ボクのMod付きマイクラ日誌 (のーばでぃ)
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ボクのMod一覧メモ

ここではModへのリンクやバージョンなどは記述しません(ていうか張れるのでしょうか??)
あくまで、作中主人公のメモという形で紹介しています。
気になった方はぜひMod名で検索してみてください。

※弱冠のネタバレを含む為、本編読了後に御覧頂く事をお薦めします。


テンプレトリップした世界で出会ったMinecraftのMod要素を、ボクの独断と偏見交えて一覧にまとめてみました。

実際のModと、トリップしたこの世界の要素。それぞれを把握していけば、自由気ままなスロウライフも送りやすくなる……と良いなぁと思います。

 

 

@ @ @

 

 

「Not Enough Items」

複数のModを入れていると、レシピの数が100や200では効かない量になり、Wikiを開いてレシピを調べるのすら大変になってきます。

そんな時に助かるレシピを調べる、「レシピブック」系のModです。

同系統のModは数ありますが、このModはレシピブックだけではなく、チートモードと言う無制限にアイテムを取得できたり天気を変えたり時間を操作したり、そんなチート機能を備えています。

その他にもチャンクの境目を肉眼で見えるようにする機能、明るさ15以下の場所を視覚的に見れるようにする機能、ブロックの名前を表示する機能など便利なユーティリティも追加されます。

私見ですが、大抵のマイクラ実況者が入れるレシピブックModはこのNot Enougth Itemsのような気がします。

この世界では、入手したアイテムから派生するレシピが次々と解放されて行くようです。

また、Wikiを見るようにアイテムの詳細も参照する事が出来ました。

この世界においては「ゲームの仕様から進化したMod」と言っても良いかもしれません。

 

 

「Project E」

――詳細は未記入

 

 

「抜刀剣」

スタイリッシュな抜刀アクションが出来る、抜刀剣を追加するModです。

序盤から作れるコストの安さ、チート過ぎることのないバランス、そして何よりそのカッコよさ!

ボクのModプレイで大変お世話になっているModです。

抜刀から始まるエアリアルコンボや、刀に備わった能力を開放する特殊技(SA)、強力な剣を作る為に敵を斬り続け、何度も刀を鍛え続けるシステム。

新しい剣を作ったら、思わず試し斬りしたくなるModです。

コレクター魂がチクチク刺激されて、作成できる抜刀剣をすべてコンプリートしたくなるのも特徴かも。

矢を切り落としたり空中で敵を切り捨てたり、一瞬で接近して連撃を叩き込んだり……このModを入れれば剣の達人になれます。

さて、この世界では……?

 

 

「Mob Talker」

クリーパーをはじめとした適正Mobを擬人化してお話しするModです。

魔法の杖を使って適正Mobに振ればあら不思議。擬人化された女の娘とドキドキ青春ライフを送る事が出来ます。

会話の端々に出る選択肢を選んで、気になるあの娘と幸せな生活を築こう!

……どう見てもギャルゲです。本当にありがとうございました。

ちなみに作成は日本人ではなく、台湾の方だそうです。

台湾さん、感染してますよ!うつっちゃイケナイ日本の病気が感染してますよ!!

もうこの星はダメなのかもしれません……

※作中軽く触れただけで、この要素は出てきておりません……今のところは

 

 

「little Maid Mob」

野生のメイドさんが追加されるModです。

メイドさんをケーキで雇って、お砂糖の報酬を上げて、マイクラな生活をお手伝いして貰いましょう。

戦闘、精錬、農業、探索。可愛いメイドさんがしっかりサポートしてくれます。

サポートパックも充実。メイドさんの声や姿も有志の方が用意してくれているので、好きなものを選んでマイクラ生活に潤いを持たせましょう。

……ちょっと気合入り過ぎじゃあないですかねぇ……

この世界では「メイド妖精」という種族がいるみたいです。

独自の伝説や歴史を持ったり、Mod要素の一言では語れない部分がたくさんあるご様子。

でも、お砂糖が好きなのは変わらないみたいでした。

 

 

「Extra Utilities」

便利なツールを追加するModです。その威力は準チート級と言っても過言ではありません。

序盤に作れるジョウロは、これさえあれば食料に困る事はなくなるほどの威力を持っています。

温いプレイが嫌いな方にはお勧めできませんが、ボクはゆとり世代の温いゲーマーなので大好きです。

作者がサブカルチャーが好きなのか、出てくるアイテムの幾つかには知る人ぞ知るネタがちりばめられています。

 

 

「Thaum Craft」

魔術系Modの2台巨頭のうち一つ。

この世界を構成する元素「相」やエネルギーである「オーラ」の謎を解き明かし、魔法使いになる事が出来る大型Modです。

だけどその深淵にうかつに踏み込むと、二度と日常に帰ってこれなくなってしますのでご用心。

この世界では紅の教団とニソラさんがエンカウントしていたり、ラクシャスさんがThaum Craftの魔術を使っているようです。

過去にも、どうやらネザーに魔術を持ち込んだ人がいたみたい……?

 

 

「家具を導入するMod」

ボクがプレイしたことのないModでした。

……そういう意味ではメイドさんも実況動画でしか知らなかったんですけども。

この世界にはボクの知らないModの要素もいろいろ含まれているみたいです。

Not Enough Itemsから見つけたレシピの中に、椅子やテーブルと言った家具がありました。

ありがたく使わせてもらっています。

※作中明言していませんが、このModは「MrCrayfish'sFurniture」「Bibrio Craft」をイメージしています。

※以前挙げていた「Jammy Furniture」は上記のModでほぼ吸収出来るため、対象から取り下げます。

 

 

「Applied Energistics」

アイテムを電子データにして保持できるModです。

このModのメイン要素を進めるにはある程度の資材がないといけませんが、運用ができると大容量倉庫としてとても頼もしい存在になります。

序盤に作れるグラインドストーンは、鉱石倍化の手段として非常にお世話になりました。

くーるくるくるくーるくるくる……

 

 

「Botania」

花に秘められたエネルギーを取り出し、魔法の道具を作り出す魔術Modのひとつ。

エフェクトがとてもキレイで大好きです。

ボクのプレイしていた環境でエンドコンテンツまで進めていたので、得意な魔術に数えて良いかもしれません。

空を飛ぶアイテムや魔法を解除するアイテムの話が出た時、このModのアイテムを思い出しました。

もろもろ落ち着いたら進めてみたい魔術です。

 

 

「Witchery」

日本語では魔女宗、とも訳される大型の魔術Modです。

箒で空を飛んだり、大釜を掻き回して魔法の薬を作ったり、悪魔と契約を交わしたり。

そんな古典的な魔女の要素を追加します。

ネザーには、このModで追加されるモンスター「ヘルハウンド」が生息していました。

ムルグの町はヘルハウンドと特に関わりが深く、共に助け合って暮らしているそうです。

ヘルハウンドの特殊部隊「ダンシトルラ」はムルグの主力なんだとか。

彼らヘルハウンドを数える時は、一匹とか一体ではなく、人間と同じ様に一人、二人と数えましょう。

 

 

「MCヘリコプター」

輸送系Modの一角、ヘリコプターをはじめとした様々な機体を追加するModです。

……と言ってもボクは使った事が無かったのであまり知らなかったんですけども。

この世界においてのNot Enough Itemsの新しい使い方に気付いたお陰で、このModのヘリコプターを作る事が出来ました。

起死回生の重要な一手を担ってくれたModです。

 

 

「ハリボテエアクラフト」

Minecraftの中で船や飛行機を建築しても、当然動く筈がありません。

これを動かせるようにできる魔法の羅針盤を追加します。

建築した物に羅針盤をペタッと張り付けると、そこが操縦席に早変り。

同系統のModは数ありますが、このModは処理が軽くて移動の際のPC負荷が軽く済む事で話題になりました。

――この世界では処理落ちなんて概念はないので、余り関係は無さそうですけどね。

 

 

「Open Blocks」

地味に便利なツールを追加するModです。

真上の同じブロックに瞬間移動できる「エレベーターブロック」や、経験値も自動回収できる「バキュームホッパー」等、お世話になった人も多いはず。

後、バニラなら死んでしまうとアイテムが飛び散ってしまいますが、このModを入れていると死んだ場所にお墓が建って、所持アイテムが全てお墓の中に納められます。

リスポーンによるアイテムロストのリスクを無くせる訳ですが、この世界においてこれが有効かどうかは試したくないですね……

 

 

「Red Power」

バニラの赤石で論理回路を組もうとすると、兎に角場所を使います。

しかしこのModを使えば、AND回路もOR回路も1ブロックに納められるぐらいコンパクトにすることが出来ます。

壁に貼り付けられる赤合金ワイヤーは信号伝達距離が長く見映えも良いので使いやすいです。

しかしそれだけに収まらないのがこのMod。

アイテム導管や青電力と言った工業要素の追加、火山や巨大樹林と言ったバイオームの追加等、大規模な要素も入れる事が可能です。

追加アイテムにあるLEDランプは、近未来の建物を作ろうとした時に採用する光源ブロックの選択肢ナンバーワンですね。

 

 

「Ender IO」

工業Mod勢が抱えるジレンマに導管があります。

大抵のModの導管は隣通しに設置するとくっついてしまうため、複雑な経路を組もうとすると、スペースが必要になるんです。

それに導管の種類も厄介で、アイテムや液体、エネルギーと言った要素を配管しようとするともう大変。

導管だけで人が通るスペースが埋まってしまいます。

そんな時にはこのMod。

アイテム導管も液体導管も、サポートしている導管は全てひとつにまとめる事が出来る導管を追加します。それなりにコスト掛かりますけどね。

便利すぎて、ボクはこのModから離れられない体にされてしまいました。

他に追加される機械類も便利な物が多いです。

 

 

「偽臣の書?」

ムルグをクーデターに陥れた元凶のアイテムです。

Mod要素なのかこの世界特有の魔法なのか、その詳細は解りません。

詳細が解ったら追記しようと思います。

 

――追記

 

「Hostile Gnosis Primer」と言うmodのようです。

エンチャント本に経験値を注ぎ込む事で、確率でmobを仲間にできる『赤いエンチャント本』を作成できます。

仲間にしたmobを召喚することも出来るみたいですが、この世界ではさらにmobの状況を察知したり、表層意識を読み取るなど上位修正されていました。

強力な反面、誰にでも使える物ではなかったようです。

 

 

「??????」

ネザーの光景がゲームでも見た事のないものに変わっていました。

天井や大地からは骨が突き出て、不毛の土地であるはずのネザーに森林が自生していたり、バカみたいに巨大なハチやハチの巣があったり……

しまいには食べれる地面まであるそうですよ!

この世界特有の者なんでしょうか……?

※作中明言していませんが、この光景は「Biomes O'Plenty」をイメージしています。

 



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オーバー・ワールド
テンプレ・スポーン


日本人て業が深いと思います。

 

八百万の神様って言うけど、ついにテンプレの神様が生まれちゃった模様。

人の思いの数だけ神様がいるんだなぁとしみじみ思うのは多分ある種の現実逃避。

 

まあ、つまりは、そういうことでした。

テンプレですよ。

今目の前に、テレビの中でしか見たこと無いような野原が広がっています。

……やべえ、どうしよう。

 

夢見ているような感覚だったわけですよ。

今思い返せば、真っ白い空間だったのかもしれません。テンプレのごとく。

ただ、例えば夢の中を漂うように、それを意識してはいなかったと思います。

その真っ白い空間の中で、形のあやふや

な光が、ボクに話し掛けるわけです。

 

――私はテンプレの神です。貴方をテンプレトリップさせます。

なぜなら、それがテンプレだからです。

さあ、願いを言いなさい。

 

……もうね、アレですよ。

意識がハッキリした今だから言えるけど、いち神様がこんなメタい投げやり進行で良いんですかねえ。

まあ、ボクも神様転生orトリップ物のプロローグは結構読み飛ばす事ケース多いけどさ。

 

んでまあ、ふわふわした思考で口にするわけですよ。

――神様、ボクはマインクラフトみたいなスロウライフを送ってみたいです。Mod付きで。

その台詞に神様がサムズアップ。

そしてこの状況が完成しました。

なんかもう、ポルポルさんもびっくりだけど、気を取り直して回りを見渡してみます。

 

まず思うのは、マインクラフトみたいなカクカク世界じゃないってこと。

視界の右手に森がまばらに広がって、左にはそこそこ広い湖があります。

野原に目を凝らすといくつか動物の姿が。……アレは、羊とウサギかな?

野生は初めて見ました。

後ろを見渡すと、遠くの方に山脈が続いています。

清みきった空に輝く眩しい太陽の光が、それらを照らしているわけです。

インドアな生活を送ってたからですかね……日本ではそうそう見れない大自然の光景に、思わず「ほえぇぇ……」と声が出てしまったり。

アウトドアはそれほど得意じゃないボクでも、ちょっと散歩してみようかなと思えるような絶景でした。

ちなみに、マインクラフターの目線からしてもココはかなり優良なスポーン地点です。

……おっといけない。

早々に現状の把握と拠点の準備に取り掛からなければなりません。

カクカクじゃないから実感がないけれど、もしここが本当にマインクラフトの世界であるなら、1日はたった20分しかありません。

夜になる前に拠点を用意しないとモンスターにエロ同人ならぬリョナ同人されてしまいます。

死んでもリスポーンする可能性はありますが、マインクラフトにはハードコアモード(死んだら終了)が用意されている以上、油断は禁物です。

てか、普通に死にたくはありません。

たとえモンスターが居なくとも、マインクラフトのように採掘、作成ができなければ普通に詰む状況です。

 

さて、まずは採掘。

踏みしめている草の大地に手を伸ばします。

これがマインクラフトであれば、1m四方の立方体を「土ブロック」という形で入手出来ますが、さて……?

ざくり、とボクの手は土を掬い取りました。

……リアルのように。

 

あれれー?神様、あなたサムズアップで答えてくれましたよねー?

アレですか。スロウライフのスロウをslow(のんびり)じゃなくてthrow(投げる)と勘違いされました?

ボクの命は投げ捨てるものなのですか?

リアルはクソゲーだってばっちゃが言ってたんだぞ!

 

……まてまて、まだ慌てるような時間じゃない。

さっきのは、ほら、アレですよ。

普通に掬い取っちゃったからダメだったんですよきっと。

マイクラの採掘ってほら、アレじゃん。

地面何回も叩くとヒビが入って広がって、最後にドロップするカンジじゃん。

やり方がダメだったんですよ、きっとそうですよ。

……したらば。

一度深呼吸してから、もう一度大地に手を当てます。

今度はブロックにする事を意識しながら、トントンと叩いて……

ボコンッ!と音を立てて目の前1m四方が突如消滅しました。

思わず「う”おっ!?」て変な声が出ちゃいましたよ?

恐る恐る自分の手の中を見ると、拳大の土の立方体が握られていました。

「…………」

きっと驚愕と、好奇心と、歓喜がまぜこぜになった表情を浮かべていたと思います。

声も出ないまま穴の隣にその立方体を置くと、それは1m四方の土の立方体になってそこに設置されました。

――確定です。

 

ボクは今、マインクラフターなんだ!

 

奇声上げながらボクは思いっきりガッツポーズしました。

神様、さっきは疑ってごめんなさいっ!

 

@ @ @

 

マインクラフト。

その名の通りMine(掘って)Craft(作る)ゲームです。

資材を集めてアイテムを、建物を作る。

基本的にはそれだけのゲームです。

字面だけ追うとつまらなそうだけど、これがまたハマると本当にもうドップリ。

木を切って原木から木材を作り、木材から作業台を作り、つるはしや斧などのアイテムを作って。

集められる素材が増えて、作れるものがさらに増えて、家や畑にとどまらず村の整備や巨大な施設の建築を考え出したらもう手遅れ。

リアルで町を歩けば「あ、あの建物かっこいいな。ボクも作ろう」なんて無意識に考えるようになったりなんかして。

隠し扉や自動駅の作り方を調べて、自分で新しく作っちゃう。赤石回路のお陰で論理回路に強くなったのは絶対ボクだけじゃないと言い切ります。

そんなドップリだったけど、ボクの場合はもさらにディープなところに踏み込んでいました。

Modと呼ばれる追加プラグインを入れて、マインクラフトに工業や魔術と言った要素を追加して遊んでいたのです。

アイテムの自動クラフトや輸送に心血を注ぐのなんて日常茶飯事、追加された強力な敵Mobをさらに強力な武器防具に身を包んでボコボコにする毎日です。

 

神様にお願いする時に「Mod付きで」と加えたボク蝶☆ファインプレー。

具体的にどんなModが入ってるか解らないし、このカクカクではない世界でどこまでその要素が適用されてるかも怪しい物だけど、少なくとも現状の情報が増えるのはありがたいです。

 

Mod「Not Enough Items」

 

マインクラフトで作成できるアイテムのレシピを表示してくれる便利系Modです。

ゲームのUIを変更するタイプのModで、複数のModを入れた環境では必須の代物。

このModさえあれば、作れない物などあんまりないっ!

……とは言え、やはりと言うかなんと言うか、その機能そのまま使えるわけではない模様。

このModの呼び出しを意識することで脳裏に情報が展開される仕様みたいなんだけど、アイテムを無尽蔵に取り出す事ができるチートモードは実装されてませんでした。

また、レシピ閲覧にも制限が掛かっているらしく、実際にアイテムを入手したら、そのアイテムから派生するレシピが解放される仕組みのようです。

……これ、バニラ(Modを入れていないマインクラフト)にも実装されないかなぁ……

ともあれ、お陰で派生先のアイテムを確認する事で、どんなModの要素が入っているか断片的ですが判断できます。

手に入れた丸石から作れるレシピの中に「共有結合粉」がありました。

ボクのよく知るアイテムです。

恐らく、こんな状況になった時、もっとも便りになるチートと名高い有名Mod「ProjectE」に登場するアイテムです。

――これがあるなら、勝つる!

何に勝つんだとツッコまれそうな事を考えながら、ボクの当面の目標が決まりました。

ダイヤと黒曜石とレッドストーン、そしてグロウストーンの確保です。

 

錬金術師に、ボクはなる!!

 

@ @ @

 

とにもかくにも拠点です。

ゲームしてた時は初期スポーン地点に居を構え、そこから拠点を広げて行くのがボクの基本プレイスタイルでした。

今回もスポーン地点に拠点を築きます。

とりあえず作業台とかまどとチェストの序盤作業設置物3点セットにベッドを置いた、5m×5mほどの小さな木造豆腐建築です。

リアルでこの規模の物を一人で作ろうとすれば数日覚悟の代物だけど、マインクラフトでは資材集め含めて10分あればお釣りが来ます――まあ、場所にもよりますが。

近くに羊さんが居たのがさらに僥倖でした。

サヨナラ羊さん。恨むならハサミを作れない序盤でクラフターの目に留まったその不幸を恨んでね。

キミのお肉と羊毛は決してムダにはしないから。

ちなみに、羊さんをシメる時、あらかじめ木の剣を5~

 

6本作ってそれぞれ一発づつ羊さんをひっ叩きました。

この「一度だけ使った木の剣」達は、後にボクのメイン武器にクラフトされます。

羊さん、本当にありがとう。

正直罪悪感パなかったです。

 

近くの湖のほとりから溝を何本か掘って水を引き、自生していたサトウキビを植えます。

マインクラフトではサトウキビ三つから紙をクラフト出来るのです。

この世界でもそれは変わりませんでした。

これから紙が大量に要り用となります。

サトウキビさん、すくすく育てよう。

……え?Modの要素に紙が必要なのかって?

確かに一部それもありますが、それよりももっと切実な用途です。

 

――汚い言い方すると、ぶっちゃけウンコ拭く紙です。

 

ウンコしないのはゲームの中だけです。ボクは普通に便意があります。

小を催した時に気づいて良かったよ。これがラージなヤツだったらボクは今ごろエボリューション。

死活問題です。

トイレだって穴掘って落ち葉砕いて撒いた間に合わせの物を別途作りました。

ガチで死活問題です。

……本当はリアルに存在するバイオトイレシステムに倣っておがくずを詰めたかったんだけど、おがくずはクラフトできませんでした。

原木から木材は素手で作れるのに、おがくずは作れないなんて……

クラフトも万能ではないようで、レシピのない物は常識的に可能と思えるものでも作れないようです。

逆に、落ち葉を素手で砕いたように、特にクラフトでなくとも物を加工する事はできる模様。

なんと言うかこれ、マインクラフトの世界にいるんじゃなくて、マインクラフトの能力をリアル世界で使用できるようなイメージなのかな?

……ああ、なんかそれだとすごく納得できる気がする。

でも困るなぁ。

それだとレッドストーンはもとよりグロウストーンやネザーの存在が危ぶまれる……

なるようになるしか無いんだけどさ。

 

ゲームと違う点と言えばこれもそう。

いまだに高いお日様です。

拠点作って、トイレも作って、サトウキビとついでに小麦の畑も作って、さらに伐採した木の代わりに採れた苗木で植林までやりました。

軽くそこらを探索までしています。

まだ採ってないけど銅や錫、石炭鉱石も発見済みです。

……とうに4時間は経ったんじゃない?

それでも太陽はまだ頭の上。

どうやらこの世界の1日は20分ではないみたい。これは嬉しい仕様だなぁ。

 

拠点と食料の確保が出来たら、いつもは家の床を2マス直下堀りして鉱石を集めていました。

鉄鉱石を早々に手に入れて鉄ピッケルをクラフトし、金とダイヤを最短で狙って行くスタイルです。

けど、リアルを内包するこの世界ではまずバケツを目指そうかなと思います。

……お風呂、無しのまま穴ぐら生活続けるの多分無理だろーし。

服とかタオルも欲しいなぁ。

タオルは羊毛から作ったカーペットでも妥協できるけど、服はなぁ……

革の服はバニラのレシピにあるけど、肌着はできないしなぁ……

石鹸も欲しい。ボディソープとまでは言わないけど石鹸が欲しい。

獣脂に灰かけて鹸化させるしかないのかなぁ……

時に、服をクラフトできるModは知らないけれど(きっと探せばあるんだろーけど)、お風呂やトイレをクラフトするModには心当たりがあります。

ボク自身は使ったことはないけど、ニコニコする動画で見たことがありました。

この世界で使えれば良いなぁ。

ちなみに、差し当たりのお風呂は石で囲んだ所に水を張って、焼いた石を放り込んで間に合わせる所存。

浴槽だけならクラフト出来ずとも何とかなるものです。

 

@ @ @

 

採掘場はゲームのように家の中に直接穴を掘るのではなく、もうひとつ部屋を増築してそこを掘る方式にしました。

ベッドのある部屋の片隅に、岩盤近くまで続く深い穴を開けるのはちょっと怖かったからです。

かまどが置いてある部屋にベッドと言うのも怖い物があるから、後で作業部屋を別に増築するかな……

やはりリアルとゲームでは考え方が変わってきます。

――リアルとゲームの違い。

この採掘はその辺りがかなり顕著に出る部分だろうなと覚悟していたけれど、ある程度は優しい世界だったみたいです。

70mほど掘り下げると、鉄鉱石が合計7つほど出て来ました。

リアルであれば、その辺の野原を掘り下げても鉄鉱石なんて出て来ないハズです。それも、この程度の深さなら尚更に。

オーストラリアの鉄鉱石採掘をテレビで見たことがあるけど、アレは確か山みたいに岩石の多い地質を深さ数キロに渡って露天掘りしていました。

それに、出たら出たでこんな風に鉱石7つとかではなくて、もっと大量に出てくるハズです。

ゲームと比べて掘った深さが比較的深いのが多少気になる所だけど、とにかく嬉しい成果です。

この分布ならレッドストーンも期待が高まってくると言うもの。

とは言え、まだ初日。

鉄も手に入れたのでボクは直下堀りを早々に切り上げ、いそいそとバケツを作りました。本当はピッケルも作るつもりで集めたんですが、途中でModにより追加されるブロンズツールを使える可能性に思い立ち、鉄ピッケル作成はひとまず保留します。

例え鉄が出なくとも岩盤到達か100m地点到達で切り上げるつもりだったので、この鉄鉱石7つは大成果です。

最悪、今日のお風呂は無理だなと覚悟していました。

――かなりのハイペースでここまで突っ走りましたが、さすがにもう時間切れ。

茜色の太陽が地平線の向こうに消えようとしています。

夜が訪れようとしています。

……モンスターの出る、夜が。



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ハジメテの夜

一回だけ使った木の剣に原木を2つ組み合わせてクラフトすると、木の無銘刀「木偶」の完成です。

羊さんを犠牲にして作ったこの木刀、一本残して全て使い潰す予定の物ではありますが、どれも夜を越えるには頼もしい武器となります。

 

Mod「抜刀剣」

 

マインクラフトに日本刀の要素を追加する和製Modです。

そして、ボクがゲームで愛用していたよく知るModのひとつでもありました。

バニラの近接武器はボクにはどうも間合いが掴み難くて、たびたび蜘蛛やゾンビの攻撃を受けてしまってたんですが、このModで作られる刀剣はリーチが長く、一対一であれば無傷制圧もそれほど難しくありませんでした。

ともすれば、スケルトンの弓矢攻撃だって切り落とす事ができる凄いヤツです。

リーチさえ届けば壁を挟んだ向こうにいる敵を切り伏せる事が可能と言う、アヌビス神のスタンドみたいな能力も標準装備!

……まあ、この透過攻撃はこの世界では出来ないみたいですけども。

アレは狙った仕様じゃなくて、ゲーム上のテクニック的な感覚があったからね。仕方ないね。

しかもボクは剣の心得なんて全くないごくごく普通の一般ぴーぽー。飛んできた矢を切り落とすような神業が出来るとは全く思ってません。

が、それでもバニラの剣と並べられたら抜刀剣を選びたいです。

ロマンは大事。超大事。

 

ゲームでは夜が来たら即刻ベッドに入れば夜をスキップ出来ました。

この世界では、さすがにそんなの出来ないに決まってます。

ボクが寝ている間にもきっとモンスターは動き回るし、家を壊す事すらやってのけるかも知れません。

注意すべきはクリーパー。

全身火薬の爆発リフォーマー。

死角から音もなく忍び寄り、その一帯ごと自爆で吹き飛ばすテロリストモンスターです。

ゲームでは窓越しブロック越しだとプレイヤーを認識出来ず、その状態で自爆する事はありませんでした。

この世界でもそれが通るかはかなり疑っています。

例えボクの姿が確認できなくとも、「あ、人工物だ。爆破しよ」みたいなノリでドカンと行かれても不思議ではありません。

「結婚しよ」みたいなノリでボカボカやられたら堪ったものではありません。特に理由のない暴力はボク宛ではなく筋肉かベル何とかさんにお願い致します。

……ああと、しまったぞ。

家の回りを、3m程度の石レンガの壁で囲っとけば良かったんだ。

蜘蛛が登れないように返しも付けて。

そうすれば、クリーパーのあんちくしょうがリフォームに来ても対応出来たのに。

……今からでもやっとくべきかな?

いや、でも壁の構築はさすがに資材が足らないだろうし……

せめて石フェンスだけでも囲っとくべき?

 

――もやもやとやり残した作業を検討することしばし。

ガサリと外から何かの気配がして、ボクは身を固くしました。

無銘刀「木偶」の柄に手を当てて、バクバク心臓の音を聴きながら外の気配に注視します。

――何が出る?

骨か死体か、はたまた蜘蛛か。それともまさか自爆テロ……?

外の気配はそのまま家の出入口まで移動すると、トントンと家の扉をノックしました。

 

「あのぉー……ごめんくださぁーい」

 

え?しゃべっ、ええ??

えええっ!?

 

「誰かいらっしゃいませんかー?」

 

――それは、女性の声でした。

 

なんなんでしょう。

世の中にはクリーパーなどの敵性Mobを萌え化して、ギャルゲーのように遊ぶ事ができると言う未来過ぎるModがあると聞きますが、もしかしてそれの要素だったりするのでしょうか。

マインクラフトの住人は基本的に「ハァン」とか「フゥン」とか鳴くだけの、鷲鼻の村人だけのハズです。

 

「は、はぁい……」

 

無銘刀「木偶」は腰に差したまま、すぐに抜けるように警戒しつつ。

おっかなびっくり扉を開けるとそこには……

 

「ああ、良かった!人がいました!」

 

黒い髪の上に乗った白いカチューシャ、ほのかに紫がかった黒い瞳。

150cmちょっとの小さな背丈でフリルの入ったエプロンを着こなす、ホッとした表情のメイドさんが居ました。

 

……って。

 

「メ……メイドさん??」

「はい!メイド妖精のニソラと申します」

「そ、それはご丁寧にどうも……?」

 

――そう言えば、ありました。

ギャルゲーModと同じく未来に生きる、マインクラフトにあろう事か「メイドさん」の要素を追加してしまった和製Mod。

なぜ全力を尽くしたのかとツッコミを入れたくなってしまう程作りこまれた有名な萌え系筆頭。

 

Mod「little Maid Mob」

 

おおざっぱに言うと、野生のメイドさんを雇用するModです。

凄い字面だけど間違ってないのがヒドイ。

彼女の口にした「メイド妖精」なんて単語は聞いたことありませんが、きっとハリポタの屋敷しもべ妖精みたいな物なんでしょう。

この世界ではメイドさんは「なる」ものではなくてスポーンするものだと……おかしいよね?リアルに考えると絶対これっておかしいよね?

 

「私、旅をして回っている者です。日も暮れたので寝床を探していた所、この家の明かりを見つけまして。もしご迷惑でなければ、夜露を凌ぐ場所と……できればお砂糖など分けて頂けないかなぁ、なんて」

 

固まっているボクの姿が先を促しているように見えたのでしょう。

頭をカリカリしながら理由を語るニソラさん。

よくよく見れば、大きなカバンに小さな外套、木の杖と、メイド服以外の部分はちゃんとした旅人ルックです。

バイタリティー溢れるメイドさんですねぇ……

使い込まれたそのアイテムの数々に道中を想像したりすると、なんだか尊敬してしまいます。

こんな小さな体で一人旅かぁ。すごいなぁ……

せっかく訪ねてくれたんだし、おもてなししてあげたいのはやまやまだったんですけども。

 

「そ、そうですか……いや、困ったな。見ての通りの家なので、おもてなし出来るような物がありませんで」

 

何せ椅子もテーブルもない拠点です。

お茶すら出せません。

寝床だって、ベッドを作れる羊毛はもう使ってしまいました。

どうしようかなと辺りを見回すボクにニソラさんが慌てます。

 

「あああ、ご無理をされる事はないです!あわよくばと思っただけですので!野宿を続けて来たのでお断りされても問題ありませんし!」

 

いやあ、さすがにそれは後味が悪すぎます。

 

「うーん、本当に場所とお砂糖位しかお分け出来ません。大したおもてなしもできなくて恐縮ですが……5分ほどお待ち頂けます?」

 

チェストを漁ると木材と原木がいくつか残っていました。

この量なら、2m×3m×2mのスペース位は出来そうです。

ニソラさんのこの体躯なら十分でしょう。

 

「こっちの壁で良いかぁ……」

 

まだスペースの空いている壁を撫でると、ボクはおもむろに石の斧で穴を開けました。

 

「ほえええぇ!?」

 

ニソラさんがごっつ驚いています。

気にせずポンポンと床を張り、壁を作って屋根を設置します。

もう慣れたものです。

後ろで「ちょっ!?ちょっっ!!?」と声が聞こえるけどガン無視です。

トドメに松明を壁に掛けて、ドアをつければ小部屋の増築が完了しました。

後は……お砂糖だっけ?

サトウキビは紙にしようと思って余った2つしかありません。

サトウキビひとつから砂糖をひとつクラフト出来ます。

明日になればまた収穫できるし、全部あげても別に良いかな。

と言う訳で即席クラフト砂糖を2つ。

アイテム状態じゃ困るだろうと木のボウルも作ってその中にドサッと入れました。

ううん、5分も要らなかったなぁ。3分で十分でした。

 

「ええと、こちらでよろしいですか?」

 

ベッドを置けなかったのが悔やまれますが、野宿して来たと言ってましたし、その点は我慢して貰いましょう。

流石に無い袖までは触れません。

驚愕を顔に張り付けたまま開いた口の塞がらないニソラさん。

完全にフリーズしています。

……ふうむ、マインクラフターはもしかして存在しないんですかねえ?

ますますリアルっぽい世界です。

「おーい」と声をかけると「……ふぁっ!?よ、よろしいです!よろしいですっ!」とコクコク頷くニソラさんの仕草が何だか可愛らしくて、思わず小さく吹き出してしまいました。

 

 

@ @ @

 

 

床材にして余った木のハーフブロックを腰掛に置きました。

木のボウルは1度のクラフトで4つ作れます。あと3つ残っているので、せっかくだから今日のご飯はキノコシチューにしましょう。

森の中で見つけた茶キノコと赤キノコをボウルと加えてクラフトです。水の要素なんてどこにもないのに、手元にはキノコシチューが生まれます。

質量保存の法則?

マインクラフトの世界ではそんなものウンコ拭く紙以下ですよ?

考えすぎるとSAN値が下がります。

 

対面で、ボウルに盛ってあげた砂糖を口に運ぶニソラさん。

その視線はキノコシチューに向いていました。

食べたいとかそう言うのではなくメチャクチャ怪訝な顔しているので、今まさにSAN値が下がっている最中なのかもしれません。

 

「あの……ええと……」

 

行き場のない声を口の中で転がして。

 

「……そう言えば、お名前を伺っていませんでした」

「ああ、そう言えばそうでした」

 

名前。名前かぁ……

この世界にスポーンしてしまったからには、元の名を名乗るのもなんとなく憚れます。気分的に言うなら、ネット上のハンドルネームに本名を使うぐらい憚れます。

とは言え、マインクラフトの主人公の名前を使うのも違うと思います。

スティーブ、もしくはアレックス。公式ではそれが主人公の名前な訳ですが、それ以前にこの名前は「山田太郎」とか「ジョン・スミス」みたいにありふれた名前と言うニュアンスを持ちます。

そも、ボクは日本人です。英名は違和感が酷すぎました。

 

――日本風で、マインクラフターで、かつ違和感の無い名前……

 

考えてみたらすんなり浮かびます。

これしか、あり得ませんでした。

 

「――タクミ。ボクは、マインクラフターのタクミです」

 

クリーパーにつけられるあだ名のひとつではありますが、本来の「匠」の意味から鑑みれば、これほどしっくり来る名前もありませんでした。

ボクは今から、タクミを名乗ろうと思います。

 

「タクミさんは、魔法使い様なんでしょうか?」

 

さっきのデタラメクラフトの事を指しているんだと思います。

確かにボクもリアルの世界で見れば、幻覚でも見たのかと疑ってしまう気がしました。

さて、まず出てきた魔法使いという単語。

どう言った意味で口にしたのか気になる所です。

マインクラフトのModには魔術を追加する物があり、ボクが最初の目標に決めた「ProjectE」の錬金術も、大別すれば魔術Modに区分されます。

気になるのは、「魔法」と言う技術が認知されているかどうかですが……

 

「うーん……いずれは魔法に手を出したいのですが、今はまだその前段階にも至れていないんですよ」

「アレで!?」

 

お、興味深い反応が返って来ました。

取りようによっては、魔法の存在を肯定する反応です。

 

「ニソラさんは、魔法を見た事があるんですか?」

「はい。旅をしているとそう言った不思議な技にも結構出会う事があるんです。最後に見たのは……あんまり良いものでは無かったですが。あの、紅の教団ってご存じですか?」

 

……ご存じでした。

魔術系Modの二大巨頭のひとつ、Mod「Thaum Craft」の中に出てくる敵性集団です。

「魔術系Modを入れて遊んでます」と言えばまずこれの事を指すほど定番かつ有名なModで、その例に漏れずボクも入れて遊んでいました。

自然界に満たされている魔法の力を集め、強力なアイテムを作ったり術を使ったり出来るようになるのですが……

その奥義を追えば追うほど「歪み」と呼ばれる現実との剥離を引き起こします。

深淵を覗く者は、また深淵に覗かれている――なんて言葉がありますが、まさにそれです。

肉体と精神がねじ曲がり、狂気に侵されてまともに生活する事すら困難になります。

永続的な「歪み」に囚われれば、もはや回復する事はできません。

「紅の教団」は、そんな魔術にドップリ嵌まっている方々の集団です。

 

「……もしかして、エルドリッチの祭壇を祀っている現場にでも出くわしました?」

「爆発する光の弾を杖からこう、どわあああっ!!って出してきて……死ぬかと思いました」

 

世界に点在する「エルドリッチの祭壇」と呼ばれるオベリスクは、紅の教団の儀式の要です。

祀っている所に出くわしたら殺されます。

逃げても執拗に追いかけられて殺されます。

 

「よく無事でしたね……」

「まったくですヨ……」

 

思い出したんですが、Thaum Craftではその「歪み」をある程度緩和する用途としてですが、バスソルトや石鹸を作れるんですよね。

きっとそのうちボクも片足突っ込みます。

ゲームでは「歪み」により解放される要素が多かったから、チート防具に身を包んで自分から「歪み」に突っ込んだりもしましたが、この世界ではやる気になれません。

 

「まあ、ああ言う人達が使う魔法だけではない事も知ってますけどね。……私、そう言った魔法とか、景色とか、色んな物を見たくて旅をしているんです」

 

そんなヒドイ目にあったにも関わらず、彼女の好奇心は留まる事を知らなかったご様子。

 

「私達メイド妖精は、別の世界から来たやって来た、なんて言い伝えがあるんです」

「……へえ?」

 

面白い話が飛び出してきました。

この話は、知りません。

Mod「little Maid Mob」にもそんな設定はなかったハズでした。

 

「そこは妖精達が住まう世界で、魔法の森が広がり輝く大地に満ちた、とても綺麗な世界なんだと寝物語に聞いた事があります。命の力が溢れ出ていて、妖精はその力を生活の糧にしているんだそうです。――いつの日か、私達はその地に帰り眠りにつくんだって。語り継がれてきた神話のひとつです」

 

……当然の事ではありますが。

ボクはマインクラフトやMobを知っているだけで、彼女を、この世界の事を知っている訳ではありません。

この世界はきっと、ボクがこの地にスポーンするずっとずっと前から此所にあり続けて来たのでしょう。

ゲームとの違いも沢山あるに決まっています。

ボクは今、その違いの最たる場所にある壮大な物語を聞いているのでしょう。

沸き上がった感動をそのままに、「素敵な神話ですね」と相槌を打ちました。

 

「別の世界を行き来する方法がある事を、旅の合間に知りました。そんなことが叶うなら、ぜひ神話に出てくるような妖精の世界をこの目で見てみたい――それが、私の夢なんです」

「妖精の世界ですか……」

 

ボクはまだこの世界に来たばかりで、目標は立てても夢なんてまだ考えてはいませんでした。

でも、マインクラフターはそう言った夢を真っ先に持つべきなのかもしれません。

かつて、バニラで遊んでいた時代。ボクは高度限界一杯まで伸ばした世界樹を作り、その幹の中に人々が生活する村を作りたいと言う夢を抱いていました。

……地下採掘の最中、雷雨に打たれた幹が燃え上がり、その夢の半分まで完成した世界樹が、一夜にして消滅してから諦めましたけども。

これと同じ夢は例え成っても危険すぎるので見れませんが、彼女のように大きな夢を見るのは憧れます。

 

「ある程度落ち着いたら、ボクも世界を渡って冒険してみようかな……」

 

それは、とても素晴らしい考えのように思いました。

 

「――タクミさんは、世界を渡る方法をご存知なんですか?」

 

ニソラさんが目を丸くしています。

 

「ええ、まあ――」

「ほんとですか!?」

 

さすがの食い付きでした。

妖精の世界、と言える物にあまり心当たりはありませんが、別世界に渡るだけならいくつか知っています。

 

「行き先は妖精の世界とは違いますけどね。準備が整ったら別の世界への扉も開ける予定ですし……妖精の世界とは真逆の場所ですが」

 

なんてったってグロウストーン。

これの確保の為に、「ネザー」と呼ばれる世界に出向く必要があるのです。

日本語では「地獄」とも訳される溶岩と赤い岩石に覆われた、光の差さない灼熱の世界。

バニラ環境ですら厳しい難所ですから、Mobの要素が加わったネザーは一体どれだけ危険なのか考えるのも怖いです。

相応の準備をしないと流石に行く気になれません。

……と言うか、まだ行けないんですけどね。

行くには黒曜石が必要で、黒曜石を採取するにはダイヤピッケルが必要です。

 

「つ、連れてって貰えませんか!」

 

目をキラキラさせながらのその台詞は予想出来たものでした。

 

「いえ、さっきも言いましたけど妖精の世界とは本当に真逆の厳しい世界なんですよ。ニソラさんの夢とは違うでしょうし……」

「構いません!別の世界に行けるのですよ!?その冒険が良いんじゃないですか!あ、危険とかも大丈夫です。そこらの有象無象より運動能力とか戦闘能力は自信あります私!」

 

あらやだこのメイドさんたくましい。

 

「ええと……それに、準備にどれぐらい掛かるかもわかりません。装備を作るための鉄と、黒曜石を掘れるピッケルの作成が必須です。と言うか黒曜石を採取するための溶岩溜まりもまだ未発見です。遠距離攻撃の手段も欲しいし、運にもよりますが準備に2週間は見ていますし……」

「では、その間お手伝いさせてください!私はメイド妖精ですので、お役に立てると思います。――あと、溶岩溜まりは心当たりがありますのでご案内できますよ!此所から1kmありません」

 

あらやだこのメイドさんたのもしい。

……しかしさっきの話を聞いてしまうと、行き先がネザーなのが何だかとても罪悪感です。

それに、お手伝いって事は……つまり契約って事ですよね?

Mod「little Maid Mob」は野生のメイドさんを雇ってお手伝して貰うModですから、彼女にとっては普通の事なのでしょうケドも。

 

「嬉しいですが……日にいくつかの砂糖ぐらいしかお出しできないですよ?それに、契約の為のケーキもありませんし」

「……タクミさん。ケーキで契約するなんて絵本の中のお話だけですよ。確かに私達メイド妖精は、砂糖さえあれば生きて行けますけども……」

 

え、マジですか。

ケーキで契約して砂糖の賃金あげて、払えなければストライキするんじゃないの?

すっかりModと同じだと思って居ました。

 

「お願いしているのは此方ですから、賃金とか気にされなくても良いんですけどね。――もしそれが心苦しいのであれば、タクミさんのお話もっと聞きたいです。別の世界以外にも、タクミさんの魔法をもっと見てみたいんです!」

 

好奇心でキラキラしたニソラさんの目を見てで、ボクは自分が絆された事を自覚しました。

何より、この世界の事を何一つ知らない自分にとって、戦闘技能つきのオブザーバーの存在は貴重過ぎます。

利己的な視点から見ても断る理由がありません。

 

「……わかりました。ボクも色々教えて欲しい事がありますし、持ちつ持たれつで行きましょう。これからよろしくお願いします」

「契約成立!ですねっ!こちらこそよろしくお願いします!」

 

握ったその手を元気よくブンブン振りながら、ニソラさんは満面の笑顔でした。

 

「……そうとなれば、口調も崩させてもらうね、ニソラさん」

「ハイッ!……あ、私はこれがアイデンティティですので、お気になさらないで下さい!」

「ア、アイデン……そうなんだ。さすがメイドさんと云うべきか……時にニソラさん。ひとつ聞きたいんですけども」

「はい?なんでしょう?」

「この辺、モンスター出るのかなぁ?」

「――え?此方に住んでいらっしゃるのでは無いんですか?……私が見る限りでは、平和な物だと思いますケド」

「……そっかぁ」

 

どうやらはじめての夜を迎えるボクの心配は、本当に杞憂だった模様です。

石レンガの壁を築いていたら、恐ろしく異様に見えたんだろうなぁ……



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ボクたちのスタート地点

お日様が昇りました。

 

昨日までの大雑把に立てていた計画を変更します。

ボク一人ならともかく、同居人がいるのにこんな家具も皆無なお豆腐ハウスで凌ぐのは流石に人間が廃ります。

今日は採掘メインにする予定でしたが、木材の確保と恥ずかしくない程度の家の改築に時間を使いましょう。

それでも時間が余ったら採掘に回せば良いのです。

間に合わせしか出来ないけど、最優先にちゃんと部屋を分けたお風呂場、トイレ、作業部屋とニソラさんとボクの寝室、そしてテーブルと椅子のあるリビングが急務!

 

「昨日一日で建てた家だったんですか此所!?」

 

そうなんです……違うな、一日っていうか10分です。他は探索や採掘に資材集め、畑の作成に時間を使っていました。あとは能力の確認かな。

だから色々無かったの、許してね?

 

「どんだけですかタクミさん……」

 

資材集めは必要ですが、昨日は10分で拠点を建てる事を最優先してたものですから、生活基盤は完全に後に回していたんですよね。

モンスターも無く、24時間建築に使えるとあればもっとマシな家を作れます。

……改築と言うか、建て直しですねもはや。

 

あと、昨日木のボウルを作りましたが、それによってレシピが解放され、またありがたいModの要素を見つける事ができました。

 

「ニソラさんニソラさん。ぶしつけで申し訳ないんだケドも。……骨か骨粉、持ってません?」

「え?……スケルトンを討伐した時の骨で良いなら、売ろうと思ってた奴がありますが」

「よっしゃ!」

 

やはりこの世界にも居るようです、スケルトン。その骨を砕いた骨粉は良い肥料になるから、村に持って行けば小遣い程度の値段で売れるのだそうで。

ともかく、手を合わせてその骨をひとつ頂きました。

昨日ブロンズツールの作成を考えて鉄の使用を控えたボク、超ミラクルファインプレー!

残っていた鉄インゴット5つと木のボウルと骨粉で、もはやチートと言えるそれをクラフトします。

 

Mod「Extra Utilities」

 

日本語訳は「便利ツールたち」ってなトコでしょうか。その名前の通り、半ばチートじゃないかコレっていうほど強力で便利なアイテムを追加できるModです。

コレ凄いんですよ。

いろいろサブカルチャーをネタにしたアイテムもあって、あの海賊漫画「ONE PIECE」に出てくるトラファルガー・ローの刀「鬼哭」がエンドコンテンツに名前を連ねています。

耐久力無限の強力な剣です。

……今回作ったのはそんなネタのあるものではなくて、もうちょっとありふれた代物。

「ジョウロ」です。

 

「……ジョウロですか?」

「ジョウロだね」

「あの、お花に水をあげるジョウロですか?」

「うん、そのジョウロだね。……見た目は」

「見た目は!?」

 

不吉に添えたその単語に過剰反応するニソラさんが可愛いです。

次は何が出て来るんだって身構えています。

――うん、その反応は正しい。

このジョウロはなんてったって普通じゃありません。

 

「このジョウロでお手伝いして貰う内容を説明するね」

 

家の傍の湖に出ます。

昨日植えたサトウキビは、2本ほど成長が3段階まで延びているようでした。

なかなか成長が早いです。

根元を残して全部収穫。マイクラのサトウキビはとても脆く、いっぱつ小突いただけで軒並み収穫できるのでとても楽です。

ニソラさん、「なんて鋭い手刀……」て呟いてますが違いますからね。そんなグラップラーな技能ありませんからね。

ジョウロ手にとって、水源をチョン。

 

「ええと、この根元を残したサトウキビにね。こうやってお水をあげるんです」

 

そしてジョウロでチョロチョロお水を掛けます。

チョロチョロ、チョロチョロ、チョロチョロ……

 

「あの……タクミさん」

「うん」

「ジョウロにそれだけの水、いつ入れたんですか?」

「今の『チョン』がそれですねぇ」

「出てくる水、尽きないんですけど……?」

「尽きないですねぇ」

「あの、目に見えてサトウキビがにょきにょき伸びて来ているんですけど……!?」

「伸びて来ていますねぇ」

「タクミさんこれ絶対オカシイですよ!?」

「オカシイですよねぇ」

 

これがMod「Extra Utilties」のジョウロの能力。3m×3mの範囲の植物の成長をノーコストで促進させる能力です。

序盤で作れる作成コストなので、これさえあれば食料に困る事は無くなります。

 

「ニソラさんがこのジョウロの要になる骨を持っててくれて助かったよ。ありがとうね」

「私もまさかただの骨がこんな伝説のアイテムみたいな物に化けるなんて思って居ませんでしたよ……!」

 

引き攣った顔をするニソラさんにジョウロを手渡しました。

 

「こんな風に水をあげて、ある程度育ったら収穫してね。その間、ボクはもうちょっと広くてマシな畑用意するから。今やって貰うのは、新しく作った畑に移す為の種作りならぬ種キビ?作りね。サトウキビだけじゃなくて小麦の方もよろしく」

「あ、はい……って、畑はここのじゃダメなんですか?」

「収穫数少ないし、効率的じゃなくてなんかダサいじゃん?」

「ダサいって……」

「大丈夫、整地と素材集め合わせて30分あれば終わるから」

「30分って……」

 

まあ、そういう反応しますよねえ。

気持ちは解ります。凄く解ります。

でもまあ、マインクラフターである以上マインクラフトを自重するつもり無いので、早く驚愕から諦めにシフトチェンジしちゃってくださいね、ニソラさん。

 

さて、種づくりを任せて畑です。作る作物にもよりますが、マインクラフトで効率的に畑を作ろうと思ったら大抵形が決まります。つまり、9m×9mの正方形の畑です。これは一つの水源が濡らせる土が4方4mである事に由来します。

今回はこのサイズを基準に作成します。

小麦畑とサトウキビ畑と予備の畑で3つもあれば十分でしょう。

森に入って木を伐ります。ざっと計算したら原木半スタック、32個あれば十分すぎるので8本ほど切り倒せば良いか、と何時もの様に計算しつつ木こりを開始。

ニソラさんが待っているので手早く終わらせます。

昨日植えた苗木も数本育っていました。

ニソラさんのおかげでジョウロが作れたので、木こり目的で森に入るのは多分これが最後です。

今後は植林しながら木を切る方向にシフトして行くでしょう。

……ちなみにこの木材、畑を作る上でどうしても必要という訳ではありません。

美的感覚として、畑の周りを木材の枠で囲いたかったから採っているだけです。

マインクラフターはつくづく業が深いですが、余裕があるのであればこの業は自重してはいけないのだとボクは解釈しています。

昨日の採掘で有り余っている石を使ってシャベルやクワといったツールを作り、必要範囲を手早く整地。原木から作った木材で畑を囲うと、畑の真ん中に水源を作ってザクザク土を耕します。

サトウキビ畑は水辺にしか作れないので、3本の水路を畑の中に通して、完成です。

残りの木材で作った作業台とラージチェストを畑の傍に設置し、使ったクワや余った資材を放り込んで全課程修了です。

 

戻ると、ジョウロでちょろちょろ水を上げながら、片手でサトウキビをマヨちゅっちゅしているニソラさんがいました。

視線が合うと、ビクリと肩を跳ね上げます。

 

「ふあっ!?あ、いや、その、これは……もうこんだけあるなら一本ぐらい良いかなぁなんてつい魔が差して……ご、ごめんなさいいぃ~」

 

あのMod、メイドさんにお砂糖の賃金先払いしたらつまみ食いされる事があるけど、そこの情報はゲームと合ってるんだなぁ、なんてニマニマしました。

 

「大丈夫だよ。もとより、収穫したサトウキビの半分はニソラさんに回す予定だったしね」

 

傍にはすでに、大量のサトウキビと小麦が置いてあります。

ここまであれば、そりゃあ一つぐらい摘みたくもなりますよねぇ。

……まあ、彼女が摘まんだのが本当にサトウキビ一本だけかどうかは気にしない事にしましょうか。

 

「畑、出来たから場所移そうね」

「もう!?20分まだ経ってないですよ!?」

 

あー、そんなものですか。作業時間なんて正確に測っているモンじゃないから目途が判りません。まあ、短い分には問題ないでしょう。

置いてある作物に手を伸ばし、「シンボル化」してインベントリに取り込みます。

これは昨日見つけたテクニックです。

どうやら、リアルのアイテムも「マインクラフトのアイテム」という形に変換すれば、ボクがどこかに持っているインベントリの中に格納する事が出来るようです。ボクは見た目からこれを「シンボル化」と呼ぶ事にしました。

この変換能力はとても便利で、採取した木の苗をシンボルからリアルの苗に戻したり、その逆を行う事も出来ます。

リアルの苗はちゃんと手作業で植えないといけませんが、シンボルの苗であればゲーム風に設置を行うだけできちっと植える事が出来るようになるのです。

 

「……もう、タクミさんのソレには驚かない事にします」

 

お、早くもいい傾向。

「驚愕」が「諦め」に変わってきましたかね?

――ああ、でも作物を畑に植えなおして行くボクを見て、「このスピードでこの正確さ……巧さんはプロの農家な人だったんですね」と感心するのは頂けません。

そっち方面ではないので、もう少し常識的な思考から踏み外してくださいね。

ええ、無茶ぶりは自覚しています。

 

その後は植林&水やり&伐採の木材調達エンドレスマーチです。

こちらは時間をかけて、チェストいっぱい溜まるまで粘りました。

木炭作成のための原木や建材と、木はいくらあっても足りません。

贅沢言うなら他の種類の木材が欲しい所でしたが、今はこの辺にあるオークの木だけで我慢します。

まあ、ゲーム内とは言えボクも熟練クラフターの端くれ。オークの木と石だけで家くらい作って見せますよ。

 

 

@ @ @

 

 

必要な部屋の数を数えます。

生活域として、ボクの部屋とニソラさんの部屋。リビングにキッチン、トイレにお風呂。

それ以外では作業部屋に倉庫、あとは採掘場の入り口になる部屋です。

大雑把な部屋割りを浮かべながら、まずは床材を兼ねた木材を仮置きしていきます。

屋根は台形屋根で二階は作らずに行きましょう。

三角屋根にすると資材がかさむと言うのもあるんですが、なにせ高さが出てくる為、作業中に事故ると「アシクビヲクジキマシタ!!」じゃ済まなくなるんですよね。

でも豆腐は嫌だからせめて台形の屋根です。

また、天井もゲーム時代は5m確保していましたが、実際住むならそんなに要りません。

3mあれば十分過ぎ、5mだと落ち着かないレベルの高さになります。

ゲームだとなんであんなに天井が低く感じたのか不思議でなりません。

……あるいは、スティーブさんの背が高すぎたって事なのかな?ゲーム内での彼の身長は2m弱でした。

家を作る間、ニソラさんには羊毛集めをお願いしました。

初日に視界に入った羊さん達はもうお空に昇って行ってしまったので、羊さんを探す所から始めてもらいます。

毛を刈るための道具は大丈夫かと聞いてみると、自前の山刀で間に合わせられるから十分と言って、腰の後ろに携えていた刃物をすらりと抜いて見せてくれました。最近のメイドさんは恐ろしいモノを常備している様です。

っていうか、頼んどいてなんだけど羊の毛刈りを山刀だけで行うなんて、相当な技量がいるのでは…?

ボクみたいにハサミ右手に右クリックじゃないんですよね??

あんまりあっさり頷いたものだから任せてしまいましたけども。

たくさんあれば困らないけど、そこまで必要なものでもない。量はお任せするから無理だと判断したり良いキリがついたら戻ってきてと添え置いて、ニソラさんを見送りました。

後、びっくりした物があります。

彼女のカバンです。

刈った毛を入れるスペースを作るために、カバンの中の物をある程度置いてったんですが、明らかに見た目以上の質量が入っていました。

なんでも、少し覚悟をすれば買えるレベルの魔法のカバンなんだそうです。

……凄いもんだねと感心したらジト目で見られましたけども。

魔法のカバン、というフレーズでニソラさんのカバンに相当するアイテムをボクは知りません。

いくらこの世界がMod「Thaum Craft」や「ProjectE」と言った魔術要素を含んでいたと言っても、ボクみたいにパパッとクラフト、と言う訳ではないのでしょう。

相応の技術の研鑽やそこに至るまでの過程や応用、そしてそれらを身に着けた職人さんの作業があってこそだと思います。

彼女のカバンもそんなこの世界の中で発展してきた魔術要素の一つと言う事なのでしょう。

 

――家がほぼ完成し、お日様が真上を大分過ぎておやつの時間になった頃、ニソラさんは帰ってきました。

カバンの中にはキレイに剃り取られた羊毛がいっぱいに入っていて、思わず手放しで拍手したら照れたニソラさんが可愛かったです。



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知らない景色を目指して

「――やあっっと落ち着いたねぇ」

 

羊毛と木材でニソラさんのベッドを作って、家も小物も完成しました。

レシピを探していたら木材で作る家具なんかが解放されていたので、それでテーブルや椅子もきちんと用意。

なんのModなのか判らなかった事を考えると、この世界はボクが知る以外のMod要素も追加されていると言う事になります。

それがまた、ワクワクしてきました。

さすがにお茶はなかったので木のボウルに入れた水で乾杯の真似事をすると、ボクたちはやっと一息入れました。

ちょっと遅めの昼食です。

採れたての小麦から作ったパンに、木材伐採の時に採取したリンゴ。これにお砂糖をつけた内容でした。

 

「本当に1日……いえ、半日ですね。それでこれだけの家を作ってしまうんですから、ほんとにもう色々規格外ですよタクミさんは。私の部屋とベッド、気を使って頂いて有難うございます」

「持ちつ持たれつ、だよ。実際、ジョウロの骨粉や採取の手伝いはすっっごく助かりました。ボク一人だったらここ迄するのに多分3~4日掛かっていただろうしね」

「フツーは3~4日でも無理ですからね?」

 

それ以前、ボク一人だったら3~4日経ってもあの豆腐拠点を続けたままだったろうなぁ……

 

「ちゃんとした拠点と生活基盤ができた所で、これからの予定を話しておくね。……まず白状するけど、これから行こうとしている世界。ニソラさんが溶岩だまりを見つけた時点で実はもう行く手段が確立しちゃいました。多分ニソラさん、火打石持ってるでしょ?」

「ええっ!?……持ってます!持ってますっ!!」

「けれど、本当に悪いけど絶対前準備はさせて貰うのでまだ行きません。……入念に前準備をしてなお、どんな予想外の事があるかボクにもちょっと予想がつかないんだ」

 

真剣な目をしたボクを見て、よっぽどだと悟ったのでしょう。

こくこくとニソラさんが頷きました。

 

「向かおうとしている世界は、ネザーと呼ばれる場所なんだ。火が付けばずっと燃え続ける赤い岩石に覆われた、溶岩がそこら中から垂れ下がる灼熱の世界。油断をすると即座に命を落とす難所だと思って欲しい」

「ネザー……あの、伝説の!?」

「伝説になってるの!?」

 

予想外の反応にびっくりです。

 

「ええと……灼熱の地獄だと聞いた事があります。マグマが噴き出て強力なモンスターが闊歩する所だと。

そこにはウィザーと言う魔王が赤いレンガ造りの城で待ち構えているんです。魔界に囚われたお姫様を救出するために、青色に輝く武器防具で身を固めた勇者様が、精霊の作った黒曜石の扉を渡ってネザーに乗り込むんです!魔王ウィザーは三つ首のドラゴンで、空を飛んだり力を吸い取る生首を撃ち出して勇者様を翻弄するんですけど、死闘の末ついに勇者様は魔王ウィザーの胸に聖なる剣を突き立てるんです!断末魔を上げて消滅していく魔王ウィザーの消えた後には、怪しく輝くクリスタルが残ったそうです」

「……それ、何かの物語?」

「えへへ……ちっちゃい頃に聞いた勇者様の冒険譚です」

 

ところどころ心当たりが有りすぎるお話でした。

 

「あとはえーっと、人の魂が染み込んだ歩く度に断末魔を上げる砂漠とか、赤子の鳴き声を上げながら火の玉を吐いて襲い掛かってくるモンスターとか……そうそう、火も何もないのに常に光を放ち続ける黄金のクリスタルとか!」

 

ニソラさんがだんだんノってきました。

話している内容がそこまで間違って無いのが凄いです。

「大体合ってるかな」と相槌を打つと、「実話だったんですか!?スゴい!!」と大はしゃぎでした。

 

「――ボクの目的は、その黄金のクリスタル…グロウストーンって言ってね。ある魔法の道具を作る為に是が非でも手に入れたいんだ。さらに可能であれば、今の話には出てこなかったけど……ネザークォーツと言う水晶も多めに確保したい。その為に、黒曜石を使ってネザーへのゲートを作る」

「タクミさんは精霊様だったんですね!」

「確かに常識からズレて欲しかったけどそのズレ方はちがーう!」

 

ちょっとボクへの認識がシフトアップしすぎでした。

 

「……ともかく。その目的は、一度行っただけで達成されるとは考えていないんだ。だから最初の一回は偵察の目的が強い。最低限のグロウストーン、ネザークォーツを確保したらそのままここに帰ってくる――そういうつもりでいる」

 

まずはネザーがボクの知っている場所とどれだけ剥離しているか、もしくはボクが知っている要素をどれだけ含んでいるか。それを探るのが急務です。

さすがに冒険譚に出てきたような青に輝く武具――おそらくはダイヤツールの事なんでしょうが、そこまで準備するつもりはないですけども。

でも最低限、鉄、もしくはそれと同格の防具一式と、対ガスト用の弓を用意したいです。

……あー、弓はニソラさんが持ってましたねそう言えば。羊毛取りに行く前、一時的にカバンから出した荷物の中に、使い込まれた弓と矢筒がありました。

 

「伝説のネザーは、結構簡単に行き来できるんです?」

「ボクの知っている限りではね」

「ほえぇぇ~……」

 

ネザーポータルを壊される事はありますが、火打ち石さえ持っていれば復元も容易です。

ちなみに、ほとんどの人がネザーポータルを丸石などで囲って保護するプレイングをしてますが、ボクは大抵野ざらしにして「壊されたらまた火をつければ良いや」のスタンスでいます。ポータル周辺を開発する予定があれば話は別ですけども。

この世界では、むしろポータルは通過したら一度塞ぐようにする予定です。

危険なネザーのモンスターをこの世界に大量召喚するような真似は自重せねばなりません。

 

「そんな訳で、まずは武器防具作成のための資材集めです。条件が揃うまで当面は地下で採掘ですね。ここの地下で何がとれるかはまだ把握できていませんが、鉄鉱石が出てきたのは確認できましたので。地下100mをブランチマイニングしつつ、鉄を探しながら銅、錫、金、レッドストーンにダイヤを狙います。まあ、取れたらラッキー程度ですけど」

 

ゲームではそもそも地下100mなんて掘れませんでした。良いとこ60m程で岩盤に到達します。

マインクラフトでの岩盤は、「採掘できる限界点」を指します。そこから下は奈落が広がるだけです。ゲームですからそういう制約はついて回ります。

しかしこの世界ではおそらく、奈落なんてものは存在しないでしょう。普通に岩石の下にはマントルが流れているものと考えています。

正確には覚えていませんが、マントルは地表から云100キロ単位の深さに位置している筈なので、地下100m程度では掠りもしないでしょう。

その程度の深さの採掘でダイヤが出てくるかも正直メチャクチャ怪しいと思っています。が、長い梯子を上り下りするのは100mも十分つらいです。現実的にもこの階層が限界です。

……ゲームでは地下との行き来を短縮するために、水クッションとボートエレベーターを使っていました。

マインクラフトでは高所から飛び降りても着地点が水であれば、たとえそれが1mしか水深が無くても無傷が保証されているという仕様でした。

だから、着地点に水を敷いてそのまま云10mを飛び降りていたのです。

……リアルで試す気にもなりません。

ボートエレベーターは、もっと非現実的です。

ボートの近く(大体半径3mほど)でボートに乗るような操作をすると、プレイヤーの座標がボートの位置に瞬間移動する仕様を利用して、垂直に設置したボートを次々に乗り継いで行くと言うものです。

……できる筈がありません。きっと4回「できる筈がない」と言ったって無理でしょう。

 

「ダイヤに金……ですか。あれってちゃんとした鉱山で取るイメージがありますから、取れるかどうかは凄く怪しい気がします」

「その点についてはボクも同感。だから、鉄を集めつつ採れたら採る、と言ったイメージでいるんだ。正直あんまり期待していない。……ただ、金はどうとでもなるけどダイヤはどうしても最低一つ確保したい。これはネザー行った後でも良いんだけどね」

「……買っちゃダメなんですか?まあ確かに、宝石商の人がいそうな町はこの辺にはないですけれど」

 

この世界の人ならではの意見でした。

確かに、取引でアイテム入手ができるならそれに越した事はありません。

しかし。

 

「地理に明るくないのでそのあたりニソラさんに頼る事になるけど……それにしても先立つものが、ねぇ」

「あのお化けジョウロ作って売っちゃえば良いじゃないですか。ダイヤ一つと交換なら宝石商の人飛びつきますよ、多分」

 

……。

 

「……その発想はなかった……」

 

確かに、仮にあれがバニラに出てきてダイヤ一つと交換ならボクだって支払います。

それに取引方面で考えるなら、おそらくグロウストーンも中々いい値段で売れるでしょう。

もしかしたらネザーラックだって行けるかもしれない。

「火をつけたら永遠に燃え続ける石」なんて、普通に永久機関です。むしろそちらのほうが価値が高いかもしれません。

リアルだったらノーコストで光る石よりもノーコストで燃え続ける石の方が絶対利用価値が高いですし。

 

「となると、あとは黒曜石とレッドストーンか。――黒曜石は溶岩を水で冷やせば作れるけれど、その方法だと石や鉄のピッケルじゃ採取ができないんだ。ネザーポータルだけならその方法で作る事はできるんだけど、ボクは採取して加工がしたい。……何か方法思いつく?」

「……うーん?黒曜石ってそんなに固いんですか?ここから見える山脈ってアレ、休火山なんですけど…そこの火口にあまり質は良くないですが黒曜石を含んだ地相がありまして、黒曜石の採掘場として産業になっているんですよ。採掘現場を見たことは流石にないですけど、行けば手に入るんじゃないですかね?」

 

最高ですニソラさん!

これでダイヤピッケルなしでも、黒曜石を入手できる可能性が出てきました。

 

「では、レッドストーンは!?後はそれさえ目途が立てば魔法のアイテムが作れる!」

「おお、テンション上がってきましたねタクミさん!……とは言え、すみません。私そのレッドストーンって言うモノを聞いた事が無くて……どういった素材なんでしょうか?」

 

ああ、そうか。名前が違うってことも十分ありうるんですよね。

 

「ええと、そうだなぁ……もしかしたら「石」じゃなくてそれを粉末にした「粉」としての方がポピュラーかもしれない。赤く輝く石で、ある種の動力を宿してるんだ。ボクならそれを使ってピストンとか、動力回路に使うトーチやリピーターなんか作れるけれど、巷でどう利用されているのかは不透明かな」

 

「輝く……赤い……動力……」と口の中で呟きながらニソラさんが首をひねり、

 

「赤動体の事かもしれません」

「その話詳しく」

 

思わず肩を掴んで詰め寄ってしまいました。

 

「はわわ……え、ええとですね?専門じゃないのであまり詳しくないですし間違ってる所あるかもなので期待されすぎても困るのですが……

「赤力」と呼ばれる信号を伝達する性質を持つ石があるとかなんとか。それをある種の素材と混ぜて合金にすると、その合金は赤力を受けて大きく変形するようになるから、それを利用したピストンやエンジンが作られています。ただ、どうしても大掛かりなものになってしまう上に出力されるトルクやスピードがそこまで大きくないから、使える場所は限定されているみたいですけど。

――で、ある程度の熱と圧力を使って圧縮すると際限なく一定の赤力を出し続ける石になるので、燃料の必要ない動力として一部で重用されていますね。その圧縮した石の事を赤動体って言います。……圧縮する前はなんて言うんですかね……?」

 

――間違いありません。

レッドストーンブロックの事で決まりでしょう。

 

「どうやらその赤動体がボクの探していた物みたいだよ。……ちなみに、それってどこで手に入るかな?」

「赤動体の有名な産地は、この近くではコラン国ですかねー。近いって言ってもあくまで相対的にですからメチャクチャ遠いですが。

ただ、コブシより小さいぐらいの大きさでよければ、ちょっと発展した街に行けば動力に使うためのアタッチメント付きの物が手に入ります。それなりのお値段しますけどね。……件の黒曜石の街ですが、そこから列車が出ています」

 

ボクの頭の中で、素材入手のルートと予定が瞬く間に組み代わって行きます。

採掘ルートではなく、行商ルート。例えばそう……ネザー進出はあくまでグロウストーンを最優先目的にしていたけれど、ちょっと欲をかいてネザーウォートやブレイズロッドを手に入れる事が出来れば、ポーションを作って商品にだってできます。

ニソラさんが言ったように、スケルトンの骨と鉄さえあれば例のジョウロだって作れます。

他にも売れそうな商品はいくつかあります。例えば動力に使用しているというレッドストーンブロック。この「赤力」を出力する事が出来る「レバー」を、ボクなら丸石と棒でクラフトする事が出来ます。

レッドストーンブロックが動力として良い値段で取引されているなら、同じ効果をON/OFFできるこのレバーは一体いくらで売れるんでしょう……?

 

「……タクミさんは……」

 

ぽつり、とニソラさんが呟きました。

 

「タクミさんはきっと、別の世界からいらしたんですよね……?それも多分、昨日から」

「ああー……やっぱ判っちゃう?」

 

それは紅の教団やケーキの契約を知っていた事への説明が出来ていない、少し無理やり感あふれる推理ではありますが。

それに行き着くほどにボクの事が浮世離れして見えたのでしょう。

聞かれたら素直に答えるつもりだったボクはあっさりそれを肯定しました。

 

「タクミさんが作ろうとされている魔法の道具は、もしかしたら元の世界に帰る為の道具なのですか……?」

 

少し寂しそうな顔をしてくれるニソラさんです。

 

「いや、ぜんぜん違うよ?」

「――アレ?」

 

なんかこう、別れの予感を感じられていた模様。

出会って2日にしてそれを不安がってくれるというのも嬉しいですね。

何か覚悟をしようとしていただろうニソラさんに軽く笑いかけます。

そもそも、元の世界に帰るのはほぼ無理だと諦めています。だってこれ、テンプレですので。

もしできたとしてもなんかこう、世界を滅ぼす魔王を倒すとかそういう、何かすっごい大きなフラグを成し遂げるまで無理でしょう。

そして、マインクラフターには最終目標なんて小賢しいものはありません。

 

「ジョウロあったよね」

「?……はい?」

「あれの反則度をさらに5段階ぐらいすっ飛んだようなアイテムを作ろうとしてますね。これがあれば、ボクは資材に困ることも生活に困ることもあり得なくなるから」

「え?……ええ!?」

 

本当に何をしようとしているのか判らなくなった様で、オーバーフローを起こしています。

それがなんだかおかしくで、ボクはくつくつと笑いました。

 

「そんなわけでまぁ……覚悟しててくださいね?ニソラさんとの契約、終了条件が明確になってなかったけど……当面の間は、ニソラさんの興味を惹き続ける自信があるからさ。契約切れのお別れはまだまだずっと先にしてみせるよ」

 

何を言われているのか判らなくなったのか、一瞬ぽけっとするニソラさん。

そしてボクが「当面は離しません」と言っている事に気づいたのか、満面の笑みで「はいっ!」と返してくれました。

世間知らずのクラフターと、世界を旅して来たメイド妖精。

ボクたちはきっとボクたちが思うよりも、ずっといいパートナーになれると思うのです。

 

「――あ、でも。私たちのお別れはずっと先でも、この家とのお別れは実は結構近いんじゃあ……」

「ああ……そこ、気づいちゃう?」

 

元は採掘でここから発展させる予定だったのに、旅立つフラグ立っちゃいましたからねぇ……

 

……なお、その日のうちに十分な量の鉄鉱石と銅と錫を採掘でき、ついでに「ケルタスクォーツ」と言う別のModの鉱石も手に入れたボク達は、この家とのお別れがさらに近くなってしまった事を悟りました。

だってここまで来たら後はネザー採掘だけなんだもん……

 

 

@ @ @

 

 

工業系と呼ばれるModは、大抵機械を揃える為に恐ろしい量の鉄を要求します。木で出来た機械では工業っぽく無いってことなのでしょう。

恐らくそれによるゲームバランスの調整の為なのだと思います。

工業系のModには、大抵鉱石の量を増やす手段が存在していたりします。

「ケルタスクォーツ」が出てきた事によってその要素が明らかになったMod「Applied Energistics」は、ゲーム時代に大変お世話になりました。

その本領は、ありとあらゆるアイテムをデータ化して保存する事ができるSFのようなModです。

大容量の倉庫としてとても重宝するのですが、序盤は「グラインドストーン」と言う石臼みたいなアイテムが低コストで作れると言う点でも有名なModです。

簡単に言うと、これで鉄鉱石を挽いて粉にしまして。その粉を精錬すると1つの鉄鉱石から2つの鉄インゴットが出来てしまうと言う優れもの。

鉱石を粉にして量を倍に増やすのは、工業系Modの常識なのです。

――質量保存の法則?今、休暇取ってベガスに行ってますよ。

まあそんな訳で、グラインドストーンの登場で鉄インゴットを1スタック(64個)強集めることが出来たボクは、晴れて目的だった鉄の防具一式……ではなく、同じく倍化した銅と錫からブロンズの防具一式を作成しました。

鉄とブロンズは性能が同じなので、用途の多い鉄は温存してしまう……工業系Modクラフターの悲しい習性です。

 

「タクミさん……鎧姿似合いませんねぇ……」

 

ほっといてくださいニソラさん。こんなもん着たの初めてなんです。

幸い、動けないほどの不便を感じない所マイクラ成分が発揮されているのでしょう。

ニソラさんの分も用意しようとしたんですが、動きが鈍るのでと辞退されました。

彼女は彼女で革と鉄で出来た軽装を持っているのだそうです。

左手に小手、胴に胸当てをつけて弓矢を背負い山刀を携えるその姿は、メイドとはなんぞやと言う哲学的な疑問を想起させます。

ボクの武器は変わらず無銘刀「木偶」です。

防具より武器の方を用意した方が良かったのでは?と心配されましたが、コレより上の抜刀剣は金がなければ作れないので仕方ありません。

 

溶岩をネザーポータルの形にした「型」に流し込み、水をかけて黒曜石に変じさせます。ダイヤピッケルなしでネザーポータルを作るテクニックです。

ただの鉄バケツで溶岩を扱うのはかなり怖いものがありましたが、シンボル化を意識して何とか乗り切りました。

リアルのバケツの状態を作らない事がコツです。

「ちょっとナニ言ってるか判らないですね」とはニソラさんの言。

はい、ボクもそう思います。

 

「火打ち石を」

 

ニソラさんから火打ち石を借りてポータルに火をつけると、紫色の炎が広がり黒曜石の門の中心に歪んだ渦を作りました。

 

「凄い……コレが、精霊の門……」

 

感極まったようにニソラさんが呟きます。

……思えば、スポーンしてからここまで3日経っていません。

しかもダイヤピッケル無しです。

こんなプレイングは今までやった事はありませんでした。

リアルのネザーはどれ程なのか……それを思うと緊張で歯の根が小さく鳴るのを自覚します。

それを食い縛って誤魔化して、ニソラさんに問いかけました。

 

「――準備は、良いですか?」

「……無論です!」

 

気のせいでしょうか。

ニソラさんのその笑みは、まるで獲物を前にした獰猛な物にも見えました。

頼もしすぎる相棒でした。

 

「行きましょう」

 

ネザーポータルに足を踏み入れます。

視界が歪み、体が浮き上がり――ボク達は灼熱の世界に転移しました。



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ネザー・アドベンチャー
灼熱の冒険


パチパチと火花がはじける音がします。

肺を傷めるのではないかと思うほどの熱波が肌を責めました。乾いた空気が、まるでボクを干枯らびさせようと水分を奪いに来ているようです。

中東の砂漠などはこんな環境だったりするのでしょうか。湿度が低いから活動できますが、これほど高温の環境に身を置いた事は未だかつてありません。

遠くを見ると、溶岩が天井から垂れ下がり灼熱の線を何本も垂らしています。

大地は赤い岩石で覆われていました。

表面の端々に油を塗ったような暗いな光沢があり、踏むと岩なのか土なのか、不思議な感触がしました。

その赤い大地の所々には燃え盛る火が踊り、陽炎を作っています。

奇妙な事に、恐竜のような巨大な何かから奪ったような、大きな背骨のような骨が天井から、そして大地から何本も突き出ているのが見えました。墓場を見る以上に不気味な景色を作っています。

それと同じように白い水晶のようなものが、所々赤い岩壁からはみ出ているのも見受けられました。

更に辺りを見回すと、ゴツゴツした金色の石の塊が、まるで岩肌にできた瘤のように垂れ下がっています。

どこからともなく、赤子の鳴き声のようなものが響いてきました。

 

「ここが……ネザー……」

 

それは、まさに地獄のような光景でした。

立方体ではない、今現実に存在している筈のこの世界ですが、そのあまりに地上と掛け離れた光景が現実である事を疑わせます。

 

「――ニソラさん、ポータルを閉じますので下がってください」

 

我に返るのはボクの方が早かったようです。

同じく目の前の光景に圧倒され、立ち尽くしていたニソラさんに声をかけました。

いくつか作って持ってきていた水バケツを紫色の炎にかけると、まるでガラスが割れたような「パキンッ」と言う音と共に炎が消え失せます。

退路を断ってしまったような恐怖がありましたが、気のせいだと自分に言い聞かせました。

こんな場所に続く扉を開けっぱなしで居るわけにはいきません。

……ちなみに今水を使って消しましたが、実はこれ、ゲームでは出来なかった技です。

ゲームではネザーに水を設置すると一瞬で蒸発する仕様でしたが、この世界では水はちゃんと存在出来るようです。おかげでポータルの火が消せました。

ただ、この暑さでは地上の何倍も早く蒸発してしまうでしょうけれど。

――ゲームの相違点として予想していた点ではありました。1立方メートルの体積の水が一瞬にして蒸発する程の暑さであれば、ボクたちはまずこの地に立つ事も出来ない筈ですから。

 

「タクミさん危ないっ!」

「え?」

 

突如掛けられた声に振り返ると、炎を纏った蝙蝠がボクに向かって突撃して来るのが見えました。

 

――ファイヤーバット!

 

バニラにはないModの追加要素、Thaum Craftによって出現する火を纏った蝙蝠がボク目掛けて突っ込んで来ます。

プレイヤーに纏わりついて火をつけ、最終的に自爆するネザー版クリーパーです。

 

(……マズッ)

 

既に反応できないほど目の前にいたそれに、ボクは目を閉じ身を固くする事しか出来ませんでした。

 

――が、次の瞬間、ファイヤーバットがニソラさんの山刀でずんばらりされていました。

炎の残光を纏いながら甲高い断末魔を響かせて、ファイヤーバットがベチャリと堕ちます。

 

「……」

 

ファイヤーバットとは違う意味で固まってしまいました。

ニソラさん、あなたいったい何者ですか。

 

「あ……ありがとう、ニソラさん」

「怖い生き物がいますねぇ、ココ……蝙蝠に火がついて暴れていたのか、それとも元から火を纏った蝙蝠なのか……手応えは普通の蝙蝠でしたが」

 

チンッと山刀を納刀するニソラさん。蝙蝠も怖いですがあなたの技量も怖いです。その山刀いつ抜いていたんですか。

 

「勇者様が訪れた灼熱の世界……物語の光景その物ですね。タクミさんが言ったとおり、不思議な水晶や光る石があります……あれがネザークォーツにグロウストーンですか?」

何でもない事のようにスルーして、ニソラさんは白い水晶や光る瘤を指差しました。

「え?あ、はい、その通りデス。……ネザーにはかなりありふれた代物だから、あまり探す必要はないかなとは思ってたけど。いきなり目に付く所にあるのはラッキーだったね」

ネザーに来た最大の目的は、このグロウストーンとネザークォーツです。

最初の探索では深入りせずに、まず少量でも確保したら帰還しようと思っていた為、この時点で当初の目的は達成完了と言う事になってしまいます。

……さすがにこれは早々過ぎました。

ニソラさんが辺りをキョロキョロ見回します。

 

「うーん、魔王ウィザーのお城は見えないですねえ……流石に冒険が必要そうですか……」

 

当初の予定はネザーに来る前にしっかり打ち合わせていました。

ニソラさんにとっては、「残念!ボクらの冒険はここで終わってしまった!」と言う状態なのでしょう。

 

「……そこのグロウストーンとネザークォーツ採ったら、少し探索してみよっか?」

「え!?良いんですか!?」

 

お目めがキラキラしているニソラさんです。

まあ、ネザーポータル潜ったらイキナリ目標達成とか流石にあんまりな気もしますし。

さっきのファイヤーバットを叩き落としてくれるほどの実力があるなら、もう少し踏み込んでもなんとかなりそうです。

 

「流石に早々過ぎるよね。ボクにもちょっと欲が出てきたよ。――いっそネザー要塞目指してみようか。採掘中の護衛お願いね」

「おおおおっ!頑張っちゃいますよ私!」

 

さあ来いっ!モンスター出て来いっ!と息巻いてますがモンスター召喚は流石にやめてください。

 

グロウストーンの鍾乳石は高さがあるところから垂れ下がっているので、採取のためにはその辺のネザーラックを使って足場を作る必要があります。

辺りを見回してファイヤーバットがいない事を確認しながら、鍾乳石を下から削ってグロウストーンパウダーの形で採取していきます。

「シンボル化」を切って鍾乳石の根元をぶっ壊して一気に落とすことも考えましたが、さすがにニソラさんが危険すぎるので自重しました。

ゲームでは気にしなかったんですが、このグロウストーンと言う奴は一体どうやって出来るのかすごく興味が尽きません。

wikiでは鍾乳石と言う書き方がされていました。

鍾乳石と言う奴は、炭酸カルシウムを飽和するほど含んだ水がしずくを作るところから始まります。

しずくを垂らしている部分が長い時間をかけて次第にツララのように成長し、地に落ちたしずくは積み重なって石柱を形成する。それが一般的な鍾乳石と言う奴ですが…

まずこのグロウストーンは普通の鍾乳石よりもずいぶん横に大きいわけで、何かを含んだしずくが成長して……と言うのはどうも説得力がありません。

大体、こんな灼熱の環境にさらされたんじゃあ、液体なんて溶岩ぐらいしか存在できないのではないでしょうか。

……溶岩の様に、グロウストーンを形成する成分が高温で溶けた粘質の高い溶体が、ネザーラックの間から染み出して外気に触れて固まった?

うーん……そこまで悪くないかも知れません。ガラス質ですし、高温で溶けた何かを連想します。

いやでもそれだったら、今もこのグロウストーンの周りにその溶体が纏わり付いているか、もしくは掘った端から染み出して来なければおかしい気がします。

そもそもどんな組成の物質が組みあがったら、こんなノーコストで輝き続ける石が出来るのでしょうか。

うーん、興味深い。

――え?非常識の塊が何で頭ひねって科学的なこと考えているんだって?

