THE LORD OF ELEMENTAL 偏見の男 (幽霊少女)
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第1話 終わりと始まり

ハーメルンで初めて投稿させて頂きます幽霊少女と申します。
若輩ながら宜しくお願い致します。


 

第1話 終わりと始まり

 

 

 

 

赤茶けた土と砂に覆われた荒野に響き渡る轟音。

それは荒野の中心に立ち並ぶ人工的な建造物の真上で繰り広げられている、大小一対、4本の腕を持つ比類なき耐久性と攻撃力を兼ね備えた上半身だけしかない緑色の機械巨人と、同じく機械で形作られた蒼い魔神の戦いにより発せられた激突の音。

いや、蒼の魔神だけではない。その他にも鞭のような武装と女性型のフォルムを持つ紅い人型機動兵器に、刺々しい外観の黄金色の機動兵器。

そして最後に緑色のまるでスカートを履いた女性のような外見をした機動兵器の計4機が、緑色の巨人を取り囲んで激闘を繰り広げていた。

 

戦闘開始より1時間、終始押されっぱなしであったのは緑の巨人の方であった。

4対1なのだから緑色の巨人には分が悪い、見方によってはたった一人に対し四人がかりで攻撃するという卑怯極まりないとも思える構図であったが、如何せんそのような言い訳が通用する程緑の巨人が弱い訳ではなかった。

それどころか、もしこの巨人に乗っているのが腕の立つエースパイロットであったならば、互角の戦いになっていたかも知れないくらい非常に強力な機動兵器なのだ。

つまりは、全てがこの兵器を操っている人物の腕が悪すぎる処に問題があったと言えるだろう。

 

「お……おのれ……貴様ら如きに……!」

 

傷付き煙を上げる緑の巨人の内部では白髪をオールバックに撫でつけた50代と見られる中年の男が、モニター画面に映し出されている殆ど無傷な状態の蒼い魔神を睨み付けながら憎しみに顔を歪めていた。

 

 

男の名はテイニクェット・ゼゼーナン。

共和連合と呼ばれる恒星間国家を二分する雄でゲストという巨大な勢力を率いて『地球文明抑止計画』と名付けられた計画を発案・利用し、あわよくば高度に発展した地球の軍事技術を接収・独占して国内での権力強化、

そして何れは全宇宙の支配者となる事を目論んでいた男であった。

 

計画は順調だった。共和連合統合軍太陽系方面司令官となる今よりもずっと以前、技術提供として秘密裏に地球と接触した際、開発中であった蒼い魔神グランゾンの心臓部になるブラックホール機関内部に仕掛けを施し、

地球上に戦乱が多発するように細工していた彼の思惑通り、幾度となく戦乱に見舞われた地球は内部で対立し続け、自分たちの付け入る隙を作り出す事に成功。

偶然を多発させるその装置と仕組みは上手く機能し続け、後一歩で地球の軍事技術を己が手に握るという処まで来ていたのだ。

 

だが、ここで大きな誤算が発生した。彼が下等種族と見下す地球人の手によってその仕掛けが解析され、完全に破壊されてしまったのである。

その仕掛けを破壊した張本人こそ、今彼が戦っている蒼き魔神グランゾンの開発者であり、操縦者でもある地球人シュウ・シラカワであった。

このシュウという男は自由をこよなく愛している。何者にも縛られない自由を求めて生きているのだ。その為、自身が誰かに利用される事を何よりも嫌い憎悪するという性質を持っている。

シュウを利用しようとした者全てが彼の逆鱗に触れてこの世から跡形もなく消されてしまい、地獄に叩き落とされているのが何よりの証拠であり真実。

翻ってグランゾンに仕掛けを施し己の利になるよう細工されていたというのが何を意味するか?

それはグランゾンを利用した、シュウ・シラカワが利用されたという事に他ならず、仕掛けを施した人物テイニクェット・ゼゼーナンが彼の怒りを買うのに充分すぎる程の理由となっていた。

その結果、偶然を起こす仕掛けを目の前で破壊され、有利な偶然が発生しなくなった事により敗退を重ねたゼゼーナンは、地球侵攻の拠点であった火星基地にまで追い詰められてしまう。

それも、最後のとどめは自身の手で行わなくては気が済まないシュウと、彼の仲間達によって満身創痍の身に陥るという皮肉な結果に。

 

「さて、ではそろそろおしまいにしましょうか、ゼゼーナン卿」

 

余裕たっぷりに見下しながらも、その瞳に宿る憎悪の色を隠そうとしないシュウはこれで終わりだと言い放つ。

その不敵な笑みを浮かべるシュウを画面越しに見たゼゼーナンの心に去来するのは、皮肉な事にシュウが抱く物と同じ感情、即ち憎悪である。

自分を見下しているのは誰だ? シュウ・シラカワだ。

シュウ・シラカワとは何者か? 地球人だ。

では地球人とは何だ? 決まっている、下等生物だ。

その下等生物が見下しているのは誰だ? それは――全宇宙の支配者となるべく定められたこのテイニクェット・ゼゼーナンだ!

 

「ぐ……ッ! この下等なサルがッ! 私を見下すなどあってはならんのだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!」

 

下等なサルである筈の地球人に全ての計画を破壊され、追い詰められ、見下されてしまった彼は、一瞬にして頭に血が上り、怒りという感情に心を支配されてしまった。

彼とて一軍を率いる将である以上、決して愚鈍な人間という訳ではない。

いつもの冷静な彼ならば理解できていた筈なのだ。自身が操る機動兵器――バラン=シュナイルが傷だらけなのに対して、シュウのグランゾンが無傷である時点で最早勝ち目など無いという事を。

 

「くらえッ!」

 

だが、下等なサルに見下されて冷静さを失ってしまった彼は、怒りのままに斬りかかってしまった。

 

「ふ、愚かな……」

 

まるでゼゼーナン自身が見下すサルのような行動を、自分自身で行うという滑稽な姿。

無論、それはシュウからすればただ無謀な突撃をする愚者にしか見えない。

もし此処でゼゼーナンに勝てる可能性があるとしたら、彼自身がゲスト軍のエース級の操縦技術を駆使して戦うか、シュウがまだ隠し持っている奥の手と同クラスの機体にバラン=シュナイルを変形させるしかなかった。

彼がこれら二つとも持ち合わせていない以上、命乞いをするか尻尾を巻いて逃げ出すかの二択しか生き残る道は無い。

といって、そのような行動に出ていたとしても逃がしてくれるような男ではないのだが。

つまり、ゼゼーナンに残された道は“死”以外に無かったのである……。

 

「これでもくらえ下等生物がァァ!!」

 

突進するバラン=シュナイルは長大な高熱の大剣――ロングレーザーソードをその手に発現させて、グランゾンに斬りかかる。

それが見えていても蒼き魔神は微動だにせずその身を持って高熱の刃を受け止めた。

 

「やったか!?」

 

やはり愚かな下等生物だ。攻撃されるのが見えていて逃げないどころか斬り払いも防御もせず無防備なまま受け止めるとは。

如何にグランゾンといえどバラン=シュナイルのロングレーザーソードをまともに喰らって無事でいられる筈がない。

そう確信するゼゼーナンは、しかし次の瞬間思い知る事になる。

 

「いま、何かされましたか?」

 

「ば、バカなッ、無傷だと!?」

 

確かに斬りつけた部位、グランゾンの機体中央部には傷一つ付いてはいなかったのだ。

 

「さて、それではいきますよ」

 

そして今度はお返し、いや、引導を渡すために蒼き魔神が手を掲げると掲げた先の空間に穴が開き、穴の中から巨大な剣が取り出される。

その剣を手に持ったまま、一気に距離を詰めバラン=シュナイルの胴体、丁度コックピットのある部位をすり抜けざまに斬り付けた。

金属がぶつかり拉げる甲高くも鈍い音が荒野に響き渡る。

直後、緑色の巨人は機体全体から火を噴き崩壊を始めた。

たったの一振り、その剣撃だけであっけなく付いてしまった決着。

 

「バ……バカな……なぜだ!? そんなバカな……」

 

火を噴き爆発を繰り返す87メートル越えの巨大な機体の中で、ゼゼーナンは驚愕の声を上げていた。

 

「下等種族に、この私が敗れるだとッッ……!」

 

信じられなかった。下等なサルに自分が敗れるなどと。

全宇宙を支配するべく定められた最優等種、いや、神その物と言ってもいい選ばれし存在である自分が敗れるなどあってはならない……あってはならないのだ!

