ネメシスの慟哭 (緑雲)
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Starting over
廃墟と、君の涙と
初めてあったとき、泣いていたのを、よく覚えている。
「君、それをどこで?」
泣きながらその場にへたりこみ、それでも神機を手放さない少女を見つけて、慌てて駆け寄った。
彼女の神機は洗練されていた。
当時では思い付きもしなかったであろう可変式に、当時には存在すらしていないアラガミの装備。どれもこれもオーパーツ並の神機。その上、色の違いはあれど、ゴッドイーターの証たる腕輪が、彼女の細い腕にはあった。
確かに、そんな少女に興味が沸いた。
けれど、それ以前に、こんな少女を恐ろしいアラガミなんぞと戦わせてはいけない、という気持ちの方がずっと強かった。あるいは、観測者という名から逃れたかったのかも知れない。
少女は私が声をかけたことで、やっと顔をあげたのだが、見れば見るほど幼かった。
「……わからない」
「何がかな」
「ここ、どこ? あなたは? わたし、なに?」
少女は何もかもを知らなかった。
そのくせ、持っているものは最高のものだったのだ。
神機も、少女自身の能力も。
どうすべきだったのか、今でも正解は出せない。
「君が誰か、私にはわからない。でも、私と共に一旦で良い、来てくれないか?非道はしないと約束する」
おおよそにして子供に掛けるべき言葉ではない。しかし、前述した通り、彼女は優秀な頭脳を持ち合わせていた。
少女は涙を流し続けた顔を私に向け、しっかりと頷いた。
さて、かくして、齢6つの少女が神機を持って外にいたのだから、当事はそりゃあもう大変だった。
主に情報の隠蔽が。
如何様な経緯があったとしても、そんな幼い少女をゴッドイーターにした輩がいるだなんて事が知れたら、世間の混乱は想像に難くない。
少女の手をしっかりと握り、こっそり自分の研究室に連れ込んだ。よく誰にも会わなかったものだ、一人で調査に行って正解だった。個人研究室は書類でごった返していて、まともに床も見えない。きょろきょろと落ち着きなく部屋を見回す少女を持ち上げ、無事と言えなくもないソファに座らせた。
「さて、今更だが、なにか覚えていること 、あるいは思い出したことはあるかな?」
ソファの傍に跪き、少女と目線を合わせる。少女は少し黙考した後、小さく口を開いた。
「………記憶がないことを、思い出しました」
「覚えていないのでなく?」
「多分、ないのだと思います。それに、自分の名前も」
嫌にしっかりと話をしていた。6才程度の少女が、これ程までにしっかりとした喋り方が出来るだろうか。
「では、その神機は?」
「これですか? ……すいません、それについても、分かりません」
「そうか……」
申し訳なさ気に頭をペコリと下げる少女に面を上げさせ、顎に手を当てて考え込む。
お題はこの少女をどうするかに限る。正直に言えば、自分は子供があまり得意でない。考えていても仕方ないので、少女に直接聞いてみる。
「君は、これからどうしたい?」
「これから……?」
質問が漠然としすぎた。少女は首を傾げ、眉根を寄せて聞き返す。
どうしたものかと再度口を開きかけたとき。
「生きたい」
シンプルなその言葉は、直球だからこそ切実だった。泣いていた筈の目は既に渇き、先程見せた幼気さも弱さも見せない。
心の底から叫ぶようなその言葉は、確かに人間が生きていくのに必要なものだった。
しかし解せない。
何が彼女をそこまで駆り立てる?
待っている人もいないのに。
待つ人もいないのに。
しかし、少女はその疑問を汲んだように口を開いた。
「`そんなことで´、生きるのをやめるのは、きっと違う」
復讐心はない。
希望すらない。
敵は強大。
被害は未知数。
それでも。
「過去はないです。この身を焦がす、衝動もない。それでも、」
生きていくことは、やめられない。
そう言い切った彼女の目はあんまりに綺麗で、真っ直ぐだった。
凛と自分の足で立つ少女は危うくて、同時にとても美しい。
まるで蝋燭のような少女。
「なら、私と家族になろう」
気付いたらそう言っていた。
しかし、現状それが一番良いことも理解していた。隠すのにも限度がある、それならいっそ、公開できる身になってしまえばいい。少女は最初こぼれ落ちるんじゃないかと思うほどに目を見開き、そして柔らかく笑った。
「貴方を信じましょう」
これから、宜しくお願いします、そう言って照れる。差し出された手を握って、しっかりと握手を交わした。
思えば、この時に予感がしていたのだ。
頬を赤らめて笑うこの少女が、自分にとって欠け替えのないものになること。
胸を張って大事な娘だと言えるようになることを。
この時はまだ、予感しか感じていなかったのである。
「まず、名前を決めなければね。ないと不便だし、何より書類が作れない」
苦笑して肩を竦めると、なけなしの本棚に収められている本を軽く眺めた。どれもこれもアラガミ関連のモノばかりで、改めて自分の人間としての枯渇さを知る。
少女は神機をほっぽりだして隣に並ぶと、興味深げに本を1冊抜き取った。アラガミの資料集であるその本は、勿論多種多様なアラガミの写真がこれでもかという程詰め込まれていて、子供が見たら泣くだろこれと言いたくなる写真も多々あったが、少女はそれをまるで『見慣れている』かのように流し見て、そっと棚へ戻すと、くすりと笑った。
「あんまり人間向きじゃなさそうですね?」
「そうだね。人につけるにはあまりに恐れ多いし、君にも似合わなそうだ。と言っても、私は名付けとかそういうセンスはとんと無くてね、どうしたものか……」
こめかみを指で揉みうんうん唸るサカキを横目に、少女は尚も本を捲る。
「……けい、う?」
「ん?ああ、よく読めたね。そう、ケイウで合ってるよ」
神の恵雨という章で目を留めた少女が、首を傾げて口にする。
「恵み。うん、いいんじゃないかな」
「何がですか?」
少女がこてりと首を傾ける。
腰をかがめ、にっこりと笑った。
「今から君の名前は『ケイ』だ」
「ケイ……」
「そう。私の娘だから、ケイ・サカキだね。うーん、語呂が悪いかな」
「ううん。ケイでいい! ケイがいいです!」
慌てて首を振る少女は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
よっぽど嬉しいのだろう、けい、けい、と大事そうにその名前を繰り返す。
「気に入ったかな?ん?あれ、そう言えば私名乗ってない?私はペイラー・サカキ」
「ペイラーさん、ペイラー父さん?」
「今日から家族なんだから、好きなように呼び、好きなように喋りなさい」
「――うん! お父さん!」
名の無い少女は最早なく、ケイははにかみながらにっこりと笑った。
その笑顔、とても素敵でした。
訳)サカキ博士大好き!!!
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君の笑顔と、君との距離と
今回はソーマ視点。
ソーマは出自のため、精神年齢は年齢より高めです。そうでないと生きてこれなかったので。
え?ソーマがちょろい?気のせいじゃないですかね(震え声)
読みやすい字数てどんなもんじゃろか・・・
抱えた孤独の在処を、引出の奥にしまうのは。
誰かが開けて見つけても、触らずそっとしておいてほしいから。
俺の事を知りたいとか、気宇壮大な奴は今までにもいて。そいつらは引出の奥に手を伸ばすけど、開けても閉めず、みんな去っていった。その度に心は、慣れた手つきで片づけ、より奥深くにしまいこんでいく。無意識だったソレに気づいてからは、もう人と関わろうなんて気持ちには、ならなかった。
『いいか、お前はアラガミと戦うために生まれてきたんだ』
『泣いているだけの者に、アラガミは倒せない。それはお前の存在理由の否定だと思え』
生物学上の父の声が頭の中を反芻する。
それと共に、ソーマを弾劾し非難する囁き声や嘲笑う声。
容易く断ちがたい、憎しみと悲哀。
わかっている、ちゃんと、わかってる。
「私はケイ・サカキ。貴方は?」
女の子に、会った。
彼女は明らかに自分より歳は上で、父親とは良好な関係を築けている、温かそうな、柔らかくて壊してしまえそうな子だった。黒い髪、白い肌、手がすっぽり隠れるほど長く淡い朱色の袖付きマントを着てにこりと微笑を浮かべる少女。
壊してしまうのは本意ではないので近づかないでいたら、彼女の方から近づいてきた。
「……ソーマ・シックザール」
ケイは優しく微笑み、友達になろうと言ってきた。その言葉に嘘はなくて、つい手を伸ばしてしまいそうになった。
それを理性が自制して。
ひねくれ物め、と自らを自嘲した。またあんな思いをするのは嫌で、ただただ黙った。
そして彼女は。
「ソーマー、好き嫌いしちゃだめ。栄養が偏る、ってわかんないか、うーん、大きくなれないよ?」
何故か、隣にいた。
お昼時、多くの職員や研究員が使用する食堂の隅で、かき込むように食事をしていると、いつの間にかケイが隣に座っていたのだ。彼女は自分のフォークでソーマの皿に集められたピーマンの山を指す。
「………………‥‥………なんでいる。」
「ん? んー、お父さんはソーマのお父さんと話してるからものすごーく長そうだし、こっちに知り合いもいないし、何よりソーマがいたから!」
「……………………………………………」
にっこりと笑顔を浮かべるケイを無視し、黙々と食べ続ける。
それなのにケイは、延々とたわいもない話を続けた。まぁ私もピーマン苦手だから人の事言えないけどね、やら極東は湿気が多いから2割増しで髪が跳ねる、とか。
結局、それに一切返事をすることはなかった。無論、言われなくともピーマンは、ちゃんと食べた。
自分でも早く食べた自覚があるのに、話をしながら食べていたケイは更に早食いのようで、食べ終えたのは同時だった。トレイを返そうと立ち上がりかけたその時、食堂の扉が開き快活な声が響いた。
「おーい、ケイ! 放っておいて悪かったよー! 検査するからおいで!」
「はぁい! ソーマ、また明日」
ケイは勢いよく席を引いて立ち上がりソーマに笑いかけて、トレイを両手に椅子を蹴っ飛ばして戻して駆けていった。行儀が悪いな、と眉を顰めると、ケイは振り返って悪戯っぽく笑う。そのままケイはトレイを返却場所に返して父親であるペイラーの隣に嬉しそうに並び立つと、二人で何やら話し合いながら笑って去って行く。
仲が良いんだな、とだけ思い、その光景を見なかったことにしよう、とフードを深く被り直した。
「ソーマ!」
その翌日のまたしても昼食時、彼女は帰り際の宣言通りやってきた。ひらひらと片手(というか片袖)を振りトレイを持って駆け寄ってくる。てっきりあの研究員らしき父親から聞かされたものとしていたが、どうやら違ったらしい。ほかの職員のソーマに向けられる気味悪そうな視線や、自身に向けられる困惑の視線をものともしていない。大物なのか鈍感なのか、と呆れていると、ケイはさすがに気が付いたのか首を傾げている。
「どうしたの、ソーマ? おなか減ってるの? 便秘?」
「違うッ!」
なんて失礼なヤツなんだ、思わず無視することも忘れ声を上げると、ケイはそれをわかってるのかわかってないのか言葉をつづけた。
「ソーマ、食堂で大声出しちゃいけないんだよ」
「お前が出させてるんだろっ、というか走ってきたお前が言うのか!」
「いいからいいから、早く食べよう」
人の話聞けよ、というのは大分時間が経った後思い返してみての感想である。にこにこと掴みどころのない笑顔を浮かべながら、躊躇いなくソーマの手を握って引き、食堂の空いてる席に座った。力を籠めるのに躊躇して、結局握り返せない。
いつもの端の席ではなく、真ん中よりやや奥側程度の場所。もちろん近場にいた職員たちは困惑し、さり気なく逃げるように席を変えていった。
それを意にも介さない様子のケイを見て、やっぱりただのバカだ、と溜息を吐く。
そしてやっとはっとして口を押えた。つい返答するように大声を出してしまった。眉根を寄せるソーマに気づかず、ケイは昼食をもぐもぐと咀嚼していく。
「昨日も思ったけど、食堂のごはんって、何気に美味しいよね。手作りなのかな?」
「…………………………………………‥‥‥‥………………………………………」
「もし冷凍食品みたいに大量生産系統の方法だったらそれはそれですごいかも」
「…………………………………………………………………………………………………………………………」
「っていうかここの施設広いよねー。今日も食堂来るのも1時間くらいかかったんだー」
……そういえば彼女はどこに住んでいるのだろう。一般居住区なら、1時間という数字は、まぁ頷ける。関係者居住区なら……ものすごく迷えばそれくらいかかるかも知れない。
「あ、私が住んでるのは研究者居住区なんだけど」
「なんでだ!!」
研究者居住区は食欲の感覚が極端に薄い研究者が多いので、少しでも近場にあれと、一番遠い部屋でも食堂まで歩いて5分程だ。道も一本道だし、むしろ迷う理由がない。
どこでどうやれば迷うんだ、思わずまた声をあげてしまった。
「え、迷わない?」
「一度もない!」
「そうかなぁ……道が入り組んでて……」
「入り組むまえに食堂に着く!」
「うう、やっぱり私が悪いのかぁ」
眉を下げてどよりと暗いオーラを放つ少女は、不貞腐れたようにフォークに刺さった野菜をちびちびと齧る。すると、今の雰囲気がなかったかのようにぱっと顔をあげ向き直った。
「そういえば、ソーマってどこで訓練してるの?」
「第8訓練所だ……………は?」
「え、ソーマってゴッドイーターになるための訓練してるって聞いたけど、違うの?」
「…………知ってたのか」
「うん」
もくもくと食事を口に含みながら、なんでもないことのように首を傾げながら頷いた。けれど察するに、ソーマの異常さは知らないのだろう。
そのことになんとなく緊張を抜きながらも、胸のつかえがとれることは、なかった。
その翌日も、その翌々日も、その次の日も、彼女はソーマを見つけると駆け寄ってきた。
それは訓練帰りもあったし、夕食や昼食の時だったりした。昼食に会えない日は、どうやら自らの方向オンチに四苦八苦しているらしい。
彼女は、何時だって何処でだって、ソーマに笑いかけた。それに苦笑を返して、彼女の振る話題に意識をせずとも返すようになるのに、そう時間はかからなかったように感じる。
ああそうだ、期待、している。
期待しているんだ、彼女に。
ケイなら、『ソーマ』を知っても、離れて行ったりしないんじゃないか、と。
今まで通り、笑って駆け寄ってくれるんじゃないかと。
「ソーマ!」
「……今日は迷わないで来れたんだな」
「にゃっ、そ、そうだよ?」
口笛を吹き目をそらす彼女を見て、ああ誰かに案内してもらったんだなと悟った。
ケイは人懐っこく研究員だろうが誰だろうが気にせず話しかけるし、とても分かりやすいので、見かねた職員が声をかけてくれたのだろう。それにしても、いくらなんでも分かりやすすぎる。そこが彼女の良いところでもあるのだが。
「ソーマ?」
「…………なんでもない」
「ボーっとしてないで行こ。空いてるトコは~」
握られる手を、それでも握り返せなかった。
第八訓練場はソーマの独壇場だ。
現在作られている訓練場の中で最も新しく、最も奥にあるのがここである。
新しい割に他とスペックが変わらず、その上単身訓練ばかりなため、元々あまり利用者は少なかった。それを幸いと思い、ソーマはここを好んで使っている。
人が来ないのは良いことだ、邪魔はされないし、ふとした瞬間の静寂が心地いい。その直後に訪れる寂寥には見なかったふりをして、今日もソーマは神機を振るう。六歳のソーマはゴッドイーターではないが、因子は持っている。だから既に自分専用の神機もあるし、それを使う事も出来た。
模擬アラガミを吹っ飛ばし、ポリゴンみたいにボロボロと消えて行く様を眺め、さあもう一体、と構えた時、軽い空気の音と共に背後の扉が開かれた。
「あっ、ソーマだ。ってことはここ、第八訓練場?」
「ッ………お前か」
一瞬だけ固くなった体の緊張を解き、振り返った。赤いマントを大きく揺らして、ケイが開かれた扉から笑顔を覗かせている。
言動から察するに、また迷いでもしたのだろう。
「それがソーマの神機?」
「ああ」
青みがかった銀色の神機が鈍く光を反射する。
ケイはてってこと軽い足取りで近寄り、白い指でつーと刃を撫でた。
「綺麗に手入れされてるね」
満足そうに頷く姿は、まるで神機を実際に自分でも手入れしているようだった。ケイがじろじろとソーマの神機を隅から隅まで眺めていると、ブン、という鈍い機械音と共に模擬アラガミが顕在された。
「下がっていろ」
「うん」
気が抜けるような軽い返事を打ち祓うように、神機を握りしめる。
プログラミングされた動きしかできないアラガミはそれでもそれなりに強く設定されているので、常人には十分危険だ。模擬アラガミのワンパターンな攻撃を掻い潜って、顎から股下を掻っ捌く作業を淡々とこなしていく。神機を振るのは嫌いじゃない、自分が強くなっている実感が持てるから。
一番弱いオウガテイル型なので、五分と経たず終わった。部屋備え付けの端末をいじって模擬アラガミの発現を止め、ようやく一息吐く。
ケイを見れば、彼女はじっとソーマを見つめていた。
恐怖で固まってしまったのだろうか、それともソーマと他のゴッドイーターとの違和感に気づいたのだろうか。やはり彼女の前で神機を振るのは軽率だったかもしれない。
ソーマが何も言えずただ立ち尽くしていると、ケイは強いんだね、と静かに笑った。
それから、ケイは時々第八訓練場に来ては、ソーマの訓練を眺めるようになった。いつも扉の傍に座り込んでは、じーっとソーマの姿を見つめている。
訓練が終わった後にぽつりぽつりとする話は日を追うごとに段々と長引き、次第にソーマは訓練前にケイを待つようになった。
ある日、どうしてゴッドイーターになる為の訓練をするの、とケイに問いかけられた。ソーマは何も考えずに、それしかないからだ、と適当に答えた。
事実、そうする以外ないからだ。
なのにケイはそれから、度々その質問をするようになった。
「ソーマは、どうして今日も訓練をするの?」
「これしかないからだ」
ケイはソーマの答えに、いつも苦笑気味に微笑むだけだった。訓練の終わりにその応答をして、食堂へ行って一緒に夕食を食べる。
そんな日々が日常に変わり、ケイがアナグラに来て三か月が経った頃。
珍しく、ソーマが訓練場へ着く前にケイが訓練場の中で一人佇んでいた。
朱色のマントは時を止めたかのように微動だにせず、いつも軽快に揺れる黒髪はずっしりと重く流れている。
震える程うつくしい姿だった。
まるで一振りの剣のような、アラガミを倒すことしかできない神機のような。
思わず止めた息が、ケイがこちらを振り返る事でまた動き始める。ケイはソーマに微笑んで、またあの問いをした。
「ソーマはどうして、今日も訓練をするの?」
切っ掛けも何もあったもんじゃない。
ただその日に偶然、そんな気分になっただけだ。
少しだけ考えてみようという気になった、それだけ。
「――それしか、生きていい理由を見つけられなかったからだ」
幼き日の父親の声が何度も蘇る。
結局のところ、ずっとソーマはそれに囚われ続けたままだった。
ケイは変わらず微笑みを浮かべ、今度は全く違う、まるで脈絡性のない質問をした。
「ソーマの願いは何?」
言葉の意味が良く捉えきれなかった。
願い事、願いとはいったいなんだろう。
誰かに願う事なんて、何一つだってないのに。
「特にない」
正直にそう答えると、ケイはほんの少し悲しそうに、また微笑った。
その日から、ケイとのお決まりの応答はそれに変わった。それからさらに二か月経ち、ソーマの神機が大きなメンテナンスに出されることになった。ケイと話す時間はあれからも少しづつ少しづつ増え、今では長話をしても苦痛には思わない。ふとした瞬間の彼女の笑顔が、瞼に焼き付いて離れなくなった。でも嫌な気分でもなくて、なんなら大きな声で歌でも歌ってしまえそうな程の気分の良さ。この感情に名前を付けるとしたら、ケイはどんな名前を付けるだろう、そう思っていた矢先、事件は起こった。
以下前日譚↓
少女がケイになって4年が経ち、ペイラーによってこの世界の事、そしてケイの持っていた神機についての凡そを教わった。
医学にも通じているペイラーに軽い検査をしてもらった所、ケイはどうやら推測通り6歳らしかった。
4年経った今では、もう10歳である。
ただし受け答えや頭の回転は確実に10歳のものではないが。
ケイが記憶を失っているから詳しい事は分からないし、知らないとしても大した問題ではない、という事で、無理にでも記憶を戻そうとするのは諦めた。
ちなみにこの4年でペイラーが与えた知識の9割はアラガミについてだったのは、完全な余談である。
ケイは嫌な顔ひとつせずにこにこ聞いていた。
よく出来過ぎた娘である。
そして4年かけてこの世界の実情をきっちり理解したケイは、自分のすべきことも当然のように理解した。
12になったらゴッドイーターになりますと言ったケイに、すっかり情の移ったペイラーはせめて13!13!と言い募り、1時間ほどの激闘を経て13からの約束となった。
しかも「お父さんの手助けがしたくて」と、腕輪を隠すための長く口の広い袖ではにかみを隠しつつ言うものだからすっかり頭を抱えてしまったのである。
閑話休題。
さてようやくケイがこの施設――ペイラーの所属するアラガミ研究機関ロス支部に慣れて、研究施設の人々とも子供らしく無邪気に仲良くなった頃。
「ケイ、転勤することになった。」
唐突なペイラーの話に、ケイは一瞬だけ固まった後、恐る恐る口を開いた。
「私も一緒に行けるんだよね?」
「勿論さ! むしろケイに嫌がられたらこの話は蹴るくらいのつもりだよ。」
「それはそれで大人としてはおかしいような。でも、ずいぶん急だね?」
「そうかい? まぁ、ちょっと友人に誘われてね。」
少し癖のある黒髪をさらさらと撫で、ペイラーは意味ありげに笑う。
彼がこうして笑うときは良い事3割面倒事7割なので、ケイは少しだけ困ったような顔をするが、支度してきますとすぐに自室へ走り去った。
「良い子だなぁ」
ここ1年で何回か極東支部に訪れたときに会った子供。
過ちの証、誰からも受け入れられず、誰も受け入れない眼をした子。
ケイなら、あの子と仲良くなれるかもしれない。
親の欲目を含んでいたかもしれないけれど、それでも希望を抱いた。
以前はそれなりに自分でも片付けていたのだが、ケイが来てからは気が利く彼女によって殆ど綺麗に整頓されてしまっている。
早い話が大の大人が甘やかされたのだ。
研究員もその被害にあっているのを見ると、稀に見るダメ人間創造機だった。
荷造りを開始して早々書類の山に唸りつつも片付けていると、予想より4881秒ほど早くケイが応援に駆けつけた。
「思ったより早く終わっちゃった。物が少なくて」
「うーむ、一応4年もいたんだけど、そうか。あんまり外には連れ出してあげられなかったからなぁ」
「不便はしてないよ」
「うん、でも今の研究が一段落したら、一緒に買い物に行こうか」
「期待しないで待ってるね」
可笑しそうにくすくす笑いながらもテキパキ手早く書類を片付けていく手つきは慣れたもので、自前であろうファイルに類別され片付けられていく。
2、3時間ほどしたところで部屋に散乱していた書類は全てファイリングされ終え、あとは大きな家具と日用品、それとケイの持っていた神機を詰め込むだけとなっていた。
「君の神機はこっちで研究資料として私の部屋に届くようにしておくよ。向こうに勝手に開封しないよう言っておくからね」
「うん、よろしくお願いします!」
「記憶がなくとも、これはやっぱり君の半身なのかい?」
たまに手入れをするところを見ると大事にしているのは明らかだが、聞いたところその理由はケイ自身でも分からないようだった。
神機の手入れは的確で慣れていて、幼いケイがするには違和感の沸く光景だ。
「どうかな。でも、これを触ると、時々失くした記憶が思い出せそうな気がして」
さらりと神機を撫でて意識を遠くするケイはあんまりに大人びていて、恐ろしく思った。
まるで振り返ったら消えてしまう陽炎のような。
ペイラーの視線に気づいたのか、ケイはペイラーを見上げてにこりと笑う。
「だーいじょうぶ!記憶がなくても、過去がなくても、なんとかなるもの!」
微妙にズレた回答を寄越すケイに、ペイラーは笑って彼女の頭をくしゃりと撫でた。
それから2日ほど経過して、とうとう極東へ移り住む事になった。
4年過ごした研究所は、ケイには感慨深いのではないかと少し時間をあげたが、どうやらそうでもないようで。
むしろけろりとしたケイが涙する研究員たちを宥めている光景の方をよく見た。
あまり感傷的ではない性格なのかもしれない、と考えを改めて飛行機に乗り込んだ直後、ぼろぼろと涙をこぼし始めたものだから、大層驚いた。
どうやら心配かけないように気丈に振る舞っていたらしい。
落ちる涙を拭おうともしない彼女は、窓の外を口をへの字にしながら見つめている。
ペイラーはケイの頭を出来うる限り優しく撫でて、彼女の寂しさが和らぐよう祈った。
泣き止んだ後、涙を拭いつつケイは首を傾げた。
「そういえば、お父さんの友人ってどんな人?」
「ヨハネス・フォン・シックザール。私の昔の研究仲間さ。6年前まではよく一緒に徹夜して研究に耽ったものだよ。今は支部長補佐なんだけどね、彼」
「どうして、6年も会わなかったの?ロスには来てないみたいだけど」
「ああ、研究員たちから聞いたのかな。ま、少し事情があって、ね。それにここ1年は割と会ってたよ。出かけてただろう?」
「お父さん、行く場所を言った事なんて一回もないじゃない」
ぷうと頬を膨らませるケイの頭を、宥めるようにぽんぽんと撫でた。
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優しい声、やっと繋げた手
これにてソーマ編終了(早い)
さあ次から初々しさ全開思春期まっさかりなソーマを書きまくるぞー☆
「また後で訓練場で! ソーマ!」
ケイはソーマに笑顔で手を振っていつもの台詞を放ち、食堂を出る。夕食はソーマと取るのが通例になりつつあるが、昼食は未だまちまちだった。何故かと言えば、そりゃあケイが迷うからという理由の他にない。そんなわけでラッキーだった昼食が終われば、午後はペイラーの研究の助手として仕事をこなす予定だった。アラガミ研究機関にいるころから、ケイはペイラーの仕事の手伝いをよくやっていた。暇だったこともあるし、手伝いをしていればこの世界の状況はより分かるようになるし、勉強にもなる。それに、ペイラーは人の目を気にせず研究に没頭できる上、書類まみれの床を歩きなれない研究員に書類を踏まれなくて済む。
目下の課題は、
「さて…………今日はどのくらいで着けるかな」
如何に早く研究室に辿り着けるかだ。
30分後。
ケイは肩で息をしつつも、ペイラーの研究室の扉の前にいた。軽く息を整え、2回ノックをして返事を待たず研究室に入る。
「ただいまー」
「おや、おかえり。予想より2520秒程早いね。誰かに案内してもらったかい?」
「ソーマにも同じこと言われた。けど! 帰りはちゃんと一人で戻ってきたから!」
「1800秒!」
「正解! じゃなーい!」
ぴたり、と消費時間を当てられ、うがーっ、と大きく腕をあげ全身で怒ってることを示すと、ペイラーはまぁまぁと笑いながら宥めた。
まず床に散らばる書類、だけじゃなさそう、とペイラーの机の上を眺めて口の中だけで呟く。取り敢えずファイリングして、必要そうな書類を渡して、それ関連の書物やらを用意して、器具とコア、薬品はそれからだな、と頭の中で軽く予定を立てて早速動き出した。
「あー、ケイ。コア保管庫庫行ってこのリストにあるもの取ってきてくれる?」
「えーっと、多くない? これ許可出てるよね?」
「……………はっはっは」
「…………………………はあ。行ってきまーす」
「待った待った! この書類、総合研究部に持ってって! そうすればちょっとぐらいちょろまかせばいいだけだから!」
「はーい」
手癖悪くなりそうだなぁ、と小さくぼやきながら研究室を出て、総合研究部へ向かう。
……向かってる、はずだ。
「うーむ………ここ、どこだろう。」
手を顎に当て首を傾げて廊下を眺める。まったく見覚えのない廊下だ。
なんとか総合研究部へは辿り着けたものの、そこからコア保管庫へは行けなかった。
扉の用途名を見て、大体自分がどこにいるかは分かるが、そこからどう行けばいいのかはわからないのである。
閑話休題。
どうやらここはゴッドイーターの訓練施設が立ち並ぶエリアみたいだ。
ゴッドイーターがいてくれればいいのだが、悲しいことに廊下に人影はない。
こうなれば片っ端から扉を開いて誰かいないか確認して、いたら道を聞かせてもらおう・・・と若干項垂れつつ歩き出した。
2,3部屋ほど廻った後。
けたたましいブザー音と共に、廊下が激しく赤く点滅する。ケイは大きすぎる警報音に片耳を押え、咄嗟にアナウンスが流れる筈のスピーカーに目を向けた。
『緊急警報! 緊急警報! 施設内に小型アラガミが数体侵入! 場所は――――――第八訓練場です!!』
アナグラ内にアラガミ?
いや、今はそうじゃない。
重要なのはそこじゃなくて。
「―――……ソーマッ!!」
第八訓練場は、ソーマがいつも訓練してる場所。
今もソーマはそこにいるに違いない。自惚れていいのならケイに会うために。
だって約束したのだから。
ケイはそれだけを考えて、行き馴れた訓練場へ走った。
やっとの思いで辿り着いた時には、既に何十分かの時が流れていた。息つく間もなく扉を開け放ち、中に転がり込む。
「ソーマ!」
「ッ、なんでここに……!」
ソーマは案の定、木で彫られた大剣を両手に戦っていた。
神機ではないそれは、対アラガミ戦ではまったくと言っていいほど役に立たない。現に今も、5体のオウガテイル相手に完全に後手に回っている。
ソーマはこちらに驚愕の顔を向け、盛大に舌打ちをして目の前のオウガテイルを蹴りで4,5メートルほど吹っ飛ばした。
「なんで来た! この馬鹿!」
「ソーマがいるって思ったからに決まってんでしょ! 神機は!?」
「メンテ中だ!!」
なんてバッドなタイミングで侵入なんてしてくるんだろう、アラガミってやつは。ケイは周囲に目を巡らせ、転がっていた鉄パイプを手に取る。長い袖ごしに振るうのはとても不安で難しく、心もとない。けれど、言ってる場合じゃない。
ぐっと唇を噛みしめ、ソーマの背後に襲い掛かろうとするオウガテイルを打撃力のみで壁に叩き付けるほどぶっとばした。
「あー。鉄パイプひしゃげた…………」
「言ってる場合か!って、お前―――――チッ」
大剣を振るい、オウガテイルの攻撃を返り討ちにする。
けれどやはり、二人の攻撃は決定打にはなれない。逃げるほどの隙も作れず、じりじりと焦燥ばかりが募っていく。
そして、ついにソーマに死角から発射された棘が腕に刺さった。棘は深々と突き刺さり、だくだくと血が溢れんばかりに流れてつたう。
「ソーマ! 下がって!」
「ッへいき、だ……!」
「なわけないでしょ!」
ケイは焦った様子で回りを見回すが、斬り込めば斬り込む度に武器とした鉄パイプや角材は使い物にならなくなっていく。
もう、後がない。
焦りを隠しもしないが、それでもケイはソーマを無理矢理後ろに下がらせ、懸命に応戦した。目に見える血痕はソーマの腕からのものだけじゃない、ケイにも、体中の小さな擦り傷や切り傷から血が流れている。
それでも、絶対負けるわけにはいかない。
負けられない。
これ以上戦線は下がらせない。
絶対に。
絶対。
「守ってみせる………ッ!!」
今度こそ、大事なものは失わせない。
絶対、絶対――――――――――――――
今度、こ。そ?
一瞬、ほんの一瞬だけ、気が逸れて。
ケイは目を見開き、動きは止まった。
けれど戦場では――――生と死を決めるのは、ほんの一瞬だけで十分だった。
「ケイッ!!」
「、あっ」
ソーマの声で我に返る。
けれどもう、圧倒的に遅かった。
がぶり、そんな生易しいものではない音が、自身の脇腹から響いた。
ごきゅごきばりぐちゅぐちゅ。
ぼたぼた。
「あ゛ッアァ………ぶ、ッらぁ!!!」
意識が吹っ飛びそうなほどの痛みと熱に蝕まれながらも、それでも最後の力を振り絞り、持っていた鉄パイプを力の限り振った。齧りついていたオウガテイルの腹を殴ってひるませ、逃げる。正確には、よろけて偶然次の攻撃を避けた、が正しかった。
「くッソ………いったいし、気持ち悪、ぐ、ペッ」
口に溜まってく血を纏めて吐き出し、片膝をつきかけ、それでも両足でしっかりと立つ。
立った、けれど。
「あ、あぁ……だめだ」
いやだ、いやだ、まだ倒れたくないのに。
世界がぐるりと反転し、いつの間にか視界には天井がいっぱいに広がっていた。
ごぽごぽと勝手に口から血が溢れて流れる。
「ケイッ! おい!! ケイ!!」
顔を重力に任せてソーマに向ければ、血だらけの腕を押えつつ駆け寄ってきて、ケイのすぐ傍に座り血を必死に止めようとケイの腹部を抑える。押えていないと、内臓が飛び出してきそうだったから。情けない笑みを浮かべているのが自分でもわかった。
守らなきゃいけないのに、今すぐ起き上がって大丈夫だと笑いかけてやりたいのに、身体は言うことを聞いてくれない。
すぐに視界が狭まっていく。真っ暗闇になるその前に、扉が開いて誰かが入ってきていたような気がした。
*
アラガミが侵入してきたあの日から、5日が経った。
ケイは、まだ目を覚まさない。
「おや、ソーマ。今日も来ていたんだね」
「……………………………………………………」
いつも通り胡散臭い笑みを浮かべ、ケイの父親であるペイラーが医務室へ訪れた。
ケイのベッドは白いカーテンに囲われ、一部を除き面会禁止になっている。
彼の来訪に、ソーマは顔を上げて、何も言わずまたケイに下げた。ペイラーはそんなソーマの態度に何も言わず、ただソーマの肩を宥めるようにぽんと叩いて、ケイの頬を愛しそうに一つ撫でて去って行った。
きっとああいうのを良い父親と言うのだろうな、とぼんやりと思った。
思い返せば、彼女はずっと笑っていたように思う。
怒っていた記憶も、拗ねたような顔の記憶もあるけれど、真っ先に思い浮かぶのはやはり笑顔で。
ベッドから出ている点滴に繋がれた左手を小さく握った。
あれから。
ケイがソーマを庇って腹部に重症を負った直後、ゴッドイーター達がわらわらと現れ、アラガミはあっという間に殲滅された。
ゴッドイーターは重症のケイと軽傷のソーマを慌ただしく抱え上げ、そのまま医務室まで走ってくれた。
ケイは横腹を大きく食い破られたものの、幸いにも内臓までは達っすることはなかった。サカキによる職権乱用もあって、彼女の容態はすぐに安定した。
しかし、未だ彼女が目覚めることはない。
いろいろな理由や要因があるらしいが、ソーマにはあまり関係のないものだ。
眠ったままの彼女は一層白くて、それでもほんのり温かいから、逆にそれがもどかしくて、辛い。
繰り返される言葉の意味も分かっていなかった。
『ソーマの願いは何?』
自分を庇って前に出た彼女の凛とした背中と、赤黒い鮮血が目に焼き付いて離れない。
生きてほしい。
笑ってほしい。
それがソーマに向けられるものでなくても。
ソーマのことについて、知ってしまったとしても、もういいから。
離れてしまっても、諦められるから。
だから、どうかこのまま死んだりしないでくれ。
ぬるい彼女の左手を、祈るように握り込んで、額につける。
そうやって、いもしない神に祈った。笑える話だ、今までずっとケイが手を握って、ソーマは握り返そうとはしなかったのに、今度はケイが握り返せない状況で、ソーマだけが手を握っているだなんて。
どんな時も流れなかった涙が、白いシーツと掛布団にポツリ、と落ちる。
こらえるように唇を噛んだとき。
ふるり、と長い睫毛が揺れる。
それが震えながらも徐々に開かれていくのにつれて、ソーマの目も大きく開かれ、最早堪えようともしない涙がぼたぼたとシーツに流れ落ちた。夢なんじゃないかとしばし固まるが、確かに、ケイの目はうっすらと開いていた。
「………にぎりすぎ」
弱弱しく笑うケイは全然いつも通りじゃなくて。
それでも、初めて心の底から良かったと安堵した。
「聞いてほしい、ことが、あるん、だ」
ひゃくり、ひゃくりとしゃくり上げながら言葉を紡ぐと、ケイは今までよりもずっと優しい微笑みを浮かべた。
「うん。わたしもききたい、ソーマのはなし。でも、今は、ちょっとむりかなぁ」
「いい。もう決めたから。何時になってもいいんだ。ケイが回復してからで、もういいんだ」
そう言うと、ケイは安心したように笑って、握られた手を弱い力で握り返した。そして気絶するみたいに気を失って、彼女の力が抜けて握力を失う。
力の抜けた彼女の左手を、再度力を込めて握る。もう握り返してはくれなくても、寂しいとは思わなかった。
翌日、ソーマがケイの病室へ行くと、ケイは既に起き上がっていて、ソーマに気づくとにこりと微笑んだ。
「おはよう、ソーマ」
しっかりとした口調と表情に、ソーマは堪らなくなって、返答もできずに駆け出し勢いよく彼女の腹に抱き着いた。ぎゅうぎゅうとソーマが殆ど手加減せずに抱き着いているので、ケイはその子供らしかぬ腕力に軽くうめき声を上げる。
「あ、わ、悪い」
「ヘーキヘーキ。ちょっと絞まっただけだから。元気そうで良かった」
ケイはにっこり笑みを浮かべると、ソーマの頭をわしわしと撫でた。
身体はもう起こしても大丈夫なのかとか、傷の具合はとか聞こうとして口を開くが、その矢先に扉が独特な機械音を響かせて開いたので、慌てて噤んだ。その様子にくすくすとケイが忍び笑っているけれど、気にせず振り返る。
「ケイ、午後の診療の時間だよー、ってソーマもいるのか。出直そうか?」
「……後でいい。」
「そうかいそうかい。いやぁ、ソーマが随分やわらかくなったみたいで、おじさん嬉しいなぁ」
「っいいからさっさと診察しろっ」
「はいはい」
「ソーマったら照れ屋さんねー」
ケイのにこにこと他意のない笑みで止めを刺され、ソーマがそっぽを向いてしまう。どうやら診察が終わるまでずっとそうしているらしく、サカキ父子はそれをにやにやしながら眺めた。
いそいそとペイラーがケイのベッドの脇に立ち、持ち込んだ診察道具をテーブルに並べていく。実は専門ではないのだが、ペイラー以外の誰かがケイを診察するわけにはいかない。腕輪の事を知らなければ気味悪がれてしまうのは必須だ。
ケイは傷の様子を見せるため、入院服を肋骨あたりまで捲り上げる。
「うん、もうすっかり塞がってるね。ただ、傷が残っちゃうかもしれないかな」
「そっか。まぁ傷は勲章って言うし!」
「それは男にとってのもので女の子は避けるべきなんだけどね………はあ、やっぱりゴッドイーターになるの止めてくれたりしないかい?」
「それは止めない!」
「うーん清々しいほどの即答」
がくり、と大きく項垂れるペイラーに、大袈裟だなぁとケイがからからと笑った。自分の愛する一人娘が武器を持って殆ど死にに行くような戦場へ行くかもしれないのだから、全然大袈裟でない、とペイラーは思う。
すると、いつの間にかソーマがじっとケイを見つめていたのに気づいて、ケイはしばし首を傾げた。
「どうかした?」
「…………ゴッドイーターに、なるのか」
「うん。13歳になったらね。っていうか、もう半分『そう』みたいなもんだし」
顔を顰めるソーマの前に、布団で隠していた右手をぷらぷらと揺らす。
その腕には、見間違うことはない、赤い赤い腕輪がしっかりとはめられている。
「訓練場でソーマに引けを取らない動きが出来たのは、こういうわけ」
「アラガミ吹っ飛ばしたんだっけ。カメラチェックしたオペレーターがコーヒー吹いてたよ」
「えぇー、変に思われたかなぁ。」
「後の祭りさ。僕が適当にごまかしておくから、ケイは最低でも3日は絶対安静だよ。じゃあ、血圧と体温測ったら終わりだから。右腕出してー左腕で熱測ってー」
「はぁい」
失敗したなぁと思えど、後悔なんて微塵もしてない。
ソーマを助けられたのだから安いものだ、少し申し訳ないとは思うけれど。専門じゃないとペイラーは言うけれど、診察の流れは淀みがなく、すぐに終わった。去り際に優しく頭を撫でられ、無理はあんまりしないでくれよと微笑まれる。うん、と笑顔を返すと、今度はわしゃわしゃとかき混ぜられるかのように頭を撫で、最後にぽんぽん、と軽く叩き医務室を去った。
ペイラーの背を見送って、ソーマに視線を移す。
ソーマは未だじっと睨むように腕輪を見つめ続けている。数秒経って、やっとの事で震える口を開いた。
「お前、は…………俺と、同じなのか?」
それは、どこか縋るような声だった。
*
化け物、と呼ばれる声が頭に反芻する。
同じなんだろうか、ソーマと同じ過程で、同じ力を得た、同じ存在なのだろうか。
それなら、もし、そうなら―――
その言葉に、ケイは一瞬だけ驚いたような顔をした後、悲しげに微笑んだ。
「………ううん。私とソーマは違うよ」
その一言で、ケイがソーマの身体についての事を知っていることを無感情に理解した。
知っていて、それでも傍にいてくれた、そんな温かな感情が先に頭をかすめる。けれどそれよりも、絞められているのではないかと思うほど息が苦しい。
ソーマは茫然とケイを見上げた後、悔しそうにぎりと拳を握りしめる。
そうか、違うのか。
違うんだな。
お前は、ちゃんと人間なのか。
―――――――俺と、違って。
「ねえ、ソーマ」
ケイは目を伏せて、小さく話しかけてくる。
「私と君は確かに違う。違うけど、おんなじなんだよ」
「……………意味が、わからない。」
ケイはそのままぎゅうとソーマを抱き締めた。ソーマの鋭敏な耳に、どくりどくりと温かな音が響く。
「この音が、ソーマにも流れてるでしょ?」
心地よい音、生きている証。
ヒト特有のゆったりとした心臓の音。
穏やかなのに聞いているだけで泣きたくなるような、そんな音。
「ソーマがこの音を持つ限り、ソーマはソーマだよ。私と同じ、ただのちっぽけな人間だよ」
だから大丈夫、大丈夫だよ、と背中を優しく擦る。
それは陳腐でありきたりな言葉だったかもしれない、何の責任もない子供だましな言葉だったかもしれない。
けれど、ケイの言葉は何よりも誰よりも真っ直ぐで、何よりも信じられた。
そのとき、ぶわりとソーマに溜まる熱があった。
からからだったその場所に、やっと潤いが戻ってきたのだ。
それは心だったし、涙だった。
ソーマはそれらを拭おうともせず、ぎゅうぎゅうケイに抱き付いた。
「ひとりでずっと、つらかったね」
どんな憂いも吹いて飛ばすような声が優しく響く。
しゃくりあげ、唸っていた声と涙が、その言葉で一気に決壊したかのように、内側から吐き出される。
声を上げて泣き出したソーマを、ケイはずっと抱きしめ続けてくれた。
振ってくる手は今までの何よりも温かい。温かいから、とても涙が止まらなかった。
眼だけで窺えば、優しい笑みを浮かべた彼女がいて。
胸が高鳴って、痛くて、優しかった。
とても古い、古い記憶を思い出す。
物心ついたばかりの頃。
『いいか、お前はアラガミと戦うために生まれてきたんだ』
『泣いているだけの者に、アラガミは倒せない。それはお前の存在理由の否定だと思え』
『――――だがな、ソーマ』
『いつか救いが現れる』
『お前の為の救いが、必ず』
引出を開けた彼女が、奥に押し込められた痛みと記憶を、労わるように抱きしめたのが、目に見えるようだった。
そしてケイが、いつものお決まりの質問をソーマに投げる。
「ソーマの願いは、何?」
「―――――――………わかれ」
まるで泉みたいにあふれ出てくるほどに願いはあった。
ケイとずっと一緒にいたい。
彼女を守れる存在でありたい。
彼女がどうにも動けなくなって、苦しい時に彼女が真っ先に手を伸ばす先には自分がいてやりたい。
―――彼女が、そうしてくれたように。
そのどれもが口にするにはどうにも気恥ずかしかったので、ソーマは強引にそんな言葉を押し付けた。そんなソーマの感情を完璧に読み切ったケイは、くすくすと笑い声を上げながらも、うん、と可愛らしく笑ってくれた。
しばらくしてやっと泣き止んだが、なんとなく顔を上げずらくて、俯いたままおずおずと体を離した。
「あー、眼ぇ腫れちゃったね。冷やす?」
けれどケイは無遠慮に覗き込んできて、赤く腫れた瞼に手をそっと当てた。
「っ平気、だ!ほっとけば治る」
「あっ。もー、恥ずかしいからって意地張らないの。やっぱり、水道行こう。ハンカチ濡らして乗せたげる」
「いらないっ、すぐ戻る、から」
羞恥やら何やらで動悸が激しく脈打った。
慌てて飛び退き、そっぽを向いて顔を腕で隠す。
はあ、と聞こえた溜息にちらりと横目で見ると、仕方ないなとでも言いたげに困ったような笑みを浮かべるケイがいた。我儘な弟を見るような眼で見てくるので、恥ずかしすぎて体ごと顔を逸らした。
後にして思えばなんとも子供すぎる言動で、思い返せす度顔から火が出そうな程になるのは、今のソーマには知る由もない。
「なら、なんでケイにはソレがあるんだ?」
どうにか話を逸らそうと声を絞り出す。
その無骨な赤い腕輪はゴッドイーターの証であり、身体に因子が埋め込まれている証拠だ。それを腕に嵌められるのは規定年齢の12歳以上であり、ソーマの記憶通りならケイは10歳のはずだ。
しかし、いくら待っても返答がないので、ソーマは不審に思って身体を直す。
ベッドの上で半身を起こすケイは、姿勢こそ変わらないものの、その眉は情けなく下げられ、先ほどとは違う困ったような笑みを浮かべている。どう言えばいいかわからないような、アナグラ内を迷ってる時のような。
「覚えてないんだ。私、拾われっこなんだけど、お父さん、ペイラー博士に拾われるまでの記憶が一つもなくて。この腕輪も、自分の本当の名前も知らない」
腕輪をじっと見つめて、ケイはまるで普通の口調で言った。昨日の晩ご飯でもそらんじているような、気楽で適当な様子で。
「興味がないわけじゃないけど、どうしても思い出せないから。だから、ソーマに教えてあげられない」
ごめんなさい、とケイは両手を合わせる。
なんと声をかければいいのか分からなかった。
慰めや憐れみを彼女は求めていない、いっそ淡泊なほど、彼女は過去を求めてはいない。
「………………………俺が覚える」
「え?」
「またお前が記憶をなくしても、俺が全て覚えている。これから、ずっと」
自分の名前すら思い出せないほどの忘却とはどんなものだろう。
彼女の悲しみや孤独は想像できないし、簡単に分かるなんてものではないはずだ。
彼女の過去は、どうしようもなくソーマには分からない。
だから、未来の約束をしたかった。
今これから、彼女の悲しみを減らせるような、そんな魔法のような約束が。
「おぼえていて、くれるの?」
「ああ。これでも頭はそれなりに良いはずだ」
「……………そっか」
そっかぁ。
そう呟きながら、ケイは感慨深げに頷いた。
ケイのバックボーンがちょっぴり垣間見えてますな。彼女については追い追い。ガキんちょソーマは書いててニヤニヤするほどかわいいけど書いてる私はどう見ても完全に不審者だから早く大人になってほしい。
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Interlude:ケイちゃんとソーマくんのあさ
どちゃくそ短いよ!
ソーマが泣いた日から半年経った。(この表現をするととてもソーマに怒られる)
ケイはもうすっかり全快し、元気どころか、ソーマと共にゴッドイーター見習いとして訓練するまである。
あの日から、ケイはソーマの事で遠慮することを止めた。
一番ぶっとんだ事柄を上げると、ケイはソーマの親権をヨハンから奪い取ろうとしたとかだろう。
しかし、これにはちゃんと理由がある。
ソーマが訓練と称した実験まがいのことをされたりしてもまったく止めないし、そもそも同じ食卓についたことすら数える程度だというヨハンだから、ケイが癇癪まがいの怒りを爆発させたのだ。
あの時は大変だった、と語るのはペイラーだ。
何せケイの腕力は現役ゴッドイーターと同レベなのだから、支部長室の有様はと言えばそりゃあもうひどいものだった。ヨハンお気に入りのノアの箱舟の絵なんて紙くずだった。
そんなわけで(どういうわけだか)、ソーマの実験じみたものは全部取りやめ、訓練も過剰な物は制限、週に一度は親子で共に食事をとること、といった等の約束事をいくつか設けたのである。
今日もケイは飛び跳ねるように起きてさっさと着替え、隣の部屋の扉をノックもせずに開いた。
「ソーマ! おはよー!」
約束事の中の一つに、ソーマの部屋のこともある。
ソーマの部屋は広くて物が少なく、まさに寝るためだけの部屋みたいだったので、無理矢理ケイの部屋に隣接させた。
なので、ケイとソーマはほぼ毎日朝ごはんと晩御飯を共に食べられる事になった。おかげでソーマの食事生活も大幅に改善できたようで、最近はずいぶん血色が良くなり、背がメキメキ伸びている。前の部屋よりずっと物が増えた部屋を真っすぐ進み、カーテンを勢いよく開いて日を差し込ませる。着替えていたソーマが日の光に眩しそうに目を細めた。
「ケイ………勝手に入って来るな」
「もう8時なのに起きてこない方が悪い! それより先に言う事があるでしょ?」
「…………おはよう。」
「うん、おはようソーマ」
「今日は訓練がない日だろう。もう少し寝ていたっていいじゃないか」
「何その休日のお父さんみたいな言い分は。休日だから、何かして遊ぼうよ」
休日なので、食堂ではなくペイラーに充てられたリビングでケイお手製の朝食を食べる。
ケイはこう見えて料理と掃除は得意なのだ。サカキは「うんうん、いつでもお嫁に行け――・・・・待って、まだ早い!早いんだからね!」と涙目になっていた。心配しなくても年齢的に無理である。
「例えば?」
ソーマがコーンスープを飲み干して聞いた。
ケイは首を捻り、うぅん、と唸る。
「んー………考えてない!」
「だろうと思った」
呆れ顔で笑うソーマは、あれからめっきり丸くなった。今では訓練教官やゴッドイーターにも馴染みの者が出てきたぐらいだ。ケイにはそれがとっても嬉しいのだが、そんな笑顔を浮かべる度にソーマはなんだか複雑そうだった。
「ピクニックにでも行く?」
「どこへだ」
「うー。ならゲーム……はヤダ………」
「ケイは下手だからな、あのゲーム」
「ソーマがうますぎるんだよっ。大体何!? あのゲーム! なんで人が腐ってるの! アラガミもビックリなバケモノだったよ!? ゲームかっ!」
「ゲームだろ……」
軽口みたいなやり取りがぽんぽんとリズム良く続いていく。
ちなみにペイラーは昨夜徹夜したそうで撃沈中だ。今頃机の上で栄養ドリンクに囲まれながら突っ伏して寝ているだろう。
「じゃあ今日訓練してるシン君たちの冷やかしとか!」
「止めてやれ」
「困った。万事休すだよー」
「万事休すの早いぞ………」
サンドイッチの最後の一切れを口に放り込み、空になった皿をソーマが掻っ攫っていき、流し台へ持っていった。気が利くいい子に育っているようで何よりである。うんうん唸っていると、皿洗いが終わったソーマがケイのすぐ横に立った。逡巡している様子のソーマに、ケイは起き上がって首を傾げる。
「……買い物へ行かないか。丁度包帯が切れた」
「あ、いいね、行く! っていうか、包帯が切れるくらい怪我したの!?」
「かすり傷だ。お前がうるさいからキチンと手当してるんだぞ。そしたら無くなった」
「ちゃんと手当してることを褒めればいいのかな、怪我しすぎなことに怒ればいいのかな……」
ケイが頭を抱えていると、キッチンの扉が開かれた。
ペイラーだ、徹夜明けなのに自力で起きてくるなんて珍しい。一応のこの部屋の主は、ふらふらとした足取りで頭を抱えながら椅子に座る。ケイはテーブルに伏せていた食器を手に取り、コーンスープを汲んでペイラーの席の前に置いた。
「おはようお父さん。これだけでも飲んでね」
「おはよう。ありがたい」
「………おはよう」
「ああ、おはようソーマ。そうか今日は休日だったね。二人の今日の予定は?」
「ソーマと買い物にね。お父さん今日はずっと寝てる?」
「ああそうするよ・・・二人とも、気を付けて行くんだよ」
「はいはーい」
「わかった」
ケイは元々遊ぶ気まんまんだったので、出かける準備は万端だったので、ソーマが準備をしている様子をぼんやりと眺める。その横顔がいつもより機嫌が良さそうなので、ケイもつられて口角を上げた。もう少し同年代の子供がいればいいのにな、と思うが、このアナグラにそんな子供がいればそれはそれで問題なのでないものねだりは止めにする。
あと2年で、ケイはゴッドイーターになる。
そうなれば、しばらくはソーマにばかり構っていられはしないだろう。それを考えると、なんだか少し寂しい。
ソーマが支度を終えたのを見計らって扉を開ける。
「いってらっしゃい」
「「いってきます!」」
願わくは、こんな穏やかな日常が、どうか、ずっと続きますように。
手は自然と、繋がっていた。
なかよし
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遭遇:雨宮ツバキ
だってツバキちゃんと同年代のゴッドイーター見つからへんねんもん・・・ないなら作るしかないよね!
「しまった、また迷った。」
呆然と目の前の廊下を見やる。
このアナグラで生活して1年になるのに自分は、とこめかみを揉み己の失態を悔いた。
ペイラーに拾われて、5年が経った。
相変わらずケイにべったりなソーマは、だいぶ人嫌いが改善してきた様子で、初対面の人相手でも睨む事もなく、積極的ではないにせよ関わろうと努力する姿が多少は見られた。その相手は軒並みゴッドイーターとしての教官やらなにやらなので出逢い的な甘いものなどカス程もないが、将来的には役に立ちそうなので温かく見守っている。
教官や訓練生もそんなソーマを嫌ってはいないし、良い教え子、後輩として可愛がっているので安心だろう。教官の可愛がるという絵面は確実に訓練であることだけがアレだが。
閑話休題。
とにかく、今日はゴッドイーター見習いであるケイも一緒の訓練を受けるハズであったのだが、ソーマは健診を受けてから行かなくてはならなくなってしまい、1人で行動した。
まぁ1人で行動したザマがコレである。
頭は悪くないケイであるが、これが極度の方向オンチで、一人で行動すると途端に迷子になった。ソーマに何度も念押しされたのに・・・、と年上としての威厳もへったくれもない自分に、少々落ち込む。いや落ち込んでいる場合ではない、なんとか約束の時間までに訓練場へ行かねば。
取り敢えず来た道を戻ろう、と足を踏み出した直後、物凄い悲鳴が聞こえて顔を勢いよくそちらへ向ける。
ぱちぱち、と数回瞬きして、一瞬の逡巡を振り切るようにそちらへと走り出した。
*
何時まで経っても開かない扉を見つめる。
ああ、駄目だったのか、と他人事のように頭の隅でぼんやりと考えた。
先程までこの待機室で恐怖を押し殺した顔で談笑していた彼も、駄目だったらしい。ぎゅうと白くなるまで手を握り締めた。
率直に、正直に言ってしまえば、恐ろしい。人類の為だとか、家族の為だとか、頭では解っていても、身体は正直だ。情けない事に震えが止まらなかった。
それなりに鍛えていた男があんな絶叫を上げる程の痛み、苦しみ、そして死。
手だけでは足りないので唇を噛み締めた。呪うように膝を睨み続ける。
すると、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。ついに自分の番か、と思ったが、可笑しい。足音は軽く小さく、どう考えても子供のものだ。子供を連絡係によこすか?否だろう。
なら、誰が?
