消し飛ばす大和姉妹…。

 これらが実現するならばもはや深海棲艦は刈られるのを待つ獲物に成り下がるのは確定だろう。

 

その為、身に付けていた“ルフトシュピーゲルングの艤装”はすべて鎮守府側に預けたのだった。

…より正確に言うならば、鎮守府内での装着は原則禁止の為、入港前にその旨を伝えられたのだった。

返事はもちろん“イエス”である、むしろあのタイミングで無ければ何かしら理由をつけて預かって貰うつもりであったため渡りに舟状態だったのだ。

 恐らく今頃は、明石や夕張辺りの工廠組は降って沸いた“それ”を弄くり回していることだろう。

 …いや、流石に無許可ではそこまで大きく弄ることはしないか、と思い直し弛緩していた上体を起こして、少々疑問に思っていたことがあるのでそれを確認するべく起こした勢いのまま立ち上がる。

 

「んーと…重そうな物…重そうな物」

 

 視線を右から左へ白色金の瞳が獲物を狙う様に動けば、一つ一つ吟味するように細める。

鏡台、椅子、机、コート掛け、箪笥…木製の品の良いと、インテリアに疎い彼女でも分かる代物で漆喰壁に良く馴染んでいるなかで、最も重そうな箪笥に目を付けて近づく。

 

「重そうだな…少なくとも“俺”だったら持ち上げれないだろうな」

 

 ずっしりした重厚な作りの箪笥を見上げ、かつての自分だったらどうだろうか、と考え。

正面側では届かない為、横の細い部分の端と端を付かんで力を込めれば、あっさりと持ち上げれば“ビキキッ”と床が悲鳴を上げる。

 その瞬間にピタリ、と動きを止めて顔を箪笥の前部分に動かし視線を下げれば絨毯に隠されていた固定用の、金具がタイル床から剥離し掛けており、反対側の金具は完全に宙に浮いており、ぷらぷら揺れている始末で、然しもの彼女もその事実に冷や汗を流して、若干顔を青くしてとりあえずゆっくりと下ろして、金具を元の穴へ入れて箪笥を壊さないように上から押し込み、左右から押してバランスを保っている事を確認し、何事もなかった様に冷や汗を流すために脱衣室へ迎い、服を脱ぎ捨てる。

 鏡に映る裸体は着ていたエプロンドレスの様な構造でありながらほっそりした印象であるが脱いでもやはり細く、こんな体なのにあんな重そうな箪笥を簡単に持ち上げるのだから、艦娘って凄いな。と他人事の様な感想を抱きながら浴室へ。

 桧風呂と簀が視界に収まり、よく掃除が行き届いているのか不快な匂いは皆無で桧の良い匂いに包まれた風呂をおっかなびっくりあまり汚さないようにシャワーを浴びて、浴槽に浸かるのは戸惑われた為体を念入り洗い…途中、手が止まる箇所もあるが“自分の体だ”と意を決して洗浄する。

 

 湯上がりに鏡に映る顔が赤いのは、きっと肌が白い所為にして、体を拭いて用意していた寝間着を着る。

 極て不思議な事であるが、風呂から上がれば脱ぎ捨てた筈の服はキチンと整えられており、冷や汗に濡れた筈の背中の部分も乾いており、全てから洗い立ての様な清潔感のある匂いが漂っており首をかしげながら疑問を呟く

 

「洗濯しなくて済むのはありがたいけど、どうなってるんだろ?…妖精さんのおかげって事にしておこう。」

 

 艦娘の不思議な事に、やや強引に納得して部屋に戻ればそれを見計らった様に部屋がノックされて軽く飛び上がる程度には、びっくりしつつ軽く息を整えはい、と返事をすればややくぐもった女性の声が扉の向こうから聞こえてくる。

 

「こんばんは、私です大和です。ルフトシュピーゲルングさん。ご夕食をお持ちしましたよ。」

 

「あ、はい!今開けますよ」

 

 待たせては悪いと扉を開ければ、確かに大和が居る、否彼女だけでなくズラズラと直線の廊下に色取り取りの髪の色をした艦娘達が料理を持って立っている、もちろん大和も大皿にたんまりと乗せられたご飯を持っている。

 

「え、あの…これは?」

 

「すいません、なるべく多くしたんですがこれ以上は出せないと言われたので…」

 

「こんなに要らないです…」

 

「あんな艤装を背負って戦ってるんです、言わずとも分かりますよ。私だってそうですから」

 

 目を丸くし、なんとか拒否しようとするルフトシュピーゲルング、遠慮していると判断して食べさせようとする大和。

 軍配は数に勝る大和達にもたらされる、机はそれなりに大きかったがご飯を置かれ、揚げたてだろう湯気の立つ唐揚げに、量を増すために山盛りにされたナポリタン、餃子、肉団子、焼売、刺身、カニ雑炊………一つ一つが大皿に大鍋にたっぷり盛られてルフトシュピーゲルングの前に置かれる。

 

「さぁどうぞ、お召し上がりください!」

 

「……いただきます。」

 

 ニコニコ微笑みながら見守る大和以下の艦娘達が苦労して運んできた、作ったであろう食べ物を拒否するわけにも行かず、口に運ぶ。

唐揚げはよく下味をつけられてカラッと揚げられており、匂いよし味よし歯応えよしと、絶品でご飯ともよく合うが…なにせ量が量である。

 それでも彼女は健闘しただろう、運び込まれた全ての品をバイキング形式で10分の1を食べきり、アレ?という顔をする面々に美味しいです。ありがとうございます。とぎこちない笑みを浮かべ、戻しはしなかったがフラフラ歩いてベットに倒れ込み

 

「ごめんなさい…後はみなさんでどうぞ…もう…食べれません…」

 

 食べている途中、恐らくは食べ足りなかった艦娘達の視線を受けながらの食事は美味しいけど、味気なく感じられてしまい。

後はどうぞと言えば、互いに顔を見合わせ大和がコクりと頷いたのを確認して各々持ち込んだ料理を運び出していく。

食べ残しを食べるのははしたない行為ではあるが、最前線に無駄にできる食料…(弾薬や燃料相当)などあるはずもなく、捨てるのはもってのほかであり、食べる量(補給量)は消費した分ではあるが体調に寄っては、消費した分食べれないという事は多々ある為、食べたり無い艦娘は残した他の艦娘からの食事を貰って良いことになっているのだ。

 次々運び出されていく料理の音を聞きながら、顔だけ大和の方に向ければやや困惑した表情の彼女かおり、此方も疑問を浮かべれば先に大和が口を開く

 

「あの、本当に遠慮してませんか?」

 

「はい、本当に…遠慮などしてませんよ、大変美味しく頂きましたが…もう限界です。」

 

「燃料弾薬補給の分を大体私たちの倍としたんですが…」

 

「オレは燃料補給要りませんよ。あと、弾薬補給も殆ど要らないと思います…」

 

 それはあまりに異常な、艦娘としての基本から逸脱した発言であったがルフトシュピーゲルングはあっさりと良い放ち、なんとか大和へ向けていた顔の瞼も重く、気を抜けばポテンとベットに倒れそうな彼女に大和はやや強引に話を終わらせ、半分眠った様な様子にベットの中に入れて布団を掛けて最後の大皿を持って電気を消し薄暗い間接照明のみの部屋を出る、提督から預かった鍵でドアを施錠しとっくに運ばれた料理の残り香を感じながら、どう報告したものか…と頭を捻る。

 

 補給の必要の無い艦娘なんて聞いたことがないのだから。




アニメの赤城さんと大和さんはやりすぎだと思います。
後、大和さんの無断出撃の回でなんで夜中に赤城さんまで食べてたんですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府を統べる者

台詞なし顔グラすらなし。
しかし役処は重要(ルート選択的な意味で)。
気が付けばいつの間にか退場。
それ以降出番なし、ヴァイセンに比べて雑な扱いである。

せめてヴォルケンクラッツァーにでも乗ってれば台詞の一つや二つあったろうに…。

まぁ、自業自得ですが


 夜も更け海上の光は殆ど消え、夜間哨戒任務を負った艦隊の幾つかが走るのみで、喧騒に満ちていた鎮守府内部からも食事と入浴が済めば急速に静けさが増している。

 “彼女”は満腹を遥かに通り越した食事という補給により呻きつつも、久々に気を落ち着けて眠れる環境に、部屋の高めに設定された室温も手伝い夢の世界へ旅立ちかけていた。

 

 

 夜間照明が辛うじて、廊下を照らす中この鎮守府の指揮官である提督の執務室へ出頭命令を受けた、幾人かの艦娘が入室し、執務机で何かの書類仕事をしている提督、“君塚鷹六(きみづか たかろく)”階級章の示す位は中将位である。

 短く切り揃えられた髪には白い物が目立っているが、堅実な戦術を持って最前線で艦の力を持つ女性を運用する、という難しい任務を見事にこなし今現在においては国防最前線で指揮を執り、深海棲艦の侵攻を食い止めている守人として、本土では名の知れた軍人の一人に名を列ねており、ギロリと眼光鋭いが、日頃から口元には笑みを浮かべ、カイゼル髭を生やしている為髭提督としても親しまれている。

 

「長門以下、戦艦大和、軽巡神通、工作艦明石、提督の出頭命令に従い参上しました」

 

「ご苦労様、こんな時間に申し訳ないな」

 

 時計が指す時間はもうすぐ22時を指そうとしていたが、召集に訪れた理由を認識していればのんびり寝ている気になるわけもなく、四人は揃って敬礼をし、提督からの返礼に“休め”の姿勢になる。

 まず、先の襲撃により大破判定を受けた川内の妹である神通が容態について報告を始めた。

 

「姉さんは大破判定ですが幸い明日には体を動かせる様にはなります、ですが艤装の修理がまだ先になるので戦線復帰には時間が掛かります。当分は座学担当に回ってもらい私たちでその穴を埋めたいと思います。」

 

「うむ…ともかく沈まなくて良かった。奴らの攻勢も落ち着いているが早めの復帰が望ましいな、が…当分は夜戦夜戦と騒がしくなりそうだな」

 

 出撃できない川内の、夜戦依存症とも言える有り様を想像すれば、各々が苦笑の色を浮かべる。

どうにもならない事、故に話は川内を助けた新たな艦娘へ移行する、これに関しても川内から話を聞いた神通が報告を続行する。

 

「彼女は突然現れ、一撃でル級を撃沈。イ級も水平線の向こうから撃ち抜いて見せたそうです、更に残ったイ級に関しても…光線で撃ち抜いてみせた…と」

 

「それに関しては、私も確認しています。溶けかけですがイ級は削ったかのように綺麗に穴が開き、ル級に関しても、肩から上が蒸発したかのように消えていました…がそれを、水平線の向こうから…ですか。」

 

「あぁ、信じたくはないが奴等の残骸は…そんな攻撃でなければ到底不可能だ。私や大和の砲ではあんなに綺麗に穴が空く筈もない。」

 

 神通を通して語られる川内の目撃した“戦闘”を伝えられるそれは、救援艦隊に属していた長門、大和というこの鎮守府の切り札の様な存在からの証言により補強される。

君塚提督もそれなりに機密にも触れ、死線を潜った自負はあったが、まさかこんな常識を外れた事を聞くことになるとは思わず、唸り声を上げて癖で天井を見上げる、考えを纏める時には大体こうしているのでそれを知る彼女達はそれを邪魔しないように口を閉じる。

 

「なんとも規格外だな…、そんな真似“近衛第一艦隊”でも無ければ不可能だ。」

 

 絞り出すように君塚が呟く言葉に、集められた面々に驚きを抱かせる、特に“帝国海軍の切り札”として名高い近衛第一の名前が出たことに、彼ら彼女らの実力を垣間見た事のある長門は驚く。

“近衛第一艦隊”は日本で最強の部隊として広く知られており、通常艦隊と艦娘双方を部隊として組み込んでおりその目的は“日本の象徴かつ尊き存在”を守る事を課せられており、日本国陥落を逃れたのは“近衛第一”の尽力あってこそ、とされている。

 故にそれに属しているとすれば、確かに川内救援は容易い事と言える。

 

「だが、近衛第一は本土を離れない、あれは国の最終防衛艦隊だからな…とすれば彼女は何なのか。」

 

 しかし、君塚の言うとおり万一それに属しているならばそう名乗るだろうし、名乗らない意味がない。

 だからこその謎である、日本最高の艦隊でなければ難しい攻撃を成功させた彼女、ルフトシュピーゲルングはいったい何なのか。

神ならざる君塚達への疑問の答えに繋がるヒントを、なんとか得た明石が発言の止まった室内で控えめに手を上げた。

 

「えっと、それに関してなんですが…。“預けられた艤装”をバレない程度に調べてみたんですが…」

 

 小脇に抱えていた丸まった書類を執務机の上に拡げれば、彼女の艤装の大まかな見取り図が現れる、それを指差し彼女なりの予想を述べ始める。

不義な行為に憤り背後でしかめっ面の長門の事は、敢えて無視しつつ。

 

「まず、彼女の艤装は基本的な部分では現在我々が運用している物とは大差ありません。艦娘化については未だ謎が多いためもしかすれば決定的な違いが発見されるかもしれませんが調査不足のため、そこはご了承ください」

 

 インクと油で煤けたような指が上から見た図を指す、砲塔は書かれておらず基本的な構造図のみが書かれており、コともHとも取れる形をしている。

 

「こことここは主砲と思わしき三連装砲が組み込んであります、こっちには連装砲が…これは副砲と思われます、正確な口径は不明ですが主砲副砲ともに現在私達が作りうる最大級の砲“試作51cm砲”を超えると思われます」

「次に付属品の箇所を見てください、主砲副砲から考えて艦種は戦艦であることは疑いありません。管制人格の姿は大まかな目安でしかありませんからね、で。この筒は腕に装着する装備です、コードなどから考えて艤装からエネルギーを送って使用する武装と思われます、これで“狙撃”をしたのでしょうね…そして、大まかに説明できるのはこのくらいでもあります。残りについては未知の領域です、そもそもこんな規模の艤装をして殆ど補給要らずなんて信じられませんよ!」

 

 一気に話を終わらせた明石であるが、彼女をもってしてもルフトシュピーゲルングの艤装は未知の代物である。

提督からの呼び出しを明石が受けている現在にも工廠組の夕張は、解析しようとするが進捗は殆どなしである。

 腕を組みながら、図面を眺め唸りを上げる君塚に対して、少し不安気な表情を浮かべた大和がそれを晴らすべく口を開く

 

「それで…提督、彼女はどうなるんでしょうか?」

 

 意を決した大和に両脇から注がれる視線、一つはそういえばそうだ、という納得の物でもう一つは険しい色を伴っている。

注がれる視線に物怖じせず、彼女は目を瞑り思案する君塚に決断を迫る。

 味方として受け入れるか、敵として拒否するか。

前者を選べばこの上ない強力な味方が出来て、後者を選べばこの鎮守府の総力を結集しても沈める事が出来るか不明な敵として立ち塞がる。

 普通に考えれば味方にするのが最良である、今の所は敵対する様子もない所か、所属艦を救援すらしている恩人であるのだから、受け入れるのが自然である。

 だが、長門は敢えてその前提を無視して提督に意見を述べる。

 

「確かに彼女は友好的ではある、だが“あの件”があった以上無条件に信じる、というのは考えものではないか?」

 

 “それ”は国を守り続ける海軍においての最悪の不祥事を指している、触れあい危険な物を感じなかった大和、姉を助けられた神通であるがそれについて不安がるのは十分理解できるので、口を閉ざすしかない。

 ではどうするのか、議論において長門は否定するだけでなくキチンと対案を提示できる艦娘であった。

 

「わからないなら、理解すれば良い。戦いは心を誤魔化す事の出来ぬ聖域なのだからな」

「私としてはそんな手荒な事はしたくないのだがな…だがどうしても納得できぬならやってみたまえ、責任は私がとろう」

 

 次々と上げられる彼女の異常な装備や実力に対し長門は、その身に宿る戦意を押さえきれなかった。

栄光の連合艦隊旗艦、その威信を最後まで示した堅物な武人肌の艦娘である長門は、それに相応しい脳筋でもあった。

 目眩のする大和、神通、明石を尻目に長門は戦意充実、来るべきその時を楽しみに待つこととなる。

勝っても負けても貴重な体験なのだから、楽しまずにどうする。

 そんな彼女達を苦笑を浮かべ、さてどうやって“彼女”の許可を得るか、と頭を悩ませる君塚提督、彼らの夜は会議と打ち合わせでまだ始まったばかりである。

 

 

 そして、既に寝入った“彼女”へ2度目の人前での海戦が迫りつつある事を、無防備にあどけない寝顔をしている“彼女”はまだ知らない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

隠された目的

クリスマスってキリスト聖誕祭の事です。
敬虔なキリスト教徒でもないのにそれを口実にばか騒ぎ、更に“せい”なる夜にしようとするなんて、恥ずかしいと思いませんか?


まあ、お幸せに。
末永く爆発しろ!
ひ孫に囲まれて幸せに生涯を終えてね!

追記
やたら皮肉っぽいので前書きに付け加え

誤字修正、ありがとうございました!


 時刻は日の出から一時間ほど経過し、早朝を過ぎた辺り。

海上のモヤを日光が照らす幻想的な光景の中、夜間哨戒任務を負っていた艦隊が帰投し、それと入れ替わるように既に身支度を整えた哨戒部隊が出動する。

 本来であればここまで厳重な警戒網が敷かれることは無いが、前日の襲撃を重く見た君塚提督の指示によるものだった。

 幸い、あれ以降深海棲艦が表れる事は無かったが、任務交代まで緊迫状態にあった艦娘達…特に夜目を効かせ警戒網の中核を担当した艦娘は疲労困憊状態であり、入渠が済めば直ぐ様夢の世界へ旅立つ事だろう。

 

 そんな鎮守府内が慌ただしさを醸す、喧騒を取り戻し始めた頃、賓客用の部屋に宿泊したルフトシュピーゲルングはすでに目覚め、入浴していた。

 檜作りの浴槽は彼女の小柄な体には大きすぎる程で、存分に足を伸ばして肩まで浸かっていた。

昨日は遠慮していたものの、寝惚け眼に殆ど無意識下で浴槽に湯を半分まで注いだ所で、ようやく眠気に支配された頭の中がはっきりと覚醒する。

やってしまったと後悔するがここまで注いで入らないのは勿体ないと自分を納得させて、全身を洗浄し、浴槽に入り…現在に至る。

 

「あ“あ“あ“ぁ“…いい湯だ…」

 

 熱い湯はじっくりと彼女の全身を暖める、骨身に染みる熱に解された全身から蓄積した疲労が溶け出しているような錯覚を感じるほどである。

 体は外国生まれ(異界のウィルキア製)であっても魂は日本人のそれである、温かい風呂に入り目を閉じ映るは見事な紅に色づいた山奥の渓谷か、沈もうとする太陽に照らされた水平線か。

 

 浴槽の縁を掴んでいた手を離し、両手で湯を掬い顔に浴びせ“ごしごし”と手を動かす、艦娘にもツボはあるのか心地よい刺激についつい瞼が重くなる。

 しかし、それに流される事なく瞼を開き、視線を両手に移し“かつての手”と比較する。

湯の熱により赤くなっているが色白で、戦いなどしらぬ子供のあまりに小さな手である。

 しかし、この手は既に深海棲艦をいくつも屠っている、その全てが脆弱で無力とすら感じる程に呆気なく。

 自らの意思により、それなりに制御できる上での成果だというのに随分とおぞましく感じてしまう、両手の向こう湯の中に浸る身体もまた、脆弱な子供の様にしか見えぬが、防御重力場無しで自身の副砲に対応した装甲防御力を有するのだ。

 熱いくらいの湯だというのにそう考えれば随分と底冷えするような事である、故に認識するべきである。この幼子は無力に見えて“もし、この超兵器本来の意思を取り戻せば、すべてを滅ぼす事が出来る”事を

 

 