 

「そんな……バカなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」

 

ほんの一撃で終わってしまった戦い。優等種である自分が下等生物に敗れるなどと有り得るはずがないと、未だ起こった現実を否定し続ける偏見に満ちた男の野望は、驚愕に彩られた断末魔と共に機体の爆発と閃光の中へと消えてゆくのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故こんな事になった? 一体何が間違っていたというのだろうか?

南極の会談も、特異点の仕掛けも、筆頭書記官から太陽系本面軍司令官へと昇進するのも全てが思うように進んでいた筈だ。

特異点による偶発的な事件、異世界の軍事勢力が地球に侵攻、共和連合以外の外宇宙勢力の侵攻も全て想定の範囲であり、己が有利に働いていた。

それが何故自身の破滅へと収束していったというのだ。

 

全ては地球人を下等なサルと侮り偏見を持ち続けていたが故に曇ってしまった洞察力と、油断から来る自らの失敗であったが、事この様な末路を迎えても尚それに気付くことはなかった。

それが出来るような男ならばこの様な最後を迎えていなかったであろう。

しかし、それがこのテイニクェット・ゼゼーナンという男なのだ。

 

自問自答を心の中で繰り返す彼ではあったが、どれだけ考えても望むような答えに結びつく事がない。

そんな時間が幾ばくか流れた頃、ふと彼は気付く。どうして死んだ筈の自分がこうして物を考えるという行為が出来ているのであろうかと。

故郷である共和連合にも超自然的な考え方というのは勿論あった。人は死んだらどうなるのかにその答えの一つとして、魂と死後の世界を信じている者も一定数存在していたし、その種の宗教や学問も当然の事ながらある。

だが、彼、ゼゼーナンはそのような非科学的な話を信じてはいない。

人生とは一度きりであり、死んだらそれで終わりなのだと断じている。

だからこそ、生きている間に自身の手で全宇宙を掌握するといった無謀とも思える壮大な夢を実現させようと躍起になっていたのだ。

チャンスは一度、ならば遮二無二動いて野望の道へと突き進むのみと心に決めて。

 

であるというのに死んだ筈の自分に意識がある。

 

これは彼が考えていた死後を根底から覆すような衝撃であった。

つまり死後は存在していたという事か?

それを意識し始めると、今度は眠っていたような暗闇に光が差し込んでくるかのような感覚を覚えて、閉じていた世界が開かれた。

 

 

 

 

「ん……う……」

 

意識を取り戻したゼゼーナンの目に飛び込んできた景色は、見慣れたコックピットの内部。

バラン=シュナイルの巨体に見合う広々とした空間は、乗る気があれば三人くらいは平気で乗れそうなくらいに余裕がある。

 

「ここ……は……何所だ……?」

 

その広いコックピットで目を覚ました彼は、前面に広がる緑豊かな大地を見て呆然としていた。

自分が先ほどまでいた赤茶けた荒野が広がる火星の大地とは似ても似つかない、木々と花々に囲まれ自然その物を体現しているかのような大地の光景。

 

「まさかこれが……死後の世界という物なのか?」

 

天国という言葉がある。そこは花や草木が生い茂る、自然豊かな世界として伝え聞いていたが、この光景は正にその伝聞の通りなのではないか?

しかし、それにしてはおかしい。死んでいるとは思えない程、精神・肉体共、しっかりとした感覚があった。

更に木っ端微塵に爆散した筈の自機バラン=シュナイルまでもがどうやら無傷の様子。

念のためと自分の頬や脚を抓ってみると当たり前の事ながら痛みが走る。これがもし死んでいるのならば肉体的な痛みなど感じない筈だ。

そう考えつつも、死んだことなど無い自分が死後どういった感じになるのか分かる筈が無いではないかと自嘲した彼は、取り敢えず現状を把握する為バラン=シュナイルの操縦桿を握り、その巨体を空高く舞い上がらせた。

 

機体の上昇と共に大地が見る見る内に遠ざかっていく。

 

「ふむ、本当に自然豊かな処だな」

 

故郷の星は高度に発展した科学力と引き替えに年々緑が少なくなっている。

彼からしてみれば、ここまで緑に覆われた世界というのはある種の感動と新鮮さを覚えるに充分すぎる物であった。

 

「む!? こ、これは!?」

 

そんな感動に浸っていた彼はまたもや信じがたい光景を目にする事になった。

 

「地平線が無いだと!?」

 

そう、本来これだけの高さ、計器類が示す2000メートル級の高度まで上昇すれば、見通しの良い場所なら必ず広がっているであろう筈の地平線が無いのだ。

代わりに遙かな地平の先に見えるのは緩く上に向かって勾配が付いた大地の景色。それはどこまでも続く終わりなき地平。

まるで丸い物体の内側から見ているようなその光景は、此処が自分の知っている世界ではないという事を如実に表していた。

 

「これはまいったな……」

 

いま改めて確認できたのは、此処が火星でも地球でもなく、共和連合に所属しているあらゆる星々とは全く別の未知の世界であるという事実。

こうなってはいかなゼゼーナンと言えど、弱音も吐きたくなってくる。

 

「ふう……。ここで文句を言っていても詮無きことか……」

 

だからと言って弱音や愚痴を零した処でなんの解決にもならないことは、自身が一番よくわかっている。

 

「取り敢えずは情報収集だな。しかし、人間のような知的生命体はいるのだろうか?」

 

彼の言う人間の基準は共和連合に所属するゾヴォーク人が主たる物であったが、この際地球人と同じような下等なサルでも構わない。

ないない尽くしのこの状況ではサルでもいないよりはマシであろうと考え、レーダーやセンサーを起動させて近くに人間がいないかと探索する事にした。

 

「ん?」

 

すると幸いな事に、この近くの地表に熱源を感知したのである。

彼は早速バラン=シュナイルに搭載されている高感度カメラを使い、発見した熱源の方向を探知した。

 

「ふむ、人間のようだな」

 

ズームアップされたのは先ほど飛び立った場所の近くにある開けた場所であり、その大地に栗色の髪の少女が1人座っている様子が映し出されていた。

映像から見るにこの近くに住む子供なのであろう、バスケットのような手荷物を持っている処からして当たりを付けたゼゼーナンは機体を急下降させて少女のいる開けた大地へと飛翔。

 

 

 

 

 

大した距離でもないのでカメラ映像は固定したまま飛行していた彼の目に、またまたおかしな物体の姿が飛び込んでくる。

それもその物体は岩石で出来た巨大な人型をしており、話を聞こうと思っていた少女の側に忽然と姿を現したのだ。

 

「拙いな、早く行かねばあの少女が踏み潰されるかもしれん」

 

別に見ず知らずの子供、それも文明の発達していなさそうなこの世界のサルのような人間が踏み潰された処で何も感じないが、せっかく見つけた貴重な情報源を失うのは面白くない。

 

「飛ばすか」

 

操縦桿を倒し飛行速度を上げたバラン=シュナイルは、自機と子供のいる大地の距離を一瞬で縮める。

すると此方の飛翔音に気付いたのか岩石の怪物が彼の方に向き直り、顔の部分に開いた大きな口から何やら衝撃波のような物を放ってくるではないか。

 

「ふんッ、下等な岩石人形がこの私に戦いを挑もうというのかッ、身の程を弁えろッッ!!」

 

衝撃波の直撃を受けたバラン=シュナイルではあったが、この厚い装甲には傷一つ付くことはない。

まるでグランゾンと自機の逆再生でもしているような錯覚さえ感じて苛ついた彼は、ロングレーザーソードを取り出すと。

 

「くらえいッッ!!」

 

全力で振り抜き一瞬にして岩石巨人の五体をバラバラに切り裂いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

脆くひ弱な岩石人形を破壊したゼゼーナンはコックピットのハッチを開き、昇降用に据え付けられているウインチを作動させて大地へと降り立つ。

彼の目的はただ一つだ。偶然とは言え自分が助けた少女にこの世界、若しくはこの国の情報を聞き出す事。

 

「大丈夫だったかね。怪我は無いか?」

 

