時をかける雀士 (エルクカディス)
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時をかける雀士;前編
クロスが苦手な方、京太郎と咲の恋物語が苦手な方はブラウザバックをおすすめします。
SSは初めてではありませんが、文才が無いのでそのへんはご容赦ください。
―― Time is the rider that breaks youth.――
George Herbert ; 1593-1633
休日というのは青春真っ盛りの高校生たちにとっては黄金より貴重な日だ。当然、その日が去りゆくのを惜しみ平日の存在を心から恨む者も多い。
しかし、平日には学校でかけがえのない友人たちと一緒に過ごせるので暗い表情のものは殆んどいなかったりする。
少なくとも、長野にある県立清澄高校の生徒たちの表情は皆、楽しげだった。
放課後、初夏の心地よい風が吹き抜ける。新校舎では楽しげに友達とお喋りする声、音楽室から流行りのJ-popを演奏するピアノの音が聞こえる。
一方で、古びた旧校舎は生徒が足を運ぶことがほとんどなく少し静まり返っていた。そんな旧校舎の廊下を一人の少女が歩いている。
彼女の名前は宮永咲。先日のインターハイ長野県予選女子団体戦にて清澄高校チームの大将を勤め、チームを優勝へと導いた少女だった。
―― 四校合同合宿は楽しかったな♪ 京ちゃんが来れなかったのは残念だったけど……
清澄高校麻雀部は、昨日まで龍門渕・風越女子・鶴賀学園の三校と一緒に強化合宿を行っていた。
女子ばかりの合宿、しかも強化合宿と来ては男子かつ素人の京太郎が参加する事が出来ない。
この事については仕方がないと清澄の面々は納得していたが、皆、京太郎を除け者にしたと後ろめたい思いを持っていた。
部室の前に到着した咲はドアを開けるためにドアのノブを回す。ノブが回ったその時、部室の中から微かな物音がしたが、それに咲は気づかなかった。
「あれ? 誰もまだ来てないんだ?」
咲はシンとした部室を見渡して呟いた。そのまま窓際にあるソファーへ歩いて行き腰を下ろす。
―― みんなが来るまで本でも読んでよう。 ……あれ? なんかいい香りがする。
カバンから本を取り出そうとした時、ほのかな芳香が漂ってくる。
咲がキョロキョロとあたりを見回すと、テーブルの上にガラス製のティーカップが置かれていて、中に透き通った紫色をしたハーブティーらしき液体が入っていた。
そのカップを手にとってみると程よく冷めていて、入れられてから時間が経っていることがわかる。
―― ハーブティーかな? きっと京ちゃんが淹れたんだね。喉渇いちゃったし…… 飲んじゃお♪
ティーカップを持ったままソファーに戻る咲。腰を落ち着けてハーブティーを口に含む。
心地よい芳香が口の中いっぱいに広がり鼻から抜けていく。
―― 美味しい…… 京ちゃんこういう事、本当に上手だよね。
微笑みながら窓の外を見る。爽やかな風が髪をなでるように吹き抜けていく。
しかし、次の瞬間に咲は表情を暗くする。
―― 私達、京ちゃんに負担ばっかりかけてる…… 京ちゃん、最近ほとんど麻雀牌に触ってないよね……
京太郎のことを考え陰鬱な思いになる咲。事実、長野県予選が終わってからの1ヶ月で京太郎が麻雀牌に触ったのはわずか3回だけ。
部活に顔を出してやっている事といえば、買い出し、用具の整備、牌譜の整理、部室の掃除など雑用としか言い様のないものであった。
もちろん、咲をはじめとした麻雀部の女子メンバーはこの事態を快く思っていない。
全国に出場する選手である久、まこ、咲、和、優希の練習は優先されるべきものである。だからといって初心者である京太郎の実践の機会を奪っていい理由にはならない。
問題は麻雀部のメンバーが京太郎を含め6人しかいないことだった。
各自が全国大会までにこなさなければいけない課題を考えると、京太郎のために時間を取ることなど到底できる相談ではなかった。
取り敢えず全国大会が終わるまでは現状で過ごし、終わったあとは京太郎のことを最優先にすることで5人の意見は一致している。