膝から目を離し、ゆっくりと顔を上げる。
扉の前には、少女がいた。
ほんの幼い、10歳程度の少女。
黒い髪を肩口で跳ねさせ、赤いマントのようなコートを羽織り、手先が見えないほど長い袖を口に当ててじっと扉を見上げている。大きな緑色の目を、絶望への扉へ熱心に向ける、目が覚めるような美少女だ。
彼女は首を傾げていたが、何に思い当たったのか納得したようにうんうんと頷き、くるりと反転して扉に背を向け、帰ろうとした。
そう、そうしようとしたのだが、こちらを見つけて驚いたような顔をして、足を止めたのだ。
ある意味では当然である。
何故なら、その時の私はとてもひどい顔をしていただろうから。少女は弾かれたようにこちらへ飛んできて、私の手を取った。
「大丈夫? 顔、真っ白だよ?」
わ、手も氷みたい、と子供特有の体温の高い手で優しく擦る。何処となく手馴れた様子に、おそらくこの子には弟か妹でもいるのだろうな、と思った。
「お前は、どうしてここに?」
「迷っちゃって。そしたら悲鳴が聞こえてきたから。何か良くない事でも起きたのかと思って。でも見当違いだったみたい」
あっさりと言い放つ少女は無邪気で、そら恐ろしかった。
それは、あの悲鳴はここでは普通の事と片付けられるという事だった。
私が更に顔を白くさせていると、少女は不思議そうに首を傾げた後、あ、と声を上げた。
「お姉ちゃん勘違いしてる?あそこに入った人はね、ここにはこないよ」
「それは………」
「適応しても、神機片付けに行かなくちゃいけないから、向こうの扉から出てるの。そこからエレベーターで技術班のとこ行って、格納してもらって、それからここに戻ってくるんだよ?別のエレベーターで」
「え」
「多分、技術班の人の話に捕まっちゃったんだと思う。楠さん、話長いから」
クスクスと笑みを漏らす少女は私を笑ってるのではなく、その楠さんとやらに捕まった新人を思い浮かべて笑っているのだろう。
邪気もなく、ただ可笑しそうに笑う少女に、一気に力が抜けた。しかし気を抜いたのもつかの間、いっそ機械的とも言えるアナウンスが聞こえてくる。
『次の候補者は速やかに扉に入ってください』
途端に背筋に冷たい物が走り、意識せずに握ったままの少女の手をぎゅうと握りこんでしまった。
「っ、すまない」
「大丈夫」
少女はにこりと微笑みをこちらに向けた。
それはなんとなく、手のことじゃないような気がして、首を傾げる。
「あっ、ねぇ第二訓練場ってどこだか知ってる?」
「え、ああ。知っているが………私はもう行かなくては」
「じゃあじゃあ、試験終わったら案内してください! 出来るだけ早急に! 私大事な約束があるの………」
まあそれくらいなら、と頷くと、少女は日が差したようにぱあ、と笑顔を浮かべた。
そうしてふと気づく。
彼女は一切の雑念もなく、一片の疑いもなく、自分がここにまた来ると思っているのだ。
それは幼さ故の世間知らずか、それとも幼いが故の鋭さか。
くすりと笑みを浮かべ、扉の前に立った。
ああなんだか、まったく晴れやかな気分だ。
先程の鬱々とした廊下が嘘のように明るく見えて、重厚な扉がプラスチックみたいに軽くて薄いものに思えた。
「お前、名前は?」
「ケイ・サカキ! お姉ちゃんは?」
「雨宮ツバキだ。ツバキと呼べ」
「うん! 待ってるね、ツバキちゃん!」
両腕の長い袖をぶんぶんと振り、満面の笑顔がツバキを見送る。
閉まっていく扉、見えなくなる小さな影。
前を向けば、実験場のような広く空虚な空間。
そこに浮かぶケースと、私の適応する可能性が一番高い銃を模った神機。
「―――――負ける気が、しないな」
*
待合室で足をぶらぶらさせていると、かつかつというヒールのある革靴特有の音が廊下の奥から鳴り響いて、ケイはぱあっ、と笑顔を浮かべて立ち上る。
息を切らしたツバキはケイを見て心底嬉しそうな笑みを浮かべ、駆け寄って抱きしめた。
「合格だ! 今日から私もゴッドイーターだ」
「うん! おめでとうツバキちゃん。頑張れ」
ケイはにこにこ笑顔でツバキを応援する。
ゴッドイーターは殉職者が多いから、内心ではとても心配だったけれど、同時にツバキちゃんなら大丈夫、という謎の自信があった。
「メディカルチェックまでまだあるからな。その前にお前との約束を果たしておこうと思って。時間は大丈夫なのか?」
「うっ、実はちょっとギリギリだったり………」
「仕方ない、私も遅くなったしな。急ごう。走るぞ」
ツバキはケイをおんぶの態勢に直し、軽やかな足取りで廊下を抜けて行く。
あんまりに楽しかったので、ケイは廊下は走っちゃいけません、というルールをすっかり頭から追い出した。
結論から言うと、訓練場に着いたのは開始2分前だった。
お父さんだったらあと120秒だったね、といつもの口調でからかうのだろうなと思い、ケイはくすりと小さく笑う。ツバキは全力疾走したツケで息を整えていた。待合室から訓練場までは結構あるのである。
「そういえばお前、訓練場に何の用があったんだ」
「待ち合わせー」
「誰と?」
「キョーカンと。キョーカーン!!」
ケイは躊躇いなく扉をあけ放ち、中へ入る。少し困惑したツバキは一瞬躊躇った後、ケイを追うように中へ入った。
ケイが大声で呼びかけると、中にいた数人と、強面の40代後半程の屈強な男が振り返る。
「おお、ケイか。ソーマなしでも来られたんだなぁ」
「む、何ですかそれ! まぁ迷ったんですけど。で、ツバキちゃんが助けてくれたんです!」
「「「ツバキちゃん??」」」
「期待の新人だろう? サカキが言っていた」
「あぁ、ということは適応したのか」
「素晴らしい適合値だったみたいよぉ? キンちゃん、抜かれちゃうかもねぇ?」
「そ、そんなことないッス!」
「いやもう抜かれてるんじゃないか? スペック的に」
「ヒドイッス!!」
三者三様ならぬ四様する彼らは、話から察するにゴッドイーターらしい。ツバキは知らずしていた警戒を解き、ケイにキョーカンと呼ばれた人物を見る。
「まずはケイを連れてきてくれてありがとう。俺はゴッドイーターと教官を兼任してる、百田ゲンだ。よろしくな」
「俺は伊勢キンタッス! 後輩が出来て嬉しいッス! よろしくッス!」
ゲンと名乗った厳つい顔の男の前を遮る形で、イエローを基調としたパーカーに身を包んだ少年が晴れ晴れしく笑う。金髪に金目という極東離れした容姿だが、名前から察するに立派な極東出身なのだろう、明らかに年上に見える程体格には恵まれているが、何処か幼さが残る顔立ちだ。どうやらこのメンツで一番の年下らしく、更に年下のハズのツバキにも何処か下手に出ている。
その横で青色の柔らかな素材で出来た上着に身を包み、妖艶に笑う少女がふふふ、と笑いながら頭を下げた。黒くて長い髪がしゃなりと垂れる。
「私、榛名アオイ。よろしくね~、新人さん」
「んで、俺が赤城シンジ。一応、今は第一部隊でリーダーやってる。この二人も俺の部隊のメンツだ。今後ともよろしくな」
三人の真ん中に立つ彼は、雰囲気から予想通りまとめ役、つまりはリーダーだった。
血のように赤い目は鋭いが、不思議と悪印象を抱かせない好青年。赤いロングコートは鮮やかに揺れて、戦場ではさぞ目立つだろう。
「雨宮ツバキです。よろしくお願いします」
「第二部隊のキヨタカと、防衛部の連中の名前も割愛だな。後で挨拶する場が設けられるはずだ」
「キンちゃんとシン君がいるのはいつもだけど、アオイちゃんがいるのは久々だね。」
「あらぁ、私は新装備の斬り込みを試したいのよぅ? キンちゃんで♪」
「俺なんスね………」
がっくりと項垂れるキンタに、アオイは心底嬉しそうに笑う。ケイはすーとツバキに音を立てず近づき、かがむようにジェスチャーして耳打ちした。
「アオイちゃんはキンちゃんをいじめるのが好きなの。正確に言うと、キンちゃんのリアクションが良すぎて、見ていて楽しいんだと思う」
「そ、れは・・・結構な趣味だな」
「ふふ、でもアオイちゃん、キンちゃんのこととっても可愛がってるんだよ。アオイちゃんのたった一人残った同期だから」
「え…………」
「いっぱいいなくなっちゃったから…………」
思わずケイを見ると、ケイは仲良い二人を微笑ましく見つめながらも、哀しみの色が深く浮かんでいた。
先程までの天真爛漫さが、嘘のようだった。
「そういえばツバキちゃん、メディカルチェックはいいの?」
「っ、そうだった」
「なら丁度いい。ケイ、お前ソーマを迎えに行って来い。人数オーバーだからな。順番が来るまでヒマだろ」
「そうでもないけど。うん、行くー」
ゲンの提案に、ケイは一瞬躊躇った後笑顔で頷いた。確かに、今日は人が多いので使うまで時間がかかるだろう。ブレード型が増えて訓練用の模擬アラガミサンドバッグが埋まっているのなら、ケイに出来る事はない。
「サカキ博士の研究室にいるのか?」
「うん、ソーマは定期健診してるから。行こう、ツバキちゃん。私帰り方は分かるんだー。帰巣本能で」
「お前の家じゃないだろ」
「家みたいなもんだよー」
「………そういえば、お前どうしてここにいるんだ? 年齢的にゴッドイーターでもないだろう」
「10歳です!私、ゴッドイーター見習いなんだー。適合神機はもう見つかってるんだよ。でも年齢が………それに父さんに13まで止められてるし」
「父親はここの技術屋か何かか?」
「うーん、まぁ広い意味では?」
曖昧な返答をするケイに、ツバキは首を傾げて他4人を見やった。
すると、第一部隊の3人はニヤニヤとこちらを眺め、ゲンは眉間のしわを揉んでいる。
「まぁ、此処に来る奴は誰もが通る道だな、うん」
「そぉねぇ。私も驚かされちゃったぁ」
「俺なんて先輩方に更に誇張されて………ウッ」
全く違う反応の4人に見送られ、ケイとツバキは訓練場を後にした。
ケイは先程自身が言っていたように、迷う様子はなくすいすいと先を進んでいく。5分ほどしたところで、ひとつ上の階の廊下の奥に差し掛かる。
そこが、サカキ博士の研究室と指定された場所だった。ケイはノックを2回して、返事も聞かず中へ入る。
「お父さーん! ソーマの健診終わった?」
「おやケイ。迎えに来たのかい? それとも辿り着けなくって帰って来たとか?」
研究室では、一人の男性が部屋の中央奥にある大きなコンピューターや計測系等をいじっている。彼はケイの声で顔を上げると、からかうように悪戯に笑った。
「迎えに来たの! ソーマは?」
「部屋で検査服を脱いでるよ。もうそろそろ出て来るんじゃないかい? ん? あぁ、雨宮ツバキくんか!いやいや、予想より1205秒早いね。私はペイラー・サカキ。ここで研究者をしていて、そこにいる子の父親だよ」
「なっ………お前、先に言え!」
「いたっ。うー、だって皆、この事を話すと、新人には言うなよ、って、毎年」
「ま、ちょっとした定番新人いじりなんだよ」
皆驚くから気にする必要はない、とペイラーはからからと笑った。
完全に他人事の様子だ、確かにほぼ他人事だが。ツバキはさっきあまりの驚きではたいてしまったケイの頭を宥めるように撫でる。
ケイは悪戯が成功したような子供のように笑って、奥の部屋へ駆けて行った。ぱっと見あまり似てないように思えたが、内面は実は似てるのかもしれない。
というか結局お前もちゃっかり楽しんでるんじゃないか。もっと切羽詰まった苛酷な職場だと思っていたのに、なんだか拍子抜けである。
けれど、なんだか上手くやっていけそうだとも、思った。
若さ故に感情表現豊かなツバキ嬢
シンジレッド!キンタイエロー!アオイブルー!三人合わせて、極東信号機!!()
まぁ、そんな安直なネーミングですとも、ええ。
ストック切れたのでとりあえず連投はここまで。私は自他ともに認めるかなりの遅筆なので、続きは気長に待ってやって下さい。まぁ話の大本は出来てるので。
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子供の時間
「踏み込みが甘い!」
ガインッ、と重い金属音が弾かれる音が響く。
畳みかけるように追撃を食らわそうと振りぬくが、彼女はそれは許さずバックステップで回避し、神機を構え直した。その反応速度に内心満足気に思いながら、シンジは神機を下ろし一息吐く。
「今日はここまで」
「っ………はぁー。ありがとうございましたっ」
ぺこり、と黒い頭が下げられるとともに、彼女の下ろした神機が床に当たってごいんと大きな音を立てた。慌てて神機を持ち直しはにかみ笑いを漏らす姿は、年相応の少女そのものだ。
サカキ・ケイという少女は、訓練生としては特殊すぎる事情を背負っている。
彼女の腕には既に赤い輪が嵌っており、身体はゴッドイーターのそれ、腕っぷしも現役ゴッドイーターに引けを取らない、その上『全ての神機に適合できる特殊因子持ち』ときた。そんな事情を全て知っているのは父親ペイラーと彼女自身を除けば片手の指で収まってしまうほどに少ない。
そしてシンジは、その数少ないうちの一人だった。
ケイと訓練するには避けては通れない道であるし、何よりシンジは極東支部第一部隊のリーダーだ、彼女がいつかゴッドイーターになったときに、何かと融通が利いた方が良いだろうから。この第六訓練場にいつも人が来ないのは、ゴッドイーターが過疎っているわけでも、訓練嫌いなわけでもなく、ただケイを守る為だった。
「そら、さっさと神機片付けるぞー」
「はーい。あ、シン君シン君、今日ソーマもお父さんも神機の調整でロスに戻ってるから一緒にご飯食べようよ」
「ああ、博士から聞いてる。とっくにキンタ達にも召集かけてるぞ。ウィリアムはタカさんとゲンさんが引きずってったからいないが」
「わぁ、ウィルご愁傷様。でもやったー! みんなでご飯だ!」
ぱあ、と顔を輝かせて両手を上げる様は本人の容姿もあって大変可愛らしい。
ぐりぐりとその頭を撫でながら格納庫へ足を動かし、ケイが慌ててマントを羽織ってそれに続いた。ケイは右手を隠すために、手が隠れる程の丈の長い袖付きマントを常時身に着けている。
おかげですっかり左手を使うことになれて両利きになり本人は不本意ながらも満足気だ。
「食堂? それとも誰かが作るの?」
「俺が帰ってから作る」
「じゃあ和食だね!」
「ちゃんと手伝えよ」
「うん!」
神機をケイの事情を知る一人である整備班の楠木に預け、格納確認手続きを早々に終わらせて訓練の汗を流すために一旦別れる。ケイは方向音痴の気があるので、後でツバキが迎えにでも行くだろう。そうでなくばメンバー全員でどこぞへ迷っているだろうケイを大捜索しに行かねばならなくなる。
シンジが部屋へ戻れば、既にキンタが中にいて、食材を冷蔵庫に仕舞ってしていた。
「遅かったッスねー。アジが安かったからまとめ買いしてきたッスけど、可?」
「可、むしろ可。煮物にしようと思ってたんだが、魚があるなら煮物は付け合わせ程度でいいな。ゴボウとなすのあく抜きしといてくれ。十分で戻る」
「了解ッス」
下手くそな鼻歌混じりに包丁を取り出すキンタを後目に部屋にシャワールームへ向かう。宣言通り十分で済ませて戻れば、気の利くキンタがアジの下準備を丁度済ませたところだった。
「助かる」
「俺の豊富な生産的特技の一つッスから!」
自分で言うのか、と苦笑を漏らしたとき、シンジの部屋の扉が開かれて上機嫌のアオイが喜色満面で飛び込んで来た。その手にはマイ箸とマイ茶碗がしっかりと握られている。
「シン君とキンちゃんのごはんが食べれると聞いて~!」
「アオイか、よく来た。お前は箸を並べて、そこで、大人しく、座っていてくれよ」
「はぁ~い」
シンジが念を押しながら言うと、アオイは分かってるのか分かってないのか能天気な様子で食器棚へぱたぱた向かった。
アオイは極東でも屈指の料理下手であり、彼女が作った料理で三途の川を見た者は数知れず、壊したキッチンも同様である。どんな食材も可の尾の手にかかれば名状しがたい蛍光色のスライムになるのだからある意味才能だ。
「こうしてシン君の部屋でご飯なんて久しぶりかしらね~」
「最近忙しかったッスもん、仕方ないッス。配給も厳しくなってきたし」
「アラガミの発生率が著しく上昇してるからな」
「ケイちゃん達がゴッドイーターになる頃には、もう殲滅間近!ってくらいになってればいいッスね~。いやもういっそいなくなってくれた方が………」
「無理な相談だな、残念ながら」
ッスよね~、とキンタが大きく項垂れる。
シンジが煮物の仕上げをする頃に、ケイとツバキが揃ってやってきた。
「ケイ・サカキをお届けに上がりました」
「ああ、任務ご苦労だった、ツバキ」
「うう~~~今日も全然道が違った~~~」
クソ真面目に敬礼するツバキに、シンジも厳かに頷いて敬礼を返す。
ケイは二人がいぢめるー!とキンタに突撃し、グリルで真剣に魚を焼いていたキンタは驚いてびゃっと飛び上がった。
「危ないッスよ!」
「ちゃんと手加減したもん!」
「そういう問題じゃ――」
「あ、その右から三番目のやつひっくりかえした方がいいよ」
「えっ、マジッスか。せーのっ……おぉ、良い焼き色。なんでわかるんスかねぇー」
「勘! 大根おろし作っとこうか?」
「いや俺がやるッスから、ケイちゃんがひっくり返しといてくださいッスー」
「はぁい」
「ケイちゃんケイちゃん、私はー」
「アオイちゃんは座ってて」
「…………はい」
十歳近く年下の少女に真剣な声で言われ、アオイはがっくりと項垂れて撃沈。
戦力が加わったことで夕飯作りのスピードは上がり、暗い茶色の机の上を料理が彩るのにそう時間は掛からなかった。全員そろっていただきます、と手を合わせて箸を手に取る。
「にしても、シンジとケイちゃんは仲良いッスよねー。今日も訓練昨日も訓練、明日もどうせ訓練でしょ?」
「明日は流石に休みだ。もう一週間ぶっ続けだからな」
「えぇっ、そんなぁー。ソーマもお父さんもいないから暇になっちゃうよー」
「三日よね? 一人で留守番になっちゃうのね~。シン君明日からしばらく非番でしょう、一緒にいて上げたら?」
「勿論だ。サカキ博士も俺にそう言伝して行った」
「ああ、リーダーが非番なんて珍しいと思いました。申請してたんですね」
「まぁな」
「わーい! シン君大好き!!」
「食事中に立ち上がるな、行儀悪い」
シンジに注意されたケイは、すとんと椅子に腰を下ろしてからうん!と元気に頷きニコニコと笑顔を浮かべる。
ケイ・サカキという少女は、よく笑う子だ。
殺伐とした日々の中、彼女の柔らかな笑みに癒されたことは少なくない。そのケイが目を輝かせてあのね、と話すものだから、自然と笑みが浮かぶと言うものだった。
「あのね、この前お父さんがくれたパズルゲームが全然解けなくてね」
「分かった、後で持って来い」
「うん!」
「うう、私も明日非番だったら…………」
「ツバキは明日から遠征ッスもんねー。俺は明日通常任務なんで、途中まで参加するッスよ!」
「え~? キンちゃんパズル系苦手じゃなぁい」
「戦力外通告!?」
「IQを百以上にしてから出直してくるのね~」
「あのゲーム難しすぎるんスよ! もう一人隅っこで携帯ゲームピコピコやるの寂しいッスー!」
「大丈夫、積みゲーは一本じゃないから!」
「どんだけ溜まってるんだ?」
「えと………ソーマの部屋にあるのも含めれば、二十本はありそう」
「お前な………」
「いいの! こういうときのために積まれたゲームだもん! 誰かと楽しんでこそだよー」
一同の呆れたような、微笑ましいような視線を一身に受けて、ケイは晴れやかに笑った。
「で、結局こうなるワケッスね………」
「お姫様はまだお子ちゃまだものね~」
すよすよと心地よさげな寝息を立てる幼子の髪を、アオイが丁寧に丁寧に額や頬から払っていく。からかうようなそのセリフは、笑ってしまうほど柔らかくて優しくて、ほんの少しだけ寂しそうだった。
こうしてみんなで集まるゲーム大会でケイが寝落ちするのは、一度や二度じゃ効かない。だって彼女は未だ十二歳の少女で、その身体は年齢に見合った睡眠を当然必要とする。けれどケイはいつも年齢相当にあどけなく笑うのに、奮う技術は大人びすぎているから、いつもつい彼女の年齢を見誤ってしまう。そしてそれを思い出すと同時に、もう少しだけ子供でいてくれ、と願ってしまうのだ。
「あーあ、私も明日から有給申請しちゃおうかしら」
「ッスねー、シンジだけとか、ズルイッス」
「働きづめだったんだから偶にはいいだろ」
「その貴重な休みをケイちゃんに使っちゃうんだから、ほーんと可愛がってるわよねー」
「お前らに言われたくない」
ここで第一章はとりあえず終了。
設定集を挟んで始める二章からはケイが正式なゴッドイーターに雇用されるところから話が始まります。
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設定等諸々
●アラガミについて
ウロヴォロス以下は確認済みだけど、堕天種はまだ出てない。
そんな感じのふわっとした感覚で書いてます。
GE2のアラガミは勿論まだまだ出てこない
レイジバーストからのアラガミに至ってはこの作品自体に出てこない。
●神機について
第一世代の神機が既に普及していることを前提として書いております。
ゲンが使ってるピストル型を使ってるのはゲンとヨシノぐらい。後々出てくるキヨタカというキャラも元々ピストル型だったが、本人の力量を反映してハイパーカスタムした結果とんでもないことになったなどの例もある。
●訓練生
ゴッドイーター候補生、適合率が低すぎて実践投入できない者を総称したもの。
このご時世なため孤児が多く、その中で適合率が高いと判明されたものはここへ入れられる、一種の孤児院も兼ねている。
といっても、ケイやソーマは支部自体に帰る場所がある上、特殊な事情も抱えてるため、あまり他の訓練生と触れ合う機会はない。
●食事事情
ゴッドイーターの殆どが自炊。
料理が下手なアオイや、そもそも料理自体が面倒な輩は職員食堂を利用している。
●教育係
たぶん作品中で一番の捏造設定。
新人ゴッドイーター一人に上官ゴッドイーターが一人づつ付きます。
この時代ではアラガミが異常に多いので、間違っても一対百とかいう事態にならないための措置。新人ゴッドイーターに戦い方や支部での生活やふるまいも教える。
以下人物設定
歳は6話目を反映しております
●赤城シンジ(23)
現第一部隊リーダー。
対集団戦究極特化で、こと団体戦に置いて比類なき武力を発揮する。
つまり味方がいる方が強いタイプ、人海戦術が得意で、彼自身の武力もとてつもなく高い。今のところ作中で最強。
扱う神機はバスターブレード。
深紅の髪に血のように赤い鮮やかな眼を持つため、本人も赤を好み、真っ赤なロングコートを好んで着ている。顔も割と整っているので、職員からの人気が高い。
正義感溢れる頑固者、任務よりは仲間優先。生真面目で根っからのリーダー体質。
得意料理は和食。
「リーダーとは、部下を守り慈しむために存在する。つまり、俺はリーダーに向いていると言う事だ。」
●榛名アオイ(21)
寝ぼけているような口調が特徴的な色っぽいおねーさん。あらあらうふふなド天然で、ゴーイングマイウェイというよりゴーインにマイウェイ。
唯一残った同期のキンタを特に気に入っており、それ以外に特に仲が良いのはシンジら第一部隊とヨシノ。
神機はショートブレード。
滅多切りにするのが大好きな素早さ特化、夜戦好き。
ウェーブを描く長めの黒髪に、菫色の眼を持つ隠れ巨乳。
料理、及び家事全般が壊滅的で、よくキンタやケイに泣きついている。
「うふふ~死にたいアラガミから前に出なさぁ~い!」
●伊勢キンタ(21)
「ッス!」が口癖の若干不幸体質気味の不憫ツッコミ。フットワークもノリも軽い。
金髪金眼の整った顔立ちをしているが、その性格のためにイケメンと称されることは滅多にない。
シンジとアオイとは親友のような関係で、彼らの一番の理解者でもある。
後輩は可愛がるタイプ、よくシンジのストッパーとしても働いている。
神機はアサルト。
早撃ちが得意で、むしろキンタの能力に神機が対応できないほどだったので、キンタの神機は連射能力がカスタマイズされた。
料理全般得意だが、強いて言えば中華が得意。
「アオイ!不気味に笑うのやめてほしいッス怖いッス!シンジー!一人でどんどん遠くに行かないでほしいッスー!!」
●雨宮ツバキ(18)
全体的に原作ツバキを幼くした感じ。
目つきは悪いが口調は丁寧だし、仲間のためなら命令違反も辞さない。
神機はアサルト。
教育係はシンジだったが、その後はキンタに師事してもらっていた。
命中率と威力重視で、ブラストもかくやといった攻撃力を叩きだす。
髪はポニーテールでひとくくりにして、ヒールでなくスニーカー、服も露出少なめ。
ケイを対等に見つつも、子ども扱いしたくて仕方ない。抱っこしたくて仕方ないけどプライド邪魔だどけ。
精密に分量を量る菓子類なら作れるが、それ以外の料理はあまり得意じゃない。
●ペイラー・サカキ(35)
計算してみたら予想以上に若くて笑った。
ケイの養父であり、今日も義娘が可愛いくて生きるのが楽しい。
ケイと接するうちにすっかり人間臭くなってスターゲイザーの名を返上した子煩悩なパパが板についてきた天才研究者。
●ソーマ・シックザール(7)
恋心を拗らせつつある青春街道真っ只中の少年。
ケイのおかげでコンプレックスは大幅に減退し、フードは既にキャストオフ。今では「化け物!」とか言われても「だからぁ?」と嘲笑するまである。
物凄く微妙な出生のせいで幼いころから既に自我が確立しており、故に苦しみも二倍だった。
仲間を大切にし、人と距離を置くことも止めようと改善中だが、口下手なのも無愛想なのも変わらない。
ゲーム好きなくせにド下手くそなケイに代わってプレイするうちに自身もゲーム好きに。
料理はケイにぶん投げている。
●ケイ・サカキ(11)
本作の主人公。
ペイラーサカキの養女で、愛娘といって過言ではないほど大切に育てられた。ケイもペイラーをよく慕っており、たとえ本物の父親が出てきたとしてもペイラーを父親と呼ぶ所存。
五歳以前の記憶が消失しているが、無理に思い出そうとは思ってない。
拾われた当時から精神が異常に発達していて、記憶も不思議なほど鮮明に思い出せる。
緋色の袖付きフードマントを常に身に着けて右手の赤い腕輪を隠している。
誰にでも物怖じしない質で、初対面の相手とでも割とリズム良く会話ができる、いわゆるコミュ力の塊。その上超絶お人好し。
キヨタカ、ウィリアム、香月ヨシノなど、まだ本格登場していない人物は出てきてから追い追い。
取り敢えずこの章は一区切り。次回から新章突入です。主人公がゴッドイーターになる年を計算したら、次回に出てくるキャラがほぼ特定できますね。
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The beginning
入隊
当然のように戸籍上の父親のペイラーとソーマに反対されたものの、ケイは約束の13歳に、正式にゴッドイーターとなるべく志願したのだった。
ケイの同期は彼女を含めて4人。
のち1人は怪我で辞め、1人は神機に適合できずそのまま死亡。
そして残りの1人が、ケイと大層気が合う実力派の少年だった。
彼の名を、雨宮リンドウという。
ケイとリンドウの出会いは、二人の適合試験当日。
当時のアラガミは弱かったが、そのぶん数がとんでもなく多かった。ゴッドイーターは常に人手不足で、殉職だって多かった。子供すら駆り出される時代、そんなのは、今更非難の声すら上げられないほど、世界はギリギリだったのである。
高校生にあがりたてのリンドウは、10代にやっと名を連ねたような年齢のケイを見て、そんなことを理解していても、それでもケイを哀れに思ったし、世間を憎く思った。
だって、本当に小さな少女なのだ。
黒い髪は肩口でぴょんぴょん跳ね、首も腕も足も、掴んだら折れてしまうのではないかというほど細い。
だけれど、リンドウを真っ直ぐに見たケイを見て、一瞬だけ息を止めた。
とても強い目だ。
守る人がいる目。
復讐でも保身でもない、これからの恐ろしいことを理解していても尚、戦おうとする強い目だった。
だから、他の同期でも誰でもない彼女に、一番に声を掛けた。
「お嬢さん、名前は?」
「私はケイ。ケイ・サカキ。貴方は?」
「雨宮リンドウ」
言うべき言葉はなんだろう。
世界を救おうなんて大それた事は考えちゃいない。
大切なものを守ろうなんていう不確定で難しい事も言えない。
ならば。
「生きるぞ、ケイ」
この時代この職業では難しいこと。
だけど一昔前の世間一般では、とても普通のこと。
こんな幼い少女でも、当たり前のことが当たり前に言えるように。
強い少女が強くなくても良いように。
その日その瞬間、一人の少女を目にしたことで、リンドウの目標はそう決まったのだった。
*
新人ゴッドイーターには、通常各々に教育係が就く。
それは古参の人だったり、部隊の隊長や副隊長を務める人間が就くのが通例だ。ケイとリンドウも漏れなくその通例に則り、教育係が第一部隊から排出されることになったのだが、今年の新人は二人のみ、ということで。
「じゃあ改めて、赤城シンジだ。こうしてゴッドイーターとしてお前に相対するのを楽しみにしていたぞ。そういう訳で俺がお前の教育係だ」
「ごり押したでしょ! 絶対ごり押したでしょその意見!」
「まぁ、そうだな」
にやり、とひどい悪人面を浮かべる第一部隊のリーダーに、ケイはがっくりと肩を落とした。シンジの人となりを知っていればごく自然な反応である。
リーダーたる彼は殆ど毎年新人育成を引き受けている。
ツバキや第二部隊副隊長のウィリアムなんかもシンジの受け持ちだ。後に二人に報告した際には、無言で労わるように肩を叩かれた。それくらいに、シンジの指導はスパルタなのである。
「あれ? じゃあリンドウの教育係は?」
「私だ」
「ずるい!! 私もツバキちゃんが良い!」
「よーしケイ、二人で教育係変更の抗議書を出すぞ」
「オーケーブラザー!」
「無駄な抵抗は止めろ」
がっしりと襟首を掴まれ、猫の子のように吊り上げられる。未だ齢13歳のケイと高身長のシンジの間にはえげつないほどの身長差があるので、持ち上げられてしまっては地面が大分遠い。軽く暴れて見せると、シンジは軽く肩を竦めてケイを地面に下ろして手を離した。
シンジは強引だし何でも力づくで解決しようとするけれど、決してケイを雑に扱ったことはない。
シンジとケイの関係は、ケイがゴットイーターの訓練生として訓練を始めてからというもの、不思議な物だった。
ケイがキョーカンと慕う百田よりもずっと訓練に付き合い、けれどソーマよりは近くない。
ただの先輩と括るには近すぎて、兄というには一歩足りない。
そんな距離が二年程続いていたのだから、今更明確な言葉を付けられても、なんだか違和感を感じてしまいそうで、抵抗感が強かった。
そんなケイの額を、シンジがピン、と人差し指で弾く。
「お前は年齢の割に深く考えすぎなんだ。もっとシンプルでいいんだ、もっと簡単で良いんだよ。お前は俺の妹分だ、それはずっと変わらないし、それに仲間というカテゴリーが加わるだけだ」
お前のすぐ隣にいるソイツもな。
シンジはそう言って、パチンとウィンクする。弾かれた額を右手で擦りながら、ケイは眉を顰めてから、居心地悪そうに隣をちらりと見た。
隣の少年、リンドウは会話の内容がイマイチ察せず、首を僅かに傾げながらも、ケイを見つめ返した。
その顔があんまりに普通の少年だったので、ケイはプッと小さく笑って、そうだね、と一つ小さく頷いた。シンジはそれに満足げに頷いて、二人を交互に見やってニカリと笑う。
「さあ二人とも、極東支部の新人ゴッドイーターになったからには、恒例行事に付き合ってもらうぞ! 勿論ケイは知ってるだろうがな!」
「あ~………」
「えっ、おい、何が始まるんだ?」
「コレだ!」
バッ、とシンジがイイ笑顔で一枚の書類を二人に(主にリンドウに)突き付ける。
ケイはリンドウの肩に手を付き背伸びして書類を覗き込み、その内容にやっぱり、と息を吐いた。
ツバキが落ち着いた声でしっかりと伝える。
「極東支部新人ゴッドイーターの誰もが通る道、同期協力クエスト、オウガテイル五体の殲滅、だ」
極東支部は、アラガミを多数相手にする機会が多い。
勿論、あくまで感覚の範囲内であって、正確なデータは取れていないのだが、これからさらに増えるとなると戦力は多いに越したことはない。
なので、新人は容赦なく鍛えられるし、その指導はスパルタと有名だ。
無論その指導の噂の八割はシンジのせいである。
赤城シンジという男は、世界でも五本の指に入るほどの実力者であり、ゴッドイーターとして洗練されたその戦いぶりは、まさに鬼神という言葉が似合う。
『贖罪の街』、居住区ではなくなったその街は、アラガミが巣食い跋扈する最早魔窟 だというのに。
そこに新人二人を放り込むのはどう考えてもひどいと思う。
街の入り口に足を掛け、ケイは一つ小さく溜息を吐いた。
「この距離飛び降りて平気なのか?もっとなだらかなところとか………」
「ヘーキヘーキ、ほら行くよっ」
「あっ、オイ!」
崖からぴょんと飛び降り、数秒にも満たない浮遊感の後危うげなく着地する。
とすっ、という軽い音はまるで階段を二段飛ばしで降りたくらいなもので、猫のようにしなやかだ。
リンドウもさんざ躊躇ってから落ちてきて、着地でほんの少しバランスを崩すも、転ぶことはなくしゃんと立つ。ゴッドイーターと一般人の身体の違いというのは相当なもので、例によってリンドウも困惑気に自分の足をじろじろと眺めて眉根を寄せた。
「なんつーか、変な感じだ」
「そうかもね」
適当に返事しながら地図を確認し、次いでインカムから電子音が聞こえてきてそちらへ意識を逸らす。
「はい、ケイです」
『俺だ。無事着いたな?』
「あれ?シン君がオペレーターしてる」
『ユウナが席を外してるからな。贖罪の街に・・・うん、GPS、バイタルスキャン、オールグリーン。二時の方向に目的のアラガミ反応確認、至急対処されたし』
「了解」
「りょっ、了解!」
武運を祈る、という言葉を最後に、通信がブツリと切れる。
インカムに当てていた手を下ろし、ケイとリンドウは顔を見合わせて頷いた。
いざ、戦場へ。
「お、アレか」
「そうだね……二体しかいないけど………」
朽ちかけた建物の物陰から顔を出し、骨で構成される白い鎧に包まれた歪なイキモノを観察する。
一昨年苦い思いをさせられた敵だ、ケイの手にも力が入るというものだった。
「取り敢えず今は目の前の敵、だろ?」
「うん。リンドウの言う通りだ。行くよっ」
「おう!」
神機を握り直し、勢いよく物陰から飛び出す。
ケイは右、リンドウは左のオウガテイルを、何の疑問も躊躇いもなく神機で切り裂いた。堅くて重いものが砕ける音と、肉が千切られる音が同時に耳へ届く。その不快音を振り切るように更に神機を食い込ませ、力任せにそのまま真っ二つに断ち切った。上半身と下半身が別れた身体は思考を失くし、どしゃりと力なく崩れ落ちて動かなくなる。
「待って、予想以上にちょろい」
「じゃあ手伝ってくれませんかねぇ!」
「あれ?」
リンドウの方を見れば、彼は未だオウガテイルと奮闘中だった。
オウガテイルがリンドウへ向かって飛び出し噛みつこうと口を開け、リンドウはそれを慌てて回避する。
「腰が引けてんのよ、ビビってんの?」
「ビビッてはねぇよ! どこ切ればいいんだこれ!」
「なんか柔らかそうなところー!」
「どこだよ!!」
「あーもう、ここだよッ!」
ぐぱ、と口を開けたオウガテイルの肉を削ぐように撫で斬りにした後上から下へ引き裂く。オウガテイルは悲鳴を上げて絶命し、ぼたぼたと血を落として地面に沈んだ。もうもうと、アラガミの死体特有の黒い煙が立つ。
「もしかして、リンドウってば抜擢上がり?」
「あ、ああ。適合率が高かったからスカウトされたんだ」
「通りで、神機としっくりきてないと思った」
「し、っくり?」
「あのね、私たちゴッドイーターは、神機との適合率が大事なの。ゴッドイーターにとって神機は自分の命同然だし、そのつながりを強くすることは、イコールで自身と神機の強化にも繋がる。オーケー?」
「なんとなく」
「まぁつまり、戦えば戦うほど強くなるってわけなんだけど、リンドウは私みたいな訓練上がりじゃないから、なんというか、うん」
「つまり、俺は今死ぬほど弱い、と?」
「身も蓋もなく言うとそうなるかな!」
リンドウが辿り着いた結論に、ケイはにっこりと首肯した。
訓練としてずっと神機と触れ合ってきたケイと、今日初めて神機と共に戦うリンドウでは年季が違う。
「そういうわけだから、じゃんじゃん神機を使っていくよ、リンドウ!あと三体、リンドウが倒してね」
「人使いの荒いことで………りょーかい」
*
「―――――――で、それから?」
「…………帰りにヴァジュラ、シユウの縄張り争いに遭遇、こちらを補足され、そのまま戦闘へ突入………しました。」
「この馬鹿ども! なんで応援通信をすぐに入れなかった!」
「わーん! そんな余裕はなかったんですー! ごめんなさいいい!!」
ケイとリンドウは擦り傷に包帯を巻いくなどの簡易処置をしたあと、説教のため正座されていた。
目の前で仁王立ちするゲンに、ケイが半泣きで弁論する。
憤然とするゲンの横から、防衛部の香月ヨシノがひょこりと顔を出した。
「ゲンさん、そのくらいにしてあげて。ケイちゃんとリンドウくんは初任務で、しかも新人二人っきりだったんだから。この場合、非は上官のシンジくんにあるはずよ」
「ヨシノちゃん………!」
ヨシノはゲンと同じ最初期代のゴッドイーターで、どう見ても二十代に達してない程の幼さの残る容姿だが、実年齢は三十目前というあらゆる点で外見詐欺の女性である。これでかなり豪快な戦闘技術で戦場を駆け巡るのだから、いろいろと納得いかないと方々から嘆きの声が上がるほどだ。
シンジがケイ達とゲンの間に体を滑り込ませてヨシノの言葉にしっかりと肯定する。
「はい、ケイとリンドウに非はありません。俺が同伴するべきでした。ケイがいるから、と油断していた俺の責任です。ケイ、リンドウ、よく帰ってきてくれた」
「シンくーん!」
「リーダー!」
全てを包み込むような微笑みを向けられ、ケイとリンドウは感極まってシンジに抱き着いた。
ゴッドイーター二人の突進を喰らってビクともしないシンジは二人を抱き留め、ケイの頭を撫でながらゲンに顔を向ける。ゲンはがくり、と頭を垂れ、一つ深い溜息を吐いた。
「まったく……教育係の同伴は義務だと言っているだろう、お前はもう何年リーダーやってるんだ。大体な、」
「あーはいはい、ゲンさんお説教はもういいでしょ。シンジくん、二人を連れてさっさと食堂行っちゃって」
「ありがとうございますヨシノさん、行くぞ!」
「はーい!」
「了解!」
「あっ! オイ!!」
*
新人ゴッドイーターの初任務後に、教育係と共に食堂で晩御飯を食べるのは、ある種恒例行事のようなものだ。
なんでも始まりはゲンとシンジらしく、二人が言うには、生物学上人間はものを食べているときは一番無防備になるという学説に殉じているらしい。なんともガチガチに凝り固まった話だが、本人たちは大真面目だし、それにケイは無意識にせよそれでソーマと仲良くなった感があるので反論はできない。無論、反論する気もないが。
「そういえばツバキちゃんは?」
「まだ任務中だ」
「え、見てすらない!?」
「贖罪の街なら、万が一があっても駆けつけられると思ったんだよ。まさか初っ端からヴァジュラに会うとはな………」
「やっぱりあのでかい方、結構強いやつだったんですか?」
「そうだな。極東支部新人ゴッドイーターの登竜門のような存在だ。」
「はー………よく生きてたな、俺たち。」
「えー、実際そんなに強くないよね? ツバキちゃんもウィルも割とすぐに戦わされてたし」
「二人は呑み込みが早かったからだ。ナツキは遅かっただろうが」
「そうだっけ?」
「それはそうと、お前なんで上官相手にタメ口なんだよ」
んー、と首を傾げて思い出そうと顔を顰めるケイに、リンドウが呆れ気味に言った。
忘れ気味ではあるが、シンジはこの極東支部では階級が高い分に入る。実を言えば本人が望めばもっと上に行けるのだが、その本人が昇進を蹴り続けている為、今も彼は中佐止まりだ、それでも十分高いが。
「だってシン君だし………やっぱり使った方が良い?」
「いらんいらん。そもそもの上官下官の垣根も低いしな。正規軍でもあるまいし」
「そう、もっと殺伐した場所だと思っていたのに、意外と平和で、どうしたらいいのか………」
「それみんな言うよね。思い出すなー、ツバキちゃんが入隊して一週間経った日のこと」
「平日に徹ゲーして怒られた日だな」
「『緊張感を持ってください!』ってね。いやー、いつ思い出しても正論にしか聞こえない」
「ふん、一日眠らないくらいで大袈裟な。俺は一週間徹夜してアラガミを狩り続けた男だぞ」
「カッコいいのか、酔った勢いとノリだったっていう真相に嘆けばいいのか…………」
総合的にカッコいいのに、全体的に残念だとシンジたる由縁である。
ちなみにその時は、当時極東にいたアラガミのおよそ半分以上を掃討したらしく、新規ハイブの建造とハイブ外の民間人の誘導避難が大分捗ったらしい。結果を見れば完全に英雄そのものなのに、なんだか納得のいかない話だ。
「で、どうだった二人とも。初めてのアラガミとの戦闘は」
「「死ぬかと思った」」
「はっはっは、まぁそうか」
声を揃えて言った二人に、シンジが快活な笑い声を上げる。
その時、ケイとリンドウの肩がぽん、と後ろから叩かれた。
「その感覚を大事にしろよ、おじょーちゃん。それにリンドウ少年も」
「タカさん!」
「リンドウ、この人は黒田キヨタカ。第二部隊のリーダーだ」
「つっても、第二部隊は俺しかいないけどな」
無精髭が生えた顎を摩りながら、キヨタカはくつくつと喉で笑った。
第二部隊は言ってしまえば徹底的な狙撃部隊だ。
キンタやツバキらが時と場合により配属されるが、普段はキヨタカだけで事足りているので一人なのである。キヨタカの神機がそれほど規格外なのもあるが。
「すみません遅れました! ケイ、リンドウ、初陣はどうだった?」
「聞いてないのか? そこそこひどく終わったぞ」
「具体的に言うとヴァジュラとシユウに当たった」
「はあ!?」
「うーわ」
ケイの憮然とした声音で告げられた事実に、ツバキは素っ頓狂な、キヨタカはドン引きした声を漏らした。
次いで、ツバキが慌ててケイに駆け寄り触診する。
「ケイ! 怪我は!?」
「くすぐったいよ。大丈夫、もう治ったから」
「姉上、俺は?」
「お前はどうせケイの後ろからちょこちょこ戦ってただけだろう」
「ひでぇ! 割とその通りだけど!」
「リンドウ、最後の方は結構よく動けてたよ」
「ホントか!?」
「うん。すごく動きやすかった」
ありがとう、とケイがにっこりと花が綻ぶように笑う。
その笑顔があんまりにも無邪気で幼いので、リンドウは一瞬ぐっと喉を詰まらせた。
意を決して、ツバキへ顔を向ける。
「姉上、明日からスパルタで頼む」
「教官と呼べ馬鹿者。わかっている、足手纏いにはさせないから安心しろ」
「ケイだって呼んでないじゃんかよ」
「ケイの教官は私じゃないからな」
「私はツバキちゃんが教官だったとしてもツバキちゃんと呼び続けるけどね!」
「…………せめてさん付けにしろ」
「うん、やだー!」
リンドウさん初登場!そして同期!私はGEではソーマが一番好きですが、何故かスマホのストラップはリンドウさんに長いことお供してもらっています。
人物紹介↓
雨宮リンドウ(17)
原作とあんまり変わってない。
強いて言えば感情表現が豊かで少し怒りっぽい。
ケイの唯一の同期同輩であり、これから大分深く長い付き合いになる。
まだタバコも酒の味も知らないペーペー。
黒田キヨタカ(30)
第二部隊リーダーであり、第二部隊のたった一人の隊員。
遅刻欠勤常連で、定時に来た時などは周囲に天変地異の前触れかと恐れられるほどずぼら。
狙撃技術だけは天下一品。軍属出身なので体術も結構得意。
無精髭を生やした若白髪のおっさんで、本人もおじさんを自称している。重度のヘビースモーカー&吞んだくれ、家事もめんどくさくて放置気味。薬の売人かと見紛うほど胡散臭い風貌とは裏腹に、外に出れば何故か子供からのラブコールが絶えない。自身も子供好きなために、訳アリなケイとソーマをよく気にかけている。
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喪失
やっぱり筋が良いな、と言われたのは、任務が終わってすぐの事だった。
振り抜きすぎて痛くなった右腕を回しながら声の主、もとい教育係であるシンジを見やると、シンジはにこりと笑ってケイの頭に手を乗せる。驚くべきことにその身体のどこにも返り血が全くないので、ケイは甘んじてそれを受け入れた。
「少し前に出過ぎる気はあるが、なりたてでここまでついて来れる奴は久しぶりだ」
「本当!?」
兄同然に慕うシンジに褒められ、ケイはぱあ、と顔色を明るくする。
屋根が無いタイプの軍用ジープに乗り込み、シンジがエンジンを掛けた。
ゴッドイーターの仕事には、あらゆる移動手段が必要不可欠だ。
大型自動車は勿論、場合によっては船や飛行機の誘導までする機会だってあるのだ。事実シンジは航空関係の資格をいくつかと、海技士免状なども有している。(彼が凝り性なだけで、実際は必須ではないが)
ゴッドイーター達はその職業の特殊さ故に免許は何歳でも取れるようになっているが、ケイなどはまだ身長的に足りないためしばらく他のゴッドイーターと同行するか、フェンリルの運転士に送ってもらうかするしかない。例え身長が伸びたとしても、方向音痴的な意味で免許は取れはしないだろうし周りが一人で行くのを全力で止めるだろうが。リンドウは絶賛取得中らしく半泣きになりながらツバキに教鞭を取られていた。ちなみに彼は語学も未だ堪能ではないため、そちらでも随分泣きを見ている。一方ケイはペイラーの書類を手伝う内に自然と語学が身に付き、不思議なほどすんなりと習得することができた。
閑話休題。
「そういえば、博士とソーマが帰って来るのは今日だったか?」
「うん。夕方すぎくらいに帰って来るってメールが朝に来てたよ」
ケイがゴッドイーターになって早三日。
その間、ペイラーはソーマを助手にアラガミ研究の学会に出席して極東から離れている。
アラガミ研究の第一人者と言って過言でないペイラーも、将来研究職に関わりたいと志すソーマもどうしても出席しないわけにはいかず、二人は泣きながら飛行機に乗ったのだった。
ケイはそれから例によって例のごとくシンジの部屋で寝起きしている。
もう十三歳なのに、とアオイにくすくす笑われたが、シンジが許す限りはケイは彼に甘えることにした。
「歯ブラシ持って帰るの忘れるなよ」
「忘れても携帯用の方があるから平気だよ」
「やめろ。最近ソーマが面倒なんだ」
「えー? うぅん、最近あんまり構ってあげられなかったからかな………」
「まぁそれもあるだろうが」
これ以上は言うまい、とシンジが深く溜息を吐く。
ケイ的にはどうしてそんな溜息を吐かれなきゃならないのか理解不能なので不満顔だ。
「シン君はまだ任務残ってる?」
「午後は待機だ。緊急のものが入らない限りは出撃しないさ」
その時、ジープに搭載されている通信機が繋がる音がして、二人は思わず視線を交わし、神妙な顔でスイッチをオンにした。
「こちらシンジ。何かあったか?」
『ユウナです! エマージェンシーコールが発令されました、今から指定のポイントへ向かって下さい!』
「何が出た」
『ボルグ・カムラン数体を中心に小型アラガミが多数発生しているとのことです。場所はここから南東へ距離25キロ!』
「………待て、南東距離25?」
『はい! 第二ハイヴ建設途中地点です! 多数の民間人が襲われています!』
「クソッ! ケイ、飛ばすぞ掴まれ! 舌噛むなよ!」
「うん!」
悪態を吐いたシンジはブレーキとアクセルを器用に使いこなして車体を急ターンさジープが出せる最大の速度で走らせる。整備されていない土地を荒っぽい運転で駆け抜けるものだから揺れも尋常でなく、ケイは奥歯を噛みしめながら取っ手に両手でしがみついた。
十分ほど全速で走り続けた後、目的地の第五ハイヴへ到着してジープから跳び降りた。
建設中だった壁や建物は無残に荒らされ、遠くで人々の悲鳴が聞こえる。どこから湧いてくるやら無数のアラガミが建設中のハイヴに押し寄せていた。
ボルグ・カムランをシンジに任せ、ケイは道中の邪魔なものは斬って捨て、悲鳴の方向へただ走る。
籠城していたのだろう建物に滑り込んだ時には、既に三分の一が致命傷を負っていて、護衛をしていたのだろうゴッドイーターの死体らしき肉塊が転がっていた。
ケイはそれが誰かを判別して悲しむ心を真っ先に殺し、次いで飛来してきたサイゴードを斬る。詰まりそうな声を荒げ、血まみれの人々へ一か所に固まるよう指示を出す。
外の敵はシンジが全て片付けるだろうから、ケイは守り抜けばいいだけだ。
津波の如く押し寄せてくるアラガミの群れに、ケイは気合を入れて斬りかかった。
「ケイ」
「シンくん」
「怪我人の手当、ひと段落ついただろう。手を合わせに行くぞ」
「…………うん」
アラガミを殲滅し終えた後、支部に連絡を入れてひどい怪我をしている人々をケイが手当し、シンジは周囲の警戒と軽症の人々と共に遺体の運び出しと確認をそれぞれ行った。
突然あっちこっちで大量発生したようで、支部も今はてんやわんや状態らしい。
輸送車が来るのは二時間ほどかかるらしかった。
「何人死んだの?」
「二十一。内三人がゴッドイーターだ」
少し離れた寂れた建物の入り口をくぐり、中の布をかぶせられた人々の合間を歩く。シンジが立ち止まった前の遺体に被せられた布から、彼女のチャームポイントであるラメ入りのヘアゴムが通された腕が、力なくはみ出ていた。
「エミリーだね………」
「ああ。そっちはリョウ、こいつはユウキだな」
いつ死ぬか分からないゴッドイーターたちは、皆遺体がぐちゃぐちゃになっても判別できるように、と各々目立つものを付けてる者が多いが、そんなものがなくても、皆誰が誰の遺体なのかすぐに察することができた。生死を分ける日々を共にした事もあるし、多分みんな、見つけてもらえるように必死になるから、見つけられるのも自然とできるのだろう。
布の上からエミリーだったものを撫でれば、その下から不快な粘着系の音がして、悲しかった。
どれほどかじっと黙祷したあと、ケイの通信端末が鳴って、ようやくケイは立ち上がった。
のろのろと端末を確認し、受信したメールを確認する。
「誰からだ?」
「ソーマから。まったく、どうしてこういうタイミングはいつも良いのかな………」
――もうすぐ支部に着く。今日は一緒に晩御飯を作ろう。
簡素なメールだけども、きっと彼なりに勇気を振り絞って綴ったに違いない。おそらくまだケイたちが任務に出ている事さえ知らないだろうに。
こういう何気ない、真っすぐな好意に、ケイはいつだって救われてきた。
ぽろりと落ちる涙を慌てて拭うと、シンジがその頭をぐしゃぐしゃに撫でて、涙が止まるまで腹を貸してくれた。
ゴッドイーターは死ぬのも仕事だ、そんなことはわかってる。
それでも、彼らの強さと優しさと勇気と、人々を守ろうとするこころを、そんなものに押し込めてしまいたくなんてなかった。
ケイはゴッドイーターになる前からずっと死んでいく人々を見ていたけれど、いつまで経っても、その喪失には慣れない。
それで良いと、シンジが愛しそうに呟く。
夕暮れが、痛いほど鮮やかに全てを照らしていた。
「あ、リンドウ」
「……………おう。」
神機の格納庫で偶然鉢合わせ、二人はぎこちなく挨拶をした。
リンドウの方でも一人、殉職者が出たというのは、ここに来る途中にツバキに聞いた。
私がもっとしっかりしていれば、と悔やむ彼女をぎゅうと抱きしめて、ツバキちゃんが生きていて良かった、とだけケイは言った。
「わかっちゃいたが、キツいな。俺はまだあんま面識なかったけどさ……」
「………ケンはねぇ、ぶっちゃけ短気」
「お!?おう」
「すぐ怒るし、喧嘩も手が出るのも早いし」
ケイはここにきてもう長いから、極東支部に所属しているゴッドイーター達とほとんど全員面識がある。みんな今よりずっと子供だったケイとソーマを可愛がってくれた、良い人たちばっかりだったのだ。
偶に子供嫌いがいたりしたけれど、それでも。
「でも、作ってくれるココアは美味しかった。そういう人だったよ」
「……そうか」
「まぁめったに作ってくれなかったけどね。ソーマと喧嘩した時とか、たまに」
「ソーマ? そんな名前のやついたか?」
「あー、訓練生の子。私の弟みたいなものよ。今日お父さんと帰ってくるの」
「お前、親いたのか」
「血は繋がってないけどね。私、拾われっこだから」
「仲良いのか?」
「ゴッドイーターになれるのを阻止されかけるくらいには」
そりゃあ良い親父さんじゃねぇの、とリンドウは可笑しそうに笑う。
神機を格納し、楠木に礼を言って揃いで部屋から出る。
「明日はお前のとこと合同か」
「うん。私たちの代は私たちっきりだからね、バディには最低限慣れてないと」
アラガミの大量発生が通常の現代では、ゴッドイーターは常にペア以上のチームが厳命されている。
例外を上げるとするならここ極東支部の最高戦力であるシンジだけだ。
「リンドウ!」
「ゲッ、姉上」
「あ、ツバキちゃん」
「ケイか、任務ご苦労様。リンドウ、ゲッとはなんだゲッとは。報告書、これはなんだ! 文の構成はしっちゃかめっちゃかだし字は間違ってるし、なにより汚くて読めん! やり直しだ馬鹿者!」
「ハイッ! ゴメンナサイデシタ!」
「何をふざけてるんだ! ケイ!」
「ひゃい!?」
リンドウが書いたのだろう、まったくツバキの言う通りに読めない報告書が面前に突き付けられ、リンドウは肩を跳ねらせ怒声に耐えるように顔を中心に寄せた。突然名前を怒鳴られケイも身体を強張らせ情けない返事をする。
「リンドウを手伝ってやれ………っと、もうすぐ着くんだったな。リンドウ、やっぱり自分でやれ」
「えー」
「えっホント!? ごめんリンドウ! ありがとツバキちゃん! ばいばい!」
「廊下は走るな!」
「ツバキちゃんには言われたくなぁーい!」
ケイが軽やかな笑い声を上げながら駆けていく。
よっぽど帰ってくるのが楽しみだったらしい。
「ケイの父親と弟が帰ってくるって………」
「………それ、ソーマには言うなよ。弟なんて言ったらキレるぞ。」
「え」
「………まぁ、会えばわかる」
*
「ケイ!」
「おかえり、ソーマ! お父さんも!」
「うん、ただいま。ゴッドイーター就任のとき、傍にいれなくてごめんよ」
エレベーターから降りるや否や跳び付いてきたソーマを受け止め、頭を撫でるペイラーの手にくすぐったそうに目を細める。
「ううん、平気だった。シン君たちがいたし。同期も良い奴よ」
「……そうかい」
ぐりぐりと押し付けられる頭を撫でながら、ケイはにっこりと笑みを浮かべる。
男子三日会わざるや、とは言うが、少女も含まれるのだろうか。少し大人びた笑みを浮かべるケイの頭を、ペイラーはくしゃくしゃと撫でた。
「お父さん?」
「いや、なんでもない。報告書をまとめて来るよ。二人は部屋に戻っててくれ」
「はぁい」
「わかった」
最後にケイとソーマの頭をぽんぽんと撫で、ペイラーは研究棟へ姿を消した。
その背中を見送って数秒、ケイとソーマは無言で顔を見合わせ、くすりと同時にひとつ笑みを零す。
「行こっか。夕飯、手伝ってくれるんでしょ?」
「………皮むき程度でたのむ」
「ふふっ、はいはい」
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日常
エントランスは休憩所と消費品売り場も兼ねているため、ゴッドイーターたちが談笑している姿や屯っている姿もよく見られる。
そういうわけで出撃前である朝のエントランスはがやがやと今日も騒がしく、その中でもとびきり五月蠅いのが第一部隊の連中だ。
「コラッ! ソーマ! お前は訓練生だろうが!」
「嫌だ、俺も行く!!」
「八歳児が生意気言うな!」
「今年で九歳だ!」
「あらあら~」
「可愛いッスね~」
「おいおい、まだゴネてるのか、お前のとこの弟は」
「弟言うな!!」
リンドウが到着した頃には、その騒動はすっかり出来上がっていて、他の部隊の連中もやんややんやと面白おかしく眺めていたり囃し立てている。
そこで、珍しく所在なさげに立っている同期の小さな姿を見つけ、リンドウはその頭に肘を置いて寄りかかった。
「よっ、どうしたんだ?」
「リンドウ。んー、いやーウチの子がね、おっと」
「ケイ! ケイからも何か言ってくれ!」
「いや私はソーマに来てほしくはないかな」
「なんでだ!」
「ケイ、こいつは?」
「昨日話した子。ソーマ、挨拶」
「~~…………ソーマ・シックザール。訓練生だ。」
「そう、訓練生。わかるわね、ソーマ」
「……………………………………………………」
いかにも憮然といった、苦虫をまとめて百匹ほど噛みつぶしたようなソーマは、ケイの言葉の意味が理解できたのだろう。不貞腐れたようにそっぽを向いた彼に、ケイは困ったように微笑んだ。
「ちゃんと帰って来るから」
しゃがんでソーマに目線を合わせ、ね、と首を小さく傾げる。
増々もって口を尖らすソーマは何も言わず、やや間を置いて小さく頷いた。
「つっても、今日はリーダーと姉上とだろ?しかも俺もいる。まぁ生きては帰れるよな」
「あはは、リンドウは不安要素しかないけど」
「大分マシにはなったぞ」
「ツバキちゃん!」
「やっと揃ったか」
「遅れてすみません」
「いいさ。さあお前ら、ミーティングの時間だ並べー」
「了解」
「ソーマ、またね」
「………………ん」
*
「今回の任務は、コンゴウ四体、グボロ・グボロ三体の殲滅及びコア回収だ。場所は鎮魂の寺。そうそう事は起こらないだろうが、油断はしないこと。今回はお前ら二人の連携の練習だから、俺たちはあくまでその補佐だ。便宜上俺が指揮をするが、それぞれ別のポイントでアラガミを殲滅する。危なくなったらすぐ通信を繋ぐこと。あまり突っ走らない事。そう遠くまで行かない事」
特にケイ! と名指しで念を押され、はぁい、と苦笑いで返したのは記憶に新しい。
装備を整えて、神機を担いで指定されたゲートに向かえば、既にシンジがジープに乗り込んでいて、ケイは神機を荷台に放り投げて飛び乗った。神機の反動でジープが大きく揺れる。
「うおっ、自分の半身投げんな」
「えー、二機持ってるのに半身も何もないよ。精々三分の一身程度じゃないと」
「そういう意味じゃない」
びしっ、とシンジの力の割には軽いデコピンがケイの額を弾く。そこを擦りながら支部の方を見れば、神機を手を振るようにこちらへ左右に振るリンドウと、それを窘めるツバキの姿が見えた。
「にしても、姉上の言う事がわかるヤツだったなぁ、ソーマってのは」
「………ツバキちゃん、何言ったの。」
「ソーマについては見た方が早いと言ったんだ」
ゴトゴトと荷台に揺られながら、リンドウが同じく荷台に乗るケイを揶揄うように笑う。リーダーたるシンジが運転し、ツバキがその助手席に座っている。鎮魂の寺はそう遠くではないが、それでもジープで一時間はかかる。
「見た感想は?」
「マセたクソガキだなぁと」
「ひどい言いようだね!?」
「あとお前のこと好きすぎね?」
「ああ、それだけ分かってればソーマについての理解は八割方合ってる」
「ツバキちゃん!?」
「来月から遠征任務入れるのに、あんなんで大丈夫なのか」
「大丈夫でしょ……………たぶん。お父さんもキョーカンもいるし…………」
頭痛を堪えるように、ケイは深刻そうに頭を抱えた。
来月に入れば、ケイとリンドウは遠征任務を主に活動することになる。教育係も取れ、先輩ゴッドイーターにくっついて世界各地の護衛任務やら殲滅任務やらに当たるのだ。
軍部は未だにゴッドイーターの力を拒否してるらしいが、既に民間ではゴッドイーターの活用は珍しくない。
それほど、世界は逼迫してきていると言う事だ。
普通はもう少し研修期間は長いのだが、ケイとリンドウはどちらもかなり筋が良く、異例のスピードで一人前のゴッドイーターになりつつある。
話している内に着いたらしく、ジープが止まりシンジが着いたぞ降りろーと声を掛ける。
さながら遠足の引率者のようだ。
一方ケイたちも各々好き勝手に返事してわらわらと荷台から飛び降りる。
「危険を感じたらすぐ連絡すること、散開!」
シンジとツバキ、ケイとリンドウに分かれ、ポイントへ移動する。鎮魂の寺はそう広くはないので、その分アラガミが密集すると戦い辛い。
「おーいケイ、こっちだ」
「………………………むーん」
「お前、ホントに方向音痴だよなぁ」
「誰にでも得意不得意はあるの!」
言いながらもちょっと凹んだ様子のケイに、リンドウは小さく笑い声を零す。
照りつける太陽が眩しく、手で傘を作って空を仰いだ。
リンドウの記憶の中のこの場所は、冬の印象が強い。
雪の降りすさぶ中、姉上と、幼馴染の少女と、この廃寺でかくれんぼやらおにごっこやらをよくしたものだった。
今ではもう、面影が残るのみだ。
「もうすぐ夏だねー」
「そうだなぁ。夏になったら、海でも行くか」
「神機背負って?」
「ははっ、違いねぇや」
この世のどこにも安息の地などない。
アラガミは何処にでも沸くし、海からもやって来る。
のんびりビーチではしゃげるなんて、もう十何年も昔の話だし、何十年も先の話だろう。
曲がり角に差し掛かって、そっと角から顔を出せば、開けた場所でコンゴウが一体資材を貪っていた。リンドウに目配せして、背後に回るようにこっそりと近寄る。
今すぐぶった切りたい衝動をおさえ、静かに足を進めて二人良いポジションを取った。
せーの、と踏ん切ってコンゴウの右腕に刃を斬り込ませる。
それと殆ど同時に左腕に斬りかかるリンドウを視界の隅で捉えてくすりと笑みを漏らした。
やっぱり私達息ピッタリだねバッチグーだね。
同時に急所を切り裂かれたコンゴウは醜い叫び声をあげてよろめく。しかし、流石にたった二発で倒れるコンゴウではない。一瞬身を縮こませた後、力をためるように身を屈めた。二人はそれぞれの方向に飛びのき、舞うように攻撃を繰り出すコンゴウの拳から逃れる。
直後、別方向から似て非なる叫び声が複数響き、二人は目だけをそちらへ向けた。
右の家屋の屋根に一体、左の曲がり角に一体、そして、今まさに上空から落下してきて二人と不意打ちを喰らったコンゴウの間に立ちふさがるように降り立った一体。
「一気に来てくれるなんて、親切ね」
「全くだ。いけるか、ケイ」
「誰にもの言ってんの、右と左は任せたよ!」
「オーライ!」
後ろに一切の不安を抱かず、二人は別方向に力強く地を蹴って高く跳びあがった。
*
「実際、どうなんだそっちは」
戦闘の音を察知して、地を這うグボロ・グボロがドタドタと忙しない足音を立てて駆けていく。
それを大穴が開いた建造物の屋根の上から眺めながら、シンジは傍らのツバキに問いかけた。
「悪くないです。が、大丈夫でしょうか。コンゴウ四体にグボロ三体の乱戦は、いくらなんでも早すぎるのでは?」
「なに、やばそうになったら手を貸すさ。…………それに、早めなきゃならない理由もあるしな」
後半の言葉は、すぐ近くで戦闘しているらしいケイとリンドウの破壊音で掻き消され、ツバキには届かなかった。
ドガァン、バキバキバキ、と家屋が崩壊する音が耳に届く。
人がいないからってぼんぼこ壊しやがってまったく、ケイはともかく、リンドウにとってここは故郷みたいなもんじゃないのか。過った負の考えを引き裂くようなその騒がしい音に、シンジはふっと苦笑を漏らして二人がいるであろう砂塵が舞う方向に目をやった。
「派手にやってるなぁ」
*
一方、ケイとリンドウはというと、三体のコンゴウを地に堕とし、一体が捕食か何かに行ったために逃したところだった。
すぐに追おうとしたところで、先ほどぶっ壊した家屋が目に入る。
「わあ、やっばい。これ誰の家だろう」
「家じゃねーよ、ここも寺の一部」
「えっ、知ってるの? って、わ!」
「ん? うおっ!」
地面に暗い緑が渦巻き、二人は反射でその場から飛びのく。
コンゴウ一体を逃したと思ったら、今度はグボロ・グボロの来襲だ。
うげっ、と二人舌を出して苦い顔をし、再度神機を構える。
「ちゃんと一発で仕留めろよ」
「当然」
ご丁寧に二体並んだグボロ・グボロが咆哮を上げる。
対するケイとリンドウもそっくり二人並び立つ。
最早掛け声どころか、目配せすらいらなかった。
元々相性が良かったのだが、今回の戦闘で増々それが鋭くなっている。それがとても心地よくて、ケイは口元に笑みを浮かべた。
その一瞬後、ズゥゥン、と二体のグボロ・グボロが同時に地に伏せる。
二人がぶった切ったのだ。
「コアを回収回収ーっと」
「んーー、グボロは流石にイマイチだな。」
「研究職からすれば、グボロ・グボロだって大事な資料なのだよ、リンドウくん。似てた?」
「似てねー」
神機を捕食モードにしてコアを回収し、逃げたコンゴウを狩ろうと駆け出しながら冗談を交わす。
似てないと一刀両断されたケイは口を尖らせながら思い出したように先ほどの会話を引っ張り出した。
「ちぇ。そういえば、さっき聞いたけど、リンドウはここ知ってるの?」
「まぁな。ガキの頃、ここらへんに住んでたんだ。姉上とサクヤと、よくここで遊んだもんだ」
「じゃあ思い出の場所だ。壊しちゃってごめんね、リンドウ」
「構わねぇさ。本堂の扉なんざ、俺ガキの頃何回壊したか分からんくらい壊したし」
「それはリンドウは反省した方が良いと思う」
うっせーやい、と小突き合いながらシユウを探して駆けまわる。
ケイはもしかしたら着いた頃にはシン君たちが倒してくれてたかもなぁ、と甘い考えをぼんやり抱くが、これは二人の訓練なので残念ながらそれはありえない。五分ほど周囲を彷徨ったところで、ケイは先に行こうとするリンドウの後ろ襟を取って陰に引っ張り込んだ。ぐえっ、と蛙が潰れたような声を出す相棒にしーっ、とジェスチャーしてちょいちょい、と資材を捕食しているコンゴウを指差す。
「お、不意打ちできそうだな」
「うん。やっちゃおっか、リンドウ!」
ニッ、と二人不敵に笑みを浮かべ合って神機を構える。
この短時間で二人は、足取りを合わせて、呼吸を合わせる作業を、相手を顧みることなく熟した。
不躾な通信機器なんかより、テレパシーみたいな超能力よりずっと自然に。
今度は心の中だけでせーのと言って、二人とも全く同じタイミングで飛び出し、コンゴウを横と縦にぶった斬った。そのまま二振り目をその巨体に刻み込んだところで、コンゴウは悲鳴を上げる隙すら貰えず絶命した。もうもうと黒い煙が立ち上る翼の生えたそれはゆっくりと残った胴体を地に投げ出した。
「任務完了、と。シン君たちに連絡入れなきゃ」
「リーダー達、結局まったく介入してこなかったな………これ、新人に任せる仕事じゃねーよ」
「ねー。ほんと、シン君ってばスパルタなんだから」
リンドウはコアを回収しながら、ケイはインカムで通信を繋がせながら肩を竦めた。
なかよし第一部隊とタカさん、最早吹っ切れてるソーマ、見守る保護者、いつか相棒になるふたり
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日常2
ケイには自分専用の神機が二つある。
一つは現在ケイが使っている、ゴッドイーターたちにごく一般的に使われている第一世代型のロングブレード固定の神機。
そしてもう一つは、記憶の始めからずっと傍にあるもので、違和感もなく受け入れていたものだ。
まるで赤ん坊の頃から、あるいはもっとずっと前から絶えず身に付けていたような、自分の手足のような感覚に近い。まるで当たり前にあったそれは、今はペイラーの倉庫の奥深く、最も厳重に保管されている。
それは研究対象として非常に興味深いからというのもあるが、きっと一番大きな理由はケイの唯一の手がかりだからだ。
ペイラーがケイのことをとても尊重している証だった。
それはともかく、ケイは現在その神機は使っていない。
自分勝手にカスタマイズしたのだろうそれは、未だに見たことがないアラガミの素材を使っていたりと目立つからだ。
まぁとにかくそんなわけで、ケイは今この世代の神機を使っている。
後に旧型と呼ばれるそれは、銃か剣かにあらかじめ固定されていて、途中で変わることは殆どない。殆どというのは、ごく稀にどんな神機にも適応できるというめちゃくちゃな因子を持ってる人がいるからだ。ケイもそのタイプである故に神機実験に高確率で呼び出されるのだが、ここではその話は割愛する。
しかし普段のケイはこよなく接近戦を愛するイノシシであり、ライフルは扱えはするが使用することはほぼない。
そして、ケイの教育係のシンジは大型剣一筋。
つまり何が言いたいのかと言うと、ブレード型二人のこの組み合わせはどう考えてもおかしいということだ。
「そこんとこどう思うシン君」
「どうにかなってるからいいんじゃないか」
ズバリとぶったぎられ、ケイはがくりと項垂れる。
どうにかなってしまってることがまず問題なのだが。
かといっても、今年の新人であるケイとリンドウは両名共にブレード型であり、一部を除いたライフル型がここ最近出払ってるので仕方ないとも言えるが。
アラガミ発生に贖罪の街へ駆り出されて早三時間。
黒く濁り自然消滅するはずのアラガミの死体が地を埋め尽くしている。一応徐々に消えていっているはずだが、それよりも死体を量産するほうが早いので増える一方なのだ。
そう、今まさに大量のアラガミを屠っている最中であった。
「今何時だ?」
「7時半過ぎ」
「そうか、もうそんなに経っていたか。そろそろ終わって欲しいもんだ」
「本当にね・・・あーあ、ソーマに怒られちゃうよー」
「諦めろ」
早朝からアラガミ出現なんてついていない。
叩き起こされそのまま転がるように出撃したのだから、まさか朝の4時に起こすこともできず、何も言えずじまいだった。
アラガミってやつはどうしてこう空気が読めないんだろう、読めないのだから吸わなきゃいいのに。
「おぉっ、見ろケイ。この群れで終わりらしい」
一際大きな個体の後ろには、小型アラガミがぽつぽつといるぐらいで、勢いもなければ数も多くない。
どうやらやっと発生が治まったらしい。
「ひー、ふー、みー………三十匹くらい、ね」
「一体一分で片を付けるぞ」
「ヴァジュラ一分は無理! せめて五分!」
「三分だ」
「鬼ぃー!!」
旧型にカスタマイズ要素はない。
つまり強くなるには、技術と適合率を研くしかない。
幸いにもケイには天性のそれがあった。
まるで体が覚えていたかのように、体の一部みたいに神機を自由に操る。
迫るヴァジュラの左前足を寸分違わず一番弾きやすい右下から跳ね上げ、キィンッと神機が高い音を上げた。予想外の反撃に両前足を上げてよろめくヴァジュラの懐へ一気に入り込み、比較的柔らかい腹へ連撃を叩き込む。十ほど斬ったところでヴァジュラはアッサリと後ろへ無様に倒れたので、ケイはすかさず顔面へ跳んだ。確かにヴァジュラは普段狩っている小型アラガミに比べ耐久力が高いが、そんなもの、レベルを上げて物理で殴ればいいのである。渾身の一撃を顔面へ叩き入れると、ヴァジュラはビクリと大きく痙攣して、動かなくなった。
「止まるな、次行け」
「りょーかい!」
半ばヤケクソのように返答して、ケイは神機をがっちりと掴み、次の標的へと跳躍した。
その実に45分後、戦闘は終了。
ケイはへとへとで、シンジは息一つ乱さず、帰路に着くのだった。
「ソーマ! ただいまって待って待って! 今血まみれだから!」
9時前、アナグラに帰還して報告を終えたケイは駆け寄ってきたソーマに待ったと悲鳴を上げる。
久方ぶりの大量発生、及び大量殲滅のため、ケイの身はところどころ返り血でまみれている。更に酷いシンジはケイに報告を任せて一足先にシャワー室だ。ちょっと大分、人の前に出すのは憚られるほどだったので。
「あ、そっか。ソーマは今日訓練ない日だったっけ」
「稽古つけてくれるって言った」
「はいはい今思い出しました。ちょっと待っててね」
無事な方の手でぐりぐりとソーマの頭を撫で、小走りで自室へ、それからシャワー室へ向かう。
途中すれ違ったシンジに報告を終えた事を伝えて、30分経たない内にエントランスへ戻った。昔はアナグラ内でもよく迷ったものだが、流石にもう主要な所には難なく着けるようになっている。実は1年前までくらいはまだよく迷ってたなんてことは、からかわれるので絶対にリンドウには言わない。
「ごめん待たせたっ」
「別に…………仕事だったんだろ」
「ふふ、ありがとー」
気にするなというところだろう。
ソーマは優しいなぁと勝手にホクホクしていると、後ろにいたリンドウが引き気味にお前は翻訳機かと呟いた。
「おそようリンドウ」
「おう。二人でお出かけかい?」
「訓練場だよ。体動かさないと落ち着かないらしくて。リンドウは?」
「俺は姉上、じゃなかった教官殿と訓練。外のやつら根こそぎ刈ってくれた奴が同期にいてな、近場は空っぽらしい。いやあ誰だろうなー」
「冗談! 文句ならシン君に言ってよ。集まってきたアラガミ、私が倒したのなんて精々3割だもん」
「相変わらずぶっ飛んだ隊長なことで」
げんなり、とリンドウが疲れたような表情で言う。
シンジの規格外さは極東でも抜きん出ている。
純粋な一対一ならケイもそこそこ対抗できるようになったが、対集団戦においてシンジの右に出る者はいないだろう。
上に行くには充分すぎるほどの武勲を上げているが、最前線極東の第一部隊隊長という職が性に合っているらしく、移動命令を悉く蹴っ飛ばしている。あれ、命令って蹴れたっけと思うも、シンジだから気にしない。
そうこう話している内に、焦れたソーマがケイの腕を引っ張った。
「ケイ」
「あ、ごめん。じゃあリンドウ、私行くから」
「おー」
ソーマに引っ張られるままに足を動かし、リンドウに声をかけてエントランスを後にする。
目指すは馴染みの第八訓練場だ。
第八訓練場は昔からソーマがよく使っているため他に人が来ることはほぼない。
昔はゴッドイーター達がソーマを忌避したからだが、今は純粋にソーマが常連だから自然と皆譲っているだけだ。
「無限湧きで、制限時間は………三十分ね」
「一時間はいけるぞ」
「三十分を耐えてからね。ほら行くよ!」
訓練場のシステムは大きく分けて三つ。
一つは完全初心者専用の、ただの的。
壊れても代えが利く消耗品が相手であり、そのサンドバッグもアラガミを形容していない。バレッドの試し撃ちなんかもこれに加わる。
もう一つは動かない模擬アラガミで、これは訓練兵用だ。
特定のアラガミの弱点の場所を自分で探り、当てる感覚を掴むためのものである。
そして今回二人が使用する最後の一つが、ソーマとケイが幼い頃から使用している完全模擬アラガミ。
アラガミの行動のデータを録ってパターン化し、それを限りなくアラガミに近い物質と硬さで作った、簡単に説明すればAIロボのようなもの。壊された順から回収され、地面の下で専用の全自動ロボに修理され、また室内の違う場所にランダムで排出される。といっても、今のところ流石に機械の駆動に限度があり、今のところは三時間が限界だ。
ちなみにシンジなんかはあんまりにも模擬アラガミを手早く壊してしまうために早々に使用禁止にされている。まぁ、シンジには模擬じゃない本物が外で待っているから、あまり必要とは思わないだろうが。
ケイは余裕で、ソーマは若干息切れしつつ三十分を乗り切り、訓練を終了しますというアナウンスと共に出現していた模擬アラガミが地面に消えていった。
「うん、中々」
「だから一時間でいいと言ったのに」
「そうね、これから三十分追加してもいいんだけど………」
「……なんだ」
「いや、なんか、嫌な予感が」
そわそわとケイが落ち着かなさげに宙を見上げた一瞬後、ブザーランプが赤く点滅すると共にけたたましい警報音を響かせた。
続いてオペレーターであるユウナの『居住区に複数のアラガミが侵入してきました! 手の空いてるゴッドイーターは総員向かって下さい! 場所はAブロック北!繰り返します――』というスピーカー越しの声。
ソーマの胡乱気な、ともすれば気の毒そうな視線がケイに突き刺さる。
「お前、やっぱりエスパーだったのか」
「んなわけないでしょ。ってやっぱりってなに!?」
ソーマの珍しい冗談(本人は割と本気)を笑いながら、着けっぱなしだったインカムを耳に再度しっかりと詰めた。
行ってくるね、とソーマへの挨拶もそこそこに訓練場を出る。
それと殆ど同時に、ジジ、と軽いラジオの調律音のような音の後にシンジの声が通信で届いた。
『ケイ、聞こえてるな?』
「シン君、どうしたの? 侵攻地点が増えたとか?」
『それもあるが、現在、砲撃部隊が出払ってるとの連絡が入った。丁度いい機会だから、お前はキヨタカのところへ行ってこい。神機の持ち替えテストだ。あとBブロック方面の壁も破られた』
「うげっ………今、空いてる神機あったっけ?」
正式にゴッドイーターになってからは、まだ一度も遠距離型の神機には触れていない。
調整ついでに手の足りないところを強引に補おうと言う算段だ。
一応、ケイはこの支部にあるほとんどの神機と適合経験があるが、現在使われてない神機までは把握していない。
しかし、そんなケイの困惑を杞憂だと言うようにシンジは返答する。
『心配無用だ、既に楠に連絡が行ってる』
「はいはーい。そういうことなら了解です!」
『キヨタカは、』
「中央棟の屋上でしょ、分かってるって」
話しながらも、ケイはまず神機保管庫へ足を早め、会話が終わったところで本格的に走り出した。ゴッドイーターの本気走りにより五分と経たず着いた保管庫には、整備士の楠トウジが待っていたという風貌で仁王立ちしていた。
「楠さん! 使えるのは?」
「50型と、金剛大筒、獣砲のどれかだ」
「えっと、じゃあ獣砲で!」
「無難だな、持ってけ。ただし、」
「「壊すなよ」でしょ? わかってるわかってるー!」
軽快に返事をして、意を決して神機の柄を掴む。
瞬間、電気が通ったかのような衝撃が腕に走って、数秒後にはケイの掌に吸いつくように馴染んだ。ピリピリと少し腕が痺れているけれど、稼働に特に問題はない。ぶん、と軽く振って痺れを振り払い、楠に軽く挨拶してから格納庫室を飛び出す。
階段を二段飛ばしで駆け上り、この支部で一番高い位置にある屋上に上り詰めた。勢いよく扉を開けば、そこには既にキヨタカがいて、傍らの重装型遠距離超特化神機が鎮座している。
