うつけもの幻想記 (やまやまや)
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一話

 ※このSSはArcadiaにも投稿されています。あちらのサイトが最近不安定だと知り合いから聞いたので
  念のため、こっちでも投稿しておきたいと思いました


 

 

 

 おかしな男の話をしよう。

 例えて言うなら、灯火に向かって飛ぶ夏の虫のような男の話だ。

 虫は、その習性によって例え自分を滅ぼす炎であっても近寄ろうとする。

 結果に待つのは自身の滅びだ。しかし彼らは学ばない。

 例え何度生まれ変わろうと、虫は変わらず火に飛び込む。

 

 これは、そういう男の話だ。

 名前は源安綱。

 

 かの英雄、源頼光の子孫を自称するうつけ者だった。

 

 彼が幻想郷へやってきたのは、十年程昔の頃だった。

 今代の巫女よりも年上と見られる安綱は、その時、恐らく十にも見たぬ童だったように思う。

 そんな物語にまったく関係のない情報はさておき、彼の性格はその時から少しも変わっていない。

 単純にわかりやすくするため、彼の性格を把握できる事実を述べよう。

 

 スペルカードが制定されていない時代で、着物一つで妖怪の山に散歩しに行った。

 

 ――彼は一種の天才だった。

 こんな逸話がある。

 ある夜、彼が先祖から受け継いだ刀を挿して里を歩いていると、目の前に烏天狗が現れた。

 間髪入れずに斬りかかったらしい。

 だが、刃が天狗を傷つける前に、彼は大地に張り倒されていた。

 ……弱かった。先祖の血は、時と共に酷く劣化していたらしい。

 人の枠内であればそこそこ強い。それは彼が、妖怪退治のために日々努力しているからだ。

 

 それでも妖怪に勝てる見込みなど全くなかった。能力も持たず、お粗末な霊力で身体強化しかできない彼には。

 にも関わらず、何故か彼は執拗に妖怪に勝負を挑むのだ。

 

 これは人里の七不思議の一つなのだが、幻想郷の有力な妖怪に片っ端から喧嘩をふっかけて、ボコボコにされながらもまだ生きている。

 本当におかしな男だった。

 

 加えて、安綱は人付き合いに於いてもあまり得意な方ではなかった。

 愛想、という概念を母親の胎内に置いてきたのかも知れない。

 長身であることや、その瞳が釣り上がっているのを見ると、無闇矢鱈に喧嘩を振りまいている風にも思える。

 言葉遣いにも遠慮がなく、ごくごく一部の寛大寛容な人であれば、話しやすいと捉えられるだろう。

 

 妖怪に対してもその態度に変化はなく、というよりも人に対してより余程きつく感じられるのは先祖が先祖だからだろうか。

 

「おい、そこの花妖怪」

 

 と、うっかりかの有名な怖い妖怪に声をかけるくらいはしていそうだ。

 それだけに留まらず、喧嘩を売って大敗し、それでも死ななかったと言われても信じられるかもしれない。

 

 これから綴る物語は、余りに弱く、余りに尊大で、どこかおかしい。

 それでも人間らしくあり続ける、退魔の男の話である。

 例えどんな脅威であっても臆さない。

 どれだけ大きな壁であっても退く事はない。

 絶対に屈する事なく、先祖の名を掲げ、人と妖怪が住む幻想郷を駆け抜けた、とても愚かな男の話である。

 

 

 

 

 自称、古の英雄の子孫。源安綱が博霊神社を訪ねたのは、あの『三日置きの百鬼夜行』異変が終わって直ぐの事だった。

 もっと分かりやすく言うなら、春雪異変から数カ月過ぎた夏も半ばの頃である。

 梅雨の季節も既に終わり、天から注がれる陽光は容赦無く肌を焼く。

 早朝であるにも関わらずだ。

 安綱は雲一つ無い白ばんだ空に嫌気が差しながらも、淡々とした様子で階段を登っていた。

 

 ふと、安綱は顔を上げた。目付きの悪い顔がどんどんと険しくなっていく。

 異常を感じたのだ。確証が持てないものの、薄い妖気を察知した。

 自然、左手は静かに腰へと伸ばされる。

 差しているのは二振りの刀だった。

 先祖から受け継いだと主張しているそれらは、事実かどうかはさておき、銘を『鬼切』『蜘蛛切』という。

 

 その内の一つ、鬼切の鞘に手をかけてじっと待つ。

 

「……」

 

 何も起きない。

 気のせいかと思い、鞘に手を置いたままの状態で、安綱はまた淡々と登りはじめた。

 

 徐々に着物が汗を吸って重くなる。

 幻想郷には、軽々と空を飛びながらも人間を名乗る者が存在するが、安綱は今日ほどそれが羨ましいと思った事はない。

 頬に流れる雫を乱暴に手の甲で拭いながら、一歩一歩と神社へ近付いていく。

 

 見れば、いつもよりもその顔に含まれている険の度合いが多い気がした。

 何か心に思う所でもあるのかも知れない。

 考えても見れば、このような早朝に神社へと赴く事がおかしいのだ。

 博麗神社。幻想郷の人と妖怪、双方の絶対秩序。妖怪退治において右にでる者はなく、人間最強を誇る巫女が住まう場所。

 