怪しまれたり警戒されたりしないよう、極力友好的な雰囲気で話し掛けてみる。

唯でさえ軍服を着てこのような巨大機動兵器に乗り回しているのだから、未開の地のサルには刺激が強すぎて悪魔や怪物の類と取られてしまう可能性とて考えられるのだから。

そうなっては何の為にこんな子ザルを助けたのか分からない。

あくまでも自分以外の人間をサルと断じる彼は、犬猫にでも接するような感覚で少女に近付いていく。

すると、長く伸ばした栗色の髪を腰の辺りから一つに纏めて大きな三つ編みにした10歳程の少女は、熱でもあるのか頬を林檎のように紅く染めてゼゼーナンの問いに返事をしてきた。

 

「はっ、はいっ、あの……あ、危ないところをお助けにお為りになりに下さりまして、何とお礼を申し上げて良いのでございますでしょうか……、」

 

「いや、礼には及ばんよ」

 

一応普通に返す事が出来たが、この少女何やら言葉遣いがおかしく、一瞬何を言っているんだと聞き返しそうになってしまった。

これだから下等なサルというのは理解できなくて困る。

しかし、真のサルならば未知の物を見た場合、恐怖を感じて逃げ出す物だというにも拘わらず、この少女はバラン=シュナイルという巨大な機動兵器を目にしても臆した様子が見受けられない。

 

(なるほど、サルよりは多少マシなようだな)

 

その堂々とした立ち振る舞いに少女への評価を多少上方修正した彼は、本来の目的であるこの世界と国について聞いてみる事にした。

 

「処で君に一つ尋ねたいことがあるのだが、構わないかね?」

 

「はい、私にお答えすることが出来るのでございますれば、何なりとお聞きにおなられくださいまし」

 

またも丁寧ながら妙な文法を交えた言葉遣いで話す少女に、思うところを口に出しそうになったがそんな事をしていては話が進まない。

 

「では単刀直入に聞くとしよう、実を言うと私は旅の途中でこの辺りに迷い込んでしまってね。今居るのが何所なのか皆目分からないのだ。もし良ければこの辺りの名前……そうだな、国でも地名でもいい教えてくれないか?」

 

流石のゼゼーナンも子供相手に傲慢な物言いをしたりはしない。

ましてやつい今し方下等種族としては多少マシだと認めたばかりで敵対関係であるわけでもない子供にそのような恥知らずな態度で迫れば、自分まで未開の文明人と同レベルになってしまう。

ただ、バラン=シュナイルに乗っておきながら迷い人というのは些か無理がありすぎたかと思わなくもなかったが。

 

「まあっ、それは大変な事でございますわ!」

 

処が少女の方はというと、あっさり彼の話を信じて居るではないか。

 

「御身のご助力になれるのかは存じ上げませんが、此処はラ・ギアスはエオルド大陸に存在します神聖ラングラン王国でございますわ」

 

ラ・ギアス――聞いた事があるような名前であった。が、如何せん重要事項ではなかったのであろう、ハッキリとは思い出せない。

言い換えれば思い出せないと言うことは、所詮その程度の些事であるという事だ。

 

「そうか、済まんな。助かった」

 

「い、いいえ、あの……その代わり、」

 

何やらもじもじと焦れったい感じでこちらを上目遣いに見てくる少女。

 

「私の方からもご質問させて頂きましても、宜しいでございましょうか……?」

 

何を言うかと思えば聞きたいことがあるというだけの事であった。

別に聞かれてやましい事など何一つ無いゼゼーナンは「言ってみたまえ」とだけ返すと、自分の名前が知りたいと言い出した。

 

(私の名前が知りたいだと?)

 

知ってどうする。この国で自分の名を知る者はいないだろうが気にはなった。

無論それを率直に聞き返すことはないが、まあ名前くらい良かろうと考えた彼は、少女に自分の名を名乗ることにした。

 

「構わんよ。私の名はゼゼーナン、テイニクェット・ゼゼーナンだ」

 

「テイニクェット様……」

 

小さく呟くように自分の名を復唱した少女は、今度は聞いてもいないというのに自分の名を名乗ってきた。

 

「私はモニカ……モニカ・グラニア・ビルセイアと申します。以後お見知りおきくださいましテイニクェット様」

 

 

こうして本来ならば出会う筈のない2人は邂逅を果たした。

 

 

 




このような稚拙な文を読んでくださった方々に感謝の意を込めて

ありがとうございました。


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2話です。


 

 

 

あれからゼゼーナンは、モニカ・グラニア・ビルセイアと名乗った少女に質問を続け、この世界についての様々な情報を手に入れていた。

その中にあった、国や地名以外の情報。魔法・精霊・錬金学・邪神・等々、化学とは正反対にある技術や学問の存在。

そして、先ほど彼女を襲っていた岩石人形が、死霊傀儡の外法という術を用いて唯の土に死霊や怨霊の類を宿らせ、人の形を作り上げたデモンゴーレムと呼ばれる存在であると知り。

聞いた話を纏め上げた処、やはり異世界でしかないと考えたのだが、どうもそうではないようなのである。

 

ラ・ギアス。確かに此処は彼の知らない異世界。だが同時に、よく知る世界――星であることも分かってきた。

その大きな理由は彼女の話の中に地上と地下なる単語が飛び出した際、どういう意味なのかと問い質した所、地球という言葉が出てきたからである。

つまりこのラ・ギアスは地球の中に存在するもう一つの世界であり、地球であって地球ではないという複雑怪奇な世界であるらしいのだ。

 

(しかし、なぜ私が地球の中に存在する異世界などに転移したのだ?)

 

此処が地球であるという事が分かった彼は、次に自分が転移した理由を求めたが、自身が考えた旅人という設定のせいで質問できないのがもどかしかった。

まさか、地上処か地球の外からここまで旅をしてきたなどと言うわけにも行かず、何故か転移してしまった。そして偶然にもラ・ギアスに辿り着いたで納得するしかないという始末。

無論、そのお陰でこうして生きているのだから、この不可解な事象それ自体に何ら不満はなかったが。

最も、彼が地上から迷い込んだ人間であるというのは直ぐさまばれてしまった上に、迷い込む人間は他にも居るという話から怪しまれずに済んだのは幸いであった……。

 

 

「すっごォ~い何このロボット!」

 

 

天から降ってわいたような幸運を噛み締めていたゼゼーナンは、耳に入った元気な声に一度思考を打ち切り、先ほどから目の前で忙しなく動き回っている少女に目を移した。

視界に入るのは襟足で切り揃えられた青みがかった短い髪。髪と同じ蒼く澄んだ瞳には好奇心の色が浮かんでいて、物珍しそうに操縦席内を見渡している。

赤い宝石が埋め込まれたサークレットとイヤリング。青を基調としたドレス。この服装から見るにいいとこのお嬢様を連想させるのだが、その落ち着きのない態度と口調からとてもそうは見えない。

 

 

「こんなにおっきい癖に結構スピード出るじゃない!」

 

 

この少女こそ、彼が地上から――正確には火星から、ラ・ギアスに迷い込んだと看破した人物なのである。

好奇心旺盛な子供その物でありながらも、優れた洞察力と分析力を持つこの少女を、見掛けで判断するのはマズイかも知れない。

 

少女は立ったまま操縦席内を観察しつつ、見物客さながらの図々しさを発揮し、バラン=シュナイルの計器類を触りまくっていた。

本来なら起動中のコックピットで立っているのは危ないのだが、このバラン=シュナイルの場合はその巨体故に揺れも少なく安全だ。

まあ、元より1人乗り用であるから座ろうと思っても座席がないのだが。どうも先ほどからの様子を見るに、この少女は機械が大好きなメカフェチのようで、初めて目にしたバラン=シュナイルに興味津々のようだ。

その姿はゾヴォーク本星にも居た一部の科学者を思い起こさせた。

 

「失礼でしてよセニア!」

 

そんな大はしゃぎのセニアと呼ばれた少女を叱責するのは、ゼゼーナンの膝の上にちょこんと座っている少女である。

こちらも年の頃は10歳前後で、ショートカットのセニアとは反対に膝裏まで届く栗色の長い髪を、腰の辺りから一房の大きな三つ編みにして纏めていた。

彼女の方は緑色の宝石が埋め込まれたサークレットとイヤリング。緑を基調としたドレスにクリーム色の手袋とソックス。

セニアと同じく高級素材を使用しているであろうその服装は、やはりお嬢様と言えるであろう物だ。

因みにこの膝の上に座っている長い髪の少女が、彼が助けた少女モニカである。

 