キヨタカの神機は、ここ極東の中で最も特異と言っても良い形をしている。
まず神機そのもののサイズがケタ違いなほど大きい。大砲と見紛うほどの大きさのソレは、当然その飛距離も、威力も大きい。その射程範囲内は成層圏まで届くとも言われるほどで、通称鷹の眼カスタムと呼ばれている。
今のところクセがありすぎて適合者は世界中のどこ探したって卓越した射撃能力を持つキヨタカ一人だ。(ケイも流石にこれを使うのは遠慮したい)使い勝手が決して良いとは言えないそれは、当然持ち運びができない代物なので、最早人間固定砲台のようなものだ。
「タカさん!」
「おっ、来たなお嬢ちゃん。そら、さっさと構えろー」
「はぁい。キンちゃんとウィルは?」
「地上だよ。お嬢ちゃんのソレはまだ試運転範囲内だからな。ま、気楽にやれや」
「うん、分かった」
ともすれば本人すら忘れがちだけれども、ケイは全ての神機に対応し得るかたちの因子を持つ特殊体質である。それは今のところ極東の極々一部しか知らない機密で、一般隊員に説明される予定は今のところない。何せそんな因子のかたちは、現在は世界中でケイ・サカキただ一人なので。
銃器自体はケイも一通り訓練を受けている。銃型の神機も同様だ。
手早くセーフティを外して、標準を合わせて引き金を指で引いた。
結論として、ケイの遠距離型神機実用試験は成功だった。
けれど、まぁ。
「私に射撃の才能はほぼないことがわかった!」
「なにを誇らしげに宣言しているんだ」
そう、ケイに長距離精密射撃の才能はほぼ無かった。
何度か持ち替えた結果、ブラストでほどほどの距離の敵を撃墜するなら得意だし、誤射だけはないので戦力としては申し分ないが。
「スナイパー型で命中率30%か・・・・ブラストでは83%なのにな」
「シン君だって使ってみればいいんだよ、スナイパー型の苦労がわかるから」
「ウィンチェスターなら使ったことあるぞ」
「それマジモンじゃん…………」
何故に若い身空でそんなものを使用する事態になっていたのか甚だ疑問である。
いや十中八九アラガミのせいだろうけれど。
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卒業
「おーいケイ、起きろー。そろそろ着くってよ」
ゆさゆさと遠慮なく揺さぶられ、あと、三時間・・・と愚図ればばしっ、と軽く頭がはたかれたので、ケイはしぶしぶ目を開けて体を起こした。
ゴッドイーターになって早二週間。
教育期間が終わるまで後二週間で、丁度折り返し地点となった日のことだった。
シンジがとてもイイ笑顔で渡してきた任務は鬼畜を極めでもしたのかという感じの内容で、ケイとリンドウは揃って顔を引き攣らせた。このリーダー、新人相手に加減というものを知らないのだろうかと一瞬疑ったが、何しろ急を要するものだったので二人は駆け足で現場へと向かった。旧横浜でアラガミが超大量発生したことにおいての緊急配備なのだが、それにしたってコンゴウ50体は流石にやりすぎだと思う。コンゴウがコンゴウとコンゴウしてコンゴウで、コンゴウという存在がゲシュタルト崩壊するほどのものだった。向こう一週間はコンゴウが見たくない。
そんな任務をなんとか完遂ししたのはすっかり日を跨いだ時間帯で、再度襲来するのを恐れた依頼人にもう一日警護してくれと頼まれて、結局アナグラに帰還できたのはすっかり夜の帳が下りた頃だった。神機を担いでヘリから降りて、倉庫にしまって報告書をユウナに提出と、ここ二週間ですっかり習慣化した流れ作業を駄弁りながら終わらせる。ご飯食べてさっさと寝るか、と食堂の扉を開いた時。
パンッ、パパンッ、と火薬の破裂する音が辺りに響いた。
思わず中腰になる二人は同じ方向を見て、それからぽかんと口を開けた。
色とりどりの紙吹雪が舞い、二人は細長い色紙を頭からかぶる。間違う事なく、クラッカーだった、パーティでよく見るあの。
「…………シン君? ツバキちゃん?」
「いかにも」
「うわ、姉上クラッカー似合わなすぎ………‥…」
「うるさい。まったく、口の減らない……‥」
ケイの戸惑い交じりの言葉に、シンジは胸を張るまでして大仰に首肯する。ケイも、こんなんだがリンドウも困惑を極め、眼をぐるぐるにさせて混乱していた。
「えっと………あ! でも、あれ? 教育期間終了までなら、あと二週間はあるよね?」
「二人は優秀だからな。前倒しにさせてもらった」
「え……えぇーっ。そういうことは早く言ってよっ!」
「言ったら抜き打ちテストじゃなくなるだろう。二人とも合格だ。どこに出しても恥ずかしくない立派なゴッドイーターだぞ。どうだ嬉しいだろう?」
「う、嬉しいような、これから待ち受けているだろう任務のハードさを思うと複雑なような………」
「私は全然嬉しくないよーっ。遠征任務行きたくない!」
ケイはわーんっ、と泣き真似をするが、言ってる内容は本心からのものだった。
何せ、遠征任務は一つ一つに一週間は最低でもかかるし、その間大陸を跨ぐほどのまともな通信手段なんてないに等しいから、ペイラーともソーマとも、もちろんシンジなどとも業務連絡以外は殆ど一切できないのだ。忘れがちだけれどまだ僅か十三歳のケイでは、さみしい、と悲しむのも道理である。
「ケイ。今も俺たちの力を必要としてる人が世界中にいるんだ、甘えた事言ってるな」
「…………世界なんてどうでもいいもん」
世界の為なんぞに戦ってるゴッドイーターはほとんどいない。
ケイのように、大事な人たちをただひたすら守る為になった者が殆どで、そしてそれは叱責するはずのシンジもそうだった。
「そうだな。お前はそんなものの為に戦わなくていい。だから人を救ってこい。力なき人を守ってこい。できるな?」
「……………………………………うん」
わしわしと頭を乱雑に撫でまわされ、ケイは少し目を伏せてから、大丈夫、ちゃんとできるよと笑顔で頷いた。
シンジは教育期間中、口が酸っぱくなるほど、壊すために神機を振るうんじゃない、誰かを守るために神機を振るえとケイに言い聞かせた。
それはどちらかと言えば討伐するための第一部隊よりも、防衛部向きの考え方だが、それでもシンジはその教育方針を改めなかった。
けれど、それで良いのだ、いや、『そうでなくてはならない』。
シンジは撫でられて機嫌良さそうににこにこ笑むケイに複雑な感情を乗せた眼を向ける。
守ってやりたいからこそ、ままならないものだ。
「はぁーあ、こんなに早く教育期間が終わっちゃうなんて」
「そんなに嬉しくないのか」
苦笑い気味のリンドウの言葉に、ケイはオレンジジュースの入ったコップを傾けながらため息交じりに言った。
「だって、シン君がこんなに長く極東にいてくれるのなんて教育係になったときくらいだし。知ってる?リンドウ。シン君のスケジュールってば、来年までびっしりなんだから」
シンジは現役ゴッドイーターの中でも屈指の実力者で、それ故に各方面からその力を頼られ引っ張りだこ状態なのである。
アラガミが増加の一途をたどっているせいで最近は増々忙しく、少し前までは有給を取って遊んでくれたりしたのに、ここ一年はすっかり西へ東へ奔走していてそんな暇はない。いそいそとトレイ置き場へ食器をを運んでは職員に手伝いを申し出ている我らがリーダーの姿を眺める。
「最近ますますアラガミが出現しているからな、リーダーだけじゃない、新設の防衛部すら本来の支部防衛の職務に偏っていられない状況だ」
「ここ一週間ウィルさんがいないのもそれなのか?」
「そうだ。そういえば今日帰ってくるハズだったんだが」
「あーあ、せめてアラガミがもうちょっと空気読んでくれたらいいのに」
その時、緊急ブザーの甲高い音が鳴り響き、ケイとリンドウのみならず室内にいた全員がばっと顔を上げた。
『緊急警報発令! サイゴードとサリエルが空路で大量発生! 遠征より帰還中の防衛部第五部隊が妨害されています! 各員、持ち場へ急いでください!繰り返します――』
赤いブザーランプが食堂内で点滅し、ユウナの冷静な声がスピーカーから響き渡る。
フラグだったか・・・とリンドウが気の毒そうに呟いた。そんな彼のお腹をグーで殴って、ケイはリーダーへ体を向ける。
「ツバキ、キヨタカの援護へ。ケイとリンドウは俺と共に地上へ。撃墜されたアラガミを一匹残らず駆逐しろ」
「リーダー、また変な漫画読みましたね?」
「ツバキ、今かっこつけてるから茶々をいれるな。あといつどの漫画を読もうが俺の勝手だろう」
「しまらねー」
「シン君らしくて好きだよ」
「それはそれで嬉しくないような………まぁいい、行くぞ。」
了解、と揃って声を上げて、4人は食堂から飛び出した。
「シン君、どうかしたの?」
戦闘終了後、ケイは骸となったアラガミの山から下りながら、こちらをじっと見つめるシンジに首を傾げた。交戦中も頻繁に視線を感じるほどだから、何か言いたいことでもあるのかと思ったのだ。
けれどシンジは口を開いたものの、すぐに閉じてしまった。
それから手招きをするから、ケイは訝しみながらもシンジのすぐ傍まで駆け寄る。すると、がしっと頭を掴まれた後にわっしわっしと撫でまわされた。シャンプーでもしてるんですかと言わんばかりの攪拌に、ケイはますます困惑の色を強める。
シン君、と再度ケイが呼びかけると、シンジは撫でる手を少しばかり丁寧な手つきに変えつつも手を止めずに、今度こそ口を開いた。
「頑張れ、けれど、無理はするな」
それは、複雑な激励の言葉だった。
苦悶と、寂しさと、心配と、ほんの少しの喜びだった。
常日頃ケイがシンジや、アオイ達に抱いているものとよく似たそれに、ケイは擽ったくて目を細めた。まんま喉を擽られる猫のようなケイを他所に、シンジが後悔を滲ませた表情をしているのに気づかず、ケイはただただ笑った。
それはおそらく、シンジが望んだ妹分の表情だった。
教育期間、卒業。
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遠征1
アラガミと呼ばれる未だ人類が正確に把握できない『災厄』は、どこにでも現れるし、どこからでも現れる。
教科書でしか見たことがないイキモノと形容していいのか分からないソレの恐怖は、実を言えばあまり真剣に感じたことはなかった。そもそも生活の中で死の恐怖を感じるほどの危険区域に行ったことがなかったこともある。勿論、犠牲者が出る度にアラガミを多少なりとも恐ろしく思うし、憎くも思う。けれど、今までどこか別の世界の事のように感じていた。
今までは。
ヴィスコンティ家は世界でも有数の資産家であり、人脈も広く、絵にかいたような幸せな家庭であった。資産家というからには、仕事は多く、またその種類も幅広い。
今回、ヴィスコンティ家が参加するパーティも、その仕事のひとつであり、また私事であった。
イギリスに住む取引相手のバースデイパーティに招待されたのだ。
それもそのはず、その取引相手はヴィスコンティ家当主の古くからの良き友人なのであるから。丁度いい機会だから、とヴィスコンティ家の一人息子のお披露目も済ませてしまおう、としていたのだが。
一つ問題が生じた。
イギリス行きの航路に飛行型のアラガミが大量発生したのだ。
アラガミが出現したとなれば、飛行機という飛行機は全機航空を禁止された。勿論私物もその対象に入る。空からだめなら海から、と思えど、港までの間にアラガミの巣食う廃街があった。それもいくつも。
流石に断念せざるを得ないか、いやしかし大事な友人かつ良いビジネスパートナーのバースデイパーティに行けないのも、と考えたところで、ある機関を思いついた。軍とも呼べるその機関は、たしか護衛任務も請け負っていたはずである。
こうして、生化学企業『フェンリル』に一つの依頼が舞い込んだ。
*
一方、フェンリルミュンヘン支部では、近頃大型の新種アラガミが出たとなって、極東支部から応援を呼んでいた。
滞在期間は1ヶ月、期間以内に倒せなければ他の支部からも優秀なゴッドイーターを集らせ袋叩きにする予定だった。
予定だった、のだが。
「いやー、イイ汗かいた!」
「オッサンみたいですよ、ケイ」
極東支部からの応援は3人。
悪名高い極東第一部隊から、1人は極東の主力ガンナー、1人はサポート役の遠距離タイプの青年、そしてもう1人は新人で、訓練上がりたてという幼い少女がいた。勿論ミュンヘン支部のゴッドイーターたちは少女を置いて行くように必死に説得を試みたが、他2人が何言ってんだこいつみたいな視線を向けたので、もうそれ以上は何も言わず、ミュンヘン支部からも優秀なゴッドイーターを何人か討伐へ向かわせた。
結果から言えば、ミュンヘン支部の連中などに出番はなかった。
連携、技術、判断力、あげられるゴッドイーターとして戦うのに必要な全ての能力が段違いだった。特に訓練上がりだという少女は隊長に全く引けを取らないほどの働きぶりで、その強さを目の当たりにした隊員は後日全員その少女に平謝りしたと言う。
「テスカトリポカ、だったか?意外に弱かったな」
「ツバキさんとケイが強すぎるんだと思いますよ、多分」
「ねぇねぇそんなことより!ウィル、ツバキちゃん!せっかく早く終わったんだからのんびりしようよ!」
「そうですね、ここのところずっと働きづくめでしたし」
「まあ……無理だろう」
「「デスヨネー知ってました」」
先程までの殺伐とした気配を一切消し、わいわいと賑やかに談笑する様はとても禁忌種を倒した後だとは思えない。助け合って笑いあった彼らが、まるでゴッドイーターの鑑のように感じられた。
結局彼らは一ヶ月用意されていた任務を僅か2日ばかりで終了し、慌てた上層部がそれに対応。彼らはその働きに免じてか、自らの支部に帰るまでに一週間の猶予を得たのであった。
勿論大喜びした彼らは各々悠々自適に過ごし、そして帰還までに残すところあと二日と言うところで、事件は起こった。
「えー!! なんでこっちに来るの!?」
「先日の大量発生でてんやわんやなんだろう。エントランス行ってみろ、動いてない奴いないからな」
「マジですか………」
その言葉に、2人はがくりと首を項垂れさせた。昼食を3人仲良く食べ終わったところに、爆弾をぶっこんできたのである。
「よりにもよって護衛任務。しかも相手は世界でも有数の資産家」
「苦手そうですよね」
「おいそれはどっちのことを言ってるんだ?言っておくけどな、私は何回もついたことあるし苦手でもないからな」
「私はそういうめんどっちい任務嫌い! 私なんて絶対チビとか小娘とか言われるんだよ! あーヤダヤダ!!」
そう叫んだのは、3人のなかでも最も経験の浅い少女、ケイだった。ケイは教育係が取れて三ヶ月経ったばかりの新人の上、13歳なので背も小さく、どこもかしこも細い。
なので、遠征任務や護衛任務に就いては見くびられ、周りの反応に辟易せざるを得なかった。神機の性質上組むことも多いウィルも、ケイが貶められる事は許せないが、任務は任務と割りきっている。ケイの仕事ぶりを見れば、誰もなにも言えなくなる事が分かっていたからだ。
「ということで、一四○○に出撃用ゲート前集合。復唱不要、返事」
「「了解」」
隊長であるツバキの命令に、ウィルとケイは敬礼を返す。
彼らの腕には、真っ赤な腕輪が武骨に収まっていた。
*
「父さん、本当に行くんですか?」
不安げに訊ねたのは、ヴィスコンティ家の一人息子、ジュリウス・ヴィスコンティである。
彼とその父親はきっちり正装に身を包み、エントランスで彼らを待っていた。言わずもがな、今回の旅路の護衛をして貰うゴッドイーターを、だ。
父はどうやらゴッドイーターを信用しているようだが、ジュリウスはそうではない。
あまり良い噂を聞かないのもあるし、学校でもとことん嫌われている。本当に守ってくれるのかどうか疑問だし、もしアラガミがやってきたら、と思うと、自分も勿論だが、父が死んでしまうと思うと、恐ろしい。しかし反面、怖いもの見たさのような、どんな人間が来るのだろうと子供らしく楽しみでもあった。
「ああ。大丈夫さ心配するな。彼らは強い、誰も死なないよ」
にっこりと笑う父に少しばかり安心するが、実際に見たことのないゴッドイーターをそこまで信用できるのは、人の好い父くらいのものだ。思わずため息が出そうになった時、使用人の一人が早足で二人に近づく。
「当主様、ゴッドイーターの方々がご到着なされました」
「ああ、入れてくれ」
使用人が内側から観音扉を開け、廊下に立っていた3人組が室内からも顕わになる。
一人は成人間際ほどの女性、それと同じくらいの年の男性、それにもう一人、ジュリウスと3つ4つしか変わらないくらいの幼い少女が、そこにいた。真ん中に立っていたリーダー格らしい女性が歩み出て、品よく一礼してから口を開いた。
「本日は我がフェンリルをご利用いただき、誠にありがとうございます。私は部隊長を務めさせて頂く雨宮ツバキと申します。こちらはウィリアム・エーカー、こちらがケイ・サカキです」
「私はヴィスコンティ家当主、ロイ・ヴィスコンティ。今回はよく来て下さいました」
「有難いお言葉です。早速ですが、作戦内容と経路の確認をしたいのですが。それとヴィスコンティさん、この少年がもう一人の護衛対象のジュリウス・ヴィスコンティくんで合ってますね?」
「ああ。くれぐれも息子を頼むよ。さぁ、こちらの席へ」
「ありがとうございます。ケイ、頼んだぞ」
「了解、ツバキちゃん」
「隊長と呼べ」
ケイは敬礼を簡易に済ますと、ジュリウスのすぐ目の前まで歩み寄り、腰を落として目線を合わせた。翡翠の眼が力強く、美しく輝いているのが見える。
「私はケイ・サカキ、君の護衛を務めます。よろしくね、ジュリウスくん」
私が君を守る。約束するよ。
勝気にそう言って笑うその顔はまさしく13歳の少女に似合っていて、同時にとても大人びている。
なぜだろう、ジュリウスには彼女がとても、眩しく見えた。
彼女の笑顔を見た途端、薄情にも今まで聞いてきたゴッドイーターへの不平の声が一瞬で吹き飛んで。差し出された手を、しっかりと握った。
*
むつかしい話は大人に任せて、子ども二人は部屋を出た。
事前にミーティングは済ませてあるし、変更点は後でまた教えてもらえばいいだけの話しなので、ケイがいる意味はほぼないからだ。その間もしもの時に即行動できるよう備えておくのがケイの役目とも言える。現在機動でケイに勝てるゴッドイーターはいないので、そういう意味では適任とも言えるだろう。
ただ待っているのも暇ということで、ケイはジュリウスに手招きして一時的に預けていた神機を持ち上げて見せた。玄関前のフロントには他に人はおらず、廊下の隅でちらほらと使用人が掃除をしたり給仕で行ったり来たりしているのが見える。
白いライトに照らされて、ケイの神機が白銀に光る。
「これが、神機?」
「そ。私のは近距離型だからソードタイプだけど、ツバキちゃんとウィルはガンタイプだよ、ホラ」
ケイがもう片方の手でツバキが使っている神機を持ち上げた。ケイ以外のゴッドイーターには出来ない所業なのだが、そんなことは露知らず、ジュリウス少年は目を輝かせる。大人しい顔をしているが、しっかり男の子のようだ。
「わかる、わかるぞジュリウスくん。大型武器はロマンだよね!」
「はい! とても格好いいです」
「敬語も敬称もいらないよ、私も君に特に気張って使う気ないし」
「むしろ、それは社会人(?)としてどうなの?」
「使うべきところでは使うとも。でも特丸にはあまり使わないかな」
「特丸?」
「君みたいな、子どもやご老人の護衛対象の事。ホントは特殊護衛対象者って言うんだけど、長いから。私はほら、こんなナリでしょ?警戒心を与えにくいからね」
「ちなみに歳は?」
「13!」
「わっか!」
ケイが元気よく答えると、迎え撃つようにジュリウスの悲鳴染みた声が返ってきた。どこへ行っても代り映えのしない想定通りの反応に、ケイはかんらかんらと明るく笑う。
「適性があったからね。ゴッドイーターになれる最低年齢は12だし」
「ええええぇぇぇ、それ、大丈夫なの?」
「ぶっちゃけると、普通は全然大丈夫じゃない。倫理的な問題もあるけど、まず適合試験が乗り切れない上、精神が未成熟だから作戦に組み込めない。つまり戦力にならない」
「ならケイは?」
「まぁ私は、うん、なんというか、少々、ほんのちょっぴり、小指の先ほど、普通の子どもからは逸脱しているのよ」
目をそらして震え声で言うケイに、きっと″ほんのちょっぴり゛じゃ効かない逸脱具合なんだろうな、とジュリウスはくすくす笑った。
「こら、ケイ。何を遊んでいる」
「あれ、ツバキちゃん! 早かったね?」
「隊長と呼べ。有難いことに確認だけで終わったからな。いつもこんなスムーズだと良いんだが……」
「いつもは、スムーズじゃないんですか?」
「ん?ああ、そうですね、大抵の人間が命惜しさにいろいろと口をつけてきたりルートを変更しろと喚いたりと、1時間はかかるものなのですよ」
「やっぱりお偉いさん嫌いなんじゃん……」
「何か言ったか、ケイ」
「ううんなんでもー!」
調子のいいやつめ、とツバキは一つため息を吐き、一七〇〇に出発するから調子を整えておけよと言って外へ出て行った。
「……皆、若いね。隊長さんも」
「そうだね、ゴッドイーターは就職率は低いけど離職率と死亡率はバカ高いから」
ふとジュリウスがじっとケイを見つめて来たので、なんだと思ったら、完全にケイの言い方が悪かったことに気づいた。不安を煽ってどうするんだ、と心中で反省し、それらを一切表に出さずにこりと笑う。
「大丈夫大丈夫! 私、約束は守るもの!」
*
「……何してんの?ウィル。」
あの後多少ジュリウスと談笑して、向こうにもこちらにも準備があるから、と一時解散になった。そして再度集まってみれば、これだ。
ケイが怪訝な視線を向ける先には、今回ヴィスコンティ親子を移送する手段であるフェンリル御用達のカスタマイズ装甲軍車。天井までの高さは約2メートル、その場所に、ウィリアム・エーカーが神機片手に立っていたからだ。
すると、後ろからツバキが声を掛ける。
「私の指示だ」
「え、車の上に乗って何するの?」
「つまりは固定砲台をやれって言ってるんですよ」
「え?タカさんの真似?それとも自殺志願者?」
ウィリアムの結論に、ケイは無邪気に首を傾げる。
固定砲台、つまり車の天井に体を伏せ、移動中近づくアラガミを撃ち落すというわけだ。撃ち落せなければ、すなわちそれは死へと直結し、もし大型アラガミが出てきた場合は車は無事でもウィリアムは確実に死ぬだろう。
「いやいざとなったら天井の窓開けて中に乗り込みますよ」
「あ、そんな機能あるんだ。ん?ちょっと待って、それ原因の解決にはなってないよね?」
「正解だ、ケイ。そこで、私たちの登場ってワケだ」
「車上で迎撃しろと!?」
「余裕だろう?」
「…………コンゴウ・シユウ以下なら」
「よし上等だ」
はあと大きな溜息を吐くケイの頭を、ツバキが宥めるようにぽんぽんと撫でた。その時、弾むような声が屋敷から飛び出した。
「ケイ!」
大きく動いたり、各所破れてもいいような服に着替えて来ると言ったジュリウスは、白シャツに茶色のジャケット、伸縮性のありそうな七分丈ズボンを履いてケイの元へ駆け寄ってきた。
「ジュリウス。準備は平気?トイレ行った?」
「うん! って、そこまで子どもじゃないよ!」
「いや子供だよ。私もだけど。そ・れ・に」
にやり、とケイは意地の悪い笑みをジュリウスに向ける。
「初めて生のアラガミ見て、ちびっちゃう奴も多いからね~。ジュリウスもその立派な服にしみ作んないように」
「そっ、そんな下品な事するわけないよ!」
「言っておきますが、その話マジですよ~。僕の前でもちょっとまえまで偉そうにしてたオッサンが二、三十人は立派な世界地図を描きましたからね~」
すでに車の上に身を伏せ、姿が見えなくなっているウィルが車上からのんびりとした声で追い討ちをかけた。
さてどれほど怖がったかなとちらりと横目でジュリウスを窺えば、少年は深刻な顔をして顎に手を当て考え込んでいた。ケイが首を傾げると、それに気づいたジュリウスがちょいちょい、と手招きをして、ケイに屈むようにジェスチャーする。ご要望通り屈んでやると、ジュリウスはケイに内緒話をするみたいに手を添えて、ケイに耳打ちした。
「そんなに怖いの?」
ジュリウスを見れば、神妙な様子でじっと見つめていて、思わずケイはくすくす笑った。見る見るうちに頬を膨らませていくジュリウスの頭を撫でて宥め、ようやっと口を開く。
「ヘーキだよ! 全っ然怖くない! まぁ食べられるってなったら生物的な本能的に怖いけど、そんな事には絶対ならない。」
約束したでしょ? とウィンクすると、ジュリウスは安心したようにふわりと笑った。
ハロージュリウスくん。
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遠征2
「今回の任務は、至極単純な護衛任務。対象はロイ・ヴィスコンティとジュリウス・ヴィスコンティの二人。二人の身体に無理がない程度の速度で走るので、一晩は車で野営となる。その間はウィルとケイが交代で寝ずの番。走行中にアラガミに遭遇したら基本逃げの一択だが、相手の数によっては戦闘も辞さない。その場合、ケイとウィルはそれぞれを担いで逃げてもらうのでよろしく。任務時間予測はおよそ18時間。以上、何か質問は」
「ありません」
「ないでーす」
「よろしい。では各員乗り込め」
各々それに返事をしてから、3人ともジープ内に乗り込む。既に乗り込んでいたヴィスコンティ親子に会釈して、ツバキは運転席、ウィリアムが助手席、ケイとヴィスコンティ親子が後部座席に座った。しばしして、居住区を抜けたのでウィリアムが車上に上がる。
「あ、ケイ、スコープ取ってください」
「はいはーい。どう? 出そう?」
「分かりませんねー。暗いですし。いっそワラビとかタケノコみたいに先っちょが出てたら楽なんですけどね」
「その理屈でいくと、アラガミの角が見えていない場所なんて一部の隙もなくなってくるからやめろ」
「想像しただけで吐き気がするね!」
「そこで怖気ではなくて吐き気となるところが完全にリーダーの気質を継いでいるな」
「ホント!?」
「なんでうれしそうなんですか貴方………」
ウィリアムはげんなりとした表情を浮かべてから、再びスコープを覗く姿勢に戻る。途端にゲッと不穏な声を上げるので、ケイが嫌な予感を胸に装甲車の後ろの窓から外を見ると、オウガテイルが三体と、サイゴードが二体が猛然とこちらへ向かってきていた。
「早速お出ましですよ! 小型アラガミ五体! 車、揺らさないで下さいね!」
「無茶を言うな。300m先で右折するぞ」
「ええ!? ケイ、ちょっとシールド展開しといて下さい!」
「はいはーい! ヴィスコンティさんたちはヘルメットとシートベルトを着用して衝撃に備えといて下さいね!」
シートに立って神機だけ車上に突き出し、ガシャンと機械音を響かせシールドをウィリアムの前方に展開する。間髪入れずにサイゴードが突撃をかましてきたので、ケイはシートから落ちないように足で踏ん張った。
その後運転の荒いツバキによってドリフトを入れられて右へ左へ道を曲がり、夜が明けるまで一旦アラガミの来なさそうな場所で仮眠するというときには、乗員はもれなくグロッキー状態になっていた、無論当人を除いてである。
*
「………ケイ?」
「わ、ジュリウス。起きちゃった?」
慣れない車中泊だからか夜半に目が覚めてしまったジュリウスは、それでもなんとか眠ろうとし、結果散々寝返りを打っただけとなった。これではいけない、と何か飲み物でも飲もうと身を起こして水筒を傾けたとき、ふと車内に一人足りないことに気づいた。
外へ出ると、案の定少女は車のトランクカバーに背を預けて立っていた。
ケイはジュリウスに気付くとぱっと顔を上げ表情を和らげる。秋真っ盛りで気温が一桁な真夜中だからか、彼女は厚手のマフラーで首元を覆い、ダッフルコートを羽織っていた。長く見張り番をしていたのかもしれない、彼女の鼻の頭と頬は真っ赤に染まっている。
「ドイツは寒いねー。マフラーとコートが手放せないよ」
「ケイのところはあったかいの?」
「冬はそこそこ寒いんだけど、ここほどじゃないかな」
小走りで近づくと、どうやら彼女は端末を片手で弄りながら缶コーヒーを飲んでいたらしい。
「眠気覚ましにね。こっちは家族へメール。もう一ヵ月帰れてないから」
「三ヵ月も?」
「最長で半年だから、ゴッドイーター的にはそうでもないんだけどね。むしろ平均的」
「ずっとドイツに?」
「ううん、ここに来る前はロシアで、その前がフランスに、インド。エジプトにも行ったよ。アラビア語でもアーンミーヤ、っていうエジプトの方言が主に使われてて、意思の疎通が大変だったよー」
「え、英語は?」
「ツバキちゃんが『この機会に覚えてしまえ』って使わせてくれなくてさ」
「何言語喋れるの!?」
「行った国の言葉は大体」
「……ゴッドイーターって、大変だね」
「そうね、最低でも英語は履修しておかないと難しいかしらね」
「英語なら僕もわかる!」
「そうなの?ちっちゃいのに頑張ってるねぇ」
「ちっちゃくはないよ、子ども扱いしないで!」
「私より年下は基本おちびよ」
ぽんぽんと頭を撫でられ、ジュリウスは唇を尖らせて不満を訴える。ケイは勿論くすくすと笑うばかりで、言葉を撤回する様子は見せない。
そうしていると、背後から「ケイ」と声が上がって大層驚き、思わず肩が跳ねてしまった。
「あれ、なんでジュリウスくんも?」
「起きちゃったみたい。交代?」
「ええ。おやすみなさい、二人とも」
「了解。おやすみなさい、ウィル」
「おやすみなさい、ウィリアムさん」
ウィリアムに就寝の挨拶をして、再び車内に戻る。
あれほど寝付けなかったはずなのに、彼女に宥められるように撫でられていたからか、春の日差しの中にいるかのように、柔らかく眠りに落ちた。
「Oアンプル中毒になりそう」
「代わりますか?」
「ヘーキ」
翌日、揺れる屋根の上、ケイはげんなりと持ち物袋を確認した。アラガミ襲撃数が先日の比ではなく、ケイは早くもOアンプルを切らしかけているのだ。
「なんでOアンプルって注射器なのかな」
「ホントそれですよね、飲めればいいのにって思いません?」
「わかる。私点滴でもいっつもそう思うもん。黄色いところがブドウ糖で、透明なところが抗生物質なのにって」
「そうなんですか」
「多分ね」
「医務室の常連は流石ですね」
「病弱っ子みたいに言うのやめてよ」
ちょっと因子の形が他とは違って、ちょっと人より身体が小さいから怪我や無理をしやすいだけである。ヴィスコンティ親子は、体力が消耗しているのかどちらも毛布にくるまって横になっている。ジュリウスは若いからかそこまででもないようだが、ご当主様のほうは完全にグロッキー状態だ。
失礼しちゃう、と頬を膨らませたのも束の間、ケイの目は一瞬で細められることになった。皮膚がざわつくこの感覚は間違いない。
「中型かな? アラガミ接近!」
「相変わらずの野生の勘ですね………援護は?」
「いらない! ツバキちゃーん! 一旦止めて!」
「チッ、出たか。どこからだ!?」
「五時の方向!」
ケイが嫌な予感がするポイントを睨み声を上げたその時、朽ちかけのビルの向こうから、ゆったりとジャンプしてそれはやってきた。赤い鬣、四足歩行の厳めしい黒い肢体、ヴァジュラだ。一匹の後ろから、もう一匹、もう一匹と姿を現し、こちらを睨みつけてくる。
「三匹かぁ」
ケイの呟きに応えるように、彼らは一斉にグオオオオォォォ、と怒号にも似た嘶きが街路を揺らす。
一度大きく跳躍した彼らは、狩りをする狼がごとく、一心不乱にこちらへ駆け出した。スピードを落とす車から飛び降り、ケイも迎え撃つように駆け出し、神機を持ち直す。こちらを捕食しようと開けられた大口に、どうぞお収め下さいとでも言うように神機を捻じ込んだ。素早く捕食形態に切り替え、柔らかい口内から肉を切り裂く。声にならない悲鳴を上げてもがき倒れたヴァジュラを振り返らずに続けてもう一体に斬りかかる。眼球にライダーキックをお見舞いし、そこを足場にして反転、もう一体へ飛び掛かって足を一本吹っ飛ばした。地面に一度片手を着いてバク転し、地を蹴って再度突撃。まず息絶え絶えな最初の一体のそれを止めてやり、足がなくなって地面で虫のようにバタつくもう一体の顕わになった腹を縦に切り裂く。浅く切っただけの残り一体が十数秒のうちに繰り広げられた惨事に怯みでもしたのか、ぐるるる、と唸って犬のように牙をむいている。向かってこないのかと少々失望し、ケイは唸っていた一体へ跳躍し、無慈悲に横に一刀両断する。ドスン、と血飛沫をまき散らせ崩れ落ちる身体、残り二体も既に息絶えたらしい。
「ふむ、こんなものかな………ゲッ、返り血」
コアを回収しながら全身を確認して傷がないか確認中に見つけた腰元にべっとりと付着した血液(実際には血液ではないのだが)に顔をしかめた。手早く神機にコアと素材を回収してもらい、ツバキたちの元へ帰る。
「ただいまー、そっちに敵来た?」
「大丈夫でしたよ。相変わらず素晴らしい手際で」
「ありがと!」
「さっさと乗れ。アラガミがまた沸いて出てこない内にな」
「はーい!」
なるたけ音が響かないようにリーフの上に飛び乗って、自分の神機とウィルの神機を天窓から手を突っ込んで持ち代える。
「ケイ、頬に返り血付いてますよ」
「えっホント?」
ウィリアムに右頬を指さされ、慌てて手の甲で拭いさる。独特の鼻につく臭いと粘り気のある液体に、思わず顔をしかめた。
「あぁ、ジュリウス、起きたの?」
「うん。ケイ、これ。ハンカチ」
「あ、ありがとう。って、良いの?汚れちゃうよ」
車内からスッと差し出されたハンカチを反射で受け取るが、白いレースのそれは汚したら取り返しのつかないので困った顔でジュリウスに念押す。
すると彼は心底呆れかえった顔で応えた。
「何言ってんの、ハンカチなんだから汚れるのは当たり前だろ」
「………それもそっか」
年少の者に正論で返され、反論する術も持たないケイは大人しく頷いて厚意に甘えることにした。
「洗って返すね」
「え、いいよ!」
「ウィルー、アラガミの体液って家庭用洗剤で落ちたっけ?」
「無理ですね!」
「うん、まぁ、そういうことだから」
「え、えっと………じゃあ、よろしくお願いします?」
ごめんねーと肩を落として謝罪する。
それを事前に言っておけば良かったかもしれない、というかハンカチくらい常備しておけば良かった、と自らの女子力の低さを呪った。
*
車の背面にある横長の小窓。
そこから、ジュリウスはケイの戦闘の一部始終を見ていた。
小さな身体が、身の丈二つ分もあろう程の巨大な刃を自由自在に振りかざし、自らの身体さえ武器にして巨体を踏みにじる。赤黒い液体を被り鈍く光る銀色が、太陽に反射して錆色に瞬き、朱色のマントが鮮やかにはためいた。
―――圧倒的で、鮮烈な強さだった。
「素質ありますね。ね、リーダー」
「やめておけ」
ウィリアムがくすくすと微かな笑い声を漏らしながら放った言葉に、ツバキが呆れたような抗議するように制止の言葉を投げる。首を傾げるばかりのジュリウスに、ウィリアムは内緒話をするようにジュリウスの脇に屈んで小声を出した。
「ケイの戦いっぷり、綺麗だって思ったでしょう?」
「え?え、っと……はい、とても。」
ジュリウスの言葉を聞いて、ウィリアムはやっぱりとでも言うようにふふふと笑い声を上げる。しかしそれは、どこか安堵しているようにも見えた。
「あの姿をね、死神とか呼ぶ連中は少なくないんですよ」
ケイの戦いぶりを見た一般人の多くが、彼女をそう喚ぶ。昏い眼をして怪物を叩き潰す無慈悲さ、神を地に堕とす傲慢さ、身の丈に合わない高すぎる力量。
「だから、ありがとうございます。彼女のこと、怖がらないでくれて」
それはお礼を言われることではない、ジュリウスはそう思いながらも、大人しくこくりとひとつ頷くだけに留めた。駆け寄ってくるケイを見て、ぼんやりと思う。先ほどの姿を格好いいと思ったのは事実だった、舞踊にも似たそれを、美しいとも。
けれど無意識に擦ったらしい頬に描かれた凄惨な模様は、無邪気に笑う彼女には似合わないなと漠然と思った。
「お待ちしておりました。遠路はるばるお疲れさまでした、道中大変だったでしょう」
「そうですね。しかしゴッドイーターの方々のおかげで危険はありませんでしたよ」
それはそれは、と向こう方と談笑する父に、ケイのところへ行ってもいいかと目線で窺うと、父は笑みを浮かべてジュリウスの頭をぽんぽんと撫でた。了承と言う事だった。
あの後幾度も幾度もアラガミに追われ、それら一切を捌き切ったゴッドイーター達は、荒い運転によって約一名以外は死屍累々と化していた。目当ての少女のすぐ傍まで寄れば、彼女は青い顔を上げる。
「あぁ、ジュリウス。どうかした?」
「その言葉そっくりそのまま返すよ」
「うん………いつものことだから気にしないで………」
「いつものことなんだ………」
「ツバキちゃんってば運転下手なんだものッ!? いった! 痛いよ!」
「目の前にいる上官の悪口を堂々と言う馬鹿がいるかっ」
「えぇーっ、絶対理不尽だよ! 悪口じゃなくて正当な評価だもん!」
「リーダー、僕もそう思いまッ痛いッ!!」
ゴンッと頭蓋に響く拳骨を落とされた二人は悶絶しながら頭を抱え、ちらちらとアイコンタクトで不満を交わすことで鎮めた。ひどくない、ひどいですよね、帰ったらシン君にチクろ、そうしましょう、そんな具合である。
余談だが帰還してシンジにそのようなことを申し立てたところ、「ツバキの運転は………アレだ、慣れろ」とだけ言って話を終わらせられたのである。
ひどすぎる。
「ふーっ。よし」
「大丈夫?」
「うん、もう大丈夫になった、今」
ニッと笑みを浮かべる彼女は、確かにもう平気そうだった。機嫌よさげにわしわしーっとジュリウスの頭を左手でかき混ぜる。
「それにしても無事に着いて良かったですね~」
「連チャンだからな………ケイもこれで遠征任務は終了だし、私も肩の荷が下りるというものだ」
「ホント!?」
「ええ、新人の遠征任務集中期間は三ヵ月ですから」
「やったーー!!」
1、2メートルほど軽々跳ねて喜ぶケイはパッと見どこにでもいる少女である。右手に神機を持っていなければの話だが。
「どうしたの? ジュリウス」
「………もう、会えない?」
彼女が故郷を大切にしていることは、見ていればすぐわかる。そんなに大事な場所から、そうそう大きく動く事は無いだろう。
つまりそれは、ジュリウスとの永遠の別れに等しかった。
ケイはしばしきょとんと固まって目をしばたかせた後、にぱーっとジュリウスのそんな考えを吹き飛ばすように笑った。
「会えるよ! また会える」
「いつ?」
「さあ? でも生きてさえいれば、いつか必ずね」
「ホント? ホントのホントに?」
「本当よ。私、ちゃーんと約束、守ったでしょ?」
そうだ、彼女はきちんと、ジュリウスを守ってみせた。
そして何より、嘘を言う事を思いつきもしなさそうな能天気な顔でそんなこと言われれば、ジュリウスとしては、仕方ないと笑って肯定するしかなかった。
この再会の約束が、計らずともそう遠くない未来に、最も望まない形で叶ってしまうのを、今はまだ、誰も知らなかった。
今日投稿するのはここまで。
以下人物紹介
ジュリウス・ヴィスコンティ(8)
まだ幼いし入隊してないので敬語はない。が、良家のぼっちゃんのために一通り行儀作法とかは習っている。人形みたいに繊細で美しい容姿をしていて、現時点では正義感が高めの普通の少年。礼儀正しく心優しい、いかにもな模範生。ケイに憧れに似た感情を抱く。
ウィリアム・エーカー(18)
愛称ウィル。ツバキの一つ下の後輩。ケイにお兄さん風を吹かせてる。誰に対しても基本的に礼儀正しく、常に敬語を使っている。その穏やかな気性とは裏腹に、神機はバリバリのブラスト。薄緑のパーカーに黒いハーフズボン、長めの黒髪を襟足で縛っている。イメージカラーは若草色。極東出身ではないが、十歳のころから住んでいる為に第二の故郷と思っている。出身はアメリカ。
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帰還
「おとーさんっ! たっだいまー!」
「おおっ!? ―――ケイ! おかえり、早かったじゃないか」
十二分に力加減をして、ケイはペイラーの腰回りにつっこんだ。ペイラーは書類をケイに預け、よっこいしょ、と彼女を持ち上げる。重くなったなぁ、と感慨深くなりながら、そのまま自らの研究室へ向かう。帰ったらメディカルチェックのために研究室に寄るようにとメールしておいたので、行先は同じだろうから。
「迎えに行こうと思っていたのに」
「驚かせたかったんだもん。あ、お土産は今検品されてるから後でね」
「ハイハイ」
久しぶりのアナグラとその連中、そして自惚れでなければ父親であるペイラーに会えてうれしいのだろう。妙にテンションが高い彼女を腕に廊下を歩いていくと、すぐに見知った顔にはちあった。
「シン君!」
「おお、ケイか。おかえり」
ただいまー! とケイはするりと器用にシンジに飛び移る。これが親離れかと途端に寂しくなったが、これも娘の成長である。ペイラーが人知れず娘の成長を偲んでいる間も、シンジとケイの会話はリズムよく弾む。
「シン君の次の遠征の予定は?」
「一番近いので三か月後だ。お前も連れてくぞー」
「よかったー! シン君がいるなら運転はシン君だもんね!」
そこから始まったケイの聞いて聞いて攻撃に、シンジは嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうなまである表情で相槌を打つ。これは長くなりそうだと悟ったペイラーが立ち去ろうとしてケイに書類を預けっぱなしな事に気づいた。
するとそれを感じ取ったらしいケイがあっ、という顔をしてシンジの腕から飛び降りる。
「メディカルチェックがまだだった」
「私は後ででも構わないよ?」
「ううん、今行くよ。リンドウにも会いたいし。ばいばい、シン君」
「ああ、またな」
ぐりぐりとケイの頭を手を押し付けるように撫でつけてパッと放す。
最近の彼女はこれがお気に入りらしく、こうするときゃーっと嬉しそうに悲鳴を上げるので、行く支部行く支部でやられまくったのだった。ただしキヨタカあたりはすると見せかけてゲリツボを押したりするので要注意である。
廊下で手を振って別れ、ペイラーと手を繋いで研究室へ赴く。
「そうだお父さん、ソーマは?」
「ソーマなら今日も今日とて訓練さ。飽きないねぇ」
「なら後で見にいこっかな」
「トラウマらしいからやめてあげなさい」
「えー」
「遠征任務はどうだったんだい?」
「そーそー聞いて! ドイツでの護衛任務の特丸の子が可愛くってー」
それでねとあのねが多用される会話を、いつもなら理論的でなくて纏め切れてないそれなど勘弁なはずのくせに、漠然とした幸福感を感じてペイラーはにこやかに聞いていた。
だから足を動かす速度が、ひどくゆっくりなものになっていたのは、致し方のないことだろう。
「それで―――あ、リンドウだ! おかえりーただいまー!」
「おうおう、元気だなお前は。おかえりただいま」
既にサカキの研究室にいたらしい、ソファで寛いでたリンドウとゴツン、と拳を突き合わせて軽く笑う。それから書類をパラパラと斜め読みして手早く棚に分類分けして収納し、リンドウと二人でサカキの机の前に立つ。
その机の向こう、何やら怪しげな機械がくっついた椅子に座り、ペイラーはにこやかに笑った。
「いやはや、とりあえず二人とも、遠征集中期間をお疲れ様。支部長が出張でいないから、代わりに私から伝えておくよ。長期間……と言っても三ヵ月だが、初めて極東以外の地域の気候などに触れて調子が出なくなる、なんて珍しいことじゃないからね。初回だけ簡単なメディカルチェックを受けてもらうことになってるんだ。次回からの長期任務後には基本的に来なくていい。それと、二人は健康診断も逃してるだろう?」
「あぁ」
「ゲッ」
「通常、新人が教育期間中の時期にやっているんだけどね、君たちは予定より二週間も繰り上げられたから、診断を逃してしまったんだ。これは知っていると思うが、支部毎に毎年やっている大事なもので、命にも係わるから、ゴッドイーターの義務であり権利でもある。というわけだからケイ、観念してね」
「ううぅ………ハイ……」
「何、お前まさか………」
「…………………そーだよ! 注射ニガテだよ!!」
「お前…………あんな化物と戦ってて今更針の一本や二本が怖いとか………あ? Oアンプルとかは?」
「自分で刺すなら平気なんだ………他の人からが無理なだけで………」
「私でもギリギリだもんねぇ、だいぶ根が深いよ」
がっくりと項垂れる少女には哀愁が漂っていて、なんだか本気で可哀そうになってくる。昔から何かと精密検査をされる身だと言うのに、未だに慣れる気配を見せない。
ドナドナのBGMが頭の中で流れる中、ケイはリンドウと共にメディカルチェック及び健康診断へ泣く泣く協力するのだった。
「ホントに苦手なんだな」
「痛いのもヤだし痛くないのもそれはそれでコワイんだよ………」
検査後、さめざめと泣いてベッドにうずくまるケイに、リンドウが呆れたような哀れっぽい声音で言った。
皮膚をプツリと破る感覚も、肌の下の細胞を音もなく通り抜ける独特の感覚も、とにかく全部が気に入らないのだ。
「二人とも、これで検査は終わりだよ。ご飯でも食べに行って来たらどうだい? 今からじゃ作ろうともできないだろう」
「お父さんは?」
「キリのいいところまで行ったら食堂でなにかつまむさ」
「ちゃんと食べてね?」
「わかってるわかってる」
これはわかってないなと思い、後でサンドイッチでも貰って研究室へ突撃しようと心の中で決めておく。
ぱしゅん、と閉まるドアを背後に、リンドウと談笑しながら食堂へ足を動かした。
「じゃあリンドウはアメリカにずっといたんだ」
「一週だけメキシコにもいたけどな。そっち方面じゃなくてよかったぜ、アラガミじゃなくて言語で死ぬところだった」
「ゆくゆくは覚えさせる、ってツバキちゃんがとっても怖い笑顔だったことを報告しておくね!」
「ハッハッハ、お前は相変わらず聞きたくないことばっか報告してくるナー」
ぐりぐりとこめかみを拳骨の骨張った部分で捻ってくる。いだだだと悲鳴を上げて手を叩き落として、捻られた部分を擦りながら暴力反対! と声を上げるが、うるせーとさらに頬を捻り上げらることになった。
痛みで潤む視界に映ったのは、廊下の向こう側からこちらへ歩いてくるキンタとアオイの姿だった。
「アオイちゃーん! キンちゃん!」
「あらぁ、ケイちゃん。帰ってきたのねぇ、おかえり」
花が綻ぶような笑顔を浮かべたアオイが小走りで駆けてきて、ケイを優しく抱擁する。その向こうからキンタが苦笑しながらやってきてリンドウの背をポンポンと叩いた。
「リンドウくんもおかえりなさいッス。アメリカは気楽で良いッスよね~」
「そうなの?」
「あー、個人主義だからなー。つーかこの食糧難でも一向にサイズが小さくならないってどうよ?」
「食べ物が? 人が?」
「どっちもだよ。ハンバーガーのサイズとか、やべぇぞ。お前の頭くらいあるんじゃないか?」
「あれでも小さくなったらしいッスけどね」
「二人とも、これからご飯かしらぁ?」
「うん。流石に今から作るのも、外に食べに行くのもねー」
「だな」
外食はそこそこ好きだけれど、リンドウと行くと十中八九牛丼かラーメンになるので、晩御飯くらいはバランスの良いもの食べようよということで食堂である。常人の比ではない頑丈さを誇るゴッドイーターが病なんぞに罹るのかと問われれば微妙なラインではあるが。
「アオイちゃんとキンちゃんは?」
「これから呼び出しよぉ~」
「もう一九〇〇ですよ?」
「それでも命令があれば動かなきゃいけないのがゴッドイーターのツライところッス」
ケイとリンドウの言葉に増々滅入ったようで、二人は揃ってげんなりと肩を落として眉を下げた。
「しかも本部から! もう嫌な予感しかしないわぁ~………」
「本部が?」
「そう、なんでも急を要するとかで………シン君もよぉ」
「リーダーも? 何かあるんですか?」
「ないとは言い切れないッスね………二人とも、最近、アラガミが強くなったと思わないッスか?」
「え、うん………」
「多分、それ関連ッス」
あーやだやだ、と明け透けに不満を口にして、キンタはケイの頭をぽんぽんと弾むように撫で、留守番はよろしくッス~とアオイを伴って廊下の奥へ消えていった。二人が行ったあと、リンドウとケイは顔を見合わせて同時に同じことを思った。
これは、嫌な事が起こる予感がするぞ、と。
「『第二次フェンリルアジア支部軍部合同アラガミ一掃作戦』、ですか」
「一次は確か去年のアレだよね? ツバキちゃんがおいてかれたやつ」
「アナグラ防衛に務めたと言え」
ビシッと脳天チョップを食らうケイと、その隣のリンドウの手には、辞令書、もとい今回の作戦について事細かに書かれた書類が握られている。斜め読みを手早く終わらせたケイが肩をすくめた。
「懲りないよね本部も。前回あんなにひどい目に遭ったって言うのにさ」
「失敗だったのか?」
「シン君達がいたから目標はなんとか倒したけど、被害総数やばかったよね、ツバキちゃん」
「ああ。倒壊した家屋は五千、死者三万、重傷・軽傷者は十二万だったか」
「…………首都直下型地震でも起こったのか?」
「その方がまだマシだっただろうな。ほぼ、軍部の自爆だ」
「で、その後その自爆時のエネルギーを食べたアラガミが急増殖、及び巨大化、強化、って具合で、目的のアラガミは倒したけどその後の多大な影響が残りました、って感じ」
「……………………大失敗じゃねぇか!」
「フェンリルの活動としてはね。でも軍部は成功だったって言い張ってるし、しかも自分の手柄みたいなこと思ってるし。もー散々」
心底呆れかえって今にも書類を丸めてごみ箱にでも捨てそうな表情のケイに、ツバキが同意するように深く頷く。しかし腐っても軍部はキヨタカやゲンの出身であり、そこそこに良い人材もいるのでそう邪険にもし辛いのも事実であった。
「でも今はどこの軍部もアラガミに攻撃仕掛けては壊滅してるから、余力なんてないと思ってたけどな…………」
「フェンリルから装備は支援するらしいぞ。ある程度、だがな」
「おいおい、そりゃあ………面倒なことになるんじゃねぇの?」
「十中八九ロクな支援物資はあげらんないだろうね。そもそも適合云々の話もあるし。微量の偏食因子埋め込んだ小型銃火器くらいが精々だよ」
「流石博士の愛娘、見識が適格だ」
「ゲッ、まさかあたってんの?」
「リーダーとタカさんがつけた予想と一致している」
うーわ、とケイとリンドウが揃ってドン引いた声を出した。アラガミと戦った者なら、ゴッドイーターなら誰でも、経験として知っている。
アラガミはちゃちな拳銃程度で怯むほど、可愛らしい精神構造をしていないことを。
「作戦開始は約一か月後。第一部隊は漏れなく全員出撃。他部隊からはタカさん、ナツとウィルも出るが別班だな。教官が総指揮官だから、まぁ、悪いようにはならないだろう」
前回の作戦指揮官がアメリカ軍部のトップだったから、そこに学んだと言える箇所はまだマシと言えるだろう。
けれどそれは、とケイは深く溜息を吐いた。
「軍部の人たちが素直に従ってくれれば、の話でしょ………」
「そんなやつらでも守るのが、俺たちの仕事だ」
「シン君!」
「リーダー、お早いお帰りで」
「爺共が昇進しろって煩いから一足先に帰らせてもらった。それに今回は大規模作戦に新人二人を組み込むしな」
「そう、そこ! なんで私たちも出るの!?」
「俺がそれが良いと判断したからだ。異論は?」
「「………ナイデス」」
あんまりにも綺麗な笑顔のリーダーに、新米二人は肯定以外の行動を許されるはずもなかった。
ソマ主♀と銘打っておきながらソーマが殆ど名前しか出てこない。まぁソマ主はおまけですしおすし。
それよりもですね、ゴッドイーター3、発売決定ですってよ皆さん。
レイジバーストもやってないのに3か・・・そっか・・・。そして対応機が『家庭用ゲーム機』・・・絶対switchじゃないですかやだーーー!!持ってないってば!!!
いいです・・・私はバーストと2のみを後生大事に抱えて生きていくんです・・・。
・・・・実は友人が終わったらで良かったら貸すよって言ってくれてるので、それにガン期待してます。
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会議
「サワディークラッ! ケイ!」
朝一番、自室にてソーマとペイラーと共に朝食を楽しみ、作戦会議室へ向かうケイを廊下の角で出待ちした上にラリアットも斯くやな抱擁をかましてきたのは、小麦色の肌をした見覚えのある人物だった。
寸でのところでそれをしゃがんで回避し、頭を低くしたまま地面を蹴ってその区域半径二メートルから脱出。一番近くにいたアオイの背後に逃げ延びる。
「ああああアオイちゃん!!? なんでパッティがここにいるの!?」
「シン君が連れてきたのよぉ」
「あははははははケイは相変わらず小さいし可愛いデスネー! いい子いい子」
「シン君! なんでパッティ連れてきちゃったの!?」
「違う。ついてきた」
摩擦と間違うレベルの高速なでなでを受けながら、ケイが悲鳴を上げるように抗議する。返答したシンジの顔には若干の疲労が見て取れるところから、シンジとしても苦渋の決断だったことくらいは窺えた。
「はよーございまーす、ってうわ、なんか知らないネーチャンがいる」
「ああ、リンドウは初顔合わせだったな」
「まず私を助けてから話を始めてよーー!!」
「もうケイったらツンデレなんデスからー! 嗚呼、ちっちゃくて可愛い口デスネー塞いじゃいますヨ?」
「私そっちの趣味はないですううう!!」
珍しく割かし本気で嫌がっているケイを片手で拝みながら、シンジは眉間に深い皺を刻んリンドウを振り返った。
「すまないケイ、しばしの間生贄となっていてくれ――彼女はウンスマッリン・パーチャラパーン」
シンジがアオイを挟んで逃げ回ったり追いかけまわしたりしてる後者の方を顎で指して疲れた顔で紹介を始めた。
基本的に礼儀正しいシンジの珍しい仕草に目を丸くしながらその先を見れば、こんがり日に焼けたような小麦色の肌に、滑らかそうな長い黒髪と黒曜石の目を持つ美しい長身の女性がいる。彼女がだらしなく目元を下げて口から涎を垂らし、ケイを追いかけまわしていなければの話なのだが。
「バンコク支部の極めて優秀なゴッドイーター………なんだが………」
「性格に難アリ、というとこなんスよ~。具体的にかつ率直に言うとロリコンなんス」
「ひでぇや」
「知らないだろうが、これでもパッティは俺の次くらいには強いぞ」
「知りたくなかった………」
「アジア支部合同だからな……どこかでかち合うとは思っていたが、まさか乗り込んでくるとは。そろそろ救出してやらねばな。アオイ」
作戦中かと思うほどの真剣な声でシンジがアオイの名前を短く呼ぶと、彼女は心得たとばかりに頷き、目にも止まらぬ速さでパッティを足払いした。ケイに完全にロックオンしていたために不意打ちを完全に食らった彼女は、咄嗟に地面に手をつこうと腕を伸ばしたが、間髪入れずその腕をアオイに捕らわれ身体ごと反転させられ、床にその身を強かに叩きつけられる事になった。
「パーチャラパーン、『私たち』のお姫様にそれ以上指一本でも触れてみなさい。その胸部の無駄な肉そぎ落として男か女かわからなくしてあげるわよぉ、このクソノッポ」
廊下の体感温度が五、六度下がった。
*
「えー、コホン。ええ、ハシャギすぎたかしらね。謝罪します」
「あ?」
「ゴメンナサイ!」
ひっくい声を出すアオイに、パッティはぴゃっと肩を跳ねさせて正座からの土下座をかます。ちなみにケイならアオイの腕の中だ。思ったよりやべー感じのアオイにドン引いているのである。
すすす、とリンドウは本能的にこの中で最も強いシンジに近寄り影に隠れる。ちなみにシンジの陰に隠れている者は既にもう六名ほどいた。ゴッドイーターが揃いも揃って………と思わなくもないが、それほどの気迫なのである。
「り、リーダー? なにゆえアオイさんはあんなにご立腹でらっしゃるので?」
「ああ。あれは去年も同じ調子でやってきたんだ。彼女はケイに一目惚れし、猛烈アタックを仕掛けた。傍目から見れば、年の離れた姉が思春期の妹を構い倒しているかのようにも見えたかもしれない」
「いやそう見えたのは鈍感魔王なシンジくらいッスよ。他のみんなは犯罪者見る目でパッティを見てたッスよ」
「ともかくだ、パッティはケイを撫でまわし、おかしを貢ぎ、どこへ行くにも付け回した」
「リーダー、ホントに姉妹に見えてたんですか? 文面に悪意が見えるんですが」
「ぶっちゃけ俺もパッティを疎んじた。パッティが邪魔すぎてケイを構えない、と」
「この支部、つくづくケイに甘すぎません?」
「お前が言うな」
「男兄弟にやっと出来た妹感あるッスよね。ゴッドイーターの女の子は間違っても妹感はないし、ユウナは従姉っぽいし」
「うむ。まぁそんな感じで、皆フラストレーションが溜まっていたわけだ。それでもどうにか作戦は終了、パッティはバンコクへ帰る―――が、その時盛大な爆弾を落としていった」
バララララ、とヘリが羽を回らせる最中、嫌々ながらも慰労のために見送りに来たケイに、パッティは輝かんばかりの笑顔で駆け寄り、ケイを潰さんばかりに抱きしめて、ケイの頬にキスをして言ったのだ。
『また会いましょうね、私のお姫様!』
「アオイは―――キレた」
「わあ、とっても端的」
「当時からアオイはケイを可愛いお姫様、と呼んで憚らなかったからな。そりゃあもう、キレた。誰がテメェの姫だこのすっとこどっこいと。口調は大分ヤクザだった。今度来たらキャメルクラッチかけてやる、と」
「怖っ……ゴッドイーターのキャメルクラッチとか……首もげそう………」
「そういうわけで、アオイはパッティを目の敵にしてるのでした。チャンチャンッス!」
「何一つめでたくないですね………」
「安心しろ、そんなパッティがいるタイだが、ちゃんとストッパーも呼んでいる」
「ウンスマッリン・パーチャラパーン少尉、起立!」
「ひゃい!!」
「――――――弁明はあるか?」
「………………ケイちゃぁん、助けて………」
「自業自得だよ! トラちゃん、やっちゃって!」
「トラちゃんはやめろ、ケイ。久しいな、ウチのパッティが失礼した」
鋭い叱正が飛び、パッティが正座から飛び起きてその場に直立不動になる。声のした方向へ顔を向ければ、丁度エレベーターから出てきたところらしいマントラ・シリラック。階級は中尉で、シンジとは同期である。
「トラ、久しぶり」
「半月前共に作戦に参加しただろう」
「そうだったか。すまん、ここ最近忙しくてな……」
「まったくお前は……」
マントラも前回の軍部合同作戦に参加したゴッドイーターの一人であり、パッティのバディだった。つまり、前回の作戦でとてもとても苦労した人の一人である。
「お前たち、廊下で何やってるんだ」
「ゲンさん」
「キョーカン!」
「そろそろ作戦会議開始時間だろうが、そら、入れ入れ」
呆れ返ったゲンにその場の全員が苦笑いを浮かべて、ゲンの背中に続いて会議室へ入る。会議室には既にツバキや新設された防衛部の面々、中華・台湾支部とインド支部の顔がちらほらと、それと爆睡しているキヨタカの顔もある。
「タカさんが時間前にいる!」
「昨晩ここで一夜明かしたらしい」
「アホだ」
「アホだな」
「その発想は、いらなかったね……」
いびきを立てて大口開けて寝ているキヨタカを残念なものを見る目で各々見つめながら空席に座り、間もなく照明が落ちてスクリーンがプロジェクターの青い光に照らされる。そのすぐ横に、ゲンが指示棒を持って立っていた。
「定刻になったので、これより作戦内容の説明に入る。各員、心して聞くように」
「はいはーい、キョーカン、質問でーす!」
「はぁ……なんだ、サカキ上等兵」
「どうして軍部と合同作戦なのに、作戦説明は別なんですかー?」
「イチイチ水を差され舌打ちされるのが面倒だからだ、以上」
「アッハイ。スミマセンデシター」
「ウム。では今回の殲滅目標を説明する。此度、太平洋沿岸部に大量のアラガミが確認された。その数、およそ1800」
飲み物を口に含んでいたらしい隊員が噴き出す音がどこからか聞こえた。ケイも深く、それは深く頷きたい心持である。せんはっぴゃく。ちょっと何言ってるかわかりたくない。
「その半数が小型アラガミと言えど、流石に無視できない数字だ。既にアナグラなどのハイヴに入っていない人民は悉く食い散らかされている。全く以て由々しき事態だ。早急な対応をせねばならない、が、流石にシンジ単騎出撃で殲滅してこいなぞと言える数でもない」
「流石の俺でも千を一人はちょっと……」
「そこで余裕ダゼ! とか言ってたらワタシだって引きマース!」
「そういうわけで、アジア支部合同作戦というわけだ。ここ極東が墜ちれば次は中国、アジアへと広がる。早期対応がどこの国にとっても吉だ」
各自資料の二枚目を見ろ、と言われ、全員が手元の書類に視線を落とす。作戦の具体的な概要が書かれたそこには、各員の配属と配置が書かれていた。
「リンドウとかー」
「新人二人っきりってマジスか?」
「一番襲来が少ないと予想される地点の上に、二人はウチで期待の新人だ、鍛えなくてどうする」
「そうだぞ、俺なんか一人だ、見ろ」
「ワタシもひとりデース。さびしいネー」
「お前ら二人は遊撃が主な仕事だ。キヨタカをつけてるから問題ないだろ。シリラック中尉は極東支部の雨宮曹長と中華・台湾支部チョウ軍曹、ヨウ伍長、ワン伍長と旧品川。伊勢少尉、榛名少尉は旧葛西。サカキ上等兵、リンドウ二等兵は旧川崎。インド支部のスードラ少尉、カーン准尉、シン准尉は旧横浜へ配属。防衛部は支部を中心に扇状に防御陣営。具体的な待機ポイントは書類に参照した通りだ。ここまでで、何か質問は?」
「東京湾を中心に展開、で間違いないですか?」
「ああ。だが、範囲が狭いからこそ、数は暴力的だ」
「民間人を見つけた場合の対処法は?」
「゛いつもと同じ゛だ」
「……了解」
「百田教官は今回出撃しないのですか?」
「総指揮とかいう面倒な職を貰ったからな。防衛部とアナグラ防衛を片手間に熟すくらいだ。他に質問は?―――ないな。ならば次は配置時からの迎撃の流れの説明に入るぞ。まずは―――」
「ケイ、次の大規模作戦の一員って本当か!?」
「………言ってなかったっけ?」
「聞いてない!」
みっちり作戦を頭に詰め込まれてヘロヘロで帰ってきたケイを出迎えたのは、今にも地団駄を踏みそうなほどに憤然としたソーマだった。あれ? と首を傾げるが、そういえば伝えてなかったような気がする、とうっすら思い当たる。
「あー……ごめん」
「…………もし俺が作戦に参加することを知らせなくて、お前はごめんで許すのか?」
「スミマセン許しません! ごめんなさい、真面目にごめんなさい……」
「本当に反省しろ。俺は心臓が止まるかと思った」
「うぇへへへへへへ」
「笑うな」
顔を顰めるソーマの一方、ケイは顔のにやけを堪え切れなかった。
だってだって、ソーマってば本当に可愛いのだもの。
心配してくれて嬉しい、一緒にいられて幸せ。暖かな気持ち全部とごめんなさいを込めて、ケイはソーマをぎゅうと抱きしめて勢いのまま抱き上げた。ゴッドイーターの腕力の前に、4つ下の少年など無力である。おい! と抗議の声を上げるが、ケイはそのままくるくると回って笑い声を上げるのみだった。
「ただいまー……何をやっているんだい?」
「聞いてお父さん! ソーマがこんなに良い子に育ちました!」
「野菜の宣伝みたいだねぇ」
ウンスマッリン・パーチャラパーン(24)
この時代のゴッドイーターにおける五本の指に入る神機使いが一人。
性に奔放というか欲望に忠実というか、良い意味でも悪い意味でも裏表のない女性。
ロリコン。
長い黒髪を高い位置でポニーテールに括り、踊り子に似たへそ出しの露出多めな服で豊満なスタイルを惜し気もなく晒す。ちなみにヘソピアスしてる。身長は177センチと女子にしては随分高く、神機を持つと他の隊員から「遠近感が狂う」「どっちがでかいのかわからん」「縮め」ともっぱらの評判。
ケイは大のお気に入りで、会う機会を虎視眈々と狙っては突撃するスタイル。なおケイには本気でびびられている模様。
某一言が原因でアオイと超絶仲が悪い。
愛称はパッティ。
タイ出身バンコク支部所属。
マントラ・シリラック(26)
パッティの相棒(抑え役)として長年バディをしてきた苦労性。基本的には礼儀正しく堅実で、目上の人にもしっかり礼を取る超・真面目。シンジとは昔から浅からぬ交友があり、予定が合えば呑みに行くくらいには仲がいい。絵に描いたようなカタブツなので、ケイに無邪気にトラちゃん、とか呼ばれると本気でどうしていいのかわからなかったりする。やめてほしいような、慕われて嬉し恥ずかしのような。眉間の皺を伸ばすのが癖で、最近目に余るパッティのせいで目下のクマを擦るのも癖になりつつある。
愛称はトラ。(元々他にあったが、名前にちなんだものにしろややこしい、とシンジから抗議を受けてコレになった)
タイ出身バンコク支部所属。
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作戦
『大規模作戦なんて一年ぶりだわぁ。楽しみ~』
『いや真面目に戦って下さい』
無線からの声に耳を傾けながらインカムの調子をチェックする。
時刻は一一五八、午前十一時五十八分。正午目前のお昼時に、ケイはリンドウと共に廃ビル街の一棟三階、壁が大きく崩れて外から丸見えの劇的ビフォーアフターな場所で待機していた。神機の調子は上々、天気も晴天視界は良好、中々の作戦日和である。
『まぁ、アオイはそれぐらいで丁度良いだろう。バーサーク化されるよりはマシだ、多分』
「私アオイちゃんのバーサク姿まだ見た事ないから、ちょっと興味あるな」
『あらあら! ケイちゃんのおねだりなら、私はいつでも本気出しちゃうわよぉ?』
『ホント、ホント勘弁してくださいッス……』
べそべそと本気で半泣きになりながら、キンタが懇願するのに、全員が引きつったような笑みを浮かべた。アオイが暴走して抑え役に回るのは、バディである以上十割どころか十二割キンタである。
現在通信が繋がっているのは支部毎での最終確認の為なのだが、それが雑談に移行していくのはある種当然の事であった。
そこへ、新たに通信先が追加される電子音の後に、各支部の微かなざわめきと、ゲンの大きな咳払いがインカムに届く。
『諸君、お喋りはそこまでだ。点呼』
『こちらアルファ、配置につきました』
『ブラボー、準備完了デース!』
『チャーリー、配置につきました』
『デルタ、いつでもいけるッスよ!』
「エコー、問題ないです!」
『フォックストロット、当然準備万端だ』
『――定刻。第二次フェンリルアジア支部及び軍部合同作戦開始。東京湾包囲神機使い部隊、出撃せよ!』
『『『『「了解!」』』』』
ケイは返事をしてリンドウを見やり、軽いアイコンタクトを交わす。すっかり相棒同然となった男に後ろ手でスリーカウントし、カウントが終わると同時に飛び出した。
寸分違わぬタイミングで背後のリンドウも飛び出したのを気配で察知しながら、ケイは目下のアラガミに躍りかかる。
オウガテイル十数体、サリエル五体、グボロ・グボロ六体、コンゴウが堕天種合わせて七体、ヴァジュラ三体、クアドリガ一体。控えめに言っても相当面倒くさい戦場だ。
「報告よりコンゴウが多いな」
「七体も六体も五体も似たようなもんでしょ」
一体一体はそれほど強くもないが、いかんせん数が多い。取り合えず遠距離武器を持つアラガミから屠って行くが、攻撃が追い付かない。
「あ゛ーもううっざい!」
グボログボロの示し合わせたような同時遠距離攻撃を回避しながら、ケイが叫ぶ。人体にだけ攻撃が通るなんて反則だ。
ケイは内心で毒づきながら、神機を振るって避けつつそばにいたオウガテイルへ斬撃を食らわせる。吹っ飛んでいく塊に脇目も振らず突っ込み、一気にクアドリガまで辿り着いた。一寸の間も置かず、神機を下から上へ斬り上げる。かなり深く斬り込んだからか、クアドリガは叫び声を上げながら仰け反った。
その隙を見逃す訳はない、ケイは懐に入り込みその巨体に連続斬りを叩き込む。
「ッせいや!」
体力の限界と共に思いきり踏み込んで最後の一撃を繰り出した。
クアドリガの肉が捲れ血が吹き出し、ゆっくりとその巨体が傾く。迅速にコアを取りだし、息つく間もなく襲いかかってくるヴァジュラを避ける。
ケイがクアドリガを倒している間に、リンドウも殲滅し回っていたようで、オウガテイルは全滅していた。
「ケイ! グボロとサリエル先にやっちまえ!」
「おっけー。ヴァジュラとコンゴウは任せた」
ヴァジュラ三体とコンゴウ数体相手に奮闘しているリンドウを一瞥し、もう一度神機を構え直す。
切れたスタミナは既に回復済みだ。
まず厄介なサリエルを撫で斬りし、走り回りながらゲポラゲポラを斬りつけていく。目論み通りアラガミはケイを先に片付けようと各々攻撃態勢に入った。サリエルのビームが、グボログボロのタックルや氷の礫が飛来する。礫やタックルの直線的攻撃を避けるのは簡単だ、問題はサリエルの追尾ビームである。
ケイはくるくる舞い、上手く岩や廃墟を壁にしてそれらを回避した。
「数の暴力ってこういうのを言うんだろうなぁ」
「しみじみしてねぇで動けこのやろー!!」
「分かってるっつー………の!!」
壁から飛び出し直ぐに神機を振るうと、気配通り読み通り、その場にいたサリエルにまともに当たった。
そのまま神機を深く穿ち、サリエルの体を両断。ついでにコアまで破壊してしまったらしく、両断されたサリエルはそのまま黒い靄を放ち地面に黒く溶けた。
やべーまた父さんに嘆かれると脳内で呟き、すぐにそんなどうでもいいことは頭の外へ追いやって跳躍する。二体のサリエルの脳天に熱い一撃を入れ、最後の2体を仕留めにかかる。
そこに、グボログボロの氷の礫が横から連続で飛んできた。避けたらこの勢いを失うと本能で理解したケイは、咄嗟にタイミングを合わせて足を畳み、礫を無理矢理足場に仕立てあげて再度跳躍した。
流石に予想外だったのだろう、狼狽えたサリエルの胴体に神機を思いきり押し込み、ぐるりと捻った。実際にはもっとえげつない音が鳴ったのだが、割愛。
サリエルはあと1体、グボログボロは半死半生みたいのが4体に無傷が2体。迫り来る攻撃を最小限の動きで避けながら、一番効率の良い倒し方を考える。シンジはそんな事を考えながら倒しているらしいが、ケイには合わなかったようで、3秒で面倒だと切り捨てて、いつも通り突っ込むことにした。まず死に損ないのグボログボロを撫で斬りにしていき、間髪入れず無傷の方へ向かう。飛んでくるビームはシールドを展開する時間が惜しかったので、神機のブレード部の平で強引に防御した。遠心力の力を借りてぐんっ、と一振りし、グボログボロの目を潰した。ゴッドイーター特有の馬鹿力で振り抜き、口から尻尾までを裂く。絶命したグボログボロを台にして高みの見物を決め込むサリエルにブレードを届かす。足を切断された痛みに、サリエルは甲高い叫び声を上げ地に臥せった。回復する間も与えず、その項垂れた首を飛ばす。コア回収を手早く済ませ、やぶれかぶれに連続タックルしてくるグボログボロを迎え撃った。ヒレを削ぎ尻尾を魚を切るように軽く斬る。死にかけの体だが、それでもグボログボロはケイ目掛けて突っ込んできた。捨て身の一撃だった。けれどもケイはその必死さに冷徹な目を向け、そのかっぴらいた大口に神機を捩じ込む。コアを直接掴んで強引に切り離した。グボログボロは、電池が切れた時計のように動きを止め、事切れた。
周りはアラガミの血や、あらゆる体液の臭いが充満している。取り合えず任されたノルマは終わったので、リンドウいるだろう方向へ足を早めた。
ケイが着いた頃には、既に半数を殲滅していた。雷球を撃とうとしていたヴァジュラに飛び付き、背中に真一文字の傷を付ける。怯むヴァジュラの脳天を神機で貫き、顎まで貫通。地面に頭が縫い止められる形で、ヴァジュラの最後の1体が絶命した。ずるり、とコアを回収し殘間に神機を抜き取り、ヴァジュラだったものから飛び降りる。
「やっと来たかよ!」
「うん、待たせた」
残りはコンゴウ4体。
この短時間で悉くの同類を殺された事で、彼らは二人にある種の畏れを抱いているように見えた。その体は震え、目には暗い未来が見えている。アラガミにもそんな感情があるのか、もしくはただの本能か。
ケイはリンドウの隣に並び、両者共ちゃきり、と神機を構え直す。
「ちゃっちゃと終わらせるぞ、ケイ」
「りょーかい、相棒」
すっかり鍛えられたケイとリンドウのコンビにコンゴウ4体なんて壁にもならない。
さっさと片付け、途中で来たアラガミの群れも適当に葬り、二人の任務は一旦完了だ。中間リザルトの時間までは体を癒す事がある意味任務である。
「リザルトまであとどれくらいだ?」
「十分」
「まじかよ。あー、暇だ」
「怪我もないしね。仮眠を取るにも微妙だし」
「寝れるかここで」
「リンドウならいけるでしょ」
「俺は野生児かなんかか」
周囲を警戒しつつも手持ち無沙汰気味に過ごし、十分後きっかりに通信が入った。
『へいへーい、こちらフォックストロット。How do you read?』
「こちらエコー。聞こえてます」
『オーケーオーケー、戦況は?』
軽い調子のそれは疑いようもなくキヨタカのそれだ。
ゲンはどうしたのだろうと首を傾げつつ、ケイは報告のために口を開く。
「第一陣オールグリーン。ケイ、リンドウ両名共に掠り傷ひとつなし」
『上出来』
「タカさん、キョーカンは?」
『アナグラが襲撃を受けてそっちに出払ってる』
「ゲッ。帰還しようか?」
『いらんいらん。ゲンだけでいけンだろ。それより、アラガミの数が総じて想定より多い』
「あっ、こっちもだったよ。誤差程度だけど」
『どこもかしこもだ。シンジとパッティが駆けずり回ってなんとかなってるが、事態は深刻。チャーリーにはベータが行ってる。つーわけで戦線の穴を埋めてるアルファへ急行されたし』
「自分ではやらないんだね。で、シン君って今どこ?」
『そこから北に二十キロ。旧渋谷だ。ナビいるか?』
「リンドウ! こっから渋谷まで運転できる?」
「お前以外は全員日本全国津々浦々の地図頭に入ってるっつの」
『着いたら連絡しろよ。どこも未だ戦闘中だが、でけぇ怪我はない、心配すんな。俺も着いてるしな』
「そりゃあ、鷹の目がいて死人がいたら守護神は降板でしょーよ」
『誰だそんな似合わねェ名前付けたアホは』
「キョーカンでーす」
『よーし任務終わったらアイツ絞める。手伝え嬢ちゃん』
「あいあいさー」
気の抜けた会話を続けながら運転席にリンドウが乗り込み、ケイは助手席に乗り込んだ。
『合流次第戦闘行動及びその他状況に合った活動へ移行、復唱不要。んじゃ、ヨロシクー』という通信を最後に無線を切って、リンドウに車のキーを投げ渡す。エンジンが動く音が景気よく鳴り響き、車が動き出した。いつ聞いてもでかいエンジン音だ。よくアラガミが寄ってこないものである。
ケイは足下から地図を引っ張り出し、渋谷の位置を確認した。
「うーん結構遠い」
「こっからじゃ1時間かからないぐらいだ。ぶっとばせば三十分で着くだろ」
「リンドウの運転荒いんだからやめて! 安全運転でよろしく」
「へいへい、お姫様」
相も変わらず座り心地の悪い車に辟易しつつ地図を後部座席に放り投げる。
「それにしてもシン君がね。着いてる頃には終わってるんじゃないの」
「有り得るな」
ピンチという言葉がおおよそ当てはまらない第一部隊の隊長を思い浮かべ、リンドウは真顔で頷いた。
一時間経たないあたりで目標ポイントに到着し、ケイとリンドウは神機を引っ付かんで手早く車から降りた。辺りは綺麗なもので、アラガミの死体なんかは見当たらない。ついでに人の気配も。
ケイとリンドウは周囲を警戒しつつも、駆け足で廃墟の合間を走り抜けた。アラガミの死体や血、いろんな体液の残骸を目印に、それらが多い方へ進んでいく。
五分ほど走ったところで、アラガミの激しい鳴き声と、誰かが戦っている音が聞こえた。曲がり角を曲がった先に、見慣れた隊長の姿。
「シン君!」
「リーダー!」
「来たか」
シンジは神機を振るいつつも、平然とした声を出した。夥しい数のアラガミの死体を踏みつけ、アラガミにずらりと囲まれている。次々と絶え間なく繰り出される攻撃をものともせずに回避し、小枝でも振るかのように軽い調子で神機が振るわれた。
「疲れてるなら私前衛やろっか?」
「いや、平気だ。二人とも、援護を頼む。畳み掛けるぞ」
「りょーかい!」
「了解!」
リーダーの平坦な号令に威勢良く返答し、地を蹴って神機を振るった。
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瓦解
二十分後、三人は地を埋め尽くす程のアラガミの死体を踏みつけ、乗り越えてその場に立っていた。
ケイとリンドウは肩で呼吸を整え、身体に幾つかの傷ができているが、シンジにはそれら一切がなく、平然とコートについた埃を払っている。その身には傷どころか返り血ひとつすらなく、まるでちょっとした外出から帰ってきたかのようだ。
息を整え、ケイはそんな化物染みたリーダーに呼び掛ける。
「シン君、タカさんからの通信が来るまでどうする?」
「ふむ、特にやることもない。各々休憩だな」
「他のところはどうなってますかねぇ」
「なに、どうにかなってるさ。これくらいでバテるほどやわい奴等じゃない。キヨタカから連絡でも来ればいいんだがな」
「いくらタカさんでもこんなに早く終わるなんて思ってないでしょーよ」
ケイが笑いながらそう言ったとき、ピピピッ、と通信を告げるアラーム音が無線に響いた。
『おうおう三人とも生きてるかー?』
「シンジ、生存確認、通信状況良好」
「………ケイ、生きてまーす」
「リンドウ、生きてます」
あんまりにもあんまりなタイミングに、ケイは若干引きつつ、リンドウは笑いを堪えつつ応答した。タイミングが狙われ過ぎて、ケイはたまにタカさんはエスパーなのではないかと思う。
「こっちは片付いたぞ。そっちは?」
『まだドンパチやってるぞ~………うし、命中』
「通信しながら撃ってたんですか………」
『そんくらいは楽勝。デルタと通信繋げるぞー』
ジジ、と僅かに電波が乱れる音の後、聞きなれた声が次々と耳に届いた。
『アオイ、聞こえてるわよ~。シン君たち、生きてる~?』
『キンタ、聞こえてるッス! 重傷者ナシッス!
