緑色の幻影と、青色の情熱。 (ブループロセスチーズ)
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一章 彼女の、彼女達の
少女が一人、踊っている。
大きなホール、でもその客席は空。それもそのはず、これはリハーサル。
彼女は、足がふらつくのを必死で堪える。力の無い体で、マイクに向かって声を張り上げる。
あぁ、夢だな、と理解する。いつか見た、夢を見る夢。
しばらくすると、彼女の体力は減っていき、手に持ったマイクが滑り落ち、
、、、、、、、、
「・・・んぁっ!?」
がくんっ、と首が落ちる。反射的によだれが垂れてないか手の甲で確認する。よしっ、垂れてない。
5月の昼下がり、営業回りと言う名の休憩に出ていた北条加蓮は、公園のベンチでうたた寝していた。
事務所に近いが、平日の昼間っから公園のベンチで、仕事なんか知ったこっちゃ無いとばかりに、スーツで熟睡である。
とりあえず、腕時計を見る。
「あー、こんな時間か・・・」
時計の針は午後三時を指し、腹時計は食後ニ時間を指す。そろそろ体が午後のおやつを求め出すがその前に、職業病と言うか、ほぼ無意識に、公園に美少女が居ないかさっと目を通す。
彼女は何も、変質者では無い。ただの女の子を、アイドルとしてプロデュースする、プロデューサーだ。
まあ尤も、スカウトとして声を掛けても、まともに取り合ってくれることは少ないが。
いつも通りさっ、と見渡すだけの予定だった視線が一箇所に釘付けになる。
そこにいるのは、なんの変哲も無い女の子。勝気だけど、どこかふんわりした目元と、ふかふかの髪の毛が特徴といえば特徴か。制服を着てるから、おそらく高校生。
そして気になるのが、時間。平日の昼間っから、彼女は何をしているのだろう?現在進行形では、公園のブランコで揺れながら、手持ち無沙汰な感じで何かの冊子を読んでいるが、学生の本分は、一体どこへ行ったのだろう?
ふと思い立ち、
「ヘーイカノジョー、いまひまー?」
「おーずいぶん待たせてくれやがっ、てあんた誰だよ!?」
「あっはは、キミ、ノリいいねー?才能あるよ?」
「へ!?えっへへ、ありがとって、だから誰なんだよ!!??ティッシュマン!?新手のティッシュマンなのか!?」
「失礼しちゃうね君〜この麗しき美女を捕まえて「マン」とは」
「うっ、それは、その、ごめん、」
「あ〜ごめんごめん、つい可愛くてからかいすぎた☆」
「って、うがー!!」
実に、からかい甲斐がある。
「で、いい加減なんなんだよ。わざわざ声かけてきたってことは、なんか用事があるんだろ?友達もなかなか来ないし、話くらいならきいてやるよ」
「やった、ありがとー♪」
「ほんとに話だけだからな!?」と警戒心を露わにするのをよそに、私はとん、とブランコの周りの安全柵に腰掛ける。
「ところで、、うら若き乙女であるキミは、一体こんな時間に何をしているの?学校は?」
ん、いやさ、と予想を裏切りとても軽い調子で話し出す。
「友達がさ、映画に誘ってくれたんだよ、今流行ってるやつ。」
と言って、持っていた冊子をひらひら、と見せて来る。その映画は、たしかに今流行りのアニメ映画だ。
「で、今日は学校が創立記念日で半上がりだから、これから見に行こう、ってなったんだけど・・・」
と言って時計の代わりか、携帯を見る。
なんだ、不良な感じの子では無かったか。
「・・・ん?」
何かの通知が来てたのか、「ちょっと待って」と呟き弄り始める。
「・・・あー、もう!!」
うがー、という感じで髪をわさわさかき混ぜながら勢いよく立ち上がり、ビヨン、と変な具合にブランコの鎖に引っかかりすっ転ぶ。
「あたっ!?」
「ふふっ、」
「・・・もー!笑うな笑うなー!笑うの禁止ー!」
ばたばたと土をはたいて立ち上がりながら、恥ずかしげに喚く。
「お察しの通り、數十分前に、今日来れない、って、連絡来てたのに、今気づきましたよー!!」
「あー、それは御愁傷様」
まだ治らぬニヤニヤ笑いを貼り付けながら言う。
「もー、時間を無駄にした!今日は帰る!帰って寝る!」
「ちょっ、ちょっとキミ!!」
「へ!?」
勢いよく踵を返すので慌てて声をかける。
「私の話聞くって約束、忘れてない?」
「へ!?あ、いや、も、もちろん忘れてないぞ!?ほんとだぞ!?」
と言いながら、私からいくらか距離を取って、安全柵におそるおそる腰をかける。ブランコの件が、ちょっとトラウマらしい。
「それで私は・・・」
すっ、と内ポケットから名刺入れを取り出し名刺を渡す。タイムラグなく物を取り出せるだけで、意外と印象が変わるのを彼女はよく知っていた。
「私は、普通の女の子を見つけてアイドルにするお手伝いをしてるの。因みに、所属してる事務所は346プロダクションね」
ああ、あの声優さんの、と渡された名刺に目を落としながら小声で納得する。
「それで、キミをプロデュースしたくて声を掛けたわけ」
「ふーん・・・ってあたし!?あたしなのか!?」
「そー、キミ」
「あたし!?って言うか、アイドルってほら、あの、めちゃくちゃ可愛い感じの服着て、キラキラしたステージで、歌って、踊るあれか!?あれなのか!?」
「うんうん、それそれー」
こんなに大きな反応をしてもらうと、なんだか嬉しくなる。
「えーうーあー、」
いつの間にか立ち上がり、頭を抱えて唸り始める。ブランコの時の失敗は活かせたようだった。
「・・・むり!!あたしには絶対むりだってそんなん!歌ったりとか得意じゃないし、第1可愛い服とか似合わないし・・・」
もにょもにょ、となにかに申し訳なさそうに口ごもる。
「いや、似合う。絶対に似合う。だってかわいいもん。私が保証する」
つい、立ち上がって手を取り詰め寄る。
あー、やっちゃったなーと内心思う。まずあまりにも言葉が単調だし、何より出会って時間も無い人に手を握られたのだ。逃げるに決まっている。
ただ、放った言葉に全く嘘は無かった。私の心を突き刺す、もしくは満たしてくれる何かを、彼女は持っている気がした。
後ろ向きな予想とは裏腹に、彼女は「えーと、あーと」と未だに混乱している。
そして、ピン、と閃いて
「は、話だけは聞いたからな!?約束通り!文句は言うなよな!?そう言う約束だったからな!?」
ブンブン、と荒く手を振り払われ、踵を返し走り出す。
少しだけあっけに取られるが、
「気が向いたら連絡してねー!」
「だっ、誰がするかぁ!」
律儀に叫びかえしてくれる。
それを聞いてなんとなくよかった、と一息つく。
もう一度時計を見て、そろそろ戻る予定の時間に気づく。でも、「ま、今日のおやつはいいか」と満足げな顔で呟き、事務所に足を向けた。
、、、、、、、、、、
「ただいまかえりましたー」
ガチャリ、と雑居ビルの一室、所属事務所のドアを開ける。
「んー、加蓮ちゃんおかえり〜」
「ただいま志希、ちゃんといいこにしてた?」
「ちょっと、志希ちゃんそんなに信用ない〜?」
「日頃の行動を思い返してみなさい」
入って右奥、仕切りの向こうから投げかけられる弛緩した声の主は一ノ瀬志希。加蓮と街中でばったり遭遇して、いきなり抱きついて「いい匂いするー!!」とか興奮しだしたので、取り敢えず事務所に連れ帰り、スカウトしてみたらあっさりOKされて、今に至ると言う訳だ。
ただし、
「ねーねー、いい加減仕事ないのー?志希ちゃん、レッスンだけとか聞いてないんだけどー?」
