【SAO×AB】相似形の世界 (鬱蝉)
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一話 「再燃(フラッシュ・バック)」
その瞬間は突然やってきた。
運命的な、云わば人生を変えるような瞬間は、別段大仰な前振りの後にやってくるという訳ではないようだ。実際、地球の反対側で嵐を巻き起こすと言われる蝶の羽ばたきだって、日常にありふれていて、その前触れすら知覚し得ないだろう。
世の中には不思議なことが起こるものだ。身体の神秘というべきか、先端技術の生み出した不確定的事象というべきか。
とにもかくにも、神の見えざる手による乱数調整の結果、俺の脳は一つの奇跡を起こした。
即ち、前世の記憶が蘇ったのだ。
現在、俺は姓が変わり合歓結弦と名乗っているが、その頭脳に、旧・音無結弦の記憶が割り込んできたのだ。
前世の記憶が蘇るという事例は少なくはないとされる。アメリカには、地図上の都市を指差して、自分はここで死んだ、と言った少年がいたという話を聞いた。
俺の記憶が正しければ、小泉八雲ーー本名ラフカディオ=ハーンの書いた怪談小説にも似たような話があった。
実際、前世の記憶が蘇る、ということ自体それほど稀なことではないのかも知れない。皆、変人扱いされるのが嫌だから隠していて、その実、結構な人数が居るのかも。
前座が過ぎたな、つまりは俺が死後の世界で起きたことを思い出した、ってことだ。余すことなく。
SSSでの思い出も。ギルドでの冒険譚も。無茶苦茶なオペレーションも。直井との抗争も。皆を襲った影との戦いも。そして、かなでのことも。
未練を抱き、死んだ後、記憶の無きままに体験した、俺の胸の穴を埋めてくれた数々の記憶。それが今、再び生命を手にし、転生した俺の下に宿った。
おっと言い忘れていた。一体いつ俺の記憶が蘇ったかって?
ゲームの中でさ。
VR技術、というのは21世紀に入った時点である程度の研究がなされていたらしい。
特に2010年からは一挙にその技術が進展した。医療や航空機、列車操縦などの専門的職業に限らず、旅行やアトラクション体験などの娯楽方面での疑似シミュレーションにも用いられるようになった。
そして、2022年。《ナーヴギア》というVRマシンが誕生した。その用途は、ゲーム。最新技術をゲームに利用しようとする辺り、流石クールジャパンだ。
さらにそれのソフトウェアとして開発されたVRゲーム史上最大規模のMMORPGーー名を《ソード・アート・オンライン》。天才プログラマー茅場晶彦による最高傑作だ。
選考に選ばれたユーザーによるベータテストを終え、ついに同年2月31日、《SAO》は世に解き放たれた。
かくいう俺と言えば、見事志望大学の医学部入試を現役合格の栄光とともに乗り越え、反動で遊びに明け暮れようと画策していた最中にこの吉報。
ちょうど合格祝いをたんまり貰ったことだし、これは羽根を伸ばす良いチャンスと思い至り、発売日5日前から店頭に並び、苦心の末ようやく手に入れたのだ。
正式サービスまでの一週間までをまだかまだかと悶々たる思いで過ごし、ようやく来たるは3月7日。
取説とにらめっこしながらやっとセットアップ完了。あとは《ナーヴギア》を頭に被り、あの言葉を口にするだけ。
「ーーリンク・スタート」
直後、視界ーー正しくは《ナーヴギア》から送られる電気信号を脳が変換した映像がブラックアウトした。
僅かなウェイトの後、奥の方から極彩色の矩形オブジェクトが流れてきて、最後に全てが白に染められた。
この瞬間だった。俺の脳に高圧電流のような衝撃が走った。それは刹那的なものかもしれないし、ともすれば長時間に渡ったものかもしれなかった。
咄嗟に視界の右上の時計を確認し、ダイブ前に自室の時計で見た時間と分単位で同じことを確認する。
そして、脳裏に去来する或りし日の記憶。この時、俺、合歓結弦は死後の世界における音無結弦の記憶を継承したのだった。
突如として雪崩込んできた記憶に混乱する中、視界に到来したのは“Log in”という文字。
その後、曖昧とした意識の内に、ガイドの指示に従ってアバターの容姿を決定し、最後にアバター名を決めろ、との御達示。
そうだな。仮想世界における仮の名前とは言えど、デジタル上に半永久的に残るものだからなぁ。そう安直には決められまい。……よし、決めた。
《Otonashi》ーーと、入力欄にそう打ち込んだ。せめて俺だけでもあの日々の記憶を忘れないために。
幸い、既に同じ名のプレイヤーは居なかったようだ。《Otonashi01》とか、折角の感傷的な気分が台無しになっちゃうだろう?
視界に再び矩形の極彩色が流れる。今度は、手前から奥にだ。電瞬、白の世界をより白く染めるフラッシュが瞬いた。
視界に表示された単文が脳裏に刻まれたようににちらついた。“Welcome to Sword Art Online”と。
気付けば、街が広がっていた。文明レベルは中世ヨーロッパと言った感じだった。
しかしそれらも情報素子の集合体である3Dオブジェクトにより構成された仮初めの世界である。
「だとしても、いやにリアルだ……」
俺を360°景色を隈無く見渡し、両手をグッパした。
「どうみても現実そのものだし、身体動作にも違和感がない」
それもそのはずだった。そもそも現実空間においても仮想空間においても身体の動作に関する信号は脳から発せられる。つまり全くといって違いがないのだ。
俺は視界左上を見た。《はじまりの街》とマップ名が記されている。まさに此処こそがゲーム内における冒険の出発点なのだ。
今までSAOに先行して発売されていたソフトウェアもプレイしたが、いずれもパズルやミニゲーム的なものなど、VRの真価を発揮できないものが多かったので、このSAOというゲームの壮大さに俺の脳は若干オーバーフローを起こしかけていた。
ある程度の情報整理が終わったことにより、波濤のごとく押し寄せた継承された記憶。また、それに伴う感情。流石にこれには脳も処理に困難を極め、俺はそこらの地面に腰を下ろし、額を手で抑えた。
「あの……大丈夫ですか?」
声が掛けられた。声の主を見れば、それはそれは美少女。しかし、これはあくまで仮想空間における仮初めの容姿。現実世界じゃ如何な醜女かも分からん。
「ええ、大丈夫です」
反射的にそう答えた。
「そうですか……失礼。唐突に倒れ込まれたもので」「すみません、ご心配をお掛けして」
優しい人だ、とそう思った。俺なら見ず知らずの相手にいきなり声を掛けることなどできない。これも仮想空間という現実と隔離された世界だからこそ出来ることなのかもしれない。
「あの……」
少女がおずおずと口を開く。
「もし、ご迷惑でなければ色々とVRゲームに関して御指導御鞭撻頂ければ……」
マジか。俺ってば一体全体どこでフラグを立てたのだろうか。しかし、落ち着け。ここはあくまで仮想世界。現実とはまた常識を異にする、と。
「ええ、いいですよ。といっても俺自身VRゲームに関する見識は甘い方ですが」
「いえいえ、助かります」
少女は微笑んだ。何故だろう。背筋に灼け付くような感覚があった。
転瞬、街の様子がガラリと変わった。より正確に言えば、街の広場に唐突に大勢の人間が現れたのだ。
「な、何ですかこれ……」
少女は戸惑うように言った。
「焦る必要はないと思われますよ。恐らくこれからGMからのチュートリアルがあるのでは?ーーほら」
言うやいなや、アナウンスが鳴り響き、広場の一角にアラートウィンドウが出現した。
そこから現れたのは黒の外套を纏った巨人。恐らくあれがGMだろう。それを確認してか少女は安堵の息を吐いた。これからGMによるチュートリアルが始まるのだ。この場にいる誰もがそう確信していた。
しかし、その確信は最悪の形で外れることとなる。黒の外套の男はこう告げた。曰く、
「私の名前は茅場晶彦だ」
「君達プレイヤーをこのゲームに閉じ込めた」
「ゲーム内で死亡した場合、《ナーヴギア》に搭載されたマイクロ波照射装置が現実のプレイヤーの脳を灼き切る」
「ゲームにおける死は、現実における死」
「クリアするにはアインクラッド最上層の100層までを攻略せねばならない」
と。茅場晶彦が語り終えて尚、俺は現状をいまいち理解できていなかった。
だってそうだろう。ゲームと現実の死が直結するなんて誰も考えやしない。ちらと少女を見やると、彼女も口を開けて唖然としていた。
最後に茅場晶彦は左手でスライドさせて出したウィンドウを弄くると、プレイヤー全員にアイテムを与えた。
それは手鏡のようだった。次の瞬間、あちらこちらから悲鳴が上がっていた。何事かと周囲を見渡す。最初は何が起こったのかと把握しかねていたが、プレイヤーの喚き言から察するに、どうやらアバターが現実世界のプレイヤーの容姿と入れ替わったようだ。ってことは俺もなんだろうな。そういえば、セットアップ段階で身体のスキャニングをされた気がする。
まあいいだろう、実害はあまり無いし。しかし、こいつは辛いだろうな、主にネカマとかにとっては。
ということは俺の隣のこの美少女も現実世界の容姿になっているということだろう。しめしめ、そいつは是非拝んでみたいな。せめて醜女でなければいいが。しかし、そこにあったのは俺の予想を遥かに超えた容貌だった。
それは、如何にも阿呆で、間抜け面をした男だった。
というか日向だった。
この後も、もう少し投稿します。
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二話 「運命強制力(オポチュニズム)」
「日向ァァァァァァァァァッ!?」
叫んでから失言に気付いた。そうだ。こいつは死後の世界で会った日向秀樹とは全く別人、転生後の日向なのだ。俺みたいに転生前の記憶を継承しているとも限らない。まぁ、こいつも俺みたいに名前は変わっているだろうし(俺は奇跡的に下の名前が同じだったが)、そん時はそん時で適当に誤魔化せばーー
「音無ィィィィィィィィィィィィィッ!?」
「何たる御都合主義だ!」
日向はあろうことか俺の転生前の名を呼んだ。無論、転生前の面影を僅かに残しているとは言え、俺の生前、死後の世界における名前ーー《音無結弦》を即座に言える者は居ない。そもそも《音無結弦》はとっくの昔に死んだのだ。考えつく人間すら居まい。
そう、つまり俺の《音無結弦》という名を知っているのは死後の世界の人間だけだ。つまりコイツは正真正銘、他人の空似ですら無く、日向秀樹であって……
「日向お前!こっちの世界でもまた会えると信じてたぜ!」
「あたぼうよ親友!俺らの絆が一回転生したぐらいで途絶える訳がないだろ!」
俺らは熱い抱擁を交わした。まるで青春スポ根ドラマのワンシーンのようだった。
「ところでだ、日向ーー
何でお前ネカマプレイしてたんだ」
感動の再会もそこそこに俺は核心的地雷を踏み抜いた。
「………………」
冷や汗を流し、顔面蒼白で固まる日向。
「い、いや、その何と言いますか……そのぉ」
日向はしどろもどろになりつつ言葉を濁す。
「さぁ、答えろよ。漢、日向秀樹に他人に隠さねばならないような疚しいことは無いだろ?」
これでもかとばかりに詰め寄る俺。
「い、いや、だってさ。ほら、リアルだって居るでしょ?そういう人。何というか、動いている女性キャラの姿を見たいとかっていう理由でさ」
「ああ、確かにいる。別に悪くない理由だと思うぜ?でもよ、このゲーム、一人称視点だからお前でお前の姿は見ることはできない筈だが?」
「………………」
今度こそ言葉を失い、黙する日向。
「で、どういう目的だったんだ?お前が自らの肉体を女にしてまでやりたかったことは何だ?自家発電か?自身の肉体が女体化している事実を快楽とし、餌とし、己の性的ベクトルでの欲求を満たしたかったのか?言ってみろよ?日向」
かつて戦った朋友を言葉責めで崖っぷちまで追い詰めていく俺。日向は悪魔でも見ているかのような表情をしていた。
「わ、分かった、言うよ……」
日向は渋々口を割った。
「実はさ、俺このゲームの中で目立ちたかったんだよね」
「ほう、というと?」
「だからさ、~の姫とかって居るだろう?男性プレイヤーでプレイしてると相当な腕前がな無い限り自分の名前は売れない。けれど女性プレイヤーだったらさ!パーティー、ひいてはギルドの姫として名前が知れたりするじゃないか!だからそのためにわざわざ女性のアバターでログインして信者(かこい)の男共を集めてワッショイしてもらおうとしてたんだぜ」
「つまりお前がさっき俺に話しかけたのも?」
「ああ、何か悲観そうな顔してたから最悪弱みに付け込んで信者(かこい)にしちまおうと」
コイツただのゲスかよ。最早、俺の記憶の中の美少女像は跡形もなく消し飛んでいた。
「オーケーオーケー日向、たった今お前に関する長年の疑問が氷解したよ。やっぱお前コッチか!」
「ちげーよッ!」
口元に手を翳して言う俺に、反論する日向。
「分かった。この件はお前がホモセクシュアルということで手を打つとしてーー「打つなッ!」ーー一応聞くけどこれさ、デスゲームなんだよな?」
「………………」
僅かな沈黙。
「………………あ」
「忘れてたッ!このゲーム、ゲームオーバーになったら生身も死ぬんだッ!」
「悔しいが俺も失念していたッ!」
何だかんだ言って、かつての竹馬の友との会話は楽しく、ゲームオーバー=現実における死という阿呆な設定を忘れるほどだった。
「どうすんだよ、日向!このゲームの中で死んだら現実の俺らもそのまま死んじまうんだぞ!」
「死ぬって言われたってよォ!………………俺ら既に一回死んでるし」
「だよなー」
「死んだらさ、またあの世界に行けるのかな……?」
「…………おいお前!今一瞬、死んでもいいかなとか思ってねぇよな!」
「べ、別に思って無いしぃ?」
目を逸らし、口笛を吹く日向。
「言っとくが、向こうにいってもNPCぐらいしか居ないからな?」
「し、知ってるさ……」
日向は、言葉の割にはやけに落ち込んでいた。
「でもさ、俺もう一回会いてぇよ。ユイとかさ、ゆりっぺとかさ、天使とかさ、大山とか松下五段とかTKとか直……あいつは別にいいか」
「酷ぇなオイ!」
さらりと直井を除外した日向に思わず突っ込む俺。もし、この世界で直井と再会出来たら必ずチクってやろう。そう決意した。
「ところで音無。俺とフレンド登録しないか?」
「フレンド登録?それは何のメリットがあるんだ?」
何の気なしに返答したつもりだが、日向は冷ややかな目で俺を見つめ返した。
「お前……友達になるかをメリットデメリットで決めるのか?」
「い、いや、そういう訳じゃなかったんだ。単に面倒な手続きを踏むのが嫌なだけで……」
「ほう、お前にとって友達になることはそんなに面倒臭いことだったのか……そうかそうか、つまりはお前はそう言う奴だったのか」
エーミールかよ、という突っ込みを飲み込みつつ。
「ほ、本当に違うんだ」
「何が違うんだ?言ってみろよ」
「そ、それは……」
今度は俺がしどろもどろになる番だった。恐る恐る日向を見返すと、日向は笑顔でこちらを向いていた。
「冗談さ。単にお前に意趣返しをしたかっただけだよ」「お、おい、焦らせんなよ……」
「悪りぃ悪りぃ」
日向はおどけて言う。
「フレンドになると、フレンド間でのメッセージが送れるようになるらしいぜ。別段フレンドでなくとも名前さえ覚えてりゃインスタントメッセージという簡易メールが送れるようだが、迷惑メール防止のために同じ階層にいるプレイヤーだけにしか送れず、そのうえ届いたかどうかすら確かめられないっつうデメリットを孕んでいるようなんだ」
「よく知っているな」
俺は素直に感嘆した。
「ははっ、余りにも楽しみ過ぎてよ、公式サイトのゲーム仕様とかの説明文をアホみたいに読んだからな。あと因みにだが、フレンドになると同じ階層ならお互いの位置座標がマップ上に表示されるらしいな」
「ほぉ、そいつは便利だなぁ」
「だろ?俄然フレンド登録する気になったよな?」
「あぁ、勿論だ」
俺と日向はグーでタッチを交わした。
「じゃあ俺の方から申請送るからお前の方で承認してくれ」
「了解」
日向は右手の二指を空間上で滑らすとメニュー画面を表示し、操作を始めた。因みに日向のメニュー画面は俺には見えない。
プライバシー保護のためのそういう仕様なのだ。
「送ったぞ」
僅かなラグの後、ピロンと音を立てて、視界の端にメッセージ受信の通知が現れた。俺は流れるように承認ボタンを押す。直後、《Regenwurmさんをフレンドに登録しました。》というウィンドウが出現した。
「おい日向、この"Regenwurm"ってのがお前の名前か?」
「ああその通り!お前もお目が高いなぁ。そこに着目するとは流石俺の認めた男だ。《レーゲンヴルム》!ネットでいい感じのアバター名を調べてたら出て来たんだが、いやぁいつ見てもカッチョいいね~」
日向が鼻高々に言う。俺は冷ややかに一瞥を呉れた。
「お前、"Regenwurm"って単語の意味分かってるのか?」
「いやよく分からないが……まぁ、語感的にドイツ語だろ?そうだな聞いた感じ戦闘機の名前っぽいよな!」「ミミズだ」
「へっ?」
日向が思わず聞き返した。
「"Regenwurm"はな《ミミズ》って意味なんだよ」
「…………」
今度こそ日向の表情が、ゴルゴンに睨まれたかのように凍った。
「ご、ごめんもう一回言って?」
「ミミズ」
「え、嘘」
「ミミズだ。何度でも言ってやる。それはミミズだ」
「…………」
遂に発する言葉も失った様子だ。
「お前、本当にちゃんと調べたのか?」
俺は憐憫の視線を日向に遣る。
「う、ううん、なんかね、かっこいいなまえはないかなってね、ちえぶくろでそうだんしたの、そしたらね、このなまえだけかいとうされててね、で、なんかね、きいたかんじかっこよかったから……」
「特に日本語訳を調べもせずに採用した、と」
「……うん」
すでに日向の顔から血色らしき物は喪われていた。それに口調も若干《アルジャーノンに花束を》っぽくなってるし。
「取り敢えずお前に言いたいのはこれだけだ。Du bist mir einer, was?(お前、馬鹿じゃないの?)」
敢えてドイツ語で罵る俺。
「最後の方、何言ってたか分からないが、とにかく俺を馬鹿にしていることはわかった」
「お、正解。よく分かったな褒めてやる」
「分かるわッ!というかお前よくドイツ語とか分かるよな」
「まぁ、ほら?俺これでも医師を志してるだろ?」
「あぁ、確かそうだったな」
「やっぱりその関係上、ドイツ語を勉強しとこうと思って」
「えっ!で、ドイツ語覚えたのか!?」
「おぉ」
「お前今歳いくつだよ」
「この前大学入試の結果が出た」
「てことは高校生!?俺と同い年!?それで二カ国語マスター!?」
「いや英語もだから実質トリリンガルだ」
「…………」
声すら出ない日向。
正直俺もここまで驚かれるとは思っても見なかった。いやぁ、勉強ってしておくもんだな。
「まぁいい、俺がバイリンガルだろうが、トリリンガルだろうが、お前がミミズだろうが、ミミズじゃなかろうが俺にはどうでもいいからな」
「え、それはそれで地味に傷つくんだが」
お、少し気を取り直したか。ならそれが一番だ。
「さぁ、まずは手頃なところでレベリングでもしないか?」
「おう、それが無難だな。マップガイドに従うんだったら西フィールドって所が良さげだぜ」
「相承知、じゃあ行くぞミミズ」
日向に呼びかけると見せかけ、さりげなく心の不発弾を爆発処理していく俺。
日向は暫しの硬直の後、意気消沈の体で俺に追随した。
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三話 「序開の戦闘(モータル・ストラグル)」
俺と日向は西フィールドに向け、歩みを進めていた。
どうやらはじまりの街周辺の雑魚Mobは上昇志向のプレイヤー達によってあらかた狩り尽くされてしまったらしく、モンスターPopと狩りの均衡が飽和量限界を超えてしまい、今にもプレイヤー同士の抗争が始まらんとしていた。
勿論、俺達はそんな下らんのに巻き込まれるのは御免なので少し遠出にはなるが、早々にはじまりの街周辺に見切りをつけ、遥々西フィールドに向かっている途中だった。
ここら辺の冷静な判断も死後の世界でSSS団の仲間と共に闘った経験が血肉となって染み付いた結果だろう。本当に、ゆりには感謝してもし切れない。
「残念ながら、モンスターの情報に関しては一切なしだぜ。リアルみたいに攻略wikiをウィンドウで開きながらプレイできたら幾分楽か……」
「まぁ、贅沢は言うもんじゃないぞ。だとしたらこの世界における攻略情報の伝達はどうするんだろうな。まさか口頭ってのはあるわけないだろうし、元々プレイヤーを閉じ込めるという目的で作られたゲームだ。よもや天才プログラマーの茅場晶彦がそこらの措置を忘れるとは思えんが。見たところチャットとかは存在しないし……」
俺は右手でメニュー画面を弄りつつ言う。
「さあね、もしかしたら出版物が出せるんじゃないか?」
「成程、それは有り得るな。世界観にもマッチしている。珍しく冴えてるぜ、日向」
「そいつは語弊があるぞ、音無。珍しく、じゃなくて、常に、だぜ」
「…………」
無視ってやった。
「無視んな!」
当然の反応だな。
無視ついでに俺は辺りを見回してみた。今の所、モンスターとのエンカウントは無い。随分と進んだつもりだが、俺らの現在居る場所も既に他プレイヤーの手が伸びているだろうか。
「ところで日向。話は大きく変わるが、お前今は何で名前なんだ?」
すると日向は絶望の色に塗られた悲壮感に溢れる表情をした。
しまった。今のは誤解されちまう言い方だったな。
「わ、悪い悪い。言い方が悪かった。俺が聞いてるのはお前のアバターネームじゃなくてリアルでの名前のことだ」
実際、ネットゲーム界隈でプレイヤーのリアルネームを聞き出すような行為はノーマナー極まりないものなのだが、言っても俺らの仲だ。多少は良いだろう。
「おお、そうだ。忘れてたぜ。聞いて驚くな?今の名前は日向(ひゅうが)秀樹っつうんだ」
「マジか」
俺は純粋に驚いた。俺みたいに名前が同じだけでも充分に奇跡ではないかと思っていたが、上がいたな。まさかの読み方違いの同じ文字とは。
「そういや、お前の名前もまだ聞いてなかったな」
「そうだな、今は合歓結弦っていう名前だ」
「ねむ、か。随分と変わったな。どっちで呼べばいい?」
「音無で頼むよ。お前も日向(ひなた)のままで良いよな?」
「勿論だ」
俺らは互いに微笑した。
ところが暫く歩いていると、
「………………」
「………………」
ヤバい。話題が尽きた。
適当に話題を振ろうにも、そんな話題すら思い浮かばない。どうしたものか。久し振りの再会に、積もる話もあるだろうに。隣を見れば、日向も気まずそうな雰囲気を醸し出している。
「な、なぁ、音無」
「お、おう、どうした日向」
「何か、歌でも歌おうぜ」
「どうしてそうなった!?」
いや、しかし、これも日向がこの微妙な空気を打破すべく出してくれた提案。もしかしたらこの空気も何とかなるやも……
「よし、じゃあまずお前から歌ってくれ。良さげなタイミングで俺が繋ぐから」
「オーケイ」
日向は鼻で軽く息を吸った。
「守るも攻むるも黒鐵(くろがね)の~ハイ」
「え、え!?……浮かべる城ぞ頼みなる~……?」
「浮かべるその城、日の本の~」
「皇國(みくに)の四方を守るべしーーって何で《軍艦行進曲》なんだよッ!」
俺は勢いで突っ込んだ。
「いやだって、今の雰囲気にぴったり来んじゃんよー」
「いやそうだけど!そうだけどさ!」
仮にそうだとして、でもやっぱり選曲がおかしい!お前絶対カラオケとかに行って引かれる奴だわ。
「じゃあ何歌えばいいんだよ」
「ほらもっとさ、あるだろ?ポップな曲調の歌とか」
「オーケイ理解した」
日向は再びを息を吸った。
「ママレード&シュガーソング、ピーナッツ&ビターステップ♪」
そうそう、そういう奴だよ!やっぱりU〇Gはいいね。
「甘くて苦くて目が回りそうです♪」
「南南西を目指してパーティーを続けよう♪」
「世界中を驚かせてしまう夜になる♪」
「「I feel 上々 連鎖になってリフレクダァァァァッ!?」」
突如俺らの視界にモンスターの影が割り込んできた。あぁ、阿呆だ俺ら、歌に夢中になって周囲の警戒が散漫になっていた。
現れたのは、青い体毛のイノシシだった。イノシシ――偶蹄目イノシシ科の哺乳類だ。
「うお!何だコイツ」
俺は叫んだ。
日向はイノシシにフォーカスしつつ、答える。
「《フレンジーボア》っつう名前みたいだな」
「ほぉ……にしても毛の色が日向とおんなじだな。よし今度からコイツは日向と呼称しよう」
「やめろッ!――ふおッ!」
日向が突如横っ飛びした。
軽口を叩いている間に《フレンジーボア》は日向に向け、突進をかましてきたのだ。
猪突猛進という四字熟語がとても似合う光景だ。
こいつ突進をしてくるのか。イメージ通りっつたらイメージ通りだが。
「それともお前の方を《フレンジーボア》と呼ぶか……どっちがいい?」
「どっちもヤダよッ!俺にこれ以上不名誉な渾名をつけるなッ!」
「すまんすまん」
軽く流す俺。だが、もう軽口を叩く余裕は無さそうだな。
《フレンジーボア》が四脚で踏ん張り、突進のスピードに制動をかける。足元で土煙が上った。
また突進か。しかし、先程見た限りでは奴の突進はあくまでも直線的。タイミングさえ読めれば回避は容易だ。
そのうえ、奴は一度攻撃対象を捕捉したなら、例えその対象の至近に別のプレイヤーが居たとしても攻撃対象を乗り換えることはない。
先刻のファーストコンタクトでそれだけは分かった。日向も理解している筈だ。
この戦況分析も死後の世界での経験の賜物かもしれない。
俺は日向に手短に伝える。
「一人が囮!もう一人は横から!」
「分かってる。俺も同じことを言おうとしたところさ」
流石、日向だ。SSS古参の一人というのは伊達じゃない。
言い終わるのと同時に《フレンジーボア》は180°転身する。奴から見て、俺は右、日向は左。
俺の右隣で日向が初期装備の《スモールソードを》横水平に構え、僅かに引いた。
奴の文字通りの猪首が回頭し、その赤い双眼が捉えたのは――
俺かッ!
