ソードアート・オンライン・リターン (剣の舞姫)
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プロローグ
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ソードアート・オンライン・リターン
プロローグ
世界初のフルダイブ型VRMMORPG、タイトル名をソードアート・オンラインと呼ばれるオンラインゲームがある。
その舞台となるアインクラッドと呼ばれる浮遊城を舞台に製作者の茅場晶彦が一万人のユーザーを相手に
デスゲームが始まって2年の月日で多くのユーザーがその命を散らす中、攻略組はついに75層の攻略を行い、そこでボスのザ・スカル・リーパーとの戦いで14名の犠牲者を出しつつも勝利という形で戦いを終えた。
だが、戦いが終わった直ぐ後に、最強ギルドと呼ばれている血盟騎士団の団長ヒースクリフの正体が茅場晶彦である事が黒の剣士キリトによって暴かれた。
誰もが頼る最強の聖騎士、その筈だった男のまさかの裏切り、皆が絶望する中、キリトはヒースクリフの提案でゲームクリアを賭けた
「はああああっ!! ああああっ!!」
キリトのユニークスキルたる二刀流、その為の剣たる黒の片手剣エリュシデータと白の片手剣ダークリパルサーの連撃、その悉くがヒースクリフの盾に阻まれ、決定打を与えられない。
それに焦り、思わずソードスキルを何度も発動させそうになるが、ソードスキルを開発した相手にそんなものが通用する筈が無い、だからこそソードスキル発動を抑え、自身の2年間の実戦経験を頼りに自身の力だけで両手に握る剣を振るう。
だが、そんなキリトに対してヒースクリフは余りにも余裕の表情を浮かべていて、それがキリトの中にどんどん焦りを生む。
ついに、ヒースクリフの一閃がキリトの頬を斬りつけ、一筋の傷を作る。その瞬間、キリトの中で溜まった焦りが爆発、駄目だと判っていても身体が勝手にソードスキルを発動させてしまっていた。
二刀流最上位スキル“ジ・イクリプス”。キリトが二刀流で最も信頼する16連撃の上位スキル“スターバースト・ストリーム”の更に上に位置する最速の27連撃、それを発動した瞬間、ヒースクリフの表情に笑みが浮かんだ。
「っ! (しまった! でも、もう遅い…っ!)」
発動させてしまったスキルを途中でキャンセルする事は出来ない。ならば後は通る事を信じて最速の27連撃を叩き込む。
しかし、キリトの最速の二刀流はヒースクリフの神聖剣の防御力に勝てなかった。結果として白の片手剣ダークリパルサーは砕け、決定的な隙が生まれてしまった。
「……(ごめん、アスナ…君だけは生きて…っ)」
「去らばだ、キリト君」
ヒースクリフの剣がソードスキル発動によって紅く輝く。
キリトを死へと誘う最後の斬撃が、振り下ろされた瞬間、麻痺状態になっていた筈のキリトの妻、アスナがその身をキリトの前に投げ出し、ヒースクリフの死の斬撃を受けてHPが尽きてしまったのだ。
それからの事は、覚えていなかった。
必ず守ると約束した最愛の少女、アスナの死によってキリトの心は完全に折れてしまい、気がつけばヒースクリフの剣がキリトの身体を貫いていて、キリトのHPも0になってしまって、己の死を…受け入れようとしたのだ。
だけど、タダでは死なない。死ねない。死ねる訳が無い。今、目の前に居る男を、アスナを殺した、一万人の人間をデスゲームに引き込んだ全ての元凶を、この手で殺すまでは。
後ろに居る戦友達の為にも、今もゲームクリアされるその時を待つ大勢の人たちの為にも、この男を、殺さなければならない。
だから、キリトは自分の身体が完全に消える前に、左手に握っていたアスナのレイピア、ランベントライトを、ヒースクリフの身体に突き刺した。
誰かに呼ばれている。そんな気がした。キリト君と、心地よい、愛おしい声で、いつもの様に自分を呼ぶ声が、聞こえた。
薄っすらと目を開いてみれば、そこには消えた、死んだ筈の愛おしい存在が涙を浮かべながらキリトの顔を覗き込み、何度も何度もキリトの身体を揺すりながら名前を呼んでいる。
「キリト君!」
「アス、ナ…」
「キリト君! 良かった…目が覚めた」
「あ…」
ゆっくりと身体を起こすと、途端に抱きついてきた彼女の温もりが、これは夢でも何でもない、現実(SAOの仮想空間を現実と言って良いのかは疑問だが)だと認識させられた。
キリトはまるで壊れ物を扱うかの様にアスナの身体に腕を回し、その温もりをもっと感じる為に抱きしめると、涙が溢れてくる。
「アスナ、アスナ…! ごめん、ごめん! 俺は、君を守れなかった・・・っ! 絶対に守るって、約束したのに!!」
「ううん、いいの、いいのキリト君! わたしだって、キリト君との約束を破ったんだから」
ずっと一緒に居よう。これからも、現実世界に戻ってからもずっと…。そう約束していたのに、キリトはアスナを死なせてしまい、アスナは自身の行動によって約束を果たせなくしてしまった。
それが二人にとって何よりも悔しい。だけど、今この瞬間に感じている互いの温もりは本物で、二人は抱き合ったまま顔を合わせると、ゆっくりと唇を重ねる。
「ふむ、仲がよろしいのは結構なんだけどね、そろそろ私の存在にも気付いて欲しいものだな」
「「っ!?」」
二人っきりだと思っていたのに、第三者の声が聞こえて慌てて離れた二人は、声のした方を向くと、白衣姿の壮年の男性が無表情にキリトとアスナを見つめていた。
キリトもアスナも、この男を知っている。キリトにとってはつい先ほどまで戦っていた男の本当の姿であり、デスゲームと化したSAOの開発者、茅場晶彦本人だ。
「ゲームクリアおめでとうキリト君、それからアスナ君」
「茅場…」
「つい先ほど、生き残った6147人のログアウトが完了した…筈だった」
「筈だったって…どういうこと?」
ゲームクリアおめでとう、と茅場は言った。それはつまり彼の言う生き残った全プレーヤー6147人が開放される事を意味している筈なのに、なのに何故…筈だったと、“だった”と言うのか。
「現実世界の何者かがこの世界に横槍を入れたみたいだ、本来であれば君達がゲームクリアしたあの瞬間、生き残りの者達は全員ログアウトされ、現実世界に帰還する筈だったのだが……皆、死んだ」
今、何と言ったのか…。皆、生き残った6147人全員が、死んだ?
「おい…ちょっと待てよ…・・・死んだって、クラインも、エギルも、アルゴも、シリカやリズも、皆…死んだだと…!?」
「嘘…そんな」
「確かだ。君達がゲームクリアした瞬間、私自身も予期せぬ何者かの横槍が入り、私も含めてSAOにログインしている全ユーザーが脳に大電流が流れて死亡した」
その瞬間、キリトは茅場晶彦の胸倉を掴んで憤怒の表情で彼を睨み付けた。
「ふざけるな!! 何だよ横槍って…お前が予期しなかった横槍だと!? ふざけんな!! そもそもお前がこんなゲームを始めなければ、こんな事にはならなかったのに!!」
「君の言い分はもっともだ。だが、私も言うなれば被害者だ、言い訳に聞こえるかもしれないが、あの横槍は外部…つまり現実世界で何者かが横槍を入れた結果の出来事という事になる。ログインしていた私には、どうする事も出来なかった」
「っ!!」
怒りが沸点に達して、キリトが右拳を振り上げた瞬間、アスナがキリトの右腕に抱きついて振り下ろすのを無理やり止める。
「キリト君! 駄目!!」
「離してくれアスナ! こいつは、こいつだけは殴らないと気がすまない!!」
「でも! 現実世界で誰かが入れた横槍なんて、ログインしていたわたし達や団長にだって、どうする事も出来ないよ!!」
「・・・っ!」
奥歯を噛み締め、漸く力を抜いたキリトは、その場にへたり込んでしまう。アスナはそんなキリトを支えながら、その場にしゃがみ込み、キリトを抱きしめた。
茅場晶彦は二人の様子を見て、ふと白衣のポケットから何かを取り出して二人の前に掲げて見せた。
「これを見たまえ」
「…これは?」
「綺麗…」
茅場晶彦の手にあったのは、小さな種の様な形をした光るデータの結晶。それが何なのか、見ただけでは判らないので、茅場晶彦に説明を求めると、彼もそのつもりで口を開く。
「これは世界の種子、ザ・シードと呼ばれる、簡単に言えばVRMMOを動かすのに必須のシステムを開発している最中に生まれた物だ」
「世界の種子の…」
「開発の際に生まれた物…?」
と言うことは、これは茅場晶彦の言う世界の種子ではないという事なのだろう。ならば、何なのか、随分と勿体つけたような言い回しをする茅場晶彦にその先の説明を求めた。
「これが生まれたのは全くの偶然、科学では解明出来ない、奇跡とも呼ぶべき現象を引き起こす事が可能な種子。私はパラレルシードと呼んでいる」
パラレルシード、科学では解明出来ない奇跡を引き起こす種子。そんな物が存在していたとは思いもしなかった。
そもそも、科学で解明出来ない奇跡とは一体何なのか、頭は良いが天才と呼ばれる茅場晶彦ほどでは無い二人には理解出来ない。
「そうだな…これを使えば本当に科学では再現出来ない様な、それこそファンタジーで言う魔法の様な現象すら可能とするのだ……勿論、限界はあるがね」
魔法、正直SAOという世界で2年も過ごしている内に非現実的な物に慣れてしまったので、今更魔法と言われてもいまいち驚けない。
勿論、SAOには魔法は登場しないのだが、それに近い攻撃をする敵も居た為、驚く事は無かった。
「それで、そのパラレルシードがどうしたって言うんだ?」
「このパラレルシードで死んだ6147人を生き返らせるのは無理だが、キリト君とアスナ君、それに私の意識を過去へと飛ばす事は出来る」
「過去…?」
「そう、過去の君達が最初にSAOにログインした瞬間、今の君達の意識をインストールする事で君達は過去の君達と一体化する事が出来るのさ」
正に魔法、そう言っても差し支え無いだろう。正直、話が上手すぎる気がするので、何か裏があるのではないかと思ってしまう。
「君達の懸念は理解出来る。だけど、こればっかりは信じて欲しいとしか言えない」
「それで、過去に俺達を送って如何する気だ?」
「君達は普通にゲームクリアを目指してくれて構わない」
「え?」
「言っただろう? 私の意識も過去へ飛ばせると…だが、私は過去の私と一体化しない。意識だけの存在として過去へと渡り、今回の横槍の犯人を見つけ、今度は横槍が入らない様に全力で妨害する…私の
それが、自身の不注意で死なずに済んだ筈の、散ってしまった6147人のプレーヤー達に対するせめてもの償いだと、茅場晶彦は語った。
「アスナ…」
「キリト君は、どうしたい?」
「俺、は…」
正直、迷っている。確かにこのままでは現実で死んでいるので、天に召されるのを待つだけだが、過去へと行けばそれも免れる。
だけど、過去へ行くということは再びデスゲームを行わなければならないという事を意味しているだけあり、躊躇してしまうのだ。
「キリト君…助けられなかった人達…月夜の黒猫団の人たちを、助けたくない?」
「…あ」
「キリト君の心に大きな傷を残す事になった事件、今度こそ…助けよう? 今度は、二人で」
「…サチを、皆を」
「それから、横槍の所為で死んだクラインさんやエギルさん、リズや他の皆も…」
そう言われて、キリトは目を閉じる。すると脳裏には2年の間に出会った人、別れた人、死なせてしまった人達の姿が思い浮かび、誰もが躊躇するキリトの後ろから、その背中を押してくれた…気がした。
「うん、行こう…過去へ」
「大丈夫、キリト君はわたしが守るから…キリト君は、わたしを守って? そうすれば、出来ない事なんて何も無いんだから」
「ああ、そうだね」
「こほん」
「「っ!?」」
「あ~…本当に仲睦まじい所を申し訳ないが、まだ私の話は終わっていないんだ。そういうのは後にしてくれたまえ」
そう言って、無表情の中にも何処か呆れの様な感情を浮かべる茅場晶彦はいつの間にかキリトの背にあったエリュシデータと、折れた筈のダークリパルサーを持っていた。
何をするつもりなのかと様子を窺っていると、茅場晶彦が二本の剣を重ね合わせた瞬間、剣が光に包まれ、その光が消えた時には二本だった筈の剣が一本の剣に変わっていたのだ。
「それは…」
「これは、私からの選別だ。エリュシデータとダークリパルサーから生まれた魔剣エンシュミオン」
魔剣エンシュミオン、元々が黒かったエリュシデータよりも更に深い黒の片手剣、その刀身には白い星の様なものが無数に透けて見える。
魔剣という割りに随分と美しいとすら言える剣なのだが、茅場晶彦曰く、アインクラッドの魔王が創った剣なら魔剣になるのは当然だとの事。
「受け取りたまえキリト君、向こうでこの剣は必ず君の役に立つだろう。正直、ステータスやレベル、スキルなんかは全て初期に戻ってしまうのは申し訳ないからね、選別に君の意識と共に送る事にした。まぁ、流石にレベル1では使えないから、使える要求値まで上げてもらう必要があるけどね」
「随分、気前が良いんだな」
「何、私も人並みの心配はするさ…さて、アスナ君にも剣を贈るかい?」
キリトにだけ剣を創ったのは申し訳ないと、アスナの方を向いた茅場晶彦だが、アスナは首を振ってネックレスにしていたアイテムを見せた。
トップにあるクリスタルは、キリトとアスナの娘、ユイの心だ。
「この娘も、一緒に連れて行きたいんですけど…」
「ふむ、MHCP試作1号か…良かろう、ならばアスナ君への餞別はMHCP試作1号を初期アイテムとして送る事にしよう…そうだな、今の内に管理者権限を使っておくとするか」
すると、茅場晶彦はクリスタルに一瞬だけ触れると直ぐに離れて頷く。
「これで良い。向こうに行ったら人目の無い所でキリト君とアスナ君、二人そろってクリスタルに触れなさい、そうすればYuiは復活する」
「っ! ほ、本当か!?」
「勿論だ、それがアスナ君への餞別だ」
その代わり、過去のユイは恐らく消えてしまうだろう。世界は矛盾を許さない、MHCP試作1号という同じ存在が二つも存在するのは許されないだろうから、世界の修正力というものによって過去のMHCP試作1号はユイでは無く全く別の存在になる。
「さて、そろそろ時間だ。二人とも、準備と覚悟はよろしいかな?」
「ああ」
「はい」
「では、パラレルシード起動、管理者権限によりキリト、アスナ、茅場晶彦を過去へ」
すると、茅場晶彦の手にあったパラレルシードが砕け散り、中から溢れ出た光が三人を包み込んだ。
最後に、キリトとアスナは意識が途切れる前、ほんの数秒の事だが、確かに聞こえた気がしたのだ。茅場晶彦の…頑張れ、という言葉を。
続き、読みたいという方は挙手!
それによって続きを書くか削除するか決めます。
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SAO編
第一話 「二度目の初めまして」
ソードアート・オンライン・リターン
第一話
「二度目の初めまして」
フルダイブ型VRMMORPG、ソードアートオンラインは初回ロットが一万人に販売され、即完売。誰もがスタートを待ち望み、全一万人のユーザーがログインされた時、同じくログインした桐ヶ谷和人ことキリトと結城明日奈ことアスナは未来から人格データがインストールされ、上書きされる。
キリトはゆっくりと目を開ければ懐かしい始まりの街の街並みが目の前に広がっており、更に自身の記憶が間違いなく未来の、75層攻略後の記憶も持っている事を確認して小さくガッツポーズをした。
「よし、問題なく戻ってきた…っと、アイテムは」
今の自分の装備は初期装備の片手剣と小さな胸当ての鎧だけ。未来での自分と比べて余りにも貧相な装備だが、全てが初期化されるという言葉を聞いていたので納得は出来る。
だが、直ぐに確認しなければならないアイテムがあるので、ウインドウを開いてアイテム欄を確認、そこに“魔剣エンシュミオン”の文字があった事に安堵した。
「げっ、要求値75って…エリュシデータよりも高いのかよ」
流石は魔剣と名の付く剣だけはある。魔剣クラスの剣だったエリュシデータやダークリパルサーも要求値は高かったが、本物の魔剣ともなればその上を行くのも当然か。
「さてと、今後の方針は…アスナと合流してユイの復活だろ…一層攻略までは前回と同じで良いとして……二刀流だよな、やっぱ」
正直、要求値を前回より早いスピードで上げてエンシュミオンを装備出来る様にするのは必須としても、二刀流は必ず手に入れておきたい。
幸いにもあの時、ヒースクリフが二刀流の取得条件をご丁寧にも教えてくれたので、反応速度を優先的に上げていけば問題は無いだろう。
だけど、もう一つの問題としてエンシュミオンに並ぶもう一本の剣をどうするか、なのだ。
「エリュシデータは50層のフロアボスのドロップだけど…う~ん」
使い慣れたエリュシデータを入手しても良いのだが、正直に言えばエンシュミオンを持つ自分がエリュシデータまで独占して良いものかと悩む。
「ダークリパルサーは運に左右されるしなぁ」
エリュシデータかダークリパルサーか、どちらかを入手して二刀流にするか、それともその二本を越える剣を入手するか、二つに一つだ。
「アスナと相談、だな」
自分一人で考え込むよりは、アスナと相談して決めた方が良い。そう思いキリトは周囲を見渡すと懐かしい顔が見えた。
まだ手鏡を使う前の、あの野武士顔ではない時からの兄貴分で、本人には言わないが、どこか親友の様にも想っていた男の顔。
「クライン…」
前回、ゲームクリアで開放された筈が、茅場晶彦すらも予測出来なかった外部からの横槍で命を落とした男。
初めての弟子、みたいな存在で、最後までキリトを心配してくれた優しいお節介焼き。
「あはは…そう言えばクラインって、SAOが初めてのフルダイブ経験なんだって言ってたな」
今のクラインは正に素人だと言わんばかりにキョロキョロと辺りを見渡し、自分の手を握っては開いて、また握っては開いてを繰り返している。
それが妙に懐かしくて、微笑ましくて……嬉しい。
「…ねぇアンタ、もしかしてフルダイブ初体験?」
「ん? お、おお! そうなんだよ、だから勝手が判らなくてなぁ」
「良かったら、レクチャーしようか? 俺、βテスターだったから色々と教えられるけど」
「マジか!? そりゃ助かる!! 是非教えてくれ!」
「任せろ…俺はキリト、宜しく」
「あ、おお! 俺はクライン、宜しくなキリト!」
二度目の、初めまして…クライン。口には出さなかったが、キリトはクラインを前に心の中で、そう呟いた。
始まりの街を出て直ぐにある草原のフィールド、そこでキリトはクラインに序盤に覚えておかなければならないコツやスキルの使い方、戦闘方法などのレクチャーを行っていた。
最初のフィールドに出てくる敵、フレンジーボアという猪型の敵を相手にクラインと一時的にパーティーを組み、先ずはキリトが戦って見せて、倒したら説明をするという方法を数度行うと、いよいよクラインが実際に戦闘を行う番になる。
「よ、よし!」
「良いか、重要なのは初動のモーションだ。初動を起こし、スキルを発動させる事でシステムが技を命中させてくれる」
「おう! おらぁああああ!!」
既にスキル発動の方法は教えている。クラインは気合と共にソードスキルを発動、右手に持つ片手用曲剣の刀身がライトエフェクトによって光り輝く。
「だりゃああああ!!」
クラインがフレンジーボアに突撃して、その胴体を斬りつける。片手用曲剣基本ソードスキル“リーパー”、初期装備、初期スキルに必ず登録される基本スキルの一つだ。
リーパーの一撃により、フレンジーボアのHPが0になり、ポリゴンの粒子となって消える。当然、倒したクラインには経験値と賞金であるコルが与えられた。
「お、おお! 倒した! 倒したぜキリト!」
「ああ、おめでとうクライン、初めての戦闘にしては上出来だ」
「へへ…サンキューなキリト、お前の教えた方が解り易かったから初めてなのに上手く出来たぜ」
「そっか…まぁ、今のフレンジーボアって、ド○クエで言うスライム相当だけどな」
クラインが固まった。前回同様、中ボス相当だと思っていたらしいが、まさか始まりの街を出て直ぐに中ボスが出てきたら誰もクリアなんて出来ない。
「なぁキリト、スキルってよ、ソードスキル以外にもあるんだろ?」
「そうだな、ソードスキル以外にも鍛冶や料理、裁縫や釣り、建築、様々なスキルが無数にあるって言われている。ただし、SAOは従来のRPGみたいな魔法だけは無いけど」
「へぇ、大胆な設定だよな、RPGで魔法が無いなんてよ」
確かにその通りだが、寧ろそれがSAOの魅力でもある。
魔法無しに己の剣とソードスキルによる剣技のみで敵と戦う、前時代的な戦闘方法ではあるが、それこそがキリトも含むβテスターがSAOに魅了された理由の一つでもあるのだ。
「自分の身体を動かして戦う、魔法で敵を倒すよりも達成感が違うんだ…その方が面白い」
「確かにな!」
呪文とか覚えらんねぇや、と笑うクラインに、キリトも釣られて笑ってしまう。
まだデスゲームが始まる前の、こんな穏やかな時間は久しぶりで、これから先に待ち受ける命懸けの戦いの日々が始まる前に、心温まる時間があっても、罰は当たらないだろう。
あれから夕方になるまでフレンジーボアとの戦闘を続け、いつの間にか経験値が溜まりキリトはレベル3に、クラインはレベル2に上がっていた。
今は休憩も兼ねて敵が出現しないポイントに座って夕日を眺めながら吹き抜ける風を身体に感じながら二人は雑談に耽っている。
「しかしよ、まだ信じられねぇよ。こんなリアルな光景や感触がゲームの中、仮想空間だなんて」
「俺も最初はそう思ったさ…でも、だから良いんじゃないか」
「だな、創ったのは茅場晶彦だっけ? マジで天才だぜ」
前は、クラインの言葉を大げさだと言った覚えがある。だけど、こうして改めて見るとキリトも同じ気持ちだ。
SAOの世界もそうだが、何よりも茅場晶彦が天才だと思わざるを得ないのは、パラレルシードの事だろう。まさかこうして、過去へと来る事が出来るなんて、想像すらしていなかった。
「キリトはβテスト版では何処まで行ったんだ?」
「ん? 二ヶ月で8層まで、だけど前は少し急ぎすぎたからなぁ…今度はじっくりと慎重に攻略しようと思ってる。βテスト版はあくまでテスト版だから、正式版のSAOはβテスト版とは若干でも違いが出てくる筈だし」
「へぇ…」
勿論、今の言葉は建前でも何でもない。前回は急ぎすぎた、急ぎすぎたからこそ、余計な被害を出してしまったのだ。
だから今回はもっと慎重に、被害を最小限に留める事が出来る様に、動かなければいけない。
「キリトはこの後どうする?」
「俺は後何回か狩りを続けてレベル上げするけど」
「そっか、んじゃあ俺は先に落ちるわ、腹減ってよ」
「わかった」
「へへ、5時半から熱々のピザを予約してんだぜ?」
「抜け目無いなぁ」
だけど、クラインがそのピザを食べるのは、2年後の話になりそうだ。
クラインがログアウトしようとシステムメニューを開いたのだが、異変に気付いた。
「あれ? おかしいな…ログアウト画面が出ねぇ?」
「…(ついに、始まるのか)」
キリトの鋭い視線が、始まりの街に向けられた。
まだ、大きな変化は何も無い。だが、確実にログイン出来ない現象は他のプレーヤー達も気付き始めている頃だろう。
「おいキリト、変だぜ、ログアウトのポップが出ねぇんだ」
「GMコールしたか?」
「へ?」
「GMコール」
「あ、ああ試したんだけどな…反応が無ぇんだよ。サービス初日のバグか何かか?」
とうとう、始まる。
殺伐とした、己の命を賭けた、戦いの日々が。
「いや、バグじゃない…もしバグならログアウト出来ない、GMコールも反応しないなんて今後のゲーム運営としては致命的だし、こんなに長時間のバグならGM側で気付いて全プレーヤーの強制ログアウトも行う筈だ……つまり」
「バグじゃなくて、GM側の仕業だってのか?」
「そう考えるのが、自然だ」
そうしている内に、時間は17時30分を向かえた。
その瞬間、第一層全域に響き渡る始まりの街の鐘が鳴り響き、キリトやクラインを含む全プレーヤーが始まりの街の中央広場に強制テレポートされる。
「クライン、あれ」
「あん? なんじゃありゃ」
誰もが困惑する中、キリトが指差した先に目を向けたクラインが見たのは、空の一部に赤い警告表示で『WARNING』と出ている光景だった。
その警告が、空一杯に広がり、始まりの街は夕焼けとは別の赤に包まれてしまう。
「…(茅場っ!)」
未来の茅場晶彦は過去のヒースクリフと一体化しないと言っていた。ならば、この時代のヒースクリフはこの時代の茅場晶彦という事になる。
赤い警告の空から溢れ出た赤いスライムの様な物体が形作った赤いローブの人物、彼こそがこの時代の茅場晶彦なのだ。
『プレーヤーの諸君、私の世界へようこそ』
ついに語られる。この世界の真実・・・否、SAO本来の仕様と、デスゲームの開始宣言。
プレーヤーのHPが0になる、または外部の人間がナーブギアを外すと、ナーブギア内部の7割を占める大容量バッテリーから高出力マイクロウェーブが流れ、脳を破壊し……現実での死を迎えるという、最悪のゲーム。
既に、一万人のプレーヤーの内、213名が外部からナーブギアを外され、命を落としてしまった。
その事に怒りを感じるキリトだが、過去へと来る前、茅場晶彦が言っていたではないか、外部での事は、ログインしている自分達では如何する事も出来ないと。
「俺達が開放される条件は、SAO100層の最終ボスを倒し、ゲームクリアする事だけ…」
「おいおいマジかよ…ありえねぇぜ」
「だけど、これは現実だ」
呆然と呟くクラインにキリトは言い聞かせた。そして、偶然か必然か、キリトと茅場晶彦の言葉は同時に発せられる。
『「これはゲームであっても、遊びではない」』
最後に、茅場晶彦から全プレーヤーのアイテムストレージにプレゼントを贈られた。アイテム名“手鏡”、それを全てのプレーヤーが取り出して覗き込んだ瞬間、皆の身体が光輝き、その輝きが消えると、誰もがゲーム内のアバターの姿ではない、現実の姿に変化していた。
「大丈夫か、キリト」
「ああ…っ」
クラインの方を振り向けば、懐かしい…最後の瞬間までずっと世話になった野武士顔がそこにはあった。
「クライン…なんだよな?」
「そういうお前は…まさかキリトか?」
涙が、溢れそうになった。だけど、それを堪えて未だにプレーヤー達を見下ろす茅場晶彦を睨み付けた。
もはや、殺気すら滲み出るのは無理からぬ事、必ず殺すと、決めている相手だからこそ、殺気を向ける事に遠慮が無い。
「茅場…っ」
このSAOを開発した段階で、茅場晶彦の目的は達せられている。と、彼は言う。それにてSAO正式サービスのチュートリアルが終わった。
茅場晶彦の姿は消え、空を覆っていた警告表示も消えて元の夕焼けの空に戻った。ならば、もう此処に居る理由は何も無い。
「クライン…俺は行く」
「行くってキリト、お前…」
クラインの手を引っ張って人気の無い路地裏に行くと、向かい合ってキリトはこの後の予定をクラインに説明した。
「俺は直ぐに次の村へ行く、お前はどうする?」
「お、俺は…その、他のゲームでダチだった奴らが広場に居る筈なんだよ…俺は、あいつ等を見捨てられねぇ」
「そうか…ならクラインは、そいつ等と行動するんだ、お前には最初に教えられる限りの攻略テクやコツを教えてある、この世界で得られるコルや経験の限り、様々な知識は教えたから、仲間と一緒に強くなって先に来い……俺は一足先に、お前達を待っているから」
「キリト…」
念のため、フレンド登録は済ませてある。これなら互いの無事を確認出来るから安心だし、何かあればメッセージを飛ばしてくれれば駆けつける。
だから、キリトは頼れる兄貴分と、もう一度別れる事にした。
「また、先の何処かで、会おうなクライン…必ず」
「…ああ、必ずな」
キリトが差し出した手を、クラインは確りと、握り締めてくれた。キリトにはそれだけで十分だった。
クラインは強い、前の世界でもギルド風林火山のリーダーを務めていたほどの、前線組みで戦えるだけの強豪になったのだから。
「じゃあ…またなクライン」
「キリトも、気をつけろよ」
互いに拳をぶつけて、それで別れる。
振り返る事無く走り去ろうとするキリトの後ろ姿を見て、クラインはあの時にも言った台詞を、キリトにとっては本当に懐かしい台詞を、言ってくれた。
「キリト! おめぇ、案外可愛い顔してんな! 結構、好みだぜ!」
「っ! お前も、その野武士面の方が10倍似合ってるよ!」
だから、キリトもあの時と全く同じ台詞で、返すのだった。
因みに原作コピーはしてませんよ? だって原作って立ち読みしかしてませんから持ってませんもん。
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第二話 「SAOの親子」
ソードアート・オンライン・リターン
第二話
「SAOの親子」
始まりの街を出てキリトは誰よりも早く次の村に辿り着いていた。
途中で何度もモンスターと出くわしたが、逃げる事無く全てを倒し続けている内にいつの間にかレベルは6になっていて、恐らくは現在参加者中最も高いレベルになっているだろう。
そんなキリトは今、村にある小さな宿の部屋で来客を待っていた。メッセージは既に送っているので、もう間もなく来る筈なのだ。
「っ!」
その時、扉をノックする音が聞こえたので、入出するよう声を掛ければ、入ってきたのは懐かしい赤いローブで全身を隠した人物…アスナが入ってきた。
「アスナ!」
「キリト君!」
走り寄るアスナを抱き止めて二人は互いの温もりを確かめ合う様に抱き合い、やがて見詰め合うと唇を重ねた。
「キリト君…会いたかった」
「うん、俺もだよ、アスナ」
その後もずっと抱き合っていた二人だが、今は他にもやらなければならない事があるので、名残惜しく感じつつもベッドに腰掛けてキリトはアスナがアイテムストレージを開くのを見ていた。
「あ…」
「うん、間違いなく入ってた、ユイちゃん」
アイテムからユイの心たるクリスタルを取り出すと、茅場晶彦に言われた通り、二人同時にクリスタルに触れた。
すると、クリスタルが光り輝き、粒子となって二人の目の前に人型に集まりだす。そして形作られていくシルエットは、間違いなくキリトとアスナの愛娘の姿。
やがて、光は収まり、粒子も完全に消えて二人の前には一人の少女が立っていた。愛くるしい表情と、キリトとアスナを見上げるその信頼と親愛の篭った眼差し、間違い無い。
「また、お会いできましたね、パパ、ママ」
「…ユイ!」
「ユイちゃん!」
アスナがユイを抱きしめ、そしてキリトがそんな二人を抱きしめると、ユイも涙を浮かべて二人を抱き返してきた。
漸く再会出来た親子、大切な存在の確かな感触が、抱きしめる事で強く、強く感じられる。
「やっと、わたし達…一緒に暮らせるね」
「ああ、早く22層まで行こう…あの家で、また三人で暮らそう」
「パパ…ママ…ユイも、一緒に暮らしたいです」
また三人で、22層にあるあのログハウスで暮らす。その為にも、キリトとアスナは先へ進まなければならない。
でも心配はいらないだろう。自分達には愛娘の所に帰るというこの世界での使命があるのだから、簡単に死ぬ様な事はしない、出来ない。
「アスナ、今のレベルは?」
「わたしは5になったばかり、キリト君は?」
「俺は6、もう直ぐ7になる所だ」
最初の内にクラインと共にレベル上げしていたのが影響してか、やはりキリトの方がレベルは上だった。
だけど、アスナのレベルも初日という点で見れば十分なもの。迷宮区に行くまでには二人揃ってレベル20台までは行ける計算だ。
「先ずは武器が必要か…明日はこの村の武器屋で適当な剣を買ってからクエストに挑もう」
「クエスト?」
「前回の第一層ボス戦で俺が使っていた剣、アニールブレードがそのクエストで手に入るんだ」
「そうなんだ…あ、じゃあわたしもクエストを一つ受けておきたいな」
何でも、前回はレベルや実力的な問題で武器屋で購入したレイピアを第一層のボス戦で使っていたが、この村のクエストに報酬でレアなレイピアを入手出来るものがあるので、それが欲しいとの事だ。
「それじゃあ明日は別々に行動、ユイは宿で留守番だけど…大丈夫?」
「…はい、良い子にして待ってます」
「そっか」
本当は着いて行きたいという顔をしているが、自分が足手まといになるという自覚があるのか、留守番をする事を了承してくれたユイの頭を優しく撫でるキリト、その顔は肉体年齢14歳にして既に立派な父親の顔だった。
翌日、キリトとアスナは別々に行動してそれぞれ目的のクエストにソロでチャレンジしていた。
キリトはアニールブレードを入手するため、アスナは前回は諦めたレアなレイピアを入手するために、そして、互いにレベルを更に高くするために動いている。
やがて、時間は夕刻になり、キリトとアスナは村の入り口で合流して、ユイの待つ宿屋に向かいながら成果を見せ合っていた。
「アニールブレード、無事にゲット出来た。レベルも敵は基本的に全て倒す方針で進めたから15まで行けた」
「わたしもクエストクリアでレイピア…“フルール・パッセ”ゲットしたよ。レベルは…13だね」
超ハイスピードでレベル上げする二人だが、この先を考えるのなら、この世界での実力の重要性を考えるのなら、慎重だと言えなくも無いだろう。
互いの報告をし終えてもう直ぐ宿屋というところでキリトは雑貨屋が視界に入り、ふと今回のクエストクリアまでに溜まったコルを思い出し、先にアスナだけ宿屋に戻る様に伝えた。
「どうしたの?」
「あ~…ちょっと買いたい物があるから、先に戻ってて」
「買い物なら付き合うよ?」
「い、いや…ほんと大したものじゃないから、ユイも待ってるから先に、な?」
ユイの事を出されれば引き下がるしか無いアスナ、渋々だが先に宿屋へ向かったのを確認してキリトは雑貨屋に行き、店主のNPCに話しかけた。
「すいません、これを二つ」
「いらっしゃい、6000コルになります」
「えっと、じゃあこれで」
「まいど」
目的の物を購入して宿屋に向かう。その道すがら、一日で随分と村に居るプレーヤーの人数が増えている事に気がついた。
恐らくはβテスターや、βテスターと一緒に組んだビギナーが殆どなのだろう。この村の周囲もそろそろ潮時だと感じつつ、宿屋へと入っていくのであった。
宿に戻ってきたキリトはユイを膝の上に乗せて楽しそうにしているアスナの向かい側のベッドに座りアスナに甘えているユイの頭を撫でながら先ほど雑貨屋で購入した物をポケットに忍ばせていた。
「キリト君、さっきは何を買ったの?」
「え、あ、いや……その」
「パパ?」
ハッキリと言えば良いのだが、どうにもユイの目の前でというのが恥ずかしい。だけど、もしユイの目の前で言って、渡せば…ユイも、アスナも喜んでくれるのではないか、そう思えてしまう。
二人の視線を感じつつ、キリトは少しの間だけ目を閉じて深呼吸をすると、目を開けてポケットに入れていた物を取り出した。
「アスナ…」
「は、はい!」
「俺達、SAO内での関係も過去に戻った事でリセットされたよな」
「うん…でも」
「いい、俺も同じ気持ちだから…でも、やっぱりこういうことはちゃんとしておきたいんだ」
だから、とアスナの左手を取り、その薬指に、雑貨屋で購入した指輪を通した。
「あ…」
「パパ…」
「アスナ…俺と、結婚してください」
「……~~~~っ!」
一瞬、キリトのプロポーズに反応出来なかったアスナだが、直ぐに頭が意味を理解して顔が真っ赤になる。
アスナの膝の上に座るユイは目を輝かせながらキリトとアスナを交互に見ているので、この後の展開を非常に楽しみにしている様だ。
「アスナ・・・返事、聞かせてもらっても、良いかな?」
「……はい、不束者ですが、わたしを…キリト君の奥さんにしてください」
キリトからのプロポーズにより開かれたウインドウ、【プロポーズを受けますか? YES/NO】の表示のYESをクリックしたアスナ、これでキリトとアスナはSAO内で正式な夫婦となった。
「やったーーっ! パパ! 格好良かったです!!」
「あ、そうかな?」
「はい!」
アスナの膝の上から飛び降りてキリトに抱きついてきたユイを抱き返し、涙を拭っているアスナも抱きしめた。
また、アスナと夫婦として、ユイの親として、これから先ずっと一緒に居られる。何よりの幸福が今、こうして手に入った。どんなレアアイテムを手に入れる事よりも嬉しい、幸せを、もう一度手に入れたのだ。
それから一ヵ月後、第一層迷宮区手前の町、トールバーナにキリトとアスナ、ユイの三人は居た。
この一ヶ月、自分たちのレベル上げを行いつつ、見かけた一般プレーヤーが窮地に陥っていた場合は救出してという事を何度も繰り返している内にキリトとアスナは互いにレベルが28と25になっており、死亡者も前回が2000人だったのに対して今回は1000人弱と、助けられなかった人こそ居たものの良い傾向だと言える。
更に言えばキリトとアスナはビギナープレーヤーの多く、主に二人が救助したプレーヤー達からは高く信頼と信用を寄せられていた。
自分達の片手間ではあるが、救助したプレーヤー達を少しだけ指南してレベル上げを手伝ってあげていたというのが信頼・信用される理由の一つであろう。
そして今、キリトとアスナ、ユイは前回同様、第一層フロアボス攻略会議に出席していた。前回は助けられなかったディアベル、彼を今度こそ助けると、心に誓って。
「ねぇキリト君、前より人…多くない?」
「そうだな…確か、前は俺とアスナを入れて30人前後だったのに、今回は50人くらい居るぞ」
それも見覚えのある顔が増えているのだ。前回ではなく、今回の見覚えがある顔…それはキリトとアスナが窮地を救い、少しの間だけレベル上げを手伝ったり指南していた者達だ。
皆、キリトとアスナに気付くと手を振って笑顔を向けてくるので、二人もそれに手を振り返す。どうやら彼らも二人と別れてから順調にレベル上げをしてボス攻略に挑むだけのレベルまで達したという事だろう。
「はーい! みんな、聞いてくれ! 今日は俺の呼びかけに応えてくれてありがとう。俺の名はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます」
前と同じ、ディアベルの演説が始まった。内容も前回と同じで、ディアベルのパーティーが第一層フロアボスの部屋を見つけたというもので、その攻略を行うのに6人でのパーティーを組む事になった。
勿論、キリトとアスナは最初からパーティー登録しているので、最悪前回同様に二人であぶれ組みでも良いのだが。
「あ、あのキリトさん、アスナさん…良ければ組まないッスか?」
「あ、確かベルだったか?」
「はい! あの時はありがとうございます! おかげで俺、今はレベル16になったんスよ!」
「へぇ、凄いじゃない!」
キリトとアスナに声を掛けてきたのは、何日か前にモンスターに囲まれている所を助けた青年、ベルだ。
金髪の髪を逆立てた長身の青年で、武器は両手剣を使用している。助けた当時はレベルが8だったので、随分と頑張ったらしい。
「それで、どうッスか?」
「良いよ、俺達で良ければ組もう」
「はいッス!」
「あ、ベルてめぇズリィぞ! キリトさんキリトさん! 俺っちも、俺っちも良いか!?」
「ありゃりゃ、モスキート君もキリト君信者だったんだ…」
また一人、増えた。モスキートとアスナが呼んだ青年は緑色の長髪の青年で、キリトと同じ片手剣に盾装備の前衛だ。
「アタシもキリトさんとアスナさんと組むぅ!」
「うわっ!? クルミちゃん!?」
いつの間にキリトの後ろに居たのか、茶髪の髪を三つ編みで前に垂らした少女が後ろからキリトに抱き着いてきた。
「ちょっとクルミちゃん!? キリト君に抱きつかないで!」
「そうですそうです! パパに抱きついて良いのはママとユイだけなんです!」
因みに、このクルミという少女は一番最初にキリトとアスナが救出した少女で、当時はレベルがまだ2だった。
しかし、今ではレベルが何と19まで上がっているという凄まじい才能を開花させた少女で、使用武器は槍をメインにしている。
「もう~! 離れなさい!」
「ぶぅ~、アスナさんのケチ」
「ケチじゃないの! キリト君はわたしの旦那様なんだから!」
ちょっと、照れた。それにしても5人になったとは言え、随分と理想的なパーティーが出来上がったものだと思う。
レベル28で片手剣一本のスピード型の前衛キリトと、レベル25でレイピアとスピードによる遊撃のアスナ、レベル19で槍による中衛のクルミ、レベル16で両手剣によるパワー型の前衛ベル、同じくレベル16で片手剣と盾による攻防一体型のモスキート、パーティーとしては申し分無い。
「あと一人位は欲しいな…あ」
何かに気付いたキリトは立ち上がって一人の男に近寄ると、その男に話しかけた。
「なぁアンタ」
「ん?」