 無論十年ほど此の地で生活してきた安綱とは知り合いであるが、かといって親しいという訳ではない。

 どちらかと言うと一方的に敵視している。当然安綱が。

 常々本当に人間なのか、と疑わざるを得ない逸話を聞かされるのだ。

 保有する能力も曖昧で、妖怪よりも得体が知れない。

 

 だから姿を見かけても、彼から積極的に話しかける事はあまりなかった。

 巫女としても興味はないだろう。所詮安綱は一山いくらの人里の退魔師である。

 

「……ふう」

 

 階段を登り切った安綱は、揺れ動く肩を落ち着けるために、息を整える。

 真上にある鳥居の影にそっと身を滑りこませて、顔に掛かる汗に濡れた髪の毛を、静かに払った。

 境内に視線を向ける。青々とした木々に囲まれる、寂れた神社。

 何時来ても変わらない印象に、安綱は無意識に口端を釣り上げていた。

 

 その直ぐ後に、いかんいかんと首を振る。

 懐かしむ為に来た訳ではないらしく、安綱は顔を引き締めて、鬼切を勢い良く鞘から抜き放った。

 思い切り、息を吸い込む。

 

 そして――。

 

「鬼退治だあああああああああ! 出てきやがれ腐れ鬼ぃぃいいい!」

 

 ――大気を震わす声量で、人の迷惑も考えずに宣戦布告を叩きつけた。

 

「おおっ。なんだ私をご指名かい!?」

「……!?」

 

 聞こえた声は真上からだ。

 鳥居の上か、と即座に振り向き視線を向ける。

 しかしそこには何もない。

 

 では、どこだと辺りを見渡し、最後に後ろを振り向くと。

 

「人間に喧嘩を売られるのは久しぶ……いや、つい最近もやったな。まあいいや」

 

 そこに、いつの間にか小柄な少女が立っていた。

 いや、人ではない事は直ぐにわかる。その頭には日本の大きな角があったからだ。

 赤ら顔でそう呟く子鬼は、腰に下げた瓢箪を掴んでいる。

 酒臭かった。

 

 どう見ても泥酔極まりない状態だ。

 そんな人外に対して、安綱は。

 

「お前じゃねえ。失せろじゃりん子」

 

 何故か物凄く落胆した表情を浮かべてそう吐き捨てる。

 

「は? あんた鬼を退治しに来たんだろ。じゃあ私しか居ないじゃないか」

「嘘を付くな。ここには酒呑童子が居るはずだ。さっさと出せ」

 

 ぶっきらぼうにそう返す。呆気に取られたのは子鬼だった。

 

「いやだから私だって。伊吹萃香。酒も飲んでるだろう」

 

 ほれ、と見せ付けるのはさっきから片手に持っていた瓢箪だ。

 怪訝そうな顔をして受け取れば、中から酒の匂いがした。

 しかし納得の行かない顔をして、安綱はそれを突き返す。

 

「酒呑童子? お前みたいなちびっ子が?」

 

 挙句の果てにはそう言って、鼻で笑った。

 

「あんたねえ。それ以上言うと怒るよ」

「良いからさっさと――」

 

 言い終わる前、警告を物ともしない安綱に萃香が動いた。

 目で追うことの出来ない打撃が迫る。

 何かがひしゃげる轟音が響いた。

 

「………」

 

 驚きに目を見張る安綱。それもそのはず。

 顔に来ると思われた拳は、その横を通りぬけて鳥居に直撃。

 ものの見事に根本から叩き折られ、音を立てて階段を落下していったのだ。

 

「これで納得したかい、人間」

 

 その様子に、萃香は獰猛な笑みを浮かべた。

 驚愕している安綱に少しは気を良くしたのか、先程発した途方もない殺気は若干薄れている。

 しかし――。

 

「お前が酒呑童子?」

「だから、さっきからそう言ってるじゃないか」

「俺のご先祖様が討ち取り損ねた鬼!?」

「だからそうだって――って何の話だいそりゃ」

 

 思いっきり首を傾げて眉根を寄せる萃香。

 考えもしない疑問を投げられて、答えに窮した。

 

「俺の名は源安綱。源頼光の子孫だ!」

「――は? ……あんたが頼光の子孫~!?」

 

 本当に驚いたのは鬼の萃香の方だった。

 彼女が思い浮かべるのは千年以上も前のこと。人と鬼と神が袂を分かち始めた時代。

 手下を率いて鬼の山にやってきた人間だ。恐ろしい程腕が立ち、人間でありながら鬼と殺り合った者。

 その時の記憶は、今も鮮明に思い出せていた。飲んだ酒の味、拳と剣で語り明かした一晩の事。全てが昨日の事のように思う。

 そうしてみれば、萃香から見た安綱には確かにその面影があるように感じた。

 

「にしてもこんなちっちゃいのに負けたのか、ご先祖様。仇は俺が討つ!」

「ちっちゃい言うな。あと他にも色々と言いたい事はあるけど、とりあえず戦るっていうなら相手になるよ」

「――よっしゃあ死ねェェェ!」

 

 あまり人間らしいとは言えない開戦の雄叫び。

 

「来な、人間。揉んでやるよ!」

 