 湯から上がり暫くしても汗ばむほどの湯に浸かっていたというのに、彼女は頭の中に巡った考えに冷や汗を流しながらも、何時までも浸かっているとのぼせる可能性があるため、浴槽の湯が流れないように塞き止めていた栓を抜き湯を流す、檜風呂の管理は確か面倒だった記憶があるが、半分くらい流れたところで水面のあったラインにシャワーの湯を流してホンの僅かに洗浄し、脱衣所に戻り軽く体を伸ばしバスタオルで体を拭き始める。

 

 なお、余談ではあるが彼女が浴室から出てしばらくしてから何処からともなく妖精さんと呼ばれる2頭身程の存在がワラワラと出現し、掃除を始める。

長靴とデッキブラシを装備するもの、スポンジと洗剤を装備するもの、タオルを入れた桶を片手に風呂に入りに来たという体のもの…前日、ルフトシュピーゲルングの衣服を回収し綺麗に洗浄したのも彼女達の仕事である。

 

 濡れた髪を拭き、顔を拭き、腕を拭き…と上から順に水気をタオルに吸わせていると、不意に脱衣所の扉が開く、それなりに重厚造りのそれが壁にめり込まんばかりの勢いをもって。

 

「やっ、おはよう!ルフト!」

 

 屈託のない笑顔を浮かべ飛び込んできたのは、川内であった。

初対面の大破した状態からみれば絶好調らしく、疲れが浮かび、擦り傷や至近弾による煤けがあったのだが、現在は髪を下ろし艤装も装備していないが、衣服は無傷の三姉妹共通の、オレンジを基調にした花の様な制服を着ており、昨日の大破漂流状態だったのが嘘に思えるほどである。

 

「おはようございます、川内さん。具合はもう大丈夫ですか?」

「体はもう大丈夫だけど、艤装が大分痛め付けられちゃってね。まっ、それも数日中に直るけどさ…で、それでなんだけどルフトシュピーゲルング。」

 

 ポン、と川内の手がルフトシュピーゲルングの肩に載せられる、ズイッと川内が腰を落とし顔を近づければ、ニンマリ、と笑みを浮かべて今一何をされるのか解っていないルフトに問い掛けた。

 

「夜戦ってどう思う?」

「……良いと思いますよ、姉は夜戦で戦ってましたし」

「くはーっ!そうだよね、そうだよね!夜戦って良いよね!」

 

 昨夜は大まかな処置が終われば、君塚提督が危惧したように夜戦、夜戦といつもよりはドック内だったため彼女なりに自重したのだ。

しかし、そこから出てしまえば自重は消滅し新顔であるルフトシュピーゲルングの元へ、夜戦をどう思うか訪ねて…否、押し入ったのだった。

 そんな川内に対し、内心は呆れつつも正真正銘の夜戦バカっぷりを生で見れて、感動するも返事は適当に、顔には出てないが突如乱入されて彼女は驚いていた所為もあった。

 

「とりあえず、向こうの部屋で待ってて貰えないですか?服着たいので」

「おー、そういえば風呂上がりだね…うん、向こうで待たせてもらうよ。」

 

 踵を返し扉を閉め出ていく川内を見送り、まさか、ラッキースケベをする側になるなんて、と仕様も無い事を思いながら、少し湯冷めした体をバスタオルで拭き切り、脱いだ順の逆を少し苦戦するが、鏡に映る姿は昨日見た通りの姿で、バスタオルを“使用済みはこちらへ”と書いてある籠へ入れて、脱衣所を退室。

 川内は昨夜所狭しと料理の並べられた机の上に何やら紙を並べており、彼女が腰かけた椅子の向かいに膳が置いてあるスペースが作られており、湯気を上げるお茶と味噌汁。白米の盛られた茶碗、芝漬けと角平皿には大根おろしと照明に脂を反射させる鮭が盛られていた。

 

 思わず生唾を飲んでしまう空腹を刺激する匂いに、昨日あれだけ食べたのに腹持ちしないんだ。と思いつつ川内に視線で座って座ってと促され、その席に着席、彼女の前にも膳が鎮座しておりどんぶりの上に匂いからしてしょうが焼きの豚肉が盛られており、朝からそんなものを?という考えが顔に出てしまったらしか、てへへと笑いながら

 

「いやぁ、どうにも食べないと気合い入らなくてさ…ささっ、冷めない内に食べよ!これの話はご飯の後でね。いただきます!」

 

 脱衣所への突入時と同じような勢いのまま言い切り、よく咀嚼しよく味わいながらどんぶりを食べだす川内に、昨日より遥かに少ない適量の食事量と和風の朝食と言われた形をそのままにした様なメニューに感動しながら食べる。

キチンと出汁から作った味噌汁はそれだけで絶品で、その他の鮭も脂が乗りご飯もコンビニで買う弁当の物とはまったく別物に感じる物で、気が付けば食べ終わってしまって、八分目だけどもっと食べたいな、と思ってしまう事に驚きながら箸を膳に戻して、視線を川内に向ければとうに食べ終わって、観察していたのか楽しげな彼女と目が合う。

 

「あの…?」

「いや、ごめんごめん。美味しそうに食べるなぁって思ってさ。」

 

 流石に眉を潜めたルフトシュピーゲルングに対し、そこまで悪びれた様子の無い川内は食べ終わった膳を回収し、部屋の外に誰か待機していたのか膳を渡し、少々の会話をして戻ってきて先程の席に再び着席、今度はスペース無く書類を拡げる…各々に書かれた内容は“深海棲艦”に関することのようで、そんな言葉が随所に見られる。

 必要な準備は終わったのか、深く椅子に座り直しルフトシュピーゲルングを真っ直ぐ見据える。

 

「…それじゃ、ルフトちゃん。幾つか勉強しましょ」

 

 飄々とした夜戦バカの雰囲気は凛とした“教導艦川内”の物に置き換わる、食事後の勉強。それはルフトシュピーゲルングにとっても有り難いものであった、なにせ“この世界”が彼女の人格の存在の知る世界と同じか不明であるし、明かされない設定を知ることが出来るかも知れないという期待に、ルフトシュピーゲルングも川内に負けず雰囲気を変える、敵を捩じ伏せる強者の面を隠す気弱な物から、学ぶ者へと。

 

それに満足したのか、川内は軽く頷いて“深海棲艦”と人類の戦いの歴史を語りだした。

終わりなき戦いの始まりを…

 




隠された目的、というのはまた別の話で…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深海戦座学

お勉強話です。
オリジナル設定が混じるので注意願います。

こうでもしないと(時代設定的に)日本単独の理由がつきません。


追記
誤字修正、ありがとうございました!


「そもそも、深海棲艦っていうのはなんなのか?あいつらとの戦いをするためにはそれを理解してなきゃダメだよ…けど、その前に海軍は外交官でもなきゃいけないからね、さらっと世界情勢も知っておこうか」

 

 事の起こりは、“史実”と同じように世界が戦いの炎に燃えようとしている頃まで遡る。

“その時”には艦娘という存在は顕現しておらず、陸を、海を奪い合うため或いはそんな“敵”から自国を守るために軍を再編し増強するため多額の国費を各国が費やしていた時、奴等は現れた。

 口も利かない、話も聞かぬそんな者達が海の上に顔を出したのは1939年8月中頃、欧州で火が燻り出している最中のことである。

 

「私達が知る…と言うか体験した歴史だと、そのまま欧州で火が上がってその二年後…対米戦が始まる筈だった。けど、それは起きなかったんだ。あいつらが無差別に洋上の物すべてを攻撃してきたから…」

 

 最初に人類が遭遇したのは後に駆逐イ級と呼ばれるようになるクジラのでき損ないであった。

大西洋に太平洋に…場所を選ばずそれは浮上し、目に付いたものすべてを攻撃した、船、港、街…当然各国はすぐさまこの軍民問わず無差別に攻撃してくる“危険生物”撃滅のために軍を出動させる、だが人と然して変わらぬ大きさの駆逐艦の火力を持っ敵、これは今まで人類が味わったことの無い存在であった。

 

「そいつらを沈めることは出来たんだ、各国ともにね。だけど、それは最初だけだったんだよ。一匹沈めても次の日には倍に、それを沈めても更に…、増え続け更に強化されていく深海棲艦に対して人類の使う艦艇は“艦娘”と違って修理や建造には何ヵ月も何年も掛かる、だから処理が追い付かないんだ」

 

 結局、沈めど沈めど勝てもしない。そんな深海棲艦に人類は戦線を縮小させることで対応、うやむやの内に世界大戦の火は消えていた、海上通商が出来ないのに総力戦など寝言でしかない。

深海棲艦の脅威に対応するために、致し方無く各国は共闘戦線を張ることになる。

 まず、世界各地に出没した深海棲艦達であるがその圧力をもっとも受けていた豪州からの脱出を日米連合軍が支援、相応の被害を両軍とも受けるが豪州国民の脱出は無事成功する。

 独ソに置いては史実通り不可侵条約が結ばれる事となるが、秘密協定は結ばれずポーランド侵攻は発生しなかった。

これは独国が陸軍力より海軍力を増強する為で、両方を増強することは不可能な国力の所為とも言えた。

 また、欧州各国は大西洋の脅威に対しその最前線に立つ英国の呼び掛けで欧州海軍同盟を締結、米国と連動し大西洋の安全を回復する事を目的とする物である。

 一応盟主は栄光のロイヤルネイビー“女王陛下の艦隊”として名高い英国が収まる、当然表向きは各々の安全を回復するのが目的であるが、本音の目的は植民地への海路の回復であるという生臭い理由があげられた、このように多少歪さがあるが取り合えず人類は一つに纏まり共闘する事になる。

 

 しかし、深海棲艦達も黙ってはいない。

まず、豪州脱出作戦で共闘した日米へは、アメリカへハワイ基地強襲攻撃、日本は沖縄空爆攻撃が行われてしまう。

占領こそされなかったものの、これ以降日米はその間に楔を打つように布陣した無数の深海棲艦の壁に阻まれ共同作戦を行う事は出来ずにいた。

 欧州海軍同盟に対しては、大艦隊が進行できない、或いは全力を発揮しにくい地中海の諸島に拠点を作ったり、運河に陣取りあくまで攻勢を緩めるつもりもなく沿岸部に攻撃をくわえ続ける。

 当然大西洋にも海深く陣を張り、洋上の輸送艦隊を沈めたりと太平洋よりは少ないものの数の力により、欧州海軍同盟に対し圧力を与え続けている。

 

「そりゃ人同士が争わずに済んでるけど、あいつら

人を襲うんだ、襲って殺して或いは浚って…そしてどうなるか、つい昨日私もなりかけたけどね…寒気しかしないよ…」

 

 少し遠い目をする川内に浮かぶのは、昨日の救援がなかった場合の情景だった。

まず間違いなくここには居ないし、“片手”が残れば幸運と言った所なのだ、寒気に一瞬体を震わせて喋り渇いた喉を潤す為に少し冷めたお茶を飲む、こくん、と喉を小さく鳴らし潤した所で授業の続きを話始める、今度は深海棲艦そのものについてわかっている範囲で

 

「じゃ、お次は深海棲艦の事だね。あいつらは一言で言えば“亡霊”って所かな、倒しても倒しても死ぬことの無い生も死もない…何かを果たそうと戦い続ける亡霊」

 

 深海棲艦出現以降、人類はその正体を掴むべく生け捕り作戦を何度も実行しそれには成功していた、が解剖してみれば到底生物とは呼べぬ構造に戸惑う結果となる。

 

「予想された中身は内臓か機械か…だけどどっちでもなかったんだ。中身は錆びた鉄混じりのヘドロような青い液体だったんだよ、それは生命ですらない、あいつらはガワとヘドロで出来た代物だった…今の所、解剖まで漕ぎ着けたのがイ級だけだけど人型の個体も中身は同じだろうって予想されてる、実際戦った時、被弾と同時に青い血と酷い臭いがしたからね」

 

 生物でもない言葉も通じない深海棲艦へそれでもコンタクトを試みる者も居たが、そのすべては大海へと消えていた、無差別に攻撃してくる深海棲艦に対し最早海を捨て、大陸奥深くへ逃げるしかないと思われ始めた頃、人類に仇なす深海棲艦に対になる存在、かつて海上を行き祖国のために戦い抜いた艦の“記憶”を持つ少女達、即ち“艦娘”が人類を救援に現れたのだ。

 人と同じ大きさの彼女達は一人一人が深海棲艦と同じく艦艇の力を有しており、通常艦艇と艦艇の力を持つ艦娘達の文字通り血を流す努力により少しずつではあるが深海棲艦に奪われた海を取り戻している。

 

「今では駆逐されたけど、一時期なんて東京湾や瀬戸内海まで深海棲艦が出現して来たこともあるんだよ。そこから内海の安全を回復するのに一年…今の日本は本土と硫黄島ラインを絶対防衛線として、史実で言うオホーツク海、四島の鎮守府北海道ライン、本土の各鎮守府、九州沖縄ラインの守りによって取り合えずは本土の安全を得ている状態なんだ…情けない限りだけど、これが今の日本の全力…トラック諸島に基地があったのが遠い昔に思えるくらいだよ」

 

「では、この鎮守府は…?」

 

「…んまぁ、大体察しはついてると思うけど小笠原諸島のどれかだね、もっとも史実と名前違うけど」

 

 硫黄島より内側が絶対防衛線で、小笠原諸島は硫黄島に程近い…否、含む中に殆ど入っているような物の為にすぐ背後にあるのはその防衛線という事にいかに日本が追い詰められていたかという事を物語っていた。

 この鎮守府はその中でも最前線に立ち生存圏を拡げるために戦闘を続けているものの、地面を掘ればぶつかる固い地盤の如く頑強な抵抗を続ける深海棲艦の拠点に手を焼いていた、海上防衛要塞とも言える“旗艦級(flagship)”と深海棲艦隊の防衛部隊に補給基地でもあるのか火力を維持し続けている厄介な拠点であり、君塚艦隊はこれまでも何度か攻勢をかけているがいまだ健在の強固なもので、通商破壊を目的とした艦隊の母港ともなっていた。

 

「…てな具合かな、そういうわけでこの敵拠点を何とかするって言うのが当面の目標かな、…あとは…あぁ…アレかぁ…」

 

 川内が用意してきた書類に書かれた事をおおよそ言い終わった辺りで、不愉快な事を思い出したのか苦虫を噛んだような顔になる川内に、小首を傾げ疑問符を上げるルフトシュピーゲルングに、軽く前髪を弄り、あまり気分の良い事じゃないけど、と前置きしその不愉快な事を語りだす。

 

「これまで説明した通り、日本は私達艦娘を大切に運用してる、本土でも最近になって色々取り決めが出来たらしいから…例えば沈むと分かってながら無理に前進させて沈める、そんな作戦行動は禁止されてるし、基本的な権利とかは人と同じ…つまり一人の日本人と同じ扱いになってるの、まぁここまでは良いんだけど…」

「沿岸部から疎開した人達には居ないんだけど、深海棲艦はその身に恨みを買うことを恐れず人と人の殺し合うのを防いだ“平和の導き手”とか言う考え方をするのがごく少数いるらしいんだよねぇ…もっと酷いのになれば“親深海棲艦思想”の元に深海棲艦に逆らう者達はすべて沈むべき、なんて輩も…」

 

 言葉を選び穏便に済ませようとする川内の言動と、苦笑に満ちた顔からルフトシュピーゲルングはもっと酷い事を言っているんだなぁ、と内心を察し、なにも言わずこくん、と頷き頭の中の現代日本での沖縄米軍基地や艦隊寄港時、自衛隊のイベント等に難癖を付ける輩を思い出していた。

 

「そういのは何処にでも居るものです、のでオレは気にしませんよ」

 

 一頻り元気の無い自棄になったような笑い声が二人から発せられ、同時にため息が漏れる、多少どんよりした室内にその空気を破る電話のコール音が響く、ルフトシュピーゲルングを制し川内が応対し二言三言会話し、受話器を置きルフトシュピーゲルングを見据えた川内は、じっと見つめてくる彼女へ内容を告げる、それはルフトシュピーゲルングが待っていた機会でもあった。

 

「えーっと、私らの提督からお呼び出し。…正直聞きたいこともあるから、一緒に行こっか」

 

 凛とした表情から何処か楽しげに面白半分と言った様子を隠そうともせず、川内はニヤリと笑う。

 来るべき時が来たと、緊張の色を浮かべる彼女に向け…。




はい、紺碧見ました。
後世日本なら対アメリカ、ドイツより痛快に深海棲艦どもを踏み潰してくれるでしょう。

紺碧旭日日本軍と書いて“チートコースお好みでどうぞ”と読みます。
(独国の場合はラスボスコース総統のお気に召すまま。米国の場合は史実越え物量コースルーズベルト御満悦。となっております。)
きっと五話辺りで殲滅されて、原作コースになりますね、これは。

なお、今作ドイツのチョビ髭は大幅に綺麗改編してます。
今更ですが
史実とも違ってますのでご了承ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新艦娘着任

そう言えばまだ作中時間で24時間経過してませんね。

追記
誤字修正、ありがとうございました!


 ルフトシュピーゲルングが宿泊した部屋は地下二階に作られていた物で、川内に先導を任せその後ろを行く彼女には“もしかすれば他の艦娘とすれ違うかもしれないけど、その時は敬礼されたら答礼するって感じで良いよ”と上昇するエレベーター内で伝えられていたが、既に殆どの艦娘が何らかの任務に着いているのか道のりに人影少なく、その数少ない人影も艦娘ではない何らかの作業をしている人間で、敬礼に関しても廊下に目を光らせ《走るな

》と書かれた紙の横にいた憲兵位しかしてこなかった為、腕が疲れるということもなく、掃除の行き届いた赤絨毯の上を執務室までたっぷり堪能しながら行くことになった。

 

 

「入りたまえ」

 

 川内が二回ノックした扉には《執務室》と記されたプレートが嵌め込まれた、賓客用の部屋とも違う重厚な造りの扉の向こうからそれに対する返事が聞こえてくる。

 映画等の聞き惚するような声ではないが、確固たる誇りと意思を感じさせる中年の声である。

緊張の度合いが跳ね上がるのをルフトシュピーゲルングは感じる、なにせ肉体的には比類なき実力を秘めた艦娘であれど、精神面では生身を晒し頭を振り絞り国のために戦っている“軍人”を見るのは…否、そもそも軍人自体を見たことの無い平和な国で育った中の人である彼に、緊張するな、という方が土台無理な話である。

 

 ともかく部屋の前に何時までも居るわけにもいかず、川内の後ろに続く様に入室すればこれまでの鎮守府内のどこにでも漂っていた、艦娘達のファッションの一部なのか仄かに漂う香水の甘い匂いのしない、強烈な存在感と自負に満ちた男の仕事部屋という風情であった。

 煙草は吸わないのか、その類いの匂いはしないがガラスの戸棚には琥珀色の“彼”には豪奢に見える容器に納められたアルコールが並べられていた。

 

 川内は先に部屋に居た長門と提督にそれぞれの敬礼し、長門の横に並びこちらを向く、ここまで来ればと、腹をくくりゆっくりと扉を閉め先程川内が敬礼した場所辺りまで歩いて、まず提督に次に長門へ敬礼し、これまで川内救援前からあれこれ考えていた“自己紹介”を述べる。

 

「はじめまして、提督。オレはウィルキア帝国海軍所属、改ヴォルケンクラッツァー型二番艦《ルフトシュピーゲルング》です、よろしくお願いします。」

 

「うむ…。私はこの鎮守府の指揮官も兼任している君塚鷹六だ、よろしく頼む。」

「…ルフトシュピーゲルング…独語で《蜃気楼》か、良い名前だ。…聞きたい事はあるが、まずは礼を言わせて貰う。昨日の川内救援感謝する。キミがいなければ我々は川内を失っていたことだろう。ありがとう」

 

 実働数を直接見たわけではないが、鎮守府の規模を見る限りかなりの数の艦娘と通常の艦艇を指揮下に持つ人間に頭を下げられ、更に長門と川内もそれに習う。

 最後まで帝国海軍の矜持を示した艦と夜戦バカの後ろに隠された指揮艦としての義務感からくる真面目な顔を持つ艦、何れも歴戦の兵であり彼女らの犠牲の上に生きた“彼”は大きく手を左右に降りながら、冷や汗を流す。

 

