GUNDAM BREAKER 3 -異界の模型戦士- (バートレット)
しおりを挟む

Chapter1 Gundam Cypher
第1話 ENCOUNTER


最近小説というものをとんと書いていなかったせいで文章力が落ち始めていたので、
リハビリがてらガンダムブレイカー3を題材にひとつ書いてみようと思いました。
頑張って書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


 天まで届く一筋の光。

 宇宙と地球を結ぶ、軌道エレベーターが完成して1年になる。

 21世紀もすでに半分が過ぎようとしている頃、人類はついに宇宙開発の歴史に新たな1ページを刻んでいた。人々は、自らの成し遂げたことに誇りを持っていた。

 もっとも、民間による月面旅行や宇宙コロニーへの移住はまだまだ検討段階の話である。実現には最低でも四半世紀以上はかかるだろう、というのが大方の見込みである。

 

 軌道エレベーターの民生運用が開始されたこの日。1人の少女は手元の携帯端末を見て、ひとつため息をついていた。

「週末は家族で月旅行、なんていうのもまだ先なのが現実。私の現実は……毎日地元のゲーセン通いかぁ」

 その少女、ミサは自嘲気味の笑みを浮かべながら、そのゲームセンター、『イラトゲームパーク』に足を踏み入れるのだった。

 

「ミサさん、本日もご来店ありがとうございます」

 イラトゲームパークに入店して出迎えたのは、人型のロボットである。ピンクと白を基調とした女性的なフォルムだ。ディープラーニング技術の発展によって、高度なAIを搭載した作業用ロボット、ワーカボットは急速に社会に普及していった。インフォと名付けられたこの案内ロボットもそのうちの1体であり、人間との意思疎通も可能な高性能っぷりである。

「毎日お出迎えありがとうね、インフォちゃん」

「なんだい今日も来たのかい、悲しい青春送ってんねぇ」

 インフォに返事を返すミサに声をかけてくる老婆がいる。このイラトゲームパークの店主、イラトだ。

「一応お客なんだから歓迎してほしいなぁ」

「だったらもっと金落としな。毎日いるだけじゃねぇか。あの金髪のあんちゃん見習いな」

「あの人は色々と規格外だよ」

 イラトとミサが軽口を叩き合っていると、奥の方から子供が声をかけてくる。

「イラトばーちゃん! このクレーンガバガバ過ぎて景品取れねぇよ」

「黙りな! 景品が取れることはちゃんとチェックしてるんだよ!」

 子供のクレームに威勢よく言い返すイラト。だが、子供は首を横に振って言い返す。

「インフォちゃんにチェックさせんな! 人間にはミクロ単位の操作なんてできねぇんだよ!」

 当のインフォはミサと2人でイラトと子供の応酬を眺めていた。

「ロボットにできるのは100%までだよ。人間だけが限界を超えて120%の力を……」

「聞いたことある台詞で煙に巻いてんじゃねぇ! ちくしょう覚えてろよー!?」

 子供は言い合いで勝てないと悟ったのか、捨て台詞を吐いて店から駆け出していくのだった。ミサは苦笑しながらそれを見送り、さて、と一言呟く。

「私、シミュレータ見に行くよ」

 インフォに声をかけて、球体型の大型筐体が立ち並ぶ一角に向かおうとするミサに、インフォが声をかけて呼び止める。

「先程、初めてのお客様がシミュレータに入りました。そろそろプレイが始まる頃です」

 その言葉を聞くと、ミサの表情がぱっと明るくなる。

「ホント!?」

 そして、大型筐体のコーナー目掛けて駆け出すのだった。

 

 ガンプラバトルシミュレータ。国民的な人気を誇るロボットアニメ、「機動戦士ガンダム」とそのシリーズ作品に登場する機体のプラモデル、通称「ガンプラ」を仮想空間上に投影して戦わせることが出来るゲームである。昔は大規模なイベントのみで遊ぶことが出来るものだったが、ついに業務用大型筐体としての普及が実現。各地のゲームセンターなどに続々と筐体が導入されていき、今や日本を飛び越え世界中で人気を博すゲームとなった。

 まだ全てのガンプラに対応出来ている訳ではなく、作品も現状「鉄血のオルフェンズ」までのものに限られているが、思い思いに自分が作ったガンプラを戦わせることができるこのゲームは、老若男女を問わず、幅広い人気を集めていた。

「あれかぁ」

 ミサの目に留まったのは、今まさに大型筐体内で操縦桿を握りしめた人影である。遮光されているため、その風貌まではわからない。ミサは、プレイ状況を示す大型モニターの前に腰掛けると、そのガンプラが出撃するシーンを見守る。

「……んん?」

 ミサは首を傾げる。画面の中でカタパルトに接続したその機体は奇妙な違和感があった。

 複数のガンプラのパーツを組み合わせている、いわゆるミキシングビルドが行われているのだが、塗装が一切されていない、出荷時の色プラ状態のままだったのだ。

 パーツ自体の色が統一されていればまだ違和感が少ないのだが、頭部と胴体が白と青のビルドストライク、腕部も白のνガンダムに青のGNソードを装着しているのに対して、下半身は漆黒の機体色であるスサノオであり、バックパックも黒いIWSP。このカラーリングのアンバランス感、そして重厚な上半身に対して比較的ほっそりとした脚部というフォルムも、ミサが違和感を覚えたポイントだった。

「ほう、脚部をスサノオで構成するか……乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない」

 その声にミサが振り向くと、白いジャケットに身を包んだ金髪の青年が立っていた。

「ハムさん! ……でもいいの、仮にも社会人がこんな時間にこんなところで」

「もちろんよくはない……が、今日はオフでね」

 ハムさんと呼ばれた青年は片手を上げてそれに応える。

「さてミサ。……どう見る、あの機体」

「うーん……ガンプラ見る限りだと、ビルダー初心者なのかな。ファイターとしての腕がどうなのかは戦っているところを見てみないとだけど」

「同感だ。ガンプラの性能差が、勝敗を分かつ絶対条件ではないさ……見てみろ」

 ハムさんが指をさす先では、当のガンプラが戦闘を始めていた。ステージは月面。重力が弱いこのステージを縦横無尽に飛び回りながら、GNソードを展開し襲い来るCPUのモブ機体を次々と切り払い、撃破していく姿に、2人は目を奪われる。

 ウィンドウの隅に表示された機体名は、「ブレイカーストライク・リペア」。

「……リペア?」

「さしずめ、脚部の代替パーツとしてスサノオを選んだということだろう。何らかの理由で本来のパーツを失ったか、あるいはそういう設定か…」

 IWSPのレールガンが火を吹き、やや遠くからビームライフルの狙いをつけていたMGサイズのRX-78ガンダムを吹き飛ばす様を見つめながら、ハムさんの解説が続く。

「武装の多いIWSPを見事に使いこなしている。あぁいう武装はうまく使わないと持て余してしまうものだ。それを自在に操るとは……あの少年、ファイターとしては到底初心者とは思えんよ」

「……少年って、顔も見てないのにわかるの?」

「ふっ……ガンプラの動きに、感情が乗っているのさ」

「はぁ……さいですか」

 独特の物言いをするハムさんに、ミサはついていけないとばかりに首を振った。

 そんな2人を他所に、ブレイカーストライク・リペアは一騎当千の戦いを続けていた。中遠距離の機体をビームマシンガンで牽制しつつ、動きを止めたところにレールガンや単装砲を撃ちこんで仕留める。接近してきた機体は2種類の実体剣――GNソードと二振りの対艦刀――を状況に応じて使い分けながら切り払っていく。その動きを支えるのがIWSPの高出力スラスターとスサノオの脚部だ。敵機の間を縫うように駆け巡りながら、的確に攻撃を当てている。

 やがて、クレーター状の開けた円形ステージに差し掛かったその時、アラートが鳴り響いた。

「おぉ、どうやら対人戦が見られるぞ。ファイターとしての真価が問われるな」

「へぇ、誰が戦うんだろ……」

ミサは画面に表示された対戦相手の名前を見やると、なんとも言えない表情になった。

「あいつかぁ……」

 

「あ、そっか、これ戦闘シミュレータじゃなくて、ゲームだったもんな」

 一方、ガンプラバトルシミュレータ内部では、当のブレイカーストライク・リペアを操る少年が我に返ったように手をぽんと叩いていた。

 目の前に表示されたのは他プレイヤーの登場を知らせるアラート。続いて頭上に広がる宇宙空間から、1機のモビルスーツが降りてくる。ガーベラ・テトラをベースに、胴体などに若干の改造が加わった機体だ。カラーリングは金色をベースに、黒いランダムパターン。アクセントにカーキ色を配色している。

《おい、お前! この辺じゃ見ねぇやつだな》

 表示された機体名はタイガーテトラ。その機体を操るファイターが、因縁を吹っかけてくるように声をかける。

《俺はタイガーってんだ。この辺でガンプラバトルをするならよぉ、まずは俺に挨拶してもらわねぇとな!》

 いかにもステレオタイプなヤンキーめいた言い草に、少年の顔から苦笑が漏れる。

「凄いな……ホントにいるんだこういう人」

《おいこらテメェ、舐めてんのかァ!? あァ!?》

 タイガーテトラは威嚇するように手に持ったマシンガンを突きつけてくる。と、その時、別の通信チャンネルが開いた。シミュレータ外部のオペレータ席からのようだ。オペレーションなんて頼んでないぞ、と少年が怪訝な顔をすると、

《あー、もしもーし、聞こえるー? いきなりごめんねー》

 通信相手の少女の声が聞こえてきた。いきなりの通信で非礼を詫びてくるあたり、目の前のヤンキーより好感が持てる。

「いや気にしてないよ、むしろ気が紛れた」

《それは何よりだよ。それよりも、今乱入してきたの、初心者狩りが趣味の、タチのわるーいチンピラなんだ。でも、そんなに強くないから安心して》

《お前、外から邪魔すんなよ!?》

 タイガーと名乗るヤンキーは通信に割り込んできた少女に罵声を浴びせてくる。しかし少女はどこ吹く風と言った様子で受け流す。

《あのさぁ、いい加減初心者に絡むのやめなよ。私が相手になるよ?》

《ふざけんなよ! 俺は女には手を出さねぇ! 俺より強い女にはな!》

 少年の口から「うわぁ」と声が漏れた。あまりの言動に口角が引きつるのを感じる。

《いやぁ……ヘタレだねぇ……あー、君、さっさと倒しちゃっていいよこんなの》

「……あいよ」

 気を取り直し、集中する。マシンガンと大剣、それがこのタイガーテトラの得物だ。マシンガンで牽制しながら大剣で強引に仕留めにかかる戦闘スタイルか。少年はそう判断した。

 となれば、と思考を終え、少年は機体を動かす。単装砲をタイガーテトラの足元に向けて一発。即座に武装を切り替え、今度は前方にレールガンを一発。初撃の単装砲を避けようとしたタイガーテトラは、2段構えで放たれたレールガンをまともに食らって動きが止まる。

《んなァっ!? 初心者のくせにコスい手を……ッ!?》

 タイガーが悪態をつきながら機体を立て直そうとすると、すでに至近距離にブレイカーストライク・リペアが立っていた。GNソードを大きく上方向に振り抜いている。

 数瞬の沈黙。タイガーは、自分の機体の左腕が無くなっていることに気がつく。

《……え?》

 ドスン、という音。少し離れた場所に、さっきまでついていたタイガーテトラの左腕が転がっていた。

《速っ!?》

《んなァ!?》

《なんと!?》

 3人分の驚きの声が聞こえてくる。

「止まって見えるよ」

 対象的に、冷酷に告げる少年。

《てっめェ……ざけやがってェ……!》

 その挑発とも取れる言葉に、タイガーは怒りに任せて機体を突進させてきた。

《そんなァ!》

 すると、予備動作無しでGNソードが振り下ろされ、右腕も吹き飛ばされる。

《初心者がァ!》

 すぐさまGNソードを納刀、対艦刀でタイガーテトラの首を刎ねる。

《いるわけねェだろォォォォ……!》

 そしてレールガンを接射。両足が吹き飛ばされ、各部パーツを撒き散らしながら、タイガーテトラの胴体は月面に叩きつけられた。

「そんなんじゃあ……長生きできそうにないよ、戦場では」

 少年は1人呟くと、まだアーマーポイントの残っているタイガーテトラめがけて、GNソードを突き立てた。

《お、覚えてやがれ……!》

 捨て台詞と共に、タイガーテトラはついに爆散した。

 

《BATTLE ENDED》

 ふぅ、と少年がため息をひとつついて、バトル終了のアナウンスを聞いた。

 スキャナーに置かれたガンプラを手に、球体のゲーム筐体から外に出ると、待ち構えていたのはミリタリージャケットを羽織った少女だ。先程の通信で茶々を入れてきたのはこいつか、と思う。

「やー、お疲れ! 君結構強いねぇ」

「ほら、やはり少年ではないか」

 その後ろでしたり顔をしている金髪の青年に、少女は苦笑する。

「ハムさんって時々妙に勘がいいよね。ニュータイプか何か?」

「ふっ……心眼を鍛えていると言うだけだ」

 得意げな顔をする青年。それに曖昧な笑みで応えた後、少女は向き直る。

「あ、ごめんごめん、私の名前はミサ。初めまして、よろしくね。こっちはハムさん」

「ご覧の通り、社会人だ」

「はぁ、ども。僕はヒカル、よろしく」

 互いに自己紹介をする。ヒカルと名乗った少年は、ミサという少女とハムさんと呼ばれた青年を交互に見つめる。

「確かにこの辺じゃ見ない顔だけど……どっかのチームに入ってるの?」

 と、ミサがそんな事を聞いてくる。ヒカルは少しだけ考え込んだ後、答えた。

「……いや、入ってないけど」

「え、入ってない? ……コレはコレは好都合」

 キョトンとする少年に、ミサはにやりと笑うのだった。

 

 いつまでもゲームセンターにいるのもなんだ、というハムさんの提案により、3人はミサの家が経営しているという模型店に向かうことになった。

 ハムさん曰く、「まずは君の機体をじっくりと見てみたい」ということである。

 模型店に向かう道すがら、ミサは事情を話し始めた。

「どこから話そっか……私の地元は小さな商店街なんだけど、駅前に百貨店が出来てから、お客さんが減っちゃってね」

「駅前の百貨店? あのでっかいアレのこと?」

 遠くに見える駅ビルを指しながら、ヒカルは聞き返す。

「そそ、タイムズユニバースって聞いたことあるでしょ」

「タイムズユニバース?」

 オウム返しに聞き返すヒカルに、ミサは仰天した。

「……え、知らないの!?」

「世の中のことに疎くてね」

 肩をすくめるヒカルに、ハムさんがなるほど、と頷く。

「少年、ニュースはチェックしておくものだぞ。タイムズユニバース……多角的に事業を展開する世界的な大企業だ。ミサの言った百貨店のような小売業のみならず、飲食業、住宅業、出版、コンピュータソフトウェア……様々な市場を席巻している。最近では宇宙開発事業にも乗り出していると聞く」

 ミサはハムさんの解説に頷いた後、話を続けた。

「ま、そのタイムズユニバース百貨店が駅前にできて、ウチの商店街のお客さん、みんな取られちゃったんだ」

 心なしか肩を落とすミサ。いつしか一行は、当の商店街――彩渡商店街にやってきていた。かつては賑わっていたようだが、今はシャッターを下ろした店舗が目立ち、人の気配も少ない。テナント募集中、の張り紙が虚しく風に煽られている。

「そこで、私は商店街の名前でガンプラバトルチームを作って、商店街の宣伝をしようと思いついたってわけ」

「あぁ。今やガンプラバトルは各種メディアを賑わせているからな。ガンプラバトルで有名になれば、一種の名所として人々も集まってくるだろう。ミサのご実家の経営も潤うだろうしな」

「そういうこと」

 なるほどね、ようやく話が見えてきた、とヒカルは思う。

 

「つまり、この商店街のガンプラチームに入ってほしいってことね」

「正解! 是非とも我が彩渡商店街ガンプラチームに君をスカウトしたいんだよ!」

 

 こうして、1人の少年と1人の少女が出会った。

 この出会いが、様々な人々の運命を巻き込んでいく物語の始まりになることを、まだ誰も知らない。

 




主人公のヒカルくんの機体は、自分がプレイした時にガンダムブレイカー2からコンバートしてきた機体データを元に構成しています。
アセンブルは以下のとおりです。

機体名:ブレイカーストライク・リペア
HEAD:ビルドストライクガンダム
BODY:ビルドストライクガンダム
ARMS:νガンダム
LEGS:スサノオ
BACK:ストライクルージュIWSP
SHIELD:∀ガンダム
WEAPON:ビームマシンガン(ギラ・ドーガ)
    GNソード

何故初期機体ではないのかは…勘の良い読者の皆様ならばお気づきかもしれませんね。
あと、ハムさんはお察しの通りグラハム・エーカーのそっくりさんです。
次回は、彼がブレイカーストライク・リペアをきちんと組み直す話です。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 CYPHER

第2話をお届けします。
実は筆者はTRPGでグラハム・エーカーをロールするくらいにはハムさんに惚れ込んでます。
いいキャラだったなぁ…ガンダムブレイカー4のトレイラーで刹那とガンプラ漫才やらないかなぁ…。
登場人物のキャラが漏れ無く濃厚なのが00の良いところだと思います。
名無しのモブ兵士ですら「接近戦ではこっちが有利ィィ!!」とか言ってしまう。恐るべし黒田節。


 時は少しだけ遡る。

 

 チトセ・ヒカルは、見た目はごく普通の少年だ。

 年齢17歳。身長は平均的で、やや痩せ型。少し長い黒髪をオールバックにしている。それくらいしか、個性をアピールするものはない。

 だが、彼は「この世界」の人間ではない。

 別世界――地球に住む人々と、宇宙に住む人々が果てなき争いを繰り広げる戦乱の世界、それがヒカルの故郷だった。

 だが、彼をこの世界に放った存在がいる。争いを終わらせるために、その身を散らし、精神体となってまで尽力した1人の女性――シーナ・ハイゼンベルグだ。

 全てをヒカルと共に終わらせた後、真っ暗な愛機のコックピットの中で、シーナはヒカルにこう告げた。

「貴方は、これからは平和な世界で――貴方自身の夢を叶えてほしいの」

 ヒカルは首を振る。

「僕は――僕には、夢がない」

 ヒカルにとって、戦いの中で生き伸びること、そして争いを終わらせること、それ自体が目標になってしまっていた。それを叶えた今、もう自分には何もない。

「だったら、見つければいい」

「どうやって」

 シーナとヒカルは問答を続ける。

「簡単よ。貴方にこの言葉を贈ってあげるわ。『夢は、果てしないから夢なのだ』……貴方が、生き続けている限り、夢は無限に広がっていく」

 それが人間の特権よ、とシーナは言う。

「だから、貴方にきっと見つけられるはずよ。平和な世界で、いつか……また、逢いましょう」

 シーナの声が遠ざかっていく。ヒカルは、暗闇に閉ざされたコックピットの中に光を見つけた。

 光は、そのまま近づいてくる。ヒカルを包み込み、そして――その身が在る世界が変わった。

 

 気がつけば、ヒカルはマンションの一室にいた。

「ここは……僕の、家?」

 彼が元いた世界で、住んでいた場所と同じだった。だが、その肌に感じる空気はどこか違う。

 マンションの窓から外を見る。気持ちのいい青空が広がっていた。

 

 色々と調べた結果、この街は、元いた世界の自分の生まれ故郷の「この世界の姿」ということがわかった。東京都心から電車で20分の閑静な住宅街。何故か自分はこの地で一人暮らしをしていることになっていた。

「元いたこの世界の『チトセ・ヒカル』が、自分に置き換わったってことか……?」

 そう解釈しないと、今の自分の部屋から感じる生活感の説明がつかない。

 とはいえ、学校に通っている様子もなく、何かで生計を立てている様子もない。幸い、部屋の中にあった預金通帳には、今後3ヶ月程度は生活可能な蓄えがあることがわかった。

 しかし、その後はどうなるだろう。何かで生計を立てなければ、夢を追うどころの話ではない。こうして、チトセ・ヒカルは、この世界に身を置いて早々に、今後の自分の生活の安定化、ひいては職探しという極めて現実的な問題を抱えることとなってしまったのだった。

 そして、この世界に来て驚愕したことがもうひとつあった。

 自分の愛機たるモビルスーツ、ブレイカーストライク・リペアが、1/144スケールのプラモデルと化して部屋に飾ってあったのだった。

「お前……なんでこんなにちっちゃくなってんだよ」

 ヒカルが元いた世界の兵器たちが、この世界では「機動戦士ガンダム」という人気アニメシリーズのキャラクターグッズとして続々とプラモデルになっていることを知り、改めてここが「平和な世界」であることを思い知った。

 そんな中、このプラモデル――ガンプラを使って仮想空間上で実際に戦うことが出来るシミュレータがゲームとして存在することがわかった。ヒカルは興味をそそられて、携帯端末で近場のゲームセンターを探し、そのゲームセンター「イラトゲームパーク」に向かう。それが、彼がガンプラバトルシミュレータをプレイしていた顛末だった。

 

 ヒカルは今、そのゲームセンターで出会った少女・ミサから、その腕を見込まれ、彼女にガンプラバトルチームへの誘いを受けていた。

(……夢を探す、か)

 あの暗闇の中で、シーナに言われた言葉を反駁(はんすう)する。ミサの夢、商店街の復興を助けるのも良いかもしれない。だが、その前に今の生活もなんとかしなければならない。

「――少しだけ、考えさせてくれないかな」

「大丈夫だよ。君の意志は尊重するから」

 ミサは頷く。ハムさんもまた、そうだな、と同意する。

「あぁ、性急に結論を出すこともないだろう。君の生活との兼ね合いもある。趣味というのは得てして金と時間がかかるものだ……」

 話しているうちに段々と遠い目になっていくハムさん。ままならん、ままならんぞガンダム、とぶつぶつ呟き始めるハムさんを他所に、ミサは自分の家である模型店に入っていった。

「ただいまー」

 ミサが店内の奥に声をかけると、バックヤードからピンクのエプロンをつけ、銀縁眼鏡をかけた男性が姿を現した。

「やぁ、おかえり」

「あのね父さん……紹介したい人がいるの」

 ミサはわざとらしく顔を赤らめながら、そう切り出す。だが、父親はそんなことを意に介す様子もなく、

「あぁ、チームメイト見つかったのかい」

 と、ミサの話を強引にぶった切ってしまった。

「いやまだ考えてもらってる最中なんだけど……ってちがぁう! もっとそこはこう、『き、君はまさか娘の……ぬぅぅ許さんっ、表に出ろォ!』とか無いのー?」

「無いよ」

 ミサの無茶振りをこれまたバッサリと切って捨てる父親。呆れたような表情でひとつため息をつくと、父親はヒカルを見る。

「すまないね、強引に誘われたんだろう? ……まぁ、ゆっくり考えてくれればそれでいいよ。ミサの父親のユウイチです。よろしくね」

「いえ、お気になさらず……ヒカルって言います。よろしくお願いします」

 自己紹介をするユウイチに、頭を下げるヒカル。顔を上げると、店内を見渡す。様々な模型の箱が所狭しと棚に並べられており、レジ前のショーケースには、組み上がったガンプラたちが様々なポーズを取って壁に並べられている。

「おや、ハムさんもいらっしゃい。ご注文の品、今日届きましたよ」

「ほう……流石は店長。対応が早い」

 即座に財布を取り出し、不敵な笑みを浮かべながら、ハムさんはレジへいそいそと向かう。その過程で、2つ3つガンプラの箱を棚から取り、持っていくのだった。

「あ、父さん、奥の作業スペース使うね」

 レジで会計対応に入る父親に声をかけると、ミサはヒカルを店内奥の作業スペースに連れて行った。

 

「ところで、そのガンプラって自分で組んだの?」

 作業スペースにガンプラを置く。ミサはためつすがめつ眺めながら、ヒカルに聞いてきた。

「……いや、貰いもの、ってとこかな」

 ヒカルは答えた。元の世界で乗っていた機体をガンプラとしてシーナから貰った、という側面では間違ってはいないだろう、と内心思う。

「ふーん……」

 ミサはパーツの可動範囲を確かめる。

 その様子を見ながら、だが、とヒカルは思考を続ける。

 この機体、確かに自分が乗っていたものだ。しかし、カラーリングが自分の記憶と違う。胸部を濃紺、バックパックを黒、他は白く塗り直していたはずだ。スサノオの脚部をつけたのは突貫工事とメカニックに聞いていたが、カラーリングだけは合わせてくれた事を覚えている。何故今、この塗装は剥がれてしまっているのだろう。

「ホントはこいつ、違う色に塗りたいんだけど……あと、パーツも」

「だろうな」

 買い物を終えたハムさんが入ってくる。

「その機体、実のところかなりちぐはぐな印象があった。確かにスサノオの脚部は優秀だ。だが、重装備の上半身を支える脚部としては頼りない」

 コンセプトが違うのだよ、とハムさんは告げる。

「カラーリングもそうだが、いっそ組み直してみるのもありかもしれん」

「組み直す……」

「そうだ。ガンプラの可能性は無限大だ。パーツを付け替え、色を塗る。こうしてガンプラの世界は広がっていくのだ」

 そうか、とヒカルは頷く。しかし、ここでお金をかけるわけにもいかない。何しろ、3ヶ月先を見据えると、どうしてもここで一気に金を落とすわけにはいかないのだ。

「うーん……」

 と、ヒカルがちらりと壁際を見る。バイト募集の張り紙があった。

「あー、実は、ここお父さんと私の2人経営なんだけど、どうにも手が回らなくなってきてて……」

「ミサ」

 視線に気がついたミサが、バツが悪そうにそう言いかけると、それを遮る勢いでヒカルが口を挟む。

「今決めた。チームに入ってもいい」

「ホント!?」

「また急だな」

 突然の意思表明にミサとハムさんが目を丸くする。

「ただし、条件がひとつ」

 何を要求されるのか、とミサは身構える。

 ヒカルは、さっと頭を下げた。

「ここで……働かせてもらいたいんだ」

 