性分なんです、ほっといてください。

 

……さて、ゲームの時からグロウストーンを採るには常に危険がつき纏っていました。

高所にあるグロウストーンを採るために足場を積み上げると言う事は、そこで作業する以上、逃げ場が何処にも無いと言う事です。

そして逃げ場が無いのを良いことに、憎いアイツがやって来るのです。

――断っておきますが、ボクは最初から「それ」を想定していました。

ニソラさんが辺りを警戒してくれているし、無銘刀「木偶」を下げているし、ブロンズ防具で全身固めていました。

普通に対処できるだろうと思っていたのです。

……まさか、あんなのが出て来るなんて。

 

ブロンズピッケルでガスガスグロウストーンを削り採って行くと、途中でニソラさんが「タクミさんっ!」と警告の声をあげました。

一緒に赤子の声も響いて来ます。

「ついに来たか」と小さく悪態をついて、ボクは即座に木偶を抜きました。

ネザーにおける全クラフターの天敵。採掘と建築の妨害者。

ゲーム時代に散々ヒドイ目に合わされたアイツを思い振り返ります。

 

――しかし。

 

「……うっ!?」

 

思わず声を上げるほど、それは想像とかけ離れていました。

いや、かけ離れているとかそんなレベルではありませんでした。

 

――4mはあろうかと言う、白く大きな頭です。それは人間の赤子……いや、胎児のそれを思わせる造形をしていました。

赤黒く脈打つ血管がその顔に浮き出ています。

大きく突き出た両眼と、虚空への穴が空いたような真っ黒な眼球が不気味さを強調していました。いや、アレは本当に眼球が無いのかも知れません。

その暗い穴からは涙のように、ドロリとした白く濁った液体が止めどなく流れ出ていました。

顔の下には何本かの触手が直接生えていました。

――いや、それを触手と呼ぶのは不適切でしょう。まるで奇形の手足です。

手やら指やら足やらが中から突き出たような、名称のし難い物が何本も蠢いていました。

 

「UGYAAA……GAAAA……」

 

そんな化け物が、気色の悪い赤子のような声をあげて地面を這っています。

まるでホラー映画か何かに出てくるような醜悪なクリーチャーでした。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

……まさか、これが、ガストだとでも言うのでしょうか。

マインクラフトでは「顔のついた白い豆腐」としか思えないシンプルな造形だったのに、カクついた世界でなくなっただけでここまで醜悪なモンスターに……?

見た瞬間にSANチェックが入りそうです。

 

「スポーンする作品7大豆と間違ってんじゃないのォ!?」

 

メタい突っ込みを入れながら急いで足場を崩し地面に向かいますが、ガストの行動の方が早かったようです。

叫びと一緒にその口から火の玉が吐き出され――

 

「やらせません!」

 

ヒュンと風を切って、ニソラさんの放った弓矢がガストの目に突き刺さりました。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

ガストが激痛に身をよじらせ、そのおかげで放たれた火の玉が明後日の方向に飛んでいきました。

暴れまわる触手がやたらめったらと岩壁に叩きつけられ、辺りが破壊されていきます。

奇形の手足がへし折れ、おぞましい骨が突出し、ガストの赤い血が飛び散りました。

……完全にサイコホラーの様相です。

 

「なんておぞましい……」

 

それでもニソラさんは冷静でした。

破壊され飛び散ってきた岩石をバックステップで華麗にかわし、2射目の矢を取り出します。

 

「毒矢行きます!注意してください!」

 

――なんてモン持ってるんですかアンタ!

ツッコむ間もなく放たれたそれは、ガストのもう片方の眼球を寸分違わず射抜きました。

 

「GIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

その叫びの凄惨さたるや、想像しがたい激痛が走っている事が容易に知れました。

ガツンガツンと岩壁に頭を打ち付け、目まで届かない奇形の触手が矢を抜こうとしているのでしょうか、ブチブチと顔面を搔きむしり、ボクたちと同じ赤い血が止めどなく噴き出ています。

恐怖と激痛ゆえの行動なのか、無差別に吐き出した火の弾をが辺りを爆破して回っていました。

 

「……こ、これは酷い」

 

地上に降りたボクは木偶を構えてニソラさんから間合いを開けた所に陣取りました。

彼女の戦闘力にちょっと引いたから、と言うのもチョッピリありましたが、近寄ったらむしろ邪魔になるだろうと言う判断からです。

彼女は暴れるガストを見つめながら、すでに3射目を準備していました。

その矢は、放たれるまでも無かった様です。

そのうちガストはひときわ大きな声で奇声を上げると、ぴくぴくと痙攣した後にその体を弛緩させました。

……ピクリともしないガストを見届けると、ニソラさんは「ふうっ」と息をつきます。

 

「終わってみたら、他愛のないモンスターでしたね。醜悪さでは他に類を見ませんでしたけども……タクミさんの手を止めるまでもありませんでした」

 

いや、さすがにあんなのを背にして採掘する勇気はボクにはないです。

そしてニソラさん、コレを後にして第一声が戦力評価と言うのも凄いと思います。

 

「て、手慣れていますねニソラさん……」

「?ええ、まぁ……旅をしていればゾンビやスケルトンなんて普通に相手にしますし。集団で囲んでくるアレらよりはよほど戦い易かったですよ。すごく気持ち悪かったですけど」

 

そうでした。スケルトンがいる世界なんでした。

いったいニソラさんが戦ってきたゾンビやスケルトンはどんなモンスターだったんでしょう。

ガストでこんなモノが出てきてしまうと、なんかもうバイオハザードに出て来そうな奴が群れてきても納得してしまいそうな気がします。

 

「毒矢なんて持ってたんだね」

「はい。蜘蛛の目とトリカブトをブレンドした、メイド妖精秘伝の毒ですよ」

 

ボクはメイドと言うものが一体何なのか本格的に判らなくなりました。

 

後味悪すぎですが、ともあれ脅威はなくなりました。

さて採掘に戻るか……と思った時、空から再び「AAAAAA……」と赤子の鳴き声が降りてきます。

視線を向けると、2体のガストがふわふわと空に浮きながらこちらをロックオンしているのが見えました。

暗い目の奥から、気のせいか怒りのような赤い光が見えています。

 

「……なるほど、断末を仲間に届けましたか。あの図体で空を飛ぶとは、さっきの上位個体でしょうか」

「いや、元からアレは空を飛ぶよ」

「へぇー……厄介ですね。まあ、射程には入ってるので良いんですけど、さっきみたいに目は狙い難いですね……」

 

辺りを見渡します。

どうやらこちらを捕捉しているのはこの2体のみのようでした。

つまり、さっきの断末魔を聞いて「集まれた」のは、この辺りにいた2体のみと言う事です。

 

「CYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

撃ってきました。燃え盛る火の弾です。

射線から飛びのいて素早く弓矢を引き絞るニソラさん。

ボクは逆に、飛来する火の弾に接近しました。

 

「――タクミさん!?」

 

ミスっても、当たるコースではない。そういう位置をとって、ボクは木偶を振り抜きます。

ホラーゲームもかくやと言うガストの造形はかなりの想定外ではありましたが、ガストの火の弾自体の速度や威力は、ゲームを元にした予想の範囲に収まっていました。

ならば、これは絶好の実験機会でもある訳です。

「宛先不明」――バニラではそんな実績が設定されています。

解除条件は……ガストの弾を跳ね返して、ガストに直撃させること!

バニラの剣ならばともかく、抜刀剣で弾をはじき損ねたことは、ただの一度もありません!

 

「ッッ、ちぇぇいっっ!!」

 

重い手応えと共に、無銘刀「木偶」は火の弾を返すことに成功しました。

この距離と角度ではピッチャー返し直撃は無理だろうなと見切っていましたが、ちょうどうまい事に火の弾を放ったのとは別のガストに直撃します。

爆風で肉片を飛び散らせ、断末魔の叫びと共に1体が堕ちました。

 

「っ!?――もう!無茶するんですからっ!」

 

ニソラさんの矢が閃きました。

それは発射寸前だったもう一体のガストの火の弾に直撃し、口の中で暴発を引き起こします。

同じく肉片を飛び散らせ、地面に叩きつけられたガストはそのまま動かなくなりました。

……もしかして今のは、ボクがピッチャー返しをした事から思いついた戦法だったのでしょうか。

それ以前、発射寸前の火の玉に矢を直撃させるなんて神業、何で狙って出来るのか訳が分かりません。

……しばらく残心して周囲を伺ってみますが、今度こそ敵性モンスターは一掃したようでした。

 

さて、このガスト。

ゲームでは倒すと「ガストの涙」か「火薬」、もしくはその両方をドロップとして落とします。

「ガストの涙」は「再生のポーション」と言うポーションの原料となるんですが……

再生のポーションってそれ、このサイコホラー赤ちゃんクリーチャーの体内から出た物を飲む事になるんでしょうか?

傷が再生するとして、それはアンブレラウイルスか何かの効能のように思えてなりません。

――正直近づくのも嫌でしたが、ガストの涙は貴重です。

ポーションにしないとしても、後々の為に確保はして置かなくてはと、墜落したガストに近寄りました。

……もちろん、ゾンビみたいに襲ってくることを想定して、木偶はガストに向けたままでしたが。

 

「なにか剥ぐんですか?」

「うん……ガストのね。涙を、ね」

 

きっとすんごく嫌そうな顔をしているんだろうなと自覚します。

目当てのガストの涙は、本体が死んだからでしょうか。

ガストの目元に、結晶のような物になって残っていました。

断末の叫びのまま固まったガストの顔は、精神的なトラウマを刻みそうでした。

 

 

@ @ @

 

 

採掘したグロウストーンやネザークォーツ、ガストの涙やネザーラックと言ったアイテムを即席で作ったチェストに入れて丸石で囲って封印しました。

帰りにこのポータルに来た時に、丸石を破壊して持ち帰ります。

周辺探索を行う前にインベントリを空ける為の処置でした。

 

「なんというか、タクミさんには悪い言い方になってしまうんですが……」

 

道中索敵しながら、げんなりした顔でニソラさんが呟きます。

 

「なんかこう、冒険に対するワクワク感がかなり減じてしまいました……想像していた危険の方向性が、思っていたのとは違う方向に向いていたと言いますか。ここのモンスターって、あんな気持ち悪い奴ばっかりなんでしょうか……?」

 

凄くわかります。ニソラさんが想像していたのは、きっとドラゴンとかそういう、物語に出て来そうなモンスターだったのでしょうし。

僕もガストがあそこまで7大豆しているとは思っていませんでした。

……いや、7大豆じゃないな。あれはきっと、静岡の方です。

 

「……ネザーを代表するモンスターはたぶん3体挙がるかな。一つはガスト、さっきのクリーチャー。もう一つはネザースケルトン。普通のスケルトンを黒く大きくしたようなモンスター。最後は……ゾンビピッグマン、だね。まあ、その、うん……豚のゾンビです。ボクも見た事ないけど、きっと気持ち悪い系なんだろうなと」

「ワクワクがさらに減じてしまいました……」

 

物語にある魔界の実情は、クリーチャー蠢くサイコホラーでした、と。

……なんでMojang(マインクラフトのメーカー)も、ネザーに出てくるモンスターとして豚ゾンビやクリーチャーをチョイスしたんですかねぇ?

なんかこう、悪魔とかドラゴンとか、如何にも「地獄!」とか「魔界!」って感じのモンスターは他に思いつきそうなものですが。

カクカクサンドボックスでは造詣が難しかったからなんでしょうか。

その技術的な難点の発露が後年に出てくるエンドのエンダードラゴンなのかもしれませんね。

丸石に松明の目印を置きながら辺りの地形を確認します。

 

……妙な事が一つありました。

 

普通、ネザーはちょっと歩き回ればゾンビピッグマンがその辺をうろちょろしているものです。

それなのに、彼らの姿がかけらも見当たりません。

まず最初に「何かのModの影響か?」と思ってしまうあたり、ボクはまだゲームの感覚が抜けていません。自重せねばと頭を振りました。

 

「タクミさん」

 

ニソラさんの声がかかります。

「ここ、見てみてください」と地面を指さすニソラさんに並んでみます。そこには何の変哲もないネザーラックが……いや、待て。

かがんで、手でなぞってみました。

――泥のようなものが付着しています。それも、人か何かの足の形に。

 

「足跡……?」

「よく見たらここ、「道」なんじゃないですかね?他に比べて少し起伏が削られています」

 

周りを見渡すと確かに、同じネザーラックが広がる中でここは歩きやすいように整地されているようにも見えました。

 

「……辿ってみるとして……これ、「行き」の足跡だと思う?それとも「帰り」の足跡だと思う?」

「うーん、さすがにそこまで推理できる材料はありませんが……けれど「足跡を辿る」のであれば。足跡と同じ方向に行ってみたいと思うのが人情かと」

「なるほど、気に入ったよ」

 

足跡の方向に視線を向けます。

行き先は決まりました。

 

Modの要素なのかこの世界独自の物かは判りませんが、テクテク歩いているとボクの知らないネザーの様相がずいぶん目につきました。

この世界に来た時に、地面や天井から突き出ている背骨のような大きな骨が目につきましたが、この辺りは序の口です。

火が着き燻っている草原や、その中に植生している何かの木が広がっています。

 

「そんなバカな……この灼熱の環境で木が普通に自生しているなんて」

「水とかどうなってるんでしょうね」

 

地下水脈でもあるのでしょうか。その隣を溶岩が流れていそうな所ですが。

草原に生えた草は、瑞瑞しさこそありませんが枯れて朽ちているようには見えませんでした。

ここでは光合成すらできません。

太陽と水で育つのが植物と言う概念があるからいささか信じ難いことではありますが、この灼熱の大地で生きて行く為に、この草木は太陽と水以外の何かを糧に育っています。

ふと、視界に何か降りて来ます。

……蜂でした。

それも、かなりの大きさです。ニソラさんの半分くらいはあるんじゃないでしょうか。

ブンブン羽音を立ててその蜂は木々の中に消えて行きます。

もしかしてアレ、蜜を集めているんでしょうか。

……あの図体で?

 

「タ……タクミさん。アレ……」

 

袖を引くニソラさんの促す先に視線をむけます。

 

「……うそぉ!?」

 

ネザーラックの天井から、蜂の巣が垂れ下がっていました。

それも尋常な大きさではありません。

地上に作ったボク達の家と同程度の大きさはあるんじゃないでしょうか。

あのでかい蜂は、あそこからやって来たのでしょう。

 

「スッゴイなぁ……カメラがないのが悔やまれる」

 

手元にスマホがあれば間違いなく激写している代物です。

まさかドンキーコングに出てきそうな蜂と蜂の巣をこの目で見る事になるなんて思いもしませんでした。しかも、ネザーで。

 

「蜂……厳しい環境……濃厚な蜂蜜……」

「――さすがです、ニソラさん」

 

涎でも垂らしそうな物欲しげな顔で、彼女は巨大な蜂の巣を見つめています。

彼女の経験から来ているだろうその連想ゲームには、隠し切れない欲望がどろどろ溢れ出ていました。

 

「今の装備だと、流石に無理だよ……?あの位置にある蜂の巣から蜂蜜を回収するなんて」

 

しかもあのサイズの蜂の群れから集中砲火を受ける事になるワケで。

 

「そうなんですよねぇ…この環境に適応している蜂さんじゃあ、煙で燻してもオネムしてくれそうにないですし」

 

と言うかそれ以前、食べて大丈夫な蜂蜜なんですかねそれ?ここサイコホラーなクリーチャーが闊歩する世界なんですが。

 

さらに進むと、地相が大きく変わってきました。

黒い固まりで大地が覆われて、所々パチパチと火が燻っています。

岩石ではなく砂に近い印象だったため、一瞬ソウルサンドを疑いましたが。

 

「これは……灰、なのかな?」

 

ザラついた表面を撫でて確認してみると、どうも砂と言うより燃えカスのように思えます。

 

「さっきの草原……って言い方で良いんですかね?あそこも、火が燻っている所がかなりありましたから――」

「なるほど……ああやって燃え広がって堆積した灰が時を経ると、こうなるのかもしれないね」

 

灰ブロック、とでも言えば良いのでしょうか。

足を踏み出すと、僅かに沈んで靴の形をのこします。

長い間、そうやって踏み均されて来たのでしょう――ネザーラックの上よりも、よほど判りやすい「道」が遠方へと延びていました。

もうこのネザー、判らないことだらけです。それがまた面白くて、ワクワクしている自分を自覚します。

 

「物語の勇者様が、魔王ウィザーを討つために通った道……だったら面白いんですけどねぇ」

 

魔王城に続く黒い道を進む、なんて物語で出てきそうなシチュエーションです。

ふむ、と少し考えてみます。

 

「その物語では、地上のどこにポータルを作ったか……なんて記述はあったかな?」

「ええ?……いやぁ私の知る限り無いと思いますね」

「まあ、そうだよねえ」

 

ネザーと地上は面白い関係があります。

ボクの知る通りであるならば、と頭に添えてボクはその関係を披露しました。

そう、ボクの知るゲームの通りであるならば……ネザーは地上の1/8の大きさで、ポータルを作った場所とネザーにポータルが開く場所は、相似した関係を持つのです。

 

「ボクたちが入って来たゲートからもう結構歩いたよね。流石にまっすぐ直線ではなかったから凄いあやふやだけど、東の方角にだいたい2kmぐらいかな?も少し短い気もするけどまあ良いや。……例えばここにネザーポータルを作ったりすると、地上のポータルから見て東の16km地点にポータルが開くんだよ。ネザーで歩いた2kmの8倍で16km」

「へえぇ~……凄いですねそれ。あそこから東16kmならもう人里近いですよ」

「うん。だからもし、物語の勇者様がネザーポータルを開いたのがこの地方だったりすると、この道に辿り着いた可能性が大いにあるんだよね」

 

自分達は半径2km以内でこの道を見つけたので、凄い大雑把に計算すれば地上換算で半径16kmの範囲がこの道を通る可能性のあるエリアです。

……少し無理矢理過ぎたかな?

 

「でも良いですねそう言うの!夢がありますっ!」

 

この道は勇者様の歩いた道だ!

そんな風にテンションを上げていると、また再び空から赤子の声が降りてきました。

……テンションが下がります。

 

「――あなたの存在は夢で終わっておけば良かったのに……」

 

かなり酷い毒ですが、思わず同意してしまいました。

空気を読まずにガストが叫びをあげました。

 

「AAAAAAAAAAA!!」

 

1発目を撃たせてから、ニソラさんがエイミングに入ります。

 

「――っ、ほっ!」

 

ボクもピッチャー返しを狙ってみましたが、跳ね返した弾はガストとはずいぶん離れた上空をかっ飛んで行きました。

まあ、そもそもダメ元だったので構いやしません。本命はニソラさんの狙撃です。

 

「――フッッ!!」

 

短い呼気と共に放たれた矢は、二発目を撃とうとしていたガストの口にシュート・イン。

先ほどの焼き増しのようにガストが岩影の向こうに墜落していきました。

 

「……ビューティホー」

「恐縮です」

 

もはや、戦闘態勢を取っていればガスト一体は完全に雑魚扱いです。

完璧に対応方法が確立されてしまいました。

まあ、ニソラさんの神業あっての事なのですが。

 

「……ああもう!タクミさん!さっきみたいにテンションが上がる話題を所望します!これはもう賃金に上乗せされるべき重要な案件ですヨ!」

「えー?それは困りましたねー。キツイわぁー、雇用主マジキツイわぁー」

 

落ちたテンションを無理矢理上げようと軽口を交わしながらガストの落ちていった先を確認します。

ガストが落ちて行ったのは、ちょうど視界の切れる崖の向こうのようです。

ガストの涙はもう確保してるし、回収がメンドいなら捨て置いても良いか……そう思いながら崖の下に視線を飛ばし……

 

「……ニソラさん」

 

ちょいちょいと崖の下に指を差しました。

 

「?……っ!!」

 

――そこには。

赤を重ねて濃く暗くしていったような色のレンガで作られたいくつもの建物と、そこを行き交う人影。

魔王の城でこそありませんが、同じ材質で建てられた町が広がっていました。

 

「――テンション上がった?」

「ええ――さすが雇用主さんです!」

 

ボクたちは崖を下る道にそのまま歩を進めました。



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ムドラの民

ゾンビピッグマン。

ネザーに生息するバニラの中立Mobです。

豚の表皮を腐らせて、二足歩行させたような外見をしています。

手には金の剣を持ち、複数体で緩いグループを作りネザーをうろつくモンスターです。

先述の通り中立Mobなんですが、ひとたび攻撃を加えてしまうと、回りにいるゾンビピッグマンも含め一斉にプレイヤーに襲い掛かって来ます。

剣を持っているから攻撃力が異様に高く、敵対する時は集団なので、例え防具で身を固めていたとしても前後左右を囲まれてタコ殴りです。

ネザー開発中に何食わぬ顔で湧いて出て、つるはしの前に飛び出して来たピッグマンを意図せずひっ叩いてしまい、あえなく集団リンチされたクラフターは絶対ボクだけではないハズ。

建設した建物の中や線路の上まで無遠慮にスポーンする彼らはさながら当たり屋そのものに見えました。

 

――この世界基準で考えるのならば。

仲間を攻撃されたら集団で報復する辺り、仲間意識は強いのでしょう。

剣を持っているのですから、道具を使う知能は元より、製鉄技術すら保持していてもおかしくはありません。

腰巻きで局部を隠しているため、羞恥心や社会性も持ち合わせているでしょう。

……そう。

それは、さながら「人間」と言えるのではないでしょうか。

 

「――こりゃ凄い。地上人(ちじょうびと)か?」

 

豚のようにフゴフゴとくぐもった、低い声でした。

町へ続く道を守るように佇む彼は、おそらく守衛のような方なのでしょう。

近くで見ると、腐ったゾンビと言うよりも、豚の皮と骨の合の子のような外見でした。

腰巻きではなくキチンとズボンを穿いていました。茶色を基点としたマントを纏い、その下には金で作られているのでしょうか、使い込まれたプレートメイルが除いています。

手には剣ではなく、穂先の長い槍を携えていました。

顔面のおよそ3割は骨が剥き出しになっており、残りは土気色をした肉厚のある肌に覆われていました。

口には、タバコのような物を咥えてすらいます。

……確かにゾンビです。ゾンビなんですが、これは心配していたガストのような気持ち悪い系ではなく――

 

「――ワイルドなカッコイイ系ですね」

「へ?お、おう、そ、そうか?そりゃどうも……?」

 

アレです。

一昔前の映画ですがゴーストライダーみたいなダーク系ヒーローのワイルドさが滲んでいました。最近で言えばオーバーロードのモモンガさんとか。

……おっとっと、そうでした。質問に答えなくては。

ブロンズの兜を外して挨拶します。

 

「お察しの通り、地上から来ました。マインクラフターのタクミです」

「私はメイド妖精のニソラと申します!」

 

気持ち悪い系ではなかった為か、心なしかニソラさんの機嫌も上向きに見えました。

 

「お、おう、ご丁寧にどうも……俺は見ての通り防人やってるアディスタってモンだ」

 

自己紹介の文化はネザーにもあるみたいです。頭をゴリゴリ掻きつつも、名のり返してくれました。

 

「――なんと言うかボクは今、普通に言葉が通じる事に感動を覚えてます。生態も文化も歴史もまるっと違うハズなのに、何で普通に喋れてるんですかねボクたち?」

「あんん?……まあ、言われてみればそうだよなぁ。そっちは骨も出てねえもんな。言葉なんて普通に通じるモンだと思ってたからよ。俺にもわかんねえよ」

 

そう言えば今気づきましたが、ニソラさんとも普通にお話しできたんですよね。

アレでしょうか。テンプレだからで納得した方が良いんでしょうか。

 

「あー、くそ。お前ら地上人って事なんだよなぁ……この時期に来るかよ。いや、この時期だからなのか?」

「……はい?」

「――いや、俺の仕事じゃねえや。ギヤナのとっつぁんの仕事だ。お前ら別にムルグのヤツってワケじゃねえしよ」

「……あの、すんません。話がよく解らないんですが」

 

ボクの混乱に答えずに、アディスタさんは大きく息を吸い込むと、町に向かって重低音の響く声で吠えました。

内臓を揺らすような声です。

……少しすると、町の方からも2~3度、同じような声が響いて来ます。

犬の遠吠えみたいな物なのでしょうか。

 

「通んな、渡り付けといたからよ。ギヤナのとっつぁんトコに案内されると思うぜ。……まあ、詳しい話はそこで聞いてくれや。俺は説明とか苦手だからよ」

 

ぱちくりとニソラさんと顔を合わせました。

なんだかよく解りませんが、向こうはどうやら地上の人間に何か事情がある様子です。

このまま流されて良いのだろうかと思わないでも無いのですが、ボクたちはお礼を言って町に歩を進めました。

 

「……タクミさん。私達が地上の人間かどうかって、地上の人間を知らないと判断出来ませんよね……?」

 

ニソラさんが凄くそわそわしています。

 

「うん、ボクも同じ事考えてた。……例えば、以前に地上の人がネザーにやって来て交流を持つなりしていないと、ボク達が地上の人間だって判らないよね」

「ネ、ネザーに来た事のある地上の人間なんてきっと一人しかいませんよね!?」

 

それはどうかなーと思うので、返答はしないで笑ってお茶を濁します。

――言葉が通じた事が、かつて何らかの交流があった事の証明のような気がするんですよねぇ……

アディスタさんは、さっき遠吠え(?)で連絡を取りました。

あの遠吠えにどれだけの意味が込められていたのかは解りませんが、ゾンビピッグマンの間で意思疏通が発達するなら、それはあの遠吠えを延長した言語になると思うのです。

勇者様は多分、お姫様を助けたらそのままとんぼ返りでしょう。言葉を教え、浸透させるまで滞在したとは考えにくい気がします。

――でもまあ、ほら。

あくまでこの考察は地上とネザー間を行き来したのは勇者様一人のみと言う仮説を否定しただけで、勇者様がこの町を訪れたと言う夢を否定するものではありません。

機嫌よさげに鼻唄を歌うニソラさんの頭の中ではきっと、この町を訪れた勇者の姿に想いを馳せているのでしょう。

ボクも胸の辺りがむずむずして来ました。

地上に戻って炭鉱町に入ったら、本屋か何かでニソラさんの言う物語を調達しようと思います。

 

「ようこそムドラヘ、地上人よ」

 

町の入り口には、帽子を被った背の高いゾンビピッグマンがボクたちを待っていました。

先ほどのアディスタさんとは違い、マントや武器防具のような物は見受けられません。その代わりなのでしょうか……バンテージの様なものを手に巻き、作りの良いベストを羽織っています。

骨が剥き出しになっている部分以外は、細身の体の中に筋肉がミチミチに詰め込まれたような体をしていました。

「……徒手の使い手ですね、それもかなりの」と小声で感心したように教えてくれるんですが、そう言うグラップラーな情報は結構ですニソラさん。

向こうもなんかニソラさんに思う所があるのでしょうか。

「ほう……?」と目を細めて「コイツできるな」とでも言いたげな表情です。

ボクは完全にアウェーでした。ここは一発ネタとしてエア味噌汁でも敢行すべきなのでしょうか。

 

「私はスユド、この町の戦士を束ねている。――地上の戦士よ、ムドラに来た理由は察している。ギヤナの元に案内しよう」

「……はい?」

 

ついてこい、とスユドさんは踵を返して歩き始めました。

いや違いますよスユドさん。今の「はい」は肯定の「はい」ではなくて、疑問の「はい?」ですよ。

察しているって何の事ですか。

……なんかとんでもない勘違いが始まっている気がするのはボクだけでしょうか。

取り合えず後については行きますけども。

 

「私たちの目的……観光、になるんですかねぇ?」

「え?……うーん、まぁ……そうかも?採掘は一応ノルマ終わってるし、途中から勇者の物語を追う方にシフトしちゃったし……?」

 

でも地上の戦士ってなんなんですかねぇ。タダのクラフターとレベル100のメイドさんなだけなんですが。あ、レベル100のメイドさんはタダ者ではないですよね、ごめんなさい。

と言うか、戦士がこの町に来る理由って何なんでしょうか。

ボクら観光に来ましたとか言える空気じゃないんですけど。

 

「あ、あのぅ……アディスタさんも口にしてたんですが、ギヤナさんって誰ですか?」

 

てくてく歩きながらスユドさんに声を掛けます。

 

「ギヤナはこの町を纏めている。要所の判断は適切で、知識も深い。汝らの疑問はギヤナが答えてくれるだろう」

 

ああ……町長さんですか、つまり。なんとなくそんな気はしてたけど。

しかし、戦士が町長さんの所に招かれる?なんかファンタジー物のクエストを彷彿とさせる流れなんですけども。

 

「タクミさん――私、気づいてしまいました……!」

 

ニソラさんの目が凄い輝いています。

彼女もどうやら、このシチュエーションに覚えがあるようです。

 

「ひょっとして私たちは今――勇者認定されているのでは!?」

 

ビンゴでした。

 

「やっぱりニソラさんも、そう思う……?」

 

ボクが返した肯定に、ニソラさんのテンションが「ふおおおおおっ!」とさらに上昇しました。

ぱたぱた動く両手が可愛いです。子供さながらにハシゃぐ彼女の外見からは、とても戦闘力が振り切れてるとは思えません。

 

「良いですねぇ!良いですねぇ!!今の私、大抵の無茶は無条件で聞いちゃいますよきっと!」

 

ヒロイックサーガ大好物なようです。

クエスト受けて人助けして、とかまるでゲームのようなサブカルチャー。きっとこの世界でも何らかの形で出回っているのでしょう。

今のニソラさんの中では魔王討伐ぐらいなら許容範囲に違いありません。

 

「あー……じゃあ、ガスト100体ほど沈めて来て下さい」

「イヤです。パスです。ストライキです」

 

……一瞬で凄い冷たい声になりました。

オーバーヒートしそうだったあのテンションがこの灼熱のネザーで氷点下です。

声の色がガチでした。

 

「ご……ゴメンナサイ」

「フカーッ!」

 

威嚇されてしまいました。

ジョークにしてもタチが悪かったようだと、ひとしきり反省しました。

 

案内された家は、てくてく歩いて見て来た家とあまり変わらないように見受けました。

町長の家と言うと、なんかこう、比較的大きかったり装飾が付いてたり、そう言う差別化がされてるのがセオリーと思っていたのですが……RPGとは違うって事なんでしょう。

 

「地上人カ……ホんとに骨が出てなイんだねネ」

 

それは、アディスタさんやスユドさんと比較すれば、二回りほど体格の小さいゾンビピッグマンでした。

顔の下半分は完全に骨が剥き出しになっていて、もしかしてその影響なのでしょうか。喋る度にカタカタと骨がぶつかる音がして、なにやら喋りにくそうです。

所々で音がスカスカ抜けていました。

 

「スユド。状況ガ状況だカラ、最も腕の立ツお前に行って貰っタガ。……まサかとは思ウが、イつもの病気を拗ラせてはなイだろうネ?」

「心外だ、ギヤナ。確かに客人は腕が立つと見受けるが。この状況で腕試しに襲い掛かるほど愚かではない」

 

あ、この人バトルジャンキーな方なんですね。どーりでウチのメイドさんを見る目が怪しいと思いました。

そのメイドさんを見ると、少しばかり複雑そうな表情をしています。

少なくとも、うちのメイドさんはバトルジャンキーではないようです。

安心しました。

 

「……オまエがムルグの使者ヲ叩きのメス前だったラ、その言葉モ多少は信じラレたのだガね……」

 

彼らの会話は続きます。

 

「あれはムルグの真意を武にて問うたまで。事実、あの使者は我らに服従を強いて来た」

「結論を出ス過程で武をツカう所二、そろソろ疑問を感じテくれナいかネ……武と云うモのはそもソも、結論が出タ後に示スものダよ」

「無駄に時間を使うだけだ。この手に限る」

「コの手シカ知らんダろう、まっタク……」

 

あー、凄い苦労人のオーラが出てますねこの人。

ゾンビピッグマンの顔色なんて解りませんが、部下に恵まれない管理職の人みたいな疲労感が滲み出ています。

 

「……失礼しタね、オ客人。アディスタにも会っタよウだが、脳筋とコの戦闘バカが相手じゃア、ロクに説明モ受けテないだロウ……まア、掛ケてくレ。火の子ハ……口に入レる系のモてなしは、止メテおイた方が良さソうだネ」

「心配は無用だ。私が食べよう」

「オまえバカじゃないノ?」

 

あはは、好きだわこの二人。

なんか漫才見ている気さえしてきます。ワイルドでイカついイメージが先行していましたが、一気に親しみが沸きました。

まあ、ギヤナさんの心中の苦労はお察しですけども。

 

「――ムルグと言う単語を度々伺いました。どうも敵対しているような印象を受けましたが」

 

勧められた席について、こちらから切り出してみます。

本当にクエスト受注みたいな展開であれば、この後はさしずめ「ムルグの進攻を阻止せよ!」みたいなタイトルの防衛イベントな訳ですが。

 

「あア、別の町の事ダよ。敵対……トは言いタくないガね。向こウが強行策を取っテしマったカら、コちらとしテも過敏になラザるヲ得ないのダガ。もとモと目的は同じナのさ」

「目的、ですか?」

 

「ああ……」と小さく嘆息するギヤナさんです。

 

「――オ客人。キみタちはこの町にクる前に、襲われナかっタかね?白ク大きナ頭に、触手ナのか手足なノか、ようワからん物を引っ付ケた化け物サ」

「フカーッ!!」

 

突如、ニソラさんが両手上げて威嚇を始めました。

今の彼女とって、その話題はワクワクをそのまま反転させるような禁忌でした。

ああ……ステイ、ステイですよニソラさん。ギヤナさんが「ウヌッ!?」て驚いちゃってるじゃないですか。

 

「イヤですーっ!ホントに無報酬でガスト100体沈めるのなんてイヤですーっ!」

 

受注クエストが「ムルグの進攻を阻止せよ!」から「迫り来るガストを殲滅せよ!」にシフトしそうになっているのを感じ取ったニソラさんの叫びでした。

 

「ニソラさん落ち着いて!……すみません、ここに来る時に4体ほど墜として来たんですけども。あまりの醜悪さに気が滅入っているんです」

「ほう……墜として来た?」

 

ピクリと反応したのはバトルジャンキーのスユドさんです。

 

「アレを4体墜とすか……素晴らしい腕前だ」

 

向けられた称賛は、彼女にとって不可解過ぎるものでした。

 

「……?そこまで言うほどの相手ですか?アレが?」

 

ほぼ瞬殺できるモンスターに何をそんな手子摺るのかと眉を潜めます。

 

「客人の戦う所を是非見せて頂きたいものだ……未熟を恥じるが、私には難い相手なのだ。手の届く場所に居れば是非もないが、奴らは大抵空を飛び、我々の手の届かない所から爆撃を仕掛けてくる。投擲なりなんなりで何とか追い詰めたら、今度は仲間を集い始める。もう、手がつけられなくてな……」

 

――ああ、なるほど。

遠距離攻撃の手段が無いんですねつまり。

近接しか出来ないと、追い立てるなり火の弾を跳ね返して直撃させるしか対応出来ません。

そしてこのネザーはグランドキャニオンもかくやと言うほど起伏が激しすぎる世界です。

崖の向こうに陣取られたら追い立てる事すら出来なくなるでしょう。

――て言うか、習性として仲間を集めるのは初めて知りました。

そう言えば、メイド妖精の特製ポイズンを眼球に受けてL5発症してたあのガスト、確かに仲間を呼んでましたね。死に際に。

 

「……弓はないんですか?私はそれで瞬殺しましたが」

 

抱えている弓を見せるニソラさんですが、スユドさんが首を横に振りました。

 

「それがどうやって使うものかは判らないが、おそらく遠距離で攻撃できるモノなのだろう。羨ましい限りだ……我々ムドラの戦士は遠距離攻撃を持っていないのだ。……いや、今はもう無いと言うべきか……」

 

過去に思考を向ける、遠い声でした。

ふと、スユドさんがギヤナさんに視線を向けます。

 

「ギヤナよ。ラクシャスは呼んではいないのか?確認が必要かとぼやいていたが」

「使いハ出シたヨ。来ルかドうかは怪シイものだがネ」

「そうか……客人よ。以前まではムドラにも手の届かぬ敵を葬る技があったのだ。それがラクシャスであった。今はもう、その技に頼る事が出来ぬ」

 

……膝に矢でも受けてしまったんでしょうか。

呼ばれたってことは、お亡くなりになった訳では無いのでしょうけども。

 

「ジっさイ、ムドラはラクシャスに頼リ過ぎタヨ。彼は弟子を頑なニ作らなカったかラ、彼が戦えなクなっタだケでムドラの防衛力ハ激減しタ。仮に彼が復活したトしても、コんな危ナい防衛システムをモう一度デザインしたいトは思わナイね」

 

おっと、話が反れ過ぎたとギヤナさんが頭を振りました。

 

「話をモとに戻そウ。ムルグとムドラの目的ハ同じ、ガストへノ対抗ダ。なゼかこコ最近に至ってガストノ被害が激増シた為、皆の危機感モ増大シてイる。

――奴等を討滅出来ルなラ願ったりダが、奴等がドこカラ沸いて出テいるノかも解らナイ。ダから取レル策は長期的ナ防衛、及び断続的な討伐シか無い……ガ、絶望的なコとにその手段すラ無イ。

ムルグは我々ムドラにソの対抗手段の一端ヲ見出だシ、ソれを要求シてキた。我々ハその手段ヲ認メる事が出来ナかっタ為、同調せズに対抗しタ。……その結果ガ、ガストを前にしタ同族同士の緊張状態ト言うワけダ。

……嘲笑っテくレても構ワんヨ。コんな阿呆な茶番をヨそがヤってタら、オレだっテ嘲笑うヨ……」

 

……重いです。このクエスト、思っていた以上に重いです。

RPGお約束の勧善懲悪で「ムルグの連中を追い払ったぞヤッター!」で済まそう物なら、容赦なくバッドエンドです。

頭痛を耐えるようにギヤナさんが頭を覆います。

 

「……ムルグにはラクシャスすらラ居なカった。戦士ノ数もガストの被害デ急激にヘッテ来てイる。ツい最近防衛手段ヲ失ったムドラにクラぶレば、ヨほど崖っぷチに違いナイだろうサ……どウあがイても絶望じゃア、強行策にデルのも理解デキる話ダ。その少ない戦士をソコの阿呆がサラにブチノめしたカら尚更だヨ!」

「む……確かに彼らに同情は出来るが、それとムドラの被害や従属は別の問題だ」

「ワカっテるよンな事は!ダかラせめテこの緊張状態を同盟マデ持って行ク方法を考えてタのに、ソれを使者ノ腕と一緒にパキポキへシ折りヤガッて!コれでもウ、アいつラ死兵同然にムドラを攻めルシか取レる手が無くなっチまったンだゾ!?」

「問題ないさ。空を飛ぶ敵ならば兎も角、地に立つ者が相手なら遅れを取るつもりは無い」

「ソう言ウ話じゃ無いってンだヨ!そのドヤ顔ヲやメロ!」

 

本当にギヤナさんみたいな立場には立ちたくないなぁと思いました。

スユドさんはどうやら「ムルグの連中を追い払ったぞヤッター」でトゥルーエンドだと思っているようでした。流石に引きます。

 

「し、心中お察しします……」

「解ってクレるかイ?オ客人……さらに頭が痛いこトにね、ウチの手駒は全員コう言うオツムなんだヨ……!」

 

ギヤナさんへの印象が、親しみ沸くのを通り越して同情にシフトしました。

胃腸とか大丈夫でしょうか。

 

「……マたまた失礼しテしまっタネ。お客人に向カって愚痴マで吐いテしまっタ事を心カラ詫びるヨ……」

 

いや、ギヤナさん。あなたもうチョット吐き出すかなんかした方が良いと思いますよ。

 

「疑問に思っテいルダろう二つの事ニ回答しよウ。まず、ムルグが求メる対抗手段ト言うやつダガ……一口に言エば、強力なモンスタート契約を交ワし、その力ヲ持って対抗手段としヨウと云うウものダ。彼らは御せル方法を見つケタと言うが、ソのモンスターに多少ハ明るいオレは、そレを欠片も信ジル事が出来なかっタのだヨ」

 

確かに負けフラグが香りまくる対抗手段です。そのモンスターが暴走したら滅亡待ったなしだと思うのですが。

……いや、どうせこのままガストに蹂躙されるぐらいならいっそ、と言う感情なのかもしれません。

追い詰められた最後に残ったかイチかバチかなら、すがりたくなるのも理解できます。

例え暴走したとしても、ガストに一矢を報えるなら――なんて自暴になってもおかしくない状況にも聞こえます。

……あれれ?スユドさん、そんな人たちの腕をパキ折って、最期のハシゴ外しちゃったんですか?

……ヤバくね?(震え声)

 

「私、解ってしまいました……」

 

まるで推理小説の探偵役のように、ニソラさんが口を開きます。

無数の疑問がこれで一本に繋がりました、とかなんかドヤ顔をキメています。

……ああ、うん。何言い出すかはなんとなく察しました。

 

「ムルグの人達が契約しようとしている強力なモンスターって――もしかして、魔王ウィザーでは無いですか!?」

 

メタ推理も甚だしいですが、実際ボクもそんな気がしちゃっていたり。

 

「……ヤはり、知っテイたカ。ソウだよ。魔王かドうカは知らなイガ、彼ラが求メていルのはウィザーと呼バれる3つ首のモンスターサ。オ客人の言うウィザーと恐らク同じもノだロうネ」

「ふおおおおおおっ!!」

 

今日はテンションの浮き沈み激しいですねニソラさん。……まあ、気持ちはわかりますけども。

 

「――アレ?でもそうなると、勇者様は魔王ウィザーを倒していなかったんでしょうか?物語の通りなら、もう居ない筈ですよね……?もしかして契約しようとしているのは、魔王ウィザーのお子様的な的な誰かです?」

「……!」

 

スユドさんの雰囲気が、何やら怪訝なものに変わります。

 

「……オ客人。二ツ目の質問ハてっキりこれマデの話を踏まえタ上での我々の要求にツいてダと思ってイタんだガ……チょっと認識が変わっタヨ。先ニ質問をさせてほシイ。

――君たチ、ムドラには何用かナ?」

 

何が問題だったのかは解りません。

……ただ、おそらく今のやりとりの中で、ボクたちがムルグ側の人間の可能性が浮上したのだと思います。

ギヤナさんは身を乗り出し、一切の嘘は許さないとボクたちに目を合わせます。

ボクらは互いに目を合わせ、別に隠すコトでもないので嘘偽りなく正直に答えました。

 

「観光です。道を見つけたので辿ったらココにつきました」

「あと地上にはない素材の採掘ですね。別にムドラでするつもりはないですケド」

 

固まって数秒。

ぎぎぎぎぎ……っとギヤナさんの状態が倒れ、テーブルにゴツンと頭をぶつけました。

 

「紛ラわシイんだよォ……コんなタイミングで……!」

 

絞り出すような苦悩でした。

 

「あう……いや、そこについては、まぁ……ゴメンナサイ」

 

ボクとしては一発で信じてくれた所にびっくりですが。

何か感じ入るものでもあったのでしょうか。

 

「……イや、イイ。どっチにしロ我々ノ不明がモトだヨ。オ客人を責めルのはスジ違いダった。申し訳なイ」

 

……この人、本当にマジメだなぁと思います。

 

「質問に答エよウ――ウィザーは倒シ切れル物ではなイのだヨ。コの世界から撃退すルのガ精イっぱいダった。ダかラ完全に倒シ切れるソの日が来るマデ、ムドラに保管さレ続けているのサ――ウィザーを召喚すル為の神器がネ。そレがかツテ、ムドラが地上の戦士ト交わしタ契約だった――」

 

そこから語られるのは、ネザーに伝わった青い戦士の物語でした……



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約束の剣

その邪悪な厄災は 嘆きの魂が集まる砂漠に

火と閃光を伴って 叫びと共に現れた

 

それはみっつの頭を携え 足はひとつで空を漂い

骨のような体は黒く 分厚く硬い鉄にも見えた

 

その厄災が声をあげると 嘆きの魂は形を取り

石の剣を振り翳す 無数の嘆きの戦士が生まれた

 

その厄災は彼らに命じた

汝ら呪いの剣をもて この世に等しく滅びを与えよ

仇なすものも 仇なさぬものも

ただただ等しく滅びを与えよ

 

彼らは嬉々としてそれに従い 生きとし生けるるものすべて

戦士もそうでないものも 呪いの剣で斬り払った

 

彼らに斬られた者たちは 命の力を失って

次第に体が黒く濁り 干からびたように死んでいった

 

多くの戦士が彼らに抗い 金の剣を握りしめ

誇りと大いなる勇気を持って その厄災に立ち向かった

 

されど嘆きの戦士に阻まれ 誇りの剣は厄災に届かず

やがてそのまま黒ずんで 戦士達は倒れていった

 

民はただただ逃げ惑い 厄災の目につかぬよう

誰もいない地を探し 身を潜めるしか出来なかった

 

ある時二人の戦士達が 嘆きの大地に訪れた

その頭から長い毛が生え 体の何処にも骨が見えず

ひとりは青き鎧を纏い ひとりは輝く杖をいだく

聞けば赤い大地ではなく 緑の大地より来たと云う

黒い骨の頭を追って 嘆きの此の地に来たと云う

 

彼の者たちは嘆きに挑んだ

青く輝くその剣は 死を否定する力があった

嘆きの戦士を斬り払うと たちまち崩れて動かなくなった

白く輝くその杖は 光の力を宿していた

嘆きの戦士に振りかざすと 光の槍が迸った

 

戦士の槍が厄災を撃ち 戦士の剣が厄災を斬る

黒い呪いが降り掛かろうと 戦士は輝く薬を飲み干し

呪いを破って立ち上がり 邪悪な厄災を追い詰めた

 

遂に厄災は叫びをあげて 戦士の前に倒れ伏す

しかし厄災は滅びを知らぬ 戦士の剣から逃れる為に

ひとつの星と剣を残して 幻のように消え去った

ひとつの星と剣だけが 厄災のあった証となった

 

緑の大地の戦士は言った 厄災はまだ滅んでおらぬ

光の技を持ってしても 滅ぼすことは叶わない

いつの日かまた厄災は 嘆きの戦士を伴って

すべてを滅ぼし尽くすため 再びこの地に現れるだろう

 

されどこの世は移り行く 厄災を絶つその時は

いつの日かきっとやって来る

緑の大地の戦士は言った もしその日が来たならば

再び青き剣をもて 赤き大地に訪れよう

 

いつの日か来る約束のため

星は緑の大地の民が 剣は赤い大地の民が

いつか来るその約束の日まで 子供へ孫へと受け継ごう

 

我ら赤い大地の民は 約束の日が訪れるまで

戦士を育て剣を守り 邪悪の厄災を語り継ごう

緑の大地の戦士を迎え 今度は共に剣を並べて

我らを守って散った戦士と 我らの誇りを示すために

 

 

@ @ @

 

 

「ムドラに伝わル古い詩だヨ。――我々ハずっト語り継イで来タンだ。コの詩ガ忘れテハなラなイ実話から転じテ、只の伝説ダと思われるグらイ……長い間、ズっと語り継イで来タ」

「寝物語に聞いて育った、厄災に立ち向かった勇者の詩――そして地上の戦士の詩だ。ムドラの戦士はこの詩を胸に、その腕を磨き続けたのだ。勇者と肩を並べる為に……自身が勇者と成る為に。地上の戦士に助けて貰ってばかりでは何より性に合わないからな」

 

……壮絶な歴史を目の当たりにして、ボクは胸の奥から震えるなにかが込み上げてくるのを感じました。

地上には勇者の物語が残っていました。ニソラさんから聞く限りではウィザーがドラゴンになっていたり、ネザー進出の理由がお姫様奪還になっていたりと細部が違いますが、元が児童向けの書籍のようですので、現実で言うグリム童話のように改編されているのでしょう。

それでも、青い勇者がウィザーを倒して怪しく輝くクリスタルを手に入れるところまでその冒険譚では語られています。

ネザーの人達と同じように、地上の人達も語り継いでいたのです。

それが実話から児童向けの冒険譚に変わるほど、ずっと長い間語り継いでいたのです。

 

「私達が通って来たあの道は……あの道は、本当に勇者様が通った道だったんですね……!」

 

感極まった震えた声でした。

両手で口元を抑えておかないと、思わず感動で叫びだしてしまいそうな……ニソラさんも、そんな気持ちになっているのでしょう。

 

「タクミさん、ありがとうございます。私、ここに来て本当に良かった……!」

 

グロウストーンもネザークォーツも敵わない、ガストの気味悪さがあってなお、両手いっぱいで色褪せる事の無い最高の宝物でした。

 

「……アリがとウ。オレも久々ニ誇らシい気持チになれタヨ。地上人カら見れバ只の厄介事なノに、今まで語り続けらレていタ。……こんナに嬉シいコとはなイ」

「ふふ……不謹慎だが、約束の日は是非私の動いている間に来て欲しい物だ。地上の戦士と肩を並べて厄災に挑む――なんとも血沸く話じゃないか」

 

ムドラの人(?)達も、滾りを抑え切れないようでした。

 

「……さて。感動に水を差しちゃうかな……?もう少し話を聞かせて下さいますか?」

「ウム。サっきの詩ダけデは私ノ持つ情報ニ足りテなイかラナ」

 

頷くギヤナさんに「ほえ?足りませんか?」と首を傾げるニソラさん。

ウィザーと言う名前や、召喚の為の神器について述べられていない事を教えてあげると、「あー、ああー!」と納得したように手を合わせていました。

ボクとしても、ウィザーが残した剣についてとか気になる所です。

ゲームにおいてはウィザーが落とすのは「ネザースター」と呼ばれるクリスタルだけだったのですから。

……ただしバニラにおいては、ですが。

 

「――と言っても、理由としてはシンプルそうだけどね。単純に剣と資料が別途残ってたんでしょう?」

「まさシく。約束の日ガ来た時に、コチらカらウィザーを呼ビ出して滅すル為の剣が、コの町に封印の間ごト残ってイル。今の詩ヨリも更に詳シい石碑と一緒にネ。――文字ヲ読めるやツはほトんどいナイが。

コの町の名ハ、ムドラと言ウ。……古い言葉でネ。「秘密」トか、「封印」と言ウ意味なのだヨ。こノ町ハ――剣と資料ヲ封印すル為に作ラれたのノダ」

 

……古い言葉?

今使っている言語とはさらに違うものが、かつてはあったと言う事でしょうか。もしかしてそれが「遠吠えが発展した言語」なのかもですね。興味が尽きません……が。

 

「うわあ……ぜ、ぜひ見せて頂くことはできませんか!?」

 

ニソラさんがミーハー丸出しで懇願します。

こういう歴史的な代物は保存の為にかなり神経質になるものだと思いますが、以外にもギヤナさんはアッサリ首を縦に振りました。

 

「ソうダね。地上人なラ案内しテも良いカモしれナいネ。タだ、他言無用だヨ。ムドラの者にモ詩だけ残してる「体(てい)」ナのさ。「ソレ」がコの町の事ダとはアマり知られてイないのだヨ。余計な有象無象ヲ引き寄せる事にナってしマウのでね――まア、ムルグの連中にハ何かあると嗅ギ付けられてイルが、これは町の名前カらしテ仕方ないね。タだ、セイぜいが封印の地ニついて伝ワっている、程度の認識の筈ダ」

 

……まあ、そりゃあそうですよね。

そもそも、認識としては実話としてではなく既に伝説になってしまっているって言ってましたし。

物証無して「厄災」の存在を信じ続けるのはやはり難しいのでしょう。

そうなるとウィザーを起死回生の一手に組み込むムルグの人たちは何なんだって話になりますが、そこまで切羽詰まっているかギヤナさんの反応から「実話」なんだと確信したかのどっちかですかねぇ。

――うーん、しかし。

 

「でもそうなるとやっぱり現状が解せません……ボクが言うのもナンですけども。ボクらがムドラに繋がってる可能性を完全に否定できないと、そこまで情報出てこないじゃないですか。スユドさんはともかく、ギヤナさんはその辺りキッチリ計算できる人のように見受けましたけども……」

「……ックは、」

 

噴き出されてしまいました。

本当に君ガ言うセリフじゃアないネと軽く笑われてしまいました。

いやでもね、確かに感情的には嬉しいんですけども、ロジック的に考えたらすっごく危ないことしてると思うんですよギヤナさん。

……と、思っていたんですけども。

 

「――オ客人がムルグの連中ト繋がってイない事を確信しタ上で話すガね。仮にオ客人がムルグと繋ガっていテも、今まで話しタ内容であレばリークされてモ全く問題ないのダヨ。封印の間は確カにこの町にアるが、そノ具体的な場所を知っテいる者は私グらいだトしかムルグも判断でキない。だかラむしろヘイトを集めラれて丁度良イぐらいダ。スユドの言に乗るノモ癪だガ、いざ開戦トなっテもムルグの戦士に後レる事はなイと私は信仰しテいル。ならバ、私が程よク前線に出れば町へノ被害はコントロールでキるとイう訳ダ……と言っテも、コの効果はリークさレヨうとされまイトあマり変わらなイがネ。

タだそれ以前、お客人は遠距離攻撃ヲ持っていル。私がムルグの者ナらば、不確カ過ぎるウィザーとの契約よりモオ客人の遠距離攻撃に頼ルのを優先スル。つマり、お客人がムルグと繋がっテいるなラばそもソモこの町に来テいなイ」

「――あ!」

 

そうでした。ニソラさん、普通にガスト瞬殺できるんですから、ニソラさん引き込めばそれで目的達成なんでした。

そりゃあ、この二つ並べられたら厄災よりもニソラさんを選びます。

 

「チなみに遠距離攻撃がブラフの可能性モ低い。検証さセテと言われレばスグに解る事ダからナ。そンな突けバ崩れるブラフを柱に潜り込マセる度胸は少なクトもオレには無いヨ。

オ客人を鉄砲玉にスる線は、スユドをつケタ事で対応しタ。コチらに攻撃させて大義名分を作ろウとか揺スりの場に引きズリ出そうっテんなら逆に願ったりダ。なぜって、現状ハ既に「後はモう戦争ダ!」ってトコまで行き着いチマっていルのでネ。ムしろ以前の緊張状態まで状況を戻すコトができル。そして逆に、その状況だからコそどう対応しようト悪化する事はアり得ない訳だ――まったくアリがたクないがネ!」

 

うわおスゴい――ボクが危ないと思う線を全部ロジックで潰してくれました。

言われて見ればうん、納得。ボクなんかが心配する隙も無かったんですね。

こう言うのをすぐさま考えられて、情も絡めて即断できる人が施政者になるんだろうなぁと尊敬します。

 

「もちロん、コれカらお客人ヲ封印の間に案内スる訳だガ、コっちの情報ハリークさレると非常にマズイ――マズいが、オレの想定できル範囲外の要素が絡んダ上で、本当にオ客人がムルグと繋がっテいルのでアレば、モう成るヨうに成レだ。ソの時の状況を見キった方が建設的ダ。だガ、敢えテ言わセて貰えば、先のロジックが無クともオ客人の事は信用しテいたと思うヨ。君タちはドウやら嘘ガつけナいタチのようダ。タクミ殿も大概ダが、特にニソラ殿――アレが嘘デ演技なラ、ソもそモオレの手ニ負えル物かヨ」

 

以上、ご納得頂ケたカナ?笑ってみせるギヤナさんに思わず感嘆の声と一緒に拍手を送ってしまいました。

ヨセやイ、照れルじゃナイかと手を振りながら満更じゃないギヤナさんです。

 

「……ええー。今さりげに私ディスられませんでした……?」

 

まるで単純な人みたいに言われた気がしますよぅーと頬っぺた膨らすニソラさんが可愛いです。

安心してください、褒めてますよ。

ニソラさんみたいな人が一番眩しく映るんだろうなぁギヤナさん。素直に振る舞えて心のまま冒険できるなんて、きっと一番夢見てる事だと思います。

責任って大変です。

今までの話を多分解っていなかったスユドさんは、じっと閉じていた眼を開くと深く頷きました。

 

「ふむ……要は、客人達にその真意を問えば良いのだな。是非も無し」

「オ前それヤったらガチで追放ダかラなフザけんな」

……ほんと、責任って大変ですよね。こんな環境なら特に。

 

「あー、ソれと。ダめ押しでモウひとつ加えるとするなラば、ダ。……リークされテも長期的ナらばトモかく、短期的にハあまりダメージが大キクなかったりすル。何セ――」

 

ギヤナさんがギヤナさんが松明の立っている壁に近寄り、何やら操作しました。

 

ガコンッ!

 

軽い衝撃とともに、ガシャンガシャンと機械的な何かが作動して、テーブルの下の床が唐突に抜けました。

 

「ふぁっ!?」

 

唐突に足元が消えた状況に思わず変な声が出てしまいます。

――テーブルの下を覗いてみます。

隠し階段でした。薄暗い地下への階段が続いて居ました。

 

「――何セ、ソの封印の間への道ガこレなのでネ。知らんウチに使ワれたらサすがに気ヅクと言う訳だ」

 

 

@ @ @

 

 

古い通路でした。

隠し通路という性質の為、掃除とかで手を入れるような通路ではないって事なんでしょうけども、それを置いても多少朽ちているように見えます。

所々に、石板のような物も置いてありました。

思わずキョロキョロ見回してしまうボクたちです。

 

「凄い……文化遺産指定モノですよ、これ……」

「フム。当時の通路ヲそのマま使用しテいる。入り口はサスがに増設だガネ」

「存在は知っていたが中に入るのは初めてだ……感謝するぞお客人」

 

スユドさんもなんだか声が弾んでいます。

彼が今まで入った事がなかったと言う事は、本当に限られた者だけが足を踏み入れる事が出来る聖地と言う事なのでしょうか。

聞けば、元はムドラの町もこの通路も、この地に建っていた何かの要塞をどうにかこうにかして作られた場所なのだそうです。

元の要塞であった場所は、厄災の時代には既に放置されており、大部分がネザーラックに埋もれていたとかなんとか。

……ええ?ここネザー要塞だったの?

そんな感じで説明を受けながら歩くのですが、ここはダンジョンと言う訳では無いので説明を全部聞く前に到着してしまいました。

開けた部屋に出ます。

 

「ここが……」

 

ネザーレンガに囲まれていた通路とは違い、そこは削られたネザーラックに囲まれ、設置されたグロウストーンの光で照らされていました。

壁にはネザーフェンスで覆われた面もあります。

ゲームの知識と先ほどの話から、ボクはネザー要塞に生成されるブレイズスポナーの区画を連想しました。

中央にスポナーの代わりに、刀掛台に掛けられた刀が置いてありました。

部屋の至る所には石板が設置され、当時の様相を事細かに物語っています。

 

「うわあぁ……」

 

厳かで神聖で、それでいて禍々しい独特の雰囲気に、ニソラさんが声を上げていました。

ボクも前知識無しであれば同じ反応をしていたと思います。

しかしそれ以前、ギヤナさんの話を聞いてからずっと引っ掛かっていた事が、この部屋を見て氷解した事の方が感動より強かったようです。

ギヤナさんが剣の元まで歩み寄りました。

 

「コれがウィザーが残シた物のひトツ、詩の中デ触れらレていタ「剣」の実物だヨ。ウィザーを召喚する力ガ宿っテイると言われているガ、実ヲ言うと使い方は伝ワってイない。我々にしテハ奇妙に反っタ不思議な形状の剣だガ、タクミ殿が差シテいる物を見るニ、ソコまで珍しいモノでもナいらシイ」

「へぇ……確かに、曲刀は私も何度か見た事があります。しかしこの剣は、私が見てきた曲刀と比べると何処か不思議な雰囲気が漂っていますね。――あの、手にとって抜いてみても良いですか?」

「構ワないヨ。抜くダケで召喚サれる訳でハ無いヨウだしネ。扱いにハ気を付けてくレ」

「ふおおおぉ……」

 

息を飲むままニソラさんがすらりと刀身を抜き放つと、長い間放置されているたとは思えない美しい姿が現れました。

高温少湿な環境だからなのか……いえ、絶対にそれ以外の要素からでしょう。錆のひとつも浮いていないその刀身は、長い時を経てなお、そのまま使えそうな様相を保っています。

 

「これ……銘はあるんでしょうか?」

「アるミたいなのダガ、伝ワっていナイ。……サっきノ召喚の方法ト同じデね。ソの剣の銘ヲ知る者ガ、召喚の方法をモタらすのダそうダ。……地上にハ伝わって無いかネ?」

「うーん、この冒険譚を本格的に追った事は無いので解らないです……少なくとも巷に伝わる物語には、この剣の存在すら出てきませんでした」

 

遠巻きに会話を聞いて、ボクの心臓が跳ね上がりました。

――剣の銘を知る者が、召喚の方法をもたらす?

これは……もしかしてかつては、マインクラフターがいたのでしょうか?

そう、ボクと同じ境遇の……?

 

「散華(サンゲ)――ですね」

 

ボクが口にした銘を聞いて、視線が一気に集まりました。

 

「……鬼哭作「夜叉(ヤシャ)」、道雪作「顎門(アギト)」、天凱作「神威(カムイ)」と並べて四天と呼ばれる紹運の作刀です」

 

元はファンタシースターオンラインと言うゲームが元ネタだそうです。ボク、このゲームやったこと無いので知らないんですが、四天の剣だけは抜刀剣の元ネタとして調べた事がありました。

 

――そう、Mod「抜刀剣」です。

これを入れてると、ウィザーを倒した時にこの「散華」をドロップするようになります。

この刀はその散華のようでした。

刀剣には明るくありませんが散華の外見は特徴的で、金と茶で美しく装飾された鞘に白い柄、そして鞘の鯉口から伸びる四角い札のような飾りがついています。

この辺りはゲームの外見と一致していました。

ちなみにこのMod、夜叉も顎も追加されるんですが神威だけは出て来ません。なんでだろ?

 

「……ニソラさん、ボクも見せて貰って良いかな?」

「へ?……あ、はい」

 

そっと刀を受けとると、刀身に瞳を写す様に覗き込んでみました。

近くで見ると、ますます美しさが際立って見えます。

ボクは少し目を閉じると、ゲームの目線でアイテムを見るように意識を切り替えました。

ゲームでは、アイテムに付いたエンチャントを確認する事ができるのですが、それと同じ要領で「鑑定」を行います。

抜刀剣においてはアイテムに付加されたエンチャントに加え、抜刀剣独自の値である「KillCount」ProudSoul」「Refine」「Attack」と言った値も確認できます。

それぞれ詳しく触れると長くなるので割愛。

ただ、そう言った値から読み取れる事実があります。

 

「――まだ何も斬っていない、本当に新品の刀ですね。そういう刀は総じて力が弱いんですが、これは例外みたいです。魂が宿って妖刀になってます――長い間放置されても色褪せてないのは、それが原因ですね。自己修復してる」

 

KillCountが0なのにProudSoulが10,000とは恐れ入りました。

一口に言えば前者は斬った数、後者はそうやって経験を積んで成長した、刀に宿る魂の強さです。

ゲームではあり得ない代物が目の前にありました。

 

「宿っているSAは次元斬……エンチャントは耐久力、落下耐性、火炎耐性、そして射撃ダメージ増加と……天然モノじゃあり得ないなぁコレ」

 

ゲームの中でボクが「育てた」剣には流石に劣りますが、十分すぎるチートな刀に仕上がっています。

最初から「こう」だったのか、それとも時を経て「こう」なったのかは定かではありませんが……

「使われたがってますよ、この刀。対ガスト戦なら十分な戦力ですね。……まあ、謂れが謂れですから、早々使えないとは思いますが」

ゆっくり鞘に納めると、「特徴的」な刀掛台に戻します。

――そう、この散華。

刀掛台が明らかに特徴的でした。

 

「聞キたい事ハいろいろアルが、トもかク――タクミ殿は、解ルのだネ?この剣ガ」

「はい、見ての通りです」

「でハもしかして――ウィザーの召喚方法モ?」

 

……そう、そうなるんですよね。

散華の銘を知る者は、ウィザーの召喚方法も知る……これは明らかに、マインクラフターを対象にした言葉のように思えるのです。

 

「――はい、知っています」

 

その言葉の反応は顕著でした。

ニソラさんが「ふおおおおっ!?」と本日何度目か解らない声を上げ、スユドさんが「やはり客人達は、詩に出てくる……!」とトンでもない勘違いを呟き。

――ギヤナさんは何やら深く考え込んでいました。

ムルグの最終手段がウィザーなのであれば。その召喚方法はどう言うカードになるかを探っているのでしょう。

ギヤナさんの構想の役に立つ情報かどうかは判りませんが、とりあえず情報を全部委ねてみようと思います。

 

「最悪、ですが。散華をムルグに渡しても問題はありませんよ」

 

その台詞に思い切り眉を潜めるギヤナさんです。

 

「……前提の確認だが、ウィザー召喚に辿り着かれたら終わりと定義している。その上での台詞かね?ムルグが召喚方法に辿り着く可能性が一欠片も無いとでも?」

「無いです」

 

即答しました。

流石にびっくりしているようです。

苦笑しながら種明かしをします。

 

「なぜなら……散華はウィザー召喚となんの関係も無いからです。その刀にウィザーを召喚する力はありません。ウィザーを召喚するのに必要なのはこの、刀掛台の方です」

 

そう言って指し示したのは、「黒いドクロが3つあしらわれている」特徴的な刀掛台でした。

……そう、その刀掛台には黒いドクロが装飾としてゴテゴテくっついていたのです。

 

ウィザーを召喚する為にはウィザースケルトンの頭部3つとソウルサンド4つを使います。

ソウルサンドをTの字に積み上げて、頭の部分にウィザースケルトンの頭部を並べれば完成。

爆発と共にウィザーが顕現する仕組みです。

バニラでは裏ボスみたいな位置にいるのですが、出向いて倒すのではなく召喚して倒すボスなので、多くの場合地の利を取られて苛められる傾向が強い悲しいボスです。

例えば地下深くに狭い通路を作ってそこに召喚すれば、空を飛び回る事が出来ないので容易くひねる事ができます。

例えば黒曜石で箱を作って、その中にアイアンゴーレムを10体ぐらい詰め込んでそこに召喚すれば、顕現した瞬間にアイアンゴーレムに集団リンチを受けて数秒で沈みます。

今はもう出来なくなりましたが、ウィザー実装当時は岩盤ハメと言うテクニックが知られた事もありました。岩盤の直下でウィザーを召喚すると、そのまま浮き上がろうとするウィザーが岩盤にハマり、そのまま動けなくなって哀れなサンドバッグと化すのです。

工業Mod勢にはさらにひどい目に合わされてるんですよね。

ウィザーも壊せない特殊な黒曜石の檻に閉じ込めて、攻撃を代行する装置で壁を透過してボコボコにすると言うとても可哀想な装置の餌食にされる動画を見た事があります。

ボタンひとつで召喚から昇天まで全自動と言う、ウィザー絶対殺すマシンです。

ウィザーかわいそう。

……ボクですか?

その黒曜石の檻に詰め込んで召喚した上で、壁の外から抜刀剣で一方的にぶった斬っていましたよ。

防具の役目はありませんでした。

表ボスであるエンダードラゴンほど経験値落としませんし、ウィザースケルトンの頭部がそもそもレアドロップですし、ProjectE環境下だったのでネザースターをひとつ手に入れれば後は用無しです。ペッ。

……そんな扱いされてたから、この世界で復讐に走ってたとかじゃなあ無いですよねぇ?

ごめんね、ウィザーさん。

 

さて、刀掛台の黒いドクロですが、これこそが先述のウィザースケルトンの頭部だと思われます。

調べてみたらドクロだけ取り外せる造りになっていましたし。

この世界であれば、ソウルサンドのある地と思われる「嘆きの地」に3つ並べれば、ソウルサンドの深さにも依りますが条件満たして召喚出来るんじゃないですかね?

空の利を与える事になるのでオススメは出来ませんけども。

――と言う訳で。

ムドラの人達ですら剣が召喚の為の神器だと思ってたぐらいですので、実は必要なのは刀掛台の飾りでしたとか夢にも思わないでしょう。

「ウィザーを御する術」と言うのが気になりますが、もしそのソースがマインクラフターやそれに類する能力者によるものであれば、わざわざウィザーを呼び出さなくともガストにダイレクトアタックできる筈です。

つまり、この情報を知りそうにないので散華渡すだけでもムルグの人たちを十分騙せるだろうと。

 

――ってな事をあまりにメタい部分だけ伏せて説明しました。

ギヤナさんが頭を抱えてしまいました。

なお、ウィザー虐めは説明した内容に含みます。

 

「知りタクなかったヨ、コんナ真実……我々を絶滅寸前マデ追いやっタ伝説の厄災をナンだト思ってるんダ」

 

あ、はい、そこはホントすみませんでした。

 

「――ウん、5割りホど聞かなかった事にしよウ。我々の方針ハ変わらずウィザー召喚阻止ダ。例エ相手がイジメられっ子でも変ワらんヨ。……トリあえズこのドクロは取り外しテ隠して置こうカ」

 

おお、切り替え早いですね。

取り外して隠すんですね、ラジャりました。

隠すならお手伝いしますよ。チェストも丸石も手持ちにありますのでー。

 

ぱぱぱっと壁に穴を開けてチェスト1個分のスペースを丸石で囲み、見た目で場所がバレないようにその回りをネザーラックで覆います。

丸石の囲いは冗長ですが、ガストの爆撃で吹き飛ぶような保存はちょっと許せませんでした。

作業中に後ろから「マテマテマテマテナニをやっている!?」「オい何でコの深さをソう簡単に掘れルんだオカシイだロ!」「掘っタ場所の繋ぎ目ナくなってんぞナニしたオ前!?」と騒がしいBGMが流れましたが例の如くガン無視です。

マインクラフターは自重しないのです。

「……さすがタクミさん、文化財指定クラスの遺跡にも容赦がありません……」とニソラさんのように遠い目をするのが正解の反応ですよ。

 

――斯くして、ウィザースケルトンの頭部3つは部屋の壁の奥深くに、瞬く間に封印されまてしまうのでした。まる。

 

土木作業は任せろー、ばりばりー!

 




太陽のないネザーの住民に「日」と言う単語や概念を使わせたくなかったのですが、韻を踏んだ別の単語が思いつきませんでした。
地上人との交流で伝わった単語ってことで一つご容赦ください。


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戦士よ、立ち上がれ!

 

「おお……戻ってきたか」

 

 

隠し通路から出て見ると、ローブを纏い、杖を持ったゾンビピッグマンが椅子に座っていました。

見た目が思いっきり「魔法使い」と言った様相です。

顔左半分の肉が残っていて、やけにギョロっとしている眼が印象に残ります。

なんとなくアレを思い出しました。某魔法学校な話に出てくる「油断大敵!」な人。

 

「来テいたカ」

 

ギヤナさんとスユドさんに警戒の様子はありません。彼もまた、この通路を知る一人と言う事なのでしょう。

彼の視線がボクの手元に向けられました。

――そう、ボクの手には散華が握られていました。

別に貰い受けた訳ではありません。この剣、対ガストの切り札になりそうな為、重要度が低いなら試してみようかと言う話になったのです。

……しかし、ムドラのもろもろの事情を知っている人には案の定勘違いを誘発しました。

 

「おおお……その剣はまさしく……!」

 

残った眼球をひん剥いて近寄ってくるのはちょっと怖いんですけども。

 

「その姿、メイガスに伝わる言い伝えその物じゃあ……」

 

スユドさんが反応しました。

 

「――ラクシャス師よ。ムドラの詩とは違う伝説が他にも?」

 

なるほど。どうやらこの人が、さっきチラッと話題に出たラクシャスさんのようです。

ムドラ唯一の遠距離攻撃の使い手だったと言う話でした。

……今はもう戦えないとの事でしたが……?

スユドさんの問いにうむ、と重苦しく頷いて、吟うように口にします。

 

 

「――その者、蒼き衣を纏いて金色の野に降り立つべし……」

「ブッッフォ!?」

 

 

ちょっっ、待ってそのフレーズは待って!アレぇ!?

 

「……見タ目も場所モまったくカスっテないが大丈夫カ?視力とカ」

 

ジト目のギヤナさんに「カアアーーッッ!!」と渇を入れて暴走は続きます。

 

「思慮が浅い!この者が纏っているのは青銅と言う金属である。青き銅……つまり、青き衣、と言うことが出来る」

「いやいやいやいやいやいやいやいや!?」

「斬新な解釈ですねぇ」

 

あれ、なにコレ。ボクは暴走する巨大芋イモムシに両手広げながら轢かれなきゃイケナイんですか。

「あー」とガリゴリ頭を掻いて、ギヤナさんが紹介してくれました。

 

「ラクシャスだ。ムドラ唯一ノ魔法使いニシてガストへの対抗戦力ダった。魔法の使イ過ぎでオツムごと不調を来たシ、今は一線を退いでイル」

「失敬な!私はまだ現役じゃ!この辺のオーラが枯渇したから術が使えなくなっただけじゃい!――て言うか今オツムごとッつったかオヌシ!?」

 

あ、はい。把握しました。こういうキャラなんですね。

「油断大敵!」とか言いながら凄い大ポカやらかすタイプのキャラだこの人。

……ええと、でもまあ好意的に考えるなら――魔法使いなんでしたっけ?

辺りのオーラが枯渇したとか言っていました。

「オーラ」と言う単語には心当たりが有ります。Mod「Thaum Craft」で登場する、自然界に存在する魔法の力の事です。

Thaum Craftでは杖を使ってオーラノードと呼ばれる「オーラ溜まり」から魔法の力を吸収し、様々な魔法を行使できます。

逆に言うと、そのオーラノードが見つからなければ魔法を使用できない訳です。

オーラノードに宿っているオーラは無限ではありません。ある程度時間を置けば奪ったオーラが回復していくのですが、オーラを枯渇するほど奪ってしまったりオーラノードそのものが破壊されてしまうと、もはや回復はできなくなります。

おそらくムドラを守るために、オーラを使い切ってしまったのでしょう。

そしてThau Craft系の魔法使いであるならば、きっと「歪み」にも近づいてしまったんでしょう。

まだ紅の教団ほど深淵に片寄ってはいなさそうですが、日常生活に支障が出るほどには「歪み」に染まってしまったのでしょうか。

かくして戦闘能力がなくなり「歪み」で思考も怪しくなってボケ老人認定と。

……あれ、最後のオチがなんか悲しくありませんか。もっとほら、闇落ちって言ったらダースベイダー卿みたいなアレとか、ねぇ?

 

「あー……ええと、その。そう!そういえば、さっきの詩の中でも杖から光の槍を出す人が出て来ましたけれども!もしかしてその魔法の技術が残っていたんですかね!?」

 

とりあえずラクシャスさんをさり気にフォローする意味でも別の話題を提供してみます。

 

「イや、良いヨ無理して空気ヲ変えんでモ――まア、そウ言われてイるヨ。タだ、コレは詩の戦士カら直接学んだモノではなク、詩の戦士が残シて行っテくれたモノから独自ニ発展させタらしいノダがネ」

 

わお凄い――確かに、よく見ればラクシャスさんの手にしている杖はシルバーウッドの杖身に魔道金属の杖星です。

シルバーウッドでは地上でも珍しい部類の白い魔法の木で、魔道金属は特殊な方法で錬成した高い能力を持つ素材。

このネザーでは手に入れる事は困難でしょう。

 

「戦士にとっては、当時の装備をほいっと提供するほど何でもない代物だったんじゃろうな……おかげでずいぶん助かっているが、未だ戦士には届いてない事を嫌でも自覚しておる。研究書まで残してくれたというのに……」

「!?ソーモノミコンまで残されてたんですか?」

 

Thaum Craftのチュートリアル的な魔法の研究書です。

ゲームだと研究を進めれば自動筆記されて行く訳ですが、この世界ではきっと手書きなのだと思います。

それを残して行ってくれたって言うのは相当ですよ。

 

「地上の客人……お主も魔導の者かの?その名はあまり一般的では無いはずだが」

「ええと……いずれは学びたいとは思っていますが、まだ手を出してはない……感じです。多少知識はある程度です」

 

Modによる経験を知識と呼んで良いのかどうかは知らんですけども。

少なくとも、ボクの知識と現実の大きな剥離は今のところ無い気がしています。

ふうむ、とラクシャスさんが顎を撫でました。

 

「もし知っていたら教えて欲しいのだが……ガストめを滅ぼすのに使っていた風の力がここいらから消えてしまってな。何とかしてそれを取り戻したいのだ」

「ああ――」

 

皆まで言わずとも大体想像がつきました。

ラクシャスさんも詩と同じように、「光の槍」を使っていたのでしょう。

すなわち、Thaum Craftで言うところの「衝撃の杖星」です。

これをつけた杖から風のオーラを消費して、対象に雷を放出する事が出来ます。

 

「ゴメン、ニソラさん!悪いけど、おやつに取っといているサトウキビをラクシャスさんにあるだけあげて貰って良い?拠点に戻ったら好きなだけサトウキビ渡すからさ」

 

お砂糖舐めるのも良いんですが、サトウキビを直接しゃぶるのも好きなんです――そう言って砂糖に精製せずにサトウキビを荷物に入れてるニソラさんです。

彼女の嗜好がベストマッチしました。

あ、ニソラさんがしゃぶるのが好きだからって変な想像した人は、後で自分のお腹をノコギリでギコギコして死んでくださいってシックスさんが言ってました。

 

「良いですけど……どうするんですか?ただのオヤツですよそれ」

 

突然のお願いにニソラさんが目をパチパチしています。

 

「サトウキビで魔法の杖を作るとね。風の力を自動で回復、補充してくれる杖になるんだよ。あと、風の力の消費を抑えてくれるようになる」

「私のオヤツがトンでもないアイテムに!?」

「何か良い方法があるか聞こうとしたらスキップして素材の現物が出て来たんだがどう言う事だ!?」

 

あれ、ニソラさんの反応はいつもの事ですが、ラクシャスさんの反応はちょっと予想外でした。

この杖にたどり着いている訳じゃなかったんですね。てっきりネザーじゃ手に入らないから素材が欲しかったのかなと思ったんですが。

 

「あー……普通の木の杖身作るようなやり方じゃダメですよ。儀式が必要になりますが大丈夫です?」

「――うむ!杖身作成の儀式には心当たりがあるぞ!地上の戦士よ、感謝する!」

 

あ、戦士とは違いますのでその辺りよろしくです。

 

 

ギヤナさんが興味深そうに横からサトウキビを覗き込んでいます。

 

「フム……?随分固ソうな棒だネ。地上の民はコンな物を食べルのカネ?」

「ああ、食べるんじゃ無くて……それ、中に蜜のような水分を蓄えていまして。割ってしゃぶって甘い水分を吸うんです」

「やらんぞ!?これは杖身を作るのに使うんじゃ!」

 

がばちょとサトウキビの束を胸に掻き抱くラクシャスさんです。

理由が理由だから仕方ないんですが、端から見たらオヤツを独り占めするワガママおじいちゃんの図ですねコレ……

 

「……例えラクシャスが戦エルようになっタとしてモ、今まデ通りニ任セきりになルのは危なスぎるネ。ソれに、これ以上変調をキたされテも困ル。――妙な幻聴や幻覚ガ見えるのだロウ?」

「うるさいわ!私はまだまだ戦うぞ!戦えるんじゃ!!」

 

うーん……幻覚や幻聴程度の「歪み」であれば、「禊ぎの石鹸」とか「神秘のスパ」とかで灌げると思うんですけどね。

ボクがお風呂に使う石鹸欲しさに将来のクラフト予定に入れた奴です。

そう言えばゲームではアレってある程度の「歪み」を蓄積しないと研究が解放されないんですよね。

同じく「歪み」に迫らないと作れなかったりするんでしょうか。

――今の時点で何か言うのは止めときましょう。

で、もし作れたら適当におすそ分けしに来れば良いでしょう。

 

 

散華の力の検証には、ラクシャスさんも着いて来ました。

対ガストの戦力かになるか見極めるデモンストレーションです。

――とは言え散華は一本しかありません。ラクシャスさんを戦力から外すとしても、ギヤナさんが危惧した「一人に防衛を押し付けるシステム」から脱出することは出来ません。

おそらくそこから始まる青写真がギヤナさんの中にある筈ですが、まあ後の話です。

到着した修練場は想像していたよりもずっと広く、既に何人もの人達が熱気盛んに模擬戦を行っていました。

ガストの被害が増加しているからでしょうか。剣を合わせている人達の形相からは、決死の覚悟すら見えて来るようです。

 

「――スユドさん!」

 

かなり濃いメンツにボクたち地上人二人の組み合わせです。かなり目立っていたようで、すぐに声を掛けられました。

剣を合わせていた人達も手を止めて此方に視線を投げています。

 

「――精が出るな、カンガ。済まないが的をひとつ空けられるか?」

「お疲れ様です、スユドさん。俺が使っていた的をお使いください。――あの、その方々は!?」

 

カンガと呼ばれたゾンビビッグマンは、とても興奮しているようでした。

まあ、明らかに外見違いますもんねボクたち。

あの詩を聞いて育った人からしてみれば答えはひとつです。

 

「うむ――詩に出て来た、地上の戦士だ!」

 

 

うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉッッッ!!!

 

 

大歓声が響きます。

こう言う紹介やめて欲しいんですが。さすがにこの空気で「勘違いです」とか言えません。

――ああ、ほら。ヒロイックサーガ大好きなニソラさんが凄く嬉しそうにむずむずしてますよ。

ギヤナさんは「ダメだこりゃ」とでも言わんばかりに空を仰いでいました。

テンション上がった人達が集まったらどうなるか身に染みているご様子です。

 

「すげえ!おとぎ話じゃなかったんだ!!」

「――と言うことはスユドさん!ついに、約束の日が来たって事ですよね!?しかも俺たちの代で!!」

「青の戦士と肩を並べて戦えるのかよ!うっひゃあーっっ!!」

「アレ?でも剣は青くないな……でもいっか!うっひゃあーっっ!!」

 

興奮度がMAXをさらに振り切っています。

スユドさんが苦笑して制しました。

 

「あー、待て待て。気持ちはとてもわかるが、落ち着け。……それなんだが。残念だが約束の日はまだ先だ。彼らは地上の戦士ではあるが、まずは別の目的で参られた」

 

ヘイちょっと待ちましょうかスユドさん。

その説明だと、一段落した後にウィザーと一戦やらなくてはイケナイ気がするんですが。

ヘイちょっと待ちましょうか外野ども。声を揃えて「えええぇぇぇーーー」とか言うんじゃありません。

 

「……もしかして、あの白キモ野郎についてですか?」

「そうだ。その対抗策として遠距離攻撃の手段をもたらしてくれるそうだ。これから、それを見せてくれる」

「おおおおおおっっっ!!」

「あいつらに一泡吹かせられるのか!」

「遠距離から攻撃出来れば、あんな奴!!」

 

再び場が盛り上がります。

……ただ、そんな中でも浮かない顔をしている者もいました。

 

 

「――気に入らないス」

 

 

ぽつり、とつぶやいたその声は、この歓声の中で不思議と良く通りました。

皆の視線が集まります。

 

「――気に入らないスよ!確かにオレら助けに来てくれた事は素直に凄い嬉しいス!伝説を目の当たりにしてメチャクチャ感激っス!!――でも、気に入らないスよ!厄災の時にも助けて貰って、あの白キモ野郎の時も助けて貰って、オレ等の修業は何だったんスか!?

オレ等、ムドラの戦士っス!誇りと勇気の剣を持った、ムドラの戦士の筈っス!!この町を守るのはオレらの誇りっス!!

