貴方は英雄ですか? いえいえ。まだ一般ぴーぽーです (カルメンmk2)
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幕間の物語
幕間:友情破壊イベント バレンタイン




すまない。先々週から書き続け、うっかり消してしまい、新しく書き直すとなんか違うと何度も直していたんだ。
そう、だから―――――複数回やることになってしまうんだ。本当に済まない。


 

 

 

 WARNING! WARNING! WARNING!

 

 此よりは著しい原作キャラ崩壊が待ち受けています。気分を害しても作者は責任を取りません。

 それでも良い方は―――――ゆっくりしていくが良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――リア充、爆発しろ、とはとある男神が言った言葉である。

 今、オラリオはどこぞの神が伝えたイベントの真っ最中だ。

 その名もバレンタインデー。そう、某菓子メーカーが販促のために行った、あの勝者と敗者が生まれてしまう悪名高き怨習(イベント)である。別に恨みがあるわけじゃないよ。貰えぬ男の憎悪と悲しみを知ってほしいだけである。

 

 そしてそのイベントは上位から零細まで、オラリオに存在する組織にとっても大事である。

 

 施薬院を行う色男神を主神とするファミリアでは、眷属が気合を入れてチョコを作りつつ、敵を屠れるよう弓弦を(たわ)ませる。

 

 極東から出稼ぎに来たファミリアでは、眷属の少女らがそれぞれの想い人にチョコを贈ろうと本を読み漁る。

 

 道化師のファミリアでは、意中の少女からチョコが欲しいがゆえに露骨なアッピル(誤字にあらず)を行い、アマゾネスが過激な方法で渡そうと企む。

 

 どこぞの洒落おつな店では、エルフがチョコを盛大に駄目にしつつ、もはや食料というものに懺悔せよというべき、冒涜的な物体を量産している。

 

 それ故に言っておこう。オラリオはチョコレートの臭いが其処ら中でするほどに、チョコレートに染まっているのである。この数日でどれだけのカカオが昇天してしまったのか。冥界すら、カカオで汚染されてそうだと誰かは嘯く。

 

 

「明日はバレンタインデーですね」

「そうですね」

「そうだね」

 

 

 竈の館は暖炉のある憩いの場。暖炉に向かい合うように並べられている椅子やソファにヘスティアファミリアの女性陣がだらけていた。

 女性陣と言ったが、ヤマト・命だけは居ない。彼女はタケミカヅチファミリアのヒタチ・千草とともに調理場でチョコを作っている。

 

 この日、ヘスティアの命令により男性陣たちは強制迷宮行きとなっていた。大切な人、友人、仲間。言い方は様々だが誰かにチョコを渡そうとする女子の甘酸っぱい想いを男子に悟られるわけには行かないのだ。

 

 

「ヘスティア様はご用意なされましたか?」

「んー……………僕はアレだね。誰か一人を特別視なんてできないよ」

 

 

 どの口がほざくか、と質問した小人族のリリルカ・アーデは心の中で吐き捨てる。

 我らが主神がファミリアの団長ベル・クラネルに懸想しているのは、彼を狙う者たちにとっては公然の事実である。確かに、彼女は一人だけを特別扱いはしない。平等に接するが個人では、ベルを異性として見ている。

 他の二人はどうなのだと? ありえない話は嫌いです。

 

 

「リリルカ君はどうなんだい?」

「補充品もありますし、カカオはどこも品薄です。つい最近まで迷宮に潜っていましたし」

「すみません。カカオは命ちゃんと千草ちゃんの分しか用意できなかったんです」

 

 

 金毛の狐人族(ルナール)サンジョウノ・春姫がピンと立っていた耳を寝かせて謝罪する。

 だが、リリルカの目はごまかせない。聞けば、この狐娘(こむすめ)は良い所の出。そしてこのリリルカの鼻は誤魔化せないッ!

 お前は尻尾の中にカカオを隠しているッッ!! そしてヘスティア様も気づいているッ!

 どこか劇画チック―――いわば、ジョ○ョ風に叫ぶリリルカだが、当然の如く、声には出さない。

 

 

「しかしアレだね。こう、冒険者がバレンタインなんてものにうつつを抜かしていいのかね?」

「ッ………え、ええそうですとも。冒険者(・・・)はチョコより魔石を渇望すべきです。冒険者(・・・)は!」

「確かにその通りです。ヘスティア様の借金のこともありますし」

「だよね。でも、サポーターもついていって方がよかったんじゃないかな」

「何を仰いますか。ヘスティア様が男は全員迷宮へ行くべしと命じたのではないですか!」

「あっれーそうだっけ? でもさ、ほら? 主神の命令に背いてでもついていくのがサポーターじゃないかな!?」

「いえいえ。非力なリリたちだと、皆様についていくのもやっとなんですよぉ」

「はっはっは、じゃあなおの事強くなるために行ってきたほうがいいよ」

「うっふっふっふ。前衛を張れる方がいないとどうしようもないんですよぅ……!」

 

 

 女二人が互いを出し抜こうと醜い争いを続けている。

 春姫は思った。何とか手に入れたカカオを彼に渡すためにも、どうにかして秘密裏に処理しなければならない。自称、恋愛経験の多い旅の神は私に告げたのだ。

 

 ―――男はね。手作りの物に弱いんだ――――

 

 胡散臭い笑みで気障ったらしかったのだが、この春姫。イシュタルファミリアのときは炊事や洗濯を任されていた身。チョコの一つや二つ作ってみせますとも。

 

 

「でも、お二人ともチョコを用意なされていたと思いましたが…………命ちゃんたちに頼みますか?」

「いやいや。彼女たちの世話になるわけにはいかないよ。二人とも、最高の物を作りたいだろうからね」

「そうですよ。ほら! リリたちは…………ねぇ?」

「ねぇ?」

 

 

 抜け駆けは許さない、笑顔は威嚇している顔だとシグレさんから聞きましたがまさにその通りのようです。

 ですが、お二人にカカオがないことは確認済み。手作りに勝るチョコなど存在いたしません。

 されど、私は職人ではない。真心や愛情を籠めようと職人の作るチョコには味で負けてしまいます。ゆえに、買わせてはなりません。この場にとどめさせておかなければ……!

 

 

「そういえば…………シグレ君はどうするんだい?」

「何ですか、藪から棒に」

「シグレさんですか? 」

 

 

 ここで、私は天啓を得た。なるほど、そうすればよかったのだ!

 

 

「あの時のお礼も兼ねて、作らせていただきます。チョコではなく、餡子ですけど」

 

 

 あの方をだしにするのは気が引けますが、これも恋路のため。この春姫、今は恋路の修羅となりましょう!

 ―――しかし、私はこの時、己の浅はかさを考えていなかった。お二人がにこりと笑い―――

 

 

「そうだよね。彼には僕も世話になっているからね」

「リリもソーマファミリア脱退にお世話になりました。なら、お礼するのは当然ですよねぇ」

 

 

 ―――彼女らにチョコを買いに行く口実を与えてしまったのだ。ガッデムッ!!!

 ―――狐人族ともあろうお人が化かされましたねぇ。

 ―――騙るに落ちたね、春姫君。

 ―――私の心の中を読んだ!?

 ―――恋する乙女はなんだってできるのさ! 僕は女神だけどね!

 ―――伊達にコソ泥やっていたわけではないのですよ、お嬢様www

 ―――おのれおのれおのれおのれぇええええええええ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、男たちはというと――――

 

 

「うぉおおおおお!!!」

「どりゃぁあああ!!!」

「しゃぁああああ!!!」

 

 

 ベル・クラネルとヴェルフ・クロッゾ、ラウル・アーノルドが迷宮内を暴れまわっていた。明日に迫るイベントを三人が知らないはずもない。

 淡い期待を持ちつつ、今日の夜にでも自分の評価を少しでも上げようと悪あがきをしているのである。女とは現実的な存在であるがゆえに。

 

 その三人を永嗣とムメーは呆れた顔で眺めていた。何故かと言えば、こいつらは生前も勝ち組で、今現在も勝ち組だからである。

 ムメーは親愛ではあるが、ロキファミリアの女性陣から。

 永嗣はティオナ・ヒリュテとレフィーヤ・ウィリディス、リュー・リオンから本命チョコをもらえるのだ。哀しいことにこの三人の乙女の純情は報われない。永嗣は桜を愛するがゆえにだ。

 

 

「この気迫を日常から発揮できないのか、お前たちは」

「同感じゃな」

「せいぜい報われることを祈ってやろう」

「ベルは普通に貰えると思うんじゃがのぅ」

 

 

 ―――ちぇぇりゃあああああああ!! 男たちの悪あがきはまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上に戻ろう。ヘスティアらは互いを牽制していた。いや、正しくはヘスティアとリリルカは春姫の持つカカオを狙っている。そのために、ジリジリと距離を縮めている。

 

 

「ふ、ふふふ。お二人とも、私はカカオは持っておりませんよ?」

「僕は神だよ? 嘘はいけないなぁ」

「くっ…………!」

「春姫様」

 

 

 リリルカは優しい声で語りかける。聖母のような微笑みで、彼女は春姫を諭した。

 

 

「それは悪しきものです。争いの種に成ってしまうものなのです。ならば、それは売り払いましょう。そのお金でみんなでチョコを買えば良いのです。これが誰も傷つかない、平等な裁決です」

「アーデさん………………」

 

 

 すぅ………と手を差し伸べるリリルカ。

 春姫は考えた。考えに考え抜いた。この時間はわずか数秒。ヘスティアもこのときだけは動きを止めていた。彼女は根本的にお人好しだからだ。

 リリルカの提案は魅力的だった。誰も傷つかない、最善の方法ではないか。実に妙案だ。

 

 

「さぁ………」

「一つよろしいでしょうか」

「………………………なんですか?」

「売り払うとおっしゃられましたが………―――――誰が売りに行くのですか?」

「―――ふぅ…………勘のいい人は好きじゃないですよッ!」

 

 

 右腕に仕込んだリトルバリスタが春姫の尻尾を的確に射抜いた。射抜くと同時に、ボルトに刺さったカカオが飛び出る。

 いくら遠征にも同行していた春姫とはいえ、彼女自身はそこまで戦闘に熟達しているわけではない。わずかだが硬直すると、リリルカは一目散に駆け出した。

 慌てて妨害しようとすると、春姫の眼にキラリと光る何かが見えた。蜘蛛の糸のような細いキラキラと光る物体。極細のワイヤーがリトルバリスタとつながっていたのだ。

 

 

「逃しませんっ」

 

 

 ワイヤーを踏みつけ、つかみ取り、リリルカを止めようとするもボルトとともにリトルバリスタも外れてしまう。

 

 

「あっはっはっは! 冒険者相手にワイヤーなんて垂れ流しにするわけないでしょう!!?」

「しまっ……………!!」

「リリルカ君」

「「っ!?」」

 

 

 行動を起こさず、沈黙を保っていたヘスティアが動き出した。

 

 

「「神威を使うなんて大人げないですッ!!?」」

「なんとでも言うがいいさ!!」

 

 

 神威を発して、彼女は二人をひれ伏せさした。恋する乙女の愛する男への想いは皮肉や罵声を浴びせるぐらいには抵抗したが、ヘスティアファミリアの狂剣のように動けるまでには至らなかった。

 ぷるぷると震える二人を嘲笑うように、ヘスティアはリリルカの持つカカオを優しく取り上げた。

 

 

「ファミリアの主神として、この争いの火種は没収するよ。だって、神だからねっ!」

「き、汚いですよ! 横暴です! 神権横暴ですっ!!」

「ヘスティア様! あまりにも御無体でございます!! お返し下さいッ」

「ダメだよ―――――僕らは家族だ。だから、これは処分する」

 

 

 ゴォォッドフィンガァアアア!! ギアナ高地で修行してそうな男が、自分の兄弟をかたどった偶像を一撃必殺した瞬間が脳裏に浮かぶ。

 

 

「ヒィィィト・エンドッ!」

「カカオが爆発したっ!?」

「この神でなしっ!」

「この場を収めた神に対して、随分な言い方だね!?」

 

 

 香ばしいカカオ臭は焦げ臭いものとなり、ブスブスと煙を上げているカカオをヘスティアは暖炉へと捨てた。

 このゴッドフィンガーは激しい嫉妬と燃える恋心により体得した、ヘスティア専用の技である。

 

 

「兎も角! これで悪は去ったんだ。これでチョコは一緒だよ」

「――――これ、私だけ大損ではないでしょうか?」

「大丈夫。僕らも手作りはできなくなったんだ。イーブンさ。春姫君ももう持っていないだろう?」

「―――はい。もう私の手にはありません」

「ならいいよ。じゃあ、これから先は各々で用意するように。邪魔はダメだよ?」

「うぅ…………わかりましたぁ」

 

 

 実に綺麗な終わり方だ、と満足したように暖炉前から去っていくヘスティア。肩を落として後に続く春姫に女の子が出してはいけない顔を隠してうめき声を上げるリリルカは置いていかれる。

 ぱちぱちと薪が燃える音が響き、リリルカは顔を見せた。

 

 

「―――――――ふぅ……………詰めが甘いですねぇ」

 

 

 ローブの内側からカカオのような物体を取り出す。

 また、春姫は―――

 

 

「―――――狐は詐術も使えるのです。春姫はこのときだけは悪い子です♪」

 

 

 部屋に戻り、厳重に封をした箱を開ければカカオが顔を覗かせる。

 そしてヘスティアは―――

 

 

「宴会芸用に手品を覚えておいてよかったよ」

 

 

 燃え尽きたはずのカカオを胸元からにゅっと取り出す。

 三人は一様に嗤った。

 

 

「「「計画通り…………!」」」

 

 

 



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第一章:老剣士、世界を越えて
儂、英霊になります


 今回こそは書ききるぞー!!


 ここは北半球は、日本という島国の冬木というこれといった産業もなく、ただ一人の老人が街のシンボルになっている。そんな街。

 そんな街で、周囲から取り残されたような出で立ちの武家屋敷がぽつんと建っていた。国から文化遺産だとか、保存すべきだから退去して下さいとか。とりま、そんなことをよく言われる家主は縁側に座り、月を眺めていた。

 

 この翁、齢は120を超え、現在の世界で最年長の老人である。翁の生涯において、世界は波乱と騒乱に満ちあふれていた。特筆することはない。人の世は何時いかなる時でも波乱と騒乱と一緒である。

 

 翁のそばには誰も居なかった。いや、この大きな屋敷にも、彼の住む街にもほとんど人は居なくなっている。世界中、どこを見ても似たような状況だろう。

 世界規模のパンデミックや食糧飢饉。一部の独裁者共が始めた暴走を始めとした世界規模の戦争。この国が保ち続けていた平和はとうの昔に終わり、大国に迎合し、国内でクーデターを起こそうとしたバカどもを粛清して大義名分を与えてしまった。

 

 

「気づけばもう、百年以上も昔か」

 

 

 この歳になってもはっきりと見える目は、遠くにある丘を見ている。二十代の終わりごろまでは存在していた古い洋館があり、今は亡き妻が育った家があった。義姉の方はイギリスへ渡り、四十年ほど前に病没してしまっている。妻はそれよりも前に急死し、義姉とその旦那であり、大切な友人が一時どこかへ連れて行ったことが未だに謎である。

 どこへ連れて行ったのか? それを知る者は皆死んでいる。かつてあった高校で巣立っていった同級生は、自分以外にもう存在しないのだ。

 義姉の旦那も彼女より早くに死んでいる。戦地でのことだ。

 

 

「―――ああ……………寂しいなぁ」

 

 

 寂しいなぁ、と思わず呟いてしまう。したって戻ってくるはずもない。でも、呟きたかった。

 妻の位牌に目を向ける。

 プロポーズして、結婚して、子供を授かり、巣立ちを見送って、孫を見せに来て………。

 子供が先に死んで、妻が先に死んで、孫がひ孫を見せに来て、孫が死んで。ひ孫も死んでしまった。誰も居なくなってしまった。

 それでも世界は廻り続けている。失ったものを取り戻すように世界は復興へと向かっている。廃墟となっていたこの冬木の街も家が建ち、まるで豆腐のような家屋がぽつんぽつんと建ってきている。どんな理由か戦場になったこの街は、業者が買い叩くぐらいには価値があったらしく、ゆくゆくは大都市にしてみせると鼻たれの小僧であった市長が演説していた。

 

 

「………………月が綺麗だな」

『あら? 口説いているのかしら?』

「ッ!」

 

 微睡(まどろ)んでいた思考が一瞬で変わる。年齢に見合わぬ屈強な肉体――ではなく、ここ数年で衰え始めていた肉体にしては驚異的な反応と身体能力で飛び退く。

 声のした方を向けば、懐かしい顔の金髪赤眼の少女がこちらを見下すように見ていた。

 

 

「え、衛宮…………?」

『違うわ。誰かしら、それ』

「ならば幻か? それとも……………儂を不愉快にさせに来たか?」

 

 色々な意味で敵の多い自分に誰かが差し向けた刺客であろうか。しかし、この少女からは恐怖は感じても、殺意は感じない。距離を取るこちらに少し寂しそうに見る。

 

『―――少しは期待していたのだけれど……………やっぱり、か』

「―――いやさ、失敬。急に現れたが故、許しておくれ」

『別に怒ってもいないし、寂しがってもいないわよ』

「そういう輩は大概そう思っているものだ。しかし、面妖だのぉ」

 

 

 見れば見るほど、かつての義姉に見える。髪の色も瞳の色も違えど、その見た目というか感じ方が時折見せた彼女にそっくりなのだ。

 高くとまっていたあの立ち姿も。呆れているくせに旦那を気遣うその表情も。結婚を認めてほしいと挨拶にいったときの修羅のごとき形相も。

 そのどれもに、大切な者への想いが宿っていた。贅肉だ、贅肉だとぼやいていたが無駄な贅肉などついておらなんだというのに。――――胸か?

 

 

『不敬よ、あなた』

「やんごとなき身分か? であるならば失礼しますぐらいは言えんのか」

『あのねぇ』

 

 

 額に手をやって呆れてものも言えないと言わんばかりに首を振る。どこか不快感を感じつつも、まぁいいかと自分を納得させるようにため息を吐く少女に、まるで大人に仕方ないと許されるような気分を味わう。

 

 

『はぁ……………なんというか、何か感じるものはないのかしら?』

「何もないな」

『鈍感ね。―――――貴方、もう死んでいるのよ?』

 

 

 ――――なるほど、やはりそうであったか。

 

 

『驚かないのね』

「必要もい。むしろ、さっさと迎えに来いと思わんばかりだったよ」

『普通は死を恐れるものだわ』

「長く生きるとそうでもない。ようやっと、皆のところに逝けるとすら思っている」

 

 

 独りは寂しいものだ。ただ、妻には後を追わないでくれと泣かれたからそうしていたまでのこと。

 

 

「――――いや、違うな」

 

 

 そういう気も起きないぐらいに大変だったからかもしれない。

 何せ、あの日以来、自分は負けなしの剣士である。国から親善大使やら剣道の世界貢献だの言われ、妻が死んでも悲しむ暇もそこまでなかった。何か虚しさを感じる前に教え子たちが先生、先生と慕ってくるから、それが原因だろう。

 

 

「なるほど。独りではなかったのだな」

『そうね。随分と慕われているのだわ』

「そうか」

『そうよ』

 

 

 ここ最近、人が来ないと思っていれば――――単純なことだ。ここは妄想の世界…………死後の世界であったのか。どうりで、なるほど。

 綺麗さっぱりに平地にされた冬木が復興できるはずもなし。この武家屋敷が残っているはずもない。

 

 

『やっぱり妙な魂ね。現実を知って、それでもなお正気を保っているなんて……』

「正気ではない。もう狂っておる」

 

 

 狂っておらぬ人間が、風を裂こうと思う筈もない。

 そうだ。自分の最後は――――

 

 

「斬ったのか」

『驚くことに斬ったわ。神代の人間でもないはずの人間が、文明を圧し潰さんとする大嵐を両断したのだわ。本当にありえないことだわ』

「ふむ。風に至ったか」

 

 

 随分と長い年月を経て、そこまで到達できたようだ。なるほどそうか、なるほど。なるほど……天晴である。実に天晴である。

 

 

「あの小僧は無事だったか」

『死んでいたら、貴方の偉業が世界に知らされるはずもないわ。貴方知ってる? 剣神とか言われて祀られているのよ?』

「そんな上等なものか。ただの死にぞこないの人殺しであるというのに」

『卑下するものじゃないわ。戦いに犠牲はつきものだわ』

「さようか」

 

 

 どうも、この義姉モドキは人とは違う視点を持つようだ。帰ってきて言われた言葉が殺人鬼と罵られたものだが………まぁ、その輩も命の危険が迫ってくればくるりと手のひらを返したが……。

 さて……人でないのなら、この人ならざる者は何用でここに来たのだろうか?

 

 

『話がそれたわ。――――貴方、英霊に成るつもりはある?』

「ない」

『そうよね。成りた――――って、えぇええええ!!?』

「七面倒くさい」

『戦士なら、英雄に憧れるものではなくて!?』

「ないな。赴くままに剣を振っていたらこうなったまでのこと」

 

 

 戦争の英雄なんてものは、どれだけ殺したかぐらいにしかならん。英雄ともてはやされる連中は、全員、望んでなったものではないと思いつつも、仕方がないと受け入れていたぐらいだ。

 誰だって夢があったのだ。自分はただあの日の侍を超えたいと。医者になりたい。野球の選手になりたい。サッカーの選手になりたい。つつましやかな願いもあった。先にも言った通り、自分はあの日の侍を超えたいと思っていた。

 

 

「自分勝手な願い事よ。妻を娶ってからは随分と薄れたが、居なくなったらまたぶり返してきおった」

 

 

 その結末が大嵐を切り裂くという気違いを行ったのだろう。嵐を裂いたとき、空をも割ったのだ。

 

 

「もう一度やれと言われてできる物でもなし。まあ、一度できたのだ。二度目もあるのだろう」

『感傷に浸るのはいいけど、こっちを聞きなさい』

「儂のような時代遅れなど、不必要じゃろ?」

『それは現代が決めることよ。私が貴方を英霊に誘うのは過去のためだわ』

「過去、とな?」

『ええそうよ。貴方の今まで生きてきた時代を守るため…………あるいは、これから現れるだろう獣に備えるために』

 

 

 獣というとアレだろうか? どこぞの動物園からライオンやトラといった猛獣が逃げ出すのか? それとも、人間がまた何かしら引き起こすのか?

 

 

『違うのだわ。人類悪のこと』

「神が滅ぼすべきものでは?」

『神と人は袂を分かっているの。私があなたの目の前にある理由は依り代の縁と冥界の女神だから。この国の女神に無理を言って代わってもらったの』

「神ときたか…………それにしても……うぅむ」

『あら? 今更、命乞いかしら』

「いや、貧相じゃぉおおお!!?」

『どこを見た? いえ、どんなふうに呵責されたいか言いなさい……!!』

 

 

 義姉と同じコンプレックス持ちだったとわ……! ぬかったわ!!

 

 

「話を戻してくれんか? ほら、儂って死人じゃし。冥界の女神とやらならば逃がすことも逃げられることもなかろうよ」

『………覚えておきなさい。人類悪について、だったわね。それはね―――』」

 

 

 人間の社会から生まれた澱み、もしくは積もりに積もった澱で人類社会を滅ぼそうとするものを指すらしい。これは時に獣とも呼ばれ、第5の獣まで倒されているそうだ。

 厄介なのは、人類が発展すればするほど、その負債である人類悪も強大になり、倒すのにはそれなりの代償や労力を必要とする。

 

 

「聞けば聞くほど、物騒な……」

『そしてそれを倒すのは人間でなければならない。今を生きる人でなければならいの』

「ふむん? 儂は死人じゃが?」

『生者ではないわね。でも、英霊ならなければ存在すら危ういところなの』

 

 

 人類悪とは人類が倒さなければならぬもの。いや、越えねばならぬものだ。

 そしてそれは今を生きる最新の人間が行うこと。その倒し方は様々なものがあるようで、血を流さず、救いのある戦いでもって第4の獣は消えたという。

 そんな綺麗ごとのような奇蹟で消える人類悪もいれば、文字通り討たねばならぬような化け物まである。

 

 

「しかしだ。英霊とは偉業を成し遂げたもの。儂は嵐を裂いただけだが……」

『その嵐が人類悪の生み出した脅威なのだわ。知らず知らずのうちに、人類を救っていたの』

「それはそれは………儂の気違いが人を救うとは。長生きはするものだ」

『気違い…………間違いではないわね』

 

 

 応とも、と返事をする。だって、どこの世の中に気紛れで嵐を斬ってくるという爺がいるものか。あ、儂じゃ。

 聞けば斃したのではなく、撃退したというだけらしい。しかし、撃退した結果、人類がさらに発展してもっと強力になるのだとか。尻拭いをしろということだろう。

 

 

「大人の負債を子供に背負わせるわけにもいかんか」

『格好つけてても、震えているわよ?』

「武者震いじゃよ。焦っているわけじゃないからの」

『どうだか』

「年寄りに恥をかかせるんじゃない!」

『私はあんたより年上よ』

「じゃ、BB―――」

 

 

 ジャキン、とこの女神には見たこともないような形の得物が握られていた。そしてそれは儂の首にそえられている。

 

 

『次はない』

「はい」

『よろしい。―――――――――随分と甘いわ。影響されすぎたかしら………………?』

「ん?」

『気にしないで。じゃあ、貴方には試練を受けてもらうわ』

「試練、とな」

『そ……………貴方、いくら英霊候補といっても新しすぎるの。だから、これから現れるであろう人類悪には無力なの』

「……………………お主、女神じゃろ? こう、伝説の武器ー! とか、加護を与える! とか無いのか?」

『あるわけないのだわ。そもそも、人間が神と袂をわかったの。都合のいいときだけ神頼みとか、どう思う?』

 

 

 自分たちで歩いていける。あるいは、自分たちは巣立った―――女神はそう告げた。

 その様子に対して、特に何かを思うわけでもないが、一抹の寂しさというか……………嘆きというか…………人にはわからぬ神特有の葛藤とかがあるのだろう。

 

 

「しゃあないの」

『話のわかる子は好きよ。ああ、恋愛とかじゃなくて―――』

「妻を愛してるから靡かぬわ」

『そう。………………………伴侶は幸せだったのね』

「さぁ、な」

 

 

 意中の相手ではなかったから、彼女自身、心から幸せだったのかはわからん。どうだったのだろうか? そういう不安は生前から何度もあり、如何に気違いとは言え、考えたくないものは考えたくないのだ。

 

 

「それよりも、英霊になる試練とやらを教えてくれ。何かしらあるのだろう?」

『伝説を作ってもらうのだわ』

「嵐を裂くだけではダメなのか?」

『文明が発展した今、理由をつけて解析し、英雄の行いを不可能ではない(科学的に解明できる)とするもの。現代で英雄が生まれない、あるいは生まれ難いのはそういうことでしょう? 』

 

 

 確かに。今の世の中、科学で解明できないものは存在しない。今や月に都市を造るのだと民需高揚に掲げているのもあったか。実際、空など見えないらしいが。

 

 

『かと言って、過去に向かわせることはできない。人理に悪影響を与える可能性すらある』

「じゃあ、なんぞ? どこぞの民族でも絶滅させるか? させたい連中なら三つはある」

『ミサイルに勝てるの?』

「無理じゃな」

『そういった反英霊という可能性もあるわ。でも、それで喜ぶ?』

「ぬぅ……」

『喜ばないわ。狂っていると言っても、良識を持っている。良識があるから正気では耐えれなくて、狂っていると暗示しているだけだわ』

 

 

 ――――こう見えても女神、か。いいや、神は人間に対して興味はないとか言っておったから……。ああ、なるほど。

 

 

「正統派になれ、ということか」

『賢い子は好きよ。好ましいという意味でね』

「茶化さぬわ。それで、過去へ戻るもダメとくればどうする?」

『異世界よ』

「………………………は?」

『正確には並行世界。世界の闇の部分、魔術師と呼ばれる者たちが魔法と称える一つ。並行世界の運営よ。いい? 魔法というものは―――』

 

 

 魔法とは現代科学でも再現できない現象を指す、と簡単に言えばこういうものらしい。時間移動や完全に死んだ人間の蘇生など、確かに魔法や奇蹟と呼ぶべきもの。

 しかも、魔法とは確認されているもので6つはあり、その中でも現存するのは一つだけらしい。何十年か前はもう一つ存在していたが、それも死んだとのこと。

 

 

『この並行世界の運営(第2魔法)で異なる歴史にある世界に行き、生きて伝説を成し遂げてもらうの』

「門外漢だからようわからんが………異世界に送るからそこで伝説作ってこい。こういうことじゃな?」

『正統派の伝説よ。そして、期限は向こうに行ってから死ぬまで。伝説を作れずに死んだら……………貴方は正真正銘、無に帰すことになる』

「ほほぅ」

『今の時点でも霊基は安定している。でも、ただの亡霊の貴方が世界を移動したらそれだけでエネルギーを使い果たして消滅する。行きは私の力で送るけど、帰りは貴方の英雄として霊基の強度が重要なの。世界の壁を突破するための体力みたいなものね』

「あい、わかった。生きるか死ぬかは英雄になるかということか」

『そうよ』

 

 

 死後なぞあるとも思わなんだ。もとより偶然拾ったもの。であるならば、かつての冬木を見せてくれた礼ぐらいせねば大和男子の名が廃るというもの。

 

 

「ならば、善は急げぞ。早速送ってくれ」

『―――無に帰す、というのは貴方が思うよりも恐ろしいものよ。それでもいいのね?』

「くどい! 待つ者も持っていくものも無し。捨てるも失くすも己だけよ!」

『…………………………やっぱり、人間っていいわね』

 

 

 何か呟いていたようにも聞こえたが、いい男というものは女の恥部を見過ごすものよ。気を遣えずして、紳士とはいえず。いや、妻が不躾なことをすると怖かったというわけではなくだな?

 

 

『冥界の女神が言うのもなんだけど…………………挫けないでね』

「剣を振るって幾年月。気づけば嵐も裂いたのだ。挫けぬよ」

 

 

 急にしおらしくなりおって、反応に若干困るではないか。

 そう思うもつかの間、まるで奈落の底に続くような黒い渦が女神の前に現れる。確かに、逃げたくなるような忌避感がある。

 

 

『――――コレをつけていきなさい』

 

 

 金の指輪を渡された。温かみを感じるそれは、紛れもなくかつて妻に渡した結婚指輪だ。

 

 

『加護を付けてあるのだわ。行くときに守りは失われるけど、死んで魂になったとき、こちらに帰還できるように道標になっているの』

「粋なはからい、感謝する。これで勇気も百倍………………否、万倍よ!」

『本当に愛しているのね』

「居るときだけは正気だったからの」

『ふふふ……………あまり甘いのは好きじゃないのだわ。じゃあ、行ってらっしゃい』

「行ってくる」

 

 

 渦に近づけば近づくほどに、冷や汗が止まらず、心の方から凍えるような恐怖が襲い掛かってくる。それでも、妻の指輪の温もりが冷え切りそうな心を恐怖から守ってくれている。

 これは怒られるな。死んだら地獄を抜け出して会いに行こうと思っていたが……………随分と遅れそうだ。

 

 

「女神どの」

『ッ……………………何かしら? 怖くなった?』

「――――行ってくるよ、遠坂」

『――――桜を泣かせたら、承知しないわよ』

 

 

 心残りもなくなった。では、英雄に成りに行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今でも覚えている。たった一人の老人があの嵐(破滅)を切り裂いたことを――

 

 今でも覚えている。空が割れたことを――

 

 今でも覚えている。笑う老人のあの姿を――

 

 からからと笑う老人はこう言っていたのを覚えている――

 

 

 

 

『ははは! 空を割ったか。空を割って、殻を割ったわ!』

『なんとも天晴よ。天も晴れておる。まこと天晴である!』

『そうじゃ。儂は―――』

 

 

 

 

 

 ―――(から)を割ったのだ!

 

 それが老人の最後の言葉だったのを今でも覚えている―――




 というわけで、三度舞い戻ってきたぞと、カルメンです。
 ツッコミどころ満載―――まあ、FGOに触発されすぎて、色んな場所に含まれるかもしれません。そこはこうご期待ということで!
 用語解説行くよー。


時雨永嗣(しぐれえいじ)
 本作の主人公。享年120歳という超長生き爺だったが、嵐を裂いたときに死亡している。しかし、老体とはいえその姿は筋骨隆々といえるほどに引き締まっていたほどでその歳ですら一流アスリートを凌駕する身体能力を誇る。
 出身は冬木だが、すでに地図上から冬木は消えている。思い出の地で余生を過ごしたいと思っていたがそれは叶わぬ願いであった。
 結婚しており、相手は同じ冬木出身の女性で後輩の少女。話からすると、気が触れている永嗣を唯一、正気に戻せる存在だったらしい。気が触れてしまった大きな理由は従軍によるものと、かつて見た剣士の魔技に魅せられたため。

『妻』
 最愛の女性。旧姓は間桐で、その家の唯一の女性だった。意中の人は居たが別の人と添い遂げていき、悲しみの中で永嗣と付き合うようになり結婚に至った。初恋は叶わなかったが永嗣と結婚したことを後悔はしていない。死に際に後を追わないでゆっくり来て、と遺しており、永嗣は律儀に守っていた。

『冥界の女神』
 妻の姉の若かりし頃にそっくりな女神。瞳の色や髪の色が違うこと以外はよく似ている、とのこと。

『彼が過ごしていた冬木』
 亡霊として存在する主人公の妄想世界。実際の冬木はおおよそ人が住めるような状況にない。こうであればよかった、という願いでもあり妄執でもある逃避から生まれた。

『剣士として』
 世界最強と称されるほどの腕前。彼の出現により、世界中に剣道ブームが起き、そして強すぎたがゆえにブームを消し去ってしまった。
 その強さの逸話として、負けないから彼を倒すためだけにルールが7度変更されてなお負け知らずという笑えない話がある。
 ただ、その強さやあるいは真摯な態度に慕うものも相当多かった。強さとして、近接信管の榴弾を感知前に斬るなどありえないレベルの攻撃速度を魔術無しで行える。最後の伝説として国家壊滅クラスの大嵐を一刀のもと空ごと割り裂いた。

『英雄になるために』
 独自の設定として、戦力の平均化―――つまり銃火器の普及や大量破壊兵器の生産能力向上により、英雄が生まれなくなっている。さらにどんなことも科学的に解明できるという科学万能主義によりすべての伝記や偉業に茶々を入れることが多くなっている。永嗣の成したことすら、もっともそうな理論とこじつけで誰もができる可能性があるレベルまで貶められている。実際には、第5の獣が放ったものであるため不可能である。
 


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爺、異世界に立つ


 新年あけましておめでとうございます。年明け前に入れたかったのですが、新年に新たな世界に立つというのもおつだとは思いませぬか?

 文字数としてはこの位を意識しております。


 

 渦を通った先は―――

 

 

「いやいや。それはいかんな」

 

 

 その先は何処かは知らぬ森の中、冥界の女神に送られてきた翁こと時雨永嗣は着物と丸腰のまま立っていた。

 緑の匂いが芳しい、自然の生命の息吹は老骨に力を与えてくれる。されど、重要な事がある。

 

「ここはどこじゃい」

 

 

 縁も所縁ゆかりも無い土地で、丸腰の老人が独り佇む。覆い茂る木の葉の隙間から日光らしきものが降り注いでいるあたり、夜ではないはずだ。ぽこぽこと根が地表に出ていたり、藪があったりと深い森らしい。

 女神いわく、異世界で英雄になるための経験を積んでこい、伝説を作ってこいと言っていたのだから争乱が起きる、あるいは起きている状況ではないだろうか?言いたいことはわかるはずだ。

 

 

「丸腰はいかんなぁ。うぅむ。実にいかんな」

 

 

 か弱い―――どの口がほざくのだろうか―――老人がただ独り。いやいや、東南アジアでは虎を殴り殺しているがそれもまだ四十代のとき、その三倍の年齢である自分は体力の衰えで、刀で熊を真っ二つにするぐらいまで弱っている。全盛期ならば、放り投げることもできた。

 大事なことだから二度言いたい。お前、本当に120歳の爺なのか、このやろー?

 

 

「ひとまずはコレでいいか」

 

 

 びりびりと着物の袖を破り、即席ではあるが投石布を作る。これは狩猟道具の一種で、銃が出てくるまでは戦場の主力兵器として運用されていたものだ。

 力の弱い女でも、この投石布を使えば当たりどころによっては兵士を殺せる。使い方としては投げるための持ち手を両端に結んだ長い布を用意し、その中央に石を包んで回すように振り回すこと。縦でも横でもかまわないが、然るべき勢いがついたときに片方の結びを放して投擲するのだ。

 

 

「何もなければええんじゃが―――――そうもいかぬか」

「何言ってんだ、てめぇ」

「何もなければ――」

「同じこと言えなんざ言ってねぇよ!!」

「知るか、そんなこと!!」

「逆に怒られた!?」

 

 

 まったく急に出てきおってからに。にしても、垢まみれで汚いのぉ。饐えた匂いがここまで届くではないか。

 

 髭面に、毛皮………………大きさからして熊の毛皮であろうものを着た大男と、木陰や藪を迂回しつつこちらを包囲するように動く気配が複数――――存外、頭がキレるようだ。

 

 

「敗残兵か?」

「……………………生かしちゃおけねェな、てめぇ」

「もう少し、猟師出身の賊というものを学んだほうがええ。お前さんら、明らかに規律が整いすぎじゃもの」

 

 

 毛皮の強烈な悪臭は周囲の臭いをごまかすため。足音も衣擦れも、葉と葉が擦れぬように動くことも相応の訓練が必要なものだ。猟師の可能性はこんな大集団で来る時点でない。彼らは五人ほどの集団で動き、熟練者はこやつらのような動きができる。だが、違うところが一つある。彼らは獲物を仕留めるその瞬間まで殺気を出さぬのだ。

 

 

「まだ改善の余地があるってことか、平時なら礼を言いたいところだが……………これも任務だ。悪く思うな」

「命は粗末にしたくないんだがのぅ」

「命乞いならもう遅ぇ。冴える頭を恨みな」

「ああ、いやいや。そうではない。そうではないのだ」

 

 

 ―――――儂が殺すってことだからだのぅ―――

 

 ――――――――狂風が吹いた。ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんむぅ…………………汚れてしまった」

 

 

 ぱきり、ぱきりと肩を回せば、関節の鳴る音が耳朶を打つ。それとともに、鼻をつくような匂いが老人の周りを漂っていた。その発生源は言わずもなが襲い掛かってきた男たちである。

 誰も彼もがまともな骸になっていない。

 

 ある者は拵えていた上等な剣で木に磔になっていて……………。

 ある者は上顎と下顎を堺に真っ二つに引き裂かれ……………。

 ある者は腹に大穴を開けられて、はらわたが引き抜かれ……………。

 ある者はひき肉のような有様であった。

 

 すべて、この老人―――否―――

 

 

「しっかし、若返っておるとは面妖な」

 

 

 先程まで生きていた男が腰に帯びていた刀。その研ぎ澄まされた刃に映る己の顔は若かりし頃の己そのもの。眼は死んでいて、狂気しか孕んでいない狂人そのものだが、この頃は我武者羅に剣を振っていたはずだ。

 ―――――あの頃の自分が己を見たら………………どう思うのだろうか。

 

 

「――――詮無きことよな」

 

 

 上物の刀は戴くとして、他の武器は集めて売ってしまおう。二束三文でも、金になればいい。こやつらも金らしきものは持っていたから貨幣経済は存在するのだろう。

 

 

「だが、うむ。芯の通った兵だった。敗残兵ではない。忠義を誓った精鋭だった」

 

 

 拷問もどきをしても、頑なに人里の方向を言わなんだ。こんな狂人が人里など行ってしまえば、すぐさま地獄に変わるだろう―――とでも思ったか。

 刃向かわなければ……………というより、別に敵対しなければ命など奪わん。非常に面倒だ。

 

 

「次からは彼我の実力差を弁えることだ―――ああ、死んでおったの忘れてた」

 

 

 どうも、若返っても忘れっぽさがぬけん。妻が死んでからと言うもの、なんというかこういうことが非常に多くなって困る。

 ん? 儂、誰に対して忠告を………………まあ、いいか。

 

 

「気配がする方向へ行けばいいか。まばらだが、そうは遠くないかの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、ここです」

「うむ。…………………………モンスターの仕業か?」

「死体が持ち去られていないところを見ると、人間かと」

「ふむ。武器だけ…………剣が全て奪われているな」

「弓矢と槍は鉄くずとして不向きです。惨殺と拷問をしていますが金に変えるという知性はあるようです」

「……………………………足跡から街道へと向かったのだな?」

 

 

 おそらくは………………。血の跡らしきものが藪に残されている。それは、不幸なことにこの国―――ラキア王国の山道の一つに向かっている。だが、隊長と呼ばれたものは別のことを確認した。

 

 

「東と西、どちらだ」

「東です。目的地はオラリオではないでしょうか」

「ならばいい。この殺人鬼がオラリオで暴れてくれれば、彼らの死も無駄ではない」

 

 

 鬱蒼と茂る藪を超え、大きな街道へと出た隊長が見据えるのは天高くそびえる白亜の巨塔。憎きオラリオ、王に逆らう不届き者が跋扈する無法都市。

 

 

「あのゴミどもの数を減らしてくれればなおいい。そうであれば、最高の手向けとなる」





 さぁ、頑張っていきますぞー! 解説です。


『時雨永嗣』
 どうやら若返っていたという、テンプレが発生。四十代の頃というのは本人にとっても世界にとっても不幸が置き続けていた時代である。
 虎や熊を素手で殺せる時点で化物らしいが、ダンまちの世界では種族によっては軽々と行えるものが存在するため特にすごいことでもない。だが、元の世界ではかなり有名だった。

『投石布』
 スリングみたいなもの。説明が下手だが、極めて原始的な構造をしており、作ろうと思えば蔦や毛皮、紐でで作れる。
 振り回したときの遠心力を利用して投擲するもので、戦国時代(クレヨンしんちゃん アッパレ戦国大合戦より)でも運用されていた。ブレイクブレイドにてボルキュス将軍が最後は石の投げ合いというセリフはこのことだろう。しかし、石自体の質量と速度がそのまま攻撃力と飛距離になり、ちゃちな兜であればそのまま陥没、もしくは昏倒させられるだろう。

『山賊に扮した兵隊』
 そのままの通り、山賊に扮していたラキアの部隊。巡回任務をしていたらしく、永嗣が兵士と見抜かなければ適当に脅して開放していた可能性もある。
 全員、永嗣によって惨殺されている。

『ラキアとラキア軍の兵隊』
 年がら年中戦争をしている国家。当初は勝ち続けていたがあることを境に連戦連敗となり、損害が拡大し続けている。
 巡回中の部隊が帰ってこないため、確認に出た捜索部隊。特になし。


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爺、兎と出会う

 爺はこの日、兎に出会ったのである。
 兎はこの日、最強の剣士に出会ったのである。

 これは、まだ世に綴られる前の迷宮英雄譚(ダンジョンオラトリア)の序章である。


 

 運良く街道――正しくは開けた山道に出た儂は、はるか遠くにそびえ立つ白亜の巨塔へ向かうことにした。

 そもそも、英雄になれと支持されたこと以外、どこに向かえとは聞いていない。必然的に目立つ場所に行くのは全く持って必然的なのだ。大切なことだから二回言いたいと思う。

 

 通行人からすれば、血まみれの男が薄暗い森の方から出てきたのだからたまったものじゃない。全くそのことに気づかない永嗣はガチャガチャと音を鳴らす剣の束を背負って行く。

 すこぶる機嫌の良さそうに歩く血まみれの男。それを避ける通行人。彼らを気にするつもりもない血まみれの男。

 

 山道を歩いていけば、下り道が見えた。ここから下っていくらしい。また興味深いことに、この山道はそのまま向かい側に向かうようにできているのではなく、いろは坂のように畝うねっている道となっていた。ここを開拓した人物は後々のことをよく考えていたらしい。

 真っ直ぐ進むよりも時間がかかり、ものによっては一泊する者も出るだろう。このぶんだと宿場町も何処かに有るのかもしれない。畝る坂道は非常になだらかで荷馬車の負担だって少ない。柵もついている。

 

 

「しかし、ここは異世界なのだな。漫画やファンタジー小説に出てくるようなのがおる」

 

 

 上機嫌に歩いている様に見えて、その実、周囲から情報を仕入れている。思わぬところに真実がある時があると言う。元の世界にはない宗教的な慣習があるのかもしれない。元の世界の原理主義が一般的な考えなのかもしれない。

 幸いにも、言葉も字もわかるため、前から来る馬車やこちらを抜き去っていく馬車の積み荷から、この先で何が必要なのか必要されているのかを自分なりに整理していく。

 

 その中で印象深かったのが人間とは見た目が違う存在だった。

 耳の長い眉目秀麗な男女、短身短足だが丸太のように太い四肢を惜しげもなく見せる小男。獣の尾を振りながら歩く女。

 なるほど、異世界である。

 

 

「尻尾じゃの。もふもふしてそうじゃし、マフラー代わりに切り取ってもええかも」

 

 

 小さな声でぼそり、と呟いたのを聞こえた―――わけでもないらしく、ゾクッとした女は足早に去っていった。獣っぽいから気配に敏感なのかもしれない。長耳の男女は蔑むようにこちらを見ているが、どうでもいいことである。

 

 妙な正義観じこまんぞくで手向かってきたとき、彼らの旅路はそこで終わりを迎えることになる。

 

 

「どこかの町でこいつら捌ければいいが……………無さそうだしなぁ」

 

 

 木々の隙間から見え隠れする範囲で、商業が成り立っていそうな町を発見できていないのが問題だ。あの巨塔の元に向かうにあたり、アレだけの構造物を用意している点から考えてタダでは入れそうな気がしない。血まみれの汚い服を着た人間があっさりと中に入れるようならそれは間抜けというのものだ。

 

 

「服かぁ………………うぅむ――――汚れるからなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――(ざん)ッ、噴醜(ぶしゅう)………………土着(どちゃ)――――

 

 

「ひぃっ!?」

「身の程を知らぬとはこのことよな。理由も見た目も言葉も綺麗じゃが…………それだけだのぅ」

 

 

 案の定、昼間の長耳どもが手向かってきた。

 曰く、オラリオに何をしに行く。目的はなんだ? 犬人族(シアンスロープ)を襲うつもりか?そうであるなら我々は正義の神の名の下、お前を裁くッ!

 実に、実に単純な正義感であろう。

 

 

「口だけは達者じゃい。演劇でもやればええ。そうは思わんか?」

「冒険者じゃないのに…………! どうして…………!?」

「壊れたCDプレイヤーじゃ。まったく」

 

 

 元の世界基準で言えば、それなりに強い分類である。オリンピック選手以上の運動能力もある。

 しかし、アマチュアでの話だ。プロや達人といった者達からすれば、少しは武道を齧ったことがある喧嘩屋でしかない。持っているものは物騒極まりないが…………。

 

 

「じゃあ、後を追うてやれ。二人で旅するぐらいじゃから仲は良いのだろう」

「待って! お願い、殺さないで!!」

 

 

 自分で襲い掛かってきながら、殺されかければ命乞い。裁きを下すが笑えるものだ。

 とはいえ、こうも喧しいとうんざりしてくる。好きなようにしていいとか、抱かれたっていい、有り金も全部渡す。私まで殺せば仲間が見つけ出して報復に来るぞ! などと脅しまで始めおる。全く持って、うんざりしてきた。

 

 女の命乞い―――と言えるかはさておき、永嗣は刀を鞘に収めた。ため息を吐きつつ、まるで哀れな家畜を見るような眼で長耳の女を見下ろす。

 失禁しているのか、旅の疲れのせいでそれはひどい匂いを出していた。もしも冬なら湯気が見えるだろう。麓の森のなかで行われたその自己満足の私刑は、返り討ちという形で終わりつつある。

 

 

 

「―――わかったわかった。なら、口を閉じよ」

 

 

 女は諦めていなかった。冒険者であり、誇り高いエルフである自分がこんな怪しい人間風情に見下され、あまつさえこれまでの人生において最大の恥を見られた、させられた。

 許しがたい。実に許しがたい。

 ゆえに、エルフの女は証拠を隠滅しようとした。この人間を殺すために、股を開いてでも汚辱を流してしまいたい。人間とは下卑た存在だ。エルフを(さら)い、情婦として囲うなどという事例がいくつも存在する。

 

 

「ほ、ほんと?」

「いいから口を閉じよ。出来んではないか」

 

 

 ―――喰いついた。この屈辱を耐え忍び、人間が股に顔を埋めれば、そのまま首をへし折ってやる。挿入(する)なら、抱きつくふりをしてその首を魔法で切り落としてやる。

 

 片割れがいとも容易く、頭を横一閃に斬られ、女は木を背にするまで後ずさっていた。永嗣がゆっくりと近づいていく。すでに刀は鞘に収められ、抜かれる気配はない。

 心の中でほくそ笑むエルフの女。無念を晴らし、屈辱を闇に葬ってやる―――

 

 

「そうそう。そのほうがええぞ。それでええ」

「……………」

 

 

 すでに純潔ではないが、それでも心を許した相手以外に触れられることはエルフにとっては禁忌にも等しい。無残に殺し―――

 

 

「死すらもともに分かち合え、というじゃろうが」

「――――………………?」

 

 

 一閃、二閃、三閃……………永嗣は抜き打ちの居合で首と幹を撥ね斬り、続く切り返しでさらに幹を斬り、最後でもって大人の胴程もある樹に相応しい、生い茂る枝葉でエルフの女の上半身を完全に覆う。

 数瞬遅れ、茂る葉にシャワーで水を当てている水音が静けさ漂う森の中で聞こえた。

 

 

「口を開いたままじゃと、死に顔もみっともないからの。どうせ死ぬなら、綺麗に死にたいじゃろ?」

 

 

 本当は男の方の服を汚したくないからそうしたのだが、死人がそれを知るはずもなし。転がる眉目秀麗な女の顔を一瞥し、男の服を脱がしていく。宿場町とは言え、荷物をそのまま預けるような馬鹿な真似はしなかったようだ。ついでにカバンと使えそうなものを頂き、着替えと選別が終わる頃、枝葉から聞こえていた音も消えた。

 そのまま女の体を弄まさぐり、荷物を取っていく。死体にこんなものは必要ないからだ。

 

 

「南無南無………………………お前さんらの命、決して無駄にはせぬよ」

 

 

 手を合わせ、念仏を唱えて去っていく。下着姿の男と、首を断ち切られた女。宿の人間か、誰かがいずれは見つけるかもしれないし、見つからないかもしれない。

 そんなことは永嗣にとっては関係のないことだ。関係のないことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、永嗣は日が多少登った頃に麓の宿場町をあとにした。金を持たないため、宿の井戸を無断で拝借し、野宿と言ったところだが、昨日のことで服も鞄も手に入った。

 そのまま白亜の巨塔の方へと道なりに進んでいくと、合流地点が見えた。右と左から多くの人や荷馬車が集まってくる。馬車に轢かれぬよう、道の端を歩いているといつの間にやら巨塔の膝下へと到着した。

 

 城壁とも呼べそうな巨壁が白亜の巨塔を中心に囲っている。目の前の街門は大きく、巧緻な意匠を施した―――イタリアかフランス辺りで見られそうだ。いや、ギリシア彫刻のほうだろうか。

 見るからにやる気の無さそうな武器持ちの男女がこちらを睥睨し、ウェイタースタイルの男女が忙しなく荷馬車の中を検閲したり、旅行者に何かしらの質問をしながら手元の板らしきものに書き込んでいる。

 

 

「長くなりそうだの」

 

 

 荷馬車が多すぎる時分に来てしまったか、後者の連中の大半が検閲に向かってしまっている。かれこれ1時間ほどだ。こんなに待たされたら騒ぎが起きそうなものだが、武器持ちが怖いのか、皆黙っていた。それを笑うように、つまらなそうに睥睨する男女。

 

 

「んん…………………(昨晩のエルフ――だったか? アレととんとんじゃ)」

 

 

 実戦主義といえば格好良さげに聞こえるが、修練もしていない輩に逆境に耐えられるような芯ができるものか。大方、暇だから騒ぎの一つでも起こせと思っているのだろう。起こすつもりもないからどうでもええが。

 

 空の流れでも探るかと青い空を見上げようとすると、ふと、こちらを盗み見るような視線を永嗣は感じた。ちらり、ちらりと永嗣自身を見ているというより、腰に携えた刀を見ている。

 その下手人――いや、何も疚しいことはない。憧れのような、格好いいものを見ているような視線に、永嗣は顔を向けた。

 

 

「如何用かの?」

「えっ、あっ…………その………」

 

 

 良し悪しも、どちらにせよ暇つぶしになると思い、その姿を見た。

 白髪に紅い(ルベライト)瞳………兎の印象が強い童顔の小童である。急に話しかけられ、しどろもどろになってしまっている。いいや、きっと永嗣の眼の奥を見てしまっているのだろう。

 

 

「怯えずともええ。暇つぶしになればなおのことよし」

「ほぇ?」

「話し相手になってくれ、ということじゃよ。それとも腰のものが気になるか?」

 

 

 ひょいと、刀を持ち上げてみせれば眼をキラキラさせながら釘付けになっている。この歳の小僧はこういったものに憧れを抱くものだ。

 

 

「見せてやるから話し相手になっておくれ。儂は時雨永嗣という」

「ベル・クラネルです。シグレさん!」

「威勢がよくて結構、結構。元気が一番じゃ」

 

 

 

 




 それでは解説行くぞー。


『時雨永嗣』
 端々に見え隠れする狂気が価値観の相違を助長する。かつての誓い、憧れを頑なに抱いてきた故か壊れている部分があるようだ。ただし、一般的な常識が無いわけではない。無用なことはしないのである。
 また、実力からわかるようにそこらの冒険者では死体を増やすだけである。

『ファンタジーな種族たち』
 毎度おなじみ、犬人族やドワーフ、エルフといった元の世界では決して見ることのできない存在たち。

『原理主義的な考え』
 海外を渡航する際は特に気をつけるべきこと。例えるなら、手で頭を撫でるなど。これは天とつながる頭に手をかざすということは天との繋がりを断つという禁忌を指す。次第によっては殺されてもおかしくはない。

『エルフの男女』
 都市外のファミリア、フォルセティ率いる裁きと保護のファミリアに所属している。彼らはラキアや都市外の人攫い集団に攫われた者たちを保護、件の集団への制裁などを目的として活動していた。ただ、エルフの自尊心の高さからエルフ関係を中心に活動していた。
 あと少しでレベル2に届いたが、喧嘩を売った相手が悪すぎた。


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爺、ロリ巨乳を知る

 感想はー、何時だってぇ………………待ってます!


「これはなんですか?」

 

 

 案の定、外套に包まれたむき出しの剣について言われたことである。

 白髪の少年、ベル・クラネルと軽い談笑をしながら順番を待っていた永嗣に向けられたものだ。荷を見て、後ろにいる少年も目をまんまるにしている。それもそうだろう。鞘にも収まっていない剣が薪を束ねるようにしてまとめられているのだ。

 

 

「中で売り払おうと思っていたのじゃよ」

「鞘もないものを? …………………盗品ではありませんか?」

「盗品といえば盗品だの」

「…………犯罪者を入れるわけにはいきません。即刻退去して頂きたいのですが」

「んんむ。山賊を殺して奪ったものも盗品と見なすか?」

「山賊ですか。………………いえ、山賊を退治した場合はその所持品は討伐した者の財産となります」

「じゃあ、構わんじゃろ」

 

 

 あとは二つ、三つの問答のあと、通される。他にも言いたそうだったが激しくこちらを罵る青髪の小僧に――

 

 

『さっさと仕事を終わらせろ、この馬鹿め! 俺は自室で茶を飲みながら、勘違いのバカども罵りつつ惰眠を貪りたいのだ、馬鹿め!! もう一度言ってほしいのか? 余程のマゾヒストか、馬鹿め!! そこの男! 何時迄もそこにいるな鬱陶しい! それとも脳みそまで筋肉でできているか、貴様!!』

『―――その命、随分と安売りするのぉ……………!』

『命なんぞもとから安いわ、馬鹿め! そんなものに価値でも見出すつもりか? ちなみに俺の命は安いぞ。死んでも死ねないからな! 貴様こそ、往来で得物を振り回すつもりか気違いめ。大体、そんなに刃物を持ち歩いてる貴様はアレか? 刃物に性的な興奮を覚える変質者か?そうなんだな!!?』

『……………』

『ネタの提供ご苦労! さっさと行くがいい。俺は頭脳派だから弱いぞ!! さっさと行け』

『………………』

『すみません。クリスは………その、非常に口の悪い小人族(パルゥム)でして、ここは穏便に……』

 

 

 あの青髪、変質者だの気違いだのと言いおってからに…………新月の日だけと思うなよ。

 されど、こう…………………斬り殺せるかわからん感覚があったの。普通の太刀筋と気合では殺せぬやもしれん。

 

 周囲に殺意を振りまき、遠巻きにされている永嗣のもとに、げっそりとしたベルがトボトボと来た。その姿を見て、ああ被害者か……と無頼の風体のような連中が可哀想なものを見るように見ている。彼らもかつてはその洗礼を受けたのだろうか。

 

 

「あ、シグレさん」

「随分と言われたようだの。まあ、機会を待つがいい。――――確実に仕留めるからの」

「殺害予告ですか!?」

「久々にトサカにきたんじゃ。何、はっちゃけても文句は言われんだろうて。なにせ―――」

 

 

 この街は神界にて暇を持て余した神々が降臨し、あの巨塔以外は人に作らせたものだそうだ。そう、暇だから下に来て、人間が騒ぐのが面白いから逗まっている。多少の騒ぎは楽しみに色を添えるものであろう。

 

 

「お前さん、アテはあるのかの?」

「と、特には…………」

「では、手当たり次第にでもするか」

 

 

 何かしら目印みたいなものがあれば容易いのだが、あるかの?

 

 のんびりと歩く永嗣と不安と期待で挙動不審なベルはそのまま大通りへと向かっていく。

 時折、アレは何か、それはアレですとベルが答えて、永嗣が質問していくこととなった。その最中でベルは道を歩いて行く冒険者はどれぐらいの強さなのかが気になる。ひょろひょろの自分と屈強な男たち。見た目からして、ベルは負けていた。

 

 

「なんじゃなんじゃ。見た目で負けたつもりか?」

「……………僕、こんなにひょろひょろだし……………あそこの人達はムキムキじゃないですか」

「んん~?……………………………………ん、話にならんな」

「ですよね」

「歩き方からしてブレブレじゃよ」

「へ?」

 

 

 ハーフプレートメイルとレザー系の防具を着た冒険者に対して、永嗣の評価は強くない、の一言であった。

 

 

「実践主義といえば強そうに見えるが、基礎もないのに下手に強くなってぶれているんじゃよ」

「でも、恩恵(ファルナ)は誰でも強くなれるって言いますよ?」

「それを喧嘩屋というんじゃよ」

「? 強いことには変わりないんじゃ…………?」

「そうさの…………お前さん、兵士と殴り合いをして勝てるか?」

「無理ですよ。相手は訓練してますから」

「じゃろう? じゃが、恩恵を得られれば立場は逆転する。そうじゃな?」

 

 

 その通りだ。恩恵の有無は越えられない壁のはずだ。

 

 

「そう聞いています。あの人達が弱いとは思えないですよ」

「もし兵士が恩恵を得たら?」

「それは………………」

「恩恵を受けたばかりなら、勝てる見込みはない。人と戦うことに慣れているからの」

 

 

 ある意味で暴論だが、すごく力の強いド素人がボクサーに一撃を当てられるか、ということだ。当たれば一撃、とは格好良く見えるがどんなに強い攻撃も当たらなければ赤子すら殺せない。しかし、達人やその道を修めんとする者たちは強い攻撃よりも如何に当てるかを突き詰める。

 

 虚を狙う。体制を崩す。速さで持って当てる。相手を恐れさせるように急所を狙う。殺意をぶつける。

 

 剣の道を生きているため、当てて斬り殺せれば問題はない。戦車の装甲であろうとそれを斬れる刃があり、そして斬り方さえ知っていれば力はそれほど必要ないのだ。虎を殴り殺した身で言うのはお門違いではあるが………。

 ぶっちゃけると、生涯をかけ、死後すら剣に捧げる自分と恩恵を得ただけで強い、無いものは弱いというのは我慢できないのだ。

 

 

「はっきりと言うとな? 剣に捧げたこの人生。その信念や誓いを恩恵(プレゼント)ごときで劣ると言われるのは――――実に不愉快極まる」

 

 

 あの山門の剣士(あこがれ)を穢されるようで、我慢などできるわけがない。妻を下卑た目で見た酔っぱらいに全力の殺気を浴びせるほどに我慢ならん。ああ、不愉快なり、不愉快なり。

 

 

「覚えておけ、小僧。喧嘩が通じるのは格下まで。同格以上には通じんぞ」

「はい!」

「よろしい」

 

 

 そう言って、二人は止まることなくその場を去っていった。

 ちらりと背後を伺う永嗣をベルは気付かなかったが、確かにそこには意思のある視線を向ける者が居たのだ。羽根帽子被った胡散臭い旅人風の得体の知れないナニカと付き従う女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――ははは、こっちに気づいているよ」

「ハデスヘッドに気づくなんて、本当に恩恵持ちではないのですか?!」

「面白すぎるな! これは楽しみだ!!」

「刺激しようとしないで下さい! 向かってこられたら、手加減なんてできませんよ」

「えぇー…………折角、面白そうなものも居たのに――――ま、今はいいか」

「今はってなんですか!?」

「今は、だよ。じゃ、また旅に出てくるからよろしく!」

「仕事は!?」

「あとは任せたよー」

「に、逃げられた……………………もう、イヤ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこもダメか」

「はぁ…………」

 

 ツテも無いのに世界で最も栄えているであろう場所に来て、一事成そうと息巻く。結果はこれである。

 門前払いであった。道化師の旗がたなびく城も、不遜にも太陽の意匠を施した館も。ならばと本当に手当たり次第に飛び込み、その全てが玉砕している。

 共通しているのは――

 

 

「すみません。僕のせいで」

「構わぬよ。儂は、お前さんの人となりを好ましく思っておる。奴らの目玉が石でできているのだろうて」

「……………それ、僕がひ弱そうって言われたことを否定してませんよね?」

「――――おお! 美味そうな林檎じゃぞっ」

「話をそらさないでくださ―――って、ホントに美味しそう!!?」

「女将! 二つくれ」

「あいよー」

 

 

 未だに外套で包んだ剣の束を持つ彼は林檎を買っていた。それを僕に投げ渡し、店主のおばさんと話し込んでいる。

 やっぱり、気を使わせていたみたいで、彼は少なくはない額を渡してどこか団員を募集しているようなファミリアの情報を買っていた。なんというか、僕にはそれが凄く手慣れているように見えた。

 

 

「―――あい、わかった。すまんの」

「こんだけ貰ったから気にしなくていいよ。結構、目立つ女神様だからね」

「ふぅむ……………女神、ねぇ」

「オラリオには神様がいっぱいいるのさ。他所はどうだか知らないけどね」

 

 

 それから一言、二言ほど言葉をかわして僕たちはあとにした。

 

 

「なんでも、童女のように小さくて、髪を二つに分け束ねた黒髪の女神が団員を募集しているらしい」

「女神様、ですか?」

「男でもええが……………儂らも男よ。女神のほうがやる気が違うじゃろ?」

 

 

 それはそうだ。可愛くて、綺麗で、美人な女神のほうがこう………………湧き上がる情熱(パトス)が違う。いや、決して神様に不埒なことを考えているわけではありませんよ? ホントダヨ?

 

 

「若いの」

「ほあああああ!!?」

「カッカッカッカ! 若いうちはそういうものじゃよ」

「シグレさんだって十分若いじゃないですか……………」

 

 

 村の長老みたいな喋り方をするこの人だが、それが妙に似合う。というか、長老よりも遥かに威厳がある。あの爺、立場を利用して若い女の子のお尻触ったりしていたからかな? うぅん……………処すべき?

 

 

「事情というものがあるのだよ。それより、件の女神を探せ。童女のくせに胸が大きくて、その下に紐があるらしいぞ」

「大っきい事はイイことです。夢がいっぱいだ…………………!」

「……………………女の前でそれは言うなよ。潰されるぞ」

「何を!?」

「男にとって大事なものよ」

「ヒェ…………!!」

 

 

 触れてはならぬモノがあるということだ。うむ。

 

 内股気味に歩くベルを伴い、二人はそれなりに人の多い―――先程の店のあった道よりは人通りが遥かに多く、元の世界に比べればまだまだというほどでしかない大通りについた。件の女神はここで声掛けをしていることが多いとのこと。

 早速、二人はその特徴に合いそうな人物――いや、神物(じんぶつ)だろうか、それを探す。

 

 人が多ければ、その人の数だけドラマがあるとは誰の言葉だろうか?

 金髪のおさげの少女がこちらを見ていて、それを仲間らしき者が引きずっていったり、どこか見覚えのある浅黒い白髪の男が細目の女にこき使われている。

 あるいは、物騒な匂いが路地裏から感じ取れたり、大きな杖を持った露出の激しい女が獣耳の碧色の少女と談話をしつつ冷やかしている。

 

 

「異世界、ここに極まれり、か」

「なにか言いました?」

「いや、独り言だ。そっちは見つかったかの」

「居ないですね。人混みに紛れているのでしょうか」

「童女、との話だからの。ガタイがいい者も多い。根気よく探すほかあるまい」

「ですよね」

 

 

 ベルは気づいていないようだが、永嗣は気づいていた。あの特徴的な連中は門でみた青髪と同様―――いや、遥か上を行く存在だ。金髪、白髪、路地裏、杖持ち、碧色………………………どれもが勝ち目が薄いと感じていた。

 異世界、まさしく常識が通じぬ世界。永嗣は今まさに痛感していた。

 

 ――ここでなら………………嵐の先を見れるか? 空の向こう………月すら届くか?

 

 燃え、滾るそれは彼らを刺激してしまったらしい。何人かはこちらを注視し少しでも手向かえば、即座に()られることを意味していた。

 少し、意外だったのは浅黒白髪男がこちらを見て驚いていたことだ。

 

 

「シグレさーん!」

「――――おぉう!? なんじゃい!?」

「もう見つけちゃいましたよ!! こっちです!!」

「今向かうぞ」

 

 

 目礼して、ベルの元へと向かう。連れは何があったと問い詰めているがそれを知ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルの後をついていけば、なるほど。まさしく―――

 

 

「デカいの」

「あ、はははは……………」

「いきなり失礼だね、君は!」

「いやいや、失敬失敬」

 

 

 見た目にそぐわぬその巨乳。見てみると、まぁ……………妻より小さいが背丈のせいか圧倒されかねないような感じがしてならない。

 女神と言うだけあり、確かに美人ある。されど、神というものをこの童女しか知らぬが勝手知ったる我が家に居るような安心感が感じられた。

 

 

「圧倒されしまった」

「ふふん。それはそうさ、僕は神だからね!!」

「威厳が足らん。出直してこい」

「叱られた!?」

 

 

 いや、しかし。女神というものはツインテールが流行っているのだろうか。あの冥界の女神もツインテールであったし…………。胸は比べるのもおこがましいわけだが。

 

 

「僕、そんなに威厳がないかい?」

「あー……………だ、大丈夫ですよ! 神様なのに変わりないですよ!」

「…………そうだよね! 神なのに変わりは――あれ? 否定されてない……………?」

「シグレさんも謝って下さい! 入団できないですよ!!」

「ちょっと? 今、否定しなかったよね? だよね?!」

「シグレさーん!」

「否定しておくれよ!!? 無視もしないで!!?」

 

 

 ともあれ、儂はこう言いたい。

 

 

「ところで、名前はなんというのかの」

「失礼な子供に教える理由なんて無いよ!」

「じゃ、儂らは別のとこに行くとするわい」

「ええ!?」

「ま、待ってぇ!? ヘスティア! (かまど)と慈愛の女神、ヘスティアだよぅ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ロリ巨乳は本当に実在したのだと。




 遅れましたが、投稿させていただきました。というか、お気に入り登録とか、前作よりも早い勢いで増えてますな…………………嬉しいねぇ(ガウ○ン風
 これからも最低でも週一スタイルで投稿いたしますのでよろしくお願いします。

 では、解説だコルァ!
 ああ、そうそう。人物解説の最後に一言入れてみようと思います。どうかな?



『時雨永嗣』
 爺故に案外短気だったりする。基本思考は物騒で、騒がれなければ殺してもいいというイカれた思考を持つ部分がある。
 剣の道を極めんとしていたがゆえに、根本的に恩恵というものに対して不快感を拭えないでいる。ロリ巨乳のヘスティアを見て、冥界の女神に憐憫を感じ得ない。
 「さ、寒気がするぞい?」

『ベル・クラネル』
 原作の主人公。白髪と紅色の瞳、兎のような印象を受ける少年。なよなよっとしているが現代の同世代と比べると確実に力は上。でも、知能は下である。
 恩恵の万能さを信じているが、嫌悪感を示す永嗣との関係を悪くはしたくないゆえに話を合わせている。それが彼なりの処世術―――身寄りのない子供が生きるための知恵である。
 「英雄になるぞー!」


『青髪の小人族』
 メガネを付けた少年のような見た目のギルド職員。永嗣をして、普通に斬るだけでは殺せないと称された。
 口は悪いが、性根から腐っているわけではない。案外、面倒見はいい方なのだがその悪態や投げかけられる罵倒に耐えきれないとやってられないらしい。招待はもちろん、アレですな。
 「書類を手伝え? スケジュール管理もできないやつがギルド職員? はっ! 随分と知能が低い奴らばかり居るようだなどれ貸してみろ―――誤字だらけだ。脱字だらけだ。大きさも揃っていないコレを俺に手伝えというのかふざけるなよ大体貴様は―――」


『恩恵と武術』
 恩恵とは神の加護を与え、その身体能力を格段に引き上げるもの。持つものと持たざるものはその差を決して埋められないとされる―――が、例外はいつだって存在する。
 武術は神が地上に降り立つ前まで盛んであったもの。神々によって、武術を修めるよりも恩恵のほうが手早く、確実に実感できるということになり完全に廃れている。


『神々』
 神界があまりにも暇すぎて、地上で死に物狂いで戦い、そして成長していく人々を見て降りてきた。完全無欠であるがゆえに、不変。そのため彼らは進化ということができない存在である。生命としては最早衰退と滅亡以外の未来が存在しない、哀れな種族である。


『大通りに居た連中』
 戦えば、ほぼ確実にこちらが負ける存在たち。そのうち一人はこちらを知っているようであった。
 「彼は…………」
 「まさか…………なぜ…………」


『ヘスティア』
 竈と慈愛と慈愛を司る女神。竈とは家庭の比喩表現でもあるため、家を守る神様であるといえる。
 特徴としては、子供のように低い身長と愛らしい顔、なによりその身長や顔に似合わない巨乳とソレを下から支えるように見に付けている紐である。それゆえに例の紐、ロリ巨乳と影で言われている。
 「なんなのさ、君は。僕、神様なんだぞぅ!」


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女神、兎、爺、家族になる

 活動報告にて、次回予告風のネタを展開中です。あと、この小説の神々の設定は捏造やらオリジナルがかなり含まれております。原作とは似て非なるものとお思いください。




 今回はあとがきがないよ! そして、次回はようやくのぉ………………!



H29/01/14 誤字を発見。修正いたしました


「まったくもう!」

 

 

 ぷりぷりと頬を膨らませて怒る童女こと、女神ヘスティアの後を追いていく永嗣とベル。

 ベルに至っては、神を怒らせてしまったと恨みがましそうな目で永嗣を伺い、当の本人はヘスティアをじっと見つめながら我関せずと歩く。

 当人が何を考えているのか? それはというと――

 

 

(なんというか…………痴女じゃな)

 

 

 ヘスティアの後ろ姿。神―――いや、女神とはこういうものなのか、彼女はその体格に似合わない豊満さを強調するようなドレスを着ている。前を歩く彼女がのしのしと歩けば、不相応なサイズの乳房の横が振り上げられる腕の隙間。つまりは腋のあたりから見えるのだ。

 正面から見ればド迫力の絵面が見えるかもしれない、ばるんばるんと揺れるソレを見て、何も頓着しないところを見るとどうしても痴女の類ではないかと思ってしまう。

 

 ただ、すれ違う人間は基本的に触らぬ神に祟りなしといったようで、彼女の揺れるソレを不埒な目で見てはいない。永嗣自身、妻によって一度ボロボロに―――徹底的に絞られているため、そのような邪なことは考えない。彼は妻である彼女を心から愛しているのだ。

 

 さらに、見た目が童女のようで、そちら方面の性癖がない彼は欲情などしない。肉付きのいい尻がふりふりと前を歩いていても、彼の息子は一切の反応すら見せない。代わりに、彼の隣を歩くこのムッツリ兎は揺れるソレとフリフリするアレを凝視し、赤面している。そんな兎を見て、若いなぁ、と100年以上前の青春時代に想いを馳せるのであった。

 簡単に言うと、この爺は枯れている。

 

 

(いくら暖かいとはいえ、そんなに背中を丸出しにしたら寒いじゃろ)

 

 

 もう一度言おう。この爺は枯れていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾ばくか歩き続けていくと、二人と一柱――この場合は三人のほうがいいのか? 兎角、彼らは裏通りを貫け、入り組む裏町を超えて一つの廃教会に辿り着いた。

 中に入れば案の定、汚れ放題の廃れ放題。というよりも屋根には穴が開いていて、教壇に差し込む光がなんとも幻想的のような気がしないでもないような………と、いうことだ。

 

 

「…………(唖然)」

「うぅむ……」

「こ、これでも最初よりは綺麗になったんだよ?!」

 

 

 これが? どっちかというと――――

 

 

「隅に瓦礫を置いただけではないかの?」

「神様って、フォークとナイフより重いものが持てないんだ」

「たわけぃ!!」

「ぴぎゃ!?」

 

 

 目をそらし、吹けてもいない口笛で場を濁そうとするヘスティアに永嗣の空手チョップが炸裂する。一応、神だからか手加減はしたようだ。猪の背骨をへし折れるぐらいの力で振るわれるはずのそれは、まるでマンガのタンコブのようなものをヘスティアの頭頂部に生み出しただけなのだから。

 

 

「ぶ、ぶったね? ウラノスにもぶたれたことないのに!」

「こっちのほうがええか? ん?」

「いえ結構です!―――――――この子ども、容赦がないよ……」

「ん?」

「ぴぃっ!?」

 

 

 別に叩き切るつもりではない、と彼は後言った。単に、自分のぐうたらさを認めず、居直ろうとするから腰に手が回っただけの事。決して、抜こうとはしていない。してはいないのだと、イイ笑顔で語ったという。

 冗談があまり通じなかったのか?

 否である。この瞬間、この二人と一柱――――――もう面倒だから三人にしよう。この三人の中のヒエラルキーが決まった瞬間でもあった。

 

 

「神とはいえ、女子じゃろう? 戸締りも碌に機能しておらん野ざらしみたいなここで、寝るのはいただけん」

「いや、神に対して不埒なことをする輩は居ないよ?」

「儂が叩いたのは?」

「神罰を与えるさ!」

「次は頬を叩くぞ」

「ごめんなさい」

 

 

 この時、永嗣は確信した。この女神は調子に乗るとつけあがるタイプの駄目な女だと。つまり、駄女神であるとッ! 生前、他人に礼儀礼節を重んじる武の道を教えていたのも(あだ)となった。主にヘスティアにとってだが。

 この駄女神の生活習慣を治さねばならない。心にそう誓ったのだ。

 

 

「でも、寝泊りはここじゃないよ」

「奥の居住区かの?」

「ふっふっふー。奥の居住区じゃないさ」

 

 

 そう不遜な笑い声とデカ乳を張りながら、彼女は教壇の後ろ。使い減らされた燭台と故の知らぬ女神の彫像が祀られた台座の飾りを押した。ゴゴゴ。と重い音を響かせ、台座が後ろへと下がっていき、そこには何度かいじくられたような痕跡を残す床板が現れた。ベルは地響きで舞い落ちら埃やら塵やらでせき込んでいるのはご愛敬。

 

 ヘスティアはここさ! と床板に偽装していた取っ手をはずし、引き上げた。ナイフとフォークより重いじゃろそれ、と思った恐れを知らぬ爺がいたとかいなかったとか。

 

 板が引き起こされると、石造りの階段が姿を見せた。暗く、差し込む光もその奥には届かぬようで地獄へ続いていそうな不気味さを醸し出す。ヘスティアは祭壇の上にあった燭台を掴み、どこからか取り出した火打ち石のようなもので火を点けた。

 

 

「さぁ、この下さ。秘密基地っぽくていいだろう?」

「か、隠れ家っぽくって素敵です!」

「童心をくすぐるのぉ」

 

 

 そうだろう、そうだろうとヘスティアを先頭に降りていく。次にベル、永嗣と続き、ヘスティアに隠し戸を閉めてくれと言われ、中程まで進んでいたのに戻って閉めに行く。意趣返しなのは明らかだ。

 だが、永嗣は珍しくどうとも言わなかった。彼も楽しんでいたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが僕の家―――つまり、ファミリアの本拠地(ホーム)さ!」

 

 

 じゃじゃーん! 変な効果音とともに、ヘスティアは生活臭溢れる自らの拠点。もしかしたら、三人の拠点になるかもしれないそこを紹介した。

 お世辞にも綺麗とはいえないが、それでも自分以外が生活しているその香りは、永嗣とベルを一抹の郷愁を思い出させた。

 永嗣は亡き妻が居たあの頃を。

 ベルは亡き祖父が居たあの頃を。

 自分以外の匂いがするということは、自分以外がそこに存在する。独りではないと実感できることなのだ。それに伊達に竈と慈愛の女神と言うだけのことはある。彼女の甘い香りは二人を包むように、心に潜む暗い部分に触ってみせたのだ。

 

 

「―――ええのぅ」

「本当ですね」

「そ、そうかい? そこまで喜んでもらえるのは嬉しいよ」

 

 

 もじもじと恥ずかしそうにするヘスティア。しかし、その表情には緊張感が漂っていた。

 

 

「そ、それでね! こんな狭くて、薄暗い、貧乏なファミリアなんだ」

「さよか」

「他に人は居ないんですか?」

「うん。ベル君が聞いていたとおり、僕はまだ眷属がいないんだ。すっごい零細で弱小なんだ」

 

 

 冒険者を夢見る者たちは豪華絢爛、あるいは有名所や明らかに強そうであったり美しい神のもとへ行きたがる。

 ヘスティアの誘いを受け、この隠し部屋まで来た者は一人もいない。皆、廃教会を見て理由をつけて去ってしまうのだ。だから彼女は怖い。この二人もそうではないかと。

 ベルは魂も綺麗で、無垢で穢れを知らない子だ。一目惚れと言ってもいい。

 永嗣は月のような冷たい印象を持つ魂をしている。でも、その中には極東にあるサクラという木々が包むように存在する。

 二人共、悪い子ではない。一人は地獄を知っている。二人は孤独を知っている。でも、愛を知っている。愛に守られている。

 だから決して、彼らは悪い子ではない。

 ――――だから………………………彼らには家族になって欲しいとヘスティアは神でありながら願ってしまう。

 

 

「貧乏で…………君たちが夢見るような………求める名声や生活ができるとはいえないんだ。でも……………でも、それでもよければ―――――僕の家族になってくれないかい?」

 

 

 ぎゅっと目をつむって、ヘスティアは自らの願いを伝えた。傲岸不遜。傲慢で、超越者で、完璧なる神にあるまじき嘆願(ねがい)。ここにあの神がいれば、ここぞとばかりにバカにしてくるだろうし、変な同情だって抱かせるだろう。それでもいい。彼らに出会ったのは、神界にいる本来の神々ですら好きにできない、運命のような気がしてならない。

 

 耳の痛くなるような沈黙が、ヘスティアの恐怖を煽る。失望しただろうか。叫べぬ怒りを我慢して震えているのだろうか。

 恐る恐る顔を上げると、二人は笑顔だった。

 

 

「もちろんですよ、神様。むしろ、ここに入りたいです。家族になりたいです」

「居心地がいいことは重要じゃて。ゆるりと休まる場所は、ここ以外じゃあ一つしか知らぬよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神とは完璧である。生まれた瞬間より、彼らは完成しており、己の司る権能を存分に使いこなせる。

 それ故に、彼らには成長というものが存在しない。生まれた時点―――意識を得た瞬間に彼らはすでに完璧だ。親はいない。父も母も祖父も祖母も居ない。友は居ても、家族は居ない。

 

 神々は下界を見ては、不完全で未熟で醜いニンゲンを嘲笑する。無駄ばかりだと。非効率的だと。惨めだと。

 短命な彼らを見て、永久を持つ神々はそう嘲笑う。

 

 そして気づく。完全無欠の我々が持たぬものをニンゲンは持っていると。完全(神々)ですら持たぬものを不完全(ニンゲン)が持っていると。

 

 だからこそ、彼らはファミリアを作る。ニンゲンが羨ましいから。家族という存在を味わいたいと願うから。神々は羨望し、嫉妬し、そして降り立ってきた。

 

 ヘスティアは運が良かった。何十年、何百年かけて得るような家族(うんめい)を彼女はたった数年で手に入れられた。これはまさしく、出会うべくして導かれた運命なのであった。



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女神、憂鬱になる

 今回はあとがきにステイタスが記載されいます。ですので、解説はなしです。

H29/01/17 誤字を発見しました。修正済みです。


 永嗣、ベル、ヘスティアの三人が家族になった日、彼らは永嗣の持っていた路銀で細やかな宴を開いた。

 決して贅沢とは言えない、友神のもとでのんべりだらりと生活していたころに出されていた物に比べれば雲泥の差ではある。でも、例え屋台で買ってきた端肉の串焼きも、じゃが丸も少し傷んでいる果物の全てが最高に思える。

 人はそれを達成感というのだ、と永嗣はヘスティアに言った。見た目はただのありふれたものだ。明日になれば、もっと美味しいものが食べたいと思う。だが、この瞬間に食べるものは生涯における至福の味わいだと。

 

 ともあれ、細やかな宴は歩き疲れに騒ぎ疲れて、そこそこのうちに終わった。ヘスティアを継ぎ接ぎのあるソファに寝かし、ベルは自分の分の毛布を敷布にして寝かしつけた。

 壁に寄りかかり、剣を包んでいた外套を被って眠りにつく。そのせいか、わずかな血の臭いが悪夢として永嗣を責め立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやる』

『のろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやるのろってやる』

『こわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやるこわしてやる』

 

 嗚呼、憎―――――

 

「喧しい。死んで当然の分際で、夢にまで出てくるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ん、………暗いの」

 

 永嗣は気怠そうに目を覚ました。若返ったとはいえ、ふかふかの布団の寝心地を忘れられるはずもない。そう、彼は布団が欲しかった。

 しかし、何時の間にやら灯りが切れている。昨晩の宴の際、ヘスティアから教わった魔石灯という元の世界では電球代わりの照明器具を点けようと試みる。

 しかし、点く気配はない。

 

 これは困ったと、刀を手繰り、何か燃える物でも持って来ようとすると、不意に明るくなった。誰か起きたのかと思うと、光に反射する白髪頭が見えた。

 

 

「おはようございます。早いですね」

「年じゃからの。お前さんも早いではないか」

「農民だったので、早く起きちゃうんです。世話って大変ですから」

「なるほど。まだ眠っていてもええぞ? 今日から冒険者になるのだからな」

「生活習慣を変えると調子が………でも、そうかぁ…………冒険者になれるのかぁ」

 

 

 うみゅみゅとなにやら可愛い寝言言うヘスティアに、ベルは思わず目を背けた。何故って、彼女が寝返りをうつとその神秘のチョモランマがばるんばるん揺れ、分身がフィーバーしてしまうからだ。ナニがフィーバーするって? 察するがよいぞ。

 

 改めて、ベルが魔石灯を使い方を教える。灯の底部のつまみをひねり、その横に付いているつまみで光量を調節するのだと。ガスバーナーに近しいものかと永嗣は思った。

 

 

「って、かんじです」

「すまんの。何分、こういうのは初めてでな。上まで行って松明でも拵えようと思ったほどだ」

「魔石灯は高価ですから。僕もオラリオに来る前の宿で初めて知ったぐらいです」

 

 

 この魔石、オラリオが迷宮都市と云われる所以(ゆえん)――――迷宮(ダンジョン)に潜む怪物(モンスター)から必ずとれるものを使用しているらしい。ダンジョン以外にもモンスターは生息するが、ダンジョン内のモンスターは段違いに強く、もし一番弱いであろうゴブリンが10匹ほどでも地上に漏れれば、恩恵持ちのいない村など瞬く間に壊滅してしまう。

 そして、過去―――というのは千年も前の話だが、神々が降臨する前に外にあふれ出ていたモンスターたちは、代を重ねるごとに弱くなっていった。一説では、ダンジョン内の栄養が強さの源であり、その強さにお応じて彼らの核―――魔石も大きく、高品質になっていくそうだ。ダンジョン外で生息するモンスターはその栄養が補給できず、親の魔石を食って繁殖している。

 

 

「であるから、こんなに栄えているのか」

「魔石は重要な資源だって、乗せてくれた商隊も言ってました。一緒にいた冒険者も、ダンジョンでモンスターを狩り、手に入れた魔石を換金して暮らしているそうですよ」

「情報収集はしていたのか。感心感心」

「いやぁ、向こうが教えてくれたんです。大きかったなー」

 

 

 …………………ああ。この純情な振る舞いと顔で女冒険者を誑かしたのか。

 実際は、単に体の大きな男で、ベルの尻を見ていただけである。

 

 

「じゃ、行くかの」

「どこへ?」

「素振りじゃよ」

 

 

 僕もついていきます。ベルは永嗣の後を追って、地下室を後にした。

 

 

 

 

 

「んんぅん……………あれ?……………あれ?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 売り払う予定だった剣を一本持ち、二人は廃墟となった礼拝堂の中で素振りをしていた。

 ベルの筋はなかなかによく、重い剣を持っても多少のふらつきはあれど、腰も足もしっかりとしていた。鍬や薪割の斧を振っていたからだろう。魔石で火も起こせるほど外には出回らないようだ。このように不便であることを考えると、昨日の冒険者たちも足腰ぐらいはしっかりとしたものだったのかもしれない。

 

 

「腋が開いたぞ。ちゃんと締めよ」

「はい!」

 

 

 上段から薪をたたき割るように振り下ろせと指導する。西洋の剣は金属甲冑などの発展により、切れ味よりも頑強さを重視して作られたものだ。中世になると、上質なものは90度曲げようとも元に戻るような代物まであったというがさてさて、どうなのやら。

 

 ひたすら振り上げ、振り下ろすの反復を続けていると指導してくれていた年寄り口調の若者、シグレ・エイジが構えを取った。ちらりとこちらを見ると、怒られるかと思ってまた素振りに戻ろうとしたが、こちらを見る目が見ていろと言っているようで、見ることに決めた。

 

 彼の持つ武器はカタナという片刃の反り返る剣だ。神様の友神タケミカヅチ様の故郷では一般的だというが、こちらではあんな細い剣で大丈夫なのだろうかと思ってしまう。

 刹那、振り上げていたカタナが何時の間にか振り下ろされていた。振り下ろすための挙動なんて見えない、気づいたら切っ先は地面の方に向いていたということに僕は驚きしかない。軽いから、というには僕の持つ剣は60セルチほど。彼の持つものは少なくとも90セルチ以上はある。重さで言えばほぼ同じぐらいだろう。

 

 

「まだ真似はできんよ。今のままではな」

 

 

 カタナを鞘に収め、ほら続きをやれ、と促してくる。恩恵がなくてもああいうことができる。じゃあ、恩恵を得られれば………………もっと強くなる。強くなれる!

 

 

「はい!」

「振り上げい!」

「はい!」

「振り下ろせぃ!」

「はい!」

「踏み込みつつ、その勢も乗せよ。もう一度じゃ」

「はいっ!」

 

 

 少しでも強くなるんだ。僕の夢をかなえるために―――――――ハーレムの英雄に…………!

 

 

「僕は成るんだぁあああ!!」

「邪念が出とるわっ!!」

「あべしっ!?」

 

 

 あ、お空が綺麗です、お爺ちゃん…………………………なんでか、雲が一直線に途切れているけど……………洗濯物を干したら太陽の匂いがしそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どごいっでだんだよぉおおおお!!」

「素振りをしに」

「ぅぉおおおおおおお…………………!」

 

 

 ヘスティア大号泣。地下に戻ろうとするとちょうどヘスティアが飛び出てきた。何やら焦燥とした表情に、すわ一大事か? と神妙な顔になる二人を見ると、文頭のとおりである。

 昨晩のことは夢―――というには無かったものがあるのに、誰もいない。不安になって上がってきたら出会い頭にベルの顎にクリーンヒットしたのだ。彼女の頭が。

 

 

「ぐずっ…………ずびっ………」

「約定は破らぬよ。そちらが破らぬ限りな。ほれ、顔を拭け」

「ありがとー――――これ、汚れてるよ?」

「んん?…………ああ、――――血じゃ」

「血まみれの布を渡すなぁああ!!?」

「コレしか無かったんじゃ。洗えば綺麗じゃぞ?」

「血を拭ったことは覆らない事実だよ!? そんなので顔拭きたい!?」

「戦地じゃと虫すら食った儂に、恐れるものなど余りない」

「戦地!? ……………………ごめん。辛いことを思い出させちゃったね」

「気にせずともええよ。随分と前のことじゃから」

 

 

 砂漠ではぐれて、蠍を食っただけじゃし。いやぁ…………………小便も飲みすぎると水気が無くなること無くなること。―――――惨めじゃったわい。血を飲んだら病気になるし……………己、身の程知らずのテロリストどもめ。

 

 永嗣がそんなことを考えているとはつゆ知らず、黙りこくる彼に嫌なことを思い出させてしまったと後悔しているヘスティア。痛みが引き、ようやく周囲に注意を向けられるようになったベルは状況がつかめない。

 目を閉じて何かを考える男と気まずそうな女神。どういう状況か?