「その武器、斧使いだよな?」
「ああ、そうだが」
「良ければ、俺達と組んでくれないか? 斧のパワーが欲しいんだ」
キリトが話しかけたのは浅黒い肌の長身男性…キリトにとってクラインと同じもう一人の兄貴分、エギルだった。
「俺はキリト、パーティーはあそこのメンバーで、あと一人必要なんだけど」
「ふむ…ディアベルと組もうかと思っていたが、いいぜ。俺はエギル、よろしくなキリト」
「よろしく、エギル」
こうして、キリトはもう一人の兄貴分との二度目の初めましてを済ませた。
正直、エギルのパワーが欲しいという打算はあるものの、やはり…エギルとは早い段階から友好を深めたかったという私情が、強かったのかもしれない。
オリキャラを三名出しました。
名前:ベル
レベル:16
武器:両手持ち大剣
容姿:長身でキリトより頭一つ分高い。金髪の髪を後ろに逆立てたALO編のキリトみたいな髪型
名前:モスキート
レベル:16
武器:片手剣+盾
容姿:背丈はキリトと同じくらい。緑色の髪の長髪で手鏡を使う前のクラインみたいな髪型でバンダナ無し
名前:クルミ
レベル:19
武器:槍
容姿:アスナより頭一つ分背が低い。茶髪の髪を三つ編み一つで縛り、左肩から前に垂らしている。チッパイww
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第三話 「βとも前回とも違う」
ソードアート・オンライン・リターン
第三話
「βとも前回とも違う」
全員、パーティーを組み終えた。ディアベルが様子を見て大丈夫だろうと判断し、対策会議の続きに入ろうとした時だった。
一人の男がそれを止め、ディアベルの前まで階段の上から飛び降りてきたのだ。
「キリト君…あの人」
「ああ、前回は軍のNO.2だったキバオウだ、シンカーを罠に嵌めた張本人」
ビーターという呼び名を積極的に広めた人物でもあるのだが、そちらは特に気にしていない。
問題なのはやはり前回、シンカーを罠に嵌めた事、今回はまだまともなのだろうが、正直キリトもアスナも彼には良い感情が持てないでいた。
「ボスと戦う前に言わせてもらいたい事がある。こん中に今までの一ヶ月で死んでいった1000人に詫び入れなあかんやつがおる筈や!」
やはり、前回同様にβテスターを批難してきた。前は、バッシングが怖くて名乗り出なかったキリトだが、今回は違う。
何故なら、キリトが今パーティーを組んだメンバーでエギル以外は全員がキリトがβテスターだという事を知っていて、他にもキリトが助けた人間は皆が知っている。
「あんたの言うβテスターなら、此処に居るぜ」
だから、キリトは名乗り出た。
その瞬間から、周囲から疑惑と侮蔑の視線が向けられてきたが、2年も死闘を続けてきたキリトには何も怖くない。
「ほぉ、随分といさぎ良いやないか。ほな、今すぐこの場で土下座して、アイテムや金を出してもらおか」
「ふざけんな! キリトさんがてめぇみたいな糞にんな事する必要は無ぇぜ!」
キバオウの言葉にモスキートが立ち上がって反論する。それに続くようにベルや他のキリトが助けてきた者達も立ち上がって反論を述べ始めた。
「キリトさんはお前が言うような人じゃない!」
「そうだ! キリトさんは俺達ビギナーを助けてくれて、レベル上げまで手伝ってくれたんだ!」
「キリトの坊やを締め上げようってんなら、あたし等が相手になるよ、オッサン」
本当に、随分と慕われたものだ。その多くは皆がキリトを命の恩人とも師匠とも思っている者ばかりで、βテスターだからと自分可愛さに隠れてビギナーを見捨てた他のβテスターと一緒にされるのが我慢ならないのだ。
勿論、キリト自身は自分が皆の言うような立派な人間ではないという思いもあり、少し居心地悪いような、くすぐったい様な、微妙な表情をしている。
「なぁキバオウさん」
「な、なんやあんた」
「俺の名はエギル、キバオウさん…あんたはこのガイドブックを知っているか?」
エギルは懐から取り出したガイドブックを見せると、キバオウも知っているし、持っていると言葉少なに言うが、それならそのガイドブックが何なのか知っている筈だ。
キリト以外のβテスターが無料配布している情報を書き記したガイドブック、βテスト時代の情報を細かく書いて多くの一般プレーヤーに配布している。
「βテスターも、皆が皆、あんたの言うような人間ばかりじゃないって事だ。キリトも、随分と慕われているのを見るに、沢山のビギナーを助けていたみたいじゃないか」
そこまで言われて、キバオウは押し黙るしか無い。不貞腐れたように席に座ると、エギルもキリトたちの所に戻ってくる。
「エギル…」
「お前さんの目を見れば、凡その人となりは把握出来る。俺は、お前さんを信じる事にしただけさ」
「…ありがとう」
やはり、エギルは人が出来ている。前回にチラッと聞いた話だが、彼はリアルでは既に結婚しているとの事で、その辺りが人としての器が他より大きく感じられる要因になっているのだろう。
「みんな、落ち着いてくれ。会議を進めようと思う。キリト君に思うところは皆あるかもしれないが、彼がβテスターだというなら、今回のボス攻略戦でも頼りになる戦力になってくれる筈だ」
ディアベルの言葉で、とりあえず落ち着きを取り戻した。
漸く会議の続きに入る事になり、先ずはディアベルが最新版のガイドブックを取り出して、今回戦う事になる第一層ボスの情報を公開する。
相手は前回と変わらず、ボスがイルファング・ザ・コボルト・ロード、それから取り巻きにルイン・コボルト・センチネルが居る。
コボルト・ロードの武器は斧とバックラーで、HPゲージがレッドゾーンに入るとタルアールに持ち替えて強力な攻撃を仕掛けてくるとの事だが、前回はβテスト版と正式版の違いからか、タルアールではなく野太刀を装備してきた事があるので、ディアベルを死なせない為にもキリトは此処で行動しなければならない。
「ちょっと待ってもらえるか?」
「ん? キリト君か、どうした?」
「そのボスの武器情報だけど、あくまでβテスト版での話だ。だけど、俺達が今いるこの世界は正式版のSAOだから、βテスト版との違いが出てくる筈。もし、ボスの武器もそれに習って別の武器だったら? 最初は同じでもタルアールではなくて別の武器だったらどうする?」
「なるほど…それは失念していた。確かにβテスト版と正式版の違いが出て来た場合、何も考えずに行けば下手をすると…」
「返り討ちに遭って、最悪は死ぬ」
静まり返った。
そう、忘れてはいけないのだ、このゲームでの敗北は現実での死を意味する事を、今ある情報はあくまでβテスト版での情報でしかなく、正式版との違いがある可能性だって十分にあり得るのだから。
「ではキリト君、君ならどんな武器を予想する?」
「…俺ならプレーヤーはこの一層では入手不可能の武器、刀系を予想する」
「なるほど…しかし、刀系の武器だとスキルが判らんな」
「刀系のスキルなら、俺が知ってる。会議が少し長引くけど良いか?」
「ああ、構わない。皆も、キリト君から刀系のスキルについてと対策を教わるんだ! それと、他にはどんな武器が予想できるか、皆で考えてみよう!」
結局、キリトの出した刀系の他に、ランス、槍、両手剣、片手剣、様々な予想が出てきて、そのスキルや対策についてはキリトが説明していくと、気がつけば夜になってしまっていた。
「よし、今日の会議はこの辺でお開きにしよう。明日は朝10時に広場に集合して、全員で迷宮区へ行く! 以上!」
会議が終わり、キリトとアスナ、ユイはパーティーメンバーに誘われて近くのレストランに入って夕食という事になった。
レストランに入ると、キリト達以外にも何名か来ていて、一様に会釈して、思い思いの時間を過ごしている。
「明日はいよいよ攻略戦ッスね、キリトさんもアスナさんも余裕ッスよね?」
「ううん、油断は出来ない、ボス戦では何が起きるのか判らないもの」
「ああ、俺の知っている知識が通用する相手なら良いんだけどな」
この場の誰よりも圧倒的にレベルの高いキリトとアスナが慎重になってる。それだけでもボス戦への緊張感という物が増した気がした。
決して油断はしない。レベルが高いから余裕などと言っていれば即座に死が待っているのだと、ベルもモスキートもクルミも、エギルも息を呑む。
「それにしてもキリトと、アスナ・・・だったか? その子は…」
「?」
「ああ、この子はユイ…そうだな、俺とアスナにとっては娘だ」
「む、娘…!?」
質問して、その回答にエギルが固まった。だが、直ぐに持ち直して首を傾げているユイを見る。
口元に付いたケチャップをアスナに拭き取ってもらって、キリトに頭を撫でられている姿は、何の違和感を感じさせない仲の良い親子そのもので、自然とエギルもその穏やかな雰囲気に微笑みを浮かべた。
「お嬢ちゃん…ユイ、だったか? パパとママは好きか?」
「はい! パパもママも大好きです!」
「そうか…」
エギルが満面の笑みを浮かべてユイの頭を撫でた。少し驚いたユイも、直ぐに笑顔になり、エギルの大きな手の感触を楽しんでいる。
「ユイ、明日はいつもの様に宿で留守番、頼むな」
「はい…」
キリトがそう言うと、いつもの如くユイは少し寂しそうな表情をしながら頷く。
正直、心苦しいし、一人でユイを待たせる事に罪悪感はあるのだが、これは暫く先に進み、仲間を増やしていけば何とかなるだろう。
翌日、ユイを宿で待たせてキリトとアスナは広場に向かった。
広場には既に何名かのメンバーが揃っており、ベルやクルミ、モスキート、エギルも揃っている。ディアベルやキバオウも居るので、そろそろ全員揃うだろう。
そして、10時になり、全員が揃っているのを確認してディアベルを戦闘に迷宮区へと向かう。その途中でキリトはパーティーメンバーを集めてボス戦の作戦会議を行っていた。
「俺達のパーティーはディアベルのパーティーと一緒にボスと戦う事になっている。前衛は俺とモスキートが務めるから俺とモスキートの後ろから速度のあるアスナとクルミちゃんが遊撃、エギルとベルはボスの背後に回って斧と両手剣で兎に角大ダメージを与えて欲しい」
「了解ッス」
「任されました」
「頑張ります!」
「OK」
皆、自分達の役割を確認し、頷いた。基本的に二人一組で動き、全員がそれぞれにスイッチしながら戦う戦法だ。
「それから、ボスのHPがレッドゾーンに入ったらモスキートとクルミちゃんが組んで、アスナは俺と組む」
「うん」
最後のトドメはキリトとアスナがペアで切り込む。これは一重にキリトとアスナのペアが恐らくはこのパーティー…否、このボス攻略メンバーで最強と言っても良い実力、コンビネーションを誇っているからだ。
「最後に、俺から言えるのは一つだけ…絶対に死ぬな」
真剣な表情で言うキリトに、他のメンバーも真剣な表情で頷いた。アスナも、そっとキリトに寄り添う。
「大丈夫、キリト君は絶対にわたしが守るから」
「ああ、俺もだよ…必ず、アスナを守る」
急にイチャイチャしだした二人に、全員が苦笑…否、クルミだけは何処から取り出したのかハンカチを噛み締め、噛み千切ってしまってハンカチがポリゴンの粒子になって消えた。
ついに、ボスの部屋の前に到着した。
途中の雑魚敵との戦いで若干消費したHPは全員既に回復済みで、武器もボスとの戦いを前に万全の状態であることを確認、誰もが準備万端といった様子を見せる。
ディアベルは全員の顔を見渡し、自分も含めて準備が整った事を確認すると、一つ頷く。
「聞いてくれ、皆…俺から言う事は一つだけだ。勝とうぜ!」
勿論、全員そのつもりだ。
皆が頷いたのを確認し、ディアベルはボスの部屋の扉を開き、盾と剣を構えながら中に進み、その後ろをキリト達が続く。
真っ暗な部屋の中、奥で二つの紅い光が見えた。同時に部屋に明かりが点いてボスの姿が顕となり、その真っ赤な巨体を全員捉えた。
『ガァアアアアアアアアアア!!!!!』
右手に斧、左手にバックラーを持ってキリト達の前に飛び出してきたイルファング・ザ・コボルト・ロード、その傍らにHPゲージが表示され、周囲にルイン・コボルト・センチネルが・・・6体、現れた。
「っ!?(6体!? “前回”と違う!?)」
「キリト君!」
「ああ! 兎に角、俺達はボスを!!」
敵が走ってくるのを見て、ディアベルが攻撃開始の合図を出す。
同時に、キリトとアスナが先行して飛び出すと一気にコボルト・センチネルの懐に飛び込み二人とも同時に蹴り飛ばして後ろから続くメンバーの道を切り開いた。
「アスナ!」
「ええ!」
キリトの合図でアスナはその場を飛び退きキリトはコボルト・ロードの斧を受け流しつつ後ろから来たモスキートに指示を出す。
「スイッチ!」
「了解でさぁ!! ゼリャアア!!」
コボルトロードの腹をモスキートが斬りつけると、同時にキリトもその場でジャンプしてコボルト・ロードの腕に着地、そのまま走ってコボルトロードの片目を貫いた。
『グゲァアアア!!?』
「ディアベル! アスナ! クルミちゃん!」
「任せろ!」
「うん!」
「はい!」
左右から挟みこむ様にレイピアと槍がコボルト・ロードの両脇腹に突き刺さり、更にバックラーをディアベルが弾き隙を突いてキバオウがスイッチで切り込む。
同じく、ベルとエギルもコボルトロードの後ろから斬り掛かり、両手剣と斧による大ダメージを与えた。
キリトはコボルト・ロードの肩から飛び降りてそのまま立ち上がり様に斧を持った腕を斬りつけて二撃目で斧を弾き上げる。
「スイッチ!」
「はいよ!」
丁度キリトの後ろに移動していたエギルがキリトの前に出て斧を振り上げるとソードスキルが発動してコボルト・ロードを何歩か後ろに下がらせた。
「今だ! 畳み込むぞキリト君!」
「よし!」
ディアベルの合図でキリトもそれに続き、二人同時に斬り掛かった。
イルファング・ザ・コボルト・ロードとの戦い、開幕早々にイレギュラーはあったものの、順調に事は進んでいると見て良い。
休む間も無く攻撃が与えられ、どんどんボスのHPが減っていくのが見えたので、この調子で攻撃を続け、レッドゾーンになった瞬間に下がらせれば勝てる。
『ギィガアアア!! グルルルルルッ!!』
ついに、HPゲージがレッドゾーンに入ったコボルト・ロードは両手の斧とバックラーを投げ捨てて、腰にあった武器を抜いた。
βテスト版であればタルアールであり、“前回”は野太刀だったそれだが・・・引き抜かれたのは、どちらでも無かった。
「なっ!?」
「嘘!? 斬馬刀!?」
不味い、β版とも前回とも違う武器を持っていた。しかも、前回の野太刀よりも更に長く、肉厚の刀、斬馬刀という凶悪極まりない代物だ。
「皆下がれ!! アレのソードスキルは一撃必殺技がある!!!」
キリトの叫びは、ギリギリで間に合った。
一撃必殺、たった一発食らうだけでHPを全て奪う凶悪なソードスキルがあると聞いて、全員が慌ててその場から離脱したのだが、その直後だった。斬馬刀一撃必殺ソードスキル“斬首刑”が発動して、振るわれたのは。
幸いにもキリトの叫びが早かった為、死者こそ出なかったものの、誰もが一撃必殺の恐ろしさに二の足を踏む状態になってしまっていた。
「ディアベル! 皆を下がらせるんだ!!」
「あ、ああ! 皆下がれ!!」
「アスナ!」
「うん!」
皆が下がって、アスナ一人が突撃したのを確認し、キリトは隣に居たモスキートの片手剣に目を向けた。
「モスキート、ちょっと借りるぞ」
「え、あ、キリトさん!?」
呆然としているモスキートの返事を聞かないまま片手剣を借りたキリトは右手にアニールブレード、左手にモスキートの剣を持ってアスナの後を追う。
「まだ二刀流を取得してないから、完全に自力技になるけど・・・!」
アスナが斬馬刀を弾いた直後、キリトはスイッチしてコボルト・ロードの懐に飛び込み、ソードスキルが発動しないのは判っているが、何となく言葉を口にしていた。
「スターバースト・ストリーム!!」
ソードスキルが発動しないので、モドキでしかないが、二刀流上位スキルのスターバースト・ストリームの動きを再現、一気に高速の16連撃を叩き込んだ。
「やらせない!」
スターバースト・ストリームの弱点、攻撃特化の為に相手の攻撃を非常に受けやすいというものがあるのだが、それは全てアスナがコボルト・ロードの攻撃を防いでくれるので、安心して最後の16連撃目を叩き込む。
「セァアアアア!!!!」
そして、ソードスキルではないが故に即座に別のソードスキルを発動する。
「バーチカル・アーク!!!!」
片手剣用ソードスキル、バーチカル・アークによる二連撃が決まり、イルファング・ザ・コボルト・ロードのHPが0になり、ポリゴンの粒子になって消えるのだった。
ディアベル生存。
そしてβテスターだったキリト君にも頼もしい仲間が、理解してくれる仲間が大勢です。
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第四話 「白黒」
ソードアート・オンライン・リターン
第四話
「白黒」
「それでは! ギルド“
『乾杯!』
アインクラッド第3層のとある街のレストランに、キリトとアスナ、ユイ、エギル、ベル、モスキート、クルミが集まって少し豪勢な夕食会を開いていた。
第2層攻略時に詐欺など多少のいざこざがあって此処まで来るのに若干の苦労はあったものの、無事にギルド作成可能な階層に来る事が出来たのだ。
これから先、次々と正式にギルドが結成されていく事だろう。そして、それはキリトたちも同じく、こうしてギルド立ち上げを行う事になった。
そもそもの始まりは第2層攻略後、第3層に入って再びキリトとアスナ、ユイの三人旅をしていたのだが、唐突にアスナがギルドを作ろうと言い出したのだ。
「ギルドを…?」
「うん、正直ね・・・わたしとキリト君の二人だけだとこれから先、皆を助けながらっていうのは難しい場面が出てくると思うの。だけどキリト君はギルドに入るのは嫌なんだよね?」
「うん、前回もギルドには入りたくなかったからソロだったし」
月夜の黒猫団が壊滅した後はずっとキリト一人のソロで74層まで行っていた。だから今回もと考えていたのだが、確かにアスナの言うとおり、これから先、助けたい人たちを助ける、攻略を少しでも楽にするのなら、ギルドは必要となる可能性がある。
「だから、わたし達でギルドを作るの! キリト君が団長で、わたしが副団長」
「いや、ちょっと待ってくれ! ギルドを作るって…」
確かにギルドに入るのには抵抗がある、だからといってまさかギルドを作るという発想に行き着くとは思いもしなかった。
「勿論、もう一つギルドを作る理由があるの」
「もう一つ?」
「団長…ヒースクリフ団長の事」
「あ…」
そうだ。あの男は強いと思ったプレーヤーを勧誘して血盟騎士団を結成したのだ。それもアスナは早い段階で声を掛けられて実力共に申し分ないと副団長というポストに収まった。
だから、今の内にギルドを結成して、キリトを団長に、アスナを副団長にしてヒースクリフに勧誘されない様にしなければならない。
「ギルドが違えば少しでも奥の手を隠せるでしょ?」
「そうだな…攻略戦で手の内はいくつか晒すけど、本当の切り札は隠せるか…」
後は、結成したギルドを血盟騎士団に吸収されないように気をつければ良い。
「でもメンバーは?」
「パパ、エギル小父様とモスキートさん、ベルさん、クルミさんがいますよ?」
「あ、そっか…」
第1層、第2層と共に戦った4人の仲間、彼らならキリトとアスナが声を掛ければギルドに加盟してくれる可能性が高い。
良い意味で二人を崇拝するベルとモスキート、キリトに並々ならぬ好意を寄せているクルミ、キリトとアスナにとってこの時代でも兄貴分となったエギル、人間関係的にも、実力的にも申し分ないだろう。
「皆にはわたしが声を掛けておくから、キリト君は明日、ギルド結成用のクエスト攻略をお願いして良い?」
「判った。なら明日はユイの面倒を頼むな」
「任されました」
「ユイ、ママの言う事を良く聞いて、良い子にしてるんだぞ?」
「はい! パパも頑張ってくださいね」
こうして、キリトはこの翌日にクエストクリアを果たしてギルドを結成、キリトが団長で、アスナを副団長に、黒の剣士キリトと第3層から白いコートを着る様になったアスナから
団員4名を加えた6名の小規模ギルドが誕生したのだった。
冒頭に戻り、ギルドが結成された夜、ギルドメンバーを集めてレストランでの食事会は大いに盛り上がった。
キリトも一人ソロで動いていた時にはあり得なかった空気に、こういうのも悪く無いな、と思いながら隣で料理を目一杯頬張るユイの頭を撫でる。
「パパ?」
「ん? いや…それ!」
「きゃあ!?」
なんとなく、ユイを抱き上げて膝の上に座らせると、突然の事に驚いたユイも安心した様に背中をキリトに預けて目の前の料理に目を向けると今度はキリトとアスナをチラッと見た。
「あの、パパ…ママ……」
「お? いつになく甘えん坊だな」
「ホントね…ほらユイちゃん、あーん」
「あ~ん」
アスナがキリトとユイの目の前にあった料理をスプーンで掬うとユイの口元まで持っていき、それをユイが食べる。
周りの4人は相変わらずの親子に苦笑し、ユイの愛らしさはこのギルド共通の認識となり、いずれギルドが拡大したらユイのファンクラブや防衛隊なんてものも出来るのではないかと予測した。
「俺としては防衛隊でも何でも、ユイを守れるなら結成してもらえると在り難いけどな」
「うん、わたしとキリト君が居ない時とかはユイちゃんを一人にしておく必要があるし、その時に近くで守ってくれる人が欲しいかな」
今はまだ6人のギルドなので無理だが、もっと人数が増えれば前線攻略隊と後方支援の職人隊、そしてユイの防衛隊が結成出来る。
「ねぇキリト君、リズも誘う?」
「いいな、それ…ならシリカも誘うか」
前回ではリズはマスタースミスにまでなり、ダークリパルサーを造り上げた腕前で、シリカはビーストテイマーとして、前線ではないがソロ活動をしていた。
仲間に引き込むには丁度良い人材だろう。
「キリトさん、俺っちも何人か声掛けようか? キリトさんに助けられたのってまだ居るし、俺っちから事情説明すれば参入してくれるぜ?」
「頼んで良いか?」
「ウス!」
モスキートが他のキリトやアスナが嘗て助けたメンバーに声を掛けてくれるとの事だ。まだ彼らはギルドに加入していない者が多数な筈なので、もしかしたらギルドに入ってくれる可能性が高い。
「職人職ならアタシが声掛けますよぉ、知り合いで職人職になったの居るし~」
「じゃあクルミちゃんはそっちをお願い。鍛冶職人はわたしの知り合いに頼むけど、もう何人か欲しいからそっちと、後は今後の活動に必要そうな職人職を」
「は~い~」
残るベルとエギルは二人でレベル上げを行いたいとの事なので、そちらは任せる事にした。
パワーファイターな二人はレベルが上がってくれるだけで攻略時には欠かせないアタッカーになるのだから、出来る限り二人にはレベル上げをしてもらいたい。
「ああ、それと俺なんだがな、店を出しちゃ駄目か?」
「エギル…いや、是非とも出してくれ」
「良いのか? いや、助かるぜ」
「何か理由があるからなんだろ? ならレベル上げで資金貯めて、店を出してくれ、俺達も協力するからさ」
エギルが店を出す理由は前回と同じだろう。
今後、エリアが進むにつれて中層に留まる事になるプレーヤー達の育成に収入を使う事、勿論それはキリトやアスナだって全力でサポートするつもりだし、育成して今後のギルドメンバーになってくれるのなら、それはギルド全体としてはプラスになる事だ。
「そうだキリトさん、俺達のギルドなんスけど、パーソナルカラーとか決めたら良いと思うッスよ」
「パーソナルカラー…」
血盟騎士団は赤と白の鎧、風林火山は赤い武者鎧、聖竜連合は蒼い鎧、軍は群青色の鎧といった具合に、大抵のギルドは一目で何処のギルドなのか判る格好をしている。
キリト達のギルドも、それに習って何かパーソナルカラーを決めておく必要がありそうだ。
「それじゃあ、ギルド名と同じ、男なら黒の、女なら白のコートや鎧で。コートにするか鎧にするかは個人の自由」
「キリト君やわたしみたいにスピードをや反応速度を重視するならコート、パワーや防御力を優先するなら鎧って感じにすると良いよね」
そういうアスナもいつの間にかキリトのコート・オブ・ミッドナイトに似た白いコートを着ている。今後はキリトとアスナの姿がギルドのメインカラー、
「マークは如何しますかぁ?」
「マークか、キリトとアスナを象徴するマークが良いだろうな」
「俺と」
「わたしを…?」
キリトの象徴は二刀流、アスナの象徴はレイピアだろうか。
ならば簡単だ、キリトの切り札、魔剣エンシュミオンとアスナのレイピアをクロスさせた黒と白のマーク、それが一番だろう、絵心の無いキリトではなくアスナが紙に書いて見せると、概ね好評だった。
「それじゃあ、俺達の今後の方針だけど…先ずはレベル上げを最優先にして自分達がどんな武器を後々も使い続けるのかを決定する。同時にギルド内でのパーティー分、それとメンバー集めだ」
「わたし達のギルドは最前線で戦う事を目的にしているから、レベル上げだけは絶対に行う事、攻略戦の時の指揮は基本的に副団長のわたしがするから」
指揮についてはソロで動いてきたキリトより血盟騎士団副団長として前線攻略組で指揮を取っていた経験のあるアスナの方が向いている。
その為、団長のキリトより副団長のアスナが指揮した方が効率が良いのだ。
「それから、これは何よりも守って欲しい事なんだけど……誰一人、第100層を攻略するまで死ぬな、それだけだ」
誰もがそのつもりだが、改めて言ったキリトの言葉には、不思議な重みを感じた。
これは前回キリトが75層クリアまでの間に多くのプレーヤーが死んだ事、ボス攻略で多くの死者が出たのを目の前で見てきたが故の言葉の重みだ。
だから、全員息を呑んで、そして静かに頷いた。改めて、絶対に死なないと、心に決めてこれからの活動に全力を尽くすと、誓うのだった。
ギルド結成から早くも一週間が経った。
この一週間の間に全員レベル上げに専念して現在のギルドメンバーのレベルはキリトが36、アスナが30、ベルが20、モスキートが19、クルミが25、エギルが21と、この階層では最もレベルの高いギルドになっている。
一週間で此処までのレベルに上げるのは相当な苦労をしたが、全員それ相応の経験を積んで、資金や武装も随分と整った。
ギルドのメンバーもあれから少し増えて、今は10人のギルドになったので、ギルド
「さて、皆も知っていると思うけど、明日は第3層フロアボス攻略会議が行われる。俺達はそれに参加して、第3層攻略に乗り出る予定だ」
「だから今日はゆっくりと休んで、武器や防具を調えて戦いに備えてね」
ギルド
こうして、後の最強2大ギルドの一角を担う騎士団は動き始めるのだった。
ギルド作った理由は簡単、キリトとアスナ二人では限界があるからです。
その点、ギルドという集団行動なら助けられる人間も二人でやるよりは多いでしょうから。
忘れてはいけない。二人の目的は攻略と、助けられなかった人を多くでも助ける事なのです。
でもギルド創っても基本キリトとアスナのイチャイチャらぶらぶは継続ww
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第五話 「月夜の黒猫団」
スランプで中々進まなかったのですが、漸く第五話の完成です。
ソードアート・オンライン・リターン
第五話
「月夜の黒猫団」
アインクラッド第11層タフト、キリトにとっては前回、初めてギルドに入った地であり、楽しい思い出と苦い思い出の両方がある場所、その一角にある宿にキリトとアスナ、ユイの三人は居た。
「ここだよね? キリト君が初めてギルドに入ったの」
「ああ…まだ、皆は来てないみたいだけど。とりあえず前回と同じ方法で会って、それから交流を深めていくつもりだ」
前回は、レベルを隠していたけど、今回は隠さずに交流するつもりでいる。
キリトが初めて入ったギルド、月夜の黒猫団、彼らのレベルはこの層では平均で、現在レベル45のキリトとレベル42のアスナが異常なだけだが、実力という点で言えば彼らは若干だが心許ないのだ。
月夜の黒猫団の目標は前線組に合流する事、ならば今のままでは彼らは前線に行くのに無理がある。
「あいつらが前線組に来てくれると俺としては助かるんだ。実力とかそういうのじゃなくて、あいつらの持つ空気がさ」
「空気?」
「ああ、あいつらと一緒に居た時、あいつらが前線組に合流出来たらきっと前線組の殺伐とした空気が変わると思ったんだ」
だけど、その願いも虚しく前回は月夜の黒猫団の壊滅という結果に終わってしまった。しかし、キリトは彼らも救うつもりでこの過去へとやってきたのだから、決して死なせるつもりは無い。
「絶対に、死なせない・・・例えあいつらの仲間になれないんだとしても、必ず生きてSAOをクリアさせるんだ」
「うん、きっと大丈夫。だって今度はキリト君一人じゃないんだもん、わたしも、エギルさんやクルミちゃんたちも居るんだから」
ソロでは感じられなかった仲間というものの頼もしさ。改めてキリトはギルドを創って良かったと思う。流石に団長という立場は気恥ずかしいやらむず痒いやら、未だに微妙な感覚なのだが。
「明日は、前回ならあいつらが窮地に陥る日だ。だから助けに行く」
「うん、付き合うよ」
「私はエギル小父様の所でお留守番してますね、パパ、ママ」
ずっと黙って話を聞いていたユイは相変わらず聞き分けの良い子だった。
いつも良い子にしている愛娘の頭を撫でつつキリトは月夜の黒猫団に会うのを何処か戸惑っている自分がいる事に気がついていた。
前回は、自分の所為で死なせた4人と、絶望してキリトを罵倒しながら自害したケイトを思うと、はたして自分は本当にもう一度彼らと出会い、そして触れ合っても良いのかと自問してしまう。
彼らを死なせない為に会う、そのつもりなのに、彼らと会う事でまた死なせてしまうのではないかという恐怖も、心の何処かであるのだ。
「(全ては、明日・・・だな)」
翌日、キリトとアスナは二人でフィールドに出て月夜の黒猫団を探していた。
前回の記憶を頼りに嘗てキリトが彼らと出合った場所へ赴くと案の定、月夜の黒猫団のメンバー全員がモンスターの群れに囲まれているのを発見する。
「アスナ!」
「ええ!」
キリトとアスナは互いに剣を抜き、今にも月夜の黒猫団に飛びかかろうとしていたモンスターに斬りかかった。
揃ってレベル40台の二人の攻撃はモンスターを一撃で葬り去り、次々と他のモンスターを片付けて1分と掛からずに群れを全滅させるのだった。
「・・・大丈夫だったか?」
一息吐いてキリトは月夜の黒猫団のリーダーであるケイタに声を掛けた。
呆然としていた彼はキリトに声を掛けられて我に返り、武器を下ろして頭を下げる。
「あ、ありがとう! おかげで助かった!」
「いや、無事で何よりだ」
「誰も死んだ人は居ない?」
「は、はい! 大丈夫です」
誰一人欠ける事なく助ける事が出来たみたいだ。
そして、キリトはふと月夜の黒猫団で紅一点、サチに目を向ける。やはり彼女を槍から片手剣と盾の装備へ転向する為にこのフィールドに来ていたらしく、サチの装備は安物の片手剣と盾になっていた。
「俺はケイタ、ギルド月夜の黒猫団のリーダーだ。こっちはテツオとササマル、ダッカー、それに紅一点のサチ、よろしく」
「ギルド
「副団長のアスナよ、よろしくね」
自己紹介と挨拶も終えたところで、一度街に戻るという月夜の黒猫団に誘われ、キリトとアスナも街に戻り、彼らと共にレストランで夕食という事になった。
前回同様、月夜の黒猫団を助けた事で改めて御礼を言われ、今回はキリトとアスナが既にギルドの団長と副団長という事で月夜の黒猫団に誘われるという事は無い。
「それにしても二人とも強いなぁ、今レベルってどれくらいなの?」
「俺が45、アスナが42になってる」
「凄い・・・私たちの倍近く…」
因みに
「どうやったら11層まででそこまでの高レベルになれるんだ?」
「基本的に迷宮区をずっと潜ってばかりだったり、フィールドでエンカウントしたモンスターを徹底的に狩っていればなるよ、俺もアスナも、ギルドの皆もそうしてる。まぁ、安全マージンは確りしておかないと出来ない事だけど・・・俺達は攻略組だから、その辺は徹底してる」
月夜の黒猫団の安全マージンはギリギリで安全レベルといったところで、彼らが攻略組を目指している事は知っているが、今のままではかなり心許ない。
「攻略組かぁ・・・なぁ、俺達も実は攻略組を目指してるんだけどさ、どれくらい鍛えれば良いのかな?」
「基本的にレベルは問題ないと思う。ただ安全マージンは少し心許ないよ、わたしからの意見だけど、安全ギリギリだと攻略組としては不安だらけ、安全マージンをもっと上げないと最前線に行ったら直ぐに全滅する」
攻略組の人間の意見に、彼らは言葉も出ない。だけど希望はある、安全マージンを上げれば問題ないのだから、それをこれから上げる努力をしていけば良いのだ。
「えっと、キリトにアスナさん・・・他のギルドの人にこういうことを言うのは申し訳ないんだが・・・少し、俺達を鍛えてくれないか?」
ケイタの言葉に、寧ろキリトは願ったり叶ったりだ。彼らが最前線に来ると言うのなら、鍛えるのも吝かではない。
「俺とアスナ、二人で皆を鍛える事になるけど、泣くなよ?」
「そ、それって・・・厳しいのかな?」
サチが少し怯えた表情を見せるのに心が痛くなる。だけど心を鬼にしたキリトはイイ笑顔を彼女に向けた。
それが答えとなったのか、サチも含めた全員が顔を青くする。
「一週間で最前線に出られるレベルにするから、覚悟しておけ」
キリトの宣言は正に死刑宣告にも等しかった。
第11層のフィールド、草原が広がるこのフィールドの一角に、キリトとアスナ、月夜の黒猫団のメンバー全員が来ていた。
近くには森もあるこの場所はレベル上げなどに絶好なスポットとして一部では有名な場所であり、当然ながらキリトもそれを知っていた為、彼らをこの場所に連れて来たのだ。
「サチ、そこでソードスキル」
「は、はい!」
メイス使いのテツオがカマキリ型のモンスターの鎌を弾いた瞬間、傍で見ていたキリトの指示で片手剣と盾を持っていたサチがソードスキルを発動してカマキリの懐を斬り裂く。
更にカマキリの背後に移動していたササマルが槍を突き刺す事でカマキリのHPバーが0になり、ポリゴンの粒子となって消えたのを確認し、月夜の黒猫団全員に経験値が割り振られた。
「う~ん・・・」
「キリト君?」
「あ、いや・・・なぁサチ」
「何かな?」
今までの戦いを見ていて、キリトはサチの現在の装備に疑問というより違和感を抱いていた。
確かに彼女には微かな才能はあるのかもしれないが、少なくともそれは片手剣で活かせるものではない。
「サチ、たぶんだけど片手剣は向いてないと思うんだ・・・元々は槍だったっけ?」
「うん・・・でもウチのギルドって前衛がメイスのテツオだけだから、もう一人欲しいって事で私が」
「そこだよなぁ・・・」
正直、サチは槍の方が向いている。だけどそうすると月夜の黒猫団で前衛が出来る人間はテツオ一人になってしまうし、盾役が居なくなってしまうのだ。
他のメンバーが片手剣と盾装備にすれば良いのではないかと思うが、他のメンバーの戦い方を見てもお世辞にも片手剣が向いているとは思えない。
「ケイタ、もう一人くらいメンバーを入れるとか考えてみたらどうだ? 片手剣と盾装備の」
「それは考えたんだけどなぁ・・・正直、募集しても来てくれないんだよ」
手詰まりだ。だが、この問題を何とかしない限り彼らが前線組に来るのは危険過ぎる。
前線組入りを目指している以上、向いていないと判っていながらもサチを片手剣と盾装備で鍛えるか、もう一人メンバーを入れる事を考えなければならない。
「因みにキリトのギルドは如何なんだ?」
「俺とアスナを入れて現在14人のギルドで、片手剣の俺、細剣のアスナ、片手剣と盾装備、槍使い、斧使い、両手剣使い、刀使い、大型バックラーとメイスの防衛型、凡そは揃ってるな」
平均的にバランスを取れる様にしているので、現在の
今後は今の初期メンバーを中心に部下となる人間を数多く募集して団員を増やし、後方支援の職人プレーヤーも参入させての大規模作戦もこなせるギルドへと成長させる事を考えている状態だ。
「パワー、スピード、ガード、全てにおいてバランスの取れたチームになっている自信はあるな」
「へぇ、羨ましいな・・・」
「まぁ、今のメンバーはみんな初期の攻略からの付き合いでギルドを組んだんだけど」
「俺達はリアルで同じ高校のゲーム研究会メンバーだから、あまりその辺の伝は無いんだよなぁ」
最前線に出ていればそれなりの伝は出来上がるものだ。まだ何名かソロのプレーヤーは居るので、彼らも状況次第ではギルド入りする可能性がある。
勿論、黒猫団がソロのプレーヤーを入団させるとなれば最前線に出る必要があり、現状ではそれも難しい。
八方塞な状況、この状況を如何するのか、今後の事は月夜の黒猫団で話し合うと良い。そう言ってキリトとアスナは先に休むのであった。
あれから一週間、キリトの宣言通り月夜の黒猫団のレベルは10も上がり、皆が30台に突入、安全マージンも大分良くなってた現状、未だにサチの武器を如何するのか、新参メンバーを加えるのかといった事は決まっていなかった。
一応、サチは槍も片手剣+盾も出来るよう育てたので、状況に応じて武器の切り替えは出来るが、それでも槍の方が十分向いているというのは変わらず、かといって新入団したいという者が現れるわけでもない。
「もう一週間経った・・・ケイタ、俺とアスナはそろそろ自分達のギルドに戻らないといけない」
「そっか・・・いや、ありがとうな、この一週間・・・二人のお陰で随分と強くなれたよ」
「おう、二人にはすげぇ感謝してるぜ!」
「ありがとう」
「本当にありがとう、キリト、アスナさん・・・」
「サンキューな!」
正直、もう少し一緒に居て現状の問題を何とかしたいと思っていたのだが、いつまでも自分達が居て彼らを助け続けるというのは悪影響でしかない。
だから、名残惜しくはあるものの、キリトたちは自分達のギルドへ戻る選択をしたのだ。
「アスナ、皆は今どこに?」
「2~3日前に先へ進むってメールが来た・・・今は最前線の21層に居るみたい」
「そっか・・・なら俺達も向かって合流しよう」
「うん」
それに、21層を攻略して22層に到達すれば、そこにはキリトとアスナの思い出の家がある。
幸いにも今まで無駄遣いをせず金を貯めてきたので、あの家を購入するだけの資金は十分あるので、22層到達次第、直ぐに購入しに行く予定だ。
「それじゃあ、俺達はもう行くよ」
「皆、元気でね?」
これから最前線に向かう二人を、月夜の黒猫団の全員が神妙そうな面持ちで、でも何処か頑張れと言わんばかりの眼差しで見送ってくれている。
特にケイタは、キリトにとって前回、ビーターの癖に自分達に近づく資格なんて無かったんだと罵倒し、侮蔑の眼差しを向けられた最期があるので、今の眼差しはくすぐったいものがあった。
「また会おうぜ、キリト、アスナさん」
「ケイタも、元気でな」
「また会いましょうね」
最後に、キリトとアスナは月夜の黒猫団全員と一人づつ握手をして別れた。
月夜の黒猫団と別れ、転移結晶の所まで移動した二人は第21層に転移、仲間の待つ宿屋へと向かう。
「あれ?」
すると、宿屋の前でアスナが人影を見つけた。
小さな人影、それは間違いなく二人の愛娘の姿だ。
「あ、パパー! ママー!」
両親の姿を見つけて、ユイが笑顔で走り寄って来て抱きついた。
抱きついてきた娘がなんとも愛らしく、自分達を出迎えてくれたのが嬉しくて、キリトもアスナも一週間ぶりの愛娘をギュッと抱きしめる。
「おかえりなさい、パパ、ママ」
「ただいま、ユイ・・・いい子にしてたか?」
「おかえり、ユイちゃん。エギルさんを困らせたりしなかった?」
「勿論です。エギル小父様がユイは良い子だって褒めてくれましたよ」
流石はエギル、何気に小父様と呼ばれて嬉しそうにしているだけあり、ユイの事を可愛がってくれているようだ。
「じゃあユイちゃんには良い子にしてたご褒美! ママが美味しいお菓子を作ってあげる」
「本当ですか!? やったー!」
アスナに抱き上げられながらご褒美に喜ぶユイだが、ふとキリトの方を向いて、何かを期待する眼差しを向けてきた。
キリトからもユイに何かご褒美を期待しているのだろう。だけど自分から口にするのは憚られるようで、そんな娘が可愛らしい。
「よし、じゃあ俺からのご褒美は、明日一緒に買い物に行って好きな物を何でも一つ、買ってあげよう」
「わぁ!」
翌日、満面の笑みで真新しいぬいぐるみを抱きしめるユイの姿があったのは言うまでも無い。
また、そんなユイの姿を、微笑ましそうに見つめる
次回もオリジナルが入ります。
現状では21層攻略中なので、次回辺りには22層到達してあの家が登場するかも?