――いくら緑の大地の戦士でも……オレ、これだけは絶対絶対、譲れないっスよ!!」

 

――熱い魂の叫びでした。

若く、雄々しく、そして誇りに溢れた熱い叫びです。

 

「……確かにそうだ!」

「俺たちはムドラの戦士だ!」

「あんな奴相手にするのにイチイチ力を借りる訳にはいかねぇ!」

 

天に突きあがる剣と声。同調の叫びが次々と沸き上がります。

 

 

「……バカバカしくないですか?」

 

 

――驚くことに、水を差したのはニソラさんでした。

「……何を!?」「俺たちの誇りを馬鹿にするのか!?」……批判と反発の視線を一身に受けて、それでもニソラさんは前に歩み出て身を晒します。

 

 

「……どなたか仰いましたよね、「あんな奴相手」だって……ホント、そうですよ。

私、皆さんの誇りは理解しているつもりです。その強さも、この修練場と皆さんを見ていれば強い戦士なのだと判ります。事実、ガストが空さえ飛ばなければ、遠距離攻撃さえ持たなければ、皆さんの脅威になる筈も無かったでしょう。

――あんなの、武器を揃えてコツさえ掴めば一撃で沈む雑魚ですよ?私は今日こっちに来てから同じ手で2体沈めました。同じやり方を皆さんに向けたとしても1撃では到底無理な筈です。そして、皆さん相手であったならば私も相当な覚悟が必要でしょう。

……その皆さんがですよ。ただギャースカ喚いて空から火の弾垂れ流すだけの気持ち悪い生首お化けに良いようにやられているんですよ?バカバカしくないですか!?

――皆さんは、ガストなんか一掃できる筈なんです!なのに、戦術が嚙み合っていないからってだけで町同士の抗争を引き起こすほど良いようにやられてしまってるんです!こんなバカバカしい事無いですよ!

……私は、私たちは、ガストを葬りに来たんじゃありません。皆さんに力の使い方を伝えに来たんです。この町を守るのは皆さんです!ムドラの戦士の皆さんです!

あんな気持ち悪いモンスターなんて、一蹴出来るようになってください。皆さんには……私たち特製の弓を、手解き致します!」

 

 

――気合一閃。

無駄のない自然な動きで瞬く間に矢をつがえて玄を引き放ちます。

その先には何時からいたのか、ファイヤーバットが炎を纏いながらふらふら空を飛んでいました。

――空気を切り裂いてまっすぐに、その矢はファイヤーバットに突き刺さります。

実に2~30mは先にある小さな的を、ニソラさんの矢は正確に射抜いていました。

断末魔の声が、小さく響きました。

 

「す……げ、え」

 

それが誰の声だったのかはもはや判りません。

ふらふら動くあんな狙い難い的を、大したエイミングもせずに一撃必中です。扇の的で有名な那須与一宗隆でも怪しいんじゃないでしょうかこれ。

魅せるには最高のデモンストレーションでした。

何より、ニソラさんの「バカバカしい」がムドラの戦士を貶める物ではなく、逆に「ガストを雑魚にしなくてはならない」と言う鼓舞だと解り、最初の不満も氷解します。

 

「すげえ!こんなマネができるなんて……!」

「あのクソッタレの火の弾よりずっと早い!コレさえあれば……!」

 

驚愕は感嘆となり、感嘆は希望となって、瞬く間に戦士たちに伝染していきました。

そして最後には大きな鬨の声となって修練場を響かせます。

 

 

おおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!

 

 

今まで良いようにされるがままになっていた、ゾンビピッグマンの反撃の雄たけびでした。

 

 

 

 

……そして、完全に散華を試す空気が掻き消えた瞬間でした。

え、この空気の中で一品物の散華を披露しなきゃイケナイんですか。気マズ過ぎる事果てしないんですがコレ。

ボクの心境を察したのか、ギヤナさんが小さく肩を叩きます。

 

「スマン、ウちの連中チョロすぎテ――実際、コレには解決しなきゃあナらなイ課題がアる。コれは後デ話ヲさせてホシい……ニソラ殿の提案ハ、正直コのまま乗っテおきタイ」

「あ、はい……それは別に構いませんけども」

 

この熱からは結構冷めているボクとギヤナさんでした。

信じられます?ボクらが何しに来たか知ってるハズのスユドさんとラクシャスさんがあの輪の中に加わっちゃってるんですよ?

恐るべし――恐るべし、ニソラさん。

……所で、ボクの中にあった定義が完全に間違っていた事に今気が付きました。

どなたか、改めて「メイド」の定義をボクに教えてください。お願いします。

 

 

@ @ @

 

 

――あの熱気に水を差すのはかなり勇気が要りました。

ので、買って出てくれたギヤナさんに感謝です。

大阪のおばちゃんか何かみたいに手をパンパン叩きながら、「ハイハイハイハイ何時まデも溜ラれたらコッちの試し斬りガ出来ないだロウが退けオラ!」と切り込んでいく姿はどことなく哀愁が漂っていました。

そしてニソラさん。弓を乞おうと周りに集まる人たちの中心で一人我に返り、「あ、そうでした!散華の遠距離攻撃見に来たんでした!弓は後でお願いします!私アレ見たいんです!」と無碍なく一蹴するのは流石にヒドすぎると思います。

ここまで焚き付けた張本人がそれって……!

ガビーンと固まる戦士の皆様方を放ってボクの傍にピューッと駆け寄るニソラさん、実に小悪魔やでぇ……!

しかも悪戯っぽくペロッと舌を出したりなんかするのです。

 

「これで、私がガスト100体相手する必要なくなりましたよね」

 

あらヤダ誤用の意味で確信犯だったのねこのメイドさん。恐ろしすぎる。

 

 

……まあ、ニソラさんがこっちに来たからでしょうか。

まばらに散華に気が向く方々もちらちら出て来ました。

多くの人はムドラの詩を知っているだけですので、ボクの手にあるこの刀が詩に出てくる「剣」だとは誰も連想していないようです。

ギヤナさんやスユドさんが持っていたらまた意味が違っていたのかもしれませんが。

何だ何だ、何が始まるんだと戦士たちが遠巻きに眺めます。

 

「アー……紆余屈折アったガ、オ客人。ヒとまず的はアレを狙って、実演を頼ム」

 

場の提供ありがとうございますギヤナさん。その哀愁漂う目がホントもう同情を誘います。

あははと軽く苦笑して、それでもせっかく整えてくれたんだからボクも意識を切り替えなきゃと、一歩前に歩み出ました。

――的まではざっと10m程でしょうか。

ふらふら動くファイヤーバットにヒットして見せたニソラさんに比べたら、10mの動かない的なんて何でもない難易度なんでしょうけども。

ボクは鞘に入ったままの散華にこつんと額を当てて呼びかけます。

 

「――初めてのお披露目がこんな事になっちゃって、ごめんなさい。でも、この試し斬りもキミの実践投入を占う意味ではとても大切な事なんだ。担い手がボクじゃあ不満があるだろうけれど……お願い、力を貸してください。ボクに、そしてこれからのムルグの人たちに……その魂の力を、誇りと勇気を、貸してください」

 

――ズクン、と脈動を感じます。

それはまるで、散華がボクのお願いに、歓喜で答えてくれたように思えました。

ゆっくり抜刀の構えに入ります。

「もしかしたら出来ないかもしれない」と言う考えは不思議と湧いて来ませんでした。

それどころかボクは、この刀に応えているような奇妙な一体感を感じていました。

 

「参ります――」

 

宣言して、調息。

乗せた意志に、ボクの体は自然と奔りました。

 

 

「――疾ッッ!!」

 

 

抜刀。

振り抜いた先はもちろん虚空――しかし、その刃の先のそのまた先に「斬り裂く」意志を解き放ちます。

 

 

ザシュッ!!

 

 

10mほど離れたいた筈のその的は、黒い渦のような本流に斬り裂かれて宙を舞いました。

どよめきの様な歓声があがります。

Mod「抜刀剣」の神髄――刀に宿った力を開放する特殊攻撃(SA)です。

妖刀と呼ばれる域まで達した刀は総じて特殊な力を宿します。

この散華に宿っていたのは、離れている敵をその空間ごと巻き込み斬り裂く奥義「次元斬」でした。

――そしてもう一つ。

エンチャント「射撃ダメージ増加」が付加された刀にのみ許された技を開放します。

 

「狙って」

 

空に舞う的に切っ先を向けて意志を乗せると、ボクの周りに青く輝く、実体のない剣が浮かびました。

 

「――行けッ!」

 

解き放ちます。

 

 

ズガンッ!!

 

 

その剣は舞っていた的にまっすぐ突き刺さり、更に追い打ちを掛けました。

はじかれて吹き飛んだその的は、かろうじて原型を留める程度まで破壊され、修練場に転がります。

その的が地に転がり停止した頃、追い打ちとなった青い剣は光の粒子となって崩れるように消え去って行きました。

 

――幻影剣。

 

もとはデビルメイクライと言うゲームから来た技で、魔法のような何かでできた実体のない剣を、敵に向かって突撃させる遠距離攻撃です。

次元斬に幻影剣――まるで対ガストの為に生まれたかのような刀でした。

 

 

歓声が沸き起こりました。

剣で遠距離攻撃を行うと言う不可思議な技もさることながら、特にムドラの人たちにとっては幻影剣が特別な物に映りました。

 

「おい――青く輝く剣だ!」

「厄災を下した伝説の剣だ!」

 

その歓声を聞いて苦笑します。

この剣はその厄災が残した、ある意味で忌むべき剣でもあります。それが詩に出てくる勇者の剣になるなんて、なんとも小気味の良い話ではないですか。

 

「――ありがとう、応えてくれて。キミの魂、皆が称えてるよ――勇者の剣だってさ」

 

語りかけたその先に、誇らしげに胸を張る何かを幻視したような気がしました。

 

 

文化財として保存しなければならないレベルの刀ではありますが……

この様相を見て、ギヤナさんの結論も固まったようでした。

 

「――戦士ガ宿ってイルのだネ、ソの剣にハ。ムドラの戦士ト同じよウニ、誇り高イ戦士が。……ソうとアれば、大事に祀っテオくわけにモいくまイヨ」

 

散華をギヤナさんに渡します。

 

「この剣は応えてくれました。願わくば、ギヤナさんも応えてあげて下さい」

「承知しタヨ。強イ戦士に渡さナけれバな。――ハハ、取り合イになルなコレは」

 

ムドラに新しい戦士が加わりました。

 

 

弓を知り、散華を得て、魔法が蘇ろうとしています。

――ガストへの反撃が始まろうとしていました。

 



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赤と緑の大地をつないで

石だけの床は、ゲームの中ではよく使っていました。

石のハーフブロックで床を張ると、見た目にもピシッとしていてカッチョイイのです。

しかしリアルで実際に住もうとなると、石で囲まれるのはどうも冷たい感じがしてしまいます。

なんと言うかこう、生活感に乏しい感じがしちゃうんですよね。家って言うよりビジネスオフィスみたいな。

ので、普段のプレイとは違い、床はオーク材を張ることにました。

その辺で松を見つけたので、色的にも好きな松材の床をとも思ったんですが……松ヤニがね。

ちゃんとした処理しないとベタベタになるんじゃないかと思ったので今回は敬遠です。

壁はほとんど石ですが、見た目寂しいので所々石レンガに変えてみたりします。

出来上がった物を眺めて首をひねる事しばし。

うーん……可もなく不可もなく。

うん、後で変えよう。小物を置く段階になれば何か思い付くかもでしょ。

 

――けわしい山の一角、谷間の地層を削って作った拠点。

テーマは森の隠れ家ならぬ、山の隠れ家です。

んー……採光が乏しいからか、どことなく閉塞感がなぁ……

個人的には60点の出来に収まりました。

後でリベンジしよう。

 

「――タクミ殿。鉱石の粉挽キ終わっタヨ」

 

声を掛けて来たのは、ギヤナさんでした。

 

「あ、ありがとうございます。んじゃ、作業部屋も落ち着いたし、資材とツールは中に移しますかね」

「モう出来たのカ……そろソロ驚くのニも疲れタヨ。生産性が狂っテやがル」

「あはぁ、今回は山を掘っての作業でしたから随分時間かかりましたよ。少し前にニソラさんと一緒に作った拠点の方だったら、もう完成した上で今後の為の資材集めに入っている時間ですもん」

「……ヤレやれ、言葉モないネ」

 

肩を竦めるギヤナさんの向こうには、沈み掛けた太陽が西日を投げ掛けていました。

 

――ハイ、ここは地上でございます。

 

ギヤナさんの家の隣には空き家があったんです。空き家ってか、ほぼ廃墟でしたが。

ムドラは古い町です。封印の間を守る関係上、老朽化した町そのものを移す訳にもいかないから、新しく家を建てて古い物は放置と言うスタンスが多いそうで。

許可貰ってその家を拠点にして、ネザーポータルを開きました。

ネザーでは溶岩なんてそこらじゅうにありますし、水はバケツに入れたの持ってましたしね。

いやあ、溶岩を型に流して作るポータルをネザーで作るのは新鮮でしたね。

ゲームでは水が即座に蒸発するから出来ないんですよ。

 

ちなみに、ニソラさんは今、スユドさん達と一緒にムルグに向かって貰っています。

対ガストの武器になる「弓」を伝える事で、ムルグとの緊張を緩和させる狙いです。

客であるニソラさんにお願いするのはギヤナさん最大の苦悩でしたが、弓に長け、暴走せず、かつムルグ側に嵌められないほど戦闘力が高い人材がムドラには皆無だったそうで。

弓はまあ仕方ないとしても、暴走しない実力者って言うのがいないらしいですよ。悲しみが止まりませんね。

さすがにトップであるギヤナさんが行くのはマズ過ぎますしねぇ。

地上の人間であると言うのも、説得力を増すためには外したくないファクターでした。

――道案内兼護衛として、暴走を引き起こした前科のあるスユドさんをつけるのはほぼ賭けに近い人選でしたが、さすがにニソラさんの安全を優先したようです。

どうせ激突必至な状態だったので、失敗しても仕方がない。それでも回避の目があるなら努力はしたい。

お願いすること事態が恥だがそれでもどうか、と頭を下げるギヤナさんの頼みを流石に無下には出来ませんでした。

ニソラさんも乗り気でしたしね。

ガストも減るし、冒険も出来るし、ヒロイックサーガの主人公になった気分に浸れるしでノリノリでしたよ。

プレゼント用としてボクが突貫でクラフトした弓20セットを持って、他にも何人かムドラの戦士を連れて出発しました。

ボクはと言えば、こうやって地上とポータル繋げて拠点作りです。

ネザーの環境は厳しいですしね。ちゃんと休む所がないと、いくらニソラさんでもバテちゃいますよ。

出発前に一夜明かしたんですが、その時はネザーではなく地上に10分で作ったお豆腐キャンプでした。

ゲームだとネザーで寝るとベッドが爆発すると言う凄い仕様だったんですが、地上で休んだのはそれを警戒してたからじゃないですよ。

こんな環境で熟睡するなんて、とてもじゃないけど出来ないからです。

例えニソラさんが出来てもボクが無理。絶対無理。

ボクもリアルにいた頃から何か体力上がってる気がするんですが、それでも無理です。

――うん。ニソラさんが帰ってくる前に、ちゃんとくつろげる場所作ってあげなきゃですね。

 

ギヤナさんは「オ隣だカらネ。ご近所付キ合いハ大事にシないとネ」なんて白々しいこと言いながら手伝いに来てくれています。

地上に興味深々なの、隠そうともしてませんですよ。

まあ何かあればギヤナさんの家に報告しに行くノリでポータル通れますからね。こんなもの「ムドラ不在」の範疇に入りませんから問題無いんでしょうケドも。

とりあえずギヤナさんにはニソラさんに手伝って貰った時のように、ジョウロと鉱石挽きをお願いしました。

 

ちなみに、今度の拠点は客室付きです。

取り敢えず四部屋と、広目のリビングをご用意しましたよ。

ネザーポータル用の部屋も用意しているので、あのときの家よりずっと広くなってます。

奇跡的なのが、羊毛!

視界に羊さんが居てくれたのです!

今度はちゃんとハサミを作って毛をジョキジョキさせて頂きました。

今更ながら、ボクってかなり運が良いですよね。テンプレだからでしょうか。

テンプレの神様に感謝です。

さすがに客間のベッドの分までは無理でしたけども、あの羊さんの毛が回復したらまたお世話になりましょう。

……ゲームでは草食べたら一瞬で毛が回復してたけど、実際はどうなんでしょうね?

数週間は待つ事になるのかな?リアルの羊ってどのぐらいで毛がモッコモコになるんだろか?

 

内装も粗方終わって、そろそろ畑を用意しようかと言う頃にはすっかり夜が訪れてしまいました。

沈み行く太陽を眺めて、「地上はドレだケ経ったカ分かりヤスくて便利だネ」とはギヤナさんの言です。

昼も夜もないネザーでは時間の経過なんて判ったもんじゃありませんよね。

でも一応、正確性は皆無ですが時間の指針はあるみたいです。

ネザーに来て、ムドラに着く前に見たあの自生林。

ヘルバークの木と言うらしいんですが、あれを一定の大きさの棒に切って燃しとくと、そのうち「バキッ」って音を立てて崩れるんだとか。

これをさらに砕いて、同じく粉砕したネザーラックと溶岩を合わせると、丈夫なレンガが出来るんだそうですよ。

この「バキッ」の時間は大体同じだと言うので、ネザーの人達はコレを時間の単位にしているそうです。

昔の日本の「時の鐘」のように、「ヘルバーク3ツ」とか「大体6本ぐらい」みたいな言い方するそうです。

うーん、歴史の香る逸話ですねぇ。

ちなみにボクらマインクラフターは、ネザーラックを直接かまどにくべてネザーレンガを作ります。

きっとボクの作るネザーレンガとギヤナさん達が作るネザーレンガは随分違うんだろうなぁ。

そう言えば、作った弓も微妙な評価受けましたよ。

ニソラさんにいわく、「どれもこれも機械で作ったように正確な造形ですが、ひとつを取って見ると個性のない平凡な弓ですね」とのことです。

要は人の手が関わっていない大量生産品のようだと。

聞いたときは「そりゃそうだろうなぁ」って思いました。

ボクのクラフトは「同じ品質を大量に作る」のに長けている反面、「高品質な品をひとつ作る」と言うのはどうやっても出来ないんですよね。

ゆくゆくはクラフト以外で何か作れるように勉強してみたいです。

料理なんて身近で良いかな?

 

真っ暗になった空を眺めて「こりゃ、ちゃんとした畑は明日かなぁ」と思い耽っていると、ポータルの方が騒がしくなりました。

ニソラさんが帰って来た――にしては随分早いです。

早くても1日まるっと掛かるぐらいは覚悟してたのですが。

「うおお!?」「なんだこれ、空気が冷めてる!」「見た事のない素材の壁だ!」とおのぼりさんな声が多数。

結構ノンキしてるので、火急の用では無さそうですが。

――ガヤガヤとポータル部屋から出てきたのは、5人。

報告にしては少しばかり多すぎる数でした。

 

「すげえ!コレが地上の家か!」

「お疲れ様ですギヤナさん!ところで外!外見せて下さいよ、緑の大地!」

「青い戦士たちも、ココからやって来てたんだなぁ……」

「……うん?この黒い扉は15本ほど前に開かれたんだよな?青い戦士は関係なくないか?」

「入口とこの地は元からあった物を使ったに決まってるだろ。そんな早くココを用意できる訳が無いじゃないか」

「あ、そっか。なるほど」

 

残念、さっき作ったばっかなので勇者様とは無関係です。

そして15本かあ……ヘルバーク1本の「バキッ」は、ボクたちの時間換算で大体4~50分ぐらいのようですよ。

 

「オい、遊び半分ニ地上に来るコトハ禁じたハズだゾ。オレ達が勝手ニ地上に来タら面倒な事にナりそうダと警告した筈ダ」

「やだなぁ、多少の「ついで」ぐらいは多目に見てくださいよギヤナさん。ちゃんと報告しに来たんですから」

「5人は多スぎだロウ」

「へへ、これ以上絞ると報告内容が「お役の取り合いによる怪我人続出」に変わっちゃいそうだったんで」

 

普段は場末なイメージのある使いっ走りの伝令係も、今回ばかりは毛色が違っていたご様子です。

物見遊山丸出しな戦士たちにギヤナさんが頭を押さえました。

 

「ハあ……ソれで、何ガあっタ?」

「はい。生首お化けが出やがりました。仲間を呼んで4体です」

「待テ!?大事だゾ!?」

 

あっけらかんとしていたその様子を咎めて声を荒げますが、伝令さん達は顔を見合わせて笑っていました。

 

「――大勝利ですよ!あんだけ苦労してたガストの奴を、焦げ目がつく程の暇もなく4体全て墜とせたんです!当方の被害はありません!」

「弓矢を集中して射かけて、弱って落ちた所でブッた斬りました!仲間呼ばれましたが、同じ方法で墜とせました!」

「ニソラ師はうまくやれば一撃で墜とせるって言ってましたけど、流石にそれは無理でした……」

 

いや、最後のは出来る方がオカシイので考えない方が良いです。

 

「ソウか……ツいに、突出戦力に頼らナい防衛システムが整っタんダナ」

 

感慨深く呟くギヤナさん。

……ちなみに、散華はまだ担い手が決まっていません。

皆が納得できる担い手を決めなければ凄絶な取り合いになる事が予想される為、今は取り敢えず封印の間に安置されています。

戦士を総括しているスユドさんが適任にも思えますし本人もそれをメッチャ希望していましたが、ギヤナさんがすげなく脚下しました。

「ソモそも得手ハ徒手だろオマエ」だそうです。あとムドラ相手に暴走した奴に任せる事は出来ないとの事。

今は他の戦士と同じくただの候補だなとスユドさんに言っていましたよ。

……つまり、今回のムドラ行きで更に暴走したら散華の候補から完全に外れてしまう訳です。

スユドさんにとって、これ以上ないストッパーでした。

敢えて散華を即戦力としない事で、スユドさんを制御し、かつ戦士達の士気も上げる……流石ギヤナさんだと感心したモンです。

なお、近い内に技比べでもして担い手を決めるとの事。

散華さん、もうチョコっとだけ待っててね。

魔法使いのラクシャスさんは、まだサトウキビと格闘中。昨日の今日ですからね、復活の宛はあっても流石に即戦力にはなりません。

そして戦士達の弓の腕も、まだまだ修練が浅い為に、「モノ」になるにも時間を要する……と、思われていましたが。

下手な鉄砲を数撃って地面を舐めさせてからリンチする――この形であれば、今の戦士達でも完璧に対応出来る事が証明された訳です。

作戦の性質上、ガスト一体に対して戦士の数が必要になりますが、練度が上がればそれも解決するでしょう。

 

「――ヨシ、状況の確認ヲ行ウ。戻るゾ」

「えー!?ちょっとぐらい外見せて下さいよ!」

「今は「夜」ト呼ばれル、光の少なイ時間帯ダ。外を見てモ真っ暗だゾ」

「そんなぁー!?緑の大地……」

「言うホど緑じゃ無かっタヨ。大地ハどチらかト言うと茶色だっタ。木々の緑ハ比べ物ニならんホド多かっタがネ。青の戦士モ、恐らくソの事を言っテたんダロうヨ」

 

ちくしょー、と未練がましく唯一の窓から外を眺める戦士さん。

ごめんなさい、時間が悪かったです。

……それ以前、緩めとは言えココは谷間に建てた家ですからねぇ。ロケーションなんて望めるべくもありません。

 

「――ギヤナさん。ボクはここで、「例の件」で対応出来そうな事とか纏めていますね」

「オオ、助かるヨ!タクミ殿は恩人ダからネ。ソチらの項目は多少ムチャがあっテも検討させテ頂くヨ。オレはたブン、現場を回ってイると思ウ。何かあっタら伝令回してクレ。その辺のヤツ捕まエれば誰だっテ引き受けてくれルヨ」

「ウッス!お任せください!」

 

体育会系な声をあげて、ムドラの人達がポータルの部屋に消えていきました。

 

 

@ @ @

 

 

「さてと、どーしようかなっと……」

 

ぐいいと伸びをして思考を回します。

うん、まず書く物が必要かな。

紙もイカスミも羽も無いなぁ……クラフトじゃあ無理か……んんん~……

考えた末、石板に決定。

焼き石を2つ使って感圧板を作ると、割って先を尖らせた石でガリゴリします。

うん、十分書ける書ける。

バニラでは感圧板をテーブルに見立てるテクニックがスタンダードだったけど、文字を書く石板にするとは誰も思い付くまいよ、ふふふのふ。

子供の頃に石で道路を引っ掻いて文字書いたりしてましたからね。ボクには容易い応用でしたぜ?

――さて、書き出すのはルドラとの「交易」のラインナップと条件でした。

 

修練場でニソラさんが弓の力を知らしめたあの時。

ギヤナさんは解決すべき課題があると言っていました。

それが、コレです。

実を言うとギヤナさん。ムドラにされた石板の資料から、弓の存在その物は知っていたのだと言います。

ギヤナさんの家で、バッキバキに折れた弓らしき物を見せて貰ったんです。

ギヤナさんが対ガスト用として開発しようとした残骸がそれでした。

……と言うのも。

ネザーは環境が特殊すぎて、木材があまり手に入らないのだそうです。

唯一手に入るのはネザーレンガに使うヘルバークの木だけ。

さて、このヘルバークの木から作った木材ですが、特徴を一言で表すと「固くて脆い」木なのだとか。

だからこそ焼いて砕いた木材がネザーレンガの材料にもなる訳ですが。

弓ように「しなり」がもっとも重要な木材にヘルバークはトコトン向きません。

固くはあるので棍棒とかには向くのですが、弓を作ろうとすると「しなる」前にへし折れてしまうのだとか。

ギヤナさんの「防衛システムの構想」は、突出戦力の存在を否定するところから始まります。

コンセプトは「長く続く対ガスト戦術」です。

突出戦力に頼るとラクシャスさんの時のように容易に崩れ去ってしまいますが、これは弓にも言える事です。

今回ムドラとムルグに卸した弓は、全てボクがネザーに持ち込んだオークの原木から作った物でした。

つまり、ボクが供給をストップした瞬間に、ムドラの人達が再びガストに追われる日が来てしまうと言う訳です。

弓とて使用限界がありますからね。壊れたら補充効かないので終わりですよ。

――そこで課題となったのは、ネザーで作れる弓を用意する事でした。

平たく言うなら、ボクの存在に頼る事のない弓の供給です。

とは言えヘルバークでは弓は作れませんし、金属の弓……例えばコンパウンドボウがありますが、これの製造はさすがにムドラの技術が追い付かないでしょう。

「しなる」金属の生成に目処がつけばその方向を考えても良いのかもしれませんが、それにしたって時間が掛かります。

そこでギヤナさんとボクが考えた苦肉の策。

ネザーに木材が無いのならば、地上から持ってくると言う元も子もない策でした。

――つまり、「交易」で木材を確保しようと言うものです。

この案には二段階のステージがあります。

まずはボク自身とムドラの交易。

ムドラから何らかの対価を受け取って、ボクがムドラに木材を卸します。

……ええ、直近だけならそれでも良いんですよ。

良いんですが、ボク自身ずっとココに留まってムドラと交易するつもりはさらさら無いんですよね。

ダイヤとか集めて目的の魔道具作ったら、世界を渡って旅に出ようと思ってるくらいですし。

――ので、第二段階。

ムドラの人とこの辺りの地上人が交易を出来る下地を作ります。

……とは言っても、ボクにはコネどころかこの世界の常識すら乏しい有り様ですので、正直出来ることは限られてしまいます。

ギヤナさんとしてもこの案件でボクたちに頼りきる構図は作りたくないと言っていました。

既に多大な恩を受けてしまっているこの状況。地上の人間に恩を返すならともかく、これ以上の苦労を掛けるのは道に外れる。

骨を折るならムドラの人間でなくてはならない……と。

――あくまで義を通そうとするギヤナさんの意思はとても好感が持てました。

いやあ、何処かの国に爪の垢とか飲んで貰いたいぐらいです――何処とは言いませんけれど。

そこで、ボクから提案2つ。

ひとつはこの谷の一角について。ムドラの人達に解放するので、植林や伐採はムドラの人達で行って貰いましょうと言うこと。

ネザーゲートの解放は地上側から見てリスクを伴いますが、その緩衝は全てムドラに丸投げします。

ネザーゲートを守護し続け、敵性モンスターが地上に渡ってこないように監視をお願いします。

その上で、ネザーから地上に渡る際には厳正な決まりを設けるのです。

……ムルグの人達がこの契約を反故にした場合、地上側のメリットが反転してしまうと指摘を受けましたが黙殺しました。

そもそも、ギヤナさんと違ってボクはこの地の代表って訳ではありませんし。

この土地を正式に持っている訳ではないので正当性なんて皆無な訳です。正当な権利者がこの体制に物申したら簡単にブッ飛ぶ体制です。

そんな不確かな物で拘束を求めるなんて、それこそギヤナさんの言う道に外れますしねぇ。

歯に布着せず一口に言えば「無責任」てな訳で。

地上側が保証出来ないから、ムドラ側の責任の履行もムドラ自身の良識に任せるのが適当でしょう。

んで、もう一つの提案。

再度言いますが、ボクにはコネがありません。

――ありませんが、機会を作る位なら、お手伝いぐらいは出来るんじゃないかと思うんです。

 

ムドラからの「留学生」を一人、ボクらの旅に受け入れようと思います。

 

環境の違いがどう影響するかは解りませんし、地上で彼らの口に合う物が確保できるかと言う問題もありますが、この辺りはもう出たトコ勝負です。体当たりで探って行きましょう。

ボクらはネザーの資材を集めた後、商人の真似事をして魔道具に使う素材を集める予定ですから。

きっとこの課程は、将来ムドラが地上と交流をする上で大きな経験となる筈だと思うのです。

 

……カリコリ文字を刻みます。

交易として欲しい資材、ボクが用意する資材。ネザーポータルの使用規定の草案。

そしてムドラの人達が地上で活動する上での制限事項。

そう言った物を思い付く限り書き出して、纏めて行くのです。

 

ムドラからの「留学生」か。

さてはて、ギヤナさんは誰を選びますかねぇ――?

 

@ @ @

 

石の感圧板が五つぐらいゴミになりました。その甲斐あって、清書された正式板が完成です。

後はギヤナさんと擦り合わせですね。

うにゅ~と伸びを一つ。

いやはやマインクラフトなスロウライフを望んでいたのに、なんでこんなマネしてるんでしょうかねぇ。人生って不思議。

 

「今何時だろ?……時計がないと不便だなぁ。レッドストーンと金があれば作れるけれど、よく考えたらアレって利便性に見合わないほどコスト高いよなぁ……」

 

バニラのマインクラフトの時計は、純金製の上に正確な時間までは判らないと言うファンキーなアイテムです。

1日が20分しかない世界ではそれでも良かったのかもしれませんが、リアルだとどうも不便ですね。

昔の人は日が暮れたらすぐに寝てたと言いますが、その理由がなんとなく理解できたような気がしました。

夜に活動すると、あとどれぐらいで朝になるのかよく解らなくなるから、ペース配分が出来ません。

お腹の上を撫でてみます。お昼に食べたっきりでしたので、意識してしまうと何だかお腹が空いてきました。

……うーん、そこから考えると今は20時前後ってところかな?

 

「ご飯食べよっと……ニソラさんはちゃんと食べてるかなぁ?」

 

ボクがスタックしていたお砂糖と、ジョウロの力で作れたパンを出発前に渡しました。できればリンゴとかも渡してあげたかったんだけど、木を集める前でしたからね。

――思えば、一人で過ごす初めての夜です。

初日からニソラさんが居てくれたので今までは寂しさは感じませんでしたけども……今はなんとなく、静か過ぎるような感覚を覚えました。

メニューはキノコシチューとパンにします。

 

「いただきまーす」

 

初日にもキノコシチューを食べましたが……妙に物足りないのは、やっぱり団欒が無いからなんですかねぇ?

それでも思った以上にお腹が空いていたようで、パンをもう一つお代わりしてみたり。

ニソラさんが持って行った食料、量は大丈夫かなぁ?足りてなかったりしないだろうか?

気が付けばニソラさんの心配ばかり浮かんでくる自分にチョッピリ苦笑しました。

 

「居なくなり はじめてわかる ありがたみ 千の感謝も まだ足りぬなら……なぁーんて」

 

思い付くまま何となく短歌とか作ってみたりなんかして。

――ウシさんと、ニワトリさんかな。小麦と砂糖はあるから、牛乳と卵があればケーキが作れます。

クラフトによる味気ないものになっちゃうけど……太陽が昇ったら探してみましょう。

そしてニソラさんが戻ったら、一緒にケーキを食べましょう。

ちょっぴりセンチな気持ちになりながら、そんな事を考えたのでした。

 

ギヤナさんに一声かけて、今日はお風呂入って休もうと思います。

ネザーで頑張っているニソラさんを思うと少々申し訳なくも思いましたが――

採掘場を作る予定がない今、日が沈んでいる内はボクの出来る事ってあんまりないんですよね。

念のために入り口をフェンスで塞いでからベッドに潜り込みます。

――今、そっちはどうなっていますかニソラさん。

交渉も段落がついて、もしかしたらムドラの時のように弓を教えているかも知れませんね。

もしくはムルグの町でボクみたいに休んでいるのでしょうか?

 

「お休みなさい、ニソラさん……」

 

そっと呟いてボクは瞼を閉じました。

 

――結論から言えば。

次の日になっても、ニソラさんは戻りませんでした。

 

事態はボクとギヤナさんが思っても見なかった方向に進んでいたのです。

 



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ネザー道中膝栗毛

ボクたちが通って来たあの道は、ムルグにも続いていました。

あの時、たまたま発見した足跡が逆方向のものであったなら、ボクたちはムルグに向かっていたのでしょう。

奇妙な運命を感じます。

ギヤナさんはボクたちが遠距離攻撃を持つ為に、先にムルグに訪れればムドラには来ていなかっただろうと言っていました。

あの時道を逆に進んでいたら、一体どうなっていたのだろうとあまり意味の無い想像がよぎります。

例えば、拘束されたりしたのでしょうか?あるいはムドラの時のように戦士達に弓を伝え、逆にムルグの使者をやっていたのでしょうか?

……こんな事を思うのは、ニソラさんの今を占いたいからでもありました。

スユドさんが使者を叩きのめしていた事の報復を受けていたらどうしよう……

それを最大限に警戒したからこそギヤナさんはムドラの最大戦力であるスユドさんを護衛として送り出しました。

しかしムルグの感情を考えるなら、「少数で攻めに来た」と思われても仕方が無いのかもしれません。

いざ戦闘となればスユドさんが殿をしてニソラさんがその情報を持ち帰る……そう言う手筈になっていましたが、土壇場でニソラさんがそれを良しとしなかったら?

もしくはその機会すら来なかったら?

――不安ばかりが浮かんできます。

 

「この戦力でも不安かな?」

 

隣を歩くラクシャスさんでした。

使いたくてウズウズしているその気持ちを抑えるつもりもなく、2日で仕上がったサトウキビの杖を勢い良く振りかざしています。

 

「ずっとガストからムドラを守り続けて来たのは誰だと思っとる!私だってスユドには負けんぞ!!」

「……で、杖の作成に掛かりっきりだった見たいですけど、ラクシャス師はその後休まれたんですか?」

 

呆れたように突っ込んだのは、一緒に着いて来てくれたカンガさんです。

修練場で的を譲ってくれた、あの戦士でした。

 

「別に無休で杖を作成してた訳ではないわ!杖が出来上がってからは滾って滾って寝られんかったがな!早く戦争にならんかなぁっ!!」

「生首お化け相手で我慢しといてくださいよ」

「これ、絶対人選ミスのような気がするっス……」

「なにおう!?私はタクミ殿のご指名だぞ!!」

 

――ラクシャスさんと、カンガさんと、後一名。

修練場で地上の戦士に頼らなければ自分達はガストも倒せないのかと、ムドラを守るのは自分達じゃないのかと、熱い叫びを上げた戦士でした。

お名前は、ワシャさんと言うそうです。

ボクがムルグに向かう道中のメンバーでした。

 

@ @ @

 

「――ニソラさんを、迎えに行きたいんです」

 

ニソラさんが発って3日目の朝に、ボクの我慢が限界を迎えました。

聞いた限りでは、ムルグまでの距離は歩いて6本程度の距離だと言うのです。

1本は50分位ですので、大体5時間ほどでしょうか。

24時間拘束されたとしても、まだ戻らないのは不安になります。

 

「アあ、解っていルヨ……確かニ遅すぎル。あノ面子デ、押サえ込まれルヨうな事は無イと思うんダガ」

 

ギヤナさんとしても連絡の遅れにソワソワしていました。

予定外に遅くなるのであれば、その旨だけでも先に連絡が届く筈なのです。

……マインクラフトには離れたプレイヤーと会話できるチャット機能が実装されていますが、この世界でそれを使う事が出来ないのがもどかしく思います。

バニラに実装されている機能です。バニラにあるのだから、トランシーバーModなんてシロモノはきっと無いのでしょう。

もしあって作れたとしても、今からじゃ遅すぎますけども。

遠く離れた場所と話ができる電話と言う機器に慣れきっていたボクには、あまり馴染みのない感覚でした。

……この、遠くにいる人を想ってやきもきする感覚と言うのは。

 

「――何カあっタ、と見ルベきなのカ。ソれも、連絡を寄越せナイような何かガ」

 

手を着けたくなかった重い荷を前にするように、ギヤナさんがそれを口にします。

 

「スユドが一緒ニ付いて行っテルのだゾ。スユドをどウにカ出来る奴がいルとでモ言うのカ……?」

 

その言葉からは、アレだけ脳筋呼ばわりしていたスユドさんへの信頼が見て取れました。

ボクがスユドさんを見ていて感じたのは、この世の真理は拳ひとつで語る事が出来るとでも言いそうなバトル脳っぷりぐらいです。

 

「……失礼ですけど。スユドさん、罠とかには結構簡単に掛かりそうなイメージが……」

 

あの人が権謀術数を華麗に潜り抜ける所は、どうやっても想像出来ませんでした。

 

「アー……まあ、否定ハしないガネ。アイツのオツムは確かニ残念だガ、コと戦闘が絡むト嘘のように回転が早くナるんだヨ。――ソうだナ、スユドの得手が徒手なノは知ってイるネ?」

 

頷きます。

建前に近いとは言え、散華の担い手としなかった理由のひとつでもあるわけですし。

 

「アイツは、武器が使えナいト言う訳ではナいのダ。イツでモ戦闘に入れるヨうに心掛けテいるカらこソ、徒手をより重要視しテイるのだヨ。飯食っテる時、寝ていル時……武器防具と言う物ハ必ず外しテいる瞬間がアるモノだかラネ」

「あ……」

 

ボクは自分の体を見下ろします。

もはやムドラに来るのに警戒はなくなっており、無銘刀「木偶」やブロンズ防具と言った武装は着けて居ませんでした。

 

「ソンな時に襲撃があっテ対応出来まセンでしタでは話にならヌト、アイツは徒手を磨キ続けて来たノだヨ。戦いの基本は格闘ダ、武器ヤ装備に頼っテハいけナイと常々口にしテイた」

 

どこかで聞いた事のあるフレーズでしたが、スユドさんが戦闘に向けているストイックな姿勢は良く理解出来ました。

「奇襲を受けテも余程でナい限りハ避けて見せルダろウ。例えソの余程が来てモ、スグさま仕切り直シ出来る奴ダ。伊達にムドラの最高戦力を謳っテハいないヨ。ダから嵌めらレたとシてモ、ニソラ殿は守りきれルダろウ……ソう信じてイル。……いヤ、信ジてオレは何もしなカッタんダ」

 

額を押さえて溜め息をつき、ギヤナさんは自嘲気味に続けます。

 

「――事コこに至リ、マサかの思考停止トは我なガら呆れ返るヨ。結局オレは甘く見てイたんダ……ムルグの事も、その戦力モ。スユドなら問題ないだロウと甘く考エていタ。コレではスユドに丸投げしタも同じジャないか……客人を巻キ込んでオいて何たるザマだ。戦闘以外の不足の事態ヲ考えキレてなかっタ結果がこレダ――申し訳ない、タクミ殿」

 

これは、仕方ないし責める事も出来ません。

ニソラさんを使者に選んだギヤナさんと、ボクは全く同じ事を考えていたのですから。

だって、ニソラさんは強かったんです。とてもとても強かったんです。

経験も豊富で、旅慣れしていて、とても頼りになるメイドさんなんです。

……だからボクは忘れてしまっていたのです。

ここは、ニソラさんですら来た事の無かった地獄の底――経験なんてあろう筈もない未知の世界、ネザーなんだと言う事を。

最初にネザーに渡ろうとした時、ボクはあれほど不足の事態に警戒を向けていたと言うのに。

ボクはあれほど「甘く考えていたら簡単に死んでしまう」と念を押していたと言うのに。

――いくらムドラの人達が良くしてくれたからと言って、今や装備も外して来てしまう程緩んでしまっていたのです。

ボクの方こそ、思考停止してしまっていたのです。

 

……ボクの中にあったのは後悔でした。

一緒に行けば良かったのです――家なんて、後で一緒に作れば良かったのです。

ニソラさんなら大丈夫なのだと、下手な考えが出来る程ネザーを知っている筈も無かったのに。

 

「――直ぐニ斥候を出すヨ。ダから――ソの連絡を待っテクれないカ?」

 

そう言うギヤナの言葉も理解出来ましたが……ボクの答えは決まっていました。

 

「ギヤナさん……お客さんとかそう言うの、今は忘れて下さい。ムルグに対する後悔も要らないです。もっともっと、単純な話なんです

――ニソラさんを、迎えに行きたいんです。

もしかしたらこうやって気を揉んでいるのはただの杞憂なのかもしれません。遅れているのにも実は大した理由なんて無くて、今頃帰り道をテクテク戻って来ているのかもしれません。

もしくはムドラにはスユドさんをしのぐ凄い戦士がいて、囚われの身になってるとかでも良いです。行ったら瞬く間に殺されてしまうとかでも良いんです。

危険も理屈も何もかも放った上で――ニソラさんを、迎えに行きたいんです。ニソラさんと離れちゃったの、後悔しているから……ボクが迎えに行きたいんです」

 

――つまりは、ワガママでした。

ボクは、ギヤナさんが困るのを解っていながらワガママを言っていました。

こっちに来て戦士だなんだと言われましたが、実際戦闘は素人です。

スユドさんと違い、武器や装備に頼らないと戦える自信はありません。

……それでもボクは、ニソラさんに会いたいのです。

ワガママを言ってでも、ニソラさんに会いたいのです。

 

「――解っタ」

 

そんなボクを見て、ギヤナさんが折れてくれました。

 

「斥候に出すツモりだっタ二人をつけル。腕も体力も見所のアる奴ダ、好きニ使うと良いヨ。後はモう一人……決定力が居ルネ」

「ごめんなさい、ギヤナさん……」

「止めてクれ。謝るノは筋が違ウよ。ゴメんなサいはこっちの台詞ダ」

 

対ガストに目処が立ったとは言え、その戦術には数が要ります。戦士の数に余裕がある訳では無いでしょう。

それなのに、ボクのワガママで3人も出してくれるのは申し訳なくもありました。

 

「……状況が判った時点で、必ず一人お返しします」

「ソう言う所に気づイテ気を使ってクレるからアリがたイヨ、タクミ殿は。――本当に、気にシナいでくレ。元は此方の不明なんダ。こんナの借りを返しタ内にも入らンヨ」

 

「――その通りだ!」

 

それまでの空気なんぞ知ったことかと言わんばかりの高らかな声が聞こえました。

話は聞かせて貰った!とばかりに扉を開け放ったのは、ラクシャスさんでした。

なんか背後にババーン!って感じの効果音が響いているような気すらします。

見るからに高いテンションです。

満面の笑顔が張り付いています。

右手には、最初に見たシルバーウッドではない緑色の杖が握られていました。

――風の力を呼ぶサトウキビの杖でした。

 

「恩人には報いねばならん!決定力が必要なのだろう?私とこの杖が出撃じゃい!!」

 

目に見えてギヤナさんが脱力しました。

頭痛も覚えているようです。

 

「イや、お呼びじゃネーヨ。ドっから沸いて出やガッタ。――明らか試し撃ちガしたイダけだロ」

 

物凄くげんなりした顔でギヤナさんが即答しました。

余計な事をしないでくれと全身で言っています。

……ボクはと言えば、突然入って来たラクシャスさんをボケっと眺めていました。

 

「……じゃあ、お願いして良いですか?」

「タクミ殿ォッ!?」

 

まさかのボクによる援護射撃にギヤナさんが凄い声をあげました。

 

「マテマテマテマテ考え直すんダ!ホンとにコれで良いのカ!?オツム以前にまダ復活したかドウかも怪しいノだぞ!?」

「流石にオヌシ失礼が過ぎないか!?何だったらオヌシの体で試してやっても構わんぞコラ!」

 

バチバチ言わせた杖をギヤナさんに向けるラクシャスさんです。

 

「……オツムとリバイブは疑っていませんよ。――それに、魔法使いのラクシャスさんが来てくれるなら心強いんです」

 

ちょっとリップサービス入りましたが、本心ではありました。

そら見ろそら見ろと囃し立てるラクシャスさんにピキピキしているギヤナさんでしたが。

 

「――ニソラさんの印象強くて考えて無かったと思いますけどね。ボク、弓に明るくないんです。修練場で皆と一緒に練習しましたけど、アレが初めてでした」

「嘘ォ!?」

 

そう、射ったんですよボクも。

リアルでもやった事が無かったものですから、戦士の皆さんに混ざって弓を引きました。

銃だの剣だの含めて、実際に手に取る機会があったらテンション高くなるのはボクだけじゃないと信じたい。

成績ですが、かなり良かったですよ。

マイクラ補正とでも言うのでしょうか。ちゃんと狙った場所に飛んでってくれるので、ゲームと同じような感覚で打てました。

きっとリアルで射ってもそう簡単にはいかなかったでしょう。

それはさておき。

 

「まあ、そんなわけで経験が浅いので……遠距離のエキスパートであるラクシャスさんが居てくれれば、とても助かります」

「ウムム……」

 

ギヤナさんが唸りました。

決定力があり、遠距離の経験が豊富。しかも弓を中心に戦力を整えようとしているムドラにとって、ある意味で「出しやすい」戦力でもあります。

……ただし、マトモに機能すればの話ですが。

「歪み」的な意味でも暴走的な意味でも、色々不安が出て来てしまう点が渋ってる理由だと思います。

……ボクですか?

そもそもの大前提がギヤナさんとは違っているので、是非もありません。

 

――そもそもボクは、選ぶつもりすら無いのですから。

 

「ムルグへの道のりを知っている」と言う条件さえクリア出来る人であれば、誰でも良かったのです。

決定力云々は、あくまでギヤナさんの心遣い。

付いてきてくれるのなら、それだけで十分なのです。

 

「……判っタ。ラクシャスを連れテ行ってクレ」

「任せろ!何が相手であろうと光の槍で貫いてやるわ!!くはははははは!」

「――アー……本当にコれで良イノ?」

 

念を押してくるギヤナさんに、ボクは苦笑を返しました。

 

「そうカ……ナらせめテ、散華を持って行クと良イ」

 

心遣いがありがたいです。

ウィザーのリスクがなくなったとは言え、ムドラの切り札を持たせてくれる選択はなかなか出来るものではないと思います……が、ボクはそれを断りました。

 

「ありがとうございます。……でも、遠慮させて頂きます。ボクには使いこなせないと思いますし」

 

抜刀剣は保有する経験値が高いほどその威力を発揮します。つまり達人が使えば相応の斬れ味になるわけですが、ボクでは散華を持つには役者が不足過ぎるでしょう。

――ふと、抜刀剣で思い立ちました。

 

「ああ……なら、ひとつ甘えて良いですか。都合つけて貰いたい物があるんです――」

 

 

@ @ @

 

 

「――タクミさん、随分ペース早いけど大丈夫スか?」

 

ワシャさんが心配そうに声を掛けてきます。

 

「先は長いスよ。ニソラ師が心配なのは、解りますけど……」

 

気が逸っているのは自覚していました。

山でのペース配分は間違えると命に関わると聞きますが、きっとネザーに置いてもそうなのでしょう。

ここはワシャさん達のテリトリーです。

であるなら、その忠告に従ってここはペースを落とすべきだとは思いますが……

 

「……ワシャさん達からしたら、辛いペースです?」

 

言った後に、少しばかり挑発的な発言だったかなと少し反省。

 

「いや――オレは大丈夫ッス」

「問題なし」

「ガストおらんか?」

 

最後の問題外な返答は、果たして意趣返し的なモノだったのかどうか判断に迷います。

 

「では、このままで。プライド掛けた体力レースなんてアホな事はするつもりはないので、ペースが怪しいと思ったらすぐ申し出てください。ボクもそうします」

 

気が逸っている故の無茶を少しばかり疑いましたが、それでも疲れる気がしませんでした。

ネザーは難所です。とても高い気温に起伏の激しい地形、油断したらマグマに落下してしまう悪路もあります。

並みの神経と体力では歩き回るのは困難でしょう。

――ボクは、引きこもりと言うほどではありませんが、アウトドアは少しばかり苦手な部類でした。

家族や友達と年に何回かアスレチックとかキャンプとかする程度の一般人です。

ゲームでは体力と言うパラメーターはなく、走ったり飛んだりすると空腹になっていく仕様だった為、何か食べさえすれば延々と歩き続けることが出来ました。

この世界に来てからこっち、何度か身体能力が上がっているなと実感した瞬間がありましたが……まさか、ボク自身「そう言う仕様」になったって事かもしれません。

……いや、でもどうだろう?

生理現象はあるし、疲労は普通にするんですよね。体力的に「もうダメだ、動けない」ってラインに近づく気がしないだけで。

精神的な疲労だけ感じている……?

うーん、どこかで体力テストでもやった方が良いかも知れません。

――逸る気持ちが首をもたげます。

コレは丁度良い機会じゃないかと。ここで更にペースを上げれば、自分の限界値だって実験できるし、それだけ早くニソラさんの元にも行けるだろうと。

まるで足が勝手に速度を上げようとしているような感覚を覚えて、ボクはペースを上げないように、無理のないペースを維持する事に努めて意識を割きました。

限界をここで計る?そんなバカな選択はありません。

疲労困憊で動けなくなるような事になったらボクの方が遭難してしまいます。そしたら、ニソラさんの元に辿り着く事すら出来ません。

仮に先ほど妄想したように、ボクがチートな仕様になっていたとしても悪手が過ぎます。

下手したらムドラの人達に無理を押し付ける事になってしまいます。

山は無理をしたら命に関わると聞きます。

きっとネザーは山より辛いでしょう。

そして、彼らはそのネザーで生きてきたのです。

なら、彼らは山で言うところの「シェルパ(案内人)」であり、彼らの状態はボクの生命線であり、イコールニソラさんへの道しるべとなります。

「遠回りこそが最短の近道」――ジャイロさんもそう言っています。冷静にならなくてはなりません。

 

……それでも。

 

――ニソラさんは、そんな過酷な環境で大丈夫なんだろうか。

 

ふとそんな思考がよぎると、ボクの頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられてしまうのです。

間に合わなかったらどうしよう。

ゲームの中でのメイドさんは、ネザーに連れて行ったら簡単にマグマダイブしてしまうと聞きます。

あんなに強いニソラさんでも、地の利は完全にムルグにある筈です。

もしムルグの人達と交戦していたら、数で囲まれて押し潰されてしまうのでは――?

悪い思考ばかり浮かんで来るのです。

それが、どうしようもないほどボクの足を逸らせます。

 

「――オレは、スユドさんの事を知っています」

 

ふと、声をかけてきたのはカンガさんでした。

 

「ムドラの戦士の殆どが、スユドさんの手解きを受けています。その中では多人数で一人を囲んだり、一人で多人数に挑んだりする戦法の修練があるんです。大抵は一人の方がボコボコにされるんですけど――オレは、その中であってなお、スユドさんが地を舐めた光景を見た事がありません」

 

思い出すようにネザーラックの天井を仰いでいました。

 

「一時、戦士全員に渇を入れる為だったのかな……いつもは4~5人で相手するのに、「全員で掛かって来い」みたいな事を言い出した事があるんです。まあ、そこにいた連中だけなんで本当にムドラの戦士全員って訳じゃ無いですけど……何だろ、2~30人ぐらいだっけ?」

「あん時ッスか……覚えてるッス。つか、オレ数えてたッスよ。オレら含めて27人だったッス」

「待て、私は知らんぞそんな話」

 

ハブにされているラクシャスさんに「居ませんでしたしね、そりゃあ」と苦笑を返しています。

 

「……多人数で掛かるって、数が多いと結構難しいんですよね。迂闊に突っ込むと同士討ちしてしまったり、戦いに参加すら出来なかったり。――オレら、心得てましたんで。いくつかの小隊に分けて陽動、攻撃、足止めに役割振って、短期決戦仕掛けたんです」

「あの時はつくづくスユドさんをバケモンだと思ったッス……オレ、他3人集めて四方から強襲して、とにかく足を止める役だったッス。スユドさんの背後からタックル決めて「やった!」と思ったら、スユドさんが目の前から消えて気がついたら地面さんと熱烈な包容交わしてたッス。意識があるのにどうやっても体が動かなくて、ああ、顎をハネられたんだなって解ったんスけど――具体的に何をされたのか、後で誰かに聞いても「知らん」とか「覚えてない」とか言われたッス」

 

ワシャさんが顎を撫でました。

 

「ワシャとオレは、どっちが先に沈んだんだっけ?」

「覚えてねえッスよそんなん!?つうか、他に意識を向けれるほど余裕なんてあるハズがないッス!!」

 

皆そうだったんだろうなぁ、とカンガさんがひとりごちます。

 

「……もしかして、オレはワシャに謝らなきゃいけないかも知れない」

「――ハイ?」

「オレは足止め組に合わせて波状攻撃仕掛ける担当だったんだが、足止め組のタックルを目隠しにしてストレートで強襲したんだよ。見えてたのかなぁ……スユドさんに攻撃を捕まれて簡単に流されてさ。オレはそこで意識を飛ばされちゃったから良く覚えて無いんだけど、今思い返すと流されたストレートが何かに当たった気がする」

「オレの顎ハネたのカンガだったッスか!?」

「そうかも知れない……」

 

今度はカンガさんが後頭部を擦ります。

傷口を確かめるような手つきだったので、恐らくは意識を飛ばされた攻撃を反芻しているのでしょう。

 

「……なんじゃい、予想はしとったが27人集まった挙げ句ボロ負けか」

「ウス。後で聞く所によると、誰も有効打らしきものは入れる事が出来なかったそうです」

「ドンだけじゃアイツ……」

 

暴走気味だったラクシャスさんまで引いて居ました。

集団戦闘の訓練を受けたゾンビピッグマン27人の一斉攻撃を無手で制圧の上有効打無しって、そこまで酷かったんですかスユドさん……

戦闘力においてはギヤナさんの信頼がことさら厚かったのも理解できる話です。

これ、飛行能力さえなんとかなればウィザー相手でも素手で勝てるんじゃないですかね?

スユドさんに空を飛べるアイテム持たせたら、世界最強の生物が出来上がりそうな気すらします。

 

「――まあ、そんな訳でしてねタクミさん」

 

カンガさんが笑って言いました。

 

「あのスユドさんを武力でどうこう出来るなんて、オレら欠片も考えて居ないんですよ。罠に嵌めようと奇襲掛けようとどうにか出来るとは思えないんです。どうにか出来そうな方法があったら、逆に教えて欲しい位だ。……そんなスユドさんがガチでニソラ師を守ってるんです。

 

――だからね、タクミさん。ニソラ師は、きっと無事ですよ」

 

それは、ボクへの気遣いの言葉でした。

 

「……うん。ありがとう」

 

――それで不安が無くなった訳ではありませんでしたが。

ホンの少しだけ、肩の力が抜けた気がしました。

 

 

@ @ @

 

 

ムルグへの道を進んでいると、元の拠点への目印としてボクが建てた丸石の塔があります。

道は、元の拠点に続くネザーゲートとはズレた方向へ延びていました。

 

「――え?アッチから来られたんですか?」

「そうなんです。ここからだと、歩いてえーっと……2本?ぐらい?」

 

ヘルバークの本数を暗算してみましたが、言ってみた後に「いや、そこまでは掛からないかな?」と少し反省。

 

「ムドラに作られたゲートの先には、立派な家が建っていたと聞いたんですがそちらは?」

「そのまんまですよ?ゲート開いてから、拠点を建てました」

「建てた!?15本程度の時間で!?」

「いや、建てたのとは違うかも?斜面を掘って削って作った拠点ですし」

「……あの、そっちの方が難易度高くないですか」

「うん。だから普通に建てるより時間かかりましたよ?」

 

カンガさんたちが顔を見合わせています。

流石に半信半疑のようです。

――ちょっぴり、イタズラ心が首をもたげてきました。

 

「――例えばですよ?ここに建てた目印の塔ですけども。ムドラの人達はどの位で建てますか?」

 

目印の丸石の塔を差してそう聞いてみました。

全長3m、拠点の方向に松明を置いた、マインクラフターならかなりオードソックスな目印です。

ええっ?とお互いに視線を投げながら、

 

「……そもそもアレ、なにで出来てんスかね?」

「普通に岩積む前提で良いんじゃないか?地上の岩じゃろ、きっと」

「がっちり組まれてるなぁ、コレ……ビクともしない。煉瓦で組むつもりで考えた方が良い気がする」

「カンガより頭ふたつ上って所ッスかね」

 

割りと真剣に考えてくれています。

ムドラではもしかしたら、建築技術はある程度一般的な技能なのかもしれません。

自分の家は自分で建てる、的な?

元居た所を放棄して新しく作り直す、がポピュラーな所と聞きますし。

 

「――大体、3本ぐらいあれば行けるんじゃ無いかと言う結論になりました」

「なるほど」

 

大体2時間半って所ですか。

手作業でそれなら、結構早いんじゃないでしょうか。

 

「まあ、ムドラの人達からすれば3本程掛かる塔もですね――」

 

目印が建っている道の反対側にテクテク歩くと、おもむろにインベントリから丸石を呼び出します。

そしてそのまま、ストトトンと丸石ブロックを3つ積み上げ、トドメに松明をぶっ指しました。

オンハンドのアイテムの切り替えをマウスでやってた頃と比べて、イメージで操作できる現状が楽で仕方がありません。

 

「――っとまあ、ボクがやれば2秒で建てれてしまうんですね」

「イヤイヤイヤイヤおかしいおかしいおかしいおかしい!!」

「ってか、どこに持ってたッスか今の!?」

「ただ単に積み上げただけじゃない……しっかり接合しとる……なにこれこわい」

 

オカシイ光景に見えても、出来るもんは出来るんですからしょうがありません。

 

「話に聞く家も、こんな感じで作っちゃった訳ですか……」

「そーゆー事です。1本を4つに割った位の時間があれば、簡単な家ぐらいはチョチョイと作れますね。まあ、本当に雨風防げる程度の物になりますけど――って、雨は無いんだっけ」

 

持論ですが、小~中規模の建物を作る場合、かける時間の殆どは設計とデザインに傾くと思います。ボクら工魔系Modユーザーの場合はそれがかなり顕著です。

使い勝手は元より、配管とかエネルギーとか稼働チャンクとか見映えとか、ともすれば機器類を置く事によるサーバーの負荷まで考えてレイアウトを決める訳です。

工魔Modはエンドコンテンツが近づくと、大型の装置や祭壇を要求してくる事がザラですからねぇ……

場所だけ確保してレイアウトが決まらずに放置、とか日常茶飯事でしたよ。

反面、選択肢の少ないプレイ序盤はバニラ建築に片寄るので、余程家らしい家が建て易かったりします。

今回の拠点作成もその系統ですね。

もし工場や何らかの施設を作ろうとしていたら、今でも頭を捻っていたかも知れません。

 

「――創世の伝説が伝わっている……」

 

作り上げた塔を見上げながら、ラクシャスさんが震えた声を上げました。

皆の視線が集まります。

「曰く、この世のすべての破壊と創造を司る力。神は世界に色を与える為に、その現身(うつしみ)達を遣わせたそうな。その者達は、世界中に散らばると瞬く間に文明を作り上げて行ったと聞く。

 

――彼らは自らを、「マインクラフター」と称した」

 

「――ッ!!?」

 

そのものズバリの単語が出て来ました。

やはり、マインクラフターはボク以外にも実在したのです。

 

「伝説の青い戦士が、それであったそうじゃ。何処からともなく物を取り出し、見た事も無い道具や建物を瞬く間に作り出し、遂には厄災さえ退けたと」

 

ぎぎぎと油の切れたブリキ人形のように、カンガさんがボクに視線を向けました。

 

「――タクミさん。オレ、アディスタから聞いたんですけど。オレ、聞いちゃってたんですけど。……あなたムドラに来た時に、一体なんて名乗りました……?」

 

――アディスタさん。

ムドラに入る時に、遠吠え(?)でギヤナさんに話を通してくれた、あの防人のゾンビピッグマンですね。

……ああ、そう言えば名乗った気がします。

ボクは軽く笑って、その時と同じように名乗りました。

 

「――地上から来ました。マインクラフターのタクミです」

「うああああああああ!!?やっぱりいいいぃぃぃ!!?」

「本物ッスか!!?神の現身の本物来ちゃったッスかあああ!!?ご、ゴメンなさいっス!!オレ、祭壇に捧げられてた神事のハチミツを少しだけつまみ食いした事があったッス!!あと、支給されてた剣をウッカリ折っちゃったもんだから、接着材でくっ付けて倉庫の剣とコッソリ取り替えた事があったッス!!懺悔するので舌ぶっこ抜くのは許して欲しいッスうううぅぅぅ!!!」

「オイイイィィィ!!?ハチミツも大概だが剣の話はかなりオオゴトだぞお前ええええええ!!?」

「許して欲しいッスううぅぅ!!許して欲しいッスうううぅぅぅ!!」

 

……いや、あのう……

いきなりワシャさんに悪行カミングアウトされるとか、リアクションにメッチャ困るんですが……

えっと?こっちの神様はアレですか?

悪い事とかすると舌を引き抜きに掛かるんですか?

なんか閻魔大王みたいな神様だなぁ……って、そう言えばここ地獄なんですよね。もしかしたら何か関係でもあるんでしょうか。

ラクシャスさんがプルプル震えながら呟きます。

 

「――その者、青き衣を纏いて金色の野に降り立つべし……おお、おおおおおおぉぉぉ……」

 

いや、それはもう良いですから。

なんでババ様みたいな声のトーンでそれを口にするんですか。

ボクは別に失われた大地と絆を結んで清浄の地に導くつもりはありませんから。

 

「……あれ?タクミさんがそうだってことは、もしかしてニソラ師もマインクラフターなんですか?」

「許して欲しいッスううぅぅ!!許して欲しいッスうううぅぅぅ!!」

 

ワシャさんにコブラツイストを掛けながらカンガさんが声を上げます。

ワシャさんが悲鳴混じりに許しを請う声が嫌なBGMになっていました。

正直、引きます。

 

「いや――ニソラさんは、メイド妖精です。どういう種族かって言われてもあまり説明出来ないですけど、ボクみたいな事は出来ないですよ」

「――メイド妖精とな!?」

 

クワァッ!と目を見開くラクシャスさん。

 

「知ってるッスかラクシャス師!?」

 

コブラを受けながらそれでも反応するワシャさんです。

……この人たち、いっそ吉本辺りにでも殴り込んだら良いのではないでしょうか。

ラクシャスさんが重々しく頷いて、雷電もかくやと言う乗りで後を続けます。

 

「ウム!メイドさんとは!!――家事全般のエキスパートであり、「キッサ」なる場所に生息し、そこに来る者たちを「ゴシュジンサマ」と仰ぎ、「カフィー」なるさして旨くもない泥水を法外な値段で振舞う化生の類と伝わっておる!!」

「何なのその悪意に満ち過ぎたピンポイント知識!?」

 

あまりに一部過ぎるメイドさんの引用に、思わずツッコミを入れずにはいられません。

って言うかラクシャスさん。ニソラさんをそのメイドさんと一緒にしたら真剣にブッた斬りますよ?

ワシャさんも抗議の声を上げてくれます。

 

「――それだとニソラ師とギャップがあり過ぎるっスよ。タクミさんが言ったのは「メイド妖精」っス。もしかして、「メイド妖精」と「メイドさん」ではモノが違うんじゃないっすか?」

 

凄いアホな考察を真剣にぶち上げていました。……いや、確かに気持ちは解るんですけども。

 

「なるほど。ニソラ師は家事全般と言うより武術全般に通じているとも言えそうな程に身のこなしの素晴らしい人だからな。スユドさんが感嘆の声を上げて「戦ってみたい」って漏らしてたぐらいだ。物が違うと言われた方がしっくりくる」

 

いやいや、ラクシャスさんの知識がガセだと言う方向はないのですか。

 

「フム……しかし、人に歴史はツキもんじゃ。今はあのような素晴らしい戦士でも、もしかしたら過去にはヨゴレた仕事のひとつやふたつ「チャキリ」――あれ、タクミ殿なに抜こうとしてるのまってこわいごめんなさい」

 

――しばらくの道中、こんなカオスが続きました。

まったく、急いでいるというのに酷いタイムロスです。

 

 

@ @ @

 

 

ヘルバークの森林に差し掛かりました。

ムドラに行く時に通った所に比べて、こちらは少々面積が小さいかもしれません。

 

「森林自体は、結構どこにでもあるんですか?」

「??そりゃあ、森林ですからね。どこにでもあるものでしょうよ」

 

どうやら、地上における森林と同じように考えてもよさそうです。

しかし燃えてしまうくせに、よくまあこんな環境で繁殖できるものですね。

――やっぱり、ハチのおかげなんでしょうか。上を見ると、こちらにも馬鹿みたいに大きなハチの巣が天井にへばりついていました。

 

「森林の近くには、あるものなんですねぇ……ハチの巣」

「そうですね。……あんな所に作られる物だから滅多にありつけないんですけど、アイツの蜜は貴重で絶品なんだそうですよ。オレは食べた事がないんですが……」

 

過酷な環境で作られるハチミツは濃厚で美味しいらしいですね。ニソラさんが食べたがっていました。

 

「我々がハチミツにありつくには、偶然が重ならんといかん。たまたま手が出せそうな位置に巣があったり、ガストに攻撃されて巣に穴が空いたりだな。全ての巣にハチミツが入っている訳では無いので、本当に運が必要だ。ハチの巣を見つけると、その運を期待して蜂の巣の下に大きな受け皿を置いたりする」

 

ほれ、とラクシャスさんが指す先にはなるほど、鉄の大皿が置いてありました。

ガストが喧嘩を売るなどして巣に穴が空いたら、そこに蜜が垂れ落ちると言う事なのでしょう

 

「……もしかして、タクミ殿ならそんなことをしなくても、蜜を取りに行けるのではないかの?」

「ええ、まあ。取りに行くだけなら簡単でしょうね。ガストとハチに狙い撃ちされる危険に目を瞑れば」

 

ブロックに乗りながら、あの高さまで積み上げれば良いだけの話ですし。

 

「その通り、取りに行くのは危険を伴うぞ。ハチにも戦士がいてな、そいつらは「ワスプ」と呼ばれている。蜜を集めるハチよりも一回り大きく、とても俊敏で鋭い針と牙を持つ。巣に仇なす者に等しく攻撃してくるからな――昔、ハチミツ目当てで巣を撃ったらヒドイ目に合ったわ」

 

ああ、遠距離攻撃持ってるからやっぱり考えちゃうんですね。

 

「ワスプはガストも攻撃するから、ガストは迂闊に巣に近寄れないッス。だから、巣の近くはあまりガストが出てこないッスよ」

 

ガストの火の弾は爆発するから、かなり致命的なダメージになりそうですもんね……優先的に狩りに来そうです。

 

「ガストからも守ってくれて、運が良ければハチミツも手に入る。……そんなんですからね。オレ達の間ではハチミツは幸運と祝福の象徴であり、神聖な物なんですよ。――そう……神聖な物なんだ、け、ど、な、あ!?」

「ゆ、許して欲しいッスぅ……」

 

この話題だとワシャさんイジリが止まりません。

 

「ギヤナさんと取引する予定なんですけど……ハチミツも、その中に入れて見ようかなぁ……?そこまでの物なら、ニソラさんに「お疲れ様」って出してあげたいです」

「タクミ殿はマインクラフターなのだろう?なら、是非もないと思うぞ。元々アレは、神に捧げる物でもあるからのう」

 

神様の現身扱いになっているんでしたっけ……

確かにこの世界に来るときに神様には会いましたけどもね。テンプレの神様ですが。

 

「……神様扱いされるのは嫌だなあ……でもそれ以前に、ボクたちが食べても大丈夫なのかが心配なんですよね。ラクシャスさん達は普段どんな物を食べているんですか?」

 

ネザーで取れる食糧は、キノコ位でしょうかね。

ゲームではキノコが生えていましたが、そう言えばこっち来てから見ていません。

 

「大地の肉の火の子掛けステーキ!!コレは絶対外せないッス!!」

 

シュタッと真っ先に手を上げるワシャさん。

 

「ヘルバークの若芽のサラダもなあ。中々旨いよなあ……ハチミツの元になる木だからかなあ」

「ファイヤーバットのつみれもウマイぞ。あいつら骨が多いから皮を剥いで骨ごと肉を叩いてミンチにするんだが、細かい軟骨が練り込まれたコリコリの食感が病み付きになる」

 

おや、結構ネザーにも選択肢があるんですね。

 

「ヘルバークやファイヤーバットは解るんですが――大地の肉ってなんです?」

「アレ、地上にはないッスか?文字通り大地の肉ッスよ。骨とか突き出ている景色見たことないッスか?そう言うところの近くは大抵肉みたいな質感をした大地になってるッス。ある程度の深さから地面を切り出して食べるッスよ。本当に肉の味がするッス」

「地面食べるの!?」

 

まるでトリコに出て来そうな話にビックリしました。

ええ、ここに来たときにチラチラ見ましたよ、突き出た骨。

遠目だったし、そちらの印象強すぎて大地の質感は見ていませんでしたけども――まさか地面を食べれるとは。

いやいや、世界は広いものです。

 

「……ちなみに火の子ってなんですか?ギヤナさんにもてなしを受けた時に、出す事を検討された記憶があります」

「何と言われると――なんだろ、調味料?ブレイズって言う棒が集まったような奴が居るんですが、そいつの棒を削った粉がピリピリしててウマイんです。お客に出すときは、油で練ったデンプンを軽く焼き上げた物に掛けるのが普通ですかね」

 

知ってる単語が出て来ました。

ブレイズと言うのは、バニラで出てくるネザーのモンスターです。

ネザー要塞に出現し、ふわふわと浮きながら火の弾を撃って来る敵性Mobです。

ここだけ聞くとガストに酷似しますが、爆発する火の弾であるガストに対し、ブレイズの火の弾は純火属性の攻撃です。

火耐性を持つゾンビピッグマンにとってはあまり害のないモンスターと言って良いでしょう。

顔の回りに黄色い棒が幾つも浮かんでいると言う独特の形状をしており、その容姿が某ファストフードショップのフライドポテトに酷似していることから、ゲームにおいては「ポテト」なんてアダ名で呼ばれる事も多いです。

ゲーム中盤のコンテンツである「ポーション」の作成に関わりが深く、その棒――「ブレイズロッド」は醸造台の材料になり、ブレイズロッドを粉にした「ブレイズパウダー」はポーション醸造の燃料や、ポーションの材料そのものになったりします。

ブレイズパウダーで作れるポーションは確か「力のポーション」……服用した時からしばらくの間、攻撃力を増加させるポーションです。

そんなブレイズパウダーを調味料として常用しているとは、ゾンビピッグマンの強さの秘密を見た気がしました。

……さて、ポーションと言う形で服用できると言うことは、わりかしネザーの食べ物でも普通に食べる事が出来るのかも知れませんね。

しかしそうか、ブレイズロッドが手に入るのか……取引項目に追加ですな。

 

「その棒はどうやら、ボクがブレイズロッドと呼ぶ物と同じみたいですが――ブレイズって、空飛びますよね。ガストと同じく、ムドラの人達に取っては難しい相手だったんじゃあ……?」

「お?地上にもブレイズが居るんすか?……確かに空飛びますが、そこまで長い間飛べる訳じゃないし動きも緩慢スからね。追い回せば捕まえられるッスよ」

 

なるほど、山鳩追う様な物なんですね。

アレも体力ないからすぐに降りてきてしまうと聞きます。

そう言えばゲームのブレイズも、プレイヤーを発見しなければ、基本的に地面近くまで降りているのがデフォでした。

 

「――お?」

 

ふと、カンガさんの歩みが止まりました。

視線の先には溶岩の川が出来ています。

 

「――どうしました?」

「いやあ――ここ、ムルグへの道の上なんですよ。どうやら何処からか溶岩が湧いて出たようで」

「ハイィ!?」

 

普通に溶岩の川じゃなかったんですかここは!?

 

「まあ、昨日何の問題もなかった道に溶岩が流れ込むなんて日常茶飯事ッス。――渡るしかないッスね、急ぐなら」

「あー……認識がズレているみたいですので申告します。ボクもニソラさんも、と言うか地上の人達には皆火耐性ついてません。溶岩に突っ込んだら普通に焼け死にますよ」

「ええ!?そうなんスか!?」

 

何せ初心者クラフターの死因の多くがマグマダイブによる「あたたか死」ですからねぇ。

死んだ後に持っていたアイテムが「ジュウッ」と焼かれて消滅していく音を聞くのはとてもとても悲しい物です。

溶岩の幅は約8mってトコでしょうか。深さは大したものでは無さそうなので、ニソラさんなら選択肢としてスユドさんに抱えられて進むと言うのもアリですけども……

途中でコケた事を考えるとかなり怖いですね。

ボクは丸石ブロックを取り出すと、落ちないように気を付けながら簡単に橋を渡し始めました。

 

「え!?――ええ!?」

「あの人、ホント唐突にこう言う事やるッスね……」

 

まあ自重しない方針ですので。

 

「き、奇妙だ……!?地面に設置している部分より、橋として伸ばしている所の方が明らかに長い!!アレでどうやってバランスを取って居るんだ――!?」

 

いえ、バランスは取っておりません。このブロックは空中に固定されていますので。

そうこうしている間に8mです。20秒あればこの程度の橋渡しは余裕でした。

 

「ハイ、終了……もしかしたらこのマグマの川を越える為に、上流へ向かってたのかもしれませんね」

 

上流に視線を向けます。

険しい道のりが視線を邪魔して、その先がどうなっているかは判りませんでしたが……

 

「ボクらもニソラさん探す為に、上流に向かいましょう」

「あー……了解。すれ違っても解るように、誰か正規ルートへ向かいますか?」

 

もう言うだけ無駄なのか、と諦めた顔でカンガさんが聞いてきます。

 

「いや、時間的に考えてココでぶつかる可能性は低いと思います。書き置きだけ残して行けば十分でしょう」

 

手早く看板を作って、メッセージを書き込みました。

 

――迎えに来ました。上流へ回りますので、もしこの看板を見たら印をつけた上で先にムドラに戻っていて下さい。タクミ。

 

……あれ?

ゲームと同じように普通に設置しちゃったけど、ボクは今何を使ってこの文字を書いたんだろう……?

全然意識せずに書き込んでいましたね。

 

「あー……まぁ良いか。んじゃ、行きましょうか」

 

……何か、奇妙な物を見るような視線が向けられている気がします。

 

「さっきの石といい、木材といい……何でも出てきますね、タクミさん……」

 

ああ、そう言う事ですか。

 

「1スタックの丸石と原木は遠出するクラフターの標準装備です。今回は足場を考えて2スタックづつ持ってますけどね。後は、水入りバケツを多目に4つと食糧のパン、鉄ピッケルに作業台と火打ち石と松明――後は弓矢と、ニソラさんへのプレゼントを少し」

 

インベントリの圧迫が中々多いですが、それでも1/3は空いている為そこまで苦ではありません。不要になったら捨てれますしね。

ちなみに、抜刀剣はずっと後ろ腰に指しています。

 

「何処に持ってんスかそんなん……」

「うーん……不思議ぱぅわぁ?」

 

もう、この一言で済ませてしまっても良いのではないでしょうか。

 

「――ちなみに1スタックってどれぐらいなんです?」

「さっき目印の塔に使った資材のざっと20倍かな」

「マジでドコに持ってんのォッ!!?」

 

だから、不思議ぱぅわぁだってば。

 

 

@ @ @

 

 

溶岩の川を右目に、険しい道のりを遡って行きます。

道として利用されているわけでは無いので所々崖みたいな場所を渡る事も有りました。

あまりにヒドイ場所であれば、後の事も考えて軽く整備して進みます。

溶岩の途切れる先はまだ見えて来ません。

 

「溶岩の川が出来る理由は、大抵ふたつあるッス。ひとつは何処からか溶岩が吹き出て川を作ってるケース。もうひとつが天井から垂れてきてるケース。どっちも、大抵ガストの爆撃によって地形が変わった事が原因になる事が多いッス」

「ホント百害あって一利も無いね、ガストってぇのは!」

 

いや、涙は辛うじて利に入れてやるか、とちょっぴり思いましたが口にはしませんでした。

1m程の段差に丸石のハーフブロックを置いて多少段差をマシにすると、今度は幅が狭すぎる崖を掘ってマトモに通れるように整備します。

本当に通ったのかこんなところ、と思うような道のりです。

しかし、ちょっと無理すれば今のボクなら通れそうな気がするので、通ったのだと信じるしか無いわけですが。

 

「――確かにガストが何かの利になってるのを見た事がないのう。基本的に破壊しかもたらさん奴だ。それどころか、何を食っているのかも怪しいモンだ」

「食べるモンが解ったら、積極的に毒仕込んでやるッスよ!!」

「まったくだ。――まあ、毒が効くかは解らないけど」

「効くと思いますよ。ニソラさんが毒矢を打ち込んだらのたうち回ってました」

「うおお、流石ニソラ師!!何の毒です?」

「トリカブトのメイド妖精スペシャルブレンドだそうで」

「――何の毒です??」

「まあ、こっちじゃ手に入らないでしょうねぇ」

 

軽口を叩きながら険しい斜面を登っていきます。

あの溶岩の移動エネルギーはココから来てるんですね。溶岩が滝になってますもん。

危険度はボクが整備している為それほど高く無いですが、整備のなかったニソラさんが心配です。

ボクたちは今、橋を渡った上で上流へ登っているので、つまりはニソラさんの「帰り道」をトレースしている訳です。

……じゃあ、「行きの道」はどうしたのでしょうか。

ココ、降りるんですか……?ボクの整備無しで……??

あまり想像が出来ないんですが。

 

「やっぱり着いて行けば良かった……ボクが居れば、簡単に道を作れたのに……!」

「ムルグには既に道が通ってたんですから、この事態を予想しろってのは流石に無理がありますよ」

 

「後」から「悔」やむから「後悔」……まったく、忌々しいことです。

 

ようやっと崖を登り切ると、多少開けた所に出ました。

まばらにヘルバークの木が自生していますが、足元は灰に覆われ所々に火がチラついています。

黒こげのまま聳え立つ木も幾つか。

 

「――溶岩の川がキッカケで火が付きましたね、コレは。しかもそれほど時間経って無いですよ、コレ」

 

つまり燃えている真っ最中――って事ですか?

 

「でも、あんまり煙出てないですよ……?」

「?そりゃそうですよ。肉を焼いてるんじゃないんですから」

 

えええ……?それ、肉を焼いた時ぐらいしか煙が出ないみたいに聞こえますよ?

煙と言うのはつまり、不完全性燃料起こした時に出る炭素の微粒子でしょう?

真っ黒なヘルバークがあるって事は、アレ炭になっているワケで。炭になるって事は不完全燃焼を起こしているワケで――?

 

「おお!?凄いッス!ココに続いてるんスねコレ!!」

 

登った崖を振り返ったワシャさんが感嘆の声を上げました。

 

「……どうした?」

「ほら、トンネルがあそこに見えるッスよ。で、崖を通じて向こうまで行って折り返して……」

 

ワシャさんの手振りに合わせて皆の視線がうろうろとさ迷って、最終的には溶岩の上流の方に固定されます。

 

「おお……凄いな、ココに着くのか」

「知らずに近道してたッスよ」

「んじゃあこの溶岩、方角的にアレか。嘆きの砂漠の溶岩湖か」

「その可能性高いッス」

 

なんか関係者だけで納得されているのですが。

ええとつまり――どう言うことだってばよ?

 

「タクミさん……あそこの崖、見えますか」

 

カンガさんが指を向けた先にはしかし、赤く霞んだ岩壁しか見えませんでしたが……

 

「あの上が、ムルグです。方角がグネグネして判りませんでしたけど――オレ達、近道してたんですよ!」

 

目を細めてもボクの視力では確認は厳しかったですが、どうやら目的地がそこまで近づいているとの事でした。

怪我の巧妙とはこう言うことを言うのでしょうか。

 

「へえ……ココから辿れるって事は、今登ってきた道を帰りに降りずに済むんですね。良かった良かった、それならニソラさん達も……って、ええ?……ちょっと待って?」

 

崖から辺りを見渡します。

ムドラの位置、ムルグの位置、街道のラインを頭の中で組み立てて、最後に溶岩流の源を辿りました。

 

「え……何?ムドラとムルグを繋ぐ街道を切断するように溶岩流が流れていて、しかもその源がムルグのすぐ近くにあるの……?」

 

ぞわり、と足の先から気味の悪い何かが、うぞうぞと這い上がって来る気がしました。

 

――それじゃあ。それじゃあまるで。

ムルグの人たちがムドラへの道を塞いだようじゃ無いですか……?

 

「……空気読めとか言われるかもしれんが、ひとつお前らに聞いても良いか?逸る私の勘違いなら、ただ笑えば済む話だ」

 

ラクシャスさんが神妙な顔でポツリと訪ねます。

 

「――お前ら、ココに至るまでにガストを見たか?最近増加している筈のクソッタレどもの姿を……?」

 

口の中が乾きます。

それはこのネザーと言う環境だからなのでしょうか?

皆が押さえていてくれた、あの言い様のない不安がグツグツ音を立てて浮き上がって来るのです。

ガサガサと森林から物音が響きます。

――ガストだ。きっと、ガストだろう。

何の根拠もなくそう決めつけて、各々武器を構えますが――しかし。

 

「ム――参ったな。何故「こっち側」にいる?何処かに渡れる場所があったのか……?」

 

――現れたのは、一人のゾンビピッグマンでした。

それは灰色の、つばの無い帽子を被っていました。

作りの良い、動きやすそうなベストを身につけています。

体格はスラリとしていて、骨の見えていない肉の部分は高密度に圧縮したかのように引き締まった筋肉を作っています。

その身のこなしには隙がなく、眼光は厳しさと雄大さを放っています。

 

 

「え――?スユド、さん……?」

 

 

……ムドラの最高戦力が、悠然とそこに佇んでいました。

 




抜刀剣のSAが固定なんじゃないかと今更気づきました。
一部の剣だけだと思ってた……
散華のSAはどうやら近接多段範囲攻撃の「終焉桜」でFIXのようです。
でもまあ、ココの散華はちょっと毛色が違うからと言う事でご容赦を。


起伏の多いネザーは描写に困ります。
今回、かなり解り難いかも……
でも説明文をもっと入れると読むリズムが変になるしなぁ……


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死地へ

「よ……良かったスよ、スユドさん……あ、あんまり遅いもんだから、皆心配してたッス……」

 

ワシャさんが乾いた笑いを張り付けながら声を掛けました。

その言葉とは裏腹に、身が引けているのが解ります。

皆、ちゃんと聞こえていました。――スユドさんの台詞が、ちゃんと聞こえていたのです。

 

「そ、それで、皆は……どこッスか?ギヤナさんに……報告しないと……」

 

聞き間違いか、勘違いなのだと。必死にそう考えていました。

 

「――知る必要は無い」

 

残酷な一言が返って来ます。

ガサガサと林の向こうから黒い犬のような生き物が、何体も姿を現しました。

グルルルと唸るたびに、口の中から炎のような物が漏れ出ています。

アレは――まさか、ヘルハウンド?

