ハーレルヤ♪ハーレルヤ♪ハレルヤ♪ハレルヤ♪晴れるー屋♪ (有限世界)
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『弁当始めました』冷やし中華ののりで

 

 

 

 

「弁当始めました?」

 スフィトリア共和国首都アリトーリス、大通りから少し外れた大衆食堂晴れる屋入り口でリサ・ノースランドは張り紙を読んだ。

 この地域では珍しい黒髪は背中まで伸ばして纏めている。女性としては平均よりやや高めの身長に引き締まった肢体、装具は青に塗装された金属製の部分鎧、腰には長剣。

 群青の風というギルドの若手の冒険者だ。気の強そうな両の黒い瞳で開店前の入り口に貼られていたお知らせを読んでいた。

「元は冒険者用の裏メニューだったんだけど、一般客からリクエストが多くてな。正規メニューになったんだとさ」

 独り言のつもりだったのに返答がきて若干驚きながら声の主の方へ向く。

 灰色の髪のボサボサ頭の男が開店前の掃除をしている。どぶ底の様な目をしているのは朝で眠いからでなく、何時ものことである。

 アッシュ・ダインスレイという晴れる屋で住み込みで働いている男だ。これでも世界最高峰の料理人の1人である。

「貴方が作っているのよね。なのになんでそんなに他人事なのかしら?」

「個人的な理由で弁当が嫌いなのですよ。なもんで反対してたけど押しきられた」

 店員が言うべきセリフではない。普通は逆にプッシュすべきところだ。

「しかし弁当なんてあったのね。知らなかったわ」

「裏メニューでしかないから、そりゃ知らんだろ」

 その一言で彼が相当嫌いなんだろうなとリサは悟った。常連の自分が知らないからだ。

「ところで、開店は未だ?お腹空いたのだけど」

「はいはい、少し早いけどただいま開店しますよお嬢さん」

 渋々とアッシュは店を開けた。

「モーニングセットとお弁当それぞれ一人前で」

「嫌いだって言ったよな?」

 

 30分経過

 

「御馳走様でした」

「いや、まあ何処で食べてもいいんだけどな」

 他に客のいない晴れる屋のカウンター席で二人前をペロリと食べたリサにアッシュは呆れながら言う。

「普通ここで弁当を食うか?」

「私が作ったお弁当よりも美味しいかの確認よ。ダンジョンに持っていって不味かったら目も当てられないわ」

 とはいえ、店の中で食べる必要はない。もっとも、そんな事は二人共気がついているが。なお、二人前食べていることにかんしては二人ともスルーをしている。一般的な冒険者は普通の客のカロリー消費量に比べて圧倒的に高いので、よく食べるのは当然である。平均的な冒険者は一般人の5倍程度も食べるので、二倍三倍なら驚くに値しない。というよりは二倍なら冒険者として少食に分類される。

「美味しかったわよ。まあ流石に・・・」

「そりゃ通常メニューから味が落ちて当然だろ。だから嫌なのに」

 言い淀んだ彼女の言葉にアッシュは続けた。

「それでも私が普段作る料理より美味しいのよね」

「こっちはプロの料理人だからな。多少のハンデくらいひっくり返すに決まってるだろうが」

 そのわりには賞とか一切持っていない無冠の男である。もっとも、口コミだけでも相当に繁盛しているため、賞を取るなどの宣伝する必要もなはい。加えて実力を試そうという気概もないからコンテストなんかに参加しないためである。常連さんだけで手一杯だから新たな客層はいらないとは本人の言だが。

「いっそのこと冒険者になって私と組まない?食事係だけでいいから」

「・・・店長を連れてけ。元々は名の売れた冒険者だし、肉盾にはなるだろ」

 しかめ面になりつつ、さらりと上司を犠牲にして断った。

「それに俺がいなくなると店が回らなくなるが、店長なら大丈夫だ」

 事実だがひどい店員だ。

「戦力は間に合ってるから必要ないわ。それに店長の料理の腕なら他にもゴロゴロいるもの。いなくても大丈夫だわ。むしろ分け合う報酬が減るからいない方がいいもの」

 こちらも酷い。

「しょぼーん」

 女の子が喋っているような矢鱈と高音な擬態語を口で言いながら店長がやって来た。筋肉ムキムキスキンヘッドの大男だ。どう考えても料理人には見えない。元冒険者なのは納得だが。

 あと、あまりにも高すぎる声が見た目とマッチしていない。

「店長、精神的につらいんでそういう事やらんで下さい。声も高いし」

「見た目が見た目なので少し気持ち悪いです。声も高いし」

「人をイジメル時は特に仲が良いよね君たち」

「「団結させてるのは店長「だ」よ」」

 息がぴったりである。

「「声も高いし」」

「本当に仲が良いですね君たち!」

 これが彼等なりのコミュニケーションである。ここまでおちょくるのはこの二人しかいないが。

「ところでリサ君。こんなに早くから何かようかい?」

 いつもはお昼時に駄弁りにくるのに、今日は早朝から来ている。店長は気になったので聞いてみた。

「今日私は休みなんです」

 冒険者は年中休みみたいなもんだろ。ほぼ毎日働いているアッシュは酷い事を考えた。が、口では別の事を言う。

「その言い回しだとパーティーは休みではないってことか?何、足手まといになって閑職にまわった?」

 それはそれで酷かった。

「どうしてそうなるのよ!?これでもギルドの主戦力よ!」

 必死で反論した。加えるなら、彼女の実力は国内5指に、世界でも100位には入る。戦闘職でないアッシュには知るよしもないが、その界隈ではかなり有名なのである。

 流石に可哀想と思ったのか、店長がフォローを入れる。

「今日は冒険者学校の卒業式だから、上の方は内定をあげた卒業生達への支援とかだね。だから大概のギルド員は休みになるんだよ」

 流石は元冒険者である。

「だいたい夕方に群青の風から貸し切りの予約入ってるよ。そのくらい想定しようね」

「冒険者学校行ってな・・・食堂のおばちゃんの代理で何回か行ったことがあるくらいだから、卒業式がいつあるかなんて知らんがな」

 一般論としてはアッシュの方が正しい。今月の初旬に卒業式があって、来月の同じ頃に入学式があるのは知っているが、普通の人の認識はその程度である。

「その日の食堂は凄い繁盛したのでしょうね」

「学校長から次は何時くるのか聞かれたのは事実だな」

 今や学園長は休みの日に入り浸っているし。

「スカウトを追い払うのに苦労したのも事実だね」

 店長がうんざりした顔で継ぎ足した。ひょっとしたら彼の移籍金は自分のそれより高いのかもしれないとリサは思った。

「俺の事はどうでもいい。せっかくの休みをどうする気だ?鎧も着てるし」

「鎧がないと落ち着かなくて」

 良い歳した女の子がお洒落もなくそれでいいのか?柄にもなくそんな事を考えたが、心の声が聞こえたなら常にエプロンの君には心配されたくないわとリサに返されただろう。最も、衛生面に気遣ってるのを報せるため異なる十数種類のエプロンをローテーションで回しているので、案外お洒落なのかもしれない。まあリサも鎧の下のインナーは毎日別の柄に変えているのでお相子といえばお相子なのだが。

「店長、そういうものなのか?」

 休みも鎧を着ることが一般的な冒険者のサガなのかわからないのでアッシュは店長に聞いてみた。

「いたなそんな奴」

 あ、これ聞かない方がいいやつだ。何処か遠くを見ながら呟いた店長を見て二人はそう思った。

「顔を見せるのが恥ずかしいからと、フルヘルムフルアーマーで過ごしてたやつ。ストローで栄養をとっていたなぁ」

 いや、それ甲冑の方が恥ずかしいから。二人とも口には出さず心の中でだけ毒づく。

「それ通称マンドラゴラさんですか?」

 リサは普段から怪しい仮面を被っているスーツなマンドラゴラ定食ばかり食べる常連さんを思い浮かべた。

「その人とは別人だね。彼方は女性、此方は男性」

 中の人は別人だった。とはいえ、兄妹だけどね。店長は教えなかった。

「話は戻すが、休みに何をするんだ?」

 長々と続きそうだったのでアッシュは強引に話を変えた。

「暇だったんで遊びに来ました」

「ふむ」

 それを聞いてアッシュは考え込む。他に遊ぶ仲間はいないのかと。すなわち、

「ボッチなのか」

「なんでそうなるのよ!」

 なお、アッシュの指摘はある程度当たっている。

 リサは強すぎるために徒党を組む必要がないし、周りも遠慮して近付こうとしない。上に立つつもりは無いが周りが下手に出るため、対等な相手は殆どいないと言ってよい。高嶺の花である。

 なので対等に馬鹿話ができるのは完全な別分屋のスペシャリストくらいであり、リサにとって後者の知り合いはアッシュくらいしかいないである。その居心地良さが故に暇を見つけては晴れる屋に訪れるのだが、彼女はそこまで自身の気持ちに気がついていない。

「要はアッシュ君と遊びたいだけよね」

 店長が二人に聞こえないようにボソリと呟いた。当人達は鈍感であり、自分等のことなので気付き難いが、二人に身近な第三者には気付いている者がチラホラいる。

「しかし暇なのか。だったら食材を採りに行かないか?」

「うん?食材はきちんと仕入れ・・・ああ、あれ用のね」

 店長もアッシュが何を言いたいのかわかったようだ。

「あれ用?」

「この店では魔獣肉や神樹の果実といった市販されていない食材は仕入れていない。けど暇な時間帯なら持ち込んできた食材を調理することはできる。まあ別途費用は貰うが」

 アッシュが店の知られざるシステムについて説明した。それに店長が引き継いで提案をする。

「君たちのギルド、群青の風の宴会で貸し切りだから時間に余裕はあるしね。だから食材を持ってきてくれたら本来のメニューと差し替られるよ」

「それ、私にメリットがあるのでしょうか?」

 リサの疑問は当然である。アッシュはメリットを述べる。

「後輩の歓迎会なんだろ?その後輩にとってきた獲物を見せて武勇伝を言えるだろ。すると『先輩すごーい』とか尊敬してもらえるかもしれんぞ」

 微妙に声色を変えているあたり芸が細かい。無表情で店長並みに声が高いので気持ち悪いとも言うが。

「行ってきます!」

 全速でドアから出ていくリサに対し、二人は同じ事を思った。

 チョロいな、と。

「店長、宴会代を安くしますか?」

「しないで大丈夫でしょ。彼方さんは景気が良いみたいだし」

 当初予定の食材費の分が浮くことに対し、何ら罪悪感のない店長だった。



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山菜とか根こそぎやると翌年生えない。



 個人的には転生は嫌いです。天魔・宿儺とかは大好きだが。


「ド阿呆が!」

 昼食のピークが終わって一息ついたアッシュの怒りがリサに落ちた。

「何か悪い事をしたかしら?」

「有りすぎだ!」

 ドーンと山のように食材を持ってきただけなのに、何故こんなに怒鳴られるのかリサにはわからなかった。

「生態系が狂うだろうが!」

 確かにそれは怒るところだ。第三者がいれば、ずれている事に突っ込むが。

「それにほとんど食材に向いてないものばかりだ!アホか!」

「そうなの?」

「そうなんだよ!」

 怒り収まらず説明が開始される。

「まず分類A、一番許せないものから!」

 リサは毒物でも交ざってたのかと一瞬考えた。

「バトルモアと戦闘して殺した肉が食えると思ってんのか!?」

 超大型の陸を走る肉食の鳥で、その肉は美味であり高値で取引されている。いるのだが、

「え?特殊な狩り方じゃないとダメなの?」

 ダメなのである。

「あの手の激しく動き回る鳥は寝させたりしてストレスを与えない様に絞めないとダメなんだよ!」

「それなんてト○コ・・・」

「○リコ!?なんだそりゃ!?」

「何でもない何でもない!」

 リサは大慌てでなかった事にした。

「あと盲然薯を魔法を使って掘り出すな!」

 これまた特殊な食材である。

「何か問題が?」

「魔力に触れたら一気に劣化するからそれなりの道具で掘らないとダメなんだよ!しかも魔法空間で保存してもその瞬間にダメになる!」

「やっぱりト○コなんだ」

「だからトリ○ってなんだ!?」

「本筋と関係ないので黙秘権を行使します」

 その後も幾つか拒否された。山のように大きかった食材の山が二階建ての家くらいの大きさまで減った。いったい何れだけの食料を無駄にしたのか?

「続いて分類B、直ぐにこちらで処分するやつ。毒物だな」

 今回は怒ってない。アッシュにとっては毒物を持ってこられるより、食材を無駄にする方が許せないようだ。

 ここで幾つかのキノコと果実が取り除かれた。残りの食材は平屋くらい。

「で分類C、人によっては高確率で受け取り拒否をされるやつ」

「どういう意味?」

 首をかしげるアリサにアッシュは丁寧に説明する。

「二種類あって、1つはフグのようなやつだな。きちんとした腕があれば食べられるが下手すると死ぬとか、そういうやつ」

「免許とかが必要なの?」

「国によってはあるらしいが、この国ではない。ただし食中毒なんかを起こしたら通常以上に罰せられるが。今回はフグなんかより難易度が高いブスズ鰻なんかが該当する。まあこいつも捕まえかたを誤るとA行きだったが」

 黄色と黒の色をした見るからに危険な鰻だ。しかしそれを持ってきた彼女は何を考えているのか?

「でこっちのドクモドキノコがもう1つのパターンの代表だ」

 黄色と緑でビクンビクン震えているキノコである。知らない人間ならこれを食べたいとは思わない。だから何故彼女はこれを持ってきたのか?

「これが分類Bに交ざってたドクナドキノコ」

 黄色と緑でビクンビクン震えているキノコである。これは食べられない。

「何が違うの?」

「見た目や匂いは全く同じだ。ただビクンビクンの蠢き方が微妙に違うからそこで判断する」

 ビクンビクンとキノコが同時に震えて胞子を飛ばす。

「ごめんなさい、やっぱりわからないわ」

「だから見分けがつかなくて受け取り拒否されるんだよ」

 むしろ見分けがつくアッシュを誉めるレベルである。

「分類D、期間次第では受け取り拒否される事があるやつ」

「これはこれで意味がわからないわ」

「この神野つくしのように調理に時間がかかるやつ。一般的な調理法だと灰汁抜きだけで3日かかる。あとAにならなかった奴も料理人の技量次第では劣化するから拒否される事がある」

 リサは何か口のなかでいいかけたがアッシュの耳には入らなかったようだ。

「あとは問題なし。逆になんで採れたのかわからんやつも入っているがな」

「どういうこと?」

「先ず分類Aにならずにすんだやつ。このマイタリンゴ」

 青いリンゴであって、決して青リンゴではない。

「あ、そのリンゴも特殊な方法が必要なんだ。いつも平気で食べてたけど、知らなかった」

 普段から知らずにとれたようである。

「盲然薯と同様に大方面倒くさがって枝を魔法で切り落としたんだろ。それが偶然正しい収穫の仕方だったと。魔力に触れながらじゃないと切断面から一気に腐っていくからな」

 大雑把な性格が幸いしたらしい。

「それよかよくアーマードラゴンを狩れたな。個人で狩るようなモンスターじゃないぞ」

 一流のギルドが総出で狩るような魔物である。単騎撃破はそれだけで彼女の実力を示している。なお、アーマー・ドラゴンでなく、アーマード・ラゴンである。海に棲む鎧を纏った巨大な人形の魔獣で余程空腹でも食べようとは思わない。アッシュなら迷わず飢え死にを選ぶ。

「これが群青の風のスーパーエース、リサ・ノースランドの実力よ。だから干されるなんてあり得ないわ」

 朝のやり取りを気にしてたようだ。

「不味い食材をメインするようなオムツは干される対象だろ?この場では普通に鶏肉を買えるガキの方が役にたつ。まあ元手が只なのはアドバンテージだが、それならもっと狩りやすい奴でいいという落ちになる。猪とか鹿とか。そっちの方が味もいいし」

 グサッとリサの胸に突き刺さった。

「ちなみにアーマードラゴンは分類E、不味すぎて拒否されるパターンだ。分類Eを全部返そうか?」

「ぜひお願いします」

 そして小さな部屋1つ分くらいになった。

「つまりこれがお前の五時間の評価だ。料理人次第ではもっと減るからな」

「ちなみに金貨換算だとどのくらいでしょうか?」

 アッシュは少し考える。

「ざっと見、金貨百(日本円換で千万円)前後」

 アリサはよしとガッツポーズをしたが、

「ちなみに生きたブスズ鰻の相場は一匹あたり銀貨二枚(日本円で二千円相当)だけど、毒を完全に取り除いた奴なら金貨十枚(日本円で百万円相当)近いからな」

 再びリサはピタリと固まる。

「確か15匹いたよな」

 この段階でとってきた食材の値段の材料費より、調理するだけの代金の方が高くなる。まあ世の中そんなものだが、あまりにも差額が大きすぎる。加えて鰻を除いても宴会の場所代食事代諸々を合わせても調理代の方が圧倒的に高くなる。

「な、なんでそんな値段なの?」

 ガクガク震えながら彼女はきく。

「調理できる人間が少なすぎるんだよ。専門店は一つしかないし、そこの平均的なコックでも百匹に99匹は失敗するくらいの難易度だ。そこの値段がワールドスタンダードになっているが、なければもっと値上がりするんじゃないか?」

「それじゃあ、あなたでは調理できないのね」

 金貨十枚の味を食べてみたかったのに、その条件で目の前のコックが捌けるとは思わなかった。

「いや、俺ノーミスで捌けるよ」

「はい?」

「捌けない食材を受けとるはずがない」

 これはリサでなくても驚いて固まるだろう。専門家の成功率が1%切るのに、この男は100%いけると言う。

「食の神に特殊な才能を与えられでもしたの?」

「才能はないな。悪魔の遣いのような師匠からの修行で食材の声が聞こえるようになったから神も関係ない」

 そんな説明に何故かリサは食い付きだす。

「コ○ツだ!?ひょっとして食運とかもあるの!?」

「コマ○?ショクウン?なんじゃそりゃ?」

 二人の温度差が激しい。

「ごめんなさい、知らないならいいの」

「?」

「けど食材の声が聞こえるならここに引きこもっていないで私と食材採取に行かない?」

 より美味しいものを食べられるチャンスと提案する。が、

「俺は知り合いが美味しいといって料理を食べてくれるのを見るのが好きだから別にいいや」

 あまり興味がないようだ。

「美味しい食材を採りにおどおどしながらも危険地域をガンガン進むイメージがあったのに」

「いや、どう考えてもないだろ」

 大概の人が持つアッシュへの第一印象はやる気のなさそうな引きこもりでありながら、かなり頑固なコックである。外に出るイメージはない。流石に仕入れや掃除、最低限の人付き合い等はあるが、それだけである。

 趣味を聞かれたら包丁研ぎと答えるくらいインドアで、冒険のイメージはない。もっとも、リサの趣味に剣の手入れがあるので、道具の手入れと引きこもりには関係ないかもしれないが。

「他に話がないなら此方で勝手に作るがいいか?」

「お願・・・いや、どうせならその鰻で一品作ってくれない?」

「まあ初回は只でいいか。次からは金貨十枚貰うからな」

 あんまり持ってこられて専門店に睨まれても困る。安くしたら客は一気に奪う事にもなるし、それは不味いだろうと考えた。全うな商売だから客を奪う事は問題ないが、客が増えすぎて捌けなくなるのも彼にとっては問題だ。

「けちー」

 この少女にはそこまで考えが回らないようだ。

「ケチで結構」

 言いながら厨房に入っていく。

「しかし何を作るのかな?やっぱり定番の蒲焼きかな?」

 期待に胸を膨らませる。

「はいお待ち」

「早!?って蒲焼きじゃないの?」

 アッシュが持ってきたのは鰻の定番である蒲焼きでなく、銀色の身がフワッと広がった素揚であった。

「かなり高位の浄化魔法が使えるならまだしも、毒だけ除くと蒲焼きはむりだな」

「あ、ならやってみよ」

「ああ、やってみろ。ダメな理由がわかるから」

 アッシュの謎の確信が気になるところだ。が、気にしない。鰻を一匹取り出して、

「えい」

 リサの手から優しい光が溢れだす。

 ドカン!

 何故か鰻は爆発した。

「な、なんで?」

 頬をピクピク痙攣させながらリサは訊いた。

「毒の中央部分に圧縮された無毒の部分があって、毒だけ除くとそこが膨張してこうなる」

「じ、じゃあ凍らせてから浄化すれば」

「うん。何事も経験だからやればいい」

 今度は魔法で凍らせた。

「どういう理屈よ?」

 鰻はしおしおのミイラになって氷に閉じ込められていた。

「冷えすぎると体内の水分だけを外に出す性質があるんだよ。水が凍ると温度が上がるから、その影響だろうけどな。で、凍るまで冷やすと鰻の水分が完全に抜けてこうなったとさ。あと、旨味なんかも水に変わってから抜けるから、不味いよ」

「なら一瞬で凍らせば!」

「ものにもよるんだが、細胞が破壊されて不味くなるパターンだな。加えて毒が全身に回る。逆に美味くなる食材もあるからケースバイケースだけど、基本的に凍らさない方がいいぞ」

 古人はよくこんな食材を食べようとしたなと、リサは本気で感心した。

「まあ食材の声が聞こえる人が他にもいるなら広まるか」

 そして奇妙な納得をした。

「ちなみに蒲焼きをしたいなら毒の周辺だけを凍らせて浄化し、その後爆発しないように処理する必要がある」

「食材の声が聞こえるのに出来ないの?」

 ピンポイントで凍らすくらいなら一般市民の魔力でも可能な気がする。しかし、

「俺の魔力は普通の人の1%未満だぞ」

 彼が頑張っても小指の先くらいの氷を作るのが精一杯である。とてもじゃないが、毒なんか凍らせられない。

 それだけ魔法がダメだと全く魔法が使えない魔盲と呼ばれる者達の方がキャラは立っている分マシではなかろうかとリサは本気で思ったが、口にするのは止めておいた。蛇足だか彼の師匠にも似たような事を言われているし、本人も魔盲の方がましと言っている。

「天は人によって二才も三才も与える癖に、無いやつはとことん無いからな」

 目の前の才能に恵まれた人間に皮肉を叩きこむ。もっとも、彼女の打たれ強さだとこの程度なら効きはしないが。というよりは気がついてないが。

「じゃあ、こっちは仕込みに入るから用があったらよんでくれ」

 リサ一人残された。

「しかしこれが金貨十枚の料理か」

 柔らかな身を指で摘まんで口に入れる。

 瞬間、目の前に大自然が広がった。深い森をサラサラ流れる川。澄みきった空気が彼女の体に染み渡る。

(いやいやいやいや)

 彼女はおもいっきり首を振って現実に帰ってきた。

(思わずトリップするって、どんだけ美味しいのよ!?)