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第六話 「思い出の家」
ソードアート・オンライン・リターン
第六話
「思い出の家」
第21層のボス攻略が終わり、22層のアクティベートが完了した。
街の転移門のアクティベートも終わり、下層から順次人が来れる様になって直ぐにキリトとアスナは揃って街の不動産屋へ向かった。
不動産屋の店員NPCに話し掛け、プレーヤーホーム購入を申し出ると、22層にあるプレーヤーホームの一覧を見せてくれたが、二人は迷わず少し離れた村の近くにある湖畔のログハウスを選択、一括購入を決めるのだった。
幸いにも1層からずっと貯めてきたお金で家と家財道具一式を購入するだけの余裕があったので、必要な物を全て揃えてキリトとアスナ、ユイの三人は早速だが自分達の家となった思い出の家へ向かう。
「やっと、帰ってこれたね」
「ああ、またこの家に三人で住めるんだ」
目の前にある懐かしいログハウス、たったの二週間しか住んでいなかったが、それでも沢山の思い出が詰まった大切な場所。
漸く、この場所に帰ってこれたのだと、感慨深い想いがキリト、アスナ、ユイの心を占めていく。
「入ろ?」
「行きましょう、パパ」
「・・・ああ、そうだな」
中に入ると、まだ家財道具なと何一つ無い内装だが、それでもやはり帰ってきたと、そう思える。テラスから一望出来る湖と自然、流れ込んでくる心地よい風、何もかもが懐かしい。
「先ずは内装からね、前と同じでいいよね?」
「任せるよ、その辺はアスナの方が詳しいだろうし」
「ママ! お手伝いします!!」
「うん、じゃあユイちゃん一緒にやろうか?」
「はい!」
早速アスナがアイテムストレージに格納している家財道具を適当な場所でユイと共に選びながらオブジェクト化していく。
何も無い部屋に家財道具が次々と並び立てられ、前と全く同じ内装へと変わっていった。だけど、唯一前と違うのは寝室、前はシングルベッド二つにしていたが、今回はダブルベッド一つの状態だ。
これについては最初、キリト自身が前と同じシングルベッド二つを買おうとしたのだが、アスナとユイがそれに猛反発、ダブルベッド一つを買って三人一緒に寝ようという事になり、キリトもそれに賛成してシングルベッド購入をキャンセル、ダブルベッドの購入となった。
「えへへ、これでパパとママと、三人一緒に寝られますね」
大好きなパパとママに挟まれて眠れると、ユイは大層ご機嫌で、ダブルベッドを見ながら夜が楽しみです。などと可愛らしく言ってくる。
キリトもアスナも、親子で川の字になって寝る事が出来ると、少し楽しみにしているので、やはりこの三人、似たもの親子だった。
「さてと、それじゃあそろそろ夕飯を作らないと」
「ああ、じゃあ俺はギルドの皆にこの家の事を報告しておくよ」
「お願いね」
既にこの階層に到達した段階でギルドメンバーには三人で住むプレーヤーホームを購入する旨は伝えてある。
恐らく明日にはお祝いに駆けつけてくれるだろう。その時に色々と今後のギルドの事についても話し合わなければならない。
この家はあくまでもキリトとアスナ、ユイの三人の家であり、ギルドホームではない。なので、ギルドのお金でギルドホームも近々購入もしくは建設しなければならないのだ。
「よし、メール送信終わりっと・・・」
そんな事を考えながらメール送信を終えると、キリトは夕焼けに染まった外を見てテラスに出る。
テラスには前と同じで安楽椅子が置かれており、丁度今はユイがそこに座ってゆらゆらと笑顔で外を眺めていた。
「あ、パパ!」
「ようユイ、その椅子の座り心地は如何だ?」
「とても快適です。のんびりお休みしたい時は丁度良いですね」
「ああ、パパもその椅子に座ってのんびりするのが前の日課だったからな」
そう言ってキリトはユイを抱き上げると、そのまま安楽椅子に座り、膝の上にユイを座らせる。
突然の事に驚いたユイだったが、直ぐにキリトに背中を預けて先ほどと同じようにキリトにゆらゆらと揺らしてもらいながら笑顔でテラスから見える夕日に染まった綺麗な湖を眺めた。
「良い眺めですねぇ」
「ああ、ママも最初は同じ事を言っていたよ」
「ママもですか? でも解ります、こんなに綺麗なんですから」
今まで攻略やレベル上げで随分と忙しくて、のんびりと出来る時間は中々無かったが、やはりこういう穏やかな時間は良い。
殺伐とした雰囲気ばかりでは気が滅入ってしまうので、こうして気分をリフレッシュしなければこの先もやっていけないだろう。
「今の世界は、前よりも他のプレーヤーの皆様は微かな心のゆとりがありますね」
「そうなのか?」
「はい、もう他のプレーヤーのメンタルデータを閲覧する事は出来ませんけど、出会う方々皆様が殺伐としている中にも微かなゆとりがある様に感じられました」
そういえばユイは元々、SAOのメンタルカウンセリングプログラムだった。だけど、この世界に来る事でその役割から開放されたのだ。
「そういえばずっと聞き忘れてたけど・・・今のユイってどういう扱いなんだ?」
「今のわたしですか? そうですねぇ・・・簡単に言えばプレーヤー用のプライベートチャイルドシステムです」
「プライベートチャイルド?」
「はい。このSAOの世界で子供を作ることは出来ません。ですが、結婚したプレーヤー限定イベントというものがありまして、そのイベントクエストをクリアするとプライベートチャイルド・・・つまり現実で言う子供ですね。それが与えられる様になるんです」
最も、そのプライベートチャイルドはプログラムなので、限定的な会話などしか出来ない。ユイほどの高度な知識や感情を持ったAIは搭載されていないらしいのだ。
「そっか・・・なら、ユイは本当の意味で俺とアスナの子供になったんだな」
「そうです、パパとママの娘ですよ」
最初からその認識しか持って居なかったが、SAO内で正式に娘という扱いになったユイ、きっとこの先でも変な不審を持たれることも無いだろう。
「キリト君、ユイちゃん! ご飯出来たよー!」
「お、夕飯が出来たみたいだ」
「そうですね、お腹が減りました」
まだ降りたくないのか、抱っこして欲しいと手を差し出してくるユイの頭を撫でて、抱き上げるとテラスから家の中に入る。
リビングのテーブルにはアスナお手製の料理が並んでおり、いつの間に料理スキルを上げたのかと思わずアスナの方を向いてしまった。
「攻略とレベル上げの合間に、コツコツと」
コンプリートこそしていないものの、今のアスナの料理スキル熟練度はそれなりに高いらしい。
実を言うとキリトもアスナと同じく攻略やレベル上げの合間に釣りスキルを上げている。
前回は中々大物がヒットしなかった悔しさもあり、今度はこの階層の釣りで大物釣って、アスナに料理してもらうのだと、結構高い熟練度まで上げていた。
「パパもママも、似たもの夫婦ですね」
そんな両親に、ユイは何処か呆れた顔で呟いていたが、そんな二人だからこそ、アインクラッド最強夫婦と、後に呼ばれる事となるのだった。
夕飯も終わり、キリトの後にアスナとユイが二人で入浴を済ませると、もうそろそろ寝る時間になっていた。
寝巻きに着替えて寝室に行くと、ダブルベッドにユイを真ん中にしてその両サイドにキリトとアスナが横になる。
ユイは両親に挟まれて、その温もりに包まれながら直ぐに寝息を立て始めたので、キリトも直ぐに目を閉じようとしたのだが、不意にアスナが声を掛けてきた。
「ねぇ、キリト君」
「・・・どうした?」
「あのね・・・なんだか幸せだなぁって、思って」
「ああ・・・・・・そうだな」
ユイの寝顔を見て、その向こうに居るアスナの存在を感じて、改めてキリトはそう思う。
大切な・・・愛する人と、愛娘と、三人で過ごす穏やかな時間、宿ではない、自分達の家で一緒に寝るという本当の親子としての時間が、こんなにも幸せなんだと、久しぶりに感じる事が出来る。
「ユイちゃんの寝顔、可愛い」
「・・・なぁアスナ」
「何?」
「ユイは、今は俺達のプライベートチャイルドって扱いになってるらしいんだ・・・なら、この世界のユイに相当する存在はどうなってるのかな?」
「あ・・・」
そう、この世界に来るにあたって、ユイが二人のプライベートチャイルドという扱いになるのなら、この世界のユイに相当する存在もまた、居るはずだ。
ユイという存在は二人も同じ時間軸に存在できない。ならばユイではない別の存在が、前の世界でユイが担っていた役割を担っているはず。
「もしかしたら、この先・・・ユイと同じ様にバグが生まれて」
「わたし達という絶望の中にある暖かい心に惹かれるってこと?」
「可能性の、話だけど」
そうなったとき、キリトとアスナはどうするのか。
もし、前のユイと同じ様に記憶を失って、彷徨ってしまったら、それをもしキリトとアスナが見つけたら・・・。
「保護するよ、絶対」
「アスナ・・・」
「だって、ユイちゃんじゃないとしても、この世界でユイちゃんと同じ事をしているなら・・・人の負の感情を見せられてばかりで・・・ならわたし達が、ユイちゃんの時と同じ様に暖かい心に触れさせてあげたい」
「うん・・・そうだよな」
それに、とアスナが続けたのでその続きを諭すと、とんでもない一言が飛び出てきた。
「ユイちゃんが妹が欲しいって言ってたから、もしかしたらユイちゃんの姉妹になるかもしれないじゃない」
「・・・おいおい」
もう一人子供が増えるかもしれない。それはとても大変な事かもしれないが、だけど同時にとても・・・温かな光景だった。
「まだ先の話だな」
「だね」
静かに笑い合って、漸く二人も眠りについた。
キリトもアスナも、眠りながら自然とユイを抱きしめ、眠っているユイも両親の温もりに口元が緩んで、アインクラッド一の幸せ家族の穏やかな一日を締めくくるのであった。
感想にこの世界のユイはどうなるみたいな内容があったので、少しだけそれに触れてみました。
もっとも、出てくるとしたらまだまだ先の話ですが。
次回は少し時間が進み原作では圏内殺人があった時期に入ります。
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第七話 「ヒースクリフ」
ソードアート・オンライン・リターン
第七話
「ヒースクリフ」
キリトとアスナが22層で思い出の家を購入してから随分と時間が経った。
外の時間は今頃年末で誰もが年越しの準備をしているであろう頃、SAO内ではついにアインクラッドの半分、第50層フロアボスの攻略に差し掛かっている。
この頃になると、キリトが団長を務める
今ではギルド名も変更して黒閃騎士団という名前で活動しており、団長キリトは【黒の剣士】、副団長のアスナは【閃光】の異名で呼ばれている。
「さて諸君、これより第50層フロアボス攻略会議を始めたいと思う」
ボス攻略会議に集まったギルドは黒閃騎士団の他にアインクラッドで現在唯一ユニークスキルを取得したヒースクリフ率いる血盟騎士団、クライン率いる風林火山、ディアベル率いるアインクラッド解放軍、それから聖竜連合だ。
会議はヒースクリフが仕切っており、25層に続くクォーターポイントのフロアボス攻略会議ともあって緊張感が普段の攻略会議よりもある。
「今回、我が血盟騎士団とディアベル君の軍から派遣した情報部隊からの報告によると、ボスの名はティアマト・ザ・ロアードラゴン、HPはざっと見積もっても3000000オーバー・・・やはりクォーターポイントのボスというだけあってかなりの強敵だ」
キリトも前回は苦戦させられた相手だ。だが、それだけ強敵という事もあり、ドロップアイテムはエリュシデータという最高の剣なので、納得も出来よう。
「先ずは戦法についてだが、防衛は聖竜連合に任せたい」
「構わん」
聖竜連合のリーダーは無愛想にヒースクリフの提案を受け入れた。
それに頷くと、次に陽動する部隊についてヒースクリフは数の多い軍と小回りの効く少数精鋭の風林火山を使命する。
「任せてくれ、宜しく頼むよクライン君」
「おう、任せなって!」
「うむ、そしてオフェンスは攻撃力の高い我々血盟騎士団とキリト君率いる黒閃騎士団で行う」
「ああ」
ヒースクリフに対する殺意を押し殺し、キリトも文句は無いと頷いた。
「キリト様・・・」
「いや、心配しないでくれ」
キリトの顔色が優れないのを見抜いてか、キリトの後ろにずっと控えていた女性・・・団長補佐官のイヴが心配そうに声を掛けてきた。
彼女、イヴは40層辺りの時、丁度
また、副団長であるアスナもこの場には居て、彼女にも副団長補佐官という立場の女性が付き従っている。
アスナの補佐官の名はケティア、元ソロプレーヤーだったのをスカウトした女性で、アスナには劣るものの凄腕のレイピア使いであり、人見知りなのか人との会話が苦手で、【寡黙な剣士】と呼ばれている。
「では、攻略日時は明日、12月31日の正午だ。この戦いを終えて、無事に年越しを祝おうではないか」
ヒースクリフの言葉に誰もがやる気に満ちていた。
確かに未だSAOに囚われたままではあるが、年越しする事に変わりない。ならば無事に攻略を終えて、誰一人欠ける事無く年越しをするのだと、皆が張り切っている。
「ああそれと、キリト君」
「・・・何か?」
「この後、少し時間あるかな?」
「・・・・・・少しだけなら」
「二人っきりで話したい事があるんだが、良いかな?」
ヒースクリフがキリトと二人っきりで話したい事、それが何なのか、凡そだが検討は付く。だが、ここはあえて気付かないふりをして誘いに乗る事にした。
「アスナ、イヴ、ケティア、悪い・・・先にホームに戻っていてくれ」
「うん・・・」
「お気をつけて、キリト様」
イヴとケティアが去ったが、アスナだけは残り、心配そうにキリトを見つめる。だから、キリトは優しく微笑み、アスナの頬に手を添えた。
「大丈夫・・・少し、話をするだけだから」
「うん、わかった・・・先に待ってるからね」
頬に添えられたキリトの手に己の手を重ねたアスナはそう言ってそっと離れると、集会場を去り、漸くこの場にはキリトとヒースクリフの二人だけになる。
「すまないね、忙しい時に呼び止めてしまって」
「お互い様さ・・・お互い、ギルドの団長なんだからな」
「うむ、団長という立場は色々と苦労が多い・・・・・・さて、話と言うのはギルドの事に関してだ」
やはり、キリトの予想通りだ。
「君の黒閃騎士団は君や副団長のアスナ君を含めて随分と高レベルのプレーヤーが揃っているらしいね、特に君とアスナ君は私よりもレベルが高い」
現在のヒースクリフのレベルは76、それに対してキリトのレベルは89、アスナは87、幹部でも70台後半、その他のメンバーは60台後半から70台前半と“前回”はこの時点で最強ギルドの称号は血盟騎士団の物だったが、今は黒閃騎士団が頂いている。
「それでだ、良ければ我が血盟騎士団と君の黒閃騎士団、数あるギルドの中でも最上位にある二つのギルド、これを一つにして我々全員で他の攻略組メンバーを率いてはみないかね?」
「つまり、血盟騎士団と黒閃騎士団のギルド統合をしないか・・・ということか?」
「早い話がそうなる」
「ならば答えは簡単だ・・・断る」
「ふむ、何故か・・・と、理由を聞いても?」
断られると始めから思っていたであろう顔をして、随分と白々しい質問をしてくるものだ。
本気で殴り倒したいという気持ちが湧いてくるが、それをグッと堪えながらキリトは目を細めてヒースクリフを見つめる。
「アンタが信用出来ない。実力は共に戦う上で信頼出来ても、アンタという個人はとてもじゃないけど信用出来ないんだよ」
「そうか・・・私なりに色々と君に信用してもらえるよう務めていたつもりなのだがね」
「あんたの態度、一々白々しいぜ・・・それが信用出来ない理由だ」
話はそれだけとばかりにキリトはヒースクリフに背を向けて歩みだす。
ヒースクリフも最早呼び止めるつもりは無いのか、黙ってそれを見送っていたのだが、途中で何かを思いついたのか唐突に口を開いた。
「一つだけ聞かせてもらいたい」
「・・・・・・」
「君は、何の為に戦う?」
「・・・決まっている」
攻略の為、前回死なせてしまった人達を救う為、様々な理由があるが、やはり一番大きいのは、何よりもキリトの行動原理となるのは愛する女性と少女の笑顔だ。
「大切な人の、愛する人達の為に・・・一緒に現実へ帰るという約束を守る為に、俺は剣を振るう」
「そうか・・・いや、呼び止めて済まなかった」
今度こそ、キリトはその場を去る。
残されたヒースクリフはキリトの後姿が見えなくなるのを確認すると、愉快気に口元を歪め、“左手”でオプションメニューを開いた。
「なるほど・・・実に君は面白いよ、キリト君」
開いたメニューを操作すると、画面に三人の写真が映し出された。キリト、アスナ、ユイの三人だ。
「噂に聞く黒閃騎士団の最強夫婦と、そのプライベートチャイルドか・・・・・・キリト君とアスナ君、二人を血盟騎士団に取り込めたらと思ったのだが、まぁ良かろう・・・逆にその方が面白みも増すというものだ」
メニューを消して、ヒースクリフは一人思案顔で近くにあった椅子に腰掛けると、やがてもう一度左手でメニュー画面を開くと、今度は先ほどとは別の操作をしてとある項目を開いた。
「キリト君、アスナ君・・・君達なら、残る9つのユニークスキルを取得出来るかもしれないな」
画面には10のユニークスキル名が書かれており、その中の一つである神聖剣は既に薄くなっている。これはヒースクリフが神聖剣を取得している為、取得者の現れたスキルの文字だけが薄くなっているのだ。
「残るユニークスキルは二刀流、神速、抜刀術、暗黒剣、無限槍、手裏剣術、射撃・・・・・・さて、キリト君とアスナ君はどのスキルを取得出来るか・・・楽しみが増えそうだ」
特にキリトには二刀流を取得して欲しいと思うのはヒースクリフの個人的な希望だ。
勿論、別のスキルを取得するかもしれないし、そもそも取得しないかもしれないのだが、彼個人としては是非ともキリトには二刀流を取得して欲しい。
「何せ、魔王を倒す勇者の役割は、二刀流にこそ与えられているのだからね・・・キリト君、君は他の誰よりも勇者の立場が相応しい」
再びメニューを閉じたヒースクリフは転移門に向かって歩き出した。
この先の展開を妄想しながら、キリトとアスナがどれだけ成長し、どれ程の力を持って100層まで辿り着くのか、楽しみにしながら。
22層のキリトとアスナ、ユイが住むログハウスの近く、そこには少し大きな建物がある。否、少し所ではない、城とも言うべき大きさのこの建物は黒閃騎士団のギルドホームとして一ヶ月前に建設したばかりの新築だ。
「ただいま~」
「お、キリトか、今帰りか?」
「ああ、エギルか・・・まぁ、少し血盟騎士団の団長と話があってな」
「ふぅん・・・お、そうだ、クラインが来てるぜ」
攻略会議の間はあまり話す機会が無かったので、こうして態々ホームまで来てくれたらしい。
教えてくれた事に礼を言うと、エギルは自分の店に行くと言って出て行った。どうやら彼の副官に最近50層の主街区アルゲードにオープンしたばかりの店を任せっぱなしにしていたようだ。
「エギルの奴、絶対にミオナに怒られるだろうな」
ミオナとはエギルが隊長を務める黒閃騎士団斧部隊副隊長の名前で、可愛い顔をしているのに口を開けばゾッとするような物騒な事を平気で口走る少女だ。
「おっと、クラインを待たせてるんだっけ」
接客室に行くと、ソファーに座って珈琲を飲んでいたクラインが出迎えてくれた。
何も変わらない野武士顔の兄貴分は、入ってきたキリトを見てニカッと笑うと立ち上がって近づいてきた。
「よぉキリト! さっきはあまり話せなくて悪かったな」
「いや、俺もあの後ヒースクリフに呼び出されてたからお互い様さ」
「あ~あいつな、なんか信用ならん奴だけど、なんの話をしてたんだ?」
「大した話じゃないよ、それより態々どうした?」
「いや何、最近はお互いのギルドの事で忙しくって中々話す機会も無かったからな、明日まで暇だから丁度良いと思ったんだ」
準備で忙しいだろうに、こうして態々キリトの様子を見に来てくれる辺り、彼の優しさなのだろう。
「そんな事言って、ホントの狙いはウチのギルドの女の子目当てだろ」
「んなっ!? べ、べべ、別にそんなわけ・・・」
「動揺してる時点でバレバレだっての」
確かにキリトのギルドには美人や可愛い女の子が多い。何故かキリトが勧誘する度にそんな子ばかり来てしまうので、毎回アスナの機嫌が悪くなる。
「なぁキリトよぉ・・・どうしたら可愛い女の子が入ってくれるんだ?」
「いや、知らないよ」
「馬鹿言うなっての! お前のギルド可愛い子多いじゃねぇか」
「いや、だから自然と・・・」
「ケッ、これだから女顔は」
「おい、今何つった?」
結局、この後アスナに二人揃って怒られるまで取っ組み合いをしていたのだが、キリトもクラインも、こんなやり取りを楽しんでいるのだった。
クラインが自分のギルドに戻り、夜になってキリトとアスナは自分達の家に帰宅した。
待っていたユイも入れて三人で夕食を食べて、順番に入浴を済ませると、先にユイが眠ってしまったので、キリトとアスナの二人はテラスに出て月光に照らされた湖を眺めている。
「ヒースクリフ団長、何だって?」
「ギルド統合しないか、だってさ」
「やっぱり、予想通りだったんだ」
「大方、攻略組で最もレベルの高いギルドと、その団長、副団長を自分の配下に置いておきたいって思ったんだろうさ・・・・・・もしくは、俺とアスナに目を付けたか」
後者なら好都合だ。目を付けられてもヒースクリフの・・・茅場晶彦の性格を考えるなら行動に不都合は生じない上、後々の展開で有利にことが運ぶ。
「多分、今後俺とアスナがどれだけ強くなるのか、ユニークスキル取得をするのか、楽しみは後で取っておくとでも考えて監視はしない筈だ」
「だね、それなら私たちの行動に何の支障も無いかな」
そう、キリトがユニークスキルを取得するための修練と、切り札となるシステム外スキル構築に、余計な監視が付かないというのはありがたい限りだ。
「そろそろ寝よう? 明日は強敵との戦いだから」
「ああ、そうだな」
明日の敵、それを倒せばエリュシデータが手に入る。
未だにエンシュミオンが扱える要求値まで達していないが、エリュシデータなら前回よりも早い段階で装備可能になるようにはした。
二刀流取得後、エリュシデータと共に使うもう一本の片手剣については、現在考え中なので、一先ずエリュシデータ獲得を目指したい。
「リズは?」
「リズならもう少しでマスタースミスだって、わたしもリズがマスタースミスになったらランベントライトを製作してもらう約束なんだ」
リズベット、前回同様、アスナはこの世界でも彼女と友好を結び、現在はリズも黒閃騎士団に入団し、後方支援部隊として活躍し、同時に48層でリズベット武具店を経営している。
「ダークリパルサーは後々考えるさ・・・じゃ、寝よう」
「だね」
中に入ってベッドで眠るユイの両サイドに横たわった二人はそのまま就寝する。翌日、25層以来の強敵との決戦を迎える前の、最後の心休まる時間であった。
次回は50層フロアボスとの戦いという事で、今回同様オリジナルになります。
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第八話 「黒の片手剣」
SAO小説なのに戦闘シーンを滅多に書かない私、これでいいのか!?←良いわけがない
ソードアート・オンライン・リターン
第八話
「黒の片手剣」
2023年12月31日、第50層迷宮区最奥にあるボスの部屋の前、そこにはボス攻略の為に集まった多くの攻略組メンバーが終結していた。
ヒースクリフ率いる血盟騎士団から26名、キリト率いる黒閃騎士団から25名、クライン率いる風林火山から6名、ディアベル率いるアインクラッド解放軍から35名、聖竜連合から20名の大軍団だ。
「諸君、よく集まってくれた。この扉の向こうがボスの間だ・・・全員、覚悟は良いかな?」
攻略メンバーの先陣に立ち、扉の前で振り返ったヒースクリフは集まった全ての者の顔を見渡し、誰もが覚悟をその瞳に秘めている事を確認すると、一つ頷いて扉と向かい合い、そっと扉に手を添えて押した。
ゆっくりと開かれていく扉、完全に開いた向こうのボスの部屋は真っ暗だったが、全員が中に入ると一気に明かりが灯り、部屋全体が明るくなる。
だが、何処にもボスの姿が無い。だけど感じる、確かな威圧感、フィールドなどに居るモンスターとは明らかに違う重圧すら感じられる殺気、その出所は・・・・・・。
「上だ!!」
キリトの索敵スキルに引っ掛かった場所、それは上だった。
部屋の真上、そこにある巨木らしき止まり木の上に、ソレは居た。
「あれがボス・・・」
誰かが呆然と呟いた。
呆然としてしまうのも無理は無い。何故ならボスはティアマト・ザ・ロアードラゴンという名の通り、ドラゴンなのだから。
ドラゴン特有の巨体と、大きな翼、尻尾、鋭利な牙は噛み砕かれれば一撃で死を迎える恐れすらあるその姿は、誰が見ても圧倒的だった。
「来るぞ! 諸君、戦闘準備だ!」
ヒースクリフの合図で呆然としていた誰もがそれぞれの役割のためのポジションに動いた。
同時に、ロアードラゴンも翼を羽ばたかせて急降下、攻略組の前に降り立って大きく咆哮する。
「エギルたち斧部隊はベルたち大剣部隊と連携! クルミちゃんの槍部隊はリッシュモンの重ランス部隊と! モスキートとイヴのディフェンス部隊はケティアのレイピア部隊とだ! 全員直ぐに近くの奴とスイッチ出来るように散開! アスナ!!」
「うん!」
キリトも素早く配下達に指示を出してアスナを呼ぶ。
キリトに呼ばれ、すぐさま傍に来たアスナと共に駆け出し、ロアードラゴンに斬りかかった。
「キリト君スイッチ!」
「任せろ!」
ロアードラゴンの爪をアスナがレイピアで弾くとキリトが片手剣で胴体まで潜り込み、その無防備な腹部を斬り付ける。
だが、ロアードラゴンの強固な鱗が斬撃を無効化して、その身体に傷一つ付かないどころか、HPすら減らない。
何度も連撃を繰り返すが、その全てが無効化され、アスナのレイピアでは逆に武器の方が壊れるのではというほどに硬かった。
「っ!(不味い! こいつも前回より強い!!)」
第一層のイルファング・ザ・コボルト・ロードや、第25層のファフニールもそうだったが、もしかするとこの世界、クォーターポイントのボスは前回よりも強くなっている可能性が非常に高い。
すると、キリトはドラゴンの口の中に濃密なエネルギーが集約されるのを確認して思考中断、大声で叫んだ。
「全員回避しろ!! ブレスが来るぞ!!!」
「っ! 全員回避体制!!」
キリトの叫びでヒースクリフもボスの口を確認したのか、一瞬の判断で全員に回避体勢の指示を出す。
ヒースクリフの素早い指示により、ロアードラゴンのブレスが吐き出される数瞬前に全員がブレスの範囲から逃れる事が出来た。
だが、硬い鱗を何とかするのに攻撃や思考に集中していればブレスを回避するのは難しい。これは早急に鱗を何とかしなければダメージは与えられないし、余計な被害が出てしまう。
長期戦は厳しい相手であるのは間違い無い以上、弱点を素早く見つけなければならない。
「エギル! ベル! お前達なら如何だ!?」
「駄目だ! 斧でも傷一つ付かねぇ!」
「この鱗、硬すぎッスよ! 何か他に攻撃手段があるんじゃないッスか!?」
斧と大剣という攻撃力という点では突き抜けた武器ですら鱗に傷を付ける事もダメージを与える事も出来なかった。
となると、本当にこれはまともな方法ではダメージが与えられない。
「ならっ! アスナ! ヒースクリフ! 援護を!」
「任せて!!」
「任された!!」
キリトに考えがあるのだと判断し、アスナとヒースクリフは走り出したキリトに向かって振り下ろされる爪を弾き、盾で受け止める。
それを確認したキリトはヒースクリフの盾により爪が受け止められているロアードラゴンの右腕に飛び乗り、一気にその身体まで駆け上がって、頭まで登ると、その眼球に剣を突き刺した。
『Gyigaaaaaaaaa!!!』
「っ! (あれは・・・・・・!)」
イルファング・ザ・コボルト・ロードとの戦いにも使った手だが、このボスにも有効だったらしい。明らかなダメージが与えられ、ロアードラゴンのHPバーが少しだが減った。
だが、同じ手段を何度も何度も使うなど難しいだろうし、これでは攻撃出来る人間が限られてしまう。
効率という点ではあまりに悪い手段でしかないので、早急に他の手段を見つける必要があるのだが、それはキリトがロアードラゴンの身体を駆け上がっている途中で見つけた。
「ヒースクリフ!」
「如何した?」
「血盟騎士団メンバーで、もう一度ロアードラゴンの動きを止められるか?」
「・・・可能だ」
「なら頼む!」
ヒースクリフは無言で飛び降りてきたキリトの瞳をジッと見る。その奥には何かを確信した光が宿っており、それを見て面白いとばかりに口元を歪めると、周囲に居た血盟騎士団メンバーに指示を出した。
「アスナも、他の皆に指示を頼む」
「何か、見つけたんだね?」
「ああ、あいつがドラゴンだっていうなら、確実な弱点をな」
「わかった、信じるよ、キリト君の事」
アスナも他の黒閃騎士団メンバーに指示を出したのを確認して、キリトはもう一度剣を構える。
そして、血盟騎士団と黒閃騎士団、その他のギルドのメンバーも、全員がキリトの為にロアードラゴンに攻撃を開始して、キリトへ注意が行かない様に、その場から動けない様にした。
そして、ヒースクリフが再度爪を盾で受け止めると、その攻撃の重さに耐えながら後ろに立つキリトの方へ振り返る。
「今だ! キリト君!」
「っ! おぉおおおおあああああああ!!!」
ヒースクリフが受け止めた右腕へ飛び乗ったキリトは再びその身体を駆け上がった。
今度は頭まで行かず、その途中・・・胴体部分の一箇所だけに存在するソレを見つけると、ソードスキルを発動させて剣をライトエフェクトによって輝かせる。
「せぇあああ!!」
ソードスキル、ホリゾンタル・スクェアによる水平四連撃がロアードラゴンの胴体にあるソレ・・・逆鱗に直撃し、大ダメージを与えた。
ロアードラゴンのHPバーが一気に減り、4本の内1本が消えて、残り3本になったこの状況、明らかな前進を見せている。
「っ! ドラゴンの身体に罅が!?」
正確にはロアードラゴンの身体を覆う鱗に罅が入ったのだが、これは鱗の防御力が失われた事を意味する。
事実、鱗に罅が入って移行は通常攻撃によるダメージが入る様になり、全メンバーによる総攻撃が始まった。
キリトもロアードラゴンの身体から飛び降りると、再びアスナと組んで何度も斬りかかる。
「スイッチ!」
「うん!」
尻尾を叩きつけてきたが、それをキリトが受け止めると、アスナのレイピアがソードスキルによるライトエフェクトにより輝き、同時にアスナの姿がその場から消えた。
すると、アスナの姿はいつの間にかロアードラゴンの腹部の前にあり、ライトエフェクトにより輝くレイピアによる攻撃が繰り出される。
中段突きを3回、切り払いの往復、斜め切り上げ、上段突き2回の合計8回による高速連撃スター・スプラッシュが決まり、ロアードラゴンのHPが大きく削られた。
「キリト君!」
「ああ! トドメだ!!」
いつの間に尻尾を振り払ったのか、アスナの隣に移動したキリトが右手に持つ片手剣をライトエフェクトによって輝かせた。
「でぇああああああああああ!!!」
片手剣により繰り出される超高速の10連撃、ノヴァ・アセンションがロアードラゴンの胴体のいたる所を切り裂き、HPバーがレッドゾーンに突入する。
スキル発動後の硬直はアスナが守り、他のメンバーが攻撃を繰り返してロアードラゴンのHPが残り僅かとなった瞬間、キリトの硬直が解けた。
「はぁああ!!」
キリトからジェットエンジンのような爆音が発せられ、赤い光芒と共に強烈な突きが放たれた。
キリトの最後の一撃がロアードラゴンの胴体に深く突き刺さり、そのHPが0になった瞬間、ティアマト・ザ・ロアードラゴンの身体がポリゴンの粒子となって消える。
「やった・・・」
それは誰が呟いた言葉なのか。だが、その呟きが静まり返る中に大きく響くと同時にボスの間全体に歓声が湧き起こった。
キリトも息を整えながら背中の鞘に剣を戻すとラストアタックボーナスによりドロップしたアイテムを確認する。
「片手剣、エリュシデータ・・・よし!」
キリトのアイテムストレージにエリュシデータの文字が加わった。
そして、丁度この戦いによってキリトのレベルは90へ上がり、エリュシデータの要求値も満たす事に成功したので、早速だが今装備している剣をストレージに戻すと、装備欄にエリュシデータを起用する。
今まで使っていた剣が消え、代わりにキリトにとっては懐かしい相棒、黒の片手剣エリュシデータが現れたのを確認すると、笑顔を浮かべているアスナの方へ振り返った。
「おめでとう、キリト君」
「ああ、ありがとう・・・流石に疲れたよ」
「だね、わたしもヘトヘト~」
戦いが終わって早速イチャイチャする最強バカップル夫婦に、黒閃騎士団のメンバーは手馴れた様にアイテムストレージからブラック珈琲をオブジェクト化して飲み始めた。
だが、慣れていない他のギルドメンバーは、同じ様にブラック珈琲を用意していたディアベルやヒースクリフ、クライン、キバオウ以外全員がブラック珈琲を羨ましそうに見つめながらゲンナリしている。
「キリトよぉ・・・」
「な、何だよクライン・・・」
「ちったぁ自重しやがれチクショウ!!」
漢クライン、魂の叫びだった。それに同意する様にこの場に居る誰もが頷いている。(ディアベルやヒースクリフまでもが)
「いや、自重って・・・これでも自重してるんだけど」
「やだキリト君、こんな所で何言うの?」
「あ、ご、ごめん・・・」
爆発しろこのバカップル、この時この言葉を心内で全員が、ほぼ同時に呟くのであった。
次回は圏内殺人まで行きたいですが、ここらでほのぼのな話を書こうと思います。
次回、『ユイの一日』をお楽しみに!
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第九話 「ユイの一日」
ソードアート・オンライン・リターン
第九話
「ユイの一日」
皆さんこんにちは、ユイです。
今日は、わたしの一日をご紹介するお話となっていますので、わたし視点での進行となります。
朝、わたしはベッドの上で目を覚ましました。
もう、パパもママも起きているみたいで、両隣には誰も居ませんでした。なので、直ぐに着替えてリビングに行くと、ソファーに座って新聞を読んでいるパパを発見しました。
「おはようございます、パパ」
「ん? おお、おはようユイ」
パパに近づいて挨拶をすると、パパは笑顔で頭を撫でてくれます。えへへ、パパに頭を撫でてもらうの気持ちよくて大好きです。
二人掛けのソファーに座ったわたしはキッチンから漂ってくる良い匂いにお腹がくぅと鳴るのを自覚しました。少し恥ずかしいですけど、ママの美味しい朝ごはんが楽しみでなりません。
「キリト君、ユイちゃん、朝ごはんで来たよ~」
「お、そうか」
キッチンから出て来たママはテーブルに朝ごはんを並べていきます。朝のメニューはトーストと野菜スープ、サラダとパパとママは珈琲でわたしはジュースでした。
「ママ、おはようございます」
「うん、おはようユイちゃん。さて、じゃあ食べましょうか」
いただきます。と手を合わせてから食べ始めました。いつもと同じ、ママの料理スキルはコンプリートされているだけあって美味しいです。
パパも釣りスキルをコンプリートしたって言ってましたし、今日の夕飯もパパが釣ってきた魚料理になるのかな?
「パパとママは今日何をするんですか?」
「今日か? う~ん・・・先日51層の攻略が終わったばかりだから、暫く暇だしギルドホームで訓練かな」
「わたしも、勧誘の仕事任せてる後方支援部隊の視察くらい」
お二人とも、前線には行かないみたいですけど、ギルドのお仕事があるみたいです。なら、今日はお家に居るよりパパやママと一緒にギルドホームに遊びに行きましょう。
朝ごはんを終えて、わたし達は黒閃騎士団のギルドホームに向かいました。
ギルドホームに着いてパパは早速ですが訓練場へ行き、ママは後方支援部隊の会議室へ行きましたので、わたしはホームの中を探検しています。
「あ、お嬢、おはようございますッス」
「ベルさん、おはようございます」
わたしをお嬢と呼ぶベルさん、まだ第一層の時にパパが助けたプレーヤーさんで、黒閃騎士団がまだ
「キリトさんは訓練場ッスか?」
「はい! ベルさんも行くんですか?」
「ええ、モスキートとこの後一緒に」
ベルさんとモスキートさんはギルド内でパパとの戦闘訓練に着いていける数少ない人達ですから、お二人が訓練に参加するだけでもパパはご機嫌になりますね。
それからベルさんと別れてホーム内を散策していると、様々なギルドメンバーの方々とお会いしますが、皆さんいつもわたしの事を可愛がってくれます。
中にはちょっと怖い人も居ますけど、皆さん良い人ばかりで、遊びに来ると楽しいです。
「お、ユイじゃねーか」
「あ、エギル小父様!」
通路の向こうからエギル小父様が歩いてきました。
エギル小父様もギルドの初期メンバーで、パパがとても頼りにしている方です。あにきぶん・・・とか言いましたっけ?
「今日は遊びに来たのか?」
「はい!」
「そうか、もう直ぐ昼時だ、これでも食べると良い」
そう言ってエギル小父様はアイテムストレージからケーキをオブジェクト化してわたしにくれました。
いつも不思議なんですけど、エギル小父様はいつ会っても必ずお菓子をくれます。アイテムストレージにお菓子を常備しているのでしょうか?
「ありがとうございます! エギル小父様」
「ああ、それじゃあ俺は店に行かなきゃならんからそろそろ行くぜ。ユイも他の皆の邪魔になる事はするんじゃないぞ?」
「勿論です!」
「ああ、良い子だ」
頭を撫でてくれるエギル小父様。パパよりも大きくて少しゴツゴツした掌ですけど、エギル小父様に頭を撫でてもらうのもパパとはまた違う気持ちよさがあって大好きなんですよ。
エギル小父様と別れた後、わたしはケーキを食べる為にホームのテラスに出て早速小父様から頂いたケーキを食べました。
今日はチーズケーキみたいで、凄く美味しいです。
「お嬢様、これを」
「あ、イヴさん」
いつの間に後ろに居たのか、イヴさんがアイスティーを出してくれました。
パパの補佐官を務めているイヴさんは、ギルドホームに居るときはいつもメイド服です。お仕事上、パパの補佐を務めているからという理由みたいですけど、何だかメイドのお仕事が凄くよく似合っている気がするのは何故でしょう?
「エギル様から頂いたケーキですか?」
「はい、今日はチーズケーキです」
「それは、良うございましたね」
口数の少ないイヴさんですけど、わたしの事はお嬢様と呼んで時々遊んでくれるから、イヴさんも大好きなんですよね。
ただ、時々パパを見る目がクルミさんに似ていて、それが少し、嫌ですが。まぁ、このギルドの女性の大半はパパをそういう目で見ているみたいですけど。
黒の剣士ファンクラブ・・・でしたっけ? 黒閃騎士団や、他のギルド、ソロの人や非戦闘プレーヤーの方々にまで会員が存在しているみたいです。
会長は確か・・・クルミさんでした。何故か名誉顧問にヒースクリフという名前がありますけど、気にしたら負けです。
パパはカッコイイから仕方ないですけど、でもでもパパはママとユイのパパですから、誰にもあげません。
「私は仕事に戻ります。お嬢様は如何致しますか?」
「また散策します」
「では、お怪我などなさらないよう、お気をつけください」
イヴさんが去って、わたしもケーキを食べ終えた後、散策に戻りました。
今は後方支援部隊の方々のお仕事を見学していますが、皆さん凄いですねぇ。武器製作をする部隊、リズさんを中心にした部隊ですけど、リズさんが武具店経営で殆どホームに居ませんけど、確りと纏まって高性能の武器を製作しています。
建築部隊はホーム拡大の設計をしている所でした。人数がどんどん増えるギルドのホームを少しでも大きく、でも周囲の環境を出来るだけ壊さない様に考えているので、皆さんとても真剣です。
「それにしても、何故皆さんはわたしをお嬢様とか、お嬢って呼ぶんでしょう?」
そうです。一番気になるのはそこなんですよ。
わたしはギルドの方々にとても可愛がって頂いていますが、皆さん総じてわたしの事をお嬢とか、お嬢様、ユイ様って呼ぶんですよねぇ。
少し恥ずかしいから止めて欲しいんですけど、誰一人として直してくれません。唯一わたしを普通に呼んでくれるのはエギル小父様とリズさんくらいです。
「一応、ただのプライベートチャイルドという扱いのはずなんですけど・・・」
今のわたしはメンタルカウンセリングプログラムではなく、プレーヤーキリトとプレーヤーアスナのプライベートチャイルド、パパのママの子供ですから、わたし自身が偉いわけじゃないんですけどね。
「むぅ・・・」
少し、不満です。
訓練場に来ました。
訓練場では前線で活躍するメンバーの方々が自由に出入り出来て、皆さん素振りをしたり、
「あ、パパです」
パパが訓練場でモスキートさんと
黒の片手剣エリュシデータを構えるパパと、最近モスキートさんが手に入れたという片手剣ストライクパニッシャーがぶつかって火花の演出効果が発生してます。
普通の方なら同じ片手剣同士でも盾を持たないパパより盾も装備しているモスキートさんの方が有利だろうと思うでしょうけど、パパはアインクラッド最強の剣士、片手剣のみの装備で数々の激戦を潜り抜けてきた戦士で、何より誰よりも抜きん出た反応速度と反射速度があります。
モスキートさんの攻撃は悉くがパパに避けられて、逆にパパの攻撃がどんどんモスキートさんを追い詰めていました。
「あ、パパの勝ちですね」
決着が付いたみたいです。
どうやら初撃決着モードにしていたみたいで、パパが一撃入れた事で決着、パパの勝利となったみたいですね。
「流石パパ、パパに勝てる人なんて居ませんねぇ」
・・・・・・ヒースクリフ? パパに勝てる人は居ませんよ?
夜、わたしは先に家に帰って情報収集の為にアインクラッドのニュースを見ていました。
色々な情報がリアルタイムで更新されるので、チェックは欠かせないんです。パパもママも忙しいときはチェック出来ないので、わたしがチェックして教えてあげる事もあります。
「ただいま~」
「ただいま、ユイちゃん帰ってる?」
「あ、パパ、ママ! おかえりなさい!」
パパとママが帰ってきました。
早速ママは夕飯の用意をするのにキッチンに向かい、パパは新聞片手にわたしが先ほど入手していた情報を聞きながら有力情報のピックアップをしています。
「夕飯できたよ~」
ママの声が聞こえて、キッチンから出て来たママはテーブルに夕飯を並べました。
やっぱり今日はパパの釣ってきた魚料理で、ママのオリジナル調味料でお刺身になりました。
「やっぱアスナの作る醤油は良いなぁ、刺身にピッタリだ」
ママは前の世界と同じ様にアインクラッドに存在する数々の調味料を調合してお醤油やマヨネーズ味の調味料を開発したり、前は時間が無くて開発出来なかったお味噌やソースなど、本当に様々な現実の調味料の味を再現しています。
見た目こそ違いますが、現実で言うお味噌汁も夕飯には必ず並んでいますから、和食への拘りは凄いですね。
最近ではニシダさんという小父様と交流を持って時々お夕飯にお呼ばれしていますし。皆さんにママの作る調味料が大好評です。
夕飯も終わり、ママと一緒にお風呂に入ってからパジャマに着替えて、眠くなったわたしはそろそろ寝室に行こうと思っていたのですが、突然パパが大声を上げて眠気が吹っ飛んでしまいました。
「ど、どうしたのキリト君?」
「パパ、どうしました?」
「あ、ああ・・・今、暇つぶしにステータス確認してたんだけど・・・二刀流が、出てた」
こうして、わたしの一日は終わります。
パパの二刀流については、次回のお話でお楽しみくださいね?
次回はキリトの二刀流についてと、ビーストテイマーのあの子が登場!
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第十話 「二刀流の目覚めと殺しについて」
それと、途中一部で糖分過多となります。くれぐれも珈琲のご用意をお忘れなき様・・・。
ソードアート・オンライン・リターン
第十話
「二刀流の目覚めと殺しについて」
前回より半年早い二刀流の習得、それはキリトにとって嬉しい誤算だった。
確かに早いうちに二刀流を習得出来たらとは思っていたが、全プレーヤー中で最も高い反応速度を持っていても、いつ、どのタイミングで習得出来るのかは不明だったため、もしかしたら前回と同じくらいのタイミングになるのではないかと思っていたくらいだから、今回の二刀流習得は本当に嬉しい誤算でしかない。
「あ、でもやっぱり二刀流のソードスキルは取り直しだな」
「本当だねー、今はまだエンド・リボルバーとカウントレス・スパイクの二つだけ?」
「ああ、熟練度を上げてやらないとダブルサーキュラーもスターバースト・ストリームも、ジ・イクリプスも使えない」
動きだけなら再現出来るが、実際にソードスキルとして発動するには二刀流のスキル熟練度を上げなければ無理だ。
幸いな事に片手剣のスキル熟練度は先日コンプリートしたばかりなので、これから先は二刀流の熟練度上げに集中出来る。
「前より半年も早く取得出来たんだもん、前より早く熟練度上がるよね?」
「ああ、前はジ・イクリプスは習得出来ていたしコンプリートもしたけど、やっぱり片手剣一本より慣れていた訳じゃない。だけど今回は前以上に慣れることが出来る筈だ・・・・・・それに、二刀流用のシステム外スキルの構築もな」
キリトは前回と同様にシステム外スキルの構築を行っていた。今の所は前回と同じで“
だが、今現在、キリトが考えているシステム外スキルは二刀流用、それも最上位剣技であるジ・イクリプスをも超える真に最強のソードスキルと呼ぶべきスキルなのだ。
「ヒースクリフ団長との戦いでの、キリト君の切り札・・・」
「ああ、二刀流システム外ソードスキル・・・スターメテオ・ストリーム、必ず組み上げてみせるさ」
完成させるには二刀流のスキル熟練度をコンプリートさせる事と、今以上に反応速度や反射速度、剣速、自身のスピードを上げなければならない。
事実上、予定している75層ボス攻略に間に合わないとまで考えていたスキルだが、半年も早く二刀流を取得した事で完成の目処が立った。
ジ・イクリプスまでのソードスキルはヒースクリフ・・・茅場晶彦が考えたものだが、キリトの考えているシステム外ソードスキルはあくまでキリト自身が考えた物、つまりヒースクリフとの戦いでは完全に彼の知らない戦法ということになるので、大きなアドバンテージを得る事が出来る。
「ユイ、覚えている限りの事で良いんだが、神聖剣について教えてもらう事って出来るか?」
「はい、わたしが以前まで使えたGM権限で覗き見たユニークスキルの話になってしまいますが・・・」
「それで構わない」
「そうですか・・・では、先ずユニークスキルについておさらいです」
ユニークスキルとは通常のエクストラスキルの様に出現条件を満たせば誰でも使えるスキルではなく、全プレーヤーの内、いち早くスキル出現条件を満たした者にのみ与えられるスキルである。
その数は10個で、1万人の内、10名だけがユニークスキル取得可能となるのだ。
「パパの二刀流は全プレーヤー中、最も反応速度の速いプレーヤーに与えられるスキルです。そして、ヒースクリフの使う神聖剣、あればGMにのみ与えられるスキルとして設定されています」
「つまり、ヒースクリフ団長は最初から神聖剣を取得する事が決められていたって事ね」
「ああ、公平を信条としている癖に随分とセコイ手だ」
「因みに、残る8つのユニークスキルでわたしが閲覧出来たのは6つだけです」
「それって二刀流と神聖剣以外にって事?」
「はい」
ちょっと、気になった。
既にキリトが二刀流を取得しているので、もうこれ以上のスキル取得は無いだろうと思っていたが、考えてみればまだ8つもユニークスキルは残っており、その詳細はキリトもアスナも知らないのだ。
「因みにわたしが知っている残るユニークスキルは神速、無限槍、手裏剣術、抜刀術、射撃、暗黒剣の6つですね」
「神速は速度系だよな・・・無限槍は槍を使う奴に与えられるって所か? 手裏剣術は投擲武器だな」
「抜刀術は刀使いかな? クラインさんとか。暗黒剣と射撃っていうのはよく判らないけど」
因みにユイでも残るユニークスキルの取得条件は知らないらしい。そこまで閲覧する権限は以前でも持っていなかったとか。
「ねぇねぇキリト君」
「どうした?」
「わたしもユニークスキルを取得したら面白くない?」
「いや、それは確かに面白いけど・・・そう簡単に取得出来るものじゃないだろ? 俺だって前回二刀流を取得出来たのは全くの偶然だったんだし」
ロマンがな~い。とふくれっ面になるアスナの腰に手を回し、抱き寄せながら耳元に口を寄せて、キリトは囁くような声で伝えるべき事を言う。
「ユニークスキルが無くても、アスナは俺の事を守ってくれてる、 だからこそ、俺はそれだけで無敵になれるんだ」
「き、キリト君・・・・・・」
「アスナは、いつだって俺の勝利の女神だよ」
「わ、わたしも、キリト君が守ってくれるから、いつも頑張れるんだよ? キリト君も、わたしの勝利の王子様なんだから」
娘の前だというのに何をやっているのか、と出来た娘であるユイは両親の仲の良さを喜びつつ、呆れつつ、空気を読んで先に寝室へ向かう。
その後、キリトとアスナが寝室で眠るユイの両サイドに横になったのは3時間も後の事であったのは、言うまでもない。
キリトが二刀流を取得して数日、キリトとアスナは二人でレベリングとギルドに説明した上で二刀流スキル熟練度上げをしていた。
右手にはエリュシデータを、左手にはエリュシデータとエンシュミオン以外でキリトが現在持っている片手剣の中でも最高の剣であり、50層ボス攻略にも使用していたシャドウロードという黒い片手剣を持ってエンカウントするモンスターは片っ端から倒している。
現在二人が居るのは最前線から離れた第35層にある迷いの森の中で、時期的には前回キリトがビーストテイマーの少女シリカと出会うより前になるのだが、この森は何気にモンスターが豊富なので、熟練度上げには丁度良いのだ。
「この森でシリカちゃん・・・だっけ? その子に会ったの?」
「ああ、丁度タイタンズハンドってオレンジギルドにメンバーを殺されたシルバーフラッグスってギルドの生き残りの依頼でな、タイタンズハンドを追っている時に会ったんだ」
因みに、今現在はまだシルバーフラッグスも健在だ。同時にタイタンズハンドや
「タイタンズハンドは正直、小物だ・・・黒鉄宮送りで十分だけど」
「ラフコフだね・・・」
「あいつ等は・・・俺の正直な意見だけど、殺すべきだと思ってる」
前回は、
しかし、キリトの考えとしては、あの三人はここで殺しておかなければ黒鉄宮に送っても脱獄するかもしれないし、現実に戻った後に凶悪犯罪を犯す可能性も考えられる。
「最悪なのは、SAO帰還後に帰還者を狙って殺人を犯す可能性だ」
「快楽殺人者で、殺しを何度もSAOで経験しているから・・・あり得そうで怖いわ」
キリトとしても積極的に殺したくはない。だけど、
何せ、前回の討伐作戦で貴重な前線攻略メンバーを何人か失っているのだから。今回も同じ事が起きて攻略に遅れが生じる可能性だってある。
「50層の攻略が前回より早く終わったから、今の所は前よりも攻略ペースが早い」
「でも
これは、ヒースクリフと相談するべきだろう。
彼の正体が茅場晶彦だということを知っていても、攻略する事においては一定の信頼が置けるというのも理解しているので、今後の攻略ペースを落とす可能性が秘めている上に、存在そのものが危険な
「さてと、そろそろ帰らないとユイちゃんがお腹空かせるわ」
「だな、帰るか」
大分周囲も暗くなってきたので、本日の熟練度上げはこの辺りで切り上げる事にした。
転移結晶は流石に勿体無いので、一度歩いて森を出る事にした二人は森の出口目指して歩き出したのだが、数分歩いている内にキリトの索敵スキルが何かを察知する。
「アスナ、止まれ」
「え? ・・・あ」
漸くアスナの索敵スキルにも反応があったらしく、神妙な表情を浮かべてキリトと共に近くの木に身を隠した。
二人が木の影に身を隠して数分後、二人が居た場所を歩く集団が居た。人数は6人程度、男4人に女2人という構成だ。
「あれは・・・シリカ!?」
「あの小さな子?」
そう、キリトが目視した集団の中に、見間違うはずも無い。シリカが、その肩にフェザードラゴンのピナを乗せて歩いていたのだ。
しかも、最悪な事にシリカが一緒に歩いている集団の中に居るもう一人の女性もまた、キリトには見覚えがあった。かなり嫌な見覚えではあるが。
「あの人たちはシリカちゃんギルドメンバーかな?」
「いや、違う・・・この頃のシリカは何処のギルドにも所属しないで、基本はフリー。街中で同じフリーやソロの人とPT組んでフィールドやダンジョンに出向いているだけだったんだ・・・それに、シリカがあんな奴の居るギルドに、入るわけが無い」
「あの人達の事も知ってるの?」
「ああ、男達は知らないが、あの女だけはよく知っているよ」
見間違うはずも無い。特に、シリカの隣を歩く赤髪の槍を持った女性、その女をキリトが見間違う訳が無かった。
「オレンジギルド、タイタンズハンドのリーダー・・・ロザリアだ」
「あの人が!?」
「ああ、そうだ・・・だけど、何でこんなにも早くにシリカがあの女と一緒に・・・?」
そう、シリカが一緒に歩いている集団の中に居る女性は前回もシリカと出会う切欠となった犯罪者集団。オレンジギルドのタイタンズハンドのリーダーだった。
だが、シリカが彼らと一緒のPTになったのはもっと後の筈、なのに何故、この時期にシリカがタイタンズハンドのリーダーと一緒に居るのか。
「シリカの性格から考えて、タイタンズハンドに入った訳じゃない・・・それは間違いない筈なんだが・・・」
「もしかして、わたし達が原因じゃない?」
「俺達が?」
「ほら、よく小説とかであるでしょ? 歴史の修正力ってやつ」
「ああ・・・歴史に介入して、本来の歴史を歪めようとしても、必ず本来の歴史に限りなく近い状態になるよう何らかの修正が入るってやつか」
つまり、キリトやアスナがSAO攻略を前回よりも良い結果へと持っていこうと行動した結果、歴史の修正力が働き、シリカが前回よりも早いタイミングでタイタンズハンドと出会い、PTを組んでしまったということだ。
「不味いな・・・こんなに早いと、前回シリカがピナを死なせたときの状況から考えて、今回は前以上に危険過ぎる」
「どういうこと?」
「シリカは、元々この森を一人で抜けられるほどレベルが高くない。前回でもそうだった・・・だけど、今回は前よりも早くこの森に来てしまった・・・前よりも低いレベルで、だ」
この後、シリカがロザリアと口論になり、PTを抜けて一人になれば・・・今のシリカのレベルではピナだけを失うどころの騒ぎではない。
「シリカまで、死ぬっ!」
こんな所で自分達の行いの弊害が出てしまった事に、2人は唖然とするしか無かった。
だけど、今の2人は前回よりもレベルが高く、キリトには二刀流がこの段階で存在している。だから、今度はピナが死んでシリカと思い出の丘に行くという仲を深める機会を失ってでも、ピナごと助ける事が出来る。
そのために、キリトとアスナは先を行くシリカ達の後を追うのであった。
一部、書いてて砂糖吐いてましたww
次回は前回より低いレベルで迷いの森を一人で行く事となったシリカ救出劇です。
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第十一話 「ビーストテイマーの少女」
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第十一話
「ビーストテイマーの少女」
そもそも、前回より良い結果を残そうとキリトやアスナが活動していた為、SAOは1年で死者は2000に満たない数で抑えられていた。
このまま行けば前回は2年で4000人近くが死んでいたのに対し、今回はそれを下回る数が生き残る事が出来る筈だったのだ。
だが、生き残りが多いということは積極的なPKを行う悪質なオレンジプレイヤーやレッドプレイヤーにとって獲物を多く残したという事にもなる。
結果として、これまでにオレンジプレイヤーやレッドプレイヤーがこれまでにPKして、その犠牲となった数は既に200人を超えている。その半数以上は
そして、タイタンズハンドと言えばキリトにとっては小物であろうと、アインクラッドでは名の知れたオレンジギルド、悪質なオレンジプレイヤーやレッドプレイヤーを擁する最悪ギルドの一つ。
「たしか、前にシリカに聞いた話だと、モンスターとの戦闘を終えた後にヒールクリスタルの分配でロザリアと口論になったって話だ」
「ヒールクリスタルの分配で?」
「ああ、シリカはビーストテイマーだから相棒にピナって名前のフェザードラゴンが居るんだ。基本的にシリカの回復はピナが行うからロザリアはシリカにヒールクリスタルは必要無いと主張したらしい。でもシリカは前線に出て来た事も無いロザリアこそヒールクリスタルは必要無いと主張したんだって」
「うん、それはシリカちゃんが正しいよ。見た感じロザリアって人は槍使いだよね? 中衛武器だけど、前線に出られない訳じゃないのに、それで前線に出ないなら正直ただのお荷物。ヒールクリスタルを持たせるだけ無駄だもん」
もっとも、タイタンズハンドの意図は正直興味が無いので、何故シリカにヒールクリスタルを持たせなかったのかは知る必要は無い。
そして、丁度シリカ達がモンスターと戦闘しているのを確認、その戦闘が終わり、やはり前回と同様、シリカから聞いた通りの口論をしていた。
「あ、シリカちゃんがPT解除したみたい」
「ああ、ピナと一緒に離れて行ったな」
ならば後を追うしかない。
だが、何となくだがキリトは気になってシリカのPTだったメンバーの方を振り返る。すると、キリトは衝撃の光景を目にした。
「・・・っ! (あいつ、嗤ってる?)」
シリカの後姿を眺めながら、ロザリアが嗤っていたのだ。まるで、予想通り、計画通りとでも言わんばかりに。
「アスナ、もしかしたらロザリアの目的が判ったかもしれない」
「目的?」
「ああ、あいつ・・・多分、始めからピナを死なせる事が目的だったんだ」
流石にプネウマの花の事までは知らないのだろうが、何処かで知ったのだ。使い魔を失ったビーストテイマーが、とあるアイテムで死んだ使い魔を復活させる事が出来るということを。
そして、獲物として見繕っていたPTの中に運よくビーストテイマーで低レベルのシリカが加入したため、あわよくば使い魔を死なせてアイテムを取りに行かせようとしていた。
「使い魔蘇生アイテムともなれば貴重なレアアイテムに違いないと当たりをつけたんだな」
「タイタンズハンドって、確かレアアイテムなどの強盗などを主としていて、その手段にMPKすら平気で使用するっていうオレンジギルドだよね?」
「ああ、しかもあいつ等はSAO内で殺しても本当に現実で死んでいるなんて証拠は無いって言って殺す事に躊躇いを持たないんだ」
ある意味、現実に戻ったときに実は本当に殺してしまっていた事に気付いたら発狂でもするのではないかと思える集団でもある。
「さて、急ごう。少しスピードを上げないとシリカを見失う」
「うん」
この森でシリカが危機に陥るのはソロになってしまった事と、場所が迷いの森であった事が原因だ。
この迷いの森でソロであると、迷いの森最強のモンスター、ドランクエイプという猿人モンスターが複数で出現し、しかもスイッチや回復アイテムを使っての連携までしてくる。
安全マージンが十分過ぎる今のキリトやアスナにとってはソロで挑もうと雑魚に過ぎないモンスターだが、今のシリカで勝てる相手ではない。
「確か、前にこの森で会った時のシリカのレベルは44だった。だけど・・・」
「まだ30台の可能性が高いね、時期的に」
走りながら今のシリカのレベルを予想する。前回会った時はレベル44だったが、今は間違いなく30台の中盤辺りか良くて後半、最悪なのは前半である事だ。
「ピナを死なせてもアウトと考えた方が良い」
「思い出の丘に行くには装備を整えても安全マージン十分とは言えないもんね」
そうして、漸くシリカに追いついたのだが、ハッキリ言おう。最悪のタイミングで追いついてしまった。
現在、シリカは10は居るであろうドランクエイプの群れに囲まれていて、殆ど防戦一方・・・否、完全に押されている状態だったのだ。
「アスナ!」
「うん!」
キリトよりも足の速いアスナが先行して腰から最近になって前回よりも早い段階でマスタースミスになったリズにより作成してもらった前回でも使用していた最高の愛剣、ランベントライトを抜き、ソードスキルを発動させた。
「はぁああっ!!!」
