Dream over!! (天杜 灰火)
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Play ball!!①

短めです。次のお話からはもうちょっと長くなるはず……!


 前回までのあらすじ――女の子になりました。

 

 

 そういうわけで、そうなりました。

 見てますか、天国のお母さん。あなたの息子は娘になっちゃいました。

 青春真っ只中の男子高校生が華の女子高生デビューですよ。

 今は夏休みだから良いけど、新学期からボク制服のスカート穿かなきゃいけないんだよ? ウケるよね。

 ごめんやっぱウケない。

 というか、ありえない。

 

 ボクが女の子なんて、やっぱりどう考えてもありえないっ!

 

 

 日記帳に書きなぐったところで時計を見ると、もう出ても良い頃合だった。

 日記とは寝る前に書くものだ、というイメージがある。だが、とにかく書きたいことがあったなら、日記帳を開くタイミングなんていつでも良いだろう。

 書き込んだ内容は、世界って理不尽だよね、という愚痴だった。文章にすると少しだけ気分が晴れたので、今後もこれは愚痴帳として使っていこうと思う。

 日記帳、もとい愚痴帳とペンをしまい込み、鏡へ向かう。

 鏡の中のボクは、まるでテレビの中ですら見たことがないほどに整った容姿をしていた。

 腰の辺りまで伸びた白い髪に、宝石めいた輝きを放つ赤い瞳。日光を浴びたことがないんじゃないかとさえ思える透き通った肌。

 一言で言うなら、そう――まごうことなき美少女(・・・)である。

 これがボクだって言うんだから、もはや笑えてきそうな気さえした。

 そんな女の子なボクの格好も、やはり女の子のそれ。白いブラウスに、赤いスカートを穿いていた。スカートの丈は長めだけど、スースーしていて落ち着かない。

 仕方ないことではある。それでも、ため息を抑えられなかった。

 部屋を出て、階段を降りる。

 視界の端で白い糸が舞っていた。

 ボクの髪の毛だ。自分で見ても綺麗だと思う。腰に届くくらい長いので少し邪魔だけど。

 

「あら、満月(みづき)くん。準備は終わったの?」

 

 リビングに出ると、ソファでテレビを見ていた姉さんが振り返ってボクを見た。

 

「……ふむふむ、うんうん。ふふ、よく似合ってるわ。安心して」

 

 似合ってる、と言われて微妙な気分になるのは、ある意味貴重な経験だろう。

 からかっているわけではないのはわかる。だからこそ、なにも言えないのが厄介だった。

 

「約束の時間は?」

「……十時。移動にどれくらいかかるかわからないから早めに準備したんだ」

「ああ……『前』の満月くんなら十分もかからず行けるかもしれないけど、『今』はねぇ」

 

 姉さんと一緒に苦笑した。

 今のボクは、『前』と比べて歩くスピードが遅い。歩幅が極端に狭くなったのだ。

『前』まではこんなではなかっただけに、そのギャップで余計不便に感じていた。

 

「まあ、がんばってね。デート」

「なっ……だ、だからデートじゃないってばっ」

 

 かあっと顔が熱くなる。

 せっかく意識しないようにしていたのに。

 

「えー……でも、婚約者とのお出かけをデートって言わずになんて言うの?」

「婚約者云々は後付け! もともと友達! 今日は一緒に遊ぶだけっ!」

 

 深呼吸して心を落ち着かせる。

 ムキになってはいけない。姉さんにからかわれるのもいい加減慣れないといけない。

 

「もう……とりあえず、ボクは行くからね」

「はいはい。いってらっしゃい」

 

 スカートを翻しながら玄関へ向かう。

 久しぶりに親友と遊ぶ事ができるのだ。こんな所で体力を消耗していては楽しめない。

 玄関で靴を履きながら、しかし、思う。

 他の人から見たら、やっぱり『そういう風』に見えるのだろうか。

 恋人、とか。

 デート、とか。

 そんな事を考えていると、今度は苦笑が漏れた。

 ボクと彼は、そんな甘ったるい関係では断じてない。

 若い男女が仲睦まじく、というのは確かに恋を匂わせる。

 けれど、ボクたちの場合それはあくまで外見だけ。

 

 ――だってボクは、最近まで女の子ではなかったのだから。

 

 

 人々の視線がボクに集中していると思えるのは、きっと錯覚ではないのだろう。

 十人すれ違えば、十人が振り返る。

 いろんな所から小さな声が聞こえた。「あの子、すっごい可愛い」「外人さんかな?」「アイドルみたい」――。

 今のボクは、そういう少女だった。

 ナルシストっぽいけれど、自分の容姿がどんなものなのかというのは自覚している。

 この体になって、時間はそんなに経っていない。

 だからなのだろう。自分の外見について、こうも客観視できているのは。

 しかし自分の体に慣れていないように、人の視線にも慣れていない。

 居心地悪く感じながら、歩き続ける。

 通りがかった洋服屋さんのショーウィンドウに、薄くボクの姿が映った。

 歩いたままそれを横目で見る。

 くすみのない純白の髪を揺らす、真紅の瞳の少女と目が合った。

 とても整った顔立ちの少女だ。スタイルもそれなり以上に良い。珍しい髪色と瞳は神秘的ですらある。

 こんな女の子が街を歩いていたらさぞ人目を惹くだろう。

 ボクも、この白髪赤目の美少女が他人だったらずっと眺めていたに違いない。

 だが残念ながら、これは自分なのだ。

 小さく、ため息を吐いた。

 タダでさえ目立つ顔をしているのだから、わざわざこんな髪色にしなくたって良かったのに。

 誰に向けたかわからない恨み言は、ボクの心の中へ消えていった。

 

 ショッピングモールに到着したのは、それから十分ほど経った後の事。

 店内に入ると、ひんやりとした空気がボクを迎えた。

 設置されているベンチに座り込み、スマホで時間を確認する。約束より少し早かった。

 

『着いたよ』

 

 スマホのアプリを開いてメッセージを飛ばすと、返信は即座に来た。

 

『どこだ?』

 

 少し考えて、場所を説明した文を送信する。

 画面にボクのメッセージが出るのと既読がつくのは同時だった。

 

『わかった』

『キミは今どこにいるの?』

『もう着いてる』

『早いね。まだ来てないかと思ってた』

『それはこっちのセリフだ。今から迎えに行く。近くにいるからすぐだ』

『了解。待ってるよ』

 

 本来なら彼がショッピングモールに来るまでブラついているつもりだった。

 だが場所も伝えたし移動するわけにはいかない。

 メッセージアプリを閉じて、暇つぶしにネットでも見ようかとブラウザを開いた。

 

「ねえねえ、ちょっと君」

「……はい?」

 

 その瞬間声をかけられて、顔を上げる。

 肌の焼けた大学生くらいの男がボクを見ていた。

 

「一人かい?」

 

 その言葉でなんとなく察した。

 姉さんから「今の満月くんならきっといつかは遭遇するだろうから、覚悟だけはしておいた方が良いと思うわ」とは言われていた。

 ボクも、この見た目ならそんな事もあるだろうと頭では思っていた。

 でも実際されてみると、苦笑すら出てこない。

 ――まさか、男だったボクがナンパされるなんて。

 

「俺も一人なんだ」

「はあ……そうですか」

「ね、良かったら一緒にお茶でもどう?」

 

 ボクはなにも答えていないのだけれど、既に一人なのだと思われているらしい。

 

「すみませんが、友達を待っているので」

「約束の時間は何時なの?」

「……十時ですけど」

「まだちょっと時間あるじゃん! 少し話すくらいはできるんじゃない?」

「いえ、でも……」

「それに友達って女の子? だったらその友達も一緒に」

 

 参ったな。

 想像以上にしつこい。

 どう対処しようか考えていると、横から声がかけられた。

 

「友達――というのは俺の事だ」

 

 低い声だった。

 ナンパ男が声のした方を見る。

 ズボンのポケットに手を突っ込んだ、身長一八五センチ越えの男がいた。

 彼は刃物のような瞳でナンパ大学生を見下ろしている。

 

「連れになにか用か?」

 

 どこの不良だよキミは、と思わず言いそうになった。

 ほら見ろ、ナンパしてきた男の人すごい驚いてるじゃないか。

 

「……な、なぁんだ。彼氏を待ってたのか。あはは、これは失礼。そいじゃ」

 

 ナンパしてきた男は慌てた様子でボクから離れていった。

 まあ逃げてくれて助かった。

 けど――

 

「……彼氏じゃないんだけどなぁ」

 

 ぽつりと、漏らす。

 友達、って言ったんだけど。

 

「やっぱりそういう風に見えちゃうのかなあ。どう思う、達海(たつみ)くん?」

 

 イタズラっぽく笑って、助けてくれた彼の方を見る。

 彼――ボクの親友、麻耶達海(あさやたつみ)くんの獅子のような表情に変化はない。だけど、目が少しボクから逸らされていた。

 

「……お前、割と小夜さんに似てる所あるよな」

「なっ。し、心外だなあ。ボクは姉さんみたいに意地悪じゃないよ?」

「なら変な風にからかうのはやめてくれ。その体でやられると反応に困る。……というかお前、なんだかんだ楽しんでないか? その体を」

「……えー、そんな事ないけどー?」

「俺の目を見て言え」

 

 逆にボクが目を逸らすハメになってしまった。

 正直に言えば、彼と話す時だけは楽しんでいるかもしれない。中身がボクでも体は女の子だ。初心な彼が動揺する姿を見るのは悪い気分ではなかった。

 

「ふふ、でもありがと。助けてくれて」

「別に礼を言われるような事じゃない。……前にも言ったが、これからもなにかあったら俺を頼れ。その体じゃ不便だろう」

「ん、了解。達海くんもなんだったらボクを頼って良いんだよ。できなくなったことの方が多いけど、できるようになったこともあるからさ」

「もう充分世話になってるんだがな……わかった、考えとくよ。ありがとう」

「お礼を言われるような事じゃないよー」

 

 意趣返しの後、二人して笑った。

 達海くんは、ボクの相棒であり親友だ。そして自惚れでなければ、きっと彼もボクを同じように思ってくれている。

 だから、お互い助け合うのは当たり前の事なのだった。

 

「さて、それじゃ行こっか。達海くんと遊ぶなんて随分久しぶりだから楽しみだなあ」

「そうだな……昼までは時間もある。ゲーセンでもどうだ」

「おおっ、良いねー。ゲームならこの体でもなんとかなるよ!」

 

 胸を張ってみる。

 やはり彼の身長は前より高く見えるままだった。

 達海くんに身長で勝てた時期はない。だけど、こんなに差が広がった時期もなかった。目線そのものも低くなっているから、新鮮だ。

 嬉しくはないけど。

 

「……それにしても」

「うん? どしたの達海くん。ボクの体になにかついてる?」

「いや。お前の趣味かな、と思ったんだよその服」

「……なっ」

 

 ちょっとだけ、彼が唇の端を釣り上げた。

 

「何も言うな、わかってる。お前が女装趣味を持っていたとしても、最大限受け入れる努力はする」

「ちっ、ちちち違う! これは姉さんが選んだのっ! しかも女装って言ったって体は女の子なんだし!」

 

 大声を出して、ハッとする。辺りを見回すと、何人かと目が合った。ここがショッピングモールである事を忘れていた。

 恥ずかしくなり、咳払いした後声のボリュームを落とす。

 

「……こ、こんなでも今のボクは一応女の子なの。大変不本意ながら。だから女装じゃないの。別にボクが女装趣味を持ってるとかそんなのじゃないの」

「……女の子、なあ」

 

 達海くんが小さく苦笑いした。

 ボクの返答に対してリアクションしたのではない。

 ボクの現状を再確認して、思わず……といったところだろう。

 

「世の中、不思議な事があるものだな」

 

 ボクもその呟きには同意せざるを得なかった。

 

「……ほんとにね。

 この体、前と全然違うんだもん。女の子ってみんなこうなのかなあ」

「お前はか弱い方だ、と小夜さんから聞いているが」

「病弱ってほどじゃないんだけどね」

 

 前と比べると、明らかに鈍いし融通も効かない。身も蓋もない言い方をしてしまえば、面倒な体だった。

 

「男に戻りたいなあ」

 

 小さな声が自然と漏れた。

 ボクはかつて男だった――しかも手術などの手順を一切踏むことなく、女性化した。

 そう言って、果たして何人がそれを信じてくれるのだろう? 

 だけどこれは、本当にあった出来事。

 

 話は、数週間前に遡る――。




次回の投稿は12/25の20時を予定しています。


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play ball!!②

 一言で言うと、こうなる。

 ――朝起きたら女の子になっていた。

 

「……へ?」

 

 起きたばかりのは、ベッドの上でそんな声をあげていたと思う。

 手の上にこぼれ落ちてくる、銀とも白とも取れる髪の毛。手触りは絹糸のように柔らかく、男のソレとは比べ物にならなかった。

 パジャマはブカブカ、視線も低い。

 加えて、胸と股間に妙な違和感があった事を覚えている。

 

「なっ、なななっ」

 

 慌ててベッドから降りた瞬間、パジャマの裾を踏んづけて転んだ。

 

「いひゃあっ!?」

 

 その声はボクのものとは思えないほどに高かった。

 

「うう……い、いったいなにがどうなってっ」

 

 顔を上げて辺りを見回し、鏡に視線をやる。

 鏡の中の『女の子』がボクを見つめていた。

 病的なまでに白い肌。さらさらの銀髪を床に垂らしている。パジャマ姿の少女だ。紅色の瞳は涙で潤んでいる。打ちつけたのか鼻が赤らんでいた。

 それが『ボク』なのだと理解するのには、大変な困難を伴った。

 

「――」

 

 声を失った。

 鏡の中の女の子は、今まで見たことないくらいに素敵だった。

 でもそれ以上に、脳がフリーズしてしまっていたのだろう。

 鏡に映り、ボクと目が合っている――それも同じ体勢で。

 それはつまり、彼女こそがボクだということ。

 でもそんなの、おかしいじゃないか。

 ボクは昨日まで確かに男だったんだ。

 茶髪で、それなりに鍛えてて、身長もそこそこあって、女顔でも童顔でもなかった。

 それが、こんな。

 

「……ふ、にゃっ、」

 

 正直な事を言えば、それからどうなったのかは覚えていない。

 気絶してしまったからだ。

 脳の処理能力がオーバーヒートしてしまったんだと思う。

 

 

 目を覚ましたのは、恐らくそれから数十分後。

 

「お目覚めかしら?」

 

 瞼を持ち上げると、ぽやぽやした美人の顔が視界を埋めていた。

 お互いの息が感じられるほどの距離。さすがに驚いた。息を呑み目を見開く。

 忘れるわけもない。

 ボクの姉さん――夢原小夜(ゆめはらさよ)だ。

 背中程度まで伸ばした黒髪。大学生らしからぬ童顔。バランスの整った体に、豊かな胸。

 我が姉のことながら、男の理想をできる限り詰め込んだような女性だった。

 

「あらまあ。寝てた時も可愛い子だなーって思ってたけど、起きるともっと可愛いのねぇ」

 

 そう言って、彼女はにっこりと笑い顔を離す。

 その笑顔が、いつもとはどこか違う気がした。

 

「……姉、さん?」

 

 ぼんやり手を伸ばす。

 わけもなく不安だった。

 しかしボクの言葉にまず驚いたのは、他ならぬ自分だった。

 声の高さがまるで違う。

 気付くと同時に、かすかな記憶が一気に蘇る。

 それを証明するように、鼻が少し痛んだような気がした。

 いくら姉さんに驚いたといえ、まだ寝惚け半分だった頭が一気に覚醒する。

 

「ふふ、なあに? あなたのお姉さんと私は似ているのかしら?」

 

 微笑みながらも、その声の裏には警戒心が滲んでいた。

 違和感の正体をハッと理解する。

 姉さんは、他人に向ける顔をしていた。

 今のボクは、どういうわけか昨日までの夢原満月の姿をしていない。

 姉さんにとっては弟の部屋で見知らぬ女が寝ていたという事になる。

 当の本人はどこにもいない。

 姉さんの対応も当然だ。

 たらり、と冷や汗が出てきた。

 自分の置かれている状況がどれほどまずいのか、よくわかった。

 

「もしかしたら、私の友達かもしれないわね。お名前を教えてくれる? ついでに、あなたのお名前も」

 

