ViVid Break! (下駄)
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おてんばニューカマー1

 命あっての物種って誰かが言ってた。

 なら死んだら人はどうなるんだろう?

 一度死んで生き返ったわたしはどうなったんだろう?

 

 車に轢かれた時の痛みは今でも憶えてる。

 痛くて息苦しくて、まともに呼吸もできなかった。

 動こうとしても、流れる血と一緒に体の力が抜けていく。

 世界から色が消えていって闇に覆われていった。

 それがわたしの今わの際。最期の記憶。

 

 それなのに、わたしはこうして生きている。

 何事もなかったように、綺麗な身体で。

 

 わたしが死んだことを誰も信じてはくれなかった。

 転生ってやつ? と信頼して話した友達はおかしそうに笑ってた。

 

 食い下がっても、生きていたんだからそれだけで幸運じゃない。

 って皆はそう言う。

 

 そんなことを言えるのも、命あってのことだって。

 

 わたしの死とは何だったのか。

 わたしの命とは何だったのか。

 

 どれだけ不幸な人生でも、理不尽な死だったとしても、あの日死んだのがわたし。

 それだけが、そこまでがわたしの人生。

 

 だから今のわたしは紛い物だ。

 ココロもカラダもただのニセモノ。

 

 紛い物のわたしじゃなくて、人間の紛い物だ。

 存在してはいけないヒトモドキ。

 そんな人間に一体何の価値がある?

 そんなわたしに一体何の意義がある?

 

 

 もし、わたし以外に二つの命を経たことのある人がいるのなら、その人は二度目の人生に喜んでいるだろうか?

 もしそうなら、わたしは一度問いかけてみたい。

 

 ――わたしは誰なの?

 ――あなたは誰なの?

 

 

 

 朝のトレーニングを終えたフーカは、下宿先であるノーヴェの家で珍しく退屈していた。

 

 トレーニングとアルバイトで一日の大半を費やすフーカだが、今日は純粋にアルバイトが休みなのだ。

 そうすると一気にやることがなくなる。

 

「さて、今日はどうしたもんかのう……」

 

 ナカジマジムで働く以前の生活は娯楽を楽しむ余裕なんてなかったので、こうした時々ある暇のもてあまし方がよくわからない。

 今はアルバイト代が安定して入っており、臨時でファイトマネーも出るため生活に困ることはなくなった。

 

 一応下宿として生活費は供与から天引きされているが、通常の寮住まいより安くて最初は何だか申し訳ないと思ってしまった程だ。

 ファイトマネーについても、ナカジマジムではしっかり払われているが、零細ジムでは現物支給であることも珍しくない。

 自分の試合チケットを貰い、それを売りさばいた代金が実質的なファイトマネーになる。

 

 それぐらいジムの経営というものは簡単ではない。

 実際、現在格闘技者の大部分がリンネの所属するフェロンティアジムという最大手に集中しているのは、こういった事情によるところが大きいのである。

 

 初心者のため格闘技に関する様々な知識が乏しいフーカだと、こういった事情は知る由もない。

 だがそれでも自分がかなり恵まれた環境にいることは理解している。

 

 アルバイトと選手の両立は忙しくてかなりキツいと思うこともあるが、それ以上に充実感があった。

 これまでは何をするにしても生活第一という前提条件があったけども、今は生活そのものを楽しんでいる。

 

 ただまぁトレーニングの厳しさも相応のもので、始めて暫くの間は休みになっても疲労回復で寝て過ごすことがほとんどだった。

 他の楽しみを考える暇も必要もこれまではなかったのだ。

 

 それも今ではしっかりと身体が順応してしまい、むしろ何もしてないと落ち着かない気分になってくる。

 フーカとしては週全てにシフトが入っていても問題ないのだが、休息日なしはノーヴェが許さなかった。

 

 おまけに休みとはいえ、世の中は平日だ。

 リンネやジムの仲間達は学校なので遊び相手もいない。

 