現在の自分の位置と、シリカの位置を確認し、射線上に敵のみが入るよう調整しながらアスナは一瞬にして閃光となった。
白い閃光は瞬きする間も無くドランクエイプの背後から襲い掛かり、そのまま胴体を貫通。更にその向こうに居たシリカの真横を通り抜けて、その先にも居たドランクエイプをも貫通する。
細剣最上位スキル、フラッシング・ペネトレイター。正にアスナの異名である閃光をそのままソードスキルにしたかの様なスキルで、アスナの最強奥義とも言えるソードスキルだ。
「え、え? えええ!?」
「大丈夫?」
「あ、あの・・・えと」
「その様子なら大丈夫みたいね・・・後はわたし達に任せて」
「わ、わたし・・・達?」
アスナ一人だと思っていたシリカは“達”という複数形に疑問を持つが、丁度聞こえたドランクエイプの悲鳴でそちらを向くと、キリトが黒い残光を残しながら高速移動からの二刀流ソードスキルをドランクエイプに叩き込んでいた所だった。
「せぇりぁあああ!!」
二刀流ソードスキル、ダブルサーキュラーによる突進からの二段斬撃により、まとめて二体のドランクエイプがポリゴンの粒子となって消える。
これで10体の内、4体が倒された事になる。残る6体だが、そこまで問題ではない。
「はぁああ!!」
アスナもシリカの後ろにいるドランクエイプ2体にパラレル・スティングによる2連撃を入れてポリゴンの粒子に変える。
残る4体はキリトの側だ。キリトは両手の剣をエフェクトライトにより輝かせると、二刀流ソードスキル、シャインサーキュラーによる15連撃を発動、そのまま4体を葬り去った。
「す、凄い・・・」
「ふふ、凄いでしょう? 彼」
「は、はい! でも、何で剣二本でソードスキルが発動したんですか?」
「それは・・・ここではちょっと話せない内容になっちゃうかなー」
残心を終え、エリュシデータとシャドウロードを鞘に納めたキリトはアスナと、その隣に居るシリカの所に歩み寄る。
シリカの肩にはピナが健在で、多少のHP減少は確認出来るものの、ピナもシリカも、なんとか無事に救出する事が出来たことに安堵した。
「危ないところだったね、大丈夫だった?」
「はい! あの・・・危ないところを助けていただいて、ありがとうございます」
「いや、間に合ってよかったよ」
「あ、あの私、シリカって言います、この子はピナ」
「ピュイ!」
「俺はキリト、ギルド黒閃騎士団の団長だ」
「わたしはアスナ、同じく黒閃騎士団の副団長だよ」
黒閃騎士団の名はシリカも聞いた事があった。
アインクラッド攻略組に属する数あるギルドの中でも最強のギルド、最強夫婦と呼ばれる団長と副団長が率いており、未だかつて攻略において死者を出さず、ハイレベルプレーヤーばかりが所属するギルドだと聞いている。
そんなシリカにとってみれば雲の上のような存在、しかもその最強夫婦と名高い黒の剣士キリトと閃光のアスナにこんな所で出会うとは思いもしなかった為、彼女は大層驚いていた。
「な、何でそんな凄い人たちが、こんな森に?」
「ああ、ちょっと熟練度上げに来ていたんだ」
「な、なるほど・・・」
流石は攻略組最強、熟練度上げに高難易度のダンジョンを選ぶなんて、シリカとは実力が違いすぎる。
「もしよければ街まで一緒する? 俺達もそろそろ街に戻るつもりだったから」
「い、良いんですか?」
「勿論! それに、シリカちゃんとピナだけでこの森を脱出するのは少し危険だし、ボディーガードだと思って?」
確かに、この森をシリカ一人で抜けるのは不可能だろう。そう考えて、シリカは2人に付いて行く事にした。
時折出現するモンスターはキリトかアスナが倒し、時々出るシリカでも倒せそうなモンスターはシリカの経験値稼ぎの為にと、シリカが倒しながら森を歩き、出口が大分近くなってくる。
「そういえば、シリカちゃんは何であの森に一人で?」
「あ、その・・・最初はPT組んでた人達が居たんですけど、喧嘩別れしちゃって」
やはりそうだった。
それから、そのPTを組んでいたという人達の内、女性の名前が間違いなくロザリアであるとシリカから聞かされて、キリトは少しだけ思案顔になる。
「・・・(あいつは、もう森を抜けて先に街に戻っている筈だな。どうする? このままだとシリカはまたあいつ等にあの手この手を使ってピナを死なせることになる)」
シリカを完全に助けたと言えるのはタイタンズハンドを如何にかしてからの話だ。
このままキリトとアスナがシリカと別れれば、再びロザリアはシリカに接触し、同じ事の繰り返しとなる。
しかも、その時はもうキリトとアスナはシリカの傍に居ない上に、未来での知識も当て嵌まらないだろうから、前と展開が異なるため、助けられない可能性が出てくるのだ。
漸く森を脱出して35層の主街区に着いた三人は、案の定と言うべきか、先に迷いの森を脱出して街に戻ってきていたタイタンズハンドの面々と出くわす。
「あら~? シリカじゃない、あの森から脱出出来たの?」
「っ!」
「へぇ、あんたみたいな低レベルのお子ちゃまでも簡単に脱出出来るくらい程度の低い森なのねぇあそこは」
話し掛けてきたロザリアはシリカを嘲笑うかのような視線を向け、その後キリトとアスナにも目を向ける。その目は明らかにキリトとアスナの見た目から格下だと判断して見下している目だ。
「ま、そこの2人に助けてもらったんでしょうけど、どっちも弱そうねぇ」
キリトは見た目こそ強そうに見えないし、アスナもその纏っている高貴な雰囲気からどこぞのお嬢様と思えなくも無い。
当然だが、2人とも見た目だけなら強そうに見えないけれど、名乗ればロザリアは間違いなく腰を抜かす。
「シリカ、行こうか」
「あ、はい・・・」
ロザリアを無視する様にキリトとアスナはシリカを諭して宿も兼ねたレストランに向かう。
そんな三人の後姿を見つめるロザリアの目は、標的・・・獲物が増えた事への歓喜からか、怪しげな光を宿しているのだった。
次回はVSタイタンズハンド
因みに回廊結晶は持ってます。
※感想にて、原作でシリカがロザリアとPT組んでいた際に一緒に居た男達は一般プレーヤーだとの情報を頂きましたので、十話と十一話を修正しました。
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第十二話 「オレンジギルド」
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第十二話
「オレンジギルド」
シリカと共にレストランへとやって来たキリトとアスナはそのままレストランでの夕飯を終えて2階にある宿泊スペースに来ていた。
キリトとアスナは一つの部屋に2人で泊まる事になり、今現在はその部屋にシリカも入れた3人で話し合いを行っている。
「と、いう訳で・・・キリト君が使っていた二刀流はキリト君のユニークスキルなの」
「近々公表するつもりだから、それまでは口外しないでもらえると助かる」
「わかりました。でも凄いですね、攻略組最強っていうのもありますけど、そこに加えてユニークスキルだなんて」
確かに、現在のアインクラッド攻略組最強2大ギルドは黒閃騎士団と血盟騎士団で、その両ギルドの団長が共にユニークスキル使い、余りにも出来すぎているというか、ゲームバランス崩壊するのではと思えてならない。
「それとシリカにはどうしても教えておかなければならない事があるんだ」
「教えておかなければならない事、ですか?」
「そう、さっきシリカちゃんが喧嘩別れしたっていうロザリアさんの事なんだけど」
ロザリアの名前が出た時点でシリカの身体が少し強張った。やはり喧嘩別れした事を少し気にしているようだが、それは無用な気遣いというものだ。
「あのロザリアって女は、オレンジギルド、タイタンズハンドのリーダーだ」
「・・・・・・え?」
「プレーヤーからのレアアイテム強奪やMPKなどを積極的に行う犯罪者ギルド、タイタンズハンドと言えば中層辺りで有名だった筈だけど、聞いた事無い?」
確かに、シリカにもタイタンズハンドの名前は聞き覚えがある。だけど、まさかあのロザリアがそのギルドのリーダーと言われて、そうだったのかと、いきなり頷くなど出来ようか。
「で、でもロザリアさんのカーソルはグリーンでしたよ?」
「犯罪者ギルドっていうのは何も全員がオレンジカーソルになっている訳じゃない。主にグリーンカーソルのメンバーが獲物を見繕って誘い出し、オレンジの仲間が仕留めるっていうのが通例パターンだな」
「それに、今はカルマ回復イベントも出回っているから、オレンジカーソルからグリーンカーソルに戻すのは面倒でも不可能じゃないんだよ」
更に、オレンジカーソルだと街に入れば鬼の様に強い警備兵NPCが追いかけてくるので、実質的に主街区にある転移門は使えず、他の層には迷宮区を歩いて移動するしかない。
なので、大半の犯罪者ギルドはグリーンのメンバーを半数近くは残しておくのだ。
「そして、タイタンズハンドはリーダーがグリーンで動いて敵を油断させるのが得意なんだ。あの通り、女である事を利用してな」
「あ・・・・・・」
そう言われて、シリカは先ほどまで組んでいたPTのメンバーがロザリア加入の直後から随分とロザリアを優遇しようとしていたのを思い出す。
彼女は年齢的にも色気のある大人の女性、更には美人でもあるので、大抵の男はコロッと騙されてしまうだろう。
「そうして、油断し切った獲物を待機させておいた仲間が襲い、レアアイテムなどを強奪した後に殺すか・・・麻痺毒ナイフで動けなくしてフィールドに放置し、モンスターに襲わせてMPKする」
それがタイタンズハンドのやり口だ。
「シリカちゃん、多分だけど今回のタイタンズハンドの目標は君になるの」
「っ!? ど、どうしてあたしが?」
「ビーストテイマーだからさ」
「?」
訳がわからないと首を傾げるシリカに、使い魔蘇生用アイテムの話をする。
確かに、死んだ使い魔を蘇生するアイテムともなればレアアイテムであるのは間違い無い。それはビーストテイマーだからこそ判る事だ。
「じゃ、じゃあ・・・ロザリアさんはピナを、殺すつもりで」
「そして、君が何らかの方法で使い魔蘇生アイテムの情報を知るか、もしくは偶然を装って自分が教える事で取りに行かせて、シリカが蘇生アイテムを入手した所を襲い、奪う」
一瞬でシリカの顔色が真っ青になり、目尻に涙が浮かんで全身がガタガタと震えだした。大切な相棒を殺されるかもしれない、自分が殺されるかもしれない、そんな恐怖に怯えだしたのだ。
「・・・なぁシリカ、良ければ黒閃騎士団に入団しないか?」
「・・・?」
「少なくとも、このままだと明日には俺もアスナも自分のギルドに戻る。君とはお別れだ・・・そうなれば君は確実に危険に陥る」
「でも、わたし達のギルドに加入したら明日にはギルドホームに一緒に行けるし、そのままホームで生活したら安全だよ」
それに、タイタンズハンドについても罠に掛けて壊滅させる事が出来る。その為の用意も既に手は打ってあるのだ。
「でも、あたしってレベルが全然低くて・・・最強ギルドって呼ばれている黒閃騎士団に入るなんてとても」
「それは気にしなくていい。入団には特にレベル制限なんて設けてないし、入団後なら訓練やレベリング任務なんかでレベル上げも可能だ」
「それに、最近加入した子なんてまだレベル20台だから、今のシリカちゃんでも全然問題無いんだよ?」
黒閃騎士団は基本的に最前線に立つ攻略組部隊と、ホームや団員の店などで武器・防具を作ったり、ホーム拡大をしたり、情報集めや資金稼ぎなどする後方支援部隊、武器や防具の材料などを集めたり、低レベル団員のレベル上げをメインに行う育成部隊に分けられている。
「最初はシリカは育成部隊に入って、レベルが上がれば育成する側になったり、後方支援部隊に回っても良い、戦いに自信が付いて最前線に出ようと思う様になれば攻略組部隊に移動しても問題は無い」
「ビーストテイマーなら何人か所属してるし、シリカちゃんのレベル上げやビーストテイマーとしての戦い方の指導なんかも的確に行えるよ」
黒閃騎士団の説明を受け、悩みに悩んだ末、シリカは顔を上げ、立ち上がってキリトとアスナの2人に面と向かって頭を下げる。
「まだまだ未熟ですが・・・どうぞ宜しくお願いします!」
こうして、ビーストテイマーのシリカ・・・後に最前線で【竜騎士】と呼ばれる事になる少女が、黒閃騎士団に入団するのだった。
シリカが正式にキリトからのギルド入団申請にYESをした翌日、早速だが三人は第22層にあるギルドホームに行く事となった。
後ろから三人を追跡している存在の気配については既にキリトもアスナも気付いているが、何も言わないのは罠に掛ける為であり、そのまま22層に来て貰う予定なのだ。
そして、22層へ転移完了してシリカが先ず思ったのは、凄くのどかな街だという事、そして街から少し離れて圏外に出ると、近くの村まで行くという事で、それに付いていったのだが、もう少しで村というところでキリトとアスナの足が止まる。
「キリトさん? アスナさん?」
「ずっと俺達の事を追跡してきてるけど、そろそろ顔を出せよ」
キリトが背中に背負っていたエリュシデータを鞘から抜くと、漸く観念したのか、10名の人間が物陰から姿を現した。
そして、その集団の先頭に立っているのは、紛れも無くロザリアで、彼女は槍を、他の男は剣や斧、ダガー、短剣などを構えている。
「へぇ、アタシのハイディングを見破るなんて坊や、随分と索敵能力が高いのね」
「狙いはシリカちゃんの使い魔・・・ピナですね?」
「ええそうよお嬢ちゃん、ついでにあんた等からも色々とアイテムを頂くけどね」
キリトのエリュシデータやアスナのランベントライト、防具たコートからそれなりに良い代物だと当たりを付けたらしい。
なるほど、レアアイテム強奪を主な罪状としているだけあってアイテムを見る目はあるようだ。
「さぁ、殺されたくなければ持ってるアイテム全部置いていきな! まさか三人でこの人数相手に勝てるとは思ってないでしょ?」
「・・・別に」
「・・・なんだって?」
「オレンジギルド、タイタンズハンドのリーダー・・・ロザリア、あんたは、タイタンズハンドは今日、この場でもって終わりだと言っているんだ」
「へぇ、面白い冗談ねぇ・・・お姉さん、そういう冗談嫌いよ」
ロザリアが後ろの男達にやれと命じた。
命令に従い、男達が前に出てきて武器を三人に向けようとしたときだった。全員、突然武器が破壊あるいは弾き飛ばされてしまう。
「な、何だ!?」
「おいテメェら、俺っち達のリーダーに何やってくれちゃってんの?」
「よっぽど死にたいお馬鹿さんたちなのかしらねぇ~」
いつの間にかロザリアの首筋に片手剣ストライクパニッシャーと深蒼の槍ブルーボルトの穂先を添えているモスキートとクルミが鋭い視線をロザリアに向けて威嚇していた。
他にも男達には黒閃騎士団のメンバーが30名ほど囲って武器を向けている。ある意味恐怖を感じざるを得ない光景だ。
「ひ、ヒィッ!? な、何なんだいアンタら!?」
「見てわかんねぇの? 俺っち達は黒閃騎士団の団員で、あそこに居るのは黒閃騎士団の団長、【黒の剣士】キリトさんと、副団長、【閃光】のアスナさんだぜ」
「こ、黒閃騎士団だって・・・・・・!?」
「あの、攻略組最強の!?」
「そ、そういえば22層って、黒閃騎士団のギルドホームがあるって噂の場所じゃあ・・・・・・」
漸く自分達が狩る側ではなく狩られる側である事を理解したタイタンズハンドのメンバー達は、揃って顔色を真っ青にして命乞いを始めた。
ロザリアも、顔色が蒼白になり、自分が獲物だと思っていた相手がアインクラッド最強夫婦と名高い存在だと知って涙を浮かべながらガタガタと震えだす。
「お、お願いだよ・・・もう悪さしないから、こ、殺さないでおくれよぉ・・・」
「キリトさん、どうするんですか?」
「モスキート、クルミちゃん・・・悪いけど剣と槍、下ろして」
キリトに言われた通り、2人が剣と槍を下ろすと、腰が抜けた様に座り込むロザリアの前にキリトが立った。
キリトは険しい表情でロザリアを見下ろし、右手に持ったエリュシデータを天高く振り上げる。その光景に誰もがキリトがロザリアを殺すつもりだと思い、止めようとするも、その黒い刀身は無常にも振り下ろされる。
「キリト君、ダメ!?」
だが、振り下ろされたエリュシデータの刃はロザリアの直ぐ傍の地面に突き刺さるだけに終わった。
始めから殺す気など無かったキリトは信用無いなぁとか思いながら懐から回廊結晶を取り出し、ロザリアに無理やり持たせる。
「死にたくなければそれを使え、行き先は黒鉄宮の牢獄に設定してある」
「あ、ああ・・・あ・・・・・・」
「勿論、逃げても良いけど・・・鼠の情報網から逃げられると思わない事だな」
黒閃騎士団だけでなく、攻略組の大半がお世話になっている情報屋の鼠のアルゴは、アインクラッドでも有名で、その情報収集能力は恐らくアインクラッド一。
当然だが逃げてもアルゴの情報収集能力の前には無駄だという事だ。
「それから、他のメンバーもだ・・・残りのタイタンズハンドの全メンバーの情報を話して、それから回廊結晶を使え」
もはや、逆らう者は居ない。
後日、タイタンズハンドのメンバーは一人残らず黒鉄宮の牢獄へ送られ、ゲームクリアのその日まで、明るい太陽の下を歩けた者は、一人も居ないのであった。
タイタンズハンド、壊滅。
次回は漸く圏内事件の話になりそうですが、時期的にまだ圏内事件の時期じゃなかったりする。黄金林檎がまだ時期的に存在しているので、もしかしたらグリセルダさんを救出できるかも。
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第十三話 「悲しみの回避」
ソードアート・オンライン・リターン
第十三話
「悲しみの回避」
前回よりも早く56層をクリアして、既に階層は60層に到達している現在、キリトとアスナはまだ圏内事件が起きていないという事に気がつくも、そもそも圏内事件はまだ先の話であった事を思い出し、安堵していた。
「それにしても圏内事件かぁ・・・ヨルコさんとはまたお知り合いになりたいねー」
「だな、カインズさんやシュミットとも・・・あれ? そういえば圏内事件ってまだ先の話で、聖竜連合にシュミットってまだ引き抜かれてないよな?」
だが、圏内事件がまだ先の話なのであれば、あの事件のそもそもの原因であるギルド黄金林檎はまだ存在しているのではないか、と考えた。
聖竜連合にシュミットはまだ所属していないという事はまだ黄金林檎に所属しているという事で、それはつまり・・・黄金林檎のリーダーであるグリセルダがまだ生きている可能性がある。
「もしかして、グリセルダさんを助けられるかもしれないって事?」
「ああ、それと上手く行けば
グリセルダを助けて、グリムロックの企みを阻止し、そして
全て万事上手く行けば前回より早く
「それに、俺はグリムロックにも知って欲しいんだ」
「何を?」
「好きな人と結婚して、その後に見えてくるその人の新しい一面を知るって事は幸せな事なんだって」
「キリト君・・・・・・」
「俺は、アスナと結婚して、アスナの今まで知らなかった一面も見れるようになって更にアスナの事が好きになった・・・・・・グリムロックにも、グリセルダさんがSAOに来てからの一面もまた彼女の魅力なんだって、もっと彼女の事が好きになれるんだって、知って欲しい」
隣に座るキリトの方に頭を乗せたアスナはキリトの言葉に少し赤面して、照れ隠しの様に頭を胸元まで移動させると、そのままグリグリと押し付け始めた。
いつに無く甘えてくる妻に、キリトはアスナの耳が真っ赤に染まっている事に気付いて、そのまま抱きしめる。
「キリト君…わたしも、グリムロックさんに知って欲しい。わたしもキリト君と結婚して、キリト君の新しい一面を見てもっともっと大好きになったんだって」
「アスナ……」
可愛い事を言ってくれる妻が堪らなく愛おしい。まだ外に人が居るかもしれないギルドホームの団長室だというのに、キリトはソファーにアスナを押し倒した。
押し倒されたアスナは夜とは言えイヴがいつ入ってくるかも知れない場所でという事に羞恥心があるのか、やや抵抗するも、その抵抗が無駄だと悟っているのか力無い形だけの抵抗となってしまう。
「アスナ……本気で抵抗しないの?」
「うぅー…イジワル、キリト君のする事に、抵抗なんて出来ないよぅ」
「ホント、可愛い嫁さんだよアスナは」
「~~~~~っ!」
耳元で囁かれ、アスナは恥ずかしいやら嬉しいやら、ちょっと気持ち良いやら、色々と何かが出てしまいそうで大変な状態になってしまうが、そんな妻の様子にキリトは微笑みながらゆっくりと、深い口付けをしながら覆いかぶさって行くのであった。
翌朝、何故かつやつやとしたキリトと、同じく何故かゲッソリとしながら腰を擦るアスナの2人が第19層へと向かっていた。
「ねぇキリト君…ここってゲームなのに何でああいうことし過ぎると腰が痛くなるのかな?」
「茅場の拘りじゃね?」
ジト目で見つめてくるアスナから目線を反らしながらキリトは責任を茅場晶彦に押し付けた。
この時、血盟騎士団のギルドホームでヒースクリフがくしゃみをしたとかしないとか、血盟騎士団幹部の一人が発言していたのだが、それはどうでも良い。
「もう~、これじゃわたし戦えないよー」
「だ、大丈夫だって! 戦う事になったら基本的に俺一人でやるし、アスナは万が一の為にグリセルダさんを守ってくれれば……」
「む~」
「あ、あはは……はい、ごめんなさい、不注意が過ぎました」
下手したら
気を引き締めてキリトとアスナは転移門から19層に移動して、グリセルダが殺されたという場所へ向かうと、途中で見覚えのある人物を見かける。
「キリト君、あれって…」
「あのローブ、間違いない…PoHだ」
頭まですっぽりと覆うボロボロのローブ、微かに見える口元の歪みは見間違うはずも無い。
殺人ギルド
「あいつがこの層に居るって事は、丁度良く今日がグリセルダさん暗殺の日って事か」
「何日か泊まりを覚悟していたけど、運が良よかったね」
本当に運が良いのかは疑問だが、泊まりにならずに済むのは良かったと言えるだろう。
キリトとアスナはPoHに気付かれない様に素早く行動して、恐らく既にこの層に来ているであろうグリセルダを探す事にした。
意外にも早くグリセルダは見つかった。
全開、グリムロックを捕らえた時に見た幻の姿そのままだったので、それを覚えていたキリトとアスナが彼女を見た時、流石に驚いたものだ。
「良かった、まだ生きてた」
「うん、でももう直ぐ圏内から出るよ…多分、もう近くにラフコフも」
「ああ」
キリトは索敵スキルを最大限まで使い、周囲を探るも、今の所はPoHの気配は感じられない。まだこの辺に居ないのか、それとも隠密スキルを使って隠れているのか。
索敵スキルをコンプリートしているキリトでも、流石に隠密スキルをコンプリートされていた場合は索敵に引っ掛からない場合があるので、その可能性も捨てきれない。
「油断だけはしない様にしよう」
「うん」
既にキリトはエリュシデータとシャドウロードを背中に装備していて、アスナもランベントライトをいつでも抜ける様にしている。
そして、グリセルダが圏内から出た瞬間、遂に動きがあった。PoHが彼女の真横から現れて襲い掛かってきたのだ。
「最初から圏外で待ってた!?」
「キリト君、先に行くわ!!」
キリトよりアスナの方が足が速い。なのでアスナは走りながらランベントライトを抜刀して超スピードでグリセルダとPoHの間に割って入ると、PoHの包丁の様な形をしたダガー…
「な、何!?」
「チッ」
邪魔が入った事に舌打したPoHだったが、直ぐにその場から飛び退くと丁度キリトのダブルサーキュラーがPoHの居た場所を空振ったところだった。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ…それより、何が起きたの?」
「アイツに貴女が殺されかけたんですよ、今」
「っ!?」
圏内から出た直後で油断していたのもあったのだろう。19層という事で安全マージンも確りしているという油断もあったのだろう。だからこそ、グリセルダは自分がPKされ掛けた事を認識して青褪めた。
「殺人ギルド
「Wow…あんた等の事は知ってるぜ…攻略組最強2大ギルドの一角、黒閃騎士団の団長、黒の剣士キリトと、副団長の閃光のアスナ、Ho-Ho-Ho……依頼でその女を殺しに来たら随分な大物と出会うとは、運が良い」
「止めておけ、
キリトの3対2という言葉を聞いて、Pohのローブに隠された顔が喜税に歪む。すると、キリト、アスナ、グリセルダの後ろの茂みから2人の男が出てきた。
PoHの部下にして
「よく俺達が三人だと解ったな?」
「俺の索敵スキルはコンプリートされている、隠密スキルが中途半端なら見つけられない訳が無いだろう」
「Wow、なるほど随分と地味なスキルをコンプリートしたものだ」
確かに、索敵スキルの熟練度を上げるのは地味な作業の繰り返しだ。あまりに地味過ぎて習得してある程度上げるくらいはしてもコンプリートしようなどと考える馬鹿は居ない。
だが、キリトがそのコンプリートした馬鹿だという事は、PoHたちにとっては計算外の出来事だったのだろう、心の底から面白そうな顔をしている。
「But、今日の所は引き上げだ。流石にお前さんらが相手では 分が悪い…依頼を受けて失敗したのは今日が初めてだ……アンタの旦那には、失敗したと伝えておけ」
キリトとアスナに、その顔を覚えておくぜ、と言ってPoHはジョニー・ブラックとザザを引き連れて転移結晶で転移する。
依頼は失敗、という事はもうグリセルダは狙われないだろう。PoHはそういう男だ、逆にキリトとアスナが目を付けられたと言えなくも無いが、一先ず安心だ。
「あの、ありがとう2人とも」
「いえ、それよりもう一人隠れてるの、出て来い」
グリセルダの礼を受けてキリトは気にしないようにと首を振るが、次の瞬間には近くの木の陰に隠れている人物に声を掛けた。
出て来たのはやはり予想通りというか、グリセルダのリアルでもアインクラッドでも夫であるグリムロックだった。
「グリムロック!? どうして此処に?」
「……」
「彼女、依頼で殺され掛けたらしいな…そして、此処に来てるってことはあんた、妻が殺される所を確認する為に来たって事で、良いんだな?」
「まさか!? 彼は私の夫よ? 何故、私を殺すなんて」
「いや、グリセルダ、彼の言う通りさ…」
「あなた!?」
意外にもあっさりとグリムロックは白状した。否、PoHの発言が原因で言い逃れは出来ないと悟ったらしい。
そして、グリムロックが語りだす今回のグリセルダ暗殺計画のそもそもの原因、発端は前回と全く同様、この世界で過ごす内にリアルでは従順で理想の妻だったグリセルダが、死への恐怖で怯えるグリムロックとは違い、生き生きとして積極的に戦いレベルを上げ、ギルドのリーダーまで勤め上げる程に変わってしまった事への嫉妬が、全ての始まりだった。
「数日前にレアアイテムの指輪を手に入れて、換金する事になったのは都合が良かった…一人で換金に行く妻を、以前に知り合った
「そ、そんな…あなた、私は、何も変わってなんか・・・」
「なぁグリムロックさん・・・あんた、ユウコさんを愛しているのは理解出来るよ…俺も、アスナっていう大切な人が居る、だから誰かを愛するって気持ちは、痛いほど良くわかる」
「キリト君…」
「でも、一つだけ理解出来ないのは愛する人を殺そうというその考え方だけだ! 何でユウコさんが変わったのを見て、それもまた愛する人の新しい一面を発見出来たって思えない!? 何でそれが新しい愛情じゃなくて嫉妬になる!? 俺には、それが理解出来ねぇよ…」
まだまだ子供だから、とか、そういう問題の話ではない。結局の所、グリムロックがグリセルダに抱いていたのは愛情ではなく……いや、最初こそ愛情だったのだろうが、いつの間にか所有欲に変わってしまったのだ。
「君は、若いね…いや、そうだな…若い頃は、私も純粋にユウコを愛していたのに、どうしてこうなったのだろうね」
「あなた…」
「すまない、ユウコ…私は、君の夫失格だ」
「ううん、いいの、私もあなたがこの世界に来て、ずっと怯えていたのに気付いていたのに、寄り添う事を忘れて、ただ早く攻略して脱出して、あなたを安心させようとばかり考えていたから……だから、お互い様なのよ」
結局の所、夫婦のすれ違いが生んだ悲劇の事件だったのかもしれない。
だけど、これからは夫婦寄り添って、お互いの気持ちをぶつけ合えばきっと、この2人はやり直せる。
お互いに愛し合ったからこそ、リアルでも結婚したのだから、きっとまだ、この夫婦は再出発が出来る筈だ。
キリトは2人が抱き合って涙を流す様子を見ながら、アスナが寄り添ってきたのを感じて、そっと抱き寄せながら、夫婦の再スタートが良い方向に向かう事を祈るのであった。
次回は時系列的には圏内事件なんですが、黄金林檎壊滅しませんでしたので、圏内事件は起きません。
多分、
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第十四話 「攻略組ギルド団長会議」
ソードアート・オンライン・リターン
第十四話
「攻略組ギルド団長会議」
第60層の主街区にあるとあるレストランに、攻略組ギルドの各団長達が集まって食事会を開いていた。
黒閃騎士団からは黒の剣士キリト、血盟騎士団からは神聖剣ヒースクリフ、アインクラッド解放軍からは攻略団長ディアベルと支援団長シンカー、聖竜連合からはブルーノ、風林火山からはクライン、そして最近になって攻略組入りした月夜の黒猫団からはケイタがそれぞれ出席している。
「さて、本日は会議という名の食事会ということで、無礼講だ。存分に楽しんでくれ、乾杯」
『乾杯』
ヒースクリフの音頭で乾杯し、食事会が始まった。
食事をしながら最近のギルドの近況を話し合ったり、ギルドの決まりごとについてどんな良いものが他のギルドにあるのかなどの意見交流も行われていたが、中でも一番話題として大きく取り上げられたのはキリトの二刀流だ。
最近になってキリトは情報屋を通じてユニークスキルである二刀流取得をアインクラッド全土に公表した。当然だが、嫉妬や妬みといった声はあったものの、攻略組最強2大ギルドの片割れである黒閃騎士団の団長がもう片方の血盟騎士団団長と同じくユニークスキル使いになったというニュースは、攻略を進める上で喜ばしいものだと、納得する者が多い。
「そういやキリト、もう直ぐおめぇ結婚2年目だろ? 結婚記念日の祝いとかってするのか?」
「ああ、それならギルド内で盛大に祝ってくれるって事になって、良かったらお前も来るか?」
「お、良いのか? なら遠慮なく行かせて貰うぜ」
「ああ、ディアベルもケイタもシンカーさんも来いよ、歓迎する」
「当然、行かせて貰うよ、第一層攻略の時からの付き合いだ、何か祝いの品でも用意しておこう」
クラインの言葉からキリトとアスナの結婚記念日の話にシフトして、祝いにはクラインもディアベルもシンカーも来てくれることになった。
当然、この場に居るので誘わないのは悪いとブルーノとヒースクリフにも誘いを掛けたが、その日は生憎と2人とも都合が悪いとの事なので、丁重に断られる。ただし、後日何か祝いの品を送るとの事だ。
「それにしてもキリト君とアスナ君は随分と早い時期から結婚していたらしいね?」
「まぁ、知り合ってもう4年ですから」
「おや、それではSAOを始める前からの知り合いという事かな?」
「…ええ」
ヒースクリフの問いに対して嘘を付いた。正確には前回から合わせて4年という意味なのだが、それを話すわけにもいかないので、あえてSAOを始める前から、つまりリアルでの知り合いだという事にしたのだ。
「かぁ~! 羨ましいねぇ、黒閃騎士団副団長、閃光のアスナさんといやぁ、アインクラッド美女グランプリで堂々の1位に輝くアインクラッド一の美少女って噂だぜ? そんな美人の奥さんとかこの幸せ者め!」
「お、おいクライン、頼むから首絞めるな…!」
因みに、キリトとアスナの影響で現在のアインクラッドでは結婚ブームが来ている。前回では結婚するプレイヤーカップルは少なかったのだが、今回は結婚するカップルがかなりの数居るという話だ。ただし、同じ様に離婚するカップルも多いらしいが。
「あれだな、キリトくんとアスナくんは誰もが認める最高カップルという事で、君達ほど長く続く夫婦は未だ現れないらしいよ」
「ディアベル…そういうお前はどうなんだよ? お前だって顔は良いんだからモテるだろ?」
「い、いや、俺はそこまで・・・シンカーとは違うよ」
「ちょ、ディアベルさん!?」
何でも、シンカーは同じアインクラッド解放軍の団長補佐であるユリエールと付き合いだしたらしい。
キリトとアスナの影響で、近々結婚も視野に入れているのだとか。
「へぇ、シンカーさん、おめでとうございます」
「あ、あはは…うん、ありがとう」
「ケッ、女の居るギルドは良いねぇ、出会いがあってよ」
「全くだクラインくん、それは同意するよ」
「って、ブルーノ! てめぇのギルドにも女は居るだろうが!!」
「ウチに入る女プレイヤーみんなゴツイんだって!!」
曰く、ゴリラにすら素手で勝てるんじゃね? と言いたくなるような女性ばかりらしい。その内「ブルァアアア!!」とか言い出しそうで怖いとか。
「そういえばケイタ、サチは? 最近良い雰囲気だってダッカーからメールが来てたけど」
「え、いや・・・サチとは友達であって、別に付き合うとかそんな関係じゃないからなぁ」
「ここにも居たよリア充…」
クラインがそろそろ呪詛を唱え始めそうで怖いので、この話は早々に切り上げた。
因みに余談だが、ヒースクリフは女性に対して全く興味を示さないらしく、噂ではホモじゃないのか? とか言われているのだが、彼自身がそれを強く否定してた。
「さて、今回の食事会だが、幹事であるキリト君が我々に話したい事があるという事で集められている……キリト君、そろそろ話してもらえるかな?」
「ああ、今回みんなに集まってもらったのは殺人ギルド、
その名前が出た途端に、全員の顔が真剣な表情になった。どうやらふざけた雰囲気で聞いて良い話ではないと直ぐに判断したらしい。
「何日か前に、俺とアスナが黄金林檎っていうギルドの団長、グリセルダさんを
グリセルダのレベルは攻略組にこそ届かないが、それでも中層プレイヤーの中ではトップクラスだった。そんな彼女を暗殺とは言え、殺せるだけのレベルと実力があるという事は、近いうちに攻略組の者すら殺せるだけのレベルと実力になる可能性が高くなる。
「そうなる前に、攻略組の人間が奴らに殺されるなんて事が起きる前に、
「なるほどな、確かに…奴らの噂は僕も聞いているが、ろくな噂じゃない」
「俺も知ってる、確か今までにPKされた200人以上の内、半分以上はラフコフに殺されたって」
「攻略組から犠牲が出れば、攻略に致命的な遅れすら生じる可能性もあるな…確かに、討伐は必要、か」
ディアベルもケイタもブルーノも、それぞれ知っている
何も言わなかったが、それはシンカーもクラインも同じで、2人も頷いているのだが、ヒースクリフだけは何も言わず、頷く事も無かった。
「ヒースクリフ、あんたの意見は如何だ?」
「ふむ…私からは特に意見は無い。討伐するのであれば団員を派遣しよう、君達の好きにしたまえ」
つまり、討伐するしないに興味は無い。するのであれば団員を出すから好きにしろという事らしい。あまりに協力的ではない態度だが、一応は討伐の際に血盟騎士団からも人を出してくれるという事なので、それで良しという事にした。
クラインは不服そうな顔をしているが、キリトとしてはヒースクリフのこの態度は予想していた通りなので、特に何かを思う事は無い。彼は攻略で剣を振るう事に興味はあれど、
「じゃあ、この場で決めようと思う。
「わかったぜ」
「わかった」
「了解だよ」
「了解した」
「ふむ」
「あ、一つ良いかな?」
誰もが了承する中、シンカーだけが挙手した。何かあったのかと尋ねれば、当然の疑問が帰ってくる。
「
「構成人数やアジトについては現在調査中、鼠の話では明日明後日中には判るらしいから、それを待ってる。情報が入り次第メールするよ」
「なるほど、それなら了解だ。一応、軍でも情報を集めておくよ」
アインクラッド解放軍後方支援団長シンカーの部下で、情報収集部門は中々に優秀だという話なので、それはありがたい。
ブルーノも聖竜連合でも情報収集を行っておくと言ってくれたので、それについても礼を述べておく。
風林火山と月夜の黒猫団は少数ギルドの為、情報収集は出来ないが、それについては適材適所という事で落ち着いた。
「じゃあ、真面目な話は此処までにして、楽しもう」
「だな! さぁてまだまだ食うぜ!!」
「僕もエールをお代わりするよ、すいませーん!」
真面目な話が終わり、再び楽しい会話が始まった。
好みの異性の話や最近見た可愛い女の子の話など、男の集まりというだけあり、話の内容は中々に濃いというか、エロスを感じさせるというか、既に結婚しているキリトと、恋人の居るシンカーとしては返答に困る話題ばかりになる。
「ところでよぉキリト、おめぇ釣りスキル持ってるよな?」
「ん? ああ、コンプリートしてるけど」
「マジかよ…いや、それはいいが、俺も最近釣りスキルを上げてんだけど、何処かに良い釣りポイントってあるか?」
「いや…俺は基本的に22層でしか釣りはしないから、他の層の釣りポイントは知らないな」
「そっか、なら俺も今度22層に行って釣りでもするかねぇ」
「する時は呼んでくれ、俺も付き合うから」
「おう!」
「あ、僕も良いかな? 釣りスキルなら僕もコンプリートしているから」
キリトとクラインが釣りの話をしていると、シンカーが乗ってきた。どうやら彼もキリト同様に釣りスキルをコンプリートしていたらしい。
今度22層に来て一緒にやろうと約束すると、今度はディアベルがだったらその内はじまりの街にも来てくれと言い出した。
「はじまりの街に?」
「ああ、実は俺、最近裁縫スキルを上げていてね、洋服なんかを作ってるんだけど、ユイちゃんに似合いそうな服を作ったからキリトくんとアスナくんに見てもらいたいんだ」
「あ、そうなのか? だったら今度ユイも連れて行くよ」
「待ってるよ」
因みにユイは現在、アインクラッド唯一のプライベートチャイルドという事と、アインクラッド最強夫婦の愛娘という事で、結構有名人になっている。
結婚ブームが来たのは、ユイみたいなプライベートチャイルドが欲しいというプレイヤーが増えたのも原因の一つらしいが、プライベートチャイルド入手のイベント発生条件には夫婦の絆が一定レベルまで上がらないと発生しないというものがあり、その段階に行く前に離婚してしまうパターンが多いため、中々プライベートチャイルドを持つプレイヤー夫婦が現れないらしい。
「因みに今までのユイちゃんの服はどうしてたんだい?」
「アスナが裁縫を上げて作ってた」
ユイに可愛い服を着せるんだと、親馬鹿全開にして必至の形相で裁縫スキルを上げていたアスナが今では懐かしい。
まぁ、可愛い格好をしたユイを見たいというのはキリトも同じなのだが、この夫婦はユイの事となると本当の本気で親馬鹿になる。
「へぇ、アスナさんが作った服を着るユイちゃんか、可愛いだろうなぁ」
「言っておくがなクライン、いくらユイが可愛いからって、手を出したら黒鉄宮の牢獄に送るからな」
「いくらなんでも俺ロリコンじゃねぇよ!?」
ユイの為なら貴重な回廊結晶すら惜しくないと言い切るキリトに、親馬鹿極まれりと、この場の誰もが思った。
こうして、攻略組ギルド団長会議は幕を閉じる。
そして、一週間後、
次回は対
キリトが過去に戻ってきて初のPK及び二刀流習得後初の無双となります。
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第十五話 「|笑う棺桶《ラフィン・コフィン》討伐作戦」
ソードアート・オンライン・リターン
第十五話
「
この日、
陣頭指揮を執るのはキリトとアスナになり、
「みんな、そろそろ奴らのアジトだ。
キリト達は討伐とは言え、出来る限り捕縛を目的として動く予定だ。
勿論、最悪の場合は殺さねばならない可能性も出てくる事は百も承知、だが殺す事に躊躇いがあるこちらとは違い、向こうは殺す事に躊躇いなど何も感じないだろうから、その差が人数差をひっくり返す可能性も考えられる。
「万が一、奴らにグリーンが居て、それを殺してしまってオレンジカーソルになっても安心してくれ、作戦終了後に後方部隊が直ぐにカルマ回復イベントを受ける準備をしてくれている、勿論殺せとは言わない、出来るのなら捕縛して欲しいし、殺すのが怖いなら……俺が責任を持つ」
どうしても殺さなければならない事になってしまえば、最悪の場合はキリトが殺すと、暗にそう言われて、戸惑う者が多数居る。
キリトの人柄は攻略組の人間なら知らぬ者は居ないと言われるほど、お人好し、責任感が強すぎる、他人の背負わねばならないものすら一人で背負おうとする馬鹿、そんな認識をしているものが大半だ。
だからこそ、誰よりも優しい彼に、人を殺すなんて真似はさせたくない、否…リアルで確実にキリトより年上であるはずの自分たちが、年下のキリトにそんな業を背負わせる訳にはいかないと、誰もが気合を入れた。
「アスナ、情報は洩れてると思うか?」
「判らない、キリト君たちが団長会議でラフコフ討伐の話し合いをしたって情報なら洩れてる可能性もあるけど、それ以降の詳しい日時なんかは全部メールでやり取りしてたし、流石に襲撃日時までは知られて無いと思うけど…」
「交代で罠の準備をしている可能性も、考えられるか」
キリトとアスナの脳裏に過ぎるのは前回の
「今回は、こちら側に死者を出さずに終わらせたいな」
「そうだね」
前回より日数的には早いタイミングでの討伐になったので、
それはこちら側にも言えることだが、今回はキリト率いる黒閃騎士団のメンバーも居る上に、前回の倍の人数が居る、前ほどの被害は出ないと思いたい。
「各自、ツーマンセル以上で行動するんだ! 行くぞ!!」
『応!』
キリトの号令と共に進軍が始まった。
時折出てくるモンスターを蹴散らしながら進んでいると、キリトの索敵にモンスターとは違う反応が引っ掛かった。
「みんな気をつけろ! 近くに居るぞ!!」
キリトの言葉に全員が索敵を最大まで行った。そしてある程度索敵のスキル熟練度が高い者はキリト同様にモンスターとは違う反応をキャッチした様で、武器を構えて襲撃に備え始める。
「……来た!」
やはり襲撃を予想して何日も前から張り込んでいたらしい。多くのオレンジカーソルプレイヤー…
「攻撃開始!!」
『おおおおお!!!!』
幸いにも数の上ではキリト達の方が圧倒している。戦闘が始まってから今の所死亡者は出ておらず、次々と
ここまでは順調だが、キリトは油断無く周囲を索敵すると、アスナの背後で気配を感じて咄嗟にエリュシデータを構えながらアスナの後ろから襲い掛かる刃を受け止めた。
「チィッ!」
「ジョニー・ブラック!!」
子供の様な外見をした男、毒ナイフを使う厄介な相手だ。だが、実力という点で言えばキリトの足元にも及ばない。
「はぁ!!」
「うわっ!?」
簡単にナイフを弾き飛ばして腹に蹴りを入れると、ジョニー・ブラックは小柄な体型を生かして吹き飛ばされながらも一回転しながら着地する。
すると、その彼の後ろから
「PoH、赤目のザザ……」
「やっとお出ましみたいね…」
「Ho-Ho-Ho、随分と暴れてくれたじゃねぇの」
「ああ、もう殆どのメンバーは拘束させてもらった。後は、お前達だけだ」
右手にエリュシデータ、左手にシャドウロードを持って構えるキリトと、ランベントライトを構えるアスナ、攻略組最強夫婦を前にして三人は戦うつもりなのか武器を構える。
キリトは他の討伐隊に…アスナにすらも言っていないが、この三人については今日、この場で殺すつもりでいた。
元々殺人ギルド、オレンジギルドの発祥、というよりも先導したのはこの三人であり、彼らは最初期から積極的にPKを楽しんでいたのだ。だからこそ、危険な人物、典型的な殺人快楽症で、それを自覚しながら受け入れた度し難い存在、生かしておくわけにはいかない。
「ヘッド、俺達に任せてくださいよ~、攻略組最強夫婦とか言っても、所詮は殺しも満足にできねぇお坊ちゃんお嬢ちゃんだ、俺達の方が戦いのカクゴってもんが上ですぜ?」
「世間の、広さ、教えてやる」
「Ha! 任せてるぜ、だけど甘く見るな…黒の剣士は、俺達と同類の目をしてるぜ」
「っ!」
それが戦いの合図となった。キリトとアスナは全プレイヤー最高速度を誇るスピードで走り、アスナはザザを、キリトはジョニー・ブラックを攻撃する。
対する二人はキリトとアスナの速さに自分達の認識の甘さを感じながらもギリギリ武器での防御をするが、それすらも甘すぎた。
アスナは受け止められた瞬間には次の攻撃に移っており、目にも止まらぬ速さのランベントライトによる刺突の嵐でザザを追い詰め、キリトはエリュシデータが受け止められた瞬間にはシャドウロードの刃でジョニー・ブラックの、現実では心臓がある部分を突き刺していた。
「…え?」
「終わりだジョニー・ブラック……お前は、ここで死ね」
突き刺さったシャドウロードを呆然と見ていたジョニー・ブラックだったが、それが引き抜かれてエリュシデータにより身体を袈裟に両断されながら自分を殺した相手であるキリトの、冷酷な瞳に恐怖を感じながらポリゴンの粒子となって消えるのだった。
「ジョニー! 貴様、躊躇い、無いのか!」
「キリト君…」
次の瞬間、ザザは視界が真っ暗になった。意識を失った訳ではない、何故なら彼の両目にはキリトの投擲用ピックが突き刺さっており、それが原因で視力を一時的に失ったのだ。
そして、キリトは何の躊躇いも無く二刀流ソードスキルのダブルサーキュラーで突進しながらエリュシデータとシャドウロードの刃をザザの身体に突き刺し、そのHPを0にした。
「後はお前だけだ、PoH」
「Wow、こいつは驚きだ、まさか本当に同類だとはなぁ…」
「お前みたいな快楽殺人者と、一緒にするな」
「oh、殺すのに躊躇いが無い時点で同類だぜ? まぁ良い、やろうじゃないか同類! 俺とお前と殺し合いを! イッツ・ショウタ~イム!!」
「ショウにすらならないぜ、お前は俺に、傷付ける間も無く殺されるだけだ!」
キリトの剣とPoHの
「イェア!!」
「っ! らぁああ!!」
振り下ろしてきた
「Ho、やるな」
「まだまだぁ!」
デプス・インパクトのメリットは相手の防御力を下げる事にある。PoHの防御力が下がった事で二刀流特有の高速連撃によるたたみ掛けは所々を防がれつつも、先ほど以上にHPを減らしていた。
「Year!!」
「がっ!?」
「キリト君!?」
だが、PoHとてやられっぱなしではない。短剣用ソードスキル、ファッド・エッジをまともに受けてしまい、付加効果である出血により紅い血のエフェクトであるポリゴンが斬られた箇所から止め処なく溢れ出てきた。
「止血結晶は使わせないぜ!」
勿論、キリトも出している暇など無いと判っている。だから出血が致命的になる前に、一気に勝負に出る事にした。
「はぁああああ!!!」
ソードスキルを発動させようとしたPoHの
「なっ!?」
結果、キリトお得意のシステム外スキル、
「……HA、やっぱり、お前は…同類だ、黒の剣士」
「ただ快楽の為に殺すお前と、一緒にするな…俺が殺すのは、SAO攻略の為だ。その障害物でしかないお前達を、殺す事に躊躇う必要は無い」
「偽善、ぶってんじゃ…ねぇよ……坊ちゃん」
それがPoHの最期の言葉だった。
ポリゴンの粒子となってPoHの身体が消えると、キリトはすぐさま止血結晶で出血状態を治すと、呆然とキリトとPoHの戦いを見ていた討伐隊メンバーの方を振り向く。
「これで、
PoHを、大勢が見ている前で殺してしまったキリトを見て、恐怖する者は・・・居ない。ただ、結果としてまだ子供のキリトに殺しをさせてしまった事が、彼らは堪らなく悔しい。
「気にしないでくれ…これは誰かがやらないといけない事だった、あいつ等だけは、あの三人だけは、誰かが必ず殺す必要があった、だから俺が討伐隊を組んだ責任として、やっただけだから」
そう、今にも泣きそうな顔をして言い切るキリトに、慰めの言葉を掛けられる者は…この場には一人しか居ない。
「キリト君、帰ろう?」
「アスナ……」
「今日は、キリト君の好きな物いっぱい作るよ」
「ああ…そうだな」
繋がれた手の暖かさが、キリトの涙腺を緩め…皆が見ている前で、キリトは一筋の涙を流すのだった。
キリト君、PKするの巻き。
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第十六話 「白の剣が父への愛情」
ただし一人称ではなく三人称ですので、ご注意を。
ソードアート・オンライン・リターン
第十六話
「白の剣が父への愛情」
「お願いしますベルさん、付き合ってください!」
「ちょ、お嬢!? そ、それはいくらなんでも…」
「べ、ベル…?」
「く、クルミ!?」
「ベル…長いようで短い付き合いだったわ」
「ちょま!? 誤解! 誤解ッスーーーっ!!!」
話は遡り、この日の朝、ユイは
元メンタルヘルスカウンセリングプログラムだったが故に、ユイはその機能を失っても人の心という物に敏感で、キリトが落ち込んでいるという事にも直ぐ気がついた。
だから、両親には内緒でキリトを元気にする為の方法を考えていたら、一つだけ良い方法を思いつき、とある人物の所に行く前にベルの所に来たのだ。
「あ、ベルさん!」
「お嬢? おはようございます、こんな朝早くにどうしたんスか?」
「あの、ですね・・・ベルさんにお願いがありまして」
「お嬢が俺にッスか? 珍しいッスね」
ベルが心底驚いたと言わんばかりの表情をしいている。確かに、ユイは普段からあまり我侭を言ったりキリトやアスナ以外にお願いをする事は無いので、本当に珍しい事だ。
「パパが最近、元気が無いんです」
「キリトさんが? …ああ、確かに。やっぱまだ引きずってんスかねぇ」
「それで、どうしたらパパを元気付けられるか考えたんですけど、パパに新しい剣をプレゼントしたら喜んでくれると思ったんです!」
「剣って…今のキリトさんが使ってるのはエリュシデータとシャドウロードッスよね?どっちも良い剣ッスよ?」
確かに、エリュシデータは50層フロアボスからのドロップ品で、ドロップ武器としては最高峰の性能を誇る剣だと言って良い。
そして、シャドウロードは黒閃騎士団後方支援部隊のリズベットが作成したプレイヤーメイド、それもマスタースミスになって間もない頃の一番良い作品だ。
「性能的にはエリュシデータの方がシャドウロードより良い剣なので、シャドウロードに代わる新しい剣をリズベットさんに作ってもらって、それをパパにプレゼントしようと思うんです」
「なるほど、シャドウロードよりも良い剣が出来上がればキリトさんの助けにもなるし、良いかもしれないッスね」
「はい! それで、リズベットさんにも後からお願いに行くのですが、一つだけシャドウロードを超える、エリュシデータ並の剣を作成出来るインゴットを知っているんです」
「お、ならそれを取りに行けば良いんスか?」
「はい! ただし、そのインゴットはマスタースミスと一緒じゃないと入手不可なので、ベルさんにはリズベットさんと一緒に取りに行って頂きたいんです…本当はわたしが取りに行けたら一番良いんですけど」
ユイの気持ちは理解出来るが、インゴット入手という事は当然だがフィールドやダンジョンに出るわけなのだから、プライベートチャイルドであって戦う力の無いユイにそんな真似はさせられない。
だからベルは気にするなとユイに首を振って、取りに行くのを了承した。
「では、これからリズベットさんの所に行きましょう!」
「ええ、でもそのインゴットって何処で手に入るんスか?」
「第55層西の山にあるドラゴンの巣ですよ」
「……え?」
ドラゴンの巣と聞いてベルの動きが止まった。
55層なら今のベルのレベルでも問題は無いのだが、ドラゴンという事はボス級とは言わずとも中ボス級はある可能性がある上に、後方支援職という事でベルほどレベルの高くないリズベットまで一緒に行くとなると、実質戦闘はベル一人になるわけで、しかもリズベットを守りながらの戦いでドラゴンと戦うのは無謀だ。
「い、いやお嬢…俺、ちょっと用事が」
「え~!? ベルさん、さっき了解してくれたじゃないですか!」
「いや、でも…」
「お願いしますベルさん、付き合ってください!」
「ちょ、お嬢!? そ、それはいくらなんでも…」
ついには頭を下げだしたユイに戸惑うベルだったが、何かが落ちる音と共にビクリと振るえ、その方向に顔を向ければ…青褪めた表情でこちらを見ているクルミの姿があった。
「べ、ベル…?」
「く、クルミ!?」
「ベル…長いようで短い付き合いだったわ」
「ちょま!? 誤解! 誤解ッスーーーっ!!!」
そして話は冒頭に戻る。
まるでゴミを見るような目でベルを見るクルミに必至に事情を説明すると、何とか信じてもらえた様で、クルミがベルを見る視線がゴミを見る目から変質者を見る目に変わった。
「よかったわ…最悪アンタがキリトさんとアスナさんに殺される所だったもの」
「いや、本当に一時は死ぬ運命を感じたッスよ……」
キリトとアスナの親馬鹿っぷりは黒閃騎士団でも有名だ。万が一にもユイを泣かせたり、ユイに手を出したりしようものなら、即座に胴体に風穴開けられて27連撃で粉々にされる。
「それでユイお嬢様、55層の西の山にあるドラゴンの巣に、そのインゴットがあるの?」
「はい、クリスタライトインゴットっていう水晶を食べたドラゴンのお腹の中で生成されるんです」
「腹の中で? 腹の中で生成された物が何で巣に……って、まさか」
「それって……」
嫌な予感がした。いや、むしろそれしか無いだろうと予想しながらも、何処か縋るようにユイを見る2人に、ユイは満面の笑みを浮かべながら答えを返す。
「そうです、ドラゴンの排泄物がクリスタライトインゴットですよ」
「うわぁ…」
「ンコがインゴットって、マジッスか……」
だが、クリスタライトインゴットと言えば鍛冶職プレイヤーでも話題になっている希少金属だという話だ。
クリスタライトインゴットから作られる武器防具はどれも高性能、ハイスペックな物ばかりになるという噂もあり、多くのプレイヤーが探したのだが、何処で入手出来るのかまでは判明していても、どうやって入手するのかまでは誰も知らなかった。
「あ、でも普通に考えれば判るわね、ドラゴンのお腹の中で生成されるって情報までは出回ってるし」
「普通それってドラゴンを倒すって方に考え行かないッスか?」
仮にもRPGゲームの世界なのだから、ドラゴンを倒して希少金属ゲット、と考えるのが普通だろう。なのに、まさかの排泄物として巣にあるなどと、誰が考えようか。
「茅場晶彦の趣味なんじゃない?」
「…嫌な趣味ッス」
ドラゴンのンコを希少金属にしようなど、茅場晶彦の趣味の悪さを実感してしまう。
「それで、取りに行っていただけますですか?」
「アタシは良いわよ、ただしモスキートも一緒だとありがたいかな? 盾役が欲しい」
「モスキートは盾ッスか」
「だってアタシ達と同等の実力者で盾持ってんのアイツくらいだし」
「まぁ確かに」
こうして、モスキートも巻き込んで55層の西の山へベル、モスキート、クルミ、リズベットの4人が向かうのだった。
結果として2日は掛かってしまったが、4人は無事に帰ってきて、クリスタライトインゴットも無事に入手出来たみたいだ。
「んじゃ、早速作るわね」
「お願いします、リズベットさん」
「ん、ユイの団長やアスナを想う気持ちを大事にしないと、その気持ちに報いる為にもあたしが持てる全てを注ぎ込んであげるわ」
第48層リンダースにあるリズベット武具店の工房で、現在ユイはリズベットがクリスタライトインゴットを炉に入れているところを見学していた。
リズベットもユイの見学には特に何も言わず、ユイの両親を想う気持ちに精一杯応えようとマスタースミスとして、そして黒閃騎士団専属鍛冶師としての誇りを賭けて作業をしている。
「(団長は、親友であるアスナの旦那…そして、あたしが駆け出しの頃から色々と手助けしてくれて、黒閃騎士団に入れてくれて、騎士団の中という最高の環境で鍛冶スキルを鍛える機会をくれた。だからこれはあたしの恩返しでもある)」
思い出すのは親友であるアスナとの出会いと、そのアスナから紹介されたキリトとの初対面、その後の当時
今のリズベットがあるのは三人のお陰だ。だから、今までの分の恩返しをする為に、今持てる全てを賭けて、クリスタライトインゴットにハンマーを振り下ろす。
「っ!」
何度打ち下ろしただろうか、遂に輝きだしたインゴットがゆっくりと剣の形に変わって行き、光が収まると台座の上にはクリスタライトインゴットの色であるエメラルド色の刀身をした片手用直剣が鎮座していた。
「……ダークリパルサー、団長が使ってるエリュシデータに若干は劣るけど、それでも魔剣クラスの剣ね」
少なくともシャドウロードより数段も上の剣が出来上がった。
後はこれに合う鞘を作って作業は全て完了する。出来上がったダークリパルサーはユイのストレージに保存して、残るはキリトへ届けるだけだ。
「ありがとうございました、リズベットさん」
「いいのよ、アタシも団長には随分と世話になったし、これで恩返しが出来たと思えばなんとも無いわ」
「早速、パパの所に行ってきますね」
「送ろうか?」
「いえ、ここは圏内ですし、転移門まで直ぐですから大丈夫です」
「って言ってもコラルの村からホームまでは圏外じゃない、いいから送るってば」
丁度55層に行ってレベルも上がったので、メイス使いとしてのリズベットもユイの護衛くらいは簡単にこなせるだけ強くなった。
結局、渋るユイを言い包めて武具店にcloseの看板を下げるとリンダースの転移門に向かう。
そこから22層のコラルの村へ転移して、その後は圏外に出て黒閃騎士団のギルドホームではなくキリトとアスナ、ユイの三人が暮らすログハウスへ向かった。
「パパ、喜んでくれるでしょうか?」
「あの親馬鹿団長が可愛い愛娘からのプレゼントで喜ばないわけ無いって、寧ろ踊りだしちゃうくらい喜ぶんじゃない?」
「そうですか?」
踊りはしないだろうが、キリトなら絶対に喜ぶという自信がリズベットにはあった。
愛娘であるユイからのプレゼントであり、高性能な片手用直剣なのだから、親馬鹿で、生粋の剣士であるキリトが喜ばない筈が無い。
話をしている内に三人の家であるログハウスが見えてきた。
「着いたみたいね、じゃあアタシは店に戻るから、パパにちゃんと喜んで貰いなさいよ?」
「はい! リズベットさん、ありがとうです」
「どういたしまして」
そう言って来た道を戻るリズベットを見送り、ユイは家の中に入る。
家の中では既にキリトもアスナも帰ってきていたのか、キッチンからは良い匂いがしてきて、リビングのソファーではキリトが座って新聞を読んでいた。
「パパ! ただいまです」
「お、ユイ、リズ達と一緒だったんだって?」
「はい! 楽しかったです」
「そっか、そろそろ飯だからもう少し待ってろよ」
「…あの、パパ」
頭を撫でてくれたキリトをおずおずと見上げるユイに、何かあったのかと不思議そうな顔をするキリト、そんな父にユイはアイテムストレージに入れていたダークリパルサーをオブジェクト化して、重いので持てないため、テーブルの上に置いた。
「だ、ダークリパルサー!? 何でユイが!?」
「あの、パパが最近元気ないみたいでしたので、何かプレゼントしようと思ったんです…それで、リズベットさんやベルさん、クルミさんやモスキートさんにお願いしたらクリスタライトインゴットを取りに行ってくださって、取ってきたインゴットでリズベットさんに作ってもらいました」
「…そういえばあいつら2日ほど見なかったけど、55層に行ってたのか……まぁ、あいつらのレベルなら安全マージンも確り取れてるし、問題は無い、か」
迷惑かけてしまったようで申し訳ないと思いつつ、ユイの気遣いとプレゼントが嬉しかったキリトはユイを抱き上げて自分の膝の上に座らせると、ギュッと抱きしめた。
「ありがとう、ユイ…凄い嬉しい」
「あ、えへへ…喜んでもらえて、わたしも嬉しいです」
早速、キリトのアイテムストレージにダークリパルサーを入れると一度立ち上がって部屋着からいつものブラックウィルム・コートとエリュシデータ、そしてダークリパルサーを装備する。
そこには、2年前のままのキリトの姿があり、あまりの懐かしさに涙腺が緩みそうになった。
「やっぱり、パパはそのお姿が一番カッコイイです!」
「そ、そうか? ありがとう、ユイ」
その後、キッチンから料理を運んできたアスナがキリトの姿を見て、同じく懐かしさに涙腺が緩んで涙を流しながら、キリトにダークリパルサーをプレゼントしたユイの優しさに感動し、優しい愛娘を抱きしめるワンシーンがあった事を、ここに記する。
次回からは原作キリトの装備復活! ブラックウィルム・コートにエリュシデータ、ダークリパルサー装備で最強状態のキリトです。
魔剣エンシュミオンと対で使う聖剣についてはもうそろそろ出しても良い頃合かなぁ?