 金貨10枚もする大森林の味を噛みしめながら次々と食べていった。

 




リサは転生者か転移者。じゃなければ○リコを知らない。アッシュは遺伝子的にも魂的にも普通の人間です。精神的には人間辞めてます。訓練によって後天的に食材の声が聞こえるようになった、そういった人間は異世界人よりレア。


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彼にとって料理はオマケだった

 

 

「それでは新入りの活躍と群青の風の更なる発展を祝して!」

「「「乾杯!」」」

 団長の音頭から宴会が始まった。美味い美味いとガツガツ食べていく総勢15人の団員達を見ながら、店長は受注や配膳に大忙しだった。

「ここの料理、美味しいですね」

 金髪ショートカットで小柄な少女が蒼いキラキラした目で店長に言った。

「ハハハっ、ありがとう。コックに伝えとくね」

 新人さんの言葉にニコニコと店長が応じる。ミーヤ・ピナカという名の彼女は冒険者学校に入学する前の経歴が凄まじかった。

 十歳を過ぎたばかりの少女が色んな国の武術大会に参加して優勝をかっさらっていたのだ。なので群青の風以外にも幾つものギルドや国等の組織からオファーが来ていた。

 そんな彼女だが店長の自分より高い女の子の様な声の高さには頬をひきつらせて笑いを耐える程に驚いている。

「食材を採ってきた私も誉めなさい」

「アッシュに怒られてたけどな」

 その場を見ていたギルド員の一人がリサを見ながらボソッと呟いた。

「アッシュ?」

「ここのコックよ。凄い腕がいいの。性格は捻くれているけど」

 何かに疑問を感じたのか、ミーヤが名前を反芻した。それに対してリサは簡潔で酷い説明でアッシュを表現した。間違いではないが。

「ところで、どうしてここのギルドを選んだのかな?」

 店長は興味本意で聞いてみた。他のギルドからもオファーは来てたらしい。ミーヤはギュっと拳を握りしめて答える。

「占いの結果です」

「「「はぁ?」」」

 全員の口がポカーンと空いた。どうやらギルドマスターの翁もそこまでは知らなかったようだ。

「知り合いの占い師が出した項目に一番一致したのがここでした」

 いいのか?そんな決め方で自分の未来を決めても。

「いったい何を占って貰ったの?」

 頬をピクピクひきつらせながら店長が深くつっこんでいく。

「尋ね人に会える可能性が高いそうです」

「乙女か!?」

 思わずリサがつっこんだ。対して店長はフォローする。

「いや、家族とかだったらそうでもない気がするけどね」

 実際はどうなのかと彼女へ注目が集まる。

「家族ではないですね。恩人で男の人です」

「「「乙女だ!」」」

 一同一斉に叫んだ。

「ちなみに何方で?」

 一同を代表して乙女(?)のリサが聞いてみた。

「アッシュ・ダインスレイっていう人なんですが...」

「「「飯なのか!?」」」

 ギルド一斉総つっこみ。アッシュの人助けイメージがそれでいいのかと店長は汗を流しながら見ていた。

「イメージがだいぶ違いますけど、やっぱり同じ人なんですかね?」

「同性同名の別人じゃないの?」

「外見的特徴も聞いてみるか」

 リサとギルド員達がヒソヒソと話し合いをした。そしてリサが代表して聞いてみる。

「どんな外見なの?」

「澄んだ空色の髪の毛で、太陽の様なキラキラした目をしてるんです。はにかんだ笑顔が素敵なんですよ」

「「「別人だ!」」」

 灰色の髪と死んだ魚の様な目を思い浮かべた一同は全力で否定した。

「乙女よねー」

 店長だけがずれた感想を出した。

「ここのアッシュ君は灰色の髪にどぶ底の様な濁った目をしてるからな」

「笑顔?なにそれ?美味しいの?っていう仏頂面だし」

 一同が持つアッシュの外見に対する評価である。そして出た結論は、

「「「別人だな」」」

「そこまで言われる人だと、見てみたいんですが」

 好奇心を刺激されたのか、ミーヤは提案してみた。

「うーん。別にいいよ。ちょっとまっててね」

 少しだけ考えた後、店長が呼びに行った。

「ところで、そのアッシュさんとやらと、どの様に出逢ったの?」

 興味本意でリサは聞いた。他のギルド員も恋話に興味津々である。

「最初の大会での決勝の相手です。今まで天才天才と周囲に持て囃されていたのに、鼻を折られましたよ」

「ミーヤに勝てるような相手なら大人かしらね。なら鼻を折られるという表現はおかしくないかしら?」

 リサの疑問ももっともだが、

「いいえ、同年代です。加えて魔法の才能に恵まれない雑魚だと思ってました」

 同年代で魔法の才能に恵まれない。そこだけはコックのアッシュと全く同じ特徴だとリサは思った。

「ちょっと待て。どうして負けたんだ?」

 ギルドマスターが当然の疑問を挟んだ。

「一言で言えば、技が凄すぎたからです。何をやってもいなされて、まるで底無しの闇を相手にしている感じでした。才能なんか鍛練で幾らでもひっくり返せるんだとその時知りました。今の自分でも当時の彼に勝てるとは思えません」

 ある程度美化は入っているだろうが、そんなに強い人間で名前が知られていないのは不自然である。

「少なくとも、ここ数年の冒険者学校在校生にそんな人間はいないな」

 冒険者学校にスカウトへ行くギルドマスターが知らない。だとすると冒険者学校に入学していない可能性の方が高い。

 それでもそんなに特徴的なら冒険者達の話題にはなるだろうが、全く上がらない。

「何か呼んだか?」

 話題の男、アッシュ・ダインスレイ登場。相変わらず目が死んでいる。

「あ、アッシュさん、むむ昔ははあ青いか髪ででしたよね?」

 ミーヤが信じられないものを見たようにガタガタ震えながら質問した。

「何で知ってんの?」

 アッシュの機嫌が急激に悪くなった。それだけの、ミーヤにだけ向いているはずの威圧だが、ギルドのメンバーは危機感を持って思わず戦闘態勢をとった。

 今までに闘ってきたどんな魔物よりも凶悪な気配。下手な動きをすればその瞬間に自分達は全滅する。

 彼の顔も普段の気だるそうでやる気のない顔から殺人鬼のように変わっている。

 この顔からはにかんだ笑顔を想像しろと言う方が無茶である。

「ふ、フリーゲンのとと闘技た大会い決勝うでた闘ったかららでです」

「ああ、あの時の」

 まさかの同一人物である。占いは大当たり。

 もっとも、変わり過ぎてるのにどうしてミーヤにそれがわかったのかといえば、乙女の力が為せる業であろう。

 理由を聞いて納得したのか、威圧感は霧散した。霧散したのだが、

「な何でり料うり理人んをしてているんですすか?」

 アッシュと再開した高揚か、ミーヤの舌は上手く回っていない。

「剣を捨てたから」

 あんな喋り方でよく解るなと半ば感心しつつリサは二人の会話を聞いてた。

「どどううして?」

「覚悟が足りなかったんだろ」

 そんな事はないとミーヤは知っている。

 かつて相対した身として、彼の動きは気が遠くなるような鍛練の果てに身につけたものだとわかっている。それだけの鍛練ができる者が覚悟が足りないわけがない。が、地雷を踏んだかの様な悪寒を感じて何も言えない。

「質問なんだけど」

 ミーヤの代わりにリサが空気を読まない質問をする。

「何でそんなに料理が上手いの?」

 アッシュは頭を押さえた。何か地雷を踏んだかと一瞬思ったが、

「訓練メニューの中に料理が入ってた」

「「「はい?」」」

 流石に一同耳を疑う。

「剣の修行の項目に料理があるんだよ」

「流石にそこはわかるわよ。問題なのは、何故訓練メニューに料理があるかだわ」

「包丁で切ることにより、物の切れやすい向きをわかるようになるためって言うのが師匠の説明だ」

 ああ、成る程とリサは一瞬思いかけたが納得できない事がある。

「煮たり炒めたり調味料を加える理由は?」

「それは自分で考えろと言われたな」

 それ、本当は理由がないのと違うかな?皆そんな事を考えたが当のアッシュが否定する。

「煮る炒める揚げるあたりの火力とかならなんとかわかったが、分量とかお菓子作りが未だにわからん。調味料もだ」

 ある程度とはいえ、わかる彼も彼で凄いと思った。

「うん?つまり君から料理を習えばもっと強く成れるの?」

 リサが思い付きを漏らす。

「料理以外にもワケわからん修行があるから、料理だけやっても意味がないぞ。釣りとか団扇(うちわ)とか他にも色々あるし」

「団扇の修行って何!?」

「団扇を使って効率よく風を送る訓練だ」

 それと剣の修行になんの関連があるのか、彼の師匠に深く問い詰めたい一同だった。

「そんなの全部を習うくらいなら魔法を鍛えて魔法剣にした方が早い、楽、安全だと思うが」

 話は終わったとばかりにアッシュは厨房へ戻っていく。

「店長、ひょっとして知ってた?」

 ギルドマスターがなんとなく聞いてみた。

「剣を棄てた理由は知ってるから、勧誘はしないであげてね」

 流石に地雷へ踏み込ませて巻き添えをくらう度胸は店長にもない。

「理由を聞いてもいいかしら?」

 リサが店長に詰め寄るが、

「本人が言うように、覚悟が揺らいだのよ。もう一度覚悟を決めればまた剣を振るえるようになるかもしれないけど、剣を振らない人生の方が彼には似合っていると思う。だから言わない」

 いや、あの仏頂面の料理人よか仏頂面の剣士の方が似合ってるだろ。思っても誰も口にしないが。

「空色の髪で笑顔の似合う料理人……悪くないですね」

「でしょ?」

 過去を知る二人は納得している。

「剣を棄てた理由を解決しないと笑顔は戻らないと思うのは私だけなのかしら?」

 リサの呟きに耳を傾ける者はいなかった。




 料理スキルを鍛えた理由は『食材の声を聞く』ためで、『食材の声を聞く』スキルを発展させてとあるスキルを習得するためである。料理人としての実力は食没を習得した程度のコマツあたり(でストップしている)。まあ後天的に食材の声を聞ける程度の実力でもこの世界で5指には入る。
 なお釣りは気配探知でまだわかりやすい。団扇は気流探知。他に楽器や声楽、速読等々、首をかしげるもの多数。


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狩りに行こうぜー
冒険者ってよく食べるよね


誰か感想をクレメンス


「日替わり8人前お願いします!」

 開店早々女の子2人組が大衆食堂晴れる屋にやって来て大量の注文をした。ミーヤ・ピナカという昨日やって来たばかりの小柄なのと、リサ・ノースランドという常連さで女性としては少し高めのとで、共に群青の風という名のギルドに入っている。

「日替わりは昼間のみだ」

 顔さえ上げずに厨房で淡々と食材を仕込んでいるのはアッシュ・ダインスレイ。灰色の髪にどぶ底の様な目をした大衆食堂晴れる屋のコックである。

「朝はモーニングにしなさいって言ったでしょう」

「モーニング8人前でお願いします!」

 リサの指導でメニューが変更された。

「念のため聞くが、2人で8人前か?」

 この身体で6人前も入る事が今一信じられないアッシュであったが、

「何を言ってるんですか。そんなのわたし1人で食べるに決まってるじゃないですか」

 特等席のカウンターに座りながら当たり前のように宣った。

「と、言っておりますよ。少食のリサさん」

「一人前で満足できるアッシュ君程ではないわ」

 信じられない量に思わず逃避をする2人だった。

「合わせて十人前だな。暫く待ってろ」

 とはいうもののアッシュの逃避は一瞬で、恐ろしい速さで調理に移った。具体的には、リサやミーヤの目にはキャベツを千切りにしている包丁が見えないくらいだ。1玉1秒かかっていない。

「わたし、動体視力には自信があったんですけど」

「大丈夫よ。私も見えないから」

 この半分程度の速さで包丁の長さの2倍の剣を振られたら、自分でさえ防ぎ切れないだろうなと改めてリサは思った。なのでアッシュが剣を棄てなかったとしたら、ミーヤより強くてもおかしくはない。

 そんなつまらない事を考えている間にフライパンの上で割られた卵がフライパンに接触するまでにかき混ぜられ、調味料等を加えられる。

「これ、見せるだけでお金を取れません?」

 想像以上の腕前にミーヤは何処か場違いなコメントを述べた。その返答も何処か惚けた内容である。

「くれるのか?」

 なお、カウンター席に追加料金を払うという店長の計画があったらしい。

 そんな事とは露知らず、アッシュは焼きベーコン、サラダ、そして形を整えたばかりのオムレツにした卵を皿に乗せ、スープとパンを差し出す。

「とりあえず2人前な」

「ベーコン、何時焼いてました?」

 当選の疑問を口にしたミーヤだが、

「キャベツを切っている時ね。卵とは違うフライパンで焼いてたわよ」

「動体視力の自信を無くしました」

「大丈夫よ。私も最初は見えなかったもの」

 リサは頂きますと手を合わせてから食べ始める。

「それ、何かの儀式ですか?」

 がっつきながらミーヤは質問した。

「生まれた地方の風習ね。命の恵みと生産加工に携わった全ての人に感謝を込めてするのよ」

 ふーんと言いながら皿が空っぽになった。

「2皿目。目玉焼きにしてみた」

 ほぼ同時に次の皿が出された。減り具合をみて調理していたようだ。

「卵料理の種類はある程度なら作ってくれるわよ」

 モーニングに含まれるシステムの1つである。

「じゃあ3皿目はスクランブルでお願いします。4皿目はゆで卵で」

「はいよ。つってもゆで卵ができるより食べる方が早そうだけどな」

 皿を下げつつ厨房に戻り、ゆで卵の準備をする。

「流石の貴方もゆで卵を高速では作れないのね」

「魔力を使えればできるがね。俺の場合は確実に魔力欠乏症になるからやらないが」

 この返しは二人も想定外だった。

「でかいレストランとか弁当屋なんかだと、魔力で大量のゆで卵を手早く作るからな。釜茹での方が実は面倒なんだよ」

「それの何処がゆで卵なのよ?」

 当然の疑問だが

「鰻の蒲焼きだって蒸してるだろうが」

「そうなの?」

「スクランブルエッグお待ち」

 この程度なら雑談に花を咲かせながらでも問題なくできる。

「厳密には蒸し焼きにした後に焼いてるな。ゆで卵も水につけてから魔力で内部から一気に加熱するが、最終的には魔力の余波で水も湯だってる。ゆで卵でよくないか?」

 それらを踏まえてできる結論、

「わたし達にもゆで卵ができるんですか?」

「普通に茹でるなら誰にもできるだろうが」

「今度やってみます!」

「ゆで卵は料理じゃないからな」

 こんな会話を聞きながら、ミーヤの料理の腕に戦慄を覚えるリサだった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで2人は食事を終え、しかしまだ駄弁っている。

「そういえばオリジナルなメニューは無いの?」

 唐突にリサが切り出した。

「メニューに載せる予定はないな」

 身も蓋もない。

「2番テーブルでクラーケン揚げ定食とコーヒー入りました」

 男のバイトが大声で注文を伝える。

「了解。1番テーブルの焼きマンドラゴラ定食上がり」

「はい!」

 近くにいた女性のバイトが仮面を被った謎の男の元へ定食を運ぶ。

「何ですかあの人?」

「恥ずかしがり屋な常連さん」

 あんな格好の方が恥ずかしくないですか?

「冷静に考えたら奇妙な食材を使っますよね」

「市販されていない食材は扱わないんじゃなかった?」

「他の国では珍しいが、この国ではクラーケンは普通に売ってるぞ。干しクラーケンは噛めば噛むほど味の出るから土産に喜ばれるし、出汁にも使っている」

 ならいいやとリサは納得した。

「それでもマンドラゴラはないと思うんですけど」

 確かに食品としては市販されてない。

「薬局に行け。普通に売っているから」

 薬剤として普通に市販されているので料理に使っても問題ない。

「確かにマンドラゴラなら世界各国何処でも売られてるものね」

 ミーヤの疑問は即座に否定された。

「薬用の物を料理に使うのもどうかと思いませんか?」

「ハーブなんかは薬局の方が品揃えがいいわよ。今度買いに行かない?」

 何故かアッシュではなくリサが話相手になっている。

「席が混んできたからボチボチ帰れ」

 言い方は酷いが言ってる事はまともである。

「じゃあお昼に来るわ」

 そう言って会計を済ませて2人は店を後にした。

「次は何処に行きましょうか?」

「薬局にでも行く?マンドラゴラを売ってるし」

 地域探索を兼ねて仲良く買い物をする二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして昼まで時間は流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日替わり10人前ください!」

「念のため聞くが、1人で食べるのか?」

「当然!」

 お昼時にやって来た大量注文にドン引きしながらアッシュは訊ねた。ちなみにこの店、バイトはそれなりにいるが厨房はアッシュ1人で賄われている。技量差がありすぎて味が変わりすぎるだめである。

「私はランチ二人前で」

 こちらは何時も通りの少食である。それでも二人前だが。

「はいよ」

 なおこの二人、だいぶ長い時間を待ってカウンター席に陣取っている。アッシュの凄さを目の前で見える特等席なので、この店のカウンター席の人気は高い。それこそ、追加料金を取っても良いくらいに。

「肥らんのか?日替わりの友は」

 隣でボソッと呟いたのはカレーを食べているみすぼらしい翁である。

「動いてるから大丈夫みたいよ、カレーさん」

 日替わりと呼ばれて素直に返答するリサ。

「な、なんなんですかこの会話は?」

 慣れていないので何が起こっているのかミーヤにはわからない。

「ここの常連は偏食でな。何故かよく食べるメニューがあだ名になるんだよ」

「偏食って体に悪いと思います」

 アッシュの説明に至極真っ当な事を言うミーヤ。

「だから日替わりなのよ」

「1日1食だけじゃわい」

 それぞれの言い分で反論する。

「健康については大喰らいのお前さんにだけは言われたくないだろ」

 アッシュにかかれば不健康であることでは同類だった。

「そこの新入りも適当に頼んでみて気に入ったのを偏食するといいぞ」

「なんで体に悪いことを進めているんですか?」

「日替わりとカレーは被ってるわよ。他にもマンドラゴラ定食やマカロニグラタンとかもいるからおすすめはしないわ。だから何にするのかしら?」

「だから偏食を勧めるなよ」

 こんな雑談に混じりながらアッシュの手は目に見えない速さで料理を作っていく。

「ミートスパ、チーズグラタン上がり。焼き魚定食は後1分」

「今行きます」

「どっちか皿洗い頼む」

「あたしが行きます!」

「三番テーブル客さん待ってるよ」

「これを持って行ったら注文取ります!」

「個人的には色んなメニューを味わって食べて欲しいんだけどね。焼き魚上がったぞ」

 さっきまで指示を飛ばしまくってましたよね?会話の急な落差にミーヤはついていけなかった。

「ところで今回じいさんがその席を指定したのはなんでだ?」

「そういえば何時もテーブルにいるわね」

 もっと早く気づけよ常連。アッシュがそんな目で軽く睨んだのをミーヤは見た。

「うむ。ちと面白い物を見つけてのぅ」

 カレーの爺が懐から取り出したのは虹色をした石だった。

「うわー綺麗ですね」

「本当ね」

「知らないって素敵だな」

「「?」」

 アッシュの奇妙な返しにハテナを浮かべる冒険者二人組。

「けどなんでアッシュ君に見せるの?」

 これを誰かに届けろとか、加工してくれとかいった冒険者向けの依頼なら彼に見せる必要はない。もっともな質問に思えるが、

「出汁やつなぎになるんだよ」

 アッシュが理由を答えた。

「えっ!?これって食材だったんですか!?」

「飾っておきたいぐらい綺麗な宝石にしか見えないのに」

「やはり知らないのが素敵っちゅうぐらいには知っとったか。虹竜石っちゅう超高級品じゃわい」

「「コウリュウセキ?」」

 二人は復唱した。

「とある竜が作る物で、砕くと粘り気のある汁が出る。麺の繋ぎなんかに使われるな。炒飯セット持っていけ」

 説明のしながらさらりと店員に指示を出す。

「了解!」

「つまりこれで何か一品作れと」

 カレー翁はニッコリ笑って肯定した。

 アッシュはここで初めて目を閉じ手を止め、少し考える。時間にして数秒。

 その後何事もなかったかのように死んだ魚のような目を開き、料理を再開する。

「1週間くらいかかっていいか?」

「構わんよ」

「ひょっとしてメニューを考えてたんですか?」

「そうだよ」

 アッシュはミーヤの仮定を肯定した。

「わたしもお相伴に与っていいですか?」

「1食金貨百」

 剰りもの金額にミーヤは思わず吹き出した。

「因みに虹竜石一つが金貨10万じゃのう」

 更に飛び抜けた桁に顎が外れた。

「日替わりは驚かんのか?」

「驚いてるわよ。ブスズ鰻で少しだけ免疫はついてるからで」

「ほう?アッシュ殿は捌けたのか?」

 カレー翁もブスズ鰻がどれ程面倒な食材か知っているようだ。

「なんなんですかその鰻?」

 おそらくミーヤのこれが普通の反応なのだろう。

「フグみたいに猛毒だけど、持ってくれば金貨十枚で捌いてくれるわよ」

「妥当じゃのぅ」

「世界が違いすぎてついていけません」

 実はこの時アッシュだけが呆れてたのだが、この服装でその高級品はおかしいだろうが、突っ込めよと。実は爺さんが凄い金持ちだけど隠しているため、アッシュは口には出さなかった。




ホームレスっぽい見た目の男がでっかい宝石を持っていた。しかも会話から偽物ではない事がわかった。
 なんでミーヤはスルーしてんの?というか隠す気あるの?
 リサさんも疑問に思わない。麻痺していたから。ただしカレーさんの本業を知っているからあえてスルーしているとアッシュは思っていたが。


それとは別件で『異世界食堂』のネタ、一部常連さんが同じものばかり注文するあたりが。まああっちは週一だから、偏食を問題になする必要はないけど。


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『料理する』という言い回し

 上手く処理する、フルボッコにする、等といった時にも『料理する』と表現する。けどそうする人を料理人とは言わない。


「アッシュ隊長、どうして我々はこんな森に来てるでアリマスか?」

 変なテンションのリサが訊ねた。

「今日は晴れる屋の定休日だ」

 微妙に答えになっていないが、アッシュが店にいない理由にはなる。相変わらず低いテンションでエプロンをかけていてほとんど普段と変わらないが、背中に大きな篭をしょっているだけが何時もと違って違和感があるのも気にしたら敗けだ。

「なので食材採取をしようと思う。虹竜石を使った料理に普通の食材を組み合わせるのは勿体無い」

 それが今回の主旨である。

「それって、アッシュさんやリサさんが来なくても、わたしの様な下っぱを使えばいいのではないですか?」

 ミーヤはそう言うものの、アッシュの指示通りに採取するのは絶対に無理だとリサは感じた。

「呼んでいないのにここいるところ悪いが、特殊な採取方法の食材があるのでな。魔法に長けたのが必要だった」

 うんうんとリサは頷いた。ミーヤの方は『?』を浮かべているが。なお、彼女もやはり青いレザーアーマを着た戦闘スタイルである。

「というわけで、早速ここの樹を風の魔法で折れないように傷つけて」

 トントンと樹を叩きながら指示を出す。

「あたしがやります!」

「どうぞ」

 無理だと思うがとは口にせず、アッシュは許可した。

 ミーヤはそこそこ強い魔力を風に変換し、幹にかするよう放った。

 カキーン!