「こっちだってあんたにあんなに体力ないとか聞いてないから」
彼女はまだアイドルとしての仕事が無い。
一応事務所に登録して、規定通りに本社のレッスン場に送り込んだはいいものの、基礎レッスン始めて5分以内に満身創痍、へたり込んでしまった。トレーナーさん曰く「過去最低記録更新おめでとうございます」らしい。なかなかスパイスの効いた皮肉である。
「とにかく、体力つけてからね?」
「はぁーい、」
でも、気まぐれな彼女が逃げ出さずに続けてるのだ。それなりに、アイドルに興味を持ってくれたと言うことで、今は良しとする。
「お帰りなさい、北条さん」
「はい、ただいまちひろさん」
向かって左側、割と広めにとってある自由スペース兼事務スペースにいるのがちひろさん。彼女には、申し訳ないことに書類整理の八割方やってもらっている。しかも、その残った二割は私の確認が必要なやつだったりする。
ただ不思議なのが、彼女の名前をだすと顔が凍りつく人に数人出会ったこと。それ以来、出来るだけ彼女の名前は出さないようにしている。
「それで、今日の戦果はどうでした?」
「うっ、えーと、ですね?」
少しだけ恨みがましい目線を向けられる。
これまた申し訳ないけど、「営業回り」と言う単語が彼女との間で既に「昼休憩」という隠語として成立してしまっている。一体いつ気づいたの。
「殆ど空振りだったんですけど、一人、声かけたらいい反応返ってきました」
「へぇ珍しいですねぇ」
心底珍しそうに声を上げる。実際、私もこんな表現使ったのは久しぶりだった。
「それはいいとして、『もう一度』営業回り行ってもらえます?他の子達が仕事無いんじゃ寂しいでしょうし」
私がプロデュースしてる娘が、後数人いる。
「・・・はぃ、」
ちひろさんの驚いた顔が、冷たい笑顔に変わる。
お世話になって申し訳無いのもあるし、何より笑顔が怖かったので大人しくもう一度出る。
出がけにチラリと志希の様子を見たが、ソファの上でスヤスヤと寝息たてていた。私がここに来て、十分も居なかったのに、その間に彼女は爆睡できた訳だ。
少しだけ、羨ましく思い、同時に少し癒された。
、、、、、、、、、、
「ただいまー」
ガチャり、とマンションの一室、自室のドアを開ける
「あ、おかえり加蓮」
返事をする黒髪の女性は、渋谷凛。
北条加蓮の高校の時からの同級生で、加蓮が「一人暮らしはしたいけど、寂しそう」と中々ワガママなことをぼやいて居たら、「じゃあ、ルームシェアする?」と平然と持ちかけてくれた天然ジゴロでもある。
「凛、おかえり〜」
「加蓮、ただいまだよ。晩御飯そろそろだから、早く着替えちゃって」
「やった〜☆」
凛は実家の花屋を継いでいて朝が早いので、その分の家事は加蓮がし、時期毎や仕事毎に帰宅時間の不定期な加蓮の代わりに、その分の家事、と言うように、お互いつづがなく続いている。
何より、歩き回って、疲れて帰った家で、黒髪ロングの美女が毎日エプロン姿で待っていてくれるのが嬉しい。
ふんふん、と鼻歌を歌いながら部屋着に着替えていると、
「なにかあった?」
凛が、テーブルにふたり分の晩御飯を並べながら声をかけてくる。相変わらず美味しそうだ。
「えへへー、今日はいつもより案件取れたんだー☆」
「おー、すごいじゃん!」
素直に笑顔で祝福してくれる。いい、笑顔です。
あれから、本当の「営業回り」で、実際いつもより好調に話を付けれた。
「じゃあ、今日はワインでも飲む?」
凛がいたずらっぽく言う。
ワインは、21あたりに初めて飲んだと思う。ひっそりとなにかに隠れるように飲んだそれの味がとても気に入って、それ以来たまに呑んでいる。問題は、
「・・・明日も仕事だからパスで」
「まあ、仕方ないね」
アルコールにすごく弱いこと。ワイングラス一杯でも、翌朝二日酔いになっていることが殆どなので、とても予定に余裕がないと呑めない。
「じゃ、冷める前に食べちゃお?」
「うん」
ワインのことは頭の隅に追いやりながら、がたがた、と向かい合わせに席に着く。いただきます、と手を合わせる先には、肉じゃがと白ご飯、その他副菜達。
おお、と密かに感動する。と言うか、毎日感動している。よくもまあ、こんなに美味しく作れるものだ。メニューも単調じゃ無いし、栄養バランスもいい。
「ありがとね、ほんと」
「・・・ん?なに?どうかした?」
呟いたが、凛はもっもっ、とご飯を咀嚼するのに忙しそうだった。いつもは大人びてるのに、こう言うところで子供っぽい事がある。
「いや、美味しいね、って」
「ん、ありがとう」
微笑み、またすぐご飯に集中する。
その様子になんとなく可笑しくなりながら、自分もご飯に集中する。
夜は更けているが、太陽が昇るにはまだまだだ。
、、、、、、、、、、
7月、太陽の熱に負けないような、恨みがましい視線を太陽に向ける少女が一人。
教室の隅、机の上で頬杖をついた彼女、神谷奈緒はいつからか煮え切らないものを感じていた。
正確には、あの変質者紛いのプロデューサーと会ってから。
「誰がかわいいってんだ、まったく、」
「奈緒は、かわいいよー?」
「うひゃあ!?」
誰に向けてもない呟きに反応する声が背後からして、飛び上がらんばかりに驚く。
「い、いまの聴いてた!?聞いてたのか?!」
「んー?奈緒がかわいいってー、聞いてたよー?」
ううぅ、と呻いて頭を抱える。なにか妙な誤解がされてるような、されてないような。とにかく、言っても聞かないタイプの子だとよく知ってるから何も言わない。
彼女、遊佐こずえは、神谷奈緒の同級生。いつ、仲良くなったのか、それ以前に、いつからクラスにいたのかもわからない。ただ、いつでも眠そうなのはわかる。
ちなみに映画の誘ったのも彼女だったりする。そして来れないとの連絡は、「ねむい」の三文字だけで、それでも、お互い笑って流せるような仲だ。
「それでねー、奈緒?」
「な、なんだよ?」
さっきの呟きを聞かれたのが恥ずかしくて身構える。
「夏休み、なにか、あそぼーって、思ってー」
「へ?」
夏休み。
わかってはいたが、そろそろ夏休みだ。末期テストも終わり、だるんだるんに夏休みを待ち構えている。実際今日だって、授業の殆どを窓の外を眺めて過ごしてた。
「奈緒はー、なにかしたいこと、あるー?」
「したいこと、ねぇ・・・」
海!山!花火!と、健康的で平均的な考えも浮かんでくるが、もっと大きく浮かんでくるのが、あの熱量を持った、プロデューサーの顔。
気づけば、制服のポケットからあの時の名刺を取り出し、弄んでいる。二ヶ月も似たような事をしているせいで、大分くたびれてきている。
「なあに、それ〜」
「これ?えーと、これはだなー、」
口ごもる。まさか素直に「大手事務所の美人にスカウトされました」なんて言えるわけもない。他の人に言われたら、自分でも笑い飛ばしてしまう自信がある。
そんな葛藤を知ってか知らずかこずえは、
「それが、したいことー?」
名刺を軽く指しながら言う。
「・・・へ!?」
余りにも予想外の言葉だった。でも、話題振られて出したんだからそう取られてもしょうがないかもしれない、のだけど。
熱量が、ふつふつと湧いてくる。それは夏の暑さに当てられたのか、それとも、なにか燻っていたものに火がついたのか。
「ごめんこずえ、やることができた!!」
そんなこと、どうでもいい!