どうしてこの二人の少女達までバラン=シュナイルに乗っているのかというと、それは青髪ショートカットの少女セニアが乗りたいと言い出したのが切っ掛けであった。

 

実は、あのゴーレムと戦闘した広場の近くにはモニカと一緒に遊びに来ていたセニアも居たのだ。

騒ぎを聞きつけ、何があったのかと駆け寄ってきた彼女に、デモンゴーレムに襲われていたモニカを助けたと事情を説明した処、彼女はこのロボットに興味を持ったらしく、どうしても乗りたいと駄々をこね出したのである。

無論、下等種族を乗せてやる義理など無いわけで断ろうとしたのだが、子供のパワーには勝てず、結局押し切られてしまった――というわけだ。

普通なら得体の知れないロボットに乗る中年の男など、警戒されて然るべきなのだが、此方もモニカ同様、警戒心の『け』の字も持たずに馴れ馴れしく接してきたので少々面食らってしまった。

まあ、セニアの口振りから、この豊かな自然に覆われた地平線のない世界にもメカやロボットが存在すると分かったのは大きな収穫であったが。

 

渋々乗せてやる事になったゼゼーナンに「ラッキー」と喜ぶセニア。だが、今度はそんなセニアを見ていたモニカまでもが「私も……乗せて下さいまし」と彼のズボンを引っ張り、我が儘を言い始めたではないか。

モニカに関しては色々とこの世界の事を教えてくれ、下等種族とは言え多少認めていた所もあったので乗せてやらんでもなかったが、2人も乗せて操縦席の前に立たれたらモニターが見辛くて仕方ない。

そこで1人は自分の膝の上に座らせて大人しくさせていようと考え、計器類を見たいというセニアには立っていてもらい、モニカを膝の上に乗せたのであった。

無論、膝の上に乗せたままシートベルトもしていないままでは危ないから、右手で操縦しながら左手で彼女の身体を抱き寄せて、動かれないようにした上で。

 

この時、期せずしてゼゼーナンに後ろから抱き締められる格好となった事で、恥ずかしそうに頬を赤らめたモニカの様子に気付いたセニアは、引きつった様なにが笑いを浮かべて

『そういえば、あんたって昔から白馬の王子様を信じてるような夢見る少女だったわね。けどこれじゃあ王子様っていうより、“おうぢ様”じゃない・・・・・・。まったく、どういう感性してんだか』

などと意味深な発言をしていたが、当の彼は何のことか知る由もないので聞き流していた。

 

 

 

 

 

 

「これはテイニクェット様のお乗り物ですのよ! それをテイニクェット様の許可無く勝手に――」

 

「別にいいじゃない減るモンじゃないし ね、いいでしょティおじさん?」

 

「ティ、ティおじさんだと?」

 

また考え事をしていた処、ティおじさん――そんなふざけた呼び名をされてしまった彼は我に返り、自分をそう呼んだセニアと目を合わせた。

 

「それは私の事なのか……?」

 

「そ! だって、テイニクェットなんて名前呼びにくいし」

 

テイニクェットの頭文字を取って『ティ』。

呼びにくいからという、たったそれだけの理由でおかしな渾名を付けてくる下等種族の少女。

 

「まあッ 失礼極まりないですわッ!」

 

いきなり決められてしまったせいか、咄嗟に反論できないで居た彼に変わって、膝の上に座る少女が抗議していた。

 

「モニカには関係ないでしょ」

 

しかし、モニカには関係ないと突っぱねている。

 

 

結局セニアは自分の事を『ティおじさん』と呼ぶと決めたらしく、後から止めてくれと言った処で聞く耳を持とうとしなかった。

一方で『御身のお力になれず真に申し訳御座いません』などと必要のない謝罪をしたモニカは『テイニクェット様』で通すようで、文法こそ間違っている物の丁寧な言葉遣いをしている為か、若干こそばゆく感じてしまう。

 

(同じ顔をしていてこうも性格が違うとは……下等種族は分からん……)

 

そう、この二人の少女は同じ顔なのだ。外見上の唯一の違いは髪の色と長さだけ。

モニカがばっさり髪を切って青に染めるか、セニアがモニカくらい長い栗色の髪のウィッグを被るかすれば見分けが付かなくなる程に瓜二つだ。

 

所謂、双子というやつである。

 

ただ、モニカが物静かで文法がおかしいながらも丁寧な言葉遣いと所作なのに対し、セニアは好奇心旺盛で明るく大らかな性格という、口を開けば別人であると直ぐに分かってしまうほど正反対の性格をしていた。

まあ、見分けが付きやすくて良いと言えば良いのであるが……。

 

「じゃあちょっと調べさせて貰うわね」

 

「よろしいのですかテイニクェット様?」

 

「あ、ああ構わんが、呉々もレバーやボタンだけには触れないようにしてくれ」

 

「りょ~か~い!」

 

許可を貰えばこっちの物と触るなと注意した以外の場所を調べ始めたセニア。

下等種族の、それも子供に解析など出来る物ではないというのにと心の何処かで見下しながらも止めない辺り、彼は割と子供には甘い中年なのだ。

ある程度の高度に達すると自動操縦に切り替えた。

操縦桿を握っていた右手が空き、手持ち無沙汰なせいか何かを触ろうとして、自然に手を置いたのは自分の膝の上に座っているモニカの頭。

10歳ほどの子供の身体は小さいので丁度手が置きやすい位置に頭があったのだ。

 

「あ…」

 

置いた手でなんとなしにモニカの頭や髪の毛を撫でる。

手の平や指の間に入る髪の毛の感触はさらりとしていて艶があり、子供ながら手入れがしっかりされているであろう事が窺えた。

 

「ん……」

 

頭と髪を撫でられるのが気持ち良いのかモニカの身体から力が抜けて、自分からもたれるように背中を預けてくる。

 

「気持ちいいかね?」

 

「はい……テイニクェット様のお手が温かく……」

 

「そうか」

 

 

暫し流れる穏やかな一時。

 

何年振りであろうか? このように静かで平穏な心で居られるのは。

権力闘争に明け暮れ、下等種族どもと闘い続けていたせいか心の余裕を失っていた事に今更ながら気付かされたゼゼーナンは、モニターに映る地平線のない緑豊かな大地を眺めながら、物思いに耽るのであった。

 

 




終わりです。


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3話です。


 

 

偏見の男3

 

 

 

「此度は我が娘モニカを救ってくださり感謝の言葉も――」

 

人が感謝の言葉を伝えるときは皆一様に同じ口上を述べようとする物だ。

銀河の中心地に住まう高度文明を築く人類も。辺境の星に住まう人類も。

それは下等種族とは言え、言葉を操り感情を持った“人類”である地球人も同様に。

彼、テイニクエット・ゼゼーナンは、己に対して深々と頭を下げながら感謝を伝えてくる男に

『人として当然の事をしたまでですよ』と愛想良く、且つ礼儀正しい振る舞いを見せた。

“下等なサル”と見下す地球人相手にだ。

無論これには理由があった。

 

地球の位相空間に存在せし地底世界ラ・ギアス。

その世界でも一,二を争う大国神聖ラングラン王国の第二王女モニカ・グラニア・ビルセイア。

 

情報を聞き出す為に助けた件の少女が偶然にも王族であったのは大きな収穫だ。

 

 

 

 

「あの~、テイニクェット様」

「何かね?」

「テイニクェット様は旅をなさって居られますれば、行き先はお決めであらせられますの?」

「いや……特には決めておらんよ。風の向くまま気の向くままな旅が好きなのでね」

 

行き先がないのは当然である。元々旅などしていないのだから。

といって正直に答えては設定が破綻してしまうし、それが元で警戒されるのも今後を考えるとあまり良い選択ではないだろう。

 

「それでは、直ぐに御出立なされるという訳ではございませんのね?」

「まあ、そうなる」

 