 

「――地上人とラクシャスは残せ。二人は使える。他はどうしようと構わん」

 

現れた獣たちに、決定的とも言える命令を下します。

それは、聞きたくなかった一言でした。信じたくなかった一言でした。

 

「……嘘だろ、スユドさん」

 

カンガさんが震えながら呟きました。

 

「ギヤナさんを――ムドラを、裏切ったんですか!」

 

もはや悲鳴に近いその叫びを嘲笑うように、スユドさんの口の端が持ち上がりました。

 

「――見ての通りだ」

 

絶望と言う名のハンマーで殴られたような衝撃でした。

目の前が真っ暗に染まって行くのを感じながら呟くように問いかけます。

 

「……ニソラさんは、何処ですか」

 

返答は、ありませんでした。

代わりにスユドさんの右手がボクたちに向けられます。

 

「――やれ」

「GAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

無情な合図と共にヘルハウンドが飛び出してきました。

炎を纏って牙を剥く心無い獣が迫り来る中、ボクはただぼうっと佇んでいました。

頭の中で反響する感情が、ボクの体を縫い止めます。

 

ニソラさんは、何処にいるんだ。

ニソラさんは、どうなったんだ。

ニソラさんを、どうしたんだ。

まさか、まさかもうニソラさんは――?

 

「タクミさん!!」

 

いち早く硬直から解けたカンガさんでしたが、しかしその声をあげた時にはもう間に合いません。

ヘルハウンドの牙がボクの体に突き刺さる――前に、巨大な閃光と衝撃がヘルハウンドを撃ち抜きました。

 

ズガアアァァンッッ!!

 

その閃光とモロに受けて思わず目を庇った後ろで、ラクシャスさんの声が聞こえます。

 

「新しい杖の最初の相手が……スユド、お前になるとはなぁっ!!」

 

衝撃の杖星による雷撃です。しかもこの規模の威力は、ボクがゲームの中で見知っているものより明らかに上回っていました。

さらに掲げたその杖から閃光が迸ります。

 

「ウ、ヌ……ッ!?」

 

音を置き去りにする早さで突き進んだ雷光はしかし、スユドさんではなくその前に陣取っていたヘルハウンドのうち一体に突き刺さりました。

甲高い悲鳴をあげてふっ飛んだヘルハウンドは、そのまま地面に叩きつけられると、激しい痙攣を繰り返します。

爆音と共に迸るその閃光と衝撃は、ヘルハウンドを怯ませその足を止めるには十分過ぎました。

ヘルハウンドを盾にするようにバックステップしたスユドさんは、そのまま森林の中に身を隠します。

 

「卑怯者め!出てこい!我が光の槍で貫いてくれる!!」

 

ヘルハウンド達は閃光と衝撃に怯んだまま、しかし命令を遵守しなくてはと言う意識があるのでしょうか。

後退りしながらそれでも小さな威嚇を続けていました。

スユドさんを追うには、ヘルハウンドを何とかする必要があります。

木々の向こうから声がします。

 

「……ラクシャスがいたからまさかとは思ったが――本当にその力が戻ったとはな。余計な事をしてくれたものだ」

「スユド――貴様、どこまで!!」

「ラクシャス。その力の前に正面から立つつもりはない」

 

唸り声が森林の奥から続々と近づいて来ました。ヘルハウンドの増援のようです。

ガサガサと音を立てて黒い獣が顔を出します。

 

「限界があるのだろう?その光の槍には……ならば、的を散らしてその限界を待ってみようか」

 

多方面からの一斉攻撃。確かに、それならラクシャスさんの雷でも対応はしきれないでしょう。

忌々しげなラクシャスさんの舌打ちが聞こえます。

 

「――嘘ですよね、スユドさん……何か、理由があるんですよね……?」

 

すがるように問いかけながら、それでもカンガさんは剣を抜き放ちました。

ラクシャスさんの射線を空けつつ、なお庇える位置に身を置きます。

ヘルハウンドの相手をカンガさんが行えば、ラクシャスさんはスユドさんを牽制できる――そう言う位置取りでした。

 

「本当に……本当に裏切ったッスか……ッ!?」

 

ワシャさんは歯を食い縛りながら、震える手で剣を構えてボクの前に移動します。

理由なんて考えなくとも解ります。ボクの、護衛のためです

この状況でも、ムドラの戦士達は自分の役目を遵守していました。

それは恐らく、スユドさんとの訓練で練り上げられたからこそのハズで。

その訓練の成果をそのスユドさんに向けることになった彼らの心中ははかり知れません。

 

ボクは……ボクは、どうするんだろう……?

 

ワシャさんの背に庇われながら、ボクの頭はまだ衝撃と混乱で動き出してくれませんでした。

そして敵がそれを待っていてくれる筈もなく。

 

「かかれ」

 

カンガさんとワシャさんの追及を完全に無視して、スユドさんが号令を掛けました。

ヘルハウンドがボクたちを包囲するように展開し、一斉に飛び掛かって来ます。

 

「――ッッきしょおおお!!」

 

戦闘が、始まりました。

ヘルハウンドはスユドさんの指示通り、出来る限り的を散らす為に広く展開しています。

 

「――ッ!」

 

差し当たり、正面。

恐らく閃光と衝撃で怯ませるのが目的でしょう。

ラクシャスさんの雷が迸りました。

 

ズガアアァァン!!!

 

再び視界を庇うような閃光と共に、ヘルハウンドの一体が吹き飛びました。

その一撃で他のヘルハウンドも怯みましたが、精々数秒の時間稼ぎにしかならないようです。

耳を垂らし尻尾を巻いて数歩後退りするも、自らを奮い立たせるように吠え立てて、再び襲い掛かってきます。

ヘルハウンドにも戦士としての誇りや勇猛さがある……そう言う事なのでしょうか。

カンガさんが踏み込んで、怯んだヘルハウンドに剣撃を浴びせました。

悲鳴を上げてノックバックするも、すぐに体勢を立て直してくるヘルハウンドです。

体力が高いのか、それとも防御力が高いのか。皮膚への損傷があまり見て取れないので後者なのかもしれません。

 

「カンガ!スイープ(斬り払い)じゃあ効果が薄いっス!チャージ(突き)じゃないと!」

「解ってる!けど、この数では……!」

 

ワシャさんも応戦していますが、数が多く一体一体突いて行く余裕もありません。

また、数を減らすために被弾覚悟で踏み込んでも、そうそう簡単に当たってくれるヘルハウンドではありませんでした。

 

「クソッタレ!!」

 

スユドさんの隠れる木ごと撃ち抜く意図で、ラクシャスさんが杖を振りかざします。

木に直撃した雷撃は容易にその幹をへし折りますが、しかしスユドさんは2撃目が来る前にさらに後退し、その体を晒す事はありませんでした。

 

「……おのれ!コレでは、ニソラ殿の居場所を吐かせる事すらままならん!!」

 

舌打ちとともに吐き出されたその叫びは、ボクの体をピクリと跳ねさせました。

 

「……吐かせ、る……ニソラさん……の……」

 

――実際。

動けてなかったボクを焚き付ける意図が多分に含まれていたのでしょう。

少々ワザとらしさを感じましたし、その意図は普通に読み取れました。

しかし、絶望で止まった体を動かすには十分な目的を示してくれます。

ココを切り抜けて、スユドさんを下して……ニソラさんの居場所を、吐かせる。

まだ出来る事があるのだとラクシャスさんが教えてくれます。

暴力的で暗い漆黒の希望です。

それでも膝を折りそうだったボクに力をくれた希望でした。

めらめらと、心の中から黒い炎が沸き上がって来たような気がします。

ぎりき、と無意識に歯を食いしばり、ボクは憎悪の籠った眼で経るヘルハウンドを睨んでいました。

 

こいつらのせいだ。

ニソラさんがいないのは、こいつらのせいだ。

ニソラさんの所に行けないのは、こいつらのせいだ。

 

邪魔だよ、みんな――ナマスにしてやる。

 

鯉口を切ります。

身を沈め、ヘルハウンドに狙いを定め、無垢の柄に手を添えました。

 

「行くよ「白鞘」――初陣だ」

 

今ボクの手にあるのは、殺傷力が小さい木刀の「木偶」ではなく……ギヤナさんに都合してもらった金塊と持ち込んだ鉄で作った、正真正銘の「真剣」です。

利刀「白鞘」……新たに作ったボクの白銀の牙が、ヘルハウンドに牙を剥きました。

 

「タクミさん!?突っ込むのは危な…………え?」

 

Mod「抜刀剣」を使えば、クラフターは剣の達人になれます。

迫る弓矢を切り払い、目にも止まらぬコンボを叩き込み、ともすれば空中で制動する事すら可能です。

不思議とボクは「それ」を疑いませんでした。

ゲームで抜刀剣を使っていた時の様に抜刀し、しかしゲームをしていた時とは違う、明確な「殺意」を乗せて。

ワシャさんの横をすり抜けて2m程の距離を一瞬で詰めると、まず目についた一体を切り上げてから2連撃を叩き込みます。

 

「――は、速ッ!?」

 

赤いマグマのような体液をドロドロと流しながら、その1体が大地に叩きつけられ1条の線を引きました。

 

「GURAAAAAAA!!」

 

ボクとラクシャスさんは残せ、と言う指示でしたが……積極的に歯向かってくるなら、手足の2~3本は持って行くつもりなのでしょう。

突出したボクに対しても容赦は見えません。

構いません。ボクも容赦するつもりはありません。近づいてくれるなら好都合と言うものです。

ボクを囲んで飛び掛かって来る2体の攻撃に一撃を合わせて撃ち落とします。

一瞬でその後方に回り込み、さらに横薙ぎの一閃、そして斬り返し。手に伝わってくる固いゴムを切ったような感触が、カンガさんの攻撃を耐えきった理由を教えてくれました。

確かに硬い……ですが、問題ありません。

対応できる固さでした。

さらに左右から挟み撃ちするように3体迫ります。一番遠かった1体の後ろにやはり瞬時に回り込み、3体が一度に射程に入った所で3連の横薙ぎ。

メッタ斬りされたヘルハウンドが甲高い声を上げて撥ね飛んで行きましたが、まだ絶命までには至りませんでした。

立ち上がるその姿を見つめたまま、静かに納刀します。

 

「んな、何やって――ッ!?」

 

視界に映った最もワシャさんに近い位置にいる1体を標的に定めると、再び踏み込んで距離をつぶし、抜刀の一撃を叩き込みました。

「抜刀剣」のシステムは面白い物で、敵を斬ったりジャストガードしたり、そして敵前で動かずに納刀したりする事でその攻撃ランクを上げていく事が出来ます。

スタイリッシュなアクションを演出するためのシステムですが、その仕様がリアルになった事で凶悪な武器になります。

 

攻撃ランクが溜まった「白鞘」の一撃は、ヘルハウンドの首を容易に撥ね飛ばしました。

 

叫び声をあげる暇もないまま凄惨に倒れ伏すその姿に、流石に他のヘルハウンドもたじろぎます。

 

「……ヘルハウンド……確か、舌が魔術の素材になるんだったかな……」

 

敵前にて再び納刀し、さらに白鞘の攻撃ランクを上げました。

眼前にいるヘルハウンドはざっと9体ほど。そのこと如くを睨みつけ、ボクは重心を落として抜刀の構えをとります。

こちとらリーチが長く、範囲攻撃が得手で、視界に無い敵まで察知する事ができ、さらに神速の踏み込みで距離を潰す事ができる抜刀剣です。近接攻撃しかないこの程度のMobなんてカモも同然です。

現実では人間は訓練された闘犬を斬る事が出来ないとどこかで聞いた事がありましたが、知ったこっちゃありません。

 

「いいよ、掛かって来なよ……みんなみんなぶった斬って、その舌引っこ抜いてやるからさぁっ!!」

 

展開するなら一体ずつ。

囲んで一斉攻撃に来るなら包囲の外に踏み込んでから反転横凪ぎで一纏め。

簡単な仕事です。

残らず叩き斬ってやる――ッ!

今さら怖じけついたとでも言うのでしょうか。

ヘルハウンドの群れはその場をウロウロしながら此方を伺うものの、ボクの間合いに飛び込んでは来ませんでした。

 

「――たった一人で奴らの勝ちの芽潰しおった……これほどか、タクミ殿は……」

 

背後からラクシャスさんの声が聞こえます。

緩慢に首を傾け、ラクシャスさんに視線を向けました。

……これ以上無い隙のはずですが、ヘルハウンドは掛かって来ませんでした。

少々、ワザとらし過ぎたようです。

思わず舌打ちが飛び出ました。

 

「怖いな……しかしお陰で、真っ直ぐにスユドを狙えるわい。最早無駄撃ちはないぞ?果たしてその犬どもはタクミ殿を凌いだ上で、カンガとワシャを出し抜けるかのう……?」

「……」

 

森林の向こうは沈黙を返すのみです。

たまらずスユドさんが移動すれば、そこをラクシャスさんが狙い撃てます。

油断なくその杖を構えながら、ゆっくりと前進を始めました。

 

「タクミ殿、押し込むぞ。甘えるようで情けない限りだが、あと最低3体も斬ってくれれば後はカンガとワシャがやる」

「嫌です」

「――え゛?」

 

ボクは、短く答えました。

 

「嫌です。一体も残してやるもんか……全て斬る。根切りにしてやる……ッッ!」

 

最早ハシゴは外しました。

止まるつもりも容赦するつもりもありません。

行く所まで突っ走る以外、選択肢はありません。

 

「お、おう……私以上に暴走しとるぞコレ。……スユド貴様、最悪の逆鱗に触れちまったなぁ。ここで下るなら、私は許してやっても良かったんだがな……?」

 

――許す?

ラクシャスさんのそのセリフを聞いて、頭の中に残していた理性がボクに囁きました。

……そうですね。スユドさんがここで下るなら、早急にニソラさんの居場所を吐かせなければなりませんから、ヘルハウンドを相手にする暇は無くなります。

ラクシャスさんの言は的を射ています。流石です。

ボクは、冷静に目的を見つめ直さなければいけません。

……もし、スユドさんが下るなら、許してあげなくちゃいけません。

 

「ええ、大丈夫ですよ……ラクシャスさんの言う事、ちゃんと聞きますよ……ここで下るならボクも許します。

ええ、許しますから――簡単に、下るなよ……ッッ!」

「あダメだコレもう臨界点振り切ってるわ。怖すぎる」

 

解り切った事をいちいち口にする物です。

ムドラを出る前ならずいぶん警戒していた物ですが、事ここに至ればラクシャスさんがムルグに宣戦布告しても一向に構いません。

むしろ、便乗して暴れ回ってやりたいです。

 

「……ラクシャス、確かに分が悪いようだ。今の手持ちをけしかけても、お前の力を削れそうにない」

 

森林の奥から、聞きたくないセリフが届きます。

ここまで来て、ここまで来てあっさり下るつもりだと……?

 

「――故に、仕切り直させて貰おう。ムルグまで来るが良い。結局、先発隊の事を考えるならお前たちはムルグに来るしかないのだ」

 

……予想の、斜め上の言葉でした。

いいえ。いいえ。

下るつもりもなく、勝てもしないなら、確かに逃げるしかありません。

つまり――つまり、ボクは許さなくて良いと言う事です。

下るのでないならば、許さなくても良いと言う事です。

 

「逃がすと思うか?」

「ああ、問題ない――その一手はもう来ている」

 

嘲笑が混じったような一言が帰ってきます。

 

「?…………ッッッ!!?」

 

気配を感じてガバッと振り返ります。

ボクたちが登って来た崖の方角、ラクシャスさん達の後ろにうぞうぞと蠢きながらガストが顔を出していました。

ボクにつられて振り向いたラクシャスさんたちも気づきます。

 

「んな……ッ!ガストだとおぉぉぉ!!?」

「そんな!ここはヘルバークの森の近くなのに……!」

「GURAAAAAAAAAAA!!」

 

――今度は完全に出来た隙でした。

その一瞬を逃さず、ヘルハウンドが一斉に飛び掛かってきます。

その動きも何とか察知出来たボクはしかし、とっさに後方へ下がってしまいます。

それにより、ラクシャスさんの射線を塞いでしまいました。

そのラクシャスさんもターゲットをガストに向け、スユドさんが完全にノーマークになります。

 

「――ック、ッソオオオオオオッッッ!!」

「CYAAAAAAAAAAAAA!!」

 

ガストが火の弾を撃ち、ヘルハウンドが追撃し、その混乱の中でスユドさんが全速で遠ざかって行くのが見えました。

完全に出遅れていました。

ヘルハウンドはボクが、ガストはラクシャスさんが対応するとして、火の弾は……ッ!?

 

「う、ああああああああっっっ!!」

 

連撃でヘルハウンドを3体ほど纏めて斬り捨てました。

同時に今日4度目の雷撃がガストの火の弾に突き刺さります。

 

ドグオオオオオオオオンンッッッ!!!

 

ガストへの攻撃ではなく、ラクシャスさんは火の弾の相殺を選びました。

もともと轟音を出す雷が、爆発する火の弾に突き刺さったのです。

その衝撃と爆音たるや相当のもので、ボクたちは爆風に煽られて吹き飛ばされました。

地面に叩きつけられながらも見えたのは、もはや追いつけないほど遠くに消えて行く小さなスユドさんの背中です。

 

「ぁ……ま……て……、待ってよ……ッ、ニソラさんは、どこだよ……!ニソラさんを、返してよおおおおおッッ!!」

 

追撃が、できません。

ボクと同じように吹き飛ばされながらも、体勢を立て直してなおも突撃してくるヘルハウンドです。

もはや死兵と化したそれらの対応に追われながら、ボクは消えて行くスユドさんの背中に呪詛を叫ぶ事しか出来ませんでした。

 

 

@ @ @

 

 

斬り捨てたヘルハウンドの群れの中で、ぺたりと力なく座り込みます。

ガストはラクシャスさんの追撃の雷を浴びて、崖の下に転がり落ちて行きました。

……ボク達は、まんまとスユドさんを逃がしてしまった訳です。

 

「――クソッタレ!!」

 

八つ当たり気味にラクシャスさんがヘルハウンドの亡骸を蹴り飛ばしました。

日本人としての感覚からか、生死を貶めるその行為をボクは軽蔑するほど嫌っていた筈ですが……今回に限ってはそんな気持ちが沸き上がりません。

見事にスユドさんを守り切ったヘルハウンドの亡骸達がまるで「ざまあみろ」と言っているように思えて、ボクは歯を食いしばります。

憎悪と後悔の炎に焼かれた頭でどうすれば良かったのかを思い返しましたが、ガストのバックアタックを受けた時点でどう考えてもこの結果になってしまいました。

ボクがもっと早くガストを検知できていたら……?

いえ、無理です。あれに気づけたのは偶然も重なっていたと思います。

――むしろ、ボクが気付くのがもう少し遅れていたら誰か死んでいた可能性すらありました。

 

「反則だ……あんな、音も立てず声も上げずに忍び寄るガストなんて……」

 

明らかに訓練されていました。

皆を苦しめていたガストを飼い慣らす……今までの前提が一気に覆る一手です。

 

「どう言う事っスか……アイツら、ガストに対抗するためにムドラの伝説を追っていたんだろ……?なんでそのガストを飼い慣らしてるっスか……ッ!?」

「つまり、それが全部嘘だったって事なんだろ。――クソッ!バカにして……ッ!!」

 

カンガさんの拳が大地を打ちました。

 

「大体、なんでこのエリアでガストが生きてられるんだよ!ヘルバークの森林だぞここは!ワスプはどうしたんだよ!!」

 

ヘルバークの森林の上空には大抵ハチが巣を作り、その受粉を手伝いながら蜜を取り……そのハチの巣を守るためにワスプと呼ばれる戦闘員が外敵、特にガストを排除して回っている――カンガさんたちはそう教えてくれました。

だからこそ彼らの中でハチは神聖な位置にいるのだと。

――なんてことはありません。見上げたそこに、答えがぶら下がっていました。

 

「……そのワスプさんごと、とうに全滅したってさ」

 

吐き捨てるように口にします。

ボクの視線の先には、ガストの攻撃でも受けたのでしょうか。下半分がボロボロになって消失した、巨大なハチの巣の残骸が残っていました。

 

「……チクショウ……」

 

つられて見上げたカンガさんの表情が忌々しげに歪みました。

 

「……発展途上の森林で、ハチが全滅して火まで付いて……この森はもう、終わりっスね。あとは灰に覆われて沈むだけっス……」

「フン!ガストの奴めを操れるなら、特に支障もないのだろうさ!あのクソッタレに「従属する」なんて高尚な脳ミソがある事が驚きだがな!!」

 

意思も思考もなく、醜悪に喚き、赤子のような鳴き声と共にただただ破壊を撒き散らす。

そんなクリーチャーだった筈でした。

……あるいは、その意思を知ろうとしなかっただけだとでも言うのでしょうか?

例えば「I am Legend」のダーク・シーカーのように?

もう何が何だか分かりません。

 

「……ヘルハウンドを、従えてましたね。アレは以前からですか……?」

 

地に転がる亡骸を眺めます。

ネザーに棲息する炎の魔犬。

犬にして犬ではない魔女の使い魔。

魔術Modに分類される大型Mod「Witchery」で追加される敵性Mobです。

日本語で「魔女宗」とも訳されるそれは、大釜を掻き回し薬を造り、箒で空を飛ぶような古典的な魔法の要素を追加します。

工魔ModユーザーにとってはオードソックスなModでしょう。ボクも導入していました。

ちなみに、ヘルハウンドを手懐ける事は出来ません。

 

「以前から、そうです。ムルグ周辺は特に険しい場所柄だからか、彼らは小さくて小回りの利くヘルハウンドを手懐けて共に生活していました」

 

例えプレイヤーに出来なくとも、そこはムルグとヘルハウンドの歩んだ歴史と言う事なのでしょう。

忌々しいですが、コイツらは紛れもなく戦士でした。

 

「ムルグか……まず、罠だろうな」

 

スユドさんの捨て台詞の事です。

遮蔽物の無い開けた地ならいざ知らず、今回のように森の中や建物の中だとラクシャスさんの雷も有効に使えません。

入り組んだ場所で乱戦に持ち込まれたら、流石にヘルハウンドの群れに軍配が上がるでしょう。

ボクの抜刀剣も室内では十全に扱えません。

 

「……でも、行かない訳にはいかないッス。先発隊のやつらが、何よりニソラ師が、捕まっているかも知れないッス」

「結局、手のひらの上か」

「ニソラさん……」

 

ネザーラックの向こうに霞むムルグを見つめます。

――ええ、罠があろうとなんだろうと、行かなくてはいけません。

元よりそのつもりだったのです。

ニソラさんに会えるなら、敵陣にだって突っ込んでやります。

 

「……そうだ……伝令、走らせなきゃ」

 

ギヤナさんとした約束を思い出しました。

戦士達を見渡します。

 

「――引き返したい人、いますか?……ボクはこれから馬鹿正直に敵陣に突っ込む事になります。それも、ただの我が儘からです。ニソラさんの側に行きたいから敵陣に突っ込むんです。……ムルグの場所も解りましたし、ここからならボク一人でも行けます。皆、馬鹿に付き合わなくたって良いんですよ?」

「それこそ馬鹿だ」

 

ラクシャスさんが切って捨てました。

 

「タクミ殿の我が儘に付き合っているから、なんて理由でここに居るヤツは一人もおらんぞ。ニソラ殿の事で見えなくなっているのも解るが、この際キッチリ言わせて貰う――先発隊のメンバーは、長年苦楽を共にしてきたムドラの戦士なのだ」

 

カンガさんもワシャさんも、それを肯定するような目でボクの事を見ていました。

ボクの想いとラクシャスさん達の想いは、同じ物なのだと指摘されました。

……いえ、違います。

彼らはそこからさらに、スユドさんの裏切りにまであっているのです。

 

「……ごめんなさい。浅慮でした」

「謝るな。私達を遠ざける事が義理を通す事だと勘違いしていたから指摘しただけじゃい。その想いは何一つ間違ってはおらん。……むしろ謝るのは私達ムドラの方だ。完全に割りを食わせてしまった」

 

ボクは黙って首を横に振りました。

 

「――八つ当たりなんてカッコ悪いコト、しませんよ。悪いのは誰だか解ってるつもりです。それに、自分から首を突っ込んだんですから」

 

思えばニソラさんもそうでした。自らムルグへと向かいました。

――だからとて、現状に甘んじるつもりは毛頭ありませんが。

このドロドロとした黒い炎は、全てムルグにぶつけるのです。

 

「……でも結局、一人はムドラに戻って貰わなきゃです。あわよくば、希望者が居れば……とも思ったんですけど……」

 

三人に視線を走らせました。

ラクシャスさん、カンガさん、ワシャさん。

まずスユドさんを抑えられるラクシャスさんは外せません。……正直、ギヤナさんの低い評価が信じられないくらい動いてくれてると思います。

選択肢としては、カンガさんかワシャさんのどちらかになります。

 

「あの……」

 

ワシャさんが、絞り出すように口を開きました。

 

「伝令内容には当然、スユドさんの事も……入る、ッスよね……?」

 

カタカタと手が震えていました。

 

「……そうですね」

 

むしろ、それが主な内容になります。

 

「もう少し!――もう少し、情報集められないッスか!?だって……だって、スユドさんが、何の理由もなく裏切る訳が無いッスよ!!人質取られてるとか、実は偽物だったとか、そう言う……そう、言う……っ」

 

――スユドさんの離反。

報告をいれた時点で、ムドラはスユドさんを切る事になります。

ワシャさんが危惧しているのはきっと、そう言う事なのでしょう。

尊敬していた人が裏切った――それを確定させる報告に、躊躇を覚えるのは理解できました。

……誰もが沈黙を返しました。

きっと最後のラインを踏み越えた所にスユドさんがいるのだと、頭の何処かで判断してしまって居るのでしょう。

その提案を持ってきた、ワシャさんですら。

裏切ったのかと叫んだ問いに、口の端を歪めて返されたシーンがフラッシュバックします。

 

「……情報集めるには、ムルグに行かないといけないぞ。本末転倒だ」

 

カンガさんが現実を突きつけます。

 

「カンガは……カンガは、割り切れるッスか?スユドさんが裏切ったって、飲み込めてしまえるんスか………?オレは、オレは出来そうに無いッス……まるで、悪い夢を見てるようで……ッ」

 

両目を覆うように頭を抱えて、ワシャさんが慟哭します。

カンガさんが目を伏せました。――言われずとも、と言う事なのでしょう。

カンガさんも酷い顔をしているのです。

ワシャさんよりも、ホンの少し……ホンの少しだけ、感情を排さなければならないと言う責任感が勝った。ただそれだけだったのだと思います。

 

「例え飲み下せなかったとしても……どうしようもない事だって……あるだろ……」

 

自分に言い聞かせるように絞り出されたその声は、途中からかすれて聞き取れないほど微かな物になりました。

 

「――偽物、か」

 

ラクシャスさんがポツリと口にします。

 

「スユドを擁護するわけではない――だが、妙な違和感を覚えはした。戦術的には納得が行くからそう言うモンなのだと言われればそれまでなんだが」

「――に、偽物だと思うッスか!?」

「いいや」

 

ワシャさんのすがるような声をバッサリ切って、しかし得心が行かないように首を振ります。

 

「あの容姿、あの体つき、あの声、そしてあの身のこなし――アレは確かにスユドだと、そう思う。だがあの戦術だけは私が知るスユドとはかけ離れているように思えてな。――あのスユドが、こと戦闘に至り誰とも拳を合わせておらんと言うのが、な」

「……ボクからしたら、その理由は明白な気もするんですが……ラクシャスさんに狙われた状態でさらに的を散らせる手駒があって、それでもなお別の戦術を使いますか?」

 

ラクシャスさんのあの雷はそうそう避けられる物とは思えません。

せいぜいが不規則に動き回って、狙いを定められないようにするぐらいですか。

当たればそれで終わるような威力でした。ゲームの中では何発か撃ち込まないと牛も倒せなかった衝撃の杖星はなんだったのかと思うほどです。

あれの直撃を受けるリスクは減らせるなら減らしたいと思えますが……

 

「――スユドさんは、仲間を使い捨てになんかしないッス!絶対に、しないッス!!」

 

そのワシャさんの強い口調を受けて、ヘルハウンドの亡骸を見回しました。

――確かに、使い潰すには練度の高さが気になりましたが……ムルグ側としてもラクシャスさん復活の報は戦略に跳ねる重大性がある気がします。

ボクも突出したので、情報が渡ってしまっているでしょう。

やはり後々を考えたら、仕切り直しと情報持ち返りこそが最適解に思えるのですが。

 

「使い潰すような運用だったと言うのも確かにあるがな。今回、此方の被害が無かったのは完全に森に踏み込んでいなかった点も大きい。いり組んだ場所で多角的、断続的に攻められれば、此方は分断すらあり得たハズだ。もちろん、あの形になったらそうそう深追いなどしようもないが……」

「……ファーストコンタクトが森の中だったら、危なかったって話ですよね」

「もしくは、積極的に森の中に引摺り込まれれば危なかった。解せないのはその点だ。ヘルハウンドと一緒にゲリラ戦に移れば奴の得意の距離になったのに、その素振りすらなかった。タクミ殿だけならニソラ殿を出して挑発すれば釣れたかもしれんのに」

「ラクシャス師も、森の中では何もできまいとか言って挑発すれば釣れる気がしますが」

「ぐぬぬ……」

 

ニソラさんをネタに挑発……ああ、簡単に釣られる自分が想像できます。

きっとチキン呼ばわりされたマーティー・マクフライよりもチョロいでしょう。

それを自覚した今であってもです。

 

「――とは言え、確かに違和感ですね。そもそもスユドさん、自分で攻撃しようって気が無かったようにも思います。何時もなら嬉々として突っ込む人なのに」

「躊躇ったんスよ!きっと、オレらを攻撃するのを躊躇ったんスよ!人質とかで無理矢理動かされてるッス!!」

「……ワシャさん……それ信じたいですけど、それにしては取られた戦術がエグくないですか。数で囲って背後からガストの奇襲爆撃とか、躊躇ったまま取れる戦術なのかなぁ……?」

「あ、う……い、いや、きっと信じたんスよ、オレらの実力を!現に凌ぎきったじゃないスか!!」

「タクミ殿が気づけたからな。アレが無ければ反応出来なかった自信があるぞい。――と言うか、私が一番近い位置にいたのに全く気付けなくてむしろ自信が無くなった。

――タクミ殿、なぜ気付けた?確かに増援を仄めかしていたが、まさか道のない所からガストが来るとか思わんぞ」

「……不思議ぱぅわぁでお願いします」

 

抜刀剣Modの敵Mob索敵&オート振り向き機能の恩恵だなんて、説明のしようがありません。

またそれか、みたいな顔をされても困ります。

 

「……でもまあ、ありがとうございます。ワシャさん」

 

視線がボクに集まりました。

 

「――ボクは、正直「なんで裏切ったんだ」って気持ちよりも……「よくも裏切ったな」って、そう言う気持ちの方が強かったんです。お腹の奥からドロついた暴力的な何かが溢れだして、アイツらに報いを受けさせてやれって――そう叫んでるんです。理由なんか知るかって。意図して押さえつけないと、今すぐ暴れだしそうになるような、そんな気持ちなんです」

 

ニソラさんの事を想うと、今すぐムルグに突っ込んでしまいたくなります。

 

「――だけど、話してて少しだけ気が紛れました。そして、考えなきゃいけない事があるのにも気付けました。

……ボクらは今、ムルグに盛大に釣られようとしている訳ですから……少なくとも、考え無しで突っ込んだら、きっと間違えて取り零してしまいますよね」

 

努めて大きく深呼吸しました。

思考を回します。ムルグが敵なのであれば、行うべきは彼らが嫌う事のハズです。

手のひらの上にいつまでもいる義理はありません。

 

「ボクもスユドさんについて、疑問に思った事があります。なんであの人、ここに居たんですかね?」

 

ボクも、可能性を追及して行くことにしました。

 

「ふむ?……そう言えばそうだな。この近くに何かあって、その何かに用があったと考えるのが自然か?」

「後発隊の足止め、もしくは斥候では?」

 

カンガさんの指摘ですが、首を横に振ります。

 

「それだったら溶岩の川の向こうに居るハズなんですよ。それに、その目的ならスユドさんじゃ無くても良くない?って思うんです」

「なら後発隊の殲滅、とか……でも場所の問題は解決しませんね。殲滅目的なら、スユドさん以外も流石につける筈ですし」

 

ゾンビビッグマン27名相手に無双したと言うスユドさんであれば、実力的には問題ないかも知れませんが――

先程会敵した時は、その無双ぶりも鳴りを潜め消極的だったように思います。

ラクシャスさん達が感じている違和感は、恐らくそう言った経験に裏付けられているのでしょう。

 

「この近くには何がありますか?特記すべき施設や地形が?」

「特記って……ヘルバークの森林とか、ハチの巣とか。もう破壊されてるッスけど」

 

つまり、見えている以上の物はない、と言う事でしょうか。

 

「破壊されてもうないけれど、それでも未練たらしくハチミツを見に来た……とか?」

「それはそれで面白そうだが、ヘルハウンド連れてか?……いや、違うな。あの数のヘルハウンド連れてやる何かだ。しかもガストまで連れている……あのガストは何処から湧いた?いつ命令を受けたんだ?」

 

それはボクも気になっていた所です。あまりにも完璧なタイミングでした。

ガストがあの戦局を見極めて助太刀に入ったと無理矢理解釈しても、それならそれでガストは戦局を見極められる何処かで見ていたと言う事になります。

しかし、ガストは視線の通らない崖の下から出て来ました。つまり、せいぜい音ぐらいしか聞こえてなかった訳です。

そんな状態で、果たしてガストの自己判断による介入は可能なのでしょうか?

 

「……スユドさんとガストに視線を通せる第三者が、合図を送っていた……?いやでも、あの時スユドさんは森の中にいたし……」

「第三者の介入は不可能、で良いんじゃないか?地形も場所も悪すぎる」

「ヘルハウンド連れてここにいた理由を考える方が建設的ですかね……」

 

思考を走らすにしても情報が少な過ぎる為、思考の袋小路に入ってしまいます。

しかし、腑に落ちない点はかなり出て来ました。

 

「……こう言う時は、相手の目的を読み切れれば辻褄が通ったりするんですけどね」

 

焦って結論を出したくなってるボクの脳みそじゃあ、正直正解出来る気がしません。

 

「ギヤナがなあ……こう言うの、メチャメチャ得意なんだがの」

 

ラクシャスさんもギブアップのようでした。頭をガリガリ掻いています。

 

「あー、そうですよね……ギヤナさん巻き込む意味でも、とっとと伝令しなきゃって結論になりますよね……」

「一応、体験した脳みそ増やすために皆揃って帰る選択肢があるぞ。全くやる気は無いが」

「そうですね。ギヤナさんもそれを望みそうですが、ちょっとそれは受け入れられませんね」

 

実はベターな選択肢である自覚はありました。

先発隊がムルグに囚われていると仮定しても、突入するには正直手数が不安です。

つまり不安な手数でなんとかするための作戦を立て、それを運用できる人間が必須になる訳ですが……そんな便利な人いるはずがありません。

……ああ、改めて考えると本当に自分から釣られに行く魚ですね、ボクたちは。

 

「仮になんスけど」

 

ワシャさんが手を上げて言いました。

 

「オレらがムルグに突撃して全滅した場合、その後の情勢ってどうなるんスかね?ムドラはもう流石に挙兵に踏み切ると思うんスけど、ムルグはまだ情報遮断するッスかね?ムドラの隷属を要求してきた割に、ムルグがやってる事って引き篭りじゃないッスか」

 

ちょっと前までは「ムルグが攻めてくる」と言うムードだった訳ですが、蓋を開けてみると逆の状態になったのが不思議なようです。

成る程、それも違和感……なのかな?

引き篭ってムドラを誘っているだけのようにも思えますが。

 

「溶岩の川で道まで塞いじゃったからな」

「いや、攻めようと思えば攻めれるんじゃないか?ガストを飼い慣らしているなら上に乗って上空から攻撃とか出来そうだし」

「いや、つーか普通に泳げば良いじゃろあんなモン。時間稼ぎにしかならんだろ。今じゃタクミ殿が橋まで掛けちまったし」

 

――アレ?

何でしょうか。何か今の会話、妙な違和感があったような……?

 

「少なくとも硬直が続くとは思えないんスよ。カンガが出したガストに乗っての強襲が一番想像しやすいッス」

「対抗は出来そうだろう、ニソラ師が弓を教えてくれたからな。ただでさえ鈍重なガストに人が乗ってさらに鈍くなったら良い的にしかならないと思うね。それでも爆撃は脅威だけど」

「でも、先発隊は弓を教えに行ったッスから。迎撃出来るのはバレてるから、一工夫してくると思うッス」

 

……違う、それじゃありません。

ムドラへの進攻ではなく、現状についての違和感です。

ええと、なんだっけ……ムルグの引き篭り?

情報を塞いで、道も塞いで……?

 

「ん、む……わ、私は戻らんぞ!!確かに光の槍なら多少の策も捩じ伏せられるが!」

「ラクシャス師復活もバレましたしね。たぶんそう簡単には行かないと思いますよ。――あれ、考えるほど後手だな。どうするんだこれ……?」

 

道を塞いだ……なんで?

ムドラの足を止めたいから?

でも、泳いで渡れるから時間稼ぎにしかならないのに?

 

「――捕らえた、訳じゃない?」

 

ポツリと呟いたそれに反応して視線が集まったようですが、無視して思考の海に潜り続けます。

 

「捕らえたのなら川を作る必要もない……つまり、川を作る必要な事態になったと言うこと。でも現実、嫌がらせや時間稼ぎにしかなっていない……そうでないなら?」

 

――パチリパチリと。

頭の中でパズルのピースが組み合って行くのを感じます。

組み立てられて行く先に、希望と言う名の形が見えて来ました。

 

「そうだ、スユドさんは上から来たんだ!ヘルハウンドを連れて!入り組んでいるだろう森から出て来た!!」

「……タクミ、さん?」

「辻褄が合った!辻褄が合ったんだよ!!」

 

さっきまで燻っていたドロドロとした黒い炎が、白い希望に塗り潰されて消えて行きます。

ワシャさんの肩をガバッと掴んでボクは堪えきれずに叫びました。

 

 

「――ニソラさんは、生きてる!ムルグから、スユドさんから逃げ切ってたんだ!!」

 

 

溶岩の川による道の分断。

その気になれば泳いでしまえるゾンビビッグマン相手ではあまり効果がありません。

なら、何を狙ったのか……この効果を受けるのは?

そう考えたら次々と線が繋がって行きました。

恐らく、こう言うことです。

先発隊はムルグについた後でスユドさんの離反に合います。

そこで残ったメンバーが脱出を図りました。

全員逃げれたのか、それとも捕まったのか殺されたのかまでは解りません。

ただ、脱出できた中にニソラさんはいた筈です。

ニソラさんはこの事態をムドラに伝えるために例の道を逆行しますが、ムルグ側は溶岩流による道の分断を思い付きました。

ゾンビビッグマンなら泳いで渡れますが、ニソラさんはそうはいきません。

ニソラさんを抱えて渡河と言う選択肢はやってやれなくも無いですが、危険度が高過ぎるため使えません。

うっかり転けたらそのまま死亡ですからね。

その為、溶岩流にぶつかったら、ボクたちと同じように上流に回り込もうとする筈です。

だから逃亡したニソラさんを探すなら、溶岩流の近くで網を張れば良かった訳です。

だから、ボクたちはニソラさんを追跡していたスユドさんと会敵しました。

スユドさんが探索用に連れてきていたヘルハウンドと一緒に。

 

「成る程……確かに辻褄が合う。確かにあのヘルハウンドの数は、人探ししていたと考えれば納得できる」

 

頷いて先を続けました。

 

「ボクたちは下から登って来ました。ニソラさんが通った形跡は見受けられませんでした。

スユドさんは上から探しに来て、ボクたちと会敵しました。会敵したと言うことは、ニソラさんがまだ見つかっていなかった事を意味します。

上にも下にもいなかった――つまり、溶岩流近辺にニソラさんはいません」

「ムルグの策を読みきって、何処かで潜伏している――?」

「そう考えました。そして、潜伏するなら期待しているのは援軍です。ならば後から合流出来るようにムルグへの街道近く、身を潜められそうな場所でボクたちを待っている筈です」

 

ラクシャスさんが考え込むように視線を巡らせました。

 

「……潜伏した時点でムドラに伝令を飛ばせなかったと言うことは、逃げれたのはニソラ殿のみの可能性が強いな」

「……もしくは、負傷者を抱えていると推測します」

 

気付いていたものの、あえて言わなかったその推測に抉り込んで来たその指摘は、辛いものがありました。

……ですが。

 

「伝令を出す話は取り下げます。ボクたちはムルグに向かわず、今来た道を逆行して本来の道を辿ります。――ワシャさん、ここから引き返して例の道を辿った場合、ムルグにつくのはどれぐらい掛かるか予想できますか?」

「え、あ……どうだろ。多分3本は掛かるんじゃないスかね」

 

だいたい、2時間ちょっと。

本当にムルグまで行く訳ではないので、実際はもっと少ないかも知れません。

 

「――ありがとうございます。では、いきましょう。足場を整えながら来たので、降りるのはずいぶん楽な筈です」

 

ムルグの、スユドさんの手のひらから抜け出したような感触が、確かにしました。

 




ものごっつ難産でした。しかもなんか長くなり過ぎたので途中で切りました。
話の展開もしっかり決まっているのにちっともキャラクターが動いてくれません。特にタクミさん。
裏切りだの憎しみだのと言う流れは、私にはちょっと荷が重いのかもしれません……
果たしてこれは良い事なのか悪い事なのか。

なお、タクミさんの縮地じみた移動は抜刀剣の回避運動を参考としています。


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可能性の先に

丸石で橋を掛けた所までたどり着きます。

この橋のすぐ側には、もし入れ違いになったら印を残してムドラに戻って欲しいと掲示した看板を立てていました。

ホンの少し期待をもって看板を確認してみますが、特に印のような物は見当たりません。

どうやらニソラさんはまだここには来ていないようです。

ムルグへの情報撹乱を狙って自分で印を残してやろうかと少し考えましたが、その効果がどう出るか判らなかったのでやめておきます。

素直に道を辿り始めました。

 

「ニソラ師が潜伏しているとして……どうやって探せば良いものですかね?」

 

キョロキョロと辺りを見回しながらカンガさんが質問を投げます。

 

「ボクたちと合流出来るように、なにか目印のような物を用意している事を期待したいですね。でも露骨だとムルグにも見つかってしまう……難しいです」

 

ボクたちとしては、とにかく身を隠せそうな場所に視線を投げながら道を進むしかありません。

ニソラさんの方も、流石にボクたちが「ニソラさんが潜伏している」と言う事を意識してるとは思わないでしょう。

一番あり得そうなのが、何処かに隠れながら道をじっと監視しているケースでしょうか。

ボクらが通りかかったら進行方向に矢でも射かければ十分な合図になります。

 

「ただ、少なくとも溶岩流を察知出来る場所ではあるんじゃないかなと。潜伏する理由が溶岩流な訳ですから」

「――てことは、割りと近い……?」

「かも、ってだけですよ。そうじゃない場所に潜んでいる理由も幾つか思い付きますから」

 

前言が翻りますが、例えば溶岩流を確認せずに潜伏しているケースです。

逃げ切ったけども何らかの理由で動けなくなり、潜伏するしかなかった場合はまず隠れることを優先するでしょう。

ニソラさんの状態によっては、道の監視どころか目印を置く余裕もない可能性があります。

 

「今思ったんだが」

 

ポツリとラクシャスさんが口を開きます。

 

「……潜伏じゃなくて、ゲリラ戦に突入してる可能性はないか?」

 

なんか怖いことを言い始めました。

 

「いや、流石に長期戦を選択出来るような糧秣は無いですし……ニソラさんそこまで好戦的じゃないし……そんな、ハズは……」

 

少なくともそれが出来るスキルを持っていそうなのが否定を躊躇わせていたりします。

……想像してしまいました。

マクミラン大尉ばりに即席のギリースーツを纏って潜伏するニソラさんが、哨戒するゾンビピッグマンの背後から音も無く忍び寄り、背後から頚を掻き切ってグッナイするのです。

――あまりのシュールさに「ないわ」と自分で突っ込みを入れました。

と言うか、あって欲しくありません。

ニソラさんはあくまでメイドさんであり、パイナッポーアーミーじゃないハズなんです。

 

「迂闊に茂みに入ったら、なんか致死性の凶悪トラップが仕掛けられていたりとか……」

 

だから止めてくださいよそう言う方向に持っていくの。

 

「……ムルグも、まだ探し続けると思うか?」

 

ラクシャスさんが確認するように聞いてきました。

 

「どうでしょうね。ムルグで待ち構える方向に誘導していましたしね。ラクシャスさんが突入して来るとなったら、それなりの準備はしそうですよね――捜索に回していた人員を呼び戻すとか」

 

少なくとも、視界にヘルハウンドやゾンビピッグマンは見掛けません。

――ただ、それがムルグへの帰還命令によるものとは考えませんが。

ムルグからの伝令を受けとるには時間が短すぎますし。

ラクシャスさんも同じ見解のようです。

 

「……元より、捜索に動かせる人員が少なかったんだろうよ。溶岩流付近が怪しいのに、あれからヘルハウンドを見ておらん」

「逃走する際にニソラ師が何人か沈めてったんじゃないッスか?」

「だろうな」

「だろうなじゃないよ」

 

なにスゴい自然な流れでニソラさんのデストロイをプッシュしようとしてるんですか。

 

「……いちお、ヘルハウンドに襲われてもリカバー出来きるように意識した方が良いですかね?縦列組んだりとかスペース確保したりとか?」

「んむ……まあ、損にはならんか」

 

ムルグとの敵対が決定的になった今、道中の危険はガストや険しい足場だけではありません。

いくら視界にヘルハウンドやゾンビピッグマンがいなくとも、ある程度の警戒を持って進むべきだというのはボクも納得できました。

 

「フォーメーションは……技量的には、タクミさんを先頭にしたいとこッスけど」

「いや、護衛対象だぞ。気持ちよくわかるけど。索敵と近接無双凄かったし」

 

あの、ボクの戦闘スキルを過剰評価しないでもらえますか。

システム補正掛かっただけで経験はゼロだから、抜刀剣から普通の剣に持ち替えただけでヘルハウンド3体にらめぇされますよボクは。

 

「大砲の私が先頭、その後ろにワシャ、タクミ殿を挟んで最後尾に視野のあるカンガだな。ほれ、動け動け」

 

ラクシャスさんの鶴の一声です。

明らかにボクの護りを念頭に置いた陣形でした。

まあ、そうなるだろうなーと呟きつつワシャさんとカンガさんが動きます。

 

「この位置だと、ボク何もできないですけど……良いんです?」

「護衛対象はその位置だと最初から決まっとる。何かしなきゃならんような最悪の状況にはならないようにせんとな」

 

まあボクに作戦行動任されても困りますが、いざ「何もするな」と言われるとムズムズしますね。

彼らの立場もその理由も理解できるし自分の技量も弁えているので我慢しますけども。

――ふと、気づきました。

 

「そう言えばラクシャスさんは大丈夫ですか?Visはまだ残っています?」

 

これがゲームの中であれば、衝撃の杖星の消費はそれほどでもありません。

これだけ時間があればサトウキビの杖身による自動回復でさっき使った回数程度、すぐ撃てるようになっている筈ですが――ラクシャスさんの雷は凄かったですからね。

多分、ゲーム通りのようにはいかないんじゃないかなと思いますが。

 

「問題ないぞ。20発は普通に撃てるわい。さっき使った分も5割ほど回復したようだ」

「……使った分の5割、ですか、?7回ぐらい撃ってましたっけ?……つまり3発分回復、と」

 

思った以上に消費Vis多いみたいです。それとも、回復速度が少ないのか。

大雑把に計算して最大弾数は30発程度でしょうか。

ゲームでは自動回復で賄える分だけで70発は撃てました。それを考えると、一体1発でどのぐらいのVis使ってるんですかねぇ…

あの威力も納得が行くというものです。

 

「ガスト相手の防衛なら十分なんでしょうけど……こういうシチュエーションだとあまり撃ちたくはないですねぇ」

「――そう思うじゃろ?」

 

にんまり笑いながら、懐から杖をもう一本取り出しました。

同じく、サトウキビの杖です。

 

「もう一本作ってたんですか!?」

「試作品の方だがな!一応風の力は溜まるので持ってきた!十全に使えたら儲けもんじゃい!」

 

なんかもう、フラグにしか聞こえないのですが。

 

「見える……盛大に暴発する未来が見える……!」

「んでもって本命の杖の方が、ここぞと言う時に使用不能になる未来が見えるッス……!」

 

スゴいよくあるシチュエーションですよねわかります。

 

「アホか!――この試作品はな、暴走するような危険があるのではなく、むしろ出力が小さ過ぎたからボツになったモノじゃ。風の力も1割ほどしか回復しないしの」

「――え゛?」

 

ちょっと聞き捨てならない発言が飛び出して来ているんですが。

ラクシャスが怪訝な顔をしています。

 

「……試作品の出力が低いのがそんなに不思議か?」

「いや、そうじゃなくてむしろ逆でして……本命の杖の方が、まるでVisが全回復するように聞こえたんですけども」

「するぞ?他の属性の蓄積が犠牲になったがの」

「え、なにそれこわい」

 

サトウキビの杖身の回復効果は、貯蓄Visが1割以下になった時に初めて効果を発揮します。

上級杖身でなければその貯蓄容量は75、つまり、1割の7.5Visを割らないと回復効果が発動しない筈なんです。

ちなみに衝撃の杖身は1発の消費量が0.1Vis。

7.5なら75発撃てる計算になります。

ゲームでの残弾70発と言うのはこの数字の事でした。

でした、のですが……風のVis特化で他のVisが扱えなくなると言うデメリットがあるとは言え、10割まで回復する杖を2日で作ってしまうラクシャスさんって実はかなりスゴい人なのでわ……?

ええと、ついでにちょっと計算してみましょうか。

見たとこ石突は金みたいなので、消費補正は要りませんね。

最大Vis容量がゲームと同じ75Visと仮定して、30発撃てると言うので一発あたり2.5Visか。

――ゲームの消費量の25倍!?

そりゃああんな頭のおかしい威力にもなりますよ。

木とかへし折ってましたし……

 

「ちなみに、Visってなんの事ッスか?ラクシャス師がたまに口にする「風の力」の事で良いんスかね?」

 

ワシャさんが律儀に手を上げて聞いてきました。

 

「ええ、あってますよ。もっと詳しく定義するなら、魔法を使うのに必要なエネルギーの中で、特に杖に蓄える事が出来る物を指します。

……風に限らず、火や大地と言った他の属性のVisもあるので「風の力」で括るのは少し乱暴かも知れませんね」

「火にも魔法のエネルギーがあるッスか?」

「そうです。目に見える物にも見えない物にも、全てに宿って居るんですよ。もちろんボクにも宿っています。

火の力、大地の力、風の力……そう言った力の属性の事を<相(Aspect)>と呼びます。人の相は……獣と心の相だからええと……大地と水と火と、風と秩序と……あ、無秩序も使うか。根元相全部使うなぁ……兎に角、6つの相を組み合わせた力が宿ってますね。と言うか、全ての相は分解して行くと必ず6つの相のいずれかにぶつかるんです。すべての始まりの基本となる6つの相……これを根源相と言います」

 

Mod「Thaum Craft」を遊んでいると、必ず研究をすることになります。

これはプレイヤーがある程度相の構成を理解していないと進める事が出来ない仕組みになっています。

おかげで、合成相の構成は流石に全部とはいきませんが、空で言えるの結構あるんですよね。

 

「オレにも宿ってるッスか?」

「そうですね。ゾンビピッグマンの相の構成は流石に知らないですが……獣と死の相はありそうですね。多分、根源相6つ全部宿しているんじゃないかな?」

「――って事は極端な話、オレらに宿る魔法のエネルギーを抽出出来れば、光の槍が撃てるんでしょうか?」

 

カンガさんが講義に入って来ました。

魔法と言う未知の領域に興味津々です。

うーん、なんか先生になったような気分になりますね、これ。

妙な感覚に内心苦笑しつつ続けます。

 

「理屈的にはそうですが、そうもいかないんです。……さっき、杖に蓄えられる物をVisと呼ぶ、って言い方しましたよね。万物に宿る魔法の力をVisと言う形で抽出するのは人には難しいんですよ。エッセンシアと言う、物質が含む相を単離して液状にする手法ならあるんですけど、エッセンシアはVisにはなり得ません。だから魔導師は自然界に点在する<オーラ節(Aura Node)>を利用するんです。

オーラ節とは、自然界に稀に出来る魔法の力場の事です。地層や生命から滲み出るエネルギーが溜まったもの、なんて言われる事もありますが、本当の事は良く解っていません。ただ、オーラ節が宿すエネルギーはVisとして杖に溜め込んで術として加工、放出する事が出来るんです。

……言い方が逆ですね。オーラ節に宿る力を利用した魔法技術の中に、ラクシャスさんの使う光の槍があるわけです。

――この辺りのオーラ節はもう枯渇してしまったと聞いています。オーラ節からVisを吸収するのが前提の魔法ですから、これは死活問題な訳です。どうにかしてラクシャスさんは別の手段でVisを得る必要がありました。

その答が、特殊な素材で作られた新しい杖です。

サトウキビと言う地上の素材で作られたその杖は、オーラ節に頼らずとも風のVisを少しずつ集めて溜め込む事が出来るんですよ」

「「へぇー……」」

 

二人が感心の声をあげました。

Thaum Craft の魔術設定はかなり奥が深く、今開帳した内容はほんの一角に過ぎません。言うなれば基礎中の基礎、と言うやつです。

ボクも結構やってますが、アドオン含めて今だ知らない部分がてんこ盛りです。

この世界で手を出すにしてもwikiが欲しくなります。

 

「――タクミ殿」

 

ラクシャスさんが鋭い目付きで聞いてきました。

 

「サトウキビを貰った時、言っておったな。魔導師ではないと。……それにしては詳しすぎないか。根元相やエッセンシアなど、魔導に携わる者でなければまず出てこんぞ。あまつさえ、合成相を構成する根元相を空で口に出来るなど、深く学んでいないと出来ない芸当だ」

 

……?

なんか、妙に真剣になっていますね。

その姿勢に若干首をかしげつつ、とりあえず返答しました。

 

「今挙げたものは、本当に基礎の基礎に当たる部分だと思うんですけどね。エッセンシアも根元相も、研究初期に触れるものでしょうし……知ってるの、そんなに不思議ですか?

――魔導師でないのは本当ですよ。ただ、確かに知識だけは人よりもある方だとは思いますが。そのかわり実践を伴わない頭でっかちな机上の知識だけで、その知識が合ってるかどうかまで確認も出来てないレベルです」

 

怪訝な顔をしながら、ラクシャスさんが少し沈黙を続けました。

 

「……人の相は、さっき言っておったな。では、魔法の相は何から構成される?」

 

……何でしょう?いきなり。

テスト問題みたいな事を言い始めました。

ぱちくりしながら、それでも記憶にある構成を引き出してみます。

 

「ええと、魔法?――力と虚無の相だったかと」

「では、オーラの相は?」

「風と、力の相ですね」

「無秩序の相はどうだ?」

「無秩序は根元相なので分解出来ないです」

「……火の相を内包する合成相を5つ挙げてみてくれ」

 

えええ?もうホンとにテスト問題ですね。

……あー、でもなんか妙に楽しくなって来ましたよ?

 

「えーっとぉ……力、灯り、氷……後なにがあったっけ。……この設問なら、合成相の合成相もアリですよね?なら魔法と闇の相で5つですね。……あ、そう言えば記憶の相も火が入ってるんだった」

「このサトウキビの杖には、金の石突が使われとる。見た目がカッコイイからと言うのも勿論あるが、他にも理由がある。それはなんだ?」

「見た目カッコイイの、理由のひとつなんですか……ええと、魔法使用時の消費Visが鉄よりも少なくなるからですよね。初めて会った時にシルバーウッドに魔導金属(ソーミウム)の石突つけた杖を持ってましたけど、あっちの石突の方がさらに消費が少なくなりますね」

「……この杖を作るには儀式が必要だ。忠告して貰っていたな。――魔法の儀式には常にリスクが伴うが、その具体的な内容とそれを軽減する方法は?」

 

おおう、問題が高度になってきました。

良いんですかラクシャスさん、二人が置いてけぼりですよ?

まあ答えますけど。

 

「用意した素材の落下や消滅、爆発やエッセンシアの異常消費、フラックスの発生が上がりますかねぇ。――緩和方法としては儀式に望む際、素材や祭壇の配置を対称的にしたり、特殊なアイテムを設置したりします。獣脂で作ったロウソクやエッセンシアの結晶なんかがそうですね」

「……」

 

スラスラと答えてみたら、ラクシャスさんがさらに沈黙を返しました。

 

「……あー……テストは、受かりましたかね?」

 

なんか空気が重くなっている気がして、少しおどけて聞いてみたりしました。

……ボク、なんかやっちゃいました?

 

「――知らん」

「うぇ?」

 

ポツリと言ったその台詞は、さらに真剣みを帯びています。

 

「今の回答な。私も幾つか知らん物があった。氷の相なんぞ聞いた事もないし、対称に素材を置く以外に儀式を安定させる方法がある事も私は知らなかった。思い返せば、師から受け継いだ儀式の間には色々な置物があったが、それも含めて儀式台だと思っておった。そもそもが、サトウキビを用いれば風の力を溜め込む杖が出来ると言うのもタクミ殿から聞いた知恵だ。

――つまり、タクミ殿の知識は私よりも深い事になる」

 

……さっきの、魔導師ではない云々が引っ掛かっているんですかね?

魔法を使わないのに魔導師であるラクシャスさんよりも知識の深いボクは何者だ、とか?

……そんなに気にするような物でもないと思いますけど、ラクシャスさん的にはそうじゃないとか?

 

「――最後の質問じゃ」

 

重い空気を伴って、ラクシャスはボクを見つめます。

 

「魔法を使うにはリスクが伴う。知識を深めるには、狂気に染まった深淵を覗かなければならんのだ。……私よりもさらに知識が深いタクミ殿に問う。

――深淵は、おぬしに何を囁いた?」

 

……あぁー、そう言う事ですか。

 

なるほど、なるほど。やっと納得が行きました。

確かに重要かつ不思議で心配な案件ですね。

ただ、まぁ。

 

「ラクシャスさん……流石に回りくどすぎですよ。素直に<歪み>は無いのか、って聞けば良いじゃ無いですか」

 

ラクシャスさんの顔が怪訝になりました。

……あれえ?解釈違ってました?

 

「歪み、と言う単語は知らん。言われてみれば、何を指すのかは大体解るが」

 

ああ、具体的な単語はなかった訳ですか……

ワシャさんとカンガさんを見回します。

 

「今の質問とはちょっとズレますが、置いてきぼりになってる人もいますし、まずは<歪み>についてざっと説明しましょうか」

 

Thaum Craft の魔術を極めようとすると必ずついて回る治療不可能なデメリット。

そしてラクシャスさんを悩ませている深淵の正体です。

 

「――そもそも、人が魔法に干渉することは出来ないと言われています。じゃあ現実に魔法を使っているラクシャスさんたち魔導師は何なのかと言うと、魔法を使う為に人の理から外れて行ってるのだとか。その理から外れて行く事を<歪み>と定義しています。

より具体的かつ現実的な言葉で語るなら、魔導師が発症する精神的、及び肉体的な変調の事です。肉体的な痛みや幻聴、幻覚――魔法の深淵に近づくにつれ魔導師の現実感もねじ曲がり、変調もより深刻な事になっていきます。

フラックスと呼ばれる、汚染された魔法の物質……ボクは「使用されずに淀み濁ったエッセンシア」と解釈してますが、それが体から滲み出てきたり、何を食べても満たされない空腹に侵されて、最終的には脳ミソを口にするようになったり、行くところまで行き着くと幻覚その物に攻撃されるようになったりしますね。

そこまでやって初めて踏み入れられる世界もあったりしますが、どちらにしろ対策なしで歪みを蓄積すればマトモに生活すら出来なくなってします。

対策と言いましたが、歪んでしまった心身を元に戻すのは高位の魔導師にも至難です。出来る事と言ったら歪みによって引き起こされる現象を一時的に緩和、ないしは抑制するぐらいで、根本的に歪みを元に戻せる手段をボクは知りません。

――つまり、魔導を極めようと思ったら、人生と引き換える覚悟が必要になる訳ですね」

 

ゲームの中なら他Modの力を使ったゴリ押しも可能です。

故に、割りと躊躇い無く歪みを引き起こす研究に飛び込んでしまったり。

ボクの場合、Mod「PprojectE」のエンドコンテンツであるジェム装備一式でデバフをガン無視しました。お腹が減らなくなり、体力が常に回復し続けると言う魔法の装備です。他にもチート機能ついてますけど割愛。

汚染を浴びても体力減らなきゃ意味ないし、空腹になっても満腹度減らないし、視界だけ我慢すればどうと言う事はありませんでした……が、それをリアルでヤれと言われると話が違ってきます。

常に装備をつけっぱでいなきゃいけない生活を一生続けろとかあり得ません。そんなのはメタルマンだけで充分なのです。

 

「――歪み、か。不思議としっくり来る単語だ。確かに私は、魔法を使う度に理から外れ、歪んで行っとる」

 

ラクシャスさんが語り始めます。

 

「私は弟子を取らん。乞われても取らん。その事でギヤナと喧嘩した事もある。……その理由が、歪みだ」

 

振り返ってカンガさんとワシャさんを順に見て、不本意そうに溜め息をつきました。

 

「……ここまで話が進めばの。お前ら、誰にも言うなよ?元は墓まで持っていくつもりだった話じゃ。

 

――私の師匠はな。その歪みに殺されたんだ」

 

ニソラさんの探索がてら……と言うのがちょうど良い名分だったようです。

ボクたちの先頭に立って、振り返る素振りを見せずに歩くラクシャスさんは、まるでその表情を見せたくないようにも見えました。

 

「魔導師はな……その目的は真理の追究とされる。その一点に置いても私と師の見解は違っていた。私は、魔導によって得られる力しか見えなかった。

魔導の先に置く目的は私自身が決める。意固地になっている部分があることも認めるが、今でもそう決めている」

 

魔術師ではなく魔術使い。とある方面ではそう言う区分がありますが、ラクシャスさんは正にそれなのでしょう。

 

「――師は、さらにその師から代々続く魔導具を受け継いで、日夜魔導の研究に没頭しておった。今思えば、ある程度歪みの影響を抑える手法にも通じていたような気がする。

戦闘能力のみ取れば今の私なら下せる自信があるが、それ以外の部分では足元にも及ばんだろう。そう言う魔導師だった。

師から魔導を学んではいたが、戦闘や杖星の研究に傾いていた私は余り良い弟子では無かったのだろう。しかし魔導に対する私の考えも理解してくれていた師は、無理に他の分野を伝えようとはして来なかった。……ある頃に至るまでは。

 

――師が私にポツリとこぼした。魔導の奥に侵してはならない深淵を見た気がした、と。まるで闇で出来た眼が此方をずっと見ているのだと。真理の探究よりも、初めて踏み越えてはならない境界線を越えてしまったと言う恐怖心が勝ったそうだ。

……何かしら悟っていたのだろうよ。そこから先はあらゆる技術を私に残そうとしとった。特に魔導具の使い方が多かったかな。後は資料を残したり専門分野の概要講座だったり……先程のタクミ殿の話にあった<相>についてもあった。私は、合成相の構成を空で口にするなど今でも無理だがの」

 

先程のテスト、どうやら出題者が答えられない問題だったようです。

 

「――いきなり方針を変えた師の姿勢に不満もあったが、私は素直に学んだよ……明らかに様子がおかしかったのでな、ただ事ではないと思ったのだ。いや……私もどこかで、結末を悟っていた、が正確か。……フン、あそこまで凄惨な物だとは考えてすら無かったが」

 

悪態をつくラクシャスさんの手は、固く握り絞められ震えていました。

 

「次の変化が訪れるのに、そう時間はかからなかった。――師が、煙が見えると言うのだ。白く濃密な煙に辺りが包まれたのだと。……私には見えんかった。たぶん、歪みが見せる幻覚だったのだろう。その時もそう思ったし、師もその一種だと考えていた筈だ」

 

煙……いや、恐らく霧の事でしょう。空気中の水分が低温で凝固した物が霧と言う現象です。常に高温のネザーに住んでいるのなら、その存在を知らなくとも無理はありません。

歪みによって引き起こされる現象で霧と言えば、すぐにピンと来ました。

エルドリッチのガーディアン……歪みが生み出す、霧と共に現れるモンスターです。

 

「煙の中からな……影がゆっくりと近づいて来ると言うのだ。暫くすると煙と一緒に影も消えるのだが、また時が経ち煙が現れると、影もまた現れてさらに近づいて来るのだと。

――これは、カウントダウンなのだと師は言った。自分が「向こう」に連れ去られる迄のカウントダウンなのだと。

その時から、師は私に暇を出した。魔導の伝承はもう充分だと言って、暫く顔を見せるなと言われた。

……きっと、それが最期なのだなと思った。最期の言葉にするつもりなのだな、と」

「……従ったッスか……?」

「ハンッ、まさかじゃろ」

 

ワシャさんの悲痛な問いを鼻で笑ってラクシャスさんが続けます。

 

「言い忘れていたが師もなかなか頑固でな。しかも私より頭は回るから口論したら絶対負ける訳だ。

……ので、素直に引き下がったフリをして大急ぎで戦支度だ。家に戻って食料と寝床を雑にひっつかみ、近場のオーラ節からVisをかっぱらって泊まり込み上等の構えでな。耳栓して師の前に座り込んでやった。

顔を真っ赤にして怒鳴っている所に、何だまだ元気があるじゃないかと野次ってやったら毒気抜かれたように黙りよった。

その後なんかボソボソ話しとったが、耳栓してたんで聞こえなかったな。

 

――まあ、結局それは何もならんどころか自分の無力さを見せつけられる結果になったんだがの」

 

努めて軽い口調で言おうとしてるのが解ります。

声が、僅かに震えているように聞き取れました。

 

「……最初はな。正面からの袈裟斬りだった」

 

残酷な結末を、語り始めます。

 

「煙が出たと声を上げ、腕を振り払うように抵抗していた師が、いきなり見えない「何か」に斬られた。私は師の視線の先に杖を構えたが、何も捉える事はできなかった。師の叫ぶ先に見えぬまま何発か撃ったが空を素通りして壁を壊しただけだった。

師を手当てしようと駆け寄って傷口を見ようとした時に、師の右目が剣で突かれたように抉られ跳ね飛んだ。……師の前に私を挟んでいた筈なのに、透明な何かが師を攻撃していたなら私が受けていた筈なのに、師だけが攻撃を受けたのだ。

――師は、「連れていく」と表現したがそれは違った。あれは、殺しに……いや、「嬲り」に来てやがったのだ!半狂乱になりながら、影が居るだろう場所に杖を振っても空回りして、この身で庇おうとしても腕の中でいたぶられるように師が切り刻まれて行く……!

腕を切り落とされ、足を縦に割られ、肺を突き破られて行く師の無残な姿を、私は半狂乱に叫びながら見ている事しか許されなかった!

――師は、明らかに事切れた後もなお刻まれ続けた。師を守ろうと息巻いていた私の目の前で、私を嘲笑うかのように刻まれ続けた。

 

……最期に残ったのは……師と仰ぎ、尊敬し、寝食を共にし、互いに腕を磨き続けた偉大な魔導師の凄惨な肉塊だけだった。

――最期の最期でな。私にも見えた気がした。

闇の色をした鎧兜を纏い、師を弄んだ剣をぶら下げ、深淵の奥から私を嘲笑うおぞましい影の姿だ」

 

――想像以上の結末に、絶句する事しか出来ませんでした。

そう、これはゲームではないのです。ゴア表現なんてやりようもなく、死んだらベッドの上でリスポーンし、あまつさえ手軽に魔導を学べるゲームとは違うのです。

現実にある狂気が、そこで渦を巻いていました。

 

「仇を討ちたいならここに来てみろ――これるものなら。ヤツは、そう言っているように思えた。お前も同じようにしてやると……ヤツは、私を嘲笑ったッ!」

 

ズガアアアアァァァンンッッッ!!!

 

解き放たれたラクシャスさんの雷がネザーラックに突き刺さります。

岩壁がTNTでも受けたように爆散し、体の奥まで響く空気の咆哮が四方八方に突き抜けました。

 

「――力は、得た!私の光の槍は魔導師随一と言う自負もある。だが!それでもヤツには届かんだろう……。まともに攻撃が当たるようなら、あの時ミンチになって転がるのはヤツの方だった筈だ」

 

怒りに震えながら、諦めるように杖を下ろします。

杖には未だ、雷がバチバチと纏わり付いていました。

ラクシャスさんが深呼吸を繰り返しています。

 

「魔導の真理を深追いすれば、その末路は凄惨なものになる。余り良くない私のオツムでも否応無く理解した。……私は弟子を取らん。真理に導く手助けをすれば、行く行くは同じ結末に行き着くだろう。

魔導なんて物はな。青い戦士の剣のように、その恐ろしさを語り継ぎ、現物は封印を続ける……それが一番良いあり方だと思っとる。ギヤナが望んでいるような、使い勝手の良いものではないのだ」

 

……ラクシャスさんは、きっと。

ムドラの魔導師を自分の代で閉じる気なのだと、そう思いました。

だから魔導の知識を開帳するボクの言動に警戒を持っていたのでしょう。

魔導への興味を引くことは、魔導への道を示すこと……ボクはどうやら、考えなしのままラクシャスさんの傷口に触れてしまったようです。

 

「……ごめんなさい。ボクの配慮が足りませんでした」

「……お主、謝らんで良いことで謝る傾向があるな。それでは筋が通らんだろうに……確かに今の話は魔導の口止めを兼ねはしたが、その前に発言した内容を咎めるとかあり得んだろ。それに、今の話の趣旨は歪みに対する認識についてだ。

――もう一度質問する。タクミ殿はあれほどの知識を持ちながら、歪みを得ていないのか?」

「得てません」

 

ラクシャスさんが安心できるように、ハッキリと即答しました。

……でも、ならなんでそんな知識があるんだと言われると言葉に窮してしまうんですよね。

仮にマイクラの事を暴露したとして、ゲーム機どころか電気もない「こんな村イヤだ」な文化圏の人達に対して、3dサンドボックスゲームをどう説明すれば良いんでしょうか。

これが本当の無理ゲーです。

「シミュレーション」と言う概念すら下手すればない可能性があります。

どう説明すべきか頭を捻っていると、先にラクシャスさんの追加の質問が飛んできます。

 

「歪みを得ずに知識を得る――例えばそれは、私たちにも可能なのか?」

 

……この質問はむしろ、その恩恵を得ようとするのではなく、その恩恵の拡散を恐れているからでしょうか。

知識があれば、使いたくなるのが人情です。

ラクシャスさんからみれば、ボクは知識があるのに使わずにいられた稀有な例にも見えるのかもですね。

実際にはゲームの中で使いまくってた訳ですけども。

 

「……ボクと同じ方法で学ぶのは無理だと思います。かなり特殊な手段なので、ボクももう一度やろうと思っても出来ませんし、案内する事も出来ません。

……ただ、魔導に触れずに知識だけ得ること自体は難しい事じゃないと思いますよ。普通に教わるか、資料を手にすれば良いんですから。歪みを得るにも境界線があります」

 

ワシャさんもカンガさんも、ボクの話を聞いて何か「踏み外した」感覚があった訳ではないでしょう?

そう聞いてみれば、互いに顔を見合わせて肯定を返してくれました。

ゲームの中でも歪みを得る主なトリガは「禁じられた研究に手を出す事」です。これには実用も含まれます。

クトゥルフみたいに「話を聞いただけでSANチェック」と言うほど酷い物ではありません。

 

「……あの……ちょっと聞いて言いッスか」

 

おずおずとワシャさんが言いました。

 

「歪みの話からズレるんスけど……タクミさんが、ラクシャス師よりも魔導に深く通じているみたいなんで、どうしても聞いておきたいッス。

 

――魔導の中に、人を洗脳したり操ったりする術はないッスか?」

 

スユドさんの離反の理由を魔導に求めているのでしょう。

……そう言えば、ウィザー召喚とそのコントロールがムルグの取ろうとしていた手段だったんですよね。

大前提の「ガストへの対抗」が崩れた今、それもどこまで信用したら良いか怪しいものですが、「強制的に対象を操ることが出来る何か」と言うカードが本当にあるなら、スユドさんに使いたくなりますね。

思考の方向としてはいい線行ってる……のかな?

少し楽観が過ぎる気もします。

 

「うーん……具体的な手段はボクも知らないです」

 

Thaum Craftの知識をさらってみますが、不思議とありそうでない魔術です。

メタい方向に考えるなら、AIを設定するのが敷居高かったのでしょうか。

プラグイン含めれば出てくるかもしれませんが、さすがにプレイしたMod事をすべて知ってる訳ではありません。

 

「いや、あー……似たようなのはある、のかな?ファイヤーバットを召喚してけしかける魔法なら知ってます」

「……どうだろうな。あれは、ファイヤーバットを擬似的に造り出して操る類いの物じゃ。今回のような事に応用できるかどうか……」

 

ラクシャスさんがフォロー入れてきました。どうやら、守備範囲の魔法だったようです。

確かにアレも杖星による魔法ですしね。

……ただ。

 

「ちなみに禁じられた研究に数えられるので、習得すると歪みを得る類いの術だったりします……習得しちゃいました?」

 

危険度5段階のうち2段階ぐらいの研究ですが。

 

「え……やっぱそうなのか。疑似生命を造るくらいだったし、今思い返してみれば、確かに……

ヤバイぞ、まだオーラ節が生きてた頃、寝るとき部屋の松明消さなきゃだが既にベッドの上だったのでメンドクサかった時にメッチャ使ってた」

「すごい気楽に使ってる!?」

 

さっきのシリアス返してくださいよ。

魔導は使い勝手の良いものでは無いんじゃなかったんですか。

 

「魔法を持ってしても、心を操るのは難しいんスか……」

 

ワシャさんが肩を落としました。

 

「知らないってだけで、可能性はありますよ。と言うか、その質問は特化型の魔導師と魔導師でもない人間に聞く方が間違ってます。答えが返って来たら儲けもの――って、アレ?皆どうしてそんな目でボクを見るの??」

 

ラクシャスさんまで一緒になって、「どの口で言ってんだテメー」って目線が集中してるんですが。

いや、本当にボクは魔導師じゃあないんですけども?

 

「――いや、待てよ?」

 

そう言えば。

Thaum Craft には該当はありませんが、他の魔術Modであれば、あったかもしれません。

頭の中で、今までやって来たModの追加要素を丁寧に思い出して行きます。

 

「――ある!あった!確か、Ars Magica に「魅了」の魔法があった!!」

 

魔術Modの2大巨塔のもうひとつ。

Mod「Ars Magica」の魔法であれば。

確か、敵対Mobを友好化して味方につける魔法があった筈です。

 

「あるッスか!?」

 

ワシャさんの顔がみるみる明るくなって行きます。

 

「ええ――ただし効果時間は良いとこ20秒!」

「ショッボォッッ!?」

 

……いや、上げて落とすつもりは無かったんですよ?

でも実際そのぐらいなんで仕方がありません。

儀式魔法で持続ブーストしてこの数字です。

 

「……乱戦で一時的に同士討ちさせて、活路を開く用途の術か……」

「ええ、まさしくです」

 

もっともラクシャスさんの雷みたいに、独自の工夫でその威力を上げた例がありますからね。

ボクが知らない発展を遂げてても不思議ではありません。

しかしまあ、ワシャさんの言う通り「魔法を持ってしても心を操るのは難しい」と言う解釈が、案外的を射ているのかもしれません。

……単にボクが無知なだけと言うのもありますが。

そう言えば、前にみたマイクラ実況動画で、黄昏の森のモンスターをペットにしてたのがあったっけ……アレ、どうやってるんだろう?魔法使ってるのかなぁ?

 

 

@ @ @

 

 

そんなこんなで、ムルグへの道中を進みます。

警戒のために縦列で進みつつ、話題は大抵魔術の事とスユドさんの事、そして――

 

「――本当に見当たらんな。ムルグの奴ら」

 

敵の居ない道中に、怪訝な声を上げるラクシャスさんです。

先程ラクシャスさんが大きな音を立てたにも関わらず、斥候すら来る気配がありません。

道中時間が掛かっているとは言え、起伏の激しい上に難所ばかりだからこそ掛かっている時間です。直線距離としてはそこまで遠くはないでしょう。

――だから、あの爆音も察知されているとは思うのですが。

 

「……マジで皆ムルグに引き上げたのか?狼煙とか見た覚えないんだけどな……」

「遠吠えも聞こえなかったッス」

 

ムルグへの帰還命令を受けたのなら、そう言う物があっても良い筈なのですがそれもありません。

 

「――ガストの時もそうでしたよね。何の予兆もないのにタイミングバッチリで出てきました」

「ふむ……隠密のまま、遠くと連絡をとる手段を持ち得ているかもしれん……と言う事かの」

「良し、奪いましょう」

 

――あ、反射的に返答しちゃってました。

何かドン引きした目線が突き刺さります。

 

「いや……有用ッスよ?確かに有用で有効な選択肢だとは思うッスよ?でも間髪いれずに「奪おう」ってあーた……」

「いや、うん、だって、そのぅ……ニソラさんと離れてても連絡つく手段があるんならなぁ、って……」

 

ドン引きされる感性は理解できるので、誤魔化すように人差し指をツンツン合わせてみたり。

あ、うん、さらにドン引きされますよね……

 

「この人もうヤンデレ化してるんじゃないか……?」

「ヘルハウンド相手の無双、凄かったスからね。あの後状況整理してニソラ師潜伏の可能性に気付かなかったら、今頃は目からハイライト消したタクミさんが屍の山築いてるッスよ。一人一人ゆっくり手足切り落としたりしてるッスよ」

 

そら恐ろしい事を言い始めました。

 

「イヤイヤイヤイヤ!?ボクを何だと思ってるんですか!?」

 

ボソリとラクシャスさんが口にします。

 

「――『みんなみんなぶった斬って、その舌引っこ抜いてやるからさぁ』」

 

……う゛。

 

「『一体も残してやるもんか。すべて斬る。根切りにしてやる』」

 

……ぐぬぬぬぬ。

 

「『下るなら許すから、簡単に下るなよ!』」

 

……うぐううぅぅぅぅ。

脳みそフットーしてた時の台詞を並べるのは反則です。

 

「……ま、タクミさんイジるのは後に置いてもですよ。ここまでムルグの影が無いなら、少し大胆に行っても良いんじゃ無いですかね?」

 

カンガさんが助け船出してくれたので喜んで乗ることにします。

後、出来れば後に置くのではなく投げ棄てて頂けると。

 

「あー……大胆に、と言うと?」

「会敵の可能性よりも発見を優先しても良いんじゃ無いかと」

「つまり、こう言う事じゃろ」

 

言うが早いが、ラクシャスさんの杖がバチバチと放電します。

 

「ちょっ――!?」

 

ズガガアアアアァァァンン!!!

 

慌てて目を庇ったその腕の向こうで、爆音と閃光が走りました。

その雷は道からずいぶん離れた天井に命中、ガラガラとネザーラックの落石が視界の向こうに消えていきます。

耳を塞いでたカンガさんが殴り付けるように抗議しました。

 

「~~~ッ、っとぉーにムチャしますね全くもう!!気づいて貰うにしても呼び掛けましょうよ!?声だして呼び掛けましょうよ!?」

「うははは。何処にいたってコレなら私が来たとワカろう?」

「鼓膜が……鼓膜が……」

 

ワシャさんの被害が酷い模様です。

バラバラと崩れる落石の先を見ながら、ボクは心持ち静かに努めて声をかけました。

 

「――ラクシャスさん」

「お、おう?」

 

なぜかちょっとビクついたように反応します。

静かに語りかけているのに、大袈裟ですねえ。

 

「例えば……そう、例えばあの落石の辺りにニソラさんが潜伏していたと仮定します」

 

穏便に済むように、スマイルを心掛けながらラクシャスを見上げました。

 

「――その時がキサマの最期だ」

「悪かった!ホント私が悪かった!!もうやらないから!!」

 

心なしか顔が青くなってるような気がするラクシャスさんですが、気のせいでしょうね。

と言うかゾンビピッグマンですからね。顔青いのは元からですよね、ええ。

 

「ハイライトが消えてるッス……お目めのハイライトが消えてるッスぅぅ……」

 

ワシャさん、光の加減でそう見えるだけですよイヤだなあ。

 

「やっぱヤンデレだよなこの人……」

 

くるり。

 

「あ、いや、でも今のは普通に怒って良い所でしたよね!俺も抗議しましたしね!」

 

同感ですが、慌てて取り繕うように声を上げてるのはなんなんでしょうかねぇ……

いや、ボクだって解っちゃいますよ?ラクシャスさんが一撃いれる場所、ちゃんと選んでくれた事ぐらい。

だから、警告だけして終わらせるつもりだって言うのに、全くもう。

 

「失礼しちゃうなぁ、ホント……一応聞きますが、ニソラさんが見つかる前に、会敵する可能性ありますけケドそちらは?」

「蹴散らす」

「……でしょうね」

 

その為の貴重な一発使っちゃいましたけど、良いんですかねぇ……?

半ば呆れつつ嘆息しますが、ヘルハウンド位ならどうにかなるかなと少し楽観視しているボクだったりします。

ムルグの戦士まで出てきたら、ちょっと不安がよぎりますが――

 

――カツッ

 

何処からともなく飛んできた矢が、ボクたちの大分前方にある岩壁に弾かれ、力無く落ちました。

 

「……!?」

 

――何処から?