「わー、二人とも元気だね。こっちに怪我人はないよ、アラガミも殲滅完了」
「タカ」
『ちょい待ち………作戦一日目完了、各方面迎撃成功。総員待機位置へ戻れ。だとさ』
「了解。デルタ、待機中も警戒を怠るなよ。アナグラに戻るまでがえんそ……作戦行動だぞ」
『今、遠足って言いかけたッスよね』
『八割方言ってたわよねぇ』
『リーダー、お願いですから作戦行動中くらい気の抜けた号令はやめてもらえますか?』
「ケイとリンドウにはこのまま俺が着くぞ」
「『『話をそらした!』』」
ブチッと横で勢いよく通信を手動で切ったのを見たケイとリンドウは視線を合わせて薄く苦笑する。
当然それに気づいたシンジは問答無用でケイの頬をつまみあげた。なんでわたしだけ!と動かしにくい唇で必死に訴えるも、シンジは男の頬なんか抓んで楽しいわけあるか、と真顔で言い切った。
リンドウを運転手にジープに乗り込んだところで(シンジのジープはアラガミに捕食されてお釈迦になった)やっと手を放してもらい、そういえば、と頬をさすりながら口を開く。
「軍部のほうはどうなってるの?」
「ああ、お前たちは遠かったからな。あっちこっちでどんちゃんやってたぞ。喰われかけて敗走してたがな」
「「デスヨネー」」
エンジンが低い唸り声を上げたとき、緊急アラートが三人の耳に響く。無線ではない、近くの巨大な熱反応を感知した『避難用』のアラートだ。
即座にシールドを展開したシンジが伏せろ!と叫ぶ。ケイとリンドウはリーダーたるシンジの鋭い声に反応し、神機を上段に構えて身体を屈めた。
直後、熱風と衝撃波が三人を襲った。ゴッドイーターの肉体をして溶け墜ちそうな灼熱、ジープが横倒しそうなのを、ケイは咄嗟に神機をつっかえ棒代わりにして支えた。息もできないその中が永遠ほどに続き、ようやっと空気を吸えた頃には限界で、ケイとリンドウは激しく咳き込んだ。胸を押さえてなんとか息を吸おうとする二人の背中を、シンジが優しくさすった。
「大丈夫か、新人ども」
「これ、はっ……新人かんけいな、ゲホッ!」
「ガハッ、ゲホ!……リーダー、今のは……」
「わからん。が、ロクでもないのは確かだろうな」
見ろ、と促され、二人とも顔を上げる。
周囲を見渡すまでもなく、そこはひどい有様だった。大量の黒煙に包まれて尚わかる、アラガミに食い荒らされながらも聳え立っていたはずの全壊した摩天楼、燃え尽きたように黒く焦げた地面、爆発こそ奇跡的にしなかったものの、すぐに離れた方が良い状態のジープ。先程までかろうじて街の殻を被っていたそこは、ただの荒れ地と化していた。
「シン君、これ」
「とりあえず、ここを動くぞ。コイツももう動きそうにない」
シンジが使い物にならなくなったジープを蹴っ飛ばして溜息を吐く。
煙や塵、破片を叩き払い、三人は少し晴れた煙の中を慎重に歩いた。
「なんの爆弾だったんだろう」
「おそらくMOABだ。アメリカだかが開発したアホ程の威力の爆弾………あぁ、あっぱりな」
ぱし、とシンジの手がケイの両目を覆うように頭を掴む。痛いよ、と抗議しようと口を開いた矢先に、口からひどいにおいが鼻に逆流してきた。硝煙と鉄と、血と、肉の焼けるにおい。すぐ隣から、えずくリンドウのくぐもった声が聞こえた。
「自爆か。リンドウ、吐いていいぞ」
「シン君」
「いい、お前は見るな。……こんなバカなことした奴らの最期なんぞ、子どもが見て良いもんじゃない」
「リーダー、俺も一応未成年なんスけど……」
「お前はもういっぱしの男だろ」
「う゛……嬉しいような、複雑なような」
「素直に嬉しがっておけ。……さあ、こんなところさっさと抜けよう。待機場所は……こっちか」
「いだだだだ、シン君、離して痛い痛い痛い」
「あー……もう少しだから、我慢しろ」
頭を掴まれたままでずるずると引きずられるので慌てて足を動かす。わしゃわしゃと雑に撫でてくるそれはすぐわかった、リンドウの手だ。それがどこか縋るような、自己を律するようなものだったので、ケイはそれに気づかないフリをして、もっと丁寧に撫でてよ! と不満の声を上げた。リンドウが悪い悪い、と微かに笑ったのを感じて、ケイもほっとして小さく笑う。
ジジ、とインカムに僅かにノイズが走るも、それが音声を吐き出す事は無かった。ゴッドイーターと違ってさほど強化されていないそれでは、先ほどの爆風と熱に耐えられなかったのか、単純にジャミングでもかかってるのか。
「無線は通じない、ジープはオシャカ、で、ここはアナグラから40キロ以上離れた場所……作戦終わったらどうやって帰ります?」
「徒歩だろ」
「徒歩かぁ」
「うへぇ……せめて途中でチャリでも落ちてねーですかね」
「アラガミに喰われてるだろ………」
*
通常、大規模作戦は長期的戦闘を想定としているが、対アラガミにおいてはそもそもがフェンリルによるアラガミ完全殲滅を念頭に置いている為、今回の作戦は急激増加したアラガミの殲滅。つまり最長でも一ヵ月が目途となっている。それ以上を請われても、現存するゴッドイータの数は少ないどころか、日々減ってきている現状では、長く拘束することは良策とは言えない。
そんなわけで今回の作戦は大規模と言えど日程は七日、つまり一週間だ。それでも、その一週間極東支部の機能はほぼ半減するわけで、結構な被害ではあるのだが。
本日、第一日目のアラガミ掃討数は、予定では約200体、のはずだが、各地での大幅な増殖の為に実際に倒したのは400半ばといったところだろう。初日でこれとは、最終的な殲滅数はいくつになることやら。
「無線、直りそう?」
「予備で持っていた部品の換えで出来るだけのことはするが……さて」
ガラスがなくなって窓枠だけになったそこから望遠鏡で見張りしながら、背後でランプを脇に無線を修理するシンジに問いかけるが、彼は肩をすくめるだけに留まった。ニッパーとドライバーを道具箱に放って、ガチャリと硬質な音が室内に響く。
「ケーイ、外どうだ? こっちは異常なし」
「敵影どころか、動いてるのなんか雲の影くらいだよ」
「こっちもだ。おっそろしいくらい静かだな」
「さっきの爆発が効いたのかな?」
「まさか。あんなもんでアラガミに打撃が通るくらいなら、俺達ゴッドイーターは上がったり下がったりだ」
「だよ、ね…………」
「ん、どうした?」
「わかんない。けど、胸がざわざわする」
爪先からびん、と張り詰めた糸の僅かな振動のような感覚が駆けあがる。それらが心臓に集まって、ざわざわと大きな衝動になった。落ち着かない、何か、遠くで、自分の手の届かない何処かで、誰かが助けを求めている気がする。
今にも駆け出していまいそうな足を叱咤して押しとどめたその時、シンジが繋がった!と無線を耳に押し当てた。ケイとリンドウはシンジに飛びつき、自分たちにも聞こえるようにインカムに耳を寄せた。
「こちらアルファ、エコー。無事合流後、待機場所にて第二次戦闘態勢中。本部、聞こえてるか?」
『……ンジか? こち……本……至……』
「なんだって? 無線の調子が良くない、もう一度言ってくれ」
シンジが眉根を寄せて出来る限りはっきりとした発音で復唱を要求するが、無線から流れるのはノイズの音ばかりで、途切れ途切れにでも聞こえた声は遠く、遂にはブツリと音を立てて途切れた。
「………これさぁ、やばくない?」
「やばいな。戻った方がいいかもしれない……が、足がないんだよなぁ」
「でも行かないわけにはいかない、ですよね」
「ああ。………作戦行動中だが、仕方あるまい。責任は俺が持つ。野営は中止、これより夜間移動を開始する。夜間だからと言ってアラガミが沈静化するわけがないのは知ってると思うが、各員、警戒はくれぐれも怠らないこと。先導は俺、殿はケイに任せる。リンドウ、荷物は任せたぞ」
「「了解」」
使い物にならなくなったインカムを投げ捨てて、さして広げていなかった荷物をかき集めて屋内を後にする。作戦開始時には明るかった晴天は、既にすっかり赤く染まり、追いかけるような藍色が空を覆い始めていた。みんな、無事かな。ほんの少し弱音にも似た不安を零すと、リンドウに神機を持っていないほうの手でガシガシと髪の毛をかき混ぜられた。それから、あの人たちが簡単にくたばるわけねーだろ、と軽く笑い飛ばされる。
ケイはそれに、うんとだけ返して小さく頷いた。
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半壊
警戒を怠らず走り続けて、真夜中を少し過ぎた頃、シンジ、ケイ、リンドウの三名は疲労で呼吸を乱しながらもアナグラ目前まで到達した。そうしてやっと、暗闇の中でも気づく。
「壁……壊れてない? アレ」
もうもうと夜空に薄っすら立ち上る煙。その出所は目を凝らすまでもない、間違いようもなく我らがフェンリル極東支部だった。遠目からでも、崩れた壁へ続々と何かがもぞもぞ蠢いているのがわかる。アラガミが絶え間なく防壁の中へ侵入を果たしているのだ。
呆然と呟くケイと、呆気に取られて固まるリンドウの背中を、シンジが続けざまにバシバシッと叩いて正気に戻させる。
「ぼうっとしてるな! リンドウ、物資等邪魔なものは捨ててけ、突撃する!」
「ッ夜通しの強行軍直後だってーのに……!」
「でもなんで防壁が壊れて……防衛部も、タカさんもキョーカンもいるのに!」
「知るか! 行くぞ!」
およそ六時間にも及ぶ夜間移動の極度の緊張と疲労により力の入りにくくなった足を叱咤し、三人は全力で防壁まで駆け抜ける。道すがらアナグラへ向かうのを阻まんとするかのような小型アラガミ達を一切相手にせず、ただただ一直線に。
時間にして五分と経たず、三人はアナグラに群がるアラガミ共に辿り着いた。まさしく地面が動いているのではと錯覚しそうになるほどのアラガミの群れ、群れ、群れ。けれど、先頭を切っていたシンジは一切の躊躇も動揺もなく埃でも払うかのように神機を振るって、殿のアラガミを五匹ほど纏めて吹っ飛ばした。ケイとリンドウも続いて神機を振るい、アラガミを屠った後に顔を上げて壁の崩れた向こう側を見やる。連なる大型アラガミのせいでよくは見えないが、飛来する光線や神機がアラガミを引き裂く音が僅かに聞こえたので、なんとか押しとどめていることを察した。
「シンくーん! どうしよう!?」
「蹴散らす! ケイ、リンドウ、道を作れ!」
「「了解、リーダー!」」
返答する合間にも、鈍色が閃きアラガミが空を舞う。改めて考えると前衛しかいないなこのパーティ……と呆れながらも、ゴリ押しでアラガミを言葉通り蹴散らしていく。防壁があったはずの外と中の境目を超えた時、中で戦っている人物が目に入った。生きていた喜びと安堵で、ケイは喜色満面に彼の人の名前を呼んだ。
「ウィルー!」
「ケイ! リンドウくんも無事ですね。って、え? リーダー!? わぁー! 勝ったーー!」
「めっちゃわかるけどちょっとは隠そう!?」
ヤッターー! とテンションを爆上げさせるウィリアムに苦笑いし、それほど深刻な状況にはなってないのだろうと察して更に安堵した。
「状況は?」
「一言で言って深刻です! ゲン教官が今いる半数を殲滅するも、負傷。タカさんが南を抑えてますが、いつまで持つか……ナツとスバル、ニーナ、ミツバが各ブロックにいます。それ以外の隊員は全員負傷、医務室で治療を受けた後戻ってくるものもいますが、半分以上が重傷です!」
「俺たち以外の攻勢部隊は?」
「諸共通信機が壊れて連絡がつかない状況です。それと、アラガミが硬くなっているとの報告が、」
報告している合間にも襲い掛かってくるアラガミ数体を、シンジとケイ、リンドウが後ろ手で切り裂く。
「すまん。なんだって?」
「………いえ、ゴリラトリオには関係のない話でしたね」
「ゴリラ言うな」
「硬くなってるってどういうこと?」
「そのまんまです。神機の刃が通らない、もしくは通りにくいとの報告が多数、いえゴッドイーターのほぼ全員から寄せられています」
「ふむ………まぁ見当は付いてる。ケイ、お前は?」
「もちろん。これでも、ペイラー・サカキの娘だもの!」
「言ってみろ」
「ずばり、軍部の現代兵器の攻撃を呑み込んだ事による進化だね! 物理攻撃による耐性ができたんだ。神機による攻撃だって物理攻撃ではあるわけだし」
「ああ、おそらく正解だ。まったく、こうなることはわかってただろうに……司令の考えは相変わらずよくわからん」
深い溜息を吐きながら、シンジは肩を回すような気軽さで神機を振るって口を開けて襲い掛かってきたアラガミを屠った。せーいっとケイが両手で神機を握ってオウガテイルを両断しながら、これからどうする? とこの中で一番官位が高いシンジを見やる。
「ウィル、お前の通信機は?」
「壊れてます。僕は一度アナグラに戻ったときに教官やタカさんに指示された通り迎撃してるだけです」
「……リンドウは残れ、ウィリアムとここで迎撃。ある程度殲滅し終えたらアナグラへ一旦戻り指示を仰ぐこと。ケイは俺と来い」
「了解!」
「了解リーダー!」
「どこもかしこ、も! アラガミだらけ!」
神機を振りまわしながら進むような進軍の中、ケイが息を荒げながら呆れ返って不満を叫んだ。民間居住区にアラガミが侵入した光景なんて見たくもなかった。
「ああ、ウィルが守っていたCブロックからの侵入はないが、それ以外の防衛がガバガバだ。……チッ、エレベーターは死んでるか……ケイ、俺はDブロックへ応援に行く。お前はアナグラ周辺を警戒、かつ中の安全を確保しろ。民間人もここに押し込められてるはずだ」
コントロールパネルを操作して電気系統を復旧させようと試みるも、失敗したらしい。シンジは低く舌打ちした後ケイに命令を下して神機を担ぎなおした。ケイもピッと簡易敬礼を返して頷く。
「了解! ………………ん? 待って、エレベーター死んでるのにどうやって入れと?」
「登れ、以上。健闘を祈る」
「……え? ええええぇぇぇええ!?」
冗談でしょ!? と悲鳴を上げるケイを置き去りに、シンジはさっさと走り去った。無慈悲すぎる。
口元を引き攣らせながらも残党らしいアラガミを無意識に地に伏せさせつつ、ケイはアナグラを見上げた。アナグラはこうしてアラガミがハイヴ内に侵入してきた場合に備えて一階二階周辺には窓やとっかかりは作られていない。つまり、シンジの言う通り、中へ入るにはエレベーター以外では登るしか手段はないのである。
「マジで………?」
最悪、と心中でつぶやきつつ、やるしかないか、と覚悟を決める。登攀途中で飛行型アラガミに襲われたら、その時はもう年貢の納め時にするしかない。一つ大きく息を吐いて、ケイは神機を握りなおした。
*
「ソーマ、民間人の数はどうなってるんだい?」
「十万五千八百七人。確認できていないのは約九千二百人だ。それにアナグラはそこそこに収容できる施設であるにせよ、限界が近い。九千人もの人間をあと詰め込めるか……」
「さあ。いざとなったら私の権限で第一級秘匿地帯も解放するさ」
「………後で本部に大目玉を食らうぞ」
「なんとかなるよ。それより、現時点で動けるゴッドイーターがいない事の方が問題だね……」
「博士ー!」
「ユウナくん。怪我人の治療状況はどうなってる?」
「オペレーターとフェンリル関係者で手当に当たっています。しかし、各階に侵入してきてるアラガミを押しとどめているゴッドイーターへの交代も、治療も出来ないのが現状です」
「参ったな……」
「……俺が出る」
「それは許可できない。ヨハンからの命令もあるし、君の身体がまだ出来上がってないという理由もある。なにより、ケイに怒られそうだしね」
「ここを守るためなら、アイツだって―――」
ソーマの言葉が言い終わらないうちに、ドカァン、と大きな破壊音が鳴り響き、アナグラが地響きの如く揺れた。よろめくペイラーとユウナを他所に、敏感にその音の源の方向を察知できたソーマが窓へ走る。ソーマたちがいる場所からそう遠くない、そしておそらく下からだ、と判断したソーマが対アラガミのコーティングがされた窓から下を覗く。すると、そこには。
「――――ケイ!?」
神機を壁に突き立てて、それにぶら下がるケイの姿があった。彼女のすぐ脇には、アラガミの攻撃の跡が大きく口を開けている。ソーマの言葉に、ペイラーとユウナも窓に駆け寄った。
慌てて窓を開けて彼女の名前を叫ぶと、ケイはぱっとこちらを見上げてニッと笑った。
「ただいまーソーマ! 帰ってきたら支部が半壊してた私の話、聞く? あ、お父さんにユウナも!」
「いいから上がってこい! 何をしてるんだそんなところで!」
ケイに向かって手を目いっぱい手を伸ばす。彼女からも伸ばされる手を掴もうと身を乗り上げた時、ケイの表情が一瞬で鋭くなった。足が振り上げられ、神機を物理法則を無視して壁から抜き、壁を蹴り上げて上へ跳ぶ。
ソーマ達より上空にまで到達し、今にも光球を放たんとするザイゴートをたたっ切った。しかし、神機と体が壁から離れてしまったことで、ケイの身体は完全に落下に入る。
けれども、幸いゴッドイーターと遜色ない身体性能をしているソーマが、寸でのところでケイのフードマントを掴んだ。
「ケイ!」
「ッう……ありがと、ソーマ……ちょっと乱暴だけど、助かった」
「落ちてくる方が悪い! 危ないだろうが!」
「いやー、窓開けちゃうソーマに言われたくないなぁ。まぁいいや、丁度良いから引き上げてー」
「ケイ、無事かい?」
「元気元気ー! 夜通し走ってきたからちょっぴり疲れてるけどね、十分動けるよ!」
「全く聞き流せない話が聞こえた気がしたけど、それでも今は戦力が惜しい」
「りょーかい、蹴散らせば良いんでしょ? どこから?」
「地下エリアが最も緊急性が高いです! 民間人も多数収容されているのに、アラガミが次から次へと湧いてきて、ゴッドイーター達が奮戦してくれていますが……それと三階のエントランス、七階の広間にも飛行型アラガミが……」
「オーケー。地下から、上へ駆け上っていけばいいんだね?」
「ああ。どうか無事で」
「……回復薬が足りないんだから、怪我もするなよ」
「アハハ、ダイジョーブダイジョーブ! ケイ・サカキ、出撃します!」
レゾナンドオプスとやらでウィリアムという方が出るそうで。やべぇや、改名すべきかな? いやウィリアムの名前登用したのわいが先やし……めっちゃエネルギッシュそうな方でしたねウィリアムくん……こっちは省エネというかクール()な感じですのに……
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一夜
「よっ、ほっ、とーいっ!」
掛け声と共に神機を振るい、侵入してきたアラガミを端から切り刻む。狭い通路で暴れまわるように倒していくものだから、返り血……というか返り液体がひどい。頭からモロに被った液体を頭を振って払い、肩で息をする背後のゴッドイーター達を振り返る。
「殲滅完了! メアリー、ロック、被害状況は?」
「民間人の死者二名、重傷者十二名、軽傷者三十名、残りは無傷だ」
「ケイちゃん、応援、ありがとー……」
防衛部所属の第四部隊、副部隊長のちょっと粗暴なロックと、隊員のゆるふわ系美少女メアリー。二人はボロボロの神機と傷だらけの身体ながらも、しっかりと二足で立っていた。
「どいたま! はいこれ二人の回復錠。後は任せてだいじょぶ?」
「当たり前だ、先輩ナメんな!」
「だいじょーぶー」
ロックはともかく、メアリーがとっても心配であるが、ここで立ち止まっているわけにもいかない。ケイは一度天井を見上げて、僅かな振動に眉を寄せた。
「ケイ」
「っうわ、なに?」
「さっさと上に応援に行ってやれ。お前を、みんな待ってるんだからな」
「いってらっしゃい、ケイちゃん」
がしり、と頭を片手で掴まれ、抗議するように見上げた二人は、柔和な笑みを浮かべていた。手を振る二人に、ケイは唇を噛み、力強く頷く。
「うん。行ってきます!」
神機を再度掴み、ケイは口角を上げて笑みを作り、その場から駆け出した。
強く、強くなりたい。もっと、誰もいなくならないくらい、誰もを守れるくらい、強く。
「―――なんて、ちょっぴり傲慢かな………」
自嘲気味に口元を吊り上げながら階段を駆け上り、一階づつ廊下を走り回ってアラガミの有無を確認する。せめてアナグラ内くらいはと方向オンチが作動しないようになっていて良かった、本当に。侵入してきたアラガミをしばき倒しながら登り詰め、ついには屋上へと転がり出た。
「ただいまタカさん!」
「お、おかえりさん嬢ちゃん」
「状況はどうなってるの?」
「とりあえずこっちゃ来い」
屋上に鎮座する砲台を好き勝手に操りながら、キヨタカが手招きするので、ケイは彼の傍らにてってこ駆けていった。金網越しに街の様子を見渡せば、籠城戦でもしていたのだかと錯覚するほどの戦闘痕が刻まれ、四方からは防壁や家屋などが壊れたことによる黒煙が立ち昇っている。
「ひどい……」
「どこの方向も大量のアラガミが押し寄せてる。どこへ行っても死にかねない戦地の上、敵のパワーアップでこっちは負傷者多数。中々に絶望的な状況だ。ところで嬢ちゃん、もののついでなんだが、ちょっと包帯巻きなおしてくれや」
「え……って、ちょ、利き腕じゃん!」
「おう。さっきから撃ち辛いったらねーよ」
「撃ち辛いってレベルじゃないよね!?」
神機を放り出して、慌てて懐に突っ込んでおいた包帯を取り出して巻き付けた。処置をしている合間にもキヨタカが神機を扱うためにひどく巻きづらいが、その程度をカバーできるくらいの技量は持っている。
「サンキュ」
「うん。タカさん、どうしよう。私、どうしたらいい?」
「ここの防衛……って言ってやりたいとこだが、今はどこも余裕がない。Bブロックへ回ってくれ。行けるな?」
言われてBブロックの方を見れば、壁に群がる数十のアラガミが見えた。Aブロックの壁は既に破れているが、そちらは先ほどからずっとキヨタカが狙撃し続けてなんとかなっている。
「わかった。大丈夫、行けるよ」
「悪いな。余裕があれば援護する」
「それより支部に侵入しそうなアラガミを撃ち落としてね! 行ってきます!」
神機を掴み、キヨタカの銃口を避けてフェンスに飛び乗り、アナグラ支部の屋上から地面へ向かって飛び込んだ。こんなところ見られたらまたソーマに怒られそうだなぁ、と頭の片隅で思いながらも、地面に着地した後に衝撃を逃がす為横へ三転する。足の駆動に問題がないことを確認して、ケイは崩れかけた居住区の家屋に登り、屋根と屋根を飛び乗って移動していく。
一分と経たずBブロックへ到達したはいいものの、出撃ゲートが壊れていたため、一度壁が壊れているAブロックから回り込むことにする。流石に防壁を登るのは面倒だし、穴をあけるのも忍びない。
当たったら何メートル吹っ飛ぶのかと呆れる威力のバレットとアラガミの攻撃が飛び交う中を掻い潜り、迅速にBブロックの外壁へ移動する。
「う、うわー……これ、私ひとりでやるの?」
思わず独り言が漏れてしまうほど、防壁の傍らは混沌と化していた。地面が盛り上がっているのかと見紛うほど密集した小型アラガミ共に、若干吐き気がこみ上げてくるが、すぐに振り切って神機を構える。地面を蹴って、大きく跳躍してから群れの中心に突っ込む。真下にいたオウガテイルを串刺しにし、すぐさま引き抜いて神機を振りまわし周りのアラガミを一掃した。舞った砂塵が払われて見えたのは、視界いっぱいに広がりこちらを睨むアラガミ共。背後には壁、退路はなし。夜中3時により視界は最悪。
こういう事態にならないためにバディがいるんじゃないのかなぁと独り言ちながら、神機をブンと一つ振り下げた。この程度、シンジとの訓練みたいなものだ。
*
「総員、しっかり休めよ」
はぁい、とゼリー飲料から口を離してなんとか声を出す。ちょっとばかし気の抜けた返事になってしまったのは目を瞑ってほしかった。
あれから延々襲来するアラガミと戦い続け、殲滅し終わった頃には二日が過ぎていた。ボロボロの身体を引きずって支部に戻り、エレベーターが壊れていたのを思い出して絶望していたところにシンジが帰投してきて、彼に回収してもらってどうにかアナグラ内へ入りこんだのだ。
どうやらどのブロックも朝方にはアラガミ掃討を完了できたようで、現在アナグラは負傷したゴッドイーターに加えて、疲労困憊のゴッドイーターが増えたことにより医療系の関係者や研究者まで引っ張り出されててんやわんや状態となっている。
「よっ」
「あ、リンドウ。おつかれー」
傍にリンドウが座り込み、互いをねぎらいつつ一緒にゼリー飲料をちゅーちゅー飲み込む。リンドウも身体の至ところを包帯で覆い、その激闘が伝わってくる。
「おつかれさん。Bブロック一人で支えてたんだって?」
「まーね。そっちはどうだった?」
「ウィルさんがいたからな。いや、流石タカさんの弟子。あの正確さはヘンタイの域だぞ」
「めっちゃわかる。そういえば、ツバキちゃんたちは?」
「生きてる連中が回収しに向かったとさ。一時作戦は中止らしい。軍部はぐだぐだだし、こっちも壊滅状態だしなぁ」
「まぁ、そりゃそうなるよねぇ……あ、ソーマ!」
おーい、と医療スタッフの使いっ走りとして忙しなく動くソーマを見留めて声をかけると、こちらに気付いて鬼の形相をしながら駆け寄ってきた。ぎょっとびくつきながらもにへらと笑って迎えるも、ソーマの眉間は増々深く刻まれる。
「ケイ、怪我は」
「細かい傷がいくつかって感じだから、特に手当は―――」
「……………………………………」
「じょ、ジョークだヨー。手当します、ちゃんとしますってー」
「当たり前だ。傷診せろ」
「はぁ~い……」
傷を放置して包帯を巻かなかったのが怒りの原因だったらしい。ほんとうにすぐ治るのだから、そのぶんの包帯を他の人に使えばいいのにと思うのだが、言ったら殴られそうな気がするので言わない。
ペイラーに教わったのかもしれない、手つきは澱みなく、あっという間にケイの傷には適切な処置が施された。
「ん。ありがと、ソーマ」
「どういたしまして、だ。他は」
「ないない。これで全部ですー。もう、過保護なんだから」
「お前が隠すからだろ」
「正論すぎる……」
反論の余地がミクロンもないソーマの言葉に、ケイはうーんと唸った。なんだか最近ソーマが日に日に厳しくなっている気がして、寂しいケイであった。べらぼうに嘘だけど。
「お父さんは?」
「処理で追われてる。あれは徹夜だろうな」
「うわあ」
苦い表情を浮かべながら、じゅるー、と空になりかけのゼリー飲料を啜る。甘いだけのそれは特にまずくもなく美味くもなく、軍用レーションにしてはマシな部類だ。所詮はカロリーを摂取するためだけのそれを早々に吸い尽くして、少し離れたごみ箱へシュートする。
「よし、私も怪我人の手当て手伝っちゃおうかなー!」
「コラ」
「あいたっ」
背後から叱責と共にぽかりと丸められた書類で頭をはたかれ振り返ると、そこにはケイに負けず劣らずな包帯量のシンジが立っていた。
「医療スタッフに仕事をさせろ。今のお前らは寝るのが仕事だ」
「いや、それが、なんつーんスかね、ランナーズハイ?」
「なんとなく伝わっては来るな……それでも休め。作戦は中止になったが、再開、延期がないとも限らない。身体を休めておくに越した事は無いさ。ソーマ、こいつらベッドにぶちこんでおいてくれ」
「わかった」
ソーマは右手でケイの腕を取り、左手でリンドウの耳を掴み上げた。イデデデデ! と叫ぶリンドウをお構いなしに、ずんずんと廊下を歩きだす。さすがゴッドイーターのオリジナル的な存在、怪力ってレベルじゃない。
引きずられるのは勘弁と言う事で大人しく従うことにしたケイとリンドウに、シンジが思い出したように声をかけた。
「どの部隊の部隊員も生存確認完了。怪我は多少あるが無事だとさ。安心して寝てろ、新人ども」
シンジの言葉に、ケイとリンドウは顔を見合わせた後ニッと笑みを浮かべ合った。テンションの赴くまま二人でソーマの肩に組み付く。最終的にキレたソーマが(リンドウを)拘束もろともぶっ飛ばしてオチとなった。
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邂逅
ゴッドイーターになっても変わらぬ主治医のペイラーに丸三日ベッドに縛り付けられ、ソーマに付きっ切りで看病されることになった。気恥ずかしいからチェンジで! と訴えるも、二人ともに完璧にスルーされた。医務室が満員ということでケイ含む軽傷者は自室療養なのだが、自室なので監視する人間などケイのところ以外にはいないため、みんな気ままにお見舞いへ行ったり来たりしている。
そういうわけで、
「帰れ」
「えー、いいだろ。もう怪我なんてほぼ治ってるし」
「ああ。ケイの部屋は博士の娘だけあっては資料が豊富で勉強になるしな」
「節電中だからトランプとボードゲームくらいしか娯楽がないッスし」
「そして何より、暇だものね~」
「ケ・イ・は・ま・だ・怪我人だ!!!」
「もう瘡蓋レベルだよぅソーマ……」
ケイの部屋にこうして暇な連中が押し寄せてきているのが現状であった。キンタの言う通り、各所がアラガミによってさんざ荒らされた上に医療系統に電気を集中しているので絶賛節電中である為にだらだらと今はメランコリーをしている。ちなみにケイはベッドの上から参戦だ。
少しばかりペイラーに呼ばれてソーマが目を離した隙にコレである。眉間の皺も刻まれるというものだった。
「大体、お前ら、書類は。今回の作戦参加者は漏れなく報告書の提出が義務付けられているはずだが」
「「「「………………………………………」」」
「しーっ! ソーマ。ここにツバキちゃんがいない時点でわかるでしょ!」
「どうせお前だって終わってないだろ?」
「残念でしたー、終わってまーす」
「なん………だと………!?」
「テンプレみたいな反応をどーも。っていうか、むしろなんで終わってないの?」
「リーダー職ともなるとな、やばいぞ、報告量と始末書が。机の上に積まれた山を見て早々に諦めた」
「俺も今回はリーダーッスからね~、シンジほどじゃないとはいえ悲惨なんスよ~」
「私は徹夜すればなんとかなるかしらー、って思って、後回し中よぉ~」
「だめ人間しかいないのかゴッドイーターは……」
「真面目なやつほど死んでくからな」
「クソ笑えないブラックジョークはやめてくださいませんかねリーダー」
真顔で(本人的には)冗談を言うシンジに、げんなりとした全員を代表してリンドウがツッコミを入れる。
のほほんとしている面々だが、この第8ハイヴの現状はというと、防壁は数か所崩壊して常時ゴッドイーターが監視、外部居住区は捕食されまくって穴だらけ、アナグラだって穴ぼこがいくつもあって、被害者多数。支部の機能は各所への修復やらで半分停止。かなりギリギリのところまで踏み込まれ、あわや大惨事をなんとか回避したのだった。
「……ってことは、私たちは当分防衛部の手伝いかなぁ」
「取り合えずお前とリンドウは当分そうなるな。俺とキンタ、アオイ、あとウィルとナツキあたりは殲滅部隊として周辺のアラガミを減らす、ってところか。流石に余裕はないから遠征は当分誰にも来ない行かないだろう」
「ならちょっとはゆっくりできそうッスね!」
「最近立て込んでたから、それくらいでちょうどいいかしらねぇ~」
「ってか、冷静に考えると被害やばいな……立て直すのにどれくらいかかるんだ?」
「大体一ヵ月くらいかかるらしいぞ」
「意外と短いね」
「それ以上だとどこも保たないッスからね」
「それもそっか……あれ、パッティ達は?」
「呼ばれた気がして!」
「呼んでないぞ」
ケイの部屋の扉が開き、包帯がいくつか巻かれているが元気そうなパッティとトラが入口から顔を出した。例によって例の如くケイに飛びつこうとしたパッティが、アオイに気付いて途中でカチンと止まる。
「二人もサボり?」
「そんなわけあるか、この忙しい時に……お前らまさか」
「さーお前ら散った散ったー書類片付けるぞー」
「「「了解(ッス/よぉ)~!」」」
「あーいい、いい、わかった。そうじゃなくてだな、サカキ博士がお呼びだ。動けるものは全員集合。ケイ、お前もな」
「はいはーい。ソーマも行く?」
「行く」
ぞろぞろと立ってはケイの部屋を出ていく面々を前にソーマに手を差し出すと、あっさりとその手は取られた。ちょっと前まで強張っていた手だけれど、今では慣れたのかすっかり自然体で、むしろ今ではケイが時たま手を引かれるまである。それがケイには、ひどく嬉しい。
*
「今回の作戦中に、突如として……いやまぁ予測はできた事態なんだけどね? ともかく、こうまで急激な速度で進化……はいそこ、生態学的には成長が正しいとかうるさい。ごほん、ともかく、アラガミの装甲が硬くなったとの報告が多数寄せられた。その上、防壁が破られたことも鑑みるに、攻撃力が上昇しているのも間違いなさそうだ。これに、従来の神機が対抗するのは難しい。なので、神機をカスタマイズしようと思う。強くなったアラガミの因子を、すべての神機に取り込ませて対応させるんだ」
サカキ博士の研究室にて今回作戦に参加した全員が集められ、現状報告と説明、そして今後の対策が一度に語られる。ちなみに支部長なら今回の件で本部に呼び出されている。ざまみろ、と割と本気な顔でシンジが零していた。今回の作戦を根に持ってるらしい。
「というわけで、比較的元気な君たちに各種のコアを取ってきてもらいたいんだ……というか、なんで元気なんだろうね、君たち」
「うわこの人娘相手に引いてるッスよ」
「サイテーねぇ」
「いや違うよ!? 違うからね、ケイ!」
「大丈夫お父さん、わかってるし、普通に私も疑問だから」
「そういやそうだな、博士、なんでなんですか?」
「ふむ。それについては私も興味深いのだが……真面目に答えるならおそらく、神機との適合率の高さが関係していたのではないかと考えている。あ、シンジ君、君は単純なゴリ押しだから安心してくれたまえ」
「何にも安心できないしなんで唐突にディスったんですか」
「あー、シン君神機との適合率めちゃ低いもんねー」
「それであの攻撃力は、イロイロと納得いかない話デース」
「でもお父さん、私たちが今外へ狩りに出ちゃって大丈夫なの? 支部の防衛人員、ほぼいなくなっちゃうよ?」
「そこは大丈夫、助っ人を呼び戻しているからね」
助っ人? と誰ともなく首を傾げたとき、研究室の扉がパッと開いた。
「ただいまー! みんなのヨシノおねえさんですよー!」
「ヨシノちゃん!」
「極東支部の危機と聞いて、ただいま参上!」
ニッ、と幼い笑みを浮かべるヨシノが、一昔前までテレビで放送していたらしい戦隊モノの簡易ポーズを取ってそこにいた。 スペインへ半年の長期遠征中のはずだが、支部が半壊状態ということで緊急帰還したらしい。
「支部の防衛はまっかせて! ……で、ものは相談なんだけどー、ちょっとケイちゃん、いいかな?」
「どうかしたの?」
「うん、ちょっとね、相談が……とにかく来て! あ、ソーマくんも来ていいよ!」
ケイの首根っこをひっつかんだヨシノが、すぐ傍の床に座っていたソーマにもにっこりと笑いかけた。ケイがどうあがいても連行されることが察せたソーマは、渋々ながらも立ち上がって頷く。若干憐れみの視線を受けながらも、ケイはヨシノに連れられ(というか持ち上げられて)ペイラーのラボを後にした。
「今回の襲撃で、私の家がアラガミに食べられちゃったらしいの。娘は避難してて無事だったんだけど、肝心の帰る家がなくなっちゃってね……直るまで預かってほしいのよ」
ずるずると引きずられながら、ヨシノの言い分を半眼で聞く。ちなみにソーマなら我関せずといった風体で横を歩いている。一緒に連行されてはやるが同じ扱いはごめんだ、ということらしい。
「…………………………娘? いたの!?」
「いるよ!?」
「その童顔で!?」
「言うじゃない……このーかわいこちゃんめー!」
「いだだだだだ、っていうか、なんで私? シン君……はまぁいつ任務が入るか分からないとしても」
「………アオイとキンタ、雨宮姉弟に子守が出来ると?」
「あ、うん、確かに。それは無理だね多分……ん? ウィルは?」
「防衛部は軒並み私と楽しい支部防衛よー」
「わー目が死んでるー」
今後の流れが目に浮かんだのだろう、どんよりと目どころかオーラが死んでるヨシノに、ケイは乾いた笑い声を上げた。そうこうしているうちに目的地に着いたらしい、ヨシノの足が止まり、ケイもヨシノの腕から解放されて二人の間に立つ。
「…………なんで第九訓練場? 一般開放はされてないよね?」
「ちょっとね。ナナー!」
扉を開けながら娘らしき名前を喜色満面の声音で呼ぶヨシノに、お母さん! と嬉しそうな幼い声が返ってきた。それと同時に、ひょっこりと黒髪の小さな少女が顔を出す。
「ただいまーナナ。二人とも、この子が私の娘よ」
「しらないひとだー! はじめましてー! 香月ナナです!」
「うっわー……初めて会ったときのソーマよりちっちゃーい! かわいいー! ケイ・サカキです! よろしくー!」
「俺を引き合いに出すな…………ソーマだ」
自分より年下の者に慣れていないソーマが、少々戸惑いながら自己紹介を終えたところで、ヨシノがしゃがんでナナと目線を合わせ、彼女の肩に手を置いた。
「ナナ、お家壊れちゃったのは知ってるよね?」
「うん」
「おかーさん、ちょっと忙しくて一緒にいられないんだー。だから、お家直してる間、この二人と一緒にいてくれる?」
「……うん! わかった、ナナ、ちゃんといい子にできるよ! 荷物、持ってくるねー!」
「………随分聞き分けが良い子だね」
「そうなのよ。いつも家に置いてっちゃってて親らしいこともしてあげられないし……どうしたものかしらね……」
「お母さん、か………」
ちら、とソーマを横目で見やるが、無言で首を横に振られ、ケイは小さく肩を落とした。
ケイにもソーマにも、母親との思い出なんてない。ケイには、幸いにもペイラーがいたから、寂しいとは感じても、悲しいと感じた事は無かった。けれど、お互いに心配して悩み、慕い合う二人の姿を見ると、やっぱり少しだけ、羨ましい。
「それとね、ケイちゃん、ソーマくん。ナナのことは………サカキ博士以外には、誰にも言わないでおいて貰えないかな」
荷物らしきリュックを確認するナナを眺めていると、ヨシノがいやに真剣な顔で、二人にそう告げた。不穏な空気に、二人とも眉を顰める。ヨシノはそんな二人を見て慌てて表情を明るくし、否定するようにパタパタと手を振って少しぎこちないながらも笑顔を浮かべた。
「全然! なんでもないよー! だいじょぶだいじょぶ! ただ、一応、ね」
「…………ん、わかった。ナナちゃんはヨシノちゃんの友人の娘、いろいろあって預かってる。そうでしょ?」
「………………ごめん。ごめんなさい、ケイちゃん」
「いーよ、許してあげる。ね、ソーマ」
「………親が子を思いやるのは、フツーのことだろ」
「…………ありがとう、二人とも」
ヨシノがいつ、ナナを生んだのかはわからない。わからないけれど、ゴッドイーターである彼女の娘が、フェンリルからどう見られるのかは、保証できない。それはソーマが既に証明している。
高い電子音がヨシノの腰元から響き渡った。
「出撃要請……ケイちゃん、ソーマくん、ナナを、どうかよろしく」
「もちろん!」
「了解した」
「おかあさん………」
「ナナ。約束、覚えてる?」
「……泣かない!怒らない!寂しくなったらおでんパン食べる!」
「そう! うん、やる気でてきたー! お母さん、行ってくるね!」
「いってらっしゃーい!」
駆け足で第九訓練場から出ていくヨシノを手を振って見送って、扉が閉まるまでその背を見送る。閉まった途端、ナナの肩が一瞬落ちた気がしたが、彼女はすぐにケイをにこーっと笑顔を浮かべて見上げた。
「お世話になります!」
「お、良い挨拶だねー。ふむ、取り合えず私の部屋にいこっか。荷物置いて、ご飯食べよ。ナナちゃん、なにか好きな食べ物ある?」
「おでんパン!」
「……ヨシノちゃん、まさか娘にまで伝授してるとは……いいとも! 腕によりをかけて作っちゃうよー! ヨシノちゃんの腕には敵わないけどね!」
「わーい!」
「おい、荷物貸せ」
「? ナナ、自分で持てるよー?」
「ガキが遠慮すんな」
「ソーマもガキだけどね」
「うるせえ」
ナナを挟んで、三人で訓練場を出る。どこからどう見ても機嫌のよさそうな顔のナナを見て、これはソーマより、もしかしたら問題児だぞ、とケイは頭の片隅で思った。
ナナちゃん登場。
香月ヨシノ(24)
黒髪ツインテの童顔なシングルマザー。大食漢で、溌剌とした性格。けれど包み込むような穏やかさを兼ね備えており、キレたゲンを諫めるのは大体この人。怒らせると極東イチ恐いと噂だが、実際に怒られた経験があるのはゲンとタカさんとシンジのバカトリオのみ。娘であるナナを溺愛するも、フェンリルの目が恐いし任務で長く離れることもあるしでどちゃくそ心配してる。
旦那さんの描写がゼロなので旦那さんは既に死別したことにしてます。すまない。
最初期世代のピストル型神機使いで、腕は未だに生き残ってるだけあって相当大したもの。
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親愛
『妹ができました。』
神機から黒い狼のような顔がずるりと出てきて、地に伏したコンゴウの口からコアを抜き取った。コアを眺めながら、シンジが片手でインカムにスイッチを入れてマイクを口に近付ける。
「コア収集完了、作戦終了。これより帰投する」
「ふー……おつかれー!」
「ああ、お疲れ。やはりあの作戦以降、アラガミが少なくなったな……仕事が減るのはいいが、目的のアラガミを探すのに苦労するな」
「そうだねー。まさか空母まで来ることになるなんて……シン君、帰りはぶっとばしちゃって!」
「……お前、最近早く帰りたがるが、何かあったのか?」
「エッ、な、なんにもないよべつに!」
「…………うん、まぁ、何かあったら頼れ、いいな」
「はーい!」
頭を撫でられて兄貴然として微笑むシンジに、ケイはついいい子のお返事をしてしまった。ほぼ条件反射だった。これがお兄ちゃん力……! と内心慄きながら、軍用ジープに乗り込む。
「でも珍しいねー、シン君がこんなに長くいるなんて」
「まぁ、今は配属地の極東が混乱状態だからな。本部も人の心があったというところだろう」
「本部かー。どんなところ?」
「アナグラに人員と資源と設備を大幅追加して和気藹々さを引いた感じだな。良い奴もいないわけじゃないんだが、どうにも固くてな……というか、連れてくぞ」
「………え」
「言ってなかったか? 来月に一度俺が本部付近の遠征に行くからな、ついでに挨拶廻りに連れて行こうかと」
「………あーっ、あの一番最近ので三か月後って言ってたアレ!?」
帰ってきたときにシンジから伝え聞いた遠征任務だが、指令が一向に降りてこなかったのですっかり忘れていた。
「えぇぇ……それ、どれくらいかかる?」
「任務はクッソ簡単だからな、長くて一週間ってところだ」
「………簡単なのにシン君が呼び出されたの?」
「ま、向こうの人員はまだまだタマゴだからな」
「殻割ってすらないんだ……ちなみに私は?」
「……猫かと思ったら、実は虎の子で……いつの間にか腰元あたりまで大きくなってた……ってところか」
「…………にわとりで例えてたんじゃないの?」
「細かい事は気にするな」
動かすぞー、と声を掛けられ、荷台の取っ手に掴まって壁に背を預けた。ガコン、と一度大きく揺れてから振動と共に動き出す。愚者の空母は凹凸が大きいので、普段乗り物酔いしないケイでも酔いそうである。
第二次アジア支部合同大規模作戦から一ヵ月が経った。アラガミ防壁は完璧に直ってはおらず、ヨシノさんは防衛部と防壁際の詰め所に缶詰、怪我人は半数が復帰し、被害に遭った外部居住区の修復もそこそこに進んでいる。未だに混乱してはいるものの、着実に快方への道を辿っている。しばらくすると見えてきたアナグラは元通りとは言えないにせよ、元の形に近付いてきていた。
「あら、おかえりぃ、ケイちゃん」
「おかえりッスー!」
「おー、おかえりおじょーちゃん」
「みんなただいまー! 後でね!」
「あ、ケイ! ご飯一緒に食べませんか?」
「ごめーんウィル、先約あるんだ! また今度!」
「またッスか? 最近付き合い悪いッスね~」
ごめーん、と舌を出しながらエントランスを駆け抜け、丁度着いていたエレベーターに飛び乗る。報告書は後で提出するとして、それとなく内容を頭の隅で考えながら、自室まで走る。識別コードを手早く入力して、ただいまー! と部屋の扉を開けると、即座にその口を小さな手で塞がれた。目を瞬いて視線を下へ向けると、もうずいぶん長い付き合いにも思える少年、ソーマがいた。首を傾げると、しー、と指を口に当ててから部屋の奥を指さす。その先には、ソファで転寝ばかりに静かに眠るナナの姿があった。
「さっき眠ったんだ。しばらくそのままにしてやろう」
小声のそれに、ケイは自分で自分の口を押えてコクコク頷いた。忍び足でソファに近付き、ナナの顔を覗き込む。安らかなその相貌はやはり幼く、半分開いた口からはよだれがはみ出ている。小さく笑みを零して、起こさないようにそっとそれを拭ってやる。
香月ナナは非常に明るく良い子ではあるのだが、ケイはどうにもナナから避けられていた。避けられているというより、戸惑われているというか、困られているというか。ちなみに意外にも、ナナが一番懐いているのはペイラーである。ソーマもそこそこ懐かれているので、ケイがナナにスキンシップを図ろうとするとサッと彼らの背に隠れるのだ。
なんでだかなー、と悲しい気持ちになりながらナナの隣に座って彼女の頭をよしよしと優しく撫でると、ナナは寝ぼけているのかケイにもたれかかり、手に擦り寄ってきた。
「うーん、寝てるときは好かれるんだけどなー……」
「好かれてはいるぞ」
「えー」
ケイの反対側、ナナを挟んでソファにソーマも座ってそう言った。ケイが口をとがらせて疑念を声に出すと、ソーマは難しそうに顔を顰める。
「多分、お前の好意は少し真っすぐ過ぎるんだ…………意味、わかるか?」
「………ごめん。全然わかんない」
「だろうな………」
何と言えば伝わるのか悩んでいるのだろう、額を片手で押さえてうんうん唸るソーマに、ケイはまた少し笑った。そうこうしている内に、ナナが目を覚まして慌てて距離を取られた。ソーマの背に隠れて恐る恐るこっちを窺うナナはそれはそれで可愛いが、ここまで露骨にされると若干傷つく。
「うう………ナナちゃーん………」
「うっ………えぇ~~」
片や嘆き片やおろおろとして、それらに挟まれたソーマが深い溜息を吐くで割かし混沌とした空間の中、部屋の扉が開く。
「ケイー! ちょっと手伝ってほしいことが……って、おや?」
「お父さーん!」
「おっと………あー……なるほどね?」
涙目で飛びついてきたケイ、呆れ気味のソーマ、その後ろからこちらをすまなそうに見つめるナナ。奇妙な三角関係を察したらしいペイラーが、肩を竦めてやれやれと苦笑した。
*
「あぁ~あ、なんであんな避けられちゃうのかなー……」
ペイラーの研究室で書類とコア整理しながら研究成果をまとめつつ、それはもう大きな溜息を吐くケイに、ペイラーは資料整理を傍らに口を開いた。
「ソーマはなんて言ってたんだい?」
「えー……なんか、私の好意は真っすぐすぎるって……」
「ふむ、中々的を射ている発言だ。でも口ぶりから察するに、嫌われていないことはわかっているのかな?」
「……ソーマがそう言ってたし、私も、なんとなくはそう思ってるけど……」
「なら良かった。……推測だけど、ナナは今まで、ヨシノくんと二人でずっと過ごしてきたのだと思う。母親の愛情を一身に受けていたのは間違いないだろうが、ヨシノくんが任務でいないときは、おそらくずっと孤独だったろう」
「うん……」
「だから、君がくれる愛情が恐いんだ」
「……お父さんとか、ソーマからのは?」
「私はナナくんに特に興味を持ってるわけではないからね。お客さんとして歓迎はするけど、それだけだよ。お互いに適当になれるから、楽なんだろう。ソーマはそういう人の機微に敏感だし、ソーマ自身の、ほら、前の環境もあるから距離が取りやすいんじゃないかな」
そう言われれば、思い返せばナナはペイラーと一緒にいるとき楽しそうというわけでもなかったように思う。楽、というのは確かに合ってるのかもしれない。
「でも、恐いって? 慣れてないとか、困惑してるとかじゃないの?」
「確かにそれもあるだろう。けどね、初めて触れる母親以外からの見返りの求めない、いわゆる無償の愛。今、それに慣れてしまったとして、彼女たちの家はいずれ直るだろう、そして家に帰れば、彼女は独りだ。幸福な日々の思い出だけを抱え、ひとり家に居続けるには、彼女は幼すぎる。ナナくんは、それを本能か直感かでわかっているんだろうね」
「………そんなの、ヤダ………いつか来る別れを恐れて今を犠牲にするなんて、間違ってる。それに、」
ケイが言葉を続けようとしたとき、部屋が赤く点滅し、ビーッビーッと警報が鳴り響いた。次いで、ユウナのアナウンスが流れる。
『緊急警報! 緊急警報! Bブロックに巨大アラガミが複数接近中! 支部内にいる手が空いてるゴッドイーターは直ちに迎撃に向かってください! 繰り返します――』
放送内容を聞き終わってすぐ、ケイは書類を机に置いてマントを羽織り、行ってきます! と一言だけ言い捨てて部屋を飛び出した。そこで、部屋のすぐ前にいたらしいナナにぶつかりかけて、慌てて踵で急ブレーキをかける。
「ナナ! なんでここに?」
「っ、あ、あのね、ケイさん!」
「うん。どうかした?」
急いでいることも忘れて、ケイは俯き気味なナナの顔を覗き見るように小さくしゃがみこむ。何かを伝えたそうにする彼女に、促すように小さく首を傾げた。
「また、戦いにいくの……?」
「え。う、うん。そうだよ?」
心配そうに見上げて来る眼に、ケイは戸惑い気味に頷いた。そういえば、最近はアラガミが少なかったから、日に何度も出撃する事は少なかった気がする。視線を彷徨わせて口を開けては閉じるナナを、ケイは一つ頷いてから軽々と抱き上げた。
「わわっ!」
「ダイジョーブダイジョーブ! ナナちゃんはなーんにも心配しなくていいからね」
「え………」
「何があっても、みんなのところに帰ってくる。―――私がお父さんとした、ゴッドイーターになる前にした約束。だからちゃんと帰ってくるよ。ナナちゃんたちがいる場所に、絶対」
「…………………ほんとに?」
「本当に。たとえナナちゃんが家に帰ったとしてもね、会いに行くよ。何度仕事に行っても、何度別れても、必ず」
にっ、と笑みを浮かべてから、ナナを床に下ろす。猫耳に似たセットをされた髪型を崩さないように撫でまわし、出撃要請に応えるため足を動かした。
「――――おねえちゃん!」
ともすれば助けを呼ぶ悲鳴のような声に、ケイは足を止めて振り返る。
眉がさげられ、きれいなガーネットの瞳が不安げに、しかし期待を込めて、揺れた。
「……って、呼んでも、いい?」
「―――――――勿論! 行ってきます、ナナ!」
*
「ところでソーマ、どうしてナナが私を嫌ってないってわかったの?」
「………お前が知らないからだ。お前がいないときのナナ、いっつも泣きそうな顔して、明日こそ勇気を出すって意気込んでるんだぞ。気付かないほうがどうかしてる」
「ちょっ、ちょっとソーマ!! 言わないでよ恥ずかしいなー!」
「……………………………………………………」
「………ケイ?」
「おねえちゃん?」
「―――――ナナ! 今日は一緒のベッドで寝よ!」
「え、えぇえっ!? あ、いや、嫌じゃない! 全然嫌じゃないよ!? じゃなくて、その、嬉しい……かも」
「マジ天使」
「パッティ化はするなよ」
「大丈夫、ソーマも大好きだから!」
「何も大丈夫じゃないしひっつくな!!」
「なになに? おしくらまんじゅう?」
「やめろ! 来るな! フリじゃないぞ!!」
「今日は三人でご飯食べてお風呂入って一緒に寝ようねー」
「わーい!」
「離せえええええええええ!!!」
これにてナナ編、一時終了。
香月ナナ(4)
ケイとめっちゃ仲良くしたかったけど、また離れることがわかってたから中々一歩を踏み出せないでいた聡い子。GE2のナナすごい鋭い子だったからこの頃は分かりすぎて色々と怖かったんじゃないかな、と推測してちょっぴり臆病にしました。実はすごく明るいしうわべだけ明るくもできる。ケイをおねえちゃんとして慕いまくる。子どもなのでソーマも呼び捨てです。イメージとしてはチワワって感じ。
思春期ソーマVS羞恥心ゼロ期ナナによるケイ争奪戦、ファイッ!