「あっはっは……そう来たか、むしろ歓迎だよ」

 ユウイチはこの申し出を快諾した。

「父さん……悪いよいくらなんでも。チームに入ってもらうだけじゃなくて、バイトまでしてもらうなんて」

「と言いつつ、初っ端にチームに強引に誘ったのは誰だい?」

「ぐっ」

 ミサはさすがに罪悪感を覚えて、父親に考え直すように説得を試みるが、返された言葉には沈黙するしか無かった。

「それに、うちの商店街の関係者が1人から2人に増えるんだ。商店街のガンプラチームとして、いいイメージ戦略になるんじゃないか」

「まぁ……それはそうだけど」

「本当にすみません、ありがとうございます」

 ヒカルは再び頭を下げた。

「ともかく、これでチームが結成できるんだ。タウンカップの出場申込みもしたから、しばらく練習したりすると良い。休憩時間を使えばガンプラの調整なんかもできるだろうしね」

 よろしく頼むよ、とユウイチはヒカルに笑いかける。その横で、ハムさんが立ち上がった。

「ならば、チーム結成を祝して、私から少年にプレゼントを贈ろう」

 そう言うとハムさんは、店の棚から1つのガンプラを持ってくる。

「店長、追加の会計を頼む。私から彼にこれを贈りたい」

「良いんですか」

「構わん。若者のために投資は惜しまない主義でね。私とて年長者だ」

 驚くユウイチを尻目に持ってきたガンプラは、「HGガンダムバルバトス」。「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」の主人公機だ。

「ありがとうございます、ハムさん」

「気にするな。まずはこれで、ガンプラ作成の基礎を学ぶと良い。出来たガンプラをベースに新たに機体を作るもよし、その機体の改造を施すもよしだ」

 バルバトスの箱を受け取り、礼を言うヒカルに、ハムさんは力強く頷いた。

 ミサが握手を求めてくる。

「……なんにせよ、ようやくチームが結成できるよ。これからよろしくね、ヒカルくん」

「あぁ、よろしく、ミサ」

 彩渡商店街ガンプラチームは、こうして結成と相成ったのである。

 

 ハムさんの指導の下、ミサの店の作業スペースでガンプラの製作が始まった。

「ゲートを残さないように切るのが肝要だ。ニッパーの背をパーツに当てて切る。覚えておくが良い」

「ヤスリは使い分けが肝心だ。目の粗いヤスリを使ってざっと処理をしつつ、細かいヤスリで仕上げにかかるのがベストだ」

「パーツは基本的にパチンとハマるように組む。ここが甘いとバトルの時に強度が落ちる。しっかり組んでおけよ」

 ハムさんは手本として、自身が買ってきたHGユニオンフラッグを組み立てながら、ヒカルにガンプラのイロハを教えていた。

「これが……腕か」

「基本的に、四肢や胴体を作った後、最後にそれを組み合わせることになるな。ただ、組み合わせる前で一度作業を中断する」

 ミサはその様子を見ながら、自分のガンプラの組み直しをしていた。

「今の機体もそろそろ限界が見えてきたし……前から作ろうと思ってたアカツキベースで組んでみるかなぁ」

 そう呟きながら、HGアカツキの箱を開け、パーツを組み始める。

「ほう? アカツキで作るのか?」

 ハムさんはその様子を見て声をかける。

「前々から構想だけは練ってて……後衛というか、戦闘支援ができる機体にしてみようって」

「良いと思うぞ。チームでの戦いを前提としての機体構築はガンプラバトルの基本だからな」

 一方のヒカルは、バルバトスの四肢を完成させていた。

「できました」

「いいぞ、ゲート処理もしっかり出来ている。それでこそだ少年」

 ハムさんは頷くと、少し休憩を入れようと提案した。

「ところでハムさん、このバルバトスってどんな機体なんです? オルフェンズ見てなくって」

 実のところ、ヒカルはガンダム作品に触れているわけではない。元の世界に無い機体なので、興味をそそられたのだ。

「そうだな、かいつまんで説明すれば、作中世界において300年前の戦争『厄災戦』に使用された72体の『ガンダム』のうちの1機だ。相転移炉『エイハブ・リアクター』や、生体インターフェース『阿頼耶識システム』を搭載しており、フレーム構造が強靭でパイロットの生存性に優れる。作中では敵機から奪ったパーツを追加・換装しながら戦闘能力を高めていった」

 さて、とハムさんはここで言葉を切り、ヒカルを見据える。

「私が贈ったこのバルバトスは、ガンプラの楽しみ方に相通ずる物がある」

「ガンプラの、楽しみ方?」

「そうだ。ガンプラの楽しみ方の一つ、パーツの追加や換装。専門用語でミキシングビルドという」

 例えば、とグラハムはブレイカーストライク・リペアを指す。

「このガンプラ。頭部と胸部はビルドストライクで、腕部をνガンダムで構成している。脚部はスサノオ、そしてバックパックにIWSP。リペアと言うからには、どこかのパーツを何らかの代替パーツとして用いているのだろう?」

 ヒカルは頷く。

「実は……このスサノオの脚は、ブレイカーストライク本来の姿じゃない……って、作った人は言っていました」

「だろうな。そう、それなのだよ。何らかのパーツを代わりに取り付ける。本来の姿とは別に。それが補修目的なのか、はたまた強化目的なのか、それを作った人間が解釈をそのガンプラに与える。そうすることで、そのガンプラに独自の物語が与えられる。同時に、改修を繰り返していくことで、オルフェンズの作中で激闘の物語を紡いだバルバトスのように、そのガンプラの物語は広がっていく。そうして出来たガンプラを、こう呼ぶ。

 ――『俺ガンダム』と」

「俺ガンダム……」

 ハムさんは、携帯端末を取り出し、様々な画像をヒカルに見せた。思い思いにカスタムされたガンプラ達の姿。その中に、一つとして同じカスタムは存在しない。

「ガンプラバトルシミュレータに現時点で対応している機体だけで100種類以上。パーツごとの組み合わせは実に、100億通り以上にもなる。100億通り以上のガンプラに、100億通り以上の物語がある。100億通り以上の歴史がある。可能性は、無限大だ」

 ヒカルは、そのガンプラ達の姿に圧倒された。ただの兵器。自分の世界では、モビルスーツはそんな扱いだった。この世界では、そのモビルスーツのプラモデルに、個々人が想いを、願いを、そして夢を込めている。

「――ハムさん、僕、やってみます。その『俺ガンダム』で、チームのために戦います」

「そうだ、よく言った少年。さぁ、そろそろ続きに取り掛かろう。次はパーツごとの塗装だ」

 決意を新たにしたヒカル。その眼に燃える熱意に打たれ、ハムさんの指導にも熱が入るのだった。

 

 数日後。

 午前中から夕方頃までアルバイトとしてミサの店で働き、学校からミサが帰ってきたらガンプラの製作作業。その後ゲーセンでトレーニングを積み、家に帰るという生活が始まっていた。

 そしてヒカルは、一度作ったバルバトスのパーツを解体していた。

「こいつの一部を、新しいガンプラに組み込んでみようと思う」

「ってことは、ブレイカーストライクをベースにするの?」

取り外した四肢を眺めるヒカルに、アカツキのパーツを塗装していたミサが声をかける。

「一から作り直すほどイメージが固まっていないんだ。だったら、基本コンセプトはそのままで行く方がいいかなって」

バルバトスの脚を様々な角度から眺めながら、ヒカルは答えた。

 また、ブレイカーストライク・リペアも、その姿の写真を撮影した後に一度解体。様々なパーツの組み合わせを試していたのだった。

 そうして、数日間の試行錯誤を繰り返し、ついに彼の新しい愛機が完成した。IWSPやビルドストライクの上半身など、元のブレイカーストライクの面影を残しつつ、四肢をバルバトスのものに換装。手持ち武装をGNソードに一本化し、IWSPの圧倒的な制圧力とGNソードの高い切れ味を活かしながら戦うスタイルに変化した。

 カラーリングも、かつて異世界で彼が乗っていた愛機、ブレイカーストライクに近い、白と紺に塗り替えた。ミサやユウイチに手伝ってもらいながら、スミ入れや若干のウェザリングを施し、ディティールアップも行った。

「これが、本来の姿のブレイカーストライク?」

 完成した機体を前に、ミサはヒカルに尋ねる。

「いや、僕はこの機体に新しい名前をつけるよ」

 完成した自分の「俺ガンダム」。だが、この機体にはこれから歴史が蓄積されていく。今の空っぽの状態、いわば新たな原点。チトセ・ヒカルの新たな一歩。

「今のこいつが、僕のスタート地点なんだ。だから、こう名付ける」

 彼は、機体の名を呼んだ。

 

「『サイファー』。ヒンディー語で『空っぽ』を意味する言葉。

 ――こいつの名前は、『ガンダムサイファー』だ!」

 




世間ではクリスマスですが皆さん何かご予定在るんでしょうか。
僕は…積みプラをいい加減消化しようと思います。

デュナメスアームアームズ、発売日に買ってからぜんっぜん組み立てておりません。
しかもその後に出たライトニングガンダムを速攻で組んでおきながらこのザマです。

DLC第4弾、もう皆様プレイしたのでしょうか。
まさかスペリオルドラゴンをそう絡めてくるとは!と驚いてしまいました。
ラストステージの冒頭デモ、なんだか仕草がいちいち可愛い奴らでしたね。
一方アルケーのGNファング、アレってもしかしてスタン性能とかついてるんでしょうか。
まだ実際に装着して試してないんですよねぇ。気になる。

アームアームズ、ガンダムブレイカー4でいいから出ないかなぁ。
パーツの干渉でどえらい事になりそうだけど。

感想・誤字報告等お待ちしております。
次回はタウンカップに向けた修行回です。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 PRACTICE

大晦日です。
コミケ3日目が終わり、東京から実家に帰る飛行機の待ち時間に書き上げました。
お楽しみください。


 タウンカップを1週間後に控えた土曜日。

 新生したブレイカーストライク改めガンダムサイファーの実戦テストと、彩渡町タウンカップに向けた練習のため、ヒカルはミサと共にイラトゲームパークへと足を運んだ。

「まず、タウンカップの大会形式についておさらいするよ」

 ミサは大型筐体前の待合スペースで彩渡町タウンカップの参加要項を広げ、説明を始めた。

「参加機体はHGサイズとMGサイズが1チーム4機まで。PGサイズが2機までで、モビルアーマーは1機だけ。多分PGとかモビルアーマーとか出してくるチームはいないとは思うけどね」

 小さい大会っていうのと、アセンブルが面倒くさいのが理由だね、とミサが補足する。

「大会形式は、遭遇戦って言うレギュレーションで行われるよ。ガンプラバトルシミュレータの基本的な形式だね。基本的にゲーセンで遊ぶときと変わらないから、安心して」

 ヒカルは、ミサが指し示した大会形式の項目に目を通す。

「……ゲーム開始と同時に各チームがフィールド内の別々のエリアに散らばって、CPU制御の機体と戦いながらエリアを移動。他のチームと遭遇(エンカウント)次第、対人戦が開始か」

「そそ。こないだ君がタイガーと戦ったときみたいなイメージだね。だから、ゲーセンはタウンカップの練習に打ってつけって訳」

 ミサの言うとおり、このガンプラバトルシミュレータは全国各地の店舗にある筐体がネットワークを通してリンクしており、他のプレイヤーとの遭遇戦を楽しむことができる。特にこの時期、各地でタウンカップが開催されていることもあり、遭遇戦において他チームとのエンカウント率は高まっている状態だ。

「このタウンカップを勝ち上がれば、各タウンカップの優勝者が参加できる、都道府県ごとのリージョンカップに出場できる。そのリージョンカップの優勝者が、日本一決定戦であるジャパンカップに招待されるんだ」

 なお、リージョンカップは東京都のみ、東東京大会と西東京大会に分けられている。これはガンプラファイター人口がひときわ多い東京都における競争率を抑えるための措置であり、東東京大会は東京23区、西東京大会は多摩地域に小笠原諸島を加えたエリアが該当する。とはいえ、ミサたちが挑む彩渡町タウンカップを勝ち抜いた先にある東東京大会は、別名『首都圏頂上決戦』と呼ばれる激戦区として知られている。この地域で2連覇はおろか、2回の優勝を果たしたチームでさえ、全日本ガンプラバトル選手権が始まって以来、存在しないほどだ。

「まずはタウンカップに向けて練習だね。それじゃ……始めよっか」

 ミサは自分のガンプラを手に立ち上がり、シミュレータの筐体に向かう。ミサの機体の名は『アザレア』。アカツキをベースとしてはいるが、主に射撃に重きを置いた改造が施されている。その象徴たる装備が背部のジャイアント・バズ2門であり、ケンプファーのバックパックを転用したものであることがわかる。カラーリングこそピンク色を基調とした女性的なデザインだが、マシンガンやジャイアント・バズから放たれる火力は侮れない。

「了解、やるか」

 ヒカルも新たな愛機・ガンダムサイファーと共に、シミュレータ筐体内に入るのだった。

 

 ヒカルは遮光されたアクリル製のドアから筐体の中に入ると、操縦席に座る。脇に据え付けられた3次元スキャナーに、ガンダムサイファーのガンプラをセットする。コインを投入し、タッチセンサーに自分の携帯端末を当てると、スキャンされた機体データと、予め入力されてあるファイター情報・アセンブル情報が表示される。

 ガンプラバトルでは、実際に組み上げた機体の各パーツの完成度や機体自体のスペックの他に、アセンブルシステムによる機体情報の設定を行う必要がある。模型店やゲームセンターに備え付けられているアセンブルシステムに、機体に搭載されるシステム――トランザムやゼロシステムなど――をインプットすることで、機体に独自の性格付けを行うことが出来る。ガンプラそのもの(ハード)を組み上げるのがガンプラビルドなら、ガンプラの設定(ソフト)を組み上げていくのがアセンブルシステムだ。

 ガンダムサイファーには、アセンブルシステム上で自己修復型マイクロマシナリーテクノロジーを搭載し、継戦能力を高めている他、GNソードのライフルモード・ソードモードにもそれぞれ限界出力時のアクションが設定されている。

《Scanning has already completed. You have control》

 音声と共に画面内にスキャンされたガンダムサイファーのグラフィックが表示される。背景はモビルスーツ運用母艦のカタパルトデッキだ。ガンダムサイファーはゆっくりと歩き、カタパルトに脚部を接続した。

 ヒカルは操縦桿を握りしめ、宣言する。

「チトセ・ヒカル、ガンダムサイファー。オープンコンバット!」

 ガンダムサイファーのツインアイが輝き、カタパルトが急激に加速する。カタパルトから射出されたガンダムサイファーは、スラスターからアフターバーナーの炎を煌めかせ、コロニーの空を飛翔するのだった。

 

 コロニーの大地に降り立ったガンダムサイファーは、工業区域でミサが駆るアザレアと合流する。

《それじゃあまずは移動しよっか。多分この位置だと、資材搬入口から宇宙港に向かうコースになるね》

 画面上にマップを表示させながら、ミサが通信を入れてきた。

「了解だよ。前方に敵機確認。ドラゴンガンダム3、ジム・コマンド6」

 工場が立ち並ぶ工業区の大通りに、9機ものモビルスーツが姿を現す。CPU制御のガンプラだ。ジム・コマンドの援護を受けながら、ドラゴンガンダムたちは接近戦を仕掛けようと動き出す。

《ようし、行くよっ!》

 ミサはアザレアを前進させながら、集まってくるドラゴンガンダムに向かってジャイアント・バズを2発撃ち込む。

 撃ち出された2発の360mm榴弾は、回避の遅れた1機のジム・コマンドにどちらも直撃。その爆風に他の敵機も巻き込まれ、木の葉のように吹き飛ばされた。

 着弾地点より少し離れたドラゴンガンダムも、吹き飛ばされてきたジム・コマンドの残骸を回避しようとする。

 が、間に合わない。巻き込まれるように地面に叩きつけられる。

 瞬間、ガンダムサイファーが彼我の距離を詰めた。倒れ込んだドラゴンガンダムの両脚部をGNソードで斬り裂く。ガンダムサイファーの頭部バルカンが火を吹き、ドラゴンガンダムの上半身部は痙攣したかのように跳ね、火花が散る。推進剤に引火したのか、ドラゴンガンダムは火球と化して散った。

 その爆風を背中に受け、十分な初速を得た状態でさらにガンダムサイファーが飛翔する。そのツインカメラアイには、榴弾の爆心地から離れようとするジム・コマンド数機が捉えられていた。GNソードの射撃でこのうちの1機を撃破しながら、まだ態勢を立て直しきっていないジム・コマンド3機の只中に飛び込む。

 ヒカルはここで操縦桿を一度引きながら、僚機であるアザレアと、現在の敵機の位置を確認する。

(むしろこっちがドラゴンガンダムを引きつけたほうが良さそうだな……)

 ミサのアザレアは射撃戦で真価を発揮する。一方のドラゴンガンダムは、モビルファイターの例に漏れず格闘戦を前提とした機体であるため、アザレアの懐に入られるのは好ましくない。

「ジムの相手は任せた。残り2機のドラゴンガンダムを引きつける」

《了解っ!》

 通信を交わすと、ジム・コマンドを見据えたまま後退。去り際に牽制のレールガンを撃ち込みながらその場を離脱し、アザレアを狙う1機のドラゴンガンダムの死角に回り込む。

 ドラゴンガンダムは気づいていない。すかさずGNソードを展開し、切っ先を前に向けて突進する。

 十分な速度の乗った一撃。突き刺したというよりも、轢かれたという表現がぴったりの様相で、ドラゴンガンダムが横っ飛びに吹き飛んだ。

 ガンダムサイファーが地面を蹴り、上昇する。ヒカルはガンダムバルバトスの脚部の換装の効果を実感した。スサノオの脚部に比べて、足回りが太くなり、脚部の剛性が上がったため、踏み込みの安定性がかなり上がっている。結果、より正確に跳躍できるようになった。脚を使った格闘戦術も検討できるな、とヒカルは内心思う。

 吹き飛ぶドラゴンガンダムを追いかけると、GNソードを下から掬うように振り抜いて、空中へ打ち上げる。錐揉み回転しながら重力に引っ張られるドラゴンガンダムに、対艦刀が襲いかかる。抜刀と同時の一撃、いわゆる抜き打ちである。空中で一刀両断されたドラゴンガンダムはただの一度の反撃も許されず、力尽きた。

 そこへ追いすがる3機目のドラゴンガンダムは、形勢不利と見るや自らの機体を金色に輝かせ始めた。

(ハイパーモードか、ちょっと厄介だな)

 GNソードのライフルモードで牽制弾を撃ちかけるも、それら全てを回避される。

 接近戦を仕掛けるしか無いと判断し、ヒカルはブーストペダルを踏み込んだ。IWSPからアフターバーナーの炎が噴出し、金色に輝くドラゴンガンダムに肉迫する。

 ドラゴンガンダムが拳を固めて殴り掛かる。ヒカルは勢い良くフットペダルを蹴った。ガンダムサイファーが横に跳躍し、金色の拳を躱す。

 真横から右腕を振り回しながらGNソードを展開、横薙ぎに一閃する。鳩尾に勢い良く当たり、ドラゴンガンダムは躰をくの字に折った。レールガンを2発接射し、ついに最後のドラゴンガンダムは崩れ落ちた。

 ミサのアザレアを見れば、ちょうどマシンガンで追い立てたジム・コマンドたちが密集しはじめたところだった。そこへジャイアント・バズの榴弾を雨あられと浴びせ、ジム・コマンドたちをまとめて撃破。このエリアに現れた敵影は全ていなくなった。

《うんうん、いいペースだね》

「奥に進もう」

 通信でミサと声を掛け合いながら、2機のガンプラはスラスターを吹かして奥のエリアへと向かうのだった。

 

 散発的に襲い来るCPUの機体を撃破しながら進撃し、2人が宇宙港のドックに差し掛かったときである。

《ENEMY PLAYER APPROACHING》

 アナウンスと同時にアラートが鳴り響き、「他プレイヤーの介入を確認。襲撃に備えてください」というメッセージが画面上に表示される。

《来たよ! 対人戦だ!》

 宇宙港のドックの影から、3機のガンプラが飛び出す。1機は見覚えがある。黄色と黒のランダムパターンで塗装された、ガーベラ・テトラ。

「あいつ……こないだのヤンキーか」

 1人呟く。機体名、タイガーテトラ。残る2機も個性的であった。1機は上半身をユニコーンガンダムとしながら、脚部をモビルホース・風雲再起で構成し、白と黒のボーダー柄で塗り分けている。もう1機は、ドーベン・ウルフをベースに、腕部をアルトロンガンダムに、頭部をバンシィに換装し、全身を金色に塗装した機体だった。

 機体名はそれぞれ、『ゼブラケンタウルス』『ゴールデン・レオン』。

《おうおうおう! タウンカップ出場の練習かよォ! ご苦労なこったなァ!》

 通信ウィンドウが開き、この間の「ヤンキー」――タイガーが歯を剥き出した表情で笑う。

《げぇ、タイガー》

《あん時はちょっとばかし油断しちまったが、今回は3対2、俺も本気よォ!》

 タイガーが吠えるが、そこへもう1人、通信で割り込んでくる。

《おいタイガー。あいつかァ、テメェを瞬殺したルーキーって奴ァ》

 ドスの効いた、という表現が相応しい攻撃的な声色。通信ウィンドウには、茶髪をライオンの(たてがみ)のように逆立て、三白眼で画面の向こう側から睨めつける青年がいた。

《すまねぇなァお二人さんよォ。そこのタイガーが勝手に因縁つけちまったみたいでなァ。舎弟の不始末は兄貴分の不始末、俺が詫び入れることで手打ちにしてくれや》

 だが、と鬣の青年は続ける。

《今はこっちもタウンカップに向けてならし運転中だァ、悪ィがそれとこれとは別ってことで頼んだぜ……行くぜ野郎どもォ! チーム・鎖蛮那亜仁魔流連合(サバンナアニマルれんごう)の意地見せてやるぜ夜露死苦ゥ!》

《夜露死苦ゥ!》

《ハッハァ!》

 ゴールデン・レオンを先頭に、こちら目掛けて突っ込んでくる3機のガンプラたち。

《……何アレ》

 ミサが目の前の不良3人チームを前にぽかんとした表情で固まっている。

「……サバンナアニマル連合? でもトラってサバンナに生息してなかったはずだけど」

 ヒカルが呟いたその瞬間、先陣を切って今まさにビームサーベルを抜刀しようとしたゴールデン・レオンが……思いっきりコケた。

 慣性の法則が生きているせいか、勢い良く頭から転倒したゴールデン・レオンは砂埃を上げて床を滑り、ヘッドスライディングの姿勢のままガンダムサイファーの足元で止まる。

《……あんだとォ? トラがサバンナにいねェ?》

《ヘッド! 惑わされないでください! あのルーキーが俺らのメンタル抉りにかかっただけっす!》

 呆然と呟くリーダー格の鬣の男に、ゼブラケンタウロスを駆るスキンヘッドの男が慌ててフォローを入れる。

「いや、だって、トラって熱帯雨林に生息してるわけで、シマウマとかライオンみたいなサバンナ気候にはトラって耐えられないし……」

《嘘こいてんじゃねェぞルーキー野郎ォ! 動物園でライオンと仲良く肉食ってんだろうがァ!》

 タイガーはヒカルの解説を遮り、吠える。だが、スキンヘッドの男が悲しげな顔で頭を振った。

《タイガーさん、動物園でもライオンとトラの檻は別っす。つまり……なんでタイガーさんこのチームにいるんすか》

《タイガーテメェ! テメェのせいでとんだ大恥かいてんだろうがよォ! テメェが考えたチーム名だろうがァ! どう落とし前つけんだァ、あァ!?》

 リーダーたる鬣の男の堪忍袋の緒が切れてしまった。当のタイガーは「すんませんヘッド」、と繰り返しながら悲惨な表情で頭を垂れるばかり。

 しばらく、相手チームのリーダーの罵声と、スキンヘッドの男の仲裁のようで火に油を注ぐ言動、タイガーの恐縮しきった謝罪の言葉がスピーカーから鳴り響き、

《あのぉ……ガンプラバトル、してもらえませんかねぇ》

ついにミサがおずおずと声をかける。

《……あぁ、すまねぇなァ。ちっとコイツは後でシメる。……行くぞ野郎どもォ!!》

 ヤケクソのように叫ぶ鬣の男。幾分しょぼくれた様子で後に続くタイガー。ため息と共に愛機を走らせるスキンヘッドの男。

 チーム・鎖蛮那亜仁魔流連合、降って湧いたチームのアイデンティティの危機を振り払い、彩渡商店街ガンプラチームの前に立ちはだかるのであった。




さて、次回、新年一発目の更新はヤンキー3人組との激闘が繰り広げられます。
前のように瞬殺なるかガンダムサイファー。
意地を見せるかヤンキーチーム。
どうぞお楽しみに。そして良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 EDGE