 何故か弾かれた。

 ピクピクするミーヤを他所に、淡々とアッシュは理由を述べる。

「威力が弱いな」

「もう一度!」

 持てる限り全ての力を持って同じ様に魔法を放つ。

 カッッキーーン!!

「ど、どうして!?」

 結果は同じ。アッシュは理由を延べる。

「魔法に対する抵抗力が強くて、金属と重ねて防具に使われたりもする。物理的な耐性は弱いからナイフでも簡単に傷が入るが、魔法で傷つけないと樹液が出ない」

 料理人ですよね?冒険者でもなかなか知らないような料理とは一見関係ない知識にミーヤは頬をひきつらせながら聞いていた。

「リサ、頼む。威力はさっきの3倍くらい」

「任せなさい」

 此方は余裕を持って一発で成功した。これが今季のルーキーナンバーワンと世界的エースの実力差である。

「この段階で下っぱには任せられないことがわかるだろ?」

 樹液を少しだけ瓶に詰め、そのまま森の奥に入っていく。

 リサは指で樹液をすくい、舐めようとしたが、

「不味いぞ」

 言われて止めた。

「こっちを見てなかったはずなのだけど」

「昔から背中に目がありましたよ」

「例えよね?」

「例えです」

 先行するアッシュを他所に雑談に花を咲かせる二人。通常の護衛なら依頼人を先行させないのだが、アッシュなら1人でも余裕だというミーヤの判断である。加えて

「魔力を感知したら食べれなくなる食材だからここで待機」

「音に弱いから静かに。足音も駄目だからここで待機」

「お見せできない採り方だからここで待機」

等々、二人が邪魔な場面も散見される。今回は魔法を使う雑用がリサの役割であるので、後ろの方が都合が良いのも確かである。

「熊がいるな。いらないから回避するぞ」

 1人黙々と野草を採りながら進んでたアッシュが急に喋った。

「倒した方が早くないかしら?」

「無益な殺生は気に食わない。あと生態系のために殺すとまずい。この山には草食系が多いみたいだから、草食獣なら考えるが」

 程度にもよるが依頼者の意向が優先される。襲われれば闘う他ないだろうが、危険でなければリサやミーヤも特には気にしない。

 そんなこんなで一向は進んで行く。

 そしてついにその時はきた。

「ふむ。昼飯の準備をするか」

「「待ってました!」」

 大喜びの二人だ。しかし甘い。

「簡単に食べられるそこそこの食材と、苦労するけど美味しい食材、どっちがいい?」

 答えに迷う二人。今までの軌跡を振り返ると、苦労の質がとんでもないことになりそうである。

「因みにメニューは?」

「この先にいる雷角猪を使う」

 ビシっと指さすが、何にも見えない。

「わかります?」

「今アクティブの魔法でサーチしてるわ。あ、本当ね」

 リサが魔法を使ってようやくわかった。はっきり言って見えないほど遠くだ。

「なんでアッシュさんにはわかるんですかね?」

「食材の声が聞こえるって言ってたから、多分それね」

 彼にかかれば熊も魔獣も等しく食材である。

「需要はマジックアイテムとしての方が大きいんですけどねぇ」

「ちなみにどう調理するのかしら?」

「奴の美味しい食べ方は、魔力を空にするまで暴れさせてから仕留める事だ。強引に吸収したりしても駄目で、きちんと暴れさせること」

 調理方法が地味にきつい。二人にとって難易度はそこまで高くないものの、時間がかかる面倒なものである。因みにマジックアイテムとして狩る場合は、魔法を使われる前に倒して奪った角が用いられる。

「だいたい一時間くらいかな?」

 三人で割っても単純に一人20分、二人には未知の領域でおそらく集中力が持たない。

「私はパスするわ」

「わたしもちょっと無理です」

「ち。一人5分のローテーションの予定が、まさかの耐久コースか」

 まさか一人でするつもりか?貴方料理人ですよね?戦闘職の私達でも無理なのですが。二人は心の中で呟いた。

「分けてやらないからな」

 本当に一人で耐久レースをする気である。そうして一人でトコトコ歩いていく。その背中が哀愁を誘う。

「銅貨がひのふのみの・・・」

 何故か財布の中を数えながら。その姿に財布がピンチのお父さんを連想したリサだった。

 そしてドンパチが始まる。

 地面と水平に飛んでくる雷撃に銅貨をぶつけ、地面にエネルギーを落とすという雷撃魔法の物理的な防ぎ方を実演するだけならまだしも、包丁で雷撃を切るという絶技に対してはどうコメントをすれば良いかわからない二人であった。とりあえず総合的に考えて、

「料理人って凄いんですね」

「叩きのめす事を料理するって言うくらいには凄いわよね」

 一時間の戦闘中、二人はずっと現実逃避していた。

 

 

 本日の彼女らの昼食

 

 肉の入ってない猪と山菜の鍋。ただし旨味が汁に含まれているのでそこそこ美味しい。

 

 なお余った肉はベーコンにすると処理をして背中の篭に入っている。その他にもコカトリス等の凶悪な魔獣を生きたまま一瞬で裁く(暫く頭と骨だけで動き回っていた)という冗談みたいな技量を見せた。

 本人曰く、生きた古竜くらいなら1人で捌けるそうな。リサ1人でも古竜退治は厳しいものがあるし、ミーヤには不可能である。本当に何故料理人なのか激しく問い詰めたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして出来上がったのが」

 カレーうどん。

 営業後の晴れる屋で通称カレーさんがぼやく呟いた。アッシュが解説する。

「使い道は麺類かころもぐらいだしな。挽き肉とかに練り込むと肉の旨味を殺すし」

 なら何故カレーを乗っけたの?カレーさんだから?リサは喉まででかかった疑問を無理やり飲み込む。

「では実食」

 さっぱりしたルーの浸った麺を箸で摘まみ、チュルリと啜る。

 瞬間クワっと目を見開き立ち上がると、熱風と共に筋肉が膨張してビリビリと上衣を破って背中に生やした虹色の竜翼で天井を壊して大空へと舞い上がった。

 リサとミーヤは思わず目を疑って、目を擦る。

 天井は壊れてないし、通称カレーさんも翼を生やすどころか服さえ破れてない。目を見開き立っているのはいいとして、何故か上半身裸になっているが。

「な、何があったんですか?」

「私に聞かれても」

 いきなりの幻覚に戸惑う2人に理由を説明したのは店長だった。

「それは味のイメージね」

「どういう意味かしら」

「美味し過ぎる料理は食べた人だけでなく、周囲の人まで幻覚を見せるのよ。さっきのはカレーさんが料理を食べた時のイメージね」

「んなアホな」

 冗談みたいな現象にミーヤの口から思わず零れ落ちた。

「ト○コでなくてソ○マだったのね」

 やはりよくわからないセリフを漏らすリサだった。

 その後調理代として現物で分けてもらった料理を店員やリサ達に振る舞った。

 

 

 

 完璧な余談だが、その時間帯付近を歩いていた住人から『翼を生やした人達が晴れる屋の天井を突き破って空を舞う幻覚を見た』という人が大勢現れて警察が確認にやってきた。お勤めお疲れ様です。




 個人的にはソ○マでなく味○様なのだが。あれも大概リアクションがおかしかった。大仏が暴れたり。まあ何もなかった事になるので幻覚かと。
 なお、幻覚でなく実際に変身してしまう料理漫画もある模様。


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ストーカーの撃退法
ストーカーが表れた。よし、ニセコイ計画だ。


 

 

 

「アッシュ君ごめん付き合って!」

 配膳をしていたアッシュはいきなりそんなことを言われた。

「若いねー」

「これが青春やでー」

「アツい」

 店に居合わせた客は思い思いの言葉を口にする。

 ここはスフィトリア共和国首都アリトーリス、大通りから少し外れたばしょにある大衆食堂、晴れる屋。実質料理長の灰色の髪をしたエプロン姿の青年アッシュ・ダインスレイは閉店前のラストオーダーも終わって調理から解放されていたが、リサの一言により普段からどぶの底のような目を更に濁らせて、

「断る」

 一刀両断にした。

「もったいないな」

「ということはリサさんより好きな人でもいるのか?」

「けどそんな噂はないよな」

 好き勝手な事を言うギャラリー。

 言って来たのは美人で通用する女性だった。黒髪は背中まで伸ばして纏めている。引き締まった肢体に青に塗装された金属製の部分鎧、腰には長剣。世界的にも有名になったギルド群青の風、そのエースであるリサ・ノースランドこそが件の女性である。

「いやお前ら、これが告白でないとわかってて言ってるだろ?」

「「「うん!」」」

 一同ノリノリである。

 息を切らせて店の中に駆け込んできたリサは周囲を気にせずアッシュのもとまで行き、そしてさっきのセリフをはいた。普通に考えれば、何か急な要件に付き合ってくれと言う意味で恋愛要素が絡むとは思えない。

「せめて理由を聞いてから断って!」

「忙しいから後にしろ」

 といってもラストオーダーは終わっている。

「こっちも時間がないの!」

 アッシュはため息をついて大声で、

「店長!しばらく外します!」

「あー、いいよいいよ」

 店長の許可を得て客のいない席に座る。

「で、なんのようだ?」

「恋人の振りをして欲しいの!」

 まさかの恋愛に絡む付き合いであった。

「親にでも見合いを勧められたのか?」

 アッシュは最近読んだ小説の内容を口にしてみた。

「それだったらまだマシよ」

 うんざりした口調で返した。

「ストーカーがいてね」

 そして更にうんざりした口調で話す。

「「「は?」」」

 一同(アッシュ含む)唖然。他の女性ならまだしも、この女に関してはそれが危険にならない。むしろストーカーの身を案じるレベルだ。

「ストーカーの命は大丈夫か?」

 言わなくても良いのに口だけは心配するアッシュ。

「普段ならそうなんだけどね」

 その事についてアリサは否定するつもりはないし今まで返り討ちにしてきた事実もあるわけだが、今回のストーカーに関しては勝手が違うようだ。

「冒険者学校時代のクラスメイトで、とても粘着質な勘違い野郎でしつこいの」

「そこまではわかった。が、何で俺なんだ?ギルド員でいいだろ?」

 単純な案を言ってみたが、

「ダメ。あのバカは私とタメをはれる実力なの。だから彼より弱い人間は相応しくないと決めつけるわ」

 理屈が飛びすぎて誰も理解が追い付かない。

「そいつが理解できないのはわかった」

 アッシュは理解する努力をあっさり諦めた。が、アリサの口からは更に驚愕の事実が明かされる。

「同じ脳ミソスライムになら理解できるっぽいわよ。クラスメイトにあんなのが好きなのが何人かいたし」

「俺、学校行かなくて本当によかった」

 アッシュは心底ほっとしたように漏らした。

「いやいやいやいや!流石にそんなのいなかったから!」

 店員の一人が叫んだ。どうやら彼も冒険者学校に通ってたようだ。

「で、流石に料理の腕なら俺の方が上だからという訳か」

「そ。あなたの料理を毎日食べれるから、付き合っていることにするの」

 餌付けされてるのを告白しただけでは?本人が気付かないので、あえて皆スルーした。

 そして目を光らせたアッシュが

「今日の食事代はリサが払ってくれるから!協力よろしく!」

 大声で客に呼び掛ける。

「うう、勝手な事を。まあ、流石に只で手伝えってのは図々しいか」

 愚痴りながらも納得する。

「質問です!」

 手を上げる客の一人。

「今からお代わりしたらその分も払ってくれますか?」

 セコい。しかしリサは無理だと言うことを知っている。

「もうラストオーダーは過ぎてるわよ」

「店長、閉店を一時間延長にしますから、ラストオーダーも延長しますね」

「ちょっ!?」

 何故か延長するのを決めたアッシュ。流石にリサも悲鳴をあげた。

「という訳で、俺からは口を滑らしたらいけないので酒は飲むなとしか言えない。あと、流石に持ち帰りは図々し過ぎるだろと思うが?」

 アッシュの財布でないので中身を気にせず、遠回しに認めている。お代わりの段階で図々しいとアリサは思う。

 加えて店員の1人が手を上げる。

「質問でーす。僕らが頼んでもいいですか?」

 普段ウェイターをやっている店員がここぞとばかりに手を上げる。

「まあ、他の店員にも口止めは必要だよな。あと俺も夜食で高いのを作って食べるから」

 だから何故リサでなくアッシュが答えるのか?まあ遠回しに払わにゃ正直に言うぞと言ってるだけだが。

 因みに一番美味しい立場なのは店長である。売上が増えて賄いの費用が減るし。

「仕事を増やそうかな?」

 財布の中を想像してしまい、遠い目をして思いを馳せた。

「場合が場合だからツケは認めるぞ」

 だから何故アッシュが決めるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  翌日

 

「その後の進展は?」

 閉店後の晴れる屋で、偽物のカップルは話しをしていた。

「此方をつけ回すのは減ったけど、よくわからないわ」

「ああ、それは多分此方を調べてるんだろ。客から不審者を見たって話があった。目撃者の証言は一致して、金髪のイケメンで高そうな鎧をして腰に長剣を帯びた男だった」

「あのバカだ」

 グリセルダ王国でギルドセイクリッドブレイズのリーダーをやっているクロウ・マッケンジーだとリサは推測した。

 しかしとアッシュは思う。こいつは鎧を脱がないのか?今でさえアリサは鎧をしている。

「これからどう出ると思う」

「うーん、流石にそれはわからないわ。突拍子も無いことをしそうなのは理解できるのだけど」

 二人は辛うじて普通に分類してもらえる思考能力しか持ち会わせていないので、明らかに常人の思考を外れた男の思考までは読みきれない。

「とりあえず帰ろう?」

「そうだな」

 二人は戸締まりをしてアッシュの家へ向かっていく。仲良く腕を絡ませて。

「やっぱり歩き難いわね」

「世のバカップルどもはどうしてこんな面倒な事をするんだ?」

「それにこれじゃあ剣を抜くのに時間がかかりすぎるわ」

「いかん、腕が痺れてきた。次からは鎧を脱いでくれ」

 会話は無機質というか、怒りが沸々と沸いている感じだが。

「どうするの?止める?」

「続ける。見られてもいいように」

「じゃあ少し緩めるわ」

 後ろからならまだしも、正面からだとバカップルではなく罰ゲームでやっているようにしか見えない。特に二人の顔が鬼気迫るものがあるせいで。子供が見たらまず間違いなく泣く。

「リサ!」

 夜中であることを省みないバカの大声が二人の背後から響いた。

 バカップルの真似をしている二人は当然のように無視して進む。エサを撒いておいてなんだが、関わりたく無いからスルー。

「リサ!僕を無視しないで!」

「デートの邪魔をするなんて最低」

 リサはギロリと一瞥して吐き捨てる。

「夜に騒ぐな。最低限、人としての常識を身に付けろ」

 こちらは振り返りもしない。

「行きましょ」

 ギュッと腕を強く引き付ける。鎧で痛かったが声には出さず、

「ああ」

涙目になりながら去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

「リサを賭けて勝負だ!」

 朝も早うから金髪イケメンストーカーが手袋を叩きつけた。

「手袋?」

 アッシュは意味がわからず呟く。

「手袋を叩きつける、それは決闘のサインだ!」

 彼が産まれた地域ではそうなのだろう。一方のアッシュの知識の範囲にそんな風習はない。

 まあそれはそれとして、この際一気にけりをつける機会だとアッシュは思った。

「とはいうものの、料理人と冒険者は技能が違い過ぎるからなぁ。将軍と大臣、どっちが有能か決めるのくらい馬鹿馬鹿しいぞ」

 なお、部下を適切に運用することが求められるため、どちらかで優秀な人物はもう片方も優秀である事が多い。

「という理由で戦闘は却下だ。此方が不利過ぎる」

 一部の彼の戦闘能力を知るものなら、そうでも無いんじゃないかなぁと思うのだろうが、生憎とこの場にそのような人物はいなかった。

「だからといって料理勝負だと此方が有利過ぎる」

 これは万人が頷くであろう。

「両方が納得できる案でもあるのか?」

「無い!」

 即答。

「じゃあ此方の提案で良いか?」

 計画通り。アッシュが提案する段階で公平なはずがない。

「それが公平ならな」

 ストーカーにとって公平に見えるかそれより有利、実際にはアッシュが勝てる勝負を提案する。

「俺は護身を兼ねてとあるアイテムを作ってね」

 必要ない必要ない、護身アイテム必要ない。実力を知ってれば直ぐ様突っ込んだだろう。

「その一撃に耐えられたららお前の勝ち、耐えられなかったら俺の勝ち。どうだ?」

 一見公平、むしろ耐久力に自信のあるストーカーにとったは有利に思える。冒険者として物理的魔法的ダメージは慣れている。アイテムとはいえ専門家以外が作るアイテムなら耐えれるだろう。

「良いだろう」

 ストーカー男は知らない。常連さんや店長も知らない。

 超絶技巧のこの戦闘巧者な料理人がその技術の粋を尽くしてわざわざ創ったアイテムが何れだけ理不尽か。

「それじゃあ……」

 アイテムのレシピを考えながら決戦の日取りと場所を決めていった。リサの知らないところで。

 

 

 

 

 ところで、そのリサはというと

「先輩!アッシュさんと付き合ってるんですか⁉」

 ギルドでミーヤ(恋する乙女)に問い詰められていた。

 訳を説明し何故かペコペコしながら丁寧に説明していく。青春やなーっとギルドマスターは被害を食らわない様にと、こっそり逃げ出した。




クロウ・マッケンジー。本名玄馬(くろうま) 賢児(けんじ)、日本出身。転生か転移かはどうでもいいが(作者的には決めていても使う機会がなさげ)
 なので、手袋叩きつけ決闘だーというのは彼(プラスリサ)だけの常識です。




 なお、人間はアッシュにとって食材にはならないので戦った場合能力低下が起こります。(というよりは能力が上昇しない)思ったほど強くないよ、対人戦闘。


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料理人に作って欲しくないもの。

 

 

「何でこんなにギャラリーがいるんだよ⁉」

 特設ステージの中央でクロウはかなり遅いツッコミを入れた。

「ああ。俺は立会人というつもりで数名に頼んだだけだったのだが。まさかステージまでできるとは思いもしなかった」

 因みにステージが立てられた場所は、大きな噴水がデートの待ち合わせに使われる中央広場である。ぶっちゃけ此所を抑えるだけでかなりのコネと資金が必要だ。

「誰に頼んだのだ?」

「顔が広いと自慢してた常連さん達。知り合いの法律や契約の専門家に話をつけると言ってたな」

 自慢してた常連さん達とは簡単な変装と偽名を使い入り浸っているこの国の豪商と最高裁の裁判官である。変装している彼らのコネを使って本来の職に就いた自分自身に協力を依頼するという遠回りなことをやっているので、ぶっちゃけ顔が広いのはアッシュの方だ。

 そして冒険者として面識がある程度の大物が晴れる屋に変装して入り浸っているのを知っていたリサは頭を抱えていた。きっと大統領権限でこの場を抑え、豪商の資金力で会場を突貫で設営し、多少の法律の違反は裁判官が見逃した。この国は大丈夫なの?なお、大統領に対してアッシュは何も言っていないし、豪商、裁判官と話した時にはいなかった。なのに何故か変装して来ている。本当に何故だ?