 姉さんの瞳が細くなった。

 優しい響きの声の裏には、誤魔化しを許さない威圧感があった。

 言葉を間違えれば、即座に警察にでも突き出されるかもしれない。

 刹那の葛藤。

 選んだのは、

 

「……夢原、満月」

 

 告白だった。

 ゆっくり考えている暇なんてなかった。急ぎすぎた答えだっただろうか。

 でもボクは、これが正しいと思う。

 姉さんの瞳が、さらに鋭くなった。

 

「……もう一度、言ってくれるかしら?」

 

 ひとたび打ち明けると決めた以上、半端な態度は不信感を与えるだけだ。

 覚悟を決めて唾を飲み込む。

 臆することなく、自分の名を再度告げた。

 

「夢原満月。姉の名前は夢原小夜。……ボクだよ、姉さん」

 

 信じてもらえるわけはない。

 頭の片隅のボクもそう囁いている。

 だけど、姉さんならボクを信じてくれるんじゃないか。

 なぜだか、そんな気もしていた。

 怯むことなく姉さんを見据え返す。

 無意識のうちにかけ布団をぎゅっと握ってしまう。滲み出る手汗が、ボクの緊張を物語っていた。

 

「……そう」

 

 姉さんは、目を細めたまま言った。

 その声からはなんの感情もうかがえない。

 失敗だったか――ボクが息を呑んだその時、

 

「なら、いくつか質問をしましょう」

 

 姉さんは言った。その声はあくまで冷静だった。

 信じてもらえたわけではないだろう。

 だが、聞く耳を持たないというわけでもないようだった。

 それでも普通に考えれば異常だ。ボクが姉さんの立場なら話を聞こうとさえ思わない。

 不思議ではあった。不可解でもあった。

 けれど、ボクにとっては非常に都合が良くもあったのだ。

 であれば疑問は後回し。

 まずは、姉さんに信じてもらうことだけを考える。

 

「私のこの髪飾り。誰から貰ったものかしら?」

「ボク」

 

 即答した。

 姉さんの柳のような黒髪を飾る、桜を模した髪飾り。ボクが中学校の修学旅行先でお土産として買ってきたものだ。

 数年は前の事になるが、姉さんは今でも使ってくれている。

 こんな質問の答えがわからないわけはない。

 ボクが、夢原満月であるのなら。

 

「私が付けているミサンガは?」

「ボクだね。チームメイトのために作ったものだけど、せっかくだから姉さんと父さんにもいくつかプレゼントしたはず」

「満月くんの好物はなに?」

「それ、言わなきゃダメ?」

「ダメ」

「……カレーだけど。甘口の」

「なんで言うのを嫌がったの?」

「姉さんが『子供っぽい』とか言ってさんざん弄り回したから」

 

 唇を尖らせた。

 そのせいで、好物を言う時はなるべく嫌いではない渋めのものをチョイスするようになった。

 だがそのボクの反応が決め手となったのか、姉さんの雰囲気が和らぐ。

 

「……そう。……そう」

 

 姉さんの声はかすかに震えていた。

 

「……あなたの姿を見た時、まさかは思ってた。思ってたけど、……。

 ……とにかく事情はわかったわ。私も上手く飲み込めているわけじゃないけどね」

 

 姉さんは複雑な微笑を見せる。

 気持ちの良い表情ではないけれど、それは家族に向けるものでもあった。

 それこそが、なんとかこの場を切り抜けられたことの証だった。

 体に温度が戻る。流れていた冷や汗が不快感を伴い始めた。相当緊張していたらしい。無理もないことだと他人事のように思う。

 一方の姉さんは、安心したボクとは対照的な様子だった。額に手を当てて、ぶつぶつと小声で何事かを口ずさんでいる。

 その言葉の断片をボクは聞き取った。

 

「まさかお父さんの言う事が本当に起こるなんて――」

 

 なぜ父さんが出てくるのか。その理由はわからない。

 ただ、姉さんと父さんの間でなんらかの情報がやり取りされていたことだけは確かなようだった。

 けれど今となっては、ムッとする気さえ起こらない。

 

「ごめんね」

 

 姉さんはおもむろにボクの頭を撫でた。

 どこか悲しそうな、辛そうな顔だった。

 

「信じてあげられなくて。ビックリしたわよね」

 

 顔を見れば、姉さんがボクを信じてくれたのだということぐらいはわかっていたはずだった。

 だけど直にそう言われることで、姉さんはボクを本当に信じてくれたのだと、ようやく確信できた。

 

 

『歩く』という行為がここまで大変だったなんて、はじめて知った。

 足を怪我したことは一応ある。けどそれとは別種のやりづらさ。

 身長や手足の長さといったものが一気に変わってしまったせいで、感覚がまるで掴めないのだ。

 段差があると思いながら歩いたら実はなかった時、もしくはその逆のような躓きが、何度もボクを襲う。

 目線が低くなった事もあり、慣れしたんだはずの家が、普段とは違って見える。

 それでもなんとか姉さんと一緒にリビングへたどり着いた。

 ため息と共にソファに座る。

 

「……変に疲れちゃった」

「そうよねぇ。一晩でそこまで体が変わっちゃったら、誰も適応できないよねー……」

 

 困り顔で姉さんが言う。

 

「とにかく大変だったね、満月くん。なにか体に異変があったらすぐお姉ちゃんに言って」

「異変しかない」

 

 吐き出されたボクの言葉に姉さんは苦笑いした。

 ボクとしては笑い事ではない。

 歩いている最中に気付いたのだが、やはり――ないのだ。アレが。股間の。アレ。

 胸も少しどころではなく膨らんでいる。太っているとかいうレベルではないし、お腹は出ていない。

 加えて、どこからどう見ても女の子としか思えない顔。

 導き出される結論はひとつしかなかった。

 それは、あまりにも非現実的なものだった。

 

「……ボクは、どうなっちゃったのかな?」

 

 姉さんを真剣な眼差しで見つめた。

 無意味な問いかけではないだろう。

 姉さんがボクの異変についてなんらかの情報を握っているのは、恐らく間違いない。

 ボク自身でさえこの変化を上手く受け入れられていないのだ。

 なのに姉さんはボクを『満月くん』と呼ぶ。そこにもう、一片の疑いすらありはしない。

 それをどうこう言うつもりはない。姉さんがボクを信じてくれたのは素直に嬉しい。

 だけど、腑に落ちないのも事実だった。

 

「そうね。どこから話せば良いのかな……。

 私たちのお父さんが神社の宮司だ……って事は、お父さん満月くんに話してたっけ?」

「父さんはたしかに仕事のことを話したがらない人だけど、さすがにそれくらいは話してくれたよ?」

 

 微苦笑する。

 宮司、という役職については詳しくないけれど、神社では一番偉いらしい。

 父さんは若いながらも――それでも同級生の親に比べるとやや高齢だが――神職の中ではかなりの立場にいる人物である。

 それ故に、なにかと忙しく一緒に過ごせる時間は多くない。

 父さんが仕事の話を家で滅多にしないのもそれが理由だ。

 貴重な家族の時間はボクたちの話を聞くために使いたい。

 そういう人だった。

 

「そう、なら話が早いわ。その、お父さんがお勤めしてる神社。そこに原因があるのよ」

「父さんがお勤め……えっと、天満神社、だっけ?」

 

 姉さんはコクリと頷いて、続けた。

 

「そう。天満神社にはひとつ、言い伝えというか、おとぎ話みたいなのが伝わっててね。

 いろいろ異説があってどれが本当のお話なのかはよくわからないんだけど……」

 

 それなら聞いたことがある。

 天満神社は地元では有名な神社だ。

 小学校で、年配の先生が天満神社のおとぎ話とやらを話してくれたりもした。

 その内容はハッキリと覚えていない。

 それを見透かしてか、姉さんが軽くおさらいしてくれた。

 

「ある若者が病に伏せた友を助けるため、神様にお百度参りっていう過酷なお祈りをして、友を助けてもらった。でもその引き換えとして若者は命を失ってしまう。

 それを悲しんだ若者の友は、今度は自分が神様にお百度参りをするの。

 二人の絆に感服した神様は、神様自身の命を代償にして、不完全な形ながらも若者の魂を呼び戻す。

 でも蘇った若者は、まるで兎のような白い髪と赤い目を持った妖の女に成り果ててしまっていた。

 けれど二人にとってそんなことは関係なくて、それよりも、彼らは神様の死をうんと悲しんだ。

 せめて感謝の証として、神様の名を広めようと自分達が神職になり、その神様を祀りあげた。

 ――それが、天満神社の始まりと言われているわ」

 

 その話に出てきたある言葉が引っ掛かった。

 ――兎のような白い髪と赤い目。

 今のボクにそのまま当てはまる特徴だった。

 ただの昔話だとあしらうことはできそうにない。

 

「この二人の子孫が、恐らくは満月くんよ。お父さんはそう言ってた」

 

 つまり、ボクとお父さんがその二人の遺伝子を引き継いでいることになる。

 姉さんは父さんと血が繋がっていない。

 ボクたちの両親の間には、なかなか子どもができなかったらしい。

 やむを得ず、養子として姉さんを引き取ってきたと聞いている。

 ボクがお母さんのお腹に宿っていると発覚したのは、それからすぐの事だった。

 

「他のこともお父さんが話してくれたわ。……この家系はそういう血筋なんだ、って。先祖の魂が不完全な形で蘇り、陰と陽が逆転し、その上で他の魂と交わった結果の特有の性質なんだ、って」

「……性、質?」

 

 話が見えない。

 思わずオウム返しすると、姉さんは頷いた。

 

「そう。天満神社の名の下に生まれてきた子どもは、魂が不安定でね。

 とはいえ、基本は小さな変化を繰り返すだけで、ほとんどはそれに気付かず一生を終える。せいぜい、たまに体質とかが変わる程度。

 ……でも、ごく稀にではあるんだけど、魂の性質が大きく変化してしまうことがある。まるでご先祖さまの歪な復活を再現するかのように、大きな変化を引き起こすことがある。

 これをお父さんは『魂の裏返り』って呼んでた。

 ――そしてその『魂の裏返り』こそが、今満月くんに起きてる現象の正体よ」

 

 その言葉を本当の意味で理解するのには、結構な時間を要した。

 科学が世界を支配する現代では、夢想的に過ぎる話だった。

 

「お父さん曰く、魂と肉体は強く結びついているらしいわ。だから、魂がガラリと変質してしまえば、同じように肉体の性質も変わってしまう。

 ……たとえば、性別が変わってしまったりね」

 

 姉さんの言っていることが嘘ではない、というのは自分の体が証明してくれている。

 科学世紀でもある現代でさえ、人間を完璧に性転換させる技術など存在しないという。

 状況から考えても、これが人為的に行われた性転換だという可能性は限りなく低い。

 だからといって、どうしてそんな現実離れしたことをすぐに理解できるだろう。ましてやこれが、自分の身に起こったことだなんて――。

 軽く、目眩がした。

 それでもなんとか飲み込む。無理やり飲み込む。

 いつの間にか、また冷や汗が流れていた。

 ボクは、そっと目線で話の続きを促した。

 

「そんな風に『ひっくり返った』人はみんな、白い髪と赤い目を持った体になってしまうそうよ。まるで、『ひっくり返った』証のように。アルビノと酷似してはいるけれど、それとはまた違うものね」

「……それじゃあ、やっぱりボクも、『ひっくり返った』の?」

 

 姉さんは、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「多分、ね。むしろそうとしか考えられない、っていうのが本当の所かしら。

 ……ごめんね、こんな大事なこと黙ってて。お父さんも、満月くんが成人する頃には話そうと思ってたみたいなの。でも、今しばらくは野球に集中しているようだから、邪魔をしたくないって。

 だから、お父さんは私に夢原の血筋に関わることを話してくれた。私は養子だからそんな心配はないし……もしなにかあれば満月くんを支えてあげてほしい。そうとも言ってた」

 

 それから、しばらくの沈黙が流れた。

 現状を整理し、とりあえず逃げずにしっかり認識しようと努力はしている。だけど、上手く纏められない。

 なんとなしに頬を指でつねってみた。

 とても痛かった。

 指に伝わった瑞々しい頬の感触は、まさしく女の子の肌。

 夢ではない。

 ボクは震える声で訊く。

 

「ボクは――元の性別に、戻れるの?」 

 

 答えが返ってくるまで、かなりの間があった。

 その間こそが、ボクに姉さんの返答を予測させた。

 

「戻れない、と思う」

 

 やがて絞り出された言葉は、予想通りのものだった。

 

「魂が不安定なのは、一度ひっくり返ってしまうまで。その後はちょっとずつ安定していっちゃうみたい。

『裏返り』ほどの変化となるとそれほど頻発するものじゃない……というより、頻発させられない、と言った方が正解かしら。

 魂そのものへの負担というか、消費するエネルギーというか、生命力というか……とにかくそんなものが大きすぎるから、『ひっくり返る』のは一度きり。白い髪と赤い瞳は、その負担によるものじゃないかってお父さんは推測してるけど……詳しいことはなにもわかっていないの。なにせ、『ひっくり返った』人自体そう多くないから。

 だから、正確に言うと可能性はないわけでもないと思う」

 

 姉さんがボクを励まそうとしてくれているのはわかった。

 

「でも――いちど『魂の裏返り』を経験した人がまた『裏返り』を起こして元に戻ったっていう記録は、存在していないわ」

 

 余計な希望を持たせようとしていないことも、また。

 衝撃は思ったよりも少なかった。

 単にまた、脳の容量がオーバーしてしまっているだけなのかもしれないけれど。

 

「……そっか」

 

 ボクは噛み締めるように呟いた。

 そのあと、天井を見つめ、深呼吸する。

 十秒以上の長い沈黙。

 頭の中を様々な思いが駆け巡る。

 これからボクはどうすれば良いのだろう。

 これまでのボクはどうなるのだろう。

 今は、どんな反応をすれば良いのだろう。

 それすらもわからないぐらい、いろんなことを考えていた。

 答えなんて出せるわけもなく、けれど考えを止めることもできず。そしていつのまにか、だいぶ黙り込んでいたことに気付いた。

 数分は口を開いていない気さえする。

 ボクはおもむろに、ふうっと息を吐いた。

 

「――わかった。ありがとう、姉さん」

 

 そう言って、できる限りの笑顔を見せた。

 ボクの性別が変わっただけだ。

 大したことではない。

 だって現に、呆然とはしていたけれど、悲しくなったりしたわけではないのだから。

 だから、大丈夫。

 胸のうちで、強く思う。

 

「それじゃあ、父さんにもまた改めて訊いてみるよ。性別が変わったってなったら、大騒ぎでしょ? 戸籍とか学校の事とか……大忙しになりそう」

「……その辺りは、私たちの親戚の方とかは理解があるからなんとかなると思う。他にもウチって結構ツテがあるし」

 

 やや戸惑った様子で、姉さんが答える。

 ボクは「そっか」とだけ返した。

 案外、お父さんの顔も広いらしい。特殊な家系だから結束も強いのだろうか。

 そうとなれば、法律上の問題は多分父さんたちがなんとかしてくれるだろう。

 そんな風に思考を次へ次へと進めていると、姉さんがおずおずと口を開いた。

 

「……満月くん」

「ん、なに?」

「大丈夫?」

 

 姉さんがなにを言いたいのかはよくわかる。

 だからボクは、笑って答えた。

 

「正直、大丈夫じゃない。大丈夫じゃなさすぎて、一周回って平気なんだ」

 

 情報量が多すぎて、突飛すぎて、上手く処理できていない。

 でも――いや、だからこそ。

 

「だから今のうちに、明るくしておこうかなあって」

 

 照れくさくなって、頬で指をかく。

 落ち込んでたって仕方がない。

 まだまだ元気な――たとえそれが空元気だったとしても――今だからこそ、ボクはできる限り、普段通りの夢原満月としていようと思った。

 

「……そう」

 

 姉さんはボクの答えを聞いて、少しだけビックリしていた。

 やがて優しく微笑んでくれる。

 

「なら、お姉ちゃんもうじうじしてられないわね。本人がせっかくがんばってるんですし」

 

 ふんすっ、と豊かな胸を張って気合いを入れる姉さん。やっぱりスタイルが良い。でも顔は童顔である。そのくせアンバランスな印象はなく、むしろ良いとこ取りと言った方が良いくらい。

 そりゃモテモテになるよなあ、なんてことを考えながら、ボクはソファから立ち上がった。

 できる限り声を明るくして、

 