 

 

「あの…………」

「あ、ああ。ベル君、ごめんね。顎は大丈夫?」

「まだ、じんじんしますが大丈夫です。その…………何が?」

「気にしなくていいよ。少し、僕が無遠慮だったんだ。時雨くん!!」

「おん?」

「朝ごはんにしよう。昨日の残りだけど、パンもあるからサンドイッチだ!」

 

 

 

 

 

 

 

「き、君は天才かい!?」

「美味しいですっ!!」

「ただのコロッケサンドじゃろう。どんだけ貧食なんじゃい」

 

 

 中濃もウスターもない、少し塩味を効かせた肉汁とじゃが丸をパンで挟んだだけの、コロッケサンドとは言えない代物。それが彼らには美味しかったらしい。

 

 

「はっ!?」

「追加か?」

「もう一個頂戴ッ、じゃなくて……………! コレを売ればボロ儲けできる………!!?」

「て、天才すぎますよ神様ッ」

「だろうベル君! 今度から肉入りじゃが丸に格上げさ!」

「肉ですね!」

「肉だよ!」

「……………………(白い眼差し」

 

 

 食生活から変えたほうがいいかもしれんなぁ…………………はぁ………………。

 爺、夢を見るには少し年をとりすぎた生き物である。だが、空気は読めるのだ。年季故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そこで上を脱いで」

「上だけか?」

「うん。お待ちかねの恩恵さ」

 

 

 ヘスティアはそう言うと、シックなデザインの木箱を棚の引き戸から取り出した。ぱかりと開けると、丸まった紙のようなものと突き立った針が見えた。

 

 

「――――墨なら遠慮したいんじゃが…………」

「墨? …………ああ、タトゥーじゃないよ。これはね」

 

 

 ヘスティアはおもむろに、その決して小さくはない針に、己の人差し指の腹を突き刺した。ぽたりと血の雫が垂れるほど深さである。思わず、眉間に皺がよってしまう永嗣に、彼女はこう告げた。

 

 

「恩恵は僕達、神々の血を眷属の背中に垂らすことで与えられるんだ。別にお腹でもいいんだけど、この恩恵は冒険者の能力をすべて記述しているんだよ」

「能力を知られないためにか」

「そうだね。あとは………………まぁ、あってほしくはないことだけど、背中はモンスターにやられてしまっても残っている可能性が比較的高いから…………」

「―――――あい、気をつけよう」

「そうしてね。君たちがそうなってしまったら、僕は悲しみのあまり神界に還っちゃうよ」

 

 

 しんみりとしてしまうが、ヘスティアは気を取り直して、寝そべる永嗣の背中に神の血(イコル)を落とした。

 傷だらけで、刺されたり、斬られたりしたような傷が多い。傷のない場所など殆ど無い背中だ。それだけ、この子どもが苦難の道を歩いてきたと思うと胸が張り裂けそうである。でも、自分にそんなことを思う資格があるのかと思ってしまう。

 自分はこれから、彼をダンジョンという平和とは縁遠い場所に送るのだ。恩恵を与える代わりに我々を養えという建前に隠れた――――神々の遊戯(暇つぶし)に…………………。

 

 

「常在戦場ぞ、気にするな」

「………………そうかい? 本人が決めたことを心配するのは……………いけないことかな…………?」

「男はいつだって、荒野を目指すものじゃ。女はそんな男共の還ってくる場所、灯台のようにここに居るとすればええ」

「自分勝手なんだね」

「応ともさ。還る場所があるなら、どこまでだって駆け抜ける。お前さんは受け止めてやればいい。(かてい)と慈愛の女神なんじゃろ?」

「―――そっか…………そうだね!」

「左様。じゃあ、ぱぱっと終わらせてくれ」

「任された!――――――ほあ!?」

 

 

 話している間にステイタスが浮き出たのであろう。神の血は波打つように浸透し、そしてまた波打つように眷属のステータスを記していく。神はその間に、羊皮紙を用意して、背中に押し付けるのだ。これが一番効率的なのだが、動かすと擦れてしまい、読めなくなることを嫌う眷属のため、書き写すことを行う神もいる。

 

 ヘスティアは永嗣のステイタスを羊皮紙に転写しようとした。冒険者になったばかりの眷属は、皆、0から始まるのである。スキルもアビリティも発現する事は滅多になく、例外としてエルフや狐人族(ルナール)のような魔法の素養を持つ種族ぐらいなものだ。

 

 だが、その一般的な前提が崩されている。目の前にいる年寄りめいた口調の青年は――――

 

 

「ちょっと待ってね…………………んしょっと、はい。出来たよ!」

「どれどれ………………見事に0じゃの。このIみたいなものは?」

「ランクさ。100を超えるごとに一つ上がるんだ。0~100まではIランクだけど、101~200はHランクみたいにね。Sランクも存在するけど、それは迷宮英雄譚に出るような英雄しか確認されてないね―――現状(いま)は」

「むぅ……………儂の百余年の鍛錬は無駄だったのかの」

「百なんだって?」

「独り言じゃよ。儂はベルを呼んでくるわい」

 

 

 どこか哀しそうに服を着て上がっていく彼に、ヘスティアは内心でごめんを謝る。

 

 

(……………君のためだよ、時雨君。これは………………あまりに規格外すぎる)

 

 

 恩恵を与えた最初の眷属。神威(アルカナム)を使った覚えはない。でも、浮き出た彼のステータスはあまりにも異常過ぎた。

 

 

「―――――君の主神として、僕は絶対に守ってみせるよ。絶対に………」

 

 

 これから巻き起こされるであろう前代未聞の冒険者の登場に、他の神々(ひまじん)どもがどう出るか。それを考えると憂鬱になりそうなヘスティアであった。

 後日、もう一人の眷属にも同じことが起きるのだが、彼女はそれをまだ知らない。




時雨永嗣(シグレ・エイジ)

種族:半英霊

Lv:1

力:F=469

耐久:B=802

器用:S+=1171

敏捷:S++=1309

魔力:=

《魔法》
【】


《スキル》

【狂気】
 精神系状態異常の完全無効化。
 若かりし頃に見た憧憬とその後の地獄で付加された呪い染みたもの。己が壊れてもなお、それを止めることは出来ぬ修行僧の一面と、許しを乞う相手に一切の情け容赦をかけない悪鬼羅刹のごとき振る舞いの源。
 数々の殺害は、殺したほうが禍根を絶てるという経験則からくるもの。ゆえに容赦という言葉は敵に対して存在しない。
 また、その側面はも妄執とも言えるほどの感情であり、実質的には軽度の混乱状態ともいえる。


【明鏡止水】
 敏捷と器用に大幅なステイタス補正。
 明鏡を得、止水に至った者を指す言葉。真に明鏡止水に至ったものは人類史においてただ一人、ブッダのみである。ここでの明鏡止水は、剣に関してのもの。その純粋さと研鑽により、剣士として究極の一つに至った。本来であれば精神耐性も向上するが、上記の狂気によって打ち消されている。


【天性の肉体】
 ステイタス上昇補正、耐久の大幅補正、回復力の向上。
 古い英雄などが保有していたスキル。例え何をしていなくても、生物として最高の身体能力を誇る状態を保つ。
 このスキルの最高峰はヘラクレスである。神秘の濃い時代、あるいは英雄の家系に発現しやすいが現代でも発現する可能性はある。日本史でいえば、本多忠勝。近代史では舩坂弘など。ただし、近代においてこのスキルは常人を大きく超えた身体能力程度のものであり、神代のものとは同一とは思えないぐらいに劣化している。


【華鳥風月】
 経験値に対して上昇補正。その信念を曲げるか、次代を見つけた場合にのみこのスキルは消える。
 かつての憧憬、誓い、遺志のもとに刻まれたもの。
 『華を見て剣の在り方を知り、鳥を墜として業を知り、風を裂いて空を知り、月へと至る』
 剣士の極位にあり、これに至るものは未だかつて存在しない。連綿と受け継がれる遺志そのものであり、先代の雅な剣士は鳥まで至り、当代の剣士は嵐を切り裂いた。


【冥界の加護】
 死後、加護を与えた神のもとに還る。その期間は死ぬその時まで。


【     】
 識別不能。詳細不明。


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爺と兎、迷宮へ行く




 多数の応援ありがとうございます。そのお言葉が私の力になるぅううう!



 気づいたらお気に入りが500を突破………………前回のを容易く超えただと?―――――マジかよ…………!!


 

 

 

「いってらっしゃい。気をつけるんだよ?」

「様子見だけじゃよ」

「その前にギルドで登録ですよ」

「そうじゃったな」

 

 

 初めての家族たちが、迷宮(ダンジョン)へと向かうのを見送るヘスティア。二人が意気揚々とファミリアに所属していることを登録するため、恩恵を刻んだ後にギルドへ向かうようにと言い含めた。

 迷宮はギルドが管理している。そこでギルドのアドバイザー、つまりは自分たちの担当をつけてもらい、彼らのアドバイスに従ってどれだけ攻略するのか、どれぐらいなら潜れるのかを判断していくのだ。そして、ギルドに登録することで正式な身分証明を得るのである。

 

 この身分証明はどちらかと言えば、徴税のためのものだ。ファミリアには等級があり、規模と所属する団員のレベルに合わせて納税額が上昇する。もちろん、徴税だけでなく駆け出しの冒険者やファミリアが大手によって不当な扱い、例えばモンスターがドロップした素材を安値で買い叩かれないように、一定の基準額でもって買い取るなど、サポートするためにも必要だ。

 

 ただ、ヘスティアは知らないが、ギルドは意図的に冒険者の情報を集約し、オラリオ内の勢力図を変えないように暗躍している。かつての悲劇を繰り返さないためにも、小を切り捨てて大を取る。

 正義の味方と必要悪のどちらをギルドが選んだのか? 聡い神々は知っていた。彼らはオラリオの秩序のために犠牲になったのだ。

 

 

「――――よしっ! バイトまで時間があるね」

 

 

 袖など無いが、袖をまくるように彼女は瓦礫の山へと――――近づかなかった。

 

 

「二度寝だ!」

 

 

 そのまま地下室へと降りていったのである。もちろん、バイトには遅刻したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオの中心地に、その白亜の巨塔は存在する。

 千年前、まだ神々が地上へ降り立つ前のこと。人々は迷宮―――とは呼べない、地に大きく口開く地獄の底から湧き出るモンスターたちを食い止めるべく、この街の周辺に大小様々な砦を構築し、ついにはモンスターを迷宮へと押し込むことに成功した。

 

 当時の戦士たち―――――現在では英雄と呼ばれるものたちは地獄の入口を塞ぎ、そこを最前線基地として城塞を建築して世界の最終防衛ラインにしようとした。手始めに、迷宮を封じたという功績のを知らしめるため、もう一つは陥落した際にどこからでも見えるようにと天まで届く塔の建設を始めた。その時、モンスターが封印を破って地表へと大侵攻を開始。世界の終わりかと思われたとき、神々が降臨し、建設途中の塔もろとも、モンスターたちを撃滅した。

 

 神々はそれまで勇敢に戦った功績を讃え、神々の力を結集し、白亜の巨塔を創造。迷宮を塞ぐように塔は君臨し、神々は戦士たちに休息を与えた。

 時は流れ、戦士たちが寿命を迎えると神々はモンスターの脅威から子どもたちを守るべく、己の力を封じて、数多くが降臨。子どもたちを眷属として迎え入れ、恩恵を与え、モンスターの脅威から世界を守れと使命を与えたのである――――

 

 

「――――――――どこの宗教勧誘じゃ、これ?」

「神様って凄いんですね!」

「ええぇ………………?」

 

 

 コミック形式になっているパンフレットを流し読みし、素直に抱いた感想を吐露するが、ベルは純粋なのか、これについては猜疑心を抱かなかった。

 ヘスティアやベルに聞いた話とあまりにも違いすぎたものだ。暇だから降臨した当人らが断言しているというのに、かつての英雄たちの生き様に報いを与えるべく降り立ったなど、正反対すぎる。

 

 見栄を張って、鼻っ柱が富士山の高さぐらいにまで伸びているのではないか? パンフレットを棚に戻すと、ガタイのイイ、大の男が少年のような瞳でソレを見ているのを見てしまい、永嗣は思わず目を背けてしまう。コレは黒歴史になるだろうな、と男を憐れむ。

 

 そも、ギルドの中から外を見れば、なるほど。ヘスティアに似た雰囲気を持つ連中がカフェテリアらしきところでこちらを覗いている。なるほどなるほど。ああやって、バカにしているのか……………我々(ニンゲン)を。なんとも性格の悪いことである。

 

 

「ベル、そろそろ行くぞ」

「あ、はい! これ、貰っていこう………!」

「……………お前さんが良ければ構わんが……………お爺ちゃんはやめたほうがいいと思うな」

 

 

 最後の方は聞こえなかったようで、彼は背負っていたバッグにパンフレットをしまってしまった。………………この世界って、活版印刷とか製紙技術とか確固としたものがあるんじゃろうか? 無ければ、法外な値段を請求されそうじゃが――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは返却してくださいね」

「……………………はい」

「やっぱり」

 

 

 ギルドの受付、冒険者の担当。学のない冒険者が多いこの界隈で生きる彼らは、冒険者がやりそうなことを熟知している。ベルがパンフレットを持っていこうとしたのを見ていたのだ。

 受付の第一声に、バッグにしまったパンフレットを返却してくださいと彼女は笑顔で言う。泣く泣く手渡すベルに彼女は表情一つ変えず――――でなく、微笑ましいものを見るように困った笑顔をしていた。

 

 

「はい、確認しました。ようこそギルド本部へ。私はマタ・ハリ、ギルドの受付が専門よ」

 

 

 マタ・ハリと名乗る女性は、他の職員とは服装がだいぶ違っていた。肩は丸出し、胸元も丸見え。魅惑の鎖骨は男を寄せ付ける生き餌なり。

 彼女の豊満な胸は、動くたびにぷるんぷるんと揺れ、男たちの鼻の下を伸ばさせる。そんなことに慣れている彼女は、些かも動じない永嗣にあらあらと興味を覚える。

 

 こちらを獲物として観察する瞳。なるほど、彼がアンデルセンの言っていたイレギュラーか。

 警戒したのを感じ取ったか、彼は少し肩幅に足を開き始めている。ゆえあれば、斬り殺しにかかるだろう。

 

 

「うふふふ。私はギルドの職員よ。敵じゃないわ?」

「今は、じゃろ?」

「うふふふ…………………冒険者登録に来たのかしら?」

「はい! マタ・ハリさん!!」

「元気が良くていいわね。じゃあ、この模様の受付に行ってね。そこに居る子が貴方の担当(アドバイザー)よ。いい子だから安心してね」

「はい!」

 

 

 威勢のいい返事を残し、ベルは担当となる職員の元へ向かった。残るは永嗣とマタ・ハリのみ。ニコニコと微笑みを消さない彼女を警戒し、目を離そうとしない永嗣。

 

 

「そんなに見つめられると恥ずかしいわ」

「いやいや。昔、それで殺されかけたことがあってのぉ……………………人は見た目によらんじゃろう?」

「ふふっ………………大丈夫よ。今はしないわ」

「さようか」

「さようよ。それと、時間ができたらこの場所に行くといいわ」

 

 

 紙切れを渡されると、周囲から殺気が漏れ出してきた。お家に遊びにこない? なんて言われたと思っている節穴共だろう。この女にそんなことができるものか。

 

 

「いずれ必要になるわ。その時が来ても後悔しないようにね」

「恐ろしいのぉ。地獄への切符か?」

「貴方次第よ。じゃ、あの青髪のこのところでお願いね。彼が貴方の担当よ」

「…………………こうも機会が来るとは幸先が良い」

「そんなことしちゃ、めっ!」

 

 

 子どもを叱るように叱られたせいで、さらに殺気が強くなってきた。ほんと、七面倒臭い連中じゃわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不幸だな! 仕事が来てうんざりだ!!」

「そっくりそのまま返してやろう。で、辞世の句は終わりか?」

「辞世の句だと? 作家のそれをタダで聞けると思っているのか、この馬鹿め!!」

「………………………………さっさと手続きをせい」

「せっかちな男だな。早漏か? 早漏なのか!!? だがいい。俺もさっさと終わらせたいからな! じゃあ、こいつに名前と所属、レベルを書いておけ」

 

 

 耐え難きを耐えて、ペンを取る。元の世界で使っていたものと比べれば、格段に落ちる品質のそれに名前を書いていく。今更ながら言葉と文字がわかるのはなぜだろうか思うのだが、これも冥界の女神の力なのだろうか?

 

 

「―――――――字も書けるか」

「ん?」

「なんでもない。お前はどうしてここに来たんだ?」

「言う理由があるかの?」

「言わなければ冒険者として登録しない。モグリは辛いぞー……………買い叩かれるわ、指名手配されるわでな」

「………………………はぁ……………ちょいと頼まれてな。英雄に成れと言われてる」

「はっ! 随分と酔狂だな。英雄に憧れでもしたか? それともわかった上で望むのか? だったら気違いだな、お前は!」

「否定はせんよ。気でも触れて無ければ、この道を選ばぬわ」

 

 

 そう吐き捨てると、青髪は黙った。何か思うところがあるのか、それとも次の罵声を浴びせるべく練りに練っているのか。兎にも角にも、こいつとは長居したくない。

 

 

「マタ・ハリから紙は渡されているな?」

「関係ないじゃろ」

「関係あるのだ、馬鹿め! 必ずそこに行け。そして見ろ。知れ。聞け。それでも()くと決めたなら………………止めはしない」

「………………盛大なドッキリじゃないだろうな?」

「そんな暇があるなら、欲しいものだ。こっちは使いっ走りにされて休暇なしだ! 糞ッ! ロイマン!! 俺は休暇を要求するぞ!! 有給だ! 賃金は三倍でなければ辞めてやる!!」

『黙って仕事せんか、アンデルセンッ!!』

「気安く呼ぶんじゃあない!! 全く、こんな幼気な男子を働かせるとは労働基準法に違反しているとは思わないか?ああ、思わないか! このワーカーホリックめ!!」

 

 

 ……………………聞いたことがある単語がどんどん出てくるわけじゃが、こやつも同じ場所から来たのか?

 

 黒い瘴気を吐き出し始める――端からは見えないが、近づきたいとは思わないその様子に引いていると据わった目でこちらを睨みつけてきた。手元の紙に指差し、ペンが止まっていると催促してくる。

 止めたのはお前さんだろう、と言い返したいがさっさと離れてしまいたい。迷宮に早く潜ってみたいのも事実だ。どんなに歳を重ねようとも、未知というものに興味が湧いてしまうのは男の性だ。

 

 必要最低限のことだけ書き、アンデルセンと呼ばれている青髪に渡す。手に持って、それを確認している姿を見ると、見た目と中身が随分と違うような齟齬を感じてしまう。

 

 

「必要なものだけのようだな。つまらん。これでは何のネタにもなりはしないじゃあないか」

「お前さんにネタをくれてやる由縁など無いわ」

「別に構わん。構わんから寄越せ」

「これで十分じゃろ? 早う、迷宮に行きたいのじゃが………………」

「急な場面変更ほど、作家の腕を疑うものはない。だが、ソレを指摘するのは疑う以上に面倒くさいッ! 行っていいぞ。あと、俺はお前の連れの担当のように一から十まで迷宮についてレクチャーする気はない。無謀をするほどの馬鹿でもなかろう」

「……………………褒め言葉として受け取っておこう。では、行ってくるかの」

「紙の場所には必ず行け。それと、迷宮のことが知りたいなら神酒(ソーマ)を持って来い。話してやる」

「あいあい」

 

 

 ベルも終わっていたらしく、そわそわとしながらこちらを見ていた。早く潜りたいと急かしているようで、それがエサをねだる小動物や子どものようでギルド内にいる冒険者、職員問わず女性が可愛いものを見るように綻んでいる。――――形容しがたい化物みたいな大女もいるが、永嗣をガン見しているのだが本人はその視線にマタ・ハリやアンデルセン以上に警戒している。

 だが、この大女も斬るには手間がかかりそうだと思うほどに面倒くさかった。

 

 

「待たせた。では、行こうか(気持ち悪いのぉ。妻の爺さんみたいな気持ち悪さじゃわい)」

「ようやくですね。楽しみです!」

「迷宮初挑戦だというのを忘れるでない。二人一組で死角を減らすぞ」

「わっかりましたー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、いざ行かん! と意気込んでいるとマタ・ハリから新人用に支給される装備一式を渡された。もちろん有料であり、モンスターの落とす魔石やドロップ品の換金時に天引きされて返済するという方式らしい。田舎から出てきたり、心機一転で来るような者も多いからだろう。そういう連中は真っ当な装備など所有しておらず、死なれると面倒だからだとのこと。

 それは建前であり、マタ・ハリ曰く、現ギルド長が命を無益にさせてはならないといった考えらしく、多少の金をかけてでも守り、生き延びて魔石を稼ぐようになれば最終的にはプラスとなる。所謂ツンデレというものだろうか?

 

 

 迷宮の入り口は、巨塔ことバベルの真下にある。あのパンフレットや伝え聞いた話のとおり、蓋をする意味があり、戦略的には出現場所を絞ることで火力を集中させやすくしているのだろう。

 しかし、巨大な扉や鉄格子があるわけではない。見張所もない。モンスターが地上に出てくることはないのだろうか?

 

 

「随分と降るな」

「うわ、高いなあ。そこが殆ど見えませんよ」

 

 

 僅かな灯りは見えるが、それも朧げと言うほか無い。二重の螺旋階段が壁面にくっつくようにしてあり、一定の間隔で搬入用のエレベーターらしきものが通る機構が見え隠れする。

 こんな世界にもあるのかと感心していると、ベルが何なのかと言うようにこちらに話しかけてきた。

 

 

「アレってなんですかね?」

「昇降機………………言うなれば、エレベーターじゃな」

「えれべーたー?」

「上下する装置じゃよ。人力でなく、何を動力にしているのかは……………おそらく魔石じゃろうな。何かしら重いものを運んだりするのに重宝する」

「へぇ………………物知りですね。凄いや」

「別段、物珍しいものではないからの。似たようなものがあったというだけじゃわい」

「あんなのが珍しくない…………(あれ? じゃあ、なんで魔石灯の使い方がわからなかったんだろう………?)」

 

 

 長い階段を降りていくとようやく底にたどり着いた。

 迷宮から出てくる連中もおり、彼らは降りてきた階段と反対の階段から登っていく。上下で分かれているようだ。これは覚えて置かなければならない。

 

 

「ベル、戻りは向こう階段じゃぞ? 忘れるな」

「赤い方ですね。行きは……………緑ですか」

「よく見ると、壁にも書いてあるな」

 

 

 潜る前に最後の確認をするため、二人は入り口から若干離れた位置に待機した。

 常に二人で行動すること。荷物持ちは永嗣が行い、ベルは戦闘を重視すること。深追い厳禁、人が来たら警戒すること。

 

 

「行くぞ」

「初挑戦、行きます!」

 






 ついに登場しはじめました、サーヴァントたち。Fateは一部とタグについているな? アレは嘘だ!今後もいっぱい出てくるよ!
 では、解説に行きます。今回は前々回と前回の分もあるから長いよっ!


(デウスデア)
 あるいは超越者とも呼ばれる存在。ニンゲンよりも高次元の存在らしく、その力は容易く地表すべてを焼き払うだけの力を行使できるという。ただし、地上に降り立つ際にその殆どを封じなければ降臨できないという制約(ルール)が存在する。
 なお、不老不死であるらしく殺すことができないとのこと。死ぬような負傷を負った場合、一瞬で再生し神界に送還される。また、例外を除いて力を行使した場合も送還される。
 殆どの神は碌でもない存在であることを忘れてはならない。

『廃教会』
 何を祀っていたのかわからないほどに廃れてしまった教会。所有者はヘファイストスファミリアのものだったが、現在はヘスティアに権利が譲渡されている。
 かつてはそれなりに大きかったらしく、礼拝部分はちょっとした武道場ぐらいの広さがある。
 隠された地下室が存在し、そこが居住区となっている。教会の奥の部分にも居住区らしきものは存在するが荒れ放題のため使用されていない。原作では壁の一部が隠し扉になっていたが、拙作では祭壇が動いて隠し階段が登場する。

『時雨永嗣』
 ヘスティアファミリアに入団した爺だった青年。
 ステイタスからスキルまで、規格外の存在であるため、ヘスティアの胃を現在進行形で責め続ける。
 気が狂っていても孤独は堪えるらしく、ヘスティアやベルには心を許している。ベルについては、やんちゃなひ孫を見ているような感覚である。
 「嫁の膝枕には敵わんがな」


『ベル・クラネル』
 ヘスティアファミリアに入団した少年。
 現在のステイタスは通常の冒険者と変わらないが、後々、ヘスティアの胃にコークスクリューブローをねじ込むことになる。
 永嗣との鍛錬は。恩恵至上主義への楔となった。
 「頑張ってついていくぞ!」

『ヘスティア』
 友神はおれど、家族というものを知らない。これは多くの神々に言えることである。
 家族に飢えていたとも言え、彼女は数多の神々でも手に入れた者が少ない家族を手に入れた。彼女がとっつきやすい―――言うなれば、純真な神でもあったことが幸いした。
 迎え入れた二人の家族が彼女の胃痛の原因になることを、彼女は知らない。
 「胃、胃が痛いッ……………!!」

『怨嗟の言葉たち』
 あえて言うなら、永嗣らがかつて行った行動による犠牲者たち。ただし、永嗣も含め行った関係者は当然の報いであると断じている。

『迷宫都市オラリオ』
 別名、魔石の都とも呼ばれる。迷宮から産出される魔石により、国家レベルの経済力を誇る反面、外敵が多く、様々な国が狙っている。
 魔石の恩恵により魔石技術が発達している。

迷宮(ダンジョン)
 オラリオが世界一と言われる由縁。ここにしか存在せず、この大穴とも呼べる場所からモンスターが生まれている。
 また、迷宮内には希少な鉱石が多く存在し、それで制作される装備はどれもが一級品である。

恩恵(ファルナ)
 神々が地上で行使できる数少ない力の一つ。自らの血を媒体に、眷属に力を授けることができる。これを持つ持たないでその力は段違いのものがあり、ごく一部の例外を除いて、この差は覆されることはない。
 授けるときは所属するファミリアの主神の血を背中に垂らすことで発現する。
 また、この恩恵は更新するときも同様の手順だが、緊急時は神が直接書き記すことも可能。通常は浮き出てくるものである。その際に紙を押し付けることで版画のよう写せる。

『ステイタスランク』
 AとSランクを除いて1~100で計算される。Iは1~100まで。Hは101~200までというようになっているが、Aだけは901~999までとなる。1000以上からSとなり同様の進数でもって+表記される。三つ付くとS2となり、次にS3。その上がSSとなる。
 歴史上、S2に到達した子どもは存在しない。基本的に、一定値までステイタスが上がるとレベルアップの条件が揃い、偉業を成すことでレベルアップするという。

神威(アルカナム)
 神々が持つ、神たらん力の総称。制約で封じられているが任意で解くことが可能。
 威嚇程度でも子どもたちをひれ伏せさせることが可能。だが、これはグレーゾーンであり、迂闊な仕様は強制送還の対象となる。

『ギルド』
 千年前に地上に降り立った神々の一人、ウラノスを主神とする冒険者のための互助組織。対外対内の折衝を行うほか、冒険者の持ってくる魔石を適正価格で買い取ってくれる。コネのない冒険者やファミリアのために、価格の算出は厳格に行われる。
 また、職員すべてが恩恵を刻まれていない。これはギルドは絶対的中立であるという方針のためである。ただし、完全な中立というわけではなく、オラリオという世界を維持するためには黒いことすら辞さない。

『マタ・ハリ』
 FGOより、皆さんお待ちかねのお姉さん。踊り子のような格好をしているのだが、ギルドに所属する彼女は方を丸出しにした制服を着ている。
 ギルドに所属するのは何かしらの使命があるからだそうだが…………?詳しい経歴はTYPE-MOONwikiにて。
 永嗣からすると、信用ならない女であり、隙きを見せれば危ない相手としか思われていない。ただし、マタ・ハリ本人は彼の誠実さを見抜いているらしく、ちょっとしたお気に入りである。
 「うふふふ。たまに豊穣の女神で踊っているからよろしくね♪」

『アンデルセン』
 同じくFateシリーズより参戦。本名は「ハンス・クリスチャン・アンデルセン」で、かの有名な人魚姫やマッチ売りの少女など著した作家。
 子どもの姿故、小人族と間違われるが普通の人族である。詳細はマタ・ハリ同様にて。
 人を見る目は確かであり、僅かな質問や声色、仕草から夢に向かって全力を尽くし続けた永嗣を気に入っている。彼はそんな人間(そんざい)を決して馬鹿にはしない。
 「あの紅茶と同じ匂いがするな」


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爺と兎、初めてのダ・ン・ジ・ョ・ン(はぁと



 今回は捏造設定が多数出ます。ここ、かみ合わないのでは? という点を見つけた方はお知らせください。


 ダンジョンの入り口から歩いてほんの僅かな位置。おおよそ、歩いて2~3分ほどの距離だろう。奥へ奥へと進もうとする他派閥の連中を横目に二人は堅実に進めることとしていた。

 提案したのはもちろん、爺のような口調の青年、永嗣であり、兎のような見た目の白髪頭、ベルはどんどん進みましょうと主張した。それを一蹴し、極々浅い部分でモンスターを調べることにしたのである。

 

 ―――(酒場)で多少のことは聞いたが、実際は違うといった事が多々ある。

 

 予想外の強敵が出現し全滅した。上層付近(1~3層目)では滅多にありえないことだが、無いことでもない。

 ギルドで聞いた上層付近での出現モンスターはコボルド、ゴブリン、ラット、ウルフの4種。ウルフについては3層目付近からのモンスターだが、上の階層に上ってくることもある。その動きは俊敏であり、名前こそウルフだが、地上で生息する種とは段違い顎力をもち、生半可な革鎧など噛みちぎるぐらいの力を持つのだが、本当の恐ろしさは必ず集団で行動している点だ。

 

 迷宮の表層部では、意図的なものでない限りはモンスターが3匹以上の集団になることはない。3階層から集団化が始まり、本格的な多種の大集団になるのは10階層以降から。

 しかし、ウルフに至っては10匹以上の集団で行動する。一体一体は顎力に気をつければ雑魚でしか無い。金属鎧を貫通するほどの鋭さはないが、集団化することで貪られるようにして食いちぎりに来る。迂闊に進むのは馬鹿のすることで、多少なりとも連携を煮詰めるため、何時でも撤退できる位置で連携訓練を行うのが、大手ファミリアの基本方針である。

 

 二人は、大手と同じ方針に行き着いていたのだ。伊達に戦争帰りの爺が居るわけではない。

 ――――実は、大手とは一部違う部分があるのだが………。

 

 

「他の冒険者が戦っている相手には手を出してはならんのか」

「横槍はダメだって、エイナさんが言ってました。決まり事でもないそうですけど、暗黙のルールだて…………」

「ふむ……………………面倒が起きるよりはええか」

 

 

 ――――とはいえ、あまり出てこないの。

 もっとわんさか出てくるかと思っていたがこれでは拍子抜けだと、永嗣は思った。雪崩のごとく攻め入り、雲霞の如く湧くのかと思っていたが想定よりも遥かに少ない。これでは稼ぎが無い。

 

 

「もう少し奥に行こうか」

「モンスター、来ませんしね」

 

 

 人通りが多いということは、現れた先から狩られていくということで、実入りは少ない。もっと稼ぎたいなら奥へ行け、と迷宮が誘っているとも言えよう。

 大手はその点も考え、1階層ではなく、2階層あたりで陣取り、回復薬(ポーション)を持ち込んでの狩りを行う。二人はそんなものは持ってきていない。そもそも、些細な宴で金はあまりなく、持ってきた剣のたぐいはヘスティアのツテで売り払うことになっている。信用できる友神に売るというので、気にはしていない。

 

 注意は払いつつ、戦いかたを教えていると待望の瞬間が来た。

 ぴきぴき、ばきばきと堅いものを割るような音が二人の前後に発生した。出処を睨むと、緑色の肌をした子供程度の大きさのゴブリンと犬を二足歩行にしたコボルドが現れた。

 

 

「体躯の大きい犬顔は儂が殺る。お前はゴブリンじゃ」

「後ろは任せます!」

「任された」

 

 

 結果は言うまでもなく、瞬殺であったと言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コボルドを一太刀で斬り捨て、ベルの戦いを観察すること数十秒。一対一で対峙するモンスターに、初めは恐怖心を拭いきれなかったようだが振り上げられた一撃を避けてからは一転、攻めに転じてすぐに倒してしまった。

 

 

「これが恩恵………!」

「及第点じゃの」

 

 

 持っていたショートソードを一閃し、ゴブリンを力づくで両断したベルは自分の力がこれほどまでとはと思うほどだった。ゴブリンは小さい体躯ながら、その腕力は大人ほどもある。迷宮外のゴブリンの話なのだが、ふつうはゴブリンが出たとなれば村の男たちが武器をもって討伐しに行くのが通例だ。

 本当は、ゴブリンの物量が恐ろしい―――わけではなく、迷宮の外、つまりは地上に出たモンスターは総じて賢くなっていることから、集団で事に当たるというセオリーが出来ているだけだ。

 

 

「倒せました! 大人が大勢で倒すような相手を僕だけで………!」

「外のよりは強いらしいからの。まあ、その点ではお前さんのほうが強いんじゃろ」

 

 

 ――単独で挑んだら、苦戦したじゃろうがの。

 永嗣はそのことは言わなかった。初めて冒険者らしいことをしたのだ。その余韻に水を差しては本人も気分は良くはない。

 そしてベルが急に駆け出す。

 

 

「神様に報告してきますっ」

「たわけぃ!」

「すねぇッ!!?」

 

 

 そんなことをこの爺が許すはずもない。駆け出そうとするベルの脛を強かに打ち据える。

 うめき声を上げ、脛を抱えて悶絶する彼を見下ろしながら、叱りつける。

 

 

「まだ一体しか倒しておらんのに帰ってどうする。気持ちもわからんでもないが、呆れられるぞ」

「はっ!?」

「敵の弱さもわかった。であれば、ここは稼いでいこうぞ」

「その前に言うことありますよね………!!」

 

 

 脛を叩かれ、涙目で睨んでくるベルを無視し、壁から出てきたゴブリンの脛をすくい上げるように両断する。とどめを刺さずにベルへ向き直り、にこりと笑う。

 

 

「こっちのほうがよかったか?」

「鞘でよろしかったです!!」

「それでよい」

 

 

 これもベルのため、と儂は心を鬼にしているのじゃよ、と嘯く永嗣に絶対ウソだぁ、と半ば諦め気味に呟くベル。

 しかしながら、鉄火場での経験のないベルを守るように、永嗣は周囲に気を向けている。

 それは間合いともいわれるものだ。達人や死線をくぐり抜けて生き残る者たちに自然と宿る間合いの領域。更に昇華すれば結界と呼び、極みに至れば聖域と謳われる。

 

 迷宮はモンスターを生み出す。その生み出し方―――というより、その出現場所には一部を除いて規則性など存在しない。音を頼りに察知するか、すでに現れているモンスターの足音や気配を感じる他無い―――と思ったのだが――――

 

 

(…………………………明らかに意識の向けていない方向に出るのぅ)

 

 

 余裕のある時だからこそ、様々なことを試してみる。重要なことだ。

 己の聖域を意図して変形させ、注意の向いていない隙間を作り出すとそこに生まれてくるモンスターが存在する。これは偶然か、それとも意図したものか。迷宮は生きていて、その最奥に行かせぬよう、冒険者たちを阻むという。

 

 

 

 神々は告げた。

 

 ―――迷宮は神を憎んでいる。憎悪している。根絶やしにしたいと思っている。それ故に、神々の愛する子どもたちを滅ぼさんとモンスターを無限に生み出し、地上へと向かわせる。

 

 ―――そして自らの胎内に神々の恩恵を受けし眷属たちが入れば、それを廃滅せしめんと尖兵を生み出して来る。

 

 ―――愛しき子どもたちよ。迷宮は………………ダンジョンは生きているのだ。確かに生きているのだ。

 

 

「……………虎穴に入らずんば虎子を得ず、か」

「脛痛いです」

「気を緩めるな。来るぞ」

「まだ痛いのに……………!!」

 

 

 最早、八つ当たりと言わんばかりにベルはモンスターへと肉薄していく。

 血しぶきを飛び散らしながら、煌めく剣閃はその数だけモンスターは屠られていく。あの連中が持っていたショートソードはそれなりに質が良いらしい。刃毀れする様子はないらしく、ベルは次々と現れるモンスターを手に掛ける。

 

 

「………………………これで7匹――――いや、8匹目か」

「まだまだぁああ!」

「9.10.11…………………」

「ちょいさぁあああ!!」

「12,13.14」

「とぉおりゃぁああああ!!!」

「15,16――――ちょいと多すぎやしないか?」

 

 

 16匹のモンスター、ついさっき17に増えたわけだが多すぎではないだろうか?

 倒されたモンスターは体が残っているものもあれば、灰となって消え去っているものもある。残っている方も徐々に灰になっているわけだから、死体が残ることはないのだろう。

 

 とも思っていれば、ゴブリンの死体の後に、怪しく光る石と牙らしきものが残っている。石は魔石で、牙はドロップ品というものだ。

 魔石はモンスターを倒せば必ず手に入る物で、強さに応じて純度と大きさが変わり、深層のものほど濃く、大きくなり価値が高くなる。より多くの稼ぎが欲しいのなら深く潜るか長時間に渡って潜り続けるほか無い。

 

 

「これでぇえええ!!!」

「24……………これぐらいでええかの。ベル!」

「次ぃいい!!」

「冷静にならんか。潮ぞ!」

「うおおおおお―――わかりましたから剣を向けないでっ!!?」

「鬱憤を晴らしたいのも、酔いしれたいのもわかるが………………潮を間違えるでないぞ」

 

 

 見た目で入団拒否されていたのが、相当に不満だったのだ。それがモンスターを狩ることで表面に出たのだろう。見立てでは、この子は弱い者いじめを是とするような腐った人間ではないはずだ。

 

 

「晴れたか?」

「え、ええ。一応…………もう少し、戦いたいんですけど………ダメですか?」

「んん? ………………アレだけ倒して何もないのか?」

「もっと経験値(エクセリア)を貯められれば、ステイタスも上がりますよ。シグレさんは戦わないんですか?」

 

 

 ……………………………見立てが間違っていたのじゃろうか?

 

 

「儂は………………………食指が動かん。コボルドを斬って、この辺りのでは、さした経験になどならんわい」

「僕はギリギリでしたよ! 武器のおかげで頑張れましたけど」

「そうか。ならば、もう少し丁寧に扱え。攻撃も剣で受けておると罅が入る。お前さんは軽いから、受けるよりも避けるか流すかするといい」

「できますかね?」

「できるようにするんじゃよ」

 

 

 眉間に皺を寄せ、避けるか受け流す、と呟くベルに永嗣は自分も年を取ったかと、彼の本質を測り違えたとことを猛省する。

 本当は大分違うのだが、これも人間ゆえのすれ違いと言うほか無い。

 

 

「では退こうか。帰りは儂が殺るから、身を守ることだけ考えておけい」

「魔石とドロップ品の回収は任せて下さい」

「任せたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部で7900ヴァリス。装備代を差し引いて6900だ」

「ろ、6900ヴァリス……………!!」

 

 

 あの後、帰り道で現れるモンスターを25匹ほど斬り、ギルドの換金所にて魔石とドロップ品を金に変えているのだが、永嗣はこの世界のレートについては全くの無知である。隣のベルが唖然としているところを見ると少なくはないようだが永嗣としては命の危険に―――晒されてはいないものの、夕暮れに近づくぐらいに潜っていてコレっぽっちかと思ってしまう。

 

 

「随分と少ないの」

「シグレさん! 大金ですよ!?」

「そうか? 6900ヴァリスとやらが、そんなにも大金とは思えんが………………」

「なんだい、兄ちゃん。物々交換が主流の村から来たのかい?」

 

 

 永嗣の発言に、心当たりがありそうな受付の男がそう問いた。

 

 

「似たようなものじゃよ」

「なら仕方ないな。ヴァリスってのは全世界共通の通貨のことだ。で、普通の家庭で―――」

「おい! 早くどけよ!!」

「ったく……………わかったから静かにしてろ。すまないね、そっちの坊主の担当に教えてもらってくれ。――――また、ソーマファミリアの連中かよ………」

 

 

 後ろに居た男が今にも暴れだしそうなほど興奮していた。受付は、二人に詫びを入れ、そのソーマファミリアの冒険者の鑑定作業に入る。

 血走った目がこちらを睨みつけるのだが、焦点が定まっていない。中毒症状でも起きているのかと思い、そんな男に圧されるベルを庇うように促して、教会への帰路につく。

 

 

「悪いことしちゃいましたね」

「受付は人の良さそうなヤツじゃったがな。で、ヴァリスについて教えてはくれんか?」

「エイナさん………僕の担当の人に聞いたほうがいいって…………」

「情報収集じゃよ。どうなんじゃ?」

「はぁ……………えっと、そこにある―――というか、林檎買ってましたよね?」

「まあの。ただ、相場がわからんから、適当に多く渡しただけじゃよ。あと、貨幣経済についても知っておる」

「なのにヴァリスは知らないんですか?」

「はるか遠い異国の地だからの。交流自体がないのだ」

 

 

 普通は行くも帰るもできないのだから、間違いではない。

 

 

「わかりました。ええっと………………例えば、そこのじゃが丸―――って、神様!?」

「ベルくん!! それにシグレ君も!! 怪我はないかい?」

 

 

 例えで出そうとしたじゃが丸の出店に、ヘスティアがエプロンを着けて売り子をしていた。まぁ、カツカツなのじゃから助かる。

 

 すると、ヘスティアは店の主人だろうか? 妙齢の女性に上がっていいかと聞いた。店主は、もう閉めるからかまわないと告げると、永嗣はベルについでに教えがてら買ってやれと囁く。こちらの都合で閉めさせてしまうのだから、最低限の礼儀だけは払わなねばならない。

 

 

 

 

「じゃが丸くんを残っている分ください」

「お! わかってるじゃあないか。30個で900ヴァリスだよ。こっちのふかし芋はサービスだ」

「ありがとうございます!あ、これが100ヴァリス硬貨です」

 

 

 鉄色の神殿の模様が象られた四角形の硬貨を見せ、それを渡す。代わりにおまけ付きのじゃが丸くんを貰い、三人は家路につく。

 

 

「で、こっちが10ヴァリス硬貨で、これより下のはないです」

「銅でできているのか? 形も違うの」

「それは昔偽造した事件があったからだよ。普段使われるのは10000ヴァリス硬貨までさ。それ以上はオラリオ以外で流通しているのはあまり聞かないね。あ、でもラキアとかも使うから、無いってわけじゃないかな」

 

 

 10ヴァリス硬貨は三角形の銅、1000ヴァリスは銀の五角形、10000ヴァリスは禁の円形だ。10000ヴァリスに至っては、冒険者か商人ぐらいしか頻繁に使うことがないとのこと。また、それより上の硬貨も存在し、すべて円形なのだが材質が違うらしい。

 

 

「今は10000ヴァリスまで覚えておけばいいさ。ゆくゆくはそれ以上の硬貨も手に取りたいけどね」

「遠いし、俗な夢よの」

「貧乏は辛いんだよ」

「そうですね。薪や魔石灯もタダじゃないですから」

 

 

 しみじみと、金で回る世界の辛さにため息をつく一同であった。





 今回の話は二人の世界観の違いを意識しております。モンスターに対する意識の違いとか、人に対する違いとかですね。
 では、解説です。


『時雨永嗣』
 表層では敵など存在せず、気を抜かぬように斬り捨てていた。ベルとの命へのギャップに観察眼も衰えたかと思ったが、実際は違っているのをまだ気づいていない。
 「数ばかりで、肩慣らしにもならん」

『ベル・クラネル』
 迷宮初挑戦で、良い武器のこともあってか調子に乗り始めている。武器が人を殺す典型例になりかけているが、相方は痛い目を見るのも経験として無逃している。
 農家の子供であっただけに、人間でない命を奪うことに対しては忌避はない。
 「今度は一人で潜ろうかな?」

『ヘスティア』
 バイトなう。
 「扱いがひどいよ!?」

『二人の違い』
 職業の分別、何でも手に入る時代に生きた主人公と、社会契約説すら満足に発達していない自給自足の時代のベルとの差異。それは命を奪うことについての忌避で、ベルは動物の命を食べる目的に関しては手段はいかんとして、奪うことに対し拒否感はない。祖父母が存命の人は、昔は鳥を潰して食ったということも聞いたことがあるだろう。
 また、モンスターも倒さねばならない存在と認識しているので相当に下劣な手段でない限りはなんとも思わない。人ではないためである。
 逆に主人公は人間を殺すことに忌避は無く、モンスターを殲滅するのに率先して斬ろうとは思わない。逃げる方向にもよるが、無用な追撃が地獄へと変貌することを知っているためである。

迷宮(ダンジョン)
 バベルの地下にある広大な地下迷宮のこと。神を拒絶し、その眷属が中に入り込めば廃滅しようと尖兵であるモンスターを生み出して攻撃する。
 モンスターのためにあるような場所で、さまざま役割を持つ大部屋が存在する。また、壁面には光源となるコケかキノコのようなものが自生していて、中は昼と同じぐらいに明るい―――ところもあれば、新月の夜の如く暗闇の部分もある。
 また、ダンジョンは生きており、急に地形を変えることもあるが暫く経つと元に戻る。

『モンスター』
 迷宮が生み出す化け物たち。成体として生まれるのが殆どで壁や床、天井などから破砕音と共に生まれる。
 深層に行けば行くほどに強くなり、一部には共食いのようなことをして強くなった強化種もいる。
 倒すと例外なく灰になるが、その速度もまちまちである。

『ウルフ』
 当小説のオリジナルモンスター。3層目から出現し、個体としてはゴブリンよりも素早い程度で、1対1なら負けることはほぼない。しかし、このモンスターは群れで必ず行動しており、初心者は初めて集団戦を強いられる。潜りたての冒険者の登竜門の一つである。

『魔石とドロップ品』
 魔石はモンスターの核ともいえる部分であり、冒険者はこれを求めて迷宮へと潜る。換金対象だが、用途では何かしらの触媒にもなる。深ければ深いほど大きく、濃くなる。また、どんなモンスターでもこの魔石を砕けば必ず倒せるが、その際は魔石が破損するため価値が極端に下がる。
 ドロップ品は、低確率で落とすモンスターの一部。灰にならず、その部分だけ残るが、戦闘中に傷がつく場合もあるため値の上下が酷かったりする。深層のは滅多に出回らないため、多少の損傷も無視して取引される。

『換金所』
 すべてのギルドに存在する。ギルドの発布する適正価格に基づいて監査するため、安くもならず高くもならない。出だしや特定の商業系ファミリアにつてがない場合はこちらを利用すべきである。

『ヴァリス』
 世界共通の通貨単位。一般的には10000ヴァリスまでが多く流通し、それ以上は国家間との取引でしか見ることは出来ない。
 10000ヴァリス硬貨以上は全て形が同じだが、材質が違う。これより低い価値の硬貨は五角形、四角形、三角形となっている。
 かつて偽造を行った集団がいたため、偽造してもその手間賃を考えれば割に合わないようにするため変わったという。また、10000ヴァリス以上の硬貨の材質はプラチナ、ミスリル、アダマンタイトとなる。
 


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爺と女神、鍛冶神に武器を売りにいく



 今回は中途半端な部分で切れております。また、一部、原作に対してのオリジナル裏話も含まれておりますが、大筋では原作通りに進んでいきます。
 ミノタウロス戦まではな!!







 

 

 

「随分といっぱい貯めたね!」

 

 

 食材を買い、遅めの夕食を終えたから、ヘスティアはステイタスの更新を切り出した。

 断る理由などなく、二人は更新を終える。

 

「0じゃなくなってます」

「儂もじゃが…………ベルのほうが多いな」

「それは個人の差だよ。ベル君はまだ若いからね。初めは上がりやすいけど、ステイタスは高くなるにつれて上がり難くなるんだ」

 

 

 それが人それぞれの所以であるとヘスティアは言う。あるいは才能とも言え、恩恵ファルナは確かに強くはしていくが成長できる限界は同じではない。冒険者で一つ財を成そうとしても失敗し、発明家として同じことを成そうとしてもできなかった例が存在するのだ。双方とも、真逆の立場と夢であればそれなりに成せただろう。

 

 ステイタスが上がり難くなるというのは、当人の限界が近づいている状態だ。それ以上の強さになるためには偉業を成し遂げてレベルアップするほかない。

 しかし、このレベルアップというのが厄介で、生きるか死ぬかの瀬戸際のものが多い。

 要は格上を倒せという意味だ。

 

 

「無茶しちゃダメだよ? 少しずつ、確実に強くなればいい。時間はいっぱいあるからね」

 

 

 レベル2に上がれないものが殆どだと、ヘスティアは友神(ゆうじん)に聞かされたことがある。上がるチャンスは平等に訪れる―――いや、常に自分で選べる状態だが、選んで死んでしまうケースと心が死んでしまうケースが多い。

 レベルアップの確実な方法は徒党を組み、強いモンスターと戦える状況を作り出してもらう、あるいは共に戦い貢献することだと言った。

 

 

「大切な家族が死んでしまうのはね、寿命の時だけにしたいんだ。僕は神様だからね」

「神様……」

「しゃあなしじゃぞ。生きる時間そのものが違うからな。ま、悔いなく生きることじゃよ。そうすれば、笑って見送ってくれるじゃろう。当たって砕けろとか」

「いや、普通にベッドの上でだよ? 突撃して散るとか許さないからね!?」

 

 

 万歳突撃は大和の華であるが故に―――なんてことは言わない。生き残って、生きて帰って次を挑めばよいのだとも。

 

 

「ああ、そうだ。シグレ君! あの武器のことなんだけど。いいってさ」

「一昨日の今日で随分と、まぁ。これやあ、買い叩かれるか」

「ヘファイストスはそんなことしないよ! ちゃんと鑑定してくれるよ」

 

 

 ヘスティアはそう言っているが、商いと友情は別物だと永嗣は認識している。まして、働かずのぐーたら女神だったヘスティアをここに叩き込んだというのだから、その辺り―――主に、それまでの生活費ということで天引きされそうである。

 

 

「菓子折りぐらいは持っていったほうがええかのぅ」

「ん!? お菓子があるのかい?!」

「果物でも食っておれ」

「ベル君、剥いておくれよぉー」

「はは、わかりました。少し待っててくださいね」

 

 

 とりあえず、この曰くつきの品は売れそうである。あの連中、任務とか言うとったからの。出来れば溶かしてしまったほうがいい。それが金に変わるのならなおのことを善き哉善き哉。

 

 

「ヘスティアよ」

「んぐんぐ…………なんだい?」

「服屋に心当たりはないか? 着の身着のまま故、新しいのを買いたい」

「ちょっと待ってね――――――あ、これだ。大安売りしているお店のチラシ」

「どれどれ―――――これでええか。ベルはどうする?」

「僕は村で着ていた頃のものがあるので大丈夫です。――――そっか、朝から居ないのか……」

「なんぞ言ったか?」

「いや、明日どうしようかなって」

 

 

 ――――――――深く潜るつもりではなかろうな?

 しかし、何時までも一緒にいるというわけにはいかないし、少し増長しているきらいがある。ここらで恐怖を教えるべきかもしれん。

 

 

「二回目で一人は厳しいじゃろうが、これも修業に生活費のため。深くは潜らぬようにな」

「わかってますよ。成果を期待してくださいッ」

「しといてやるかの。一応、な」

「うわ、ひっどいなぁ」

 

 

 ―――――何もなければええんじゃがのぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日、ベルとヘスティアの二人は寝ぼけで起きた。永嗣はすでに身支度を終え、礼拝堂で素振りをしている。

 

 

「――――あぁ…………?」

「――――うぉあああ………………?」

 

 

 互いに顔を合わせ、人語ですら無いうめき声で意思疎通を図る二人は、とても気が合うのだろう。

 そう、この地の文の最中でも彼らは会話しているのだ。

 

 ようやく頭が覚醒し始めたのか。二人は頭頂に「!?」を浮かばせて身支度を整え始めた。

 ぎっこん、ばっこん。がらがら、どたどた―――ちなみに現在の時刻は夜が明けて少ししたぐらい。農業系ファミリアの一団が畑へ向かうところだ。

 

 

「近所迷惑じゃの」

 

 

 地下から響いてくる喧騒に、怒鳴り込んでこなければいいがと見当違いのことを考える。冒険者を有するファミリア相手に狼藉を図ろうとする一般人はいないのだが、そこは弱者に優しかった世界から来たこの男。クレーマーになるかもしれない隣人隣家にどう対処しようか。無駄な労苦を考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきまーす!」

「気を付けていくんだよー」

「あまり深く潜るんじゃあないぞ」

「はーい!」

 

 

 装備を整えたベルは、朝食も取らずに迷宮へと向かっていく。

 日が昇り、家々で煙が立ち上がり始めたころだ。飯を食っていけとも言いたかった二人だが、肝心の食材が心もとない状況だった。朝市で買わせてもいいが、ヘファイストスに持っていく土産を考えればそれもできない。

 ある意味、ベルの本日の稼ぎが数日分の食費になるかもしれない。高値で買い取ってくれれば、その心配もないのだがと、永嗣は呻る。

 

 

「僕らも行こうか」

「そうじゃの。朝飯を集るなよ」

「ぎくぅ!」

「ヘファイストスとやら………随分と大変じゃったんか」

「ソンナコトナイヨー? ボクトヘファイストスハトモダチダヨー」

「そういうことにしといてやる。相応のものにするか―――」

 

 

 刹那、永嗣は抜刀した。

 天を斬り上げるかの如く、その一振りは空へと振りぬかれ、切っ先はある一点で止まった。

 

 

「ど、どうしたんだい! こんなところで剣を抜いちゃダメだよ!!」

「―――――お主は何もないか?」

「無いよ! だから剣をしまって!! ギルドの職員にバレたら……!」

「さよか」

 

 

 往来の中で突如抜刀。その殺気に冒険者たちは身構え、一般人を庇うように展開していた。だが、永嗣はそれを気にも留めなかった。留める必要もないほどに、双方の力量は隔絶したものであった。

 

 剣を収め、冒険者たちも武器を収める。なんだなんだとざわつくが、当の本人が殺気を抑えぬまま―――正しくは、彼が剣を抜いた相手に向かって飛ばし続けている。

 ヘスティアはこの子どもがここまで不快感を示す理由がわからなかった。何もいない虚空を睨み付ける。先ほどまでの年齢にそぐわない年寄りのような雰囲気は消え、バイト中に見た一級冒険者のような歴戦の風格を見せている。

 

 

(君は一体何なんだい? 冥界の女神、狂気…………彼らが目を付けるような存在なのかい?)

「――――大事なければ行くぞ。消えたからの」

「う、うん。行こう、か」

「……………すまんな。怖がらせたか。しかし、アレは剣を向けるに値する怖気よ」

「それじゃ答えになってないよ。どうして抜いたんだい」

「今、言うたじゃろ? 怖気が走る、とな。――――杞憂であればよいが……」

「…………深くは聞かないことにするよ。でもね? 僕たちは家族だ。だから一人で抱え込まなくていいんだよ?」

「――――神様じゃったの、そういえば」

「そうだよ! だから、僕に頼りなさい!」

 

 

 たゆん、と揺れる胸を張り、えっへん! とするヘスティアに彼は、そんな日が来なければええな。変なことになりそうじゃし、と少しおどけて見せる。

 それはヘスティアも解っていることだ。なにをー!と駄々っ子のようにぽかぽか彼の分厚い胸板を叩き、本来の力を発揮できない自分が彼の盾となることはできない。恩恵を失った彼に待ち受けるのは、その怖気の走るナニカによる終わりだろう。

 

 

「ささ! 早く売りに行って、美味しいご飯を食べるのだ」

「迷惑かけたから、昼食優先で行くか」

「わかる子どもを持てて僕は幸せ――――んんぅ?」

「どうした」

「あー………………んん? いや、なんでも………………ないかな?」

 

 

 彼が剣を向けた先、バベルの頂天。何も変わりが見えないような気もするが、何か妙な違和感がある。

 

 

「うん。無いよ」

「お前さんの紹介がなければ渡りがつけられんかもしれんのだ。頼むぞ」

「任せておくれ! このヘスティアにまかせておけば大丈夫っ!」

「だといいが」

 

 

 ああ、わかった。珍しいこともあるものだ。

 

 ――――バベルの頂天が見えるぐらいに、雲が無いなんてことが珍しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ご無事ですか?」

「大丈夫よ。ありがとう」

「当然のことです。しかし、あの男は如何いたしますか」

「……………………しばらくは様子見よ。でも、邪魔なら排除なさい」

「承知しました」

 

 

 純真無垢な兎の隣に、血で汚れた孤狼。ああ、なんて奇妙な組み合わせかしら。

 

 ――あの透明な魂を私の色に染め上げたい。

 

 ――孤独な狼を飼い殺したい。

 

 

「――ホント………………ずるいわぁ…………ヘスティア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バベルといえば要塞やら、迷宮に蓋をしているだけの構造物と思っていたが実のところは違ったらしい。

 

 

「ほぉ……………店が入っているのか」

「凄いだろ? この辺りは装備関係なんだ。工房自体は他の場所…………ファミリアによって秘密らしいけど、ここで販売してるんだよ。オラリオの装備は、外に渡れば危険すぎるからね」

「確かに。この剣も値段相応かはわからぬが、良い物だ」

 

 

 ショーウィンドウに並ぶ飾られた剣は、どれもこれもが切れ味も見た目もいい。見た目に関しては、細工師がいるのか非常に細かい細工が施されている。

 そして、ここに置いてあるのはオラリオでも五指に入る大派閥の一つ。ヘファイストスファミリアの上級鍛冶師ハイスミスが手がけた代物らしい。値段もコレ一本で豪邸が建つほどの価格だそうだ。

 

 

「そうだろう? 中には魔剣というものもあって、ものすごい希少なんだ」

「なんじゃ、それは」

「魔法を放てる消耗品の剣だよ。凄いものは海を焼き尽くした、とか云われるほどさ。まぁ、その魔剣を作っていた一族は没落してしまったけどね。だから、ハイスミスが作る装備はオラリオの中心近くにまとめてあるんだ」

「しくじったら?」

「その時は、最上位ファミリアがバベルの周囲に拠点を構えているのさ。到達するにしても彼らを相手にしなければならない。逃げるにしても、別のところから応援に来たファミリアと戦う羽目になるんだ」

 

 

 入手するにも外門から離れた場所まで侵攻しなくてはならず。例え、奪われたとしても今度は逃げられないように囲んでいる。何より、オラリオの外の冒険者はごく一部の例外を除いて、最高でもレベル3程度しかない。それも何十年一人の逸材といった形でだ。

 

 

「さ、この先にヘファイストスファミリアの入口があるよ」

 

 

 アンティーク調の大きな扉の鴨居には、英語ではない………………ラテン語か、もっと別の言語でヘファイストスファミリアと刻まれている。

 門番をしている冒険者たちは、こちらの姿を見るとわずかに身構え、ヘスティアを視界に捉えた瞬間、豚を見るような目をした。

 

 

「違うよ! ちゃんと用事があって来たんだよ!!?」

「――――どのような要件ですか?」

「うちの子―――ああ、僕にも家族ができたんだ。その子の顔見せと持ってきた武器を売り払いたいんだよ」

「! 失礼しました。神ヘスティア、遅ればせながら初の眷属。おめでとうございます」

「うん! ありがとうっ! で、ヘファイストスには話を通してあったんだけど………………何も聞いてないかな?」

 

 

 そう聞いてみると、門番は相方に会釈し確認に向かわせた。

 ややすると、門番が小走りに戻ってきて二人に中の応接室でお待ち下さい、と案内を買って出た。

 

 

「騒がしいけど、何かあったのかい? 日を改めるよ?」

「いえいえ。深層域からロキファミリアが帰還するとのことなので、彼ら用に装備受注の準備に追われております。何でも、大切断アマゾンが武器を壊したとかで……………」

「うわぁ……………かなりの業物だったよね? アダマンタイトだとか」

「はい………………それを聞いたゴブニュ様を筆頭としたハイスミスが現実逃避をしておりまして、先行した冒険者の報告を聞いていない――――忘れているようなのです」

「――――ごめんね」

「神ヘスティアのほうが先でしたので、お気になさらないでください。では、こちらでしばしお待ちを」

 

 

 重い沈黙が応接室を包み込む。

 ロキファミリアをいうのは、オラリオの二強の一つだったはず。資金力も半端ないだろうし、相応の上級者が存在しているはずだ。武器を失うほどの激戦を超えてきたというと、損失も計り知れないものではないだろうか。

 

 

「ロキめぇ……………なんて間の悪いやつなんだ!」

「突っ込むところはそこか?」

「そりゃそうだよ。僕とあいつ――――ロキは不倶戴天の敵なんだよ」

 

 

 北欧神話にヘスティアという神が出てくるのだろうか? ロキは聞いたことがあるが……………。

 

 

「男神じゃろ? なんぞ恋愛関連か?」

「男神? ………………いいね、シグレ君! 今度、出会ったらそう言ってあげるといいよ。赤髪で細目のお腹丸出しの格好してるからね。ビジュアル系ってやつなのさ」

「………………………何か言い忘れておらんか? 悪意満々にしか感じないのじゃが?」

「そんなことないよ。ただ、あいつが嫌いなだけだよ」

「真顔で言うぐらいか!?」

 

 

 

 

 






 もうそろそろ、怪物祭ですな。その前にロキファミリアとの諍い……………どうしようか(ゲス笑み
 と、カルメンです。少々早いですが、か・い・せ・つ!!に行くぞー。



『時雨永嗣』
 ベルが気づけて、こいつに気づけぬはずはない! と、どこかの神の視線に気づき、一撃を加えようとした。狂信者たちとの敵対フラグが立ちました!
 あと、エルフの服を処分すべく行動中。
 「アレか。アレだろう。お前さん、大将首じゃろう!!?」

『ベル・クラネル』
 永嗣と一緒だと深くは潜れなかった。でも、明日は居ない―――――取るべきものはただ一つ。
 「大丈夫。0で頑張れたなら、今ならもっと行けるはずだ!」

『ヘスティア』
 友神に渡りをつけ、ヒエラルキーの順位を上げようとした―――――のだが、ロキファミリアの思わぬ妨害(本人の勘違い)と友神からの信用の無さに泣きたいと思ったとか。
 地味に、ロキについて誤情報を教え込むという後日制裁待ったなしの運命を彼女は知らない。
 「いいかい、ロキ。僕はね………………君が大っ嫌いなんだよ!」

『街中での抜刀』
 バベルの頂天から感じた怖気に対し、殺すつもりで放った一撃。本来ならバベルすら一撃で斬るはずなのだが…………?

『視線の主と従者』
 主の方は二人に興味津々。従者は絶殺(ぜっころ)状態のとなっている。
 「濡れちゃうっ」
 「その行い、万死に値する」

『バベル内部』
 一定階層以上からは神々専用の施設となるが、それより下は人間も利用できる。
 内部には上級の生産型商業ファミリアの本店が多数展開し、危険物や希少品にオーダーメイド品などはこちらで販売する。理由としては、置いてある装備やアイテムが外敵の手に渡ることを防ぐのと、内通者の出入りを限定することにある。

『ヘファイストスファミリア』
 鍛冶神ヘファイストスが主神の生産系ファミリア。主神であるヘファイストスは実に人当たりがよく、誰に対して味方になるわけでもない、中立を保っている。
 構成員もほとんどが鍛冶師であるため、戦闘能力は中位だが、本領は装備の製造であるため実質的に彼らを敵に回すということは、オラリオ中の上位ファミリアを敵に回すということである。

『ゴブニュファミリア』
 ヘファイストスファミリアに勝るとも劣らない生産系ファミリア。職人気質の主神ゴブニュに影響されているのか、ヘファイストスのところより、職人気質のものが非常に多い。
 最近の悩みは、お得意の上客が作るも直すも整備するのも大変な装備を破壊しまくることである。


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爺と鍛冶神、道化の眷属を交えて



 お待ちかねのあの男が登場。それと、今回はキャラ崩壊がありますので、あしからず。

 以降、FGOに召喚された場合の主人公。


「ねぇ、あの二人って」
「ん? ああ、アサシンとバーサーカーのことか? よく、ああして囲碁や将棋を指しているよ」
「二人ともすごい達人―――というか、化け物なんだけど? 空位に達しているとか………え? アサシンが小次郎? いやいやいや! アレが小次郎なわけがない。だって、あんなに強くなかったわよ!?」
「仕方あるまい。NOUMINと逸般人だからな」


 応接室に入ってから二度ほど、壁掛けの大時計がなった頃。赤い髪の男装の麗人が先ほど案内した者とともにやってきた。

 麗人は燃えるように艶やかな赤髪も印象的だが、それ以上に顔の右側を大きく隠すような眼帯のインパクトが強かった。スタイルは服の上から見ても解るほどに良い。身長も女性にしては高いだろう。

 案内は彼女に一礼すると部屋を出て行った。

 

 

「久しぶりだね、ヘファイストス!」

「ホントね。……………見栄じゃなかったようね」

 

 

 赤髪の麗人――ヘファイストスは永嗣を見てそう言った。どうやら、ヘスティアを追い出して間もなく、眷属を二人も手に入れたことが信じられなかったらしい。

 

 

「信用されてませんでしたかな」

「日頃の行いよ。食う・寝る・暇をつぶすの日常だもの」

「それはいけませんな。こちらでしっかりと躾けますゆえ」

「頼むわ」

「僕は子供扱いなのかい!?」

「「何をいまさら」」

「初対面で息が合いすぎだよ!!」

 

 

 似たような匂いを感じているせいか、二人はとても息があった。主に駄女神(ヘスティア)という名の主神(ゆうじん)についてだ。

 きょえーっと、威嚇してくるヘスティアを無視して、永嗣は件の品を見せる。

 

 

「こちらです」

「―――――どこかの冒険者が作った剣ね。…………鋳造品じゃなく、鍛造品で作られてるわ。出所は?」

「この都市に来る前に兵士崩れの山賊と殺り合いましてな。何分、路銀も底を尽いていた故、奪ったわけです」

「山賊は? 仕留めたのよね?」

「ええ。何か問題でも?」

「特にないわ。……………でも、兵士崩れ(・・・・)って言ったわよね?」

「その通りですな」

「貴方、初めて冒険者になったのでしょう?」

「なるほど。冒険者で無いものが、どうして冒険者を倒せるのか…………ですな」

「話が早くて助かるわ」

 

 

 にっこり、と騙すのは許さないと言わんばかりに肘掛けに肘を置いて、頬杖を突きながらこちらに笑いかける。彼女とて神である。面白い物や珍しいものには目がない。

 それが、世界の不文律たる冒険者と非冒険者のアドバンテージを覆していたのならなおさらだ。

 

 

「さして強くなかったからですな」

「それで片付けれるほど、恩恵って軽くないわよ?」

「逆に、どうして冒険者と思われるので? 国ならいくつもあるでしょう」

「このあたりの国と言えば、海洋都市の私兵団かラキア王国の兵士。あとは魔導国家の防衛隊ぐらいなものよ。場所も気になるけど……………何よりも」

 

 

 そう言って、ヘファイストスは徐に剣を取った。そして剣の鯉口の部分にある掠れた紋章を指さした。

 

 

「これはクロッゾ家直轄の工房で作られた証よ。すり減っているけど、解るもの」

「クロッゾ…………魔剣を作れたとか言う……」

「昔はね。で、彼らが拠点を構えているのはラキア王国なの。ラキアの軍人や関係者はみんな、冒険者なのよ」

「なるほどなるほど。だから、どうして冒険者殺せたのか吐け、と」

「そんな強くは言ってないわ。教えてくださらないって頼んでいるの」

 

 

 ヘファイストスは笑みを崩さない。それはラキアの冒険者を殺して奪った盗品だとギルドに垂れ込むと脅しかけている。

 そうされたくなければ教えろ。無言の笑みの圧力は治まらない。

 ヘスティアがわたわたと焦りはじめると、永嗣は口を開いた。

 

 

「何のことも無し。首を刎ねれば殺せる。心臓を穿てば殺せる。ただそれだけのこと」

「身体能力自体が違うわ。避けられるし、避けられない。そうではなくて?」

「攻撃が届くというのは、向こうもこちらも同じことでしょう。であれば、後の先を取ればよい」

「その後の先にいけないのが普通なの」

「そうですか。では、どいつもこいつも素人でしょうな」

「……………うちの子たちのことも含めて、かしら? その意味は解ってるわよね」

「そう聞こえませんでしたかな?」

 

 

 ヘファイストスは神威を解放した。不遜なこの痴れ者に立場の違いを解らせるために。

 しかし、その試みは敵わなかった。永嗣にはそんなものは通用しなかったのだ。

 

 平然と、目を瞑り、何の事も無げに座る永嗣を見て、ヘスティアもヘファイストスも言葉を失った。やせ我慢をしているわけでもなく、神威を感じぬほどに鈍いわけでもない。神威を感じ取ったうえで、この男はどうとも思っていないのだ。

 

 これ以上は無意味だとヘファイストスが 判断し神威を収めた後、彼女の眷属と他に一人が応接室へと乱入してきた。

 

 

「主神殿!!」

「ッ…………」

 

 

 さらしを巻いた小柄な眼帯少女。そして薄汚れてはいるが、それ以外は何もない紅い衣の白髪男。

 少女はヘファイストスを庇うように二人に立ちはだかり、白髪男はヘスティアを抱きかかえて後退した永嗣を凝視していた。

 

 

「神ヘスティア! 主神様が神威を使うとは何事か!?」

「うぇっ、僕に聞くのかい!?」

「そこの男が関係しておるのだろう! 隣にいる貴方に所縁ある者ではないか!!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて! これはちょっとした行き違いというか―――シグレ君!?」

 

 

 動かぬ眷属と、見知らぬ白髪頭の男。互いに見つめ合い、やがては戦闘態勢に入り始めている。脅すつもりで放った神威がこのような事態を起こすとは、ヘファイストスも思うまい。彼女のファミリアの団長である、小柄な少女もヘファイストスを庇うように立ちはだかるが、彼らはこっちを完全に無視している。

 

 

「―――――似ておるの。お前は誰ぞ?」

「生憎、私は君を知らないし、知るつもりもない。自ら地獄に行くような愚か者を私は知らないな。一人を除いて」

「儂の質問に答えろ。貴様の姿、声、立ち方………似すぎておる。されど気配は似ておらん。誰ぞ? お前はなんぞ?」

「知らないといった」

「ならば、お前はなんぞ? 人だが人で非ず」

「―――――――君の同類だ。いずれ君もそうなる。そうなるのを選んだ答えの結果の一つだ」

「ほう…………」

 

 

 この場にいる部外者は理解できなかった。彼らが何を言っているのか理解が出来なかった―――ただ一人を除いて。

 ヘスティアは永嗣のステイタスに出ていた種族の欄を思い出していた。

 【半英霊】…………それが彼の種族だ。そして目の前の白髪の男はいずれ、と言った。であるならば―――

 

 

(彼は…………英霊? 英雄なのか!? でも、あんな格好の英雄が存在()たなんて知らないぞ?)

 

 

 神の能力をもってして、この白髪の男は嘘をついていないと保証できる。神に嘘はつけない。子ども嘘なんて、神々には効かないからだ。

 そう思うと、ヘファイストスの態度に疑問が浮かぶ。

 

 

(ヘファイストスは温厚な優しい女神のはずなのに…………どうして神威なんて使ったんだ?)

 

 

 友神の暴挙で、混沌と化した現状。彼女の考えはヘスティアには解らなかった。

 それもそうだ。ヘスティアは優しいのだ。その上、眷属が見つからないと焦り、ようやく見つかった眷属が一癖もありそうな男だったのだ。

 

 ヘファイストスは何も変わらない。変わってなどいない。世間知らずの友神に、人の命をどうとも思わない(・・・・・・・・・・・)悪魔がそばにいるのだ。奴が大切な友神に何らかの影響を与えるかもしれない。

 だから、彼女は神威で威圧した。どんな大悪党も神には逆らわず、その裁定を受け入れた。今回も同じで、この剣をどうやって入手したのか聞き出そうとした。結果はご覧の有様だ。

 

 

「(ここが潮時ね)そこまででいいわ、ムメー」

「ムメー?」

「私の名だよ。こんな特異な名の知り合いが居たのかね?」

「…………おらんかったな。そうか……」

「わかればいい。神ヘファイストス。出しゃばり過ぎたようだ。すまない」

「別にいいわよ。椿も抑えなさい。貴方もね」

 

 

 しかし、主神様! と抗議の声を上げる椿と呼ばれた少女は、ヘファイストスの一睨みで借りてきた猫のように大人しくなった。永嗣もその気も失せたのか、戦意を抑えヘスティアを離した。

 不安げにこちらを双方を行き来するヘスティアの瞳に、永嗣は罪悪感から謝罪した。

 

 

「すまんの。険悪な雰囲気にしてしまった」

「いや……気にしなくていいよ。ヘファイストス、すまないけどこの話はなかったことにしよう。どちらも不幸になるだけだよ」

「馬鹿言わないで、ヘスティア。神に嘘はつけない。山賊に扮していたのであればオラリオに攻め込む下調べをしていたのでしょう。それを未然に防いだと判断します。でも―――――――」

 

 

 永嗣を指差し、ヘファイストスは険のこもった声で通告した。

 

 

「私の大切な友神を泣かせたら………………タダじゃおかないわ」

「そんなつもりなど無いよ。女を泣かせる時と場合は決まっておるからの」

「巫山戯ないで。そうとなれば、私情で貴方を殺すわ」

「おお、怖や怖や。………………肝に銘じておこう」

「……………………………剣の買取価格は………………13000ヴァリスね。このままじゃ売れないから、その処理費用が引かれているわ」

「構わぬよ。処理できればそれでいい」

「ふん………………椿、他の子に用意させて」

「承知した。妙な気は起こすな、新入り」

「ほっほっほ」

「チッ……………おい―――」

 

 

 椿は外に顔だけ出し、他の眷属に金を持ってくるように命じた。彼女にとって、温厚な主神をここまで不快にさせる存在というのは久しぶりだった。

 されど、過去、勢力を傘にしていた連中もここまでの不快極まるという顔にはならなかったはずだ。それ故に、この無礼な男は相当のことをしたのだと、椿は判断していた。

 

 

「―――そうか、頼むぞ。受け渡しは外でよろしいですか?」

「じゃあ、ブツはここに置いておくぞ」

「そうして頂戴。じゃ、外で渡すわ」

 

 

 さっさと終わらせたい。こいつの姿も見たくない、と視線も合わせようとしないヘファイストスと、どうでもよさそうにする永嗣。

 椿が永嗣を先に出し、後に椿とムメーが続いていく。応接室にはヘスティアとヘファイストスの二人だけ。

 少し、居心地の悪いヘスティアは自分も出ていこうとするとヘファイストスが(おもむろ)に使われる気配もなかった灰皿をひっくり返した。

 

 

「灰皿なんかひっくり返して、何をしてるんだい?」

「遮音したのよ。外に聞こえないようにね」

 

 

 大手のファミリアとは、何分、隠し事がつきまとう。聞かれては困ることや見られてはいけないものなど両手両足の指以上に存在するのだ。

 この灰皿は、そんな大手のファミリア用に秘密裏に製造された魔道具の一つである。この中では魔法を放とうと物を伝わる衝撃以外は外に漏らさない。

 

 

「ヘスティア…………神友(しんゆう)として忠告するわ。あの男と縁を切ったほうがいい」

「……………………どういうこと?」

「言ったとおりよ。私も初めてだけど………………アレはダメだわ。視界に入れるだけでも不快感が止まらない。なんというか………………………何かしらの前提が違うのよ」

「あやふやすぎるよ! それに悪い子じゃないよ!」

「貴女はそうでも、他の短気なやつならどうするの? 戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けられるかもしれない。もう一人の眷属が襲われるかもしれない。もう一度言うわ。アレとは縁を切りなさい。それが忠告よ」

「………………………家族を捨てれるわけないじゃないか」

「――――――――そう…………なら、何も言わないわ」

「ヘファイストスっ!」

「ごめんなさい。少し、一人にさせて」

 

 

 ヘスティアは応接室から追い出されてしまった。神友のあんな顔は見たことがなかった。自分はどこかで選択を間違えたのか? ヘスティアの心の中は何かしらの悪い予感が渦巻いていた。

 彼女との友好に何かしらの亀裂を入れた張本人は廊下でブスっと待っていた。

 いつも通り、先程のことなどなんのことやらと言わんばかりに険悪な雰囲気になっている。さっき迄が気に食わないやつに出会ったぐらいだとすれば、今は親の敵を見つけてしまったかのようにだ。

 

 

「シグレ君……………君ってやつは…………」

「儂ぁ、何もしておらんよ。こっちの嬢ちゃんが噛み付いてきているだけじゃ」

「キャラが被っておるからその口調はやめい! お主、主神様に何をしでかした? あのように荒ぶるなど初めてじゃぞ」

「何度も言うが、いちゃもんつけてきて儂が事実を言っただけじゃよ。そしたら今に至るだけじゃい」

「むぅ……………信じられん。主神様はそこまで狭量でないはず」

「神ヘファイストスはヘスティアが大事なのだろうな」

 

 

 ムメーが腕を組みながらヘスティアを見る。

 

 

「神ヘスティアに悪い虫がついているとでも思ったのだろう。盗人かあるいは…………大切な者がそんな輩と関わりがあるのなら、無理にでも止めようとするのが普通だ」

「正当防衛じゃよ。早々、死にたくはないからの」

「君ほどの実力なら逃げ切れたのではないかね?」

「四六時中、付きまとわれるよりいいじゃろ?」

 

 

 ため息とともに、ムメーは腕を解いた。

 丁度よいタイミングで、金を持ってやってきた。ヘファイストスの眷属がキョトンとした顔で一同を見ている。椿に、視線で何があったのか訪ねたいようだが、その椿も難しい顔で唸っているのでどうにもできない。

 見かねたムメーが椿を肘で小突く。

 

 

「ん? おお、持ってきてくれたか」

「査定の13000ヴァリスです。あの、ヘファイストス様は………?」

「ヘファイストスはちょっと一人にしてほしいんだって。少し、トラブちゃってね」

「はぁ…………?」

「とりあえず。13000ヴァリス、確かに渡したぞ。早々に去るといい」

「言われんでもそうするわい」

「私も失礼する。遠征組がもうそろそろ帰ってくるのでね。色々と準備が必要だ」

「装備の件は承ったぞ。どれぐらいかは現物次第じゃ」

「頼む」

「頼まれた」

 

 

 短い打ち合わせの後、ムメーは早々に去っていった二人を追いかけるように出ていく。残された椿は、応接室に引きこもったままのヘファイストスに気が気でない状態だ。

 覗くべきか、覗かぬべきか。敬愛する主神が心配だが、同時に神の不興を買うとなると二の足を踏んでしまう。

 そう考えると、あの男は威風堂々たる姿であった。穀潰しのファミリアの一員なのだから、大して強くはないだろうが、胆力だけは一級冒険者以上なのかもしれないな、と椿は小さく笑った。

 

 

「団長?」

「なんでもない。……………………主神様はそっとしておこう。色々とあったようだ」

「わかりました。ロキファミリアの装備の件とは?」

「神ゴブニュらが現実逃避しておってな。そのしわ寄せが来るかもしれないということだ」

「―――ああ、大切断ですか」

「うむ。大切断だ」

 

 

 腕が鳴るのぅ! と楽しそうにする椿とは対照に、うんざりした顔の団員。大切断の要求する無駄に手間のかかる武装を、ゴブニュファミリアに入団した知人から酒の席で聞かされているのだ。

 しばらく帰れないかな。彼のつぶやきは誰に聞かれることなく薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人は足取り重く、二人は何ともなく、一人に合わせて歩調を緩めている。そんな三人はバベルから出るところで別れることになる。

 去り際、ムメーは永嗣に向かってこう告げた。

 

 

「ところで、シグレ………だったか? マタ・ハリから言われた場所には行ったのか?」

「なんじゃ、知り合いか? 昨日の今日で行くわけないじゃろう」

「賢明な判断だ。しかし、必ず行きたまえ。必ずな」

「―――善処しようかの」

「善処したまえ。その言葉は好きではないがな」

 

 

 彼は二人と別れ、所属するファミリアの本拠に向かっていった。

 するとヘスティアが、マタ・ハリについて聞かれた。永嗣は住所を書いた紙を渡してきて、そこへ行けと言われている。それと自分の担当からもだ、と。

 

 

「それってどこだい?」

「紙は教会に置いてあるから、そこに行かなければわからん」

「ふーん……………ギルドの職員なら大丈夫かな?」

「さぁ? それより、これだけあれば服の一着や二着は買えるか?」

「冒険者用でなければ買えるよ。アレは特別頑丈にできているからね」

「なら、二着ほど買おう。残りは食材と貯蓄じゃ」

「えー! 美味しいもの食べに行こうよッ」

「ダメじゃ。もったいない」

 

 

 ぶーたれるヘスティアを引き連れ、永嗣は市場へと向かっていく。人の好さそうにしている彼を見て、ヘスティアはなおのこと、ヘファイストスの忠告の真意がわからなくなっていた。

 機嫌が悪い時に我が儘を言われれば、多少は掴めるかとも思ったがその兆しはない。幼子を安保(あやす)かのようにしてくるのは神の威厳を損なうものだが―――

 

 

「ミートパイでも作るか。安いし」

「マーベラスだよ。実にマーベラスだ」

 

 

 素晴らしい家族だ。家族を悪く言うなんて、ヘファイストスも困ったものだ。

 別に、お肉たっぷりのミートパイに買収されたわけではない。女神の鉄壁の護りはミートパイ程度では揺るぎもしない。あ、梨のタルトも追加だとぅ!? 最早、我が防衛は総崩れなり! 城を明け渡すほかあるまい!

 

 

「…………一人百面相して何をしておるんじゃ?」

「くおおお…………投タルト機の猛攻がぁ……」

 

 

 結構ドン引きな永嗣であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主神様」

「ん…………あら! もうこんな時間?」

「はい。先ほど、ロキファミリアから使いが来ての。遠征部隊も帰還。詳しい話はゴブニュを交えてしたい、とのことだ」

「わかったわ。…………ねぇ、椿」

「なんじゃ?」

「どうして私がアレに敵意を剥きだしたか…………聞かないの?」

「主神様が言いたくなければ言わないでよいと思っている。眷属は神の言うことを聞くものじゃろ」

「―――――そうね。でも、アレが来たとしても客として扱いなさい。私たちは武器を作り、それで富と名声を得ている。好き嫌いでそれを汚してはならないわ」

 

 

 専用の武器を鍛つなら別だが、売買については分別がついていることをホッとする椿。

 しかし、彼女は一瞬の逡巡の後、ヘファイストスが寝転がっていたソファの対面にどっかりと腰を落とした。

 

 

「承知した。…………やはり聞いてもよろしいか?」

「………ヘスティアにも言ったけど、なんというか………気に入らないのよ。どの顔をしてここに来たとか、今更何なんだって感じかしら」

 

 

 気だるげに答えるヘファイストスも、この不快感の原因を答えられない。子どもたちは皆、平等に接しようと心がけているのに、アレに対してはそうとは思えない。

 顔も見たくない。声も聴きたくない。視界に入れたくない。

 ヘファイストスにはわからなかった。この渦巻く環状が不快なものという他、当てはまるものなど彼女には皆目見当もつかなかった。

 

 

「ホント、なんでかしらね」

 

 

 魔石灯の明かりですら、今の自分には鬱陶しいと彼女は顔をその綺麗な腕で隠したのだった。





 もうそろそろ、処刑BGMを考えなければいけない時間となってまいりました。何がいいと思う?(ゲス笑

 色々とオリジナルな流れとなっておりますが、主人公が関わらない範囲は原作通りですので、次回をお楽しみにっ!

 それでは解説行くぞー、席に着け。


『時雨永嗣』
 神威の効かない、前代未聞の男。そも、神という存在に懐疑的であるが故にか?
 いきなり脅しをかけてきたヘファイストスに無礼だが、組織の長としては当然のことと割り切っている。
 また、ムメーなる男が気になっている。
 「あのムメーという男…………色と気配以外はそっくりなんだがのぅ」

『ヘスティア』
 ヘファイストスとの関係が悪化するのではないかと戦々恐々としているが、ミートパイと梨のタルトによってそれらを忘れた女神。
 永嗣は悪い子ではないと直感で感じているが、あまりにも感覚的なために説明できないでいる。
 「時として神々も食べ物で絆を忘れることがある。なぜなら、惜しいものを食べたいからさ!」

『ヘファイストス』
 原作では、どこぞの淫乱や貧乳と違い、マジ女神と言われるような女神。ただし、ヘスティアにはオカン気質を見せる。
 何故だかわからないが永嗣が嫌い―――嫌悪感を抱いてしまうらしく、本人としても謎である。ただし、今話の描写外で帯びている刀を見た辺りかららしい。
 「なぜかしら?」

『椿・コルブランド』
 ヘファイストスファミリアの団長で、ハーフドワーフの少女。年齢的には女性だがドワーフの血筋のためか背が低く見られ、名前からわかる通り幼く見える極東人の地も相成って少女と言われる。
 オラリオでは数少ないマスタースミスであり、一級冒険者たちの武器を鍛つなど、彼女に武器を作ってもらえるのはすごいことである。
 「楽しみじゃのう。いい素材も持ってくるだろうから、腕が鳴るわ!」

『ムメー』
 赤い外套に黒のインナー。逆立った白髪の短髪で、浅黒い肌の男。かつての誰かに色以外はそっくりと言われたり、当の本人も永嗣とは浅からぬ因縁があるようだ。
 また、武装のほとんど喪失しているロキファミリアの大事をゴブニュやヘファイストスに告げに単騎で迷宮を走破していることから相当の実力者だと思われる。
 「余計な詮索は命を捨てると同義だ。うむ。察しが早くて助かるよ」

『クロッゾ家の紋章』
 かつては魔剣鍛冶として貴族になるほど栄えたが、今は没落し、かつての栄光を求める一族。その一族が仕切るラキア最大兵廠にて生産される装備に刻印されるもの。
 必然的に、この紋章を持つならラキアに関係する存在である。

『遮音の魔道具』
 一部の道具作成系ファミリアが開発した閉鎖空間を完全な密室に変える魔道具。大手のファミリアには必ずあると言っても過言ではなく、彼らが会合する店などにもこの魔道具の改良型が置かれている。


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爺と女神、兎と飯を食いに行く


 処刑BGMが流れると言ったな? アレは嘘だ。



 *アイズのレベルが間違えていたので修正いたしました。 H29.2/17


 大して高くもない、それでいて無個性な服を二着ほど買い、永嗣とヘスティアは教会へと戻ってきた。

 とうに陽は頂点を超えて、傾きかけており、約束通りにミートパイと梨のタルトをヘスティアに振る舞うことにした。

 

 大変、美味しかったようで口元を汚したヘスティアが満足そうな顔でソファに寝転がっている。みっともないと言いたいが午前のことを考えると破廉恥すぎると思い、永嗣は見逃すことにした。

 沈黙が二人を包んでいたが、ヘスティアが口を開いた。

 

 

「シグレ君。君はどうして神威を恐れなかったんだい?」

「神威? ………ああ、あの圧迫感のことか」

「圧迫感…………まぁ、間違いではないけど。普通は神威を受ければ皆平伏すものだよ?」

 

 

 ―――君はどうして、平伏さなかったの?

 ヘスティアは一種の恐怖を滲ませた声色でそう問いかけた。

 一般的に、何の特性も持たない神々は地上においては無力な存在である。一般人と同じ程度の身体能力しかもたず、あるのは総じて美しい姿だけだ。そんな神々が身を護るために許されているのが神の力(アルカナム)をわずかに放出して威圧する神威だけである。

 

 狂信者であろうと、この神威を放たれればその行動を抑制できる。都市最強の猛者(おうじゃ)ですら、主神によるバックアップがない限り神威には抗えない。

 ヘスティアは続けた。

 

 

「僕は神威を放っていなかった。君は無防備に晒されたはずなのに………。ヘファイストスだって、唖然としていただろう?」

「そうさのぅ……………気圧されていないというわけではなかったよ。ただ、退くつもりもなかっただけじゃ」

「どうして? この街は神の統治する街だ。神に逆らうということは―――」

「追放されると?」

「うん」

 

 

 ――――なるほどのぅ、と何ともなしにつぶやく永嗣。

 この子どもは追放されたところで逞しく生きていけるという確信がヘスティアにはあった。この子どもは強い。理不尽や非道、不義理、悪意、害意などいくつも味わってきたのではないだろうか。

 それこそ、神々の理不尽など当然と思えるようなことだって――――

 

 

「儂にも目的というものがある。迷宮はその手っ取り早い方法じゃから、上辺だけでもしておいたほうがよかったか」

「そういうのは神には通じないよ?」

「嘘はつけないというわけか。だが……………実のところ、神威は確固たる信念があれば耐えられるものじゃよ?」

「信念?」

「どんなに恐ろしいものも、その信念が支えてくれるのじゃよ。誇りでもいい。誓いでもいい。自分勝手な掟でもいい。膝をついてはならぬと奮い立たせるものがあれば、どんな恐怖であろうと差し迫る死であろうと見据えられる」

 

 

 怖くないわけがなかった。あからさまに格上どもに囲まれ、雪崩が迫るような絶命感が麗人から放たれていた。人が抗うことのできない、自然の脅威を体現したような、人ではどうにもできなさそうなあの感覚。

 けど、初めてなら平伏しただろう。屈して膝をついただろう。

 でも、アレは経験しているのだ。――――嵐を前(死の直前)に経験しているのだ。

 

 

「一番は一度経験しているからじゃな」

「どこかで粗相でも犯してきたのかい?!」

「生前の話じゃよ」

「生前って………君は生きているじゃないか」

「言っておらんかったか? 黄泉帰りじゃよ。ちょいと、経験つんで来いと冥土から送られたんじゃ」

「はぁああああああ!!?」

「うるさいのぅ」

「ちょ、ちょちょちょちょっと待って! 君は生き返ったのかい!?」

「そう言うとる」

 

 

 だからこその冥界の加護か! ヘスティアは叫びたい衝動を我慢した。どこの世界に、黄泉帰る存在などいるのか。いや、もしかすると……………。

 

 

「黄泉帰らせたのは誰だい? もしかして……………ヘルかい?」

「ヘル? なんで地獄が儂を生き返らせるんじゃ」

「―――どうやら、神界に近い価値観なのはわかったよ。道理で僕らの言葉の意味がわかるような態度をしてたんだね」

 

 

 死者を黄泉帰らせられるのは冥界の神以外には存在しない。勇者を求めるヴァルキリーの大本、オーディンに関係するヘルかと思ったのだが、ヘスティアの予想は外れていた。

 

 

「名前からして極東だよね? ということはイザナミかな? でも、彼らは死については厳しいはずだし……………ハデスなんて、絶対許さないし」

「名前は聞いておらんかったからわからんな。女の姿だったのは間違いない」

「冥界の女神…………………………誰だろう? ペルセポネー………? いや、それこそハデスが許すはずが無い」

「まあ、過ぎたことを考えても意味など無いよ。疲れるだけじゃし」

「いやいやいや! 重要な事だよ。これ、他の神に言った!?」

「言っておらん」

「絶対に言っちゃダメだよ! そんなこと知られたら暇神(ひまじん)どもが大挙して押し寄せてくる!」

 

 

 面白ければなんでもするのが神という存在だ。かくいう自分も、この子達を迎えるまではそうだった。

 だからこそわかる。あの連中に引っ掻き回される苦痛と煩わしさが!