「あ、頭をあげてください!オレは当然の事をしただけです!余力が有る者が危機に陥った人を助けるのは当たり前じゃないですか!」

 

 戦争による戦死など、別の世界の話のように思える程に守られた環境に育った者として、褒められる価値観とそれなりの倫理観の双方に叶った考えを述べる。

 むしろ、強大な力を自分のためだけに使う事など彼にとっては嫌悪の対象でしかないのだ、ならば世界は違うといえ生まれ育った祖国のために使いたい、これまで何となく抱いていたそんな物を律儀に頭を下げ部下の生存を喜べる君塚にそんな想いを強くする。

 

「…なるほど、キミは極めて健全な価値観を持っている様だ、こう言っては礼を失するが安心したよ」

 

「いえ、ありがとうございます?」

 

「私は誉めてるつもりだよ、なにせ現状だと皆自分の事に手一杯だ、そんな中他者への気配りが出来るのだ、誇って良いくらいだよ。他の者も同じ位とは言わんが助け合えれば昨日より明日が輝く物になるだろうね」

 

 頭を上げ、君塚はどこか遠くを見るような瞳で外を向く、窓の外は明るく島に作られた軍港と物資を積載していた輸送船が停泊しており、その更に向こうはずっと水平線まで青く水に満たされた世界である、君塚が見るのはその更に更に向こう、恐らくはうやむやになっている欧州大戦の事だろうか。

 若干しんみりとした空気が流れるが、長門のワザとらしい咳払いに払拭され、話題はルフトシュピーゲルングの生い立ちへと移行した。

 

「さて、ルフトシュピーゲルング。キミはウィルキア帝国海軍所属…と言ったが、間違いではないかい?」

 

「はい。ウィルキアはユーラシア大陸東端、シベリア東部にある…いえ、あった国家です。ウラジオストクからカムチャッカ半島を領有しており、元はソビエト連邦からの独立した、という歴史もあり伝統的、地政学的にソ連とは不仲だったんです」

 

「ウラジオストクからカムチャッカ半島…なるほど、ソ連は太平洋に港を持てない蓋をされた形になるのか」

 

「よく占領されなかったものだな」

 

 君塚、長門共に思った事を口ずさむ、聞きたいのはそこじゃないんだけどなぁ、と川内はもどかしさを感じるも無言を貫き、ルフトシュピーゲルングが二人の口ずさんだ事に対して頷いて肯定した所で長門の感心した様な言葉に対し、理由を述べる。

 

「何度か小競り合いはあったようですが、一応友好国としてかの国を扱ってましたので大きな問題は無かったようです、港の使用権なんかも“売って”いた様ですし…それに、ウィルキア国は日本国と同盟を結んでいましたので、それも大きかったのです」

 

 正直に言えばソ連との小競り合いが合ったかは不明である、ただ領土で見ればソ連に対して太平洋側に蓋をするようになっているので、そう予想したのだった。

そもそも、かの国が喉から手が出るほど欲しがっている、不凍港をもつ隣国を狙わないわけがない

だからこそ、ゲームでもあった日本との同盟、ひいてはこの世界で無理なく日本の味方をするために話をでっち上げたのだった。

 すべてが嘘ではないが、憶測に憶測を重ねた代物ではあるが“転移艦”として別世界から来た、と言えばそこまで違和感は出ないだろう。

別世界、というものは艦娘達が存在することを証明している為、問題はないだろう、と踏んでいるし、君塚も頭を軽く縦に動かしてなるほど、と納得する。

 

「なのでウィルキア国は列強の中で近く、良心的な日本国と軍事技術を共有する国家としてソ連に対抗しようとしてました、勿論米国や英国とも…もっともそちら二国は、いえ日本もソ連への抑えを期待しての事でしょうが…」

 

「ちょちょちょ…待ってよ!ルフトちゃん、今までの話でうえるきあ国の事は分かったけど、装備の事は説明が付かないよ!」

 

 これまた聞きたい事から外れ、指先に痒いポイントが触れているが掻けない様なもどかしさについに川内が声を上げる、昨夜あれこれルフトシュピーゲルングの艤装の検分に立ち会った長門や君塚も気になっていた所なので特に川内を咎めることなく、沈黙することで暗に肯定する。

 それに推されるように彼女は殆どでっち上げの、憶測を重ねた物を語る。

 

「はい、ウィルキアや日本やその他国家自体は此方と同じくらいの技術力でした。見たこともない巨艦を発見する前までは…」

 

 それは艦体をズタズタにされながらも沈まずに漂流していた、全長600m以上の巨大戦艦であった。

海軍先進国の一員であったウィルキアの技術力を持ってしても、そのすべてを解析しきれぬ幾多の装備、素人目にも強大であると言うことが分かるその戦艦を、燻り出してしたソ連等の列強の支配戦略に対抗するべく秘密裏に所持し、技術力強化の為に検分するのになんの問題があるだろうか。

 

「そうして幾多の巨大兵器…もとい、“超兵器”が誕生しました。オレの装備する主砲、副砲もかの超兵器が…いえ、オレその物がその超巨大戦艦がベースになっています」

 

「…ヴォルケンクラッツァー」

 

「…それが武装を最大仰角に掲げる様は摩天楼の如く…地殻を割り、大陸を消し去る超エネルギー兵器、波動砲を搭載した兵器の名前です」

 

 流石の長門川内も驚愕し言葉を失う、君塚も驚きに目を丸くするがその内に秘められた意味も理解しルフトシュピーゲルングを見詰め、彼女も君塚を見据える。

 

その恐るべき破滅兵器ヴォルケンクラッツァーを改良し作られた存在こそはルフトシュピーゲルングであることを

 

大陸を消し、地殻を割る“摩天楼”よりも強力な“蜃気楼”が目の前にいる事実を

 

 何て事だ、と君塚は内心毒づきグラスに注いだ琥珀の液体を飲み干したい衝動に、駆られてしまうほどに彼女は従順に或いはへりくだり、凶悪さをこれから上官と仰ぐものに伝える、その彼女自身すら震えてしまう力を。




波動砲はこのくらいの絶望感がある兵器であってほしいですね。
(プレイヤーもその内慣れますが)

大体の咆哮シリーズでは波動砲を撃っても地形破壊は出来ないですがこの世界ではぶっ壊れます。
四国よろしく真っ二つになります。
ですが、提督もその内慣れることでしょう。


年始は忙しいので落ち着く頃にまた更新します。
それでは皆様、よいお年を!
また来年お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作戦会議

明けましておめでとうございます。
今年も(とは言え開始は先月ですが…)よろしくお願いします!




 

「演習だっ!」

 

 それはその一言で決まったと言って良いだろう。

ヴォルケンクラッツァー級の恐ろしさを聞いたあと、しばし沈黙が支配した執務室を打ち破ったのは戦艦長門の一言であった。

 腕を組み、なんの迷いもないスッキリしたようなその表情に先程まで浮かんでいた驚愕の色はなく、彼女の身に沸き上がる衝動に身を任せていた、それは即ち強者との戦いである。

 

「………」

 

 元よりそのつもりだった長門は覚悟が完了していたため、目を合わせればこくん、と頷く。

視線を君塚と川内に向ければ川内は目を閉じ静かに首を横に降り、彼女の上官は軽く咳払いをし

 

「長門、言葉が足りないのは悪い癖だよ。ルフトシュピーゲルング、キミが凄まじい力を持つのは理解できた、その上でキミを運用しなければならない。だから我が艦隊と演習をしてもらえないだろうか?」

 

「…いえ、それは大丈夫ですが…」

 

「キミの懸念は尤もだ…だが、運用する上でキミの特徴を知っておかなければならない、なにせキミは我々の常識から外れた存在なのだ。だから、受けてもらいたい」

 

 その一言が止めである。

別に断ろうと思えば断れたが、これから先厄介になる相手に気が引ける、という理由だけで断る事などできる筈もなく、実行は明日マルキューマルマル(午前9時)と決定され、準備に取り掛かる事となる、演習の編成については今夜川内を通し伝える、ということなのでそれを宿泊した賓客用の部屋で待つこととなる。

 退室がてら、入浴して良いのですか?とルフトシュピーゲルングが問いキョトンとした君塚より、「島にある温泉の源泉から汲み出してる湯だから気にせずに使ってくれたまえ」との言葉を頂いた為、緊張しっぱなしだった彼女は遠慮なく浸かる事を心に決めた。

 

 退室し、部屋に戻ったのが午後1時。

川内が再び運んできた食事を一緒に食べて、ドッグに戻る彼女に礼をし、見送る。

それからたっぷりと風呂に入り睡眠をとる様は、自棄とかそういう諦め気味の感情が混じった末の行動であった。

 勿論、緊張しっぱなしの気疲れを癒すものでもあったが。

 

「相手の編成は六隻のフルメンバーで旗艦長門、随伴艦が戦艦大和、金剛型戦艦比叡、榛名、霧島。加賀型航空母艦加賀に決定だよ。…いやぁ、ルフトちゃんの力を聞いたけど、まさかこの鎮守府のほぼ第一艦隊の面々と各艦隊の旗艦級を動員するとは思わなかったよ」

 

 午後6時、たっぷりと惰眠を貪ったルフトシュピーゲルングに夕食を運んできた川内はペラリと紙を揺らしながら、多少申し訳無さげに決まった演習編成を発表し、その清々しいまでの打撃艦隊っぷりに苦笑を浮かべた。

 この護衛巡洋艦すらつかない陣容は正しく、相手を叩いて叩いて叩き潰す事に特化した、対深海棲艦戦では些か分が悪い編成でもあったが、ルフトシュピーゲルングの防御重力場と対80cm砲対応装甲と12門の100cm、80cmの超打撃力…即ちこの世界のあらゆる兵器を凌駕する火力と防御力に対して向かうのである、六隻という制約が無ければ所属艦艇すべてを動員することになるだろう。

 

 兎も角、相手は決まったのでどう戦うか、と食事を食べながら頭を巡らせればルフトシュピーゲルングに内蔵された単艦で弾道計算しうるスーパーコンピュータの機能も幾分使えるのか、幾つか候補に上がるが、考慮する事にすら値しないので夕食と共に飲み込むことになる。

 

 ちなみに浮かんだ案とは《開幕で波動砲を撃ち込む》であった。

 あくまで演習であるので、殲滅かこちらが沈むか、そういう物ではないと思えど、そうそう応用も出来ないのか次点で浮かぶのは《特殊弾頭ミサイルか光子榴弾砲》の使用であった。

 融通の利かない発想ではあるが、そもそもルフトシュピーゲルング自体の武装からして手加減できる様な装備が少ないのだ。

機銃よりも連射可能なパルスレーザーの雨か57mmバルカン砲、これらは手加減できる装備ではあるが対艦戦闘向きではないし、パルスレーザーに至っては演習弾を装填できない上に相手は電磁防壁を搭載している筈もないので、下手をすれば沈めてしまう可能性があるのだ。

 

 一応、君塚からはルフトシュピーゲルングの主砲と副砲でもちゃんと模擬演習弾を用いれば絶対に沈まないと太鼓判を押してもらっている。

これに関しては、本土でとある艦娘がかつて演習弾では絶対に沈まないというのを身を持って証明したらしいがどの様な状況だったのか、気になる所ではあるが、それは一端横に置いて川内の横に座る“彼女”について意識を集中することになる。

 

「youがニューフェイスのルフトシュピーゲルングネ?ワタシがいればノープロブレム、安心するネー!」

 

 それは、明日の演習相手の金剛型戦艦で唯一入っていない金剛であった。

いつもそばにいるイメージの姉妹艦娘達は入渠中で、その隙を付いて来たらしく髪は解いてあり若干濡れており首にタオルが掛けてあるという、正にフロ上がりと言った様子で、何でもルフトシュピーゲルングの戦闘能力を聞いた上で、新入りを六隻で袋叩きにするのはどうなのか?と提督に直談判し、ルフトシュピーゲルング側に着いたという話である。

 川内曰く、戦艦組では長門よりも古参で君塚艦隊の金剛と言えば、他の鎮守府にも名を轟かす歴戦の艦娘であり場の雰囲気を盛り立てるムードメーカーでもある、という評価である。

ルフトシュピーゲルングの中の人の抱いていたイメージで言えば、絶対に提督の味方をするという物を抱いていたが、敬愛しているからこそその様な卑怯に見えるような戦いをさせるわけにはいかない、という考えらしくそんな自分の言葉に多少照れ臭さを抱いたらしくそれを隠すように自然な流れで淹れた紅茶を飲む。

 

「金剛さんが居てくれれば助かります。ですが、オレの戦闘能力について色々知りたいらしいので…」

 

「Oh、イエース!そこはちゃんと心得てるから安心してネ♪しかぁし!どうせやるならwinnerを目指すデース!」

 

「うんうん、そうだよ!演習と言えルフトちゃん勝たなきゃ!ついでに夜戦も!夜戦!」

 

 時間的に夜戦スイッチが入った川内を、まぁまぁと軽く宥め話を明日の演習に戻す様は、頼りになる古参である、と新入りである彼女にも理解でき、ムードメーカーでもあるという評価に誤りはなく負けはしないけどどうしたものか。と悩んでいたルフトシュピーゲルングにやるなら勝つ、というやる気を出させる事に成功していた。

 

 

 

「すっかり遅くなったネ、いやぁ明日が楽しみデース!」

 

「それじゃ私は金剛と一緒に帰るよー、じゃおやすみー…夜戦…夜戦…」

 

「Have a good dream!」

 

「おやすみなさい、明日はよろしくお願いします」

 

 あれから何度か入る川内の夜戦スイッチを戻しつつ、演習に向けての会議をする三人はルフトシュピーゲルング含め面々が何度目かの欠伸をした頃には解散となる。

時刻を見れば既に消灯時間の九時まで一時間を切っており、金剛が手をパンパンと叩きその旨を伝え各々明日のために鋭気を養う事となる。

 

 二人を見送り、流石に風呂は良いやと施錠を確認してベットに横になる。

そこで思いきり体を伸ばせば座ったまま何時間も話し合っていた為、凝り固まっていた部位が解され心地よい刺激に、重くなっていた瞼も更に重くなる。

空調をベット脇の操作盤で調整し、照明を落としベットの中に潜り込み呟くように、明日は頑張ろう…、と言った直後に彼女は本日何度目かの眠りに着く。

 

 極一部の部屋以外、夜間哨戒任務に着いた艦娘の目にも鎮守府が眠りに着いた事を確認したのはそれからまもなくの事であった。




忙しいですが書けたので投稿です。

改めて今年もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君塚艦隊VS蜃気楼 演習戦Ⅰ

ワレアオバ!
アオバワレェ!

追記
誤字修正、指摘ありがとうございました!


 翌朝はやくルフトシュピーゲルングは目を覚ます。

時計を見れば午前7時、地下のため天候はわからないが予報によれば快晴である筈である。

 

「…風呂入ろ」

 

 どうやら川内救援以前の放浪生活は、この体本来の持ち主にとっても不本意であったようで暇があれば寝てるか入浴するか、になっていた。

無論、話し相手が居ないというのが最大の理由であるが。

 

 

 

「うむ、いい天気だ。そして絶好の海戦日和でもある」

 

 ルフトシュピーゲルングが陽の刺さぬ地下で風呂に入りながら、顔半分を沈めブクブクと泡を作る作業をしているのと同時刻、彼女へ演習を申し込んだ相手である長門は海を波立てる風に、服装と髪を揺らしながら艤装を展開し洋上に出てとある一角を眺めていた。

 

 そこは演習の為に作られた区域で、模擬弾とは言え相応の破壊力のある流れ弾が港湾施設に着弾し、被害を与えぬ為に鎮守府のある島から程近い無人島、に“ここから先許可なく進入禁止”と記されたプレートと腐蝕対策のなされた合金製の柵がたっており、その向こうに奥行きは実に1.5㎞、幅1km程ある巨大な演習場が作られていた。

 これはかつてこの島に、人が住んでいた頃に作られた防波堤を利用して作られた物であり、島側の壁はそのままに浅い海側を柵で囲った物であるが、浅い場所もあれば深くなる場所も作ってあるので、潜水艦の演習と広さもある為、航空戦の演習も同時に可能という海洋国家である日本帝国でも、中々無い深海棲艦出現以降に作られたそうはない貴重な施設でもあった。

 

 演習場の中を見つめ、どうなるか。と長門が思いを巡らせている間にも演習場内部へ続々と、艦娘達が入場していく、場内の浮遊物を撤去する任務を負った艦娘もいるが、大半はそのまま島へ上陸し仲の良い者と防波堤の上や埠頭の上に陣取る、許可を得たのか食べ物の出店を出す、祭り好きの艦娘すらいる始末である。

 思い思いに過ごし、開始時刻を待つ艦娘達のおおよそ三割の手には“鎮守府広報”と書かれた紙が持たれており、やや不鮮明ながらカラーの写真が真ん中に載せられており、皿を持っている大和の後ろ姿の向こうに扉を開けた“肌も髪も白い少女”が瞳を大きく見開いた瞬間であった。

 

 それだけならば、新たな艦娘顕現として話題には上がるがこのようなお祭り騒ぎには至らなかったであろう、原因はその紙面を飾る読んだ者の射幸心を煽る文字である。

 

“新艦娘着任!初日に第一艦隊戦艦長門を激怒させる!?”