直ぐ移動してもマイナスはあれどプラスにはならない。何故なら自分は一人であり、身分を保障する者も居ないのだから。

位相がずれているとはいえ、此処が地球である以上高度な文明があるはず。

身分の保障もない正体不明の男が巨大機動兵器を乗り回しているとなれば、この世界の軍が飛んでくる。

如何にバラン=シュナイルが強力な力を持っていても、たった一機ではどうする事も出来ないだろう。

幸いな事にラ・ギアスと彼が知る地上とは国交もなければ互いの事情も分からない様子。

つまり、この世界の人間はバラン=シュナイルの存在を知らなければ、テイニクェット・ゼゼーナンという男の事も知らないのだ。

ならば、あとは怪しい人物ではないと保証する人間が一人居ればいい。

そして、その人物は目の前にいた。

 

「では、私の命をお助けくださいました御礼を是非ともさせてくださいまし」

(ほう? 子供ながらに良く礼儀を弁えているな)

 

別に礼など必要なかったが、目上の者に対ししっかりと礼節を持って接するこの少女のことは気に入っている。

教養の高さ、物怖じしない性格、立ち居振る舞い、言葉遣い、全ての面で知性の高さを窺わせており、高度な英才教育の下で育ってきたであろう事は疑う余地もない。

二人の話を無視して一人コックピット内部を調べ始めているモニカの姉は除いて……。

 

「返しを期待して助けたわけではないのだが好意を無にするのも失礼となる。それにせっかくのモニカの御言葉だ。有り難く頂戴するとしよう」

 

 

 

 

(淑女然とした立ち居振る舞いと衣服からみて地元の名士の娘かと当たりを付けていたが、よもやこの世界でも有数の大国の王女であるとは予想外であったわ)

 

ここに来るまでの道程で交わされた話を思い出しながら自らに頭を下げるモニカと似た風貌をした彼女の父

つまり、神聖ラングラン王国第287代国王アルザール・グラン・ビルセイアを前に彼は考えを巡らせていた。

この状況を最大限に活かす方法はないか。これを機に地球の技術を取り込む手立てを付けられないか。

伏魔殿ともいうべき政治の世界に身を置いてきた彼の頭脳が全力回転をし始めていたところに、突如としてブレーキが掛けられる。

視界の端、アルザールやモニカ・セニアが並ぶ少し後方に控えていた紫色の髪の少年を目に入れたが故だ。

 

(クリストフ・グラン・マクゾート……。いや…シュウ・シラカワか)

 

モニカとセニアの案内で王都へと降り立った時、一番最初に目に入ったその少年を観た瞬間に激情が駆け巡った。

自らが進め、後一歩で完成を見るはずであった地球文明抑止計画の根幹を破壊し、自身を殺した男が其処に居たのだ。

姿を捉えた瞬間くびり殺してやりそうになった自分を何とか抑える事が出来たのは彼の姿が見知った物と異なっていたからに他ならず

彼の知るそのままであったならば衆目の目も気にせず飛び掛かり、その息の根を止めようとしていたであろう。

 

(シュウ・シラカワは大人であったはずだが)

 

自身が知るシュウ・シラカワは大人である。はっきりとは覚えていないが20か21歳だと聴いていた。

それがモニカから従兄のクリストフ様ですと紹介された彼の姿は、どこをどう見ても十代前半の少年にしか見えないのだ。

しかし自身が憎み、そして殺された相手である人間を見間違えたりなどしないが故に同一人物である事は確信した。

 

(ではなぜあのような少年の姿になっている?)

 

言葉を交わしたときの彼はゼゼーナンという人物をまったく知らないかの如き雰囲気を見せていた。

確かに少年期のシュウ・シラカワの事など知らない。彼と初めて会ったのは筆頭書記官の頃であり

その時ですら顔を覚えていない程に接点がなかったのだから幼少期や少年期の彼の事など知る由もないであろう。

同じ様に彼の側もテイニクエット・ゼゼーナンという人間を知らないのは当然の事として、何故こうなったのかが問題であった。

 

「…殿」

(これはどういう事だ? まさかシュウ・シラカワが若返ったとでも?)

「――ナン殿」

(いや、もしそうならば記憶はあるはずであり、あのように穏やかな挨拶を私と交わすはずがない。多少不穏な物を感じたがアレは個人が内に秘めた何かであって私に向けられた物では……)

「ゼゼーナン殿!」

「うおッ!?」

「どうかなされましたかな?」

「は…。いや、申し訳ない……。少し気分が優れぬようで……」

 

一国の王の前で礼を失していると普通は考える物だが、所詮下等種族と一段低く観ている為あまり気にしないゼゼーナンは

不審に思われないようにと当たり障りのない理由を述べ追求を躱した。

 

「ふむ。確かに事故で地上より迷い込まれたばかりかデモンゴーレムと戦われもしたのですから御気分が優れぬのも致し方ありませんな」

 

王としての威厳を取り払い人の良いというか、そこいらにいる市井のおじさんのような感じになったアルザールは誰かと似ていた。

 

(………セニアか)

 

モニカの双子の姉で、バラン=シュナイルの計器類を弄くり回していた蒼い髪の王女。

 

(あの娘にしてこの親有りだな)

 

国王だというのにフランクなアルザールと、凡そ王女らしくないセニアは紛う事なき親子である。

となれば、モニカは母の血や性格を色濃く受け継いだとでも言うのだろうか?

 

「テイニクェット様」

 

そのモニカが声を掛けてくる。

 

「如何なされましたモニカ王女」

 

彼女への言葉も敬語へと切り替える。一国の王女であると知った以上は今までと同じ接し方を続けるわけにも行くまい。

上からの言動で接し、ラングラン王やこの国での不信感を集めてしまうのは得策ではないとして。

そう考えての言葉遣いであったが、モニカはと言えば随分と悲しそうな表情になっている。

 

「……。その…、御気分が優れないようでしたら私がお部屋へ、ご案内しとう御座いますと思われます、ので…、」

 

相変わらずのおかしな文法だが話している内に慣れてきた。それはいい。それはいいのだが……何故その様な悲しい表情と消え入りそうな言葉に……?

 

「ちょっとニック!!」

 

今度はセニアだ。此方はなにやら怒っている。怒らせるような事など何もしていないというのに掴み掛かってきそうな勢いで噛みついてきた。

 

「モニカが可哀想でしょ!」

「なにを仰って居られるのですかセニア王女」

「だからそれよッ どうして急に他人行儀な敬語なんか使うのかって言ってるの!」

(他人行儀も何も今日知り合ったばかりの他人であろうが……。それになんだそのニックというのは?)

 

ティおじさんと呼び始めたかと思えば今度はニックなる呼称を使い始めている。

何でもティでは女の子の名前みたいで可哀想に思った。だからディックかニックに変えようとして、結果ニックにしたという。

勝手に人の名前で遊ぶな。少し気分を害したが何を言っても聞かないだろう事は、この短い付き合いで分ってしまった故何も言うまい。

 

「そんなことはどうでも良いからモニカに対してはっていうか、私達に対して敬語なんか使わなくて良いのよ」

「しかし王族の方々に対する――」

「だからそれが余計な気遣いなの! 私達や父さんがそんなの気にするように見える?」

 

見えない。見えないが王制国家の王族相手にタメ口を聞いたりするような教養のない人間ではないから抵抗感があるのだ。

相手が地球人とはいえ、その辺りは建前上相手を立てる事にしていたが、どうもそれが嫌だという。

 

「気さくに話し合えるのが一番ですからな。しかしセニア、パパと呼んで欲しい……」

 

更にはラングラン王アルザールまでもがセニアの意見を支持するではないか。

 

(仮にも世界有数の大国の王族ならば普通は気にすべきだと思うのだがな。まったく下等種族の常識は良くわからん)

 

思っても口に出さないのはアルザールはともかく、蒼髪の王女が五月蠅いからだ。

少し離れた場所で観ているクリストフも含み笑いをしていたが、セニアを制止しない辺り彼女の方が正しいとでも考えているのだろう。

観ればモニカも上目遣いで不安げにこちらを見ている。

 

(なるほど、モニカは私が敬語で話し掛けたことが不満なのか……)

「わかった。普通に話せば良いのだろう? 済まなかったなモニカ」

「テイニクェット様……」

 

自分の態度に気分を害されたならば素直に謝る。

プライドの高い彼らしくなかったが、円滑に物事を進めるためには時にこういった事も必要なのだ。

まして地球人ながら別枠扱いにしたモニカの意見は出来うる限り尊重してやりたいと。

 

「そうそうそれでいいの。今度モニカに他人行儀な態度を見せたら酷いからね」

 

何がどう酷いのかさっぱりであったが、とにかくセニアが妹を大切に想っているらしいことは分った。

 

 

 

 

 

(これは……!)