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第十七話 「日常の一幕」
ヒースクリフさんのキャラ崩壊があります、ご注意ください。
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第十七話
「日常の一幕」
一週間に一度のペースで各ギルドのホームに順番で集まり、会議を行い、攻略のペース配分や迷宮区への調査隊派遣について、それぞれのギルドの近況報告などを行っている。
この日は黒閃騎士団のホームに集まって会議が行われており、黒閃騎士団ギルドホームの会議室にはキリトをはじめ、クライン、ヒースクリフ、ケイタ、ブルーノ、ディアベル、シンカーが集まっていて、いつも通りの会議をしていた。
「さて、話すことは大体これで全部か?」
「ああそうだな、凡そは語り終えただろう」
キリトの問いにヒースクリフが答え、他のメンバーも特にこれといった事は無いのか話し合いはこれで終わりという流れになった。
「今日はこれから如何する? 何なら夕飯食ってくか?」
「お、良いねぇ、俺はお邪魔させてもらうぜ」
「じゃあ俺とシンカーも良いかな?」
「お邪魔じゃなければ」
「オレも参加する」
クライン、ディアベル、シンカー、ブルーノが承諾して、ケイタも見れば頷いているので問題ないだろう、残るヒースクリフはというと。
「因みに夕飯はなんだい?」
「ん~、アスナが用意するからアスナに聞かないと…何か要望でもあるのか?」
「聞いた話だとアスナ君はオリジナル調味料を作っているとの事だが…醤油なんかはあるのかな?」
「ああ、醤油ならあるけど…」
「ならば!!」
カッと目を見開いてヒースクリフはキリトの両肩をガシッと掴むと、顔を思いっきり近づけてきた。
「醤油ラーメンが食べたい!!」
「……は?」
「醤油ラーメンだよ! 醤油ラーメン! 私は大のラーメン好きでね、この世界でもラーメンらしき物は存在するが、あれは駄目だ、あんなものをラーメンと認める訳にはいかない、醤油の味がしないラーメンを私は認めない。だが、見た目はラーメンに近かったから、あれに醤油を加える事で、醤油ラーメンが再現出来るかもしれないのだ!」
幸いにもラーメンに似た何かはヒースクリフのアイテムストレージに入っているので、それを出してきて是非ともこれを使って醤油ラーメンをアスナに作って欲しいと、いつものヒースクリフ何処行ったと言いたくなる形相で迫ってくる。
「あ、ああ…わかった、アスナに頼んでみるよ」
「本当か!? いやぁ、夕飯が楽しみになったな」
心底嬉しそうだった。いつもの無表情か不敵な笑みではなく、満面の笑みを浮かべるヒースクリフに、キリトは茅場ってこういうキャラだったのか? などと、嘗て憧れた男であり、殺意を抱いた男の意外な一面にどんな反応をしたら良いのか悩むのであった。
キリト達はギルドホームを後にして一路、キリトとアスナ、ユイの家であるログハウスに移動した。
既に帰宅して夕飯の用意をしているアスナはキッチンに居るのだろう、キッチンの方から良い匂いがしてきて、その中に微かだが醤油スープの香りが漂ってきた時はヒースクリフの表情が物凄い勢いで緩みだしたのは無視する。
「あ、パパ! おかえりなさい!」
「ただいまユイ、今日はお客さんが多いから、お行儀良くしていような?」
「むぅ、わたしいつも良い子にしてますよパパ!」
心外です! と頬を膨らませる愛娘の頭を撫でながらキリトはクライン達に適当な所に腰掛けるよう言うと、自身も指定席である一人掛けのソファーに座り、コートと剣を消してシャツとズボンだけの状態にする。
すると、作業を終えたキリトの膝の上にユイが座ってきたので、ユイのお腹の所に腕を回して抱き寄せてあげると、嬉しそうに足をぶらぶら。
ウチの娘は何をしても可愛いなぁ、という感想以外浮かばない親馬鹿キリトだった。
「あ~キリトよ、娘が可愛いのは判るが、ちったぁ親馬鹿も自重しようぜ?」
「んだよクライン、親馬鹿って…俺そんなに親馬鹿じゃないぞ? ちゃんと躾もしてる」
「嘘だよー、キリト君はユイちゃんに甘いんだもん、いつも叱るのは私の役目なんだから」
キリトの言葉を丁度キッチンから出て来たアスナが切って捨てた。
「いや、アスナ、そりゃあ確かに俺はユイを叱ったことは無いけど、それはアスナがやってくれるから、せめて俺はユイに優しくしてやろうとだな…」
「もう、そうやってキリト君が甘やかしてばかりだと教育に良くないよっていつも言ってるのに」
「喧嘩しちゃ駄目ですよパパ、ママ! ぷんぷんです」
可愛く頬を膨らませるユイに慌てて弁解しながら2人して頭を撫でている辺り、どっちもどっちだろうと誰もが思う。
ところで、ヒースクリフは先ほどからそわそわと落ち着きが無いのだが、それに気付いたアスナが直ぐにキッチンに戻ってトレーに乗せた人数分の丼を持ってきて、テーブルに並べた。
「お、おお…おおおおお!!」
感激のあまり、ヒースクリフのキャラが完全に崩壊した。目を輝かせて見つめる丼の中は醤油ベースのスープに、黄金色の麺、焼き目が食欲をそそるチャーシューにゆで卵、メンマに似た物、ネギ、海苔、それらがトッピングされたSAOに囚われた今では懐かしき醤油ラーメンだったのだ。
スープの色こそアスナの調味料の色で紫色だが、香りは間違う事なき醤油の香りだ。ラーメンに並々ならぬ情熱を持つヒースクリフが間違える筈が無い。
「じゃあ、ヒースクリフさんが待ちきれないみたいなので、早速…いただきます」
アスナに続いて全員が手を合わせると、誰よりも早くヒースクリフが麺を啜り、スープを飲む。その味は間違いなく懐かしき醤油ラーメンの味。
「あぁ……私は、この日の為に今日まで生きてきたのだな、生きていて良かった」
「オイオイ」
幸せそうな表情で醤油ラーメンの味を堪能するヒースクリフにキリトは苦笑を隠せない。
確かに美味しい、料理スキルコンプリートの腕前は確かであり、醤油ラーメンの味は何処か懐かしさすら感じられて、思わず涙すら出てしまいそうに…否、ヒースクリフは既に滝の様な涙を流していた。
「キリトは良いなぁ、こんな美味しい飯をいつも食べてるんだろ? それも三食」
「ケイタもサチに作ってもらえば良いだろう、サチも確か料理スキル上げてるって本人から聞いたぞ?」
「いや、現実世界の味なんてアスナさんの料理じゃなきゃ無理だろ」
「欲しかったら調味料分けてあげるよー?」
「っ!?」
因みにこれはケイタに言った台詞なのだが、何故かヒースクリフが大いに反応した。
「アスナ君!!」
「ひゃい!?」
「……」
「あ、あの…?」
「調味料、分けてください」
「あ、あははは……はい」
「はぁ…」
本当に今日のヒースクリフは如何した、とキリトは苦笑を通り越して頭痛がしてくるのだった。
「いやぁ美味かったぁ…アスナさん、ごちそうさんです!」
「いえいえ、今何か飲み物とおつまみ持ってきますね」
そう言って席を立ったアスナがキッチンに入ると、キリトは膝の上でこくりこくりと船を漕ぐユイに目を向けると、そこにはこの世の天使の如き愛らしい寝顔を見せている愛娘が居た。
「寝ちゃったか…悪い、ちょっとユイをベッドに運んでくる」
「わかった…そうやってるとキリトくん、本当に父親してるね」
「そ、そうですか? でもシンカーさんもユリエールさんと結婚して、プライベートチャイルドのイベントで子供を持てば判ると思いますよ?」
「え、あ…あはは、困ったなぁ……うん、ちょっと考えてみようかな?」
正直、現在アインクラッド唯一のプライベートチャイルドであるユイの可愛さに、子供を欲しがるプレイヤーが急増しているのは事実、ユリエールも欲しがっていたし、シンカーも子供は嫌いではない。
「おうキリトよぉ、俺も彼女欲しいぜ~、結婚して子供欲しい~」
「クラインは先ず、そういう所を直してからの話だ」
「ひっでぇ! チクショウ、リア充の余裕かよ~!」
因みにクラインと同じく出会いに飢えているブルーノが慰める様にクラインの肩に手を置いている。
同じく彼女が居ないディアベルはというと、何でもつい先日に漸く軍の中で彼女が出来たとかで、その話をするとクラインとブルーノに襲い掛かられていた。
「アスナ君、味噌はあるかね?」
「ええ、ありますよ」
そして本当に余談だが、ヒースクリフはいつの間にかキッチンに移動してアスナに他のオリジナル調味料の味見をさせてもらい、自分でラーメンを作る為に幾つかの調味料をおすそ分けしてもらっているのだった。
次回はついに、朝露の少女…登場。
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第十八話 「MHCP試作1号」
ソードアート・オンライン・リターン
第十八話
「MHCP試作1号」
その日は天気も良く、絶好のピクニック日和だった。
先日、第70層に到達して一息入れるのに何日かは攻略は休みにしようという事になり、今はその休暇中なのだが、そんな暇な時にこの天気なら是非ともピクニックをしようという話になったのだ。
アスナは既にキッチンで弁当を作っており、ユイは待ちきれないのかリビングでキリトの周りをそわそわと忙しなく動き回っている。
「ママー、まだですか?」
「もうちょっと待ってユイちゃん、もう直ぐお弁当出来上がるからー」
「うぅ~、早く行きたいですー」
「ほらユイ、気持ちはわかるけど、少し落ち着けって」
丁度ユイがキリトの前に来たところで両肩を掴んで足を止めさせると、そのまま腋の下に手を入れて持ち上げると、抱っこしてあげた。
「パパ! 楽しみですねーピクニック!」
「ああ、今日はアインクラッドでも絶好の気象条件だから、昼寝とかしたら気持ち良さそうだ」
「わたしもパパと一緒にお昼寝したいです!」
キリトが昼寝をしていると、必ず一緒になって昼寝をする様になったユイらしい台詞だ。
因みに、アスナはキリトに似て昼寝好きになってしまった娘に苦笑しながら弁当の仕上げをしている。
「よし、完成! キリト君、ユイちゃん! 準備出来たから行こう?」
「お、んじゃあ行くか」
「行きましょうー!」
キリトの腕から飛び降りたユイはそのままキリトの手を取って引っ張ると、玄関まで走り出した。
はしゃぐ娘にキリトも困った笑みを浮かべつつ、後ろから付いてくるアスナに目を向けて笑い合う。本当に今日はユイがご機嫌だと。
普段は攻略やギルドの仕事で忙しく、中々遊んであげる時間が無いキリトとアスナは、常々ユイと家族三人で遊ぶ時間を増やしてあげられたらと思っていた。
勿論、今までも家族三人で遊びに出かけた事も何度かあるが、やはり多いとは言えない。だから遊びに行けると知ればいつもユイは今の様にテンションが高くなり、ご機嫌になるのだ。
「おお、良い天気だなぁ」
「ホント、気持ちいい風も吹いてる」
「パパ、ママ! 早くですよ!!」
キリトと手を繋いでいたユイが、反対側の手でアスナの手も握り、二人を引っ張って再び走り出した。
キリトもアスナも苦笑しながら引っ張ってくるユイの腕を引き、二人の間で持ち上げ足を宙に浮かせると、そのまま同時に走り出す。
「ひゃああ~ははははははは!!!」
突然の事に驚くユイも直ぐに楽しそうに笑い出す。それはキリトもアスナも同じで、ユイの笑い声に釣られる様に笑いながら風を切って走り、湖から吹き付ける涼しい風を全身に浴びて明るく暖かい太陽の下を駆け抜けていった。
漸く三人が辿り着いたのは見晴らしの良い高台で、そこからは大きな湖と、そこで釣りをしているプレイヤー達の姿を一望できる絶景ポイントだ。
直ぐにシートを敷いて座り込むと、アスナがオブジェクト化した弁当を開いて飲み物を出すと少し早い昼食を摂る事にした。
「いやぁ、見晴らしの良い所で食べるアスナの手料理も絶品だな」
「美味しいです~」
「もうキリト君もユイちゃんも食べ物ばっかり、少しは景色も楽しもうよー」
呆れ顔のアスナだが、口元には笑みが浮かんでいる。アスナも2人の食べっぷりを見て楽しんでいる証拠だ。
「パパ、パパ!」
「ん? どうした、ユイ」
「はい、あ~ん、です!」
「あ、ああ…あ~ん」
「ああ~! ユイちゃんずるい! キリト君! わたしも、あ~ん」
「ちょ、待ってくれ……ふぅ、あ~ん」
まだユイに食べさせてもらった分が口の中に残っている状態でアスナに次を差し出された為、急いで飲み込むと、直ぐにアスナが差し出した分を食べる。
相変わらず美味しいアスナの料理を咀嚼しながら、愛妻と愛娘に食べさせてもらうという贅沢と幸せを噛み締め、キリトの胸の内は感動で一杯だ。
「えへへ、パパ~」
「えへへ、キリトく~ん」
昼食を食べ終えて現在、昼寝をしようと横になったキリトを挟む様に右にはアスナが、左にはユイが同じく横になって抱きついていた。
2人の温もりを感じながら吹き付ける風の心地よさに、キリトは直ぐに睡魔がやってきて、ゆっくりと目を閉じ、そのまま寝入ってしまう。
アスナとユイもそれは同様で、キリトの温もりと風の心地よさに直ぐ眠くなり出し、そのままキリト同様に眠ってしまった。
三人が眠っていたのはほんの2時間程度だった。
起きた三人はまだ時間に十分余裕があるという事で散歩するという事になり、湖の外周を歩きながら滝を見に行ったり、森林浴を楽しみながら歩いている。
「そういえば、この辺だったな」
「この辺? ああ、そっか…初めてユイちゃんと会った所だね」
丁度、三人が歩いている場所はキリトとアスナがユイと初めて出会った場所だ。今居る道の右横の雑木林の向こう、そこを歩いていたユイをアスナが発見し、倒れた直後にキリトが駆けつけた。
「あの頃のユイは記憶も無かったから、まるで赤ん坊みたいだったっけ」
「パパ失礼です、わたし赤ん坊じゃありません!」
「そうねー、でもユイちゃんがまるで赤ん坊みたいって思ったのはママも一緒」
「ママまで!?」
酷いです。と言って頬を膨らませる愛娘が可愛らしい。
キリトとアスナは揃って苦笑しながら何となく嘗てのユイが彷徨い歩いていた方を懐かしそうに眺めていると、妙なものを目にした。
「アスナ、あれ…何だろう?」
「キリト君にも、見えてるの?」
黒い人影、だけどカーソルらしいものは見えないのでモンスターではない。
キリトとアスナは索敵スキルを使って遠くに見える人影をズームで見ると、まるでユイの時と同じ様に、でもユイとはまるで対照的な少女が歩いていた。
黒髪のロングストレートヘアーに白のワンピース姿だったユイとは違い、白銀のロングストレートヘアーに黒のワンピース姿の少女。
「まさか…っ!」
「キリト君!」
「ああ!」
ユイと繋いでいた手を離してキリトは駆け出した。
アスナもユイを抱っこしてその後を追うと、丁度少女が倒れた直後にキリトが少女の下に辿り着く。
「…似てる、ユイに」
「うん、でも髪の色や服の色はまるでユイちゃんと正反対…」
調べたがカーソルは出ない。つまりこの少女は……。
「メンタルヘルスカウンセリングプログラム……」
「この子、この世界のわたしなのでしょうか?」
「判らない、試作1号ならこの世界のユイに相当する存在になるんだけど」
一先ずこのままにはしておけない。キリトは少女を抱き上げると、ハラスメント警告が出ないのを確認してアスナ、ユイと共にログハウスへと急ぐ。
ログハウスに着くと、寝室へ少女を運び、ベッドの上に少女を寝かせると布団を掛けて未だに起きない少女の正体を確かめる事にした。
少女の左手を取り、少し躊躇いながらもシステムウインドウを開き、可視化状態に手探りですると、プレイヤーネームの所を確認する。
「MHCP01‐RUI……ルイ、か」
「ルイちゃん…この世界の、ユイちゃんなんだね」
やはり、間違いなくこの少女はこの世界のユイに相当する存在だった。
メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号ルイ、それがこの少女の名前だ。
「ユイ、この子はやっぱり?」
「はい、恐らくカーディナルよりプレイヤーとの接触を禁じられ、プレイヤーの負の感情を蓄積した結果、エラーが発生したと見て間違い無いと思います」
そう、この世界でキリトとアスナが努力した結果、死亡者こそ減ったものの、それでも負の感情を全く0にする事は不可能だ。
キリトとアスナが努力しようと、絶望して自殺するプレイヤーは居るし、オレンジやレッドプレイヤーに仲間を殺された、モンスターに襲われて殺されたプレイヤーは大勢居る。
そういったプレイヤー達の負の感情が蓄積した結果、エラーが発生して、このルイという少女は…壊れてしまったのだろう。
「でも、それでも前回よりはマシにしてきた筈なのに、なんでこの子は前の時のユイちゃんより早く……」
「可能性の話ですが、この子はまだ記憶を失っていない可能性があります。間違いなく、この子が蓄積しているエラーはわたしの時より少ない筈ですから…ただ、わたしと同じ事を考えたのなら、ゲーム最初期の頃から幸福、愛情と言った正の感情を持つパパとママの下に行きたかったと考えたのなら、わたしの時とは条件が違います、なのでわたしの時より早く、フィールドに降り立ったのでしょう」
プライベートチャイルドとなって管理者権限を失ったユイでは正確なことは判らないが、今の可能性の話は十分に納得出来る。
「とりあえず、起きるのを待とう。起きて、この子が記憶を失っているのかいないのか、それを確認すれば良い」
「そうだね……とりあえず夕飯の支度してくるよ」
「はい、この子はわたしとパパで見ておきますね」
「お願いねユイちゃん、キリト君」
「ああ」
アスナが寝室を出てから、キリトは眠る少女…ルイの顔を覗き込み、ますますユイに似ているという感想を抱く。
もし、この子が望むのであれば、娘として…ユイと同じ様に接してあげたい。ますますそう思えてしまうのだ。
「早く起きてくれよ…君が望むのなら、俺は君のパパになってあげられる、ママも、お姉ちゃんも居る……だから、早く目を覚ましてくれ」
「パパ…」
ルイの頭を撫でながら、いつもユイに向けているものと同じ、娘への愛情が篭った瞳を、キリトはルイに向けていた。
ユイも、キリトのお姉ちゃんという言葉に、どこか温かいものを感じて、ルイの手をそっと握った。
「早く、起きてください……起きたら、お姉ちゃんと一緒に、一杯遊びましょう?」
ルイが目を覚ましたのは、翌日の朝だった。
希しくもユイの時と同じパターンで目を覚ましたルイは、やはりどこか…ユイに似ていると思わざるを得なかった。
次回、この世界のユイ…ルイが目を覚まし、ルイが現在どの様な状態になっているのか判明します。
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第十九話 「新しい家族」
ソードアート・オンライン・リターン
第十九話
「新しい家族」
キリト達がメンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号ことルイを保護した翌朝、ルイが目を覚ました。
気付いたのは一緒のベッドで寝ていたユイで、既に起きてリビングに居た両親に慌てて報告に来たのだ。
そして今、キリトとアスナも寝室に入って目を覚ましてベッドの上に座るルイと向かい合っている。
「おはよう、自分がどうなったか、覚えてるかな?」
「……」
アスナの問いかけに対して無言だが、特に無視しているという訳ではなさそうだ。アスナの顔を呆っと見つめているので、それは間違いない。
ただ、何処か目が半開きというか、まだ半分寝ているのでは? と思えてしまう。
「えっと、起きてるか?」
「……おき、てる」
「あ、やっと話してくれた。お名前、言える?」
「な、まえ…は、ルイ…メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号…ルイ」
たどたどしい口調だが、自分が何者であるかはちゃんと覚えていた。それだけでもユイの時とは違い記憶喪失になっていないという事が判るので、一先ずは安心だ。
「ルイだな、俺はキリト、こっちはアスナ、それからこの子はユイだ」
「よろしくねルイちゃん」
「よろしくお願いします、ルイ」
「き、りと…あす、な…ゆ、い…?」
ユイの時とは若干違う口調のたどたどしさ、だけどユイとは違って“キリト”と“アスナ”は確り発音する事が出来たようだ。
「それでルイ、聞きたいんだけど…何で、カーディナルにプレイヤーとの接触を禁じられている筈のメンタルヘルスカウンセリングプログラムであるルイが、あんな場所に?」
「…ずっと、きりととあすなを、見てた……真っ暗な場所、沢山かなしい気持ちに溢れる場所で、きりととあすなの幸せを、見続けてた…エラーが溜まって、壊れそうになった時、壊れる前に、2人に会いたいって、思った…」
ユイと同じ理由だ。絶望を見せられ続ける中で、幸福といった感情を温めるキリトとアスナの傍に行きたいと、そう思ったのだろう。
「そっか……」
ずっと、ずっと見てきたのだ。この約2年の間、ずっと人々の絶望と、キリトとアスナ、ユイの幸福を。
嘗てのユイと同じ様に、だからだろうか…キリトもアスナも、ルイが途端に愛おしくなり、アスナはギュッとルイを抱きしめ、キリトは優しくルイの頭を撫でた。
「…?」
「もう、悲しい思いばかりしなくて良いんだよ、ルイちゃん」
「ああ、もしルイが望むなら…俺達と一緒に居よう、カーディナルなんて俺が何とかしてみせるから」
「きりと…あすな…」
すると、ユイもキリトとアスナと同じ様にルイの前に座り、その小さな手で同じ小さな手を握る。
「わたしも、昔はメンタルヘルスカウンセリングプログラムでした」
「…!」
「ルイと同じ様に、わたしも多くのプレイヤーが抱く絶望、悲しみ、怒りといった負の感情を見せられて、壊れてしまったんです」
「……」
「でも、パパとママが、わたしを娘だって言ってくれたんです。一緒に居ようって…そうして、今はパパとママのプレイベートチャイルドとして、こうして一緒に居ます」
「わたし、も…一緒に、居て良い、の?」
キリトもアスナも、ユイも、みんな頷いた。
Aiだからとか、そんなものは関係ない。キリトとアスナにとってAIだからと存在を否定するという事はユイを否定する事と同義、だからこそ、ルイの事も受け入れられる。
「じゃあ、ルイ…俺とアスナの、娘になってくれるか?」
「…は、い……おと、うさん…おかあ、さん…」
たどたどしくも、だけど確かに、ルイはお父さん、お母さんと呼んでくれた。
ユイのパパ、ママという呼び方も良いが、お父さん、お母さんと呼ばれるのは中々に新鮮で、ちょっとだけ感動を覚える。
「さぁてお腹減ったでしょ? ご飯にしよっか!」
「は~い! ルイ、ママの料理はとっても美味しいですから、楽しみにしてくださいね!」
「うん、おねえ、ちゃん…」
「っ!? ルイ、可愛いです~~っ!!」
「わぷっ」
幼女が幼女に抱きつく光景はなんとも愛らしいものがある。そう思いながらキリトはルイの手を引っ張ってリビングに向かうユイに苦笑しつつ、戸惑うルイの頭を撫でて自身もリビングへと向かうのだった。
朝食を食べ終えた後、キリトはルイの登場でずっと忘れていた事を思い出し、それについて至急アスナとユイ、ルイも含めた4人で話し合いを行う事にした。
「もし、SAOがクリアされたらユイとルイはこの世界の崩壊と共に消える事になる」
「え…? で、でもユイちゃんってコアプログラムがキリト君のナーブギアに保存されてるんじゃ…」
「いや、それも当然だけどリセットされてるだろう」
そう、この世界は過去の世界であり、今のキリトは未来のキリトの魂を過去のキリトにインストールした存在だ。
つまり、ユイのコアプログラムはこの過去のキリト…桐ヶ谷和人のナーブギアには保存されていない。
「ユイとルイのコアプログラムを俺のナーブギアと、出来ればアスナのナーブギアに分けて保存する必要があるんだが…」
「現在、それを可能とする手段は直接コンソールから操作して行う以外にありません。そして、そのコンソールがある場所はパパとママもご存知の筈です」
「っ! はじまりの街の地下迷宮……」
そう、未来において、キリトとアスナが、ユイと別れる事となった場所、90層クラスのボスモンスターが守護するあの場所だ。
「私、GM権限持ってる…お父さんがコンソール操作する、時……私の、GM権限を使えば、確実に可能、です」
ただし、そのやり方はあのボスモンスターを何とかかわしてコンソールの所まで行き、尚且つルイがGM権限を行使した際にカーディナルに検査され、消されてしまう前に作業を終えなければならない。
危険な上に、ハイリスク・ハイリターンの作業と言えるだろう。下手なクエストよりも難易度が高いとしか言えなかった。
「でも、やらないとクリアしたらユイちゃんとルイちゃんが消えちゃうんだよね?」
「ああ、そして俺もアスナも、可愛い娘を見捨てるなんて、出来るわけないよな?」
「当然、どんなに危険があろうと愛娘の為なら命だって賭けられるわ」
この世界で命を賭けるなんて言葉は禁句と言える。だが、その禁句すら躊躇う事無く言えるのは単に愛娘への愛情故に。
「となると今のレベルだと心許ないな…今で俺達はあの最終決戦時より少し低いくらいだったか?」
「うん、だからもう少し頑張ってレベル100を超えないと厳しいね」
「だな、ルイがこうして俺達の所に居る以上、いつカーディナルに察知されるか判らない、なるべく早くコンソールの所に行かなきゃマズイんだが」
今のレベルではあの死神には勝てないだろう。ディアベルからはじまりの街の地下に迷宮が見つかったという連絡は受けているので、行くだけなら問題ないのだが。
「どうするのキリト君?」
「…正直、厳しい。俺達の事情に他の皆を巻き込めないし、だけど俺とアスナの2人だけであの死神に勝てるかと言われれば……NOだ」
だが、今からレベルを100以上にするとなると1~2日では絶対に不可能、そしてそれだけ時間を掛けてしまえばカーディナルにルイが見つかってアウトだ。
「なんか…今までで一番の難関だな」
「だねー…」
アインクラッドで前回と合わせて4年も過ごした中で一番の難関と言える。
「……いや、待てよ?」
「キリト君?」
「確か、今までに開発したシステム外スキルには先読みと見切りってのがある…先読みは基本的にプレイヤー相手に、見切りは遠距離型モンスターやプレイヤー相手に使ってるスキルなんだけど……」
これを弄ればもしかしたら物凄いシステム外スキルを構築出来るかもしれない。そこにキリトの反応速度なども加えれば、アインクラッド一の反応速度を持つキリトだからこそ出来るスキルを構築出来る。
「それに、二刀流システム外ソードスキルの要である“アレ”も成功率がついに9割を超えた、もしかしたら、行けるかもしれない」
「そう、だね…それに、わたしもいざとなれば“アレ”を使えば良いんだよね」
対ヒースクリフ用に温存していたキリトの切り札とアスナの切り札、この二つを使用することで死神相手に安全マージン不十分の現状でも勝てるとは言えずとも逃げ切る事は出来るかもしれない。
ならば、ヒースクリフとの戦いまで使うまいと思っていたが、ユイとルイの為に解禁しても後悔はしないだろう。
「キリト君、終わったらリズにダークリパルサーの修理してもらいなよ?」
「だな、“アレ”を使うとダークリパルサーの耐久値を著しく低下させるし」
せっかくユイがプレゼントしてくれたダークリパルサーを折る訳にはいかない。
「最悪はエンシュミオンを使うさ、漸く筋力パラメーターが使用可能値に届いたからな」
ずっとアイテムストレージに入れたままオブジェクト化される事の無かったキリトの真の切り札、魔剣エンシュミオン、これとエリュシデータの二刀流で戦うのも有りだ。
「パパ、気をつけて欲しいのはあの死神なんですけど」
「死神のボス、知ってる…アインクラッド第80層フロアボス、ギルティサイス」
「ギルティサイス…?」
「80層だったんだ…」
だが、あの死神はシステムコンソール守護の為のモンスターなので、間違い無く80層フロアボスとしてのギルティサイスよりも強く設定されている筈だ。
「一番危険、なのは…闇に紛れて襲い掛かってくる事…あれは、大ダメージ」
「鎌の一振りだけでも危険なのに、それは…」
「闇に紛れてとなると、本格的にシステム外スキルの使用以外に無いな」
聴音と超感覚の使用も視野に入れておく必要がありそうだ。
最も、何より大事なのはまともに戦わない事だろう。あくまで目的はシステムコンソールに辿り着く事なのであって、攻略する事ではない。
「ところでキリト君、ディアベルさんには何て説明して地下迷宮に行かせてもらうの?」
「ん? あそこにスカペンジトードが出るって聞いたから、狩ってスカペンジトードの肉を入手したいって言うつもり」
「す、スカペンジ…トード……って、キリト君」
思い出すのはグロテスクなカエルの足の肉、しかもカエルの足の形そのままになっているので、気持ち悪さ倍増の食材だ。
キリトは絶対に美味しいって言うが、アスナとしてはアレだけは絶対に調理したくない。
「し、仕方ねぇじゃん! 他に言い訳が思いつかなかったし!」
「もうー、わたしまであんなグロテスクな肉が大好きなんて思われるじゃないのー!」
「スカペンジトードの肉、アインクラッドの珍味…」
「ルイちゃん物知りですねー」
こうして、キリト達4人は準備が整い次第、第1層はじまりの街へ向かう事となるのだった。
次回はキリトとアスナの切り札が登場、そしてついに現れる魔剣の対となる聖剣。
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第二十話 「最大難易度の戦い」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十話
「最大難易度の戦い」
丸一日掛けてレベル上げを行ったキリトとアスナは、前回の最終決戦時ほどではないものの、大分それに近いレベルにまで上げる事が出来た。
翌日にはユイとルイを連れて第1層はじまりの街に行き、ディアベルとシンカー、ユリエールに挨拶と、新しい娘のルイを紹介してから地下迷宮に向かう事になる。
「しかし、キリトさんも物好きな方ですねぇ、スカペンジトードの肉を食べたいとは」
「シンカーさんは食べた事があるんですか?」
「一度だけね…でも僕もユリエールも一口でアウトだったよ」
ユリエールを見ると、味を思い出したのか青白い顔をして頷いていた。
曰く、不味い訳ではない。不味い訳ではないのだが、美味しいとも思えない、でも何処か美味しいと思えなくも無いのに、不味いとも思えてしまう。そんな摩訶不思議な味なのだとか。
「現実で食用カエルの肉は鶏肉に近いって言うけど、スカペンジトードの肉は俺も食べたいとは思わないなぁ」
「そうでっか? ワイはごっつ好みな味やったんやけどな」
ディアベルもキバオウも食べた事があるらしいが、ディアベルも美味しいとは思えず、キバオウだけは美味しかったと感想を残している。
「とりあえず、俺も食べてみたいから地下迷宮に行って来るよ」
「ああ、ただしあまり深いところまでは行かない方が良い。最深部に近づくにつれてポップするモンスターのレベルがどんどん上がるからね」
「ああ、気をつけるよ」
挨拶を終えてキリト達は黒鉄宮から地下へと降りていった。
懐かしい地下ダンジョンに入ると、早速だが目的のシステムコンソールのある部屋へ向かって歩き出し、途中でポップしたスカペンジトードも倒しながら進む。
「お、スカペンジトードの肉ゲット」
「う~、ディアベルさんやシンカーさんにああ言った手前、捨てられない…料理、したくないなぁ」
アイテムストレージにスカペンジトードの肉が追加されたのを確認して嬉々としているキリトの隣でアスナがゲッソリしていた。
その2人の前方ではユイとルイが手を繋いで歩いており、若干だが足の遅いルイをユイが引っ張る形になっている。
「おねえ、ちゃん…はや、い……」
「ごめんなさいルイ! もう少しゆっくり歩きますね」
「う、ん……」
姉妹仲良くしている様でキリトもアスナも安心した。手を繋いでいる姿や、ユイのお姉ちゃんっぷりが微笑ましい。
「この階だったっけ?」
「うん、この長い廊下の先だった筈だよ」
漸くシステムコンソールのある階まで降りてきた。今は長い一直線の道を歩いているのだが、この先にシステムコンソールのある部屋があり、その手前でギルティサイスが現れるのだ。
用心の為、既にキリトはエリュシデータとダークリパルサーを、アスナはランベントライトを抜いていつでも戦える様に戦闘準備を整えている。
ユイとルイも両親が戦闘準備を整えた時から既に2人の後ろに移動しており、キリトとアスナがギルティサイスとの戦いを始めた瞬間にコンソールのある部屋へ走れるよう準備をしていた。
「……っ! 来るぞ!!」
何も無い所から突然現れた巨大な鎌、その刃が振り下ろされた。
キリトはユイを、アスナはルイを抱かかえて回避すると、2人をコンソールの部屋まで走らせてから現れたギルティサイスと対峙する。
「やっぱり、威圧感が凄いな」
「うん、でも…」
横薙ぎに振るわれた鎌を避けてキリトがギルティサイスの懐まで飛び込むとダブルサーキュラーを発動し、アスナはリニアーをギルティサイスの腕に放った。
「おおおぁああああ!!!」
ダブルサーキュラーを放った後、キリトはギルティサイスが反撃する暇を与えないよう連続で斬りかかり、その後ろではアスナが腕を中心に狙って攻撃している。
「(もっとだ! もっと、もっと速く!!)」
斬りかかる度、キリトの剣速が速くなる。だが無常な事にギルティサイスのHPバーは未だ殆ど減っておらず、逆に…。
「きゃあ!?」
「アスナ! ぐぁあああっ!!?」
ギルティサイスの反撃を許してしまい、二人とも一撃でHPが半分も削られてしまった。
「くっ…アスナ、俺が時間を稼ぐ! アレを使え!」
「っ! 10秒だけ、持ちこたえて!!」
「判った!!」
アスナが下がってシステムメニューを開くのと同時にキリトがギルティサイスの振り下ろしてきた鎌をエリュシデータとダークリパルサーをクロスさせる事で受け止める。
「スターバースト……ストリーム!!」
鎌を弾いてから放たれる二刀流上位スキル、黒の剣士キリトの代名詞とも言うべき高速16連撃、スターバースト・ストリームがギルティサイスに襲い掛かった。
ギルティサイスを襲う二刀の刃、ライトエフェクトにより輝く軌跡を描きながら振るわれる高速連撃は光の粒子を星の如く残しながら次々と振るわれた。
だが、スターバースト・ストリームの弱点は斬撃の最中はキリト自身が無防備になるという点だ。斬撃の合間に振るわれる鎌が身体の彼方此方を斬り、キリトのHPが見る見る減っていく。
「キリト君、今!!」
「せぉおおおあああああ!!!」
最後の16撃目が決まると同時にキリトはスキル後の硬直で動きが止まる。だが、それでも最後の一撃がギルティサイスに見事な隙を生み出してくれた。
「はぁああああああ!!」
キリトの背後から走り寄るアスナがランベントライトを構えると、ランベントライトがソードスキルの発動によりライトエフェクトで輝く。
そして同時に、アスナの姿がその場から消えた。
『Gigaaaa!!』
此処に来て、初めてギルティサイスが悲鳴を挙げる。見ればいつの間に移動したのか、アスナがギルティサイスの真後ろからランベントライトを首の骨と骨の間に突き刺していたのだ。
「キリト君!」
「任せた!」
今度はキリトが後ろに下がる番だった。
キリトが下がると同時にアスナは再び姿を消し、ギルティサイスの眼前に現れて眉間にランベントライトを突き刺す。
「まだまだぁ!!」
一度だけではない、二度、三度…目にも止まらない高速連刺突がギルティサイスの眉間を襲い、ギルティサイスももがき苦しむような声を上げながらアスナを叩き落そうとしたのだが、迫ってきた腕を蹴るのと同時に再びアスナの姿が消え、ギルティサイスの前まで戻ってきたキリトの横に並ぶ。
「相変わらず、アスナのユニークスキルは理不尽な速さだよなぁ」
「それはまぁ、理不尽な速さだから“神速”なんて名前が付けられてるんだよー」
キリトが口にした言葉、アスナのユニークスキル。そう、アスナはつい最近の話ではあるが、いつの間にかユニークスキルを取得していたのだ。その名も、“神速”。
ヒースクリフの神聖剣、キリトの二刀流に続く三つ目のユニークスキルが表舞台に現れ、その担い手にアスナが選ばれた。
「キリト君も装備、変えたみたいだね」
「ああ、魔剣エンシュミオンとエリュシデータ、そして…っ!」
瞬間、キリトがソードスキルを発動させながらギルティサイスに斬りかかる。
発動させたスキルの名は、二刀流最上位スキル、ジ・イクリプス…二刀流最強の、超高速27連撃にして、嘗てヒースクリフとの最終決戦にて彼に破られた“本来の”奥の手。
超高速の27連撃の最中、ギルティサイスが反撃しようとするも、その悉くがアスナの神速からなる不可視の反撃により弾かれる中、ついにジ・イクリプス最後の27撃目である刺突が決まった。
通常であれば此処でキリトはスキル発動後の硬直が待っている筈だ。だが、硬直している筈のキリトは全く止まっている様子は無い。それどころかジ・イクリプス発動時のライトエフェクトとは別のライトエフェクトがエンシュミオンとエリュシデータから放たれていたのだ。その光は、スターバースト・ストリームのソレと同じ。
「でぇああああああ!!」
ジ・イクリプスが放たれた直後に間髪入れず放たれるスターバースト・ストリーム、本来であれば有り得ない事なのだが、アスナの表情には驚きが無い。
それも当然だろう、彼女もソレが何であるのか知っているのだから。ソレが、キリトのエンシュミオンとは別のもう一つの切り札であるという事を。
合計43連撃を受ける事となったギルティサイスは此処に来て初めて動きを止めた。これはチャンスだと、キリトとアスナは直ぐにユイとルイの待つコンソールの部屋へ走ろうとしたのだが、気がつけば二人揃って床に倒れていたのだった。
「…え?」
「あ……え?」
同時に気付く、二人のHPが共にレッドゾーンに突入していたのだ。2人とも片方に戦いを任せている間にHP回復を行って全快にした筈なのに、満タンだったHPが一瞬で8割を失った。
「な、にが…」
「きり、と…くん、あれ」
辛うじて動かせた頭でギルティサイスの方を向くと、キリトとアスナの攻撃でHPが随分と減ったギルティサイスが鎌を振るった後なのか、振り下ろした鎌を持ったままキリトとアスナを睨みつけている。
「ルイ、ちゃんの言ってた…全体攻撃」
「HP、が減ると使うって、やつか…」
油断していた。確かに何の警戒も無く後ろを振り向いてしまった2人の落ち度だが、これは相当に不味い状況だ。
ダメージが大きすぎて2人とも全く体が動かない。よしんば動かせたとしてもアスナのランベントライトとキリトのエリュシデータが随分と遠くに弾き飛ばされてしまい、近くにはエンシュミオンだけしか無いこの状況で、果たして勝てるかと言われれば、無理としか言いようが無い。
「(くそっ! 何か、何か無いのか!?)」
ギルティサイスがキリトとアスナの前まで近づくと、トドメを刺すために鎌を構え、大きく振りかぶると、ソードスキルでも発動させたのか、鎌自体がライトエフェクトを発して光り輝く。
「キリト君…!」
「くっ…!」
なす術が無い。もう、これで終わりだ。
ユイとルイの声が、遠くから聞こえたのを聞き取りながら、キリトとアスナは目の前に迫ってきた鎌の刃を、見つめ続けるのだった。
キリトの連続スキル行使の秘密については次回説明します。ただ、この場で言えるのは、あれがキリトの切り札にして、以前本編に出たスターメテオ・ストリームの正体だという事です。
PS.風邪で寝込んでました。最高で38,4度、死ぬかと思った…。
今もまだ微熱で咳も止まりません。
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第二十一話 「現れる聖剣と神剣」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十一話
「現れる聖剣と神剣」
キリトが魔剣エンシュミオンを展開したのと同時刻、浮遊城アインクラッド最上層の紅玉宮と、はじまりの街地下迷宮最下層の封印の間にて異変が起きていた。
紅玉宮の最奥に安置してある黄金の剣と、封印の間に封印されている純白の剣が同時に輝き、やがて宙に浮き上がると一瞬にしてその場から消えた。まるで、魔剣エンシュミオンに導かれるかの様に、真っ直ぐキリトの下へ向かって。
ギルティサイスの鎌が倒れて動けないキリトとアスナに向かって勢い良く振り下ろされる。その刃は残りHPが2割しか残っていない二人の命をあっさりと奪い去り、キリトとアスナをゲームからも、現実世界からも退場させる事だろう。
死を覚悟した2人を襲う刃は、そのまま2人の命を刈り取るかと思われたその時だった。2条の光が鎌を受け止め、逆に大きく弾き飛ばしたのは。
「な、何だ…!?」
「あれは…剣?」
キリトとアスナの前に現れた黄金の細剣と純白の片手剣、同時にその剣に手を伸ばし、柄を握った瞬間、2人のHPが急に全快する。
「これは…癒しの光なのか?」
「凄く、心地良い光…」
2人が剣の柄を握った瞬間、光が2人を包み込み、剣の名前が表示された。
キリトが握った純白の片手剣は、聖剣エクセリオン。魔剣エンシュミオンと対を成すアインクラッドで最も美しく、最も丈夫で、最も切れ味のある剣だ。
その刀身は新雪の如き白さで、薄いわけでも無いのに刀身自体が若干だが透けて向こう側が見えるほど。だがそれでいて耐久値はエンシュミオンよりも高いという最高スペックの剣だった。
「聖剣…エクセリオンか」
右手に魔剣エンシュミオン、左手に聖剣エクセリオンを握るキリトのスキル一覧には特殊な条件を満たしたが故に新たな二刀流のソードスキルが追加されていた。
アスナが握った黄金の細剣の名は神剣エクシード、黄金の見た目とは裏腹に羽のような軽さで、それでいて切れ味や耐久値はエクセリオンと同等か、それ以上という正に神剣の名に相応しい剣だった。
「神剣エクシード、これがわたしの、新しい力…」
アスナもまた、特殊条件を満たした事により、神速スキルに新たなソードスキルが追加される。
『Giruuuuuuu!!』
「「っ!」」
再びギルティサイスが横薙ぎに鎌を振るう全体攻撃を仕掛けてきた。
だが、アスナは神速の速さにより回避し、キリトは持ち前の反応速度を持って鎌の上に乗ると一気にギルティサイスの胴体まで走り寄る。
「ライトアンド……ダークネス!!」
キリトが習得した新たな二刀流ソードスキル、ライト・アンド・ダークネス。
魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオンを装備している時のみ使用可能な特殊ソードスキルで、超々高速60連撃を放つというエンシュミオンとエクセリオンの付加能力である持ち主の全パラメーターアップが無ければとてもではないが使えない最大奥義だ。
「ディユー・クラルテ!!」
更にギルティサイスの後ろからアスナが放つ神速の新たなソードスキル、ディユー・クラルテ。
神の光を冠するその技はキリトのライト・アンド・ダークネスと同じく神剣エクシードを装備している時のみ使用可能なスキルで、同じく60連撃の刺突を放つ。
その刺突は神速のスピードで放たれるが故に、連続刺突であるにも関わらず大量の光が同時に襲い掛かっている様に見えてしまう超神速の奥義だった。
『Gyiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!』
みるみる内にギルティサイスのHPがレッドゾーンに突入して、最後はキリトとアスナの丁度60連撃目が同時に決まると、ギルティサイスのHPは0になり、ポリゴンの粒子となって姿を消した。
「か、った…のか?」
「みたい…だね」
専用の鞘が無いエクセリオンとエクシードはアイテムストレージに収納し、改めてランベントライトとエリュシデータを拾った二人はユイとルイの待つコンソールの部屋に入る。
部屋の中では様子を見守っていたユイとルイが待っており、二人とも泣きながらキリトとアスナに抱きついて暫くそのまま泣き続けた。
仕方が無いだろう。キリトもアスナも、危なく死ぬところだったのだから、それを見ていたユイとルイにとっては恐怖以外の何者でもない。
「心配掛けてごめんねユイちゃん、ルイちゃん」
「もう大丈夫だから、な?」
「パパ、ママ…怖かったです、2人が、死んじゃうんじゃないかって……」
「お父さん、お母さん……死んじゃ、や…」
ユイとルイが泣き止むまで抱きしめながら頭を撫で続け、漸く落ち着いてから改めて部屋の中央にあるコンソールの前に立った。
キリトとルイが前に出て先にルイがコンソールに触れるとGM権限を発動、同時に現れたキーボードをキリトが操作してSAOのシステムからユイとルイのコアプログラムを切り離し、プレイヤーキリト:桐ヶ谷和人とプレイヤーアスナ:結城明日奈のナーブギアにあるローカルメモリにそれぞれ保存する。
キリトの方にはユイを、アスナの方にはルイを保存して全ての作業を終えると一度ユイとルイの姿が消えてクリスタルの状態になった。
「え? ユイちゃん!? ルイちゃん!?」
「大丈夫、システムから切り離してナーブギアにコアプログラムを保存したから2人がアイテム状態になっただけ、クリスタルに触れれば…ほら」
キリトがユイとルイの心であるクリスタルに触れると、二つのクリスタルが発光して、再びユイとルイが姿を現した。
これで全ての作業が完全に終了した事になり、SAOクリア後も2人が消える事は無くなった。
「どうだ? ユイ、ルイ」
「問題、ない…GM権限は、前より、規模縮小…」
「わたしも問題ないですね…あれ? わたしにもGM権限が?」
「ああ、ユイにもルイと同等のGM権限をコピーしたんだ。まぁ、それでも前ほどの権限は無いけど、なんでもスーパーアカウントとやらよりは下の権限らしい」