 

 

「あい、わかった」

「そうした方がいい。あぁ…………………今日だけで百年は経った気分だよ」

「年取ると時間の流れが早く感じるからの」

「失礼な! 僕はまだピチピチの○〇〇○○歳だよ!」

「―――――世間じゃ、それをだな?」

「あー!あー!キコエナーイ!!!」

 

 

 目を瞑り、耳をふさいで叫ぶヘスティアに、これ以上は何を言っても無駄と判断したのか永嗣は追及を止めた。

 察知しすぐにそれを止めたヘスティアも、冥界の女神について考えることにしたようだ。可愛い顔のシミ一つない眉間にしわを寄せ、ムムムと首をひねって、特徴の一つであるツインテールを器用にもにょもにょさせている。

 何を言っているかわからないだろうが、とりあえずもにょもにょしているのだ。あのツインテールが。

 

 

(えぇ………)

 

 

 もにょもにょと蠢くソレを見て、ドン引きしている眷属(永嗣)がいるのを本人(ヘスティア)は気づかない。

 さらに器用になってビシィッ! ズバァッ! シュパパパパッ! と効果音が付きそうな激しい動きになっている。艶やかで潤いのある彼女のソレは直撃すれば鞭の如き痛打を浴びせそうで近づけない。

 

 ゆえに、永嗣はまさしく触らぬ神に祟りなしと地下室を後にした。天気も良く、ほとほとに光が差し込む廃れた礼拝堂で瞑想し、時間を潰そうというのだ。ぽかぽかとすればそのまま寝入ることもできるだろう。

 ともすれば、永嗣は瞑想を始めた。想像するのは師と崇める山門の侍と一騎打ち。

 

 礼など無い。ただ純粋な殺し合い。振るわれる太刀筋はどれもこれもが首を狙う、一撃必殺。守勢に回れば押しきられると絡め手を含めた太刀筋にて応じる。

 どうやら功を奏したようで攻勢を止められた。再び、無形の構えの侍に正眼の構えで対峙する。構えから先読みをするのは不可能だ。だが狙われる場所はわかっている。首だ。

 

 ゆるりと振るわれる横薙ぎを避けるのではなく、受け止め、腹を流れるように侍の首へ刃を走らせる。鍔のない刀ではこれを防げない。

 しかし、身を屈めこちらの脇をすり抜けるようにして袈裟斬りを決めようとしてくる。剣を即座に動かせぬよう、こちらの剣を押し付けていたのが仇となった。即座に剣をかち上げて致命の一撃を打ち払う。火花が散り、金属と金属が強く擦れあう音が響く。

 

 この無理な体勢では凌ぎきれぬと侍の腹を蹴って下がるが悪手であった。離れる瞬間に足を斬られてしまった。これでは俊敏な侍の動きについて行けない。

 あとは詰将棋のように削られていった。されど、こちらも手負いの獣の如く、侍に傷を与えていった。

 言うなれば、不利になった時点で思い切りがよくなったのだ。致命のみを避けて腕や足へと集中していく。それでも足りない。

 

 互いに満身創痍といった体となるが、最初に足を斬られたのが祟った。深くもないが浅くもないこの傷は紙一重の差となってのしかかった。

 最後はあの剣技を喰らい、今までと同じように敗北で終わった。

 

 

「――――――――ふぅぅぅ……………まだまだ遠い」

 

 

 気づけば陽が大きく傾き、夕焼け色に変わろうとしていた。

 この瞑想を行うと、時を忘れてしまうのが難点である。されど弟子曰く、近づくと死にかねないほどに危険な瞑想と言われた。何故であろうか?

 

 

「さて、ベルはもうすぐ帰ってくる、か……………?」

 

 

 はて? 礼拝堂はこんなに荒れていただろうか?

 

 

「んん……………? む?」

「ただ今戻りましたー!!」

「おかえり―――随分と返り血を浴びたか?」

「え!? まだ匂いますか!??」

「人生経験でわかるよ。何、普通はわからんぐらいさ」

 

 

 嗅ぎ慣れておるからのー。慣れたくもないものだがな。

 

 

「して、どうじゃった?」

「あ、いや…………………その、5層目まで降りて、そのぉ…………」

「…………………………死んだら元も子もないじゃろう。生きてこそ、次があるというに」

「…………はい。でも! すごい人が居たんですよ!!」

「すごい人?」

「アイズ・ヴァレンシュタインっていう、レベル5の女の人です! ミノタウロスを細切れにしたんですよ!!一瞬でっ!」

 

 

 ミノタウロスが何なのかは知らんが、レベル5………………確か、この都市では最高クラスに入るとか。どれほどのものだろうか?

 

 

「5階層からその、ミノタウロスなるモンスターが出るのか?」

「いや、ミノタウロスは上層じゃなくて中層の…………相当手強いモンスターなんですよ!!」

「ならば、どうして上層におるのじゃ?」

「………………………あれ? なんでだろ?」

「気付かんかったのかい」

 

 

 そのあたり、ちゃんと教えるべきだと心に決めた永嗣であった。

 

 

 

 

 

 

 

「むっすぅー……!」

「わ、わわわ……!!」

「おお、随分と上がっておる。合計で――――150ちょっとか」

 

 

 ベルのステイタスは昨日とは比べ物にならないぐらいに上昇していた。耐久力こそほとんど上がっていないが、力と体力、特に敏捷が段違いで上がっている。

 

 

「本当に僕のステイタスですか!?」

「…………そうだよ。それだけ上がったんだよ」

 

 

 眷属の成長は嬉しいことであるはずだが、ヘスティアは脹れてしまい、かなり機嫌が悪いらしい。

 それもそのはず、この女神はベルに一目ぼれしているからだ。神特有の能力なのか、それとも波長というか運命というか。ヘスティアはベルに恋している。

 

 

「そうだ! 今日、迷宮に行くときに――――」

 

 

 朝飯も食わずに迷宮へ向かおうとしたところ、怖気が走る視線を感じて見回していたところをとある飯屋のウェイトレスに声をかけられて自分の朝食を譲る代わりに夜に来てください、と言われたそうだ。

 少し長いだと? つまり、カモられたってこだ。

 

 

「むきー! ベル君! アイズ某以外にも女の子を引っかけていたのかい!!?」

「え、いや違いますよ! バスケットのお礼に…………神様も行きましょうよ」

「ふんだ! 僕はいいよ。お昼の残りも―――――あ、無いんだった……」

「諦めて来い。隣の席にしてやるからの」

「君はやっぱりいい子だね! よし行こう」

 

 

 急いで身支度をするようだが、ベルのような駆け出しの冒険者を引き込むのだ。格式ばったレストランという感じではなかろう。

 さりげなく、いつもの服に肌の露出を少なくするようにと買わせた青色のカーディガンを着させる。これで背中も見えなくなる。

 

 

「買ったその日に使うことになるとは………君は予言者かな!?」

「んなわけあるか。では、ベル。案内を頼むぞい。あと2000ヴァリスぐらいは残っておるから、足しにでもすればええ」

「僕も持ってるから大丈夫ですよ。今日は2700ヴァリスでしたからね!」

「すごいじゃないか。まあ、5層まで行ったのを許すつもりもないけど」

「うぐ!」

「あとでシゴ―――――修正しておくから問題ない」

「頼んだよ」

「味方が居ない!? てか、シゴきって言いかけましたよね?!」

「ん? おお、間違えてもうた――――――調教の間違いじゃ」

「酷くなってるぅううううううう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所は変わり、件の店こと『豊饒(ほうじょう)の女主人』に来店した三人。

 豊穣は豊かに実るという意味だが、豊饒は豊かに肥えた土地という意味だ。勉強になったね!

 三人はカウンター席に通された。その際、ベルにバスケットを渡した少女が案内をしてくれたのだが、永嗣の表情は若干ながら硬いものがあった。

 その硬さが警戒心をまとうには時間は不必要であった。ちらりと横目でこちらを見た少女の顔が今朝がた感じたものに似た印象を受けたのだ。

 

 

「あら? どうなされました?」

「うむ。いや………どうにも癇に障ることを思い出してなぁ。今朝がたの事なのだがの」

「あらあら。でも、そんなことは忘れて一杯飲んで食べてください! 美味しいものを食べればすぐに忘れちゃいますよっ」

「だとええがな」

 

 

 深く追求するのもやめておいたほうがいいか? 上から視線を感じていたとはいえ、似通った視線事態はあるものだろう。

 永嗣はそう結論付けた。

 

 ベルを永嗣とヘスティアで挟むようにカウンター席の一角を独占すると、ここの女将であろうか。とても恰幅のいい初老の女が出てきた。

 初老といったが、老いは感じさせない、肝っ玉母ちゃんという印象である。席に着いたこちらに、女将は言った。

 

 

「よく来たね。あたしが店主のミアだ! シルから話は聞いたよ。じゃんじゃん飲んで食べて、金を落としていってくれ!!」

「は、はい! どれも美味しそうで迷いますね」

「気にすんじゃないよ! あんたアレだろ? あたしでも目を回すかもしれないっていう大喰らいなんだろ? そうは見えないけどねぇ」

「ええええ!!?」

「おや違うのかい? シルはそうだって言ってたけどね」

「シルさーん!!?」

「―――――てへっ☆」

 

 

 ほんとにカモにされたな、と確信した永嗣とヘスティアである。

 白い目でベルを見ていると、それに気づいてメニュー見ましょう! と露骨な話題逸らしを行う。

 そして、どれどれどんなものがと、メニューを覗けばあら不思議。

 

「「「高っ!!?」」」

「はっはっは!味は保障するよ。まぁ、予算を言えば、それに合わせて提供するよ」

「では、4500ヴァリスほどで三人分頼む」

「あいよ。リクエストは?」

「僕は肉で!ワインも頂戴っ」

「僕は…………パスタと魚とエールで」

「儂はパスタと肉。水でええ」

 

 

 少し意外だったのか、酒ぐらいなら飲めるよ? とこちらを気遣ってくれた。それを断り、その分を二人に回しておくれと告げる。

 若いのに出来てるね、と女将は厨房に引っ込んでいく。

 

 がちゃがちゃと食器や調理器具のこすれる音に混じり、声も聞こえることから厨房は一人だけではないのだろう。店内を漂う食欲を刺激するよい匂いが、女将が厨房へ入ったことでより強くなった。

 この分だと期待できそうである。

 

 

「美味しおうな匂いだね」

「バスケットに入っていたサンドイッチも美味しかったですよ」

「そりゃそうです。ミア母さんの料理は世界一ですから」

 

 

 いつの間にやらシルと呼ばれていた、油断ならない少女がベルの隣に立っていた。その手には肉に合いそうなワインとキンキンに冷えたエールを手に持っている。

 くすんだ銀色の髪をポニーにしている彼女は女将の子供なのだろうか? 似ても似つかぬ容姿だが………………。

 

 

「血は繋がってませんよ。ここで働く子にとってはお母さんみたいなものなんです」

「確かに。肝っ玉母ちゃんという風体だの」

「ふふ。その通りですよ。昔は高レベルの冒険者だったんですよ」

「なるほど。だから、冒険者が大勢居るのか」

 

 

 ヘスティアが納得したように店内を見回す。

 厳しい顔と体つきの冒険者たちが思い思いに飯を喰らい、酒を飲んでいる。

 

 

「冒険者の方々の間でも好評ですよ。ただ、住み分け自体はできているんです」

「住み分けですか?」

「ええ。夜は冒険者の方々が利用されますが、お昼は一般の方が利用されるんです」

「………………この料金で利用できるのか?」

「メニューを絞れば可能ですよ。量は多く、安くて美味しい。昼間に都市にとどまる冒険者は思うほど居ないんです」

 

 

 職業:冒険者、叩かぬ者飯食えぬ。とはよく言う。生きるためにも金は必要で、冒険者は迷宮で飯の種を得なければならない。

 高い装備と万全の備えの消耗品。整備費用、ギルドへの納税とファミリアと冒険者は大きなモンスター以外の敵が存在するのだ。筋肉で立ち向かえない存在だ。

 だが、その分の見返りは大きく巨万の富を得ることだって可能なのだ。

 

 対して、一般人の稼ぎはそこまで多くはない。

 恩恵の有無は生産品の質にも影響し、ただの鍛冶屋が作る武器と恩恵持ちの鍛冶屋が作る武器では天と地ほどに差がある。

 

 

「ですから、一般の方には格安で提供するんです。値段の差は種類と可愛い女の子とのふれあいで、ね?」

「男が多いからの」

「だから、ベルさんもいっぱいお金を落としていってくださいね」

 

 

 この店はノルマでもあるんかい?

 

 

「あいよ! 本日のおすすめパスタだ。肉と魚、もうすぐ上がるよ!」

「わあ! 美味しそうだね!」

「うむ。美味そうだ。お嬢ちゃん、皿とフォークを一つもらえんか」

「今持ってきますね」

 

 

 ぱたぱたと埃をたてないように、シルはカウンター内に入った。食器棚から皿とフォークを持ってきてくれた。

 言わなくてもわかるだろうが、永嗣は自分のパスタを皿にとりわけてヘスティアに渡した。

 

 

「おおお……………君ってやつは…………!」

「空きっ腹に酒は悪いからの」

 

 

 ベルも自分の分を分けようとするが、迷宮で腹も減っているだろうからやめておけと、二人からやんわり断られる。もともと、大して動いてもいないから腹が減っているわけでもない永嗣である。ヘスティアは二人の眷属ができたとはいえ、毎食、肉や魚を食えるほど裕福ではない。

 あまり納得できない、優しいベルは理由を見つけようとするが半分はお前の稼ぎなのだからと、今度は少し強めに言ってみる。

 渋々と納得はしてくれたが、ヘスティアも気を使い、女将のサービスで別種にされるていたパスタを少し分けて欲しいとベルに言った。

 

 自分も役に立てた―――よりも、女性に優しく在るべきと亡き祖父に言われ、それを心がけてきたベルは喜んでヘスティアに分けた。

 当のヘスティアは、内心で間接キスだぜ、やふぅー! と喜んでいたのだがベルにその気はなかったと言っておこう。

 そして待ちかねていたメインがやってくる。

 

 

「メインの肉と魚だよ。たんとお食べ!」

「ほっほぅ、これは美味そうだ」

「ううう…………立派なお肉が食べられるなんて、ほんの二日前まで思いもしなかったよ。もしかしてこれは夢なのか!?」

「か、神様! 大丈夫ですよ! 現実ですって!!」

 

 

 貧窮するヘスティアファミリアにとって、目の前のご馳走はなんとも食欲を刺激するものだ。

 とろけるバジルを練り合わせたバターと肉汁のハァァモニィィ!

 ムニエルになったサーモンらしき大ぶりの切り身。

 真っ赤なソースのかかった輝く照り焼きのチキン。

 肉と頼んだわけだが、別々のものとは思わなんだ。つまりアレだろう。

 

 

「こいつはサービスだ。これからも贔屓にしておくれよ」

「商魂たくましいの。だが、ありがたい」

「はっはっは! それもあるが、あたしの目は確かさ。あんたらはでかくなるだろうからね。さきに売り込んでおくのさ!」

「ミア母さんがそこまで言うなんて珍しいですよ! 私ももう少しアピールしようかなぁ」

「ふぁっ!?」

「そいつは聞けない相談だぞ、ウェイトレス君! ベル君は僕のものだッ」

「うふふふ、この勝負は最後までどうなるかわかりませんよぉ」

「にゃんだとぅ!!」

 

 

 げに恐ろしきは女の闘い。女の暗闘。

 大人の笑みを見せるシルとポメラニアンのように吠えるヘスティアでは格が違う。この少女、いったいこれまでどれだけの男を毒牙にかけたのだろうか(たんなる勘違い)!

 

 しかし、この女の闘いはすぐに収まった。女将が仕事しな! とシルに拳骨を食らわせ、ヘスティアにあんたも真に受けんじゃないよと叱り飛ばしていったのだ。

 悶えるシルをほくそ笑むヘスティアだが、そこはアレだ。同じ穴の狢が何を勝者ぶっておるとチョップを食らわせておく。

 ここに仲良く悶える二人の美少女が生まれたのである。―――一人は年齢○〇〇○○歳の年寄りであるが………。

 

 

 

 

 と、ここで終われば楽しい飯話だが、そうは問屋がおろさぬと神(作者)は嗤う。

 

 

 

 

「にゃにゃ!? ご予約のお客様がご来店にゃ!」

「ん?―――――ななっ!?」

「ん?―――――ああーっ!!」

 

 ついに持たざる者(ロキ無乳)持つ者(ロリ巨乳)が出会ってしまったのである。

 

 

 





 次回に回ります。狼狩りは(ゲス笑い
 とはいえ、ご指摘があるようにそこまで酷いものにはしないようにするつもりです。神威については、これが作者の限界だった…………………!!

 では、解説行くズラよ。


『時雨永嗣』
 ヘスティアに死んだことを伝えた、黄泉返りの男。とある連中に知られたら滅殺待ったなしの存在である。
 生前の行いと神への価値観から、神威の影響は殆ど受けない。プレッシャーは感じられるがひれ伏すほどではないのである。
 「むしろ姿形が見える分、安心できるわな。斬れるし」

『ヘスティア』
 黄泉帰った人間こと、永嗣の非常識さに胃を痛め、彼を送り込んだ冥界の神に薄気味悪さを感じている○〇〇○○歳のぴちぴちのぎゃる(笑)
 たとえ、彼が常識の埒外であろうとも家族であることには変わりない。彼女は彼の数少ない理解者であり、擁護者の一人である。
 ただ、次回は大嫌いな貧乳と対峙するからよろしく!
 「最近肩がこるんだよねぇ………(ゲス顔)」

『ベル・クラネル』
 原作通り、アイズ・ヴァレンシュタインに救われ、血まみれで街中を爆走。エイナに情報提供を求めている。違う点は憧憬一途の発現時期と、永嗣から貰ったショートソードが半ばで折れている点である。
 なお、エイナにそのことは話しており、ギルド支給品のナイフをもらっている。もちろん、借金に加算されてるヨ!
 「美人だったなぁ……………」

『神の能力』
 地上に降り立っている神は一部の例外を除いて神力の行使を制限されている。そのため、一般人と同じ程度の力しか無いのだが例外が存在する。
 いわゆる、美の神、武神、闘神、鍛冶神、薬神などの何かしらを司る神々はその技量や美しさが無くなるわけではないため、彼らは自衛手段が確立している。
 例えばタケミカヅチなどの武神はこの状態で永嗣を圧倒できるほどの実力を誇っている。

『山門の侍』
 皆様御存知、あのNOUMINデス!
 負けているのは、彼を倒したときにセイバーによる致命傷を負っていたためと彼の思い出補正によるもの。ただ、達人同士の戦いは僅かな傷一つで拮抗が崩れてしまうだろう。

『豊饒の女主人』
 オラリオでは有名な店。理由としては美味しいこともあるが、最強ファミリアの一つロキファミリア御用達なのと、主人を除く店員が美人揃いであること。さらに、男がいない女だけの店であることから、男性冒険者の利用率が高い。
 昼と夜の営業で、昼は低収入の一般人向けに。夜は高収入の冒険者向けと別れている。無論、双方ともどちらの時間に利用してもかまわない。払えるのなら。
 「豊穣」でなく、「豊饒」であることに違和感を感じる君は暗闇に気をつけよう。

『ミア・グランド』
 豊饒の女主人の店主。ドワーフだが、ドワーフとは思えないほどの体の大きさを誇る。彼女の店で食い逃げを成功させたのは後にも先にも存在しない。
 元は一級冒険者のため、腕っ節がある。
 「あたしの店で食い逃げたぁ、いい度胸じゃないか。ええ!!?」

『シル・フローヴァ』
 銀髪のポニーテール少女。店に訪れる客を見るのが好きで、その観察眼は下手な神々よりも上である。永嗣は、上から感じた視線と似通っているとして、非常に警戒している。
 「豊饒の女主人は本日も営業中です。ぜひいらしてくださいね♪」
 ―――行かせてもらおう。

『持たざる者と持つ者』
 現実とは残酷である。


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知っているか、と爺は問いた

 2万字超えです。繰り返します、2万字超えです!!

 皆さんの予想と異なりますが作者の展開的にはOKなのでよろしくお願いします。一種のオリジナル展開です。

 後半は汚い表現が多く出ます。人によっては不愉快に思われるかもしれません。そういう方は静かにブラウザバックをし、癒し系画像を鑑賞下さい。








 

「「なんでお前がここに居るんだ! って、真似するな(するんやない)!!」」

 

 

 二人そろって全く同じことを叫び、昼の頃の話によれば非常に仲が悪いと思われるこの二人。

 嫌いな相手が目の前に、それも楽しい飯時に現れたのなら、こうもなる。

 見苦しいとはこの事よ、と爺のような青年は一人ごちた。

 目の前で行われる神々の争いに、完全にどっちらけてしまったのである。互いに頬や、一方の胸をつかみ、健全な男諸君が思わず前かがみになるような柔らかさと、特定の女子の虚ろな視線に、軽蔑の眼差し。それが豊饒の女主人に渦巻いた。

 美味い飯もこの争いを見た後では大分損なってしまう。

 とりあえず、ヘスティアと男のような神を無理に引き離す。首根っこを掴んで引き離すと、周りの観客がざわざわとどよめいた。

 

 

「何するんや!!? おどれぇえ!!?」

「離すんだシグレ君! この無乳に身の程ってやつを…………!」

「うるさい」

 

 

 無乳と呼ばれた神―――赤髪にへそ出しルックの食え無さそうな細目の神物(じんぶつ)を、一塊でまとまる連中に放り投げる。

 どこかで、あいつ死んだぞ、と憐れむ声が聞こえた。

 

 

「ロキっ!」

「ぬがっ!!」

「何をするんですか!!」

 

 

 放り投げられた細目を褐色肌の少女が受け止める。

 細目の無事を確認すれば紅葉色の髪をしたエルフがこちらに杖を向けてきた。ロキ、というと確か――――

 

 

「赤髪のお前さんがロキか」

「そうや! 神を雑な扱いしおって………………なんちゅう、不届き者や!?」

「喧しい。女神ならまだしも、男神ならこの程度で堪えるほど軟ではなかろう」

 

 

 空気が死んだ。はて? と辺りを見回すと、いい加減営業妨害と介入しようとしていた女将も固まり、ロキファミリアの連中もロキから離れ始めた。

 なんぞこれは? その疑問もすぐに晴れる。

 怒りに満ちた声がロキから発せられ、発揮できる最大限の神威が放出されたのだ。

 

 

「―――――おどれ、命はいらんようやなぁ………?」

「……………………」

「うちは女神や。男神やない。それでな………」

「……………………」

「――――うちのことを男神って言うたやつは、死ぬほど後悔させるって決めてるんや……………!!」

 

 

 まばゆいほどの輝きが永嗣に向かって、指向性を持って放出される。ヒトに畏怖を抱かせるソレは、使いようによっては心を砕くことすら可能だ。

 そんな危険なものを他所のファミリアの眷属に向かって放つ。

 ロキファミリアの団長、フィン・ディムナは頭が痛くなった。この失態を穴埋めするためには非常に面倒だからだ。この場にいる冒険者への口止めや神威の使用理由……………とくにギルドからの追求が厳しいものだ。

 神威が収まり、哀れな冒険者の末路を一目見ようと、怖いもの見たさの感情が湧いてきた。神威の光にわずかながら目をやられ、徐々に慣れ始めた頃、ロキの震える声が聞こえた。

 

 

「――――自分、一体何者や!?」

 

 

 こんな焦り声は久しく聞いたことが無い。何があったのだと、ようやく見えかけた視界に映るのは―――

 

 

「なに、単なる一介の気違い男じゃよ」

「神威がキチガイで防げるか!」

「防げているのだから仕方あるまい。しかし、うむ」

 

 

 ベルに支えられているヘスティアを見る。ここは喧嘩両成敗といきたいところ。この女神にも面子というものがある。力がモノをいわせる社会において、面子とはとておも大事なものだ。

 永嗣はヘスティアのもとへと向かい、彼女を引っ張り立たせた。突然のことにボケっとしている彼女を連れてロキの前に立った。神威の効かぬ相手が目の前に立ったことにより、ロキファミリアの連中も臨戦態勢となるが、それを一人のエルフが止めた。 若緑色の髪を持つ高貴な装いのエルフだ。実に品位がある。

 

 

「いやはや。そちらの主神に対し、無礼を働いた。すまんの」

「そんなもんで収まりがつくかい! ちゃんと詫びを――」

「ロキ、黙っていろ。こちらこそすまない。先に居たのはそちらだというのに………」

「いやいや。神と知りつつ、放り投げる狼藉こそ非難されること。頭を下げられ、謝られても困る。詫びを入れるのはこちらのことだ――――そちらとしてもな」

「―――――そうか。では、それに免じて手打ちとしよう。フィン、それでいいな」

「構わないよ。ロキ、ここは酒場だ。酔って喧嘩を吹っ掛けるなら笑い話だけど、素面で喧嘩はご法度だ」

「~~~~…………しゃあないわ。可愛い子どもたちにそない言われたら、そうするしかあらへん。手打ちにしたるわ」

 

 

 上からの物言いに、ヘスティアが反論しかけるがげんこつを一発、脳天に落とす。ごちんっ! と鈍い音がし、呻きながら頭を押さえてうずくまるヘスティアに、周りは再び唖然とする。

 この世に、他の神の前で主神に手を上げる恐れ知らずが存在したのかと。

 

 

「話をややこしくするな、馬鹿者め」

「そ、そこまでにしておいたほうがいいんじゃないか? えーと…………」

「時雨永嗣じゃ。ヘスティアファミリアに所属しておる。まだまだ駆け出したばかりじゃよ」

「シグレ君だね。僕はロキファミリアの団長、フィン・ディムナだ。まだ団長は決めていないのかい?」

「そこまで多くもないからの」

「そうかい。まぁ、この話も終わりにしよう。今日は僕らの遠征の慰労もある」

「さようか。ならば、これ以上は無粋よな」

 

 

 言いたいこともある者は多くいるが、今はこちらの顔を立ててくれた新人(ルーキー)に感謝すべきだ、とフィンは内心で胸をなでおろした。

 今回の大遠征で被った被害は人的損失は皆無ではあるものの、物的損失は頭を抱えたくなるほどの額だ。オーダーメイドの装備は軒並み壊れ、一から作り直しが殆どである。軽く見積もっても5億以上は確実なのだ。

 ゆえに、この賢明な新人の気配りに心からの称賛を贈りたい。こういう気遣いができるのはロキファミリアの中でもほんの一握りしか存在しないのだ。

 

 

「さぁ、今日は遠征の慰労だ。疲れも嫌なことも飲んで食べて発散しよう!」

 

 

 ―――未だ来ていない、グループの分も頼みながらフィンは一抹の不安がよぎる。

 自分の親指がひくひくと震えていることに、フィンには嫌な予感がしてならない。だから、溺れるほどに酒が飲み、腹が裂けるほど食べて気持ちよ晴れろと思ってしまう。

 

 うずくまるヘスティアと白髪の少年を連れて、彼は戻っていった。そういえば、彼女の言っていた冒険者は白髪頭の冒険者だったはず。

 素直じゃない団員がどうのこうのと叫んでいたが…………。

 

 

「――――いや、違うだろう」

「………フィン、遅れた」

「ああ、アイズ。勝手だけど、君たちの分も頼んどいたよ」

「すまねぇ。俺も腹減ったぜ。まともな肉が食いてェ」

「もちろん、頼んどいたよベート。今日は好きなだけ飲み食いしてくれ」

 

 

 シルとは違う銀髪の青年、狼人族(ウェアウルフ)の青年ベートにフィンは労いの言葉をかけた。

 

 実際、帰りの道では格闘戦もできる彼に相応の負担がいったのは事実だ。レベル6という都市では数えられる程度しかいない一級冒険者である自分も、得物の槍が無ければ彼に負けるだろう。

 格闘で戦う冒険者は圧倒的に少ないがそれでも無手の状態で死を待つなどご免被りたい。

 

 

「ムメーも伝令ありがとう。魔法の行使で疲れているのに、よくやってくれた」

「構わんよ。それに、あの状況では私が動いたほうがよかっただろうからな」

 

 

 彼はレベル3でありながら、レベル5や条件次第ではレベル6すら圧倒できるほどの傑物だ。使う魔法も希少(レア)であり、ファミリアの幹部だけで情報を開示しているほど、彼という存在は秘密兵器なのだ。

 

 

「今日はゆっくりしてくれ。それに家事だって分担だから今日はしてはいけないよ」

「私の満足に足るものであればそうしよう」

 

 

 この炊事洗濯家事大好きな癖だけはどうにかしてほしい。リヴェリアと並んで、ファミリアのオカン二号と呼ばれているのに……。

 数々の災難があった遠征だったが、最後くらいは………本当に最後くらいは何事もなく終わってほしい。

 ―――それが数分前の僕の偽らざる気持ちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時、同じくしてカウンター前の席。永嗣とヘスティアはミアから小言を言われていた。

 冒険者相手の店だが、まさかロキファミリアに喧嘩を売ろうとする新参者が居るとは思わなかった。死ななかっただけありがたく思え、今度やったら出禁にするよ。

 他にも色々とあるのだが、それは置いておこう。当の二人も反省しており、拳が飛んでこないのが幸いと享受している。

 しかし、約一名が上の空だった。ベルだ。ロキファミリアの遅れてきた三人を見て、慌てて前を向いていた。それについては心当たりがある二人、一人はぐぬぬとハンカチがあれば噛んで引き裂きそうになっており、一人はなるほど青春と微笑ましく思っている。

 

 

「あの金髪の少女か」

「…………はい。ミノタウロスに襲われていた時、助けてもらいました」

「ほほう。それはそれは…………」

 

 

 金髪金眼の少女こと、アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキファミリアのレベル5であり、人族(ヒューマン)のくくりでは最高峰に近いとされている。二つ名は剣姫で獲物はその名のとおり剣を使う。同じ剣士として、その手前を見てみたい。

 だが、しかし………あまりにも格というものが違いすぎるかもしれない。

 

 

「アレに惚れたか?」

「あぅ///」

「ベールーくーん……!!?」

「静かにしておれ。ベル――――」

「そういや、アイズ! アレ覚えてるか?」

 

 

 覚悟を問おう、とベルに話しかけようとすれば俄に背後が騒がしくなってきた。ロキファミリアのテーブルの方だ。樽のジョッキで酒を煽る獣耳の銀髪ことベートが騒ぎ始めた。酒が入ったためか、ほろ酔いのベートは帰り道であったことを酒の肴にした。

 

 

「アレ?」

「そうだよ、アレだ! 帰る途中で逃げ出したミノタウロス共の群れだよ!!」

「ああ、確か最後の一匹は5階層で仕留めたってやつ?」

「そうだ。でよぉ―――――」

 

 

 曰く、逃げ出したミノタウロスは何の奇跡か、邪神のイタズラかどんどん上層へと上がっていった。

 曰く、冒険者が襲われ殺された形跡はなく、最後の一匹が5階層まで到達してしまった。

 

 

「あー、なんでか上まで行けた奴らか」

「遠征で疲れてるっつーのに無駄な労力をかけさせられたぜ。まぁ、それもこっからのを聞けば笑えるんだがよォ……!」

 

 

 曰く、下級冒険者がミノタウロスに半端な抵抗をしたのか、怒らせて逃げ回った。

 曰く、武器も壊れて、泣いているところを―――

 

 

「アイズが細切れにしたんだよ。壁際に追い詰められて、ブルってべそかいてる兎みてェなガキだよ」

「無事やったんか、その子?」

「無事さ。でもよ? アイズが細切れにしちまったもんだからアイツ………牛野郎の臭ェ血で真っ赤になっちまったんだ。ありゃあ、トマトみてぇだったぜ」

「うわぁ、そりゃ災難やったな」

「まぁ、そこで終わりゃあよかったんだがよ。そいつ、叫び声上げて走ってどっか行っちまったんだよ。ほぉぅああああああ!! ってさ! うちのお姫様は助けた相手に逃げられちまったのさ」

「助けた相手に逃げられるほど怖がらせたなんて、アイズたん萌えー!!」

 

 

 ―――――ほほぅ…………。どこかで声が聞こえた。

 普通ならば笑いもしない。自分たちの失態を棚に上げ、本来なら相手にすることすらないはずの存在と対峙した同業者を笑えるだろうか?

 もし、己が同じ段階で遭遇したとして……………そのような醜態を晒さずに済んだであろうか?

 彼らはそんなことは考えない。なぜなら、今は強いからだ。強いから笑えるのだ。

 ゆえに、彼らは嗤う。笑わないものはそれがどういうことか理解しているから笑わない。ある意味、普段なら笑わない連中も、今回の遠征に不満を抱えている。

 

 暴れたりなかった。

 お気に入りの武器を壊された。

 もっといいところを見せたかった。

 

 

 彼ら以外で笑う連中はもっと単純だ。上を見ていると自分が情けなくなる。でも、下を見れば自分も上の一員だと、陶酔できるからだ。

 そんな連中に果たして微笑むモノは存在するのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん…………」

「…………………ッ」

「べ、ベルくん」

 

 

 死人のように真っ青になり、俯いてしまったベルをヘスティアは慰めるように背中を擦る。

 ベルのことなど露知らず、ベートの嘲りは続く。

 

 情けない。

 同じ冒険者、男として恥ずかしい。

 ああいう身の程知らずの雑魚が増えるから、俺達の品位まで貶めやがる。

 泣き喚くぐらいなら端から冒険者になんかなるな。

 

 

「いい加減その口を閉じろベート」

「ああッ?」

「奴らを取り逃がしたのはこちらの失態だ。それを棚に上げ、(あまつさ)無力な(・・・)少年を笑い者にするなど恥を知れ」

「おーおー、誇り高いなぁ、ハイエルフ様よぉ。けどよ、雑魚を雑魚って言って何が悪い? それは変わりようのない事実だ」

 

 

 確かにそうだ。雑魚は雑魚だ。今は変わらぬ事実だ。

 手が白くなるほど握りしめたベルを、ヘスティアは気遣う。シルもその異常に気づいたか話しかけるも反応数ら帰ってこない。同席する永嗣に助けを求めようとするが、彼は何食わぬ顔で肉とパスタを食べている。

 

 

「笑うな、恥を知れ。イイことだ、小綺麗なこった。だがよ? それは反省している、次はそうならないようにするからって、失敗を誤魔化しているだけだろ」

「私の言葉がそう聞こえたのか? なら……………」

「ベートもリヴェリアももう止めぇ。酒が不味ぅなる。無事やったし、そうならないように気をつける。それで終わりや」

「…………ふん」

「はっ! ――――アイズ、お前はどう思うよ?」

 

 

 ベートはまだ蒸し返したがる。リヴェリアが不快感をあらわにしたことで、他所の冒険者は黙ったというのに彼は当事者の一人であるアイズに求めた。

 

 

「………何が?」

「決まってるだろ。自分の目の前で震えるだけの情けねぇ野郎をさ。あんなのが冒険者を名乗ってる。俺たちを同じ冒険者だと言ってやがることだ」

「………あの状況では仕方ない、と思います」

「――――本当にそうかよ?」

 

 

 ベートの嘲りは鳴りを潜め、アイズに問いかける。

 

 

「強さの欠片もないガキ。震えるしかできないガキ………お前は認められるか? お前は同じ状況だったとき、震えて死ぬことを選んだか?」

「――――それは………」

「俺だって、クソじゃあねぇ。どうしようもねぇ状況だって知ってるさ」

 

 

 ジョッキの中のエールを一口呷る。ベートはベートなりの価値観を説いた。

 

 

「こんな稼業だ。死ぬことは当たり前だ。それは当たり前のことだ。だがよ? 俺があのクソガキを―――トマト野郎を罵ってんのは、手前で選んだくせに諦めてんじゃねぇって言ってんのさ」

「ベート………もしかして、酔ってる? は!? もしかして偽者!!?」

「ンなわけあるか!! ったく………俺はトマト野郎が追い詰められても抗ってンなら、言わねェよ。だが、あいつは諦めた。向かってくる死(ミノタウロス)を前に無抵抗を決め込みやがった」

 

 

 乱暴な言動が多いベートだが、実際は相手を気遣ってのことが多い。彼は不器用で、口汚く罵るがそれはその程度で諦めるぐらいならば儲けものだからだ。

 ベートの種族、正しくは彼の生まれた集落は強さというものを特別視する。強いからこそ横柄なことが許される。これだけ見れば未開な蛮族としか言いようがないが、強者は常に誰よりも前に出て戦うことを義務付けられる。義務を果たすから権利を振るえる。強者足らんとするのであれば、常に戦う意思を見せることが、誇り高い一族の証である。

 

 

「俺はな、俺の一族はな。そういうやつが反吐が出るほどに嫌いだ」

 

 

 これだけは譲れねぇ、と残ったエールを一気飲みして追加を頼んだ。

 彼なりの考えを聞いて、古参連中は変わらないなと呆れ、彼と一緒に育った連中は意外なものを見たのか固まる。

 そんな中で、永嗣は動き出した。

 

 

「―――――ああまで言われると、どうじゃ?」

「………」

「下を向いても地面しか見えんぞ。面を上げて前を見んか。ん?」

「シグレさん………僕は……僕はッ……」

 

 

 顔を上げて、ベルは永嗣を見た。するとどうだろうか。若々しいはずの彼は老いた老木のような姿に見えた。それは死んでしまった祖父が自分の夢を語ったときに見せてくれた顔に似ていた。

 

 

「僕は…………強く、なれますか?」

「―――――成れるとも」

「強いって、なんですか?」

「お主が見つける、お主だけのモノじゃよ。誰かに与えられた強さなど、きっかけにすぎぬさ。うむ」

「どうすれば強くなれますか?」

「その道筋は知っているじゃろう。だが、その前にやるべきことがある。わかるな?」

「――――はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 湿っぽくなったのに耐えられないのか、ベートは不機嫌そうにエールを飲んでいた。にやにやとこっちを見てくる貧乳アマゾネスをあとでボコると心に誓っていると、ふと視界に移るその姿に彼は一層不機嫌になった。

 ベートの不機嫌さ―――正しくは、敵意の籠った視線に気付いたロキファミリアの人間はその先を見た。

 

 

「あの……」

 

 

 アイズはほんの少し後悔した。当の本人があの話を聞いてしまったことに。

 彼女の様子に気づいたリヴェリアが察したようだ。フィンもロキもアマゾネスの姉妹も、話の冒険者がこの場にいることを知り、居心地が悪くなってしまった。

 これでは自分たちが悪人みたいで、この兎のような少年をいじめていたみたいじゃないかと、心なしか罪悪感が湧きあがって来てしまう。しかし、ベートは違った。

 

 

「ンだよ、トマト野郎。てめぇを見てると酒も飯も不味くなる。さっさと失せろ」

「ベートッ!!」

「いえ、いいんです。事実ですから」

 

 

 さすがにこれ以上は看過できないとリヴェリアはベートを叱責しようと立ち上がりかけた。でも、それはベルによって止められた。

 だからだろうか、ベートはベルの顔を見た。ドワーフの男、ガレスは彼の顔を見て、ほほぅと感心したような声を出す。

 

 

「その、ヴァレンシュタインさん」

「……………あ、えっと……ごめ―――」

「黙ってろアイズ。ほら、続けろよ」

「すみません。―――――――助けてもらってありがとうございました」

 

 

 アイズの謝罪の言葉をあえぎったベートは続きを促した。出てきたのは感謝の言葉だ。

 

 

「あのままだと、僕は殺されてました」

「仕方ないよ。ミノタウロスはレベル2でも上のほうじゃないと単独では危険だから…………」

「それでも……僕は諦めてました」

 

 

 ―――後悔しました。なんで冒険者なんかになったんだろうって…………。

 本当に思ったことだった。調子に乗って、怖い思いをして―――無様姿をさらしてしまった。あんな化け物を一瞬で細切れにしたアイズに憧れを抱き、ベートによって惨めさを突き付けられた。

 もしかしたら、僕はそのまま終わっていたかもしれないとベルはそう感じた。

 

 

「そちらの人の言う通りです。僕は………抗うことを諦めてました」

「でも―――」

「けど、僕は………それが許せません」

「―――」

「弱いままでいたくありませんッ………!」

 

 

 血を吐くような声と決意は強者である彼らに伝わった。彼らは真剣だった。

 

 

「だから僕は………強くなります」

「うん」

「強くなってみせます」

 

 

 ガレスはこのなよっとした少年の評価を上方修正した。なるほどなるほどと。

 

 

「強くなって……………貴女の隣に立てるぐらい強くなります」

「んなっ……!?」

「……………私は止まらないよ? どんどん進む」

「それでいいです。その方が、隣に立った時に胸を張って言えますから」

「………そう」

「だから――――ありがとうございました」

「――――どういたしまして」

 

 

 深々と頭を下げ、礼を言うとベルは元いた席へと戻る。そこには当然、ロキを放り投げた青年が微笑みながら見ていた。

 

 

「シグレさん、行ってきます」

「おう、行ってこい」

「神様! 朝には戻りますからっ!!」

「必ず帰ってくるんだよっ!」

 

 

 半ば折れたショートソードと数打ちのナイフを携えて、ベルは迷宮へと向かった。若い冒険者が決意を胸に駆け出していく。

 ベートもその意思を尊重する。死んだとて本望だろう。同業者であるならば。

 ムメーは見た。かつて、夢を追ったあの日の姿を。

 ロキは目の前で一つ成長した子どもに心の中で祝福を与えた。

 酒場でくだを巻くような連中も、少年の姿にかつての憧れを思い出した。

 この少年の、この行動は彼らの心に火を灯したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ああ、なんという三文芝居なのか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び出していったベルは小洒落たドアの破砕音とともに豊饒の女主人へ戻ってきた。

 固まる一同に、外からうすらデカい男が下品な笑い声と下衆な笑顔で上がりこんできた。あまりの悪臭に鼻を抑えてしまう。男はそれほどに、まるで汚物が人の姿形を真似して動いているようなものだった。

 

 

「くセェ、くセェ。なんつー話をしてるんダァ?」

疫病男(ホモペスティス)!?」

「話っテのは、この俺様みテェに、香しく(フレグランス)なきゃいけネェよ」

 

 

 ―――ナァ? 黄ばみに黄ばんだ、糸を引く歯がおぞましい。開いただけで猛烈な刺激臭を放つ口臭が、命を奪おうとしているのではないかと思うほどだ。臭いで眼が痛くなるなど、劇毒以外の何物であろうか?

 

 

「さっさと失せな。アンタみたいな奴はお断りさね」

「おいおい。俺は客だ。店が客を選ぶのはおかしくネェか? ミアヨォ」

「馬鹿馬鹿しい。アンタはどこも出禁さ。ギルドにもそう言われてるだろう」

「ンなこと知るかヨォ。俺はレベル6だゼェ? ギルドも手出しなんザァ、できネェ」

 

 

 げびゃびゃびゃと、その笑い声ですら不快感しか湧かないこの男。レベル6といい、周りの反応といい、かなり知られているのだろうか?

 すると、ヘスティアに聞こうとしている永嗣に一人のウェイトレスが近づいた。リヴェリアと呼ばれたエルフと同じだが、彼女は金髪に碧眼だ。だが、その雰囲気は抜き身の刃のように殺気立っている。

 

 

「アレはなんじゃ?」

「…………知らないのですか?」

「知らん。それより、アレはなんじゃ?」

「…………………オラリオで数少ないレベル6の冒険者、その汚さからあらゆる店で入店を断られるほどに汚い男。ポプヌス、二つ名を疫病男です」

 

 

 垢塗れで、もはや茶褐色の部分しか見えないその肌をぼりぼりと掻いている。ぼろぼろと垢が剥がれ落ちるが、次の瞬間には見えていた肌色が茶褐色になっている。

 

 

「あのように、あまりの汚さに垢が剥がれ落ちてもすぐに垢となります。アレはそれ自体が防御力を持っていて、上級鍛冶師(ハイスミス)が製作した鎧と同程度の強度を誇り、かつ、触れるだけで装備も腐食させてしまいます」

「―――――ベルは無事かの?」

「それは―――」

「無事だゼェ、兄ちゃんヨォ」

 

 

 ポプヌスがこちらを見る。視線を向けられただけで犯されそうだと、エルフは身構えるが彼女の腕を引き、涙目になっているヘスティアを頼むと陰に隠す。

 

 

「…………」

「すまんが………」

「あ、いえ………神ヘスティア、こちらへ」

「おいおい。野郎なんザァ見たカァ、ネェんだぜ? 後ろのカワイ子ちゃんを見せろヨォ」

「黙れい。貴様のような醜男(しこお)に見られては可憐な華が汚れてしまうわ」

「/////」

(うおお…………さりげなく口説いてるよ、うちの子は!?)

 

 

 何か言いたそうな顔だが、今はすべきことがある。

 

 

「お前の近くで気絶しているやつはの、うちの団員なんじゃよ。何をした?」

「人聞きのわリィこというんじャア、ネェよ。この坊主がぶつかってきただけダァ。そんで気絶した。白目剥いて痙攣していやがる。この香りにまいっちまっタァんじゃネェのか」

「こりゃあ、重症じゃな」

 

 

 この汚臭とも腐臭とも似つかぬ、刺激臭がいい香りとは――――ほんとにウジでも湧いておるんじゃなかろうか、主に頭のなかに。

 

 事実、ポプヌスはベルに何もしていない。その悪臭で気絶し、ムカついたポプヌスが蹴り飛ばしただけである。

 

 

「そうかそうか。臭いの云々はどうでもいい。ならば帰れ」

「人様にぶつかっておいて、それはなネェんじゃあネェか? おい」

「結局のところそこか」

「げびゃびゃびゃ! テメェらみテェな雑魚にも俺様は優シィのさ。それともなんだ。一丁前にやるってのか?」

「…………………」

「待つんだ」

 

 

 無言で刀に手をかける永嗣に、フィンは待ったをかけた。

 じろりとその小さな手に似合わない力で永嗣の腕を止める。フィンはじっと永嗣の瞳を見た。初見では気づかなかったが、その瞳は昔見た迷宮の縦穴のように奈落を思わせる瞳だ。

 歴戦の自分を鼓舞するように、彼は永嗣に告げた。

 

 

「下げたくない頭を下げる気持ちはわかる。だが、ここは我慢した方がいい。君の目論見どおりには行かない」

「目論見じゃと…………?」

「僕らの加勢を期待しないでほしいってことだ。僕らはアレと事を構えるつもりはない。不愉快だが、言ってみれば他人事だ。もっと下のファミリアなら、場を収めることもできたが、アレでも最上位の一つなんだ」

 

 

 とすれば、後ろに控えていたエルフが補足をしてきた。納得いかないと、滲み出し始めた雰囲気からはやまうと思ってしまったのだろう。僅かな必死さが伺える。

 

 

「疫病男が所属するファミリアはオラリオでは少人数です。ですが、かつてのファミリアの有力者を取り込み、さらには団員たちの持つ希少能力がロキファミリアですら二の足を踏ませます」

「………………リオン、僕らは別に恐れているわけじゃ―――」

「わかっています。貴方達なら必ず勝利できます。しかし、無傷ではない」

「そうだね。シグレ君、彼らは敵に回すと非常に厄介な能力を持つんだ。だから僕らは事を構えない。君らに加勢できない。我慢してくれ」

 

 

 フィンは未来のある彼らを潰したくはなかった。自分の親指がうずうずする。ポプヌスに彼が近づくほどにその動きは大きくなる。

 こんなときは結果が二つに別れる。いい事と悪いこと。そして、これは悪いことだ。

 彼を見たとき、その仲間がアイズに告白まがいのことをした時、感じていた卯月はいい事のほうだ。彼らは大きくなる。このまま行けば、よき隣人になってくれる。漠然と、自分にとって良い結果を導いてくれるとナニカが囁くのだ。だからこそ、ここで潰させるわけにはいかない。フィンにはそんな打算があった。

 

 

「できん相談だ」

「なぜ?」

「あの手の輩はな? 一度、下手に出れば調子に乗るだろう。厄介なことに己の力量をよく理解しておる。嬲ることが快楽を生み出すことを知っている眼よ」

「それは……………」

「ここで下がっても、アレはすぐにやってくる」

 

 

 手を離せ、とフィンの顔をじっと見る。フィンもこれ以上は無理だと諦め、後は知らないと入れ替わり、ヘスティアとエルフを守るように立つ。

 

 

「せめて、これだけはさせてもらうよ。すまない」

「女子見せるには、汚すぎるからの。任せる」

「任されたよ。神ヘスティア」

「な、なんだい?」

「もしもの時は―――お願いします」

「―――――もちろんだよ。家族を守るのに、躊躇するなんて馬鹿げているからね」

 

 

 なら、止めてほしいと思ったが、どうやらこの小さな女神は眷属に絶大な信頼がある。というより、何かを確認したいといったところだろうか。

 アイズが止めようと近づこうとするが、それをムメーとベートが止める。

 リヴェリアはすでに回復魔法の準備を済ませているのだろう。ラウルに、ポプヌスが離れ次第、少年と、生きていれば事後の彼を連れてくるようにと命じているようだ。

 

 

「心配ないよ、フィン君」

 

 

 どこが、と言いそうになるが、その碧眼を見て声をつまらせる。

 

 

「彼はね、強いから。そしてこれからもっと強くなる自慢の家族だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表に出ろとは永嗣の言葉。ポプヌスはニタニタと笑いながら人通りどころか、もはや灯りすらなくなった道に出る。悪臭に悲鳴を上げ、逃げる猫に、この香りの良さがわからないとは、これだからケダモノはと文明人のように貶す。

 さてと、ポプヌスは自分の背後からついてくる新人――――はそのまま店を背にするのではなく、風上のほうへと向かった。

 

 

(考えてるじゃネェか。風下なら香りに惑わされることもネェ)

 

 

 そのぐらいは考える理性はあるようでない頼だ。なのに、この香りを理解できないとは…………嘆かわしいことだ。

 得物を見る限り、腰に携えたカタナのみ―――と思いきや、人様の手すりを切り落として二刀になりやがった。

 

 

「そんな棒切れでやるってのか」

 

 

 怖いもの見たさに外を覗きこむ冒険者たちも、失笑せざるをえない。恩恵を持つ鍛冶師が作った数打ちならいざ知らず、そこら辺の鉄の手すりを得物にしたところでへし折られるのが関の山だ。

 風切り音を響かせて振り回すその姿に、蛮勇どころかキチガイの類と笑えもしない。

 

 

「黙んまりは酷いぜ?」

「―――――――よし、ならば斬る」

「はっ、斬るだと? 馬鹿言うんじゃあネェヨォ。雑魚が」

「吠えるな、糞蟲。吠えた分だけ悪臭が回って不愉快じゃ」

「態度がデケェんだヨォ!」

 

 

 悪臭を放っていても、レベル6家二つは離れていた距離を2歩で縮めた。

 空気に色がついているのではないかと思うほどに、何かを含んだ拳が裂いて迫る。大振りのテレフォンパンチは直進というよりも、大きく弧を描いて手のひらを叩きつける―――ビンタのように振るわれた。

 

 

「知能はあるか」

「そっちこそな」

 

 

 後ろに下がるのではなく、前へと進み、脇を通り抜け様に棒切れで水月を強かに打ち込んだ。効いた様子はなく、瞬く間に棒切れは腐食し錆びだらけになってしまった。

 打ててあと一、二回といったところだろう。

 

 

「腕を振れば垢も飛び散るということか」

「隠し玉を言うほど俺は馬鹿じゃネェぜ」

 

 

 買ったばかりの服が所々に穴が開いていた。紙魚(しみ)に喰われたような小さな穴だが、これは厄介だ。実に厄介である。

 大振りのテレフォンパンチは散布界をとるため。受け止めるのは愚行であり、砂利石のように飛んでくる垢を武器で払うも、無視するのも愚か。なるほど、ロキファミリアが戦いたくないわけだ。

 ――――割に合わない。

 

 

「おら次ダァ」

「うぅむ。これはちと……………不味いか」

 

 

 

 

 

 

 

 二人の戦いを見ている観客たちは、早々に勝負の決着を予感していた。だが、始まってみればレベル1がレベル6の猛攻を凌いでいるではないか。

 何かのスキルか? と、彼の主神であるヘスティアに目を向けるが、その女神は倒れていた白髪の少年につきっきりだった。ラウルが二人が外に出たと同時に連れてきて、リヴェリアが怪我の確認をしている。

 

 

「問題ない。悪臭で気絶したのと、本当に軽く蹴られただけのようだ」

「よかった。……………ベル君」

「私も残念に思う、神ヘスティア。不幸だったとしか言いようがない。願わくば、今日の志を失わないでほしいが…………」

「大丈夫だよ、リヴェリア君だったかな? ベル君は強い子さ。実力ではなく、心がね!」

「――――ふっ…………余計な心配でしたか」

「いざとなれば女神の抱擁で………!!」

「うちの主神の前でそれはやめてくれ」

 

 

 形容しがたきお○松さん顔をしているロキに、ホントは切れ者なのになんでこうなるかな、と頭痛がしてくるリヴェリアであった。

 などと、見目麗しいハイエルフがキャットファイトを始めそうな二人の女神を宥めようと齷齪(あくせく)していたが、かぶりで外の戦いを見ている連中は驚きを隠せなかった。いや、一人を除いてだが。

 

 

「すっごい、レベル1だよね?」

「戦いも様になっているの。どこぞで名を挙げた剣士か?」

 

 

 薄いアマゾネス(どこがとは言わない)とドワーフが感心したように見る隣では、分厚いアマゾネス(こっちもどことは言わない)が団長になにやら質問を投げかけていた。いや、なんか怖い―とか棒読みで抱き着こうとしているだけだった。

 

 永嗣の戦いに一番興味を持っているのはアイズであった。同じ剣士として、種類は違えど何かしらの足しになるのではないかと物見遊山と心配の半々で見物しようとしたが―――――学ぶべきことが多くて、じっと見つめている。

 それを面白く思わないのはベートと紅葉色の髪のエルフだ。意中の女、あるいは憧れの女性が他の男、駆け出しの冒険者をじっと見ていることは不愉快だと、エルフの少女は思っていた。

 ベートはアイズの気持ちもわかるが、それでも俺を見ていてほしいし剣については門外漢なのが堪らなかった。アイズの隣に立つムメーは鷹のように鋭い眼で戦いを観察している。ムメーは盗めるものはなんでも盗む、とじっと見つめるアイズにこう投げかけた。

 

 

「よく見ておくといい」

「うん」

「アレが剣士の極みの一つだ。ひたすらに剣を振り続け、狂っているとしか思えないような信念の果てに辿り着いた存在だ」

「…………ムメーの知り合い?」

「―――――かつてはな」

「ンだよ。あいつのこと知ってるのか!!?」

「ベート、あまりプライベートなことに突っ込んでほしくはないのだが?」

「五月蠅ェ! ありゃ、一体何なんだ? レベル1ができる動きじゃねーだろ」

「別に不可能ではない。彼なら恩恵なしでも同じことが出来るだろうさ」

 

 

 時折響く風切り音が、道に積もる埃を巻き上げる。ポプヌスもそれの意味するところしているのか、次第に嘲りがなくなり始めてきた。

 

 

「アイズさんと同じ魔法を使っている? 無詠唱で?」

「今持っている角材で引き起こしたものだよ、レフィーヤ。振りが速すぎて風を巻き起こしている」

 

 

 腕を振るい、垢や頭垢(ふけ)を飛ばしても風で受け止められ、自分の方向へと返される。ただ、考え始めたのか逃げ道を塞いでいくように飛ばし始めている。いずれは靴すら腐食してしまうだろう。あんなものが肌に付着すれば…………………想像しただけで悍ましい。

 

 

「とはいえ、もう決着がつくな」

「あン?」

「――――――奴相手にポプヌスの鎧は無力だと言っただけだ」

 

 

 聞き耳を立てていた誰もが、ムメーの言葉を理解できなかった。早く続きをと催促しようとすると、汚い悲鳴が彼らの視線を戦いへと引き戻した。

 唯一見ていたのはアイズだけだった。

 

 

「――――――――剣が…………四つ出てた?」

 

 

 煌く銀閃は確かに四つ。ポプヌスの右腕を斬り飛ばしていたのだった。

 

 

 

 

 

 時は僅かに遡り、錆を通り越して朽ち果て始めた棒切れを捨てて、積まれていた角材を手に、永嗣は何度目かの打ち込みを行っていた。

 角材は見る間に朽ち、粉々になる前にポプヌスへと投擲、奴の背中に当たるも弾かれて今度こそ粉々になってしまった。

 

 

「無駄無駄ァ、そんなのじゃあ、俺の鎧は超えられネェ!」

「三太刀、いや四太刀か?」

「何度やっても無駄なもんは無駄だ。俺に傷をつけたきゃあ、不壊属性(デュランダル)武器でも持ってきな!」

 

 

 ―――まぁ、お前が手に入れられるはずもネェがヨォ。

 不壊属性とは、ごく一部の上級鍛冶師のみが施せる決して壊れない武器のことである。その値段は一般人であれば一生遊んで暮らしていけるほどになるだとか。

 

 

「皆目知らんわ」

「じゃあ、さっさと死んじまいナァ!」

 

 

 今度はボリボリと頭を掻き始めた。汚いもので、その手のひらと爪の間ではごっそりと頭垢がくっついている。

 

 

「ソォら、よっ!」

「何から何まで汚いやつじゃの……………………!」

 

 

 その内、股間でも掻き毟って襲い掛かってきそうだ。いや、痰を吐くのも考えられるか。

 じっとりとした頭垢が永嗣に向かって飛来する。しかし、新たに手に入れた角材を一振りすれば、逆にポプヌスへと戻ってきた。

 

 

「ああ? 魔法でも使えるのカァ?」

「さぁの」

 

 

 ざわざわと観客からも無詠唱、魔法名も言わないで発動できるレアスキル? とざわついている。

 単に風圧を生み出したわけなのだが、この世界の連中はどうしてレベルや魔法に繋げたいのだろうか? 恩恵万能主義というやつか?

 

 二度三度と続けてけば、流石に自分の攻撃が無駄だと考えたのだろう。むしろ、周囲にばらまいて逃げ道を塞ごうとし始めている。それを考えるだけの頭は残っているようだ。腐り果てていると思ったが、自分の能力について、冷静に捉えている証拠だろう。

 そろそろ頃合いでもある。速さは家2軒、錆つきは一当てでは朽ちない。垢が再び浮き出るまで瞬き三つほど。十分すぎるほどである。

 ―――で、あるなら…………………………。

 

 

「―――――殺るか」

「逃げ道はもうネェ! 体に触れれば、火傷じゃすまネェぜ!」

「必要ない。あとは斬るのみ」

「ほざケェ!!」

 

 

 他の人間からすれば追えぬ速度も永嗣からすれば十分追える速度。足の使い方を知らないのか、ダン、ダン! と全身を震わせながら突撃をしてきた。

 ぽろぽろと垢が剥がれ落ち、振り乱された汚い光沢を持つ髪から頭垢がばらまかれる。切り抜けるには上を跳んで越すか、後ろに下がって脇道に逃げ込むしか無いだろう。

 

 しかし、永嗣は迎撃の構えを見せていた。今まで構えらしい構えをせず、小兵のように跳んで駆けて逃げまるのではない。横水平に構えた、極東固有の武器カタナ。

 オラリオでカタナの評価はあまり高くない。その代表的なものはあまりに脆いこと。片刃でしか無いこと。斬れないモンスターが多いこと。値段が高いことだ。

 

 新人が一度は陥る、神々曰くチューニ病による影響もある。他人と同じものは使いたくないと、それを知らない新人が使えないものを高い金を出して買い、その悪評を広めるのだ。

 あの新人も同じかと思っていた―――。

 

 

「―――秘剣―――――鷹の爪……!」

 

 

 同じことを思っていたポプヌスも無警戒に突き進んでいた。そも、このスキル『汚れた光』に太刀打ちできるものは数が限られている。

 

 一つは不壊属性の刀剣類。垢を貫き、超弩級の耐久力を誇るポプヌスの肉体も傷はつけられるだろう(・・・・・・・・・・)

 

 一つは上位の魔法。耐久力が高くても、垢の鎧を持っていても九魔姫(ナインヘル)千の妖精(サウザンド・エルフ)の魔法には耐えられない。

 

 一つは………………………あり得ないが、都市最強が襲ってくること。グランドクエスト級モンスターに襲われること。これはあり得ない。

 

 自分の防御は駆け出しの新人なんかには負けない―――――そう思っていた。

 体格のいいバーバリアンが自分に襲いかかり、似たようなシチュエーションで吹き飛ばしたときの喜悦を外でも味わえるとポプヌスは妄想していた。

 それは間違いだった。新人が構えを見せた時点で手打ちにすべきだった。

 

 長年の冒険者生活で培った危機感がポプヌスに警鐘を鳴らす。咄嗟に両腕で首を守るようにガードした。

 そしてそれは正しい判断であった。新人の間合いに入った瞬間、ポプヌスの右腕は宙を舞った。

 

 

「ウギャアアアアアアアアア!!!?」

「勘のいいやつじゃの」

 

 

 ぼとりと落ちた右腕、流れでる血液――――否、血は出ていない。こう、白く粘つく何かが糸を曳いている。

 何が起きたのかわからない。何が起きたのか? 疑惑と憎悪を綯交ぜ(ないまぜ)にしたポプヌスは腕を抑えて睨み付けていた。

 

 対して、永嗣は無傷だった。あるとすれば持っている刀の切っ先が腐食し始めていること。その刀に申し訳なさそうな顔をしていることだ。

 

 

「何しやがった!!?」

「斬っただけのこと。知らんのか?」

「ああ!?!」

 

 

 先ほどと同じ構えを見せると、ポプヌスは己の直感に従った。

 間違いない。さっきの一撃は紛れもなく、首を刎ねに来ていた。遊び半分じゃなくて、本気で殺しにかかってきている。そしてこいつは――――

 

 

(俺のスキルが通用しネェ…………レベル1の分際で………!)

 

 

 冷や汗がポプヌスの全身を伝っていく。決して逃がすつもりもない、かつて見た死神や冥界の神が発していた逃れられない死。それがポプヌスの前にしかと形をもって存在していた。

 観客たちは大番狂わせに熱中している。アレはスキルか? レベルを偽っているんじゃないのか? そうであればどれだけ自分が慰められるだろうか。

 

 そして永嗣が二の句を告げる。その気配を察したのか、彼らは固唾をのんで待った。つばを飲み込む音すら彼の言葉、あの強さの秘密を聞き逃す要因だと、息すら止める者もいた。

 

 

「―――――当てれば斬れる………ただそれだけじゃよ」

 

 

 切っ先の朽ちた刀、朽ちていない刀身が死相の浮かぶポプヌスの顔を写し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――なんなんだ、彼は……?」

 

 

 フィンの驚きは正しいものであった。レベル差は5という、天地を覆したところで変わることのない定理が目の前で覆された。

 思わず、店内にいるであろうヘスティアを見てしまう。彼女はすでに、自分たちの主神からキツイ尋問を受けていた。必死に何かを隠しているようだが、あの狡知な女神を騙せるほどではない。純真なのだろう。

 

 

「ムメー、何が起きたか知ってる?」

「まぁな」

「それは聞き捨てならないね。教えてくれるかな?」

「マナー違反だぞフィン」

「公衆の面前で奥の手を出すほうが悪いのさ」

 

 

 団長命令で吐かせてもいい。ティオナやティオネ、ベート。何よりアイズが同じ剣士として一番知りたがっている。

 

 

「……………単純に言えば、四度攻撃を当てただけだ」

「あの一瞬で?」

「不可能ではない。先ほどもアイズたちには言ったが奴なら可能だ。恩恵がなくとも、瞬きする間に打ち込むことは出来るからな」

「………そんなの、あり得るのか……?」

「かつては神などいなかった時代、英雄と呼ばれる連中なら不可能ではないだろう。気の遠くなるような死線と鍛錬、経験によってな」

 

 

 ならば、彼は英雄の子孫だというのだろうか?

 

 

「間違っても英雄とは呼ばないほうがいい。アレは英雄(げんそう)なんて求めてはいない。いずれ友好を得たいのなら猶更だ」

「………肝に命じておくよ」

「―――――待って」

 

 

 アイズがムメーに食い下がった。これ以上、何を知りたいのだろうか?

 

 

「ムメーは見たの?」

「見た、とは?」

「あの人が剣を振ったとき、確かに四つあった。一本しかないはずの剣が四つ見えたよ」

「どういうことだい、ムメー」

 

 

 彼はアレを見たうえで、四度打ち込んだと偽っていたのか? であるならば…………。

 

 

「虚偽は許さないよ。主神同士の仲が悪いんだ。下手をすれば戦争になる可能性も否定できない」

「なら、私はロキファミリアを辞めるだけだ。幸い、引く手はあるのでね」

「おい、テメェ! 団長の命令が聞けないってのか、ああ!!?」

「ティオネやめるんだ。………君が居なくなるのは困る。内情も知られているからね。どうあっても話せないかい?」

「そうだ。しかし、フィンの懸念は間違っている。アレはロキファミリアと事を構えるようなことはない」

「主神が命じても?」

「するだけの理由があればやるだろう。しかし、主神の仲が悪いだけで剣は抜かんよ」

 

 

 ポプヌスを追い詰めていく永嗣を見て、ムメーは何を思っているのだろうか?

 何かを知っているという確信があるが、それを彼相手に無理やり聞こうとすれば…………。

 

 

「いい加減しろよ、アタシが優しくしているうちに―――――」

「もういい。ティオネ止めるんだ」

「団長っ!」

「得る物より失う物のほうが多すぎる。団長命令だ、彼に問い詰めることはやめるように」

「感謝するよフィン」

「でも、いずれは話してくれるんだろう?」

「敵対することになったらな。そうなりたくなければ………アレの周囲に手を出さんことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、豊饒の女主人の中では女神同士の―――いや、一方的な詰問が響き渡っていた。

 シルは目の前で行われている女神同士の争いより、膝の上で呻っているベルが心配だった。

 彼はまた立ち上がれるのか? 強くなると誓った端から、彼は打ちのめされた。幼いころから持っていた、なんとなく人の色が見えるこの瞳はベルのような透き通った色が濁らないかが心配だった。

 

 

「ベルさん」

「う、うぅ……」

「ベルさんっ!!?」

「起きたのかい?! っと、放せ、ロキ!!」

「ちょ、待てやッ!!」

 

 

 目を覚ましたベルの視界に飛び込んできたのは、銀髪の少女と泣きはらした顔の大事な主神だった。自分はどうしたのか?

 確か、急に気が遠くなって――――

 

 

「はっ!?」

「どこか痛いところはないかい? 大丈夫?」

「えっと、神様……? 僕は迷宮に……あれ?」

「ここは豊饒の女主人や、坊主」

「か、神ロキ!?」

「おう、しばらく。アンタの啖呵、なかなかにキマっとったで」

 

 

 リヴェリアー、と外の様子をうかがっていたリヴェリアを呼び寄せる。今度は何だと、渋々こちらに顔を向けるが、ベルの姿を見ると安心したかのように顔をほころばせた。

 

 

「大事ないか、少年」

「は、はい! 大丈夫です」

「ならよかった。君は疫病男の臭気にやられ、奴に蹴り飛ばされて店内に戻ってきたんだ」

「え…………?」

「恥じることはない。むしろ、短時間で目を覚ますことが凄い。私の知る限り、成り立ての冒険者が奴と遭遇したら、丸一日は寝込むほどだ」

 

 

 ――――――――――迷宮にすら到達できなかったのに?

 

 

「自分を卑下するな」

「ッ………」

「不幸が重なってしまっただけだ。冒険者として名を上げたいなら、まずは生き残ることを考えなさい。生き残ったからこそ、我々はレベル6まで行けたのだから」

「でも!」

「デモもストもない。どういう意味かは知らないが、これが審理であり、事実だ」

 

 

 その言葉にはこれまでの想いが乗せられていた。

 夢を見て、ファミリアの門を叩き、強くなろうと足掻いて帰らなかった仲間たち。当時は自分など影すら踏めなかった存在が、日が昇れば死んでいたこと。

 初めての教え子が無茶をして、そのまま迷宮から帰還しなかったこと。

 共通しているのは誰もが生きて帰れなかったことだ。

 

 

「その意志を強く持つんだ。そのうえで生き残れ。これが我々のできるただ一つのアドバイスだ」

「わ、わかりました///」

「うぉい! ベル君っ!?」

「伊達にママとよばれべしっ!?」

「誰が母親だ」

 

 

 彼女の名前はリヴェリア・リヨス・アールヴ。気高きエルフの王族ハイエルフにして、若干、行き遅れていることに焦りを持つうら若きおつぼ「何か言ったか?」乙女である。

 

 

「しかし、そうだな。外を見ると良い。君の仲間が戦っている」

「シグレさんが?」

「そうやった! おい、無駄乳!! アレはどういうことや、白状せえ!!」

「だから、神力(アルカナム)は使ってないって言っているだろ!!? 無乳のくせに無能になったのかい!?」

「なんやと、ゴルァ!!」

「なんだと、コノォ!!」

「――――――――さ、見に行こうか!」

「そうですね! その方がいいですよね!!」

 

 

 後にロキは、Dいや、C-でもあれば勝てた、と布団にくるまりながら嘆いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 形勢は変わらないと思っていたが、そこは臭くても―――あいや、腐ってもレベル6.すぐに体勢を立て直して近づけないように矢鱈と垢を飛ばしてくるようになった。

 近づいて行こうとするも、唾や痰まで吐きかけてくる始末。汚くて近寄れないのもあるが、地面の石畳を溶かすほどの物質をまともに喰らうわけにはいかない。

 

 

(できればあと一度で仕留めたい。二度目は……………無いな)

 

 

 ポプヌスの腕を斬ったカラクリはこうだ。

 刀の切っ先の部分だけ(・・)を当てるように斬る。その際、かつての見様見真似で体得した秘剣にて垢を一の太刀、二の太刀でそぎ落とす。三の太刀で切断し、四の太刀で飛沫を払うといったもの。軌道は唐竹と切り上げ、胴とつないで逆袈裟で払うといったものか。

 

 だが、今は警戒されたのか近づけない。首を刎ねようと狙うがとっさに腕を盾にされて、仕方がなかった。防げぬ右側をとられないように左腕を盾にするように動いている。

 妙なのは、傷口から血の類ではなく白く粘つく何かが垂れていること。これも危なさそうだ。

 

 

(手負いにして、油断が無くなってしまったか…………斬るには心もとない)

 

 

 同じ剣があと数本あれば確実に斬り殺せるだろう。両腕に二つ、両足に二つ。首に一つ。されど、手元には朽ちて長さが3分の2ほどになった業物一つ。

 半ばで左腕を斬ろうにも、根元の部分で首を断つのはダメだ。出来ないことはないが汚いから近づきたくない。

 

 

「んー…………どうすべきか」

「おぅラァ!」

「んん?」

「糞ガァ!」

 

 

 隙ありとみて、殴りかかってくるがすぐに退かれてしまう。前にも思ったが、馬鹿ではないようだ。

 朽ちて崩れた部分を見て、出来てあと二度ぐらいと予想したのだろう。確かにその通りだ。

 

 

「これじゃ、埒があかネェ」

「黙って首を出せばそれで終わりぞ?」

「ざけんなよ。俺ァ、まだ死にたくネェんだ」

 

 

 千日手になりかねない、と腹をくくるしかない。永嗣は再び、あの構えを見せた。首を狙ってくるのは分かっている。自ら首を絞めるように腕を巻いた。

 それに対して―――――

 

 

「腹ががら空きじゃのぉ」

「へっ、その刃渡りじゃ断てネェのは分かってるぜ」

「背骨を斬れば動けなくなるじゃろ? あとは、さっくりと…………な?」

そんなのじゃ俺は殺せネェ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 どうやら隠し玉はまだあるらしい。どんなものか…………。

 雰囲気を変えた永嗣をポプヌスは脂汗をかいて、じっと見つめていた。

 俺はここで死んじまうがお前も道ずれにしてやる。覚悟を決めた手負いの獣。それが今のポプヌスだった。

 

 しかし、それは無粋な横やりで幕を引く。

 

 

「こんな夜更け、通りの真ん中で何をしているのですか?」

 

 

 ギルドの服を着た偉丈夫がやってきたのだ。

 観客の誰かが彼を見て、丐叫んだ。

 

 

「ハルバルスだ! 判事ハルバルスが来やがったぞ」

 

 

 ハルバルスと呼ばれた偉丈夫は、何の感情も宿さない瞳で二人をねめつけた。いけ好かぬ顔つきと態度。戦いに横槍を入れるかと文句をつけようとするが、偉丈夫は矢継ぎ早に告げた。

 

 

「市民からの通報で、冒険者が争っているとありました。ギルドの規約では乱闘はご法度のはずですが?」

「ギルドが不介入の間違いではないか?」

「通常ではそうです。しかし、一般人からの苦情を解消するのもギルドの役目。それが冒険者によって引き起こされているのなら猶更のこと。即刻命じます。このバカ騒ぎをすぐにやめなさい」

「…………わかったよ。ギルドには逆らえネェ」

「逃げるか?」

「バァか。てめえが命拾いしたんだよ」

 

 

 ずしん、ずしんと切り落とされた腕のところまで歩き、拾い上げた腕を切り口へとつなげる。なるほど、そういうことであったかと永嗣は納得した。

 

 

「理解したか? 背骨を斬られたぐらいじゃ死なネェのさ、俺は」

「首は死ぬ。単純じゃろ」

「確かにな。でも、テメェの手の内は読めたぜ。次は殺す」

 

 

 捨て台詞を吐いて、ポプヌスは立ち去っていく。興が冷めたと、飲み直しだと豊饒の女主人へと戻っていく冒険者の中、目ざとくベルを見つけた。

 普段なら気にも留めない存在だが、このガキのせいで久しく感じなかった痛みと手の内を晒すという失態を犯した。腸が煮えくり返りそうで、唾でも吐きかけてやろうと狙いを定めるがハルバルスがそれを止める。

 

 

「それ以上の騒ぎは看過できない。すぐに帰りなさい」

「――――――ちっ……………」

 

 

 溜めた唾を地面に吐き捨て、悪臭を撒き散らしながら立ち去るその後姿をハルバルスは見送った。そして振り返り、永嗣のほうを品定めするように観察する。

 不躾な視線に文句でも言ってやろうかと思ったが、そうする前にハルバルスは立ち去っていった。

 

 

「いけ好かない奴じゃ」

「シグレさん!」

「んん? おお! 気づいたか、大事無いか?」

「はい!」

 

 

 何時もよりキラキラとした目をしているが、大方、戦いの内容でも聞いたのだろう。慣れたものである。

 

 

「凄かったんですね!」

「まぁ、そうでもなければ立つ瀬がないからのぅ。爺の戯言ではなかったろう?」

「はい。鍛錬は重要だって思います。これからもよろしくお願いします!!」

「さようか」

 

 

 では、随分と狂ったがこれからダンジョンに―――――

 

 

「待ちな」

「「ふぁ?」」

 

 

 地の底から響くような声が、背後から聞こえた。振り向きたくない、と逃げようとすれば、ガシッ! と頭を鷲掴みされる。

 ギリギリと万力で締められるが如き痛みを味わい、悲鳴を上げているとぐりんっ、と背後の方に頭を向けられた。

 もちろん、そこには菩薩のような笑顔でありながら背後に悪鬼の幻影が見えるミア・グラントが立っていた。大の男を腕力だけで持ち上げ、手首でこちらを向けさせる。なんたる馬鹿力か。

 

 

「あんたらが乱闘してくれたおかげで、商売上がったりだよ。疫病男の汚れもあるからねぇ」

「は、ははは……………」

「反省はしない。後悔もしない!」

「どっちもするんだよアホンダラァ!!!!」

「「ぎゃあああああああ!!!!」」

「ベル君、シグレ君ーーーー!!?」

 

 

 実が出そうなほど握りしめられるが、そこは商売人。死なれたら困ると死なない程度で抑えてくれた。

 二人はモップと桶を渡され、明日の営業時間までに綺麗にして臭いも取っておけと命ぜられた。

 

 ゴシゴシと床をこすり、匂い消しを塗りたくっていると永嗣はベルにこう言った。

 

 

「知っているか? 男は女に別の意味で勝てないのじゃよ」

「身にしみてますよぅ………」

 

 

 とりあえず、出禁は喰らわなかったと言っておこう。

 

 

 




 ベートを悪者にできなかったよ、とカルメンです。今回の解説ではキャラクターは行いません。用語のみとします。

 感想・質問お待ちしております。誤字脱字の指摘もね!!


『狼人族』
 狼の耳と尾を持つ者の総称。総じて、力に対して敬意を評し、強き存在の振る舞いは如何なものであろうと正当化されるとしている。異を唱えるなら、相手を倒して唱えよという戦闘種族とも云われる。ベートの一族はその傾向が特に強かったらしい。

『希少スキル』
 発現数の少ないスキルのこと。あるいは一つしか確認されていないもの。特異な能力が多く、眷属がそれを持っているだけで神々の間ででかい顔が出来る。
 反面、それを巡って争いが起きる可能性もある。似たものに希少アビリティが存在する。

『人族』
 地上ではもっとも多い種族。基本的に平均な能力値を持ち、能力値で特化したものがない。しかし、適応能力は全種族中で最高であり、育つ環境次第で何にでもなれる可能性がある。

『ミノタウロス』
 中層域において、トップクラスに強い牛頭人間。大きさも大の男より遥かに大きい上に俊敏性もそこそこある。18階層以降に行くためには、こいつを単独で撃破できることが最低条件となる。

『汚れた光』
 ポプヌスの保有する希少スキル。垢の鎧や溶解性の唾など、彼から分泌されるもの全てに影響しているらしい。

『秘剣・鷹の爪』
 原理は燕返しと同じものだが、こちらは四つの斬撃が飛来する。
 元は燕返しを迎撃するためのものだったが、当時の永嗣では身体能力的に負けるため迎撃できなかった。ゆえに、燕返しに対してこれを発動させると必ず打ち負けて死ぬという因果が付与されている。

不壊属性(デュランダル)
 ごく一部の上級鍛冶師が施せる効果。決して壊れない武器を作る――――というより、ひたすら壊れにくい武器を作るものと考えたほうが良い。痛みは出るらしく、アイズのデスペレートは酸により酷い状態になっていた。



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女神、鍛冶神と会うことを決意する

 皆、FGOはやってるかい? アベンジャーが来ましたよ、私のところにね。新宿のアーチャー来てくれよー!!


 ムメーの項目が無かったので追加いたしました。

 遅ればせながら、お気に入り1000突破ありがとうございます!


*ラウルのファミリーネームが間違っていましたので、修正いたしました。
*後書きの解説にて、個人のセリフを追加いたしました。


 昨夜の騒動が嘘のように、ヘスティアファミリアの超絶問題児こと永嗣はぬるりと寝床から出てきた。

 今まで寝ていたと? それは違う。ようやく帰ってこれて、少しの睡眠ののち、起こされたのだ。

 

 何せ、もうそろそろ昼時という時間まで、豊饒の女主人の清掃を行っていたのだ。やったのは自分達じゃないはずなのに後始末を押し付けられるとは、おのれ汚物(ポプルス)許すまじ! などとほざくが、喧嘩を売らねばそうならなかったのも事実。

 店主であるミアの立場を鑑みれば、当人に責を負わせるのは当然のことだが生憎と飲食業を生業とする商売人である。元の世界であれば居るだけで保健所を呼び出すような輩に掃除などさせられるはずもない。もちろん、壊した扉の代金や道の清掃費用は、向こうのファミリアに支払わせる。例え、半ば脱退気味の所属ファミリアの主神に頼ってでもだ。

 

 そんなこと、永嗣とベルが知る由もないのは悲しいことだが、出禁をくらわされなかったところを見れば、二人の責任ではないし、掃除もしたのだからということだろう。ちゃっかり、ヘスティアが朝食を頂いていたことについては、何時か復讐すると誓っていたのは秘密である。二人の秘密である。

 

 

「はぁ…………」

 

 

 腹も空いているのだが、外の様子が煩わしくて出てもいけない。そう、昨夜の大立ち回りが神々(ひまじん)に知れ渡ったのだ。

 ヘスティアが大嫌いな―――主に個人的な理由でのことだが、ロキは決して助けない。ロキファミリア自体、ベルの意思表明の時点で落着となっているからだ。で、あるならば事態を回収させるために改宗(コンバージョン)しろと言うに決まっている。おや、上手くはないか?上手くない?そうか………。

 

 まぁ、あと一つあるとすれば刀を朽ちしさせてしまったことだ。

 剣士にとって、得物である剣は己の現身で、力量の見えるものだと思っている。それを朽ち果てさせたのだから、自分はまだまだと。未熟者だと喧伝しているようなことだ。

 

 この世界において、レベル1がレベル6に大きな傷を負わせること自体がありえぬし、まさしく偉業ともいえるものだが、この男には関係ない。武器を折ること自体、壊すこと自体が未熟の証明なのである。

 

 

「表面が汚ければ中身も汚いということ。いや、しかし本当に朽ちてしまった」

 

 

 切っ先一尺ほどの部分でしか斬らなかったというのに、この刀はすでに半ばまで錆びてきている。買ったばかりの服などとうに穴だらけで捨ててしまったが、皮膚には影響がないというのは、自浄作用のある物体には効きづらいということだろうか。

 そして、最後の腕をくっつけたアレ………切り落とした断面が普通の色ではなかったことから、なんだろうかと思っていたが――――

 

 

「高い防御力と武器破壊能力、自己治癒力。戦車か」

 

 

 ゲームで言うなら壁役(タンク)と呼ばれる役割。永嗣からすれば歩兵を隠して進軍する主力戦車。並大抵の攻撃ではびくともせず、武器を当てれば武器が壊れ、四肢の欠損すらくっつければ元通りとふざけているとしかいえない。

 

 

「うぅむ、そうか。斬ってもくっつくか。そうか、そうなのか」

 

 

 近接職なら忌避する存在。戦いたくない相手だが、彼の理からすればそれは違う。

 

 

「武器を朽ちさせる力を持つ者を斬り捨て、武器を朽ち果てさせぬ……………斬り甲斐(やりがい)がある」

 

 

 超えるべき対象として、獲物としてしか見ない。沈んだ気分も、己の未熟を露見させたのであれば、未熟を治すまでのことだと前向きになる。

 されど、今は刀を供養して、新しい刀を探そう。永嗣は前向きに行動することにしたのだった。

 

 今一度言うが、彼の行いは偉業の類である。されど、ステイタスを更新してもレベルは上がらなかった。

 それはつまり、あの程度は偉業でも何でもないということである。

 

 当たれば斬れる。故に、如何にして当てるか?

 

 ある意味で、一番恐ろしいのは技でも武器でもない。それを行えるだけの技量を十全に備えていることなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方でベルは、こってりとアドバイザーのエイナに絞られた後であった。美人が怒るととても怖い。亡き祖父が寝言で、そこ出るとこ! 入れるとこじゃなアッーーー!! と飛び起きた思い出が蘇っていた。どこに入れようとしたのだろうか?

 おや、話がそれてしまった。

 つまり、ベルはげっそりしながら迷宮(ダンジョン)へ向かっている。始まりの道と呼ばれる大きな噴水と広いバベルへと向かう広大な一本道。多くの冒険者が金や名声を求めて地獄へとまっしぐらな地獄への道。この中の何人かは生きて空の陽を二度と拝むことは出来ぬと、どこかの吟遊詩人は嘲弄した。

 

 それはつゆ知らず、ベルは疲れた体を引きずりながらも迷宮に向かう。割と財政難でヤバイからだ。どれぐらいヤバイかというと、マジでヤバイ。本当にマジでヤバイ。

 折れたショートソードは教会に置いてきた。持っているのは頼りない数打ちの短剣、ナイフと呼ばれるぐらい短いもの。見ても持っても解るぐらい、質が低い。

 

 

(5階層まではやめよう。2層ぐらいで資金集めだ)

 

 

 昨晩の戦いを共に掃除していたエルフの女性から聞いている。

 正直、自分のすぐそばにそんなすごい人が居るとは思わなかった。強いのは分かっていたが、あれほどまでに強いとは思わなかった。

 

 

(鍛錬かぁ………………どんなのだろ? 前にやったみたいのかな)

 

 

 冒険者に成る前に少しだけ行った素振り。アレであそこまで強くなれるのだろうか? ステイタスでは僕のほうが今では上になっている。彼のステイタスはまるで上がっていない。上がっていると言えば上がっているが、それは駆け出しの範囲でしかない。

 

 

(強くなれれば…………・アイズさんやシグレさんのところまで――――いや、隣に立てるのかな?)

 

 

 掃除をしたエルフとはまた違う、とても美人で気品あふれるエルフの人に言われた志を持ち続けること。そして生き残ること。英雄とはそういうもの。

 

 

(だから、自分の力で生き残らなきゃならない。心も体も強くなろう)

 

 

 背中の恩恵がジワリと熱を帯びている気がした。それはつまり、神様だって応援しているってことだ。

 

 ベルはそうして、長い奈落へと通じる螺旋階段を下りて迷宮へと降り立った。少し進んで道をそれれば、コボルドが姿を現した。

 

 

「行くぞっ!!」

 

 

 ナイフを構えて突撃する。伝え聞いた昨日の仲間の動きを模倣するように、ベルはモンスターとの距離を縮めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方でヘスティアはロキに呼び出されていた。彼女がよく密談の時に使う静謐なレストランだ。

 もちろん、彼女に金などない。ロキに話せないと先に釘を刺したが、この店には席のチャージ料があると言われ、その額も頭の痛くなる値だった。

 嫌な笑みを浮かべて、等価交換や。全部聞こうとは思ってない、ただ、あの坊主に何をしたのか………言ってみ?

 ヘスティアは後日、彼に謝った。そしてそのうえでこう弁明した。全ては貧乏なのが悪いのだと。

 

 

「先に言うけど、僕は神の力(アルカナム)なんて使ってないよ」

「ホントか? レベル1がレベル6の腕を切り落としたんやで?」

「ホントのことさ。アレは自分自身の力量だって、本人も言っていた。スキルやアビリティは開示できないけど、彼のステイタスは駆け出しの冒険者程度でしかないよ」

「…………………マジやな」

「だろ?」

 

 

 ちゃんと断りを入れてある。ロキに君のステイタスを見せると。そして彼はそれを了承した。

 

 

「許可はとったんか?」

「もちろんさ。その上であの子は―――」

 

 

 自分の情報を開示したら不利になる? 何をいまさら。儂の動きも技も、どんな勝ち方をしたのかも全部知られたうえで、生涯においてただの一度も負けはしなんだ。

 

 

「知られたところで、相手が避けられなければ無駄の徒労。封じようとすれば、それを躱して当てるまで―――だってさ」

「…………………それなりに地上に長いこと居るけど、なんちゅうか不遜やな」

「それを実行できそうだからすごいけどね」

「そうかい。ああー、なんでうちのところに来てくれんかったんや!! こんな面白い子なんて、早々おらんのにッ!」

 

 

 何も知らなかったが、逃した魚は大きいものだ。事実、門番たちの独断で彼らを追い払っていたのだから。それがロキや幹部勢に知らされることはなかった。お零れに肖ろうとしている不審な男と弱弱しい田舎者。ロキファミリアのネームバリューとは所属しているだけで様々な恩恵を味わえるのだ。

 したがって、門番に非はない。団長に相談しなかった、という非難は、そも主力が遠征中のためできるわけがないのだ。

 

 

「改宗とか、考えてへんのか? なんなら、移籍費とかも支払うで?」

「舐めたこと言ってると、その無乳を抉れ乳にするぞ?」

「無乳やない、つつましいんや!!」

「ん? つ、つまめない!? だって?」

「むきぃ!!!」

「むきゃー!!」

 

 

 ―――と、女神が争い始めたため、なんの陰もなく、隣で護衛がてらに同席していたフィンは書き写されたステイタスを手に取って眺めていた。

 

 

(スキルが怪しいのは前提として……………新人の域を脱していないのは確かだ。だが、ありえるのか?)

 

 

 レベル6を手玉に取ったというのに、全体で100も上がっていない。

 いや、これがレベル2になった、というのであれば納得できる。レベルが上がればステイタスはI()から始まるからだ。

 

 

(アイズの言っていた四つの剣…………これがスキルによるものではないだろうか)

 

 

 ムメーに聞きたいが、彼は決して話そうとはしないだろう。かと言って、昨日の今日で訪ねて行っても、面倒なことになる。この都市は神々の暇つぶしをするための遊技場だ。絶対にいる。砂糖菓子に群がる蟻の如く、暇神が周囲をたむろしているだろう。

 

 となれば、別の方法でアプローチをかけるべきだろうか?

 ふと、フィンはあることを思い出した。そうだ、彼は冒険者であり剣士でもある。今の彼には足りないものがある。

 

 

「ロキ!」

「「なんや!?」

「僕はここでお暇するよ。代わりは呼ぶから」

「ちょ、小人族(パルゥム)君! この猛獣を引き取っていくんだっ」

「申し訳ない神ヘスティア。ことは一刻を争うのです―――――ティオネ!」

「はい! 団長!!」

「「ええー………………」」

 

 

 フィンが叫ぶと、褐色のアマゾネス姉妹の分厚いほうことティオネ・ヒリュテがテーブルの下から顔をのぞかせた。

 そのような場所に居るとも思わなかったフィンも、なんで居るのだと驚く女神たちも。思うことはこれ一つ。

 

 

(((うわぁ…………)))

 

 

 ドン引きだったのである。

 そう思われているなどはつゆ知らず、ティオネは元気よくフィンに抱き着こうとした。

 

 

「ステイ!」

「はい! 待ちますっ」

 

 

 忠犬のようにぴたりと止まるティオネに、またも女神たちは調教されてるんじゃ、とフィンは侮蔑を、ティオネには引くほどの恐ろしさを抱く。

 何のことはない。フィンがティオネの扱い方を覚えただけだ。彼は未だに童貞である。童帝である。

 

 フィンはティオネの頬に手を添えた。撫でるように顎へと引いていき、手が離れると艶やかな声でティオネが、あっ……、と名残惜しそうに声を出す。

 

 

「ロキの警護を頼むよ。いいね?」

「は、はい……」

「よろしい。くれぐれも神ヘスティアに粗相の無いようにね」

「わかりました」

「じゃあ、僕はバベルへ向かうよ。色々と打ち合わせもあるからね」

 

 

 返事も待たずにフィンは足早に去っていった。

 それを見送るティオネといえば、某有名なポーズである恍惚なヤンデレポーズなるものをしていた。下半身をもぞもぞさせている点からすると、R-18相当な状態かもしれない。というか、どこにそんなことになってしまう要素があったのだろうか。

 

 

「――――神ヘスティア」

「ひゃい?!」

「団長のため、教えてくれますよね?」

 

 

 それは笑顔と呼ぶには目は笑っておらず、脅迫と言うには例えが陳腐すぎた。それはまさに―――

 

 ―――秘密を守って死ぬか、喋って生きながらえるか………………………わかるだろう?