 

気分が優れないのならば取り敢えず今日の処は休んでくれと案内された部屋。

高い天井にシャンデリアが吊され、天蓋付きのキングサイズベッドが設置されていた。

ひと目で高級とわかる調度品の数々が飾られ、専用のシャワールームまで付いている。

古くからあるこの国独自の様式らしいが、なるほど歴史を感じさせる物だ。

 

(下等種族の文化も中々にあなどれんな)

 

地球は戦争と兵器に特化した野蛮人の文明だとばかり考えていたが、ラングラン王都の様子や他国の脅威に成らないようにしつつ

ラ・ギアス全体を考えた防衛力の整備という考え方に触れてみて、多少上方修正する事にした。

見方を変えれば地球文明の脅威度が高くなったとも認識できたが今の自分では何もできないし、考えても無意味であると思い知らされたばかりなので心底どうでもよかったのだ。

 

ふと目に入る大きな姿見。

その曇り無い鏡の中に映る自分の姿はまだ白髪のない四十代の頃の自分。

本来なら頭が真っ白な五十代の自分が、四十代の頃に若返っていたのだ。

 

タイムスリップ。肉体ごと時間を遡ったタイムリープやタイムトラベルという現象。

これを真っ先に思い浮かべ、そしてどうやら間違いなさそうだと気付かされた少年であるシュウ=シラカワの存在と鏡に映る自分自身。

 

(昔読んだくだらんSF小説に似たような話が出ていたが、まさかこうして自分自身が体験しよう事になるとはな)

 

それも何の因果か共和連合にではなく、地球の位相世界であるラ・ギアスに転移という悪い意味でのオマケ付きだ。

 

(だがこれで先を考える意味を半ば喪失してしまった事がはっきりした)

 

タイムスリップに付き物な話として、過去の自分が居るか居ないかというのがある。

尤も、本星にもう一人の自分が居ようと、此処に居る自分こそがこの世界で唯一の自分であろうと、最早自分に帰るべき場所がないのは理解させられたが。

 

この世界の自分が居るのならば其奴がかつて持っていた地位や名誉を頂き、自分の立場を確立しているだろう。

自分が唯一の自分であったとしても本星から消えた以上、軍内部では行方不明MIAという扱いにされ、結局居場所はなくなっている筈。

 

“時空の迷い人”

 

現在の自身を表すには最も相応しい言葉だった。

 

(だがそれなら自分の居場所を確保し、立ち位置を作り上げていけばいい)

 

本心では全宇宙の支配を目論んでいたが故に共和連合への忠誠心など毛ほども持ち合わせていない。

本国での居場所が失われたのならば自身で自身の立ち位置を確立すればいいのだ。

今の自分には宇宙支配など絵に描いた餅でしか無く、実現不可能な夢として霧散してしまった。

人は生きる事で精一杯という状況に追い込まれれば分不相応な考えを棄てざるを得なくなる。

当に今、テイニクエット・ゼゼーナンという男は裸一貫になってしまい、これを自覚せざるを得ない身と成ってしまったのだ。

 

(死を免れたのは良いが、何もかも失ってしまうことになるとは……)

 

手持ちの戦力がメンテも出来ないバラン=シュナイル一機では宇宙征服など土台不可能。

彼は、これが分からないような馬鹿ではなかった。

 

 

 

 

 

その日の夜。ゼゼーナンは宛がわれた部屋に設置されている豪奢な天蓋付きベッドに身体を横たえていた。

寝るにはまだ早い時間であったが色々と整理すべき事が多すぎる為、リラックスした状態で考えるのが一番だとベッドに寝転がっているのだ。

但し、彼一人ではなくもう一人と二人で。

 

その、自身と枕を一つにして仰向けに寝転がるもう一人とは、膝裏まで届く長い栗色の髪を大きな三つ編みにして纏めているこの国の姫モニカである。

彼女は気分が悪いというゼゼーナンを心配して自分が世話をすると言い出し、譲らなかったのだ。

父アルザールも命の恩人を看護したいと申し出るモニカにあっさりと許可を出し、セニアはセニアで頑張ってと妙な応援をする始末。

 

(楽天的と言おうか警戒心がなさ過ぎると言おうか。たかだか岩石人形一匹片付けて助けたくらいで偉く信用された物だ)

 

助けたとき以来なにかと引っ付いてくる彼女であったが、別に鬱陶しい訳では無いので好きにさせていた。

好かれて悪い気はしないと、少し身を起こしてモニカの髪を撫でてやりながら考える。

思えば自身を慕っていた部下にも極力目をかけ、便宜を図ってきた物だ。

ゼブ、ロフ、セティ等の軍幹部達とは折り合いが悪かったが、親衛隊の者達や一般兵とはそれなりに上手くいっている者も居た。

優しい一面も持っているなどと部下に評価されていた事を知った時は、素直に嬉しかった物だ。

偶然の産物でこんな事になってしまったが、其処で出逢ったこの娘に、こうして好意的な目を向けられるのはけして悪くない。

まさか一緒に寝るとまで言い出すとは思わなかったがそれだけ信用されているのだろう。

 

「テイニクェット様はこれよりどうなさいますの?」

「何も考えていない……というのが正直なところだ。理由は聞かないで貰いたいが故郷には戻れぬ事情があるのでな」

「ですが御家族は……」

「生憎と天涯孤独な身の上だ。帰りを待つ家族なども居らんよ」

「では、また旅にお出かけあそばされますの?」

「そのつもりではあるのだが……。さて、どうしたものか」

 

全て本当のことだ。自身にとっての帰る場所は既に無く、元の時代世界にも家族など居ない。

有るのは自らが率いていた対地球圏強硬派の軍と組織だけだが、それもあの戦いで崩壊してしまった。

 

(あの戦いといえば、聞いておかねばならんことがあったな)

「ところでモニカ。あのクリストフという君の従兄についてだが、彼は研究者か何かだったりしないかね? 例えば私の乗っていたようなロボットの開発に携わっているとか」

 

シュウ・シラカワ。

自身が知り得る地上の状況や事柄を探るには、彼の今現在がどうなっているのかを知る必要がある。

そこからある程度の時期予測が出来るからだ。

 

「クリストフ様であらせられますか?」

 

モニカは此方を振り向き首をかしげている。

 

「いいえ。クリストフ様が魔装機開発のようなお仕事に携わっておいでであそばせますことはお聞きしたことは無いと思われますわ」

「そうか」

 

モニカはどうしてそんな事を聞くのかとでも言いたげであったが所詮10前後の子供。

セニアがバラン=シュナイルに興味を示していたように、彼もそうなのではないかと思っただけだと誤魔化せば簡単に丸め込む事が出来た。

 

(しかしそうなると時期はまだ南極関連の条約以前か)

 

無論知ったところで地上に、本星に帰る場所がない以上詮無きことではあるのだが、この先もし地上で行動するようなことがあれば

必要最低限でも状況を把握しておくにこしたことはない。

残念ながら地球文明抑止計画の第一歩以前の情報では殆ど役立ちそうもなかったが。

 

「そういえばセニアがテイニクェット様のお乗り物を調べてみたいと仰ってましたが」

 

冗談ではない。あれは何もかもを失った自分に残された唯一の持ち物だ。

あんな子供や下等種族にバラされでもしたら……。

 

(いや、待てよ。地球圏の兵器はどれもが目を見張る性能を誇っていた。ましてグランゾンを設計したシュウ・シラカワの従妹であれば)

「モニカ。セニアは機械に詳しいと言っていたが、設計やメンテナンスが可能なほどの腕を持っているのか?」

 

馬鹿な質問をしていると思う。セニアのことも聡明であると見たが10歳程度の子供にそんな技術があるわけがないというに。

ましてグランゾンなどで試されたブラックホールエンジンに通じる重力波エンジンを搭載した最新鋭の機体である。

解析など不可能だと考える方が普通だ。しかし……。

 

「はい。魔装機計画で予定されている魔装機の設計にセニアが携わっておいでと存じ上げましたわ」

 

聞いてみる物だ。地球製機動兵器の設計に関わっているのならば懸念していたメンテの問題をクリアできるやも知れない。

流石に解体されての分析など許容できないが、それ以外で調べさせて機体構造を把握させることが出来たなら整備や改良を頼めるようにもなるだろう。

 