 その幕が上がった。

 

 境内に、――大地を揺るがすような打撃音が響き渡る。

 

「―――ゴフゥッ!」

 

 そして戦いの幕が降りた。

 

「早いなオイ!?」

 

 錐揉み回転しながら神社横の森に吹き飛ぶ安綱。

 鬼の動体視力で顔を見れば、完全に白目を向いて意識を失っていた。

 誰も傷つけぬままに持ち手を失った鬼切は、空中を回転して落ち、玉砂利に敷き詰められた境内に綺麗に突き刺さる。

 

「え、ええー……」

 

 拳を付き出した萃香は、呆然とするしかない。

 頼光の子孫だというから、それなりにやるだろうと思っていた。

 彼女としては懐かしい顔の子孫でもあるし、鬼として受けた決闘でも死なないように少しは手加減したが……。

 

「物凄く綺麗に入っちゃったよ。死んじゃったかな……」

 

 流石の鬼も冷や汗を掻いた。一応様子を見に行こうと森へ近付いていく。

 酔いも醒める思いだ。

 拍子抜けにも程がある。

 そういえば、と萃香は歩きながら記憶を掘り返してみた。

 そういう噂をどこかで聞いた覚えがあったのだ。

 昔の英雄の子孫を名乗る馬鹿が、妖怪に楯突いてはボコボコにやられていると。

 

「やれやれ、参っちゃうよまったく――」

 

 境内を横切って森へ入ろうとした。

 だがそこで嫌な気配を覚え、萃香は凍ったように立ち止まる。

 

「――そうね。本当に参っちゃうわ」

 

 聞こえてきたのは、そんな少女の声だった。

 笑みが含まれている。含まれてはいるものの、地獄から這い上がってきたような腹に響く声だった。

 じりじりと首を動かし、振り返る。

 

「れ、霊夢……?」

「安眠を貪っていたら馬鹿でかい音で起こされて、何事かと外に出たら鳥居が粉々……」

 

 そこに、仁王立ちする魔王が居た。

 いや、巫女だ。赤と白を貴重にした、いつもの腋を出した巫女服を着ている。

 もっとも、特筆すべきは全身から漲らせている巨大で禍々しい霊気だが。

 

「いや、それはちゃんとした訳があって――」

「その上ッ! ……境内はめちゃくちゃ。森も破壊されてて、ねえ萃香。本当に参っちゃうわ」

 

 聞く耳は持っていないらしい。

 陰陽を象った紅白の珠が、いつの間にか霊夢を周りに浮かんでいる。

 

「はははは……悪かった――!」

「やかましい! ――夢想封印!」

 

 鬼の悲鳴が神社に響いた。

 

 

 

 

 

 



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二話

 

 意識は、闇から上昇するようにして浮かび上がった。

 

「―――」

 

 ここはどこか、と安綱は疑問に思った。

 身体が重い。意識は未だ霞がかっており、視界はぼやけ、視点は定まっていない。

 ただ、何者かが自分を見下ろしていること。

 そしてその頭に二本の角が生えているのを確認して、彼は意識が定まらないまま呟く。

 

「――は。鬼だ。俺は死んだのか」

 

 言った瞬間、安綱は頭に衝撃を受けた。

 ぐお、という呻きを漏らすとともに頭がはっきりしていくのを感じ、同時に笑い声と怒り声の

二つが降り掛かってくる。

 

「いい度胸してるわ。死にかけてたところを介抱してやったってのに、人の家を地獄呼ばわりか

しら」

「まあ手加減なんてちょっとしかしてないから、記憶吹っ飛ぶのも仕方ないさ」

 

 彼としては、「目の前に鬼がいる。と言うことはここは地獄だ。地獄に居るということは俺は

死んだのだな」などと寝ぼけた思考回路から、悪意なく零した寝言のようなものなのだ。それも、

怒り声の持ち主の攻撃に寄って吹き飛ぶ。

 代わりに弾き出した脳内の司令が、瞬時に安綱を動かした。

 

「……ッ!」

 

 鬼がいる。なら倒す。

 彼の行動を文字で表すなら上記のようになるだろう。

 その情熱、執念がどこからくるかは定かではないが、いまだ戻らぬ少し前の記憶をそのまま置

き去りにして、臥した自身の横に置かれたふた振りの刀を手に取り――。

 

「やめなさい」

 

 声と同時に降りかかった知覚外の攻撃により、またも安綱は宙を舞った。

 薄れ行く意識の片隅で、「あ、やりすぎた」という声を聞きながら。

 

 

 

「おい、巫女」

「なにかしら?」

「そろそろコレを外せ」

 

 博麗神社、その母屋の一室に彼らは居た。

 神社の巫女、博麗霊夢。酒天童子、伊吹萃香。自称源頼光の子孫、源安綱。

 ちゃぶ台を囲んで、お茶菓子と茶を目の前に、さっきまでの殺伐とした雰囲気は霧散している。

 いや、原因はそれだけではない。

 その雰囲気を一人で振りまいていた張本人、安綱が縄でぐるぐる巻きになっている事がその際

たる理由であろう。

 

「いやよ」

「なぜだ。俺にも茶を飲ませろ。茶菓子を食わせろ。がんじがらめに縛って放置し、出した茶と

茶菓子を見せるだけとかふざけとるのか」

「黙りなさい」

「うおっ」

 