「とりあえず、ボク着替えてく……あー……着替えどうしよ?」

 

 言っている途中、さっそく問題にぶち当たった。

 腕をあげ、ダボダボパジャマの余りすぎた袖を見せる。前の体と今の体じゃサイズが違いすぎて、合う服がない。

 かといって、こんなみっともない格好で一日を過ごすのもはばかられた。

 

「んー……確かに、ちょっとまずいわね。中身はともかく、体はどう見ても女の子なわけだし」

「外にも行けないのは困るなあ……姉さんのお古とか、」

 

 提案してみてすぐに、いや、ダメだね、と肩を落とす。

 家族とはいえ、性別の違いがある。姉の服を着る弟っていうのはどうかと思うのだ。

 姉さんはボクには甘い。

 だがさすがに許してくれないだろう。

 だから、別の案を考えようとして――。

 姉さんの瞳が、一瞬だけ妖しく輝いた気がした。

 

「……満月くん。お姉ちゃんのお古なら、あるよ?」

 

 その一言で、本日何度目かわからない冷や汗がまたぶわっと出てきた。

 ボクにとって都合が良い一言。なのに到底そんなふうには考えられなかった。

 ――『あれ、ボクこれもしかして地雷踏んだんじゃね?』という遅すぎる後悔。

 本能が警鐘をけたたましく鳴らしている。嫌な予感、なんてレベルじゃなかった。

 頬が引き攣った。

 

「へ、へえ……でも、良いよ? 姉さんのお古だからってサイズが合うとも限らないだろうし」

「満月くんの今の身長って、今のお姉ちゃんより数センチ低いぐらいよね」 

 

 緑にさえ見えるほど艶のある黒髪で、姉さんの目元が隠れる。

 じり、と一歩、詰め寄られた。

 じり、と一歩、距離を取った。

 

「私が高校生くらいの時、そんなものだったかなーって記憶しててね?」

 

 じり。

 じり。

 姉さんが歩み寄る度に後ずさっていたボクだけど、それにも限界が訪れる。

 背中に固い感触。壁だった。

 視界が影で薄暗くなる。ボクを覆うようにして姉さんが見下ろしていた。にやーって音が聞こえてきそうな、なんとも言えない笑みを浮かべながら。

 その瞳は、まごうことなき捕食者のそれ。

 

「い、いくら今はこんなのとはいえ、ボク男だよ? 服を貸すなんて、そんな、気持ち悪いとか……」

「あらまあ。思うわけないじゃない、可愛い可愛い満月くんの頼みなんですもの。お姉ちゃんにできることなら、なんだってやってあげるわ」

 

 なんて優しい姉なんだろう。優しすぎて歯の根がちょっと震えてきた。寒気までしてきた。

 

「それに……妹のおめかししてあげたり、一緒にお洋服選んであげたりするのって、ずっと私の夢だったから」

「そもそも妹じゃないんだけど!?」

 

 ニッコリと、姉さんが笑う。

 死刑宣告のように綺麗な笑顔だった。

 ボクの言葉は届かなかったらしい。

 

「さっ、おいで。大丈夫、怖くないから」

「あっ、ちょ――」

 

 そうしてボクは、姉さんの部屋に引きずりこまれたのだった。

 

 




次回の更新は1/1(日)の20:00の予定です。


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play ball!!③

諸事情により投稿できませんでした。申し訳ない……(ヽ´ω')


「……これが、ボク?」

 

 ベッタベタなセリフを言ってしまったのも、仕方のないことだろう。

 

「うんうん、やっぱりお姉ちゃんの予想通りね」

 

 背後に立つ姉さんがとても嬉しそうな顔をしている。

 それがわかるのは、ボクの前に鏡があるから。

 鏡の中に映るボクの姿は、朝見た時とはまるで違う。

 まさしく変貌、としか言いようがなかった。

 はじめて新しい自分の姿を見た時から、平均以上に整った顔をしているとは思っていた。

 大間違いだ、と認めざるを得ない。

『整った』なんて簡素な言葉で表現するのが躊躇われるほど、今のボクは美少女だった。

 

「というか……むむ。満月くん、なんだか私より全然可愛いような……ちょっと複雑かも……」

 

 綺麗にとかれた白銀の髪は、珍しい色なことも相まって神秘的ですらある。

 くりくりと真っ赤な瞳は宝石のよう。

 透き通った肌の中で、唯一頬だけがほのかな桜色。透明感のある白い柔肌と、それを彩るピンク色の組み合わせはよく映える。

 身にまとう水色のロングワンピースは、シンプルであるが故に鏡の中の少女の魅力を引き立てていた。

 

「……これ、誰?」

「満月くん」

「いやいやいや」

 

 思わずボクは引きつった笑いをもらしていた。

 鏡に映る女の子も、なんとも言えない笑みをこぼしている。そんな笑顔さえ可愛いな、と思った。

 自分のことである。

 頭ではわかっているのだが、実感が伴わない。

 

「……これが? ボク? お風呂入って着替えただけだよ? 他はなにもしてないよ?」

「そうね、さっきからそれぐらい可愛かったもの。ただ、パジャマとか寝癖のせいで残念な感じに見えてただけで。きちんと身なりを整えればこうなるのよっ」

 

 感想を述べるなら、女装感がハンパではない。

 というより、実質女装だ。ロングワンピースとはいえスカートだから足がスースーする。

 でも実際はとても似合っているのだ。

 ボクの見た目が美少女すぎて。

 

「あとは仕草さえ治せば完璧な女の子ねー……はあ、今日から女の子になった満月くんに可愛さで抜かれるなんて、お姉ちゃんいろいろショックだわー……」

 

 いや姉さんも大学のミスコンでぶっちぎり優勝してたじゃん。というか言葉と裏腹に割と嬉しそうじゃん。『着せ替え人形ゲットっ』みたいな顔してるじゃん。

 と返す余裕もなく、ボクはわなわなと震えていた。

 

「ボクも複雑だよ……なんだろう……なんだろう、この……『女装してた方が魅力的』って真顔で言われた気分……」

「男の子の満月くんもカッコ良かったけど……うーん。外見の話で言えば本当にこっちの方が魅力的よね」

「はぐぁっ」

 

 悪意のない一言がボクの心を深く抉った。

 そりゃまあ、その通りだとは思う。

 でも、事実だからとはいえ受け入れられるかどうかは別問題なわけで。

 ずーん、と暗い縦線を背負っているボクを、姉さんはスルーした。

 

「でも、やっぱり外には出せないわねぇ」

 

 その視線は、ボクの胸の方へ。

 ワンピースの胸部分がちょっとゆったりしていた。少し大きいのだ。胸の部分だけ。

 それ以外のサイズはピッタリでこそないものの許容範囲内だった。

 胸だけが足りない。

 姉さんの発育が異常なのか。それともこの体の発育が悪いのか。

 姉さん曰く、ボクも大きい方ではあるらしいので恐らく前者だろう。

 

「ワンピースだからなんとなーくごまかせてるように見えるけど……今の満月くん、ブラ着けてないしね。さすがにこんな可愛い子が胸の空いたワンピース来てノーブラで町歩いてたら、五分経たないうちに犯罪が起こっちゃう」

 

 ショーツの方は姉さんのもの(未使用)を借りたのだが、ブラはそうもいかない。なにせサイズがまるで違う。

 

「今度お洋服と合わせて下着も買おうね」

「絶対やだ……」

 

 思い出すだけでも顔が赤くなる。

 とりあえずシャワーでも浴びてきて、と姉さんに言われ、軽く体を清めたボク。

 そうして脱衣場で待ち受ける、女性用の下着と服――。

 ううぅ、といううめき声が漏れた。黒歴史確定だ。文化祭の悪ノリで女装したことはあるけど、下着まで女性用にしたことはない。

 正直もう、思い出したくもない気分だった。

 

「それに、動き方も覚えなくちゃ」

「動き方?」

「そう。女の子の格好って男の子とは全然違うからね、いろいろ気を配らないといけないのよ」

 

 確かに、裾が長いからとはいえスカートはズボンと比べて心もとない。

 思わず内股になりそうだった。

 この体なら違和感さえなさそうなのが複雑な気分だけど。

 ……試しにちょっと内股になった状態で鏡を見た。

 もじもじした様子の銀髪美少女が上目遣いでこっちを見つめていた。

 うわ可愛い、と思った。

 直後、やるんじゃなかったという激しい後悔に襲われた。

 

「にやにや」

「……〜〜っ!」

 

 姉さんがわざわざそう言いながら、本当ににやついていた。

 頬が強い熱を帯びる。鏡の中の美少女は、顔を真っ赤にしていた。

 

「ふふふ……まあ、そういうのは振る舞いのひとつね。あれを男の子の前でやれば一発でオトせるわ。でも満月くん、女の子になって数時間でこれとか悪女の素質ありすぎない?」

「ち、ちがっ……! い、今のはスカートが恥ずかしくなって!」

「はいはい。そういう事にしといてあげましょー、あらやだ私ったら優しいお姉ちゃんっ」

「うぐぐ……やるんじゃなかったぁー……!」

 

 がっくりと肩を落とす。

 そんなボクの両肩を、姉さんがぽんと叩いた。ボクの頭の上に姉さんの顔がある。

 いつのまにか、その表情は変わっていた。

 ボクをからかうような顔ではない。

 それは、真摯にボクを案じてくれている微笑みだった。

 

「でも、私が言ってるのはそういう事じゃないわ。満月くんは今日女の子になったばかりだからよくわからないと思うけど…、スカートってね、案外『見えちゃう』ものなのよ」

 

 ボクだって健全な男子高校生だ。スカートがめくれ上がる光景に目を奪われたこともある。

 だけど、今となってはボクが見られる側。

 ちょっと俯いて、想像する。

 

「……満月くんの肌ってすごく白いから、ちょっとした事で真っ赤になるのね。おかげでなに考えてるかすぐわかったわ」

 

 バッ、と音を立てて顔を上げた。

 穏やかな姉さんの顔の下で、ボクがりんご飴みたいになっていた。

 

「うんうん、やっぱり恥ずかしいわよねー男の子でも。いや、男の子だからこそ、かな? 女の子はまあ、なんというか、長くスカートを穿いてると『見えちゃったらその時はその時』みたいに開き直っちゃったりもできるけど」

「いやいや、それは無理……下着を、それも女性用下着を穿いてるところなんて見られるくらいなら舌噛みきって死ぬよボクは……」

 

 もし仮に、万が一そんなところを知り合いに見られてみろ。冗談抜きで死ぬ。

 

「スカートに限った話じゃないけれど、満月くんにとってそういう嫌な事が起きないよう、ちょっとお勉強しましょっか。内面の問題はともかく、満月くんが辛い思いをするのはお姉ちゃんも嫌だから」

 

 正直なことを言えば、どうしてズボンじゃなくてわざわざスカートにしたんだろう、と不満に思っていたりもした。

 ただそれは、ボクのこれからを考えてのことだったんだろう。

 ボクはこれから、女性として生きていくことになる。

 ボクの意志に関わらず、だ。

 それがどれだけ大変なことなのか、今のボクにはまだわからない。

 けれどもう、戻ることはないのだ。

 スカートを穿かなきゃいけない場面なんて、これからいくらでも出てくるはずだ。身近な所では、学校とか。

 それに慣れさせるためのロングスカートなのだろう。

 逃げてばかりではいられない。

 

「……わかった」

 

 ボクは振り返って、鏡越しではなく、直に姉さんを見据える。

 女の子としての第一歩を、恐る恐るながらも踏み出した。

 

 

 夜空に瞬く星の光が窓の向こうに見えた。

 それを一瞥したあと、視線を天井に戻す。

 姉さんとの『女の子お勉強会(姉さん命名)』という、そこはかとなく頭の悪い雰囲気の漂う勉強会が終わって数時間。

 ボクは先ほどから、なにをするでもなく、ベッドに寝転んで天井を見上げていた。

 考えるのは、これからのこと。

 もちろん、具体的な問題はいくらでも浮かんでくる。

 けれどボクが一番頭を悩ませているのは――

 

「……達海くん、どんな顔するかなあ」

 

 親友のこと、だった。

 親友――麻耶達海。

 彼とは小学生の頃からの付き合いだ。同時に、野球ではいつも一緒に組んでいるバッテリーでもある。

 ボクがキャッチャー、達海くんがピッチャー。

 昔からの親友であり相棒である。隠し事や嘘なんて以ての外とさえ言えるほどの、深い仲だ。

 だからこそ、悩む。

 枕を抱えてゴロゴロ転がる。

 不安、だった。

 本当に、どんな顔をするだろう?

 驚くだろうなぁ。でも、そこからの反応は……。

 もし、嫌われたりしたら。気持ち悪いとか思われてしまったら。

 達海くんがそんな人間じゃないことなんて、ボクが一番わかってる。

 けれど、踏み出せない。

 事情が特殊すぎる。

 

「……でも、伝えなきゃ」

 

 独り言で自分を勇気付ける。

 いずれは言わなきゃいけないことだ。

 あとは、それが早いか遅いかの違い。

 けど、やっぱり怖いのは変わりない。

 そんなふうにボクがヘタレていると、かすかに扉を開ける音が聞こえた。

 時計を見る。夜の七時半。不自然な時間ではない。早い時はとことんまで早いのだから。

 ボクは思考を打ち切って立ち上がり、部屋を出た。

 

 ――父さんが、帰ってきた。

 

 姉さんは、いわば父さんから聞いた話をボクにも話してくれただけ。

 この現象について一番詳しいのは間違いなく父さんだろう。

 転ばないようゆっくり階段を降りると、ちょうど玄関で父さんと姉さんが話をしていた。

 父さんはボクに背を向けている形だが、その向こうで、姉さんがボクの姿を目に留める。

 

「それでね、父さん。少し話があって――あ。噂をすれば」 

「うん? どうしたんだい、小夜……って、ああ、」

 

 ボクの足音に気付いたらしい父さんが、ゆっくり振り返った。

 

「ただいま、みづ……」

 

 そうしてその静かな笑顔が、

 

「――」

 

 今まで見た事がないほどに、歪んでいった。

 父さんは目を見開いたまま、声をこぼす。思わず、と言ったふうに。

 

「夜、空……?」

 

 スラリとして、いつも柔らかな微笑をたたえている、物静かな父さん。

 感情表現に乏しい、というわけではないけれど、決して剥き出しの感情を露わにすることはなかった父さん。

 ボクにとって、『大人』というイメージがもっとも似合う人間だった父さん。

 そんな父さんがボクに向けた視線は、信じられないものを見るようだった。

 

 

 

 

 ボクは母さんの姿を見た事がない。

 というのも、ボクを産んで間もなく母さんは亡くなってしまったから。

 でも、素敵な女性だったと聞いている。ボクの父である夢原太陽と似て、知的で物静か。けれど、どこか少女のように子供っぽいところもあって。

 若いながらも、よく頼られる人だった――。

 それがボクの母、夢原夜空の評判だ。

 無論、亡くなった後にさえ後ろ指を指されるような人間はよっぽどの悪人だけ。

 いくらかの誇張はあるのかもしれない。

 けれどボクは、そうは思えなかった。

 生活していればわかる。母さんの人望は相当なものだったらしい。ご近所さんなんか、こちらから訊かなくても勝手に母さんのことを話してくれるくらいだった。

 そういう人達の目を見て、思った。

 ああ、この人達は本当にボクの母さんを好いていてくれたんだな、と。

 父さんのことも、母さんのことも、いろんな人から聞ける。

 それだけ、ボクの両親は人望があるのだろう。

 だからボクは、母さんに産んでもらったことを、誇りに思ってる。

 そして、母さんが命に代えてまでさずけてくれたこの命を、大事にしていかなきゃいけない、とも。

 

「――驚いたよ。本当に、若い頃の夜空と似ているんだから」

 

 リビングの家族用テーブルで、真正面に座る父さんがしみじみとこぼした。

 

「母さん、写真じゃボクみたいに銀髪じゃなかったよね?」

「そうだね。夜空は『ひっくり返った』わけでも外国の血が混ざっていたわけでもなかったから。髪色で言えば小夜に似ていたよ。名前の通り、夜空みたいに綺麗な髪だった」

 

 ということは、顔が似ているのだろうか。男の時は母さん似とも女顔とも言われていなかったけれど。

 ボクがはじめから女の子として生まれていたら、こんな顔だったのかもしれない。

 