 

 

 君塚艦隊の長門と言えばこの鎮守府の顔役とも言える存在であった、その理由は実力はもちろん、分かりやすい様々な“逸話”を持っているからである。

 その中でももっとも有名なのは大和との一騎討ちである。

 

 これは戦艦大和が着任し暫くしてから発生したもので、彼女の着任以降、鎮守府内で“どちらが強いのか”という当人達にしてみれば、何とも傍迷惑な話題が始まりで、言い始めた人物はついに解らず仕舞いであるが当人達の耳に届く程度に多くの艦娘、職員が話題にしており不運な事に大和長門の両人に“言葉には出来ないしこり”の様なものも手伝い、疎遠気味な状態な事も話題に拍車をかけた。

 

 このまま行けば艦隊への悪影響も考えられる状態に困った両人…基長門が出した結論が“ならはっきりさせれば良い”という単純明快な物である。

錬度に勝る長門と装備の質に勝る大和、決着は長門優位であるがほぼ相打ち、という結果に終わる。

 この結果に鎮守府でのどちらが強いか、という話は急速に落ち着き同時に両人の“言葉には出来ないしこり”も解消され、現在両人とも背中を任せる事が出来る人物に、互いをあげるほどの信頼を築くにいたっている。

 

 もちろん、このような物騒な逸話だけではなくもっと別の逸話もあるが少なくとも悩み事があれば戦う、という行動の原点ではあるのは間違いないだろう、例えそれがとうてい勝ち目の無いおぞましいまでの戦闘能力を持っていることが予想されようと。

 

 

 時刻は廻り、午前9時少し前。

遠征や護衛任務に着くか夜間哨戒任務に着いていた艦娘以外の殆どが隣の無人島の演習場の観覧席という防波堤の上や波止場に腰掛け、おにぎりを頬張るもの、出店で出されていた焼きそば等を食べるもの、冷えたラムネを飲むもの、演習そっちのけで酒盛りをするものこそ居ないものの、演習より食事を目当てに集まっている者も若干見受けられるが大半の視線は、金剛の手前に立つ遠目で見れば白黒の少女へ向けられていた。

 管制人格の外見は駆逐艦相当の大きさであるが、背負った艤装は戦艦である金剛の艤装と比較しても可笑しいサイズで“あの艦は何者?”“姉妹艦で覚えのある子いる?”などのざわめきが観覧席を包み、その声を聞いたルフトシュピーゲルングは視線は前に向けたまま喉が渇いた様な感覚にごくり、と生唾を飲み込み

 

「…緊張しますね、こんなに見られてるなんて」

 

「みんな、newfaceに興味津々ネー!テートクは何かworkがあるから来れないけど、正々堂々と戦えばみんな認めてくれる筈デース!」

 

「そうですね、ありがとうございます」

 

「no problem♪」

 

 横に並び、ルフトシュピーゲルングの肩に優しく手を添え金剛はにこやかに微笑み、慣れない大勢に見られながら演習とは言え戦う事に緊張している彼女へ努めて明るく、振る舞う。

 直接触れるというのは言葉以上に緊張を解す効果もあり、一旦目を瞑り深呼吸をして再び目を開けば緊張の色も薄れ、視線を直線上に布陣する長門率いる艦隊へ集中する。

 

《思ったより観客も多いが…各艦大丈夫か?》

 

《こちら大和、あの時を思い出しましたが大丈夫です。問題なし》

 

《こちら榛名、榛名は大丈夫です!》

 

《こちら比叡、うぅ観艦式を思い出します…大丈夫、気合いっ入れます!》

 

《こちら霧島、あちらも緊張の真っ直中ですね。大丈夫です》

 

《こちら加賀、…問題なし。》

 

 一方、演習相手の彼女からも視線を向けられた君塚艦隊の面々は、最後の陣形維持に掛かっている、前衛には比較的機動力に秀でる榛名、比叡、霧島を逆V字に配置、彼女らは試作三連装41cm砲を装備しており、彼女らの後ろに大和と並び立つ長門も試作連装46cm砲を装備に変更されている。

 これは多少の命中率の低減へ目を瞑り、火力を向上させる事に主眼をおいた装備で、各艦とも着弾観測機すら搭載し砲火力の底上げを図っている。

 空母加賀は艦隊の最後尾に着いており、相手に航空隊が居ないため演習仕様とは言え艦攻、艦爆双方を搭載限界数ギリギリまで詰め込んでこの演習に臨んでいる、こんな打撃偏重編成に意味は有るのかと最初に長門に声をかけられた時は思ったものの、相手が此方の常識の通じぬ相手とスペックの説明をされ、然しもの加賀も絶句してしまう程であった。

 観客席に“あの小生意気な後輩”が居ることは察しては居たが、今はそれらを心の奥に閉じ込め目を閉じ波音すら聞こえぬ静寂な世界に自分を立たせ、基本、基本だ。艦載機の一機一機と心を通わせ、それらを大空へ飛び立たせる。

 

 “初めて”教わった事を堅持し、その上で戦果を挙げる。

その姿勢は君塚艦隊の空母機動部隊の纏め役の矜持があった、それ故彼女へ事あるごとに噛みつく“あの小生意気な後輩”ですら敬意を表していた。

 

 彼女が閉じていた瞳をゆっくりと開く、さざ波も立っていない様な静かな瞳は標的をしっかり見詰める、ゴテゴテした巨砲に囲まれた彼女へ。

何を考えているのか、何をするのか。

 どんな強大な艦だろうと航空戦に成れば負ける、対抗手段が限られる水上艦ゆえの宿命である。

 

 しかし、彼女はその常識を捨て全力で叩く積もりでいた。

驕り慢心し負けるのは一度で充分だから。

彼女への約束でもあるから…。

 

 演習監督艦として両艦隊の丁度中間地点の位置に川内が陣取り、双方の準備が整ったと判断し両足は防波堤の上をしっかりと踏みしめ両手は後ろに回し、大きく息を吸いそれを宣言する。

 

「これよりッ!演習戦を開始を宣言するッ!両艦隊礼ッ!」

 

 声を張り上げ川内が宣言すると同時に双方は声に従い頭を下げ、その頭がすべて上がった所で穏やかな色の瞳を戦意に染め、加賀は弓をギリギリと引絞り矢を、艦載機を発艦させる。

 

 ルフトシュピーゲルングにとっては轡を並べ戦う者達との、ファーストコンタクトとなる戦いの幕開けでもあった。




制約ありの演習戦です。
いくら相手が沈まないと聞かされても

波動砲は使いません。
レールガンも使いません。
光学兵装もっての他。
ミサイル?特殊弾頭多弾頭とか自重。
反物質兵器使うほど彼女らを嫌ってません。

結果
ほぼ100cm80cm砲のみの使用となりました。
…縛り?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君塚艦隊VS蜃気楼 演習戦Ⅱ

なにこのラスボス…

追記
金剛は作戦を聞いてる筈なので驚くのは変と感じたのでその辺りを変更しました。


《…こちら加賀、旗艦長門へ。まもなく一次攻撃隊全機発艦完了》

 

《こちら長門、流石加賀。早いな!》

《全艦へ告ぐ!相手戦艦、特に“蜃気楼”…白い方だ。彼女の砲撃には特に注意を払え!大和といえど一撃で大破する火力だ!》

 

 開始と同時に空気を裂く音を響かせ、矢は飛翔しそして“航空隊”に変貌し、模擬航空爆弾を抱えた機体は上昇し、模擬航空魚雷を抱えた機体は高度を下げる。

一つの矢がそんな各々行動をとる最中、加賀は次の矢を射る、一つ一つの動作は必要最低限で洗練され見るものの息を飲ませる、不思議な美しさがあった。

 

 航空隊が次々打ち上げられていき、ルフトシュピーゲルングへ目掛け、その水上艦隊とは比較にならぬ速度をもって急速に距離を詰める。

 

 また、その航空隊と呼応するように比叡を先頭に両翼を榛名、霧島で固めた前衛艦隊と長門、大和も相手艦隊を押し潰す様に全力で動き出す。

 これは極めて単純な作戦で航空隊と打撃艦隊による二方面攻撃である。

 単純ゆえ打ち破る策もまた単純ならざる得ない、つまり航空隊と打撃艦隊の双方を黙らせるか回避しきるか、である。

普通ならばこれだけの火力に曝され、浮いてられる相手は稀有である、実際この戦法で君塚艦隊は幾多の難敵を屠っていた。

 しかし、長門の顔には緊張が走ったままで解れる気配は皆無である、鎮守府で最多の艦載運用をもつ加賀に支援を受けても、である。

 

「金剛さん、対空監視はお任せします!“データリンク”は大丈夫ですか?」

 

《…大丈夫デース!“目”は任せるネ!》

 

 二人の陣形はルフトシュピーゲルングが前に立ち、背後には金剛を配置している。

これは旗艦をルフトシュピーゲルングではなく金剛にしているためであり、更に“データリンク”…つまり彼女の優秀な電探能力を金剛が“間借り”し経験豊富な彼女がルフトシュピーゲルングを指揮するという、かなり特殊な戦い方のためである。

 金剛は練習のデータリンク時に、普段の電探よりよほど大きな索敵範囲に戸惑いを覚えるものの、そこは経験豊富な艦娘である。その場から動かずに全域全体の動きが手に取るように解る故に、指示を出していく。

 

《まずは正面、加賀の艦爆!数、20デース!足が早いからネ!》

 

「了解!対空戦闘開始、友軍は注意されたし!」

 

 第一陣の航空隊20機は、重い魚雷を抱えた艦攻ではなく艦爆隊である、恐らくは出鼻をくじく為と予想されるがルフトシュピーゲルングからみればそれらは“あまりにも遅すぎた”、何せ亜音速のジェット戦闘機処か場合によってはそれ以上の速度のハウニヴー(円盤型航空機)も対処できる性能を求められたルフトシュピーゲルングは、それに応えた性能の電探を所持している、故に精々600km/h程のレシプロ戦闘機が主力のこの世界においては、過剰な性能であった。

 無論それに胡座を掻くつもりはないが、有効活用しない手も無く、その捉えた航空機を撃墜すべく背負った艤装の一部を稼働させ元々、砲塔の隙間に顔を見せていた対空パルスレーザー機銃を展開する。

 左右に三列づつ、階段状になった甲板に所狭しと並ぶパルスレーザー機銃の群れは既に射程に侵入していた艦爆隊へ向け、赤やピンク色に発光するレーザー光線を絶え間なく掃射し始める、ジェット戦闘機ですら撃墜しうるレーザーの雨に、逃れられた機は皆無で、絡め取られる様に被弾し炎を吹き出し、大空を紅蓮の華に飾り、その背後に展開し高度を下げ展開し雷撃体勢に入っていた艦攻隊もその後を追う事となる。

 

 

《…旗艦長門へこちら加賀、“あの子”の対空性能どうなってるの?》

 

《パルスレーザー…という光学兵装らしい。高角砲並の威力で機銃以上の掃射能力、なるほど対空戦闘において優秀な装備だ》

 

 これまで経験した事もない凄まじい対空砲火をなんとか回避すべく意識を集中させるが、波状に打ち上げられる逃れる術の無い、淡く光る赤い閃光が機体を次々抉っていき、飛行に必要な部品を消滅させ燃料タンクや搭載した爆弾を撃ち抜かれ爆散してしまう。

 あまりに濃密な対空射撃に軽く舌を鳴らす、瞬く間に40機もの艦載機を叩き落とされ、更に増えているならば不愉快にもなるのは仕方ないと言えた。

 

《いくら演習用の機体とは言え、真っ向勝負じゃ話になら無いわね》

 

《予想された事だが、ここまでとはな。仕方ない砲戦距離に此方が入り次第、例の強襲攻撃を頼む》

 

《……、了解》

 

 紅蓮の花咲く防空エリアを突破できた機体は皆無で、この時点で加賀の搭載した機体は開始時93機から撃ち減らされ一次攻撃隊分の50機の内、46機を撃墜され残りの4機はキルゾーンに入る直前で引き返した為、何とか生き残っていた。

 これにより残存航空機は47機であり、これらは長門達が砲撃戦を始める頃に横から殴り付ける形になるように強襲すべく加賀上空に待機することとなる。

 

 一方、上空エスコートを喪失した打撃艦隊郡はもう10秒程で砲戦距離に入る所であり、前衛の比叡以下三隻は流れ弾を避けるべく互いに距離をとり、体勢を若干低くし緊急回避へいつでも移れるように警戒しつつ距離を詰めていく。

 

《こちら比叡!主砲、斉射!》

 

《榛名!全力で参ります!》

 

《さぁ、砲撃戦開始するわよ!》

 

 前衛の三人はほぼ同時に砲撃体勢に入る、反動を受け止める為に海面を踏み締め三連装41cmを一人辺り4基、12門つまり三人分合わせ合計36門の砲が、金剛の前衛につくルフトシュピーゲルングに向けられ一斉に砲弾を射撃する。

 

《長門さん、行きますよ!主砲斉射、薙ぎ払えッ!》

 

《応ッ!斉射、てぇーーッ!》

 

 

 比叡以下金剛型姉妹はルフトシュピーゲルングの防空性能に、着弾観測機を撃墜される可能性を鑑みその場で停止し踏み締め砲撃を行うが、長門、大和の両艦は必中を期すべく撃墜されるのを覚悟で観測機を飛ばす。

 比叡達の砲撃にパルスレーザーへの被弾を嫌がり、それを収納する。

 飛翔してくる砲弾に対し金剛とルフトシュピーゲルングは前者は右へ面舵を切り、後者は全弾をしっかりと見つめ一切の回避行動を取ろうともせず、口元には笑みすら浮かべその場に立ち尽くす。

 

「…避けないつもりか…それとも、避ける必要も無い、と言う事か?」

 

 驚き独自を述べる長門であるが、驚くのは彼女だけではなく砲撃を放った彼女達…正確に言うならば彼女以外の面々は一瞬戸惑いを感じ硬直してしまう程である。

 回避できないにしろ微動だにしないのは異常であるし、沈まないと説明はされていても模擬弾を食らえば擬似的なダメージは負うし、それなりに痛みもあるのだ、それを態々受ける必要は普通に考えれば存在しない。

 彼女が、超兵器で無ければ…の話であるが

 

 比叡達前衛から41cm砲が36発、長門は46cm砲が6発、大和は46cm砲が9発。

 合計51発ものルフトシュピーゲルングの防御重力場を貫通しうる砲弾を含む打撃が彼女を襲う、高錬度である彼女達の砲撃はおおよその命中率6割程を叩き出す。

 30発程がルフトシュピーゲルングへの直撃弾となるが防御重力場により、先に放たれた41cm砲はイ級の砲弾の如く明後日の方に逸れることはなかったが直撃コースだった砲弾はズレてしまいそのままの勢いで海面に着弾することとなる。

 

 しかし長門、大和の着弾観測され、所謂クリティカルヒットした46cm砲はそうは行かず防御重力場を突破、ルフトシュピーゲルング自身に命中し直後に爆発、彼女の小柄な体は爆煙に消えてしまう。

 互いに見詰め合い困惑の色を隠さない比叡達と大和であるが、ただ一人警戒の色を浮かべ次弾を装填、指揮下の艦隊へ大声量を持ってそれを戒める。

 

《全艦何をしてる早く次弾を撃て!蜃気楼は“あの程度”で沈黙する代物ではないのだぞ!》

 

 それを加賀は見る、黒煙に包まれた一角でゆっくりと動作をする巨砲の動きを強襲すべく回り込んでいる艦載機を通じて。

 長門のその言葉が大袈裟では無い事を正確に認識出来たのは、加賀の背中に走る寒気と同時に感じた耳障りなノイズと共に放たれた、パルスレーザーの先程と変わらぬ豪雨と蜃気楼を包む、黒煙より姿を表す彼女の姿を見た瞬間であった。

 

「こちらルフトシュピーゲルング、全力発揮可能…ふふふ、アハハハ」

 

 ルフトシュピーゲルングはゆっくりと前進を始め三連装100cm砲の4つ主砲塔を長門率いる艦隊へ向け、愉快そうに、とてもとても楽しそうに。

 心の奥底から沸き上がる喜びに彼女は笑う。




何で砲撃受けたの?

防御重力場の実演です。


何で笑ってんの?

強敵との戦いは心踊るからです、ダメージを食らって暴走してるわけではないのでご安心ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君塚艦隊VS蜃気楼 演習戦Ⅲ

演習戦決着、そして新しい面倒事に…

追記
誤字修正しました。
指摘ありがとうございます!



「…ほんっと、規格外だよね。ルフトちゃん」

 

 呆れ混じりの言葉は互いに交差するように撃ち合う砲撃の轟音に掻き消される、演習監督艦としてこの演習の審判役を担う川内は手元のモニターへ目を落とす。

 これは、簡単に言えば参加している艦娘達の現状を分かりやすく数値化し表示する端末であり、かつて演習戦において限界を越えて戦おうとする負けず嫌いが居たので開発された経緯があるのだ、その様な沈まないゆえに大破状態でもいつまでも攻撃に参加する艦娘への対策である。

 耐久が一定数、大体は数字にすれば一桁になった時点で大破判定をだされ以降は攻撃に参加できなくなる、というルールがありそれを一目で判断するため監督艦へ渡されるのだが、問題は口から漏れたようにルフトシュピーゲルングの事であった。

 

 独国との共同開発したその両手に持てるサイズの電子器機には、この演習に参加している艦娘の耐久値が表示されており、件の少女のそれは文字通り桁違いの数値を表示しているのだった。

 始めはバグったのかと思う程であったが、先程の大和、長門の砲撃が命中しダメージが200程入り副砲の一基が旋回不能とキチンと表示された為、バグった訳ではないと言うことを川内は認識する。

 

「だからってさ、耐久値270000って何よ?大和ちゃんですら100無いってのに…」

 

 実際に撃ち合う長門達には慰めにもならないが、一応ダメージの入りは彼女がいた世界に近く防御重力場を突破すれば対80cm装甲でも通じるのだ。

 もっとも膨大な耐久値を削りきれるかはまた別の話であるし、彼女は幾つかの武装が模擬弾を用意できず危険なので使用できない、という制約がある中での戦いになっている。

 それでも主砲副砲合わせて24門を単艦で使用し、砲弾の弾幕を張ることも可能で優秀な装填装置の助けもあり単艦で、五隻の戦艦と真正面から撃ち合い押している様に見える有り様である。

 

 無論、ルフトシュピーゲルングの立ち回りを指揮する金剛の役割も小さく無く、射程に勝り近接攻撃を小柄ゆえ苦手とする彼女に張り付かれないように逃がし、或いは後方の加賀へ殴り込みを掛ける様な素振りをみせるなど、正面攻撃のみならずハラスメント攻撃も行い、長門以下相手艦隊に疲労を蓄積させる。

 

「第二砲塔、第三砲塔。射撃!続いて第一から第四副砲斉射ぁ!」

 

 それだけに留まらずルフトシュピーゲルングも砲撃を行い、長門達を攻撃するが彼女の装備している主砲副砲共に、散布界が広く命中率は長門達の半分程と言った所で、更に長門達は戦艦であるが高錬度に裏打ちされた経験から海をかき混ぜるかの如し砲撃を、最小のエネルギー消費と動きで回避していく。

 だが、川内がそうであったように疲労が貯まれば回避率は下がり燃料も尽きるし模擬弾とは言え、巨砲に追いたてられる、と言うのはとてもいい気分と言えるものではなく徐々に余裕を無くし、結果的に回避を優先してしまい、ルフトシュピーゲルングへの砲撃頻度と命中率の低下を招いていた。

 

 

《全艦現状を報告せよ!》

 

《こちら比叡!至近弾多数。小破判定…ひぇー!なんで砲撃が逸れるの!?》

 

《こちら榛名!中破判定。第二砲塔に命中弾、あんまり大丈夫じゃないです!》

 

《こちら霧島!小破判定。私の分析に依れば、このままでは模擬砲弾と燃料が底を突いてしまいます!》

 

《…こちら加賀、無傷。だけど航空隊はほぼ壊滅…なにも出来ないわ》

 

《こちら大和!中破判定。第二主砲と副砲が至近弾と直撃弾の為使用不能!》

 

《…覚悟していたとしても、開始15分でここまで追いやられるとはな》

 

 巨砲に追い立てられながらも、未だ指揮系統が崩壊せず混乱状態になっていない事で彼女らの優秀さが際立つが、それも限界近くなっていることは誰の目にも明らかであり、クリーンヒットがいつ誰にやって来て大破判定が出ても不思議ではないのだ。

 海面をかき混ぜ泡立てる砲撃は長門の報告の指示への返答の最中もなんの容赦もなく行われ、ランダム回避に入っていた比叡と霧島を狙った砲弾は彼女らへの至近弾となる。

 

 

《んー、流石は長門達ネ!気持ちよくclean hitとは行かないデース》

 

「ですが、流石に鈍ってきてますよ!ふっふふ…」

 

《yes!じゃ、そろそろfinishデース!》

 

 演習終了時間は最大で一時間と設定されており、まだまだ余裕はあったが、ずっと“目”と“指揮官”の役割を担っていた金剛が前に出る。

 装備は妹達と違いもっともしっくり来る、連装35.6cm砲4基を装備しており天蓋をコツン、とノックするように叩いて視線を“データリンク”しながら正面へ向ける、リンクの影響によるのか赤く光る瞳を細め口元が弧を描き、妖しげな笑みを浮かべ左手を突きだし、砲塔もそれに倣い仰角を調整し狙いをつける。

 

「最大戦速!全砲門、fire!」

 

 機関を稼働させると同時に連装砲が炎を吹き、ルフトシュピーゲルングよりも小回りを利かせ金剛が戦線に加わり、この演習の決着が着くこととなる。

 ひとつ言うならば、彼女金剛もまた戦艦であり本気になった長門達と撃ち合う機会などそう無い中で、後方で“おあずけ”されていた状態でこのまま終わるのは惜しいと思った彼女へ堪えろ、という方が酷な話である。

 

 

「以上が、演習結果だよ」

 

 演習終了の一時間後、艦娘達が撤収しガランとした演習場内を確認し問題が無いことを確認した川内は長門一行と共に鎮守府へ帰還し、着くなりあれはなんだ。これはなんだ。と疑問を浮かべた演習相手達に囲まれひとつひとつに答える蜃気楼を生温かい視線で眺め、報告すべく君塚の執務室へ入室一段落着いたらしい彼に敬礼し、得られた情報を伝える。

 川内が話終われば、息を軽く吐いてから君塚は額へ手を置き、天井を見上げ

 

「凄まじい戦艦であることは認識していたが、恐るべき耐久性だ、それでいて燃料切れも無く…41cm砲の貫通力ですら逸らす、防御力場…我が艦隊の切り札の長門大和の砲撃ですらかすり傷、加賀の航空隊でも突破不可能の防空性能、そして足の早さもある」

 