直後に《フレンジーボア》、疾走開始。
その距離、10メートルもあるかないか。さりとて猛獣の脚力侮るべからず。
一瞬にして、その距離を半分に縮められる。本当ならもう避けてやりたいが、まだだ。この距離で避けてしまうと、回避した俺を補足したまま追尾してしまう。
もっと、もっと奴をギリギリまで引きつけねば。
その距離――4メートル。
日向が更に剣を引く。
――3メートル。
日向が前に出した右足に重心が乗る。
――2メートル。
俺も回避の為、回避方向と逆の足に重心を乗せる。
――1メートル。
その時、日向の剣に輝きが灯った。なんだあれは……?
そして、日向が剣を振った。
一旦、投稿を中断します。また別日に。
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四話 「形式化(パターナイズ)」
今だ!俺は素早く左方向に飛び退いた。
当の《フレンジーボア》は進行方向を変えることなく、突進を続ける。
しかし、その先に剣閃あり。
刹那、日向の《スモールソード》は《フレンジーボア》の鼻先から入り、奴の体の中央を真っ二つに断截し、頭から尻までを斬り抜いた。
《フレンジーボア》はHPバーを縮めながら俺らの間を突き抜けると、やがてその動きを止めた。同時にHPが尽き、《フレンジーボア》は青白いポリゴンの破片に帰す。
「はぁ~倒せた倒せた」
「まさか俺のところに突進が来るとは思わなかったね」
「おい音無てめぇ、俺を囮にする気満々でその提案をしたのか……?」
「おいおいおいおい日向君。俺ァ物覚えの良い方だぜ?しっかり聞いたぞ、『俺も同じことを言おうとしたところさ』ってな」
「ぐぅ……」
押し黙る日向。
「しかし何だったんだ日向。さっき、お前の剣が光ったのは」
「ん?知らないのか、あれは《ソードスキル》ってんだぜ?」
「初耳だな」
すると、日向は呆れたような表情で言った。
「おいおい冗談だろ。この《ソード・アート・オンライン》の真髄は《ソードスキル》にこそあるって言われてんのによぉ」
「生憎、情弱なんだ」
「本当に掛け値なしの情弱だな。良いか?《SAO》にはコンセプト上、一般のMMORPGじゃ定番の《魔法》と呼ばれる概念が存在しない」
へぇ――そうだったのか。
「その代わりにあるのが《ソードスキル》だ。そして今使ったのは片手直剣用単発横水平斬りスキル《スラント》だ」
slant――《傾斜させる》、《斜めに斬る》という意味の動詞。
成程、シンプルな割にかっこいいな。
「すごいじゃないか日向。そんなものを一体どこで覚えたんだ?」
「ああ、さっきはじまりの街周辺で狩りをしてたプレイヤーが使ってたのを見たから見様見真似で覚えたんだ」
ふうむ、阿呆の日向でも簡単に覚えられるんなら、余程簡単なものなんだろうな。その《ソードスキル》とやらは。
「ところで音無、一つ問題があるんだが」
唐突に日向が切り出した。
「何だ」
「今の《フレンジーボア》だが、二人掛かりでようやっと倒せた。それはいいんだ。だが、今後もそれだとマズい。違うか?」
「……ああ」
確かに。二人で倒せてもそれはコンビネーションという訳でもなく、あくまで物量による仕事の効率化でしかなく、ましてや個人技量という俎上においては全くの問題外なのだ。
このデスゲーム、いつぞ独りきりで戦わねばならぬ時が来るとも知れない。そういう状況下では物量戦の経験値など塵芥同然。
つまり俺らは《フレンジーボア》程度、独力で倒せるようになる必要がある訳だ。
「それに、これからの《フレンジーボア》狩りでのレベリングをするに当たって、いちいち二人で相手取るってのは効率がかなり悪い」
「ついでを言うなら、奴のプレイヤーロックオンは恐らくランダムだ。これだと俺らの間の経験値の偏差が大きくなってしまう可能性もあるからな」
いずれも避けるべき事実であろう。
「つまりさっきの回避と攻撃を独りでやらなきゃいけない訳だが」
「回避タイミングはさっきので大体掴めた。あとはソードスキルだが……そんなに難しくはなさそうだな」
「あぁ、俺はあの回避行動だな。実質俺らのレベルであの突進攻撃を食らったらどのくらいHPを持って行かれるか分からん」
「でも、はじまりの街でPotは買えるだけ買ったんだろ?」
Potーーつまりは回復ポーションのことである。
「それはそうなんだが。最悪、一撃も有り得るだろ?」
「あぁーー」
流石にこんな序盤フィールドで低レベルプレイヤーのHPを根こそぎかっさらって行くような鬼畜仕様にはなってはいまいと思うが、これはデスゲーム。一度の死が我が身を永遠に幽明を異にさせるのだ。慎重にならざるを得ないだろう。
「もうすぐだな」
日向の言うとおり、長く続いていた林が途切れ、その先は広大な平地となっていた。
西フィールドだ。
「夜間になると、《Mob凶暴化》と言ってMobの攻撃力と敏捷性が幾分か跳ね上がるようだ。暗くなり始めたら即刻街に帰るようにしようぜ」
「分かった」
俺は了解する。
そう話していると、西フィールドの一角で光がパッと散り、《フレンジーボア》がPopした。
「うわ出やがった!」
「日向、まずここは俺にやらせてくれ」
そう言って俺は前にでる。
《フレンジーボア》はアクティブなのか、そこそこの距離があったものの、俺を捕捉すると直ちに駆け出した。
「よし来た来た」
先の戦闘で回避タイミングは把握済み。俺は日向を真似て剣を横水平に構える。
脇目も振らず突進を仕掛けてくる《フレンジーボア》を闘牛士さながらにすれすれでひらりと躱し、剣を水平に薙いだ。
その初動動作をシステムが《スラント》の発動トリガーと認識し、剣が光を帯び出す。このまま奴の鼻っ柱に叩き込んでやる。《フレンジーボア》の体高は俺の腰ほどしかない。故に、俺の斬撃姿勢は野球のスイングのように構えた位置よりやや下を通過する下向きに凸の放物線を描くことになるのだが。
「ちょっ、うお、うわっ」
俺の意思に反して剣が勝手に動き出した。
斬撃線は構えた高さから微動だにすることなく振り抜かれ、燐光を撒き散らし、あっけなくも《フレンジーボア》の背を掠めるだけだった。無論、《フレンジーボア》は無傷である。
「おい何だよコレ!剣が勝手に動くとか聞いてないぞ!」
見当違いとは分かっていながらも、俺は日向に苦言を呈した。
「あれ、行ってなかったっけか?《ソードスキル》は一種の攻撃アシストなんだぜ?システムで定められた構えと初動動作を取った場合に自動的に剣を運んでくれるっていう仕様なんだ」
「はぁ?じゃあ何だ。俺は自分の思い通りに剣を振ることすら許されないのか?」
「物も言いようだなおい。まあそうなるが」
「アレンジも?」
「そもそも出来るもんじゃないだろ」
「嫌だぜ、折角の必殺技なのにシステムの言いなりだなんて」
「いや寧ろβテストじゃ、どんな物覚えの悪い奴でも簡単に必殺技が出せるからって人気だったらしいぜ、そのシステム」
「確かにお前みたいな阿呆には丁度いいかも知れないがなぁ……」
「お前さっきから何だよ!?俺に何か怨みでもあるのか!?」
日向が軽くキレた。俺はそれを適当に流す。しかし、厄介だな。このオートシステム。いっそマニュアルに切り替えられないのか?レースゲームのドリフトみたいに。
さっき簡単って言ったが、前言撤回だ。これは手を灼きそうだよ。
《フレンジーボア》は勢いを止めることなく、今度は日向に向けて突進を続けた。恐らく俺が突然視界から外れたことにより奴のシステム内では俺の存在が無かったことになり、暫定的な次のターゲットとして日向が選ばれたのだろう。
「まぁ見てろよ音無。俺が手本を見せてやるからひょぉんッ!」
——いーつもひーとりーであーるいてーた——
《フレンジーボア》の突進で日向が木の葉のように吹き飛ばされた。
気のせいだろうか。今、頭の中でその光景がスローモーションでプレイバックされた気がした。しかも変なBGM付きで。
しかし、大丈夫かアイツ?ついさっき自分で一撃も有り得るとかって言ってた癖に。これで死んだとしても向こうにはNPCしか居ないからな?
「おい、大丈夫か?日向」
「あー、生きてる、ギリギリで……」
日向にフォーカスして見ると、日向のHPは4分の1程が持ってかれていた。
「日向!早く立て!」
《フレンジーボア》は日向を照準したままだ。
「分かってるさ……」
日向は痛いのを堪えるようにして立ち上がった。
「くそ、ゲームなのにそこそこ痛ぇな」
悪態をつく日向。
「日向、回復は」
「まだ問題なさそうだ」
「分かった。日向、俺が口頭で回避タイミングを告げる。それに合わせて避けろ!」
「オーケイ」
即座に日向は了解した。
《フレンジーボア》はあたかも間合いを見定めるように日向と数瞬睨み合う。日向はその間に《スラント》の構えを取った。《フレンジーボア》が地面を蹴る。
日向に肉薄する猛猪。まだだ。まだ回避の刻じゃない。ビビって逃げるなよ。恐らくだが、これはビビって逃げてしまうとドツボに嵌まってしまうタイプの敵だ。奴は基本、ギリギリで回避するか、倒すかしない限り、目標をロストすることはない。中途半端に逃げ続ければ、犬に追いかけられる子供めいて延々の鬼ごっこが続く。そして奴は人間よりも足が速い。待つは、死のみ。
《フレンジーボア》が日向と数十センチ程の距離まで接近した。
「今だ!」
同時に日向が横っ飛び回避。同時に《スラント》発動。日向はきちんと振り初めの構えの高さを《フレンジーボア》の顔の高さに合わせており、あとはシステムが日向の《スモールソード》を導き、敵モンスターを絶命に至らしめた。ポリゴンの破片が散る。
「やったな、日向」
「ありがとよ、音無」
そう言って、近づいてきた日向とグータッチ。
「さて、俺もソードスキルに慣れなきゃな」
すると再びフィールドの一角でPopの光が立った。
「お出ましだ。次はお前の番だぞ、音無」
「あいよ」
俺は敵の現れた方角を見やり、俺は一歩進み出る。アクティブMobである《フレンジーボア》がこちらを一瞥し、近づいてきた。俺は《スラント》の構えを取る。
そして、突進開始。
肉薄する猛獣を危なげなく、しかしすんでのところで回避し、構えの高さは《フレンジーボア》の顔の高さ程。水平に薙ぐという初動。それらをシステムが感知し、剣が燐光を纏う。
——《スラント》ッ!
俺の剣はシステムアシストに導かれ、敵の鼻先から入り、尻に抜けた。
両断。
突進の制動距離をある程度進んだ《フレンジーボア》はHPバーを全て削られ、0と1に還る。
「やったぜ」
俺は喜びを口にする。
「やったじゃねぇか」
傍に寄ってきた日向も俺を賞賛した。
「ありがとよ」
俺も素直に答える。
「じゃあ、これからは個々人でレベリングをすることにしようか」
「そうだな」
「あと、分かってると思うが、回復Potは危うくなったらすぐ使えよ。出し渋んなよ?」
「分かってるよ、お前こそだろ?」
「これはまだ大丈夫の範疇だ。んじゃ暗くなるまで、散開!」
俺らは各々別のポイントに散ってレベリングを始めた。
話数分けの都合上、ストーリーがぶつ切りになることがありますが、ご容赦ください。
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五話 「幕開(オール・ヘル・ブレイク・ルース)」
「うし、13体目!」
俺は数えていた撃破数を叫んだ。同時に戦闘終了画面がポップアップ。EXP(経験値)メーターが伸び、ついにゲージ満タンとなった。メーター左側のプレイヤーレベルのカウント表示が1から2へと変わる。
「どうだ、日向。俺はもうレベル2だぜ?お前はどうなんだよ」
「………………」
だんまりこくる日向。はっはっは、驚いて声も出ないか?すると、日向は口角をこれまでかと吊り上げた。
「甘いぜ、音無」
「何ッ!」
すると日向はメニュー画面を開き、俺に見せるため可視化させた。
日向のレベルは既に2となり、経験値のメーターは半分をやや超えていた。
「お前……!早過ぎるだろ……」
「効率がいいんだよ、俺はな」
俺と会話する片手間に日向は軽く《フレンジーボア》を斬り伏せる。鮮やかな手並みだ。ついさっきまで《フレンジーボア》に跳ねられて宙を舞っていたような奴とは思えない。
「ほぉら、お前もちゃっちゃっとやらねぇと俺に追いつけないくらい突き放されるぜ」
「くそぉ、今に見てろよ」
すると日向が一瞬、俺の後ろの方に視線を遣った気がした。
「というかお前はまず突き放されるより、突き飛ばされるな」
「へっ?」
直後、途轍もない衝撃とともに、揺らぐ視界、感覚の麻痺。刹那にして俺は高射砲で撃ち出された砲弾のように、宙を飛んだ。
日が傾き、空は赤いビー玉を落とした水面のように淡く朱色が広がっている。
「いつつ……」
未だに痛む腰をさする俺。この世界でもダメージは蓄積するものなのか。一過性のものだと思っていたが。それとも脳が生み出した痛覚信号であるのだから気の持ちようでもあるのだろうか。
「おーい、音無!時間だ。帰ろうぜ」
「あいよ」
俺は日向と並んで帰った。
はじまりの街の門を潜ると、視界に圏内であることを示すウィンドウが現れた。今日のレベリングの結果、俺はレベル2でExpメーターは1割程、日向はレベル2でExpメーターは七割程まで達していた。
これはある程度予期していたことではあるが、レベル2になった途端にExpメーターの上昇率が逓減してしまった。つまり、これ以降のレベリングは《フレンジーボア》狩りだけではやっていけない、ということだ。
しかし命が懸かっているゲームである以上、おいそれと未知のフィールドに足を踏み入れる訳にはいかない。
「どうするよ日向。ずっと日向狩りを続けていく訳にも行かないし」
「そうだな……って、さりげなくあのイノシシを俺呼ばわりするなッ!」
「おぉ、それは失礼した。確かにそれじゃ《フレンジーボア》が可哀想だ」
「いや、俺の方が可哀想だっつの!」
「ハイハイ」
適当に流されて黙する日向。
そんな日向が不意に空を見て独り言ちた。
「暗くなるのが随分と早いな……」
その通りだ。門に到着したころには、赤々とした日も地平線の彼方へ没し、空は墨染めのような淡い黒一色に塗られていた。
確か、SAO内では時刻はもちろん、季節も現実世界と連動しており、現実世界では今は晩秋を迎え、寒の入りが始まっている砌(みぎり)。時季的に日も短くなるが故、こちらで夜を迎えるのも早くなるのだ。
「そう言えば、まだ夜食食ってないよな?」
「そういやそうだ」
幸い、日向狩りーーもとい、フレンジーボア狩りによってある程度の金は得ていた。総額150コル。コルというのはこの世界における通貨単位だ。
俺らはそこらの適当なNPC露天商から10コル程度のパンを購入し、かぶりついた。パンはすぐに俺らの不可視変数を加算させて消滅したが、空腹感は未だ拭えかった。しかし、腹八分目ともいう。あまり満腹になりすぎてもよくない。とはいえ、やはり足りない気もするが。
「あ~飯食ったら眠くなっちまった!」
「そうだな。でもよ…………一体全体どこで寝るんだ?」
「…………あ」
沈黙の後、阿呆のような声を上げる日向。
「やっべぇよッ!寝る場所無ぇよッ!どうすんだよッ!」
一気にまくし立てる日向。
「はぁぁ……取り敢えず、近場の宿屋まで足を運んでみようぜ」
歩くこと三分。《INN》の看板を掲げた、明らかに宿屋である木造建築を見つけた。受付にいるNPCに声を掛けてみると、
『悪いね、今夜は満員だ。また別の日にしてくれや』
と、膠も無く断られた。
「仕方ねーよ。もう一軒回ってみよう」
「おう、そうだな」
で、次の宿屋。
『ごめんなさい。今は部屋が一杯なの。別の日にしてくれる?』
「どんまいだ日向、次だな」
「オーケイ」
『残念~!今日は満員御礼!まったきってね~!』
「日向、次行こう」
「……うん」
『あんら~ごめんなすぁい♪今日は可愛い坊やで一杯なのぉ~。あら、アナタ。なかなかイケる顔してるじゃな~い!どう?アタシの個人的な私、室、な、ら……♪』
「日向、次だ即次。倫理的にも、お前の精神的にも」
「………………」
直後の日向の虹彩からは光が失せ、人間らしい感情の一切を、一時的に喪失していた。
時刻は午後11時を回った。そろそろ本格的に寝床を見つけねばヤバい。
「で、本当にどうするんだ、日向」
「俺にいい考えがある」
日向はやっといつもの調子にまで回復していた。
「ほぉ、ならば聞こうか。そのいい考えを」
「ZA☆KO☆NE」
ごめん全然回復できてなかった。
「馬鹿言え。何で俺達が雑魚寝なんてしなきゃいけないんだ」
「だが、宿屋がどこも入れない以上、そうするほかないんじゃあないのか?まさか夜が明けるまでそこらをぶらつくという訳にもいかないしよぉ」
ぐぬぬ……実際、その通りである。
「だがよ、本当にそこらで寝ちまうのは安全上どうなんだよ。アンチクリミナルコードがあるから被ダメージは無いとしても、もしかしたらもう既に窃盗スキルを身につけてる奴らもいるやもしれないし」
窃盗スキルというのは数あるスキルの内の一つである。プレイヤーはスキルスロットに自分好みのスキルを三つまで登録でき、プレイヤー同様にスキルにも経験値を貯めることが可能であり、この経験値は熟練度と呼ばれる。因みに俺が今、登録しているスキルは片手剣、索敵、料理。日向は片手剣、投剣、隠蔽。日向の方が若干戦闘に特化している。
そして、《窃盗》と呼ばれるスキルは本来Mobを対象としてアイテムをランダムに奪うというスキルなのだが、このスキル、対象がプレイヤーでも構わないのだ。プレイヤー相手の場合、ランダムにそのストレージからアイテムを抜き取れるのだ。但し、窃盗できるアイテムのレア度上限はスキル熟練度に比例する。
低熟練度で高位のレアアイテムを盗むことはできないが、現時点でのアイテムレア度の場合、武器・アイテムに関わらず俺らのストレージの中身は殆ど抜き去れるだろう。
しかしプレイヤーを対象とした窃盗の場合、覚醒していて意識のあるプレイヤーからの窃盗の成功率は極端に低く、かといって寝込みを襲おうにも大抵のプレイヤーは宿屋に鍵を掛けて籠もってしまっているので、プレイヤー相手に《窃盗》をする輩は皆無に近い。
路上で無防備に眠りこくような阿呆がいなければ、だが。
「それに関しては問題無いぜ」
日向が口を開いた。
「二人の内、一人が寝て、もう一人が起き、ローテーションで番をさせよう」
「それは確かに正論だが……」
なんというか、地ベタで雑魚寝とか、その、生理的に無理というか……
「何を言うんだ、音無!」
日向が急に叫んだ。
「なんだよ日向、急に叫びやがって」
日向は両の腕を大きく振って熱弁を奮い始めた。
「いいか、音無。この世に凡そ人類と呼べる存在が誕生した時、原初の人間達に上等な家屋などあったか!いや断じて無い!彼らは己達を排除しようとせん天敵に脅えながらも大地に臥し、淘汰に勝ち抜いて来たのだ!さぁ音無、思い出せ。原始の魂を!そして、いざ雑魚寝をせん!」
日向の熱弁を、俺は水も凍結するような冷たい眼差しで見ていた。
「いや、あくまで俺達はホモ=サピエンス=サピエンスなのだから原始人がどうとかって正直関係ないと思うのだが」
「誰がホモだッ!」
「言ったけど言ってねぇよッ!」
日向が理不尽にキレて、俺も矛盾した返しで応じた。結局のところ話題が徐々に脱線してしまう俺達であった。
最終的に、見張り番と雑魚寝を交代制で行うということで俺が妥協し、今日のところは就寝と相成った。
最初の見張り番は日向、俺は雑魚寝。俺が二時間寝て交代。次の見張り番が俺、日向が雑魚寝。また二時間で交代し、これをもう一セット行った。
そして、アインクラッド二日目の夜が明ける。
今年最後の投稿となります。
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六話 「対処的適応(マージ)」
2022年4月8日午前7時14分。
アインクラッド第一層始まりの街。
俺は眠っていた日向を起こす。日向は目を擦って微睡んでいた様子だったが、大きな欠伸を一つすると、すぐに覚醒し起き上がった。この仮想世界において寝ボケだとか眠気を引き摺るとかいった感覚はあるのだろうか?少なくとも俺はそういった感覚は無かったが。
「ふンッ~~~~!ふぅ……おぉ、音無。おはよう」
「ああ、おはよう。よく眠れたか」
「んー。正直寝たり起こされたりで身体が怠い」
確かに、人間はレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すといやでも睡眠状態が不安定になってしまう。これが俗に金縛りの原因とも云われる所以なのだが。
「まぁ、この生活も最初で最後だ。今日は早いうちに宿をとっておこう」
「そうだな」
俺らは昨夜と同じ露天商からパンを買うと、その場で食し、他プレイヤーが引いた隙を見計らって予め押さえていた廉価な宿屋に向かった。残念ながらチェックインは午後五時からで、予約は出来ないそうだ。
「仕方ねぇな。じゃあ五時になったらどっちかが引き返してチェックインを済ませるってことで」
「了解」
西フィールドへ続く門までを歩いていると、NPCの出店の前で大勢のプレイヤーが長蛇の列を成していた。
「何だありゃ」
日向が口にする。
「俺が見てくるよ」
言って俺は並んでいるプレイヤーの内でも当たり障りの無さそうなプレイヤーを捕まえて声を掛けた。
「この列は何なんですか?」
「あぁこれか?何かプレイヤーが有志で攻略情報を出版にしてNPCに委託販売させてるらしいんだ」
成程、日向の見立てに間違いはなく、この世界ではプレイヤーが出版物を出すことが出来、NPCに委託販売させることも可能なようだ。
「ありがとう」
そう言って俺は日向の下に戻ると、先程聞いた旨を話した。
「そうか。で、どうする。買っていくか?」
「いんや、やめとくわ。流石にあの列に並ぶのはきついぜ」
「オーケイ。じゃあ先を急ぐか」
俺らは門を抜け、再び西フィールドへと向かった。
今日もはじまりの街周辺では沢山のプレイヤーによる狩り場の奪い合いが行われていた。
これは今朝知ったばかりなのだが、はじまりの街周辺と西フィールドではPopするモンスターが違うようだ。西フィールドが《フレンジーボア》なのに対し、はじまりの街周辺では《フレンジーボア》の下位互換である《ワイルドボア》というものが出現するらしい。《ワイルドボア》は有り体に言えば、《フレンジーボア》から突進を引いたものであり、その分、獲得経験値も下がる。
西フィールドに着くと、昨日は人が数える程しか居なかったが、今日は数百人単位で犇めいていた。聞くに定石としては、はじまりの街周辺の《ワイルドボア》でレベルを2まで上げてから西フィールドの《フレンジーボア》狩りをするそうだ。ソースは先の攻略本らしい。
しかし、前述の通り《ワイルドボア》では獲得経験値が低く、ここに居る、二日目から《フレンジーボア》狩りを始めたプレイヤー徹夜で《ワイルドボア》狩りをしてレベルをようやっと2まで上げたらしい。俺が初っ端から《フレンジーボア》を狩っていたと聞くと、「君はβテスターか」と聞かれたので否定すると驚かれた。
今日のところ狩り場を巡った小競り合いなどは起きなかったものの明日からは更にプレイヤーが増え、諍いの発生する蓋然性は高まるだろう。
日も暮れて、俺達ははじまりの街まで帰還した。一日中レベリングをした結果、俺も日向もレベルが3まで上昇し、俺の経験値メーターは七割、日向の経験値メーターは八割まで溜まり、明日中にはレベル4まで到達可能だろうが、恐らくレベル4以降は経験値メーターの上昇も止まり、西フィールドでレベルを上げることは困難だろう。別の狩り場を探さなくては。
午後八時。今日は昨日の三倍近いコルを入手していたため少し弾んだ夜食をし、余った金でスモールソードよりもスペックの高い《メタフォージドソード(Meta forged sword)》(直訳:高位の鍛造を施した剣)と《ライトアーマー》を二人とも購入し、途中で日向に抜けてもらい、チェックインをしていた宿屋に着いた。
正直夜になってもやることなどないので、明日は朝一でレベリングをしようと決め(Mob凶暴化の解除は午前五時)、迷わず就寝した。
寝る前に少しだが、こんな会話をした。
「お前、料理するのか?」
「いや特に……どうして急にそんなことを?」
「いや、確かお前料理スキル取ってたよな。どうせ使わないんなら別のにしろよ。無用の臓物だぜ?」
「確かに、一理あるな。あと《無用の長物》な」
「し、知ってたし!」
起床は午前五時。絶好のタイミングでの起床だった。俺は涎を垂らして眠っている日向を叩き起し、ライトアーマーを装着し、宿を後にした。この宿、不便なことに何泊というのを指定できず、毎回毎回入室の手続きをせねばならないのだ。昨日は日向に行ってもらったので今日は俺が行ってやろうと思う。