「皆、今頃は学業に勤しんどるんじゃろなぁ」

 

 法的に小学生でも時空管理局の嘱託魔導師になれるミッドチルダには、義務教育という制度は存在しない。

 それでも学校自体は存在しており、一般的な子供達は大凡学生を経て社会人になる。

 

 幼少期から孤児院育ちのフーカは最低限の教養こそ身に付けたものの、一般的な同年代の子供から見て学があるとは言い難いのが現実である。

 だからと言ってフーカは負い目を感じることもない。

 あくまで学業は社会に出て必要な知識や礼節を学ぶ場所。

 現在はフリーターとはえ、既に仕事で生計を立てながら格闘家として鍛える彼女の立ち位置は、ヴィヴィオ達よりも中学卒業後のなのはやフェイトに近いと言える。

 

「勉強……あ、そうじゃ」

 

 学業が社会で生きるための知識を学ぶためのものだとすれば、自分はこの自由時間を格闘技のことを学ぶことに費やせばいいのではないだろうか?

 

 ジムでコーチや先輩方から様々な技術を教わっている身ではあるがそれはそれ。

 まだまだ知るべきことや学ぶことはたくさんある。

 

 魔法戦技一つをとっても格闘や総合戦技に分かれており、それぞれの分野でルールは大きく異なる。

 格闘技術系の書籍で基本的な内容を学ぶだけで得ることは多いはずだ。

 

 一度そうと決めたら彼女の行動力は高く、ささっと身支度を整え街へと繰り出した。

 

「不思議なもんじゃのう」

 

 本屋へと足を進めながらフーカは呟く。

 彼女の格闘技への第一印象は決して良いものではなかった。

 それは格闘技そのものへの不満ではなく、変わってしまった友の憤りに対する代わりだったけれど。

 それが今や格闘技は己の生活の一部であり生きがいになっている。

 

 自分を見出してくれたアインハルト師匠。

 基礎から徹底的に鍛え上げてくれただけでなく、住む場所や食事まで提供してくれたノーヴェ会長。

 共に励み応援してくれるヴィヴィオ達。

 そして今や大切な幼馴染でありライバルでもあるリンネ。

 

 新しい絆と、取り戻してより強くなった絆。

 短い間にかけがえのない宝物を両手いっぱいに抱えていた。そんな気分だ。

 

「にゃーお」

 

 ご機嫌な主に反応したのか、肩に乗せていた彼女の相棒であるウーラが一鳴きしてこちらを見つめている。

 見かけは可愛らしい子猫だが、猫ではなく豹のぬいぐるみ型デバイスであり、師匠アインハルトの同型機だ。

 

「ふふ、お前もわしの大切な宝物じゃ」

「みゃー」

 

 その愛くるしい姿に思わず頬を緩めて頭を撫でてやる。

 この仔もまた大切な存在であり、共に厳しい闘いを潜り抜けてきた相棒だ。

 

「にゃあ」

「ん、どうした?」

 

 ふと、ウーラが前を向きながらフーカに呼びかける。

 そこには学生服をきた金髪の少女と、ガラの悪そうな男三人で向かい合っていた。

 唇にピアスを刺した真ん中の男が、少女に詰め寄る。

 

「なぁ、いいだろう?」

「お断りします。学校に遅刻しそうなのでどいてください」

「そんなのサボっちまって俺らとイイコトしようぜ?」

 

 イイコト、とやらは言葉通りのものではないだろう。

 少女は頑なに拒否しているが、男達はまるで無視して絡んでいる。

 周りの人達も遠巻きに見てはいるが、関わり合いになりたくないと足早に立ち去っていくだけだ。

 

「困ります。学校はちゃんと行きたいので」

「学校なんて行ったって何もかわりゃしねーよ。それより今が大事だろ。今がよ」

「あやつら……」

 