「そんなに似てる?」

「正直、言わなかったけどお姉ちゃんも似てると思うな。こう、言葉にできないんだけど、雰囲気みたいなのがそっくりだもん」

「雰囲気? 中身はボクなのに?」

「うーん、そういうのじゃなくてね。中身からにじみ出る雰囲気じゃなくて、パッと見の第一印象というか、なんというか……」

 

 隣に座る姉さんが、改めてボクを眺めた。

 ボクは写真でしか母さんを見たことがない。母さんに似ている、と姉さんが口にしなかったのは、その辺りを配慮してのことだろう。言ってもわからないと思ったか、もしくはボクが気にしていると思ったのか。

 まあ、現に言われてもわからないから前者なら間違っていない。後者なら特にそういうわけでもないんだけど。

 

「ああ、いや、すまないね。さっきのは失言だったよ」

 

 謝る父さんに向けて緩く首を振る。本当に、気にしてはいないのだから。

 

「それよりも、教えてほしい。姉さんからあらかたの事情は聞いた。もちろん父さんの方が細かく知ってるだろうけど、詳しいことは後で改めて訊くとして……まずボクが知りたいのは、これからのこと。

 父さん。ボクはこれからどうすれば良い?」

 

 父さんの顔から、一瞬表情が消えた。

 その後、椅子に大きくもたれかかり、天井を見つめながら力のない笑みを浮かべて、大きく息を吐く。

 

「……そうだね。まさか、お前がそんな風になるとは思っていなかった。最後に『ひっくり返った』のは、何代も前の人だって聞いてたから」

「……」

「いろいろやらなきゃいけないことはあるだろうけど――」

 

 父さんは、ゆっくりと背中を戻し、両肘を机につけ、手を組んだ。

 

「お前は、どうしたいんだい。満月」

「どう、って……」

「選択肢はいろいろある。この町にいるのも良い。他の場所へ行くのも良い。誰か大切な人や周囲にこの事を打ち明けるのも、なにも伝えないのも良いだろう。お前がどうしようとも、僕は全力でそれを応援する。ツテには事欠かないからね、お前の望みとあれば無理やりでも叶えるさ」

「……そうね。私もそのつもりよ、満月くん。お姉ちゃんにできることなら、なんでもやるわ」

 

 二人が真剣な顔でボクを見つめてくる。

 どうしたいか。

 提示された選択肢はボクの想像を超えていた。

 この町を出るなんて、考えてすらいなかった。そうすると転校ということになるのだろうか。

 それも、アリといえばアリかもしれない。

 でも、それはしない。

 

「……ボクは、この町にいたい」

 

 だって、この町にはボクの親友がいるから。

 

「みんなにこの事を言うつもりはないよ。話が広がりすぎたら、妙な目で見られちゃうかもしれないから」

 

 自分でさえ信じられないような出来事が、ボクの身には起こっているのだ。未だに夢であることを疑う自分が心の片隅にいる。この現象はそれくらい突拍子もないこと。

 だから友達に言うつもりはまったくない。

 ひとりを、除いて。

 

「でも、どうしても伝えておきたい友達がひとりいるんだ。その友達にだけは、本当のことを話したい。それで、ボクはこれからもこの町で暮らしたい」

「……その友達というのは、もしかして、麻耶君の事かな」

 

 父さんの問いかけに、力強く頷いた。

 達海くんはボクの家族とも顔を合わせている。悪くは思われていないし、それどころか高評価みたいでボクとしても鼻が高かった。

 

「そう、か。それが満月の答えか」

 

 父さんは小さく息を吐き出して、いつも通り静かに微笑んだ。

 

「わかった。なら、あとは父さんに任せておいてくれ。新しい戸籍用の名前だけ考えておいてほしい」

「新しい戸籍? ボクの?」

「ああ。戸籍くらいならどうとでもできるが、記憶までどうこうできるわけじゃないからね、さすがに。夢原満月、なんて名前の人間はこの町にお前しかいないはずだから、まあせめて夢原の名前はそのままにしておくとしても、下の名前くらいは変えないと不自然だ」

 

 それもそうか、とボクは納得する。

 しかし、名前。

 軽く俯いて考えてみる。

 言うなれば、女の子としてのボクの名前。これから一生付き纏うものだ。いい加減には決められない。

 

「……こんなことになってしまってすまないな。満月」

 

 顔をあげると、父さんが神妙な様子でボクに頭を下げていた。

 

「夜空にも、話してはいたんだ。でも、まさかお前に『裏返り』が起こるとは思わなかったよ。……頑張っていた野球を、お前から奪う結果になってしまった。お前には、なんて謝れば良いのかわからない。僕の血を継がせてしまったせいだ」

 

 それは否定できない。

 鍛えていた肉体も今ではか弱い非力なものになってしまった。

 野球に関する技術こそ身についてはいるが、それだけではどうにもならない。

 たしかに、それは事実だ。

 だけど。

 

「父さん」

 

 静かに口ずさむ。

 

「……気にしてない、って言えば嘘になる」

 

 そして、小さく笑った。

 

「でも、謝ってほしくはないかな。ボクは、父さんと母さんの子どもで良かったって、心から思ってるんだ。だから、……だから、謝らないでほしい」

 

 きっと、父さんは負い目を感じているのだろう。

 父さんも忙しい人だ。

 家族の時間は、一般的な家庭に比べれば少ない。

 タダでさえ親らしいことをしてやれないのに、子どもの足まで引っ張ってしまった、と――おそらく父さんはそんなことを考えているのではないだろうか。

 

「父さんが気に病むことなんてなにひとつない。誰が悪いとか、そういうことでもないと思うんだ。今回の件については。むしろ、父さんだって被害者だと思うよ?」

 

 息子が娘になってしまったのだ。相当にショックだろう。

 

「だが、一番辛いのはお前のはずで――」

「それでも、父さんを責めるのは筋違いだし、謝られるのも筋違いだ」

 

 子は親を選べない。

 ボクがこんな風になってしまったのは、父さんの血筋のせいだ。

 だけど父さんだって、この血筋に選んで生まれたわけではない。自分の子供を、こんな目にあわせたかったわけではないはずだ。

 きっと仕方のないことだったのだ。なにもかも。

 

「……本当に。よくもまあ、そこまで言えるような人間になってくれたものだ」

 

 少しして、父さんが笑った。

 

「文句ひとつ言わず家のことをやってくれる小夜といい、満月といい……僕みたいな不出来な親から二人のような子が育つなんて、奇跡みたいなものだね。

 本当に良い子を持ったよ、僕は」

 

 父さんはそこで、いや、と発言を訂正した。

 

「――違うね。僕たちは、だ」

 

 その瞳は、遠くを見据えていた。

 カーテンの向こうに見える、藍色の空を。

 丸い月と星の瞬く、その夜空を。

 

 

 

 

 それからも話は続いた。

 予想通り、姉さんより父さんの方がこの現象については詳しかった。

 新たに得られた情報はいくつかある。

 が、その中でもっともボクにとってショッキングだったのは――恋愛対象のことについて、だった。

 

『それなんだけどね』

 

 父さんの、言いにくそうな表情を思い出す。

 

『結論から言うと、満月の場合はこれから男性が恋愛対象になる……と思う。体に引っ張られちゃうんだよ、その辺りは』

 

 思い出すだけでため息が出た。

 

『あ、もちろん今すぐにというわけではないよ。徐々に変わっていくんだ。最終的には……そうだね、そういったところも含めてひと月ほどで通常の女性と変わらなくなるのかな。それまでは、肉体も魂もまだ不安定な状態だ。

 その間、肉体面精神面共に辛くなることもあるだろうが……そういう時は、遠慮なく僕たちを頼ってほしい。僕に言いにくいことだったら小夜に、その逆だったら僕に、というふうにね』

 

 父さんはそう言ってくれたし、姉さんもうんうんと頷いてくれた。

 それはありがたい。

 けれど、やはりショックは大きいというか。

 またため息がこぼれた。

 幸い、それはテレビから流れる音にかき消されていく。父さんには聞かれていないようだ。

 今は姉さんがお風呂に入っている。寝るまでの間、ぼんやり考え事をしながらソファでテレビを見ているという状況である。

 ふと、唐突に父さんが声をかけてきた。

 

「……そうだ。お前にひとつ伝えなきゃいけなかったことがあるのを思い出した」

「ん、なに?」

 

 銀の髪を揺らし、父さんを見る。

 父さんは少し真面目な顔をしていた。

 

「満月。『ひっくり返る』っていうのは、当然だが体に大きな負担がかかる。もちろん昔と今とじゃ医療技術の違いがあるから、もはや一概にどうとは言えないんだろうけど……でも、『ひっくり返った』人間は基本的に短命だと言われていてね。

 ああ、そこまでひどいわけではないよ。普通の人間よりちょっと体が弱い程度だ。それにあくまで傾向の話であって、長生きした人もいたらしい」

 

 ふむ、と頷く。それぐらいなら、別に大したことではない。

 

「ただまあ、本題はここからでね」

 

 父さんが小さく息を吐いて、おもむろにボクから目を逸らした。

 

「その……なんだ。昔は、子孫を残すことが最優先だった」

「うん」

「普通の人より体が弱い……ってなると、跡継ぎを早く作ってもらいたくなるのが性だろう」

「うん」

「無論、これが理由のすべてってわけでもないんだが……だから、だね。その……」

 

 さっきの恋愛対象云々と同じくらい、父さんは言い淀んでいた。よほど口にしづらいことなのだろう。

 ただ、今更だなぁとも思う。

 こんなとんでも現象が我が身に振りかかってしまったのだから、ちょっとやそっとでショックを受けたりはしない。

 ましてや、先ほどの話もある。もうここまできたらヤケだ。あれ以上衝撃的な話などないだろう。

 ボクはニヒルに微笑んだ。

 

「平気だよ、父さん。ここまで来たら、なに言われても驚かないからさ」

「う、うん……そうか。なら、満月。落ち着いて、聞いてくれよ。単刀直入に言うから」

 

 コクリと頷く。なんだか父さんの方が緊張しているようだった。それが妙におかしくて、ボクはむしろ全然だ。

 もう何が来たって、ひどく動揺するようなことなん

 

「婚約者を作ってくれないか、満月」

 

 頭が真っ白になった。

 ピシッと固まったボクに、父さんは続ける。

 

「もちろん、男の」

「……は、はああああああっ!?」

 

 近所迷惑だとかそんなことを考える余裕もなく、ボクの大声が家中に響き渡った。

 

 

 時計を見ると、午後十時を指している。良い子は寝る時間だ。生活習慣の良さについてそれなりの自信を持つボクは、もちろんとっくにベッドへ潜っていた。

 ……潜っていた、のだけれど。

 ベッドの上で枕を抱えて転がりながら、ボクは頭を悩ませる。

 

「うー……」 

 

 婚約者。

 その単語が、先ほどからボクの頭の中を踊り回っていた。そのせいでなかなか眠れない。

 父さんの言葉を思い出す。

 

『もちろん実際に結婚するかどうかは別問題だよ? ただの建前だと考えてくれ。なんにせよ、ウチにはそういうしきたり……慣習、みたいなものがあってね。言い出すのに時間がかかった僕が言うのもなんだが、あまり構えないで良いから』

 

 父さんはそう言っていたけれど、気構えせずに考えられるわけがない。

 今日男から女になった人間に対して、いきなりそれは酷じゃなかろうか。

 いくら恋愛対象が変わっていくとはいえ、今は男に恋なんてするはずもなく。

 

「うあー……」

 

 ボクがもっとも親しい男性の友人――となると、やはり達海くんのことが浮かぶ。

 だからといって、じゃあ「達海くん婚約者になってよ」なんて言えるわけない。そもそも、現状の説明すらまだなのに。

 しかし、見ず知らずの男を婚約者に選ぶのも……。

 向こうだって、たとえ肩書きだけとはいえ、こんなまがい物の女性の婚約者なんて嫌だろう。

 

「どうするかなあ……」

 

 父さんは焦らなくて良い、と言ってくれた。だから急いで決める必要はない。

 でも、いつかは決めなきゃいけない問題だ。

 

「……むうう」

 

 ころん、とベッドの上を転がる。

 うつ伏せになった瞬間、胸が潰されてちょっと苦しくなった。

 男の時には感じられなかった感触。お風呂に入る時もかなり恥ずかしくなるのだけど、やはりボクの体はまごうことなき女の子になっている。

 部屋の鏡の前に立ってみた。

 長く伸びたまつ毛に、現実離れした色の髪と瞳。自分のことながら、アイドルをやれば有名になれるだろうなあと思う。歌と踊りさえマスターできればトップアイドルも夢ではないだろう。興味はないけど。

 そんなくだらないことを考えて、現実逃避してみたり。

 やはり、夢なんじゃないだろうか。

 またそんな考えが浮かんできたけれど、

 

「でも……」

 

 ――きっと、現実なんだろうなあ。

 ため息と共に吐き出された言葉は、小さく消えていった。




次回の更新は1/15を予定しています。こ、今度はきちんと投稿したいっ……!


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play ball!!④

 目を閉じ、細やかなお湯を頭から浴びる。

 今の季節は夏。湯船に浸かる人もいるだろうが、ボクは浸からない派だ。

 

「ふうー……」

 

 適当に体を流す。

 髪の毛や体はもう洗い終わったし、あとは上がるだけ。

 ここまで髪が長いと洗うのにも一苦労で、男の時とは比べ物にならないほど時間がかかってしまった。姉さんから、「髪は女の子の命だからしっかり丁寧に洗うように。特に満月くんの髪の毛はとっても質が良いんだから」とものすごく怖い顔で釘を刺されたからというのもある。

 ふとシャワーを止め、何気なく鏡を見た。

 

「……うむむむ」

 

 湯気に隠れる少女の裸体――なんともロマンあふれる光景ではある。鏡の中の少女が、自分でさえなければ。

 頬を上気させた銀髪の女の子の体には、しっかりと女性らしい凹凸がある。自分の体を見下ろすと、男の時には考えられなかった二つの膨らみがあった。

 男の時には見る事さえなかったもの。自分の体なのに恥ずかしくなってくる。

 ……とはいえ、ボクも元は男。

 洗う時も触ったんだしセーフ、自分の体だしセーフとわけのわからない言い訳をしながら、胸に手を添えてみた。

 ふにっとしていた。

 柔らかかった。

 

「……ううううっ」

 

 羞恥心に加えて罪悪感まで襲ってきて、ボクは胸から手を離した。

 馬鹿なことやってないであがろう。

 鏡に映るボクの顔が真っ赤だったのは、きっとのぼせてしまったからだろう。

 

 

 タオルで体を拭いて、着替える。

 今のボクにとってかなりきついのがこの着替えだ。

 もちろん、変わってしまった自分の体を洗うハメになる入浴も厳しい。胸はまだ良いとして、その……下半身を洗う時は変なうめき声をあげそうになる。

 だけど、着替えはまた別ベクトルの恥ずかしさがある。

 今のボクはこっちの方が普通なのだと、頭では理解しているのだけれど、女装している風にしか感じられない。

 男物のトランクスとは違って、吸い付くようにフィットするショーツを穿く。純白で飾り気のないものだが、リボンのワンポイントがあったりしてボクのメンタルを抉りとる。

 そして、女性用の下着と言えばもうひとつ。

 前は着けることのなかったブラである。

 ボクが女の子になってしまってから数日、とりあえず最低限は揃えなきゃいけないということで、姉さんが通販で購入してくれたものだ。

 ショーツと同じく、純白だが青いリボンのワンポイントがある。これでもまだ大人しい方だと言うのだから、女性用下着って恐ろしい。野郎のなんてただ柄があるかどうかくらいなのに。

 ブラのつけ方は事前に姉さんから教わっているので、それに従って着ける。

 

「……違和感があったらサイズが合ってない、とは言われたけど」

 

 元男としてはブラという存在そのものが違和感でしかない。

 

「まあ、どうせ間に合わせのものだしね、うん」

 

 そこまで神経質にならなくても良いか。

 ボクはそう頷いて、髪をドライヤーで乾かし始めた。

 そのあと、同じく通販で買った白い半袖のブラウスと赤いフレアスカートを着る。丈は前のワンピースより短めだ。

 しかし――

 

「ふふん、この程度なら慣れたものよ」

 

 誰に向けるわけでもなく、ドヤ顔で呟く。ボクもこの数日いろいろと着させられた。一度ものは試しと思ってミニスカートを穿くだけ穿いてみたのが良かったのかもしれない。あれを体験したあととなれば、こんな長いスカートなんぞ恐るるに足らずである。