 うごうごと蠢きながら恨めしそうに抗議したが、黙殺どころか蹴り倒されて足蹴にされる。怒り

心頭な霊夢に、冷や汗を掻く安綱。それを見て、超楽しそうにニタニタ笑う鬼の図が展開されている。

 

「ぐ――おのこを足蹴にするとは何事か貧乏巫女」

「神社の鳥居を粉砕するとは何事なのかしらナンチャッテ退魔師」

「あれは鬼がやったのだ」

「原因はあんたでしょうが!」

 

 あーだこーだ、ぎゃーすぎゃーすと言い合いを始める二人。

 既に日は頂天を越え、もはや山の向こうへと消えるだけだ。あと数時間もすれば夜の帳が下りるだろう。

 

「まあまあ、そんくらいにしてやりなよ」

 

 包帯男を踏みつける紅白巫女を眺め続けるのも面白いが、このままだと日が暮れると思った萃香

は、霊夢に声をかけた。

 そもそも手加減したとはいえ、鬼の一撃を受けて木々をなぎ倒しながら吹っ飛んだ人間が、日も

落ちぬ内に意識を取り戻した事自体が異常なのだが。

 その事に両名ともが気付いていたが、一方は安綱の噂を知っていたため深くは考えず、もう一方

は些細な事と斬って捨

てて考えることを放置した。

 

「……はあ、まあいいわ」

 

 当事者の一人でもある萃香に止められた事に、不満を覚えないでもなかったが、それら諸々を飲

み込んだ。

 ため息を突きながら、ぼろぼろになった安綱にしゃがみ込んで視線を合わせる。

 

「縄は解くわ。でも今度暴れたら人里まで吹っ飛ばす」

 

 威圧。

 抑揚のない声が更に後押しし、流石の馬鹿(安綱)も何度も頷いた。

 この言葉に比喩はない。

 それを本能で感じ取ったのだ。

 

「それで。あんたいったいどういうつもりなのよ?」

 

 解きながら問いかける。と言っても、霊夢が手をかざしただけで、まるで縄自体が意思を持って

いるように、ひとりでにスルリと床に広がった。

 開放された安綱はもっさもっさと茶菓子を搔き込みながら、ちゃぶだいに頬杖をついた霊夢に視

線を飛ばす。

 

「どういうつもり? 何の話だ」

「鬼に喧嘩売るなんてどういうつもなのかって聞いてるのよ」

「――答えるまでもないな」

 

 酒をらっぱ飲みしていた萃香が、意識を安綱に向けた。

 安綱の視線が彼女を貫いている。

 

「神社に鬼がいるとは何事だ博麗の巫女。それどころか、その鬼の棲家はここだと聞いたぞ」

「こいつが勝手にここに居るのよ」

「ならば討滅しろ」

 

 それがお前の仕事だろうと、言わんばかりに。

 その姿に、霊夢は呆れたと言うように溜息を吐く。

 

「まだ、そんなことを言ってるの?」

 

 それが開始の合図だった。

 これまで状況は違えど、何度も繰り広げた決まり問答のような舌戦の。

 

「時代は変わったの。知ってるでしょう、スペルカードの誓約を」

「知っている。人、妖の双方が致命に至らぬよう定められた決闘法だ」

「そう。霊力、魔力、気。力の性質なんてものは関係なく、ただ練り上げた弾幕による戦い。いかに避

け、いかに当てるかで競い合い、弾き出された結果をただ受け入れる」

「そうして、今の幻想郷は人と妖怪の釣り合いを保っている。どちらも減りすぎず、どちらも増えすぎ

ず。――そんなことは百も承知だ」

 

 慣れたようにスラスラと、萃香を置き去りにしてちゃぶ台を挟んだ彼らは言い合った。

 

「なら分かっているでしょう。討滅なんて出来ない事は。人里を襲い、人を襲い、結果殺めてしまった

ならともかくとして」

「被害が無ければそれでいいと言うのか。動くのは、誰かが殺されてからだと。全てが手遅れになって

から、お前はお前の義務を果たすのか」

「そうは言っていないわよ」

「そうとしか聞こえんな」

 

 ――沈黙。

 室内の雰囲気は、またも殺伐とした何かに変わっていた。

 常人に立ち入る隙を与えない気配に、空気がだんだんと冷気を帯びていく。

 

「恐れている訳ではないのだな」

「――なんですって?」

 

 その言葉に、霊夢が怒気を表した。

先程までとは桁違いの威圧感に、安綱は顔色も変えず言葉を続ける。

 

「鬼に、だ。議論の中心はそこで酒をかっくらっている赤鬼だ。人には勝てないと、数多の伝承に綴られ

てきた化け物だ。人であるお前が、鬼を恐れて退治できないのではないかと言っているのだ」

 

 力は人の万人分。智慧もあり、なおかつ数ある特殊能力と汎用性。

 恐れるには充分だ。腕を払えば千人が塵と化す。恥じることすら馬鹿らしい力の差。

 しかしそれは、ただの人であるならばといった制限が課される。

 安綱はこう言いたいのだった。

 幻想郷の妖怪の抑止力たるお前が、まさか鬼を恐れてはいるまいなと。

 