 砲力の事はもはや言う間でもなく、速力に関しても40ノット近くを観測、これに関しては偶々観戦に来ていた島風が絶句していたという事を川内は聞き及んでいたが、装甲火力速力の矛盾する筈の三つを兼ね備えた存在に驚いていた為、とりあえず彼女へのフォローは妹であり現在海上訓練教導艦任務を受け持つ神通に任せてある。

 

「本当にルフトちゃんが良心的な味方で良かったよ、…現在彼女は部屋か工廠で長門達の疑問に答えてるね」

 

 本当なら秘匿し、情報を独占するのが賢いやり方なのかも知れないが仲間になったんだから出し惜しみしてどうする、そんななんとも平和な考えの元、聞かれれば答えるを徹底していた。

 流石に出身地あたりの話は嘘を言わざる得ないが仕方ないと言える。

 

「全くだ。…彼女が敵ならこんなややこしいやり方などしないだろうな、正面からここを…いや、日本を相手取れる戦闘力だ」

「ともかく、任務ご苦労様。あぁそうだ。キミの艤装も明日には戻るそうだ、工廠組も頑張ったな。依って明後日より海上教導任務に戻るように、神通は座学に戻すとする」

 

「了解!…新人が喝采をあげるかもね?」

 

 大人しいおっとりとした外見であるが事訓練に関しては、川内よりも厳しく“鬼教導艦”と密かに言われているが、それは沈んでほしくない愛情の裏返しでもある為、彼女を本気で嫌っている艦娘はおらず鬼教導艦、というアダ名で呼ばれている事は彼女は知っているが、甘くして沈んでしまうより鬼と呼ばれても生き残ってくれた方が嬉しい、と川内へ話した時があるが、どこか楽しそうに過酷な訓練を課す彼女への本音としては提督へ語った方が近いだろう。

 それに関して苦笑で言及を避け、君塚は川内を下がらせ、執務室に一人に為った所で立ち上がり歩きながら少し思案し、そのまま通信室へ向かい軍用機密通信を硫黄島経由で本土のとある場所へ送る、若干のタイムラグがあるものの、意思の疎通は問題なく行える事が可能である。

 

 

「こちら、南西諸島鎮守府。君塚鷹六であります。連合艦隊司令長官の山本閣下へお伝えしなければならない事がありますので、至急取り次ぎを願います」

 

 本来ならば一中将が直接やり取りできる相手ではないが、深海棲艦との熾烈な戦いの最中目を掛けられたのか何かと声をかけられ困ったときは頼れ、とまで言われていたのを思い出し、蜃気楼という厄介事を相談すべく通信を行い、時計の長針が三目盛り程刻んだ所で交換手とは違う男性の声が君塚へ届く。

 

《こちら山本だ。久しいな君塚中将…どうした?退役なら認めんぞ?》

 

 今にも鼻歌が聞こえてきそうな程上機嫌な山本へ、君塚は彼女の知った範囲の事を報告する。

 連合艦隊司令長官山本五十六、通常艦隊と艦娘という両実戦部隊の頂点の地位にいる彼は“それ”を聞いて唸り声を漏らす。

 

《この上なく心強いが…面倒な事になるな、君塚中将》

 

 先程の上機嫌な声はどこかに消え、重々しい声が君塚の耳に届く、君塚はルフトシュピーゲルングの力を聞いたときと同じく酒を煽りたい気分になってしまう。

 

 心強いが厄介、それは君塚も抱く蜃気楼への偽らざる評価でもあった。




目が赤くなったのはCICの赤色照明のイメージの為です。
ネズミ媒体のウィルスの所為ではありません。

はい、山本長官です。
ルフトシュピーゲルングの力は戦略級、現代で言えば核搭載の原潜(よりヤバイ代物)です。
拾った一司令官がどうこうしていいレベルじゃありませんので、上官へ相談するのは当然ですね(いきなり連合艦隊司令長官へ通信をするのはどうかと思いますが)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日本帝国海軍三長官

国名は大日本帝国ではなく日本帝国となっております。
また、時期的に役職や性格に違和感を感じるとおもいますが史実との差異(便利ワード)ですのでお願いします。


 ルフトシュピーゲルングと君塚艦隊が演習した二日後、君塚が鎮守府を構える南西諸島海域から遠く離れた帝都、東京の一等地霞ヶ浦に建てられた通称“赤レンガ”と呼ばれる、その名の示す通りの赤レンガを主体に青い屋根を輝かせ、門にはプレートが嵌め込まれ《海軍省》と記されている建物目掛け車が一台の走行していた。

 

 快晴の天気に汗ばむほどの気温ではあり外を行く人通りは少なく、あちこちの空き地には高射砲や対空機関砲が配置してあり、それを運用する兵も敷地内に詰めていたり、或いは都市迷彩を施された独99式戦車と呼ばれている50mm砲搭載車両(史実でいう三号戦車)と随伴歩兵の兵士が小隊基地を設営していたりしている。

 

 これらはつい一年ほど前に東京湾に出現、上陸をした個体や艦載機で空襲を行った個体も居たための対処であり戦車に関しては独国からの売り込みに対し、万一上陸戦になった場合深海棲艦出現のつい3ヶ月前程に発生したノモンハン事件の際、非力さと脆弱さを露にした国産戦車では太刀打ちが厳しいと判断した陸軍が手早く戦力の強化を図るためにそれに答えた形で、独国としてもシーパワーの強化に取り組みランドパワーが疎かになっている状況に対し、国内技術力を保つ事を期待し極めて格安でライセンス生産を許可した経緯があった。

 ちなみに国内生産地として選ばれたのは朝鮮半島下部の地域であり、日本帝国影響下にある満州国にも生産工場が作られ陸軍のみならず海軍の艦娘向けの装備の生産工場すら作られており、わずか一年の間に工場の整備などを行った点を鑑みれば如何に日本帝国がそれを求めていたかわかるものである。

 

 そんな物を横目に護衛の付いた黒塗りの公用車が一台、正面に滑り込むように海軍省の建物の前に停車し壮年の男が下車する。

 出迎えの兵士に敬礼で迎えられたのは、基本的に政治には関わらぬこととなっている海軍で唯一政治に関わることが許された《海軍大臣》の米内光正である。

 髪を七三分けにし背広を着て、鼻眼鏡を掛けた彼は片手に袋を携え案内の兵士の後ろを歩き目的の部屋へ冷房が程よく効き快適な海軍省内部を進む。

 

「米内さん、呼び立てする形になり大変申し訳無い」

 

「なに、時の連合艦隊司令長官どのと軍令部総長どのにおよび立てられればこの米内何処へなりとも」

 

「はは、山本長官がお困りですよ米内大臣」

 

 扉が兵により開かれその向こうには何やら話していたのか皮貼りのソファーに腰掛け机を挟み向かい合わせに山本五十六連合艦隊司令長官と、軍令部総長永野修身がおり、奥側に座っていた山本が最初に気づき立ち上がり頭を下げる。

 それに対し実働部隊から移転させられた米内は皮肉めいた事を返すが、嫌味な物はなく双方の苦笑と呆れ笑い顔の永野の仲裁により一瞬漂った嫌な空気は完全に払拭される。

 

 史実で言えば、この年…つまり1940年には米内は海軍大臣ではなく内閣総理大臣である筈だし、永野は軍令部総長にまだ就任しておらず総理大臣には“甲斐隆太郎(かいりゅうたろう)”という史実と違う陸軍大将が任命されているのだった、史実と同じ役職の山本ですらいきなり東京湾に浮上する未知の生物相手に戦う羽目になっており、さらに言えば自分の指揮下に“まだ未完成艦”の艦娘や“計画中の艦”の艦娘すら出現している事になる。

 幸い彼女らは従順に作戦をこなすため、婦女子である点を除けば極めて頼もしい戦友といえる。

 

「さて…私を呼んだと言うことは何か問題ですかな?」

 

「まずは何も言わずこれをご覧頂きたい」

 

 手土産の羊羹を机の上に置き、開いていたソファーに腰掛けた米内の方へ山本は机の上に置いてあった書類をスッと手で滑らせる、既に永野は見た後なのか目配せに対しても何も言わず、目でどうぞ見てください、と米内を促す。

 双方から促されその書類を手に取り、上から一つ一つ頭の中へ入れていく、疑問を浮かべ読み進めて行くが徐々に驚き、不安と焦燥の色を浮かべ最後まで読みきりそしてもう一度最初から最後まで咀嚼するように読む、二人はじっと彼の様子を伺い、約五分部屋は沈黙に包まれる。

 

「…突拍子も無いことだね、狐に化かされているといった方がまだ信じれるよ」

 

「それを言うならば“艦娘”なる婦女子達と深海の亡者の方も突拍子も無い事でしょうな」

 

「君塚中将は信頼できる男です、こんな事を秘匿回線で伝える男では無いです」

 

 書類に書いてあるのは君塚が知った“蜃気楼”の諸情報であった、鉄鋼と稀少金属から産まれる艦娘を始めて見たときは流石の三長官である彼らも腰を抜かさんばかりに驚いたが、それに多少なり免疫が出来ていたと思いきやこれである。

 邪魔になら無いようにいつの間にか置いてあった冷えたお茶を喉の乾きを感じてそれを飲み、書類を机に戻す。

 

「うーむ…君塚中将を疑うわけではないが、はいそうですか。と信じる訳にもいかぬよ」

 

「それは無論、軍令部も同じ意見です。なにか証明が欲しいですな」

 

「それに関しては近衛第一の一部を見聞に出そうかと考えております。彼としても槍として近隣海域の解放に“蜃気楼”を使うことでしょう。…戦力的に真実となれば問題は…」

 

「米国か…欧州海軍同盟か…或いはソ連か」

 

 三長官を渋顔にさせるのは彼女の所有権に関する事である。

現在、艦娘の“生産”は日本においては産み出されるのは国産…即ち日本に尽くし沈んで“行った”女性達のみであり例えば、つい最近国際通信で英国が大々的に行ったクィーンエリザベス級戦艦二番艦“Warspite”顕現、そして“女王陛下”同士の会談は良くも悪くも久々の明るいニュースとして話題になった。

 しかし、彼女の生産は顕現した後でも日本では不可能である、もちろんその逆も不可能であり外国艦娘を国内に置きたい場合は向こうからやって来てもらう必要があるのだ。

 

だからこそ、自国で産み出された艦娘に関しては絶対にその国が所有権を有するという不文律があるのだ。

 極々希に気がついたら海の上にいた、というはぐれ艦娘に関しても発見次第保護、当人の母国へ問い合わせ送るという事になっている。

 前例は日本にもあり、米国艦やソ連艦、東洋艦隊が居た所為か英国艦も表れた例もあり、彼女らは丁重に国内で保護され各国へ“帰って行った”

 

 では、“祖国の無い”艦娘はどうなるのか?

そんな前例は無いが似た例はあり、Верный…元は日本の駆逐艦で後にソ連の駆逐艦として生きた彼女の処遇は両国を悩ませた。

 彼女の場合は最終的に生まれが日本であり、賠償艦として渡った経緯また、当人の強い希望により日本の所有として決着が着いていたがこの“蜃気楼”に至ってはその地域を支配するのはソ連なのだ、幾ら独立したと言えそれは別の世界の話でその様な国は影も形も無いのだ。

 故にその強大な戦闘力をソ連が知れば間違いなく渡すのを要求してくる事は目に見えており、日本は決着が着いたとは言え、Верныйの件により貸しが無いわけでもなく厳しい物になるだろう。

 また、名前がドイツ語で有ることによりかの国が所属する欧州海軍同盟も所有権を主張する事も予想された。

 現在、地中海を解放すべく艦隊を派遣しているがゲリラ的に出没する潜水艦型の深海棲艦により伸ばす手を叩かれ続けている有り様で、強力な艦娘なら幾らでも欲しい、と言った状況である。

 米国に関しては稀少資源の輸出やソ連経由の日本向け物資鉄道網の整備を行っており、現在は金で購入しているが、“蜃気楼を譲渡すれば格安で…”と内々に言ってくる可能性も“そんな兵器日本の手に余るものだ”とも言ってくる可能性どちらもあり得るのだ。

 今現在の所、日本は深海棲艦という人類の敵により苛烈な諜報戦から“守られている”という皮肉な状況にあり、当分はバレないという判断は可能だがいつかはバレる、というのは三長官同意見であった。

 

「バレるにせよ、此方が予想し得ない時は不味い。君塚中将には彼女の取り扱いを慎重にせよ、と言わざる得ないでしょう」

 

「もちろん彼もそこは心得ています…が、彼女は我が国に極めて協力的であり凍結中の“A号作戦”の助力となり得るやもしれません」

 

「…成功すれば少なくとも米国からの横槍もなんとかなる、か」

 

「その前に現在孤立気味の台湾を…否、南雲駐留艦隊を防衛圏内に引き戻す必要がありますな」

 

 窓越しに部屋を照らす太陽はまさに夏真っ盛りという風情で、青空に入道雲踊る帝都は前線の奮闘により平和を保たれており、それを少しでも長くすべく三長官は国内に海外にあれをどうするこれはどうする、と時間の許す限り会議を続ける。




ところで、これ艦これの話…?とか書いてて思いました。

年代をチラッと出してましたが本格的に出しました。
なので艦娘達も自分との対面、なんて事もあの提督、艦長と再開!なんて事も起きました。
 当人にしてみればなんのこっちゃ、という事でしょうけど


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

敵泊地強襲作戦

 曇天の空の下、分厚い雲に覆われ光を殆ど通さず海面は黒く濁り、波しぶきが舞い海上に居るものすべてを平等に濡らす。

 幾つもの水柱が遠くからの砲声と共に立ち、爆炎が重苦しい空気を薙ぎ払い、恐るべき密度の光が航空部隊を切り刻み、次々叩き落とされ海の藻屑と消えていく。

 海上を我が物顔で行く戦艦を中核とした打撃艦隊は、その自慢の艦砲の射程外より飛翔する砲弾や“光線”に装甲を一瞬で蒸発させられ、耐久値を削り切られ即座に轟沈する。

 深海棲艦も動くには油が要るのか、ヘドロのような青い液体に炎が引火し、海上のあちこちで黒煙が上がりかつて人型を、魚のような形を構成していたその波間に漂う“残骸”からも炎が上がり海域は虐殺の様相を呈している。

 

「それで終わりか?アハッハハハ!」

 

 ルフトシュピーゲルングは極めて愉快そうに嗤う、その嘲笑の対象である深海棲艦の水雷部隊は憤怒の表情を浮かべ味方を一方的に殺された怨念と執念にまみれた強烈な敵意を浮かべ高速で接近、雷撃を行い一太刀でも反撃しようと迫る。

 臨時旗艦の軽巡ト級と呼称されるイ級のような頭部が3つ並んだ固体を先頭、駆逐型でスレンダーな形状の駆逐ニ級は標的に対し、上から見れば三角形の陣形で彼女を射程に捉え、発射態勢に各々が入った敵艦隊を視線で追いニンマリと口角を吊り上げ歪ませた笑みを浮かべ艤装の一つをそちらに向ける。

 

「光子榴弾砲、発射」

 

 ト級目掛け光の塊が飛翔し、命中炸裂する。

電磁パルスにより打ち出された反物質反応弾は対消滅反応によりト級は完全に消滅、後方に居た二級も逃れる暇なく発生した衝撃波により粉々に打ち砕かれ、着弾点の海面も同様に消滅しそれが如何に高エネルギーの塊であったかを示していた。

 

 演習戦から5日後の現在、ルフトシュピーゲルングは君塚艦隊の頭痛の種となっていた敵泊地への“殴り込み”をかけている。

 精鋭級(elite)や旗艦級(flagship)や少数ながら精鋭旗艦級(flagship改)も所属していた極めて厄介で目障りな艦隊泊地であるものの、夜明けと共に哨戒部隊からの通信途絶が相次ぎ通信機能自体にも“ザリザリとノイズ”が混じり、艦娘達の襲撃かと迎撃に向かった深海棲艦、旗艦級重巡リ級率いる艦隊が見たのはただ一隻の艦娘であった。

 捨て駒にされたのだとほくそ笑み砲を向け“良い朝食”になると喜びの色を見せるが、彼女の意識は次の瞬間にその上半身と共に刈り取られ、率いていた精鋭級の面々も同様に後を追う事となる。

 

「ざまーみろ」

 

 ルフトシュピーゲルングが背負う100cm砲と腕のレールガンが白煙を上げ、再装填と冷却を殆ど一瞬で終らせ腕を下げると同時に吐き捨てる様に視線内に収まるリ級の死骸へ言い放つ、当人にしてみれば何の事か理解できる筈もないが“散々進撃の邪魔をされた敵”となれば、モニター越しに恨みを積み重ねたならば仕方ないと言える。

 

 その後に出てきた深海棲艦の部隊を文字通り鎧袖一触…否、触れるまでもなく消し飛ばし地図に載っていない、深海棲艦達が作った島があり彼女の姿を見つけたのか、空母型や戦艦型などが砲弾を艦載機を飛び立たせルフトシュピーゲルングへ攻撃を試みる。

 旗艦級空母ヲ級、精鋭級軽空母ヌ級等が装備する艦載機は鏃の形をしたものではなく球体の代物で航空力学に真正面から喧嘩を売っている存在でもある。

 性能的には既存の機体より高性能化していたが技量の方は演習戦で交戦した加賀の航空隊の、足元にも及ばない…むしろ比較するのが烏滸がましいと感じるほどに稚拙に思える程であり、打撃艦隊の砲撃も長門達の砲撃程の命中はなく、射撃してきた内の4割程と言った所で、更に命中した所で防御重力場の発生領域を貫通できる砲弾もなく、航空攻撃へはパルスレーザーと57mmバルカン砲の雨を、打撃艦隊へは主砲副砲と更に遠慮する必要はなく光学兵装とレールガンの封印を解除、波動砲とミサイル兵器は射撃後の隙を嫌ったのと実弾射撃と光学兵装で事足り、必要を感じなかったので今のところは使用してなかった。

 

 戦場となった泊地の深海棲艦の数もかなり減り、先程まで交戦していた敵艦隊も戦艦を含む打撃艦隊は100cmと80cm砲弾の雨に磨り潰され、空母部隊は流れ弾に命中したヲ級は水面に無く、ヌ級が何とか島側に撤退しようとしているらしく背を向けて走り出している、逃げたくなる気持ちは十分に解るためあえてなにも言わず機関出力を上げ速度を増し、50ノットという高速挺の領域の速度をもってヌ級へ背後から衝突、防御重力場の力場の見えぬ壁でヌ級を撥ね飛ばす。

 衝突は凄まじかったらしく、磁石が反発するより激しく海面に擦り付ける様にあたかも“水切りの石”状態で島に激突し、土埃に混じり青い液体を確認した直後に後追いで放っていた光子榴弾が命中、島の一部と共にヌ級を完璧に消滅させる。

 そして、ヌ級撃破と共に泊地に駐留していた深海棲艦の主要艦は撃沈となり島には少数の輸送艦型深海棲艦と島の上に基地系列の何かが居るが、双方ともに相手の射程外で停止、ふぅと軽く息を吐いて本来この任務をこなす筈だった面々を思い浮かべ、今どうなっているか思いを馳せる。

 もちろん周囲警戒を怠ること無く。

 

 この襲撃計画は何度か行われていたが、妙に厚い防衛網に突破するのに手間取るとすぐに他の防衛部隊がやって来てしまい、高速艦艇でそれを突破しようとしても泊地基地の港には旗艦級戦艦ル級率いる打撃艦隊が動かず門番のごとく立ち塞がる上に、基地航空隊と打撃艦隊を直接援護するヲ級達の艦載機隊もいたので、外縁部からジワジワと敵艦隊を削り取っていく、という時間の掛かる戦闘方法を取らざるを得ず、たまにこの泊地から出る通商破壊部隊を狩り、外縁部隊へ攻撃を重ねていたが物資補給の関係もあり進捗状況は良くなかったのだ。