ゲーマーはなかなか朝に弱い。故に早朝の始まりの街は人通りが少ない。この機会だと思い、俺は昨日のNPCの出店に寄り、攻略本を購入した。購入したというより貰った、だ。何せ攻略本はタダだったのだから。
攻略本には第一層でのレべリングの方法やフィールドボス、階層ボスの情報が事細かに記されていた。著者欄には《Argo》――アルゴと記名されていた。個人出版でこの情報量とは……。これが一般プレイヤーの為せる業とは思えない。間違いなくβテスターだろう。このデスゲームにおいて、情報は命の次に高い価値を持つ。そんな貴重なものをこんな大勢にそれも無料で配布するとは。かなり懐の深い奴である。
朝食を購入し、その場で食した俺達は他には目も呉れず、西フィールドへ向かった。しばらくレべリングを行っていると、小気味のいいSEと共に日向と俺のレベルが上昇し、レベル4となった。
午前11時を回ると、プレイヤーが増え始め、正午にはモンスターの獲り合いが始まった。圏外で争いに巻き込まれたら堪ったもんじゃないと思い、俺らはすごすごと西フィールドを辞した。
始まりの街からはもう一つ、トールバーナへ続く道がある。ただこの街でレべリングを行うには、第一層迷宮区のある森フィールドは第一層にしてはそこそこレベルが高めのモンスターが配置されており、マージンはレベル3となかなかに高い。
おそらく俺や日向のようにレベル4まで達しているプレイヤーはほんの一握りだろうし、レベル3に達しているプレイヤーもSAOの総プレイヤー数から比べると微々たる数だろう。
「音無、トールバーナに行かないか?」
日向がそう提案してきた。レベルマージンも心配は無さそうだし、俺は一も二もなく了解した。
トールバーナに着いた。
南ヨーロッパ風の街並みが広がっており、具体的な地名を挙げるならプロヴァンスに似ている。ゲームデザイナーによる意匠を凝らしたアンティークデザインに目を奪われた。プレイヤーに聞き込みをしたが、トールバーナにいるプレイヤー数は数百人程度だが、その中でも森フィールドのレベルマージンを取れているのは殆ど居らず、レべリングをしようにもマージンを取れていないプレイヤーにとってはモンスターを倒すことすらできず、集団で囲んでもやっと、と言ったところらしい。
攻略本で調べたところ、この森フィールドにPopする主なモンスターは《ダイアーウルフ》。名前の通り、オオカミがモデルの赤毛のモンスターだ。
「おっほー!こいつ赤い髪してんな。そんならこいつのことは音無と呼ぼ――グバホッ!」
「もう一度言ってみろ。無麻酔でお前の口を極太丸針と10号縫合糸を使って縫い合わせてやる」
「なんかよく分からないけどすいませんっしたッ!」
無言の腹パンの後、恫喝。
流石、元野球部。挨拶と謝罪だけは良い声出しやがる。そういえば、日向は今でも野球をやってるのだろうか。その旨を聞いてみると、
「あぁ……学校の部活とかには参加してなかったが、近所の草野球チームで楽しくやってるよ」
と答えた。
成程、日向にはそれがいいかも知れん。日向の未練とはセカンドフライを取れなかったことであり、その弱みに付け込まれて薬物乱用を犯してしまった。
そのそもそもの原因は甲子園優勝という心の重圧にあった。近所の草野球チームみたいな緩いスタンスでやってる所ではまずそんな心配は無いだろう。それに、アイツに上下関係とか似合わないし。
話が逸れたな。森フィールドの出現モンスターまでは話したんだったか。では次だ。
森フィールドを迷宮区に向かうルートから逸れ、東へ向かうと洞穴がある。そこはフィールドボスダンジョンであり、フィールドボスの《マザーウルフ》が待ち構えており、レベル2,3程もあれば余裕で倒せる――筈だったのだが、
平均レベル2の四人パーティーが討伐に向かったところ、情報とは全く違うモンスターが出現して、犠牲者は出なかったもののあえなく潰走する羽目になったという。しかも伝聞情報では、フィールドボスには強力な取り巻きが一体付いているという。攻略本の情報では《マザーウルフ》一体のみとしか記されていない。フィールドボス討伐のクエストは広場の掲示板で受注できるらしい。俺達は直ちに広場へ急行した。
トールバーナからは《クエスト》と呼ばれる――まぁ、説明しなくでも分かるだろうが、そういうものが受けられるようになる。掲示板には幾つかのクエストが並んでいたが、難易度の高い順でソート検索すると、当のクエストがトップに表示された。
クエスト名は、《森に潜む刺客》。如何にもそれらしい名前である。
「どうする日向。行くか?」
「そうだな、まだ午後一時だし、偵察がてらちょろっと行きますか。正直、さっきの情報じゃ不確的要素が多いし」
「百聞は一見に如かず、だな」
「そうそう、ツーシーム、ツーブリーフって奴?」
「お前……"To see is to believe"って言いたいのか?」
なんで球種と二つのブリーフが出てくるんだよ。
くだらない会話をしながら俺たちは森フィールドを進んだ。
亀の兆候が見え隠れし始めた……。
こんな感じで音無・日向の平凡な攻略を書いてくつもりです。
過度な期待はしないでください。
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七話 「剣闘士(グラディエイター)」
ストック増えじ
森フィールドを歩いていると、《ダイアーウルフ》とエンカウントした。
まずはアルゴリズムを確かめるため、俺が囮になる。結果、攻撃パターンは今のところ飛びついての噛みつき攻撃と判明した。そうなれば、処理は簡単である。ある程度のレベルと初期装備より上位の武装さえあれば造作もなかった。
戦闘終了。
「うぉぉ…経験値上昇がすげぇ」
俺も自分のウィンドウを見てみる。
「確かに…こりゃ、レベル1の時ぐらいはあるぞ」
《ダイアーウルフ》の獲得経験値は《フレンジーボア》の三倍以上はあった。
俺達は道中で五体の《ダイアーウルフ》とエンカウントし、三体を俺、二体を日向が討伐。経験値メーターはレベル4にも関わらず、両者五割を切っていた。
「この調子だと案外楽にレベル5まで行けそうだな」
「ああ」
そして、件の洞穴に到着した。
「日向、回復potは持ったか?」
「あぁ、20はあるぜ」
「ふむ……多少心もとない気はするが、いざとなれば逃げればいいか」
「じゃあ、行くぜ?」
「おう」
俺達を呑み込まんとする大穴の奥で、未知の恐怖がこちらを覗いていた。
洞穴の中では前後以外の全ての空間が閉鎖されているため僅かな足音でさえ増幅され反響する。ふと隣を見ると、日向が肩を震わせていた。
「どうした?ビビったか」
「いや、寒い」
言われて気づく。確かにここは寒い。森の中は涼しいと言えたが、ここはただただ寒い。見れば俺の産毛も逆立っていた。
「しかし、音無。この先、本当に大丈夫なのか?」
「と、言うと?」
「確か、この森フィールドは罠モンスターが出現するって話だ。俺達が進んでいるこの一本道も、正規ルートと見せかけて実は罠だったり」
「そうか……」
日向の言う通り、ここは慎重に行かざるを得ない。ここは既に圏外。俺達を護るアンチクリミナルコードは無いのだ。
「じゃあ、こうしよう。日向、行け。俺はここで待機してる」
「んで?それでどうするんだ」
俺は日向の肩に優しく手を置く。
「日向……炭坑の金糸雀(カナリア)って知ってるか?」
「音無てめぇ、さらっと俺を人身御供にする宣言してんじゃねぇッ!」
「おいおい、冗談だよ。ここまで来たなら死なば諸共だ」
「いや、それも十分嫌なんだが」
軽口を叩きつつ、俺達は洞穴の奥へと進んだ。
進んだ先で、岐路に突き当たった。左右二股の分かれ道である。
「どうする音無。一人一人で分かれるか、それとも二人で一つずつ試すか」
「いやこれ、絶対どちらか一つ罠だろう。待て、俺に良い方法がある」
俺は屈むと、そこら辺に落ちていた石くれの内、適当な大きさの物を手に取る。
それを俺は左の道へ投げた。出来るだけ力一杯に。投擲された石は洞窟の闇に消えていき、地面で跳ね返る度に反響を残した。洞穴の奥の奥で石の跳ねる音は反射を続け、長い残響を生んだ。
続いて右だ。同じ様に右の道へ石を投擲すると、途中までは反響を確認できたが、暫くするとカラカラと頼りない音を立て、残響は消えた。
「よし、間違いない。日向!正しい道はひだ――」
ガシャァァ――――ァァン!……
甲高い轟音が響いた。右の道からだと分かった。何か重量のある金属製の物体が地面に落ちたような音だった。
さて、まかり間違って俺達が右の道を進んでいれば、果たしてどうなっていたか。
「――な、なぁ?日向。わざわざ行かない方が良かっただろう?」
「そ、そうだな……あぁぁ、キンタマが縮み上がるかと思った」
恐懼に冷や汗が垂れる俺達。
「さ、さあ、行こうか。日向」
「お、おう」
気温とはまた別種の空寒さを覚えながら、俺達は左の分岐路を先へ進んだ。
洞穴の最奥部を目指す最中、日向がこんな提案をして来た。
「音無。パーティー登録しないか?」
「何だ、フレンドの次はパーティーか。とことん他人と関係を持っておかなきゃ不安なのか?」
「違ぇよ、これにもちゃんとメリットはあるんだ」
「ほぅ、言ってみろよ」
「簡単に言うと、複数人でパーティー登録した場合、ボス級モンスターを討伐した際の獲得経験値・コルがパーティー内で分配されるんだ。まぁ、LAボーナスとかは倒した奴の所有物になるがな」
成程な。
「ということはつまりアレか?例えパーティーの中にサボタージュを働いていた奴がいたとしても、討伐に大きく貢献した奴がいたとしても、容赦なく利益は均等分配される、と。何だか社会主義的っていうか、マルクス主義的っていうか、旧ソ連の集団農業を彷彿とさせるな」
「………………」
核心を突かれ、黙する日向。
「いやでもさ、音無――」
「いいぞ、別に」
「――へ?」
「それは逆に言えば、俺がサボってもいいってことだろ?」
俺はニヤリと笑った。
「てめぇサボったらぶっ飛ばすからな!」
日向も何だかんだ嬉しそうにパーティー登録を行った。
洞穴を更に奥へ進んだ結果、開けた空間に行き着いた。間違いない此処がフィールドボスの部屋だ。
「音無。この先にフィールドボスが居るんだよな……?」
「まぁ、そうなるだろうな」
「どうしよう。俺ボス級となんて戦ったことねぇよ」
「それは俺もだ。何だ?日向、怖じ気付いたか?今なら引き返すことも出来るが」
「ば、ばっきゃろぉい!そんなぐずぐずしてたら他のプレイヤーにボス奪られちまうだろうが!」
「じゃあ行くぞ、マージンは取れてるし。いざとなったら逃げれるだろ」
「あ、待ってぇ、音無ィ!」
ここまで来て往生際悪く愚図る日向を捨て置き、俺はボス部屋の空間に一歩、足を踏み入れた。
ボッ、と左右の壁に対称に設置された松明に、手前から奥へ向かって火が灯る。その松明の仄明かりが照らし出したのはフィールドボスの姿。それは、獣人。しかし実際は獣人ではなく、地の妖精であり、RPGでは俗に《コボルト》と呼ばれる種族だ。
部屋の最奥に鎮座するコボルト。重厚な鉄製の兜、チェストプレート、籠手、レギンス、ブーツと必要最低限の防具で固められたその肉体は筋骨隆々。左手にバックラー、腰の鞘に無骨な大剣を装備したそのコボルトはまさしく――剣闘士。
俺はその剣闘士に視線をフォーカスした。予想通りというか、表示されたモンスター名も《Tough The Kobold Gladiator》――《タフ・ザ・コボルトグラディエイター》(直訳:不屈の地精剣闘士)。
《コボルトグラディエイター》が大きく吼え、大気が振動する。それに追従するかのように側に仕えていたコボルトも咆哮する。俺は素早く其方に視線を遣り、モンスター名を確認する。
《loyal kobold right-hand》――《ロイアル・コボルト・ライトハンド》(直訳:忠臣なる地精の懐刀)。
《グラディエイター》と類似した防具装備を帯びているが、その剣はグラディエイターのそれより小振りだ。
両者、空気を震わせる摩擦音ともにその巨剣を鞘から抜き去る。松明の炎が淀みない刀身の中で揺れる。《グラディエイター》はその場に屹立し、《ライトハンド》は俺達に歩み寄る。
「日向、来るぞ」
「ああ……」
俺達が厳かに遣り取りを済ませると同時、コボルト達の頭上にHPバーが出現した。
書いた時点でもう少し文量はありましたが、戦闘前で切ります。ただでさえ無味乾燥な物語に牛の歩みの如し更新速度、いちいち細かく話を割ってる狡猾さに加えて、読者に前の話を読み返させる暇を負わせては何となく罪の意識に押し潰されそうで……次回は恐らく長いでしょう。できるだけ前後編の最低限の分割で行きたい、と。
行きたい(願望)
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八話 「助命無し(シネ・ミッスス)」
前編。
《タフ・ザ・コボルトグラディエイター》は三段、《ロイアル・コボルト・ライトハンド》は二段。しかし、そこらのMobと違ってバー段数が多い。
振り下ろしは大上段に構えている間、照準を行っているらしく、ギリギリまで引き付け、初動と「日向、これまさか両方とも同時に攻めてくるとか無いよな!?そしたら、詰むぞ!」
「流石に無いと信じたいが、俺が思うに最初は《ライトハンド》がアクティブで攻撃してきて、《ライトハンド》を倒せば《グラディエイター》が攻撃を始めるとかそんなところだと思うぞ!」
「そうであることを望むぜ!」
果たして日向の予測は的中し、攻撃をしてきたのは《ライトハンド》。《グラディエイター》は微動だにしなかった。《ライトハンド》の攻撃パターンは今の所、大剣の大上段からの振り下ろしと水平薙ぎの二つのみ。ダメージ量は不明。一撃死亡は無いと思われるが、積極的に受けたいものではない。
振り下ろしは大上段に構えている間、照準を行っているらしく、ギリギリまで引き付け、初動と同時に回避すれば何ら問題はない。
続いて水平薙ぎは一度射程に入れられるとそこから逃れるのは困難だが、しゃがむことで回避は可能だ。攻撃パターンとその対処法さえ分かれば兀々と削ることができる。
「日向、振り下ろし来るぞ!」
「了解!」
攻撃線上に入った日向は《ライトハンド》の動きに合わせ、難無くその攻撃を躱す。《ライトハンド》は地に大剣を叩き付けたまま動きを止めた。技後硬直だ。そのディレイを利用し、俺らは《ライトハンド》に左右から肉迫。振りかぶった《メタフォージドソード》で俺は右脚、日向は左脚を削ぐ。
そして、俺はその動作から流河の如き繋ぎでソードスキル《バーチカルアーク》を発動。一の太刀が《ライトハンド》の膝裏を切り裂き、返す刀の二の太刀がその巨体の後背に刀傷を刻む。まるで佐々木小次郎の巌流・燕返しである。しかし俺も例外ではなく技後硬直が発動し、その場に磔にされる。時を待たず《ライトハンド》の硬直が解除。このままでは恰好の的である。
だが問題はない。そのための日向だ。
硬直の縛りにない日向は、《ライトハンド》の背後から疾風の如く硬直状態の俺を小脇に抱えて回収し、即座に繰り出された横薙ぎの大太刀を屈んで回避する。そして俺の硬直も解け、着地。これまでの攻防で3割ほどのHPバーを削れた。依然、《グラディエイター》は手を出してこない。このままなら押し切れる!
「日向!もう一度脚だ、切り崩すぞ!」
「アイ・アイ・サー!」
今のアタックでヘイトを集めたのは俺だ。俺が引きつけ役となり、振り下ろされる剣を躱す。転瞬、技後硬直を見計らい、一気に接近。脚部に攻撃を叩き込む。そして俺が幾度目かのV字斬撃《バーチカルアーク》を浴びせた時――
どてん、と糸を切り離されたマリオネットの如く、《ライトハンド》がうつ伏せに倒れた。
「しめた!《転倒》だ、日向!」
「分かってんよ!」
《転倒》――それは、有脚且つその脚で自重を支えているモンスターに対し有効な攻撃手段である。
脚部に重点的にダメージを与えると、ある一定の被ダメージ量を超過した瞬間、そのモンスターは《転倒》と判定される。《転倒》と判定されたモンスターはその場に倒れ伏し、一切の攻撃・抵抗・回避を封じられ、プレイヤーにとっては好機となる。
俺と日向は《ライトハンド》に詰め寄り、《スラント》、《バーチカル》、《バーチカルアーク》。覚えたてのソードスキルを一斉に浴びせる。特に日向の勢いが凄まじかった。ソードスキルを連発しているにも関わらず、ほとんど硬直がなく、あたかもソードスキル同士を間隙なく繋ぎ合せているようだった。
《ライトハンド》のHPバーはみるみる減少していき、ついに全体の半分を切った。
と、同時。脊髄を魔女の舌で直接舐め上げられたような、おぞましい程の悪寒が走った。その悪寒の根源は――《グラディエイター》。
俺がふと其方を見遣ると、今まで暗色を溜めていた《グラディエイター》の双眸が、紅晶石のように煌々と紅蓮に燃えていた。
予感が、確信へと転じた。
「日向ァッ!」
不味い。今の転倒時の攻撃によって一番ヘイトを集めたのは、日向だ。
須臾(しゅゆ)――それは10^-15(1000兆分の1)であることを示す漢字文化圏における数の単位である。古代中国の《算学啓蒙》などの書物に使われた単語だが、日常生活では基本使われない数字だ。
しかし俺は、その須臾を垣間見た。と、いうよりその結果を垣間見た。余りに一瞬、いや一須臾のこと過ぎて俺の視界が断片的に捉えた光景しか語ることはできないが。まず、《グラディエイター》の大剣が鞘走った。いや、そのように見えたのだ。悪く言えば、結果だけを見て過程を推測した、とも言える。
直後、剣撃の波濤が放たれた。一直線上に走った剣波――定向性を持った斬撃衝撃波の線が飛来し、日向を襲った。
剣波は肉眼で視認することが出来た。動きも追うことができる。しかし、見てからでは遅かった。
《グラディエイター》の放った斬撃は転倒中の《ライトハンド》を器用に避け、傍らに居た日向を回避の暇すら与えず、吹き飛ばした。
――抜刀術ッ!
または居合術とも呼ばれるそれは、納刀した状態の刀を鞘から抜き放つ際の動作で攻撃を加えるものである。
一般的に、その剣筋を捉えることは難しく、まさしく残されるのは斬られた結果のみである。
「日向ァッ!」
俺は《ライトハンド》を捨て置き、後方10メートル近く飛翔した日向に駆け寄った。
残HPを見る暇も惜しく、手持ちの回復ポーションをぶっかけた。
「日向!」
必死に呼びかけると、
「お……おう、大丈夫だ」
ややあって応えを得られた。良かった、無事だ。俺は動作には見せないが、内心、安堵に胸を撫で下ろす。
見れば、日向のHPバー減少は四割で止まっており、そこから徐々にHPは回復を始めた。本当に助かった。
「しっかし、たまげたなぁ……マージンを取れていたとはいえ、ここまで一度にHPを削られるたぁ……」
「日向、駄弁っている場合じゃない。《ライトハンド》が起きるぞ」
そう俺が窘めると同時、《ライトハンド》の巨躯がむっくりと起き上がった。
「日向、どうやらあの《グラディエイター》は腹心たる《ライトハンド》のHP減少に伴い、さっきのような横槍を入れてくるみたいだ。サインは奴の眼が赤く光ったとき、一度攻撃動作を許せば回避はほぼ不可能だ」
「オーケイ、理解した」
日向と最低限の事務的会話を済ませると、言葉無しに《ライトハンド》を左右から攻撃する。振り下ろされる大太刀を舞うように躱し、大腿に《バーチカル》を叩き込む。ちらと《ライトハンド》の顔を覗き込むと、奴は日向の方を凝視していた。タゲ取り、って奴か?よく分からん。
しかし、好機とばかりに硬直が解けた俺は再度《バーチカル》を浴びせる。日向も流れる動作で《バーチカル》から《バーチカルアーク》を決めていた。
うん?アイツ、《バーチカル》の後に硬直がなかった気がするが……?システムバグだろうか。
そして、《ライトハンド》のHPバーが四割を切り、《グラディエイター》の双眸が赤く燃えた。
「日向、来るぞ!」
「あいよ、分かってんよ!」
ターゲットはまたもや日向。しかし、日向は飄々と答える。今度は問題なさそうだ。
《ライトハンド》も攻撃線上にあったため身を翻し、日向も、いつまで照準が続くか分からないのでとりあえず左右に大きく逃げる。おいおい!俺に重なってくるなよ!
そして、神速の抜刀術が放たれる。
怒涛の剣波は、奴の瞳が赤く光った時点で日向の立っていた地点を通過していった。成程、照準はあの時点で終了なのか。それさえ分かれば後は作業だ。
先の工程を繰り返し、着実に《ライトハンド》のHPを削る。残りHPが一割を切ったとき、《ライトハンド》は剣と盾を捨て、徒手で突進・打撃攻撃を始め、捨て身の特攻をかましてきたものの、生憎その手には慣れているので冷静に対応ができた。
「LAは俺が取るぞ、いいな!」
「いいぜ」
俺は《ライトハンド》の正面から斬り込み、その正中線に沿って大きな斬撃を刻みつけた。
パリィン……とガラスの砕けるような音と共に《ライトハンド》がポリゴンの破片となって消滅した。
「はぁ……」
本当なら一息ついて、ぐでぇとしたいところだが、そうも行かない。敵はあと一体残っている。
直後、地震かと思うほどの震動が起こった。それも断続的に。
「おわぁあ!」
「何だ何だ……!」
日向と俺も驚愕と戦慄に声を上げる。
その正体はすぐに分かった。《タフ・ザ・コボルトグラディエイター》が俺達に歩み寄っている。つまりこの振動は奴の歩行の際の着地衝撃だ。
「スケールがデカすぎんだろ……!」
日向が思わず戦慄く。
素早く《グラディエイター》が動いた。豪速の突撃と共に鞘から刀身が奔る。
「また抜刀術か!」
疾走と抜刀の膨大な運動エネルギーを受け、大剣の振り払われる速度は魔速へと昇華する。一瞬にして眼前までの接近を許し、巨剣は下段から上段へ、空気を圧し斬るが如く薙がれた。
「狙いはお前だッ!」
日向が叫ぶ。しかし、錯愕の剣速は回避に能わず、俺は咄嗟に両手で握りしめた《メタフォージドソード》で受ける。
一瞬、両者のパワーが拮抗したかに思えたが、刹那の幻想だった。《グラディエイター》の怪物じみた――というか文字通り怪物の馬力で、俺はそのまま弾き飛ばされ、背中から壁にたたきつけられる。HPが数ドット減った。
先程の抜刀はソードスキルだったのか、《グラディエイター》は剣を振り抜いたまま技後硬直を受けていた。俺が攻撃を受けている間にも日向は抜け目なく奴に近づいており、硬直の隙を狙ってソードスキルをありったけ叩き込んでいた。俺は……この距離なら行っても間に合わないか。出来ればこのまま距離をとって敵の出方を見る。
敵の硬直が解け、日向もバックステップで距離をとる。既に敵のHPは5%ほど削られている。図体の割に防御力が低いのか。これなら単純計算で、一回の攻防当たり二人合わせて全体の一割削れる計算だ。
《グラディエイター》も居合で踏み込んだ分、後ろ退りで間合いを確保する。次いで己の剣を身体の真正面に立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構えた。これは、剣道や薙刀で言うところの八相の構えか?一体、何が飛び出す……?
すると《グラディエイター》は驀進をしつつ、大剣を一薙ぎ、二薙ぎと振るいながら、短めの斬撃を幾つも繰り出した。奴の走行ルート上には腑の悪いことに俺と日向両方とも居る。理解したぞ、巨体を活かした踏みつけをしながら、中距離攻撃に剣で斬りつけるという目論見か。
「日向!すぐに攻撃線から外れろ!」
言うまでもなく、既に日向は安全圏へ避難済み。ある程度、距離をとっていたため楽ではあった。俺も言わずもがなだ。既に攻撃対象は目前に居ないのにも関わらず、哀れAIの傀儡となって猛進を続ける《グラディエイター》は正面の壁に勢いを減殺出来ずに激突し、動きを暫時止めた。
チャンス――!幸い壁まで吹っ飛ばされていたため奴に一番近いのは俺。奴の脚に連続の剣撃と締めにお馴染みの《バーチカルアーク》を叩き込む。遅れて日向が来たが、敵に通常斬撃を二、三回与えるだけで《グラディエイター》は直ぐに再起した。
「音無」
「ああ」
日向は笑いながら言う。
「奴さん、相当間抜けみたいだぜ」
お前が言うな、というツッコミはそっと胸の中に仕舞った。
戦闘描写の難しさ……
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九話「試合終了(バトル・イズ・オーヴァー)」
ルーチンワークめいた攻防がこれまた続いたが、HPが半分を切った当たりで敵が未知のソードスキルを繰り出してきた。《グラディエイター》が大きく後方に跳躍する。俺と日向も今までに無かった行動パターンなので、何かと身構える。すると《グラディエイター》は刀身は地に水平、剣先を正面に、剣を携えた腕を大きく引き、突きの構えをとった。
刹那――剛腕から放たれる豪速の突き技。同時に槍の如く穿たれる空気の塊。
――直撃はマズイッ!