 因みにリサの服装は何時もの鎧ではなく、青いドレスを着て、首からネックレスの代わりに『景品』と書かれたボードを下げていた。

「賭け金追加しないか?」

 アッシュは提案する。

「どういう意味だ?」

「このステージ建設にかかった費用を負けたら払う、だ。頼んでないとはいえ、こんな舞台を作ってもらったのだからな」

「良いだろう」

 どうせお前が払うんだし。お互いに同じ事を考えている。

 それではと豪商から(水増し)明細書を渡されて冒険者は冷や汗を垂らす。何年タダ働きをしろと?冒険者の中でも特に高給取りな彼でさえそうなのだから料理人には何れだけかかることか。

「一年タダ働きかー」

 料理人の呟きに優秀な冒険者は唖然とする。自分より高給取りなんかい。

「以前スピリオルさんから一年の契約金として提示された額だよ。方向性が合わないから断ったけど」

 実際は提示された金額より少し少ないが、足元を見て契約金を下げてくるだろう。そして多分丁度落ち着くあたりになるように水増ししたんだなとアッシュは考えながらリサに明細書を渡す。

「1年?これを?」

 嬉しく無いことに、だいたいストーカーと似た思考だった。

 因みにスピリオルさんとは会場設営の豪商さんである。通称カレーさん。今日は何時ものみすぼらしい姿でなく艶々ド派手な服で装飾品を沢山つけている。本人は意気投合したそっくりさんと言い張っているが、絶対にあり得ないだろとアッシュは心の中でだけ突っ込んでおく。

 アッシュが彼に頼んだのは不履行時にペナルティーを払う強制誓約書(ギアススクロール)を作って貰うだけだった。なので、こんなことは頼んでない。

 なお、強制誓約書(ギアススクロール)の効力を発揮させるのは裁判官の仕事の1つである。別にマカロニグラタンが大好きな新米裁判官でも良かったのだが、何故かその時一緒にいたシーフードパスタ好きというトップがきた。何時ものカジュアルな服装と違って黒い制服を着て髪も整えていたが。

 マンドラゴラさんこと熊の被り物をしている大統領は必要なかったので特に何も頼んでないが。というよりも、何処から話題を知り得たのか気になるところである。

「ではルールと誓約の確認を行います」

 ベテラン裁判官がギャラリーに向けて厳かに説明をする。

「この勝負はアッシュ・ダインスレイの攻撃にクロウ・マッケンジーに有効ダメージを与えれるかどうかを競うものである。

 有効打は気絶又はダウンとし、ダウンは手のひら以外の上半身又は尻が地面に接触することで判定する」

 つまり四つん這いはセーフで座ったらアウト。

 そんなことより、ここで初めてストーカー男の名前わ知ったアッシュだった。

「アッシュの攻撃はアイテムによるもの一回だけとする。クロウはアッシュの攻撃を回避してはいけない。アッシュの攻撃から5秒後、会話によって意識があるのが確認でき、かつ5秒の間ダウンをしていなければクロウの勝ちとする。この条件を満たさない時、アッシュの勝ちとする」

 ルールの確認である。

「ここまでで質問のあるもの」

「なし」

「ありません」

 同時に返答する。

「敗者は以下の内容を履行する事。

 1つ、勝者及びリサ・ノースランドに対して恋愛に関する言動の永久的な禁止。これは第三者を経由した場合も含む。

 1つ、会場設営代の負担。

 これ等は強制誓約書(ギアススクロール)にかけて履行するものとする。質問は?」

 クロウが疑問をあげる。

「リサだけでなく勝者を含むとはどういう意味だ?」

「ああ、それは俺が捻り込ませてもらった。リサと別れたさい、それに対して四の五の言うな、といったような意味で捉えてくれればいい」

 そもそも付き合ってないし、逆恨み防止も兼ねている。とっとと付き合えとか言われても困る訳で。

 流石にそんな本音は言わないが。

 この誓約においてあることに納得できない人がいた。

「景品?」

 リサは眉を寄せて自分へ指を指しながら首を傾げる。

「確かに負けたら放棄しろ、ていう意味だから景品とは違うな。加えるなら、どっちが勝ってもどっちも得るものがないという」

 確かにアッシュが勝とうが負けようが、友人の1人というリサのポジションは変わらない。クロウが勝ったところで、アッシュという防壁が剥がれるだけでリサと付き合うという事を意味しない。負けなければ良いとは言うが、勝った時のメリットが小さすぎるという意味で、こんな勝負を挑むのがバカというものである。

 なお、恋愛感情を持ち合わせていないアッシュにとっては負けたところで依頼が終了するだけだから、特に問題はない。リサに問題が生じるが、彼からしてみれば努力したと言い訳がたち、今後巻き込まれる事が消えるというメリットしかない。一年タダ働きだが、それは別件で自分が提案したのだから自業自得でしかない。

 それに気が付いたリサは呆れてた言う。

「汚いな流石アッシュきたない」

「失礼な。料理人として衛生には当然気を使っている。営業妨害になるぞ」

 そういう問題ではない。なお、ストーカーはアッシュの腹黒さに気がついていない。

「他に質問はありませんか?」

「なし」

「ありません」

 そして二人は強制誓約書(ギアススクロール)を読む。

「ルール込みの強制かぁ」

「そんなものが無くてもオレは避けない!」

 言いながら血判を押して誓約は受理された。もはや破棄はできない。

 アッシュは箱を取り出す。その箱の中にアイテムが入っているのだが、その箱自体が注目される。

 なんでそんなの持っているの?それを知っているものは皆疑問を持った。

 封時箱。

 内部の時間を隔離することにより、正規な使い方として高級食材採取や高級弁当箱の劣化防止に使われる高級道具である。因みにお値段は金貨五百枚(日本円で500万)程度。これが諸元の全てならアッシュが持っているのは不思議ではないのだが、これは使い捨てである。魔法を用いていないから、魔法無効空間に入った瞬間にボトボト零れる魔法の収納スペースに対する利点である。他にも魔法に触れたら駄目な物の貯蔵にも使える。

「製作者とコネがあってな。報酬として大量に押し付けられた。処分に困るほどに」

「だったら買うよ!」

 豪商さんが叫ぶ。

「何れだけ豪華な料理の報酬なのよ?」

「虹竜石なんぞ目じゃない高級食材使った料理だが」

 リサの質問にさらりと応える。

「二天竜の卵とか」

 豪商さんは大きく吹いた。彼でも競り負けるくらいの大金が動くからだ。なお、力では割れないので料理人の腕が問われる。

「星巡りの肉とか」

 今度はリサとクロウが吹いた。神でさえどうしようもない存在自体が死亡フラグのモンスターだからだ。その切り分けられた肉でさえ、見ただけで精神発狂ものである。調理に挑戦できる人間自体が少なすぎる。

「他にも採取についていったら確実に足手まといになるような食材が沢山あった」

 アッシュの戦闘能力を知らない面々はともかく、たらーっと冷や汗が流れるリサだった。

「そういったメニューからなるフルコースの人数分貰ったから、まだまだ沢山残っている」

 そんな食材を食べられる形に調理できるだけで十分希少である。値段的には妥当なのかもしれない。

「ああ、去年あったダンナルク帝国皇太子の結婚式か」

 大統領が冷や汗をかきながら(被り物で見えないが)ポツリと呟く。いや、キグルミきた変人がそんな事知ってちゃ不味いでしょうとアッシュはツッコミたかった。変装の意味がない。

 この国は帝国と友好関係にあるので、安全保障的には問題がない。どうやって帝国上層部とコネを結べたのかは気になるところだが。

「あれ?あの時千人分くらい作らなかった?」

 豪華な現物至急もそこまでいくと嫌がらせである。

「作ったな。友人の式だから只でも良かったんだがね」

 どっちだ?皇太子か皇太子妃か?

「今更だけど、顔が広いわよね」

 リサが恐ろしいものを見たかの様に呟いた。大統領や国防に詳しければ別の事を考えただろう。結婚式(外交の場)食材確保(軍事力)報酬(財政)を見せつける意味(抑止力)を。こんな国にどこも勝てない。

 そんな勝負とはかけ離れた思考をアッシュは一言で戻す。

「では、開帳」

 禁断の箱が開かれた瞬間、子供は泣き出し、犬は逃げ回り、鳥は落ちた。その禍々しさに誰もが逃げ出したくなった。クロウはアッシュの背後に死神を見た。

 アッシュは左手で見えない何か、それでも醸し出す狂気は半端じゃないナニカを取り出す。

「な、なんだ、それは?」

 恐る恐るストーカーが聞いてきた。

「俺の技量の粋を尽くして作られた、ゲロ不味料理」

「「「作るなーー!!!」」」

 ギャラリー総ツッコミ。

 それを無視してアッシュは右手でスプーンを使って中のモノを掬って取り出した。

 そこにあったのは透明な何か。いや、周囲の光が触れる事を嫌がって避けて通っているから可視光が反射しないだけだ。なのでスプーンの先が見えない。

「ゲロ不味シチューを食らえ」

「アイテムってそれかよ⁉」

 死ぬ。これは死ぬ。この攻撃に物理的防御力も魔法的防御力も意味をなさない。毒でもないからステータス異常耐性も関係ない、ただ肉体に影響を与える程の精神攻撃で、そんな耐性は神でさえ持っていない。だから逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ!ガクガク震えながら、ストーカーは買ってはいけない喧嘩を買った事を悟った。心だけは全力で逃げようとしている。しかし誓約で体は避けれない。

「たーんと召し上がれ」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌ギャーーーー!!!!!」

 バタン!

 口の中に光さえ避けて通るナニカが入った瞬間、クロウは悲鳴をあげてうつ伏せに倒れて気絶した。

 ここに勝負はあっさり決まった。

 クロウは起き上がらない。起き上がらないどころかズンズンと地面に沈んでゆく。生きてるよな?ギャラリーが心配した頃にピクリと動く。そして

「ギャーーーー!!!!!」

 意識が戻り、口の中に残る不味さで思わず飛び上がり、気絶して仰向けに倒れた。そしてどんどん地面にめり込む。

 その後も意識を取り戻すと絶叫を上げて飛び上がり、気絶して地面にめり込むのを一時間ばかり続けた。

 一堂は心を1つにした。こいつだけは怒らしてはいけない。

「まだ残ってるからいる人はいないか?」

 首をブンブン振って拒絶する。

「仕方がない。残すのも勿体無いから全部食べさせるか」

 鬼だ、鬼がいる。しかし誰も何も言えない。下手をして自分が巻き込まれたくないからだ。

 アッシュは皿ごとクロウの口に流し込む。

 天から表れた山の様に巨大な鬼が、拳を振りおとしてクロウを叩き潰した。一回潰しただけでは飽きたらず、何度も何度も繰り返して殴る。左右で殴る。オラオララッシュで殴る。フィニッシュは両手を組んで叩きつけだ。

 あまりの美味しさに味のイメージが周囲に幻覚を見せるように、あまりの不味さも幻覚を見せるらしい。

 幻覚の後に残ったのは陥没した地面と泡を吹きながらボロボロな鎧でピクピク痙攣するストーカー男だった。

 ポイズンクッキングなんてものじゃない。リサは生まれて初めて彼に同情した。

「因みに、改良型もあるから変な事に巻き込むなよ」

 ギロリと睨むアッシュにコクコク頷くリサだった。




 今日も元気に『悪霊も成仏して逃げ出す不味さ』目指して研究に励んでます。ライバルはナイトウィザードの緋室灯。襲ってくるチョコレートに勝てるのか?



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こいつはヤバい
危険種あらわる、お財布ヤバい。


作者のお財布もヤバい。


 この世界には『危険種』と呼ばれるものがいる。それはただいるだけだ魔法を含む神の奇跡を無効にし破壊する。リサの知識なら幻想殺し(イマジンブレイカー)の効果を持った空間、或いはヒロアカのイレイザーヘッド先生に常に見られている空間、マイナーだが的確なのは太極・無間身洋受苦処地獄が常時展開されているというところだろう。

 なので危険種がいるとこんな事が起こる。

 

 ガチャガチャ!

 

 町を歩いていたリサ・ノースランドのインベントリ(魔法の収納スペース)が破壊され、中の物が一斉に零れてきた。

 インベントリ使用の制限、或いは遠隔からの取り寄せが、危険種の存在が広まった現在の主流である。なので落ちてきたアイテム自体は大した事がない。事実リサは魔法の込もっていない予備の剣と盾と財布しか入れていない。

 腰の剣を軽く抜いて見る。ひび割れてボロボロな剣がそこにあった。ここは町中、チートは封印された。住人を守る以前に自分の身を守れるのか?

 予備の武具に持ち替えて危険種がいる思える方向を向く。彼女は危険種の存在は知っていたが、遭遇するのはこれが初めてである。

 全身の魔力が抜ける感覚が徐々に強くなる。来る、きっと来る、危険種がすぐそこに。

 そして対面。緊張の瞬間

「ワン!」

「いぬ?」

 プッチン切れた緊張だった。さっきまで警戒してた意味はいったいなんなのかと。

「あれ?リサ先輩、何しているんですか?」

 犬の後ろからミーヤがやってきた。手にはリード、その先には危険種の犬がいた。

 本当に何をしてたのだろう。顔を赤くして失敗談を笑い話に持っていったリサだった。

 因みに、危険種の何が危険かと言われたら、真っ先に上がるのはマジックアイテムの破壊によるお財布が危険なのである。まあ王国の方には『異世界から召喚した勇者はお財布が危険種の熊に食べられた』という情けない話もあるが。その熊は猟師のおじさんに熊鍋にされたとさ。

 ぶっちゃけ、チートがなかったらこの世界の一般人よりも一般的な異世界人の方が弱いのだから、危険種を本当に危険だと思っているのは異世界の彼等彼女等であり、大概は『お財布が危険』種程度の認識しかない。危険種に魔獣が存在しないためであり、危険種で一番危険種なものは虎や鰐辺りである。それなら武器を持った普通の人間でなんとかなるレベルだ。1人では不安だとしても、5人もいれば十分。

 なお、世の中には古竜等が比較にならない程強い殺神種というものも存在する。星巡りを代表とするこっちは奇跡が発動すれど通らず、しかも一方的に魔法を使ってくる。つまり神でさえ逃げるしかできない、文字通りの殺神種。出たら竜巻に襲われたと思って(実際の竜巻だったなら実力次第だが魔法で防げない事もない)諦めるしかない。逆にそんなのをどうにかした帝国はなんなんだというツッコミが入るのだが。

「ところで、どうしたのこの犬?」

「依頼者から保護しました」

 かくかくしかじかと説明を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 それは昨日の事だった。

「随分最近ね」

「そこは放っておいて下さい」

 

 

 

 

 

 ミーヤはギルドの依頼板を見ていた。高報酬なのは遠くで日数がかかる物が多い。しかしアッシュの料理が食べられない。だからなるべく近場がいい。

 となると受けれる依頼は限られて、

「これしか残ってないのかぁー」

 手にしたのは犬探し、名前はティンダ朗。彼女の適正とは合っていないが。なお、リサは名前を聞いて何処の猟犬よと呟いた。

 ギルドの方で犬の写真、性格等ある程度纏められていたので依頼人の所に寄らずそのまま探しに行く。幸か不幸か危険種であるという事は不明のまま。

 リサとは違って魔力の込められたアイテムもなく、インベントリも無いため探すときに特に問題はなかったが。その代わり探知魔法も無力化されるので探し難くはあるが、元々彼女には使えないので関係ない。何でそんな依頼を選んだのよとリサに突っ込まれたのは当然である。

 話を戻すが、本来なら簡単にはいかないのだが、彼女に運が味方した。

 犬を探しに広場にでると、件の犬を被ってニコニコした男が槍を背負って歩いていた。犬を被るってどういう意味よとリサに質問されるが、犬の腹を頭部に乗せて両前足を持って後ろ足を肩に乗せているのは被っているで合ってませんか、という意見に成る程ねぇと納得した。今度は何でそんな事をしてたのか気になったが、もうその変人の事を気にするのをリサはやめにした。

 なお、ミーヤは言っていないが彼は遥か東方の和と呼ばれる地方の女物の服を腕捲りして着ていた。(かぶ)いていると言われればそれまでだが、真っ当なセンスではない。洒落にならないくらい発達した筋肉をしていたのはここでは余談だろう。

 話を戻すが、何でその男は犬を被っていたのかミーヤは尋ねた。

「すみません、何故あなたは犬を被っているんですか?」

 変人相手に直球とは度胸あるなと思いながらリサはツッコミを我慢して聞いていた。

「こいつ、足と背中を怪我してるんだよ。で、今獣医を探してんだが、場所を知らないか?初めてきた町で土地勘がなくてね」

 まともだった。リサが思っていたよりまともな理由だった。

「抱えればいいのでは?」

「それだと面白く無いだろうが」

 先程の感想は即座に訂正された。

「そもそも回復魔法を使えばいいのでは?」

「ああ、使えたら使うんだが、俺は魔盲でね」

 魔盲、則ち生まれながら魔法(神の奇跡)に否定された者。彼等が魔法を使える様になる可能性はゼロである。

「加えて魔法薬の類いは使わない主義でな」

 持っていたところで破壊されるのだが、この段階でこの犬が危険種とは知らないかったので特に問題ない。むしろ下手に魔法薬屋なんかに行った日にはお財布が危険種である。

 危険種と知ったのはこの後、ミーヤが回復魔法をティンダ朗にかけようとして発動しなかったから発覚した。

 仕方がないので獣医を迷いながら探したとな。ミーヤにまだ土地勘が不十分なのが痛かった。

 

 




ティンダ朗の治療費でお財布が危険種なまま後半へ続く。

なお、作者は神様嫌いです。そして危険種の特殊能力第一案は周囲の魔力等を吸収(パッシブで)して自分のフィジカルにブーストだった。仙界伝封神演義のスーパー宝貝、太極図の能力と訳しても可。強すぎるから止めたけど。殺神種も同等の能力だったが、帝国がおかしな事になるから止めにしたが。


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フリーダム過ぎるのもどうかと思う。

 前回の続き。
 


「ところで、その人の名前はなんて言うの?」

「それが聞いてないんですよ」

 なんで聞かないのよとリサは本気で頭を抱えかけたが、

「いえ、私も聞いたんですよ。聞いたんですよけど……」

 誤魔化されてしまった。ミーヤの声と顔からその事を察したリサは頭痛薬を買いにいこうと決心した。なお、彼の出鱈目に振り回された被害者は胃薬常備とか普通だったりする。そして関わりが無くなった今でも、一応持ってたりする。何時絡まれるかわかったものではないし。

「とりあえず続きを話しますね」

 

 

 

「その後変人さんと別れて犬をお金持ちの悪い依頼人のところに連れていったら虐待している事が判明して用心棒という名のごろつき達に刃物を突きつけられました」

「はしょり過ぎ!」

「ぶっちゃけ変人さんを中心に話をした方が良いかと思いまして。これから巻き込まれる可能性を考えたら」

「間違ってないけど、間違ってないけどさぁ。不吉な事を言わないでよ」

 なお、この不吉は悲しい事に実現してしまうのである。合掌。

 

 

 

 魔法を使えない状態でチンピラに囲まれるという絶体絶命のピンチのミーヤ。そして唐突に現れたのは

 

「誰だ貴様は⁉」

「通りすがりの……」

 槍を持った男は笑顔の仮面を外して悪魔の様な顔を見せる、比喩でなく。事実彼の手には笑顔の面がある。

「「「どうなってんだよ⁉」」」

「手品に決まってんだろうが。危険種が居るんだぞ!」

 そりゃそうだ。手品をした意味はわからないが、聞くだけ無駄だと思って先を促す。

「で、通りすがりの手品師さんが何かようか?」

「いや、オレ手品師じゃないよ。単なる動物愛護団体の団員(嘘)ってなだけで」

 駄目だこいつ、言葉は通じても話が通じる気がしない。まだティンダ朗の方が話はわかる気がしてならない。

「という訳で『共通歴401年法第53号』通称『動物愛護に関する法律』の違反により、しょっ引かせてもらうわ」

 それ、おかしい。ミーヤが突っ込む。

「警察の仕事ですよね?」

 蛇足だが動物動物愛護法愛護に関する法律は違う年の違う号数強なので彼の嘘八百だったりする。

「何を言っている?それだと暴れられないだろうが」

「「「はい?」」」

 この人はいったい何がしたいのか?

「という訳で、喧嘩しよーぜ」

 瞬間、彼は飛び出し

「そーっれ!」

 チンピラを殴り飛ばす。

「ひゃーっはー!」

 蹴り飛ばす。

「そいやー!」

 投げ飛ばす。

「ハーッハッハッハッハーッ!!喧嘩楽しいー!」

 笑いながら暴れまわる。今まで散々おかしいおかしいと思っていたが、今回は飛びっ切りおかしい。

 波に差はあれど、彼については何時もおかしいという認識でOK。たまたま今回波が高かった、ただそれだけのことである。付き合いが長ければそんな納得ができるのだが、ミーヤには酷な事だった。

「お前らが俺に勝つには意志が足り無い、技術が足りない、そして何より筋肉が足りない!」

 ここでポージング。モストマスキュラーという上半身の筋肉を強調するポーズだ。

「「「何で筋肉⁉」」」

 そこそんなに重要か?

「魔法が使えないからに決まってんだろうが」

「「「あー」」」

 ある程度の納得は得られた。これについてリサは筋肉の重要を聞く前から心技体かと納得してた。現実逃避してたともいうが。

「だからって1人でこの人数に勝てるわけねぇよ!」

 1人が彼に向けて剣を振り落とす。

 槍で受け止める事はできた。かわす事もできた。白刃取りも可能だ。

 それでもあえてこの非常識な防ぎ方をするのは心をへし折るため。

「ふん!」

「「「はぁ⁉」」」

 あり得ない出来事に剣を振り落としたチンピラでさえ目を点にしていた。

 腕、それも素肌で受け止めた。いくら筋肉が凄くとも納得できない。説明を聞いてたリサは筋肉スゲーと考えるのを止めていた。

「言っただろ、技術が足りないと」

 そこは筋肉じゃないのか。誰もがそう思った。

「刃物は力で押さえつけても切れない。そこから前後に動かして切れる。つまりその動きに合わせて腕を動かせば切れる事はない!」

 理屈ではそうだが、可能だからやるというものではない。それに切れなくとも、鉄の塊を受けたなら下手をすれば骨が折れる。まあそこは筋肉でカバーしたのだろう。深く考える事はしないが。

「そして筋肉が足りない!」

 剣を膨張する筋肉で弾き飛ばす。上空に大きく跳ばされ、そのまま自然落下してくる剣に

「サイ!」

気合いの入った掛け声と共に槍を叩きつけ、粉砕する。

 ただの槍で魔法なしにそんな事は無理だ。それが一般的な感覚である。

 だから彼が持っている槍が禍々しく血管の様に紅く脈打っているなら納得が

「何だその槍は⁉」

終末を屠る槍(リヴァウィアッサン)

「名前を聞いてんじゃねぇよ!」

 槍の能力か彼の魔法か、どちらにしろ、危険種がいる前ではいきなり取り寄せる事はできず、取り寄せれたところで破壊されるのがオチだ。なら何故そんな武器を持っているのか?

「神を殺す為の(わざ)が危険種に消せる訳がないのだよ」

 彼は知っている。

 危険種は

  どうして生まれたのか?

  何故奇跡を打ち消すのか?

  誰がそう名付けたのか?

 彼は全て知っている。

「それに神だ奇跡だ危険種だ、それがどうした?俺達は人間だ。そしてこれは人間の(わざ)だ。神の奇跡は必要ない。そんなのにすがる奴は意志が足りない。生まれる前からやり直せや」

 知っていて、いや、知っているからこそ、全てをどうでもいいと切り捨てる。ギャグから急激に変化したシリアスな雰囲気に、リサは重要な事と思い考える。

 彼女を初めとして多くの異世界人が神に招かれてこの世界にきた。その時に特典として高い能力と希少な特殊能力を与えられているが、神を殺すような能力を神が与えるか?いや、危険種を前に神が与えた能力は発動しない。

 神に招かれた訳ではない?それでいて神の存在を殺すべきものとして捉えている?どうやって神の存在を知った?神を殺すと言うなら彼は殺神種なのか?