あけましておめでとうございます。
新年一発目の更新、予告通りチーム彩渡商店街VSヤンキーチームでございます。

正月早々、実家から帰ってくるなり風邪を引いて寝込むという大変幸先の悪いスタートを切った作者ではございますが、
どうぞ、どうぞ本年もよろしくお願いいたします。


 戦闘の口火を切ったのは鎖蛮那亜仁魔流連合(サバンナアニマルれんごう)であった。部隊内チャットで何らかの指示を出したらしく、ゼブラケンタウロスとタイガーテトラの2機はアザレアに向けて射撃による牽制を行う。タイガーテトラの腕部マシンガン、ゼブラケンタウロスのビーム・マグナムが火を吹くが、アザレアは左右にステップを繰り返しながらこれを回避し、お返しとばかりにジャイアント・バズの2連撃を叩き込む。丁々発止の射撃戦が繰り広げられるが、両者の位置はゴールデン・レオン、ガンダムサイファーの2機から徐々に引き離されていく。

「なるほど……1対1の勝負をご所望ってことか」

《俺の真価はタイマンで発揮されるんでなァ。来いよォルーキー》

 ゴールデン・レオンを駆る(たてがみ)の男が不敵に笑う。

「では――お言葉に甘えさせてもらうッ!」

 数刻の睨み合いの後、ヒカルの台詞を合図に、両機地面を蹴り、互いの得物を手に飛びかかる。

ガンダムサイファーが腕を横に振りながらGNソードを展開。そのままゴールデン・レオンを横薙ぎに一刀両断しようとする。しかし、ゴールデン・レオンは背中から巨大な対艦刀――ソードストライクガンダムの象徴たる大剣・シュベルトゲベールだ――を手に取るや否や荒々しく地面に突き立て、GNソードの刃を食い止めた。重い金属音が辺りにこだまする。

「反応はいいみたいだな……!」

《生身のケンカで慣れてんのよォ! こんぐらいはなァ!》

 大剣同士の激突と粒子同士の干渉で、ガンダムサイファーが仰け反る。そこへゴールデン・レオンの折りたたまれていた腕部が展開し、長く伸びてガンダムサイファーへと迫る。アルトロンガンダムが持つ、伸縮自在の腕部から放たれる鉤爪の一撃。通称ドラゴンハングだ。

 ヒカルはとっさに操縦桿を引き、ペダルを踏みつけた。仰け反ったまま滑るようにバックステップ。ガンダムサイファーの胸元をドラゴンハングがかすめ、擦過傷(さっかしょう)を作る。アセンブルシステムで設定した自己修復型マイクロマシンが即応し、装甲の擦過傷を修復に入る。

《そっちこそいい反応しやがる……!》

「まぁこっちも色々慣れててね」

 先程の言葉をそっくりそのまま返してみせた。

 とはいえ、格闘戦の間合いに入った場合、ゴールデン・レオンが有利であることに変わりはない。リーチの長いドラゴンハングに、身の丈ほどもある大剣・シュベルトゲベール。こちらは四肢こそ剛性の高いバルバトスのものとしており、多少の損傷は自己修復型マイクロマシナリー技術によって無視できるが、ドラゴンハングもシュベルトゲベールも直撃すればひとたまりもないだろう。腕や脚を失ってしまっては、マイクロマシンではどうにもならない。

 後方に移動してやや間合いが開いたところで、GNソードをライフルモードに変更。大雑把に狙いをつけると、3連射する。

 ドラゴンハングの構えに移ろうとしていたゴールデン・レオンは、攻撃の中断を余儀なくされた。

《ケッ、接近戦じゃ不利とわかったら飛び道具かよ》

「状況判断力、と言ってほしいね」

 売り言葉に買い言葉。ヒカルは悪態をつく鬣の男にそう返しながら、ガンダムサイファーを一度後退させる。ゴールデン・レオンもシュベルトゲベールを片手に追い込みにかかるが、GNソード・ライフルモードを連射して再び突き放す。

 しかしヒカルは、その状況も長くは続かないことがわかっていた。ライフルモードの弾は牽制目的のため、弾数はそう多くない。弾切れを起こした場合、ビームライフルの粒子の再充填を行うため、再度射撃が可能となる十数秒のクールタイムの間逃げに徹する必要があるが、アザレアに他の2機を任せている以上、あまり戦闘を長引かせるわけにはいかない。かと言って、虎の子のレールガンや単装砲も弾数は多くない。ここぞという時に使用しなければ、効果的ではないだろう。

 このままではジリ貧だ。一か八か接近戦を挑んでみるしかないか、と思ったところで、ちらりとアセンブルシステムに入力した設定が頭をよぎる。ライフルモード・ソードモードの両方に設定してある、GNソードの限界駆動(エクストリーム)アクション。試してみる価値はあるだろう。

 ガンダムサイファーは後退をやめて、GNソードをソードモードとした。目の前に、ゴールデン・レオンがまさしく獲物を前にしたライオンの如く迫る。

《鬼ごっこは終わりかァルーキー! だったらァ、テメェのドタマかち割ったらァ!》

 左手のドラゴンハングが、ガンダムサイファーに伸びる。右手はシュベルトゲベールに手をかけていた。ドラゴンハングで引き寄せて大剣(シュベルトゲベール)の痛撃を浴びせようというのだろう。

「ここだ!」

 ヒカルの手が脇のタッチパネル式コンソールに伸び、武装オプションから「GNソード ソードモード限界駆動アクション」を選択。そのまま操縦桿を握り直す。

 ガンダムサイファーの目が一瞬、強く輝く。大振りな動きで、GNソードを振り回す。だが、その剣先はゴールデン・レオンどころか、ドラゴンハングにすら届いていない。

《ハッハァ! 焦ったかァ初心者さんよォ! この期に及んで間合いをミスるのは致命的だぜェ!》

 その様子を見てとるや、勝ち誇って嘲笑う鬣の男。

 しかし、それでもなお、ヒカルは動じた様子がない。

「間合いはきっちり読んださ……その証拠に、()()()()()()()()()

《何言ってやがんだテメェ……ッ!?》

 鬣の男は、ゴールデン・レオンがアラートを放っていることに気がついた。機体がダメージを受けている。目の前に迫る光の刃。伸ばしていたドラゴンハングは、ズタズタに切り裂かれていた。

《な、なァッ!?》

 驚愕に目を見開く鬣の男。

限界駆動(エクストリーム)アクション、クロススラッシュ……決めさせてもらった!」

 GNソードは、刀身にGN粒子を定着させることで切れ味を高めている。だが、今のガンダムサイファーは、刀身の粒子定着力を弱め、さらにビームライフルと同様の指向性を持たせていた。このため、高速でGNソードを振ると、粒子が剥離し、光の刃となって敵を切り裂くことができるようになる。その分、刀身に定着させたGN粒子を大量に消費するため、多用が出来ない。故に限界駆動(エクストリーム)アクションというわけだ。

《こっちのドラゴンハングを誘ってたってことかよ……》

「かなりシビアなタイミングだったけど……」

 ゴールデン・レオンの左手が使えなくなれば、状況は一気に傾く。ガンダムサイファーは腰を落とすと急加速し、敵機に肉迫する。低い姿勢から、対艦刀でゴールデン・レオンの脚を斬りつける。

「……このコンバットパターンに持ち込めばこっちのものだ」

 バランスを崩し、ゴールデン・レオンがよろめいて倒れ込む。ガンダムサイファーはそこへレールガンを叩き込み、衝撃で大きく跳ねたゴールデン・レオンの機体にGNソードを振るう。

 腰から真っ二つに切り裂かれたゴールデン・レオンは、ついにその身を散らせた。

《ったく、とんでもねェルーキーがいたもんだぜ……タウンカップは想像以上に本気で行かねぇとキツそうだ》

「こっちもかなりギリギリだったけどね……いい勝負だった」

 撃破された鬣の男は、満足げな笑みを浮かべていた。それに応えると、ガンダムサイファーが踵を返す。

「だが、あんたのチームは健在だ。勝負の決着はまだ決まってない……」

《そうだ、タイガーもゼブラもまだ生きてる。……おいルーキー、名前は》

 ガンダムサイファーをアザレアの援護に向かわせようとすると、鬣の男が名を問う。

「――ヒカル。チトセ・ヒカルだ」

《そうかァ、覚えたぜヒカル。俺の名はシドウ、シドウ・ゴウキだ。縁があったら、また()ろうぜ》

「あぁ、こちらも覚えた。また戦える日を楽しみにしてる」

 ガンダムサイファーが地を蹴って飛び上がる。強敵(シドウ)の名前を背に、目指すは1対2の状況で戦いを続けるアザレアだ。

 

 そのアザレアは、ゼブラケンタウロスとタイガーテトラの2機から絶え間なく押し寄せる弾幕を回避し続けていた。

《ちょこまか逃げ回りやがって……!》

「ローゼン・ズールの脚部、正解だったかなー」

 ある程度の機動性と安定性の両立、そのためにミサがアザレアに採用したのがローゼン・ズールの脚部だった。ローゼン・ズールは上半身がマッシブな、いわゆる逆三角形の機体シルエットであり、その上半身を支えるだけの安定性や、高い機動性を維持できているスラスター量などから、ミサはアザレアの脚部に採用したのだ。

「よっと」

 相手の2機が接近したところにジャイアント・バズを叩き込み、接近を牽制する。

《道理でタイガーさんがビビる訳だぜ、こいつァなかなか骨が折れそうだ》

 スキンヘッドの男――シドウからは『ゼブラ』と呼ばれていた――は、馬の脚部を活かした機動力でこれを躱しながら、ヒュッと口笛を吹いた。

《テメェはいちいち一言余計なんだよゼブラァ!》

《おっと失礼、ついうっかり口が滑って事実が》

 口では言い合いをしつつ、タイガーとゼブラは射撃が途切れないように連携を続けていた。タイガーの腕部マシンガン弾が途切れるタイミングで、ゼブラがビーム・マグナムを撃ち込む。逆にビーム・マグナムのリロード時間をタイガーがマシンガンを撃ち続けることで稼ぐ。結果、ミサはジリジリと追い込まれ始めていた。

「ちょっとマズいかなぁ……」

 ミサはチラリとレーダーを見やる。すると、離れたところでガンダムサイファーと一騎打ちをしていたゴールデン・レオンの光点が消えた。

《……ヘッドが落とされただとォ!?》

《あのルーキー、化け物かよ!?》

 タイガーとゼブラの見るレーダーでもそれが確認できたのだろう、2人の驚愕の声が無線越しに聞こえてきた。そしてその一瞬、タイガーテトラとゼブラケンタウロスの動きが止まる。

「今だっ!」

 ミサはその一瞬の隙を突いて、タイガーテトラめがけてありったけのジャイアント・バズの榴弾を叩き込んだ。連続着弾に堪えきれず、タイガーテトラは煙を吹きながら後方に吹き飛び、地面に叩きつけられる。

《っ、しまっ――》

 タイガーが慌てて機体を立て直そうとしたその時には、すでにアザレアが持つマシンガンの照準がタイガーテトラを捉えていた。

「どりゃーっ!」

 叫びながらマシンガンを撃ち尽くす。タイガーテトラの機体が引きつけを起こしたかのように跳ね、装甲にいくつもの風穴が開けられた。やがて撃墜判定が出され、穴あきチーズの如きタイガーテトラの残骸は戦場から消えた。

《タイガーさん! チイっ……》

「残るはキミだけだけど?」

《まだ勝負はついちゃあいねぇ。もっとも、ヘッドを落としたルーキーに合流されるとマズいがね……だからよォ》

 ゼブラの言葉と共に、上半身のユニコーンボディの装甲が次々と展開、内部で赤く輝くサイコ・フレームを露出させていく。

《こいつぁ奥の手だ……せめてテメェだけは落とさせてもらうぜ……!》

 額の角が2つに割れ、バイザーで覆われていたガンダムフェイスが顕になる。これが、ユニコーンガンダムの真骨頂、デストロイモードだ。だが、変化は上半身だけでは終わらなかった。

 下半身の風雲再起の脚部、これすらも金色に輝き始める。ハイパーモードをも同時発動させたのだ。上半身の赤い輝きにも、ハイパーモードの金色が混ざり合う。

《ゼブラケンタウロス、ケイローンモードォ! こいつのスピードに付いてこれるかァ!?》

 ビームトンファーを両腕から展開させ、勢いの乗ったギャロップ走法でアザレアに突進していくゼブラケンタウロス。その手の得物と、ガンダムフェイス特有のシルエットも相まって、ケンタウロスと言うよりも戦国時代の騎馬武者を思わせる。

 アザレアはギリギリで1回目の突撃を回避し、マシンガンの射撃で応戦しようとする。だが、照準を定めることが出来ない。

「ロックが追いつかない!?」

《っはは、自慢じゃねぇが普段からナナハン乗り回してるんでねェ! サーキットでがっつり走り込んだ経験はねェだろ嬢ちゃん!》

「あいにくレーシングゲームは亀の甲羅が出てくるやつしか……っ!」

 アセンブルシステム上で、アザレアには高性能光学センサーユニットや高性能管制コンピューターなどを搭載させており、敵機を捕捉する照準速度や反応速度を向上させている。また、ミサ本人も動体視力は元々良い方である。しかし、今のゼブラケンタウロスはこれらを軽々と凌駕する速度で、縦横無尽にステージ内を駆け巡っていた。赤と金の輝きを後に残しながら、再度突撃を仕掛ける。

 狙って当てることを諦めるしか無い。ミサは手持ちのマシンガンで弾幕を張る。照準を定めずに一定の範囲内を弾丸で埋め尽くす。さしものゼブラケンタウロスも、何発か被弾する。が、それだけで勢いを殺すには至らない。

《ダラァァァァッ!!》

 2回目の突撃もギリギリで直撃こそ避けることこそできたが、すれ違いざまに斬りつけられたビームトンファーがアザレアの装甲をかすめた。装甲が泡立ち、溶解する。

「ディゾルブ属性の追加ダメージ……!」

《オラオラァ! 張り切って避けねぇと、かすり傷じゃあ済まねぇぜ!》

「うぅ……まずいよー……」

 ミサが頭を抱えたその時、視界の片隅に通信ウィンドウが開く。

《ミサ! ごめん、遅くなった!》

「ヒカルくん!」

 ミサはウィンドウに映ったチームメイトの顔に幾分安堵した後、レーダー上のガンダムサイファーを示す光点が、アザレアとゼブラケンタウロスの交戦ポイントに向かっているのを認めた。

《あと15秒耐えて欲しい、そうしたらなんとかできる!》

「15秒……わかった!」

《よし、カウントスタート!》

 ゼブラケンタウロスが3度目の突撃を敢行する。ビームトンファーの刃が煌めき、金と赤の輝きをその身に纏って、一直線にアザレア目掛けて突っ込んでくる。

「だったら……出し惜しみは無しだね!」

 背中のジャイアント・バズを2門、肩に担いで構える。そして、弾倉が空になるまで一斉射。アセンブルシステムで設定した限界駆動(エクストリーム)アクション、マルチブラストだ。

《っ!? ここでバズーカの弾を全弾叩き込んできたァ!?》

 さしものゼブラケンタウロスも、この制圧射撃の前に動きが止まる。目の前で巻き起こった爆風の嵐に、風雲再起の前脚が高く跳ね上がった。

「よし、動きが止まった!」

 この隙を逃すこと無く、マシンガンに持ち替えフルオート射撃。弾丸はゼブラケンタウロスの装甲に次々と当たり、装甲を穿っていく。

《っ、マシンガンごときで……っ!?》

 ゼブラはここで異変に気がついた。ゼブラケンタウロスの被弾箇所、サイコ・フレームの露出箇所からアーク電流が漏れ出る。それはまるで、猛獣を縛る鎖のように全身に絡みつき始めた。フレームが、過剰に帯電しているのだ。

《このマシンガン、スタン属性持ちかよ!?》

「一旦動きを止めたら後はこっちのものだよ!」

 ゼブラケンタウロスの機体、その全身からアーク電流が迸り、2本の手と4本の脚が痙攣する。

 ゼブラが叫んだ通り、アザレアが持つマシンガンは弾頭と発射機構が特殊だった。セラミック製の弾丸に対して、発射の際に特定の圧力をかけることで表面電荷が発生する。これを圧電効果と言うのだが、こうして帯電した弾丸が内部機構に衝突することで、静電誘導が発生し、標的の半導体部品を破壊したり電気系統に不調を(もたら)したりする。マシンガンに付与されたスタン属性はこのようにして発現するのだ。もちろん、一発一発の弾丸に帯電している電荷などたかが知れており、数発の被弾では効果が薄い。だが、フルオート射撃をまともに喰らい、数十発の弾丸をその身に受けてしまえば、内部構造の電子回路が機能不全に陥るほどの静電誘導を引き起こすのだ。

「15秒稼いだ! 動きもしっかり止めたよ!」

《オッケー、ありがとう……リチャージ完了、もう一度決める!》

 アザレアが射撃の手を止めた次の瞬間、ゼブラケンタウロスの目の前に立つのは、ガンダムサイファー。GNソードを展開し、構える。

《さて……猛獣狩りだ!》

 スタン状態から立ち直る暇を与えさせず、GNソードの限界駆動(エクストリーム)アクション・クロススラッシュが再び放たれた。指向性GN粒子の刃とGNソード本体の斬撃が、ゼブラケンタウロスの腕を、脚を、胴を、細切れに切り裂いていく。ゼブラケンタウロスのアーマーポイントはゼロを刻み、残骸と共に消滅した。

《ヘッド……すみません、やっぱ無理っした……》

《気にすんなゼブラ。むしろよく気張った。テメェの漢気、見せてもらったぜ》

 落胆するゼブラに、シドウが通信で労いの言葉をかける。

《いい戦いだった、だがタウンカップじゃこうは行かねェ。腕を磨いてリベンジしてやるから待ってろよ……!》

 シドウは最後に、ヒカルたちにそう告げると、通信を終えた。

「――ありがとう、ヒカルくん。1人で向こうのエース引き受けてもらっちゃって」

《いや、僕の方こそ。その分ミサが2機を相手取ってたから、ミサの方が単純に負担大きかったよね》

 もっと上手いこと立ち回れれば良かったかな、と通信の向こう側でため息をつくヒカル。

「まぁでも、結果的には勝てたんだし、終わり良ければ全て良しってね。さ、練習続けるよ!」

 2機のガンプラは、再び湧き出てきたCPU機を相手に戦いを続けるのであった。

 

「ふーっ、おっつかれー!」

 練習が終わり、ヒカルとミサの2人はシミュレータの筐体から外へ出て、思い思いに身体の関節を伸ばしていた。

「とりあえず、だいたいの感覚はつかめたかな」

「うんうん。これなら、タウンカップでもいい線行けそうだね」

 聞けば、ミサが去年挑んだ彩渡町タウンカップでは予選突破が出来ず、惜しくも敗退してしまったとのことだった。

「予選の形式が遭遇戦をこなしてポイントを稼ぐんだ。CPU機体を倒すとポイントが入って、対人戦で勝つと対人ボーナスが貰える。途中で全滅すること無く完走すると、クリアタイムに応じてクリアボーナスが手に入る。これを全部足したチームポイントの多いチームが、決勝ラウンドに行けるんだ」

「去年は具体的にどんな戦術を?」

 大会の順位決定について一通り聞くと、ヒカルが去年の様子を尋ねる。すると、ミサはやや歯切れが悪くなった。

「んー……出来る限り対人戦は避けて、可能な限り早くゴールするって方針で進めたんだけど……対人戦もこなしてそこそこの速度でゴールした方が総合ポイントいいんだよね、この形式」

 作戦ミスだった、とミサは声色に悔しさを滲ませる。

「じゃあ取るべき作戦はひとつだね」

 ヒカルはミサの話を聞いて、一つ頷いた。

「可能な限り最短で、対人戦が多くなりやすいルートを通る。これでエンカウント率上げて、道中の対人戦は全部取りこぼさないようにする。これ以外に手はないよ」

 ミサは息を呑んだ。

「……でもそれ、かなりキツいよ?」

「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言葉がある。どうせやるなら――」

 ヒカルは、まっすぐにミサの目を見て、宣言した。

「――参加者全員に勝つ勢いで行こう」

 

 タウンカップは1週間後に迫っている。

 




ということで第4話をお届け致しました。
ゲーム内の事象に色々理屈をこねくり回す試み、如何だったでしょうか。
作者は如何せん学生時代の物理の成績が可もなく不可もなくといったオツムでありまして、
そんな状態で無謀にもいくつかの知識をパッチワークして今回のクロススラッシュやスタン属性攻撃の説明をでっち上げるという暴挙に出たわけですが、
物理学にお詳しい方、またGN粒子にお詳しい野生のイオリア・シュヘンベルグの皆様、よろしければ感想にて容赦のないツッコミをお待ちしております。

次回、いよいよタウンカップです。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 JOY

大分間が開いてしまいましたが、5話をお届けします。
タウンカップ開幕です。
お楽しみください。


 タウンカップまでの1週間、ヒカルたち彩渡商店街チームは猛練習を重ねていた。対人戦の戦術を練り、実戦でテストし、それが終わればすぐさま反省会とアセンブルの見直し。ミサの家で、父親であるユウイチやハムさんも交えて検討会が続けられた。

「2人のガンプラとアセンブルは確認させてもらったよ。ミサのアザレアが射撃重視なのに対して、ヒカルくんのガンダムサイファーは遠近両方で戦えるようになっている。対人戦を重視するなら、ヒカルくんが1機ずつ確実に撃破していくことになるだろうね」

「同感だ。となれば、ファイトスタイルも鑑みるに、ミサは射撃による撹乱と支援に徹するのが良いだろう。仮に2対2の場合でも、2機で1機を集中して狙っていくべきだ」

 実際に机の上にガンプラを置きながら、ユウイチとハムさんは戦術の基本方針を説く。

「ただ、その場合、敵機の片割れのマークが外れてしまうリスクは避けたい。というわけで、こんな戦術を取ろうかと思います」

 ヒカルは敵機として置かれた2機のザクⅡのうち片方の前に、ガンダムサイファーを置いた。

「まず、僕が前に出て片割れに仕掛ける。ミサはもう1機の動向を見て、こっちに来そうであればなるべく引き剥がして欲しい」

 ミサは頷き、ガンダムサイファーの後ろにアザレアを置く。

「弾幕を張ったりすれば相手も近寄れないしね。で、格闘戦の合間にこっちがマシンガンで動きを止める」

 ミサの手によって、アザレアにマシンガンが持たされた。ザクに狙いをつけるような格好だ。

「相手の意識は基本、接近戦を仕掛けているこっちに向いているからね。その隙を狙ってマシンガンをスタンするまで撃ち込んで欲しい。こっちは一度射線から離れて、もう1機をレールガンと単装砲、ライフルモードで牽制する」

 ヒカルが一度置いたガンダムサイファーの位置を僅かにずらし、アザレアが構えるマシンガンの銃口から外す。腕を動かし、もう1機のザクに向けた。

「スタンしたら、またこっちが接近戦。アザレアは牽制に回る。これの繰り返しで、まず1機落とす」

 そう言うと、片方のザクをうつ伏せに倒した。

「後は同じように、射撃と近接戦闘の繰り返しで落とす。複数体を相手にしない状況を常に作りつつ、各個撃破の流れに持っていくのが一番だね」

 ヒカルがもう1体のザクをうつ伏せに倒しながら説明を終えると、ハムさんが頷いた。

「攻撃役と牽制役をスイッチしながら戦う、か。射撃支援に特化したアザレアと、どんな距離の相手にも回答を持たせているガンダムサイファーだからこその戦術だな」

「もともと、ガンダムサイファー――いや、その前身であるブレイカーストライクは、どんな状況でも戦えるようにする、というコンセプト、らしいんです。GNソードのお陰で近接戦闘を主軸に戦うことにはなりますけど……僕の考えでは、モビルスーツの本懐は汎用性です」

 ヒカルはガンダムサイファーを手に、力強く言い切った。

 モビルスーツ。テレビアニメ『機動戦士ガンダム』の背景設定を紐解けば、地球連邦に比べて圧倒的に国力で劣っているジオン公国が開発した兵器である。ジオン公国の台所事情は厳しく、宇宙空間、コロニー内、空中、陸上などに特化した兵器を開発する余裕はなく、必然的に求められたのが、汎用性だった。パーツの換装や小規模な改修程度でどんな環境にも、どんな戦術にも対応できる。モビルスーツはそんな設計思想で生み出されたのだ。この設計思想は、ガンダムというハイエンドモデルの開発にも継承された。ビームライフルやハイパーバズーカが(もたら)す火力に、ビームサーベルやガンダムハンマーなどが繰り出す近接戦闘能力、堅牢な装甲や手持ちシールドによって実現する防御力、そして高出力のスラスターが生み出す機動力。これらを全て兼ね備えたガンダムは汎用性を維持したまま、ザクを上回る性能を実現した。

 ガンダムサイファーは、いわばその汎用性という面で、RX-78-2ガンダムの系譜に連なりながら、正統進化を遂げた機体となっていた。

「ガンダムサイファーという名を付けるにあたっては、私も一枚噛んでいたんだ」

 ユウイチはガンダムサイファーを見つめながら、そう明かす。

「子供の頃から、いろんなガンダムを見てきた。ファーストガンダムからの宇宙世紀ものに、Gガンダムからのアナザーガンダム。いろいろなガンダムがいる。中には、ゴッドガンダムやエクシアのような格闘特化の機体に、ヘビーアームズやレオパルドのような砲戦特化、デュナメスのような狙撃機まで現れた。でもね、やっぱりガンダムの原点って、どんな状況でも戦える、どんな戦術でも戦える、そんな汎用性というか、万能選手っぷりだと思う。だから、その原点に立ち返った機体――そんな意味を込めた名前にしよう、という話をしてたんだ」