 

 やっぱり脅迫のたぐいでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそして、所は何度も変わってロキファミリアの本拠地(ホーム)こと黄昏の館。館というにはあまりに立派な城とも言えるこの館。一番高い塔の頂天には道化師の旗が風に靡いている。

 中では昨晩のことで持ちきりだった。ムメーは自分への追求が酷いだろうとすでに古巣へと逃げていた。

 冒険者とはいえ、噂のたぐいは大好きである。つまり、件の話を聞きたい。だが、ベートは不機嫌だし、アイズは超越的でわからない。

 然るに彼女、ティオナ・ヒリュテに白羽の矢が立つのは必然であった。

 

 

「流れるように疫病男の腕を避け、その人はすれ違いざまに打ち据え続けたの。得物が朽ちかければ急所へと投げつけ、腕で顔を守れば新たな得物を持って立ちはだかる」

「武器は抜かなかったんですか?」

「彼の武器は攻撃には一切使わなかったの。ただ、武器を調達するときに振るうだけ、何度も何度も繰り返すうち、疫病男は顔から余裕が消えたわ」

 

 

 アマゾネスのティオナは、その好戦的な種族に見合わず、読書が好きだった。特に英雄譚が好きで、黄昏の館の書庫の一角を占めるソレは彼女の私物であったりする。色んな人に読んでもらいたいと置いているが生憎と冒険者になるのは大人ばかり。英雄譚を読むような純真さは失われた年齢だ。

 ティオナの話は続く。

 

 

「動きを束縛するように辺りに撒き散らせ始めた垢は徐々に彼を捉えようとしていた。でも、そんな目論見は通じなかった」

「跳んだんですか?!」

「違うよ。彼は得物を振るって風を起こしたの。土煙が起きるぐらいの風。それは確かに、地面にばら撒かれた垢を巻き込んで退路を作って、何度目かの肉薄をしたの」

「魔法まで使えるのか?」

「アイズさんみたいに? そんな馬鹿な」

「ムメーは単純に剣を振っただけだって。そして、彼はここで初めて構えを見せた!」

 

 

 案外上手かったようで、聞いている誰もが唾をのむ。ティオナは彼が見せた構えを再現し叫んだ。

 

 

「秘剣・鷹の爪ッ! 次の瞬間、疫病男の右腕が宙を舞い、地面に落ちたの」

『おぉおおおお…………!』

「その太刀筋は見えなかった。まぁ、ムメーを問い詰めていたからなんだけど、見ていたアイズと秘密を知るムメーは四つの剣があったということだけは本当みたい」

 

 

 あとは、判事が横やり入れて有耶無耶になっちゃった、と語りを終えた。

 そんなのがいるのか? いや、スキルじゃないか? でもムメーさんがいるし………。

 聴衆の憶測は語り部を無視して飛び交う。実際、ティオナもよくわからなかった。だけど、前例があるのは事実だった。

 

 

(ベートもムメーに倒されちゃってるからね。でも、あの時はレベル3とレベル5だったけど)

 

 

 これがベートとムメーと同様のレベルであれば関心を寄せることは――――まぁ、少ないだろう。レベルが上がるということはそれだけ何かしらのスキルが発現する可能性があるということ。それだけ戦い続けていたということだ。レフィーヤがレベル3でありながら火力だけはレベル6のリヴェリア以上なのだ。スキルという存在は格上ですら条件次第で圧倒する。

 しかし、彼はレベル1でつい最近――――ロキ曰く、ここ数日で冒険者になったばかりのひよっこだと彼らの主神の言葉から推測している。

 

 

(ひたすらに剣を振り続け、狂っているとしか思えないような信念の果てに辿り着いた存在……………まるで英雄に剣を教えたお爺ちゃんみたい)

 

 

 故郷をドラゴンに滅ぼされ、復讐のために力を求めた英雄。彼が出会ったのはドラゴンを斬ったと噂の老剣士。教えを乞うも断られ、教えてほしければドラゴンの肉を持って来いと無理難題を言われた話だ。

 

 

(肉を得るにはドラゴンを倒さなきゃならない。でも、ドラゴンを倒すために教えを乞いたい。堂々巡りの無理難題も知恵と勇気と出会った仲間たちでドラゴンを倒しちゃうんだよね)

 

 

 一人で戦ってはいけない。君と志を共にする仲間もいれば、支え合う仲間もいる。大切なものを見つけなさい、復讐心のみで生きるのはやめなさい。そう締めくくられた物語だったはずだ。

 

 

「――――――――結局あのお爺ちゃんはドラゴンを倒せるのかな? どうだったんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酷い目にあった、とヘスティアは芯から疲れた様子でロキファミリアの子とともに廃教会へ向かっていた。ポプヌスの所属するファミリアがどんなものか。ロキは知っているがゆえに、ファミリアの意匠を施したマントをはためかすラウル・ノールドを護衛代わりとして用意していた。

 これはラウルが自分の装備更新のため、魔石をちょろまかしていた罰とヘスティアに恩を売りつけるものでもある。変なところで義理堅いヘスティアなら、いざという時のためにも売っておいたほうが良いだろうとの判断だ。

 

 

「お疲れ様っす」

「ありがとう人族(ヒューマン)君。君のところの女の子はパワフルだね」

「アマゾネスっすからね。団長第一主義だし」

「なるほど」

 

 

 気さくに話しかけられるラウルに、ヘスティアは性悪(ロキ)のところにも善人は存在するだねぇ、と口には出さずに心の中で呟いていた。

 

 

「このまま本拠地に直行で?」

「うん。迷惑かけちゃってごめんね。ほら……………ねぇ?」

「ははは。有名税ってヤツっすよ」

 

 

 そんな税金、カツカツなんだから払えないよー、とため息とともに吐き出した。

 路地裏、曲がり角、軒下、屋根上、茂みの中、木の葉の中。

 今やヘスティアファミリアは暇神どもの目の前に突如として現れたデザートだった。どいつもこいつもちょっかいかけようと虎視眈々としているが、ロキファミリアの団員が側にいる。マントに施された道化師の意匠が暇神どもを躊躇させていた。

 ロキから命ぜられた任務。ヘスティアと手を組んでいると牽制せよというもの。そして―――

 

 

「シグレって人はどんな人なんすか?」

 

 

 シグレエイジという冒険者について探りを入れろというもの。次期、遠征部隊の指揮官として腹芸を覚えてこいとのことだ。

 

 

「んー………………お爺ちゃんかな。僕には縁遠いけどね」

「はぁ………?」

「実直で優しいけど、世の中の酸いも甘いも知っているよ。だから、ズレちゃってるんだろうね」

「ズレてる?」

「殺すことに躊躇を覚えないってことさ。理性もある、条理不条理もわかる」

 

 

 それは単なる危険人物ではなかろうか?

 否と、ヘスティアは答えた。

 

 

「優しいから……………性根が腐ってないから、被害が増える前に、手からこぼれ落ちる前に。イラナイモノ切り捨てるべきと割り切っちゃったんだよ」

「被害が増える前に…………」

「守れないことが多々あることを知ってしまったんだろう。彼は強い。その強さがあってなお、救えなかったんだ。掬えなかったんだ」

 

 

 とっても悲しいことさ。冷たい世界に晒されすぎたんだ。あるいは頑なすぎた、優しすぎた。それが仇となった。本人に聞かないとわからないけどね。

 

 

「て、ところかな。ロキに報告すると良いよ」

「―――――気づいていたんすか?」

「ロキが僕を善意で助けることなんて無いよ。あるのは利用価値と打算だけさ。いや、ほんの少しの憐憫や罪悪感もあるかな」

 

 

 にこりと笑うヘスティアにラウルは底知れぬナニカを感じる。

 童女の姿をしていても、これは畏怖すべき神々の一人なのだ。神算鬼謀とはこのことか。

 

 

持つもの(巨乳)持たざるもの(無乳)の確執わ別だけどね!!」

「折角の雰囲気が台無しっす!!?」

「はっはっはっは! そんな難しいこと考えたくもないのだよ、チミィ………!」

「この行き場のない尊敬の念はどうすれば…………………………!」

「遠慮なく、僕に向けたまえ。ほらほら!」

「あ、1500ヴァリスです」

「微妙に高いね!?」

 

 

 コントはここまでにして、ラウルは切り出した。こうなれば直接聞こう。

 

 

「ずばり、今後は?」

「そうだねぇ……………気が重いけど、友神を頼ってみるよ」

「友神っすか。ヘファイストス様?」

「さあ? っと、ここまででいいよ」

 

 

 気づけば廃教会の前。荒れ果てた教会は主たちの帰りを朽ちながらも待っていた。

 想像以上の荒れ果てっぷりに言葉が出ないラウルを尻目に、ヘスティアは立て付けが悪いどころか、傾いて中まで見えるその扉をどかした。

 

 

「気をつけてね。最近は冒険者を狙った通り魔も出るようだから」

「あ、はい。では、失礼するっす」

「ばいばーい」

 

 

 ヘスティアを見送って、ラウルは帰路へとついた。このことを言うべきか、言わぬべきか。どうしたかはラウルしか知らないのだった。




 誤字・脱字報告および感想・ご指摘待ってます。
 といふわけで解説いきますよ。ぱぱっとやります。


『時雨永嗣』
 その強さ、レベル1にしてレベル6に手傷を負わせるという規格外。恩恵なしで戦う場合、オラリオにおいては一部を除いて紛れもない最強である。
 もはや、一つの剣士の極致と謳われるほど。剣を壊す剣士など半人前以下というなど、武器は消耗品と割り切る冒険者とは反りは合わないのだろう。
 「斬り方を知っている。相手は実体がある。斬れぬ訳がない」


『ベル・クラネル』
 隣に立つ仲間がものすごい存在と今更になって気づいた。リヴェリアの励ましにより、その志は失わなかった。
 数打ちのナイフが主武器となったが、砕けたショートソードは戒めとして置いておこうと思っているだとか。
 「ナマ言ってすんませんでしたー!」


『ヘスティア』
 大切な家族が人間的に成長していく姿が嬉しいと心から思うこの頃。貧乏な自分ができるのは、さる友神に何としてでも彼らに必要なものを作ってくれるよう頼むしか無いと心に決めた。
 「ヘファイストスももう怒ってないよね?」


『ロキ』
 ヘスティアの子どもが気になるが、とりあえず様子見をしようと考えている。フィンからの推薦で、ラウルのためにもと密偵の任務を与えた。
 「門番、おまえら正座な?」


『フィン・ディムナ』
 何時か来るべき遠征に備え、永嗣も戦力として取り込もうと恩を売りに行った。
 最近、ティオネの扱いが雑になってきたと団員から言われ、膝をついたのは内緒の話ww
 「いやアレだよ。僕は団員を大切に思ってるから。メンドクセェなんて思ってないよ?」


『ティオネ・ヒリュテ』
 どっちが姉かわからない? 姉の【ネ】がついているほうと覚えるか、分厚い方と覚えるほうがいい。
 最近、スキルに【ダイテンシキヨヒメ】というものが発現しているとか。
 「キヨヒー先輩流石です」


『ティオナ・ヒリュテ』
 薄い方。言うと怒る。てか、殺される。
 好戦的かつ性欲旺盛なアマゾネスには珍しく、恋もしたことがなければ読書が好きだという変わり者。多くの英雄譚を読んでいたためか語り部として結構な腕前を持つ。本を読んでいるから知能が高いというわけではないの体現者。
 「好きなのはアルゴノゥトかな。最近は運命の夜って創作小説も読んでいるよ」


『ベート・ローガ』
 以前は弱者を見下すような言動が多い人物だったが、自分よりも格下のムメーに何度も負けるうちにレベルが全てではないと気づいた数少ない冒険者の一人。
 諦めた者を唾棄し、抵抗するものを認めるといったツンデレくん。
 「アレだ。戦いってのは負けを認めなければ終わってねーんだ」


『ラウル・ノールド』
 ロキファミリア期待の冒険者の一人。団長から次期遠征部隊の隊長として期待される。それは伊達でもなく、全体を見渡せる広い視野を持ち、自分でも考えられるまさに指揮官型の冒険者。
 ただし、詰めが甘いことがあるらしく、魔石の件はその典型例である。そして作者に名前を間違えられていた被害者でもある。
 「ひどい!」


『アイズ・ヴァレンシュタイン』
 レベル5の人族の少女。人形のように均整の取れた美しさを持つが、表情があまり変わらないのが玉に瑕。
 同じ剣士である永嗣に興味津々で、ムメーの発現から頭打ちの自分に何かを教示してほしいと思っている。
 ベルについては、面と向かってああ言われたのを思い出して、一人真っ赤になっていた。
 「//////」


『リヴェリア・リヨス・アールヴ』
 可愛い娘に春が来たかもしれない、と顔がほころぶロキファミリアのおかん。ハイエルフというエルフの王族だが、世界中を旅しているうちにオラリオへ流れ着いた。
 オラリオでは最強の魔法使いといわれる。
 「確かに私は二百超えのエルフだが、行き遅れではないッ!!」


『ムメー』
 仲間の追及が煩わしいので、昔の古巣とやらに逃亡している。
 その特異性はロキファミリア内部でも秘匿されており、幹部勢以外は知らない。しかし、その本来の能力は誰も知らない。
 レベル3にしてベートを容易く撃破しており、当人の実力はレベル5以上かつ条件次第ではレベル6も完封できると言われている。
 なお、二つ名は【赤マント】だとか。
 「早々、負けはせんよ」


『リュー・リオン』
 認めた異性以外の異性に肌を触れられるのを禁忌とするエルフにもれず、彼女もそうだったのだが自分にさらりと触れ、かつ嫌らしさが無かったことから、かつての友人の言葉を思い出しているご様子。
 「―――(ボッ////)


『ポプヌス』
 【疫病男】の二つ名の通り、非常にひたすらに全くもって不衛生な人族最強の冒険者。人族では唯一のレベル6であり、彼の来歴からすれば当然のことである。
 スキルの【汚れた光】は変化前のスキルからすれば皮肉とも言えるものだったりする。
 伸ばす発音がカタカナになるのが特徴。【―――だゼェ】のように。
 元ネタはドラゴンボールのバクテリアン。
 「これが俺のフレグラス」


『ハルバルス』
 判事、仲介人、仲裁屋、鉄面皮などと云われるギルドの職員。例外的にウラノスから恩恵を授かっているらしく、彼の懐刀といわれている。
 冒険者からの印象は最悪だが、一般人からの評判は良い。
 「仕事中ですので」


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爺、聖処女と出会う


 本格的な参戦まであと少しです。ちなみに、モリさんもアーサーも俺のところは来てくれなかったよ……。



 賛否両論がありましょうが、こういうものだと思って諦めるがよい!


 

 

 

 夜も更けて、流石に今日はもう出てこないかと暇神どもが家路についたころ。いつもより多く稼いできたベルはステイタスの更新を終え、手渡されていた羊皮紙に写るソレに呆けた顔をしていた。

 

 

「すっごい上がってる………!」

「ほう、なかなか。実に上がっているな」

「スキルはないけど、ステイタスは全部で300は上がりましたっ」

 

 

 成長を喜ぶ二人とは打って変わって、ヘスティアは何度目かの頭痛をこらえていた。

 

 

(―――――新しいスキルが増えてる。それも、もう一つと重複するようなやつじゃないか!!?)

 

 

 ベルに渡したものではない、本来の、素のままの写し書。彼に対して、ちょっと女の子にちょろいんじゃないかな?! と頬をむくれさせたいぐらいの希少(レア)スキル。

 それだけでも暇神どもの玩具確定だというのに、今度の希少スキルはそれにプラスするものだ。

 

 

登頂者(チャレンジャー)………挑む相手と憧れの相手が強いほど、ステイタスと経験値の補正が入る。また君なのかい、シグレ君)

 

 

 絶対に、そこで笑っている年寄りのような青年が原因だ。これが知られたとなれば、どのようなことが起きるか。考えたくもない。

 これは燃やそう、と暖炉にくべる。弱小でも相当な強さを持つ自分たちでも、徒党を組んで襲い掛かってくるファミリアには勝てない。数は暴力で、それらを構成するのが冒険者ならなおのことだ。なんか返り討ちにしそうで怖い気もするが、兎に角、今は目立ちたくない。

 

 でも、彼らの主神として応援してあげたい。嫌な思いはアポロン(粘着質な神)で慣れているから、多少のことは大丈夫だ。癒してもらえれば………多分……。

 

 

「二人とも聞いておくれ」

「ん?」

「なんですか?」

「知っている通り、昨日のことで一躍有名人なシグレ君は色んな神々に興味を持たれている。中には僕がインチキをしたのではないかって言うのもいる」

「ほぅ…………それは、なんとも………なんともなぁ………」

「怒りは抑えておくれ。だから、僕は彼らのもとへ打って出るよ。ちょうど、ほら」

 

 

 行くつもりもなかったが、状況が状況だし、仮にもオラリオでは上位のファミリアが主催する定例会。ガネーシャの壮行会の知らせを見せた。

 

 参加費無料、神限定、ドレスコード無し、ビュッフェ形式の食事会も併催します、それがガネーシャだ!

 

 などと、象の仮面をつけたデフォルトのキャラクターが日8(にちはち)スタイルで描かれている。

 

 

「ここで弁明しようと思う。それに、早めに参加すると言えばシグレ君も自由行動できるようになる」

「すまんの。あんまりに鬱陶しいと斬ってしまいそうでな」

「それやったらただじゃすまないからやめてね? 女神のお願いだよ?」

「善処する」

「それは全くもって保証できないって、意味じゃないか!」

 

 

 本当にやりかねない。彼なら本当にやりかねない……………………!

 

 

「ベル君! 君が止めるんだよ? わかったね!!?」

「努力しますっ!?」

「必ずって言っておくれよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言っても、すぐではないか」

「あと一週間近くあるからね」

「昔は気配を消すのは得意じゃったんだが、こちらに来てからは何故かダメでな」

「冒険者だから感がいいんじゃないかい?」

「ううむ。どうだかの」

 

 

 時は3日ほど過ぎて、ガネーシャの催しまで一週間といった頃。ヘスティアの宴の参加は広まり、いくらかの暇神どもはその日に聞けばいいと退散していった。

 しかし、残る連中は待てない連中。まさしく神々、我慢は嫌い。思い通りにならなきゃ許せないと騒ぐ始末。いい加減にしろと、ヘスティアが怒鳴り散らしてもご褒美です! とほざいて舐められる。

 

 そういえばと昔は気配を消すのが得意だったのだと、強行突破をかけようとしたのがつい先日。それは叶わず、連中に囲い込まれ、不躾に服をめくろうとしてきた一人を軽く血祭りにあげて、ギルドから呼び出しを食らうという状況に。そして、何故かこちらが悪いと言われた理不尽に、心の閻魔帳にギルド絶殺(ぜっころ)と記すこと記すこと。

 

 

「――――どうして神が居なくなったのか、解る気がするの」

「生前は神がいなかったのかい?」

「右も左も、上も下にもどこにもおらんかったよ」

 

 

 信じている馬鹿どもは存在しておったがな、と吐き捨てる。

 まるで神を憎むかのような態度に、一抹の不安を覚えるが自分のところに居るのだから、心底憎むわけでもないのだろうと忘れることにした。

 しかしながら、いい加減、外に出たいのだと、永嗣はヘスティアに愚痴をこぼす。

 

 

「でもねぇ………」

迷宮(ダンジョン)まで突っ切るか、豊饒の女主人で暇をつぶすか」

「お金のかからない方法プリーズ」

「ならば迷宮―――ああ、そうだ。これに行くとするか」

 

 

 ふと思い出したように、彼はタンスの引き出しをあさり始めた。紙のこすれる音が少しして止まり、一枚のメモ用紙を手に戻ってきた。

 

 

「青髪に言われたここにでも行ってくるか」

「そういえば、そんなこと言っていたね。道は分かる?」

「んんー…………………七番通りの木漏れ日の里の横道を入って、パラケルスのアトリエを左に、そこから3軒目とな」

「木漏れ日の里なら知ってるよ。静かで、店内に緑の多い喫茶店さ。店内限定の貸本もやってるよ」

「本が好きなのか?」

「暇もあったし、もともと好きだからね。アトリエのほうは知らないかな。横道を入ろうとも思わないし」

「ふぅむ」

 

 

 裏路地に行かせるということは、この場所が知られたくないのか、用意できなかったゆえの妥協か。

 考えても仕方ない。鬼と会えば鬼を斬ればいい、と永嗣はヘスティアの言葉をメモした紙を革袋に入れて、紐で留めておく。ほとんどの装備を本拠地(ホーム)に置いておいたのは正解だと思い、数打ちの長剣を帯びて外へと向かう。

 

 斬っちゃだめだからね!!? ふりじゃないよ!!? と聞こえたがどうしたものか。

 欲しい玩具を見るように、爛々と目を輝かせ、彼らは永嗣を包囲しようとする。

 それを無抵抗に許すほど彼は愚かではない。

 神々の前で永嗣は一瞬にして消えた。音もなく消え、彼らはその姿を見つけることすら叶わなかった。

 それは歩法の究極の一つ、縮地のようなもの(・・・・・・・・)だ。

 

 

「鈍間どもめ。飼い犬が射なければその様よ」

 

 

 彼らが集まるはるか遠く、廃教会がある区画への入り口に立つ永嗣は神々を嘲笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 といっても、流石に街中の神々は想定外である。思ったよりも外に繰り出している連中の多さと来たら、蟻の如くである。なけなしの金で帽子を買い、目深に被ってすれ違うそれらに見つからぬよう、気配を殺す。

 かつては出来た雲霞(くもかすみ)の如く静かであった無が今は出来ない。老いからの生命力不足か、心が乱れているのか。前者なら仕方ないが後者なら由々しき問題である。

 心の乱れは刃の乱れ、それでは斬れぬと、平静を乱す諸悪の根源共に憤り、また乱してしまう。

 煮ても焼いても蒸しても喰えないなと呟いていれば、ヘスティアの言っていた木漏れ日の里らしきものが見えた。

 

 

「ここか?」

 

 

 店内に緑が多いと言っても、外から中の様子など見えるわけもない。かろうじて、店先にあるオープンテラスには植木や鉢植えが置いてある。ここだろうか?

 

 

「………ここじゃな。看板が出ておる」

 

 

 横道もどこかにあるのだろうかと見回すと、確かにある。

 脇目も振らず、横道に入ると思ったよりも綺麗に掃除された路地裏である。飲食店の路地裏なんてよほどのところでない限り汚いものだと見ていたが、ここの店主はそういうのには厳しいらしい。

 

 決して広くはないが、狭いと言うには微妙に広い道を歩いていくとパラケルスのアトリエがあった。フラスコと試験管の描かれた吊り看板がキィキィと音を鳴らしている。

 ―――が、ここで問題がある。

 

 

「左、3軒目………どこじゃ?」

 

 

 どうにもおかしい。左と言っていたが、左に3軒と店も家もない。あるのは気が遠くなりそうなぐらいに長い壁だ。だが、アトリエの横にこれぞ脇道と言うべき脇道がある。

 人一人通るのがやっとなぐらいに狭い道。横歩きでしか行けないぐらいだ。

 

 

「行くべきだの」

 

 

 剣を抜いて潜り込むその姿は、滑稽と言うほかはなく、ずいぶん昔のゲームに登場するキャラクターのような動きで奥へ奥へと進んでいく。

 効果音が付けばカサカサ、なのかワチャワチャというものか。壁で丸見えにならない分、救いがある。一生ものの恥だ。

 

 進んでいくと終わりが見えた。剣を突き出して煽ってみるが、特に反応はない。待ち伏せや不意打ちを考えた場合、無理な体制で出てきた時ほど危険なことはない。飛び出ようにも、こんな大の字で横歩きの状態ではたかが知れている。

 ええい、ままよ! と飛び出れば別に何もなかった。あったのは―――

 

 

「―――――教会………望遠鏡付きの?」

 

 

 黄金の十字架に鐘楼、鮮やかなステンドグラス。これだけならば教会だが屋根から筒のようなものがバベルへ向かって飛び出ている。斜めにだ。

 大砲、と例えるには美しすぎて、望遠鏡というにはバベルなんぞを見る意味があるのかと思う。

 木製の扉の周りに表札も何もなく、ドアノッカーが付いているだけの簡素な造り。こんな場所にこんな建物がなぜあるのか?

 

 

「――――あやふや、か? なんというか…………森の中で花畑を見つけた?」

「そういう類のものだからな」

 

 

 聞き覚えのある声。なにゆえ、奴がここに居るのだろうか? ああ、行けと言っていたのだからおかしくはないか。

 

 

「とりあえず、この剣をどかしてくれないかね」

「すまんすまん。その曲刀がなければ断ち切れていたんだがの」

「ふっ………随分と嫌われたものだな」

 

 

 嫌ってなどおらんよー、と永嗣はムメーの曲刀から剣をどかした。未熟なことに長剣が少し欠けている。全く持って未熟である。

 

 

「ふむ。やはり剣の腕は素晴らしいな」

「そっちの剣もな」

「素直に受け取っておこう。ただ、お前の格に武器があってないようだ」

「それでも得物を壊す時点で三流じゃよ」

「耳が痛いな。私は使い捨てる側でね」

 

 

 そこは人それぞれだと反応すると、それもそうだなと返事する。

 屈強な男が二人、変な小芝居でもしているようでシュールだ。

 ムメーは本題を切り出した。

 

 

「入りたまえ。ここの主も居るからな」

「扉を開けてもらえるかの」

「暗殺も不意打ちもする気はない。だが、ここは信用のためにそうしようか」

 

 

 ギィっと扉が音を立てて開く。外のステンドガラスから鮮やかに変化した光が礼拝堂の中央を照らしていた。

 ほう、と美しさに感心していると、祭壇の前に跪き祈りを行っている者がいた。

 美しい、と思わず声が出てしまう。愛する妻とはまた違う、芯のある神々しさがこの場によく合っている。

 

 

「ルーラー」

「―――――来ましたか」

 

 

 上品な楽器の声とはこういうものか。ルーラーと呼ばれた女性はその金色のおさげを揺らして、こちらに向き直った。青い瞳に輝く金髪。先のアイズ・ヴァレンシュタインとはまた違う美しさである。彼女が人形のような美しさなら、目の前の彼女は意思ある美しさだ。

 

 

「ようこそ、お待ちしておりました」

「初対面だが?」

「ええ、今は(・・)ですが……」

 

 

 かなり変形的な甲冑を着込む彼女は、その右手に槍のような物体、布を巻いたソレを持ってこちらに歩いてくる。

 

 

「ジェーンといいます。そしてようこそ、我らの隠れ家―――」

 

 

 

 

 

 

 ――――天文台(カルデア)へ―――





 手早く解説行きますよー。てか、試験が大変だ。切実に(涙


『時雨永嗣』
 暇だ。なら、あの場所に行ってみようかと行動中。
 教会から出る際、土ぼこりを立てて離脱し変装している。あと、武器募集中なう。
 「じゃぷにか暗殺帳というものがあってな?」

『ベル・クラネル』
 ステイタスの上昇が激しくなった今日この頃。現時点でDに到達する項目もあるとか。
 ここ最近の悩みは武器が貧弱で、短剣よりもショートソードか小太刀ぐらいのものがあっているかもと感じ始めている。
 「やふぅううううううう!!」

『ヘスティア』
 金欠気味で、早く迷宮復帰してほしいと火中の栗になることを決めた女神。
 一張羅が欲しいがそれも買えないと思うけど、大事な家族のためにもプライドなんて捨ててやるとよい女神である。(馬鹿にするともれなく、妖怪命置いてけの出没率が上昇するので注意してください)
 「振りじゃないからな? 絶対に振りじゃないからね!!?」

『パラケルスのアトリエ』
 アレとは関係ないが、すべてが無関係というわけでもない。薬品類を売っていて、その出所は不明である。
 もう一度言うが、キャスターなのに剣でぶっぱしてくるアレはおりません。

『ムメー』
 ロキファミリアの仲間からの追及を避けるべく逃亡中。古巣へと戻っている状態―――なのだが、これもまた予定調和なのかもしれない。
 「彼は物事を先延ばしするきらいがあるが、やることが無ければそれを消化しようとするからな」

『ジェーン』
 いったい、何ダルクなんだ? ジャンデルセンになるのだろうか、このオラリオで。
 「異教徒いっぱい―――――主の聖名において―――」「やめなさい」

『天文台』
 またの名をカルデアといい、バベルの方向に向かって天体望遠鏡らしきものが突き出ている教会。
 また、非常にあやふやなものであり、そこにありそうでそこにない、という奇怪な錯覚を受ける。


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爺と天文台



 圧倒的なキャラ崩壊が付きまとうよ。みんな注意するんだ!!

 ところで、オッキーがいらしたマスターさんはおられますか?

 何、来ましたと? はっはー、地獄に落ちるがいい(血涙


「ようこそ。天文台(カルデア)へ」

 

 

 人を虜にしそうな柔らかい微笑みを浮かべ、ジェーンと名乗る金髪おさげの少女はこちらに向かって手を差し伸ばした。握手というやつだ。

 対し、手を差し伸べられた相手こと、永嗣はというと…………。

 

 

「あ? カルデラ?」

「いえ、カルデアですが」

「カルダァ?」

「カ・ル・デ・ア! です!!」

「でかい声を出すでないわ!!!」

「…………………アーチャー?」

「気持ちはわかるがやめておきたまえ。気持ちはよくわかるが、それでは聖女の名折れではないかね?」

 

 

 器用なことに、綺麗な笑みに怒りのマークを付けて、ムメーに顔を向けるジェーン。ムメーが止めなければ、ぶん殴っているんじゃないかと思われるほどに怒気を顕わにしている。

 その二人を尻目に、悪くないもーん、なんて吹けてもいない口笛をしながら中を見回す永嗣。それを見てさらに怒りのボルテージが上昇していくジェーン。

 

 

「止めないでください」

「止めるぞ? いや、本当に止めるんだ。仮にも裁定者(ルーラー)だろう?」

「今この時は復讐者(アベンジャー)でも構いません………今ならイケる!」

「何がかね!?」

「騒がしいの。教会の中で騒ぐでない」

「これは憎悪によって――――」

「ステイ! ステイ!! お前も煽るなッ」

「仕方ないの。ほれ、茶を出せ」

「―――――――――!!」

「止めるんだ! 信徒に見せられないレベルの形相になっているぞ!!」

「止めないでください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「およよよ。老い先短い年寄りをいじめるとは酷いのぅ―――あ、死んでおるし若返っておったわ」

「頼むから煽らないでくれ。少し事情があってね、彼女には。いい加減、機嫌を直してくれないかルーラー」

「………………わかりました。罪を憎み、人を憎まず。隣人を愛せとキリストは仰られたのですから」

 

 

 その割には米神がひくひくとしているジェーン。ムメーは、さらに煽ろうとする永嗣に鷹のごとき眼力で牽制していた。していなければ、ねぇどんな気持ちぃ?ww と妙な踊りでもしながらしていたことだろう。

 冗談ではなく、マジで殺すと器用にも殺意をこちらにだけ向けてきたムメーの顔を立てねばなるまいと自重することにした永嗣。先ほどまでの也を潜めて、何ゆえに自分を待っていたのか問いただすことにした。

 

 

「招いた理由は何なのかの?」

「………少々お待ちを。―――――ええ、ええ。わかっています。無礼であっても許す心が肝要なのです。いいですね?―――――失礼。貴方を招いた理由は幾つかありますが…………確認も兼ねて、というものです」

「確認? あの青髪と内通でもしておるのか?」

「青髪?………………ああ、キャスターのことですか。彼は確かに内通者です。主に、貴方のような存在を知るために」

「儂はそこまで特別とは思っておらんぞ。どこにでもいる、一般ぴーぽーじゃよ?」

「貴方が一般人なら、それ以外はどうなるというんですか」

 

 

 その言葉には後ろで控えていたムメーも首を縦に振っている。この爺が一般人なわけがない。むしろ逸般人だ。

 

 

「それは置いておくとして………………貴方の目的、願望と言ってもいいですがどのようなものですか?」

「見ず知らずの他人になんでそんなことを言わねばならん」

「自己紹介はしたのですから他人ではないですよ、時雨さん」

「お主、減らず口を叩いて酷い目に遭ったことないかの?」

「審問に際して論破したことはありますよ」

「穏やかじゃないのぅ。まあええわ。さて、目的とな?」

「はい」

「単純よ。師父の理念に基づき、かつては至れなかった領域に至る、それだけのこと」

 

 

 冥界の女神から英雄に成れと言われたが、それよりこっちのほうが重要だと心から思う。義理も果たすが、英雄(ひとごろし)よりも剣士でありたい。やったことを恥とは思わぬがな。

 

 

「――――貴方の願いが叶うとすればどうしますか?」

「なに?」

「貴方が至りたいと思うその領域に手軽に踏み込める。そんなものがあったらどうしますか?」

「いらん」

「なぜ? 苦難の道を選ぶというのですか?」

「儂は己の力で至りたいのだ。そんな姑息な真似をしたら、師父にも弟子にも顔向けできぬわ!」

 

 

 誰かに与えられて、手軽に夢が叶うなど笑止千万である。自分でつかみ取ってこそ、胸を張っていけるのだ。至れずとも、信念を守り、走って、夢見て、逝けたと報告できる。

 

 

「そうですか。では、私から問うことはもうありません」

「じゃあ、儂から問わせてもらうか。何ゆえにそのようなことを聞いた?」

「私が裁定者(ルーラー)だからです。見定める義務がある。そして、貴方は危惧するような人物ではなかった」

 

 

 ムメーが居るのはこのためか。次第で、消すと………。

 

 

「なるほど。大体は察した」

「聡明で何よりです。いずれ時が来れば、我々カルデアは貴方とともに並ぶことになるでしょう」

「良い並びであれば幸いだの」

「ええ」

 

 

 味方としてか、利用され合うためなのか。出来れば前者でありたいものだ。

 

 

「ところで、4人だけか?」

「出払っている者が二人。半ば離脱している者が一人います」

「総勢で七人、か」

「今は詳しくは言えません。ですが、およそ一騎を除いて友好的ですよ―――――多分」

「今、多分とか言わんかった?」

「居場所は分かっていますが、仲間の一人が強硬でして……。今は様子を見ようと言っているのですがすでに犠牲者も出ています」

 

 

 ―――冒険者を狙った通り魔をご存知ですか?

 ジェーンは永嗣に聞いた。知らぬと答えると、返ってきたのはその通り魔が離脱した仲間が関係しているというのだ。

 

 

「身内の始末も付けんのか」

「その提案は私もしました。ですが、それはダメだと彼女は反対するのです。不幸中の幸いは被害者が相応に報いを受ける立場の者であったことでしょうか」

「怨恨……誰かから請け負っている?」

「おそらく」

 

 

 その辺りの事情を知っている仲間が情報を渡さないのだと、ジェーンはため息をついて肩を落とした。

 人間関係の面倒くささはわかる。彼女とその仲間の対立は条理でなく、主義主張の行きつく果て、感情論になっているのではないだろうか。信念や誓いの問題だ。

 擁護する仲間というのは、下手人に対して思うところがあるのだろう。

 

 

「気を付けよう」

「そのようにしてください。少女の風体ですが、姿は見えません。襲い掛かろうとしたときか興味を持って出てきた時に見えるでしょう」

「ギルドへは?」

「内通者は居ますが、我々はギルドには近づきたくありませんので」

「そうか。なら、失礼するかの」

 

 

 少女の姿をしているとだけわかればいい。バベルに寄りがてら情報収集でもすればいいのだ。

 

 

「待ちたまえ」

「んん?」

「スコーンとクッキー、少年と主神の土産だ」

「すまんの」

「あと、返るときは振り向いてはいけない。ここを出て真っすぐ進め。わき目も降らずにな」

「振りむいてはいけない道みたいなことを言うな」

「まさしくだ。それほどにここは秘密の場所だ。特定のもの以外はたどり着けないようになっている」

 

 

 あのメモの事か?

 あと、ジェーンとやら。どうして土産を凝視しているのか?

 

 

「想像の通りだ。例え持っていたとしてもこちらが受け入れない限りは無駄だろうがな」

「ほぅ、凄いの。これくれんか? あの辺り一帯に使いたい」

神会(デナトゥス)が終われば次第に治まる」

「ケチじゃのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その大きさに見合った音を発てて、カルデアの扉は閉まった。

 ジェーンはムメーの淹れた紅茶を一口飲む。冷めてしまい、香りも飛んで余り美味くはない。ただ、味や違いがわかるほどに飲んでいたのか? と言われたら、いいえと答える。裕福な生まれではなかった。

 渋い顔をして飲み終えるとムメーが新しい紅茶とブッシュドノエルを持ってきてくれた。

 

 

「物欲しそうに見ていたのでね」

「そ、そんなことしていません!」

「そうなのか? では下げよ―――」

「差し出された食事を断るのは手の教えに反しますからそこへ置いておいてください」

「一言でいうほどかね……………」

「ふぅ………アーチャー。女の子とは甘いもので出来ているのですよ?」

「そして体重計に沈むと」

「え、英霊は完成されているので―――――」

「同じ英霊が作った食べものだが?」

 

 

 そこまで言うと、ジェーンはスッと立ち上がった。

 さすがに怒らせ過ぎたか? と身構えると彼女は小さな声で外に向かう。

 

 

「――――運動してきます」

「待ちたまえ。もしかして本当に…………だとすれば、ライダーが居ないのも……?」

「運動してきますッ!!!」

 

 

 たとえ時代が変わろうと、世界が変わろうと。女は美しくありたいとかく思うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は待ち人によく出会うと、永嗣はため息交じりに呟いた。彼の隣には、煮ても焼いても食えなさそうな笑みで話しかけてくる大物。フィン・ディムナが共に歩いていた。

 ムメーの言ったとおり、わき目もふらず、振り向きもせずにまっすぐ歩いていたらいつの間にか、表通りに出ていた。振り返れば、その先は真っ暗な裏路地へと続く道がぽっかり口を開けている。

 

 途中で聞こえた声は――――などと物思いにふけながら、バベルへと向かう。予定通りに武器を…………刀を見に行くためだ。

 で、バベルに着き、さあ中へと思ったところでフィンに話しかけられた。

 

 

「やあ」

「何用じゃ?」

「つれないなぁ。昨日も君を待っていたのだけど?」

「余りにうざったくての。ここしばらくは籠って、剣でも降っておったよ」

「はは。ご苦労様。それで、武器を見に来たのかい?」

 

 

 如何にも、と通り抜けようとすればフィンはついてきた。

 僕らも前回の遠征で酷いことになってね、なんて言いながら付きまとう気まんまんだった。

 そして今に至るのである。

 

 

「見ていて面白いものでもあるまい」

「一流の冒険者は鑑定眼も備わっているものさ。何ならプレゼントでもしようか?」

「男に興味はないぞ」

「僕も興味は無いよ。出来れば、同胞で勇気のある娘がいいかな」

 

 

 絵面的に危ない気がするのは自分だけだろうか? 確か、この男は40近いじゃろ? それが少女姿の少女のような小人族(パルゥム)の女と―――――――

 

 

「どこの芸能人じゃ」

「ゲイノウ? なんだいそれ?」

「独り言じゃよ。だが、しかし。酔狂なもんじゃな」

「付き合うことがかな? 冒険者であることかな?」

「付き合うほうじゃよ」

「そっちか。単純だ。君に興味がある」

 

 

 レベル1でレベル6に重傷を負わせ、自分達でも見たことのないスキルらしきものを使う。

 そんな逸材が零細も零細で、底辺に位置するようなファミリアにいるのはオラリオにとっての損失だと思わないか? もちろん、君の家族を侮辱するつもりはない。だが、君の活躍の場は今の場所では遠すぎる。

 

 

「ここで恩を売って、スカウトしよう。そういう魂胆さ」

「言い回しは不快だが、率直に来るのは気持ちいいの」

「お褒めに預かり光栄だ。答えも解っているけど、理由は………………物で裏切るような不届き者にはなりたくない、かな」

「概ねだの。そんなやつを迎え入れたとて、何時かは同じことを繰り返す。違うか?」

「その通りだ。ヒトは一線を越えてしまえば何度だって気軽に躊躇いなく超えるからね」

 

 

 うんうん、と何か思い出したのか苦虫を嚙んだ表情となる二人。超大物と一緒にいるあの男は誰だ? とざわめきまで聞こえる。

 なるほど。つまりは、ここで儂と懇意である、知り合いであると印象付けたかったわけか。

 

 

「やっぱ、食えんの」

「下ごしらえは大事さ。僕らが懇意にしていると知られれば、他のファミリアもおいそれと出来なくなる」

「あわよくばネタにして………もか」

「想像に任せよう。ここかい?」

 

 

 ヘファイストスファミリアは超高級な装備を卸すことで有名だが、何もそれだけではない。入ったばかりの新人がファミリア謹製の証である刻印をつけられるわけではない。

 そのため、かのファミリアでは一区画を借りて新人や見習いが卸す店を出している。店主と店員はファミリアの先輩で、購入した冒険者に紹介したり、あるいはどんな武器が欲しいのかを聞いて格安のオーダーメイドを請け負う。それを新人たちに伝え、技量を上げるのと同時に専任契約もできるようにしている。このスタイルは他のファミリアでも採用され、このフロア自体が新人御用達の商店街となっているのだ。

 

 さらにこの恩恵は鍛冶師だけでなく、冒険者にも都合がいい。

 ギルドで販売されるものは基本的に数打ちの鋳造品のため、品質は比べるまでもない。しかし、真っ当な武器は高すぎて手が出せない。

 それを解消するのがこの制度であり、気に入った装備を見つけ、鍛冶氏と専任契約する。冒険者の安全は高まり、鍛冶師は材料の融通や腕前を上げられ一石二鳥なのだ。

 

 

「極稀に掘り出し物があるね」

「刀以外使う気はないから、すぐに終わるじゃろうて」

「カタナか………僕も一度は使ったかな。たしかナガマキとか、ナギナタとか」

「ほう! どうじゃった?」

「切れ味もイイし、リーチもある。でも柄が木製で手入れが難しい。金属だけでできるが、次は小人族にとっては重すぎると問題が目立ったね。結局、オーダーした長槍だね」

 

 

 重さはどうにかなるけど、手入れが迷宮では難しいのがね……………。惜しそうに零すフィンに、軽合金の生まれていないこの世界では仕方ないかと納得する。

 拳・剣・槍・薙刀・弓・銃の順番に強さは変わる。槍の三倍段なんて言葉があるほどで、剣で槍や薙刀に勝とうとするには相手の三倍力量が必要とされる。リーチはそれそのものが武器であり、何かしらのカラクリが無ければ剣で長物に挑むのは無謀だろう。

 そして、大体それぐらい槍を扱える者は懐に潜り込まれたときの対処も解っているのだ。

 

 

「小柄には間合いを潰すのに苦労しそうじゃな」

「まぁね。でも、舐めた敵は全員、穴が増えたけど」

「見てくれで判断するほど節穴なら、目玉を入れる穴が増えたと喜びそうじゃ」

「はは!違いない!」

 

 

 会話しながら店の中に入って物色していたのだが、店番も客も予想外の大物に目を真ん丸にしている。

 気にも留めないで、まっすぐに刀を売っているコーナーに向かう。

 到着したはよいものも、十把一絡げのものしか無い。

 

 

「どれもこれも変わらんな。前の刀のほうが質がええ」

 

 

 さて、自分の基準はこの刀なのだが、眼鏡に適う物はない。

 同伴したフィンに、借りを作るのはいただけないが店でも紹介してもらおうかと顔を向けると、ごつい男やマッシブな姉ちゃんたちに囲まれて動けないようだ。

 

 ロキファミリアの名誉と体裁もあり、紳士的に対応しているが矢継ぎ早に降り注ぐ言葉に辟易しているフィン。群衆の隙間から、永嗣がこちらを見ていることに気づき、助けてくれと目で訴える。

 ニッ! サムズ・アップする彼に助かったと安堵しようとするも―――

 

 

(グッドラック!)

(てめぇ、あとで覚えてろよ!?)

 

 

 何もせずに何処かへ行ったのだ。そう、時雨永嗣はクールに去るぜ。

 

 

 





 ジェーンって一体どこのダルクなんですかね? 解説に移ります。


『時雨永嗣』
 身体年齢に精神年齢が引きずられている感が否めない今日この頃。煽りスキルは年齢とともにマイルドになったが、若くなったせいで激しくなっている。
 容易く願いを叶える方法に対し、即座に断るなどの生真面目さが見られた。
 「強請るな、勝ち取れ。さすれば与えられん」

『ムメー』
 ファミリアから逃亡中なう。もし、永嗣が願望を叶える方法に縋ったら、容赦なく殺すつもりであったのは内緒である。
 渡した土産はとても美味く、やっぱりアイツなんじゃねと疑われることをうっかり忘れている。
 「君たちの不養生が招いた結果であって私には何も責任は――――」

『ジェーン』
 いったい、どこのダルクか剣士顔か!? 裁定者(ルーラー)と呼ばれる金髪碧眼の少女。旗のような長物と剣を帯びている。妻を愛する永嗣をして、美しいと思えるぐらいに可憐であったりする――――のだが、細菌、太っ「ふくよかです」――ふくよかになった模様。
 「アーチャー、懺悔なら聞きましょう」

『神会』
 もー、いーくつ寝ると、神会だー?

『フィン・ディムナ』
 トップファミリアの振る舞いは辛いよと、同期の仲間に零すことがあるという。
 小人族(パルゥム)の特性上、リーチを補うべく長物に手を出した中に極東の武器もあったようだ。
 永嗣を待ちかまえ、数日たってようやく来たことに安堵している。今日来なかったら、副団長の嫌味が待ち構えていたからだろう。

『極東の武器』
 全体的に高い技量が求められる傾向。繊細で、日々の手入れが重要なため深層域でとれる鉱石を使用しない限り、維持コストがバカにならないなどの問題がある。さらにもろいこともあって、病気にかかった駆け出し以外で使うのは、見栄と実力者のどちらかしかいない。
 反面、切断力に優れており、修練をした冒険者は鉱石系のモンスターですら両断する。


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爺は鍛冶師に出会う

 早い投稿ですね。タイピングが進んだのですよ。


 今回も捏造設定がバンバン出ますのでお気を付けください。

 そして、お気に入り1100突破ありがとうございます!


 

 気安くは話しかけられるが鬱陶しい連れと別れた(見捨てた)ことで身軽となった永嗣は、別の店へと向かった。この通路を歩いていて思ったことは、どこかで聞いたことのあるフレーズがそこかしこで見られることだ。

 元の世界なら職質をかけられるような男たちが、少年のように目を輝かせ、ショーウインドウの武器を見つめているのだ。

 

 

(武器を見て、何時かそれを持ちたいと夢を見る。これが少年少女なら絵になるがの)

 

 

 誰も華も何もない連中を見たって、得などはない。これがもう少し若ければ、夢見る若者で済ませられるがオッサン共では話にならない。

 品質はいいのだが、どれもこれも実用性よりも見た目を重視するような作りで永嗣はそれが気に入らなかった。

 

 

(アレではまともに力も伝わらず、華美過ぎて目立つだろう。かと思えば、より実戦的で質素な造りの武器が置いてある。(ふる)いにかけているんじゃろうか)

 

 

 例えば、稲妻を模したような黄金色に輝く剣。鉤状であったり直剣や曲刀ともいえる部位が見られるのだが、複数種の武装を使えるものが果たしているのだろうか。

 よしんば居たとして、あの鋭角に曲がる部分で切っ先の衝撃を受けきれるのだろうか。少なくとも、自分には無理そうである。

 

 

「ふぅむ………そこにこの値段か」

 

 

 立ち止まり、ショーウインドウの向こうにある武器の数々を眺める。どれもこれも50万以上を超えていて、自分には手が出せない。貸しを作ってでもフィンを助けておけばよかったかと思ってしまう。

 それほどに、今の自分の懐具合は寂しかった。ヘスティアファミリア全体に言えることではあるが。

 まぁ、武器は全て手作りな上、材料も命懸けで採ってくるものがざらである。この値段を恒常的に払えない連中は冒険者として上には上がれないということだろう。

 

 再び歩き始めると、店前に刀が置いてある店を見つけた。

 拵えも鍔も握りも雅な美術刀である。隣には一切の飾り気のない黒鞘に錆止め等を施したであろう最低限の処理をした鍔と、目釘を抜かれて刀身すべてが晒されたものがある。

 間違いない。これは業物だ。

 

 

「ほっほぅ! 値段は…………………4000万ヴァリス?」

 

 

 買えないな。手持ちの万倍越えである。これは無理だ。

 しかし、欲しい。これは欲しい!

 

 

「中を見ればもっとあるか?」

 

 

 そう呟くと、誘蛾灯に誘われた羽虫のように、永嗣は店に踏み込んだ。

 踏み込んでみれば、そこは刀を求める者にとって、パラダイスのような空間であった。あるもの全てが刀や薙刀、和弓などの極東の武器たちである。

 

 

「おお………!」

 

 

 早速と、近くに陳列していた刀を抜いてみる―――としたのだが、鍔と鞘が紐でつながっており、鯉口を僅かに切るぐらいしかできない。

 それでも、刀身の根元を見る限り、相当な逸品だ。

 

 

「抜いてみたい………! すまんがこれを抜いても構わんか!?」

「あいよ。ちょっと待ちな」

 

 

 気怠げな少女が番台から立ち、ぽてぽてとやってきた。徐に紐へ指をすべらせると何もなかったかのように紐が消えた。

 それを見るやいなや、遠慮の欠片もなく刀を抜き放つ。

 乱れ刃、平造り、腰反り、渦目調、黒地―――良いものだ。材質に至っては、失伝されたといわれるダマスカス鋼だろう。刀………………特に日本刀にもっとも適していると云われる金属だ。

 粘り強く、硬く、それでいて靭やかである。現代科学で再現されたものとは違い、これはウーツ鋼のほうだろうか? だとすれば、これだけの値の価値はある。

 

 

「気に入った?」

「おう。儂の知る限り、この鋼の製法は失伝している。模造はあれど、このような出来ではなかった」

「ふーん。お兄さん、レベルは?」

「1じゃよ」

「わかった。でも、貴方に売る刀はない。他所へ行って」

 

 

 呆気にとられて、持っていた刀を奪われてそのまま元の状態に戻されてしまった。

 何故に売らないのか!!? 詰め寄るも、まるで相手にもされない。

 

 

「待ってくれ! 金なら必ず用意しよう、必ずだ!」

「貴方で500人目だよ、その台詞」

「ぬぬぬ……………何故売らんのだ?」

「レベル1の腕なんてたかが知れているから。私は、自分の子供(さくひん)が身の程知らずに穢されるのは我慢ならない」

 

 

 それは拒絶だった。

 

 

「冒険者なんてクズばかりだ。どいつもこいつも――――反吐が出る………!」

「クズばかり、な」

「そうだよ。花瓶だけが立派になって、活けた花は雑草ばかり。野に咲く花のような強さはなく、丁寧に育てられた蘭のように気品さがない。私の鍛つ武器と格が合わないんだ」

「なるほど。それは儂も思うところよの」

「そうやって関心を買おうとするのもいっぱいいたよ。だから帰って。欲しいなら、私の主神の許しかきちんとレベルアップしてその上で見定めさせてもらう」

 

 

 取り付く島もなかった。永嗣は店主によって、外へと追い出されてしまった。

 入るときは刀に見惚れて見ていなかったが、その構えは極東風―――いわゆる和風の店構えである。扉の屋根には【工房・正村】の文字。

 

 

「工房・正村――――しかと覚えたぞ」

「ようやく見つけたよ。さっきはよくも見捨ててくれたね…………!」

「ちっ!」

「舌打ちするんじゃないよ。まったく……………なんだ、彼女の武器に惚れ込んだのかい?」

「! 知っておるのか」

「それはね。彼女はヘファイストスファミリアの三番手、極東の武器を作るに関しては団長すら凌駕する鍛冶師だよ。ただ…………わかるだろ?」

「相手にもしてもらえんよ。欲しかったのだがなぁ」

「僕が証人になろうか? 無論、借りにするけどね」

「返済が怖いから遠慮しよう」

 

 

 それ残念だ、とフィンはこの先に行くか? と促してくる。しかし、あの話を聞けば有象無象でしかない刀にときめくこともないだろうと断った。

 この無聊をどうしようかと悩んでいると、一人の青年が話しかけてきた。

 

 

「あの、トーリの店に行ったんですか?」

「そうじゃよ。取り付く島もなかったわ」

「そうですか――って、勇者(ブレイバー)!!?」

「有名人は困るね。その通り、勇者さ。それで君は?」

「あ、ああすみません! 自分はヴェルフ。ヴェルフ・クロッゾっていいます」

「クロッゾ?」

「知っているのか、フィン」

「なんだいそのフレーズ?」

 

 

 クロッゾの名に反応したフィンに、ヴェルフと名乗った赤毛の青年は何かに耐えるように体を強張らせた。

 

 フィン曰く、クロッゾとは魔剣を鍛つことで有名な鍛冶貴族であった(・・・・)こと。その魔剣は海を干上がらせ、太陽すら覆いつくすほどの煙を生み出し、オリジナルの魔法すら上回る。

 誇張表現かもしれないな、と思っていたがフィンの顔は真面目だ。それには理由があった。

 

 クロッゾはラキア王国の貴族となり、鍛たれる魔剣はラキアの栄華を飾った。魔剣による度重なる侵攻は常勝を与え、その果てにエルフの国へと手を伸ばした。

 もはや数少ない精霊たちが住まうその森を、魔剣は火の海に変え、神話に残る炎獄を顕現させた。

 だが、それに怒り狂った精霊たちは力を振り絞り、すべての魔剣を破壊したのだという。それは呪いともいえるもので、クロッゾの家系に代々伝わった魔剣を鍛つ力を奪ったのだと。

 

 

「リヴェリアから聞いたからね。間違いない。うちにはエルフが多いから」

「実際見た人間がおった、というわけか。で、クロッゾ君。君は―――」

「その、クロッゾって呼ぶのはやめてください。自分は…………その名前が嫌いなんです」

「すまないね。立ち話もなんだ。どこか落ち着ける場所で話そうじゃないか。君もいいかい?」

「構わんよ。ヴェルフ君もよいじゃろ?」

「すみません。気を使わせて」

「年長者だし、何より君の先輩でもある。ありがとうのほうが嬉しいかな」

「す―――いえ、ありがとうございます」

「素直でよろしい」

「せんぱーい! あの武器買ってくださーい」

「迷宮に行ってモンスター狩ってろ」

「酷いの。ケチだの。そうは思わんか? 見た目にそぐうぐらい狭量じゃぞ、この中年オヤジ」

「あ、ええっと……」

「耳を貸さなくていいよ。君には奢るつもりが無くなったよ」

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わり、豊饒の女主人。人が居るのにここでするのかと思いきや、一番奥のひっそりとしたスペースに通された。

 少し気になるのは、どうにもテーブルや新調された扉や窓のあたりから殺気を感じるのはいただけない。報復かと思いきや、フィンは疲れた様子で気にしなくていいと、ため息交じりに答えた。

 

 

「はぁ……………じゃあ、ヴェルフ君。用事って何かな」

「あ、はい。そちらの…………えっと……」

「時雨永嗣じゃよ」

「シグレさんがトーリ――――あの工房・正村の店主なんですけど、そこから出てきたのを見まして」

「君のガールフレンドなのかな?」

「違いますよ。はぶられ仲間でして………刀を売ったのかなって」

「売ってもらえんかったよ。帰り際も見たが、あそこに置いてあるのが至上じゃな。見た後だと、良い刀も鈍らにしか見えぬ」

 

 

 ――――ああ、しかし……うーん……。永嗣は言葉を選ぶように呻り始める。

 腕を組み、眉間にしわを寄せて呻った末、口を開く。

 

 

「良い刀じゃが、入ったばっかりの者が鍛った刀には劣っていたな」

「新人に劣る? 彼女は紛れもない上級鍛冶師(ハイ・スミス)だよ」

「熱意じゃよ。全身全霊で鍛ってないのじゃ。それでなお、他との差が付き過ぎているわけだが…………業物なんじゃよなぁ」

「仕方ないと思います」

「んん?」

 

 

 ヴェルフは神妙な面持ちで切り出した。トーリは悩んでいるのだと。

 

 

「正直、自分が言える立場じゃないですが冒険者に辟易しているんだと思います。トーリの求める水準に達していないって、本人も言ってましたから」

「格が足りないというやつか? だとしてもな」

「優れた名匠は一目で見抜くというけど…………買いかぶり過ぎでは?」

「いやいや。あの輝きと滲み出る気配は紛れもなく業物じゃよ。かつて見た最上大業物にも劣らぬほどだ」

「そのディムナ団長とシグレさんは何を話して……?」

「団長はいらないよ。団員でもないからね。率直に言うと、彼はレベル1でレベル6の腕を斬り落とすぐらいの実力者だよ。噂は知らないかい?」

「全く。てか、そんなにすごい腕前だったんですか!?」

 

 

 信じられないものを見るような目で、永嗣を凝視するヴェルフ。別に誇るわけでもなく、斬れたから斬ろうとしただけだと言えば、今度は変なものを見る目に変わった。

 フィンは笑みを崩さずに、これは好機だと認識した。かの名匠の武器を用意できれば、少なくとも協力は得られるだろう。物で釣るのはいただけないのだが、さらに深く潜るためには彼のような戦力を防衛戦力として手元に置いておきたいところだ。

 

 

「当たれるのであれば、斬れる。普通の事じゃろ」

『『『『いや、それはない』』』』

 

 

 店にいた他の客も混じっての否定に、ぬぅ! とむくれる永嗣。その理屈が通るなら、レベルなど関係ないだろうとヴェルフは思った。

 

 

「その腕前、トーリに見せてやってくれませんか!」

「あれは拗らせ気味じゃろ? 多分、何かにつけて断られるのが関の山じゃろうよ」

「ですけど!」

「見せたところで、当人が認めるつもりもなければ意味はないよ。フィン、謀りもほどほどにな」

「なんだ。わかってたのかい」

「勘じゃよ」

 

 

 こういう輩に借りを作るのは、よっぽど厄介事でなければ問題はないのだが、ものによっては不味い事になる。

 ―――――まぁ、借りはできているようだが…………………。

 

 

「余計なもんまで作りたくはない」

「ホント、うちに改宗しないかい? 武器もついてくるよ?」

「くどいぞ」

「あの、いいですか?」

「おう、すまんすまん。しかしだ。あのトーリという少女………何故、頑なに未熟者を拒む?」

「それは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽は落ちて、魔石灯の光が道を照らす時刻。ヴェルフと別れた二人は昼間と変わらない足取りで夜の街を歩いていた。

 フィンは武器を持っていない剣士はパスタのないパスタ料理だと言い切り、永嗣の護衛を兼ねて廃教会の方へと歩いている。言葉は少なく、しかし、何か迷っているという雰囲気でもない。

 ヴェルフに聞かされたトーリの苦悩など、二人にとってはよくある類のもの。現実と理想の差に打ちひしがれようとしているものだ。

 

 

「君はどうする?」

「ふむ。借りで頼む」

「利子付きで返済してね」

「いずれなー。あと、気をつけての」

「ああ。君もね」

 

 

 ――――存外、彼は厄介ごとの種なのかもしれない。

 その後ろ姿に対して思ったことであった。どちらをとるべきか? ロキファミリアにとって最も利益になることは何だろうか?

 

 

「君たちはどう思う?」

「――――邪魔をするな」

「それが答えかい? んー………そうだね、どうしようか」

 

 

 魔石灯の灯りすら差し込まない暗がりから、アーメットと呼ばれる顔を半分隠すほど大きい兜を被る冒険者たちが現れた。

 黒と紫で統一されたその装備は大きさは違えど、形状は一致している。違うのは種族と得物ぐらいだろう。

 

 

「予想より、随分と厄介なんだね。彼は」

「ならば手を引け、勇者……それが互いにとっての利益になる」

「利益ね……………利益、利益、利益…………うーん。利益かー」

 

 

 困ったな。実に困った。どうしようか。どちらにしようか。さてさて、どうしようか。

 呟きでしかないその声も、夜の静けさと冒険者の聴力をもってすれば通常の会話と同じぐらいには明瞭に聞こえる。フィンが腕を組み、つま先でとんとんと地面を踏み鳴らす音が続く。

 

 

「どちらをとっても利益なんて似たようなものじゃないかな」

 

 

 口は嗤っている。目尻も落ちていて、優しく問いかけるようにフィンは言葉を紡いだ。しかし、目は笑っていなかった。

 物分かりの無いフィンに苛立ちが募ったのか、彼らは武器を構えた。そして駆けた。

 

 

 

 

 

 

 ――――そうして失敗した。

 

 

「んなぁッ!?」

「躾のなっていない犬だね」

 

 

 無手であるフィンに彼らは襲い掛かった。たとえレベル6でも、獲物もなく、防具もなく、ましてレベル4が6人でかかれば斃せる筈だと。だが、しかし―――

 

 

「装備がない。数で勝っている。だったら殺せる?」

 

 

 その手には槍が握られていた。見聞きし美しい槍ではない。長い筒の先に刃の穂先が付いた、文字通りの槍。節目らしきものが竹と呼ばれる食部に似ていた。

 

 

「はっはっは――――勇者をなめるなよ、クソガキども」

 

 

 ぱぁん! と空気を叩く音が響いた。何のことはない。単に、槍を振っただけだ。

 フィンの顔から笑みは消えていた。浮かんでいるのは、彼らへの呆れと無関心という侮蔑だけ。

 

 

「君らのように狙ってきたのは大勢いる。一度酷い目にもあったからね。だから、ほら」

 

 

 袖の中から手に持つ槍とは全く似ない筒が出てきた。しかし、それを振れば槍状の物体となる。仕込み武器だ。

 刃なんでない、言うなれば針を槍のサイズまで巨大化したもの。それは黒く、月光にも反射しないぐらいに黒かった。

 

 

「古参連中は必ず武器を隠し持っているんだよ。ああ、そんなことを言って大丈夫なのかって? それは問題ない。なんら問題はない。全くもって問題にもならない」

 

 

 フィンは石畳を踏みしめた。

 冒険者たちは今更になって理解した。なぜ、猛者(おうじゃ)らが手を出さないのかを―――

 

 

「私怨結構。復讐結構。憂さ晴らし結構。主神への忠誠も結構だ。でも、誰も君たちを褒めることはない」

 

 

 一陣の風が冒険者たちの間を通り抜けた。リーダー格でもあるそれは咄嗟に武器を盾にし、他は皆、心臓に穴を開けられ、頸は真一文字に切り裂かれていた。

 死んだ仲間に気を取られ、即座に離脱を図るべきだと視線を潜り抜けたそれはわき目も降らずに逃げ出した。

 

 

「死んでしまうのだからね」

 

 

 死はそれを逃がさなかった。それだけの……オラリオではよくある抗争の一幕として、彼らは数字となった。ことの全てを知る月は何も言わなかった。告げる口もないのだから……。





 英雄には相応の武器が必要だとは思わないかね? と、カルメンです。
 オリジナル設定が多々出ておりますが、これも二次創作の醍醐味です。ご容赦のほどを。
 では、解説行こうか。


『時雨永嗣』
 冒険者連中にはある程度知られているが、鍛冶師などの職人連中にはあまり知られていない。工房・正村の出会いは、彼に生涯の相棒を得るきっかけとなるのだろうか?
 「ええのう。ええのう。ええ刀だのう」

『フィン・ディムナ』
 あわよくば、改宗させようと画策するも、その程度で改宗する位ならと結論付けたショタオヤジ。年齢は40越えです。
 過去、強襲されて酷い目に遭ったことを教訓に、ファミリアの団員全員に暗器や隠し武器といったものを携帯を義務付けた。
 襲撃者の存在は永嗣も気付いていたと確信しており、貸しを作るために彼らは犠牲になったのである。理由としては、一緒に潜ることができ、かつ、未知の可能性を持つ彼らのほうが猛者より利用できると判断したため。
 「丁寧に、優しく、手短に仕留めるだけさ」

『ヴェルフ・クロッゾ』
 魔剣貴族、鍛冶貴族、呪われた血族。称賛よりも侮蔑の呼び名が多いクロッゾの家系の一人。何かしらの秘密があるらしい。
 「俺は魔剣が嫌いです。だから、鍛たない。鍛つつもりもない」

『正村トーリ』
 工房・正村の主。その腕は極東の武器に限定すれば団長の椿・コルブランドを凌駕する。しかし、冒険者たちのステイタス主義に辟易している。
 4レベル以下お断りなのは、このあたりが分水嶺となるため。ステイタスだけでは超えられない壁を実感する頃合いだとか。
 反面、業を修める者には相応の素材で作った逸品を提供する面もある。
 「冒険者、技も知らねば、獣なり」

『襲撃者たち』
 レベル4の上位の冒険者たち。黒と紫の装備に身を包んでおり、その統一性と装備の質からかなりの規模のファミリアと推測される。
 身の程知らずにも、フィンに挑み、全員返り討ちに遭った。台詞をつける価値もなし。

『工房・正村』
 偏屈な店主が営む極東の装備専門の店。素晴らしい出来のものばかりだが、売上自体は非常に低いため、初心者たちが中心となる通路に店を構える。
 永嗣の取った刀は黒地に金の渦模様の入った刀。見た目は汚いと思うだろうが、加賀友禅や漆器にまぶされた金色を想像できるとして、永嗣は美しいと評価した。
 店内で一番高い武器は1億ヴァリスの野太刀・縁切り丸である。


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女神、土下座をする



 お久しぶりです。一万字越えですがどうぞ!

 多分なオリジナル設定成分を含んでおりますので、ご容赦できる方はお読みください。

 誤字脱字方向、感想お待ちしております。


 

 

「それじゃあ行ってくるよ。今日中に帰ってこなかったら、2,3日は戻らないからね」

「あい、わかった」

「行ってらっしゃい神様。物騒だから気をつけてくださいね」

「神に手を出す輩なんていないさ。いってきまーす!」

 

 

 ガネーシャ主催の壮行会(パーティー)当日。ヘスティアは少々のおめかしをして出ていった。

 アクセサリーもなく、ドレスを着ているわけでもないが元の素材が一級品なため、普通のパーティーに行けば引く手あまただろう。往々にして美形揃いの神々の間では、身なりも重視されるため見た目だけでは勝てないのだが………。これがヘスティアファミリアの現状であった。

 

 

「僕達も行きましょうか」

「ようやっと戦えるの。外もおらんようだし」

「成果見せてみます!」

「見せてもらおうかの」

 

 

 ふんす! と力こぶを見せて意気込むベルに、頼もしい頼もしいと笑いながら永嗣はリュックを背負う。

 やっぱり工房・正村の武器が欲しいと長剣を腰に携え、廃教会を出た。外には誰もいない。それはそうだ。逃げられる獲物(永嗣)より、食卓に登る料理(ヘスティア)は確実に食えるからだ。

 

 

「案の定いないな」

「静かですね。僕もつき纏われたりとかしましたし」

「やはりか。聞ける者を狙うのは当然か」

 

 

 居もしない連中のことを話していても仕方がないと、二人は迷宮へ向かって歩き始めた。久しぶりの実戦に心躍らせる永嗣だが、ベルは唐突にこんなことを言い出した。

 

 

「そういえば、何日か前にここでファミリアの抗争があったらしいですよ」

「ほう」

「血痕だけ残ってたらしいです。量からして、致死量だったとか………」

「祟って出ないことを祈ろうか。人の怨念は怖いからの」

「ゆ、幽霊ですか?」

「そうとも言うな。人が死んだ所には出るもんじゃよ」

「家の近くなのに…………」

 

 

 夜帰ってくるの怖いなぁ、と最もなことを呟くベルに、永嗣は折を見てヘスティアに頼んでみようと提案する。神ならば、除霊ぐらいは出来るのではないか? そんな淡い期待もある。

 

 

「神様ならできますよね!?」

「さぁの。じゃが、神がいる街じゃしな。案外、昇天しているかもな」

 

 

 いざとなれば塩でもまいておけばいい、と言うとなんで塩? とベルが質問してくる。

 極東の風習でな? と話しながら、二人は街へと入った。もちろん、永嗣はあの場所で何が起きたのかは知っている。だが、言わない。そのための借りなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突であるが、オラリオには名物と呼ばれるものがいくつかある。

 一つはバベル。白亜の巨塔は晴れた日にその頂が見えるぐらいに高い、世界最大最高の建造物だ。

 一つは迷宮―――ダンジョン、ラビリンスと地方によって様々な呼び名のあるモンスターが生まれ落ちる、未だ底すら見えない奈落。

 前者はともかく、後者は一般人には見ることのできない領域にある代物だ。バベルだけでも、神の威光というものを知るには十分なものだが、つまるところデカイ塔である。大きさに慣れればインパクトは弱くなる。

 

 しかしながら、あと一つ、オラリオには名物が存在する。どちらかと言えば観光スポットのようなところ。バベルと同じぐらい、一度見れば忘れられない建物。とあるファミリアの本拠地―――

 

 

「―――アイ・アム・ガネーシャ………………趣味悪いなぁ」

 

 

 暖かな日差しが降り注ぎ、太陽を背にしているため影がかかっているが、その異様という威容は何よりも目立っていた。

 像の仮面を着けた細マッチョな男が胡坐をかいている建物。ガネーシャファミリアの主神ガネーシャを模していて、出入り口は股間の部分にある。なんとも自己顕示欲の強い神だと、青髪の童話作家は呆れていたとかなんとか。

 で、今回もパーティーはこの館で行われる。神会と言われているが別に眷属を連れてきてはいけないわけではない。現に、幾つかのファミリアはタキシードやドレスを着飾った眷属を侍らしている。

 ヘスティアは余りこういった催しに参加したことが無いから知らないのだが、顔合わせや友好的なファミリア同士での面通しといったものだったりする。

 

 しかし、ヘスティアファミリアの貧窮は厳しい上に、火中の人物を連れて行けばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。そのまま刃傷沙汰になるかもしれない。自分の一目惚れとは違う、愛おしい子どもが持つスキル【狂気】はレベル6を殺めようと駆り立てたのだ。

 

 

「目的の相手がヘファイストスだからなぁ」

 

 

 余り仲のよろしくないヘファイストスと彼は、出会い頭で何をするかわかったもんじゃない。結局、彼を嫌う理由も教えてもらえずに疎遠になりかけているのだが、これが最後の頼みとなることをヘスティアは覚悟していた。彼に聞かれでもしたら、ゲンコツが飛んでくるだろう。もっと友神を大切にしろと。

 例えそうなるとしても、ヘスティアは考えを改めることはしない。頼むと言ったら頼むのだ。そうでもしないと――――

 

 

「よしっ! いくぞー!」

 

 

 気合を入れて、ヘスティアは股間にある扉をくぐっていった。

 エントランスに辿り着くとヘスティアは胸の谷間に入れていた一枚のチケットを取り出した。ガネーシャファミリアの団員たちが招待状の有無を確認してきたのだ。何か邪な視線を感じたが、渡すと随分と念入りに調べている。

 触る、つまむ、(かざ)す、こちらと見比べる。あげくの果てには噛んだり匂いを嗅いだりもしている。

 

 

「も、もう行っていいかな?」

「どうぞ。控室をご利用されるのでしたら、エントランスを抜けてすぐ左の扉から上へお上がりください」

 

 

 そんなことを言っても、ドレスなんて無いのだから意味がない。化粧は基本していない。しなくても神は綺麗だからだ。

 ただ、すこし暖かいせいか汗をかいているため、拭きたいかなと思う。

 

 

「タオルもご用意しております。どうぞご利用なさってください」

「おお! 気が利くね。さすがガネーシャの子どもたちだ!」

「恐悦至極にございます。何かございましたら、備え付きの呼び鈴でお呼び下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気を良くして控室へと向かうヘスティアを、その男は見送っていた。

 完全に控室に入ったことを確認すると、男は徐に無駄に高性能な冒険者の身体能力によって、見るも止まらぬ早業で包んだチケットを懐から取り出した。

 

 

「――――……………………んはぁ………! これが!女神の!フ・レ・グ・ラ・ン・ス!」

「手に入れたのか兄弟!」

 

 

 変態の仲間が現れた!

 

 

「処女神のものだ。あの谷間に挟んでいたレア物だぜ」

「俺はヘファイストス様のタオルだ。たまんないね、この香り!」

「ヘスティア様も通しておいたからな。そっちのタオルも期待できるっ」

「おい! フレイヤ様も来たぞ!!」

「最優先だな」

「奴らに気取られるな。ヤヴァいぞ」

「あ、お腹痛いから帰っていいですか?」

「いいぞ。主犯格はお前だとぶちまけてやる」

「さぁ! 行くぞ! 大儲けの時間だ!」

 

 

 その背後には羽根帽子の男神の姿があったとかなかったとか。

 もちろん、彼らは捕まりましたよ? ムキムキな猪人族(ボアズ)にな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神は見栄を張りたがる。他の神に対して、子どもたちに対して…………兎に角、見栄を張りたがるのだ。見せびらかし、貧しいものに嘲りを与える。殆どの神々は力無きものに対して無関心で、死のうが生きようがどうでもいい。自分のお気に入りの玩具となるのであれば慈悲を与え、そうでなければ何もしない。

 殆どの神々はお気に入り以外(一般人など)どうでもいい。

 

 ただ、例外も存在する。鍛冶神ヘファイストスや薬神ミアハを筆頭に医療を司る神々の一部。商売を行う神々の一部、農耕の神々の一部。全体としては一握りだが存在する。

 そんな一握りの中でもっとも人を愛する神がいる。

 

 

「俺がガネーシャだッ!!」

 

 

 ガネーシャファミリアの主神こと、象の仮面を着けたエキゾチックな民族衣装に身を包む偉丈夫な神である。

 群衆の主と呼ばれ、オラリオの住人たちに分け隔てなく愛を注ぐ、神物だ。芸術センスや自己主張の激しさを無視すれば立派な神物だろう。

 

 

「皆、よく集まってくれた! ささやかだが食事と酒も用意してある。存分に楽しんでくれ」

「「「「さすがガネーシャ! 気前の良さにしびれるぅ!」」」」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている? 俺がガネーシャだッ!!」

「「「「イエーーー!!!」」」」

 

 

 正直に言えば、名も知らぬ神々たち(永嗣基準からすれば)も、こういうときに限ってはノリの良さで盛り上げ要員には使える。

 そしてノリの悪い、つまりは冷静な神々は彼らなりのノリでガラスでできた綺麗な盃を掲げて意を示す。

 ガネーシャが乾杯と言えば、そこからパーティーの始まりだ。飲んで、食って、談笑する。まぁ、何千年も神界にいたのだ。大体の神々とは、多少の面識もある。もちろん、面識が一切ないものも多い。自然と、知り合い同士で固まり始めるのだが、一部の神々はそんな固まりたちを次から次へと訪問し、あいさつ回りをしている。

 

 

 オラリオにおいては上位と数えられる有力ファミリアの主神たちだ。

 こういった雑多な神々が集まる催しなど、実はそれほどに多くはない。二つ名の命名式や非常時などにおいて行われる神会(デナトゥス)も、会議室の広さ的に集まれるものでもない。現に、この場には200柱近い神々が集っているのだ。従者も含めれば、その数倍はいくだろう。

 ガネーシャファミリアの資金力の凄まじさをヘスティアは感じていた。

 

 

「僕もこれぐらいのパーティーを開けるようになりたいなぁ…………今でも満足だけど」

 

 

 ただ食っちゃ寝のできる立場―――というか金が欲しいの事実だが、あの老人のような青年の目の前でそんなことをしたら――――

 怖いことを考えてしまったと体を震わせ、ヘスティアはビュッフェ方式のランチを堪能する。持ち帰りたいが、みっともないと怒鳴られそうだし、この後つるし上げられるのだから恥をさらすわけにもいかない。

 

 

「とはいえ、腹が減っては戦は出来ない。心理だね!」

 

 

 もちもちとした頬をリスのように膨らませ、食いだめできるだけ食いだめておくと言わんばかりに食べていく。

 彼女を見て、他の男神たちはロリ巨乳が必死に喰ってる、と嘲笑を浮かべる。金がないのか? 早く誰か突っつけよと嗤っている。

 聞こえないふりをしていたが、態度には出るようでその勢いも徐々に弱まってきた。そして、給仕を呼び、ワインを一杯煽って人心地着くと、彼女の目的の一つ。今後も神友と呼べるのかわからない友神こと、ヘファイストスがワインを片手に呆れ顔でやってきた。

 

 

「アンタ、何してるのよ」

「あ、ヘファイストス! 久しぶりだね」

「口元汚して…………ほら、これで拭いなさい」

「ありがとう」

 

 

 こしこしと口元を拭っていると、心配そうな顔でこちらを見てくるのに気づいた。

 

 

「ど、どうしたんだい?」

「―――いえ、顔色が悪いなって、思ったのよ。子どもたちはそんなに稼げないの?」

「まぁ、これからを考えると緊張してね。いいや。最近まではベル君一人だけだったけど、今日からシグレ君も参加するのさ。ようやくね」

「そう」

「うん。それでね…………実は―――」

「ドッチビー!!」

 

 

 頼みごとをしようとした矢先に、不倶戴天の敵の声が響く。

 珍しく、男装ではないドレス姿をした赤いまな板がやってきたのだ。

 

 

「久々やな。ファイたんもな!」

「貴女の子どもは来たけどね。それより、ゴブニュが鬱になりかけているのよ。剣姫に武器は大切にするようにって、言っておいてくれる?」

「無理やって! 深層は武器を気にしていたら挑めへん! それよか、安くしてくれん?」

「ダメよ。びた一文まけないわ」

「いけずやで、ファイたん」

「僕は無視かい?」

「おっとすまんな。デカいファミリアにはデカいなりの悩みがあるんや。ドチビにはわからへんやろ?」

「ッ……!!(このまな板女神ィイイイイイ)」

 

 

 とはいえ、これで空気もだいぶ緩くしてもらった。ロキなりの気遣いというか、ノールド君からヘファイストスに頼み事のことを聞いているのだろう。恩を売りに来ているのだ。

 乗ってやろうじゃないか、とヘスティアは意を決するがさらなる闖入者が現れた。

 

 

「あら、三人とも仲がいいわね」

「フレイヤ!」

「そうよ。私も混ぜてくれない?」

「あー…………別に構わないけど、その………」

「どうしたの?」

「失礼だけどさ。苦手なんだ、君が。本当に」

「ふふふ。気にしないわよ。貴方のそういうところ、私は好きよ」

「度胸あるな、ドチビ」

 

 

 片やオラリオの双璧、片やオラリオでは零細。戦力差も資金力も、神望(じんぼう)も桁違いと来た。

 弱小で、頭を下げて怒りを買わぬよう、大人しくするのが普通だが、ヘスティアはそんなことは気にしない。あまり気にしない。言うべきことは言うべきなのだ。無理に付き合っていても、いつかは拗れて酷いことになる。そうなる前に距離を置くべきなのだと判断したのだ。

 

 そういったところをフレイヤは評価している。自分に対して一言言える神はロキやウラヌス、ガネーシャぐらいしかいない。一柱、小煩いのがいるがアレは論外だ。美というものをはき違えている。

 ある意味ではフレイヤは孤独なのだ。強すぎる勢力を持つがゆえに、比肩するものもない美を持つがゆえにフレイヤは孤独なのである。

 

 

「歯に衣着せないもの言いも時には必要だよ。ただ…………君もアレのこと?」

「そうよ。だって面白そうじゃない」

「そうやでドチビ。パーティーに出るよりも、それを聞きたくて集まってるやつが殆どや」

 

 

 そうだそうだ! 早く言えー! などとヤジが飛んでくる始末。

 会場にいる神々は会話を止め、ヘスティアたちに耳を向けていた。いっそ、神の鏡でも使うか? と使用許可をとろうと票集めまでしているぐらいだ。

 

 

「元々そのつもりだったからね。僕の家族、シグレ君は―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっちに行きましたッ」

「応とも」

 

 

 ヘスティアが神々の前で永嗣について語り始めているころ、当の本人は迷宮(ダンジョン)の4階層で狩りを行っていた。新人殺しのウルフの群れと一つ目の蛙ことフロッグシューター。徒党を組んで現れ始めたコボルドとゴブリンの群れ。

 数にすれば30匹近い数の暴力を質で打ち負かしていた。

 

 ベルが成り立てとは思えないほどのステイタスをもって斬り込みんでいく。

 永嗣が後を追ってそのリーチとベル以上に速く巧緻な剣技で傷を抉っていく。

 止まらずに通り過ぎたベルの追撃しようとしたゴブリンたちの頸を一閃で刈り取り、返す刀でフロッグシューターの刺突を受け流し、逆に刺突につかったその舌を斬る。

 

 

「シグレさん!」

「後ろを頼むッ」

「はい! 片付けたら抜けます!」

 

 

 四方から襲い掛かるモンスターを滅多切りにしていく。

 恐怖を覚える知性などない低ランクのモンスターは目の前の惨殺は単に餌を奪うやつが減っただけの事。ひたすらがむしゃらに突き進んでいくモンスターを、軽鎧どころか、皮の鎧すら装備しない永嗣は受け流しては斬り、相手を蹴り飛ばしては斬っていく。

 モンスターのヘイトがこちらに無雁斬っているころに、ベルは再び突貫した。背後に回ろうと策を弄しているウルフを返り討ちにしたからだ。狼と体格などはそれほど変わらないウルフを、ベルは一体ずつ丁寧に狩る。喉を裂き、心臓を穿ち、時折塵にも変わらぬ遺骸を投げつけ、健脚で蹴りつぶす。

 

 剣士の背後に敵がいなくなると、兎は駆け出した。トン、トン、トン、と跳ねるように駆けていく。跳ねるたびにモンスターはどこかが刎ねられていく。

 目前へと迫る脅威を無視できる―――否、他の仲間(モンスター)に任せられるほど賢くはないモンスターは剣士を無視して、襲い掛かる。

 

 

「ッッ………!」

 

 

 軽やかなステップは止まり、より深く、強く踏み込む。頭が地面に着きそうなほどに前のめりに大地を踏みしめた。逆手に握る短剣と半ば折れたショートソードを盾にするように交差させる。

 

 こん棒よりも太そうな腕を振り上げるゴブリンが汚い鳴き声で笑う。

 爪と牙で蹂躙しようとコボルドが迫る。

 涎を垂らして大口を開けたウルフが跳ぶ。

 その額を撃ち抜こうと大跳躍したフロッグシューターが一つ目を輝かせる。

 

 

「遅い!」

「言うなれば五月雨斬りだな」

 

 

 そんなものは二人には通用しない。連携というものを知らないモンスターでは二人に届かない。

 弾丸の如く跳ぶでなく駆け抜けたベルは両手に持つ得物で切り裂いた。

 下へ上へ、右へ左へと剣を振り、背後から斬り捨てていく永嗣。

 水の音と湿った何かが落ちる音がした後、皆、塵になっていった。残照の煙がそこかしこで昇る。

 

 残心を終えた永嗣は、一つ深く息を吐いて、手に持つ長剣をしみじみと眺める。

 視界の隅にはモンスターの血を少し浴びたベルがせっせと魔石を拾っていた。

 

 

「――――数打ちではこんなものか」

 

 

 傷めぬように加減はしていたが、それでも剣は耐えられないらしい。

 それはベルも同じだろう。ショートソードは折れていても、芯まで罅が入っているわけではない。造りのしっかりしたコレはまだ耐えられるだろう。しかし短剣の方は柄に罅が入っているのが見えた。

 

 

「回収終わりました」

「わかった。これで終いにしようか」

「まだ行けますよ?」

「これを見てみよ」

 

 

 刃が欠け、罅が入り始めた長剣を見て、ベルは恐る恐る自分の得物を抜いてみる。なるほど。これではもう危険だ。

 

 

「わかりました。帰り道も考えないといけないですね」

「足早に行こうか。駆け抜けるぞ」

「こっちです!」

 

 

 ビキ、ビキ、ビキ――――ダンジョンから新たな尖兵(モンスター)たちが生まれようとしている。囲まれる前に二人は撤退を決意した。

 狂気であろうと、狂戦士ではない。冷静な考えの出来る気違いなだけなのだ。この男は……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――だから誓ってもいい。僕は神の力(アルカナム)なんて使っていない。あの子は自分の力でその領域まで辿り着いたんだ。気が触れていると恐れられるぐらい、彼は狂気と信念とともに辿り着いたんだ」

 

 

 スキルやアビリティについては、かすかに匂わせる程度に話したヘスティアは周囲の様子を窺うため、言葉を止めた。反応はおおよそ3つに分かれていた。

 一つは成る程と納得したものだ。ガネーシャやロキ、フレイヤ、ヘファイストスらだ。

 二つ目はヘスティアが嘘をついていると決めつけているものだ。ディアンケヒトを筆頭とする性格の悪い神々だ。

 最後はスキルやアビリティによるものを勘違いしているものだ。アポロン、イケロス、イシュタルといった一定以上の規模を持つファミリアの主神たちだ。

 

 

「うちは前にも聞いたけど…………んー…………でもなぁ………」

「信念はすべてを凌駕するものだ。ガネーシャがそう保証してやる!!」

「実際、オッタルがそうだったからね」

「………………信念、か。でも―――それじゃあ………」

 

 

 ディアンケヒトらについては述べるまでもない。野次か一方的に嘘をついていると決めつけているだけだ。

 問題は三つ目の集団。アポロンたちだ。

 

 

「ふむ。どう思う?」

「ひひっ!どうと言われてもな。実際に見たわけでもないが…………楽しそうなことには違いないだろう」

「イシュタルは?」

「この目で見てから考えるとするさ。お眼鏡にかなうなら……………オラリオの先輩として、後輩(ヘスティア)に薫陶を与えてやらないとね」

「いい性格をしているね、イシュタル」

「見た目もイイんだよ。イケロス」

 

 

 絶対に碌なことを考えていないはずだ。特にアポロンなんて、両刀使いだって噂だ。シグレ君はまだしも、ベル君を狙いに来る可能性は十分ある。

 

 

「僕が言えるのはここまで。あまり自分のことを話すつもりもないし」

「それで家族っていうの?」

「家族だから秘密は抜きだ、なんてのは間違いだと思う。そういうのすら含めて、一緒に生きることが家族なんじゃないかな」

 

 

 でも何時か必ず話してくれると信じているよ。君の過去にどんな罪があっても、特異な由縁でここに来たとしても。僕もベル君も君を受け入れるからね。

 

 

「もういいかい?」

「いいえ! 私からありますよっ!!」

 

 

 聴衆の中から声が上がった。甲高い声で、どことなく人を不愉快にさせるような声。

 当然、前へ出ようとするその神を他の神々は海を割るかのように道を開けた。

 

 

「ネメシス!!?」

 

 

 道化師の化粧をした、肉体にぴっちりを貼りつく光沢をもった服。それに浮かぶ女性的ないくつかの形が、それを女神だと知らしめていた。

 女神ネメシス。ネメシスファミリアの主神であり、少数ながらも全員が一線級の戦闘力を持つファミリアの主神。またの名を―――――

 

 

「復讐の女神かい? 何が聞きたいんだ?」

「んっふっふっふー。そんな塩対応はやめてもらえないかしらヘスティアちゃん」

「君とは会ったこともないよ。見ず知らずの他神で、関わり合いになりたくない類の神さ」

「あっらっらっらー。酷いわね」

 

 

 くるくるりんっ☆ 道化師というよりも、サーカスのピエロみたいな態度だとヘスティアは思った。

 ニコニコと笑っているが芝居がかっていて、それがなおの事、腹立たしい。

 ネメシスを知らないヘスティアにロキは、耳元で忠告する。

 

 

「疫病男の主神や。関係あるで、ドチビ」

「なんだって?」

「あっふっふっふー。そうとも。私があの汚くて醜くて愛おしい憎悪を孕んだポプヌスの主神さ。自己紹介はこんなものだね。こんなものとしよう。そうしよう! 聞きたいことは単純だ。君の眷属の右腕は顕在かい?!」

「は?」

「顕在かと聞いているのさ! 腐ってないのかい? 斬り落とされていないのかい? 失われていないのかい!!?」

「そんなことあるわけないだろ! 五体満足だ。一体何を言っているんだ君は?」

「んっんっんー…………それはおかしい。実におかしい」

 

 

 ――――なぜなら僕の眷属たちには特徴がある。そう、復讐で! 傷つけた相手に同等の復讐を行うというのにだ!

 

 その言葉でロキの顔から血の気が失せた。

 こいつは今何と言った? 確か同等の傷を相手にも負わせると言った。まさか………!