 疑問は尽きないが誰かに相談するわけにもいかず、結果的にそれは失敗だったのだが、とりあえず先を促す事にした。

 とはいうものの、その後は一方的な展開だった。適当な敵の頭をむんずと掴むと筋肉をフルに使って振り回した。

「人間ブレード」

 技名なのか叫びながら。

「二刀流!」

 それも二人を同時に武器にして。リサでなくても槍を使えよとツッコミたくなるだろう。

「これが筋肉の力だ!」

 何れだけ筋肉好きなのかこの人。どんどん暴れまわって死屍累々と……生きているからその表現はおかしいが、そんな状況だった。

 その後は警察の人がきて、ミーヤは事情徴収された。なお、件の喧嘩好きな男はこっそりと逃げ切った模様。余罪の証拠をばら蒔いてから逃げるという嫌がらせつきで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういった訳で飼い主不在のティンダ朗を引き取ることにしました」

 なお、国によっては危険種を兵器として運用している部隊もあるので、冒険者がペットで飼っても特に問題はない。共和国では危険種であるという届け出を出す必要はあるものの、それ以外特に他のペットとの違いは無い。

 依頼内容によっては魔法を封じる事が有効な場合もある。加えてミーヤは魔法よりも物理の方に適正があるので相性もそこまで悪くない。魔法が必要な時には離れていれば良いのだし。

「とりあえず食事にしましょう。警察の方から感謝状とちょっとした礼金も貰えましたし」

「ティンダ朗も連れて行くの?」

「アッシュさん、魔法を使えないから大丈夫じゃないですか?それに晴れる屋はペットの連れ込み可でしたよ」

 それもそうねと割りきり、今日の日替わりはなにかなと楽しみに入った二人はパリンという、何かが壊れた音を聞いた。

 乾いた2つの笑み、流れる冷や汗、そして次の瞬間

 ドドドドドドドドドドドドドド。

 厨房から大量の食材が雪崩れてきて、客や机に食器胃薬等全部纏めて押し流した。

「く~ん?」

 どうしたの?と言いたげに首を傾げるティンダ朗と冷や汗を流す女冒険者2人。

 アッシュは魔法を使えないのはほぼ事実だったが、それがイコールで魔法のアイテムも使わないという事にはならない。晴れる屋では業務用のインベントリで食材等の保管をしており、危険種が入ってきたことによって壊されたインベントリから流れ出してきたのだ。

 冷蔵庫の無いこの世界なら、一般常識として当然わかる事なのだが。

「営業妨害とは、いい身分だな」

 食材の中から表れた穢れた目で無表情の死神が鎌の代わりに全ての災厄(パンドーラ)の箱を取り出してゆっくり歩み寄ってくる。あかんこれ、死んだ。

 リサは己の命運を悟った。ミーヤは禁断の箱が開かれた所を知らないがヤバイことだけは理解した。ティンダ朗は本能に従いお腹を見せる服従のポーズだ。

 二人は強烈な幻覚(火柱が何度も何度もあらゆる場所から立ち上ぼり、隕石が降り注いで周囲を荒廃させる)を周囲に見せると共に、インベントリの修復に手伝わ(金を出)させられた。依頼料と謝礼では赤になるくらいに。プラスで客に慰謝料、店の壊れた食器代、ダメにした食材代等々わりと洒落にならない金額が飛んで行く。

 やはりお財布が危険種だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をやってんだ?あいつ等は」

 晴れる屋も幻覚も見えない程遠い町の外で、彼は振り向きながらお財布が危険種に呆れていた。

「あ、忘れてた」

 担いでいた槍をポイっと捨てる。地面に落ちた2メートル程度の槍ですらない木の棒は、危険性の欠片もなかった。

 魔法ではない。魔法なら危険種がいた時点でかき消されていた。もっと根本的に神の奇跡ではない。そもそも奇跡を憎悪する彼に奇跡は使えない。

 則ち『誰にでもできる』事の証明になる。まあ可能性があるだけで、実際に至れる者はほとんどいないが。というか、いてたまるか。

 彼の事を知っている人間に聞けば彼が何をしていたのかわかる。納得できないものの。

 木の棒を経由させて発せられた殺気が認識を歪めて槍に見せ、必要に応じて更に殺気を加えることにより更に凶悪な魔槍に見せた。意志が足りないという啖呵を切った理由はここにある。殺気に負けない意志があればただの棒にしか見えなかったのだから。

 彼にとっては其処らの木の枝も、万難を廃する神殺しの魔剣(アークエネミー)と化す。

「しかし見事に忘れられていたな」

 彼はミーヤと嘗て会っていた。その時、彼女は今のアッシュの様に無表情だった。

「逆にうちのバカ弟子ときたら」

 彼はアッシュの師匠である。弟子曰く、最強の遊び人で、言葉は通じるが会話が成り立たない、出鱈目を(きわ)めた人間の皮を被ったなにか。さりげなく人外認定されているが、大概の人は納得するだろう。

「再指導……はもう剣士でないから無理だな。だからといって狂理(流派)の掟を守ってないから、殺すには十分な理由なんだよな」

 物騒な事を呟いた。

「それとも剣士として既に死んでるから今まで通り放っとくか」

 そして結論、

「よし、バカ弟子で遊ぼう」

 何故そうなった?

 

 

 




 こいつ、アッシュに不味い料理を教えた師匠でもあるんだぜ。つまり、更に不味い料理を作れるという……
 しかしダメージを最大にするため、気絶したくても気絶できない程度の絶妙な不味さで抑えるのが師匠クオリティー。アッシュの不味い料理とどちらが食べたくないかは意見の別れるところ。


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殺神種もあらわる予定、理性がヤバい

 犬の前に餌を持った男が立つ。男はコトと餌箱を置き、犬は直ぐ様食べようとする。

「待て」

 ピタリと止まる。男は犬を見ながら3歩下がり、

「よし」

 男の許可に犬は食事をとり始める。

 

 ここは晴れる屋、ペットのティンダ朗を連れた常連のミーヤが朝ごはんを食べる一方で、何故かアッシュが無表情に躾をするというシュールな光景が日常となる。店の中ではミーヤが『やんちゃで躾が上手くいかないんですよ』と言っているが、きっと格下に思われているのだろう。ティンダ朗はアッシュの言うことをよく聞くし。

 なお、この餌はアッシュのポケットマネーから出た材料を彼自身が加工している。見た目によらず動物好きであった。

 

 そんなある日、アッシュは空を見上げる。釣られてティンダ朗も見上げるが何も見えないのかク~ンと鳴きながら首を傾げている。

  アッシュは落ち着いてキグルミの被り物をした男(大統領)に何かを伝え、そのまま調理に戻っていった。一方被り物の男は大急ぎで料理を胃袋に流し込み、仕事場に駆けて行く。

「何かあったの?」

 皆が思っている事を代表してリサが訊ねる。 

「星巡りがくる」

 何処吹く風のアッシュと一瞬凪の様に静まりかえる一同。そして

「「「ええーーー⁉⁉⁉⁉⁉」」」

 暴風の如く荒れた。

 さて、何故彼等彼女等が慌てているのか。それは星巡りが殺神種と呼ばれる自然災害並みに厄介なナマモノだからである。

 リサ曰く、殺神種とは血の1滴に至るまで全身がイマジンブレイカーでできてる癖に、攻城級の魔法をバンバン撃ってくるチート、とのこと。この世界の住人に前半は意味不明だが、これが殺神種の基本的な性質で個体や種族毎に更に特殊な能力を幾つも保有しているとか色々おかしい。そしてこれは異世界人に神が教えた知識なのだが、殺神種と危険種は自然発生したもので神様ノータッチ。

 リサは神が言うこと全て正しいとは思っていないが、それでも神の意図から離れた存在だと認識している。その辺りの事をアッシュの師匠と話せたら世界の秘密を教えて貰えた可能性があったのだが、残念ながら縁がなかった。

 と、まあそんなに厄介な殺神種だがものによっては危険種を上手く使えば完封できる可能性がある。魔法を封じてサイズ補正や多勢に無勢でボコればいい。逆に殺神種側が巨大過ぎるとか多勢に無勢でこられたらどうしようも無いという。星巡りがこれにあたる。

 見た目は巨大な空飛ぶ蛇、ただし三つ目で牙が鋭いという違いはあるが、そのサイズが問題だ。全長約100キロメートル。メートルでも大概おかしいが、センチでなくキロである。そして鱗が零れ落ちるとそこから小さい、といっても10メートル前後の星巡りの子供が生まれる。

 危険種で魔法を防いだところでサイズで負け、多勢に無勢で負ける。加えて何処ぞの邪神様よろしく、見ると発狂するため目を瞑って戦わなければならない。まあこれは危険種で防げるが、戦闘に参加する最低限のレベルが非常に高い強敵である。

 そしてこれに勝てた帝国はなんなのか?

 

 

 アッシュから星巡り到来の情報を聞いた大統領は大急ぎで各部署及び高名な冒険者ギルドを呼び、対策に乗り出した。

「何で俺がいるんだ?」

 無表情の料理人が首を傾げているが、あんた普通の戦士よりよっぽど凄いでしょとリサとミーヤ他数名は心の中で突っ込んだ。なお、リサは群青の風のエースとして、ミーヤは危険種の飼い主兼冒険者という立ち位置で参加している。

 因みに端っこでひっそり参加しているクロウをアッシュは見た。顔を合わせた瞬間に不味さがフラッシュバックして泡を吹いて倒れてたが。彼が起きていればアッシュのゲロ不味料理を星巡りに食わせる案が出たかもしれない。

「因みに美味しい星巡りの仕留め方は?」

「鱗を全部剥がし、鱗が生える30分以内に子供を全部殺す、第3眼を潰す、牙を4本破壊するを満たして魔法ダメージで仕留める。子供は不味くて食えない」

 大統領の質問にアッシュはスラスラ答えた。

「殺神種にどうやって魔法ダメージを与えるんだ?弾くだろ」

 一同が持った疑問を代表して髭の防衛大臣が質問した。

「弾けない魔法が存在するんだよ。自分が使う魔力は弾かない。だから魔法を使って浮遊とか回復とかができる。なもんで危険種が近いと落ちるし、回復に時間がかかるらしい。見たことはないけどな」

 何処でその情報を知ったのか気になるところである。

「とは言え魔法防御が魔法攻撃力とは比較にならない程高いから、普通に反射しても通らないぞ」

 すごいな帝国、どうやって美味しく仕留めたんだ?

「俺の師匠なら殺神種の魔法を魔法剣にして切るから可能だな。習得できなかったから此方は無理だが」

 相手の魔法が強ければ強いほど攻撃力の上がるカウンター攻撃である。ある意味、魔法使いに対する究極の切り札である。

「そういえばやってましたね。初めて見たとき顎が外れました。何なんですかあれ、複数人の魔法を1つに纏めて威力を跳ね上げて跳ね返すって」

 顔は思い出せないもののその技は印象に残ってたのか、ミーヤは冷や汗をかきながら呟いた。

「此方は?」

 比較的付き合いの深いリサが疑問に思う。

「魔法殺しのもう1つの切り札があるんだよ。魔法剣より難易度が低いけど、魔法が使える事が前提となる技術が」

「それ、私にも使える?」

「訓練すれば誰でも……じゃないな、師匠は魔法を使えないからこれは使えないし。だから魔盲除くなら誰でもできるはずなんだよ」

 そうして説明を聞いてリサは突っ伏す。スウェーデンボリーだと呟いていたが、残念ながら誰も意味がわからなかった。そしてそんなの誰もできねぇと思っていたのだが、

「俺の場合は相手の魔法が弱ければ奪えるぞ。流石に星巡りクラスの魔法は無理だが。あと帝国には星巡りの魔法を奪える使い手が何人もいるらしいし。うち知り合い1人。それにあっちには敵の魔法で魔法剣を使える奴も何人もいるみたいなことを聞いたな。知り合いは1人だけど」

 帝国ってなんなんだろう?これ等の技能は一方的に攻撃魔法を封じるという殺神種並みに厄介過ぎる。

「質問だが、その人間は赤かね?」

「いや、青だ。赤に入る入らないギリギリのラインらしいが」

 防衛大臣の質問にアッシュは過不足なく答えた。その意味がわかったものは頬をひきつらせる。

「青とか赤とか何ですか?」

 意味がわからない人を代表でミーヤが質問し、

「端的に言えば帝国の兵士のランクよ。赤が1番強い部隊で青が2番目ね」

 つまり、そういった高等技能の持ち主でさえ帝国では2番目の評価である。他の技能で粗が目立つからなのは言ってないが、潤沢な人材を持っているには違いない。リサの説明にミーヤ含む全員が頬をひきつらせていた。

「青2人なんだよな、星巡りを解体したのは」

 顔芸の域で顔面が痙攣する。共和国が総出でとりかかるレベルの危機を、強く見積もって最強の部隊の底辺2人でなんとかできるという帝国。普段無表情で説明したアッシュでさえ顔面が崩壊している。

 ぶっちゃけ、何で世界を征服できていないのか不思議で仕方がない。神が危険視するのも当然ねと、世界の裏側を少しは知ってるリサはそんな事を考えた。

「で、どうするんだ?美味しい食べ方なら協力するが、普通に排除するなら参加しないぞ」

「そこは手伝いなさいよ」

「料理人が戦闘に参加してたまるか。調理の一環としての美味しい狩り方が精一杯の譲歩だ」

 戦士でなく料理人として譲れない一線らしい。

「とりあえず、話を戻そう。先ずは出現位置と時間について、あとどうしてわかったのか聞いていいかな?」

「食材の声が聞こえた。場所は西のトーバニス平原、時間は3日後の明朝」

 食材の声ってそんな事まで教えてくれるのか。星巡りを食材と言ってよいのかどうか疑問だが。

「帝国に協力を依頼したらどうだ?報酬に星巡りの肉を渡せば引き受けてくれると思うぞ」

「それは考えたのだが、今帝国は王国と微妙な雰囲気だぞ。貸してくれるのか?」

 アッシュの案にツルっツルの禿げた白髭のじいさん、外務大臣が質問する。

「お前は新聞を読め」

 どういう意味か聞こうとしたミーヤを察してアッシュが止める。

「ギルドに置いてあるわよ」

「店にもあるぞ」

 とって無いという言い訳は喋る前に先輩と店員に封じられた。しかしその2人、ミーヤを見ずに互いに睨み合っている。

「『日刊スフィトリア』の記事って右よりだから嫌いなのだけど」

「『アリトーリス新聞』は左過ぎるだろうが。しかも中庸を謳ってだ」

 そして新聞について荒出しし討論する2人。

 お互いが読んでいる新聞を嫌い合う2人だが、内容を読んで批判しているのでまともである。そしてこの2人、政治に結構詳しい。

 片や衆愚政治なら専制の方がマシという人、片や自分達で責任をとるために知る必要があるという人。民主主義の欠点を自覚して、それでも共和国に住んでいる2人である。

 因みにリサは分類上王国出身、アッシュは流浪の民で外国出身の2人には選挙権がない。ミーヤもだが。

 実力主義の帝国ならともかく、彼等に国政を変える手段は知識を元に論理立てて説明し、選挙権を持つ国民に納得して投票してもらうしかない。

 以前リサが受けた平等を謳う左側新聞のインタビューで、参政権が無いことについてどう思うか聞かれた時、

「私が参政権をもらえる国なら別の国に逃げます。帰化しましたが、異国人なのに住まわして貰っているだけです。この国の事はこの国で生まれ育った人がこの国の未来を決めるべきで、途中からきた人が決めるべきではありません」

 思いっきり国粋主義な右側発言をかました。因みにアッシュはこれに関して左寄りの発言をしてたりする。

「政治はこの国のためを思って実施するのだから、思想がこの国の者でこの国のために行動している人なら参政権与えてもいいんじゃないか?年齢の半分くらいの年数は帰化して税金払うくらいは最低条件だろうけど」

 新聞は新聞、自分の意見は自分の意見ではっきり別けている。参政権持っている人は見習って欲しいなと本気で思う大臣達だった。

 とりあえず、どんどんヒートアップする2人を無視して

「これは全て新聞を読んでいないミーヤが悪い」

「脱線してる2人がじゃないんですか⁉」

 会議が進まない理由をミーヤに押し付けるギルドマスターだった。ミーヤは反論するも、

「という訳で熱々の2人を止めて下さい。これだと会議が進まない」

 大統領の発言にミーヤをスケープゴートなすることで一致した会議参加者達。ウンウン頷いている。

「そんな~」

「これに懲りたら新聞を読みなさいよ」

「参政権がないからって政治に無関心は駄目だ」

 嘆くミーヤをウンウン頷いて諌める2人。ミーヤは白い目で見ながら

「さっきまで熱々の討論をしてましたよね?」

「「会議が進まないって言ってたから中断した」」

 どうやら耳は生きていて、周りの声を拾っていたらしい。今まで討論にのめり込んでいたのはストップがなかったから。それでいいのか?

「新聞読んでなくてもわかるように説明すると、帝国と王国の間が凄い緊張状態で援軍がもらえるかわからない、という状況。まあ余裕を持って帝国が勝つだろうけど」

 希少食材の採取で判明している範囲の抑止力からアッシュは勝敗を予測する。

「聞く限り、王国が悪魔に魂を売ったところで片手間なのに悪魔ごと叩き潰しそうなのよね、帝国って」

 王国の内情と帝国の伝聞で勝負にならないなとリサは考えた。

「肉を貰って帰るついでに抑止力を見せつけるくらいで手を打ちそうなんだよな」

 食べる為にかと一瞬思った一同だが、見るだけで発狂する塊という意味で解釈したらそれは兵器だ。器に乗せて器を魔法で飛ばして遠隔から敵陣に投げ込めば、同士討ちを始めて楽に勝てるだろう。或いは砦の壁からぶら下げておくと、攻めてきた相手が同士討ちを始めるという使い方でもいい。幸い肉は触っても発狂しない。この場合美味しい肉として調理しなくてもよい。

「ところで、見るだけで発狂するのになんで食べれるの?目を瞑って食べたの?」

「時間経過と加熱で無害化できるから違うぞ。地面にばら蒔いても一年程度で無害になる。 目を瞑って加熱するまでの調理が必要なだけで、食べる頃には関係ない。流石に食べる側に特殊な事をさせる料理はあの場で出せない」

 リサの疑問に答えたアッシュだが、特殊な食べ方をする料理に驚く事になった。それはリサだけではないが、というよりリサは何故か納得してたが。

「乾燥さてせ見えないくらい粉々にすれば、見えないのに発狂して時間経過で無害になるという恐ろしい薬が完成してしまう。ガスじゃないからマスクでは防げない、しかも魔法で予防できない」

 肉として食べるより毒として使った方が価値が高い気がする一同だった。

「仕方がないか。帝国に要請しよう」

 大統領の一言で会議は終了修了する。この後彼等は臨時国会を開き、野党から追及を受ける事になる。




スウェーデンボリーを知ってる人って何れだけいるやら。とりあえず、能力云々でない『魔法に対する魔法』としては最強候補。元ネタ世界では魔法でなく魔術だが。

 そしてこの国は共和国です。王国や帝国でないので選挙があります。むしろこういうのを書かないなら帝国や王国でいいという。


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帝国兵(青)あらわる、こいつらもヤバい

「ヤッホー、アッシュはいるかー?」

 殺神種到来を翌日に控えた夕食刻の晴れる屋に能天気な男の声が響き渡る。常連は声の主の顔を見るが誰も知らない。

 声同様に能天気そうな顔をした男、身長は190半ばと大柄で肩幅を広く腕もゴッツイ。腰に下げた刀と呼ばれる東方の武器に鎧とローブが一体化した青い防具を着ている。胸の部隊章は具足とガントレットだ。

 カウンター席のリサ等それを知っている人は目を擦って見間違えでないか確認し、ほっぺたをつねって夢でないことを確認する。

「いるけどな。なんで儀礼鎧なんだ?」

「これでも仕事の一環を含んでいるからねぇ」

 厨房で頭を押さえながら聞くアッシュに何処かうんざりした顔で男は答える。

「誰ですか?このアホ面」

「アホ面とは酷いなーお嬢さん」

 ヨヨヨと泣き崩れる真似をするアホ面。カウンター席で夕食を食べていたミーヤはひいてはいたが、リサはミーヤからもひいて他人のふりをすることに決めた。

「アホ面ではミーヤも良い勝負だと思うぞ。アホさなら圧勝だが」

 リサにだけ聞こえる様に呟くアッシュだった。

「何か言いました?」

「ミーヤはアホだなーって話していた」

 顔を向けてキラーパスをリサに回す。

「ちょっ⁉私未だ何も言ってないわよ!」

 未だ。つまり思ってはいたようだ。

「因みにアホって言った理由はこのアホ面がダンナルク帝国第4特務戦隊という頭おかしい青の精鋭だからだ。昨日の今日で、なんで調べてないの?」

 アッシュの説明にピシッとミーヤは固まった。他の面々も『頭おかしい青』という表現に『アッシュ何言ってんの⁉』と内心悲鳴をあげている者多数。

「言う程オレはアホ面かな?」

「誰か鏡持ってこい」

 バイトのウェイトレスに手鏡を出させ、アホ面に見せる。

「おお、アホ面だ」

 納得するのかよ⁉皆の心の中でツッコミの合唱が響いた。

「茶番はいいとして、頭おかしい青の精鋭が何の用で店にきたんだ?」

 だから何故頭おかしい青と言うのか。実は帝国で普通に使われている表現なので男は気にしないし、アッシュはそれを知っているからこそ言っている。

「狂理を開祖から習ったアッシュも頭おかしいからね。頭おかしくなる方の可能性もあるんだよ」

「ダイジョウブダイジョウブ、狂理ヤメタカラ頭オカシク無イヨ」

 冷や汗かきながら男にカタコトで反論するアッシュ。

「頭おかしいって、どれだけおかしいんですか?」

 なんとなくミーヤは訊いてみた。普通は地雷に思えるのだが、彼女は気がついていない。

「そうだな。帝国の青は全員魔法を使わず水の上を走れる」

 何を言ってるんだこの人はとミーヤその他多数は思ったが、

「違うよ。青でも魔法の苦手な人しか走れないよ。だって魔法使えるなら魔法で走ればいいもの」

 帝国の青がやんわりアッシュの言葉を否定した。顎が外れた様に驚くミーヤにアッシュは言う。

「な、頭おかしいだろ」

 聞いていた者は頷くしかできなかった。

「あれ?アッシュも頭おかしいのよね」

「それは言うな」

 リサの発言にそう言って顔を背けるアッシュだったが、その行為はある意味肯定しているのと一緒だった。事実はもっと酷いが。

「青でこれだと赤ってどんだけ頭おかしいんですか?」

 恐る恐るミーヤは訊いてみる。

「赤は全員が水の上を走れる。その上で走る意味がない」

 帝国の青の説明に一同首を傾げる。

「足を捻りながら着水して、水切りの要領で跳ねるんだよ。そっちの方が楽で速いから誰も水上を走るなんて無駄な事はしないんだよね。まあ戦闘の時は動きを読まれるから仕方なく水面を足踏みとか走るとかするみたいだけど」

 色々おかしすぎて自分達の頭おかしいのか疑うくらいに頭おかしい。だから頭おかしくなる赤と呼ばれる。

「けどアッシュも水切り走りができるよね。ボクにはできないけど」

「だから言わないでくれ」

 アッシュは頭おかしくするの領域だったようだ。まあ食材の声を聞けるとか料理で幻覚を見せる段階で大概頭おかしかったが。

「仕事の一環というのはこれについてなんだけど」

「前々から思ってたけど、リューゼルは前置きすらなくいきなり話を戻るんだな」

 男が出した巻物を受け取りながらアッシュはぼやく。わざわざこの段階で名前を言うのは帝国の青という頭おかしいとは別の、リューゼル個人がおかしくないかというツッコミなのだが当然彼はスルーする。慣れたものでアッシュも無視して中身を見るが、顔が呆れからしかめ面に変わった。