「ふあぁ、じゃあねー」
ガタン!と椅子を蹴飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、走り出す。
事務所の住所は確認していない。だけど、あの公園に行けばまた会える気がした。
、、、、、、、、、、
なにやってんだあたし、と思う。だけど、走り出した足は止めない。止めたら後悔すると、なんとなく理解していた。
全身汗だくになりながら、もつれる足で必死にコンクリートを蹴りつける。
視界にようやく公園が見えてきた。じゃり、と公園の地面を蹴ると同時に、あっ、と思う。
この公園は地面に、一面の砂が敷かれているタイプだった。
気付いた時には既に遅く、疲れ果てた体を止めることもできず、あえなく入り口ですっ転ぶ。
ぜぇ、ぜぇ、と仰向けになって呼吸を整える。すると、
「ふふっ、」
視界の端、差し伸べられた手の先から、あの笑い声が聞こえた。
「・・・ああ、もう!!!」
まだ息は整ってないけど、その手を引っ掴んで乱暴に立ち上がり、服についた砂も払わずに彼女の目を見つめる。
「北条さん!」
「え、と、はい?」
「あたし、アイドルやるから!!」
加蓮は、二、三秒目を丸くした後、
「よろしくね。わたしが、キミの、ファン一号だよ」
そう言って、微笑んだ。
続
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二章 そして彼女は歩き出す
と、勢い込んだほはいいものの。
「それで、」
「なに、北条さん?」
キラキラ、とした表情の神谷奈緒。だが、
「あたしはまだキミの名前を聞いてないんだけど?」
「へっ!?」
である。
恥ずかしいのか少々謎な動きをした後、
「うぇえー、と、ごほん。
自己紹介が遅れてごめんなさい、北条さん。
改めて、あたしは神谷奈緒。十七歳。これからよろしくな、プロデューサーさん」
「はい、私の方からも改めて、私の名前は北条加蓮。346プロ所属の、プロデューサーだかスカウトだか、まあそんなことやってるんだ。これからよろしくね」
改めて、握手を交わす。
、、、、、、、、
「たっだいまかえりましたー♪」
ばぁん、と上機嫌に扉を開ける。
ちひろさんと、他の面々もが目を丸くしながらこちらを見ている。それもそうか、自分でもここまで上機嫌で事務所に帰ってきたことは今まで無かった。
「お帰りなさい北条さん・・・そちらの方は?」
おおよそ察しがついたのか、ちひろさんの顔が明るくなる。
「はいちゅうもーく」
みんな注目してるだろうけど、あえてもう一度声を上げる。さっと目を通したが、タイミング良くあたしが担当してる娘が全員揃っていた。
私の後ろで「えと、その、」とおどおどしてるカワイイ奈緒を引っ張り出して、
「こちらが、今日からアンタたちの同僚、もしくはライバルになることになった、ほら、挨拶!」
緊張で凝り固まった奈緒の背中をぱん、と軽く叩く。
「えー、と、今日からお世話になります神谷奈緒、十七歳。まだなんか夢でも見てるだけど、とにかく、今日からよろしくな!」
まだ落ち着かないのか、もふもふした髪の毛を自分でいじりながら言う。
「じゃあちょっとやることもあるし、とりあえずこの件はおわりねー」
「これから、よろしくおねがいします」「どもー、これからよろしゅーこー」「なんでこんなに砂の匂いするの?」「神谷奈緒さんですか!!!!これから、よろしくお願いしますね!!!」「行ってらっしゃい、プロデューサーさん」
事務所の五人から飛んで来る挨拶を背に、未だソワソワとして落ち着かない奈緒を引き連れて、事務所のさらに奥にある個室に行く。
ガチャリ、と鍵を開け部屋に入り、 椅子に腰掛ける。と言っても、ここには椅子と机しか無いからやれるのはそれくらいだが。
「あ、ちひろさーん」
「はい?」
「今日は飲み物はいいからー」
チャプチャプと、帰って来る途中自販機で買った、時間指定付きの紅茶をみせる。ちなみに寝起きに飲むのが好きなので、冷蔵庫に何本か常備されてる。
「はーい」とちひろさんの間延びした返事と、奈緒が椅子に座ったのを確認し、扉を閉める。
早速、飲み物で喉を潤す。「ん、キミも飲んだら?」と促すと、ちょっとギクシャクしながらも買ってあげたコーラのペットボトルをカシュ、と開ける。ちなみに、私は炭酸が飲めないから少し羨ましかったりする。
その隙に、事務所の登録に必要な書類を用意する。
「ところでさぁ」
「んぐ、な、なんだよ?」
ペットボトルの蓋を閉めながら警戒心を露わに聞いて来る。
「なんで、アイドルやる気になってくれたの?」
「うぐぅ」
炭酸が上がって来るのとは別の種類の苦しい顔をする。その時点で、大体のアタリを付ける。大方、夏休みとかでテンションが上がったのだろう。そう言う子がいきなり事務所に殴り込んで来ることが何回かあった。
「いや、その、」
「まー焦らなくていいよー」
クーラーで体がやっと冷えてきた。まだまだ喉が乾いていたので、エラそうに飲む時間を指定している甘過ぎる紅茶を飲み干し、ラベルを剥がし始める。
「・・・よく、わからないんだ」
「・・・へえ?」
ちょっと、珍しいタイプかもしれない。
誤魔化す様な子は居たが、わからない、は初めて聞いた。
まぁ、一回で全て終わらせる気は無い。気長に行こう。
「じゃ、こっからは書類多いからがんばってね?」
「はーい」
ちょっとうんざりした様子で書類の山を見ながら言う。
、、、、、、、、、、
八月
肌に火をつけんばかりの太陽光を恨みながら北条加蓮は道を行く。日傘でも買うか、とか一瞬考えたが、そんな嵩張るものを持ち運べる訳がない。
今日の目的地は本社のレッスン場。歩く敷地内には活気ある多くの美男美女と、一部疲労で倒れそうな人達。最後のは私の同類として、美男美女達は殆どがここ所属のアイドル達だ。
「みんな若いなぁ・・・」
ポツリ、と漏らしてこういう事考えるから老けるんだっけか、となにかの本で読んだ知識を思い出す。
夏休みに入ったおかげで多くの学生組がレッスンに仕事にと、忙しなく動き回っている。今から会いに行く神谷奈緒も、その一人だった。
、、、、、
「おつかれさまでーす」
キィ、と軽い音を立てながら扉を開けると、中からハキハキとした奈緒の声が聞こえてきた。今は、ボイストレーニング中か。
「おつかれさまです、トレナーさん」
「おつかれ、北条プロデューサー」
彼女が良くお世話になるトレーナーさん。
少し伸びた髪は後ろで一つにまとめてあり、服は上下ともシンプルで涼しそうなトレーニングウェアだ。
タイミングが良かったのか、奈緒に休憩を言い渡してからこちらに歩いて来る。
「どうです、奈緒の調子は?」
「ん、全体的には一ヶ月であれなら及第点だ。が、演技面で、どうにも恥じらいが残ってることがあるな」
あらら、と苦笑い。相変わらず、竹を割ったような性格と物言いだ。だからこそ、信頼もしてるのだけど。
「それで、他には?」
「ん、時間も守るし挨拶も丁寧だ、今時の若いのには珍しくな。気になる点といえば、集中力が切れてきた様な気がするな」
まあこれも平均的だが、と言いって時計に目をやり、
「おっと、時間も丁度いいんであそこに転がってるの連れて帰ってくれないか?」
「はーい、了解でーすっ」
レッスン中は鬼のトレーナーさんも、レッスンが終わるといくらかフランクになる。と言うのは巷の評判で、正直に言うとレッスン中よりこっちの方がなぜか威圧感を感じる。
ただ、少し気になったことがある。最後の、集中力が切れてきたと言う意見。彼女にしては珍しく、少し歯切れの悪い様に感じた。
とりあえずのところ時間も押しているようだし、「奈緒ー帰るよー」と言いながら肩を貸して立ち上がり、二人して「ありがとうございましたー」と部屋を後にする。
部屋を出たところで、奈緒が深く息を吐き、