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貴方
新年明けまして一発目、と言いたいところですがいつまで明けましておめでとうございますと言って良いんでしょうね。そんなわけで続きです、本部です。新キャラがざくっと登場です。この人以降は当分重要な新キャラは出ません。
「ケイ、コイツがフェンリル本部、大将の稲妻ヴェルト。今年で40歳」
「シンジから話は気持ち悪いほど聞いているよ。今後ともよろしく。あ、公式の場でなければどう呼んでくれても構わないからね」
「コイツいっつも甘味持ち歩いてるぞ、お、今日は饅頭か」
「びっっっくりするほど馴れ馴れしいね!?」
話は、三日前に遡る。
*
「ええ~っ! おねえちゃん『えんせいにんむ』に行っちゃうの?」
「三ヵ月も前から決まってたことだからね~……しかも行先は本部。ナナの為にもキャンセルしてあげたいけど、今回はちょっとなぁ」
目ぼしい任務や日中の業務を済ませ、明日からの遠征任務のための荷造りをしている内に、すっかり打ち解けたナナが背後から突撃してきて、ケイは若干前につんのめった。なにしてるの~? と聞かれて答えた後が、前述した反応である。行先を聞いて不審に思ったらしいソーマが眉根を寄せる。
「本部………? 何しに行くんだ」
「挨拶ついでに仕事だって。シン君と一週間だけ行ってくるよ」
「挨拶って、誰に」
「さあ? シン君は『オッサンに会いに行く』って言ってたけど」
「……………………………………………」
「そ、そんな胡乱気な眼をしなくても……大丈夫だよ?」
多分、と付け加えたのが悪かったのか、今度は二人共から胡乱な眼を向けられ、なんだか心が痛くなったのでそっと目を逸らした。
―――そして、冒頭に戻る。
「えっと、ケイ・サカキです……苗字が稲妻、って、極東の血が入ってるんですか?」
「うん、ドイツと日本のハーフ。ここに来る前は極東でしがない政官をやってたんだけど……何がどうしてこうなったやら……」
何がしがない政官だ、とシンジが溜息と共に吐き出すが、当のヴェルトは苦笑いするのみだ。柔らかそうな真っ白の髪が後ろで一房に纏められて、ふわふわ肩口で揺れ、垂れ気味の眦の下には、穏やかなエメラルドグリーンが光彩を放っている。肩書と苗字に反してかなり温厚な人間らしい。
「それにしても聞きしに勝るサイズだねぇ……よくもまぁこの細腕であんな大きな武器を振るえるものだ……」
「これでもゴッドイーターですから」
「そうだね。……はぁ、本部から何も支援が出来なくてすまない。記録上史上最年少の神機使いに何かしらの措置をすべきだと提言したいのは山々なんだけど、そんな君を広告塔やプロパガンダにしようと目論むバカを押しとどめるのに防戦一方でさぁ……」
「チッ、使えないな、ヴェルト……」
「君が上まで上がってきてくれたら、もうちょっと政略の幅も広がるんだけどなぁ! 元ゴッドイーターの頭がキレる人材が欲しいって言ってるじゃないか!」
「断る。俺は生涯現役だ」
「いや定年になったら引退してよ……」
「極東に不安要素がなくなってたら考える」
「……難しくないかい? それ」
「は? 無理に決まってるだろ。ケイがいる時点で俺は安心できない」
「一休さんか君は!」
ポンポンと目の前でテンポよく続いていく会話に、ケイは少し驚いてから、それから笑みを浮かべた。シンジがここまで言葉遣いを荒くする対象は珍しい。おそらく、良い人だ、と思いつつ、やんやっやんやとまだ言い争い続ける二人を見やる。そして、とても曲者なんだろうなぁ、とも理解していた。
ついでだから懇親ついでに本部を案内して貰え、と言い残して去ったシンジの仰せ通りに、ケイは早速ヴェルトにフェンリル本部を案内してもらっていた。………はず、なのだが。
「――あ、ヴェルト大将! 一昨日申請しておいたサンプルの件なんですけど」
「ああ。それなら明後日には届くはずだよ。ルイ君が受注表持ってるはずだから、彼に尋ねると良い」
「――ヴェールトー! 先週提出されてた論文貸してくれ! こっちで検証実験する事が決まった!」
「わかった。後で届けさせるよ」
「―――ヴェルト! 第二実験場でやったアスベル式神機精製のテスト結果、早く提出してくださいね! 至急! 至急ですから!」
「はいはい。今日中には纏められるから待ってくれ」
「―――ヴェルト大将! 明日の会議の資料、当然できてますよね?」
「………どうだったかなぁ。支部間の神機使いの貸与と派遣のヤツだよね? 頭の中ではできてるんだけどなぁ」
「――ヴェルトたいしょー! コレ頼まれてた一か月前のシンガポール支部の事件のまとめです」
「ありがとう、確認しておくよ」
「案内になりませんね……」
「ごめん……何せやる事が多くて……」
いつの間にやら押し付けられた書類の山を両手で抱えて、ヴェルトはそれはそれは深く溜息を吐いた。ちなみに持ちきれなさそうな分はケイが抱えている。何せヴェルトの腕といったら男としては相応程度の太さなので、見てるこちらが心配になってしまったのだ。全体的にもひょろ長い感じの容姿も手伝ってだろう、どことなく頼りなく思える外見だが、不思議と先ほどまで人に応対しているときは妙に頼もしく見えていたのに。
「研究者もしているんですか?」
「元が理系だったから齧った程度だけどね。できることはやってるんだ」
「これ、齧った程度でできることの範囲じゃないと思いますけど………」
ちらりと見えた書類には、神機運用コストの削減やら、適応時の安全性の確立やら、オラクル細胞の最適化だけでなく、アラガミ検証実験のデータ、対アラガミ防壁の強化に伴う素材代替案など、それはもう幅広く深くまで展開されたものが数多にある。決して齧った程度で手を伸ばせるほどのものではない。
「これ全部やってたら、身体壊し―――へぶっ」
「うわ、サーラ! 人の顔に飛びつくのはやめろって言ってるだろ! ごめんね、ケイちゃん、っていだだだだだ、なんで私は噛むんだ!」
前方から勢いよく飛び込んできたそれに、言葉と共に顔が飲み込まれる。きゃんきゃんと聞き覚えの無い高い鳴き声が頭上で吠え、ヴェルトが隣で何やらぎゃんぎゃん騒いでいるのが耳に届く。書類を片手に持ち替え、顔面に張り付いたそのもふもふの塊をベリッと引きはがす。
「……何です? この生き物」
「えっ。あ、そうか……もう君らは知らない世代なのか。この子はサーラ。犬っていう生物なんだ。この前本部の子たちがアラガミに追われていたこの子を見つけてね」
「それで、保護することにしたんですか?」
「そう。愛らしいから貰い手には困ってないんだけど……どうもこの子が頷いてくれなくて。この通り世話してる私すら噛みつく始末だ……」
ケイが首根っこをぶら下げる間にも、サーラと呼ばれた犬という生き物は、がじがじとヴェルトの手を噛んでいる。どこもかしこも真っ白くやわらかい毛に覆われた両腕に収まるサイズのそれは、きゅるんとしたつぶらな黄色い眼玉をケイにじっと向けた。敵意は特に感じない。むしろ可愛らしい。
幼い子ども相手のように両脇を掴んで持ち上げているのだが、どうやら居心地が悪いらしいので床に下ろすことにした。犬の抱き方は流石にわからない。サーラは床に下ろされてしばらくケイの足元をうろうろした後、マントに爪をひっかけて登ってきた。うなじ部分に腰を下ろし、頭にあごを乗せる体勢で落ち着いたらしい。
「オス? メス?」
「オス。しかし、妙に懐いてるね」
「わん!」
「……らしいです。……ふふ、ふわふわで首がこしょばい」
よく手入れされているのだろう毛並みが首元を擽り、ケイは思わず笑い声を漏らした。その上サーラが尻尾を機嫌よく振り回すものだから、それがまた背中にあたって擽ったい。
「ケイちゃん、君、サーラの飼い主になってやってくれないかな」
「え? えー……どうでしょう。というか支部って、動物オッケーなんです?」
「敬語無くてもオッケーな会社なんだから、動物の同伴くらい許されるよ。駄目なら私の権限で許す。というか、ここにいつまでも置いてあげるわけにはいかないんだ。一応名目上としては保護として置いてはいるけど、犬は居住区ではそこそこ見かけなくもないからね」
「今更元のところに返してきなさいって言われても、無理ですもんね」
「うん無理。何がって、みんなそこそこ可愛がってるから置き去りに出来るゴッドイーターがいない」
「そういうことならわかりました。生き物は飼った事ないですが、がんばります! よろしくね、サーラ」
「わん!」
僅かに顔を上げ見上げると、サーラもわかっているのか元気よく返答をした。
「うんうん、相性バッチリだね。さて、気を取り直して、支部案内の続きと行こうか―――」
『緊急警報! 緊急警報! 対アラガミ第三防壁にヴァジュラ三体接近中! 本部内のゴッドイーターの可及的速やかな対応を要請する!』
「……………」
「あの、本部の案内は?」
「いやいやいや、今の放送聞いてた!?」
「え、ヴァジュラ三体ですよね。なら本部のゴッドイーターで事足りるじゃないですか」
「えぇぇえええ、ってそうだった! 君極東支部勤務だった! しかもあのシンジの教え子!」
がくー、とヴェルトがその場で地面に両手をつく。ヴァジュラ三体なんて極東支部では新人の登竜門的存在だが、他支部では基本的に、ヴァジュラが出たら大騒ぎなのである。極東って戦力過多すぎでは? と思わなくもないが、最近のアラガミが強くなっていることも鑑みれば実は時々極東の面々でも厳しいところがある。無論、ケイが所属する第一部隊は化物ぞろいなのでそうはいかないが。
「あ、シン君!」
「ここにいたのか。……なんで犬を乗っけてるんだ?」
「可愛いでしょー? 大将さんに貰ったの!」
「確かに愛らしいが……っと、そうだった。出撃だ、ケイ」
「えー? 私出る意味ある?」
「あるある。というかお前が倒せ。ここのゴッドイーターの軟弱っぷりは見てられん。おいヴェルト、ここの戦力訓練させておけ。本部崩壊とかシャレにならんからな」
「急務として尽力してはいるんだけどね……各支部から移転させるのは今年からやっとだしさあ」
「中々良い素材はいる、お前らがどう生かすかだ。ケイ、行くぞ」
「はぁい……サーラ、大将さんと一緒にいてね」
お辞儀するように前屈してサーラをコロンと地面に転がす。うまく着地したらしいサーラがお行儀よくお座りして行ってらっしゃい、とでも言うかのようにわん! と吠えた。
さて、自分たちの出番となれば、急がねばならない。ケイはシンジの背中を追いかけ、踵を返して本部内を駆け抜けた。
*
目を閉じろ! という声に咄嗟に従うと、瞼の裏で眩い白が溢れたことから、アラガミ用閃光弾が使われたことが分かった。後ろを振り向きそちらを見ると、真紅のコートを風にはためかせる頼もしい神機使いの姿があった。
「赤城さん!」
「よっ、マルセル。援軍に来てやったぞ」
「ありがとうございます! まだこいつら新人で……おい! 一旦引け!」
閃光弾に苦しむヴァジュラにこれ幸いと距離を取り回復錠を飲むゴッドイーター達に向かって声を張り上げる。しかし、シンジはそんなマルセルに晴れやかな笑みを浮かべて佇むのみだった。
「おう。まぁ、援軍は俺じゃないんだけどな」
「え?」
新人共がこちらへ戻ってくるのを確認しつつ疑問の声を上げる。しかし、その意味はその直後に突き付けられるように理解することになった。
マルセルの右を、緋色の閃光が走った。
つられてヴァジュラを見やれば、重い斬撃の音と轟く接合崩壊の音。ズウゥン、とトン単位の重さの身体が地面に伏す。
「………あー……ごめんシン君。コア、刺さっちゃった!」
「減点だな。ここが極東なら支部長にスゴまれてたぞ」
「ちぇ」
呆然としているのはマルセルだけではない。その場で一緒に戦っていたゴッドイーター全員、その場に釘付けになって少女を食い入るように見つめていた。真っ先にマルセルが理解を越えた光景に叫ぶのは五秒後。その少女が神機使いになってまだ8か月だということを聞いて叫ぶのは二十秒後の出来事だった。
*
ヴェルトの腰元あたりまでしかない少女が建造物並みの大きさをした化物を鮮やかに倒していく様を眺めて、彼は小さく息を吐いた。
なんて美しい。
荒ぶる神とまで呼称される、人類の天敵。そんな存在を前にして尚、ヒトはどこまでも徹底的に足掻き続け、抗い続け、強くあり続ける。その姿の、なんて―――人間らしいことか。
「サーラ、お前、ホント人を見る目あるよ」
足で耳を掻く子犬を撫でてそう語り掛けると、サーラはわおん、と鳴き声を上げた。彼はびっくりするほど聡明で、頭がいい。
少し接しただけでわかる。彼女はどこまでも普通で、どこにでもいる女の子だった。そして、心底善人だった。きっと今まで、良い人に出逢えて生きてきたのだろう。
「力になってあげるしかない、よなぁ」
ヴェルトはそのために、今もここでアラガミに抗っているのだから。
*
騒がしく詰め寄ってくる本部勤務の神機使い達から逃れつつ巨大な壁を見上げると、柔らかな白が目に入った。ヴェルトが戦線を見ていたらしい、ヘタレそうな見た目の割に、戦闘を見られる程度の胆力はあったらしい。
「いや基本的にアイツはヘタレチキンだぞ」
逃げ切った後に神機を格納している最中、シンジがヴェルトについてそう評した。
「だが善人ではある。それは俺が保証しよう。あぁ後、良ければヴェルトって呼んでやってくれ。稲妻って苗字はあまり好きじゃないみたいなんでな」
「わかった。ヴェルトさんだね」
「呼び捨てでいいぞ、あんなやつ」
「あんなやつってひどいんじゃないかな……」
「なんだ来たのか」
「サーラがうるさくて……けど、シンジの言う通りだ。私も君をケイちゃんと呼んでいるんだから、君ももっと、自然に接してくれて構わないよ。あ、サーラどうぞ」
「ありがとうござ……ありがとう、ヴェルト」
サーラを手渡されて敬語でお礼を言いかけ、慌てて言い直す。よくできました、と男性にしては細い手がケイの黒髪をさらさらと優しく撫でる。
優しいのは、間違いない。善い人なのも、間違いない。けれど、ケイが感じるのはそれだけではなかった。父と慕ってきたペイラーと接する時と似ている、少しだけこそばゆい感覚。それに加えて。
なんだかとても、懐かしい。
稲妻ヴェルト(40)
真っ白の長い髪を後ろで一つに纏めていて、鮮やかなグリーンの眼を持つ優し気な見た目の男性。年齢の割に若々しく見えるゆるふわ系四十路。ノリが良く多弁で、いるだけで気が緩む、と時たま実験の現場から外される。が、実のところそれは彼の多忙を緩和するためであり、部下からのささやかな心遣い。誰とでもフランクに接せるが、典型的な八方美人なので特定の人と深くかかわることは実はあまりない。基本的にヘタレチキンなので、窮地に陥ると傍観か撤退を指示してしまうのが悪癖。
常に甘味を持ち歩いていて、ポケットを叩くとビスケットが一つ二つ三つ四つ出てくることもザラ。本人もかなりの甘党であり、饅頭を特に気に入っている。粒あん派。饅頭は貴重なので、普段持ち歩いてるのはチョコやキャンディ。
シンジとはそこそこに長い付き合い。ケイには色々と複雑な想いがある模様だが、純粋な好意も持っている。年の離れた妹か従妹、もしくは姪のように思ってる。
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不穏
本部付きの神機使いを相手に訓練に付き合ったり、ヴェルトの手伝いをしたり、中々休もうとしないヴェルトを休ま(昏倒さ)せたりしていたら、あっという間に一週間が終わる前日になっていた。サーラの飼い方はこの一週間で完璧にマスターした。というより、サーラは殆ど手がかからない子だったのである。トイレは勿論、お手、おかわり、伏せ、待て、降参……と、シンジが面白がって教えた後半さえお手の物である。本部の神機使いも短い期間ながら中々神機の扱いが上達し、セオとマリア、シークという同期と研究員の友人も出来た。
目下の課題は……
「ヴェルトとシークがうっかり徹夜しないように、よろしくね、マリア!」
「はい! わたし、頑張っちゃいますよー!」
「……うん、やっぱりよろしくね、セオくん」
「わかった。任せろ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ!」
「なんでわたしじゃダメなんですかー!」
ガッシリと握手を交わすケイとセオに、ヴェルトとマリアがブーブーと不平の声を上げる。シークは大きな丸眼鏡の端を片手で持ち上げて、そっと目を逸らした。シークは自覚はできているのだ。できているだけだが。ちなみにマルセルさんは出張中である。
迎えに来ていたヘリの羽が動き始め、シンジが降りて来た。
「そろそろ帰投するぞ。またな、ヴェルト。シーク、セオ、マリアも」
「ハイハイ。ケイちゃん、コイツについていけなくなったらいつでも本部においで。困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれて良いからね」
「うん。またね、ヴェルト。エヘヘ、なんかお兄さんが増えたみたいで楽しかったよ! セオくんとシークもね! マリアは……うん」
「わたしは!?」
「マリアはもう少ししっかりしてくれよ。ケイ、またね」
「また、ね……」
「うん! 連絡ちょーだいね!」
大きく手を振り、シンジに続いてヘリに乗り込む間際、あっ、とケイが声を上げた。訝し気にシンジが振り返る。
「サーラ、首輪は?」
「わふ?」
「わふじゃないでしょ……」
「取りに行くか?」
「うん。シン君は待ってて。サーラ、行くよ」
「ワン!」
戻ってきたケイに怪訝な顔をする面々に、忘れ物! と言い捨ててその横をすり抜ける。人にぶつからない程度の速度で廊下を駆け、その横をサーラが遅れずに着いていく。この一週間お世話になった部屋の中、ベッドの上を見れば、案の定そこに首輪が置きっぱなしになっていた。ヴェルトに貰った金色のフェンリルマークのストラップがついた赤い首輪。サーラの白い毛皮によく映えるので一人と一匹は気に入っているのだ。
手早くサーラに首輪を取り付け、さあ屋上へ戻ろう、と部屋を出るところで、そこに人が立っていることに気付いた。
真っすぐな金の髪を肩甲骨まで伸ばした少女。頬に小さな傷跡があるが、それでもなお整った容姿の少女に、ケイは首を傾げる。少女の見た目はどう見てもケイと同い年くらいだ。それくらいの年齢の子が、ケイ以外にそう本部にいるものだろうか。
「迷っちゃったの? お父さんとお母さんがどこにいるかわかる?」
託児所からでも出てきてしまったのだろう、と深く考えず結論付け、少女の目線まで腰を落として聞いた。少女は車いすに乗っていたのだ。
少女はケイの言葉がまるで聞こえていなかったかのように、じっとケイを見つめ続けている。石か氷にでもなってしまったかのように動かず、表情の変化も見られない。一点のみを見つめ続ける海の色は深海のように暗く、重い。万一耳が聞こえないとしても可笑しな反応に、ケイはますます首を傾げた。どうしよう、と途方に暮れかけたとき、不意に少女の右腕が持ち上がる。ケイに、触れるように腕が、
「ワン!」
サーラの鳴き声に、ケイは咄嗟にそちらに反応して身体を逸らした。そこでようやく、サーラがグルルル、と低く唸り声を上げていることに気付く。
「サーラ? どうかしたの?」
「―――……ふふふ、賢いわんちゃんだこと……」
「っえ、あ、喋った!」
「ええ、喋れます。……ふふ、ごめんなさい、少し不躾でしたね」
目元を和らげ、緩ませた口に上品に手を当てる少女は、先ほどの空気が嘘だったかのように柔らかな雰囲気を纏っている。見間違いだったのかな、と先ほどのことはすっかり水に流して、ケイは安心したように笑みを零した。何とかコミュニケーションは取れそうだ。
「それで、貴女はどこから――」
「ねぇ、ケイさん。一つ聞きたい事があるのですが、いいかしら?」
「へ? え、えぇー、どうぞ?」
有無を言わさぬような威圧感を持つ少女に、ケイは少々戸惑いながら質問を促す。見た目の割に随分大人びた話し方をする子だな、と少し思ったが、お前が言うなと諸々から指摘されそうな気がして頭の隅に追いやった。
「貴女はどちらを選ぶのかしら? 祝福か―――終焉か」
「……えぇと、話が見えないんだけど……」
あんまりにも抽象的な言葉に、ケイは眉根を寄せた。というよりさっきから今にも飛び掛かりそうなサーラを押さえつけるのに忙しい。答えを出さないケイをじっと見た後、少女は一瞬にして表情を失くす。それにまたぎょっと驚き、身体を固まらせるケイに、少女はまたも、先ほどのように腕を伸ばした。
何をしてくるのか分からない上に、相手が少女とあって、ケイには振り払うという選択肢が思い浮かばなかった。取り合えず避けた方がいいかもしれない、けど全くの無邪気から来る子供の戯れという可能性も捨てきれない。未だ迷うケイに少女の手が、届きそうに―――
「そこまでだ、モンストレス」
ふわりと、白が視界を遮る。
抱え込まれるように、ケイが長い腕に包まれる。ぱちぱちと目を瞬かせ、それから見上げると、そこには見慣れない表情を浮かべたヴェルトの顔があった。いつもほけほけとゆるふわな空気を醸し出す間の抜けた表情はそこにはなく、眉根を寄せ、目を吊り上げて険しさを全面に押し出していた。警戒、非難、それとほんの少しの嫌悪を滲ませるその緑の眼は、じっと少女を睨みつけている。ケイをかばうように、あるいは隠すようにしているため、ケイから少女の姿はちらりとも見えない。
「心配になって迎えに来て良かった。……まったく、何故お前はいつも最悪のタイミングで来るんだろうな」
「ごめんなさいね、悪気は、ないのですけど……」
「そうだね、お前に悪気はない。だからと言って許されるわけでもないだろうけど」
「ふふふ、手厳しい、そして過保護なこと。その子、とても興味深いですね」
「この子はお前にやらない。帰れ、今日は面会の用事は取り付けられていない。ここはお前の来て良い場所ではないぞ」
「………ふぅ、やはりあなたと私は相容れませんね。不思議ですわ、こんなに近いのに」
「帰れ」
固く、力強く吐き出された彼の言葉に返答するように、少女の憂いを帯びた溜息が漏れた。
「そうですね、今日のところはここで。それではケイさん、また今度、機会がありましたら」
「そんな機会はない、永遠に」
「心の狭い男は嫌われますことよ。……‥では」
美しくお辞儀する少女の姿が、ケイには瞼の裏に浮かび上がるようだった。からからから、と車いすが転がる音が徐々に遠のく。それが完全に聞こえなくなったところで、ケイとヴェルトは同時に詰めていた息を吐いた。
「ありがとうヴェルト、彼女は?」
「……できれば、知らないでいてくれたほうが良かったんだけどね。ラケル・クラウディウス、アラガミ研究の中で神童と恐れられる研究者だよ」
「それにしたって、浮世離れしすぎな気が……」
「まぁ、ね……ケイ、いいかい? 彼女には十分警戒してくれ」
「うん……でも、どうして?」
「マッドサイエンティストももっとマシって性格だからね、近づかないが吉、警戒が良、二度と会わなければ最善、って感じなんだ」
はあ、と深く溜息を吐くヴェルトに、ケイは薄く苦笑を返す。嘘ではないけれど、言わないでいることがありそうだが、ケイは静かにそれを飲み込んだ。
先ほどのヴェルトの気迫はほんものだった。そう、まるで、例え自分が犠牲になったとしてもケイを守り抜くとでも言うような、痛いほどの決意。少女、ラケルがいなくなったことでやっと警戒を解いたサーラが、ハッハッ、と犬特有の呼吸音を出しながらケイを見つめている。そんな彼の首元をかりかりと撫で、もう片方の手でヴェルトの袖を引く。気付かなかったフリして、ケイは笑顔を浮かべた。
「そろそろ行こう、シン君待ちくたびれてるかも」
「あはは、そうだね。彼は不機嫌にさせたら面倒だ」
でしょ? と笑い声を上げながら、ケイは強張った手でサーラを撫でた。
あの人、どうして私の名前を知っていたんだろう。そんな疑問を、胸の奥に沈めて。
*
ヘリに乗り込み、閉められた扉についている窓から見えなくなるまで延々手を振り続けた後、ケイは先程の事は胸の奥にしまうことにして、シンジの横に座った。
「本部いいとこだったねー」
「良いとこしか見せてないからな」
「やっぱり?」
「面倒だからな。なー、サーラ」
「わん!」
「……今更だが、コイツ本当に犬か? 俺の知ってる犬より少し大きいんだが……」
「ヴェルトが犬って言ってたから、大丈夫だよ!」
「……アイツ、案外テキトーなんだよなぁ」
*
「――――――うん、オオカミだね!」
「やっぱりか」
「……おお、かみ?」
帰還早々、引っ付いてきたナナを腰に巻き付け、サーラを頭に乗せてペイラーの研究室に突撃すると、わざわざ遺伝子検査をしてくれたペイラーにそう告げられた。
オオカミ。名前は聞いたことがある、たしかフェンリルの元になった動物だ。ケイ含むナナとソーマが首を傾げていると、ペイラーが続いてオオカミについて説明し始めた。
「見た目は犬に酷似してはいるが、大きさがまず段違いだね。成人男性ほどの大きさになることも珍しくないし、体重も勿論それに比例する。飼育はとても難しく、闘争本能が強ければ我も強い。これが資料写真だよ」
「すごーい! サーラもあんなにかっこよくなるの?」
「……返してきたほうが良いんじゃないか?」
「うーん、でも私以外に引き取られようとしたときはすごく怒ったって言うし……お父さん、ダメかな?」
無邪気に驚くナナの一方、ソーマは深刻そうな表情でケイを見上げてきた。データを見る限り、現代でオオカミは非常に珍しい種族になっているらしい。それなら保護という名目も保てるだろうが、サーラがひどくケイに懐き、従順なのも事実だった。ケイ自身も愛着が湧いてしまった身となっては、サーラにお別れはあまりしたくない。困り果ててペイラーに伺うと、ペイラーは意外にも、あっさりと頷いた。
「うん、ここに置いたままでも良いんじゃないかな」
「え!」
「オッサン、正気か?」
「勿論だとも。極東は本部には及ばないがそれなりに配給はマシな部類だし、資源もないという訳じゃない。ケイがちゃんと躾をできるなら、少なくともここで保護するのはそう悪い選択ではないよ」
「そうは言いますが博士……」
「それに、ケイは精神的には大人びてるけど、感情理解が幼児レベルだからね。ここらで情操教育をさせておかなければならないと思っていたんだ」
「幼児!?」
「それにオオカミは色々と有用性がある。嗅覚は人間のおよそ四千倍、一晩中走り続けられるタフネス、危険を察知する本能……うん、早速サーラ君を上手く活用できるよう各部署に提案書でも出しておこう、それとヨハンへの申請書も」
「待ってお父さん! 幼児って、幼児ってなに!?」
抗議を込めて反論の声を上げるが、悲しくもペイラーにははいはいといなされて終わってしまった。シンジにも幼児は黙ってろーと意地の悪い顔で頭を掴まれるし、ソーマは察するところがあったのかそっと目を逸らされるしで、ケイの味方は慰めるように足元に摺り寄るサーラのみだった。
「そういえば、私たちがいない内に何か変わったことあった?」
「……あぁ、そういえば、防衛部がなくなったな」
「へ!?」
「人数が保てなくなって、班に規模が縮小したのさ。これから第三・第四部隊は防衛班になる」
「えぇ……うわ、そう言えば今第一部隊とタカさん以外で生き残ってるのって……」
「ウィル、スバル、ナツキ、メアリー、ロック、ヨシノさん、サツキ……だけだな、うん。そりゃ班にもなるか」
「大規模作戦はもう二度とやりたくないってぐらいの損害だね……」
「幸いなのは殆どが怪我で辞めたって事くらいか」
唐突に告げられたビッグニュースに、ケイとシンジは残っているメンツを指折り数えて眉根を寄せた。無傷なのは第一・第二部隊くらいであり、偵察班も調査班なども犠牲者を輩出している。
「人手不足極まってるね……」
「その上、入隊者はいても適合する神機が中々見つからなくて神機使いの新入隊員はあまり望めない」
「ひえぇ……今年は忙しくなりそう……」
「ま、やるしかないだろ」
サーラ
真っ白な毛並みと金色の目を持つ美しいオオカミ。オス。メキメキと巨大化し、今はケイの身長よりやや低めくらいである。基本的にケイとシンジのみに従順で、聡明かつ非常にタフ。最近極東支部の顔を覚え始めた。(覚えただけで噛まないわけではない)物資や怪我人の運搬の手伝いと偵察、寝ずの番を任される予定で、成人男性くらいなら余裕で運べる怪力を持つ。鍛錬の為に時たまケイを乗せて走ったりしているのだが、そんな姿を見られるたびに「もの〇け姫……」やら「サ〇と山犬だわ……」と言われている。ケイの敵に見境なしに噛みつくため、最初はアラガミに噛みつき始めて大変だった。
最近の彼の悩みは夏の暑さ。
今更ですが、この時代の神機は原作リンドウたちが使っているときほど完全じゃありません。欠陥は多く、攻撃力も未だ全然低いです。
そしてアラガミも進化しきれておらず、テスカトリポカを「遠征」で名前だけ出したと思いますが、兵器の類を使用してません。ボルグカムランもですね。これからあらゆるものがどんどん進化します。そしてケイちゃんも、自身についての謎を知っていきます。
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半月
「ハロー、リンドウ。おかえりー」
「お、ただいま……どうしたその顔」
廊下でバッタリ出くわした二人は、それぞれ資料らしき書類を抱えつつ自然と同じ方向へ歩き出す。ケイと丁度入れ違いにスイスに遠征に行っていたリンドウは帰って来て早々報告書やら始末書やらの提出を求められたらしい。その書類の下には、今日明日の討伐対象らしきアラガミの資料が重ねられている。一方ケイの書類はペイラーに頼まれて作成している神機運用のデータであり、その顔にはくっきりと疲労の色が見て取れた。
というのも、極東は現在、極度の人手不足であり、極東支部配属の神機使いは漏れなく日々任務に明け暮れていた。今まで支えてくれていたパッティ達が遂に自分たちの支部に帰ってしまった為である。
「帰ってきたからには、リンドウにも馬車馬のように働いてもらうからね!」
「へいへい。しゃーねぇなぁ…………」
そこで唐突に、リンドウの脚が止まった。
「で………このケツに齧りついてる犬は?」
「あ、サーラ。カム、ダメだよ、リンドウは齧っちゃ」
「ワン!」
サーラはケイの声にぱっと口を離して駆け寄り、よく整えてある毛並みがケイの肌を擽った。グッボーイ、グッボーイと宥めつつ首元を掻くと、サーラは嬉しそうに柔らかに目を細める。
「この子はサーラ。オオカミの一種なんだって。今はゴッドイーターのサポートとして走り回る訓練中。ところで、なんでリンドウはお父さんの研究室に向かってるの?」
「いやなんか呼び出されててよ。ついでに借りてた資料も返そうかと」
「なんか見覚えあると思った! それ私の資料じゃん!」
「いいじゃねぇか、どうせお前もう全部頭に入ってるだろ」
「開き直るんだ、ふーん……サーラ、ゴー!」
「うおっやめろお前! こっちくんなサーラ! お座り!」
二人と一匹でドタバタと廊下を駆け、ペイラーの研究室にまで辿り着くころには二人とも息絶え絶えだった。サーラのみがケロッとした顔で舌を出して二人を見つめている。リンドウへの突撃命令はじゃれているだけだと理解したようだった。
ノックすると、開いてるよーと間延びした声が返ってきたので、二人と一匹は躊躇わず扉を開いた。
「来たね。おや、二人一緒かい」
「都合はいいな」
二人を迎えたのは、研究室正面、解析用のパソコンディスプレイ並ぶ机の前の椅子に座ったペイラーと、その傍らに立つ基本的に会う機会のないはずの支部長、ヨハネスだった。昔から慇懃無礼を繰り返してきた相手たるヨハネスに、ケイは頬を引き攣らせる。
「ゲッ、ソーマパパ、じゃなかった支部長……」
「上司に向かってその反応はないと思うのだがね。二人とも、急な呼び出しすまない」
「お前も呼び出されてたのか?」
「うん。このデータが入用かと思ったけど……違うみたいだね?」
「ああ。少し厄介な任務が来てね」
現在、アナグラ滞在の討伐部隊は珍しく全員が揃っている。というのも、防衛班がようやっと立て直しが効き、通常のシフトへと戻っているものの、未だ人員が少ないためにそちらに度々応援へ向かっているために仕事量は半端じゃないものとなっているのだ。。唯一良かったのは通常シフトの為にヨシノも帰ってきて、ナナがまた実家にヨシノと住めるようになったことぐらいだ。任務が終わった帰り道に寄る頻度は低くなく、むしろほぼ毎日通ってると同義だった。ちなみに行く度におでんパンを笑顔で差し出されるため、最近お腹周りがちょっぴり怪しい。
ともかくそういうわけで、アナグラの戦力は現在防衛に大きく力を裂いていた。ああ見えて防衛が得意なアオイとキンタは外せないとして、シンジも極東の最大戦力だから無理、ツバキもそんなシンジのバディなので容易に動かすことは難しい。故に、ケイとリンドウなのだろう。
「なるほどね。相手は?」
「それが、今までに対戦経験のないアラガミらしいんだ。会敵した神機使いは全滅。唯一息があった人間も現在意識不明の重体で話を聞ける状態じゃない、と」
ケイが納得して頷き、続きを促すと、ヨハネスより先にペイラーがそう答えた。会敵経験のないアラガミ、つまり新種のアラガミ。ふと半年以上前に受けた遠征任務の一つを思い出す。
「新種かぁ。テスカトリポカ以来だ」
「あの結局突進しかしてこなかった大型アラガミか。今回はそうはいかないだろうから、注意してかかるように」
「けど博士、新種つったって、外見的特徴がなけりゃ捜索すらままなりませんよ」
「そこはそれ、向こうさんの超望遠カメラで捉えた画像がある。若干の映像の乱れは勘弁してくれたまえよ………コレだ」
ペイラーがディスプレイを一台くるりと180度反転させてケイとリンドウの二人に見せる。画面に映っているのは、鮮やかな珊瑚色の炎がゆらめく、長い尾を持つ昆虫のような黒い体躯のアラガミ。周囲の建物からして、体高は15メートルほどだろうか。
「クアドリガに似てるな」
「うん。けど、何、この手……」
珊瑚色の体毛を除けばボルグ・カムランに非常に酷似した姿だが、その両腕に、ケイは強烈な違和感を覚えた。その両腕は、彼女たちにとって最も身近と言える存在の。
「捕食形態……」
「やはりそう見えるか。私の見解も同じだよ、ケイ」
「………うそでしょ?」
「は………冗談ですよね?」
「こんな質の悪い冗談は言わない」
「察しが良くて何よりだ。ケイ・サカキ、雨宮リンドウ両名に任務を与える。新種のアラガミ――神機使いの成れの果てと思われる対象を討伐せよ」
――――了解。絞り出すように吐き出した言葉は、奇しくも二人同時だった。
ゴッドイーターは、定期的に偏食因子を身体に取り込んでいる。それは腕輪を有し、神機を振るう神機使いには須らく必要なことで、例えどこの支部にいようと定期的な検診が義務である。しかしごく稀に、偏食因子を取り込みすぎたり、又は足りなかったり、神機との同調率が振り切れると、ある現象が起きる。人工的に調整されたアラガミを取り込む腕輪が暴走を起こして発現するもの。
――――アラガミ化だ。
アラガミ化した神機使いには、当然だが速やかな介錯が推奨されている。何のアラガミになるかの規則性は未だ解明されていないが、今回のような新種になるのは非常に稀だ。そもそも神機使いのアラガミ化は未解明の事が多く、現在はアラガミ化した神機使い自身の神機で介錯するのが最も効率的だとされている。しかしこの説もどこから来たのかは実は不明であり、というかそもそも他人の神機を扱える人材なんてものはほぼ皆無なのでないものとカウントされることもしばしばだ。ちなみにケイはそれの検証をこっそりペイラーに頼まれている。ケイの他人の神機運用は極東支部では最早暗黙の了解であり、ケイも極東支部と無関係者の前では取り繕うのを止めている。
ともかくそういうわけで、今ケイとリンドウはスカンディナビア半島、スウェーデンにいた。
「流石に涼しいね」
「夏だとは言え北緯59度だしな……むしろさみーよ」
「ね。サーラは丁度いいくらいかな?」
「ワン!」
「今日も絶好調だな、お前さんは」
ストックホルム支部で手続きを終え、対象のアラガミの行動範囲予測資料を貰ってから、二人と一匹は捜索がてら海岸線を歩いていた。ほんの一昔前まで長閑で可愛らしい町並みをしていたであろうその場所は、今は面影を残すのみで色褪せきっていた。ケイは片手に自分の神機を担ぎ、もう片腕に対象者の神機をぶら下げて軽やかな足取りでテトラポットを跳び移る。それをサーラが鴨の子のようについて回り、リンドウは防波堤の上をゆったりとした足並みで追う。周囲は波の打ち寄せる音のみの長閑なもので、快晴も手伝ってともすれば眠くなってしまいそうなほどである。
「ザコはいるけど……目的のアラガミはいないね。資料だとこの辺りが出現予測地点なんだけどなー……」
「次のとこ行ってみるか」
「来ると思ったんだけどなぁ」
「お前の勘はそこそこ信用できるがお前のナビは世界一信用できねぇ」
「だよねー、私も私を一番信用してないもん!」
「それはそれでどうなんだ……」
リンドウが次の地点を確認しようと端末を起動させたその時、サーラが不意に立ち止まってぴん、と白い耳を立てた。
「サーラ?」
ぴくぴくと耳を動かし、一点を見つめる彼に習って、ケイもその視線の先に目を向ける。赤い屋根の倒壊しかけた家屋、その窓枠の端に、ちらちらとこちらを窺う影が見えた。
大きさからして子どもだろう。ケイは数瞬躊躇したものの、優れた動体視力により捉えたその子どもの不安げな眼を思考から振り切ることは出来ず、そちらへ足を動かした。
静かに、とリンドウにジェスチャーを飛ばしてから、サーラに先導され半分廃屋のような家に忍び込む。ただ上るだけで軋む階段を上った正面に、ほぼ朽ちかけたドアが僅かに風に揺られていた。外から見て、あの子供はおそらくここにいるはずだ。そうっと扉を開けた矢先に、あ、と言う間もなくサーラがするりと身体を滑り込ませてそのまま室内に入って行ってしまう。次いで聞こえる叫び声に、頭を抱えたくなった心境を抑えてケイも部屋に入った。
「ミアに近付くな! このっ」
棒切れを振り回す少年と、少年の背に隠れる少女。少年はどう見ても威嚇しているのだが、悲しいかな、サーラには遊んでくれるorいつもの訓練にしか見えないらしく、尻尾を振りながら飛び掛かったり飛び退いたりしていた。なんだか害がなさそうなので放置しても良かったが、少年がちょっぴり涙目になってきたので、サーラ、おいでーと声をかけた。ぱっと戻ってきてケイの足元でお座りの姿勢を取るサーラにハイハイグッボーイグッボーイとやや雑に頭を撫でる。
「こんにちは。サーラがごめんなさい」
軽く頭を下げながら言うも、少年と少女は黙ったままだった。黙ったままというか、唖然として口が利けないようだった。
「あ、あんた、ゴッドイーターか……?」
「うん、そう。ここへはちょっと調査にね。貴方たちはここで何をしていたの?」
できるだけ穏やかな声で少年に問いかけるが、少年はふいと顔を横に逸らすだけだった。ゴッドイーターなんかに話す口などないというところだろう。見たところ衣服なんかも薄汚れているようだし、壁の外で生きる人々なのだろう。壁の中に入るためのパッチテスト、それに合格した象徴のようなものである神機使いは、外の人々に決して歓迎される存在とはなっていない。子ども二人っきりを置き去りにするのは罪悪感がひどいし、さあどうしようとケイが眉根を寄せると、少年の後ろに隠れていた少女がぴょこりと顔を出した。
「エリオ、ゴッドイーターってなに?」
無邪気に疑問をぶつける少女に、エリオと呼ばれた少年はうっと喉を鳴らした。
「……アラガミを倒すやつらだよ」
「えーっ、うっそだあ! アラガミはたおせないって、かあさん言ってたよ!」
「バケモノにはバケモノってやつだよ、あいつら、人間じゃないんだ」
「ひどい言いようだね。私たちは人間だし、傷つく心もあるんだよ」
「ねーおねぇさん、わんわんさわっていーい?」
「え、うん。どーぞ。サーラ、ステイ」
「ふわふわー!」
「ミアーーー! さっきの話聞いてた!?」
緊張感の欠片もない歓声に、少年がうがーっと全身で怒りを表現する。子どもって強い。ケイの命令通り大人しくされるがままのサーラに身体を埋める様に抱き着いた少女は、顔だけを上げて少年をじと目で見つめる。
「だっておねぇさん、エリオのことばで痛そうだったよ。ひとをきずつけるの、よくない!」
「……イマドキこんな良い子が壁の外でも実在したんだ……それで、ミアちゃん? たちはどうしてここに?」
「ミアでいいよー! んとね、ガソリンを探しに来たんだけど、アラガミにとちゅーで見つかっちゃって、みんなとはぐれちゃったの」
「なるほど、分りやすいかつ簡潔、良い報告ね。……ところで二人とも、話は変わるんだけど、このアラガミに見覚えはないかな?」
自分の神機じゃないほうの神機を地面にほっぽり、ポケットから自分の端末を取り出して二人に画面を見せる。ミアは嬉々として覗き込み、それに渋々といった様子で少年も続く。流石に壁の外で暮らしてるだけあってアラガミの見た目に耐性があるのか、少し顔を顰めただけに留まった。
「んー……似たのはとーくに見たことあるけど……」
「なんだ、この……毛? いや頭」
「つまり、見覚えはない?」
「なーい」
「ないな………」
二人の返事に、ケイはそっか、と頷き端末をしまう。そもそも見たことがあるなどとは思っていなかったので、むしろ期待通りだ。
「うん、貴方たちがこのアラガミを知らないという情報を私は手に入れました。なので、私は報酬として貴方たちに何某かのお礼をしなければなりません。うん、情報はもう貰っちゃったからね、仕方ないね」
「エリオー」
「……なんだよミア」
「このおねぇさん、おばかさんね?」
「えっ、ひど」
「…………ああ、すげーアホみたいな事実だけど、本当にそうみたいだ」
「そこまで言われるほどかな!?」
「言われるほどだろこのじゃじゃ馬姫、なーにを勝手に決めてるんですかねー」
「あっ」
ガシリ、と片手で頭を鷲掴みにされ、ケイはやっべえとありありと顔に表した。誰だコイツ、という風の二人に苦笑いしつつ、上目ですぐ後ろに立つ彼を見上げる。
「こいつはリンドウ、私と同じゴッドイーターで、私の相棒だよ」
「ドーモこいつの相棒やってるリンドウでーす。で、どういう状況だ?」
「探索途中ではぐれちゃったみたい。情報提供の報酬として、この子たちの拠点まで送ることにしたの」
「………情報提供者なら、しゃーないな」
「でしょ?」
うんうんと頷き合うケイとリンドウに、少年が完全に呆れ返った顔を向けた。
「オレはエリオ、こっちはオレの妹のミアだ。よろしくな、にーちゃん」
「待って!? なんで私の時より数倍友好的なのかなぁ!」
「わたしはおねぇさんのほーが好きだよ!」
「ありがとうミアちゃん!」
サーラとまとめて抱きしめると、きゃあーと可愛らしい笑い声交じりの悲鳴を上げる。うん、一部の隙も無いほど可愛い。この任務を受けた時からなんとなく顔を合わせ辛くて敬遠していたから、久方ぶりの癒しポジである。そう、何も言わずに遠征に出てきたのだ。………ちょっと帰るのが恐い。
「んで、チビ共、お前らの拠点は?」
「こっから西に進めば……多分」
「おいおい、ずいぶん曖昧だな」
「元々、拠点を移したばっかだったんだよ。だからまずはガソリンの確保をするはずだったんだ」
「んで、そこにアラガミの襲撃でガムシャラに逃げて、帰り道を見失ったと」
「み、見失ったわけじゃねーし! ちょっとあやふやなだけだし!」
「エリオはいじっぱりなのー」
「うっせ!」
「ま、私とリンドウなら護衛として過分はあっても不足はないし、なんとかなるでしょ。サーラもいるし!」
「えー……」
「む、なによその疑惑の視線は。取り合えず、エリオくんとミアちゃんはサーラに乗っちゃって」
「え、だいじょうぶ? サーラちゃんつぶれない?」
「ダイジョーブダイジョーブ」
さりげにチャン付けされているけれど、サーラがオスであることは伝えた方がいいのか……いや些事かな、うん、とサーラから目を逸らすも、なんだかとてもジト目で見られているような。
サーラは神機を持ったケイを乗せて走り回れる程度の力は持ってるし、そのままで何日か走り続けるほどの持久力もある。神機使いのような強制的な強化でもないただの動物なのに、どこにそんな力があるのか。こんな生物が跋扈していたとか、十数年前ってすごい魔境だったんだなぁとしみじみ頷くと、察したらしいリンドウが頭に手刀を落した。
「馬鹿な事考えてンな、行くぞー」
はーい、と間延びした返事をしながら、先ほど放り出した神機を拾い上げる。神機の柄からは微弱な、静電気のようなぴりぴりとしたそれを僅かに感じるだけで、特に拒絶されるような反応はない。むしろ歓迎するようなその感触は、他の神機とそう変わらない―――いや、すこし過剰なくらいだ。目的を誤ってたりしてないよ、とそっと親指で拭うように撫でた。
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半月2
西と示された方向へ行くも、あっちに見覚えがある気がする、あの建物の角を曲がった気がする、とあやふやな証言に惑わされ、気付けばどっぷり日が暮れていた。
「お前らなぁ、外で生きるってんなら方向感覚は必須だろーが」
「ううううるっせー! 壁の中でのうのうと生きてるやつなんかにわかるかよ!」
「残念だったな、俺は外出身だ」
「そこの二人ー、ミアちゃん寝てるんだから静かにねー」
気まずそうに呻き声になるエリオの一方、へーい、という間延びた声が続く。
ここは海岸を少し離れた川沿いの廃墟が一角。比較的倒壊の危険がなさそうなものを選んだだけあって、中もそこそこに保全されていた。男共から譲られたソファに腰かけ、膝を枕にして眠るミアの背を一定のリズムで撫でる一方の手で端末を操作する。現状報告を済ませ、意を決したような顔で端末片手に唸るケイで察したらしいリンドウが、ソファの背もたれに肘を置いてそれを覗き込んだ後、ぱっと端末を取り上げた。
「あっ、ちょっと、返してよー!」
「うーわ、真っ白じゃねぇか」
「う……」
ストレートすぎる感想に、剣に貫かれたような呻き声が喉から漏れる。
メール機能を立ち上げたそこには、宛先アドレスがかろうじて埋まっているくらいで、件名すらまともに書かれてない。
膝にミアがいる以上、尻をソファから浮かすことができないので手を精一杯伸ばすが、勿論届くはずもなかった。
「く、っそー! また身長伸びたなー!?」
「お前だって伸びただろ?」
「五センチね! 育ち盛りなんだから私は当然だけど、なんでリンドウはもう十七の癖に伸びるの!」
「男は二十歳までくらいなら割と伸び続けンだよ。今お前身長なんぼだったっけか」
「百五十!」
「14にしてはまぁ、普通か?」
「………平均身長よりはちょっぴり低い。ちなみに目標は百八十」
「いやそれは無理だろ」
「だってさ、やっぱり腕長い方がリーチ長いじゃん」
「やめとけやめとけ、リーダーが泣くぞ」
「嬉しさでだよきっと」
「……あながち間違いじゃなさそうなのがな」
「というわけで私は寝る!」
「あっ、テメ、そういう魂胆か! じゃんけんだじゃんけん!」
「アンタらが静かにしろ」
エリオの適格なツッコミに、ケイとリンドウは顔を見合わせた後静かにじゃんけんを始めた。
ゴッドイーターの夜は長い。
*
「おねぇさん、ほんとにアラガミを倒せたんだねぇ」
道中、アラガミの襲撃を受け、慣れっこのケイとリンドウが欠伸交じりに神機を振るいつくしたあと、緊張感の欠片もない間延びした声がそう言った。それも無理もない、何せ此度で両の手を超す襲撃となったのだから。
最初のうちは恐怖し慌てまくてったチビ二人も、流石に慣れもするというところだった。
こうして歩き回って、早三日であった。食糧は十四日分持ってきていたのでまだ余裕がある。しかし、流石にそろそろ自分たちも任務に戻らなければヤバイ頃合いである。
「私、そんなにガキっぽいかなぁ」
「恰好が悪いのかもな。そのマントとか」
「気に入ってるのに……」
えー、とケイは自分で振ったくせして不満そうに口を尖らせた。けれど確かに、十になる前から愛用しているのだから、子どもらしいものなのは確実だろう。特に前で結ばれた黄色のリボンとか。ちまちま繕ってるのでそこまでボロくはなっていないと思うが、そろそろ代え時かもしれない。ふと首の後ろがピリッと痺れ、ぱっと周囲を見回すと、右斜め後ろ三十メートル向こうにザイゴートが浮遊しているのが見えた。
「リンドウ、四時の方向にザイゴード複数体。援護するからよろしく」
「げ。お前といると異様にアラガミに会敵する気がするんだよなぁ」
ぶつくさ言いながら駆け出したリンドウを囮に、襲い掛かろうとするザイゴードを借りている神機で撃墜させる。片手に銃、片手に剣を持つのは意外と扱いづらいものがあるが、リンドウには強そうだな、と好評だった。確かにガンタイプとソードタイプが併用できたらもう少しくらい戦うのが楽になるだろうなと思う。さした苦労もなくアラガミを殲滅し、進軍を再開しようとした矢先、ミアがケイの神機に手を伸ばしてきたので、ぱっとそれを遠ざけた。
「こらっ、触っちゃだめ」
「えーっ、なんで?」
「神機は、基本的に適合者……ええと、パートナーにしか触れないんだよ。パートナー以外が触ったら、その人に襲い掛かるの」
「これが?」
「こう見えて、そこいらのアラガミよりよっぽど狂暴だよ」
にやり、と悪い顔で笑うと、ミアはほんとに? と怪訝そうに首を傾げた。彼女は静かで武骨なだけのこの鉄の塊しか知らないので、その反応は正常である。捕食形態を取らねばいけないほどの大物は今のところ現れていないし。
リンドウが戻ってきてさあ再度出発だというところで、エリオがあっ! と声を上げた。
「あそこだ! オレたちの今の拠点!」
エリオの指さす先、整然と並べられた家々の波の向こうには、家屋というよりも邸宅と呼ぶ方がふさわしい館が佇んでいた。所々崩壊の後が見られるが、人の修復の手が確かに入れられている。
「目測……3キロってとこかな。徒歩なら三十分くらい?」
「もっと早くいけねーの」
「まぁ走れば半分以下になるけど……」
「これからまた捜索の旅に出なきゃなんねーんだぞ。体力温存だ体力温存」
「えー」
エリオは口先で不満を声に出したが、こちらの言い分が正しく思ったのか、ここにきて恩でも感じているのか、それ以上その話題は続かせる事は無かった。ミアを抱きかかえ直し、顔を持ち上げてじゃれつくサーラの相手をする。
「……リンドウ?」
「ん? おー、なんでもねぇや。行こうぜ」
見上げれば、僅かに目を細めたリンドウの表情が目に入ったので、彼の視界に入って首を傾げる。しかしそうしていたのは一瞬、すぐにぱっと表情を戻しいつもの斜に構えたような顔になったので、ケイは気のせいかなと思い過ごすことにした。
「………ええと、ずいぶんと整理整頓ができないひとたち、なんだね?」
「ンなわけねーだろ……」
館の扉をしばらくノックし続けても反応が全くなかったので強行突破、つまり勝手に開けることにしたのだが、中はひどい有様だった。
棚らしきものは薙ぎ倒しにされ、シャンデリアだったものは無惨に床に散らばって、花瓶やチェストの残骸が床に散乱していた。ゴッドイーターの優秀な嗅覚が訴える、嗅ぎなれた嫌な臭いに、ケイとリンドウは眉根を寄せた。
「二手に分かれよう。私は二階、リンドウは一階。サーラ、ステイ。エリオとミアはここにいて。アラガミが来たらサーラは勝手に動いてくれるし、私かリンドウのところに来るよう躾がされてる」
「賛成だ。お前は今、守るような戦いはできねーしな」
ケイは現在、右手に自身の神機、左手に目標の神機を握っている。この二刀流もどきでは、子ども二人を抱えて走ったり跳んだりなどの芸当はとても出来ない。リンドウはそもそもそういうのあまり性に合わないなどとほざくし。ケイとしては、彼ほど護衛任務が得意な人間もそういないと思うのだが。
ともかくそういうわけで、効率を考えてさっさと終わらせた方が良いのでは、という事である。正直言って、この館には他に人間の気配がしないのも関係している。
――――最悪を想定して、二人をあまり動き回らせるべきでない。そういう判断であった。
「周りにアラガミの気配はしねーよな?」
「うん。大丈夫だと思う」
「気配とかわかんのかよマジで……」
「ゴッドイーターってすごい人、ミアおぼえた!」
「いやコイツと標準的な神機使いを一緒にすんな。コイツがオカシイだけだ。普通はそんな芸当できない」
「オカシイって何!?」
「あーハイハイ、じゃあ一階探索してくるわー」
「あっ、待っ、ちょ、逃げ足はやっ! もう! じゃあエリオ、ミア、サーラ、行ってくるね」
「いってらっしゃい、おねぇさん!」
「ワン!」
「……ん」
三者三様に見送られ、ケイはおそらくエントランスに該当していたであろう大部屋から階段を一段飛ばしで上った。こういう家屋では、崩壊が深い場合は床を踏み抜いたりなどは珍しくない。よって、速攻が駆け抜けるが吉なのである。
二階に上がると、つい最近まで人が暮らしていたかのような痕跡はぽつぽつと残っていた。新しい足跡だとか、乾いてそれほど経っていない僅かな血痕だとか、逃げるときにひっかけでもして欠けてしまった箇所、扉の開閉のしやすさも一つの基準である。
一つ一つ部屋を見て、誰か残っているひとはいないかを確認していく。そして――後回しにしていた部屋の、扉を開いた。
部屋の中は、誰か、使用人かの部屋だったのだろうか。壊れた壁かけ時計、簡素なテーブルと文机に椅子、適当なベッド、それに―――血を流した、箪笥。
明らかに中に何かがいて、そこから血が流され続けている。生乾きのそれは、おそらく1日経過しているかいないかくらいだろう。
確認しなければならない。どうしても。意を決して、おそらく中からつっかえ棒でもしていたらしい、引っかかりの強いそれを、開けた。
「―――――…………あぁ………」
中には、痛ましい死体が二つ、ぎゅうぎゅうに押し込められていた。いや、おそらく、致命傷を負った二人がなんとかそれでも逃れようとして、二人ともがここに隠れたのだろう。腹部から見える内臓と骨が女性の、右足の腿から下が喰い破られたそこが男性の、それぞれの死因を物語っていた。時間が経った死体特有の腐臭と、集る蛆が彼らに纏わりついていた。
青白いを通り越したその顔に、ミアと同じ榛色の眼が虚ろに濁り、エリオと同じオレンジに近い赤毛がぼさぼさになって散っていた。耳の形がそっくりで、鼻の形が似ている。
つまり、そういうことだろうと思った。
箪笥の扉をそっと閉めて、その形を歪ませる。これでもう二度と、この扉が開く事は無いだろう。――あの、悪夢みたいな、なにもかもを壊して食らうアラガミども相手ではないのなら。
背後で扉がノックされる音がして、ぱっと振り向く。
「二階が当たりだったか」
「……うん、そうみたい」
「一階には脱出口があった。引きずった跡とか血痕、大勢の足跡があったから、逃げてるかと思ったが……そうか」
残った互いを確かめ合うようにして縺れ合った二体の死体。彼らは、自分たちの子どもが実は生きていたと知ったら、どう思うだろうか。
どうしよう、と聞こうとして、止めた。リンドウだって、どうしたらいいか誰かに聞きたい心地だろうとわかっていたから。
「……見なかったことに、しよう」
「お前、それは……」
「わかってる。なんの解決にもならない。最低で消極的で、多分ツバキちゃんだったら怒る提案だ。けど、最悪じゃない。最善でも、ないけど」
「……悪ぃ。俺が言うべきだった」
「……なにそれ。ばかだなぁ、リンドウは」
言い出しっぺがどうとか、そーいうんじゃないじゃん、私たち。笑って見せたけれど、うまく笑えた自信はなかった。
間違ったことを正してくれる人はたくさんいる、それはとても恵まれていることだ。
けど、正しいことがわからなくて、どうすればいいかわからなくなったとき、一緒に間違えられる誰かがいるときの安心感には敵わない。特に、こんな世界で、こんな職業に就いているのであれば。
「いつまでもは続けらんないよ」
「だな。でもやれるところまではやるっきゃねぇ、だろ?」
「うん。それに、この顔もなんとかしなくちゃね」
「違いねぇや」
鏡を見ているようだと二人は思った。年も違う、性格も性別も、生まれ育った環境も違うけれど、二人は確かに、言葉では言い表せない何処かが、限りなく似通っていた。
*
「あ、おねぇさん! おにぃさんも! おそーい!」
「死んだかと思った」
「ちょっと手間取っちゃって。ごめんごめん。サーラー、グッボーイ」
ミア、エリオ、サーラの順で撫で、最後にサーラにおやつジャーキーをご褒美に食べさせる。思えば一週間もこの二人を日々乗せ続けているのだから、サーラも大したものだ。訓練で一ヵ月ほど大きな荷物を乗せられ続けたのだから今更かもしれないが。ふっとい脚は逞しく、そろそろケイのウエストくらいはありそうだ。
「この子どこまで大きくなる気なんだろう……」
「二メートル行ったら流石に笑うな」
「いや流石にそんな、そこまで餌も与えてるわけじゃないし……待って、今なんか音がした! 頭の裏でピコンって! ピコンって!」
「ゲームのやりすぎだ馬鹿」
頭頂部に手刀を落され、呻くケイのその場所をミアが優しく撫でる。心配そうな榛色の大きな眼を真っすぐ見たが、もう痛みは湧き上がっては来なかった。
「おねぇさん大丈夫? つかれたの?」
「ううん大丈夫……ミアちゃんこそ疲れてない?」
「ヘーキだよ! 慣れっこだもん。ね、エリオ」
「まぁな。安全そうな場所が見つかんなくて一ヵ月さ迷い歩くなんてよくある。オレとミアはヘーキだ。で、みんなは?」
「逃げた跡が厨房にあった。どうも地下に繋がってるらしい。後を追いたいところだが……」
「梯子はちょっと、サーラが無理だからね……」
クゥーン、と申し訳なさそうな声を出すサーラをフォローするようにわしわしと撫でる。ミアとエリオは散々彼に世話になったからだろう、いや責めてねぇよ! とサーラをぽんぽんと叩いた。
「つーわけで、周辺をしらみつぶしに歩き回るしかない。長期戦になるかもだが、大丈夫そうだな」
「……オレが言うのもなんだけどよ、アンタたち、自分の仕事は大丈夫なのかよ」
「討伐目標と会敵できないのはホントだもん。嘘はついてないし、報告もちゃんとしてるよ」
「……ってかホント会わねーな。ケイ、お前新種討伐任務やったっつってたけど、どれだけかかった」
「四日。人手があったのもあるよ。ドイツ支部のひとたちすごく働き者だったから」
結局のところ、会敵なんて運だ。この世に無数に存在するアラガミたちから一匹を見つけ出すなんて、砂漠でダイヤモンドを見つけるようなものだ。
「確か近くに川があったよね。今日はもう水浴びしよう。そろそろ汗臭くなってきたでしょ? で、今夜は近くで野営。いいかな?」
「わかった」
「はぁーい!」
「りょーかい」
長く戦場に出ずっぱりの際は、外で身体を洗う機会なんてのはよくあることだ。シャワーなんて贅沢なものは世界規模の大規模反抗戦線ぐらいしか設置されない。その最中、時間を越えてしまい男女でブッキング、エロハプニーング、なんてのはないこともなく。まぁそれなりに野郎の裸なんぞ見飽きたケイであるが、流石に思春期のエリオの前ではあかん、とリンドウとのアイコンタクトの末、ごく自然に女子+サーラが先に水浴びとなった。
「おねぇさんはおにぃさんと恋人なの?」
「………とうっっっとつだね?」
「ずっとふしぎには思ってたよー」
ミアも外で暮らしていたので、自分の身体が洗えないなんて甘えた事も言わず、ささっと洗い終わって泳いだり潜水したりと遊んでいた。一方でケイも自分の体を洗い終わり、サーラをわしわしと念入りに洗っていたその時に、それである。
サーラの耳の後ろを掻くように洗いながら、ケイは肩を竦めて軽く笑う。
「私がリンドウを? ないない。ありえない」
「えー? 仲良しじゃないの?」
「ふふん、そりゃあ私とリンドウは仲良しだけど、無理。私、リンドウを人間だと思った事ほぼないもん」
本人が聞いたら溜息を吐くこと間違いなしな文句であるが、ケイは謝ることはあっても訂正することはないだろうと思う。それにリンドウもどうせ、似たようなことをケイに思っているだろう。
「アイツは私の相棒。手足の一部みたいなもんだよ。自分の顔に恋するバカはいても、自分の腕に恋する間抜けはいないでしょ」
本当の意味では、リンドウが人間であることはわかっている。笑ってくれたら嬉しいし、泣いていたら一緒に泣いてやるくらいには思う。生きると約束した。今は未だ、ただそれだけだ。
「………おにぃさん、人間だよ?」
「ミアちゃんにはちょっと難しいかな。とにかく、恋人じゃないよ」
「じゃあじゃあ、他に好きなひとはいる?」
「……なんでそういうことばっかり聞くの?」
「なんとなくたのしいから!」
「……オンナノコってすごいなぁ」
この年から既にませてるのか。ソーマは別にしても、このくらいの男子といえば下ネタと悪戯のことしか頭にないんじゃないのかっていうくらいのアホなのではないだろうか。すくなくとも壁の中にいる、たまにケイにまとわりついてくるガキ共はそうである。対照的に、女の子はケイをキラキラした眼で見つめてくるものだから、それはそれでなんだか気恥ずかしくもある。
「そういうミアちゃんは?」
「わたし? わたしはねぇ、おねぇさんみたいなひと、好きだよ!」
「おっとタラシの片鱗が。ミアちゃん、きっと将来大物になるぞー」
「おーもの! なるー!」
「うーん可愛い」
ワン! と肯定するようにサーラが鳴いた。無邪気で、優しくて、真綿みたいな女の子。
―――私はきっとすぐ近くに、彼女の笑顔を奪うのだろう。
けれどそれは、思っていたよりも早く、願っていたよりもずっと早く、やってきてしまう。
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半月3
夜中、ばちっ、とケイは目を覚ました。
跳ねるように飛び起きて、周囲に警戒を巡らせる。すぐさま反応したらしいリンドウが、サーラの首筋を擽って覚醒を促す。
「どこだ」
「……近く。まって、何か、ヘン―――」
腕に爪を立てて聞き耳を立てていた最中に、微かに飛び込んできたのは、破壊音。建物を壊す音。
「探してるんだ……たぶん、いや、きっとそう」
「じゃ、囮はお前な」
「ん。二人のこと、頼むね」
「持ち堪えろよ」
「大丈夫、無理は通すけど、死にはしないよ」
腕輪をぶつけ合い、健闘を称える。
夜間の戦闘は昼間のそれよりずっと危険が多い。夜闇に紛れた小型アラガミは、大型アラガミとの交戦時は感知しづらいことこの上ないからだ。かつては不夜城、と電灯が灯り続けたなん十年か前ならまだしも、ここは街灯も避難誘導灯のひとつも点いてないここは、完全に月明りだけが頼りである。探照灯持ちがいるならまだマシなのだが、今回は二人なので夜間の戦闘は避け、撤退も手段とする気でいたから不所持なのだ。夜戦もないのにクソ重いあれを嬉々として運ぶのはアオイのみである。あの夜戦狂いがいれば勝ち確なのになぁ、とケイは苦笑いしながら、神機を両手に窓から飛び出した。
着地音を一切気にせず走り出し、向こうがこちらに気付くことを承知で駆け抜ける。地面の凸凹や車を跳躍して足場にしながら、月光に映える薄紅色の毛髪を持つそれに、勢いよく斬りこんだ。
「――まぁ、そう簡単には食らってくれないか」
淡い紅色の光を内側から零すハサミで受け止められ、ケイは無理矢理笑った。もう片方のハサミが間を置かず振りかぶられ、二つの神機の持ち方を同時に整え、シールドを展開させる。一度の高い金属音の後、ギチギチと変形を堪えるシールドの鈍い音、一瞬後、横の建物に叩きつけられる。
シールドを展開していたとは言え、背中からの衝撃はノーガードだったために肺から空気が強制的に吐き出されかける。痛みに身を怯ませるわけにはいかない、ケイはすぐさまたたきつけられ砕けてへこんだ壁から飛び退き、地面に着地する。直後、先ほどまでケイがいたその場所に、アラガミの長い尾の先の角が突き刺さり、思わず口角が引き攣る。
「こ、これは……まっずいかもー……」
くるりと神機の切っ先を戻し、ケイは思わずそう零した。強度も、攻撃力も、判断力も、今までのアラガミとは比べ物にならず、ついでに攻撃種類も多彩。
名状しがたい叫び声を発するアラガミと対峙しながら、ちらりと左手の神機を見やった。焼けるように熱いそれは、闘志か怒りか。
倒さなくては。斃さなくてはならない。
その叫び声は、威嚇のためのそれというよりも、悲鳴のようだった。
*
「あー、クソッ、なんだってこんなにオウガテイルがいんだよ……!」
ミアとエリオを安全な場所に詰め込む予定で二人を揺すり起こし、サーラに乗っけたところまでは良いのだが、津波のように襲い狂うオウガテイルの群れに、リンドウは舌打ちを禁じ得なかった。室内ではどこから出てくるかがわかりにくいから余計に厄介である。ケイをこっちに回すべきだったか、とちらりと脳内に過ぎったが、今もなお踏ん張っているだろう相棒に頼りすぎだなと苦笑して振り払った。
斬っても斬っても湧いてくるアラガミに、リンドウは一つ腹に決めることにした。背後に庇った白いオオカミに視線を向ける。
「サーラ、まだいけるな?」
「ワン!」
「よぉーし良い返事だ。エリオ、ミアをしっかり固定しとけよ」
「えっ、お、おう」
何をするつもりだ、と瞳で雄弁に語る子どもに喉でくつりと笑う。
「正面突破に決まってらァ」
*
ドゴォンやらゴォォンやらの破壊音を背後に、ケイは壁に背を預け肩で息を繰り返していた。
ヤツは建物を飴細工か何かと勘違いしているのではないだろうか。面白いくらいバキバキ壊していくので、アレが自由に動かせるなら不要な建築物の破壊とか楽になるのになぁと現実逃避甚だしい考えをぼんやりと抱きながらも、ケイはそっとアラガミの様子を窺った。
暴虐の限りを尽くすそれは、今もなお狂ったように暴れ回っている。
ケイの神機で斬りかかってみたものの、固すぎて話にならなかった。何度試しても弾かれるので、おそらく現存している神機では強度が、つまりあのアラガミの因子を断ち切るに足る装備が足りないということだろう。ならば、こちらの神機を使うしかなさそうだった。
これに意識や思想があるのかはわからない。わからないけど、『彼』が覚悟を決めていることは分かる。
自らが倒すべき敵にその身を堕とすとは、どれほどの苦痛と屈辱を伴うのだろう。
その上、かつての同胞を殺しているのだから。
もし、もしも、私もそうなってしまったとしたら―――
「殺してあげなきゃいけない。他でもないゴッドイーターが」
無性にソーマに会いたいなと思って、絶対に会いたくもないなと思った。あの少年の目に映る私は、いちばん綺麗な私でいたいなと思ったから。
意を決して、建物の影から飛び出して銃器を構える。Oアンプルの貯蓄は十分とは言えないが、やるしかない。
すぐさまこちらに感づいたアラガミは、その長いサソリのような尾を大きく振りかぶり、一凪に一帯を薙ぎ払った。ケイはそれをシールドで展開してガードした後、背筋に走った悪寒に従い、前方に素早く跳ぶ。着地時にさきほどガードの反動で下がったそこに、紫電が球体のようにバチバチと立ち込められていた。油断も隙も無い。
次いで、アラガミが大きく跳躍してきたので、砂塵もろとも回避して距離を取る。すぐさま左手の神機に持ち替えて、ドンドンドンと三発続けてバレットを撃ち込む。バレットはハサミを大きく弾き、アラガミはキエェェエエエ、と甲高い声を上げて仰け反った。
クアドリガでどことなく見覚えのある仕草、というかこれって。
直後、クアドリガがするように尻尾を振り回す。シールドを展開するも、背後の紫電が気になって腕が鈍る。予備動作ナシで何度も繰り返されるそれはつまり。
「活性化させちゃったかー……そっかー……!」
相変わらず自分の神機で与えられるダメージは雀の涙だし、先ほどからこちらの戦闘に気付いたらしい小型アラガミがこちらに迫ってきている感覚がするし。
それと正直いい加減この連撃がキツイ。
「しまッ、」
横からの連撃に耐えていた直後、上から降り降ろされたそれに、痺れた腕では対応しきれず動作が遅れる。貫かれるのだけは勘弁、と体をずらすが避けきることはできず、殆どまともに長い剣に肩から背中にかけた表面を切り裂かれる。
痛みに唇を噛み締め、それでもアラガミから距離を取らんと背後へ十メートルほどまで飛び退く。
「った……これもう囮とか言ってる場合じゃないかもなぁ……」
止めどなく流れる血にそこはかとない嫌な予感を感じながらも、最悪あの子供たち二人が逃げ延びるまで、と思い止まる。
グル、とすぐ傍らから唸り声がして横に跳躍する。予想通り、その場にオウガテイルが噛み切らんと突っ込んできていた。次から次へと、こうも邪魔されるのは久しぶりだ。
こちらを睨みつけるオウガテイルを、まずは片付けなくては、と焦燥に駆られつつ神機を構える。その時、ひょいと首根っこを掴まれた。
「遅い!」
「悪い悪い。……オイ、深手じゃねぇか」
「二人は?」
「サーラに任せて防空壕みてぇなとこに押し込んだ」
「地下か、悪くないね。……ごめん、一旦撤退したい。止血するだけの間だけで良いから」
意地を張り通せる相手でもないので素直に白状すると、リンドウは「ったりめーだバカ」と吐き捨てた。
「アラガミがいない方向は?」
「西……いや、七時半の方向が最も少ない、かな。小型アラガミ三体、中型が一体いるけど、行く頃には通り過ぎてる」
「上出来」
両腕に神機を持っている今では、ケイに肩を貸すことは他人の神機の接触を考えるとほぼ自殺行為だが、リンドウは一瞬のためらいもなくケイを担ぎ上げた。腰元からワイヤーを引き抜き、手早く固定して神機を握り直した。
「じゅ、準備良すぎない……?」
「備えあれば憂いなし、だ、相棒。お前の行動なんてまるっとお見通しだっつの」
気の利く相棒を持って幸せだなァ、と腹に掛かる負荷に若干えずきながら言うと、おうお望みならもっと揺らしてやろうかと返ってきたので、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
ケイの進言通り、リンドウはそのまま七時半の方向へ走り出し、途中襲ってきたオウガテイルとザイゴートを一撃で退けて集合住宅の一棟に転がり込んだ。埃っぽいそこは小型アラガミすら長く寄り付かなかったのだろう、漂う煙に、ケイは盛大にくしゃみをした。衛生面では最悪と言えるが、この場所がここら一帯では一番安全性が高いので仕方がない。
入口横の壁で腰を下ろし、ケイもリンドウの肩から下ろされる。レッグポーチから包帯を取り出して投げ渡す。マントとトップスを脱ぐ際、うっかり傷口に衣類が掠って声が上がった。マントで一見わかりにくかったそれが、顕わにされ、リンドウが苦い顔で呻く。
「大惨事じゃねぇか」
「やっぱり? 背中の傷は自分で見えないから困るんだよ、つ゛ッ! ちょっと、もっと優しく!」
「黙ってろ。あークソ、もっとでかくなってくれよ。ちっさくて目測が狂う」
「いい加減慣れてよクソッタレ!」
口調が乱れるのは許してほしい。肩から肩甲骨を経由した背中、そこをザックリと斬られた傷は、痛いなんてものじゃない。最早熱い以上の何かであり、ファックとでも言い捨てていなければまともに意識を保てそうにないのだ。奥歯を食いしばって痛みに耐えるケイの一方、リンドウも歯噛みして傷口を消毒スプレーで洗浄し、上から包帯を巻いていく。
「い゛ッ……っはぁ……あー、そういえばさ」
「あ?」
「ミアちゃんが、私たちは恋人同士なのか、だってさ。可愛いよねぇ、純情で」
「あー……女ってのは、いくつでもそうなのかねぇ」
ケイとリンドウは、遠征任務と教育係との任務を除いてはほぼいつもバディとして同じ任務に就いている。
時に無理難題を押し付けられ、敗走だって幾度かしたことがある。出逢って一年、そのおよそ半分を、二人は最も濃く共に体験してきたのだ。たった二人きりの同期同格。アオイとキンタのようなものだ。それも彼らと違って、最初から二人きりなものだから。そんなだから、時たま遠征任務で一緒になって他支部に赴くと、誤解されることもしばしばだ。
そういうのじゃないのだ、自分たちは。別に理解されようとは思ってないので、興味もないけれど。
「できたぞ」
「ありがと」
血で汚れたトップスをそのまま着て、マントも羽織る。少しべたついて気色悪かったが、いつだったかコンゴウをアホほど相手にしたときよりはマシである。帰るまでに怪我が治って良かった、本当に。ペイラーやソーマに知られたら一時間は正座させられるところだ。
「行けるか?」
「当然」
短い問いに、短い返答で応える。あ、と思い立って、ケイは口を開いた。
「サクヤちゃんには誤解されないようにね!」
「………はあ!? テメ、それどこで知って……!」
「わー見て見て、有難いことに向こうさんが出迎えてくれたよー」
「話の逸らす先が大惨事なんだよテメェはよぉ!」
月夜を覆う土煙をまき散らして着地した目標アラガミを前に暢気な声を上げるケイに、リンドウは半ギレで叫んだ。
サソリの尾。 本来毒を含み、獲物を殺すために奮われるもの。つまり、この場合の獲物は―――
「私たちってか」
「いや強すぎじゃね?」
神機を杖に、ケイとリンドウは教会跡らしき場所で息を整えていた。たまに咽ながら、ぜえはあと空を仰ぐ。
季節と月の位置、から察するに、現在の時刻はおそらく深夜の四時半。
なぜ予測なのかって、尻尾に薙ぎ払われたときに―――
「あ~……やっぱり壊れてる~……」
「俺のは粉砕」
ケイが導線一本繋がっただけのほぼ真っ二つのそれをつまみあげてぷらぷらと揺らす。もっとひどいリンドウのそれは、ポケットを裏返して地面に破片がバキバキと落ちた。ひどいものである。というか一応強度が補強されている端末をそこまでにされたのになぜリンドウはピンピンしているのだろうか。いや最近稀に見るボロボロ具合だけれど。
「怪我は」
「肋骨が一本イってる。それ以外の骨は……まぁヒビが入ってるとこはあるかもしれんが、動作に支障はねぇ。左腕がやっこさんの雷で焼かれたが、表面だけだ。お前は」
「肩から背中にかけての裂傷、右足が派手にぶっ刺されたけど、見た目に比べてビリビリしてるだけで私も動作に問題はない」
「…………中傷だな」
「辛うじてね」
神機使い的には動けていれば重傷じゃないからね、足が動けば上等、神機が振るえれば上出来、帰ってこれたら大金星である。誰が言い出したんだこの標語。
「エリオとミアちゃん、ちゃんと待っててくれてるかな。サーラは……まぁあの子はアラガミに喰ってかかるくらいの子だし、平気か」
「お前そっくりだな」
「いつの話よ」
「入隊してすぐ」
「今は」
「可愛げがなくなった」
「ふっ……褒め言葉として受け取っておく」
「あとはあれだ、リーダーに似てきた」
「それこそ褒め言葉だなぁ。リンドウは太々しくなったよね」
「ほっとけ」
「あと、強くなった」
「…………」
「ありがとね」
「勘違いはやめろ。お前の為じゃねー」
「知ってる。でも、嬉しいよ。ありがとう、リンドウ。それからごめんね」
「……今更、さ。約束したろ」
「ん」