この世界にスーパーアカウントを持つ人間は居ないみたいなので、実質的にユイとルイの権限がヒースクリフのGM権限に次ぐ権限という事になる。
「さてと、やる事は全部終えたし帰るか…腹減ったぁ」
「もうキリト君ったらー」
「ユイもお腹空きましたー」
「お姉ちゃん…お父さん、みたい」
最近ユイは本当にキリトに似てきた。寝起きや食欲旺盛なところ、暇な時は何処でも寝るところ、本当に全てキリトと同じ。
だけど、アスナに似てきたところだってある。自信を持って何かを言うときに腰に手を当てて胸を反らすところ何かがアスナの仕草そのもので、いい感じにユイはキリトとアスナの子供になってきている。
ルイもこれから先、キリトとアスナに似てくるのだろう。ユイはキリトに似たのだから、アスナはなるべくルイは自分に似ているところが多くなる様、子育てをしようと心に誓うのであった。
ホームに戻ってきて、漸く一息付いた4人は早速だが手に入れたばかりの剣、聖剣エクセリオンと神剣エクシードについて話し合う事となった。
魔剣エンシュミオンは元々未来の茅場晶彦がエリュシデータとダークリパルサーから作り出した魔剣の筈で、それに共鳴する剣など存在するわけがないのに、何故エンシュミオンに共鳴してこの二本は現れたのか。
「魔剣、エンシュミオンは…本来、第100層のフロアボス前に、条件を満たす事で入手出来る、イベント限定武器」
「エンシュミオンを装備する事と、あと何かもう一つ、特殊な要素を満たす事でエクセリオンとエクシードは封印が解かれてエンシュミオンの持ち主の所に現れるみたいです」
ルイもユイも、その特殊な要素については不明との事だ。2人の権限ではそこまで詳しい事は調べられないらしい。
「まぁ、どんな理由でも構わないか、強力な剣が手に入ったんだ…これはヒースクリフとの戦いに大きな戦力武器になってくれる筈だ」
「そうだね、エクセリオンとエンシュミオンを装備しているとき限定のソードスキルも凄い強力だもん。60連撃は圧巻だよねー」
「ああ、それに“アレ”…システム外スキル“スキル・キャンセラー”と組み合わせれば更に連撃が可能だ」
上手く行けば最大120連撃も可能となる。それは事実上最大連撃のスキルとなるだろう、キリトにとって最大の切り札だ。
「でもキリト君が今の所スキル・キャンセラーで繋げられるのってジ・イクリプスからスターバースト・ストリームが一番成功率高いんだよね?」
「ああ、それに次いでスターバースト・ストリームからスターバースト・ストリームにってのが高い。ジ・イクリプスからジ・イクリプスにってはまだ一度も成功した事が無いな」
元々は未来においてキリトがヒースクリフとの戦いの最中にスキルを発動し掛けてライトエフェクトが発生したのを無理やり押さえ込んでスキル発動をキャンセルしたのがスキル・キャンセラーの由来だ。
ソードスキルが完全に発動してしまえば途中でキャンセルするなど普通であれば誰も考えないし、先ず無理だろうと思う。だけどキリトはライトエフェクトまでしたスキル発動を押さえ込む事が出来たのだから、もしかしたら発動中でもキャンセル可能なのではないかと考えた。
そして結果として物凄い練習を必要とはしたが、可能だったので、それを利用して連撃の最後にスキルを強制キャンセルし、同時に新しくスキルを発動させるという荒業を生み出したのだ。
「タイミング間違えたらスキル後の硬直で動けなくなるけどなー」
「そのタイミングもキリト君は何度も練習して間違えない様にしたんでしょ?」
「ああ、ただ同時に新しくスキル発動ってのがまた難しい」
スキル・キャンセラーにより発動中のスキルをキャンセルして、キャンセルしたのと同時に新しくソードスキルを発動させるというのは中々に難しい。
なるべく隙間無く発動させなければならにので、本当に100分の1秒、1000分の1秒単位の世界での調整になる。ヒースクリフとの戦いを想定していなければとてもではないがキリトも開発しようとは思わなかっただろう。
「ネックなのは、ヒースクリフは、ソードスキル開発者…内容は全て読まれる事」
「でもスキルキャンセラーの利点にはキャンセル後のスキルが何になるのかはパパ次第なので、相手の意表を突けるという点があります」
特に初見なら絶大な効果を示すだろう。ヒースクリフとの戦いにおいても、かなりのアドバンテージを持てるはずだ。
「とりあえず当面の目標はジ・イクリプスからジ・イクリプスに繋げられるようになる事と、ライトアンド・ダークネスからライトアンド・ダークネスに繋げられる様になる事か…間に合うかな?」
「間に合わせるんでしょ? キリト君なら」
「…ああ、そうだな」
キリトの肩に頭を預けて聞いてくるアスナに、キリトは彼女の肩を抱いて頷いた。そんな2人を見てユイとルイは自分達もと、2人の膝の上に飛び乗り、家族4人…飽きる事無くギュッと抱き合うのだった。
第55層グランザム、血盟騎士団本部内団長執務室、そこにヒースクリフは居た。
「む、何か今……少し、調べてみるか」
一瞬感じた違和感、まるでこの世界に、何かが介入しようとしている様な、そんな違和感を感じた。これはGM権限でも最大の物を持つ彼だからこそ感じたものなのだが、その違和感が何やら嫌な予感を感じさせたので、早急に調べる必要があると、団長室の奥、隠し扉の向こう側に設置してあるシステムコンソールの所へ向かう。
「おっと、折角作った味噌ラーメンを忘れるところだった」
デスクの上に置かれたままになっている食べかけのラーメンが入った丼を持って、改めてヒースクリフはシステムコンソールの所まで歩いていった。
「異常は無い、か……となると、ゲーム外の事か? 一度ログアウトして調べてみる必要がありそうだ」
仕方が無いと、ヒースクリフは食べかけのラーメンを急いで食べ終えてシステムメニューを開くと、他のプレイヤーには存在していないログアウトのポップを表示、そのままそれをタッチしてアバターヒースクリフはそのまま眠りに、中身である茅場晶彦は現実へと戻るのであった。
次回はついに74層迷宮区を突破し、キリトがHPギリギリで漸く倒した蒼い悪魔の登場です。
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第二十二話 「蒼眼の羅刹」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十二話
「蒼眼の羅刹」
アインクラッド攻略も早いもので既に74層に達していた。
だが、キリトとアスナにとっては少し70層に到達してからのんびりし過ぎてしまったという焦りがある。
何故なら時期的に言えば今は前回で74層だった時の1ヶ月前、つまり半年近く猶予があったのに、いつの間にか5ヶ月も猶予を失っていた事を意味するのだから。
「さて、ではボス攻略会議を始めるとしよう」
この日、ついに見つかった74層ボスの部屋を攻略するため、攻略会議が行われた。
今回、この会議に参加しているのはお馴染みの血盟騎士団、黒閃騎士団、アインクラッド解放軍、聖竜連合、風林火山、月夜の黒猫団、そして今回より攻略組に参加となる黄金林檎の計7つのギルドだ。
集まっている面子もヒースクリフ、キリト、ディアベル、ブルーノ、クライン、ケイタ、グリセルダと、それぞれ副団長も一緒に参加している。
「つい先日、我が血盟騎士団とディアベル君の軍からボスの部屋偵察部隊15名を派遣したのだが…1名のみ帰還し、残る14名は生命の碑にラインが刻まれたのを確認した」
此処に来て初めて多くの犠牲者が出た。キリト自身は偵察について必ず慎重にするよう忠告をしておいたが、それでも14名が犠牲となってしまったのは、遣る瀬無い。
「帰還出来た1名の証言によると、ボスの名は“ザ・グリーム・アイズ”。二足歩行の大型悪魔で、武器は両手用大剣と瘴気のブレスで、攻撃力は今までのボスとは比べ物にならないほど高いとの事だ。それから注意点として、ボスの部屋は結晶無効化空間となっており、転移結晶や解毒結晶、回復結晶といった結晶アイテムの一切が使えないらしい」
特に前回と変わった点は無い。結晶アイテムの使用が不可能なら回復アイテムについてはポーションを用意しておけば問題は無いので、後は高い攻撃力を何とかするだけだ。
「今回の戦いにおいて、脅威となるのはボスの攻撃力の高さだろう。なので、私は今回、完全防御に回る。攻撃の要はキリト君に任せたい」
「ああ、それから他のみんなは兎に角攻撃を繰り返してボスのHPを少しでも減らしていくのが良いだろうな。そして俺が二刀流の手数の多さを使って大ダメージを与える」
此処最近のボス戦のセオリーパターンだ。
ヒースクリフが持ち前の神聖剣による防御力で相手の攻撃を受け止め、周囲から他のメンバーが攻撃して細かなダメージを与えつつ、キリトの二刀流による手数の多さと高レベル故の攻撃力の高さからの大ダメージを与える。
今までのボス戦でもこれが有効だったので、50層を超えた辺りからこの戦法がかなりの頻度で使われるようになった。
「私たち黄金林檎とケイタ君たち月夜の黒猫団は基本的に風林火山の指揮下に入れば良いのかしら?」
「ああ、クラインもいつも通り頼む」
「おうよ!」
風林火山、月夜の黒猫団、黄金林檎、この三つのギルドは攻略組の中では少数ギルドだ。故に、こういった大規模作戦の際には必ず組ませて他のギルドと同等の人数になるよう調整をしている。
それでも少ない方だが、どうしても他のギルドは人数の多い大ギルドなので、仕方が無いだろう。
「キリト君の所からは今回、誰が出る予定なんだい?」
「俺とアスナ、イヴ、ケティア、モスキート率いる防御隊、ベル率いる大剣部隊とエギルの両手斧部隊、それとシリカ率いるテイマー隊を参加させる」
「ほう? シリカ君といえば最近になって黒閃騎士団で頭角を現した噂の竜騎士の少女だったね?」
そう、ヒースクリフの言うとおり、シリカは最近になり実力が攻略組に追いつき、晴れてシリカを隊長とした専用部隊も用意されるに至ったのだ。
竜騎士シリカ、黒閃騎士団テイマー隊隊長としてビーストテイマーを率いる彼女は、今では黒閃騎士団でも有数の人材になっていた。
「俺達、聖竜連合は血盟騎士団と共に防御役に回ろう。この中では俺達が防御力について上だからな」
「となると俺たち軍は黒閃騎士団と一緒にアタッカーだ、人数は如何する?」
「ディアベルの所は人数が多いから、出来れば多めに欲しいな」
「わかった、攻撃力の高い面子を用意しておこう」
凡その作戦も決まり、これにて会議は終了した。
キリトとアスナも早急にギルドの攻略参加メンバーが居る宿に向かい、到着するや直ぐに会議の内容を伝達、明日は早いので、直ぐにでも休むよう伝える。
「キリト君」
「アスナか…」
「14人も犠牲者を出しちゃったね…」
「ああ…注意していても、こればっかりは如何する事も出来ないな…くやしいけど」
ザ・グリーム・アイズは決して侮って良い相手ではない。前回も、キリトの二刀流、それもスターバースト・ストリームを持ってしてもギリギリの勝利となってしまった程、あのボスは強いのだ。
「ディアベルの話だと、死んだ人たちの中にはコーバッツも居たんだって」
「コーバッツって、確かあの時の……」
「ああ、この世界でも助けられなかったな」
元々、偵察には向かない性格の彼を偵察部隊に入れたディアベルのミスだ。だが、過ぎた事を言っても死んだ人間が帰ってくるわけではないので、あの場では何も言わなかった。
「そういえばキリト君、アルゴさんから情報が入ったんだけど…最近、血盟騎士団の中で不穏な動きがあるって…」
「血盟騎士団で?」
団長のヒースクリフは団員の事には特に不干渉で、興味も無い男だから、何かあれば基本的には人格者の副団長が対処している。
だが、その副団長ですら気付いていないという事なのだろうか。
「因みに、その不穏な動きを見せてるのはクラディールよ」
「…奴か」
前回、アスナの護衛をしていた男であり、半ばアスナのストーカーにもなっていた人物だ。
キリトとの
嗤いながらゴドフリーを殺したあの光景は未だに忘れられない。
この世界でも、クラディールは血盟騎士団に入団していて、キリトもアスナも会った事はあるのだが、会うたびにアスナを血盟騎士団に引き抜こうとしていた。
「アルゴにメールしておくか…奴の行動の裏を取るように」
「そうだね、場合によっては…」
「ああ、場合によっては…殺す」
あの男を殺す事にキリトもアスナも躊躇いは無い。罪悪感を感じる事も無い。あの男はPoh同様に、生かしておく価値すら無いのだから。
「さて、そろそろ寝るか」
「うん、明日は早いからね」
嘗て苦戦した相手との戦い、油断など欠片も出来ない相手との戦いに備え、キリトもアスナも早々にベッドに入り、翌日の激戦に備えて確りと眠りに就く。
翌日には、何度目になるか判らない命を賭けたボスとの大激突が、待っている。
翌朝、早朝から攻略組メンバーは74層ボスの部屋の前に集まっていた。
黒閃騎士団からは15名、血盟騎士団から20名、聖竜連合から15名、アインクラッド開放軍からは20名が、風林火山と月夜の黒猫団、黄金林檎は戦闘要員全員が参加している。
「それではキリト君、君に号令を任せても良いかな?」
「え、何で俺が…」
「いや、いつもは私がやっていたが、たまには良いだろう?」
「…じゃあ、俺から言えるのは一つだけ、誰一人欠ける事無く、75層へ行こう!」
『応!!』
本当に簡潔に済ませたキリトの言葉だが、そこに込められた思いは大きい。それを誰もが感じ取り、しかと頷いた。
ゆっくりと開けられる扉、完全に扉が開き、中に入ると真っ暗だった部屋を蒼い炎が照らし、奥に居たボスの姿を照らし出す。
蒼い巨体に大きな両手用大剣を片手に持った獣の様な悪魔、ザ・グリーム・アイズの名の通り青く染まった目がキリト達を射抜き、開かれた口から覗く鋭い牙に注視する間も無く轟いた咆哮が空気を揺らした。
「総員、戦闘開始!!」
ヒースクリフの号令と共に、戦いが始まった。
キリトもエリュシデータとダークリパルサーを構え、ランベントライトを構えたアスナと共に走り出し、グリームアイズの剣を避けながら巨体に斬りかかる。
「ブロック! キリト君とアスナ君の動きを止めさせるな!!」
「俺達もキリトに続けぇ!!」
「おおおおっ!!」
ヒースクリフの合図に血盟騎士団と聖竜連合のメンバーが盾でグリーム・アイズの剣を受け止め、反らしつつ、その隙を突いてクラインやケイタ達も斬りかかった。
キリトとアスナは兎に角動きを止める事無く動き続け、一箇所に留まらず動きながらダメージを与えていく。
だが、グリーム・アイズも74層ボスというだけあり、やはりAIのアルゴリズムは従来のボスの物と違いが出ていた。
今まで一番の脅威として認識して攻撃していたキリトとアスナから注意を外し、突然周囲の軍や聖竜連合のメンバーをロックして瘴気のブレスを放ってきたのだ。
「うわああああっ!?」
「ブルーノ!?」
瘴気のブレスが、ブルーノに直撃した。ブルーノのHPが一気にイエローゾーンに突入し、更に毒状態になってしまう。
「ブルーノ下がれ! うぉおりゃあああああ!!」
毒を受けたブルーノを後ろに追いやり、クラインが刀の刀身をライトエフェクトで輝かせると、ソードスキルによる斬撃をグリーム・アイズの胴体に直撃させる。
「はぁあああっ!」
更にクラインの後ろからサチが槍を構えて飛び出し、ソードスキルを発動させてクラインが切り裂いた所に穂先を突き刺した。
「ピナ!」
「きゅる!」
小柄な体格を活かして動き回っていたシリカはクラインとサチの攻撃が有効打になっているのを確認すると、一気に股下を駆け抜け、背後から正面に移動すると正面からはシリカの短剣による斬撃、背後からはピナの小ブレスが決まる。
同時に、シリカとクライン、サチはその場を飛び退くと、グリーム・アイズの剣が空を斬り、スイッチする形でディアベルが剣を弾き返した。
「今だ!」
「スイッチ!!」
ディアベルの反撃にスイッチしてアスナが一気に駆け抜けた。その姿は正しく閃光、フラッシング・ペネトレイターの一撃がグリームアイズの胴体を貫き、風穴を開ける。
「キリト君!」
「はぁああああああっ!!」
二刀流スキル、シャイン・サーキュラーによる15連撃が放たれる。手数の多さを武器にするキリトの攻撃は大幅にグリーム・アイズのHPを削り、反撃の悉くはヒースクリフの盾により受け止められる。
「最後だ! アスナ! クライン! 援護を頼む!!」
「任せて!」
「判った!」
瘴気のブレスを吐こうとしているグリーム・アイズの背後から回復したブルーノとエギル、ベルが斬りかかり攻撃を中断させた瞬間、アスナとクラインが一気に距離を縮め、モスキートとイブ、ケティアに代わる形で硬直中のキリトを襲うグリーム・アイズの剣を受け止め、弾き返した。
「アスナ!」
「スイッチ!!」
硬直が解け、キリトがアスナの名を叫ぶと、アスナがグリーム・アイズの剣を力一杯弾き返した。今の一撃はかなり大きかったらしく、致命的な隙がグリーム・アイズに生まれ、その隙をキリトは逃さない。
「うぉおおおおおあああああ!!!」
剣を持っていない方の拳をエリュシデータで切り裂きながらダークリパルサーで胴体を力一杯斬ると、衝撃でグリーム・アイズがのけ反る。
キリトの最後の一撃が何であるのか、この場に居る誰もが気付いてその行方を見守る事にした。アスナが居る限り、もうこれ以上何もしなくともキリトに攻撃が通る事は一切有り得ないと知っているから。
振り下ろされた剣を受け止めたキリトは、クロスさせたエリュシデータとダークリパルサーを思いっきり左右に開きながら剣を弾き返し、二刀ともライトエフェクトにより輝かせた。
「スターバースト……ストリーム!!」
黒の剣士キリトの代名詞、二刀流上位スキル“スターバースト・ストリーム”が発動、高速の斬撃が次々とグリーム・アイズに叩き込まれ、攻撃中の無防備についてはアスナが全て攻撃を受け止め、弾く事でキリトには一切ダメージが行かない。
「せいっ! はぁあっ!! ぜぁあああ!!!」
まるで嵐の如き剣撃の舞、ライトエフェクトが丁度良い演出をしているお陰でまるで光の舞の如き剣舞をキリトが踊る。
そして、最後の16撃目がグリーム・アイズの胴体に突き刺さり、グリーム・アイズのHPが0になってポリゴンの粒子となって消え去った。
前回は苦戦した相手、だが今回は多くの仲間と共に戦ったが故の、完全勝利。偵察でこそ犠牲は出したものの、74層はキリト達の完全勝利という形でクリアされるのだった。
次回はついに動きを見せた変態、彼の運命は生か死か。
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第二十三話 「ラフコフの残党騎士」
風邪、完治!
ソードアート・オンライン・リターン
第二十三話
「ラフコフの残党騎士」
アインクラッド攻略も遂に75層に到達していた。
キリトとアスナは久々の休みという事でユイとルイを連れて48層のフラワーガーデンに遊びにきている。
いつもは22層の自然を森林浴していたのだが、今回は一面花畑のフラワーガーデンも良いだろうという事でユイとルイも連れてきたのだ
「わ~、綺麗なところですねー」
「お姉ちゃん、走ると、危ない…よ」
花畑に興奮して走り出すユイを窘めながらも、ルイも何処か楽しそうだ。連れて来て良かった、子供達の笑顔を見ているとそう思う。
「2人ともあんなにはしゃいで…可愛いー」
「ああ、連れて来て良かったよ」
花畑に飛び込んで遊ぶ二人が可愛らしいと夫婦揃って笑い合っていると、ユイが唐突に何かを作り始めた。ルイもそれに習ってユイに教わりながら同じものを作り始める。
「パパ! ママ! こっちに来てください!」
「お父さんとお母さんに、プレゼント…」
「え、わたし達に?」
二人の所に歩み寄り、言われるがままにしゃがむと、ユイはアスナの、ルイはキリトの頭の上に花冠を載せた。
ユイの冠は作り慣れているのか、随分と綺麗な出来で、ルイの方は初めて作ったからだろうか、何処か歪だが、ルイの気持ちが込められている。
「わぁ、綺麗な冠だねー」
「ありがとうな、ユイ、ルイ」
「「えへへ」」
キリトがユイとルイの頭を撫でると姉妹揃って母みたいな笑い方をする。だいぶルイも家族に馴染んできて、キリトやアスナの仕草を真似始めてきていたみたいだ。
お返しにと、アスナが花冠を作り始めたので、キリトも一緒に作り始めた。作り方については子供の頃に妹と一緒に作ったことがあるので、知っている。
「はい出来た。ユイちゃん、おいで」
「俺も出来た、ルイ、おいで」
アスナが作った物をユイの、キリトが作った物をルイの頭に乗せると、二人とも嬉しそうに笑った。
それから、ユイとアスナが手を繋ぎ、キリトがルイを肩車しながら散歩を続けて、安全エリア内をぐるりと一周する。
「今日は楽しかったねー、ユイちゃんとルイちゃんはお夕飯何が食べたい?」
「お肉を使った料理が良いです!」
「わたしも、お肉…お父さん、お魚ばっかり」
「うぐっ!?」
確かに、釣りが趣味になったキリトがしょっちゅう魚を釣ってくるので、黒の剣士一家の食卓は魚料理が多い。
偶に肉もちゃんと出てくるのだが、最後に食べた肉料理は思い出したくも無いスカペンジトードの肉を使った料理だったので、ちゃんとした肉を食べたいと子供達はご所望だった。
「キリト君、如何する?」
「ふ、ふっふっふ…良かろう、ならば俺のラッキーをユイとルイにもお見せしようではないか!」
そう言ってキリトが開いたのはアイテムメニュー欄だ。その欄をスクロールすると、一つの食材アイテムの名前が出て来た。
「ちょ、これって…ラグーラビットの肉!? またゲット出来たの!?」
「おう! 昨日、74層のフィールドに遊びに行った時にな、偶然にもラグーラビットを見つけて、仕留めた」
74層のフィールドに遊びに行くというのも如何かと思うアスナだが、キリトのレベルを考えれば安全マージンも十分なので、特に問題は無いと判断。
それよりも、まさかS級食材であるラグーラビットの肉を再び入手出来たキリトの運に驚きを隠せないでいた。
「今日はこれでシチューを頼むぜアスナ」
「わーい! シチューですー!!」
「シチュー…お母さんのシチュー、好き」
これは決まりだった。本日の夕飯はS級食材ラグーラビットの肉を使った温かシチューとサラダだ。
そろそろ夕方なので、帰って早速夕飯の支度をしようと転移門に向かったキリト達は22層コラルの村に転移、安全圏を出てログハウスへ向かうだが、途中でキリトの索敵に何かがヒットした。
「アスナ、止まってくれ」
「キリト君? ……っ!」
アスナの索敵にも漸くヒットしたらしい。直ぐにアスナはユイとルイを抱き寄せていつでもランベントライトを抜けるよう構えると、三人の前でエリュシデータだけ抜いて構えるキリトを見つめた。
エリュシデータを構えたキリトは索敵をフルに活用して、ヒットした相手が何処にいるのかを看破、その場所に向けて声を掛ける。
「おい、そこに居るのは判ってる。出て来い」
キリトに声を掛けられて出て来たのは、血盟騎士団の鎧を来た一人の男、キリトとアスナもよく知る最悪の男、クラディールと、3名の男性騎士だった。
「お久しぶりです、閃光の姫君」
クラディールはキリトを無視してアスナの方を向くと、アスナの異名の一つ、閃光の姫君の名でアスナを呼ぶ。
「何か御用でしょうか? 血盟騎士団のクラディールさん」
「いえ、今日こそ貴女を我が血盟騎士団に入団させようと思いまして、参上した次第です」
「そのお話なら、今まで何度もお断りした筈です」
「いやいや、諦めるわけにはいきませんぞ? 貴女のような高貴なる女性は我が血盟騎士団にこそ相応しいのです。そこの薄汚い黒なんかが団長を務める底辺のギルドには、貴女という宝石は相応しくない」
薄汚い黒、クラディールは何かとキリトをそう呼んで蔑んでいた。クラディール曰く、アインクラッドの宝石とも呼ぶべき至高なる閃光アスナに寄生する薄汚いゴキブリ、それがキリトなのだとか。
「さあ! 我が血盟騎士団は閃光の姫君の入団を歓迎致します! そこな薄汚い黒など捨てて、お嬢さん方と共に行きましょう!!」
「いい加減に、してください」
「何ですと?」
「あなたの様な他人を貶す事しか出来ない最底辺の男なんかより、キリト君の方が何億倍も良い男だって言っているんです」
「なっ!?」
一瞬でクラディールの顔が真っ赤に染まり、その瞳に憎悪の感情が浮かび上がった。
同時に、腰に差していた大剣を抜き、キリトに向けると、憎悪の感情を隠そうともせず後ろに立つ男三人にも剣を抜かせてキリトに向けさせる。
「貴様の様な雑魚が、至高の宝石に寄生プレイをしているだけの雑魚プレイヤーが私たちの至高の宝石を汚すなど、許されない事だ! やはり貴様は此処で殺して、アスナ様を我が血盟騎士団に迎えるしか無いようだな」
クラディールと、後ろの三人の男がアスナを見る目には、明らかな欲情が見て取れた。しかも、その視線はユイとルイにも向けられている。
大方、アスナを血盟騎士団に迎えた後は無理やりにも肉体関係を迫ろうとしているのだろう。更に、ユイとルイにまで手を出すつもりで居るのなら、最早キリトは黙っているわけにいかない。
「いい加減にしてもらおうか、クラディール…お前のしている事、全てヒースクリフには報告済みだ。厳罰が下されたくなければ、早急に帰って、二度と俺達の前に姿を現すな」
「ふん、その時は団長と副団長、それに幹部会を殺せば良い。私が新団長となって血盟騎士団の全てを掌握し、女性団員は私の奴隷としてやるのだ!」
ついに本性を表した。しかも、最低な本性だった。確かに、クラディールのやろうとしている事は倫理コード解除設定を行えば可能だし、寝ている相手であれば睡眠PKの様に相手の手を動かして倫理コード解除設定を行えば簡単だ。
実際、睡眠ハラスメント行為として、アインクラッドで少なくない性的暴行被害は出ている。何故か、倫理コード解除設定の方法が、前回とは違い広く出回っている為、その様な被害が出ている。
「最低だな、アンタ…しかも、ヒースクリフや血盟騎士団の幹部を殺す、か……オレンジになる事も厭わないのか?」
「ふん、所詮はゲームの世界だ! ならばこそ私はこの世界の王になる! 多くの女性プレイヤーは私の奴隷となり、男は私につき従う者以外は皆殺しだ!」
クラディールは前回以上に最低な男に成り下がっていたようだ。いや、前回のクラディールも、アスナに色欲の感情を向けていたようなので、あまり違いは無いのかもしれない。
溜息を溢したキリトは一瞬でクラディールの真横に移動して手甲を破壊して離脱する。その手甲の下には、見覚えのあるマーク、
「やっぱりな、お前の言動から何処かのオレンジギルドと関わりがあると思っていたけど、まさか残党だったとは」
「チッ、ああそうだ。私と、後ろの三人はラフコフの残党、血盟騎士団に入団したのもPoHに情報を流す為と、欲望の為さ」
「なるほどな、お前…今までにも人を殺した事があるな…それに、女性プレイヤー暴行事件も、お前に関わりがあるようだ」
もはや有罪確定だ。未だグリーンの彼らを殺すのは不味いので、捕縛を考えてアスナに回廊結晶を用意させると、背中に差したままだったダークリパルサーを抜く。
「来いよ、お前等全員…此処で終わりにしてやる」
「舐めるなぁ!!」
クラディール含め4人全員が同時に斬りかかってきた。だが、彼らのレベルはキリトよりも20は下で、戦闘センスもキリトはアインクラッドトップクラス、元々持っている戦いの才能自体が違いすぎる。
4人の剣を
「まだ、やるか? 言っておくが、お前がいくらやろうと俺には勝てないぜ」
「…っ! チッ、出直しだ!」
転移結晶を出して、逃げようとしたクラディールだが、キリトがそんな事を許すはずが無く、エリュシデータを一閃するだけで転移結晶を持ったクラディールの右腕を切断した。
「あ、ああ、ああああああっ!? き、貴様ぁああああああっ!!」
「喚くなよ、下種野郎……お前が行くのは血盟騎士団本部じゃない、牢獄だ!」
体術スキルも持っていないのに殴り掛かって来たクラディールは完全に頭に血が上っているかのように我を失っている。そんな相手、キリトにとっては目を瞑っていても勝てるだけの自信があった。
クラディールの左拳を受け止め、膝蹴りを鳩尾に入れると面白いようにクラディールの身体がくの字になり、ダークリパルサーを地面に刺して左拳を顔面に叩き込む。
「がぁああっ!?」
「寝てろ、雑魚が」
仰け反ったクラディールの顔面に、キリトの踵落としが決まり、クラディールの意識が暗転した。
完全に意識を失った4人を回廊結晶で黒鉄宮の牢獄に送ると、どさくさに転移結晶を拾って自分の物にしたキリトは直ぐにヒースクリフにメールを送る。
「お、返信が来た…何々? “ウチの団員が大変失礼な事をした。裏切り者を牢獄へ送ってくれたことに感謝するのと同時に、こちらでも内部調査をさせてもらう。後日、改めて謝罪と礼と内部調査の結果報告をしに伺う”か…んじゃ、更に返信っと…え~と、“ラーメン用意して待ってる”っと」
その後、物凄い早さで返信が来た。内容は『とんこつ味を再現希望ヽ(*´Д`*)ノ』との事、顔文字まで使って喜びを表現するヒースクリフに、キリトは落ち込まざるを得ない。
「そこまで…キャラ崩壊してまで、ラーメンが好きか、茅場ぁ」
orz状態になるキリトに、メールを読んだアスナは苦笑しか返せない。彼女もまた、ヒースクリフという存在との付き合いが長い分、内心では物凄い勢いで落ち込んでいるのだ。
「と、とりあえず…とんこつスープ、用意しておくね?」
再現出来るアスナに、脱帽した夕暮れだった。
最近、ヒースクリフのキャラ崩壊が楽しくなってきたww
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第二十四話 「最後のクォーターポイント」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十四話
「最後のクォーターポイント」
アインクラッド75層ボス、ザ・スカル・リーパー。前回は14名の犠牲を出しつつ漸く倒す事が出来た強敵であり、鎌の一撃は攻略組プレイヤーの高いHPを一瞬で全て奪い去るほど強力な難敵だ。
ついにキリト達攻略組はこのザ・スカル・リーパーのボスの部屋を見つけたという報告を受け、同時に偵察部隊が帰還者を出す事無く全滅したという知らせも受け取った。
今は血盟騎士団本部の会議室に攻略組ギルドの全団長および攻略組ソロプレイヤーを集めて攻略会議を開いている。
「偵察部隊が戻っていないからボスの情報は一切無い。名前、姿、特徴、武器、何もかもが不明のまま我々は戦わねばならん」
「おいおい、そりゃ危険すぎるぜ…偵察部隊と言ってもレベルが高かった筈の奴らを全滅させるような相手だろ? 下手したら俺達まで全滅しちまう」
クラインの言うことは最もなのだが、だからと言って戦わなければ76層へ行く事が出来ない。それはつまり永遠にゲームクリアをする事が出来ないという事になる。
それは絶対に避けなければならない事で、攻略組である以上、選んではならない選択肢だ。
「キリト君、君はどう思うかね?」
「そうだな…先ず考えられるのは74層の時と同じで、ボスの部屋は結晶無効化空間になっているという事だ…下手するとこの先全ての階層ボスの部屋は結晶無効化空間になっている可能性を考慮した方が良い」
「それは、厳しいね」
「そうだな、実質回復はポーションのみで攻略する必要があるって事だ」
回復結晶の代わりにポーションで回復出来るので、回復は問題ない。ただ一番の問題は転移結晶が使えずダメージの大きい者を転移で逃がす事が出来ないという事だ。
結晶無効化空間は基本的に実力が無ければ簡単に死者を出す死の空間と同じ。甘く見ていれば待っているのは人生からのログアウトという事になる。
「それを踏まえて、キリト君は如何するべきなのか聞きたいのだが」
「…戦うさ。だけど犠牲者を出す訳にはいかない。今までの攻略より人数を増やし、盾を多めに配置するのは確定として、アタッカーは俺と明日奈がメイン、ヒースクリフは防衛の指揮を頼みたい。クラインとディアベル、それにウチのエギルとベル、ブルーノ、ケイタは俺達と離れた所から攻撃をしてもらう」
「ふむ、妥当かな」
ソロプレイヤーの指揮はクラインとケイタ、グリセルダがしてくれる。
今回は今までで一番大掛かりの攻略になるのは間違いないだろう。激戦も予想されるし、犠牲を出さないとは言っても前回の知識から75層のボスを知るキリトとアスナは犠牲が出る可能性が高い事を意識していた。
あのボスを相手に、犠牲無しで勝利を掴むのは非常に難しいのだ。何通りもシュミレーションしているが、犠牲が出なかった事は無い。
「(多分、アスナの神速とエクシード、俺のエンシュミオンとエクセリオンを使ったとしても、犠牲は免れない)」
犠牲は出したくない。でも、確実に出てしまうボスとの戦いに、少しだけ気分が憂鬱になるキリトであった。
攻略会議を終え、攻略は翌日の朝にという事になったので、キリトは22層に転移してアスナ達の待つログハウスへ帰宅した。
帰宅すると、リビングで遊んでいたユイとルイが走り寄って来て、同時に抱きついてきたので、優しく抱きとめて頭を撫でながらリビングに入る。
「パパ、攻略会議はどうでした?」
「ん、少し…いや、大分厳しい戦いになるのは間違いないから、今までの攻略より人数を増やす事になった」
「ザ・スカル・リーパーは危険…お父さん、大丈夫?」
「ああ、俺とアスナはな…ただ、やっぱり他の人たちは危険だ…正直、犠牲無しに勝てると思ってない」
恐らくラスボス級はあろうというほど、ザ・スカル・リーパーの難易度は高い。
最悪は切り札を一つ二つは切る必要があるが、キリトとアスナは大丈夫だ。しかし、他の人間には危険極まりないのも事実、もしかしたら黒閃騎士団からも今まで出なかった死亡者が出てしまう可能性だってある。
「未来の知識を話すわけにはいかない、だけど犠牲者は出したくない……こういうとき、未来の事を知っているってのは不便だな」
「うん、ジレンマだよー……」
なまじ未来を知っている分、75層ボスがどれだけ強いのかを知っているというのを、誰にも知られる訳にはいかない。
でも、未来を知っているからこそ、出てしまうであろう犠牲を無くしたいと考えてしまう。取れる手段など、もうこのまま進む以外に無いというのにだ。
「まず、第一に鎌の一撃が殆ど一撃必殺になっているって情報は誰かが犠牲にならないと知ることが出来ないって点だな」
「一番厄介な情報を、犠牲無しに知る事が出来ないのはもう辛いよ」
「解りやすい情報は防御力の異常な高さだな」
敵の防御力だけであれば攻撃する事で解る事だ。だが、あのザ・スカル・リーパーの一撃必殺の鎌の情報だけは、犠牲無しに知り得ない事、それがもどかしい。
「鎌があからさまに大きいから大ダメージの可能性を指摘して、前同様に俺とアスナ、ヒースクリフで鎌を担当するか?」
「それしか、無いよね?」
最初から鎌の担当をキリト、アスナ、ヒースクリフの三人で行えば、少なくとも被害は最小限に抑えられる可能性が一番高いだろう。
後は大きな図体の真下から大人数で攻撃を加え続ける事でHPを減らしていく。それがザ・スカル・リーパー攻略の最善手だ。
「それじゃあ、こんな所だな」
「うん、そろそろご飯の用意するね」
アスナがキッチンに向かい、ユイが手伝うと言って一緒に向かった。
リビングに残ったキリトは膝の上に座りたがったルイを抱き上げて膝の上に座らせると、オプションメニューを開いてアイテム整理を始めた。
明日の戦いは苛烈極まることは間違いない。ならばこそ、必要アイテムのチェックを怠るわけにはいかないのだ。
「ん? これって…」
「…お父さん?」
「あ、いや…見覚えの無いアイテムが…“剣士の極み”?」
どうやら指輪型の装備アイテムの様だが、前回は入手した覚えが無いので初耳の名前、今も手に入れた覚えが無いのにストレージに入っているのはどういうことか。
「アスナー、剣士の極みってアイテム知ってるか?」
「あ、それー? それなら今日、ギルドの皆のレベル上げに付き合ってた時に倒したモンスターがドロップしたアイテムだよ、結構なレアアイテムなんだって」
なるほど、結婚してアイテムストレージが共有化しているから、アスナがゲットしたアイテムが入っていた訳だ。
試しにオブジェクト化してみると、特に見た目は仰々しいものではなく、キリトとアスナが左手薬指に装備しているエンゲージリングと特に変わりは無い物。
効果について見てみると、レアアイテムと言うだけあり、中々の高性能なものだった。
「へぇ、片手剣及び両手剣装備時に攻撃ダメージをプラス修正してくれるのか…良いなこれ」
「欲しかったらキリト君使って良いよー?」
「ああ、使ってみるよ」
ストレージに戻して右手の装飾装備として装備すると、右手中指に剣士の極みが現れた。
意図しないところで良いアイテムが手に入ったと、満足気な様子でキリトは左手でルイの頭を撫でつつ、右手で作業を再開する。
いつの間にかルイはキリトの膝の上で眠ってしまったようなので、静かに作業は進んだ。
「パパー、ご飯出来ました…あー! ルイずるいです! パパのお膝の上で寝るなんて!」
「…ふぇ?」
「お、ルイ起きたのか、おはよう」
「…おあよう…ごじゃいましゅ…」
寝ぼけ眼でコシコシと目を擦るルイが大変可愛らしい。頬を膨らませてキリトの服を引っ張るユイの頭を撫でながらキリトは愛娘二人に囲まれてだらしない位に頬が緩み切っていた。
そんなキリトの様子をキッチンから料理を運んできたアスナが目撃し、呆れながらテーブルに料理を載せて腰に手を当てる。
「三人とも、ご飯だよ。食べないなら下げちゃうから」
「うわ!? た、食べるって!」
「下げちゃ駄目ですー!」
「お腹、空いた…」
全員席に座ったので手を合わせていただきます。
明日の激闘を前に、最後の楽しい夕食を終えるのだった。
深夜、誰もが眠っている時間に、キリトはテラスに出て空に浮かぶ月を眺めていた。
明日のボス戦、そして恐らく待っているであろう…ヒースクリフとの戦い。全ては、明日…そう、明日で全てが終わるのだ。
「キリト君」
「アスナ…」
「眠れないの?」
「…まぁな」
いつの間にかキリトの後ろに立っていたアスナが横に並んで同じく月を見上げた。その表情は明日の戦いへの不安と、そしてキリトと同じくヒースクリフとの戦いへの恐怖らしきものが浮かんでいる。
「ねぇ、キリト君…」
「アスナ」
「え?」
「明日は、前みたいに、俺を残して死ぬなんてこと、しないでくれ」
「……」
前回のヒースクリフとの最終決戦、アスナはジ・イクリプスを防がれ、ダークリパルサーまで折られてしまったキリトを庇い、その命を散らしてしまった。
もし、明日の戦いでアスナがまた同じ事をして、死んでしまえば…、そう思うとキリトは恐怖に包まれて仕方がない。
「なら、キリト君も約束して…あの時みたいに、もしも死んだらなんて事、絶対に言わないって」
「……それは」
「あの時、わたし本当に怖かった…もし、キリト君が本当に死んじゃったらって、後を追えなくなってずっと孤独のままアインクラッドを攻略する事になるのかって考えたら、怖くて仕方がなかったよ」
何も、言えなくなってしまった。
アスナを失う事を考えて怖くなったキリト同様に、アスナもまた、キリトを失ったらと考え、怖くなってしまったのだ。
ならば、キリトから言える事なんて、何も無い。
「勝とう、キリト君」
「…アスナ」
「勝って、必ず現実に帰ろうよ…ユイちゃんとルイちゃんも、一緒に」
「…ああ、そうだよな」
そうだ。負けたらなんて考えている時点で、勝機がある訳が無い。ならば、必ず勝つと信じて、戦うしか無いのだ。
「ありがとう、アスナ」
「キリト君…」
「必ず勝つ、勝って…向こうで楽しい事、沢山しよう。ユイにもルイにも、向こうを見せてあげたいからな」
「うん、必ずね」
月明かりの下、星空を映し出す湖をバックに二人は抱き合い、口付けを交わす。
いよいよ、最終決戦となる戦いが、始まろうとしている。その決戦前の、最後の口付けだった。
次回はザ・スカル・リーパーとの戦いです。
前回は14名の犠牲を出して漸く勝てた相手との戦い。今までの例で言えば前回より強化されているであろう難敵との戦いは、いかに苛烈となるのか、乞うご期待。
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第二十五話 「苛烈極まるボス戦」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十五話
「苛烈極まるボス戦」
第75層迷宮区ボスの部屋の扉前、最後のクォーターポイントとなる75層ボス攻略を行うため、キリト達、攻略組合計60名が終結していた。
キリトとヒースクリフを先頭に、黒閃騎士団、血盟騎士団、聖竜連合、アインクラッド解放軍、風林火山、月夜の黒猫団、黄金林檎、多くのソロプレイヤー達、皆が一様に気合十分の面持ちでボスの部屋の扉を見つめている。
「皆、覚悟はよろしいかな?」
「此処を潜ればもう逃げる事は出来ない、逃げるなら、今の内だ」
ヒースクリフとキリトの確認を込めた問いかけに、誰一人として逃げ出す者は居ない。寧ろ、今更何を言うのかと、早く開けろとでも言いた気な表情をしている。
「ならば、行くぞ!」
ヒースクリフが扉を開ける。ゆっくりと開かれている扉を前に、全員が武器を構え、突入準備を整えて、完全に扉が開かれた瞬間、集まった全プレイヤーがボスの部屋に飛び込んだ。
全員が中に入ると、扉は自動で閉じて、これで誰一人この部屋から逃げられない状態になった。薄暗い部屋の中には何も居ない、しかしキリトと明日奈には解る……この部屋の、天井に、奴は居ると。
キリトとアスナの耳が、微かに聞こえる音を拾い、上を見上げれば…大きな骨でできたムカデ……スカル・リーパーが逆さまになってこちらを睨みつけていた。
「上よ!」
アスナの声に、全員が上を見上げた時、奴は一気に落ちてきた。
天井から床までの距離はあるが、あの巨体、体重は相当なものだろう、自由落下の速度は速い。
「固まるな! 距離を取れ!」
ヒースクリフの指示で全員がバラバラに距離を取るが、何名かがスカル・リーパーの姿に恐怖を覚え、足が竦んで動けなくなっている。
前と何も変わらない状況にキリトが急ぎ声を掛けるも、間に合わなかった。
落ちてきたスカル・リーパーから逃げようとした二人のソロプレイヤーが鎌の餌食となり、一撃でその命をポリゴンの粒子となって散らしてしまう。
「くそっ! 止まるな! みんな動け!!」
巨体に似合わぬ素速い動きでスカル・リーパーは動き回り、逃げ惑うプレイヤーを捕捉すると近づいて鎌を振るった。
一人、また一人と一撃を持って命を散らして行く中、ヒースクリフが一人を助けるも回り込まれて助けたプレイヤーが殺される。
キリトとアスナも、クラインやケイタ達も動いて危なく殺される所だったプレイヤーを救出するが、それでも何名かは犠牲となってしまった。
「ヒースクリフ! 俺とアンタ、それとアスナで鎌を!」
「了解した!」
「クライン! 他の全員の指揮を任せる! 鎌を俺達に任せて両サイドから攻めろ!!」
「わ、わかった!!」
正直、鎌の攻撃を抑えるので精一杯になるキリトは全ての指揮権をクラインに渡し、エリュシデータとダークリパルサーを構えてスカル・リーパーの鎌を受け止めた。
もう片方の鎌はヒースクリフの盾が抑え、アスナがキリトの受け止めている鎌を弾き、その隙にキリトも一撃を加えるも、再び動き出したスカル・リーパーを追いながら鎌を抑え、細かな一撃を加えるのが限界だ。
「うぉおおおおおおっ!!」
「だぁあああらあああああああっ!!!」
クラインが上手くスカル・リーパーの真下に潜り込み刀のソードスキル、浮舟による下段からの斬り上げを行い、その上からはエギルが両手斧のソードスキル、スマッシュによる強力な一撃を叩き込んだ。
「はぁあああああ!!」
繰り出される鎌の連撃を避けながらキリトが一気に突っ込み、胴体に二刀流ソードスキル、ダブルサーキュラーを叩き込んで、スカル・リーパーが仰け反った隙にアスナとヒースクリフがそれぞれソードスキルを発動させた。
アスナは細剣ソードスキル、オーバーラジェーションによる10連撃を、ヒースクリフは神聖剣のソードスキル、ゴスペル・スクエアによる4連撃を叩き込み、右サイドからはサチの槍とキバオウの両手剣による最上位ソードスキル、ディメンション・スタンピードによる6連撃とカラミティ・ディザスターによる6連撃が、左サイドからはディアベルとグリセルダによる片手剣最上位ソードスキル、ファントム・レイブによる6連撃がそれぞれ決まる。
「ピナ! 皆の回復をお願い!」
「きゅる!」
後方ではシリカがピナにHPが減っている人への回復を指示して、尚且つ近づいてきた尻尾に対して短剣の最上位ソードスキル、エターナル・サイクロンによる4連撃で迎撃しつつ、部下のテイマー隊への指示も同時進行していた。
だが、皆がこれだけ攻撃してもスカル・リーパーのHPは未だ5%も減っておらず、更に抑えきれない鎌や尻尾による一撃でまた一人、更に一人と、犠牲者が出てしまう。
「くっ…! (まずい、犠牲者が出すぎだ! このままじゃ本当にヤバイ!!)」
やはりクォーターポイントは前回よりもボスが強化されているのが原因か、スカル・リーパーの防御力の高さが異常だ。
あれだけ最上位スキルや連撃を受けておきながら未だにHPが漸く5%削る事が出来た程度なんて、ハッキリ言って最悪の一言だった。
出来ればヒースクリフに手の内を晒したくはない、だけどこのままでは犠牲者が出る一方で、下手をすれば負けて全滅という恐れすらある。
ならば、もう迷っている時間なんて、あるわけがない。
「アスナ! ヒースクリフ! 30秒でいい! 時間を稼いでくれ!!」
「うん!」
「任されよう!」
鎌を弾いて後方へと後退したキリトはシステムメニューを開き、装備一覧からエリュシデータとダークリパルサーを外して、新しく魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオンを装備する。