「あんた、人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ」

 

 ざわりと、安綱は全身が総毛立つのを感じた。空気が軋むほどの怒りを放つ霊夢に、顔を険しくして何事

かを言い放つ――その直前に。

 

「それは確かに言いすぎだよ」

 

 横合いから声が掛かった。

 二人は視線だけを動かして、声の主――にへらと笑う萃香を見やる。

 

「霊夢はやろうと思ったらやる奴さ。少ししか一緒に居ない私が言うんだ。あんたもわかってるだろ」

「言われるまでもない。ただ、里の者はそう思わない」

「なんだ、霊夢を心配したのか?」

「違う。黙ってろ鬼。斬るぞ」

「お、やるかー? よーし表出ろ。長々と私をほったらかしてくれた報いをくれてやる」

「――やめなさい」

 

 鈍い打撃音が二つ響いた。

 心なしか、安綱の方が痛そうに聞こえたが、それで霊夢はなにやら満足したらしい。

 ふうと息を吐いて、冷めたお茶を一気飲みする。

 頭を抑えて痛がる萃香と、呻きながら動かない安綱を横目に、彼女は口を開いた。

 聞くべきことを、まだ聞いていないことに思い至ったのだ。

 

「で? 私が聞きたいのはそんなどーでもいい事でもないし、うざったい思い違いでもないんだけど」

 

 口調に隠し切れない棘を含ませながら、改めて問いかける。

 

「あんたそもそも何しに来たのよ。あ、萃香を倒しに来たとか言ったら張り倒すわよ。百回やっても勝てな

いことくらいわかってるでしょ」

「いや、鬼を討伐しにきたのだが」

 

 何を言っているのだ、と言わんばかりである。

 あまりにさらりと言われた一言に、霊夢も呆れを通り越して感動すら覚えてしまった。

 ここまで馬鹿だったなんて。

 

「ねえ、花妖怪とか吸血鬼とか、胡散臭いスキマ妖怪とかに片っ端から喧嘩売ってボコられて、学習能力無

いのかしら」

「あいつらにまで喧嘩売ったのか安綱! はっはー、お前すごい馬鹿だな!」

「黙れ鬼。気安く名前を呼ぶな化物。あと馬鹿じゃない」

「いや馬鹿ね」

 

 今世紀最大の、とまでは言わなかったが、一人を除いて満場一致で心に浮かべた言葉であった。

 

「なんだ貴様ら、人を馬鹿だ馬鹿だと。馬鹿と言う方が馬鹿なのだ」

 

 その論理がまさに馬鹿である。

 

「というかそんなことはどうでもいい。勝てなかったからといって、これから先も勝てないとは限らぬ。い

つか倒す」

「おーいいねーその意気だよ!」

「……はあ」

 

 張り切る馬鹿に煽る馬鹿。同じ馬鹿なら……どっちも嫌だと思い至って、霊夢はまたも溜息を漏らした。

 

 

 

 日が暮れた。闇は幻想郷を囲み――セミの鳴き声も、鳥の囀りも聞こえない。

 人が家にこもり、外を恐れる時が訪れる。

 安綱は今、粉砕された鳥居の跡地に立っていた。

 目前には鬼と巫女が居る。

 

「見送りはいらぬ。巫女はともかく、鬼に見送られるとあっては縁起が悪い」

「お、私は邪魔者かー? 仕方ないなあ、あとは若い二人に任せて――」

「やかましいわね」

 

 叩く音。悲鳴。嘲笑い声、打撃音、うめき声。

 

「ぐっ、このクソ鬼。貴様必ず痛い目に遭わせてやるからな」

「いつでもばっちこーい。思い切りなぎ倒すぞ」

 

 負け惜しみに快活な笑みを返され、鼻で笑って背を向ける。

 歩き出そうとして、彼はふと足を止めた。

 

「……鬼」

「なんだい?」

 

 声に、妙な真剣味が感じられた。萃香は首を傾げて問い返す。

 安綱は背を向けたまま、言葉を発した。

 

「お前が生きているということは、ご先祖様は負けたのか?」

 

 自称、源頼光の子孫。安綱が言うところのご先祖とは、そのまま源頼光を指している。

 伊吹萃香、酒天童子と思われる彼女を斃したという伝説を持つ英雄を。

 しかし彼女は生きている。安綱の目の前に居る。

 結果はあえて聞くまでもなく。それでも。

 それでも聞かねばならぬ思いがあった。誰にも言ったことはない、自分の信念に通ずる思いが。

 それに対して、萃香は今までの態度は裏腹に、酔いの醒めたようなしっかりとした声と目付きで答えた。

 

「――いいや」

 

 それは否定の言葉だ。

 思わず、安綱は振り返る。見れば霊夢も、平素では珍しく驚愕の表情を浮かべている。

 

「いいや。あれは引き分けだ。勝ってもいないし、負けてもいない。あとにも先にも、人間と決着をつけら

れなかったのは、あの時がはじめてさ」

「ご先祖様は、源頼光は強かったか?」

 

 その問に、萃香は破顔した。

 思わず安綱は息を呑む。その顔があまりにも輝いていたから。

 闇夜だというのに、光を伴うような満面の笑みだった。

 