「何が書いてあったの?」

 リサが質問したのでアッシュは巻物を見せる。

「見てもいいよ。というか、なるべく大勢に見せたいし」

 リサは見ても良いのか視線を男に向けたら、彼は許可を出した。

 リサにとっては縁も所縁(ゆかり)もない人、ミーヤにとってはつい最近会った変人、アッシュにとっては胃薬を買わせた元凶が描かれていた。

「本名出身地年齢全て不明、偽名も沢山あって判明しているのは男であるということのみ」

 アッシュはサラサラと男について説明する。

「因みに俺の師匠で『マスターシショーと呼べ』と言って他人の神経を逆撫でする狂人だ。他に狂理の開祖とか殺神種よりおかしいとか色々言われている」

 師匠に対してその言い方はどうなのかと思う面々だが、

「すまんが3年くらい会ってないぞ」

「ダメ元だから期待はしてなかったけどね」

 そんな男達の会話にミーヤは割り込む。

「けどわたし、最近遇いましたよ」

 この発言にギョっとする2人。

「何処でだ?」

 何故か胃の辺りを押さえながらアッシュは訊ねる。ミーヤはティンダ朗との出逢いから説明する。

「……多分だけどな、根拠は弟子としての経験則しかないのを前提で言うが」

 そんな前置きから脂汗を滝の様に流しつつアッシュは言う。

「星巡りをけしかけたの、多分師匠だ」

 リサとミーヤは目が点になる。

「狂理の開祖だけあるね。頭おかしくなるよ、本当に」

「どうやってとか考えないの?」

 帝国の男のように納得できなリサは質問する。

「だって師匠だし」

 アッシュはそれで納得している。

「彼については常識を考えるだけ無駄」

 帝国としてはそれで納得する。

「ところでなんでアッシュの師匠だって気がつかなかったの?見たことあるんでしょ?」

 さも当然の疑問をリサは上げるも、何故かアッシュが解説する。

「師匠は呪いのようなものと言ってたんだが、人から忘れられ易い。特に顔。

 現に手配書を見るまで顔を忘れてた」

 そんなバカなとリサは思ったが、

「この男の見た目の特徴はどうだった?」

 手配書を見せた後に裏返してアッシュは問いかける。

「そんなの簡……」

 出てこない。顔が全く思い出せない。

「呪いとは違うから、どう頑張っても解けないって言ってたな」

 人から忘れられる呪いは聞いたことがないが、それでもこれが呪いの類いだとリサは判断した。

「それなのに、なんで手配書が作れるの?」

「人によって忘れられ方に差があるらしい。あと付き合いの長さも影響するそうだ。だから不可能ではないんだよな。手配書でさえ覚えられないとは思わなかったが、師匠ならどんな理不尽でもあり得る」

 その納得の仕方はどうなのよと思わなくもないが、関わりの深い弟子が言うならそうなのだろう。

「ところで、帝国は何で師匠を探しているんだ?個人レベルでは災害でも国家レベルでは無害な人、というか有益な人だろ。特に帝国と共和国では」

「あれ?帝国もなの?共和国だけかと思っていたよ」

「帝国も共和国も成り立ちが神権に対抗するために作られた人間の人間による人間の為の国家だからな。方向性の違いはあるが、神様嫌いで人間好きな師匠ならどちらも贔屓にするさ」

 男同士の会話にミーヤは割り込む事を諦めた。

「帝国って、もしかしてその人の知識が欲しいの?」

 今までの会話やミーヤからの情報から組み立ててリサはそう結論付けた。アッシュは成る程と納得し、男もそうだよとうなずいた。

「確かに、危険種や殺神種に関する知識は半端ないからな。(わざ)一つとっても、神を殺すためとか説明してたし」

 この世界最大の宗教では神様が世界の為に魔法を与えたという事になっている。危険種にしろ殺神種にしろ魔法、則ち神の奇跡を殺す存在だ。アッシュの師匠もそちら側の分類で、しかも何で神を否定するものがいるのか知っているように思われる。

 その辺りの事をアッシュもリューゼルも気にしていないが、生まれ的にリサは気にしている。まあ同類は気にしない事が多いのだが。

「師匠を探すなら手配書を持って星巡りの出現に合わせて探した方がいいぞ。多分、見ているはずだ」

 リサはコクリとうなずいた。

「アッシュはいるか?」

 話が終わったタイミングで女性が店に入ってきた。背はアッシュよりもかなり大きい185くらい、がっちりした肩幅でズボンにブーツという動き易い服装。鋭い眼光に左半分が焼け爛れた顔という、武具なしで戦闘者独特の雰囲気をこれでもかというほど醸し出している。

「ココノエさんですか。ということは明日はアホ面と一緒に星巡りの討伐ですか?」

「そうだ」

 アッシュの言葉を肯定する女傑にリューゼルは

「酷いなー」

「戦闘時以外のお前はアホ面だろ」

 文句を言うもアッシ並みの毒で返してくる女傑だった。

「このタイミングでリューゼルさんの知り合いという事はもしかして……」

「そ。頭おかしい青で、アホ面と同じく4特戦。で、アホ面の先輩」

「アホ面アホ面酷いよ」

「なんでそんなことまで知ってるのよ?」

 リサとアッシュの会話に突っ込むリューゼルだが当然の様にスルーされた。

「去年、帝国で星巡りを狩った2人だ」

 リサの顔がひきつった。

「今回も私達2人が担当だ。報酬の一分として星巡りを調理して貰うよう交渉していてな」

「その交渉に何故俺が出てない?」

「金を払えば働くからだろ。通常業務の範囲だと思えば会議に出る必要はない。その上でコネがあって事前調整をもする。何か問題が?」

「無いな」

 アッシュは素直に頷いた。

「星巡りの死骸は全て帝国が貰う。その際白が500名ほど輸送の為にやってくる。彼等に星巡りを使った料理を頼めるか?」

「スペースがないから夜営地で調理する事になりそうだな。定休日に合わせたらなんとかなるか。そのくらいはこっちに合わせろよ」

「承知した」

 こうして次々と話を纏める2人。因みに白とは帝国の兵士で下から2番目の階級である。2人のやり取りを見てリサは呟く。

「私、ココノエさんを戦闘狂か何かかと思ってた」

「合ってるよ。ただ戦闘以外も標準を遥かに越えるレベルで高いだけで。他の青とか赤とか大概そんな傾向だね」

 万能で良妻賢母になり得るのに戦闘狂という一点で婚期を逃している人、というのがリューゼル含む知り合いの評である。面と向かって言ったら殺されるが。

「よし、話は終わりだ。飯にするぞ」

 そしてメニューを見て

「このページ」

 定食が8品程乗っていた。

「次からこう注文します」

 ココノエの注文を見て真似する事を決めたミーヤだった。

「じゃあボクはこのページね」

 オカズ中心のページでそれなりに量はある。

「因みに誰の財布から出るんだ?」

「2人とも共和国政府からだ」

「ラッキー」

 なんとなく訊いてみたアッシュにココノエは答え、それを聞いてリューゼルは喜んだ。

「青ってこんな注文の仕方なの?」

 だとしたらやっぱり頭おかしいとリサは思った。

 

 




 100キロメートルの蛇を500人で運べる兵士も地味に凄い。


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役割分担なんだけどね……

 青空にヒビが入る。ヒビは徐々に大きく広がり、音もなく割れる。空の奥から出てくるのは3つの目。

 殺神種、星巡り。

 向かって飛び出たすのは青の戦闘服を纏うリューゼル・ハーフウィング。鳴りを潜めたアホ面の代わりに狂喜に満ちた笑みである。相方のココノエ・トーエもやはり狂喜に満ちている。3特戦トップの戦闘狂の2人だ。

 ココノエの魔法により戦場に作られた氷の足場をリューゼルは跳ねて魔法を使えない身ながら高速で接敵する。

 ヒュン

     ザク

 かなり遠くからの抜刀。鞘走りからの衝撃波が星巡りの鱗を剥ぎ落とす。

 ブン

     バサバサ

 返す刃で衝撃波を放ち、鱗が落ちきる前に粉砕する。

 星巡りはリューゼルを強敵と判断し、(あぎと)を開いて魔力を溜める。それを察知し、魔法で加速しリューゼルの前に飛び出したココノエは手を前に出して構える。

 腮から放たれた焔の魔法はココノエに触れた瞬間、向きを反転させて8つの氷刃に別れて螺旋を描きながら星巡りの鱗を剥ぎ落とした。魔法を殺す魔法(ルイン マジック)と呼ばれる高等技法でゲーム的に表現するなら『対象の魔法を無効にし、かつ対象が消費したMPの範囲で自分の習得している魔法を使う』となる。効率的な魔法の使い方をして使用者と同じ魔法を高威力で跳ね返したり、攻撃魔法を回復魔法に変えて不死身を演じる等も可能である。

 ココノエの場合魔法に触れる寸前まで接近する必要があるが、それでも魔法を使えなくするという効果は大きい。対人戦闘なら魔法の使用を控えさせる事につながる。故に魔法を殺す魔法(ルイン マジック)。星巡りはそこまで頭が良くないため状況次第で何度も打ってくるが、その度に跳ね返せる。

 空中戦は概ね人間2人が優位に推移していた。

 

 

 

 

「クケケクケーケッケッケ」

 一方地上ではうっかり星巡りを見てしまって発狂してしまった人のもとへティンダ朗を抱えたミーヤが駆け回っていた。危険種のティンダ朗がいるから彼女は発狂せず、ティンダ朗の影響範囲なら発狂も消える。彼女の他にも危険種を連れた冒険者や警察官がパトロールに駆け回っていた。

「クケケクケーケッケッケ」

 それなのに危険種が効かずおそいかかってくるものがいる。そんなバカなと思いリアクションが一瞬、致命的に遅れた。

 スパン

 初めて見る男が紙でできた武器で発狂した男の頭を叩く。それも地面にめり込む勢いで。

「たまにいるんですよ。こういった状況を利用して盗みや暴行を働く輩が。なので気をつけて下さいね」

「ありがとうございます」

 ミーヤの眼は武器に釘付けだった。

「これはハリセンと呼ばれるボケ殺しの道具(ツッコミ ブレード)です。装備するとクリティカル率が30%上がるらしいですよ」

 さっぱわからないハリセンの説明だった。リサならギリギリわかるかもしれないが。

 しかし最近大きな人によく会うなと思いながら、リューゼルより少し低い程度のリサと同じような黒い髪の平たい顔で微笑みメガネの男に訊ねてみる。

「危険種を連れていないみたいですけど、何処の人ですか?」

 発狂者の鎮圧してくれても危険種がいないと当人が発狂してミイラとりがミイラになる可能性を考慮し、特例のない限り野外に出てはいけない。

「一応この国の人ですよ。税金を払ってますし。ただ選挙権はありませんが。ああ、名前ですがシュウ・ザキセムと申します」

 それでもここにいる理由は

「はた迷惑な友人に頼まれまして、ここで人災を防ぐ手伝いをしています」

 言いながら細く短い白い棒のような何かを投げる。それは暴れていた人の眉間に吸い込まれ、吹き飛ばした。

「航跡が輝いてましたけど、何を投げたんですか?魔法じゃないですものね」

「チョークです。チョーク投げは教師としての嗜みですから。

 ああ、言ってませんでしたね。僅かな期間でしたが学校の先生をやっていたんですよ」

 どんなにベテランの学校の先生でもチョークが光るような投げ方はできないと思うんですが。

 その後2人は一緒にパトロールする事になる。

 なお、冷静に考えれば危険種無しで人災を防ぐ様に言ったはた迷惑な知り合いが誰かを特定できたかもしれない。まあアッシュの師匠では通じないので2人の間ではその話に繋がらないのだが。

 

 

 

 リサがその男を見つけた時、彼は赤い鎧をきた戦士達に囲まれていた。その赤い鎧に描かれた部隊章に冷や汗をかく。

 桜の花に重なる形で下、右上、左上、3本の青い剣が切っ先一点で触れるという部隊章。それが意味するもの、

「ダンナルク帝国第2特務戦隊……」

 帝国最強が30人、たった一人の男を方位するために集まっている。どいつもこいつも醸し出す雰囲気は化け物揃い。

 神様からチートもらった?それがどうした。全員がそれすら比にならない化け物で、しかも危険種の影響を受けないであろう、自前の能力だ。伊達や酔狂で最強を名乗っている訳でも名乗らされている訳でもない。

 リサではこの中の誰一人にさえ勝てない。そしてそれだけの人員が誰一人油断せず気を張りつめている。

「初めましてだね、お嬢さん」

 取り囲まれている男は気にした事もなく呑気にリサの方を向いていた。

「大丈夫だよ。彼等が命じられたのは俺を帝国に連れていくことで戦闘する事じゃない。全滅させたところで連れて行かれるなら素直について行った方がいい」

 しかしそれなら彼がここに留まっている理由がわからない。

「彼等としても犠牲者を出すくらいならある程度妥協しても問題ない。星巡りが片づくまでならという理由で妥協してもらった」

「急げという命令は受けていない」

 2メートルを越える長身にして短く整えられた白髪、白髭の厳つい眼帯の中年の男が簡潔に説明した。

 そう言うことと、アッシュの師匠は星巡りの方を向き、耳を澄ます。主に音だけで戦いの推移を知覚している。

「わざわざここにきたと言うことは何が聞きたいのかな、リサ・ノースランドさん」

 自己紹介はしていない、なのに何故知っているのか?彼もストーカーなのか?

 色々と過るが、

「ほい」

彼は雑誌を投げる。リサは受け取り、内容を確認……する必要もなくこれがなんなのか悟った。

「ファ、ファッション雑誌」

「冒険者特集だから買ってみた」

 そしてその中の一頁にリサが使われている。そりゃ知ってても不思議はない。不思議はないが、この人がそんな本を読むことに違和感を覚える。まあ、意味はないのだろうが。そんな考え方で終わるためリサは彼の事を知らない。アッシュなら建前だけで4種類は想像できる。

「あとサイン頂戴」

 ズルっとずっこけた。

「因みにサインと引き換えに得られるのは会話の時間」

 それこそ本来の目的なのでリサは急いで自分のページにサインを記入した。

「それじゃ、時間は戦闘終了まで、つまらない質問なら即座に打ち切る、嘘はつかないが全ての事を言うとは限らない。因みに時間以外は帝国宰相との会話のルールと同じだ」

 立場上簡単に帝国にはいけないし、宰相と会う機会などないだろう。だからここで考えるのは、赤から宰相に会話の内容が回って招かれる事を期待するくらい。それをわかっていて帝国宰相と同じルールと言ったのだ。

「先ずは確認させて下さい。アッシュの師匠で犬の危険種とその仔を探してた女性の冒険者と合ってますよね」

「うん、そうだね。まあアッシュは破門だけど」

「後輩を助けて頂きましてありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」

 雑談はここまで、リサは呼吸を1つ置いて質問する。

「最初の質問です。神様、危険種、殺神種、このうち存在してはいけないのは神様ですか?それとも殺神種もですか?」

「質問が色々とおかしい。まず殺神種について勘違いしている」

 えっと驚愕する。

「一般的な殺神種の有名処は魔法を使って魔法を無効にするけど、どちらも持っていない殺神種の存在を忘れている」

 知らない、そんな存在をリサは知らない。

「だから殺神種の定義がおかしい。そもそも最初の定義は神様の摂理に反して生まれた存在を殺神種と名付けた。何時か神様を殺す可能性を持つとしてね。能力は後付けだ」

 それらを踏まえてわかること、

「だから殺神種に関してはなんとも言えない。神様の許可なく勝手に産まれようとも、勝手に生きて行く存在だ。勝手の範囲に言いたい事はあるが、言う権限もないからやっぱりなんとも言えない」

 まあ嘘は言わない約束だから本当になんとも言えないだろう。

「そして神についてだがノーコメント」

 彼に本気で語るつもりがない。少なくとも、リサに十分な知識がない今は。

「それに君は危険種が何故神の奇跡を打ち消すのかがわかっていない事がわかる。危険種と呼ばれるに至った経緯も含めて」

 リサは会話でおかしな部分を見つけた。彼は神と神様を使い分けている。

「神の奇跡は打ち消せるけど、神様の奇跡は打ち消せれない?神は複数いるのですか?」

「いるよ。ある国の神が別の邪神だなんてよく聞く話だ。それに竜にも神がいるし、魔族にも神はいる。種族毎に神がいると思っていい」

 種族毎の偶像、それを壊す必要性があったとしても、神殺しの技術は必要ない。つまり種族毎に神は本当にいる。

「けど神様は一人?」

「柱を使え、柱を。一柱といえば一柱、大勢いるといえば大勢いる、いないといえばいない。考え方や立場状況次第だが、大概は一柱、君は二柱を敬えばいい」

 大概は一柱だけど自分は違って二柱、大概との違いがあるとすれば異世界からきたということくらい?言ってもいないのに何故知っているのか気になるが、そこはきっとどうでもいいのだろう。少なくとも、帝国や彼にとっては。だから聞くのは

「貴方は?」

「二柱を敬うべきなのだが、片方は大喧嘩したからなぁ」

 煙に巻いてるようにしか思えない。

「さて、そろそろ戦闘が終わるな」

 彼は立ち上がり、リサに言伝てを頼む。

「アッシュに伝えとけ。弟子としてはもう期待しないが料理人として頑張れよ、と」

 そして帝国の赤に囲まれて歩いていく。

 リサはその背中を見送るしかできなかった。

 

 

 

 

 さて、そんなアッシュが同時刻何をしていたかというと、ひたすら趣味の包丁研ぎをしていた。それでも時間が空いたので、晴れる屋の台所周りの大掃除をしていた。換気扇とか排水溝とか普段掃除しない場所を。若者がそれでいいのか?

 

 

 

 




スパロボのかなめのハリセンがクリティカル率30%アップ(スーパーロボット大戦wiki調べ)だった。
 そして遠距離はチョーク投げ、近距離はハリセンと隙のない教師。今だと体罰だろうが。そしてこいつがオリ主で序盤だけ学園物なのに天使、悪魔、それに怪物どもとチョークとハリセンで戦う二次創作を作る案があった。仲間達は銃とか刀とか超能力とかで戦うのに。



ルイン(ruin)は破滅させるという意味で殺すという意味は無い。が、相手がこんな魔法を使えたなら戦術としての魔法は死ぬので間違ってはないと思う。そしてこの技能の持ち主を特定の世界に連れて行くと無双する。リリカルなのはの世界だとヴォルケンリッターという意思がある魔力の塊がエライ事になる。まあこいつらは戦闘能力皆無のティンダ朗に存在を全否定されるという……闇の書を壊せるけど闇の書の元まで運ぶ船が壊されるとか、オンオフ切り替えれないためミッドチルダ(魔法文明)が滅びかねないので混ぜたらあかん能力ではある。ティンダ朗スゲーな。というよりも、基本的に普通の人には意味がないのに強敵相手にのみ有効という奴等が多すぎるこの世界。


 因みに帝国の1より2が強いのは参考元の内の1つ、大日本帝国海軍の水雷戦隊からきている。第1特務戦隊は帝都防衛隊だし。(3と4は関係無いけど1や2より劣る)




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番外編 ヴァレンタインを始めよう

2月に入ったなー、バレンタインネタをぼちぼちのんびりと作ろう。
  ↓
1日で(他の2月投稿ぶんより早く)完成した。文字数少ないけど。とりあえず暇な時間にチマチマ修正しながら投稿日を待つ。

とりあえず、どうしてこうなった?


 この世界にはヴァレンタインという風習はない。無いからこれから起こる喜劇(悲劇)は本来起こらないはずだった。

 リサは後悔している。何故ヴァレンタインという風習を教えたのかを。

 

 

 

 

 番外編 ヴァレンタインを始めよう

 

 

番外編  ヴァレンタインを始めよう

 

 

数日前

 

 

 

 

「私達が生まれた国には女性から好きな男とかお世話になった男とかにチョコレートを送る日があるのよ」

 晴れる屋の常連、リサ・ノースランドはカウンター席でモテない男には無縁の故郷の風習を話した。前の国籍は王国だが、その前は神様によって異世界からやって来た異世界人である。神に纏わるところを話したら色々面倒なので、王国で召喚された遠い国の人としか説明してないが。

「チョコレートとはまた加工難度の高いものを。俺でもよう作らんぞ」

 アッシュ・ダインスレイが呟く。この世界とリサが生まれ育った世界ではチョコレートが違うものを指す可能性もあるが、リサが生まれ世界でもカカオの実から加工するとなると一流菓子職人でさえ個人で作るレベルではない。

「流石に一から作らないわよ。チョコレートの板を湯煎して型に流すとか、そこから多少のアレンジを加える程度が一般的ね。中にはチョコレートケーキとか拘る人もいるけど」

「それなら普通の人でもいけるな」

 どうやら両世界でそれほどの違いはなかった模様。

「ところで、ものすごく不安なんだが、ミーヤは何処へ行った?」

 冷や汗を滴ながらアッシュが訊いた。

「流石にカカオの豆からチョコレートは作れないでしょ。

 というより、作ろうとしないわよね、普通なら」

「ああ、普通ならな。ゆで卵すら作れない人間を普通と言うのなら」

 何がヤバいかというと、毒物もウィルスも無いアッシュのゲロ不味料理とは違ってガチで毒を入れてくる可能性がある。逆に毒物もウィルスもなく食中毒以上のダメージを与える料理とはなんだろうと疑問はあるが。

「魔法による解毒は頼む」

「流石にそこまではいかないわよ。

 …いかないわよね。

 ……いかないといいな」

 言ってて不安になるリサだった。聞いてて不安になるから止めて欲しいとはアッシュも言えなかった。

「魔法が効けばいいな」

 そんな事はないと否定できないのが悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、運命の日は訪れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訪れて欲しくなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にどうして訪れたのですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

神に小一時間問い詰めたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッシュさん!チョコレートを食べて下さい!」

 ヴァレンタインの日の閉店時、店の片付けをしていたアッシュの元へミーヤ・ピナカはプレゼントボックスを差し出した。アッシュは心配だから残っていたリサに眼で回復を頼むと伝えると、恐る恐る箱を開けた。

 それは一見なんの変哲もないチョコレートだった。なんか紫色に輝いて見えるのは気のせいだろう。アッシュやリサが見ていて逃げ出したくなるのもきっと気のせいだ。なお、他の客は普段はグダグタ残っている癖に、今日は我先にと逃げ出している。

 気のせいだと無理やり信じ、アッシュは覚悟を決めて口の中に見た目はチョコレートを口に入れた。

 瞬間世界は闇に包まれ、嘴が横に割れて背中から2対4枚の翼をはやし3対6本の腕のうち2本で合掌して残り4本で長柄の武器を持った(あか)く燃える巨大な邪神像が空からアッシュ目掛けてゆっくり確実に落ちてきた。邪神像はアッシュを潰してどんどん地面に埋まってゆく。半分ほど地面に埋まったところで突如邪神像は動きを止め、逆に浮かび上がってくる。そして、

「ふんがー!」

 地面の底からアッシュは邪神像を投げ飛ばした。

 ここで幻覚は終わり、汗を流しながら息を上げるアッシュが膝に手を付いたものの倒れずに耐えていた。そんな彼にリサは心から拍手を送っていた。

お前、味見、した、のか?