俺も日向も意識することなく本能的に横っ飛びで回避する。暴風の魔槍がギリギリのところを掠めた。
しかし、
「どわぁぁ――ッ!」
飛翔する突きから撒き散らされる気流は、周囲の大気をも薙ぎ払った。それも攻撃をギリギリで回避した俺のみならず、余裕を持って避けていた日向ですら抗う術なく木枯らしのように宙を舞った。
直後、背中に衝撃。
「カハ……ッ」
肺の空気を全て吐き出させられ、意識がぐわんと揺れる。ところが、突風は止まない。どころか尚も威力を増す。前は荒れ狂う突風、後ろは壁に挟まれ、ぺちゃんこに押しつぶされる。想像以上のダメージだ。HPバーがみるみる減少する。
おまけに呼吸ができない。ただでさえ肺に空気が無いってのに、供給すら許されない。苦しい。
この世界に窒息死はあるのだろうか――
そんな思考が脳裏をよぎった時、ようやく風が止んだ。直ちにHPバーを確認した。3割ほど減少している。
あれは――超広範囲攻撃。
そして、傍に居ただけでこの被ダメージ。もし、あの突き攻撃をまともに受けていたらどうなっていたのだろう……想像するだに恐ろしかった。あの突き、というよりそれによって二次的に引き起こされる突風から免れる方法は今のところ匍匐になるぐらいしか思いつかない。今の技、一体どのくらいの頻度で放ってくるのだろう。
幸い、先の技が再び発動することはなかった。HPの半減をトリガーに発動するものだったらしい。しかし、戦闘も後半戦に突入し、敵の攻撃も苛烈化した。剣を両手で持ったまま、独楽のように回転し、部屋内を動き回ったり、抜刀術に二の太刀が増えたりしたが、冷静になれば対処できないものではなかった。
そして、《グラディエイター》のHPバーが一割を切る。
《グラディエイター》が全ての装甲を外した。残ったのは股間部を覆う布地のみ。
「なんだあれ……剣闘士としてのアイデンティティを失ってないか?」
「しらね」
疲れが来てたのか、俺は思考を放棄した。
あらゆる防具を脱ぎ去り、すっぽんぽんになった《グラディエイター》は、パルテノン神殿の柱並の太さを持つその脚で地を蹴ると、目にも留らぬ速度で駆けた。
「な……」
「はや――――ガハッ」
声を漏らすことも許されず、不可視の衝撃をどてっ腹で受ける俺。《グラディエイター》のアッパーを喰らったのだ。意識を置いてきたかのような速度で高く、高く吹き飛ぶ身体。知覚が速度に追いついていない。そしてまたもや壁に叩きつけられる。
「日向躱せェェッ!」
地上で日向が割れんばかりの声量で叫んだ。
目の前には拳を振りかぶり、追撃をかける《グラディエイター》の姿。俺は壁の跳ねっ返りを食らい、またしても宙に投げ出される。空中では回避不可能。マズった……転々とする戦闘展開に追い付くのに必死で回復を疎かにしていた。
既に俺のHPは四割を切っていた。奴の攻撃力は破格だ。今からアイテムストレージを開き、オブジェクト化し、自身に使用するまでどのくらいの時間を要するだろうか。恐らく間に合わない。その前に、壁に止まった蚊を叩き殺すように奴は俺を殴りつぶすだろう。
俺の脳裏に死の一文字がよぎる――
いや、何を諦めているんだ俺は。馬鹿じゃないのか。一刻も早く現実世界に帰りたいから俺はここに居たんじゃあないか。こんな所で諦めて何となる。両親にも、学友にももう一度会いたいし、迷惑をかけたことを謝罪したい。何よりリアルの日向と会って死後の世界ぶりに馬鹿をやりたい。
考えろ、俺。この危機的状況を脱する方法を――!その時、俺の脳裏に電流が迸った。これしかない。
俺は咄嗟に壁を蹴った。しかし、今の俺では筋力パラメータが圧倒的に低く、大した跳躍は得られず、前方に向け少し跳んだだけであった。しかも、俺は未だ奴の拳の射線上。命中は免れない。
だが、それでいい。
俺は迫る奴の拳に足を付けると、再び反対――つまり壁の方向へと再跳躍する。方向転換し、眼前に迫った壁をもう一度蹴り、再々跳躍。更に拳撃の直進エネルギーを転用することで、筋力パラメータの不足をカバーし、より大きい跳躍に。つまりは三角飛びの要領だ。一回目に壁を蹴り跳躍することで、二回目に拳を蹴る時の壁と拳の間隙を広く確保し、以降の跳躍を可能とした。
俺の足下で《グラディエイター》の体重を乗せた必殺拳が壁に激突し、反動で《グラディエイター》が硬直する。十分な跳躍エネルギーを得た俺は敵の顔左側面まで飛び、右手で耳に捕まる。運動エネルギーは尚継続し、右手を支点に時計回りに身体を回転させる。その最中、俺は《メタフォージドソード》の剣先を彼奴の耳後ろの隆起した骨に向け、勢いのままに突き立てた。
直後、がくッと。
《グラディエイター》の身体が膝から崩れ落ち、地に跪いた。項垂れ、両腕はだらんと垂れ、まさに操り師を失くした人形のようだ。
「乳様突起……人体急所の一つ。刺されれば、全身の運動神経が麻痺する、ってね。今だ、日向ッ!殺れッ!」
まさかそこまで再現しているとは。正直、賭けだったが。
「おうよ!」
そこからは日向の連撃が光った。段々と《グラディエイター》のHPが減っていく。俺は、この高さだと地面に落ちたら落下ダメージで御陀仏なので(右手が塞がっていてアイテムストレージも開けないし)、右手で耳に捕まったまま、とりあえず同じところを数回ぐしぐしと刺しといた。
《グラディエイター》は自身の麻痺が解けるのを待つことなく、情報の海に溶けた。ポリゴンの破片が爆ぜ、
「うわぁぁぁぁ――――ッ!」
同時に支えを失った俺は重力に従い、自由落下する。やべぇ、これ死ぬんじゃね、と走馬灯が脳内を巡った時、ぼすんと誰かに受け止められた。まぁ、言うまでもなく日向なのだが。
「……助かった」
「だろ?俺に感謝しろよ」
日向の顔がとても近くにある。俺は自分の状態を再確認した。日向に《お姫様抱っこ》されている。
「日向、一秒以内に下ろせ。そしてお前やっぱこれかぁッ!」
「違ぇっつてんだろッ!あと命の恩人に少しは感謝しろッ!」
片手を口元に翳す俺と、キレる日向。そして口調の割には優しく俺を地面に下ろしてくれる日向。
直後、小気味の良いSEと共にリザルトのウィンドウが表示される。獲得経験値・コルは二人で山分けだが、俺達はその《一人当たり》の量に驚いた。
「うぉぉ……マジかよ。一回の戦闘でこの量!」
「そりゃクソ大変だったが、これは期待値以上だ」
経験値メーターが凄まじい速度で伸び、レベル5を突破し、そのメーターもすぐ満タンとなり、レベル6を半ばまで切り、程無くして停止。これまでの《フレンジーボア》狩りを三桁続けてもここまでは行かないだろう。
「流石ボス戦ウマウマだぁッ!」
日向がエキサイトする。更に大量の金も流れ込んだ。
「うぉぉ!これで豪勢な飯が食えるッ!」
「待て待てこれからアイテムドロップだ」
LA以外のノーマルアイテムドロップはアイテム一つごとに毎回所有者を決める必要がある。
まずは《ライトハンド》のドロップアイテムからだ。
一つ目、《回復ポーション》×10
「喜んでいいのかよく分からない数量だな、やるよ」
「あいよ」
所有者:日向
二つ目、《エルンカの実(青)》
「敏捷性を一時的に増強するアイテムだな」
「やるよ」
「さんくす」
所有者;音無
三つ目、《剣の紋章》
「装備不可、使用不可、完全に売却か記念品専用のアイテムだな」
「お前が持っておけよ」
「あいよ」
所有者:日向
「次はLAボーナスみたいだな」
「楽しみだぜ」
LAボーナス、《ロイアルティ》
「うほッ、剣じゃん」
「どれ、ステータス見せてみ」
「ん」
日向がタップでアイテム情報のウィンドウを開く。
「おぉ!今の《メタフォージドソード》よりスペック高いな。いいなぁくれよ」
「やらん」
所有者:日向
続いて《グラディエイター》のドロップアイテム。
一つ目、《グラディエイター・ヘルメット》
「……なんかダサい、やる」
「えぇ!?」
所有者:日向
二つ目、《グラディエイター・アーマー》
「……チェストプレートか。貰うぞ」
「あぁ」
所有者:音無
三つ目、《グラディエイター・ブーツ》
「……やる。さして重量の割にスペックがよくない」
「おぉ」
所有者:日向
四つ目、《グラディエイター・レザー》
「やる」
「即決だな。んん?この布どっかで――あぁッ!これアイツが股間に付けてた!ばっちぃ、いらねぇよッ!」
「も、ら、え」
「えぇ……」
所有者:日向
「次はLAボーナスだな」
「てかあれってどっちが倒したんだ?」
俺はリザルトを見る。
「一応、俺になってるっぽいぞ」
なんか悪いな。俺、耳にぶら下がって、ぐさぐさ刺してるだけだったのに。
LAボーナス《キック・バック・ショット・ダガー》
「なんか長いな」
「あぁ、レッド・ホ〇ト・チリ・ペッ〇ーみたいだな」
「黙れ」
所有者:音無
「にしてもこのダガーがLAボーナスか?にしては時化てるなぁ」
「待て待て。まずはスペックを見ようぜ」
俺はアイテムストレージからアイテム情報を開く。
《Kick Back Shot Dagger》
(他ステータス略)ノックバック+5付加
「ノックバック、っつうと後ろ向きに仰け反らせるアレか?」
「そうみたいだな。でもそれって凄いのか?」
「なんなら俺で試してみるか?多少の痛みは我慢するぜ」
日向が提案する。
「分かったそこに立ってろ」
俺は自分の武器ストレージから《キック・バック・ショ――長いな、便宜上《KBSD》と略そう。で、《KBSD》を装備すると、圏外なのでもしものことが無いよう慎重に日向の肩口に刺した。瞬間、日向が何かに押されたように後退し、たたらを踏んだ。《KBSD》が日向の方から抜ける。
「へぇ、大したものだな。そんな強く刺してないのに結構ノックバックが効いてる実践でどう役立つか分からないが、まぁ足手まといになることはないだろうな」
俺は《KBSD》の代わりに《メタフォージドソード》を装備し直した。
「音無、帰ろうか。そろそろ日も暮れるし、長いこと圏外に居て良いこともないしな」
「そうだな」
俺は一も二もなく了解し、日向と並んでボス部屋を後にする。長く薄暗い洞穴を抜けると、外はもう夕焼けだった。
「疲れたな」
「おう」
「まぁ、ガッポリ経験値貰えたし、損は無かったな」
「あぁ」
「あぁ~疲れた。さぁ、早く宿に帰って寝ようぜ」
「そうだな、でも日向――――俺ら宿取ってないぞ」
「………………あ」
「………………」
恐ろしく冷めた空気が俺達の間に流れた。
俺達は猛ダッシュでトールバーナの街に帰還し、入れる宿を探した。俺達の雑魚寝エンドを希望した方々には申し訳ないが、トールバーナのプレイヤー人口が少なかったのも幸いして俺達は無事宿に入ることができた。寝る前に今日のことを軽く振りかえったが、結局総括として思ったことは二人パーティーでのボス攻略は良くない、ということだ。剣呑剣呑。
因みに後から分かったこととして、あの《グラディエイター》が使っていたソードスキルを紹介しておこう。
まず、《ライトハンド》戦の際に横槍を入れてきたあの抜刀術は――《空絶(からたち)》
次、《グラディエイター》戦最初の抜刀術は――《無影無踪(むえいむそう)》
その次、《グラディエイター》が独楽のように回転した技は――《轆轤断頭(ろくろだんとう)》
最後の超広範囲の突き技は――《暴風(あからしまかぜ)》
別に記憶に留めても何の利益にもならないだろうから忘れた方がいい、以上。
主人公を勝たせるためなら大抵の矛盾を許容し、大抵のことはまかり通させましょうとも。そう、その気になれば初心者2人でフィールドボスだって倒せる(迫真)
あと、言い忘れておりましたが、当作品では原作にないキャラ、武器、アイテム、ソードスキル等々、平然と登場しますのでご留意を。
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十話 「第一回攻略会議(キックオフ・ブリーフィング)」
あと、UA1000超えましたね。嬉しみ。
西暦2022年4月2日。
命を賭けたデスゲーム《ソード・アート・オンライン》――通称、《SAO》に1万人というプレイヤーが幽閉されて早、一か月。
この合歓結弦――転生前の名は音無結弦、と日向(ひゅうが)秀樹――転生前の名は日向(ひなた)秀樹もこの1万人の中の二人である。
一早いこのゲームからの解放を望む俺達は前回のフィールドボス戦を自戒とし、攻略の一歩として無理のないレべリングを行っていた。
現時点での俺のレベルは11、日向は12だ。
そして、今日。全プレイヤーに対し、この階層式浮遊上アインクラッド攻略の栄えある1%目たる第一層迷宮区の攻略を実行するという通達が成された。
――翌日4月3日、トールバーナの街における第一層攻略会議。
来る運命の、4月3日。
トールバーナの広場の一角にある劇場めいた建造物内で催された攻略会議には想像よりは少ないが、なかなかの数のプレイヤーが集合していた。
勿論、俺と日向も参加している。集合した意識高いプレイヤーの多くは男性プレイヤーであった。むさ苦しいこと、この上ないだろう。さっき、偶然にも女性プレイヤーを見かけたが、この圧倒的男性占有率に居心地が悪そうにしていた。
そんな中、一人の青年が壇上に立ち、屯する烏合の衆の喧噪をどうどうと宥めていた。年齢は二十歳に近いと思われる。華のある爽やかなオーラを纏った好青年だ。周囲は年齢層の高さ故に、華が欠片も存在しないプレイヤー達ばかりなので、相対的に気品相まった存在感が際立っている。
「はいはい皆さん、お静かに~」
朗らか口調で尚も囃し立てるプレイヤーを宥める青年。一段と透き通った声に、会場が静寂を取り戻すのはそう遅くはなかった。彼が第一層攻略の陣頭指揮を執るのだろうか。若いのに大したものである。
劇場内は議事堂の議会席のように、演壇を階段状の観客席が末広がりに取り囲んでいた。
青年は集まったプレイヤー達を席に座らせるよう促す。皆が席に着いたのを確認すると青年は一言。
「皆、初めまして。俺は《ディアベル》。職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
よく分からないボケをかました。俺と、隣の日向は訳が分からず首を捻っていたが、会場のプレイヤー達には好評であちらこちらから笑いの声が立っていた。
「なぁに言ってんだよ!」
「このゲームにそんな職業はないぞ!」
好意的なツッコミも入る。しかし、先ほどツッコミを入れたプレイヤー達は彼のパーティーメンバーと見受けられる。成程、然れば彼らは会場を盛り上げるためのサクラ的な役割を担っているのか。
「オーケイオーケイ!ちょっとネタに走りすぎちゃったかな?じゃあ今から大事な話をするんで、悪いけどもう一回静かに頼むよ」
彼がそう言うと、会場にはまたもや静謐な空気が流れた。恐るべきリーダーシップだ。
「よし、ありがとう。まず最初の話をするね。予め言っておくけど、あくまでこれは追求しようとかじゃあなくて、少し疑問に思っただけなんだ。それを前提に聞いてくれ」
会場に厳かな雰囲気が立ち込めた。
「一週間前、俺達のパーティーが森フィールドの東にある洞穴――フィールドボスエリアに行ったんだ」
「!!」
「!!」
フィールドボス。その単語を聞いた瞬間、俺と日向は過敏に反応した。正確に言うならブフゥと吹き出しかけた。もし俺達がこの瞬間、口内に飲料を含んでいたら、間違いなく前に座っているプレイヤーの後頭部に向けて毒霧を散布することになっただろう。ざわざわと会場内がざわめき立つ。
「俺のパーティーがボスエリアまで遠征した際の平均レベルが3,4だ。少なくともそのプレイヤーは一週間以上前にボスを倒していたことになるのだから、それは速すぎるステータス成長といえるだろう」
俺と日向の額に冷や汗が浮く。
「いや、別に彼らの抜け駆けを糾弾しようという訳ではない。ただ、それほどステータスが高いパーティーが居るとすれば、今回の攻略において素晴らしい戦力となる」
おぉ……と会場がどよめいた。
「そのパーティーさん!どうか名乗り出てほしいんだ。今この場で挙手してくれるだけで構わない」
その言葉を皮切りにプレイヤー達が一斉に周りを見回しだした。
「おい、どうする日向」
「どうするって……?」
「だから、名乗り出るか名乗り出まいかってことだよ」
「馬鹿言え……!そんなんNoだ。圧倒的No。名乗りを上げた瞬間、吊るし上げだぞ。よく言うだろ……出る釘は打たれるって」
「出る杭は打たれる、な?しかし、秘め事を守り通すのも限界があるぜ。いつか必ず襤褸が出る。ってかレイド組むことになったら即バレだろ」
「げげっ、そりゃ確かに。いやでもよ。こんな衆人環視の中でよ、俺は厭だぜ」
そんな日向の心中を見透かしたようにディアベルが発言する。
「分かった!多分、そのパーティーさんもこんな大勢の中では名乗り出たくはないだろう。俺が悪かった!もし差し支えなければ、そのパーティーさん。この会議が終わった後ででもいいから、俺に自己申告の形で名乗りを上げてはもらえないかな。勿論、強制はしない!」
その発言によって、この件は一度留保となった。行動には出さないが、ほっと胸を撫で下ろす俺達。
「じゃあそろそろ本題に入ろうか。迷宮区の攻略について」
ディアベルの一声で、プレイヤー達の熱気も高まる。
「第一層迷宮区ボス部屋の最大定員は50人。よって俺たちはレイドを組んで戦うことになるけど」
レイドというのは、云わばパーティーを更に統合したチームのことだ。
「ちょっと待って。今、人数を数えるね。にぃ、しぃ、ろぉ、はぁ、じゅう、にぃ……」
ディアベルが二本指を立ててカウントをする。
「……しぃ、ろぉ、はぁ。オーケイ!どうやら四十八人のようだ。全員入れるようだね。じゃあ早速だが、レイド結成のために暫定的なパーティーを決める必要がある。実際のパーティー結成は明日現地で行うけど、顔合わせや親睦を深める意味合いも兼ねて一応この場で面子だけは決めておこうと思う。悪いけど、近くの人達で集まって六人パーティーを八組作ってくれ!」
ディアベルがそう言うと、プレイヤー達は元のパーティーや仲のいい奴らで集まって集団を形成し、そこから弾かれたもの同士が渋々集まってまた集団を形成する。そうやって恙無くパーティーの組は完成していったが、俺達はというと昼はずっとレべリングで狩り場に籠りきり、夜も早朝の早起きに備えて早寝。正直、他のプレイヤーとの交流など一切なく、ただただ余り者と組まされるのを待つばかりだった。
「おや、もしかして君たち余ってるのかい?」
ぼうっとしていると客席の方まで様子を見に来ていたディアベルに声を掛けられた。
「ええ、まぁ」
唐突なことだったのでボヤッとした返事しかできなかったが、ディアベルは
「そういうことなら来てくれ。向こうにも余ってる人達がいるんだ」
嫌な顔一つせず俺達を、その余り者の下へと導いた。
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十一話「対面(フェイス・トゥ・フェイス)」
果たして、そこにいたのは中学生ぐらいの少年とフードを深く被った男――いや女か?喉仏が出てないし。いや、でも喉仏は外見判断の確たるファクターとはなり得ないか。それと二十代前半ぐらいの無精髭を生やした男が一人。残る一人は奇遇にもつい先程見かけた女性プレイヤーだった。
「初めまして。アンタらも余り組か?」
中学生くらいの男子が俺に話しかけてくる。
おいおい少年、タメ口かよ、と思いつつもゲーム内でそんなのをいちいち気にするのも詮無きことと思い、胸中だけに留めておく。
「まあな、ちょうど二人。俺らが組めば一応のところパーティーは全組完成かな」
「そのようだな。おっと、取り敢えずを自己紹介しようぜ。こっちは全員済ませてるが、アンタ達とは初対面だからな」
そういって彼は自分の胸に手を置いた。
「まずは俺からだ。俺の名前は《キリト》だ。このフードの子は《アスナ》」
《キリト》がそう紹介すると《アスナ》と呼ばれた女子――やはり女だったか――は軽く会釈した。
「次に――」
「よッ!俺は《クライン》っつうんだ」
「そう、このむさ苦しいのが《クライン》」
「おい、その言い方は酷いってもんだぜキリの字」
「すまないね」
《クライン》の抗議を適当に流すキリト。
「そして、この女の人は……えぇと何だっけ?《ビートライス》?」
キリトが疑問形で紹介した少女。齢は俺や日向と同じくらいか。全身のスキャンニングによって現実世界と全く変わらない肉体を得ているはずなのに、その肢体は人の造りしアバターかと見紛うほど黄金比の具現であり、極めつけは北国の雪のような透徹の白を帯びた髪。
かつての死後の世界における天使――立華かなでを彷彿とさせた。その少女は適当な紹介をしたキリトを見遣ると、唇をすぼめてこう言った。
「キリトさん。読み方も間違ってますし、出来れば愛称で私を呼んでください。私は《ビーチェ》――B、I、C、E、《Bice》です。そちらのお二方もどうぞ宜しく」
ビーチェ――イタリア人の女性につける名か。でもこれって、まさしく何か別の名前の愛称だった気が……ElizabethにおけるBethみたいな。はて、何だったか。
「なんでぇい」
すると、クラインが不満そうに言った。
「そんなに呼ばれるのが嫌なら何だってそんな名前にしたんだ?端っから《ビーチェ》にしとけばいいじゃないか」
「それは……」
追及されて少女、ビーチェは口を濁した。
「ま、まぁまぁその辺にしといてあげませんか?誰にだって他人に話したくないことの一つや二つ、ありますって」
「そうだぜ、クライン。やめとけよ」
キリトも乗じて、止めに入る。
「そ、そうか。す、すまなかったな《ビーチェ》」
「い、いえ。お気になさらず」
「ほーらよ、クライン。お前そんなんだから女の子にモテないんだぜ」
「てめぇキリト!言いやがったなぁ」
「あはは」
仲良さそうで、何よりだ。
「おっとアンタ達の紹介がまだだったな、頼む」
キリトの言に従って、まずは俺から自己紹介をする。
「俺は《オトナシ》だ。宜しく」
俺は日向に目配せし、自己紹介を促す。
「俺は《レーゲ……そのレ、レーレー……」
あそうか、コイツ、格好つけてドイツ語ネームにして見事大爆死した恥ずかしい奴だったわ。
「レー……レー……」
「レー?レー、何だよ」
言い淀む日向に苛立たしげに催促するクライン。んむ、ここは親友としてフォローしてあやるべきか。
「あ、ああ、すまない!コイツ、今頃になって厨二病を発症して、自分の名前を邪気眼ネームにした挙げ句、そのことを今更になって恥ずかしがってる残念な奴なんだ。どうかそのことを察して、彼の名前には触れてやらず、どうか《ヒナタ》と呼んでやってほしい」
俺が慌てて弁明すると、皆事情を察してくれたのか、
「そうか、宜しくな《ヒナタ》」
「おう!《ヒナタ》宜しく」
「今後とも宜しくお願いします、《ヒナタ》さん。それに《オトナシ》さんも」
あっさりと受け入れてくれた。
「音無ぃ……」
俺の横では、邇邇芸命(ニニギノミコト)の天孫降臨を見仰ぐかのように俺を見つめていた。やめてくれ、その、気持ち悪いです。
「はいはい皆さん!」
そこで演壇に立ったディアベルが柏手を打ち、皆の注意を惹きつけた。
「皆、六人パーティーのメンバーが決まったようだね。今、そこにいる人達と明日パーティーを組んでもらうことになるから当日になって混乱しないように名前を覚えて帰ってくれ!出来ればフレンド登録もしていてくれると嬉しい!」
ディアベルがそう言うので、皆一斉にウィンドウを開き、空で文字をひたすら打ち始める。
「俺達はすでにフレンド相互しているから後はアンタ達だ」
「じゃあ俺達が打つからそっちで承認してくれ」
俺は四人からプレイヤーネームのスペルを教えてもらい、自分のフレンド申請の記入欄に打ち込む。
キリトは、《Kirito》。
アスナは、《Asuna》。
クラインは、《Klein》。
ビーチェは、《Beatrice》。
んん、確かにこれは《ビートライス》と読めてしまうが、勿論そんな読み方では無かった筈。はて、何だったか。
「何だ、これ。何て読むんだ?R、E、G、E、N、W――」
「キリト……《ヒナタ》だ。もう一度言った方がいいか?」
「いや、いい」
日向の事情を思い出してか、俺に気圧されてか、キリトは黙した。
その後、ディアベルは構成された八パーティーにそれぞれA~H班を割り振り、攻略時の各々の配置決め、また攻略本を基に第一層ボス《イルファング・ザ・コボルトロード》の討伐についての指示を行い、会議も大詰めといったところでディアベルが締めに入る。
「よぉし!やるべきことはやり尽くしたかな。じゃあ本会議はここでお開きということで――」
「ちょっと待ってくれんか!」
ディアベルが閉会の辞を述べようとしているところにドスの聞いた声が割って入った。
「君は?」
ディアベルは横槍を入れられたことにも気を立てず、そのプレイヤーの名を問うた。
「ワイは《キバオウ》っていうモンや。率直に言わしてもらうで。まずはこの中にプレイヤーの生き死に関わらず全員に頭を下げなならん奴がおるやろ」
ヴァレンタインデーに上げるつもりが、2日遅れとなってしまい……
書き溜めも漸減する一方……やらねば
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十二話「見えざる手(インヴィジブル・ハンド)」
私も今度見に行く予定です。
《キバオウ》はサボテンのようなヘアスタイルをした男だった。
キバオウの発言に傾聴していたプレイヤーは皆一様に「誰だ?そんなプレイヤー」という顔をしていた。正直、俺も分からない。
「しらばっくれても無駄やッ!」
キバオウは苛立たしげに叫んだ。いや、しらばっくれると言われてもアンタの表現じゃ一体全体誰のことを指しているのか分からねぇよ。
「チュートリアルが終わった後、はじまりの街にいるビギナーを見捨てて、我先にとクエストや狩り場を独占しおったド腐れ共がッ!」
あー。やっと分かった。つまり《キバオウ》は彼らのことを言っているのだ。それを理解したのはディアベルも同じのようで。
「キバオウさん……君が言っている人達とはつまり、βテスターのことかい?」
ディアベルがそう訊くと、キバオウは意気軒昂と語り出した。
「そうやッ!そいつらのせいで今、生命の碑には既に二千の名が刻まれとる!糞βテスターがビギナーを早々に見限り、自分勝手なプレイをした結果がこれやッ!」
「……つまり、キバオウさんはβテスターによる謝罪を要求する、と?」
激情に駆られたキバオウに対し、リーダーの器を見せてかディアベルは冷静を保って対処した。
「それだけやないで。ここにいるだけで構わんから、βテスターの持っている全武装、全アイテム、全マネー、全情報を全て吐いてもらう」
その言葉に、会場は度肝を抜かれたようで僅かな風のさざめきさえ耳に届くほどに静まった。
彼の言い分を要約すると、βテスター達はビギナーがこのゲームのシステムにあたふたしているのを良いことにクエストや狩り場を独占、またそれによって得られるレア武装、レアアイテム、多額のコルすらも独占している。そのためなロークオリティの武装やアイテムしか持っていない多くのプレイヤーが亡くなった。だからβテスターは謝って持ってる物全部出せ。
と、そういうことだ。
「いや、何言ってんの?あのサボテン」
「あぁ、ガキがエゴな超理論で駄々をこねてあるようにしか思えない」
「全くだぜ」
「ほんそれ」
「事が起こった後では詮無いことですしね」
日向と俺の感想にクラインとキリト、ビーチェが同意する。
ついに演壇にまで上ったキバオウは尚も山鳥の尾のように長々と能書きを垂れていた。
「大体、現時点ではβテスターが最高戦力なんだぜ?そんな奴らの戦力削って何になるんだよ」
珍しく日向がまともなことを言った。
「要するにアイツはプレイヤー達の《均衡化》をさせたいんだと思うぜ」
「均衡化?」
俺の言葉にクラインが反応した。
「見えざる手って知ってるか?神の見えざる手」
クライン、キリトは首を振った。アスナは知っている風だったが、反応はなかった。代わりにビーチェが発言をした。
「知ってます。アダム・スミスの著書《国富論》第四編第二章に登場する経済学用語ですよね?英語では《Invisible hand》。人の手が加わらずとも需要と供給を常に均衡に保つ市場メカニズムの自動調節機能のことだったはず」
普通に詳しかった。
「で、それがどうかしたんだ」
キリトが話の続きを促す。