「あー、つっかれたぁー!」
「おつかれさま」
彼女も若いことだし、もっと大きな声を出すかとも思ったが、予想よりは声が小さかった。
ここに来る道中予想して買っていたスポーツドリンクを渡しながら「何かあった?」と水を向けてみる。
「やー、プロデューサーさんはさ、真剣に声出すだけで汗だくになるって知ってた!?」
んぐ、と一口飲み込んで話し出す。
「ああなんだ、そんなこと?」
「へ?」
「そらまぁ、」
私だってアンタだけの担当じゃないからね、と苦笑いしながらオブラートに包んで知っている事を伝えると、二、三秒ぽかんとした後、「んんん、もう、とにかく、疲れた!」と誤魔化すように大きめの声を立てながら顔を背ける。
「なぁに、もしかして、嫉妬してくれたの〜?」
「なっ、そんな訳あるかぁ!」
いつもどおりにからかいながら歩いてるといくらか体力が戻ったのか、「もういいよ、ありがと、北条さん」と言いながら肩から離れる。
「ところで、」
「ん?なんだ、プロデューサーさん?」
「なんか、集中力欠けてそうだけど、大丈夫なの?」
気になっていた事を聞いてみる。
実は私も、これまで何回か見にきたことがある。その時は「疲れてるのかな?」と流してたが、どうにもトレーナーさんの言い方が頭の片隅に引っかかっていた。
「うぇ!?、あ、いや、えーとだな、その、」
わたわたとなる奈緒の目を見つめながら待つ。これから更に、集中力を維持できなくなる前に、できるなら原因に片をつけておきたい。
「ごめん、やっぱわかんない」
彼女自身、困惑していると言う感じの表情で言う。
「・・・なら、仕方ないかなぁ、できれば帰ってから考えといてね?」
「へ!?う、うん、わかったよ、考えておく」
あっさり引き下がったのが意外だったのか、ぽかんとした顔をしている。
関わった時期はまだだったの一ヶ月も無いが、少なくともウソをつくような子でない事はわかっていた。
「じゃあ、今日はもう帰る?私は、今日ここでいくつか資料整理していくつもりだけど」
「んや、今日はもう帰るよ。まだまだ夏休みの宿題も残ってるし」
「ふふっ、優等生だ♪私なんか、夏休みの宿題なんか、やった事すらないよ?」
背中に投げかけられる「ちょ、北条さんそんなんでちゃんとプロデュースしてくれんのかよ!?本当に大丈夫なのかよ!?」と言う声に「じゃあねー☆」と軽く返して本社にある私の部署の書類のあたりに辿り着く。
ふぅ、といつもと少し違うものの混じったため息を吐き、手に持った水のペットボトルで喉を潤す。真夏にあの紅茶は甘すぎて、喉に張り付く感じがするのだ。
それから暫くは資料を整理して過ごした。
、、、、、、、、、、
九月
十月の文化祭に向けて話し合いが行われているのを、神谷奈緒はうずらぼんやりと聞き流していた。
単純にこの手の行事に興味が無いのもあったが、自分でもわかるけど、この頃ちょっと上の空気味なのだ。その事を北条さんに指摘されてから原因を考えるうち、もっとわからなくなってきた。
「うーん」
一人静かに首をひねる。クラスで一番気心の知れたこずえは単に席が離れているのもあったけど、、それ以前に授業中はほぼ全ての時間をうつらうつらと過ごしているので、そっとすることにしている。
えーと、ともう一度考えを整理してみる。
まずあたしは、なんでアイドルになろうとしとんだっけ?
と、その時点で、一番最初の入り口で堂々巡りしている不毛さに気づく。それなら、と別方向からのアプローチを試みる。
単純に、何が起こったのかを思い起こしてみる。
、、、、、
北条さんのとこで登録の書類を作っている時に、両親からアイドルになるっていう許可を貰ってないのに気付いて、一旦事務所から出て電話をかけた。そこで一悶着あったものの、形はどうあれ同意を勝ち取ってから北条さんのところに戻る。
それで、後日ご両親同伴で来てね、とその日の事務処理は終わった。
事務室から出ると、待ち構えていたように事務所の面々が詰め寄る。と言っても、仕事に出たのか二人に減っていたが。
「どもー、これからはうちらも仲間やね。346プロ所属、塩見周子十八歳。これからよろしゅーな」
夏だと言うのに肌も髪も白く、なんだか掴み所のない不思議さを感じた。
「あ、はい、これからよろしくおねがっ、てなに匂い嗅いでんだ!!ちょっ、やめっ、はーなーれーろ!!」
すんすんすんすん、と全身を犬の様に嗅ぎ回る黒寄りと赤毛の頭を押し返す。改めて、走って来て汗だくなことに赤面する。
彼女は押し返されたことに対する不満げな表情を隠さずに顔を上げる。
「アタシ、一ノ瀬志希。気楽にしきちゃん、って呼んでくれてもいいから、もっと匂い嗅がせてくんない?」
「ちょ、なんでそーなるんだ!走って来て汗だくで恥ずかしいからやめろ!」
「ねぇ、なんで奈緒ちゃんは走って来たの?」
「へ?」
周子が目ざとく突っ込む。
えい、と一瞬の隙をついて腰に巻き付いた志希に抵抗しながらちょっと考えてみるが、思いもよらぬところから声が出る。
「大きな憧れに、少しの焦りと反骨精神をブレンドして、触媒が現れて絶賛反応中、ってとこかな?」
腰の辺りに抱きついてすんすんやっている志希が口を出す。
きゅっ、と何故か緊張が走る。
「はー、志希ちゃん、相変わらずあたしらにはわからん言葉で話さんといてなー?」
「んー、いい香り〜♡」
周子のツッコミを、志希は無視して匂いを嗅ぎ続ける。そんな彼女を引き剥がして、その日は逃げる様に帰った。
、、、、、
記憶から現実に帰ってきて、うーんと唸る。
あの日のこととしては、志希が執拗に匂いを嗅いできたことが強烈すぎた。帰ってから、風呂で何度か体を洗ってしまったくらいだ。
「な〜お〜」
にゅ、と知った顔が突然視界を占領する。
「うわ!?ちょ、なんだよ!?」
確かに知った顔ではあるが、そこまで仲がいいというわけでもなかった。
今になって気付いたが、その顔だけでなく、クラスメイトの殆どがこちらを向いている。
「今度の文化祭、全会一致で、奈緒が主役のシンデレラを演ることになりましたーー!!」
はいみなさんはくしゅー、と言いながら手を叩く。クラスのみんなも、ノリノリで手を叩く。
「ちょ、一番大事な人の意見を聞き忘れてないか!?」
「先生のこと?」
「ちーがーう!!あ、た、し!!!なんでよりによって主役本人の意見を聞かないんだ!?」
「じゃあ、やらないの?」
「うぐ、」
間髪入れず突っ込んでくる。その目が、見透かした様にニヤリと微笑む。
実際、あたしが主役のシンデレラ、その光景を想像して、幾らか楽しみだと思ってしまったのは事実だった。
「ねーえー、やらないのー?」
にやにや、と性悪そうな顔で笑う。もし配役を決められるなら、絶対こいつを嫌味な継母役にしてやる。
「もー!!いーよわかったよ、そんなん言うならやるよ!やってやるよ!!」
「よっ、男前!」
誰が男かぁ!と言う叫びは、みんなのの拍手でかき消された。
続々
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三章 空色の渇望
十月、ではなく九月後半。
文化祭に向けての準備を始めるクラスもすこしづつだが出てきた。
奈緒のクラスでも、劇の成功に向けて少しずつ準備を始めていた。
まず、大元の脚本も、何故かクラスでそういうことを趣味にしている連中がたった三日で書き上げ、それに沿った衣装だりなんだりの作成に既に取り掛かっている。
そして奈緒はと言うと、
「ああ神様、わたしはいつまでこんな暮らしをしないといけないのでしょう?」
放課後、教室の仮設ステージで演技の練習に励んでいた。
ステージ、と言っても前方の机をちょっと寄せて場所を開けただけだが。
「ちがーう!棒読みすぎ!もうちょっと感情込めてよー!」