「サイファーとは即ち、ゼロから全てを始める少年の決意。そして、スタンダードに立ち返ったガンダムの姿。その2つの意味が込められているというわけか」

 ユウイチの話を聞いて、ハムさんが感慨深げに呟く。

「ミサのアザレアも、名前負けはしていないと思うぞ? アザレア――セイヨウツツジは、乾燥した土地を好んで咲く花だからね」

「荒野に咲く一輪の花ということか――今のミサにうってつけのネーミングではないか」

 ユウイチとハムさんの2人がミサの機体名を評するのを聞いて、ミサはただ頷いた。

「これからまた頑張らないといけないからね。今の私たちはチャレンジャーだよ」

 さて、と一声置いて、ミサは立ち上がる。

「一休みしたら、もう一度アセンブルの見直しをしよっか!」

 タウンカップまで、あと3日。ヒカルたち彩渡商店街チームは、決意も新たにタウンカップに向けて調整を重ねていく。

 

 そして、タウンカップ当日。

 ミサたちが参加する彩渡町タウンカップは、町役場に併設された市民体育館が会場となっていた。

 体育館の中にはガンプラバトルシミュレータの筐体、O.R.B.S.(Over Reality Booster System)が運び込まれている。球形筐体が立ち並ぶ体育館は、独特の緊張感に包まれていた。老若男女問わず、思い思いに作成したガンプラを手に、自分の実力と愛機の性能を示そうとギラついた視線を走らせている。

「さぁ諸君、間もなく予選開始だ。準備は大丈夫かな」

 ハムさんはそう言うと、彩渡商店街チームのファイター2人に視線を向ける。

「こっちは問題なし。いつも通りやるだけですよ」

「同じく。去年は予選で負けちゃったけど……今年こそ!」

 ヒカルとミサはそれぞれ、力強く頷いた。

 と、そこへ現れたのはいつぞやのヤンキー3人組、鎖蛮那亜仁魔流連合(サバンナアニマルれんごう)だ。

「よぉ手前ェら。いつぞやの借りを返してもらいに来たぜ……このタウンカップでなァ!」

 チームリーダーのシドウが啖呵を切る。

「こないだのようには行かねェ。俺達は手前ェらに負けてから、機体のセッティングとアセンブル、それに戦い方まで全部研究し直したんだ。同じ手は二度と通用しねェぜ」

 そう言うと、シドウはケースから自分のガンプラを取り出し、掲げる。その金色の機体は、以前の姿から大幅なカスタマイズが施されていた。

「このゴールデン・レオン・レックスに誓ってなァ!」

 バンシィの頭部とユニコーンシリーズのボディをそのままに、腕部をガンダムヴァサーゴ、脚部をガンダムエピオンとしている。背部には対ビームコーティングマントを羽織り、さらにその上からバンシィ・ノルンのバックパックが装着されている。腕部にはメガガトリングガンが装備され、より重厚なシルエットに仕上がっていた。

「始まる前から手の内を明かすとは……余程の自信か」

 ハムさんはシドウの行動に息を呑む。

「当然よォ! 俺たちだってこの大会を勝ち上がり、首都圏頂上決戦に名前を刻むんだ……!」

「シドウ、タイガー、ゼブラ……鎖蛮那亜仁魔流連合の名前をなァ! このタウンカップはその通過点だぜ!」

 タイガー、そしてゼブラもまた、自分たちの機体を掲げる。いくらか改造が施されており、タイガーテトラはより砲戦に特化した装備となり、ゼブラケンタウロスはバックパックをエールストライカーパックに換装、より機動力が上がっている。

「タイガーさんはなぁ、あれから心を入れ替えたんだ。ヒカル……あの時ルーキーだったテメェに叩きのめされ、さらにヘッドの雷が落ちた。だが、お陰でタイガーさんは目を覚ました! 今のタイガーさんはもうこれまでのタイガーさんじゃねぇんだよ!」

 感極まったのか、ゼブラは声を震わせる。

「あぁ……もう初心者狩りは封印したァ! あの時の、情けねェ動物園の虎はもういねェ……過酷なサバンナで生き抜く野性を磨いたんだよォ!!」

 タイガーは歯を剥き出して吼える。ヒカルはその目つきが、以前と明らかに違うことを認めた。

「なるほどね……」

 ヒカルは一つ頷く。

「じゃあ僕も一つ教えよう。同じ手はそう何度も使わない。僕達の戦い方が同じだと思ったら……」

 ヒカルはここで言葉を切り、ミサに視線を投げる。ミサはその視線を受け止め、真っ向からシドウ達3人の前に仁王立ちした。

「大間違いだよっ!」

 シドウは自分たちの闘志を真っ向から受け止めた彩渡商店街チームの2人に獰猛な笑みを以って、宣戦布告とする。

「そうかい……まぁ御託はそろそろいいだろ。戦場で、待ってるぜ」

 シドウ達3人が去ると、入れ替わるように1人の少年が現れた。軽薄そうな顔つきに、皮肉っぽい笑みを浮かべている。

「おやおや……ようミサ。新しいチームメイトは……見つけたってとこか」

 ミサはその少年を見るや、露骨に顔をしかめた。

「誰かと思ったら……カマセ君。その様子だと新しいチーム、見つけたんだね」

 どうやらこの2人は顔見知りらしい。ヒカルにはこの2人がどういう関係か、ある程度推測がついていた。

「知り合い?」

 念のためにヒカルが聞くと、ミサはため息混じりに、短く説明する。

「去年のチームメイトだよ」

「結局抜けさせてもらったけどな。このチームは俺の性に合わなくてね……今のチームは最高さ。資金と技術があるところは全然違うね」

 ミサの言葉を受け、カマセは軽薄そうな笑みを浮かべながら補足する。やっぱりね、とヒカルは内心呟く。去年の敗戦がきっかけであまり後味のよろしくない形での脱退劇があったということだ。しかも、カマセ側の一方的な事情によるもの。

「おい新入りぃ。こんなところで油売ってないで、さっさとセッティングしろぉ」

 そこへ声をかけるのは、白衣に無精髭といった出で立ちの男性だ。髪も無造作に伸び気味で、研究一筋の技術者といった風体である。年の頃は三十路過ぎだろうか。

「わかってるよ! 元チームメイトに挨拶してたんだ! ……じゃあな、ミサ。それにそのチームメイト。決勝まで残れるといいな」

 皮肉げな笑みを崩さず、カマセは嫌味を言い置いて立ち去る。男性はそれを呆れたような目つきで見送ると、彩渡商店街チームに向き直った。

「すまねぇなお嬢ちゃんがた。邪魔しちまって」

 ミサはとんでもない、と首を振る。

「いえ、むしろありがとうございます……えっと」

「おぉっと失礼。俺はハイムロボティクス・チームエンジニアのカドマツだ」

 男性は肩書と名前を名乗る。と、ヒカルとミサの背後に控えるハムさんに気がつく。

「あれ、ハムさん。こんなとこで会うなんて奇遇だねぇ」

「久しいなカドマツ。7年前の大会では世話になった。あれからチームはどんな様子かな?」

 ハムさんが聞くと、カドマツは照れくさそうに頭を掻く。

「お陰さんで、一昨年から2連覇だよ。ただ去年までのファイター、引退しちゃってさ。お子さん産まれちゃって。しばらく子育てに専念するそうだ」

 その報告に、ハムさんは幾分残念そうな表情を浮かべる。

「そうか……めでたい話だが、彼の戦いがもう見れないのは残念だな」

 どうやら今度はハムさんとカドマツが顔見知り同士のようだ。昔話に花を咲かせる2人を眺めながら、ヒカルは小声でミサに話しかける。

「……ハイムロボティクス?」

「あぁ、ヒカル君は知らないんだっけ。このあたりじゃロボット製造で有名なんだ。インフォちゃんもあそこが作ってるんだよね。ロボット制作の技術研究とかで、ガンプラバトルもやってるみたい」

 そういうアプローチでガンプラバトルをする人もいるのか、とヒカルは驚く。そんな若者2人に視線を投げながら、カドマツは話を続ける。

「いやぁ……今年は心機一転して、中高生をチームに迎えようと決めたはいいんだが、やって来たのは見ての通りの問題児でね……腕はいいんだがなぁ」

「心中お察しします……」

 ミサも同様にため息をつく。

「若いうちからそう黄昏(たそが)れなさんな……と言いたいが、その気持ちは俺にもわかる。痛いほどわかる……。んじゃ、俺も仕事あるんで」

 カドマツは片手を軽く振りながら、カマセの後を追って立ち去った。

「カマセ、ね……あぁ言う手合いは人間的にあんまり好みじゃないな……」

 カマセとカドマツが去っていった方角を眺めながら、ヒカルは1人呟く。

「……でも、()()()()()としてはどうかな」

 誰にともなく言葉を紡ぐヒカルの目つきは、どこか鋭くなるのだった。

 

 予選の開始直前に、ヒカルとミサ、そしてハムさんは最後のブリーフィングを行っていた。

「我々がまず通過しなければならないのがこの予選だ。最初の壁となるだろう。だが、敢えて言わせて貰おう。ここはただの通過点に過ぎない!」

「その通り。私たちはこの予選を勝ち抜いて、決勝に進まなきゃいけない。そして、今の私達ならそれができるはず!」

 ハムさんとミサはそれぞれ、決意を口にする。

「あぁ、そうだ。……ハムさん、あの技の伝授、ありがとうございます」

「ふっ……君ならできると信じて教えた。ガンダムサイファーが実戦で披露する姿、楽しみにしているぞ、少年!」

 一礼するヒカルにハムさんは頷くと、拳を突き出す。2人もそれに倣い、互いの拳をぶつけた。

「新生彩渡商店街チームの晴れ舞台だ。思う存分駆け抜けてこい!」

「はいっ!」「了解っ!」

 ハムさんが見送る中、2人はガンプラバトルシミュレータの筐体の扉を開けた。

 ヒカルはシートに座り、ガンダムサイファーをシート脇の3次元スキャナーに読み込ませる。携帯端末をシートに据え付けられたセンサーにかざすと、画面に機体情報が表示された。

「やっと、僕を動かす感情がわかった」

 先週シドウと戦った時、どうしようもなく血が騒いでいた。強敵との戦い。やるかやられるかのせめぎ合い。自分は未だに、どうしようもなく戦いを望んでいる。血湧き肉躍る戦いを。

「そうだ……僕は、やはりこの期に及んでも……戦いの中で、自分を見つけられる!」

 3次元スキャナーのガンダムサイファーを見る。ちょうどガンダムサイファーがこちらを見返す格好だ。カメラアイが心なしか、キラリと輝いたように見えた。

「行くぞガンダムサイファー。共に分かち合おう、戦い続ける(よろこ)びを……!」

 目の前の球形スクリーンに映し出されるモビルスーツ母艦のカタパルト。ガンダムサイファーは、そのカタパルトに接続された。

 ヒカルは口元に笑みを浮かべ、宣言した。

「チトセ・ヒカル、ガンダムサイファー。オープンコンバット!」

《Battle Start!!》

 合成音声が宣言に応えるように、ガンプラバトルの開始を告げる。

 ガンダムサイファーがカタパルトから射出され、大空に飛び立つ。眼下には密林と大きく蛇行する大河。南米大陸の連邦軍基地、ジャブローを模したステージだ。

 しばし、空中を舞うガンダムサイファー。その姿はまるで、ヒカルが感じる高揚感を映しているかのようだった。

 




さて。
次回からいよいよタウンカップ予選が本格スタートです。

実はこのお話、ヒカルくんの機体については実際に同じ機体を組んで、ゲーム上でテストプレイしながら機体の微調整を行っています。
まだこの段階ではガンダムサイファーにビルダーズパーツがくっついていない状態ですが、
今後お話が進むに連れてパーツの換装、ビルダーズパーツ装着など、様々な改造が施されていくことでしょう。
で、実際に組んだ機体をWeb上にアップロードできるのがガンダムブレイカーの魅力の1つですが……ここで、私のガンダムブレイカー3におけるガンダムサイファーのアセンブルデータ大公開。

http://ggame.jp/gb3/ms.php?ms=99554

クアンタムバーストとかメガランチャーモードとか入っているのは気のせいです、気のせい。
少なくともヒカルくんは使わないです。作者は遊びで使います。たまーに。

次回はタウンカップ予選で彩渡商店街チーム大暴れです。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 UNLEASH

お待たせしました。第6話をお届けします。
タウンカップ予選の激闘をお送りいたします。


 ジャブローの密林に降り立ったガンダムサイファーとアザレア。2機のパイロット、ヒカルとミサはマップを確認する。

《ここからだとゴール地点の最短ルートは……まず川に出てから川沿いに上流に向かって、第6ゲートから地下基地に入ればいいかな。そこから戦艦ブランリヴァルのドックを目指す形になるね》

「OK。じゃあ一気に行こう」

 ルートを確認すると、2機は迷いなく川沿いに出る。待ち構えていたNPC機体の陸戦型ガンダムの1個小隊がマシンガンを斉射し行く手を阻むが、

「邪魔だよ!」

 その間隙を縫うように飛び出したガンダムサイファーが、すれ違いざまにGNソードを一閃。2機の陸戦型ガンダムは、腰から真っ二つに両断されてしまった。

《いっただきぃ!》

 その後ろでは、ミサのアザレアが別の陸戦型ガンダムをマシンガンで蜂の巣に変えていた。

 陸戦型ガンダムの小隊を全滅させたところで、アラートが鳴る。早速他のチームと出くわしたらしい。

 密林から飛び出してきたのはガンダムAGE-2 ダブルバレットの改造機と、GNアーチャーの改造機だ。どちらの機体も射撃戦主体らしく、ダブルバレットはストライクノワールのビームライフルショーティを、GNアーチャーはデュエルガンダムのビームライフルを2丁ずつ持っている。

《アザレア……ってことはミサのチームか!》

《カマセ君に代わる新しいチームメンバー、見つけたみたいね》

 通信ウィンドウに表示されるのは、バンダナを頭に巻いた活発そうな少年と、眼鏡をかけた黒髪の少女だ。

《あー! 生徒会と新聞部のバカップル! 別名マスコミと行政の癒着!》

 アザレアが2機を指差すと同時に、ミサが叫ぶ。

《うるせぇ! 俺達は公私混同しない主義なんだよ! なぁセイナ》

《そうよ! TPOくらい弁えてるんだから! ねっ、アキタカぁ》

 ダブルバレットの少年・アキタカと、GNアーチャーの少女・セイナがミサの台詞に抗議するが、最後に名前を呼び合う時、お互い声色が微妙に艶っぽくなっているのをミサとヒカルは聞き逃さなかった。

「……なんか腹立つな、アレ」

 ヒカルはぼそっと呟くと、GNアーチャー目掛けて突っ込んでいった。

「お喋りも何だし始めるよ。パターンAで。フェイズ1スタート」

《……ちょっ、早いってっ》

 突っ込んでいくガンダムサイファーを見て、アザレアも慌ててマシンガンを構えた。

 ミサの脳裏には、彼ら2人と、半年前に交わした会話がフラッシュバックしていた。

 

 ミサの通う彩渡北高校は、その日、全ての授業を終えて放課後を迎えていた。

 カバンに荷物をまとめて帰宅を始めるミサの顔色はどことなく優れていない。チームメイトであるカマセ・ケンタからチーム脱退の申し入れがあったのがつい先日のことで、未だそのショックから立ち直れずにいた。

「はぁ……来年、どうしよう……」

「何しょげてんの、ミサ」

 そんなミサに声をかけてきたのが、生徒会長としての活動を正式にスタートさせたクルス・セイナだった。

「セイナちゃん……」

「聞いたよ、チームのこと。流石にアレはどうかしてるわ、カマセのやつ」

「ごめんね、そっちのチームに入る話蹴ってまで、自分のチーム作っておいて……情けないよね」

 憤慨するセイナに、ミサは弱々しく微笑む。

「いいの。ミサのところの事情を知っちゃうとね……ミサの分まで私達が頑張らなきゃいけなかったんだけど」

 私達も力不足だった、とセイナはため息をつく。

「でも、こんなところで終われねーだろ?」

 話に入ってくるのは、新聞部に所属するクラスメイト、コウゲツ・アキタカだ。廃部寸前の新聞部を立て直し、全国コンクールで優秀賞を取るまでの部活に成長させた敏腕部長である。

「俺だって、先輩が全員卒業したにも拘らず、部員が俺一人だけになった時はすごく凹んださ。でも、だからこそ、ここが踏ん張りどころなんだよ。ゼロからもう一度始めればいい。まだ、間に合うんだ」

 アキタカはそう言って、ミサに笑いかけた。

「ふふっ、アキタカって、崖っぷちに追い込まれた人見ると放っとけないのよね」

「シンパシーってやつさ」

 セイナとアキタカが顔を見合わせて笑い合う様子を見て、ミサの表情から(かげ)りが消えた。

「セイナちゃん、アキタカくん……ありがとう。まだ頑張れそうだよ」

「良い相方、見つかると良いね……もちろん、私達も探してみるから」

 セイナはミサの肩を叩いて、力強い笑顔を向けたのだった。

 

《無事相方が見つかったのは本当に嬉しいんだけどね……っ!》

 ミサは意識を現在に戻した。セイナの苦笑交じりの声に交じり、ガンダムサイファーが放つGNソード・ライフルモードの射撃音が響く。

《くぅっ……ミサ、貴女の新しいパートナー、がっつき過ぎよ!》

 GNソードを構えながら突進するガンダムサイファーにビームライフルを連射するGNアーチャー。後退しながら射撃を行う、引き撃ちというテクニックだ。相対距離を出来る限り維持して、間合いを取っている。

《ちぃっ……セイナっ!》

 ダブルバレットはガンダムサイファーにドッズキャノンを撃とうと狙いをつけるが、それを妨害するようにアザレアのマシンガンが火を吹いた。

「させないよっ!」

《うおぉっ!? ……マズい、完全に先手を取られた!》

 だが、追い詰めるに至らない。GNアーチャーは機体重量が軽い上に、各部にスラスターを増設した結果、大型のスラスターを持つガンダムサイファー以上の速度を出していた。

《駄目だ、追いつけそうにないな……ミサ! フェイズ2!》

「了解っ!」

 アザレアはジャイアント・バズをダブルバレットに撃ち込むと、すぐさまマシンガンを構え直す。ガンダムサイファーは逆にGNアーチャーに対して、GNソードをライフルモードに変え、引き撃ちを始めた。

《っ、接近戦を諦めた? ならっ……攻守変更!》

 GNアーチャーは後退を止め、前進しながらガンダムサイファーを追い込もうとする。その時、アザレアのマシンガンの洗礼を受けた。

「貰いっ!」

《嘘でしょ!? さっきまでアキタカと戦ってたはず……ッ!》

 アザレアのマシンガンの洗礼を貰い、GNアーチャーは再度引き撃ちに戻る。それを追うミサ。

《援護はまだ!?》

 セイナが悲鳴に似た声を上げる。だが、助けを求めた先のダブルバレットは、目の前に突然襲い掛かってきたビームの奔流を前に、後退を余儀なくされていた。

《すまねぇ駄目だ、今度はストライクが邪魔してくる……くそっ、近づけない!》

《そんな……!》

 2人の声色に焦りが滲む。そして、アザレアのマシンガンの効果が効き始めた。散発的にスタン属性の弾を食らっていたGNアーチャーが、ここへ来てついにスタン状態に陥ったのだ。

《う、動きなさいよ……!》

 その様子を見るやいなや、ミサはヒカルに鋭い声を投げる。

「フェイズ3!」

《Roger!》

 ダブルバレットへGNソード・ライフルモードを構えていたガンダムサイファーは、地面を蹴ってGNアーチャーに襲いかかる。

《機動力はこっちより上でも……動けなくなればこっちのものだ!》

 対艦刀の抜き打ち。GNアーチャーが手傷を負い、傷口からアーク電流がさらにほとばしる。そこへGNソードを突き出し、貫いた。

《装甲は……やっぱり薄かったみたいだね》

《アキタカっ……ごめん……!》

 GNアーチャーのアーマーポイントが0になり、崩れ落ちるように動かなくなる。

《セイナっ!》

「フェイズ4だよっ!」

 ガンダムサイファーはミサの声に応えるように、GNアーチャーの残骸を振り払ってダブルバレットに襲いかかる。

《1人になってもォォォ!》

 次の瞬間、アキタカの叫びと共にダブルバレットがドッズキャノンを構えたかと思うと、そこから大出力のビームを照射する。

《限界駆動アクション……!》

 ドッズキャノンを構えたのを見るが早いが、ガンダムサイファーは大きく横へステップした。

 真横を粒子の奔流が通り過ぎていく。

《だがっ、これでっ!》

 ミサもまた回避しつつ、ジャイアント・バズの榴弾をお返しとばかりに叩き込み始めた。着弾点で大きな爆発が起こり、爆風でダブルバレットは錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。

「トドメは任せたよ!」

《了解、任された!》

 飛んできたダブルバレットに、GNソードが閃く。太刀筋は横一直線。腰から真っ二つに両断されたダブルバレットが、そのまま地面に墜落する。アーマーポイントは0をカウントしていた。

《つ……強いっ……》

《なんて技量なの……》

 戦術をほぼ封殺された状態で負けたアキタカとセイナが、声に悔しさを滲ませる。

《……でも、良いチームメイトが見つかってよかったじゃない。ミサ、頑張んなさいよ? 絶対その相方、手放しちゃダメなんだからね》

《あぁ、優勝したら次の1面ぶち抜きで特集してやるよ。だから、勝てよ!》

 通信越しに、エールを送る2人。

「……2人共、ありがとう」

 クラスメイト2人の応援を受け、アザレアとガンダムサイファーは次なる戦場へと飛び去っていった。

 

 6番ハッチに滑り込み、迷宮のような地下基地で他プレイヤーやNPCの機体を次々と倒していく中、突如ヒカルは奇妙な感覚を覚えた。

「……敵の数が少しまばらになってきたか?」

 NPCの数が、予想よりも少なかった。普通なら気にも留めない事だったが、地下空間、中枢部に至る道であるなら、もっと激しい攻撃に晒されても良いはずだ。

 その答えは、基地の向こうからやってきた。

《――待ってたぜェ! チトセ・ヒカルゥ!!》

 地下空間に建設された基地の建物が崩落し、そこから黄金色に輝くモビルスーツが姿を現した。ゴールデン・レオン・レックス、シドウ・ゴウキの新たな機体。

《ここで会ったが100年目ェ!! 決着を付けてやるぜェ!!》

 さらに飛び出してくるのは、黄色と黒のランダムパターンに身を包む、生まれ変わった猛虎。名はタイガーテトラ・チーフテン。初心者狩りをきっぱりと断ち、己の誇りを磨き上げることに腐心したタイガーの心意気が機体にも現れた。

 だが、この場にはもうひとりいるはずだ。計算高く、抜け目のない、スピード狂の男。

「……ゼブラ、だっけか。アイツの姿が見えないな?」

《へっ、それがどうした》

 彼らの余裕綽々といった様子から、どうやら落とされたわけでは無いと判断する。ヒカルは状況の整理を始めた。まばらなNPC機体、待ち構えていた2機の鎖蛮那亜仁魔流連合(サバンナアニマルれんごう)所属機体。今ここにいない1機の機体特性。これらを総合した時、ヒカルは背筋が凍るような戦慄を覚えた。

「……ミサ、ここを急いで突破するぞ! 予想以上にマズい状況だ!!」

 ヒカルは額に汗が滲むのを感じながら、ミサに向かって叫んだ。

《ど、どういうこと――っ、まさかっ!?》

 ミサも目の前の状況から導き出される結論に辿り着いたらしい。通信越しの声に恐慌が滲み出す。

「あぁ、やってくれたなシドウ、タイガー……そしてゼブラ!」

 ギリッ、と歯を食いしばる。

「ここでタイガーとシドウが僕達を食い止め……その間にゼブラがゴールを目指すってことか……!」

《へっ、気づいたところで遅いぜ、ヒカルさんよォ! すでに俺達はここで陣地を張って、NPC機体をかなり狩らせて貰ってる。たとえ俺達が倒されても……ゼブラがゴールすれば、そこで俺たちの勝ちだ!》

《ゼブラには、俺たちのチームの命運、その全てを託したァ! 俺たちはあいつのために、ここでテメェらをブッ倒す! さぁ来いよ彩渡商店街チーム! 俺達の漢気……見せてやるぜェェ!!》

 裂帛の気合と共に、猛り狂う獣たちが飛びかかってきた。

「ここで……ここで止まる訳にはいかないッ! ミサ、パターンGで行く! フェイズ1スタート!」

《G……ってことは、アレか!》

 ミサは後退し、タイガーにマシンガンを撃ちかける。その一方で、ヒカルは手に持っていたターンAのシールドを、地面に突き立てる。

《シールド如きがァ!!》

 シドウのゴールデン・レオン・レックスは、腕部のアームクローを展開した。強引にシールドを引き裂き、そのままガンダムサイファー本体を仕留めるつもりのようだ。

 と、その時、ヒカルの主体時間の流れが緩やかになる。

 ヒカルにとって、それは懐かしい感覚だ。

(この感覚……ッ!)