遠くから、ずんずんと破壊音が迫って来ては止まり、そしてまたこちらへ迫って来る。探し求めているのだ、ケイの持つ彼の神機を。現存する神機の中で、最も自身を殺す可能性を持っているそれ。悲鳴が聞こえるのだ、さっきからずっと。嗚咽まじりの悔恨と怨嗟の悲鳴が。
殺して。殺して。死ね。死ね。死んでくれ。誰か、殺してくれ。―――帰りたい。
「じゃあ今日も生きるため、頑張らなきゃね」
「はいよ、相棒」
教会の天井を破砕し、粉砕し、突き抜けてきたアラガミは、また一際大きく悲鳴を上げた。
どんどん悲鳴が明瞭に、より澱んで聞こえてくる。
跳躍して粉塵を回避すると同時、刺々しい人面面をしたそこへ神機を叩きつける。やはり、殆ど効いてない。ならば、と左手の神機を持ち上げて正面からゼロ距離射撃を喰らわせる。
やはり有効らしい。アラガミは一瞬怯んで雄たけびを上げ、突進せんと上体を反らす。その後ろ脚を、リンドウが神機を深く突き刺す。バランスを崩し、アラガミは横倒しに転げる。
「尻尾!」
「わかってん、よぉ!!」
すぐさま尻尾側に滑り込んでその厄介な長いそれを根元から刈り取らんと神機を突き刺すが、聞こえた盛大な舌打ちにあぁ刺さらなかったなと半ば予想していたので鼻で笑う。
刺すという選択肢を捨てたらしいリンドウが彼の神機特有の機能を起動させる。ブラッドサージの攻撃方法その2――電動ノコギリである。
「削れそう!?」
「刃が削れるのがはやそうだ!」
鋼鉄を削りでもしているのかと間違うレベルの火花が散るが、刃が離れたそこを見れば、僅かな切り傷がはいっているのみであった。
「アンプルは」
「あと5つ」
ただでさえ消費が激しいブラストに大火力のバレッドを積んでるのを鑑みれば、中々に厳しい状況だ。というかぶっちゃけ詰んでる。その詰みをどうにかするのがケイたちの仕事でもあるが。
体勢を立て直したアラガミの周囲十メートルへの全方位雷攻撃を後方へ跳んで避ける。
「策、策、策………! ある!?」
「削りきる。以上!」
「最悪!」
「うるせえさっさと踊り狂え!」
わあわあぎゃあぎゃあ喚きながら、二人はサソリの尾をしゃがむやら跳躍やらで回避する。奇しくも文字通り踊るようにきりきり舞うケイとリンドウに、その針が鋭く数多に飛ぶ。
シールドは先の戦闘で大破されたので、ガードという選択も既に捨てていた。
「削り切る……どこをだ!?」
「えーと、関節! で、どう!? 骨は!」
「砕くならなんとか、いや無理だ!」
提案した方が問いを投げて、されたほうがそれに応える。文脈が崩壊し、ちぐはぐに思えてならないそれは、彼らの間でだけは正常に機能していた。
ケイが神機を横へ薙ぎ、(比較的)細い脚の一本を地面から切り離すが、他の三本がそれを支える。器用なことを、と舌打ちをした直後、リンドウがその反対側を薙ぎ払った。さっすが! と歓声を上げながら、高く跳躍してアラガミの頭部めがけて振り下ろす。この物理法則ガン無視の針吐き出し機たるここも尾の次に潰しておきたいところであるからだ。
「き、れろぉぉぉおおおお!!」
衝撃波しか伝わらなかったらしいそこに、ケイは右腕の神機をフルスイングして斬りつける。パキ、とその装甲がひび割れた。
「もういっちょ、お、おおおお!?」
ぐらり、巨体が傾き、立ち上がる揺れにケイは堪らずすっとんきょうな声を上げて振り落とされる。
着地ぃー! と叫ぶと、背中から落ちたその体を、リンドウが片腕で受け止めた。焼けているのに器用なやつである。
「ありがと!」
「せめて腹から落ちろ! 怪我的に!」
「そしたら顔面が無事じゃなくなるじゃん!」
「顔面ぐらいいくらでも擦りむいとけや!」
「いやお父さんとソーマに……怒られるくらい良いか!」
「だろ!?」
命に関わる怪我が最優先に決まってる。いやでも顔面はちょっと……そんな逡巡をしているケイを、リンドウは躊躇なく思い切り放り投げた。
「ちょっ!?」
「今度は自分でキメろよ!」
投げられて地面にかかとからブレーキをかけつつ着地して振り返ると、剣を避けてあぶねぇえ! と叫ぶリンドウが見えた。なるほど、合理的な判断だ。
「リンドウ! 尻尾斬れそう!?」
「部位破壊ならなんとか、ってかんじだ! 頭は!」
「ヒビはいった! 左で押し切る!」
「動きとめたる! 行ってこい!」
「よろしく!」
先に前へ駆け出したリンドウの背中を見送り、ケイは腰を溜めて右のふくらはぎを親指で擦った。削がれたそこは血まみれどころかもう三ミリ深かったら骨が見えていただろう。本来なら神経が炙られるほどの痛みだろうが、アドレナリン大量放出キャンペーン中らしくそれほどでもない。
「行くぞ!」
「オッケー!」
リンドウの掛け声に、左足、左足、と唱えつつ走り出す。どうやって動きを止める心算かと思っていれば、あの男、神機を思いクソ投げたらしい。右側の脚を一つ掬った直後にその後ろの脚も足払いするためには確かにそれしかないが、それにしたってどんな力で投げたらあの阿呆みたいな装甲の脚のバランスを崩せるって言うんだ。
自身への洗脳虚しく右足で踏み切ってしまったが、見事ひっくり返ったアラガミの顔に飛び乗ったので成功ということにしてほしい。
「これで、倒れなさいッ!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ! と大砲の如き音が三連発。一発目でヒビが大きくなり、二発目で装甲が完全に砕け、三発目で―――壊れた。
「部位破壊成功! ―――ちょ、死にそうにない! 一旦退く!」
「よし来た!」
小規模のバレットを連発しながら飛び退き、悶えるアラガミから距離を取る。建物の構造を利用し、影から影へ、廊下を一直線に走り抜けて教会跡地を出る。
「あ゛ー! もう夜明けなんだけど!」
「ハッ、大惨事第二次作戦のときは三日貫徹しただろうがナマ言ってんじゃねぇよ」
「大惨事第二次って、ややこしいね。どっち」
「取り合えずガキ共回収するぞ。夜明けまで中にいろって言っちまったしな。つまり……あっちだ」
「了解―――ま、って」
「なんだ」
「あれ………」
ケイが指さす先、リンドウが先に拾ったのは大勢の人々の足音。そして見えたのは―――マンホールから出てくる、人々。
「エリオの―――」
「仲間だろうな……間の悪い」
おそらく、地上でドンパチやらかしてたのを地下で聞き、それで崩落を危惧して地上へ出てきたのだろう。戦闘音を避けた努力は見えるが、常人の脚でのそれでは、あまりに拙い。延々に続く同じ景色にも狂わされていたのだろう。
「キィエエアアアア!!」
叫び声と共に、背後の教会が盛大に壊される。振り上げたハサミが向けられた先は―――
「やっぱり!? そりゃそうだよね!」
「なンっでそこはふつうのアラガミの習性通りなンだよぉぉおお!」
基本的にアラガミは、動くものは全て喰らう。動物、植物、機械――人間。よりコスパが良いものを食べる、実に生物らしい生態である、流石生物で最高レベルで生存しか考えていない生命体の末裔。
だからケイとリンドウを捕食するより、少し離れた大勢の人間共を殺すのを優先するのは、ある種当然の事、だった。
「最ッ悪!」
「待ちやがれ!」
神機ではなく、大きな口を開き――人々に飛んでいく。追って、ケイとリンドウも駆け出すが、流石にアラガミの脚には敵わない。しかも二人とも中傷(自己判断)である。そして、先にキレたのはリンドウだった。
「あー間に合わねぇ! ケイ、乗れ!」
「えっ、………うまく飛ばしてよ!」
「ガキの頃の将来の夢は大リーガーだぞ俺は、任せろ」
「いつの話それ!」
文句を吐きながらも、ケイはリンドウの神機に乗ってしゃがむ。二回ほど揺らしたところで、一気にスイングされる。側面に置いた脚で神機を蹴るように跳躍。
数秒後には着地、直後に横へ三転して衝撃を地面に逃がす。
地面に手をついたまま目の前を仰ぐと、神機のようなハサミを振り上げるアラガミの姿。叫ぶより早く、身体が動いた。
神機と神機モドキがぶつかり、擦れ合う。ギチギチと悲鳴を上げる。
「クソッ、私を、狙いなさいよぉ……! これ以上、人を――」
悲鳴が、背後から上がった。絹を裂くようなそれ。顔を右に動かし後ろを目で見れば、逃げ惑う人々に、叩きつけられる――長い、長い尾。
「―――あ」
紫電が戦場を淡く明るくする。朝焼けに染まる地上に、赤い赤い飛沫が飛び散る。血だまり。呻き声。飛ぶ肢体。
「やめ、」
助けにいかなければ。けれど、今このハサミを自由にしてしまったら。両手の神機で止めていたのを重心を動かすことで右手だけで押さえつけ、左手の神機を片手でバレットを放つ。標準はガタガタだけれど、距離のおかげで命中率は悪くないはずだ。悪くない、それなのに。
「とまれ! 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれェ!!」
アラガミは、止まってくれない。相手が人間だろうが、たとえ、自分が元々人間だろうが、なんであろうが。
止めたいのに、止められない。死にたいのに、死ねない。サソリの尾は、自身を貫かない。巨大なハサミは、前にしか動かない。何かを喰らって生かねばならない。動くものを見れば身体中の細胞が沸騰して、理性が彼方へふっとんでしまう。
静かに殺されることも、穏やかに死ぬこともできなくて、帰りたい場所には二度と帰れない異形になって。
未だ不明瞭だったはずのアラガミ化が、彼の叫びで詳らかになっていく。
できるなら、一生。聞きたくは、なかった。
「リンドウ、早く!!」
「わかってる! 絶対そのハサミ、止めとけよ!」
「――――――うんっ!」
振るわれた剣が、赤い神機に弾き飛ばされる。生存者はこちらへ! 生き残っていてくれた人々を誘導する声に、ケイは唇を噛み締めた。苦し紛れの叫び声だった。届くだなんて思っていなかった。けれど。
「横に跳べ!」
「ありがと!」
「おう帰ったら奢れよ!」
「オーケー豚丼ね!―――ここで殺し切るよ!」
「了解相棒!」
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半月4
幾度かサーラの反応を見ながら扉を開けて地上の様子を窺っていたのだが、もう夜明けはとうに過ぎていた。サーラはぱたり、ぱたり、と尾で地面をゆったりと叩いている。その背中にかじりつくようにしていたミアが、目を伏せて口を開いた。
「……おねぇさんたち、おそいねぇ」
「……そうだな」
正面突破だ、と悪い顔で笑った少年、リンドウは圧倒的な武力で小型アラガミを一掃し、有言実行してみせた。アラガミが紙風船のように軽々と宙を飛び、破裂する様は、まるで遊んでいるかのような気軽さだった。
ゴッドイーターとは、あそこまでの強さを、手に入れられる人々のことなのだと、何よりも雄弁に語っていた。
羨ましかった。妬ましかった。嫉妬した。
強く、なりたかった。
もう何からも怯える必要がないくらい、強く。
―――ミアを、守れるくらいに。
「サーラ、二人がどこらへんにいるとか、わかる?」
「ミア?」
「ごはん、二人ともたべてない。届けにいかなきゃ」
「……メシぐらい、抜いてもあいつらは大丈夫だろ」
「…………そうなの?」
「―――……どう、だろ」
食糧は十四日分あった。元々彼らで食べるものと思っていたが、実際にはどれくらい食べなくても生きていけるのだろうか、ゴッドイーターは。ここずっと、エリオとミアが食べる横で、共に笑いながら食べていた姿は、こちらに気を使ってのもので、本当は食事など必要、ないのでは。
『私は人間だし、傷つく心もあるんだよ』
――――そうだ、彼らは人間だった。
お人好しで、阿呆で――優しい、人間だ。
そうでないなら、もし、そうでないのならば。何故――
「エリオ」
「………」
「行こう。おねぇさんたち、ごはんもだけど、傷薬とかもおいてっちゃった。困ってるかもしれない」
「……そうだな。サーラ、にーちゃんと……ねーちゃんのところへ。案内してくれるか?」
「ワン!」
これでいい。きっと、これで良いんだ。
会ったらたぶん、怒られるだろう。ケイは「心臓止まるかと思ったよ!?」なんて言うかもしれない。リンドウにはあきれ顔で拳骨でも落とされそうだ。
知らず口元が笑んでいたのかもしれない。ミアがエリオの右手をそっと掴んで絡めた。幼い、あまりにも無知で無邪気な妹だった。手がかかるし、すぐ泣くし。けど、邪魔だと思ったことは一度だってなかった。
ふと見れば、サーラがじっとこちらを見つめていた。尻尾はぺたりと床に落とされたままになり、耳が僅かに萎れている。
動物って、なんでこうも聡いのだろう。昔路地で見かけて半分飼ってた猫を思い出して苦く笑った。
*
「―――ハァッ、ハァッ、ハァッ」
荒い息が、夕焼けの戦場に響いていた。
あれから、戦場を何度も変え、攻撃方法を何度も変え、手を変え品を変え―――そうして、やっとここまできた。
四本脚は砕け、一本は昼頃だったかにどこかへぶっ飛んだ。神機と見紛うハサミは無惨な姿で左右に投げ出され、薄紅色の繊毛はちりちりに。顔面らしき場所は大きく撃ち抜かれ、胴体も傷を受けていない箇所を探す方が難しいくらいだ。
それにまけないほどの傷を負った少女、朱色はいつもより濃く沈み、吸った血の多さを物語っていた。
右腕の神機を放り、ケイは一歩、一歩と足を動かした。五体が投げ出された体躯は僅かにぴくぴくと動いている。生きているのだ、まだ。
―――しなせて、くれ
「うん」
―――ころして、くれ
「うん」
―――ころさせないで、くれ
「―――うん。もう、誰も殺させたりしないし、貴方はもう誰も、殺さなくて、いいの」
銃口を向ける。標準を、合わせる。
引き金に指をかけた。
そこかしこの傷から、血がとぷとぷと流れ出ている。
なみだのようだと、思った。
「さようなら。――どうか今度こそ、安らかに眠れますように」
引き金を、引いた。
バーン、と大きな音がして、光は吸い込まれるように大きな口に突き刺さった。向こう側が見えるほどの風穴。
その風穴から、沈む赤い夕陽が見えた。
「死んだか」
「うん。……コアの回収、しなきゃね」
自分の神機を拾い上げ、神機の内に隠れた黒いアラガミを開放する。ずるりと吐き出されるように飛び出してきたそれはアラガミの体内を食い破り、コアを口に噛んで神機まで収まった。青い、傷だらけのコアだった。
「コアの回収完了、目標対象、未確認大型アラガミの殲滅確認。―――任務完了、お疲れ様でした」
「おー、おつか」
「あー! おねぇさんのそれ、ホントにアラガミだったんだぁー!」
「ミア! 走るな危ない!」
「れ………」
リンドウの言葉が途中で遮られ、聞きなれた高い子どもたちの声が空気を裂いた。夕日に映えるオレンジの髪が、ふわふわと風に揺れている。こちらへ向かって大きく振られる手はもみじのようで、ケイは少しばかり現実逃避したあと、いつの間にやら足元にいたサーラの頭を撫でた。
「なんでいるの……」
「アンタたちが怪我してるんじゃないかってミアがうるさかったからな。ほら、これ」
「……はー。ありがたいよ、そりゃあ私たちこんなんだしね、ありがたいんだけどね……」
「……まぁ、夜明けまでって言っちまったしな……」
ミアに笑顔で差し出された回復錠を口に含む。急激に身体の治癒力を高めるために、身体がじんわりと熱を孕む。額に手をやろうとしたところで、あ、と左腕の神機に気が付いた。もう静電気のような感覚は感じられない、静かで大人しい、適合者が見つかる前の神機と同じに戻っていた。
「取り合えず、移動しよ。アラガミが集まってきてる。説教はあと」
「ったく、外の危険性はお前らだって知ってるだろうに何をトチ狂ったんだか……おら、行くぞ」
エリオとミアは顔を見合わせて、その場から動かなかった。ケイとリンドウも顔を見合わせ、どうかしたの、と先にケイが動く。その手を、ミアが両手で掴んだ。
「ミアちゃん?」
「おねぇさん、ひとつ、お願いがあるの」
「……なぁに?」
「行きたいところが、ある」
「………今すぐ?」
「今すぐ」
ちらりとリンドウを見やるが、彼はただ静かに二人を見つめるばかりで、こちらにはちらりとも視線を寄越さなかった。
わかった、と言った。何故だか声は、掠れていた。
ミアはありがとうと笑った。エリオも目元を緩ませた。
二人に連れられ、足を止めたのは、ひとつの家屋だった。崩れかけたオレンジの屋根と、薄汚れたミルクベージュの壁。白い窓枠の向こう、レースのカーテンだったものが僅かに揺れていた。
「ここは?」
「オレたちの家。だったところ」
入ってくれ。エリオの言葉に、リンドウはずかずかと無遠慮に、ケイは一瞬靴を脱ごうか迷ってから、恐る恐るお邪魔した。陽はすっかり沈んでいて、今ではその余韻に浸るかのように、僅かに地平線に橙を残すのみだ。
「ここがリビング、あっちはキッチンで、ここが……」
順に間取りを説明していく様は淡々としていて、まるで別人のようだった。他の家屋に比べれば比較的崩壊が少ない家の中は、それでも閑散としたもので、アラガミに喰い破られたであろう箇所が目に付く。二階に上がって、その角部屋。剥がれた壁紙の残骸は、うっすらと桃色、それに赤い花が散りばめられていた。
「わたしたちの部屋」
「オレ、前のままが良いって言ったのに。母さんが勝手に、年少者が優先とかなんとか言ってさ」
ベッドは二段。勉強机らしきものも二つ分のスペース。灯りひとつない室内だが、僅かな空の明かりで辛うじて顔が見える。
「死ぬなら、ここが良い」
夜露のような声で、エリオはそう言った。
「母さんと父さん、死んでたろ?」
「……………………うん」
「だろうな。アンタ、嘘吐くの向いてないよ」
ハッ、と鼻で笑ったけれど、嘲笑になりきれない、失敗したようなものだった。
「親の庇護もない、血縁者もいない、パッチテストも受からなかった。……そんなオレたちが、この先を生きていけると、思うか?」
―――無理だ。
窮鼠猫を噛む。ネズミにとって捕食者たる猫に一矢報いるその言葉は、ゴッドイーターでない人間とアラガミの間には成立し得ない。ただの人間がいくらアラガミに石を投げたって、銃火器の弾幕を張ったって、彼らはそんなものでは傷一つ付かない。傷一つ、痛みひとつ与えられない彼らが、とんでもない物量で襲い掛かって来る。
勝てるわけがない。
彼らが所属していたグループに戻ったとしても、縁者のいない子どもなど、捨て鉢、囮にされればまだマシで、食料として同じ人間に解体されても不思議じゃない。
なぜなら、ここはそういう世界だからだ。壁の中とは違う、誰も彼も生きることだけが目的で、それ以外は。
それでも、生きていてほしいと思った。――いいや、これは嘘だ。
自分が決定的な判断を下して、彼らを殺してしまうのが。
ただ、恐かった。
「おねぇさん」
「……なぁに?」
「ありがとう」
「………………なんで」
「楽しかった。うん、とっても。サーラちゃんの背中に乗るのはたのしくて、風が気持ちよかったし。アラガミがしんじゃうとこも見られた。すっきり、ってかんじじゃないけど。ごはんも、味がこかったけど、いつものよりおいしかった」
「………………それでも、死ぬの?」
「うん。だって、おねぇさんがこまるでしょ?」
ミアは聡明に、そう言った。
この二人を救う手立ては、ないわけじゃなかった。間に合わなかった両親はどうにもならないけど、ケイとリンドウにだってそれなりにツテくらいはある。
けれどそれは、いつか来る神機使いの因子持ちの誰かを、拒まないといけないかもしれないということだ。ハイヴの中は無限ではない。建設だって並大抵の資金と資材、時間がなければ作れない。そしてそのどれもを、ケイとリンドウは持っていなかった。
「誰かを生かすことは、誰かを殺すってこと。父さんはいつもそう言ってた。パッチテストに受からなかったこと、一度たりとも恨み言も弱音も吐かなかった。医者だったんだって」
真理、だろう。
全員救う手立てなんてどこにもない。古今東西どの神様も、人を救ったことなどない。神に出来ないことが、人間などに出来ようか。
だからさ、とエリオは言った。
あのね、おねぇさん、とミアが口を開いた。
「私たちを、連れてって。とおいとおいところへ。アラガミのいない、とおくへ」
「その、神機で」
息が止まって。それから、深く吐いた。
「おねぇさん、おにぃさん」
「にーちゃん。………ねーちゃん」
なぁに。
なんだよ。
「ありがとう」
―――――――――――――うん。
―――――――――――――ああ。
「…………リンドウ」
「……おう」
「もしもいつか私が、ああなったら。リンドウが殺してね」
あの、薄紅色の―――まるで話に聞く夜桜のような、美しく強く―――残虐な存在に、なってしまったとしたら。大事な誰かを殺してしまう前に。
誰より大切な人に―――見つかってしまう、その前に。
「誰よりはやく、殺してね」
上り始めの半月が、窓から明かりを差し込む。
月光に照らされるは、小さな小さな子供部屋に、血塗れで沈む二人の少年少女。介錯をするのは今日が初めてで、二度目も今日だった。
「…………俺も、頼むわ」
あの兄妹も、離れ離れじゃあ、寂しいだろう。
ほとんど暗闇に近い部屋の中で、相手が口角を上げるのがわかった。
「約束。ね」
「ああ、約束だ」
おもむろに腕を伸ばし、すぐに当たった手の小指を、自分の小指とで絡める。
またひとつ、約束が増えた。
ふと顔を上げれば、半月が、僅かに膨らんでいるのがわかった。失った半身を得る十日夜の月。
「………あ」
「……なんだよ」
「オレンジの片割れだ」
「…………は?」
「私とリンドウ。たぶん、そんなかんじ」
「……多分それ、愛する人って意味だぞ」
「え、そうだっけ」
「………どうだったか?」
「アハハ、どっちも覚えてないや」
笑えた。
同業者を一人と、幼いこどもをその手にかけて軽やかに。そんな自分がまた笑えて。笑えるほど、滑稽で。笑い過ぎて、涙が出た。
「帰ろっか」
「俺たちのアナグラに、な」
ケイちゃんとリンドウは、男女とか、年齢とか、そういうのじゃない関係です。戦友のような親友のような、そしてそのどれもに当てはまらないような。なんとも言えないそれを、相棒と称してきたけれど、おそらくピッタリなのは『半月』か『オレンジの片割れ』です。恋とか愛とかじゃなく、ただぴたりと合う、そういう存在。圧倒的に文章能力が足りないので伝わらないかもなこの関係……
それではこれにて、半月編、もといケイとリンドウ編、終了です。次回は箸休め的な感じでそれなりにわちゃわちゃする予定。
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写真
早朝、部屋に乗り込んできたシンジと共に朝餉を食べながら、ケイは寝ぼけ眼で差し出された書類を読み上げた。
「神機使いオフショット」
「ああ、広報部からの提案でな」
斜め読みして簡略化すると、要はゴッドイーターの職業内容を民間に広めようといったものらしい。居住区にはゴッドイーターだけでなく、整備士や技師の人々もいるし、服屋や食事処、本屋など娯楽目的の店も未だ存在するし、外部居住区で暮らす親や兄弟などの親戚もいる。将来的にゴッドイーターになる人だっているだろう。そんな人々に、ゴッドイーターというのはこんな感じの人達でこんな仕事をやってますよ~、と紹介するといったものだ。
「……壁の外にいる人が見たらキレそうだね」
「子どもをゴッドイーターなんかにさせたくないから壁の外にいる人々も中にはいるからな。その人たちの警戒心を和らげるためにも必要、だそうだ。それより適合時の致死率をどうにかしろって話だがな」
「ほんとにね。今何パーだっけ」
「フィフティーフィフティー」
「そりゃ嫌がられるよ……」
半分死ぬってなんだそれ。よく皆そんな試験に挑むものだ、よっぽどの命知らずとしか思えない。ケイは嘆息した後に、資料をひらひらと揺らした。
「ま、どうせ話はとっくに進んでるんでしょ?」
「ああ。ヴェルトがゴーサインを出してきた。というわけでカメラマンは頼む」
「はい!?」
「当たり前だろ。十四の少女が写真に写ってみろ。フェンリルには非難囂々、PTAだかが乗り込んできてややこしいことになることは明白だ。その点カメラマンは写真に写らない、そしてお前相手なら被写体も油断する。最適だ」
「PTAってまだ存在してるの?」
「知るか。だが単純にイメージが悪い」
「デスヨネー」
ポン、机の上に黒いカメラが乗せられ、ケイは肩を落とした。残念だ、少しは楽しみに思っていたのに。撮るのは撮るで楽しみもあるだろうけど。
「別に映っても構わんぞ。広報誌には使われんだけで」
「あ、そうなんだ。撮った写真って貰えるかな?」
「交渉してみる。通達は今朝出したから何処の誰を撮っても構わん。通達を読まないほうが悪い。じゃ、よろしくな。カメラマン」
「詐欺だ……。あ、私の今日の任務は?」
「誰の任務についていってもお前なら大丈夫だろ。確か周辺に大型アラガミの反応は見られなかったはずだしな。仕事中の写真もしっかり撮ってこい」
「了解!」
写真を撮るだけなら、各自持っている端末を使えばできる。だが、現像するには面倒な手続きを踏まなければならないため、基本的には撮りっぱなし、データベースに押し込んで終わりだ。
なので、こうしてちゃんとしたカメラを持つのは初めてのことで、ちょっと緊張する。カメラを両手に構えつつ廊下を闊歩してみると、見慣れた背中が目に入って声を上げた。
「ソーマ! おはよー!」
「おはよう。…………なんだそれは」
「カメラ! あ、そっか、ソーマには通達行くわけないのか」
アナグラのどこへでもに自由に出入りしゴッドイーター達と交友するソーマは、忘れられがちだが一介の訓練兵の身である。今回の撮影には残念なら被写体となってはくれない。斯く斯く云々とシンジから聞いた広報部の要請を話すと、ソーマは、ああ、と心当たりがあったのか頷いた。
「オッサンがさっきそんな話をしてた」
「……ソーマって、研究者になりたいの?」
「まさか。気になることがあるから調べてるだけだ」
またこの返事である。前々からペイラーにくっついて何やら二人でコソコソやっているのだが、ケイがきいても二人とも揃って同じことを言うのだ。蚊帳の外にされてるような感じでなんとなくつまらなく思うが、ケイはそれほどアラガミ研究に興味があるわけでもないので話題に入ることはしていない。
ちぇ、と思いつつ、丁度欠伸を噛み殺して目を瞑るソーマの顔へ素早くカメラを向けてシャッターを切る。
「………おい」
「あー……つい」
てへっ、と可愛い子ぶってみるが、ソーマの眉間の皺は当然だが消えなかった。
「消せ」
「え、もったいない……」
「何がだ! いいから消せ! 広報には必要ない上俺はまだゴッドイーターでもないだろ!」
「シン君が現像してくれるか交渉してみるって言ってたから、写真にできるかも……」
「尚悪い!」
いいから消せっ、とソーマがカメラに手を伸ばすが、未だ成長期でメキメキ伸びるケイの身長は既に百六十に到達しており、未だ百十周辺を低迷してるソーマがどう手を伸ばしたところで無意味だった。
掠りもしないのに手を伸ばし続けるソーマの腕がプルプルし始め、流石に罪悪感が少し芽生えてきたケイは逃亡を謀ることにした。三十六計逃げるに如かず、ケイはその場から脱兎のごとく逃げ出し、廊下を駆け抜ける。その矢先、部屋のプレートを見て暗証晩後を瞬時にタップし、一も二もなく転がり込んだ。
「ラッキーショット! じゃない、匿って!」
「は?」
丁度着替えていたらしい半裸のリンドウを咄嗟にカメラに収め、呆然とする彼を他所にケイはクローゼットに滑り込む。
部屋の扉から荒々しいノック音が響く。ソーマはこの部屋の暗証番号なぞ知らないので、開けて貰う他この部屋に入る道は無い。
「おい、リンドウ! 開けろ!」
「ああ、そういう……へぇへぇ、朝からうるせーな、どした」
「ケイが来ただろ! 出せ!」
「悪いが見ての通り着替え中でな。ケイは来てねーよ、帰った帰った。リーダーんとこだろ、多分」
「チッ、邪魔した!」
荒々しい足音が遠のき、ぱしゅん、と間抜けに扉が閉まる音がした。
「ありがとーリンドウ!」
「お前な、あんまからかってやるなよ」
「からかってないよ! これこれ」
「……カメラ?」
「あ、まだ通達読んでないね? データベースのメーリングリストに入ってるから、見といた方が良いよ」
「ガチなやつかよ……」
面倒事の予感を察知したらしいリンドウが、トップスを羽織りながらターミナルに近付く。ケイはじゃあ私行くねーと一声かけて部屋を出ようとして、立ち止まる。
「リンドウ、こっち見て!」
「おーおー、今度はなんだよ、って……あ?」
「うんうん、リンドウらしさがよく出てるよ。ご協力ありがとー!」
ばいばーい、と大きく手を振って、リンドウの部屋を出る。廊下をスキップで通り過ぎながら、今しがた撮った写真をカメラの画面で見返す。不意にケイを振り返ったときのリンドウの顔は、結構気に入っている。雑で、楽で、ちょっと楽しそうで、仕方ねぇなぁ、って感じの顔。
「アっオイちゃーん!」
「あらぁ、ケイちゃん。おはよう」
勢いよく背中から抱き着いても、流石の体幹か、ちょっと前へ揺れただけだ。すぐにぐるりと身体を回してケイの身体に腕を回す。豊満な胸が当たるが、前よりずいぶん背が伸びたので苦しくなる事はない。
「カメラ、中々似合ってるわよ~」
「流石にアオイちゃんは読んでたか~、不意打ちの表情が中々良かったのに~」
「あらあら」
ごめんなさいね、とアオイは眉を下げて微笑む。慈母かと見紛う美しい微笑みだが、この人、夜戦大好きのバーサーカーで、パッティには絶対零度に微笑みしばき上げるんだぜ。
「じゃあ私は撮ってくれない?」
「まっさか! 撮るよ! けど、アオイちゃんはキンちゃんとじゃないと!」
「あらぁ~、それもそうね~」
くるくるとメリーゴーランドのようにそのまま回され、二人はきゃあきゃあと楽し気に笑った。
「キンちゃんは?」
「今日は昼からよ~。私もね」
「そうなの? にしては朝が早いね」
「実は夜勤明けなの~! 楽しかったわぁ……」
「そ、そう……」
恍惚とした表情を隠しもしないアオイに、ケイはそっとアオイの胸から離れた。朝からその表情はちょっとヤバイと思った。十八禁レベルだよアオイちゃん……とケイが遠巻きに待っていると、我に返ったらしいアオイがぱっといつもの穏やかな笑顔になった。
「ていうか、なら早く寝ないとダメだよ!」
「今日はもう徹夜するわよぉ。こーんな面白い事、放って寝られるワケないでしょ?」
「そんな気はしてた!」
「ッスよね~」
「キンちゃん!」
のしっ、とケイの頭の上に乗っかってきたのは、眠たげに目を瞬かせるキンタだった。くあ、と大きな欠伸を片手で隠し、はよっス~と間延びた声を出す。
「アオイがそう行動する気がしてったッスから! そんなわけでアオイ、撮ったら寝るッスよ。昼からも仕事なんスから、ほら」
「えぇ~」
「うんうん、そのとーりだよ! 二人とも、並んで並んで!」
「はいはーい」
「はぁい」
緩慢な動作で二人が肩を組み、頬を寄せる。視線を交わしたその瞬間、ぱしゃりとシャッターを切った。
「あれ、はやっ!」
「ピースしてないのに~」
「あ。でも、ふふ、二人らしかったから」
「えぇ~。でもどうせだから撮って」
「それもそうだね。二人とも、笑って!」
明日をも知れぬ身の神機使いだけれど、いつだって明るく笑いかけてくる二人の笑顔は、変わらず眩しかった。
「ユウナ、覚悟!」
「へっ、わわっ、あーっ、撮りましたね!?」
「えへへ。びっくり顔のオペレーター、頂き!」
「もー。ほどほどにしないと怒る人もいるかもですよ」
ユウナは肩に流した一本のおさげを頬まで上げて恥じらい、ケイに口だけのお小言を零した。
カウンターに身を乗り出し、本日の任務構成を覗き込む。シンジとツバキ、リンドウの哨戒任務が十時からあり、防衛班は本日は壁上監視らしい。ちらりとデジタル時計を見ると、〇八一五とあった。約二時間の猶予があるらしい。
「タカさんのとこ行ってくる。今日はウィルが相方だよね」
「ええ。そのように申請されてるわよ」
いってらっしゃい、と楚々と手を振るユウナに手を振り返し、ケイは上へ行くための非常階段を駆け上った。エレベーターがあるにはあるのだが、ゴッドイーター的には階段を使った方が早いのである。ちなみにそのような事を言ったらリンドウには脳筋と笑われた。けど咄嗟に使うのは彼だって階段なのだから同類である。
屋上に着くや否やノックもなしに扉をあけ放ち、見慣れた背中をまずは一枚撮る。幼いころ、まだこのアナグラに来たばかりで、ペイラーは環境の変化に忙しそうでソーマとも距離を測りかねていた頃。退屈なときはいつも、この場所でこの背中を眺めていた。
「タカさーん! ウィルー! おはっよー!」
「ケイ。おはようございます」
「おー、お嬢ちゃんか」
ぴょーん、とうさぎよりずっと軽やかに飛び上がってその背中に飛びつく。その程度で彼の手元が狂ったりしないことは四年も前にわかっている。
「どした」
「カメラマン。広報部からのお達しで」
「まためんどそうな事を……」
「職場を撮ってるんですか?」
「職場っていうか仕事してるゴッドイーターをね。ウィルも撮るよ」
「も、ってことは俺もか」
「タカさんはもう撮ったんだけど……あと2、3枚は欲しいな。極東でもタカさんは古株だし」
それにはヨシノとゲンも当てはまるが、ヨシノはともかくゲンは現在教官業をしているため、戦場での撮影は難しいだろう。
キョーカンの教官姿、撮った方が良いんだろうか、そんなことを考えるケイの一方で、キヨタカがお、と声を上げる。
「お嬢ちゃん」
「ん、なに?」
「シャッターチャンスやろうか」
ぱっと振り向けば悪い顔で笑みを浮かべるキヨタカがいて、ケイは咄嗟に飛び退いてカメラを構えた。瞬間、彼の神機、四十センチに及ぶ口径から溢れんばかりの光が放出される。
「命中。流石ですねー」
「十キロ先なんぞスコープありゃサルでも撃ち抜けるわ」
「いや無理だから。うん、でもよく撮れた」
「今日は上空からのアラガミ侵入がないので、僕の出番は無さそうなんですよねー」
「じゃあウィルは見送りってことで」
「えー。ま、そんな映りたいわけじゃないので良いですけど」
ウィリアムは肩を竦めながら、ケイの持つカメラの画面を横から覗き込んだ。そして小さく微笑み口を開く。
画面には、スコープを覗きながら大砲と見紛う銃を構え、引き金を引く壮年の姿。いつもはだらだらごろごろしてだらしのない男の、ケイにとっていちばん格好良い姿がそこにあった。
「あー……ねみぃ。ウィル、監視頼んだー」
「あ、はーい」
「じゃあウィル、私行くね。タカさんも、また来るね!」
カメラを肩にかけ直し、ごろりと床に転がったキヨタカに覆いかぶさるように覗き込む。あの幼いころ、ケイが訪れるときはいつも、キヨタカはスコープを覗いていた。今ほどゴッドイーターの体制が整っていなくて、彼の狙撃が一日中響く日もあった頃だった。
山と山と山に囲まれたそれを更に海に囲まれたここ極東は、防衛に向いているがその分救援も来づらい。各支部もアラガミに対応するのに忙しく、他支部に出張できるようになるまでは遠く及ばなかった頃。その時代を生きた三人とシンジがいなければ、この極東はとっくにオチていただろう。
けれどキヨタカは、そんなクソ忙しい時にやってくるケイに、嫌な顔一つしなかった。特別構ってくれるわけでもなかったけれど、くだらない話をしたり、膝に乗っけたりもしてくれた。
フェンスのない屋上、世界でも有数の安全なそこ、彼の膝の間で、ケイは彼の仕事ぶりを見ながら、時たま微睡みに身をゆだねていた。
「もう膝に匿うほどの身長じゃあなくなっちまったなァ」
「ね、言った通り伸びたでしょ?」
「ハッ、ばかやろ。なァにが言った通りだ、アナグラよりでかくなるだとかほざいてたくせに」
「最早怪獣ですね」
完全に揶揄う態勢に入ったキヨタカと、幼いころのケイを思い浮かべたらしいウィリアムが微笑ましそうに笑みを浮かべた。ウィリアムの方がむしろ心に来る、なんてことをさっさと頭の隅に追いやって、べっ、と舌を出して屋上を飛び出した。
「ほんとにでかくなっちまいやがって………」
「なんだか感慨深いですねー」
「突撃新設防衛班! おはよーヨシノちゃん!」
「おはようケイちゃん! 待ってたわよ、サーラが」
「ワン!」
嬉しそうな鳴き声を上げて駆け寄ってきたサーラを、カメラを背中に回して全身で受け止める。
サーラは今日も元気だ。ちなみに体長はついに1,5mを越えた。普通ここまで巨大化するのだろうか。最早オオカミという種を越えた何かである。
「でも可愛いから許す!」
「アォーン!」
「ケイちゃーん、サーラー、二人の世界に入らないでー」
「あ。ヨシノちゃん、今日の防衛班の任務内容は?」
「壁上防衛。遠距離神機使い中心にフォーメーション組んで、中型以上が出没すれば近距離神機使いが随時出撃。パトロールはメアリーとロック」
「あー、パトロール組がいたー! いまどこ!」
「今頃はたぶん~、Cブロック」
「うっそぉ! AからCまで何キロあると……シン君たちの任務に間に合わな……サーラ、乗っけて!」
「ワン!」
「あっ、ケイちゃん! 帰りにウチに寄ってってねー! ナナが晩御飯振舞いたいんだってー!」
「りょうかーい!」
走りながらサーラに飛び乗り、そのまま彼にトップスピードを出してもらう。神機も持っていない今は猶更速く、ケイはその速度に思わず笑い声を上げた。晴れ渡る空、荒涼続く地平線が、どこまでも続くように思えた。サーラに乗っているときはいつもそうなのだが、なんとなく、昂っていた気持ちとか、落ち込んでいた気分とかが平坦に戻る気がして、ほっとしてしまうのだ。サーラの動物特有の体温や、人とは違う速度の鼓動がそうさせるのかもしれない。
五分もすれば、目的の人影が見えてきた。
サーラの背中をぽんぽんと叩いて脚を止めて貰い、ジャーキーを鼻先に投げて、さてどこから撮ろうかなとカメラを構えた。
二人とは目測で五十メートルほど離れているからか、二人はまだこちらに気付いていない。ズームしたレンズに姿を映す。
メアリーとロックはバディになって二年で、ケイとリンドウとは一年しか違わない。神機使い的には、二年も生き残っているなら上等だ。二年も、仲間や友を見送り続け、アラガミを屠り続け、いつ死ぬとも知れない仕事を続けてきていた。そしてこれからもずっと、続けていくのだ。二人も、ケイも。
メアリーとロックは神機を担ぎ、周囲を見回しながら時々顔を見合わせ会話をしている。ほけほけと笑いかけるのはメアリーで、ロックは相槌を打つように頷いては、メアリーが笑かしたのか時々肩が揺れるのみだった。ケイとリンドウのそれとはまた違った、二人の相棒関係。
仲良し~、とからかい半分でシャッターを切ろうとしたそのとき、二人の顔が近づき、そのまま―――
「―――サーラその陰へ!」
小声でサーラの耳元にそう叫んぶと、優秀なサーラは一吠えもせずにすぐに瓦礫の陰に飛び込んだ。ケイは自分の口を片手で押さえ、ずるりとサーラから滑り落ちる。
「そ……そーいうかんけーだったんだー……」
「ワン」
首肯するように吠えたサーラは知っていたのか知らなかったのか、無垢な瞳でケイを気にかけている。どうする? 噛んどく? みたいな顔をしているので、やめてあげて、と辛うじて絞り出した。
アオイとキンタは距離が近いがそういう関係ではないし、勿論ケイとリンドウもそうだ。今までそういう関係の人々を実際にお目にしたことは実はなかったために、どう反応していいかわからない。こういうところが情操教育が必要と言われる所以なのだろうが、逆にこの殺伐とした職場でそういうものが育てというほうが無理な話である。いや別に職場内恋愛を否定しているわけではない、あくまで一般的な意見としてね。などと自分の中で葛藤を続けていると。
「あらら、やっぱりケイちゃんだったんだー」
「キスひとつでそこまで動揺するバカがあるか」
「わーっ!! ……ふ、ふたりとも……いつから気づいて……?」
「今さっきケイちゃんが慌てて隠れたのを見て、ね。ごめんねー、見せるつもりはなかったんだけど……」
「え、え、あ、別に別にあの、好きにしたら良いんじゃないかな、私別に気にしてないし」
「いや誤魔化すの下手すぎだろ」
十人中十人が動揺しているとわかるほどの慌てっぷりを晒すケイに、メアリーは申し訳なさそうに、ロックは呆れたように笑った。
「メアリーとロックはその、……そういう?」
「うん。ケイちゃんが入って来るちょっと前からだったかな」
「………全然気づかなかった」
「そりゃね、なーんか恥ずかしいし、ロックはそういうの公言するタイプじゃないし」
メアリーに手を取って起こしてもらったケイに、サーラが寄り添うように擦りつく。それに少しだけ安堵の息を吐いて、ケイは両手でカメラを弄びながら、伏目で尋ねた。
「メアリー、今、しあわせ?」
そのままちらりと上目で窺うと、メアリーの呆気にとられたような顔が見えた。そして一瞬後に、彼女はふわりと笑みを浮かべる。生きる場所を求めて風に身を任せるたんぽぽの綿毛のような、はらりと落ちた鳥の羽根のような笑みだった。
「とても。私今、すごくしあわせ」
腰を取られ、頭をロックの肩に預けるメアリーは、本人の言う通り、とてもとても幸せそうに見えた。
パシャリ、とシャッター音が鳴った。
「ツバキちゃーんっ!」
「ケイ。撮影の調子はどうだ?」
「好調! けっこー楽しいよ」
「良かったな。任務に着いてくるのか」
「やっぱりゴッドイーターを撮るなら戦ってないと、だからね」
それもそうだな、と納得しているツバキの横に並んで壁に付けられた電波時計を見れば、集合時間の十五分前だった。さすが極東の真面目枠を独り占めしてるだけはある。基本的にルーズなやつらしかいないのが勝因だけど。
「……あっ」
「なんだ」
「身長、ツバキちゃんとそろそろ並びそう!」
つむじの辺りから手を水平移動させてツバキと比べると、丁度ツバキの頬骨くらいに当たった。過去の成長痛は思い出したくもないが、こうして文字通り肩を並べられる日が来たのはやはり嬉しい。
「百六十……ちょいか。大きくなったな」
「まだまだ伸びるよ!」
「あまり大きくなると嫁の貰い手がなくなるぞ……」
「……ツバキちゃん、お見合い三連敗中だっけ」
「うるさい」
ツバキの実力は入隊時からメキメキと伸び続け、その腕はキンタに勝るとも劣らずとなっていた。方々で鬼神と恐れられる彼女には、その美貌さ故に言い寄られることも少なくない。そしてその言い寄る男共はと言えば―――本人の気性を鑑みれば至極当然のことではあるが―――物理的にせよ精神的にせよ玉砕したのだった。そんなこんなで、流石にまずいのでは、と思ったリンドウが気を利かせたらしく、ペイラーにお見合いをセッティングさせた。そしてその結果が、それである。
「結婚しないの?」
「ほっとけ! 私より強い男でなければ伴侶など認めん! 断じてだ!」
「それもうシンくんくらいしかいないじゃん……!」
「リーダーは無理だ、シスコンすぎるし、ほぼ人外だしな」
「断られる理由が残念すぎるよシン君っ!」
わっ、と両手で顔を覆って大袈裟に泣き真似をするが、それでシンジの名誉が回復するでもない。
「私より、お前の方はどうなんだ」
「え、私?」
話題の矛先をこちらに向けるツバキに、ケイはあーと紛らわすための母音を口から零れ落とさせたが、勿論何の解決にもならないのは分かっていたため目を逸らした。横に流した視線は徐々に下がり、気づけば視界には足元が映っていた。
「どう、なんだろう……」
アナグラに来て、もう四年が経った。あの頃より、人の機微に敏感になったとは思う。強くなれたと思う、ツバキちゃんと同じくらいまでに、身長だって伸びた。自分の感情だって、多少のコントロールは―――
「心は、置いてけぼりだな」
「―――……前は、ちゃんとできてた気がするんだけど。なんでかな」
「気がするだけだったんだろう。いずれにせよ、二年だな」
「何が?」
「答えを出さなければいけない時が来るのが、だ。見てろ、今にアイツはお前に追いつくぞ」
それはおそらく、一種の予言だった。
不意に、カメラの画面を見る。今朝、いちばん最初に撮った写真。眠そうに顔を顰める、警戒の一欠けらもない少年。
ケイの心は、未だ空白のままだった。あの半月の日に消えた未送信のメール画面のように。宛先しか書かれてないそれは、送信元すらまだ入力していないまま消えてしまった。
この感情は―――
「よっ、お二人さん」
「揃ったな」
「リーダー、リンドウ」
「おめー朝はよくも不意打ちしてくれたなコノヤロ」
「あははっ、でもおかげで良い写真が撮れたよ! ナイスサービスショット!」
「半裸の野郎のどこがサービスなんだよ馬鹿か……撮るならアオイさんあたりだろ!」
「アオイちゃんは既に知ってたので無理でした、残念!」
「まだ夜があるだろ」
「げっへっへ、ちゃんと狙いに行くから安心してよ」
「安心できるか。ケイ、貴様は本日浴室立ち入り禁止だ」
「えぇーっ、ツバキちゃんーそんな殺生なー!」
阿呆な言い合いをしながら乗り込んだエレベーターは動き、壁と外を繋ぐ陸路のひとつ、出撃ゲートへ出る。申請通りに整えられた装備と装甲車、それに大人しく待てをしていたサーラを確認して乗車した。ケイの背中を囲うように座席に座ったサーラの頭を撫でる。
「神機足りな……あぁ、お前、マジでカメラマンするためだけに来たんだな……」
「サーラがいるから、ケイの安全は保障されてる。任務中は喋る空気だとでも思っておけ」
「いやいざとなったら守ってよ」
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写真2
「おねえちゃん、それ、カメラ?」
シンジ達の写真を撮り終え、サーラに跨ってとっとと帰ったケイは、防衛部に再度寄って一通り写真を撮らせてもらい、その後ヨシノと共に香月家へ訪れて夕飯(おでんパン)を頂いた。
洗い物をするヨシノの傍ら、ケイと皿拭きをしていたナナが、不意にケイの鞄に仕舞われた黒い塊に気付いて声を上げた。ナナの指さす先を振り返り、ケイはああ、と応える。
「そう。今日一日みんなの写真を撮って回ってたの」
「見たい!」
お皿拭き終わったらね、と言うと一所懸命に急いで拭く様がこどもっぽくて愛らしい。春日少なかったので五分と経たず終了し、ナナを膝に乗せてカメラを起動させた。わあ、と歓声を上げるナナにカメラを渡すと、好き勝手十字ボタンを操作して画像を変えていく。
神機を振るシンジ、ゼロ距離射撃でオウガテイルの頭を吹っ飛ばすツバキ、ザイゴートの山の頂上に腰かけて休むリンドウ、その直後らしくザイゴートが地中に消えてずっこけるリンドウ。二人並んで笑顔のメアリーとロック、防壁の上で指示を飛ばすヨシノ、防衛班の集合写真。
「あら、よく撮れてるわねー」
「おかーさんかっこいー!」
「ヨシノちゃんこれでも防衛班リーダーだしね」
「これでもって何よこれでもって」
「あはは、ウソウソ。いつもお世話になってます」
「お世話させてくれてから言うものよ、それは」
「おねえちゃん、強いの?」
「そこそこね」
強さというものはゴッドイーターでは特に測りづらい。強いアラガミをどれだけ倒したか、が最もそれらしい指標ではあるが、新人だって現役ゴッドイーターに劣らない力量を持つ場合もある。一方で、人々を守るための陽動や立ち回りが上手いゴッドイーターもいれば、撤退戦に特化したゴッドイーターだっている。ヨシノだって目立った戦績こそ少ないものの、防衛戦なら一級品だ。
なので曖昧に笑って濁したのだが、ヨシノが横からこつりとケイの頭を小突いた。
「過小評価はよしなさい。ナナ、これでもケイちゃんは討伐ガチ勢第一部隊の一員なのよ」
さっきのお返しのつもりかにこやかな笑みで告げるヨシノに、横目で恨めしく睨むが、勿論効果は全くない。案の定、ナナはきらきらと輝かしい眼でケイを見上げている。
「なにそれすごい、カッコイイ!」
「ガチ勢も何も、討伐部隊はウチと新設の第五、第六部隊だけなんだけど……」
「この半年の戦績がずば抜けて高いのは合ってるでしょ」
第五、第六部隊は今年度初期に再発足された討伐部隊だ。元々第五部隊の隊長だったウィリアムに、今年入ってきた新人ゴッドイーターが四人と、他支部から経験豊富なゴッドイーターが六人がそれぞれ配属されている。
大規模作戦で同期が根こそぎ辞めたことで他の部隊をふらふらしていたウィリアムも腰を落ち着ける場所が出来て安泰だ。そのくせ今朝はキヨタカの補佐をしていた気がするけど、なんだかんだ器用な彼だから、扱き使われるのは自然な流れなのだろう。
シンジの手柄が圧倒的だとしても、第一部隊はやはり飛びぬけた人材が揃っているのは事実だ。そんな部隊にいるのだから、ケイだってもう一人前と言えるだろう。
「あ、ソーマだ」
「あ」
「あらー。立派な欠伸」
「これ、ソーマ怒ったでしょ?」
「う……あんなに恥ずかしがることないのに……」
「早く消しちゃいなさいよ」
「それが、もうリンドウの端末に画像送って保護して貰ってるんだよねー……」
「用意周到すぎよ!? 貴方たちほんと仲良いわねぇ」
リンドウだってケイに秘蔵のR指定の画像やら雑誌やらを保護して貰ってるのでチャラである。未成年に渡すなよと思うが、ツバキにバレたら燃やされることはわかっているのでケイは無言で頷いたのだった。
「謝った?」
「…………………マダデス」
見上げてくるナナの純粋な双眼に、ケイはウッと声を詰まらせてそっとそっぽを向いた。きらきらと輝いていたそれが、一瞬にして残念なものを見る目に変わる。生意気なその顔を歪めんとむにーと頬を伸ばすと、横長になった口から情けない母音が漏れて可愛い。
「欠伸写真の一枚や二枚良いじゃん……減るもんじゃあるまいし……」
「そういうところだと思うわよ」
「私だって任務中寂しいなーとか会いたいなーとか思うんだよっ! 慰める写真とか持ってても良いじゃん!」
「もう持ってるでしょ。二年前に撮ったやつ」
「あれ集合写真じゃん最早!」
ケイが右腿に装着してるレッグポーチ、血塗れになるのが役割のような、応急処置の装備が入っている小さなそれには、二年前にペイラーが撮ってくれた写真を一枚きり、忍び込ませている。
最初はペイラーとソーマにケイの三人の予定だったのだが、途中で研究室に入ってきたシンジがどうせならみんなで撮ろうと言い出して、アナグラの殆どのゴッドイーターと職員が集められ、写真が撮られたのだった。良い遺影になるな、というシンジの言葉は全員で黙殺した。
「オンナノコね~!」
「………?」
関連性がわからなくて、ケイは首を傾げた。集合写真を不満に思う事と、ケイの性別が女であることに、何に関係があるというのだろう。
不思議そうにヨシノを見上げるケイを、彼女は小さく微笑んで見下ろした。
「いつかきっと、わかる日が来るわ」
一通りの写真、食堂で屯する待機組のゴッドイーターや女子勢のラッキーショットなども撮り終えてブツをシンジに譲渡した後、ケイはペイラーの研究室にて書類整理を手伝っていた。棚に種目別にファイルを差し込んでいきながら、ふと思いついた疑問をそのまま口から滑らす。
「お父さんって、結婚しないの?」
ブフゥッ、と飲んでいたコーヒーを勢いよく噴き出したペイラーに、発端となったケイは慌てて駆け寄った。
布巾を隣室から取ってきて、机の上で盛大に池を作ったそれを拭き取る。
「きゅ、急になんだい?」
「あー………今日ね、メアリーとロックが、そのー、恋人、ってことを聞いたんだけど」
「ああ、それでか」
僅かに染みになった書類や冊子を避難させつつ、ペイラーは合点がいったように頷いた。
「てっきり母親が欲しいのかと」
「んー。憧れはするけど、私はお父さんでもう手一杯かな」
「これは手厳しい」
机の上を綺麗に整えた後に、ペイラーは休憩にしようかとケイにソファへ座るよう促した。ペイラー曰くの『猿でもわかるアラガミの基礎』を講習させるときに使われるソファと机ではあるが、プライベートでは普通にくつろぎの場として使われている。引っ越してきてずっと使われているので、もう四年ほどだろうか。隙間のほつれが目端に映り、そりゃそうもなるかとしみじみ思った。ペイラーが淹れ直した自分のものと、もう一つケイ用のマグカップにコーヒーを淹れて、それをケイに手渡す。丁度ケイの対角線に当たるソファの位置にペイラーも腰を下ろし、一口飲んだ後に口を開いた。
「さて、結婚するか否かの話だね。その答えはノーだ」
「私のせい?」
「どちらかと言うと君のおかげ、だろう」
既に娘がいるから婚約相手が見つからないのかと問うとそう首を振られたので、ケイは少しばかりほっとしつつ、ならどうしてと話の続きを待った。
「君に出会う前の私は、およそ人間性というものが薄かった」
ペイラーが星の観測者、と揶揄されていたことは、ケイは一応知っていた。干渉せず、干渉させず、ただ見ているだけの傍観者。
人間と関わらず、何処かもわからないところを見上げる空け者。
「一貫してアラガミだけだった僕の研究対象に、君は泣きながら飛び込んできた」
「…………そこらへんはもう忘れて」
「おや、羞恥心が湧いてきたのかな?」
「なんで少し嬉しそうなの!?」
「もう十四になるのに、反抗期のひとつも来ないのだから、心配にもなるさ」
若干呆れた風体で、ペイラーが軽く肩を竦めた。確かにケイは、今まで反抗期どころかその兆しすら見せた事は無く、未だに抱き着いたりする始末だ。ペイラーとしてはいつ「お父さんの服と一緒に私の分を洗濯しないで!」と言い出されるか戦々恐々してもいたのだが、ここまで来ないと不安になってもくる。そもそも、ケイの情操発達はペイラーの悩みの種であるため、不安もひとしおだ。
「ともかく、君の存在は実に興味深いものだった」
掴んでいた神機はどこをとってもオーパーツレベル、その本人は記憶喪失、その上その肉体には未知数の因子が宿っているときた。ここまで未知が揃って、興味がわかない奴はそいつは研究者ではない。
けれど、少女の懸命な生きる意志に手を伸ばしたのは―――紛れもない裏切りだった。
「私は人間が好きだ。けれどそれは人間という種族を好ましく思っていたのであって、個人というものはむしろ苦手だった」
ペイラーは研究者だ。その道程でした苦労は良い、徹夜した夜も財産のひとつだ。しかし、その成果を出した途端に返される手のひらや、やっかみや嫌がらせ、他者とのかかわりは、ペイラーにとって煩わしいことこの上なかった。もちろん、そう思わない友もいた。ヨハネスや、アイーシャ達である。
厭世家と言えば聞こえは良いが、要はペイラーは、他者を拒んでいた。深入りする恐怖や警戒心が、人一倍強かったことが原因だろう。ヨハンとアイーシャの人体実験に関与しなかったのは、ペイラーの信条に則った典型的な行動だ。友の決死の行為にすらペイラーは手を貸すことを拒んだ。それほど、ペイラーは他者への干渉というものを徹底して拒んでいた。ある意味で研究者らしい性根だが、それは同時に、ペイラーの社会不適格さを表してもいた。今更、社会がどうとかは興味もないが、うすらぼんやりと自覚してはいた。自分は多分、人間としては失格もいいところなのだろうなと。人間を愛しているが故に、それへの乖離を、少しばかり寂しいとも思っていた。
故に、間違いなくケイへのそれは、完膚なきまでに―――ペイラー自身への裏切りだった。
「私は他者への干渉をしないと自分に戒めていた。けれどどうしてだか、君を一目見たその時に直感的に感じたんだ」
―――この子といれば、もしかしたら、こんな私でも人間になれるかもしれない
そう、どうしようもなく思ってしまった。
直感は決して馬鹿にできる者ではないと知っていたペイラーは、殆ど衝動的に、ケイに手を差し伸べたのだった。
「やっぱり! 猫拾ってるみたいな態度だったもん、あのときのお父さん!」
「ははは、あの廃ビルではそうだったかもね。けど、私の研究室で君の話を聞いた後にはもう、娘と受け入れようと決意していたとも」
「胡散臭い! 絶対あれでしょ、今にして思えばってやつでしょ!」
「無論、違うよ。それは、君の名前が証明している」
今まで自分を律していた全てを捨てて、この娘を懸命に愛そうと誓ったのだ。彼女が生きるのに必死だったのと同じくらいに強く。
名前? とケイは首を傾げてますます顔を曇らせた。その名前だって、たまたまケイが見つけたページの目録から取ったものじゃないか、といいたげな眼だった。けれどこの名の他に、彼女に似合う名前はなかった。
「恵という字の意味を知っているかな?」
「……可愛がる、とか、聡いとか優しいとか?」
「そう、恵という字には、多くの意味が含まれている。元々は人の心を指していたようだよ」
広く知られているだけでも意味が6つにも上るその字は、そのどれもが快い感情が由来となっている。数多にあるその中の、印象的なひとつを、ペイラーはよく、覚えていた。
「恵という字の意味のひとつに、『とても深い愛情』というものがある」
「……愛情深いひとになりますように、的な?」
ケイが自分なりの推測を口にしてペイラーを伺うと、それもあるね、と彼は軽やかに笑い声を上げて肩を揺らした後、ケイの頭に片手を緩く乗せて髪を撫でた。
「君の事を、これから出会う沢山の君の大切な人誰もが、『とても深い愛情』の名で君を呼ぶ。……それは君自身を幸福に導くのではないかと、そう思ったからなんだ」
愛おしいと、声音で、手つきで、滲むような表情でそう言われ、挙句そんな言葉をかけられては、ケイはしおしおと先ほどの憤怒を萎ませるしかなかった。
「わかったかな、ケイ。私が結婚できない理由が。――それは、私が人間になり、男になる前に、君の父親になってしまったからなんだ」
心から幸せを願う子どもを見つけてしまった。彼女の孤独を、恐怖を、不安を癒せたらと思えてしまった。蝋燭のような少女。報われるべきだ、そう信じた少女が。
「……私、そんな大層なものじゃないよ。愛とか、恋とか、からきしわからないポンコツ娘だもの……」
「そうかもしれないね。けれど今のところ、君を拾って後悔したことは一度だってないよ」
いつも開いているか閉じてるか分からない目が薄っすら開かれ、柔らかく緩められたのを見て、ケイは増々口をとがらせて下を向いた。その名が似合うようなひとに、ケイは自身が成れていないと感じているからだ。現に、今もソーマに謝りに行く決心は付いていない。ペイラーや、シンジになら早々に謝れるのに、何故だかケイは、ソーマの前では無意味に頑なになってしまったり、弱くなってしまったりする。コントロールできない感情は、ケイにはひどく、おそろしく思えた。
「ソーマなら、昼頃に私のところに来ていたよ。怒りすぎていたと、なんだか少ししょげていたみたいだけどね」
ぱっ、と顔を上げて見たそこには、いつも通りちょっぴり胡散臭いにこやかな笑みを浮かべられていた。
二度瞬きして、それから弾かれたようにソファから飛び上がった。駆けだそうとした矢先、振り返って口を開く。
「お父さん、ありがと!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「…………ほんとに、恋人つくらない?」
「作らないとも。何せ―――娘で手一杯だからね」
次回から新章です。戦闘描写が更に増えるでしょうねつら。
ところで春休みを利用してレイジバーストやったんですけど、キャプション変えた方がいいですかね。今だから言えますが、ケイちゃんはリヴィちゃんの体質ともジュリウスの体質ともまったく違います。ひとつだけ言えるのは、私は主人公に困難な状況や身を蝕むほどのピンチを与えるのが好きだってことくらいです。我ながらひどい性格です。それにしてもロミオ生き返るのかよおのれ。びっくりしてちょっと変な笑いが出ちゃったじゃないか! みんなゴッドイーター3やろうね。
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Never coming back
新しき隊員
相も変わらずアラガミを屠り、仲間やソーマと戯れる日々の、ある晩。ツバキに呼び出され、ツバキの自室でジュースを飲みながら告げられた。
「新人育成? 私が?」
「そうだ」
ぺらり、と書類を一枚手渡された。伸びた髪をひとまとめにしたそれを肩から背中に払い、それを受け取る。
その書類は性別やら顔写真やら経歴やらがつらつら書き連ねられている、有り体に言えば履歴書だった。
ゴッドイーターの新人育成、つまり教育係と呼ばれるそれになるのは、そう珍しい事ではない。大抵、配属部隊の隊長か教官、それらに並ぶベテランがその任に就く。春先に適合値検査があるのでその時に纏めて入ってくるのが常だ。
確かに、ケイはゴッドイーターになってもう二年が経つが、何かの役職を持っている訳ではない。シンジもいるし、足りなければキヨタカもツバキもいるのに。何故に私にお鉢が回ってくるのか。
「私とリーダーなら、明後日から海外遠征だ。防衛部のナツとスバルも連れてな」
「あぁ、そっか。でもキンちゃんとアオイちゃんもいるでしょ? なんで私に」
「キンタさんとアオイさんが新人育成に向いてると思うか?」
「う゛っ……で、でも、まだタカさんがいるじゃん」
「そのタカさんからの推薦だ、良かったな」
「全っ然良くないぃぃ、面倒くさいからって私に押し付けないでよ! タカさんの馬鹿!!」
顔を手で覆って天井を仰ぐケイに苦笑しつつ、ツバキもグラスを傾ける。からん、と涼しげな音が中で鳴り、中身が無くなっていることに気づいた。
ツバキは配給ビール、ケイはジュースと、それぞれ持ち寄ったつまみで晩酌。最近はめっきり食糧事情が逼迫してきていて、とてもじゃないが自炊も限界になってきた。食堂でレーションを貰って食べるのが日常になりつつある今、こういう時間はほとほと減っていた。そろそろリンドウらへんが暇潰しに突撃しに来る頃だろう。
「最近、アラガミの発生数も著しい。ここの支部はリーダーたちがいるからなんとかなっているが、他支部は壊滅も珍しくない」
極東は戦力が豊富だからつい忘れがちだが、ゴッドイーターだってアラガミに敵わないときは、決して少なくない。撤退なんて日常茶飯事だし、毎日のように死人が出る支部も、アラガミの侵攻がひどいところは多いのだ。
「新人育成も大事な仕事だ」
「……めんどくさいって言ってるの。あーあ、誰かに押し付けられ……」
「おうい姉上にケイ。暇だからゲームでもしようぜ……って、飲んでんのかよ、姉上」
「リンドウ! じゃーんけーん、」
「はっ? ぽんっ」
「…………神はいない。」
「ある意味当然の既決だな」
諦めろ、と崩れ落ちたケイの肩を叩く。
ぷるぷると放り投げられた手が象るはパー。対するリンドウはチョキを片手に困惑している。
「成程なぁ、新人育成」
事情を聞いたリンドウが納得したようでうんうんと頷く。ちなみにケイは不貞腐れて体育座りしてジュースをちびちび飲みつつも、二人の方に体躯を向けていた。
「へー、コイツが……ん? 防衛班行きのじゃねぇか。なんでケイに?」
「防衛班の手が溢れてる」
「そりゃご愁傷さま」
「うう、薄情者」
履歴書をケイに放るリンドウを恨めしげに見つめ、右手でがすがすとリンドウの腹を軽く殴る。地味な痛みに眉を顰めて逃げようと体を引かれたので、ケイはあっさりとその手を引いた。今はリンドウなんてどうでも良いのである。
目下の問題は、この新人だ。
「だが、確かにケイだけというのも不公平だ。というわけでリンドウにはこっちだ」
「俺にもあんのかーい」
「さっきの茶番が更に意味のないものに……お、おっとこまえじゃーん」
「そうかぁ? 俺の方が顔がイイだろ」
「そうかもしれないけど自分で言う?」
リンドウに手渡された方の履歴書を横から覗くと、そこには甘いタレ眼からどことなく色気の感じられる青年の写真があった。大真面目にキメ顔をするリンドウに、ケイはジュース片手にけらけらと笑う。
「なんだ、じゃあ私はあまりものか。ま、そっちの方が気楽で―――」
「残念ながら、そうもいかない。そいつの適合値を見てみろ」
「適合値? ………な、なにこれ!?」
「………はぁ? 15%!?」
「うっそだー! この適合値じゃ神機テストは受けられないはずだよ!」
「それが、前例があるとごり押しされ、本人の強い希望により受けさせることにしたらしい」
「シン君!! バカ!!!」
その前例が紛れもなくシンジのことであると知っていたケイは、八つ当たりではあるもののそう叫ばずにはいられなかった。彼はフェンリル史上最低値の適合値で神機と適合したゴッドイーターである。その適合値は、驚異の3%。驚異というか狂気の域だ。
「で、適合しちゃった、と……」
「そうだ。しかも適合値が安全域に達してないからか、神機を上手く制御できず、戦闘訓練を積ませたものの成果は微弱。だが戦えないわけでもないゴッドイーターを遊ばせておくほどの余裕を、今のフェンリルは持っていない」
「それで、私にお鉢が回ってきたってことね」
要は問題児を押し付けられたという訳だ。お前の上司と同類なんだろなんとかしろ、と。本当にシンジと同類だったら手に負えないにもほどがあるので切実にやめてほしい。ツバキは悶々と頭を抱えるケイを一笑に付して口を開いた。
「安心しろ、リーダーとは真逆だ」
「…………それって、つまり」
「―――――――――とてつもなく弱い。使える程度には引き上げろ」
翌日の二時十五分前。
ケイはエントランス行きのエレベーターに乗り込んだ。片手にはバインダーと、それに留められた顔写真付きの履歴書。
取り合えず顔合わせだけは全員とするので気負う必要はないが、いかんせん自分がちゃんと新人育成が出来るかが不安だ。
時間十分前にエントランスに付けば、既に何人かのメンバーがそこにいた。シンジにアオイ、キンタの極東信号機組だ。
「あ! 教育係のお出ましッスね!」
「頑張ってねぇ、ケイちゃん」
「他人事だと思って……」
「いやいや、俺を一緒にするな。教育係の苦労は分かるぞ」
「シン君に言われるとそれはそれですごーくフクザツなんだけども!」
ケイの教育係だったシンジに深く頷かれながら共感されると、ケイの立つ瀬がない。
私ってばそんなに苦労掛けてたかな、と記憶を掘り返していると、背中をばんっ、と強く叩かれて肩が跳ねた。
「よお、ケイ」
「びっくりしたぁ、リンドウか」
片手挙げてからりと笑うリンドウに、ケイは脱力して肩を落とした。リンドウの向こうにはツバキの姿もある。時間にルーズな彼にしてみれば随分とお早く来たものだ。
「俺らの初めての後輩だからな、楽しみにもなるさ」
「嘘こけ、どーせ厄介な子だったら精々からかってやろー、とでも思ってたんでしょ」
「ま、そうとも言う」
軽口を叩きつつも、定時五分前なので全員いつもの並びで列を作る。右からアオイ、キンタ、シンジ、ツバキ、ケイ、リンドウの順だ。
するとエレベーターの扉が開き、ゲンと、その後ろに少年が二人現れた。
「よし、全員揃ってるな。では紹介しよう、前に出てくれ」
二人のうちの一人が、緊張しながら一歩前に出る。
茶髪に、明るいブラウンの眼、赤いジャケット。緊張しているのか、その顔はやや強ばっているが、変に尖っていない純朴そうな少年だ。
「大森タツミです! よろしくお願いします!」
よく通る声が体育会系のノリで発せられ、新人、タツミは大きく頭を下げる。固そーな子ねぇ、とひょいと後ろに身体を反らせたアオイに目配せされてケイも肩を竦めた。
続いて、軟派そうな雰囲気の少年が進み出てにこやかな笑みを浮かべ、口を開いた。
「真壁ハルオミです。よろしくお願いしまーす」
あー、こういうタイプね、と一瞬で察した新人の片割れの性格に、こっちはこっちで案外難儀しそうだな、と相棒を見やれば、いつもより幾分固いその表情が目に入った。けどおそらく、ケイも殆ど同じような顔をしているだろう。
リーダーであるシンジから簡単な自己紹介が進み、リンドウとハルオミのファーストインプレッションは概ね好意的に進んだ。そしてとうとうケイ以外の全員が自己紹介を終える。生暖かい視線を鬱陶しそうに睨み返して、ケイはタツミを真っ直ぐ見つめた。
「私が今回貴方の教育係に任命されたケイ・サカキです。分からないこと、困ったことがあったら私に言うこと」
「はい! ………って、ええ!?」
ぎょっと目を見開き驚愕を隠そうともしないタツミに、アオイ以外が同時に吹き出す。
タツミが驚くのも無理はない、何せケイはタツミと同い年か、ともすれば年下に見えるほどだし、どっからどう見ても可愛らしい少女だ。
「よかったじゃないかタツミ、お相手が可愛らしいお嬢ちゃんでさ!」
「うるっせえよハル! お、同い年、ですよね?」
「ケイちゃんは今年で十五歳よねぇ~、確か。可愛いわよねぇ」
「お前たちのそれが年少者に対する真っ当な感情なのは分かるが止めとけ、ケイがキレる」
「キレないよ大人げない!」
ケイはシャー、と威嚇する猫のようにシンジに毛を逆立てて噛みつく。すると、リンドウがケイの頭に腕を置き、笑いを噛み殺しながら口を開いた。
「コイツはこんなナリだが、強さだけなら極東でもトップレベルだぜ。おつむはちょおっと弱いがな」
「ケイに着いていくのは大変だと思うが、頑張れ」
リンドウとツバキによる援護射撃という名の故意的誤射に、ケイはうがーっ、と腕を払いのけた。
「ちょっと! シン君もアオイちゃんもキンちゃんもツバキちゃんもリンドウも失礼すぎ!」
「俺まだ何も言ってないッスよ!?」
「まだってことは言う気はあったと言うことだろう」
「自白同然よね~」
「無実ッスーー!」
「キンタ、五月蝿い。じゃあケイ、リンドウ、タツミとハルオミは任せたからな。解散」
ゲンの言葉で、各々列を乱し通常業務に戻る。若干一名「なんで俺だけなんスか……」と落ち込んで両隣に背中を叩かれていた者がいたが、割愛。
ケイはリンドウの肩甲骨あたりを一発殴ってから、タツミに近寄って声をかける。いっで! と背後で悲鳴が聞こえたが、当然スルーだ。
「さて、じゃあ手始めに軽い任務にでも行こっか」
「はい!」
どうにも堅くて肩が凝りそうだ、とケイは心中で深く息を吐いた。
今回の任務はオウガテイル三体の殲滅。
場所は勿論『贖罪の街』、新人にはお決まりの場所である。
ケイが神機を片手に欠伸を噛み殺しながら合流地点へ行くと、既にタツミが銀色に鈍く光るショートブレードを両手に持って立ち尽くしていた。サーラを新人相手に鉢合わせるのは流石に未だ早いだろうという事で、今回はすぐ付近までの送迎で帰還にさせた。
「タツミー」
「ケイさん! 時間丁度ですね」
軽い足取りでタツミの横に並ぶと、彼はがっちがちに緊張して強張っている表情をほんの少しだけ和らげた。
「さてタツミ君、任務内容は確認してきたかな?」
「はい! オウガテイル三体の殲滅です!」
「うんうん、優秀な部下を持って私は嬉しいよ。って、冗談はここまでにして。歩きながら話そうか、地理も覚えておいて欲しいし」
リンドウが聞いたらお前が言うなと突っ込まれそうないかにも教育係らしいセリフを吐きながら、階段を二段スキップするかのように軽く高台から飛び降りる。タツミは数秒固まったが、すぐに慌てて飛び降りてきた。まだゴッドイーターの体に慣れていないのだろう、危うげに着地する姿に、ケイは小さく笑った。
「最初は慣れないよね、やっぱり」
「ケイさんもそうだったんですか?」
「あー……うん、まぁね。ツバキちゃん、あの眼光鋭いおねーさんね、あの子もすごーく苦労してたんだよ」
今じゃ鬼神やら何やらと言われているツバキだが、入隊したてはそんな時期もあったのだ。想像できないのだろう、タツミのぽかんとした顔に、ケイは自分への質問をさらりと流してまた笑った。
指定されたポイントその場所で、オウガテイルは壁やら資財やらを貪っていた。数えるまでもなく、散らばってはいれどきちんと三体が確認出来る。こちらに気付く素振りは見えない。タツミを振り返れば。
「………………大丈夫?」
「だ、だだだだ大丈夫ですよ!!?」
「声が大きい」
ごいん、と十分に力加減して神機の腹で殴る。頭を押さえて押し黙るタツミはしかし、未だその顔は青白く、体のあちこちに震えが見えた。予想以上に重症だ、リンドウより酷い。
「実戦投入は初めてだっけ」
「そう、です」
「うーん、簡単な動作確認がしたかったんだけど」
ちらり、とタツミを見やるが、その体は可哀想なほど震えている。ケイは気付かれないよう溜め息を吐いて言った。
「今回は見学でいいや。けど、いつ不測の事態が起こるかは分からないんだから、周囲の警戒は頼むね」
「はっ、はい!」
今日は使う予定のなかった神機を肩に担ぎ、建物の影から足を踏み出し、未だ震える新人に向かってにやりと笑う。
「見てて、ゴッドイーターの戦い」
*
タツミは、ゆったりとした足取りの少女をじっと見つめる。
正直に言って、少女の戦闘能力に、タツミは懐疑的だった。
自分と同い年の少女。男尊女卑を擁護するわけではないが、仲間と軽口を叩き合う様はひどく子供で、可愛らしくあどけない。そんな少女が、神機をまるで自分の身体の一部みたいに自然と持っている事実に、一瞬くらりと目眩がしたが、同時に不思議な頼もしさを覚えた。それと同じ感情を、今感じている。
オウガテイルが少女に気付いた、ケイはそれを楽しげなまでに眺め、攻撃を誘因するようにゆらゆらと左右に揺れる。堪えかねたオウガテイルが遂に牙を剥き、ケイに向かって大口を開けて飛び掛かった。ケイの細く華奢な身体に牙が食い込む―――
「あはは、おっそいなぁ。」
がちり、と牙は宙を噛んだ。
ケイはその目の前で、嗤う。その目に驚きと困惑を宿したオウガテイルを、嗤っている。
ブン、と軽く神機が振られたように見えた。直後に倒れ伏すは、白と灰色が朱に彩られた無骨な体。
オウガテイルが滂沱の血を垂れ流し、口を無様に開いて絶命していた。
何が起こったのか、オウガテイルには分からなかっただろう、見ていたタツミすらその一瞬を見逃しかけた。ケイはその一振りで、絶命せしめるだけの深い傷を、オウガテイルに負わせたのだ。
ケイには掠り傷どころか返り血すらなく、神機の先端部分だけが赤く染まっていた。
ケイは鼻歌でも歌いそうな様子で軽く屈伸し、しゃがみから勢いよく地を蹴って跳び出す。ロケットスタートの向かう先は、二体目のオウガテイル。二体目のオウガテイルはケイの接近にすら気付かず、その背中を撫でるように肉を削がれ、絶命。三体目のオウガテイルは、二体を殺される所を見ていたのだろう、存分にケイを警戒している。しかし、その警戒も虚しく、振り上げた尻尾から出るであろう針が出される暇はなかった。
ケイはきゅうりでも切るかのように軽い斬撃で、オウガテイルの尻尾を切り飛ばす。血がどぱりと出たが、それすら計算通りのように、避けずともケイは血を被っていない。そして、その絶叫が溢れる口に直接神機を深々と突き刺した。ずるり、と神機を抜き、神機に付いた血を振り払うようにぶん、と一つ振る。
一瞬で、その場が血に染まったのにも関わらず、それを作った当人には、赤い染みはどこにもない。
ただ、彼女の腕を占領する腕輪だけが、赤々と存在を叫んでいる。
場違いだ、こんな感想は。
そう頭では理解していえど、それでもタツミはこう思った。
なんて、残酷で非情で冷たく―――美しいのだろう。
その姿に、完璧に魅せられていた。
それが、いけなかった。
背後から気配。
そう、警戒を怠った。
一気に噴き出す脂汗、体は動かないくせして、目だけはぎょろりとそれを捉えた。
黒い獣がそこにいた。
赤い鬣をはためかせ、兜のような灰色の下から金目をぎらぎら光らせ、タツミを見つめている。見つめているなんて生易しい様子ではない、獲物を見つけた獅子の目、空から、憐れに地を這いずる足のない兎を見つけた鷹の目だ。
動け、動け! 動け!!!