大急ぎで辺りを見回すと、崖の向こう側、上の方から松明を振っているような明かりが見えます。

人の影でした。

ボクたちが見つけた事を確認したのでしょうか。そのままスッと岩影に消えていきます。

ラクシャスさんが声を張りました。

 

「――今のは誰だ!?判別できたか!?」

「いえ、ちょっと無理でした!ただ、ニソラ師ではありません!」

 

手を目の上に翳したカンガさんが返します。

ボクには松明の光が先行して、ゾンビピッグマンなのかも見えませんでしたが……

 

「この道の続く先ッスね、あそこは。ヘルバークの森があの近くにもあるッス。……ただ、思った以上にムルグに近いッスよ!スユドさんと会敵した時に見た、トンネルの辺りッス!」

 

今更気づきましたが、カンガさんは視力、ワシャさんはマッパーとしての能力に秀でているようでした。

探索、情報収集に秀でた才能です。ギヤナさんの人選が今更ながら有り難いです。

 

「――罠、だと思うか?」

「……」

 

沈黙を返しつつ、先ほどの矢のところまで歩み寄ります。

拾い上げた矢じりは、白みを帯びた光沢のある石を削って作られています。

矢じりの中程に設けられた窪みが目を引きました。

 

「――ボクが作った矢ではありません。これ、たぶんニソラさんの矢です」

 

毒を乗せることを前提とした特殊な矢じりです。

ボクが3日前に大量生産した物ではありません。

――勿論、撃ったのがゾンビピッグマンである以上、拿捕された矢である可能性も十分あるわけですが……

 

「ニソラさんが、良かれ悪かれ関わってるのは確かみたいです――なら、行きましょう。なんにせよ、ムルグに行くよりはマシでしょう」

「……その点においては賛成だの。ただし、頭に入れて置けよタクミ殿。入り組んだ場所では私の術もタクミ殿の剣も、十全には振るえない事を」

 

あそこは、ヘルバークの森の近く。森の中でゲリラ戦を展開されればスユドさんの得意な距離になる。

ラクシャスさんはそう言っていました。

ニソラさんを使って挑発されれば速攻で釣られるとも。

 

「元より承知の上ですよ」

 

――でも、それは足を止める理由にはならないのです。

 

 

@ @ @

 

 

30分ほど歩いて、矢が放たれた辺りに辿り着つきます。

人影のあった場所には、消された松明が転がっていました。

人影はなく、ヘルバークの森の方向に松明が向いているのは「こっちに来い」と言う意図に見えます。

――辺りを見渡しました。

今立っているこの道は崖の側を通っていて、崖の下に視線を向けるとボク達が歩いてきた道が見えました。

振り返ると、岩影の多い地形とヘルバークの森です。

……妙にスユドさんと会敵した地形と似ているのが嫌な予感を煽りました。

道の先にはトンネルが見えます。ワシャさんが言っていたトンネルと言うのがコレでしょう。

勾配が激しい上に、ぐねぐねと回り込まないといけない順路で訳が解らなくなりそうです。

 

「――今更ですけど」

 

ボクの後ろからカンガさんの声です。

 

「随分健脚ですね、タクミさん。住み慣れているムドラの民でもそろそろ根を上げる道中でしたが」

 

言われて、確かに殆ど疲れが無いことを自覚します。

その代わり、少しお腹が空いて来た、ような。

まあ、ボクの身体能力が上がっているのを自覚したのはコレが初めてではありませんし、害になっていないなら別にどうでも良いです。

 

「特に問題は無いですね。――疲れました?休みますか?最初に言いましたが、体力チキンレースやるつもりは全くないので、素直に小休止欲しいなら言って欲しいです」

「……なるほど、あぶり出す手があるか」

 

ラクシャスさんの声に反応して振り向きます。

 

「入り組んだ場所は不利だからの。此方から出向くのではなく、ここで小休止取って焦れた相手を誘い出す……ってのも一つの選択肢ではある」

「ここで?……ガストのバックアタックが恐いッスね……」

 

本来は心配しなくて良い可能性の筈ですが、スユドさんの時にやられてしまいましたからね。

警戒するのも無理ありません。

 

「待つタイプの心理戦は、仕掛ける方もしんどいです……ボクが持つかなぁ?」

 

特に、もうすぐそこにニソラさんがいるかもしれないこの状況です。

……あ、無理だわ。5分経ったら我慢できなくなってる自分の姿が見える。

て言うか、既に我慢出来なくなってる気がする。

 

「でも、状況が状況だから、休息の要否だけ聞いとこうかな。カンガさんは休憩欲しいです?」

「いや、俺は大丈夫です。ムドラの戦士はこう言う行軍する訓練受けてますんで。……だからこそ心配の発言だったんですけどね。

俺たちは疲れない歩き方とか重心の移動とかキチッと叩き込まれるんですが、後ろから見てると、その、失礼ですけどタクミさんの歩き方が無茶苦茶に見えて……

ホントに大丈夫ですか?精神が肉体を凌駕してる系じゃ無いですか?」

 

ああ、そう言うことか。

そうですよね。ボク、その辺りはフツーにトーシロさんですし。

 

「大丈夫……のハズ、です。少なくとも自覚症状は本当にないです。肉体を凌駕してる系だと自信ないですが」

 

精神が疲れたと感じて無ければ、それを察知するなんて出来ないと思うんですよねぇ。

でもまあ、数時間急勾配を歩きっぱで戦闘まで挟んじゃいましたし。心配されるのは道理ってモノです。

 

「精神が先走ってる時は、リズム狂わすと一気にダメージが入るッス。試しに目を瞑って片足立ちしてみるッスよ」

 

すげえ、ゾンビピッグマンにアスリートなアドバイス貰ってるよボク……

体の作り、同じなんですかねえ?ゾンビピッグマンってアンデットなんだから、考えてみれば疲れるとか鍛えるとかナンセンスな気もするんですが……

言われた通りにお目め瞑って片足バランスします。

いーちぃ、にぃーいぃ、さぁーん、しぃーいぃ……

 

「――ブレないな」

「ブレないッスね」

 

割りと安定していると思います。

背筋にピシッと真っ直ぐで重い鉄棒が通ってる感覚です。

 

「……もしかして、体の作りのせいじゃ無いか?きっと地上人は皆こうなんだ」

「恐ろしい所ッスね。タクミさんみたいのがワサワサ居るッスか」

「――その解釈には色々言いたい事があります」

「言っても良いケド説得力皆無ッスよ」

 

ぐぅの音も出ませんでした。

 

「――まあ、疲れとらんって結論で良いじゃろ」

 

色々面倒臭くなったラクシャスさんが吐き捨てました。

ボクの扱いがこの旅路でどんどん適当になってる気がします。

 

ひとしきり駄弁った後に再び縦列に組み直し、森の中に突撃を敢行しました。

焦らせる策は却下。全員一致で速攻です。

づかづかヘルバークの森に入ります。

呼び掛けは、少し考えて行わない事にしました。

もしあの影がニソラさんに着いていったムドラの人であれば、ボクたちに気付かせた後に息を潜める所から隠密を優先している事が伺えます。

逆にムルグの人であれば、いちいち此方の場所を教えるのは馬鹿らしいと言う事です。

勿論、警戒は最大限です。

ボクは既に鯉口を切って、敵が出たらすぐに反応できるように備えていました。

 

「……足跡が、あるな」

 

とても小さいながらも、追う為の痕跡は残されていました。

敵の気配はありません。

静かなものです。

マクミラン大尉よろしく、ギリースーツ着こんで伏せられてたら流石に判りませんけども。

それでも何事もなくボクたちは進んで行きます。

 

――やがて、洞窟のような岩影のある場所にたどり着きます。

そこにあった景色を見て、ボクたちは無言で武器を抜き放ちました。

 

ヘルハウンドが一体、まるで道を守るように、もしくはボク達を待ち受けるように、静かに背を伸ばし座っていました。

……そして、その側にはゾンビピッグマンが一人。

手を後ろに回し、「気をつけ」の状態で佇んでいます。

 

「……一応聞きますが、お知り合いです?」

「いいや、ムドラの戦士ではない」

「良しOK、押し通ります」

 

ムルグ側で確定。

即断即決、最早慈悲はありません。

 

「お待ちを。――もしかして、既に状況を掴んでおられるのですか?」

 

敵意のない声でした。

 

「何も?此れからオヌシを締め上げて、悲鳴と一緒に聞く予定でな」

 

バチバチと威嚇しながらラクシャスさんが歩を進めました。

対し、そのゾンビピッグマンは深々と頭を下げます。

 

「――閃光のラクシャス殿とお見受けします。そして、ムドラの客人であるタクミ殿」

 

香ばしいラクシャスさんの二つ名は無視です。

……ボクの名前を呼びました。

つまり、ニソラさんと接触があった事が確定です。

「質問」はスデに、「拷問」に代わってるんだぜ――と言うテンションに切り替わる最中、彼は続けました。

 

「ともあれ、お待ちしておりました――ニソラ殿の元へご案内致します」

 




回を追うごとに何故か文字数が増えて行く……不思議な現象です。
最初は3~4000文字程度だったんですが、今回はその5~6倍。

次回で真相に入りますが、この分だと膨れ上がって書き切れる前に投稿する気がする……

なお、題材にしはしましたが、作者はまだThaum Craft、Ars Magicaともにまだ素人さんだったりします。
「魅了」について調べはしましたが裏技とか抜け道はもしかしたらあるかもしれません。


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再会

歩いて10分ほどの道中。

そのゾンビピッグマンと話せたのは、軽い自己紹介程度のものでした。

彼に付き従うヘルハウンドの名はダンシトルラ。

ラクシャスさん達は案内される最中も警戒を続け、抜剣すらしたままだったのです。録な会話も出来ようハズがありません。

それを警戒してダンシトルラが明らかに「臨戦態勢」を続けていたのも拍車をかけます。

これはもう、どうしようもありませんでした。

現時点で彼我の「信頼」なんて皆無なのです。

双方共に「なにか妙な真似したら叩き斬る」と言う状態でした。むしろネートルさんの方が負い目からか譲歩してくれてたぐらいです。凄くあっさり背を晒していました。

ボクたちの中で納刀していたのは、唯一ボクぐらいです。――最も、ボクの納刀はイコール「臨戦態勢ではない」と言う意味ではありませんけども。

不意に上方の死角から突撃して来たファイヤーバットを察知して、振り返りざま一刀の元に斬り捨てると、一瞬場が凍りつきました。

例え納刀していても、気持ちスニークはずっと続けていた恩恵です。

システムアシストフル活用で察知に合わせて抜刀する簡単なお仕事でした。

ずんばらりされたファイヤーバットを見て、そう言えば初めてネザーに来た時はニソラさんがこれをやっていたなぁと目を細めます。

 

「……失礼しました」

 

静かに納刀して先を促します。

ラクシャスさんが引きつった顔で口を開きました。

 

「――カンガ」

「う……す、すみません……解ってます。解ってるんですけど、言い訳になるのも解ってるんですけど、流石に今のは、ちょっと、その……」

「ああ、うん、解っとる。言いたい事は解っとる。確かに理不尽言ってるとスゴく思う。思うんだが、その……な?」

 

どうやらこの縦列においては、今のファイヤーバットの処理はカンガさんの仕事だった模様です。

 

 

そんな微妙な空気も流れつつ、案内された先は何でもない岩陰でした。

流石に、おあつらえ向きに洞窟が――何て言うほど都合の良い場所では無かったようです。

そこにはもう一体、そこを番するように佇んでいるヘルハウンドがいました。

視線が噛み合うと威嚇されます。

ネートルさんが手で制しながら声を掛けました。

 

「――ウパスタ、連れてきたよ。彼らは敵ではない」

 

あのヘルハウンドはウパスタ、と言うようです。

ネートルさんの言葉にしぶしぶ納得したように視線を落としました。

さらに近寄ると、岩陰に隠れた人影が見えます。

ヘルバークの枯れ葉でしょうか、乱雑に纏めてクッションとした場所に、力なく横たわった小さな体。

 

 

――3日前に見送った、ニソラさんの姿でした。

 

 

「――ニソラさんっ!!」

「あっ、ダメで――」

 

 

静止の声を振り切って駆け寄ります。

3日振りに見た彼女の姿は、出発時のような活気は消え失せ、極度の憔悴が張り付いていました。

その表情は苦しげで、息が荒く、動くこともままならない……そんな状態です。

「今にも死にそうな姿」――そんな形容が当てはまるその姿を見て、ボクの背筋に冷たいものが這い上がってくるのを感じました。

 

「ニ、ソラ、さ……う、うそでしょ……?」

 

やっと会えたのに。

3日間、焦がれて焦がれて、やっと会えたと言うのに。

こんなのってないよ。

なんなんだよ、これ。

絶句して立ち尽くすボクの横に、ネートルさんが並びます。

 

「……スユドさんが、これやったの……?」

 

声を掛けられる前に、質問していました。

自分でも驚くほど暗く、低い声が溢れ出ました。

 

「い、いえ!違います!……病のようなものだと、ニソラ殿は言っていました」

「病だって!?」

 

持病を抱えていたなんて初耳です。

しかも、こんな深刻な!?

 

「た、タクミ殿が来て、自分の意識が無かったら、これを見せるようにと!それで解ってくれるハズだと!」

 

ボクの剣幕におののきながらも、ネートルさんは革っぽい袋のような物を見せてきました。

――ニソラさんの荷物の筈ですが。

 

「……なに、それ?」

「い、いえ!そこまでは!……薬でも入っているのかと中を改めたのですが、空でしたので。てっきり、中身が入った物をタクミ殿が持っているのだと……」

 

差し出して来たそれを受けとりました。

広げて眺めてみると、やはり袋です。変わっているのは口に当たる部分が極端に狭く、硬く作られている、くらい、で……

 

 

――それが何なのか、思い当たりました。

 

 

「み、ず……ぶくろ……」

 

血の気が引いて行きます。

中身は、見事に空になっていました。

 

「バカだ――バカだバカだバカだバカだバカだボクはバカだ!!足りるハズないじゃないかこんな環境で!!足りるハズないじゃないかよぉっ!!」

 

半狂乱になりながら、大急ぎで地面をツルハシで1ブロック掘りました。丸石で底を嵌め、周りをさらに囲います。

 

「ちょっ、何やって――何やって!!?」

「るっさいっっ!!」

 

いつも通りの非常識に対する反応すら、今は鬱陶しいだけでした。

持ってきた水バケツの中身を即席の水槽にぶちまけ、原木を使って作業台と木のボウルをクラフトします。

 

「……ッ、タクミさん!何か手伝えるッスか!?」

 

ワシャさんが真っ先に名乗り出てくれました。

一瞬考えて、大急ぎで木の看板をクラフトします。

 

「これで、ニソラさんを仰いでください!風をニソラさんに当てるんです!」

「り、了解ッス!!」

「ごめんニソラさん!服濡らすよ!!」

 

木のボウルで水を掬い、上半身に軽く掛けていきます。

この環境であれば、熱がこもるより気化熱による冷却の方が早いハズです。

ワシャさんが仰いでくれているなら余計に。

 

「……ぅ、っ……」

 

小さな呻きが聞こえます。

意識が、戻りかけているのでしょうか。

 

「容態は――どうなのだ?危ないのか!?」

 

ラクシャスさんが身を乗り出します。

 

「――脱水症状です。多分、熱中症も……医学には明るくないけど、意識混濁まで症状が進むと……命に関わるって、聞いた事が……っ!」

 

水をもう一度ボウルで掬い、今度は少量の砂糖を溶かしました。

塩が無いのが辛いですが、仕方がありません。

 

「ニソラさん……ニソラさん!飲める?……お願いだから……飲んで……っ」

 

体を支え起こして口元にボウルを持って行きます。

映画か何かのようにいっそ口移しで――なんて一瞬考えましたが、意識が混濁している人に対してそんなことしたら、気道に入って悪化させてしまうに決まっています。

器具も技術も無いから、補水は経口からしか出来ません。

ダメージにならないように気を使いながら、祈る心持ちでニソラさんを揺すり呼び掛け続けます。

――その願いが、聞き届けられたのでしょうか。

ニソラさんの瞼が薄く開くと、差し出したボウルに口を付けてコクコクと飲み始めました。

 

「――、ニソラさん……っ!!」

 

みるみるうちに砂糖水を飲み干すと、ほっと一息ついて体重を預けて来ました。

微かに唇が動きます。

 

「……だ、い、じょうぶ……です。もう、一杯……」

「うん!――うんっ!」

 

滲む視界をそのままに、砂糖水を用意します。

力なく震えながら、ニソラさんはゆっくりとそれを飲み下していきました。

二杯めの砂糖水を空にすると、力の無いニソラさんの視線がボクに向けられます。

――薄く、笑っていました。

 

「ふふ……お姫さま、みたい、ですね……私……」

「そうだよ――助けに来たんだ。もう一杯、飲む?」

 

小さく首を横に振りました。

 

「大丈夫、です……少し、後に、頂きます……今は……ちょっと、休みます、ね……」

 

すうっと、ニソラさんの瞼が閉じられました。

 

「ニ……ニソラ、さん……?」

 

まるで今際のような流れで意識を落とすその姿を見て、背筋に冷たいものが走ります。

息は止まっていません。苦しそうだった荒い呼吸が、少し収まっている……そんな状態です。

当然です。意識混濁を引き起こすほどの重態が、水を飲んだだけで全快するハズがありません。

 

「――あまり、眠れていなかったようなのです。追っ手を警戒していたからと言うのもありますが……病があったから、と言うのもあったのだと思います」

「……」

 

ネザーの環境で熟睡は出来そうにない……ボクは、そう考えていました。

だから戻って来たニソラさんがゆっくり休めるように、ムドラからゲートを開いてニソラさんの為に拠点を建てたのです。

――ニソラさんなら、ボクよりも旅慣れているだろうから。

きっと、この環境でも少し疲れる程度で済むのだろうと……そう思っていたのです。

全て裏目に出ていました。ボクの拙い判断が、ニソラさんをこうしてしまったのです。

――地上へ、出なくちゃいけません。……ここではニソラさんの体力が消耗されて行くばかりです。

水をかけて扇ぐだけでは限界があるに決まっています。

ゲートを開く為には溶岩が必要です。

ここに来るまでに見た一番近い溶岩溜まりは何処だったか――ボクが思考の地図に潜り始めると同時に、ラクシャスさんが口を開きました。

 

「――ニソラ殿が落ち着いたのなら、そろそろ聞いても良いかの?空気を読まずスマンが」

 

――まだ危険な状態と見積もっていますが、いちゾンビピッグマンから見れば今のニソラさんは薬を与えて落ち着いたように見えたのでしょう。

脱水症状なんて概念なんてあるハズがありませんし、普段彼等が生活しているこのネザーに居るだけで負担がかさんで行くなんて考えられる方が凄いです。

ラクシャスさんの視線は、ネートルさんに向いていました。

 

「ムドラから送った使者はどうなった?ムルグで何が起こった?……答えて貰う。ヌシらが敵でないのなら」

 

杖は降ろされていました。

ニソラさんが居た事で、ひとまず話を聞く体制になったのでしょう。

ネートルさんは少しだけ瞠目すると、整理をするようにゆっくりと口を開きました。

 

「……まず、現状からお話いたします。ムドラから来られた使者6名――確認はしておりませんが、此方に居られるニソラ殿を除き、全員ムルグに付きました」

 

 

「………………は?」

 

 

出てきたのは、余りにも荒唐無稽な話でした。

ニソラさんの介抱を続ける手を止めずに、ボクは背を向けたまま淡々と指摘します。

 

「……超常的な点を廃して考えるなら『選発したギヤナさんもグルだった』――許容して考えるなら『全員洗脳された』って所ですか」

 

両方とも、最悪のケースな訳ですけども。

スユドさんだけなら兎も角、全員離反は流石にあり得ません。

ネートルさんのウソと言う線も充分考えられますが。

未確認だと言う言い方から、洗脳の線が臭そうです。

 

「はい……洗脳、の方です。まずスユド殿が洗脳され、そこから他の方々が押さえられてしまったと聞きます」

「やっぱり!スユドさんは裏切った訳じゃ無かったッスね!」

 

最後までスユドさんを信じ続けたワシャさんの感嘆の声でした。

……ボクの方は、一応ギヤナさんがグルだったケースを想定する必要が出てきたので、ニソラさんに向けていた思考の3割くらいをネートルさんに傾けます。

「全員洗脳された」と一口に言ってくれますが、そうだとするとむしろ状況が悪化しています。

 

 

「――何処からお話しするべきか……まだムドラと緊張状態になっていなかった頃です。ガストの被害が相次ぎ危機感が上昇し、ムルグはガストへの対抗手段を必死になって探していました。そんな中で、アーシャーと言う者が一つの方策を持ち帰った事が発端になります」

 

 

ネートルさんが語り始めました。

 

 

「……対ガストのヒントはラクシャス殿でした。彼はムドラの者にもその技を伝えていない事は知られていたので、当たってみても教えを乞う事はどうやっても出来ないと見切りをつけていました。

一方で、ムドラに伝わる厄災と青の戦士の話は多少仕入れる事が出来ました。

ラクシャス殿の光の槍は、元はその戦士が使っていた技だと言う事も。

――なので、私達は戦士たちが来た地上への門を探したのです。

例え光の槍を得られずとも、ガストから逃れられる地を探すと言う期待もありました。

伝説の内容とムドラの周囲の地形、そして嘆きの砂漠の位置関係から戦士の行動範囲を仮定して……いえ、この辺りは良いですね。

捜索隊を送り込み、殆どが不発、もしくは伝説を裏付ける程度の成果しか得られない中で、嘆きの砂漠方面を探索していたアーシャーが『偽臣の書』と言う成果を持って帰ってきました」

「はあああっっっ!?」

 

あり得ない単語が出てきて、思わず声を上げてしまいました。

 

「――ご存じなのですか?」

「え、あ、いや、でも……そんな、そんなハズは……」

 

――偽臣の書。

マインクラフトとか全然関係ないアイテムです。

Fate/stay night と言うノベルゲームに出てくる、一口で言えば特殊な使い魔に言う事を聞かす為のアイテムです。

……誰かModにしたんですかね?これを元ネタにして。

東方Pprojectを元ネタにした「五つの難題」Modとか、何かを元ネタにしたModは相当数ありますから、あっても不思議ではありませんけども。

……あかん、持ち帰った人の名前が「アーシャー」じゃなくて「アーチャー」に聞こえてきました。

 

「……付け加えるなら、『偽臣の書』と言う名称はアーシャーが付けた便宜上の物と聞きます。タクミ殿のご存じなアイテムとは違う可能性は高いですね。

――その能力は、一口に言えば使用者の意識を他者に植え付け支配する、と言うものです」

「……なるほど、洗脳だな。ムルグが主張した、『厄災を御する方法』の実態がそれか」

 

ラクシャスさんの言葉をネートルさんが肯定します。

 

「そうです。ガストすら御する事が出来たそれは、我々の希望になりました。

……しかし、制限もありました。

まず、何故か偽臣の書はアーシャーにしか使用できませんでした。他の者が手にしても、その効果は現れませんでした。

また、洗脳――偽臣の書を使う事を便宜上洗脳と表現しますが、洗脳を行うには対象に接近する必要がありました。

さらにアーシャーが言うには、洗脳の度に命の力を消費しているとか。つまり、無制限に洗脳して回る事は出来ないようなのです。

……最も今となっては、この消費コストについてだけはアーシャー自身の警戒を和らげる為の方便であった可能性を考えています。

ムドラの使者を皆洗脳する構えだった訳ですから」

 

隠密のまま洗脳しまくって身の回りをイエスマンで固めるのでは――そう言う恐怖に対する牽制、と言う事でしょうか。

もし洗脳に制限があるなら、その相手は吟味しなければならないでしょうし、無茶な洗脳はしないだろうと思考を誘導した可能性ですね。

そして洗脳に射程があるのなら、それだけだとガストへの有効打にはならないでしょう。

そもそも洗脳出来るほど接近が出来るのであれば直にボコってるって話です。

ガストの洗脳には相当なリスクが付きまとうでしょう。

 

「ガストの対抗としてガストを使っても、洗脳したガストが撃墜される可能性が高い事は目に見えていました。

――だから、アーシャーは提案したのです。

ガストすら意に介さない強力な個体を洗脳すれば良いと。

我々が厄災に目をつけたのはそう言う経緯からでした」

「……なるほどな」

 

偽臣の書を手に入れても、対抗手段無しなのは変わらなかった訳ですね。

 

「その時は、厄災の洗脳はムルグの総意でした。ムドラにアプローチを続ける間は何とか洗脳できたガストで間を持たせる……先の見えないガストへの対応に光が見えてきました。

厄災へのリスクが未知数でしたが、『ガストに対応できる強力な個体』の候補が無かった以上、我々はその策を進めるしかありませんでした。

ムドラに庇護を求めると言う声もありましたが、ラクシャス殿の力が使えなくなったと言う情報が入り、この選択肢も消えました。

……どうも、復活なされたようですけども」

 

ふふんと自慢げにラクシャスさんが杖をクルクル回しています。

 

「――状況がさらに変わったのは、ムドラの使者が来てからです。遠距離攻撃を可能とする『弓』と言う武器――ムルグの考え方がひっくり返りました。

歓迎しましたよ。以前ムルグが使者を出した時にボロボロになって帰ってきましたが、それのお詫びも込めて、なんて言われたら許さない訳にもいきませんし。

誰もが厄災を御する事が出来なかったら……なんて考えていたのですから、それに飛び付くのは当然でした。

ニソラ殿のデモンストレーションが凄まじかったと言うのもありますが」

 

…………。

ニソラさん、またなんかやらかしたんですか。

 

「ガストがね、3体出まして。仲間呼んで5体まで膨れ上がりまして。

……その全てを一撃で墜とされましたね。

その後に言われたコメントが『もはや作業です』と。凄い淡々とした目をされていましたよ」

 

ニソラさんェ……

 

「――では、肝心の現状はムルグの総意ではないと言いたいのか?」

「はい。言い訳のように聞こえてしまうと思いますが、此度の状況はアーシャーの強行によるものです。弓を見てもなお厄災洗脳論を続けていました。

……何故アーシャーが厄災に拘るのかまでは解りませんが、現在アーシャーは手に入れた手駒とムルグの代表を何名か洗脳し、さながらクーデターの真似事を行っています」

「……クーデター」

 

口の中でその単語を呆然と転がしました。

洗脳に成功した人達がそのまま人質になってる状況です。

その上ムルグの代表も押えられているとなれば、ムルグの自浄力は期待しない方が良いでしょう。

 

「――気付けば洗脳と武力で周りは制圧されていました。私は、洗脳されたスユド殿から逃げるニソラ殿に遭遇し、そのまま同行したのです。

私はヘルハウンド部隊『ダンシトルラ』の調教師をしています。この子の名前「ダンシトルラ」は、所謂称号とか世襲に当たります。ややこしいですが……

兎に角、攻撃・索敵に秀でるこの子達の力もあって、私達は辛くもその場を逃れる事が出来ました。

……他の者はどうなったか判りません。大多数はムルグの者も拘束され、一部は洗脳されて居るでしょう。

本当に洗脳にコストが要らないのであれば、捕まった者は恐らく全員……」

 

ノーコストで敵を味方に出来るのであれば、洗脳しない理由はありません。

 

「スユドさんは、洗脳された人達はどうすれば戻るッスか!?」

「……解りません」

 

目を伏せながらネートルさんが首を振ります。

 

「――アーシャーは、使者が来るまではムルグの者を洗脳したりはしませんでした。それ所か、個人が所有するには危険すぎると、偽臣の書を普段は代表に預けていた位です。

洗脳していたのはガストやファイヤーバットと言ったモンスターのみだった為、洗脳を解除すると言う考えがまずありませんでした。

……しかし、クーデターの時にはその代表が真っ先に偽臣の書をアーシャーに渡しています。この事から、代表はもっと前から洗脳を受けていた可能性が高いと分かります。

――代表の受け答えが妙だった、なんて事はありませんでした。少なくとも、私は気付きませんでした。これは、洗脳された者の区別がつかない事を意味します。

『偽臣の書を焼き捨てる』『アーシャーを殺害する』……可能性がある手段はいくつか浮かびますが、その効果の検証は難しいと思います」

「そ……そんな……」

 

――偽臣の書の能力は「使用者の意識を植え付けて支配する」と言っていました。

どう解釈するかにもよりますが、最悪洗脳された人達は皆コピーされたアーシャーさんとして永遠にそのままになる可能性があるわけです。

偽臣の書を焼き捨て、アーシャーさんを殺害した時に一見「洗脳解除された」ように見えても、実はそうではなかったと言うB級映画のような事態があり得るわけです。

 

「――タクミさん、何とかならないッスか……!?」

 

すがるような視線を受けて、ボクはニソラさんを仰ぐ手を止め、暫し思考に耽ります。

 

「……洗脳解除に使えるかは約束出来ませんが、魔法効果を解除する手段であればいくつか心当たりはあります。材料とか色々足りないから、直近で試すのは無理ですけど……

後は……偽臣の書を手に入れることが出来れば、何か調べられるかも」

 

Mod環境のお供「Not Enough Items」――偽臣の書の入手をトリガーに、何かレシピが開放されるかもしれません。

マイクラ的に考えたら『洗脳を解除する為のアイテム』言うのは需要無さすぎて作らないのでは?とも思いますけども。

 

「兎に角アーシャーかと言うやつの顔面に蹴り入れて、偽臣の書をブン盗ってからの話だな、それは」

 

ラクシャスさんが見切りをつけて、脳筋な解決法を提示します。

 

「実行班の無力化が最優先――それは解りますが、誰が実行班か判別が出来ないじゃ無いですか」

「知らね。私はもう、色々パンクしたのでその辺りはギヤナに考えさす」

「清々しい程の丸投げですね……」

 

しかしラクシャスさんの開き直りは、一応的を射てはいるんですよね。

 

「既に、ムルグもムドラも被害が出てしまってますからね。丸投げはともかく、ギヤナさんに落とし所を考えて貰う必要がありますよ」

 

ムドラ側は、最高戦力を含めた使者5名の洗脳。生きてるから良いじゃんとか思えそうですが、解除の方法が解らず、解除の区別すらつかないと来れば普通に大事です。

ムルグ側は……取り返しがつきません。

ボクは、ネートルさんに付き従うヘルハウンドに視線を向けました。

 

「……私からも良いですか?スユド殿が離反した、と言ってましたね。もしかして、既に会敵されていたのですか?」

 

それは質問ではなく、確認でした。

 

「……ムドラとムルグを繋ぐ街道を、溶岩で封鎖されていたのは知っていますか?」

「――はい。ニソラ殿は火耐性が無いと伺いましたので、アレで身動きが取れなくなりました」

 

その内ニソラさんが動けなくなって、潜伏するしか無くなったと見えます。

 

「ニソラさん達が戻ってくるのであれば溶岩の上流から回り込むだろうと考え、ボクたちも上流へ向かったところ……スユドさんと、彼が引き連れていたヘルハウンド9体、そして洗脳されていたガストと会敵しました」

「……!?そんな……それでは、ムドラの被害と言うのは……!!」

「別に、面子は欠けておらんぞ」

 

ラクシャスさんのフォローに「え」と口の中で声を上げるネートルさんです。

 

「ムドラの被害とは、洗脳された使者の事です。今はムルグの被害の話になります。

交戦の結果、スユドさんはムルグに撤退……ガストとヘルハウンドがその殿を務め、ボクたちはその全てを斬り捨てました。

――恐らく、あなたが手掛けたヘルハウンドを」

「…………!?」

 

ネートルさんは調教師だと言っていました。

ヘルハウンド部隊の調教師だと。

ラクシャスさんの雷に怯みはすれど恐慌には陥らず、ロクな命令がなくとも波状攻撃や的の分散と言った戦術や連携を取り、最後には命を賭して殿と言う任務を完遂されました。

あの練度の高さはきっと、そう言う事だったのでしょう。

 

「……そうか……お前達がやけに彼らに敵意を向けているのは、そう言う事だったんだな……気付いていたんだな……」

 

傍らで警戒を続けるヘルハウンド2体の背をそっと撫でて、ネートルさんが呟きました。

 

「――悲しいし、思う所もありますが、経緯が経緯です……責められませんよ、それは。私としても、ムルグとしても」

 

理性で感情を圧し殺したような声でした。

 

「それに……理外のスユド殿に『ダンシトルラ』9名、そしてガスト――考え得る最悪のエンカウントでは無いですか。しかも、前情報も無い不意な会敵だった筈です。

それを四名で退け、あまつさえ一人のリタイアも出さないなんて……ムドラの戦士は優秀と聞きますが、想像以上です。その武については素直に賞賛致します。

――ムドラの剣士や閃光のラクシャス殿を相手に想定した訓練も入念に行っていたつもりだったのですがね……」

「そこは素直に誇って良いぞ。タクミ殿がカチキレてなければ普通に全滅もあり得た。それに、あのヘルハウンドの殿が無ければスユドは逃げられなかっただろう。

慰めに聞こえるかもしれないが――あのヘルハウンドどもは、間違いなく強かった」

「…………ありがとう、ございます」

 

ラクシャスさんとしては、本当に単なる慰めで言った訳では無かったのだと思います。

だって、あの群れは本当に強かったのです。

凌ぎきった後に残ったのは、2倍以上の戦力とガストの不意打ちを切り抜けたと言う達成感ではなく「してやられた」と言う怒りでした。

――真相を聞いた今では、スユドさんをあの場で斬っていたらバッドエンド一直線だった訳なので、むしろ感謝しなければと考えてしまいます。

怒りに任せて叩き斬ったのを少しだけ後悔しました。

命を奪う、と言う事を甘く考えていたのです。

……ネートルさんはニソラさんを守ってくれていたのに……

 

「もうひとつ聞きたい。おぬし、ムドラの後発隊と合流した後はどうする方針だった?

ムルグに引き返すのかムドラに庇護を求めるつもりだったか」

「――お恥ずかしい限りですが、今のムルグをどうにかする力は私にはありません。また、アーシャーがムドラに仕掛けるのは目に見えていましたから――兎に角、ムドラに情報を渡さねば、と思っていました。

……そこから先は考えていません。

クーデターが無くなり、洗脳が解除され、ムルグとムドラの緊張が無くなり、対ガストとしての弓が残る……そんな終わり方があれば喜んで飛び付きたい所ですが」

 

……難しい所です。

あるいはムルグに潜入し、アーシャーの身柄と偽臣の書をノーキル・ノーアラートで確保できれば、可能性ぐらいはあるのでしょうか。

 

「――タクミ殿。どうする?ニソラ殿と合流して情報も得られた今、取れる手段は幾つか出てきたと思うが」

 

ラクシャスさんが判断を丸投げして来ました。

 

「……ボク個人のワガママを通すなら……先ずは地上に出たいですね。ムルグとかムドラ以前に、ニソラさんが危ないです。

ネザーの気候に耐えきれないほど体力が落ちています。

脱水症状も熱中症も、こんな環境では回復しません」

「ぬ……!?薬を飲んで、安定した訳では無かったのか!?」

「……ゾンビピッグマンにも『空腹』はあるんですよね?生きるには『食べ物』が必要です。

ボクたち地上の人間は、食べ物の他に『水分』と言う物も必要なんです。この水分は高温の環境だと無くなる速度が早くなるんです。

――水分が足りなくなると今のニソラさんのようになります。

先程はその水分をあげました。ただ、回復するまでは時間が掛かりますし、ネザーではせっかく与えた水分も徐々に減って行ってしまいます」

「……ええとつまり、今のニソラ師は、言い方悪いケド動けなくなって気絶するぐらいお腹減ってるような状態なんスか。チョッピリお腹は埋まったけど、お腹がより減りやすい所に居ると」

 

ニソラさんが腹ペコキャラになってしまうような例えでしたが、間違って居ないので肯定しました。

 

「待ってください!青の戦士の使った門は嘆きの砂漠付近と考えられています。

しかし今のニソラ殿を連れてそこまで行軍するのは……!」

「いや、その問題は大丈夫のハズなんじゃ。タクミ殿はポータルを作れる。ムドラにもタクミ殿の手によってポータルが設置されたからの。

――作れるよな?資材が足りんとか無いよな?」

「溶岩があれば作れます。この近くの溶岩溜まりはありますか?溶岩流ではダメです」

「え?……ええ、直ぐそこに……そう言えば、ニソラ殿も気にしていましたが」

「――はい?」

 

ネザーポータルを作る所はニソラさんも見ていました。

自分の限界を感じたニソラさんが、ポータルをすぐ開けられるように溶岩溜りの近くに陣取ったのかも――いや、ちょっと待って。

 

「……すみませんネートルさん、もうひとつ聞かせてください。

溶岩流による街道の閉鎖、知ってたんですよね?なら、潜伏先はあの溶岩流周辺になりそうなものですが、何故ここに?」

 

ネートルさんも不思議そうに首を捻ります。

 

「さあ……?正直、私にも良く解らないのです。実は、この辺りに潜伏しようと言われたのはニソラ殿でして。

溶岩流付近はムルグの捜索隊も入念に探すだろうから危険だ、と言う話はあったのでそこは納得してたんですけども。

ここはムルグにも結構近く、ムドラとも離れていますから。ムドラの後発隊と合流出来ても危険が伴いますし、あまり良い選択肢では無い筈なんですが……その上でニソラ師はここがベストだと。

ベターではなくベストが見つかったと笑っていました」

「ベスト?……ここ、むしろ危なそうだけどな……そこまで視界が通らない訳でもないし」

 

カンガさんが辺りをキョロキョロ見回しています。

……ボクは、あるひとつの可能性に気がつきました。

しかし一方で、そんなまさかと否定します。

 

「……もしかして、ここの探し方も『隠れ場所ありき』では無かったんじゃないですか?

ある地点から、『この近くに溶岩溜りや岩陰はあるかな』みたいな探し方だったのでは?」

 

その可能性を探る質問は――

 

「……なるほど。そんな節は確かにあったかもしれないです。『この辺りの筈』みたいな事を口にしていました。何でも、8倍がどうとか……良く覚えていないのですが。

ここを決めて、近くで溶岩溜りを見つけた時には凄い喜ばれていましたよ。

正直その、聞いても良く解らなかったと言いますか……」

 

――混乱しているネートルさんの口から、呆気なく肯定されました。

 

 

「ニソラさん……ちょっと、まさかでしょ……?」

 

 

――思い返せば。

確かに、ボクは口にしていました。

地上とネザーは相似の関係があると。ネザーの1kmは地上の8kmを指すのだと、蘊蓄程度に説明していました。

だから、理屈の上ではやろうと思えばやれる筈なのです。

やれる筈なのですが――しかし、ネザーですよ?

あんな入り組んで、起伏だらけで、回り道しないと進めない所ばかりで――しかも言ってませんでしたけど、ネザーはコンパスが効かない所なんですよ?

周り中ネザーラックだらけで目印探すのも一苦労なんですよ?

……そんな中で、脱水症状や熱中症を起こし朦朧した頭で、何気ない会話に埋もれていた情報を引っ張り出し、あまつさえこんな神業を軽々しく成功してのけるんですか、ニソラさん――ッッ!?

 

 

ネザーポータルを開いた先にあったのは――

 

 

――ボクが、ボクたちが一番最初に出会った、あの家だったのです。

 

 

「……あんびりーばぼーだよ、ニソラさん……どう言う方向感覚と距離感してれば、こんな真似が出来るのさ……」

 

ボクの背におぶさって寝ているニソラさんに呟きます。

帰ってきたのは、くすぐったそうな寝息だけでした。

 

 

@ @ @

 

 

「――あの、入らないんですか?やっとニソラさんが休めて、しかも追っ手の心配もないセーフハウスに着いたんですから、方針を相談しましょうよ」

 

外で周りを見ているネザー組4名プラス2匹に声を掛けます。

……そう言えば、ネートルさんはヘルハウンドを「9名」と言う数え方してましたね。

匹ではなく名、と数えた方が良いのでしょうか。

 

「も……もうちょっと……もうちょっと待って……」

「だって緑っスよ……緑の大地っスよ――!?」

「なんちゅう美しい光景じゃあ……」

「ムルグが探し続けていた地上……青い戦士の故郷……」

 

まるでネバーランドにでも来たような反応が返って来ました。

前回ムドラにポータルを開いたとき、伝令で5人位駆け込んで来ましたが、その時は夜でした。

今は太陽が大分傾いていますが、それでも光で満ちた時間帯です。

おまけに谷間に作ったあの家とは違い、ここは見通しの良い平原。あの時のギヤナさんよりも感動の度合いは大きいと言う事なのでしょう。

……うーん、あの人達が固まっている間に泊まる場所でも増設すべきなんですかね?ここはボクとニソラさんの二人で使う事を想定して作ったのでこの人数は少し狭いです。

割りと気に入ってるデザインだから、無計画に増築はやりたくないんですが……

それ以前に人数分のベッド作れる程の羊毛は無いんですけども……

 

 

――仕方ないので、畑に出ました。

サトウキビを根本だけ残して収穫し、小麦を刈って種を植えます。

 

 

思えば凄い展開になったものです。

ネザーでちょっと素材を集めてすぐ帰ろう……って心持ちだったのに、いつの間にかムドラに辿り着き、勇者の物語に迫り、弓を教えてムルグのクーデターに関わって。

まるでRPGのイベントのような毎日です。

そしてムルグのクーデターを何とかする為に、ボクらはさらに関わる事になるのでしょう。

この畑も、そのイベントをこなしていくうちにすっかり育ちきっています。

……いや、マイクラ的には普通でも、現実的には異常ではありますねコレ。なんでなにもしてないのに4日程度で成長しちゃってますか。

件のジョウロを使っていた副作用かなにか?

それともボクが作った畑だから??

なんか暇ができたら、検証の一つでもしてみましょうか。

 

 

そうやって畑に出ていたのが何分程度だったのかは判りませんけども。

戻りがけに「いい加減にしとけ」とネザー組を家の中まで押し込んだりもしました。

 

 

「――では、方針ですけども」

 

リビングに置いてある四人がけのテーブルをに椅子をさらに置いて無理やり6人で座ります。

テーブル側面にボクとネートルさんで対角線に座り、ヘルハウンドのお二人はネートルさんの両側にちょこんと待機です。

皆チラチラ窓の外を見ているのはご愛敬。

 

「まず、可及的速やかに行わなければならないのが、今ある情報をムドラに持ち帰る事です。コレは、ムルグが次の手を打つ前にやっておく必要があります。

スユドさんを退けたあの時、スユドさんはムルグに来るように挑発してきました。そのせいかは判りませんが、ボクたちがネートルさんと会うまでエンカウントはありませんでした。

コレを『ムルグがボクたちを迎え撃つ為に、全リソースをムルグに集結したから』と解釈するとします。

そこから既に結構な時間が経っているので、スユドさんは……いえ、アーシャーさんでした?は、ボクたちがムルグに突撃するよりも情報を持ち帰る事を選択したと考え始めているでしょう。もしかしたらネートルさんと合流した事も疑っているかもしれません。

この状況で、ボクがムルグだったら二つの策を取ります。

ひとつ、情報を遮断する為にボクらの捜索を再開する。

――この過程で、ボクが溶岩流に渡してきた橋の存在に気づかれるでしょう。『通ったら印を書いてほしい』と書かれた、印の書かれて無い看板にも気付く筈です。

ならば恐らく溶岩流付近に広くリソースを展開し、ボクたちをムドラに近づけさせないようにするでしょう。……いえ、もしかしたら溶岩流を倍プッシュしてくるかもしれませんね。

ちなみに、その場合でもムルグに発見されずに溶岩流を突破することは可能です。地中から、ムドラまでトンネル掘ってしまえば良い」

「あの……さすがに無茶苦茶過ぎると思うのですが」

 

口元を引きつらせながらネートルさんが手を挙げます。が、「普通に歩くよりは少々遅いですが可能です。ご心配なく」と切り捨てます。

 

「もうひとつの方法を挙げるなら、ニソラさんとは逆の事を行う事でしょうか。

――つまり、地上を8倍歩いてムドラに繋がるポータルから戻ること。

……時間は掛かるでしょう。ムルグとエンカウントする心配はしなくて良いと言うメリットはあります。それに、ネザーの8倍は歩きやすいですよ、きっと」

 

ただ、コレを行う場合もポータルの位置をある程度解っているボクの同行が必須になります。

地上ルートは危険がないと判っていても、もうニソラさんをここに置いて……なんて選択肢はありません。

なので、おぶって一緒に連れて行く事になります。

つまり移動分どうしてもニソラさんに負担を強いる事になるんですよね。

――ああ、後時間的な問題もありましたね。

恐らく、地上を行く場合は移動中に日没を迎える事になります。

 

「ムルグが取るだろうもう一つの方策が、洗脳された使者をムドラに送りつける事です。

情報がどこまで渡っているかを確認できる上に、うまく行けば偽情報で引っ掻き回す事も考えられます。

ムドラに一刻も早く情報を持ち帰らないといけない理由でもあります」

「……確かにそれは不味いな。景色に見とれてる暇など無いではないか」

 

危機感が戻って来たようです。

 

「しかしムドラに戻るとして、地上から行くのもネザーから行くのも、ボクの同行が必須なんですよね……

ボクは、またニソラさんと離れたくありません」

「……地上であれば、ニソラ師の危険も少ないんじゃあないっスか?安全さえ確保できていれば、別に一時的に離れたって……」

「嫌です。ボクが嫌だと言うのもありますが、下手したら今度はニソラさんがボクと同じ思いする事になるじゃないですか。

――今回でボクは学びました。ボクは、ニソラさんと離れないようにするべきなんです」

「……やっぱりヤンデレっス……」

 

ヤンデレ結構。

ニソラさんに仇なす有象無象は、全て『中に誰も居ませんよ』するのも辞さない所存です。

……え?ヘルハウンド斬った時の反省はどうしたって?

そもそもニソラさんと同じ天秤に乗せれる筈が無いじゃあないですか。

 

「まあ、こんな情勢では下手に別れて情報が遮断されるよりも、皆一緒の方が精神的にも良さそうと言う点では俺も賛成です。ニソラ師には、少々負担かけてしまいますけども――」

「つまり選択すべき行動としては、皆でネザー経由でムドラに帰るか、地上経由でムドラに帰るか決めよう、と言う事になるな」

「そうですね。……ちなみに『ムルグへ潜入すべき』とか、全員帰還以外の行動を考えてる人居ますか?」

 

周りを見回してみます。

異を唱える人はいませんでした。

――満場一致で、ムドラへの帰還で良いようです。

 

「……ラクシャスさんも良いですか?」

「ええい、私だけ名指しで確認するんじゃあない!この状態でムルグに潜入したら、罠に掛かって洗脳される危険の方が高い事ぐらい解っとるわ!」

 

何気にラクシャスさんも考えは深い方ですよね……

 

「んじゃあ、ムドラに戻るルートは地上からかネザーからか決めたいですが――そこについては、なにか工夫はつかないですかね?」

「工夫……ですか?」

 

カンガさんの問いに対して思わずオウムを返します。

 

「ほら、スユドさんとエンカウントした時とかそうだったじゃないですか。魔術とかタクミ殿の知識を浚ってみれば、俺らの知らない反則な移動法とか出てこないかなぁ……と」

 

……魅了の魔法の事を言ってるんですかねぇ……?

結局参考にはならない魔法ではあった訳ですが。

 

「うーん……移動の魔法、だけであれば帰還とか瞬間移動とかあるっちゃあるんですけど……使える人が居ないんですよねぇ。

役に立ちそうなのは――ラクシャスさん、ポータブルホールの杖星はご存じです?」

「壁に一時的なトンネル掘るアレか?用意しておらんし、何より無秩序のvisが足りん」

「なら発想を変えて――足が早くなる魔法、とか?」

「そう言うポーションなら心当たりありますが、材料が無いですね。ブレイズの棒と、ネザーウォートと言う赤い瘤のようなキノコ……なのかな?それと、赤導体が必要になります」

「材料あればそんなデタラメ作れるのかよ……!」

 

ネートルさん、その小声のツッコミ聞こえてますよ?

はーい、とワシャさんが手を挙げます。

 

「なにか、空を飛ぶアイテムはどうっスかね?厄災は鉄のような体で空を飛んだらしいっスよ」

「空を飛ぶ……ねえ?」

 

同じく、心当たりはかなりあるんですけども……

 

「エンジェルリングはそもそも厄災が落とす星が要るし、フリューゲルティアラは厄災の10倍は強い奴を下す必要があるし……」

「不穏な単語多すぎませんかね!?」

 

いやあ、空飛ぶアイテムはだいたい中盤から終盤のコンテンツに指定される物ですし。

ボクは序盤でネザー突入したクチですよ?

さすがに無理です。

 

「それならせめて、ニソラ師の負担が減る類いの物はどうですか。なんかこう……乗り物、的な?」

「乗り物……乗り物かぁ……んんー、ボクこっち方面はよく知らないんだよなぁ……」

 

――なんでしたっけ、ハリボテエアクラフト?

……特殊な羅針盤を設置すると、建物をまるごと動かすアイテムを動画で見た事がありましたねそう言えば。

Not Enough Itemsのレシピにしばし意識を向けます。

あるかなぁー……?

…………

うーん、無いなぁー……

適用されていないのかレシピ解放の条件が揃って無いのか、目的の物は見つかりませんでした。

 

「……解放、かぁ……」

「――タクミ殿?」

 

乗り物が出る実況動画は、ボクも結構見た事があります。

この世界に適応されているかはともかく、無いってことは無いんでしょう。

んで、大抵乗り物って鉄で出来てるんですよね。それでレシピの難易度を上げる意味で、鉄ブロックを要求したりするんです。

 

 

……そー言えば、鉄ブロックを作った事は無かったかな……

 

 

おもむろにチェストを開けると、1スタック強の鉄インゴットが目に入りました。

ネザーに踏み入る前、ニソラさんが粉にしてくれた鉄を精錬して作ったインゴットです。

コレ、実は使い道が決まっています。

……決まって、いたのですが。

1スタックのインゴットを持って、おもむろに作業台へ向かいます。

手早く並べて作るのは、7個の鉄ブロックです。

鉄ブロックを使ったレシピなら、コレで解放されるんじゃないかなぁ、解放されると良いなぁ、なんてフワッとした期待を抱きつつ、

再びレシピの海に浸ることしばし。

 

 

……四角いアイコンに「EC」とか「SH」とか文字だけ書かれた妙なアイテムを見つけて、なんだコレはと意識を向けるとそのアイテムの知識が流れ込んで来ました。

 

 

「…………ぁ、」

 

 

今明かされる驚愕の事実。

この世界における Not Enough Items はアイテム単体に意識を向けると、wikiのようにそのアイテムの詳細情報を拾えるようです。

……いえ、そんな事はどうでも良いです!!

いや、どうでも良くないけど今はどうでも良いです!!

 

「はは、あはははははははっっ!!」

 

――こんな、こんなピンポイントの奇跡ってありますか!?

 

「タ、タクミ殿!?」

 

いきなり笑い出したボクにドン引きするカンガさんでしたが。

 

「凄いよカンガさん!カンガさんに切っ掛けを貰わなきゃ、きっとボクは全然気づけなかった!!」

 

必要な鉄ブロックは6つ。燃料は鉄6つと石炭ひとつ。資材は充分間に合います。

レシピ通りに配置して、造り上げる「SH」のアイテム。

方針は、決定しました。

 

「準備してください!地上から行くルートで決定します!ワシャさん、ムドラへの方向確認しといて貰えますか。多分、あの山の辺りだと思うんですケド」

「え?あ、ええ?方角は一緒なんスよね?なら、オレもそうだとは思うっスけど……やま?って何??」

「OK!カンガさん、ニソラさん連れて来てください!日がまだ出ているうちに出発しましょう」

「あ、ちょっ、」

 

おいてけぼりは承知の上。

ですがコレは、見た方が早いのです。

ボクは小走りで外に飛び出すと、周囲を確認した上で手の中にある「SH」のアイテムを設置しました。

 

 

――只のアイコンのようなアイテムが、その様相を大きく変えます。

 

 

6人は余裕で乗れそうな大きなボディ。

中央上部に付けられたローター。

リアルな話をするならば、対潜哨戒をはじめとした汎用的に使用される軍用ヘリ。

MCヘリコプターModで追加される鉄の鷹。

その名も「SH-60 シーホーク」です!

 

 

「な、なんじゃこりゃあああぁぁぁっっっ!?」

 

 

どこぞの殉職デカさんのような声が響きます。

もちろん、無視です。

 

「ワシャさんは助手席――ボクの隣でお願いします。他の方は後ろに!コレでムドラのポータルまでひとっ飛びです!」

「飛ぶんスかコレ!?」

「飛びますよぉーっ!」

 

本来ならヘリコプターなんて操縦出来る筈がないし、ボク自身このModすら触った事が無いワケですが。

このシーホークがマイクラのModであり、ボクが作った物であるならば――マイクラと同じように、ボクはこのヘリを飛ばす事が出来る!

なんの実績も根拠も無い中で、ボクの中から不思議と確信めいた何かが溢れ出るのです。

ボクは、それを疑うと言う事すら浮かびませんでした。

 

 

「……良し、全員乗り込みましたね?それじゃ――行っきまぁーすっ!」

 

 

ローターの激しい回転音を響かせながら、シーホークが空を舞います。

ローターに負けないくらいの大きな歓声を共にして――

 

 

@ @ @

 

 

「ん……ぅ……?」

 

小さな呻き声を上げて、ニソラさんが瞼を開きました。

 

「――起きた?ニソラさん。……おはよう――はチョットおかしいかな?」

 

窓の外に目を向けました。

外はもう、すっかり暗くなっています。

 

「ここ、は……?」

 

眠気の残る目を擦りながら、ニソラさんが辺りをきょろきょろしました。

 

「ニソラさんが出発する前、ポータル開いて地上で寝たでしょう?そこに家を作ったんだよ」

「ふあ……また家を建てちゃったんですか?」

「躊躇するほど手間じゃ無いしね」

「生産性、相変わらずおかしいですよ……」

「あはは、ギヤナさんにも言われたなぁソレ」

 

軽く笑って流します。

 

「――私、どれだけ寝てました?」

「一日経ってないよ。6時間ぐらい。……水飲む?まだ回復しきってないでしょう?」

「あ……頂きます」

 

ボウルに入れた砂糖水をこくこく飲み干すニソラさん。その姿を眺めて、とりあえず峠は越したみたいだと安心しました。

ふうっとひと息ついてニソラさんが口を開きます。

 

「偽臣の書の話は、聞きました?」

「うん。洗脳されたスユドさんを相手にして逃亡に成功した事も聞いたよ。

――ムルグへの道中、スユドさんの強さの話を聞いてたからさ。ニソラさんに怪我が無くて、良かった」

 

困ったように俯いて、

 

「――あの時はまだ偽臣の書の存在を知らなかったので、スユドさんが裏切ったのかと思いました。逃げ切る為とは言え足を射抜いてしまいましたし……スユドさんには悪い事をしてしまいました……」

 

……え、射抜いたんですか?

ムドラの戦士27名が戦術駆使して飛びかかっても無傷で制圧しちゃう人を相手にして、無傷で逃げ切る所か足を射抜いちゃったんですか?

……スユドさんとエンカウントした時、スユドさんが積極的に攻撃に参加しなかったのってもしかしてそのせい……?

 

「えーと……まあ、うん。そこについては事情が事情だし、どうしようもないと思います、はい。

――この件だけど、一応ムドラの方針を決める為にギヤナさんと打合せしたんだ。幾つか解決案も出た。ただ、どれも偽臣の書とアーシャーさんを確保する事が前提になるんだ。

……つまり、ムドラの次の方針がそれになるかな。

――ギヤナさんとしては、心情的にはボクたちにこれ以上負担は掛けたく無いって言ってた。関わるとしても、直接潜入したり戦闘したりするポジションは避けて欲しいって。

……ニソラさんは、『どうしたい』って決めてたりする?」

「……どうしたいか、ですか……」

 

ぽつりと呟き、少しの間目を閉じました。

 

「私個人としては――このままフェードアウトは中途半端で嫌だな、くらいですね。手伝う事があるなら手伝いたいとも思います。

――それでも。タクミさんが無理をするぐらいなら、フェードアウトを選びたいって……そう思うんです」

「ボク、か……」

 

少し、嬉しく思います。

取りようによっては、ニソラさんは「ムドラの人達よりもボクを取る」って言う意味にも取れますから。

 

「――なら、問題はないって事だね。引き続きお手伝いしよう」

「でも、無理してますよね?タクミさん、戦闘はそれほど得意じゃ無いって――」

「無理はしてないよ。ニソラさんが潜伏していた所まで歩いて、その過程でスユドさんとエンカウントして――その上で言ってる」

「スユドさんとエンカウントしてたんですか!?」

 

……そう言えば、ニソラさん気絶してたから知らなかったんでしたっけ。

 

「自分で言うのもなんだけど、ボク大活躍だったんだよ?みんな大した怪我もなくスユドさんを撃退したんだから」

 

おどけて力こぶなんか作ってみたり。

……まあ、結果だけ切り取ればそうなりますので、嘘は言ってません。

 

「――白状するとね。ボク個人としては、参加もフェードアウトもどちらでも良かったんだ。

ボクにとっての無理はニソラさんと離れること。参加かフェードアウトどっちか選んで、その結果メンバー割り振りでニソラさんと離れるのだけがイヤなんだ。

そうなる局面が出てきたら、その時点で降りる事だって考えるくらい、ニソラさんと離れるのはイヤなんだ」

「……ぅ、ぁ……」

 

真っ直ぐニソラさんを見つめて言い切りました。

目に見えて狼狽したニソラさんは、あうあう言いながら枕で顔を隠しています。

――真っ赤になった耳が枕の脇から覗きました。

 

「――た、タクミさんが私の事大好き過ぎて、ヤンデレになっちゃってます……」

「そうだよ?皆から言われてるんだよね、それ」

 

自覚系ヤンデレって新ジャンルなんですかね?

あまり心当たりありませんけども。

――枕の後ろから、ニソラさんが言いました。

 

「たくさん、心配かけちゃいましたね」

「うん。そして、一緒に行かなかった事を後悔したんだ。死ぬほど後悔した」

「……ごめんなさい」

「謝るの禁止です。って言うか、今回はボクの判断ミスも大きかったよ。

最初から付いていってればニソラさんが水不足で昏倒する事も無かったし、あの溶岩流だって問題になる事も無かった。

だからね。こう言いたいんだ。

 

 

ありがとう、無事に帰って来てくれて。

――おかえりなさい」

 

 

枕で隠した顔をゆっくり覗かせて、照れ臭そうにニソラさんも返してくれました。

 

 

「――ただいまです、タクミさん」

 




リアル忙殺と放心、充電で遅くなりました。
なんなんですかね、ビックリするほど筆が進まなかったです。
そのシーンを越えたらスラスラ進んだりするんですけども。

偽臣の書については元ネタModがありますが、一応情報伏せさせて頂きます。
(あまり意味無いかもですが)


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インターミッション

小麦と卵にそれからミルク。

そして忘れちゃイケナイあまぁ~いお砂糖!

いちご?要りません。クラフトしたら何処からともなく付いてくるので。

ニソラさんの為に作っていた、「おつかれさま」のプレゼント。

インベントリに入れとけば劣化しないからって、ムルグに行く時も持ってたんですけど結局渡せなかったんですよね。

ようやくようやく初お目見えです。

 

「……けーき……」

「うん!材料が揃ったから作ったんだ。口に合うと良いけど」

「タクミさんは、食べ物まで作れるんですね。ありがとうございます!」

「こんなの、材料さえあればいくらでも作るよ!沢山食べてね!」

 

メイドさんと言えばケーキですからね。

現実的にはあり得ませんが、マイクラ的にはメイドさんと言えばケーキなのです。

 

「所で、タクミさん……」

「うん?」

「流石に、一人でこの量は無理ですよ……?」

 

キレイに拭いた鉄ブロックのテーブルの上に「食らえコノヤロウ!」とでも言わんばかりの特大ケーキ。一辺1m四方、高さ20cm弱の直方体也。

 

「……だよね。うん、薄々気付いてた。二人でも厳しいよね」

 

流石に持て余しました。

一般的なケーキは4号サイズ(2~4人前)で直径12cmほど。

マインクラフトにおけるケーキは1m四方。ちなみに四角い苺ケーキ。

……形状と大きさはリアル補正受けなかったようです。

どーしますかねコレ。

ちなみに、マインクラフトではコレ8回に分けて食べるんですよ。1/8でも1m×12.5cmありますけどね!コレで満腹度回復量が1(最大10)なんだから恐れ入ります。

ボクにはとても出来ません。

――つーわけで。

毒味前提のケーキお裾分けをギヤナさんにご提案。

ちなみに、彼らだけリスクを背負うのもどーかと思うので、ボクも彼らが食べる「火の粉」を食べてみる所存です。

呆れ返ったギヤナさんに曰く。

 

「……コレからムルグに対抗シなきゃッテ時にやルかソレ?肝心ナ時にウチの連中みンナ腹痛でしタ、とか勘弁しテ欲しいのだガネ」

 

至極当然の返答が帰ってきました。

 

「――ですよね。ごもっともです。凄くごもっともです。

……仕方ない、食べるだけ食べて他は捨てよう……」

「イや、待テ」

 

わっしと肩を捕まれます。

 

「……居たナ。肝心な時に腹痛にナっててモ構わナいヤツ」

――んで。

「……ソレで、私ですか?」

 

ネートルさんの顔がちょっと引きつっていました。

事情が事情なので仕方がありません。

ギヤナさんが悪びれなく言います。

 

「アあ。貴殿が食べテ問題なけレばオレらも食べテみヨうかナと。

勘違いしナイで欲しイんだガ、強制ハしなイヨ。普通に断ってモ良い」

「いえ、頂きますよ」

 

凄くあっさりネートルさんが了承します。

 

「『ケーキ』って、地上の甘いお菓子の事ですよね?使者の方々をおもてなしした時に、地上の食べ物についてニソラ殿が語ってくれてましたよ。

甘味と言えばハチミツぐらいしかありませんし、ちょっと食べてみたかったのです」

「――待って、ちょっと待ってください……まるでニソラさんがムルグの食事を食べたように聞こえるんですが!?」

「え、ええ……食べられていましたよ?」

 

誰も止めてくれなかったの!?

って言うかなにやってるのさニソラさん!?

戻って本人を問い詰めます。

ニソラさん、既に食べる分を切り分けて、凄い幸せそうな顔で頬張っておられました。

目が合った時に「はうあっ!?」って反応を返してくれます。

甘味に対しては我慢が出来ないメイド妖精さんです。

――いえ、良いんですよ。ニソラさんの為に作ったケーキですし、凄い美味しそうに食べてくれてますし。

そこは別に良いんです。

「……え、ムルグのご飯ですか?はい、有りがたく頂きました。――って言うか、あのシチュエーションで『私は遠慮します』とか言えませんよぅ。

普通に美味しかったです。お肉がね……なんか、地面から切り出したお肉らしいんですけども。アレは美味でしたね!産地のインパクト的にも鮮明に覚えてます!

……あと、飲み物が欲しくなる味でした。いやあ、アレで水袋の中をかなり減らしちゃいまして……えへ」

 

チャレンジャーにも程があると思うのですが。

――って言うか、水が足りなかったのって環境じゃなくてソレのせいだったの!?

ショックを受けるボクの隣で、ギヤナさんが興味深くケーキを眺めています。

 

「ホー。コレが『ケーキ』か……ナンと言うカ、色合いが綺麗だネ。肉とカ使ったラコう言うのハ出なイなぁ……」

 

白と言ったら骨か水晶なんだけどなと恐ろしい事を口にしています。

入ってませんからね?

しげしげケーキを眺めるギヤナさんの隣で、ネートルさんが明らかにハッスルしていました。

 

「あ、では早速私も頂いて良いですかね?良いですよね?危険そうな臭いもしないですし、食器お借りしますね?」

「躊躇イ無いナ!?」

 

お裾分けの前に毒味役お願いしたんだ、とハテナを浮かべるニソラさんに補足しときました。

 

「――まア、ニソラ殿が普通にコッチの飯ヲ食って何トも無かっタカら、躊躇い無く口をツケれるノダろうガ……ソれでも危険ハあルト思うゾ?」

「はあ?――甘味なんですよ?滅多に滅多に食べれない甘味なんですよ?多少腹壊すかも程度のリスクは覚悟するでしょう常識的に考えて」

「ムルグの常識そウなのカ!?」

 

どうやらゾンビピッグマンの間でもカルチャーギャップがある模様です。

ネートルさんがキャラ崩壊させつつも、切り分けたケーキにフォークを入れます。

高さ20cmもあるケーキですからね。普通に切り分けても結構な量があります。

一口サイズにフォークで切って、まるで毒になるかもなんて考えていないような躊躇の無さで――訂正、先程の言葉を信じるなら、腹を壊すくらい些事だと言う事なのでしょう。

クリームたっぷりのそれを嬉々として頬張りました。

――咀嚼する事数秒。

満面の笑みを浮かべながら、まるで大きな事を成し遂げたかのような盛大なガッツポーズを取るネートルさんでした。

非常に、非常にお気に召された模様です。

さっきのニソラさんとおんなじ顔してますもん。

 

「――いやあ素晴らしいなぁ!感動だなぁ!甘味って最強だよなぁ!!

……あ、でも解りませんね。害になるかどうか全然解らないです。まだ一口程度ですしね。もっと量を食べないと解る訳無いですよね、ええ。

――あむ。あむあむ。

うーん……この赤い……果実か何かですか?コレ良いですよねえ、甘いんですけどほのかな酸味と食感、そして油とは違うジューシーさ!何て表現するべきなのか――!!

そしてふわふわの……何でしょうね、何で出来ているか想像もつかない土台とでも言うのでしょうか?コレは初めて食べる食感ですよ!それらをこの白いクリームのまろやかさが全て纏めて引き立てている!

――あ、でもまだ害があるかは全然解りませんね!まだ食べてすぐですしね!解らないからもう一皿分頂いちゃいますね!たくさん食べればその分影響出るのも早いですからね、きっと!」

 

――暴走してますよネートルさん。

そしておかわりを切り分けるネートルさんの後ろに、爛々とした目で食器を持ったニソラさんが並びます。

ニソラさんもおかわりされる模様。

お気に召されたようで大変結構です。

 

「ナンつーか……大丈夫ソうだネ。害になルヨうなモの口にいれタラ、大抵は拒絶すルものダシ」

 

呆れ返りつつギヤナさんが言いました。

 

「ギヤナさんも食べられます?」

「――食いタい。メッチャ食いタい。食いタいガ、オレは立場上万が一にモ腹痛にナる訳には行かなクテね。セめて1~2本待たナイと怖くて食エん」

「うーん……常温で2時間弱か……ちょっと傷んじゃうかも」

「――傷ム?ソンな短い時間でカ?」

 

……あぁー、ネザーの食べ物は水分が無いから長持ちする物が多いんですね、きっと。

食べ物が傷む原因は大抵雑菌の繁殖、イコール水気と温度ですからねぇ。

――ふと気づくと、「ハッハッハッハッ」とと激しい息遣いが聞こえてきます。

ネートルさんの横に陣取るダンシトルラとウパスタです。

毒なのか解らないなぁ、ケーキ怖いなぁと白々しい言い訳しながら幸せそうに頬張っているネートルさんの手元をメチャメチャガン見していました。

 

「……君らも食べたいの?ケーキ」

「「がう!!」」

 

殺気すら籠った返事でした。

ボクがダンシトルラの仇だから、って理由だけじゃ無いと思います。

チラリとネートルさんを見て、ダメだこりゃと見限って、食器を二つ取り出しました。

ケーキを切り分けて目の前に置いてあげます。

 

「……一応言っとくけど、自己責任ですからねー?」

「「がうがうがうっっ!!」」

 

んなもん知るかとばかりにケーキに飛び付く二人です。

鼻先に生クリームをくっ付けながら、さながら欠食童児のようにかぶりついていました。

しっぽがメチャメチャ振れています。

――犬って、ケーキ食べても大丈夫なんですかねぇ?

いや、ヘルハウンドは犬じゃ無いのかも知れませんけども。

 

「畜生……旨ソうに食いヤガって……」

 

恨めしそうな声で呟くギヤナさん。

気付けば、1m四方の巨大ケーキは1/3程撃破されていました。

そして、さらにカオスな追撃が来るのです。

「――なんだか甘い匂いがするッスよ!!」

バタンとポータル部屋の扉が開け放たれます。

下手人は、かつて神へのお供え物だった貴重なハチミツをコソッと盗み食いした前科を持つワシャさんでした。

まさか、ポータルの向こうからケーキの匂いを辿って来たなんてバカな事ではないハズですが。

 

「あーっ!なんか食べてる!甘そうなの食べてる!欲しいッス欲しいッスオレも欲しいッス!」

 

その姿はもはやスーパーのお菓子売り場で「買って買って」と駄々を捏ねる幼児を彷彿とさせます。

気の遠くなったような目で、ギヤナさんが頭を押さえていました。

 

「――トリあえズ、報告しロ」

「アッ、ハイ」

 

ピシッと「気を付け」の体勢を取ってワシャさんが続けます。

 

「――ムルグへ続く道を塞いでた溶岩流ですが、その面積を広げられていたッス。タクミさんが掛けた橋も飲み込まれてしまってたッスよ。溶岩流倍プッシュするかもってタクミさんの予想、大当たりッス。

さらに、溶岩流の向こう側で、哨戒している戦士とヘルハウンドを見かけたッス。どうやら何チームかでローテーションしてるみたいだったッスよ。

洗脳された戦士を送り込んで来る気配は今の所無さそうッス。

溶岩流の向こうまでは、警戒が厳しくて調べることは出来なかったッス」

 

……おおう、再び斥候に出られてたんですね。

報告があったからこっちに来たのであって、甘い物の匂いに釣られた訳じゃなかったんですね。当然だけど。

 

「――タクミ殿が戻らレていル事を考えてスラいない布陣に思えるナ。ムドラへの斥候やソの形跡はどウダ?」

「見かけなかったッスよ」

 

チラチラとケーキに視線を送るワシャさんをガン無視して、思考の海に潜るギヤナさんです。

 

「……迂闊ナ判断だナ。想定すらシテないナンて事は無いハズだガ……

タクミ殿、何か心当タりあルカ?」

「え?ええ……そうですね。細かすぎて報告してませんでしたが、看板とラクシャスさんの雷ですかね、あるとするなら」

 

――溶岩流に立てたニソラさんへのメッセージ。

ここを通ったら印を入れて、と書いたそれに印が入っていない事。

そして、ネートルさんと会うキッカケになったラクシャスさんの雷。あそこまで盛大にブッ放したんですから、ムルグ側が検知していてもおかしくはありません。

それらを細かく説明すると、再びギヤナさんが唸りました。

 

「――ヤハり納得出来ん。ニソラ殿と合流シ、ムルグの情報を得タ……ソレだけダ。ソの要素で判断デきるのハ。

タクミ殿が戻ってイナいと言ウ可能性を捨て得ル物ではナイ」

「そうでしょうか?」

 

口の回りにクリームをくっ付けながら、ネートルさんが参加してきました。

 

「タクミ殿が取った帰還方法、アレを予想出来たら預言者か何かですよ。

普通は道を逆に辿るだろうと考えるでしょう。そして、その道に目を設置していたのなら、その反応の無さから『我々はまだ潜伏している』と考えても不思議ではありません」

「貴殿の言ウ事も理解でキル。地上経由で戻ってタ、ナんてのは予想できるハズがなイ。

――ダが、トンネル掘って道でハナい所を強引に突破サれた、ト言う発想は出来るハズなんダ」

「……そっちも大概預言者だと思うのですが」

「イや、出来る。……スユドの阿呆を洗脳したカらダ。アイツはタクミ殿の能力を見テいル」

 

見せたっけ?と記憶を辿ると……

ええ、そう言えば確かに見せてましたね。

散華の刀掛台に引っ付いてたドクロ、アレを封印するのに掘ったり埋めたりしてました。

あの時、スユドさんも居たハズです。

 

「洗脳された人、受け答えに違和感無かったんですよね?――って事は記憶も読み取れているのだろうから、その情報は当然得ているハズだと」

「ナるほド、そう言ウ方向もあるカ。

……イや、モうちょっト別の発想だっタ。スユドが手駒にナってるのナラ、単純に報告さセルだロ?此方の情勢とカ厄災や地上人の情勢とカ」

 

――なるほど。同じ洗脳でも、捉えていたイメージが考え違うんですね。

ボクがイメージしていたのは、対象に植え付けた意識が対象の一字一句を操っていると言うもの。

例えるなら他人のお腹に手を突っ込んで自分のコピーとするマトリックスのスミスさん。

この場合、対象者の記憶を継承しないと「違和感のない受け答え」は出来ません。

一方、ギヤナさんがイメージしていたのは、対象の考え方自体を変えてしまうもの。

例えるなら肉の芽を植え付けるDIO様ですね。

この場合、記憶の継承は出来ないので知ってる情報を報告させる事になります。

 

「――仮に、コの情報を持って居なかっタ為にソう言った判断が出来なカったと仮定すル。……ソウ考えるト現状の布陣にモあル程度辻褄が合ってクるナ。

洗脳をスれど情報ハ抜けなイ――偽臣の書はソう言うシステムだと言う事になル。

……訳が解らんガ」

 

――少し、考えてみます。

記憶の継承が出来るのであれば、現状の判断が納得行かないので『出来ない』と仮置きします。

同じ理由で、洗脳した人から口を割らせるのも『出来ない』と仮置きします。

――しかし、敵対したスユドさんは普通に受け答えしていたので、『出来ない』理由は喋れなくなるから、と言う訳では無い筈です。

洗脳されていたムルグの代表が『違和感無く受け答えしていた』と言う部分と矛盾するのもモヤッとします。

……スユドさんと会敵した時の事を思い出してみます。

何か違和感のある出来事は無かったか……

 

「――ガストのバックアタック。なんであのタイミングで仕掛けられたのか疑問でしたが、もしかしたら洗脳した対象とはテレパシーみたいに指令を送れるのかも知れませんね。情報を抜けなかった理由にはなりませんけども」

「……そう言えば、遠吠えも狼煙も無かったのに、スユドさんを退けた後は全然エンカウントしなかったッスね」

 

ワシャさんが納得したように相槌を打ちました。

そう言えば、遠方とやり取りする手法があるなら奪おうと言ったんでしたっけ、ボク。

洗脳しなくちゃいけないのか……

――ニソラさんを洗脳?

却下です。大却下。

 

「洗脳シたヤツでネットワーク作れバ、カなり有利になルなそレ。ファイヤーバットを10体も洗脳すレバ手が付けられナくなル。

――ネートル殿、こレにツいては何か解るカ?」

「いえ……申し訳ありませんが、私はアーシャーが口にした以上の情報は持っていません。

洗脳したモンスターにも逐一指令を出していましたし、何よりその数は少なかったモノですから。

私の知る限り、洗脳した数は四体程度です。ガスト二体とフャイヤーバット一体、それとワスプを一体」

「ハチミツ狙いかヨ……」

 

ここでも甘い物を求めるムルグ魂を目の当たりにして脱力するギヤナさんです。

 

「使用者の意識を対象に植え付け支配する…………

…………ちょっと待てよ?」

 

思い起こすスユドさんの台詞。

あれ、特に違和感は覚えなかったんですが、実は別の意味があったのでは無いでしょうか。

――地上人とラクシャスは残せ。二人は使える。他はどうしようと構わん。

違和感はありません。命令としても正しいです。

けど……けど、今思い返してみれば……

 

「スユドさん……ボクの名前、呼んでませんでしたよね、最後まで。ラクシャスさんは名前呼びだったのに。

それに、裏切りを問い質すワシャさん達の声はほぼ無視してました。説得でムルグに引き入れようって素振りもありませんでしたし」

「……!」

 

アレは一応、指令ですからね。

タクミを残せ、みたいな事を言ってもダンシトルラの面子に取っては「誰だよ」ってなりますし。あの言い方で正しいです。

しかし、コレを違和感に無理やりカウントするならば?

取った戦術も違和感を持ったとラクシャスさんが言っていましたね。

 

「――コう言うのはドウだ?」

 

ギヤナさんが纏めた仮説を口にします。

 

「使用者の意識ヲ対象に植え付けル。ソの意識が表に出るカどうかモ任意に出来ル。

使用者の意識ガ表に出てル間は洗脳されタ奴の意識ハ休眠しテ体を操られる訳だガ、ソの記憶は使用者の物に準拠すル。

使用者ノ意識が引っ込ムと、体の支配ガ元に戻ル。対象者の意識ハ休眠から覚めルダけで、支配さレていタ事に気づかナイ。

――体の支配権ヲ乗っ取れる『意識』を寄生さセる能力」

 

……なるほど!確かにそれならば色々腑に落ちますね。

視線がネートルさんに集まります。

 

「――確かに、そのロジックから外れるような事はしてませんでしたね。

……そうか!人語を解す者の洗脳を行っていなかったのは、そのロジックを隠す為でもあったと言う事か!!」

 

植え付けた意識が表に出てる時に会話すれば違和感が出るハズですし、引っ込んでいる時に会話したら洗脳中の記憶が無いことが直ぐに分かりますしね。

そうすると、「知らない間に自分の中にアーシャーの意識が入っているかもしれない」と疑心が生まれますから。

洗脳された人達を送り込んで来ないのも納得です。

支配中の記憶は使用者に準拠するなら、記憶喪失設定でも押し通さない限りまずバレますからね。

最初から最後まで隠密のまま意識を植え付け、なにも知られないまま使者を返せればそれもアリだったのでしょうが――洗脳したスユドさんと交戦させてますからね。

恐らく、何人かにバレて抵抗されたのでしょう。

ムドラを探ったり偽情報を流す事も出来なくなった訳です。

 

「マだ裏付ケは取れてないガ、モしそうナら朗報だ。向こウはまだタクミ殿の能力モ厄災に関わる諸々モ知らない事にナる。

――ウまクすれば、ムルグの出方をコントロールすル事も出来るカもしれナイ」

 

ギヤナさんがバシンと手のひらに拳を打ち付けました。

 

「――戻っテ策を練って来ル。恐らク3~4本ほど後に作戦会議ダ。

……タクミ殿。不本意だガ、甘えサせて貰ってモ良いのだネ?」

「ええ。ニソラさんとも確認しました。お手伝いさせて頂きますよ。

――但し、ニソラさんと離れなきゃイケナイような配置は止めてくださいね?」

「アあ、モチろん解っていルヨ。ニソラ殿が出発してかラのタクミ殿ハ、正直見てられナいほド焦燥していタからネ」

 

軽く苦笑されてしまいました。

 

「それと……4本程だと間に合うか微妙なんですが、ラクシャスさんお借りしても良いですか?」

「?――構わんガ、何スるつモりだネ?」

「ええ……大抵の物語だと、こう言う「封印された物を守り抜く」シチュエーションって、最後の最後で封印解ける展開になるじゃないですか。そうなっても良いように、ウィザーいじめの準備しておこうかなって」

 

見も蓋もない言い方に、ギヤナさんの顔が引きつりました。

 

「……タクミさーん、そう言う伏線立てると、余すとこ無く回収されちゃうのも定番なんですよー?」

 

ニソラさん大好きな英雄譚だと特にそう言うの多いですよね。

でも大丈夫。そう言うのは最終的にラスボス倒して大団円ですから。

それに、確実に仕込める訳ではありません。

この四時間弱で準備出来るかは、正直賭けの部分があります。

――おっと、これは賭けに勝つフラグを立てちゃいましたかね?

 

「そー言えば、ラクシャス師が用意してた予備の杖、使わなかったッスね。あの伏線なら、激戦の後に最後の決め手になる流れだったッスけど、フツーにムドラまで戻って来れたッス」

 

ああ、そもそも回収せずに投げっぱになってたフラグがありましたね。

 

「ソう簡単に物語のようナ展開にナって溜まるかヨ。――シかし、ソの仕込みが出来るのハ有難い。存分に使っテやってクれ。

……イじめはホドホドにナ」

 

お許しが出たので、少し落ち着いたらラクシャスさんを探しましょう。

――杖星の研究をしているのなら、たぶん持ってると思うんですよね。

 

「あ、ギヤナさん!……いや、タクミさんになるッスか?」

「アん?」

 

ワシャさんがピョンピョン跳ねてアピールします。

 

「オレも食べたいッス!!オレもこの白いの食べたいッス!!」

「……」

 

呆れ顔のギヤナさん、再び。

……そのまま中空に視線を投げて、考える事しばし。

 

「……マあ、お前ナら良いカ。構わんヨ」

「おおおおっ!ありがとうございます!」

 

小躍りするワシャさんを背に、ギヤナさんがポータルに戻って行きました。

「いやぁー、「お前なら良いか」だって。勝ち取っちゃった?オレ信頼勝ち取っちゃったっスか?うひひひひ……やっぱり真面目なお勤めと修練の果てにご褒美が待ってるものなんスね!

ーーあ、ここの食器借りるっスよ。甘味~、か~んみ~♪」

鼻歌を歌うほど超ご機嫌なワシャさんがケーキを取り分けています。

あまりに上機嫌なその背中を見て、ボクたちは互いに目配せしました。

――お腹を壊す可能性があるから、わざわざネートルさんに毒味を頼んだのです。

その上で、ギヤナさんはせめて2時間弱程様子を見ないと怖くて食べられないと手をつけるのを躊躇っていました。

それを食べて良い、と言う事は……

「――ンマーイ!!なにこれメチャクチャうまいッスよぉーッ!!地上の甘味ッスか!?ハチミツを舐めた時以上の感動がここに!!」

……余計な事は、言わないでおいてあげましょう。

ボクたちは互いに頷いて静かに合意しました。

戦士ではないボクだって、「武士の情け」と言う言葉ぐらい弁えているのです。

ちなみに、ケーキはワシャさんが参加しても流石に捌けきらなかったので、泣く泣く処分――ではなく。

イタチっ屁でNot Enough Items からレシピ探してみたら、なんと「冷蔵庫」なんてトンでもない物を見つけてしまったのでこれに保存しました。

鉄ブロック7つと言う驚異のハイコスト。確保してた鉄でもまだ足りず、ムドラの人達に鉄を分けて貰うハメになりましたよ!