「――ああ。後一歩で殺られるところだった。あいつは最高の人間だったよ」

 

 そうか、と。

 落ちるような呟きに、安綱がどんな想いを込めたのかは、萃香たちには分からない。

 言った直後には彼は背を向けて歩き出していたからだ。

 だから、どんな表情をしているのかもわからない。

 

「なら、俺がお前を倒す。覚悟していろ」

 

 だがそうして放たれた言葉には、どこから晴れやかな響きがあった。

 

 

 

 

「ああ、その時を待っている」

 

 ぽつりと、返すように呟く萃香を横目に、霊夢は複雑な心境を抱えていた。

 ――いやだから、スペルカードルールとかあるんだってば。

 空気を読んで表には出さなかったが、何度ツッコミそうになったことか。

 どいつもこいつも話を聞かない連中ばかりで、霊夢は嫌気が差してきた。

 部屋に戻って熱いお茶でも飲もうと思い、そこでふと前々から抱えていた疑問を萃香にぶつけることにする。

 

「ねえ萃香。あいつ、本当に源頼光の子孫なの?」

「ん? なんで」

「だって、あいつの刀」

 

 つい、と安綱が去っていった方向へと指を向ける。

 刀とは、いつも彼が帯びているふた振りの刀のことだ。

 名を鬼切、蜘蛛切。先祖、つまりは頼光から受け継いだ、家に伝わる家宝の刀。

 そして安綱が、源頼光の子孫であることを証明する唯一のもの。

 それに対して、霊夢が言った。

 

「――なんの霊力も帯びてないわ。見たところ、ただのなまくら刀じゃない」

 

 

 

 

 

 




いや!やめて!触らないで。そこはダメっ!いやあああああああああ


(はじめまして皆さん。やまやまやでございます。楽しんで頂けたでしょうか
一話との質の差が酷いと思われるかもしれませんが、一年くらい間が空いてるので許せ。
話は変わりますが、今日ポケットに手つっこんだらカメムシが入ってました。
臭いはしませんでしたし、彼?自身はお陀仏してたので大事には至りませんでしたが
一体全体どうして僕のポケットを死に場所に選んだのでしょう。
今世紀最大の疑問だと思うのですがいかがだろうか

では、また次回お会いしましょう。プロット出来てますのでそう長くは間が開かないかと思います。
半年後くらい。 )


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3話

 

 

 

 夏の夜。にも関わらず、一切の音がない空間がそこにはあった。

 まるで空間を隔絶されたような場所。鬱蒼と生い茂る木々の真上。

 その闇の中に、蠢くものがある。

 見ればそれは、一人の少女だった。

 

「ふふふ……」

 

 頬を持ち上げただけのような笑顔を張り付かせる少女は、何かに腰掛けるようにしてそこに在った。

 真夜中であるというのに、片手には日傘を差している。

 月を背にして、空間の裂け目に座った彼女は――あまりにもおぞましい。

 その出で立ちも、その美貌も、奇妙な笑みも。

 それこそが、博麗の巫女の言うところの、胡散臭いスキマ妖怪。八雲紫のパーソナルだった。

 彼女が何を見て、笑っているのか。その笑みにどんな意味があるのか。それは誰にも分からない。

 ただ、彼女の眼下。月の光すら入り込めぬ樹海の中には、全速力で走り続ける一人の男が居た。

 源安綱、自称源頼光の子孫である。

 

 

 

 

「どこだ……ッ、どこにいる」

 

 何かを探すようにして、辺りに視線を飛ばしながらも移動速度だけは少しも落とさない。

 安綱は今、闇に支配された魔法の森を駆けていた。

 自身の義務を果たすために。

 ――事の発端は、博麗神社からの帰り際の事だった。

 

 人間が恐れ、可能な限り外出を控える時間帯。それはひとえに、闇の中に住まう異形を警戒しての事だった。

 しかしそれを意にも解さず、夜の小道を悠然と歩く一人の若者がいる。

 着物の裾を揺らせながら、腰に帯びたふた振りの刀に片手を置いて、彼は自身の住処である人里へと帰る最中であった。

一見して無表情。動作も無機質で、何を考えているのかは余人には及びもつかない。

 だが、その安綱の胸の内は、夜の静けさを吹き飛ばさんばかりに荒れ狂っていた。

 いわく。

 なぜ、俺は空を飛べぬのか、と。

 疲れた。面倒くさい。つまらん。何もなさすぎて退屈だ。巫女とか魔女とかメイドとか、あのインチキ臭い龍玉探しだす戦闘民族の親戚じみた力の一端でもあれば、里までひとっ飛びなものを――。

 などなど。益体もないことをつらつらと胸中で叫びながら、しかしこれだけ無表情を貫けるのも一種の才能だが、当然この状況には全く役に立たない。

 結果。

 足を止めて、小さく頷く。

 ――今日はここで寝よう。

 霊夢が居れば玉串で張り倒して、どんだけあんたは命知らずなのかと小一時間説教なのだが、生憎彼を止めるような人影は皆無だった。

 現実は馬鹿にとって非常である。誤字ではない。

 善は急げ――本当に善かどうかはともかく――と、彼は早々に寝支度を整え始めた。

 手頃な大木を発見して背を預け、さあ寝よう。

 としたその時だ。

 