 息も絶え絶えながら無事生還を果たしたアッシュは指を喉に突っ込み内容物を吐き出して水で口の中を濯いだあと殺気を込めた声で質問した。

「ええ~っと、一番に食べて欲しいからしていません」

 誤魔化しは不可能と悟り、リサの背後で素直に答えるミーヤ。

 普段の無表情な顔を脱ぎ捨て邪神の顔が現れる。彼の師匠が手品と称したものと同じ様に。

 お前、殺す、邪魔、するな。

 アッシュの面はリサにそう宣告していた。背後のミーヤは助けて下さい見棄てないで下さいとリサに眼で訴えていた。

 アッシュの気持ちはわかるものの、流石にミーヤを死なせる訳にはいかない。なのでギリギリの妥協として彼女が出した解決方法は斜め上にぶっ飛んでいた。いや、目には目をと言うべきか。

「ホワイトデーっていう、チョコレートを貰った男の子がお礼としてお菓子をあげる日があるのだけど」

 このお礼を2人は復讐と解釈したのは語るまでもない。そしてその方法は言わずもがな。

 なお、一月後ミーヤは地面から邪神象が大地から複数飛び出した後自爆して飛び出た緑色の体液が大地を腐らす幻覚を味わうこととなる。

 

 

 

 

 どうでもいい話だが後世、スフィトリア共和国のヴァレンタインは女性が男性にクソ不味いお菓子をプレゼントする度胸試しの日になったとか。後にやってくるヴァレンタインにモテていると勘違いしたバカ浮かれた異世界人が悶絶しまくったのは語るまでもない。

 本当に、どうしてこうなったのだろう?なお、伝道師のリサは私関係ないよとひたすら他人のフリを決め込んでいた。

 

 




小説読めばわかると思いますが、作者はヴァレンタインなんか大っ嫌いです。みんな纏めて爆発しろ!そしてくたばれクリスマス!
クリスマスはどうやってリア充どもを不幸にするイベントにしよう?


真面目に解説するなら、せっかくの異世界だから『こっちの世界の風習を輸出しようとした結果どうしてこうなった』というのをやってみたかった。勿論、クリスマスも大惨事狙い(リア充爆破)で。





ストーリーに関連は無いものの、章タイトルの『こいつはヤバい』で問題ないかと。


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番外編 惨汰苦賂子

嫉妬成分がかなり足りなかった。


「ひー、やっ、ハーーー!」

 血色の服を纏った無色の髭の人形モンスターが得物を振り回しながら町をかける。

 大人達は動けない。ただその魔物の強制力、殺神種と同程度の厄介さを誇る危険な存在。いきなり町の中は愚か牢屋や教会の中でさえ急に出現するそれは大人にとって厄介極まりない。

 多くの店は閉店で晴れる屋も例外ではない。アッシュも郊外へ向かった。もっとも、町の外だろうと襲ってくるのだが。

 動けない大人達は得物で気絶させられ、何の恨みかカップルの男には身ぐるみ剥がれて全身に落書きわして遠い場所に投げ捨てるという奇妙な魔物だ。

 対抗できるのは子供しかいない。少年少女は強敵に挑む。その得物というドロップ品、おもちゃの袋を狙って。

「そっちに逃げた!」

「追え!」

「周りこむ!」

 惨汰苦賂子(サンタクロス)という名の神誕祭にのみ現れる魔物は倒すと大量のおもちゃを落とす魔物である。そして集団での対単体戦闘の良い訓練となり、子供達には嬉しいモンスターである。ダメージを与える攻撃をしてこないし。

 因みにこのどたばたで多くの男が寒さで風邪を引き、子供の攻撃によって家屋が破壊される事がある程度の被害だが年行事だったりする。

 余談だが、この時期に風邪をひいた男に対して嫉妬深い男から狙われたりするのは余談といったら余談である。たまにフリーだと思っていた男に問い詰める女性もいたりするが。

 

 

 

 

「1人だと何故か狙われないのよね」

 去年神誕祭の事を忘れてダンジョンに1人潜っていたにも関わらず襲われなかったリサが呟いた。その事をアッシュにだけ話したので彼も何処かで隠れているだろう。

「けど神誕祭は地球でのクリスマスよね、これ。魔物の名前なんてもろにサンタクロースだし」

 と地球との共通項を考えてみる。それがどうしてこうなったのか?ただ、ヴァレンタインを悲惨な日にした彼女に問われたくないだろう。

 そんなどうでもいいことを考えながらダンジョンを降りていると

「あっ」

「えっ?」

 知っている人と出くわした。クロウ・マッケンジー、かつてのストーカーと出くわした。次の瞬間、2人は動けなくなる。

 彼女は見た。ストーカー男の背後に現れた惨汰苦賂子が得物を振り上げるのを。そしてゴチンと叩きつけて気絶させた。

 そのまま惨汰苦賂子はリサの前まできてゴチンとやった。

 後日談として、翌日風邪を引いた彼の元にリサ曰く脳ミソスライムな女性達が詰め寄ったという。因みにダンジョンで気絶していたリサは、目覚めた瞬間周囲に結界が張られていたのに気がついたが、それは別の話である。

 

 

 

 話は神誕祭に戻って、アッシュは冬の墓場というだれも寄り付かない場所で1人ポツンといた。惨汰苦賂子は孤独な人間には見向きもしない。孤独死した子供好きな男の成れの果てがこの魔物なのではという説もあるが、はっきりしたことはわからない。

「あと妊婦と助産婦なんかも例外か。じゃないと君が産まれて来なかったもんな」

 そう言いながらケーキを備える。蝋燭の数の18本は今も生きていればの年齢だ。

「でだ。今年も来てくれるのは嬉しいんだが、働いている20になった男の動きを止めないのは失礼じゃないか?」

 他に理由があるならともかく、他の例を見ても何故アッシュが動けるのかわからない。

 墓の彼女らを人数として数えているなら此処に現れるのはわかる。だから裸にひんむかれて落書きされたとしてもアッシュに不服はない。

 惨汰苦賂子はアッシュの脇を通って墓の前に得物の袋の中から花束を取りだして備える。アッシュが話してた墓以外の幾つかの墓にも備えている事から、その墓も子供の時になくなった子の墓だと彼は一昨年知った。この事は誰にも話していない。

「しかし本当にお前何者だよ。分類できないし複数体いるし、便宜上魔物とされている子供好き」

 本当に訳がわからない。

「ほらよ」

 言いながら固形物を投げる。惨汰苦賂子はそれを受け取ってかじる。彼も去年から惨汰苦賂子に倣って他の墓にもお菓子を配るようになり、ついでに惨汰苦賂子に渡すようになった。この惨汰苦賂子が去年や一昨年の惨汰苦賂子と同一個体かは不明だが。

 惨汰苦賂子は一瞬笑ったように髭を動かし、そのまま消えていった。

「本当に訳がわからん」

 




サンタクロースをモンスターにしてみよう計画。

子供だけが戦う事ができるモンスター、そして危険はない。倒すとおもちゃをドロップ。絵本なんかもドロップするが。
そしてカップルを許さない。ここだけ作者の趣味を入れた。


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番外編 こういうのもあり得た話なんだよな

今日はエイプリルフール


「■■■■■■■■!!!」

 声にならない叫びをそいつはあげる。そいつはこの世界に生きる全ての敵、修羅道に堕ちた破滅の化身。

 迎え撃つのはこの世界の全て。

 帝国も王国も関係ない。天使も悪魔も竜もリビングデッドも、文字通りこの世界全ての力を集めて迎え撃つ。

「■■■■■■■!!!」

 それでも簡潔ない。破滅の化身は2本の剣を持って斬り込み、薙ぎ払い、そして吹き飛ばす。

 1振りで天使悪魔英雄3っつの首を同時に斬り飛ばし、跳ねた頭で更に竜鳥人妖怪3つの頭を割る。相手を蹴り飛ばして方向変換、蹴り飛ばされた者は心臓を壊されて死ぬ。全ての行動に複数の殺戮の意味が込められている。

「■■■!!!」

 その咆哮でさえ魂を破壊するような叫びだ。耳元に叩き込まれたら生きてはいられない。生きた屍さえその魂を破壊されては生き続けてはいられない。

 間違っても彼等が弱い訳ではない。そもそも弱ければここにはこれない。それは戦いのメンバーに入れないという意味ではない。

 修羅道に堕ちた奴の側にはそもそも近寄れない。その殺気は抵抗力が無い者を問答無用で殺し尽くす。

 故に嬉しくもない評価だが、彼に直接殺されるのは強者の証明に他ならない。

「アッシュ・ダインスレイ‼」

 叫びながら【真理を超えし者】リサ・ノースランドが魔法を使う。複数の魔法の玉が敵の周囲を囲い、一斉に弾ける。魔法の玉に込められた指向性の衝撃波を敵に向けて放つという、魔法を使った非魔法属性の物理攻撃。大勢の犠牲を出した前前回の戦闘で魔法は反射する事がわかった。故に前回利用できた魔法を用いた物理攻撃。

 それを敵は切り払い無効化する。一瞬の足止め。他の1流戦士や魔法使い達の命で事前に調査をしようやく掴んだ僅かな勝算。今回は死ぬ事前提の仲間達を盾にして接近し、超1流の至近距離からの攻撃でようやく防御行動をさせた事で見えてきた勝機。

 その隙ともいえない微かな猶予にもう1人の英雄は突撃する。【赤の守護剣翼】リューゼル・ハーフウィングだ。

 しかしここまでして作った隙を付く神速の突きは逸らされ、それでも頬に傷を付けるという快挙をなす。

 敵は強い。強い強い強い、強すぎる。それでも無敵ではない。少しずつでも削っていけば倒せる。

「勝つぞ!」

 戦いはまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

「ていう夢を見たの」

「いやいやいやいや、なんでわざわざそんな事を伝えるんですか?」

 開店前の晴れる屋でリサとミーヤは駄弁っていた。

「お早うさん。

 あれ?未だ開いてないの?」

 常連と化したリューゼルがやってきた。3特戦帝国領事館勤務、というか共和国に居残っている。彼に勤まるのかどうかが知人達の最大の懸念である。

「そうなのよ。珍しいわよね。まあまだ開店時間前だから問題はないのだけど」

 しかし何時もなら開店時間前に掃除等をして、客がくると渋々前倒ししているのだ。そして暇な3人はというと

「暇だから僕も夢の話をするよ」

 そうして駄弁り始めた。なお、リューゼルの夢の内容はリサのそれと全く同じだったりする。

「2人して同じ夢を見るってどういうことですか?」

「「さぁ?」」

 意味があるのかもしれないし、無いのかもしれない。誰かが見せたのかもしれないし、本当に偶然なのかもしれない。

 ただ、わからない上に今のところ危険性もないので、そんな事もあったなくらいの意味で記憶に蓋をすべき内容だろう。

 因みに面白かったのか、2人は夢の細部を話し合い検証していく。

「【真理を超えし者】ってどういう意味なのかな?」

「貴方こそ【赤の守護剣翼】ってなによ?しかもちゃっかり出世してるじゃない」

「2人は夢の話で何をそんなに剥きになっているんですか?」

 1人だけ蚊帳の外なのでどうしてもついていけない。

「お早う」

 目を深紅に濁らせたアッシュがようやく店から出てきた。

「お早うございます」

 先の夢と重なって2人は引き攣ったので夢を見ていないミーヤだけが挨拶を返した。

「ところで、その目はどうしたんですか?おかしい程赤いですよ」

「鏡を見ていないからわからないが、夢見が悪かったのが原因だろう」

 そんな理由で瞳は赤くならない。もっとも本人は白目の部分が充血してるのかくらいのニュアンスで返事をしているので、瞳の色が変わっていると知ったなら違った返しをしただろう。

「因みにどんな夢だったんですか?」

「修羅道に堕ちた夢だった」

 簡単に解説したものの、それは偶然にもリサとリューゼルが見たそれと同じだった。そしてこの段階で単純に夢と切り捨てる事はできなくなる。予知夢か何らかの前兆か。

「あり得たかも知れない未来の夢だろうな。周りの知り合いが成長してたし、あり得たかもしれない今ではない」

 ああなる可能性があったのか。自身の戦闘能力に自信のある2人は顔を痙攣させた。少なくとも今の自分達より上を2人を余裕で捌ける事と、大量殺戮の両方があり得たのかと。

「あり得たって過去形ですか?」

「……怒りに任せて人を殺していたら、歯止めが利かず今頃そうなっただろうな。もうあり得ない話だが」

 何事もなく話していた2人にリューゼルが割り込む。

「あり得ないって言い切れるんだ」

「だって料理人だし」

 それが理由になるのか?本人にとってはなっているようだが、他の人は解せない顔をせざるを得ない。

「それじゃあ晴れる屋、開店だ」

 星のようなキラキラした目でそう宣言する。それをみたいやけど3人は目を擦る。

「どうした?」

 何時も通りの溝底のような濁った目で首を傾げるアッシュに気のせいだと思うことで一致した。

 




 実はアッシュのカタログスペックは帝国の赤とかより上。本人に戦闘する意思が皆無なだけで。むしろ帝国の赤は少々のスペック差を気合いで乗り越える連中揃いというチートである。
 話をアッシュに戻すと、精神を攻撃する相手には弱い、というか暴走する恐れがある。そういった現象を起こす可能性がある場所だと足を引っ張る、というか夢の中の状態になる可能性は一応残ってたりする。


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弟子育成編
予備兵力は遊兵とは違います


 久しぶりな本編。


 ダンナルク帝国とグリセルダ王国の戦争は始まった。

「貴方、ここにいていいのかしら?」

 戦場から遠く離れた共和国の料理屋で昼食を食べる帝国の切り札たる第4特務戦隊の1人リューゼル・ハーフウィングに対してギルド群青の風のエースであるリサ・ノースランドは訊ねる。

「問題ないよ。4特戦の任務の1つに、駐在武官としての仕事もあるから。共和国で情報収集をしたり、王国が講和してきた場合に調整したりするからね」

 カウンター席にてリューゼルは恐ろしい勢いで朝食を食べながらなに食わぬ顔で答えた。

 補足すると、この世界では講和をしたい場合に第3国のギルドの統括所を繋ぎにする事が多い。そこから対象国のギルド統括所、あるいは第3国の領事館から対象国に中継される。普通はされるのだが、帝国には冒険者ギルド統括所、というよりもギルドそのものが認められていない。そして冒険者ギルドに限りなく近いものとして第4特務戦隊があり、外交官としても兼務している。

 そんな事情はあるのだが彼を知るものとして

「貴方が遊兵でいる事より、外交官やっていく方がよっぽど心配なのだけど。本当に書類仕事とかできるの?」

 帝国が主戦力を使わない舐めプよりも、彼を外交官に任命した人事が心配だ。

「失礼な。きちんと書類仕事もこなせるぞ。体を動かす方が得意だし、その機会に恵まれないから働いて無いように見えるだけで」

 恵まれても困る。

「そのわりには3食食べに来れるくらい暇なのな」

 2人の会話にコックのアッシュ・ダインスレイが割り込んだ。

「毎日来ないと意味ない事を知ってて言ってるでしょ?」

「それを踏まえても暇にしか見えないんだが」

「優秀な文官が持ってきた書類に判子を押すだけだから何とかなってるけど」

 仕事してないじゃないの。リサは言葉をぐっと飲み込む。

「仕事しろよ」

 アッシュは飲み込まなかった。

「書類仕事以外の事務仕事もしてるって。武官としての準備や訓練計画とかも立てないといけないし。飛び火した場合に共和国と共同で事に当たったりするときに陣頭指揮する事になるだろうから、文官が持ってきた計画にダメ出しだしたりもしてるよ」

「もっと他に人がいなかったのか?適性とちがうだろ」

 お前、事が起こると指揮を執らずに最前線に突撃するも部下から羽交い締めにされて指揮をとれとか嘆かれるタイプだろ。アッシュの眼はそう毒づいていたが、そこまで読み取れる者はこの場にはいなかった。

「特務といえピンキリだからね。2は除くけど、うちの妹でも基礎課程卒業で3に入れたくらいだし」

 その妹の実力を知らないから何も言えない2人だった。が、それでも加えよう。その妹も妹で人の形をした化け物の一種だと。

「群青の風について、というか冒険者ギルド連合に依頼があるんだけど」

「相変わらず前置きなしでいきなり本題ぶっこむなよ」

 言いながら書簡を取り出すリューゼルにアッシュは呆れながらつっこんだ。

「うちの下っ()や中堅連中とギルドの新人中堅なんかと模擬試合をしましょうという書簡だね。建前は相互交流、本音は抑止力を見せつけること」

 抑止力って勝つこと前提かい。負けたら抑止力低下するでしょ。共和国のギルドを舐めてるの?そう思いながらも案の案と書かれ、所々空白な書類に目を通しながらリサは聞いていた。聞いていたが、

「治す気はないのね」

「言うだけ無駄な領域だな。これでも建前と本音を言い分けているだけマシともとれるが」

 呆れる他ない。しかしそれでもマシだとアッシュは言った。

「とりあえず代表で幾つかのギルドとやり合いたいんだけど、群青の風以外に良いとこ知らない?」

 他の客にも聞こえるくらい大きな声でリューゼルは聞いた。少し間をあけて呆れながらアッシュはこたえる。

「知らないし、そもそも料理屋に戦力の話を聞くな」

 ごもっともな意見である。彼の戦闘能力が非常識であることを除けば。

「そっちはライバル企業の情報はないのか?」

「企業って……まあ公務員じゃなくて利益を追求するから企業でも間違いじゃないのか」

 言いながらリサは考える。思い付いたのは

「抑止力を見せるという意味では本部が王国にある『セイクリッドブレイズ』の支部は必須だわ。彼処は王国とズブズブだし。

 他に世界展開しているのは『サンクチュアリ』もあるわ。けどあそこは交流とか少ないから無理かしら。

 規模は少し落ちるけど、王国と(ゆかり)が強いのは『ロイヤルガーデン』ね。もと近衛隊長がギルドマスターだもの。

 最近勢いが出てきたのは『(ともがら)(えにし)』ていうところだけど、知名度は低いわ。

 老舗なら……」

 と、次々と候補を上げていく。ライバル企業の事を良く知ってらっしゃる。

「成る程成る程。じゃあ正式な書類は後日という事で」

 そういって帰って言った。

「そういえば会計は?」

「戦時中は帝国が経費として一括で払う事になったんだよ。そして席の完全予約。多分、普通に払う3倍くらい貰っているな」

「私も予約したらダメかしら?」

「ダメ。これは共和国からの正式なオーダーでもあるのだからな。大統領もこれない訳だし」

 つまり、これが国益に繋がるらしい。

「なんでわざわざそんな事をするの?」

「幾つか理由はあるらしいが、他の国のスパイ(・・・)なんかに見せつける意味がある。この理由だけは公表していいと言われた」

 スパイと少し強く言った時、一部の客がビクリとしたのをリサは見逃さなかった。

「気が付かなかった事にしてやれ」

 リューゼルも気がついていて泳がせている可能性があるし、抑止力を見せつける意味でもここで捕らえる必要はない。それにスパイが王国のものとも限らない。少なくとも共和国のスパイも混ざっているはずだ。

「うちで食事をしてくれるお得意様を追い払う訳にはいかない」

「それが本音なのね」

「別段犯罪じゃないからな。リューゼルが勝手に(バラす予定の)秘密を話しているのを他の(スパイの)お客さんが勝手に聞いて、勝手に他の(お偉い)人に話しているだけだ。問題など何処にもない」

 だいたい、こんなところで他に漏らせるような話をするはずがない。

「けど、帝国って余裕なのね。青を残せる程だもの」

「俺は逆に王国には余裕が無さすぎるように感じたな。模擬戦と称して戦力を集め、王国に攻勢をかける可能性もあるんだぞ」

「あー、もう対応できる余裕が無いわけね。確かに余裕が無さすぎだわ」

 さっきの会話からわかってしまう話を2人はする。

「最適な手段なら、直ぐに小飼のギルドを模擬戦の相手に立候補させるべきだったしな。そうすれば少なくとも情報収集と妨害ができるだろ」

「そうね。それにギルドは一応民間の扱いだから、大々的に排除できないのか。だから毎日ここで堂々と同じ時間に食べてるのね。今回は態と聞かせるために大きな声で言ってたし」

「そういう意味でも小飼のギルドに録な人材がいない訳だ」

 ある程度の情報分析能力に長けた人間なら先の会話の意味を理解できたのだろうが、それができる人間を駆り出している可能性もあり、結果杜撰な情報収集となる。

「王国はわかっていても手出しができない立場を利用できなかったわけね」

「作戦としては(わざ)と弱い振りをする事もあるが、あくまでもカウンター狙いの時だけだ。既に攻められておそらく劣勢な時期にすべきではない。強そうに見せかけて退かせるべきだったんだよ。まあ、ギルドとしては参加したくないのが本音なんだろうけどな」

「主力を本国に送っているだろうから戦力がギルドに残って無いものね。他のギルドから見れば弱体化してると思われるもの。だったら王国とは無関係のギルドはシェア拡大のチャンスね。これは忙しくなるわ」

 例えば、他の国に対する群青の風のシェア拡大とか。

「と、これが第3国、日和見を決めた国がするであろう考え方だな。優勢な方に付くか劣勢な方に付くか、それともこのまま傍観かは国の方針次第だろう。模擬戦を見学してからでも遅くはないしな」

「帝国の強がりなのか余裕なのかがわかるものね。だとすると複数の国で同時に模擬戦をするのかしら?」

「だろうね。それもどれだけ余裕があるか調べたいから、多少無茶しても強い戦力を当てるだろう。そういう意味で指名するギルドは第3国に縁の強いところが主体、次に国の縛りを受けないで全国規模のところ。経験値やデータ収集、コネの確立と美味し過ぎる。他の国でも参加するギルドがだいぶ絞れるんじゃないか?」

「じゃあ彼処はで張るでしょうね。

 ところで今更だけど、これって言って良かったの?」

「別に良いだろ。リューゼルが漏らした言葉から、このくらいの推察をされることは折り込み済みだろ」

 むしろ言った方が帝国の手助けになりかねないんだよなとは言わない。相手があまりにもバカ過ぎて逆に行動が予測できないから予測しやすくなっているんだろうという自覚はあるからだ。

 

 

 その後もギルド連合と帝国領事館での調整は進み、その日はやってくる。2人の予想通り模擬戦は複数の国で同時に実施される。

 

 

 

 