 そして、その一瞬が、ヒカルに「ある事」をするための決定的な契機を生み出した。

「行けっ!」

 ガンダムサイファーは、突然、突き立てたシールドの上に右手を乗せた。その手には、ライフルモードにしたGNソード。

 狙いは一瞬、そのまま引き金が引かれる。だが、その粒子量は()()()()()()()()

 撃ち込まれた粒子は、寸分違わずゴールデン・レオン・レックスの顔面……カメラアイに吸い込まれていった。

 まばゆい光が、ゴールデン・レオン・レックスのカメラを白く染め上げる。貫通効果は低い上、放出する粒子量も絞られていたために、ヘッドパーツへの損傷は微々たるものだった、が。

《ぐあぁっ……な、何をしやがっ……》

 次の瞬間、GNソードでクローアームを斬り飛ばすガンダムサイファーの姿があった。

《……っ、んなろォォォ! 猫騙しだとォ!?》

 

 客席でこれを見ていたハムさんは、1人ほくそ笑む。

「よもやこの状況で、しかもこの機体に対して、猫騙しを見事に決めてくれるとは。それでこそだ少年」

 歓喜に打ち震え、ハムさんは1人、誰にともなく、吟遊詩人の如く言葉を紡ぎ続ける。

「そう、刹那の一瞬に閃くはまばゆい光。それは百獣の王すらも一瞬、怯ませる。その隙が命取りになるとも知らずに。これぞ少年がこの場で具現化させた究極の猫騙し。人呼んで――『獅子騙し』ッ!」

 

 そんなハムさんの命名を知ってか知らずか、ヒカルは、体勢を崩したゴールデン・レオン・レックスを追いつめながら、昨日の事を思い返していた。

 

 昨日の分のバイトは、店主のユウイチから早上がりで良いと言い渡されたため、午後から時間を持て余すことになってしまった。

 どうしようか、と思案しながらユウイチの店を出ようとした時、やって来たのはハムさんである。

「少年。明日の試合について、少し話がある」

 怪訝そうな顔をするヒカルを連れて、ハムさんが向かったのは図書館であった。

 受付で、メディアルームの使用を申請する。申請書類を提出すると、いくつかあるメディアルームの一つに通された。

 この図書館では、過去のニュース映像やテレビ番組などのアーカイブも行っており、メディアルームで実際に視聴することができる。映像データの貸出も行っていた。

「さて、少年。君には今から一つの映像を観てもらう。大相撲の試合だ」

 メディアルームでハムさんはそう前置きすると、一本の映像データを再生した。

 土俵上で、2人の力士が身構えている。

 拳を突いた状態から両者が立ち上がった。画面上で左側の力士が腕を突き出して攻めこもうとする。

 右側の力士も腕を前に出し、受け止めるかに思えたが、突如その両手を相手の顔面の前で打ち鳴らした。すぐさま身体を翻し、相手の背後に回り込む。

 不意打ちを受けた力士は振り向いて態勢を立て直そうとしたが、ここで再び顔の真ん前で両手が打ち鳴らされ、顔をそむけてしまう。そのまま、2度の不意打ちを受けた力士は押し出されてしまった。

「今のって……」

「相撲では猫騙しと呼ばれる。立ち合いと同時に相手力士の目の前で手を打ち鳴らすことで、相手を怯ませる奇襲戦法の一つだ」

 ハムさんは映像をスローで再生する。

「最初の一発、これは相手の体勢を崩し、結果的に相手に背中を向ける格好を作り出してしまった。追い込みをかけたところ、相手は振り向いて体勢を立て直そうとする。そこですかさずもう一発の猫騙しだ。見てみろ、完全に顔をそむけてしまった」

 スローモーションで再生される立ち合いの様子を見ると、2度目の猫騙しを食らった力士は顔をそむけてしまい、そのまま勢いに押されて土俵の外へと出てしまった。

「人間は、1点のことに集中すると視野が(すぼ)まる。この視界が窄まった状態で刺激を与えると、危険を回避しようとする本能が働いて、目を瞑ったり顔をそむけたりしてしまう。結果的に、集中が途切れ、隙が生まれるというわけだ」

 そして、とハムさんは続ける。

「この取組のポイントは、その猫騙しを2回行っていることにある。基本的に、1度猫騙しを行った後は、相手は警戒するため、2度同じ手は行わないものだ。そもそも、1度の猫騙しですでに優位には立っているのだから、そのまま押し出す戦法を普通は考えるはずだ。だが、彼はこれを2度行った。振り向いて体勢を立て直そうとしたそのタイミングだ。このように、奇襲は相手が全く予想できないタイミングで放つことで意味がある」

 映像の再生が止まる。ヒカルはハムさんの話に耳を傾けながら、今の取組の映像を頭の中でモビルスーツに置き換え始めた。何らかの方法で相手を怯ませ、動きが止まったところでぐるっと背後に回り込みクーデグラ、というような画を思い描く。

「以前、君がガンプラバトルをした時の話を聞かせてもらって思ったのだが、不意打ちのバリエーションを増やすべきだと私は考えている。レールガンやビームライフルの威嚇射撃、抜き打ちが君の今の戦法だが、これにアレンジを加えたり、新たな戦法を編み出したりすると良いのではないかな。パターンに囚われる必要がない、それもまたガンプラバトルの自由度の高さであり……奥深さだ」

 ハムさんはそう言って、メディアルームの片付けを始めた。

 ヒカルは映像データの貸し出しサービスを利用し、大相撲やプロレス、柔道などの格闘技の試合データをいくつか借りる。家に持ち帰ると、それをじっくりと見ることで映像の中で繰り広げられる全ての試合の模様を、自分なりに頭の中でモビルスーツの動きに置き換えていくのだった。

 

「格闘技から戦法の発想を得る……その発想自体が無かったよな……」

 昨日の記憶を思い返しながら、ヒカルは感慨深げに呟く。

 ヒカルが元いた世界でも、モビルファイターに乗るようなパイロットは格闘技を参考にする者が多かった印象があった。だが、それはあくまでも戦闘の技術。身体の動かし方、技の出し方というような直接的なものや、逆に格闘技の根底にあるスポーツマンシップなどのメンタル的なものを学ぶものが多く、それらの中間とも言える戦法そのものを取り入れる発想は、通常のモビルスーツに乗るパイロットにはあまり馴染みのない考え方だった。戦時中ということもあり、スポーツとして格闘技を楽しむ余裕が無かったことも一因だ。

 だが、この世界では、モビルスーツの戦い――ガンプラバトルはスポーツである。スポーツとしての格闘技をじっくりと見ることで、今まで考えつかなかったような戦法の着想ができる。例えば、この猫騙しのような。

 もちろん、ドムなどに装備されている拡散ビーム砲や、スタングレネードのようなオプション装備でこれに似たことを行うのは可能だ。だがそれらを使わずに奇襲戦法をかける発想が、日本が誇る国技、相撲から出てくるとは。

《ぐぅッ……だがまだだ、まだ俺は終わってねぇ……!》

 クローを損傷していても、マニピュレータ部分は生きており、シュベルトゲベールを構える。

《ヘッドォォ! させるかよォ!!》

 タイガーが叫び、ガトリングをガンダムサイファーに撃ちかける。

「っ、ミサ! あいつの動きは止めきれないか!?」

《向こうの弾幕が厚くて押し負けちゃう、このままじゃ……!》

 腕のガトリングを撃ち尽くしてもビームマシンガンがある。ビームマシンガンを撃ち尽くす頃には、ガトリングのリロードが終わっている。ビームマシンガンのリチャージの隙は、背部のキャノン砲でカバーする。

(金ピカの方は今ので手数が減った……となれば、だ)

 ヒカルは瞬時に判断し、ミサに指示を出すべく通信回線を開いた。

「タクティカルパターン、Dに変更! フェイズ1からやり直しだ!」

 迫りくるゴールデン・レオン・レックスに牽制を浴びせながら、地面に突き立てたシールドを構え直すと、タイガーテトラ・チーフテンの方へ機体を滑らせる。

 ビームマシンガンの連射をシールドで受け切る。そのまま被弾して使い物にならなくなったシールドを放り捨てると、キャノン砲の雨を掻い潜り接近。アザレアの方に僅かに視線を向ければ、ジャイアント・バズの弾幕でゴールデン・レオン・レックスをしっかりと引き剥がしている。

「まずは第1段階クリア……!」

《ちぃっ、懐に入られたかァ!》

《タイガーっ! クソッタレが、邪魔だァピンク色!》

《邪魔させてもらってるからね!》

 アザレアはマシンガンの掃射にジャイアント・バズを織り交ぜ、容易には対処しにくい弾幕による陣地を作り上げていた。ゴールデン・レオン・レックスはその対処に時間をとられ、タイガーテトラ・チーフテンに近寄れない。

 しかし、タイガーテトラ・チーフテンは、懐に入られても対処できるだけの近接火力があった。その筆頭が腕部ガトリングである。

《穴空きチーズにしてやらぁ!》

「やってみろ! ただしそっちがバターになるのが先だ!」

 腕部ガトリングを撃ちかけてきたところで機体の上体を反らして回避。集弾性が低いのか、何発かの流れ弾を受けてしまう。アーマーポイントが少しずつ削れるが、マイクロマシンが被弾箇所に集まり、修復作業を始めた。

 多少の被弾には構わず、ガンダムサイファーは2本の対艦刀を抜くと、タイガーテトラ・チーフテンに一太刀浴びせる。腕部ガトリングを逆に損傷させた。

「これでこっちも攻め手を一つ潰した……」

《ガトリングがっ……!》

 ヒカルはそのままペダルを踏みつけ、操縦桿を引く。ガンダムサイファーは間合いを離し、ライフルモードの射程圏内を維持する。

《だがァ! まだこっちにはコイツがあんだよォ!》

 彼我の距離が離れたため、再びビームマシンガンを構えるタイガーテトラ・チーフテン。後退しながら牽制弾を浴びせるガンダムサイファーを、ビームマシンガンで追う格好になる。

(よし、撃ってきた。しばらく逃げだ)

 逃げるガンダムサイファー、追うタイガーテトラ・チーフテン。

《タイガーはっ!?》

「もう少しで落とせる! 踏ん張ってくれ!」

《お願いね……そろそろ限界っ……!》

 アザレアの弾幕を掻い潜りながら、ゴールデン・レオン・レックスはメガガトリングガンでの応戦を始めていた。アザレアにこれ以上任せるのは危険か。後10秒。

《いい加減落ちろよォ!》

「そのマシンガン、ガーベラ・テトラのやつだよな」

 唐突に、タイガーに話しかけるヒカル。口元には笑みさえ浮かべていた。

《それがどうしたァ!》

「あれ、知らなかった? まぁガトリングとキャノンでローテーションしてたから無理もないか。実はそのビームマシンガン……」

 次の瞬間、タイガーテトラ・チーフテンのビームマシンガンの、弾が途切れた。

「……撃ちすぎるとオーバーヒートするんだよね」

《……んなァッ!? 強制冷却だとォ!?》

 ビームマシンガンの冷却機構が強制作動する。銃身のあちこちから煙が立ち昇り、危険な状態であることは誰の目にも明白だった。

 ガーベラ・テトラのビームマシンガンは、まだその技術の黎明期に開発された試作品だった。故に技術的な問題点も多く、その一つ、発熱が致命的だった。粒子ビームを細かくマシンガン状にして撃つ関係上、発射機構やジェネレータへの負荷も高いものだったのだ。必然、発熱量は従来のビームライフルの比ではない。故に、冷却装置を装着してオーバーヒートを出来る限り防いでいた。だが、やはり撃ちすぎると冷却が追いつかないという問題点は、ついぞ解決できないままロールアウトしてしまったのである。

「ガトリングを失った今、この状況に持ち込むだけでこっちが優位だ……ミサ! フェイズ2!」

《待ってました!》

 アザレアが飛び出し、マシンガンをフルオートで撃ち込んでいく。迎撃の手段はキャノン砲だけだが、ミサはこれを全て回避。タイガーの偏差射撃すら上回る機動性で、あっという間にタイガーテトラ・チーフテンをスタンさせてしまった。

《よし、動きは封じた! フェイズ3!》

「もう一踏ん張りだ……!」

 アザレアの射撃が止むと同時に再び懐へと飛び込むガンダムサイファー。GNソードの限界駆動アクション・クロススラッシュを発動させ、タイガーテトラ・チーフテンの分厚い装甲を切り刻む。装甲が厚いせいか、フレームを剥き出しにするに留まったが、それでも十分だった。

《クソッタレェェェェェッ!!》

「あとはあの金ピカライオンだけか……!」

 フレーム構造にGNソードを突き立て、タイガーテトラ・チーフテンのアーマーポイントを全て削り切ると、その場で反転してゴールデン・レオン・レックス目掛けて突き進む。

 機体のスラスターを出力限界ぎりぎりまで吹かし、時折着地してはバルバトス脚部パーツの脚力で再び前に跳躍、距離を稼ぐ。

 接近しながら単装砲を撃ち込む。弾はゴールデン・レオン・レックスに吸い込まれたかに見えた。

 が、着弾の瞬間、金色の獅子は大剣・シュベルトゲベールを構える。

 単装砲の弾は盾のように機体を守る大剣に当たり、弾かれた。

《おうおうおう、そんな豆鉄砲使ってんじゃねぇぞヒカルゥ! その手のでっけぇ剣は飾りかァ!?》

 シドウが吼える。

「それを……っ、待っていたッ!」

 ガンダムサイファーは姿勢を低くすると、ゴールデン・レオン・レックスに肉迫する。

 スライディングの要領で機体を懐に入れ、足を払う。いかに重厚なシルエットと言えど、大剣やメガガトリングガンなどの装備が上半身についている以上、下半身にかかる負荷は大きい。

 そこに足払いをかけられれば、トップヘビーの状態にある機体が転倒するのは無理からぬ事だった。

《ッ!?》

 倒れ伏すゴールデン・レオン・レックス。そこへアザレアが放ったマシンガンとジャイアント・バズの雨。飽和攻撃が始まることを察知したヒカルは、ガンダムサイファーの機体をすぐさま後退させる。

 直後、ゴールデン・レオン・レックスは爆風と弾丸の嵐に呑まれ――機体は鉄くずへと変わるのだった。

 




本家ガンダムブレイカー3はついにDLC最終章に突入。月に一度の楽しみもこれで終わりとなると、少し寂しくなりますね。
今回のお話は大会モノでしたが、セミファイナルのアレは度肝を抜かれました。なんだよアレ。しかもモーションが完全に専用。そして地味に強い。
DLC未プレイの方はもう今すぐ買ってセミファイナルまで進めましょう。筆舌に尽くしがたい衝撃が待っています。

さて拙作、タウンカップ予選は次回で決着します。ゼブラはすでにゴールに向かってひた走っている。追い付けるのか、それともゴールを許すのか。
お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 CHASE

第7話をお届けします。
タウンカップ予選もいよいよ大詰めです。


 鎖蛮那亜仁魔流連合(さばんなあにまるれんごう)の2機を撃破した彩渡商店街チームは、すぐさまゴール地点、ペガサス級強襲揚陸艦5番艦・ブランリヴァルのドック目掛けて急行する。すでに最後のメンバー・ゼブラがゴールへと向かっているらしく、状況は一刻を争っていた。彼らはどうやら、NPC機体や他チームを待ち構えては撃破を重ねてかなりのポイントを稼いでいたらしく、累計ポイント次第では決勝進出の権利を掻っ攫われてしまう。

 ヒカルもミサも、この状況に焦りを感じていた。追い打ちをかけるように、NPC敵機からの攻勢も激しさを増していく。敵機を片っ端から倒していたシドウとタイガーが倒された今、NPC機体は勢いを取り戻し始めていた。

「ゼブラは単機で行動している。そして、この状況から考えるに、何度か足止めも食らっているはずだ。ゴールを一目散に目指しているとは言え……」

《流石に自分も落とされたら元も子もないよね》

 自分たちに襲い掛かってきたGMⅢの1個小隊をそれぞれ返り討ちにしながら、ヒカルとミサはそう予測を立てた。

「あくまで希望的観測でしか無いけどね……振り切られたら終わりだ」

《どうする?》

 ヒカルはペダルを踏むことでガンダムサイファーの主機を叱咤しながら、この状況における最適な戦術を考える。その間にも、並み居る敵機を屠ることを止めはしない。

「……こうしよう。僕が先行してゴールを目指す。IWSPの機動力とバルバトスの脚力に全てを託すよ」

《……行ける?》

「行ける行けないじゃない、行くしか無い。それに……この戦術を取る上で重要なのは、アザレアの火力だ。後ろから射撃で道を作って欲しいんだ」

 アザレアの援護射撃によって強引に道を切り開き、突破力に優れたガンダムサイファーがゼブラを追う。現時点でヒカルが考えうる、最も効果的な策だった。

「……僕の後ろは預けるよ」

《……わかった》

 ヒカルの言葉を受け、頷くミサの目つきが鋭くなる。迷っている時間はない。

「行くぞ……ガンダムサイファー」

 愛機の名を呼び、ヒカルはブーストペダルを踏み込んだ。ガンダムサイファーが地を蹴り、前に跳躍。着地前にIWSPのスラスター全てがアフターバーナーを吐き出し、前へ前へと機体を飛翔、加速させていく。

 アザレアは、飛翔していく僚機に迫る敵機にマシンガンの銃口を向けた。その引き金を弾く指に、ガンダムサイファーの命運が預けられていた。

 ブランリヴァルが待つドックまで、まだ距離はある。

 

 一方、撃破されてしまったシドウとタイガーは、ガンプラバトルシミュレータの筐体から出て、観戦モニターに視線を向けていた。

「俺達が出来ることは全部やった……後はゼブラに任せるしかねェ」

「ヘッド……すんません、俺がもう少し冷静だったら、あいつらも倒せたんですが」

「しゃあねェさ、むしろここまでよく踏ん張ってくれた」

 タイガーを労うシドウは、ふと自分が倒される瞬間、目に入った光景を思い返した。

「そういや……ヒカルの機体、なんか一瞬妙な状態になってたな」

「妙……って言うと?」

 タイガーが訝しげに首を傾げると、「どう説明したもんかね」、とシドウは言葉を探す。

「なんか、一瞬だけ、光ったような気がしたんだよな。その瞬間だけ、やけに反応が良かったっつーか……」

 そう、シドウは確かに目撃したのだ。猫騙しを仕掛けてきた時、そして足払いを仕掛けようとゴールデン・レオン・レックスの懐に飛び込んできた時。そのほんの刹那の一瞬だけ、ガンダムサイファーは深紅の光を身に纏い、驚異的な反応を見せたのだ。

「トランザムとは違うんですかい?」

「あれはそんなんじゃねェ。トランザムでもNT-DでもEXAMシステムでもねェ。でなきゃ、俺が感じたあの感覚の説明がつかねぇ」

 タイガーは少し考え込むと、思いついたことを口にする。

「……ヒカル、あいつから何か気迫みたいなのを感じたんですか」

「気迫……まぁ、そうだな」

 シドウは内心、そんな生易しいもんじゃなかったけどな、と付け加える。

 確かにシドウはあの瞬間、ガンダムサイファーの光を見ると同時に、それを感じたのだ。

 チトセ・ヒカルという人間から放出される――強い殺気を。

 

「よし、捉えた!」

 一方、ミサの援護射撃を受けながらゴール目掛けて急行するガンダムサイファーのカメラアイは、先行しているゼブラの機体を発見した。機体名は「ゼブラペガサス」。新たに装備されたエールストライカーパックを翼に見立てた故のネーミングか。

 ゼブラペガサスは、ちょうど自身を足止めするNPC機体を屠ったところだった。そこへガンダムサイファーが追いつく。

《来やがったか……ってことは、ヘッドもタイガーさんも落とされたって事だな》

 オープンチャンネルで、スキンヘッドの男・ゼブラは今の状況を口にする。

「残念だけどもうあんたのチームは1人だけだ。つまり、ここであんたを落とせば終わりだ!」

《やれるもんならやってみやがれ!》

 ゼブラペガサスとガンダムサイファーは、並走しながら互いの武器を構えた。GNソード・ライフルモードとショットランサー内臓のヘビーマシンガン、それぞれが火線を描いて互いを牽制する。

《一度あんたとはサシでやってみたかったぜ……!》

 並走する2機の間を壁が遮った時、GNソードの貯蔵粒子を回復させる。相手も同じで、ヘビーマシンガンのリロードを行っているのだろう。

《タイガーさんを瞬殺した腕に、ヘッド相手にタイマン張る度胸……一体全体どんな奴か興味が出たのよ》

「そうかい……っ!」

 2機を遮る壁が途切れ、再び互いの姿を視認すると同時に射撃の応酬が始まる。

《だが、今実際に戦ってみてわかったことがある。俺に言わせりゃその機体は――》

 しかし、次の瞬間、状況は大きく動いた。

 避けそこねたヘビィマシンガンの弾が、左腕の関節部に突き刺さったのだ。

 

《片手落ちよ》

 バルバトスの左腕が、吹き飛んだ。

 

「っ!?」

 ガクン、と左右のバランスが崩れる。左腕を失ったことで、バランサーで保っていた右腕のGNソードの分の荷重がかかり始めたのだ。とっさに操縦桿を操作し、右により過ぎた重心を戻し、IWSPのスラスター出力を調整するが、その頃にはゼブラペガサスが一歩前へと先んじていた。

 逃げるゼブラペガサス、追うガンダムサイファー。

《あんたのガンプラはそこまで完成度が高くねぇ。操縦の方でカバーしてるから、ここまでは何とかなっていた。だが、工作技術が追いついてねぇんだよ》

 ゼブラの言葉に、確かにその通りだ、と内心頷く。結局のところ、まだガンプラ製作は基本部分しか理解できていない。戦術と技術でカバーできるところにも限界がある。

《ガンプラバトルは工作技術もモノを言う、腕だけでカバーできると思ったら……大間違いだ》

 ゼブラは静かに告げると、エールストライカーパックのアフターバーナーを全開にした。

《あばよ、エースパイロット。俺は先に行くぜ》

「だが、他にもカバーできる部分はある」

《……あん?》

 遠ざかるゼブラペガサスの背中を見つめながら、それでも追いすがろうとするガンダムサイファー。それを駆るヒカルは、ペダルを踏みつけながら、余裕の笑みすら浮かべていた。

「ミサ、頼んだ」

《了解っ!》

 

 次の瞬間、ゼブラペガサスは爆風と弾丸の奔流に呑み込まれた。

《んなっ、なぁっ!?》

《私のこと忘れてたでしょ》

 ミサが得意気に告げる。スラスター出力を限界まで上げて疾駆するアザレアのマシンガンとジャイアント・バズの硝煙が、後ろに流れていく。

《アザレア……ちっ、完全に眼中に無かったぜ……!》

 ゼブラペガサスもまた、大幅な損傷を受けていた。よろよろと立ち上がるその姿からは、右腕が消えている。アザレアの飽和攻撃に耐え切れず、ついに吹き飛んでしまったのだ。

「足りない部分、どうしようもない部分は確かにある。それをカバーしてくれるのが仲間だ。仲間がいるからこそ……」

《私たちは、戦えるっ!》

 ちっ、とゼブラは舌打ちする。

《機体の完成度で足りない部分を他のあらゆる要素で帳消しにかかってる、って訳か》

 無茶苦茶じゃねぇか、と呟く。

《だがァ! それでいつまでも誤魔化せると思うなよォ!》

 再び並走する格好になるガンダムサイファーとゼブラペガサス。ゼブラペガサスが速度面では優位なことに変わりはないが、ミサが後ろからマシンガンやジャイアント・バズを撃ちかけることで、ゼブラペガサスに最高速度を出させることを許さない。

 爆音と射撃音をジャブローの地下基地に響き渡らせ、強襲揚陸艦ブランリヴァルのドックが目前に迫る。

「届け……届いてくれ、ガンダムサイファーッ!」

《まだだァァァァァ!》

 横一線に並ぶ。もはや牽制弾を互いに撃つこともない。ただ、前へ前へと自分の愛機を押し出すことに全力を尽くす。

 バーニアから吐き出されるアフターバーナーの火が2機の光跡を照らす。

 満身創痍の剣士(ガンダムサイファー)半人半馬(ゼブラペガサス)が、ジャブローの地下基地を駆け抜けていく。

 

 やがて、2機はブランリヴァルのゲートを、同時に潜り抜けた。

 

《Battle Ended!》

 ゴール地点にたどり着いたことで、合成音声がバトル終了を告げる。

 肩で息をしながら、ヒカルは「対戦結果を集計しております。結果発表まで筐体の外でお待ち下さい」と表示された画面を一瞥(いちべつ)する。

 後はポイントの集計と、ゴール地点にたどり着いた結果判定に全てを委ねるしか無い。やれることは全てやったし、完走も出来た。鎖蛮那亜仁魔流連合以外のチームは全機撃破できたので、ポイントもかなり高いはずだ。

「僕のガンプラは完成度が高くない、ね……」

 ゼブラの言葉を口にしてみる。言われてみれば、ここまでガンプラを作ってこれたのはハムさんの手ほどきと、ミサやユウイチの手伝いがあったからだ。

 これからこのチームでガンプラバトルを続けていく上で、この問題はかなり致命的だ。このガンプラの完成度が高ければ、ゼブラに遅れを取ることもなかったかもしれない。それが悔やまれる。