「……ん?」

 

 ふと、なにかをとがめたように顔をあげる。視線の先は、里の方向へ。小道の先の、その上方。

 そこから、何かが飛翔する音が小さけれども耳まで届いた。

 妖かしか。

 つい先程腰掛けた樹の根元から、弾かれるように飛び起きて刀を抜いた。

 慢心はない。故の戦闘態勢への即時移行だったが、月明かりに照らされながらも近づく影に、安綱は構えた刀を下ろした。

 見知ったものだ。それも、里では珍しく彼に親しく接してくれるもの。

 

「先生――!」

 

 何かを目指して飛ぶ人影に、安綱は注意を惹くよう呼びかけた。

 

「ん? ……安綱か!」

 

 声音は女性のものだった。月と夜の闇の間を、割くようにして飛翔していた彼女は、そのまま目の前に降りてくる。

 青みがかった銀髪をさらりと揺らす彼女に、安綱は幼少時代から世話になっていた。

 上白沢慧音。白澤と人のハーフであり、半妖とは言え安綱が唯一友好的に接する人外だった。寺小屋で里の子どもたちを相手に、歴史や簡単な勉学を教えている。

 そんな彼女が、日の暮れた後に人里を離れることは珍しい。

 

「こんなところで何をしていたんだ、安綱。いや、そんなことよりも早く里に戻りなさい」

「……?」

 

 その上、どこか何時もとは違った雰囲気を、その言葉から感じた安綱は眉根をひそめた。

 常に静かで落ち着き払った彼女が、今日はどうも余裕が無いように思えたのだ。

 

「先生、どうした? 里で何かあったのか」

 

 みれば表情も硬い。物腰が柔らかく、気立てが良いと評判な慧音が、この時だけはその片鱗すら見受けられなかった。余裕が無いのだ。

 安綱の問いに、慧音は一瞬の逡巡を見せた。しかし思い直すよう首を振って、

 

「――里の子供が、妖怪にさらわれた」

 

 それだけを口にした。

 それ以降を、安綱は聞く事もなく地を蹴り飛ばして走り出した。

 

 

「おい、安綱! お前は里に帰るんだ! ……くっ、聞いてないか。何処の妖怪が誰を攫ったのかも聞かぬまま走り出しおって」

 

 見る見るうちに小さくなる安綱の背を、見つめながら考える。

 連れ戻すか。

 里を襲った妖怪がさほど強い類のものではないといっても、その相手を安綱がするとあっては話が別になる。しかし、時間が惜しい。幸いといっていいものか、安綱はなんの情報もなく飛び出した。それではいくら彼でも、妖怪を見つけ出すことは出来ないだろう。

 考えに考えた末、慧音は一刻も早く博麗神社へと向かうことを決意する。

 妖魔を討伐しに行ってそのまま行方不明になったというような事は、博麗霊夢には頼めない。だが今回の事案は違う。

 里を襲い、無力な子供を攫った。ならば、あの怠け者にも働いて貰えばいい。

 彼女は当初の予定通り、その意識を神社へ向けた。

 

 

 

 

 魂が凍る程の、恐ろしい闇があった。

 木々が空を隠し、月の光を遮り、故にこの場は、混じり気のない闇が支配している。

 その中を、ただ疾走る。乱立する木々を避け、抜刀した刃を引っ掛けぬように注意しながら、意識はどこかに居るはずの里の子供を探し続けた。

 

 

「……ッ」

 

 耳をすませる。嗅覚を研ぎ澄ませる。それで補足できる距離などたかが知れていると理解しながら、それでも出来うるすべての手を打って、彼は疾走る。

 そして――。

 

「見つけた――」

 

 それはいったいどれほどの幸運か。ただ闇雲に走り回った彼が、しかし遂に探した相手を見つけ出す。まるで樹海の中から特定の木を一本探り当てるような所業を、安綱は短時間で成し遂げていた。

 その異常性に疑問を持つ事もなく、彼はひらけた場所に倒れる子供に駆け寄った。

 

「おい」

 

 声をかけ、手を当てる。

 体温はある。息もしている。意識はないが、命に別条はなさそうだ。

 ほうっと息を吐き、身体が忘れていた疲れをじわりじわりと思い出していく。

 だが、頭は逆に冷えていった。

 なぜだ――?

 安綱の目の前に倒れる子供は、妖怪にさらわれた。しかし、見たところ全くの無傷だ。しかも一人で倒れていた。攫った妖怪は何処へ行った。疑問が疑問を呼び、看過出来ぬものへと変わっていく。

 ありとあらゆる異常が、とある一つの結論に至るまで時間はかからなかった。

 

「まさ――」

 

 轟音と衝撃、次いで痛みが安綱を襲い、視界が四方を回転した。

 一瞬だけ見えた毛むくじゃらの腕と巨大な体躯が自分を攻撃し、吹き飛ばしたのだと理解するまでに時間はかからなかった。

 

「ぐ、あ」

 