「いや、まぁ、人ってものは《持ちすぎる者》と《持たなすぎる者》を甚く嫌う傾向にあるわけだ。例えば《とても頭のいい奴》と《とても頭の悪い奴》。いずれも大衆からは爪弾きにされやすい。このきらいは《平均的な人間》にほど強く、同時に大衆から好まれる人間も《平均的な人間》だ。故に人間たちは無意識の内に全ての人間を《平均化》、つまりは《均衡化》しようと望む。クラスで成績優秀な子を集団いじめで貶めようとすることも、運動の出来ない子に対し、出来る奴が自分と同レベルの仕事を要求することも云わば、この《均衡化》だったりするわけだ。ではこの《均衡化》は一体何に因るものかというと、《神》というには大仰だ。差し詰め、《人間心理》と言ったところか。嫉妬や憎悪、侮蔑、過大評価、といった劣等優等意識から生まれる《人間心理の見えざる手》。《キバオウ》にしたってそうだろう。アイツはビギナープレイヤーよりも遙かに多い情報量とマネー、ハイクオリティなアイテムを所持しているβテスターに対して劣等意識を持ってるんだ。でなきゃ本来要求するものは謝罪だけでいいはずだろ?要するにアイツは多くのビギナープレイヤーの死を錦の御旗に――」
ふと隣を見れば、五人とも(アスナですら)唖然として俺を見ていた。しまった。弁舌が過ぎたな。文系を軽く齧った理系の悪い癖だ。
「――すまない。さっきまでのことは忘れてくれ」
そう言うと、皆戸惑いつつも演壇で弁論捲くし立てるキバオウを遠い目で眺め始めた。流石のディアベルも眉をしかめ、この横暴なロジックに困った顔をした。会場にも似た空気が流れている。そう、俺達には皆、βテスターという存在を一概に否定することのできない物的証拠を所持しているのだ。
「ちょっと、発言いいかな」
プレイヤーの中からそんな声と共に手が一つ挙がった。キバオウの御高説を遮る形となったが、収拾がつかなくなっていたディアベルは助かったというような顔をしていた。
「構いませんよね、キバオウさん?……、発言どうぞ」
キバオウに有無を言わせず、手を挙げたプレイヤーに発言権を譲った。キバオウは不服といったようだったが、さすがに自重してか渋々従う。
立ち上がったのは禿頭の、ネグロイドの男性だった。
「口を挟んで失礼。俺はエギルという者だが、まずはこれを見てくれ」
そう言って、エギルは一つの冊子を見せた。恐らく、キバオウ以外のここに居るプレイヤーは皆、見たことがあるものだろう。
「何やねん、それは」
「攻略本だ」
そう、それは《アルゴ》という者の手によって著された第一層の攻略本だ。
「そ、それが何やっちゅうんねん」
「これはβテスターによって書かれたものだ」
「な、何ぃ!」
やはり攻略本の存在を知らなかったのか、《攻略本》という単語が飛び出した時点から狼狽した様子のキバオウだったが、βテスターの手によるものという事実に、遂に明確な動揺を示した。
「知らないのか?この攻略会議はこの攻略本を基にして行われている」
キバオウは無言の驚愕を見せた。
「その通りだよ。キバオウさん」
ディアベルも助け舟を入れる。
「それにこの冊子はNPCの出店で無料で配布されている。今もそこの店で貰えるはずだ」
そう言ってエギルは広場の一角を指差した。
「こういう冊子を出版するのもタダではない。ちゃんと然るべき金額を払う必要がある。そのうえ、これには莫大な量の情報が記載されている。ここに居るプレイヤーが安全に攻略ないしレべリングが出来たのも、これのおかげと言っても過言ではない。それに攻略に励む者のみならず、はじまりの街に留まっている人達ですらこの攻略本を持っていると聞く。果たしてそれだけの量を出版するのに一体幾許の費用を要するか……それでもアンタはβテスターがビギナーを見捨てたと言うのか?はっきり言うぞ。これが無ければ今頃、生命の碑には現在の数倍近い名前が刻まれていた」
エギルの問い詰めに対し、先ほどまで揚々と手前勝手な理論を振るっていたキバオウも答えを窮した。
「そ、そんなん、たったの一握りやないかいッ!」
「キバオウさん、アンタは今まで何人のβテスターを見た?」
「ぐ…………」
「恐らくだが、アンタは一部の、狩り場やクエストを独占しているβテスターしか見ていないはずだ。一部の悪い点を見つけたら、皆が皆そういう奴らだと決めつけてしまうのは人間心理として仕方がないことだとは思うが、目の前にビギナー達を支援しているβテスターが実際にいるということを証明する物品があるし、ここの会場に居るβテスターの中にだってビギナーを主導し、彼らを死なせないように日夜尽力している奴もいるはずだ。それなのにも関わらず、アンタはまだそんなことを言うのか?」
「…………」
エギルの正論に、キバオウは反駁の言葉も見つからず、沈黙した。俺は素直にエギルという人物に関心した。
さて、これで一件落着。ディアベルも安堵の表情で今度こそ会議を締めにかかった時、
「待ちぃやッ!アンタはんの言う通り、ビギナーを援助しているβテスターが居ることは認めるで。やけど、一部の身勝手なβテスターのせい死んでいった奴も居るやろがッ!そいつらへの詫びも込めて持ってるモン置いて行きィ!それが死んでいった奴らの総意でもあるやろッ!」
何たることかキバオウは尚も喚きだした。会場に居るプレイヤーも「これは駄目だ」と諦念の雰囲気が漂い始めた。ディアベルは額に手を当て、エギルもやれやれと肩をすくめた。彼らですら対処に困っている。それもそうだ。キバオウの言っていることは稚拙極まりない《子どもの理論》だ。それじゃあ理詰めの論破が通用するはずもない。
論議は完全に泥沼化し、終わりが見えなくなっている。このままディアベルが強制終了させてもいいのだが、それだと大きな禍恨を残したまま明日の攻略を迎えてしまうことになる。それはマズイ。
そして俺は自分でも驚く程、滅多にとらない行動をする。
「発言いいですか?」
投稿に大分時間が空いて申し訳ありません。何分学生なもので試験勉強に右往左往していたもので……。
最近一段落したのでまた書き溜め増やしていきます。
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十三話「思想の逕庭(ディスタント・イデオロギー)」
俺は手を挙げた。
ディアベルの無言の許可が居り、俺はその場に立つ。日向が大丈夫かという目で俺を見てきた。普段、積極的な性格ではないはずの俺のアクションに彼なりに驚愕しているらしい。大丈夫だと俺は見返す。
この場を何とかしなければ、なんていうヒロイックな感情が湧いたわけではない。多分、俺はこの男に怒っているんだ。怒りを通り越して呆れを覚える、とはよく言うが、今回は違う、呆れを通り越して怒りを覚えたようだ。
それに俺はただ単に早くホームに帰って眠りたいだけなのかもしれんな。日も落ち、黄昏が迫ってくる時刻だ。朝早くから行動している者には辛いものがある。人間は睡眠欲を阻害されると一番怒りの感情が発露するものだし。
「キバオウさん、率直に言わせてもらいます。早く俺達を帰してください」
「……は?」
思いもしなかった俺の発言にキバオウの目が点になった。いや実際俺も欲望が先に出すぎたな、と後悔した。
「ナニ言っとんのやワレ」
「言葉の通りですよ、キバオウさん。貴方との無益な論議に時間を空費するのは至極無駄と言ってるんです」
「何やとぉ!?ふざけんなや!こちとら真面目に話しとんのや!」
「それは明日の攻略よりも優先することですか」
「……!」
キバオウが言葉に詰まる。
「貴方、明日がボス攻略って現状を理解してますか?遊びじゃあないんですよ。命が懸かっているんですよ。この中にだってもう帰りたがっているプレイヤーが大勢いるはずです。貴方の独り善がりな演説で彼らをここに縛り付けるのを良しとしていいんですか?」
「だからッ!早よぉβテスターの畜生共が地ベタに頭付けて、持ってるモン全部出しゃあいいんやッ!」
「分かりませんね。何故、彼らが所有物を全て放棄する必要があるのです」
「それが誠意っちゅうもんやろがッ!」
「誠意?嘗めたこと言わないで下さいよ。仮に彼らが所有物を余すことなく出したとして、それをどうするんです?分配ですか?それに一体どれだけの時間を使うおつもりで?貴方によって食い潰された時間だけ第一層の攻略は遠のくんですよ」
「さっきから何なんやワレェッ!やけにβを擁護する真似して!アンタ自身がβかッ!それとも単なる偽善者かッ!ワイは死んでいったプレイヤーの代弁をしてるだけやッ!β共がちゃんと謝罪賠償をすれば、それだけでアイツら報われるんや!」
「死者にもなったことがない癖に適当なことを抜かすなッ!」
一段と張り上げた声にキバオウがたじろいだ。
「貴方、さっきから死んでいったプレイヤーの総意だとか代弁だとか……勝手に死者の気持ちを語ってんじゃねぇッ!」
自らが死者だったからこそ分かる。死者が望むのは決して生者の苦しみではない。
「それに貴方、βテスターがここにおける最高戦力だって分かってるんですか?彼らから徒に戦力を削いでどうなるんです。戦いにもまだ慣れないプレイヤー達が大勢居る中、彼らの存在は、ほぼ絶対的なんですよ。貴方のしようとしている行為の方がよほど偽善的で、貴方こそが偽善者です。そんな私利私欲にまみれた偽善のせいで彼らを欠いて、堕ちに堕ちた攻略レイドでボスに突っ込んだところで結果は見え透いているでしょう?」
「………………」
「貴方はここに居る皆を殺す気かッ!」
俺は渾身の思いで叫んだ。
それ以降、キバオウが言を発することはなかった。俺らしくもない。感情と勢いだけで黙殺した、理系らしくもないやり方だった。
「長広舌、失礼しました。ディアベルさん、後はどうぞ」
そう言って俺は再び席に着いた。隣ではキリトもアスナもクラインもビーチェも、日向ですら目を丸くして俺を見ていた。声を荒げて悪かったな、と俺は謝罪した。
「いいや、そんなことはない。助かったよ」
キリトはそう言い、後は閉会の辞を述べるディアベルに耳を傾けていた。
俺もそうしようとして、日向が肘で小突いてきた。何となく意図を読み取り、俺も小突き返す。
「――というわけで、すまないキバオウさん。一度席に戻ってくれ」
そう促されて、キバオウは肩身が狭そうに元座っていた席に着いた。
「じゃあ攻略は予定通り、明日の午前十一時から!集合は三十分前までが望ましいからそれまでに宜しく!じゃあ、皆。明日は頑張ろう!オーッ!」
プレイヤーは皆、言われても無いのに揃って「オーッ!」と復唱した。俺と日向、ビーチェも乗じる。彼のリーダーの器が見てとれた。キリトとアスナは特に何もアクションせずに傍観者の立場で居た。反抗したい時期なのかな。
「それでは解散!」
その言葉を皮切りにプレイヤー達は三々五々に散る。しかし、キバオウはしばらくの間、一人会場に座り、項垂れていたと言う。
明日は遂に第一層攻略の時。
現実世界へと帰るため、ここで立ち止まるわけにはいかない。
特典小説まだ貰えるかな?
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十四話「開戦の鬨(バトル・クライ)」
西暦2022年4月3日午前11時21分。
第一層迷宮区前には既にレイドメンバーの大半が集合していた。
「やぁ、《オトナシ》」
余裕を持って駆け付けた俺と日向だが、四人のパーティーメンバーは既に現着していた。
「皆、早いな」
「ああ、俺達は20分前から来ていた」
……俺達はどちらかといえば遅い方だったのか。
「んじゃ、早速だがパーティーを組もうぜ」
クラインが快活に宣言する。
「そうだな……ん、そういえばキリト。パーティーの掛け持ちって可能なのか?」
「いんや、不可能だ。パーティー、レイド、ギルドのいずれも複数に所属することはできない」
「そうか……じゃあ日向。一旦俺達のパーティーは解消するか」
「何だお前達、既にパーティー組んでたのか?」
「まあな」
「それじゃあ話は早い。俺達がお前達のパーティーに加わればいい話だ」
それは手間も省けて、願ってもない話だが。
「いいのか?」
「と言うと?」
「パーティーリーダーは日向だぞ」
「あぁ……それは問題だな」
「何の問題だよッ!?というかキリト、お前が俺の何を語る!?」
唐突に話に割り込んでくる日向。それを見て俺とキリトは笑った。このキリトというプレイヤー、既に日向の扱い方を理解していた。タメ口だけど。
そんな訳でリーダーの日向と四人の間でパーティー加入の手続きが行われ、俺の視界の端には《Kiritoさんがパーティーに参加しました》《Asunaさんがパーティーに参加しました》《Kleinさんがパーティーに参加しました》《Beatriceさんがパーティーに参加しました》という通知が立て続けに流れてくる。
「よし、これでOKだ。あ、一つ言っとくが、ドロップアイテムは話し合いの後、山分けだからな」
「当然じゃあないのか?」
キリトの発言に疑問をもった俺がその意を問うた。
「いや、ルーレットで決めるという手法もあるらしい。ま、禍根を残すようなやり方はしたくはないがな」
「同感だ」
と日向。ふぅん、そういうやり方もあるのか。
やることはやったし、特段他にすることもないので後は適当にストレージや自分のステータスを確認しながら刻限を待った。
午前10時30分。
時間ぴったりになって迷宮区の入口前から柏手を打つ音が聞こえた。ディアベルである。
「はいはい皆!全員集まったようだね。それじゃあ今から各パーティーをレイドに統合するからリーダーは俺の所に来てくれ!他のプレイヤーはちょっと待ってて!」
そう言われてディアベルの周囲にわらわらと集う八人のプレイヤー。驚くことにその中にはキバオウもいた。おいおい大丈夫かアイツ。昨日の体たらくで人頭が張れるのか。
暫く待機していると、視界の端に通知が。
《自分のパーティーがDiavelのレイドに参加しました》
メニュー画面を開くと新規にレイドという項目が追加されている。それを開くとレイドに参加している八パーティーが《○○のパーティー》という表記法で表示された。更に各パーティーをタップで開くとパーティーメンバーのレベルとHPが一覧で表示される(それ以上の情報は無い)。
試しに俺達のパーティーを開いてみる。日向のレベルは把握しているが、他の四人のレベルは未だに知らない。
キリトは14、アスナは13、クラインは8、ビーチェは9。クラインがマージンギリギリで、驚くべきことにキリトは俺達より3つもレベルが高かった。一体どこでどんなモンスターを狩れば、そうなるのか。
「皆!」
戻ってきた日向がパーティーメンバー全員に声をかける。
「ポーションの配布だ。基本、スイッチの際に後方支援組が回復をしてくれるからほとんど使う機会はないが、念のためだと」
そう言われて、俺は日向から回復ポーションを受け取る。まぁ、相応の量である。
「はい皆注目!」
一番前でディアベルが柏手を打ちながら声を上げた。
「事前準備が思いの外、早く終わったから予定を繰り上げてフロアボスの攻略に行こうと思う。異存はあるかな?」
無論、そのような者はいない。この雰囲気で異を唱えるような肝っ玉の強い奴はいないだろう。
「じゃあ昨日の会議で決められた隊列をとってくれ」
ディアベルの指示に従い、比較的低レベルのパーティーを高レベルのパーティーで前後を挟むよう、単縦に並ぶ。
俺達は最後列に配備され、右横のパーティーはキバオウのものだった。
副リーダー的立場として日向の右側に立っている俺に、俺の真横で仁王立ちしてふんぞり返っているキバオウが話し掛けてきた。
「おいアンタ」
「…………」
関わったら負けだ。
「おい聞こえとんのか」
「…………」
「お前のことを言っとんのじゃワレェッ!」
「あ、俺ですか」
「他に誰が居るっちゅうねん!」
全くその通り。流石に無視は不味かったか。
「それで、何の御用件で」
「アンタ、名前は何ちゅうんや」
「……《オトナシ》です」
「そうか、オトナシ。覚えとけや。この落とし前はいつか付けるからなッ」
「俺との落とし前を付けるより、βテスターとの蟠りを解くことを優先されては?」
「ぐっ……」
それっきり黙り込むキバオウ。ふと左脇腹を突っつかれ、その方を向く。
「大丈夫か……?相当恨み持たれてるようだが、後ろからブスリと刺されたりしないか?」
と、小声で心配してきたので、
「大丈夫だ、安心しろ」
そう言っておく。
それでも不安そうにしていたので、気紛らわしに軽いジョークを持ち掛ける。
「これはとある小説からの引用だが、日向。第二次世界大戦時の帝國陸軍では帝國海軍よりも上官の、部下へ向けた暴力や嫌がらせ、厳罰行為が少なかったという、何故だか分かるか?」
「………………」
日向は暫しの間、沈思黙考する。
「……いや、分からねぇ。で、答えは何なんだ?」
「部下から恨みを持たれてしまった上官はある日、戦場にて、背後から謎の銃撃を受けて死んでしまうらしい」
「怖ぇわッ!笑えねぇッ!」
とんだブラックジョークだった。
「よし!隊列は組めたね。早速迷宮区に入ろうと思うけど、その前に皆のレイド全体の士気を上げる意を込めて俺から一言言わせてほしい」
ディアベルは天高く拳を突き上げ、
「諸君!茅場の野郎に屈するなッ!何としてでもこのフロアボスを打ち倒し、はじまりの街で今尚恐懼する人々に希望を与えようッ!」
割れんばかりの声で叫ぶ。それが伝播したかのようにレイドメンバーの中からも鬨の声が上がった。
FGOに嵌ってしまった……
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十五話「地精の王(コボルトロード)」
もう、だれてきはじめた……
暑い、怠い、黄金週間終わらないで……
光源が、松明の仄明かりしかない迷宮区内においては視界範囲の狭さがプレイヤーの恐怖を助長する。故に経験値が高い=場慣れしているプレイヤー達の責任は大きい。
俺達のパーティーは一番後ろに置かれているため、後方から襲ってくるモンスターへの対処を任ぜられている。
迷宮区中途階層でPopするモンスターは《ルイン・コボルド・センチネル》と呼ばれるものである。ユニット単体であれば、プレイヤー一人でも撃破することに難はないが、必ず集団でPopするため、こちらも集団で臨まねば物量で押されてしまう。
基本的に俺達のパーティーの方がレベルや個人の練度が高く、俺と日向の二人だけでも捌くことができるのだが(現にパーティーメンバーの四人も俺達に任せきりでいる)、このキバオウという男、何かと俺に突っかかりたいのか、俺達が適当な所までHPを削ったときに横入りで攻撃を仕掛け、撃破ボーナスをかっさらっていくのだ。
まぁ、俺達としても《センチネル》ではさほど経験値上昇率も良くないので特に何も言わないでいる。
そして、ボス部屋前まで辿り着いた。ボス部屋前には広めの空間が形成されており、ボス部屋自体とはケルト神話めいた装飾が彫刻であしらわれた厳かな鉄扉で隔離されている。
「ボス攻略の前に、装備はOK?必要最低限のPotは持った?HP残量は大丈夫?二割以上削れていたら必ず飲んでおくんだ。問題ないね?」
ディアベルは確認をとる。プレイヤーは無言の肯定。
「じゃあ皆!生きて帰るぞッ!」
先程と打って変わって声は発せられない。だが一瞬にして燃え上がる空気。それは音無き鬨である。
ボス部屋へ続く扉が、金属の軋む音と共に開かれる。その奥からオーボエのような重厚な音を伴い、冷気が流れ込んできた。エアリード楽器めいた空気の振動音がまるで怪物の呻き声のようで、嗚呼、これは地獄の門のようだ。と直感的に思った。
――この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。
まずは、この地獄を抜け出でねば。
ボス部屋にプレイヤー48人が全員収まると、扉は軋みを上げて再び閉じられた。部屋の中は暗黒。視界は絶無に等しい。
ボッと手前から奥へ向かって壁面に設えられた松明の火が灯されていく。その明かりは四つの影を徐々に浮かび上がらせた。
四つのうち三つは《センチネル》。しかし、もう一つは未だ見たことのない巨躯。やがて部屋全周を取り囲むように全ての松明が点火され、巨躯の姿を明瞭にする。当然コボルドであった。
フィールドボス《タフ・ザ・コボルドグラディエイター》もなかなかの巨体の持ち主であったが、このコボルドはその1.5倍ほど大きい。身体的特徴は《グラディエイター》と体高を除き、さして大差はなかった。
防具は《グラディエイター》の物より華美な鎧とバックラー。武装はアックス。アックスの柄には装飾が施され、刃には紋章が刻印されている。見るからに切れ味は悪そうだが、この手の武器は切れ味で《斬る》というより自重で《叩き斬る》ことに重きを置いているため、何ら問題はない。似たような武器に中国の青龍偃月刀や斬馬刀がある。
ボスの視覚情報が明らかなるものとなると、視界に移るボスの頭上にHPバー四段と、その名前が表示される。
――《Gill Fang The Kobold Load》。
《コボルドロード》はズシンと大揺れを起こしながら歩み寄ると、一吼え。
空間が亀裂が入るかというほどに振動し、まるで超音波射出器を肉体に直接当てられたようだ。現実世界なら、まず間違いなく鼓膜が破れている。
咆哮の最中、まるで合図を受け取ったように《センチネル》が動き出す。攻略の情報が正しければ、この《センチネル》は同時に三体まで倒しても倒しても際限なくPopするのだ。一人でも倒せるモンスターとはいえ、こちらにも人員を割かねばならぬのは否めない。
ディアベルの采配によって、比較的高レベルの俺達は対ボスの命が与えられている。
「俺の班とA,B,D班はボス削り、D~F班は取り巻きの排除、H班は後方での回復(ヒール)だッ!皆一斉に動けえッ」
ディアベルからの指示が下り、プレイヤーは一斉に各々の標的に殺到する。
俺ら含む対《コボルドロード》の班は先手必勝とばかりに奴の脚に群がり、通常攻撃・ソードスキルにて幾多の刀傷、刺突孔、打撃痕を刻みつける。
ソードスキルの硬直が解けると同時、一定の被ダメージ量を満たしてか、《コボルドロード》は鬱陶しい蚊を薙ぎ払うかのように右脚を大きく振り回す。俺達はその直前に攻撃の届く範囲外に飛び退く。
《コボルドロード》は左脚に群がっていたプレイヤーにも蹴りを加えようとするも彼らも既に範囲外へ逃れている。その後、システム的ルーチンに従い、踏みつけ攻撃(スタンピング)を繰り出してきたが、その頃には既にプレイヤーはある程度の距離をとって避難済み。徒労である。これもプレイヤー・アルゴの攻略本あってである。
「斧の振り下ろし、来るぞッ!」
ディアベルの声が飛び、攻撃線上のプレイヤーはすかさず横っ飛び。《コボルドロード》の斬撃は虚しく空を斬り、床に突き刺さる。
「一時硬直に入ったッ!囲んで叩くぞ!」
またもディアベルの指示が飛び、俺達は無防備な姿を晒した奴の肉体にいっそうのダメージを与える。
「音無!もしかしたら、もしかしなくても、これは容易くボスを倒せるんじゃあないのか?」
「油断は禁物だ、日向」
俺は隣で作業をこなす日向と申し訳程度の会話を交わし、再び自分の作業に没頭する。
「撤退!」
再びディアベルの指示が飛ぶ。技後硬直から解けた俺は刹那をも待たずバックで飛び退る。
「音無ッ!」
日向の喚きが上がった。
「どうした!」
俺は日向に視線を呉れると、日向は《コボルトロード》の足元から動いていなかった。
いや、動けなかった。
「馬鹿野郎!あれほど硬直のことを考えろと……」
物理でしか殴れない脳筋は野田だけで十分だっつの!
俺は一瞬の刻も待たず、迷いなく、躊躇なく、手を伸ばし、日向に飛びついた。しかし、それより早く日向の首根っこに腕が伸び、ぐえっと呻く日向をかっさらった後、《コボルトロード》の踏みつけ攻撃(スタンピング)の下る寸前で撤退に成功した。その腕の主は野武士然とした青年《クライン》である。
「クラインか……助かった」
俺は握りつぶされていた心臓が解放されたように安堵の息を吐いた。
「いいってことよ。同じパーティーメンバーだろ?」
クラインは快活に笑う。
「すまない。この恩はいつかしよう……ほら、日向も礼を言え」
「お、おう、ありがとよ」
「いいって、いいって!そんな大げさな」
クラインは後頭部をぽりぽりと掻いて謙遜する。
「大丈夫か!?一人、取り残されたように見えたが」
数名のプレイヤーを挟んだ先からディアベルの声が聞こえた。
「無事撤退できました、こちらは大丈夫です!」
「そうか、それは良かった!」
安否確認の会話を済ませると、再度、斧攻撃回避の指示がボス部屋に響いた。
戦闘シーンの着地点が見つからない。
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十六話「冴えた活用法(ノックバック)」
数十分に渡る戦闘が暫く続き、《コボルドロード》のHPバーも二段削り、その三段目も九割以上削れ、もうそろそろ最終段に突入しようとしている。これまで《センチネル》の妨害が入ることはほとんどなかった。《センチネル》排除のE~G隊の仕事ぶりが窺えた。後方支援のH班もパーティーの全体的なレベル不足を補って余りある仕事のこなし用だった。分担が上手く、なおかつ無駄なく回復を済ませている。
これはイケる、俺もそう思った……が。
よもやこの後、あのようなことが起ころうとは。
ボスのHPバーが最終段に突入し、バーの色が赤みがかった黄色へ変ずる。現在に至るまで誰一人、HPが半分を切ったことがない。レイド全員、このままなら勝てると思い、歓喜の感情が伝播、プレイヤーの表情は、笑みを浮かべたものとなる。
大抵のボスはHPが赤に突入すると、そのアルゴリズムに変化が生じる。例えば、ステータスの上昇や、攻撃パターンの変化、そして武器の換装。攻略本によれば、《コボルドロード》の場合、武器が斧から湾刀(タルワール)に変わる。
その後もHPは順調に削られ、遂に――
「バーが赤に突入したぞッ!」
その時が来た。このHP残量ならば、あとソードスキル1,2回程度でボスのHPを全損させられる。
勝った――ッ!
プレイヤー皆が一同にそう確信した。
そして、この男もそう思ったようだ。
突如、プレイヤーの中からサバンナの獲物を狩る捕食動物(プレデター)めいて高速で飛びだす影があった。
青髪の騎士然とした鋼の鎧を纏うプレイヤー――ディアベルである。
俺は扇のように展開した、その左翼側からその光景を目にした。ディアベルの行動は、彼が、己は《コボルドロード》を倒せると確信したためのものである。いや、過信とも言っていいかもしれない。故に彼は気づかなかった。
《コボルドロード》が、湾刀(タルワール)ではなく刀を装備していることに――
過信は油断を生み、油断は悔悟を生み、悔悟は破滅を生む。
プレイヤーの間を微弱な電流のような《悪い予感》が駆け抜けた。
「ディアベルさん逃げろ!」
プレイヤーの一人が大声をあげた。この状況で茫然自失とすることなく、冷静にディアベルに対し、注意勧告を行った彼には賞賛を送るべきだろう。
しかしその勧告虚しく、ディアベルは自らの疾走に制動をかけることができなかった。すると次々と、ディアベルのパーティーメンバーが彼を追うように前へと歩み出た。
「駄目だ行くなッ!」
叫んだのは日向だ。だが、没我の表情で自らのリーダーを求め奔る彼らを止めることはできなかった。
刹那――斬撃閃く。
その凄絶なまでの斬撃衝撃によってディアベルが高く宙を舞い、その余波で、前進していたディアベル隊のみならず俺達さえも後方へ吹き飛ばされた。
――カタナ系ソードスキル《旋車》。
前に居たディアベルの隊は少なからずダメージを受けたが、俺達はさほどの量にもならなかった。しかし、ディアベルは違う。その膨大な斬撃エネルギーを直で身に受けた。彼のHPバーはみるみる減少し、半分を切り、黄色まで持っていかれる。
「何だこれは――攻略本と違うぞッ!」
日向が喚く。
「言ってる場合か!今はディアベルさんをどうにかしないと殺られるぞッ!」
誇張でも脚色でもない。
現に、宙高くで踊らされるディアベルの真下では《コボルドロード》がスキル後の硬直を終え、ソードスキル発動の予備動作を行い、見敵殲滅の最終段階に入っていた。
一撃で、半分以上HPを削るゲテモノのソードスキルである。二撃目を喰らえば、恐らく命はない。
迷いなく日向とキリトとアスナが駆けた。
しかし、間に合わない……ッ!