しかしタツミの願いは届かず、体は一ミリだって動かない。
黒い獣がタツミ目掛けて飛び掛かる。
その牙が、雷が、爪が、タツミを貫く―――いいや、そんなことにはならなかった。
「――ウチの新人君に、余計なちょっかいかけないでくれる?」
両断された獣が、血を噴き出してずしんと地に沈む。だくだくと血が地面に広がり続け、獣からは黒い靄がうっすらと巻き上がった。ケイはそれをちらりとも見ず、タツミに駆け寄る。
「タツミ! 怪我ない?」
心底心配そうなあどけない少女の表情。こちらの顔色を窺う彼女の肩を、タツミはがばり、と掴んだ。突然のことに、ケイは目を白黒させて、首をかしげる。
タツミはそんなことお構い無しに口を開いた。
「―――すげえ、すげえよ!」
出てきたのは、そんなありふれた言葉だった。何か的確な言葉があるのかもしれない、彼女の強さを表す言葉が。
けれど、そんなもの今のタツミには無用だった。
自分の求めているものはこれだ、と直感したのだ。
その時のタツミの心情はただそれひとつに占められていた。例えるならそれは、地を這う獣が空に憧れるような、空を飛ぶ鳥が海に焦がれるような、真逆の存在に目を奪われるそれだった。
「姐さんと呼ばせて下さい!!!」
「普通に嫌だよ同い年! ちょっと待って正気に戻ろう!?」
前途、多難である。
若かりしタツミ隊長とチャラ男ハルオミさん
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新しき仲間
「綽名が増えてくな、姐さんよ」
「ほんとにやめて。それよりそっちはどうだったの」
「あー、そうだな、二年後にはそこそこの神機使いになってるんじゃないか?」
「それ、褒めてるつもり?」
エントランスで端末片手に書いていた報告書から一度顔を上げて呆れた声を出せば、リンドウはいやあ、と苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「センスはある。が、どうにも逃げ腰なんだよなぁ」
「ならリンドウにぴったりじゃん」
「おいコラ、喧嘩売ってんなら買うぞ」
「そんな不毛なことしないよ」
なまじ息が合いすぎるせいか、ケイとリンドウでは喧嘩というよりも行動の読み合いになる。そのうち喧嘩の理由そっちのけでむきになって最後はキョーカンあたりにぶん殴られるのがオチだ。あのときは確かとっときのプリンをどっちかが食べてしまったのが原因だったはずである。どっちのプリンをどっちが食べてしまったのかはぶっちゃけ覚えてない。適当に生きすぎだろうお前ら、とツバキちゃんに後に呆れられた。どっちにしろ、徒労になるのが目に見えてる。どうせ最後は許して仕舞うのがわかっているのだから。
「ま、こっちの新人くんも人の事は言えないか」
「そっちもビビりかよ……」
「チョービビリ。ていうかアラガミ相手に怯えるってなに? 何しに来たの?」
「お前がオカシイだけだからな、普通恐えから」
馬鹿にしたような目を向けるリンドウに消しゴムを投げつけ、ケイはふんと拗ねたように書類に顔を戻した。私だけがおかしいわけじゃないもん、お父さんとソーマとシン君とアオイちゃんとキンちゃんとタカさんだって平気そうだったもん、と子どもの言い訳レベルの反論を脳内で唱えるが、彼らが普通の人間とはどこかしらちょっとズレてることは分かっているので黙殺した。ゴッドイーターの変人率は高い。
「つーかマジか、お前アラガミを恐いとか思った事ねーのか」
「ないね。危ないとかは思うけど……」
「生存本能どこで落っことして来たらそうなるんだよ、ある意味羨ましいな」
「そうだね、恐怖は戦闘時足かせになるもん、なくて良かった」
「嫌味か」
露骨に顔を顰めるリンドウをけらけら笑っていると、二人が待っていた新人二人が連れ添って現れた。残念ながら仲良く、と言うよりもどつきながら、という方が正しいあり様だ。二人は配属の問題上バディを組むわけではないが、防衛班と同じ任務に着くことは少なくないので最低限の交流はしてほしいのだが、中々難しそうだ。
「……あー、パリのカイトとお前みたいだな」
「そいつの名前を出すのはやめて」
「ハハ、お前らほどじゃねーか……」
思い出したくもないので頭を振ってからじろりと横目で睨むと、彼もあまり思い出したくない類の事件だったからだろう、乾いた笑い声を上げて目を逸らした。
「タツミー! ハルオミくーん!」
「あ、姐さーん!」
「よっすケイちゃんせんぱーい」
「テメェハル! 姐さんのこと変なネーミングで呼んでんじゃねぇ!」
「姐さんとか呼んでるお前もお前だろー、ウケるわーそれ」
「なんだとコラァ!」
「………チンピラと軟派男」
「舎弟とチャラ男だろ」
「舎弟言うな。……二人ともこんばんは、元気そうだね」
「ロクに戦ってないからだろ」
リンドウの的確かつ無情な一言に、タツミが濁音の呻き声を上げてクリティカルヒットしたらしい胸を抑えた。デリカシーはお腹の中では早い者勝ちだったらしい。
「反省会ですか……」
「違う違う。親睦会モドキだよ。タツミは将来的に防衛班に入るけど、それまでは私の管轄下にいることになったからね」
「新人と教育係が食堂で晩飯を食う。ま、極東の慣習みたいなモンだ」
「あ~、ありがちっすねー」
「それな。なんだかんだこれから毎日のように一緒に取ることになるだろーし」
二人ともバディが未だ見つからない身なので、必然的に任務で組む相手は教育係になる。普通は教育係が徐々に自立させるに連れて、同期組で集まるのが自然になってくるが、その同期がいないハルオミと、同期と動くのは最短でも一ヵ月は後になるだろうタツミは必然的に慣れ合わせるしか道はない。この時期に遠征に防衛班を行かせた上層部が本当に申し訳ないが、アホ程適合値が低く神機をまともに扱えないタツミもタツミなのでどっこいということにしてもらいたい。
食堂は平時より少しばかり混みあっていて、見知らぬ顔の新人がかちこちになりながら教育係と対面しながら食事をしている様子がちらほら見えた。どの人材も防衛班であるのが口惜しい。第一部隊の新規隊員はここ二年でハルオミのみだ。やっと最下っ端から脱却かと少しだけ感慨深く思いながら食堂でプレートを受け取る。
「流動食糧増えたよね、やっぱ」
「食糧不足も極まってきたよなぁ」
戦闘食糧もかくやという液体っぷりに、ケイは諦めを滲ませながら小さく嘆息した。日々アラガミに大地を奪われる人間に開墾の土地など最早なく、今残された地を守るので精一杯だ。食糧は大事だが、農作地を全て守り切るなどはとても無理だ。故にフェンリルにも食糧開発部門が存在し、日夜低コストで大量にとれる作物の開発改良に務めている。ちなみにレーション関連もそちらの部門担当なので、アレな味付けのレーションが出た時は大抵研究が行き詰っているのだと察することが出来る。三ヵ月前はペペロンチーノ味レーションを前に、一同は食糧開発部門のある方向へ向かって合掌した。一方で戦闘食糧の方は、士気を上げるためかいくらかマシだ、シチューあるし。
「配給で貰える食材って、皆さんどうされてるんですか?」
「私は料理しちゃうかな。大半はそうしてると思う。料理出来ないひとは他の物資と交換して貰ってるよ、アオイちゃんはそう」
「へぇ、料理するんスね」
「ちょっと必要に迫られてね。あ、リンドウもするよ」
「へぇ~~」
「おいヤメロその顔」
「意外です」
「ヒント、レパートリーはおつまみばっか」
「あーー……」
すべてを察したらしいタツミがなんとも言えない顔で視線を遠くさせる。先輩たちの酒盛りに付き合わされてつまみレシピのレパートリーが豊富になるのは悲しき宿命なのだった。家事能力が上がったという結果で納得するしかない。
「でも君たちはもう食堂通いになるかなぁ。配給の食材、回ごとに減ってきてるし。民間人に配らないわけにはいかないし」
「だな、むしろ横流しするまであるな」
「巨大トウモロコシをね!」
「はは、今度ポップコーンでも作るか」
「良いね~、ちびちゃんたちに配り歩こう」
「良いんですか?」
「規制されてはない。黙認みたいな。対象は勿論、中の人達に限らないよー」
今のところ勝率は三割強、といったところだが。外で生きる人々との交流は難しい。悪戯っぽい笑みを浮かべると、タツミはどことなく居心地悪そうに視線を泳がせ、ハルオミは下らないとばかりに鼻を鳴らした。
「ま、なにはともあれ――」
『緊急警報発令! 緊急警報発令! Aブロック正面にアラガミの襲撃! 支部内にいるゴッドイーターはただちに出撃してください! 繰り返します、』
「………ねぇ、私たちのときもこんなんじゃなかった?」
「諦めるっきゃねぇな。お前らも出撃だ、迎撃戦はここでは日常茶飯事だ。一戦でも多く経験しとけ」
「はいっ!」
「りょーかい」
「ストラさーん、食事とっといてくださーいっ!」
あいよー、と食堂の方から陽気な返事が聞こえた。それから、慣れない仕草で服装を整えて廊下へ飛び出す二人を慌てて呼び止める。
「待って待って大事なことを言い忘れてた!」
「お、そうだったな」
駆け足で出撃ゲートへ向かいながら、ケイとリンドウは同時ににやりと二人に笑った。
「――円満退社のないクソッタレな職場にようこそ!」
「極東支部第一部隊が歓迎するぜ、クソ新人ども」
短いかな? って思ったけど三千字いってたからセーフセーフ
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教育係のおしごと
「シン君! ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「気合だ」
「まだ何も言ってないよ……」
振り返りもせずににべもなく言い放つシンジに、ケイはがっくりと項垂れた。
大森タツミの教育係を引き受けて二週間。タツミのへっぴり腰は若干の矯正はできたものの、適合率は未だ十数パーセントを低迷していた。
「そんなに手強いのか、噂の新人くんは」
「手強いっていうか、弱いっていうか……普通、適合値なんて戦ってたら勝手に上がるもんでしょ? で、適当なところで止まる」
「ああ、だが関連性は未解明、つまり上がらない場合もあるということだ」
「それにしたってひどいよ!」
タツミとタツミの神機は致命的に相性が悪いのかなんなのか、一向に適合率が上がる兆しはなく、むしろ下がってるんじゃないかなこれといったあり様だった。何せ、彼が神機を持てば神機は沈黙し、彼が神機を振れば神機がすぽーんと手から滑り落ち、彼が捕食形態を取れば黒い獣は柄の部分でうごうご蠢くのみ。率直に言ってポンコツである。
「シン君は最初、どんなだったの?」
「物理で解決した」
「あぁ……なるほど把握」
力尽くだったか。非力なタツミには無理な話だ。先週催された極東ゴッドイーター腕相撲大会ではタツミはアオイに惨敗で下から二番目だったのだから。ちなみに一位は言わずもがなケイの目の前のこの兄貴分である、さもありなん。
「……最終手段として私があの神機相手に交渉するしか……」
「神機相手に交渉か、電波だな」
「ちゃっ、ちゃんと誰も見てないとこでやるもん! 暗いところでこっそりやるもん!」
「それはそれで結構恐いからやめような」
やんわり制止されて口を尖らせる。ケイなりに気を使った結果なのだが、悲しいかな、常人には分かりづらい心遣いだった。
「姐さーん! 任務いーきまーしょーっ」
「はいはーいっ! シン君、相談乗って―――くれたっけ? うん、まぁ乗ってくれたってことで。またね!」
とっとと行けと言わんばかりに手で追い払われ、ケイはけらけら笑い声を上げながら呼び声の方へ足を早めた。赤いジャケットはアナグラ内でもよく目立ち、見つけるのに苦にならないのが利点だ。
「姐さん! ちっす! 今日もお願いしまっす!」
「おはよー。タツミ、今日の神機の調子はどう?」
「いつも通り微妙です!」
「う~~ん、微妙か~~~!」
絶対にないだろうと思いつつも抱いてしまう淡い期待を早々に打ち砕かれ、思わず能天気とも言えるレベルの頭の悪い返しをしてしまう。だって微妙だよ、良くなっても悪くなってもないんだよ、せめて変化があれば救われるのに。
「やっぱピンチにならないと覚醒しない主人公体質系かな」
「多分ですけど違うと思います」
「だよねぇ。タツミは違う部署だけど面倒見の良い先輩って感じする」
「姐さんが先輩ですけど……?」
「冗談にマジレスしなくていいから。じゃ、今日も地道にお仕事始めよっか」
「はいっ」
だいぶへっぴり腰は直ってきて、剣筋も中々様になってきた。剣とは腰で振るうもの、及び腰に力が入るはずもなかっただろう。
今日も元気に大量発生してくれたオウガテイルを斬り倒しながら、横でタツミにレクチャーを続ける。
「もっと速く、鋭く! ショートブレイドから俊敏さを取ったら何が残るの!」
「はい!」
疲れが出て鈍間になった剣筋を叱責し、彼の足を払って後方から吐き出された針を避けさせて打ち払う。
「後方をこそ注意しなさい! あなたがするのは防衛で殲滅じゃないでしょ! 目の前に掛かりきりになってどうするの!」
「すみません!」
立ち上がるまでのタイムラグを確保するくらいはしてやろうと、神機を思いきり振りかぶって周りのオウガテイルを一掃した。警戒するように、飛び掛からず唸りながらこちらを遠巻きに構えている。目測であと百ほどといったところだ、そろそろ終わるだろう。牽制のつもりか飛ばしてきた針を神機の甲で弾く。
「もう平気です!」
「ん、じゃあタツミは前、私は後ろね」
「はい!」
良い返事と共に前方へ駆け出して行ったタツミの背中を流し見た後、後方へ十歩ほど飛び退いた。二人を囲む大勢いるアラガミを飛び越えて意図的にタツミを孤立させる。外灯の上に高みの見物を決め込むが、そう問題なさそうなのでそのまま観察することにした。
神機は依然として沈黙を守り、本来あるはずの捕食形態はその仕事を完全に放棄している。唯一の救いは今日は手からすっぽ抜けるなどという珍事を引き起こすほどにご機嫌斜めではなさそうということくらいだ。その一方で、彼の技量はゆっくりではあるが着実に積み重なっている。致命的なほど弱いわけではない、と思う。状況把握力は悪くないし、何より背後を守ろうという意識がある。その意識が途切れてしまうときやまだまだ手先で神機を扱ってしまう節があるが、それはこれからの成長に期待、ということにしても良いだろう。
だが、まだ足りない。タツミはゴッドイーターで、一時的とはいえ第一部隊の末席にいるのだから、こんなものではまだ足りないのだ。
四方八方から攻撃を繰り出され防戦一方のタツミとオウガテイルとをじっと観察する。さて、どこまで耐えられるか。
「づ、づがれだ……」
「ま、こんなもんか。そろそろ防衛線張っての訓練にでも移行しようかな」
「う、うわあ、嫌な予感しかしない……」
「じゃあ甘やかしてほしい?」
「絶対嫌です」
「いいね、私タツミのそういうとこ大好きよ」
マゾでもないのに自分を苛め抜くのが好きというか軍人気質というか。こういうのは徹底的にやらねば意味がないのだ、中途半端に甘やかしても相手の死亡率を上げるだけだ。それにケイとリンドウがあれだけ死地に追いやられたんだから後輩だってそうなるべきである。最後だけ私怨? これは伝統です、決してしたくてしてるわけではありません。
「じゃ、明日までに拠点防衛についての私見を述べられるようにしておいてね」
「明日ッ!? 鬼か……?」
「何か言った?」
「そ、そういえばさっきなんで俺を前衛にしたんですかね~俺気になるな~!」
「露骨か。前衛にした理由って、あなたを孤立させてどこまで耐久できるか見ようと思っただけだけど?」
「わあ、ここに正真正銘の鬼がいる。知ってましたけど」
生意気なことを言う後輩の額をおざなりにデコピンし、エントランスについたエレベーターから降りる。階段を下ろうとしたところで未だエレベーター内で跪いているのに気づいて軽い溜息を吐いた。
「デコピンくらいで大袈裟な」
「ッ姐さんのデコピンは殺傷能力ありますからぁ! 人死ねますからそれ!!」
「はいはい行くよ」
「無理無理無理俺のデコ絶対裂けてますって二つに割れてますよぉ!」
こんだけ元気なら明日の防衛線訓練はアラガミの数を増しましにしても大丈夫そうだなと心中で頷きながら首根っこを掴んでずるずると引きずり出す。適合率が十数パーセントの神機使いなどケイの前では子犬の抵抗と変わらない。
「姐さんの馬鹿力!」
「馬と鹿に失礼だろー。あ、お疲れ様です、ケイちゃん先輩」
「ゲッ、ハル。ってあれ、リンドウは?」
「遅刻っす」
「また?」
リンドウはキヨタカにでも触発されたのかイエローな感じの遅刻魔である。どこらへんがイエローなのかと言えば、大規模反抗作戦には絶対にしないが、平時の通常任務では八割の確率で遅刻し、しかもそれが微妙に任務に支障がないラインを守っているので、厳重注意できないとツバキが怨嗟の声を漏らしている感じだ。
「ところでハル、先週の任務の報告書が二枚出てないけど?」
「…………………ケイちゃん先輩ってイイ脚してますよね~!」
「それで見逃してくれると思ったならあなたの知能はハト以下ね」
お望み通りその脚で軽めに大腿骨めがけてキックを横から入れると、ガクンと膝から崩れ落ちた。
「今日中ね」
「ウッス……」
太腿を抑えてぷるぷる悶えるハルオミを見下ろし、第一部隊の後輩にはバカしかいないのかと呆れかえる。報告書くらい出そうね、給金にも直結する上抜けがあると月末大変なのは先週でわかっただろうに。
「ユウナ! 任務終了したよー」
「はい、報告お願いします」
「旧足立区に発生したオウガテイル223体の撃破。ついでに道中出てきたザイゴートも14体撃破しました。こっち周辺に大きなアラガミ反応はもうあんまりないと思う」
「はい、了解しました。任務お疲れさまでした。午後は……任務入ってないみたいね、ゆっくり休んで!」
「はーい。お先に失礼しまーす」
支部内待機ではあるが、アラガミが侵入でもしてこない限りはほぼ非番と同扱いである。戦力も中々補充されたので、そうそう駆り出されもしないだろう。資料室行ってきます、と悲壮感溢れる背中を見送り、ケイは苦笑を零して自室へ向かった。
十四になると同時にケイの自室はペイラーの研究室の奥の部屋を離れ、神機使いの居住区に移動した。さんざ駄々を捏ね却下された上での渋々ではあったが、ケイもいつまでも甘えているわけにはいかないことは分かっていたので、最後には了承した。それにつけてソーマとも部屋が離れてしまったが、彼からケイへの遠慮や心の壁的なものがごっそりなくなった今となってはあまり大きく意味のあることではなかった。
「あれ、ソーマ! 訓練は?」
「午後は休みにした。来年入隊だからと、親父が調整にうるさい」
「心配してるんだよきっと。じゃあ久しぶりにゆっくりできるね」
「非番なのか?」
「支部待機。神機のメンテでもしようかなーって思ってたけど今やめた」
廊下を行くちょうど自室に帰ろうとしていたらしいソーマに声をかけると、意外なほっこりエピソード(当社比)に頬を緩ませる。
「あとで部屋行くね!」
「昼ご飯は?」
「まだ」
「なら俺がそっちへ行く。作ってくれ」
「良いよー。けどまさか部屋片づけてないのを隠そうとか思ってないでしょーね」
「それは俺のセリフだ。ここのところ忙しかったんじゃないのか」
「…………………………」
「前みたいに下着落ちてたら怒るぞ」
「30秒待って!!」
「了解」
神妙な顔で先週の部屋の中の惨状を思い返して額を覆う。ほんとごめんねソーマ、説教は全部書類の提出を忘れてたハルオミにお願いしたい。顔を引き攣らせるソーマから逃げるように脱兎のごとく部屋へ身体を滑り込ませ、床に散乱した衣服類をかき集める。資料や報告書を踏まないように爪先でぴょんぴょん跳ね、部屋に備え付けの洗濯機の中に放り込んだ。これでひとまずソーマの純心は守られた。過去何度もケイがそれを踏み抜いてきたことは都合よく忘れ、額の汗を拭った。扉が開く音の後に、半笑いのような微苦笑のような声が耳に届く。
「これはまた……切羽詰まってるな」
「適合率低い神機使いのデータをヴェルトに送ってもらったはいいんだけど、結構膨大でね。照合したり検証結果見比べたりしてるうちに防衛系統の戦術理論にあんまり精通してないことに気付いちゃって。シュリーフェンプランの論文に行き当たったとき朝日が眩しい事に気付いた」
「なんで防衛戦から電撃戦にまで話が飛ぶんだ……片しておく」
「ほんっとすいません。ご飯気合入れて作ります」
「いや昼飯だからな」
「チャーハンでいい?」
「気合どこ行った」
呆れたような言葉にへらりと笑う。米はこのご時世貴重品なんだぞうと脳内で反論するが、そういうこっちゃないと分かってもいるので言葉にするのはやめにした。昔はこういう片付けはケイの仕事で、ペイラーの部屋をよくくるくる舞っていたものだが、やはり蛙の子は蛙ということだろうか、ちょっと忙しくなるとすぐこうなってしまう。教育係とは大変な役目なのだ、シンジやツバキはこれを幾度も捌いてきたのだから恐れ入る。
鼻歌を歌いながら冷凍しておいたご飯をレンジで解凍し、材料の野菜を刻む。にんにく、人参、ピーマン、玉ねぎ、やばいグリーンピースない。
「ソーマー、グリーンピースないや」
「……なくても別に構わないが?」
「マジでか」
チャーハンにグリーンピースは欠かせない存在だと思っていたのはケイのみだったらしい、地味にショックだった。小さい子どもは嫌うらしいが、ケイはあの独特の僅かな苦みと風味が割と好きなのだ。好き嫌いしない良い子なケイなのでピーマンなんかも苦手になったことはない。ないったらない。
「机の上に置いておく」
「ありがとう! ソーマがやると後で見返すときすごい楽だから助かる~」
実は人生二回目なのではないかとしばしば疑うほど有能なソーマがファイリングしてくれた資料は、すごい、すごいなんか見やすい。思考回路がぶっとびやすいと遺憾ながら認めざるを得ないケイが、これの反対の事例あったんだけどどこだったかな~と探す前に付箋が張られているのだ。無差別に自慢して回りたいほど超気が利く子なのである。
「ん」
「ありがと」
底の浅くて広い皿を差し出され、ぱらぱらないい塩梅のチャーハンを手早く盛り付ける。付け合わせを作ろうかと迷ったけれど、あんまり豪勢に使うと後々後悔するのでやめておいた。
「いただきまーす」
「いただきます」
向かい合って食卓を囲み、二人手を合わせていただきますの後にスプーンを握る。忙しいときでもケイは首根っこ掴まれてソーマに食堂に引きずられ一緒に食事を摂ることも少なくないが、やはりこうして部屋で一緒に食べる時間には代えがたいものがあると思う。こういうときケイは、足のつかない椅子に座っているような心地になる。ふわふわして心許ないような、安らかにリラックスしているような。
「そういえばキョーカン元気?」
「元気すぎるくらいにな。今日もさんざ俺と打ち合ったはずが休憩も挟まずに一般訓練生のとこへ梯子していった」
「わあ、流石。ヨシノちゃんといい、初期世代はやっぱ人間卒業してるよねー。キョーカンなんて神機使いの定年まであと十年くらいなのに」
「ゴッドイーター初の定年退職になるかもな」
「ね~! 民の良い希望になるよ」
「それにしては広報誌に使われないがな」
「顔が恐いからね!」
あの目つきに相まって写真写りの悪さから、ゲンはめっぽう特に子どもたちに恐れられていて、居住区では「ゲンさんのところに連れてくよ!」は悪さした子どもたちへの常套句らしい。極東でも北の方出身の神機使いからなまはげの行事引き継ぎますかなどと何度も打診されている。けれど第一部隊ではあの面構えで子どもを袋詰めにしたら完全に人身売買のバイヤーの犯行現場にしか見えないと満場一致で阻止の構えを取っている。無論バレたら殺される理由なのでこっそりとだ。
「新人はどうなんだ」
「適合値はアレだけど、中々見どころはあるよ。体力もあるから耐久戦に向いてるし、防衛班はかなり強化されるだろうね。ウィルと組ませたらアナグラ防衛は安泰だよ、適合値はアレだけど」
「……そこまでか」
「そこまでなんですよー。捕食形態に移行できないんだよ?」
「…………控えめに言って鉄くず持ってるのと変わらないな」
「でしょ? やっと斬りつけられるまでこぎつけたけど、それまではただの鈍器だったからね? あんまりだったから私ハンマー形態の神機作成を検討しちゃったよ」
「見せろ」
「うわ眼こわ。ほんとに構想だけだよ、ほら」
「……………………………」
「はい没収」
「おい」
「お忘れかもしれませんが食事中です」
「……了解」
真剣に読み始めようとするソーマから端末を取り上げる。というかやけくそになって死んだ目で構想したそれを真面目に取り合わないでほしい、後で少しだけ修正しようと端末を後ろに追いやった。自分で与えておいて、とソーマの眼が雄弁に語っていたがケイの言い分にも一理あると思ったのか短く頷いた。
「私は研究者じゃないんだからそういう期待されても困るの」
「だがおっさんの書庫を読み荒らしたんだろう」
「あのときは知識に飢えてたから。ほんとになんであんなに本を読めたのか、今ではちっとも分からないよ」
「その机の上を見てから言え」
「……あれは、ほら、仕事みたいなもんだし」
「隊長職でもない限り戦略理論はいらないと思うが」
「だってタツミがいつか隊長になるかもしれないじゃん! そんなとき使えないアホにさせるわけにはいかないよ!」
「そこは自己責任だと思うんだが」
「私はそうは思わない」
一度ケイの部下になったからには、そう簡単に死なせるものか。増して教育係ともなれば、どこに出しても恥ずかしくない程度の神機使いにはさせてみせる。
「ただでさえバディシステムが廃止になるかもしれないんだから」
「その噂本気なのか?」
「バディが死んだときの相方のメンタルを鑑みてとか、特定の一人と組むんじゃなく広く誰とでも組めるようすべきだとか、まぁ正論だしね」
「良いのか?」
「いや私は今更バディ解散とか言われても嫌だけどっていうか実際無理。あれ私の左腕だから、誰にもあげらんないし。現行のバディはそのままだよ、来年以降の神機使い対象の話」
今組んでいるバディたち全員が解消されたとしたって、仕事を組むときのパターンが確立してあるのだから元鞘だ。無理矢理そのパターンを変えて組まないようにしたところで死亡率が跳ね上がるだけである。ケイなら未だに突発的に発動する方向オンチで死ぬし、リンドウはレーダー代わりに使ってるケイがいなくて死ぬだろう、あいつは結構警戒行為が苦手と言うか、臥薪嘗胆がおよそ性に合わないのだ。特にアオイを放逐でもしたときは、夜戦で楽しくなりすぎて仲間を置いていくのが目に見えている。キンタには絶対にアオイの手綱を持っていてもらわねばならない、仲間に死人が出る。
「チッ」
「うわ舌打ち。ま、でもそうだね。私もソーマのバディに興味あったのになー」
「………一応聞くが、なんでだ」
「え、だって絶対優秀じゃん」
ケイが答えると、ソーマは何とも言えなさそうに口先を閉じたまま動かした。未来の可愛い後輩の姿が気にならない先輩はいない、当然だろうに。首を傾げるケイに、ソーマは悟ったような表情を浮かべた後に深い溜息を吐いた。どういう意味か分からないが、呆れられたことだけはわかった。
「問題ない、元から長期戦覚悟だ」
「えっ何が?」
「まずは身長を抜かす、話はそれからだ」
「えー……全然話が読めないけど、ソーマはそれぐらいのサイズがちょうどいいと思う」
「黙れ」
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遠雷
支部から西へ一時間ほどの場所、常に嵐が鎮座し続ける嘆きの平原から少し北へいった場所が、此度の任務地だ。コクーンメイデンが草原と見紛うレベルで大量発生したため、その草むしりに駆り出されたのである。バレッドで焼き払うケイの一方、一体一体地道に刈らなければならないショートブレイドのタツミは中々大変そうだった。
ばきゅーんばきゅーんと暢気に口ずさみつつ撃ちまくっていると、インカムから通信が入る直前の僅かなノイズが響いた。そのまま耳を傾けると間を置かず聞きなれた女性の声が届いた。
『こちら極東支部! そちら任務状況は?』
「はいはーい、そろそろ終わりそうですよ」
『至急そちらを片付け次第旧小田原、鉄塔の森へ向かってください!』
「鉄塔の森? 今日そっちに行ってるのってウィルじゃなかった?」
『五分前に突如乱入してきたクアドリガと会敵! 防衛班の新人を庇いながら後退しています! 至急援護を!』
「クアドリガと会敵して後退? ……了解! すぐに向かいます! タツミ! 緊急事態だよ後退して!」
「はい!」
タツミはケイを振り向いた後一瞬だけ眉を顰めたが直後に振りかぶろうとした剣を留めてこちらへ一直線に駆けてきた。ケイはスコープを覗いて射程距離内のアラガミを視認する。あまり仲良くない神機だが、この際そうは言っていられない。ケイは素早く設定していたバレッドを交換し、神機をひと撫でしてグリップを握りしめた。応えるように、神機のナカが脈打つ。
撃鉄を引き、銃口からレーザーが飛び出す。極太だったレーザーはケイがロックオンした敵目掛けて無数に枝分かれし、細く鋭い熱線となって残りのコクーンメイデンを焼け落とした。
「殲滅完了、っと」
「この任務俺いた意味!」
「タツミの訓練なんだからタツミがいないと意味ないでしょ。それよりさっさとジープに乗って! 訳は後で説明するから!」
「はいっ、何処へ!?」
「鉄塔の森まで! 全速力でね!」
三十分と経たずに目的地へ到着し、ケイがユウナから端末に送られたウィリアム達のGPSを頼りに走り回る。
「手分けしますか?」
「タツミの死体を私が回収することになるだろうけどそれでもいいなら」
「ついていきます」
「よろしい。絶対にはぐれないでね」
神経を研ぎ澄ませれば、ケイのアラガミセンサーがビンビン反応する存在があった。もうちょっと隠せ、と思わないでもないが、こちらとしては好都合な事この上ない。息と足音を殺して地を駆け、鉄がくっついたような見た目の上部が見えるところまで来た。機械の駆動音を響かせて悠々と歩く様子は、戦闘中にはとても見えない。獲物を探してうろついているらしい、ウィリアムたちを捕食しそびれたから、という希望的観測をすることにした。ケイは後ろ手にタツミに後退のサインをして、ゆっくりと鉄塔の森を囲む壁から外へ出た。周囲にアラガミの反応も見当たらない。GPSのサインを頼りに壁を伝い、壁と外を繋ぐ鉄の小屋の扉を短く叩いた。鍵の開く音と同時に中に身体を滑り込ませてその胸に抱き着く。
「ウィルー!」
「救援はケイでしたか、タツミくんも。助かります」
安心したように朗らかに笑う表情と、今しがたぱっと確認した体躯の調子から察するに怪我は負っていなさそうだった。どこか骨が折れているわけでもないだろう、良かったとケイは安堵の息を吐いた。
「しぇ、しぇんぱぁあああい!!」
「ウッ、……あ、相変わらず良いタックルだね、ユキ」
「怖かったですよぉ! ウィル先輩はピリピリしてるしぃ、アキヒコは役立たずだしぃ」
「役立たず言うな」
「よっ、アキヒコ。手ひどくやられたなぁ」
腹に勢いよく突っ込んできた華奢な身体を宥める一方、タツミは奥で不満そうに壁に身体を預ける少年に声をかけた。
熱海ユキ、瀬田アキヒコ、共に防衛班に今年入った新人たちだ。教育係の期間はとうに過ぎたのでまだまだバディに慣れない二人にウィリアムが付き添ったのだろう。タツミ? 当然のように延長戦だ、せめて捕食形態は出してもらわねば困る。閑話休題。アキヒコは左足が包帯の上からでもうっすらとわかるほど赤く染まっているが、神機を手放していないことからその闘気が窺える。ユキは常時こんな感じだし、新人ながらも二人ともまだ萎えていないと言えた。
「あれ? 先輩、神機ってガンタイプでしたっけ?」
「………………ウィル」
「後で誤魔化しときます。それより、敵さん、どんな具合でした?」
「探してるね。逃げるとき確実に追って来るよあれは。ところで、クアドリガ相手に撤退とか何事? ウィルなら三十分もかかんないでしょ?」
「……ケイ、クアドリガのことどこまで視認しました?」
「えっと、上の部分だけちらっと」
「なら見えていたと思いますが、クアドリガにミサイルポットがついているんです。しかも、弾はおそらく無制限」
「…………はあ!?」
タツミにユキと回復錠を押し付けて、アキヒコの方へ追いやった後に聞かされたウィルの話に、眉間にしわを寄せて素っ頓狂な声を出す。
みさいるぽっと、と思わず阿呆のようにオウム返しした。
「はい。その他にも攻撃方法が増えてるわ装甲もかったくてで、もー最悪です」
「えー……こわー……バレッドは効いてるの?」
「効いてる……はず……」
「んんん、戦って見ないことにはなんともわかんないね。支部ー!」
『はい極東支部オペレーターユウナです!』
「こちらケイ・サカキ。ウィリアム以下新人二名と合流しました」
「ウィリアム・エーカー、ケイ・サカキと大森タツミと合流しました」
『良かった、ご無事でしたか!?』
「アキヒコが右足を負傷しましたが、他は無傷です」
「ユウナちゃん、討伐班の誰かこっちに寄越せない?」
『本日は空母と廃寺の方へそれぞれ向かってるんです。急かしてますが、あと三十分は最低でもかかるかと』
「三十分潜伏は流石にバレるしキッツいなぁ……了解。ありがとユウナちゃん、切るね」
『気をつけて。どうか無事に帰ってきてね』
通信を切ると同時、ケイとウィリアムは顔を見合わせて額に手をやった。新人がいるのに急進化したアラガミと遭遇なんてついてないにもほどがある。
「アキヒコはユキとタツミくんが支えるとして、問題はどっちがどっちにつくか、ですね」
「討伐班がこっちに向かってるなら、私が残るのが妥当かな」
「ですが、怪我人がいるなら道中は安全な方が良い、ケイがついた方が生還率は高いのでは?」
「無理。今の私の神機スナイパーだから守備に向いてないもの。会敵都度ウィルが撃った方が建設的」
「なんで今日に限ってライフル形態のやつなんですか!」
「今日は掃討任務だったの! ウィルがあんなのに目を付けられるのが悪い」
「すいません!」
「素直!」
「姐さーん、話はまとまりました?」
「なんとかね! タツミ、ウィルの補佐よろしく。まぁ私が囮になるしこっそり逃げるだけだから道中のアラガミ会敵が主な脅威になるだろうけど、」
駆け寄ってきたタツミに先輩らしく注意事項を言っておこうとしたところで、ケイの背筋から首へかけての集中線と呼ぶべき箇所が、下から上にかけて氷を滑らせたようにゾッと悪寒が走った。シールドを展開させようとして自身の神機になかったことに気付き、咄嗟にタツミの神機を彼の腕ごと掲げて無理矢理シールドを展開させる。間髪入れず、その場の全員を振って来る瓦礫が襲い、シールドを膨大な熱と衝撃波が襲った。タツミが唐突に重い負荷がかかった腕を神機ごとぷらぷらさせて呻く。
「いっ、てぇ~~!! 急にひどいですよ!」
「ごめん咄嗟で!」
腕を開放してやり、今度こそ自分の神機を構える。狙撃タイプのバレッドへ変更し、クアドリガの頭部を撃ちぬく。全然効いてなさそうだが、まったく効かないというわけでもなさそうな、なんとも曖昧な感じだ。これは面倒な敵になりそうだ、と内心で先ほどのウィルの言葉を反芻させつつ気を引き締める。崩れた鉄の箱から跳躍で脱出し、そのまま鉄塔をぐるりと囲む壁の上に着地してそのまま神機からレーザーを発射しつつ走った。飛んでくるミサイルを身軽に避けながら、「ウィルー! 新人よろしくー!」と叫ぶ。あれでウィリアムはケイより先輩だ、多分新人のことなんて余裕で守り切れるだろう。それだけの技量を持っている。
目下の問題は、ケイ自身だ。
人が走れるようにできていない細い壁の縁を走り続けるのはしんどい。しかも適格に弱点を狙いながらでは猶更だ。
「っとぉ!」
轢き潰さんとした突進を避けるため前方へ低く遠く跳躍する。すぐ背後の足場になっていた文明が瓦礫の山に変わった。
シンジとツバキは今アメリカだかカナダだかに行っているから来ない、となれば来るのはアオイキンタコンビかリンドウだろう。ハルオミはぼっちだから留守番だ。
しかしいくら硬くなり、攻撃方法が豊富になったと言えど三十分程度、耐えることなど決して不可能ではない――そう信じたケイの右肩を爆風と炎が掠めた。
目の前の敵からではない、ならばどこから。すぐさま周囲を確認し、そして視認したそれに絶望した。
二体。
クアドリガと名付けられたアラガミが、まったく同じ姿で、眼前の一体の遥か後方で嘶いている。
額から冷たい雫が一筋流れたのがわかった。
「――支部、支部! こちらケイ・サカキ! 応答願います!」
『はいっ、こちら極東支部オペレーターユウナ、やっぱり無理そう?』
「一体だけなら許容範囲だったんだけどねぇ! 三体は無理ーーー!!」
情けない声で叫びながら、足を止めることなく動かす。ユウナも釣られて通信向こうで焦り声で各方面へ通信を入れているのが聞こえた。猛然と攻撃しながら移動するクアドリガのその包囲網を回避するべく、一旦壁の縁から飛び降りて鉄塔の森エリアから離れて北上した。その巨体と音から森を歩いているだけでどこにいるか一目でわかるクアドリガと違い、ちまっこいケイは木々と藪を利用して攪乱が可能だ。息を殺すケイの耳に、場違いに暢気なキヨタカの声音が届く。
『こちら支部屋上キヨタカ。ハロー嬢ちゃん、生きてるかー』
「なんとか!」
『よォし上出来。位置教えろ』
「鉄塔から目測五百メートル地点。二番目に大きいクアドリガから17時の方向に三十メートルの木陰!」
『りょーかい。とりま近場から処理するが、当たるなよ』
「いや当てないでよ!?」
ケイが言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、支部の方向にある空がキラリと光った。ライフル型にも盾を付属させる嘆願書を帰ったら書こうかなどという現実逃避を脳内で繰り広げながら、後方へ思いきり跳躍する。直後、僅かに紫を帯びた光の柱がアラガミごと地面に突き刺さった。悲鳴とも嘶きとも形容しがたい叫び声がすぐ傍のクアドリガから発せられる。大きく仰け反るその巨体に、焼きつけたような痕はあれど、貫通している箇所は見当たらない。
「敵影未だ健在! アラガミ相手に威嚇射撃とか正気?」
『ぶち抜くつもりでやったんだがな……どんな装甲してンだそいつは』
「通常神機の攻撃効いてるだけマシだよ」
『第二射、第三射続けて行くぞ、気張れよ』
「了解!」
どぉん、どぉん、と耳を劈く爆撃音が大地を揺らした。突然の超遠方からの狙撃に、クアドリガたちは怒りを増幅させながらも、狼狽えて右往左往している。
『いっちょ前に俺の狙撃を避けるたぁイイ度胸だ……あ、しまった』
「えっ何が。恐いんだけど」
『神機な、神機。お前の神機撃ちだそうかと思ってたの忘れてたわ』
「えっ何それ恐いんだけど」
『問題ねーだろ神機ってほら、ありえねぇほど丈夫だし』
「えっやめて恐いんだけど」
『よーし行くぞ、射出タイミングは譲渡してやるよ』
「恐いって言ってるじゃん壊れるからやめて!!」
『行くぞー』
「射出タイミング譲渡する気ないじゃん!!!」
こっちの気も知らないでげらげら笑うその声を聞いてすぐに、見晴らしの良いところへ全速力で駆け出し始める。
『後方のやつらは俺が狙い撃っとくから、お前はキャッチすることだけを考えろ』
「当たり前の事をお節介焼いてやるぜみたいな風に言わないでくれる!?」
神機レベルの質量を射出した場合の速度と射出角度を脳内で計算し、弾き出した解答を頼りに転がるように走り続ける。制限時間は一分半ないというところだ、もういっそ一度そのままクアドリガにぶつけてくれた方が良いのではないだろうか。踵で急ブレーキをかけて銃口をすぐ後ろにいたクアドリガに向ける。三発続けて弱点に直撃させ、一瞬の怯みを生ませたその体躯を駆けあがった。そのごてごての鉄を足場に、ミサイルポットから思いきり跳躍する。流星のような速さで風を切る箱が空中で分離して見慣れた神機がケイの視界に映った。高い跳躍から落下しつつ、タイミングを外さないために直下へ向かって爆発系のバレッドを二発撃ち、そして――頭上を通り過ぎようとしたその柄を掴んだ。重力に肩を引きちぎられそうになりながらも、なんとか掴み取ったそれをすぐさま下へ向ける。体重も重力も速さも全て乗せた一撃で右肩を貫かれたクアドリガは、甲高い悲鳴を上げて仰け反った。
『お、ナイスキャッチ』
「ふっ……ざけんなぁ! 腕持ってかれるかと思ったよ!!? 二度やったらタカさんでもぶっ飛ばすからね!」
『悪い悪い。だがな、あと二十分をそっちのだけで乗り切るのは無理だったろ』
「それはそうだけど……!」
なおも続くクアドリガたちからの攻撃を避けながら、自前の神機を持つ右腕を馴らすように回す。まだ少し痺れているような感覚が残るが、大きな問題はない。爆炎をバク宙で避け、着地狩りのミサイルを空中で器用に避けてまた藪へ身を隠す。ぶっとい紫のビームが地上を焼き、クアドリガたちは身もだえするように不快な鳴き声を響かせる。しかし、その紫の炎でもほぼ傷をつけられていない上、ついでに木々も轢き倒されて徐々にケイの隠れ場所が減っていった。ジリ貧にも程がある、次々と地面に紫の光の柱が立ち、ケイの皮膚をその度にじりと少しずつ焼いた。シールドは帰ったら修理に出さなければならないであろうあり様で、左手の銃身は既に半壊している。定めた防衛ラインからじりじりと後退し始め、いよいよ踏ん張るのは難しくなってきた。しかし、撤退することもそれはそれで不可能だろう。焦燥が出たのか、ケイは振ってきたミサイルに一瞬の判断が遅れた。咄嗟に両手の神機をクロスさせ、肩で衝撃を受け止める。両肩を同時に脱臼してしまいそうなほどの衝撃と痛みだったが、どうにか持ち堪えることは出来た。僅かに仰け反るその腹に数発バレッドを撃ち込み、その場からバックステップで後ろに下がる。
次々と繰り出される攻撃は衰えることなく、既に結構なキヨタカの狙撃を受けていると言うのに未だ健在だった。ケイの方も、大きな怪我こそ負っていないがそろそろ限界である。特にこめかみを掠ってしまったからか血が目に入って視界が超絶悪くてキレそう。唐突に、膝から力が抜けてかくん、と折れる。思っていたより体力を消耗していたらしい。すぐにシールドを展開したはいいものの、重たい突進に壊れかけのそれが持つはずもなく、バキリ、と嫌な音が神機から響く。
頭の中を高速で走馬燈が巡り、辞世の句を読みかけた直後、腕の重みが突如消え、解放された身体は膝を追って地面に着いた。見上げたままの眼がふたつの人影を視認し、ほっとしたように破顔する。
「アオイちゃん! キンちゃん!」
「よっすケイちゃん、よーく頑張りましたッス」
「退却するわよぉ、総員目を閉じなさぁーいっ」
「えっ」
「え」
豊満な懐から取り出した球体からピンを引き抜き投擲する。ぱーんっと綺麗な弧を描いたそれは、間抜けなSEの一方で直後に眩い光と鼓膜を突き抜ける高音を放出した。目を閉じて尚ちかちか点滅する視界を叱咤してアオイとキンタを追いかける。視覚と聴覚を奪われて大暴れする後方を無視してジープに転がるように乗り込んだ。みるみるうちに遠ざかる後方を確認した後、大きく安堵の溜息を吐いてから、ふと先ほどの蛮行を思い出して絶叫した。
「あーーー!! 対アラガミ専用スタングレネードーっ! 開発したばっかの超お高い装備がーっ!!」
「博士から試運転頼まれてたのぉー。兵器なんだから使ってなんぼよぉ」
「いやいやいや、あれの為に技術部も開発部も目の下にすっごい隈作ってたんだよ!? どこまでコスト削減できるかデスマーチがこれから始まるんだ~って」
「ケイちゃんが助かったなら技術部も開発部も喜んでくれるッスよー」
「そういうこっちゃなくない!?」
『こちら極東支部オペレーターユウナ! ケイちゃん無事ですか!?』
「ほ~らね。ユウナー、ケイちゃんなら無事よぉ」
『よかったーーーー!! もう! もう! 今回はほんっとーに心配したんだからね!』
「ユウナちゃん……! ありがとう! キンちゃんもアオイちゃんも、助けてくれてありがとね!」
オペレーターの職業を忘れて口調が素に戻っているユウナに感激して、改めて救援に来てくれた頼もしい先輩二人へ向けてぺこりと頭を下げた。正直言ってこの二人ほど心強いスケットもそういなかっただろう、命を救われたと言って過言じゃない。二人は運転席と助手席で顔を見合わせそれからニッとそっくりな笑みを浮かべてどういたしまして、とケイの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
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遠雷2
帰還し治療を受けて早々、医務室にゲンがやってきて辞令が下された。
討伐対象はケイたちが会敵したクアドリガ三体、それに撤退した後発生したらしいスサノオに群れるように従う大量の小型・中型アラガミ。
「認可できません」
「命令だ」
「拒否します」
「……ケイ」
「現実的に考えて無理です。神機振ったらすっぽ抜けるんですよ!? 上官として許可できません!」
「タツミお前、マジか……」
「さっ、最近はなってねーから!」
「だが、作戦開始は明朝、時間も準備も人手もない。まさに、猫の手も借りたい状況だ」
「……そこまでですか俺……」
「猫の手なんか言わないでくれます!?」
「姐さん!」
「タツミは良くて猫に小判、豚に真珠兎に祭文ですよ!」
「泣いて良いですか?」
「却下!」
「無慈悲!」
「ともかく! これは命令だ。分かったら各自任務までにすべきことをしておけ」
「あっキョーカン、まだ話は……!」
「くどい」
ばっさりと会話の糸口が切り落とされ撃沈した。ゲンが退室して数拍の後、項垂れたケイに怪我人共がわらわらと群がる。
「まぁまぁ、ケイだって新人なのに大惨事作戦に参加したんですから」
「私の時は遠征任務集中期間まで終わってたじゃん! は~~?? やる気ある新人を使い潰そうとするとか支部長ころす」
「先輩先輩目が恐いでーす!」
「お前……そこまで……」
「エッ、……十分戦力になると思ってはいたんだけどなぁ……」
「はぁ? 私が鍛えたんだから弱い訳ないでしょ。でも教育係も取れてない半分訓練兵を作戦に組み込むなんてできない。まだ他の隊員との連携もまともにさせてないのに、」
「そこは、俺らがフォローしてやればいい話だろ、相棒」
この場にいなかった人物の声に、その場の全員がそちらに顔を向ける。今しがたゲンが出て行った医務室の出入り口、無傷のリンドウが扉に肩を預け立っていた。
「リンドウ! この遅刻魔! 遅いどころか来ないなんて、それでも私の左腕なの!?」
「いや遠すぎたわ無理。つーかお前が俺の左腕だろ。ハルにも辞令が下ったぞ、アオイさんとキンタさんが先輩らしく後輩のことは任せたってよ」
「あの二人ほんとに自由なんだから……ツバキちゃんとシンくんは?」
「最速で戻ってきても昼を過ぎるってよ」
「なるほど、戦力にはカウントしないほうがいいね」
任務開始は明朝日の出とともにだ、昼までに討伐しきれられるとは思っていないが、おいしいところだけ持っていかれる気がしてそれはそれで面白くない。口をへの字に曲げて、きっ、とリンドウを鋭いまなざしで見上げる。
「リンドウ、やるよ」
「へぇへぇ。わかってるぜ、ケイ」
腕輪をガチンと組み合わせるように打ち鳴らしてニヤッと笑う。たまにはリーダーと副リーダーに良いところを見せるのも悪くない。
「タツミ! 怪我治ってるよね」
「あ、はい!」
「今回は第一部隊総出の任務。他の支部との合同任務ほど大規模じゃないけど、準備の仕方を一通り教えるから、行くよ」
「はいっ」
「じゃウィル、そっちも新人ズと支部防衛頑張ってね」
「はい、お気をつけて」
「リンドウは?」
「俺もこれからハルに指導。じゃな」
「ん」
医務室の入り口でそれぞれへ挨拶を終え、別々の方向へ足を向ける。
今回の任務は敵はとびきり強いが任務内容自体はごく普通の討伐任務だ。一部隊丸々投入の任務では基本的に分断が前提なので専用の狭域通信機が配られる。操作法と装着の仕方を説明して、それから携帯品の確認。討伐対象アラガミの資料を読み込み、時にはシュミレーターも使用して調整を仕上げて置く。説明すべきことは話して見せ終え、何か質問はある? と首を傾げると、タツミは説明に対しての質問はないんですが、と言ってケイの右腕に掴まれているものを指さした。
「なんで支部内で神機を持ち歩いてるんですか?」
「ああ、これから自室で整備するから」
「……まさか自分で?」
「そのますかですことよ。シールド直したかったし。ちょっと昔から神機の整備する機会が多くてね、気合入れた任務の時は自分でも調整するようにしてるの。ご機嫌取りみたいなものかな」
「神機の?」
「神機の。最近はサーラのブラッシングも一緒にしてるよ」
「ほのぼのすればいいのか物騒だと思えばいいのかわかんないですね……」
「っていうか、タツミも神機の調整してみれば? 調整っても磨くとか研ぐとかそんなもんだけど。適合率上がるんじゃない?」
「マジすかやります」
「いやあくまで可能性の話だから」
「溺れる者はなんとやらです! 姐さん、よろしくおねがいします!」
「あーはいはい。じゃあ格納庫いこっか」
僅かに希望を見出すタツミに苦笑しつつ格納庫へ足を運んだが、適合率が十数パーセント前後の神機がそう簡単にその身を許してくれるはずもなく、一通りの手順が終わった頃にはタツミは灰になっていた。予想するに容易い結果だったが、それなりに大きな希望を抱いていたらしい。一部始終を見ていたサーラが完全に憐れんだ眼をしてタツミを慰めるようにしゃがみ込んだ背中に絡んだ。
「なんでこんな適合率の悪い神機と適合試験なんかしたの?」
「う……だって早く神機使いになりたかったんですよ!」
「へえ、どうして?」
涙目で睨み上げてきたその顔が、一瞬固まり視線をうろつかせた。気まずそうな、困ったような表情を浮かべるタツミに、ケイは小さく首を傾げた。神機使いになったからには、それなりの覚悟を伴っていたはずだろう。そこに恥ず事や痛みなどは通常ないだろうに。やがて、意を決したように、ある種懺悔でもするような色を浮かべて、タツミは口を開いた。
「……俺、外から来たんです」
「え……よくその性格で生き残っていけたね」
大森タツミはおよそ人を疑うことをしらない性格をしている。頼み事には安易に了承してしまうし、大抵の事は許してしまう。曲者へそ曲がり偏屈揃いの極東において、おそらく現状で最も純粋な性根をしているだろう。言っていて悲しくなってくる。
「はは、よく父さんにも言われました。もっと賢しく生きなさいって」
「そうだね。なんとかも方便って言うし」
「それでも、結構上手くやっていけてたんですよ。元々近くに住んでた人達と共同体になって、あっちこっちを放浪して……そんで、ここに辿り着いて、検査を受けて……」
「で、合格したと」
「……はい。俺の家族は居住区画に入る許可が出て。けど、それ以外の同じ共同体の人たちは」
「………よくある話だよ」
「はい……、そうなんでしょうね。けど、俺はそんな言葉で片付けたくなかった。特別可愛がられたわけじゃない、仲が良い友人がいたでもない、だけど俺は、それでも息が止められたようだったんです」
もう半年前になってしまったあの日は、今尚鮮明に思い出せる。恐いほど夕日が赤くて、フェンリルの支部も家屋も壁も、そして荒廃した大地もを真っ赤に染めていた。閉まっていく壁の向こう、ついさっきまで一緒に今日を生きようともがいていた仲間だった人々が、見たこともない眼差しでこちらを射抜いていた。
それはきっと、憎しみと嫉妬と、諦念だった。
「なにか、何かしなければ。そうじゃなきゃ、俺はおかしくなってしまいそうで」
あの眼差しと背を向けるその姿が、どうしても忘れられない。それはふとした瞬間、それと静かな夜には必ずといって良いほどにやってきては、タツミの喉を締め上げるのだ。
「難儀な性格だね」
「はは……俺もそう思います」
「ま、悪い理由じゃないんじゃない」
ねー、とケイがサーラをわしゃわしゃと撫でる。適性が発現して嫌が応にも神機使いにさせられるゴッドイーターがいる一方で、いっそ恵まれてすらいるかもしれない。無理矢理腕を掴まれて引きずられ背中を蹴りだされるよりも、頭を上げて自ら飛び込む方がよほどマシだ。
「だから俺にとって、姐さんは憧れなんす」
「あこっ……えぇー……自分で言うのもなんだけど、私結構ポンコツだよ?」
本気で困惑して首を傾げるケイに、タツミは思わずといった風に笑った。
「そんな貴方だから、良いんすよ」
とびきり強くてとびきり賢い少女。あの日呆然としていたタツミとはかけ離れた、けれどどう背伸びしたって完璧にはなれないひとなのだ。そんな彼女だから、良いのだ。
「ならこんな序盤で、簡単に死んでなんからんないね」
「はいっ、絶対生き残ってみせます!」
「良い心意気。絶対討伐するって言わないところが特に良いね」
「え、だって姐さんがバシッと決めてくれますし」
「当然!」
大森タツミ(15)
第一部隊所属ケイ・サカキを教育係として極東支部に配属された新人ゴッドイーター。
正義感が強く意志も強いが、そこそこにビビリで無鉄砲だった。ケイに現在進行形で教育されている今では技術は一品あるが神機の適合値が追いついていない。教育係の期間である一ヵ月を越え、ただ今三か月目に突入間近。ビビリは完全に克服したが、未だ少々無鉄砲気味。
フェンリルに居住できるようになった日は軽いトラウマ。彼らを見捨ててしまった自分を嫌悪し、壁の外にいる彼らでさえ守れるように強くならねばという半ば強迫観念に近いものがある。とっても強いけど完璧じゃない、ひとを守ろうと奮闘するケイを尊敬し、憧れている。
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チャリオット・ロンド
夏休みが暇とかそんなわけないし休みもない。くたばれ12連勤。
「おはよー」
「はよ。調子はどうだ?」
「絶好調。昨日さんざ煮え湯飲まされたからね、あいつ絶対ぶった切ってやるわ」
「殺意高すぎだろ」
霧がうっすらと出る初夏の早朝、清々しい朝陽とは裏腹に、支部の中はピリピリとした緊張感が満ちていた。〇四三〇、第一部隊がアナグラを出発するまであと十五分だった。神機を担ぎ、車庫へ向かう途中ばったり会った相棒と軽く挨拶を交わす。ケイの足元にいるサーラが自分もいるぞと言わんばかりにひとつ吠えた。
「やっぱサーラも来んのか」
「アラガミ探知もできて回避能力と持久力は現役ゴッドイーターにも勝る。連れて行かない道はないでしょ」
「本音は?」
「チョー心配! 安全な後方にいてほしい!」
こぶしを握り締め力説するが如く言葉を絞り出すと、リンドウは違いないとけらけら笑ったが、サーラは抗議するようにケイの膝裏に頭突きをかました。ケイと同じ、真夏の森の鮮やかな新緑が責めるような視線を投げて来る。わかってる、信じてないからこわいんだ。
「まぁ、それよりも心配なのは……」
「姐さーん! おっはようございまーーす!」
「あーやっぱ昨日のうちに腕でも叩き折っといた方が良かったかなー……」
「過保護がバイオレンス方向にカッ飛んでんぞ……」
長く伸びる廊下の後方から、朝陽もまだ半分しか地平線から見えていないというのに元気いっぱいな声が響いてケイは軽く額を抑えた。道行く寝不足の研究員と張り詰めた神機使い達が眉を顰めているのが見えていないのだろうか。ぶんぶんと尻尾よろしく手を振るタツミの横、大欠伸をしてからやる気なさそうに小さく会釈するハルオミの姿もあった。会釈してからにへらと笑うその顔が、ぎょっ、と強張らせた。
「リンドウ先輩が……遅刻してない……!」
「……リンドウ」
「流石に第一部隊出撃の任務に遅刻するような命知らずじゃねーわ」
「いやそっちじゃねーわよ。どんだけいつも遅刻してるの」
「間に合ってはいるぞ」
「それは任務に? 集合時間に?」
「黙秘する」
「任務にでーす」
「なるほど。サーラ、GO!」
「わん!」
「ステイ! ってコラァ! 命令聞かねぇじゃねぇか!」
「命令権は私が上だもーん」
「なーにがだもーんだカマトトぶってんじゃ、いってぇぇえ!!」
「朝から元気ッスねー」
「おはよう、ケイちゃん」
「おはよー二人とも!」
ケツをがぶりと噛みつかれてびょんびょん跳ねまわるリンドウを他所に、ケイがやってきた先輩二人に元気ないいこの挨拶をする。にこにこと無邪気な笑顔を浮かべるケイに、タツミが若干困惑しながら口を尖らせた。
「姐さんって俺と先輩たちへの態度に違いありすぎだと思います」
「えー、そうかな?」
「新人が入ってきて尚まだ末の妹ポジションッスからね!」
「もうとっくに身長も伸びて、強くなったのにね~」
わしゃわしゃと頭を思い思いにかき回す手を甘んじて受け入れながら、ケイは猫のように目を細めた。けれど確かに、思えばシンジとアオイキンタ、それにキヨタカと父たるペイラーには年よりも幼い反応をしてしまうことが多い気がした。多分、甘えている。そろそろ兄離れ姉離れすべきなのだろう、けれど。
「ま、甘やかせるだけ甘やかしちゃう俺らのせいッスけどね!」
「ほんとにねぇ」
けれど、こんなにしあわせそうに二人が笑うのなら、まだそんなことはしなくていいのかもしれないと、何度でも思うのだ。
もう少し、そう、このままで。
「……っ……………?」
気が付けば、アオイとキンタの手が離れていた。不思議そうに首を傾げる二人になんでもないよと首を横に振る。
「そろそろ行きましょうか、運転はキンちゃんがお願いねぇ」
「はいはい。アオイになんか危なっかしくて任せらんないッスよ」
「あらあら、生意気」
「アオイ先輩の運転ってそんな粗っぽいんすか?」
「粗っぽいというか、あれッス、一種の臨死体験みたいなもんッスよ」
「かなりやばめですねそれ!」
ハルオミの素朴な疑問に、キンタがホームラン並みにカッ飛んだ返答を返して、タツミが青い顔でアオイから散歩距離を取る。そんな彼らの後ろ姿を、ケイは何を言うでもなく僅かな時間眺めた。突如、バシッと背中が叩かれる。
「何があった」
「……わからない。けど、痛かった気がする」
身体の、どこもかしこもが痛かった。それは本当に僅かな、ひと刹那にも満たない時間。まるで一瞬にして南極の永久凍土に閉じ込められて直後に解放されたような。
「しっかりしろ」
「うん」
腕輪を額に打ち付ける。ゴッ、と低く重い音が瞼の上に響き、そっと目を開けると心配そうにこちらを見上げるサーラの顔があった。その顔の側面をやわく撫で、ひとつ息を深く吐く。痛みと違和感がすうっと消えていくのを感じ取った。サーラは、ただじっとケイを見つめ続けていた。
「今回の作戦は、まずタカさんの超遠距離射撃から入ります。混乱したところでサーラを投入、先導して囮を引き受けてもらい、後列二体の内一体を私とキンちゃん、もう一体をケイちゃんたちが全員で叩く。その一体を殲滅し終わったらサーラが引き受けてる一体へ、最後に全員で私とキンちゃんが引き受けていたのを叩きます。私とキンちゃんはとにかく他二体と遠ざかるのを優先するから攻撃は殆どできないし、応援にも行けません。できれば一番どでかいのを持っていくので。各自の奮闘を期待します。以上、質問は?」
装甲付きジープの前で、アオイがボードを片手に仁王立ちして作戦概要を説明する。シンジとツバキが不在の状況では、年功序列というわけでもなくアオイが代理リーダーの役目を負っている。暴走のきらいはあるが、キンタよりはリーダーシップに優れているし、リンドウとケイでは若すぎる上まだまだ未熟だ。
はーいっ、とケイが挙手して良い子の声を上げる。
「別に倒してしまっても構わんのだよ?」
「フラグ建築はやめましょうね。夜戦ならともかく、昼間の戦闘じゃあねぇ……極力、善処はするけど~」
「アオイさんって普通に喋れたんですね」
「部隊長を引き受けるときは比較的キリッとしてるッスよぉ」
「屋上」
「小粋なジョークッスよーやっだなー!!」
「タツミくんとハルくんはケイちゃんとリンドウくんについてればまず死ぬことはないから、肩の力抜いて、存分に力を発揮してねぇー」
「だってよリンドウ」
「おめーだろ」
「二人ともしっかりシンジに教育されたッスからねぇ。良いリーダーになるッスよ」
「シンくんがいるもの、私たちにお鉢が回ってくるわけないよ」
リンドウの教育係はツバキだったはずだが、シンジが悪ノリしてケイと合わせて二人とも、仲間を守る立ち振る舞いは徹底して仕込まれた。あれでなかなか、部下の死亡率が極東で一番低い男なのだ。超絶強くてとにかく凄くてとびきりカッコいい上守るのもお手の物とかシンくん神機使いとして完成されすぎではと思うが、忘れてはいけない、ヤツは平日に平気で徹ゲーするし酔っぱらって神機をぶんまわして周辺のアラガミを殲滅したりする男である。シンくんってどうやったら死ぬんだろうか、会ったときからまったく容姿が変わらないこともあいまって、イマイチ死ぬヴィジョンが思い浮かばなかった。
作戦は、途中までは上手くいっていた。キヨタカは見事クアドリガ三体をスナイプしたし、三体は完膚なきまでに混乱していた。サーラが飛び出してって、そのうちの一体をおびき寄せたのも成功。ただ、悲しきは神機使いのポンコツさか、二体の分断はいっそ笑うしかないほど上手くいかず、これ以上は時間のロスになるだけだと判断して二体を同時に相手取ることになった。
「帰ったら全員サーラに土下座だな」
「犬でも分断できるのに私たちときたら……」
「それ以上は悲しくなるからやめて下さい!!」
暴れまわるクアドリガをシールドの内側で耐えながら、しみじみと呟くケイとリンドウにタツミが半泣きで叫んだ。何を隠そう分断が上手くいかなかったのは、ことごとくクアドリガがタツミを狙ったからである。アラガミごときにも人の強弱がわかるんだなとケイは乾いた笑い声を上げた。
「そろそろ止ま、っとぉ! くそ、ミサイルほんと厄介だな!」
「無駄な追尾性能が特にね。タツミ、出るよ!」
「はいっ!」
オフェンスの役割を担うケイ、リンドウ、タツミ、ハルオミの四人で二体のうち一体へ攻勢をかける。チャリオットめいた体躯が動くたびに土煙をまき上げ、火花が後方に散る。確実にダメージが入るミサイルポッドだが、間近にいるとゼロ距離射撃されるリスクが高まるため迂闊に攻撃できない。
不意に、足元が青く点滅した。荒れ地が人工物の安っぽいネオンのような青に色づき、顔を顰めて困惑した。なんだか分からないが嫌な予感がする、と全員が回避行動を取った。直後、波紋のように燐光が広がるその中心全てにミサイルが直撃した。爆炎轟くその向こうに、クアドリガが悠然と嘶いている。
「――これヤバいんじゃないですか!?」
「タツミ、うるさい」
「黙れタツミ」
「辛辣!!」
「いやでも実際問題、どうするんすか。正面突破は無理っぽいし、攻撃もあんまり効いてるように見えねぇし」
「効いてはいる、と思う。けど耐久力、体力があるんだ、多分」
「そんな曖昧な、」
「曖昧? 上等よぉ」
飛来するミサイルにシールドを開こうとするタツミの三歩前に、ひらりと紫の影が舞う。はるか後方にいたはずの彼女は、最も小回りが利き素早く動けるその剣で、鉄と火薬の塊を両断した。真っ二つに割れたそれは勢いを殺さぬまま綺麗に二人を避けて誰もいない場所で小規模に爆発した。見もせずに針に糸を通すような所業。ペンでも回すかのように神機をくるくると指先で弄び、ぴょんと一つ跳ねて構えた神機の刃に左手を添える。
「やってやれないことはない。―――あなたたち、ゴッドイーターでしょぉ? それ以前に男でしょぉ? 何をこの程度で弱音なんて吐いているの」
ぎらり、と妖艶に菫色の瞳が光る。目の前でミサイルが斬られたことを怒ったのかそうでないのかは定かではないが、怒号を上げて突っ込んでくるクアドリガ。その車輪を、アオイが上へ思いきり弾き飛ばさせた。チャリオットはひっくり返り、少し離れた地面へ頭から落下する。土煙る荒野を背に、アオイは目元をそのままに口角を吊り上げた。
「『相手がアラガミならなんであろうとぶっ飛ばす』……キョーカンの言葉教えなかったのかしら、二人とも?」
「後輩まで脳筋に洗脳しないでくださいよ」
「そうそう。タツミとハルは私たちと違って心臓と冷奴を間違えて生まれてきたレベルのチキンハートボーイズなんだから!」
「せめて鳥なのか豆腐なのかどっちかにしてください!」
突如、クアドリガが嘶く馬のように上体を反らし、叫び声としても冒涜的な悲鳴をあげる。そのまま縦横無尽に突進し始めるチャリオットから全員散り散りに回避し、その爆炎が先ほどよりも二回りも広範囲かつ高威力になっていることを確認して顔を引き攣らせた。その視線を撒いて、全員建物の陰の一か所に隠れる。
「ほら~、アオイちゃんが煽るからクアドリガ怒っちゃったじゃ~~ん」
「煽り耐性が低いアイツが悪いんです~、私悪くなぁい」
「見たところ、斬撃はあんまり通らないですね」
「そうッスね。俺のバレッドも貫通系より破砕系のがダメージ通ってる気がするッス」
「つまり頑張れリンドウ、それゆけぼくらのバスターゴリラ」
「腕相撲大会三位がなんか言ってまーす」
「表彰台の横で棒立ちしてたひと黙って」
「仲良いわねぇ」
「ともかく! 主火力は俺とリンドウくんハルくん、他はサポート!」
「はーいママ」
「了解ママ」
「ホンット仲良いッスねぇ!?」
つい先程まで喧嘩腰だった二人が瞬時に結託して先輩いじりに移行する様を特等席で見させられたキンタが渾身の力で叫んだ。くつくつと喉で笑いながらまったく別の方向に飛び出していく二人に続き、キンタアオイ、タツミハルオミも神機を携えて足を動かした。
次回こそ早く投降したい……(怨嗟)
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チャリオット・ロンド2
「タツミ右! ハルは左!」
「了解!」
「アイサー」
手近にいた方のクアドリガが現れた神機使いたちを踏みつぶさんと上体を反らし四輪ウィリー状態になる。上がった車輪の右をタツミが、左をハルオミが押し返すべく力づくで、あるいは技術で跳ね飛ばした。重い金属を弾く音が響いて、その音よりも先にロングブレードの神機が地から天へ一直線に閃光を残して振るわれた。斬るのが通じないなら、叩けば良いだけの話だ。ブレードの平が打ち付けた場所から、バキン、と鉄が砕ける音、次いで肉が千切れる音がぶちぶちとくぐもってその中だけで響いた。今まで蓄積したダメージも相まってだろうが、ともかくこれで前面装甲は砕けた。治る様子が見えないことから、おそらく結合崩壊箇所だったのだろう。
「やー私ってばやればできる子!」
「姐さ、姐さん姐さん! 神機神機!」
「え? ……うん、まあこうなるよね」
昨日の次点で既に心許なかったシールドが完璧にひしゃげ、無惨に取れかかって黒煙が僅かに漂っていた。柄の部分が『もっと大事に扱ってよ!!!!』と抗議でも上げるかのようにガタガタと大袈裟に震える。今まで幾度も無理をさせてきた事も纏めて怒られている気がして、ケイは気まずげに引き攣った笑みを浮かべ3メートルほど後退した。追って来る怒り狂ったそれから逃れるように走り、目的の人物の仁王立ちしたその股下をスライディングで滑り通って、彼の背後に迫っていたミサイルをかっ飛ばした。
「選手交代! リンドウ!」
「オーライ!」
上段に構えたその神機が、ありったけの力で振り下ろされ―――結合崩壊箇所に直撃した。
クアドリガは今まで聞いた中で一番ひどく一番大きな悲鳴を上げ、身体ごと意識を他所に逸らした。誰もいない方向へ車輪を動かすその様は、敗走する兵士のようにも尻尾を撒いて逃げ出す負け犬のようにも見えた。
「キンちゃん、逃げた!」
「新人共連れて追撃! リンドウくんもおまけであげるッス!」
「さんきゅー! 第一部隊新人組、行くよ!」
「はい!」
「りょーかい!」
「はいはい」
クアドリガはあれで耳が良いので、分断しても足止めする役がいないなら合流されるのは容易い。それなら、時間をかけても各個撃破する方がまだ有意義だ。良い子のお返事をする二人とイマイチ真剣みに欠ける一人を伴って、その区画から離脱する。そこで一発のミサイルどころか爆炎すらこちらへ邪魔が来ないのだから恐れ入る。
百メートルも走らない地点で、捕食中のクアドリガの姿が見えた。剣先が鳴らす僅かな金属音で、それは顔の部分に相当する箇所をこちらへ向けた。その禍々しさ、奇妙さにこみあげて来る嫌悪感を飲み込んで、その排熱器官らしき箇所をぶん殴る要領でブレードを叩きつけた。ごいん、と鐘をついたような空虚な音に次いで、じん、と反動で腕が痺れる感覚が骨身に響いた。
「ダメージが! 足りない!」
「じゃあダメージを与えるまで、ですねえ」
すぐさま、ケイが叩きつけたその場所に違う神機が叩き込まれる。流石にバスターブレード、ぴし、と装甲から僅かな切れ込みが入った。嫌がるようにクアドリガが地団駄を踏む。
「ナイスハルー!」
「ありがとうごぜーまーす、退きますよって……」
シールドを構えたハルオミの視線が、ケイの後方、数十メートル先を捉える。吊られて振り向いたケイの眼にも、それは視認できた。
「壁外民間人!?」
「こんな時に……! 先輩!」
「わかってる、けど……」
基本的に、作戦中、遍く民間人は須らく守るべき存在であり、その命は尊いものとされる。
けれどそれは、神機使いの命が脅かされない範囲内でだ。ただの任務中ならば良かった。その所業は関係者の中だけでとばっちりなり幸運なりになるだろうから。けれど、今は作戦行動中、どんな行動が他の隊員を危険にさらすか分からない。ましてや今は発展途上の新人が二人もいる。
これが、ゴッドイーターになるということだ。
命に優先順位をつける、神をも恐れぬ罪業。アラガミを全て殺し終えた先に待つ罰は、きっとこれに起因するものだろう。
―――それでも、彼女はケイ・サカキなのだ。
「リンドウ!」
「オーライ、任せな!」
一瞥で全てを悟ったリンドウがケイの呼び声に噛み付く様に返答する。避難誘導はリンドウの方が得意だ。その間、このクアドリガをこれ以上一歩でも前に進ませてはならない。リンドウの神機で支えていた車輪を弾き飛ばしてポジション交代を済ませる。
シールドはおしゃかになったので刀身で爆炎を切り裂いて無理矢理ダメージを軽減させた。それでも肌を炙る熱を振り払い、タツミとハルオミがきちんとガードできていることを横目で確認する。真正面に聳えるクアドリガが、フシューッ、と蒸気のようなものを空だから噴出させた。ここぞとばかりに斬りかかりながら、二人へ向かって声を張り上げる。
「二人とも、ちょっと軽く向こうへ走らせてからこっちに誘導してくれるー!?」
「何をするおつもりで?」
「ぶった斬る。以上!」
「正気ですか!?」
「ダメージは多分、そこそこ入ってるはずだから、それじゃよろしくー!」
咆哮と共に再びその場を焦土に染め上げようとする前兆たるその黒い煙を避けて後方へ跳びながら、一方的に命令を叩きつけた。
無茶ではあるが、無理ではないはずだ。
悲鳴を上げる野郎二人を他所に、ケイは神機を構えて呼吸を整えた。暴れ馬のように見境なく突進しては疾駆する戦車が、やがて標的を先程から全く動かないケイへ向けた。
乾いた唇を舌で濡らし、浅く息を吐く。神機を振り被り、下段から上段へ素早く手を持ち換える。
一閃。
太陽の光を反射した刃が眩い光の筋を描いた。
クアドリガの芯を捉えた、その感覚と共に、ケイの頭と体感温度が急速に冷めていく。
―――しくった!
バキリ、とクアドリガの前部装甲から砕ける音がした。――だが、それだけだった。
ケイの渾身の一撃を喰らい、大きなダメージを蓄積したものの、仕留めるほどのダメージではなかった。それだけの話だ。
殆ど死に体のくせして、クアドリガがノータイムでケイ目掛けて車輪を振り下ろす。
こちらへ駆け寄らんとする可愛い後輩たちの姿が、嫌にスローモーションに見えた。リンドウはどうしただろうか、上手く逃がしてくれてると、良いんだけど。
せめて相討ちにしてやると振り下ろした神機を頭上へと掲げたその時。
真っ赤なコートが砂ぼこり舞う中翻り、その頼もしい背中が現れる。
鈍い銀色輝くブレードが、左下を起点にして斜めに空を目指して一筋の光を走らせる。剣先はしっかりとクアドリガの腹を捉え、そのまま力だけで吹っ飛ばした。大型アラガミってあんなに飛ぶんだってくらい飛んだ。しかし、当の飛ばした本人は不愉快そうに顔を顰めるだけだった。
「は? 斬るつもりだったんだが。なんで斬れないんだよキレそう。俺の人生において斬れなかったアラガミなんぞあってはならない。あいつ絶対殺すわ」
「落ち着いてくださいもう死んでます見て下さいピクリとも動きませんよ」
「おおタツミ、無事だったか。なんで早口なんだ?」
「リーダーが98割殺意でできてることに気付いたからじゃないスかねぇ」
「殺意じゃない感情が2割もあるなら余裕だな」
「ホントにジョークが一切通じないじゃないですかこわ」
「それで、無事か? ケイ」
「………………………………えして」
「ん?」
「うわーん! 返して返して! 私のさっきの相討ちの覚悟を返して! 来るなら来るってゆっていい加減にして」
「おお? かつてないほど幼児退行してるぞ大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……あと幼児は相討ちとか言わない……で、なんでこんなに早くに? 期間予定時刻12時だったよね?」
「昨日の夜に連絡を受けてな。搬送用ヘリに飛び乗った。今頃ツバキがキンタとアオイのところに斬り込んでるところだろう」
「乱入者の為にその部分の荷物下ろさざるを得なかった運送部ちゃんがかわいそう」
「泣いて喜んでたぞ」
「一般人を泣かせないで、いい大人でしょ」
両手で顔を覆いながらもシンジの暴走を窘めるが、効いている様子は全くない。ツバキの怒涛の説教もあんなんでも偉い支部長の小言も涼しい顔で聞き流すくらいなのだから当然かもしれなかった。
深い溜息を吐いた直後、背筋に僅かな冷気が走る。臀部から首元へ一直線に駆け上がったそれにはっとして先ほど壁外民間人のいた方向を見れば、僅かに土煙がけぶっているのが見えた。ケイの突然の行動に、つられてその視線を追った三人も感づく。
「俺は裏から回ろう」
「了解、タツミ、ハルは私と正面から突っ込むよ」
「了解!」
「了解です」
「それじゃ……ええっと……今回はいつも通り、頼むね」
まさかこの台詞を自分が言う羽目になるとはな、とケイは気を抜けば自己嫌悪に陥る思考を叱咤して歪な笑みを浮かべた。シンジは、こういうとき、易しくはしてくれない。
次こそ……次こそ早めに……なんでこんなに忙しいんだよ三連休なら三連勤だったわふはは!
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チャリオット・ロンド3
民間人を守ることは、軍隊としての性質を半分継いだゴッドイーターにも当然適応される。けれど軍人は民間人を守ることも仕事だが、殺すことだって仕事だ。
ゴッドイーターは当然軍隊ではないのでこれは適応されない。故に民間人を殺すことはない。ない、が。
「我らが生化学企業フェンリルにとって、必要なのは神機を扱える因子を持った人間。ゴッドイーターの仕事は、蔓延るアラガミの一切を殲滅すること。それから拠点の防衛。――私たちの仕事の管轄内に、壁外民間人は含まれていない」
指示棒を両手でつー、と伸ばしながら、ホワイトボードの前に立ったケイがタツミを振り返る。ホワイトボードはホワイトのまま、何も描かれてはいない。いちいち軍法なぞ書いていられるわけはない、こんなのは気分だ。
「えっ。で、でも、この前任務帰りに遭遇したアラガミに襲われてる壁外民間人は助けたじゃないですか! しかもそのあと安全な場所まで送りましたし……」
「書類上、私たちはあの日任務帰りに見かけたアラガミをついでに倒して、それを深追いして、キッチリ殲滅して帰ってきたことになってる。つまり、壁外民間人については未報告でーす。タツミのも改竄しておいたから安心して?」
「全然安心できませんよ!? 無断で共犯者にしないで下さい! そもそもなんでそんな、壁外に生きている人々を助けたって救急したって、規則を破るわけじゃないでしょう?」
バララララ、と軍法一冊を捲るタツミの手元に、ずい、と指示棒の先端を差し出す。
「そう、それが問題なの。民間人に関する規則はウチでは普通の軍法でも考えられないたった三条。一つ目は四十二条。ハイヴ、及びフェンリルに属する関係者各位、及び民間人を保護すべし。二つ目は続けて四十三条、防衛壁内部にアラガミが侵入した際、人命救急が優先。殲滅は状況次第、上官の判断にゆだねること。そして三つ目、防衛部規範の第二十三条防護壁内の人間を須らく忌憚なく貧富の差別なくその命を守る事。以上、壁外民間人についての記載は一切なし」
「………はあ」
「フェンリルにとって壁外民間人はいないもの同然。だから助ける助けないもない。救助のために人員は割けないし、作戦遂行中に『いもしない誰か』を助けるために殲滅対象を放逐するわけにはいかない」
「な―――んですかそれッ!?」
腑抜けた返事をするタツミに追撃を仕掛けると、いとも容易く顔が真っ赤に染まった。下げていた指示棒の先でぺしりとその額をはじく。ケイに激高されても困る、完全にお門違いだ。多少は冷静になったのか眉間にしわを寄せて額をさするその顔には不満一色である。
「人命は須らく忌憚なく貧富の差別なく守らなければならないでしょう!?」
「わお、防衛部の規範ど真ん中直球そのまま。さすが私の後輩」
「あーねーさーんー!?」
「はいはい。そうね、何処の誰だろうと、そこにある命を無視なんてできるわけない。私も、そう思う。けど任務中、切羽詰まったその時、もしアナグラも同様に襲われているとしたら、優先すべきはどちらだと思う?」
「そういう、聞き方はッ! ……狡いですよ……」
「うん、ごめん。私もこの聞かれ方はきつかったな」
『ゴッドイーターとして生きる、お前もその重さをいつか知るだろう』
「……一ヵ月かかんなかったよ、知るまでに」
「姐さん、じゃあ作戦遂行中に壁外民間人に遭遇したらどうすれば良いんでしょうか」
「話聞いてた? つまり―――」
―――放置
*
「姐さんッ……本気ですか?」
「本気も本気だけど? 君たちを守りながらアレと対峙する余裕なんてないよ」
「なら、俺達のことなんて、」
「捨て置いても良いなんて言わないでね。私にとってゴッドイーターはひとを守るためになった生業だけど、優先順位くらいある。そのときになっても、私は絶対迷ったりしない」
ただ前を向いて走り続けながら言葉を吐き出すケイに、追いすがるように並走していたタツミが悔しそうに顔を歪める。反論するには容易な意見かもしれないが、その言葉にはある種の真理があった。誰も彼もを守り切ることはできない。
「まあでも見てなよ。腐ってもあいつは私の左腕だからさ」
「ああそういう……」
「えっ、なんのことだよ、ハル」
「ケイちゃん先輩とリンドウさんは謎テレパシーが使えるってこった」
「……姐さんって、やっぱりエスパーだったんですね」
「だからやっぱりって何???」
煙が立ち上る場所へ辿り着いたそこには、地にむわりと臭い立つほど広がる量の血だまりと、悲鳴や怒号、逃げ回る人々の姿が――――
「ありませんでしたー」
「いやなんでですか!?」
「ははは教えてやろうか。『普通に頑張った』んだよ。壁外民間人には作戦範囲を教えてその外へ遠足へ行ってもらった、以上」
「ご愁傷様でした」
代わりと言わんばかりに大暴れするクアドリガとリンドウ、サーラはいたが、そこには血痕ひとつなく、蹴り上げられて漂う土煙と瓦礫のみだ。ケイを見るや否や脇目も降らず猛然と駆け寄ってきた白いもふもふの塊を抱きとめる。
「サーラ、よくがんばりました! グッボーイグッボーイ!!」
「わん! わんわん!」
あおーん、と最後に遠吠えを一つしてぺろぺろとケイの顔を涎塗れにすべく腐心する。わしゃわしゃと撫でた体毛は砂と埃と泥にまみれ、爪はすっかりすり減っていた。彼がとてもたくさん頑張った証である、鼻が高い。
「いちゃこらしてないで働けゴラァ!!」
「はいはい。サーラ、建物の影で待機、警戒よろしくー」
「ワン!」
「よし、じゃあタカさんの援護射撃も頼めることだし、シン君と合流して一気に畳みかけるよー!」
「えっ頼めるんですか」
「タカさんの遠望スコープは支部カメラにも繋がってんだよ。色々バレちまうだろー」
通信手段はインカムか、ジープに備え付け、もしくは持ち運び用の無線しかなく、辛うじて腕輪のバイタルセンサーが稼働しているのをチェックしているくらいだ。GPS機能すらついていない。しかし、こちらを観測する方法はないではないのだ。それが、キヨタカの超長距離砲型神機に備えられた機能のひとつで、彼がいつも屋上にいる理由だった。
クアドリガを挑発するように斬りつけながら、徐々に後退する。
「合流地点は?」
「この吹き抜け抜けたとこにある公園」
「了解」
おそらく元はどこかのデパートだっただろう場所を疾駆し、瓦礫とガラスを越えて進み片手間にインカムを起動させてキヨタカへ直結する番号に合わせる。
「支部、支部ー。こちらケイ・サカキ。二体目のアラガミちゃちゃっと倒すので援護射撃許可ください」
『支部オペレーターユウナ了解、受理します。タカさんに通信繋げます、がんばってね!』
飛んでくるミサイルや砂礫をひょいひょい避けつつ、出入口から転がるように建物を脱出する。直後、追いかけてきたクアドリガによって出入り口の壁が無惨に破壊された。やはり強度が前の彼らとは段違いのようで、クアドリガは腹立たしいほどピンピンしている。後方を確認しながら引き攣り笑って、ブツ、と低音を耳に確かめて声を張り上げる。
「こちらケイ・サカキ! タカ―さーん、起きてますかー? タカさーーん!」
『へぇへぇ起きてまっせー、合わせていいのか?』
「オッケー!」
一旦通話は切り上げ、タツミに向けて目的地を顎で小さく指す。死んだ魚のような目でそれでも了承した彼を確認して、リンドウの首根っこを掴んですぐ脇の建築物の影に引っ込んだ。反対側でハルも離脱したのを目視し、一旦ブレーキを効かせた後またタツミを攻撃対象と再認識したらしいクアドリガが車輪を回すのを確認して肩を下ろす。離された距離は僅かだが、その僅かがタツミの生命線だ。
「タカさん!」
『おう、狙い撃つぜ!』
キヨタカの神機から放たれるバレッドが飛来する、その気配を感じた間際、タツミとクアドリガの進行方向、そのすぐ脇にある公園内のごくありふれた茂みの陰に、潜むような小さな影が、揺れた。
思考はノータイム、判断は理性を持たず、気付けば足は動いていた。後方で誰か呼ぶ声がした気がするが、脳までは届かない。
光が線を描いて空を切る。無我夢中で、手を伸ばして――その先の小さな影を、見慣れた緑がかった金色が抱き込むのを、見た。
なんだ、やればできるじゃないかこいつ。安心――――じゃないなんでこいつ神機持ってないの!!!???