 筐体の外に出ると、ゼブラが立っていた。

「良い勝負だった。お互い腕を磨いてまたやりてぇもんだ」

 互いに手を握り、握手で健闘を称える。

「正直、まだガンプラを作る方は素人でね……戦う方はまだ何とかなるにしても、これから先、ガンプラの製作技術を地道に磨くしか無いかな」

「まぁ……あの時は厳しいこと言ったけど、本当にガンプラ制作ってのはバトルにも響いてくるからな。腕だけじゃどうにもならない限界もあんのよ」

 ゼブラは肩をすくめる。

「ただ、あんたほどのガンプラバトラーに工作技術がまだ追いついてねぇのは本当に勿体ねぇと思う訳よ。工作技術が追いつけば、確実にあんたは化けるぜ。俺が保証する」

 その言葉に、ヒカルは頷く。

「逆に言えば、工作技術を磨かない限り、いつか必ず壁にぶち当たるってことだね」

「そういうことだな……俺で良ければいつでも力になってやる。大したこと教えれるかわかんねぇけどな」

 ゼブラとヒカルは笑い合う。

 そこへ、ミサやシドウ、タイガーがやってくる。

「良くやったぜゼブラ! 最終的に並走してゴールってのはちょっと締まらなかったが、ゴールへの到達速度は俺たちと彩都商店街チームが文句なしの1位だ!」

「とんでもねぇ作戦考えるもんだなお前……。1人で突っ走るって言い出した時はどうなることかと思ったぜ」

 シドウとタイガーがゼブラの背を叩きながら、彼の奮闘ぶりを賞賛する。

 一方のミサは、脱力したように肩で息をしていた。しかし、その顔には満足げな笑みが浮かんでいる。

「お疲れ、ミサ……やれることは全部やったな」

「そうだね……でも、どんな結果でも悔いはないよ」

 ミサはそう言うと、持ってきていたペットボトル飲料に口をつけた。

 やがて、アナウンスと共に決勝進出チームが公開される。

《おまたせ致しました。決勝進出チームは……彩渡商店街チームとハイムロボティクスチームです!》

 会場のスクリーンに映し出された結果を見て、シドウたちが声を上げて悔しがる。

「くっそぉぉぉぉダメだったかぁぁぁ!」

「やっぱ2人がやられたのがマイナスだったんすかねぇ……」

 タイガーがいつまでも地団駄を踏む一方、ゼブラはすぐに冷静さを取り戻し、敗因を分析していた。

「まぁ……ベストを尽くしてこの結果だったんだ、悔いはねぇ」

 シドウは目を細めて結果を一瞥する。

 一方の彩渡商店街チームでは、ミサが飛び跳ねて喜びを表現していた。

「決勝通った! やったよヒカルくん!」

「多分ものすごい僅差だったんだろうなぁ……よく通ったよねこれ」

 一方のヒカルは、口では結果に対する感想を述べつつも、顔には笑みが浮かんでいる。

 しかし、すぐに真剣な表情になると、ミサに向き直る。

「確か決勝まではインターバルがあったはずだ。昼食をとったらガンプラのチェックをしたい……手伝ってもらえるかな」

「……えっ? それはいいけど、時間があんまりないよ?」

「構わない。出来ることは全部やろう」

 そう言うヒカルの頭には、ゼブラからの言葉がまだ残っていた。

「……工作技術の穴、埋めてみせれば良いんだろ」

 ヒカルの視線は、ガンダムサイファーに注がれていた。

 

 一方その頃、ハイムロボティクスチーム。

「驚いたな、マジで予選突破するなんて」

 所属ファイター、カマセ・ケンタは息を呑んでいた。決勝で戦う相手が、まさか自分の古巣だったとは。

「カドマツさん、この決勝、アレ使いたい」

「やだよ」

 メカニックのカドマツに提案するが、カドマツは即座に却下した。

「趣味じゃないんだよあぁいうの……それに、今から調整して間に合うかわかんねぇぞ」

「でも、このままじゃマズいんだ。相手は2対1の連携が得意なんだ……同じ土俵に立つと確実に潰される」

 カマセは内心、恐れていた。過去の自分を否定されたようで、心穏やかではいられなかった。

 これでは、自分があのチームを抜けたことが悪のようではないか。よりよい環境を求めてチームを移ることの何が悪いのだろう。

「頼むよ……ここで勝ちに行きたいんだ」

「……わかったわかった。ちょっと急ピッチで調整するからな、お前も手伝えよ」

「もちろんだ」

 カドマツはため息をつくと、アセンブルシステムを起動する。

 その準備を手伝いながら、カマセは1人、暗い表情で呟いた。

「……金と技術が可能にするものを、見せてやるよ」

 




さて、実は活動報告の方にアンケートを置いてあります。
軽い意識調査ですので、お気軽にお答えいただければと。
また、感想の方もお待ちしております。

さて、その活動報告にて指摘頂くまで言うのを忘れておりましたが、
このお話では、主人公機体は原則として原作ゲームに登場した機体やパーツのみを使用します。
理由としては、作者が実際に機体を組んでイメージを固めていることや、
実際のゲーム中で機体構成を再現して貰えればなぁ、と考えているためです。
「ガンダムブレイカー3」を原作としている以上、そこは守りたいなと考えております。
今後も折に触れて機体構成を公開していこうかと考えておりますので、
是非皆さんもゲーム中や、もしくは実際のガンプラで作ってみてください。

次回、タウンカップ決勝戦。
ヒカルくんたち彩渡商店街チームの命運やいかに。
お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 AWAKE

第8話をお届けします。
Chapter1、いよいよクライマックスです。


 決勝戦は昼休憩が終わった後、準備時間として30分が与えられている。

 この間に機体のメンテナンスや、アセンブルの見直しを行うというものだ。

 彩渡商店街チームとハムさんは、急ピッチでガンプラの整備を行っていた。

「GNソードと対艦刀は私が引き受けよう」

「お願いします」

 ハムさんはガンダムサイファーの武装を取り外すと、刃物を研ぐようにヤスリがけを始める。

 一方のヒカルは、ガンダムサイファーの四肢と頭部を分解し、関節部分のパーツを外す。

「ミサ、アザレアの予備パーツを貸して欲しい。具体的には関節部分」

「ガンダムサイファーに使うの?」

 ヒカルは頷く。

「ガンプラの完成度を高める。短時間で出来ることを考えたら、今はこれがベストだ」

 即ち、優れたビルダーの手がけたパーツを、自分のガンプラに組み込む。

「正直、今僕がやっていることはビルダーとして邪道だと思う」

 ヒカルはどこか苦々しい表情を浮かべながら、取り外したバルバトスの左腕を見る。ゼブラとの戦いで、ガトリングの前に吹き飛ばされた左腕だ。

「でも、今の僕に出来ることはこれぐらいしかない。ミサのガンプラビルダーとしての腕に、今は賭けるしか無いんだ」

 その様子に、ミサは静かに頷き、微笑む。

「ヒカルくん、大丈夫。私、ここまで信頼してもらえるだけでも嬉しいんだ。バトルの時も、ガンプラ作りでも。だから、いくらでもヒカルくんの力になる」

「……ありがとう」

 ミサが差し出した関節パーツを受け取ると、バルバトスの腕に取り付ける。ヒカルの目には、たったそれだけの工程で、ガンダムサイファーが生まれ変わったような、そんな感覚を覚えた。

「……この決勝戦、絶対に勝つよ」

「うん」

 その言葉を最後に、2人は無言で、時間いっぱいまでガンプラの整備を続けるのだった。

 

 その一方で、ハムさんもまた、無言でガンダムサイファーの近接武器にヤスリを掛け続けていた。

 彼の脳裏に浮かぶのは、予選の最中に一瞬だけ見せた、ガンダムサイファーの姿だ。

 赤い光をその身に纏い、驚異的な反応速度を示したその一瞬。ハムさんの眼は、しっかりとその姿を捉えていた。

(私の心眼が狂っていなければ……この少年、途轍もない逸材だ)

 知らず、その顔には笑みが浮かぶ。

(そうだ……あの姿が見間違いで無いのならば、この少年は……)

 ハムさんは、より鋭く仕上がったGNソードを見つめ、その笑みを深くする。

(「極み」に達している……!)

 

 決勝戦の開始時刻となった。

 自分たちの使用機体の整備を終えた彩渡商店街チームは、観客が見守る中、筐体へと向かう。

 対するは元彩渡商店街チームのファイター擁するハイムロボティクスチーム。

「カマセっていう相手のファイター、少なくともミサの戦い方は熟知しているはず。それに向こうのチームはスタッフも優秀、企業スポンサードだから地力もある。おまけに去年までのディフェンディング・チャンピオンか」

「そうだね……ホント言われて改めて実感できるよ。こっちが圧倒的に不利だね」

 それまでややうつむき加減に歩いていたミサは、顔を上げてヒカルの顔を見つめる。

「でも、今の彩渡商店街チームの情報は集めきれていないはず。君の存在が……まさしくジョーカーなんだよ」

「ジョーカーね……」

 ヒカルはかつて、自分にかけられた言葉を思い出す。

 ――あなたは、僕達の英雄だから……。

 ――迎えに来たぜ、ヒーロー!

 記憶に刻み込まれた、かつての世界で自分にかかる期待の数々。それは重荷となってヒカルにのしかかってくる。

「……まぁ、でも、いっか」

 だが、そんな自分にかかる重圧に抗うでもなく、かと言って重圧から逃げるでもなく。ただ真っ向からそのまま受け止める。それがチトセ・ヒカルの在り方だった。

「それなら、ジョーカーの役割、しっかり果たさないとな。ババ抜きじゃ嫌われる札だけど」

「ゲームの勝ち負け決めるための大事な札だから、ババ抜きでも無いと困るんだよ」

 ヒカルが飛ばす軽口に、ミサが笑って返す。

「……行くか」

「そうだね、行こう」

 商店街の名を背負い、2人の若きファイターは筐体の扉を開けた。

 

 エンデュミオン・クレーター。

 「機動戦士ガンダムSEED」で、過去に地球連合軍とザフト軍の戦闘が行われたと語られる古戦場。「不可能を可能にする男」ムウ・ラ・フラガが「エンデュミオンの鷹」という二つ名を得た地。

 それが、決勝戦の舞台として設定されている。

 この地に、ガンダムサイファーとアザレアは降り立ち、対戦相手の到来を待ち構える。

《決勝戦のルールは単純明快。相手チームを全部撃墜したほうが勝ちだよ》

「今のところ、ハイムロボティクスチームにはあのカマセってファイターしかいないように思うけど」

 ミサのルール説明に、ヒカルは疑問点を呈する。数の上ではこちらが有利。イーブンな状況の戦闘では数で勝る勢力が優位に立つのがセオリーだ。この原則は性能と技量に余程の差がない限り、覆ることはない。ということは。

「……これで決勝上がってるわけだから、やっぱりカマセって男、相当に強いってことになるのか」

《ハイムロボティクスで機体を仕上げてるから、機体性能も段違いだろうねぇ……》

 ヒカルが何気なく呟いた言葉を受けて、ミサはげんなりとした様子でため息をつく。

「でも、やることは変わらない。相手の機体構成に合わせて、常に2対1の状況で……」

 ヒカルが作戦を口にしたその時だ。

 

 彩渡商店街チームの眼前に、巨大な影が舞い降りた。

 

 塗装は赤と白。

 ストライクフリーダムやアカツキをベースとしており、バックパックのオーライザーやバンシィのボディが目を引く。

 しかし、それらの個性付けに加え、その機体には大きな、文字通り大きな特徴があった。

 サイズである。

 ガンプラバトルでは1/144スケールの、いわゆるHG(ハイグレード)と呼ばれるモデルをベースに機体が構成されるのが主流だ。一部のビルダーは1/100スケールのMG(マスターグレード)モデルを使用することもあるが、制作難易度の高さや取り回しの悪さなどから、敬遠されがちである。

 だが、眼の前に現れた機体――登録名・「スタリオンライザー」――は、MGサイズよりもさらに大型。1/60スケールの、PG(パーフェクトグレード)モデルによって機体を構成していた。HGモデルと比較すれば、そのサイズは2倍以上。さらに、ディティールや可動域もHG以上。ガンプラバトルにおいて、HGモデルとの性能差は歴然としていた。

《見ろよ! この圧倒的なガンプラをォ!》

 その機体を駆るはカマセ・ケンタ。彼は、腕部のGNソードⅢを構え、大地を蹴って突進する。

《PG機体っ!? タウンカップでそんなの使うチーム見たこと無いよっ!?》

 ミサは目を丸くして叫んでいる。

 ヒカルは声にこそ出さないものの、内心ではパニックに陥っていた。状況を甘く見積もりすぎていたのだ。

 2対1、圧倒的不利な状況を覆すために、機体(ガンプラ)そのものに性能差をかける。

 それをやすやすと実行できるのがガンプラバトルだ。ヒカルはこの現実を、ここに来て突きつけられる格好になった。

「さっ……散開っ!」

《これ……これどのパターンっ!?》

「アドリブだよこんなの! 想定の斜め上だ!」

 落ち着かなければ、という思考が脳内にあふれかえる。だが、それは逆効果。ヒカルの思考はより恐慌に駆られてしまう。

 何故ヒカルはここまで恐慌しているのか。それは、彼の持つ「常識」にこそあった。

 これだけの大型兵器がヒカルの世界に無いわけではない。大型のモビルスーツやモビルアーマーは確かに存在する。だが、それはあくまでも拠点の防衛や攻略、あるいは大隊~旅団クラスの、数で攻める敵を個の力で制圧するといった運用だ。小隊・分隊クラスの敵軍にぶつけるには、あまりにも非効率。それが彼の常識だ。

 実際、彼は何度か大型兵器と鉾を交えている。だが、その時はモビルスーツ搭載母艦のサポートがあった。また、大型兵器そのものに何らかの欠陥が存在するなど、状況が味方していた部分も多く存在した。

 だが、これは戦争ではない。ガンプラバトルなのだ。常識など、この場ではただの枷にすぎない。

 そして、ヒカルは理解している。小隊・分隊クラスで大型機体に勝つことは不可能に近い。兵器としての地のスペックが違いすぎるからだ。乗り手の技量すら、この圧倒的性能差の前では誤差に等しい。

 ヒカルは戦場に長く居すぎたのだ。戦場のセオリーに囚われ、その結果がこの恐慌状態だった。

 

《うちもこの機体を持ち出すのは予定外だった……》

 通信用スピーカーから聞こえてくるカマセの声に耳を傾ける余裕もない。ペダルを無我夢中で蹴っ飛ばし、紙一重で最初の突進を回避する。

《でもなぁ……お前らに現実、見せてやりたくてなっ!》

 突進そのものを回避するものの、その余波でガンダムサイファーは姿勢を崩しかける。どうにか機体の制御を保つので精一杯だ。

 カマセが言葉を放った意図は違うのかもしれない。だが、ヒカルはその言葉を受け止めるしか無い。

 戦術や技量、それら全てを無意味にする彼我の戦力差。そしてガンプラバトルという世界において、価値をなくしたヒカルの常識。

 それら全ての現実が、ヒカルに牙をむいていた。

 スタリオンライザーの懐に入り、一太刀浴びせようと試みるが、素体が機動力の高い機体で構成されているためか、動きは俊敏で捉えきれない。

 振り抜いたGNソードは空を切る。

 そこへ、スタリオンライザーのビームライフルから一筋の光条が放たれる。

 ガンダムサイファーの真横を、荒れ狂う光の奔流が通り過ぎた。

 ヒカルは恐慌の余り目を見開き、ガンダムサイファーを掠めていった高出力のビームを凝視する。

 結局、遠距離での撃ち合いになる。射撃を続けるミサの囮を務めるしか、この場での勝機はない。だが、もしミサが落とされたらどうなるだろう。決定打に欠ける状況で、虎の子のアザレアを失えば、いよいよ自分たちに打つ手はなくなってしまうのだ。

(ミサへの負担が大きすぎる……くそっ、何か、何か手を……!)

 せめて刺し違えてでも、手傷さえ負わせることができれば。そんな捨て鉢な考えまで浮かんでくる。

 しかし、僅かに残された冷静さが、その行動を引き止めていた。ヒカルの精神状態はすでに、理性と自棄による極限の綱引き状態に差し掛かっていたのだ。

《ちょこまかとォ! 鬱陶しいんだよルーキー!》

 しかし、カマセが苛立ったように叫ぶ。

 周囲を飛び回りながら隙を探すというガンダムサイファーの行動は、スタリオンライザーの妨害という一点において、確実に効果を上げていた。

《だったら……こいつでも喰らいやがれッ!》

 鬱陶しさが募ったのか、ついにカマセは奥の手を出してきた。オーライザーに接続されている2基の太陽炉の出力が上昇し、大量のGN粒子を放出する。吐き出されたGN粒子は指向性を持たないものの、スタリオンライザー周辺一帯の空間が高濃度のGN粒子で満たされた空間を作り出した。

 GN粒子は、それ自体が物理的な力場を持つ。大量のGN粒子が運動しながら滞留する空間は、傍から見ればさながら吹雪のような光景だが、実際に雹や霰が大量に吹き荒れるような状態である。その真っ只中に巻き込まれたガンダムサイファーは、ひとたまりもなかった。

「ぐあぁぁぁっ……!」

 堪えきれず、木の葉のように舞い上がり、吹き飛ばされるガンダムサイファー。

 四肢がもがれるほどでは無いものの、アーマーポイントは危険域に差し掛かる。この状態でまともに攻撃を受けてしまえば、大破は必至だ。

 不幸中の幸いか、フレーム構造へのダメージこそ少ないものの、もはやガンダムサイファーは一発の攻撃も受けることが出来ない状況に陥る。

《ヒカルくんっ……うわっ!?》

《金と! 技術無しで! 勝てるのかよォッ!》

 ミサが悲鳴混じりの声を上げる中、スタリオンライザーは猛然とアザレア目掛けて突進した。

 

 誰の目から見ても明らかな、絶望的な状況。

 

 だが、スタリオンライザーが回避の間に合わないアザレアへ迫っていく光景が、ヒカルの中に眠る記憶を呼び覚ます。

 

(同じだ、()()()と)

 

 ヒカルの脳裏に蘇るのは、たじろぐガンダムエクシア目掛けてトールギスが斬りかかる光景。

 

 ――馬鹿っ、手ぇ出すな!

 

 ――速いっ……!

(その時、僕は)

 

 ヒカルは反射的にブーストペダルを踏みつけた。転倒したガンダムサイファーの身を起こすと、アザレアの元へと向かわせる。

 

(どうしていた? そして……)

 

 身体が勝手に動いていた。

 アフターバーナーに火が入る。

 ガンダムサイファーが、アザレアの元へと向かう。

 それが自分の身を危機に晒すことは明白だった。

 

(……どうなったんだっけ?)

 

 スタリオンライザーが拳を固め、アザレア目掛けて突き出す。

《潰れろよォ!》

 振り下ろされる一撃。

 間一髪、ヒカルは、スタリオンライザーとアザレアの間に飛び込んだ。

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 ――最後まで、諦めるなよ!

 

 

 

 

 

 脳裏に、かつて戦場で仲間を護るために散った1人の男の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……う?」

 

 ミサは薄目を開く。鉄の塊が擦れあい、軋むような音が聞こえていた。

 アザレアに撃墜判定は出たのだろうか。そう思い、視線をやや上げると、0を刻んでいるはずのアーマーポイントは、最後に見たときと同じ数値だった。

「一体、どうなっ……て……」

 ミサはさらに視線を上げる。

 モニターに大きく映し出された影。それが、ガンダムサイファーの機体であることに気づくのに、少し時間がかかった。

「えっ……!?」

 ミサは、目の前で何が起きているのかを把握した。が、理解ができなかった。

 

 ガンダムサイファーが、二振りの対艦刀を目の前で交差させ、スタリオンライザーの拳を受け止めていたのだ。

 

(ミサが貸してくれたパーツと……ハムさんがくれたガンダムバルバトスのパーツ……全く、我ながら世話の焼けるルーキーだよ)

 ジョーカーが聞いて呆れる、とヒカルは自嘲的に笑う。

 ガンダムバルバトスのフレーム構造は頑丈だった。メイスや滑腔砲などの大振りで重い装備を扱うことが出来るのも、このフレーム構造あってこそ。だからこそ、PGの機体の一撃にも張り合うことは出来る。

 さらに、ミサのジョイントパーツだ。元々重武装を扱うアザレアの予備パーツだからこそ、丁寧に、頑丈に作ってあった。

 この2つの相乗効果が、スタリオンライザーの拳を受け止めるだけの力を生んだ。

 だが、このままではやがて、ガンダムサイファーが押し負けてしまう。

 ヒカルの耳にも、ガンダムサイファーの腕部が、脚部が軋む音が聞こえた。

 だが、ヒカルは逃げない。操縦桿を握り続ける。

(ガンダムサイファー……うまく作ってやれなくて、ごめんな。だけど……)

 拮抗する状況の中、信じがたい現象が起きた。

 ガンダムサイファーが、一歩だけ前へと進む。

 スタリオンライザーの拳が少しだけ押し返される。

(足りない分は僕自身の力で埋め合わせる。だから……)

 操縦桿を前へ倒す。目の前の巨大な拳を押し返すために。

 

 

 

 

 

「まだまだやれるよな……ガンダムサイファー!!」

 

 

 

 

 

 筐体内で、ヒカルは顔を上げる。

 その動きにシンクロするように、ガンダムサイファーも顔を上げる。

 

 

 

 

 

 ガンダムサイファーのカメラアイ(チトセ・ヒカルの眼)は、

 赤々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 突如、深紅の光がガンダムサイファーから放たれる。

 その光は衝撃波となって、スタリオンライザーの拳どころか、巨大な機体そのものを弾き飛ばす。

 

《嘘だろっ……!?》

 スタリオンライザーを操るカマセは、突然吹き飛ばされた機体を立て直しながら、驚愕で目を見開く。

 

 

 

 目の前には、アザレアを護るようにして前に立つ、深紅の光に身を包んだガンダムサイファーの姿が在った。

 

 

 

「えっ……あんなこと出来るの!?」

「おいおいあんなの見たことねぇぞ……!?」

 観客席のセイナとアキタカの2人は、その光景に絶句する。

 

「あれだ、あの光だ……! 俺が見たのはあの光だ!」

 同様に、観客席で観戦していたシドウは、興奮気味に声を上げる。

 

「なんつう奥の手隠し持ってやがる……!」

 シドウの隣では、ゼブラが唖然として呟く。

 

「あの光……そうだ、これが見たかったッ!!」

 ハムさんは歓喜に満ちた表情を浮かべる。

 

「あぁ、こういうノリの方が、俺の好みだね……」

 カドマツは、満ち足りた面持ちでモニターを見上げる。

 

 

 今や、会場中がガンダムサイファーに起きた現象に、その身に纏う光に、魅入られていた。

 

 

 ガンダムサイファーは、自分より遥かに大きいスタリオンライザーの前で、改めて二振りの対艦刀を構える。

 歴戦の剣豪と見紛うばかりの堂々たる立ち姿を前に、カマセは思わずたじろいだ。

《そんな……PGのパワーと張れるなんて……!?》

 ここまでで受けていたガンダムサイファーの損傷は、すさまじい速さで修復されていく。マイクロマシンが活性化し、修復作業のスピードが格段に上昇しているのだ。

 ヒカルは自分の頭の中がすっきりと、クリアになったのを感じる。

(あぁ、思い出した)

 身体の奥底から、闘争本能が溢れ出る。次にどうすればよいか、どう戦えばいいか、手に取るようにわかる。

 ガンダムサイファーと自分が一体化したのを感じる。

 今やヒカルはガンダムサイファーそのものであり、ガンダムサイファーはヒカル自身だった。

 この感覚には覚えがある。

 

 かつてヒカルがいた世界で、自分を、仲間を幾度も救ってきた力。

 人機一体の境地。

 常識を破壊し、非常識に戦う者の象徴。

 ヒカルの世界では、こう呼称されていた。

 

 覚醒、と。

 

 ガンダムサイファーは月面を蹴り、飛び立つ。

 上空に上がると、少しだけスタリオンライザーが小さく見えた。

 あんなものに今まで怯えていたのか。

 こうして見ればただのモビルスーツに変わりはない。

 いつもどおり戦おう。

 少しだけ、手間がかかるけれども。

 スタリオンライザーは慌ててGNソードⅢを構え、追いすがろうとする。

 その動きに合わせるように、ヒカルはライフルモードとしたGNソードを構え、撃つ。

 それまで以上の威力と貫通力を持ったライフルの粒子弾が、狙い違わずスタリオンライザーの脳天に突き刺さり、爆ぜた。

《な……何かしたんだろ!? アセンブルシステムに、何か細工したんだろ!?》

 混乱のあまり喚き散らすカマセの声。

 だが、今のヒカルの耳にはノイズでしかない。

 GNソードが展開され、その刃にはGN粒子が集まっていく。

 定着させたGN粒子が過剰に励起し、ビームサーベルのように粒子の刀身を形成する。

 接近してひと薙ぎすると、スタリオンライザーの左手が、装備していたビームライフルごと溶断された。

《認められるかよ、こんなの……!》

 スタリオンライザーは残った手でガンダムサイファーを鷲掴みにしようとする。

 その手は虚しく空を掻いた。

 一瞬前までそこにいたガンダムサイファーは、目にも留まらぬ速さでスタリオンライザーの背後に回っていたのだ。

《ちゃんと……ちゃんと調整したのに……!》

 バックパックのオーライザーにガンダムサイファーが手をかける。力を込めると、オーライザーは金属が砕ける音と共に引き剥がされた。

 常識を超えた性能を発揮するガンダムサイファーに、スタリオンライザーはただただ翻弄されている。

 ヒカルはGNソードを振りかぶり、スタリオンライザーのコックピットブロックに突き立てた。

《こんな……こんなの……っ!》

 スタリオンライザーの太陽炉が損傷し、行き場をなくした粒子が機体から溢れ出る。

《嘘だァァァァァァァッ!!》

 カマセの叫びと共に、スタリオンライザーの巨躯はエンディミオン・クレーターの藻屑と散った。

 

 GN粒子の奔流が、ガンダムサイファーを覆い尽くす。

「ヒカルくんっ!」

 呆然としてその一部始終を眺めていたミサが、我に返ったように叫ぶ。

 

 やがて、GN粒子の霧が晴れる。

 

 そこには、赤い輝きを失ったガンダムサイファーが、直立不動の姿勢で月面にそびえ立っていた。

 




なんとか序盤の山場を迎えることが出来ました。
ガンダムブレイカー2だと最初のステージから使用できる覚醒ですが、今作ではChapter1の終盤です。
とは言ってもChapter1自体が長めのチュートリアルみたいな部分はあったりするのですが。

次回でChapter1は終わりです。
見事優勝を決めた彩渡商店街チーム、しかし謎は残る。
ヒカルの覚醒は何故ゲームであるはずのガンプラバトルシミュレータ上で発揮できたのか?