ネザーでも鉱石は産出するそうです。そりゃあ、金の剣を作れる位ですからね。

しかし、これで持ってた鉄が全部溶けちゃったよ……使い道決めてたのに、また集めなきゃ。

まあ、この冷蔵庫にスゴい機能を見つけたので良しとしますけども。

最初からコレを見つけていたらなぁ……

 

 

@ @ @

 

――そして3時間弱の時間が過ぎます。

ワシャさんはケーキ食べ過ぎで胃もたれ起こしましたがそれ以外に異状もなく、ゾンビピッグマンにとってのケーキの安全性を身を持って証明してくれました。

ネートルさんとダンシトルラ、ウパスタトリオもピンピンしています。

此方はちゃんと自制していたようで、胃もたれは起こしていない模様。

さて、散華の試し斬りに使った修練場にミーティングルームが付いていました。

作戦会議は其処で行われます。

万が一「寄生」されているケースを想定して、ネートルさんは見張りの人と一緒に別室で待機です。

……と言うか、それ以前にムルグの人ですからね。仕方ないっちゃ仕方ありません。

「――作戦ハ3チームに別れテ行う」

用意された黒板にはざっくりした地図が描かれています。

骨の粉末をベースに作られたと言うムドラ独特のチョークを握りながら、ギヤナさんが説明を始めました。

「第1のチームは『陽動班』ダ。現在、ムルグへの街道ヲ溶岩流が塞いでイる。コの辺りに陣取って、ムルグの目ヲ釘付けにスる。

使者の安否ガ判らズ、ツいにムドラが開戦の火蓋を切って落としタ――ソう言う姿勢を取るのダ。

ムルグの斥候、オよびガストとの激突が予想サれル。ソの中で、ナるべく時間稼ぎに努めロ。人員もこコに多く割り振ル事になル」

 

溶岩流と街道が交差する場所に印が描かれます。

ギヤナさんがこの地点に「交戦ポイント」と名前をつけました。

 

「陽動班にはオレも入ろウ。適時コこから指示ヲ出す事になル。実質、ムドラの防衛線の性格モ併せ持つ事にナる。

コこを抜けられタらムドラの守りは数人の防人ダけになル――ツまり、小隊規模を通したラ絶望一直線とイう訳だ。シっかり気張れヨ?」

 

戦士達を見回します。

その眼光は決意と覚悟に溢れ、誰一人として怖じ気づく人は居ませんでした。

「第2のチームは『突入班』ダ。陽動班が視線ヲ集めてムルグが兵を投入シたタイミングで、脇ヲ逸れテ溶岩流を逆行シ、一気にムルグへ向かウ。

タクミ殿が整備しタ道がアるから辿りヤすいと思うガ、追加されタ溶岩流で塞がれてイる可能性も考えられル。ソの場合のルートは任せるのデ、兎に角ムルグを目指セ。

陽動班に反応シ、ムルグが交戦ポイントに派遣しタ追加兵との会敵ガ予想されル。

この班にはラクシャスをツける――ラクシャス、構わンので存分にブッ放セ」

「応よ!腕が鳴るわい!!」

 

ラクシャスさんが獲物を前にしたような獰猛な笑みで答えます。

 

「――タだ、欲を言えバ。今回のムルグ兵はアる意味アーシャーの被害者ト言えル。

……余裕があれバ、心に留めルだけで構わン。過度な殺生は勘弁しテやレ。

オ前の閃光なラ、気絶に留める事モ容易な筈ダ」

「ム――盛大にやれと言ったり加減しろと言ったり、無茶苦茶奴だな。

……まあ、理解はしてやるが」

 

頷いて、ギヤナさんが先を続けます。

「第3のチームは『潜入班』ダ。地上ルートからムルグを目指ス。

但し、タクミ殿が帰還ニ使ったルートは既にバレて囲マれていル可能性が有るたメ、これは使用しなイ。

ニソラ殿の感覚ヲ頼りにシーホークでムルグの地点ト思わしキ場所へ飛び、ムルグ領内に直にポータルを開けテ突入すル。

マさかコんな非常識なルートで来るなんテ向こうモ思わんだろウ。

目的はアーシャーの無力化と偽臣ノ書の確保ダ。

コの班はステルス性を最優先に動く。会敵は極力避けてくレ。

ナお、ブっつけでポータルを開く事にナるたメ、目測を誤ると別の場所にポータルが開カれる事にナル。

ネザー再突入時に位置に迷ったラ、ラクシャスが撃つ閃光の音を頼りにしテくレ。ラクシャスもムルグに向かうのデ、ソの音を辿れば結果的にムルグに着く筈ダ」

「……なるほど、ブッ放せと言うのはそう言う……つまり、私達突入班は第2の陽動でもある訳か」

「ソれもあるガ、潜入班失敗時の保険の役割も担ウ。ムルグ突入後、潜入班が間に合っテなければそのまま潜入班の目的を引き継ゲ。潜入班と合流シてなオ目的が未達成であれバ、ソのまま分かれテ陽動に回レ。潜入班はギリギリまでステルスに努めロ。

潜入班と突入班は『寄生』サれる可能性がカなり高くなル。ステルスに努めて奇襲ガ成功するカどうか……ソの要素が作戦成功のカギを握る筈ダ」

 

この配置だと、突撃班の負担が一番大きいようにも思えますね。

作戦の性格上、ボクとニソラさんは潜入班に割り振られる事になります。

……ボク達への負担の分散を狙った部分もあるのでしょうが……片方が保険にもなり、切り札にもなる、良くできた配置だと思います。

「――作戦成功・失敗ト言っタ合図は情報混乱を防ぐ為にラッパを使って行ウ。雄タけびでモ大丈夫かもしれんガ、タクミ殿もいるしナ。地上人には恐らク判断出来んだろウ」

 

ギヤナさんが金色のラッパを取り出して、テーブルに置きました。

吹奏楽で使うような物とは随分違います。

音程を操作するピストンボタンはついておらず、持ち手に握りこむようなレバーがついていました。

音が出る、漏斗状の金属管はそれぞれ違う長さで3つに分かれています。

 

「少し吹いテみてくレないカ。レバーを握りこムと高い音が出テ、握らナいと低い音が出ル」

 

――戸惑いながら、言われるままに手に取ります。

そう言えばラッパを始めとした吹奏楽器って、音を出すのにちゃんとしたテクニックが必要じゃありませんでしたっけ?

ボク、こう言うの初めてなんですが……ちゃんと音出るかなぁ?

緊張しつつ息を吸い込み、まずはレバーを握らずに吹き込んでみました。

ブオオオオオ―――!

「あ、すごい……普通に吹くだけで音が出た」

 

しかも、結構音が凄いです。

 

「ソう言う楽器だからナ。今度はレバーを握りこンで鳴らシてみてクれ」

 

レバーをギュッと握ってもう一度吹き込みます。

ピュオォォォォ―――!

甲高い音が響きます。

握らない時と比べて、かなりの音程差がありました。

 

「作戦成功時は高イ音で3回鳴らしてくレ。逆に、作戦続行不可能事は低イ音で3回ダ。

基本的に作戦成功の合図ハ潜入班か突入班しカ使わなイ。我々陽動班がラッパを鳴らす時ハ、ソのまま作戦の失敗を意味すル。心して欲しイ。

ナお、ラッパが聞こえタ、モしくは鳴らした後は音程関係なク速やかに撤収すル事」

 

ギヤナさんは更に同じ形のラッパを二つ取り出し、その内のひとつをラクシャスさんに渡します。

 

「ナお――薄情に思うかモしれないガ、「寄生」サレているダろウ使者の面子の対応は後回シにしロ。モしかしたラ牢屋に入れられてイるかもしれナいシ、事態を把握しナいまま合流しヨうとシて来る事も考えられルだろうガ……無視しロ。潜入班は特にダ。

立ち塞がれタ時は逃げるカ気絶さセるかデ対応しロ。

彼らニついてハ作戦成功後に対応方法を吟味すル」

「……スユドさんもですか?」

 

戦士の誰かが口を出します。

これは、心情的にどうと言うよりも、スユドさんを相手にした場合逃亡も気絶も難しいだろう、と言う意味での発言でした。

 

「ソの為の2班突入でもあル。逃げルなり時間稼グなりすれバ、ドっちかの班が成シ遂げてくれル――そう祈レ。

アの阿呆ヲ相手取った実績があるノは、ラクシャスかニソラ殿の二人のミ。コの二人を分ケさせたノはそう言う意味合いモあるんだヨ」

 

敵に回ルとホント厄介ダよなあの阿呆、と忌々しく吐き捨てるギヤナさんです。

――「理外」のスユド、でしたっけ?

「閃光」のラクシャスは解るんですが、「理外」って何ですかとネートルさんに聞いてみたんですよ。

何でも、あの人の戦闘能力は次元がひとつふたつ吹っ飛んでいて、もはや同じゾンビピッグマンだとは思えない有様なんだとか。

アイツだけなんか別の世界で生きてるんじゃないの?とまで揶揄され、付いた二つ名が理を外れた者と言う事で「理外」のスユド。

相対した人からしてみれば悪夢その物なんでしょうねぇ……

ちなみに『ダンシトルラ』の訓練において、対ラクシャスさん、対ムドラの戦士の想定は何とかなっても、対スユドさんは対策のしようが無かったそうです。

……数で囲む?

相手は良く訓練されたゾンビピッグマン27名を無傷で制圧する人なんですが?(白目)

「――良シ、作戦の概要は解ったナ?ソれじゃあ班分けと、詳細を詰めテ行くゾ――」

ギヤナさんの説明が続きます。

スユドさんと会敵したら高い確率でアウト。

アーシャーさんに「寄生」されたら確実にアウト。

一つ間違えれば事故死――そんな危険度の高いムルグ攻略作戦。

……正真正銘、ムドラ vs ムルグの「戦争」の幕が開きます。

 




ギヤナさんの口調が面倒過ぎて疲れます。
平文で書いてから、後からランダムで平仮名をカタカナに置き換える作業がちゅらい……

早くネザー編終わらせてレギュラーから外れてくんないかなこの人(理不尽)


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遥かなる時を越えて

ムドラにも特殊工作の人員が居るそうです。

ほとんど需要が無いため、そのスキルを保ち続けているのは最早その人の趣味に近いそうですが。

個人間でコミュニティを作り、潜入や暗殺と言ったスキルの研究、および勉強会をやっているのだとか。

現代におけるサバイバルゲームのサークルみたいなノリが近いでしょうか。

――今回はそのサークルで最もスキルの高い人がついてくれました。

戦士の中でも班長を務めた経験を持つ、おあつらえ向きな人材です。

 

「カーラだ、よろしく頼む」

 

ネザーラックを暗くしたような迷彩柄の服に身を包み、同じデザインのマスクとバンダナで肌が見える面積を制限しています。

全体を見て、一口で表現するならそうですね――「ミリタリーにかぶれたニンジャ」とか?

あと、声が低くてスゴいイケボでした。メタルギアのソリッドスネークみたいです。

 

ちなみに、ボク達潜入班はカーラさんの指揮下に入る事になっています。潜入作戦なんて経験ありませんからね。

――ニソラさんに経験の有無を聞いたらイエスが返って来そうなので、お口にチャック大事です。

 

「タクミです。コチラこそよろしくです」

「ニソラです。よろしくお願いします」

 

カーラさんと、ニソラさんと、ボク。潜入班はこの三名で動きます。

 

「……地上人とミッションする事になるなんて感無量だな。相手がムルグのアーシャーではなく厄災であれば完璧だったんだが」

 

ジャブでジョークを交えつつ、ミーティングです。

 

「――さて、ギヤナから二人の能力は聞いている。

タクミは工作に秀で、しかも中距離であればヘルハウンド9体を同時に相手取れるらしいな。索敵も優秀だとか。

ニソラは遠近両方とも武勇伝を聞いている。あのスユドに一撃入れた上に、無傷で逃亡に成功したそうだな……もはや英雄の所業だ」

 

情報に間違いないな?と聞かれれば、二人で苦笑しながら肯定するしかありません。

ここだけ取り出したらトンでもないチートチームです。

……チートはニソラさんだけなんですけどねぇ。

あ、語源の「ズルしてる」って意味でならボクの方がチートなのか。

 

「会敵した場合、その戦闘力は初撃決殺に使用してくれ。俺達は作戦通り、ステルスを貫く必要がある。

――見つかってアラートが出るくらいなら、その前にデリートするのが方針だ」

 

……軽く、重い内容でした。

そりゃあ、戦争です。「殺す覚悟」なんて安いなろう小説みたいですが、現実に突き当たってみれば「心を決める」強い意志が必要なのだと思い知ります。

ダンシトルラの時のように、それがなくても殺し自体は出来るのでしょう。

しかし、後からその事実に押し潰されてしまいます。

――ボクは、躊躇う事でニソラさんのお荷物になる訳にも、殺しの業に押し潰される訳にも行かないのです。

「心配を掛ける」と言うのは時として暴力を振るうほどに残酷である事を知りました。

その暴力をニソラさんに向ける事は、あってはならないのだと決めたのです。

ぎゅっと唇を結んで真っ直ぐ頷くボクに、カーラさんが肩を竦めました。

 

「……とは、言ってもな。基本は不殺を目指したい。殺す必要があった場合は、俺が積極的に出張る積もりだ。

――覚悟が乗った良い目だ、タクミ。その目を積極的に濁らす事は無いさ」

 

……イケボでこんなハードボイルドな台詞を言ってのけるんですから、ひとつ間違えれば惚れちゃいますよカーラさん……

 

「ニソラ。毒も使えると聞いているが、そのレパートリーに麻痺系の物はあるか?」

 

ニソラさんの視線が、少しだけ鞄を眺めます。

 

「……ゾンビピッグマンに効くかどうかまでは解りませんが、似たものを用意は出来ます。呼吸困難と熱、倦怠感に意識混濁を引き起こすものです」

 

麻痺毒とは微妙に違うんですね。

 

「ふむ……行動の阻害はできても、完全に無力化するのは難しいのか。呼吸困難が効果に含まれているのは怖いな」

「殺傷毒を中和剤で減毒したものですからねぇ」

「……そう言うことか」

 

毒を扱う人は必ずその解毒方法を持ってるって何かの漫画で見た事があります。

ニソラさんが持ってる中和剤と言うのは、きっとそんな性格の物なんでしょうね。

 

「タクミさんは、そう言うの作れません?」

 

期待の目で見つめられると、可能な限り答えてあげたくなる訳ですが……

 

「うーん、麻痺・麻酔系の毒はちょっと心当たりが無いんだよ……捕獲・拘束するタイプの道具であれば幾つか浮かぶんだけど、材料が無いし」

「何が必要だ?」

「エンダーパールって言う、緑色の球です」

 

胸の前で輪っかを作りながら答えます。

本物のエンダーパールがこの大きさなのかは知りません。

うーん?と心当たりを探るカーラさんですが、ヒットする物はない模様。

ちなみに想定しているのはMod「Extra Utilties」のゴールデンラッソ、つまり金の投げ縄です。ゲームにおいてはMobを捕獲し、持ち運ぶ事が出来るようになります。

 

「――あの、実在するんですか?それ、エンダーマンの持ってるやつですよね……?」

「そうだよ。ニソラさん知ってるの?」

「知ってると言うか……都市伝説の類だと思ってたんですが。エンダーマンの怪って。裏の世界に住む異形の紳士が、子供を拐いにやって来るって言う……」

 

――ああ、この世界では都市伝説なんですかエンダーマン。

これはまともな方法でエンダーパールを入手するのは諦めた方が良いですね。

ちなみに、特殊な方法を使えばエンダーパールを鉄から作り出す事が可能です。

ストックしていた鉄インゴットはそれに使う予定でした。

しかしそれを行うにはダイヤとレッドストーンが足りないと言う……

なお、ゴールデンラッソと効果がほぼ同じアイテムとして、Mod「Mine Factory Reloaded」のサファリネットや、Mod「Ender IO」の魂の小瓶が挙がります。

そもそもそれらの要素が使えるかも未確認ですが、使えたとしてもやはり材料が足りません。

エンダーパールを求めないルートでも、レッドストーンやスライムボールが必要だった、ハズ。

 

「結論として、用意は出来ないと言う事だな……まあ、あれば儲け物ってだけだ。人生楽せずに行こう」

 

せめてレッドストーンさえあればワンチャンあったんですけどねえ。

 

「――さて、確認するぞ。我々は作戦開始後、地上に出てムルグの該当地点に急行する。これについてはニソラとタクミに丸投げする事になる。

ネザーと地上は相似の関係であり、ネザーの10歩は地上での80歩だと聞いてはいるが……正直、俺にその割り出しが出来る程のスキルは無い。一応、気にはしてみるが――サポートは期待しないでくれ。

……場所なんだが、可能かどうかは別にして、意識して欲しい所がある。

ムルグの側に広がるヘルバークの森林だ。

元々ムルグはガストの被害を避ける為、ヘルバークの森林が近い地形に作られた経緯がある。

ムルグに最も近い森林――位置的にニソラはムルグに入る時に見ているハズだが、ポータルはそこに開きたい。

いきなり町のど真ん中に出たらステルスも糞も無いからな」

「ムルグの入り口から見えた森林の事ですね。わかりました」

 

軽く了承してしまうニソラさんです。

本当、どういう距離感と方向感覚してるのか……

 

「――そう言えば。ムルグの近くに巣を破壊されて燃やされた森林があったんですけど……大丈夫ですかね?今言った森林がそこだったりすると不味そうですが」

 

ネザーポータルを開いたら隣が溶岩流でしたとか、真下が溶岩湖でしたなんて話、かなり聞きますからね。

まあボクは運が良いのか、今までそう言うデストラップ的な場所にポータル開けた事は無かったんですけども。

 

「ああ、聞いている。溶岩流が突っ切ってる森林の事だな。――多分大丈夫だろう。溶岩湖とは方角が違う」

「そうですね。嘆きの砂漠の溶岩湖とも逆方向ですので、ポータル開いたらポチャン、なんて可能性も低いと思います」

 

早くもネザーの地形を把握してしまっているニソラさんでした。

 

「ムルグの該当地点についたら、陽動班が交戦ポイントでムルグとぶつかるまで待機だ。ギヤナと連絡取れれば良いんだが、そんな手段無いからな。時間だけ見て突入する事になる。これのトリガは俺が出す。

――ギヤナと相談してな。大体4本程を見積もった。突入班が交戦ポイントから動き出すのもこの辺りだ。

逆に言うと、俺達は4本以内に地上の該当地点に辿り着いている必要がある」

 

シーホークで一直線ですから、そこは大丈夫だと思います。

 

「……ええと……たびたび口にされてるその本数は、時間の単位と言う解釈で良いんでしょうか?」

「あ、そうか。そう言う話にならないと解らないよね。

そうだよ、ネザーにおける時間の単位。ヘルバークを加工した角材が燃える時間から来てるんだって。ちなみに一本4~50分ぐらい」

「なるほど……大雑把に3時間ですか」

 

なんとなく、ニソラさんが懐をがさごそして懐中時計を取り出しました。

銀色の、手のひらサイズの時計です。

意味もなく時間を確認してみたり。

 

「――おいちょっと待て。ひょっとしてそれは本数計か!?」

 

カーラさんが身を乗り出しました。

 

「え?……ええ、多分それで合っています。私たちは時計と呼んでますが」

「……凄い物だな。こんなに小さいのか、地上の本数計は」

 

まじまじと時計を見つめ、感嘆の声をあげています。

……時計自体はネザーにもあるみたいですね。

ボクの世界でも時計の歴史は結構古くからあったハズです。

日時計、砂時計、水時計は最も単純な時計と言えます。

ニソラさんが持ってるような懐中時計はいつ頃出来たんでしょうか……マンガ知識ですが、マリー・アントワネットの時代には既にあったハズですが。

 

「ふふ、これはネジ巻き式のアナログタイプですから、時計と言う範囲で見たら大きい方ですよ。

腕に巻けるぐらい小さな物もありますし、技術的には指先よりもなお小さい時計も作れるハズです」

「――凄まじいな」

 

いやいや待って待って、ちょっと意味違ってきますよ!?

指先よりも小さいって事は……

 

「――水晶振動子使ったデジタルクォーツがあるの?」

「え?あ、はい。

――丈夫だし時間も正確だし、電池も10年は持つそうですからそっち買っても良かったんですけどねぇ。

こう、アンティークな懐中時計でしかもネジ巻き式とか見ちゃうと、私の中で眠ってたコドモゴコロがツンツンされてしまいまして。

しかもコレ、シルバー925なんですよ。

手間も掛かりますが気に入ってます」

 

ニマニマ時計を見せびらかすニソラさんです。

この辺りの感覚、現代日本と変わらないのが驚きます。

マインクラフトってMod入れなければかなりレトロな世界観ですからね。

……Mod入れたらワープとか宇宙進出とかお手軽に出来ちゃいますけども。

 

「良く解らないが……ムドラとは比べ物にならない技術があるのと、手軽に時間が確認できるのは理解した。

……済まない、前言を撤回する。ムルグ突入のトリガはニソラが出してくれるか?

本数計を持って行こうと思ってたんだが、あれは結構嵩張るんだ」

「承知しました。構いませんよ」

 

ムドラの本数計……ちょっと見てみたい気もしますね。

これが終わったら見せて貰おうっと。

 

「ムルグについた後の動きについては、そこまで確認する事はない。……と言うより、不確定要素が多すぎて臨機応変に対応するしかない。ムドラはムルグと交流ゼロだった訳ではないから多少の構造は解るが、敵陣だからな。

一応中央司令部があるからまずそこを目指すが、アーシャーが居るとは限らない。居場所を探すための情報収集や工作も視野に入れておいてくれ。

この辺りは基本的に俺が指示を出す」

 

ニソラさんと一緒に頷きました。

 

目指すはノーキルノーアラート。

隠密のまま速やかにアーシャーさんを誘拐し、偽臣の書を確保するのです。

――うーん、マインクラフトじゃなくてメタルギアソリッドとかディスオナードですよね、これ。

麻酔銃無しで気絶させる方法ってどうやるんでしょうか。CQCは出来る自信が無いんですけども。

後ろから忍び寄って、きゅーって羽交い締めするイメージ?

うーん……背丈がねぇ……きっと、足りないんですよねぇ……

ゾンビピッグマンの皆さま方は揃って体格良いものですから。

せめて透明化や弱化のポーションが作れれば良かったのですが。

 

まあ、無いものは仕方ありません。

そも、近接まで自分で動こうと言う素人考えが危ないんです。

サポートに徹するように心掛けましょう。

 

――作戦、開始です。

 

 

@ @ @

 

 

陽動班の出発に合わせ、ボクたちはシーホークで地上を飛び立ちました。

事前情報があってもなお、カーラさんは声こそ出さないものの酷くそわそわしながら窓に張り付いて地上を見下ろしています。

 

ニソラさんは……意識を失っていた時を含めても乗るのは「三度目」ですからね。

役目の重大さもあり、冷静に外を睨んでいました。

横顔が凛々しいメイドさんです。

 

「先ずは、一番最初に作ったポータルと拠点に開いたポータルを両方視界に入れられる位置までお願いします。そこから位置と角度を割り出しますので」

「りょーかい、ニソラさん」

 

拠点と最初のポータルは、離れていても精々8~900m程度。空から見れば余裕で視界に入ります。

5分ほど飛んでいると、小高い陸と草原に佇んだ最初の拠点が見えてきました。

流石シーホーク、この程度の距離ならひとっ飛びです。

……って言うか、早すぎです。

この拠点からムドラに向かう時は結構ゆっくり飛ばしましたが、今回場所も方角も解ってるので少しスピード出してみた結果がコレです。

メーターに視線を合わせてみます。

――まあ、80kmも出せばこうもなりますよね。

しかも全速運転じゃ無いんですよコレ……

トンでもないModもあったものですよ。

まあ、ゲーム中でもこんな速度で飛ぶのかどうかは知りませんけども。

 

「素晴らしい速度だ――これだと、3本も待つのは持て余しそうだな」

「ムルグ行く前に拠点でも建てます?1本頂ければ寝床つきで仕上げますよ」

「……とんでもないな」

 

飛んでますけどねー。

 

「うーん……角度があって、ちょっと距離感掴みにくいですね……

タクミさん、もっと高度上げれますか?」

「オッケー」

 

左手のレバーを引いて機体を上昇させて行きます。

……マイクラのキーボードではなく、ちゃんとレバーやスティック、ペダルで動かしてるんですよね。操作方法にシステムアシストがついている感覚です。

もしかして、今のボクならクラフトしたシーホークだけでなく、現物のヘリさえ動かせちゃうんじゃないかと錯覚します。

 

二つのポータルがニソラさんから見やすいように位置や角度に気を使いながら高度を上げ、「この位置で」と合図があった場所で維持させます。

空から見たこの近辺は、意外と人の住んでいそうな所が見当たりませんでした。

ムドラのある山の方に町並みが見える程度で、ボクの建てた拠点以外に人家がありません。

草原に森に広い湖と立地はかなり良い方だと思うのですが、家がないって事は実は住み難かったりするのでしょうか。

一方で動物たちは住むのに困っていないらしく、野生の牛や羊がまばらに見えます。

 

「――わかる?」

「はい。丁度良い目印があって助かりました。あの二点のポータルを結べば、大体の位置と方角が割り出せますから」

 

それをコンパスも地図も測量機も無しにやってのけるの、ニソラさんぐらいだと思いますよ。

頭の中でツッコミ入れてるボクの隣でニソラさんが指を指しました。

 

「――面白いですよ。彼処に森が続いているでしょう?今回の目的地があそこなんですが……森と湖の配置が、ムルグの森と嘆きの砂漠の溶岩湖の位置と、なんとなく似てるんですよ」

「――ほう?」

 

後で、興味深そうにカーラさんが身を乗り出していました。

 

「……地形はネザーと比べるべくもないから、本当に偶然なのだろうな。

――ふむ。なんか、ムルグの入り口に当たりそうな所にバカデカい樹が立っているな」

 

ネザーの森林とは違い、より鬱蒼とした密度の高い森です。

マインクラフトのバイオーム名を挙げるなら、屋根状の森林って所でしょうか。

緩い山岳地形で高低差が見受けられます。

カーラさんが言っているのは、その中に一際目だって立つ、樹齢がかなりありそうな色の濃い樹木です。

 

「もしかしてグレートウッドかな、あれ」

 

Mod「Thaum Craft」では馴染みの深い巨木です。

魔法の材料としても使われますが、ボクの場合は特に建材として大変お世話になりました。

松よりもより暗く、テクスチャも細やかなその木材は床に張るとシックな感じが出るので、良く好んで使っていた物です。

一括破壊が出来れば一度に大量の資材を得ることが出来るのも魅力のひとつでした。

 

出来ればあの樹が欲しいですが、いざ現実にああ言うの見ると、その見事さから切り倒すのに抵抗を覚えてしまいますね。

 

「……とりあえず、丁度良い位置に丁度良い目印があるんです。あの樹まで飛ばしますよ」

 

 

@ @ @

 

 

もちろん、ヘリのまま森に突っ込んだ訳ではありません。

ちゃんと森の手前に止めて、そこから大樹までテクテク歩きました。

シーホークをインベントリに格納する際にカーラさんが目を剥いた――なんていつものイベントを作業のようにこなしつつ。

ここまで30分も掛かっておらず、持て余し確定だなとぼやきながら大樹に辿り着いてみれば、空からでは解らなかった事態になっていました。

 

「……わぁお」

 

――家です。

 

相当古い家が、大樹の成長に飲み込まれながら建っていました。

……いえ。建っていたと言うか、最早これは遺跡と呼んだ方が良いでしょう。辛うじて家の形を保っている、と言った様相です。

あんまりにもすっぽり樹に埋まってるものですから、空からパッと見ただけでは解りませんでした。

 

「どれだけ月日を掛ければこうなるのやら……スッゴいねえ」

「――圧倒されるな、これは」

「ふおおおおお……」

 

ニソラさんの秘境スイッチが入ったようでした。

興味深く、樹に埋もれた家をぐるりと回ってみます。

こっちの世界の建築様式は解りませんが、木材でベースの壁面が石材で強調されるそのデザインは、どこかボクの建築にも通じる物が見える気がしました。

使われている壁材は、オークでしょうか。所々腐って変色していて、手で押すと簡単に凹んでしまいそうです。

足元を見ると、好き放題に繁った草の中に、石レンガの欠片が幾つか転がっていました。

樹の成長に巻き込まれて、歪んで割れた物なのかなと推察しました。

 

時間を持て余し、しかもポータルを開く場所にこんな面白いものが有るわけです。

ムルグ潜入と言う、緊張感を持たなきゃいけないミッションを前にして、この家を調べてみたいと言う好奇心が首をもたげました。

 

「……少し、中に入ってみません?」

 

ニソラさんが「おーっ!」って感じにビシッと親首を立てました。

ノリノリでした。

 

「入るって……最早、入れそうな所は埋まっているぞ?」

「何処かで偉い人が言ってたそーです。

――『道は切り開く物だ』と」

 

玄関はここだろうなとアタリを付けて、覆っている樹の一部を斧で伐採します。

読みが当たっていたようで、その奥から木製のドアが顔を出しました。

突然外気に触れた為か、差し込む光の筋の中にくるくると舞う埃が見えました。

……一応、インベントリに入ったその原木を確認。どうやらこの樹は本当にグレートウッドだったようです。

 

「――待とうか。今のは、明らかにおかしいぞ。そもそも切った樹はどこに消えた?」

「あー、まだその辺りですか……早めに慣れてくださいね?」

「なんだその返答!?」

 

理不尽すぎる要求にツッコミを入れるカーラさんを尻目に、すててててっとドアに駆け寄り「おじゃましまぁーすっ!」と躊躇いなくドアを開くニソラさん。

甘味だけではなく、ロマンに対しても我慢の出来ないメイド妖精さんです。

 

開いたドアの気流に煽られ、中から埃が舞い散ります。据えたようなカビの臭いが少し鼻に触れました。

軋んだ音と共に開かれたドアの向こうは薄暗く、どこからか入った土が床をまばらに埋めています。

家の中に根のような物が入り込んでいました。

 

「砂岩かな、この床は……」

 

薄汚れたクリーム色の床をかかとで軽く叩きます。

しっかりした固い感触が返ってきました。

どうやら、床が腐って崩れるかもと言う心配はしなくとも良さそうです。

 

「――タクミさん、明かりありますか?」

「ああ、そうだった。もちろんあるよ」

 

インベントリから松明を一本取り出して、ドアの横にぶっ指しました。

「どっから出した!?と言うかいつ火をつけたんだ!?」と言う雑音と共に家の中が照らし出されます。

 

リビングでした。

埃だらけの机と、樹の根で倒れた椅子が二つ。天井にはレッドストーンランプのような物が埋め込まれています。

リビングの奥に扉が見えます。寝室か何かへの扉でしょうか。

――朽ち果てて、樹の根に侵されてなお伝えてくる、人の営みの後でした。

 

壁を見ると、レバーの上に赤いワイヤーが張られ天井の向こうに消えています。

……少し考えて、そのレバーを降ろしてみます。

パチンと音を立てて、天井の明かりが点りました。

 

「おお……明るくなったぞ」

「えええっ!?ウソ、電気が通ってるんですか!?いやいや、それ以前に何でまだ生きて――またタクミさんですか!?」

 

二人の視線が集まりました。

気持ちは良く解ります。

 

「あははは、いやボクは何もしてないよ。レバー降ろしただけだもの。

……レッドストーンランプは知らない?」

「レッドストーン……赤導体の事でしたよね。あれって加工すると光も出すんですか」

「――いいや、確かに淡い光は出すけれど、それだけではランプを作る事は出来ないよ。

……どうしてもグロウストーンが必要になる」

 

ゲームでは村人との取引でグロウストーンを仕入れる事が出来ますが、此方ではどうやらネザーに行かないと手に入らないように見受けます。

明かりは電気で付けるもの……ニソラさんの認識がそうであるならば。

 

「壁を伝っているのはRed Powerの赤合金ワイヤーかな。多分、天井の裏に配線が通ってると思う。

――こっち、入り口からじゃ見えなかったけど、ドアのない部屋があるね。多分作業部屋なんだと思う。

……ニソラさん、あの部屋のチェストの隣にある台、見覚えない?」

 

ボクが指を指した先には、1m四方の木製の台が置かれていました。

埃だらけで埋もれていますが、墨で格子型の印が描き込まれているのが解ります。

 

「アレは……タクミさんのと同じ……」

 

――そうなんです。

ゲームでは村の図書館に自然生成される作業台ですが、しかし現実的に考えるのであれば、こんな特異な作業台はクラフターしか使えません。

故に、クラフター以外がこの台を持っている理由は無いのです。

 

「――ラクシャスさんが、創世の伝説を教えてくれたよ。

神様が世界に色を与えるために、世界に遣わせた人達がいたんだって。彼らは創造と破壊を司る力を持っていて、世界に散らばると瞬く間に文明を作り出していったんだって。

マインクラフターの伝説だよ。……知ってた?」

 

ニソラさんがビックリした表情のまま、ぷるぷる首を横に振ります。

 

「で、本題なんだけどさ……ムドラの詩に出てくる青い戦士は、マインクラフターだったそうなんだよ」

「え……!」

 

目を見開いて、ニソラさんが辺りを見回します。

 

「グロウストーンはネザー特産。レッドストーンランプが作れるなら、ネザーに行った事があるのでしょう。

しかも場所がムルグ近く。ネートルさんが言うには、青い戦士は嘆きの砂漠方面から来たと言う見方が有力なのだとか。

ボクには嘆きの砂漠とムルグの位置関係は解らないんですが、少なくとも近くではあるんでしょ?」

「つまり……つまりこう言いたいのか!?『この家は、青の戦士が使っていた家だ』と……!!」

「その通りです!」

 

カーラさんの質問を肯定すると、二人が歓声をあげました。

無理もありません。ボクも結構テンション高くなっています。

伝説に語られる戦士の住んでいた家。しかも、グレートウッドに飲み込まれて状況から見るに、誰にも発見されていなかったに違いありません。

しかもまだシステムが生きているなんて!

気分は超古代の遺跡を発見した探検家でした。

 

目につく大きな根を手早く伐採して、導線を確保します。

まずボクが近寄ったのは、さっき見えた作業部屋でした。

壁にはレバーがついており、天井には埋め込まれたレッドストーンランプ。レバーを降ろすと、やはりこの部屋も明かりが付きます。

家がこんな状態になってなお、その機能を保ち続けるこのシステムの頑強さには脱帽です。この赤合金ワイヤー、結構錆が見えるんですけどねぇ……

チェストを開けてみると、木材や石材と言った資財や食料が入っています。

 

「スイカ、ニンジン、じゃがいも……あれ、もしかしてこれビートルート?」

「食べ物が残ってるんですか!?」

 

何年前の食べ物だって話ですよね。腐る通り越して溶けるレベルの年月が経っている筈なんですが。

――劣化が見えないのは、チェストの中で『シンボル化』していたからでしょうか?

スイカを手に取ると、シンボル化を解除しました。

瑞瑞しさを保ったままのスイカが現れます。

 

「え……それ、本当にチェストにあったヤツですか?」

「あったヤツなんですよねぇ……別に変な臭いもしないし。普通にスイカだよ、コレ」

 

かじってみる――のは、流石にやめておきましょうか。この後ムルグ潜入ミッションが控えていますし。ただこれ、普通に食べられそうですね。

少し考えて、シンボル化してインベントリに入れさせて頂きました。

他のクラフターから無断拝借するのは気が引けますが、流石にここまで時間が経っていれば罪悪感も無くなります。

畑で増やすために他の農作物も少し頂きましょう。

他のチェストも開けてみます。

 

「――おお!伝説発見!!」

 

このチェストはどうやらツール類が入っているようです。

火打ち石やハサミ、バケツ……そして、鉄の石突を付けた木の杖や、エンチャントが施されたダイヤの剣と言った武器、防具が入っていました。

耐久力もかなり減っています。

カーラさんが歓声をあげました。

 

「青い――詩に出てくる青い剣か!!」

「『青く輝くその剣は、死を否定する力があった』――でしたっけ?だから多分、現物です。アンデット特攻くっついてますしね」

 

アンデット特攻3、ドロップ増加3、耐久力3のエンチャント。

ウェザースケルトンの頭稼ぎ用の剣、って感じですね。

 

「はい。扱いには気を付けて下さい。ゾンビピッグマンもアンデットなので、その剣で怪我したらシャレになりませんよ」

「あ、ああ。ありがとう。

――素晴らしく、美しい剣だな」

 

青い輝きはダイヤとエンチャントの輝きです。

普通なら、そんな物で剣を作れば何か斬った瞬間に砕け折れそうなものですが、それを武器として成り立たせるのがクラフターの妙ですね。

 

「こんな武器が残されたままと言う事は……勇者様は、この家で生涯を過ごされたのでしょうか?」

 

カーラさんの手元を覗き込みながら、ニソラさんが言いました。

ボクは、他のチェストも一通り開いてからその考えを否定します。

 

「いや、多分引っ越したんだと思うよ。ここに残ってるのは、敢えて持ってく必要の無い物に限られてるみたいだしね」

「――この剣がか!?」

 

カーラさんの発言に苦笑を返します。

 

「鉱石が何処にも残って無いんですよ。その他、利便性の高いアイテムも見当たりません。

……そこに、不自然に空いたスペースがあるでしょう?足元の床も、そこの手前だけ別の素材で出来ているのが解ります。

多分、何かが置いてあったのを、引っ越しの際に持って行ったんだと思います。

その程度の剣よりもレベルの高い武器なんて、材料さえあれば幾らでも作れますし」

「……こ、この剣がか……」

 

引っ越しするにあたって、中途半端な武器防具はインベントリを圧迫するお荷物にしかなりませんからね。

捨てても惜しくない物は置いて行ってしまうでしょう。

本人達はこの剣についた伝説とか知りようがありませんしねぇ……

 

しかしこのスペース、一体何が置いてあったのでしょうか。

注意深く見回してみると、天井の一部に穴が空いている一角を見つけます。

すすすっと視線を降ろして床を確認。

床は、特に変わったところは見受けませんが……足をパンパン踏み鳴らして、その感触を探りました。

 

「――お?」

 

一部に軽い感触が。

素手でその辺りをトトトンと小突いて見ると、容易にその一角を回収できました。

下に空間があるようです。そこから漏れる光が、開けた穴から確認できます。

 

「隠し部屋ですか!?」

「そうだね、下に部屋があるみたいだ。

――ただ、ここは入り口じゃないね。多分、何かの導管が通ってたんだと思う」

 

手の中に回収したそれを改めます。

Mod「Ender IO」の導管ファサードでした。

工業Modの一角。エネルギーも液体もアイテム運搬も一ヶ所にまとめられる導管を提供する、利便性の高いModです。

あまりに便利すぎて、ボクは工業構成のMod環境を組む時これ無しではプレイ出来なくなってしまいました。

この導管ファサードは導管に被せて使います。そうすると、剥き出しの導管が他の建材ブロックと変わらない見た目になるのです。

 

――あはぁ、読めてきましたよ。

上はきっと太陽光ジェネレータ。エネルギーを導管で降ろして、さしずめ此処にはAE倉庫のアクセスターミナルでも組んでいましたか?

 

「入り口は――階段みたいな物は見当たらないね。多分、下には『装置部屋』が広がってると思うんだけど……どうやって下に降りてたのかな」

「――私、他の部屋も探してみますっ!」

 

隠し部屋の入り口探し――これほど楽しいロマンはありませんよね。

ニソラさんが嬉々として飛び出して行きました。

探索モノのゲームとかだと、何処かの部屋で謎解きするとファンファーレが鳴って秘密の道が開かれるのです。

 

「ふふん、甘いな……実際にはここで作業をしていたのだろう?ならば、この部屋の中から操作出来ないと利便性が悪すぎる。

――隠し要素はこの部屋の中にあると見た!!」

 

カーラさん、ノリノリですねぇ。

壁に張り付き、秘密のスイッチがないか探しはじめます。

……ちなみにボクもその考えには同意見。

良く使う部屋なのであれば、なるべく近くに無いと億劫ですからね。

ただ、Modマインクラフターのボクとしてはもう一捻り。

 

――そもそも、隠して無いんじゃないですかね?

 

床の素材が違う場所。

例のスペースにAE倉庫のアクセスターミナルが来るのであれば、この床は丁度ターミナルの正面になるワケです。

面積にして2×2の床。

確かめるように足でパンパン叩いてから、その上に立ってみました。

 

「――タクミ?」

 

怪訝な顔でカーラさんが見つめてきます。

軽く笑うと、視線を下に向けて気持ちだけスニークしました。

 

――次の瞬間、バスンと音がして視界が切り替わりました。

 

「んなっ……おい、タクミ!?どこへ行ったタクミ!!?」

 

『頭上から』カーラさんのそんな怒号が聞こえます。

どうやら正解を引いたようです。

恐らく、この素材が違う床はMod「Open Blacks」のエレベーターブロックなのでしょう。

シフトキー(スニーク)で真下にあるエレベーターブロックに、スペースキー(ジャンプ)で真上にあるエレベーターブロックに、一瞬で移動できると言う物です。

……いやあ、新しい要素のModがわさわさ出てきますね。

一度Not Enough Itemsのレシピに2~3日かけて潜った方が良いのかもしれませんが……

量が多くて目が回っちゃうんですよね。知らないアイテムも一杯あるし、解放されてない条件も沢山あるでしょうし。

 

「――下の部屋ですよ、カーラさん。隠し部屋に入りました」

 

と言うか、恐らく作った本人は隠し部屋だと言う意識は無かったでしょう。

階段はスペースが必要になるし設置デザインが難しく、梯子は登り降りに時間がかかり何より面倒です。

その辺りを考慮しなくて済むエレベーターブロックを選択したら、初めての人に優しくない隠し部屋みたいになった……と言うのが真相だと思います。

 

「んな……ど、どうやったんだ!?」

 

導管を通す穴から顔を出してカーラさんが聞いてきました。

 

「あー……ボクが立ってた床、ありますよね?そこに立って、下に行くようなイメージを持ちつつ身を屈めてみて下さい」

「う……ん……?」

 

スイッチもレバーも何もない方法を提示されて大混乱のカーラさんです。

とりあえず、やってみる事にしたのでしょう。

顔を引っ込めると、テクテクと足音が移動したのでボクは場所を開けるために数歩前にズレてあげました。

 

……数秒待つと、バンバンと地団駄を踏むように床が叩かれたり、「ふん!」とか「そいやっ!」と気合いを入れてる声が続きます。

なかなかうまく行かない模様。

 

――そして、さらに数秒後。

導管の通る件の穴から、カーラさんが降ってきました。

スタッと華麗に着地してニヒルに笑いながら顔をあげます。

 

「――待たせたな!」

 

台無しですよスネークさん。

 

「……いや、まあ、良いですけども。上に戻る時は大丈夫ですか?」

「……や、やっぱマズかったかな?」

 

機械を置く為でもあるんでしょう。

ここの天井は高めに作ってあり、その高さは5mです。床の厚みを入れたら、カーラさんは6m上から飛び降りた事になります。

その高さから怪我もなく、着地点の分散もせずにスタッと決めれたのは十分スゴいですが、しかしこの高さを無手で戻るのは流石に無理でしょう。

 

「……此処に立って、今度は上に飛び戻る事を意識しながら軽くジャンプして貰えますか?」

 

エレベーターブロックの上昇方法を伝えてみます。

考えてみれば、クラフターでないと使用できない可能性があるんですよね。

これで無理なら、この辺りの木材使ってあの穴に梯子でも掛けましょうか。

 

――バスンッ!!

 

「――おおっ!!行けた!行けたぞっ!!」

 

頭上からはしゃいだ声が聞こえてきました。

どうやら、クラフターしか使えないと言うのは杞憂で済んだみたいです。

そして再び「バスン」と言う音と共にカーラさんが現れました。

 

「――お、使えましたね」

「みたいだな。コツは掴めたよ。

……アレだな、下に向かってジャンプするイメージだ」

 

なるほど。

ボクはスニークで降りるのでそのイメージを伝えましたが、もしかしたらクラフターと普通の人達を比べたら、道具や施設の使い方に差が出てくるのかもしれません。

 

ステテテテっともうひとつ、上から足音が聞こえます。

 

「――ああああっ!!先越されてしまいましたっ!!」

 

導管の穴から、今度はニソラさんがピョコンと顔を出しました。

カーラさんが自慢げに笑いながら床を差します。

 

「材質が違う床があるだろう?その上に立って、下に向かってジャンプしてみると良い」

「……え、下に向かってジャンプですか?それって物理的にどうやるんですか??」

「やろうとしてみれば解るさ」

 

んんー?と首を捻りつつも、ニソラさんの顔が穴の向こうに消えて行きます。

――そして再び待つ事数秒。

「バスン」と音を立てて、ニソラさんが現れました。

一発ですね。

カーラさんのイメージ、大当たりのようです。

 

「ふえ!?ふええええええっっ!?何が!?何が起こったんですかっっ!?」

 

回りを見渡したニソラさんが大混乱に陥りました。

……普通にこれ、瞬間移動ですしね。

誰でも使える限定テレポーター。心の準備なしで使ったらこうもなりますよねぇ……

 

「ちなみに、上に戻る時は普通にジャンプだ」

 

カーラさんのアドバイスを受けてひとしきりバスンバスンと上下を繰り返し、歓声が落ち着いて来たあたりでニソラさんポツリと溢します。

 

「――この非常識さ……流石タクミさんの同類です」

 

勇者様がこれ聞いたら、ボクに風評被害のクレームとか来ますかね……?

 

 

@ @ @

 

 

「――寝室があったんです。家具が疎らに残ってました。ベッドが二つ、もしかしたら二人で暮らしていたのかもですね。

隠された道の暗号が書かれた日記を探したんですが、あいにく本棚にも机ももぬけの殻でして。楽譜もピアノもありませんでしたし」

 

それ、なんて青鬼ですか?

 

「あ、でもスゴいの見つけましたよ。何故か水が出る洗面台とトイレです。シャワーやお風呂も有りました」

「本当に!?それは大収穫だよニソラさん!!帰りに回収しよう!!」

「ああ、結構フラストレーション貯まってたんですね……」

 

当然です。もう焼けた石を水に突っ込んだ『なんちゃってお風呂』はやりたくないんです。

――ああ、石鹸も欲しいんだよなあ。残ってないかなぁ。残ってても朽ち果ててるだろうなぁ。

石鹸と言えば、服もまともに洗濯したいんです――って言うか、代わりの服が欲しいです。

下着だけ毎日お湯で洗って、乾くまでノーパンにジーンズで過ごしてますからね。

ネザーに来てから乾くの早くなったのは僥倖でしたが。

マインクラフトでは「衣食住」の「衣」の選択肢が少な過ぎるんですよね……

 

まあ、その辺りは置いておきましょう。

今はまだ探索の続きです。

 

機械部屋だと思っていたのですが、それ以外にもスペースを食うものをここに押し込めているようでした。

上と同じ砂岩の床にはレッドストーンランプが規則的にに埋め込まれていて、恐らく機械が置いてあったのでしょう、丸石のラインが2本走っています。

奥に視線を向けると、ダークグレーの石材で構成されたオベリスクが四方を台座に囲まれて鎮座していました。これはMod「Thaum Craft」の神秘の祭壇ですね。エッセンシアを使って触媒を励起させ、魔法の道具を作り出す祭壇です。

――ところで、チェストの中の鉱石はお引っ越しの際に全て移されたようですが、一部残っているものがあったようです。

床の一角に、白い石と青い石で作られた3m×3mのモニュメントが設置されていました。

Mod「botania」の施設です。

 

「……この青い石、宝石……ですか?」

「ラピスラズリブロックだね。テラスチールっていう、特殊な金属を生成するために必要な儀式台だよ。本当はこの中央に、中核を担うプレートが設置されているんだけど……流石に持って行ってるみたい」

「宝石のブロックは、置いて行っても問題ない物なんですか……」

 

ニソラさんの感覚では、ラピスラズリもそれほど出回っている物では無さそうです。

ゲームの感覚であれば、ここで使われているラピスラズリブロック4つ程度、資材が集まっている中盤以降であればレア度も低いため見捨ててしまうイメージがあります。

実際、勇者様が残しているのを考えれば、当時とは相場が違っているのかもしれません。

 

しかし――RedPowerの配線に始まり、Ender IOの導管やOpen Blocksのエレベーター、そしておそらくApplied Energisticsの倉庫、Thaum Craft の魔術道具にbotaniaのモニュメントですか。

どうやら勇者様は、工業と魔術両方に秀でていたみたいですね。

偉大なる先輩とお話してみたかったとしみじみ思います。

今もこの家に住んで居てくれたら、情報交換は元よりダイヤの一つぐらいならおねだり出来たかもしれません。

 

そうそう。Mod要素以外にも、地下に残っている物がありました。

 

――ネザーポータルです。

 

「――黒曜石用意してたけど、無駄になっちゃったかな」

 

ムルグ潜入にあたって任意の場所にポータルを開く必要があった為、黒曜石を持って来ていたのです。

シンボル化したままの黒曜石を手の中で転がしました。

少しばかりタイミングが悪かったみたいですね。

 

本来、黒曜石はダイヤのピッケルがないと採掘する事ができません。ダイヤを未だに手に入れられてない現状では、シンボル化した黒曜石を入手する事は出来ない筈でした。

だから任意の場所にポータルを開くなら、溶岩バケツを10個持ち歩く必要があったのですが……ケーキを保存する為に用意した冷蔵庫が、この問題を解決してくれました。

 

――この黒曜石は、溶岩を冷蔵庫で冷やし固めて作成した物なのです。

 

Not Enough Items でこのレシピ見つけた時は吹きましたよ。溶岩を冷蔵庫で固めると言う発想を実装しちゃうのはスゴいです。

お陰で黒曜石由来のレシピも幾つか解放する事が出来ましたし、PprojectEのアイテムの為に黒曜石を用意する目処も立ちました。

ニソラさんが教えてくれた黒曜石の産地に行く必要も無さそうです。

ストックしていた鉄をスッカラカンにしてまで冷蔵庫作成に踏み切った理由でもあります。

 

「ニソラさん――行動開始まで後どれくらい?」

「2時間ですね」

 

まだまだ残っている時間をどうしようか考えつつ、火の落ちているネザーポータルを眺めます。

……さてはて、このポータルは何処に続いているのでしょうね。

ムルグの入り口付近にある森を狙った筈ですが、ネートルさん曰く、勇者様は嘆きの砂漠から来た説が有力なんでしたっけ。ニソラさんの見立てが合っているのであれば、場所が少しズレている事になります。

ムルグの森ではなく、その近くにある洞窟の中に繋がっていて、その洞窟は嘆きの砂漠付近まで延びている――とか?

 

「確実なのは、このポータルの先はムルグの森の中よりも人目につかない所だってことかな。――ムルグが皆で探してなお、ポータルが見つかって無かったのだし」

「いや。単にポータルだと気付かなかっただけの可能性がある。青の戦士由来の物とは知らずに、不明なモニュメントとして管理されているケースは十分考えられる。

……俺としては、このポータルの先は非常に興味があるが、今回のミッションにこのポータルを使用したく無いな」

 

ああ……確かに、火の入っていないポータルなんて黒い枠程度にしか見えないですもんね。

 

「あー……すみませんが、他の場所にポータル開くのは諦めてください。ネザーポータルって、既に開かれた出口に引き寄せられる性質があるんですよ。

既に勇者様がここからポータルを開いていたのであれば、この近辺でポータルを開くと必ず勇者様の使った出口に繋がります」

「そうなのか……流石に、この事態は想定して無かったな」

 

ここから130mぐらい離れた所で開けば、ちゃんと別の所に繋がるんですけどね。

 

カーラさんが少しの間瞠目しました。

 

「――突入先の調査の為に少し潜入を早める事も考えたが、やはり予定通り行こう。ネザーポータルはここの物を使わせて貰う事にする。

考えようによっては、ゲンの良い話じゃあないか。我々はかの青き戦士と同じ道を辿る訳だ。

――つまりコレは勝利の道であり、成功の道であるワケだ」

 

陽動あっての潜入です。

陽動に目が向いていない段階で潜入する方が危ない、と言う判断ですね。

 

「じゃあ方針も再確認した所で、残りの時間についてだが――」

 

「「探索で」」

 

満場一致でした。

 

――そりぁあ、まだまだ探してみたいとこ沢山ありますもん。

緊張感の無い、退屈しそうにない2時間になりそうです。

 

……夢中になりすぎて、遅刻しないように気を付けなきゃですね。

 




台詞の前と後に空行を入れるようにしてみました。
個人的には違和感あるんですが、どうやらそうするのがお作法のようだと今さら気づくのです。
少しは読みやすくなっているでしょうか。

頂いた感想の中で「クラフターが作ったものは劣化するのか」と言う命題がありました。
その時はまだ設定決めていないとしましたが、この話はそれの答えと言う形になります。

ある設定を決めました。ネタバレになるのでそれは公開しませんが、そこから派生するルールにより、以下のような結論になりました。

インベントリに入れるような「シンボル化」した状態では劣化しません。
ブロックとして設置した場合は劣化します。
だから有機系の物なんかはちゃんと腐ります。
そういう方向でお願いします。

……え?それだと有機系であるチェストが普通に使えているのはおかしいって……?

――そこはファンタジーで(震え声)

※2017/8/30
台詞の行間空けと誤字チェック、加筆修正を全話に行いました。


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ムルグ潜入作戦

雷の迸る音が遠くから聞こえました。気持ち、下の方からでしょうか。

ラクシャスさんが頑張っているようです。

 

「みぃーつけた、っと」

 

ポコンと開けた正方形の穴から顔を出してみると、ネザーレンガで構成された大きな建物が遠くに見えました。

初めて見る、ムルグの町並みです。

ガストから逃れる為、ヘルバークの森林に作られた町だと聞きましたが、なるほどムドラよりも緑が多い気もします。

そして、ムドラよりも起伏が激しいです。

 

「――見られてないから、今のうちですよ」

 

開けた穴から這い出ると、続けてカーラさんとニソラさんが出てきました。

 

「……侵入は無事成功、だな。ラクシャスはまだムルグに辿り着いていないようだ」

 

陽動が生きているのでしょう。

郊外と言うのもありますが、人の気配が見事にありませんでした。

 

「時にニソラさん……ラクシャスさんの雷は下から聞こえて来てる訳だけどさ。なんでムルグは上にあるって解ったの??」

 

居場所が解らなくなったらラクシャスさんの雷の音がする方へ向かえ――そう言う手筈だった訳ですが。

あのポータルを出てから上に向かう事を提案したのはニソラさんでした。

ネザーポータルは高さまでは相似しないと説明していたにも関わらず、です。

問われた本人も余り良く解っていないのか、うーんとアゴに指を当てて首を傾げています。

 

「……気圧……?」

 

そんな馬鹿な、と思わず突っ込みました。

上に登ったと言っても、その高低差は20mほどに過ぎません。

と言うか、気圧で自分の位置する高さが分かるものなのでしょうか。

それ以前、ネザーは果たして高低差で気圧が違っていたりするのでしょうか。

 

「長いこと色々旅を続けていたからですかねぇ?距離とか位置とかそう言うの、頭の中で整理するの得意なんですよ。

でも、具体的にどうやってるのかって言われると――ああ、そうだ。不思議ぱぅわぁですよ、きっと」

 

うまい説明が見つかったとニッコリ笑うニソラさんです。

……これは一本取られてしまいました。

 

「不思議ぱぅわぁかぁ」

「不思議ぱぅわぁです」

「――不思議ぱぅわぁなら仕方無いね」

「はい、不思議ぱぅわぁなら仕方無いんです」

「……そろそろコント終わらせて良いか?」

 

怒られてしまいました。

 

「さて……タクミ、とりあえずこの穴は塞いでおいてくれ。誰かに発見されてポータルが見つかるのは面白くないからな。

話した通り、先ずは中央指令部に向かうぞ」

「了解です――っと、目印何か用意しますか?帰りに使うんですよね?」

「いや、要らない。このぐらいなら俺も覚えられるし、ニソラも位置を見失う事は無いだろう」

 

出て来た穴を手早く埋めます。

クラフターのブロック設置は継ぎ目無しの1m単位です。もしこの場所にアタリをつけられたとしても、簡単に見つかる事はないでしょう。

 

フォーメーションは、予め決めてありました。カーラさんを先頭に、ボクが後ろに着き、さらに後ろにニソラさんです。

白鞘を握りしめ、索敵に意識を向けながらカーラさんの後に続きます。

ラクシャスさんの雷をBGMに、ボクたちは走りました。

ゾンビピッグマンの気配はありませんでした。

ボクの――と言うより抜刀剣の索敵は建物を透過して検知できるのですが、幾つか家の側を通ってもその気配はありません。

その疑問をカーラさんに伝えてみます。

 

「――非戦闘員は避難しているのかもな」

 

なるほど、言われてみれば当然の事です。

今ムルグは空襲を受けて警報がなっている大日本帝国みたいな状態なんですよね。

ラクシャスさんがあそこまで派手にやってれば、そりゃあ逃げますよ。

――ええと、元よりガストの危険に晒されていた訳ですから、避難ルールは出来ていた筈ですね。

集合避難場所か、防空壕的な所に固まっていそうです。

 

「大歓迎だ――仕事がやり易くなる」

 

それでも視界の通る場所への警戒を怠らないカーラさんです。

素早くクリアリングを済ませると、クイッとハンドサインで前進を促してきます。

遠くの方で大きな盾を持った哨戒が立っているのが見えます。その死角を縫うように、ボクたちは中央指令部を目指します。

 

カーラさんは、ムルグに来た事は無かったそうです。ブリーフィングの時にそんな話になりました。

カーラさんに限らず、ムルグに明るい戦士はムドラには余り居ないそうで、居たとしても中央指令部の様な重要施設を把握している人は皆無なんだとか。

だから本当はギヤナさん、この潜入班にムルグ出身のネートルさんを入れたかったと思います。

道案内役が居るだけで成功率跳ね上がりますしね。ターゲットの顔を知ってるのがネートルさんだけって言うのもありますが。

もっとも、ネートルさんは情報提供こそしてくれましたが本格的にムルグを裏切る事は無いでしょうし、それ以前に「寄生」されている可能性も捨てきれないので作戦の内容も知られていない訳ですけども。

その代わり、ネートルさんにヒヤリングして大まかな地図を作成してきました。ムドラが元々持っていた少ない地形情報と突き合わせ、何とか作戦に使えそうな地図に仕立てあげたのです。

そうやって出来た地図は今、カーラさんの懐に収まっています。

ブリーフィングの時に地図を頭に叩き込んできたカーラさんは、特に地図を広げる事もなく、警戒ついでに記憶した地図から現在地を確認しながら足を進めます。

 

ボクは白鞘片手に索敵しながらムルグの町並みを眺めました。

建築様式はムドラと大して変わっていないように見えます。

文化としては似たような物なのでしょう。

ムドラはネザー要塞跡地に出来たそうなので、建築技術や文化の派生元はもしかしたら二つの町ともネザー要塞を起源にしているのかも知れませんね。

大きな違いと言えば、やはり町全体の起伏が激しい事でしょうか。

好んで崖の近くに家を建ててる、と言い換えても良いです。

そしてぽつりぽつりと人がやっと入れる程度の穴が壁から空いている光景が見えます。

――ずっと昔、子供の頃の遊び場だったお寺の一角で、ボクは同じ様なものを見たことがあります。

そのお寺は小さな崖に隣接していて建っていて、崖には人為的に作られた洞穴が空いているのです。

ずいぶん簡素ですが……きっとこれは、防空壕と言う奴なのでしょう。

穴が比較的近い位置にあるのは、きっと中で繋がっているから。逃げ道を複数作る為でしょうか。

入り口のサイズが小さいのは、ガストから逃れる為なのでしょう。

――ムルグは、ガストから逃れる為に作られた町です。

ムドラと相似する文化の中に、ガストから逃れる為の努力が滲み出て来ているのです。

それを意識した時、ボクはまるで映画「火垂るの墓」の町中にでも入り込んだような、空襲から逃れんとする焦燥と怯えの空気に浸された様な錯覚を覚えます。

これも、戦争と言う奴なのでしょう。

ムドラとはまた違う、歯を食いしばって戦火を耐え抜く民達の空気です。

 

「……そこの曲がり角。左から二人来ます」

 

そんな空気を感じながらも、抜刀剣の索敵はしっかり機能していました。

カーラさんが素早く辺りを見回します。が、隠れられそうな所がありません。

 

「む……眠ってもらうにしても……二人、か」

「壁掘って隠れましょうか?」

「そうか、そういう反則が使えるのだったな。頼む」

「了解」

 

ネザーラックは柔らかいのです。ブロンズピッケルを使えば、4m×1m×2mの横穴を掘るのに3秒かかりません。

素早く壁の中に逃げ込んで、入り口を蓋しました。

数秒後に、蓋した向こう側から小さく声が聞こえてきます。

 

「――今、何か音がしたか?」

「うん?……特に何もないな」

 

続けて、更に小さくラクシャスさんの雷が響きます。

 

「――この音かもな。……クソッ、好き放題やりやがる」

「……持ち場を離れる訳には行かないぞ」

「……わかってるよ」

 

――聞こえたのは、そこまででした。

そこから更に数秒待って、捉えた気配が遠ざかっていくのを確認します。

 

「……行ったみたいです」

 

入り口をあけて、ピョコンと首を出してみます。

 

「……君はなんと言うか、本当に反則だな。向こう側が見えているのか?」

「便利でしょう?」

「――もうそれで良い気がしてきたよ」

 

額を覆いながらカーラさんが疲れたように溢します。

実際便利なのでツッコミするのは諦めたみたい。

良い傾向でした。

 

――潜入は特に問題もなく進みます。

時々見つかりそうになる度に、壁やら床やらに隠れられるボクの能力がチートでした。

それでも数秒を必要としますが、抜刀剣の感知とカーラさん、ニソラさんの気配察知を全て抜けて数秒の時間を潰してきた剛の者は居ませんでした。

 

ひとつ、ニソラさんがしきりに空を警戒していました。ガストへの警戒かと聞くと、ファイアーバットとワスプへの警戒だそうです。

……そう言えば、ギヤナさんも危惧していた事を思い出します。ファイアーバットに寄生してネットワークを作られたら脅威だと。

ネートルさんによれば、少なくともファイアーバットとワスプを一体づつ手駒にしている筈なんですよね。

空を飛ぶモンスターなので寄生の難易度は高い筈。

手駒を揃えようとするならクーデター勃発辺りからでしょうし……恐らく与えた時間は4~5日程度。

その間、クーデターの後処理をしつつ、途中ニソラさんの捜索やムルグ防衛にリソースを裂きつつ、難易度の高い飛行モンスターを手駒に入れる……ううん、出来そうでもあるし出来なさそうでもあるんですよね。判断が難しいです。

――うん?

そう言えば、ニソラさんを探していた時にファイアーバットを一体斬りましたね。

もしかしてアレが手駒のひとつだったりして……さすがに都合良すぎますか。

 

「アレだな」

 

カーラさんが遠巻きに視線を投げました。

少し開けた場所に一際大きめの建物がひとつ。

「確認する」と断りを入れて、ここではじめてカーラさんが地図を開きます。

 

「――よし、間違いなさそうだ。ネートルが裏切ってなければ、だが」

 

……せめて「間違ってなければ」にしてあげてください、とフォロー入れようと思いましたが、確かに警戒すべき筋ではあるので苦笑いして誤魔化します。

流石に中央司令部は警戒も厳しいようで、他に比べれば警備も倍ほどありました。

 

「ネートルが危惧していたように、使用されていない……と言うことは無さそうだな」

「戦争中ですからね。ガストとは違います」

 

警備の数が、その心配が杞憂であった事を証明していました。

――そう、実は機能してない可能性があったんですよ、中央司令部。

と言うのも、ムルグが想定している最大の仮想敵はガストな訳で。いちいち中央司令部を通して兵力出してたら間に合わないって事で、大抵迎撃の際は各地に置かれた詰所から各々の判断でスクランブルしているそうです。

その為、中央司令部はほぼ事後の資料置き場になるだけで、司令塔としての役割は全然こなして無かったとかなんとか。

 

「――思った以上にあっさり着きましたね」

「反則がいたからな。タクミの能力がムドラに向けられたらと思うとゾッとするよ」

「それもあるんでしょうけど……ここまであっさり着く展開となると、この後に嫌なイベントが入るのが常かな、と」

 

メタ推理全開のニソラさんです。

 

「フラグだよニソラさん……と、言いたいけれど。まあ、確かに警戒して然るべきかなぁ――罠のセンは」

 

視線の開けた場所に複数の警備。

少なくとも、普通に近づけば見付かる可能性は高そうです。

 

潜入方法は全員一致で「地下からトンネルを掘る」でした。前準備なしでこの手法が取れるのはマインクラフターの強みです。

とりあえず深めに6m。地面を掘って深さを確保。

ニソラさんが中央司令部への距離を計り、ボクが直上の気配を察知して侵入します。

部屋の間取が解りませんから、顔を出す場所によっては見つかる危険もありますけどね。

ポコポコとネザーラックを掘削していきます。

4m進むのに3秒掛かりませんからね……1分もあれば余裕で到着しちゃうわけです。

 

――直上の気配はありません。

 

「さて、本丸だ――行くぞ」

 

カーラさんの静かな号令に、ボクたちは無言で頷きました。

 

 

@ @ @

 

 

カーラさんを含め、今回のターゲットであるアーシャーさんの容姿は誰も知りません。

ムドラの使者だったニソラさんも知りませんでした。――もしかしたら顔だけは見た事があるかも知れませんが、特に紹介はされなかったそうです。

きっとクーデター勃発以前は、ムルグの代表の一人として紹介されるような立場では無かったのでしょう。

偽臣の書は普通に考えれば軍事機密ですしね。

ネートルさんからの情報も、芳しくありませんでした。

ギヤナさんみたいな一目で判る特徴があればまだしも、敢えて挙げれるような特徴が無いなら、人の容姿を口頭で説明するのは難しい物です。

ので、ボクたちの方針は少し強引な方向に傾きます。

アーシャーさんを知ってそうな人を取っ捕まえてその居場所を聞き出すか。

偽臣の書っぽい物を持ってる人をそれと判断するか。

はたまた、誰かがアーシャーさんの名前を呼んでいる所を抑えるか。

最後の最後な手段としては、誰かがわざと取っ捕まってアーシャーさんと顔を合わせるのを待つ「囮作戦」なんてのも。やらないですけどね。

 

「先ずは居場所を絞り込む。それっぽい部屋にいるそれっぽいヤツを浚って平和的に話し合おう」

「フワッとしてますねぇ……」

「流石にこの辺りになると、なるようにしかならんからな」

 

ごもっともです。

 

――と、言う訳で先ずは「それっぽい部屋」探しから。

ここは中央司令部ですからね。名前の通りに運用されているなら、警備以外の人は皆「それっぽいヤツ」に当たるでしょう。

その警備もムドラ襲撃により最低限に押さえられている筈です。

 

中央司令部とは言え、外から見た感じではそこまで広くは無さそうでした。大体15m×15mの2階建て。

部屋数は解りませんが、仮に全部回ったとしても、それほど時間は掛からないでしょう。

 

実際、作戦室っぽい所はすぐに見つかりました。

 

「――この向こうに、人の気配がしますね」

「うん。5つ反応があるね」

「……お前達ちょっと便利過ぎないか。頼むからムドラの敵には回らないでくれよ……」

 

手早く聴診器のような物を壁に当て、少し待てとジェスチャーするカーラさんです。

ニソラさんが少し視線をさ迷わせ、そっと壁に耳を寄せました。

これで聞こえてたらスゴいですが……

ボクだけ突っ立っているのもなんなので、ニソラさんに倣い壁に耳を寄せてみます。

ネザーレンガ製の壁です。

クラフターが作るような1mの厚さでは流石に無いようですけども、それでも音を遮るのには十分な代物です。

無駄かなと思いつつ意識を集中してみると――

 

<挟撃も、効果が見られません>

 

……なんか、視界に小さく小さく、そんな文字が飛び込んできました。

驚いて壁から耳を離します。

ニソラさんがきょとんとこちらを見ていますが、その表情はボクがやりたいのです。

その「文字」は、壁の向こうから滲み出るようにボクの視界に現れるのです。

 

<ええい、どれだけ好き勝手するつもりだ、ラクシャスめ!>

<まだ消耗が見られません。このまま波状攻撃するのは逆効果では?>

<解っている!……奴らの目的は判るか?>

<ムドラの使者の奪還では無いでしょうか。軍を用いてムルグの戦力を足止めし、その間に少数でムルグに突入。そのまま使者を解放し、ムルグの情報と出血を狙う……>

 

壁の向こうから、会話が文字になって出てくるのです。

漫画の吹き出しをリアルにやったら、こんなんなるんでしょうか?

……Minecraftの当該機能、ちょっと心当たりがあります。

これ、もしかしてアレですか?ゲーム内の音を字幕にする機能。

きっと耳が遠かったりする人のためのユーザビリティ。

ボクは使ったことがありませんが……

 

<見方としては全うだな。……しかし解せない部分もあるぞ。少数による突入であるならば、その行動は隠密であるべきだ。しかしラクシャスは盛大にぶっ放しておる>

 

<なるほど……ムドラのリソース不足でしょうか?もしくはラクシャスの独断か>

<ギヤナはバカではない。終始隠密が必要ならば、最低限それを貫ける人材を選ぶはずだ。これは明らかにケンカを売りに来ている>

<……まさか使者の解放ではなく、直接頭を獲りに!?>

<いいやそれも違う。やり方がずさんに過ぎる。直接獲りに来るならなおさら奇襲が有効だ。最後の最後まで一撃は隠さなければならん。ワシがギヤナなら……>

 

自身の新たな能力に驚きつつも、とりあえず恩恵は利用します。

この「文字」は、ボクの聴力よりもさらに高性能に音を拾ってくれるようです。

 

<――そうか、これは陽動だ!!二重の陽動を起こしつつ、ムルグに潜入した本命から目を逸らす……あわよくば、潜入組とラクシャスで挟撃を行う構えだ!>

 

カーラさんが聴診器をしまい、ニソラさんが壁から耳を離しました。

 

「<――移動するぞ、ここはマズい。説明する時間はないが、>」

「<ドアの死角に移動しましょう>」

 

あ、カーラさんとニソラさんの口からセリフが飛び出して見えます。なにコレ面白い。

事情は分かっているので即刻うなづいて、足音を極力立てないように曲がり角にダッシュで飛び込みました。

……数秒おいて、ドアを乱暴に開いた音と誰かが走り去っていく足音が「文字」と一緒に聞こえます。

たぶん誰かが伝令に走ったのでしょう。もしくは収容所的な所に人を送ったのかもしれません。

 

――うん?……人を送る?

なんか引っ掛かりますね……

 

曲がり角にぴったりくっついてリーンするカーラさん。

どうやら見つかってはいないようですが、ココからさらに警備は厳しくなるでしょう。

コッチに振り返って口を開きます。

 

「<……あー……もしかして部屋の中の会話、聞こえていたのか?>」

「<はい、途切れ途切れでしたけど>」

 

ニソラさんと一緒にボクも頷きます。

 

「<何と言うか……酷いな。いろいろ酷い>」

 

諦めたように天井に視線を向けるカーラさんです。

いや、ボクも今回ちょっと驚いています。

普通に話す分には、文字がちらちら視界に入ってチョッとうっとおしいですねコレ。

うーん……?切り替えはどうやるのかな、っと……?

 

「――なら、状況は解っているな?我々の存在に気づかれたようだ。まだ見つかってはいないが、楽観視はやめるべきだろう」

 

お、直りました。

 

「……1人、ラクシャスさんの進撃をリアルタイムで報告していましたね」

「ああ、そうだな。それが出来るのは「寄生」された者か、アーシャーだけだろう。あそこにいた5人のうち1人がアーシャーである可能性が高い」

 

作戦司令室で寄生されてるだけの「ダミー」を置くのは普通に考えたら上官の心象悪いですからね。

何らかの理由があれば別なんでしょうけども。

 

「でも、ちょっと意外でした。――状況を報告させてたって事は、指示を送ってた人は「寄生」されていないって事ですよね。もし「寄生」された人であれば、報告させるまでもなく状況解っているハズですし。ボクは、このクーデターの頭がアーシャーさんだと思ってましたが……」

「ああ。アーシャーの「寄生」を考えるなら、下に置くのは無謀に思える。それでもその構図になると言う事は……もしかしたらこの件はアーシャーの独断では無かったのかもしれないな」

「無謀と思えるウィザーの兵器化に賛同する人間が一定数居たってことですね」

「それも、トップの方にな」

 

偽臣の書による恐怖を利用して君臨していると思っていたのですが、チョッと意味が違ってきました。

ボクたちの目的はアーシャーさんと偽臣の書の確保なわけですが、それだけだともしかして黒幕を取り逃がしてしまう可能性があるんでしょうか……?

 

「指示を出していた人の声、覚えがあります。紹介を受けた人です。――確か、ムドラの兵の総括である、ハヌマトさんだったかと」

「……兵を総括するほどに大局を見れる人間が、弓よりも厄災を選んだと言うのか……?」

 

やはり「寄生」されてるのか?と混乱に陥るカーラさんです。

「寄生」されている者同士で指示を飛ばしあう……部下に対するポーズか何かとか?

疑いだしたらキリがありません。

 

「人を出したのも気になりますね。外にいる「寄生」された人材を使えば良いのに、それをしなかった訳ですから」

「――そうだな、確かにそれで事足りた筈だな。単純にリソースが不足していたのか?」

「方便と思われていた「回数制限」の話……もしかしたら、本当だったのかもしれませんね」

 

単純にリソース不足であれば、それがしっくりくるような気がします。

 

「とにかく、やる事は決まったな……あの部屋にいる推定アーシャーをかっさらう。うまい事偽臣の書を持っていたら本物認定して良いだろう。あの部屋にいるのは……一人出て行ったから、4名の筈だな」

 

カーラさんがこちらに視線を向けました。

 

「俺たちの存在に気づいたのなら、わざと騒ぎを起こしてあの部屋から引っ張り出しても良いが……指示を出す地位にいるのなら、自ら動く可能性は低いかもな」

「つまり――強行突破、ですか?」

 

相手は4人。こっちは3人。

不利ですが、コッチには戦闘力が振り切ったニソラさんがいるので制圧は可能かもしれませんが……

 

「――さすがに偽臣の書の前に飛び出すのは勇気がいる。何らかの策を練りたい所だ」

 

ニソラさんが「寄生」されたら、ボクも理性を保っていられそうにありません。

きっといきり立って白鞘抜いて斬りかかり、あっけなく「寄生」されちゃう未来が見えます。

 

「……策、かぁ……」

 

天井を見上げてぼうっと呟きました。

陽動として騒ぎを起こすレベルでは成果が見込めないならどうするか。思考としては、アーシャーさん達が外に出てくる理由を捻り出す形になるんでしょうけども……

うーん……「わざと捕まってみる」とか?

いやいや、下策が過ぎる気がします。

 

「――タクミ」

 

一案思い付いた、と言うような目でカーラさんが口を開きます。

マスクで隠れた口元ですが、獰猛に笑っているのが見て取れた気がしました。

 

「ここはひとつ、破壊工作と行こうじゃないか。――盛大にな」

 

――カーラさんが提示してきた策は、まあその、なんと言うかその……ぶっ飛んでいました。

 

 

@ @ @

 

 

中央司令部の二階です。

どうも、このフロアは兵の宿舎的な居住エリアになっているようです。

一階フロアでは物資のやり取りや作戦会議と言った実務的な要素を総括し、それ以外の要素を二階に回して効率化してるんですね、きっと。

お陰で、二階フロアには誰もいません。

工作し放題でした。

 

「良いのかなぁ……こんな事やっちゃって……」

 

ポコポコ壁やら床やら天井やらにツルハシを振るいながらボヤきます。

「シンボル化」を切ったり切らなかったりうまく調節することで、極端に過重が掛かる部分をわざと作っています。

他には壁抜いたり通路を揃えたり……

全体的にこの建物、そこまで複雑ではありませんし規模としても中程度なのが救いでした。

わりかし計算が楽です。

 

「構わんさ。俺たちは戦争をやっているんだからな」

「タチの悪いドッキリの間違いじゃあ無いですか」

「タチの悪いドッキリで終わるなら、十分人道的だろう?」

 

ごもっともではありますけども。

 

「後で元に戻せって言われても知らないですよー?」

 

もう元の間取りとか忘れちゃいましたよボクは。

 

「そう言うのは全部ギヤナが処理してくれるから大丈夫だ」

 

悲しくなるほどヒドイ暴論を見ました。ラクシャスさんと言いカーラさんと言い、メンドクサイ事をギヤナさんに押し付け過ぎのような気がします。

ギヤナさん、どうか強く生きて下さいと心中で祈りを捧げました。

ポコポコと目ぼしい部分を崩し終わり、静かに息を吐きました。

 

「……こんなものでよろしいかと」

「よし――ニソラも配置についていることを確認した。出入り口を塞いだ後で、状況を開始するぞ」

 

配置に着きます。

一階入り口の真上に当たる部分です。

誰にも気付かれないように、白鞘を通して真下の気配を探ります。

別動隊の存在が示唆されていた事が上手いこと作用しているのでしょう。

恐らく人的リソースは収容施設とかそっちの方に行ってるようで、下には誰もいませんでした。

素早く二階から床に穴を開けて、一階の出入り口を塞ぐようにネザーレンガブロックを積み上げます。

マイクラの妙技です。3ブロック=3m下までなら手が届いて無くともブロック置けますからね。

下に降りるまでも無くブロック積めましたよ。

これでもう、ここから入る事も出る事も出来なくなりました。

遠くで壁に張り付いているニソラさんに親指を立てて、準備完了の合図を出します。

ニソラさんの合図が返って来たのを確認し――

 

――ボクは「シンボル化」を切ってツルハシを振るい、容赦なく天井を落としました。

 

 

@ @ @

 

 

作戦としてはシンプル。そしてダイナミック。

え?本命が作戦室に籠って出てこない?

なら作戦司令部まるごと崩せば流石に泡食って出てくるべ、と言う頭の悪いゴリ押し作戦です。

マインクラフターが居るからこそ出来る強行策。

外からの増援や予測不能な方向への逃亡を防ぐために、出入り口を塞いだ上で逃走経路を限定します。

……いきなり建物が崩れだすとか、やられた方はトラウマになるんじゃ無いですかねこれ?

 

下の方から叫び声が聞こえてきます。

何で塞がってるんだ、どう言うことだ、何が起こっているのだと阿鼻叫喚の様相です。

ほんと申し訳ありませんと心中で両手を合わせながら、次々と天井を落とし、壁を崩し、少しずつ建物を倒壊させていくボクです。

階下が瓦礫でどんどん埋まっていきます。

その傍らで白鞘を握りしめると、哀れな被害者さん達がこちらの思惑通りのルートで逃げ回っているのが確認できました。

 

彼らを観察できる位置にいたカーラさんが、ハンドサインを投げました。

 

――ヒットです。赤い本を確認した、と言う合図でした。

つまり、被害者のうち一名はアーシャーさん本人と見て良いと言う事です。

ちなみに、赤い本を確認できなかった場合そのままトンズラするという迷惑極まりない所業を行うまでが今回の作戦だったりします。

まあ、無駄にならなくて良かったです。

 

「さて……」

 

今一度気配を確認すると、うまい具合に1名さっきの崩落で隔離できていました。

つまり、カーラさんから見える3名のうち1名がアーシャーさんと言う事になります。

偽臣の書の前に出る訳にはいかないので、このまま適当に追い込みつつ、ひとりひとり奇襲をかけて無力化して行く事になります。

結構細工の時間貰えましたからね。更に分断することも、ボクらであれば可能でしょう。

 

――ボクはニソラさんに「攻撃開始」の合図を投げると、白鞘を握りしめそのまま階下へ飛び込みました。

 




危うくエタるところでした…

要所要所のプロットは決まっているのにシーンごとのイメージが出来ていなかったので紆余屈折してしまいました。
最終的にはダイジェストみたいな形になってしまいましたが、最近なんかそれでもいいような気がしてきました。
おかげでムルグ潜入が次で終わりそう。

さて、投稿までの間、私のマイクラ環境は1.7.10→1.10.2→1.12.2とガラッと変わりました。
抜刀剣の挙動はその間随分と変わったようで、1.7.10時代は壁を透過して敵をサーチできた(と思う)挙動が、1.12.2では出来なくなっていました。
劇中では「障害物を透過して敵をサーチできる」と言う設定で書いております。

そして1.9からのバニラ要素である音の字幕化も能力として覚醒。
これからどんどん新旧バージョン入り混じった描写が増える事になると思いますので、この小説を見てModを試そうとしている方がもしいらっしゃる場合はご注意ください。


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偽臣の書

前回までのあらすじ

無慈悲なクラフターによる金閣寺の一枚天井大崩落。


崩れ行く屋内で、訳もわからず逃げ惑う3名を追撃です。

発しているであろう怒声は崩壊の音で悉く掻き消され、気が付くとカーラさんが物陰から一名引っ掴んで引きずり込んで行くのが見えました。

……これはもう、イジメと変わらないのではないでしょうか。

 

ボクはと言えばアーシャーさんに指示を出していた人に背後から強襲。白鞘を頭に思いきり叩きつけました。

 

「っぐあっ!?」

 

安心しろ、峰打ち……峰打ち?鞘ごとブン殴るのは何て言うんですかね。鞘打ち?

まぁ良いや。

鞘による一撃で体勢が崩れた脇腹に、今度は力一杯柄をめり込ませっ!!

 

「ごふっ!?」

 

後は襟首掴んで後ろにポイ。

そして空かさず壁を張って隔離。

 

流れるようにコンボが決まりました。

ごめんね多分エラい人。悲しいけどコレ、戦争なのよね。

 

「――地上、人だと……っ!?」

 

ここで初めて、一人残ったアーシャーさんがボクの事を視認します。

何だかんだ言って、存在には気づかれてても接敵するこの瞬間まで姿を見られなかった辺り凄いと思います。

 

「ムルグのアーシャーさんですね?……お覚悟を」

 

ゆっくりと白鞘を抜き、その刃を突き付けてピシリと正眼に構えました。

気分は幕末に暗躍した人斬りさん的な。

……でも、ごめんね?

 

「う、動くn――」

 

――全部ブラフなんだ。

 

彼が赤い本をボクにつきつけようとした瞬間、その側方から飛来したニソラさんの毒矢が寸分違わずその手に突き刺さりました。

相も変わらず惚れ惚れする腕前です。

ガストをのたうち回らせたメイド妖精特製の毒を、適当に減毒処理したアブない香りのする一品でした。

きっと矢が刺さる以上に激しい痛みを感じてそう。

赤い本を取り落として叫びを上げるアーシャーさんの背後から、音もなくカーラさんが接近して首をキューっと羽交締めします。

あわれ、アーシャーさんはひくひく痙攣しながら白目を剥き、意識を飛ばしてしまいました。

 

――やっぱコレ、イジメだよね?

と言うかコレ、死んでないよね?

 

一連の過程が思わず命の危険を感じさせます。

昔こういう雰囲気を出してた動画を見た事があります。

ウルトラリンチって名前でした。

 

「目標確保――スマートな仕事だ」

 

カーラさん的には、このガラガラ言ってる脳筋的建物倒壊はスマートの内に入るようです。

スネークだってアジトを初手爆破解体する手段なんて取らないよ……取らないよね?あのシリーズ全部やった訳じゃないから自信無いけど。

ちょっと遠い目をしているのを自覚しながら、頭の上で丸を作ってニソラさんを呼びました。

 

「……なんか、罪悪感。出入り口を塞いで増援を断った上で強行突破で良かったんじゃ無いのとか思えてきました……」

「イヤ、そんなことは無いぞ。それをしていたらこっちが詰んでいた可能性があったからな」

「……?」

 

カーラさんが視線を向けた先は、カーラさんが一名引摺りこんで行った物陰でした。

やられた方はさぞかしホラーな心境だったと思います。

しっかり落とされているようで、手足を縛られて仰向けに転がされているのが見えました。

 

「――あれ?もしかしてシューラさんですか?」

 

弓を担ぎなおしてトテトテ駆けてきたニソラさんが、ボクらの視線に同調してそう言います。

 

「……お知り合い?」

 

ニソラさんの代わりにカーラさんが答えました。

 

「ムドラから出した使者の一人だ。槍の得手だが、槍を持たずにムルグの技巧と思われる短刀を懐に呑んでいた。

――おそらく、接敵したらその短刀を自らに突きつけさせ、人質として使うつもりだったんだろう」

「……うわぁ、効果的」

 

前言撤回。

カーラさんの言う通り直接対決してたら危なかったようです。

 

「事前に打ち合わせた通り、今はシューラの事は捨て置く。この有り様では増援が来るまで今少し掛かるだろうが、ここにいる理由は済んだ。速やかにズラかるぞ」

「了解」

 

カーラさんが手早くアーシャーさんを縛り上げます。

毒矢で射られた上に落とされて縛られると言う念の入りようですが、シューラさんの件を見る限り、隙は欠片も作らない事が重要なんですね。

――おお、猿轡まで噛ましてる。

プロって怖いわぁ……

 

カーラさんのお仕事の合間に、取り落とされた偽臣の書を確保します。

見た目は大きめの赤い本です。A4ぐらいでしょうか。

インベントリに入れて名前を確認してみました。

 

「Red Enchanted Book……訳せば赤い魔法の本。なんぞこれ」

 

見た目も名前もまんまなんですが。

とりあえず、詳しい所は後でNEI(Mod「Not Enough Items」の略称)の詳細を使って調べる事にしましょうか。

何か解放されているかもしれませんしね。

 

「タクミ。入口を」

「了解です。じゃ、穴開けますよ。ニソラさん、ナビお願いね。」

 

とりあえず戦利品をシンボル化すると、ボクは床に向かってブロンズピッケルを振り下ろしました。

 

 

@ @ @

 

 

ムルグ郊外、侵入してきた場所に辿り着くのは容易でした。

侵入した時以上に誰もいません。

中央司令部の倒壊とラクシャスさんの進軍が、思いっきり敵を引き付けているようです。

ラクシャスさんの方はどうやらムルグまで辿り着いたようで、なんかより一層大暴れしているのが聞こえます。

……今更ながら、Vis足りているんでしょうか。盛大にぶっ放し過ぎのような気もするんですが。

 

「すぅ――」

 

プオォォーーッッッ、プオォォーーッッッ、プオォォーーッッッ!