わざとらしくふんぞり返って椅子で足を組むのは、あたしを主役にした張本人、本田未央。あまりにも縁遠いグループだったので、この頃になってようやっとフルネームを覚えられるようになった。
「ちょ、ただの女子高生に何を求めてんだよ!?あたしはそこまで芸達者じゃねーよ!」
「うーん、」
いやでもさ、と未央が呟く。
「あのレベルに見合うのとなると、ね?」
と申し訳無さそうにチラリと教室の隅を見る。
そこで静かに本を読んでいるのは、速水奏。鮮やかな黒髪が似合い過ぎる美女だ。基本的に物静かだし、友達も少ないせいで、彼女の私生活は謎に包まれている。ただ、時折見せる年相応な笑顔に魅せられて突貫して行く男子も少なからずいるが、大抵軽くあしらわれている。因みに、何回か恋人が出来たとか出来てないとか、そんな噂もある。
彼女が演じるのは、シンデレラをイジメ倒す、継母役である。少し前に彼女の演技を見せて貰ったことがあるが、本気で何か悪いことをした気になる位には血気迫っていた。なのに演技が終わった途端、「こんなところかしら?」と妖しく微笑んでいたので、ほんとにオンナって怖いな、と思った。あたしも女だけど。
「うぐぐ、」
元来、負けん気が強いのは自分でも幾らか自覚していた。未央に不満は垂れているものの、彼女は奈緒の負けん気に火に着けてしまった。
と言っても、
「どーすりゃいーんだよこんなん・・・」
「だよねぇ・・・」
一番最初の、「継母にいじめられる娘」という状況に今ひとつ実感が湧かないのだ。そうなると、感情を籠められないのも致し方ないことだと、二人ともうすうす気づいていた。この練習も、ある意味惰性でやっているようなものだった。
「はーぁ、今日のとこは取り敢えず解散ね、わざわざありがとね、かみやん。じゃあ、おっつー☆」
「はいはい、未央もお疲れ様」
未央がちらり、と時計を見てから足早に教室から退散する。そういや、晩飯の時間が決まってるとか言ってたっけな。
はーあ、と深いため息をはいて、あ、と気づく。こう言うのの、スペシャリストがいるじゃん。
、、、、、、、、、、
「おつかれさまでーす」
がちゃり、と事務所のドアを開ける。
最初の方は緊張もしていたが、八月中レッスンの帰りによく寄っていたせいで、今では慣れたものだ。
「おつかれ、様です」
ソファで物置のように本を読んでいた彼女が顔を上げる。
彼女は、鷺沢文香。彼女もアイドルの一人として活動しているが、事務所にいる時は八割方本を読んでいる。それは文庫だったり、ハードカバーだってり、偶に漫画だったりもするが、奈緒が読むものは基本漫画ばかりなので、よくわからない申し訳なくさを感じて少しだけ話しかけにくかったりする。
「お疲れ様です、鷺沢さん」
「奈緒ちゃんは、学校上がりですか?」
「うん、それが、北条さんがまだ仕事取ってきてくれないんですよ」
今日は、事務所には鷺沢さん一人しかいないようだった。
「あの、鷺沢さん、相談なんですけど」
「はい、なんでしょう。私にわかる範囲のことなら、答えさせていただきます」
また彼女が本に集中してしまう前に声をかける。
「あの、鷺沢さんは、なんか劇とかで演技の仕事とかもありますよね?」
「はい、そのようなお仕事も、させていただく機会があります」
「じゃ、じゃあさ、そういう時のコツと言うか、心得みたいなの教えてくれません?」
「はぁ・・・それはまた、どういったきっかけで?」
「それは、」
と、これまでの経緯を話す。
「成る程、そのような事情がおありで」
うんうん、と二、三度頷く。
「で、で、なんかある?」
奈緒が子犬のようにせっつく。その様を見てふふ、と微笑みながら、
「奈緒ちゃんは、真面目なのですね」
「んなっ、ちょ、いきなりそんな恥ずかしいこと言わないでくれよ!」
奈緒がわたわたと慌てる様子をふふっ、と笑ってから姿勢を正す。自然と、奈緒も姿勢を正す。
「私の方法なのでいくらか人とは違うかもしれませんが、そう言う時、先ずは書を読むようにしています」
「書?」
「はい、その物語が書かれた、若しくは近しい書を探して、よく読み、それでも実感が湧かなければ、人の話を聞くようにしています」
「えーと、それって台本じゃダメなのか?」
「駄目、と言うわけではありませんが、それのみだと今ひとつ描写の足りないことがあります。なので、情景の描写の詳しく書かれている物語を読ませて貰っています。奈緒ちゃんの演じるのは、シンデレラの、主役、シンデレラと言うことでしたね?」
「へっ、あっ、はい」
「そう言うことでしたら、」
いきなり話が飛んで困惑する奈緒を尻目に文香はすっ、と立ち上がり、色んな書類が入っているアルミ製の棚に向かう。そんなところで何をするのだろう?と不思議に思っていたが、彼女が棚をぐっ、と力を込めてスライドさせるのを見て、驚愕と納得が同時に湧いてきた。
そのアルミの書類棚の向こうに、今度は木製の本棚があり、ぎっちりと本が詰まっていたのだ。その中から何冊か殆ど迷いなく本を抜き取り、一旦机の上に置いてからアルミの棚を元の位置に戻す。驚愕で目を見開いてる奈緒に文香は恥ずかしげに笑い、
「お恥ずかしながら、事務所を少しだけ改造させて頂きました」
棚の向こうに本棚を設置することを果たして「少し」と言うのか、今の奈緒には察しが付かなかった。それで、と文香が姿勢を正す。
「何冊か、シンデレラについて読みやすいものを選んで見ました。この物語は有名過ぎるあまり、どこから手を付けていいかわからないこともあるので、この本たちをお貸ししようかと思います」
ご迷惑、でしたでしょうか、と突然申し訳無さそうにする文香に、
「いやいや、ありがとう鷺沢さん。でも、ほんとに借りていいんですか?」
「はい、書は読まれてこそ、だと思いますので」
奈緒は、嬉しそうに微笑む文香に「ありがとうございました」と丁寧にお礼を述べ、立ち上がりながらそれらの本を学校のカバンに入れる。
「お役に立てて、光栄です。それではまた、いつか」
「ありがとう、鷺沢さん、ありがたく読ませて頂きます!」
帰り道、幾らか重たくなったカバンと、鷺沢さんの笑顔で少しの元気が湧いてきたような気がした。
、、、、、、、、、、
帰って宿題やなんやかんや、諸々を済ませて、早速文香から借りてきた本を手に取る。
大量に本を読んでる彼女が選んでくれただけあって、それらは確かに読みやすかった。そこで初めて、シンデレラを物語とし読むのが初めてな事に気付く。
あらすじとしてはご存知の通り、両親を早くに亡くし、親戚の継母に引き取られたはいいものの、継母とその娘たちにいじめ抜かれるところから物語は始まる。
たまに聞く「灰被り姫」という呼び名は、どうやらシンデレラが灰だらけの暖炉で寝させられているというあたりから来ているらしかった。
そして、彼女の住む国の城で舞踏会が開かれる。そこで、継母達はシンデレラを置いてさっさと舞踏会に行ってしまう。
そして、その様を哀れに思った魔女が、彼女のために舞踏会へ向かうための特別なドレスや、馬車などを用意する。この時に、魔法は十二時の鐘が鳴ると解けてしまうと告げられる。
そしてシンデレラが舞踏会に向かうと、その国の王子に一目で見初められ、一夜を共に過ごす。
時を忘れて楽しむ内に、十二時の鐘が鳴ってしまい、慌てて帰る内に彼女は靴の片方を落としてしまう。
彼女のことが忘れられなかった王子はその靴を手掛かりに国中を探し回り、最終的にシンデレラの足にぴったりということが判明し、二人は結ばれめでたしめでたし、と、こんなところである。
因みに、かぼちゃの馬車も魔法使いも登場せず、舞踏会の準備を不思議な白い鳩が手伝ったり、王子がやたら狡猾な手を使ったり、細々とした違いがあって、そこが文香が何冊か貸した理由らしかった。
ん〜〜〜、と伸びをしながら、慣れない読書で疲れた目をほぐす。