久は自分のつぎ込める時間の全てを京太郎の指導に当てるつもりでいる。咲と和、優希は秋に行われる新人戦の成績を犠牲にしてでも京太郎の事を最優先にするつもりだった。
京太郎が現在やっている雑用も一年生3人で全て引き受け、ローテーションを組むところまで話が進んでいる。
まこに至っては雀荘をやっている実家が持つコネを最大限に活用し、色々なプロ雀士の指導を頼めないかと両親に相談していた。
色々考えている5人であったが、ここまでしても埋め合わせができないのでは無いかと思っている。
それほどまでに裏方に徹していた京太郎の貢献と、初心者が過ごす最初の数ヶ月間の意味合いは大きい。
「京ちゃんのために、私に何が出来るかな……?」
咲の呟きは初夏の風に流される。読書でもしようと本を取り出しかけたその時、フッと咲の視界が霞んだ。
―― あ、あれ……
ソファーに倒れこむ咲、意識が途切れる瞬間に部室に備え付けてある大きめのロッカーの一つから人影が出てくるのをぼんやりと見ていた。
…………………
…………
…
「ん…… ここは……?」
目を覚ました咲が呟く。漫画やアニメに造詣の深い高校生なら「知らない天井だ」とボケるのだろう。生憎、咲にはそんな発想など欠片もなかったが。
その時、聞き慣れた声が咲の耳に届く。
「咲、大丈夫か?」
京太郎が心配そうな声で訪ねる。
「うん…… 私、どうしたの?」
倒れる直前の記憶が混乱しているのか自分に何が起こったのか分からない咲。そんな状態では「大丈夫?」と聞かれても的確に返事をする事など出来なかった。
咲は何が起こったのかを知るために悪いとは思いながらも京太郎の質問に質問で返した。
「ああ、俺が部室に行ったら咲がソファーで倒れてたんだ」
「ビックリしたぜ。慌てて保健室に運んだんだ」
「先生の見立てじゃあ、貧血か過労らしいぜ。今日一日はゆっくり休めって」
咲の質問に一つ一つ丁寧に説明していく京太郎。見た目は軽そうな雰囲気の彼だがそういった事をキッチリするあたり彼の人柄の良さが出ていた。
京太郎の話を聞いて暗い表情になる咲。
―― また、京ちゃんに迷惑をかけちゃった。
咲は不器用でそそっかしい自分が少し嫌いだった。運動も苦手、そして少し人見知りだったので中学に入学した時は友達がほとんど居なかった。
だから本にのめり込んだ。寂しさを紛らわすために。本を読んでいる時だけは現実の寂しさを忘れることが出来た。
しかし、そんな状況も中学2年に進級したときに終を告げる。
いつも楽しそうな表情をしている転校生。気さくで陽気な性格から誰とも仲良くなる金髪の男の子。
孤立することの多かった咲を見かねてクラスの輪の中に引っ張り込んだ彼、須賀京太郎によって。
京太郎が転校してきてからはクラスメイトとお喋りする時間も増え、それまで灰色に見えた学校での生活が急に色付き始めた。
まさしく咲にとって京太郎は自分の世界を変えてくれる良い魔法使いだった。
いつも失敗をする咲にペースを合わせてくれる京太郎、少しでも京太郎の負担になりたくない!
そう思っている咲にとっては京太郎の手を煩わせる今回の事は気分を沈めるのに十分だった。
「なに暗い顔してんだよ?」
咲の表情を見かねた京太郎が軽く咲の頭を小突く。
「部長には連絡してあるから、一緒に帰ろうぜ」
ニッと笑いながら京太郎が言う。
体の調子も良くなった咲は「そうだね」と言ってベッドから降りる。
養護教諭の先生に挨拶して学校を出る二人。
帰り道、咲は少し俯きながら歩いていたが、フッと鼻歌を歌いながら隣りを歩いている京太郎の方を見る。
いつも楽しそうにしているその表情を見て咲も表情を緩ませる。
―― 京ちゃん…… 私、京ちゃんにすごく助けられてるんだよ。京ちゃんは私と一緒にいて楽しい?
トクトクと鳴る胸に右手を当てながら咲はそう思った。
前編は以上です。
以降は構想はあるのですが、基本遅筆なので書き上がるのが何時になるかわかりません。
なので気長にお待ちください。
今後共よろしくお願いします。
感想お待ちしています。
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