 

作戦成功のラッパを3回高らかに吹き鳴らします。

ニソラさんとカーラさんは耳を押さえて待機していました。

アーシャーさんがこのラッパで起きる事態も無かったようです。……完全に落としていた訳ですね。今更ながらカーラさんが怖い。いや、それとももしかして毒の影響?

 

「――聞こえましたかね?」

「大丈夫だろう。ラクシャスはテンション次第では怪しいが」

 

――ズガアアアァァァンッッッ!!

 

景気のいい爆破音が、ラッパよりも大きな音を立てて響き渡ります。

 

……あー……ラクシャスさん、信じて良いんだよね?

ちゃんとラッパの音、聞こえてたんだよね?

今の雷撃は、ラッパの合図に気付いたムルグの戦士を留める為の囮だったって信じて良いんだよね??

 

思わずカーラさんに視線を向けてしまいます。

 

「……。まあ、ラクシャスだしな。合図を聞いた上で暴れてても俺は驚かん」

 

やめたげてよお!

ギヤナさんの胃袋にダイレクトアタックするのはやめたげてよお!

 

「どっちにしろ、戻る訳にはいかないと思います。

――大丈夫ですよ。『仕込み』の時しか一緒に居ませんでしたけど、ちゃんと思考は回る方と見受けました。きっと彼は、今も自分の役目を果たし続けているだけです」

 

ニソラさんがそう言います。

その評価は、ラクシャスさんに対するボクの印象と同じものでした。

 

「……そう、だね。ボクたちも自分の仕事をこなそう。

カーラさん、ちょこっとだけ時間ください。取り違いはないと思いますが、念のためにこの場で赤い本を調べてみます」

「……?調べられるのか?」

「ええ、たぶん」

 

人差し指を額に当てながら、NEIの情報に潜ります。

はたから見たら、なんか電波な事をやっているように見えるのでしょうか。

もはや二人ともボクの異常さを知っているので、疑いも無く見守ってくれていますが。

 

――さて。

ええと、Red Enchanted Book……Red Enchanted Book……

 

「――っ、見つけたっ!」

 

ヒットしました。

やはり本を手に入れた事が解放条件になっていたのでしょうか。名前が解っていたと言うのも強かったですが、NEIを検索したら一発で出て来ました。

詳細を展開します。

脳裏にこの本の情報がスルスルと流れてきました。

 

――ああ、やはりこれはMod由来(?)だったようです。

Mod「Hostile Gnosis Primer」……経験値を消費してMobを操る事が出来るもの、とあります。

 

ええと、なになに?

クラフターであれば、通常のエンチャ本に経験値を注ぐ事でこの赤い本に変成させる事が出来るのか。

通常は1Mobにつき1冊だけど、この世界では複数Mobの登録が出来ると。

しかし登録の度に経験値を消費する……もしかして、これがアーシャーさんが口にしていたと言う「命の力を使う」って事なのかな?

登録したMobはこの本を使って召喚したり、会話したり、視覚を共有したりする事が出来るようです。

これは明らかにModとしての機能よりパワーアップしてますね……

 

操る過程についても載っていました。

使用者の意識を植え付け、対象者の意識を乗っ取る……ギヤナさんの推論が大当たりです。

情報を抜ける類のモノでは無いようでした。

 

ともあれ。

 

「――間違いないみたいですね。どう言った物なのかも確認できました」

 

NEIで丸裸に出来た、と言うのは大収穫です。

アーシャーさんしか使用出来なかったと聞いていますが、これは多分エレベーターブロックの時のように使用イメージの問題なのではと思います。

ボクなら普通に使えそうです。

 

「本当か!?では、洗脳解除の方法は!?」

 

どうやって調べたんだとか、どこから情報を引っ張ったんだとか言うツッコミはありませんでした。

カーラさんが一直線に、最大懸念事項を問いかけてきます。

 

ええと、解除方法……うん、載ってる載ってる。

 

「ええと、この本に載ってる対象者のページを破れば、パスが切れて解放されるみたいですね」

「ページ……?」

「これを使うと、その対象者の情報がページとして焼き付けられるようです。……えーっと……?」

 

適当にペラペラページをめくってみると、なんだかよく分からない楔文字のような呪文やら図形やらがわらわら出て来ます。

もちろん、完全無欠に読めませんでした。

……そう言えば、ボクってこのネザーどころか地上の文字すら見た事無かったんだっけ。

何回か文字を書く機会あったけど、本当にボクが使ってた文字が通るかどうかは確証得られて無いぞそう言えば。ニソラさん捜索の時に看板へ残したメッセージも結局ニソラさん読んでないし……ラクシャスさんたちが傍にいたけど、そもそもムドラって字が読める人が少ないってギヤナさんがボヤいていたし……?

まさか、ここに書いてある文字がこっちで言う所のスタンダードな文字だったりするんでしょうか。

今更ながらに脳裏をよぎった疑惑に、思わずたらりと冷や汗が。

 

とりあえずページをめくり続けてみると……

 

「――あ」

 

ありました。

文字は相変わらずの楔文字ですが、血を擦り付けて乾かしたような色で、ゾンビピッグマンの姿絵が魔法陣のような図形の中に描かれているページを見つけます。

 

「あ、シューラさんですね、これ」

 

横から覗き込んだニソラさんが言いました。

 

「……ニソラさん、この文字読めるの?」

「え?いやいやいやいや、判断材料はこの姿絵だけですよ!いくら世界を回っているとは言っても、こんな考古学チックな楔文字は専門外です」

 

ああ、よかった。

これが標準語という訳では無いようです。

 

「ネザーの文字ですかね?カーラさんは判りますか?」

 

同じく覗き込んでいたカーラさんが首を横に振ります。

 

「いや……俺も古代語なら少しは読めるが、これはどうもそれとは違うようだ。魔導の領域で使う文字なんじゃないか?……ラクシャスなら読めるかも……いや、無理だな。想像できん」

 

ラクシャスさんェ……

 

「とりあえず、ページ破れば解除できるなら、破っちゃったらどうでしょう?」

「いや、もっともな意見だけどギヤナさんに判断仰いでからにしよう。どうもこの本、召喚機能もくっ付いてるみたいなんだよ」

「……え?召喚?」

「うん」

 

横に逸れるため、まだ口に出していない本の情報がちらちらあります。

この本に対して何かアクションを行うならば、それらを全部ギヤナさんに展開した後の方が良さそうだと思うのです。

それを伝えると、カーラさんも頷きました。

 

「まあ、そもそもこの作戦では寄生されてる連中への対応は後回しにする前提だったからな。情報を得られたなら最上だ。我々が解除方法を知らないと思わせておく、と言うのも何かのカードになるかもしれん。迂闊に妙な事をするのはやめておこう」

「あー、なるほど。ギヤナさんだったらそう言うのも武器にしそうですもんねぇ」

 

じゃあ、とっとと帰ってギヤナさんに伝える事を優先した方が良いですね、と本を閉じ――

 

「――おいタクミ、ちょっと待て」

 

手をカーラさんに捕まれました。

 

「え?……どうしました?」

「開いていたページは今ので全部か?」

「え?……ええ」

 

話していた間も、ペラペラページは捲っていました。

カーラさんもそれを横から見ていた上でのこの発言です。

「ちょっと貸してくれないか」とボクの手から本を取り上げ、ものすごい真剣な目つきでページをめくり始めます。

……最後まで辿り着くと、焦燥した様子を隠そうともせずにもう一周。

 

「……どうしました?」

 

ただならないその気配に、思わず訪ねた声が掠れます。

 

「これで全部、だと言うのか……?」

 

返って来たセリフは疑問形。

本を持ったその手が震えていました。

 

 

 

「――スユドのページが、無い」

 

 

 

呆然とした声が、小さくその場に消えて行きました。

 

――ギヤナさんを、ムドラ、を裏切ったんですか。

そんなカンガさんの叫びに斬り返したスユドさんの嘲笑がリフレインします。

あれは、操られていたが故の光景だった筈です。

 

それが……もしかして、間違っていた……!?

 

 

@ @ @

 

 

――ババババババババババッ!!!

 

 

プロペラが熱い空気を切る音が響きます。

それをバックにカーラさんの怒声も響きます。

 

「おい、もっとスピード出るだろ!!速く飛ばせっ!!」

「無茶言わないでくださいよこんな入り組んだ空間でっ!?ボクは今、全神経すり減らして運転してるんですよ!?」

「ドやかましい!あれだけ非常識を絵に描いたマネ仕出かして来て、今更グダグダ抜かすんじゃあないっ!!」

「ふえええぇぇぇえん、反論できないっっ!!」

「タクミさんの自業自得のツケにしちゃ、ちょっとトバし過ぎな気がしますけどね……っ!」

 

溶岩と火の付いたネザーラックの空間を、SH-60シーホークで飛ぶと言う暴挙です。

ここには空と言う物がありません。天井はネザーラックの岩肌で覆われています。ネザーと言う世界はただの広い、入り組んだ洞窟でしかないのです。

こんな場所をヘリで移動するなんて狂気の沙汰でしかありません。

ちょっとボク言っとくけどシーホーク運転するの4度目だぞ!?なんでこんなしょっぱい練度で死と隣り合わせのサーカスしてるんだ!?

そんな苦情はもちろん誰も聞いてくれません。

 

「きゃっ!?」

 

いきなりガクンと下がった機体に、思わずニソラさんの口から声が漏れます。

ローターが垂れ下がる溶岩の中を通過した事による物でした。

 

「やっぱり無茶だ!」

 

ボクの口から漏れたのは最早悲鳴でした。

 

「大丈夫だ!下は溶岩湖だ!落ちても死にゃあしない!」

「死ぬんですよボクらは!!」

「だったら今すぐゾンビピッグマンに生まれ変われ!!」

「資材もないのに無理ですよそんなの!!」

「資材があれば出来るんですか!?」

 

ニソラさんのツッコミが怒号の中に消えて行きます。

それに答える余裕もなく、機体を上に下に、右に左にと振り回します。

ローターが岩肌と衝突したらアウト。天井から流れ出る溶岩の直撃を受けてもアウト。空間は狭く視界は最悪。

紐無しバンジーと大した違いはありません。

 

――左から3つ、こちらに飛んでくる影がありました。

1m程はある巨大なハチです。

ヘルバーグの森で蜜を集めるあのハチとは違う……その様相はスズメバチのようにも見えました。

 

「――ワスプか!!」

 

カーラさんがその名を叫びます。

どうやらここは、巣の近くのようです。

明らかに臨戦態勢を取っていました。

当然です。こんなやかましい音を立てて空を飛ぶ鉄の塊が、自分の巣に近づいて来たら誰だってビビります。誰だって警戒します。

 

「待って!待って待って!別に蜜を狙ってる訳じゃないんだよボクらは!!」

 

自らの巣を守るために出撃した戦闘兵3匹。

声を張り上げてて敵意がない事を伝えますが、当然聞こえる筈も、そして聞く耳がある筈もありません。

その牙をカチカチ鳴らしながらワスプが攻撃態勢に入り、変則的な挙動を描いて襲い掛かってきました。

 

――そして2匹がローターブレードに輪切りにされ、1匹が防弾ガラス製のフロントガラスに突撃しビシャリと体液を散らします。

例えネザーの空の雄、そして幸運の象徴であったとしても、彼らに軍用ヘリは荷が重すぎたようです。

無念、と言う幻聴を残して彼らが溶岩の海に落下していきます。

はらりと千切れた羽が虚しく舞い散りました。

 

「ぎゃあああああ!!何の罪もないワスプさんたちがああああああ!?」

「気にするな!軍事目的の為の致し方ない犠牲だ!!」

 

コラテラル・ダメージなんて、お偉いさんが口にするただの良い訳に過ぎないんだよぉっ!!

ボクの乾いた叫びは何処にも突き刺さってくれません。

 

「――タクミさん、前っ!!」

 

フロントガラスにくっついた体液を泣く泣くウォッシャーとワイパーで除去すると、直後にニソラさんの警告の声。

フロントガラスに気が行って、前があまり見えていなかったようです。

そこには明らかにローターより横幅の狭い岩の裂け目が待ち構えていました。

 

「このバカああああああああーーーーーーッッッ!!!」

 

慟哭しつつも、体はちゃんと動いてくれました。

機体を反射的に横ロール。揚力が死んで下降を始めたシーホークが、直前まで持っていた慣性を使って裂け目の中を突っ切ります。

何か機体のあちこちからガンとかゴンとか音がしてるううう!?

 

「お、ちる……っ!?」

「ああああああああああああああああっっっ!!!」

 

ほぼ半狂乱になりながらも、それでもどこかに冷静な部分が残っていたのかもしれません。

裂け目の終わりに達した瞬間に機体を立て直し、待ち構えていた岩壁をかわし、2~3回着陸脚をネザーラックにぶつけながら、それでも跳ね回る機体を押さえつけて安定姿勢を取れる位置に機体を滑り込ませるのです。

火事場の集中の為せる業でしょうか。

ボクの目はいつもより多くの物を見切り、ボクの体はいつもより素早い反応を見せました。

あ、今まさに目のハイライトが消えてるとか思いました。

 

――急場を乗り切った時、ボクは「ああ、種割れって走馬灯の事だったんだな」と言う一つの悟りを開きます。

 

心臓の音が、凌ぎ切った後からバクバク響いてきました。

 

「い……生きてる……!?ねえニソラさん、ボク生きてるよね!?まだ生きてるよね!?」

 

操縦桿を握る手がぷるっぷる震えていました。

ごっつ怖かったです。このままトラウマになりそうです。

 

「ええ、お見事ですタクミさん。ちゃんと生きてますよ――まだ私たちの命を握ったまま、ね」

「やれば出来るじゃないかタクミ――よし、次だ」

「この人たち肝据わりスギィィッ!!?」

 

ボクがミスったら道連れになるって言うのに、なんでこんな獰猛な笑顔浮かべられるの!?

気絶したままシートベルトで固定されているアーシャーさんが心底羨ましく感じます。

 

ラウンツー

ファイッ!

 

脳裏のどこかで、そんな声が聞こえました。

 

 

@ @ @

 

 

ハリウッド映画は好きです。

カーチェイスのシーンとかすごい良く出て来ます。

ものすごいスピードで高速道路とかをかっ飛ばしながら、銃撃してくる追手を躱したり鋭いスピンターンを決めたり、タンクローリーの爆風で空を飛んで華麗に着地したりするのです。

 

アレは見るからカッコイイのであって、やる側に回ったら阿鼻叫喚モノなのだと言う事を学びました。

具体的には、きっとこれから同じシーンを見るようになれば、ボクは主人公に対して合掌し、その勇気を強く讃えるようになるでしょう。

 

彼らは英雄です。

間違いなく。

 

「――見えたぞ!」

 

カーラさんが身を乗り出しました。

フロントガラス越しに見えるのはムドラへの道を辿る陽動班です。

追手は見えません。交戦ポイントからの撤退はつつがなく完了しているようでした。

ギヤナさんが、ギョッとした顔でこちらを見つめています。

 

後ろを確認すると、降下用のロープを手早く体に固定しているニソラさんです。

哨戒用とは言えさすが軍用機。降下用ロープが標準装備とは恐れ入ります。

ギュッ、ギュッ、とロープを引っ張ってその結び目を確認するとスライドドアを勢い良く開け放ちました。

気圧差で生まれた風がバタバタとニソラさんの髪とエプロンドレスをはためかせています。

今更ながら、その格好でスタントするとか絶対頭おかしいと思います。

 

「行きます!」

「たのむ!」

 

短いやり取りの後、ニソラさんが飛び降りました。

運転席のボクからは見えませんが、ロープで逆さに釣られたニソラさんが両手を広げている筈です。

まるでラピュタのワンシーン、監視塔の上でシータをかっさらうパズーのように。

カーラさんが助手席のドアを開け放ち、外に身を乗り出してそれを確認しています。

 

「まだ高度が高い!2~3人分下げてくれ!」

「了解シマシタ」

 

この辺りになると、既にボクはある種の悟りを開き『何でも言うことを聞いてくれるタクミサン』と化していました。

度重なる致死性サーカス強制実行による精神崩壊と言い換えても良いです。

神経がすり減って全損しました。しかも、未だサーカス要求は続きます。

勇気の出る魔法の言葉は「もうどうにでもなーれ」です。

実際どうにでもなってる辺り、きっとご利益があると思います。

セヤナー……セヤナー……

 

横位置は運転席からでも確認できました。

機体はまっすぐギヤナさんに向かっています。

 

「ギヤナさん、捕まってください!」

 

下からニソラさんの声が聞こえます。

さしあたりボクらの意図を察したギヤナさんは、そのままニソラさんに飛びつきました。

一人分の荷重が掛かり、機体がわずかに沈みます。それは作戦成功のしるしでもありました。

 

「――早急にムドラに戻レ!」

 

残された陽動班に対するギヤナさんの命令が響きます。

了承した事を示し敬礼の形を取る陽動班の兵たちが、運転席の窓越しに見えました。

 

「――そレで、何がアった?アーシャーはチゃんト確保できタようダガ?」

 

ローターによる激しい気圧と不安定に動く機体をものともせず、ロープ一本でアッサリ機内に這い上がってくるあたり、ギヤナさんの身体能力も大概だなとか思います。

 

質問に応えたのは助手席にいたカーラさんでした。

 

「想定していた作戦はすべて完了したよギヤナ。偽臣の書の確保も成功し、洗脳解除の方法も判った」

「おオ、良クやっタ!特に解除方法が分カったのハ大戦果だナ!……で、代ワりにどンな厄ネタ引っ張って来タんダ?」

 

この二人が話している所を見るのはインターミッションの最中のみでしたが、こうしてみると二人は結構気安い関係のようです。

ムドラの手駒は皆脳筋とかボヤいてましたしね……ボクから見たらカーラさんも結構脳筋でしたが、その上で仕事人と言う感じの印象がありましたし、そう言った点がこの関係を作ったのかもしれません。

 

カーラさんが固い声で続けます。

 

「スユドが、洗脳された形跡がない事が分かった」

「……あ?」

 

インベントリからRed Enchanted Book……もう、偽臣の書で良いですね。

偽臣の書を取り出してギヤナさんに渡します。

 

「それを使って洗脳された者は、ページにその姿絵が描かれるそうだ。……スユドのページが無いだろう?」

 

揺れる機内でぺらぺらと本を捲るギヤナさんです。

 

「確かにない……破り捨てたとかは?」

「契約解除は対象のページを破る事だそうだが、俺たちはそれをやっていない。操る以外にも機能があるようだし、ギヤナがカードにするかもしれないから迂闊な事はしないで置いたんだ」

「ナるほド、ありガたイ。……しかシ解せないナ。スユドの裏切りが本物だト……?

ソれがアったト仮定しテ、ムルグの行動と噛み合っていナイように思えル。――アのバカとエンカウントはシたカ?」

「いや、していない。ラクシャスはどうか知らないがな」

 

スユドさんが元からムルグ側であったのなら、ボクの能力は当然伝わっている筈ですしね。

中央司令部での対応もそうでしたけど、マインクラフターが付いていると解ればもう少し警戒の仕方が変わっていた筈です。

しかし彼らは崩れ落ちる天井を前に、哀れにも右往左往したまま何の対応も出来ずに沈みました。

 

ニソラさんが補足します。

 

「――根拠は薄いですが、ラクシャスさんもエンカウントしていなかったと思うんです。難敵と出会ったのであれば、雷の使い方も変わってくる筈ですが……音を聞く限り、そんな様子は見受けられなかったように感じます」

「コっちにもあのバカはイナかった。……スユドを配置するナラ、最前線である交戦ポイントかラクシャスが突破しタ防衛ライン、モしくは強襲を警戒して中央司令部にナる筈ダ。

……そのイズれ二もいなかっタのでアれバ……後考えラれるのハ、一つシカなイ」

 

ギヤナさんの指すもの――

それは、この戦争が勃発する原因となった要素です。

 

「まさか……ムドラに一人駆けしたか!?」

「アイツの身体能力なラ、道なき道をゴリ押しで突破すルぐらイは出来るかもナ……!」

「でも、偽臣の書はここにあるんですよ!?」

「ウィザーをムドラで開放しテ、暴れサせた後に手駒に加エル……カナりのリスクを背負ウ事になルが、アりえなクハないと思ウ。アイツは、ウィザー召喚の方法もドクロの場所モ知ってしまってイル……!」

「あるいはドクロだけ回収して、嘆きの砂漠で呼び出すつもりだったのかもしれませんね」

「……?」

 

カーラさんが若干話に置いて行かれていますが、しかしマズい状況にあると言う事は十分伝わったようでした。

 

「マズい……スユドさんは一度あの部屋を見てるんだ。あの『仕込み』も通じないかもしれない……!」

 

操縦桿を握る手にじっとりと汗を感じるのは、運転を続ける緊張感からだけではありません。

もしウィザー召喚が成ればどうなるか。

アレは罠に嵌められる場所で召喚するからこそイジめられっ子になるのです。

何の対策も無く無秩序に呼び出されたら、それこそ阿鼻叫喚の絵図になるでしょう。

しかもムドラの戦士は全員外に出ています。町を守れる人員は、アジャスタさんを始めとした数人の防人しかいません。

 

ボクらが辿り着けたとして……ノーエンチャのブロンズ装備に弓矢と白鞘だけでは、ウィザーを相手にするには不足が過ぎます。

 

「タクミ殿、頼ム!急イでクレ!!モし推測が合ってイるなラ――コのまマではムドラが!!」

 

ギヤナさんの悲痛な叫びでした。

 

「――了解。ボクも腹ぁ括りました。みんな命捨てて貰います。

シートベルト確認してください……

 

往っきますよおおおおおおおッッッ!!」

 

コレクティブレバーを押し込み機体を前傾斜させました。

揚力を前方に向けた空の鷹がネザーの灼熱を突っ切ります。

 

死と隣り合わせのフライト――ファイナルラウンド突入です。

 

 

@ @ @

 

 

ハリウッド映画が好きです。

戦闘機のシーンとかすごい良く出て来ます。

物凄いスピードで敵陣をかっ飛ばしながら、銃弾やミサイルの雨をロールして潜り抜けるのです。アニメで言うと北野サーカスとか?

物語のクライマックスだと、大抵機体は目的を達成した後、その力を使い果たして大破したりします。

主人公と一緒に天に帰るシチュエーションも珍しくありません。

 

――ボクは、彼らに近づけたでしょうか。

機体をぶつけた衝撃で操縦桿から弾かれた手を押さえつけます。

種割れが続き過ぎて鼻血が出て来ました。

人間、アドレナリンが出まくれば結構何とかなるものなのかもしれません。

 

未だに震えている体を止めるために、大きく深呼吸して肺の中の空気を入れ換えます。

蜘蛛の巣状にヒビの入った窓の奥に、折れ曲がりひしゃげたローターがプラプラと揺れていました。

 

ボクは、シーホークは、やり遂げました。

機体を大きく損傷させながらも、ここムドラにたどり着いたのです。

ほぼ墜落寸前と言う体でムドラに飛び込んだシーホークは、そのまま岩肌にピンボールされてギヤナさんの家に突っ込んで止まりました。

 

……さよなら、SH-60シーホーク。

この機体がもう空を飛ぶ事は無いでしょう。

 

「て……点呼ぉ……?」

 

着陸……いや、墜落の衝撃で体中バラバラになったような感覚を覚えながらも、声を絞り出します。

返事は待つこと無く返って来ました。

 

「カーラ、大丈夫だ……少々頭を打ったが」

「ニソラ、無事です。幸いケガはありません」

「ギヤナ、問題なイ……丈夫だナ、コの機体ハ」

「う、ぐぅ……?」

「オ前は寝てロ」

 

めしっ、とギヤナさんのバックナックルが覚醒しかけていたアーシャーさんの意識を刈り取ります。

脳筋式ラリホーですか。……結局、ムドラは脳筋の街なのかもしれません。

 

ともあれ、全員無事です。

シーホークは最後の最後まで、そのお務めを果たしてくれたようでした。

 

「よい、っしょおおおっ!!」

 

横転した機体のスライドドアをニソラさんが蹴り開けます。

みんなして何とか機体から這い出ると、そこはギヤナさんと応接したあのテーブルのある部屋でした。

 

……隠し通路への道が、開いています。

 

「案の定か……だが、まだウィザーは召喚されていないらしい」

 

間に合った――の、でしょうか……?

 

とりあえず機体から引きずり出したアーシャーさんは、適当にその辺のスペースに放置。

インベントリから、予め預かっていた皆の武器を取り出して返しました。

気分はボス戦突入前と言った所でしょうか。生憎、HPの回復まで行う余裕はありませんが。

ボク、ニソラさん、カーラさん、ギヤナさん。

……はは、奇しくもパーティ4人揃ってるじゃないかと苦笑します。

 

「――行くよ」

 

左手に白鞘の重さを感じながら、隠し通路に足を踏み入れました。

 

 

 

「……何が幸いするか分かったものじゃないな」

 

画して、彼はそこにいました。

ギチギチに圧縮した筋肉の上にベストを着込み、つばの無い帽子を頭にのせて、彼はそこに佇んでいました。

足元には折れたピッケルやネザーラックの石くれが転がっています。

 

「これを掘るのに多大な労力を割いたよ。全く、余計な事をしてくれる。灰色の石塊を崩し切る前に、使っていたピッケルがへし折れた時はどうしようかと思ったさ。

――今しがたの衝撃で崩れてくれたのは本当に助かった」

 

黒いドクロをソウルサンドの台座に乗せつつ、深い笑みを浮かべているその姿は、あの時の、会敵した時のスユドさんとダブります。

 

「――何者ダ、貴様」

 

歯をギシリと軋ませながら、ギヤナさんが問いかけました。

スユドさんの手が、最後のドクロを設置します。

 

「名に意味は無いが……一応、私を表す記号はあったな」

 

フオオオオオオオ…………

 

笑みを浮かべるスユドさんの隣で、空気を凍らすような声が上がりました。

青白い光を迸らけて、地獄の魔王が顕現します。

ソウルサンドの台座がドス黒く染まり、鎮座された3つのドクロが禍禍しく脈動を始めました。

両手を広げたスユドさんが勝ち誇ったように口にします。

 

「私は、スペクテイター・ヘロブライン。そう定義されているよ」

 

全てを黒く干からびさせる、最悪の厄災――

ウィザーが、ついに召喚されました。





超遅れまして申し訳ありません。
他の小説書いたり動画作ったりしていました。

ヘロブラインと言う名はvoid0様より感想欄で教えて頂いたものです。
使いたかったので、プロットを書き換えて登場させました。
この場を借りてお礼申し上げます。

本来なら黄昏のウルガストがボスだったんですよね。そこから黄昏の森の話に踏み込もうかなとか思ってたんですが、こっちの方が色々振り回せる話になってちょっと満足。
ちなみに、まだトリック仕込んでいます。

それとステマ。
この『ボクのMod付きマイクラ日誌』の設定を多少変更した動画をニコ動でアップしはじめました。
詳しくは活動報告にて。
興味ある方はどうぞ。


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厄災は放たれた矢のごとく

 

スペクテイター・ヘロブライン……?

 

名乗られた、彼が言う所の『記号』を脳裏で反芻します。

――聞き覚えのある単語ではありました。

スペクテイターはMinecraftにおけるゲームモードのひとつ。世界に一切の干渉ができない代わりに、プレイヤーはその世界を自由に飛び回る事ができるモードです。

そしてヘロブラインは……確か、Minecraftの都市伝説のひとつだったと記憶しています。

 

「――悪意だよ。この部屋そのものが、世界が構築した悪意の塊なのだ」

 

ウィザーは顕現から覚醒に至るまで、少しばかりのタイムラグが存在します。

それまでの時間を語ることで使う事に決めたのでしょうか。彼は笑みを張り付けながら手を広げました。

 

その祭壇は、T字に組まれたソウルサンドを装飾するようにデザインされていました。

グロウストーンの鍾乳石が天蓋のように降り、回りを細い骨の枝が囲っています。

今、その中心で脈動しながら不気味な声を響かせるウィザーは、まるで禍々しく装飾されたベビーベッドに座しているように見えるのです。

 

「――黒い頭蓋骨を隠すぐらいなら、この召喚の祭壇も埋めてしまうべきだった。

最初にこの様相を見た時は、思わず笑ってしまったぞ?

お前らムドラの民は、ウィザーと言う名の厄災を恐れ遠ざけながらも、その実召喚の準備が完全に整っているこの部屋を後生大事に保存して来たのだからな!」

 

あまりにも的外れなその物言いはとりあえず右から左に聞き流し、ボクは一計を案じました。

ともかく、スユドさんにあの位置に居てもらうのは困ります。

 

「――ニソラさん、スユドさんの抑えは任せて良い?」

 

インベントリから偽臣の書を取り出して、頼もしいメイドさんに視線を向けます。

ニソラさんは「問題ないですよ」と短く答えて、視線は前を向いたままその親指を立てました。

 

「――ほう?偽臣の書か。……そこらの者どもに使えるとは思わんが、確かに『それ』をされると私としても面白くないな」

 

……よし、スユドさんがウィザーから離れました。

目論み通りです。ウィザーが覚醒した後、偽臣の書を使うボクを止められるのは貴方だけですもんねえ、ヘロブラインさん?

 

「ギヤナ、俺はどうすれば良い……!?」

 

ズクン、ズクンと脈動が臨界に達していくウィザーを睨みながらカーラさんが身構えます。

見るからにもう時間がありません。

 

「オ前は俺と一緒にコこヲ固めるんだヨ。アいつヲ逃がさナいよウにな」

 

対するギヤナさんは、自然体のまま備えていました。

その要求は、厄災の詩を知っているカーラさんからしてみれば、とてつもない難易度であるように聞こえたでしょう。

しかしムドラの戦士に名を連ねる以上、彼も逃げる訳にはいきません。

焦躁を闘志に変えて、カーラさんは笑みを作って見せました。

 

「……ふっ……そうだろうな……!上等だ……っ!!」

「安心しロ。多分、拍子抜けすル」

「なに……?」

 

そのやり取りが聞こえたのか、彼は嘲るように鼻を鳴らしました。

 

「全てを破壊するウィザーを相手に、ひとつの出入り口を固めて構えるとは、やれやれ無知も極まれば哀れでしかないな……」

 

……確かに、無知も極まれば哀れでしかありません。

 

「――そろそろ来ますよ!総員対ショック防御!!」

「この町と共に消え去るが良い!!」

 

フオオオオオオオンンッッ!!

 

ウィザーの咆哮が高らかに響き渡り、一拍置いてTNTを一斉爆破したような爆音と衝撃がボクらの体を貫きました。

 

――ドグオオオオンンッッ!!

 

「う、っぐ……っ!」

 

ビリビリとした硬質の波がボクの体に飛び込んで暴れまわって行きます。

耳を塞ぎ、頭をかばい、衝撃に備えてもなお、そのダメージをゼロとすることは出来ませんでした。

 

――バシィッ!!

 

「……はへ?」

 

突き抜ける衝撃に耐える中で、頭を庇って翳していたボクの左手に、まるで狙ったように飛び込んできた物がありました。

思わずキャッチしてしまったそれを見ると、そこにあったのは刀掛台に安置されていた散華です。

今の爆風でぶっ飛んで来たようです。

 

――え?なに?

もしかして自分を使えっておっしゃってます??

いやでも、偽臣の書があるし――って散華さん、あなたSAがトンでもないコトになってますよ!?

 

「そこっ!!」

 

裂帛の気合いと共にニソラさんの山刀が閃きます。

ガキンと硬質の音を立てて飛びずさったのはヘロブラインと名乗った彼です。

ウィザーの爆発に合わせて、ボクらに強襲を掛けていたようでした。

右手には逆手に持った折れたツルハシ。その様はさながら変則的なトンファーのようです。

 

「――ふんっ、やはりその武が忌々しいな地上人めっ!!」

「……貴方の武は、見る影もありませんね。スユドさんはムドラの猛者三十名弱を一斉に相手にして無傷で制圧したと聞きますが、その動きでは無理でしょう」

「抜かせ!私の武などウィザーがあれば最早意味など……

 

……!!?

 

な、なんだと!?何をやっているウィザー!!?」

 

彼の頼みの綱のウィザーは、甲高い声をあげながらその周りの装飾に体を阻まれ、身動き出来ない状態で捕らえられていました。

頼りない骨とグローストーンの装飾――ウィザー覚醒の爆発によって砕け散る設計だと誰だって思います。

しかしその実、強度は最早ボクでも破壊する事は出来ない域に達していました。

通常の人間サイズであればなんて事なく隙間を潜り抜けられるその装飾は、3mもの巨体を誇るウィザー相手であれば極端に狭い檻となる訳です。

さらにウィザーの吐き出す黒い生首も、その装飾に阻まれ機能出来なくなっています。

 

「バカな……全てを破壊するウィザーだぞ!?あんな細い骨や結晶をどうして壊せないと言うのだ!?」

「やレヤれ……大丈夫トは解っテいてモやはリ肝は冷えルモのダ。想定を超えラレてタらドウしようカと思っタぞ」

 

あらかさまに嘆息するギヤナさんを睨み付けて彼が吠えます。

 

「貴様かギヤナ……なにをしたァッ!!?」

「いヤ、別に俺ハ何もしてナイぞ。冤罪ダ」

「下手人こっちですからねー」

「え、なにこの犯罪者扱い。訴えますよ?」

 

訳が解ってないハズのカーラさんまで、何を悟ったのか「ああ、またコイツが何かやったのか」みたいなお目めを向けてくる暴挙です。

ええー……確かにボクがお膳立てしましたけど、実行犯はラクシャスさんですよ?

心外ですねー。

 

「実行犯にされるラクシャスさんが哀れ過ぎます……」

「あー……ギヤナ。つまり、どう言う事なんだ?」

 

ボクは、ウィザーが壊れない檻をガッタガタやってる様を指差して言いました。

 

「カーラさん、あそこに祭壇があるでしょう?」

「あ?……あ、ああ」

「アレね。ボクが作ったんです」

「な、なんだと……っ!?」

 

リアクションを被せてきたのはスペクテイター・ヘロブラインの方でした。

思わず肩を竦めます。

 

「貴方が本当にスユドさんなのであれば、ちょっとヤバかったですよ。スユドさんはこの部屋の元の姿を知ってましたから。

これだけガラッと様変わりしている上にウィザー召還の準備が整えられているのを見れば、絶対罠だと疑ってたハズですしね」

 

……疑うよね?

いくら脳筋でも、流石にそこは疑うよね……?

自分で言った台詞にちょっぴり不安が過ったのは秘密です。

 

「やはり、アイツはスユドではないのか……?」

「体ガどうかハ知ラんヨ。偽臣の書以外に操ル方法がアったのカ、はたマた外見ヲ完璧にコピー出来るノか……その辺りハ解ラんがネ。モノホンだっタらスカ過ぎル。偽物か操ラれてルかのドっちかダ。

……唯一、黒い頭蓋骨ノ隠し場所ヲ知っテいたのハ不可解だが、今はまア、ドウでモ良いカ。

タクミ殿の仕込ミに感謝しよウ」

「ホントにフラグ回収しちゃいましたねえ……」

 

――ムルグ侵攻作戦が始まる前、空いた時間を使ってボクとニソラさんはラクシャスさんを連れ出し、シーホークで地上を駆け回っていました。

 

目的は水と大地、そして秩序の相を含んだAura Node。

つまりは『保護の杖星』を使用する為に必要なVisの確保です。

ラクシャスさんが杖星の研究を第一にしていると聞いていたので真っ先に思い付いた策でした。

 

『保護の杖星』の効果は、その名の通り使用対象の保護。別の漫画とかに照らせば、固定化やバリアと言った単語が当てはまるでしょうか。

これで保護されたオブジェクトは、保護を解除しない限り何者にも破壊出来なくなるのです。

 

今回は、散華の置いてあった部屋の奥を拡張して劇的ビフォーアフターした上で、祭壇周辺の装飾や床、天井を重点的に保護した訳です。

ボクにとっては最大の賛辞ですね。ボクのデザインした祭壇を、彼は全く疑わなかった訳ですから。

 

……ホントは部屋全部をまるっとリフォーム&保護したかったんですが、時間とVis量がそれを許してくれませんでした。

よくまあ60分強でここまで仕上げたよねボクも。

 

ともあれ、それに気付かずに彼は祭壇の中でウィザー召喚を実行。

――斯くして、ウィザーはまんまと破壊不能な檻の中に顕現してしまった訳です。

 

いかなウィザーとて動けなければどうとでも料理出来ます。

ゴーレムリンチコース、蓮ちゃん爆破コース、普通に進路に障害物を置いてフルエンチャ剣でのなます斬りコース……バニラでさえ完封法がいくつも上がっているぐらいです。

これからウィザーは、あまねくクラフターにそうされたように不遇なイジメを受けてしまうのです。

 

かわいそう。

ウィザーパイセン超かわいそう。

 

「そんな……そんな、バカな……」

 

そして、今日一番のドヤ顔を決めておいて、実は全部こちらの手のひらの上だったと言う最高のドヤキャンを受けてしまったかわいそうな人二号が何かぶつぶつ言っています。

 

「エえト、何だっケ……『この部屋自体が、世界の産み出した悪意の固まり』?

『この様相を見たときは思わず笑ってしまった』ダったカ?

『無知も極まれば哀れでしかない』ンだよナぁ?ヘロブラインクぅううン?」

「ぐ……ぐぬぬぬうううっ!!?」

「ゴメンなァー?マさカこれ見ヨがシに置いタソウルサンドをソのまマ使うヨうなバカなンてソうそうイないト思ってタのに、見事に引っ掛ケちゃっテホントゴメンなァー?ゴメンなァー?」

「お……おのれっっ……!おのれえええええ!!」

 

なんて見事なNDK。

ボクがやられたら泣く自信がありますよ。

 

「ギヤナさん、煽りますねー」

「最終的に家がぶっ壊れる事態になっちゃったし、まあ多少はね?

……家壊しちゃった直接の原因はボクだけど」

 

大変申し訳ございませんでした。

 

「俯くな。アレは俺達の要求に全力投球で答えてくれた末の結果だ。――アレを咎めるようなら俺がキレる」

「オう。と言うカ、それモ別に気にしちゃイないゾ。

アレ、見た目スユドのバカだカらナ。アいつガ悔しがっテルとコろを見ルのがスゲエ楽シいンだヨ」

「ドンだけ溜まってるの!?」

 

まさかの本人攻撃だった模様。

……日頃のストレスと言うやつは恐ろしい物です。

 

「トは言えダ。此方モさんザん煽っタ上にドヤ顔カましテしまっタからニハ、万ガ一があルとカッコ悪スぎルんでネ。

――タクミ殿、トっとト処分を頼ム」

「はァーい」

 

まあ、こんだけ煽って逆転されたら目も当てられませんしね。

 

ボクは偽臣の書と白鞘をインベントリの中に戻し、散華の刀身をするりと抜き放ちました。

魂魄が溢れ妖刀となっている散華の刀身は、まるで水で濡れているかのようにキラリと美しい輝きを放っています。

 

「……?タクミ殿?偽臣の書ヲ使っテ自害さセるノデはなイのカ?」

 

ギヤナさんの当然の質問でした。

 

「いやあ、そのつもりだったんですけどね……どうもこの子が使って欲しいみたいで。未曽有のムドラの危機なのに、使い手が決まらないまま放置されるなんて我慢ならないらしく。

……こんなイジメシチュエーションが初陣なんて良いのかなぁ、とか思ったりはするんですけどもねぇ」

 

物凄い勢いでSA主張してきましたからね。複数SA所持とか、ゲームの中でやってたらチート扱いですよ。

使い手も、ボクで良いのかなぁとも思うのですが。

 

「ま……まだだ!まだ終わらん!

この場が魔法で保護されていると言うなら、術者を下せばどうとでもなる筈!貴様らを葬り、ラクシャスを落とせば良いのだ!!」

 

往生際の悪い人がなんか言ってます。

 

「アあー……マあ、ソうだナ。道理だナ。――オ前のジツリキ的に、ソレの完遂ハ絶望的だト言う点に目ヲ瞑れバ」

「何を!?――教えてやろう!この体はコピーでも何でもない!!正真正銘、理外のスユドの物なのだ!!

――操られているとは言えムドラの戦士……貴様らに仲間が殺せるか!?」

 

ああ、今度は人質作戦で来ましたか……

ムルグ潜入の折、シューラさんでした?が人質になる寸前でしたけれど、あの時カーラさんが危惧した手段を取ろうとしている訳ですね。

 

ギヤナさんが鼻で笑います。

 

「ムドラを嘗メるナよ三下風情ガ。敵の喉元に食ラいツいてオきながラ命を惜シむよウなスクタレは、ムドラにハ一人も居ナいんだヨ。モちロん、スユドも含めてダ!

アイツならコの局面、喜ンで自分ヲ殺せト叫ぶダろうサ!

我ラの手は止マらんヨ!サあ往くぞタクミ殿!ニソラ殿!

人質なんテ関係なイ!殺セ!一切の容赦ナく殺スのダ!!」

「……何でしょう……覚悟が滲む台詞の筈なのに、何処と無く管理職の闇が見える気が……」

 

ギヤナさんはそれはそれは素晴らしい笑顔を浮かべておられました。

よほどスユドさんは問題児だったんだろーなぁー……

 

「――まあ、どうでも良いんだけどさ。抵抗する気なら、早めにやっといた方が良いと思うよ?」

 

散華を霞に構えます。

スユドさん人質作戦はそれなりに有効かもしれませんが、偽臣の書がある今、此方にはいくつか選択肢があるのです。

その事実はボクに踏み込みを躊躇いさせませんでした。

 

何より、この刀が叫ぶのです。

 

「ボクらを殺してラクシャスさんを押さえるんだっけ?……まあ、頑張ってよ。ただし――タイムリミットは30数える程も無いけどね」

 

――ムドラに仇なすウィザーを斬らせろ、と。

 

その叫びに同調し、ボクは散華に宿った新たなSAを解放しました。

祭壇を取り囲むように無数の青い剣が滞空し、その切っ先が一斉にウィザーに向けられます。

散華の試し斬りの時に使ったような、只の幻影剣ではありません。

それはウィザーの力と同様に、命の力を枯渇させる死の奔流――

 

――急襲幻影剣-衰破-!

 

一斉に放たれた幻影剣が、残らずウィザーに突き刺さります。

ウィザーに枯渇の力が通じるかは知りませんが、黒く脈動する幻影剣に貫かれたウィザーは、悲鳴のような叫びを上げました。

 

……この技、本来技量が足りない者が使えば、枯渇の力が使い手にも降りかかって来るのですが……

半ば自傷上等で放ったものの、どうやらその心配は無用だったようです。

ボクの技量が上がったのか、それとも散華が気を効かせてくれたのか。

まあ後者でしょうけども。

 

「な……伝説の、青い剣だと!?」

 

実際は違うハズですが、そう解釈してしまうとさらに分が悪く感じるのでしょう。

何せ、動けないウィザーを相手にかつてウィザーを屠ったとされる剣を叩き込んでいる訳ですから。

オーバーキルも良いとこです。

 

「おのれ、させるk」

「はいストップ」

 

泡を食って駆け出した彼をニソラさんの一撃が押さえます。

 

「――私のご主人サマは、貴方を抑えよと仰せですよ?

……故に、もはや往くも退くも叶わぬと心得なさい」

 

頼もしすぎるメイドさんでした。

何あれ惚れてまうやろ。カッコ良すぎる。

 

「邪魔をするな地上人!ネザーとは何の関係も無い奴が横から!!」

「いーえ、一方的に攻撃された段階で既に当事者です。……あの退路遮断で実際死を覚悟させられましたからね。

タクミさんにたくさん心配掛けてしまいましたし、存分に意趣返しさせて貰います!」

 

……そうだ。

実際、アレのせいでニソラさんは死に掛けたんだよな。

 

――スユドさんには悪いけど、やっぱり首の1つぐらい刎ねとこうか……?

 

……――!!

 

「っ、おっとごめんごめん。そうだよね……先ずはウィザーの相手が先だった」

 

散華の声なき声を聞いた気がして、思わず刀に向かって弁明してしまいました。

先ずはボクの仕事を終わらさないとね。

 

「……君も災難だよねえ。結局イジメの図式だもの。もしかして、召喚される度に『そう』なのかな?

――でも悪いけど、ボクらは死も破壊もノーサンキューなんだ。

 

だからそれは――君に、あげるね?」

 

数十は数えるだろう幻影剣を回りに顕現させます。

これらはすべて衰破の剣です。

流石にボクの実力を上回ったのか、立ち眩み程度の虚脱感を覚えますが……影響と言えばその程度。

 

「バイバイ」

 

急襲幻影剣-衰破-、一斉掃射。

そして同時に突っ込みました。

この一合で終わらせます。

 

フォォォォオオオンン!!

 

――無為な滅びと引き換えならば。

そう思ったのかもしれません。

ウィザーが叫びをあげて、体を檻にねじ込みました。先の攻撃で亀裂が入っている部分がブチリブチリと嫌な音を立てて千切れていきます。

 

この檻が壊せないなら、サイズが邪魔で動けないなら、体の方を切り離せば良い。

凄まじい形相で此方を睨み付けるウィザーの憤怒の顔がそこにありました。

 

体を千切って無理矢理取った射角から、命を涸渇させる生首が撃ち出されます。

 

「タクミ!?」

 

自傷を伴う、虚をついた一撃――

 

――に、なっていませんよ?それ。

 

あんだけ目の前でブチブチやられたら次の行動ぐらい容易に読めます。

 

カーラさんの声を背中に受けながら、ボクは撃ち放った幻影剣目掛けて瞬間移動(ワープ)を発動しました。

フヒュッ、と言う音と共に空間を渡った先は、初撃で突き刺していたウィザーの背後にある幻影剣です。

 

これが抜刀剣modの真骨頂。

エンチャント『射撃ダメージ増加』を持つ妖刀でのみ使用できる幻影剣ワープ。

ボクの眼前には無防備な背中を晒すウィザーの姿。

 

そして装飾の合間を縫って隙だらけの背後に叩き込むのは、『散華』と言う刀が本来持つ2閃必殺のSA――

 

「――終焉桜(サクラエンド)ッ!!」

 

二筋の白い剣閃がウィザーを捉え、走り抜けていきました。

横薙ぎからの斬り返し。それを一瞬の間に叩き込む奥義です。

手に残る確かな手応えが、技の名前のように揺るぎ無い『終焉(おわり)』を教えてくれます。

 

ブシュリ、と血とも泥ともつかない体液を散らしてウィザーの体が崩れました。

 

――フォォォォオオオンン!!!

 

怨みの籠った断末魔でした。

まるで急激に風化していくかのように、その肉片が塵になって消えていきます。

 

「バカな……そんなバカな……っ!?」

 

最後に残ったのは、禍々しい光を放つ多面体。

ネザースターと呼ばれるクリスタルです。

 

……うーん、ゲーム内ではブロックアイテムじゃ無かったので尖ったひし形のアイコンしか見えませんでしたが……この世界だと、こんなんなるんですね。

黒くはないけど、まるで輝くトラペゾなんとか的な……

まあ取り合えず確保、っと。

 

そんな感じに、かつてネザーを恐怖に陥れた厄災(笑)は、まさに放たれた矢のごとく、されど誰にも中らずに速攻で落ちて行きました。

めでたしめでたし。

 

ムドラ属二名が出入り口の辺りで黄昏ています。

 

「ギヤナ……アレ、詩にあった厄災なんだよな……?厄災だった筈だよな……?」

「相手ガ悪かっタって事だロ。呼ビ出したヤつも含メてナ。

――ヤれやレ、考えテみれバこれガ『約束の日』っテ事にナるのカ……?

ナんにモせずに終ワっちマったナ。

皆ガ知ったラ卒倒シそうダ」

「――『1つの星と剣を残して』……か。なるほど、星を残して消滅したな。剣は出なかったが」

 

まぁ流石に剣が追加されたら散華が拗ねちゃう気がしますし、そこはね。

 

「悪意の筈だ……誰にも止められない、厄災だった筈なんだ……何で……何でこんな簡単に……っ!?」

 

未だに現実を受け入れられないスペクなんとかさんです。

 

「さあて、こっちの仕事は終わったし……そろそろそっちの首刎ねときますか。

――小便は済ませました?神サマにお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えながら命乞いをする心の準備はオーケイ?」

「ちょっ、ちょっっ、タクミさんっ!?」

 

物騒すぎますよと嗜めてくるニソラさんに首を傾げるボクなのです。

 

「え、でもソイツのせいでニソラさんが死にかけた訳だし……キチット殺ッテオカナイト」

「ヤンデレ出てますからね!?私、怖いタクミさんは見たくないですよー?」

 

……うみゅう。

 

「煽っテおいテ今更ナんだガ……現実問題、スユドを殺シたラ『ソイツ』モ消えルのカ?

流石にハシゴさレるのハ面白くナいんだガ」

 

――ああ、その危惧は確かに考慮すべきですね。

犠牲を払ったけれど、なんの成果も得られませんでしたじゃあ割りに合いません。

カーラさんが「もう少し真面目にスユドの事も考えてあげないか……?」とか言ってますけど、その辺りはあなたにお任せしますね。

ボクはニソラさんが真剣に殺されかけた辺りで、そっち方面の感性がマイナスに向いておりまして。

 

「そーですね、偽臣の書使ってみます?これならリカバリ効きますし、無力化と言う視点では問題ないでしょう」

「ナんトかコイツの武ヲ残したマま、俺の言ウ事を守っテくれルお利口サンに出来ナいカナ?」

「うーん……武を残したままと言うのは難しそう……」

「な……なんだ!?なんだと言うのだこのドライさは!?これがムドラだとでも言うのか!?」

「とんでもない風評被害が生まれつつあるな……」

 

ゴメンねスユドさん。

貴方は良い人だったかも知れないけれど、ニソラさんへの所業とギヤナさんからの人徳(極底)がいけなかったのだよ。

と、言うわけで偽臣の書を……

 

「――『理外のスユド』、か。もはや私の目的は果たせない。ならば……せめて、最後の悪意を……!」

 

……なんだ?

不穏な気配を感じて身構えます。

 

彼がツルハシの先端を握って飛び出しました。

狙う先はニソラさんです。

しかし。

 

――ズダアアァァアン!!

 

「――か、はっ……」

「うわ……痛ったそう……」

 

飛び込んできた勢いをそのままに、とても綺麗な一本背負いが決まります。

『柔よく剛を制す』のお手本を見ているようです。

 

……何故か、彼の表情が不敵な笑みに歪みました。

 

「この武……この痛み……素晴らしいぞ。久しく感じていなかった、戦いの脈動だ……!」

「……?雰囲気が……、っ!?」

 

――刹那。

 

疾風のような鋭い足払いがニソラさんを襲います。

かろうじてそれに反応するも、間髪入れずに突き出されるツルハシの先端

 

「――、くっ!」

 

神速の間に抜き放たれた山刀の軌跡が、ツルハシを掠めるようにして閃いたのが見えました。

交差と同時に、ブシュリと鮮血が舞います。

 

「ニソラさんっ!?」

「……油断したつもりは無かったんですけどねー……」

 

ニソラさんの左肩が切り裂かれていました。

破れたエプロンドレスの袖から、痛々しく血が流れています。

 

「――素晴らしい反応だ。まさかあのタイミングで軸足に仕掛けることが出来るとは」

 

対し、スユドさんの右腿も無事ではありませんでした。

先ほどの抜刀が足まで延びていたようです。鋭く奔った斬り傷はしかし、腱の両断までは叶わなかったようです。

斬られた足を軽く引き、スユドさんが構えます。

その傷跡から粘性の高そうな黄緑の液体がコポリと滲んでいました。

しかし、そんな事は些事だと言わんばかりに彼の表情は笑みを作ります。

 

――戦いの高揚に染まっているその姿が鼻に付きました。

 

「なに楽しそうにしてるんだよ……っ!!」

 

ニソラさんを斬り裂いといてヘラヘラと――!

激情に任せたまま今一度散華を抜き放ち、

 

「ストップですタクミさん!!」

 

反動覚悟で衰破を撃とうとした所で、ニソラさんに制止されました。

ニソラさんの目線は、油断なくスユドさんに縫い止められています。

ボクに背を向けたまま言いました。

 

「――すみません。ですが、流石にこのクラスだと捌ききれるか自信がないんです。私、ソロ専門でしたもので……リズムが狂ったら、きっとそこから崩されます。

だから、私に任せて下さいませんか」

 

――足手まといだと。

そう、言われた気がしました。

 

実際、ボクの技はシステムアシストによる物だけ。

幻影剣による援護も、本格的に動かれたらフレンドリファイアの危険が大きくなるでしょう。

 

それをどうにか出来る技量も経験も、今のボクにはありません。

奥歯を噛み締めながらニソラさんの言葉に従うしかありませんでした。

 

「2対1を期待したのだが……ふむ、コンビで戦ったことが無かったとはな。ニソラ殿を下せば、タクミ殿も出てくる……のかな?」

「スユドさん――あなたは……っ!」

 

流石にもう、『誰が体を動かしているのか』判ると言うものです。

トンファーのように持っていたツルハシを投げ捨てて、スユドさんはピシリと隙なく泰然と構えました。

 

「――戦いの基本は格闘だ。武器や防具に頼ってはいけない」

「……私は、付き合うつもりはありませんよ。か弱い女の子ですし」

「もちろん結構だ、地上の戦士よ。持てる力を全て出して貰わねば……今のこの場に意味がない!」

 

もちろん、状況を悟ったギヤナさんがこの状況を看破出来る筈がありません。

 

「ヤめろスユド!恩人ナんだゾ――コのムドラの恩人ナんダぞッッ!?」

 

スユドさんが口角を上げました。

 

「私はスユドではないさ。既に名乗った筈だ」

 

ちょうど良い言い訳が出来た――

そう言う事なのでしょう。

ウィザーの脅威を消耗なく退けた今、このバトルジャンキーが本気でボクらと戦えるのは、『操られている』今しかない……あるいは、そう唆されたのか。

 

スユドさんが声を高くして名乗ります。

 

「――そう、私は義務づけられた『悪意』!

その名もヘロスペクター……

 

……いや、プロスペク……うん?

 

テロ……テロブラ……

 

……

 

 

行くぞオラアアアアッッ!!」

 

「誤魔化セてネえんだヨこのクソド低能がアアアアッッ!!」

 

 

完全に一連の事件とは関係の無い、ラスボス戦が始まりました。

 




 
衰破や終焉桜の威力に多大な誇張がありますが、演出なのでお察しください。
流石に衰破二発と終焉桜一発で沈んでくれるほどウィザーはか弱くありません。
厄災(笑)なのに変わりはないけど。

多分、後三話ぐらいでネザー編終われます。
長かった……


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悪意の残響

構成上、今回は途中で3人称が入ります。


――剣道三倍段、と言う言葉ぐらいは知っています。

 

無手の人が得物を持った相手に勝つためには、相手より三倍上の技量が必要だそうです。

無手の不利を表す言葉ですが、スユドさんの猛攻はそんな不利を感じさせません。

「武器や防具に頼ってはいけない」とグレイフォックスするだけはありました。ニソラさんの剣撃を器用に外し、透かし、時には受け止めてどうにかしています。

 

――そう、受け止めてるんです。

 

種族特性なのかなんなのか。鍛え上げた筋肉の技か。

斬撃を受けても大ダメージに繋がらないのです。

皮膚を切り裂き、血のような体液を流させはすれど、それで終わってしまう非常識。

『理外のスユド』とはよく言ったものです。

 

ニソラさんの得物は山刀と弓。弓はこの距離では使えませんし、山刀はその汎用性故にリーチも短く攻撃力に乏しく、何れも決定力に欠けてしまっています。

考えてみれば、それを考慮しての毒矢だったのでしょう。

事前に山刀に毒を塗っていればまだ違ったのかもしれません。

 

「凄い……スユド相手に互角以上に戦っている……!」

 

カーラさんの感嘆が耳に届きました。

戦闘のレベルが高すぎて、ボクらはあの中に割り込めずにいます。

アホみたいに遠巻きに見ている事しかできません。

意識の乱れが生む隙を考えると、声を掛けることすら憚れます。

 

「タわケた事言っテんジゃねぇヨ。互角デ終わル筈無いだロ」

 

ギヤナさんが歯噛みしています。

ボクも同意見でした。

 

「む……確かに、あの小さな体躯と恰好ではそのうち無理が出てくるかもしれないが……」

「チがウ。ニソラ殿には、タイムリミットがアるンだヨ。互角じゃマズすギるんダ」

「……タイムリミット?」

 

――そう。

例え互角以上に戦えていても、状況は凄まじく不利でした。

 

だって、ここはネザーなのです。ボクら地上の人間にとっては、ただそこにいるだけで体力が削られて行く灼熱の地獄なのです。

こんな環境で持久戦なんて出来る筈がありません。

 

それを鑑みてか、ニソラさんはこれまで敵はほぼ一撃……それが叶わなくとも短期で打倒してきました。

しかし今回の相手は脳筋のネザーの面々をして『理外』とまで言わしめた猛者。

短期決戦を狙えば、すぐさま生じる隙を突かれるでしょう。

 

おまけに、ニソラさんは本気で死にかけたレベルの病み上がりだと言うのに……!

 

「――奇妙だ。地上の民と言うのは、二種類の血を流すのだな」

 

スユドさんが体で細かくリズムを刻みながら言いました。

『汗』と言う概念はゾンビピッグマンには無いようです。

アンデッドであるが故に体温調節などと言う課題とは無関係なのでしょう。この灼熱の環境に適応しているのならば尚更。

 

「……ふぅー……」

 

対するニソラさんは、こめかみから汗を滴らせながら体内の熱を逃がすように大きく息を吐きました。

目の光は強いまま……しかし、軽口を返す余裕は無いようです。

 

「――てあっ!!」

 

――突き。

攻撃力を捻り出すための工夫でした。

山刀をまるでフェンシングのように操り、疾風のような攻撃をショットガンのごとく繰り出します。

……しかし。

 

「ぐ……さすがに、スピードでは敵わないか」

「理不尽!?」

「その類の言葉は聞き飽きたのでな!」

 

いくつかまともに当たってはくれるものの、やはり大したダメージにはなっていないようです。

流石のニソラさんも息を切らしながら抗議の声を上げました。

 

「非力が過ぎるぞ地上の戦士よ!もっと体重を乗せてこい!」

「カウンターとれる反応を持っておいてよくも……!」

 

とは言え、スユドさんにもそれなりの攻め難さはありました。

ボクの作った対ウィザー用の祭壇です。保護の杖星で守られた祭壇は小柄なニソラさんにとっては格好の防御陣地。

不壊の装飾を上手く使ってスユドさんの攻撃を捌いています。

彼がニソラさんの土俵に上がろうとすれば、そのガタイの良さが邪魔になります。

かといって距離を離してフィールドを移そうとすれば、ニソラさんはコレ幸いと毒を持ち出すでしょう。

得物に毒を塗る時間を与えた瞬間にスユドさんの敗北が確定です。

 

――逆に、ニソラさんの敗北条件は『捕まること』。

 

一度捕まれば最後、斬ろうが噛みつこうがスユドさんはきっとその手を離しません。後はそのままゴリ押しされて終了です。

柔で投げ飛ばす事ぐらいは出来そうですが、力勝負に持ち込まれたら勝ち目は見えています。

 

ならばスユドさんが取るだろう戦法は、一足飛びの間合いに陣取り、ニソラさんが毒を持ち出す瞬間を隙として掴みにかかる……ではなく。

その性格由縁か、スユドさんは攻撃を繰り返しプレッシャーを掛け続ける手段を選んでいました。

 

持久戦。

 

ニソラさんではなく、同技量のゾンビピッグマン相手であれば只の千日手でしょう。

しかし。

 

ネザーと言う特異な環境にあって、一度のミスで終わるプレッシャーは確実にニソラさんの体力を磨り減らしていきます。

 

――いや。

 

そもそもの話、戦闘の本職相手に技量で上回っているメイドさんがいる事自体がおかしいのです。

スユドさんはそこらの有象無象ではありません。それこそ、ムドラの戦士30名弱を相手にして無傷であしらえる程の卓越した技量を持っているのです。

タイムリミット以前、時間を与えれば彼はニソラさんに届く方法を見つけるでしょう。

例えば……

 

チラリ、とボクはスユドさんが投げ捨てた、折れたツルハシに視線を向けました。

アレを使って投擲なりなんなりでニソラさんの逃げ道を制限し、リズムを狂わせる事は出来そうですが……

ならば、ボクが幻影剣を使ってそこに罠を張る、とか……?

スユドさんは警戒してそうですし、そもそも不確定要素が多過ぎるようにも思います。

 

いや。装飾の外と言う、完全にエリアが解れている今であれば、罠を張らずともボクの攻撃も当たる、か……?

 

――鯉口を。

 

――その瞬間、スユドさんと視線が合った気がしました。

 

(っ、……)

 

脳裏に浮かぶのは、ボクが放った幻影剣を受け流され、ニソラさんにその軌道を合わせられる最悪の事態。

うっかり衰破でも撃とうものなら最悪の事態を招きかねません。

……今のは、ボクの殺気に反応したように見えました。恐らく彼はやってのけるでしょう。

ボクが攻撃出来るのは、完全に両者の間合いが離れた時だけです。

 

(……クソ……!)

 

ニソラさんの肩が上下しているのが見えます。

考えろ……卑怯でも反則でもなんでも良い。この状況を打破する方法を考えるんだ……!

焦る自分を歯噛みして押さえつけ、アプローチ方法を探します。

 

ニソラさんと同士討ちせずにニソラさんを助ける方法……スユドさんだけを仕留める方法……

考えろ。ボクに出来る事は何だ……?

 

……ふと。

 

脳裏に浮かんだのは。

 

 

「――ギヤナさん」

 

 

ボクはひとつの可能性に、賭けました。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

――タクミとギヤナがその場から背を向け離脱した。

 

この局面で姿を消す事を選ぶ……その理由を想うと、スユドはどこかで観念したように嘆息する。

 

「――ここに縫い付けては置けなかったようだ。くく……さて、どんな予想外が飛び出してくるのか」

「本当に逃げちゃったかもしれませんよ?」

 

心に随分余裕が出来たらしい。ニソラが、今まで叩いていなかった軽口でこれに返した。

 

「欠片も思ってすらいない事は、口にしない事だ」

「ふふふ……バレちゃいました」

 

スユドの視点では、ニソラの流す透明な体液は体力と同じようなものと見立てていた。

地上の人間が『汗』と呼ぶそれは、熱から体を守るために分泌する重要な機能だ。

これを大量に掻くと言う事は、体がオーバーヒートに向かって進んでいる事を示している。

ニュアンスは違えど、スユドの推測は概ね当たっていた。

ニソラの持つタイムリミットの存在は薄々感じ取っていた。

 

だが。

これは逆に……自分にタイムリミットが設けられたと見るべきだ。

スユドはこの事態をそう判断する。

タクミは反則を引っ提げて戻ってくるだろう。

きっと、武とかそう言う領域では対応出来なくなる『何か』を。

 

タクミを追う事は出来ない。

そうすればニソラに時間を与え、彼女は毒を持ち出してスユドを襲う。

自分の防御技量では避けることは難しそうだ。

 

……先程の殺気。

うっかり乱戦に持ち込んできたら、それを逆手にとって同士討ちしてやろうと思ったが当てが外れた。

 

――意外な事に。

しかし考えてみれば当然な事に。

スユドはこれまで、自分に匹敵するほどの『敵』に恵まれていなかった。いや、正確には自分の間合いの中でなお自分を捌き続ける事が出来る者に出会った事が無かったのだ。

だからこそ、歯ごたえのある修練が出来る『一対多』に慣れてはいれど、ニソラのようなトリッキーな技量を持つ相手との『一対一』は、スユドが『完成』してからはほぼ初めての経験だったりする。

 

加えて、魔法の防護が掛けられた厄介過ぎるこのフィールド。

スユドは確実に攻めあぐねていた。

 

ツルハシを使う気にはなれなかった。

リズムは狂わせられるだろうが、それ以上に自身に『隙』が出来るだろう……そう言う判断だった。

『隙』は何よりも忌諱しなければならない戦場の化け物。これに襲われると、攻撃力だの防御力だのと言う小賢しい理屈をあっけなく食い散らされる。

緩んだ所に筋を切断されれば、流石のスユドも取り返しがつかないのだ。

 

今回の敵はそれを良く解かっている奴だ。

いや、それどころか自身の隙をも一つのチャンスに変える術すら持っているかもしれない……そう思わせる。

バトルジャンキーの持つ嗅覚は、ニソラを捉えて離さなかった。

 

「……ギアを、上げるか」

 

タイムリミットが出来たと言うなら、それが来るまでに押し潰す。

今までの攻防でニソラの動きも大体『見切れた』。

ここからは、押し切る。

 

――そのつもりでいたが。

 

「――ええ、そういたしましょう」

 

次の瞬間、スユドのつぶやきに同調を示したニソラが骨と水晶の装飾を飛び出し、閃光のような速さでスユドの軸足を流し斬った。

 

「グ……ッ!?」

 

しかも、今の一瞬で2回斬って行く神業。

しかし負けてはいられない。フィールドを移してくれるなら好都合だ。

ニソラが消えて行った方向に振り返り……

 

トン、と肩に手が置かれた。

そこから掛かる羽のごとき体重が、見えずとも体を飛び越えられていると言う事を教えてくれる。

 

(――頸動脈!?)

 

首をガード。

間に合う。腕を刃物が滑って行く感覚を覚える。

気配に向かって蹴りを振り薙いだ。それと同時に、再び軸足痛みが走る。

姿が見えない。

しかし、受けた足の感触は、さっきの様な2連撃を叩き込まれた事を教えてくれる。

 

痛みを無視して排撃。

しかし、靠(こう:背中)による広面積の攻撃も見事に空振られ、気付けばニソラは細く頼りない装飾に、ふわりと危なげなく降り立っていた。

未熟な戦士を手玉に取った事は数あれど、これほど手玉に取られた経験はかつてなかった。

 

「――なんと言う軽業だ!こうやって相対するまで、まともに姿を見れなかったぞ!!」

 

思わず称賛の声が口から飛び出した。

長年、武に心血を注ぎ敵の倒し方を研究してきた自分が、まさか攻める事すらままならなくなるとは!

思わず顔に浮かぶ笑みを押さえられないスユドだ。

 

ニソラは、息を乱しつつ呆れも含めて嘆息する。

 

「……楽しそうですね」

「ああ、楽しいとも。これほどまでに立ちはだかってくれる壁にまったく恵まれなくてな」

「私はちっとも楽しくないです」

 

口数が多くなる。

――時間稼ぎである事は目に見えていた。

が、スユドは敢えてそれに乗ってみる事にする。

実際、不思議だったからだ。

 

「その小柄な体で武を練るには、私には想像も出来ない苦労があったのだろう。ならば、その武を思いっきり振るってみたいと思うのは自然な事では無いのか?

――なぜ、戦いを忌諱する?」

 

戦いとは鍛え上げた武のぶつかり合い。そして心理の読み合い。

勝敗と言う解かりやすい決着が、今まで積み上げたものを実感と共に見せてくれる芸術品だ。

スユドは、全力を出せずにずっと燻っていた。

ガスト相手は戦いすらさせてくれなかった。

戦士たちは人数を集めてもスユドを滾らせる事は出来なかった。

 

ならば、それ以上の技量を持つニソラもきっと、同じ思いをしてきたに違いない。

――そう思っていた。

 

「別に忌諱してる訳じゃないですよ?――ただ、自分から望む程興味が湧きません」

「……ならば、何故武を練る?」

 

護る為だとか英雄になる為だとか、力を求める理由は人それぞれだ。

しかし、ニソラは自分が見てきた戦士たちとはその在り方から根本的に外れているように見えた。

ニソラが微笑む。

 

「あなたは、遅れてます」

「何?」

「高みを目指して鍛え続ける事を否定はしませんが、遅れています。

 

――地上の人はみんな、冒険する為に武を身に付けるんです!」

 

とんでもない風評被害だった。

しかし、あんまり晴れやかに言い切るニソラのそのセリフで、スユドは何かがストンとどこかに嵌るような納得を覚えた。

 

「冒険、か」

 

考えた事も無かった。

冒険を達成する為の武――それにしてはいささか過剰な感もあるが。

無意識のうちにスユドは口角を持ち上げる。

 

「――とりあえず、感想を一つ」

「はい?」

 

居住まいをただし、ゆっくりと構えを取る。

 

「是が非でも、君の言う『冒険』とやらに勝ってみたくなった」

 

それは、ある意味で戦い(スユド)よりも冒険を選ばれた事が気に食わないと言う、子供じみた嫉妬に近かったのかもしれない。

相対するニソラの視線が、一瞬だけ出入口を気にするように動いた。

タクミが戻るまでにはまだ時間が掛かるらしかった。

 

「――呼ッ!!」

 

最初からトップギアで行く。そうでなければ彼女に届く事はないとスユドは知った。

呼気と共に瞬発力の全てを使ってニソラに『挑む』。

装飾の上と言う、足場などとお世辞にも言えない繊細なフィールドに、スユドは敢えて飛び込んだ。

相対するメイド妖精の表情は静かだった。

 

「――『縮地』の真髄をお見せしましょう」

 

気付けばニソラの姿が無くなっていた。

 

ゾンビピッグマンの視野は人間のそれとほぼ同じだ。左右200度から忽然とその姿を消す手法はスユドもいくつか心得ている。――つまり、下か後ろだ。

経験のままスユドは深く遠くへ踏み込んだ。

下はハズレ。後ろは――いない。

果たしてその場所はグロウストーンの光が教えてくれた。それは、視界に映る影だった。

 

(上ッ!!)

 

姿が見えないがアッパーで迎撃。

――正解だったようだ。同時に降ってきた影が、お土産がわりに頸動脈を狙っていった。アッパーで振り上げた腕がちょうど盾の役割をする。

 

連撃。

持ちうる最大のスピードで弾幕を撃ち放つ。

手に、布を破いたような感触が残る。

 

(――かすったか!)

 

見えない敵と闘う機会は全くなかった。

だが、徐々に徐々に対応していっている自分を自覚する。

成長を自覚するなどいつぶりの経験だろうか。

あまりの高揚感に、スユドは「ははっ!」と声を漏らした。

この高揚を覚えているのが自分だけだと言うのが気に食わないが、それでも。

 

「楽しいな、地上の戦士よ!」

 

返答はない。依然、姿も見えなかった。

変わりに最初に受けた軸足への二連撃と全く同じ場所に刃が閃いていく。

この状況下で全く同じ場所に当てる事が出来るのか!

その刺繍細工のごとき繊細な技に、またひとつ感嘆が飛び出た。

 

後ろ。なんとなく『掴めてくる』。

気配がするとき、彼女は果たしてそこにはいない。

 

スユドが感覚とは逆の方向に視線を滑らせた。

ニソラはそこにいた。

それが手が届きそうな程の近くだった事に驚きつつ、その術理を考えれば当然かと、頭のどこかで納得する。

 

正拳を撃ち放つ。

思いきり体重を入れたそれは、真っ直ぐにニソラを捉えた。

直撃。

――いや、手応えがかなり軽い。

ニソラはその正拳を受け止めた上で、同時に後ろに飛んでいた。

衝撃吸収――ここまで鮮やかにこなすのか。

 

吹っ飛んでいったニソラを追う。

彼女は勢いのままに壁に『着地』し、全身をバネのように沈みこませて再びその姿を掻き消した。

 

――『どれだ』?

確率は1/4。上か下か左か右。考えることもなく、当てずっぽうで右に決めた。

カウンターのスマッシュを居るか解らない相手に打ち出す。

 

斯くして、ハズレた。

 

「ッ、ガ……!」

 

左脇腹に激痛。ニソラの山刀が意識の外から深々と突き刺されていた。

筋肉の鎧を通した致命的なダメージ。

 

――そう。『目論み通りに』。

 

「――噴ッッ!!!」

 

バキンッ!!

 

「……は……?」

 

――ニソラの山刀が砕け折れる。

やったことは単純。

突き刺された部分の筋肉を締めて固定し、瞬発力を総動員して山刀をへし折ったのだ。

 

……頭のおかしい所業だった。

白刃取ってやるなら、それでもおかしいがまだ解る。

が、それを突き刺された部分の筋肉で行うと言う発想からして理不尽すぎた。

 

「呆けている暇が?」

 

――捉えたぞ。

 

スユドの右手が、エプロンドレスを掴んでいた。

 

「しま――、」

「ニソラ――!?」

 

事態を見ていたカーラの、悲鳴にも似た叫び。

スユドは止まらなかった。

 

寸勁!

寸勁寸勁寸勁寸勁寸勁寸勁寸勁寸勁――!!

 

全身全霊を持って叩き込む。

ダメージが流石に大きくてそれほどの威力が出せないことを自覚していた。

故に、数だ。このチャンスを逃がさない為にも――!

 

「か、は……っ!」

 

メキベキ、と右手に骨をへし折るような感触が返ってくる。

エプロンドレスはその負荷に耐えきれず、ブチリと千切れてニソラの体を解放した。

勢いのままに叩きつけられた華奢な体が鈍い悲鳴を上げ、その口から赤い飛沫が飛び出した。

 

「……ぁ、っく……」

 

苦痛で表情が歪んでいる。

もう、先程のような軽業は出来ないだろう。

ダメージは命に関わると思えるほどに深刻だった。

 

「っぐ、……アンデッドの、耐久、を、甘く見た、ようだな……肉や骨を断たれても、私は動けるぞ……ッ!」

 

なかばやせ我慢が入っているのは否めなかったが。

やはり、ここぞと言うときは鍛えた体が応えてくれるのだとスユドは口角を上げて見せる。

 

『しゅくち』と呼んでいた移動術。その正体は体術に留まらず、意識の誘導も混ぜ込んで昇華させた絶技。

恐ろしい技だった。

多大なリスクを払ってやっと破った自分が誇らしい。同じ手段は二度使えないだろう。

 

――弩級の殺気。

解りやすい『ご帰還』だ。

 

何かの容器がスユド目掛けて飛来する。

 

「――未熟」

 

もはや蛇足のような感覚で、スユドはそれを受け流しニソラにその軌道を合わせた。

この期に及んで選んだのが毒の投擲とは。

その殺気から疑うべくもないその内容物を思い、スユドは軽い失望を覚える。

 

――最後は、仲間による毒殺か。

 

容器はニソラに叩きつけられ――それをトリガーにして、盛大に破裂四散した。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

「ぐ、があァあアあッ!!?」

 

――効果は絶大のようでした。

飛沫のかかった部位がシュウシュウと音をたてて煙を上げています。

ダメ押しに幻影剣による追撃を撃ちますが、それはほうほうの体で飛び退かれ、追撃は失敗しました。

 

……まあ、『それ』は『移動用』だから別に良いんだけどね。

 

ヒュッ、と音を立てて空間を飛び越え、ニソラさんを庇う位置に立つのです。

 

近くで見るスユドさんの姿は満身創痍でした。

ニソラさんの折れた山刀が脇腹に突き刺さり、体のあちこちから血と思しき液体を流し、今のポーション攻撃による煙が吹き出ていました。

 

「きさま……あれほどの戦士を……捨て石にしたのか……ッ!?」

 

広範囲に飛び散るポーションの事を言っているのでしょう。

この人は、操られていてもいなくても、的はずれな台詞しか吐けないようです。

 

「タクミ、さん……」

 

ニソラさんが困惑を隠せない様相でゆっくり立ち上がりました。

ボクは視線をスユドさんに向けたまま意識を向けます。

 

「ニソラさん、大丈夫?」

「いえ、大丈夫って言うか……治ってるんですけど。胸骨が肺に刺さってた筈なんですが、私……」

「なん……だ、と……!?」

 

スユドさんが呆然としていました。

 

――胸骨が、肺に刺さってただって……?

 

ギリキッ、と無意識に噛み締めた奥歯が軋みます。

ボクは、この腐った喋るクソブタをどう殺してやろうかと考えをめぐらせ始めました。

表面上は努めて努めて冷静に。

ニソラさんの質問に答えます。

 

「――スイカは青の勇者が残してくれてた。あの時、持ち帰ってたのを思い出したんだ」

「え……?」

「だから後は、金とブレイズロッドと火薬とネザーウォートだ。金とブレイズロッドがムドラにあるのは解ってた。

火薬は、ガストを倒しているなら幾つか残ってると思った。ネザーと言う環境で早々に酸化しちゃってた可能性もあったけど、ボクは賭けに勝てた。

一番苦労したのはネザーウォートだったよ。赤い瘤のようなキノコらしきもの、じゃ通じなかったんだ。

焦りながらギヤナさんと擦り合わせたよ。

――まさかこっちでは、岩のように固まった建材だったなんてさ」

 

インベントリから丸みを帯びたフラスコをとり出し、スユドさんを煽るように顔の横で揺すります。

 

「――治癒IIのスプラッシュポーション。グロウストーンを使ってブーストを掛けた。

着弾すると破裂して、中身を広範囲に撒き散らす投擲用のポーション。

……その名の通り、ボクらが浴びればとても強力な治癒の効果を持つけど……アンデッドが浴びれば」

 

そのまま、容器から手を離しました。

ポーションはそのまま重力にしたがって落下し、破裂します。

勢いよく飛び散った液体は、彼からすれば散弾にも感じられるでしょう。

 

「ぐああアアアアッッッ!!?」

 

それは、屈強な戦士に悲鳴すら上げさせるほどの。

 

「――こんな感じに、猛毒になる」

「……またなんてモノを……」

 

既に死に体となっているスユドさんへの追い討ちでしたが、全く罪悪感は湧きませんでした。

治癒のポーションが与えてくれる回復効果が活力となり、むしろ報復の気持ちがメラメラと燃え上がって来る気すらしました。

 

ここはそれなりに広いとは言え室内なのです。破裂四散する液体から逃げ切れるほどのスペースはありません。

スプラッシュポーションの効果範囲はだいたい着弾点から半径3メートル弱と言ったところでしょうか。

天井に叩き付ければさらに範囲を拡大できるでしょう。

今のスユドさんに、コレを回避出来るほどの俊敏さは残っていません。

しかも、ニソラさんが数多くの傷口を作ってくれていたので効果も倍増。

 

「さて、それじゃあスユドさん。……いや、スペクテイター・ヘロブラインだっけ?まあ、どっち名乗ろうと別に良いです」

 

悪意がどうのとかもうどうだって良いです。

なんか裏の事情が隠されていたとかがあっても、もはやボクには関係がありません。

たった一つあれば良い。

 

こいつは、ニソラさんの胸骨へし折って肺に突き刺す程の大怪我を負わせた。

ボクは、それを許さない。

それだけあれば良いのです。

 

更にもう一つ、ポーションを取り出して睨めつけます。

ニソラさんへの印象が悪いので、とりあえずクラッカーの歯糞ほどの慈悲は掛けてあげる事にしましょう。

 

 

「――治癒ポーション漬けか衰破ハリネズミ、どっちで死にたいか選べ」

 

 

ボクは、両方大盤振る舞いしても一向に構いません。

 

 

@ @ @

 

 

「……『世界の悪意』?」

「ああ。あくまで個人的な印象だが、理由がどうのではなく『悪意だから騒動を起こした』と言ったような感覚を覚えた。……ムルグも偽臣の書もガストへの対抗も……全てただの口実だったのだろうな、アレは」

 

ネザーとは何の関係もない奴が横から、とか言われまくってた筈なんですけどね。

全部、罪悪感とか大義とか、そう言うのを煽る為の詭弁だったのでしょうか。

 

「……デ、ソの世界の悪意っテ結局何モンなンだヨ?」

「皆目見当もつかん!」

 

無意味に胸を張って言い切るバカです。

まったくもって反省が足りません。

 

「タクミ殿、一枚追加デ」

「はい喜んでー」

 

と言いつつ、石の感圧版を2枚追加しました。

なに?一枚じゃない?

ボクが一枚っつったら一枚なんだよ喚くな。

 

「あの……そろそろ足の感覚がなくなって来たんだが」

「んじゃあ回復してあげますよ、ほら」

 

そう言ってボクは、負傷のポーションのビンを鈍器のごとくスユドさんの頭に叩きつけました。

ちなみこれはスプラッシュではなく普通のポーションです。つまり飲むタイプの奴ですね。

ポーションを被ったスユドさんの顔はしかし、不服そうでした。

 

スユドさん、石抱きの刑にて尋問中。

 

別に下に角材を置いてる訳じゃないのでずいぶん有情ですよ。

ニソラさんの神のごとき深い慈悲の心に咽び泣いて感謝するべきです。

 

「た、タクミさんの激おこが全然収まりません……」

 

激おこじゃありません。

既にファイナリアリティぷんぷんドリームをさらに突破しています。

 

「あぁー……私も『世界の悪意』と言う単語で扱った事はありませんけど、それが該当するような物はそれなりに知っています」

「え?」

 

刺々しい空気を変える為なのか、必死に話題を探した感を出しながらしかし、確信に近い話をニソラさんが口にしました。

 

「――私も、それなりに冒険を重ねてきましたからね。その生や存在に何の意味があるのか全く不明な危険物。……地上にはいくつか周知されているものがあります。

例えば、人や人工物を見ると自身もろとも自爆する緑色のモンスターであったり。例えば邪悪な気配をまき散らしてこんこんとモンスターを生み出す檻であったり。

誰が作ったのかもいつからあったのかも解からない、その檻が大量に設置された広大な構造物なんかもあります。

人が関わったら明らかに害をなしてくる物なのに、明らかに人の手で作られたように見える……まさしく『世界が齎した悪意』です」

 

クリーパーにモンスタースポナー、それにダンジョン……心当たりが有りすぎました。

ゲームではああ云ったものは『プレイヤーに刺激を与えるため』に作りだされますが、それがそっくりそのままリアルに齎されれば、そのまま世界によって作られた悪意だと解釈するのも無理はありません。

ボクもModプレイヤーの端くれ。

世界に人や世界に危機をもたらすような高難易度のModはいくつか知っています。Thaum Craftなんかその悪意がわさわさ出て来ます。

……Modではありませんが、考えてみればウィザーもその典型ですね。

『ストーリー性が排除されたボスキャラクター』なんて、ただの難易度を上げる為の要素でしかありません。

ムドラの人たちであれば、典型としてガストを思い浮かべるでしょう。

 

「――そんなものを『利用しようとした』事こそが、そもそもの敗因だったと言う事なのだろうな」

 

スユドさんが思い出すように目を閉じてそう言いました。

 

……事の発端はネートルさんのいう通り、アーシャーさんが偽臣の書を発見した時に遡るそうです。

 

『スペクテイター・ヘロブライン』と呼ばれるその『悪意』は、嘆きの砂漠に埋もれていた小さな祭壇で偽臣の書と共に眠っていました。

勇者ゆかりの何かを探していたアーシャーさんが偶然、それを発見します。

ヘロブラインは最初、彼に憑りついていたようです。

 

「誰にでもとり憑ける物では無いようだ。なんでも……『運命律』がどうとか。理解は出来なかったが」

 

ギヤナさんに視線を向けられましたが、ボクも聞いたことの無い単語だったので首を振るしか出来ませんでした。

 

大まかには、偽臣の書で植え付けられる『意識』をそのまま独立させたような物らしいです。

偽臣の書とヘロブラインは実は関係の無い物だったらしいのですが、そのあり方が相似していた為か、ヘロブラインは偽臣の書を扱うことが出来ました。

 

そしてそれは、対ガストの手段を探していたムルグをそそのかす絶好の手段になりました。

 

「……ウィザーを制御すルつもりナんてハナかラ無かっタ訳か……ソりゃア無秩序に召喚モすル訳ダ。

ダが、何故奴はドクロの位置ヲ知っテいたンだ?」

「理由は二つ。……どうやらアレは、他の『悪意』の所在をおぼろげながら感じ取ることが出来るらしい。

そしてもうひとつは……コレは偽臣の書もそうらしいのだが、宿主が思い浮かべたものぐらいは断片的にだが読み取れるみたいだな」

「……ツまり、オ前のせいカ」

 

はい追加しまぁーす。

 

「ぐあ……し、しかしそれに気付いてからは私も抵抗していたんだ!」

「隠シ部屋の位置とギミックっツう最重要情報が駄々漏れテいるンだガ?詰み一歩手前ダった自覚アるか?タクミ殿がイなけレば今ごろ厄災再びダぞクソボケ」

 

実際、ボクがネザーに来るのが一週間遅れてたらムドラは既に無くなっていた可能性が高いですからね……

 

「スユドさんがムルグに行った事でヘロブラインが『乗り換え』を行ったのは解ります。でも、何故その後もアーシャーさんは強行策を唱え続けていたんですか?」

「強行策を唱えていたのはアーシャーじゃない……いや、アーシャーも同調してはいたがな。真に唱えていた黒幕は、ハヌマトだ」

 

ハヌマト?