ご意見ご感想などお待ちしております。

次回をお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 STAND BY

お久しぶりです。
諸々の雑事が1年がかりでようやく片付いたので、第9話をお届けします。
お待たせして申し訳ありませんでした。


 粒子の奔流が止み、目の前でスタリオンライザーが倒れ伏すのを見て、ヒカルは大きく息を吐いた。

 

「……まさか、本当に覚醒が使えるなんて」

 

 パイロットと機体の境界線を取り払い、あたかも自分自身がモビルスーツとなったかのように機体を自在に操る人機一体の境地、覚醒。

 だが、本物のモビルスーツを操るならばともかく、ゲームであるガンプラバトルシミュレータ上で覚醒が発現していることに、ヒカルは今更ながら違和感を覚え始めた。

 

(あくまで覚醒はモビルスーツそのものと一体化する力、のはずだけど。仮想空間上にゲームとして再現しているに過ぎないはずのガンプラバトルシミュレータでも使えるって、よくよく考えれば妙な話だな……)

 

 目の前のスクリーンから月面空間は消え去り、自分のチームが勝利したことを告げるリザルト画面が表示されている。その画面は、たった今まで自分がゲームをしていたことの証左だった。

 ヒカルは搭載されている3Dスキャナから、ガンダムサイファーのガンプラを取り出す。ガンプラという実体は確かにあるが、このガンプラそのものが戦っていたのではない。3Dスキャナによって仮想空間上に投影されたデータを操っていただけにすぎないのだ。

 

(思い込みによる自己暗示の可能性も否定出来ないけど……)

 

 だが、実際にガンダムサイファーの性能が格段に向上していたことは事実だった。マイクロマシンやGN粒子が活性化していた現象、しかもゲーム中の演出だけではなく、機体の性能向上などといった効果の発現が、実際にガンプラバトルシミュレータで起きていたのだ。まるで、「覚醒」というシステムがこのガンプラバトルシミュレータというゲーム内でサポートされているかのようだ。

 一度抱いた違和感を拭うことが出来ずに、首を傾げながら、ヒカルは筐体から外に出た。

 

 途端に、大歓声がヒカルを迎えた。

 

《今回の彩渡町タウンカップ、優勝者は彩渡商店街チームです! 勝者に大きな拍手を!》

 

 アナウンスが彩渡商店街チームの優勝を告げるのを聴いて、初めてヒカルは勝利の実感を得た。

 

「信じらんない……勝っちゃった……!」

 

 いつの間にか外に出ていたのか、ミサも同様に感極まった様子で呟く。

 

「……それにしても、凄かったよヒカルくん。あんなの初めてみた」

「あんなのって?」

 

 ミサが指し示しているのが覚醒現象そのものなのか、あるいは覚醒中に発揮した技のどれかなのかわからず、ヒカルは聞き返す。

 

「アレだよアレ、突然真っ赤にバァーって光って、GNソードがでっかくなって、こう、『ここからいなくなれーっ!』て叫びだし(スイカバーでもぶつけ)そうだったアレ」

「……は?」

 

 ヒカルにはミサの言っている意味が今ひとつ掴みきれなかったが、なんとなく覚醒現象そのものだな、と把握する。

 

「俺も聞かせてもらいたいね」

 

 と、声をかけてくる者がいる。決勝戦の対戦相手、カマセ・ケンタだ。

 

「一体何なんだよアレは。俺も見たことがない……まさかチートじゃないよな」

「やめてよ人聞きの悪い! 私だってあんなの見たこと無いし、そもそもうちのアセンブルシステムがそんなこと出来るほど高性能じゃないって、カマセ君ならよーくご存知のはずだけど」

 

 難癖をつけるカマセに対して、ミサは自虐も込めながら即座に言い返す。

 

「……じゃあなんなんだよ。アレはどういうシステムなんだ?」

 

 その様子を見かねたのか、ハイムロボティクスチームのエンジニア、カドマツがやってくる。

 

「落ち着けよ見苦しい。……アレは覚醒っていうシステムだな」

 

 カドマツの言葉に、ヒカルは驚きの余り大きく目を見開く。その反応を知ってか知らずか、カドマツは言葉を続ける。

 

「ただ実のところ、俺もどういう原理であれが発動するのか、詳しくはわからないんだ。一応、ガンプラバトルシミュレータのシステムでは標準仕様って事になってるんだが……」

 

 どこか歯切れの悪いカドマツの言葉に、ミサが首を傾げる。

 

「標準のシステムの範囲内で発動してるのに、条件がわからないの?」

「そうなんだよな……覚醒したから使える、そういうもんらしい。ただ、一部のプレイヤーが覚醒システムを使えているのは事実だ。俺も久々に発動するところを見たよ。いやー……良いもん見れたわ」

 

 どこか満足そうなカドマツと対照的に、カマセは頭を抱えている。

 

「そんなんありかよ……インチキじみてんだろ……」

「お前は阿呆か。PG使って圧倒的に有利な試合にしようとして、それで負けたらインチキってのは阿呆の言うことだ。そんなんだから負けるんだよ阿呆」

「3回も阿呆って言われてやんの」

 

 カドマツはカマセに辛辣な言葉をかけた。ミサもここぞとばかりにカマセを茶化す。

 

「あのさ……カマセ。一つだけ弁解させてくれないか」

「なんだよ」

 

 不貞腐れたカマセに対して、ヒカルは声をかける。

 

「少なくとも、最初にあんたの拳を受け止めた時は、まだ覚醒が発動していなかったはずだ。この機体でどうにか耐えていた。覚醒はたまたまその時のタイミングで発動したんだ」

「何が言いたいんだよ」

 

 顔を上げるカマセに目を合わせ、ヒカルは答える。

 

「……僕の機体はそもそも、ハムさんに勧められた機体のパーツを使ってる。それに、決勝前の30分間のインターバル中に、パーツを交換した。ミサのパーツにね」

 

 その言葉に、カマセははっとミサを見た。

 

「……そうか。確かに、ミサの機体って基本的に重武装だから、関節部分にかなり手が入ってた……あの時はそんなところに力入れてどうすんだ、って思ってたけど」

 

 そういうことかよ、とカマセは舌打ちをする。

 

「僕が覚醒できたから勝った……確かに、そうかもしれない。でも、これは僕1人の勝利じゃない。あの時、僕があの攻撃を受け止めきれたのは、ミサやハムさんのお陰だったんだ。だから……もっと仲間を信じてあげても良かったんじゃないかな、って」

 

 カマセはその言葉に、肩を震わせる。

 

「仲間を信じる……ね。そうしたかったさ。俺もそうすべきじゃないかってずっと心のどっかでは思ってたさ……」

 

 ぽつり、ぽつりと絞り出すように言葉を紡ぐカマセ。そして、ふいに顔を上げる。その顔には必死さがありありと浮かんでいた。

 

「でも……俺はダメだったんだ! もっと、もっといい環境で自分の腕を磨きたかった! 今の環境に身を置き続けて、自分が腐っていくのが怖かったんだ……!」

 

 心情を吐露するカマセに、ミサは優しげな笑みを浮かべる。

 

「カマセ君の気持ちはよくわかるよ」

「あ……?」

「私だって、もっといい環境で、もっといい設備で、ガンプラを作りたい。ファイターなら当然、誰だってそう思う。でもね、私たちは商店街の名前を背負ってる。だから、むしろ自分で環境を良くしていくしかないんだ」

「……どうやって」

 

 カマセが漏らした疑問に、ミサは胸を張って答えた。

 

「足りないものは他で補えば良いんだよ。腕とか、スピリッツ的なものでさ」

 

 その言葉に、カマセは呆気にとられた後、毒気を抜かれたようにふっと笑う。

 

「……なんだよそれ。ドヤ顔してる割にはずいぶんと漠然としてんじゃねーか」

「う、うるさいうるさいっ! そーゆーもんなのっ!」

 

 カマセの指摘に、駄々をこねるように手脚をジタバタさせるミサ。

 ヒカルがその様子を苦笑して見守っていると、カマセが手を差し出す。

 

「今回は俺の完敗だ、もうこればっかりは潔く認めるしかないさ。でも、俺はこんなところで終わる男じゃない……それを、あんたに誓わせてくれ」

 

 どこか憑き物が落ちたかのように、笑みを浮かべるカマセ。

 

「……あぁ、その誓い、確かに聞き届けた。また勝負しよう!」

 

 ヒカルは差し出された手を握る。

 戦いが終わればノーサイド。敵も味方も関係なく、そこには激闘を繰り広げた戦士が健闘を称え合う姿だけ。

 

(これが……ガンプラバトル、か)

 

 観客の歓声が響き渡る中、2人のガンプラファイターは固い握手を交わすのだった。

 

 

 

「それでは、彩渡商店街ガンプラチーム、タウンカップ優勝を祝して!かんぱーい!」

「かんぱーいっ!」

 

 グラスやジョッキが打ち鳴らされる音が、彩渡商店街の小料理店「みやこ」に響いた。

 戸には、「本日貸切」の札が下がっている。

 今日の大会の祝勝会のための、店主のナツメ・ミヤコの計らいだった。

 

「ウチは1日くらい休んでも問題ないから」

 

 とは、当の店主の弁である。

 

「ははっ、繁盛店があるのは良いねぇ。ウチの店もミヤコのところに商品卸せてなかったら、とっくに潰れてらぁ」

 

 精肉店を営むマチオは早速ビールで満たされたジョッキを空にしながら、豪快に自分の店の現状を笑い飛ばした。

 

「……ミヤちゃん、うちの店の商品も扱ってくれないかなぁ」

「ガンプラって食べられるの?衣をつけてカラッと揚げてみる?」

 

 冗談を飛ばし合う大人たちを眺めながら、ヒカルは手近にあった串カツに無心に齧り付いていた。

 旨い。

 ちなみに、ハムさんはこの場にはいない。なんでも、外せない用事があるということで、大会後にひと足先に帰ってしまったのだ。

 

「祝勝会に参加できんのは口惜しいが、私とて人の子だ。先約を反故にはできん。楽しんでこい」

 

 そんな言葉を言い残して、ハムさんはさっそうと自分の車に飛び乗って去ってしまったのだ。

 

「しかしすげーな、優勝なんて立派なもんだよ」

 

 マチオはすでにジョッキに2杯めのビールを注ごうとしている。いつの間に一杯目を空けていたらしい。それを見たミサがお酌するよ、とビール瓶に手を伸ばす。

 

「まだ一番小さな大会だし……これからだよ」

「そうだね……課題も見つかったし、先も長い。もっと頑張らないとな」

 

 ヒカルが会話に口を挟むと、ユウイチがなにかに気づいたようにポンと手をたたく。

 

「……おっと。ミサ、チームメイトに皆さんを紹介しなさい」

「そうだった!」

 

 ミサは慌てて座り直し、姿勢を正す。その場にいる一人ひとりを手で指し示しながら、紹介をしていく。

 

「こっちの男の人が肉屋のマチオさん。コロッケが美味しいからぜひ寄ってみて。それと、こっちの女の人が、この居酒屋のオーナー、ミヤコさん。この料理、全部ミヤコさんが作ったんだよ」

「おう、よろしくな! 普段の晩飯に困ったらうちにおまかせだ!」

「よろしくね~。今後も祝勝会とか、壮行会があったら連絡をくださいな」

 

 ミサの紹介に合わせて、2人がヒカルに声を掛ける。ヒカルは、「あ、ども、これからお世話になります」と慌てて頭を下げた。

 

「えっと、チトセ・ヒカルです。この度この彩渡商店街チームのメンバーになりました、よろしくおねがいします」

 

 ヒカルが自己紹介をする。

 

「うんうん、ヒカルくんは我がチーム期待のルーキー! 今日も大活躍だったんだよ!」

「活躍ってほどでもなかったけど……さっきも言ったとおり、反省点も多々あった」

 

 ミサのおだてに苦笑しながら、ヒカルはバツが悪そうに頭を掻く。

 

「その上、ウチの店でも期待のルーキーだね。彼が来てからガンプラの売り上げが好調なんだ」

 

 ユウイチがさらに続ける。

 事実、ユウイチが経営する模型店の売り上げはこの1週間で徐々に上向いていた。というのも、店にやってくるガンプラ目当ての客に対して、ヒカルが機体特性やバトルでの活かし方を解説しているのが、口コミで広まり始めていたのだ。もっとも、元いた世界で運用されていたモビルスーツの運用特性なので、こちらの世界でのガンプラバトルではどこまで活かせるのか、内心疑問ではあるのだが、客の反応を見るに、大きな変化はないらしい、とヒカルは踏んでいた。

 

「へぇ……そいつぁすげぇや。ホントにうちの商店街の救世主じゃねぇか」

「そんな大それたものでも……」

 

 と、ここでなにかに気づいたようにヒカルは顔を上げた。

 

「……でも、やっぱり今の彩渡商店街はかなり危うい状況なんですね」

「昔はもっとお店あったんだけどね……」

 

 しんみりとミサが答えるが、すぐに頭を振る。

 

「あ、でもでも、私達が頑張れば、また昔みたいに賑やかな商店街になるよ!」

「そうなるといいわねぇ」

「期待してるぜ、お前達!」

 

 責任重大だなぁ、と呟きながらも、ヒカルはミヤコやマチオの言葉に頷いてみせた。

 と、その時、居酒屋の戸が開き、皆が等しくそちらを見やる。

 

「邪魔するよ」

「すんません、遅れました! あと、ツレも1人いるっす」

 

 入ってきたのは、鎖蛮那亜仁魔流連合のリーダー、シドウ。そしてハイムロボティクスの技術者、カドマツだった。

 

「あらシドウ君、いらっしゃい! いいのよ、まだ始まったばっかりだし。お連れの方もどうぞ?」

 

 ミヤコが立ち上がると、急いで2人分の小皿を取ってくる。

 

「シドウ……それに、カドマツさんも! 一体どうして?」

「あぁ、大会終わった後打ち上げやるってミヤコさんから聞いて、せっかくだから顔を出そうと思ったのさ。俺の家は商店街からちょっと離れたとこの町工場なんだが、よくここの冷蔵庫なんかのメンテをしたり、軽トラ出して仕入れ手伝ったりしてんのよ」

「で、ウチの会社はシドウ君の町工場とも懇意にして貰ってる仲なんだ。今回はちょっと彩渡商店街チームの諸君に話があったんで、シドウ君に頼んで連れてきてもらった、ってわけさ」

 

 ヒカルが目を丸くしていると、シドウとカドマツがそれぞれ事情を説明する。

 

「うちに?」

「あぁ。実はな、君らのチームに入れてもらおうと思ってな」

 

 その突然の申し出に、ミサとヒカルは顔を見合わせる。

 

「え……なんで? 自分のチームは?」

「お前らに負けて、今シーズンはもうやること無いんだよ」

 

 それに、と言葉を続ける。

 

「この商店街チームは、この地元代表になったわけだろ? 同じ地元同士、我がハイムロボティクスも力添えを、ってわけさ」

 

 ユウイチがそれを聞いて、ふむ、と考え込む。

 

「それはスポンサーになってくれる……ということですか?」

「あー、資金面じゃなくて、このチーム、エンジニアいないでしょ。俺がチームエンジニアを引き受けますよ」

 カドマツの弁はこうだ。リージョンカップ以上の大会では、基本的にエンジニアを擁するチームが多くなってくる。そのため、チームエンジニアの不在が今後の大会で大きく響くことになる。そのため、ハイムロボティクスが技術面での支援をする、という話が出た。

 

「でも、うちにはチームエンジニアを雇う余裕は……」

「あー、そこはうちの社長にも話を通してあります。というか、社長も乗り気でした。交換条件として、ちょっとうちが抱えてる案件に協力してもらう、ってことで」

 

 それに、とカドマツは続ける。

 

「個人的に、おたくのエースファイターに興味がある。覚醒システムを使いこなすだけじゃなく、その操縦スキルに戦闘のセンス。とんでもない逸材が身近にいたとあっちゃ、俺も血が騒ぐってもんだ」

 

 ヒカルを見据えて、カドマツが言う。もともとエースは私なんだけどなぁ、とぶつくさ言うミサを見て、ヒカルはようやく自分のことか、と気がつく。

 

「……えっと、僕に?」

「ハムさんからも話を聞いてね」

「いつの間に!?」

 

 ミサが仰天する。

 

「あぁ、実はそっちのエンジニアを引き受けるって話、ハムさんからも提案があってね。俺もおんなじこと考えてたからハムさんから頼まれた時は驚いたし、なんかスムーズに話が進むな、と思ったら、ハムさんがうちの会社の重役に予め根回ししてたらしい……いやー、相変わらず仕事早ぇなあの人」

「ハムさん一体何者なのさ!?」

 

 ミサの絶叫が、夜の居酒屋に木霊した。

 

 

 

 ちょっと夜風にあたってくる、と断りを入れ、ヒカルは一旦中座して店の外に出ていた。先に外に出て、電子タバコを吸っていたシドウと目が合う。

 

「お? お前もタバコか?」

「まさか、未成年だよ僕は」

「そりゃそうか」

 

 はは、と軽く笑うと、シドウは一口電子タバコを吹かす。紫煙代わりの蒸気ミストが夜の商店街の空気に溶けていった。

 

「ったく、すげぇもんだよお前は。俺たちが3年かけても準優勝止まりだったあのタウンカップで優勝しちまうんだからな」

「課題も山積みだけどね」

 

 シドウの呟きに、肩をすくめるヒカル。シドウはそんなヒカルをちらりと見て、ふっと息をつく。

 

「お前なぁ、もうちっと喜べよ。スカした態度も結構だがな、お前に負けた俺たちが浮かばれねぇだろうが。もうお前はウチの地区の代表なんだぜ? 堂々としねぇと他所の街の連中にナメられちまうだろうが」

「ご忠告どうも……でも、まさにその通りなんだ。リージョンカップを勝ち上がるには、もっと僕たちは成長しないといけない」

「そこは同意だ。ミサはともかくとして、お前は経験が浅い。ニッパー握って1週間ちょいだそうじゃねぇか」

 

 こういうタイプは結構珍しいんだがな、とシドウはぼんやり呟く。

 

「バトルセンスはピカイチだ。戦略を練る頭もある。とっさの機転も効く。モビルスーツの知識もある。その上覚醒使いだ。それだけに、工作技術、そこの経験が凄まじく浅いのがマジで勿体ねぇ」

 

 ふむ、とヒカルは考え込む。

 

「カドマツさんがウチのチーム入りするのって、つまり……」

「あぁ。カドマツさんとハムさんの考えはこうだ。エンジニアが入りゃ工作部分でフォローが効く。より高度なアセンブルも出来るようになるってわけだ」

 

 ファイターに取っちゃこんなに羨ましい話ねぇぜ、とシドウは遠くを見ながら話し続ける。

 

「もっともそれでも限界はあるけどな。エンジニアが関わるのはあくまでアセンブルシステムだ。カドマツさんはビルダーとしてもある程度アドバイスできる知識はあるって言ってたが……それでもお前自身が工作の経験を積まねぇといけねぇ。最終的に手を動かすのはお前自身だからな」

「だよなぁ……」

 

 気持ち肩を落とすヒカル。そんな彼に、でも、とシドウは続ける。

 

「実のところ、そんなに心配してねぇんだ。模型店でバイトしてるんだろ?」

「まぁ、そうだけど」

「ガンプラバトル続ける上でその選択は大正解だ。プラモの事をより深く知るなら模型店がうってつけだからな。プラモだけじゃなく、工具に塗料も扱ってて、制作ブースもある。ガンプラ作りには何が必要で、何が大事になってくるのか、だんだんわかってくるはずだぜ」

 

 確かに、とヒカルは頷く。

 

「実際、接客しながらプラモの話を聞いたりしてるから……色々とわかってきたことがあるしね。昔は今みたいにアセンブルするのが簡単じゃなくて、ジョイントの改造が必要だった……なんて話もお客さんから聞いたよ」

「ガンプラバトルが始まって以来、既存のガンプラは順次ジョイントが統一されていってるからな。手脚や頭、バックパックの交換が自由自在に出来るようになった……もっとも、対応していないガンプラもまだまだ多いんだが」

「それに、可動域の調整やパーツの補強、後はスミ入れに塗装……ガンプラは作り方が簡単だからこそ奥が深いと実感させられる」

 

 ヒカルの言葉に、その感覚だ、とシドウは頷いた。

 

「その感覚を忘れるな。その感覚を忘れなければ、きっとお前はビルダーとしても一流になれる。世界を獲るのも夢じゃねぇさ」

 

 そろそろ戻るか、とシドウは踵を返し、店内に戻っていく。

 ヒカルは頷き、その後に続くのだった。

 

 

 

 それから数日後のこと。

 一見すると、買い物メモと買い物かごという、夕方の主婦のような格好で、ヒカルは自らが働く模型店を闊歩していた。

 ガンダムサイファーの改造プランがある程度まとまったのだ。この買い物は、そのためのパーツ探しである。

 

「ふむ、その様子だといよいよ改修の目処が立ったと見えるな、少年」

 

 ちょうど来店してきたハムさんが声をかけてくる。

 

「あ、いらっしゃいハムさん。ちょうどシフト上がりだったので……」

「もうじきミサの学校は下校時間か。後は……カドマツが来れば全ての準備が整うな」

「今日はアセンブルシステムのアップデートでしたっけ」

「あぁ、いよいよだ……刮目するが良い、少年。アセンブルシステムが変われば、まさに世界が一変するぞ」

 

 ハムさんは大仰に手を広げてみせる。と、買い物かごの中身を見て、ほう、と息を漏らした。

 

「その買い物の内容を見るに……どうやら正当進化といった趣か」

「現在の方向性をそのまま維持するのが、一番やりやすいですからね。特定の能力に特化させてしまうと、ガンダムサイファーの本来のコンセプトが崩壊しますし」

「その通りだな。初志を貫徹する、良いことだ」

 

 完成が楽しみだ、とハムさんは頷いた。

 

 買い物を終え、工作ブースでパーツ部分の組み立てをしていると、ミサが帰ってきた。

 

「ただいまー……おっ、ヒカルくん早速やってるねぇ」

「おかえり。改修プランがまとまったんだ。カドマツさんが来る前に仮組だけでも終わらせておきたくて」

「それならヤスリがけとか手伝うよ。こうやってまたチームメイトとプラモ作りができて嬉しいなぁ」

 

 結構強いし、設備や資金に文句言わないし、とミサは満足気に言いながら、600番の紙やすりを探し始めた。

 

「相当困らせられてたんだな、カマセのワガママに」

 

 苦笑しながら、ヒカルは手を休めない。しばし作業を続けていたが、ふと何かに気づいたように顔を上げる。

 

「あ……そう言えばミサの方はアザレアに何か手を入れたの?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれました」

 

 ミサはヤスリがけを終えたパーツを手渡すと、近くの棚からガンプラの箱を持ってくる。

 

「これぞ、新たなアザレア……アザレア・カスタムだよ!」

 

 芝居がかった調子で、ミサはガンプラの箱を開ける。

 

「おぉー……おぉ?」

 

 ヒカルは首を傾げた。

 

(どこが変わったんだ? 見た目からだとわからないんだけど……)

「……うん、まぁぱっと見変わらないよね」

 

 ヒカルの心中を察し、どこか曖昧な笑みを浮かべたミサは、脚部を指差す。

 

「ミサイルポッドをくっつけてみたんだよ。今までジャイアント・バズとマシンガンだけだったから、手数を増やそうと思ってさ」

「あー……ザクⅡのJ型が付けてたやつか!」

 

 合点がいった、とヒカルは頷く。

 

「そうそう! これでもっと射撃戦に寄せて戦うことができるよ」

「そうか、パーツを外付けっていうのも有りなのか……それならこっちはこうだな」

 

 ヒカルは、追加パーツをさらに装着させる。外付けのパーツはテープで仮止めを行った。

 

「……よし、こんなのでどうだ」

 

 まだ仮組段階だったが、ひとまずの完成を見たガンダムサイファー。

 そのシルエットは大きく変貌を遂げていた。

 腰にザクが使用するクラッカーを取り付け、脚部には使い捨てのロケットランチャー、シュツルム・ファウストを据え付けた。さらに、シールドはそれまでのターンAのものから、ガンダムXのディバイダーに変更。そして、バックパックはIWSPからノワールストライカーへ換装した。それも、ただのノワールストライカーではなく、ビームキャノンと6連装ミサイルポッドを追加で装着している。クラッカーのすぐ脇には、ホルスターに収められた拳銃のように、ビームライフルショーティが吊られていた。

 

「すごい、どの距離も守備範囲だ……」

「遠距離にいる敵をシュツルム・ファウストとビームキャノンで燻り出す。数が多くても、6連装ミサイルとハモニカ砲で一網打尽にできるしね。近づいてきた相手をビームライフルショーティとレールガンで翻弄しながら、隙を見てフラガラッハとGNソードの三刀流で仕留める……って感じだね」

 

 と、そこへハムさんとカドマツが顔を覗かせる。いつの間にかカドマツが来訪する時間だったようだ。

 