奴は地面すれすれに野太刀を構えている。
おそらく斬り上げ、二の太刀はないだろう。
せめて彼を、その必殺の一撃の攻撃線上から外せれば……。
しかし、どうする?空中に居る以上は回避行動とることはできない。
防御行動も、ディアベル自身が先の攻撃でスタンしていて取れそうにない。
どうにかして彼をあの地点から退かせることができれば……だが、どうやって退かせる。
いっそう剣圧で吹き飛ばすか?
いや何を言ってるんだッ、俺は。
ん?
吹き飛ばす。
直後、脳味噌を鉄鎚で直に叩かれたような衝撃が奔る。
一瞬の動作でストレージを開き、ある物をオブジェクト化させる。
「あったッ!KBSD!」
KBSDというのは俺がつけた略称で、その正称は《キック・バック・ショット・ダガー》。その付与能力は――
――ノックバック+5!
前にも言ったが、ノックバックはダメージを与えた対象を仰け反らせるというもの。以前、日向による実験で、ダメージにならないようなダメージでも一歩二歩と仰け反らせることが可能ということが判明した。こいつを使えば……!
だが、宙を舞うディアベルに対し、このダガーを直接刺すことは不可能。だから俺は、
投剣を使うッ!
偶然にも俺は少し前、日向を真似て実用性を重視し、料理スキルを捨て、投剣スキルを習得していたのだ。おまけに俺はここ数日間、投剣の練習ばかりしていた。スキル熟練度もそこそこ上がっているうえ、腕にも覚えがある。ここで遣るしかないッ!
俺が剣を構えた直後、《コボルドロード》の野太刀が振り上がり始めた。
もはや、呼吸を整えるだとか、精神を集中するだとか、そんなことしている暇はないッ!
「すまん、ディアベルさん!」
俺は、刹那のうちに狙いを定め、ダガーを投擲した。狙いは距離があるためにディアベルのやや上。俺の腕から放たれたダガーは、この世界の重力に従い、楕円軌道の放物線を描き――
――ディアベルの大腿に突き刺さった。
そしてノックバック発動。ディアベルの肉体が、がくんと震えるように後方へ飛び、《コボルドロード》の野太刀はディアベルの青い頭髪の先端を掠めただけであった。
「やったッ」
死後の世界の野球大会では上手くピッチングできなかったからな。名誉挽回とまでは言わんが。格好いいところは見せられたかな。誰にとは言わんが。
俺の反対方向に弾かれたディアベルは、ちょうど右翼側の日向の方へ落下する。
「日向ァッ!受け取れッ」
「任せろいッ」
そう言って、半ばスライディングで落下地点に飛び込んだ日向は、ディアベルを受け止めた。
「ナイス、セカンドフライ!」
「喧しいわッ」
軽く冗句を言い合う。
「すぐに後退させ、回復を!」
俺は早口で命じる。
直後、《コボルドロード》の肉体に輝線が幾本も奔る。
ディアベル救出のため駆け込んでいたキリト・アスナ両名が、その疾駆を止めることなく、攻撃へと持ち込んだのだ。
二人にとっては、所謂トドメの一撃という奴だったのだろう。長時間の硬直覚悟のソードスキルを叩き込んでいた。
《コボルドロード》のHPバーは瞬く間に減少しーー
ーー1ドット分を残して、停止した。
改行は基本読む時に見やすくする為のものですが、もっと演出面で活用できないものか、と考えてます。自省するに私には戦闘描写の疾走感に欠けるもので……せめて補う程度のものがあれば、と。
あ、ディアベルさん生存ルートです。やったね
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十七話「着地点(エンド・ザ・ペナンス)」
「殺り損ねたッ!」
キリトが呻く。彼らはボスの足元で静止したままである。その場を離脱しようにも、身体が、システムが、言うことを聞かない。
そして、キリト達の硬直と《コボルドロード》のスタン、解けるのが早かったのは、数秒差で《コボルドロード》であった。
「逃げろォッ!」
クラインが吠える。だが、それが出来るのならば、とうにやっている。
《コボルドロード》が重心を落とし、横薙ぎの斬刀態勢に入る。来るぞ……プレイヤーを上空へ吹き飛ばす《旋車》から振り上げの大ダメージ斬撃《浮舟》の、悪魔めいたソードスキルコンボが。
「てめぇら退けェッ!」
その時、背後から男の叫び声があがる。振り向けば、剣を水平に構え、豪速で《コボルドロード》に突進する日向の姿。日向の剣《ロイアルティ》が客星のごとく煌々たる輝跡を残す。
《コボルドロード》の前に群がる人波がモーゼの十戒めいて割れ、その間隙を、衝撃波を引きながら日向が駆け抜ける。
そして、跳躍。
筋力値が余り無いためさしたる高度を得られなかったが、それでも《コボルドロード》の心臓の高さまで至る。
転瞬、音速をも超えるような速度で《ロイアルティ》の刺突が放たれる。
片手剣突進ソードスキルーー《レイジスパイク》。
《コボルドロード》の急所を捕らえた剣が深々と仮想の肉に突き刺さると、絢爛な電子の華を散らす。
直後、なけなしのHPバーが完全に破壊され、《コボルドロード》はポリゴンの破片となって散華する。そして聞き慣れたSEと共に、視界正面に《戦闘に勝利しました》という文言が書かれたウィンドウが表れた。
コルの所持数が加算され、驚くべき上昇率で伸びる経験値メーターが上限を切り。また一つレベルが上がった。レベル12だ。
「やったぜ」
向こうからボスを仕留めた日向が凱旋してくる。
「よくやった」
そしてグータッチを交わす。
「ところで、日向。LAボーナスは一体どんなものだったんだ」
「《コートオブミッドナイト》とか云う服飾品だった」
「して、スペックは?」
日向は暫し(俺からは不可視の)メニュー画面を見つめ、答えた。
「STR値とAGI値、防御力の上昇のようだ。防御力はライトアーマーと同程度。しかし、STRとAGI値が加算されるものはなかなか無いな」
「どうだ。使えそうか?」
「保留だ。次の層辺りで考えよう」
そう言って、日向はメニュー画面を閉じた。
「そうだ。それよりディアベルさんは大丈夫なのか?」
「安心しろ。HPが赤まで突入していたが、すぐに後方部隊に回復してもらった」
日向の先導で後方支援のパーティーの元へと向かう。俺としても彼の安否を確認しておくべきだと思ったし、助命といっても、彼をダガーで刺してしまったことを謝罪したかった。ボス部屋の扉の前には人だかりがあった。
「大丈夫ですか、ディアベルさん」
「もう……!無理しないでくれよ」
彼を気遣う言葉が聞こえる。
「ディアベルさん。無事でよかった。そして、助けるためとは言え、貴方を刺してしまったこと、謝罪させて頂きたい」
慇懃に頭を下げる。
「何を言うんですか《オトナシ》さん。君の行動は実に的確で、且つ聡明だった。それにしてもノックバックとは……よくそんな発想が浮かんだものだね」
ディアベルは素直に感嘆していた。そう言ってもらえるだけでも自分の行為のし甲斐があるというものだ。
「ディアベルはん!」
部屋内に一つ、関西弁の野太い声が響く。サボテン頭のプレイヤー《キバオウ》である。
「良かった……!無事やったんか……」
そう言いながら男泣きをするキバオウ。SAO内では、感情表現が割合、ダイレクトに表現される。つまり自制や誤魔化しがしづらいのだ。
「それにしてもなんでボスが攻略本と違う行動パターンをとったんや……まさか――」
「ディアベルさん」
俺は研ぎ澄ませたバタフライナイフのような声音で口を挟む。
「分かっているでしょう、貴方も。彼らにそんなことをするメリットはない」
つまり彼はこう言いたいのだ。βテスターが一般プレイヤーを嵌めるために虚偽の情報を流布した、と。
「じゃあ、これを何だと説明するんや、ワレは。まさか、うっかり勘違いで済ます気やないやろな」
キバオウがおぞましい眼光と共に問いかける。
「恐らくですがそれは、β版と正式版の間の仕様変更によるものではないかと思われます」
俺の言葉に、キバオウが一瞬息を詰まらせる。俺は裏を取らんと日向に訊問する。
「日向、俺はオンラインゲームの経験がほとんどないから断ずることはできないのだが、こういうことはありえるのか?」
「SAOがどうだかは分からないが、普通はありえるはずだ」
日向の証言にキバオウが怯む。
「それはあくまで推測や。証左を挙げてみぃ!証左を!ここでβテスターが名乗りを上げ、こいつらの推測が正しいことを証言してみぃ。どうしたんや。たった一言、『β時代はホンマのこと湾刀を使っとった』って言うだけやで。どや、影に隠れてばっかの奴らには出来ひんやろ」
キバオウが嘲笑気味に言う。レイド全体に気まずい雰囲気が充満した。
「証言しよう」
その空気を断ち切るがごとく口を割ったのは、キリトだった。
「俺はβテスターだ。そして彼らの言っていることは真実だ」
「何ッ!」
よもや名乗りが上がるとは思わなかったキバオウがたじろぐ。
「俺はβにおいても攻略メンバーとして活動していたので確信できる。第一層ボスは湾刀を使っていた」
「……そ、そんなん、嘘やッ。アンタがβを擁護するための、でっちあげやッ!」
何たることか。自分から証言しろ、と言っておきながら、当の証言が出るや否や無根拠に否定し出す。否定というよりも、拒絶が正しいか。
あぁ……また泥沼になるのか、とプレイヤー間に諦観めいた感情が伝播する。
「俺も証言しよう。彼らの言っていることは正しい、と」
凛と響いたその声の主にキバオウが目を剥いた。俺も。日向も。キリトも。皆が。
「俺はβテスターだ」
それはディアベルだった。
「な、な……」
キバオウが声にならない声を紡ぐ。
「う、嘘やろ……!?アンタがβテスターやなんて」
「真実だ。俺も攻略メンバーの一員だったんだ。なんならこの先の層の情報をここで公開してもいい」
キバオウが押し黙る。キリトは、「そうかアイツ……《ディアボロ》か」と呟いていた。
「黙っていたことは謝罪する、この通りだ」
そう言って、ディアベルは膝をつき、両手をつき、そして額をついた。
「そんな……!顔上げてくれや!」
そう言われると、彼は神妙な面持ちで頭を上げた。
「これだけは言わせてほしい。騙す気はなかった。本当はあの場、攻略会議で言うつもりだった。だが、キバオウさんがβテスター(俺達)に対する怨恨を語り出したから言えなくなった。言えば、攻略に支障を来たすと思った……」
ヒューマンエラーは人間の感情に最も因る。彼の行為は自利の為ではない。徹頭徹尾、攻略のために、あくまで利他精神に基づき実行されていた。キバオウも、そんな彼の気持ちを汲めないことはないだろう。
「すまん……」
キバオウの次の台詞は、半ば予想できたものであったが、実際言われると驚くものだ。
「辛かったよ、君達を騙すのは……」
ディアベルは伏し目がちに言った。
「ワイの勝手な怨恨のせいで、ディアベルはんに、そんな思いを……」
「気にしないでくれ」
彼は快活に笑む。
「俺はキバオウさんに、βテスター(俺達)への悪感情を全て解消してほしいとは望まない。ただ、攻略の場は緩衝地帯としてほしい。戦場では、手を取り合ってほしい。
俺達は本来、共通の敵、共通の目的で動く同士なんだ――」
「……ッ!」
キバオウは膝をついた。
「すまん、すまん、ディアベルはん……」
「キバオウ君、そう思い詰めないでくれ」
ディアベルは、自身が立ち上がるとキバオウの腕を掴み、そっと引き上げた。
「俺は今から《黒鉄宮》に行こうと思う。皆、ついて来てくれるかい?」
キバオウはその言葉に驚いたように声を発した。
「ディアベルはん、それは、つまり……」
「ああ、俺達も自分の使命と責任を忘れたつもりではない」
最近ご無沙汰しててすみません……試験期間があったりソシャゲのイベントに奔走してたりでなかなか機会がありませんでした。今日はあと1話ほど投稿しようかと。
あと少し学習しました。連続した会話の時はあまり改行しない方が良いですね
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十八話「墓碑銘(ネクローシス)」
第一層・はじまりの街。
勝利の凱旋をする俺達をプレイヤー達は喝采で讃えたが、彼らには構うことなく俺達の足はある場所へと向いていた。
黒鉄宮――
名の冠するごとく、
その碑には、無数の名が
お分かりだろうが、これらはSAOの仮想世界、そして同時に現実世界で《死亡》したプレイヤーの名である。
その数、ゆうに二千超。
しかし恐ろしいことに俺は、その膨大すぎる数の死を実感できなかった。一度死んだ身であるにも関わらず、だ。
だってそうだろう――
人間の死とは、これほどまでに簡素に、たった26通りの《文字》で済まされてしまうのだから。
思えばこのようなことは、現実世界でもよく起こることだった。
人間は死ぬと、葬儀が執り行われる。人によっては豪勢に、あるいは質素に。しかしいずれにせよ、残酷なまでに過ぎていく時間の中でその事実は、人々の歴史から、記憶から風化していき、最後に残るのは死体診断書と死亡届に記された頼りない手書文字だけだ。
実際、俺もそうだったのだ。唯一の救いだったのは、一人の少女に自分の生きた証を託せたことだ。
嫌だと思った。現実にせよ、仮想にせよ、その運命からは逃れられないのだが、自分の死が僅か数バイト程度のテキスト情報に集約されてしまうのは、言い知れない不快感と拒絶を覚えた。
プレイヤー達は《生命の碑》の前に立つと、自然に直立の姿勢をとり、その碑を見仰いだ。軍隊めいた敬礼だとか、教会めいた手を組ませた祈りをすることもない。彼らの前で物理的実体を伴う動作など、まるで無意味で滑稽なのは自明である。
言い方は悪いが、この《生命の碑》は彼らがかつて生きていたことと、そして死を迎えてしまったことの云わば
遠い場所で、自分の近くで、遠い昔、ついこの間、知らない人が、気の知れた友人が、現実では遠く離れていても、同じ世界で、同じ使命のために、戦っていたことを。墓碑の中に浮き上がる彼、彼女の名を決して忘れることは無いだろう。
現実世界において、この世界での人間の死は単純に《
残念ながら彼らの死は、この世界でしか意味を持たないのだ。
だがそう遠くない未来、例えこの世界が消失してしまったとしても。
墓碑は語るだろう。この場所でかつて自由を求めて闘った戦士達の《
現実世界へ向け、発信するだろう。
《第一部・了》
一層、というか一部完結と言ったところですかね。長かった……私の怠惰も相まって。
これまでの話でも察していただけます通り、当作品は相当に原作をブレイクしています。
ディアベルさんは生存しますし、キリト君はソロプレイヤーになることもないでしょう。
それでもいいと言う方は何年かかるかは分かりませんが私の手慰みの執筆にどうぞお付き合い下さい。
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十九話「あの声(ファミリア)」
※作者が時系列を大幅に勘違いしていたため前後の文章ごと修正しました。すみません。
西暦2022年5月20日
茅場晶彦によるデスゲーム開始宣言から一か月以上が経過しようとしていた。
SAO最大級のギルド《天魔衆》を創設し、そのトップの座に就いたディアベルの采配により安全的かつハイスピードでの攻略が進み、前線は第十層まで押し進められていた。俺や日向も彼の傘下の攻略メンバーとして微力ながらアインクラッド解放に尽力している。
何故、これほどまでハイペースな攻略が可能となったのか。ディアベル曰わく、パターン戦術が有効なのだと言う。即ち、現SAO内でも最高レベルを誇るキリト、アスナ両名を突撃させるというものだ。彼らの戦闘技術は目を見張るものがあり、例えボス級モンスターであろうと、僅かこの二人のみで十二分にHPを削ることができるのだ。
しかし、それでは他のプレイヤー達のレベルアップが滞ってしまう。そのため支援と称して俺・日向や、キリトのパーティーに参加したビーチェ、クライン率いる《風林火山》、ディアベル麾下の、シンカー率いる《アインクラッド解放隊(ALS)》とリンド率いる《ドラゴンナイツ・ブリゲード(DKB)》を起用するのだ。
言うなれば、キリアスコンビに良いように俺らが乗っかる《お膳立て戦法》である。しかし、乗っかられる当人たちからすれば堪ったものではないはずだ。何せ自分達の経験値やコルを他のプレイヤー・パーティー・ギルドに持って行かれるのである。
ところが彼らの認識は「それで攻略がスムーズに行くのなら構わない」というものだった。実際、ディアベルも二人の理知的な判断に随分と助けられているようだ。
だが、今までスムーズに進んでいた攻略も以降は難航することが予測されている。その理由というのがーー
β版における到達限界点。
キリトの話によれば、第十層迷宮区ボスを倒す前にβ版の公開期間が終了したのだという。そのうえ、ボスのHPは三段あるうちの一段目しか削れておらず、ボス級モンスター特有の、HPレッドゾーン突入の際の攻撃アルゴリズムの変化すら確認できなかったようなのである。
これには、さしものディアベルも頭を抱えている。ボス攻略においては、戦闘能力や指揮能力も必要とされるが、やはり最も要点が置かれるのはボスの情報である。敵に関する知識を一切持たず、無策に突っ込むなど愚の骨頂である。攻略本もページの厚みが減ったことから、出版者のアルゴがβテスターということが窺い知れた。内容を読んでみてもボスの序盤の武装や使用ソードスキルは記されているが、レッドゾーンにおける攻撃パターンの変化には対応してない。ボス攻略の柱が脆弱化してるのは明白であった。
話は変わるが、俺と日向は凡百なステータスでありながら何かとディアベルに信用を置かれている。理由は分からない。だが、貴重なボス関連情報の獲得のため、キリアスコンビや各ギルドの高位パーティーと共に色々なクエストに駆り出されることが多いのだ。
この日も、俺達は迷宮区ボスに関するフラグイベントが発生するというクエストの攻略レイドに参加していた。レイドのメンバーは俺と日向を除き、キリト、アスナ、《風林火山》、《天魔衆》・《ALS》・《DKB》の高位パーティーの29人編成である。
目的のフィールドボスは森フィールド内に居るとされる《マーダー・サーペント》。この第十層には蛇系のMobが多数存在し、迷宮区ボスも蛇の亜人モンスターと説明された。
「そういえばキリト。お前の所の……誰だっけあの娘……」
「ビーチェか?てか、いい加減名前覚えろよ」
「そうビーチェ。いやなかなか話す機会ないもんだから」
長らく無言の空気が続いたもので、耐えかねたのだろう日向がキリトに話し掛けた。
「今日は居ねぇみたいだが、どうしたんだ?」
「アイツなまだレベルが心許ないからな。万が一の時を思って、他の狩り場でレベリングしてるよう言い付けてきた」
「そうなのか。俺としちゃあ戦闘に参加させた方がレベルアップになる思うんだがな」
「命の方が大事だぜ、日向」
俺が日向に注言してやる。死後の世界に居た期間が短かった俺は良いとして、古参だった日向は死生観が常人とズレてる節がある。あそこの住人は元から死んでるのでデスルーラ、所謂死に戻りを平然とやっていたのだ。勿論この世界では死ねば死ぬ。相当変な表現になるが、俺からすればそういう感覚なのだ。
「皆!」
ふと、レイドの隊列先頭から声が飛んだ。声の主は《シガリテ》。《天魔衆》構成分隊の分隊長を務めるディアベルの懐刀だ。得意ギャグは「千葉!滋賀!佐賀!シガリテ!」のようだ。つい先程、レイドの決起会でメンバーの前で披露して思い切りスベっていた。
「ここら辺りにボスエリアがあるようだ」
彼は地図と実際の地形を照らし合わせている。
「さっきも説明したが、ここのフィールドボス《マーダー・サーペント》は毒系統のモンスターで、割と強力な毒を出す。攻略本によれば直ぐに死ぬことはまず無いが、数分放っておけば十分に死に至る可能性がある。各自、手持ちの解毒アイテムが減ってきたら余裕のあるプレイヤーから貰うなどして常に切らさないようにしてくれ。それからーー」
その時だった。
『誰かぁッ!私をッ!助けろぉぉぉぉぉッ!』
女性の声だった。同時に周囲を震わせるような野太い声だったと認識した。
「何だッ、今の声は!」
シガリテが焦ったように声を張る。
「あっちのようだ!」
レイドメンバーの一人が声の聞こえた方角を指差しながら言う。
「『助けて』と聞こえたからには唯ならぬ状況のようだ……皆、急ぐぞッ!」
シガリテが指示を飛ばし、彼よりも早く飛び出したキリト・アスナ両名に続くようにメンバー全員が声のした方向に疾走する。俺は足を最速のピッチで回しながら、先程の声が聞き覚えのあるものだと感じていた。
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二十話「円環再逢律(ウロボロス)」
少年と少女は云わば、《生命の危機》と呼べるものに瀕していた。
それはたかがゲーム内での死に過ぎないが、この一カ月近くでゲーム内の仮想肉体の死と現実世界の肉体の死が連動していることは、最早疑いようもない厳然たる事実であった。
少年と少女は死という存在に対して余りにも鈍感だった。死生観が歪んでいた、とでも言おうか。そんなディストーションが彼らの心に甘い蜜のような油断を生んだ。あろう事か、地図を戦闘中に紛失してしまったのだ。あらゆるアイテムは所有者の手を五分以上離れると所有権を放棄した扱いになる(この時の彼らは《全アイテムのオブジェクト化》という方法を知らない)。
彼らのパーティーには《タンク》と呼ばれる盾のような存在が居り、今は別行動をとっている。無論、その彼にもメッセージを飛ばしたものの、どういうことか届かない。
少年は少女に助けを待とうと意見具申をしたが、アクティブな性格である少女は、それを却下。受動的(パッシブ)になっていては救いの手も差し伸べられないという少女の崇高思想の下、たった二人、余りにも孤独な人海戦術による出口を探す旅が始まったーー
結果、完全に迷った。
そして森に迷ってから一時間経過し、
彼らは蛇に睨まれていた。
いつの間にかフィールドボスエリアに足を踏み入れていたようで、鬱蒼とした森林の陰から巨大な蛇の頭がぬっと現れ、手際よく二人の周囲で一周分蜷局を巻き、彼らの退路を塞いだ。少年は蛇の表皮を眇めた。暗紫色の光沢でぬらぬらと覆われている。見た瞬間、毒判定があると理解できた。
少女が戦うことを決意した。
少年もやむを得まいと同意する。
実際、彼らには《救援を呼ぶ》、《転移結晶で逃げる》、《戦う》という選択肢しかない。そのうち前者二つが実行不可能な以上、二人の進むべき道は戦うことに集束する。
その時、少年は、少女が己の肺に空気を溜め込む音を耳にした。
「誰かぁッ!私をッ!助けろぉぉぉぉぉッ!」
少年はその声量に甚だ仰天した。現実世界で聞いたら鼓膜が破れそうなほどにデシベル値が大きい。少女の物理的手段による救援要請は、方法論として誤ってはいない。しかし、その行為は大きな代償を有する。
大蛇がのそりと回頭し、桿体細胞の発達した夜行性動物特有の縦長状の瞳孔が浮かぶ魔物めいた双眸で少女を睨み付ける。だが、少女は一切怯むことなく、寧ろ抜刀隊のような威勢の強さでダガーを握った。
蛇が一瞬にして動いた。少女もほぼ同時に動く。
攻撃速度は少女の閃かせるダガーの方が紙一重で早かった。ところが蛇は、その頸部を大きくしならせ、長半径の弧を描くように少女に斬撃を回避。転瞬、肉薄。その顎(あぎと)を顎関節が外れんばかりに開き、ダガーを振り抜いた直後で隙だらけの少女の肩に噛み付いた。
「……んっ!」
少女が苦悶に喘いだ。少年は隙を見せることも承知で少女に目線を遣ると、HPバーの下にデバフの《毒》状態を表すアイコンが表示された。同時に少女のHPにもデクリメント計算が働く。緩やかな減りではあるが、徐々にHPバーに空白が生まれていくのが見て取れた。少女が膝から崩れ落ち、スタンも発動していると理解できた。すぐに解毒アイテムを使えればいいが、生憎持ち合わせが無い。慢心である。
少女のHPバーがイエローに変わった。警戒域である。もう少しで危険域にも突入するだろう。即座この場から離脱したいのだが、大蛇の直径2mを越すかとも思える極太の肉体が彼らを360°包囲している。スタン状態の少女を抱えて脱出しなければいけないため、少年のSTR値では跳躍で飛び越えることはほぼ不可能だろう。触れれば、毒判定を喰らいスタン。後は死の誘引を迎え入れるのみである。
少年は、運命を悟った。意外と、抵抗はなかった。ただ自分の実数的な存在が分解され、虚数的な存在として別の世界に送られるに過ぎないのだ。相違点は、生きているか死んでいるか、程度でしかない。
その時、少年の脳に、過去の、正確に言えば死後の記憶が去来する。所謂、もう一つの世界、即ち死後の世界における自存在の終着点は何だったか。
そうだ。召されることだ。
天へ。天へ。幾億の星のように、消え去ることだ。
輪廻転生。
畢竟、人は、生にしがみつくことも出来なければ、死にしがみつくことも出来ないのである。
あの世界に送られた魂は、いずれかは再び生の世界へと飛ばされる。その度に魂は全く別の肉体に移植され、別人の身体を、さも自分の物のように動かして生きていくことを強いられる。
恐怖を覚えた。
少年は理解する。
この世界はシステム上、そう簡単に死んではいけないように仕組まれているのだ、と。
存在の消去と魂の変異という恐怖心を欠落させた者から脱落していく世界で、その感情を銘肌鏤骨と刻みつけられている内は、人はなかなか死ぬことは無いのだ、と。
ならば、生きなくては。隣にいる少女と。生を謳歌するのだ。少なくとも少女にLoveの好意を抱く人間を一人、少年は知っている。その人のためにも彼女をここで失わせるわけにはいかない。
少年は絶望の淵で、救援を待ち望んだ。
その願いは、数瞬後に叶えられる。
毒蛇が大口開けて噛み付き(バイティング)を仕掛けてくる。少年は咄嗟に片腕で防御するも無論無駄なこと。
ーー儘よ……ッ!