 この調子なら、案外学校の制服とかも簡単に着ることができるかもしれない。あれ、折ったりしなければ普通に長いし。うん、楽勝楽勝。

 姿見の前に立って、おかしいところがないか確認。

 問題なし。

 ボクは頷いて脱衣場から出ると、リビングへ向かう。

 そこでは姉さんがソファに座りながら、櫛でゆっくり髪をといていた。

 

「上がったよ、姉さん」

「ん、わかったわ。……まあ」

 

 櫛を置いてソファから立ち上がった姉さんは、ボクの姿を見て顔を輝かせた。

 

「うんうんっ、すばらしいっ。シンプルな格好だけど、満月くんは素材が良いから変に着飾る必要もないわね!」

「そ、そう? 姉さんから見ても変じゃない?」

「ええ、大丈夫よっ。十人が振り返るくらい素敵な女の子だわっ」

 

 ぐっ、とサムズアップする姉さん。

 そこまで褒められてはさすがに悪い気もしない。しない、のだが、やはり複雑なのも変わらない。

 

「さ、こっち来て満月くん。髪といてあげるから」

 

 笑顔で手招きする姉さんに頷き、ボクは素直に従う。女の子歴数日のボクはまさに右も左もわからない状態なので、大先輩である姉さんにはできる限り頼るようにしていた。

 さすがにスカートであぐらを組むわけにもいかず、かといって女の子座りも恥ずかしいので正座で床に座る。

 

「ブラの方はどうだった?」

 

 背後で姉さんがゆっくり銀髪をといてくれる。

 その心地よさに目を細めながら答えた。

 

「変な感じ」

「変な感じ? ……サイズ、合ってなかった?」

「ううん。そういうのじゃなくてね……ほら、男って基本ブラジャー着けないじゃん。はじめて着けるから、違和感バリバリ」

「あー……なるほどね」

 

 背後で姉さんの苦笑が聞こえた。

 

「でも、慣れなきゃダメよ」 

「うん、わかってる。……今日はいろいろ慣れる練習も兼ねて行くんでしょ?」

「その通り」

 

 今ボクが着けているブラジャーは、あくまで間に合わせ。

 ボクたちは今からある場所に出かける。

 それは――

 

「不本意かもしれないけど、満月くんももう女の子だから。外出はもちろん、お洋服とか下着くらいはひとりで買えるようにならないとね?」

 

 洋服屋さんである。

 

 

 井の中の蛙、大海を知らず――なんていう言葉がある。

 要するに、狭い世界で調子に乗ってんじゃねえぞぼけぇという意味だ。

 まさしく今のボクにぴったりな言葉だろう。

 人が行き交う街に出てみて、はじめて気付いたことがある。

 ――それは、同じ女装であったとしても、家の中と外とじゃ恥ずかしさの度合いが桁違いである、ということ。

 

「うう……あ、足がスースーするっ」

「がんばって。そんなに長くないし、ゆっくり歩けば大丈夫だから」

 

 姉さんにピッタリくっつきながら、小声で呟くと、そう励まされた。

 暑い日差し降り注ぐ街中。

 その歩道を、ボクたちはのんびり歩いていた。

 普段ならなんてことのない道だ。けれども、女の子の格好をしてからはじめて外出するボクにとってはそうもいかない。

 ぼんやり遠く、我が家を思う。家の中では姉さんと父さんしかいないからまだマシだったのだ。

 女の子の格好で外を歩くということは、つまりボクからすれば事情を知らない他人に女装姿を見せつけるようなもの。新手の罰ゲームかなにかだろうか。

 それだけではない。

 内股になって慎重に歩く。家族に下着を見られるのもそれはそれで恥ずかしいが、赤の他人よりはずっとマシだろう。でも今は下手をすればその赤の他人にパンツを見られる危険性があるのだから、その緊張感など家とは比べものにならない。

 ちくしょう誰だこの程度のスカートが許容範囲内だとかほざきやがったのはふざけんなこんなことならあの丈の長いワンピースにしてもらうんだった家と外とじゃ全然違うじゃないかくそっせめてスパッツとかないか訊いてみるんだったああもうほんとありえない――。

 過去の自分に全力で唾を吐くが、今更引くわけにもいかない。

 

「女性っていつもこんな頼りない服装で歩いてるの……?」

「その辺りは一概には言えないんだけど……うーん、今の満月くんの格好はまだ露出が少ない方だから、人によってはもっと頼りない服装で過ごしてるわ」

 

 言われてみればたしかにそうだ。ミニスカートとか。

 一度穿いた――本当に穿いただけですぐ脱いだけど――今となっては、派手な女の子ってすごいんだなあ、という感想しか抱けない。

 そもそもあれは穿いてるという感じがしないのだ。頼りないとかそういうレベルを超えて、もはや無の域に達している。ボクにはまだ早すぎるし、きっとこれから穿くこともないだろう。

 

「し、しかもさ、姉さん」

「なに?」

「なんかボクたち、見られてない……?」

 

 姉さんの腕にひっついてキョロキョロする。すれ違う何人かと目が合って、気まずげに逸らされた。

 どこかおかしいところでもあったりするのだろうか。いや、それなら姉さんが指摘してくれるだろう。でもだったらなんでボクたちはここまで視線を集めているのか。

 不安になるボクを見て、姉さんが微笑む。

 

「満月くん。自分の姿、もう一度思い出してごらん?」

 

 言われて、はっとする。

 そうだった。今のボクは、銀色の髪を長く伸ばした赤目の少女なのだ。しかも、現実離れしているほどに可愛らしいというおまけつき。

 そんな女の子が、同じく美人な姉さんと一緒にいて、なおかつ小動物みたいにひっついているのだから、人目を惹かないわけがなかった。

 しかしだからといってここまで見られているとなると、さすがに恥ずかしくなってくる。

 

「満月くん、顔真っ赤になってる。かーわいー」

「っ……!」

 

 姉さんがニヤニヤと笑った。慌てて自分の頬を触る。今日の気温に負けず劣らず熱かった。

 

「も、もう、そういう言葉でからかわないでよっ。そんなこと言うなら先に行くからね!」

 

 鼻息荒く姉さんから離れ、ずんずんと歩いていく。身内にかわいいとか言われても微妙な気分だ。まして、ボクは元々男だったのだから。

 そんな気持ちを隠すように歩いていると、後ろから姉さんの困ったような声が聞こえた。

 

「あっ、み、満月くん。そんなに大股で歩くとスカートが……」

「〜〜っ!?」

 

 急いでスカートのお尻の部分を押さえる。

 立ち止まって、周囲を睨みつけるように見回した。

 ……だ、誰も見てなかっただろうな。いくらなんでも恥ずかしすぎる。こちとらまだ女の子になって数日、気持ちはバリバリの男の子である。女装を他人に披露していると考えるだけで倒れそうになるのに、下着まで見られたら冗談抜きで死んでしまう。

 

「大丈夫よ、今のなら見えてなかっただろうから。……それよりも気をつけてね。満月くん、この前まで男の子だったんだから、油断するとすぐに」

 

 追いついてきた姉さんの言葉にこくりと頷く。見られた、と想像するだけでオーバーヒートしそうになる。ボクの顔がお日様よりも赤くなっているであろうことは、想像にがたくなかった。

 女の子というのも、なんだかんだ大変なのだった。

 

 

 

 

 男なら、夏、服が透け、下着が見えている女子高生なんかの姿に目を奪われる気持ちがわかるだろう。

 だからこそ――今の季節、さすがにノーブラで外出するというわけにはいかない。いや、むしろノーブラで外出して良い季節があるわけでもないだろうけど、夏は危険度が高いという話だ。透ける的な意味で。まして、夏場は薄着になりがちだし。

 さて、そうと決まれば下着や服を買いに出かける必要がある。だがそのためにはそもそもブラが必要だ。この前SNSでニッパーが欲しくて購入したら、包装を解くのにニッパーを要求されたという話題が流れてきたけど、あれに近い。

 そういうわけで、姉さんは外出用のブラを通販で取り寄せてくれたのだった。

 つまりこの服もブラも、あくまで間に合わせ。

 

「さて、と。満月くん、覚悟は良いかしら?」

「う、うん」

 

 洋服屋さんの前まで来たボクに、姉さんが問いかける。

 そう念押しされると少しためらうのだけれど、いずれは通らねばならない道だ。頷いて、洋服屋さんの自動ドアをくぐった。

 

「いらっしゃいま……せっ!?」

 

 ちょうど入ってすぐの所を歩いていた若い男の店員さんが、ボクたちを見てギョッとする。

 無理もない。黒髪を揺らす姉さんはスタイル抜群の美人だし、ボクだって今はこんな見た目。目立たないわけがない。

 店員さんに軽く会釈して、店内をまわる。

 

「満月くーん、どこ行くの? そっちは男性用よ?」

「……はっ」

 

 足が無意識にそっちへ向かっていた。笑顔の姉さんに肩を掴まれて、ようやく今の自分は女の子だったんだと再確認する。

 い、いけないいけない。

 数日前、唐突に女の子となってしまったせいか未だにそういう自覚が薄い。頭ではわかっているのだけど、ふとした拍子にこういうことをしてしまいそうになる。この調子ではトイレも男性用に行ってしまいそうだ。

 姉さんと一緒に、改めて女性用下着のコーナーへ向かう。

 

「……お、おおう」

 

 到着した途端、思わずそんな声が漏れると同時に、ボクは目頭を軽く押さえた。

 あっちを見ればフリフリとかわいらしい下着のセット。こっちを見ればちょっと大人っぽいショーツ。いかにも『女性』といった感じの下着が、これでもかと言わんばかりに並んでいた。

 男だったからなのか、見ているだけで罪悪感と羞恥心が襲ってくる。かああっ、と頬が熱を帯びた。

 この頬はちょっとしたことで赤くなる上、それが自覚できてしまい、他人にもわかりやすいのが短所だ。

 姉さんが、心配そうにボクを見た。

 

「満月くん、大丈夫?」

「大丈夫じゃない……かも」

 

 デパートなんかで女性用下着コーナーの側を通りがかったことぐらいはある。でも、ここまでマジマジと見たのははじめてである。

 ボクがここに入っても良いんだろうか。いや、普通はダメだけど、今は特別だ。だって、今の体は大変不本意ながら女の子そのものなのだから。うん、だから大丈夫。

 そんなに恥ずかしいんだったら別にわざわざ実物を見る必要もないんじゃないか、と言われれば、それは確かにその通りである。

 通販オンリーで下着などを揃えるというのも考えはした。

 したのだが、姉さん曰く、「下着はなるべく試着した方が良い」らしい。サイズや肌に合っていないと地獄を見るハメになる、と。

 その点通販はこんな気持ちを味合わなくて済むかわりに、試着できないのがデメリットとなる。

 普段から不快な思いをして過ごすくらいなら――と、ボクは渋々実物を手に取って買うことを選んだ。早くも後悔しはじめているけど、吐いた唾は飲めない。

 ボクは意を決して、下着コーナーへ足を踏み入れた。

 

「満月くんはどんなのが好きなの?」

 

 まさか実の姉と女性用下着の好みを話し合うことになるとは夢にも思わなかった。

 頭の片隅で、今の状況のおかしさを改めて認識しつつ、ボクは答える。

 

「……シンプルなのが良いかな。あんまりかわいかったり、大人っぽすぎるのはダメ」

「ああいうのとか?」

 

 姉さんが指さす方をチラッと見ると、そこには黒色のスケスケの下着があわわわわわわわわわわわわわ

 

「ああ、うん、わかったわ。ああいう刺激が強すぎるのはダメね。まだ早すぎるもんね……」

 

 ボクの顔を見た姉さんは、ちょっと申し訳なさそうに言った。

 ボクの頬がゆでダコみたいになっているであろうことは、説明するまでもないと思う。

 頬の熱を振り払うようにぶんぶんと首を振る。

 き、気を取り直して。

 ボクはなるべく精神的ダメージの少ない下着を、姉さんと協力して探し始めた。

 

「こういうのは?」

「んっ、んんんんー……も、もうちょっと大人しめのない?」

「うーん。満月くんの気持ちもわからないではないんだけど、これ結構地味なやつよ? お姉ちゃんが探した中で一番地味」

「そ、そう……じゃあ、それひとつもらっておく……」

「ん、わかった。……ところで満月くん。満月くんはどっちかっていうと大人っぽいというよりはかわいい系だから、こういうのとか似合うと思うんだけどー……」

「――っ! ダメっ! 却下っ! そんなピンクのフリフリとか無理! 見るのも恥ずかしいんだからっ!!」

「えー……」

「えー、じゃないっ。姉さんなにかと楽しんでるでしょ!? こっちはそういういかにも女の子って感じがしないのをがんばって探してるのに!」

「そ、そんなことないわよー。お姉ちゃんだもの、弟……もとい妹の望みを叶えるべく、しっかり選んでおりますともっ。ほら、まだまだたくさんあるわよ。これとか地味な部類で良さげじゃない?」

「む……まあ、さっきのフリフリよりマシかな。うん、これ候補に入れとこう」

「むふふー、気に入ってもらえて良かった。それじゃあ次はこれなんだけど――」

「二つにひとつの割合でかわいらしいの持ってくるのやめろ!」

 

 そんな一幕を挟みながら、下着選びがようやく終わる。

 それらを店員さんに試着させてもらうよう頼む。試着室の中でそれを着けたり穿いたりしてみた限り、肌に合わない……ということはなさそうだった。サイズもこの前測定した通りなのでピッタリである。

 精神的ダメージは……まあ、許容範囲内。姉さんがふざけて持ってきたものを着けるのと比べれば全然平気なのだ。鏡に映ったボクの顔が、本日何度目かの沸騰をしていた気がするけど多分気のせいなのだ。平気ったら平気なのだっ。

 

 

 

「お疲れ様、満月くん」

 

 洋服屋さん近くのベンチに座っていると、自販機でジュースを買っていた姉さんが戻ってきた。

 差し出された炭酸ジュースを受け取る。

 

「ありがと。……はー、つっかれたあー!」

 

 んんんっ、と手足を伸ばす。

 メンタルを抉り取られるような下着選びを終えたボクを待っていたのは、姉さんの着せ替えショーだった。

 下着ほどではないけれど、男としては女性用の服を着るのも充分きつい。

 幸い姉さんもボクの意向をきちんと理解してくれて、なるべく派手ではないものを選んできてはくれたけれど、疲れるものは疲れる。

 ……せいぜい数着買うだけなのに、あれも良いこれも良いと悩む姉さんが妙に怖かった。

 

「ごめんねー、満月くん。お姉ちゃんちょっとはしゃいじゃって」

「良いよ。たしかに疲れたけど……でも、変な服は出されなかったし。それに、真剣に考えてくれてちょっと嬉しかった」

 

 照れくささを隠すようにはにかむ。嘘ではない。恥ずかしくなかったと言えばそれこそ嘘になるけれど、そう思っていたのは事実だ。

 姉さんがハッと息を呑んで、その後、仕切り直すように咳払い。

 

「んんっ。……良い、満月くん。あんまり見ず知らずの人……特に男の人に対して、そういう笑顔見せちゃダメよ?」

「へ?」

「とりあえず、今のはお姉ちゃんの脳内フォルダにこっそり保存しておくね」

 

 そう言って、姉さんは満面の笑みを浮かべた。家族ながら見惚れてしまうような笑顔である。言ってることが意味不明だったけど。

 こんなの見せられたら一目惚れしちゃう人もそりゃ出てくるだろうし、ミスコン優勝も妥当だなあ……と思いつつ、曖昧に頷いた。

 

「さて、と。満月くんも疲れただろうし、早く帰ってお昼ご飯にしましょう。カレーで良い?」

「辛いやつ?」

「甘いやつ」

「やったっ」

 

 ボクはカレーが好きだが、甘口派である。辛口だって食べられないことはないけど、甘口には及ばない。中学生の頃なんかは、それを姉さんに「子供っぽい」とからかわれたりもした。

 今では割と吹っ切れている。もちろん、気にしてはいるので他人に好みを告げる時はわざわざ甘口とか言ったりしないけど。姉さんにはどの道バレバレだし、良いかなって。

 

「ようし、そうと決まったらさっそく帰ろう! 早く帰ろうっ!」

「あらあら、現金ね」

 