 

 

「それは神の力と違うんか!!? 復讐の特性を与えたんか!!」

「はっはっはー! それは違うよロキ。私の眷属となるには消えることのない怨嗟の炎。狩れることのない憎悪の澱みがあるかどうかだ。私はその手助けをしただけ。フレイヤが意図せず魅了してしまうように、私は意図せずに復讐心や復讐を肯定させる。私の血を受けた眷属は――――――さぞ、素敵だね。いやいや! 素敵すぎるッ」

「何が素敵や! 子どもを化け物にするんかおのれは?」

「くっふっふっふー。それは違うよロキ。子どもたちが求めた。願った、請うたんだ。復讐を司るものとして、その復讐心は紛れもない憎悪として祝福したんだ(・・・・・・)よ。恩恵を与えるだけの神々ではない。救われなかった彼ら。報われなかった彼らを掬い、救うのが復讐の神としての責務さ。だからこそ教えてほしいんだヘスティア。君の眷属はどうして五体満足なんだい!!?」

 

 

 興奮しているのか、血走った眼をギョロりと向けて、片をつかんで揺さぶってくる。なるほど。復讐を司り、復讐する力を与えたというのに、復讐が出来なかったなんて…………アイデンティティーが壊れてしまうだろう。

 ―――でも、僕も同じだ………似ている部分がある。でも、君のように狂ってはいない。ヘスティアは淡々と告げる。

 

 

「君の眷属程度の復讐心で、彼に届かせるなんて無理さ」

「―――――なんだと?」

「そんな復讐心なんて、彼にとっては塵芥にも劣るって言ってるんだ」

「ははっ――――――ここで天界に還されたいのか、ババア」

「何を言うんだ、小娘。ああ、君を孕ませた(ゼウス)の姉だったね。だとすれば、年上を敬うとか覚えなよ。そんなのだから、ヒュブリスと混同されるのさ」

「言ったな? その言葉を私の前で言ったな………私を人間どもの傲慢と蔑んだな!!?!」

「何度でも言ってやろう。そんなんだからヒュブリスと混同されるって言ってるんだよ………!」

 

 

 一歩も引くつもりはない、とヘスティアは青い瞳で語っていた。

 普段と違う態度に、どの神々も瞠目していたが彼女は家を守護する神だ。手を出されれば黙って泣き寝入りするなんてことはしないだろうと当たりをつけた。

 

 

「君たちがどれだけ強くても、厄介な力を持っていても僕は家族を守るためなら、神の力を行使するのだって躊躇わない。永久の別れになったとしてもだ」

「ヘスティア!!」

「止めないでくれ、ヘファイストス。これは譲れない。譲ってはいけないことなんだ」

 

 

 その言葉にロキも、自分を重ねる。モンスターに殺されるならロキはどうとも言わない。迷宮でモンスターと戦い、死んでしまうのは甘く見たか、力が及ばなかったかだ。大切な子どもたちを失い、悲嘆に暮れて、それでもロキは立ち上がって新たに出発するだろう。

 だが、何かしらの悪意を持って嵌められたなら話は別だ。持てる力とコネをすべて使い、オラリオから永久追放したあとに殺してやる。地獄には娘もいるのだ。娘に懇願してでも重い罰を受けさせてやる。

 

 

「二人ともやめーや」

「ロキ」

「ドチビも気持ちはわかる。カッカしたらそれこそ思うつぼや。お前もそうなんやろ、ネメシス」

「――――――ぬっふっふっふー。気付いていたのかい」

「アンタは相当な古株や。オラリオの治安を陰から保ってきたのも知っておるし、どういう手段で復讐を正当化した(・・・・・・・・・・・・)のかも知ってる」

「君たちは不倶戴天の敵ではなかったのかい? 庇うなんて………ガラじゃない」

「そんなもん決まってるで。―――――――――ドチビのファミリアが面白いことになりそうな予感がするからや。神の第六感(シックスセンス)やで。霊験あらたかや」

「道化師…………いや、知能犯(トリックスター)は今なお健在ということか。いいだろう! やめておこうっ。今はまだその時ではないからね」

 

 

 ネメシスはそう言い残し、スキップをしながら帰っていく。その後ろ姿を見ながら、ロキは冷静に今後のことについて展望を考える。

 第一に、これでヘスティアに恩が売れた。アイズも気になっている件の剣士に師事でもしてもらえれば悩みも晴れるだろう。

 第二に、周囲への牽制だ。自分の獲物、あるいは同盟者だと錯覚させられる。団長や団員クラスではなく、主神が庇ったという印象は強いはずだ。

 第三に、きな臭い動きを続ける連中への鉄砲玉だ。良心が無いわけでもないが、それでも自分の子どもたちを犠牲にするぐらいなら他を犠牲にする。

 

 ただし、問題も出た。庇ったことによる友黙度が上がったこと。

 今後は、ロキファミリアが矢面に出ることも考えなければいけないことだ。もっと貸しを作って、雁字搦めにしておかなければならない。

 

 

「ドチビ、貸しやで」

「わかってるよ。借りたよ」

「すぐには使わへんけどな。まぁ、せいぜい気張りや」

「うぐぅ!?」

「冷や冷やさせないでよ、まったく!」

「へ、ヘファイストス…………ごめんよ。でも、僕は――――」

「デモもストもないわよ! こんな無茶しないで。わかった?」

「うぅ……………それを言われるとなぁ………」

「何よ? まだ何かするつもり……?」

「うん。頼みがあるんだ」

 

 

 即座に、もう金は貸さないわよ、とありきたりな要求を封じておく。

 ヘスティアはそうじゃないんだ。もっと別のことだ、と座り込む。極東で言う正座というもので、何を地べたに座る? と具合でも悪くなったかと心配すると彼女は頭を地面にこすりつけた。

 

 

「君と縁を切られても構わない。それだけのことを頼むんだ。それを踏まえて聞いてほしい!」

「やめなさい。神が頭を下げるなんて―――」

「僕のプライドでそれが叶うならいんだ。ヘファイストス!」

 

 

 

 

 

 

 ――――僕の家族に武器を造ってほしい。

 そしてヘファイストスは、土下座をするヘスティアを凍てつく瞳で見下ろしていたのだ。






 原作どうりだと、他と同じだ。ならばオリジナル展開を含んで他と差を作ってみようと思うカルメンです。
 難産でしたが、一応の完成です。
 では、解説行きます。


『時雨永嗣』
 武器を壊し始めていることにショックを受けている。しかし、天性の肉体と恩恵の相乗は彼が思う以上の力を与えているのだ。
 「未熟なり」

『ベル・クラネル』
 数値上は永嗣以上であり、登頂者のスキルでさらに強化されている。現状においては、レベル2成り立ての冒険者でも勝てる可能性がある。
 クロッゾ謹製のショートソードは丁寧に造られたらしく、半ば折れても支給品のものを凌駕しているようだ。
 「武器代あるかなぁ」

『ヘスティア』
 実はゼウスを生んだ神の長女にあたる存在だったりする。そのため、ゼウスよりも若干年上ではあるが、女性の地位が低かったであろう当時では、ゼウスのほうが上だと作者は考えている。この拙作においては、ゼウスはヘスティアに頭が上がらない。
 家族を守るためなら、天界に送還されるのも辞さないという覚悟見せつけた。土下座はバイト仲間のタケミカヅチより伝授された。
 「理不尽をはねのける力を、家族に持ってほしいんだ」

『ロキ』
 道化師以外にも知能犯という呼び方も持っていた。
 打算でヘスティアを助けてはいるが、そこまでのことが出来る神はそうはいないという、彼女なりの称賛だったりする。
 「シックスセンスより、ゴッドセンスのほうがえんとちゃうか?」

『フレイヤ』
 作者はよくフレイアなのかフレイヤなのか間違えてしまう、美の神。前も後ろもあけっぴろげなのは単なる痴女でしかないと、作者は思う―――おや? 誰か来たようだ?
 「私の肢体こそ美であり、服はそれを邪魔するだけのものよ?」

『ガネーシャ』
 オラリオではかなりまともな部類の神。群衆の主の呼び名通り、冒険者であろうと逸般人であろうと分け隔てなく接するため、市民からはロキとフレイヤより人望が篤い。
 しかし、自己主張が強いのと美的センスがずれているため、イイ子はその辺りを追求しないようにネ!
 「俺がガネーシャだ!」

『ヘファイストス』
 多少の頼みなら聞いたって構わない。でも、それはいけない、と冷たく突き放そうと心を鬼にした優しい女神。
 「断るわ」

『ネメシス』
 道化師の化粧と、体にぴっちりと貼りつく衣装を好む不気味な女神。通常は「うっふっふっふー」といった、小馬鹿にしているのではと思われる前置きをつけるが、それも相手を煽って反撃の理由を作るためだったりする。
 フレイヤと同じように、復讐の神の力は発動しており、恩恵を受けた眷属には全員厄介な能力がついている。ポプヌスは自分を傷つけた相手に同等の傷を負わせるといった、スキルを持っているようだ。
 「あっはっはっはー。復讐は後手だ。先に出しては復讐とは言えないよ」

『ガネーシャ像』
 オラリオの観光スポットの一つ。君も一緒に叫ぼう! 俺がガネーシャだ!

『一つ目蛙』
 フロッグシューターと呼ばれる、単眼で舌を槍のように伸ばして攻撃してくるモンスター。サイズ的にはウシガエルの二倍以上で、瞬発力が上層ではトップクラスに位置する。


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怪物祭の始まり×企みも始まり始まり

 ご意見。ご指摘、感想お待ちしております!

 あと、土方Getしたぞクルァアアアアア!!!! 二万も飛んだぞ、うぎゃあああああああ!!


 ところどころでオリジナル展開に突入し始めています。何が言いたいかというと、こいつは原作にとても似ているってことさ!


 

 ガネーシャ主催の壮行会(パーティー)から二日ほど経ったころ。永嗣とベルは今日の探索を終えて、長い長い螺旋階段をのたのたと登っていた。

 冒険者の肉体は、この程度の登り階段など疲れのうちに入らないがしばし続くこの風景に嫌気がさすのもまた事実だ。さらに言えば、疫病男ほどとは言わないものの、冒険者の体臭がものすごいのである。浅い階層でならまだしも、深く潜っていた連中は水浴びなどできるはずもない。

 運悪く、そんな彼らと帰路を共にしてしまった。

 

 悪臭の中、黙々と登っていると、反対側にある貨物エレベーターが作動しているのが感じ取れた。

 機械音―――車輪が動く音を鳴らしながら、エレベーターには布を被せられた大きな物体が幾つも積まれている。その周囲には冒険者が見張るようにして、取り囲んでもいた。

 

 

「アレ、なんですかね?」

 

 

 普段なら気にもしないことだが、今日は何か違ったのかベルが呟いた。永嗣はそれにわからない、と返す。

 すると、耳ざとく聞いていたのか隣を歩く強面の冒険者が教えてくれた。

 

 

「アレは怪物祭(モンスターフィリア)で使うモンスターだ」

「外に出して大丈夫なんですか?」

「馬鹿言え。逃げたら仕留められるようにレベル4以上の冒険者が囲んでるんだよ」

 

 

 エレベーターに乗っていたのは、すべてレベル4以上の冒険者らしい。

 その理由とやらは、殺さずに捕獲するというのは難しく、二級冒険者《レベル3》以上の冒険者が薬や魔法を駆使して捕獲するらしい。

 見たところ、レベル4の人物がいたことから、中層のモンスターが積まれえているかもしれないとのことだ。

 

 

「まぁ、一般人の歓心を得るためにも、娯楽は必要ってことさ。カジノに行けるのは金が無ければ行けやしねぇ」

「カジノまであるのか、ここは」

「やめとけやめとけ。堅実なほうが上に行ける」

 

 

 もう話すことはない、と男はそれきり黙ってしまった。

 もう当の昔に遥か上まで行ってしまったエレベーターに、むしろ乗せてくれんかの、なんて思っていたのはここに居る冒険者たちの考えではないだろうか?

 見上げればまだまだ、地上は遠い、と肩を落として登るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を一日ほど戻して、ヘファイストスファミリアはヘファイストスの執務室。

 部屋の主であるヘファイストスと未だ土下座を続けるヘスティアがいた。ヘファイストスは無視するように仕事を進めるが、一日経ってもしつこく続けるヘスティアに、流石に折れてしまった。

 

 

「何時までそうするつもり? 私、暇じゃないんだけど」

「君が鍛つと言ってくれるまで」

「……………………はぁ。どうして―――は、野暮ね。私もそう思うわ」

 

 

 会場で土下座を始めたヘスティアは懇願した。

 

 ―――二人のために武器を造ってほしい。

 

 ―――ベル君もシグレ君も必ず、ネメシスたちと対決することになる。

 

 ―――僕たちの稼ぎでは、まともな武器一つ、調達することが出来ない。

 

 ―――金を貯めるなら、素手で潜らないといけなくなる。でも、貯める前にネメシスは襲い掛かってくるだろう。

 

 ―――君の誇りを傷つけるのは分かっている。でも、どうか! そこを曲げて鍛ってほしい!

 

 ―――僕は愛する家族に伝えたいんだ。諦める必要はないって! 理不尽に抗う力はあると!

 

 ―――与えられるだけじゃない。与えてあげたいんだ。返したいんだ。ありがとうって! こんな駄女神の家族になってくれてありがとうって!

 

 

「――――言っておくけど、うちの一級品の相場は知ってる?」

「億単位だ。それも僕が必ず返す。何百年かけても必ず返す」

「二つでざっと4億ぐらいね。300年ローンぐらいかしら? それでもいいの?」

「かまわない。僕ができるのはそれぐらいだから。縁を切られても構わない!」

 

 

 ちょっと嫉妬してしまう。自分もここまで言える眷属は居るだろうか?

 いや、居るのだろう。でも組織の巨大化によって、そんな存在ですら私は切り捨ててしまうのかもしれない。切り捨てられないなら、他の子どもを犠牲にするのかもしれない。

 そう考えると、ヘスティアのようにごく少数でいるファミリアが羨ましく思える。何時からだろうか? 損得で切り捨てができるようになってしまったのは………。

 

 

「――――たまには昔に戻るのもいい、か……………よし!」

 

 

 ヘファイストスは椅子から立ち上がり、壁に掛けられていた鍛冶道具を取る。ベルトを腰に巻き付け、金槌からやっとこなどの彼女が長く愛用し続ける鍛冶道具を身に着けていく。

 最後の一つを入れたところで、彼女はヘスティアに向かって告げる。鍛つと。鍛ってやると。

 

 

「ありがとうヘファイストス………!」

「私的な頼みだから私が鍛つわ。文句ある?」

「まさか! 天界の名工、鍛冶神にヘファイストスを知らぬものはないと言わしめる君の実力を僕が知らないと思うのかい」

「神の力が封じられているけどね」

「それでも技術は失われていないだろう! それとも劣るから許してと言い訳かい?」

「はっ! 年季の違いを見せてあげるわよ。子どもたちに負けたら主神の、鍛冶神の名が地に墜ちるわ」

「それでこそヘファイストスさ」

 

 

 私を超えるという子供は多く存在する。でも、そう易々と超えさせるわけにはいかない。私は案外、負けず嫌いなのだ。

 

 

「貴女の眷属の武器は何かしら?」

「えっと…………ベル君はナイフで、シグレ君はカタナだよ」

「ナイフとカタナ、ね。…………シグレはどうして刀を折ったの?」

「噂通り、ネメシスの子どものスキルらしいんだ。切っ先で斬ったけど、広がってきて、半ばで折るしかなかったとか」

「ふぅん………レベル1で………カタナは?」

「あとで供養に出すって。無理をさせたから、最後はちゃんと見届けるべきだって」

「そう。――――良い剣士なのね」

 

 

 良い剣士なのは認めよう。腕前も認めよう。

 しかしこの悲しさは何なのだろうか?

 

 

「ヘスティア」

「な、なにかな? やっぱりやめたとか!?」

「違うわ。シグレのカタナは私は鍛たないわ」

「ええッ!?」

「ただし、条件次第では鍛つわ」

「じょ、条件って……………?」

「うちには極東から来た鍛冶師の一族がいるの。その子に鍛たせるわ。もし、その子が認めたのなら私は鍛たない。認めなければ鍛つ」

 

 

 認めなければ鍛たないとはどういうことか?

 

 

「その子は冒険者に失望してるの。腕のいい冒険者は存在するけど、彼らは極東の武器を使わないわ。慣れしたんだ武器を優先するもの」

「そういえば技術が必要だって言ってたね。それさえあれば大抵のモノは斬れるとか」

「技術が必要なのは事実ね。もしかしたら炉の火を落とすかもしれないの。そんなのあんまりだわ」

 

 

 彼女は逸材だ。椿に匹敵するほどの。花を咲かせずに終わるのは勿体無い。

 二人と――――欲を言えば、あと一人が切磋琢磨し合えばさらなる高みに到れるだろう。私達に近づくほどに、人の身で天に挑むほどの腕前を持てるはずだ。

 

 

「彼がそこまでの実力を持つなら、あの子は自分から望むはずよ。認めなかったら、私が鍛つ。その時は4億ヴァリスもらうわ」

「認められれば安くなるのかい?」

「ナイフの方だけだからね。半額は私のポケットマネーで出すわ。流石にどれほどの値がつくのかわからないけど」

「うーん………わかった。君が押すほどの鍛冶師だ。何か必要なものってある? これがあると認められやすいとか………」

「折れたカタナを持ってきなさい。見ればわかるだろうから」

 

 

 本棚の本を弄くれば、機械音とともに鍛冶場が姿を見せた。

 消えぬ炉の火で温まっていた空気が、執務室に流れ込む。空気が移動する音でヘスティアに、凄い何かがあるという錯覚を起こさせた。

 

 

「ここにあったのか」

「私のは売り物としては使えないもの。さ、貴女にも手伝ってもらうわよ。材料は………………………最近手に入れたものと――――」

 

 

 ヘスティアの子どものために鍛つのだ。ヘスティアに協力してもらわなければならない。

 材料は最近売られたものにして、レベル1の冒険者が使うものに合わせる。

 購入者が購入者なため、買い替えが不要なものにしよう。持ち主と一緒に育つ武器などどうだろうか。

 

 

「ちょっとやる気出てきたわね」

「まずは何をすればいいんだい?」

「ほんの少しの神威や血を混ぜてちょうだい。鍛ちながらね」

「合点承知!」

 

 

 ――――さぁ、久しぶりの本気を見せようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神様、今どこにいるんでしょうか?」

「ヘファイストスファミリアの所らしい。昨日帰ってきたと思ったら、刀を持って出ていきおった」

「折れてるのに?」

「必要らしい。アレを売らなければならぬほどに金欠だったかの」

「稼ぎは倍以上ですからそれほどとは思いませんよ? どっちかというと、武器代が……………」

「じゃのぅ。あのデブめ、じゃんじゃん武器を壊すが良いとは…………もっとマシなもの寄越せ!」

「はぁ……………ローンがあと3万ヴァリスでしたね」

「いや、今日の分も含めると3万3000ヴァリスじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は更に経って、怪物祭(モンスターフィリア)の開催が宣言された。

 朝から大挙して押し寄せる地域の住民らが、街門の外で蠢いている。それを外壁上から眺めたギルド長、ロイマン・マルディールはほくほく顔で小躍りしそうだった。

 

 

「今年も盛況だな」

 

 

 エルフでありながら、まるで豚のように肥え太るこの男。タプタプとした二重あごを震わせて、外にいる連中がどれだけ金を落とし、集まってきた商人からどれだけ税金を巻き上げられるか。頭の中は高速回転していた。

 この男、エルフのくせに俗物的で誇り云々よりも金を優先する。必然的にエルフからの印象は種族全体にとっての恥さらし、と蔑まれるほどだ。

 

 

「鬱陶しいことこの上ないな。貴様もいい歳して恥ずかしくないのか? ああ! そんな贅肉だらけの体を言っているわけではないぞ? いや、贅肉がつきすぎて面の皮どころか全身厚くなってるか!」

「今日はめでたい日だから見逃すが、終わったら覚えておけよ?」

「はっ! 覚える価値もないわ、このデブめ! いや、DEBUめ!! カエサルに謝ってこい!!」

「誰だそれは!? それにデブではない。膨よかと言い給え!!」

 

 

 ロイマンと、ひたすらに口汚い小人族(パルゥム)のハンスが罵り合いを続けている隣で、ギルドで大人気の受付嬢、マタ・ハリは笑みを浮かべながら眼下の群衆を眺めていた。

 

 

「んー……………………大丈夫ね」

「はぁはぁ…………………居ないのか?」

「居ませんわ、ギルド長。ラキアの工作部隊は居ないようよ。非番の兵士だらけね」

「ということはあの情報は正しかったということか」

「山間部で工作部隊の全滅。レベル2で編成されたとかだったな」

「うむ。他の国家から来た冒険者かと思ったが………………情報は引き続き集めろ、いいな」

「はーい。じゃあ、行ってきますね」

「気をつけてな」

 

 

 ロイマンの心配も聞かず、マタ・ハリは街へと繰り出していった。彼女はギルド職員でもあるが凄腕の間者だ。何せ、ロイマンの隠し通帳の在処やプールしておいた資金の額まですべて知っていたのだ。そんな有能で危険な存在を野に放つことなどできない。

 はぁ、とため息を付きながら、ロイマンは今年の怪物祭も無事終わることを願っていた。

 

 

「ギルド長」

「ハルバルスか。どうした?」

「VIPが到着しました」

 

 

 ロイマンの顔に一瞬だけ、険が浮かんだ。

 

 

「―――――積み荷(・・・)は検査済みだな?」

「ええ。検査済み(・・・・)です」

「ならいい。粗相の無いよう、気をつけろ。あとお前と何人かつける。抑えろ」

「わかりました」

 

 

 一礼し、ハルバルスは戻っていく。鉄面皮の彼をハンスはこう称した。

 

 

「つまらん男だ。いや、つまらん奴か。何のためにもなりはしない」

「オラリオのためだ。最早どうにもならん」

「ふん。放蕩のツケだ。いい様だ。胸糞悪いがな!」

 

 

 オラリオの闇、黒い部分。どんな場所でもあるのだ。醜い部分というものが。

 だからこそ、それを知られることもなく、何時かは切除してしまわなければならない。

 

 

「つくづくお前は神が嫌いなようだな」

「当たり前だ。奴らは基本、ロクデナシの極潰し。人間に愛情なんて持っていない。居たとしても極僅かだ。だいたい、神であるならなぜ救わない? なぜ小人族を見捨て、美醜を嗤い、貧富を良しとする?」

 

 

 積み荷の中身など見当がついている。神の御許で、知られながら行われる中世の悪しき伝統。あるいは傲慢。

 そんなことをこの都市の神々も、自分の世界の神も手など差し伸べなかったのだ。

 

 

楽しいから(・・・・・)だ。楽しければそれでいい。永劫の刹那の快楽に身を寄せて、悲鳴も嘆きもすべて楽しさを引き立たせるスパイスでしかない」

「口が過ぎるぞ」

「はっ! 俺は価値観を押し付けてくる馬鹿どもも嫌いだが、ああいう無能も反吐が出るほど嫌いだ。ああ、くそったれ! 神なら締め切りを伸ばしてみろ! 俺を過労死させるつもりかッ!!」

「守らんお前が悪いわ!!」

「執筆の苦労も知らない肉ダルマがほざくなぁああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――冒険者とて休みは必要だ。

 ベルは永嗣の提案を受け入れ、いつもより重くなった財布を懐に、祭りへと乗り出した。

 ヘスティアが留守にしてからはや数日。出来れば一緒に回りたかったし、永嗣さんも一緒にと誘うが先約がいるとのことだ。女性だろうか?

 だとすれば、許しがたい裏切りである。ダンジョンに出会いを求めて来たというのに、出会うのはオッサンばかりだ。アイズさんやリヴェリアさん、ロキファミリアの美人さんとキャッキャッウフフなお祭りしたいです!

 

 でも、故郷の収穫祭とは違って、とても賑やかで華やかだ。

 露店に並ぶ、普段なら買わなそうな怪しい珍品も今日なら手に取ってしまいそうなほどに、この怪物祭には力があった。

 そして小腹が空き、普段なら食べないであろう値段の串焼きセットを一つ購入。肉の旨味と油の甘味を引き立たせるような塩加減が絶品すぎて、思わずうまっ! と口に出してしまう。

 するとほら。客がいっぱいやってきて、瞬く間に売れてしまった。

 

 

「んー………美味い!」

 

 

 最後の一本を食べ、そこかしこに置かれているゴミ箱に捨てる。祭りの時だけ増えるとかなんとか。

 腹も脹れて、冷やかしがてら歩こうかと思っていると声をかけられた。

 

 

「あ! そこの白髪の冒険者! ちょっと待つニャ!」

「はい?」

 

 

 どこかで見た給仕服姿の猫人族(キャットピープル)がすました顔でこちらに手招きしていた。

 

 

「久しぶりニャ、少年」

「えっと……………あ!」

「冒険者たるもの、常に周辺に気を配っておくニャ………と、いうのは置いておいて」

 

 

 これ頼むニャ! 彼女はちょっと洒落た財布を差し出した。何の意図があるのだろうかと思っていると、また一人店内から顔を出した。

 人族(ヒューマン)の女性だ。

 

 

「ちゃんと理由を言いなさいよ、バカ猫」

「察することが大事だって、ミア母さんが言っていたニャ。そのうえでじゃんじゃん注文させるのニャ」

「客の前で言うなっ………っと、ごめんね。言葉足らずでさ。ちょっと頼みごとがあるんだ」

 

 

 余計なことを言った猫人族ことアーニャ・フローメルに拳骨を一つ落とすと、人族ことルノア・ファウストが気まずそうに頼みごとをしてきた。

 

 

「シル――――ああ、君を誘った娘ね。銀髪のさ。その子が祭りに出かけたんだけどお財布を忘れちゃって………」

「ああ! 届けてほしいと?」

「うん。お客さんもいっぱい来るから準備中なんだけど、狙ってか偶然かシルは休みを取るし、リューも休んじゃって」

「そこでミャーたちのためにも、ひいては店のためにもお願いするニャ。見つけたら戻って来いと言っておいてほしいニャ」

 

 

 まだ受けるとは言ってないんですけど!?

 

 

「まぁまぁ。シルを見つけたら、ちょっとデートしてもいいからさ。夜のほうに出ろって言っておいてよ。お・ね・が・い?」

「じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃいニャー」

 

 

 困っている人を助けることも英雄への第一歩だ。決して、甘い声で囁かれたからとか、尻尾が優しく巻き付いてきたからだとかではない。デートに行けると思ったからではない。

 だけど! だけどあえて言いたい。

 ――――女の人って柔らかかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くで人の歓声が聞こえる。

 アイズ・ヴァレンシュタインは主神であるロキとともに、静かなカフェで一人の女神と対峙していた。

 いつも剽軽(ひょうきん)でセクハラをしてくるスケベオヤジのようなロキが、こいつの前では一切の隙も見せないと細い目を僅かに開けて見つめている。

 

 

「何を企んでるんや、フレイヤ」

「別に………何も企んでいないわよ。人聞きの悪い」

「信じられるかい。何時も、バベルの天辺で見下ろしているだけの女神が下に降りてきてるんや。で、そういうときは必ず騒動が起きる。なんでやろうな?」

「さあ?」

 

 

 ころころと鈴のように笑うフレイヤを、ロキは食えない女神やで、と頭が痛くなる。必ず何かしらの陰謀を携えて降りてきているはずだ。

 知古であるフレイヤをロキが善き神として見るなどあり得ない。

 信用はしても信頼はせず。信頼しても信用はせず。両方してしまえば、足元を掬いに来る。

 

 

「ここんとこ、表に裏に動き回ってるのは知ってる。で、目的はなんや? どこぞのファミリアの子どもでも拐そうって魂胆か?」

「失礼な言い方ね。自分で改宗(コンバージョン)したいって言うから、受け入れているだけよ」

「自分でなぁ…………」

「ふふっ。まあ、いいわ。ちょっと前にね、イイ子たち(・・・・・)を見つけたの」

「どこぞの高レベルか?」

 

 

 そうねぇ、とフレイヤはどこか逡巡するような態度で、眼下の往来を見下ろした。

 美の女神でも、特に強い力を持つフレイヤにとって、見た目の美醜もある程度の基準となるが、何よりも魂の色という抽象的なものを絶対の判断基準としている。

 どんなに美しかろうと魂に価値が無ければ十把一絡げの有象無象であり、すこし醜くても魂が綺麗であれば興味の対象となる。

 魂も見た目も美しければそれに勝るものなどない。男女も関係ない。

 

 

「駆け出しの新人たちと恩恵を持たない()よ。一人は透明。とても澄んだ透明で何色にも染まりそう。もう一人は色というより風景ね。静謐と優しさのある場所。最後はとても純粋な白色でも、それだけじゃない色。二つの色が調和して、色の中に色があるみたいな……………とっても不思議で独占欲が湧く子たち」

「三人、か……(ご愁傷様なこっちゃ。可哀想やけど)」

 

 

 フレイヤがそんなに執着する子どもに興味は湧くが、手出しをすれば、どこまでするかもわからないのがフレイヤという女神だ。

 猛者(おうじゃ)女神の戦車(ヴァナ・フレイア)炎金の四戦士(ブリンガル)らを容赦なく投入してくるだろう。ロキも勇者(ブレイバー)を筆頭に総力戦となる。それはつまり――――

 

 

「うちには関係ないさかい。大ぜいに迷惑かけなければええわ」

「それもそれで楽しそうね。でも、助かるわ」

「だけど言うとくで。あんまり、調子に乗ってると十年前の再現や」

「私が二人で、貴女たちが私たちかしらね」

「どれだけ集まるかわからんけどな」

 

 

 オラリオを混迷へと叩き落とした十年前の戦争。当時の都市最強ファミリアの疲弊を狙った強襲と奇襲により、勝利をおさめて自分たちは今の地位に君臨しているのだ。

 一度起きたのだ。二度目が無いなんて楽観できる神なら、今なおここでふんぞり返れるわけがない。例えどんなことでも見逃さず、それらを駆使して自らの望む結果へと近づけることを止めない。そうでもなければ留まることすら許されないのが強くなったファミリアの最低条件なのだ。

 

 

「話戻そか。祭りの間はやめとき。ウラノスやガネーシャが知ったら怒るで」

「目の前に神酒が置いてあって、明後日までお預け………我慢できる?」

「ぬぐぅ…………」

「そういうこと―――――じゃ、失礼するわね」

 

 

 スッと、もう話すことはないと言わんばかりに席を立つフレイヤをちょい待ち! と呼び止めるが無視して出て行ってしまった。

 結局の見掛けのアップルパンチとブランデーが残された。中の氷がカランんと音を発てて、仕方ないかとロキは残ったブランデーを一気に煽る。神は自由奔放で束縛を嫌うのだ。

 

 

「ほな、アイズたん。デートに行くでー!!」

「セクハラで訴えますよ」

「お手てつなぐのもセクハラ扱い!?」

 

 

 一人で騒ぎ立てるロキを無視して、アイズは思い返す。神フレイヤはどうして一瞬、外を凝視したのかと。




 ようやく始まりました、怪物祭。前回はここを超えられなかったのでなんとしても超えたいですね。
 ちなみに、当作品の神々は善い面も悪い面も極端に出てきます。神様って基本、ろくでもないからね。仕方ないネ!
 じゃ、解説行こうか。


『時雨永嗣』
 武器入手フラグが立ちました。
 「儂の知らないところで話が進んでるんだけど?」

『ベル・クラネル』
 豊饒の女主人の店員に色仕掛けされちゃったチェルィイボゥイ。ただ考えてほしい。メインストリートだけでも広いのに、その中で人を見つけろという無理難題の恐ろしさを……。
 「すっごくいい匂いで、イージー(やわかかった)です(サムズアップ)」

『ヘスティア』
 極東の奥義、DOGEZAをするも、思った以上の成果はなかった。
 ただし、彼女の家族を想う気持ちは嘘偽りのないものである。
 「この武器はラブ・ブレード」と名付けよう」

『ヘファイストス』
 なんだかんだで友神を見捨てられない女神様。オラリオの常識神の一人。でも、金は勝ちでとり立てるのは当然のこと。
 ベルの武器は、当人としてもあまり鍛ったことのないタイプのため、技術を惜しみなく使う予定である。
 「その名前はやめなさい!!」

『ロイマン・マルディール』
 ギルド長で、肥満のエルフ。眉目秀麗のエルフでは異形で、あまりに俗物的なため多くのエルフから嫌われている。
 しかし、その腕は敏腕であり、適度な間引きや容認などを駆使してオラリオの発展を裏で支えていることを知るものは少ない。
 「デブじゃないんです。ぽっちゃりとか、ふくよかなんですぅ!」

『ハンス』
 久しぶりの登場。口の悪い青髪小人族。神様大っ嫌いなのは経験上からである。
 「ろくでなしが大挙して寄生している都市だぞ? どこが素晴らしいんだ。スラムのほうがまだマシというものだ」

『マタ・ハリ』
 重宝活動はお任せあれ。多くの謎を持つ女スパイ。でも、夢は暖かくて幸せな家庭を得ることである。
 「出会いってそうそうないわよね。冒険者は威張ってばかりだし」

『ハルバルス』
 無表情、鉄面皮、鉄仮面、まるで石のよう。ただ規定通り、命令通りに動くのがこの男だ。
 「それが組織であり、体制であり、秩序である」

『VIP』
 詳細は外伝リュークロニクルにてどうぞ。
 神々に娯楽を提供する存在であり、もはやギルドも手出しできないレベルにまで膨れ上がった闇の部分。扱う商品は知らないのが長生きの秘訣だ。

『ロキ』
 今日もオラリオの現状維持に努めようと暗躍中。フレイヤと正面切って構えられるのは彼女のファミリアだけとあって、それなりに強権がそんざいしている。フレイヤも同じだったりするのは秘密だ。
 目下、いかにしてアイズとベッドでいちゃいちゃするか思案中。
 「うちはスケベやないで。ドスケベなだけや」

『アイズ・ヴァレンシュタイン』
 傷んだ剣が早く直らないかと思っている、バトルジャンキーガール。永嗣と一戦交えたいけど、リヴェリアやフィンに止められて不満です。
 「開き直らないでください」

『フレイヤ』
 常識もあるがそれ以上に厄介すぎる女神。バベルの外に出るときは全身をローブで隠して出てくる。一般人も、彼女の姿を目にしただけで魅了されてしまうからである。
 「ふふふ、どれもいいわ」

『狙われる三人』
 「寒気がするぞい」
 「何か悪寒が……?」
 「厄介なのに狙われたかもしれません」

『シル・フローヴァ』
 大変な時に休暇をとって、みんな激おこぷんぷん丸です。財布を忘れて祭りに出てしまううっかりさんだけどね!
 「あ、お金忘れちゃった」

『リュー・リオン』
 行方の分からないエルフ。普段なら働くのだが、急な休暇の申し入れにミアも思わず受け入れてしまった。
 「………いきましょう」

『アーニャ・フローメル』
 猫人族(キャット・ピール)の少女。お調子者で、よくしかられている。かつては冒険者だったらしく、不埒なことを企む客は酷い目に合う。
 「ミャーはミャーで、シルとリューがさぼるのはミャーは許さニャー!!」

『ルノア・ファウスト』
 アーニャと同じく、豊饒の女主人の店員。
 かつては腕利きの賞金稼ぎであったようで、黒拳と恐れられていた。
 「いやぁ、初心な子は扱いやすいね」


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怪物祭で花は開く

 今回は解説は、後日追加いたします。追加次第、活動報告にてお知らせいたしますのでご容赦ください。

 また、天界は似たり寄ったりですがオリジナル成分が多々含まれます。
 こじつけ感もありますが、楽しんでいただければ幸いです。


 誤字脱字、感想、ご指摘お待ちしております。


 今回の話、カルメン流ロクデナシ神々というものでござんすww


 

 

 女神の愛とは如何なるものか?

 大体の答えは、神は神聖で誠実なのだから栄誉あるものだと想像して言うだろう。

 だが、少数の………いわば捻くれたか、ソレがどういうものか知る存在は口を並べて言い切るのだ。

 

 ―――全くもって、傍迷惑かつ周囲を顧みることすらしない災害だと。

 

 その言葉は正しかったようだ。

 美の女神、フレイヤはコロッセオの地下部分で、自身の能力を最大限に発揮していた。ここに何があるのだろうか?

 怪物祭(モンスターフィリア)の主役、怪物調教(モンスターテイム)をするためのモンスターが隔離されていたのだ。そして、檻の中に閉じ込められていたモンスターは一匹を残してどこにもいない。

 居たのは、陶酔感に浸り、失禁してしまっている女性冒険者や精を放って痙攣する男性冒険者らであった。

 

 

「――――あなたに決めたわ」

 

 

 彼らを無視して、フレイヤは檻の中で唸る拘束具を纏うモンスター、シルバーバックと呼ばれる大猿に手を差し伸べた。口輪をされ、手枷と足枷で動けなくなったモンスターをやわりと撫でる。吐息をかける。面の向こうで赤く光る双眸を見つめる。

 猿は大人しくなり、従順な下僕となった。

 

 

「イイ子ね。ここから出してあげる」

 

 

 かちゃりと幾つもの鍵が付いた鍵輪を取り出し、檻を開け拘束具も外す。

 

 

「これを食べて、私と同じ匂いを追って? そして、一緒にいる白い兎を襲いなさい」

 

 

 大人しかった猿は大の男を3人縦に並べようと届かぬほどの巨躯である。

 フレイヤからの命令を受けると渡された鈍く怪しく光る魔石を喰らい、外へと飛び出した。

 聞こえる雄叫び。

 

 

「うふふ」

 

 

 聞こえる恐怖の叫びと破砕音。

 

 

「あははは」

 

 

 フレイヤは嗤った。そして、もしものために控えていた猫人族(キャットピープル)の眷属に抱かれてその場を後にした。

 彼女は美と愛を司ってはいる。愛情深い女神である。お気に入り以外の魂も愛しむだけの分別はある。

 

 されど神である。神の中でなお嫉妬深い、愛と美を司る女神である。

 お気に入りの魂が激しく輝くところが見たい。あるいは失意に堕ちて、自分が癒してみるのもいいかもしれない。

 どちらでもいい。私は美しく、そして愛でたいものの輝きを見れればそれでいいのだと。

 

 だから神の真実(醜さ)を知るものはこう断言するのだ。

 

 

 ―――――それゆえに見捨てられ、忘れ去られたのだ、と………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目下、オラリオは狂乱に侵されていた。

 出現するはずのないモンスターがコロッセオを中心に暴れまわり、その内の何匹かはすでに大通りや居住区のほうへと移動している。

 そして不幸だったのは上層の上層、つまりは冒険者に成り立ての新人たちが迂闊にも手を出したことである。

 

 モンスターが捕獲されているのは知っている。

 その際に、死なない程度に痛めつけ、体力を消耗させているとも聞いた。

 弱っているなら自分達でも狩れる。レベルの上がる。貴重な魔石も自分たちのものだ。

 

 

「うげッ――――」

「――――」

「たすけ―――」

 

 

 世の中、そんなに甘くはないのだ。

 無謀にも挑んだ彼らはその大半が今日という日を超えられなくなった。そして理解した。

 弱ってなどいない。狩られるのは自分のほうだ。

 

 正しくは、フレイヤがポーションなどを与えて傷を癒したのである。

 暴れているモンスターに命じたのは二つ。

 

 好きなだけ暴れ、本能に従え。

 私の匂いのするモンスターから敵を引き離せ。

 

 たったこれだけだ。シンプルゆえに、モンスターたちは好き放題に暴れた。暴れに暴れた。

 屋台をなぎ倒し、店を破壊し、中身の入った樽を群衆に向かって投げつけ、あるいは捕まえて捕食した。

 そしてモンスターの本能が厄介だった。

 曰く、ダンジョンは神の存在を憎んでおり、彼らの存在を許さない。その眷属も許さない。ゆえに、モンスターたちは神々を標的に襲い掛かった。護衛をつけたものとつけていないもの。

 多くの神が襲われた。

 

 

「オオオオオォオオオオーーー!!!」

 

 

 雄たけびを上げて、憎き神へと突進する小竜(インファントドラゴン)と呼ばれる竜。翼をもたないが炎を吐くことが出来るこいつは、有象無象のファミリアの主を襲わんとした。

 刹那、小竜の頭が爆ぜる。

 

 

「げびゃびゃびゃ」

「疫病男!」

「さっさと行きな。ここは俺が仕留めてやラァ」

 

 

 悪臭をまき散らして、ポプヌスは振りぬいた拳を開き、ずしんずしんと地響きを立てて、暴れるモンスターへと近づいた。悪臭のあまり、襲っていた冒険者を無視しし、丸まって逃げ出そうとする大猪ことハードアーマードに狙いを定めた。本来なら何の突起物もついていないはずのその背甲には無数の棘が生まれ、地面を削るのも無視して逃げ去っていく。その過程で一般人を轢き殺そうと、挽き肉にしようと構わない。

 ハードアーマードの前には人がいた。家族がいた。あるいは旅の行商人がいた。

 

 ポプヌスはその巨体に見合わぬスピードでハードアーマードの前に躍り出て、その進行を鎧すら纏わぬ裸で受け止めた。

 石畳を無惨な姿に変えていた棘を裸で受け止めるなど自殺行為である。その惨状を見たくないがために、皆目を瞑った。

 

 

「げびゃびゃびゃ。なんダァ、それハァ」

 

 

 生きているのか、でもなぜ?

 ハードアーマードの棘はポプヌスの体に傷一つつけることは敵わなかった。逆に、丸まった状態のハードアーマードをギリギリと羽交い絞めにしていく。ベアハッグと呼ばれるものだ。

 

 

恩恵(ファルナ)に、偉大な神の眷属にそんなものは通用しネェ!」

 

 

 べき、びき、ぶち…………硬いものに折れる音。罅が入る音。肉の潰れる音。

 成人男性の胴体ほどもあったのハードアーマードは徐々に圧縮されていき、やがて耳に残る音を発てて真っ二つになった。

 

 

「ウォオオオオオオオオ!!!」

『『『『わああああああ!!!』』』』

 

 

 その勝鬨は彼らの心を揺さぶるものだった。

 我に続け。

 さぁ、力を望め。

 憎きモンスターに怯え続けても良いのか!?

 断じて、否であるッ!!

 

 

「神の力を讃えろ! そして、戦う力を授かれ! そうすればお前たちも冒険者だ! 英雄となれる資格を得るッ!」

『『『『神万歳! 冒険者万歳! モンスターに死を! 我らに栄光を!!!』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは何とも……………」

「椿、トーリ!」

「バベルの防衛ですな」

「戦える者を集めてきます」

「頼んだわ。シグレ、貴方も――――って、居ない?!」

 

 

 ベルと行動を別にしていた永嗣は何をしていたかと言えば、以前であった赤毛の青年、ヴェルフ・クロッゾが主神のヘファイストスが用事があると話しかけてからだ。

 先日の蟠りは置いておいて、彼女は永嗣と正村トーリと引き合わせたのである。

 

 

「どこ行ったのよ!? ――――まさか……………?」

 

 

 折れた刀を持ってこさせ、トーリに鑑定してもらい、面談する。

 なるほど。呼ぶ前に見せてもらっていたが、よくも耐えきったものだ。ただの鉄鉱石で、恩恵の守りを得ている肉体を斬った。レベル1だというのに。

 同じことが出来る冒険者が、この街に存在するだろうか?

 

 

「ヘスティアを探しに行ったの!? 丸腰なのよ!」

「ヘファイストス様! フレイヤファミリアとアポロンファミリアが協力していただけるそうです。防衛は任せろと!」

「ッ、わかったわ。トーリ、彼が丸腰でヘスティアの捜索に出てしまったの。武器を持ってきて」

「………………ヘファイストス様。身の程をわきまえぬ者に私は武器を託したくはありません」

「いいから持ってきなさい。探しに行くわよ!」

「――――承知いたしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――――

 

 

「あっという間にまた一匹倒したぞ!」

「すげぇ! アレが剣姫か!」

 

 

 ヘファイストスらが永嗣を探し始めてからわずか後。コロッセオの近く、ロキに伴っていたアイズ・ヴァレンシュタインは別行動をしていたヒリュテ姉妹とレフィーヤ・ウィリディスと合流し、逃げ出したモンスターの掃討に移っていた。

 破損した愛剣デスペレートの代わりの剣を振り、妹のティオナ・ヒリュテはナックルガード、所謂メリケンサックで殴りかかり、姉のティオネ・ヒリュテは隠し持っていたミスリルのダガーで削っていく。

 彼女らの攻勢を魔法職のレフィーヤはロキの隣でただ眺めるだけであった。

 単純に、詠唱するよりも殴ったほうが早いからだ。そしてレフィーヤに中層域のモンスターを撲殺できるほど力のステイタスは無い。念のため、短文で放てる魔法を用意しておくことぐらいだ。

 

 

「これで5体ぐらい?」

「まだ悲鳴が聞こえるけど………どれだけ捕まえてたのよ」

 

 

 転がる魔石を回収し、どれほどいるのかわからないモンスターとガネーシャファミリアに悪態を吐きつつ、駆け出す5人。こんな状況ではロキを一人で返すわけにはいかない。

 もしかしたら、神を殺すための陽動作戦である可能性も否定できないからだ。

 

 

「前方、トロール2、ミノタウロス1!」

 

 

 装備的にも身軽なティオナがスピードを上げ、突進と同時に一番小さくて一番厄介なミノタウロスの上半身を弾けさせた。その勢いはすさまじく、拳を振りぬいた先へ血しぶきが飛んでいくほどだ。

 続いてティオネがトロールの頸を刈ろうとするがそれよりも先にアイズがバラバラにしてしまう。剣の長さ敵に、力士のような体型のトロールを細断できるはずもないが、彼女には魔法という力があった。

 

 

「………これで8体」

「アイズ! あたしにも戦わせなさいよ!」

「あ………ごめん、ティオネ」

「まったく。その武器、借りものなんだから壊したら不味いのよ?」

「まあまあ。一般人に被害が出るよりいいじゃん」

「ちんたらしているほうが悪いのよ。さっさと逃げればいいものを………危機感が無いのかしら」

 

 

 モンスターは人類にとって不倶戴天の敵である。特に迷宮(ダンジョン)で生まれるモンスターは地上で繁殖したものたちよりも数倍は強い。同じゴブリンですら、迷宮生まれは5~6匹で村一つを滅ぼせるほどだ。

 その恐ろしさは聞いたことがあるはずなのに、街の人間は逃げるどころか隠れようともしない。

 

 

「怖いもの見たさ、っちゅーやつやな。アイズたんたちが強いって世界規模で有名な証拠や」

 

 

 この街でアイズを知らない者は生まれたばかりの子どもか、冒険者に全く興味のない者ぐらいだろう。つまり、その強さも知られているのだ。

 あるいは一級冒険者が容易くモンスターを倒す姿を見て、それほど恐ろしい存在ではないのかも、と勘違いしているともいえる。

 

 

「邪魔すぎますよ。これじゃあ―――――」

「待って…………………何か聞こえる………?」

「え? 私は特に…………あ、揺れてるかな? でも、トロールがいるぐらいだし………ね?」

「地響きを立てるからね。何か気になるの?」

「――――――――違う。地上じゃない!!」

 

 

 ティオナの言葉に、石畳に剣を突き刺して集中していたアイズが急に叫んだ。

 

 ―――逃げて!

 

 さすがは冒険者。ティオネがロキを抱きかかえて大きく跳躍、後退し、レフィーヤをティオナとアイズが両脇から持ち上げるように持ち上げて下がる。

 刹那、石畳の下から男の肩幅ほどもある太さのナニカが突き出してきた。

 

 

「こいつ!」

 

 

 明らかにレフィーヤとロキを狙っていた。突き出たナニカ―――いや、植物の蔓、ここでは触手としよう。それは彼女らの下から突き殺すように出ていたのだ。

 

 

「ティオナ! ロキとレフィーヤを守りなさい! アレは段違いよ!」

「わかった! 二人ともこっち来てッ!」

「アイズはあたしと牽制! レフィーヤは一番強い呪文を撃ちなさい!」

「わかりました!」

 

 

 レフィーヤが呪文の詠唱に入ると、今度は建物を揺らすほどの地鳴りと揺れが襲ってきた。

 石畳を盛り上げ、さらに6本追加で、地面から触手が増えてきた。その奥には巨大なのっぺりとしたいびつな円錐状の物体、おそらくは本体であろうものが周りを崩しながら出現したのである。

 

 

「でかっ!?」

「ゴライアスよりも大きいわね」

「ティオネー、あたし、本拠地(ホーム)から大双刃(ウルガ)持ってきていい?」

「この前の遠征で壊したばかりでしょ」

「あ、そうだったねー。あっはっはっは………これヤバくない?」

「ヤバいわね。アレ、深層域のモンスターよ」

 

 

 気配でわかるのだ。だって、この前まで深層に遠征しに行っていたんだもん。

 可愛く言っても、相手が手心を加えるわけが無い。

 あの塊は無造作に触手を振り回した(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「あ――――」

 

 

 咄嗟の判断だった。こちらを狙ってきた触手は打ち払えた。それだけならまだよかっただろう。しかし、触手は8本も存在したのだ。8本の触手をいっせいに振り回したのだ。

 

 

「きゃあああああ!!」

「うわぁあああ!!」

「逃げろぉおおおおお!!」

 

 

 多くが犠牲になった。辛うじて生き残った者たちも這う這うの体で逃げ出そうとする。アイズたちを押しのけるように、あるいは囲むように逃げる一般人を、モンスターは6本の触手でまとめて肉団子にしてしまおうと伸ばした。

 人波に飲まれ、まともな動きが出来ないアイズたちは跳躍して逃げることを選んだ。その結果がどういう物かも理解していた。触手を蹴って、付近には人っ子一人いなくなった道に降り立つ。

 柔らかくも芯のあるものを潰し、砕く音に耳を塞ぎたかった。助けることが出来なかった。

 

 

「ッ、させない!」

 

 

 丸めた人間たちを喰らおうと本体でありそうな塊が六つに割れ開いた。

 まさしく花弁のごとき六つのソレには大小さまざまな牙と雌蕊(めしべ)雄蕊(おしべ)なのか、それに類するものがうねうねと蠢いている。

 さあ、喰らってしまおう小さな触手群も伸ばすが、アイズはそれを許そうとはしなかった。

 仲間の制止を振り切り、彼女は力を籠めて叫ぶ。

 

 

吹き荒れろ(テンペスト)【エアリエル】!!」

 

 

 風がアイズを包み込む。彼女の魔法、エアリエルだ。風を纏い、身体能力を強化し剣にすら纏わせられる風は真空の刃として細剣(レイピア)の攻撃力を常識の埒外まで跳ね上げる。

 

 彼女は跳んだ。前へと跳んだ。かつての自分を思い出して跳んだ。

 風が螺旋状の円錐を作るように、彼女はレイピアを突き刺すように構えてゆく。

 

 

「食べさせないッ!!」

 

 

 彼らにも家族がいたはずだ。帰りを待つ人がいるかもしれない。

 遺体があれば踏ん切りがつくのだ。死んでしまったと理解できる。自分のように何時までも帰りを待って、帰らないことを知って絶望する人を増やしたくない。

 復讐に駆られて、何も顧みない復讐者を生み出したくない。

 

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 

 加減など考えない全力の一撃をアイズは肉団子を運ぼうとする大きな触手へと突進した。触手は穿たれ、風の刃は小さな触手を余波だけで斬り飛ばす。

 肉団子が音を発てて地面に落ちた。レフィーヤはその塊の中、奇跡的に潰れていなかった双眸の片方と目が合ってしまう。吐ければ楽だった。けど、吐くような暇はない。

 魔法を扱うにあたり、重要なのは集中力を切らさないことと詠唱を間違えないこと、魔力を調整することだ。彼女は今、自分が持ち得る最大火力の魔法を放とうと集中し、針の穴を通すのが極めて楽だと思えるぐらいの精密さで魔力を調整していた。

 

 

「【ウィーシュの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】―――――」

 

 

 容姿が可愛いから、あるいは少女だから。そんな理由でロキファミリアに入団することなどできないし、幹部連中が入団を許すわけもない。

 レフィーヤは正しく、天武の才を持ち、弩級のレアスキルを持っていた。

 紡がれる言葉はまるで、同胞や偉大なる先祖らに捧げる声であり、願いである。

 

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 

 彼女の周りに輝く円環が現れる。沸き立つ光が波のように動き、しぶきは光の粒となって彼女の周りを踊る。

 

 

「【どうか――――――力を貸し与えて欲しい】」

 

 

 光が形を成した。誰かもわからないヒトの形。レフィーヤの尊敬するエルフを統べるもの。

 

 

「【エルフ・リング】………!」

 

 

 そしてそのヒトは明確な形と色と――――姿を現した。若緑色の髪に、理知的な双眸。手に持つは格に相応しき(ロッド)としなやかな指、それはリヴェリア・リヨス・アールヴに他ならなかった。

 彼女は極度の集中で、周囲の時間が遅くなっているように感じた。それもそうだ。これから使う魔法は下手をすれば都市の一区画を砕けさせてしまうような凍てつく魔法である。

 

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】――――」

 

 

 リヴェリアの幻影も呪文を呟き始める。エルフ・リングで高まった魔力がさらに魔力を吸い上げようとする。

 アイズたちは彼女の紡ぐ詠唱に心当たりがあった。凍てつく氷の魔法。リヴェリアの攻撃呪文の一つだ。

 そして彼女の機転にも称賛を贈った。炎の魔法で一瞬で片付けられなかった場合、燃え盛る触手が暴れ狂い、そこかしこに延焼する可能性があった。凍ってしまえば、破片や攻撃の余波で崩れてもそれ以上被害が広まるわけではない。

 

 

「【閉ざさえる光。凍てつく大地】」

 

 

 モンスターが放っておくはずもない。本能で自分を撃滅しうる(レフィーヤ)に向けて、アイズたちを無視して―――――ロキへ(・・・)と伸ばした。

 

 

「レフィーヤを狙わない!?」

「そのまま詠唱を続けなさい! アイズ! 斬れないの!!?」

「リル・ラファーガじゃないと無理みたい。さっきよりも硬くなってるッ」

 

 

 明らかに使役されている動きだ。アイズたちに守られているロキはそう確信した。

 子どもたちの伝聞からすれば、モンスターは脅威度の高い敵を優先して狙っていくという。この場合、自分を撃滅しうるレフィーヤの魔力に反応するのが当然とみて間違いない。しかし、こいつは自分を狙った。無力な神を狙ったのだ。

 強制送還覚悟で神の力(アルカナム)を放てば、一撃でもって地上を焼き尽くせるのを考えると妥当ではある。だが―――――

 

 

(明らかに、うちを狙って引き留めとる。レフィーヤたんには一切向けとらん!)

 

 

 となると、このモンスターには氷の魔法は効かないのではないだろうか?

 あるいは黒曜石のモンスターことオプシディアン・ソルジャーのように魔法耐性があるのかもしれない。

 

 

「こんな時にムメーは何しとるんや!? 気付いておらんのか!?」

 

 

 ずっと行方をくらましている―――でも、本拠地の掃除や家事、洗濯はきっちりと行われている―――あの赤マントはどこをほっつき歩いているのだろうか。

 他のところで戦っているのだろうか?

 

 

「ロキ! 動かないでッ」

「こンのぉ!!!」

「しつけェんだよ、テメェ!!」

 

 

 執拗な攻撃は止まらず、叩きつけるように繰り出される触手の攻撃はアイズたちを制限していた。

 別に階層主や強竜(カドモス)のような力があるわけではない。

 打撃が通じず、ダガーでは斬り落とすまでには深く抉れず、細剣で受け止めるには重すぎる。

 そして、ロキの近くで防衛をさせることで一番即効性の高いリル・ラファーガを使わせないという(したた)かさ。たまに斬らせて傷を作るなど芸の細かいこと。

 そうしているうちにレフィーヤの詠唱が終わりを迎えた。このまま引き付けておけばいい。それでこの状況を打破できる。

 

 

「【吹雪け、三度の厳冬―――我が名はアールヴ】―――【ウィン・――――】」

 

 

 しかし、今まで上からこちらにのみ叩きつけられる触手の一本がレフィーヤへと横薙ぎに叩きつけられようとした。虚をつく攻撃。ご丁寧に壁を作るようにして打ち重ねられた触手に、アイズたちは一歩出遅れた。

 跳んでも間に合わない。リル・ラファーガを放つには一拍の溜めが必要。

 ――――レフィーヤは助けられない。

 

 一方で、レフィーヤは迫る触手に心はざわめかなかった。

 祖先、同胞らの気配が彼女を一種の境地に押し上げていたのかは定かではない。あと一言で詠唱は完了し、モンスターを氷漬けにできる。

 

 

(言っていいのかな? でも、ロキ様まで巻き込んじゃうか)

 

 

 今なら方向を変えて放つこともできる。それをやれば自分は助かるが、ロキもアイズもティオナもティオネも助からない。射線上の区画が全滅するかもしれない。

 となると、一直線の道である本体へと放つしかない。自分は死ぬだろうけど―――

 

 

「(あとは頼みます。もっと一緒に冒険したかったです)【――フィンブルエルト】!!」

 

 

 極寒の風が吹き荒れた。指向性を持たせた冷気は塵も空気を凍らせて、真白い風となって進んでいく。

 レフィーヤは敵を討つことを選んだ。

 死ぬのは恐いけど、皆に烈火のごとく怒られるよりは恐くない、と笑みすら浮かべていた。

 こういうときほど、時間は遅く感じられ、余波で脆くなった触手を割り砕いて鬼気迫る顔でこちらに手を伸ばす家族が見えてしまう。自分は恐らく、ごめんなさいと泣きながら笑っているのではないだろうか。

 

 もっとも近かったこちらへ迫る触手が、動きに耐えきれず割れていく。でも、勢いは止まらない。

 下手な鉄塊よりも硬そうな氷はそのままレフィーヤを無残な姿に変えるだろう。

 

 ―――ああ、ホントにカッコいい人たちだったなぁ………。

 今際の言葉がこの言葉なら、十分ではないだろうか? アイズたちの重し(トラウマ)になりたくはないと目を瞑る。

 刹那―――

 

 

「――――――――――隠し剣―――――」

「――――俺が撃ち落とそう」

 

 

 自分の横に人の気配、そのさらに後ろに狩人の気配。

 知覚が鋭敏化されたレフィーヤには誰が来たのか分かった。そして、後ろに立つ気配に安心感を得ていた。

 村に住んでいたころ、森一番の老木が醸す安堵感だ。

 

 

「――――鬼の爪――――」

「―――飛翔する死棘の槍」

 

 

 包み込む十の銀閃。四散する赤の棘。運命はレフィーヤに微笑んだのだ。





 遅ればせながら、あとがき解説行きますよー。


『時雨永嗣』
 爺、オンライン!
 丸腰、というのは持っていた長剣が使い物にならないという判断から。
 放たれた十の銀閃は比肩しうるものはちょっとしかいない!
 「――――」


『ムメー』
 騒ぎを聞きつけ、カルデアから出撃。途中で永嗣と合流した。
 「槍は専門ではないのだがね」


『ヘファイストス』
 折れた刀を見て、この冒険者―――否、剣士こそ眷属の求めた存在と確信した。でも、胸に押し寄せる不安感は一体何なのだろうか?
 「はぁ………」


『正村トーリ』
 剣を見れば理解した。己の求めた存在だと。でも、恐れてしまった。相応しい剣が鍛てるのかと。
 「―――――――なんたる様か……!」


『ポプヌス』
 腐っても、臭くてもレベル6の冒険者。多少のモンスターでは傷一つつけられない。
 しかし、何の目的があって人助けなどするのか?
 「慈善活動ってやつダァ」


『フレイヤ』
 比較的には良識も持つが、それ以上に厄介ごとを引き起こす女神。
 爺ポイントがたまりました。あと2ポイントで首置いてけ!が発動します。
 「さぁ、どんな輝きを見せてくれるのかしら? あわよくば――――うふふ」


『アイズ・ヴァレンシュタイン』
 コロッセオ周辺にいたところをギルド職員に頼まれて討伐に参戦した。
 永嗣の剣撃を再度見て、その心は決まったらしい。
 「もっと、強くなりたいから」


『ティオナ・ヒリュテ』
 姉妹のちっぱい方。それだけで全て伝わる。
 隠し武器はアダマンタイト製のメリケンサック、だったのだがあのモンスター相手には分が悪かった。
 「すっごい!ホントにすごいよ、あの人!!!」


『ティオネ・ヒリュテ』
 姉妹のでかい方。ばるんばるんです。ぶるんぶるんです。何がかは言わせんなYO!
 隠し武器はミスリル製のダガー。ただし、傾向性を重視しているため刃渡りが短く、あの触手を斬り落とすことは不可能だった。
 「レフィーヤが無事なのはいいけど…………団長の誘いを断ったのよね」


『レフィーヤ・ウィリディス』
 【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の二つ名を持つ、ロキファミリアの次期主力メンバー。保有するスキルもチートで、前提条件が揃いきればリヴェリア以上の戦闘力を発揮するだろう。今回の魔法は咄嗟の判断で効果範囲を周囲にも拡大させたため、アイズらの触手にもダメージを与える結果となった。
 あと、異性にこんなにも近づかれ、命の危機に助けられるのは初めてだったりする。
 「ふぁ………」


『ロキ』
 おおよそ、こんなに手古摺ったのはお前のせいだと。こんなことが起きるなど考えたこともないため、まあ仕方ない。
 アイズらに参戦させたのはガネーシャに恩を売るため。しかし、永嗣に恩を売られる結果にもなった。
 「なんやアレ? なんなんやアレ!!?」


『花弁のモンスター』
 原作では暴れまわるだけの代物だったが、今回はどこかに調教者(テイマー)がいるらしく、いやらしい手を使ってくる。
 また、アイズたちの斃したモンスターの魔石を捕食したことで強化されている。ゴライアスよりも大きいと評しているが――――


『シルバーバック』
 中層域から出てくるはずのモンスター。でも、ミノタウロスのほうが強い―――のだが、この個体は特に巨大だったらしく、さらに魔石を食わせたことで強化種に変貌している。


『エアリエル』
 アイズの魔法。攻撃に防御に身体強化と万能な反面、広範囲にわたる攻撃能力が低い風の魔法。
 最大の業は嵐のように螺旋回転させて突撃する【リル・ラファーガ】。人間が喰らうとミンチひでぇや、と言われるだろう。


『エルフ・リング』
 レフィーヤの真骨頂。同族のエルフが使う魔法を使用できる魔法。ただし、詠唱などを知らないと使えない上に、その魔法を使う前にこの魔法の詠唱が必要だったりする。
 しかし、魔法は基本的に両手で数えられるぐらいしか覚えられない(あらゆる手段を講じても)という括りを完全に無視できるため、汎用性はリヴェリアを大きく凌ぐ可能性を秘める。


『ウィン・フィンブルエルト』
 九魔姫、リヴェリア・リヨス・アールヴの得意とする氷の魔法。絶対零度の冷気はあらゆるものを凍てつかせる。


『隠し剣・鬼の爪』
 対・佐々木小次郎用の剣技であり、燕返しを破るために生み出されたもの。燕返しのカウンターとして存在し、カウンター条件として整うと小次郎相手なら確殺できる。こちらから仕掛けた場合は返り討ちに遭う可能性があったりする。
 ちなみに、燕返しに対応するときと自分から放つ場合とでは軌道が違ったりする。


『飛翔する死棘の槍』
 ゲイボルグのこと。フィンが見たら発狂するような代物で、殺してでも奪ってやると言われかねない。
 刺し穿つ――のタイプは単一目標に向かって飛ぶが、飛翔する――は穂先が30以上の棘となって群体を攻撃することができる。レフィーヤと永嗣に向かって飛んでくる氷塊を粉砕した。


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爺、参戦×汚物、復讐×兎、激戦

 やあやあ皆さま。FGOで20連したら嫁王が来てくれたカルメンです。ガウェイン? 野郎はいらねェなぁwww

 とまあ、前置きはカリバっといて、原作展開に追加要素やら強化要素を多分に含んだものとなります。
 いやあ、ガルパンのスピンオフ、リボンの武者を読んでいたらうちの作品に必要なのはこれだ! と考えてしまいましてね。あの笑顔や黒さが我々には必要です(確信

 ということですので、それなりのハチャメチャな展開やご都合主義が展開していきます。
それでもよろしい方、拙い作品ですがお付き合いくださいませ。


P.S
 主人公の最強の状態は何も若ければいいということではないのです!


修正:サブタイトルがついていなかったので追加いたしました。H29.4/25


 

 時はレフィーヤ・ウィリディスが詠唱を始める少し前の事。

 永嗣はヘファイストスのもとから飛び出し、ベルとヘスティアを探すべく、屋根の上を飛び跳ねて探していた。途中、身軽なモンスターが襲い掛かってきたのだがどれも一刀のもと切り捨てた。結果として、手加減抜きの一撃に耐えれるものでもなく砕けてしまっていた。

 

 目を皿のようにして探すが見つからない。

 この騒乱の中で、人二人を探し出すということがどれほど無茶なことだろうか? 目立つ髪の色とはいえ、銀髪がいないわけでもない。白髪の老人がいないわけでもない。ベル以外で白髪頭がいないというわけでもないのだ。

 

 すると、視界の隅に白髪頭が見えた。短髪で、得物も短剣と見える――――が、違った。

 フードを被った小柄な人物を守るように移動している。何よりも白髪は幼女らしく、よく見れば持っている短剣も幼女の胴体に近いぐらい長いものだった。

 

 外れか、と屋根伝いに移動していくと一際激しい戦闘音が聞こえた。目を向ければ、街中に屹立する蔓のようなものが8本ほど唸り声をあげて地面を叩きつけている。

 破砕音や倒壊音が断続的に聞こえてくる。悲鳴も聞こえるが時が経つにつれて少なくなっていく。それよりも歓声が増えてきた。

 ――――もしや………と思う。

 

 

「いやいや。ありえんな」

 

 

 ベルが倒せるわけがないのだ。来る前に聞いたところによれば、逃げ出したモンスターは中層域に棲息するものらしい。深くは21層、浅くは15階と目玉のモンスター以外はありふれたものだとか。

 かつてベルを襲ったミノタウロスは居ないらしい。

 さて、どうするべきか。蔓のところへ向かうか………別の場所に向かうか。あるいは教会に戻ってみるか?

 

 

「ここに居たか」

「んん? ムメーか」

「すまないが加勢を頼みたい。あの蔓のところだ」

「あそこか?」

 

 

 未だに地響きを立て、土煙を巻き上げる戦場を見やる。アレだけデカいと何もできないだろう。武器がない。

 

 

「武器なら渡そう―――【投影開始(トレース・オン)】」

「―――――――ほぉ」

 

 

 ―――とても懐かしい言葉だった。喧嘩、というかたまに体を動かすとき、恋敵のお人好し(ブラウニー)がよく呟いていたものと全く同じときた。こいつ、絶対に本人だろ。

 

 どう問い詰めてやろうかと黒い顔をしていると、それはムメーが創りだした武器を見て呆け顔に変わってしまった。

 ワイヤーフレームにテクスチャを貼りつけるようでいて、空っぽの伽藍洞ではなく、その歴史すら再現された一振りの刀。

 

 いや、刀というにはあまりに長すぎた。

 

 妄想の産物というには血の匂いがした。

 

 それはまさしく、自分の憧れ(佐々木小次郎)が手に持っていた長刀―――備前・青江そのものだった。

 

 

「使いこなして()せろ」

 

 

 挑発するように手渡された青江を震える手で受け取る。

 紛れもない、青江だ。自分が勝手に師匠と呼んでいたあの侍の青江だ。美術館で見たものではない。

 彼が使っていた(・・・・・・・)青江だ!

 なんということだ。これほどの僥倖、望んでも得られることなどないではないか!

 そしてこの男、今何と言ったのか? ほざいたのか?!

 佐々木の弟子を名乗るこの儂に! この俺に! 魅せろとほざいたか!? 扱えるのかと侮ったかッ!!?

 

 

「ほざけ。佐々木一派の太刀筋、とくと御覧(ごろう)じろ!」

 

 

 抜き身の刀に刃紋はなく、ただただ静謐な印象を受ける。鍔もなく、ただ一本の長い刀。大太刀、野太刀。

 重そうでいて普通の打ち刀よりずいぶんと軽い青江は、そのリーチでもって槍とすら打ち合える。

 力も体力もほぼ全性である。

 ただ重要なことはそれ以外にある。この剣を振るうのであれば、敗北は許されないのだ。

 そしてベルとヘスティアに心から謝りたい。今はこの剣を振るいたい。眼前に図体ばかりデカい、木偶がいるのだ。だからほんの少し待っていてほしい。

 ――――ちょっと斬り殺してくるから。

 

 

「我が奥義、今、(ふる)うに値した。その首、我が師に捧げんッ!」

「人が変わったな。――――まぁ、私もやることは変わらないがな」

 

 

 青江を構えて永嗣は駆け出す。先よりも早く、速く、(はや)く、(はや)く駆け抜ける。水を得た魚とはこのことか。獲物を見つけた隼とかようなものか。放たれた弾丸とは彼のことか。

 モテる技量をすべて使って駆けた。ある意味、縮地とも呼ばれかねないもの。名もない歩法。相手との距離を一瞬でも早く縮めるためだけの一歩。

 

 

「――――【投影開始(トレース・オン)】―――【身体は剣でできている(I am the born of my sword)】――」

 

 

 怖気が走る殺気が遥か後ろで迸る。こちらを狙っていないとはいえ、身を竦ませるには十分な恐怖。

 だが、今の自分にそれは無意味だ。兎に角、斬りたいのだ。

 

 眼前に騒ぎの起きている大通りが見えた。唸りをあげて少女を一振りのもと、轢殺しようとする巨大な触手に狙いを定める。

 ふと、背後からの殺気が途絶えた。そしてわずかだが触手の動きも鈍ったように見える。つまりあれだ。

 狙いはこいつだ(・・・・・・・)

 

 

「――――――――――隠し剣―――――」

「――――俺が撃ち落とそう」

 

 

 こんな奴には勿体ないことこの上ないが師匠も解ってくれるはずだ。

 

 

「――――鬼の爪――――」

「―――飛翔する死棘の槍(ゲイ・ボルグ)

 

 

 ――――華鳥風月たるもの、(エルフの少女)愛でず(救わず)して何を愛でる(救う)か。

 

 華を包み込む十の銀閃は無粋者(モンスター)から(レフィーヤ)を護るように斬り咲いた。

 四散する赤の棘は欠片たりとも触れさせぬと微塵よりもはるか細かく砕き落とした。

 風が生まれて、氷の塵すらレフィーヤに届くことはなかった。彼女は呆然と背後を見た。仲間たちも遮る触手のなれの果てを砕いて呆然とした。

 

 身の丈に近いほどのカタナを構えて不敵に笑う剣士を見た。

 黒い強弓を手に降り立ってきた赤い外套の弓兵を見た。

 

 褐色の片割れはその威風にゾクりと来るものがあった。読んだことのない英雄譚を見つけて、次のページをめくるときのような感覚。何かが起きるという期待感。

 彼らが氷の彫像となったモンスターに目を向けると弓兵が無造作に矢を幾つか放つ。甲高い風切り音を残して矢は氷像へと突き刺さり、さらに追加で放っていく。どこにそんな数を持っていたのか、聞いてもはぐらかされるだろう。

 やがて突き立つ矢が楔となり、氷像をばらばらに砕いた。

 

 

「お、おおおお―――遅いわボケェ!!」

「すまないな、ロキ。他でも暴れていたので、な」

「ファミリア優先せんかい!! それに何勝手に武器を渡しとるんや!?」

「必要だったからな。彼に武器を渡した、これでいいかね? 事後承諾だがな」

「いいわけ―――はぁ…………もうええわ。疲れたし、すぐにでも終わるやろ。でもな…………」

 

 

 青江を担いで辺りを見回す永嗣にロキは穏やかではない感情を向ける。アイズがまるで憧れるような視線を向けているのが気に食わないのだ。あと、貧乳仲間のティオナももじもじしてるし。レフィーヤなんか吊り橋効果の体現者となっている。

 当の本人は獲物はどこだ!? と辺りを見回していて、それが危険はないか確認しているように見えているのだ。恋愛フィルターってすごいネ!

 

 

「おう、お前!」

「んん? モンスターか!?」

「違うわ!! アイズたんだって斬るのに手古摺った触手や。どうしてレベル1が斬れる!!? 本当にドチビから神の力(アルカナム)、受け取らんのか!!?」

「モンスターはどこだ!!?」

「話を聞けッ!!」

「五月蠅いわ! こっちはモンスターを探してるんじゃ、静かにせい!!」

 

 

 お前を相手にしている暇はない、と取り合わず、ただひたすらにモンスター―――こうなったら不逞な輩でも構わないと怪しそうな物陰や路地への入り口を睨み付ける。

 当然、出てくるなんてことはない。

 

 

「君の仲間のところへ向かったほうがいいのではないかね?」

「―――しまった………!」

「ムメー! ここでこいつを逃がすのは許さへんぞ!!」

「他所のファミリアに干渉はご法度だろう。前例はいずれ常習となるぞ」

「ぬ、ぐぅ……………くそッ!!」

 

 

 確かに、怪しいの一言で拘束できるのなら、自分達だってギルドに拘束される。最悪、フレイヤたちにやられて、手の内の何もかもをさらけ出させられることになりかねない。

 ここは我慢するしかない。

 

 

「理解してくれて何よ――――はぁ………おい、時雨永嗣」

「モンスターか!?」

「かがめ」

「!」

 

 

 ムメーの声に振りむけば、そこにもはや発射寸前の弓を構えた赤マント。

 かがめの言葉と視線の先を瞬時に把握して、言葉通りの行動をとった。かがんだのた。

 

 かがむよりもわずかに早く、弦は放され、黒い矢が弓矢にあるまじき音を立てて永嗣の背後に飛んで行った。

 ――――跳んだ先は家屋の中、霜の降りた窓を突き破り、何かに弾かれる音を冒険者たちに聞こえさせた。

 

 

「――――ふむ。存外、学習能力はあるようだ。厚みを増したな?」

 

 

 割れた窓から悪臭が漂ってきた。

 酷い悪臭だった。あまりの臭さに失神しそうで、冒険者にはそれが顕著だった。身体能力や五感の強化も考えものではないだろうか。

 家屋の扉が朽ち果てていく。

 

 

「げびゃびゃびゃ。勘のいいやつダァ」

「んん?」

「ブチ殺してやるゼェ、詐欺野郎(しんじん)。主神の命令でナァ!!」

 

 

 疫病男の襲来である。

 下卑た笑みを浮かべて、疫病男は悪臭を伴って姿を現した。

 

 

「なるほど。うむ、なるほど――――――――――よい試しが来たわ」

 

 

 対する永嗣も手に持つ青江を構えた。

 壮絶な、まるで気でも触れたような邪悪な笑みを浮かべて構えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世紀の対決、今ここに! というその瞬間にベル・クラネルとヘスティアは絶体絶命の窮地に追い立てられていた。

 事の始まりを言うと、ベルはシル・フローヴァとリュー・リオンを見つけられず、あてもないままに祭りを楽しんでいると長い風呂敷を背中に、胸元で豊満な谷間を強調するような格好でベルと出会った。ばるんばるん、ぶるんぶるんと震えるそれは前かがみしてしまうぐらいに素晴らしかったと幸運にめぐり合えた男たちは悟った顔で告げていた。あと、20回はイケるとも。

 

 そしてベルの目的を聞いたヘスティアはそれよりも祭りを楽しもうと強引に誘った。渋るベルもおすすめのポイントを知っていると囁けば、やはり初めての怪物祭には勝てなかった。

 

 で、楽しく他人から見ればデートのようなことをしているとモンスターが逃げ出し、ヘファイストス経由でモンスターのランクを聞いていたヘスティアがギルドに逃げようと提案したところで遭遇してしまったのだ。

 

 ――――黄金色の毛並みを持つ、シルバーバックの異常強化種。フレイヤが魔石(エサ)を与え、推定レベル3以上と猛者(おうじゃ)が評価した金色のシルバーバック―――ゴールデンバックと対決することになったのだ。

 

 

「神様ッ!」

「うひゃあ!?」

 

 

 雄叫びを上げてヘスティアを狙うゴールデンバックを、ベルは辛うじて守る。

 にやり、と猿のモンスターの分際で嗤う敵に、相手は遊んでいるのだと直感した。

 

 汚れた金色の毛並みに鋭く長い犬歯。端切れんばかりの筋肉で拘束具として使われていた胸当てが筋肉を抑え込む働きをしている。だから避けられたのだろう。

 それも限界だ。留め具や革の部分からミシミシ、ミチミチと嫌な音が聞こえる。

 

 

「くそッ!」

「ベル君………(浅はかだった。思い上がり過ぎていた………!)」

 

 

 ヘスティアはここ――――ダイダロス通りの奥まった場所に逃げ込んだ時の自身の愚かさを悔やんでいた。

 自分を逃がすため、囮になると覚悟した彼へ、武器を与えてしまったのが間違いだった。

 いや、ここに逃げ込むよりも他の一級冒険者を待つべきだったのかもしれない。あるいは自分が犠牲になるべきだったかもしれない。

 

 神は不死身である。厳密には、致死の一撃を受けても神の力で即座に回復するだけだ。そして地上で神の力を使うことは神界への強制送還の対象となる。別に死ぬわけではない。もう、永遠に会えないのだ。

 しかし、大切な家族が生き残ってくれるなら本望だと自分は思う。なんというか、もう一人の家族を見ていると、神は本当に必要なのかと思ってしまうぐらいに。二人なら別のファミリアに………それこそロキかミアハ、タケミカヅチ、ヘファイストスが引き取ってくれるかもしれない。

 むしろ、弱小で貧乏な自分のファミリアよりもそちらに行った方がいいのかもしれない。

 

 

「ベル君、もう―――」

「黙ってい、てく、ださいッ」

 

 

 先ほどよりも遅く、リズミカルに両拳が叩きつけられる。何度か叩きつけると、手枷の鎖を見せつけるように振り回して薙いでくる。

 さぁ、いくぞ。

 ほら、いくぞ。

 どうした、いくぞ。

 いくぞ、楽しませろ。

 実に不愉快である。相手でなく、自分の弱さへの不快感が相手への嫌悪感より勝っている。

 

 ベルは手に持つ、もう砕けてなくなったショートソードぐらいに大きな短刀を握りしめる。神様が持ってきてくれた僕の武器。ヘファイストス様に頼み込んで鍛ってもらった僕だけの武器。

 柄はなく、唾もない、ただ金属の塊を短刀のように加工した武器。

 でも、初めて握った武器なのに体の一部と思うばかりに馴染むのだ。

 だから………だから、少し――――増長してしまった。支給品のナイフを砕いた頭の兜を一刀で両断できたのだ。慢心も増長もしてしまう。武器さえ通じれば勝てると思い込んでしまう。

 それが間違いだった。

 

 

「このッ(当たらない。当てに行こうとしても、神様を狙って動きを止めようとする)」

 

 

 この武器の切れ味は想像以上のものだ。兜を斬ったとき、モンスターが怯んでしまうぐらいに。でも、こちらが仲間を守るように動いていれば学習したのであろう。

 それ以降、ヘスティアを狙い続けている。

 当てられれば倒せる。当てに行ける。でも、それは大切な家族を失わせる選択だ。

 

 

(どうするんだ。逃げるにも、この先は貧民街。人死にが出る。入り口はモンスターにふさがれてる)

 

 

 どうしようもないじゃないか。

 無力だと、ベルは心が軋んだ。仲間なら一瞬で倒せそうなのに、自分はどうしてこんなにも弱いんだろう。

 同時に、頭のどこかで理解もした。口を酸っぱくして仲間を連れて行くようにと忠告するアドバイザーの真意に。こんな状況が生まれるから連れて行けと言い続けていたのだ。

 だけど、地上(ここ)でこんなことになるなんて思う筈が無いではないか!?

 

 

「――――神様」

「ベル君?」

「貧民街の入り口まで逃げます。そしたらわき目も降らず、狭い道を通って逃げてください」

「待つんだ。君はどうするつもりだ!?」

「ここで食い止めます」

「それは―――――ッ……………わかった。君の言うとおりにするよ」

「ありがとうございます。ああ、それと…………」

 

 

 ゴールデンバックが両腕を叩きつけた。建物が揺れ崩れるほどの一撃は、大規模な土煙を上げた。まさしく、好機である。

 でも、ベルは神様を逃がすことにした。この頭のいいモンスターは攻め込んだ瞬間に神様を狙いそうだからだ。

 逆に言えば、自分がこいつを狙う限り、迂闊に追いかけれられないはずだ。こいつを殺せる武器を持つ自分を無視できない。

 でも、男の子なら言ってみたい言葉がある。

 

 

「いっそ倒しに行ってきます?」

「――――ふふっ、その意気だよ!」

 

 

 ヘスティアが背を向け、駆け出すと突風が吹いた。微妙に臭う風は土煙を何度も薙ぐように散らしていく。

 散らし切るころには、ヘスティアは見えなくなっていた。匂いも風と共にどこかへ行ってしまった。

 

 グルルルル………獲物が一匹いないと低く唸るゴールデンバックに、ベルは突撃した。

 黒く、それでいて刀身に淡く輝く文様がどこか神秘的な美しさを見せる。

 

 

「さあ、ここからは一対一だ」

 

 

 刃渡り30セルチ以上、黒く輝く材質はアダマンタイトとミスリルの複合合金。

 輝く文様は神聖文字(ヒエログリフ)。運命を切り開けと輝いている。

 

 

「追いかけっこは終わりだ。ここで仕留める!」

 

 

 咆哮とともに、両者は駆け出した。敵を倒すために………。




 感想・ご意見、ご指摘、ご質問。いくらでもお待ちしております。
 もちろん、誤字脱字もね!
 もっともっと黒くしていくぞォ!


『時雨永嗣』
 憧れの人の武器を持ったことでハイになった爺。狂気スキルが発動し、兎に角物騒な思考全開でいた。そこにポプヌスは格好の試し斬りとしてオンラインしている。
 なお、邪悪な笑顔とは「リボンの武者」を読んでみてください。素敵な魅力的な女の子が笑みを向けてくれますヨ(どんな笑顔化はさておきな!
 ムメーの正体は恐らく、恋敵であり義兄のアイツだろうと確信し始めている。
 「人類最高峰。お前を斬れば嵐の向こうか? なあ、向こうに行けるのか!?」


『ベル・クラネル』
 原作と違い、この時点でかなりの戦闘能力を誇る。大体、猛牛調練のときぐらい。
 逃げるは恥ではない。でも、漢には逃げてはいけない戦いがある。
 「それが今だ!」


『ヘスティア』
 ベルのために造ってもらった武器を携えて、彼に理不尽を打倒できる力を与えた―――のだが、予想外の敵に判断を誤ったかと思っている。でも、ベルの最後の言葉にキュンと来ているのも事実である。
 おそらく、家族に対抗できないような敵が現れれば躊躇いなく神の力を行使するだろう。それが永久の別れになろうとも。
 「僕は年長者だ。家族を守らなくてどうするのさ!」


『ムメー』
 もう確実にアイツだろうと、この赤マント。
 創りだした武器は逸品で、槍にいたっては神々ですら造れないレベルの化け物。団長が見たら殺してでも奪うと即答するだろう。
 佐々木小次郎の弟子を名乗るなら、これぐらいは熟して魅せろと挑発した。
 「よく言うだろう。キチガイに刃物と。時雨に物干し竿、とな」


『ロキ』
 マジでこいつ、レベル1なんか!!?
 ムメーはあとで、酒のつまみを作り続けさせると心に誓っているとかなんとか。
 「あり得るかぁあああ!!!?」


『ティオナ・ヒリュテ』
 恋愛は英雄譚の勇者が来てくれるのかな、と思っていたがそこはアマゾネス。強い雄にキュンキュンしています。
 個人的に好みな子ですよ。胸なんて飾りです(力説
 「いいなぁ………欲しくなっちゃった」


『アイズ・ヴァレンシュタイン』
 力も早さも魔力も自分が上。でも、その巧さはかつて見た誰よりも高みにある。
 そう確信した彼女は心に一つの憧れを持つことになる。
 「―――――――――――お願いです。弟子にしてください」


『ポプヌス』
 まだ暴れている奴がいると向かってみれば、あの生意気な新人がいる。屋内に居て、永嗣に復讐しようと機会をうかがっていた。
 前回の教訓を生かすようで、垢に厚みを加えているらしい。
 「復讐するは俺にありダァ」


『ゴールデンバック』
 シルバーバックが金色に、そして巨大化した猿型のモンスター。元も強化種だったが、フレイヤに魔石を与えられ、異常なまでに強くなっている。
 その強さはレベル3以上とゴライアスに匹敵するとか。


『青江』
 正しくは刀匠、青江一派が製作した大太刀で銘などない。故に「青江の大太刀」と呼称される。
 文化財に指定されていたため、欲しくても手が出せない代物。晩年まで青江の展示室に足しげく通う時雨永嗣の姿は結構有名だったりする。
 なお、弘法筆を選ばずとも言うが、そのわずかな差異が命取りになることを知らぬ永嗣ではない。つまり、こんなにも長い刀は扱ったことが無いのである。


『ヘスティア・ブレード』
 原作で言うヘスティア・ナイフのこと。大きな違いは刃渡りが長く、切断能力が優れていること。
 アダマンタイトとミスリルの複合合金を使用しているため、軽いのに硬く弾性がある。
 ベル専用の武器であるため、ベル以外が使うと単なる金属の固まり。撲殺する位しかできないナマクラになってしまう。


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堕ちた光のその末路


 カルメン流の最強というものです。
 若ければ強いのは強いが、年老いた果ての強さは個人として、触れえざる者に相当すると思っています。

 つまり、主人公は年老いている状態が現状で最強だってことです。


 

 

 穴があったら入りたいと、正村トーリは顔を覆い隠したくなる衝動を堪えていた。

 なぜなら目の前で繰り広げられる、剣士を瞼を閉じる一時たりとも見逃したくはなかったのだ。

 

 

「―――――アレでレベル1? ふざけてるわ………!」

 

 

 疫病男(ポプヌス)と戦い―――と呼ぶにも値しないことをしている、自称レベル1の冒険者、時雨永嗣。なるほど。自分の刀を求めるに能う人物―――傑物だ。

 それ故に、己の見る目のなさが恥ずかしく、愚かしい。これではオラリオの鍛冶師を笑えぬではないか!

 

 無様に棍棒を振り回す疫病男を、さらりと躱し、最小の旋回半径で斬り込もうとする。

 だが、それも垢の前に阻まれる。

 だが、先ほどよりも食い込んでいく。

 つまりは図り直している。

 つまりは試している。

 ――――――あと数合、片手で足りる数ぐらいしか通用しない。あの垢は無敵の鎧ではなくなった。単なる汚物に成り下がるのだ。

 

 

「――――なぜだ」

 

 

 剣士の持つ大太刀。所謂、かつて極東の戦で使われていた野太刀とも呼ばれるもの。

 アレは逸品、業物だとわかる。しかし、だ。

 

 

「何故、あのような(伽藍洞)の業物なのだ!?」

 

 

 手に握る工房一の刀。自身の一刀だ。あのような伽藍洞の野太刀など容易く上回る代物。

 かなりの魔力を秘めているが魔剣でもないのなら不必要だ。不壊属性(デュランダル)とでも言うつもりか? そんな酔狂なものを作る鍛冶師など知らない。鍛冶師の熱意を込めない武器を作るやつなど――――

 

 

「――――私が言えたことか…………?」

 

 

 そこまで言って、ようやく気がついた。この刀も伽藍洞なのだ。淡い期待と惰性と諦観で鍛った刀。どうせ使われないと思い、かと言って手を抜くには自分が許さず、無聊を収めるように鍛った刀。

 なんだ。自分の刀もアレと同じ――――否、アレより劣るものではないか。

 

 剣士が攻勢に出た。図り直しも終わり、仕留める段階になったのだろう。

 無造作で、殺意の籠った一刀が、疫病男(ポプヌス)の腹を斬り咲いた。しかし、それも白く粘つくナニカが溢れ、意志を持つかのように傷口にすすられ戻っていく。そうしてみれば、傷口すら塞いだ。

 

 

「血ではなく、異臭を放つ白い軟体。切り離さなければならない、か」

 

 

 近づかせまいと瓦礫の山を剛腕で薙ぎ払い、少しでも痛打を与えようと悪足掻く。

 見るべきはもう無し、と頸を断とうした瞬間、剣士が手に持つ刀は消え失せた。

 それと同時に瓦礫の影から人影が飛び出して、剣士の片腕に鉄輪をはめたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポプヌスは、疫病男は馬鹿ではない。阿呆でもない。もしそうであったら、彼はレベル6になんて成っていない。彼我の実力差を考え、その上で勝てる者には理不尽に叩き潰し、手強いと思った者は狡猾に罠に嵌めていった。

 だが、察するにポプヌスは本当の格上――――――触れてはならない存在と戦ったことは無かった。

 かつての輝かしい栄光。ヘラファミリアの幹部として、グランドクエストを三度にわたって経験し、最後には疲弊しきったところをロキとフレイヤの連合に強襲され、捨てられたのだった。

 単に、強いが不細工だという理由だけで。

 彼は最強のファミリアの重鎮から、どこからも相手にされなかった醜い人族(ヒューマン)の汚名を着せられたのだった。

 醜いのも事実だが、それ以上に彼はほぼ無傷(・・・・)で帰還したからだ。

 殺し切れない怪物。無敵の光。ヘラの醜き鎧。戦わずに逃げた男。仲間を売った幹部。

 ――――策略だった。

 

 

「ッッゥ………!」

 

 

 レアスキル、【汚れた光(ペイバック)】―――その昔、【神への忠誠(ヘラズ・ナイト)】と呼ばれた彼の心は憎悪によって薄汚れ、汚れて、穢れきってしまった。

 

 自分を見捨てた者たちを許さない。

 神を許さない。

 不要と断じたオラリオを許さない。

 栄光を傷つけた怨敵を許さない。

 

 ポプヌスの怨念は溶岩のようでいて、汚泥よりもなお汚れた穢土(えど)の如く。触れるもの全てを穢し、(いのち)を奪っていった。

 復讐の女神ネメシスに見出された彼はスキルを変質させ、己の傷を相手にも押し付けるという特性を得た。

 

 しかし―――――

 

 

(なんでこいつには効かネェんだ!?)

 

 

 耐腐食効果の棍棒はすでにバラバラにされた。あの薄っぺらいカタナで受け流されて、バラバラにされた。

 腹を裂かれ、腕を斬られ、肉を削がれ、指を落とされた。なのにアイツに僅かたりとも負傷が見えない。

 垢の鎧を超えた者は今までもいた。打撃ならば衝撃は伝わる。レベル5以上なら斬れもする。そのどいつもこいつもが肉塊になったのだ。肉塊にし続けたのだ。

 なのに、なんでこいつは効かない!!?

 

 

「あり得ネェ! そんな巫山戯たことがあってたまるかッ!!?」

 

 

 今度は出っ張った腹を深く斬られた。臓物(なかみ)が飛び出るが、超再生のスキル【ヒュドラ・ゲム】による修復が行われる。白く粘着く軟体は神曰く、キンシというものだそうだ。

 切り傷に対し、首や心臓を斬られない限りはすぐにくっつく。その上で回復能力すら誇る。ダンジョンの孤王(モンスターレックス)、ヒュドラのドロップ品で得た力。5つの首をすぐに潰さねば復元する希少個体。

 再生能力に頼り切り、【汚れた光】による報復攻撃。

 

 

「こんなガキに!」

 

 

 首を狙う一撃を、キンシで絡め取る。

 すぐに引き抜かれた。相手に傷はついていない。

 

 

「俺の!」

 

 

 今度は骨すら断って、振り抜かれた。

 レベル6の身体能力を駆使して避ける。相手の腕はくっついている。

 

 

「憎悪が!」

 

 

 瓦礫の山を殴り飛ばす。

 まるで当たらない。もう刃が届く範囲に来ている。

 

 

「届かネェはずがネェんだヨォ………………………!」

 

 

 剣の消えた剣士など単なる無能。

 武器も失い、手枷をはめられ、動きの鈍った剣士はポプヌスの豪腕の前に枯れ葉のように吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったらアカン」

 

 

 枯葉の様に、もっと酷く言えばその昔、強竜(カドモス)に殺されかけたティオナのように、時雨永嗣は吹き飛んだ。

 レベル1がレベル6の攻撃をまともに喰らった。その結末は瓦礫の煙に遮られているがまともな状態ではないだろう。

 ティオナとレフィーヤ、そしてアイズは加勢しようとした。守るために。しかし、主神であるロキにそれは許可できないと厳命されていた。厳命したのはガネーシャファミリアのパーティーの後…………ファミリア全員に告げたのだ。

 でも、そんなことは知らない、と三人は飛び出そうとした。それをロキは止めたのだ。ティオネとムメーを使って止めた。

 

 

「アカン。ネメシスファミリアの連中に手を出したらアカン!」

「ロキッ!」

「うちはお前たちの親みたいなもんや。ドチビ(他神)の子どもより、お前たちをとる。例え、嫌われてもや………!」

 

 

 子どもたちがポプヌスのような下衆に負けるなど露程も思っていない。むしろ、同じレベル6のフィンやガレスに比べるべきものもない、しぶとい敵なだけだ。それはパーティー以前の認識だ。

 もし、自分の傷を相手にも強いるスキルが存在するのなら、大切な子どもたちと戦わせるわけにはいかない。

 

 

「これはお願いやなく、命令や。見捨てろ。神威を使ってでも止める。アイツがこっちに来たら、わき目も振らずに撤退や。モンスターは倒しとるんや。文句は誰にも言わせへん」

「でもさ! それだと見捨てて逃げたって―――」

「言わせておけばええんやッ! 死んだらそこで終わりや」

「ふむ………」

 

 

 退く気はない、とロキの決断に三人は逡巡してしまう。

 それに対して、ムメー………否、多くの戦場を経験したアーチャーとして赤い弓兵は少ない情報から推測する。

 ――――何故、疫病男は自分の矢を弾いたのか?

 

 

(スキルの発動には条件がある、と見て間違いない。では、条件とはなんだ?)