 フーカ・レベントンは曲がったことが許せない性質だった。

 少なくとも本人はそう自覚している。

 そのため孤児院にいた頃から、自分達を見下してくる連中を相手に喧嘩の多い毎日を送っていた。

 孤児というだけで馬鹿にされるのは不快だったが、それよりも見下してくる相手の腐った性根とその目が気に食わない。

 その性格が災いし孤児院を出てバイト生活を送るようになってからも、逆恨みから襲ってくる不良たちと喧嘩が絶えずそれがきっかけで職を失ってはまた探す日々だった。

 

 それが変わったのはナカジマジムにアルバイト兼選手として雇われるようになってからだ。

 格闘家が喧嘩で手を上げるのはご法度だし、フーカ自身毎日くたくたになるまで仕事とトレーニングを行う日々で、喧嘩ごとに首を突っ込む気も暇もなくなった。

 何より自分を見出してくれた師匠のアインハルトや居候までさせてくれているナカジマ会長、そして大切な仲間達を裏切るような行為はしたくない。

 

 さりとて、フーカの根本にある一本気な気質そのものが変わることはない。

 

「おい、その子、嫌がっとるじゃろが」

 

 絡まれている少女を背後に庇うよう、フーカは男達との間に割って入った。

 

「んだぁ? テメェは」

 

 突然の邪魔に殺気立った三人の視線が彼女に突き刺さるが、平然としたまま相手を見据える。

 今いる人数の何倍もの男達から同じような視線で睨まれたこともあり、最近ではこんなのよりもっと恐ろしい相手と何度も向かい合っているフーカには、虚仮威しにすらない。

 そういう態度が気に食わないのだろう、真ん中の男の声は荒々しいものとなっていく。

 

「かんけぇねぇヤツはすっこんでろ、こんガキ!」

「関係なくとも、女の子が何人もの男に絡まれているのを黙って見過ごせと教えられてはおらんでの」

 

 このことが後でナカジマ会長にバレたら大目玉だとは思うが。

 

「それに、あんたらが声をかけている相手も、わしと年齢は大差ないと思うがの」

 

 前に出る時ちらりと見た程度だが、身長や幼さの残る顔立ちはフーカとさほど変わらない程度の年齢だと感じさせた。

 

「っち、テメェ、調子に乗ってんじゃねえ!」

 

 図星を突かれてイラついた男が、怒りにまかせて拳を振り上げた。

 

 男の動きに合わせるようフーカは一歩後方へと下がる。

 避けるためではなく、後ろから引っ張られたのだ。

 

「なん……」

 

 フーカが驚き目を見開くが事態は止まらない。男の拳が少女を叩くよりも早く、入れ違い様に前へ出た少女の拳が男の顔面へ打ち出されていた。

 

「うわっ!」

 

 少女の拳は翠の魔力光に覆われ、男には触れず寸止めで止まっていた。

 それでもギリギリで止められた一撃の迫力と恐怖から、男は一歩後ずさる。

 

「あんたさっき、今が大事っつったわね? それは同意よ。わたしは、あんたらみたいなのに大事な今を浪費したくないの」

「こ、こいつ……」

 

 頭に血が上った男はまた殴りかかろうとする。

 が、またも少女の打撃が男より先に届く。

 次も。また次も。

 当たらなくても反射によって男の動きは止まるか、大きく打撃のコントロールを失う。

 たとえ相手が子供でも、魔力が乗った打撃は大の男を沈めることができる。

 素人なりに喧嘩慣れしているが故に、心のブレーキが男の中で勝手にかかってしまうのだ。

 

「速い……」

 

 フーカは思わずそう漏らしていた。

 明らかに出遅れた動作で相手が止まらざるを得ない箇所に、的確に打ち込む。素人とはいえ、思考して動いている相手では簡単にできることではない。

 

「チクショ……うっ!」

 

 半ばヤケクソ気味にとびかかろうとするが、中途半端なまま動きが止まる。

 綺麗に伸びた少女の脚が男の顎下数ミリのところでピタリと停止したためだ。

 

「やめときなって。こんなの捕まえたって、楽しめないでしょ?」

「てめぇ、何かやってんな」

 