「3対3の新人戦と中堅戦だけでエース戦はなしか」

 特別の観戦席でアッシュは試合会場を眺めている。

「本国から青は出るなって言われてるし。まあエースの実力は推測してもらおう」

 リューゼルの本音は出たかったなというものだが、

「いや、そこは星巡りを2人で撃破できるくらいの実力だとわかっている。多分、大概のエースじゃ太刀打ちできんぞ」

「確かに私にも1対1で勝てるヴィジョンはないわ」

 大雑把な実力は把握されており、エースで観客のリサは同意した。というより、今のリサの実力だと青にはなれないだろうとアッシュは思う。

「帝国は下っ端の黒3人か、っておい」

 アッシュは何かに気がついて襟元をトントン叩く。

「やっぱり気がついた?」

「何の話?」

 帝国でも詳しく知っている者は少ないのだが、襟元に付けられたバッチに特別な意味がある。多少の事情通とはいえリサは知らない。

「どっちがお前のだ?」

「男の方。女の方は姉貴のだね」

「姉がいるのは初めて知ったが、その姉も青なのか?」

「そうだよ」

 三兄弟揃ってリサより上。

「お前の家系、絶対おかしい」

「とはいっても、うちら兄弟親を含んで誰1人血縁関係無いけどね」

「なんじゃそりゃ?孤児院か何かか?」

 それなら才能のある人間を千人くらい集めて英才教育をすれば、3人くらいなら入れるのか。なお実際には孤児院ではなく親1人子3人の4人家族なので、アッシュの考え自体が的外れなものである。

「親父の個人的な慈善事業であることは確かだね」

 リューゼルも否定しなかったので、勘違いはしばらく続くことになる。

「貴方達、何を話しているの?」

 1人話がわからないリサが聞いてきた。それにアッシュは答える。

「黒の男の片方と黒の女で襟元にバッチを付けている奴がいるだろ?」

「それがどうしたの?」

「あれは特務戦隊上位陣の弟子であることの証明なんだよ。そして、未来の特務戦隊候補」

 以上の話を含めて、

「それっておもいっきりエリートじゃない。なんで黒なのよ?」

 見当はつくものの正確なところはわからないのでアッシュは答えられない。代わりに答えを知っているリューゼルが話す。

「そりゃ、まだ白に届く程の能力を持ってないペーペーだからだよ。磨けば光るし、来年には白になれたらいいよね。先は長いよ、本当に」

 彼等はまだ原石。故に泥にまみれて黒く汚れながらも精進する。

「けど、単純な戦闘能力は普通の黒のレベルを越えているだろ?」

「そりゃ青の弟子なんだから当然じゃん。といっても、期待のルーキーくらいの能力だけどね」

 違う、こいつらの眼鏡に叶うなら大概のギルドでエースになれる逸材だ。説明はないがリサはそう思っており、事実それは正しい。

「そしてバッチのない彼奴は何なんだ?あの中で1番厄介な気がするんだが」

「そうね。キョロキョロしている様に見えて、かなり落ち着いているものね。戦場を把握して罠をしかけるタイプかしら?」

「そうだね。剣と魔法の違いはあれど、 比較的特化型力押しな2人に対して知略型だから実際の能力以上に厄介かもね」

「じゃあミーヤは厳しいか。ポジション的に直接当たりそうにはないけど」

 そう言いながら共和国チームの方を見やるが、

「ちょっと待てや」

 こっちにもアッシュは待ったをかけた。

「今度はどうしたんだい?」

「薬屋の娘は未だしも、なんでうちのバイトが参加してるんだ?」

 リサは共和国新人側のメンバーを見る。薬屋の娘を何故知っているのか一瞬悩んだもののマンドラゴラを買うからかと納得して確認視線を横に滑らせると晴れる屋で見た覚えのある赤毛なウェイターの少年がいた。

「ああ、あの男ね。レネット君だったかしら。

 確かに、なんでいるのかしら?」

 その男もアッシュに気がついたのか身ぶり手振りで何かを表現している。

「リサ、なんて言っているか聞こえるか?この距離だと口がよく見えない」

 見えたら読唇術が使えた模様。

「ちょっと待ってね。今魔法を使って会話しているから。

 何々?

 食材確保の時にスカウトされて、断り切れずに()し崩し的にギルドに参加することになった、ですって」

 アッシュは大きく息を吸い込み吐き出しながら口を動かす。それに反応してか、アルバイトの少年は急にワタワタする。バイトの声を魔法で拾ったリサはおかしなものを見るような眼でアッシュを見た。

「なんで私達に声が聞こえないのに彼には聞こえているのかしらね?」

 ミーヤ等向こうにいる他の人にも聞こえていないのに

「確かボイスビームだっけ?特定の場所にだけ声を届かせるの」

 ネタばらしはリューゼルがした。こいつ等(つくづく)人外だなと白い目で2人を見やるが、

「僕にはできないよ」

 同類にするなと否定された。まあ彼は彼で十分人外なのだが。

「そんな事を言って自分は普通の人アピールか?」

「どうでもいいじゃん。僕が普通だろうが普通じゃなかろうが、アッシュは頭おかしいレベルなのは事実なんだから」

「頭おかしくするレベルの間違いじゃない?」

 ガックリしているアッシュにリサの追い討ちがかかった。

「けど君のところのバイトがギルドにスカウトされて新人代表格に選ばれるって、もしかして食材採取の手解きとかやってた?」

「させるに決まってるだろうが。食材選びも料理人の腕の見せ所だぞ」

 リューゼルの疑問にアッシュは当然の様に肯定した。なお、当たり前だが普通の料理人は食選びで狩猟をしない。素直にギルドに頼む。

 アッシュの食材採取における戦闘能を思い出したリサは、それミーヤより強くないかしらと思ってしまったが口にするのを止めた。

「彼がどのくらいのレベルか知らないけど、下手するとうちらの弟子より強くないかなそれ?」

 リューゼルも同じ事を想像した。少なくともこのような舞台に出れるだけの実力の持ち主だ。普通な訳がない。低級のドラゴンなら個人で狩れても不思議はない。ミーヤの実力がその程度で帝国の新人代表は中級のドラゴンの弱い種なら何とか勝てるくらいだ。

「具体的には、中の中級ドラゴンなら単独狩猟できるかできないかくらい。相性次第では中の上が狩れるだろうが」

「だったら白の下位に入るくらいか。単純な戦闘能力ならうちの3人より強いだろうな」

「つまりそれって中堅戦に出れる実力ってことよね」

 おそらく6人中で最強の戦力ではある。あくまでも食材採取限定で、全く手をつけていない対人戦闘では素人もいいところなのだが。

「ミーヤって、これでも期待のルーキーなんだけど。しかもドラフト競合するほどの才能があったのに」

 アッシュもリューゼルもドラフトの意味はわからないが、かなり期待せれた新人であるとまでは読み取った。もっとも、どんな原石でも磨かなければ価値は増えず、ミーヤは磨いていたかという問いにはノーとリサは答えただろうが。

 逆に徹底的に磨きあげられた、というか土くれから練り上げ形作られた陶器のような一種の芸術品が赤毛のバイトである。因みに彼の才能を端的に表すなら、磨くための才能がないから冒険者学校に入学できなかったレベルからスタートして、同年代の期待のルーキーでは話にならない程の実力の持ち主となっている。その点に関してはアッシュもそうだったのだが。

「対人戦闘は教えて無いから実力程の能力を出しきれない可能性の方が高いけどな。獣相手だとフェイントを使う必要も使われる心配もないから駆け引きが必要な機会も無かったし、バッチのない男は天敵になるな。逆に魔法使いの嬢ちゃん相手には有利なんだが。だからそこを連携で補えるかが……ますます共和国側に勝ち目なくねぇ?」

 アッシュの予測通り、連携する帝国軍の黒達に連携のとれないギルドのルーキー達は各個撃破されていった。

 

 

 

「ところでだ」

 中堅戦も閉会式も全てが終わってからアッシュは首を傾げる。

「何で俺がここで見学してるんだ?」

「「今更⁉」」

 本当に今更な理由だった。なお、リューゼルの理由としては他の人間より解説に向いていそうだったという表向きな理由である。

「ぶっちゃけ他の国やギルドの動きより、アッシュ個人の動きの方が影響は大きいし厄介だと思うんだよ」

 リサにだけ漏らしたリューゼルの言葉だが、彼女もそれを否定をできなかった。特に弟子育成能力の高さを見せられた後では。なお、レネット以上の狩猟能力を持ったアルバイトが他に2人いるそうな。

 




冒険とかアクションとかはオマケです。なのでバトルには期待しないでください。



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お疲れ様会って言うほど疲れてないよね

本当に疲れきっていたら参加できずぶっ倒れる。




 帝国と共和国の模擬戦後、晴れる屋においてお疲れ様会が行われいた。なお、本日の参加者は新人戦の6名と監督約のリサにリューゼル、そして店長ではないのに勝手に場所を提供しているアッシュである。もう彼が店長でいいんじゃないかなと多くの人は思っている。なお、中堅戦のメンバーは違う場所で打ち上げを行っている。

「なんでボクが自分のお疲れ様会の料理を作っているんでしょうか?」

「「「今更⁉」」」

 配膳も終ろうかとしたころに晴れる屋バイトのレネット・スクラームが今更な質問をした。そりゃ他の皆同じ事を思うだろう。もっともリサとリューゼルという戦闘巧者に至っては、流石アッシュの弟子だなぁと場違いな感想を漏らしかかったが。

 余談だが、アッシュの師匠も似たようなところがあり、あながち間違いではなかったりする。当人の元々の資質か後天的なものかは定かではないが。

「そういう疑問は最初に言えよ」

 お前が言うな。

「何か?」

「「何でも」」

 怪訝な視線を感じたアッシュは訊ねてみるものの視線の主達からは否定された。

「それよりもアッシュが料理しないのは珍しいわね。どういう風の吹き回しかしら?」

 常連のリサが誤魔化すために聞いてみる。

「今回、晴れる屋はお金を貰ってない。つまり、晴れる屋的には金を貰うに(あた)わない料理を出せるということだ」

「「失敗したなぁ」」

 この中では料理人としてのアッシュをよく知る2人は頭を軽くかいた。因みにこれは金を払っていれば良かったとか、そういう意味ではない。

「ちょっと待ってください!久しぶりの外出なのにそんな食事なんですか⁉」

 帝国の金髪で小柄な少女、エレノア・ホビリアーンが叫んだが、

「流石に隊食堂よりマシなものがでるでしょ。下手に不味いのだと信用問題に関わりますから」

 同僚で未来の白色団長候補のコーガ・リョゴンにやんわり否定された。戦闘要因らしからぬ雰囲気の持ち主だが、彼の本領は指揮官能力である。

「ジャッシュは?って、楽しそうですね、君は」

 既にナイフとフォークを持って準備万端な同僚に彼は毒付いた。因みに真顔、どうでもいいから早く食わせろといった顔だが。これでも未来の精鋭候補である。リューゼルの弟子として見たら納得できるのかもしれないが。

「ここ、評判なのですが順番待ちが大変そうで来たことなかったので残念です」

 と言うのは新米ギルド員のレニア・ハーティーである。

「アッシュさんの料理が……」

「流石に監修はしているから、誰かさんと違って酷いのはでない。そこは安心しろ」

 がっかりしている誰かさんを突き放す。

「そこは気にしてないわ。だってアッシュの弟子なんでしょ?」

「そこらの店より美味しそうだよね」

 アッシュが言うまでもないと力強い常連2人は楽観的だった。

「では何を失敗したんですか?」

 コーガが質問した。

「「希少食材を持ってくればよかった」」

「成る程!」

「?ああ、そういう事ですか」

 常連、というよりは希少食材の調理について知っているミーヤは直ぐにわかり、続いてコーガが気がついた。晴れる屋とは縁のない人が気がつかないのは普通なので、彼の頭の回転が異常なのである。

「他の3人はわかったかしら?」

 リサは面白そうな人材を見て笑みを浮かべた後、まだわかってない新人達の方を向く。ジャッシュはお手上げと両手を上げ、エレノアも唸ってギブアップを宣言した。

「もしかして持ち込みの食材を調理して貰えるんですか?」

「おそらくね。それも、フグとかも調理して貰えた可能性もあったんだよな。場合によってはもっと面倒な爆裂茸(ばくれつだけ)とか」

 わかったのはレニア、それにコーガが付け加える。この2人の評価を遥か上の位階にいる3人は上げる事にした。

 因みに爆裂茸は強い力を加えると爆発するキノコで、包丁を入れたり噛んだ瞬間に破裂するので普通にやっても食べられない。なので爆発をしないように解体する必要がある。

「いやいや、流石にあれの成功率は7割程度だから、僕に持ってこられても困るよ。失敗したら店が吹き飛ぶもん」

「5割じゃない事に驚きなんだけど。アッシュが例外なのは置いといて」

「そりゃあんなもん100%解体できなきゃ店で出せないだろうが」

 あるんだ、そんなメニューが。常連以外は呆れと驚き半々くらいの表情をした。

 因みにこの爆裂茸、破壊力的には小部屋が壊れるくらいの威力で、冒険者用の道具屋にて攻撃アイテムとして普通に売られている。

 なお解体方法は、最初に傘の先を切るか付け根のところを切るかのどちらかで爆発を回避できる、というものである。どちらが正解かは物によって違い、失敗すると爆発力があがる。なので普通は成功率は5割である。

「リューゼル司令官、提案したい事があるのですが」

「うん。多分君が思っていることと同じ事を考えた」

「大量の料理を作る訓練も必要だから、週1なら出せるぞ。ただそれなら違う奴も出したいからローテーションになるだろうが」

 コーガ、リューゼルの2人は同じ事を考えており、そしてアッシュも何を考えているか理解した。

「まだまともな内容で良かった」

 勝手に決められる自分の人事に対して当人も理解した上でそんな事を呟いた。

 これでまともとは君も苦労しているねと、そんな生暖かい目で黒の新人たちは彼を見た。

「あの……、ご本人の意志は確認しなくていいのでしょうか?」

 間違いなくこの中で1番の常識人が常識的な事を訊ねたが、

「弟子に人権はない」

 アッシュが宣った一言に問うた当人はフリーズし、弟子は涙を流した。

「何故なら弟子は人間じゃないから」

 そんなトドメの一言にジャッシュはレネットの肩をポンと叩いて慰めの視線を送った。

 レネットは理解した。ジャッシュも自分(アルバイト)達と同じ理不尽に生きていると。

「私もあのくらい厳しく教育した方がいいのかしら?」

 とあるスパルタ漫画を脳内で思い返しながら、リサはちらっとミーヤの方を見た。彼女は土下座で止めてくださいと懇願していたが。

 フリーズしていたレニアは自分の周囲に非常識な人がいないことに感謝した。まあ超人もいないのだが。

 このタイミングでようやくレネットに帝国軍の食事を作らせようという意図に気がついたエレノアがこっそりと隣の同僚に質問する。

「ねえコーガ。料理の腕と爆裂茸の解体成功率って関連があるの?」

「あるらしいよ。何でも、料理の腕が一定のレベルを越えたら食材をどう調理したらいいか感覚的に解るって話があるし」

 あくまでそんな話があるだけだよっとコーガは注釈を付けたが、

「あー、あの感覚ね」

 レネットはそれが事実だと告げた。そして彼の師匠は補足する。

「食材の声と呼ばれるものだ。けど、あの(わざ)ができるならリューゼルも聞こえるだろ?」

「解体だけならできるよ。けど、ボクが作れるのは爆裂茸の串焼きとかで料理とは言えないものだけどね。だから声がわかっても料理が上手いかは別の話になるんだよね」

「アッシュ、詳しい説明をしてくれないかしら?」

 リューゼルのトンでも発言を受けて1番詳しそうなアッシュにリサは訊ねた。

「例えばだ、切り方によって甘くなったり苦くなったりする食材がある」

 あるんだ、そんな食材が。そんな感想を抱いたものが幾人もいたがここは飲み込む。

「他の食材と組み合わる場合はどのくらいに甘さを抑えてどれだけ苦味を加えるべきか、そんなのは声だけだとわからないぞ」

 極端な話、食材の声を聞くだけだと食材単体なら完璧に対応できるが、組み合わせには対応できないということでもある。美味しいものと美味しいものを混ぜ合わせても美味しくなるとは限らないのだ。

「そんな訳で100点と100点の調理法で50点の料理が完成するとか、80点と80点の調理法で100点の料理になるとか、莫大な経験が必要だ」

「因みに司令官の爆裂茸解体成功率はいかほどで?」

 気になった部下が質問した。

「十割大丈夫だよ。その代わり、料理は下手だから下拵えしかできないけど」

「狂理の修行内容に料理があったはずだが」

「戦闘に特化させると無駄じゃないかというボクの師匠の方針によってオミットされたんだよ。食材の声と解体の方は理解できたけど」

「師匠が無駄な修行をするとは思えない。更に8割教えたら卒業で残りの2割は自分でたどり着けという人だから、料理の鍛練の先にアレ以外も絶対に何かあるはずだぞ」

 そんなリューゼルとアッシュのやり取りを帝国の黒い者達は恐ろしい者を見る目で見ていた。具体的に言うと彼らの司令官と同レベルの危険人物として。

「失礼ですが、貴方も狂理の使い手なのですか?」

 リューゼルの流派と同じなのかとコーガは質問した。

「破門されたし、もう剣を振るうつもりもないからその質問に対しては違うと答える。うちのアルバイトも同様だな」

 自棄に捻くれまくった返答だが、使えるが使い手ではないと答えた。

 しかし彼等は見ていた。レネットに対する無茶振りの仕方は自分達の司令官に通じるものが、というよりも魑魅魍魎だらけの帝国青の上位陣や赤と同じノリだと。

「真に受けないほうがいいよ。アッシュは開祖の直弟子だから大概の使い手より部分的には上なんだよね。多分、帝国の赤と部分的には同格か超えるところがあるし」

 下手するとそれより厄介な可能性もある。特に自覚症状がないところが。

「ということはレネット君も全力を出さないと死ぬような訓練してきたのね」

 エレノアが身に降りかかった苦難を思い出して染々言った。いや、流石に料理人にそんな事はさせないだろうと知らない人達は思った。甘い。

 そしてさめざめと泣きながらのレネットの証言がこれだ。

「全力を出せば助かるならマシなんですねぇ」

 それどういう事?まさかとある漫画の達人達のノリを知っているリサ以外は見当もつかない。

「拉致されて猟に行った先で、『全力しか出せず狩られるのが先か、ここで全力を超えた力を得て強くなって狩るのが先か好きにしろ』と言って猛獣の前に放り困れた事が何度もありますから」

 更に酷かった。

「貴方は料理人に何を求めているのよ?」

 付き合いの長いリサが呆れながら言った。

「トッピロキングマンモーの単独狩猟目指して。無論、美味しい仕止め方でな」

 さらっと言っているが、殺神種以外の最強生物候補だったりする。因みに帝国の赤とかアッシュの師匠とか頭おかしくなる級は除く。あれらは殺神種扱いでいい。

「いや、それ青の上位陣が3人くらい必要だからね。美味しい仕止め方だと7人くらい必要だし」

 アッシュが目指すところにリューゼルがすかさず突っ込んだ。なお、リサは『群青の風』なら半壊する可能性を言おうとしたのだが、その辺りに帝国の頭おかしさが伺える。因みに戦闘能力的に殺神種の星巡りより格上認定されてたりするが、活動範囲が狭い事と積極的に攻撃してくる事がないので危険生物ランキングではそこまで順位は高くない。

「いや、案外余裕だよ。無防備状態のところを首筋にサクッとやれば。それで何匹か単独で狩ってるし」

 成る程、そんな手があるのか、という風にはならない。常識人が恐る恐る質問する。

「あの~、魔力感知できる上に心音で位置を把握できる聴覚持ちの化け物にどうやって近づくのでしょうか?」

「心臓を止めて」

 この言葉に皆唖然とする他はない。そしてリサやリューゼルは思い出す。こいつも頭おかしくする側の人間だったと。そして帝国の黒3人は赤と同じノリの人だと判断した。

「たまに青の人の、心臓が止まったのに自力で胸を叩いて再稼働させるのと違うんですか?」

 それはそれで十分に頭おかしいが、

「よく知ってるね、コーガ。けど態々(わざわざ)自分から心臓を止めようとはしないよ、青の僕でも。

 あと、流石に心臓が止まったままだと死んじゃうと思うんだよね。少なくとも僕は死ぬ」

 心臓が止まったらまた動かせばいいとばかりに言っているが、1度止まったら普通はそう簡単に動かない。彼は彼で頭おかしい帝国の青だ。

 赤はどうだろう。赤ならやるかもなぁ。そして生きているんだろうな。口には出さないがリューゼルはそんな事を考えていた。正解。

「僕もしょっちゅう心臓が止まって無理やり蘇生されていますけどね」

 とんでも発言に部外者の血の気が引いた。

「止まっても死なないように普段から鍛えるべきだ。いざって時に再始動できないとそのまま死ぬからな」

 色々な意味でおかしい。頭おかしいリューゼルでさえおかしく感じる。

「というか、そう簡単に心臓を止めれるもんなの?」

「慣れれば」

「あ……」

 とある魔法を使ったリサは気がついた。そして冷や汗をかきながら確認する。

「ひょっとして、今心臓を止めてるのかしら?生命探知の魔法に引っ掛からないのだけど」

「止めてるぞ。安静状態なら一時間くらいはいける。激しい動きなら5分と持たないが、狩猟には十分だ」

 いや、だから何で心臓止まっているのにそんなに平然としているんですかね?というかそう簡単に止めれるんですか?突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなった面々にもうそんな気力はない。が、考えるのが仕事だと1人だけ何とか思考して、

「血液を魔法で送れば死なないだろうけど、魔法使わず生きていられるってどういう理屈ですか?」

 因みに病気と怪我を同時にしている等の回復魔法を使えない時に応急措置としてそういう魔法を使うことはある。あるのだが、そもそも魔力感知する敵に対して隠密行動するのにそんな魔法を使うはずがない。コーガの質問に対して

「全身の筋肉を収縮させて血を巡らせている。流石に心臓には敵わないから激しい運動には向かないが」

 不随意筋(ふずいいきん)という自分の意志では動かせない筋肉をこの人は知っているのかなとリサは思ったが、残念ながらこの世界はそこまで医学が発展していないのでそのような単語は存在しないからアッシュに知り様がない。

「ともかく、食事にしましょう。レネット君がアッシュみたいにならないように祈りながら。ボソッ(無理だと思うけど)

「そうだね。せっかくの料理が冷めると勿体ないし。ボソッ(アッシュみたいに)ボソッ(なるんだろうな)

「そんな言葉は聞こえないように言って欲しかった!」

 リサとリューゼルの言葉に項垂れるレネットだった。

 

 

 因みに食事は思ったより美味しかったらしく、レニアは常連となることを決めた。

 そして帝国に料理修行の名目でアルバイト達がローテーション配置されて、彼等の食料事情が改善された事も付け加えよう。

 

 

 

 

 




因みに体調不良で打ち上げを休んで次の日風邪で寝込んだことあり。


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