 

 

 暗がりに潜むポプヌスに対して自分は威嚇目的で放った。当たれば重畳、当たらなくても退くのであればそれも好し。

 視界内に完全に収めているのが条件か。だとすると、彼になんの異常もないのが気になる。

 

 

(もう一つ気になるのは奇襲をかけた奴の仲間。確か――――請負人(ナイトレイド)だったか?)

 

 

 ブラックスモークのレンズを填めた鴉のような仮面の人物。服装もそれに似せているのか、烏羽のようなマントと黒い羽根つきの帽子、黒革の戦闘衣。中世のペスト医師と貴公子を足して合わせたような出立だ。

 性別は分からない。

 得物は大小のサーベル。

 背丈は低くもなければ高くもない。

 余分な肉は付いていない。

 

 

(こちらが気取ることが出来なかったところを見れば………水子以外のアサシンか?)

 

 

 固有スキル【気配遮断】を使えば、殺す瞬間までは隠れられる。

 

 

(どうして殺さない? 奴の仲間であるなら、殺すつもりのはずだろう)

 

 

 こちらに召喚されてはや数か月。知らないことの方が多い。情報収集は完ぺきにしたはずだと思っていたがまだまだのようだ。

 となれば、この場で一番の物知りに聞く以外あるまい。

 ――――もっとも、連中が止めを刺そうとするならその暇すらないが………。

 

 

「ロキ、あの腕輪―――手枷はなんだ?」

「アレか? 冒険者を捕縛するための恩恵封じや。ギルドの――――待てや。ギルドが関わってるんか?」

「あちらもグルだと?」

「もと闇派閥(イヴァルス)の違法アイテムや。恩恵をさらさせる解明薬よ同じでな。そんで、今はギルドでしか取り扱っておらん」

 

 

 だとすれば好都合だ。こちらが介入する理由が出来た。

 

 

「シグレを回収するんや、ムメー。アイズたんとティオナはその援護や」

「ロキっ!?」

「ティオネは監視。レフィーヤは回復。詠唱は覚えとるな? 出来る範囲でええ。イケるで、これなら―――――うちの独壇場や………!」

 

 

 中立を気取るギルドが一ファミリアの復讐に手を貸す。許されざる行いだ。

 ウラヌスの魂胆は分からないがどうでもいい。これをネタに強請れるチャンスなのだ。その証人を死なす訳にはいかない。

 腕輪をはめられた者がどうなるかは知っている。でも、わずかでも可能性があるなら利用し、その後に死んでくれたらいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロキたちが行動に移そうと動く中、正村トーリは全身の血液が冷える感覚―――喪失感とも言うべきものを感じ取っていた。

 ロキファミリアの会話に出た腕輪――――あの手枷のことは知っている。恩恵を封じるて冒険者を捕縛するための違法アイテム。

 トーリは生粋の武芸者ではない。鍛冶師だ。だから、瓦礫の嵐に飲まれた瞬間のことなど見えない。何かが起きて、疫病男が立っていて、鴉男が横に佇み、その遠くで煙が舞っている。

 剣士が――――時雨永嗣はどこにも居なかった。希望が居なくなった。

 トーリは居ても経ってもいられなくなった。瓦礫に駆け込んだのだ。ヘファイストスの静止を振り切り、憎き敵の前を素通りして。

 

 

「時雨殿! どこに居られるのか!!?」

 

 

 現金なものだと、もう一人のトーリは嘲笑する。

 腕が解れば手のひらを返して求めるなど、実に愚かしい。決めた信念は玉鋼でなく、飴細工のように脆いのか? そんなことを言われようとも、時雨永嗣は彼女にとって、救いの光明である

 自らの作品を最高の腕前を持つ剣士に使ってほしい。

 時雨永嗣にはその資格がある。悲嘆に暮れる、私の悲願を叶えてくれるかもしれないのだ。

 

 

「時雨殿ッ」

 

 

 鍛冶師であっても、レベル4の冒険者。その力は余程の重さを持たない限り、瓦礫は軽いもの。

 掘り起こしていると左手が 見えた。ぶらりと垂れ下がった手首に震えそうになるが、助かるかもしれないと心を奮い立たせる。

 壁の残骸をどけ、折れた柱放り投げ、割れたガラスに傷つこうとも手を止めない。やがて全身が見えてきた。

 

 

「お、老いている………?」

 

 

 見た時と姿がだいぶ変わっていた。

 しわくちゃになった顔には大層立派な赤く染まった白鬚が生えている。

 禿げ上がった頭には大きな裂傷の痕が。

 鼻が折れ、流血し、髭と顔を朱に染める。

 

 年寄りになっていた。

 体は衰えを見せ、筋肉の張りも見えるが先ほどの若々しさに比べれば天と地の差であるもの。

 

 何より、その胸部は不自然にへこんでいた。

 ポプヌスの剛腕は胸に直撃していたのだ。

 されど、生きているらしく、か細い呼吸音が聞こえる。正常でない、息を吐くたび、血が口から漏れる呼吸を続けている。

 

 

「な、なんという………」

「マァだ、生きてやがったのか」

「ッ………下がれ! 下郎ッ!!!」

 

 

 ポプヌスが来た。担いで逃げようにも、レベル6の速度にレベル4が逃げ切れるわけがない。

 せめて、と工房・正村の最上級業物、縁切り丸を構える。

 不退転の覚悟で刀を構える。切れ味は保証できるのだ。心臓に突き刺せれば殺せるはずだ。人であるなら!

 

 

「格下がナマいってんジャがっ!?」

「ぐぅッ………!!」

 

 

 刹那、ポプヌスの横腹を貫くように黒い剣のようなものが、白い軟体とともに突き出た。

 放たれた方を見れば、両の脇腹を抑えて、膝をつくムメーがいる。

 ティオナが賭けより、エルフの少女―――魔法使いでは期待の冒険者だったか、レフィーヤがなけなしの魔力で回復魔法をかける。

 

 

「意識外、ではな、かったか………!」

「ムメーさん、動かないで!!」

「いなすだけにしとけや! アイズは受け流すんやで! わかったな!!」

「うん………!」

 

 

 剣姫(アイズ)が参戦した。ポプヌスは致命傷に成り得るところを除いて、防御をしない。むしろ積極的に当たりに来ている。

 その近くで、ティオナは鴉のマスク、請負人を牽制している。素手同然の彼女がポプヌスと対峙するのはいささかのリスクがあるからだ。

 

 

(自分から動くつもりはない、のかな?)

 

 

 抜刀もしないで佇む鴉に、ティオナは油断―――してはいない。底冷えする殺気は感じ取れているのだからだ。

 請負人のギルドへの報告レベルは4。でも、気配は全く感じなかった。

 

 

(今、こうしていても薄いんだよね。どんなスキルが発言してるんだろ?)

 

 

 ポプヌスが相手にも同じ傷を与えるのなら、この鴉はどんなスキルなのだろうか?

 気配が薄いから、暗殺とか? だったら、目の前にいるのにこの薄さはおかしい。とすると――――

 

 

(私やティオネみたいに、感情やダメージで強化される類の魔法、もしくはスキルかな)

 

 

 そうであるなら、動こうとしないのも分かる気がする。格上相手に格下が挑みかかるのは愚の骨頂。レベル差は1なのだから、隙を伺いつつ襲うのが常套だ。

 

 

(ま、アイズのほうに行かせなきゃいいし。ムメーたちはティオネが守ってるからねー)

 

 

 こう見えて、ティオナちゃんはずのーめいせきなのだっ!

 気楽なことを考えて、それは顔にも出ていた。締まりのない、少し油断している。

 いやさ、相手がどんなことをしてくるのか楽しみに待っていて、その上で蹂躙しちゃおうと強者の余裕を見せつける。

 けれでも相手は襲ってこない。逆上しない。冒険譚とかだと、「野郎、ぶっ殺してやる!」と素手で来るはずなのだが?

 さぁ、どうしよう? このバーバリアンより賢いと褒められた――正しくは貶された――私の予想が覆されるとは………デキるね!

 

 いっそ攻めちゃうか、あの人死んだら、なんか嫌だし。

 ティオナが身構え、酷薄な笑みを浮かべて襲い掛かろうとすると、鍛冶師の女の子。確か正村トーリだったか? その子が叫んだ。

 

 ――動いてはなりませぬ! その傷では―――

 ――構わぬよ。それより、剣を貸しておくれ―――

 

 所どころで掠れていたが、あの冒険者が立ち上がったようだ。でも見た目は違った。

 まるでお爺ちゃんみたいだと、ティオナは思った。

 トーリからカタナを半ば強引に受け取り、それをするりと引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えばなぜ、彼が立ち上がったことに気づかなかったのだろうか。

 この場にいる冒険者はエルフの少女を除いて、一線級ともいえる存在達だ。

 何より、普段から隙の無い紅い弓兵すら、彼が立ち上がるのを確認できていなかった。

 あれほどの剣士が戦う意思を持っているというのに。戦うと気を張っている(・・・・・・・)というのに。

 

 剣姫も、大蛇も(ヨルムンガンド)大切断(アマゾン)も………。

 悪神(ロキ)も、鍛冶神(ヘファイストス)も、千の妖精(サウザンド・エルフ)も。

 敵である疫病男(ポプヌス)請負人(ナイトレイド)も気付きはしなかった。

 

 彼は―――――年老いた剣士は雅な所作で剣を抜き、何の構えを見せぬまま、口から血を噴き零して現れた。

 服は破け、さらされた前の部分はあってはならない類のへこみが出来ている。

 どす黒く変色し、顔色も紫がかった色へと変化している。

 

 ゆらり、ゆらりと幽鬼のように歩いた。

 ぽたり、ぽたりと血がこぼれた。

 

 疫病男(ポプヌス)は吠えた。

 死にぞこないッ! と叫んで突貫した。遮ろうとするアイズを振り切って、もう一度この拳を叩きつけてやると振りかぶった。

 老剣士の瞳を見た。さぁ、俺を見ろと睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疫病男(ポプヌス)の右腕が宙を舞った。

 最初は手首、次に肘、二の腕がバラバラに斬り落とされた。

 

 

 ―――右胸が少し痛い。

 

 

 左腕が同様に宙を舞った。

 バラバラと腕であったものが落ちていく。

 

 

 ―――左胸に激痛が走った。

 

 

 両の足が崩れた。

 輪切りにされて、ぐらりと視線が傾いていく。

 

 

 視界に一本の線が走った。

 何を見ているのだ? 俺は何を見ているのだ? 見下ろすな、死にぞこない。今すぐ挽き肉に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――どちゃり、骸が一つ出来上がった。






 今回はあとがき解説なしです。

 感想・ご意見、ご質問、ご指摘とうお待ちしております!


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兎と聖女、覗き見女神と猛者をそえて


 メルトリリスが来ませんでした。カルメンです。5万逝ったぞ!!?


 さて、鯖が出ますが投稿してある話をよく読んでみると登場しているのが多くいるわけです。ですが、それ以外は基本出しませんよー。


 

 

 ―――神様………主神のヘスティアを逃がしてから、どれほど経ったのだろう。

 

 瞬きすら許されぬ(こうげき)の中で、ベル・クラネルはその身に襲い掛かる余波に歯を食いしばっていた。

 明らかな格上に、貧弱な自分自身。頼りになる仲間はいない。

 

 

(どこをほっつき歩いているんですか、シグレさん………!)

 

 

 老人のような若者に、思わず呪いの言葉を吐きそうになる。思ってしまう。

 でも、勘だが彼も戦っている気がする。――――甘酸っぱい、それこそ自分がダンジョンに求める出会いをしているような気がしてならない。

 邪なことを考えていると、鼻先を手枷の鎖が掠めた。考え事ができる力量か? 全く、これだからモンスターは情緒というか、余裕がない。自分も余裕が―――――無いのかな?

 こういうのはお爺ちゃん曰く、女性に他の女のことを考えるな、嫉妬されるようになれと言われた気がする。

 ―――目の前の猿が化粧して迫ってくる。

 

 

「悪夢じゃないですか、ヤダー!!」

 

 

 とはいえ、加減されている内ならば見切れる。相手からすれば遊んでいるのだろうがそれが間違いだと後悔させてやる。神様にも倒してもいい? と啖呵を切ったわけだし。

 

 改めて、彼我の差を考えてみる。やると決めてから、頭が妙にすっきりする。

 リーチの差は歴然。相手の腕に咥えて、自分の腕ほどの太さがある鎖がビュンビュンしている。幸いなのは、アレが巻き付けるほどの硬い物体がどこにもないことだ。

 対格の差に至っては馬鹿馬鹿しいほど違う。相手は数メルト以上、こっちは1百数十セルチ。体重なんて何倍になるんだろうか。

 

 防御能力はどうだろうか?

 こっちの攻撃は通る。でも、長さが足りない。断つことが出来るのは両手両足の指か尻尾ぐらい。何より、腕や足を斬ろうにも筋肉で留められて、虫けらみたいに潰されるだけだ。

 じゃあ、防具はどうか? 斬れる。頭の兜を斬ることが出来たのだ。弾け飛びそうな胸当ても手枷も十分切れる。刃渡りはその範囲内だ。

 対して自分は? 紙だ。もう少し硬くして、腐った床板程度だ。一撃でも沈む。ぺちゃんこになる。

 

 

「う、はっ………!!?」

 

 

 イラつき始めた? それとも飽きた?

 ゴールデンバックが攻撃速度を上げた。さっきまでがゴブリン程度なら、今はウルフの全力疾走に近い。

 目算を謝り、咄嗟の判断で短刀を盾にして身体への直撃だけは裂ける。

 悲しいかな、相手からすれば石ころ程度の重さの自分はダイダロス通りの貧民たちの家に叩きつけられた。

 

 

「―――――!!」

 

 

 壁を突き破り、衝撃で肺の中の空気が強制的に吐き出させられる。

 頭もぐわんぐわんする。

 視界が揺れて、焦点が合わない。

 全身が痛い!痛い!痛い!痛いッッ!!

 

 

「――――ッ――――ッッ!?!」

 

 

 声すら出せない。崩れ落ちて、顔から床にダイブする。

 兎に角、苦しい。痛い。辛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――ダレカ タスケ――――

 

 

(馬鹿か僕はッ!!?)

 

 

 弱音を吐いてどうするんだ!? 僕は決めたんだ! 諦めないって! あの人達の場所まで行くって! 誓ったんだ。そう誓ったじゃないか!!

 

 

「アアアアアアアッ!!!」

 

 

 雄叫びを上げて、ベルは迫りくる自分の顔よりもはるかに大きい拳を斬りつけた。

 狙うのは親指。教えてもらった通りにはいかない、上段からの振り下ろしは満身創痍もあって倒れ込むように振り下ろした。

 肉を断つ感触がした。続いて、硬いものを削りながら通っていくもどかしさを感じた。再び肉を、肉を断ち斬る感触がした。

 

 

 ――――ギャアアアアア!!!??!?!

 ゴールデンバックの絶叫がうっすらと聞こえた。無様に倒れ込み、顔を強かに打ち付けて、ベルはそれでも立ち上がり、立ち向かおうとする。

 体がついてこなかった。心には火が灯っている。諦めない、くじけない、超えてやると心は朗々と燃えていた。

 でも、体は本人にすら聞こえぬ絶叫を上げていた。

 指一つ、身じろぎ一つもできないぐらいに酷い有様だった。他の冒険者が居たのなら、彼に畏怖を表すだろう。死に損なった体で未だに諦めぬ彼に、恐怖を覚えるに違いない。

 

 

(くそっ、くそっ、くそっ! 動けよ! 僕はまだやれるんだ。戦えるんだッ!!)

 

 

 声も出ない。声を出せば、その分、死が近づいてくると体が拒絶している。

 待っていても、格下に傷を負わされたゴールデンバックが怒り心頭に………そして、最大の注意を払って殺しに来るだろう。

 そうとなったら勝ち目など無い。侮って、舐めていて、ふざけていて、予想外のことに混乱した今こそ勝機(チャンス)なのだ。

 戦わねば! 立たねば! 抗わねば! 活かさねば!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――よく、諦めませんでしたね」

 

 

 遠くなった耳が、なぜか凛とした女性の声を拾った。

 ――――不意に身体が軽くなった。

 

 

「っあ………!!」

「―――ッ―――――!!!!」

「鋭くいくわよ………!」

 

 

 直後、見たのは………見えたのはあの細腕で、モンスターの顔を整形している藍色髪の女性(ひと)。そして、隣に立つ金色の白い女性(ひと)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ルーラーこと、ジェーンはこの騒動が何かしらの意図をもって起きていることを確信していた。

 彼女は天文台(カルデア)から頼もしい仲間であり、先輩でもある女性とともに騒乱によって混沌に陥った街へと飛び出た。

 アーチャーこと、ムメーはいない。彼のことだ。すでに正義の味方を皮肉交じりで演じているだろう。

 

 

「それで、どこから行く?」

「バベルは上位のファミリアが守っています。歓楽街はイシュタルファミリアが陣取っているので問題は無いでしょう。ならば―――」

「貧しきものが住まう場所(ところ)―――――ダイダロス通りね」

「その通りですマル―――マール様」

「様なんていらないわ。カルデアのメンバーしかいないなら真名でもね。まぁ、神託で碌でもないことになっているってあったのよね」

「主以外の神々の力で正確には伝わりませんでしたから。ですが、この世界に。この地に我々が集った時点で何かがあります」

 

 

 余程でないと決して現界することのない裁定者(ルーラー)

 三騎士の一つ、弓兵(アーチャー)

 機動力に優れる、騎兵(ライダー)

 18人の該当者しかいないはずの暗殺者(アサシン)

 魔術に優れた魔術師(キャスター)

 理性無き戦士、狂戦士(バーサーカー)っぽいナニか?

 まぁ、すでに5騎も現界しているのだ。

 

 

「全クラスが揃ったわけではありません。重複していますので」

「正規の、ではないわね。皆、受肉してるし………復活は救世主の特権だというのに………顔向けできないわ」

「いえ、復活と受肉は大分違う―――」

「何より、異教徒多過ぎよ! 神は主のただ一つだというのに!」

「その発言はいろいろと不味いのでやめてください!?」

 

 

 このように憂いていたり、あるいは神という存在に対する、彼女らの宗派の見解を言いあっているわけだが、そんな彼女らは屋根の上を飛びつつ、高速で移動している。

 一級冒険者なら捉えられるだろう、その速度でダイダロス通りを目指して移動中だった。

 

 実はルーラーは徒労で終わることを望んでいた。

 自分たちが徒労になるというのは、誰かがモンスターから無辜の民を守り切ったということだ。

 逆に、自分たちが活躍する状況というのは、大なり小なりの犠牲が出続けている(・・・・・・)可能性があるということだ。

 不幸中の幸いとして、貧民街の孤児院に顔を出している緑色の弓兵―――この場合は狩人が動いている可能性もある。おおよそ、彼女が手古摺るぐらいのモンスターが冒険者たちに御せるわけがない。

 

 ――――ふと、遠くで、いや進先から小さな地揺れの音が響いた。

 いや、地揺れではなく、建物の一部が倒壊し、煙とともに響いたものだ。ほんの僅かだが、隙間から黄色か金色の巨大な物体が見える。

 それはまるで己を知らしめるように吠えた。

 

 

「随分と大きい………」

「そこまで潜れたわけではないけど………流石に大きすぎね」

 

 

 下手な家屋よりもよっぽど大きい猿はダイダロス通りの入り口近辺で停止している。となると、誰かが足止めしていると判断した方がいいだろう。好感の持てる人物だ。

 

 

「! アレは…………」

「? ………神って名乗る連中? 黒髪におさげの青紐――――言ってたやつ?」

「はい。もしかしたら彼が戦っているのかもしれません」

 

 

 なら、話は早い。ライダーを紹介したいし、今後のためにも良好な関係を築いておきたい。

 二人は息を弾ませながら走る少女―――ヘスティアのもとへと飛び降りた。

 目の前に現れた、女性二人にヘスティアは驚く。二重の意味で驚く。

 

 

「君たちは………!(僕らに近い!? 神、なのか?)」

「話は後程。時雨永嗣の主神、ですね?」

「そうだけど………もしかして、ネメシスの………?」

「違います。街中にモンスターが溢れており、その迎撃を。私たちはこの先の貧民街を守るために参りました」

「! なら、冒険者だね!!?」

「いえ」

「んなっ!? 恩恵もなく、モンスターに敵うわけが――――いや、いるけど! 君たちには無理だ!! 僕の代わりに助けを呼んでくれ!!」

 

 

 そんなことできそうなのは自分の家族だけだろう。いや、信じられるものでもないが、かつては恩恵無しで戦っていたわけだし、そもそも黄泉帰っている時点で規格外だった。

 だけど、重そうな鎧を着込み、重量級の武器を持つ彼女たちなら、自分よりも早く助けを呼べるはずだ。

 

 ヘスティアは懇願する。神が地上の子どもに頭を下げる。懇願するなど、神々の名誉を著しく傷つける行為である。でも、彼女にとってはそんなじゃが丸君ほどの価値もないプライドに拘るつもりはない。

 

 ―――――家族が殺されかけているのだ。

 自分の土下座や頭を下げるぐらいで彼が助かるなら、喜んでやってやるつもりだ。

 このどこかしら、神々に近い気配を持つ彼女らにヘスティアは懇願した。

 

 

「逃げるのですか?」

「アレは僕を追ってきているみたいなんだ。モンスターは………いや、ダンジョンは神々を憎んでいる。生まれ落ちたモンスターも例外じゃあない。だったら、可能な限り僕がおとりになって―――家族を助けるんだ」

「―――――――貴女の命は? 残された家族はどうするのかしら?」

「家族を、子どもを守るのが主神(おかあさん)で神の僕の役割だ。押し問答するつもりはない、はい、か、いいえで答えてくれっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――よい家族を持てたようですね」

「は?」

「こちらの話です。小さな冒険者さん――――――下がりますか?」

 

 

 ―――そんなの決まってる…………………!

 

 

「ッ、まだやれます…………!」

「ふふ、その意気です」

 

 

 薄っすらと微笑むと、彼女は手に持つ槍――ではなく、穂先の付いた旗を解いた。

 見たことのない徽章だ。どこかのファミリア―――でもなさそうだった。でも、それを見ていると勇気が湧いてくる気がする。

 

 

「行きなさい!」

「はいッ!!」

 

 

 綺麗な女の人に、応援されたら…………頑張るしか無いじゃないか!

 

 ベル・クラネルは再び、戦場へと翔んだ。先程よりも、熱くなった刃と背中に言い知れぬ頼もしさを感じながら。

 暴れまわるゴールデンバックに刃を突き立てたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の夢見る少年と二人の女傑が共に戦う。

 戦場から少し離れた、貧素な家屋の屋根上で、フードの人間。膨らみからして女であろう、その怪しげな人物は熱い吐息を深く吐いて身悶えしていた。

 

 

「はぁあああああ…………………イイ。すごく、イイ!!」

 

 

 輝いている。純真無垢の魂が太陽に匹敵せんとばかりに輝きと熱を放っている。

 二人の少女もイイ。金色は前に目をつけていたシャイな子だが、もう一人の藍色の女性も輝けるものがある。躍動感のある光が私を魅了する。

 

 

「ねぇ、オッタル。どう思う?」

「…………………フレイヤ様の寵愛を受けるに相応しい、かと」

「うふふふ、嫉妬してるの?」

「いえ。その寵愛はフレイヤ様ご自身の意思であらせられます。それを独占するということは、フレイヤ様への比類なき無礼である…………………そう、考えております」

「ふふふ………少しくらい、おねだりしてもいいのに」

 

 

 この子のそういう頑ななところが好ましい。不器用とわきまえつつ、望みを叶えようという可愛さがある。とても可愛い子。もう少し、ヘグニやガリバー兄弟を見習ってもいいのに。

 

 

「ならそうね――――――何時頃かしら?」

「不測がなければ5日ほどかと。連れてまいります」

「お願いね。優しく、丁重にね?」

「仰せのままに」

 

 

 






 後書き解説に突入だぜぇ!
 メイン以外は解説しないよ!!



『時雨永嗣』
 ポプヌスの一撃で瀕死状態にされてしまった未熟者。なんでかと言えば、隠れている敵を察知できなかった故に未熟者。
 彼はどうなるのでしょうか?
 「―――――げふっ………………」

『時雨永嗣(老人)』
 剣士として大成した状態。力の剛剣ではなく、技の柔剣を使いこなす技量型の剣士。
 流派【心眼佐々木一派】を名乗り、北辰や示現、宝蔵院といった有名な流派に数えられるほどの規模と知名度をもつ流派の開祖。
 最後の剣聖―――と言うなの時代遅れと馬鹿にされ、その偉業を超えるものはただ一人を除いて現れなかった。
 本小説の最強候補であり、今回の登場では死に際の状態。その一刀は単純な防御力では防げず、概念レベルでないと紙ほどの役にすら立たないというチート剣士。彼を超えるのは最後の弟子だと、当人は宣言していた。
 「明鏡を得て、止水に至れども、月には届かず」


『ベル・クラネル』
 盛大な死亡フラグを立て、どこかで見たことがあるような聖女に助けてもらった、ラッキーラビットくん。
 手に持つヘスティア・ブレードは彼が羽ばたくための翼であり、信念ある限り、砕けることはない。
 「冒険しなくて、何が冒険者だ。何が英雄に憧れるだ!!」


『ヘスティア』
 神仏にさしたる敬意を持たない主人公が、敬意を持つほどに彼女は純真で、思慮深い。家族のためならどんな汚れでも進んで引き受ける。そういった点ではロキに近いが、彼女はプライドだって守るべきものではない。守るべきは大切な家族なのだ。
 「頼んでいるんだ。頭を下げて、家族が助かるなら…………………!」


『ムメー』
 そこらの冒険者より遥かに頑丈だが、流石に貫通した傷はやばいらしい。
 ポプヌスのスキルに疑問を持ち、おそらくはその弱点に気づいていた節もある。
 「なるほど、やはりそうか」


『ポプヌス』
 元ヘラファミリアの隊長格。古参の一人であり、三つのグランドクエストすら生きて越えた超一流の冒険者―――だった。
 美しきヘラへの忠誠心がスキルとなり、超再生能力と生命力を得て、さらに目撃は交戦した一度しか無いヒュドラのドロップから作られた魔法薬で死にづらくなるスキルを発現。敵う者はないと言われたが、ロキとフレイヤの連合により自身以外の仲間は全滅。ヘラへの忠誠を薄れさせない彼を潰すため、見捨てることによる送還免除で捨てられてしまった。
 憎悪に絡め取られた彼は、両ファミリアの策略でどこにも所属できず、かつての栄光は落ちぶれてしまい、その後にネメシスに拾われた。
 ヘラファミリア時代から粗暴だったが、ネメシスファミリアからは輪をかけて酷くなる。
 最後は時雨永嗣(老人)に恩恵もろともに斬り裂かれ、スキルを失って絶命した―――?
 「…………………………(返事がない。死人が話すわけがない」

汚れた光(ペイバック)
 かつては【神への忠誠(ヘラズ・ナイト)】という、圧倒的な防御力と再生能力の強化をもつスキルだったが、捨てられたことと憎悪、ネメシスの権能により傷つけるものすべてに復讐するというスキルに変貌した。かつてのほうが防御能力はあった(アダマンタイト級)が、損傷の投影能力を得たために防御力が著しく低下した。
 ―――が、発動条件が存在し、「相手がこちらを正しく認識している」という条件が揃わない限り投影できない欠点がある。
 ムメーが傷を負わなかったのは「ポプヌスだと認識していなかったため」で、主人公に至っては「どうでもいい存在」と認識され、敵ではなく巻藁程度にしか認識されていなかったからである。
 元ネタは【十二の試練(ゴッドハンド)】の劣化版。

『ヒュドラ・ゲム』
 目撃は交戦した一回のみという、超々希少な孤王(モンスターレックス)のドロップ品から生成された魔法薬。それを服用したことで発現したレアスキル。
 切り傷に対して無敵の再生能力を誇り、例え、首を中ほどに斬られても、断ち切られない限りは致命傷には至らない。
 白く粘着く菌糸が体内で根を張っている。上記の【汚れた光】との組み合わせはかなり凶悪である。


請負人(ナイトレイド)
 ネメシスファミリアに所属する、鴉のマスクに羽の付いた外套、ペスト医師や貴公子のような姿の怪人物。得物は大小の西洋刀(サーベル)
 冒険者には嫌われているが一般人には好かれている。理由は彼らの復讐を手助けしているため。ギルドで裁けぬ輩へ制裁するかの人物は粗暴者の冒険者にとっては恐怖の象徴である。
 元ネタはサクラ大戦3の鴉のパリシィ怪人とブラッドボーンの鴉の狩人。


『ジェーン』
 神風JK魔法少女に成る日は来るのか?
 「ちょっと!?」


『マール』
 とある人物をして、いい拳を持っていると賞賛されている。姉御や姐さんと呼ぶと血を見ることになる。
 なんと言いたいかというと、ステゴロ―――
 「何もきかなかった………………いいわね?」


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細かく×鋭く×重く=鉄・拳・聖・裁!!

 これにて怪物祭編は終了です。次はエピローグ、そして次章に突入です。

 いうなれば……………灰被りと―――みたいな?




 

 

 ――――どこのファミリアの人なんだろうか?

 兎と揶揄され侮られる、ベル・クラネルは猿のモンスター、ゴールデンバックを一方的に殴りつける女性が気になってしょうがなかった。

 決して薄いとは言えない胸当てを、彼女は簡素な手甲(ガントレット)のみで割り砕いていた。いや、割り砕くというより、初撃で罅が入って、モンスターの脹れる筋肉に耐えきれず………というのが正しい。

 

 

「重くいくわよッ!」

 

 

 モンスターの懐へ踏み込んだ足が地面を踏み砕き、下から小さく、鋭く振りぬかれた拳が、モンスターを宙に浮かす。魔石をやられれば死ぬのは分かっているのだろう。モンスターは十字を作るようにして魔石があるだろう胸の中心を守った。

 それは正しく、片腕を完全にひしゃげさせて悲鳴を絶叫する。彼女は慈悲など与えない。慈悲を与えるべきは|迷える子羊―――あるいは、愛を知らぬ悲しきもの。

 このケモノはナニかしらの愛を与えられている。であるなら、愛を知らぬ悲しきもので無し。

 

 

「鋭くいくわよッ!!」

 

 

 殺意に気づき、大きく飛び退こうとするモンスターに、鋭く踏み込む。そのまま、右ストレートを振りぬき、モンスターを家屋の壁に叩きつけた。

 一際、異色の色を放つ柱にぶち当たり、モンスターはライダーことマールをにらむ。彼女は目の前に、自身は筋肉を膨張させ、歯を食いしばり、亀のように防御を固めた。

 侮りなどはとうに消え、その体を食い殺してやると言わんばかりの眼光が、防御の隙間からマールを睨み付ける。

 マールはそれを恐れることもなし、軽い足取りで彼女の二倍はあろうかという太い腕の肉盾を前に構えた。

 

 

「細かくいくわよッ!!!」

 

 

 肉を殴打する音が、鈍い音が木霊する。

 細かく、丁寧にマールはモンスターを殴打していく。全身を使った拳の一撃は体格差なんてものは知らぬと、モンスターを釘付けにした。釘とは拳の事だろう、彼女の。少しでも防御を崩せば胴体へと殺到する。細かく、重く、鋭い拳の嵐は拳でもって貼り付けにした。

 

 あとは潰されていくだけ。

 それを少しつまらなそうに見る女神も、マールの強さに猛る感情を御そうとしている猛者も、あばら屋同然の家屋からのぞき込む者も………。

 終着が見える戦いに、それぞれの想い(未練)、もしくは思い(策謀)を抱いていた。

 しかし、それもここまでだった。

 ――――上から兎が刃を逆手に飛び降りたのだ。

 

 

「――――殺った………!!」

 

 

 突き立てられた刃、ヘスティア・ブレードはモンスターの分厚い頭蓋を貫通し、その脳天に突き立てられた。

 身体を防御の姿勢に取ったまま、モンスターは動きを止める。

 ベルはずっと見ていた。今までずっと見ていた。陰に隠れ、モンスターの意識から外されるため、攻めをマールに任しきっていた………男らしくないと思いながら。その結果は見ての通りである。

 脅威度の圧倒的に低い、脅えて来る気配のない相手に割く意識が持てるほど、マールは甘くない。放たれる一撃一撃は体を硬化させなければ、諸共に引き千切るぐらいの威力を持っている。

 

 あるいはこうも考えていたのかもしれない―――いざとなれば弱いのを狙えばいい、と。

 異常強化されたゴールデンバックは尋常ならざる回復能力を備えていた。現に、マールの拳打に耐えていたのは回復のリソースを全て腕にと脚に使っていたからだ。面白いことに、わずかな時間で状況に対応したという驚異の成長である。

 

 マールもそれに気付いていたのか、諸共に押しつぶす作戦に出たのだ。後輩のような炎を出すことは出来ない。捕まるつもりもないが万が一にも捕まってしまうと、あの年齢詐称青髪罵詈雑言作家(キャスター)になんといわれることか。私が有利属性なんだぞ、あのやろー!

 

 

「―――ふぅぅぅ………よくやったわね」

「貴女こそ、えっと…………」

 

 

 まぁ、個人で解決する気もなかった―――わけではないが、こんなにも真っすぐできれいな心の善人が成長するために手を差し伸べたのだと思えばいいだろう。

 で、その少年に自分は名乗っていないことを気づく。ルーラーは何も言っていなかったか。

 

 

「マール、マール・ライダーよ。マールでいいわ」

「はい。マールさん、お強いんですね!」

「うふふふ。女性に強いなんて言っちゃダメよ? か弱いんですから」

「え?」

「か弱い、よねぇ?」

「は、はい! そうです! か弱い可憐な女の人ですッ!!」

「か弱くて可憐だなんて、持ち上げ過ぎよっ」

「はぁ………?」

 

 

 それぐらい言わないと、このモンスターの末路みたいになりそうだったからとは、口が裂けても言えない。僕は神様のところに帰りたいのだ。

 

 

「――――まぁ、少し離れていなさい」

「え―――」

 

 

 気づけなかった。

 死んだと思ったはずのモンスターが再び動き出した。

 

 

「ッッ、魔石を砕かないとダメだったか!!」

「むしろ、正気に戻った(・・・・・・)、というのが正しいわね」

 

 

 雄叫びを上げ、暴れまわるモンスターに、ベルはマールの言葉が信じられなかった。

 正気ではないはずだ。理性もない、暴れまわる――――あ、確かにそうだ。そうだと考えれば、自分の勘違いがわかった。ダンジョンのモンスターに理性とか知性などないのだと。

 

 亡き祖父や、村の皆が言っていた、本当に恐ろしいのは地上で繁殖し、知恵をつけたモンスターだと。ダンジョンのモンスターは強いし硬いし素早いが、策略を使うわけではない。

 ヒトの襲撃から経験し、知略を学び、試行錯誤しているモンスターのほうが何倍も危険なのだと。

 そこに力が加われば、最早手遅れ。

 ゆえに、一定以上の大きな魔石を外に出さないよう管理しているのだと。

 

 

「早く止めないと!」

「その通りだけど………今回の下手人に任せなさい」

「それじゃあ遅すぎますよ!!? 何もしなかったらどうするんですか!?」

「心配無用。十人はいないし、下手人も守るために容赦なく、斃すわよ」

 

 

 向こうも気付いたようだし、ここで終わりね。

 マールの言った通り、モンスターは何かに気づいたようで、家屋の屋根を踏み抜きつつ、屋根伝いに跳んで行った。定期的に崩れる音を聞きながら、ベルはふと何かを忘れているような気がしてならない。

 幾何かして、ベルは何かに気づいた。

 ――――――あ………ああ!!?

 

 

「僕の武器っ!!?」

 

 

 モンスターの降り立った地点で、巨大な火柱が立つ。

 刺し処が悪かったのか、武器は脳天に突き刺さったまま。いずれは灰になるだろうと思っていたらこの有様だ。

 

 

「あら?」

「追いかけないと!? 神様からもらった大切な武器がー!!!」

 

 

 言うに及ばず、二人は駆け出したのである。

 ただし、一名は面倒事でも起きたのかと、若干の心配をしながら………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お怪我はございませんか?」

 

 

 二人が駆けだすその少し前、オッタルは不敬にも、神でありフレイヤを殺さんと飛び掛かってきたゴールデンバックを愛用の剣でもない大剣で滅多斬りにしていた。

 

 

「傷一つないわ。埃はかぶってしまったけど」

「申し訳ございません」

 

 

 巨体を裁いたときの破片で主神に傷一つ無いよう、とバラバラにしてしまったのが悪かったらしい。

 レベル7が剣を振る速度は想像を絶するほどのものだ。モンスターが地面に着地する前にバラバラどころか芥子粒同然に斬り裂いていく速度に、誇りが舞わないわけがない。

 肉と血しぶきは弾いたが、実体のない風は防ぎきれなかったのだ。正体を隠すためのローブが汚れただけで、特に汚されたとは言えないものではあるが………。

 

 しかし、オッタルはとんでもない失態だと頭を下げた。

 余計なことは言わない。申す訳が無いとは、言い訳ができないものだと宣言しているからだ。

 実直な己の最高の眷属に、フレイヤは頬を綻ばせ、面を上げるように言い、彼の筋張った頬に手を添えた。

 

 

「気にしなくていいわ。貴方は務めを果たした。剣姫ですらできないことをしたのだから胸を張りなさい」

「………はっ……!」

 

 

 もう少し力を抜いてほしいところだがこれもオッタルの良さであり、その不器用さがアクセントになっているのだ。

 ―――さぁ、どうしようか?

 

 

「自然に出会える理由が出来たわね」

「直接渡すほうが言うん章に残るかと思われますが?」

「ん~…………もっと熟してからのほうがいいかしら。それとも―――――ここで持っていっちゃいましょうか?」

 

 

 艶やかな視線の先にはモンスターを倒したことで、魔石とわずかな灰、そしてヘスティア・ブレードが転がっている。真っ黒………ではなく、光の加減次第でいくつもの色に輝く見事な逸品だ。

 オッタルにそれを持ってこさせればなるほど、だから彼女はバベルから出てこなかったわけか。

 

 フレイヤはこのヘスティア・ブレードを睨み付けるように見つめていた。

 オッタルからすれば、妙に重くて、切れ味の欠片も見せないこの武器でよくもアレを断てたと褒めてもいいぐらい。それほどに鈍らでしかなかった。

 だが、聞くと神ヘファイストスが直接鍛った神の武器らしい。だとすれば、特殊な鍵が付いているのだろうか。

 

 

「ヘスティアの神の力(アルカナム)神の血(イコル)…………そこまでするのね」

 

 

 アダマンタイトとミスリルを混ぜ合わせたもの―――だろうか? 金属や鍛冶については専門外なために断言はできない。ただ、神々だからこそ感じる(わかる)力が内包されている。

 なるほど。これはヘファイストスやゴブニュといった鍛冶神でなければ造れないモノだ。

 正統な持ち主とともに成長していく武器など、子どもたちにはまだ早い。造れるほどの子どもが育っていない。

 

 

「そうね。ええ、そうしましょう。そうは思わないかしら、貴女?」

「何の打算もなく………というのならいいでしょう。ですが――――」

 

 

 畳んだ旗槍をもって、ルーラーことジェーンは現れた。

 意味深な流し目と即座に実行する魅了。

 調べはついている。彼女はどこのファミリアにも属していない。一定の地域から姿が消え、その足どりを誰にも追わせない。

 ギルドの職員を篭絡し、男神を食い漁り、女神に嬌声を上げさせてなお検討の付かなかった彼女の主神。商人や外の子どもたちを使うには時間が足りなかったが、恐らくは主神などいない。単なる小娘だ。それも極上の………。

 

 

「やっぱり、綺麗な色の魂ね。燃え盛る白と黒の炎。相反する色でありながら、それぞれに輝きを抱いている………………堪らないわぁ」

 

 

 オッタルが動き出す。レベル7の脚力、瞬発力、筋力、あらゆるセンスを駆使してジェーンを取り押さえようと迫る。フレイヤの背後にわずかな土煙を残し、オッタルはジェーンの背後に現れ、その華奢な腕を丸太のような剛腕で極めた。

 まさしく鮮やか。膝裏に蹴りを入れ、平伏せと膝をつかせる。

 悠々とフレイヤは歩いてきた。ジェーンが現れた時点で彼女はローブを脱ぎ、いつもの格好に戻っている。戻っているのに、ジェーンの眼からは拒絶と侮蔑が滲んでいた。

 

 ―――ああ、ゾクゾクする………!

 

 

「イイ眼ね。そうなるものかと耐える瞳。穢れを知らない乙女。やっぱり素敵よ貴女」

「その寵愛を受け入れろ。フレイヤ様はお前も選んだ」

 

 

 ぬらりと妖しく光る真っ赤な舌、桃色に染まった頬にふっくらとしている唇。

 フレイヤはジェーンにキスをした。それは深くした。彼女の心を染め上げるように、舐って、舐って、舐りつくすようにキスをした。

 彼女のだ液を啜り、あるいは自分のだ液を飲み込ませ、啄むようにソフトであれば、貪るようにディープにした。常人なら理性も尊厳も何かも蕩けて、股を勃たせるか、濡らすか。常人としての生活など決して送れない、フレイヤの魅了という権能を直接与える神の毒。

 

 ―――さぁ、どうかしら?

 

 フレイヤが目にしたのは底冷えする極寒の蒼い瞳だった。

 次の瞬間、彼女はオッタルに命じた。自分を連れて逃げなさい、と。

 

 

「――――――――ッ!!!」

 

 

 ―――神をも焼き殺す猛火が奔った。

 彼女を燃料にして、朗々と燃え盛る炎は凄まじい火柱を生み出し、意志を持つようにうねりを上げる。

 熱量はぎしぎしと体の節々が痛むフレイヤを責め立てた。オッタルは一切の容赦なく、主神を抱きかかえ、地面をけり砕くほどの勢いで離脱したのだ。

 

 うねる炎が、無人となっているダイダロスの貧民街を焼き尽くしていく。戸板しかない窓から、傾いた家戸から、隙間だらけの家の隙間から。

 炎は何もかも焼き尽くすように侵入し、灰と真っ黒な残骸を生み出し続けていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕らが見たのは煤だらけのジェーンさんと見たこともないような大きさの魔石に僕の武器だった。

 武器よりも、あの火柱の中で煤まみれにしかなっていないジェーンさんの凄さが僕を驚かす。マールさんはすぐに駆けより、回復魔法らしきものを無詠唱で使っていた。

 

 

「アレ使ったの?」

「少し、侮りすぎていました。前衛向きではないとは言え、ああもなるとは…………未熟ですね」

「あたしもなんで前で戦っているのかしらね」

「―――――アーチャーやアサシンには敵いませんね」

「ちょっと? どうして話を逸らすのかしら?」

「精進が足りませんね!!

「こっち見ろや後輩?」

 

 

 僕もマールさんは前衛型だと思います。それも武闘派の。

 

 

「聖女的に暴力はいけないと思います!?」

「残念。今のあたしは夏仕様(サマー)よ」

「矜持はいずこへ!?」

「聖女だっていくつも顔を持っているものよ。そのうち貴女もキャスターとか、JKとか出るわよ」

「え、ええっ!? 私は字が読めないのですが……………」

「………………………今度勉強しましょうか?」

「……………はい」

 

 

 キャスターてなんだろうか? でも、JKには抗えない魅力を感じる……………!!

 

 発情兎(むっつりベル)がJKの響きに何かを受信しそうな雰囲気を出していると、ジェーンは何とはわからずに首を傾げているがマールは、ああ………まぁ、可愛くても男だものね、と生暖かい視線を向けている。

 よくもわからない、そんな二人に置いてけぼりのジェーンはベルの武器を拾うことで仲間に入れてもらおうと思った。

 

 

「あの! これ、貴方のですね?」

「あ、そうです! よかったぁ……………うん、溶けてない!」

「それは何よりです。ところで、何故呆けていたのですか?」

「え? ………………………死んじゃったお爺ちゃんが語りかけてきたような気がしたんです。それこそとある国の変態(しんし)が生み出した究極幻想(ファイナルファンタジー)って」

「ふぁいなるふぁんたじぃ?」

「ふぁいなるふぁんたじぃ、です」

 

 

 ―――JDは後腐れが無いぞ! 成人じゃしな!

 お爺ちゃん、それはダメだよ! なんか胡散臭いところから被害妄想染みた脅迫まがいの抗議が来そうだよ!!って、あれ? マールさんはどこに行ったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はアレにしましょうか」

「アレにするの?」

「そうですよ。手に入れたら、こんな街からおさらばしましょう。お姉ちゃんと旅行でもしましょう」

「旅行より甘いお菓子が食べたい!」

「外でも食べれますよ。だから、ジャック(・・・・)。アレを手に入れましょうね」

 

 

 ゆらり、ゆらり。二つの小さな人影はいずこかへと姿を消した。それを監視する狩人を知らずに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッタル!」

「不覚を取りました………! お怪我はございませんか?」

「少しヒリヒリする程度よ。神の力ですぐに治るわ。それよりも貴方の火傷、そちらのほうが問題よ」

「御身が無事であれば問題などッ―――ぐぅう!!!」

「もう少し耐えなさい。ヘグニとヘディンが――――」

 

 

 ――――それならここに居るわよ?

 

 どさっ、全身火傷だらけのオッタルと、白い肌がうっすらと赤く腫れあがるフレイヤの前に襤褸切れが投げ捨てられた。単にそれだけだ。

 そも、彼女にとって、瀕死のとても厄介な(・・・・・・)重傷を負ったオッタルを追い越すことは容易い。こちらを嗅ぎまわってる連中もご丁寧に装備の意匠まで統一しているのだから………ご覧の通り、聖女(レディース)なりの挨拶(メンチ)から始まる交渉術(にくたいげんご)で聞いただけなのだ。体に聞いただけである。

 

 ―――――つまり……………触らぬ(ねこかぶる)聖女(レディーズ)に、その後輩に手を出したこと自体が間違いだったのだ。

 

 

「うちの後輩が世話になったわね。ちょっと、お礼しに来ちゃったわ」

「お逃げください………ここは私が……!」

「待ちなさい」

 

 

 フレイヤは神威を放った。送還されないぐらいの全力で、目の前の凶女を退けようとした。

 魅了は使わない。使ったところで、神をも殺すあの禍々しい炎を出した無礼者の先達だ。効きはしないだろう。だったら、発狂か自我を喪失させるぐらいに強力な神威で切り抜けるべきだ。

 残骸はダイダロスの住人が好きなようにする。ここは動けない女が独りでいるには恐ろしい場所。

 

 

「弁えなさい不埒者。神に対しての狼藉は許され―――」

「何言ってるのかしら、この色ボケアーパー?」

「ッッ………跪けッ!!?」

「鬱陶しいわね」

 

 

 まるで羽虫でも払うように、哀れみも憐憫も浮かべないその瞳、その表情(かお)で彼女はフレイヤたちに近づいていく。

 神威は相手を動けさせなくするだけではない、人を呼ぶためにでもある。

 あと少し。もう少し。動きを止められれば、ガリバー兄弟かアレンが来てくれるはずだ。はずなのに……!!

 

 

「止まりなさい!止まれ!!!?」

「イイことを教えてあげる」

「ひぃッ!!?」

 

 

 もはや動くこともままならないほど弱り切ったオッタル―――主にフレイヤの神威のせいで―――を無視し、彼女はフレイヤの前に立った。

 ぱきり、ぱきり、と何かの音がフレイヤの心胆を寒からしめる。

 

 

「――――私たちにとって、神はただ一つ。主のみ。故に神を騙る愚か者には――――その愛とお言葉と御意思を説きましょう」

 

 

 迫りくる黒い物体。最後にフレイヤが見たのはソレだけ。

 記憶でも失ったのか、彼女は藍色の髪を見ると強張るようになったという。特に眼を見ると一層激しく震え、怒りに震えるようになった。

 

 ―――あの眼! あの言葉! 元凶どもめ! ここまで来たか!!? また奪うのかッ!!?

 

 その真意をしる存在はどれだけいるのだろうか?




 予定した終わりとはだいぶ違いますが、こんなものかと思われます。
 連休とかにいじくりたいですねぇ……。

 ちなみに、幾つかのネタバレみたいなものが散見していますがそれを拾うかどうかは作者のモチベ次第ということでご容赦ください。
 では、解説行ってみよー。



『ベル・クラネル』
 原作とは違い、称賛されることもないがミノタウロス以上の化け物と交戦したことでトラウマは若干の克服を見せている。
 ゴールデンバックを圧し潰しかけた女性と背中を押してくれた女性のことを探すが………見つかるかどうかはわからない。
 蛇足だが、ヘスティアに「JK、フゥウウウ!!」と毒電波を吐いたところツインテールでしばかれたとか。
 「素敵な響きYeah!!」


『ジェーン』
 裁定者(ルーラー)を名乗る金髪碧眼の少女。なんと、字が読めないらしく、一種のトラウマだとか。
 こいつ、あの子やろ? と思うが間接極められると生半可な覚悟では動けないため、躊躇しているところをフレイヤにファーストチッス(誤字にあらず)を奪われた。その怒りは黒い炎となって、下手人を焼き殺さんと燃え盛ったという。
 「これはわが憎悪によって――――」


『マール・ライダー』
 もちろん偽名の姉御。マジ姉御。今の状態はサマーバケイションッッ!!
 そもそも、信じる神は一人だけなのdから神を名乗る連中に慈悲など要らない。信仰心とはときに狂気と謳われるものだ。
 当人曰く、か弱くて可憐な女性―――だと(のたま)うが見合いとか結婚式とかで猫被ったレディースと大差ない。その上、筋力Dのくせにやたらと拳が重いため、クラス詐欺とかステータス詐欺とか言われる。
 「いやね? うちの姐さん、僕を鉄砲玉か何かと勘違いしとるんですわ。いくら竜種だからって甲羅を叩き割るような姐さんを聖女だなんて――――」


『フレイヤ』
 マールによってトラウマを植え付けられた被害者。ただ、自業自得、因果応報と断じれるのも当然というぐらい、前科がある。
 ジェーンの炎は傷の直りが遅いため、しばしの間、社交界に出ることはなかったという。
 「――――――――おのれぇぇえええ………」


『オッタル』
 都市最強の冒険者…………なのだが、不意打ちと護衛対象のせいでジェーンを倒せなかった。都市最強は伊達ではなく、ジェーンの背後をついて関節を極めるなどの技量を見せた。
 しかし、彼女の炎によって霊薬(エリクサー)でもわずかな治癒しか見込めないダメージを負ってしまった。
 「ぅぐぅぅぅぅぅ……!」


「ヘグニとヘディン」
 襤褸雑巾なう。喧嘩は相手を見てから売りましょう。
 「「それだけ!?」」


『二つの人影』
 一人は合法。もう一人は非合法。お医者さん嫌い。お母さんどこ?
 近づいたらマジヤバイ存在だと言っておこう。


『ヘスティア・ブレード』
 アダマンタイトとミスリルの合金で造られた神造武器とも言える短刀。短刀と述べているが、実質的には小太刀ぐらいのサイズがあり、表面には神聖文字(ヒエログリフ)が掘られている。
 フレイヤの見識は正しく、ベル専用の武器であり、眷属の永嗣が持ったとしても鈍らな鈍器としか使用する価値が無い鉄くずとなる。


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エピローグ(改修版)


 さすがにお気に入りが減ると危険だと思うカルメンです。

 以前に投稿したエピローグの部分を継ぎ足して、再構成したものですが個人としては淡白に仕上がったと思っております。私の限界、ここにありだね!


 終わってみればあっけのないもので、オラリオはその名声をだいぶ落として平常運転に移行していた。

 

 何せ、その大半が荒くれでしかない冒険者が日夜活動する街だ。器物破損に殴り合い。一般人への恐喝、暴行などなどそういったことには事欠かない。

 

 問題は外部から来た部外者たちだ。

 本当のモンスターの脅威を知らない、観光や商売目的でやってきた外の人間たちをどう取り戻すか? ギルドが悩ましているのはそれと、治外法権を牛耳るカジノ出資国からの突き上げだった。

 

 もちろん、レベル6の死亡は耳が痛いことだが幸いにして剣姫(アイズ)という見目麗しい人種(ヒューマン)最強が生まれそうなのだ。

 醜い男より、綺麗な美少女のほうが今後としても影響は大きい。

 ただ、殺害の下手人である冒険者の処遇を如何とするか? ヒトの手に負える状況ではなく、神々の議題(ひまつぶし)という神会(デナトゥス)案件に発展しており、さらなる混乱が待ち構えているだろう。

 

 

 

 

―――でっぷりと肥え太ったエルフのロイマン・マルディールは血の気のよかった贅肉を真っ青に、声とも取れない奇声を漏らしていた。 

 なお、その隣には青髪のパルゥムが邪魔したら殺すと言わんばかりの怒気とともに、品質の割にくそ高い紙にペンを走らせていた。

 

 

「――――森に帰りたい」

「復帰のから第一声がそれか、贅肉ダルマ!! 俺だって、家に帰りたいわ!! むしろ還りたい! 還って、ネットを荒らしつつ、炎上して罵り合う馬鹿どものコメントに添削して、如何に馬鹿で傲慢なのか諭してやりつつ、酒を飲みたい! あー!! 酒が飲みてーなぁああああ!!」

「うっさい。仕事しろ。わしの代わりに仕事しろ。もっと贅肉と金を増やさせろ」

「死ね! 氏ねじゃなくて、死ね!!」

 

 

 それを仲がいいなー、と見ているのは包容力満載の美女マタ・ハリである。といっても、今しがた彼らが缶詰め状態の執務室に来たばかりだ。

 彼女はお疲れ様です、とディアンケヒトファミリア製【24時間働けますか? 答えは聞かない】を差し出した。

 それを見た瞬間、二人の顔が絶望に染まるのだが割愛する。

 

 

 

 

 

 

「それでっ! 何か追加報告はあるのかね、ふぅううう!!!」

「当初の通りですわ。一番の損害はレベル6が死んだこと。次点でVIPの荷物が増えていたことでしょうか」

「それはいかんな! フレイヤファミリアでも煽って、突撃させよう。そうすればデカい顔もさせられないぞぉ! 両方共だ!! 共倒れしろプリィイイイイイジッ!!」

「――――ねぇ、キャスター。このお薬ホントに大丈夫なの?」

「YO! マタ・ハリ! 肌の艶もHARIHARI!! 全てノープロブレム! 気分がサイコー、俺もPSYCO! Hoooooooooooo!!」

 

 

 キィ、パタンッ。

 エイナー!

 はーい!

 ちょっとディアンケヒトファミリアに査察入れてー。

 仕事増えますよ!?

 こっちも重要だからお願いねー。

 あ、ちょ!? マタ・ハリさんのバカぁあああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことはつゆ知らず、ヘスティアファミリアの本拠地(ホーム)である廃協会では主神ヘスティアの友神のミアハが眷属を引き連れて往診に来ていた。

 怪物祭が終わって、はや二日。永嗣は疫病男(ポプヌス)からの一撃で実際に死にかけていたらしいとはミアハの言葉。応急処置をして、彼の本拠地兼診療所の青の薬舗に赤いマントの青年が運んできたのだ。

 

 適切な処置と上位の回復薬(ハイポーション)霊薬(エリクサー)も持参してのことだ。

 ミアハは深くは聞かなかった。霊薬を用意できるようなファミリアがこんな場末の診療所に怪我人を連れ込むはずがない。厄介なことがあるのだろう。

 そのことを後日知ることになったのだが、彼は医神であり、オラリオでは数少ない常識神(じょうしきじん)である。救える命を救うのが自分の役割であり、かの人物は彼の前では怪我人だ。想像以上に快復が速いがそれは喜ばしいものだと思うべきだろう。

 

 

 ヘスティアはというと、助けにも来ない家族が本当に殺されかけて、実際に死にかけているのを見て狂乱状態になりかけていた。運んできたムメーに神威すら使ってことの顛末を聞き出そうとしたぐらいだ。

 結果は、こちらの買った恨みが廻っただけというやるせないものだ。

 家族ができたのに失いたくはない。彼女はバイトを休んでも看病すると宣言したが、霊薬で怪我はほぼ完治している永嗣に諫められ、後ろ髪を引かれる思いでバイトに勤しんでいる。帰ってくると看病をするのだが、快復へと向かう彼にやんわりと断られるのが最近の日常だ。

 

 

 もう一人の家族、ベル・クラネルは着々と力をつけていた。

 以前のように一人で潜ることになったが今回の一件で大幅にステイタスが飛躍し、浅い部分での力と感覚のすり合わせに終始している。このままいけば、7階層への到達もすぐに訪れるだろう。

 気になるのは助けてくれた女性の冒険者がどこの所属かわからないこと。自身の担当であるエイナ・チュールではなく、ハルバルスという男性がしつこく聞いてきたことが頭の隅に残っている。

 

 さて、ベルはそこまで永嗣の心配はしていない。自分も死にかけたが、回復薬(ポーション)で回復したのだ。それより上位の霊薬で治らないわけがない。現に絶好調とはいかないまでも日常生活に不備が無いぐらいは戻っているからだ。

 そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、神様、シグレさん」

「なんだい?」

「ん?」

「この前、広場でサポーターって、人と契約したんですけど…………いいですか?」

「サポーターかい? んー………そうだね。シグレ君もこんなだし」

「こんなとはなんだ」

 

 ―――アイダァ!!? 神様にデコピンするなんて、どういうつもりだい!!?

 

 ―――うっさいわ。もう動けるというに、何時までもベッド………じゃない、ソファ生活なんぞしてられんわ!! 早く外に出せッ!!

 

 ―――暇神(ひまじん)どもがまた動いているんだよ! それに、ミアハから許可をもらってないだろ!!?

 

 ―――自分の体ぐらい、自分が一番わかっておる! ええい、これからダンジョンに行くぞ、ベル!!

 

 ―――ちょ、もう夜ですよ!? それに僕の話を聞いてくださいよ。

 

 

 

 

「で、サポーターだったかな」

「そうですよ。大分、疲れましたけど」

「本人はふて寝しちゃったから気にしなくていいよ。そのサポーター君は信用できるのかい?」

「イイ子ですよ? もう少し気安いと嬉しいんですけど………」

「そうかい――――待ちたまえ。イイ子?」

「はい」

「…………………まぁ、勘弁してあげるか」

「何か言いました?」

「なんでもないよ。シグレ君も戦線離脱気味だし、僕たちは不安定だ。立場も何もね」

「わかってますって。でも、正当防衛だったんでしょ?」

「ムメー君が言うにはね。ロキも追認してるから、戦争遊戯(ウォーゲーム)にはならないとは思うけど………兎に角、サポーターであろうとなんであろうと気を付けるんだよ?」

「肝に銘じておきます」

「よろしい。じゃあ、寝ようか」

「床で………」

「ダメだよ。ベッド一緒に寝るんだ」

「………………はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼は死んだようだね」

「………」

 

「んっふっふー。そんな憎悪を向けないでおくれ、可愛いお人形さん。君が望んだことじゃあないか。君はかなえたじゃあないか。だったら――――わかるね?」

「………………………!!」

 

「くっふっふー。神はみんな善い神だとでも? 残念っ! 神に善いも悪いもない! 君たちが勝手に押し付け、妄想して、願望して、勝手に嘆いただけさっ!」

「…………」

 

「押し付けられた役目の通り動いているだけさ。復讐も医療も大衆も時も戦争も! 神というのは機構――――まあ、わからないだろうがそういうものだ。そこに小道具(にんげん)の意味はなく、大道具(国や街)の価値はない。演目(せつり)という目的と役割のみが神を神たらしめている」

「………………!?」

 

「あっはっはー! そうだとも。君はそうなる運命(さだめ)にある。どこに居ても。どんな場所でも。どんな世界でも。君は復讐者になり果てるのさ。どうだい? そんな気持ちだい!!? 僕は嬉しいよ、僕を、私を、俺を、あらゆる私は常に求められている。役割を得られているのだからね」

「―――――」

 

「おや? 少し喋りすぎてしまったね。まあ、いい。君は何も覚えていない。なぜなら君は私のお人形。可愛い可愛いお人形。報復者(ポプヌス)は死んでも、復讐者は手元にある。君は作品だ。この私、ネメシスの綺麗な作品だ。華麗な作品だ。君は美しくあらねばならない。だってそうだろう? 綺麗は汚くて、汚いは綺麗なのが世の理だからね」

 

「フレイヤも酷い手傷を負った。

 

 猛者(おうじゃ)は瀕死。

 

 うんうん。

 

 なんとも素晴らしいことだ。

 

 憎悪が渦巻いている。

 

 これこそが世界だ。

 

 これこそが理だ。

 

 さあ始まるぞ。

 

 始まるんだ。

 

 ここが幕開けの時だ!! あっはっはっはっはっはっは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――以上が最終的な被害となります」

『………その冒険者はいずこに?』

「ハルバルスからは本拠地に戻っていると。構成員もどのような経由で帰ってきたのかは不明で、ミアハファミリアに立ち寄ったとしか……………」

『……………ロイマン』

「はっ」

『ロキとフレイヤ、ネメシスに監視を向けよ。そしてフェルズ………早急に奴らの隠れ家を見つけ出せ』

「使い魔を放とう。見つけられれば追いかけられる」

『うむ。ロイマン、お前は下がれ』

「ご下命、必ずや果たします。では………」

 

 ―――――――フェルズ……。

 

『―――どう思う?』

「どう、とは?」

『奴らのことだ。目的がわからぬ。もしや――――』

「そうならないよう、最大の注意を払ってきた。隔離もしたし、隠ぺいもした。ロキとフレイヤは予想外だったが修正できる範囲でしかない」

『……………そうか。お前の首尾はどうなのだ?』

「すぐに出るものでもない。時間は………気付かれさえしなければいくらでもある」

『その通りだな。両ファミリアについては私が対応する。お前は予定通りに………』

「承知した。全ては大願成就のために」

『悲願成就のために』

 

 

 

 

 

 

 

 





 ご意見・ご感想お待ちしております。

 今回は後書き説明は無しです。思えば、アレが問題だったのだろうか?


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第二章:灰被り少女と亡霊少女
|灰被り《シンデレラ》と|無邪気《ジャック》



 こんな感じにしようと思っておりましたとも。

 この話からは非常に胸糞の悪くなるような表現や描写が多く出ます。私個人のオラリオとは実際はこういう街だろうという偏見から来るものですが、間違っているとは思いません。

 だって、暇だからという理由で職務放棄する神々がいるんですもの。





 構成上、読み難いかもしれませんがご容赦ください。



 *後書きを追加いたしました。


 

 

 

 昔々、神様たちが住む塔のある、大きな街で小さな女の子が生まれました。

 

 お父さんもお母さんも女の子のことを大切に育てました。

 

 いつも、にこにこと笑顔を浮かべます。

 

 お父さんはよく怪我をしていました。お母さんはそんなお父さんを心配しつつ、支えてました。

 

 何度も春が訪れるころには、女の子は少女と呼べる年ごろとなりました。

 

 少女は育ててくれた両親のため、いっぱいいっぱい頑張りました。

 

 二人とも、お友達と遊んできてもいいと言いますが少女は両親の手伝いをする方が楽しいといいました。

 

 

 

 

 

 また、春が何度か訪れました。

 

 小さな少女は小さなままでしたが、いろいろと大きくなりました。

 

 いろいろとはいろいろです。

 

 少女は変わりました。両親も変わりました。

 

 両親は変わり果ててしまいました。

 

 

 

 

 

 両親が変わり果てて、二度の春が訪れました。

 

 二人は彼女が物心ついた時のような明るさも優しさもなくしてしまいました。

 

 一生懸命頑張っても、褒めてくれなくなりました。

 

 あんなに仲が良かったのに、喧嘩をするようになってしまいました。

 

 

 

 

 

 夏が来ました。

 

 その日は仲の良かった二人は少女を連れて外へ出かけました。

 

 少女は安心しました。

 

 戻ってきてくれたんだと安心しました。

 

 大きな館に連れていかれました。

 

 ここで美味しいものを食べるんだよ、と二人は言いました。

 

 見たことも聞いたこともない美味しいものだと聞いて嬉しくなりました。

 

 

 

 

 

 

 少女は泣きました。

 

 知らない人が少女にのしかかっていました。

 

 啼きました。

 

 いつの間にか知らない人は居なくなりました。

 

 二人が来ました。

 

 笑顔でありがとうと言いました。

 

 あの日の思い出に残る、輝く水を少女に渡しました。

 

 

 

 

 

 

 

 冬になるころ、二人は死にました。

 

 仕事先で死んでしまったのです。

 

 少女は何度も何度ものしかかられていました。

 

 両親はいなくなりました。

 

 のしかかられることもなくなりました。

 

 でも、のどが渇いて仕方がありませんでした。

 

 少女は記憶を頼りにあの場所に向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 少女は冒険者になりました。

 

 勇敢で力のある人がなれる職業です。

 

 でも、彼女は弱かったのです。

 

 小さなゴブリンを倒すのにも命がけでした。

 

 コボルドには殺されかけました。

 

 少女は強くなることができませんでした。

 

 

 

 

 

 

 少女は考えました。

 

 のどの渇きは続きますが、少女は我慢しました。

 

 あの水に恐怖を抱いたからです。

 

 少女は勉強しました。

 

 道具を使い、知恵を使って仲間をサポートしました。

 

 戦えない自分にしかできない戦いを目指しました。

 

 

 

 

 

 

 

 少女が笑わなくなってどれくらいたったのでしょうか?

 

 いったいどれだけ春が過ぎたのかもわかりません。

 

 少女は傷だらけでした。

 

 仲間に裏切られました。

 

 家畜のように扱われました。

 

 道具のように使われました。

 

 ごみのように捨てられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も仲間がやってきました。

 

 少女の努力をすべて奪いました。

 

 次の日も奪いました。

 

 次の次の日は何もないと怒りました。

 

 次の次の次の日は上機嫌に帰りました。

 

 それがどれだけ続いたのかわかりません。

 

 少女は悪夢に憑りつかれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも追ってくる悪夢から、少女は逃げることができました。

 

 頼れる友達もいない、大きな街を独り、歩き続けました。

 

 どこからともなく、花の香りが漂ってきました。

 

 お花屋さんです。

 

 かつての両親のように優しそうな老夫婦が営むお花屋さんでした。

 

 少女は二人に働かせてほしいと頼みました。

 

 二人は少女の頼みをききました。

 

 次の日、少女の顔には少しの笑顔が戻ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は綺麗になりました。

 

 お花屋さんで働く姿は、小さな体にとても似合っていました。

 

 二人も孫ができたみたいだと笑いました。

 

 少女も笑いました。

 

 少女に笑顔が戻りました。

 

 悪夢がほほ笑んでいるのも知らずに笑顔でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに悪夢が少女に追いつきました。

 

 暴れます。

 

 暴れ狂います。

 

 少女の居場所をめちゃくちゃにするほどに暴れ狂います。

 

 少女はやめてと懇願しました。

 

 悪夢は笑いました。

 

 明日も来ると言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女から笑顔が消えました。

 

 となりには表情一つない偉丈夫がいます。

 

 ずっとずっと後ろには二人が笑顔でいました。

 

 嫌いな両親と同じ笑顔の二人がいました。

 

 偉丈夫が悪夢に少女を渡しました。

 

 彼が去ると、悪夢は少女を強かに打ち据え続けました。

 

 少女の瞳は濁りました。

 

 少女は涙を流しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 また何度か春が訪れました。

 

 巷では騒ぎが起きていました。

 

 冒険者が襲われているのです!

 

 強いはずの冒険者が襲われているのです!

 

 少女は嗤いました。

 

 二人と同じような笑みを浮かべ、嗤います。

 

 気づくと少女の隣に少女がいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢はいなくなりました。

 

 とある場所から帰ってこなかったのです。

 

 少女は嗤いました。

 

 少女は少女を抱きしめました。

 

 おねえちゃん、と少女は少女につぶやきました。

 

 私がお姉ちゃんだよ、と少女は少女にささやきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 碧色(みどりいろ)の女性が二人の元へ訪れました。

 

 彼女はやめるように忠告しました。

 

 少女は彼女の忠告を無視しました。

 

 正しい行いであると信じていたのです。

 

 とある場所で女性を探しました。

 

 見つかりません。

 

 探し続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は脅えるようになりました。

 

 瞼を閉じると、帰ってこなかった悪夢が見えてしまうのです。

 

 寄り添う少女に抱き着きます。

 

 少女は少女に大丈夫だよ、とあやします。

 

 碧色の女性が再びやってきました。

 

 やめるようにと言いました。

 

 私は悪くないと叫びました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女はもっと脅えるようになりました。

 

 脅えます。

 

 怯えてしまいます。

 

 なんでかって?

 

 悪夢が来ることに脅えてしまいます。

 

 自分の姿に怯えてしまいます。

 

 だって、少女は二人と同じ顔しかしていないのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は白い兎と出会いました。

 

 今でも脅えています。

 

 白い兎に脅えています。

 

 その背後にいるであろう、人にも脅えています。

 

 同時に怒りを震えています。

 

 どうして貴方はそんなにも輝けるのかと。

 

 少女は白い兎の一点を見て、思っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は自分がわからなくなっていました。

 

 何時の日からか、嗤っていて、脅えていて、怯えから逃げようしました。

 

 灰を被りました。

 

 花のように笑う少女は灰を被りました。

 

 灰を被って誤魔化しました。

 

 自分の嗤い顔を灰で隠したかったのです。

 

 今日も白い兎がやってきました。

 

 けど、後ろには―――――――何が居たのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ――――おしまい――――






 このような内容となりましたのは、一重に、前書きでも述べている通りにございます。

 怪物進呈(パスパレード)やソーマファミリア、イケロスファミリアという悪意が公然とのさばる中で、この手の話は絶対に無くならないと思いました。

 たかが、二大ファミリアが居なくなった程度で情勢が混沌と化すような都市です。モラルやマナーなど我々基準で考えるべきではありません。

 神々がいるではないか? と仰る方もおられましょうが、ではなぜ?
 なぜ、ダイダロスの貧民街や上記のファミリアの横暴を無視するのでしょうか?
 単純に『興味が無い』からです。
 私としても、すべてがゴミとは言いません。救うだけでは意味がないと思う神々だっているでしょう。ですが、是正することは出来たはずです。でも、是正はしていません。単に大手のファミリアに目をつけられるのはまずいから、水面下に移っただけです。何一つ変わっていません。

 ともすれば、少女のような行為があったところで問題は無いでしょう。
 だって、誰にも目撃されていないし、弱い冒険者なのですから。
 私はオラリオという街において、弱さこそが罪と定義しています。
 フレイヤやロキが一目置かれているのはなぜか? 誰も逆らえないからです。恐怖の象徴だからです。

 つまり、私の中では暴力と恐怖が支配すし、表向きは法治の街である。それがオラリオです。
 つまりのつまり、ここからブラックオラリオが開幕するのです。


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兎と灰被り、爺を添えて

 はーい、新章始まるよー!

 何度も言いますが、私は不幸があって初めて幸福を実感できると思います。ですので、プロローグのことについては修正するつもりはありません。
 また、超一流の悲劇よりも超絶ド三流のハッピーエンドの方が好きなタイプです。

 だって面白くないですか?
 悲劇を望む超一流のどこかの誰かの思惑を、ド三流が台無しにするのってね。


 波乱の怪物祭からもう一週間以上が経過した頃、老人のような若い剣士こと、時雨永嗣(しぐれえいじ)は念願の自由を手に入れた。

 ミアハファミリアの主神、ミアハから完治のお墨付きをもらえたのだ。

 これで自由だと、鈍り気味の体をほぐしていると犬耳の女性、かのファミリアの団長であるナァーザ・エリスィスが怪我をしたらまた来るようにと言ってきた。あと、ディアンケヒトファミリアには行くなということも。

 

 彼女の言葉に、適当に返事をしていると準備を終えた兎のような少年ベル・クラネルが奥の部屋から出てきた。

 黒く輝く、小太刀のような武器はヘスティアからもらった逸品らしい。らしいというのは、自分が持つと切れるものが無いというぐらいにナマクラになるからだ。

 ベルが持つと途端に力強く輝くのだから、俗にいう付喪神のようなものだろうか?

 

 

「許可はもらえたんですか?」

「この通り。元気だよ」

「よかったです。――――――――僕一人だとジリ貧だったので」

「…………すまん」

「いえ………」

 

 

 世の中金である。

 どれだけ高尚な志や目的を持とうとも、金が無ければ何も始まらないのである。

 だって、雲や霞で腹が脹れるわけではないもの!

 

 永嗣の離脱は、それはそれはファミリアの財政に打撃を与えた。恐らく、意識を失った最後に味わった悪臭男の一撃並みの大打撃だ。

 つまり、金が無くて、でも借金は存在していて、利息払いで取り分が殆どなくなる状態だ。

 今回の治療も診察費は分割ということで待ってもらっている。料金の割り増しで何とか待ってもらっている。あの犬耳が小躍りしていたのを俺は忘れない。

 

 

「単純に稼ぎも増えるだろう。お前さんが世話になっているサポーターとやらにも挨拶したいからな」

「ホント、イイ子ですよ。知識だって僕よりずっとありますから頼りになります」

「それはいいな。でも、頼り切りはダメだぞ」

「もちろんですよ! というか、口調が変わってません?」

「ん? ああ…………なんでだかな」

「ふーん………まあ、いいか」

「いいと思うぞ。それよか行こうじゃないか」

「行きましょう。病み上がりなんですから慎重に」

「当然だ。そこまで愚かではないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして冒険者様。リリルカ・アーデと申します」

 

 

 住まいの違う冒険者が大体の確率で集合場所に選ぶという噴水のある広場。

 時代背景的に噴水なんて動力を使うものができるのだろうかと思うだろうが、そこは魔石機関という電気駆動ではなく魔力で駆動するものがあるらしい。魔石灯なるものがあるのだから、今更ではあるか。

 

 その噴水の縁には少女が座っていた。自分の倍以上はある大きさのリュックを背負う、少女である。

 彼女はリリルカ・アーデと名乗り、こちらも名乗ろうとした。

 

 

「俺は―――」

「存じ上げております。オラリオでは有名ですから。シグレエイジさまですよね」

「様はいらんぞ」

「僭越ながら、立場というものがあります。私たちサポーターはいわば寄生虫みたいな存在です。冒険者様のお零れにあずかろうと寄生しているだけの卑しい連中です。対等とは考えないでください」

 

 

 徹底的に自分を貶め、こちらのご機嫌伺いを立てる姿に、思わず眉間にしわが寄る。

 ふとベルを見れば、苦笑しながら首を横に振っていた。つまり、彼女はベルに対しても同様のことを告げたのだろう。

 だが、それは間違っている。

 

 

「リリルカ………だったか?」

「はい。なんでしょうか? 報酬の話でしたら一割ほどで………」

「そうじゃない。同じパーティーを組むなら、そういった態度はやめて欲しい」

「―――――――ですが………」

「俺はそういう奴を信用することはない。高圧的なのもどうかと思うが、必要以上に貶める奴も同様に信用ならん」

「そうだよ、リリ。僕らはパーティーなんだし、もっと気軽に行こうよ? ね?」

「…………………よろしいのですか?」

「問題ない」

「全然ないよ」

 

 

 わずかに動揺し、逡巡を見せると恐る恐るといった具合に妥協案を出してきた。

 

 

「…………………わかりました。でも、もう癖になってしまっているので敬語や様付けだけはご勘弁を」

 

 

 全くもって問題ない。

 親しき中にも礼儀ありというが必要以上にかしこまられては不愉快というものだ。

 若さゆえの過ちなど、その程度を許容できなくて何が年長者だろうか。

 

 

「………しゃあなしだな」

「じゃあ、行こうか!」

「お手柔らかにお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前でばっさばっさとモンスターを斬り捨てていく一人の男性。私の悪夢も彼位の年齢だった。

 心臓が止まるぐらいに怖かった。周囲を確認するとき、その顔がこちらに向くたびに悪夢に見つけられたと思うぐらいに、心のうちは恐慌状態だった。

 私が囁いている。私を警戒していると囁いている。どうするべきか?

 

 

(アレは絶対に手に入れる。ヘファイストスの銘入り。小太刀だけど、冒険者の予備武器として申し分ないものだ)

 

 

 ヘファイストスというネームバリューもあるが材質だって相当なもののはずだ。持ち主が駆け出しでもあの切れ味なら、そこらの冒険者に売り払っても十分に使える。アレさえ手に入れれば、私はこの掃きだめみたいな街から逃げ出せる………!

 

 

(――――邪魔ですね。本当に邪魔です。予想ではもうしばらく治療に専念していると思ったのに………)

 

 

 問題は男性―――凶剣(きょうけん)と揶揄される話題の冒険者、シグレエイジ………こいつがいる限り、盗む算段がまとまらない。

 レベル6とまともに殺し合えるレベル1などいるものか、と思っていたがこの男は相当の実力者だ。

 どれだけ剣を振っていても息は乱れず、一瞬で距離を詰められるほどに俊足で、体勢を崩さない。武神タケミカヅチにも劣らない技量だ。

 ベル・クラネルのほうも異常だ。

 

 

(なんなんですかあれは? 本当にレベル1の動きなんですか? どうしてそんなに強いんですか、強くなれるんですか………!?)

 

 

 どれだけ頑張っても自分は強くなれない。冒険者の成り損ないでいられるのは、装備している武器に腕力も何も必要としない代物ばかりだからだ。

 でも、それじゃあ生きていけない。道具(たま)代ですべてが無くなる。

 非力な冒険者はダンジョンでは生きていけない。非力を補える魔法やスキルが無ければ何もできない。威力も持続性も限りのあるボウガンや弓では長く留まれない。

 

 

小人族(パルゥム)の何が悪いんですか? どうして小人族に生まれたんですか?)

 

 

 すべてはこの想い(のろい)に集約される。

 今、擬態している犬人族(シアンスロープ)であればどんなに良かったのか。私は――――――

 

 

(―――――――――今はそんな時分じゃありません)

 

 

 呪うことは何時だってできる。今は目の前の問題に取り掛からねばならない。

 と、ここまで彼女は二人の戦力を観察していただけのようだがその実、倒されたモンスターから迅速かつ丁寧に魔石を抉り出すという行動を並行して行っていた。

 二人の進路や退路を邪魔せず、自らの保身と採集作業をこなしつつ、冷静に癖や振る舞い、人物像を見極めていくその聡明さは名うての交渉人や指揮官として能力が高いことを示唆している。惜しむらくは、本人の実力がすべての基準となるオラリオでは活かされる機会が少ないということだろう。

 

 そして、モンスターを倒し終わり、肩慣らしも済んだと人心地着いた永嗣は手に持つ刀、【孔雀丸(くじゃくまる)】の感触を確かめていた。

 

 

(どうもなぁ………指一本分は広いく、腕一本は長いか)

 

 

 ここまでモンスター相手に様々な斬り方を試した。唐竹から始まり、切り上げ、袈裟切り、胴と反対方向からのも含めれば八つ。それに突きも含めて九つの斬撃を試みたが、どうにも刀の刃幅が広い。そして長すぎる。

 ダンジョンではこんなものなのだろうか? だが、ショーケースで見た刀は普通に使われる、よく見る長さのものだった。しかし、渡された刀は青江と同サイズでありながら、幅広の逸品。でも、重い。

 

 

(師匠の剣を意識したのだろうか? だが、これはなぁ……………)

 

 

 どちらかというと小さくした破邪の大太刀みたいなものだろう。振り回せるのもどうかと思うが、ダンジョンの中で使うには集団から離れたところで使うほかない。仮に乱戦となったら、組み討ちを行うしかない。

 華麗とは程遠いやり方なため好みではないし、そもそも想定する相手に組み討ちなど行いに行けば頸と胴体が離れ離れになってしまう。考えてみると、師匠(佐々木小次郎)は紛れもない超一流の剣士だと誇張なく言える。

 

 

(戻ったら、もっと短いのにしてくれと頼むか。それよりも……………強くなったな、ベル)

 

 

 武器の選択は後にして、共に戦っていたベルの動きを評価する。

 軽いステップですれ違いざまに斬りかかり、小さい相手は見合わぬ脚力で蹴り飛ばし、大きな相手には速度を活かして削っていく。隙を見せれば刈り取る。まるで忍者とか、暗殺者のような動きだ。

 ただ、武器を振り回すだけではいけないと至ったのか格闘術も視野に入れているようで、ゴブリンやコボルド相手に殴りかかっている。見よう見まねの震脚も使っていたのは普通に驚いた。

 

 

「――――――――負けてられないな」

「次、来ます!」

「斬り込むぞ! カバーしてくれ!!」

「はい!!」

 

 

 横を駆け抜けていった冒険者。その背中に憧れている目標。挑むべき頂点。

 ―――僕、ベル・クラネルの仲間であり家族であり、頼りがいのある人だ。怪物祭の後から雰囲気が変わっているけど、以前よりも距離が縮んだと思う。お爺ちゃんみたいな感じから、隣の家のお兄さんぐらいの感覚だ。

 そんな彼がカタナを振るう。僕の持っている短刀、シグレさんが言ううには小太刀という種類の極東の武器はよくなじんでくれている。すれ違いざまに斜めにして走り抜ければ、それだけでモンスターを斬れるのだ。

 

 それだけでも今の僕には十分すぎる性能だけど、シグレさんに稽古をつけてもらっていたのが幸いしたと思う。普通の剣の振り方だけではこの武器は生かせず、殺してしまう。基本は円の動きだ。

 圧し潰すように叩くんじゃない。撫でるように振りぬくのがコツだと気づけた。

 

 

(やっぱりすごいな。あんな大きなカタナで舞うように戦えるんだ)

 

 

 病み上がとは思えないぐらいに動き回る彼に僕は運がよかったんだと思えた。近くにあんなにすごい人が惜し気もなく見せてくれるのだ。

 今だって、柄を短く握って、刀身を指で挟むようにしながら跳びかかるウルフの上顎を刎ねている。ああいう戦い方もあるんだ。

 

 

(押し切るんじゃなくて、抑えて撫で斬る。うーん……………長さが無いか)

 

 

 この戦い方は余程斬れ味のいいものじゃないと無理だろう。力は入れやすくても、撫でるように斬れないなら、この手の武器を使う意味なんてない。短剣やショートソードで刺すか、内側から斬りつけるほうが効率的だし、武器の扱いも楽だ。

 というか、僕の小太刀――そうそう、コダチって言ったら怒られたんだ―――は刀身が凄い長いわけではない。肘から手のひら半ばぐらいの長さ。僕の体格を考慮すると少し長いかもしれない。大人になればちょうどいい大きさになるとは思うけど。

 

 

(それにしても………………なんか、見られている感じがするなぁ)

 

 

 ここ最近の違和感。背後から見られているような、上から見られているような、物陰から見られているような感覚が消えない。

 僕自身より、僕の周りに対して向けられているような不快感。ネメシスファミリアの報復だろうか?

 

 

「ん、今はそんな時じゃないね」

「ベル様、上です!!」

「ッ、そこぉッ!!!」

 

 

 天井(うえ)からの奇襲なんて気付かなかった。やっぱり、パーティーがいると楽だ。

 リリもじゃんじゃん拾ってくれているし、シグレさんも動きにぎこちなさが失せつつある。

 

 

「ありがと、リリ!」

「どういたしまして。あまり無茶をしてはいけませんよ」

「ははっ、わかった! 先輩の言うことは理由があるからね」

「ッ………………そう、ですよ。ちゃんということを聞いてくださいね」

 

 

 ―――――やっぱり、もう少し砕けてくれてもいいんだけどなぁ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃらじゃら、じゃらじゃらじゃら。

 久方ぶりの豊饒の女主人。お久しぶりと歓迎され、適当にお任せしますと注文を頼むと軽やかに店主のドワーフ、ミアにオーダーを届けに行った、灰色の髪のシル・フローヴァを見送って三人は人心地をついていた。

 じゃらじゃらとちょっといい気分になれる音はヴァリスの詰まった麻袋である。

 

 

「今回はいっぱいですね」

 

 

 普通はあり得ない、20万ヴァリス以上の稼ぎ―――だったが、装備品の掛け金を一括で抜いて、14万ほどだ。予想よりもぶっ壊し続けていたのだと恥じる思いである。

 で、残るは取り分の話だ。

 

 

「今までの取り分は?」

「半々です」

「んんー…………」

 

 

 ―――――――――やっぱり冒険者なのだ。兎の彼は冒険者と思えないぐらいに世間知らずで、優しいがお仲間の方はどうだ? どれだけ取り分を多くして、どんな理由で払わないようにするか考えているじゃないか。

 

 

「そうだな、4:6でリリルカだろう」

「は?」

「4:6ですか?」

「それだけの働きだということだ。ま、6の内には契約料が含まれているけどな」

 

 

 ―――なんだそれは?

 

 

「他のサポーターを知らないからアレだが手際がいい。自分のできることとできないことをはっきり弁えているところも評価できる」

「そうなんですか?」

「対応できない相手を倒してくれていたからな。主にベルのな」

「スイマセン………」

 

 

 ―――そんなことしていない。商品に傷がつくと困るから………コマルカラ………ワタシハ―――

 

 

「運搬能力も申し分ない。今回の稼ぎも彼女が居てこそ、だろう」

「確かに。契約のこととか頭にありませんでした!」

「うんうん」

 

 

 ―――ワタシハ、ワタシハ………ボウケンシャ ナンテ―――

 

 

「で、どうかな? リリは………ダメ?」

「ッ―――え、あ………いや、その………」

「一割は契約金。次からは5:5になるが………不服か?」

「そんなことはありません! あ………いえ、破格すぎます。サポーターなんかにそんな好待遇をするのは………」

「卑下する必要はない。君の働きに対し、正当な評価だと思っている」

「ですが………」

 

 

 ―――ダメだ。ダメだ。ダメだダメだダメだ。こいつらは冒険者なんだ。あの悪夢と同じ連中なんだ!!

 

 

「専属契約ということだ。俺たち意外とダンジョンに潜らない、そういう制約もついている。どうだ?」

「………………期間は?」

「二か月」

「途中で解除することは?」

「君の意思なら、契約金の一部を返還。負傷なら返還無し。こちらの意思なら返還無しに違約金として契約料の二倍払う。どうだ?」

「―――――考えさせてください」

「明日までだ」

「わかりました」

「賢明な判断を期待するぞ、っと、来たな」

 

 

 陽気な猫人族(キャットピープル)の運んできた料理に舌鼓をうつ、悪夢に似た彼は信じられないことを口にしていた。

 多くの冒険者には寄生虫だとか、能無しだとか臆病者、替えの利く囮としか思われないサポーターにれっきとした待遇を与えると言っているのだ。

 理解できない。彼らは冒険者ではないのか? あの醜く卑しい連中と同じ穴の狢ではないのか?

 わからない。わからない!

 

 

「リリも食べなよ。僕らの奢りだからさ」

「………いただきます」

「よく食べるといい。食べない大きくなれないからな」

「僕年下だから奢ってください」

「ダメだ」

「ええー!」

 

 

 ―――――――ああ、そうだった。彼らは知らないんだ。これ以上大きくなれない小人族だってしらないんだ。

 何時もならふざけるな、って思うけど……………なんだろう。

 すこし、どこかが暖まった気がする。




 とまあ、何もリリスケが不幸になり続けるわけではありません。
 ベルボーイがちょっとキズモノだからって、見放すようなクズに見えるだろうか? いや、ねぇな!!

 といふわけで、あとがき解説行くよー。



『時雨永嗣』
 負傷してから落ち着きのある年寄じみた雰囲気から、若々しい雰囲気へと変化している。この辺り、本人も周りも違和感を覚えるが、付き合いやすくなったと評価はいい。
 ただ、本人は心技体にかなりの違和感があるようで、以前のような強さはない。今回はその違和感を払しょくするためもあったが、どのような刀でも自在に操っていた依然と比べ、懐に入られるなど、無様をさらすことになった。
 「覚えているが、他人事のような感覚。足りないけど、足りている。そんな感じだ」


『ベル・クラネル』
 ゴールデンバックとの戦いの後、マールの動きを思い出しながら戦術に組み込んでいるなど、研鑽に余念がない。
 主人公が療養中も稽古は見てもらっており、その実力はレベル1では突出し始めていると言っても過言ではない。
 目下の目標は憧れの人たちに追いつくこと。リリと仲良くなることだったりする。
 「やっぱり、レベル5とか6だったのかな? ギルドでは教えてくれなかったけど」


『リリルカ・アーデ』
 お待ちかねのリリスケ、オンライン。
 幼少のころは冒険者の両親を持つオラリオでは一般的な家庭だったが、所属ギルドの内変で団長が変わり、そこからは地獄の日々が続いた。
 何の因果か、とある存在と知り合い、地獄の日々から地獄のような日々へと移り変わることができている。
 当人は能無しと卑下するが、主人公からすると前線指揮ができて、作戦も立てられるタイプだと一目を置かれている。
 また、戦闘能力も武器の威力ありきだが、その供給を安定させられれば中層でも活躍できるぐらいの見識と知識を兼ね備えていたりする。
 「弱っちいんですよ。弱っちいから――――騙すんですよ?」


『孔雀丸』
 【くじゃくまる】、と読む。
 薄緑色の刀身と拵えの大太刀と呼ばれる規格外の代物。似たような形に『破邪の大太刀』というものが存在する。
 肉厚で幅も広く、長いという刀の脆さを克服しようとしたのかなんなのか。実際は青江のようで、青江よりもイイものができるという嫉妬心から鍛ったもの。形状から、青江の倍近くは重いなど、問題がある上に、ダンジョンでは取り回しが難しいという致命的な問題がある。ひとえに、今回の成果は主人公のちぐはぐな力量のたまものだろう。


『サポーター』
 一言で言うなら、荷物運び、という言葉が体を表す。パーティーに追従し、魔石やドロップ品の他、消耗品の多くを受け持つ役割。
 ソロから大手ファミリアに所属するなど、サポーターだけでも案外種類がいたりする。特に有能なサポーターは大手が召し抱えるぐらいに貴重だったりする。
 しかし、ほとんどの冒険者はサポーターを替えの利く囮か寄生虫、落伍者(ドロップアウター)としか思っておらず、暴行や報酬の未払い、恐喝に強盗などの対象となることが多くある。
 大手はサポーターの有用性を理解し、ファミリアの名声に傷をつけないためにもそのあたりの教育をきちんとしている。いわゆるDQNな冒険者は中堅から例祭にかけて多いようだ。
 なお、召し抱えられるぐらいのサポーターは自衛手段を確立しており、中堅ぐらいの冒険者を返り討ちにするなど容易かったりする。


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天文台×道化師×美神、ときどき主役たち

 復刻版が来ましたね。酒呑童子はどうするべきか? 一万回しましたがバラキーが宝具Maxになっただけのカルメンです。
 酒呑童子きてよ?!


 と、今回は現状の範囲でそれぞれの状態です。ネメシスは裏で暗躍中? どうでしょうかね?