エリュシデータとダークリパルサーが消えて、新たに背中に現れた重みを確認したキリトはメニューを閉じると背中の鞘からエンシュミオンとエクセリオンを抜き放つと再びスカル・リーパーへと突撃した。
「うぉおおおおおお!!」
全パラメーターアップの恩恵により、速度も攻撃力も上がったキリトが超高速の一撃を叩き込み、流れるような動作でソードスキル、シャインサーキュラーを発動、15連撃による大ダメージがスカル・リーパーに決まった。
「キリト君…その剣は」
「俺の、切り札だ」
「キリト君、もう出すの?」
「ああ、アスナも出すなら出して良いぜ」
「わかった」
今度はアスナが後方へと後退したので、キリトとヒースクリフで鎌を抑え始めた。
剣二本のキリトとは違い、剣一本のアスナはキリトよりも早く装備変更を終えて、ランベントライトから神剣エクシードを装備して戻ってくる。
既にスキルもユニークスキル神速に変更してあるのだろう、今のアスナの動きは誰の視界にも映らない。
「おや、アスナ君もユニークスキルを取得していたのか」
「ええ、最近になって神速を手に入れました」
「ほほう」
これでこの場にはユニークスキル使いが3人になった。
神聖剣のヒースクリフ、二刀流のキリト、神速のアスナ、この状況を変える最強の3人が万全の状態となってスカル・リーパーの前に立つ。
「行くぞ! アスナ、スイッチ!!」
「せぇええああああああ!!」
振り下ろされた鎌を弾き飛ばしたキリトの前にアスナが出てエクシードの刀身をライトエフェクトによって輝かせた。
そこから放たれるは神速の一撃、神速のソードスキル、アーンジュ・ルミエール。一筋の光となって黄金の軌跡を残しながら敵を貫く一撃だけのソードスキルだが、フラッシングペネトレイターとは違い最上位スキルでもないのに、その威力はフラッシングペネトレイターを上回る。
最早、閃光のアスナではなく、神光のアスナという名がふさわしい一撃だ。
「負けていられないな、ぬん!」
アスナの一撃を見て、闘志を燃やしたのか、ヒースクリフは盾で受け止めた鎌を弾いて右手に握る片手剣の刀身を赤いライトエフェクトによって輝かせる。
ヒースクリフの最強奥義、神聖剣の最上位スキル、アカシック・アーマゲドンが発動して、強大なダメージが与えられた。
「俺も、少し熱くなってきたかな…行くぞ!!」
ヒースクリフが最上位スキルを使った、他の皆も最上位スキルを使っているのに触発されたのか、キリトもまた、両手の剣をライトエフェクトによって輝かせると、二刀流最上位スキル、ジ・イクリプスを発動する。
二刀流が誇る超高速の27連撃、その全てが魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオン、そしてアスナが偶然ゲットしてキリトが装備している剣士の極みによる恩恵、大幅な攻撃力のプラス補正によって今までで一番の大ダメージを与えられた。
「だけど、これで漸くHPバー一本を削っただけか……」
5本もあったHPバーが一本消えて、残るは4本。まだまだ先は長い上に、また一人、尻尾の一撃で犠牲者が出てしまった。
これ以上の犠牲を出さない為に切り札を切ったのに、犠牲者を止める事が出来ないという現実が、キリトに重く圧し掛かってくる。
「ダメだ、強すぎる…っ!」
今まで戦ったどの敵よりも、どのボスよりも強い。50層の時の様に異常な防御力を下げる方法がある訳でもなく、かといって闇雲に攻撃しても時間が掛かる上に、犠牲者が増える一方だ。
犠牲を仕方がないと割り切るのは簡単だ。だけど、それをしてしまえば今までのキリトの行動の全てを否定してしまう事になる。……過去へと戻ってきた意味を、無くしてしまう。
「キリト君! 危ない!!」
「っ! しまっ!?」
戦いの最中に考え事をしてしまったのは完全にキリトの油断だ。その油断が凶器となってキリトを襲い掛かった、それだけの事なのだが、その一撃は重すぎた。
ギリギリでエンシュミオンとエクセリオンを構える事で防御する事は出来たが、大きく弾き飛ばされてしまい、壁に叩きつけられたキリトはHPが一気にレッドゾーンへと突入する。
「キリト!」
「キリトさん!」
クラインとシリカの声が聞こえる。だけど、今の一撃で意識が朦朧としてきたキリトの耳には遠くから聞こえているようで、視界がどんどん暗くなっていく。
こんな所で意識を失う訳にはいかない。だけど、身体が動いてくれない、瞼が上がってくれない、意識が、沈もうとしているのを止めてくれない。
「キリト君!!」
だけど、アスナの悲鳴のような声だけは、ハッキリと聞こえた。
愛する声、ずっと一緒に居ようと約束した、あの愛しい声が、沈み掛けていたキリトの意識を一気に浮上させる。
「っ!」
目の前に迫った鎌、それを身体を捻ることで避けて、床を転がりながら体制を整えて立ち上がると、見下ろしてくるスカル・リーパーの顔を見上げ、大きく息を吸って、吐いて…何度か目を閉じて深呼吸をすると、目を見開いた途端、キリトの中で何かが切れた。
「っ! うおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ボスの部屋全体に響き渡るキリトの怒声、今までの戦いの最中にしていた焦りの表情は一変して、怒りと憎しみに染まった憎悪の表情になる。
75層ボス、ザ・スカル・リーパーとの戦いは、いよいよ佳境へと迫っていた。
キリト、ブチ切れました。
原作フェアリーダンス編でもキリト言ってましたよね? 戦闘中にブチ切れて我を忘れるってww
まぁ、そんな訳で、キリトはピンチに陥って嫁の声で覚醒です。
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第二十六話 「決着、そして…」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十六話
「決着、そして…」
誰もが目を見張った。
アインクラッド最強の剣士と名高き最強ギルド黒閃騎士団団長にして黒の剣士の異名を持つキリトが、唯の一撃を持ってHPがレッドゾーンに突入し、身動きとれないほどのダメージを負うなんて、とてもではないが信じられない光景だったのだ。
そして、無慈悲にもキリトにトドメを刺すべくスカル・リーパーは弾き飛ばされたキリトの所まで走り、巨大な鎌を振り下ろそうとしている。
「キリト君!!」
その光景を見たアスナが、悲鳴のような声でキリトの名を叫んだ。
あの鎌が振り下ろされればキリトは死ぬ。アインクラッドの希望とも言われているキリトの死は、攻略組だけではなく、アインクラッドに居る全てのプレイヤーに絶望を与える大事になる。
それに何より、アスナにとってはこの世で最も愛する夫、キリトが死ぬのだけは耐えられない。だからこそ叫んだ、身動き出来ないキリトに届くよう、目一杯、大声で。
「…あ」
振り下ろされた鎌は、アスナの声が届いたキリトがギリギリで避けて何とか無事に生還できた。
転がりながら体制を整え、立ち上がったキリトは懐から取り出したポーションを一気飲みしてから目を閉じると深呼吸をして、キリトの方をスカル・リーパーが向いた瞬間、その閉じていた目を見開くと同時に、大きく口を開く。
「っ! うおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
咆哮、その一言が当て嵌まるキリトの叫び。フロア全体に響き渡ったキリトの咆哮は誰もが動きを止めてしまい、スカル・リーパーすらも止まるというアルゴリズムから外れているのではないかと思わず考えてしまう事態を引き起こした。
「っ!!」
瞬間、キリトが動いた。
両手に握ったエンシュミオンとエクセリオンを構え、一気にスカル・リーパーの懐まで踏み込み、右手のエンシュミオンをライトエフェクトで輝かせると片手剣上位スキル、ヴォーパルストライクを発動、零距離からの強烈な刺突技は強大なダメージと大きなノックバックを引き起こす。
「はぁあああああああっ!!!」
まだヴォーパルストライクの硬直があるというのに、キリトは無意識なのだろう、無理やり身体を動かして左手のエクセリオンで更にスキルを発動させた。
発動させたのは片手剣スキル、バーチカル・スクエア。垂直4連撃の連撃技が決まり、そこからどんどんキリトは斬り掛かって行く。
唐突に始まったキリトの猛攻に、暫し唖然としていた面々だったが、いち早く我を取り戻したヒースクリフが剣と盾を構えて全員を鼓舞した。
「呆っとするな! キリト君に続けぇ!!」
『お、おおおおっ!!』
キリトだけで倒せる相手ではない、だからこそキリトが猛攻を続けるのならば、付き合えば良い。
ヒースクリフを先頭に、全てのプレイヤーが背後から、側面から、正面から、真下から、真上から次々と攻撃を仕掛けていく。
中々減らないHPだって、塵も積もれば何とやら、少しずつだが減って行くのを誰もが確認して勢いは更に増した。
だけど、中でもやはり一番勢いが物凄いのはキリトだろう。振り下ろされる鎌を避けて、弾いて、逸らして、兎に角攻撃を受けずに次々と両手の刃を叩き込んでいる。
「っ! せああああああっ!!」
危なく直撃するところだった鎌をエンシュミオンでギリギリ逸らし、弾き返しながらキリトは両手の剣をライトエフェクトによって輝かせる。
その二つの剣が纏う蒼白い輝きは誰もが知る黒の剣士キリトの代名詞、二刀流上位スキル、スターバースト・ストリームの星屑の如き輝きだ。
「キリト君、合わせて!!」
「っ!」
キリトが斬り掛かろうとした時、神速の移動速度で瞬時に隣に移動してきたアスナが同じくエクシードを純白のライトエフェクトによって輝かせ、キリトの動きに合わせてきた。
そしてキリトは、ほぼ無意識のままに、それでも確かにアスナと動きをシンクロさせ、同時にソードスキルを発動させる。
二刀流上位スキル、スターバースト・ストリームと、神速最上位スキル、ネージュ・ドゥ・ローロル。高速の16連斬撃と神速の30連面制圧撃、二つのスキルは確実にスカル・リーパーからHPを大きく奪い去り、同時に両手の鎌に罅を入れた。
「っ! チャンスだ、逃がさんぞ!!」
「くらええええっ!!」
鎌に罅が入ったのを、ヒースクリフとエギルが見逃さなかった。
ヒースクリフのゴスペル・スクエアによる4連撃と、エギルの両手斧最上位スキル、ダイナミック・ヴァイオレンスによる4連撃がスカル・リ-パーから武器を奪い去る。
「行け、キリト!!」
「とどめだキリト!」
「行って、キリト君!」
「最後の一撃、決めて見せたまえ!」
「キリトさん!」
『団長!!』
『キリト!!』
『キリト君!!』
『キリトさん!!』
「っ!!! おおおおおおああああああああああっ!!!」
スカル・リーパーのHPが遂に残り僅かになった瞬間、全員が最後の一撃をキリトに託した。
エギルが、クラインが、アスナが、ヒースクリフが、シリカが、黒閃騎士団の皆が、聖竜連合、アインクラッド解放軍、風林火山、月夜の黒猫団、黄金林檎、ソロプレイヤー達、皆がキリトの名を叫ぶ。
この場に居る全員の想いを託されたキリトは、両手の剣を深蒼のライトエフェクトによって輝かせ、二刀流最上位スキル、ジ・イクリプスを発動する。
『いっけええええええええええっ!!!』
武器を失ったスカル・リーパーに反撃の手段は無い。
胴にある足や尻尾を叩きつけようにも正面から攻撃してくるキリトには届かず、結果として無抵抗のまま27連撃目を受けたスカル・リーパーはポリゴンの粒子となって、アインクラッドから消え去るのだった。
「はぁ……はぁ…はぁ、はぁあああ……やった、のか」
「キリト君!」
「って、うおあっ!?」
剣を下ろして呆然とスカル・リーパーが居た所を見ていたキリトは真横から突然アスナに抱きつかれて押し倒されてしまった。
それなりにHPが減っていたところに頭をぶつけてしまい、更に少し減ってしまったのだが、同時に感じる愛しい温もりを抱きしめ、ゆっくりと目を閉じる。
「勝ったよ、アスナ」
「うん…すごく、すごく心配したよ、キリト君」
「ごめん、油断してた俺が悪い」
「もうー、あまり心配させないでよ。キリト君が死んだらわたし、自殺するんだからね?」
「それは怖いな…尚更死ぬわけにいかないじゃないか」
ボス戦の直後で何をイチャイチャしているんだリア充爆発しろ、という視線に気付いていないのか、床に倒れたまま抱き合っていた二人は至近距離で見つめ合いながら笑っていた。
最近はアインクラッドで需要が高くなって入手も少し困難になってきた珈琲は、こんな時でも攻略組御用達のようで、全員アイテムストレージから珈琲をオブジェクト化しながら、もはやツッコミは諦めているご様子。
「はぁ、っと…それよりアスナ、ヒースクリフは?」
「あ、あそこ…」
何かを思い出したのかキリトはアスナにヒースクリフの居場所を聞くと、指差された方にヒースクリフが立って珈琲片手にメニューを開きながら何か作業をしていた。
「ちょっと、行ってくる」
「…うん、気をつけてね?」
「ああ」
アスナの額に口付けしてから離れると、キリトはヒースクリフの下に歩み寄り声を掛ける。
「ヒースクリフ」
「おや、キリト君、何かな?」
「…何人死んだ?」
「……11名だ」
「そっか」
前回は14人が死んだ。だけど、今回は11人、3人は生き延びる事が出来たのだろうが、それでも犠牲者としては多すぎる数だった。
もう少し、犠牲は減らしたかった。否、もう少し早く計画を実行するべきだったと、悔やむキリトだが、だからこそこの後の事は絶対に成功させなければならない。
二人の会話を聞いていた全員が、その事実に唖然とし、この先25層もあるのに、こんな所で11人もの犠牲者が出た事への不安が滲み出ている。
「……」
キリトは、周囲の様子を気にした風でもなく黙ったまま作業を続けるヒースクリフを眺めながら、その頭上にあるカーソルに目を向けた。
キリトも含め、この場に居る全プレイヤーはHPがイエローゾーン、もしくはレッドゾーンに突入している者ばかりだ。
だけど、キリトが見ているヒースクリフのHPバーは丁度半分、グリーンからイエローに変わる直前の所までしか減っていない。
つまり、ヒースクリフは現在この場で唯一、HPグリーンゾーンで保ったプレイヤーという事になる。
「なぁ、ヒースクリフ」
「まだ何かある…っ」
「っ!」
既に剣を鞘に納めて自由になっている右手にピックを握り、投げるのではなく、そのままヒースクリフの顔面に突き刺そうとしたキリトだが、そのピックは紫色のカーソルによって阻まれてしまった。
破壊不能オブジェクト、システム的不死、不死属性、名前を挙げるならいくらでも言い方はあるが、それはあくまで建物であったり、置物だったり、オブジェクトに対して備わっている機能だ。決して、プレイヤーに備わっていて良い機能ではない。
「ど、どういう事だ? なんでヒースクリフの野郎に破壊不能オブジェクトのカーソルが…」
唖然とする皆を代表してクラインが疑問を口にした。
その答えは、これからキリトが明かす事になるので、クラインではなく、ヒースクリフへと確認を込めた問いかけを投げかける。
「やっぱり、思った通りだな」
「ふむ、思った通りとはどういう意味か聞かせてもらえるかな?」
「あんたの噂、随分と腑に落ちないんだよ。今まで一度もHPカーソルがイエローになった事のない最硬のプレイヤー……ああ、神聖剣の防御力なら納得も出来るさ、Mob相手なら全然おかしくない」
「……」
「だけどな、アンタはボス相手でもイエローになった事が無いんだよな。それだけならレベルが高いとか、色々と言い訳は出来るけどさ、アンタのレベルって俺より1つか2つ低いぐらいだろ? なのに俺も含めた攻略組の全プレイヤーがボス戦では絶対にHPがイエローゾーン、もしくはレッドゾーンに行くのに、何であんたは神聖剣を持っているとは言え、イエローに落ちないんだ? しかも、HPが減ったとしても絶対にイエローの手前までしかならないのは、何だ?」
「よく観察しているね、随分と早期から私を疑っていたように聞こえるが?」
「ああ、疑ってたさ…初めてアンタと会ったボス戦からずっと、アンタは涼しい顔してボス戦に挑んでた、レベルが高くて余裕なんだと思うだろうけど、安全マージンが確りしていても涼しい顔してボスに挑むプレイヤーなんて一人も居ない……そう、死ぬ事は決してありえない人間以外はな…そうだろ? ヒースクリフ…いや、茅場晶彦!」
ヒースクリフは愉快気に口元を歪めた。それは正体を見破られた事への焦燥感ではなく、少ない情報から自身の正体を見破ったキリトへの賞賛故に。
「他人がやってるRPGゲームを、傍らから眺める事ほどつまらないものはない、アンタもそういう性質だろ?」
「そうだね、確かに私は昔から友人がRPGゲームをやっているのを傍らから眺めるのが嫌いで、必ず自分で買ってプレイする事に拘っていた。恐らくゲーマーなら誰もが同じだろう、私もそんなゲーマーの端くれだったという事だ」
「お、おいキリト、どういうことだよ…ヒースクリフの野郎が、茅場晶彦だって? 嘘だろ?」
「いや、クライン君…確かに私はキリト君の言う通り、茅場晶彦本人で間違い無いよ。この姿はアバターのもので、君達とは違い鏡を使っていないのさ」
どよめきが広がった。
キリト、アスナと並びアインクラッド最強の剣士に数えられる一人、ヒースクリフの正体が、このデスゲームを引き起こした元凶、茅場晶彦だったなど、信じられない、信じたくもない悪夢だ。
「どうだった? 自分が始めたデスゲームを自分でプレイする感想は」
「いや、中々に有意義な2年だったよ、血盟騎士団という仲間にも恵まれ、君達、他のギルド団長との交流や食事会、クライン君としたラーメン談義、全て良い思い出だ」
「クライン…お前……」
「い、いや! 俺もラーメン好きだからよ…ヒースクリフがラーメン好きって知ってから色々と、その…美味い店の情報とか交換したり」
空気を読んで欲しかった。こんな所で呆れる事になるなんて思ってもいなかったキリトだが、気を取り直して改めてヒースクリフと向き直る。
「アンタ、俺の娘のルイを見た事あるよな?」
「うむ、まさかあんなところにMHCP試作1号が居るとは思わなかったよ」
「知ってて見逃したんだな」
「君とアスナ君がはじまりの街の地下迷宮でコンソール操作によるカーディナルからの切り離しも知ってるよ、特に支障があるわけでもないから見逃したがね」
やはり、全てを知っていてこの男は見逃したらしい。だが、そんな彼にも知らないこと、気付けなかった事がある。
「ユイ君だったね、君とアスナ君のプライベートチャイルド、彼女は何者か聞かせてもらっても?」
「…知りたいなら、実力で聞いてみろ、簡単に情報を与えるつもりは無いぜ?」
「…ほう?」
面白いとばかりに肩をすくめたヒースクリフだが、真っ直ぐキリトと向き合い、挑発的な笑みを浮かべた。
「よかろう、君には私の正体を看破した報酬も与えようと思っていたのでね、キリト君と私、1対1の勝負だ。君が勝てばそうだな…ゲームクリアにする事を約束しよう。勝てばデスゲームは終了、全員ログアウトさせる事を約束する…ただし、負けた時は彼女の秘密…いや、君の秘密と命を頂く」
ついに、この時が来た。
前のようにヒースクリフとのデュエルがあったわけではないので、正直賭けとも言える行動だったが、上手くこの展開に持っていけたようだ。
「良いぜ、勝ってこのゲームを終わらせてやる!」
改めて魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオンを抜いたキリトは真っ直ぐヒースクリフをにらみ付けた。
後ろで心配そうに見つめるアスナに目を向け、少しだけ微笑んで安心させると、止めようとするクラインやエギル、ディアベルやブルーノ、ケイタ、グリセルダ達、黒閃騎士団や他のギルドの皆にも、キリトは微笑みかけた。
「皆、もう少しだけ待っていてくれ…もう直ぐ、帰れるから」
今ここに、アインクラッド史上最大の戦いが始まろうとしていた。
黒の剣士キリトと、聖騎士ヒースクリフ、アインクラッド最強の剣士二人の、最初にして最後かもしれない戦いが、幕を下ろす。
次回はヒースクリフとの戦い。
このまま原作通りに、前回の通りに終わるのか、それとも……。
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第二十七話 「入り込む悪意」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十七話
「入り込む悪意」
遂に、アインクラッド最終決戦を迎えた。
黒の剣士キリトと、聖騎士ヒースクリフこと茅場晶彦との最終決戦、二つのユニークスキル、二刀流と神聖剣のぶつかり合いが、今ここで始まろうとしている。
「……」
「……」
魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオンを構えるキリト、盾を前面にして片手剣を構えるヒースクリフは互いに無言。
誰もが見守る中、遂にキリトが動き出した。
「はぁああっ!!」
右手のエンシュミオンを振り下ろし一閃、盾で受け止められるも続けざまにエンシュミオンを横薙ぎに振り、続くようにエクセリオンを横に一閃する。
やはり全て盾で受け止められ、逆にヒースクリフの剣が横からキリトに襲い掛かるがエクセリオンで受け止めてエンシュミオンで斬りかかった。
「ふっ! せぇえああっ!」
斬り掛かっては受け止められ、斬り返されれば受け止め、時には流す。そんな攻防が何度も続いた。
一方的にキリトが攻める展開にならないのはヒースクリフの凄いところだが、それでもキリトとて時にはヒヤッとする一撃を見舞うので、両者互角、一進一退の激しい戦いとなっている。
「(まだだ、もっと速く、もっともっと速く!!)」
二刀流の強みは二刀という手数の多さと、それを振るう速度にある。キリトの基本戦術は目にも止まらぬ高速連撃による追い込みであり、ヒースクリフの盾に阻まれていようと攻撃を続ける事に意味がある。
対するヒースクリフは盾で受け止めてからのカウンターが基本戦術であり、盾で受け止めて反撃しようにも次の攻撃が襲い掛かってくるキリトの猛攻に時々の反撃は出来ても殆ど防戦に徹するほか無い。
「くっ」
「ぜあああっ!!」
いつの間にか、ヒースクリフは反撃する事が無くなった。今では終わらないキリトの連撃を受け止める事に精一杯で、下手に反撃しようものならその隙を突いて致命的な一撃を貰ってしまう。
キリトの4年という経験はヒースクリフの最強のカウンターを防戦一方にまで追い込むほど、成長を促していたのだ。
「っ!! あああああっ!!!」
何度目かの攻防の末、遂にキリトは両手の剣をライトエフェクトによって輝かせた。
そして、その深蒼の輝きを見た瞬間、ヒースクリフの焦りの表情が一転して好機を得たと言わんばかりに歪む。
二刀流最上位スキル、ジ・イクリプス。超高速27連撃がヒースクリフを襲い掛かるが、その全てはソードスキルを開発したヒースクリフに軌道を読まれ、盾で難なく受け止められる。
最後の27連撃目が盾によって受け止められた時、ヒースクリフは最大のチャンスを掴んだ…筈だったのだが、次に見た光景で思わず驚愕してチャンスを逃してしまった。
「スターバースト・ストリーム!!」
「ば、馬鹿なっ!?」
突如、深蒼の輝きが青白い輝きに変化して、
キリトが開発した
それによって合計43連撃がヒースクリフを襲うのだが、途中で盾を大きく弾かれてしまい、決定的な隙が生まれる。
「はぁああああああっ!!!」
その隙を逃すキリトではなく、最後の一撃をヒースクリフの胸目掛けて突き刺そうとした……その時だ。
「「っ!?」」
突然、自分達を含めた全ての景色が一瞬だけノイズが走ったように止まった。
キリトのスターバースト・ストリームはキリト自身が何もしていないのに突然強制キャンセルされ、ヒースクリフの胸に突き刺さろうとしていたエンシュミオンの切っ先が鎧にぶつかった瞬間、二人は何かに弾かれたように後方へ吹き飛ばされてしまう。
「キリト君!?」
「キリト!」
一体何事かとキリトは慌てて起き上がり周囲を見ると、特に何も変化は無い。ただし、ヒースクリフだけは倒れたまま起き上がる事無く、全身がノイズに包まれてその姿を消した。
通常の死亡の様にポリゴンの粒子となって消えたのではない、ノイズに包まれて消えるという正体不明の現象に、誰もが混乱する中、突如キリトの意識が飛んだ。
何も無い。真っ白な空間、そこをキリトの意識は漂っていた。
床も壁も天井も無い、真っ白な無の空間、そこが何なのかキリトには凡そだが検討は付く。ここは、あの男の居る場所なのだと。
「居るんだろ? 茅場晶彦」
「久しぶりだね、キリト君」
キリトが声を掛けると、キリトの後ろに白衣姿の青年が現れる。
この世界の茅場晶彦ではない、キリトとアスナ、ユイと共に未来から戻ってきて、ヒースクリフと一体化せずに外部からの干渉を見張り続けていたはずの茅場晶彦だ。
「何が、起きたんだ?」
「…すまない、外部からの干渉はもう少し先の話だと思っていたのだが、どうやら向こうはアインクラッドの攻略が何処まで進んでいるのか調べる術があったらしい…結果として前回同様に外部からの干渉があった」
「…それで?」
「勿論、全力で防いだ…が、完全に防ぐ事は不可能だったようだ。どうにも向こうは複数犯のようでね、君達プレイヤーの死亡を抑えるので殆ど精一杯だった」
死亡を抑えられただけでも在り難い話だ。
だが、となるとやはり横槍の犯人は何かしらをしたという事になる。
「向こうは私の邪魔が入ったことで途中から諦めたらしいな、厄介な置き土産をして干渉を止めてきた」
「置き土産?」
「気をつけたまえキリト君、アインクラッドに善からぬ悪意が入り込んだ。もはや私には止められない、君に何とかしてほしい」
見れば茅場晶彦の体は先ほどから何処か透けている上に全身に時々だがノイズが走っているのに気付いた。
恐らく横槍を妨害するのに随分と無茶をしていたようだ。
「お前は?」
「私は前に言ったね、私の存在を賭けてでも止めてみせると、今回の事で私という魂は限界を迎えたようだ」
それはつまり、茅場晶彦という未来の魂の消失を意味している。
「な、なんとかならないのか!?」
「既に手遅れだ…だからこそ、君に全てを託したい。これを受け取りなさい」
茅場晶彦がキリトの手を強引にだが握り、何かをキリトに譲渡した。それが何なのか、今のキリトには理解出来ないのだが、何か重要なものだという事だけは判る。
「奴らはスーパーアカウントを手に入れた様だ…だからこそ、君にこれを授ける。この世界の私が持つマスターアカウントの一つ下のアカウント、ヒースクリフが消えた今、スーパーアカウントに対抗出来る唯一のアカウント、カウンターアカウントを」
「カウンターアカウント?」
「そうだ、マスターアカウントの様にプレイヤーをログアウトすることは出来ない。だけど、スーパーアカウントによって弄られた設定を打ち消す事が出来る唯一のアカウントだ。これがあればスーパーアカウントで強制麻痺にされても、打ち消す事が出来る」
勿論、マスターアカウントからの指令による麻痺は打ち消せないが、スーパーアカウントに対しては絶対の力を持つ。
「ただし、無闇に使わないようにしたまえ。それは他のプレイヤーに見せると危険な諸刃の剣でもある…無駄な争いは避けたいだろう?」
「だな、俺が茅場晶彦と裏で繋がっていたなんて思われたら大変だ」
もれなく犯罪者の仲間入り、茅場晶彦という犯罪者と共犯した男のレッテルが貼られてしまう。
「これから100層を目指せば良いのか?」
「そうだね、ログアウトするのであればそれが一番だ。その途中で恐らくは今回の騒動の黒幕も現れるだろう」
「そっか、なら責任重大だ」
黒閃騎士団を作っておいて良かった。ギルドの総力を持って敵の調査も出来るだろうが、それは向こうからの接触があるまで待つよう茅場晶彦に止められる。
「必ず接触してくるだろう、彼はそういう男だ」
「正体、知ってるのか?」
「ああ、だが教えては面白くない…君自身の手で、正解に辿り着く事を祈っているよ」
「相変わらず性格最悪だなアンタ」
「褒め言葉として受け取ろう…さて、そろそろ時間のようだ」
茅場晶彦の言う通り、彼の身体はもう殆ど消えかかっていて、今にも消えてなくなりそうだ。
「最後にアドバイスをしよう」
「アドバイス?」
「MHCP02に、会いたまえ」
それだけ言い残し、茅場晶彦は完全にこの世から消滅してしまった。
そして、キリトの意識もまた、戻って行く。最後に見せた茅場晶彦の表情、まるでライバルを応援しているかのような、男の表情だったのを思い出し、少しだけ、穏やかな気持ちでキリトは目を閉じるのだった。
意識を取り戻したキリトは、意識を失ってからほんの数秒程度しか時間が経ってという事に気付いて周囲を見渡すと、はやりヒースクリフの姿は消えており、全員が困惑した表情で話し合っていた。
「キリト君、大丈夫?」
「ああ、それより後で話があるんだ」
「もしかして…会ってきたの?」
「ああ……そして、もうアイツは、この世に存在しない」
「そんな…」
アスナにとっては長い付き合いのあった男だ。やはり少しはショックを受けたらしい。
だけど、今はそんな事を気にしている暇など無い。ヒースクリフが消えて、誰一人ログアウトする気配が無いのであれば、76層のアクティベートに行かなければならないのだ。
「おい、キリトよぉ…どうするんだ?」
「どうするって、あいつが消えて、それでもログアウトしていない以上は次の層に進むしか道は無いぜ?」
「だよなぁ…はぁ、仕方がねぇか」
こうして、アインクラッド攻略組は76層主街区、アークソフィアの転移門をアクティベートし、次なる階層へと進んだ。
SAO開始から2年、戦いは更に激化の一途を辿る。
次回からはSAOIM編、別名インフィニティ・モーメント編となります。
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SAOIM編
第二十八話 「これから」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十八話
「これから」
アインクラッド76層主街区アークソフィア、此処の転移門をアクティベートし終えたものの、キリト達攻略組には活気が無かった。
それもそうだろう、今まで頼れるリーダーの一人だったヒースクリフの裏切りと、ログアウトを賭けた戦いで異常が起き勝負そのものが有耶無耶となって未だにログアウトできないのだから。
それに何より、此処から先はキリトとアスナにとっても未開の地と言える場所で、今まで通用した未来の知識など役に立たなくなる事が多くなる。
必然的にキリトとアスナの持つ情報の優位性までもが失われた事を意味するのだ。
「キリト君、とりあえず俺達軍は一度、ホームに戻るつもりだ。君達はどうする?」
「そう、だな…俺たちも戻るとするか」
「そうだね、情報の整理とかもしないとだし、街やフィールドの探索は明日以降にしよう?」
アスナの言う通り、此処は一先ず解散して、それぞれのギルドは自分達のホームに、ソロプレイヤー達もねぐらに戻った。
キリトとアスナは黒閃騎士団のメンバーを先に返して情報収集ではなく観光気分でアークソフィアを歩く事にする。
「良い街だねー」
「ああ、雰囲気がどこかはじまりの街に似ていて賑やかだな」
転移門から中央広場に移動して、そこから色々と見て周った。
先ず最初に確認したのは商店街にある武器屋と防具屋。下の階層で売っている物との違いがあるか、レアな装備があったりしないかなどのチェックを行わなければならない。
「う~ん、特に75層と違いは無いねー、レア装備も無さそう」
「だな、ブラックレザーやティニタースソード、ディニスタースレイピア…今の装備のままの方が十分強い」
店先に並んでいる防具や片手剣、細剣を見るが、明らかに今の二人の装備よりも貧弱な物ばかり。
特別凄い物やレアな物も無さそうなので、現状エリュシデータ、ダークリパルサー、ランベントライトという最高位の武装を持つ二人がこれ以上ここに居る理由は無いだろう。
「今日はもう帰る?」
「いや、もう少しくらい観光してから帰ろうぜ」
「じゃあ、このままデートしようか」
「そうだな」
特に欲しい物があるわけでもないので、そのままウインドウショッピングによるデートをする事に相成った。
途中でクレープを買って二人で別々の味を食べさせ合ったり、占い師に占ってもらったり、噴水の前にあるベンチに座って休憩したり、夕方までずっとデートを楽しむのであった。
夕方になり、キリトとアスナは転移門から22層コラルの村へ転移し、そこから徒歩で愛娘達の待つログハウスに向かっていた。
ザ・スカル・リーパーとの戦いから始まり、ヒースクリフとの戦い、そして76層のアクティベートと、中々急がしいスケジュールだったので、特にキリトは随分と疲れている。
「んん~……はぁ、疲れたなぁ」
「もう、オヤジくさいよキリト君」
「しゃあねぇだろ、ボス戦とヒースクリフ戦連続で戦ったんだし」
寧ろVR空間とは言え疲れない方がおかしい。それだけキリトは戦ったのだから。
「でも、キリト君から聞いた時はショックだったよ…団長、本当に消滅したんだね」
明日奈の言う団長は言うまでも無く未来のヒースクリフ…茅場晶彦だ。彼の魂が消滅した事を聞いた時、アスナは随分とショックを受けていた。
見知った人物が死んだのだから、それも当然だろう。ヒースクリフとの付き合いは何だかんだで彼女の方が長いのだから。
「そして、結果として横槍は防げたけど、俺達はデスゲームの本来の目的である100層を目指さなければならなくなった」
「ヒースクリフさん、何処に行ったのかな?」
「多分だけどあいつは100層に居る可能性がある。そこで今回の事を調べているはずだ」
「じゃあ……」
「ああ、100層で、今度こそ最後の決着になる」
キリトとヒースクリフという存在の、今まで全ての因縁がそこで、決着となるだろう。だからそれまでは何があろうと死ねない。
何としてでも100層まで辿り着き、ゲームクリアするのだ。
「これからは全てが未知の世界だ。アスナ…気を引き締めて行こう」
「勿論、どんな敵が待っていてもキリト君はわたしが守るから、キリト君はわたしを守ってね?」
「ああ、必ず守るよアスナも、ユイも、ルイも…皆ね」
キリトの肩に頭を預けてきたアスナに顔を寄せ、サラサラの絹のような優しい手触りをした栗色の髪を梳き、漸く付いたログハウスのドアを開けた。
帰ってきた二人を出迎えてくれたのは、愛娘二人のタックルと抱擁。それを受け止めユイをキリトが、ルイをアスナが抱き上げて抱きしめる。
きゃー、と楽しそうに笑うユイと、声こそ出さないものの母の温もりに気持ち良さそうな顔で胸元に頬を擦り付けるルイを見て、もうウチの娘達は世界一可愛い天使に違い無い、などと親馬鹿なことを考えているキリトとアスナだった。
夕食を終えてキリトとルイ、アスナとユイが順番に風呂に入り、寝巻きに着替えた後はリビングのソファーに座りながらこれからの事について話し合いをする事になった。
先もキリトがアスナに言った通り、これから先は何もかもが全てキリトとアスナの未来の知識が役に立たない未開の地だ。
何が起きるのかも予測不能な現状、今までの情報から整理して推理したり、方針を定めて行く必要がある。
「一先ず俺達はまだ時間的猶予が若干だがある。75層攻略が前回より少し早いから現実での俺達の衰弱死もまだ先になる」
「でも、だからってもたもたしてたらタイムリミットを迎える人達も出てくるかもしれないね」
「大丈夫……暫く、は…ボスも、大したことない」
ルイが言うには76層のボスは75層が危険極まり無い奴だったため、比較的弱いのだとか。
勿論、安全マージンを確り取っておかなければ勝てる相手ではないが、今の攻略組の平均レベルなら十分余裕らしい。
「それから、現在レベル90超えしてるのって誰だっけ?」
「パパとママ、クラインおじさんとエギル小父様、ベルさんとクルミさん、シリカさん、ディアベルさん、グリセルダさん、ケイタさん、サチさん…11名ですね」
「俺が99で、アスナが97だったな…クラインが…確か92って言ってたか?」
「うん、エギルさんが90で、ベル君とクルミちゃんは91、シリカちゃんが90、ディアベルさんが93でグリセルダさんとサチちゃんが92、ケイタ君が93だよ」
「やっぱ最高でも90台前半か…まぁ、今の段階でそのレベルならこの先も安全マージンは問題無いか…」
「攻略組の平均、も…87…だから…暫く、余裕……」
前回より攻略組が強いと思う。だからだろうか、ザ・スカル・リーパーとの戦いでも犠牲者が若干少なく済んだのは。
そして、既にクォーターポイントは全て通過した。この先は100層まで目立った強さのボスと遭遇する事も無い。
今までの攻略ペースを考えるのなら、少しだけレベル上げに時間を使っても問題無いくらいの時間的余裕がある。
「でも、俺達が一番警戒しなければいけないのは、横槍の犯人だ…茅場の話ではこの世界に悪意が入り込んだって話だけど…ユイ、この世界にデスゲーム開始後から新規参加する事って可能なのか?」
「結論から言わせてもらうと、可能です。ソードアート・オンラインのソフトは一万本しか発売されてませんけど、亡くなった方のソフトを別のナーヴギアに入れて新規登録するか、そもそも購入してもデスゲーム開始まで一度もプレイしていなかったのを後から開始する、などと言った方法を使えば」
「そっか…と言うことは、もしかしたら横槍の犯人がアインクラッドにログインした可能性があるな」
そう考えるのが自然だろう。だけど、それを探る方法は無い。
キリトが持つカウンターアカウントはあくまでもスーパーアカウントで引き起こした現象を打ち消すの権限しか持ち合わせて居ないし、ユイとルイのGM権限も特定のプレイヤーを探す事はできないのだ。
「地道に探すしか無いな…それじゃあ、次の話だな。茅場が言ってたMHCP02ってやっぱり…」
「ん、メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作2号…私を含めて9体存在するプログラムの一人」
「ユイちゃんとルイちゃんの、妹か弟になるのかな…?」
「です。元MHCP01だったわたしと、現MHCP01のルイにとっては妹ですね。名前は確か…」
「MHCP02、コードネーム“ストレア”」
ストレア…それが、茅場晶彦が会えと言ったMHCPの名前。
「ストレアちゃんかー…きっと、今頃エラーを蓄積してるだろうね」
「ああ、もしかしたらユイやルイの時みたいにフィールドに出てるかもしれない。ストレアって名乗る子が居ないか調べてみよう」
調べるのは黒閃騎士団と血盟騎士団、聖竜連合、アインクラッド解放軍という巨大ギルドと、鼠のアルゴで行う事にした。
後、話し合うべき事と言えば、横槍が入った際に起きたであろうエラーだ。何か不具合が出ていないか、という事なのだが…。
「簡単なエラーはカーディナルに消去されたみたいです。ただ、大きなエラーは処理し切れなかった点もあったみたいで、わたしの権限で調べられる限りですとモンスターの出現率がアインクラッド全体で上がってしまった事、一部のNPCのAIが誤作動を起こした事、それからユニークスキルが一部失われていますね…」
「何!?」
「うそ!?」
ユニークスキルが一部失われていると言われ、慌てて自身のステータスを調べたキリトとアスナは二刀流と神速が消えてなかった事に安堵する。
「あ、ユニークスキルの一覧でしたらパパの権限でも見れますよ」
「お、そうなのか」
試しに左手でシステムウインドウを開くと数ある項目の中からユニークスキル一覧を発見したので開く。
すると神聖剣、二刀流、神速という見覚えのあるスキルが載っており、文字が薄くなっていた。他のスキルについては文字が濃いので、薄くなっているのがプレイヤーの取得したスキルという事になるのだろう。
「えっと、まだ取得されてないのは暗黒剣と射撃、無限槍、抜刀術、手裏剣術…あれ、これだけ?」
「全部で10、ある筈…無いの、は…エラーで、失われた、可能性……ある」
という事は10ある内の2つが失われたという事だ。最も、取得方法が不明なので、だからどうしたという話なのだが。
「しっかし、こうして見るとユニークスキルも色々とあるんだな」
「だねー、抜刀術とか明らかに刀用のスキルだよ」
「クラインとかに似合いそうだな」
実力的にもクラインなんかは合うかもしれないが、取得出来るかは運もあるので、期待はしない方が良い。
「それにしても、エラーの影響が少なくて良かったね」
「はい、未来の茅場晶彦が防がなければ最悪は全員の死、そこまでいかなくても、もっと致命的なエラーが出てたかもしれません」
取得スキルの初期化など、起き得ただろうエラーを例に出したユイに、キリトとアスナは改めて消滅した未来の茅場晶彦に感謝するのだった。
次回から76層以降、つまりはインフィニティ・モーメントの話を織り交ぜながら進めて行きます。
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第二十九話 「妖精の森」
ソードアート・オンライン・リターン
第二十九話
「妖精の森」
アインクラッド76層を開放してから一週間、順調に迷宮区の攻略は進んでおり、もうそろそろボスの部屋も見つかるだろうと予測されている。
また、76層で新たに発見されたクエストなども順次公開されてはいるものの、特に攻略に必要と思われる重要クエストは無いらしい。
そんな中、攻略組の間で現在、とある噂が広まっていて随分と話題になっているものがある。
「76層の東の森に妖精が出る?」
「おう、モンスターや異種族NPCじゃない、その森にたった一人だけ存在するって噂だ」
キリトはリビングの自分のソファーに座りながら目の前のソファーに座るクラインの話を訝しげに聞いていた。
そもそも、朝早くから来て朝食までちゃっかり頂いているこの男、態々この話をする為だけに此処へ来たとのことだが、暇なのだろうか。
「妖精か~、なんかファンタジーみたいだねー」
「第3層でキズメルに会ってるだろ」
「あ、そうだったねー」
前回も今回も世話になった
「で? その妖精がどうしたって?」
「いやな、そんな噂が多く出ているってのに、会った事がある奴は一人も居ない。姿を少しだけ確認した奴は居るけど、直に逃げられたって話なんだよ」
「神出鬼没か…直接会った事がある奴は居ないなら特殊な条件を満たした上で会えるNPCの可能性が高いな。何か重要クエストフラグなのかもしれない」
「ね、キリト君…行ってみない?」
話を聞いている内に興味が出て来たのか、アスナが行ってみようと言い出した。確かに、キリトも興味がある。
76層からは一切が未知の出来事ばかりで、今回の話も何か重要なイベントが待っている可能性も十分考えられるのだ。
ならば根っからのゲーマーであるキリトとて、行かないなどという選択肢がある筈も無い。
「サンキュークライン、ちょっと行ってみるわ」
「おう、何か判ったら俺にも教えてくれ」
「わかった」
クラインは暫くユイとルイの面倒を見てくれるとのことなので、二人の事はクラインに任せてキリトとアスナは早速コラルの村へ行き、転移門から76層アークソフィアへ転移した。
アークソフィアに着いた二人は街の外へ出て早速だが東の森へ向かい、途中で出現するモンスターを倒しつつ先へ進んだ。
流石に出現率が上がっているだけあり、進むのにも時間が掛かる。
「流石に出現数多いな、モンスターのレベルも76層ってだけあって高い」
「でもフレンジーボアなんて懐かしいのも居るんだねー」
「暫くぶりに見たよな」
低層のフィールドなら出てくる事も多いが、高い階層にまで行くとフレンジーボアの姿も見なくなった。
だが、この76層には低層のものとはレベルが明らかに違うフレンジーボアが出てきているので、懐かしさを感じる。
「おっと、森に着いたな…少し探索してみて妖精を探してみるか、探す中で何かクエストフラグがあるかもしれないし」
「そうだね、少し注意して歩こう」
森に入って暫く歩いたのだが、中々妖精の姿は見えない。
それに、妖精に会うためのクエストフラグも今の所見つからないので、これは本格的に重要なイベントなのか、別にフラグを立てる場所があるのか、それとも妖精自体が見間違いなのか、判断が難しくなってきた。
「で、この辺がクラインの言ってた妖精の目撃されたポイントらしいんだけど……」
「何も居ないね」
「ああ」
妖精が目撃された場所に来たのだが、やはり何も居ない。モンスターは出てくるが、妖精らしい姿は何処にも見当たらないのだ。
「やっぱ会うには別の所でフラグ立てる必要があるのかな?」
「かもしれないな……ん?」
ふと、キリトの視界に何かが映った。
金色の…髪だろう。ポニーテールにして、緑色のジャケットとミニスカート姿、腰には細い片手剣を差している少女の姿。
一見するとただのプレイヤーだろうが、キリトの目には確かに見えている。その少女がこちらに向けている背中には、緑色の薄い羽らしき物が生えているのが。
「アスナ、あれ」
「え? あ……」
アスナにも見えたらしい。という事はキリトの見間違いではない。
あの背中の羽、明らかに動いているという事は飾りではなく、本物だ。つまり、あの少女がクラインの言っていた妖精という事になる。
「キリト君、どうする?」
「話しかけてみるか? でも逃げられたりするかもしれないし…」
どうするのかと迷っていると、少女の尖った耳がピクリと動いてこちらを振り向いた。
まずい、見つかったか、と思って逃げられるのを覚悟したのだが、少女が動く様子は無い。それどころかキリトの姿を見て緑色の瞳を大きく見開いて凝視している。
「お…」
少女が口を開いた。その口から出た次の言葉は、キリトを、そしてアスナを驚愕させるには十分なものだ。
「お兄ちゃん…?」
「お、お兄ちゃん!?」