「追加パーツは結構だが……」

「何か忘れていませんか、っと」

 

 ヒカルは慌てて、カドマツとハムさんが座る椅子を持ってきた。

 

「すみません、カドマツさん。お出迎えもできなくて」

「別にんな大層な事しなくてもいいよ。で、追加パーツを装備として認識させるために、アセンブルシステムをアップグレードする必要がある。そのままだと追加パーツはただの飾りだ。こっちは早速アップグレード作業を始めるが、終わったらテストするから、ガンプラの仕上げを頼んだ」

 

 カドマツはそう言うと、店に備え付けてあるガンプラアセンブルシステムに自分のノートパソコンを繋げる。電源をいれると、キーボードを叩き始めた。

 

「承知しました」

「りょーかいっ」

 

 ミサとヒカルはそれぞれ答えると、パーツの接着・塗装を始めた。

 アザレアの方はミサイルポッドの塗装と接着だけだったので、ミサは自分の作業をさっさと終わらせると、改修箇所の多いガンダムサイファーの方の仕上げを手伝う。

 

「うーん、今までよりもトリッキーな機動ができそうだね……バトルシステムで試したいなぁ」

「前よりも三次元機動が上がるはずだよ。あくまで机上論だから、実際に動かしてみないことには……だけどね」

 

 やがて、パソコンのキーを叩いていたカドマツが顔を上げる。

 

「よし、追加パッチインストール完了。最適化もしておいた。二人のガンプラを寄越してくれ」

 

 ミサとヒカルはカドマツに言われたとおり、各々のガンプラを差し出す。アセンブルシステムの3Dスキャナに読み込ませて、それぞれのガンプラバトルシミュレータのアカウントを呼び出すと、アップグレードした機体データを読み込ませていった。

 

「んじゃ、データ入力に入るぞ。機体名を入力してくれ」

 

 カドマツはミサにノートパソコンの前の席を譲る。ミサは目の前に座ると、「アザレア・カスタム」と機体名を入力した。そしてヒカルの番が来る。

 

「新しい名前を考えておいた」

 

 ヒカルは1人呟く。

 

「ガンダムサイファー、最初は本当にゼロからのスタートだった。でも、そこから今は1歩前に進んだんだ。だから、こう名付ける」

 

 ヒカルは、力強い視線を画面に注ぎながら、新たな機体名を入力した。

 

 ゼロ(サイファー)からの前進。

 

 その名は――「ガンダムサイファー・アドバンス」。

 




おまけ
~ハムさんの「なぜなにガンプラバトル」~

 諸君。私だ。ハムさんだ。
 今日は、この世界における、ガンプラバトルのこれまでの歴史を解説させてもらおう。

 そもそもの発端は、2015年、イベント「ガンダムグレートフロント」が、ダイバーシティ東京にて開催されたことだ。
 ここでお披露目されたものこそ、ガンプラバトルシミュレータ。当時としては画期的な「作ったガンプラを電脳空間上で動かす」システムが話題を呼んだ。このシステムを使った「バトルライブ-G」というイベントが、開催期間を通じて行われ、多くの人を熱狂させた……無論、私も行ったとも。
 だが、課題点も見つかったため、イベント終了後、数度のアップデートが行われた。アップデートの間も、いくつかのイベントで体験会は行われていたようだ。
 その後、時は流れて2024年。静岡県で開催された「ガンプラワールドフェスタ2024」で、ガンプラバトルシミュレータのメジャーアップデートが行われた。それが、「ガンプラバトルシミュレータ」2.0だ。
 対応ガンプラの増加、パーツの出来をより細やかに判定するアセンブルシステムなどの実装など、多くのテコ入れが行われ、ガンプラバトルシミュレータは一つの「極み」にたどり着く。
 この年のアップデートにより、ようやく製品化の目処が立ち、2026年から「ガンプラバトルシミュレータ」は全世界のゲームセンター、アミューズメント施設、大型模型店に置かれ、稼働を開始したというわけだ。
 これに伴い、ガンプラもまた、「ガンプラバトル対応」としてパーツジョイントの共通化が行われ、HG・MG・PG化が続々と進められるなど、さらに気軽なカスタマイズが出来るようになっていった。この原動力、まさしく愛だな。
 それからは毎年のように、全国大会や世界大会が開催され、ガンプラバトルは今や、スポーツとして今なお全世界を沸かせている。

 以上、駆け足で解説をさせてもらった。
 次回から、いよいよこの物語は新章に突入する。どうやら我らが彩渡商店街チームに新たなメンバーが加わるようだぞ。楽しみに待つが良い!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2 Gundam Cypher Advance
第10話 KNIGHT


 新たに改造を施した機体を手に、ヒカルたちは早速実戦でのテストを行うつもりだった。

 だが、いざ出かけようとする前に、カドマツが待ったをかける。

 

「おっと、ちょっと待ってくれ。報酬の話を今のうちにしておきたい」

「今日までありがとう。私カドマツさんの事忘れない」

 

 報酬と聞いて、ミサの目から光が消失する。吐くセリフも実に感情がこもっていない。

 

「別に金払えって訳じゃない……こないだも言ったろ? 仕事手伝ってもらうって」

 

 カドマツは苦笑しながら、模型店の入り口を見やる。ちょうどハムさんが、外に停めていた車から大きなジュラルミンケースを運び込んできたところだった。

 

「それなんだがな、カドマツ。私もその仕事とやらの詳細を聞いていない。彼らに出来る範囲の仕事なのか?」

「ハムさんの言うとおりだよ。ハイムロボティクスのお手伝いなんて理工学系の知識が無きゃ無理でしょ」

「ロボットの技術関連となると……本当に僕らがやれることって限られますよ?」

 

 ハムさん、ミサ、ヒカルはそれぞれ首を傾げながら顔を見合わせる。

 カドマツは「心配すんな」、と言いながら、ジュラルミンケースのロックを解除した。

 

「まずはこいつを見てくれ。話はそれからだ」

 

 ジュラルミンケースの中に収められていた中身を見て、3人はそれぞれ息を呑む。

 

「ガン……」

「ダム……?」

 

 騎士のような鎧に身を包む、二頭身のプロポーション(スーパー・デフォルメ体型)のガンダム。知る人ぞ知るその名こそ――

 

騎士(ナイト)ガンダムだ!」

 

 ミサが声を上げた。

 

「えっ……これロボット!? この中世風味のガンダムが!?」

「あれ、ヒカルくん騎士ガンダム知らない人?」

 

 ミサは意外だ、と言わんばかりにヒカルの顔を見る。

 

「SDガンダムっていうのはなんとなく知ってたけど……」

「よし少年。今度私がリマスター版の映像ソフトを貸してやろう。それとスパロボBXもだ。騎士ガンダムの基礎教養を積んでおけ」

「なんで持ってるのさハムさん」

「ふっ……何故かな……」

 

 と、話が逸れかけたところで3人は自然と再びジュラルミンケースの騎士ガンダムに視線を戻す。電源が入っていないのか、カメラアイに当たる部分は光っていない。

 

「こいつはウチで開発中のトイボットだ。こいつの運用テストに協力してほしいんだ」

「玩具用ロボットか……こんなのが買える時代になったんだねぇ」

 

 ミサは感慨深く呟く。その言葉を聞いて、ヒカルは改めてとんでもない世界だ、と思う。

 ヒカルの世界にも、愛玩用のロボットはある。「ハロ」や「トリィ」といったものだ。だが、モビルスーツを2等身に縮めて騎士のようなキャラクターにした上、それをハロのような愛玩ロボットにしてしまう、そんなこの世界の文化に軽いカルチャーショックを覚えずにはいられなかった。

 

(まぁでも……ガンダム自体がテレビアニメになってるから、こういうのも出てくるか……)

 

 と、ヒカルは自分に言い聞かせて、ひとまず自分を納得させた。

 

「実際に売り出すのはもう少し先だがな。テストで合格できなきゃ、商品化は無理だ」

「テストって、私達は何をすればいいの?」

「こいつの売りは、子供と一緒に遊んでくれることなんだ」

「ふむふむ……あ、これ取説だ」

 

 カドマツの説明を聞きながら、ミサはジュラルミンケースの底にあった取扱説明書の冊子を取り出し、ぱらぱらとめくる。

 

「ガンプラバトルも一緒にできる」

「ガンプラバトルが……凄いな」

「ほう……器用なものだな」

 

 ヒカルとハムさんが驚嘆する中、ミサは騎士ガンダムの鎧の中をまさぐり、何やら操作している。すると、モーター駆動音が響き始めた。

 

「新しいチームメンバーってことだ。次からシミュレータに入る時は、こいつも連れて行け……って勝手に起動すんな!」

 

 説明の最中に騎士ガンダムが起動したのを見て、カドマツは慌てたようにミサにツッコミを入れる。

 起動した騎士ガンダムの目に光が灯り、漫画のような瞳が表示される。どうやらディスプレイになっているようで、表情によって表示が変わる仕組みらしい。

 騎士ガンダムは立ち上がると、辺りをキョロキョロと見回す。

 

「おぉー、立ち上がった! はじめましてロボ太!」

「勝手に変な名前を付けるなァ!」

「いいじゃんロボ太! かわいいじゃん、ねーロボ太!」

 

 ど直球なネーミングにカドマツはツッコミを重ねるが、ミサはどこ吹く風とばかりに、騎士ガンダム――ロボ太に同意を求める。が、ロボ太は答えない。

 

「あぁ……こいつ、言葉は理解できるけど、発声機能はついていないんだ」

「なんで?」

「あくまでおもちゃであるためだ。人の近くにいるロボットの開発ってデリケートなんだよ。特にトイボットは、子供の成長にどんな影響が出るかわからないからな」

 

 カドマツはロボ太が言葉を話さない理由を解説する。

 人の身近に存在するロボット開発では、様々な点で考慮すべき課題がある。その中のひとつで、カドマツが特に懸念しているのは、コンピュータの自然言語処理技術において発生しうる「ルーウェリン反応」だ。

 これは翻訳ソフトやIME、音声認識などで誤った形で言語処理をしてしまった時に、人間側が極端な拒否反応を示すもので、とりわけ年少の子供にとってはトイボットを「友達」とみなす上で意識的に障害となる。極端な話、そのトイボットに対して何らかの排斥行動――有り体に言えばイジメだ――が行われる可能性がある。子供の情操教育上、これは好ましくない。

 ならば、いっそ自然言語処理を最低限に抑える、つまり「言葉を理解するが自分から言葉を発することはない」という形で解決を図ろう、というのがカドマツの考えである。

 

「なんか、大人っぽいこと言ってる」

「大人だからな」

 

 ミサが変なところで驚愕するが、カドマツはさらっと受け流した。これも大人の余裕ってやつか、とヒカルは苦笑いを浮かべていた。

 

「いいからさっさとテストしてこい。上手く行けば、次のリージョンカップは3人で戦えるぞ」

 

 カドマツはそう言うと、一行を送り出すのであった。

 

 

 

 早速いつものゲームセンターにやってきた彼ら。ハムさんも「記録は私が引き受けた」と、一緒についてきた。

 

「ミサさん、ヒカルさん、ご来店ありがとうございます」

 

 案内ロボットのインフォが声をかけてくる。と、同行していたロボ太がすっと前に進み出て、インフォと視線を合わせる。

 

「――はじめまして、ロボ太さんですね。記憶します」

「なんで名前知ってるの!?」

 

 ミサが愕然としてインフォに詰め寄る。

 

「今聞きました。光デジタル信号で、ですが」

「それは『聞いた』うちに入るのか?」

「まぁロボットですから」

 

 ヒカルのツッコミを軽く受け流すと、インフォはクレーンゲームの筐体に向かっていく。どうやら景品の配置を直している最中らしい。

 

「さて、油を売っている暇はないぞ諸君。やることはやらねば。私の方で、バトルログとビデオ記録を行おう」

 

 ハムさんはガンプラバトルシミュレータのオペレータ席に座ると、携帯端末をかざす。

 ガンプラバトルシミュレータでは、バトルの結果を記録として残すことが出来る。実際のガンプラファイター側では自分の映像記録が中心になるが、オペレータ側では客観視点での映像記録――第三者からの記録となる。今回はロボ太の試験も兼ねるため、ハムさんが記録を取ったほうが良いということになった。

 

「念の為、こっちでも記録は取っときますけど……」

「そうだな、目は多いほうが良いだろう。記録、忘れんようにな」

 

 ハムさんの準備ができたのを見計らって、ヒカルたちはガンプラバトルシミュレータの筐体に滑り込んだ。

 ガンダムサイファー・アドバンスを3Dスキャナに設置し、データを読み込ませる。

 これまでの機体データから新機体に更新したためか、データのロードにやや時間を要した。と、ロードされていく機体データの中に、ヒカルは見慣れない表示を見つけた。

 

「『Burst Type』に『Burst Breaker』……? 『Burst Type』には『Assault』が設定されてる……こんなの設定した覚えがないな。『Burst Breaker』の方は、今のところ空欄か……なんだろこれ。後でカドマツさんに確認とるか……」

 

 ヒカルは首を傾げながら、操縦桿を握りしめた。機体データのロードが終わると、電脳空間上にガンダムサイファー・アドバンスの姿が映し出される。

 

「チトセ・ヒカル、ガンダムサイファー・アドバンス。オープンコンバット!」

 

 ヒカルは宣言と同時に、ブーストペダルを踏み込む。

 ガンダムサイファー・アドバンスは大空を舞い……巨大な日本家屋の軒先に着地した。

 

「……え? なんだこれ」

 

 周囲に視線をやる。自身の機体よりも大きい石灯籠が近くにそびえ立ち、奥に見えるのは広大な枯山水。日本家屋も巨大で、まるで巨人の世界に迷い込んだような心持ちだった。いや、違う。正確には――。

 

()()()()()()()()()()()なのか……」

《あー、今回このステージなんだ》

 

 何かを察したかのようなミサの声。

 いつの間にかミサとロボ太も出撃していたようだ。ミサのアザレア・カスタムの隣には、ロボ太の姿そっくりそのままの騎士ガンダム。

ヒカルは、カドマツが出掛けにロボ太に何か持たせていたのを思い出した。どうやら、これがロボ太の機体(ガンプラ)のようだ。

 

《このステージは私が選んだ。さぁ、存分に戦うが良い!》

 

 ハムさんが高らかに宣言し、ミサは何かを察したようにすぅっと息を吸い込む。

 そして思いっきり、声として吐き出した。

 

《趣味か!》

《フハハハハ、趣味に走って何が悪い!》

 

 ミサのツッコミを吹き飛ばす勢いの、ハムさんの高笑い。曖昧な笑いを浮かべると、ヒカルは操縦桿を握り直した。

 

「おしゃべりしてないで始めるよ」

《心得た》

 

 ヒカルの声に反応する声。だが、ミサの甲高い声でも、ハムさんのテンション高めの声でもなく、落ち着いた中にどこか気高さを有する雰囲気の、男性の声が返事をする。

 

《……え? 今、なんと?》

《どうしたミサ。私は『心得た』と返事をしただけだ》

 

 通信ウィンドウのアカウント名を反射的に確認したヒカルは、我が目を疑った。

 

「……あんた、まさかロボ太?」

《うむ》

 

 ヒカルたちは一瞬絶句する。ロボ太が、言葉を発しないと言われていたロボ太が。

 

《喋ったぁぁぁぁぁぁ!?》

 

 ミサがその場にいた全員の思考を代弁して、絶叫した。

 

《……あぁ、うむ。まずはそこから説明せねばならないか》

 

 ロボ太はようやく、彼らが仰天する理由に気がついたようだ。

 

《私は今、シミュレータに合成した音声データを入力している。それがスピーカーから出力されている状態だ》

《で、でもカドマツさんが喋れないって》

《カドマツは()()()()()()()()()()()、と言っただけだ。私のボディにはスピーカーが無い。シミュレータにはスピーカーがあるので、それに接続して外部出力を行えるようにしたのだ。ガンプラバトルというものは、チームで行うものだ。コミュニケーション手段が無ければ不都合だろう?》

 

 ロボ太の見解に、ハムさんがむぅ、と唸る。

 

《確かに、ロボ太の言うことには一理あるな。よし、準備はいいか諸君。間もなく敵が出現するぞ》

《うむ。さぁミサ、そして主殿。油断せずに進もう!》

 

 主殿、と言われて最初は誰かわからなかったヒカルは、一瞬首を傾げたが、今実際に、この場でともに戦うのは、ミサと自分とロボ太だ。すなわち、自分のことだと理解する。

 

「わ、わかった……参ったな、そういう風に呼ばれたの初めてで……」

《ちょっとぉ、なんでヒカルくんが主殿で私は呼び捨てなのぉ》

 

 ヒカルの困惑とミサの抗議に、ロボ太はふむ、と一言漏らす。

 

《私はカドマツがインプットしたデータに従っているだけだが》

《カドマツぅぅぅ!!》

 

 この場にいないカドマツに対して恨みの声を上げるミサ。だが、そうこうしているうちにNPC機体が続々と出現する。

 気持ちを切り替えて、ヒカルは目の前の敵機群と相対する。ステージはやや広めの日本庭園とは言え、周りを高い塀で囲われており、実質閉所での戦闘となる。

 

(あまり動き回れそうにないな……高低差が激しいから、横移動よりも縦移動か)

 

 ガンダムサイファー・アドバンスが地面を蹴る。跳躍後、スラスターを噴射して高度を取った。眼下に敵機体群が映る。ヒカルは数と種類を見極めた。

 

「アストレイのグリーンフレームが6、レッドフレームが4、ブルーフレームが4……なんだこれ、アストレイだらけだ」

《グリーンフレームで足を止め、そこをレッドフレームとブルーフレームで叩いてくると推測できる。主殿、レッドフレームにガーベラ・ストレートが装備されている、おそらく敵方のメインアタッカーはレッドフレームだ。なお、こちらの武装はナイトソードと電磁ランスだけだ、ブルーフレームが仕掛けてくる遠距離戦は分が悪い》

 

 ロボ太は機体構成から瞬時にNPC敵機の戦術を看破しつつ、ヒカルが欲しいと思っていた情報を即座に伝えてくる。

 その分析能力に舌を巻きつつ、ヒカルは2人に指示を出す。

 

「グリーンフレームの目をこっちに引きつける。隙が出来たところを、ロボ太が攻撃。ミサはロボ太のバックアップを頼む、ブルーフレームを騎士ガンダムから引き剥がしてくれ」

《了解!》

《心得た!》

 

 ガンダムサイファー・アドバンスが空中から飛び出した。コンソールで確認する限り、加速度、最高速の実績値はIWSPを装備していた時以上だ。

 

(ノワールストライカー、流石の機動力だ。IWSPの改良型って触れ込みだけはあるな……ちょっと、アレ試してみよう)

 

 ヒカルは着地のタイミングでペダルを軽く蹴る。

 グリーンフレームたちの遥か手前で着地したガンダムサイファー・アドバンスは、地面を再び蹴って跳躍した。タッチアンドゴーの要領で、再び飛翔する。

 そのまま、ヒカルは操縦桿を大きく倒し、トリガーを引き絞った。機体がバレルロールしながら、両手のホルスターからビームライフルショーティを引き抜く。僅かな時間の間に狙いをつけ、そのまま連射。目にも留まらぬ早業は、さながら西部劇の早打ち自慢のガンマンか、ハリウッド映画のガン=カタ使いだ。

 

《これが噂に名高い『マワール』……当時のガンダムゲーマーたちを魅了したあの技か》

《連ザⅡだっけ……大昔のゲームであったよね》

 

 ハムさんとミサが、そのダイナミックなマニューバに感嘆の声を漏らす。

 ビームライフルショーティの連射を受けたグリーンフレーム隊は、襲撃の主であるガンダムサイファーに注意を向け始める。そこへ、さらに追い打ちをかけるようにレールガンが放たれた。

 1機が直撃を受け、その身を散らす。グリーンフレーム隊はガンダムサイファー・アドバンスを脅威と認めたらしく、ツインソードライフルを構えて次々に迎撃する。

 その瞬間、グリーンフレーム隊と、レッドフレーム・ブルーフレーム混成隊は距離を離した。

 

「今だ!」

《ようし! 行くよロボ太!》

《うむ! 援護は任せた!》

 

 アザレア・カスタムの脚部ミサイルポッドから、6発のミサイルが一度に飛び出す。

 先行していたレッドフレームたちは、ミサイルの着弾を嫌い、足を止める。

 

《そこだ! 取ったァッ!》

 

 この機を逃すはずもなく、騎士ガンダムが接近してナイトソードを振るう。鮮やかな剣筋による奇襲に対応できず、レッドフレームの1機が手傷を負う。ブルーフレームが慌てて援護に入ろうとするが、

 

《やらせないよ!》

 

 ミサがマシンガンを浴びせ、ブルーフレームの注意を引きつける。レッドフレームとブルーフレームはさらに分断された。

 

《すごい、アセンブルシステム変えるだけでここまで変わるものなんだね……カマセ君が環境にこだわる理由、なんかわかる気がする》

「なるほどな……ハムさんが『世界が変わる』と言っていたけど、本当にその通りだ。これまで以上に世界が広がったな」

 

 新たに生まれ変わった機体を駆りながら、2人は「出来ることが増える喜び」を味わっていた。

 そうして機体の挙動を試しながら戦闘を続けていると、やがてアストレイたちは各個撃破され、全滅する。

 と、乱入のアラートが鳴る。対人戦が始まるようだ。

 

《他プレイヤーとマッチングされたようだ。さぁ、実戦で暴れてこい!》

《了解!》

「Roger!」

《心得た!》

 

 激励するハムさんに、三者三様に返答する。

 目の前に現れたのは3機だ。隊長機はゴッドガンダムを素体としたカスタム機。ただし、上半身を武者頑駄無に換装し、腰にガーベラ・ストレートを吊っている。

 脇を固める2機のうち、1機はギャンのカスタム機。使用されているパーツはローズガンダムやローゼン・ズールと、見事に薔薇づくしだ。

 さらに1機は、カプールのカスタム機。だが、脚部をガンタンクに改装し、塗装も迷彩。ガンタンクの脚の上にカプールがちょこんと乗っかっている状況は流石にシュールだった。その上、カプールのモノアイに当たる箇所から何故か砲塔が生えていた。

 

《おぉ! あれに見えるは彩渡町タウンカップ優勝チームではないか!?》

 

 通信ウィンドウが3つ開いた。3人とも女性のようだが、そのうちの1人から熱い視線が注がれているのを感じる。

 

《恐れながら申し上げます! 敵機体、事前の情報と武装が異なる模様! さらに不明な機体が1機……SD騎士ガンダムです!》

《騎士ガンダムだと!? ほう……騎士ガンダムのパイロット! 聞こえるか!》

 

 3人の女性のうち、瓶底のように分厚い眼鏡をかけた女性が、眼鏡の位置をしきりに直しながら報告する。と、それに反応したのが金髪ツインテールの、ひときわ鋭い目つきをした女性だった。

 

《騎士ガンダムのパイロットは私だ!》

 

 それに応えるロボ太。と、相手は目を丸くした。

 

《パイロットも騎士ガンダム……だとっ!? 貴様、まさか騎士ガンダムそのものだとでも言うつもりか!?》

《ロボ太、ここは期待に応えてやってくれまいか》

 

 相手が驚愕するのを他所に、ハムさんがチームチャット回線でロボ太にそっと耳打ちする。

 

《よ、良いのか? 私はただのトイボットなのだが……》

《ふっ、あの女性の目を見てみろ。期待に満ちているではないか。トイボットならば、応えてやっても良いのではないか》

《しょ、承知した……ぬぅ、嘘をついているようで気がひけるのだが……》

 

 ロボ太は困惑していたようだが、やがて意を決して進み出た。

 

《如何にも! 私の名はガンダム! その風体、さぞ名高き騎士とお見受けする!》

《その名乗り……やはり騎士ガンダム殿! 我が名はキシモト・ミキ! 練馬タウンカップ優勝、チーム・クロノクイーンが一人、”薔薇の姫騎士”ミキである! 戦場でこうして見えたのも運命、我がローズ・シュヴァリエと手合わせ願いたい!》

 

 時代がかったやり取りが繰り広げられる中、苦笑した相手チームのリーダーが通信越しに話しかけてくる。機体名は「頑駄無御前」。

 

《あっはっは……すまないね、あぁなってしまうとミキはどうにも止まらない。ご挨拶が遅れてしまったが、我々は練馬代表、チーム・クロノクイーン。私はリーダーのフジワラ・シズカだ。”白百合の女武者”、などと呼ばれている。さて、どうだろう彩渡商店街チームの諸君。ここで会えたのも何かの縁だ。我々と君たちそれぞれ1人ずつで、1対1のタイマン勝負と行かないか?》

 

 ヒカルは頷いた。

 

「彩渡商店街チーム、チトセ・ヒカル。そのお誘い謹んで受けましょう。よろしく頼みます、皆さん」

《誘いを受けてくれたこと、感謝する! では……私は君に挑戦しよう、ヒカルくん》

《自分はそこのアザレアに宣戦布告であります! タウンカップでの援護ぶりは自分も拝見しております! 感服仕切りでしたとも!》

 

 シズカに続いて、瓶底眼鏡の女性はびしっ、と指を指しながら宣言する。

 

《が、ガンタンク……ヒカルくん、交代しない?》

「しない。指名されているんだから、応えてあげないとでしょ?」

《ぐぬぬぬぬ……えーいわかった! 矢でも鉄砲でも持ってこーい!》

 

一応抵抗してみたが、ヒカルに正論で押し切られ、ついに開き直ったミサ。

1対1のタイマンバトル、3本勝負が幕を開けようとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。