H29.6/1 誤字修正いたしました。ご報告ありがとうございます。




 ヘスティアファミリア一行が今後の計画、あるいはサポーターとの契約云々について話し合うその前の事。

 オラリオのどこかにある、屋根から飛び出る望遠鏡が特徴的な教会こと天文台(カルデア)の一室。いわゆる、教会に住まう者たちがいるであろう居住スペースで、二人の美女が清楚にお茶を飲んでいた。

 

 

「具合はどう? さすがに後遺症は無いでしょう?」

「はい、お陰様で、ありがとうございます」

 

 

 金髪おさげの少女は裁定者(ルーラー)と名乗る、ジェーン。そしてもう一人は藍色の髪のマール・ライダー。彼女も自身のことを騎兵(ライダー)と名乗っている。

 

 必要最低限のものしかない殺風景な空間だが、美女二人が居るだけで、この空間が意図して作られた高度な美的センスで作られた空間と認識してしまいそうだ。まあ、単純に二人はお茶を飲んでいるだけである。

 もっと言えば―――

 

 

魔術師(キャスター)から連絡がありました。ハルバルスとギルド長が手勢を使って、私たちを捜索しているようです」

「ハルバルス………………ああ、あのいけ好かないヤツね。お腹を空かせて泣いている子供を見ても、税金を取り立てるとか」

「なまじ、現代の知識があると逡巡してしまいますね。ですが私たちの時代では当然でしたから」

「まぁね。はぁ……………この街の神々も少しは働いている神々を見習いなさいよ」

「目的が目的です。富とは心すら腐らせる、危険な毒なのでしょう」

「…………………貴女が言うと説得力あり過ぎるわ」

「言っていて悲しくなるのでやめてください」

 

 

 二人勝手に落ち込んでいると、真っ赤男が入ってきた。ティーポットと菓子をもってきた。

 ロキファミリアの主力の一人、赤マントと褐色白髪の男弓兵(アーチャー)と名乗るムメーだ。

 中に入って最初の言葉は、おかわりはいるかね? だった。結果は言うまでもない。

 

 

「はぁ、貴方は本当に料理がお上手なのですね」

「鳥肌が立ちそうだからやめたまえ、聖女。君はもっとこう、姐さんのようなァアッ!!?」

「おう、もっぺん言ってみろや? お?」

「暴力は何も解決しない―――待て! 何故、クラスがライダーからルーラーに変わっている!!? 今は夏ではないぞ!!」

「聖女はいくつも顔を持っているのよ」

「そんなのはセイバーだけにしたまえ! あとはキャスターでコンプリートなのだぞ!!?」

「問答無用ッ!!」

「ぐぁああああああ!!?」

「―――――――はぁ………」

 

 

 今更なことだが、尊敬していた女性へのその………なんというか憧憬? 幻想? それが音を発てて崩れていく。まさしく壊れる幻想(ブロークンファンタズム)だ。

 じゃれ合っている―――今、重いのが入りましたね、ダメだあれは。とりあえず止めないと。

 

 

 

「感謝するよ、ルーラー」

「シャバ憎に社会ってもんを説いていただけよ?」

「はっはっは。拳で説くとはタラスクの愚痴は本当の事か」

「…………ねぇ、アーチャー」

「待て、拳を構えるな。私ではなく―――」

「今日はすっぽん料理が食べたいの。大丈夫、材料は自前で出せるからね………!!」

「――――――拒否権は?」

「ない」

「…………すまん。また、守れなかった………!!」

 

 いい加減にしないと燃やしますよ? 黒くなりますよ?

 

「「ごめんなさい」」

 

 素直でよろしい。

 

 

 

 

「アーチャー、貴方としてもよくは分からないと?」

「奴と関係のあった私が守護者(どれい)となったわけではないからな。ただ、記憶のような記録が流れ込んできているのだろう。あの姿は今際の際の姿だった」

「なるほど」

「サーヴァントは全盛期の姿で償還されるんじゃないの?」

「一般的にはそうだ。しかし、例外が存在する。李書文や英雄王などだ」

「………後者はわかるけど、李書文って誰よ?」

「私よりも昔ではあるが近代において英霊として座に登録された武術家だ。彼は二つの姿があってな」

 

 

 拳法家としての荒々しい若き頃の暗殺者(アサシン)と、晩年の神槍と謳われた槍兵(ランサー)の姿だ。

 本来は後者だが、マスターの相性次第で前者が召喚されることもある。

 

 

「どちらも武勇に優れた存在だ。肉体や宝具の点で言えば、神話級の大英雄などに比べればはるかに劣るが………技量は彼らにだって劣るものではない」

 

 

 そもそも、ランサーがアサシンになるなどありえないことだ。李書文の場合は、圏境というアサシンの気配遮断と似たようなものがあり、敵討ちなども請け負ったことから当てはまるだけだろう。

 まぁ、性格に関して言えば戦闘狂(バトルジャンキー)、良く言えば強者を目指す求道者だろう。

 

 

「おそらくだが、老人の姿になったときには死んでいたのかもしれない」

「じゃあ、どうして生きているの? 救世主の様に復活したとか?」

「そんな逸話などないろう。彼をここに送り込んだ存在が細工した、というのなら納得は出来る。しかし、死者を蘇生できるほどの存在は限られているが………」

「神が遣わした、という線は?」

「―――――――――ふむ。あり得ないことは無いな。だとすると………蘇生よりも降霊という感じか?」

「初見の時は真名看破でもスキルまでは分かりませんでした。他のサーヴァントなら可能なのですが……」

 

 

 とはいえ、悩む二人を見ていてマールは思った。

 ハブられてね? ていうか、言葉だけで創造しろと?

 さすがに千里眼など持っていないのである。聖女にだって出来ないことはいっぱいあるのだ。

 

 

「本人を見ていないからどうとも言えないけど、その老人の姿はどんなものなの?」

「近接距離で戦うのは無謀だな」

「――――へぇ……」

「逸るな。あれは剣聖………剣神と言われても過言ではないだろう。何せ、(ビースト)を退けたのだからな」

「マジ?」

「マジだ。そのせいで崩壊の危機に瀕しているがな」

 

 

 あの場であれば、本来の召喚術式によって召喚されたサーヴァントたちによって斃せたビーストも、文明が発展することで強化されてしまった―――というのが、座からの情報だ。

 つまり、あの老人は紛れもないサーヴァントであったということ。

 

 

「ルーラー曰く、彼はデミサーヴァントらしかった。それがサーヴァントに成り果て、何故か戻った………あの姿が座に登録されていたか、あるいは……………こうだったら(もしも)の可能性が生まれかけているのかもしれない」

「…………………確かに。この所業は…………英雄には程遠いですね」

「案外、日本人も怖いものね」

「当然だ」

 

 

 あまり愉快なものではない、むしろ自分(善きもの)たちにとって不倶戴天の敵でしかないその所業に顔をしかめるジェーンとマール。

 そんな彼女らを諭すようにムメーは二人に告げた。

 

 

「それが彼らの逆鱗だ。一度怒り狂えば、相手を滅ぼすか自分たちが滅びるかの二択しかない。ずっと喧嘩をしていないから加減がわからない。殴り返さずに銃で撃ち殺す。それが―――私たち日本人の難点だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、館と呼ばれながら小さな城としか言いようのない、ロキファミリアの本拠地(ホーム)、黄昏の館。

 幹部も新参も関係ないと皆で食事をとれるようにした食堂で、一人の幼いエルフの少女がため息とつき、時折あたまをふるふると振って、物憂げな表情に戻るという、あれか? 春が来たのか?

 

 そんな表現ができる少女は隅に置いといて主神ロキの部屋。

 酒臭く、棚にはいくばくかの書物とよくもまあ、こんなにも集めたものだと言える量の酒瓶が並んでいる部屋。汚部屋(おへや)でないのは、ファミリアのママがうるさいから掃除しているだけで、遠征から帰ってくる前に半泣きで掃除するのも恒例。

 そんな主神が眼を開けているのかわからないぐらいに細い目を顰めていた。

 当然、幹部―――当事者らもここにいる。………一人を除いて。

 

 

「貸した、と考えればええやろ」

 

 

 うんうんと唸っていたロキの第一声は、表も裏でも話題になっている渦中の冒険者擁するヘスティアへのことだった。

 

 

神会(デナトゥス)ではどんなことが?」

「追放だとか、別のファミリアの管轄にさせろ、うちに寄こせ! なんてほざく馬鹿がおったが―――そんなの許す訳あらへん。手に入れるならうちらや」

 

 

 フレイヤに渡すのは癪だし、どうもフィンからの報告によればあちらに相当の恨みを買っているのだ。何をしたのか知りもしたいが、面倒事もご免だと交渉(カード)の一つとして覚えておこう。

 しかしだ―――――

 

 

「ティオネはどう思う?」

「………………若い状態なら相打ち覚悟で仕留められる。けど………アレは無理」

「例の年老いた姿? 恩恵封じすらされていたというのに?」

「怖かったです団長。震えが止まらないので抱きしめてもらえますか?」

「そう言えるうちは大丈夫だよ。ティオナは――――ダメか」

「塩対応にも感じちゃうッ!!」

「この姉どうにかしてほしいよ」

「むしろ団長がどうにかしてください。私をどうにかしてください」

 

 

 この発情娘、いい加減にしろと叫びたいが僕は大人だと自制する。嫁は小人族(パルゥム)の勇気があって、美人でお淑やかで可憐な女性と決めているのだ。ゆえに、童貞だってその子に捧げる。童帝と言ったやつ、あとで物理説教な?

 

 下らない話は置いておいて、双子の片割れアマゾネスのティオナ・ヒリュテはというと、もう、恋する乙女の顔になっていた。

 恋に恋しているのか、それとも本当に惹かれているのかは定かではないが使い物にならない。

 幼少期を見てきた家族としては、アマゾネスにらしからぬ恋をしない彼女に、珍しいアマゾネスもいるものだ。ちょっと姉に分けてくれないかなと思うことも、ここ最近多い。

 副団長でエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴはあの子にも春が来たと、普段飲まない酒につき合わされた。その席で、私は行き遅れではない。基準を満たす奴がいないだけだ! 絡んでくる彼女に、心の中で負け犬――――あれ、目の前がかすんできたんだけど? な状況に陥っていたのは心のうちに留めておこう。

 

 

「―――――――アイズは?」

「…………すごかった」

「それだけ?」

「若い方は………………多分、全力でやれば勝てる。悪くて返り討ちに遭う――と思う」

「君でもか。じゃあ、老人のときは?」

「無理」

「即答かい………………どうして?」

「…………上手く言えない。けど………何をしても、何をしようとする前に終わってると思う」

「出鼻をくじかれる? 単純に足が速いだけ?」

「そうじゃない。――――――あれだけ近くにいるのに、気配を感じられなかった」

 

 

 抜いて、構えて、駆けるなり、振りかぶるなりしても抜く時点で殺される未来しか見えなかった。

 目の前にいても気配が感じられず、死んだ疫病男(ポプヌス)だって、顔はまだ生きていると思っていた顔だった。

 寒気がした。

 ぞっとした。

 恐ろしさを知った。

 ―――――――――光を見た。

 

 

「アイズ?」

「フィン、あの人と会いたい」

 

 

 急に黙ったと思ったら、会いたいだなんて…………ロキが黒龍すら逃げ出しそうな形相になったよ?

 

 

「認めんぞ!認めん!! あんな死にぞこないにアイズたんを任せられるかッ!!!」

「ロキ」

「絶対にダメや!! 会うなら言うなら、恩恵(ファルナ)封じてでも―――」

「あの人に、修業をつけてもらいたい」

「――――――――あー、そっちか…………………でも、ダメや」

「ッ、どうして?」

「ことが大きくなりすぎとる。以前ならまだしも、今後はギルドに睨まれるかもしれん」

 

 

 金髪金眼の少女アイズ・ヴァレンシュタインはだったら、ダンジョンの攻略に手を貸さないって、と言うが別に深層へと至れるのは僕たちだけではない。フレイヤファミリアに一任すればいいだけだ。

 さらにロキは殺し文句として、潜れなくなったら強くもなれないとちがうか? と言った。アイズにはこの上ない言葉だろう。彼女の目的を考えれば、強くなるためにはどうしてもダンジョンが必要なのだ。

 僕、フィン・ディムナとしては手のかかる娘の我が儘を聞いてやりたいと思うがリスク計算を考えればやめるべきだと思っている。

 

 ポプヌスはあの場に来る前、大勢の市民の前でモンスターを屠り、人々を救ったのだという。

 彼らからすれば英雄のポプヌスが、ぽっと出の冒険者になんでか殺されたというのだ。そして、その冒険者を守るために彼は戦ったが新種のモンスターによる奇襲で死んだ、というのがギルドの公式発表。独自の情報網を持つファミリアでは偽りと一蹴したがそんなものを持たないファミリアや助けられた市民は彼に憎悪を抱いている。

 公式発表と言っておきながら、噂が立っている時点でネメシスファミリアによる策略だろうというのが僕の考えだ。

 

「神会で味方した時点で遅くないか?」

「そこはうちの名声―――というより、ネメシスんとこより強いうちらが監視するってアピールや。上手くいけば、奉仕活動って体でこき使えるでぇ」

 

 

 そんなことより、教えを受けたいと私は思っていた。

 伸び悩むステイタス。ふとした時に顔を出す、限界(あがり)―――触発されて、剣も振るった。頑張ったけどステイタスはトータルで10ぐらいしか上がっていない。

 ――――彼の恩恵を調べられれば何か掴めるのではないか? でなくとも、教えを受けられれば変われるのではないか?

 助けてほしい………………それが私の今の本音だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時はわずかに過ぎて、三人が地上に出てきていたころ。

 そういえば………なんて、兎が他愛のない、感じる視線の話をしていて灰被りがびくりとした時ぐらい。

 オラリオの頂上階層、フレイヤファミリアのホームであり、都市の大半を見渡せるフレイヤの私室では、ピリピリとした雰囲気が漂っていた。フレイヤが非常に不機嫌だからだ。

 

 件の女神が尋常ならざる怒りに震えている姿を眷属たちは直立不動で耐えていた。

 本来であれば、彼女の私室に待機できるというファミリア内では至上の栄誉でもあるのだが、この時ばかりは早く交代が来てくれと泣きたい気分だった。

 

 

「……………」

「…………ッ」

 

 

 その眉目秀麗という言葉すら陳腐と化す顔を怒りに歪め、背後に待機している眷属たちに向ける。

 少し身構えてしまったのが見られたか、その歪みはさらに大きくなっている。昔聞いた、美人が怒ると恐ろしいと言っていた父親の言葉を思い出すがもう手遅れだ。

 だってすでに怒り狂っているのだ。

 

 

「――――――――下がりなさい」

「………いえ、しかしながらお一人には………」

「下がれ、意味は解るわよね?」

「ッ、……はっ。外で待機しております。御用の際はお呼びください」

 

 

 ああ、足早に去っていくその姿も腹立たしい。

 私の顔を傷つけた女―――藍色の髪の女は滅ぼすべき敵だ。思えば、あの金髪の娘も見た目に騙されていた。魂に目がくらんでいた。奴らは滅ぼすべき邪悪そのものだ。

 

 

「オーディンにだってぶたれたことないのに…………あの小娘………!!!」

 

 

 歯が折れるほどの一撃を私に喰らわしたのだ。この私に。このオラリオで、いや、世界や神界ですら並ぶものは居ないと言われた美の女神の………この顔にあろうことか傷をつけたのだ。

 許せるものか。私は多少の傷となら許してやれるぐらいには優しい。子どもたちが美醜併せ持つ存在であり、醜さの中に美しさを見出すのが私の信念だ。

 だが、顔に手を向けたのなら話は別だ。神に対するこの行い、天に唾棄する行いでしかない。

 

 

「オッタルが戦闘不能なのは痛いわね」

 

 

 報復を考えようにも、居場所がわからない。男神たちの情報網でも居場所は突き止められない。

 突き止めたとして、あの女相手に敗北したヘグニとヘディンだけでは心もとない。できるならオッタルを―――というのはさすがに酷かもしれない。あの子は今、生死の境をさまよっている。

 

 

 

 フレイヤを庇って。ジェーンから炎のを一身に受けたオッタルは現在、終わりの見えない療養生活だの真っ最中であった。

 例え、上半身と下半身を分かたれようと、生きていて、すぐに霊薬(エリクサー)を投与すれば治る………はずだが、オッタルの火傷は治らない。あの巌のように寡黙で屈強な男がうめき声をあげて床に臥せているのだ。異常事態である。

 そんな愛する眷属。お気に入りの眷属の苦しみを無視するほど、フレイヤは外道ではない。自身を庇うのは当たり前として、迂闊にも前に出た身から出た錆だ。完全に制圧した時に魅了しきればよかったが、今となってはそれすらも無理だろうと田減していた。

 ともあれ、フレイヤは早急に事態の回収に当たった。結果として、これは火傷傷ではなく呪詛(カース)のとびきり強いものだということだ。

 

 

「幸いなのは私が触れることで呪詛を祓っていることね。何時祓い切れるかわからないのが問題だけど」

 

 

 呪詛さえどうにかできれば、高等回復薬(ハイポーション)でも治るのは嬉しい見立てだった。要は、呪詛がすべてを阻害しているため、生命力やら気力やらを呪詛への抵抗に振り分けているらしい。

なるほど、回復するにも生命力が無ければ意味がない。今のオッタルは仮死状態ということか。

 

 

「………………はぁ、しばらくは静観と情報収集ね。あの子たちももう潜らないだろうし」

 

 

 せめて、この煮えたぎる怒りを美しいものでも見て、冷まそうとも思ったがもう陽は落ちている。ダンジョンに潜ることはまずないだろう。

 この無聊、どうしてくれようか。

 

 艶のある溜息を吐きつつ、暇な男神か愛する子どもたちに夜の相手でもさせようと思うフレイヤであった。

 古事記にも書いてある。こんな言葉だ。

 

 

 ”ストレスはお肌に悪い” byイザナミ

 

 これ、女神たちにとって真理である。とても大事なことである。

 

 

 




 というわけで、それぞれの反応でした。
 余談ですが、ムメーさんはこの後〆られますww
 あと、今回の後書きではリヴェリアさんがお笑い要員となります。




『ムメー』
 主人公の世界の彼は守護者になどなってはいない―――のだが、座においては過去現在未来、あるいは並行世界ですらつながる場所のため知識自体は存在するらしい。ただ、出会ったことで記憶の流入などが起きているため、知っているようで知っていない状態となっている。
 なお、シリーズ中では結構新しい英霊に分類される。
 「聖女が拳で説法するとかイケナイとおもぶふぁぁ!?」


『ジェーン』
 キャスターの気配が近づいている。その日、聖処女は運命に出会―――えばいいのにね?FGOで待っています。
 真名看破で主人公のことはある程度把握している―――のだが、そもそも聖杯由来の存在ではないのでわからない。というか、デミだし?
 怒りメーターが振り切れると黒くなれるらしい。いったい、どこのオルタなんだ?
 「ところで、今度はブッシュ・ド・ノエルが食べたいです」


『マール・ライダー』
 あ・ね・ご! 言葉は要らない。拳で語れ(わからせる)タイプの聖女さん。たぶん、ローマは嫌いだと思う。
 あと、マールとジェーンは人権なんて糞喰らえの時代出身のため、現代ならやり過ぎだろうと思える行為も日常的だったようです。しかし、現代知識が召喚と同時に付与されるため。ジェネレーションギャップに苦しむこともあるそうだ。
 「迷える子羊に救済を。血迷った赤マントに制裁を、タラスク!!」「宝具を使うなぁああああ!!?」


『ロキ』
 無乳。ロリ巨乳(ヘスティア)への貸しとして、神会で擁護に回った。レフィーヤの危機を救ったことはムメーが返したとして開き直っている様子。
 地上に来てから温厚になったとはいえ、そのあくどさは健在。子どもたちを守るため、他の子どもを犠牲にするのも厭わない。
 「もうやめや。アイズたん、その柔肌で温めルブラッ!?」


『フィン・ディムナ』
 騒動のことを人伝でしか聞いていないため、憶測を騙る以外に方法が無い。
 「僕だって天才じゃないからね」


『リヴェリア・リヨス・アールヴ』
 とりあえず、あの男をここに呼ぼう。話はそれからだ。
 「――――――――レフィーヤにも抜かれる? え? え………?」
 現実は非情である。
 「え…………?」


『ティオネ・ヒリュテ』
 凹凸のある方。これで全てがわかる。
 「ちょっと?」


『ティオナ・ヒリュテ』
 初めての恋に戸惑い中。アマゾネスらしからぬ、純愛っぷりは後にリヴェリアの焦りを助長することに(妄想)
 「んー……ふふふ」


『レフィーヤ・ウィリディス』
 可憐な少女のエルフ。主人公の雰囲気に、アイズとはまた違った感情を抱いている。
 リヴェリアさん、睨んではいけません。
 「いや、その、あの………なんというか………そのぅ////」
 「誰かコーヒー持ってこい!!」


『アイズ・ヴァレンシュタイン』
 修業をつけてもらいたいが許可が下りなくてイライラしている。
 未だレベル5であり、ステイタスも伸び悩んでいるため焦っている。
 罅、研鑽を積む彼女も老剣士にはその実力でもって勝つのは不可能だと理解した。若い状態でも、全力で戦って勝てると思える程度。少しのミスで殺されるというのは言わなかった。
 「強い人。私より……………恩恵もないのに………」


『フレイヤ』
 殴られた痕はすぐに回復している―――のだが、プライドへの傷は治ることはない。手に入れるよりも、殺したほうがいいと割り切ったため、あらゆる手段で彼女らを見つけようと決心した。
 ちなみに、夜の相手とは性的なものではなく、絡み酒のようなもの。男神相手なら夜戦するのもありだったかも。
 「…………誰にでも体は預けないわよ」
 さーせん。


『オッタル』
 ジェーンの火をまともに喰らってダウン中。
 呪詛(カース)が付与されていたようで、浄化以外の回復を全て阻害している。




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爺と兎と灰被りと|酒染奴《しゅせんど》ども

 酒染奴(しゅせんど)と書いてあっても、出るとは言っていない!!

 私個人も書いてアレだなー、と思っていますが主人公は士郎くんとは違うこと。彼のように壊れてはいなかった為だと前もって言わせてもらいます。





 あのあと犬人族(シアンスロープ)の少女、リリルカ・アーデと正式に雇用契約を結んで、もう1週間近くが経った。

 どこか、ほくほく顔の彼女はその体格にそぐわないほどの巨大なバッグを背負い、かつては老人のような印象を周囲に持たせていた青年、時雨永嗣(しぐれえいじ)と兎のような少年、ベル・クラネルらとともに本日の仕事を終えて、長い長い螺旋階段を他のパーティーたちとともに登っていた。

 

 石がこすれる音がするたび、周りの冒険者は発生源のリリルカに目を向け、邪な考えを抱いていると永嗣に気づいて目をそらす。こんなやり取りが何度か続いている内に、誰もこちらに関わろうとはしなくなった。

 リリルカはこの気前のいいお邪魔虫に感謝していた。

 

 

(僥倖です。仕事の邪魔をするヤツだと思っていましたが、ここのところで私が彼らのパーティーだと認知されて、日々平穏です。まぁ、私の注意深さの賜物でもありますが……)

 

 

 レベル6を殺したと噂され、ロキファミリアが擁護に回ったとされる噂の冒険者。やっかみこそ当初はあったが、調子に乗ったレベル2を返り討ちにしたら静かになった。

 続く、レベル3と4も何のこともなく一方的にやられ、ついには誰も手を出さなくなり始めた。

 なんとも素晴らしいことだ。

 

 

(ああ………このまま行けば、脱退金だって半年以内に集まり―――――ああ、それじゃあ遅いです)

 

 

 ここのところ、毎日の換金額が30万以上となっていた。彼らには23万と偽っているが、切り詰めれば毎日15万以上の貯金ができている。虎の子の魔剣を売却し、金時計や宝石類を売れば、おおよそ半年………もっと早くて、3か月で自由の身になれる。

 そう――――――――――このまま契約が続けばの話だ。

 

 

(ここ数日で彼らの噂はかなり広まっている。お零れにあずかろうとする連中が後を絶たない)

 

 

 現に、サポーターはどうかと売り込みに来た連中がいたぐらいだ。リヤカーを引っ張り、数名で押しかけてきていた。私が背負うバッグより多く運べるそれを見て、嫌な汗が出たものだ。

 

 

(断りましたが自分の立場が危ういのは事実です)

 

 

 彼らによって安穏とした日々を送った分、あの悪夢たちは酒が飲めていないはずだ。もし、ここで打ち切られたら―――――考えたくない。

 ただじゃ済まない。絶対にタダじゃ済まない。

 仲間と認知されていて、疫病男(ポプヌス)の信者たちにも目をつけられている始末だ。ノームの万屋で大体の物は手に入るが、今となっては表通りで調達するのは絶望的だろう。下手をすれば、ファミリアの連中がほかの冒険者(クズ)共と結託して襲ってくるかもしれない。

 

 

(盗むしかありません。それで終わり。冒険者が困ったって私には関係のないことです)

 

 

 心が痛むのは気のせいだと思いたい。

 あばら屋同然の仮宿で、リリルカはローブを抱きしめるように丸くなった。

 妙に震えるのは今夜が特に寒いだけだと自分に言い聞かして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(またか………鬱陶しい)

 

 

 早朝も早朝、東の空がぼんやりと明るくなりはじめる時間帯。永嗣とベルは日課となっている鍛錬を行っていた。一週間前にようやく自由に動けるようになった永嗣にベルは遠慮も容赦もなく挑んでいく。

 銀量に天と地ほどの差のある両者だが、永嗣の動きはすこぶる悪い。

 

 

(身体と記憶の記録と技術が噛み合わない)

「でやあああ!!」

「くっ、おぉおお!!」

 

 

 ちらつく記憶の記録――――自分だけど自分ではない何かが自分を動かす。酷く馴染む動きはそれが最適解だと告げている。

 けど、それが気持ち悪くて仕方ない。ひたすらに気持ちが悪い。

 知らない自分の記憶を無理やり見せつけられている気分だった。

 

 

「ふっ……!!」

「くぅ……!!」

 

 

 視界が記憶とベルと互いに映し出し、まるで極彩色の幾つもの輝きが明滅する。襲い掛かってくる。

 ベルと思えば、血走った目でこちらに銃を向ける兵隊。

 銃を舞構える中東衣装の誰かだと思えば、小太刀を構えて姿勢を低く突っ込んでくるベル。

 蹴り飛ばして距離を取ると、うっすらと紫がかった空がもっと不愉快だ。

 

 

(―――――――どうして、桜が死ぬ姿を覚えているんだッ!!? これはなんだ!!? なんなんだよッ!?)

 

 

 不愉快だ。不愉快すぎる。それなのに糸で操られたように動きは洗練され始め、記録(知らない自分)が塗りつぶそうと記憶(おれ)を不快にさせる。

 まるで野生の兎のように軽やかなステップで左右を跳ねていくベルを永嗣はすでに捉えていた。左右と言うのは語弊かもしれない。正しくは縦横無尽に跳んで駆ける。

 鞘に入った小太刀、ヘスティアブレードが足を打ち抜こうと迫ってくる。

 

 

「しゃあああッ!!」

「あぐぅ!!?!」

 

 

 苛立ちと回避は出来ないと踏んで、鞘に入った刀、【虎徹(こてつ)】を肩に向かって振り下ろしてしまった。

 鈍い音と悲鳴に我に返る永嗣へ、ベルは止めないでと痛む肩を抑え、脂汗を流して飛び退く。だが、永嗣はそれを良しとはしなかった。

 

 

回復薬(ポーション)を使え。昼から潜るんだろ」

「でも…………」

「俺も気分が悪い。こんな状態じゃあ、師匠に顔向けできないよ。頼む」

「……………じゃあ、朝はここまでで」

「すまない」

 

 

 ――――――ああ、こんな無様を晒すなんて………俺は本当にどうなっちまったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が昇る少し前から鍛錬をするのが日課となっている僕たちは、絶賛の不調だった。それは少し離れたところで苦い顔をして瞑想している仲間、シグレさんがある日を境に弱くなってしまったからだと思う。

 

 

(………僕じゃ頼りになりませんか?)

 

 

 あの日まであの人は天上の人だった。常に余裕を持ち、穏やかでお爺ちゃんみたく、ユーモアもあった。いや、たまにすっごい恐くなる時があったけど………まぁ、尊敬できる人だ。人だった。

 それが今はどうだろう? 見るも無残な姿になっている。

 一度だってかすりもしなかった蹴りが直撃すらするようになった。

 紙一重で躱していたのに、慌てて躱すような醜態をさらし始めた。

 力任せに刀を―――これもちゃんと言うように言われた―――振るうように成り果てた。

 見る影もない。一週間前のほうがもっと強かった。

 

 

(スキル、なのかな? それとも疲れているのかな)

 

 

 前者はありえそうだけど、後者はないと思い、じわじわと効いてくる青の薬舗オリジナルの回復薬のむず痒さに身もだえする。即効性よりも持続性を優先させた、と団長さんは有料で渡してくれた。

 戦闘前に飲めれば、冒険者の生命力も相成ってそう簡単には死なないようになるのではないだろうか?

 ―――いや、そうじゃない。今はそんなことを考える必要はない。ならば……。

 

 

「シグレさん」

「………なんだ?」

 

 

 低い声でこちらに目を向ける。その圧力というのはどこか暴力的なもので、前の彼よりも随分と人間味を感じる。お爺ちゃんみたいな時はどこか達観した、そうだ、村の最年長のおじいさんが死ぬ少し前の気配に似ていた。そう考えてみると、今の彼は人間味を増していると言えるだろう。

 

 

「動きが悪いですよ。前は――――」

「………………やっぱりか」

「…………はい」

「そうか………」

 

 

 そう呟くと陽が昇り始めた空を見上げる。今日は雲が少ない、心とは違って晴れ晴れとした空になるだろう。

 僕はさらに言葉を続けようとしたが、シグレさんはぽつりと呟いた。

 

 

「記憶がさ……すごい曖昧なんだ」

「記憶ですか?」

「俺はこの歳………24ぐらいなんだけど――なんだその顔は? もっと若く見える? まぁ、俺らは良く言われるな。ええっと……その24から先の記憶が流れてくるんだ」

「はぁ………?」

 

 

 というのはアレだろうか? 記憶喪失?

 

 

「記憶喪失とは違うと思う。知らない自分の知らない記憶を植え付けられている、技術も植え付けられて、思い出して最適化しようとしている」

 

 

 強くなることに悪いことなどあるだろうか?

 僕たちは冒険者だ。強くなければダンジョンで命を落とすだけだし、何より夢も叶えられないではないか。

 

 

「なんというかさ、………嫌なんだよ」

「どうしてですか? 強くなれるのに」

「その(みち)を辿れば俺は前みたいになれるだろうさ。でもさ? そこまで(・・・・)なんだ」

 

 

 僕からしたら、その道を辿っていけば強くなれるんだ。アイズさんやシグレさんに追いつきたい。助けてくれたあの人たちに追いつきたい。

 そんな簡単な道を行くのがどうして嫌なんだろう?

 

 

「――――超えられないじゃないか」

 

 

 ――――――――あ………。

 

 

「同じ道を辿っても、同じにしかならないんだったら意味なんてない。その先に行きたいんだ。あるいは………」

「あ、あるいは?」

「…………ん、言葉にできない」

「ええ………あんまりですよぉ」

「仕方ないだろ。言葉にできないんだ」

 

 

 そそくさと帰ってしまったわけだけど、シグレさん。僕が間違っていました。

 追いつくだけじゃダメなんだ。並ぶだけじゃダメなんだ。

 越えなければならないんだ。

 超えなければならないんだ。

 

 

「ありがとうございます。やっぱ追い越さないと!」

 

 

 並ぶだけで満足なんてできない。目指すは頂点、オラリオの英雄たちの先頭へ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――しくじった。リリルカは痛む体を引きずって、帰路に就いていた。

 すっからかんにしなびたバッグと裏町(スラム)特有の汚水に汚れた装備。幸い、貴重品の類は信用のできる預かり屋に一括しているため、所持金とくすねた魔石以外の被害はない。

 …………被害はない。

 

 

(馬鹿なのはカヌゥ達だけと思っていましたがそれほどですか)

 

 

 あの厭らしい下卑た顔の狸オヤジはやっぱり自分の手で………と、後悔してももう遅い。すでにカヌゥはこの世にはいない。取り巻き諸共、ダンジョンでモンスターのエサになった。

 復讐が怖いし、垂れ込まれたら厄介だとあの子に頼んで動けないようにしてもらった。そして――――

 

 

(――――――吐きそうです。あんな汚い断末魔なんて、思い出すんじゃなかった)

 

 

 今回の襲撃で味を占めたはずだ。私が彼らに告げ口をしたとして、彼らは動くと思わせるように行動していたがそんなことはない。振舞っていただけでそうなるとは思ってもいない。

 彼らからすればサポーターが減るだけで、他のを雇えばいいだけだ。自分に守るだけの価値なんてない。今までの言葉だって、おだてればよく働く程度の考えでしかない。でも、もし本心からだったら―――

 ………………やめよう。期待を抱いた分だけ辛くなるだけだ。冒険者なんてみんなクズだ。ゴミだ。カスだ。悪魔だ。鬼畜だ。ヒトの皮を被ったモンスターだ!!

 

 

「おねえちゃん」

「………ああ、ジャックですか? 隠れてないといけませんよ?」

「心配だから来たの。大丈夫? 治療する?」

「大丈夫ですよ。お姉ちゃん、弱くても冒険者ですからっ」

 

 

 本当は痛い。自分よりも格上に強かに打ち据えられて大丈夫なわけがない。

 報復は出来る。この子――――兎のような彼とはまた違った髪の色のこの子を利用すればいい。恩恵もなしにレベル2ですら行動不能にできる彼女なら、あんな酔っ払い共なんて一掃できるだろう。

 

 

「―――解体するよ?」

「ッ……………ダメです。絶対にしてはいけません」

 

 

 悪魔が囁く。報復しろと。報いを与えよと。

 上段じゃない。それでは奴ら(両親)と同じではないか。道具のように扱う奴らと一緒に手を汚す私は違う。違うったら違うのだ。

 

 

「さ、宿に帰りましょう。ジャックにも手伝ってもらうことになりますから」

「そうなの?」

「そうですよ。でも、いつも通りです。殺しちゃいけません。解体もダメです」

「うん。動けなくすればいいんでしょ?」

「ええ。それだけでいいですよ」

 

 

 もちろん、ダンジョンの中でそんなことになれば結末なんて目に見えている。でも、それは貴方たちが蒔いた種です。これまでの行いの結末がそれです。だから悪くはないのです。私たちは何も悪くない。もっと被害を出す前に処理しているのです。人助けのためにやっているのです。

 ―――――――神が何もしないから、神に代わってやっているのです。

 だから私たちは悪くありません。悪くありません。絶対に悪くありません。

 

 

「――――――ねぇ」

「はい?」

「兎さんと幽霊さんもやるの?」

「は? 幽霊、ですか?」

「あの男の人だよ。私たちみたいなんだよ」

 

 

 あの男の人、迷子なんだよ!

 ジャックの言葉の意味が解らなかった初日と比べると腕は劣っていたがどういうことなのだろうか?

 迷子?

 何かが変わっている?

 

 

「相手にできますか?」

 

 

 しかし、肝心なのはこの子が足止めをできるかどうかだ。あの猫人族(キャットピープル)のような弓使いと同レベルなら、この子でも手古摺るかもしれない。分断できず、合わさったままだと―――

 

 

「できるよ。だって、すっごく弱いもん」

「そうですか」

「そうだよ。えっへん!」

「ふふ。じゃあ、その時は頼みますよ」

「うん!」

 

 

 この子がそう言うのだ。ならば、大丈夫だろう。

 最後だ。これで私たちは――――私は自由になれる。あとは外に出て、ジャックと一緒に暮らせばいい。この子と一緒なら、弱い私も生きていける。

 

 

「さ、今日は一緒に寝ましょうか」

「やったー!」

 

 

 ―――――――だから両手で()を覆おう。私の醜さが彼女(ジャック)の瞳に写るのが見えないように…………。

 

 私は耳を塞ごう。彼ら(両親)呪い(笑い声)が聞こえぬように。

 

 私は口を塞ごう。助けを呼ぶ資格なんてないのだから。




 と、このようになっておりますが広げた風呂敷をまとめられるか不安ですわ。
 現段階の主人公はかなりの弱さになっています。精神的にも技術的にもです。いうなれば、記憶も心も体もぐちゃぐちゃで整理の付いていない状況です。

 また、リリは殺人は行っておりません。動けなくなった冒険者を見捨てているだけです。

 感想・ご意見、誤字脱字。質問その他受け付けております。
 後書き解説行くよー。あと、今回の一言はない!!


『時雨永嗣』
 壮絶な弱体でベルにすら一撃を入れられるほど。UBWにおいてアサシンに修業をつけてもらう――という名の粘着行為をしていた時のほうが断然強い。
 理由は、見たくもない記憶が流れ込み、糸で操られているみたいに身体が動こうとするため。しかし、悪評だけは健在のため、睨み付けると相手は逃げるので親しい者以外に弱体化は知られていない。
 ちょうど、24の頃は妻の時雨桜(旧姓、間桐桜)と結婚して一年近いぐらいだったため、彼女の死は相当なダメージになっている。また、描写はされていないが印象深い記憶というものは鮮明に残り、そのシーンが脳裏に焼き付いていくのでさらに不安定になっている。


『ベル・クラネル』
 順調に強くなっている兎さん。現時点で、レベル2になりかけるぐらいのステイタスがあり、ヘスティアを戦々恐々とさせている。
 日課となっている模擬戦では、生傷が絶えない。その分、耐久力がどんどん上がっていて描写外ではゴブリンの打撃を受け止めるなどの荒業も繰り出している。
 代わりに自分の攻撃が徐々に当たり始めている永嗣に対して、自身が成長したというよりも不調なのでは? と思うなど自信の無さがうかがえる。彼にとっては十全の状態の永嗣に見てもらい、褒められることで自身の実力を認知できるのかもしれない。


『リリルカ・アーデ』
 永嗣の恩恵―――悪評に恩恵を受けていたが彼女のファミリアはそんなことは関係無かった、とリンチに遭ってしまった。
 悪徳をするのも彼女なりの吟じがあり、絶対に自分達では殺めないというルールを設けている。今まで死んだ連中は無力なまま(・・・・・)にモンスターに食い殺されている。一種の意趣返しだが、生来の彼女の性根は優しい女の子であるため、悲鳴が幻聴として聞こえることもしばしばである。
 今回の襲撃により、もう抑止力になりえないと判断して強硬手段に訴えることを視野に入れてしまった。


『ジャックと呼ばれた少女』
 ベルとはまた違った白髪の少女。顔やむき出しのお腹に大きな切り傷がある。
 普段からマントを羽織っているが、その下にはもう下着というか娼婦が着ていそうな格好をしており、見た目も相まって犯罪臭がヤヴァイ。
 主人公らよりも強く、やろうと思えば解体できるけど、姉と慕うリリルカが悲しむためやらない。これは他の知らない人たちに対しても同じである。


『カヌゥたち』
 リリルカを花屋から追い出したり、引きずっていった男たち。
 内も外もどうしようもないクズであり、ギルドの罰則も頻繁に受けていた守銭奴。
 ファミリアの作る酒に心酔していて、常に金を求める金の亡者でもある。
 2章が始まる前、およそフィンがフレイヤファミリアの刺客を返り討ちにしたころにリリルカとジャックに嵌められて、7層名物のキラーアントにばりばりもぐもぐされてしまいましたとさ。めでたし、めでたし!


『猫人族のような弓使い』
 (みどり)色が特徴的で、古めかしい言葉を使う女性のこと。何かと二人に構い、過ちを諭そうとしつこく行っている。


虎徹(こてつ)
 中層域に現れるサーベルタイガーと呼ばれるモンスターの犬歯を参考に造った刀。
 並の防具で犬歯は防げず、容易く貫通することから鎧通し(タンクキラー)と恐れられる。犬歯自体にも返しが幾つもついているため、一度貫き、引き抜くとより深く傷つけられる。この特性を意図的に盛り込んだものが虎徹である。
 ただ、そういった機構が永嗣にはそぐわなかった為、サブウエポンとして保管されている。


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すれ違いと勘違い×誰かの謀略=そんなの関係ない



 投稿ですよー。最近、真面目に書いたものでお気に入りが減るとどここまで減るのか逆に知りたくなる病―――という名の現実逃避に陥っていますww

 ああ、あと来週の更新は絶望的ですので返信作業だけにします。みんなも資格試験で資格を取ろうね!!


 

 

 犬人族(シアンスロープ)の少女、リリルカ・アーデとダンジョンに潜るようになって、もう十日目だ。他のサポーターの事は見当もつかないが、毎回、換金所に行くと呆れられるぐらいに稼いでいるのだから、彼女の腕は確かなものなのだろう。

 ウォーシャドウや一つ目蛙(フロッグシューター)、ウルフの群体やゴブリンを指揮するゴブリンエリートなど、聞いたこともないモンスターが目白押しだ。担当のハンスからもちゃんと図書館や世話好きの頑固なハーフエルフに話を聞いて来いと悲鳴とともに告げていた。

 もちろん。僕は勉強が嫌いだから聞いてないよ! すんません、嘘です。聞いてないのは本当だが、机上の空論、論より証拠、百聞は一見に如かず。なんていうのがあるようにリリルカの見識は有用性というか彼女なりの対策案がきっかりと出来上がっていた。

 

 フロッグシューターは舌を撃ち出すとき、地上であれば動きを止めて狙いを定めようとする。ジャンプして撃ち出すときは露骨にそちらの方を凝視し続ける。撃ち出された舌は真っすぐにしか飛ばない。常に顔の向いている方向を意識しているといい。間合いは5メドルほど。

 

 ウォーシャドウは特殊な攻撃方法こそないが、腕がおおよそ五割伸びる。全身真っ黒なため、暗闇に潜んでいると見わけが付きづらく先手を許すことになるから、武器を先に突き出すと反応してくる。足音もしないため不意打ちに注意。一体出てきたら、五体は出てくると気構える。

 

 ゴブリンエリートについては、上層において一番最初に遭遇する支援型モンスターでゴブリンの大群を指揮している。効果は弱いが群れ全体に身体能力の強化魔法をかけ、ときには殺した冒険者の武器を使わせるなど危険度がかなり高い。時折、ゴブリンをウルフに乗せてウルフライダーというものを作る。

 

 ウォーシャドウとゴブリンエリートの最後の項目はギルドでも教えないもの。確率などの問題扱いらしく、知らされない。これを聞いたらハーフエルフの講義も少し、如何かと思ってしまう。

 いや、この辺りはこちらが質問を投げかけるべきものではないだろうか?

 

 

 と、小言を言われたがゆえに苛立ちを紛らわすべく、明日のダンジョンをどう攻めるか考えている、今は無惨にも弱くなってしまった剣士、時雨永嗣(しぐれえいじ)は廃教会の寂れきった礼拝堂で考えていた。

 穴の開いた屋根から時折差し込む月光が荒んだ心を癒してくれる。

 外に出るかと思い、ギリシア調…………いや、ローマ調か? まあ、パルテノン神殿にあるような柱が崩れてできた天然のベンチもどきに座り込んで夜空を見上げる。

 

 

「―――――――どちらがいいんだろう」

 

 

 目の前の切り開かれ、整備された自分の未来か。

 あるいは―――――――遥かに先か。

 目指すなら後者だ。自分が至ったのは現状は鳥まで。いつかは風に至るが、月へは至れない。風を知って死んでしまう未来しかない。

 

 

「――――わかんねーなぁ」

 

 

 本当にどうするべきか? 自分の道を決めれるのは自分だけだが、その道程をああも見せつけられると挫けてしまいそうだ。

 俺は好き好んで殺しを行うことはしない。手にかけたのは満身創痍の山門の剣士(ししょう)だけだ。けど、もう少し未来の俺は戦争に参加していた。理由もわからないでもないが、殲滅までやるような理由だったろうか? 周りに流されるほどに軟弱だったか?

 

 空を見上げ、月を眺めていても答えなど見つかりはしない。

 時雨永嗣は迷子だった。進むべき道を見失い、かつての誓いに縋り付く惨めな者だ。

 短くも重い溜息を吐き出し、この陰鬱な気持ちも吐き出せないかと再び溜息をつく。思った通り、出るはずもない。

 

 

「………………いや………そこまで大人じゃないってことか」

 

 

 若造である自分は、清濁併せ持てるほどには大人ではないということだろう。

 衝撃的な記憶を注ぎ込まれ、人の醜さを叩き込まれ、自分の女々しさをさんざんと見せつけられる。容赦のない殺戮だって味合わされる。

 連中は滅ぼしてもいいような下衆どもだ。記憶の流れからそれは理解できる。迷惑しかかけられない存在なのだから。

 

 国を守るために戦った―――いや、やり過ぎたとしか言いようもないが大手を振って送り出したお前らが非難できるのかとも言いたい。身の安全のため、主義主張すら全部捻じ曲げた政治屋どもめ。

 

 ――――――どっちかというと、彼女の初恋が実ることがなくその喪失感をついて男女の仲に発展させた自分の浅ましさが認められないのだろう。

 記憶の中で、彼女が寂しそうな表情(かお)をしていたりするところが多く見られる。そりゃあ、男としてそんな表情をさせたってことは魅力がないのだと認識させられるし、そもそも惚れた相手がほかの男に恋い焦がれているのなんて知りたくもない。それが友人であるならなおのことだ。

 

 

「―――――ある意味、逃げたかったんだろうなぁ。あんな表情を見るぐらいなら………」

 

 

 心はガラスよりは硬いが刃のように欠けやすい。

 ――――――彼女とそういうことにならなかったら、俺はどうなっていたのだろうか?

 

 

「………いけないな。冗談でも考えるべきことではないよな」

 

 

 ああ、自分に嫌気がさしてしまう。

 けど、そう考えてしまうぐらいに彼は弱りきっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ調子の戻らぬままに、永嗣はダンジョンへと潜っていた。稼がねば食えないのは不変の常識である。自分は施しを得られる修行僧でもなく、統治者でもないのだ。

 どんなに悩み事があろうと動けて戦えるのならやらないわけにはいかない。

 そしてリリルカはフードの付いたマントを目深に被り、それなりの手際と速度でモンスターを捌いていく永嗣をほくそ笑む。

 これならいける、と………。

 

 

(相も変わらず絶不調ですね。見る影もない…………これなら盗めます)

 

 

 珍しいことに、二日に一度は武器を替えていた彼が同じ武器を使っている。武器屋は常に見て回っているから、彼と専属の鍛冶師でもいるのだろう。腕前を聞いての事だろうがご愁傷さまと言ってあげたい。ヘファイストス製なのは確かだ。もしかしたら廃教会には今までの刀もすべてあるかもしれない。

 お飾りでしかない彼の影に隠れて、無名も同然の兎みたいなベル・クラネルのほうがよほど強い―――が、最初ほどの勢いがなくなってきている。それでもステイタスは彼より高いらしく、あとは偉業を成しえればレベルアップは確実というのだから羨ましい。自分が最後にステイタスを更新したのは何時頃だったろうか?

 

 

(外に出ればそれも気にならなくなります。それまでは捨てておきましょう)

 

 

 いっそ、ジャックにでも忍び込ませてみるのもいい。あの子はどうしてか、モンスターにも気付かれないし、姿を見ても人影としか認識できないと今までのことから判明している。

 ――――――――静かに盗みに入るほうがいい。

 もう認めよう。

 

 

「ひとまず凌いだな。ベルはどうだ?」

「問題ないですよ。リリはどう?」

「リリも大丈夫ですよっ」

「それはよかった。ボウガンの援護、すまんな。助かるよ」

「いえいえ」

 

 

 彼らは優しいのだ。

 サポーターなんて寄生虫だって、落伍者だって、弱者だって言っているのに彼らはこちらに気を使っている。最初は騙すためだと思った。いい顔して、いつも以上の働きをしたら足蹴にされて、罵倒されて金品をすべて奪われたことがあった。それが狙いだと思っていた。

 

 その内、自分たちが強いから弱者に対して嘲りを含んだ施しと思うようになった。いい人を演じたい連中は、私のような小人族(パルゥム)を助ければ、名声と人格者の評価を得られると知っているからだ。奴らは助けるだけ助け、そのあとに金品を要求する。礼を寄こせと迫ってくる。偽善者どもだと思っていた。

 

 やがて悟った。彼らは自分を対等の存在だと認めているのだ。

 彼らに出来ないことを私がやる。出来ることを手伝っても、礼を言ってくれる。サポーターを都合のいい消耗品と思わず、負け犬だとも思わず、彼らは仲間と思っているのだ。

 

 

(――――――リリも甘いですね。(ほだ)されてしまったのでしょうか)

 

 

 これが身の危険が無く、単にハブられているだけでそこらと変わらないファミリアの所属だったら………改宗(コンバージョン)して楽しく冒険できたのだろうか?

 どこかで、信用すれば辛い目にあうだけだと叫ぶ声が聞こえる。

 でも、信じたい。もしかしたら…………………もしかしたら今度は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――あの神の言うとおりだった。

 

 

「…………ッぅ」

 

 

 ―――――裏切られた。

 

 

「…………ふ、ぐゥ………!!」

 

 

 ―――――騙されたッ!!

 

 

「―――――――――お前たちもそれを選ぶのか」

 

 

 ―――――冒険者なんてクズだ。淡い期待をさせるだけさせて、私の希望を踏みにじったッ!!

 

 

「―――――許さない」

 

 

 ―――――この喪失感は簡単には拭えない。そう、お前たちがいる限り拭えない。

 

 

「―――――絶対に許さない………!」

 

 

 ―――――報復するは我にあり………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!!」

「リリ!?」

 

 俺とベルは見知らぬ男に絡まれていた。

 いや、ベルにとっては二度目だったらしく、恨みがましく睨み付けてきたのだがこちらを見ると途端に青くなりやがった。まるで人を鬼か悪魔みたいに扱いやがって。

 

 口調も荒々しくなるぐらいに、永嗣はイラついていた。この鬱憤をぶちまけられるなら目の前の男でもいいか、と短慮にも武器を抜こうかと思ったが、それは自制する。

 己の剣は暴力であっていいはずがない。抜くべき相手ではない。今の状態であっても倒せるぐらいに弱い相手だ。少しだけ、心に余裕ができた。下を見て安心するとはなんと不甲斐ない。

 相手も見下されていると気づいたのか、青から赤に顔色を変えて、険のこもった目でこちらを睨みつけてくる。

 

 

「なんだよ?」

「ッ…………な、なんでもねぇよ。それよりどうすんだ? 俺と組むか、それとも―――」

「組みませんよ。大体、貴方がリリに酷いことをしていたじゃないですか」

「はッ! サポーターみてぇな生ごみに執着してるテメェらのほうがおかしいんだよ。替えの利く生きたおドォ!!?」

「それ以上、口を開くな」

 

 

 彼女の言っていたことは事実だったようだ。あまり街を見て回った覚えがないから、こんなことは日常茶飯事なのだろう。となると、あの金髪の小人族――フィン・ディムナらも同じ穴の狢なのだろうか。

 ………いや、今はそういう時ではない。この馬鹿野郎をどうするか考えよう。

 

 

「どうする?」

「…………今はリリを探すべきです。見ていて気持ちのいいものじゃないですから」

「そうだな」

 

 

 放っておけばいい、と二人は背を向ける。

 相手にされてもいない。背中を向けても構わないと思われるぐらいに見下されていると感じた男――ゲド・ライッシュはどこぞのマッチョなコマンドーが主役のボスキャラのように―――

 

 

「野郎、ぶっ殺してやる……!!」

 

 

 ―――そんな声を出せば、気付かれることが解っていないのか………完全に不意打ちだと思った―――勝手に思った―――それは容易くいなされ、地面に転がされた。

 盛大に転び、恩恵の力もあってか少しヒリヒリとする程度だ。

 

 ――避けんじゃねぇ!

 

 そう吠えることは出来なかった。二人の背後にもっと恐ろしい存在が居たのだ。

 

 

「何をしている」

「ぇ、あ………」

「もう一度聞く。何を、して、いる?」

 

 

 むき出しの殺気で声が出ない。

 冒険者で、それなりの年月をオラリオ(ここ)で過ごし、上層のルームまで行けるぐらいにはなった俺が、目の前の…………目の前のエルフのウエイトレスに怯えている!?

 金髪で碧眼、エルフの特徴の長耳。共通する眉目秀麗な姿は時と場合が違えば鼻の下を伸ばすぐらいに下衆な感情を抱かせるだろう。でも、その顔が、瞳が俺を殺さんとしている。殺してやろうかと脅している。

 

 

「こ、こいつらが悪いんだ! 盗人なんかとグルになってやがるんあだぞ!!?」

「………なに?」

「ッ……本当だ! こいつらのサポーターに魔石と装備を盗まれたんだ! 俺はギルドに連れて行こうとしただけだ!! 何も悪くねぇ!!」

「ほんと、口が回るやつだな」

 

 

 エルフの女が黙り、その視線を二人に向けている。慌てて武器を収めて放り投げ、大きな声で叫ぶ。

 

 

「俺は咎めただけだ!! 悪いことはやめて、ギルドに出頭しろって!」

「………なるほど。そういうことか」

「へ?」

 

 

 今更気付いても遅い。俺の勝ちだ!

 

 

「お、俺を殺すつもりだろう!? 英雄ポプヌスを殺したように!! お前は俺を殺すつもりだろう!!?」

「は?」

「自力で勝てないなら、周囲を巻き込むってことだ」

 

 

 ―――ざわざわ、ざわざわ。

 ―――おい、誰か倒れているぞ。

 ―――冒険者同士のトラブルか?

 ―――なんか殺されるとか、ん? あいつは………!!

 ―――英雄殺しだ。

 ―――ポプヌスを殺したって噂の奴じゃないか!!

 ―――俺たちを救ってくれた冒険者を殺したやつか!!?

 

 

「ほらな」

「………え?」

 

 

 ―――後ろにエルフがいるぞ? 豊饒の女主人んとこの制服じゃないか?

 ―――なんでこんなところに居るんだ?

 

 

「あいつはあのエルフを手籠めにしようとしてたんだ! 隣のガキは無理やり連れられている!」

「はぁっ!!?」

「狡いやつだ、本当に」

 

 

 ベルが驚愕するのも仕方がない。自分は何も知らない巻き込まれた被害者として印象付けられ、自分はまるで極悪人のように扱われている。やった覚えのないポプヌスという男を殺したことが、今ここになって大爆発したのだ。

 

 全くもって、こういう連中は大嫌いだと冷めた眼で眺め、これをどうしようかと思い組んでいた腕を崩すと、誰かが叫んだ。

 

 ――――武器に手をかけたぞ!!

 

 男のような声だったが、それにしては少し高いと思う。声のする方角に顔を向けると、そこにはどいつもこいつも敵意しか見せない顔でこっちを睨み付けてくる連中ばかり―――じゃなかった。

 フードを被った怪人物。その奥にある眼と合ってしまったのか、その男とも女とも取れない怪人物はそそくさと逃げていく。だが、ほんの少しだけ見えたものがある。水色のようなモノだ。服装なのか髪の毛なのかはわからないがこちらを嵌めようとしているのは分かった。

 

 ――――その色、覚えたぞ………。

 聞こえたかはわからない。でも、そんなのは関係ない。お前は(わし)を敵に回したのだから…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこを見ているのか気になるが、一番厄介で一番簡単に嵌められる男―――凶剣と揶揄されるあいつを皆の敵にすることはできた。俺は冒険者(イノシシ)どもとは違う。人間相手なら、力業だけじゃなくて搦め手だって十分に通用するのだ。

 

 背後からの奇襲を容易くいなされて、屈辱の中、尻もちをつくゲドはパンパンと汚れを払い落とし、突きつけるように指をさす。

 

 

「俺はポプヌスのように強くはないが、それでもテメェみたいな悪党に屈するほど腐っちゃいねぇ!」

 

 

 形勢が悪くなったら、躊躇なく他人の力を借りようとしている分際で何を言うか、と永嗣は呆れ果てた。

 その考えは口に出ていたようで、ゲドは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

 

「俺を彼のように殺すか!!? それでも俺は屈しないッ! 俺は悪党なんかに屈しないッ!!」

 

 

 嗚呼、一般人(無能)どもの声援が気持ちいい。こいつらの後押し(声援)はロキファミリア九魔姫(ナインヘル)の魔法よりも強力だ。

 そうだ俺は馬鹿どもとは違う。何の勝算もなしに喧嘩は売らない。

 相手の弱点を調べ、状況を把握し、幾つもの手を用意して大多数の敵に仕立て上げる。それを俺が討伐できるなら良し。できなくても、誰よりも最初に対峙したという名声は確保できるようにする。

 

 

(完璧じゃないか)

 

 

 実に、スマートだ。クールだ。知的ではないか!

 ここにいる連中―――いや、この区画はあの悪臭で人すら殺せる不細工で汚らしい汚物が守った場所だ。なんでそんなことをしたのかは策略のためには知りたかったが、まぁいい。馬鹿どもはどれだけ救われようとも馬鹿なのだ。俺の正義(自尊心)を満たすため、騒げ!糾弾しろ!怒涛となれ!

 けど―――――

 

 

「――――――」

 

 

 気に食わねぇ。なんだその眼は? バカが俺を見下してるつもりか? そんな眼で俺を見るんじゃねぇ!!

 

 

「リリルカを探そう」

「そうですね。うん、そのほうがいいと思います」

 

 

 住民の糾弾も、ゲドの策謀も二人には関係なかった。というか、どうでもよかった。

 永嗣は記憶で知っているし、はっきりとした記憶の中でも知っている。民衆とはいかに愚かで無知蒙昧なのかを。

 ベルはそんな人たちよりも、泣きそうな顔で走り去っていったリリルカのほうが心配だ。周りの人たちの事なんてどうでもいい。住んでた村の人たちなら堪えるけど、ここの人たちははっきり言って赤の他人だ。

 そんな不遜な態度に石でも投げつけてやろうかと企てるものもいたらしく、足元や周囲を見回すものもいた。ゲドは展開を考える。

 

 

(庇う算段もガキに恩を売りつけるのも失敗しちまった。エルフの女はやべーし、どうする?!)

 

 

 さすがに冒険者とは何なのかは知っているようで、彼らに立ちはだかるという愚かな選択をするものはいないらしい。冒険者と一般人の埋められない差は理解しているようだ。これが大工や荒くれといった連中なら、角材やら何やらで襲い掛かるのだろうが………。

 

 

(背後から襲い掛かって、またいなされた俺の立場が無い。くそっ! 誰か襲い掛かれよ!!)

 

 

 武器を抜くには大義名分が必要だ。一応、襲われたから抵抗したというニュアンスで先に武器を抜いたことを自誤解させられている。だが、二人は武器を構えてもいなければ、そもそも抜いてもいない。

 奇襲で仕留められればよかったが、武器を抜かれることすらなかったのは想定外だった。下手をすると、ギルドの連中の聴取の時――

 

 なんで相手は武器を抜いていないのにお前は抜いていたのか?

 

 先に襲い掛かって、返り討ちにあったことが露見してしまう。そんなことは認められない。俺は頭がいいんだ。この頭で今日まで生き抜いてきたんだ。

 だから、どいつか襲い掛かれ。そしたら武器を使えるからよ!

 

 ゲドの声なき嘆願も虚しく、二人はこの場を立ち去って行った。

 凶剣の悪名から、彼らに手を出しそうなものなどはいない。彼らの中には投げるものを拾ったのだろうが、周囲に止められて捨てるものもいる。

 ならば、とエルフのウエイトレスにでも―――と思ったが、いつの間にか消えてしまっている。

 

 

(どういうこった? あのエルフ、何時の間に消えやがった?)

 

 

 豊饒の女主人のエルフといえば…………あのいけ好かないエルフだ。確か、リューとか言われていたはずだ。

 ギルドに垂れ込まれたら、あいつを引きずり出して――――――――待てよ?

 

 

(リュー………エルフ………ただのウエイトレスにはありえないぐらいの殺気…………もしかして?)

 

 

 人伝で聞いた、アストレアの生き残り? だったら、あいつらに恨みのある連中をけしかければ………いや、ダメだ。あの店はロキファミリアのお気に入りのはず。店主は本当かしらないが、フレイヤファミリアに属しているはずだ。

 

 

(洒落にならねぇ。化け物どもと事を構えるなんざできるか)

 

 

 勝てる見込みがあるのと、勝てそうというのは全く違うのだ。

 ゲド・ライッシュはそうやって生きてきた。ローリスクでハイリターンを。あるいはローリターンでも構わない。最後に自分が勝てばいいのだ。負けなければいいだけなのだ。

 

 

(くそッ! 使えない連中だ)

 

 

 散り散りになった住民に悪態を吐きつつ、その場を後にしたゲドは内心で彼らへの侮蔑を吐き出していた。

 己の思い通りに動かない連中も、弱いくせに能天気に危険に突っ込もうとする愚かさも。

 今だってそうだ。最後まで関わるつもりもなく、あいつらが去っていったらすぐに散る。ことさら不愉快なのは自分で戦わない分際で、挑まぬゲドへ不満を漏らす身の程知らず。

 自称、切れ者を自負するゲドにとってオラリオの住人とは家畜程度の価値しかないを評価していた。しかし、こんな奴らでも利用できる場合があるのは事実だ。

 

 

(飯を食わせなくても搾取可能な家畜と思えば…………ッ、まあいいさ)

 

 

 不穏の種は蒔いたのだ。それがどんな芽を出すのかは定かではないがしばらくは様子見だろう。瓦解(ばら)せなければそれでよし。そうしたら無視して、いつも通りの冒険者稼業に戻ればいい。引き際というものを弁えているのが切れ者の証だ。

 

 ゲド・ライッシュはこうして生き残ってきたのだ。時に嵌めて、時に恭順し、己の保身と栄達を細かく、小さく重ねてきた。

 それは今後も続けるのだろう。明日も明後日も。来週も、来月も、来年も。

 彼は変わらない、時たま小金か自尊心が満たされる生涯を描いていたのだった。








 というわけで、ゲドさんが強化されました。リリスケが黒化フラグを立てましたww
 などと供述しているカルメンです。
 いろいろと伏線回収も含めて頑張ってみました。

 やっぱ思うわけですよ。機会があるのだから利用しない手はないって byヘル〇ス


 なので後書き解説に行きます。



『時雨永嗣』
 いろいろと規約に引っ掛かりそうなので詳しくは書かないけど、KとC、Iという滅ぼすべき邪悪な連中と戦争を経験している。ガチのホロコーストを実施し、非難を受けても止まらないその姿はかつての恐怖を白人世界に見せつけたとか。
 なお、初めての殺人は高校生最後の年、地元の寺の参道にいた雅な剣士。憧れの目標。満身創痍の憧れに勝ったとは思えていない。今も、そして死んでなおも。
 また、記憶の流入から妻である桜が寂しそうな表情を浮かべるシーンが脳裏にこびりついているため、思ってはいけないことを考えてしまっている状態にある。そんな状態でも三下に負けることはなく、いっそここで負けていれば雑念を捨てられたか、あるいは幕引きができたのかもしれない。
 なお、リリルカ・アーデのことは契約もあるが、それなりに気に入ってもいる。彼女が狙っている武器も教会に保管しており、売れば一財産は築けるだろう。
 「まずは捜さないとな」


『ベル・クラネル』
 原作と違い、現時点では人の悪意を味わっている。主に、仲間のせいで。
 それでも、何も知らない赤の他人よりも仲間を信用する。まぁ、憧れの女性が擁護に回っている時点で察してほしい。
 今はレベル1にあるまじき実力を見せており、偉業のきっかけがあればすぐにレベルアップができるだろう。ゴールデンバック? 倒したのは別の人だからネ!仕方ないネ!!
 ゲドへの印象は最低最悪。女の子を泣かす敵だと認識した。
 「可愛い女の子と故も知らないおっさん。とるべきなんて解っているでしょう?」


『リリルカ・アーデ』
 その知識は実践を経て蓄積された宝の宝庫。と言われてもいいぐらいにギルドで知られていないモンスターやダンジョンの特徴を知っている。伝えないのは、盗みをするときの手段として秘密にしているのと、あの大嫌いな偉丈夫がギルドの職員だからだったりする。
 自己評価は低いが、見える者からすれば有能で己の戦い方を知らないためのものだろう。彼女は最低限の自衛手段を手元に残し、指揮をするタイプなのだ。原作からは相当に強化されているのは秘密!
 ゲドと二人の会話を目撃し、彼らは他と違うと思いかけていたところでのこの仕打ち。諭した神とはいったい誰か? 少なくとも永嗣さんのじゃぷにか復讐帳に名前は書かれるだろう。
 「信じてたのに、信じられそうだったのにッ!!!」


『ゲド・ライッシュ』
 原作よりも悪どく、そして強化されている小者。
 切れ者というよりは狡いやつで、勝ち目があるときに限って格上に喧嘩を売る。武力ではなく社会的に勝利しようとする面は冒険者には考え付かないもので、嵌められた冒険者はそれなりにいる反面、やはり恨みは買っている。
 都市内には情報屋も存在しているため、彼らを駆使して金目になりそうなものや案件を把握しているため、オラリオで起きた事件やその真相を知る数少ない人物である。ただ、事件などの関係者の似顔があるわけではないので名前で判断するしかないのは彼も困り果てている。
 「それこそが俺の武器だ」


『リュー・リオン』
 お買い物の帰り道、なんか弱っちくて嫌いなタイプのチンピラに出会った。
 何かしらの事件と関りがあるようだが、秘密の多い美人は美しいとは思いませんか?
 なお、二人があの場を立ち去った後は自分も立ち去っている。店主の鉄拳は食らいたくないからだ。
 「あの二人はそんなことをする人ではないので」


『ヘスティアファミリアの現状』
 いろいろと問題がある。主神のヘスティアは働いていたじゃが丸君の屋台を辞めさせられており、眷属は物を売ってもらえない状況にある。
 おおよそ、一区画の住人が全て敵に回っている状態であり、それを正そうとするもの好きは存在していない。むしろ、それらを利用して甘い蜜を吸おうとしている連中が寄ってきている状況である。


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麗しの狩人と竈の女神

 お待たせしました。投稿いたします。
 ああ、それと頼光ママきましたよ! その時の一幕がこれです!



 6/28、俺は運営から配布される聖晶石を受け取って、惰性のガチャをした。
 狙うは源頼光…………そう、ママを狙うのだ。

 1回目:風魔小太郎………疾く失せろ!!

 2回目:源義経………源だけどちがーう!

 3回目:風魔小太郎………知っていたさ。俺には縁が無いんだろう?

 俺は絶望した。あと一回しかない。スマホを持つ手から力が抜けそうになる。けど、歯を食いしばった。そして―――

 虹色の光に目を奪われたのだ。絵柄はバーサーカー………。

「こんにちは、愛らしい魔術師さん。

 サーヴァント、セイバー……あら? あれ?

 私 、セイバーではなくて……まあ。

 あの…… 源頼光 と申します。

 大将として、いまだ至らない身ではありますが、

 どうかよろしくお願いしますね?」


 俺は右手を天高く掲げて、小さな声でつぶやいた――――


「ばぶぅ」

 と…………。





 やあ、皆! 久しぶりだね。ダンまち界のアイドル、ヘスティアだよ!

 

 本当ならもっとお話しや、主に家族の巻き起こす騒動について愚痴を聞いてもらいたいんだけど………あれ? 聞きたくないの? 女心が解っていないなぁ。女性はね、意味のない話を聞いてくれる存在を求めるものさ。

 

 おっと、話がそれたね。聞いてもらいたいのはやまやまなんだけど――――――――

 

 

「神ヘスティア、私の顔に何か付いていますか?」

 

 

 ()処女神仲間の眷属が来てるんだよぉおおおおおお!!!? アイェエエエエ!? ナンデ? ナンデ、アタランテがここにいるのさ!?

 

 

「ナ、ナンデモナイヨー」

「いや、なんでもありましょう。話せないことなのでしょうか?」

「うっ………いや、だって…………ねぇ?」

 

 

 彼女の主神、アルテミスと言ったらそれはもう……………すっごいとしか言いようがない? みたいな? オリオンだってアレだし………。

 

 

「そ、そこは私も気にしている所でして。崇拝する神があんな……あんなスイーツ系だったとは……」

「やっぱ、嫌なんだ」

「もっと厳格なお方だと思っておりましたので。カリュドンのこととか」

「あー………あの時ね」

 

 

 供物を捧げないから滅ぼしてやるー! なんて、軽い感じで猪を放って軽く神々同士で殺し合いが起きそうだったやつだね。だって、他の神の加護を受けた都市の子どもが居たわけだし。

 

 

「彼女は基本的に人間が嫌いだから仕方がないよ。塵芥にも劣るとしか思っていないもの。オリオンは別だけどさ」

「私としてはあのような軽い男は相応しくないと思いますが……」

「神々の間で噂になったし、女神たちが聞きに行ったよ。まぁ、みんな途中から苦いものを供物に捧げよ! なんて神託を出すぐらいだったけど」

 

 

 のろけ話なんて聞くもんじゃないね。アレは聞かせるものだ。

 

 

「というか、どうして君が? もう死んでいるよね? 獅子に変えられて―――――あれ? 僕は何を言っているんだろ?」

 

 

 アルテミスは知ってるけど、彼女は地上に降りてきてはいないし…………あれぇ?

 

 

「――――その辺りはお気になさらず。此度は少し、願いを聞き入れてもらいたく参りました」

「んん! 何かな?」

 

 

 我がファミリアは財政難のため、お金関係はどうにもできない。むしろ貸してください。

 

 

「そうではございません。しばしの間、ご友神(ゆうじん)のもとへ行っていただきたいのです」

「………なぜだい?」

「この廃教会が戦場になるやもしれません。何卒、深くは聞かないでもらいたい」

 

 

 ――――――それはダメだね。

 

 

「なぜ?」

「家族が帰ってくるんだよ? 僕の家族はみんな寂しがり屋だから、お帰りって言ってあげないとね。」

 

 

 なんだかんだで目が離せない子たちだ。

 ベル君に至っては更新したステイタスも相当なものになっていたし、シグレ君は……………大きな悩みを抱えているのはスキルに現れている。無くなったスキルもあるけど、この問題には僕が関わるべきじゃない。自分で見つけなければいけないものだ。

 

 

「そうですか」

「そうだよ。というか、ネメシスのところの子どもたちが闇討ちでも仕掛けてくるのかい?」

「理由は言えません。何卒、お考えを改めていただきたい」

「その理由次第だよ。君ほどの腕をもってして僕一人を守り切れないぐらいかい?」

「…………業腹ですが……」

「じゃあ非難するね!」

「はい?」

 

 

 アタランテ(きみ)ほどの弓使いが難しいというんだ、それを真摯に受け取らないほうがおかしいよ。

 

 

「君は優れた狩人だ。鼓舞する戦士なんかと違って、自分の力量をよく理解(わかって)いる。言っては何だけど、戦の誇りとかより、狩人としての誇り、合理的な考えをするからね」

「褒められているのですか?」

「君は見栄っ張りじゃないって言っているのさ。出来ないことは出来ない。出来ることは出来る。それに理由も言ってくれたからね」

「嘘かもしれませんよ?」

「神は嘘を見抜けるから大丈夫さ。君は事実は言っていても、本当のことは言っていない…………けど、理由は言ったからさ」

「本当のことを言ってもいないのに?」

「君みたいに高潔な子が悪さをするなんて思いもしないよ。だから、僕はこの教会を空けよう」

 

 

 碌でもない神々が多いギリシャ神話において、ヘスティアは真っ当な分類に属するものだ。

 家庭を意味する竈を司り、家を守護する女神。

 それはアタランテの願いでもある、”幼子が優しく暖かく愛され、愛された子たちが親となって、我が子を愛する”という願いを体現する女神であった。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ――――今日は稼ぎが無かった、という家族の二人と仲間を連れてヘスティアは豊饒の女主人で騒がしくも美味なる夕食をしていた。

 何のことはない、ちょっとしたへそくりを崩せば、一食分ぐらい贅沢しても大丈夫なのだ。

 まあ、四人分となるとへそくりを崩すどころか消滅しそうなのだがそれは仕方ない。家族の中で一番の問題児、時雨永嗣の専属鍛冶師が会って話がしたいというのだから仕方ない。

 

 

「急な願いを聞き届けていただき申し訳ありませぬ」

「気にしなくていいよ」

 

 

 ヘスティアにとっては、彼女の申し出は非常に意味のある―――いや、助かるものであった。

 なんせ、二人は一日中人探しをし続けて終ぞ見つからなかったのというのだ。それはそれは大層気落ちしていたのだった。

 彼女自身、自分たちの本拠地(ホーム)である廃教会には、アタランテが陣取っているのだ。出来うる限り、眷属には伝えないでほしいと気高い彼女が深々と頭を下げてきたのだから、二人には一言も言っていない。

 前もって予定していた教会の修繕のため、外泊することにした、といって誤魔化すのには苦労しなかった。

 

 

「見ての通り、気落ちしているからさ」

「そのようで」

「まあ、こういう時は大いに食べて飲んでいればどうにかなるさ」

 

 

 ――さあ! じゃんじゃん頼んでいいよっ!

 ヘスティアの言葉に甘える、というよりも件の二人の反応が薄いために鍛冶師の正村(まさむら)トーリは豊饒の女主人で量も多く、種類も豊富で値段も手ごろな盛り合わせを頼んだ。ついでに二人のエールもだ。

 

 

「二人も食べなよ」

「……………そうだな。いただこうとするか」

「じゃあ、軽くで…………」

「一日中走り回っていたんだからガーッと行きたまえよ、チミ達ぃ!」

 

 

 余計に意識させてどうするのか? トーリは空回りしているヘスティアに天を仰ぎたくなった。

 咄嗟の判断ゆえか、彼女も自分の言葉を思い出して、脂汗を浮かせている。ちなみに二人は重い溜息をはいて、テンションはだだ下がりだった。

 

 

「えー………オッホン! それで、トーリ君は何の用なのかな!?」

「は? あ、ええっと…………時雨殿!」

「ん?」

「最近、刀の澱みが酷くなっていますが………まだ解決できないので?」

 

 

 ―――おぃいいいいいいい!!!?

 ―――しまったぁあああああ!!!!?

 

 デリカシーが無いというのはこのことか、あるいは融通が利かないということか。トーリは今の彼にとって、一番の触れてほしくない部分に触れたのである。いや、匕首(あいくち)をもう、柔らかいわき腹にぶっすりと刺すぐらいのことをしたのだ。

 重い沈黙が賑やかな店内のごく一部を支配する。

 やべーよやべーよ、と彼女らが焦る中で当の彼、時雨永嗣(しぐれえいじ)は口を開いた。

 

 

「気を使わせてるみたいだな。すまん、見損なったか?」

「いえッ、そんなつもりでは………!」

「君の契約した剣士っていうのは、俺の完成形だ。今の俺は未熟も未熟、どうしようもない少し強いだけの剣士だよ」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 などと自嘲気味に言うがそれは違うとトーリは思った。

 思っただけで口には出さない。

 言葉にしても慰めとしか思われないだろうからだ。

 

 

「………では、剣に不満があるわけではない?」

「合う合わないの問題はあっても、品質は満足しているよ。俺みたいな半端者には勿体ないぐらいだ」

「そうですか(貴方のような方が半端者なら、剣姫(アイズ・ヴァレンシュタイン)は青二才以下の何物でもないのですよ?)」

 

 

 剣姫が彼と同じレベルと同じ武器で同様のことができるのか?

 否である。彼女にはできない。

 以前―――というより、怪物祭の騒動の後、彼女は店に訪れている。

 開口一番に言ったのは”あの人と同じ武器を見せてほしい”と、一級の武器を持っておきながら言うのだ。

 細剣という刀と扱いが全くもって違う武器を使っておきながら、入門用の武器でなく実戦用を売れと言ったのだ。

 彼と同じ武器を売ってくれと(たわ)けたのだ。

 

 

(剣姫の武器、確か【デスペレード】は見事な出来だった。しかし………)

 

 

 持ち主はあくまで道具として大切に扱っているだけに過ぎない。

 片手剣というカテゴリーであれば、形状も重さも種類もなんでも同じだと思っている。

 到底、許せるものではなかった。

 

 

(刀はレベルで扱える代物ではない。彼女の技は細剣に適用したものだ)

 

 

 これがサーベルを作ってほしい、というのであればトーリは神ゴブニュから許しは貰ったのか聞いたうえで()っていただろう。

 剣姫の細剣は形状と用途から言えば、刺突主体の幅の少ない片手両刃剣。サーベルは細剣から派生したものの為、慣らしをすればほぼ同じに扱えるだろう。

 

 

(しかし違うのだ。サーベルも刀もその本質は鋭く斬ること。切り裂くとは違う)

 

 

 恩恵(ファルナ)というシステムがある以上、基本を疎かにするものが跳梁跋扈するのは自明の理だ。

 彼女が未熟者だとは思わない。むしろ、オラリオではよく研鑽を積んでいる分類になる。

 だが、それだけでは足りない。今となってはそれだけでは駄目なのだ。

 よく研鑽を積んでだけではダメなのだ。

 

 トーリ自身も一定レベル未満かつ、お眼鏡に叶うものでなければ売らない。わずかな例外を除いてだが……。

 その点で言えば、目の前でもそもそと食事をする剣士は、わずかな例外の中の天のきまぐれというべき確率で現れた極上の剣士だった。

 

 

(彼女は剣の強度と品質に魔法を重ねて、切り裂く。かつての彼はどのような品質であれ斬れる)

 

 

 ラキアのクロッゾが鍛った刀は素材ですらオラリオで流通するものに劣り、レベルに至っては高くても3でしかない。鍛冶師ではレベル1がせいぜいだろう。

 丁寧に鍛たれたものであるが、自分がやれば同等の素材で3段は上の出来になる。

 剣姫に疫病男(ポプヌス)を相手に同じ事をしろと言ってできるだろうか、いやできない。

 

 

「貴方は貴方です。それ以上でも、それ以下でもない。貴方なのです」

「………だが……」

「別にいずれあの時に至れるから専属になったわけではないんです。むしろ、あの強さを実感しさらに成長できる剣士と巡り会えた。正直なところ、わくわくしてます」

 

 

 レベルでも魔法でも武器の良し悪しでもない。

 ただひたすらに、技量でもって斬り伏せていく剣士。

 冒険者としてではない、人の強さを魅せてくれる人。

 未熟な私と共に成長していく相片。

 

 

「願わくば、末永く鍛たせてほしい。末後に我が剣士は最強であると、最強なんだと誇らせてほしいんです」

 

 

 生まれた時から最強だなんて存在しないのだ。

 共に今は未熟者。いずれは最強に至るのであれば、彼はそれで満足などしないはずだ。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 気恥ずかしくなったのか、エールを一息に飲み干してトーリは追加のエールを頼んでいる。

 顔の赤さは飲み始めたぐらいのエールで紛らわせるものではない。

 

 

(最強かぁ………そうだよね。目指す背中はそうであってほしい)

 

 

 少し気の抜けたエールを呷って、僕は目の前で黙々としている彼を見る。

 前なら軽口位を返してたけど、少しの愛想笑いを返して食事に戻ってしまった。

 

 

(神様、どうにかしてくれないかな?)

 

 

 縋るように、黒髪ツインテールの主神にちらりと目を向けるが、我関せずと一口一口を噛締めて食べている。ああ、神様の奢りだったんだ。

 とはいえ、家族に何も言わないのはどうかと思う―――けど、神様には神様の考えがあるのだろう。

 

 

(僕ができることは少ない。けど、力になりたい)

 

 

 とすれば、雰囲気のせいで忘れかけていたリリのことを考えてみる。

 あの冒険者―――名前は何だったか?

 

 

(覚えてないや)

 

 

 ま、いっか! 名前も言ってなかったと思う。多分そうだ。

 あの人曰く、魔石やら道具やらを盗まれたとか言っていたけど………。

 どう考えても自業自得だ。むしろ、理解できない。

 

 

(僕らなんて、平均15万は固いのにどうしてだろう? 強いというのもあるけど、あの人はオラリオに来て長いはずだろうし、そんな冒険者(ひと)がリリと組んでいたならもっと稼げているだろう)

 

 

 いや、担当者(アドバイザー)のエイナさんやハンスさんが呆れていたり、俺を養えなんて言っていたから多いのかな?

 稼いでるんなら暮らしは楽になるはずだけど……………。

 

 

(買い揃えたり、教会の修繕の貯金にしたりで最低限しか残っていない)

 

 

 朝、上に上がったら水浸しとか勘弁してほしい。

 隠し部屋はロマンあふれるけど、階段の上り下りは潜ったあとだと億劫だ。

 

 

(――――あれ? 何を考えていたんだっけ……………ああ、あの冒険者とリリのことだ)

 

 

 僕の第一印象は、あの冒険者は小人族(パルゥム)の人を虐めていたということ。

 その後でリリとパーティーを組むことになったけど、今日の事を思い出すとあの小人族の人はリリだということになる。言ってきたことはなんというか………。

 

 

(山賊みたいなものだったな。追剥するから協力しろだなんてどうかしてる)

 

 

 魔石を盗まれたとか、不相応の報酬を要求されたとか。

 前者はともかく、後者は納得できない。リリの仕事はそれに見合うだけのものがある。

 だとすれば、あの冒険者はそこまで稼げなかったということだろう。

 運が悪かったのかはよくわからないけど。

 

 

「シルさーん、パスタ追加で」

「はーい♪」

「ベルくーん!?」

 

 

 難しいことを考えていたらお腹が空いてしまった。ごめんなさい、神様。

 僕の頭はカロリーを必要としているのです(キリッ

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(気を使わせているなぁ)

 

 

 今のままではいけないが、かと言って受け入れていいものかと思うこの記録。

 受け入れて強くなることを約束されるか、弱くもなるし強くもなるかもしれない拒否する道。

 

 

(………拒絶か甘受か。あるいは―――)

 

 

 ―――――――すべてを受け入れて、もしも(・・・)に生きるか。

 

 

(もしも……もしも戦争に行かず、桜と平和に暮らしていたら………俺はあそこにi行けたのか?)

 

 

 嵐を()いて、()を割いて、その向こう側へ………。

 この瞬間だけは鮮明であって、憧憬を抱かずにはいられない。

 ―――美しく尊いものの一つ。

 時雨永嗣(知らない俺)が抱いている、大切なモノの一つ。忘れてはならないもの。捨ててはいけないもの。

 

 

(………誓いを胸に……)

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 無名なりとも剣に捧げし我が人生。

 

 この身は自分すら定かではない。佐々木小次郎という役柄を演じるだけの、名の無い使い捨て。

 

 世捨て人の剣士にすぎぬのだ。

 

 欲と言えば、誰かに剣を振るうこと。それも叶ってしまった。

 

 ───しかし、だ。

 

 こうも機が見えてしまうと欲深になってしまった。

 

 無名だ。私は無銘でしかない。

 

 佐々木小次郎を演じるだけの役柄―――――のはずだった(・・・・・)

 

 世捨て人であればよかった。鎬を削れる英雄と刃を交えるだけでよかった。

 

 だが、どうだ。其方が居る。ここに()る。

 

 名もない亡霊の私もここに至り、願ってしまった。

 

 無名のまま死んでいった“私”に、もし、許されることがあったとしたら………―――――

 

 ――――――憶えていてほしい。

 

 佐々木小次郎の殻(偽りの侍)でなく、無名の剣士(わたし)を……………憶えていてほしいと思ったのだ。

 

 名乗って見せよ、小僧。剣士であるなら……この私の弟子を名乗るのであれば………!!

 

 そこに()る剣を抜けッ!!

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

(―――――誓いを胸に……)

 

 

 誓いを胸に、自分はそう()り続けなければならない。

 剣士と剣士の約束事だ。絶対に譲れないものであるはずだ。

 

 

(立ち振る舞いは深山の流水が如く静謐に、攻め筋は雷光のように煌き、夢幻華麗なるかなその足運び)

 

 

 あの剣士は今の自分の原点だ。

 立ち振る舞いに、剣に、その頑なさに憧れたのだ。

 

 

「――――――うん。無様は晒せない」

「な、なんか嫌な予感が……?」

 

 

 主神のヘスティアがなにかを言っているが、まあ――――その通りだ。

 

 

「串焼きとポテトの盛り合わせ、あと果実酒を頼む。あ、串焼きとポテトは大盛で」

「あいよ!」

「シグレくぅううん!!!? 君ってやつはぁあああ!!」

「か、神ヘスティア! 私も出しますからっ」

「俺だって金ならあるさ。それに心機一転するには前祝が必要だ!」

「前祝って………うん。そうかい、そうなんだね?」

 

 

 割り切ったわけじゃないが、今は虚勢でも空元気でも出すしかない。

 自慰行為と言われても、それを出すしかないのだ。

 

 

「時間が解決するさ。なに、時間はあと何十年もある。開き直って、上を目指すには十分すぎる時間だ」

「無茶はダメだよ?」

「荒野を恐れずに進むのが人間の………限りある命を持つ者の特権だ」

「――――それでも僕は心配だ。なんてたって家族だからね」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、少しは前向きになった永嗣に釣られるように各々は好きなように飲み食いを始めた。

 主に一名、懐に大打撃を与えて絶望の顔をしていたのは無視しよう。もちろん、頼もしい眷属らはポケットマネーである程度負担したのは言うまでもない。

 

 トーリを家まで送り、三人は本日の仮宿へと向かったのである。

 理由は述べていたかもしれないが、教会の修繕で一時的に家を空ける――――という建前の避難だ。

 ヘスティアにとって、アタランテは凄腕の弓使いでありその実力は千年前の英雄たちすら勝る実力を誇るだろう。

 その彼女が手ごわいと言うのだ。守る対象が一人だけでも厳しいというのに、三人もいたら誰かが犠牲になるかもしれない。

 

 彼女は逃げるということに忌避感はない。

 いや、逃げてはいけない戦いと逃げてもいい戦いを弁えている。

 これは逃げてもいい戦いだ。

 それ故にヘスティアは逃げることを選んだ。英雄と呼ばれる彼女に任せたのだ。

 ぶっちゃけ、彼女位の腕前ならそんな被害もなく終わるよね! なんてことを考えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――その結果が廃教会からグレードアップ(?)していたのは何故だろうか?

 

 

 




 前書きは当たった瞬間に書きたいと思ったネタです。ばぶぅなんて言ってませんよ? ガッツポーズはしましたけどね!

 今回の話については賛否が分かれるでしょうがご容赦ください。質問やご意見は受け付けます。
 前回の進捗状況を描いた活動報告の通り別段、ダンまち勢を貶めるつもりはありません。ただ、アイズに対しては幼少期に冒険者になった節が見られるのでこういった措置となりました。

P.S
 解説では一言コーナーはお休みします。



『時雨永嗣』
 問題は何も解決していないが前向きになろうと意識し始めた主人公。
 山門の決闘は彼の人生に大きな影響を、あるいは呪いを残したともいえる。
 本来であれば勝てない相手だが、致命傷の上に力もわずかしか出ないという幸運が重なって勝利した。
 今際の際の言葉は記録にある桜との思い出並みに鮮明に残っているほどであった。


『ベル・クラネル』
 原作とは性格が乖離し始めている。なんというか無頓着で、興味のないことについては覚える必要もないというスタンスだったりする。
 また、稼ぎ具合からアドバイザーの間では期待のルーキーとして認知されており、担当のハーフエルフは一喜一憂しているとか。
 簡単に稼いでしまえることから、大人数のパーティー(6名以上など)は上層でも一回の探索で百万以上は稼いでくるのだと勘違いしている節がある。


『ヘスティア』
 気苦労の多い主神、でも家族の為なら頑張れる、そんな徳は高くないけど善い女神。
 処女神仲間というのは、アルテミスなどを筆頭とする身持ちの硬い女神たちのサークルみたいなもの――――決して婚期を逃したとかおや? 誰か来た――――
 その麗しき女神の眷属に陳言され、廃教会を空けたのだが………あんなのってあんまりだと思います!


『正村トーリ』
 主人公に鍛冶槌を捧げることを密かに決めた極東出身の女鍛冶師。
 プライドはそれなりに高く、例え剣姫であろうとも未熟者と呼べるほどに目が肥えてしまった。彼女曰く、オラリオで刀を取り扱えるのは両の指で数えられるぐらいだという。
 以前の主人公を崇拝――言いかえれば、畏れていたが今の状態となってからは剣の極致の体現者であろうと若かりし頃は未熟だったのかと、浅慮な自分を恥じていた。そしてともに成長しようと決意したのである。


『アタランテ』
 Fateシリーズより、唯一の真名で登場。彼女の場合、その姿はギリシャの神々に多く知れ渡っており隠す必要もなかったというのもあるが、下手に隠して機嫌を損ねると何をしでかすかわからないといった、ギリシャの英雄特有の神々への諦観からくるもの。
 廃教会を破壊した張本人でもある。


『佐々木小次郎』
 主人公は弟子と勝手に名乗っていることだが、名乗りたくば好きにしろと諦める。最後、言葉にはできずとも技と想いを託したと消えていった。
 強者と競うことが聖杯戦争に参加した理由だったが、それも叶い、果てに自分はここで誰にも知られずに消えていくのかと嘆いてしまった。
 それは、時雨永嗣という天賦の才のなか、さらに天に愛されたと言わんばかりの才を持つ彼に出会ったことで生まれたもの。満身創痍の中で燕返しを放ち、それを迎撃され斬り伏せられた。
 その時、亡霊は思ったかもしれない。彼にこの剣を魅せるために自分はここに現れたのだと…………。


『主人公と剣姫の差』
 現状ではほとんど差はない。むしろ、レベル差を考慮すると剣姫のほうが強い状況にある。簡単に言うとキャスターの援護を受けていない小次郎vsバサクレスのようなもの。
 作中において、剣姫の剣術は冒険者としてのものであり、明確な対人戦を主体に置いたものではない。魔法という非常に強力な追加効果をもって巨大な敵を粉砕するという、得物の長さにそぐわない破壊能力を持つ。
 つまり、魔法のない剣姫は上位の相手に対して決定打を欠くことになる。

 対して、現状の主人公は魔法が使えないが神域と呼ばれるほどの技量でもって斬り伏せる技量型である。反面、真空刃や得物の長さ以上の攻撃範囲を保持しないため大型モンスター相手には致命傷を与え難いともいえる。
 ただし、今際の際の主人公であるなら――――――どうなるだろうか?


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霧のダンジョン

 お仕事が決算時期なので何時もより遅れております。


追記

 誤字脱字方向をしてくれた皆様ありがとうございます。
 未熟故、このようなことが多いでしょうが暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。

 ご意見・感想お待ちしております。





 さて時間を少し戻してみよう。とはいえ、朝方の事だが……。

 三人、とりわけ悩める剣士、時雨永嗣と兎のような冒険者ベル・クラネルは早急にダンジョンに潜りたいと願い出た。最低限の収入だけは確保せねばならない。

 余った時間は行方知れずのリリルカを探すために使おうというのが二人の考えだ。

 逆にヘスティアはこうも告げた。

 

 

「直接見たことも、あまつさえ話したこともないからなんだけど………信用に値する人物なのかい?」

 

 

 そりゃあ、無条件で家族のことを信じたいとは思うがリリルカという犬人族(シアンスロープ)の少女は、彼らのサポーターになる前に問題を起こしている。

 なんでもどこかのファミリアの冒険者から、魔石をちょろまかしていたそうじゃないか、と。

 これには弁解はしない。したとしても、確証もない希望的観測なためだ。

 

 

「とりあえずギルドで聞いたのかい?」

「ソーマファミリアということだけは聞きました。担当者(アドバイザー)のエイナさんも神様と同じ意見でしたけど」

「担当者君もか…………放っておく、なんてことはできないよね」

「できません。リリがそんなことをしたというのなら理由があるはずです」

「被害は一人だけということもないだろうけどな」

 

 

 小人族(パルゥム)は見た目から年齢の判断がしにくいため、このオラリオでどれだけの間、冒険者をやって、いつからサポーターに転向したのか?