 立ち上がったボクを姉さんが微笑ましい目で見てくる。もう気にしない。慣れた。

 そうして姉さんに一歩先んじて歩いていると、曲がり角から飛び出してきた大きな影にぶつかってしまった。

 

「ぷあっ」

「っと」

 

 妙な声をあげながら尻餅をつく。

 今のは明らかにボクの不注意だ。ろくに確認もせず早歩きしてしまっていたし。

 向こうはたたらを踏んだ程度でなんともないようだったけれど、急いで謝る。

 

「す、すみませんっ。大丈夫です……」

 

 か、と続くべき声が、消えていく。

 尻餅をついたまま、ボクが見上げたその姿。

 一八〇を軽く越える長身に、がっしりした体つき。涼やかとも鋭いとも言える瞳が、まっすぐにボクを見下ろしていた。

 ――ボクは、この人を知っている。

 

「すみません、不注意でした。お怪我はないですか」

 

 心地良く響く低音の声と共に、彼が手を差し伸べてくれる。

 そんな彼を見て、ボクは思わず呟いていた。

 

「――達海、くん?」

 

 その声が、背後の姉さんの言葉と被った。

 姉さんの声に気付いた彼、麻耶達海が視線をそちらに向ける。

 

「ああ、小夜さん。こんな所でお会いするとは」

「ああっ、やっぱり達海くんね! 怪我、治ったんだ!」

「ええ」

 

 相変わらず、感情を表にあまり出さない彼。しかしボクにはわかる。姉さんと会えて喜んでいる、というふうだった。

 

「ごめんなさいね、私の連れがぶつかっちゃったみたいで。……立てる?」

 

 姉さんの小声になんとか頷いて、立ち上がる。さすがに怪我をしているわけでもないから、わざわざ彼の手を借りることはしなかったけど。

 それを見た達海くんは手を引っ込めて、姉さんに訊ねた。

 

「小夜さん、こちらの方は……」

 

 姉さんがボクを横目で見やる。

 不思議となにを伝えようとしているのか、わかった気がした。

 ここで首を横に振れば、姉さんは上手く誤魔化してくれるだろう。逆に頷けば――本当のことを話せるよう、場を整えてくれるはずだ。

 一瞬、悩む。

 でも、その一瞬だけ。

 ボクは力強く頷いた。

 姉さんが達海くんにバレないよう、お茶目にウィンクしたのがわかった。まるで、『了解っ』と笑うように。

 

「そうね。達海くんにも伝えなきゃいけないだろうと『この子』も思っていたから」

 

 姉さんがポンポンとボクの頭を叩く。

 ……むう。前までは、ボクの方が遥かに背が高かったというのに。

 

「もし暇なら、ちょっとウチまで来てもらっても良いかしら? お昼ご飯、ご馳走しちゃうわよ?」

「俺は構いません。俺も退院したことを報告しようと、さっきまでそっちの家へ向かっていました。留守だったので、今こうして歩いていたんです」

「あら、そうだったの。入れ違いになっちゃってたのねー……すれ違ったままにならなくて良かったっ。それじゃあ、行きましょうか!」

 

 にっこり、と姉さんが笑ってボクたちの間に入り、歩き始める。

 現時点で、達海くんはボクのことを知らない。まさかボクが夢原満月だとは思わないだろうから。それを踏まえた上での配慮なのだろう。

 でも――。

 まさか、こんなに早く達海くんに伝えることになるとは思わなかった。

 もちろん、話すつもりはあったけど。けど、もうちょっと落ち着いてからで良いかなーとも考えていたのだ。

 まあ、会っちゃったものは仕方ない。

 それに、どうせ伝えるんだから遅いも早いも変わらないだろう。そう自分に言い聞かせ、強引に納得した。

 見上げた先の太陽も、まるでボクの背中を押してくれているようだと、都合よく考えながら。

 

 

 麻耶達海は、ボクと同じ高校に所属する怪物投手である。

 ボクにとって彼は小学生の時からの相棒だった。

 ボクはキャッチャーで、彼はピッチャー。自分で言うのもなんだけど息ピッタリで、いつも二人で組んでいた。

 私生活での関わりももちろんたくさんある。

 家族を除いた人物の中で、誰と一番親しいかと言えば、ボクは迷わず達海くんの名を挙げるだろう。

 親友とも、相棒とも言える、家族とは違う意味で大切な人。

 それが、ボクにとっての麻耶達海という人間だった。

 

「――今までの話を踏まえた上で、言うよ」

 

 張りつめた雰囲気が漂う、夢原家のリビング。あるいは、ボクが緊張しすぎてそんな風に感じてしまっているだけなのか。

 

「このボクが、夢原満月だ」

 

 そう、達海くんに告げた。

 あまり感情を表情に出すことはしない達海くんだが、この時ばかりはさすがに動揺がうかがえた。当然だろう。逆の立場だったらボクもそうなる。

 しかし、ボクも彼も、視線を逸らすことは決してしない。

 不安渦巻く胸中を強引に押さえつけて、彼の反応を待つ。

 信じてもらえないかもしれない。気持ち悪い、なんて思われるかもしれない。――彼の人柄を考えればありえないはずの想像が、止まらない。

 どれぐらい経ったのだろう。

 遠くセミの声だけが聞こえてくる、緊張した空間の中で、彼が口を開いた。

 

「……そう、か」

 

 彼の刃めいた瞳に、迷いはない。

 

「正直、にわかには信じられないというのが本音だ。お前以外の人間から伝えられたら、悪戯かなにかだと思ってまともに取り合わなかったかもしれない。

 でも――」

 

 彼は珍しく饒舌に、けれどその声に軽さはなく、堂々とボクに応えた。

 

「信じるよ」

 

 そして、最後にそれだけを言った。静かに、けれど力強く。

 ボクは小さく口を開けて、一瞬フリーズしてしまった。

 再起動するなり、震える声で問う。

 

「……自分で言っておいてなんだけど。信じて、くれるの?」

「いや、そりゃまあ、言った通りちょっと信じられんのは確かだが」

 

 なぜそこまで無条件に信じられるのかがわからなくて問いかけるボクに、達海くんは本当にかすかな笑みを投げかけた。

 

「他でもないお前の言うことだ。信じるに決まってるだろ?」

 

 そんなことを、なんてことないふうに言うものだから。

 ボクはなにかを言おうとして口をもごもごさせるも、結局なにも言えずに口をつぐんだ。なにを言えば良いのか、それどころかどんな表情をすれば良いのかさえわからなくなって、額を抑える。

 やがて考えることができなくなって、最終的には、思わずクスリと破顔してしまった。

 

「……達海くん。キミ、将来詐欺とかに引っかからないだろうね?」

「なんだ、いきなり。引っかかるわけないだろう」

「いや、でもさ? まさか、これだけで信じてもらえるなんて思わなくって……ああ、どうしよう。達海くんに信じてもらえるよう、いろいろ考えてたんだけど全部飛んじゃった」

 

 自分の声が機嫌良く跳ねているのがわかった。

 正直、どうしようもないくらいに嬉しい。

 

「ありがとう」

 

 ボクは、できる限りの感謝を込めて言った。

 そんなボクを見て、達海くんも微笑み返す。

 

「どういたしまして」

 

 ああ、良かった。

 張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れ、肩の力が抜けていく。

 無意識のうちに、ため息をついてしまった。うんざりのため息ではなく、安堵のため息である。

 

「はあーっ、良かったー! もし信じてもらえなかったらどうしようかと思ってたのよ、わたしもっ」

 

 緊張していたのは、どうやらボクだけではなかったらしい。姉さんが同じように胸をなでおろしている。

 先ほどまでの緊張感漂う顔から一転、にこやかな表情になった姉さんは小さく頭を下げた。

 

「達海くん。わたしの弟……じゃなかった、今はもう妹ね。とにかく満月のこと、これからもよろしくお願いします」

 

 妙に改まった姉さんの様子がどうにも照れくさかった。

 

「ね、姉さんっ、恥ずかしいからちょっとやめてっ」

「ええ。俺も、満月や小夜さんとは今後も良い付き合いを続けていきたいですから。俺の方こそ、よろしくお願いします」

「達海くんも何言ってるの!?」

 

 間に挟まれてる本人としては、恥ずか死しそうなのでやめていただきたい。

 あたふたするボクを流し目で見て、姉さんがくすくすと声を出して笑う。

 

「ねえねえ満月くん。婚約者の件、やっぱり達海くんが良いんじゃない?」

「へぅっ……!?」

 

 婚約者、という単語を出されて思わずボクは呻いた。

 お父さんから決めてくれと言われた、婚約者の件である。あくまで建前だとはいえ、婚約者は婚約者だ。誰を選ぶにしろ、男だったボクとしては大変ダメージが大きい。

 だから、意図的に考えないようにしていたのだけれど。

 たしかに達海くんなら今事情も知ってくれたし、なにも知らない人を婚約者にするよりはダメージも少ない。あくまで建前に過ぎないから、負担もそれほどかからないはずだ。

 適役では、あるだろう。

 事実姉さんや父さんに相談した時も、彼の名は真っ先に上がっていた。もちろん、達海くんが迷惑に思わなければ――そして他ならぬボク自身も、それを許容することができるのならば、の話ではあったけれど。

 

「……婚約者?」

 

 達海くんが眉をひそめる。その反応もうなべるかな。

 ボクはこくりと頷いて、ポツポツと事情を説明しはじめる。

 ……なんで親友に婚約者を必要としていることを説明しなきゃならないんだろうか。

 そうしてすべてを話したあと、ボクは意を決して告げる。

 

「だ、だからそのっ、そういうわけで、ボク今婚約者を用意しなきゃいけなくて――」

「なるほど。事情はわかった。……そういうことなら引き受けよう」

 

 みなまで言うより早く、達海くんは頷いた。

 少しぐらいは渋い顔をされるかもと思っていたけど、先ほどからどうも拍子抜けと連続で、間抜けな顔ばかり晒しているボクである。

 

「い、良いの? さっきから達海くんが良い人すぎてボク惚れちゃいそうなんだけど」

「その体で言うと洒落にならないからやめろ。……良いさ。困った時はお互いさまだろう。俺も、お前には随分助けられたしな」

「あっ、ありがとう!」

 

 ボクは感極まり、立ち上がって彼の手を握るとぶんぶん振り回した。

 

「ほんっとうにありがとう! ボクすっごい困ってたんだよっ」

「お、おお。……まあ、困るだろうな。俺も逆の立場だったらと思うとゾッとするよ」

 

 なんだか達海くんが戸惑っていたけれど、気にしない。

 よし、これで婚約者の問題はクリアしたっ。予想外に早い解決だった。

 あとはひたすら、この体に適応できるようがんばっていくだけである。

 

「わたしからもお礼を言うね。ありがとう、達海くん。本当に助かるわ」

「気にしないでください。満月だけじゃなく、夢原さん家には今まで散々助けてもらっていますから、これぐらいは」

 

 実のところ、婚約者問題についてはボクのみならず姉さんも父さんもかなり頭を悩ませていた。

 というのも、ボクの精神面を危惧していたらしい。

 急な性転換現象に加え、たとえ建前だとはいえ、望まない相手を婚約者に選ばなければいけない。さすがにそれはストレスが大きすぎるだろう、と。

 

「その代わり……って言ったらなんだけど。ウチでご飯食べていって」

「良いんですか?」

「うんっ、全然大丈夫よ! どうせ一人分作るのも二人分作るのも変わらないしねっ。……あっ、作るのは甘めのカレーなんだけど、大丈夫?」

「大丈夫です。ご馳走になります」

 

 達海くんは礼儀正しく頭を下げる。

 

「じゃあ満月くん。お姉ちゃんはご飯作ってるから、それまで達海くんをおもてなししてあげて」

「まっかせて!」

 

 ドン、と胸を叩く。……柔らかかった。それはまあそうだよね。割とボクもでかいし。やっぱり男とは違うんだなあ……。

 なんて感傷に浸りそうになったが、達海くんを放っておくわけにもいかない。ボクを受け入れてくれるどころか、頼みまで引き受けてもらったんだ。最大限の感謝を込めて、おもてなししよう。

 

「それじゃあ達海くん、ボクの部屋行こっか!」

「ああ」

 

 達海くんと一緒に立ち上がる。

 服屋さんで買った品物が詰まっている紙袋を持つと、リビングから廊下へ出る。

 そうして階段まで歩いた時、ふとある事に気付いて、ボクは達海くんを半目で見上げた。

 

「……むう」

「どうした?」

「いや、随分身長差が開いちゃったなーって」

 

 勝手に性転換したボクが悪いのだけれど、理不尽を感じずにはいられない。この前までは、ボクの方がちょっと――誰がなんと言おうとちょっと――低いくらいだったのに。

 

「そうだな。……さっきはああ言ったが、少し新鮮というか、妙な気分だよ。あの満月がこんなのになるなんて」

「実のところ、ボクが一番変な気分だったりする」

 

 疲れたような表情を浮かべるボクに、達海くんが破顔した。

 そうしてボクから先に階段を登ろうとして、

 

「……あ」

「ん、どうした?」

「あー……えっと、だね……」

 

 自分の服装に目をやる。

 平然と彼の前に立っているけど、今のボクはスカートを穿いているのである。

 ……彼がなにも言わないからなんとも思わなかったけど、これ、冷静に考えれば親友に女装を見せているようなものでは……。

 ……いや、考えないでおこう。

 とにかくである。女の子歴数日のボクからすれば、達海くんより先に階段を登るのは少しハードルが高い。

 だからといって「パンツ見られるの恥ずかしいから先行って」なんていかにも女の子みたいなセリフを率直に言うのも気が引けて、もじもじしながら上目遣いでチラチラ。

 

「ボク、今、そのー……スカート、穿いてるじゃん?」

「そうだな。……そういえばその服、お前の趣――」

「違うっ! ボクだって着たくなかったけど、これから先スカート穿かなきゃいけない機会なんてたくさんあるだろうからその練習ってだけ! 断じてボクに女装趣味なんてありませんっ!」

「……お、おう。そうか、悪かった」

 

 ボクの勢いにたじろいだ達海くんが、気まずげに謝る。せっかくボクだって考えないようにしてたのに……!

 いや、今はそういうことじゃない。理由は説明したんだし、忘れて気にしないことにしよう。深呼吸をひとつ。そして、咳払いをひとつ。

 

「……こほん。は、話を戻します」

「……ああ」

「とにかく、ボクは今スカートを穿いてるんです。スカートってほら……ほら、下から、こう……ね?」

 

 そこまで言うと、達海くんにもボクの言いたいことがわかったらしい。

 ああ、と得心して、階段を登る。

 

「なるほどな。たしかに、それはキツいか」

「そ、そうそうっ」

 

 達海くんに続いて階段を踏み登る。

 その最中、達海くんがいきなり呟いた。

 

「……そういえば、なあ」

「なに?」

「少し気になったんだが、下着って男のものを使ってるのか?」

 

 おいキミ、普通それ訊く? 訊いちゃう?