……ええと、どっかで聞いた事があった気が……

 

「ムルグ潜入作戦の折、タクミさんが後からぶん殴ってポイした方ですね」

「――ああ、あの人」

 

思い出すのは金閣寺の一枚天井の最中、アーシャーさんの前に処理したゾンビピッグマンでした。

そう言えばあの人はアーシャーさんに指示を飛ばしていましたね。

 

「ムドラから渡ってきた弓を受け入れてしまえば、ムルグは大きな貸しを作るばかりか、その戦力でムドラに対抗する事はできなくなる。ラクシャスがいるなら第二の『閃光』が現れる可能性だってあるわけだしな。結局復活したが。

――ハヌマトは弓を差し出されてもなおムドラとの戦争を想定していたし、そして今のままではムドラに勝つことは出来ない事にも気付いていた」

 

……取った手段はともかく、施政者の考え方としては納得できますね、それは。

ウィザーの力は強大です。……いや、例えイジめられっ子であっても、一応強大なんです。

だからこそ、それを兵器として運用できる芽があるならそれを目指したかったのでしょう。

手元にあれば召喚を匂わせるだけでも外交カードになりますし。

 

「アイツは偽臣の書のからくりにある程度気付いていた筈だ。……そしてそれを、『アレ』から解放されたアーシャーが十全に扱えなかった事も」

 

なるほど。

ムルグに行った時にチラチラ疑問に思った件が、ストンと飲み込めた気がします。

 

「……タクミ殿、一枚追加」

「?はい喜んでー」

「待て!このタイミングは訳が解らんぞ!?」

 

ボクもですが、それでも追加はして行くスタイルです。

 

ギヤナさんはとても冷たくスユドさんを見つめていました。

 

「――貴様、ムルグと通ジていたナ?」

「ギヤナ?それは『アレ』に乗っ取られて……」

「『そっち』ジゃなイ」

 

下手な言い訳は許さない。

そんな雰囲気です。

 

「――ムドラに仇なスつもりモ、ムルグに与スるツもりも無かっタのダろウ。ソの点は俺モ信頼しテいるヨ。

ダが……オ前は『戦争を起こす』為に動いテいタのだな。

ソの為に、ハヌマトともアる程度通ジていたナ?」

 

スユドさんが、口角を上げたように見えました。

 

「――はっきり言い切るんだな」

「言い逃レてミるカ?」

「やめておこう。その手の事でお前に勝てる気がしない」

 

それは、認めたも同然の台詞でした。

 

「――ただ、ハヌマトと通じていたと言われるのは些か心外だな。私がやったのは、多少の煽りと情報を流したぐらいだ。

その言い方だとまるでグルだったように聞こえる」

「――テめエ、」

 

使者の腕を破壊し、ムルグを後戻りできない状況に追い込む。

ボク達が知ってるのは行き着くとこまで行き着いたその原因だけでしたが、どうやらそれより以前にスユドさんは『色々と』動いていたようです。

 

ギヤナさんが必死になって止めようとしていた戦争を、蒙昧なフリをして逆の方向に持っていく……そりゃあギヤナさんからの評価がズンドコに落ち込むわけですよ。

しかもタチの悪いことに確信犯だったってそれ、レベルEのバカ王子級に最悪じゃないですか。

ともすれば、ニソラさんの退路遮断もスユドさんの発案だった可能性があります。

アレで手遅れな状況になっていた場合、本当に行き着くとこまで行き着いていたでしょう。

 

「結果として、すべて目論見が逆方向に向いてしまったのは笑えたがな。全面戦争ではなく一部の工作で状況が終わってしまった。

――やはり私に謀と言う奴は無理だったと言うことだな。

最後の最後でなりふり構わず駄々をこねた方が、よほど上手く行くらしい」

「――コイツもう斬って良いですよね?」

「ダメです!タクミさんステイ!いいこだからステイですよー?」

 

……うぅ……わん。

 

「ふっ……正直、全く後悔がないな。

挑戦も、成長も、全力も、そして敗北も……余す所無く実感できた贅沢な戦いだった。

たとえここで終わるとしても――私は、満足だ」

 

やりとげた顔でフザけた事を抜かす腐れブタです。

誰だってキレます。ボクだってキレます。

ものっスゴい良い表情にピキリときました。

ギヤナさんも頭を抱えています。

 

「――コいツ、俺ガ斬りタくなっテ来タ……」

「処す?処す?」

「はーい、いいこいいこですよー?」

 

ナデナデ……わふ。

 

今回最大の被害を受けたニソラさんがこの調子なので、怒るに怒れません。

 

くそう……くそう……っ!

 

「……最後ダ。スペクテイター・ヘロブラインはドうなっタ?」

「知らん」

 

悪びれもなくスユドさんが言い切ります。

 

「……少なくとも、私の中には居ないな。真偽の証明は出来ないが……目的がすべて潰えた事を悟り、何処かへ消えて行ったようだ」

 

コレも頭の痛い問題です。

非常に面白くない事に、ボクらはヘロブラインの『ハシゴ』を許してしまった事になります。

 

「ソもそモ、アレは何なんダ?殺セるモノなのカ?」

「それも解らんが……恐らく、無理だと思っている。

アレはどうも、とり憑かなければ何も出来ない霊のような類いのモノらしい。何かを見ることは出来ても、何かを動かす事は一切出来ないようだ。

憑りつける相手も良く解らない制限があるらしいからな……憑りつける奴が二人いた、と言う時点でヤツにとっては奇跡だろう」

 

マイクラのスペクテイターと同じものだと言うのであれば、まあ、この説明にも納得できますけども。

 

「……そもそも、なんでそんな事が解るんです?」

 

ちょっと、情報が多すぎる気がします。

スユドさんが軽く笑って見せました。

 

「私とて、ただでとり憑かれていた訳では無かったと言うことだ。アレとは普通に交信できたし、意識もあったからな。色々と情報は抜いていた」

「……意識があった?」

「ああ。自分の頭の片隅に、部屋をつくってそこに収まってるような……そんな気分だった。もっとも、体の優先権はアレの方にあったが。

――なかなか恐怖だったぞ。何も意識していないのに自分の口や体が勝手に動くのは」

 

ヘロブラインが表に出ている間も意識がある訳ですか……

ここは偽臣の書とは違うんですね。

 

「――ヘロブラインが再びアーシャーやオ前にとり憑く可能性ハ?」

「あるかもな。……だが、私がいまだに条件を満たし続けているかどうかは、正直検討もつかんよ――」

 

 

@ @ @

 

 

結果だけ見れば……ムドラは目的を達成しました。

 

偽臣の書による憂いを取り除き、ウィザーの脅威も潰え、対ガストの武器と戦法も普及しました。

そしてムルグの主だった情報もブッこ抜けています。

今作戦は溶岩流を挟んだ上に陽動が主だった為、死者も無かったようです。

よほどギヤナさんがうまく戦ったのが解ります。

 

大勝利と言う奴です。

 

ここからは抜いた情報を元に構築した外交戦。いわば戦後処理と言うフェーズになります。

ムルグ内部のクーデターも鎮火した形になりますから話はスムーズに進むでしょう。

 

「……結局、スユドさんの一人勝ち、か。斬ってもあのツラは崩れないだろうな……くそう」

 

ボクにとってはその印象が強い事件でした。

 

スユドさんの処罰については、あの場では決まりませんでした。

ニソラさんが処刑を拒否した為、後はギヤナさんの裁量でどうにかなるのでしょう。

流石にお咎め無しなんて事にはならないとは思いますが。

 

「まだおこですねぇ、タクミさん……」

「当たり前だよ!よっぽど首を刎ね落としてやろうと思ったよボクは!!」

 

肺に骨だぞ!?解ってんの!!?

ボクが駆け付けた時に見た、血を吐いて倒れるニソラさんの姿が目に焼き付いています。

気付けば奥歯がきしみ悲鳴を上げていました。

 

「もう……しょうがないんですから」

 

――ぽすん、と。

 

「へ、あ……?」

 

視界が、横に倒れました。

 

何が起こったか分からずに、少しばかり頭の中が真っ白になります。

その間、ボクの髪に手櫛を通すように優しく、優しく、ニソラさんの手が滑って行きました。

 

見上げれば、ニソラさんの顔。

 

――とても自然な流れのままに、ボクはニソラさんに膝枕されていました。

 

「怒るのは、ぜんぶぜ~んぶ、タクミさんがやってくれました。ケガも、あの反則おクスリで瞬く間に治っちゃいました。

だからもう、スユドさんなんてどーでもいいんです。

決着がついて、タクミさんも私もこうやって、新しいお家でのんびり出来てます。

……なのに、へんな理由でタクミさんが手を汚して後味悪くなっちゃう方が、私はイヤです」

「……」

 

――後味悪い、か。

そうかもしれません。

スユドさんはアレで一般の戦士相手には随分慕われているのです。

ここでスユドさんを殺してしまえば、言いようのないわだかまりが残ったかもしれません。

ボクはスユドさんを憎めても、ワシャさんやラクシャスさん、カンガさんらを憎む事は出来ません。

 

手を持ち上げます。

撫でてくれるニソラさんの手にそっと触れました。

 

「……ごめんね、途中で離脱なんてして。……不安になったよね……?」

「いえ、まったく」

 

きっぱりとした即答が帰ってきて、思わず視線をあげました。

よっぽどボクの目が丸くなってるように見えたのでしょうか。ニソラさんは「ほんとですよ?」と笑ってくれます。

 

「――むしろ、凄く安心出来ました。何回斬っても堪えないんですもん、あのヒト……『理外』と言うか、『理不尽』ですよアレは。私一人でどうしようとか思いました。

正直に白状しますと……まだ体が重かったりしたんです」

 

そりゃそうです。

昏睡から復帰して2日経たずにあの大立ち回りなのですから。

 

「でも、タクミさんが出て行ってくれたから凄く安心しました。またいつもの反則をする為だって解かってたから。

私はスユドさんをどうにかするんじゃなくて、ただタクミさんが戻るまで時間を稼げば良いだけになりました。凄く負担が軽くなりましたよ」

「……逃げたって、考えなかったの?」

 

反射的にニソラさんが小さく噴き出します。

彼女的に、よほど的外れな事を言ったようです。

 

「――アハ、スユドさんですらそれ信じてませんでしたよ?

むしろ警戒してたので、意識を逸らす為に「逃げたかも」って言ってみたら、「欠片も思ってない事は口にするな」って返されました。

もう、バレバレですよねぇ」

「……」

 

……実は。

ボクは、後悔していたんです。

ニソラさんを不安にさせていなかったかどうか。

合図のひとつも残して行けば良かったと、ずっと後悔していました。

やっと材料を集めてポーションを醸造するさなかにも、あの『理外』とすら言われるスユドさんを相手にニソラさんが耐え続けられているか焦るばかりで……

 

「……ありがとう」

 

きゅっ、と触れた手に小さく力が入ります。

 

「スユドさんを抑えてって……ボクが言ったんだもんね。ニソラさんは完ぺきにこなしてくれた。

……ありがとう、ボクの最高のメイドさん」

 

――ニソラさんが、ボクの手を握り返しました。

こつんと軽く額を合わさります。

 

「お安い御用ですよ――私の最高のご主人サマ」

 

 

 

ただの様子見から膨れ上がり、いつの間にか戦争にまで発展してしまったボクらの壮大なネザー・アドベンチャー。

 

これでやっと、やっとひとまずの区切りがつきました。

 

渓谷に作ったこの新しい家で、今夜はボクもニソラさんもぐっすり眠れそうです。

 

 

――ひとまず今日は、おやすみなさい。

あしたはどんな一日になるかな……?

 




ネザー編、やっと終了しました。
長かった……長かったよぉ……!

次回から地上でのダイヤ&レッドストーン探し編になります。


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幕間:武器強化イベントとカオス

アンケート宣伝の為にローテーション外して更新です。


 

――供養するのだと言っていました。

 

長年大事に使っていたから、ちゃんとしたお墓を立ててあげたいのだと。

アレの遺体と一緒に埋めてやれば喜ぶんじゃないかと半ば本気で言ったら、無言ちょっぷを貰いましたけども。

 

スユドさんにへし折られた山刀――たとえ折れた刀身であったとしても、最大の敬意が払われているのが解ります。

こびり付いていたスユドさんの血は奇麗に丁寧に清められ、柔らかい布に包まれていました。

 

「――思い出深い品みたいだね」

 

良く良く見れば、使い込まれて味のあるくすみ方をしながらも、しっかり手入れされているのが伺えます。

 

「ええ――随分長く頑張ってくれました。元はとても良い物だったんですよ。木の枝を払い、食べ物を取り、時には敵を退けてきました。

私は刃の研ぎ方も手入れの仕方も、みんなこの子に教わったんです」

 

目を細めるニソラさんの脳裏には、きっとたくさんの思い出が流れているのでしょう。

長年連れ添った相棒と言う奴です。

 

まるで器物を人のように扱うその様を、ボクは否定しませんでした。

散華を握った時から、『本当に魂が宿っている』と言う事をボクは知っていたからです。

 

……スユドさんはつまり、ボクらの仲間を一人『殺している』訳です。

一番悔しいのはニソラさんの筈なのに……と歯噛みしますが、それを察したニソラさんに咎めるような目線を受けて、ボクは首を振りました。

 

「――ボクも、持たせて貰って良い?」

「ええ……どうぞ」

 

気をつけてくださいね、と一言添えながら、二つに分かれた山刀を手渡されます。

触れてみると、柄がニソラさんの手の形に合わせて僅かに変形しているのが解りました。

散華のように『鑑定』は出来ませんでしたが……それでも、『魂』を感じる気がしました。

『存在感』とでもいうべきでしょうか。

もっとニソラさんの隣にありたいと。そう全身で叫んでいるような、そんな声無き声が聞こえる気がします。

 

生きたがってる。

 

圧倒されました。

一番悔しかったのは……もしかしたら、この山刀だったのかもしれません。

スユドさんに傷はつけど決定打を与える事は叶わず、最後の最後でダメージを入れてもそれを逆手にへし折られる……ニソラさんは自分の未熟だと言いますが、ボクがこの山刀だったとしたら、きっと悔しくて悔しくて堪らないと思うのです。

 

大事にされていた事が解ります。

もっと、ニソラさんと冒険をしたかったに違いないのです。

 

「――ラピスラズリブロック、確かあったね」

「?」

 

勇者の廃墟。

残されていたテラスチール生成の祭壇。放置されていたラピスラズリブロックを思い出しました。

石炭はブロックを作れるほどには揃っています。

金もブレイズロッドもギヤナさんから仕入れられるし、糸も用意できます。

 

後は。

 

「……ニソラさん。一つ、賭けに出てみない?」

「賭け……ですか?」

 

折れた刀身を目の前に掲げました。

 

『魂』が宿っているのなら。

ニソラさんと共にありたいと叫んでいるのなら。

 

きっと、応えてくれると確信します。

 

 

「――生き返らせよう。この山刀を」

 

 

@ @ @

 

 

抜刀剣Modのレシピには、折れた刀から大太刀を作ると言う物があります。

と言うか、抜刀剣Modで大太刀を作るルートがそうなってるんです。

まず一回斬った木の剣を使って無銘刀『木偶』を作り、この木偶と金、鉄を使って利刀『白鞘』を作ります。これはボクが今使ってる刀ですね。

そしてその白鞘を使い込んで折った後、その際に零れた刀の魂を鉄に練り込んで焼き上げ『刀の魂珠』を作り、それと折れた刀を合わせて大太刀へ進化させる……それが抜刀剣の基本ルートです。

 

このルートが示す意図は『刀の成長』に他ならないと解釈しています。

使い込む事で刀に宿る『魂』を鍛え上げて行く。そうやって作った刀をレベルの高い者が持てば、ダイヤの剣すら余裕でしのぐ名刀に進化するのです。

 

しかるに。

 

この山刀はニソラさんの手の中で十分に魂を練り上げてきました。

きっとボクは、上のステージに至る為の手伝いが出来ると思うのです。

 

魂の練り込まれた鉄を焼いて『刀の魂珠』が造れるのであれば。

魂の宿った刀身を精錬すれば、同じく魂珠を作る事が出来るのではないか。

むしろゲームの中での大太刀レシピは、そうやって造る事をモデルにして出来上がったのではないかと。

 

かまどに火を入れます。

刀身が赤く熱せられて行くのを感じました。

 

プログレスバーは――

 

動いている!!

 

じわりじわりと、ゲームに比ぶれば亀の這うようなスピードではありますが、確実に刀身はその身を練り上げ始めていました。

 

「――ニソラさん、好かれてるね」

 

ニソラさんの隣にあるのは自分だ!!と言う意地の様なものにも見えます。

ゆっくりゆっくりと進むその進捗がまさに、積み上げた魂が理の壁をぶち抜こうとしている抵抗に思えて、思わず心の中で「がんばれ!」と応援の声をあげました。

 

「……直りますか?」

「直るのとは、ちょっと違う」

 

この子が到達しようとしているのは、さらにその先。

 

「――生まれ変わるんだ」

 

根性の見せどころです。

 

ムドラの散華は長い時間をかけて強い魂を備え、妖刀にすら到達して見せました。

更にはウィザー顕現の爆発でその能力を覚醒させ、多重SAと言うゲーム上においてはチートとも言える能力を開放します。

今、あの刀はムドラで正式な遣い手を待っています。

ギヤナさんがあの後、スユドさん暴走のお詫びとして譲ってくれるような事言ってたんですが……やっぱりアレはムドラの刀ですからね。

 

この子はどこに行くのでしょうか。

ボクはそれが楽しみでした。

 

ニソラさんの味方はつまり、ボクも味方です。

――頑張れ。ボクも最大限手伝うから、さ。

 

じわりじわりと伸びて行くプログレスバーを見つめながら、ボクは次の石炭を投入します。

 

「……建築を除けば、タクミさんが時間をかけて何かを作るのは初めてですね」

「そういや、そうだねぇ」

 

まだ時間が掛かる系のクラフトには辿り着いてませんからね。

この魂珠もゲームでは直ぐにできた類の物です。

 

「やはり、難しいのでしょうか……?」

 

ニソラさんが不安げに口にしました。

 

「この子にとっては、そうなのかもね。妥協すればきっと普通の刀にはなれると思う。時間だってとっくに終わってるかもね。

……けど、この子はどうやらそれでは満足出来ないみたいだ」

「?」

「スユドさん相手に力になれなかった事が、よほど悔しかったと見えるよ」

 

気持ちはめちゃくちゃわかります。

ついぞボクはアレのツラに一発も入れないまま終わっちゃいましたし。

薬品ぶっ掛けたり石抱きに処したりはしましたけど……石の感圧版だなんて生温い事やらずに、ハーフブロックを積んでおくべきでした。

 

「ニソラさんに相応しい刀になろうとしてる……応援してあげて」

「……はい!」

 

 

――山刀にまつわる話をたくさんしました。

 

ニソラさんの住んでいた所は製鉄技術が無かったので、剣自体は他所から買って来たものなのだと言う事。

その代わりに木彫りは盛んだったため、鞘に丁寧な装飾を施すのが主流だった事。

織物細工や木工はあまり得意では無かったので、ニソラさんは控えめに小さな印を掘った事。

 

冒険の旅に持ち出してからは、一番の相棒だった事。

料理に戦闘に大活躍だった事。

だからこそ、丁寧に使い続けて来た事。

 

……スユドさんとの戦闘で不覚にも折れてしまった時は、実はかなりのショックを受けてしまっていた事。

 

「普通に考えれば……折れた剣はもう、私にはどうしようもありません。多少曲がっただけならばともかく、ここまで見事に折られてしまっては……。

正直、タクミさんでも無理だろうなと思ってたんです。いつもの反則は……新たに作り出す事については強いですが、既存の物に手を加えるのは苦手に見えてましたから」

 

ご明察、でした。

 

使った経験を次の作成条件に使用する抜刀剣は、ボクの知るModの中でも珍しい部類に入るでしょう。

もっとも、折れた刀身を精錬して魂珠にするなんて裏ルートも良いとこですけども。

 

「『生まれ変わる』……ですか。私の事は、覚えていてくれるでしょうか……?」

「はは――それは、保証するよ。一番大切な根っこの部分だもんね?」

 

 

刀の魂珠の精錬が完了しました。

 

ゲームでは淡いあやめ色に輝く球体のアイコンでしたが、現実に見てみるととても美しい様相をした鋼の珠です。

精錬は余す事無くその身を練り上げ、昇華する事に成功していました。

 

「キレイ……」

「うん。胸を張って『どうだっ!』って言ってるよ」

 

相当な熱を帯びているのが解ります。

シンボル化していなかったら素手で持つ事すら適わない荘厳な御霊です。

その美しい輝きにボクたちは目を奪われました。

 

――さあ、クラフトだ!

 

作業台に向かいます。

折れた山刀の柄をラピスラズリブロックと石炭ブロックで左右に挟み、上下にブレイズロッドと金のインゴットを配置。

後は糸と魂珠で整えれば――

 

「……っ、これは……!?」

 

クラフトしたものを見て、ボクは感嘆の声をあげました。

 

妖刀化やSAの付加は基本的にエンチャントが無ければ出来ないものです。

が、散華と言う前例がある為、もしかしたらやってくれるかもしれないと淡い期待を持っていましたが……

これはその上を行きます。

 

「ニソラさん、凄いのできちゃったよ」

 

――それは、鍔の無い特徴的な刀でした。

鞘と柄に刻印された独特な装飾が目を惹きます。

刀身は小太刀並みに短く、元の山刀と大きく変わってはいません。

しかしその刀身は力強い輝きを放ち、エンチャントの証のようにほんのりと蒼い光を放っているように見えました。

 

「……すごい……!」

 

美しい刀でした。

ニソラさんの山刀が、一回りも二回りも進化して帰ってきた姿です。

 

「――神威刀(カムイエムシ)『クトネシリカ』。間違いなく、ニソラさんの刀だよ」

「クトネ、シリカ……」

 

恐る恐る受け取ったニソラさんが、その刀身を覗き込むように掲げます。

 

「……凄い!私の山刀のままです!この手に吸い付く感じ……間違いなく、私の……!」

「ちゃんと、覚えてたでしょ?」

「タクミさん――ありがとうございます!!」

「ふふ……ボクは実際、手伝ってあげただけだよ。クトネシリカの頑張りも褒めてあげてね」

 

実際、大太刀ルートでクトネシリカとか、反則としか言えませんからね。

確かまともに造ろうとすれば、魂珠4つとか鉄ブロック2つとか要求してきたはずです。今のボクらには手が出ませんね。

 

 

@ @ @

 

 

「さて、試し斬りと行こうか。――巻き藁は無いのでとりあえず樹木を用意してみました」

「いやいや」

 

ニソラさんの眼からはハイライトが消えていました。

 

「折って落ち込んだばっかですよ私。せっかく戻って来たのに、同じ事させないでください」

 

実は刀で木を切るのって難しいらしいです。かの有名な宮本武蔵も、木刀使い相手に黒星がついたとか聞いた事があったりなかったり。

乾いた木が相手だと、刃先が食い込みはするけれど両断までは至らないらしいですね。

だから試し切りの巻き藁はあらかじめ水につけてふやかしたものが使用されるそうです。

 

「大丈夫、そのクトネシリカは妖刀化してるからね。折れても鞘に納めれば元に戻ったりするんだ。……いろいろ吸われるけど」

「……は?」

 

敵Mobをバッサバッサとぶった斬って、刀が受けたダメージは納刀して回復する……抜刀剣Modの基本戦法ですよね。

抜刀剣は敵Mobを斬った後に抜刀→納刀すると、斬った敵Mobの数に比例してダメージが回復するんです。

この仕様を知らなかった頃は、折れた抜刀剣をしかたなく使い続けていたらいつの間にか直っていた、と言う訳分からない事象に遭遇してたりしました。

 

「断言するけど、青い勇者が使った剣よりもそのクトネシリカの方がよほど強いよ。勇者だって、その剣を持っていたらあの家に残す事はしなかっただろうと思うぐらいね」

「また伝説級のアイテム作っちゃったんですか!?」

 

あっはっは。いまさら何をおっしゃいますか。

 

「――もちろん、率先して折れとは言わないよ。それは人の手を折るようなもので、いくら直るったって刀としては堪ったモンじゃないからね。

クトネシリカが樹木を両断出来るとボクは確信してるんだよ……ただし、少しばかりコツが要る」

「……コツ?」

 

それはクトネシリカと言う刀に宿っているSA(特殊攻撃)。

今回、山刀はその攻撃力の低さ故にスユドさんに敗北しました。だからこそのクトネシリカだったのかもしれない、とボクは解釈しています。

 

「――祈ってみて」

「……祈る?」

 

そう。

それは他の刀のSAとは様相が異なる特殊な力。

 

「『アレを斬る力を』と。神様にお願いするように、刀に祈ってみて。――そうすればSAは発動する」

 

戸惑ったような顔をしつつ、それでもニソラさんはそうっと刀を額の前に掲げて目を閉じました。

 

静寂が包みます。

数舜後に、クトネシリカが淡い光に包まれました。

 

「……これは……」

 

クトネシリカはニソラさんの為の刀です。

ニソラさんが引き出せない筈がありません。

ある種の確信を持てたのでしょう。

ニソラさんは小さく呼吸を整えると……気負わず、自然に抜刀しました。

振り抜かれたクトネシリカが空に一筋の残響を残します。

 

 

ズウウウンンン……

 

 

斯くして、それは完遂されました。

まるで機械で切ったようにきれいな断面を残し、その樹木が二つに両断されたのです。

斬った体制のままで固まったニソラさんが、わなわなと唇を震わせます。

 

「て、抵抗が全然無かったんですけど……!?」

「『カムイノミ(神への祈り)』――祈りによってその斬れ味を増加させる、クトネシリカの特殊能力。

スユドさんに歯が立たなかった山刀が、二度と同じ轍を踏むまいと強く決意した事で宿った力だよ」

 

エンチャントも『ダメージ増加IV』『耐久力III』『幸運III』と、今回の事件やニソラさんの事を考えたラインナップ。

個人的には『火炎耐性』や『射撃ダメージ増加(幻影剣)』が欲しい所ですが、それはちょっと贅沢でしょうかね。

……まあ、エンチャントを後からつけることも不可能ではありませんし。

 

「盗難対策を真剣に考えなきゃイケナイ奴じゃないですかコレ……」

「ふふふ、ニソラさんホント好かれてるよねぇ」

 

クトネシリカを掲げながら、ニソラさんがぷるぷるとめっさ面白い顔をしていました。

 

生まれ変わったクトネシリカ。

末永く大切にしてあげてくださいね。

 

 

@ @ @

 

 

その夜。

 

ボクは不思議な夢を見ました。

まどろみの中で、誰かがボクの声を呼ぶのです。

 

<――タクミ。起きるのです、タクミよ>

 

最初、それはボクがこの世界に来たキッカケとなった神様なのかなと思いました。

よくあるなろう系小説ではこういう場合、なんか追加能力イベントとかが発生したりするのです。

ボクは今の状況がすごくすご~く気に入ってるので、もしそうなら丁重にお断りしようかなとか、むしろニソラさんの健やか安全祈願とかアリかなとか朧気ながらに考えていました。

 

目を開けると、そこには緑色に淡く輝く、木の根で作られた馬のような動物がボクの前に佇んでいました。

……SCPに木の馬がいますが、アレの組成をもうちょっとみずみずしくして草木の緑に変えたらこんな感じになるでしょうか。

目には知性が宿り、まっすぐに僕の顔を見つめています。

 

思わずボクは目をシパシパさせてしまいます。

 

「……ええと……あなたは?」

 

<――私は、メイド妖精ニソラの持つ弓の精です>

 

……

 

……?

 

「……え、弓の精?」

 

<――そう、弓の精です>

 

「クトネシリカの精じゃなくて?」

 

こう言うシチュエーションだと、なんかこう……クトネシリカがお礼を言ってくれるアレだったりするのかなとか思ったのですが。

いや、別にお礼が欲しい訳ではないのですが、出てくるとしたらクトネシリカかなと思ったのです。

だってボクは、ニソラさんの弓とは何の接点もありません。

 

<――その事でとても重要な話があります>

 

重要な話……?

 

ニソラさんの弓の精なら、きっとニソラさんに関わる話なのでしょう。

ボクは居住まいを正してキチッと正座しました。

夢の中に武器の精が現れる……ヘルシングで見た事ありますこう言うの。ゴイスーなデンジャーが今、彼女に迫っているのでしょうか?

 

<良いですか、よく聞きなさいタクミよ。――すぐに私を強化するのです>

 

……

 

……うん?

 

「……ええと……なんで?」

 

<なんで?なんでと言いましたか!?>

 

お、おう?

ボクの記憶が正しければ、ニソラさんの弓は今も現役バリバリに健在だったと思うのですが。

 

<良いですかタクミよ。ニソラと長年連れ添っていたのはこの私も同じ。彼女を想う気持ちはあのクソ刀に負けるものでは決してありません。

――むしろ、私の方が上です。確実に上です>

 

……えええええ。

 

<なのに、あの刀だけいきなり別次元に昇華するレベルでパワーアップするのは、とてもとても不公平でおかしい事象だと思いませんか?思いますね?>

 

ボクは、キチッと正した姿勢がだんだん崩れて行くのを自覚しました。

きっとボクは今、物凄いしょっぱくて引きつった顔してんだろーなと頭の片隅で思ったりします。

 

つまり、つまりこの精霊さんとやらは……

 

「――クトネシリカがズルいから、自分も強化しろって?」

 

<歯に布着せぬ悪しき言い方をするのであれば、そう取る事が出来る事も認めましょう>

 

いや、そうとしか取れませんからね?

 

「まあ、要求は解かったケド……弓の強化って言われてもなぁ……」

 

あまりの残念さに口調が崩れていました。

手持ちの素材で出来るのであれば、その思いを叶える事はやぶさかではありませんけども……

そもそも今回のようにクトネシリカを造る事が出来たのだって、抜刀剣Modと言う特化した分野への知識があったからに他なりません。

しかもボクは、あまり弓を使った事が無かったので心当たりが全然無いんですよね。飛び道具は全部幻影剣でしたし。

 

弓を素材にして、もう一段階上の弓を作るようなレシピがあったら話は別ですけれど……少なくともボクの記憶の中にある強力な弓は、どれもゼロから作る類の者です。

Botaniaのクリスタル弓とかThaum Craftの骨の弓とか……Ars Magicaの結合触媒だって、ツール類だけで弓は無かった気がします。

唯一強化案で心当たりが有るのはバニラのエンチャントぐらいでしょうか。

しかしエンチャントは……

 

「素材が足りないよ。どうしてもダイヤが必要になるし」

 

エンチャントガチャはもしかしたら、弓の精側の根性があれば力づくで高ランクの結果を引き寄せる事が出来るかもしれませんけども、それだってエンチャント台が無ければ始まりません。

エンチャント台のレシピは黒曜石と本とダイヤ。

タダでさえダイヤとレッドストーンを探し求めてる現状で、弓の精の願いを叶える手段はありません。

 

<そんなものは根性でなんとかするのです>

 

……ええー……

 

<あなたの反則は私も知っています。あれだけの反則をやらかすのであれば、きっと解決方法もあるに決まっているのです。

素材不足などと言う泣き言は受け付けません。身を削り、骨を折ってでも何とかするのです>

 

いやいや、マインクラフターの最大の天敵は素材不足ですからね?

無い袖はどうやっても触れません。一体何人のクラフターが『妖怪イチタリナイ』の暴威に晒されその膝を折った事か。

っつーか、ダイヤはもう使い道が決まっています。今すぐ手に入ったとしてもエンチャント台に使う訳にはいきません。

 

<――良いですか?タクミよ。あなたはこれよりのち、死ぬ気で方々に奔走し、死ぬ気で私の身を強化させるのです。それが叶わなければ私は毎夜貴方の夢に乗り込み、悪夢を届け続ける事でしょう。

それがイヤなら私の言葉に従うのです>

 

オイオイついに直接的な脅しに入ったぞコイツ……

 

もはや、ボクの中から弓の精に対して何かをしてあげたいと思う気持ちは欠片すら残さず消えてしまいました。

マインクラフターは自由なのです。

こう言う真似を強要されるのはお断りです。

 

<約束ですよ、タクミ――>

 

視界が光で満たされて行きます。

ああ、目が覚めるのかと周りを見渡し――

 

 

 

「……朝、か」

 

岩肌をくりぬいて作った小さな窓から、外の光が見えます。

 

「タクミさーん、おはようございます!朝ごはん出来てますよー?」

 

今日も元気なニソラさんの声で、思わず口元が緩みました。

とても機嫌の良さそうな声を聞くと、ボクも嬉しくなるのです。

 

「――うん、おはようニソラさん。今行くよ」

 

軽く伸びをしてボクはリビングに向かいます。

 

「そうそう、ニソラさん。実はさ――」

 

 

そしてボクは。

 

ソッコーで弓の精の事をチクりました。

 

 

 

………

 

……

 

 

 

 

<――タクミ。起きるのです、タクミよ>

 

今度の声は、いささか憔悴しているようにも聞こえました。

ガン無視してもボクとしては別に構わなかったのですが、とりあえず起きてあげる事にします。

体を起こせば、前回と同じく淡く輝く弓の精が。しかし心なしかその輝きは萎んでしまっているように見えます。

 

「……なんでしょ?」

 

<――謝るので、ニソラに私の手入れを再開するように言って貰えませんか。毎日きちんとメンテナンスしてくれていたのに、カバンの奥底に押し込んで、見向きもしてくれなくなったのです>

 

憔悴の原因はニソラさんのおこによるメンテナンスボイコットのようです。

ボクの話を聞いたニソラさんが、半眼になりながら「……ちょっとオシオキしておきますね」と言っていたのでどうしたんだろうと思いましたが、こういう手段を取ったんですね。

しかし、わずか二日でここまで沈むとは根性の無いお馬さんです。

 

え?ボクがニソラさんに同じ事をやられたら?

ええと、同じ事となると……例えば一日中口をきいてくれないとか、ガン無視されるような状況でしょうか……?

 

……

 

……自害するかもしれません。

 

<――と言うか、彼女はなんで夢の中の話などと言う事柄を簡単に信じるのですか……>

 

「ボクがニソラさんにウソを言わないって、信頼してくれてるんじゃないかな?」

 

実際に、言うつもりはカケラもありませんしね。

 

<――もちろんそれもあるけど、それだけじゃないよ>

 

何処からか声が掛かります。

振り向けば、そこにまばゆい光が満たされました。

そして顕現する二つの人影。

 

ひとつは、アイヌのような意匠を施した藍色の民族衣装を纏った青年でした。

左腰に、あのクトネシリカをぶら下げています。

 

「……クトネシリカの、精?」

 

青年が、なつっこい顔でふにゃりと笑いました。

 

<その通り!僕にチャンスをくれてどうもありがとう、タクミ君!>

 

あらまぁ、なんか刀剣男子みたいな展開になって来ましたね。

本丸構えるのは得意技ですが、そのまま時間遡行軍相手にドンパチする事になるんですか?

また戦争はちょっと……

 

<――そうそう、あのクソブタをぶった斬る展開が来たら、ぜひ僕に斬らせてくれないかな?その時だけなら別に、たとえ君に振るわれる事になったとしても僕は構わない>

 

「つまり、暗殺?……その手があったか」

「はーい、怖い話はやめましょうねお二方」

 

クトネシリカと一緒にちょっぷを貰ってしまいました。

 

――顕現したもう一人は、ニソラさんです。

 

「まさか夢で顔を合わせる展開が来るなんてねぇ。『夢で会えたら』なんて、ちょっとオシャンティーだよ」

「そのオシャンティー空間で暗殺計画練るのはダメですからねー?……もう、クトネシリカも一緒になって怖い事言いだすんですから」

 

言いながら、『わ~っ』と両手を合わせてご挨拶です。

実は結構感動中。朝起きたら真っ先にする事は、この夢の出来事の確認ですね。

 

<先日はニソラの夢の中でお話ししてたんだ。タクミ君にも早めにお礼を言っておきたかったんだけど、先客が要るっぽいから遠慮しておいたんだよ。

……まさか、弓に強化強要されているとは思わなかったけどね>

 

ああ、通りで夢の話を素直にまともに受け止めてくれた訳です。

 

<直接弓の精とニソラをお話しさせるために、割り込める機会を窺ってたんだ。お礼を言うのが遅れちゃってゴメンね?>

 

「いやいや、そんな事気にしなくても大丈夫だよ。お心遣いありがとう」

 

他者を誰かの夢の中に連れて行くなんて、凄い能力持ってますよね。

精霊の宿ってる武器はみんなこうなんでしょうか。

まさかのニソラさんの登場で弓の精がテンパっていました。

 

<――ああ、ニソラ!私の愛しい主よ!!>

 

「つーん」

 

<うああああん、無視しちゃヤダああああああ!許してええ、許してくださいいいいいいい!!>

 

弓の精が秒泣しました。

君ほんとニソラさんの事大好きだよね。まあ、ボクもだけども。

 

「謝るのは私にじゃないですよ。まったく、いくらクトネシリカが羨ましいからってタクミさんに脅しをかけるなんて……!」

 

<う゛う゛う゛う゛う゛う゛……その節は大変、大変、申し訳ございませんでした……>

 

馬の容姿で土下座とか、なんか物凄い珍しい物を見ている気分です。

流石にガチな気している所を死体蹴りするほど、ボクは鬼になれませんでした。

 

「……わかったよ。まあ、多少なりとも理由は納得出来るし……ボクは許したから、ニソラさんも許してあげて」

 

<ありがとうございますう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!>

 

「ちゃあんと反省するんですよー?」

 

 

@ @ @

 

 

あは、スゴい。

ここだとクリエイティブチートが使えるんですね。NEIからアイテム取り出せましたよ。

いつの間にか解放されていた紅茶を入れつつケーキと一緒にお茶会です。

弓の精は流石に参加無理かと思ったんですが、体の中から弦のような触手を伸ばして、器用にカップを持っていました。

おう、そのドヤ顔はやめーや。

 

「――私、少し気になっているんですけども。私はもしかして、タクミさんが使うはずだった材料を使わせてしまったのでしょうか?」

「んー?」

 

抜刀剣の事でしょう。

ニソラさんの山刀をパワーアップしたのならば、ボクの白鞘もパワーアップしている筈、と言う事なんだと思います。

ボクは笑って否定しました。

 

「そんな事は無いよ。実際、まだラピスラズリブロックは残ってるし。金は……ギヤナさんにこれ以上タカるのは気が引けるからアレではあるけど」

 

思えばかなりタカったものです。

冷蔵庫の鉄に始まり、ブレイズロッド3本に金インゴットも2個都合付けて貰いました。ネザーウォートも貰ってますね。

金以外のネザー特産品は今後物々交換する手筈になっていたので既に目録は用意してあるんですけど、金だけは地上でも手に入るので検討から外していました。

 

ともかく。

 

「復活レシピはアレ、あくまで『折れた剣』が必要になるんだよ。まさか白鞘をわざと折るのも気が引けるし……それに、今の白鞘を折っても多分意味ないと思う。蓄積している魂が足りないよ。

アレはあくまで、ニソラさんが長年使い続けていた刀だから成功したんだ」

 

クトネシリカがエッヘンと胸を張って見せました。

 

「育てた剣だからこそ素材になる……と。まるで、ゲームか何かですねぇ」

 

まさしくそのゲームなんですよニソラさん。

まあ、普通に考えればなんだそれって感じになりますけど。

 

「それに、ちょっと迷ってるんだよね……」

 

白鞘をなんとなく目の前に掲げながら呟きました。

 

「迷う……?」

「この白鞘を後々メインに使うかどうかって話。……実は、本命が別にあってさ」

 

抜刀剣Modは数々のモデルが存在しています。無銘の大太刀に限らず、アドオンなしでも鉄刀木(たがやさん)や閻魔刀(やまと)、村正(むらまさ)など数々の刀が手に入ります。

――しかしその実、これらの刀の性能にはあまり差が無かったりするんです。

 

異論ある方は結構いると思いますが、これはある角度から見た話になります。

 

刀の差別化を行っている部分にSA(特殊攻撃)がありますが、実はコレ、別の刀に移植……と言うかコピーする手法が用意されているんですよ。

刀固有のモノでは無いんです。

 

しかも抜刀剣のダメージ算出に大きく影響しているのは、刀自身の攻撃力ではなく現在の攻撃ランクと使い手のレベルです。

レベルが高くなると攻撃力もどんどん上がって行くのが抜刀剣。

最初はこれ、リミッターが掛かっててダメージも頭打ちになるんですが、1000対切りするとこのリミッターが外れます。

すると、Refineの回数によって際限なく攻撃力が上がって行くんです。

 

何度も金床で鍛えてRefineを上げてやれば、使い手のレベルに合わせてどこまでも強くなっていく……この性質はどの刀でも変わらないんですよね。

 

唯一個体差が出るのは刀の耐久値ですが、アドオンなしではエンドコンテンツクラスの刀でも耐久値50が良い所。

今持ってる白鞘は耐久値60なので、実はそこだけ取り上げれば白鞘はアドオン無しで最も強い抜刀剣だったりするのです。

その代わり、白鞘は妖刀になれないと言う欠点がありますけどね。

その耐久値だって先の通り、抜刀剣は妖刀化すれば自動修復する仕様です。

高ランクの耐久力エンチャントさえつけていればそうそうパキポキ折れる物でも無いし、折れても問題無く直ったりします。

 

だからこそ、ボクはゲームの中では思い入れの強い抜刀剣を一本作って、それをずっと使っていました。

他の刀はあくまで観賞用か、もしくはそれを手に入れるまでの『繋ぎ』でしかありませんでした。

 

「ずっと前から、ボクの使う刀はもう決めてたりするんだけど……実はそれ、普通に作る代物じゃなくてさ。『黄昏の森』って世界にある刀だったりするんだよ」

「おお!別世界ですか!?」

 

ニソラさん、流石の食いつきです。

 

「はは……まだ行けないよ?ゲート造るのにダイヤが要るし」

「ダイヤ……え、通行料的な何かですか?なんか世知辛い……」

「否定出来ないのが痛い所なんだよなぁ」

 

中間素材や特殊な装置は必要なく、それこそダイヤさえあればすぐにでも行く事が出来る世界なので、『通行料』と言うニュアンスはあまり間違って無いんじゃないかと思う今日この頃。

 

「――でもさ。この白鞘だって『繋ぎ』に使われてほっぽかれるのはきっと辛いだろうなって思ったんだ。なら……ボクはこの刀を使うべきなのかも、って思っちゃってさ」

「強い思い入れの弊害ですねぇ――私はそう言うの好きですけども」

 

<武具に宿る精としては、その考え方は好感が持てますよ>

<うんうん、使い続ければきっと僕みたいにパワーアップしてくれるかもしれないしね>

 

精霊のお二方もプッシュして来たりします。

 

……そうですよね。

何だかんだで既に、ヘルハウンドも斬ってすらいる刀です。戦争に巻き込むだけ巻き込んで、用が無くなればポイなんて真似をボクはしたくありません。

 

ボクが目的にしていた刀は『夜叉』。

実はこの名前を冠する刀は真作贋作の二本あるんですが、ボクが欲しいのは真作の直刀ではなく贋作の反りがある方です。

見た目的にもこの白鞘が一番似ていますね。

 

特殊な理由がある訳ではありません。

ただ、飾り気のない無垢な姿が気に入っていました。

でも。

 

「……うん。まだ見ぬ刀より、今の刀だよね。この子を精一杯大切にするよ。

あの刀の事は、忘れる事にする」

 

ボクが決意を固めたその時――『声』が響いてきたのです。

 

 

<――あいや待たれぇぇぇええい!!>

 

 

パスン、と辺りが停電したように暗くなりました。

 

「へ……て、停電!?」

 

ピロン……シャン……シャン……

テ↓テ→テ↑ン、テ↑テ→テ↑テ→テ↓ン、……

 

「なんか曲が聞こえてきた……!?」

 

入場曲でしょうか。

それは、どこか和風チックなメロディを持つ旋律でした。

って言うかボク、この曲どっかで聞いた事がある気がするんですけども!?

 

「あ、あそこです!」

 

ニソラさんが指さす先に、いつの間にかファンシーなお茶会世界観をガン無視した電柱が一本。

その上に黒い人影が。

カシャン!と言う映画でよく聞くと共に、周り四方からスポットライトが照らされます。

そこには何故かキツネの耳と尻尾を生やした藍色の和装?……いや、妙に露出が多いから和装と認めたくないんですが、とにかく頭の悪いギャルゲーに出て来そうな露出度の高い和装チックなナニかを纏ったピンク色の髪の女性が決めポーズをキメています。

 

――って言うか待て。なんか、いろいろ待て。

 

<やあやあ、遠からんものは音にも聞け!近くば寄って目にもぷりーず!――とうっ!>

 

電柱には何の意味も無かったようです。

その女性が意気揚々と飛び降りると、次のシーンのカメラ映りが悪いからか、その電柱はひとりでに地面に引っ込んで行きました。

……なんだこれ。

 

<――私を忘れ去る発言が出て来たので、コレはマズいと天孫降臨!ラブリーチャーミーな良妻愛刀、満を持してここに推参!>

 

シュタッと着地してアイドルピースを決める何かの後方から、「キュピーンッ☆」と言うノリノリのSEが被せられました。

おい、演出誰だ。カメラ止めろ。

 

「わあ!セー〇ームーンみたいです!!」

「ニソラさんっ!?」

 

流石に突っ込み追いつかないんですけども!?

目を爛々にしてヒーローショー見ているが如き拍手止めませんか。って言うか実はそう言うイベント参加してるんじゃないですかアナタ。

 

「あ……あの。どちら様ですか?」

 

<やだもー、マスターったら解ってるクセに水臭い!前世の前世、前々前世からずっとずっとマスターのお傍でお仕えしていたじゃないですかー。

Soul Bindエンチャントまでくっ付けて片時も離れなかったんですから、今更別の世界にぶっ飛ばされても二人の絆は切れませんっ!>

 

前々前世ってそれ、マイクラのバージョンの事でしょうか?

いや、確かにそれっぽい発言をしていたから何となく想像はつきますが……

 

「ま、まさか……『葛の葉』?」

 

<オフコースッ!!マスターの唯一無二の愛刀、『葛の葉』でございます!!>

 

――ボクは、夢の中だと言うのに気が遠くなりました。

 

 

耐久値70。

付けたエンチャントは『Soul Bind』『EXP Boost』『ダメージ増加V』『耐久力V』『射撃ダメージ増加IV』『ドロップ増加III』『茨の鎧III』

Botaniaのエンチャント施設や刀の魂魄を使って、最強のエンチャを付けたいわゆる『ぼくのかんがえたさいきょうのかたな』。

こんだけエンチャ付けると折れたらランダムでエンチャが引っぺがされるんですが、折らないのでモーマンタイ。

そのRefine数は驚異の200。レベル70辺りでSSSランク攻撃をすれば、防御無視のダメージ200とか普通に叩き出すぶっ壊れです。

付けたSAは中距離多段攻撃『波刀竜胆(ハトウリンドウ)』、知る限り抜刀剣最強のSAだと思っています。

使い過ぎてKill CountやProud Soulなど何処まで上げたか覚えてすらいません。

 

――確かにボクは、そんな刀に『葛の葉』と名付けて愛刀としていました。

あくまでプレイしていたゲームでの話です。

あんまり思い入れが強くて、新ワールドを作る時は葛の葉だけMCEditを使って持ち込んだ事もありましたよ。

この世界でだって、黄昏の森に行って夜叉入手をさっきまで考えていたりもしました。

 

……でも、それをそのままココに持ち込むってアリですか!?

 

彼女の口にした『Soul Bind』は、プレイヤーがリスポーンしてもそのアイテムがインベントリに残り続けると言うModで追加された特殊エンチャント。

直訳で『魂の束縛』、Modによっては『未練』と訳されます。

 

……それを付けてたから『こう』なった……?

え、ちょっと待って。ボク、当時色んな物に『Soul Bind』を施していたんですが。

 

「――って言うか、擬人化するにしてもなんでそんな格好になっちゃったのさ。そんな、運命なキノコ信者にバレたらボコボコにされちゃう様な危ないキャラに……」

 

<私の名前は『葛の葉』ですから。つまり『葛の葉狐』、この名前は時に九尾の狐である『玉藻の前』と同一視されますので、必然的に私のイメージはこういう形になる訳です!

……あ、私の事は親しみを込めてどうぞ『玉藻』か『キャス狐』とお呼びください♪>

 

呼ばないからね!?

って言うかボクがつけたこの名前の元ネタ、『葛の葉狐』じゃなくて『葛葉ライドウ』の方だったんだけどなあ!?

刀剣男子的にもキャラデザインはあっちの方になるんじゃないの!?

 

<それはそれとしてですね、マスター。お気持ちはと~っても嬉しかったんですけど、このまま行くとその白鞘を別の名前で呼びそうだったのでお知らせに参りました>

 

「……はい?」

 

葛の葉が、ボクの腰に刺さっている白鞘を指さしました。

 

<――今、その子には私の欠片が宿っています。刀としての『格』が低過ぎる為にそれが表に出る事は無いのですが、間違いなくその子は『私』なんですよ>

 

「え……この白鞘が?」

 

<はい♪利刀『白鞘』はビジュアル的に最も贋作『夜叉』に似ている刀です。その子が成長し、私を顕現できる程に魂の『格』が上がれば、クラフトする必要もなく『葛の葉』の名を背負えるようになるでしょう。

だからその子に別の名前を付けて別の刀として育てるような事はNGです。そんなことしたら『そう』育ってしまいます>

 

……刀が『転生した』と言うイメージでしょうか?

ボクはまじまじと白鞘を見つめます。

なんだかキツネにつままれたような気分です。黄昏の森に探しに行こうと思った刀が、既にボクの手の中にあっただなんて……

 

<私の事。大切に育ててくださいね、マスター>

 

「……うん、大切にするよ」

 

白鞘が淡く光りました。

――いいえ。今この瞬間から、この子の名前は『葛の葉』です。

ゲームで育てていたような力は無くとも、この子が『葛の葉』であると言うのはボクにとってとても嬉しいニュースでした。

 

<――そして!もう一つやって貰う事がありますよマスター!具体的には彼女について!>

 

「うん?」

 

高いテンションそのままに、葛の葉が指し示すのはニソラさんです。

 

「……え?私?」

 

<そうです、貴方です。考えてみてください……あなたは現実世界において、ちゃんとした人型で、マスターの隣に居る事が出来ますね?>

 

「?ええ、そうですね??」

 

<――これはつまり、ズルいですね?>

 

「……えええー……」

 

おいおい、論法が弓の精みたいになって来ているんですけども?

テンションの高いバカはボクの冷めた目線に気付きません。

 

<――という訳でぇ、私たちも現実世界をエンジョイしたいのです!!>

<それはとても素晴らしい提案ですね!>

<おもしろそう……>

 

おいおい、バカ3匹が同調しやがったぞ。

 

「――えーとつまり、レベルアップするとお三方は現実世界に顕現する事が出来たりするのでしょうか?」

 

<いえいえ、流石にそんな力は私達にはありません。……いや、私の場合は例えば四方の門を閉じて満たせ満たせ5回やったらもしかするかもしれませんけども>

 

だからアブない発言止めてくださいませんかねぇ。

 

<タクミさんに作って貰うんですよ――現実世界とこの世界を行き来できる門を!!>

 

「ふぇ!?……ここ、夢の世界ですよね!?タクミさんは夢と現実を行き来できる門を作る事が出来るのですか!?」

 

ニソラさんがキラッキラした目でボクの事を見つめます。

いやいやニソラさん、いくらなんでもボクにだって出来る事と出来ない事があるからね?

いくらなんでも、夢の世界を行き来するなんてとんでもない事出来る筈が……

 

……うん?夢の世界??

 

ぼんやりと、魔術系Modに分類されるそれの記憶を辿ります。

 

「……もしかして、Witcheryの『精神の門』の事言ってる?」

 

<オフコース!!>

 

記憶をたどった先にやっと出て来た出てきた『精神の門』。

Witcheryの要素のひとつです。

このModには夢の世界へ行く手段が用意されているんですが、それに関連する建築物として、雪ブロックを使って作る『精神の門』と言う物があった筈です。

これは夢の世界の中でのみ作れる建造物で、使うと制限時間つきではあるものの、夢の世界から現実世界に出る事が可能だった……ハズ。

 

実はボク、Witcheryは入れても中途半端な所で終わってしまって、エンドコンテンツまで進めた事無いんですよね。

せいぜい動画で見たぐらいしか覚えていません。

……あのWitcheryって、自分の首を切り落とすルートありませんでしたっけ?

まさかそれを強要されたりしないよね?

 

「……ま、まあ、機会があったらね……」

 

「<<<おおおーっ!!>>>」

 

ニソラさんまで同調しちゃいましたよ。

まだダイヤすら手に入れてないのに、やる事がポコポコ出てきて前途多難です。

 

あ……なんか、視界が段々と白く染まって行ってます。

 

<――約束ですよ、マスター!その時を楽しみに待っていますからねー!!>

 

葛の葉の声を最後に、ボクの目の前が完全に白く染まって――

 

 

………

 

……

 

 

 

「「――ニソラ(タクミ)さんッッ!!」」

 

 

……朝一番に起きたニソラさんと見つめ合うと、もはやお互い何が起きたのか確認する必要も無かったワケで。

ボクは、「前途多難だな」と軽く苦笑しました。

 




前書きの通り、今後の展開に迷ってアンケートをする事に致しました。
普通に活動報告上げても誰も見ないでしょうし、更新して宣伝です。

詳しくは活動報告の方をご参照ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=188878&uid=168468


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冒険者たちの不協和音
反逆の羊


新章突入です。


そりゃあ、一騒動ありましたよ。

 

いくら当事者のボクが推薦したと言っても、鶴の一声で納得する人は少なかった訳ですし。

「チょっト何言ってるカわかラないデすネ」とはギヤナさんの言です。

いや、戦後処理と言うくそ忙しい時にややこしい案件ぶつけたのは悪かったとは思いますけども、ノータイムで理解を拒否するほどアウトな人選かなぁ?

 

その当事者と言えば、インフィニティスタイルにシャバドゥビタッチヘンシーンでもするような体勢で天井を仰いでいるわけです。

 

「来た……!私の時代が来た……っ!!」

 

口からなんか漏れてました。

 

「解っテるのかタクミ殿……!?コれハ、ムドラの今後ヲ左右するトても重大な案件ナんだゾ!?

イくら当事者の君ガ希望するト言っテもだナ!?」

「――安心せい、ギヤナ」

 

わなわなしているギヤナさんの肩に、大丈夫、全てワカっていると自信に満ちた手が置かれます。

突き刺さるギヤナさんの視線を浴びて、逆の手の親指で自らの顔を指し示しながら、キュピーンと奥歯を光らす笑みがキャラを著しく崩壊させています。

 

「――しっかり創ってきてやるともさ……"伝説"をよ?」

「テメエが作ルのは地上トの交易基板だっツってんだロうがコの伝説の腐レ脳ミソがアアアァァァーーーガハッッッ!?」

 

……あ、ついに胃に穴開けちゃいましたかねアレ。黄緑色の飛沫が口から飛び出ました。

ほらほらギヤナさん、負傷のポーションですよ。

 

「チクショウ……何テ良く効く胃薬ナんだチクショウ……!!」

 

グロウストーンでブーストされたそれはギヤナさんの胃を瞬く間に修復せしめました。

果たしてそれが望ましい事なのかはともかく。

 

 

ニソラさんがムルグに使者として向かう前の話です。

弓を作る資材に乏しいムドラが今後も弓を維持できるように、ギヤナさんは地上との『交易』を考えました。

しかしボクはここに定住するつもりなんてさらさらないのです。ちゃんとその意思は伝え、納得もされています。

――ではどうするか。

ネザーゲートを開放し、ムドラが自分で地上との繋がりを作るのです。

 

しかし地上とネザーは常識も何もかも違う筈。体当たりしたところで最悪の事態になるのは目に見えています。

必要なのは『理解』です。地上への『理解』があれば、歩み寄るきっかけも掴めるでしょう。

その為に――ボクらの旅に誰かひとり『留学生』を入れる事にしました。

 

それが――

 

「むはははははは!!良い選択をしたぞタクミ殿!ああ、とても良い選択をした!!安心せい、おぬしの行く手を阻むものはすべて、このラクシャスの閃光にて余さず撃ち滅ぼしてくれるわ!!」

 

テンションが天元突破したラクシャスお爺ちゃんでした。

目的がさっそく交易基盤の構築から戦闘にすり替わってる気がします。

 

「んんー、その前にギヤナさんの胃の方が撃ち滅ぼされそう」

 

どうせ滅ぼすんだったら、今からでも良いからあのスユドさんの方を……

あ、ちょっと待ってニソラさん。その連続ちょっぷ地味にイタイ。

 

ラクシャスさんをリクエストしたのはボクの方です。

ギヤナさんはダメな理由をつらつら並べていたんですけど、最終的には折れてくれましたよ。

 

「――ねえ、ギヤナさん。『ムドラとの交易基盤を作る』と言う役目は、結局誰を選んでも結果に差はないと思うんですよ。

だって結局……

 

……ここの人、みんな余す事無く脳筋ですもん」

 

――折れてくれたと言うより、崩れ落ちたと言う表現の方が正しかったかもしれませんね、アレは。

たとえばギヤナさんが来るんだったらまた違ったんでしょうけど……さすがにギヤナさんはムドラから離れられませんしねぇ。離れた瞬間にムドラが崩壊するとも言いますが。

 

誰であっても大して変わらないなら、ラクシャスさんが良いかなと思ったのです。

弓の導入によりラクシャスさんの存在はムドラにとってマストではなくなったため、体が空きやすいだろうなと思ったのがひとつ。

そしてもう一つは……ニソラさん捜索隊のメンバーだったから気心も知れている、と言うのもありますが……あんな話を聞いてしまったから、でしょうかね。

思い出すのは顔を背けながら、それでも師の事を語ってくれたラクシャスさんの背中。

……もしかしたら、旅の間にThaum以外の魔術や『歪み』の解消方法を得る事が出来るかも……なんて思ったんです。

 

ラクシャスさんには感謝しています。

やり方は脳筋極まりなかったとは言え、結局ニソラさんを見つけられたのは彼のおかげでもありましたから。

だから借りを返すと言う訳では無いですが……出来るだけ力になってあげたいなと、素直にそう思ったのです。

 

 

「――シーホークでオーラノードを探し回っていた時、遠くの山のふもとに街が見えました。まずはあそこを目指してみようと思うんです」

 

 

ボクの目下の目的はレッドストーンとダイヤの確保。しかし通常プレイのようにブランチマイニングしても、鉱山でもないこの近辺で掘り当てる確率は低いだろうと判断している為、取引にて入手する事を考えています。

ならばボク達と一緒にいるだけで、勝手程度なら十分学べるでしょう。

 

「あそこか……空の旅も凄かったが、やはり自分の足で歩いて見たかったのでな。今からワクワクするわい!」

 

シーホークはガッタガタのスクラップになってしまいました。足が消えたので、目的地までは必然的に徒歩移動になります。

シンボル化してインベントリに入れる事までは成功しましたが、修理する事はもはや出来ませんでした。派生レシピも存在しないただのジャンクです。

ほんとにもう……物語最序盤で飛空艇手に入れた瞬間にスクラップになるとか、斬新過ぎる展開ですよねぇ。

 

でもまあ、ラクシャスさんの言うように徒歩と言うのもオツな物でしょう。

 

「――羊の群れがいる区画もあったね。ちょっと寄ってこうか」

「え……?なんでです?」

「新しくベッドを3つ作る必要があるやん?」

「日が沈む度に拠点作る気ですか!?」

 

この世界に来て初めての町かぁ……

距離としては、3拠点分ぐらいですかね?

いやいや、拠点っつってもただのプレハブレベルのあばら家ですよ?

 

 

@ @ @

 

 

空気が澄んでいます。

広がる平原と緑や色に覆われた山々。

改めて景色を目に映すと、その様相はどこかアルプスを思い浮かばせます。

口笛が遠くまで聞こえて、あの雲がボクらを待っていそうな美しい景色です。

 

「地上は……本当に美しいなぁ」

 

しみじみとしたラクシャスさんの感想が聞こえます。

 

「ネザーには、旅人さんはいませんか?」

「ほとんど見た事が無いのう。代わり映えのしない景色に険しい旅路だ。ムドラは過去の遺跡を改造して作られた町だが……まともな歴史が残っていると言うのはネザーでは珍しいくらいだからな」

 

そもそも地平線すら存在しない世界。

険しい道を踏破してまで得られるメリットが無いって事なんでしょうね。

端的に言ってしまえばネザーは地上の8倍狭い事になる訳ですし。

 

「ふっふふー。それでは旅初心者の御二方に、超ベテランの私が地上を旅するコツを伝授しちゃいましょう!」

 

ふんすー!と人差し指を立てながら胸を張るメイド妖精さんです。なにこれなごむ。

ニソラさんのパーフェクト旅人教室が始まりました。

 

「――旅を続けるなら、水や食料は当然として、それ以外にも常に気にしておかなきゃいけない事があります。ネザーではあまり意味ないかもしれませんが……なんだと思います?」

「ふむ。――ズバリ、敵を退ける力だな!」

「それ、ネザーで一番必要な奴じゃないですかねぇ」

 

即座に脳筋アンサーが出てくるあたり、ああ、ラクシャスさんだなぁって思います。

タクミさんは?と目で問い掛けられて、ううんと首をひねる事しばし。

水や食料は真っ先にニソラさんが口にしましたからね。

人が生きて行くのに必要なのは衣・食・住。それに照らした上で消耗品を考えるのであれば……

 

「……服や装備、とかかな?なんか、靴下が濡れてるとダメージがあるって何かの映画で見たような見なかったような」

「んんー……?雨季の行軍か何かでしょうか?多分それ、劣悪な環境下での破傷風とかそう言う奴だと思いますよ」

 

――ああ、思い出しました。確かフォレスト・ガンプの1シーンだった気がします。

たぶん、ニソラさんの見方が正しいんでしょう。

 

「正解はですね。ロマンぶち壊す発言になっちゃうんですケド――お金です!」

「えええー……?」

 

身も蓋もない奴が出てきました。

 

「ふむ……身軽になる為、か?」

「それもありますが、何だかんだ言って町の施設は結構な生命線になるんですよ。宿屋、武器屋、雑貨食料品店に病院。そして何より税金です。街に入るのに通行料を取る所も普通にあります」

 

言われてみれば、確かにそんなイメージありますよね。

RPGでもこの辺りを利用しない勇者はいません。ヘンな縛りプレイをしていない限りは。

……お金の事を『先立つもの』って呼び方をする時がありますが、まさしく読んで字のごとくですね。

 

「よーくかんがえよー♪おかねは大事だよー♪……ってなわけで、金策の方法はきちんと頭に入れて置きましょう。交易基盤を望むなら特にです。

定住せずに各地を転々とする旅人が、旅をするに足るお金を得る為の金策は大きく分けて3つあります」

 

そしてアルプスのような山々を背景に、出てくる話題は金策講座。

……なんかシュールですね。

 

「――まず一つ目は『トレード』

旅の途中で手に入れた素材や、他の町で手に入れた物品を転売してお金を稼ぐ方法です」

 

そう言えばニソラさん、初めて会った時はスケルトンの骨を持っていたんですよね。肥料として売れるとか何とか。

旅の途中に生えている薬草やモンスターの素材など、保存状態にちょっと気を遣えばなかなか良い値段で売れるものもあるそうです。

 

「狙い目は鉱石類!少々嵩張りますが、どこ行っても需要があるので換金がとてもしやすいです。まあ、そう言った場所に行かないと手に入らないのが難ですが……鉱山近辺を歩いてると、質の良い鉄鉱石や銅鉱石が落ちてる事があったりします。そう言うのはちゃんと拾っておきましょう。

あと、腕に自信があるならモンスターを狙ってみるのも良いでしょう。それなりに強い個体だと、体内に魔石を作っているケースが結構あります。あとはその体の一部が素材になったり、巣に光りモノを溜めてる事もありますね」

「……魔石?」

「詳しい事は知りませんが、魔法の力が結晶になってるそうですよ?魔法使いの人が良く欲しがってるらしいです」

「ムウ……私は初めて聞くなそれは」

 

ボクが聞きたかったのはむしろ、そんな石が体内に出来るシステムの方だったんですけどね……

ああ、ボクこのシステム聞いた事ありますよ。『ダンまち』ですよねつまり。

 

「何にせよ、こっちにはインベントリとか言う、意味不明な反則運搬能力を持つタクミさんがいますしね。そうでなくともお化けジョウロ作れる人ですし、多分トレードが一番稼げる方法だと思います。

ムドラの人たちだと……ネザーにあるものは大抵、何でも売れるかもしれませんね。

特に光る石……グロウストーンでしたっけ?永遠に光り続けるとか需要爆上げですヨきっと」

 

エントロピーガン無視してますしね。

ネザーラックも良いセン行くと思います。

 

「――二つ目の方法は『クエスト』です。専用の斡旋所を設置している所があるので、そこで一時的に仕事を貰います。オードソックスな所で言えば、特殊な品の入手や指定モンスターや賞金首の調査・討伐、クライアントの護衛とかですね。当然、護衛だのなんだのは一定以上の信用がないと撥ねられますので、それをスムーズに進めるシステムが存在します。

それがこれ――」

 

カバンの中をごそごそしたニソラさんが取り出したのは、一枚の硬質なカード。

 

「国際特殊指定業務斡旋連盟所属証明証――通称、『冒険者カード』です!」

「うっは!」

 

凄い香ばしい物が出てきました!

 

「そ、それ、良く見るヤツか!?物語とかで良く見るヤツか!?」

「よく見るヤツですよー!ネザーにもそう言う話があるんですねぇ……成りあがりモノとしては大定番の職種ですよね!……厳密には職種として認められてる訳では無いんですが、定職に就かずにクエストで稼いでる人の事を普通に『冒険者』と呼んだりします。だから斡旋所もみんな『ギルド』って呼んだりします」

「へえ……って事は、ニソラさんも『冒険者』?」

「そうなりますね」

 

どちらかと言うと、トレジャーしたものをトレードする事の方が多いそうですが、そんなものはクラッカーの歯糞にも満たない些細な問題です。

やっぱり『冒険者』と言う単語は惹かれるものがありますよね。

きっと冒険者ランクとかあるんですよ。んでもって、ニソラさんはきっとかなり高い位置にいるに決まってるんです。

 

がっしとラクシャスさんがボクの肩を掴みます。

 

「タクミ殿!登録しよう!是非冒険者登録しよう!!コレは最優先に解決すべきロマン案件じゃ!!」

 

おじいちゃん張り切ってますねぇ。

 

「面白そうだけど……大丈夫?制限とかない?」

「国際的な証明証ですからね。教習所に通うか、一定の信用を持つ冒険者の推薦が必要です。

――私、タクミさんは推薦しても良いですけどラクシャスさんの事はまだよく知りませんから。ぜひ、推薦に足る所をこれからの旅路で見せてください。

……例えば脳筋だけではない所、とか?」

 

ニソラさんのウインクに、ラクシャスさんの口端が持ち上がります。

 

「フハハハハハ!ムドラを長い間護り続けた私を侮って貰っては困るぞ!余す所なく見せつけてやるわい!」

 

すげえや。ある種、暴走のストッパーになるのかコレ。

 

「ニソラさん……弓の時もそうだったけど、人乗せるの結構うまいよね」

「ぴぃーすっ!」

 

……まあ、『相手が単純』と言うのも少なからずありますけどね。

 

「さて、最後の三つ目ですが……『イベント』とでも称しましょうか?

一口に言うなら、技術を魅せてお金を貰うって感じですね。武闘大会のような催し物に参加したり、芸を見せておひねり貰ったりするやつです。

これは自分でやる場合はプロモ能力が必要な上に得られる額も比較的小さく、誰かがやってるのに混ざる場合はタイミングが必要になります。お祭りみたいなものですから」

 

このメンツだと、イベントで安定して稼ぐのは割と難しいかもとニソラさんが補足します。

……大道芸スタイルなら、ラクシャスさんの魔法とか結構ウケは良さそうですよね。見てて派手です。

しかしこの世界では魔法は一応認知されている模様。

中国雑技団を見るような目で魔法パフォーマンスを見てくれるかどうかはちょっと怪しいですよね。

 

「武闘大会……頻度は如何ほどじゃ?」

 

ああ、ラクシャスさんはそっちが気になりましたか。

 

「有名なのは年1ぐらいですかねぇ……でも大抵、魔法は使用禁止ですよ。ラクシャスさんは徒手も出来るのでしょうか?」

「これでもムドラの戦士なのでな。スユドと比べられたら堪らんが、それでもある程度修めているとも。……地上の戦士の平均値は知っておきたいところだな」

「ふふ……私見ですけど、ムドラのレベルはかなり高いですよ。防衛の意味で考えているなら、そこはあまり不安にならなくても大丈夫です」

「……スユドを下したものに言われてもなぁ」

 

ボクはこの世界におけるニソラさんの立ち位置の方が気になります。

怖いから聞きませんけどね。

 

 

@ @ @

 

 

しばらく歩くと、羊の群れが草を食んでいる所が見えてきました。

今夜のベッド素材の為に目指していた場所です。

オーラノード捜索の時にニソラさんがついて来てくれてて本当に良かったと思います。おかげで目星をつけた所に正確無比に案内してくれます。

 

マイクラの羊はふわもこな羊です。この世界でも野生の羊はふわもこなようです。

……でも実は、ふわもこな羊って野生では生きていけなかったりするんですよね。

アレは人類と関わった為に『毛変わりすることなく毛が伸び続ける』と言う能力を備えた改良種であり、人の手で毛を刈られないとそのうち毛玉になって死んでしまうと言う悲しき生き物だったりします。

カイコガとかもその類。

人類が全滅したら彼らも絶滅する運命にあるのです。

……この世界のふわもこ羊達はそのヘンどうなってるんでしょうか。

実は誰かに飼われているとかだったりすると、毛刈りはイコール泥棒行為に当たります。

 

「今更ですねぇ」

 

いや、確かにそうなんだけどさ。

最初の拠点もニソラさんに毛刈り任せちゃってたし。

ニソラさんと会う前なんて羊肉にまでしちゃったし。

 

「確かに放牧してる所もありますが、ここの羊は大丈夫だと思いますよ。追い込み役の犬もその犬使いも見当たりませんし、毛に手入れの跡が見られませんから。普通に野生でしょう」

 

どうやらこの世界の羊さんは、ふわもこしてても一人で生きて行ける模様です。

 

「――んじゃ、お毛け貰いましょうかね」

 

今はちゃんとハサミを用意しています。羊肉になってもらう必要はありません。

こんだけいればベッド3つ分とか余裕です。町で売れるかもしれないし、貰えるだけ貰って行きましょう。

はーい、右クリック右クリック。

 

「……なんか、頼りない毛だの。燃えちまうんじゃないか?これは」

「燃えちゃいますね。地上はネザーと違って火の気が少ないですから、火耐性を持っている動物はとても少ないんですよ」

「ここらへんはジェネレーション……じゃなくてディメンションギャップだなあ。もしかして、服とかもアレで作るのか?」

「ええ、選択肢のひとつです。もちろん燃えますよー」

「ムドラじゃ扱えんな、これは。

……ちなみに、ああ言う刈り方するのはタクミ殿だけって事でええのか?」

「もちろんです。アレを基準にしてはいけません」

「知っとる」

 

……なんか、後ろでワチャワチャ言われていますが無視しておきましょう。

 

「――うん?」

 

しばらくチョキチョキして羊毛を集めていると、妙な胸騒ぎがして来ました。

二人を仰ぐと、同じく不穏な空気を感じ取ったのか武器を取り出して構えています。

……敵でしょうか?

白鞘――いえ、『葛の葉』の鯉口に親指を当てて意識を切り替えます。

感じ取ったそれは、紛れもなく『敵意』でした。

 

「――何か、来る?」

「なかなかのプレッシャーだな。そこの丘の向こうじゃ」

「この辺は物騒な所では無いと思ってたんですが……」

 

……無駄口を叩けるのはそこまででした。

丘の向こうから飛び出した影が、まるで矢のようにボクに向かって来るのです。

抜刀――

 

「下がれ!!」

 

ズガアアアアアンッッ!!

 

迎撃よりも早く、ラクシャスさんの雷が迸りました。

強烈なその音にビックリして、羊達がメエメエと叫びながら散り散りに逃げていきます。

 

「うわあ、問答無用か……」

「これがラクシャスさんの魔法ですか……、ッ!?」

 

――土煙の中で、『それ』は佇んでいました。

 

泥のように濁った目でこちらを見つめる羊。

いや、羊なのでしょうか……?

その体躯は2倍ほどに大きく、背中が異様に盛り上がっています。

長い足は皮膚炎にかかったように途中から禿げ、肌の色をむき出しにしていました。

気味の悪い緑の涎を垂らす口端には、突き出た大きな牙が見えるのです。

 

クリーチャー。

そんな単語がピッタリ当て嵌まりそうな全容です。

何よりも特記すべきは――

 

「無傷、だとう……!?」

 

あの雷を受けて、堪えた様子がまるでない所でした。

 

「っ、散って!!」

 

突進が来ます。今度の狙いはラクシャスさんでした。あの雷を脅威に見たのかは判断できません。

ボクの合図と共に全員が地を蹴り、突進を回避しました。

長い足が速度を生んでいるのか、その突進は戦慄に値するものです。

――これは、逃がしてくれそうにない――!!

 

「こ、のっ!!」

 

回避と合わせてクリーチャーを流し斬りますが、手応えが異様でした。

妙な力で反発されたように『斬った』と言う感触がありません。

 

「何ですか、この感触……ッ!?」

 

ボクと同じく、ニソラさんも動いていました。

気付けば抜き身のクトネシリカを携え、クリーチャーの上に立つニソラさんの姿。

何をやったか全く見えませんでしたが、既に何発か攻撃を入れていたようです。

クリーチャーがニソラさんに気付いてロデオを始めると、それに合わせて二つの剣閃が奔ります。首と足――完全に意識の外からカウンター気味に入っています。

そして次の瞬間には、間合いを離していたボクの横に陣取るニソラさんです。

――速過ぎました。

ボクは俯瞰できる位置に居たから見えましたけど、クリーチャーの視点から見たらニソラさんの影すら捉えられなかったでしょう。

 

「な、何と言う軽業じゃ……こりゃスユドも捉えられんわ」

 

ラクシャスさんの動きが一瞬、ニソラさんに見惚れて止まっていました。

 

「ニソラさん、今のにカムイノミは?」

「つけてました。が、斬った感触が殆どありません。……恐らく全方位バリアです。どうにかして剥がす必要があります」

 

意識外の攻撃も防がれた事からの判断でしょう。

抜刀剣には幻影刃による貫通攻撃がありますが……

それを伝える前にラクシャスさんが叫びます。

 

「任せい!こう言うのはな――」

 

振りかぶる杖には溜まりに溜まった雷が漏れ、

 

「負荷を掛けてブッ潰すんじゃあああッッッ!!」

 

ドゴォアアアアアアッッッ!!

 

先程に数倍する雷撃が轟音と共に突き進みました。

相性や性質をガン無視する、超高負荷脳筋ゴリ押し攻撃です。

恐らく杖のVisの殆どを注ぎ込んだに違いない雷の暴風が荒れ狂います。

閃光と轟音――鼓膜どころか、こっちにもビリッとした衝撃が突き抜けました。

ああ、耳がキンキンする……ラクシャスさん、ちょっとやりすぎですよこれ。

 

しかし、どうやら攻め方としては正解だったようです。

爆心地には毛皮が剥がれてモコモコの見る影もなくなったクリーチャーが、ふらふらと目を回していました。

これは、防御が剥がれたと見て良いのかな?

……アレで終わってないのが逆にビックリですが。

 

「眠りなさいっ!!」

 

間髪いれずにニソラさんの一閃。

 

――今度はまともに通ったようです。

祈りにより鋭さを増した神威の一撃は、青い血を巻き上げてクリーチャーの首を空に舞わせました。

 

 

@ @ @

 

 

「ふいぃー……地上には厄介な魔物がいるのう。我が全力の閃光を耐えた者など、ちょっと記憶に無かったぞ」

 

サトウキビの杖をくるくる回しながらラクシャスさんが息をつきました。

今のはこれまで見た雷撃の中でも一線を画するレベルのモノでした。

ガチでやったら本当にチートだったんですねラクシャスさん……

ボクの回りは本当にチートばっかりです。

 

「流石にこんなのがゴロゴロしてたら地上は地獄絵図になってますよ……私も見るのは初めてです」

 

良かった、地上のスタンダードがこれだったらどうしようかと思いました。

 

「……これ、アレかなぁ。これはあの羊たちの親玉で、ボクが毛を刈ってたから怒って襲って来たのかなぁ……」

 

もしそうだとしたら、悪いのはボクの方です。

何か罪悪感が……

 

「いや、コレにそんな理性あったとは思えんのだが。あの目を見たろう?この上なく濁って腐っとったぞ」

「もしそうなら世界中の羊飼いさんたちは今頃お墓の中ですね。

……これは多分、例の『世界の悪意』案件ですよ。見てください」

 

ニソラさんがクリーチャーの断面を指し示しました。

オレンジ色の極彩色な肉がぐずぐずと崩れ、コントラストがドキツい青い血が流れています。

……なんか……ほのかに酸のような匂いが……

 

「多分、毒性を帯びてるでしょうね……煮ても焼いても食べれる気がしません。こう言うモンスターはたまに出るんですよ。なべて人を標的とし、理性なく破壊を齎します。

その性質から、害しか齎さない存在。食物連鎖のサイクルから外れた所を蠢くもの……冒険者の間では、そう言ったものを指して『カースド・モンスター』と呼んだりもするんです」

「カースド……呪い、か」

 

確かに、こんなのが進化の過程で生まれたとは思いたくありません。

 

「……どうするんじゃ?これ」

「どうしましょうかね……処理出来れば良いんですけど、生憎その手段を持ってませんし。討伐部位として牙でも取って町に報告しましょうか。ここまで凶悪なモンスターなら、もしかしたら『ネームド』の可能性があります」

 

RPGの例に漏れず、『カースド・モンスター』の討伐クエストも普通にあるそうです。

討伐クエスト、ネームドモンスター、ワクワク感が香るロマン案件ではありますが……最初に目にするのがB.O.Wのごとき羊さんと言うのは、なんとなく気味の悪さを覚えます。

首を落とされたクリーチャーの死骸が、ふとネザーで見たガストのそれにフラッシュバックしました。

 

……『世界の悪意』、ですか。

呪いの魔物……なるほど、まんざらではありません。

 

 

「……?」

 

 

ふと、ラクシャスさんが視線をいずこかへ投げました。

ニソラさんが牙を取りながら何でも無いように口を開きます。

 

「――大丈夫。今の所、敵意は無さそうですから」

 

え……?まさか二体目でもいるんですか?

ボクもラクシャスさんの視線の向こうを辿りますが、生憎ボクには何の違和感も見つけられません。

 

「……コンタクトはせんのか?」

「向こうがそれを望んで居なさそうですので。……気を悪くしないでくださいね?ベテランの冒険者の方はむしろ、『力』に対して臆病な方が多いんです」

「ふうむ……まあ、理解はするが……」

 

ああー……どうやら誰かに見られているようです。

言われても全然気づけないボクは置いてけぼり。

二人とも感覚鋭いなぁ……視力どれぐらいあるんでしょうか。

 

「タクミさんはアレですよね。敵意には敏感ですけど、それ以外にはドンなカンジ」

「もともとそう言うスキルないもので」

 

システムアシストでどーにかしてるだけですからねボクは。

ボク一人だけ捕捉出来てない事はあっさりバレてしまってる模様です。

ニソラさんから牙を受け取りながら苦笑しました。

NEIで見えるアイテム名に目を細めます。

 

……Sheep Fang(羊の牙)?

 

どうやらコレは、羊で良いらしいです。牙生えてるけど。血とか青いクリーチャーだけど。

派生レシピは……何も出ませんね。

本当にボクが作れるレシピが無いのか、それとも解放条件を満たしていないのか。

牙をインベントリにしまうと、ボクたちはクリーチャーの死体を後にして先を進み始めます。

 

 

後々の話ですが……辿り着いた町の冒険者ギルドで、ボクたちはこのクリーチャーの名前を目にする事になります。

この平原に巣食い、横切る人間を目ざとく見つけては襲って食い荒らす悪夢の羊。

 

――『種族名』Walker(殺人鬼)と言う名のモンスターの事を。

 

 

……。

 

……ボクらの波乱万丈フラグは、ムドラ騒動後も留まる事を知らないようです。

 




 
アンケートのご回答、どうもありがとうございました。
結果により、ラクシャスさんが仲間に加わりました。

ラクシャスさんは一応、スユドさんやヘロブラインの件についてちゃんと聞かされています。なんでその場にいなかった自分と頭を抱えはしましたが。

なお、羊クリーチャーはSheepRebellionと言う和製modの物をイメージしています。
本家で牙や緑の涎に言及はありますが、青い血は当方の創作です。
……もしどこかで言及されていたら直します。


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