直後、少年は自身の肉体に浮遊感を覚えた。いや、実際に浮遊している。脇を見れば、少女も浮遊しているのだ。視界に捉えられたのは、残像を残して動く赤毛。その時、少年は何者かに担がれているのだと理解する。
蛇の像が遠くなり、包囲の蜷局と攻撃射程から脱出すると、少年は助かったことを確信した。
その安堵感からか、少年はアルコール度数の強いウオッカを煽ったような胸の熱さを覚えながら意識の底に身を投げる。
「シガリテさん、救出に成功しました。男女の二人組のようで、たった今、後方部隊に預けてきましたよ」
俺は事の顛末を脳内で可及的簡潔な文章に纏め、事務的に報告した。ただ、男女二人組、という報告に関しては我ながら信憑性に掛けた。何故ならば、たった一瞬の出来事でありながら尚且つ敵に対し、意識の殆どを向けていたため件の二人をまともに見ることが叶わなかったためである。瞬間的に視野に捉えた分だと、俺が男だと言ったプレイヤーはそこそこ中性的な顔立ちをしていた気がする。もしかしたら両方女性かもしれなかった。
「ご苦労、オトナシ。それにしても、圏外を男女二人組で……か。キリアスの無双コンビじゃああるまいに。逢い引きでもしてたのか?」
「さあ、分かりませんよ。単純にパーティーからはぐれただけという可能性もあります」
「それもそうだな、まあいい。今はボス討伐だ。お前は当初の予定通りの配置についてくれ」
「諒解」
そう言って会話を済ますと、俺は解毒ポーションを一気飲み(イッキ)し、マーダーサーペントに特攻をかける。大蛇は幾重にも蜷局を巻き、壁のような姿をとっている。風貌だけはフロアボス並の圧巻さだ。俺も肉壁の周囲に集り、他プレイヤーと同様にひたすら大蛇を斬りつけた。
やがて、蛇は痛撃に悶えるように胴体を上へと持ち上げ、蜷局の壁は解ける。胴体の上半分が天を突き、俺らを見下ろしていた。
「広範囲の毒攻撃……だが、ポーションを飲んでるから問題ないな。攻撃続行!」
その叫号を皮切りに俺らの剣撃は加速する。サーペントは左右の顎までぱっくりと割れた巨大な口をあんぐりと開け、口内から空から毒液を模した暗紫色の粘性液体を垂らした、さりとて無視。
ところで余談だが、ヘビの毒は基本的に神経毒と出血毒、筋肉毒に分けられる。いずれも人体の組織内部に直接注入することで作用するものであり、体表面に触れるだけでは(おそらく)問題は無い。故にヘビは噛みつき、牙から毒を注ぎ込むのである。口内から源泉かけ流しのごとく垂れ流すものではない。これに関しては、製作者のミスではなく、ボスに応じた広範囲攻撃能力を与える過程で仕様がなく発生した、それこそ『仕様』だと自己解釈している。余談が過ぎた……。
マーダーサーペントも大方削れ、ラスト一段となった。大蛇は、胴体下半部で全身を支えたうえで、あろうことか上体を西部劇の保安官の投げ縄よろしくぶん回し、奇抜な円状攻撃に打って出た。これについては流石に製作陣お疲れかな?という感想が浮かぶも、なかなか凶悪的な攻撃だ。何せ回転スピードが速い。遠心力とGで脳漿と脳味噌が混ざりあってミックスジュースになりそうな速さだ。キツツキのような頭でもしてるのかと思った。しかしシガリテ麾下の討伐隊とてこれまで9体のフロアボスを討滅してきた歴戦の剣士である。迅速な反応と敏捷な回避行動を発揮し、易々と攻撃を躱す。
「ぐはへっ」
集中力を切らしたのか、回避タイミングをミスった日向の横腹に蛇のスイングが直撃。ホームランボールめいて遠方へぶっ飛ばされる。まぁ、日向なら大丈夫だろ。
そんなこんなしている内にマーダーサーペントは討伐され、LAは《風林火山》のメンバーの一人が取った。どうやら蛇の鞣皮で出来た毒耐性付のレザーアーマーのようだが、デザインがグロテスクなので正直欲しいとは思わない。貰った当人も苦い顔をしていた。
その時である。
「「何でお前(アンタ)が此処にっ!?」」
ボスフィールドを離れた茂み、ちょうど後方の治療部隊が控えている辺りから、ほぼ同時に男女の声が上がった。
内一つの男の声は間違いない。日向である。
ではもう一つの女の声は……?
とても聞き覚えがあった。
俺が茂みの方へ駆け足で向かうと、まず目に入ったのは蛇のスイング攻撃と落下ダメージによりスタンしている日向。木の幹に首で凭れかかり、だらしなく四肢を広げている。
「えっ!?」
驚きとも、戸惑いともとれる声が上がる。
俺が声のした方向に視線を遣ると、そこに居たのはとてもビジュアルが印象的な男女のペアが。
男の方は赤髪。女の方は鮮やかな桃色。
俺はこの二人に甚だ見覚えがあった。いや、忘れるはずもない。
そこに居たのは――
「ちょっと、音無君まで!?」
かつて、戦場に立ち、互いの背を預け、神相手に闘いを挑んだ盟友。
大山と中村ゆりである。
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二十一話「神様の悪戯(ゴッズ・トリック)」
俺達はまさに偶然の偏差の奇跡的な一致によって、かつての旧友・仲村ゆり、大山との再開を果たし、現在、宿で彼らが借りている部屋にお邪魔していた。
オーク材に似た木から作られた落ち着きのあるインテリア。それは戦いに疲弊した冒険者達の癒しと憩いの場となるのは確実。照明やベッド、一日二食の食事がついて尚、目を見張る程のリーズナブルさ。無論、第十層が解放されるやいなやどこぞの目敏いプレイヤーが見つけたのか、忽ちプレイヤーが殺到し、一瞬で部屋は全て埋まり、現在一ヶ月先まで予約待ち状態だ。おまけにこの2人のように部屋を借りっぱなしで常駐するプレイヤーが殆どなので一度取り逃せば次の層が解放されるまで部屋が空くことはないだろう。そんな希少な宿の一室を独占し、実際勝ち組状態の2人は優雅にベッドの上に腰掛け、俺達は味わい深い木製チェアに座している。
「どう?いいとこでしょ?私も情報を入手してからすぐ様ブッキングに行ったけど、それでも予約の9割近くは埋まってたわ。まさに滑り込みセーフ。とんだ競争率ね」
「なぁ……ゆり。お前達がここを押さえた努力には、俺らもその恩恵に肖っている訳だし、惜しみない賞賛を送るにやぶさかではないが……、本題はそれではないだろう?」
「なによぉ、ただの前座じゃない」
ゆりは頬を膨らませて言った。
「そうね、アンタ達をここに呼んだのは、もう一人の仲間と合わせるためよ」
「もう一人の仲間……それはさっき言ってた《タンク》のことか?」
「そう!正解。さすが音無君、相変わらず物覚えが良いわね。で、今からその《タンク》を紹介しようと思うのだけど、ちょっと待ってて。もう少しでここに着くってメッセ入ったから」
ゆりがそう言うので暫し部屋で待っていると木のドアが独特の軋みを上げながら開く音を聞いた。
現れたのは、目方の大きく、恰幅の良い、あたかも格闘家を想像させるような体格の男であった。彼はその巨躯に重厚な鎧を纏い、まさに《タンク》というなりである。俺達は彼に見覚えがあった。
「「松下五段!」」
俺達の声が重なって、その名を叫んだ。
そう、死後の世界での旧友・松下護騨である。
「やぁ、皆。久しぶりだな」
彼は落ち着いた口調で言った。
「本当だせコラ!元気やってたか、松下五段!」
日向は松下五段の巨体に真正面から組み付いた。
「松下五段、久しぶり」
俺も松下五段と固い握手を交わした。
「ハイハイほらほら、感動の再開もそれくらいにして……全く、男子ってなんでこんなにむさくるしいのかしら」
テンプレートな女子の台詞をぼやきながらゆりは続けた。
「松下五段、紹介するまでもないわよね。今日から音無君と日向には私達のパーティに入ってもらうわ。異存はないわよね」
「うむ。当然だ」
松下五段は首肯した。俺達は内々の熱が昂るのを覚えたが、松下五段は落ち着き払っている。予めメッセージで知らされていたのかもしれない。それを抜きにしても俺達は、彼が情熱的ながらも冷静な男だと知っている。
「私ね、これだけメンバーが集まれば、一度下層へ下りてギルド登録を行ってもいいと思うの。実は結構貯金あるし。アンタらのも掻き集めたら創設には充分だわ」
サラッと俺らの金を使う宣言しつつゆりは言った。
「まぁ、悪くないと思うぜ?」
俺としても異論はない。
「それでゆりっぺ、ギルドの名前とかもう決まってんのか?」
日向が問うた。
「当たり前よ。ていうか大体察しが付くでしょ?」
ゆりは大仰に声を張り、耳に懐かしいその名前を告げた。
「《死んだ世界戦線》よ!」
今ここに、SSSが復活した瞬間だった。
……とはいえ、今まさに本当に多くの人命が失われているデスゲームのまっさ中である。ギルド名に「死んだ」という修飾語が入るのは、いささか体裁が悪いのではないかという大山の提案でしばらくは略称である、《SSS》にしておこうという結論に落ち着いた。(勿論、《死んだ世界戦線》の"死んだ"という語に周囲を煽るような意味合いがないことは百も承知だ。しかし、我々の中だけでの符牒が世間一般に通用するとはいえないし、説明したとて理解してもらえるとも限らない。仮想現実とはいえ"現実"なのだから角が立たないように摺り合わせをするのは大事だ。)
そうこうして、俺と日向は一も二もなくギルド加入を決め、かくしてパーティ《SSS》は、リーダー・ゆり、副リーダーは大山から日向に委譲され、以下メンバーは大山、松下五段、俺と相成った。
「それでは!旧友との再会と、新たなメンバーの加入を祝して乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
俺達は所謂、新歓パーティのような物を開いていた。
「ンゴ……クゴク……ぷはっ、うめ」
初っ端、日向はドリンクを一気呑みしていた。日向の顔は早速天狗のように赤い。どうやらこのゲーム内の飲料のモチーフは基本的に酒のようで、アルコールを再現するために飲んだ後は多少の酩酊と赤ら顔になるらしい。俺達は備え付けの丸テーブルを五人で車座になって囲んでいる。テーブルの上には安物だが、パンやスープ、野菜、肉などが並ぶ。俺と日向が《マーダー・サーペント》の討伐報酬の殆どを費やして揃えたものだ。
「しかし、この仮想世界に来てから死後の世界での仲間に恐ろしい程頻繁に遭遇する。最早、運命がどうだとか、そういう次元の話じゃないな」
俺がそう切り出した。
「でもロマンチックな話じゃない。生まれ変わりからの再会ストーリー。一昔前のお涙頂戴映画みたいな展開ね」
ゆりが率直な感想を述べる
「まるで何かの軛に囚われているみたいだ。金庫のロックのように何重もの鍵穴が偶々一直線上に並んだという程度の事象ではあるまい」
松下五段も冷静に現状を精査した。
「さあな。分かったこっちゃねぇや」
日向は思考を放棄した。
「まぁ実際そうだろう。神様の考えてることなんてわかりゃしないな。向こうからすればゲームの二周目感覚なのかもしれないさ」
「確かにこれが神様の悪戯だとしたら手に負えないわ。『ひかれあう運命』みたいなのの方がまだ可愛いわね。仮にも《神への反逆者》を掲げてたのに、情けない限りだけど」
ゆりでさえ自分達の手に余ることだと思ったようだ。
「あぁもうどうだっていいさ。こんな分かりもしないことも言い争ったって水だけ論だろ?そんなことよりも近い未来のことについて話し合おうぜ」
日向が話題転換を申し出た。
「近い未来のこと、というと?あと『水掛け論』な」
日向の誤謬を指摘しつつ、その提案を掘り下げる俺。
「う、うっせ、ちょっと間違っただけだ――だからさ、第十層のフロアボスのことだよ。フィールドボスや主要クエストはあらかた終えたし、そろそろ声が掛かり始める頃だ。……そういえば、俺と音無は攻略組に混ざってフロアボス攻略に参加していたが、お前達の姿を見かけたことはないよな」
「えぇ、今までレベリングばかりやっていたものね」
「そうだねぇ。最前線での攻略とか、念頭にすら無かったよ」
ゆりの言葉に大山が同意した。
「俺達は今回もフロアボス攻略に参加するつもりだが、お前達はどうするんだ?」
「そうねぇ……、正直ここで不参加を表明してしまったらSSSリーダーの名折れな気がするわ」
「別に参加しないからどうだということはねぇよ。命に勝るものはないからな」
「ねぇ、現時点で攻略への参加を表明してるプレイヤーってどのくらいいるの?」
ゆりがそう聞くと、俺達二人はやや面を伏せた。
「実はそれほど芳しくない」
俺が口を挟んだ。
「β時代の攻略最前線は第十層までだったが、道中Mobが余りに強力でついぞフロアボスにすら到達することが叶わなかったという。明確な討伐のメソッドが確立してない分、安全に攻略できる可能性はその分落ちる。第九層で攻略に参加していたギルドが一つ抜けてしまってな。十数人単位の欠員がある状況だ」
「それってマズイんじゃない?」
「あぁ、だから今ディアベルさん――攻略組のトップだが、彼が自分のギルドからギリギリマージン取れそうなプレイヤーを寄せ集めて即席のパーティを組ませようとしている。だが、それでも埋まるのは一パーティ分だ。それでも残り一パーティ分の空きはなかなか大きい」
それを聞くと、ゆりの瞳は決意のそれに変じた。
「なるほどアインクラッド解放のピンチって訳ね。なら私達、正義のSSSが立ち上がらずして誰が立つ!私達も参加を表明するわ。三人程度じゃ足りないかもだけど……。皆、異論はないッ?」
「おお」
松下五段は粛々と従った。
大山は若干乗り気では無かったが、ゆりの気迫に押されてなくなく「う、うん」と応じた。
会合を終え、皆が各々の自室に戻ろうと解散する中、松下五段がゆりに声をかけていた。
「ゆりっぺ。確かに神は俺達からしたら手に負えないスケールの大きすぎる存在かもしれない。だがな、『この世界』の
「ふふ、そうかもね。……ええ、きっとそうね」
次、第10層のボス戦です。
第10層のボスの名前は劇場版で出てきたらしいんですけどボス戦だけ劇場版公開前に書いてたので名前が違ってます。(2017年…)
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二十二話「参集(アセンブリ)」
2022年5月22日。
遂に第十層攻略の召集が掛かった。集合時刻は正午。場所は広場にあるオーディトリアム。 中は、大学の講堂を思わせるような造りになっていて、聴衆席にはパーティ毎に間隔を開けながらプレイヤー達が座っている。メンバーの欠員あれど前回の攻略より見た感じで人は減っていないようには思われた。ディアベルの指揮したプレイヤー達が間に合ったのか。
正午を一分ほど回り、大学教授よろしく講壇横の扉を開かれ、大ギルド《天魔衆》総元締・ディアベルと、彼の腹心、《アインクラッド解放隊(ALS)》リーダー・シンカー《ドラゴンナイツ・ブリゲード(DKB)》リーダー・リンドが入室した。
「皆、少々遅れてしまって申し訳ない。それじゃあ、ブリーフィングを始めようか」
手拍子を打ち鳴らしてディアベルが口を切った。
「皆には既に触れ回っている情報だと思うが、此度攻略する第十層フロアボスはβでも攻略し得なかった敵だ。今回も例の《攻略本》によってボスの最低限の情報は得られたが、著者の《アルゴ》というプレイヤーですら詳細な情報は得られなかったようだ。予め言っておくが、今回の攻略は、今までより最高にHARDになる」
ディアベルは包み隠さず告げる。会場の士気もやや落ち始めた。
「その所為か、今回は欠員が出てしまった。かといって別に責めるつもりなんて毛頭ない。命あってこそ、だからね。それで今回、俺からの頼みで数名の人に協力して貰って補充メンバーを集めてもらった。皆、来てくれ」
そうディアベルが呼びかけると、先程彼らが入ってきた扉から五人の男と女一人が一人ずつ入って来、ディアベルの横に並んだ。
「紹介しよう。左からクロード、ボツリヌス、テフテフ、モスキイト、エゾジカ、マーリアだ」
「なんかクロードとマーリア以外強そうな名前じゃないんだけど……」
ゆりがボソリと漏らす。
「ん〜でもネトゲ時代ってああいうふざけた名前多かったよね。僕が見た中で一番奇妙だったのは《××××××》とか《××××××××》とか――「大山、直ちにその口を閉じろ」――アッハイ」
ポロリと下ネタ発言をした大山の口を日向が箝する。やめてくれよ、女子もいるのに。でもゆりならそんくらいじゃ動じないか。
「ちょ、ちょちょ……お、おおおお、おお大山君?!な、何、そ、そのひ、卑猥なこと口走ってんのよっ!?」
うわ滅茶苦茶動揺してるよ、この人。
「俺も可能な限りプレイヤーを掻き集めてレベリングをさせたが、マージンに充分に達せたうち、攻略への参加を表してくれたのは彼らだけだった。余り貢献できずにすまない」
俺らが馬鹿やってるうちにディアベルの話は相当進んでいた。
「だけど、オトナシくんが別に攻略組としてステータス的に十二分に通用するメンバーを三人集めて来てくれた。悪いけど、その三人。紹介したいから前に出てきて貰えるかな」
と、ゆり・大山・松下五段に声がかかる。
「ほらお呼びだ。行ってこいよ」
「えぇ……、僕目立つのやだなぁ」
「つべこべ言わずに、ほら行くわよ」
「おう、参ろうか」
そう言ってゴタゴタしつつ三人が講壇上に登る。
「それでは紹介しよう。左から《ユリ》さんに《オーヤマ》君、それに《ゴダン》君だ」
「おー、皆見事に本名プレイだな」
ディアベルの紹介を受け、日向が今更なことを呟いた。
「そうだな。でも今も同じ名前とは限らない。てか、それが普通だぜ」
「そういやあいつらの今の名前聞いてねぇな。やっぱ何かしら前の名前と似てるんだろうか。俺たちみたいに」
「さぁ、どうだろうな。あとで聞いてみてもいいだろう」
そんな雑談を交わしつつ、ディアベルの紹介に耳を傾ける。聴衆たるプレイヤーは、このゲームじゃ珍しい若年の女性プレイヤーに湧き、若干の士気を取り戻したようだった。
「それじゃあユリさん。皆に何か一言、いいかな?」
「ええ、勿論」
そう言ってゆりはディアベルからマイク(のような拡声器的な機能のアイテム)を受け取った。で、開口一番。
「どうもユリです。皆!安心して私のオペレーションにかかればフロアボスだろうがなんだろうが、赤子の手を捻るようなものよ!」
そんなことを言ってのけた。余りにも突飛な発言だ。盛り上がり気味だったプレイヤー達も一同静まり返り、何だか変な空気が流れた。
「おいおいゆりっぺぇ、いつものノリでやり過ぎだろ……」
日向が呆れたように呟いた。
一方、壇上のディアベルは、「え、この空気どうしよう」みたいな感じで一瞬硬着した後、とりあえず拍手を送るという大人な対応を見せた。他のプレイヤーもとりあえずで彼に続いて拍手を送る。ゆりはその中で満足気に頷くと、ほいっ、大山にマイクごとその場の空気を丸投げした。その後、漂った微妙な雰囲気に大山が涙目必至だったのは言うまでもない。
その後、新たなメンバーの紹介がぐだぐだといった感じで終了し、ようやく本題のフロアボス攻略作戦会議となる。ディアベルは講堂正面の壁に作戦概要を記した紙を固定し、金属棒で指し示しながら作戦説明を行う。
このフロアの迷宮区は《千蛇城》と呼ばれる。もう名前からどんな所かは推察できるが、蛇系統のMobが殆どを占める。その中でも《オロチ・エリートガード》というカタナ使いMobは群を抜いて強い。キリトもそう語っていた。《オロチ・エリートガード》の使うカタナ系ソードスキル《烈風》は視認も難しい高速の連撃で相手を切り裂くという第十層のような序盤層では有り得ないほどの強力無比なスキルである。加えて今回のボス《オロチ・ザ・マスターフェンサー》に関しては、《攻略本》にすら僅かな基本攻撃パターンしか記されておらず、最後に著者の手によって《非常に危険!》と明記されている程だ。そして分かっているだけのボスの情報だが、装備は、鎧にカタナ。ソードスキルは、居合技の《流星》と高速三連斬り《電征》、跳躍からの回転落下斬り《彗星》だ。残念ながらパターン変化後の情報まではない。致し方ないことではあるが。
「《オロチ・ザ・マスターフェンサー》は今までのボスと違ってカタナという高速連撃に特化した武器を用いる。これは非常に厄介だ。最悪、AGIが一定レベル以上で無ければ、ボスの足元にすら近寄らせて貰えないし、大振りの攻撃すら躱せない可能性がある。実際、迷宮区派遣隊の報告では、道中の《オロチ・エリートガード》ですらサシで闘り合うのには無理があった。二人でもまだ押し負けた。三人でやっと拮抗した、というぐらいだ。フロアボス攻略は明日の午後からを予定している。詳細は追って連絡させてもらう。皆、各々準備をしておくように」
そう締めてディアベルは手をパンと一鳴らし。
「これ以上、今回のボスに関して特筆して言うことはないかな。要領は今までと同じで構わない。それじゃあ各班編成に入ろうか」
俺らは来たるボス攻略のための綿密な戦術的配置の計画をした後、各自解散した。
2022年5月23日午後12時24分。
迷宮区前には既に全プレイヤーが勢揃っていた。ここからは未知の領域、自然、プレイヤー間にもスパークめいた緊張が迸る。
迷宮区道中突破に関して、ディアベルは一切の出し惜しみなく、レベル上位の所謂キリアスコンビみたいな奴らを前面に押し出した陣形をとらせている。道中のオロチは凶悪的に強力なMobで生半可なステと技術でかかると想像以上に手間取る。これは無駄な体力の損耗を防ぐ最善の手だと思う。実はその中に、俺と日向がいたりする。
「これから第十層攻略を開始する!これ以降の層は情報量も格段に減り、攻略の難度は跳ね上がる!でも冷静な戦術的対応と結束力さえあれば切り抜けられない難所はない!皆、はじまりの街で怯えているプレイヤーのためにも早くこんな世界を解放してやろう!」
ディアベルの進軍開始の音頭に、総勢68人のプレイヤーの鯨波(とき)が上がった。
4年前に書いた文章を振り返ってみると、なかなかに稚拙で悲しい。推敲する時間があまりないのでまた投稿は遅れます。
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二十三話「未知(アンノウン)」
第十層迷宮区内。
改めてキリトの強さを思い知った。夜闇のような黒衣をはためかせ、敵の群集をあっという間に切り捨てていく。彼のシンボルにもなりつつあるその黒衣は、日向が第一層ボスのLAボーナスとして獲得した《コートオブミッドナイト》だ。実はあの戦いのあと、「俺達には似合わねぇ代物だな」と判断した俺と日向が、ちょうど欲しそうにしていたキリトに売りつけたのだ。キリトは大層コートを気に入ったらしく、金額を弾んでくれた。
話を戻そう。彼の鮮やかな剣の扱いを見るに、現実で剣術でも習っていたのだろうか?剣道などとは一線を画す独特な構えや太刀捌きではあるが、基本的な技術の根幹として剣道のそれがあるように思われる。今度、聞いてみるか。
加えてアスナもだ。キリトといつもいることだし、剣術指南でも受けているのだろうか。極細の鋭利なレイピアを(武器としての系統は異なるが)槍衾のように打ち出し、みるみる《オロチ・エリートガード》を掃討していく。正直、俺らの出番なし。ディアベルも舌を巻く進撃であった。
そして最上階。俺らはボス部屋の前にいた。
「音無、今回のはヤバいらしいからな。気をつけろよ」
「分かってる」
そう短く会話を終えて、重厚な扉が開かれる。
第十層ボス部屋の中は、何というか《エギゾチック・ジャパン》といった感じだった。まさかこの言葉を実際に使うことになるとは。地面は畳、天井は木製の竿縁天井、壁は漆喰の上塗りが施されている。壁沿いの畳に等間隔に設置された行灯の火が手前から順に儚く熾火のような明るさで灯されていく。が、部屋の最奥はまだ影になって見えない。壁には行灯の中間を取るように、等間隔で障子窓が拵えてあり、今はそれらは全開で恐らく作り物である夜空とそれを舞う桜が見えた。
刹那。
障子窓が一斉に閉まり、視認できるのは薄明かりによって障子窓へ仄かに映し出された桜吹雪のシルエットだけとなる。そして、部屋最奥の行灯にも火が点り――その姿が映し出された。
大河ドラマとかでよく見る戦国武将が座るような折り畳み式椅子――床机(しょうぎ)に悠然と腰掛ける一人の武士(もののふ)。
金色の角が生えた紅糸威の筋兜に、同じく紅糸威の漆黒の六枚胴甲冑。刀は恐らく、肥後刀工の同田貫をモデルにしたものを佩刀しており、右手には金糸をあしらった軍配を携えている。
完全なる時代錯誤(アナクロニズム)であるが、その出来の無疵さに、逆に自分達がタイムスリップしてしまったのではないのかとさえ思わされる。
そんな戦国武将然とした《マスターフェンサー》は軍配を置き、おもむろに立ち上がると、腹の底まで揺さぶるような金属摩擦音を立てて抜刀すると八相の構えで一歩二歩と躙り寄った。
次の瞬間、ボスの(全貌を把握出来ない)顔の横辺りにボスの名――《Orochi The Master Fencer》がボス特有の大文字表記で現れ、その横に段組みのHPバーも表示される。その本数は五段。なかなかの敵である。
寸分待たずに戦闘開始。まず最初の攻撃隊(俺は含まれない)が吶喊し、ボスに一斉に斬撃あるいは打撃を浴びせる。しかしボスの反撃は早かった。
ソードスキル《彗星》――神速で放たれる三連続の斬撃である。
情報が寡少ということで、即ち今回は事前に知り得たソードスキルに対する対処法も極僅かであった。高速のZを描くような三連斬りに対処できなかったプレイヤーが次々に攻撃を受け、ダメージの硬直でその場に磔にされる。既に攻撃隊の三分の一が壊滅した状態だ。
「開幕ソードスキルかよ……」
俺は思わず呻く。
「皆!負傷者を庇いつつ耐えてくれ!まだスイッチの折ではない!」
ディアベルの指示が飛ぶ。
プレイヤー達はAGIの高い者が硬直で動けない者を抱えて逃げるなどして何とか攻撃を躱している。そんな中、キリトはSTRとAGIの高さを持ち味に高速移動と同時に繰り出される高威力の斬撃で敵を翻弄し、特定プレイヤーへのロックオン攻撃にインターセプトし、高難度の弾き(パリィ)でプレイヤーを守るなどの好プレーを連発していた。クラインは同じカタナ使いとあってか強い対抗心を燃やし、何かと競り勝っていたように思われる。
「スイッチ!」
ディアベルの号令がかかった。前衛プレイヤー達が息絶え絶えに撤退する。さあて、俺らの出番だ。次弾の攻撃隊にはSSSギルドメンバーが含まれる。
俺は《マスターフェンサー》の死角となる左脚腓腹に潜り込み、まず一太刀、返す刀で二太刀。狂うように続け様に連撃を発する。そして流れるように《スラント》を発動。多少のウェイトを強いられるが、敵の攻撃はこちらへはまだ流れてこないだろう。正直、今の所連撃系のソードスキルを身に付けられずやや鬱憤が溜まるこの頃だ。連撃は、その分硬直が長いが、攻撃回数は多い方が良いだろう。
それにしても日向は――。
俺はちらと日向に視線を呉れる。日向は《スラント》を発動した後、流れるように《バーチカル》を発動していた。
なんだアイツ。硬直が無かった気がするが。まぁ、いい。今は自分のすべきことに集中しよう。
すると《マスターフェンサー》が身体の向きを変え、こちら側に斬りかかってきた。
「危ねっ」
俺はスレスレで跳躍回避をする。そして、体勢を立て直しつつ、攻撃の隙を探す。
すると、《マスターフェンサー》が刀を鞘に納めたではないか。
これは来る……居合斬りのソードスキル《流星》が。
プレイヤー達が一斉に攻撃を止め、《マスターフェンサー》の視線方向――即ち、居合の可傷圏内から退く。
《マスターフェンサー》は身体を沈め、低姿勢になると、刀身が光を帯びる程の超速度で刀を鞘走らせ、斜め斬りにかける。凄絶な抜刀が刀身の二、三倍ほどの斬撃となって駆ける。しかし前方にプレイヤーは誰一人いない。高速の踏み込みと共に払われた大太刀が空を斬る。
明らかな空振りである。
そう思われたのだが。
「!!」
《マスターフェンサー》は90°右に転身し、突如、二の太刀を放った。予期しえない不意打ち。右サイドに回避していた数名のプレイヤーが斬撃を諸に喰らい、HPをを激減させる。
「スイッチ!」
数瞬も待たず、ディアベルの指示が飛ぶ。
さぁ、俺らの出番だ。
前線へ躍り出ると、硬直真っ只中の《マスターフェンサー》に数撃浴びせ、振り下ろしが来る前に即撃離脱。この手の重量級攻撃は付近に居ただけでスタンを喰らうのだ。
好調だ……悪くはない。
奴の脅威は強烈なソードスキルであって、その通常パターン攻撃は単調で見切り易い。高速であることに変わりはないが、見てから避けられるレベルであろう。
振り下ろしの反動で再度硬着を喰らった《マスターフェンサー》の足を低姿勢でスルリと潜り抜け様に膝、大腿裏、踵に斬撃の痕を刻み込んでいく。
暫時のアルゴリズム処理が終わると、《マスターフェンサー》がパターンにないモーションを取り出す。納刀ではない。即ち、あれは先程の《流星》ではないということだ。
何だ……あれは。残る可能性としては高速三連斬り《彗星》と跳躍回転振り下ろし《電征》。
いずれにせよ、敵の動きを見てから判断するしかない。よく見ろ……よく観測するんだ。そして対処する。《彗星》の攻撃範囲は《流星》と同じく前方だろう。俺は《マスターフェンサー》の視界から外れるように脚を運ぶ。しかし、先の《流星》のようなトリッキーな動きをしてくる可能性も過分にしてある。油断ならない。《電征》の場合、対処が困難だ。敵は俯瞰状態から、俺らが恐らく密集している所を優先的に襲うだろう。しかし相当な空間把握能力がなければ攻撃位置を予測することは難しい。
そして、《マスターフェンサー》が屈んだ。跳躍か?いや――踏み込みの為の溜めかもしれない。重心の傾倒具合をよく見ろ。やや前方?いや、どっちとも取れるぞ。
クソ、初動を見てから避けるしかない。
さぁ……どう来る。
空間を引きちぎるような荒々しい風音と共に、《マスターフェンサー》の姿が霞んだ。後方へ残像の尾を引いている。前進!《彗星》か。
一撃目。大きく空振る。
二撃目。威力を逃さぬ巧い返す刃であるが、前方に敵は居らず。
三撃目。ウェイトを置いての大上段からの一振り。無論命中は無い。
良かった……先のような意表を突くようなアクションは無かった。と、安堵するも束の間。俺はやっと気付いた。
《マスターフェンサー》の大刀が未だ輝いている――!