 ボクはちょっとどころではなく赤面しながら、遠回しに答えた。

 

「男性用穿いてるのに、わざわざ見られたくないからーって先行かせると思う?」

「……悪かった」 

 

 達海くんはなんとも気まずげに謝罪した。

 わかればよろしい。

 

 

 

「ちょっとここで待ってて」

 

 部屋の前まできたものの、とりあえず達海くんを制する。

 

「どうした?」

「ん、いや、ちょっとね。買ったものを部屋に入れなきゃいけないから」

 

 そう言って、紙袋を持ち上げて揺らした。

 

「なんなら手伝うが」

「ふみゅっ!?」

 

 思わず変な声が出た。

 達海くんの顔は大真面目だ。本人は善意のつもりなんだろう。

 だけど、中身が中身だから、いくらなんでも手伝ってもらうわけにはいかない。先程のボクみたいな気持ちを達海くんに味合わせてはいけない。

 

「い、いや、その気持ちは嬉しいんだけどね? でもこれ、中身が中身だから、ちょっと遠慮してくれると嬉しいなあって」

「……? 中身はなんだ?」

「えっと、そ、それはだね……」

 

 しどろもどろになってしまうボク。

 けれど、ここはズバッと言ってしまう方が良いだろう。うん、今のボクは不本意ながら百パーセント女の子なのだから、問題はない。うん、大丈夫。変な目で見られたりはしないはずだ。

 意を決して告げた。

 

「……ぼ、ボクの服と下着。もちろん女性用」

 

 達海くんが固まった。

 

「だから、その、ね? 手伝ってもらうとなると、当然触ったりすることになっちゃうわけだけど……その、ボクもさすがにそれは恥ずかしいから、ね?」

「……その、なんだ。すまなかった」

 

 目頭を揉む達海くんを見て、ボクは「き、気にしないでっ」と笑った。

 そりゃまあ、予想もつかないだろう。

 怪我から復帰して退院したら相棒が女の子になっていたってだけでも意味不明なのに、その相棒の手荷物がまさか女性用衣類だとは夢にも思うまい。

 だから別に、達海くんを咎めたりはしない。普段はきっちりその辺弁える良い人だし。

 そうして先に部屋へ入り、紙袋の中身をクローゼットの中に詰めていく。ショーツやブラを手に持っているとなんとも言えない気分になったが、明日からはこれを身につけるのだ。このぐらいは慣れなければ。

 最後に服をかけて、とりあえず作業は完了。なるべく急いだつもりだったけど、どうしても数分はかかってしまう。

 待ちわびているだろう達海くんを呼び、部屋に招き入れた。

 

「テキトーに座ってて。……あ、クローゼットは開けないように」

「わ、わかってる」

 

 彼は部屋中心のテーブルの傍に座った。向かい合うようにボクも座る。

 リビングではボクの話ばかりだったけれど、そろそろ達海くんの話も訊きたい。

 

「さて、と。……怪我、治ったんだね。おめでとう」

 

 達海くんは、夏休みに入る前、車に轢かれそうになった子供を助けて怪我をしてしまっていた。

 かばう時に肩から着地してしまったようで、痛めてしまったのだ。幸い大事には至らなかったものの、当分投手としての仕事は果たせず安静。おかげで地区大会にも参加できなかった。

 

「ああ。……野球部の皆には謝ってきた。満月にも謝らないとな。本当に、申し訳ない」

 

 大会に参加出来なかったことを、達海くんは相当悔いているようだった。

 達海くんの実力は恐ろしく高い。

 正確無比なコントロールに、一試合投げきることのできるスタミナ。そして最大の武器が、一五〇キロ超というプロ並みの速度と球威を兼ね備えた豪速球。

 部員からはなんでウチみたいな弱小野球部――ボクたちの高校は進学校で、部活にそれほど力を入れていないせいである――にいるのか不思議がられたぐらい。

 達海くんはエース中のエース、大きな戦力だったのだ。

 それは、達海くんも自覚している。

 だからなのだろう。夏休み前の、ボクたち最後の地区大会が、あまりパッとしない結果に終わってしまったことに対して、彼が責任を感じてしまっているのは。

 

「皆、なんて言ってた?」

 

 そんな彼がどうにも可哀想というか、思いつめすぎなように感じられて、ボクは微笑みをたたえながらそうたずねた。

 

「……気にして、いないと」

「そうだね。加えて言うなら、ボクも気にしてないよ」

 

 気休めではなく、本心だった。

 

「達海くん、野球っていうのはチームプレーだ。ひとりの選手がいるかどうかで勝率が大きく変わるチームなんて、最初から破綻してる。ただのワンマンチームだよ。所詮、ボクらだけじゃ『その程度』だったってこと。

 むしろ皆、達海くんに感謝してたんじゃないかな。キミのおかげで、良い夢が見られたって」

 

 だから、それほど気に病む必要はないのだ。

 ボクはそう励ました。

 

「……そう、かな」

「そうそう。気にしなくて良いんだよ。それに怪我しちゃったんなら仕方ないしね。ましてや怪我の理由だって立派なものなんだからさっ、胸張りなよ! 文句言うやつがいたら、ボクがぶっ飛ばしてやるっ。今まで助けてくれたエースにその口の効き方はなんだーってね!」

 

 務めて明るく、ボクは一発拳を振るうジェスチャーをしてみせた。

 そんなボクを見て、ようやく彼もうじうじ考えるのはやめたらしく、その唇が三日月を描く。

 

「……そのナリで喧嘩は似合わないな」

「うん、ボクもそう思った」

 

 二人して、頬を緩ませる。

 

「というか、この体って基本的に運動にはまったく向いてないんだよねー。体力も筋肉もないから、」

 

 二の腕をプニプニとつまみながら言っていると、いつのまにかまた、達海くんの顔から笑みが消えていることに気付く。

 

「……どうしたの?」

「……インパクトが強すぎてすっかり忘れていた」

 

 声の調子から考えるに、なにかへこんでいるというわけではなさそう。

 かといって、楽観できる様子でもなかった。

 

「満月。――お前、その体で野球できるのか?」

 

 しん、と辺りが静まり返る。

 セミの鳴き声さえ止んで、一瞬時が止まったような錯覚さえ覚えた。それだけ、達海くんの声は真剣だった。

 そうか、と納得する。

 そういえば、ボクはあの事を誰にも話していなかったっけ。

 相棒としては、もちろんそんな反応になるよなあと、ボクは苦笑いする。

 

「できないよ」

「――」

 

 誤魔化しなどできるわけがないし、する意味もないので、包み隠さずはっきり告げる。

 しかしボクの声からは、なんの悲痛さも深刻さも感じられないはずだ。

 だってボクは、心の底からそんなこと思っていないから。

 

「少なくとも、前みたいなレベルのプレーはできない。草野球がお似合……いや、それすらできるかな……な、なんか不安になってきた」

「…………」

「つい最近この体になったばっかりで、激しい運動とかしたことないから、どうなるのかさっぱり……でもまあ、身体能力はだいぶどころじゃないくらい落ちたと思う。技術に関しても、体自体が違うからね。上手く使えるかはよくわかんないかな」

「……じゃあ、」

 

 達海くんの声は、震えていた。

 そんな彼に向けて、いっそ残酷なんじゃないかとさえ思えるほど清々しく、ボクは告げた。

 

「うん。ボクの選手生命は、完全に絶たれたって考えてくれて良いよ」

 

 まあ、ボクとしてはそれほど悲観的になることでもない。

 野球ができなくなっても、今のボクは大して困らないからだ。

 

「……なんでだ」

 

 達海くんが、呟く。

 

「なんで、そんなに平然としていられる? なんでだ? お前にとって、野球はそんな軽いものじゃなかったはずだ」

「その通り」

 

 軽いわけがない。

 小学生の頃からずっと続けてきた。必死に頑張り続けてきた。惰性でやってきたわけじゃなく、むしろ全力で駆け抜けるように、ひた走ってきた。その情熱は、達海くんが一番よく知っているはずだ。ボクのたったひとりの相棒である、達海くんが。

 でも、軽いものじゃないからこそ。

 

「……達海くん。ボクね、ちょっと前から決めてたことがあるんだ」

 

 ボクは、きっちりとケジメをつけた。

 

「部活を引退したら、それで野球はやめにしようって」

「……!」

「近いうち……それこそ、こんな体になっててんやわんやにさえなってなければ、退院した今日にでも達海くんに伝えるつもりだった。それがまさか、こんな形で伝えることになるなんて夢にも思ってなかったけど」

 

 世の中わかんないね、と、穏やかに微笑む。

 

「ただなんにせよ、野球に未練はないんだ。もう」

 

 もし、性転換がもう少し早ければ話は違っていただろう。ある意味では、タイミングが良かったとも言える。

 

「……なんで、野球をやめようと」

「ごめん」

 

 達海くんの言葉を遮って、頭を下げる。

 

「それは、言えない。……言いたくない。キミにだけは、絶対に」

 

 野球にもう未練はない。でも、やめた理由は決して褒められるものじゃない。

 それは、逃げだったから。それも、親友と、一番好きな野球からの逃避。

 

「勝手なことだって言うのはわかってる。……でも、ごめん。言いたくない」

 

 本来なら、せめて相棒である達海くんには告げるのが筋だ。

 それでも、言えない。

 言いたくない。

 

「……わかった」

 

 そんなボクの心情を察してくれたのか、あるいははたまた別の理由か。とにかく、達海くんはそれ以上の追求をしなかった。

 

「ごめん。ありがとう」

 

 ボクはただそうとしか言えず、それっきり黙り込む。

 しばらく、気まずい沈黙が流れた。

 姉さんの声が聞こえてきたのは、しばらく経ってからのこと。

 

「……小夜さんが呼んでる。行こう、満月」

「……うん」

 

 ボクたちはそうして部屋を出た。

 昼食の最中はまだなんとなくギクシャクしていたけれど、終わる頃には、それもすっかりなくなっていた。

 

 

 ――そんな風に、達海くんへ自分の変化を打ち明けたのが数週間ほど前の話になる。

 

「ん、どうした満月。疲れたのか?」

「あ……ううん。なんでもないよ」

 

 某太鼓のリズムゲーム、そのリザルト画面でそんなことをボーッと考えていると心配されてしまった。

 いけないいけない。

 ……とにかく今は、達海くんとのこの時間を大切にしないと。

 

 そうしてボクは、改めて一歩筐体へ歩み寄る。

 ふわりと揺れるスカートと、隣にいる彼との身長差が、新しいボクを的確に表していた。



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change!!①

(数)週(間どころか半年以上もの間に)一(回も)更新(しない)

いやもうほんと申し訳ねぇです……
週一更新とか定期的に更新するのはなんだか無理な気がしてきたので、でき次第普通に投稿していくことにします。


『change!!①』

 

『なんだったら、フォームチェックぐらい付き合うよ?』

 

 きっかけは、数日前のその一言。

 スマホの某メッセージアプリに入っていた、達海くんの『しばらく投げていなかったから、フォームが乱れていて上手く投げられない』という相談に対するボクの返答である。

 達海くんのフォームを一番よく見ていたのはボクだし、外からいろいろアドバイスをすることもできる。さすがに一緒に練習、というわけにはいかないけれど、雑用くらいはこなせるだろうし。

 そういうわけで、ボクは達海くんの自主練に参加することとなった。

 

 その言葉が、あまりにも迂闊だということに気付かぬまま。

 

 

 ボクの体力は、どうやらボクの想像以上に落ち込んでいるらしい。

 達海くんとの自主練でボクが行っていたのは球拾いとアドバイスのみ。しかも一緒に練習しているのはたったひとりなのだから、球拾いだって簡単だ。普通の選手なら、バテる要素などひとつもない。たとえ何時間続けていたって、前のボクなら余裕だっただろう。

 だけど、今のボクは全然違った。

 

「あー……」

「もう、無茶するから。男の子だった時の感覚で動いちゃダメよ?」

「いやでも、まさか球拾いだけでここまで疲れるなんて予想できないよ……」

「ここ最近は日差しも強かったからねー……。満月ちゃんが女の子の中でも体が弱い方っていうのもあるんだろうけど」

 

 リビングのソファにもたれかかって、姉さんと話しているボク。

 数日間、達海くんと一緒に練習したボクは、恐ろしいまでの疲労感に襲われていた。あまりハードに練習して彼がまた病院へ戻ることになっても困るので今日はお休みとなったけれど、それ以上にボクがぶっ倒れそうだった。

 体に鉛が入ったよう、とでも形容するべきか。とにかく力が入らず、体が重い。なにもする気になれない。

 

「とりあえずお姉ちゃんはお買い物行ってくるから。お昼ご飯はハンバーグにしようと思ってるんだけど良い?」

「うん……ハンバーグ大好きぃー……」

「……相当疲れてるみたいね。無理せず寝てたら?」

「布団行くのがめんどくさぃー……」

「ソファでも良いから」

 

 頷いてるのかそうじゃないのかわからない返事をする。一応『うん』と言ったつもりである。

 ぐっすり眠ったはずではあるのだけど、まだ寝足りない。おかげで意識がぼんやりしている。

 行ってくるね、という姉さんの声と、扉を閉める音がかすかに聞こえた気がする。

 そこから先のことは、よく覚えてない。

 もう、夢の中だった。

 

 

 ピンポーン、という甲高いチャイムの音でふと目が覚めた。

 どうやら、お客さんらしい。ソファから起き上がる。それができる程度には回復していた。爆睡中に起こされたせいか眠気はまだ健在だけれど。

 もう一度チャイムが鳴る。

 寝起きだと、ボクの場合まったく頭が働かない。それでも、出なきゃいけないとぼんやり思い立ち上がる。

 今日は上下一体のロングワンピースを着ていた。朝姉さんに確認してもらった記憶がおぼろげながらあるし、人前に出ても恐らく問題はないだろう。鈍りきった頭でそんなことを考えながら廊下を渡る。

 眠気眼をこすりながら、玄関の扉を開けた。

 

「どちらさまですかー……」

「あっ、こんにちは。小夜さんいらっしゃいます……か……?」

 

 そこには、ひとりの少女が立っていた。

 明るい茶髪をポニーテールにまとめて、ピンク色の眼鏡をかけた理知的な顔付きの女の子だ。パンツとシャツで簡素に着飾ったそのコーディネートからは夏らしい爽やかさが感じられる。

 その姿を見て、ボクはすぐに彼女が知り合いであるということに気付いた。

 

「……って、マネージャーじゃん。どうしたの? 姉さん探してるの?」

 

 彼女は我が校の野球部マネージャーである。

 野球部員なら間違いなく知っているはずだ。ボクや達海くんも何度かお世話になったことがあるし、友達というほどではないにせよ、廊下ですれ違ったら挨拶や世間話くらいはする、程度の仲。

 そんな彼女がボクの家を訪ねてくるのは、これがはじめてではない。

 ボクとはそれほどではないが、姉さんとマネージャーはとても仲が良い。なんでもボクが高校に入学する前、つまりマネージャーがまだ中学生の時からの仲だったみたいだ。マネージャーが今の高校を選んだのも姉さんの影響だったらしい。それほど親密な関係なのだろう。

 だから、マネージャーがこうして我が家にやってくるのも珍しいわけではなかった。

 ボクの対応も、いつも通りのものだ。

 

「……マネージャー? 姉さん?」

 

 ボクの言葉を聞いたマネージャーが、怪訝な顔をする。

 あれ、なにかおかしなこと言ったかなボク。

 マネージャーをマネージャーって呼ぶのは今に始まった話じゃない。本名は知っているけど、マネージャーって呼ぶ方がしっくり来るし、彼女も『マネージャーで良いです』と言っていた気がする。

 

「失礼ですが、あなたは小夜さんとどのようなご関係で?」

「どのような、って」

 

 今度はボクが首を傾げるハメになってしまった。

 

「もちろん、ボクは小夜さんのおと――」

 

 弟、と言いかけて、気付いた。気付いてしまった。

 ボクがこの姿になって、約一週間。事情を知っているのは姉さんと父さん、そして達海くんだけ。それ以外の人に新しい姿を見せたことも、経緯を説明したこともない。

 つまりマネージャーからすれば、慕っている先輩の家を訪ねたら、中から知らない女の子が出てきた――ということになる。しかも、憧れの先輩のことを『姉さん』と、自分のことを『マネージャー』と呼びながら。

 だらり、と冷や汗が垂れた。

 眠気が一瞬にして吹き飛ぶ。

 いくら半分寝ていたとはいえ、今までの行動すべてがさすがに軽率すぎた。

 

「……おと?」

「あー、うーんと、そのね……いや、そのですね……おと、おともだち! そう、おともだちですっ!」

 

 マネージャーからすればボクは他人なので、馴れ馴れしいタメ口は不審感を与えると思い敬語に修正。

 苦し紛れにそう弁解する。

 マネージャーが眼鏡をクイッと持ち上げ、レンズを輝かせた。

 

「お友達、ですか。お友達なのに、小夜さんを姉さんと」

「あっ……そ、それは……」

「ふむ。まあそういう人もいるでしょうからそこは突っ込みません。でも、なんで私のことを『マネージャー』と?」

「うっ……えーと……」

 

 目をそらす。

 さすがにこればっかりは弁解のしようがない。現段階では、ボクとマネージャーは初対面だということになるのだから。

 えーとえーと、と一生懸命言い訳を考えるボクに対して、マネージャーが一転、温かく微笑む。

 

「正直に話してください。下手な嘘をついても、後で苦しくなるだけですよ?」

 

 その表情は、ボクが今まで見たことないくらいに柔らかい。

 ボクが今まで話した時はいつも固い顔してて、ニコリとも笑ってくれなかったのに。なにかあったんだろうか。

 しかし、どうしよう。

 ボクだってなるべく嘘なんてつきたくない。だが本当の事を話すのも気が引ける。むやみやたらに言い触らしても良い事はないだろうし、信じてもらえるかも怪しいところだ。

 万事休す、である。

 