 今回も定期的な出撃となる筈だったが、昨日の未明まだ暗闇に包まれた日の出前、宿直任務を行っていた提督代理の秘書艦戦艦日向の元へ、興奮状態で寝巻きのまま明石と夕張が執務室へ乱入機銃の様に捲し立てる様に、普段冷静な彼女でも困惑を隠せず、少々落ち着けと宥め君塚に用事があるとのことだが、起こすのも気が引けた為代理として話を聞くが、ルフトシュピーゲルングの事を新型駆逐艦と思いそこまで意識を向けていなかった為“彼女の装備を参考に新型の補助装置を思い付いた!”と言われても首を傾げるしかなく、結局、君塚を起こし共に説明を聞き製作の許可を出した後に、ルフトシュピーゲルングに関する説明を君塚から受け“頭痛がする”と額を押さえる羽目になる。

 

 そして、現在。

昨日より工廠に籠りルフトシュピーゲルングの装備する補助装置を元とした試作品の艤装内蔵型の補助装備のテストを、演習戦以降更なる強化を求めていた第一艦隊の面々がそれに手を上げ、ルフトシュピーゲルングとしても何もせず、寝て食って風呂に入るだけの生活に後ろめたい物を感じていた上に、川内復帰によりいよいよ話し相手が居なくなった為、今回の第一艦隊出撃の変わりに出ることと自薦したのだった。

 君塚は念のため、と戦闘距離外よりもしもの時のために空母加賀と彼女の護衛とルフトシュピーゲルング救助の為、川内率いる水雷部隊を派遣していたが

 

 

「…これは戦闘と言えないわね、屠殺よ」

 

 制空権はルフトシュピーゲルングが徹底的に敵航空部隊を叩き落とした為、人類側に移行しており彼女の上空でいつでも援護できる態勢にあったがついにその機会はなく、ポツリと共に微速前進状態の川内に呟き、腕を組んで前を見ていた川内も足元で燃えている死骸を回避しつつ若干不安の色を浮かべる。

 

「最近話し相手になってないし…ストレス溜まってるのかなぁ…?」

 

「そんな事有るわけ無いでしょう…これがあの子の本気って事よ」

 

 呆れ顔の加賀に対し自分のくしゃくしゃと髪を右手で乱暴に弄る川内であるが、やがて落ち着きを取り戻し分からないなら聞けば良い、と自分で納得してずっと遠くの蜃気楼の背中を見る、巨砲に囲まれ管制人型は見えないがそこに彼女が居ることを確認し安堵する、と同時にその彼女からノイズ混じりに通信が友軍艦隊向けに入る。

 

《近隣の友軍艦隊は注意されたし!これより波動砲発射する!》

 

 波動砲を発射するのは君塚が許可を出していた、恐ろしいと言われてもどんな威力なのか一度は確認が必要なのは双方とも理解しており、この本来ない深海棲艦が勝手に作った島を再び頑強な泊地になる可能性がある以上残すわけにも行かないので、波動砲による破壊を決めていたのだった。

 川内達は余波を警戒し停止、艦載機隊もルフトシュピーゲルング上空から待避、加賀へ着艦し10秒程で凄まじい発光色が曇天の空の下打ち出される。

 

 護衛の艦娘達が眩しさに目を瞑り直視しないなか、加賀はずっとそれを見ていた。

 硝子玉の様に無機質な瞳に、燃え盛る人間の狂気を思い浮かべながら島を両断し消滅させる兵器を、超兵器戦艦ルフトシュピーゲルングを見ていた。

 

 彼女はずっと見ていた。

 

 

 




今日で丁度一ヶ月ですね。

読者の皆様に支えられての投稿です、本当にありがとうございます、そしてこれからもお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新型装置試験

時系列的にはルフトシュピーゲルングが敵泊地攻撃中の出来事です。

艦娘強化計画=深海棲艦絶滅計画

追記
誤字修正、ありがとうございました!


「ッはっやぁぁいぃぃぃ!」

 

 天候は曇り、波を軽く荒立てる風が吹く最中演習場の中で楽しげな声と共に、バシャーンと水音と飛沫が上がり右手に計測器を持った明石は計測器を止め、客席になっていた防波堤に置かれた机の上、演習場の地図の一角に“×”と記し視線を髪も服も濡らした駆逐艦娘の一人島風に戻す。

 軽装と言う領域に留まらぬ薄着は眉を潜めたくなる露出度であるが“速さ”に拘りを持ち全身で“風”を感じる事に喜びを持つ故に変える筈もなく今日を迎えていた。

 

 普段ならば風に吹かれるが如く自由に過ごす事が多く、このような装備テストに参加することは、提督命令でもなければ皆無であったが演習戦以降、初めて現れた“対等以上のライバルの出現”という事実が彼女の不真面目では無いがどこか物足りなく、現状に伸び悩んでいた島風に火を付けたのだった。

 

「もう一度、お願いします!」

 

「うん…それじゃあ今度はあっちで」

 

 体勢を立て直し、立ち上がる島風は濡れて顔に張りつく前髪を乱暴にかき上げデータ採集をする明石へ声を掛け配置に戻る、キリリと眉を吊り上げ生き生きと前を向く彼女には演習戦以前のどこか鬱々とした物はなく吹っ切れた様で別の補助装置のテストに参加していた長門達を驚かせた。

 明石も明石で生き生きする島風と逆に口数は減るが、島風が作り出すデータの世界にのめり込む、側に行けばブツブツと何か考えている事を呟く声が聞こえるが、それを理解できるのは顕現して以降付き合いの長い夕張位な物であり、彼女も横で何やら記録していた。

 

 暫くして島風の疲労が蓄積してきた所で明石も海上に出て、やや強引に今回開発した新型補助装置…試作推進装置の欠点と性能を纏め彼女を休ませる為に防波堤に島風と上がり夕張と共に講釈を始める、それに時間が掛かるのは何時もの話の為長門と大和は代わりに演習場の海面に射撃訓練用の標的を持ったまま降り立ち移動を始める。

 

「…よし、この辺りかな?」

 

「はい。新型の“装填装置”…どれ程のものでしょう…楽しみです」

 

 島風に渡されたのは、彼女の最大の特徴である“速力”を向上させる補助装置であったが長門、大和の両艦に渡されたのは“試作装填装置”と名付けられた代物である。

 これはその名の示す通り装填時間を短縮するもので、特に大和は次弾発射までの時間が長く一分一秒が生死を別つ戦場において隙は少ないに越した事はないからこその装置である。

 

「第一主砲発射!」

 

 一発目は空砲で、二発目は実戦と同じ状況での確認をするため実弾で行われる。

46cm砲というルフトシュピーゲルングの防御重力場すら突破する砲が演習場内に唸りを上げ標的の真ん中に命中、粉々に粉砕される。

 しかしそれで終わる事なく、次弾を装填直ちに発射、それを繰り返していく。じっくりと狙いをつけ射撃する度、標的が粉砕されそれを検分する長門に渡された記録用の用紙に再射撃するまでの時間が書き込まれていき、十回目の実弾射撃が終わった所で白煙と火薬の匂いを漂わせた大和が長門へ振り向き“結果”を尋ねる。

 

「どうですか?」

 

「……うむ、以前計測した時より激減という程ではないが確実に装置は効果があるな。これを見ろ装備以前は十一秒以上だが、今計測した分に関しては十秒丁度辺りになっている」

 

「…試作でこれなら期待できそうですね」

 

「あぁ、“蜃気楼”というお手本が有るとはいえよく作り上げてくれたものだ」

 

 満足気に明石開発の補助装備を素直に評価する両名であるが、どうやって製作したか?と言う質問に関しては“夢で天啓を受けた!”という何とも不安になるもので、ルフトシュピーゲルングの装備品という前例がなければ進んで装備しようとは到底思えないものであった。

 そして、この補助装備の製作には稀少資源を性能相応に使用されており、明石には成果が必要な所であるがこの“自動装填装置”ならば問題なさそうであり、より早い装填が可能になると言われていれば期待できそうである。

 

 

「…うむむ、舵の効きが悪くなる…そこですか」

 

 先に演習場一杯を使い速力向上の補助装置の試験を行っていた島風、明石、夕張は早くもこの装置の問題にぶつかっていた。

 それは直進速度の向上はめざましく彼女、島風の速力40ノットを越え、瞬間的に61ノット(時速換算で約113km/h…つまり1秒あたり約31m前進)この高速には艦娘内“最速”の島風すら振り回されており、直進ならば恐怖なくむしろ喜びの笑みを浮かべながら楽しむことができるが、カーブにそのままの速度で突っ込むとバランスを崩してしまい、彼女本来の機敏な機動戦が不可能になっていた。

 もちろん速力を落とせば元通りに機動戦が可能になるが、並々ならぬモチベーションの島風は“このままのスピードで!”と意見を変えず、実際に“艦”なれど“艦娘”と呼ばれる人型の存在だからこその体重移動を駆使し、多少だが制御しかけているのだから流石は日本帝国最速の艦艇であると明石も舌を巻くのだった。

 

「だけど、こんなピーキーな代物島風ちゃん以外は制御出来ないだろうね…他の子に装備させる場合には多少は舵の効きが良くしとかないと…とすれば…むむ…」

 

「…島風ちゃん、こうなったら暫く戻らないから帰って良いよ、続きは明日かな?…はい、協力のお礼の間宮券」

 

「はーい、じゃまた明日!…あ、そだ。これこのままでも良い?出撃もないし、慣れておきたいから!」

 

 更により深く思考の海に漕ぎ出た明石に苦笑を浮かべ、夕張は協力の見返りとして三枚の間宮券と記された物を渡す。

 受け取った島風は元々モチベーション高くやる気に満ちていたが、それを更に高める事となり出撃も無いと言うならば、装備に慣れておきたいという提案も特に問題は感じられなかったので“他の子に迷惑をかけない、無理しない”というルールを設け、喜び勇んで海上を“駆けていく”島風を夕張が見送ることとなる。

 

 

 

 一方、演習場の外の海域では航空戦が行われており金剛型四姉妹と、彼女らに演習用艦載機を飛ばす翔鶴型二番艦「瑞鶴」…君塚艦隊所属の正規空母であり曰く“小生意気な後輩”であり、更に彼女の護衛に駆逐艦が周囲を警戒しており、川内襲撃の再来を無くすために海面に水中に隙無く睨み付けている。

 

「次ッ行くわよ!」

 

 短弓を構え、金剛達の上に矢を放てば忽ち艦爆機に変化し、彼女らを爆撃すべくスピードを上げて高度を上げはじめる。

 本来ならば主砲仰角の関係から三式弾を発射すべき距離に有りながら金剛達は輪形陣のまま航空隊を見上げたままで微笑みすら浮かべているが、背負った艤装はしっかりと航空隊を狙っており先頭に立つ金剛が右腕を水平に振り、“一斉射撃”と指示を出せばそれら火器が一斉に火を吹く。

 

「そこネ!ワタシのlaserは逃さないデース!」

 

「狙いッ撃ちます!」

 

 金剛、榛名は第一第二主砲部にパラボラアンテナ型の“小型レーザー掃射装置”…もとい試作パルスレーザーを装備、連射能力においてはルフトシュピーゲルングの装備する完成品には遠いが“狙いをつけた場所に瞬時に命中”という光速弾だからこその利点で航空隊を確実に削っていくが、弾幕を張るには装備数が少なく落としきれないと思われた直後に、その弾幕が張られ艦爆隊の飛行経路を埋め尽くす。

 

「霧島、2時の方向!三機抜けるわよ!」

 

「既に分析済みッ!榛名こそ!11時二機接近中!」

 

 輪形陣の両翼を担う榛名、霧島は余剰装備となっていた12.7cm高角砲をベースに開発された試作127mmバルカン砲を装備、これは高角砲の砲身を四つ束ね一つの砲とした代物で、主砲弾級の装填に向かない小型装填装置を組み込んでありベースになった高角砲とは段違いの連写力を誇り金剛、比叡が撃ち落とせなかった分を撃墜すべく唸りを上げる。

 

 結果的に瑞鶴の必死の管制も手伝うが損耗率は七割を越え、組織的攻撃力を喪失し金剛達への命中はほんの僅かとなってしまう。

 

「…“あいつ”と同じ様に戦えるつもりだったけど、まだまだね。試作品でしかもある程度性能を聞いた上でこんな被害なんて…無様よ、瑞鶴…」

 

 防空試験戦闘は榛名霧島の試作バルカン砲が弾切れを迎えた後も続けられ夜間哨戒の艦娘部隊が出張ってきた所で大慌てで引き換えす事なり、両サイドで纏めたツインテールの髪を揺らしながら瑞鶴は最後尾でポツリと呟く。

 未だ遠い“加賀”という大きな壁にして頼れる先輩に今回の戦いをも糧に対策を考える瑞鶴であるが、この日帰還した加賀はなにも語らず食事を取りさっさと部屋に籠る様に困惑することになるが、その理由を知るのは大分後の話である。




 今回の実験結果に関する報告書

島風の装備品は「試作推進装置」です。速力を20%向上させる変わりに舵の利きを25%悪くするという代物で、後々デメリット無しで速度向上させるものが出来るでしょう。

大和長門の装備品は「自動装填装置」です。これは効果は何段階かに分けた場合最低ランク…Ⅰ相応です。これも研究が進めば高性能化するでしょう。

金剛比叡の装備品は「試作パルスレーザー」です。優秀な対空対艦兵器になり得ますがエネルギー消費型でとても“お腹が空く”兵器です。要研究必須で技術基礎が出来ていないため実用化には遠く、かなりの稀少資源を使用します。

霧島榛名の装備品は「試作127mmバルカン砲」です。4連装対空対艦兵器で元々が対空火砲の為優秀な対空性能を誇り対艦攻撃力もそれなりに有りますがあっという間に弾を打ち切ってしまうため“弾薬の消費が著しい”です。要改善。

以上。


パルスレーザーなどの「光学兵器」以外はじわじわ生産します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐の休日

 駆逐艦「嵐」は関係ないです。





 8月も間もなく終わるというこの時期、南西諸島に拠点を持つ君塚艦隊の面々は曇天の空の下暴風雨吹きすさぶ台風の季節に差し掛かっており海は海流すら乱していると思う程の暴風に三角波と名付けられた極めて危険な物が発生している。

 かつては重装甲の鋼鉄の体を持っていた艦娘達は勿論、海の底深くやってきた深海棲艦…そのどちらにも分け隔てなく牙を剥く、そんな波に泡立てられる海に好き好んで入りたがるものなどおらず、君塚より「本日の任務遠征はすべて中止、帰還予定の艦娘隊は硫黄島基地にて待機」と命令を出される程強力な台風で、ただ唯一こんな嵐でも航行出来そうなルフトシュピーゲルングにも当然待機命令が出されていた。

 始めての戦略的意味のある深海棲艦への泊地攻撃を行った以降、幾つかの深海棲艦側の拠点や艦隊を撃滅し充実した毎日を送っており、彼女が見た限り航行も不可能でないという自己判断をしていたが、上官からの待機命令に従い本日は後ろめたさを感じる事なく、ゆっくり風呂に入ろうと脱衣所でこの体本来の持ち主と戦う時に流れる曲を鼻歌で演奏しつつ服を脱ぎ終わると同時に扉が当たり前に開く。

 橙色を主調とした服から艤装を外し休日はこうなのか髪を下ろしている川内が上機嫌に乱入し右手を軽く上げ、視線は蜃気楼の頭から足先まで2往復程する。

 

「やっ!おはようルフトちゃん」

 

「おはようございます、川内さん」

 

「鼻歌歌っちゃって御機嫌だね」

 

「…そうですね」

 

「2回目かな?」

 

「はい、2回目です」

 

「そっか。じゃあ向こうで待ってるね」

 

 開ける時は喧しく、閉める時は静かに川内は脱衣所から去っていくと同時に嗅覚に届くなんとも空腹に堪える朝食の匂いに自然と唾液が分泌されてしまうが、この体は本当に風呂が好きらしく食欲より入浴欲、これはかつて超兵器戦艦であった時は大抵極海の流氷漂う極寒のフィールドで戦ったのが影響しているのか?と中身の彼はルフトシュピーゲルングへの印象から予想するが実際の所は正規の人格が眠っているため謎である。

 

「とは言え絶対に起こしたくないしな…“全テヲ滅ボスタメニ生マレシモノ”だからなぁ…って変な声出た。なんだこれ?」

 

 件の台詞を口に出せば合成音声のような感情の発露がない声が出たことに、本当の人格が消滅せずまだ眠っている事を再確認したルフトシュピーゲルングは何時までも川内を待たせるわけにもいかず、入浴欲を満たすべく浴室へ向かい、桧の匂いに出迎えられる。

 

 

「…異常なし、と」

 

 蜃気楼の脱衣所に乱入した川内は朝食を持ってくるだけが目的でなく、とある理由により提督より許可を得て鍵を預かっていた。

 

 それは彼女が“深海棲艦のスパイ”では無いという証拠集めである。

 

 深海棲艦達は極々希に出現する“はぐれ艦娘”に擬態をして艦娘達を攻撃すると言うことを行う為に、彼女、蜃気楼も信用させて内部から…という実力から考えれば悪夢の様な可能性を無くすために川内は部屋の調査“も”行っていた。

 脱衣所に乱入するのも調査の一環であり、顔や手などに肌色に見える塗料を塗っている、というのが擬態の方法であるが服を脱ぐ脱衣所だけはカモフラージュする事も出来ない為、確認にはもってこいなのである。

 部屋の中に塗料など無い事は確認済みで、彼女が持ち込むことも不可能であり、今回の確認でも全身が肌色でありそのような兆候が無かった事を川内は素直に喜ぶ、勿論信じてはいたが念のためというものである。

 川内の名誉にかけて決して彼女の平坦な裸体を覗くのが目的ではないのだ。

 

「…にしても悲鳴も上げない、怒りもしない。びっくりするだけで普通に対応するなんて…ちょっと変、だよね。やっぱ超兵器は違うのかな?…んまぁどうでもいいか…ルフトちゃんはルフトちゃんだし」

 

 彼女の異常さはそこだけに留まる事ない為、半ばマヒしている川内はなんでもないと流す。

 しかし少なくとも同性とはいえ裸を見られれば嫌悪感を抱くものであるという事に川内は気付けずに、ポツリと呟き気を遣ったのか何時もより短い入浴時間で上がった蜃気楼の出す音を聴きながら、食事をどんなに美味しそうに食べるか楽しみにしつつ眼前の純和風の料理を目で楽しむ。

 

 

 風呂上がりの蜃気楼が川内と食事を開始したと同時刻、君塚の執務室には部屋の主の君塚と第一艦隊の「長門」「大和」「加賀」、秘書艦の「日向」、工作艦「明石」が荒れ狂う海の音と風が建物を殴り付ける震動、雷に雨が暴れ狂う外の惨状を閉められた鎧窓ごしに関知しつつ、会議をしていた。

 

「…明石、新式補助装備はどうだ?」

 

「稀少物資を大量に使用しましたが…派遣艦隊分はなんとか間に合いました」

 

 新式補助装備とは蜃気楼の補助装備をベースに開発された物達で、今回の“作戦”では速力を高める物の採用は見送られ自動装填装置と新型水上レーダーが採用されている、水上レーダーの性能は既存の電探装置より優秀であり高価で数を揃えられないという欠点があるが、それを差し引いても生産に軍配があがる代物であった。

 

「それは何より、本土にもなるべく配備を急いで貰いたいものだ…加賀、空母組は?」

 

「…艦載機の熟練度をあげている最中、全力合戦となると厳しいわね」

 

 君塚艦隊の空母は加賀を筆頭に正規空母翔鶴型二番艦「瑞鶴」、装甲空母大鳳型一番艦「大鳳」、軽空母龍驤型一番艦「龍驤」の四隻が君塚の指揮下にあり、加賀が言うのは装甲空母大鳳の事であり彼女は現在硫黄島基地にて艦載機の熟練度向上の為鎮守府を離れていた。

 なお、瑞鶴と龍驤の二人は居残りでこの鎮守府の守りに入ることが決まっている。

 

「この時期は台風が多くなるからな…思いきって本土に出すのも考える必要があるな…戦艦隊も新型補助装備の慣熟度を上げているが…どうみる?」

 

「発動は一月後なのだろう?…なんとか物にして見せるさ」

 

「…私からは、その再装填装置は有り難いですが、弾薬補給を予定より繰り上げれませんか?今の連射力ですと弾薬切れの可能性が大です」

 