 足を下ろして、少女は楽しげな声で不良達へと一言。

 

「ご覧の通り。格闘技を少々」

 

 言葉と共に浮かべた笑みはどこか無邪気さを帯びていて、襲いかかっていたはずの男は毒気を抜かれたように腕を下ろした。

 

「っち、もういい! お前ら、いくぞ!」

 

 束になっても敵わない相手なのは取り巻きも二人もしっかりと理解できたのだろう。あっさりと同調したようだ。

 

「もう一人のガキは……?」

「っけ、そっちのも運が良かったな」

 

 そう言い捨て不良達は背を向けて去っていき事態は収まった。

 

「運が良かった? ハハ、逆だって言うの」

 

 不良達が去っていくのを見送っていた少女が、金髪のセミロングがふわりと舞うようにくるりと振り返って微笑む。

 はっきり見るとかなり整ったきれいな顔立ちだった。やり方はともかく、男達がナンパした理由はわかる。

 そんな彼女が、両手を後ろに回しやや前屈みでいたずらっぽく微笑む。

 どこか蠱惑的にさえ感じる姿に、同性のフーカですら思わずどきりとするような愛らしさだった。

 

 しかし、そんな気持ちも少女が次に放った言葉で吹き飛ぶ。

 

「ね、ウィンターカップ準優勝、フーカ・レヴェントンさん」

「知ってらしたんですか?」

 

 フーカの驚いた様子がおかしかったのか、楽しげに子供っぽく目を細める。

 

「格闘技を始めてたった三ヶ月で輝かしい戦歴。U15の絶対王者を師匠に持ち、親友のリンネ選手は次いで1位の実力者。今まさに人気急上昇、注目度抜群の格闘技選手」

 

 すごい絶賛のされようであり事実は事実なのだが、本人以外の実力に依るものが大きいことも多々あって、フーカとしてはむしろ困ってしまう。

 どう説明したものかと考えるより先に少女は話を続ける。

 

「だからこそ、こういうことは選手生命にだって関わることがあるのに……。助けてくれてありがとうございました」

「いえいえ、むしろわしは何もできませんでしたから」

 

 不良共を追っ払ったのは、それこそ彼女自身の実力だ。自分じゃあんなに手際よく喧嘩を収束できた自信はない。

 

「貴女が割入ってくれた時、思わずときめいちゃった。こんな格好いい選手に助けてもらえるなんて乙女冥利に尽きるってものよ」

 

 彼女の乙女冥利というものは一体どういうものなのか。フーカにはさっぱりわからない。

 けれど、ものすごい勢いで誤解が積み重なっていってる気がする。

 

「そもそも、師匠との出会いもウィンターカップ準優勝も運が良かったからで……リンネとは、まぁ、色々ありまして」

 

 自分を下卑したいわけではないが、ウィンターカップは準決勝の不戦勝があったからの結果だ。

 もし少し試合の展開が変わってミウラやヴィヴィオとの対戦になっていたとしたら?

 もちろん全力は尽くすが勝てる気はまるでしない。

 

「今だって格闘技の勉強をしようと本を買いに行く途中でしたから」

「そうなんだ。あ、じゃあこれお礼にプレゼント」

「え? あの」

「いいからいいから。助けてないっていうなら、お近付きの印にってことで。きっと役立つと思うよ」

 

 少女はカバンからデータメモリーのようなものを取り出すと、半ば強引にフーカへと手渡した。

 

「それじゃあわたし、学校行かなきゃだから」

「あ、はい。ありがとうございます。それじゃあこれ、大切にさせてもらいます」

 

 うんうん、と二度頷いた少女は手に持っていたカバンを肩にかけながら手を振って反対側へと向き直る。

 

「それじゃあ、後で感想聞かせてねー!」

「後で?」

 

 一度だけ振り返り最後にそう告げて手を振ると、フーカの疑問ごと置き去りにして軽やかに走り去って行った。

 



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