「明日話し合ってみよう。なによりもあの様な機体に乗っていたこともある程度説明して置かねばならんからな」

 

何度も何度もモニカの髪を撫でていると、彼女は気持ちが良くなってきたのか自ら身体を寄せてきた。

 

(地球人だろうと子供だけは変わらんな)

 

子供というのは可愛い物だ。純真無垢で大人の世界の汚さとは無縁の場所に住んでいる。

 

偏見の塊のような男でも偏見の目を向けない者は居た。

それは自らを慕う部下であったり、モニカやセニアのように好意的、友好的に接してくる相手。

そういった相手には此方も好意で接することが出来る。

 

「ん……テイニクェット…さま……」

「なんだ?」

「気持ちが宜しくて……なんだか……ねむ…く……」

「眠くなったなら遠慮せずに眠ればいい。君が眠るまでの間、こうして髪を撫でていてやろう」

 

ゼゼーナンはモニカの髪を撫で続けて彼女の眠気を誘う。

この娘を寝かしつけてから寝るとしようか。そんな他愛もないことを考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 




終わりです。


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4話です。ただ甘いだけの話です。



偏見の男4

 

 

 

「おっはよ~!」

 

明くる朝、本当に久方振りとなる快眠を貪っていたところを無駄にテンションの高い、元気な声にたたき起こされた。

バラン=シュナイル、正確には機械の類に異常な興味を示している双子王女の姉の方である短い蒼髪の少女セニアだ。

 

「どう? ゆっくり休めた?」

「まあそうだな……。久しく安心して眠ることが出来ないでいたのだが、おかげでゆっくりと身体を休めることが出来た」

 

政争や戦場とは無縁の場所で余計な事を考える必要もないからか、モニカを寝かしつけた後すぐ眠気に襲われ意識が落ちていた。

死の淵寸前にまで追い詰められて破滅した後だから緊張の糸が切れていたのかも知れない。

 

「それでモニカはどうしたの? 昨日はニックに付き添っていたと思うんだけど」

「ああ付き添ってくれていたよ」

 

仮病滲みた誤魔化しで気分が悪いと言っただけだから付き添いなど必要なかったがな。

それに――。

 

「これを付き添っていると言えるのならばな」

 

寝ていたベッドのシーツを剥ぎ取り、隣で眠る長い栗色髪のお姫様の姿を見せてやる。

 

「すぅ…、すぅ…、」

「よく眠ってるわね~。けれどこれじゃあ何の為の付き添いなのか分かんないわね」

 

病人の看病で付き添うのならば普通起きていなければならないが、パジャマ姿で丸まって眠る双子姫の妹モニカは未だ夢の中。

別に起きていて貰っても仕方が無いのだが、昨日今日の付き合いしかない私の傍で警戒心も抱かずに良くもまあ無防備に眠れる物だ。

これが世に言う“天然”というやつか?

 

「私は子供らしくていいとは思うがな。それに、誰かと一緒に眠るなど幼少期以来となるからか妙な安心感があったわ」

 

一人で眠るのが怖いわけではない。人生五十年以上も生きていて誰かが傍に居てくれなければ眠ることが出来ないなど恥ずかしいにも程がある。

無論、そういった輩が居ることは知っているが、そういうのは大抵何らかの心因性に連なる遠因があり、なりたくてなった訳ではないだろう。

 

「ふ~ん、安心感…ね。………ニックってさあ……ロリコン?」

「誰がロリコンだッ!」

 

地球人であることさえ除けば、モニカは確かに容姿が優れている。

所謂“美少女”の範疇に入るだろう。いや、この娘が美少女でなければ世の美少女の半数はそうでなくなると言って良い程に整っていた。

双子である以上は同じ容姿であるセニアも同様にだが、凡そ平凡からはかけ離れた美麗さを誇っている。

このまま順調に歳を重ねていけば二人共さぞや美しい淑女へと成長を遂げる事であろう。

だが、今はまだ幼さが抜けきらない10かそこらの子供でしかない。

 

「モニカやお前のような年端もいかぬ子供を“女”として見るような輩も居るには居るが、生憎と私にはそういった趣味はない」

 

17,8ともなれば話は別だが、10くらいの幼女に欲情する訳がないだろう。

 

「なぁ~んだつまんない。そういった面白い展開を期待していたのにな」

「なにが面白い展開だなにが。大体お前はモニカの姉だろうに、率先して妙な方向に話を進めてどうする?」

「もう、硬い硬いニック硬すぎ。父さんくらい柔らかくなくちゃその内頭禿げるわよ」

「お前の頭が柔らかすぎるだけだッ!」

 

テイニクェット――とも、ゼゼーナン――とも呼ばずに、“ティ”や“ニック”なる渾名で呼び始めるわ、私が妹に妙な考えを抱く事を期待するわ。

オマケに私の頭が禿げるだと? 今でこそ肉体が四十代の頃に若返って髪も黒々としているが、つい一昨日まで真っ白だったうえ抜け毛も多かったんだぞ!?

人が気にしていることをずけずけと指摘しおってからに…!

 

「うう…ん、」

 

そら見ろ。セニアが私を怒鳴らせるような事をするからモニカが目を覚ましてしまったではないか。

 

「ああ、うるさくしてすまない」

「モニカおはよう」

「……」

 

モニカは目を擦りながらゆっくりと起き上がると、私の顔をじっと見つめてきた。

なんだ、私の顔になにか付いているのか? それとも寝癖で頭が爆発状態にでもなっているのだろうか?

心なしか頬が赤くなっているようだがまさか熱でも……。

そう思った矢先だ。いきなりモニカが三つ指ついて私へと深く頭を下げてきたのは。

 

「テイニクェット様」

「ど、どうした、」

「私は不束者であり、テイニクェット様に置かれましては至らぬ処が多々お見受けられますと存じ上げますが、どうかこれより末永くモニカを宜しくお願い致し上げます」

「……」

「わお、モニカ大胆ね」

 

相変わらずの妙な文法は置いておくとして、何を言っているんだこの娘は?

これではまるで結婚したばかりの嫁が夫に対して行う最初の挨拶のようではないか。

 

「それにしてもニック。貴方やっぱりモニカに手を出してたんじゃない」

「出しておらんわッ! モニカも妙な挨拶をするんじゃないッ!」

 

そこを注意してやるとモニカは伏せ目がちになり、そっと頬に手を添えて呟くように理由を口にした。

 

「ですが…。私と、テイニクェット様は、その……。一夜を共になさり…、枕を一つにして眠られましたので……もう夫婦なのではと……、」

 

同じ布団で寝たら夫婦だというならば、娘と眠る父親は皆近親相姦が成立してしまうぞ……。

何をどう解釈すればそんな突拍子もない結論に達するのだこの娘は。

 

「誰がそんな事を言ったんだ?」

「あ、はい…、その……セニアが……、」

「やはりお前かッ!」

「あはははは~、まあ完全に間違っているわけでもないんだしそう目くじら立てなくてもいいでしょ~。それにモニカは将来有望だと思うし私としてはいいんじゃないかと思わないでもないんだけどね。モニカってこんな感じだし変なのに入れ込んだりしたら大変なのよ。仮にもラングランの王位継承者候補の一人なんだから。私もだけど」

「将来がどうという話をすれば赤子でも将来は大人だろうがッ! それに間違いではないが正解でもないぞそれは! 序でに昨日会ったばかりの私とくっつけようという考えが既におかしいわッ!」

 

夫婦が同じ布団で眠るのはごく自然で当たり前な行為だが、逆が成立したからといって=夫婦という訳ではない。

一緒の布団で寝たら夫婦ではなく、夫婦だから“基本的に”床を共にするが正解だ。

 

それよりもセニアの奴は姉としてどうなんだまったく。

昨日今日で出逢ったばかりの私とモニカがそういう関係になっても良いとか常識的に考えておかしいとは思わないのか? ましてや王族という立場であるというのならばそれこそ軽はずみにも程がある。

素性の分からない者が女王の夫となるやも知れんのだからな。

 

いや、それ以前の話として、若返ったとはいえ四十代の私と10歳前後のモニカでは歳が離れすぎだ。将来がどうにしてもモニカが17,8になる頃には私は五十代だぞ。

そう、丁度私が火星で破滅した頃にこの娘達は17,8になる。尤も破滅へ至る道になどレールごと消えてしまったがな。

モニカもモニカだ。何故こんな少し考えれば分かりそうな事が分から――。

いや、これがモニカ・グラニア・ビルセイアという天然少女が持つ個性だというのか?