集中してたら、いつの間にか深夜の二時になってしまっていた。喉が渇いているのに気づき、台所まで向かいながら考える。
両親を早くに亡くし、その上引き取られた先でもいじめられていた彼女のことを。
奈緒は元々作品に対し感情移入しやすいと思っていたが、いざ本気でシンクロさせるとなると、あまりにも状況がかけ離れ過ぎていた。
奈緒の両親は健在だし、何より今まで虐められたこともない。シンデレラの様な劇的な恋を望む事も少しはあるが、それも今ひとつ現実味に欠けていた。
うすらぼんやりと疲れた脳と体で行動していたせいか、奈緒はコップを取り落としてしまう。特にお気に入りでもなかったそれががしゃん、と音を立てて割れる。
割れてしまったコップのカケラを、深夜なので掃除機を使わず掃除しながら、「もしこれが理不尽に散らかされたモノだったらどう感じるだろう?」と考えては見たものの、疲れて眠い頭は回らず「明日コップを買いに行こう」という結論を出した。
、、、、、
「ふ、はあ、んん、こずえおはよう!」
「ふぁ〜、奈緒、おはよ〜」
翌日、教室でいろんな奴に挨拶した後、朝から既に眠ってしまいそうなこずえに声をかける。
朝礼までは時間があるので、少し昨日の事を話すことにする。彼女の意見は、たまに予想外の方から答えを出すので、今回も少しそれに期待していたりする。
「なー、こずえってシンデレラの事ってどう思う?」
「んー?シンデレラー、あの子はねー、もうちょっと
がんばっても、よかったんじゃ、ないかなーって、おもうのー」
「へ?がんば・・・る?」
「うんー、がんばるのー。だってー、ドレスも、馬車も、全部、他の人が用意してくれたんだよー?」
言われてみれば、それもそうだが。
「いや、でも、それは虐められてて自分で用意できなかったから、」
「でもー、ほんとうに舞踏会に行きたいなら、もっと、方法があったような気がするのー。例えば、ひっそりとドレスを自作するとかー」
もしくは、奪うとかー、とこずえが本格的にうつらうつらしながら言う。時計を見ると、そろそろ朝礼が始まる時間だ。「こずえー寝るなよー!」と肩を軽く叩いてから自分の席に戻りながら考える。
まさか、あんな意見が出るとは思わなかった。というか、相変わらず見かけによらず大胆な意見だな、と思う。
確かに、実際にその状況に立ち会ったわけじゃないからよくわからないけど、言われてみるとそんな選択肢もあったような気もする。
でも、それをどう演技に繋げるといいか、まだ今ひとつわからなかった。
、、、、、
その日の放課後は未央が部活の助っ人に呼ばれていたため、特に練習も無く帰れることになった。実際、こんなに早く本格的な準備を始めてるクラスも珍しいので、ある意味これが普通なのではあった。
「おつかれさまでーす」
ガチャ、と眠い目をこすりながら事務所の扉を開ける。眠いなら帰って寝れば良いのに、と頭の中でささやく声が聞こえるが、あえて無視する。この件に関して、彼女は少なからず意地で行動してる面があった。
「お、奈緒おつかれー」
「奈緒ちゃんお疲れ様です」
今日いるのは、ちひろさんと北条さん、あと、誰だ?よくわからないけどおっさんが一人。
「えーと、こちらのかたは?」
謎のおっさんを控えめに指で指す。
「ん、こちらのかたは、あんたを紹介してもらう事になった雑誌記者の、ケンさん。初仕事の相手なんだから、キチンと挨拶しやさいね!」
「へ!?あたし、そんなこと聞いてないぞ!?」
「うん、今決まったとこだもん」
イタズラに成功した子供の様に笑う。
驚きながらも一呼吸し、
「え、えー、おほん、あの、お世話になります、神谷奈緒と言います!十七歳です!宜しくお願い致します!」
奈緒が慣れない敬語と、「仕事」という単語の緊張感にガッチガチになりながら挨拶をすると野中さんは「はは、どうもこちらこそ」と苦笑いしながら軽く挨拶してくる。どうやら、彼女の無茶振りにも慣れているらしい
「じゃ、座って座って」と北条が軽くソファの隣をぽんと叩く。
「じゃあ、そう言うことなんで、始めさせてもらいますね?」
、、、、、
「あ〜〜〜、つっかれたあああ!!!」
取材が終わり、奈緒は大きく伸びをする。
「おつかれ、奈緒」
はい、と事務所に備え付けの冷蔵庫からお茶を渡される。ありがと、と受け取り一息つき、
「もー北条さん、こんなおどかすような真似やめてくれよ!」
「あははーごめんごめん、でも、驚いた奈緒も可愛かったような☆」
「そーいう問題じゃなくてだな!」
奈緒は腹を立てているが、視界の隅でちひろさんが苦笑いしてるのに気づいてあきらめる。きっと彼女はいつもこんな調子だったのだろう。
「ところでさー、奈緒はどうして今日ここに来たの?それこそ、何の予定も伝えてなかったのに」
「ん。あー、それがさー」
いきなりのことで忘れていた本題を思い出す。ゴソゴソ、とかばんから数冊の本を取り出す。
「これ、昨日鷺沢さんに借りたんだけど、読み終わったし、よくわからなかったから返そうと思って」
「これは・・・シンデレラ?」
「そう、シンデレラ」
今度の文化祭で劇をやることになってさー、と少し上機嫌に話す奈緒に、北条はふーん、と今ひとつ上の空な返事を返す。
「それでさ、北条さん。本貸してくれた鷺沢さんには悪いけど、なんか今ひとつよくわかんないからさ、北条さんの意見も聞きたいんだ」
「んー、じゃあまずはさ、奈緒はどう思ってるの?」
「あたし?あたしは、普通にかわいそうだなーって思ってたんだけど、こずえが、あ、学校の友達なんだけど、あいつが『もうちょっと頑張ったらいいのに』って言ってたから、確かにそうかもな、て」
彼女は、自分の考えをまとめるように虚空を見つめながら言葉を吐き出す。
「だって、本当に舞踏会に行きたいならさ、自分で衣装を作れたかもしれないし、継母にとか、他の人に頼ることもできたかもしれないじゃん?」
北条さんはどう思う?と視線を、向けて異変に気づく。いつもは見えない、彼女のどろどろの底を覗き込んだような気がした。
「努力だけじゃどうにもならないことなんて、いくらでも、、、!」
北条は体の底から絞り出すような声を出し、そのことに気づいたのかハッとした表情になる。
「・・・ごめん、今日は頭痛いから帰る」
おつかれ、と手短に言い残しさっと立ち去る。
「ちょ、北条さん!?」
慌ててかばんをひっ掴み追いかけようとする奈緒の手をちひろが掴む。
「ちょっと、話してくれよ!!プロデューサーさんがどっか行っちまうだろ!?」
「奈緒ちゃん、少し、落ち着いてください」
「これが、落ち着いてっ、、、」
そこでやっと、ちひろの顔にも苦渋の色が浮かんでいることに気づく。
「・・・わたしに、この話をする権利はありません」
「・・・へ?」
目を白黒させる奈緒をよそに、ちひろはポットから熱いお茶を入れ始める。
どうしようもなく走り出た時には加蓮の姿は見つからず、煮え切らないものを胃の中に抱えたまま家に帰った。
ふと、今日は学校の帰りに割れたコップの代わりを買おうとしていたことを思い出した。
続々々
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四章 彼女たち色の物語
五章
「おっはよーございまーす!!」
「おはようございます、プロデューサーさん!!!!今日は一段と元気ですね!!なにかいいことでもありましたか!?!?」
「おはよー茜ちゃん、特には無かったけど、今日はいい天気だよ!!!」
「そうですね!いい天気なので走っt「ちょ、キミ今から仕事でしょ!?」ああそうでした!」
すいません!!と小柄な体から大きな声を出しながらもう一度ソファに座り直す。彼女はは、この事務所に所属する日野茜十四歳、栗色の、少し癖のついたような髪が特徴で、何より元気な女の子だ。アイドルになる前はラグビー部のマネージャーをやっていたらしいが、アイドルになってからはたまに手伝にいくらいになってしまったと言っていた。