このとき幸いだったのは、人体というのは頭より身体のほうがよほど有能だったということ。
不幸だったことは、それがスコープにばっちり映っていたと言う事だ。
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ロンド・エンドロール
気絶から二人が回復したのはほぼ半日後の深夜だった。起きるや否や検査を受け、状態に異常がないとわかればすぐ支部長室に追いやられた。支部長室には、椅子に腰かける支部長と、机の前で二人に向かって仁王立ちする男の姿。
「こンの、大馬鹿者共がぁぁぁああ!!」
司令室を破裂させんばかりの怒号に、殆どゼロ距離で直撃した二人は身体全体が縮み上がった。言わずもがなケイとハルオミの両名であるが、説教しているのは世に珍しく、黒田キヨタカであった。ゲンと出身は違うにせよ、本場仕込みの年季の入ったその一声に、まだ十五かそこらの二人はじっと堪え忍ぶしかない。
「大型砲の射線上に飛び込むやつがあるか!訓練学校で習わなかったか? ア?」
「習いました……」
「俺のスコープには支部の監視が入ってることも知ってるよなァ?」
「ハイ……」
「テメェでテメェの命令違反してちゃ世話ねぇぞこのアホ。訓練生からやりなおすか?」
「おっしゃる通りで……」
「存分に怒られてこい」「今回ばかりは庇えないなぁ~」とは途中すれ違ったゲンとヨシノの言葉である。ありがたくて涙が出そうだ。十割自業自得なので誰に助けも求められないところが更に辛い。タカさんってそんなに大きな声出せたんだとかいう軽口すら叩けない。ハルオミに至っては顔色が紙より白い蒼白だ、可哀想に。それから続く永遠に等しい説教にいつのまにかすっかり正座になってしまった頃、はぁーっ、とキヨタカが長い息を吐いて、二人はそろりと顔を上げる。
「民間人の保護は、確かに大事だ。だがお前らの命には代えらんねぇだろうがよ」
「……………」
「そうだな、お前らはそんなことはねぇと思ってるだろう。こんなクソッタレな世の中でよくもまあそんな真っ直ぐに育ったもんだ。だが、いいか、この部屋から自室に戻るまでに、よく周り見ていけ。頼むからよ、もうちょっと自分を大切にしてやってくれ」
「…………はい」
「はい……」
「俺からの話は終いだ、後は支部長からだ、そら立った立った」
「タカさん」
「ん?」
「……ごめんなさい」
「…………いーよ。このドラ娘。また遊びに来いよ」
「わ、う、うんっ」
ハルオミ共々わしゃわしゃと髪をかき回され、ケイはぎこちなくへらりと笑った。なんで俺まで、とハルオミの目がケイに向いたが、そ知らぬふりした。この年で頭を撫でられるのは、結構恥ずかしい。
「さて、今回の二人の処遇についてだが」
「ハイ………」
長時間の正座に若干ふらつきつつも、しゃんと直立の姿勢を取る。僅かに傾くハルオミを肘で突いて、支部長の言葉の続きを待った。
「真壁ハルオミはグラスゴー支部へ移転。ケイ・サカキはドイツハンブルク支部へ半年のみ移転。以上だ」
「………………えっ?」
やっとこさ内容を咀嚼した直後に思わず声を上げたケイは、混乱しつつ隣のハルオミと顔を合わせる。リアルに「????」みたいな顔をしているハルオミに彼の混乱っぷりを察してそっと支部長へ顔を戻した。
「不満かね?」
「不満というか、一般的に、上官のほうが刑が重いものじゃないのでしょうか、っていうかぶっちゃけ私軽すぎですよね??」
「無論、理由がある。一つ目に、君たちが保護した子どもは因子保持者だったこと。つまり君たちの行いは正当化される余地があるということだ」
「えっ、因子保持者だったんですか」
「ああ。二つ目、ケイ・サカキが発した命令を通信上のシステムでは記録していない。通信技術が低くて幸いだったな」
状況的に、そして規定的に壁外民間人をスルーする命令を出しているのは当然だが、肝心の司令部ではその瞬間の会話を傍受していないので発したも聞き入れたも不明だった、ということだろう。インカム起動していなくてよかった、とケイは内心で深く安堵の息を吐いた。
「そして三つ目に、――単純にサカキの戦力が惜しい」
「ああ………」
「えぇー」
「雨宮くんも何故か着いていくことになったしな」
「えっ、な、なんでですか?リンドウ関係ない……」
「はは、黒田君の説教が余程効いてないらしい」
「いや骨身に染みましたけど!?」
「真壁君、グラスゴーはまだ支部としては発展途上でやりにくいことはあるだろうが、ここ極東最高の第一部隊で三ヶ月鍛え上げられたんだ、きっと君の力をよく発揮できるだろう。話は以上だ、辞令は追って通達する。出ていってよろしい」
半ば強制的に追い出され、今度こそ二人とも顔を見合わせて頭を抱えた。
「てっきり軍法会議に掛けられるかと……」
「むしろそっちのほうが受け入れられたまであるよ、こんなの体の良い言い訳じゃん……」
「その通りだ」
思考をぐるぐると土坪の中で回転させる二人に降ってきた声に顔を上げれば、赤髪の我らがリーダーがボード片手に立っていた。まさか知ってたの、と口元をひきつらせると、彼は肩をすくめてリーダーだからな、と応えた。
「グラスゴーへの移転の話は前から出ていたんだ。アラガミは少ないが神機使いが二人しかいないのは問題が過ぎる。誰が行くかでどこも揉めてたのが一発解決だ」
「二人、ってことは俺が行っても三人!? 冗談ですよね??」
「事実だ。ただアラガミの出現率はここの十分の一にも満たないから、業務の忙しさはこことそう変わらん。一週間いた俺が言うのだから間違いはない。ハンブルク支部は新設でな、ドイツ二つ目の支部だし人手はいるんだが、いかんせん新人教育に手が回らないらしい。新人教育課程を最近終えたやつらがいたな、つまりそういうことだ」
元々計画されていたことに都合よく駒が揃ったので処理ついでに放り込んでみた、と言わんばかりの話だ。減俸や降格なんてこの支部を離れることに比べれば屁でもないのに。
「内々の処理だから今回は始末書ナシだ、良かったな」
「なんっっっにも良くないし、っていうかそう、なんでリンドウまで来るの?」
「あれは諦めろ。俺でもキレる」
「うぇっ、な、なんで?」
「目の前で相棒がバレッドに突っ込んでいくのを止められなかったんだぞ? トラウマモノだろう、普通」
さらりと言っているが、言葉は重い。ケイはそれ以上の言葉を封じられて、自然視線を下げる。わかっている、わかっているけれど、わかんないよ。
「さっさと相方に会いに行ってこい。場所は、」
「それぐらいはわかるよっ、半分なんだから」
どこにいるのかくらいはわかる。そんなことは些細で簡単なことだ。何を考えてるかもわかる。たまに外れるけれど、その差異が二人の凹凸だから、それは良い。けれど今どんなに相手が苦しんでいるのかはわからない。わからないから、走るのだ。
非常階段。
基本的に、ここアナグラで生活する人々は上下に移動する際エレベーターを使用する。備え付けられた階段は昼間でも薄暗く、足元に非常灯が常時灯されている程度で、天井に蛍光灯はない。幅も狭いし、段差は高い。慣れた神機使いらは余裕で屋上まで駆け上がれるが、慣れない新人なんかは躓いたりしているし、研究者なんて一階分上がるだけで息絶え絶えだ。そんなわけで訪れたそこには、人影はぽつんとひとつ落ちるのみだった。三階と四階の狭間、その階段に、黄昏れるように座り込む隣にそっとしゃがむ。この中間フロアは、非常階段の中で唯一僅かに外の様子が見える場所だ。といっても、横に細長い長方形の窓が床ギリギリの箇所に嵌め込まれているだけなのだが。そこから見える外は僅かに明るく、空が白んでいるだろうことが伺えた。
「ごめんね、リンドウ」
「あーーーーやだやだやだほんとにお前やだ」
濁音がつきそうなほど枯れた声を上げながら、リンドウは階段に背中を倒れ込むように預けた。ごりごりと背中を階段に擦りながら、天井というより、最早後ろを仰ぎ見るレベルでのけ反る。半目の下には、うっすら隈が浮かんで見えた。
「ほんとお前ほんとさぁ、いい加減にしろよ……」
「うん、ごめんね、ごめんなさい」
「ほんっっと肝が冷えた、今回ばかりは殺そうかと思った」
「あはは……熱烈だー……」
ケイは約束を破った。
一番最初に会って、その場で決めて、それからずっと守っていたはずのものだ。人間として遵守すべき貴い願い、当然の本能。ケイがケイ・サカキになる前から持っていたたったひとつのやるべきこと。
膝を抱えて爪先に視線を落とすケイの隣で、リンドウも仰いだまま片腕を顔に乗せて目元を覆った。階段の下に窓からオレンジの光が射し込む。朝日が顔を出したらしい。朝っぱらから自分達は何をやっているんだと素面に戻る。今は早朝も良いところでひと気はあっても人影はないのでどこも静まり返っているし、今気付いたけれど報告書も書いていないし、そもそも病み上がりだし。
「お前最近、やっぱどっかおかしいぞ」
「あはは……そうかも」
「身体と心が一致しねぇっつーか、理性と本能が乖離してるっつーか……上手い言い方がわからん」
「ん……最近お父さんの診察サボってるからかなー」
「それ関係あんのか?」
「どうだろ。でも、なんだか、そう……」
あの一瞬、気付けば身体は宙に浮いていた。咄嗟の判断とか反射に近いことには近いのだが、問題はそのひと刹那のケイの頭の中である。
あのときケイの頭は、―――空っぽだった。
まさかそんなところに人が隠れていたとは思わず、困惑していたと言っても過言ではない。何もできないはずだった。そのはずだった、なのに―――身体は動いていた。
あのときケイは、まるで、
考えすぎだ、と頭を振って思考と頭痛を振り払った。それがあんまりにもありえない妄想だったから。
一息吐いてふと隣を見れば、右手をぷらぷらさせ折り曲げたり直したりするリンドウの姿があった。ひくり、と頬を引き攣らせる。
「……よしケイ、歯ァ食い縛れ」
「……それで、二人とも再入院、ねぇ」
完全に呆れ返った顔を向ける父に、娘は何一つ弁解の言葉を口に出来なかった。何せケイの身体のメンテナンスは例外を除いて昔からペイラーの男手ひとつでされてきたことなので、今回も迷惑をかけるのは自明の理である。
「ボディーにしてくれたことだけは感謝するよ……」
「顔だったら目も当てられないことになってただろうからね……」
リンドウはそこそこやんちゃな少年だったらしいので、それなりに喧嘩もしてきた。それ故、殴る蹴るがかなり上手い。音だけするビンタとか超上手い。そのスキルを全てぶん投げて、一心に打撃力のみを優先にして、相手のの腹部を打ち据えたらどうなるか。
結果、力を入れすぎたリンドウの左手は複雑骨折、完璧にボディブローが入ったケイも肋骨が二本折れる大惨事になった。そしてそのあと遭遇したツバキにも脳天に一発入れられ、頭頂には立派なたんこぶが乗っかっている。
「青春だね!」
「こんな血なまぐさい青春いやだぁ……」
前屈よろしく身体を倒そうとして、腹部の痛みを思い出して仰け反る。ぺらりと服を捲れば、若干茶色に変色した青痣がくっきり。丁度古傷の真上に我が物顔で鎮座していた。
拳一発。ゲロ吐くほどに甘い一撃だった。
「お父さん、私に隠してることあるでしょ」
「……断定系でこられては、逃げる道がないなぁ」
じろりと睨み上げるようにペイラーを見上げると、困ったような微笑みが返ってきて目線を下げる。困らせたいわけではない、ケイだって叶うなら父に笑って日々を過ごしてもらいたい。けれど、これはケイ自身のことだ。ケイがまだケイ・サカキになる前、得体のしれない少女だったころからのこと。ならば、ケイは退くわけにはいかない。
「まあ、話せないんだけどね」
「…………え? なんで? 今話す流れだったよね??」
「君の知識欲に、私はいつだって応えられて来たと思う。けれど、今回ばかりは、難しい」
「お父さんでもわからないってこと?」
「ニュアンスは少し違うけれど、大まかに言えばそう。そしてできるなら私は。……あるかもしれないその事実を、君が知らないままでいることを願っている。それが最善だと何があっても思うだろう」
事実。ケイは頭の中でそう繰り返した。真実ではなく、事実。真実よりもっと残酷で、無慈悲で、忌憚のないもの。
「じゃあ、私がそれを探すことは、反対?」
「私としてはね。けれど、君にとっての正義がそれを探すことなら、止めはしないよ。手助けもしないけど」
「よくわかんないな」
「はは。ああ、そうそう。ソーマはそれを探そうとして研究者もどきをしているんだよ」
「今明かされる衝撃の事実! なんでそうなっちゃったの!?」
「うっかりケイの身体に関する書類を見られちゃって。子どもだと思って油断したな~あはは」
「笑い事じゃないよね!?」
ペイラーの胸元を掴んでがっくんがっくんと前後に激しく揺らすが、乾いた笑い声をばかりでそれ以上の弁解はないらしい。
「今ちょっと迷走してて見てて面白いよ」
「ああそういえば最近神機の開発の方に……って性格わるいよっ!」
「あははは、ごめんごめん。……まぁ、一緒に突き止めるのも良いんじゃないかな」
「……ヒント?」
「さて、ね。ドイツの方でも元気で、大きい怪我はしないようにね」
「はーい」
にっ、と屈託なく笑うケイに、ペイラーはどこか困ったような笑顔を返した。病室の扉が開く音がして、次いでケイの寝そべるベッドを囲うカーテンが揺れる。
「姐さん、俺です」
「タツミ? 入っていいよ」
「失礼します、ってうわ、大怪我じゃないですか!?」
「おなかと頭は身内からのものだから実質半分だよ」
「実質二倍の間違いじゃないですかねそれ……あ、サカキ博士こんにちは」
「こんにちは。診察は終わったから、私は仕事に戻るよ。くれぐれも、無理は、しないように」
「わかってまーす。お仕事がんばってね」
ひらひらと手を振って見送り、今までペイラーが座っていた椅子をタツミに勧める。
「それで、自分の命令も守れない上官に小言でも言いにきたのかな?」
「なんかやさぐれてません? そうじゃなくて、これ、見て下さいっ」
差し出された書類一枚をぺらっ、と指でつまんで受け取る。神機の適合率検査の結果らしい、日付は本日五時のもの。つまり最新も最新、今朝イチの結果だった。
「適合率二十二パーセント……って、すごいじゃん! 安定領域ギリギリだけど」
あの時、ケイとハルオミがまったくもって無謀の極みだったその時、タツミは焦燥一色になった。光の柱のその向こう、影を朝陽が焼き消すように姿が見えなくなったそのひとを、タツミはただ見ていた。真昼の空に突き刺さったその光一閃を、切り裂いたのは我らが紅いリーダーだった。
こどもを抱えたまま気絶したハルオミと、壊れかけたシールドを展開したまま気を失うケイがそこにはいて。安堵と恐怖が一息に脳に流れ込んできたことを覚えている。そのときタツミが真っ先に思ったのは、「どうして」というその疑問それだけだった。壁の外の人を守った尊敬する先輩に対して浮かんだのが真っ先にそれだった。
――大森タツミは結局、自分本位な人間だったのだと、突き付けられた。
動けないタツミを他所に、意識のない二人とこどもを、シンジとリンドウが確認していく。傍目にも苛立っているのがわかるリンドウが、ハルオミの頬を八つ当たり気味にべしべしと叩く。
生きてるなら、それだけでいいさ
気絶するケイを抱き上げるシンジは、それだけ言って小さく笑みを浮かべた。そのことばの前には、「仲間が」、もとい「ケイが」が入るのだろう。
こうはあれない、と思った。
ならば、どうなろうというのか。民間人を庇うべく身体を張ったひとの方が大事だと理解してしまった自分に。何を守れると言うのだろうか。
そう思ったその時、神機ごと身体が脈打った気がした。握るだけで痛みが差す手のひらを労わるように、じんわりと熱が伝わる。
受け入れられた、と理解した。
ほんの一歩程度、角砂糖一個分くらいかもしれないけれど、それでも、受け入れられたのだと。他人を、相手を、神機を。――自分を。
「おめでとう、タツミ。教育係も卒業だし、お祝い事ばかりだね」
「はい! ほんとに……ん? 教育係卒業?」
「うん。もうタツミは第一部隊に配属しても充分動けてるもの。それに半年、遠征みたいなものに行くからその間面倒みれないし」
「半年遠征、ですか」
「今回のペナルティと人手不足を兼ねてね」
「えぇー……姐さんいないとか……こっちが人手不足になりかねないですか??」
「私とリンドウ以外の第一部隊員がいるからヘーキヘーキ。アナグラをよろしくね、防衛班!」
「あ………はいっ!」
ケイとリンドウに代わって、までとは言わないが、まだまだ微力ではあるが、それでもタツミはもう立派にアナグラの一員だ。アナグラを任せるに足ると判断した、ポンコツな師で申し訳ないが、それだけは本当だ。
ヨハネスブルクじゃねぇよハンブルクだよドイツの地理ェ
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ロンド・エンド
半年とは言えど異動は異動。必要な書類は多いし許可願いの数も膨大で、しかもその異動が一週間後とかいう超絶急なものだから大変だった。三日完徹してどうにか体裁を整えて書類を配送。次いで運送部に頼み込んでどうにかこうにかヘリと運転手の算段を終えて、気付けば配属までは三日を切っていた。明日の昼には出発する予定なので、自然荷造りは適当になっていく。今から取り寄せようにも間に合わないだろうし、仮眠もとりたいので倉庫まで専用のバッグやらキャリーバッグやらを持ってくるのさえ面倒くさい。ノックからノータイムで扉を開かれ、ケイはそちらを見向きもしないまま部屋にあった適当なナップザックに必要なものを入れていく。
「回復錠が入らないんだが、そっち余裕あるか?」
「あーるじゅうはちの本を抜けば良いんじゃない???」
「必需品なんだよ男にはよ……」
「うわほんとに入ってるし。えー……任務用の服とかと、折り畳み式のカバンだけ入れて他のは現地調達にすれば?」
「天才か」
「グレネードいるかな?」
「入れとけ入れとけ。他なんかあるか?」
「データPDFにしてアーカイブからDLしといて。向こうにどれだけ資料があるかわかんないし、、入れるだけ入れたい」
「オーライ。入んねぇ分は勝手に俺のに入れとくぞー」
「やったーリンドウありがとーー今度ジャーキーあげるね」
「姉上からクソほど貰ってるからいらねぇー」
貴重な動物性たんぱく質だが、ツバキ曰く「犬の餌みたいで苦手」だそうで。配給や購入したおつまみセットから取り除いては、主にリンドウやケイに配り歩いているのである。塵も積もれば山となるとはよく言ったもので、二人の非常用食料ボックスはおかげでジャーキーまみれだ。
「やっぱコレ処分した方が良いね? 最近兄妹入ってきたじゃん、その子たちにあげようよ」
「あー、そうだな、このままじゃ腐っちまう、っと、来客だぞ」
軽いノックの後、「俺だ」と傲岸不遜に言い放つその主は、言わずもがなソーマのものだ。ケイの部屋なんてものはフリースペースと半ば化しているのでむしろ丁寧な部類なのだが、それを認めてしまえばモラル的なものを失う気がして見て見ぬふりは継続中である。入っていいよー、と声を返せば、一拍置いて扉が開かれた。
「ロックくらいかけ、ろ……………なんでこいつがいるんだ」
「………バディだから、か?」
「リンドウなら今はデータDL機になってるから気にしないでいいよ?」
「そうか。ところで端末は保有者しか使えないはずだな?」
「……………………そうだったっけ??」
「あー、あったなそんな機能。一週間ぐらいで改造したろ」
「あぁ……あのコンゴウ乱舞のとき」
思い出したくもないから記憶から末梢していた。今すぐ忘れてまた平穏な日常に戻りたいところだが、何を隠そう思い出した記憶がむしろ今の平穏な日常と変わらない。神機使いが如何にブラックかがわかる。さても思い出してみればあの時、リンドウの端末が使えなくなったため、そういえばケイの端末を改造していた。後にリンドウの端末も改造してしまったのは、まあ順当な流れでないこともない。
「でもシン君のも私使えるよ? リンドウもツバキちゃんの使えるし、アオイちゃんとキンちゃんもお互い使えるらしいし。どうせ任務中にはロック外すんだから無用の長物だよ」
「緊急時バディの端末使えないとか笑うだろむしろ」
「それな」
ソーマが小さな声で何か言ったらしいが、生憎ゴッドイーターの優秀な聴覚でも聞き取れないほどの音量だった。首を傾げて見せれば、一層不愉快そうな表情になるので困惑は増すばかりだった。
「よくもまあ精神年齢五歳相手にそこまで突っ掛かれるな……」
「えっ、唐突なディス……これが最近のキレやすい若者ってヤツ……?」
「黙れ三歳児」
「下げた?? なんで????」
「ちったぁ自分で考えろ。じゃ、こいつは俺のとこでやっとくから、ごゆっくり~~」
「すごいねリンドウ、よくもまあそんな流れるように相棒を見捨てられるね? っていうかバッグは持ってけツバキちゃんに提出すんぞ」
「すまんそれだけは勘弁!」
音速でバッグをひったくるように受け取った背中に呆れ顔を隠さず見送る。なんというか、全体的に締まらないやつだ。
「それで、ソーマは何の用事があって来たの?」
「…………用事がなくて来ちゃ悪いか」
「ううん、聞いただけ。私は荷造りしなくちゃだけど、ゆっくりしていって」
若干不機嫌が尾を引いているものの、ソーマはこっくりと何も言わず頷いた。大人しくローテーブルの傍に座るソーマに、ケイがくすくすと笑みを漏らす。
「なんだかんだ素直だよねぇ」
「……無意味だからな」
「リンドウにツン発揮するのは意味があるってこと?」
「気に食わないだけだ」
「ふーん? まあ良いけどね、なんだかそれも真実のような気がするし」
素直というのは撤回した方がいいかもしれない。まったくこの十歳児、どこでそんな語彙力を身に着けてきたのやら。特大ブーメランのような益体のないことをつらつら考えつつ、鼻歌を歌いながら荷造りを終わらせていく。あとはチャックが閉まるかどうか、といったところで、息を吸う僅かな呼吸音がして手を止めた。
「オッサンから聞いたのか」
数瞬だけ手を止めて、づー、とゆっくり閉めていく。
「聞いたけど、教えてはもらえなかったよ」
かち、とチャックの付け根がプラスチックを擦る音を立てて完全に閉まる。
そうか、と吐く息と混ざったような掠れた声が耳に届いた。
「知っても、かまわないか」
「………うん。お願いしてもいいかな?」
多分、二、三年ほど前のケイなら、特別興味の湧かない話だったと思う。現状に満足していたから。心底、しあわせだったから。
「最近おかしいんだ。最初は、生きていくだけで良かったのに。お父さんを、研究所にいたみんなを、ソーマを、守れればそれで良かった、でもどんどん守りたいひとは増えて」
名前を呼ばれるのは好きだ。そのひとがケイに対して抱く想いが耳から届くから。遠くにいてもわかるから。
けれど同時に、どうしてだか苦しいとも思う。水中に沈んだような、溺れたような息の苦しさ。溢れて溢れすぎて、届くのに、処理できない。
「守るための長い腕が欲しい、駆けつけるための長い脚が欲しいと思ったら、その通り身体は大きくなれた。大人になりたいと願ったら、髪が伸びた。けど結局、そんなのも外側だけだったし」
―――あまりにも、この身体は思い通りになりすぎる。自我が芽生えれば芽生えるほどわかる、漠然とした違和感、それでいて異様なほどしっくりくるような。
「たぶん私は、知らなきゃいけないんだと思う。覚えてないから仕方ないなんて、よく考えれば私にしては後ろ向きな手だった」
背筋を伸ばして、ソーマににっこりと笑いかける。
見て見ぬふりをしてきたことが、たくさんあった。今まで思い過ごしとしてきたものが山ほど。
思い立ったら即行動、当たって砕けろといつだって生きてきたのだ、今回もそれくらいの心持で進めば。進めば、きっと。いきつくところに行ける。
そしてそこへ至るとき、共にいるならばこの子が良いなと思った。それがどうしてかはまだわからない。リンドウとか、ツバキちゃんとか、シン君でもいいんじゃないかな、と思わないでもないけど。
けれどその差し出された手を、離したくないなと思ったのだけは本当だった。
「でも、なんでソーマはそんなに積極的なの?」
「……嫌な、予感がする。それだけだ」
「ふーん……まあ、ソーマの勘は当たるもんね」
ゴッドイーター3が来月十三日発売予定ですよ!!!今から楽しみでもあり不安でもあり……そして3が出るまでにせめて本編まで行きたかった……(無理)
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Interlude:殲滅部隊の調査任務
第一部隊は通称、殲滅部隊と呼ばれ、名の通りアラガミの殲滅が主な任務である。偵察班からの任務があれば受理し、なければ各自担当のエリアを見回りして戻り、異常が無ければアナグラで待機。その他にも防衛班から要請があればかけつけ、偵察班や技術部などに呼びつけられることもしばしばだ。個々が違う方向に秀でているので、度々便利屋のように扱われているのである。
そしてそんな第一部隊に、こんにちある任務が舞い込んだ。
「調査任務じゃんッスかこれ」
「ああ。偵察班と調査班と捜索班が匙を投げたいわくつき。暇なら行ってこい、と」
「暇じゃないなら行かなくても良いのでは?」
「支部長に直談判できるやつだけ石を投げろ」
「岩まで投げれるやついますけど」
「支部長に行かせようか?」
「泣いちゃうからやめろ。あの人最近本気でお前からの信頼がないことに嘆いてるぞ」
「カルネアデスの絵を時間さえあれば遠い眼で眺めてるわよぉ」
シンジ、キンタ、アオイ、ツバキ、リンドウ、ケイ、と第一部隊揃い踏みの真昼のミーティング。本日は任務もなければアラガミもおらず、ケイのセンサーも平和ボケしそうなほどおだやかだ。各エリアを回って全員戻ってきたところでの会合だった。そこに現れたシンジの手に収められた書類、そこには、本来調査班が行うはずの調査任務。裾上病院跡調査任務。任務内容もごくありふれたものだ。ハイヴ建設時に取り壊すにはどのくらいかかりそうか、地下の有無、人の住んでいる形跡、諸々。調査班そんなに忙しかったっけ、と首を捻るが、まぁ、彼らは基本忙しいのは事実だ。
「とうとう過労死者でも出たの?」
「そろそろ出そうだが、違う。文字通り匙を投げたんだ。調査に行った隊員が一人残らず泣きながら帰ってきた」
「泣きながらって、なんですかそれ」
「もしかしてッスけどー……あの、おばけとか、そういう?」
「行ったやつらの証言的には」
「棄権します!!!!!!」
「却下。じゃ、集合は現地。時間はゼロゼロサンマルな」
「えっ、本気で?」
「指令書を見ろ。そういうことだ」
にっこりと笑って、シンジは最後にそれだけを言った。そう、つまり、そういうことだ。
「というわけでよく来たなお前ら。裾上病院凸開始するぞ」
「無理………本気で無理………」
「シンくんせんせーキンちゃんが泣いてまーす」
「しんどい……………」
「シンジせんせえ、姉上が聞いた事ないか細い声出してまーす」
「お前ら情けない。見ろアオイを」
「見て見てこのライト、技術部から借りた最新型なんだけど、一キロ先まで明るくなりそぉ!」
「なんでアオイちゃんは遠足に来たこどもみたいなテンションなの?」
半泣きのツバキと、既に若干泣いてるキンタの一方で、アオイが真昼並みの明るさになるライトをぶんぶかぶんぶか振り回している。それを冷静な眼で見ているシンジと、困惑しながらも平静を保つケイとリンドウ。カオスの塊のような集団だった。パリピ集団のほうがマシかもしれないというレベルである。
「ホントに行くんスか……? このド深夜に……? このなにもなくても出そうなところに??」
涙目のキンタが指さす先、裾上病院跡地は、異様な空気を醸し出していた。限りなく粘度の高い闇に少量の濃紺を混ぜたような夜闇に、朽ちかけて錆びていて尚くっきりと白い病棟が目が覚めるほど浮かんで見える。周囲をぐるりと鉄線とコンクリ壁に囲われ、出入りで来たであろう出口は今や厳重に封鎖されて、何が何でも入るなという強い意志を感じる。
「意外だな、ツバキは幽霊怖いのか」
「物理攻撃効かないものは無理です」
「ああ……ケイとリンドウは怖くないか?」
「おばけとか常識的に考えて恐いに決まってるでしょ?」
「右に同じ。フツーに怖いしフツーに早く成仏してほしい。リーダーは?」
「まあ怖くはないな。調査はそういうものだろ?」
「いや……まあ……そうなんですけど……」
「心を失いし者かなんかなの?」
「ともかく行くぞ、もう作戦開始時刻を五分も過ぎてる。本気で無理ってやつはここに置いてくから待ってろ」
「十秒待って……今進みたくないけど留まりたくもないみたいな啓蒙ソングがリアル状況になってるッスから……」
中に入るのは嫌だけれどここで取り残されるのも嫌らしい二人による脳内会議は宣言通り十秒で終わったが、その代わりにこれから屠殺場へ行く牛のような眼になった。自撮りまでしているアオイとは雲泥の差である。
「ライト持ってるアオイが先頭、次がケイ、リンドウ、殿は俺がするからお前ら二人は真ん中にいろ」
「了解よぉー!」
「ねえこれ私とリンドウで抑えなきゃいけないの? おばけより厄介なんですけど」
「そう言うな、あのビビリ二人を相手にするよりよほどマシだろ」
夜間任務のテンションがピークになりつつあるアオイに顔を引き攣らせるが、身を寄せ合ってどこもかしこもにビクビクする二人を見てスッと真顔になった。開始の合図もなく、流れるように一列、または二列になって病院の外壁をなぞるように歩き出す。
「アラガミセンサーは?」
「無反応。中にアラガミはいないみたい」
「足場悪いから、みんな気を付けて歩いてねぇ~」
「なんでこんなに歩きにくいんだ……嫌がらせか……?」
「フェンスに掴まって歩け、転ぶぞ」
「フェンスの向こう側から冷たい手が重ねてきたらどうするんスかそんなんになるくらいだったら俺は転ぶッス」
決意固いキンタに、完全に呆れ返ったらしいシンジの軽い乾いた笑い声が空気に溶けた。
「素朴な疑問なんだけど、この何人たりとも通さない鋼の意思の壁のどこから入るの?」
「もう少し先に調査班が開けた……ああ、ほらそれだ」
ここまでヒビ一つなかったコンクリ壁にぽっかり、入ってこいと言わんばかりに穴が開いていた。おそらく調査班が爆弾かなんかで開けてくれたのだろうが、キンタとツバキはその親切を神機で斬り倒したいくらいの表情で見つめていた。
「本気で無理…………」
「ツバキちゃん歩きにくい」
躊躇なく潜ったアオイに、最早陣形もクソもない一行が続く。キンタはシンジに、ツバキはケイにべったりと張り付き、両者の顔色は恋の始まらなさそうなゲレンデのように白かった。ツバキがケイに抱き着くのは絵面的にセーフだろうが、キンタとシンジコンビは割かしアウト味に溢れている。
草木さえも息を潜める夜闇が、建物内に入るとより一層濃度を増した。隅に行くほどじわりと光は消え、廊下の奥では暗澹が口を開けている。蝶番が錆びつき、何もしていなくとも隙間風でキィキィ不快な音を立てる中、全員が締め切った室内に収まった。
「全員で動くには無駄が多い、人員を分けるぞ」
「待ってくださいどの組み合わせでも遺恨が残る気が!」
「問答無用。平等、もとい公平にくじ引きで決める」
「ケイとリーダーは一番最後で」
「ひどない?(´・ω・`)」
「ひどいな(`・ω・´)」
「そのアホみたいな勝負運をなくしてくれたら考えるッスよ……」
抗議の声を上げるだけで了承した二人をよそに、シンジの用意したくじを一本ずつ引き抜く。赤い印がついている組とついていない組に分かれ、最後にシンジが引き抜いて、チーム分けが終了した。
「………作為的な物を感じるんだが」
「やったーー!! 心労が! 減る!」
「あらあら~。キンちゃん、さっきまでの自分の姿がわかってなかったのかしらぁ~?」
「あー、うん、まあ。順当っちゃあ順当だよね」
「こっちのリーダーはケイだな」
「姉上じゃないのかよそこは……」
見ての通り年長組と年少組に分断されはしたが、精神的安定さはなかなかに悪くない組み合わせである。
「俺達は一階から、お前たちは三階から攻めろ。二階のナースステーションで合流。異変があったらすぐに報告・連絡・相談」
「うわっ、ほんとに私がリーダーなんだ……」
「私がリーダーになったらこの場では撤退しか下さないぞ」
非常にイイ笑顔を浮かべるツバキに苦笑いを浮かべながら、シンジに放り投げられたインカムを耳に装着する。間違いなくきちんと動いていることを確認して、階段で二手に分かれた。
ここ裾上病院は三階建てだが、その分横幅が大きく、真ん中が長方形の吹き抜けになっていて、一階部分のそこは庭園だったのか灰色の草木が僅かに茂っていた。
「普通、これだけしっかり残ってる建物があるなら、人の一人もいそうなものだけど……人の気配が全然ないね」
「ついでにアラガミ関連の雰囲気も破壊音もなし。こりゃ確かに不気味だわ」
「あと音反響しすぎじゃない? 聞いちゃいけないものまで聞こえてきそ……なんか、変な気配するし……」
「なんでお前たちはそうやって恐怖を補填するんだやめろ」
「ツバキちゃんが勝手に怖がってるだけでしょ。手始めに、いちばん近い部屋からいこっか」
「病室だな。全部回るのか?」
「まっさかー、パッと見で隠れてる人とかいないことを確認したら、壁の分厚そうなところの固さを確かめて終わりだよ。後は有用そうな物資があったら持って帰るくらいかな」
「了解。ま、気配ないしどうせ誰もいないだろ」
先行して扉に手をかけたリンドウが、ぱっと後ろのケイを振り返る。どうかしたか、と首を傾げるも、彼自身も不思議そうな顔をして何も言わず扉を今度こそ開け放った。
301号室と白いネームプレートが掛けられた部屋の中は白いベッドとサイドテーブル、それに衣文掛けがある程度の質素なもので、個室だったらしく隠れられそうな場所もない。
「あ、そうだ写真撮らなきゃ。資料用に」
「一室一室か?」
「たぶん?」
「めんどくせー。ほいパシャッ、と。ベッドの下にも何もな、……」
「リンドウ?」
「あー、いや。ティッシュ箱だったわ。びびったー……」
「ティッシュ箱? あー、あれはまあ、別に回収しなくていっか。ツバキちゃん邪魔、ちょ、ツバキちゃん?」
「………………………………」
「へんじがない、ただのしかばねのようだ。……っておいおいツッコミもなしかよ、姉上ー?」
先ほどよりもさらに青褪めた顔を強張らせ、ひくつく口元をなんとか動かそうとするツバキに、ケイとリンドウは訝し気に首を捻りながら様子を窺う。ツバキが双眸を向ける先には、入る際に僅かに開かれていた扉の隙間と、そこから見える人っ子一人いない廊下だけが広がっている。
「……………………………………………あし」
「葦?」
「白い脚が、部屋の前を横切って行った……………」
「げ。人いるの? 説明するのも出てってもらうのもめんどくさいな……」
「こどものあしだった」
「は? このド深夜に??」
「くつ、片方しか履いていなかった」
病室内の空気が氷点下にまで落ちた。念のため言っておくが今は初夏で気候は温かく、ここに来るまでだって全員半そででも少し汗ばむレベルだったはずだ。それが、いつのまにか肌に差すほどの冷気がどこからか漂っている気さえする。冷蔵庫の扉を開けっぱなしにしても恐らくここまで冷えないだろう。
「……………言って良いか?」
「だめに決まってるだろ」
「ここの病院入ってからずっと、足音が一人分多い。最初は人数多いから数え間違えてるのかと思ってたんだけどよ………」
「足音はあれでしょツバキちゃんが珍しく音立てて歩いてるんでしょ」
「私なら怖すぎて気配すら消してるんだが」
「だよね知ってた」
「つまりどういうことだってばよ」
「誰かがついてきてるんじゃない?」
「だめだって姉上が言っただろなんで言葉にしちゃうんだよお前ほんと馬鹿」
「ゴッドイーターの動体視力から逃れる一般人がいると思ってるのか常識で物を言え」
要約して率直に結論を出しただけなのにこの言い様。恐怖でどうにかなっている雨宮姉弟を頼りなく思いつつ、病室の扉を躊躇も遠慮もゼロで勢いよく開ける。「??????」みたいな顔をした二人を他所に、左右と天井も確認するが、当然のように人影も人の気配も見当たらない。
「誰もいないよ」
「いやお前何してんの????」
「不用意な行動を今後絶対にとらないと約束しろ今すぐしろ」
「えー、気配、しなかったよ?」
「そんなの今までずっとしてなかっただろうが!」
「そもそもお化けに気配とかあんのか?」
「もーいいからさっさと行ってさっさと終わらせようよ」
「お前ほんとは怖いとか嘘だろ?」
「得体のしれないものはフツーに怖いよ。二人がビビリすぎなだけだと思う」
胡乱な眼差しを向けると流石に堪えたのか、ウッと短く呻いて精悍な顔つきに戻った。よくよく考えればアラガミよりやべー化物なんていないし、それらと日々戦っているのだし。
「大体、確かにおばけも恐いけど。私がもっと怖いのは、この建物そのものだよ」
「ああ、まあ、暗いからな……」
険しい顔で思案するケイに、ツバキが同意するようにうんうんと頷く。意外に怖いものが多いのがツバキなのである。けれど、そんなツバキの肯定に、ケイは緩やかに首を横に振った。
「そうじゃなくて、ここ、きれいすぎる」
「そうか? ナースステーションなんか結構散乱してたじゃねぇか、この部屋がたまたま綺麗なだけじゃね?」
「いやだからさ、おかしいよね。この病院入るのだって、調査班があの壁ぶっ壊してくれたからでしょ?」
「……なるほどな、確かに」
「待ってくれ、更にここが怖くなってきたこれ以上考えるのはやめよう」
「『アラガミが侵入した形跡がない』。あの、どこにでも現れて何もかもを喰らう化物が、この建物にだけノータッチ。どころか、アラガミと軍部との戦闘で多少なりとも傷ついてもおかしくないのに、窓は全部きれいなそのままにあってその上はめ殺し。老朽化の痕や、傷やヒビはあるのに、火薬系統の形跡はない。………ここ、絶対おかしいよ」
「ぎゃああああああああ!!!」
「うるさい」
「わあああああああああ!!!」
「静かにしろ」
「あああああああああ無理いいいいいいいいい!!!」
キンタの絶叫をBGMに、シンジとアオイが一階の探索を淡々と終わらせていく。その過程で真新しい、片方しかない子供用の靴だとか、遊ぶ子どもたちの笑い声だとか、革靴の足音や無人で動く車椅子に遭遇したけれど、シンジにとっては、まあまあ些事なのでカットする。
「意味わかんないッス……なんでこんなド深夜に子どもの声するんスか……良い子は寝る時間ッスよ……」
「悪い子だから起きてるんでしょぉ?」
「なるほどな」
「何もなるほどなじゃないッス」
べそべそ鼻水を啜りながらアオイの上着の端っこを握りしめて覚束なく後ろを歩く。迷子の引率だってもっとマシだろうなとシンジは心中で深く溜息を吐いた。偵察班が全員泣いて帰ってきたので、キンタの感性は一般的とも考えられるのだが、シンジはそれについてはスルーすることにした。
「いっそここを拠点にしたらどぉかしらぁ? アラガミも入ってこないし、子ども達もにぎやかになって一石二鳥」
「一日一人単位で行方不明者が出そうだから却下」
「えっ」
「なんだ」
「そんなやばいんスかここ……?」
「こういうことは詳しくないが、おそらくな。入ってからずっと、視線を感じる。こっちについてきてくれて助かった、あっちに行かれてはケイがかわいそうだ」
「可哀想なほど震えてたツバキちゃんの方が可哀想ッスけど」
「相変わらず妹贔屓ねぇ。で、どんな視線なの?」
「憎悪」
「わあ~~~簡潔ッスね~~~~よしケイちゃんたち呼び戻してダッシュで帰るッスよ今すぐ帰るッス」
「それが、少し難しそうだ」
シンジがそう言った直後、三人がいる廊下の一番奥、一般病室の扉がキィ、と開かれた。もちろん、誰も触ってなどいないし、風もない。
開かれた扉が閉まりきらない内に、その向かいにある病室の扉がキィ、と開かれる。耳障りな蝶番の高音を響かせ。ひとつ、ひとつ。まるで確かめるように、一つずつ、順番に扉を開いていく。
キィ、キィ、パタン、キィ、キィ、パタン。
確実に近づいてくるそれから、三人は足音を消して逃げた。幸いこの建物はロの字型で、行き止まりの概念がない。扉がひとりでに開いたその瞬間から口を片手で塞いで存在を無にしたキンタは全く頼りにならないが、幸いシンジとアオイは怪異に負けるメンタルはしていない。明かりを落とした懐中電灯を徐に壁に打ち付けるが、扉を開けるスピードは速まることも遅くなることもない。
「音に鈍感で視界が良いタイプか? 厄介だな」
「どっちも悪いタイプがないでもないわよぉ」
「ともかく、今は逃げよう。実体がないものは対処し辛い。手始めに鏡にでも写してみるか」
「いいわねぇ採用、じゃあ向かう先はトイレ……袋小路ねぇ?」
「誰か囮になるか」
「絶対嫌ッス」
「まだ何も言ってないだろ……アオイ、ライト貸せ」
「あらぁ、シンくんが行ってくれるの?」
「生物学上は一応女性だからな」
「絞めるわよぉ?」
「冗談だ(三割な)。鏡を回収次第北階段で合流、行け」
「「了解(ッス)」」
両脇を走り去る二人を横目に、片手に持った懐中電灯のスイッチを入れて正反対へ足を向ける。聞こえる笑い声の合間に、微かに無垢な声が挟まれた。
「もーいーかい」
それは、耳元で聞こえた気がした。
「どうした、ケイ」
「嫌な予感がする! とっても!」
「さっきから階下から響いてるキンタさんの声以外にか?」
「まああれは……一種の生存確認みたいなもんじゃん……BGMみたいな……」
「ああ………」
ぴこぴことアホ毛がいているにも関わらず残念な返答をするケイに、リンドウは不憫に思いながらも同意してしまって深く頷く。そんな暢気なバディ同士を呆れた目で見やって、ツバキがケイの耳元を指差した。
「お前たちな……ならば連絡を入れたらどうだ?」
「それだ。ハローハロー、もしもーし。こちらケイ! シンくん、とぉっても嫌な予感がするんだけど」
『今すぐ逃げろ!』
あまりにも大きな声に、インカムのイヤホンを飛び出して周囲にも声が響く。どこからともなく突風が吹きすさぶ廊下にシンジの声とハウリングの音、続いて三人から困惑した声が僅かに上がった。優秀なケイセンサーにアラガミは察知されていないのでその危険はない、ならば他にどんな危険があるのか、と言えば―――。真っ先にピンときたツバキが叫ぶ。
「帰る!!!」
「どこから?」
「現実を突きつけるのは止めろ! 窓ははめ殺しだし玄関も120%鍵が掛けられているだろうがそれでも帰る!!」
「まあ最悪ぶっ壊せばいいだろ。……で? アレが敵ってわけか?」
リンドウが親指で指す先には、電源を落とした画面のように黒く、無機質な廊下の奥に、ぽつりと浮かぶこどもの影。ゴッドイーターの優秀な眼球は、その子どもの姿をはっきりと捉えた。髪は放置され放題だったのか長く、ぱさついていて、前衛的な赤い模様の白いTシャツと、青いスカート。マジックテープタイプの、片方を靴を裸足で履く少女、その暗い眼球の下の口元は、にんまりと笑みが浮かんでいた。
「あーそーぼう」
かくり、と少女の首が傾く。無邪気に無垢に。傾く。傾く。その頭頂部が床に向くその直前に、硬直していたツバキの身体が後ろ向きに引っ張られてそのまま廊下を滑った。
「苦しいんだが……」
「ツバキちゃんしっかりして年長者でしょ!!」
「姉上ーそのまま壁とか窓とか撃ちぬいてくれ。離脱すんぞ」
「いや離せ!!! 追いかけて来るの見える!!! こわい!!!!」
「はいはい」
パッとカウントなしで手を離すが流石の身体能力で一瞬で態勢を整えて走りながら外側の壁へ銃口を向ける。その銃口から放たれた燃える弾丸が、壁を突き抜け―――
「あッッッぶな!」
「っぶねぇ!」
「跳ね返るだと!?」
「おいおいおいもうこれやばいんじゃねぇのかこれ終わってんじゃねぇのかこれ!」
「どっかに隠れるのがセオリーだけど同時に死亡フラグ感満載でもあるし……! って、え?」
後ろを振り向いたケイの足が止まる。
そこには、先ほどと変わらない、廊下の暗がりだけが広がっていた。少女も、怖気が走るほどの闇も見当たらない。
「諦めた?」
「はええな。部屋変えもしてねぇのに」
「ブルベリ鬼やめて」
「今のうちに探索してさっさと帰るぞ最速で出るぞ。得意だろう二人とも」
「私ホラーゲームはちょっと、ソーマ呼んで」
「通信、外に通じるのか?」
「どうだろ、やってみる価値はありそ、」
ぬっ、と腕が後方から伸ばされる。白く、包帯だらけの、細くて短い腕が――
次の瞬間、空中にぶっとばされた。
「びっくりしたー」
「は?????」
「いや、驚いてつい……」
「いや今一人脱落の流れだっただろ。間違っても二行で片付けられる流れじゃなかっただろ」
「お前……相手はお化けとは言え子どもだぞ……」
「……子ども?」
何言ってんだこいつ、という感じにケイが訝し気に顔を顰めるが、リンドウとツバキ的にはむしろお前が何言ってんだこいつである。
「じゃあお前には何が見えたんだよ」
「んー? 元は子どもだった、ような感じはしたかな?」
気温が零度以下にまで下がったような心地がした二人の後ろに、ケイが再び神機を振るう。
「………いたのか?」
「うん。うーん、キリがないね? あ、こちらケイ。撃退成功、三人ともに無事」
『そうか。こちらも全員無事に合流した。ここは立ち入らないほうがよさそうだ、あと三百年くらい』
「なんでそんなのが分かるのかは聞かないでおくね……前者は同感。合流地点は?」
『一階。俺たちは時計回りに走る。いつかは合流できるだろう、一か所に留まらないほうがよさそうだ』
「了解。よし、二人とも、多分一点突破で帰ると思うから、神機の用意よろしくね」
「オーライ」
「…………了解」
「……で、本当に一点突破で帰ってきたのか」
愚痴まじりの報告に、ソーマが呆れた顔を浮かべる。ケイはそれに頬を膨らませながら不満の声を惜しみなく上げた。
「大変だっただよ、ほんと! 一階の廊下で合流した途端ぜんぶの扉が一斉にぱかぱか光速開閉したり、車椅子が突然目の前に現れたり、長い髪の毛が足に巻き付いてきたり、大量の血が追いかけてきたり……」
「行ったのがお前らで良かったな。他の、ガチめのホラーゲームできる探索者だったら死亡通知だけが届くみたいなことになっているところだった」
「私がシリアスできないみたいな言い方やめてくれる???」
「シリアスできたらそんなやばい心霊現象を十秒で説明できない」
ちなみに撮った写真には何がとは言わないけどバッチリ映ってました
3は女主人公でやってると「あれ?主人公ちゃんとユウゴって夫婦だったっけ???」ってなりますねコレ。あかんわ。男主人公でやってたらこれ完全にオ〇ガとミ〇なんじゃ……運営ちゃん狙った???
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湾の城1
「本日付けでハンブルク支部に配属になりました、ケイ・サカキ曹長です!」
「右に同じく雨宮リンドウ曹長です」
「若輩者ですがよろしくお願いしまーすっ!」
「わふっ!」
元気のよい少女の良い子の挨拶に、少女と並び立つ少年を含めたその他全員が、半笑いを浮かべて目を逸らした。
こうなった経緯は、二時間前に遡る―――
「ムッ」
「うおっ、急にどうした」
移動中のヘリコプターの中、端末をいじっていたリンドウ少年の隣で身体を丸めて横になり眠っていた少女、ケイが突然起き上がる。到着まではあと十五分ほど時間がある。起きるには丁度いいとも言えるかもしれないが、やはり中途半端だ。目をしょぼしょぼさせながら右へ左へ首を回し、目当てのものを見つけたらしく手を伸ばす。彼女の武器、神機が入っているケースに。
「…………………進行方向に……アラガミの………………気配がする………」
「まず起きろ」
「あだっ」
すぱーんっ、といい音を立てて頭がはたかれ、びよんとケイの頭上に生えたアホ毛がたゆむ。一度引き絞るように目を強く閉じ、ぱっと開いたそこにはしゃんといつものケイが立っていた。
「おはよう! 出撃するよ!」
「唐突だなぁオイ!」
「あのー、どうしますか?」
「通信で支部に連絡! 大型・中型アラガミ接近中! 五……いや七体!」
「わーサカキ上等兵さっすがー入電します!!!」
「よろしく! サーラはお留守番!」
ヤケクソで応える操縦士に笑いかけ、ヘリコプターの扉を開け放つ。仮眠中に羽織っていた毛布を脱ぎ置いて、神機入りのケースだけを持って縁から躊躇なく飛び出す。上空九百メートルからのダイブ。ふつうの人間なら即死だが、生憎彼らはゴッドイーター。吸い込まれそうなほど青い空に背を向けて、ケースのロックをパチンパチンと外して投げ捨てる。神機を頭上に掲げ、渾身の力を籠めて―――眼下のコンゴウを頭上へと変え、一体をふたつに分けた。
「一体撃破」
立ち上がるケイの後ろを、一閃赤が駆ける。
次いで、土埃と赤黒い液体が散った。
「二体目。他は? ヤベ、インカム忘れた」
「私が持ってまーす。おっはようございますこちら本日一二○○配属予定のサカキ上等兵です、支部へ大型・中型アラガミ五体が接近中なのでどうにかした方が良いと思いまーーす」
『はいこちらミュンヘン支部ですすみませんもう少し詳しい状況説明してもらってもよろしいですかねぇ!?』
「さすが新設支部、活気は充分だな」
インカムから音割れと共に響いてきた声に、のんきにナナメ上のコメントをするリンドウの一方、直撃したケイは耳を抑えて眉根を寄せた。頭痛を堪えつつインカムを嵌め直して口をひらく。
「詳細って言われても、配属されたばっかでどこかもわからないですよ」
「お前は配属されてもわからないけどな」
「うるさい。なのでそっちで位置特定してください。ここは、えっと、どこらへん!?」
「ローテン、ローテンブルクなんとか」
「えっなんでわかったの?」
「標識にそう書いてある」
「有能。ローテンブルクなんとかから、南にえーと、五キロに一体、北西二キロに二体、西に二体!」
『ローテンブルクソルトですね! 観測班に至急確認させます!』
「お願いしまーす。私たちはとりあえず南を狩りますね」
『お願いします!』
「よし行こう」
「オーライ」
*
『観測班が大型・中型アラガミを補足! ――ヴァジュラ二体と、グボログボロ一体にシユウ一体です! 第一部隊はそのままそこで待機、第二部隊はそのまま北東にすこし行ったところで接敵します!』
「新人はカンが良いみたいだな」
「いやこれカンが良いとか鼻が利くとかいうレベルじゃないわよ!? なにこの正確さ! 地図持たせて常時待機してるだけでお金貰えるわよこれ!」
本日付で配属されるはずの新人から届いた通信は、耳を疑うものだった。いくら上空にいるとは言えど機材の揃わないヘリコプターの中。マサイ族レベルの視力でも持ってるのかといえば、勿論そうではない。配属される片割れ、ケイ・サカキは生化学企業フェンリルの間で実しやかにささやかれている噂があり――曰く、アラガミがどこにいるか把握する能力を持っているとのことだ。眉唾ものの話だが、無視できない事例が幾度も上がっているのだから仕方あるまい。つまり神機使いの間では、殆ど黙認された事象だった。
そうは言っても実際に目にするまでは半信半疑だったのだが、前方に見える土煙に口元を引き攣らせた。
「来たぞ」
「なんか大きくない、いや明らかに大きいわよね?」
「ははあ、強くなったって聞いてはいましたけど、ここまでとは。腕が鳴りますな! 私が一匹引き受けましょうか!」
「そう言っていられると良いんだが、なッ」
放たれた雷撃をひらりと避け、先陣切って走り出す。長い黒髪が、はらりと風に翻った。
*
ブツリ、と通信が切れる音を他所に、ケイが先行して走り出す。五キロは結構遠い、相手のアラガミの種類によっては支部までは五分五分だろう。風を切って景色を置き去りにしていくさまを横目で流し見しながらケイは、ゴッドイーターとはかくも便利な身体であるが、そうでなければ務まらないのが悲しいところだとぼんやり思った。
十数分ほど走ったところで、ケイのセンサーにビンビン反応していた個体が見えてきた。後方を走るリンドウに目配せし、真っすぐ進んできた道を曲がる。建築物の日陰を移動しながら、二人は徐々に隣接しつつ声を潜めてアラガミを見やった。
「ボルグ・カムランか。まあ、一体ならマシか」
「あんなに紙装甲だったのが今ではこんなに全身ガチ鎧に……くたばれ」
「これから俺らがくたばらせるんだろーが。ジャンケン、」
「ぽんっ。あっ、絶対グー出すと思ったのに」
「負け惜しみお疲れさん。じゃ、前行ってドーゾ」
ちぇ、と唇を尖らせながら、足の動きをより俊敏にしてぐんぐんと速度を上げていく。爪先で一歩ごとに跳躍するように駆け、同じく地を駆けるボルグ・カムランの尾の先に着いたところでその巨体を飛び越えた。丁度その顔面の文字通り目と鼻の先に舞い降り、下段に構えた神機を思いきり振り上げる。咄嗟にガードされたハサミの装甲を滑り、金属音と火花が散った。ボルグ・カムランは一つ甲高い鳴き声を発したあと、剣をケイめがけて突き刺す。風を切る音がすぐ横を掠め、ケイの頬に煤をつけた。乾いた唇を舐め上げ、神機を上段から下段へ持ち替える。
「どっせーーーい!」
ガキンッ! と鋼が弾ける音。真正面から寸分たがわず同程度の衝撃を剣に叩き入れれば、ボルグ・カムランは反動で上体を仰け反らせた。その後ろ脚を、相棒が力強く砕き折る。
ダウンしてペタリと座り込んだその体躯目掛けて、疾駆の後に跳躍。神機を両手に持って振り上げ―――その切っ先が、中心に刺し貫く。すぐさま捕食形態へ変態させてコアを抜き取った。絶叫する隙さえ与えず、ボルグ・カムランはそのまま黒い灰塵となって、風に消えた。
「手間取ったね」
「ほんと硬くなったよな……次は?」
「北上してればいつかはぶつかるでしょ、ってことで、レッツゴー!」
「こっちでも激務は変わんねぇな」
「どこも忙しいよねぇ」
神機を担いで、ケイが先行し再度走り出す。方向感覚は壊滅的だが、アラガミの位置を把握しているならばそちらに向かって走れば良いだけの話だ。
「お!」
「なんだ?」
「あっちから来てくれそうな予感」
「おっしゃ迎え撃つぞ」
踵でブレーキをかけ、急停止の後に神機で素振りをする。完全に撃ち飛ばす動作だが、ホームランなど面倒なので論外だ。土煙を巻き上げて前方から疾駆してくる巨体を目視した。乾いた唇を舌で湿らせ、口端を持ち上げる。
「いっくよー!」
「オーライ!」
異国の地だろうが強化されたアラガミ相手だろうが、二人であれば恐怖はない。いつであろうとどこであろうと、いつも通りではあるのだから。
それぞれの右足と左足が同時に踏み切られ、固く柄を握られた神機が振りかざされる。捕食せんと二人に喰らいかかる赤と黒の肉ダルマに、その鋼が突き刺さる。確実に急所を捉えたその切っ先をより深く穿ち、次いで包丁で魚を捌くがごとく神機をスライドさせた。その尾までを切り裂いて、振り返ってその巨躯が地に沈むのを見送る。
「三枚おろし……になんなかったか、残念」
「長さが足りないよな、やっぱ」
「でもバスターにすると刃通りが悪くなるじゃん」
「神機の持ち替えが出来る前提で話すんのやめろ。俺はできねぇから」
「ちぇ。って……あれ? なんだお仲間が追ってたんだ、任せても良かったんだねー」
「………なんか、呆然としてね?」
「ね。なんでだろう……」
「それ本気で言ってんのか?」
「………………………………ああ、そういえば、ヴァジュラって大型アラガミだったっけ」
―――そして、冒頭に戻る。
できるだけコンパクトに纏めたい(切実)
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湾の城2
おかしい。自分たちは教育係の仕事を最近ようやっと終わったはずだ、とケイとリンドウは揃ってハンブルク支部所属神機使いのパーソナルデータを頭に叩き込みながら死んだ目で唸った。
ハンブルク支部の第一部隊相手に自己紹介を終えた後に、二人は支部長室に通された。
「来たり奉りて畏み畏み難き申さびらん。わしはユーフェミア・ティファである、よろしゅう頼みますえ」
なんとも言えない空気が漂うが、この目の前の支部長(推定)はにこにこと笑顔を浮かべ続けている。どうやら彼女にとって空気は読むものではなく吸うものらしい。壊滅的な迂闊さが露呈したように思えるが、一応、支部長にまで上り詰めているのだからそれなりに腹芸ができるのだろう、おそらく。
「あの……支部長?」
「支部長にゃーて他人様な、ゆふぃと呼んでつかーさい」
数秒の沈黙の後、ケイが口元を引き攣らせながらも支部長に丁寧にも挙手してから口を開いた。間の抜けた支部長の発言をスルーして、おずおずと選びながら言葉を紡ぐ。
「その口調、おそらく日本語だと思うのですけど」
「せや! そちら様が来るゆーてお教え貰ったのでござんす!」
「完膚なきまでに使い方を間違えています」
「…………なんですってーーーッ!?」
荒れた声とは正反対のクイーンズイングリッシュは滑らかで、それが彼女の母国語であることは明らかだ。ようやく理解できる言葉遣いになったことにほっとした両人の一方で、支部長は怒髪天を突かんばかりに両サイドにくくった髪を振り回している。
「ニ、ニコルにきちんとニホンの由緒正しい言葉遣いとお聞き致しましたのに……そういえばニコルの顔がどことなく笑っていらしたような……」
「確実におちょくられましたね」
「そ、そんな……」
打ちひしがれてよよよと泣き崩れて机に突っ伏す。部下に謀られたばかりかその醜態を晒したのが新たに部下となるこどもの前だったのだから、その屈辱は想像を絶するものだろう。まだまだお子様な二人にはその心労は計り知れないが、まるで世界の終りのような雰囲気を醸し出す背中からそれなりの心中は察せた。かわいそうに。
支部長はやがてゆらりと立ち上がり、服装をそそくさと整えた後、キリッと眦を吊り上げて腰に手を当て胸を張った。
「遠いところからご足労お疲れ様でした。わたくしはユーフェミア・ティファ。どうぞよろしく頼みます。ここにいる間は我がハンブルク支部をホームだと思って寛いで頂いて構いません。私のことも、お気軽にユフィ、とお呼び下さいな」
「今更無理があると思います」
「私は過去を振り返らない主義ですので」
「ござんす」
「振り返らない主義ですのでッ!!」
余計に追い詰める半笑いのリンドウをケイが肘で突くが、腹筋が僅かに痙攣している様を見てこれは面白いおもちゃを見つけたらしいと早々に放棄したらしい。最早涙目のユーフェミアをケイは労わりの色を浮かべた上目で窺い、年上の女性を三秒で落とすポーズでそっと手を差し出した。
「ケイ・サカキです。ケイって呼んでくださいね、ユフィ支部長」
頬を少しだけ赤らめてにっこり笑うケイの背後には、ユーフェミアの知るもっとも美しい花々が咲き誇って見えたと後に語る。飛びつくように机越しに彼女の手を両手で包んだ。
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「よろしくお願いするでござんす」
「裏切られましたーーーっ!!」
わっと顔を覆う彼女は何処からどう見ても十代の少女にしか見えない。花のようなかんばせは幼く、薄桃色のハーフツインテールは腰元まで波打ち、琥珀色の眼はシャンパンのようにゆらゆら輝いている。プロフィールを信じるならば今年で三十になるはずだ。最早童顔等というレベルでなく妖精さんとかそういう感じだった。
ユフィは一通りわんわん涙を流した後、こほんと取り繕うように咳ばらいを一つした。
「それでは我が支部の精鋭諸君をご紹介いたしますわ。皆様、そのようなところでこそこそしていないで入っていらっしゃい」
ユフィが手元の端末の画面を指先でスライドした直後、扉が前触れもなく開かれ、次いでドサドサドサと騒々しい衝突音が響いた。咄嗟に振り向けば、折り重なるように倒れている五人の少年少女がそれぞれ目を回していたり気まずそうな表情を浮かべてから、慌てて立ち上がり居住まいを正した。ずらりと並んだ一番左に立っていた長い黒髪のこどもが一歩踏み出して綺麗にお辞儀してみせる。
「見苦しいところをお見せした。先の自己紹介では固まってしまったが、皆貴方たち二人のことが気になって仕方なかったのだ。僕はボルト・ワグナー。それで、僕の隣にいるのがエリザベス・ベルナドッテ」
「よろしく新人ちゃん!」
「入って一年目のド新人だ、ツンデレちょろ少女」
「ちょろ!!?」
「その隣にいるのがエレナ・トワネット、戦闘中にスイッチが入るとバーサーカーになる」
「どーもどーも! で、私の隣にいるのが防衛班のベルナール・ホフマン。こんなナリですが男の子ですぞ」
「よ、よろしくおねがいします!」
「最後尾にいるのがジェームズ・ジルベール。一言少ないが悪い奴ではない」
「ジェームズ・ジルベールだ、よろしく頼む」
平均して14~17歳といったところだろうか、並ぶ少年少女たちはみんな若く、まだまだ若造のケイやリンドウとほぼ変わらないくらいの歳ごろと背丈だ。極東支部に劣らない個性が強そうな面々の自己紹介を聞き終え、自然ユフィの方へ視線を向けると、彼女の顔つきは先ほどとはうってかわって真剣そのものとなっていて背筋が伸びる。
「お二人をお呼びしたのは他でもなく、このハンブルク支部の戦力増強のためです。我が支部は人手こそないわけではありませんが、新人ばかりが寄せ集まった未熟なもの。コペンハーゲン支部とベルリン支部を繋ぐ重要な拠点が、そのような脆弱性を抱えていてはないも同じですわ」
故に、とユフィは一呼吸おいてケイとリンドウを順に見つめる。甘えを一切許さない表情で、彼女は立つ。凛と背筋を伸ばし、カードキー、おそらくマスターキーを二枚差し出した。
「お二人には我がハンブルク支部の神機使い達を一人残らず叩き上げて鍛えて頂きたいのです。容赦はしなくて構いません。貴方がたが納得する程度に、徹底的に。思うように埒を開けるのです」
*
「まあ……個性的な支部って良いよな」
「褒め方がざっつい。はーこんなん無理多い。タツミ一人で精一杯だった私には不可能だよ……リンドウ、後は頼んだ……」
「起きろ。死ぬな」
ゴンッと脳天を腕輪で打撃され、反動で顎を床に強打した。頭も顎も痛い。のそのそと起き上がりながらデータベースにカードキーを差し込む。どうやらカードはこの支部についての全ての情報を開放するためのものだったらしく、今やハンブルク支部は二人の手によって成立年から配属人員の一人まで丸裸だった。ユフィ支部長バスト81もあるのか、結構あるな。それな、ツバキちゃんと良い勝負では?なんて阿呆らしい会話をしながら白けた目で玉石混交のそれらを整理していく。
簡潔にハンブルク支部の神機使いたちを説明するならば、ここは大きく三つの班に分けて作業を分担している。偵察班、殲滅班、防衛班、という具合らしいが、調査班もいなければ哨戒班も、その他諸々極東にある支部がいくつかない。アラガミの襲撃がさほど多いわけではないから、人員も区切りも少なくてもなんとかなっているのだろう。神機使いが三人しかいないとかいうグラスゴー支部はどうなっているのやら、ハルオミの苦労が推測できる。一方ハンブルク支部はと言えば五人の神機使いがいるのだから人員豊富だ、誰が何と言おうと豊富だ。
「……防衛班と殲滅班はともかく、偵察班どうしようか。私たち偵察班は手伝った事ない……よね?」
「ねーーよ。ほんとなら防衛班ですらねーよ」
「詰んでるじゃん」
「そこはほら、お前には優秀なセンサーがあるだろ。そういうことだ」
「どーいうことよ。全員アホ毛装備しろってか」
「こう……すぽっと抜いて、ぐさっと」
「着脱不可能なんだーこれ!!ハハハーー!!」
「……………真剣に考えるか」
「………そうだね。真面目に考えるなら、うちの偵察班……コースケくんあたりを呼ぶか、通信を繋いでもらって講座開くとかすれば……」
「金取れるやつだろそれ」
「それ~~~~!」
そんなわけで湾の城編、それなりに長くなる予定です。つら。。。。
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湾の城3
裏切り者、と背中に誹りを受けつつも、ケイは本日研究室を訪れていた。失礼な、列記とした招集命令だと言うのに。まあ気持ちは分からんでもないが。
三回のノックの後間を置いて「ドーゾ」と返答を聞く。
「失礼します。極東支部から参りましたケイ・サカキでー、す………」
うわあ。思わずといった風に声が漏れる。
室内は散乱しているなんてものではなかった。本の塔に次ぐ本の塔。紙くずを避けて足を置こうとした先に紙屑。部屋と言う概念を崩壊させんばかりの雑然としたその空間は、最早どんな汚い言葉で以ってもその言葉に失礼に当たるレベルの汚部屋であった。
これ以上一歩も進みたくないオーラ全開のケイに、山の向こうから笑い声が響く。
「ヤーハハハ! ごみんごみん! つい昨日まで納期で修羅場っててさー!」
「帰っても?」
「ダメでーす。足場なら確保するからほらほら」
特徴的な高い笑い声の跡に、億からごみ山が盛り上がってくる。思わず廊下に出て扉を閉めたケイはサーラと顔を見合わせた。無言で首を振る彼女に、犬にすら見放されている……とケイの心は更に離れた。十秒ほど経過して、扉向こうから「どーぞー!」と元気のよい声が聞こえた。再びサーラと顔を見合わせ、ケイはかなりの決意を持ってから取っ手に手をかけた。
部屋の中の様子は一変していた。
道ができていた、つまり足の踏み場が、ある!
モーゼのようにゴミの海を割ったその一本の道の奥に、金色の髪を左右で束ねてお団子にした少女とも呼べそうな年齢の少女が、白衣を羽織って腕組みをし仁王立ちしていた。
「私はニコル・リ・ベレッタ。ようこそ私の研究室へ、ケイ・サカキ。大いに歓迎するよ!」
ニコル・リ・ベレッタ。生化学企業フェンリルが抱える研究施設の種類は多岐に渡るが、その中でも彼女はセンサーの開発者として最近頭角を現している天才科学者だ。齢十六歳という若さでありながらも腕輪に組み込まれたバイタルセンサーは彼女の発明だ。これによりゴッドイーターの致死率が格段に下がったのは言うまでもない。
そんな偉大でありがたーーい開発者と聞いていたのだが、ちょっと聞き違いだったかもしれないとケイは目を逸らした。今年十四になるケイよりもタッパのない少女がニヤニヤと悪代官のような笑みでケイをじろじろ上から下まで舐めるように見つめている。率直に言ってこわい。
「お嬢ちゃん良いカラダしてるね~いくつ?」
「十四デス……」
「わっか~~! あらやだ~~~! ちょっとスリーサイズ測って良い?」
「パッティとおんなじタイプだったかーー!」
「失敬な。あんなヘンタイ女と同じにしないでよね~ちゃぁんと検査っていう建前は用意してます~~」
「建前なんじゃん建前なんじゃん!」
「チッ。……んじゃ、そこ座って。……えっちなことしないから」
「逆に不安を煽ることばやめてくれます?」
かなり本気で恐怖を覚えつつ、キャスターの付いた医務室の丸椅子にソックリなそれに腰かける。座る前に手探りで何もないか確認してしまったのは当然の対応であった。ブーブークッションくらいならありそうだったので。
「呼んだのは他でもない。ケイのその能力!」
ビシィッ、と音が付きそうなほどにシッカリとアホ毛を指差され、ケイは困惑するやら混乱するやらで眉根を寄せて瞠目した。一瞬すわ毛髪かと思ってしまったが、当然違うだろう。ぴこぴこっと本日もケイの意志と関わらず元気に跳ねている頭頂から飛び出た一房の毛――ではなく、昨日も大活躍だったアラガミセンサーの事だ。
「それを利用するために、アタシが選ばれたってわけ。不本意なんだけどネ!」
「解明じゃないんですか?」
「ウム。そういう辞令だからしゃーない。ホラコレ」
ぺらりと一枚突き出された仰々しい紙っぺらには確かに、そのような旨が綴られている。最期の署名蘭には、見覚えのありすぎる字面が並んでいた。
「父さんに売られた……」
「『トシゴロの可愛い娘を引ん剥くなんてボクにはできないなァ』っつーメッセージが届きましたーさり気にクソどーでもいい娘自慢の請求書送ってもよろしいッスかー」
「やめてあげてくださいなんでもするんで……」
「ハイ言質アザーッス。んじゃ手始めにそこ寝そべってー」
「………お手柔らかにね?」
「いやジョーダンよ?」
棒付きの某カラフルな飴玉が刺さったキャンディを口へ同時に二つ放り込んで、少女が勝気な笑みを浮かべた。
「大体解明なんてクソみみっちいことできるかっての。ハイこれ被って」
「あ、はい」
「要は、パターン解析ネ。ヨッシじゃあ行くよ!」
「………あの、何処に?」
「言わないとわかんない?」
「了解、神機取ってきます」
「わかればよろしい」
「というわけでただいまリンドウ」
「は?おうおかえり」
「仕事を二倍にして帰ってきたよ」
「帰れ」
ブォン、と音を斬って振られた神機を身動ぎ一つで避ける。
一時合流した先のスパルタレッスン中のハンブルク支部所属神機使いズは一人を除いて死屍累々の様子であった。もちろんその除かれた一人はリンドウであり、少々の擦過傷以外は無傷でしゃんと仁王立ちしている。問題はその他、スパルタレッスンを受けている側であるのだが、胸部が上気しているのと指先が時たまぴくぴく動いているくらいで目立った動きをできないレベルであった。仮にも常軌を逸した体力を持つゴッドイーターがこんなになるまで何したんだこいつ、とケイが胡乱な眼で見つめると、冤罪だとでも言うように嘆息した。
「ちょっと模擬戦闘手して移動手段を徒歩限定にしただけだっつの」
「あー。ん? それだけ?」
「ああそれだけ。つまり、足腰から鍛え直しだなこりゃ」
「あらら、ランニングサボってたのかな?悪い子だ」
注記しておくが、基本的にゴッドイーターの移動手段はヘリコプター、ジープ、輸送車が推奨されている。ゴッドイーターは生化学企業フェンリルの商品なので、商品が勝手に用途外の何某かで擦り減ってもらっては困るからだ。現場への移動手段は乗り物を利用するのが最適解であることに疑いようはない。
ないが、ゴッドイーターは人間である。
つまり戦っているうちに戦場が移動することはままあるし、戦闘が長引く事は当然ある。それは当ゴッドイーターが優秀であれば優秀であるほど日常になるし、つまるところ、ゴッドイーターにとって体力は何よりも必要な事項と言えた。
そういう理由で、ゴッドイーターは体力づくりのために日々トレーニングや訓練を欠かさず、ケイやリンドウに限らず極東支部のゴッドイーターは急を要さない場合は屡々徒歩で現場へ向かったりもするのだが。しかし悲しい哉、経験の差がそこは物を言ってしまう。
「言っとくけど、ここのアラガミ襲来数は週平均2、3回がせいぜい。毎日毎日ほぼ孤島で気張ってるアンタたちと比べるのは酷なんじゃあないのー」
「そっか。それもそうだったね」
極東は支部が一つしかなく、海に隔たれているので救援要請も難しい。その上アラガミの襲来も天井知らずかと思うほど増えていく我らがホームとは違って、ここら一帯は支部も点在し連携行動が多くアラガミの出現率も安定している。
改めて考えるとなんなんだろうこの差は。神様リアルラックの割り振り間違ってますよ。
「しっかし、本気でアラガミがいねぇな。へいケイ、一番近くのアラガミは?」
「Siriみたいに使うのやめて。…………………東方、40キロくらい? にいる? っぽい」
「遠い」
いるからには出撃した方が良いのは重々承知だが、そもそもがこの少人数だ。支部に残す人員を割くのは当然としてもそうなるともうほぼマンツーマンだし何よりも効率が悪い。遠くのアラガミは放置して支部付近をうろちょろした方がまだマシだろう。会敵数はともかくとして。
「いや40キロとかいう遥か彼方のアラガミ検知するって……」
「いやいやいや、こんなアラガミいなかったらそうなっちゃうんだって。密林の中で一本の木を見つけるのと湖に浮かぶ赤い傘を見つけるのとじゃ難易度が違うでしょ?」
「そんなもんか?」
「そんなもんなんだよ多分私にもイマイチわかんないけど」
このスッカリ鋭敏になってしまったアラガミの居所がわかる能力も、そもそも最初は『なんとなくこっちケイセンサー』と揶揄われていた程度のものだったのだ。アラガミを完全に感知するなど夢のまた夢、のはずだった。しかしながらケイの能力はメキメキ頭角を現し、今では本日のお天気予報代わりに出立前にケイにわざわざ聞いてくる者もいるほどだ。みんな横着しないでちゃんと常時警戒していてほしい。
「アタシとしてはとりま脳波のチェックができたからまあ成果は上がったから良いよ。クッソ微かだけど、まあ許容範囲内」
「じゃあ問題はボルトさんたちだね」
「やたらと体力を消費するパトロールと思うしかありませんね」
「それってつまり、ム、ムムム」
「無駄足ですな!」
エリザベスがプライドが邪魔して言えなかったらしい言葉を、エレナが一言で切って捨てた。うああああ!とガックリ項垂れて発狂するエリザベスの一方、へばりながらもエレナはなんだか愉快そうに笑っているし、ボルトとジェームズの顔色はそこそこ安定している。ベルナールはこれはちゃんと生きているのだろうか。先ほどから胸が上下していない気がするのだが。
「じゃ、今日のところは撤収だな」
「帰って模擬戦闘訓練だねー。ベルナールとジェームズは私の担当なので後で出頭するよーに」
「教官殿」
「ケイで構わないよ。どうかした?」
「ベルの体力が尽きたらしい」
「それは見ればわかる」
そんな綺麗な姿勢でうつ伏せになってる人初めて見たわ、とケイは乾いた笑い声を上げた。見た目通り弱々しいらしい少年は両腕をぴったり身体の側面に揃えてぶっ倒れている。え生きてるよね。いやそんな、仮にもゴッドイーターが体力を使い果たして死亡なんてあるわけない。ないよね?
「先ほどから息をしていないのだが、良いのか?」
「良いわけないよ!?え、ちょ人工呼吸!蘇生蘇生ーーーッ!」
これからはほんと毎月投降するんで。できれば今月中にハンブルク支部編は終わらせたいマン
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