であるとするのならば、天然とは斯くも恐ろしき物よ……。

 

「今時歳の差でダメなんて流行らないし、モニカを助けてくれた人だし」

「ほう? では私が大悪党であったならどうするね? 私の素性を知らないのだからそういう可能性も考えられるのだぞ?」

「う~ん、それはそうなんだけど……」

 

セニアと問答をしていても埒があかない。

『モニカが一目で』『白馬のおじ様らしいから』そんな意味不明な単語をブツブツと呟いている。

白馬の王子なら分かるが、白馬のおじ様とは一体何だ?

 

「テイニクェット様」

 

私達の会話にしずしずと割って入ってきたのは栗色髪の王女。

 

「なんだね?」

「テイニクェット様は……、私の事がお嫌いなのでしょうか……?」

 

何故そうなるこの天然娘は。

私は相手が地球人であろうが好意的に接してくる者を邪険にするような猿の如き下等種族ではない。

それにモニカを地球人とは別枠に置いたのは、少なからず好意的に見ているからだ。

 

「…………嫌いなどではない」

 

無論のこと嫌ってなどいない。間違いなく“好き”な方に入る。

但しそれは今ここで騒いでいるような男女の仲や夫婦の話ではなく、モニカという一個の人間を好意的に見ているのであってだな。

 

「っ…、」

 

しかし、不安が顔に滲み出ているような表情のモニカに対して上手く説明できそうにもない。

その代りと言っては何だが、不安を煽らないようにとまずはその小さな身体を抱き締めてやった。

不安な子供の気持ちを落ち着かせるにはこうして抱き締めてやるのが最も効果的だと聞いた事があるからな。

 

「あ…」

 

小さな声を上げた彼女の頭を何度か撫でて“嫌い”ではなく“好き”だということを伝える。

 

「昨日出逢ったばかりで妙な話だが、どちらかと言えばモニカの事は好きだ」

 

バラン=シュナイルを目にしても物怖じせず、天然ではあるようだが歳の割に他者への接し方がしっかりしている。そして何よりも礼儀正しい。そんな人間を嫌ったりはしない。文法だけはどうにかして欲しいところだが恐らく矯正出来んだろう。

まあ、ずっと話している内に慣れてきたから構いはせんが……。

 

「本当……ですの…?」

「ああ、本当だとも。だからそんな泣きそうな顔をするな」

 

背中をぽんぽんと叩いて不安をぬぐい去ってやる。

しかし、地球人相手にここまでする気になろうとは思いもしなかったぞ。

一昨日までの私であれば絶対に無かったと断言できる程、この下等種族共には嫌悪感しかなかったからな。

これも全てを失ったが故の心境の変化やもしれん……。

このような状況に於いては嫌悪ばかり抱いていては生きていく事すらままならなくなる故な。

昨晩モニカを寝かしつけてから眠るまでの間にじっくりと考えて出した結論は、当面地球で生きていくしかないという物であった。帰る場所が無いのだから詮無き事だが辛い物だ。

本当に、命を拾って……それ以外の全てを失ったのだなと痛感させられる。

 

「テイニクェット様……。モニカは、モニカは嬉しゅう思われます……」

 

モニカは精一杯手を伸ばしてベッドの上で上半身だけを起こしていた私の身体にぎゅっと抱き着いてきた。

私が抱き締めてやっているのと同じ様にだ。

先についての不安ばかりが頭を過ぎる私が、この娘の不安を拭う。

全てに於いて自らを優先してきた私が、些細な事であるとはいえ自分よりも他人を優先している。なんとも滑稽ではないか……。

 

しかし――悪くはない。

 

「……」

 

それに温かい、な。

人の身体とはこんなにも温かい物であったか……。

 

「ん…」

「む?」

 

抱き締めてやっていると、不意にモニカは私の頬に自らの頬を接触させ触れ合わせたまま擦り付けてきた。

この娘くらいの年頃ならばまだ大人に甘えていたい物なのだろう。よもや私が誰かに甘えられる立場になろうとは夢にも思わなかったが。

 

「……」

 

頬ずりなど子供の頃に親からされて以来何十年ぶりとなるが、意外と心地良い物だな。

擦られる頬が熱を帯び、モニカの髪や身体の匂いまでもが染み込まされているように感じる。

良い匂いに誘われて、此方からも少し強めに抱き締めながら香り豊かな髪の匂いを楽しんでいると、意外にも思い起こされたのは幼き日に母より抱かれていた時の記憶だった。

 

ふっ、そういえば私にもあったな。母親に甘えるだけであった時代が……。

 

今では中年の親父となってしまったが、何も知らないあの頃が一番幸せであったのやもしれん。

全宇宙の支配者になろうとも、共和連合での地位を不動の物にしようとも、地球圏の支配を確立しようとも考えていなかった小さな自分。

大いなる野望を抱き、地球圏と大戦争を引き起こした果てに破滅する道へ至るとは想像だにしていなかったあの頃が懐かしい。

 

唯……。そう、ただ母の腕の中で温もりに包まれていたあの頃が……。

 

「やっぱりロリコ――」

「違うと言っているだろうッ!」

 

ふぅ、まったくどうかしているな。

こんな娘に抱き着かれたくらいで母の匂いと温もりを思い出し、セニアに突っ込まれてもまだ抱き締めたままなのだから。

それ程に得難い温もりであるとでもいうのだろうかこの娘が持つ温もりは。

 

「兎も角そういうわけだモニカ。私は君のことを嫌ってなど居ないし、寧ろ好きだから安心したまえ」

「……はい」

 

真意を伝えてやると納得したようで身体が離されたが、私の傍らからは離れようとしない。

本当に懐かれたなと思う。だが私自身、母の温もりを思い出した所為か今は近くにいて欲しかった。

 

「それでは、改めまして」

 

その傍らにいるモニカは依然頬を赤らめたまま、先程と同じ様に再びベッドの上に三つ指をついて頭を下げてくる。

 

「不束者ですが、どうか宜しくお願い致します」

「……」

 

ここで注意してはまた先の繰り返しになるような気がする。

 

「テイニクェット様?」

 

悪意も二心もない、純粋さを湛えた髪と似た色の虹彩を持つ瞳で此方を覗き込んでくるモニカ。

 

「……」

 

もういい。

先程の流れから私が言った“好き”の意味も理解して居るであろうし、深く考えるだけ時間の無駄か。

 

「こちらこそ、宜しく頼む」

「っ…! はいっ、」

 

曇り無い笑顔が眩しい。

 

「あ! テイニクェット様」

「ん?」

「少し、失礼の程を――」

 

そう言って再度抱き着いてきたモニカが頬に顔を寄せ――「んっ」私の頬に唇を落としてきた。

濡れた唇の感触が皮膚から脳へと伝達されていく。

 

「――っ!!?」

 

唐突であったから驚いたが、お互いに挨拶を交わしたところでの頬へのキスで思い当たる事があった。それは親愛の情を伝えようとする行為。

こういう挨拶はゾヴォークにも文化として存在していたが地球でも似たような物があったとはな。

すっと離れたモニカは恥ずかしいのか目を伏せていたが、親愛の情を示された以上は此方も返礼と行かねばなるまい。

 

「では此方からもお返しだ」

 

少し恥ずかしいかも知れんが我慢して貰おうかと、紅く染まったモニカの左頬に口付けてやった。

 

「っ…!」

 

本当に、子供の頬というのは柔らかい物だ。

頬に唇を落としたのはほんの数秒だが、肌や髪から漂うシトラスの香りに鼻腔を擽られた。

 

「この世界の事は良く分からないからこれからも色々と面倒を掛けることがあるやも知れんが、その時は頼むぞ?」

「は、はい…、私に出来る事が御座いましたら何なりとお申し付けくださいまし……、」

 

真っ赤な顔で微笑むこの娘を見ていると此方まで笑みを浮かべそうになるな。

いや、もう浮かんでいるか?

 

 

 

「ロリコ――」

「しつこいぞッッ!」

 

 




終わりです。


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