「分かった、そこは掛け合ってみよう…自前の補給艦があればいいが…無い物ねだりは出来んな、必中でなるべく節約すべきだな、とは言え腐らせるわけにもいかんがな」

 

 大和が懸念するのは弾薬欠乏の事である。

新型の自動装填装置により連射力は向上したが、ルフトシュピーゲルングと違いキチンと補給を受けなければ弾薬欠乏に陥ることになり、高まった連射力が仇になっている形になっている。

 これに対して手持ちで補給用の食料を持っていく事は思い付くが、焼け石に水なのは明らかで“作戦”を決定した海軍省へは自動装填装置の事を報告してあり、補給艦の手配に関して優遇してほしいと君塚は頼むつもりではあった。

 だが、何ヵ月もかけ参加艦艇の選別も燃料弾薬の備蓄も終了した段階でそこまでの優遇は望めず、自前で用意も出来ない以上温存しつつ戦う事になるが、伊達に長門とコンビを組んでいるわけでなくやり通せる実力をもつ彼女はわかりました。と頷き君塚を見詰めた。

 

「それと、日向。今回は私も前線に立ち派遣艦隊の指揮を執ることになる、ここの守りは任せるよ」

 

「…了解。…そうだ今回の攻略に“彼女”は使うのか?」

 

「いや…軍令部から控えるように通達があった。恐らくは他鎮守府への影響を嫌ったのだろう」

 

「あんな艦がもう三隻居れば深海棲艦など物の数ではないな」

 

 長門の言葉に部屋に居るもの達が頷く、発動はまだ一月先であるが本格的に始まろうとしている対深海棲艦戦、長らく煮え湯を飲まされ続けていた日本帝国が世界に先駆け行う大規模攻勢「A号作戦」その前段階として今回沖縄~台湾の海路及び、周辺海域の奪還の為に各地域より艦隊が編成され、その総数戦闘艦だけで100以上という大艦隊の中に君塚自身も自ら艦隊を率いて戦うのだ。

 

 その間、この鎮守府の残存艦隊に課せられた任務は深海棲艦の目逸らしである。

 第一目標は台湾でありこれはまだ前哨戦、最終目標地点を深海棲艦に悟られないためにルフトシュピーゲルングに特に派手に暴れて貰うことは決定事項であり、確認されている幾つかの敵泊地への攻撃が計画されており地図にその地点が記されている。

 

 日本帝国が真に狙うは遥か南。

「A号作戦」…これを完遂すれば米国からの横やりに対処できる事を期待されたその計画の最終目標地、豪州。

 今現在、深海棲艦に支配されたその大陸の奪還であり、資源なき日本帝国のただ一回限りの大勝負である。




以前の「隠された目的」とは覗きでルフトシュピーゲルングが深海棲艦ではないと確認する為です。

その話で川内が部屋の外で話した相手は実は君塚提督です。

さて、どっちが言い出したのやら…


「A号作戦」の内容が出ました。
三長官の話でも出てきましたが、狙うは豪州の地下資源です。
石油にボーキサイトにその他稀少物資の宝庫なんですよね、かの国は


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

沖縄での再会

蜃気楼はしばらくお休みです(戦ってはいます)



 九月中旬、台風の間を縫うように君塚提督率いる艦隊は硫黄島基地にて艦載機の慣熟訓練を行っていた大鳳と合流、艦隊は旗艦戦艦「長門」、戦艦「大和」、正規空母「加賀」、装甲空母「大鳳」、駆逐艦「島風」、駆逐艦「天津風」の計六隻の艦娘隊と、君塚提督座乗の通常型艦船である球磨型軽巡洋艦五番艦「木曽」…名前は同じであるが史実と差異があり、6000トン級でほんの少しであるが大型化し更に進水日も1920年であったが1921年に進水となっている、現在の武装は深海棲艦の艦載機へ対処できるように1944年式に近い対空戦闘を意識した物となっていた。

 また硫黄島基地に停泊していた軍令部が彼の要請に応えた君塚艦隊向けの補給物資を満載した輸送艦が三隻が加わり、艦隊は計十隻に増え海上を進む。

 この先々で各方面の艦隊と合流、作戦開始地点である沖縄基地へおおよそ20ノットで各基地で補給と休息をとりつつ5日程の日程かけ沖縄基地へ向かう予定となっており今の所は問題もなく順調と言えた。

 

 行程の中日である三日目にして寄港先の派遣艦隊を吸収し艦隊は更に大きくなり艦娘だけ数えても30隻以上の大所帯となる、台湾海域の解放戦で君塚は彼女らを率い戦うことになっていた為、直ぐに艦隊司令官として艦隊を動かす訓練を行いつつ沖縄へ進行、この大艦隊へ襲撃をかけてくる深海棲艦やその他勢力などは現れず無事日程通り五日目にして沖縄へ到着した。

 

「行程ご苦労だったね、今日明日は休みとするので英気を養うように」

 

 沖縄本島の南側に作られた那覇軍港に続々と集まりつつある艦隊を尻目に、無事陸地へと降り立った君塚は彼の前に集合していた艦娘達へ柔らかいニュアンスで休息をとるよう指示をすれば、少なからず疲労の色が出ていた面々から喜びの声が上がる。

 既に危険な海域が近いので単独で海に出ない事、緊急事態の場合は時間を問わず報告するようにと幾つかの注意事項を述べ、君塚が解散を宣言し面々は各々食事なり、風呂なり、睡眠なり、見知った顔と話すなりをすべくバラバラに行動を開始する。

 それを見届け君塚も「木曽」や硫黄島基地から同行している三隻の輸送艦隊の乗組員達に声をかけ、両舷上陸を許可。彼らは思い思いに街へ繰り出しこれから先の激戦に供え戦友達と酒杯を重ねることだろう。

 君塚も同じく酒盛りに参加したいのは山々であるが、これから先の海域の戦いの為の会議に出席しなければならない為那覇軍港の側にある沖縄海軍基地へ出頭していた。

 

 一方、ある意味因縁の土地である沖縄にやってきた大和は、長門らの誘いを断り軍民問わず活気溢れる港街から少し離れ、彼女は名前の知らない小高い山の上で潮風を浴び、物憂げな表情を浮かべはるか水平線を眺め一言も話さずただ遠くを眺めていると、不意に視界の端に何者かが入り込み大和は視線をそちらに向ける。

 

「これから合戦だと言うのに、なんだその顔は。知り合いの葬式にでも出るのか?大和」

 

「武蔵…随分と久し振りね。最近はどう?」

 

「手紙に書いてるだろ?日本海の掃討任務ばかりだ…食事は思っていた程ではないが…悪くもない」

 

 それは陽光に反射する電探機能を内蔵した眼鏡を装着し、或いは島風以上に薄着の褐色の肌を晒す大和型戦艦二番艦「武蔵」であった。

 物腰丁寧な大和とは逆に威風堂々という言葉が似合う武人肌の艦であり、本来ならば君塚艦隊に姉妹で所属する筈であったが大陸側と日本帝国を結ぶ、生命線である海路を守るために大連港鎮守府へ“出張”していたのだった。

 今回、台湾の周辺海域の解放となれば大連港鎮守府の負担が大幅に減り通商を自前の戦力で守る事が可能になり“出張”が解除になる事を伝えられ彼女はこの海戦に参加することを決めたのだった。

 

 片手に袋を持ちながら倒木に腰掛け大和へ袋を放り、中身を確認すれば芳醇な香りを放つ黒砂糖の塊が詰まっており、呆れ顔の大和へ武蔵は悪戯が成功した子供のように満面の笑みを浮かべる。

 大和は一つ塊を摘まみ、口へ放り込めば中々味わえぬ濃厚な甘さが味覚を直撃し、続いて武蔵が竹筒に入ったお茶を取り出せば両手を上げて“降参”と武蔵の隣へ腰掛け黒砂糖を武蔵へ返しお茶を飲み口内の甘味を中和する。

 

「…どこで手に入れたの?本土では稀少品だというのに」

 

「なに、どんな稀少品だって生産地じゃ安いものだ」

 

「そういうものなの?」

 

「そう言うものだ」

 

 遠くに見える街から祭り囃子のような音が聞こえて来るのを背景音楽に姉妹とは思えない腰の引けた会話をしていたが、気まずいものの無いどこか安堵感のある空気が場を支配する。

 大和と同じ様に海を見る武蔵は大和より遠くを思いポツリと囁くように言葉を紡ぐ。

 

「対中戦は陸軍は英断をした、と思う。補給も無いのに戦線を拡げるのは悪夢だからな」

 

「……、私達の話を受け入れたのかもしれないわよ」

 

 武蔵が呟くようにこの時期、本来ならばドロ沼の大陸戦に突入し奥へ奥へと進軍していた筈だったが、深海棲艦出現による海軍大増強が決定した後は速やかに民間人をすべて連れ満州方面に撤退していた。

 これは海路を使っての移動は、まだ艦娘が顕現する以前の事の為護衛が足りず悪戯に兵を沈める事となり兼ねないため、ノモンハン事件の事もあり中国ソ連に挟まれた土地柄故関東軍に編入されていた。

 ちなみに現在指揮官等には“絶対に自衛目的以外で戦端を開くな”と厳命されており、国境沿いに深海棲艦に対処する為と軍を南下させたソ連、虎視眈々と報復の機会を狙う中国、それらを迎える関東軍により満ソ中国境は表向き深海棲艦共闘の為に“重砲と機関銃を並べ笑顔で握手”という状況になっている。

 勿論両国とも目の前の危機に対して“盾”となる日本帝国をむやみに潰そうとは思っておらず、この深海棲艦を駆除する戦いの最中貸しを作れるだけ作り、後で最高値で回収する事を目論んでいた。

 

「中国とソ連の温情に希望を持つなんて、ゾッとするなぁ…まっ、臥薪嘗胆って奴だ。A号作戦が成功すればなんとかなるだろ」

 

「…それを考えるのはお上の仕事よ、武蔵」

 

「ふん、分かってるさ。だが何のために口が着いてると思う?物を言うためだろう?」

 

 仕事柄やはり話は重苦しい戦いの話へ以降してしまい、公の場で発言すれば面倒事になる事を言う武蔵を嗜める大和であるが、武蔵は特に意に介さず両手で大和の頬をムニッと掴み左右に引っ張れば、口が引き延ばされた、なんとも愉快な形に変化する。

 

「ひひゃい~」

 

「ははは!辛気臭い顔よりよほど良いぞ!」

 

 一頻り姉で楽しめばうっすら涙が出てきたのを見て手を離し、ペシペシと大和からの優しい反撃を甘んじて受け止めて落ち着いた所で武蔵は立ち上がり三歩ほど歩いて振り替えり、多少ふざけていた雰囲気は薄れさせ、大和をしっかり見つめる。

 

「台湾方面の深海棲艦の部隊は増強されているらしい…こちらの攻勢に呼応するように、だ」

 

「…その分だとインドネシア辺りも危険ね」

 

「それと未確認だが…彼方方面に展開してる外国の陸軍部隊の噂話を聞いた。山のような巨艦を見た、とな」

 

 山のような巨艦、大和姉妹を見た者達がそう言ったことは知っている。

 だが当然そちらの方面の海域には行っていないし、顕現をしたという話も聞いておらず“規格外の戦艦”を思い浮かべるが“擬艦化”できる錬度では無いのは察していた為、山のような巨艦には程遠い管制人型ではそのような表現は使われないだろう、困惑の色を浮かべる大和に対して挑発的色の無い純粋な笑みを浮かべ武蔵は大和に近づきしゃがみ込み肩に手を置く。

 

「そう心配するな、私達46cm砲搭載の大和型戦艦。“姉妹揃って”砲戦!これを受け止められる深海棲艦など存在しないのだからな!」

 

「…ふふ、そうね」

 

 空前の巨砲46cm砲を搭載しながら戦艦との砲戦を遂に行うことなく海に没した姉妹、彼女達の無念をこうして晴らす機会を見過ごす訳には行かず、共に砲を撃ってこその栄光を掴む為、決意を新たにする大和であった。

 

 しかし、どうしても拭いきれない一抹の不安は大和に嫌な予感を抱かせる。

 道理の必然としてそう言った嫌な予感ほど適中し、実際に形となって大和達に襲いかかる事となるが、今はまだ予感としてのみの存在である。

 

 




次回からまた三日間隔くらいになります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

台湾沖海戦Ⅰ

 

 

 沖縄基地へ最後の参加艦隊が到着したのは、もう三十分程で日が沈もうとする刻であり、海は赤から黒に染まり亡者たる深海棲艦が跋扈する刻でもある。

 港は日の入り十分ほどで分厚い腐食処理をされた鋼板で封鎖され、コンクリートと鋼鉄に防護された元は艦載砲である固定砲台が探照灯に照らされた海を睨み付け沖縄本島を守備していた。

 勿論、現地鎮守府の水上戦力もいるが真っ暗闇の沖合いへ哨戒に出すのは、“沈め”と命令するような物なので出ていないが、万一襲撃が発生した場合には真っ先に出ていける様に海から三分以内の地点に守衛所を作り詰めていた。

 

 そんな半分要塞の防御力に等しい守りの沖縄の更に陸軍により街より隔離された沖縄基地の一角、殆ど全ての部屋に明かりが灯るそこは明後日に発動される台湾海域解放戦に参加艦娘が宿泊する為に建てられたコンクリートとレンガにより作られた二階建ての寮の一室、君塚艦隊の空母艦娘“加賀”“大鳳”に宛がわれた二段ベットと簡素な机、簡単なクローゼットだけの部屋で装甲空母大鳳は自らの発艦機能が凝縮されたクロスボウを慎重に分解し整備していた。

 洋弓銃とも呼ばれる精密武具であるクロスボウは歪みや弦の不調により、本来の力を発揮出来なくなる可能性があり前線で調整など行える筈もないので、普段の倍気を使って作業に勤しんでいる。

 

「…あまり根を詰めない方が良いわ、大鳳」

 

「加賀さん、おかえりなさい。…はい、丁度終わるところです」

 

「そう…なら良いわ」

 

 作業に熱中しいつの間にか部屋に戻ってきた加賀に声をかけられ、時間を確認すれば一時間は経過しており額の汗を軽く拭い机の上にクロスボウを置き、両手を高く上げ背中を伸ばし関節を鳴らし溜まっていた疲労を解す。

 

 君塚には英気を養えと指示されたものの、ここに到着した以降彼女に直接指導を受けながら、硫黄島とは違う南方特有の“風”に艦載隊を馴らす飛行訓練を行い、それが終わってからは食事を挟んだもののずっとクロスボウを整備していたのだった。

 夕食後別行動をとっていた加賀は風呂に入っていたのか扉を閉め、まだ若干濡れている髪をしており右手に半分飲まれた牛乳瓶を、左手には桶を持ち浴衣を纏う姿は正しく銭湯帰りでベットに向い歩き、横を通れば洗髪剤の残り香が大鳳の鼻に届く。

 視線で加賀を追えば残った牛乳も飲み干し、机の上に置き軽く体を解すように全身を動かす。

 三分程肩を中心に解した後はくるりと大鳳の方を向き、半分ほど閉じた瞳で大鳳を見詰めた。

 

「大鳳」

 

「はい」

 

「その…おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 見る人が見れば体が硬直してしまう様な射殺さんばかりの眼光に見えるが、ここ最近共に過ごした後輩としては彼女の現状が手に取るように理解できる。

 

 眠いのだ、とてもとても眠いのだ彼女は。

 

 それでも先に眠る時に声をかけるのは流石礼節を重んじる君塚艦隊の空母筆頭であっが、先程の挨拶はそんな彼女にしてはややぎこちなさを感じさせるものである。

 これは単純な話で鎮守府の時は一人一部屋という状況だったので言う機会がなかった為であり、軽く気恥ずかしさを感じた為でもある。

 ベットに潜り込み仕切りカーテンを閉めれば直ぐに寝息がし始める、ここに来るまで常に“外部の視線”に気を張っていた加賀が、漸く緩める事が出来たようで安眠を邪魔しないように、最後の仕上げを終らせ、大鳳も明日に供え就寝すべく持ってきた入浴セットと着替えを手に大浴場へ向かう。

 

 翌日は流石の大鳳も演習は行わず、英気を養う事に集中するが、新型推進補助装置改…ギリギリまで明石が改良し最高速は落ちたものの操舵性能を島風に追従しえる艦娘である天津風でも何とか扱える様にリミッターを着けたもので、双方とも50ノット程で航行可能である、とはいえ61ノットの世界を味わった島風は不満気であったが艦隊行動をとる上で過剰な速力はほぼ無意味であることも理解していたので渋々といった形で受け入れていた。

 

 そんな代物を装備し最初の試作型すら多少制御して見せた島風と、それと息を合わせ肩を並べ攻撃する天津風は武装の変更も加わった事により時間を惜しみギリギリまで二人による演習を行っていた。

 昼前まで行っていた演習であるがいつの間にか他鎮守府の“島風”も岸壁や固定砲台の上からその様子を伺い“瞳を輝かせ”はっやーい、の大合唱を奏でた姿を両名とも確認し、その直後よりおよそ10の島風とおいかけっこに発展する事となりかなり異様な光景となる。

 そんな島風と天津風であるが昼過ぎには陸へ上がり、明日日の出と共に発動される台湾海域解放作戦に向けて休息をとることとなる。

 

 君塚の指揮下の艦隊へ与えられた任務は圧倒的な砲打撃力と高速艦艇による切り込み役、つまり最前線で台湾守備艦隊である南雲艦隊を直接援護する役目を担うことになっていた。

 史実では第一航空艦隊を預けられる事になっていたが、深海棲艦の出没により台湾は水雷艦隊の南雲忠一大将と小沢治三郎中将の航空艦隊を配備しており極めて強力な艦隊として台湾守備の任務に着いていた。

 しかし、沖縄周辺海域に深海棲艦が出没し始めると輸送艦襲撃が相次ぎ、また顕現する以前より分断されかけていた為、艦娘の配備は極めて少なく通常艦艇による防衛戦を強いられており押されっぱなし、という苦杯を味わっており今回の台湾海域解放作戦の秘密通信を受けた両将は大いに安堵する。

 

 勿論、彼らも母港である高尾軍港に籠っているつもりもなく稼働艦艇のほぼすべてを出撃させ出迎えの準備をする事となっている。

 南雲艦隊旗艦「山城」、護衛に巡洋艦2、駆逐艦5。計8隻

 小沢艦隊旗艦「赤城」、護衛に巡洋艦1、駆逐艦6。計8隻

 これが彼らの総数なのだ、当然これ以外の艦艇も有るがすべてをドック送りにされていた。

 しかし、数は少なくともそのすべてが南方より湧く深海棲艦とやりあっていた為、極めて錬度は高く史実よりも精強となっている。

 

「…よし、我々が第一陣だ。島風、天津風、艦隊の“目”は任せるぞ。君たちにこの皇国の未来が懸かっていると言っても過言ではない、だが気負いすぎず何時もの訓練の力を発揮して欲しい」

 

《当然だよ!まっかせて!》

 

《緊張させたいの?それともリラックスさせたいの?…別に良いわよ。好きな方で解釈するし…》

 

 俊足の駆逐艦の中でもさらに俊足になった両艦はまもなく日が開ける、白んでくる空の下大海の上を進みながら電探をフル稼働させ警戒に当たる。

 ポツリポツリと反応は有るが総数は多くなく、会敵コースに布陣する艦隊のみ撃退し、残りは大まかな位置を後方の艦隊へ「木曽」経由で報告される。

 

 不幸にも島風と天津風と会敵した深海棲艦達の部隊は、一発の砲弾を当てる事なく余りにも早い速度に翻弄され海に没していく、特に武装変更を受けた天津風は砲口を3つ束に纏めた88mmバルカン砲を装備、試作型の127mmより威力は低いが弾数を大量に持てると言う点で優れており対空戦にも強く軽巡洋艦未満ならば火力も充分であり、取り回しもきくそれが敵艦隊を文字通りズタズタに引き裂いて、海面を深海棲艦の血と残骸で染めていく。

 

「…やっぱり馴れない…うぇぇ…」

 

《前方、戦艦ル級!先に行くね!》

 

《あぁ、待ちなさいよ!戦艦は二人でって…》

 