つまり、ソードスキルは終了しておらず、続行中なのだ。
「躱せぇぇぇぇッ!」
攻略チームの誰かが叫ぶ。この危機にいち早く気づいたのだろう。しかし、大半のプレイヤーは何のことか分からずに呆然としている。当然だ。人間は事前に確定づけられた予定行動(マニュアル)から外れた事象に対し、酷く脆弱なのだ。
故に、反応できない。未知の四撃目に。
真横一文字、俯瞰すれば一つの円のように、真紅の軌跡が走った。
もう1話
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二十四話「対応力(レジリエンス・トゥ・ウィン)」
この攻撃を回避できた者は殆ど居なかった。さながら彗星の尾のごとく赫灼と煌めく残光がプレイヤー達の肉体を抉り、喰らう。
惨劇の彗星落下の後、立っていたプレイヤーは僅か半数だった。敵の間合いの外に居たプレイヤーを除き、その圏内にありながら間一髪で四撃目を凌げたのは、俺とゆり、キリト、アスナのたった四名。そして、本来そこに立っていた筈のプレイヤーは皆、強烈なノックバックに晒され壁の近くまで、あるいは壁に叩きつけられ、吹き飛んでいた。
俺は素早く後退し、周囲を見渡す。すると、やや遠くに鎧を纏った騎士然の青年の姿を認めた。良かった。指揮官《ディアベル》は健在である。
「後衛部隊!負傷者を運んで撤退して!」
ディアベルの支持に従い、バックに待機していたプレイヤーがスタンによる行動不能判定を受けたプレイヤーを引き摺るなり、肩を担ぐなり、転がすなりしてボスの間合いから遠ざける。
「スイッチ!」
間髪入れず、次の指示が飛ぶ。先程まで後衛にいたプレイヤーが前衛へ黒の波涛のように躍り出る。
「回復が終わるまでの時間を稼いでくれ!」
SAOシステム内における回復は即座に結果の数値が反映されず、時間をかけて徐々に漸増(インクリメント)していくのだ。とりもなおさず、回復の最中であってもHPを全損するようなダメージを負えば死は免れない。先の《マスターフェンサー》の予期せぬ一撃で大半のプレイヤーは最悪、赤。良くても黄色ほどまでHPゲージを削られている。寧ろ、一撃死が出なかったことが幸いとも言えるだろうが。しかし《マスターフェンサー》が、単発当たりの威力だけで前衛を崩壊寸前にまで持っていけるほどの技を有しているとすれば、当然スイッチのサイクル周期も短くなるだろう。現に先の前線は二分と持たなかった。四撃目の存在に気づかなかったこともあるが、今後あのような事前情報と異なる不規則的なアルゴリズムをとるならば、万が一のことも起こりうる。回復システムの特性上、彼らは暫く前線には復帰できないだろう。現前衛部隊の皆がそれまでの時間を確保できなければ連鎖的破滅は必至であろう。
「皆!大丈夫か!」
俺は辛くも無傷で撤退した後、すぐさま《SSS》のメンバーの元へ駆け寄った。ゆりが負傷した日向、大山、松下五段に回復結晶を使用している。大山は赤、日向は赤に突入しそうな黄、松下五段はタンク故の装甲の厚さからか黄色ゲージで留まっていた。
「あ、音無君!無事だったのね」
「あぁ……、いち早く気づけて、何とか。お前もよく無事だったな」
「私も何となく気づいたのよ。第六感?戦闘勘?本能的というか、まぁそんなところね」
「何だそのベテラン感漂う台詞……」
しかし、無事な仲間が多いと助かる。万が一の時に立てる者すらいなければボス部屋の撤退すら危うくなる。
おっと――思考がネガティブに傾き始めた。良くないなこれは。
「今はキリトとアスナで戦線は持っている――が、どの程度持たせられるかが問題だ」
そう言っている最中、《マスターフェンサー》の上部二段のHPバーが削れ落ち、三段目に差し掛かった。
「働きアリの理論って言うのかな。全く人間というのはいつも少数の精鋭に依存せざるをえないから情けないものだ……」
ディアベルは申し訳なさそうに呟いていた。
キリトとアスナ、かの両名の目覚しい活躍によって退避組の回避する猶予を稼ぐことができた。戦いの中でボスのアルゴリズムにおける攻略本との相違点は大体見えてきた頃だろう。今ならば事前に知り得なかったイレギュラーな行動にも柔軟(フレキシブル)に対応できなくはない。結局の所、試行と失敗(トライ・アンド・エラー)。成功を確実にするにはそれしかない。迷路においての左手の理論のような地道な試行回数ということだろう。
「四撃目に注意して!」
耳に蛸のようなリマインドが飛ぶ。その警告通り《電征》三撃目の後も尚、太刀の輝きは絶えず、間髪入れず四撃目が振るわれる。しかし今回は皆、無難に回避する。ダメージを受けたものは居なさそうだ。
「吶喊じゃあ!」
プレイヤーの中から威勢よく喊声が上がり、皆が《マスターフェンサー》に殺到し、各々の技を繰り出す。
徐々に三段目、四段目とHPバーが削られていき――遂に五段目、最終段に突入する。
「よし皆!最後まで気合入れて!ボスのパターン変化には気を付けるように!」
ディアベルが鼓舞する。
攻略組の熱は最高潮だ。このままなら行ける。
その時、《マスターフェンサー》の動きを注視していた俺は、その変化に気づいた。
――刀の構えが、変わった……?
先程まで、刀を振りかぶった状態での上段の構えを取っていた《マスターフェンサー》が突如、刀を中段にに構え、切っ先をこちらへ向ける霞の構えへと変えたのだ。
これはまさか……。
俺の厭な予感は的中し、刀身が青緑に輝き出した。
ソードスキルだッ、それも未知の。
「回避ィィィィィ!」
怒号が飛び、プレイヤーはすかさず飛び退くが、敵が一手早い。逃げ遅れた者が数名居るぞッ。
直後、《マスターフェンサー》の手元が霞み、太刀が延伸して見えたかのような速度で突き放たれた。
突き技……?ならば現在標的されていたプレイヤーは皆射程距離外だ。しかし。
そこには殺人(せつにん)の旋風が吹き荒れた。
あたかも槍のごとくに扱かれた剣が放つ、凝集された風圧の先端が、異常なまでの威力を帯び、プレイヤーに殺到した。
カタナ系高位刺突スキル――《烈風》、と。
誰かがその名を告げた。
肉眼での捕捉不可の速度で突かれた刀の剣圧は、その射程距離を超えても尚、風となって対象を抹殺する、飛翔する刺突である。
今、不可視の暴力と化した一撃は捕食動物(プレデター)よろしく烏合の衆と成り果てたプレイヤー達を喰い散らかしている。その生命を根こそぎ奪い去り、レッドゾーン突入にまで追い詰めた。そして《マスターフェンサー》は更なる追撃をせんと再び刀を鞘に納めた。抜刀スキル《流星》だ。
他のプレイヤーが間髪入れずフォローへ向かうが、やはり回避で距離を取っていた俺たちより敵の方が速い。鬼めいた剣気を宿し、殺人現場の死体のように地べたに転がるプレイヤー達に残酷な追い打ち――即ち、完殺をもたらさんとする。
駄目だ。彼らは死んでしまう。そんな諦念が頭を過ぎったその瞬間、視界横を滑空する燕のような速度で通過する影があった。それは超高速で《マスターフェンサー》に肉薄し、輝きを纏った 細剣(レイピア)を撃ち出し、刀身に当て、器用にも弾いてみせた。
パリィ――。
武器へのダメージを最小限に抑えつつ、尚且つ相手の攻撃を逸らすというもの。
それは単なるPC(プレイヤー・キャラクター)の操作ではなく、PL(プレイヤー)自身がPCであるために再現の難易度は高いと言われる技術だ。そう、ステータスではなく技術。例えレベル1の雑魚装備でも再現できる芸当だ。
アスナ、というプレイヤーはそれをさも当然の如く、しかもこの一撃を外せないという極限状況下で再現してみせた。マグレ、と言えばそれまでだろう。しかしいずれにせよ、彼女はこのゲームとの親和性が中々高いようだ。
そして作られた、この間隙は大きい。
敵の懐に瞬時に飛び込んだのはキリト。まるでアスナと示し合わせたかのような好タイミングだ。放たれるはこの層の段階では中々お目にかかれない四連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》。
得物を弾かれ無防備と化した《マスターフェンサー》の身体に、それはクリティカルダメージを与える。そしてダメージディレイ。
この隙を逃さんとばかりに飛び込んだ俺と日向加えて数名のプレイヤー。各々がソードスキルを発動し、武士の身体に幾多の創傷を刻みつけた。
と、ここで《マスターフェンサー》の巨躯が地響きを立てて転倒する。――勝った。
「総員、一斉に叩け!」
ディアベルの指示で動けるプレイヤーは忽ち《マスターフェンサー》に殺到し、僅か数秒足らずで彼を絶命に追いやった。
フロアボスのドロップアイテムは鎧や兜など。LAは《マスターフェンサー》が使っていたものと同様の一振りの太刀――名を《飛燕》。現時点で最高と言っても過言ではない刀剣武器だ。獲得したのはリンド指揮下のパーティーのリーダーのようで、彼はこれから所有権を巡って厄介なことになりそうである。
さて、俺らはと言うと《公正な選定方法》に基づき、ドロップアイテムの分配を行っていた。
「「「じゃん、けん、ぽい!」」」
一斉に出される手。
そう、ギルドリーダー、パーティーリーダー、ソロプレイヤー対抗のじゃんけんである。
「「「あいこで、しょ!」」」
決着。どうやら団長のゆりは敗北のようだ。
「あー……ごめんね皆」
申し訳なさそうに謝罪するゆり。
「いや、気にしておらんぞ」
寛大な心持ちの松下五段。
「僕らとしては経験値とコルだけでも儲けものだよ」
楽観的(オプティミスティック)な大山。
「どうやら十一層への転移門が開いたようだぜ。早く行かないか?」
急かす日向。
「そうね。もうここには用は無さそうだし……」
ゆりが俺の方を向く。
「音無君もそれでいい?」
「無論だ」
「それじゃあ皆行きましょう」
このデスゲームにおける最大の難関とも呼ぶべき、β未到達の壁。その第一障壁を一人の犠牲も出さずに突破した。何事も百パーセント絶対というものは存在し得ないが、成功の確率を底上げするのは常に堅実な戦略と理性的な判断と迅速な対応だ。このまま全てのプレイヤーが合理的に協働し、行動すれば、被害最小限での攻略も夢では無い。そう思った。
今思えば、らしからぬ楽観(オプティミズム)だった。解っていたはずだ。集団心理学的に考えて大多数の人間が皆、ただ一つの利害の一致の為だけに手を組むことなど、トンネル理論の実現並に有り得ないということぐらい――。無限の分岐を描く思考のフローチャートの中で数多の人間の思考が全て一つの結果に収斂することなど。況や参加者五万人の、このデスゲームをや、だ。
プレイヤーの間に、マリアナ海溝のごとくに厳然たる不快なまでに深い深い溝が顕在化するのはまだ少し先のフロアでのことになる。
西暦2022年5月23日午後2時49分、第十層フロアボス《オロチ・ザ・マスターフェンサー》討伐――第十層CLEAR。
第十層完結
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二十五話「不審死(サスピシャス・デス)」
2022年7月21日22層コラル。
SAOは今現在フロアボス攻略メンバーに一人の死者も出さず順調に攻略が進んでいる。ここ22層コラルは無数の森林と湖沼が点在する自然的なフィールドだ。今も、湖の周りでは、ここがデスゲームの世界ではあることを忘れ、釣りに興じるプレイヤーも居ることだし、日頃死の恐怖と隣り合わせのこの世界では心を落ち着けられる場所なのかもしれない。
「森林地帯のマッピングがてらフィールドボスを狩りに行かないか、ってねシガリテさんに誘われたのよ」
湖畔の一角に建つ木組みのログハウスはギルド《死んだ世界戦線》改め《SSS》の本拠地である。モンスターを狩りに狩りまくり、日々口に糊するような生活を送った結果、ようやく購入した一軒家だ。
そこでは今、メンバーが一同に会する朝食が行われている。木製の丸テーブルを囲み、魚中心の料理を皆が口の中に放り込む中、ギルドマスターであるゆりが徐に立ち上がり、そう切り出した。ちなみに、シガリテさんとは攻略の際に少数ギルドである俺たちによく懇意にしてくれるプレイヤーの一人だ。
「シガリテさんの頼みなら断るべくもないだろうな。いつもお世話になってるし」
魚肉を頬張りつつ、日向が提言する。
「そうだね。フロアボスに向けて経験値も積みたいところだし」
と大山も賛同する。
「俺も賛成だな」
「俺もいいと思うぞ」
松下五段と俺も賛同する。
「じゃあ決定ね。時刻は本日14時から、忘れないように」
手短なな業務連絡を済ませ、ギルメン一同は再び食事を再開した。
正午を回る頃、ゆりと大山がフィールドボス討伐に向け、回復potの買出しに出てから暫くして、俺に一件のメッセージが届いた。送り主は《kirito》となっている。知った名だ。
『今日フィールドボス討伐に行くと聞いたが本当か?』
という端的な一文。キリトに話した記憶はないが、恐らくシガリテさんか、彼周りの誰かに聞いたのだろう。キリトの相変わらずのテンションが画面越しに目に浮かんだので、俺も何の気なしに返信する。
『ああ。森フィールドの。なんと言ったかな。確か《フォレストバブーン》って奴』
『そうか。ボスには直接的に関係はないが、一応伝えておきたいことがある。PKに関してだ』
何……?!予想と反して、どうやら話題はかなり深刻なものなようだ。俺は思わず居ずまいを正しながら、キリトに仔細を問う。
『PK……それは《プレイヤー・キル》ってことだよな?』
冗談だろ……。とも思うが、有り得ない話でもない。
『起こっているのか……?PKが……』
ゲーム内でのデス=現実での死というこのふざけた世界では、他プレイヤーに対して安直な殺傷欲求を追求する行為が如何な悲劇を生むかなど猿でも分かる自明の理である。しかし、だからこそ、禁忌であるが故に、人道を大きく逸脱する行為であるが故に「いっそ逆に……」という思考に到達してしまう者も居るのだ。
『起こっている、という確証はない。しかし、不審な出来事があった。不審死だ』
『不審死?』
『そう。詳しく言うなら、あるギルドの集団不審死だ』
そんな不穏な単語が網膜に焼き付いた。俺は次々と送信されるキリトのメッセージに目を通す。
『一昨日のことだ。とあるギルドが第22層北西部の森林地帯へクエスト攻略に向かったきり帰ってこなくなった』
『事態が発覚したのは同日午後8時過ぎ頃、どうやらギルドメンバーの一人とフレンド登録をしていたプレイヤーが、その二時間前の午後7時に待ち合わせの約束を入れていたようでな。いつまで経っても来ないのを不審に思ったそいつが天魔衆に捜索を依頼したんだ』
『即座に捜索隊が派遣されたが、捜索するまでもなかった』
『程なくして第一層の生命の碑を見に行ったプレイヤーから報告が上がってきたからだ。ギルドメンバー全員の名前に線が引かれていた。死亡している、とね』
『ギルドの規模は?』
『確か12人だったか』
『12人……それが全員死んだのか?それは余りにも多すぎると思うぞ。それほどの規模を襲撃して皆殺しにするならば相当数のPKが必要になるが、もっと他の、例えば罠モンスターとかじゃないのか』
『ああ、寧ろ《天魔衆》はその線で調査をしている。だが今のところそのようなMobは見つかっていない。故にPKという説も立っているが、まだ森林地帯には未開の場所もある。当該ギルドがデスした地点が不明な以上、そこに存在している可能性が高い』
『ええと、つまりお前が言いたいのは』
『できるだけマッピングの完了していない場所には行かないで貰いたい、ということだな。まぁ、今回のクエストに関しては天魔衆の先遣隊が既にマッピングを済ませているだろうから大丈夫とは思うが』
『お前は来るのか?』
『いや、午後はちょっと下の層に用があってね。参加はできない。すまないな』
『いや、偶にはお前達抜きでやらないと、個々人の技術も向上しないだろうし、いざとなった時の対応が鈍化する。何より人間は《依存》という状態が危険なものだ』
『あぁ。じゃあ罠には気を付けろよ。あと、可能性も捨てきれないからPKにもな』
そう言って、俺達はメッセージを打ち切った。
「……PK、か」
そこに人がいる以上、人間が人間を殺すという現状はいつまでも、どこまでも付き纏うものだろう。何せ地球上で最も人間を殺した生物は蚊だが、その次は同族たる人間なのだからな。
そこまで考えて、俺はウィンドウ上のキリトの名前の隣にある名前が記されていることに気付いた。通常そこは当該プレイヤーの所属する組織名が記される場所だ。
そういえば、以前キリトがギルドに加入したとかで話題になったことがあったな。
キリトといえば、攻略組では知らない人のいない遊撃のエースだ。そして彼は生粋のソロプレイヤーとしても著名である。そんな彼が特定の組織に身を置いたということで一時期うわさの的になったことがある。
あのキリトが身をやつすほどのギルドとは一体どんな所なのか。ギルド名は《月夜の黒猫団》とある。洒落た名だが、聞き覚えはない。何か彼に利するところがあったのか、あるいはギルメンと親交が深く懇意にしてあるからなのか。実の所、俺もキリトのことをよくは知らないので想像するだけ無駄なのだが。
午後1時50分。主街区と圏外の端境にあるゲートにプレイヤーがわらわらと集まり始めている。
ざっと30人弱。フィールドボス攻略にはやや多いぐらいか。だが、余裕はあって損ではない。
これから討伐予定の《フォレストバブーン》は文字通り巨大なヒヒ(バブーン)の姿をしたモンスターだ。周囲に植生している巨大樹の登攀・飛び移りを駆使し、縦横無尽に立体移動を行いながら物理攻撃・投擲などを駆使した遠距離・近距離を使い分ける攻撃を仕掛けてくる、所謂バランス・スピードタイプの敵だが、攻略難易度自体はさほど高くない。
攻略人員がいつもよりも比較的多いのは明らかにフィールドボス以外のモノに向けられているといえるだろう。やはり先程キリトから聞いた例の件であろうか。俺は攻略部隊を指揮するシガリテさんの下へ向かう。
シガリテさんは声こそ大きくないが、よく通る声質をしており離れていても場所がすぐ分かる。
「シガリテさん」
シガリテさんは部下と雑談をしていたようだったが、俺の呼びかけに応じ、俺の方を向いた。目鼻立ちがはっきりしていて堅物っぽい面持ちである。
「やぁ、オトナシ。元気してたかい?今日は来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。頼っていただけて嬉しいです」
しかし、外見に反してシガリテさんは気さくで接しやすい人物だ。リアルではとある企業のとある部署でリーダーを務めていたらしい。
「すみません、お話中でしたか」
俺は先程までシガリテさんと話していたプレイヤーに視線を送りながら問う。
「いや、気にすることはない。それより話があるんじゃないのか?」
「ええそうです」
俺は後ろの一団を一瞥しつつ、彼らに聞かれてもいい話かどうか分からなかったので、出来る限りの小声でシガリテさんに問う。
「今日の攻略、やけに人員が多いですね。やはり一昨日の一件ですか」
「知っていたのかい」
「知人から聞きました。不味かったでしょうか」
「いや、君ならば大丈夫だろう。……如何にも。今回の攻略の慎重態勢は某ギルドの全滅事件を受けてのことだ。我々の間では共通の符牒として《集団不審死事件》と呼称している」
《集団不審死事件》――文字通りの呼称だった。
「当該事件の原因は罠(トラップ)かPKと目されていることは聞き及んでいます。踏み込んだことを訊かない方がよいのは重々承知ですが、他に何か分かっていることはありますか?」
シガリテさんとて、立場というものがあり、彼の持つ情報はおいそれと部外者に話せないような機密事項であったかもしれないが、しかし、これから起こるであろう状況とその状況に《SSS》の皆が巻き込まれる可能性があることを考えると、俺は聞かずにはいられなかった。
「残念だが、君の期待に答えられる情報を我々は有していない。死体ひとつ残らないというのがタチが悪い。ありとあらゆる情報屋に尋ね回っているが、罠(トラップ)についてもPKについても有用な情報を得られていない現状だ」
「そうですか…」
これは予想された回答であったが、とはいえSAO内最大組織をもってしても捜査が難渋する事態に俺は焦燥感を覚えずにはいられない。
「我々としてはPKでないことを祈りたいが、『かくあれ』という希望的観測ほど危険なものはない。故に、これからは常にPKの存在を念頭に置くことになる。」
《天魔衆》も色々と対策を講じているようだ。同ギルドトップのディアベル氏並びに幹部相当のシガリテさんの心労が慮られる。
「《天魔衆》としては最悪のケースを想定して動くことになるが、現状《集団不審死事件》に白か黒かを付けることはできない。というのが公式見解だ
……だけどね、オトナシ君」そう言って、シガリテさんの顔貌はすーっと無表情を湛えた。
「《集団不審死事件》が仮に罠(トラップ)が原因であったとしても遅かれ早かれPKは起きるし、彼らは間違いなく徒党を組むよ。このゲームに巻き込まれた殺人嗜好者を寄せ集めれば1ギルドくらいには及ぶだろうね」
俺は閉口する。薄ら寒さが肌を駆け回った。
PKギルド、あまりにも聞きたくないワードではあったが、現実に即して物事を考えるならば避けては通れないものだった。
「…っと、怖がらせるようなこと言っちゃったね。攻略前なのにごめんね」
「貴重なお話、感謝します、シガリテさん。それと……」
「どうした?」
「《集団不審死事件》のことをギルドのメンバーに話しても構いませんか?」
「構わないよ。暫くは事実確認でゴタゴタしてたけど明日には日刊紙で公式に情報開示をする予定だったからね」
「ありがとうございます」
そう会話を締めくくって、俺はギルドメンバーの下へ戻った。
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