全く、今日も朝から元気なことだ、なんて人に言えた話ではないか。
「おはようございます、北条さん」
「おはようございますちひろさん、昨日はいきなり帰ってすみませんでした」
いえいえ、これも仕事ですから、と返すちひろさんに頭を下げる。今度なにか軽いお土産でも持ってこよう。
さて、ざっと見回しても今いるのはこの二人だけか、なんて思ってると
「おはようございま〜す・・・」
かちゃ、と消え入りそうな声と共に事務所の扉が開く。
「奈緒おはよーーー!!昨日は心配かけてごめんね!?頭痛は前から結構あったんだけど、奈緒がいる時には初めてだったから心配させちゃったよね!?」
ごめんねーとまくし立てながら抱きつくと、奈緒は目を白黒させながらも「お、おう、無事なら、よかったんだ。無事なら」と返してくれる。
さて、と一息ついて距離を置き、
「ところで、奈緒はなんでまた今日も事務所に来たの?」
「や、別に来るなって意味じゃないんだけど」と付け加えながら言う。今日も、別に予定は入れてなかった筈だ。
「ああ、これからさ、ちょっと文化祭の準備が忙しくなる、って伝えるの忘れててさ。今日来たのはそれだけなんだけど・・・」
奈緒は歯にものの詰まったような言い方をする。やっぱり、なんだかんだ昨日のことを心配してくれているのだろう。
「んー、あたしは今日は茜ちゃんと合流してからロケ行くんだけど、ちょっと時間余ってるからゆっくりして行きなよ。ちひろさんもいいでしょ?」
首を回してちひろさんに水を向けると、苦笑いしながら「構いませんよ」と返してくれる。
「だってよ、奈緒。それとも、他になにか予定あったりした?」
「いや、えーと、特には無いんだけど、一つだけ。一昨日コップ割れちゃったから、替えのコップを買いに行こうと思ってるんだよね」
「ふーん。じゃーそれ、付いてっていい?」
「へ!?」
当然のように言うわたしに目を白黒させる奈緒。相変わらず、からかい甲斐があってほんとにかわいい。
「んー、茜ちゃんもちひろさんも来る?こういう時、人は多いほど楽しいでしょ?」
「そうですねぇ、時間があるということでしたら、日野茜、喜んでお供させていただきましょう!!!」
「そうですね、ちょうどお昼もまだですし、みんなでお昼というのもたまにはいいかもしれませんね」
茜ちゃんは案外簡単に答えてくれたし、ちひろさんも、相変わらず苦笑いしながらだけど了解してくれた。
「さて、そういうわけでしゅっぱーつ!」
「ちょ、え、だから、なんであたしを無視して話が進むんだよ!?」
うがー、と吠える奈緒に茜は子犬のように挨拶に行き、その間にわたしたち大人組は事務所を片付けておく。そう言えば、この二人がきちんと顔を合わせてるの今回初めて見たな。
さて、と全部の窓や火元の確認が終わる頃には奈緒の憤慨もいくらか収まっていた。
「あはは、ごめんごめん、ポテト奢るから許してよ」
「いやポテトって、それ北条さんが食べたいだけじゃん!?」
「えへへ、ばれた?」
「ポテト、あたしも食べたいです!!ちなみに奈緒さんはどこのポテトが好きなのですか!?」
「だー、声がでかい!」
「一応ビルの中なので、声は静かにお願いしますね」
みんなで軽口を叩きながら街に繰り出す。なんのかは忘れたが、祝日なだけあって人が多い。ようやく八月の残暑も和らぎかけてるというのに、これじゃあ人の体温だけで暑苦しく感じてしまう。
その日は、成り行きで事務所全員分のお揃いのコップが揃えられた。
、、、、、
九月も本当に残り少なくなり、いよいよ学校全体が文化祭の準備に動き出した。
奈緒のクラスでも、衣装や演出、小道具の作成などの細々とした動きも目立ちだし、何より、放課後に教室以外の場所を使った練習が行われ始めた。
今日は、本番で使う体育館で練習させて貰っている、
「あらごめんなさいシンデレラ、手が滑って作ったくれた朝食を全部こぼしてしまいましたわ!もう一度作り直してくれるかしら?」
「はい、おねえさま」
がちゃん、という音と共に空の食器が舞台に落ちる
今は、最初の方のシンデレラが義理の姉にいじめられてるシーンだ。
一人でやっていた時はよくわからなかったが、なるほどいじめられるのはこういう気分なのかと少しの実感が湧いて来た気がする。ただ、なにか物足りない気もする。
「はーいおふたりさんちょっと休憩するよー」
未央が軽く手を打つ音で我に帰る。
「おつかれ奈緒ちゃん、大丈夫だった?」
「ん、大丈夫だよ、心配してくれてありがとな、まゆ」
座り込んでるあたしに手を差し伸べてくれたのは、先程のシンデレラの継母の娘役をやっている佐久間まゆだ。赤に近い深いボブの黒髪が特徴で、読モをやっているという話も聞いたが詳細は知らない。まったく、奏もまゆも、二人揃ってただの学校の制服で随分と熱演してくれる。
それでこそ、張り合いがあると言うものだけど。
ふと、思いついたことを聞いてみる。
「なー、まゆ?」
「なにかな?」
「まゆはなんでこの役引き受けたんだ?役とは言え人をいじめるなんて、嫌じゃ無かったのか?」
「それは、あたしじゃないとだめだと思ったからです」
「へ?」
ほとんど躊躇い無く返事が返って来て戸惑う。
「だって、かわいい女の子をいじめて、最終的に不幸な状況に陥る。そんな役目、他の子に任せるワケにはいけません」
「・・・それは、なんでまゆならいいと思ったんだ?」
彼女の鮮やかに黒い瞳に込められた静かな強さに気圧されながら聞く。
「あたしには、心に決められた人がいます。その人の為なら、たとえどんな状況からでも這い上がれる、そう思ってるし、それだけ強くありたいんです」
なんて、カッコつけすぎましたかね、と途端に恥ずかしげに俯く。
「いやいや、すごく参考になったよ、ありがと」
なんて話し込んでいると、周囲ががたがたと鳴っているのに気づく。見ると、小道具やらの撤収が始まっていた。
「なんか調子もいいみたいだし、今日は早めに上がることにしたから、まゆちゃんもかみやんも、おっつかれー☆」
未央がこちらへ歩いて来ながら言う。なんだか、文化祭の用意を始めた頃より少しやつれて見える。と言っても、みんなそんなものだし、それ以上にこの状況をみんなも楽しんでいるのだ。
「うん、みんなありがとな!」
「みなさん、今日もありがとうございました」
とりあえず全体に声をかけ、片付けていた連中と一緒にわかる範囲で片付けを手伝う。
片付けを手際よく終わらせて教室に戻ると、隅の机で寝転がっている人影を見つける。
「おーいこずえーおーきーろー」
そのまま放置するわけにもいかずに肩をゆする。寝そべっている机の上には、何枚か服の絵が書かれた紙が散乱している。そういえば、今回の文化祭では衣装のデザインを作りたい、といつも消極的な彼女には珍しく自分から頼み込んだんだっけか。
「んん〜、あ、なおだ、おはよ〜」
「おはようじゃないだろこずえ、もう帰る時間だって」
「、、あー、今日見たいアニメが」
「はいはい、わかったからとりあえず帰る用意して」
のそのそと二人で帰る支度をする。
机が色々散らかっていたせいでちょっとだけ片付けが遅くなり、支度が終わった頃にはほとんどの人が帰ってしまっていた。
「みんなおつかれ、また明日な!」
「じゃあみんな、またあしたねー」
ぱらぱらと返ってくる返事を背に教室を後にする。
てくてく、というような擬音が似合う速度で歩く。学校の敷地を越えたあたりで、奈緒が口を開く。
「それで、なんであんウソついたんだ?あたしは、意味も無くウソつくやつは嫌いだぞ」
こずえはアニメが見たいから帰ると言っていたが、あたしとこずえは同じルーチンでアニメを見ている。だから、今日、これくらいの時間から帰っても見るアニメが無いことはわかっているのだ。