 島風のごとく、彼女の言は正にそれを表し天津風の言葉が届く前に交戦距離に肉薄、ル級は直ちに砲を放つが検討違いな所へ着弾。

 ル級の背後の駆逐イ級達の砲撃や雷撃もヒラリヒラリと回避し、逆に島風の雷撃が突き刺さり爆炎が花開く。

 島風を追う天津風は島風が自分から見て右に行けば、取り舵を選択し左側へ行き島風へ砲撃を浴びせようとしたル級へ88mmを浴びせる、致命傷には成らないが両手の艤装の幾つかは砲身がネジ曲がり火力が低下する、横合いからの乱入者にイ級達へ迎撃せよと指示を出そうとするが

 

《させないよ!》

 

 島風がどちらを攻撃すればいいか迷っていたイ級を雷撃、続いて砲撃を浴びせればイ級達は大破か撃沈となり、ル級が腰を据えて天津風を沈めるべく背後を見せれば島風はグッと、体勢を低くし一本の魚雷を艤装から引き抜き一気に加速、リミッターギリギリの僅かな時間55ノットまで機関全速でル級に接近、背後からの殺気に振り向こうとするが到底間に合うわけもなく、“飛んでくる魚雷”が眼前に迫っているのと、投擲した島風の姿。

 そして彼女が短距離通信であえてル級に告げた言葉が一瞬後に魚雷が炸裂し沈むであろうル級が聴く最後の物となった。

 

《おっそーい》





蹴りか魚雷でぶん殴るかで悩んだ結果、投げました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

台湾沖海戦Ⅱ

 

 

 日の出と共に急速に色を取り戻す海上100mへ加賀を筆頭に、日本帝国海軍所属の空母部隊から次々と矢が打ち上げられ、空を埋め尽くさんばかりに航空隊がエンジンを唸らせ波音を掻き消す。

 飢えた獣のごとく発艦した艦載部隊の“艦攻機流星”が島風らの電探に引っ掛かりつつ会敵しなかった別艦隊へ獰猛に襲いかかる。

 深海棲艦の部隊も航空攻撃に気が付き、慌てて対空砲を打ち上げ対抗するが、狼狽え弾が訓練を十分に積んだ機体にまともに命中するのは皆無で、次々と航空魚雷が直撃、艦娘の戦艦等打撃艦隊の射程に入る前に爆散していく。

 順調に敵を屠る加賀であるが、友軍の空母より“警戒網を抜け正規空母ヲ級2が発艦用意しながら突っ込んできた”と通信で報告され、位置情報を考慮しそちらの方面に配置した大鳳へ通信をいれる。

 

《…敵空母ヲ級2、発艦用意中。大鳳隊に任せるわ》

 

《了解!》

 

 戦意充実、打てば響くような溌剌とした返事が返り次いで指揮下に組み込まれた空母へ指示を出す言葉を聞きながら、加賀は長弓を引き“烈風”を発艦させる。

 艦載数においては海軍随一の能力を存分に生かし制空権を奪うべく意識を艦載機へと集中させ、目の前で繰り広げられる敵軽空母へ雷撃をしようとする流星を迎撃すべく飛び上がる深海機と流星を援護するやや劣勢の艦娘機との航空戦に殴り込む。

 

 この作戦を発動するに辺り、参加艦娘…特に航空母艦娘へは優先的に最新型の戦闘機と艦攻機が配備されており、質的優位を取り優性に思えたが深海側も装備の更新は進んでいるらしく、少数であるが球体状の最新型や外見は従来の鏃型に見えるが中身は高性能化しており、艦娘側へ負担を強いている。

 しかし、全体の流れは変える事はできず各所で部隊が寸断され、艦載機を全機喪失したり補給艦を沈められ弾切れを起こすが、深海棲艦はそれでも怨敵を少しでも消耗させる為に体当たりで近場の艦娘へ襲い掛かろうとするが、制空権を奪われそんな行動を見逃す筈もなく艦攻に沈められたり後続の戦艦娘達の砲撃に目論見ごと粉砕されたりと、文字通りの全滅となる。

 加賀航空隊に援護された航空戦も護衛機が壊滅したことにより三機の雷撃機が突入、ヌ級へ全弾命中させ撃沈していた。

 

《こちら台湾海峡方面隊!海峡入り口に到着、抵抗は皆無なり!》

 

 順調に推移する作戦に加賀のやや前方に配された大和は周囲を警戒しつつも、通信に交じる妹の声に口元が弧を描いてしまう。

 台湾がぼんやりと見えてきた位置にありその向こうで妹が戦っているのだ、これまで海で繋がるが遠く離れた別の場所ではなく同じ海域で戦っている事に高揚感を抱きつつ、電探にかかった敵に向け主砲を放つ、巡洋艦型のリ級やチ級という上位種の精鋭級や旗艦級もチラホラ見えるが既に航空隊によりさんざん爆撃された後なのか、機敏さに欠いた敵が回避できる筈もなく46cm砲という打撃の前に爆炎と共に水面より姿を消す。

 思うところあり砲撃体勢のまま硬直した彼女を不信に思った隣の長門が通信を飛ばす。

 

《…どうした?大和》

 

「あ、…いえ。なんか物足りない…というか、随分撃たれ弱い様に感じてしまって」

 

 蜃気楼との演習以降も度々本人了承の元、射撃訓練を実施していたが46cm砲ですら入射角によっては稀に反れてしまい、防御力場を確実に抜くには51cm砲或いは更に巨大な砲が必須であり、更にその試作51cmですら蜃気楼の装甲の前には霞むのだ。

 故に大和自身が火力に対し多少不安を抱いての海戦であったが故の感想であった、そんな彼女の心情が十分に理解できる長門は苦笑気味という声色で返信をする。

 

《…まぁ、アレと演習した後ならそう感じても仕方ないが…。それに考えてみろ深海棲艦が全部「蜃気楼」の様な耐久性を持っていたら不味いだろう?》

 

「…怖いこと言わないでください」

 

 あれだけの耐久を持つ駆逐イ級、一隻沈めるまで何百発必要になるか考えただけで恐ろしく一瞬だけ長門を怨みがましい視線を送り、直後電探に掛かる敵艦に砲口を向け斉射、戦艦こそ居なかったが何とか無傷で突破してきた重巡と雷巡合計三隻であったが、絶え間なく射程外から降り注ぐ46cm砲弾の雨に雷巡即座に轟沈、続いて長門が敵側へ舵を切り肉薄、射程に入ると同時に41cm砲が火を吹き中破と大破判定であった重巡は命中した砲弾に頭部を砕かれたり、腹部を抉られたりと酷い様を晒し轟沈する。

 

「…砲弾が反れない、普通なのだが…違和感を覚えるな」

 

《…何れ私たちもあの防御装置装備して、砲弾を反らす時が来るんでしょうね…》

 

「…なぜだか、恐ろしい物を感じるな」

 

 蜃気楼が思い描く将来の光景の一つは全艦娘が、防御重力場と新型の推進装置を装備して深海棲艦を易々と屠る情景であることを大和と長門は知るよしもないが、到底戦闘とは言えない物になることは簡単に予想がついてしまい、脳裏に響く彼女の笑い声に悪寒に似た何かに体を震わせてしまう二人であった。

 ともあれ、両目は優勢な航空支援の元に快足を存分に生かし敵艦隊へ切り込み隊列を乱し、確実に頭数を減らし後方の戦艦隊と航空隊のとどめを持って海路を開き、目的地へと向かう作戦は順調に経過し君塚隊の更に後方より“取りこぼし”を潰し、台湾への海路の安全確保を行う部隊からも“作業は順調”との通信が入り作戦全体が上手く行っていることを示す。

 ただ、加賀を筆頭に幾人かの艦娘と指揮者たる提督が不穏な物を感じるが罠の兆候もなく引き上げる訳にもいかず、敵を倒しジワジワとしかし確実に台湾へ迫る。

 

 

 台湾東部の港、花蓮市に第一陣である君塚隊が入港したのは昼過ぎであった。

 「木曽」と補給艦三隻が大和と長門の戦艦隊、加賀と大鳳の航空隊、対潜隊の駆逐艦隊の防護の元に先に港内で待っていた島風と天津風が、前者は両手を降りながら後者は両手を組みながら君塚を出迎える。

 作戦としては一旦、この港で補給と短時間ではあるが休憩を取り日が沈む前に南雲艦隊の停泊する高雄港へ向かう手はずとなっていた。

 これまで何時飛んで来るか分からない魚雷や航空隊へ気を使っていた面々は、補給艦より配られる食事に舌鼓を打ち、同時にこれまでの戦闘により損害を受けた艦娘や、艦載機が損耗し戦力が低下した艦娘への簡易修復や艦載機になる矢等の補給を受ける。

 この先の戦闘に参加不可能な艦娘は幸いにして無しであったが、行程は全て完了しておらず進行度でみれば六割と言ったところで何とか台湾の上半分は確保した状態で本隊が到着すれば一先ず海路を取り戻した事になる。

 

《みんな補給を受けながらでいい、楽にして聞いて欲しい。一先ず無事台湾へ着くことができた、一隻も沈むことなく到着できて非常に嬉しく思う、キミ達を導いてきた提督方とキミ達艦娘の弛まぬ努力の功績であることに疑いはない》

 

 本土守備の任務に着いていた艦娘達は、最前線で戦う君塚からの言葉に全員が全員喜ぶ、やはり時の有名人からの言葉にはそれなりの重さがあり、敬愛する自らの提督と努力の成果と言い切る事もそれを引き立てた。

 

《これより我々は台湾を南下、右に陸地を眺めながらの航行になるが南下すればこれまでの深海棲艦より強大な艦が出現するのは疑いようも無いだろう。しかし、我々はその強大な艦をも撃破しうる力を持っていると私は信じている、普段の訓練通り能力を発揮してくれれば大丈夫だ、…そうそう、景気付けにアイスを用意した各戦隊の司令艦娘は食べる分の個数を補給担当に告げること。今後に支障がでない程度に沢山食べていいぞ》

 

 何時になっても女性が甘いものが好きなのは変わらず、楽にして聞いて欲しいと言われても直立で聞いていた艦娘もアイスと言われれば提督方を褒められた次くらいに喜びながら補給艦への列を作り、それを味わう。

 まもなく夏が終わる時期であるが南の台湾はまだまだ暑く、潮風が吹く海上も照り返しで汗ばむ中への差し入れに幾人かの艦娘は頭に痛みを感じる程度にたっぷりと堪能、全艦補給と休憩を終わらせた所で港を出航し高雄港へ向け航行を始める。

 

 そんな艦娘筆頭に進む日本帝国海軍の先方を、魚雷の射程外より見つめる潜水艦が海面に潜り、味方へ向け傍受を避けるべく短距離通信のリレー方式で遠方の「姫」へ伝える。

 

 待ち人来る、出撃せよ。

 

以前より決められていた事に従い、「姫」を出撃させ意気揚々と南下する艦娘達をその火力で水底へ誘うために。





台湾沖海戦のボスです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

台湾沖海戦Ⅲ

 

 

「……ん?なに、今の…?」

 

 港での補給をおえて二時間程経過、沖縄から台湾までの海路と違い深海棲艦の兆候が陸側に近い所を航行している事もあるが、イ級のみ数隻で浮上後即座に88mmバルカン砲により蜂の巣にされ撃沈されるという事が二回あった程度で、会敵回数が極端に減り順調に南下し高雄港へ向かう最中、天津風の疑問符の混じる呟きに太平洋側を警戒していた島風が通信を飛ばす。

 

《どうしたの?あまつん》

 

「だから!私の名前は天津風!あまつんは止めてって!」

 

 ごく真面目なトーンで行われた島風からの呼び掛けに瞳を吊り上げ、沖縄で出会いおいかけっこをした他鎮守府の“島風”に付けられたアダ名の真似をする島風に修正するように要求するものの、島風の如くどこ吹く風。

 別に“あまつん”というもの自体は、天津風からすれば一言言いたくなる物ではあるが全力で修正を要求する代物ではない。

 しかし、それに“甘々したいツンデレ略してあまつん”という意味を付け加えられているとすれば、ちょっと待った!と言いたくなるのは当然の物である。

 しかし、早さに拘りを持つ島風基準で言えばそっちの方が“早い“のだから使わない手はないらしく改めるつもりは皆無であり、いつの間にか“ツンデレ”等という扱いされている事に不満を覚えるが、一度その気になった島風を変えるのは非常に困難な事は“相棒や親友”のカテゴリーに分類される天津風はよく理解しており、諦めの感情もあるがこのまま使い続けられ鎮守府に戻ったら“あの重巡”にどう書き立てられるか分かったものではない、呼ぶにしても二人きりの時だけにして欲しいと天津風は切に願う。

 とは言え、島風に心を読む術がある筈もなく…何となくは察しているのかもしれないと天津風は思う彼女はとりあえず先程の呟きをもう一度問う、なんの事?と。

 

「微弱な反応だけど…何か動いてる…様な気がしたのよ」

 

「気がした…ってナニ?」

 

 妙に歯切れの悪い答えに鸚鵡返しを行う島風である、何せ自身の電探には何も反応がなくその反応を想像できないので当然の事と言える。

 一方の天津風もそれが何なのか、と聞かれても本当に一瞬の事だったのでそれが電探の故障による可能性もあるため、島風の鸚鵡返しにも「本当に気がしただけよ、装置の不具合かも」と答えるに留まる。

 

《うーん…一応提督に報告した方が良いよ、あまつん》

 

「だから!…あぁもう…わかったわよ…!こちら天津風!」

 

 また堂々巡りになることを嫌った天津風は島風の助言に従い、後方の「木曽」へ通信を入れる。

 受け取った君塚はかなり不正確であるが、“少なすぎる深海棲艦の配備”に嫌なものを感じていた所での報告に直ちに加賀へ該当海域へ偵察機を出すことを命令、また高雄港の南雲艦隊へ警告メッセージを送信する。

 これはその該当海域が君塚艦隊と南雲艦隊の合流地点に近い事もあった為である。

 通信を受け取った南雲は小沢提督と相談し、君塚艦隊とは合流せず海峡側より予定以上の進撃速度で南下しつつある武蔵を旗艦とした大連港の面子の艦隊への合流へ変更することに決定、その旨を返信する。

 これは、台湾の地形上大きく南下してから合流という事になり時間がかかりすぎる為で、南雲艦隊側の損耗も軍令部が想定していた以上であることも理由に上げられた。

 また海峡側の深海棲艦が異様に少なく、距離も近くなるためであり本来ならば、距離はあっても君塚艦隊の大洋側の方が狭い海峡に布陣する深海棲艦の防衛網突破より早いと想定していたが、そうはならなくなったのである。

 ともあれ台湾守備艦隊の南雲艦隊は海峡側へ向かい、君塚艦隊は正体不明の反応の調査に向かうこととなる。

 

《こちら君塚、加賀。偵察機を上げて貰えないか?天津風が反応を発見した辺りへ飛ばして欲しい》

 

「…了解、深海棲艦だった場合はそのままこちらの部隊で攻撃しても良いかしら?」

 

 既に弓矢を長弓へ装着しながらの返事であるが、この問いは大鳳の隊ではなく加賀率いる部隊で攻撃していいか、の確認であった。

 これは加賀の部隊は制空権確保の為の装備で、大鳳の隊は艦攻任務が主とされていた為、殆ど航空戦が無かった加賀隊は現状録な戦闘がなく“戦果”に飢えておりその不満を今回の敵艦へ叩き付けるつもりであった。

 装備に関しては勿論艦攻装備も加賀は腰に予備の矢筒に入れて持ってきており、他の航空母艦娘も予め伝えてあったため各々違う形で装備を持参しており、補給に関しては本土に備蓄されていた資財が使われており、必勝を期すために大盤振る舞いされていたことがこの戦い方を許容していた。

 

《許可する》

 

「感謝するわ…全艦発艦準備。敵の位置を確認し次第発艦攻撃よ」

 

 以心伝心とはこれ。というように短い返答に加賀の思惑を肯定し、それを伝えられた加賀隊の航空母艦娘達は漸く出来た活躍の機会に戦意を高める、台湾解放戦はまもなく終盤であり“少ない戦果”を得る機会に各艦共予備を取りだし偵察機を飛ばす加賀の一挙一足を見詰める。

 なにやら大事になってしまい、もし違ったらどうしようと軽く青ざめる天津風の肩をいつの間にか近づいてきていた島風がポンポンと軽く叩き無言の元気付けを行う、そんな島風をどこか遠い瞳で天津風が見詰める。

 

 

 加賀から放たれた偵察機が向かう先、天津風が捉えた謎の影…その深海棲艦は他の数多くの存在と同じ様に瞳に怨恨の情念を浮かべ海を進んでいる。

 中央には旗艦級航空母艦ヲ級3隻、その回りを取り囲むように同じく旗艦級の重巡と軽巡が計6隻、そしてそれらを率いるのは島風よりも遥かに軽装でありながら長い髪を揺らし、腕や腰部などに主砲と機関砲ユニットを多数装備し一際禍々しい物を感じさせる存在の「姫」であった。

 

 本来ならばもっと艦娘達が南方の“巣”に近づくまで待ち構え、それから罠に掛けて沈めるつもりであったが日米間の連携を封じるために太平洋に展開していた部隊の損耗が激しくなり、幾つかの部隊がそちらへの増援に持っていかれた所為で罠の包囲網に使うための部隊どころか台湾周辺海域の部隊すらかなりの数を出していた故に文字通りの破竹の進撃を許していたのだった。

 勿論、海域封鎖の部隊へ“巣”から増援は出していたが録に戦闘経験もなくまともな陣形も指揮艦も居ない状態で、準備万端な艦娘部隊を止めれる筈もなく奥地で撃ち減らさせる自軍を見ているわけにもいかず、とりあえず進撃速度を鈍らせる為に高雄港に陣取る精鋭の南雲艦隊を叩くため、戦力増強の為の増援を探知する為に潜水艦部隊を待機させていたのであった。

 この備えは無駄にならず大まかな敵艦隊の構成を知ることが出来たが、なけなしの部隊を動かして9隻、「姫」を入れて漸く二桁であり相手は空母だけで6隻配備しており、それに戦艦と、高速駆逐艦が4隻、そして通常型の軽巡1隻を探知する事に成功していた。

 

 しかし、この大勢の部隊は合流すると思われていた南雲艦隊とは合流せず海峡側へ移動していくそちらへは合流せず真っ直ぐこちらへ向かっていている、本来ならば艦娘が装備する電探では「姫」型が装備しうる電子妨害の能力を突破できる筈が無い。

 であるが彼女らの装備する水上レーダーはこちらへ向かう加賀の偵察隊を捉えており、艦隊も向かってくると言うこともあり、彼女「南方棲戦姫」は指揮下の部隊へ隠密行動を解除し、迎えうつ準備を始めさせる。

 

 

「……見つけた…チッ…」

「提督、敵艦隊を確認しました。空母3、重巡1、軽巡2…それと新型かしら、見たことのない深海棲艦が1、恐らく戦艦型の姫1」

 

《なるほど…新型の電探は伊達では無かったということか。直ちに大鳳隊は直ちに空戦用意、加賀隊は制空権確保の後艦攻で姫を黙らせる》

 

《島風、天津風の駆逐隊と長門、大和の戦艦隊は重巡と軽巡への牽制、残りの部隊は空母の護衛を続行せよ》

 

 加賀からの報告に君塚は直ちに攻撃を決断する、姫型の危険性は十分に理解しており先制で叩き潰すつもりであり各隊へ下令すれば了解の返事が通信機から響く。

 加賀の偵察機からのより正確な情報が届くと同時に、各隊はそれを実行すべく動き出し「姫」もそれを迎え撃ち彼女らを深海へ招くべく、砲を構え艦載隊を飛ばす。

 

 「木曽」艦橋より君塚が双眼鏡を覗けば遥か向こうに深海棲艦の艦隊と艦載隊が見え、それを迎え撃つ為に機を飛ばし砲を構える。

 

 ここに当人達は互いに知り得ないが、双方蜃気楼に影響された者同士の海戦が幕開くのだった。





第一形態は無しです「姫」じゃないし…


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。