 うめき声すら満足に出せず、安綱は地を這う。腕がやられた 最早使いものにならない。

 いや、腕だけではない。既に彼は満身創痍だ。

 横合いからの不意打ちとはいえ、たったの一撃で彼は致命を受けていた。

 痛みが熱を伴って頭を燃やす。それでもなお、首だけを動かして自身を攻撃したモノを睨めつける。

 

「ばけ、もの」

 

 視線の先には、異形の頭をした二足歩行の妖怪が立っていた。

 やはりか、という声は後に続かない。胃から競り上がった血液を零しながら、彼は思う。

 子供は餌だ。見事に釣られた。

 

「は、かかったのは雑魚か。無駄なことをしたな」

 

 肯定するように言うのは妖怪だ。追ってくる者を罠にかけ、倒すつもりだったのだろう。その相手が、人間最強といわれるかの貧乏巫女ではない事に落胆しているようだった。

 つまらなさそうに鼻を鳴らしながら、一歩一歩と安綱に近づいていく。

 その挙動には隙が多い。それも当然だ。眼前に居るのは、一撃で血塗れになったぼろぼろの人間。警戒するのも馬鹿らしいとばかりに、無造作に安綱を目指す。

 それを、安綱は未だかろうじて動く右腕に、見えないように刀を握り直して待った。

 

「おい、気をつけろ。そいつ、まだやる気ぞ」

「―――」

 

 ちっぽけな策の、その終結。待った挙句にやってきたのは、軌跡の大逆転でもなく、胸からジワリと滲み這い寄る絶望だった。

 相手は、一体ではなかったのだ。安綱の死角からかかった声によって、彼はそれを悟らせられた。

 

「なんだこの人間。このザマでまだ戦う気だったのかよ」

「脆弱さを自覚していない上に、智慧の回らぬ愚か者だ。刀の一突きで我らを殺せる気で居たのだろうよ」

「は――、雑魚で頭が悪いとは、救えねえな」

 

 振りかかる侮蔑に、悪態をつくことも出来ずにただ唇を噛む。

 圧倒的な実力差。それを覆すことのできない安綱は、動くことすら出来なかった。

 屈辱を押し付けられ、視界に火花が散るほどの怒りを覚えながらも、彼自身が活路を見いだせずに居る。

 そこへ――。

 

「ん……ぅ」

 

 新たな闖入者が現れた。

 いや、それは元よりそこに居たのだ。ただ意識がなかっただけで。

 それがいま目覚めた。攫われた里の子は、数瞬だけ身じろぎし、起き上がって自分の現状を理解する。

 

「ひっ」

 

 恐怖による意識と身体の硬直。それを知った妖怪の意識が、安綱からわずかにずれた。

 

「くっ!」

 

 その機を逃さず安綱は一気に身体を起こす。痛みに軋む全身を叱咤し、地を蹴った。

 

「ああ?」

「……ふん」

 

 妖怪たちがそれに気づき、しかしその後の安綱の行動に疑問を浮かべる。

 

「なにをしているんだ、お前」

 

 言われた彼は、ぼろぼろのまま子供に背を向けて立っていた。化け物の視線を遮るように、子供から化け物を隠すように。

 

「子供の教育に悪いのだ。今後、この子が犬を怖がるようになったらどうする駄犬ども」 

 起き上がり、視線を上げることによって知覚できた狼頭の化け物に、彼は先ほどの侮蔑の借りを返した。

 直後に背筋が泡立った。総毛が立ち、自然に冷や汗が流れてくる。化け物が怒気を表したのだ。

 目眩がするほどの殺気だ。しかしそれでも、余裕のていは崩さない。

 それはひとえに子供のために。年長者が、男が、子供を前に化け物などを恐れてたまるか。

 それだけのちっぽけな理由で、彼は傷ついた身体を無理やり立たせ、無計画に妖怪たちを怒らせる。

 

「そもそも、犬が人間に歯向かうとは何事か。なぜこの子を攫った」

「うるせえ黙れ。ひき肉にされたいか。化物が人間を襲う事に、理由などいらねえだろうが」

「そんなふざけた理由で、子供を殺すというのか」

「だったらどうすんだ? 雑魚で馬鹿でぼろっぼろのオ・マ・エが、どうするってんだ」

「決まっている」

 

 鳴るな歯の根。それだけが今の安綱の思いだった。足元はおぼつかない。手には感覚がない。視界は霞み、恐怖で吐きそうだ。

 それでも、この場面で言うべきことと、やるべきことがある。

 源頼光の子孫であるために、その祖先に恥じない為に、見せるべき姿勢がある。

 

「決まっている。――貴様を倒す」

 

 鬼に認められ、鬼と戦いきった祖先がいるのだ。狼ごときに怯んでたまるか、と。

 

 

 

 

 

 





お前になにが分かる! 全てに満たされ、全てに祝福されているお前に、俺のなにがわかるというのだ!?
俺は、常に日陰者だった。俺は、いつも虐げられてきた。現実に! お前らにだ!
お前には一生わかるまい。俺の気持ちなど――非リア充の気持ちなど!


(どうも皆さんこんにちは、リア充のやまやまやです。
最近お酒と枝豆の最強コンビに打ちのめされました。太らないよう気をつけたいと思います。
あ、体重は52キロです。170センチで。太ったほうがいいですかね。
アルフォート買ってきます。また次回会いましょう)


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