「――その子は、あなたも知ってるわたしの弟よ」

「……はい?」

 

 そんな時、マネージャーの背後から声がかかる。

 ハッとしてマネージャーの後ろを見る。

 そこでは、買い物袋をたずさえた姉さんがぽやぽやと微笑んでいた。

 

「まぁ、今は妹だけどね」

「いっ、妹!? ……ってことはっ、」

 

 一度姉さんの方を振り返ったマネージャーは、限界まで目を見開いて、再びボクへ向き直る。

 

「――ええっ!? も、ももっ、もしかして、満月先輩ですかっ!?」

 

 彼女はそう言って、戸惑いながらも迅速な理解をしてみせるのだった。

 

 

 

「近くを通りがかったので、ご挨拶に伺おうと思っていたんです」

 

 リビングのソファにマネージャーと姉さんが並んで座り、その対面にボクが腰掛ける。

 彼女はコップに入れたオレンジジュースを口に含んだあと、おもむろにそう切り出した。

 

「そしたら、その子……満月先輩が」

「なるほどね。満月くんったら、寝惚けてたでしょ?」

「うっ……は、はい」

 

 姉さんの咎めるような視線に、しおしおと縮こまる。こればっかりはボクに非があるので、なにも言い返せない。

 そんなボクに、姉さんがめっ、と子供を叱るように言う。

 

「もっと慎重にならないと。……って言っても、そういうことに関して話し合おうとしなかったお姉ちゃんが悪いんだけど」

 

 眉尻を下げて、姉さんが笑った。

 

「とりあえず、今度からは親戚の子、っていう風に誤魔化しましょ。間違っても、他人の前で夢原満月として振る舞っちゃいけないわ」

 

 姉さんの言葉にこくりと頷く。

 この体で満月として対応しても、話がこじれるだけだ。先程のマネージャーのように。

 

「しかし、本当に先輩なんですか?」

 

 マネージャーのなんとも言えない視線を受けて、ボクは首を縦に振った。

 

「ボクも最初は信じられなかったけど……正真正銘、夢原満月だよ。『裏返った』あとの姿はこんな感じみたい」 

「……かなり前に、小夜さんからそういう話を聞いたことがあります。でもまさか、本当にそんなことが」

 

 マネージャーは、どうやらボクのこの現象について一応知ってはいたらしい。姉さんが昔、話の種として話したことがあるのだ。

 もちろん、当時の姉さんだって父さんから詳しい話を聞いていたわけではない。だから、本当にちょっとした話題だったようだ。うちの家系にはこんな人たちがいたらしい、という、ちょっぴり不思議な話程度。

 当時は姉さんだって信じていなかったのだと思う。もし本当にありえる現象なら、話の種だとしてもあまり気軽に話しはしないだろう。

 

「信じて、くれる?」

 

 ワンピースのスカートを握りしめ、俯きながら問いかける。

 しかしボクの緊張とは裏腹に、マネージャーはあっけらかんと答えた。

 

「……まあ、信じますよ。事前にこういうオカルトは聞いていました。動揺していないか、というと嘘になりますが……小夜さんが言うことですしね。それに、満月先輩だってこんなくだらない嘘をつく方ではないでしょう?」

 

 それは、その通りだ。

 おずおずと頷くと、マネージャーがにこりと笑った。

 

「じゃあ、大丈夫です」

 

 そうして彼女は、あっさりボクの新しい姿を受け入れてくれた。大物というか、なんというか。

 普通は信じられないことだろうに、達海くんもマネージャーもあっさり信じてくれて、なんだか怖くなってくる。

 

「もちろん、普通だったら信じませんよ?」

 

 そんなボクの心情を見透かしたように、マネージャーがこちらを見据えてくる。

 

「小夜さんと、そして先輩の言う事だから、信じるんです」

 

 口ではなんだかんだ言いつつも、少しばかり精神的に疲れていたボクにその言葉はかなり効いたのだった。

 

「ま、マネージャー……やばい、ちょっと泣きそうかも」

「そんな大げさな」

 

 彼女は少しだけ頬を染めて笑った。

 そのあと、自分の言動を埋もれさせようとするかのようにあからさまな話題転換をする。

 

「そ、それにしてもです。さっきから言おうとは思ってたんですが……先輩、随分かわいらしくなっちゃってますね」

「うっ……い、いきなりそういう事言う?」

 

 かわいい、という言葉に反応して、すぐにボクの頬が熱を帯び始めた。

 その褒め言葉にはどうも慣れない。

 

「うわー、顔真っ赤。わかりやすいですねぇ」

「満月くんのお肌って白いからねー。ちょっと恥ずかしくなったりすると、すぐ赤くなっちゃうの」

「へー。ってことは今照れてるんですか、先輩」

「照れてるっていうか恥ずかしいんだよっ」

 

 ぷいっ、と顔を背ける。

 そんなボクを見てマネージャーがクスリと笑うと、立ち上がってボクの隣に腰掛けてきた。

 

「えい」

「ぷにゃっ!?」

 

 そしていきなりなにをするのかと思うと、ボクの頬に指を突き立てた。びっくりして変な声が出る。

 しかし構わず、マネージャーはボクの頬を人差し指で撫でくりまわした。

 

「うわっ、なんですか超もっちもちなんですけど先輩のお肌。嫉妬さえできないレベル……」

「むにゅっ、ひょっ、マネージャー!? なにしてんの!?」

「髪の毛も銀色で綺麗ですし、なんかもう、本当に見違えましたね。先輩。……あ、やっぱり髪の毛もさらさら」

 

 人の体を好き放題いじりまわすマネージャーに抗議するも、まったく聞いている様子がない。

 ボクからすれば、いきなり女の子に頬をつつかれ髪を撫でられていることになるのだ。彼女いない歴と年齢がイコールのボクにとって、ちょっと刺激が強い。

 というか、マネージャーはこんな子ではなかったはずなのだ。

 真面目な委員長タイプというか、冗談のひとつも言わなさそうな雰囲気だった。こんな親しげにボディタッチしてくるなんて、いくらボクが女性になったからって、豹変しすぎではないだろうか。

 

「でも、大変だったでしょう?」

 

 女子であるマネージャーに強く言うこともできず、不快でもないどころかむしろ心地よくさえあったので、諦めてされるがままになっていると、彼女が朗らかな声でたずねた。

 

「いきなり男性から女性になるなんて」

「……そう、だね」

 

 大変じゃなかった、なんて、口が裂けても言えない。

 

「お風呂とかトイレ行く度にメンタル削られるし、着替えでもだいぶクるし、外を出歩く時は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないし、ましてこの髪と目だから人に見れまくるし」

 

 げんなりしたボクの言葉を聞いて、マネージャーがくすくすと笑っている。

 

「今の先輩、すごくかわいいですしね。きっと黒髪黒目でも注目されたと思いますよ」

「そ、そんなにかわいいとかなんとか言わないでほしい……ボクは元男なんだし……」

 

 膝の上に置いた手をぎゅっと握り、俯く。頬に血がのぼってくるのが自分でもよくわかる。

 

「……小夜さん」

「なあに?」

「なんですかねこの破壊力抜群の生き物。わざとですか? わざとなんですか?」

「んー……多分無自覚」

「大量殺人兵器ですよこれ。元男性とは思えません。

 昔は小夜さんみたいな姉がいる先輩に嫉妬したものですけど、今は小夜さんにも嫉妬してしまいそうです……」

「あら。それじゃあ、うちの次女になるっていうのはどう? わたしは大歓迎よっ」

「おおっ、それは名案ですね! 小夜さんという姉がいて、先輩みたいな妹がいたらもうわたし人生バラ色ですっ」

 

 姉さんとマネージャーがよくわからない会話をしている間に、なんとかして心を落ち着ける。

 

「……で、でも、そうだね。やっぱり一番大変なのは身体能力かな。前とのギャップが強すぎて」

 

 ボクが苦笑いすると、マネージャーはこちらに目をやって、納得したように頷いた。

 

「先輩は野球部員でしたから、その分振れ幅が激しい……というのも、あるのでしょうか」

「前できたことができなくなってるっていうのは、結構不便かも。……あとなにげに身長だいぶ低くなったのもショック」

「十センチ以上縮んでますもんね……」

 

 よしよし、とマネージャーがボクの頭を撫でた。

 当てつけだろうか。いや、確かに今となっては歳下のマネージャーより身長低くなっちゃってるけど。

 マネージャーを睨みあげると、しかし彼女はまた笑った。

 

「あっ……ふふ、すみません。でも、ちっちゃい方が先輩はかわいいですよ。体の比率自体はかなり整ってますし」

「かわいいって言われても嬉しくない……」

 

 ボクの内面は男なのだから、それでどう反応すれば良いのか。

 

「ああ、前途多難だなあ」

 

 いろいろな問題がボクの前に立ちふさがっている。肉体的なものもあるし、精神的なものだって。

 体こそ女性になってしまったけれど、中身は普通の男子高校生。そのチグハグさが、とても疲れる。

 

「なにかあったら、相談してくださいね」

 

 そんなボクを、マネージャーがまた、優しく撫でる。

 

「先輩は女の子一年生ですから、戸惑うこともわからないこともたくさんあると思います。そういう時は、遠慮なく言ってください」

「もちろん、お姉ちゃんだって協力するからねっ」

 

 二人がそう言ってくれるのは、素直に嬉しいことだ。ありがとう、とお礼をする。

 

「でも、マネージャー」

「なんですか?」

 

 ボクはさっきからずっと気になっていたことを口にした。

 

「なんか、今日のマネージャーやたらボクに優しくない?」

「……へ?」

 

 マネージャーが口を開けてポカンとする姿を、ボクははじめて見た。

 その反応からするに、どうも彼女自身無意識だったのだろうか。

 

「ほら、いつもマネージャーって真面目な雰囲気だったからさ。こんなに表情豊かに接してくれるのが、なんだか新鮮というか」

「それは多分、満月くんの性別の問題じゃないかしら」

 

 そう口を挟んできたのは、姉さんだった。

 

「性別?」

「満月くんには言わないようにしてたんだけど……良い、マネージャーちゃん?」

 

 ちなみに、姉さんもマネージャーのことをなぜかマネージャーと呼ぶ。本名で呼べば良いのにと思ったものの、本人たちが納得してるようなので、外野が口を突っ込むわけにもいかない。

 水を向けられたマネージャーは、今になってようやくボクへの態度の変化の理由がわかったようで、首を縦に振った。

 

「実はマネージャーちゃん、男性がちょっと苦手みたいで」

「ええっ!? そ、そうだったの!?」

 

 初耳である。いや、『言わないようにしていた』んだから当たり前か。

 ボクの視線を受けたマネージャーが、にわかに赤面して頷いた。

 

「お恥ずかしながら。男性の前に立つと、どうも怖くなっちゃうというか……表情も固くなって、口数も減ってしまうんです。今はこれでもマシになった方なんですよ?」

「それを克服するために、野球部のマネージャーになったのよね?」

 

 マネージャーがにわかに顔を赤くして頷く。

 

「野球部のマネージャーになれば、男子と接する機会も増えて、慣れることができるのではないか、と」

「そ、そっかあ……それで、前はあんな感じだったんだね」

 

 ということは、今のマネージャーこそが本来の姿で、ボクと話していた時は単に緊張していただけ、と。

 

「じゃあ、今はボクがこんなのになっちゃったから?」

「多分。とはいえ、言われて始めて自覚できました。先輩の姿や声は完全に女性ですし、変な威圧感がないので、自然と」

 

 まあ確かに、今のボクは中身以外完全に女性だ。中性的な見た目というわけでもなく、むしろ顔つきなんかは女性らしさ全開と言って良い。スタイルの良さでは姉さんに負けるけど。

 

「ボクももう女の子だからねー……なるほど、そういう理由があったわけか」

 

 腕を組んで、何度も頷く。

 正直な話、ボクはマネージャーに嫌われていると思っていた。冗談とか言っても笑ってくれないし。今思えば、ただビクビクしているだけだったのだろう。

 そんなボクを、マネージャーがじっと見ている。

 

「どうしたの?」

「いえ。先輩、結構受け入れてるんですね。自分が女の子になってることを」

 

 彼女の表情に、ふざけたようなものはなかった。

 

「これから先輩は、完全に女の子として生きていくんですか?」

 

 その質問は、いずれ他の誰かから来るだろうと思っていた。

 たしかに、そう思われても仕方がない。

 でも、違う。

 

「いいや」

 

 ボクは、首を振って答えた。

 

「女の子になった、ってことは受け入れてる。受け入れなきゃいけない。戻ることはできないんだから。

 いくら足掻いても、仕方ないことだから」

 

 もちろん、口ではこう言っているけれど、完全に吹っ切れられたわけではない。今までずっと男として生きてきたのだ。夢原満月として生きてきたのだ。積み重ねたものもある。女の子になってしまったということは、それらの大半を捨てなきゃいけないということ。思うところなんて、ありすぎるくらいだ。

 でも同時に、なってしまったものは仕方ないのだと、静かに現状を認めている自分もいる。

 本当に、ひっくり返ったタイミングが今で良かったと思う。

 ボクの人生は、思い返せば野球ばかりだった。

 そんな野球と別れることを決めた今だからこそ、ボクはここまで平然としていられる。一度すべてリセットする気持ちで野球との決別を決意し、これから新しいなにかを探していこうとした矢先のことだったからこそ、冷静でいられる。

 大事なものを、諦めてしまった時期だったからこそ。

 ボクは、平気でいられる。

 

「だからって、女の子として生きていくかどうかは別問題だよ」

 

 ボクは、頬をかいて苦笑いした。

 

「適応はしなきゃいけない。でも、芯の芯まで女の子になるつもりはないかな。苦労しない程度に馴染んで、根っこだけは男のままでいたい」

 

 胸に手を当てて、目を閉じる。

 それほど立ち回り上手なわけではないけど、黒か白か、百かゼロかの二択だけで決める必要はないと思うのだ。

 

「それが、今のボクの気持ち。変わるのは表面だけで良いかなって」

 

 しばらく、沈黙が流れた。

 二人ともボクの答えをしっかり噛み締めてくれているようだった。……変な事言ってなかっただろうか、と今更になって恥ずかしくなってくる。

 最近なんだかんだと恥ずかしい目に遭ってばかりだ。

 また頬が染まりそうになった時、マネージャーがこの静寂を切り裂く。

 

「わかりました」

 

 そして、彼女は花笑みながら、頭を下げた。

 

「失礼なことをお訊きしてしまってすみません、先輩」

「ううん、良いよ気にしなくて。ボクの態度見たら疑問にもなるだろうし」

 

 謝られるほどのことではない。

 マネージャーの問いかけは自然なことだ。

 

「うん、それじゃあ話もひと段落ついたところだしご飯にしましょう! マネージャーちゃんも食べてく?」

「あっ、ご馳走になりたいです。それと私も手伝いますよ」

「あら、そう? ならお願いしちゃおうかしら」

 

 そういえば、姉さんはお昼ご飯の買い出しに行ったんだっけ。

 マネージャーとの遭遇があったせいですっかり忘れていた。時計を見ると、もう一時を回っている。

 

「ならボクも手伝――」

「ダメ。今日はゆっくり休むようにってお姉ちゃんと約束したでしょ?」

「……ま、まあそれはそうだけど」

 

 よく考えれば、ボク自身料理は人並みかそれ以下くらいにしかできないし、体が動かない今では足手纏いになるだけだろう。

 浮かしかけた腰を沈め、ボクは渋々と座った。

 そんなボクを見て、二人が微笑む。

 

「また今度、わたしたちと一緒にお料理しましょ?」

「先輩ならきっとすぐ上手くなれますよっ」

 

 そんな彼女たちに、うん、と頷いてその背中を見送る。

 キッチンで二人がわいのわいのと賑やかに料理している音をBGMにしながら、のんびりとソファに座る。

 すると、まるで止まっていた時間が動き出したかのように眠気がまた襲ってきた。

 そうだった。ボク、昼寝してたんだっけ。

 うつらうつら、と頭が船をこぐ。さすがにマネージャーにまで寝顔を見られるのは恥ずかしいから、部屋に行かなきゃとは思うのだけれど、もうちょっとだけ目を瞑っていよう、と本能が囁く。

 

 そうして理性と本能が鎬を削っている間に、ボクはいつのまにか眠ってしまっていた。




今後の更新予定は決まってないですが、書き溜めはあるのでなるべく早く更新したいところ……!


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