案の定、「えへへー」と決まり悪そうに頭をかく。
「見たいアニメがある、って言うのは、嘘じゃないよ?」
「・・・??」
「奈緒は今日、時間あるー?一緒に、見て欲しいんだけど」
「お、おう。今からか?」
ふふ、といつもより少し楽しそうにこずえが笑う。その足取りがいつもの眠たくふらついたものよりより軽く、なんだか混乱が深まる。
、、、、、
「おじゃましまーす」
「どうぞー」
「あら〜奈緒ちゃんじゃない!いらっしゃい!」
こずえの家にお邪魔すると、いつも通りこずえのお母さんに熱烈な歓迎を受ける。
「奈緒ちゃんいつもありがとね〜ほんとにいつも感謝してるのよ〜」
「いやいや、あたしもやりたくてやってるだけですから」
どうもこずえは、小さい時からこの眠気を隠さない姿勢のせいで友達がほとんどいなかったらしい。なので、あたしがこずえとよく家に遊びに来るのがお母さんとしてはいたく嬉しいらしい。もっともこずえ本人は、友達が少ないのを気にしているそぶりは無いが。
「今日もまたアニメ?だったら何か飲み物と軽いおやつでも用意しちゃうから、ちょっと待っててね」
「いつもありがとうございます」
玄関でいつものやり取りを済ませてこずえの部屋に行く。
きぃ、と部屋の扉が軽い音を立てて開く。まず目に入るのが左手のピンクのベッド、その上の壁に貼ってある魔法少女もののポスター。右手には割と大きめのテレビ。
わざわざ個人の部屋にテレビが置いてあるのは、アニメにハマった頃にこずえがやたら頑固にねだったかららしい。と、こずえのお母さんから聞いたのだが、「初めてこんなにわがまま言ってくれたのよ!」と笑顔で付け加えていて、なんとも親バカな一面を垣間見た。
なんて思い出してる間に、こずえが慣れた手つきでDVDデッキの準備を始める。用意しているのは、有名な、随分昔にアニメ化された映画版のシンデレラだ。だいぶカバーが擦り切れてるから、きっと何度も見返したのだろう。そのパッケージを見た時点で、なんとなく納得したので特に何み聞かなかった。
部屋にオレンジジュースとゼリーを持ってきてくれたこずえのお母さんにお礼を言って、いよいよ鑑賞会が始まる。
「あたしはねー、やっぱりシンデレラは納得できないの」
「へ?いきなり何言ってんだ?」
と言うか、わざわざDVDを見るタイミングで言うセリフだろうか?
「最初に見た時は、こころがきらきらふわふわして、憧れたりもしたけど、やっぱりほとんど他の人に用意されてるような気がするの。それに気づいてから、なんだか素直に楽しめなくって。まぁ、わたしも、多くのひとに助けてもらってるんだけど」
そう言うこずえの顔を横目にに見るといつものぼんやりした眠そうな顔はなく、なんだか寂しそうな顔をしていた。
「・・・じゃあ、話を変えてもらうか?」
「え?」
「だって、納得できてないのに一番いいものなんてできないだろ?まだ時間もあるし、頼んでみるくらいはしてみてもいいんじゃないか?」
言いながら「あたしらしくも無いな」と思った。あたしは、もうちょっと冷めた人間だと思ってた。だけど、高校の文化祭程度のイベントなのだ。ちょっとのわがままくらい言っても、バチは当たらないはずだ。
「・・・やっぱり奈緒は、優しいねー」
「な、ちょ、今はあたしの話はしてないだろ!?それよりほら、始まっちまうぞ!」
恥ずかしさを誤魔化すように声を出す。こずえはくすくす、と楽しそうに笑いながら画面に向き直る。くそう、みんなしてあたしのことをいじりやがって。いつか見返してやる!
その日久しぶりに見たそのアニメは、なんだか子供の頃に見た時よりも、記憶の中の感動より色あせてしまったような気がした。女の子として憧れはするけど「そうなりたいか」って考えた時、なんだか素直になりたいって答えられそうにない気がした。
・・・・・
次の日の朝一で誰に話を持っていけばいいかわからなかったので未央に相談してみたら「放課後まで待っててね!」と元気よく返され、その日の放課後には脚本担当の子に引き合わされ「できれば大幅な変更はしない方向で☆」と丸投げされた。どうやら、小さいながらも色々なところに支障が出て忙しいらしい。「あたしらみたいなわがままを安請負するからだろ」とかちょっと思ったが、これからもわがままを言うことになりそうなので黙っておいた。ごめん。
「それで、ボクらの紡いだ物語に物申したいと言うのは、キミかい?」
「えーと、まあそういうことになるのかな?」
それで今は、引き合わされた脚本担当の二宮飛鳥という子ががめちゃくちゃ濃い感じの子で戸惑っている。見た目的にはやたらボーイッシュな美少女というだけだが、話し方がやたら遠回しでわかりづらく、この前街中で見かけた時はだいぶパンキッシュというか、目立つ格好をして、その上やたら長いエクステまでつけていた。一生のうちで関わることになるとは思ってもみなかったタイプの人で、本当にどうしたらいいかわからない。
「具体的には、どういうところが気に食わなかったと言うんだい?」
「や、気に食わなかったと言うかだな、ちょーっとだけ変えて欲しいなー、ってところがあって・・・」
とにかく、当たって砕けろと昨日映画を見ながら考えていた案を話す。
「へぇ、それは、面白い。その案は一度提案したんだが、断られてしまったんだ。主役の後押しがあれば、今度は通るかもしれないな。その脚本も慰みに書き上げてみているんだ」
どちらかと言うとそっちの方が気に入っていたんだ、と言いながら、にぃ、と飛鳥が邪悪な笑みを浮かべる。どうやら、気に入っていただけたようだ。
「ちょっと待ってくれ」
キュ、と上履きを鳴らしながら自分の机に向かう。カバンからやたら重厚な、鍵となぜか鎖まで付いたノートを引っ張り出してパラパラとめくっている。お目当のページが見つかったのか、そのノートをこちらに持ってきて見せてくれる。
「これが、その脚本さ。まさか、物語の主人たるキミにこの話を持ちかけられるとは思わなかったよ。人生とは、実に奇妙なものだね」
くすくす、と笑う飛鳥に軽くお礼を言って読ませてもらう。隅の方にお世辞にも上手いとは言いにくい絵で書かれた「傷ついた悪姫ブリュンヒルデ!」とか、謎のポエムとかは気にしないことにした。多分本文に関係無い。
「どうだい奈緒、キミは気に入ってくれたかい?」
「・・・最高!!ありがとな、今から直談判に行こうぜ!!」
「ちょ、キミは随分性急だな!?」
嬉しくて、つい腕を掴んで走り、だそうとして帰ってきた未央を見つける。
「いた、話はまとまったぞ!」
「ふふ、既に用意した物語を、彼女はいたく気に入って貰えたようでね」
「ちょ、きみら意気投合すんの早すぎない!?」
二人して興奮しながらずいずい、と詰め寄って戸惑う未央にまくし立てるように説明する。
話を一通り聴き終わった未央が苦笑いしながら口を開く。
「まあ、薄々そんな気はしてたんだよねー。いいよ、そのための段取りも今してきたし」
「「いまぁ!?」」
「うん、今☆」
二人声を揃えて驚く。もし提案が違ったらどうすんだとか、予感がしてたんなら最初からそうしてくれとか、言いたいことはいくつかあったけど飲み込んだ。結果オーライというやつだ。
「じゃあ、誰かさんのせいでこれからちょーっと忙しくなるけど、いっちょ頑張りますか☆」
「うぐぅ・・・ま、まあ、ありがとな!!」
「礼を言われるほどのことはしてないさ」
「それはもっとこれからいろんな人に言うことになるから、とっといたほうがいいかもよ?」
三人とも、自然に笑いが溢れる。これか大変になるだろうに、それをわかった上で。
確かな手応えを感じながら、彼女たちはまた次の一歩踏み出した。
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