 仮に長期間やっていたのなら身を守る術ぐらいはあったはずだろう。となると――――うん?

 

 

「――――ねぇ、この噂は聞いているかい?」

「人との関わりが少ないので知らないな」

「………僕も最近はあまり…………」

「僕としてはリリルカ某よりも、そっちのほうが心配だよ!?」

 

 

 まぁ、いいさ。

 最近…………といっても、君たちがオラリオに来るちょっと前ぐらいかな? 冒険者が闇討ちされる事件が起きているんだ。

 そうだよ。起きている、つまり今でも続いている(・・・・・・・・)んだ。

 被害者は………大体が生きているけど、何人かはダンジョンでやられてね。その子たちは死んでしまっているよ。

 

 

「―――それがリリルカが関係している?」

「誰かと組んでいる可能性もあるって考えてよ。襲われたのは素行の悪い冒険者。君たちに突っかかってきた子と似たような噂を持っていたんだ」

「単なる勘違いじゃ……」

「だったらいいけどね」

 

 

 勘違いであってほしい。疚しい気持ちなどなく接近してきただけであってほしい。

 それは僕も同感だ。善意に付け込んで、家族を陥れようとするのなら―――

 

 

「本当にそうであってほしいね」

 

 

 ―――――――――神の怒りというものがどういうものか、思い知ることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 そして、話は前回の最後に戻る。

 ただでさえ廃墟―――でも、多少の雨風は凌げるぐらいの体裁は保っていた教会は見るも無残、いや見るものすらないのだから間違いかもしれない。

 兎に角、上の部分は瓦礫の山と化していた。

 

 あまりのことに絶句していると、今更ながら気づいたが瓦礫の山の前でちょっとした人だかりがあった。

 アレが下手人か? と永嗣が詰め寄ろうとすると、そのうちの一人がこちらに気づいた。

 

 

「む? ヘスティアか」

「―――――――――」

 

 

 痩躯だが、衰えてはいないいわゆる細マッチョな髪も髭も真っ白の老人が向かってきた。

 かつて、美術の教科書で見たようなローマっぽい服装の老人は、オラリオで鍛冶系ファミリアの二大大手の一つ、ゴブニュファミリアの主神ゴブニュである。

 ゴブニュは放心状態のヘスティアに我慢できなかったのか、ぽかりっ!と頭を叩いた。

 

「聞いておるのか? おい!!」

「あイダッ!? 誰だ神を殴る不届き者はって、ゴブニュじゃないか」

「呆けとるから悪いんじゃ。それより………」

 

 

 顎でしゃくるように瓦礫の山を促す。

 鍛冶仕事のみならず増改築や一からの建築など幅広く取り扱っているゴブニュファミリアの団員や下請けの一般人なども、瓦礫とその周囲の破壊痕に釘付けになっている。

 

 

「話は屋根の修繕だけじゃなかったのか」

「いや、昨日までは存在していたんだけど………宿に泊っててね」

「んな、五月蠅くはしねーよ。だが、なぁ……?」

 

 

 いったい何が暴れたんだと、そう言いたそうにゴブニュはヘスティアをにらむ。

 冒険者だって、建物を破壊するのは簡単だが見た感じ、尋常ならざる力で破壊されているのだ。

 例えば、一部崩れずに残っている半円形の傷跡が残った壁。その直線状にあるドワーフの胴よりも太い石柱にある穿たれた痕。

 噂の小僧がどこかで恨みでも買っていたのかは知らないが、下手をしたら自分の子どもたちが巻き添えを食っていたかもしれないのだ。

 

 

「はっはっは………いくらする?」

 

 

 そのことにヘスティアは至ったか、話題を替えようと現実的な話をする。

 今重要なのは、自分たちの家がどれぐらいで直るか、だ。お金とか、期間とか、お金とかお金とか。

 

 

「頭金だけで先にもらった分の3倍ぐらいはかかるな」

「嘘だと言ってよ、ゴブニュぅううううう!!?」

「お前さんもファミリアを率いるんだし、本拠地(ホーム)ってのはいざという時の籠城場所として頑丈にするもんだ。必要経費として諦めな」

 

 

 とまぁ、こうは言ったもののゴブニュとしても気の毒に思う。

 噂好きな連中(暇な神々)から彼女らの取り巻く環境がどういったものか理解しているのだ。

 

 

「お前さんより早く降りてきているから助言してやる。本拠地について出し惜しみはするな」

「じゃあもっと安くして?」

「それとこれとは別だ」

「後輩への愛はないのかな?!」

「愛で腹は脹れねェし、素材だって買えねェんだよ」

 

 

 主に剣姫とか、大切断(アマゾン)とかせいで金が無い。掛けで売っているから金が無い。

 金はないのに仕事だけはあるのだ。

 別に建築のほうが楽だから、ファミリア内部抗争が起きたわけではない。憎悪の叫びなど聞こえてないったらない。

 

 

「ああ、いけねェ。同業者からの言伝を忘れてたぜ」

「同業者―――あっ…………」

「『借りたものは返す。壊した家はちゃんと建て直す。拒否は認めない』―――だそうだ」

「ヘファイストスぅううううううううううううううう!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 金髪の孺子(こぞう)のごとき絶叫を上げたヘスティアが落ち着いたところで、ゴブニュは噂の小僧に話しかけた。

 

 

「お前さんが格上殺しか」

「身に覚えはないのですがね」

 

 

 ―――噂と違って、至って普通の子どもにしか見えない。むしろ真っすぐに生き悩んでいる好青年である。

 ゴブニュはそうとしか感じられない。

 しかし、見た目だけで判断するのはいけないことだ。

 

 

「この後ダンジョンに潜るんだろ?」

「ええ」

「武器を見せな。他所の子の武器も見てみてぇんだ」

 

 

 鍛冶神の一人だ。人を見るなら武器を見て判断する。言葉だけじゃわからないものも、普段使う物で判断できるというものだ。

 神はヒトのウソを見抜けるというがゴブニュはあまりそういったことをしない。

 飽くまで、自分は地上にいる限り超凄腕の鍛冶師なのであって、神としてきているわけではない。子どもとは出来うる限り対等でありたいのだ。

 

 少しの沈黙の後、永嗣はゴブニュに刀を渡した。

 丁寧にそれを受け取り、視線で断りを入れて刀身を外気にさらす。

 

 

「ふぅむ」

 

 

 実に見事な出来の刀だ。

 拵えには無駄な飾り気のないように見えて、見えないところで意匠を施してある。

 刀身は―――――ふむ。よく、(しな)る、粘り強い良い刀だ。

 

 

「正村トーリだったな」

「自分には勿体ない業を持っています。まさしく運が良かったと言わざるを得ません」

「ふん。確かにな」

 

 

 水平に、垂直に、光に当てるように、指の腹で刀身をなぞったりもする。

 

 

「未熟だな。迷いがある」

「………ゆえに勿体ない、と」

「他人に言われたかないだろうが、何が問題だ?」

 

 

 力任せに振った思えば、見たこともないほどの技量で振るわれた形跡もある。

 これほどの技量、神として十全の自分が武器を授けた英雄にも勝るとも劣らぬだろう。戦乙女(ワルキウレス)たちがいれば……………。

 いや、主が主だけに碌なことにもならんな。

 

 

「冒険者は強さを求める。刀身にはお前さんの未熟に見合う傷みもあるが、見合わない傷みや気遣いもある。それがわからん」

「………」

「手前勝手に制限つけて、仲間を犠牲にするか? クロッゾの小僧もそうだが人間は全力を出さないことが美徳か?」

「ゴブニュ! デリケートな問題なんだ。あまり強くは……」

「それで眷属が死んじまったらどうすんだ? そいつも、お前さんも。あるいはそっちの小僧が生き残ったら………どう思うよ、ええ?」

 

 

 下に降りてずいぶん経つのだ。出し惜しみして帰ることのできなかった連中がどれほどいることか。

 

 

「………」

「よく考えとくこったな。自己満足は自己満足でしかねぇんだ」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 耳の痛い言葉だったな、と永嗣はダンジョンで刀を振るっていた。

 それと同時にここ最近の、自分の心境を後押しするような事柄が多すぎて妙に勘ぐってしまう。

 どのように受け止めればいいのかと思うぐらい、昨夜と今朝と続いている。

 ―――――ただ、思うべきことはあった。

 

 

「………!」 

 

 

 襲い掛かってきたウルフの群れを流れるように捌いていく。

 音も発てない振り抜きはゆっくりしているようで、刃筋はちゃんと立てて振る。

 業物の刀があれば、きちんとした斬線と刃筋を千に対して垂直に立てることで自ら斬られていく。

 同時に来れば置いて斬るよりも振って斬り、それ以上で群がれば嵐のように斬り捨てていく。

 

 徐々に慣らしていく(・・・・・・)

 記録の自分と同じ動きを映していく。

 時雨永嗣の究極型である体運びと業を細かくかみ砕き、嚥下し、刷り込むようにしていく。

 

 

「―――ん」

 

 

 精神はまだまだだが、動きだけは近づきつつある永嗣に、ウルフ程度のモンスターの群れは役不足であった。

 反復を続けるうちにすべてを処理し終えていたのに気づくと、手持無沙汰なベルと目があった。

 ああ、しまった。彼の分まで取ってしまったらしい。

 でしゃばり過ぎてしまったと謝罪をすると、彼は苦笑しながらどこか安心したようにそれを受け入れた。

 

 

「何かいいことでもあったのか?」

 

 

 そんなベルに思いついたことをそのまま問いてみる。

 ベルは両手をわたわたと振りながら、怒らいでほしいと前置きして告げた。

 

 

「怪物祭より前のシグレさんに戻ってきたみたいで嬉しかったんですよ」

「今までは落胆していたって?」

「違いますよっ!」

「冗談だよ」

「心臓に悪いですよぉ………でも、動きはだんだんと戻ってきましたね。ゴブニュ様とのあれで?」

「まぁな」

 

 

 理性じゃ納得しているけど、もっとその根幹の部分では納得しきれていないのが真実だが…………。

 

 

「死なれると、うちの女神さまに祟られるかもしれない」

「そんなことしません―――ていうのは無いですね」

超越者(神さま)でなく、ヒトと同じ立ち位置でいようとしてくれる証だよ」

 

 

 力を使うことを厭わないがそれ以外では家族として対等でありたいという意思表示だろう。

 神様だぞ! なんて本気で偉ぶっていたら見限るし、そもそもファミリアに入ることすらないがな。

 

 

「他は違うんですかね」

「どうだろうな―――――――――――うん?」

「…………霧?」

「まだ5階層ぐらいだぞ? 食糧庫(パントリー)大部屋(ルーム)あたりでで発生するんじゃ……?」

「ですよね。…………けど、何の臭いですかこれ? すごい(くさ)いですよ」

「ヒリヒリもするな……………パープルモスが大量発生しているとか」

「臭いはしないとか言ってましたよ。あと、こんなに視界が利かなくなるほどじゃ……」

 

 

 鱗粉を振りまく毒蛾、パープルモスならありえそうだが臭いもないとのこと。

 何より、ここより下で発生するモンスターなのだから上まで上がれるわけもない。なぜなら、貧弱な防御力と攻撃手段が鱗粉を撒くという性質上、冒険者にとってはカモだからだ。

 

 

「…………ん?」

「…………あ」

「―――――――やられたな」

「―――――――やられました」

 

 

 気づけば四方に続く道が霧で塞がれている。

 ここはこの四方の通路へ至るための合流地点だ。そこに霧の姿などない。

 

 

「心当たりが多くて困るだけど?」

「僕は巻き添えじゃないですか」

「あきらめてくれ――――――――くるぞッ」

 

 

 霧の中で揺らめく影を迎撃すべく、二人は戦闘態勢に入ったのだった。




 主人公を強くする理由付けが難しいと、カルメンです。
 いきなり心機一転したらおかしいですから、マジ難しいYO!!
 と、ここまでにして後書き解説行くよー。例のごとく、一言はない!



『時雨永嗣』
 言われて思うことがあったのか、少しは記録を受け入れる覚悟はできた模様―――というのは嘘で、この状況をどうにかするためには能動的にならねばならないというやぶれかぶれ精神のもの。
 記録を受け入れても精神の方が未熟すぎるので前までの強さには程遠いのは秘密。ただ、弱いと言っても秘剣を真似るぐらいの技術はあるために弱いとはどういうことなのかを小一時間レクチャーする必要があるかもしれない。
 廃墟となった教会を見て「やった奴はボロ雑巾にしてやる」と誓ったのはナ・イ・ショww


『ベル・クラネル』
 冒険者にとっては簡単な建築物の破壊も、外に点在する破壊痕を見てぞっとしていたりする。
 徐々に以前の強さに近づきつつある主人公に安堵し、苦悩して進もうとするその姿に英雄譚の英雄の姿を重ねていたりする。
 日頃の主人公との鍛錬から、レベル1に見合わない強さを誇る。スエイタス的にはレベルアップするはずだが、主人公の問題が解決したらそうしたいと自重している。


『ヘスティア』
 ○月△日 おうちがこわれてしまいましたとてもかなしかったです。


『ゴブニュ』
 北欧神話に登場する痩躯だが力強い鍛冶神で、ヌァザと協力して銀の腕(アガートラム)を製造した逸話を持つ。詳しくは各自で調べること。
 その腕前はヘファイストスにも勝るとも劣らず、オラリオの鍛冶ファミリアの二大巨頭として君臨する。剣姫の武器を作っているのは彼であり、剣姫の依頼は必ず彼を通すように言い含まれている。
 未熟で武器を扱え切れないのは仕方ないと思うが、未熟でもないのに扱い切ろうとしないのは怠惰であり、鍛冶師への侮辱であるとも考えている。
 その根底には力を惜しんで、大切な仲間を失った子どもを多く知っているためである。力を持つ主人公に対し、後悔と何かを暗に伝えもした。


『壊れた教会』
 アタランテとナニカが交戦した結果、廃墟となってしまった。
 明らかに石材を数本貫通した痕があったり、砕かれずに細切れにされた石柱があるなどから相当の実力者と争ったといえよう。
 いったいどこの幼女と戦ったのか―――ん? 誰か来たよ―――


『ダンジョンの霧』
 わたしたちの宝具だよ。じゅわーってしちゃうのっ!


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埋めがたき差~霧のダンジョン 撤退戦~


 皆さまどうもお久しぶりです。
 いきなりですみませんが、しばしの間、後書き解説は無しとさせていただきます。

 個人的な問題ですが、そこまで執筆に力がそそげなくなっております。
 手前勝手で申し訳ありません。


 なお、TV版アポクリファをちょろちょろと見ているので、そちらの描写も参考にさせていただいております。
 具体的にはジャックの得物とかですね。


 

 

 

 

 ―――武道………いや、戦うということにおいて一定の領域に達した者達は皆共通点を持っている。

 

 

「また消えた……!」

 

 

 ―――気配による察知能力だ。

 いわゆる、ピリピリとした感じや寒気を感じる。あるいは一手先が見えるなどのことだ。

 剣士を自負する時雨永嗣(しぐれえいじ)にとって、どう足掻いても先手を取られる山門の剣士と仕合うためにはそういった感覚を得て、研ぎ澄ます必要があった。

 本来なら捉えられぬはずの()の太刀筋も捉えて見せた。それが効かない。

 

 いや、初動の察知ができないのである。

 撃ち合う最中(さなか)は太刀筋も足運びも捉え切れている。

 

 

「姿も見えません!」

 

 

 襲い来る影は、確かに姿形も見たはずなのに次の瞬間にはあやふやとなっている。

 一度でも視界から消え去ると気配すら消えるのだ。

 この異常な濃霧も一役買っている。

 

 

「退くべきです」

「道は分かるか?」

「多分わかります」

 

 

 敵は濃霧の中から出現する。真白い霧を引き連れて、まるで遊ぶかのように襲い掛かってくる。

 これが厄介だった。今いる場所でも、ヒリヒリとするが引き攣れた濃霧に触れると熱湯でも浴びせられたかのように赤く腫れ、傷口を金ダワシで力いっぱい擦られる痛みが走る。

 引き攣れた霧はすぐに薄くなるが追撃しようにも、敵は濃霧の中へと消えてしまうのだからそれもできない。

 あの中に入り込めばさぞ愉快なことが起きてしまうだろう。

 

 しかし、この狩場から逃げるには負傷を覚悟するほかない。

 痛いから殺されるのを持して待つのと、負傷してでも生き残るのなら後者を選ぶべきだ。

 

 

「マント持ってくればよかった……!!」

「無いものねだりをするな!!」

 

 

 こうして二人の逃避行は幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ―――白髪の少女、瞳の色が紅色(ルベライト)であればベルの妹かと思うぐらいに、特徴が似ている彼女は真っ白な濃霧の中で逃げ行く二人を静かに観察していた。

 子供が着るにはすこし問題がありそうな、水着と見間違う服装の少女の白い肌に、二人が負ったような傷は見えない。

 それもそのはず、この霧を生み出しているのは彼女自身なのだから。

 

 

「あっちに行くんだ」

 

 

 舌足らずというか、邪悪さの欠片もない声色で逃げていく二人を眺める。

 大人のほうは少し強いけど小さい方はそこまで強くない。あれぐらいなら仕留められる―――けど………。

 

 

「お姉ちゃんは殺しちゃダメって言ってたっけ? どうだったかな?」

 

 

 別の私が聞いていたのかもしれないし、今の私が聞いていたのかもしれない。あるいは私たちが聞いていたのかもしれないし、私たちは聞いていないのかもしれない。

 となると、怒られるのは嫌だから今まで通り(・・・・・)にして、何時も通り(・・・・・)にすればいいだろう。

 

 

「あ、追いかけないと」

 

 

 もう霧の範囲から出ようとしている。

 ダンジョンの中だと、街の複数の区画ごと覆える霧でも、効果範囲が著しく低下する。

 反面、霧が発生している限りダンジョンを傷つけているようでモンスターは生まれない。外から入ってくればこの階層のモンスターは近づく前に爛れて死に絶える。

 冒険者なら弱ければあからさまに怪しいところには近寄らないし、お姉ちゃんの言ってた一級冒険者も余ほど暇じゃない限り討伐になんか乗り出さない。お姉ちゃんが討伐の情報を持ってきてくれるから隠れているのが大きいけど……。

 

 

「鬼ごっこも好き。かくれんぼも好きだよっ」

 

 

 ―――今度はどれぐらい遊べるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 走れども走れども、霧の中から出られる気配がない。

 このままここに居座っていたら、溶かされて死んでしまうのではないかと思うぐらいに熱い、と永嗣はベルの記憶を頼りに走る。

 一寸先は闇ならぬ、一寸先は白い霧の中でうっすらと見える彼の顔を盗み見れば必死なのがわかる。

 

 

「こっぢ、でず!!」

「おヴ」

 

 

 口を覆っていても、呼吸すれば喉に肺と、霧は入り込んでくる。

 正直言って喋ることすら苦痛でしかないが、ベルはこちらを安心させようと要所要所で声をかけてくれる。

 こっちだ! あっちです!そのまま真っすぐ!次は右!

 辛くても、彼は仲間を励ますために声を上げる。

 

 どれだけ走ったのだろうか。

 普段なら疲れもしないし息切れもしないこの行動も、明確な死に追われる立場となったとたんにがらりと変わる。

 一寸先の霧の向こうから刃が飛んで来たらどうしよう?

 気が付いたら自分の体を見上げることになっていたらどうしよう?

 

 恐怖が心を圧し潰そうとする。

 圧し潰されないようにと心の中で吠え叫ぶ。

 

 

「見つけたよ?」

 

 

 叫び(ウォークライ)悲鳴(スクリーム)に変わった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 他の冒険者(おじさん や 0おねえさん)はすぐに捕まえられた―――ううん。逃げることすらできなかったのに、この二人はこんなに遠くまで逃げれている。

 とても足が速いんだね! 追いかけっこ楽しかったよ!

 

 

「それはどうも」

「でもね?」

 

 

 追いかけっこはここでお終い。

 あのお姉さんが来ちゃうからね。

 

 

「お姉ちゃんから言われているから大丈夫だよ。殺しちゃいけないんだって。動けなくして置いていくだけだよ」

「ここでそれは死ねって言うのと同じだが?」

「運が良ければ誰かが助けてくれるよ? 殺したら誰も助けてくれないもん」

 

 

 狸みたいなオジサンも動けなくなったら騒いでたなー。

 この人たちはどんな風に叫ぶんだろ?

 やっちゃおうか?

 

 

「運がよかったらまわ遊ぼ」

「逃げろっ!!」

 

 

 あー、また行っちゃった。

 けど、今度の鬼ごっこは――――

 

 

「あはっ!」

 

 

 投げナイフもあるんだよ?

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 追うのと追われるの、やりたいならどちらがいいかと聞かれれば、大概の答えは『追う側』と答えが返ってくるだろう。

 さらに追う側が絶対的に有利といった条件も盛り込めば、余程のマゾヒストか自信過剰か、あるいは本物でない限り追われる側を選ぶ道理はない。

 

 二人は必然的に追われる側になった。追ってくるのはあの不気味な幼女。

 時折、彼女の声が複数に重なって聞こえたり、少女の姿であるのに少年の声がしていたり、少年のような言葉遣いなのに少女のような仕草をしてくる不可思議な子供だ。

 とはいえ、覚えているのはここまでだったりする。

 いや、今自分が何を思い出していたのかも思い出せない。

 

 追ってくる存在について、何も憶えていないのだ。

 これはマズイ。

 この思考そのものが二度目だというのはわかっているが……。

 

 

「壁を背に戦えば……」

「逆に逃げ道が無くなる。それより背中合わせにやった方がいいだろ」

「ですね。―――っと! 手足を狙ってきているのが幸いかなッ!!」

 

 

 やはり相手はこちらが見えているのだろう。的確に狙ってくる。

 弾いたナイフを横目で見れば、様々な形状のものが壁や地面に散乱していた。

 ひし形のもあれば、オーソドックスな手持ちの形もある。

 一つ、疑問があるとすれば全くもって統一性が無いことだろう。

 

 とはいえ、そのようなことは些事だ。投げナイフの一投一投が予想よりも重い。

 わずかだが手を痺れさせるほどに強いのだ。

 

 

「さてどうしましょうか」

「攻めるにしてもな」

 

 

 どうしようもない。

 運を天に任せて、死なないことを祈りつつ半殺しにされるか……。

 あるいは超素晴らしいエジソンもびっくりの逆転閃きによるどんでん返しで無事に帰れるか。

 

 

「――――ないな。絶対にない」

 

 

 一か八か……――――?

 

 

「シグレさん!」

「んぶぅ?!」

 

 

 霧がこちらへと迫ってきていた。

 しかし一つ違うのは進行方向から迫ってきていたということだ。

 ベルが口を押えてくれて、焼け付くように痛い目を潤ませつつ視線で返事をする。

 片手でも防げる可能性はあり、返り討ちにできることも不可能ではない。

 

 ――来るなら来てみろ……!

 覚悟を決めて身構えていると霧は二人を超えて、もと来た方向へと遠ざかっていく。

 

 

「………」

「………」

 

 

 ――助かった………。

 どういうわけか、襲撃者は去っていったのだ。

 二人は無言で霧の去っていった方向を凝視する。

 再び来るのではないか? そうする前に逃げるべきではないか?

 

 もしかして罠ではないか?

 

 

「――――――退こう」

「そう、ですね」

 

 

 満身創痍に近いこの体をどうにかしたい。

 二人はそれだけを考え、時間にしても1時間に満たないこの一時はダンジョンに挑み続けるという選択肢を形も残さず砕きつくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 唐突ではあるが弓矢というもの聞くに、思いつくことは何だろうか?

 大概はアーチェリーや弓道といったスポーツ、武道で行うものだと考えるだろう。

 ミリタリーが好きなら、槍より強く、そして銃火器の登場で駆逐された旧時代の兵器と思うかもしれない。

 なぜなら、どれほどの強弓(ごうきゅう)でも放たれる矢は音速を超えることもないし、射程距離も銃に及ばず、連射能力もない。

 

 弓を使うのは余程の状況下に陥っているか、それぐらいしか用意できないほど貧相なだけだろう。もしくは趣味ともいえるかもしれない。

 もちろん、弓は銃よりも静粛であり、手先が器用ならそこらの物で製作もできるだろう。

 ―――――だが、もしも………。

 

 

「ッ……! しつこいねっ!!」

「狩人だからな……!」

 

 

 まるで軽機関銃よりも連射速度があり、音速に匹敵する矢を悠々とたたき出し、下手な狙撃銃よりも長い射程を持っていたら?

 正直に言えば…………下手な対物ライフルよりも遥かに恐ろしい兵器と化すだろう。

 いや、そもそも比べることそのものが無礼極まりないことだ。

 ―――人智から逸脱したものを英雄(バケモノ)というのだから……。

 

 

「私は忠告したはずだ。縁を切れ、と」

「やだよ。どうしてそんなこと言うのさ」

「あの者は碌でもない。一線は越えていないがそのうち超えるだろう」

「………あの金髪の人に言われたみたいに?」

「然り。奴をお前の(マスター)………いや、姉として認めるにはいささか我が願いに反するものだ」

 

 

 弓使い、麗しい碧、己を狩人というには装いが洒落ている彼女は以前にヘスティアに本拠地(ホーム)から退避してほしいと嘆願したアタランテである。――――廃教会を完全に廃墟にクラスチェンジさせた張本人でもあるがそれを指摘するやつはいない。ここにはいない。

 古めかしい言葉遣いで、すぐに霧に隠れる物騒な幼女を猫人族(キャットピープル)というよりは狼人族(ヴェアヴォルフ)に近いような獣耳が正確に居場所を察知させる。

 

 幼女は暗殺者(アサシン)のクラスであり、発見されていない場合は余程の宝具が無い限り補足するのは不可能だ。

 現に、先ほどまで幼女から逃げ回っていたあの二人は死に物狂いで躱し、受け止め、弾いて、撤退を優先させていた。霧に隠れられるたびに居場所を見失い、己が誰と―――いや、ナニと戦っているのかわからない状況下でよくやったと言えよう。

 まあ、死んだのならその程度だったという感情しか持ち合わせないが安寧の場所たる家を穿ち砕いた手前、如何に現実主義かつ弱肉強食こそ真理だと悟るアタランテでも、矢の2.3本は援護してやってもいいと思う。

 

 ―――――――できれば、自らの主神であるアルテミスと親交のあるヘスティアに庇い建てをしてほしいという打算がないわけではない。

 だって、オリュンポスの神々って恐ろしくて碌でもないのが殆どだからね!

 

 

「お姉ちゃんは子供だよ?」

「見た目はな。しかし、(よわい)十五も過ぎれば一人前の大人だ。庇護の対象にはならんのだアサシン―――いや、ジャック・ザ・リッパー」

 

 

 アタランテはそう言って、幼女(アサシン)のことを“ジャック・ザ・リッパー”と呼んだ。

 幼女の顔が酷薄に歪む。子供の持つ純粋無垢な残酷さがむき出しになる。

 

 

「真名で呼ぶのはマナー違反だって、金髪のお姉ちゃんが言ってたよ。忘れちゃったのかな」

「いや、そろそろ言っておいた方がいいと神託がな? ああ、アルテミス様。御身まで出てくると厄介なことになるので自重くださいませ!!?」

「……………ごめんね?」

「うん。私、がんばる」

 

 

 狩人だって泣きたい時がある。

 主に進行していた女神がスウィィイィィイツ系だったと知ってしまったときとか。

 視界がぼやけてきちゃったよ(涙)。

 

 じゃあ気を取り直して戦闘を―――なんて空気でもない。

 ちょっと半泣きの“うるわし の あたらんて”だが、相手が撤退も選択していて自分もコンディションが悪い―――この場合は悪化した―――中で戦闘を続けようとするほど武人気質ではない。

 不利になったら逃げる、隠れる、隙を見て殺せるなら殺す。

 プライドで腹は脹れねーんだよ。

 

 

「宝具を解除してもらえるか? もう今日は追わぬよ」

「いいよ。私たちもつまんなくなちゃった」

 

 

 二人を中心に停滞していた霧が晴れていく。

 妙なもの(イレギュラー)が無くなり、やがて冒険者と名乗る神々の玩具たちがやってくるだろう。

 そうなる前に、出会う前に去らなければならない。

 

 

「もう一度言うがあの小人とは縁を切ることだ」

「やだ! お姉ちゃん、泣いてたんだもん。捨てられて泣いてたよ」

「……………次は私だけではない。裁定者(ルーラー)も共に来るだろう。それでもか?」

「それでもだよ。それに私たちは女の人に強いよ。ジャック・ザ・リッパーだからね」

 

 

 忘れて等おらぬよ、と残してアタランテは撤退した。

 彼女の俊足を捉え切れる冒険者はこんな低階層で留まったりはしない。

 誰かの報告で運悪く調査に出向いていたら………というのなら話は別だろうが、それは小説のような展開には至らなかったと残しておこう。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 そして、幼女――ジャックは姉と慕う彼女の元………リリルカ・アーデのもとへと帰る。

 ダンジョンでは気配遮断により、いかなる時も張り詰めている冒険者の間を軽々とすり抜け、街へと出れば露店から果物をくすねていく。

 亡霊であるはずの自分が受肉した関係上、食事は必要なのだから仕方がない。また、盗んでいるのではなく永遠に借りているだけなのだ。

 

 ―――と、(おもむろ)に犬耳の女の人から少なくない額のヴァリスを盗む。

 すれ違いざまに今まで数多の女性を解体(切り刻んだ)したお気に入りのナイフでさらりとやる。

 横道を三つぐらい通り過ぎるとさっきの女の人が地面を血眼で見回し、怪しそうな人に喧嘩を吹っ掛けているのを無視して、スラムへと通じる道に潜り込んでいった。

 

 

 

 



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三者三様のお話



お久しぶりです。カルメンです。

ブランク明けの為、酷い内容ですがご容赦ください。




 血縁も何もない彼女(ジャック)を彼らへ差し向けて、もう三日以上が経過した。

 驚くべきことに………本当に驚くべきことに彼らは未だに五体満足で生きている。

 ジャックの下級冒険者を殺すような霧を超えるべく、挑んでは逃げ帰り、また挑んでは逃げていく。

 

 

「あの弓使いのせいですね」

 

 

 彼らが生還しているのはあの碧色の猫人族(キャットピープル)のような女性の助太刀があってのことだ。

 仕留めにかかると必ず現れ、あんなか細い細腕でどうやって放つのか、ダンジョンの壁を容易く崩壊させる一矢をバカみたいな速度で連射してくるとか。

 ――これだから才能のある冒険者は嫌いだ。才能の無い自分が嫌いだ。

 

 

「ですが、どうしてあの子の姿や居場所がわかるんでしょう?」

 

 

 ジャックの隠密は完璧だ。そのはずだ。

 最初の襲撃の日、どこぞの金持ちから大金を盗んできたらしい。未だにバレていないことから、気付いていないのか泣き寝入りしているのだろう。

 というか、ヘルメスファミリアの換金係が金を失くしたとミノタウロスも裸足で逃げるような形相で走り回っていたからそれだと思う。

 

 

「――――それはそれ。これはこれです」

 

 

 あの男神、煮ても焼いても食えなさそうな優男のヘルメスは私に真実を教えてくれた神物(じんぶつ)でもある。

 ただ、自分も金が欲しいので返すつもりなどないがそれでも恩義に背いたと思うと―――

 

 

「………? そんなに罪悪感は湧かないですね。むしろせいせいする? みたいな?」

 

 

 胡散臭いから酷い目に遭っても別に構わない………んじゃないだろうか。

 絶対、碌でもないことするだろうし、してるだろうし。

 おおっと、あんなどうでもいい男神は無視して作戦を考えなければならない。

 

 今はまだ私が黒幕だと感づかれているわけではない。

 ジャックの見立てでは誰かを探しているというが―――私の事だろうか?

 だとすれば――――

 

 

「…………希望を持たされて絶望に叩き落とす。よくある手段です」

 

 

 信じてはいけない。

 どれだけ羽振りが良くても、紳士的であろうと彼らは冒険者(クズども)だ。

 絶望から引き上げられたことあるが、それは後に与える絶望をより強く思い知らせるための下準備でしかない。

 叩き落とされなかったことなど無いのだ。

 

 私を探しているとすればあの男に横取りされる前に仕留めようとしているに違いない。

 だけどもし………――

 

 

「―――弱気になってます。リリは弱っちいから頭を使わないといけないのに」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 世の中には二種類の人間が存在する―――なんてフレーズを高校生の時代にはよく聞いたものだ。

 かつては老人のような青年であった永嗣はぼつりとこぼした。

 それは一体何のことですか、と兎のような少年、ベル・クラネルが聞く。

 

 

「壁を超えようとするやつと、避けて行こうとするやつさ」

「………! なるほど、霧ですか」

「そういうこと」

「最初に比べればいくらかマシですよ。アビリティになりましたし! 初めてのスキルですよっ」

 

 

 あの撤退戦から幾度となく霧に挑み続けた結果、二人とも共通のアビリティが追加された。

 耐性(アンチパッシブ)という、カテゴリー的に冒険者には必須のもので、ヘスティアによれば通常の物よりも希少(レア)とのことだ。

 

 

「範囲が広いというけど、どれくらいなんですかね」

「さあ? 少なくともあの霧の中で長時間行動できるようにはなっているな」

「最初は酷かったですよね。毎回、誰かが来てくれているからどうにか逃げきれてますけど」

「だな」

 

 

 効果がどんなものかはわからない―――というよりも、名前だけで大体は意味合いがわかる。

 パッシブの意味を察すれば常時発動していると考えられるがその前にアンチが付いている。アンチとは対抗とか抵抗とかの打ち消す意味合いが強い。

 霧の影響も低くなってきているから昔のゲームで言えばダメージ床を無効化するみたいなものだろうか。

 

 

「だからって、気配が感じ取れるわけでもないし、見えるわけでもないけどな」

「走り抜けるならまだしも、中で戦い続けるなんて無理ですよね」

「………なら、こういうのはどうだ?」

 

 

 圧して駄目なら退いてみよう、まさしくそんな作戦だった。

 成功するかは別として、と頭に付くのだが………。

 

 

「あ、じゃあこんなのも入れてみましょうよ」

「んん?――――なるほど。イイかもな」

「イイでしょう?」

「うんうん。少しは楽が出来そうだ」

「ですよね。はははは」

「あははははは」

「「あはははははははは!」」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人がこの状況を打破しようとする作戦を練っているところ、地下室しか残っていない廃教会では鴉の濡羽色の様に艶やかな黒髪をツインテールに結っているロリ巨乳が頭を抱えていた。

 

 

「うぬぬぬぬぬ………」

 

 

 二人の主神である炉の女神ヘスティアである。

 彼女の前には二つの紙が置かれている。眷属の恩恵を更新した時に必ず写し取っているステイタスの写し………その無改竄(・・・)の代物だった。

 

 

「これ、完全にレアアビリティだ。それも捉えようによっては深層でも重要になる類の………」

 

 

――――――――――――――――

 

時雨永嗣(シグレ・エイジ)

 

種族:人種(ヒューマン)

 

Lv:1

 

力:E=529

 

耐久:D=602

 

器用:S=1091

 

敏捷:A=989

 

魔力:

 

《魔法》

【】

 

 

《スキル》

 

経験憑依(インストール)

 時間経過と遺志により戦闘経験を完全再現する。

 受け皿の意志の強弱により戦闘行動に対してマイナスかプラスの効果が付与される。 

 

 

【月下の誓い】

 剣士である限りステイタスに補正がかかる。

 誓いを破ったとき、このスキルは消滅する。

 

 

【天性の肉体】

 ステイタス上昇補正、耐久の大幅補正、回復力の向上。

 

 

《アビリティ》

 

【環境耐性】H

 あらゆる環境に対して適応する。

 ランクが上がるごとに耐性の幅が広がる。

 このアビリティは自然に対するものである。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

「今更だけど、なんでさ?」

 

 

 レアアビリティが生まれている。これは別に構わない。神秘なんてものもあるんだからね。

 スキルだって………まあ、変化したり減ったりすることはあるよ、多分?

 だが、種族の項目。君はダメだ。

 

 

「半英霊だったのに人種に変化しているのはなんで?」

 

 

 これは問題だ。大問題だ。エルフはがドワーフに、ドワーフがエルフになってしまうぐらいに大問題だ。

 彼は人種だったはずだ。生前ということで、何かしらの偉業を成して英霊として召し上げられかけていた…………と思うけど……。

 一回死んで、もう一度死にかけて―――まさか私は後一回、変身を残して(死ぬ可能性が)ありますとか言わないよね? 流石に泣くよ?

 

 

「おおぅ、そんなことを言っている場合じゃない」

 

 

――――――――――――――――

 

『ベル・クラネル』

 

種族:人種(ヒューマン)

 

Lv:1

 

力:D=609

 

耐久:B=862

 

器用:D=691

 

敏捷:A=901

 

魔力:

 

《魔法》

【】

 

 

《スキル》

 

憧憬一途(リアリスフレーゼ)

 早熟する。

 懸想(おもい)が続く限り効果持続。

 懸想(おもい)(たけ)により効果向上。

 

 

登頂者(チャレンジャー)

 目指す目標が高いほど自身のステイタス成長に補正がかかる。

 発動対象は同じファミリアであること。

 憧れを失ったとき、このスキルは消える。

 

危機感知(ラビットイヤー)

 範囲内に入った一度交戦したことがあるモンスターを探知できる。

 レベルと器用、魔力の数値で変化する。

 おおよその方角がわかる。

 

 

《アビリティ》

 

【環境耐性】H

 あらゆる環境に対して適応する。

 ランクが上がるごとに耐性の幅が広がる。

 このアビリティは自然に対するものである。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「確かに兎だけど。兎みたいな感じだけどっ………」

 

 

 確実にロキから突き上げを喰らう。

 だって、ステイタスはレベルアップの基準を大幅に超えている。

 偉業だってシルバーバックの突然変異種、ゴールデンバックとの戦闘で逃げずに立ち向かっているのだ。

 推定レベルは4以上の化け物をレベル1が僅かでも食い止めたのは偉業というほかない。

 

 それでもこの成長速度は異常だ。

 強敵――――霧の向こうのナニカと戦っているらしいが倒したら………あるいはずるずると長引いたら―――

 

 

「…………厄介なことになるよぅ」

 

 

 神会(デナトゥス)でどんなことになるかわかったもんじゃない。

 かといって、ギルドへの偽装報告はマズい。目をつけられているからなおのことマズい。

 

 

「とりあえず、アタランテにでも頼んでみようか」

 

 

 彼女なら並大抵のモンスターや冒険者ですら容易く屠るだろう。

 ダンジョンという閉所だから手間はかかるだろうが、教会を壊したことを僕は忘れていない。

 オウチ コワス ノ ヨクナイ よね!

 

 

「ふぅー! これでどうにかなるね。あとは全部押し付けちゃおう!」

 

 

 強くなったのは英雄に教えを乞うていたからと言えば問題ない。そう、僕たちには問題はないのさ。どこかの狩人が面倒なことになるだけで、僕らは何の問題もない。

 そうだと言ったらそうなのだ。いいね?

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 今この場には二人の人族と石のように固まった一柱の女神が居た。

 廃教会だった建物の地下室で悩むヘスティアへ、大事な家族が言ったのは次の言葉だった。

 

 

「ダンジョンには深く潜らないようにする」

「ほぇ?」

「1、2階層のモンスターを狩る方針に変えたんですよ、神様」

「んん? …………待っておくれよ。君たちは執拗に霧に巻き込まれる側だよね?」

「そうだな」

「――――聞くけどどこで陣取るって………?」

「表層の部分。それも冒険者が大勢いるところだな」

「…………ベルくん?」

「はい! 僕が考えましたっ」

 

 

 朗らかな太陽の日差しの如く、知らなければ、聞かなければ癒されたであろうその可愛い顔をヘスティアはにこりと笑って、返した。

 そして安い茶葉ながらも愛情をこめて入れた冷えてしまった紅茶を一息に飲み干す。

 何かを籠めるように徐に彼女はすぅ、と息を吸った。

 

 

「アウトォオオオオオオオオオ!!!!??」

 

 

 どこぞのグルメマンガのように目と口から光を放って、彼女は叫んだ。

 トレードマークのツインテールも元気に荒ぶり、風切り音を上げている。

 まるで闘神も及び腰になりそうな気配を纏って、ヘスティアはヤヴァい………そうヤバイではなくヤヴァいことをのたまう家族を りつける。

 

 

「立場を考えておくれよ! そんなことをしたら巻き添え喰ったファミリアに何をされるかわからないんだよ?!」

「神様言ったじゃないですか。ヒトは助け合う生き物だって」

「これは助け合いじゃなくて、利用する行為だよ?? 戦争遊戯(ウォーゲーム)になったら――――」

「?」

 

 

 表層で活動する多少の冒険者なら容易く屠れてしまう我がファミリア最大戦力かつ厄介ごとの種がきょとんとしております。

 

 

「―――――――いやいやいや。ギルドに垂れ込まれたらマジでヤヴァいからね? 都市外追放だよこれ? ただでさえ目をつけられているのに」

「ダメですか?」

「絶対にダメ!」

「ふぅ………仕方ないな。ベル…………善処(聞かなかったことに)しよう」

「おい。今、どんなルビをふった? こっち見ろ!?」

 

 

 やかましく主神などどんなもの、と言わんばかりに二人は明日の手はずを詰めていく。

 もはや埒もあかないとすれば、神気でもって正そうとするが――――あきらめる…………。

 

 

「二人とも………やるならバレないようにね?」

「おう」

「ダンジョンだから不測の事態で済みますよ。吉報を待っててください」

「うぅ………あんなに可愛い白兎が黒兎になっちゃったよぉ」

「ヘスティア………」

「なんだよ?」

 

 

 染色源である男は無意味に輝く真白い歯を見せて、サムズアップした。

 曰く、子どもの成長は嬉しいことじゃないかと。

 もちろん、回避不可能の女神のツインテールが炸裂したのは言うまでもない。






 今回も解説なしです。
 今後については活動報告にてお知らせいたします。


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逆襲の爺と兎


 お久しぶりです。カルメンです。
 非常に遅ればせながら、新年のご挨拶と今後についても活動報告で乗せさせていただきます。

 いつも通りのファッ〇ンクオリティですか優しい気持ちでお願いします。
 ご意見・感想お待ちしております。


 

 

 

 ―――作戦決行日となるその日。ダンジョンには一切の関係もないが晴れた日だった。

 悲しいかな、未だに手付かず………ではなく、地下への入り口が野ざらしにならない程度の小屋を新築し、周囲を撤去もされていない瓦礫の山状態であるヘスティアファミリアの本拠地(ホーム)……。

 ――――涙が出そうです、とは主神のヘスティアのお言葉なり。

 

 その主神たる女神が暴挙を行おうとする家族に強く言い含めている最中であった。

 絶対に無茶はしないこと!

 危なくなったら逃げること!

 バレるへまをしないこと!

 絶対に犯人だと分からないようにすること!

 

 ………つまり、三行で説明すると―――

 

「無理するな

 

 バレるな

 

 目撃者は始末しろ」

 

「最後が違う!」

「犯人だと分からないようにしろって言ったじゃないか」

「どこをどうすれば殺〇にな、って隠している意味ないじゃないか?!」

 

 

 いったい何に対してツッコんでいるのだろうか?

 などと友割れているのも知らず、ヘスティアは深いため息をついて、物騒なことをいう眷属という名の家族に目を向けた。

 碧色の綺麗な大曲剣―――オオダチとか言っただろうか、それを背中に担ぎ、腰には普段使いのカタナを携えている。衣服も最近できた友神(ゆうじん)のタケミカヅチが着ている服装によく似ている。

 

 こう言っては何だ、親バカみたいに思われるかもしれないがよく似合っている。決して優男の顔ではない彼が着るとなんというか…………うん。凄腕の用心棒みたいな雰囲気が感じられる。

 そのことを言ったら―――

 

 

『友人の彼女からも言われたよ。なんというか醤油顔だって』

 

 

 ということだが、ショーユとはなんだろうか?

 どんなものなのか非常に気なる。

 

 

「んんぅ? ああ、そうだ。今更だけどいいかい?」

「なんですか、神様」

「君らの探しているリリルカ某って()とダンジョンの霧だけど………実は繋がっているんじゃないかなって、思うんだ」

「ど、どうしてそんなこと言うんですか?」

「君らも言っていただろ、ソーマファミリアの団員だって。…………バイト先やヘファイストスなんかにも聞いたけど、いい噂は皆無じゃないか」

「そういえば言っていたな。でも、今言うことか?」

「タケ―――極東の神なんだけど、彼に”勝って兜の緒を閉めろ”ってのを教わったんだ。………君なら意味はわかるよね、シグレ君」

 

 

 彼女が事の元凶ではないのか? ボクはそう言いたい。

 二人が信用した件の人物を疑いたくはない―――だが、ソーマファミリアの関係者というこれ以上ない判断材料があるのだ。

 件の存在を捕まえた瞬間に…………なんてことにはならなければいい。

 ただ、連中はそういったことに慣れているというのは噂でわかる。

 

 曰く、必ずと言っていいほど換金所で問題を引き起こす。

 

 曰く、一般の市民や店に恐喝まがいのことをしている。

 

 曰く、何も知らない冒険者を騙してすべてを奪う―――無論、命も………。

 

 疑問なのはこういった噂や疑惑があるのに強制退去(ついほう)や解散と言った処罰が出てこないことだ。

 検討したという記録はあるけど真偽不明とかなんとか………ということはつまり―――

 

 

「いざとなったら―――できるかい……?」

 

 

 ―――僕らが対峙、あるいは退治しようとしている相手は存外、怪物なのかもしれない………。

 

 

「………それは、リリたち(・・)と戦うということですか」

「うん」

 

 

 ―――どうやら理解はしているようだ。

 

 

「………そういう記憶があるのは理解しているし、すでに………な?」

「前の君じゃないよ? 今の君の事だ。疫病男(ポプヌス)のことは相手の自業自得と思えばいい」

「そうではなくて………学せ――――ベルより少し年上の頃にやっているんです」

「………………じゃあ、今度もできる?」

「規模も何も違うかもしれませんがやるしかないでしょう」

「そうかい。―――なら、もう何も………いや、二人が望む最良の終わりであることを祈っているよ」

 

 

 シグレ君もいつもの口調じゃなくて、丁寧な物言いとなってるのは葛藤しているんだろう。

 でも彼なら少ししか知らない赤の他人とベル君(家族)の命を天秤にかけて測り間違えることはないだろう。

 

 

「いってらっしゃい。首尾よく終えたらパーティーでもしよう!」

「―――はいっ!」

「人数増えるかもしれないからよろしく」

「被害者の会とかつくらせないようにね? 神様との約束だよ?」

 

 

 とはいっても守る気もないんだろうなー………なんて思ってしまうヘスティアであった。

 二人が大通りに行くのを見送ると、ヘスティアは小さくつぶやいた。

 

 

「いるよね?」

「――ここに」

「いやー! 居てくれてよかったよ。ボクも柄にもないぐらい天罰モードに突入しようかと思っちゃったんだ(黒笑」

 

 

 ガタガタ………!

 

 

「――――じゃあ、よろしくね?」

「は、はいッ! 神ヘスティア様!!」

「そんな脅えなくてもいいよぉ………失敗したらアレだけど」

「ピィっ!!?」

天界(あっち)に還って、アルテミスにオリオンが気になって眠れないとかなんとか………言っちゃおうかなぁ」

「身命を賭して完遂させて見せます!! で、ですのでどうか…………どうかそれだけは……!」

「うんうん。でも弁明している間に二人は危ない目に―――」

 

 

 残像を残しかねないほどの速度で彼女は消えた。

 多分これで大丈夫だろう。ヘスティアはクールにバイトに行くぜっ!

 

 

「………ほんと、頼んだよ。アタランテ君」

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 作戦はこうだ。

 

 ギルドでアドバイザーから今日遠征する上位ファミリアの情報を入手する(無くても決行します)。

 

 1~2階層で霧を待つ。

 

 発生したら人の多い方へと逃げていく(戦っているうちに方向感覚が惑わされなくなったらしい)。

 

 押し付けて疲弊したところを捕獲、あるいは撃破する(あっさりやられたら………決戦しかない?)。

 

 下手人捕まえて、誰の手か尋も――――拷問する(これ大事)。

 

 もしも…………その時は腹をくくるしかない。

 

 

 

「今思うとすごいクズっぷりですね」

「みんなで不幸になれば犠牲者もいないんだよぉ」

「詭弁ってやつですね! お爺ちゃんが女性の人に詰め寄られたときに言っていたと思います!!」

「……………でも、大好きなんでしょ?」

「はいっ。こうされるのも男のロマンだって言ってました!」

 

 

 その爺さんは永嗣さん的に碌でもないと思うの。

 つーか、そのころはもっと幼いのに、子供に何を見せているのだろうか。

 

 

「お爺ちゃんは言ってました。大きいの小さいのも―――――みんなウェルカムだって。漢を見ましたよ」

「えー………」

 

 

 俺がその爺さんへの印象下落ぶりを言葉にする必要などあるまいよ……。

 

 

「お前の爺さんの話は置いといて、どこのファミリアもいなかったのは失策だったな」

「ちょっと前から少人数で潜り続けているとからしいですよ。大体、僕らが襲撃されているころはそこより深くいるらしいです」

「ということはアレだな。ギルド方面にも顔を出しているか潜伏しているってやつか」

「戻って聞いてみますか?」

「そんな簡単に足は掴ませないと思うぞ」

「行き当たりばったりですね」

「人生とはそういうものだと学べたろ」

「これも作戦を考える人が居ないからなんですね。はぁ………」

「とりあえずこっち見てため息ついたことは不問にしてやる」

 

 

 ――ギルドだけではなく、ダンジョンへの道すがらも見られていたと考えるべきかもしれない。

 ベルは気づいていない、というよりも永嗣自身も今気づいたことがあった。

 

 

(リリルカ・アーデといったら、幅だけで身の丈ほどはあるリュックだ。それにフード付きのマント………)

 

 

 そのイメージが強すぎて、他の姿を思い浮かべる至らなかったことを悔やむ。

 一流の武人は気配で察知するというが、記録の自分ならいざ知らずどっちも選べていない半端者(・・・・・・・・・・・・・)がそんなことをできるはずがない。

 いや、神ゴブニュとの対話で多少なりとも覚悟染みたものは出来上がりつつあるが………。

 

 それはおいておくとして、フードをはずした顔も覚えているこちらが見落とすことはあるだろうか?

 さきの気配についても、それは見えない範囲の事であって目視していて顔も分かっている状態なのにわからないなどということはあり得るだろうか?

 

 

(―――もしかして魔法が使えるのか?)

 

 

 顔を変える変装というと噂になっていたハリウッドの特殊メイクぐらいしか思い浮かばない。

 だが、この世界には魔法というものがある。義姉(あかいあくま)義兄(ブラウニー)―――とくに義姉の方は思いとどまろうとしている仕草があったのを覚えているがそこで講義された覚えがある。大して覚えてもいないが……。

 

 つまり、そういった変身するような魔法があってもおかしくないのではないだろうか?

 体格そのものか、一部を変える程度なのかは定かではないがゼロではないと思う。

 いっそのこと、体格ですら変えられるぐらいの想定をしておくべきだ。

 

 

「神様の助っ人はどんな人なんですかね」

「ロキファミリアの関係者じゃないことは確かだろう。惚れた相手が駆けつけてくれなくて残念だったな」

「ほ、ほほほ惚れてなんてないですよ!? ただ、憧れたというか………お付き合いしたいなぁって……」

「それを世間一般じゃ一目惚れっていうのさ」

「なんかシグレさんに一般常識を学ぶの如何なものか?」

「試し斬りに兎でも殺るか、んん?」

「ごめんなさいっ!」

 

 

 コントみたいな掛け合いをしていれば、あっという間にダンジョンへ。

 潜り始めてほんの少し、まだまだいる場所は序盤中の序盤で新参者やそれを教育しようと熱心さ溢れる先輩風吹かした新人(ルーキー)がゴブリンを小突いたり、コボルドを手玉にして自尊心を満たしている。

 

 その中で二人はというと、何をするでもなく適当に人通りの多いい正規ルートでたむろしていた。

 ここはどんなに強大なファミリアであろうとも必ず通る場所。今はどんなファミリアが来るのか?

 その中にリリルカ・アーデらしき人物が紛れていないかを見ているのだ。

 

 

「―――やっぱりいませんね」

「ハブられているとかいうファミリアの連中といるのか………姿を変えているのか」

「ホントにリリなんですかね。僕体を狙っているのは」

「行方をくらまして数日と経たないうちに巻き込まれ始めたからな。それにあの…………なんだったか?」

「どこかの冒険者の男でしたっけ? そういえば何か言ってましたよね」

「盗んだとか騙されたとかな」

 

 

 ―――となると口封じともとれるな、そうですね。

 なんて他愛なさそうに話しているが聞く人が聞けば軽すぎるだろう!? と反応するに違いない。でも、実際に(タマ)とられそうな目に何度もあっていれば慣れるものです。

 

 これ以上は埒もあかないし、わき道にそれておびき出そうと見切りをつけた。

 二人はまたも他愛ない話で盛り上がる。

 

 やれ、最近感じな無くなって来ていた視線を感じるようになったとか。

 

 ああ、保存食が無くなっていてネズミに齧られているのかとか。

 

 それ、神様です。

 

 よし、逆さ吊りにしてやろう、そうしよう。

 

 下らない話をしていたら、案の定、霧が出てきた。

 尾行さ(つけら)れていたのだろうか?

 ということはやはり、すれ違ったもしくは追い抜いていった連中の中に混じっていたのだろうか?

 

 

「一級に押し付ける作戦は失敗ですよねー」

「話に浮かれすぎて主導からそれなり、だな」

「主導に引きつつ、切り抜けましょう」

「高度に柔軟な対応をし、広い視点で機を見る」

 

 

 つまり、行き当たりばったり(考えなし)を格好よく言ってみただけである。こういう人ってよくいるよね!

 

 

「今更だが、スキルってすごいな」

「前なら火傷ぐらいしていたものが、今となっては虫が這い回っているような感じですよね」

「ナチュラルに気持ち悪い例えを出さないでくれるかね?!」

「虫嫌いなんですか? 農民なんて虫と獣との戦いですよ?」

「そういうのとは余り縁がなかったの! 黒いのとかマジ無理DEATH!」

「意外だなー」

 

 

 有史以来、人類と闘争を繰り広げてきた奴らだ。

 ある意味ではモンスター以上のタフさを誇るだろう。サイズ変わっただけで、それ以外の変化がないとかマジパネェっす。

 

 

「………一つ思ったんですけど………いいですか?」

「気を抜かなければいいぞ」

「あの時、誰が叫んだんですかね?」

「絡まれた時の?」

「はい。僕らのファミリアがどんな立場かわかりましたよ」

 

 

 命の恩人殺したような奴―――それも低レベルの冒険者(役にたたない存在)一級冒険者(役に立つ存在)の貢献度というものか……。

 考慮すればこっちが恨まれるのも当然といえば当然だ―――殺されかけていない(赤の他人)連中からすれば、という前提があればだが。

 しかし騒ぎを助長した放火魔(サクラ)のことか……。

 

 そのことについて謝罪をすると、ベルは永嗣に向かって――

 

 ――別に気にはしてないです。なんていうか慣れましたし。

 

 と、苦笑しながら受け入れた。

 

 

「シグレさんはシグレさんですし、僕は僕です。ファミリアだってそうですよ。何も悪いことなんてしてませんから」

「すまない」

「いいですよ」

 

 

 ベルは、あははと苦笑しているが永嗣のほうは申し訳ない気分でいっぱいだ。

 目指している英雄像からは遠く離れた立ち位置となってしまったからだ。

 英雄になる主役へのイメージは少なくとも人間の敵から始まるものではない。人間に愛され、慕われる存在だ。

 

 だが、彼らを取り巻く環境は大多数の人間が敵となっている状況だ。女神であるヘスティアに害を成そうとするものはまだいない。

 しかしそれがいつまで続くかなんてのはわからない。

 もしその懸念が実際に起きてしまえば、ヘスティアファミリアはオラリオから退去せざるを得ないだろう。

 

 と、すればベルの夢は叶わなくなる。ダンジョンで出会いを求め、アイズとかいう少女に懸想しているベルは金輪際会うことは出来ないだろう。

 ゆえに記録でしかないとはいえ犯した過ちについて今更ながらに後悔するのだ。

 

 そうともなれば、口数も減り無言の状態が続いてしまう。

 先ほどまでの勢いは陰りを見せてしまった。故にそこを狙ったのであろう。

 

 

「来た!」

 

 

 わずかな風切り音とともにベルと比べて大柄な永嗣に向けて、一対のナイフが飛来した。

 どこで覚えたか、それとも偶然か同じ軌道に乗せて放たれたナイフを打ち払い、長柄で弾き落とすと飛んできた方向へ、ジジジッと音がする丸い物体を投げつけた。

 

 玉が霧の向こうへ消えて一呼吸後ぐらいだろうか。

 ボンっ!と音を立てた。

 

 

「横穴は右に一つ。帰り道に敵!」

「俺が相手をするから、先へ。横穴は隙を見て行く」

「任せます!」

 

 

 ベルがわき目も振らずに駆け抜ける。

 それに気が付いたか、明らかにベルを狙って小さいものは妖しく光るメスから、大きなもので鉈に手斧と先ほどよりも勢いも速さも段違いで迫っていく。

 

 

「バカめ、と言ってやろう」

 

 

 そんなことをするということは、そっちに本命がいる(・・・・・・・・・)ことに他ならないだろう。

 打ち払った凶器の数々が地面に壁に天上にと落ち、刺さり、ぶら下がる。

 ふと霧の向こうからはっきりとした人影が近づいてきた。まるで子供のような人影だった。

 

 

「一人で行かせていいの? お兄さん」

「おうさ。お前さん後ろで自由にさせるほうが怖いのなんの」

「私たちは悪いことなんかしないよ? お姉ちゃんにいいこいいこしてもらいたいからね」

「だったら、そのお姉ちゃんのところに連れて行ってくれないか。ちょっとオハナシがしたくてね」

「ダメだよ」

 

 

 霧に覆われた空間で金属音が響いた。

 

 

「お兄さんもひどいことするんでしょ?」

 

 

 返事は風切り音で応じたのは言うまでもない。






 調子を取り戻しつつある今日この頃です。精進していきたいと思います。


『時雨永嗣』
 正村トーリから貰った刀をフル装備してダンジョンに挑む。その姿は総額億越えの新人!
 などと、心無い冒険者は陰口をたたくが猫に小判、豚に真珠とそいつらに相応しくない逸品を持つ僻みでしかない。
 リリを殺せるかという点で、ヘスティアに忠告を受けているがそんな事態にならないことを切に願っている。
 そして、ようやくサーヴァントとの対決が始まった。その行方は如何に!?


『ベル・クラネル』
 お爺ちゃん大好きなちょいと汚れはじめた少年。主に同僚からの汚染を受けているのかもしれない。
 当初の英雄願望、いわゆる一般的なおとぎ話の英雄(ワンマンアーミー)よりも仲間とともに歩んでいく主役のない英雄譚のほうがいいのかもと思い始めている。しかし女の子に興味津々なのはご愛敬です。
 リリのことを助けたいと思う気持ちは確かなもので、最悪の事態は避けたいと思っている。そのためなら――――


『ヘスティア』
 女神を怒らせるとはなんともオロカナ……。
 滅多に怒らないし、怒り慣れていないので被害は甚大となるかもしれない。
 大切な子供たちが心身ともに無事に帰ってこれることをバイトしながら祈っている。
 あ、そこで(*´Д`)ハァハァしている男神は事務所に来いよ。イイナ?


『アタランテ』
 アイエエエエエエ! メガミゲキオコ!!? MK5ナンデ!!?
 神様怒らせると本当にヤバイから俊足を生かして接近中。
 実力からして永嗣が応戦すると確信しているため、もしも(・・・)なことにならないよう死に物狂いです。


『ジャック』
 露出多めな幼女。北米版は全身タイツに変わっていて、作者的には扇情感が爆上げだと思っている。
 もはや霧は意味をなさないと確信しており、正面からの対決に乗り出したが………殺すつもりはないらしい。もしかして―――




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爺、ヤるときはヤる

お久しぶりです、カルメンです。

ちょこちょこ書き続けていたのが区切りがついたので投稿いたし申す。

感想・ご指摘待ってます。





 銀髪に頬に傷のある幼女との戦いは予想よりも静かであった。

 音は高くも鈍くも、ダンジョンの壁に反響していくが多くても3度連なって響くだけである。

 ヒットアンドアウェイに徹し、時折、背筋がひやりとする一撃を放たれる。

 

 

(なんともやりにくい)

 

 

 幼女という見た目もそうであるが想像以上に力があるし、持っている得物が相当な切れ味だ。

 妖しい色で、真っすぐなナイフではなく柄から刀身へと変わる根元にへこみが付いていた。

 

 格好つけか思ったが、こちらの刀をへこみで受け止めると一瞬のうちに一本、へし折られてしまった。ソードブレイカーとかいうものだろうか。

 その見た目は伊達ではないという素直な感想と無様を晒した自分への罵倒が内で渦巻くなか、ダンジョン内という地の利が向こうにあった。

 

 穴倉の中の道というにはそれなりに広く、足場が上下左右にあるここは幼女――ジャックの得意とする場所(フィールド)だった。

 だがしかし、ジャックのほうも青年――時雨永嗣を攻め切れずにいた。

 

 

(速さと力は私たちが上だけど………うまいなぁ)

 

 

 単純な移動速度や膂力はジャックのほうが上であった。

 しかし、それを補ってあまりある技量差と言いつけられている約束や迷いが戦いを長引かせていたさせていた。

 

 ――殺すことを前提にやればイケる。けど、その時は向こうも殺しにかかるだろう。

 

 永嗣はジャックをできれば捕まえたいと思っている。

 ジャックは永嗣をできれば殺したくはないと思っている。

 

 この二つが絶妙に組み合わさり、最後の一歩(殺すこと)を踏み出させないでいた。

 

 

「「「―――ねえ」」」

 

 

 その問いかけを永嗣の耳には性別も年齢も違う複数の子供の声みたく聞こえた。

 

 

「「「どうして探すの?」」」

「………は?」

「「「どうしてお兄さんはお姉ちゃんを追いかけるの? 私たちを殺そうとしないの?」」」

 

 

 そっちの方が早いのに、心底不思議そうに問いかけてくる疑問の声に思わず呆けてしまう。

 無言で顔面に投擲される大鉈へ切り払いをかけると隠れるようにしてジャックは足を狙いに来た。

 腱を切るつもりで音のない突進を前に拵えてもらった脇差で迎撃すれば、右側を通り抜けて回避。猫のようにしなやかな動きで反転するジャックに返す刀で掬い上げるように薙ぎ払う。

 

 音も発てずに遠くへと着地しようとするジャックを追撃すべく、永嗣は駆け出した。

 そんな彼に目を細めるとジャックはさらにさらに下がる。

 

 

(距離を取られたら不意打ちに気を付けなきゃならない。かといってやめたら、今度はすり抜けてベルのほうへ向かうかもしれない。しかし、人通りのある場所にまで下がられたら乱戦か、あるいはこっちが襲撃者として追い立てられるハメになるか……?)

 

 

 留まって合流を選択するか、前へ前へ進んで厄介ごとを露見させられるか?

 どちらにしろ危ない橋には変わりない。

 

 

「なるようになれ、で行くしかないよな」

 

 

 

 

 

 損得を考えずに追ってきた永嗣を見て、ジャックは困ったことになったと考えていた。

 彼自身は気づいていない―――というより、ジャックを含めたこの都市に複数人いる同類の接近を感知していた。

 度重なる戦闘という名の説得のせいか彼女の気配はよくわかる。追い詰められているのは私たちだった。

 

 あの女の人と目の前のお兄さんが同時に襲い掛かってきたら………どうだろうか。子供を守ると言っていたから泣きつけばこちら側につくだろうか?

 

 

「「「――――ッ、危ないなぁ……!」」」

 

 

 緩急をつけて振るわれる剣にサーヴァントとしての身体能力で辛うじて避けることを成功するが……手足ではなく、胴体を狙うそれに相手が軽傷による捕縛より、重傷による拘束へ切り替えたのだと結論付けた。

 二閃、三閃と続いて描かれる軌道は死なない程度だが、死ぬほど痛い激痛を与えるのだろう。

 

 逃げるだけなら問題はない。最大速度で離脱してしまえばいいのだから。

 しかし、ここで逃げれば姉と慕う彼女は――――――

 

 

「「「やるしかないよね………そうだよね!」」」

 

 

 私たちと同じになってしまう。それは可哀想だ。

 どこかの私たちのいずれかの私たちが経験した、その決意という希望(じゅばく)がジャックに逃げることをやめさせた。

 

 なんとも運命の悪戯の様に碧の狩人がこちらに弓を引き絞るのも………。

 鴉みたいな女性(ヒト)があの嫌なヤツの隣にいた女性(ヒト)と一緒にお兄さんに襲い掛かるのも……。

 

 私たちの決意はどうするの? と、声に出さない抗議をぶつけたくなってしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 さて、今更だが彼らが戦っている階層というのは6階層だったりする。

 ここではウォーシャドウや一つ目蛙(シューターフロッグ)、コボルド、ゴブリンといった上層ではなかなか群れをなさないモンスターたちが群れをなして行動している。

 群れをつくるウルフが初心者殺しならば、この階層から初心者パーティー殺しの階層となるのだ。

 

 レベル1の低ステイタス冒険者がソロでここにとどまるのは自殺志願者だと言っても過言ではない。

 例え、格上といつも組み手をしているようなベルであっても…………。

 

 

「キッツイなぁ……!!」

 

 

 小太刀のようなヘスティアブレードを最小限とは程遠い動きで振り回す。

 ウォーシャドウ数体に囲まれるぐらいならなんてことはないが、一つ目蛙やゴブリンなんかと徒党を組まれるとその厄介さは桁違いとなる。

 

 硬く鋭い舌先を矢のように撃ち出す一つ目蛙は図体がゴブリンよりも小さいのに殺傷能力はそれ以上とくる。

 ウォーシャドウは音もなく近づき、鋭い爪と腕一本分は伸びる腕が八つ裂きにしようと迫る。

 

 

「リリ! いるんだろ?! 返事をしてッ」

 

 

 さらに煙幕の中(・・・・)、多対一で戦うなど普通なら逃げる算段をつけるべき状況だ。というか逃げるべきだ。

 しかし自分にはやらなければならないことがある。

 逃げるわけにはいかない。

 

 

「話をしよう! だから……!」

 

 

 臭い袋(モルボル)をやめてくれ! とベルは叫ぶ。

 一定上の実力と実績を認められた冒険者のみがギルドから購入できるアイテム。それが臭い袋だ。

 広範囲でモンスターを誘引できるこのアイテムは製作難易度の低さで容易く量産できる。発案されたときは真っ当に使われていたが、のちにモンスターを使った敵対派閥狩りや略奪の為に悪用され、以降はギルド直営の店か許可を得た製作系ファミリアでしか売ることが出来なくなっている。

 

 だが、製作の簡単さと素材確保の容易さから闇ルートでの販売が横行しており、ガネーシャファミリアらの取り締まりも鼬ごっこになってしまっている。

 ベルは担当のエイナから臭い袋の危険度やどう作られているのかは聞いていたが、その詳細はしらない。

 わかるとすれば、非合法な手段で臭い袋をリリルカが手に入れているのでは、という悲しみだ。

 

 あるいは、霧の正体に無理やり協力させられているのでは? という憤りもある。

 ベルは最後の最後まで彼女を信じたい。

 一緒にダンジョンに潜っていた時、仮面のような笑顔が普通の笑顔になったことを知っている。

 

 

「邪魔、だぁッ!!!!」

 

 

 自分の夢、目的はダンジョンで出会いを求めること。

 危機に陥った女性冒険者を颯爽と助け出し、あわよくばお近づきになりたい。

 困っていたら助けてあげたい。

 悩んでいたら助けになりたい。

 

 そんな自分にとっての最大の敵とは仲間や女の子を泣かすようなことだ。

 危害を加えようとすることだ。

 嫌なことをするしようとすることだ。

 自分の都合のいいように滅茶苦茶にしようとする奴らだ………!

 

 

「――――話をしよう。リリ………!」

 

 

 君を救うために僕は矜持(プライド)だって捨てよう。だから話をしよう。

 そこかしこに落ちる魔石に目も向けず、ベルは前へと進む。

 いつの間にか煙幕からは出ていた。

 そして憎悪と脅えの混じった顔をする彼女(リリ)と出会えた。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 パーティーを引っ張るうえで必要なものは何か? と問えば、それは強さだと答えるものが圧倒的大多数だ。

 ではその圧倒的大多数ではない極少数はどう答えるのか? 口をそろえてこう答えるだろう。即応できることだと。

 

 時雨永嗣は冷静に対処した。

 二つのいびつな短刀を握り、梟の様に音もなく襲い掛かる。請負人(ナイトレイド)と呼ばれる善も悪も関係なく仕事を請けるそれに剣を振りぬいた。

 ナイトレイドが音もなく襲い掛かってきたのなら、永嗣の一振りは音もなく迫ってきた。ナイトレイドは即座に回避を選択した。かつての同僚が何の抵抗もできずに汚物の肉塊にされたのを覚えているからだ。

 もっともその選択は正しく、間違いでもあった。

 

 

「ッ!?―――――――」

「シィッ!」

『退け』

 

 

 回避するよりも速く、迫りくる刃はナイトレイドに深手を負わせていただろう。

 しかし、仲間と思われる覆面によって防がれた。

 黄金に輝く妖しい短剣が例えミスリル製の武具であろうと一断ちにするであろう(わざ)()すらなく防いだ。

 弾くにしては感触が無かった。アニメやゲームのバリアなら何かしらの音か抵抗があるはずだ。それが一切ない。受け流すにしてもそこまでの技量があるようには思えない。

 

 

「何の用だ? こっちは取り込んでいるんだが」

 

 

 鴉マントから返ってきたのは沈黙。覆面からは明確な害意。

 わかるのは二人とも敵だということ。覆面は対処可能な範囲の強さでしかないことだ。

 だが、鴉マントは一撃の重さもさることながら相当に速い。回避不可脳と判断して、受けてから避けるを判断するぐらいに経験があるらしい。それごと断とうとしたが、覆面によって防がれたことを気にしてはいけない。

 

 とまあ、こんなことを問いてみても意味はない。言葉でなく、行動で返答されたのは察しの通りだろう。

 唯一、幼女がこちらへの警戒はしても、背を向けていることが幸いだった。

 こちらとしても喜ばしいが、その視線の先から伝わる気配については敵でないことを祈るばかりだ。

 

 

「手練れかよ!」

「―――」

「なんとか言えッ!!」

 

 

 こちらの呼吸の隙をついて近づいてきた鴉マントの一撃に受け流しもせず、短刀の腹に刃を滑らせて狙う。

 (くび)を狙う必要はない。そのリーチの差で鍔のない短刀を握る親指や腕を削ぎ落すのが狙いだ。だがそれも失敗に終わる。空いていた片方の短刀の腹を腕にかち上げ、膂力に任せて弾かれた。

 それも想定し、滑らす横薙ぎの軌道を縦に変化させて振り下ろす。

 

 残念、鴉マントはそれを半身になって躱し、手を狙って蹴りを入れてきた。

 脚力は腕力の三倍あるとは真実らしく、大太刀の柄で反射的に受け止め、その勢いを利用して鈍い金属音を置き去りに距離を取る。

 

 

「足癖も悪いんだな」

 

 

 覆面からの投げナイフを躱しつつ、左の親指で柄の状況を確かめる。

 半ば砕かれ、残った上下が目釘で辛うじて付属している程度だった。下手をすれば破片で指先を切る羽目になるかもしれない。

 

 対し、相手をは懐から取り出したポーション―――色はヘスティアの友神(ゆうじん)だとかいう男神に見せてもらったハイポーションだろうか――それをへし折れた右腕に振りかけている。

 先の攻防でたまたま負わせられた骨折も耳障りのよくない音を立てて元に戻っていく。

 どれだけの数を所持しているのかは定かではないが、生半可な傷では意味がないのだろう。

 

 

「そうか。真っ二つにすればいいんじゃないか」

 

 

 

 

 ―――殺意の凶刃が疾走(はし)った―――




 FGOの新イベが発表されましたね。うちに沖田は来ませんでしたが………(嘆き

 それはそれとして、久しぶりのあとがき解説だよぉ!




『時雨永嗣』
 お待ちかね、鯖との初戦闘―――というよりも様子見程度の攻防をした。
 類稀なる技量によって身体能力差をカバーすることができるが、相手が大英雄やそれに劣らぬ領域のものなら力で押しつぶされる運命が待っている(なぜなら技量も伴っているため)。
 ヘスティアには殺傷も仕方ないと告げているが、実のところは殺さずにすめば一番と思っていたのと相手の見た目から躊躇していたのは言うまでもない。
 しかし、ナイトレイドと覆面は見た目からして殺れるという差別主義者だったりする。見た目って大事ダネ!!


『ベル・クラネル』
 低階層の集団戦でも単独で通用するほどに強くなった原作主人公。レアスキルによるステータス上昇ブーストと稽古による相乗効果は計り知れない。
 そんな彼の矜恃とは「女性には優しくする」というものだがこの期に及んでは殴り倒してでも……という覚悟を示している。


『アタランテ』
 保有するスキルを無駄に使用してピンチに駆けつけた子供が大好きな女狩人。このフレーズに不穏を抱く作者はおかしいだろうか?
 積極的にしかけるつもりはないが、子供愛とギリシャ魂を天秤にかけると―――誰だって神の怒りには触れたくないのだ。


『リリルカ・アーデ』
 幼女のような少女。年齢はベルより上らしいのでロリJCかJKか……。
 互いの気持ちがすれ違う悲しい状態だが、それを引き起こす最後の一手が神の言葉という皮肉もまた、オラリオという都市を表現しているのかもしれない。


『ジャック・ザ・リッパー』
 あの場にいるキャラではレアリティが一番高い露出過多の幼女。北米版は全身タイツを装備しているわけだが対魔忍っぽく見えてしまうのなぜでしょうか?
 リリルカの言いつけを守り、殺さないように手加減していた。
 なお、アタランテの自分を見る目が少し怖いので、速攻で離脱したのは自分だけの秘密。


『ナイトレイド』
 あるいは「請負人」とも呼ばれる。この名前は二つ名であり、本名はギルドの主神ウラノスと当人の主神以外知らない謎に包まれた人物である。性別も分かっておらず、特徴的な容姿から騙るものも多い。ペスト医師のような姿に三角羽帽子と烏羽の外套は裏家業の人間と喧伝しているようなもの。
 小太刀に近い長さの歪なナイフ二つを主軸、徒手空拳なども用いた近接戦を得意とする。その実力は永嗣の攻撃を負傷前提で払えるほどであり、呼吸の間隙を突くといった対人戦の基本を修めていることから相当の実力者だと思われる。
 請け負う仕事は可能なら善悪に関わらず、請け負うらしく、昨日の敵は今日の友といったことがおきているようである。


『覆面』
 覆面と首から下を隠すぐらいに大きな外套を着る冒険者。もちろん性別も何もわからない。
 外套の中には黄金色の短い魔剣が多数収納されているため簡易な鎧ともなっている。魔剣にどんな効力があるかは不明だが、永嗣の剣を傷もなく受け流して弾くという異常事態を引き起こしたのは注意すべきかもしれない。


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嵐は去り、ヤツが来る


 お久しぶりです。

 ちょろちょろと書いていたため、What,s?な部分もありますがご了承ください。

 蒸発なんかしませんよ。ええ、しませんとも!



















P.S

 みんな、FGOの福袋は何が出ましたか? 私はキングハサンとヒロインXが出ましたよ。宝具レベル2だね!!




 

 

 ――そうか。真っ二つにすればいいんじゃないか……――

 

 天啓を得たかのように呟かれたそれは襲撃者らにとって死刑宣告に近いものだった。

 先ほどとはうって変わって、戦闘力や機動力を削ぐ手足狙いから首や胴体を狙う殺意に満ちたものになったのだ。

 ナイトレイドしかり、覆面しかり、二人ともこの世界最強の都市(オラリオ)ではある程度の強硬手段に訴えられ、かつ遂行できるという実力者である。覆面はナイトレイドに実力こそ遥かに劣るがそれ以上の知識がある。ナイトレイドは知識量こそ覆面に劣るがその実力はオラリオで一線級だった。

 戦いにおいて状況(ながれ)を機敏に察知するという経験則(セオリー)は彼らに味方していた。

 

 ――振るわれる剣閃に殺意がのった。ただそれだけ。

 執拗に首を狙われ、時折、袈裟切りを狙ってくる。避けることが困難な攻撃はナイトレイドが防戦一択になるほどに苛烈にして繊細だった。覆面が迂闊に加わろうものなら、足手まとい(じぶん)のせいで均衡が崩れ、その後に屍を晒すことになるだろうと……。

 

 

(これがレベル1? 馬鹿げている………!)

 

 

 死の旋風がナイトレイドに吹き荒ぶのを覆面は黙ってみているほかない。頼みの魔剣も使えるのは残り二つの欠陥品だけ。

 主の忠告を真摯に受け止めるべきであった、と後悔するもそっち(・・・)の装備は足が付く。手持ちの兜の効力を疑うわけではないがそれらを無視するような連中がいるのもまた事実だ。必要以上の手札を晒さずに済めば万々歳なのだから。

 

 

疫病男(ポプヌス)に力は劣るが速度と技量はそれ以上だという触れ込みじゃなかったか? レベル6なのに……)

 

 

 あってはならないはずの状況に、覆面は主の忌避感と危険視をようやく理解した。

 レベル差は覆らないという神々の摂理を破る不届きもの。背神者とさげすまれるべきもの。

 いや、冒険者(われわれ)誇り(プライド)を……希望、熱意、存在理由を土足で踏みにじり、それを許されざる罪と認識しない愚か者!

 

 

(だとしても取れる手段がない。魔剣はもう使えない)

 

 

 単純に殺すだけなら方法はある。その代償として自分も道連れになるという無視できない欠点があるためその手は使えない。

 お前だけは生きて帰ってこいと命ぜられている。ナイトレイドに使わせるのも一つか………?

 

 

(――――そうなればネメシスファミリアとの抗争は避けられない)

 

 

 主曰く、一癖も二癖もある団員をペットか玩具のように大事にしている女神とのこと。共通するのは一人一人を愛でており、その在り様も意志も決意も何もかもを愛おしいのだとか……。

 最近のお気に入りはこのナイトレイドらしく、依頼するときも死なせないことを条件に付けられたそうな。

 ―――あんなところと抗争などしたら一日と持たずに皆殺しにされる未来しかない。

 

 

(仕方ない。あわよくば、とはいかなかったが本命は完遂して見せよう)

 

 

 火花が残す残光が明るい空間を一時だけ強くさせる。

 迫りくる死によくも耐えていると褒めてやりたいほどに、ナイトレイドは凌ぎ続けている。奇襲の先制かカウンターが主体の奴に防戦一方で封じ込めるとはそれほどなのか。攻め込めると思う時ですら攻め込まない。

 残光で軌道がわかる分、武芸に秀でていない自分には手抜きとしか見えないのだが1級にしかわからない駆け引きというものがある? 今の脇腹は切り捨てるにはもってこいだと思うが…………。

 

 ………目的そのものはすでに果たしているのだ。これ以上を望むのは愚か者のすることとしよう。

 あの弓使いのことも調べ上げて報告しなければならない。

 

 

「退くぞ」

 

 

 ――と言っても退けるわけがない。容易く逃げられたであろう数舜前は自尊心と忠誠心で投げ捨てていた。ことに至っては追い詰めて狩る側が追い立てられて狩られる側となっている。

 そのうえで弓使いと(おぞ)ましい幼女の戦いも終息気味になっていた。

 

 もしやすべては(はかりごと)で、今までの栄光は夢なのか。

 我が主はどこぞの神に嵌められたのか。体のいい噛ませ犬にしたてあげられたのか。

 

 思索にふけっていれば、多くはないが少なくはない量の水物が叩きつけられる音がした。

 ナイトレイドが左腕を垂れ下げている。並の金属よりは頑丈な戦闘衣(バトルドレス)からピンク色の肉面や真白いものが血とともに晒されていた。

 それはつまり―――

 

 

(この男………!!)

「間合いは半歩外。服は堅い。―――もう、覚えた」

 

 

 ―――完全に捕捉されたというほかならない。

 ナイトレイドの傷はもはや浅くはない。今すぐにでも高等回復薬(ハイポーション)か離脱後にエリクサーを使わねばならない状況となっている。

 ――――軽度の損失を恐れている場合ではない!

 

 

「敵を祓え!!」

 

 

 これ以上は使わないと決めていた短剣を握りしめ、叫ぶ。

 こんな上層も上層では起きるはずのない強さの風。風の壁と言っても差し支えのないそれは剣姫の魔法を遥かに超えて我々の視界をゆがめた。

 歪む風景の中、あの男が剣を振りぬいたのを最後に我々は人っ子一人もモンスターもいない場所に寸前の体勢のままでいた。

 

 

「逃げ切れた………?」

 

 

 ともすれば、安堵のためか全身から汗が吹き出してくる。先ほどまではさしたる乱れもなかった呼吸がひどいものとなり、短剣を握っていた腕の感覚が無くなって、じくじくと熱を帯びていた。

 吹き出す汗が変装するための衣装を濡らし、湿り気を帯びて貼りつく布をはぎ取りたいとさえ思う。しかしそんなことはできない。いつどこに人の眼があるのかわからないのだから。

 

 それよりもナイトレイドを治療しなければならない。真実を知るものは一人でも少なければいいと思うが、治療もせずに死なれるとその先はネメシスの怒りが待っている。主も神のウソを見抜く力を誤魔化す道具を所望しているがそれは何時できるのやら……。

 

 酷い倦怠感とともにナイトレイドの左腕にハイポーション――――ではなく、エリクサーをかけようと―――

 

 

「―――――――あ……?」

 

 

 ―――としたが、肝心の腕がまるで折れたように直角に垂れ下がっていた。

 握っていた短剣はその特性上、塵も残さず朽ち果てるから気付かなかったのだ。

 ――僅かな部分を残して腕が垂れ下がっていた。そして重さに負けたのかブチりと生々しい音を発てて地面に落ちていく。

 

 

「アガァッ! ぎぃいいいいいいいい!!?」

 

 

 刹那、激痛が走り、家畜の鳴き声のほうがよほどマシと思える叫び声がダンジョンに木霊する。

 腕そのものが斬られたことを意識していないのか残りの血を心臓へ送り出していく光景は(おぞ)ましいというよりは滑稽であった。

 心臓の鼓動とともに一定の間隔で血を吐き出す腕を覆面は悶絶しながら拾う。切断面を体のほうの切断面とくっつけ、半ば狂乱した状態でエリクサーをぶちまけた。

 

 

「か、はっ――――!!!」

 

 

 聞こえはしないが小さなもの―――神の言う細胞とやらがくっついていく音が身の毛をよだたせる。

 傷口も烈火のごとく熱を持ち、真っ赤に焼けた鉄でも押し付けられているのではなかろうかと幻視する。いや、むしろそのほうが幸福であると断言できるぐらいの苦痛であった。冒険者がエリクサーを使わないようにする理由がわかる気がした。

 

 息も絶え絶えにぶるぶるとうずくまっていると石を踏むブーツの音がした。

 咄嗟に投げナイフを投擲しようとすればくっついたばかりでエリクサーが滴る癒着部分に鈍くはない鋭い爪が抉り込まれ、ぐちぐちと肉を抉りつぶされる痛みとそれを直そうとする激痛に絶叫した。

 

 

「見ィーっけた」

 

 

 ―――そして目を覚ましたのは泣きつく仲間と怒りをこらえる主神がいる自室だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 リリルカ・アーデにとって冒険者とは理不尽と暴力の化身である。なぜなら些細な理由で手が付けられないくらいに暴力的になる脳筋(トロール)|だからだ。

 

 

 リリルカ・アーデにとって白い兎と青年は貴重な仲間であった。今は憎むべき相手だ。なぜなら自分でも大切にしていた心を失わせたから。死に物狂いで死なないようにギリギリを生きてきた自分を遊び半分で飛び越えた裏切者(チート)|だからだ。

 

 

 ――――結局のところ…………昔、貸本屋で読んだ迷宮英雄譚(ダンジョンミィス)|は所詮、作り話でしかないということを今になって悟ってしまったのだ。諦観してしまったのだ。閉じこもってしまったのだ。

 だからこそ彼女は白い兎(天才肌)に|ドブネズミ(自分)|の悪意を叩き込んで穢してやると息巻いていた。

 息巻いていたのだった……―――――

 

 

「理不尽すぎる」

 足を狙ったボウガンが避けられた。

 

 

「何故こんなにも差が出る」

 皮装備(レザー)程度なら容易く切り裂く鋼線の中を駆けてくる。

 

 

「なんでそうまでする」

 魔道具の電撃を受けても止まらない。

 

 

「見せつけたいのですか」

 毒煙の向こうから怯まぬ視線を感じる。

 

 

「お前と違うって」

 私に語り掛けてくる。

 

 

「悦に浸りたいのですか」

 綺麗な言葉をかけてくる。

 

 

「弱者に手を差し伸べることで」

 そんなことを無いと目の前までやってきた。

 

 

「どうなんですか!?」

「一緒に冒険がしたいから………君とシグレさんとまた一緒に冒険がしたいから……!」

 

 

 ――僕らは君を探していたんだ!――

 目には見えないし、肌で感じることもできない。

 しかし、見えざる、感じざる衝撃がリリルカ・アーデを揺らした。そんなことのために苦痛を受け続けていたのですか? 思わず口に出た心の声だった。

 

 

「そんなことじゃない。とても、とても大事なことなんだ」

他人事(むかんけい)でしょう!?」

「関係あるよ。僕らはパーティーで仲間じゃないか」

 

 

 彼は酷い有様だ。

 電撃の火傷、手足からは血が滴り、毒によって顔色は悪い。

 満身創痍というほかない、そんな有様だった。

 

 すごいことだ。意志の力で痛みも苦しみもねじ伏せているのだろうか。

 自分には真似できない。できるはずがない。出来ないから劣等感を刺激させられる。

 

 

「これだけ傷つけられているのにまだそんなこと言うのですか」

「これぐらいしか負けないものがないからね」

「あれだけの罠を掻い潜ること自体が強さの証です。場合によっては死ぬかもしれない罠を混ぜてました」

「でも死んでないよ。手加減、してくれたから」

「……………そんなの偶然と未熟の結果でしかありませんッ」

「だって、“死ぬかもしれない”ものだったんだろ? ならそういうことだと思う」

 

 

 心の古傷が痛む―――

 

 

「ダンジョンならモンスターが食べちゃうから。目撃者も霧のせいで出るはずもない。ロキファミリアが動くほどの大ごとでもない」

「ぅ、あ……」

「君は優しい子だよ。とっても優しくて、優しすぎるから辛かったんだよね」

「ち、ちが――」

 

 

 ―――――やめて……。

 

 

「ごめん」

 

 

 ―――――それ以上は……。

 

 

「もっと早く伝えるべきだった」

 

 

 ―――――聞いたら……!

 

 

「僕の………僕たちの家族になってくれないかな、リリ」

 

 

 ―――――私はもうッ……!

 

 

「一緒に冒険しよう」

「―――――私は……『見つけたぞ、クソガキども』ベル様ッ!?」

 

 

 望まれない闖入者の剣が小さく、最短でベルの背中へと振り下ろされた。

 リリルカの悲鳴が闖入者の気をよくさせたがそれもすぐに驚愕から不快感、果てに怒りへと移り変わった。

 腰に収めていたヘスティアブレードが抵抗を感じさせることなく、地面へと凶剣を流したのだ。

 

 

「急に何ですか?」

「――――テメェ……俺を忘れたってのか、アァ!?」

「忘れた?………リリは知ってる?」

「え、えっと前に絡まれて……路地裏でも………憶えていらっしゃらないのですか!?」

「すぐにリリを探し出そうってなったからあんまり……」

 

 

 本当にあんまりなことだった。あんまりすぎて、なんか……あんまりだった。なんと言えばいいかわからないがあんまりだった。

 

 

「し―――――」

「?」

「死にさらせぇええええええええええ!!!!!」

 

 

 やっぱり始まりもあんまりだった。

 

 

 






 随分と遅れてしまいましたが、待ってくれている方々が1500以上もおられました。
 ならもっと早く仕上げろよと言われそうですが、何分、モチベーションがね?

 冒頭の通り、決して蒸発はしないよう心がけていますとも。
 ただ、鉄血のオルフェンズに浮気し・そ・う♪

 というわけで、久々の解説行くよー!



『時雨永嗣』
 ガチ殺すモードに移行した姿は対峙する者に恐怖を与える、なんていうぐらいに殺気立っている。
 一切の容赦なく致命傷を狙うため、相討ち狙いで行くと本当に相討ちなる。下手を打つと自分だけ死ぬなんてことも。
 最後の空振りでは、無意識のうちに空を斬っていた。


『ナイトレイド』
 主人公の猛攻を腕一本で耐えたことから、実力はオラリオで上から数えた方がいいぐらいに位置している。
 戦闘衣はミスリル糸や急所部にアダマンタイトとそれの糸で織られている特注品。これ一つで中型の一軒家一つが家具付きで買える。


『覆面』
 自らの主神に忠誠を誓っているのが窺えるぐらい、非常に打算的で冷静だった。
 ついていなかったのは離脱する際、思いきり腕を斬り落とされていたことだろう。実は、かまいたちに切られたように断面は綺麗だったため、上級のポーションで腕はくっついていたりするのだが……。


『ベル・クラネル』
 原作と違い、かなり図太くなっているし、これからも図太くなる。
 闖入者のことを欠片も覚えていなかったりと割とイイ性格しているのかもしれない。
 だが、リリが仕掛けたトラップを負傷してもかいくぐるという漢解除から見るに、原作の勇ましさの片りんが見えている。
 しつこいようだが、ゲドのことは本当に覚えていなかったりする。


『リリルカ・アーデ』
 漢解除を見てキュンキュンしちゃっている年上さん。
 比較的、短時間で罠を仕掛けられるなど、相当に手先が器用だった。罠自体も避けられるぐらいに致命傷の高いものばかりだったが、ジャックからの情報とこれまでの実力から推定したものからベルの実力を予想していたりする。


『ゲド・ライッシュ』
 あんまりな人。ほんと、久々の登場なのにあんまりな扱いの人。作者もあんまり印象深くないため、あんまりな扱いしかできない。
 


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