キリト、キリト君、キリトさん、団長、パパ、お父さんと、アインクラッドに来て様々な呼ばれ方をしてきたが、お兄ちゃんなどと呼ばれるのは4年ぶりだ。
驚愕して動きを止めたキリトに少女が近寄ると、その手を取って心底嬉しそうな表情を浮かべる。これがNPCならユイやルイ並のAIが搭載されている事になるだろう。
「やっと会えた! お兄ちゃん!!」
少女の声、そしてお兄ちゃんという呼び方は、どこか妹を思わせて懐かしさを感じさせるが、頭を振り考えを払うと隣で同じく驚愕しているアスナの方を見る。
「な、何かクエストが始まったのかな?」
「わ、わからん…でもそうかも、そういうクエストNPCなのかもな、この子」
「NPC!? ち、違うよお兄ちゃん! あたしだよ!」
「凄いNPCだねー、AIの機能が高いのかな?」
「だな、こりゃ本格的にユイやルイ並の性能だ」
完全にNPC扱いしている二人に少女が業を煮やすかのように否定を続けるも、キリトは改めて少女を見やると次の言葉を発する。
「あのな、俺は君のお兄さんじゃない。俺の妹は現実世界に居るし、そもそも…」
「そ、そもそも?」
「俺の妹はそんなに胸が大きくない」
「っ!!」
ぶっ飛ばされた。思いっきり顔面殴られてぶっ飛ばされてしまった。
「あ、あたしだって2年も経てば色々成長するよ! 成長期なんだから! っていうか久々の会話がセクハラって何!?」
「き、キリト君大丈夫!?」
「っててて…NPCに殴られるなんて初めてだな」
「もう! いい加減に気付いてよ! あたしだってば! 直葉! 桐ヶ谷直葉だよ!」
4年ぶりに聞いた名前に、キリトの動きが止まった。
いや、だけど現実世界に居るはずの妹が、こんな所に居るわけが無い。それに妹はゲームを嫌っていた筈だから、有り得ない。
「きりがやすぐは?」
「あ、ああ…桐ヶ谷ってのは俺の現実での苗字。で、直葉ってのは妹の名前なんだ」
「へぇ、キリト君のリアルの苗字…あ、キリト君の名前って桐ヶ谷って苗字から付けたの?」
「ああ、後は下の名前が和人だから、キリトにした」
「そっか、桐ヶ谷和人君、か~…」
思わずリアルの名前を言ってしまったが、アスナになら良いだろう。
それより、問題は妹の名を名乗った目の前の少女だ。
「ほ、本当にスグなのか?」
「本当だよ、やっと信じてくれた?」
「いや、俄かには信じられない…ゲーム嫌いの直葉が、そもそもSAOの中にスグが居るわけが無い」
「い、いや…まぁ確かにあたしもゲーム自体やらなかったんだけど、今はそれほどじゃないよ? この姿だってSAOとは別のゲームのアバターの姿だもん」
「別のゲーム?」
「うん、SAOが始まってから一年後に出たALOっていう新しいVRMMORPGゲーム、あたしね、それをプレイしてるんだ」
話の内容からして、現実世界の事だろう。という事は本当にこの少女はキリトの妹、直葉なのだろうか。
「で、でも何でスグがSAOに?」
「えと…その」
「?」
「あ、あたしにもわかんない! いつも通りにアミュスフィアっていうVRゲームのハードがあるんだけど、それを被ってALOを始めようとしたんだけど、いざログインしてみたらALOの最後にログアウトした場所じゃなくて、此処に居たんだよ」
「別のゲームからのコンバート? でも、そんな技術、あったか…?」
これは本当に目の前の少女が直葉で間違い無さそうだ。
「ねぇキリト君、この子は本当にキリト君の妹さんで間違い無いの?」
「ああ、どうにも話を聞いてると信憑性がある。それに現実での話をするNPCなんて存在しないだろ? そもそも妹のリアルの名前を何でSAOの中で聞くことになるんだって話になる」
「そっか」
「あの、お兄ちゃん…その人は?」
「あ、ああ…こいつはアスナ、俺が団長を務めてるギルドの副団長だ。で、判ってると思うけど俺は此処ではキリトな」
「あ、そうなんだ…えっと、初めまして、桐ヶ谷直葉です。このアバターの姿だとリーファって言います」
「よろしくねリーファちゃん」
それから、色々と話を聞かせてもらった。
現実では既にナーヴギアが回収され、別の会社がアミュスフィアという後継機を発売、同時にVRMMOゲーム、アルヴヘイム・オンラインというゲームを発売して、リーファはそれをプレイしていたという事。
また、今のリーファの姿は間違いなくALOでプレイしていた時のアバターの姿そのままであり、名前も引き継がれているという話だ。
「姿まで引き継がれているってことはそのALOってゲームはSAOと同じシステムを積んでいるのかもしれないな、基幹プログラム郡やグラフィック形式とか、その辺りが」
「そうなのかな? あ、でも確かにSAOの事件でアーガスは解散してSAOのデータなんかはALOを発売している会社に委託されたって話をニュースで聞いたかも」
「じゃあ、その会社でSAOのシステムを使ってALOを作ったって事だね。でも、ゲームが違うのにSAOに来たのは何でだろう?」
「同じ会社でSAOとALOの二つを管理しているんだろ? なら何かしらのトラブルで二つのゲームが混線した可能性があるな」
「トラブル…」
考えられるトラブルは75層でヒースクリフと戦っていたときに起きたあれだろう。
「とりあえず、クラインの言ってた妖精ってのはスグで間違い無さそうだ。その背中の羽を見て、妖精と間違えられたんだろ」
「あながち間違いじゃないけどね。このアバターはALOでの
「あ、本当に妖精だったんだー」
「はい」
一先ず、話はその辺にしておいて、キリトとアスナはリーファを連れて一度22層の家へ帰宅する事にした。
これからの事、この世界での事など、話しておかなければならない事は山ほどあるし、キリトとしても聞きたい事はまだまだ沢山あるのだから。
次回はリーファとの話で、現実での話も聞かせてもらえる予定です。
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第三十話 「妹」
ソードアート・オンライン・リターン
第三十話
「妹」
76層東の森でキリトは妹の桐ヶ谷直葉…リーファと再会して、現在は彼女を連れてアスナと共に22層コラルの村へ転移していた。
未だ装備品以外に何も持っていないリーファに幾つかのアイテムを分け与え、ついでに団長権限で黒閃騎士団へ入隊させた後、詳しい話をする為に自宅へ行く事になったのだ。
「へぇ、ALOとは違って歩かなきゃいけないのは不便だけど、SAOの中もいい景色が沢山あるんだぁ」
「ああ、でもいいよなALO…だっけ? 空を飛べるんだろ?」
「うん! フライトエンジンっていうのを搭載していて、連続で10分は飛ぶことが出来るんだよ」
「すごいねー、わたし達も飛べればいいのに」
SAOは魔法の存在しない世界なのだから、空を飛ぶなんて魔法染みた事は不可能だ。精々大幅にステータスアップした筋力による跳躍を出来る程度で、自由に飛ぶことなど出来ない。
「それにしても、お兄ちゃんって家まで買ってるとか、随分とSAOに馴染んじゃったんだね……」
「ん、まぁ…2年も過ごしてたらな、流石に順応するよ」
キリトとアスナに限ってはSAO歴4年という兵なのだが、二人に限らず2年で随分とこの世界に慣れてそれぞれの生活を営んでいる者ばかりだ。
最初こそ絶望していた者たちも、今ではこの世界での生活を楽しんでいる者も出ているくらいだから、人間の順応力というのは凄まじい。
「ね、お兄ちゃん」
「どうした?」
「お兄ちゃんってこの世界で最前線で戦ってるって、さっき聞いたんだけど…」
「おう」
「後で、手合わせしてもらえるかな? あたし、これでも剣道で全国ベスト8になったんだよ」
「へぇ、凄いじゃないか! そっか、向こうではスグも中学…3年か?」
「そうだよ、もう受験生なんだから」
受験生、本来であればキリトやアスナにもあったであろう身分だ。特にアスナはこの世界に囚われた当時が丁度受験生という立場だったのもあり、余計に懐かしく思う。
そして、同時に受験生であるはずのリーファがこの世界に事故とは言え囚われてしまったのが心苦しくもあった。
「だ、大丈夫だよ! それに残り25層なんでしょ? なら受験にも十分間に合うって!」
そう言ってくれるのはありがたいが、やはりデスゲームに最初から参加している者としては、完全に割り切るのは無理だ。
と、そうこうしている内にログハウスが見えてきた。既にクラインは自分のギルドの方に戻っているという話なので、今はユイとルイが二人で留守番をしてくれているから、直ぐにでも二人に会いたくなった。
「ただいま」
「ただいまー!」
「お、おじゃまします…」
ログハウスに入り、キリトとアスナ、リーファを出迎えてくれたのはキリトとアスナに飛びついてきた天使たちだった。
「パパ! ママ! お帰りなさい!」
「ん、お帰り…お父さん、お母さん」
ユイがキリトに、ルイがアスナに抱きついて、キリトとアスナも二人をギュッと抱きしめた後に脇の下へ手を入れて持ち上げながら再び胸に抱擁する。
もう、出掛けて帰ってくる度に必ず抱きつくようになった愛娘たちが可愛くて可愛くて、このままいつまでも抱きしめてあげたい衝動に駆られるのだが、今はお客様も居るので自重することにした。
そして、そのお客様であるリーファはというと、驚愕で目を見開き、ワナワナと震えながらキリトとアスナを…否、その二人に抱きつく天使たちを見ていた。
「ぱ、パパ…ママって……お父さんって、お母さん…? え、えええええええええっ!?」
「? パパ、お客様ですか?」
「初めて、見る人…」
初めて会うリーファに、二人は首を傾げてキリトとアスナを見上げた。
説明を求める視線に苦笑しながらキリトはユイとルイを先にリビングの椅子に座らせてリーファも来客が座るソファーに座るよう促す。
「あの、お兄ちゃん…あの子たちって」
「これから説明するから、少し待ってくれ」
キッチンに向かったアスナが人数分の紅茶を用意して持ってきてくれたので、キリトとアスナもそれぞれ自分のソファーに腰掛けると早速だがリーファにキリトとアスナの関係、それからユイとルイの事も、本当の事を少しだけ暈して説明を始める。
最初は真剣に聞いていたリーファだったが、段々と表情が強張り、驚愕し、ユイとルイを交互に見つめて、最後に何故か涙目になってキリトをキッと睨みつけてきた。
「えと…スグ?」
「お兄ちゃん、随分とSAO楽しんでるんだね」
「い、いや…まぁ、こっちで2年も生活してたらそれなりに生活基盤も出来るっていうか…」
「それにあたし、いつの間にか……」
叔母さんになってるし、という言葉を飲み込んで、ジト目でキリトを睨むリーファにたじたじとなってしまうキリトだった。
そんな夫の情けない姿を見かねてか、アスナが助け舟を出すようにリーファの空いたカップに御代わりの紅茶を注ぐと、口を開く。
「所で、リアルの方はどんな感じなのかな? この2年、全くリアルの方の情報なんて入ってこないから少し気になってたんだよー」
「え、リアルの方ですか? えっと、デスゲームが始まった頃は凄くドタバタしてました。テレビなんてどのチャンネルもSAOの話題ばっかりで、後は警察がアーガス社に強制捜査を入れたとか、茅場晶彦が指名手配された、とかでした」
「へぇ、やっぱりそれくらいの大事にはなるんだね」
「はい、後はSAO被害者の人たちは今、全員が病院に移送されてます。お兄ちゃんも、多分アスナさんも、今頃は病院のベッドで点滴を受けながら眠ってますよ」
「ってことは、やっぱりあの大切断事件って俺達の身体が病院に移送される際に起きたんだな」
SAO開始から数週間後に起きた全プレイヤーの意識の空白時間、あれはリアルの方で回線が一時切断されて病院に移送された際に起きた事で間違い無いらしい。
4年間、恐らくはそうだろうと思いつつ確証が持てなかった疑問もこれで漸く解決した。
「なぁ、スグ…母さんと父さんは、元気にしてるか?」
「うん、お母さんもお父さんもSAOが始まった当初は凄く落ち込んでたけど、今はもう大分持ち直して、普通に仕事してるよ」
「そっか…良かった」
ずっと、両親の事は気になっていた。
4年前まで家族と距離を空けていたキリトだが、この世界で生活していく内に心境の変化が起きて、家族というものが如何に大切なのかという事を学んだのだ。
アスナの両親については知る術が無い事が申し訳なく思うが、それでもキリト自身の両親の近況が聞けたのは、やはり嬉しい。
「あの、パパ…」
「ん? ああ、そうだな…スグ、まだちゃんと紹介してなかったから今するよ。こっちの黒髪の子がユイ、隣の白髪の子がルイ、二人は俺とアスナのプライベートチャイルドって扱いで、まぁ娘だって思ってくれれば良い」
「初めまして、リーファさん。パパ…キリトの娘のユイです」
「はじめ、まして…ルイ、です」
「あ、うん…えと、よろしくね? ユイちゃん、ルイちゃん」
扱いとしては姪という事になるユイとルイに、リーファは15歳で叔母になったのかと、内心ショックを受けつつもユイとルイの手を取り握手をする。
こうして間近で視てみると成る程、顔などはキリトにもアスナにも似てないが、それでもキリトの娘だというのが何となく理解出来る点が多々見受けられた。
ユイは何となく瞳の輝きがアスナに似ているし、ルイの眠そうな瞳は昔のキリトを彷彿とさせる。義理の親子とは言え、一緒に過ごしていると似てくるものなのだろうか。
「あ、でもユイちゃんの雰囲気はアスナさんに似てるし、ルイちゃんはお兄ちゃんに似てるのかな」
「えへへ…」
「ん…」
因みに、寝起きのユイはキリトによく似ていて、ルイはアスナに似ている。というより、それぞれ同じ仕草をしていると言っても良いだろう。
「ユイ、ルイ、リーファは俺の妹になるんだ」
「パパの妹…ではユイたちにとっては叔母さんですね!」
「おばっ!?」
言葉には出さないようにしていたのに、ユイがハッキリと言葉に出してしまったため、リーファが崩れ落ちた。
こうして時々空気の読めないことを平然と口にする辺りは、父親に似たのかもしれない。変なところは似ないで欲しいと思う母親は苦笑してリーファの肩に手を置く。
「それでアスナ、ちょっと真面目な話なんだけど」
「え?」
「スグ…リーファがALOにダイブしようとしてSAOに来てしまったのは、恐らくは混線が原因だと思う。ってことはだ…リーファ以外にもALOにダイブしようとしてSAOに来てしまった人が居るかもしれない」
「あ……」
そう、その可能性は十分考えられる。
リーファの話ではまだALOの会社で扱っているのはSAOとALOだけだという話だ。ならばALOから流れてくる人が他にも居る可能性が高い。
偶然にもリーファだけがコンバートしてしまったなどという可能性は低いと見ていた方が無難だろう。
「じゃあ、ギルドの方に連絡しておくね、明日から他のゲームからコンバートしてきちゃった人を捜索してもらわないと」
「ああ、聖竜連合と軍の方にも伝えとく」
血盟騎士団に伝えないのは、まだあそこが完全に持ち直していないのが理由だ。
団長であるヒースクリフが茅場晶彦だったという事実と、その彼が抜けてしまったことでギルド内部が随分と揉めていて、とてもではないが現場に出られる状況ではないのだとか。
攻略の際には副団長が何とか指揮を執って参加するとは言っていたので、今はそれ以外の事を持ちかけるのは不味い。
「あ、えと…あたしはどうしたら?」
「一先ずスグは黒閃騎士団に入団させたし、明日はギルドホームの方に案内するよ、だから明日一日は俺とアスナと行動してくれ」
「わかった」
ギルドの幹部連中には紹介しておくべきだろう。
黒閃騎士団……
「よし、それじゃあそろそろご飯作るねー、リーファちゃんも今日は泊まるんでしょ? 何か食べたい物ってあるかな?」
「いえ! そんなお構いなく!」
「気にしなくて良いよー、何か好き嫌いは?」
「特には…」
「わかった! じゃあもう少し待っててね」
その夜、アスナの絶品過ぎる料理の味に女としてのプライドがズタズタに引き裂かれ、打ちひしがれる
次回はギルドホームへ向かうのですが、その途中で……。
ゲームを知っている人は展開が予想できるかも?
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第三十一話 「空から落ちてきた少女」
今回はファンの皆さまお待ちかね! CV沢城みゆきの彼女が登場!!
ソードアート・オンライン・リターン
第三十一話
「空から落ちてきた少女」
リーファがアインクラッドに来た翌朝、キリトはリーファを連れてアスナ、ユイ、ルイと共に黒閃騎士団の本部へと向かっていた。
道中、黒閃騎士団についての詳しい説明をリーファに行いつつ、立場上彼女にはキリトの部隊に入ってもらう事になっている。
リーファの戦闘スタイルは流石キリトの妹というだけあり、盾無しの片手剣一本のスタイルだったので、片手剣のソードスキルに関してはキリトが教える事になった。
「所でキリト君、リーファちゃんのレベルとかはどうなってるの? やっぱり1?」
「いや、どうやらALOでのステータスデータなんかも引き継がれてるみたいで、相応のレベルになってた…確か、53だったよな?」
「うん、片手剣スキルはもう1000になってて、後は投剣が0、索敵704、ハインディングが450、体術はまだ持ってないね」
「あ~、体術はなぁ…便利だから後で取りに行くか? エクストラスキルだし、イベントクリアすれば取得出来るから」
片手剣と体術の複合スキルなんてものもあるので、持っていて損は無い。キリトもアスナも、というよりSAOの攻略組は一部の例外を除いて全員が体術スキルを取得している。
「簡単なの?」
「初心者にはちょっと厳しいかもしれないけど、スグなら大丈夫だろ」
2層の体術マスターであるNPCの所へ行くだけなのでMobモンスターなら今のレベルでも問題無い。
後は取得イベントをクリアすればそれで終わりなので時間はそれほど掛からないだろう。
「まぁ、取りあえずはギルド本部へ行こうぜ、話はそれからだ」
とは言っても、もう本部はすぐそこなのだが。
見えてきたギルド本部の入り口、そこを目指して歩いていた一行だが、ふとリーファが何かに気付いたように空を見上げると、隣を歩いていたキリトの袖を掴んで引っ張る。
「ねぇ、お兄ちゃん…あれ、何かな?」
「ん? …なんだ? 空に、バグか?」
「え? あ、ホントだ」
キリト達が見上げた先には、空の一部がバグでも起こしているのか、歪んでいるのが見える。
「ユイ、あれはバグでも起きてるのか?」
「…いえ、ちょっと調べましたけど、あのようなバグが起きてるという情報は出てきません」
「こっちも、同じ…現状で起きてるバグは、以前と変わらず」
と言うことはあれはバグではないという事になるのだが、あのような現象をバグと言わずなんと言うのか。
「あ! 何か穴があいたよ!」
アスナの言葉にもう一度見上げれば、バグらしきものが起きているところに穴が開き、向こう側の電子プログラム郡が見えていた。
そして、同時に穴の中から、一人の少女が出てきて、そのまま自由落下してくる。
「危ない!」
持ち前の反射速度でキリトがいち早く飛び出し、落ちてくる少女の真下まで移動すると、その場で飛び上がって少女をキャッチし、そのまま着地する。
奇しくもお姫様抱っこになってしまったが、それは見逃してほしいと思うも、アスナとリーファの表情を見る限り、許してくれるかは…微妙だ。
「っと、それより…気を失ってるみたいだな」
「キリト君、その子は…」
「ああ、多分何かの衝撃で気を失ったんだろ、ステータス表示は見えるからユイやルイみたいなMHCPじゃないし、ハラスメント警告が出ないって事はNPCじゃない、ただ気を失ってるだけのプレイヤーだ」
少女の服装を見る限り、SAOではあまり見かけない装備だが、どこかの階層から転移しようとしてバグが起きたのかもしれない。
一先ず本部の中へ運び、団長室のソファーに座らせると、キリトは団長用のデスクへ座り、アスナがその隣に立って、ユイとルイは先ほどの少女の様子を見てくれている。
リーファは団長用デスクの前に立ってキリトとアスナからSAOで生き抜くためのこれからの方針と、ギルドでの決まりごとなどの説明を受けていた。
「と、まぁ…こんな所か、一番注意してほしいのはHPが0にならないようにする事。ナーヴギアじゃなくてアミュスフィアだっけ? それを使ってるスグには当て嵌まらない可能性もあるけど、その場合はHP0になったらどうなるのかなんて誰にも予想出来ないからな」
ナーヴギアを使わずにSAOにログインした場合、HPが0になったときにどうなるのか、それは不明だ。
アミュスフィアはナーヴギアより安全性を確立した製品だとリーファから説明を受けたので、ならば現実の肉体が死ぬ事は無いだろうが、もしかしたら意識が永遠に目覚めない可能性もあり得るのだから。
「暫くはスグにはレベル上げに専念してもらいたい」
「わかった」
「目標は90以上だ、攻略組でも上位は基本的に90以上だからな」
「今が53だから…最低でも37は上げないと駄目ってことだよね」
「そうなる。効率の良い狩場なんかは後で教えるから、教導部隊と合流してレベル上げをしてきてくれ」
「うん」
恐らく時間は掛かるだろう。リーファのレベルは中層プレイヤー程度、そこから攻略組に合流するとなると、相当な無茶をしない限りは時間が掛かってしまうのだ。
勿論、彼女が現実世界で剣道の全国ベスト8の実力を持っているという事は剣を扱うセンスで言えば同年代の人間に比べて並外れているとも言えるが、完全スキル制だというALOとは違い、レベル制のSAOでは役に立たないとは言わないが、戦闘センスが高いだけになってしまう。
センスが良いだけでは生き残れない世界だからこそ、レベルを上げて貰わなければならない。
「ん…こ、こ……は」
「あ、目…覚めた」
「ホントです! パパ! ママ! 目を覚まされましたよ!」
話し込んでいると、ソファーで寝ていた少女が漸く目を覚ましたらしい。
ユイに呼ばれてキリトとアスナ、リーファがソファーの前に行くと、少女は身体を起こして、こちらを警戒しながら見つめていた。
どうにも現状を把握出来ていないらしいので、口下手なキリトより人好きのする笑顔を浮かべたアスナが対応する事に。
「こんにちは、わたしはアスナ、今あなたの居る黒閃騎士団本部で副団長をやってます」
「アス、ナ? 黒閃騎士団? えと、どういうこと?」
「? 黒閃騎士団って、攻略組のギルドだけど、知らないかな?」
「攻略組? え、ちょっと待って、どういう意味? 攻略組って、何かのゲーム?」
どうにも話が噛み合わない。こちらの話を理解出来ないどころか、少女自身が現状を正しく認識していないように見受けられる。
「君、名前は?」
「な、まえ…名前は朝田詩乃よ」
「い、いや、それはリアルの名前だろ? ここでリアルの名前を出すのはマズイだろ」
「リアル? え、どういうことよホントに」
「どういうって、ここはSAOだろ? オンラインゲームでリアルの名前を出すのはマナー違反だぜ?」
「ゲームの中? SAO?」
どうにもおかしい。リアルの名前を名乗ったという事は記憶喪失とかではないのだろうが、自分がSAOの中に居るという事すら認識していないように見える。
「この辺に、何か名前みたいなの出てないか? それが君のプレイヤーネームになるんだけど」
「…これ? S・ⅰ・n・o・n…シノン? これが、私の名前?」
「シノンちゃんかー、じゃあシノのんだね! よろしく、シノのん」
目を白黒させている朝田詩乃…シノンに、アスナは変わらず人好きする笑みを向けていた。彼女が人気の秘密はこの笑顔なのだろう。
「それで、私の名前がわかったのはいいけど、事情を説明して欲しいわ。ここが何処で、どうして私が此処に居るのか」
「まず、聞きたいんだけど、SAOってゲームは知ってるよな?」
「SAO? さっき言ってたオンラインゲームの名前よね……駄目、なんか頭に靄が掛かったみたいで、思い出せない」
自分のリアルの名前は思い出せる。だけどSAOの存在も、どうして自分が此処に居るのかも、何も思い出せないと言う。
部分的な記憶喪失という事になるのだろう。もっとも、あのようなバグから出てくるなんて登場をした時点で、何か障害が発生していても不思議ではないのだが。
「じゃあ、説明するけど、此処はSAO…ソードアート・オンラインってゲームの世界で、元は茅場晶彦って言う男が開発した2年前まで最新のフルダイブ型VRMMOゲームと呼ばれていたんだ」
「茅場、晶彦…ね、駄目…やっぱり思い出せない」
「そっか…兎に角、そのSAOってゲームが2年前に正式スタートしたんだけど、そのスタートした時に茅場晶彦はこの本来であれば普通のオンラインゲームだった筈のSAOをHP0=現実世界での死になるデスゲームにしてしまった」
「どういう事? ここで死ぬと、現実世界で死ぬって事なの?」
「そうだ、俺達はみんなナーヴギアっていうSAOをプレイするのに必要な装置を頭に被っているんだけど、この世界で死ぬと、現実世界の身体はナーヴギアの大容量バッテリーから発せられる超強力なマイクロウェーブによって脳を焼かれて死ぬ事になる。そして、外部の人間がナーヴギアを強制的に外そうとしても同じだ」
更に、ログアウトも出来なくなってしまい、100層のボスを倒さない限り現実世界に帰れず、キリト達は既に2年もこの世界で暮らしている事を説明すると、漸くシノンも納得してくれた。
「つまり、私もこの世界から元の世界に帰れないって事なのね…そして、この世界で私が死ぬと」
「現実世界の朝田詩乃という人間の脳を、マイクロウェーブで焼かれて死ぬ」
「そう…理解したわ」
死にたくなければ生き残れらなければならない。それがこの世界の常識、それを理解してシノンはこの先どうすれば良いのかを問うてきた。
記憶が無いシノンにとって、どうする事が一番最良なのかを判断するのに、この世界で2年も生きてきたキリトとアスナ達に聞くのが一番だと判断したからだろう。
「俺達が守るってのもアリだけど、俺たちはさっきも言った通りこの世界から帰るために最前線で戦う攻略組だ、だから四六時中守るって事は出来ない」
「構わない、私も守られるだけってのは性に合わないもの」
「それなら、強くなってもらう他ないな」
「そう、でもこの世界って剣とか槍ばかりなのよね? 銃とか、そういうのは無いの?」
無い。あくまでも剣や槍などの近接戦闘武器ばかりで、遠距離から攻撃出来るとしたら投剣スキルだけであり、投剣スキルは戦闘補助にしか使えず、メインで使う人間は皆無だ。
「あ、でも待てよ…?」
キリトは少し前に見たユニークスキルの一覧にあった一つのスキルを思い出した。
「この世界にあるソードスキルの中でもユニークスキルって呼ばれているものがあるんだけど」
「ユニークスキル?」
これにはリーファも興味を持った。シノンと一緒になって詳しい説明を求めて目を輝かせている。
「1万人居たSAOプレイヤーの中でもたった一人しか取得できない希少スキル、全部で10種類あるから、全部で10人しか取得出来ないというエクストラスキルだ」
「彼、キリト君はその中の一つ、二刀流を、わたしは神速を取得してるんだよ」
それからもう一人、神聖剣を取得していたラーメン馬鹿も居たが、奴は既に100層の紅玉宮にてキリト達を待つ身だから、それについては説明しなかった。
「で、そのユニークスキルの中に射撃ってのがあるんだ…どうやって取得するのかは不明だけど」
「射撃…でも、この世界に銃は無いってさっき言ってたわよね?」
「武器として銃は確かに無い。でも何か射出武器が射撃スキルを取得すると入手出来るようになるのかもしれないな」
取得出来るか不明のスキルなので、ユニークスキルの説明はここまでにして、シノンには一先ず短剣を持ってもらう事になった。短剣についてはシリカが居るので、シリカに指導してもらえる。
そして、シノンにはリーファ同様に黒閃騎士団に入団してもらう事になった。シノン自身もそれで自分の身を守れるのであればと、特に不満を言う事なく了承してくれたので、キリトが送った申請にOKしてくれたのだった。
「じゃあ、よろしくシノン、改めて黒閃騎士団団長のキリトだ」
「同じく、副団長でキリト君の妻、アスナよ」
「パパとママのプライベートチャイルドのユイです」
「同じく、ルイ」
「えと、さっき入団したばかりのリーファです。リアルではキリト君の妹で、シノンさんと同じ新人です」
「ええ、改めてシノンよ、よろしく」
こうして、黒閃騎士団は新たな仲間を2名追加された。
後日、76層ボスの部屋が見つかり、75層ボスほど苦戦する事も無く無事に攻略され、アインクラッド攻略組一行は77層へと到達するのだった。
次回はどうしよう? 77層って何かイベント的に面白いのあったかな?
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第三十二話 「子を持つ親の試練」
ソードアート・オンライン・リターン
第三十二話
「子を持つ親の試練」
リーファとシノンがアインクラッドに来て一週間が経った。
既に攻略は78層までが完了しており、僅か1週間で2層もクリアするという順調な進み具合と言える。
リーファは現在、レベルが65に到達したという報告を受けており、攻略組合流も先が見えてきた状態で、シノンの方も、最初はリーファと同じレベルだったのが現在は67と、リーファを若干だが上回っていた。
勿論、キリト達高レベル組みから見れば然したる差は無いに等しいのだが、順調なのは変わらないので、今後のレベル上げに期待している。
「そして、俺とアスナはアインクラッド初のレベル100越えか」
「キリト君が104、わたしが102だからねぇ」
他にも、クラインが99になっているので、もう間もなくクラインもレベル100台に到達する。
「90層までは俺達も安全マージンが安心だけど」
「うん、他の人たちだよねー……」
攻略組の平均レベルも漸く90になった。だからレベル的には申し分無いのだが、モチベーションが75層攻略以来下がっているのは明確だ。
キリトと並ぶ攻略組のリーダー的存在にして、3人居るユニークスキル使いの一人、ヒースクリフが茅場晶彦だったという事実と、100層のボスが彼だという事、それらが攻略組のモチベーションを下げてしまっている。
「それに……」
「ああ、未だに見つからないな…ストレア」
茅場晶彦が言っていたMHCP02ことストレアは、未だ発見出来ずにいた。
何分、容姿不明で名前しか判明していない状態で探すには流石に無理があり、情報屋のアルゴをして発見には至っていない。
「まぁ、その内見つかる事を祈るしか無いよな」
「うん」
それから、次に二人が話し合う内容は今回、新たに攻略組への参加を希望してきたギルドの事についてだ。
新興ギルド、ティターニア。人数こそ風林火山と同等レベルではあるが、事前情報では全員が高レベル、高ステータスの強力なプレイヤーが集まったギルドとの事なのだが。
「そんなプレイヤー、今まで聞いた事無いな」
「そうなんだよねー…勿論、レベル上げして急に名を挙げて来た可能性もあるから、そこまで変ではないけど」
「リーダーの名前が確か、アルベリヒだっけ?」
「うん、明日わたしとディアベルさんが面談する事になってるの」
強力なギルドが攻略組に参加してくれるなら、勿論歓迎したい。
現状の攻略組を鑑みると、彼等が参加してくれる事で全体の士気も上がってくれるだろうし、高レベル、高ステータスなら攻略も今までよりペースが上がる。
「ねぇ、キリト君も明日参加しない?」
「面談にか? いや、俺はそういうの苦手だし……」
「大丈夫、キリト君は居てくれるだけでいいから。直接面談するのはわたしとディアベルさんだし」
「う~ん……まぁ、いいけど」
結局、明日の面談にはキリトも参加する事になった。
元々コミュ障のキリトではまともな面談など出来るわけが無いのだが、ただその場に立っているだけで良いのであれば、特別断る必要も無いのだ。
「ただいま戻りましたー!」
「ただい、ま……」
「おう、戻ったぜキリト、アスナさん」
丁度話し合いが終わったところで、クラインと、一緒に散歩へ出かけていたユイとルイが帰ってきた。
最近はエギルだけでなく、クラインやディアベル、グリセルダが頻繁に来てユイとルイと共に外で遊んでくれるから助かっている。
「おかえりユイ、ルイ、楽しかったか?」
「はい! クラインおじさんが肩車してくれたんですよ!」
「高かった…楽しい」
「そっか、サンキューなクライン…ユイとルイ、我侭言わなかったか?」
「いんや、二人とも良い子達だからなぁ、俺も楽しかったぜ」
最近はクラインもユイとルイにクラインお兄さんと呼ばせようとしなくなり、クラインおじさんと呼ばれる事に慣れたのか、名前を呼ばれるたびに頬が緩んでいる。
子供が好きなのだろう。弟分であるキリトの娘たちだからこそ、余計に可愛いとクラインは述べていた。
「そういえば、ユイちゃんとルイちゃん連れて村に行ったときなんだけどな…新しくこの層に引っ越してきたプレイヤーが二人見て驚いてたぜ」
「あ~、ユイちゃんもルイちゃんも攻略組ではもう顔馴染みだけど、下層から来る人は知らない人も多いもんねぇ」
「だな。それでよ……ユイちゃん達がプライベートチャイルドだって事で説明しといたけど、いいよな?」
「いいよ、別にプライベートチャイルドは結婚したプレイヤーなら条件満たせば平等に与えられるイベントなんだし」
やはり、2年もこの世界で暮らしていると子供が欲しい、家族が欲しいというプレイヤーが多いようだ。
結婚というシステムはそういう意味では相応しいのだろうが、生憎SAOの女性プレイヤーは少ない。有名な攻略組の女性プレイヤーはアスナやユリエール、グリセルダなどだが、その三名はいずれも結婚しているので、中々に結婚というシステムを利用出来るプレイヤーは居ない。
結婚していない有名な同じ攻略組の女性プレイヤーならシリカやリズベット、サチ、ヨルコ、アルゴといった面々が居るものの、サチはケイタと、ヨルコはカインズと付き合っているので、他の男にチャンスは無く、シリカとリズベット、アルゴは意中の男が居るらしいのだ。
「そういえばパパ、ママ、今日お会いしたプレイヤーさんが言っていたんですけど、現実ではどのようにして子供が出来るんでしょう?」
「「……うぇ!?」」
爆弾発言が出た。否、現実でも親が子供に聞かれて困る質問ナンバー1だとは聞いた事があるが、まさか自分達もそれを経験する事になるとは、思わなかったため、あまりの不意打ちに言葉が詰まる。
「え、えええと……アスナ、頼む」
「ちょ、キリト君!? わたしに丸投げしないでよぅ!?」
「い、いや…男の俺が説明するのは不味いだろ!?」
「そ、そうだけどー……」
「え~と、ちょっと不味い雰囲気になってるみたいだから、俺はかえ・・・…」
「「逃がすかぁあああ!!」」
逃げようとしたクラインの襟首掴んで縛り付けたキリトとアスナ。攻略組最強のパラメーターとレベルを無駄に駆使してクラインが逃げられないようにする。
「は、離せぇ! お、俺は関係ないだろ! こういう質問は親の二人が答えろよ!」
「そもそも、お前が不用意な事をユイたちに聞かせるのが悪い!」
「そうです! もうこうなったら一蓮托生ですからね!」
「あのー…それで、子供って、どうやってできるんですか?」
「知りたい……」
「「「うっ……」」」
困った。本当の本気で困った。これならヒースクリフやスカル・リーパーとの戦いの方がまだマシだと思えるほどにピンチだ。
「え、え~とねユイちゃん、ルイちゃん、まず子供を作るにはオプションメニューの一番深いところにある倫理コード解除設定を……」
「ストップ! アスナ!! ユイとルイに何を教える気だよ!?」
「ええ!? だ、だってどうしたらいいのかわからないよぅ!?」
パニックになって子供に教えるべきではない事を教えようとしたアスナを何とか止めたキリトだが、ユイとルイは興味深々と言わんばかりに純粋な目を向けており、その目を見ていると自分達が何故か汚れてしまったような気がしてならない。
「あ~…え~……ユイ、ルイ、その、何で現実での子供の作り方を知りたいんだ?」
「はい、いずれパパもママも現実世界に帰ります。でもパパはわたし達を一緒に現実世界で暮らせるようにするって言ってくれましたから、現実世界の事を少しでも勉強しておきたいんです」
「SAOの、常識しか、知らない……現実のお勉強、沢山」
純粋だった。どこまでも純粋に現実世界の事を勉強しようとしているが故の質問だったのだ。だけど、その内容はあまりにも答え難い。
「それでパパ、ママ、教えてくれないんですか?」
「あ~……アスナ、頼む」
「ちょ! また丸投げ!? ……え~と、その…そ、そう! 子供は夫婦の共同作業によって出来るのよ!」
「夫婦の、共同作業…何?」
「うっ!? それはその……き、キスよ! キスすると、子供が出来るの!」
「キスするとですか…あれ? でもパパとママはいつもキスしてますけど、あれってどういう意味なんですか? SAOではプライベートチャイルドシステムはありますけど、現実みたいな出産システムはありませんよ?」
詰んだ。アスナの苦し紛れの誤魔化しは、ユイには通用しなかった。
もっとも、常日頃から娘の前であろうと人前であろうとイチャイチャして、キスまで堂々としていた二人の自業自得と言えばそれまでなのだが。
「き、キリトく~ん!」
「え、となユイ、ルイ…パパとママがキスしてたのはその…現実に戻った時の予行演習なんだ!」
「予行演習…?」
「じゃあ! パパとママは現実に戻れば直に子供が出来るんですね!」
「「……っ!?」」
まずい、これは非常にまずい事になった。
このままでは現実に戻って、ユイたちの前でキスなんてしようものなら、もしくはキスしてるところを見られようものなら、即座に子供が出来ると思われてしまう。
「アスナ、どうする?」
「も、もう何も思いつかない……」
「つか、お前等、娘の前でキスすんなよな」
ごもっとも、クラインの言う通りだった。
「えっとな、ユイ、ルイ…ママの言ってたキスすると子供が出来るってのは、その…間違いなんだ」
「え? 間違いなんですか?」
「じゃあ、どうやって…出来るの?」
「そ、それは…その、まだ二人には早い」
「そうよ! まだユイちゃん達には早いの!」
「「え~……!」」
「う、そのね? ハッキリ言って、説明するのがとても恥ずかしい事なの! だからパパもママも説明出来ないのよ、だからユイちゃんとルイちゃんがいつか大人になると自然と知る事になるから、今は無理に聞かないで……本当、お願い」
心の底から懇願するアスナとキリト、後ろでクラインが笑いを堪えてるのに気づいて後で制裁を決め込み、何とか二人に納得してもらうのであった。
次回は、皆さん大嫌いなあの男の登場です。
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第三十三話 「不審な男」
ソードアート・オンライン・リターン
第三十三話
「不審な男」
アインクラッド攻略も順調に進んでいるとある日、新たに攻略組へと加入を希望してきた新興ギルドのリーダーとキリト、アスナ、ディアベルが面談を行う事になった。
面談場所は76層の主街区、アークソフィアの転移門広場だ。既にキリト達は転移門広場に来ていて、ギルド“ティターニア”のリーダーであるアルベリヒを待っている。
「それにしても、昨日一日で軍を使ってティターニアなるギルドについて調べてみたんだけど、知っているプレイヤーが皆無なのは気になるな」
「だな、いくら新興ギルドだからって、攻略組に行けるようになるほどレベル上げしてたなら、必ず誰かしらが情報を持っているはずなんだけど」
各自、ソロで攻略組レベルまで上げてからギルドを組んだのなら、話は別だろうが、態々そんな事をする意味は無い。
「二人とも、そろそろ時間だよ」
「そうだね、時間は……丁度、待ち合わせ時間だ」
「来たみたいだぜ」
見れば転移門の所に転移反応があった。転移してくる人数は一人、面談はアルベリヒ一人で行うとのことなので、人数は合ってる。
そして、転移してきた人物の姿が顕になり、その人物もキリト達に気付いたのか爽やかな笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきた。
「初めまして、僕がギルド“ティターニア”のリーダーを務めてますアルベリヒと申します」
金髪の青年、豪華絢爛な純白に金の装飾を施した防具と見るからに高価で高性能そうな細剣を腰に差した彼がアルベリヒだった。
まず最初に面談相手となるアスナが挨拶をし、次に補佐としてこの場に居るディアベルが挨拶を終わらせる。
「いやぁ、高名な黒閃騎士団の副団長様に、アインクラッド解放軍の2大リーダーの一角にお会いできるとは、光栄の極みです」
「いえ、それで彼がキリト君、わたしが副団長を務めてます黒閃騎士団団長です」
「これはこれは! 噂に名高き黒の剣士様にまで面談していただけるとは、武者震いがしてきますな」
一見、普通の好青年に見える。だけど、何故だろうか……キリトの目には彼、アルベリヒの爽やかな笑みも、穏やかそうな雰囲気も、何もかもに違和感を感じて映るのだ。
「まず、お聞きしたいのはティターニアの構成人数と、その中で攻略に参加可能な人数です」
「僕を入れて6人のギルドですが、全員参加可能ですよ。皆、攻略組でもトップクラスに引けを取らないレベルだと自負しております」
事実上の攻略組トップを目の前にして、随分と強気な発言だが、これくらいの気概が無ければ攻略組としてはやっていけないので、この辺りは合格だろう。
勿論、それがただの強がりではなく、純然たる事実であり、それだけの自信があるというのはアルベリヒの表情からも窺えた。
「もし仮に攻略に参加するとなると、6人構成なら他のギルド…風林火山、月夜の黒猫団、黄金林檎の3つのギルド、またはソロの方々とも組んで戦ってもらう事になりますが、その辺りは問題ありませんか?」
「ええ、同じ攻略を志す同志と共に戦うのですから、それについては問題ありませんよ」
態度、姿勢、全てが何一つ欠点の無い好青年、しかしそれ故に感じる違和感に、キリトだけでなくアスナもディアベルも気付き始めたようだ。
「それじゃあ、最後だけど、僕たちの誰かとアルベリヒさん、デュエルをしてもらえるかな? 一応、試験という形で実力を見ておきたい」
「構いませんよ、そうですね……ではお相手に黒の剣士様をご指名してもよろしいですか?」
随分な自信家なのか、ただの馬鹿なのか。攻略組最強を誇るキリトを指名してきた。勿論、キリトの方に異存は無い。
剣を交える事で見えてくるものもあるし、実際にこの男の本性を見るのであれば、戦ってみるのが一番だ。
「じゃあ、デュエルは初撃決着モードで」
「いや、アスナ、半減決着モードでやらせてくれ」
「え? でもそれだと……」
「僕は構わないですよ、初撃決着で早々に終わってしまっては流石に面白くない」
キリトの提案に案の定と言うべきか、アルベリヒも乗ってきたので、アスナも文句を言えず許可を出した。
直にキリトはアルベリヒへデュエル申請を出すと、アルベリヒもそれにOKを出し、半減決着モードを選択する。
デュエル開始のカウントダウンが始まればキリトは背中からエリュシデータとダークリパルサーを抜き、アルベリヒも腰に差していた高スペックだと一目で分かる細剣を抜いて構えた。
「……ふふん」
「……(やっぱりな)」
アルベリヒの構えを見て、キリトだけではない、アスナもディアベルも完全に気付いた。彼はレベルこそ攻略組トップクラスのレベルだろうが、その本人の腕前は素人丸出しだったのだ。
構え自体も実に教科書どおりというか、現実でのフェンシングの基本的な構えで、隙だらけで気迫など欠片も持ち合わせていない。
「デュエル、始め!」
アスナの号令と共にカウントが0になり、アルベリヒが先手必勝とばかりに突っ込んできた。
思っていたより素早い動きに驚きながらアルベリヒの刺突をエリュシデータで反らしながら後方へ下がり、追ってくるアルベリヒの細剣をダークリパルサーで弾き返す。
「(ステータスは、中々高い…下手したら俺やアスナよりもだ。でも、システムアシストの無い動きは完全に素人、動きが完全に読めてしまう)」
「ふん! せい! どうです? 僕の実力、中々のものでしょう? 流石の黒の剣士様といえど、防戦一方になってしまいますかな?」
アルベリヒの猛攻を反らし、弾きながらデュエルを見ているアスナとディアベルの様子を窺う。すると、二人もキリトと同じ感想を抱いたのだろう。少し険しい表情でアルベリヒの動きを追っている。
「なぁアルベリヒさん、あんた…今が全力か?」
「なっ! そ、それは僕が、弱いとでもいうつもりか!?」
「……」
簡単な挑発に面白いくらいに引っ掛かった。今までは余裕の表情だった顔も、屈辱に塗れた歪んだ表情へと一変しており、剣筋も元々鈍かったのが更に鈍さを増してしまう。
「い、いいだろう……僕が本当の戦いというものを教えてやる!」
「っ!?」
言うや否やアルベリヒがつま先を地面に深く抉りこませて思いっきり蹴り上げると砂埃のエフェクトが舞い、キリトの視界が0になった。
「(古典的過ぎる…子供騙しの戦術じゃないか)」
だけど、この程度でキリトが焦るはずも無く、細剣が迫り来る風切り音と直感を頼りに地面を転がると、丁度キリトの顔を狙っていた細剣を余裕で避けてしまう。
「くそ、運よく転んだか」
「どうした? 本当の戦いというのを見せてくれるんじゃなかったのか?」
「くっ…っ!」
今度は少し後退したアルベリヒは深く腰を沈めて細剣の切っ先をキリトに向けて構える。
ソードスキルでも発動させるのだろうと予想し、キリトも両手の剣にライトエフェクトを発動させてソードスキルをスタンバイした。
「これが僕の最高の攻撃だ! てあああああ!!」
呆気に取られるとはこのことなのだろうか。アルベリヒはソードスキルを使う事も無く、ただそのまま突っ込んできただけだ。
突き出してきた細剣を弾きながらキリトはソードスキル、ダブルサーキュラーを発動し、無防備な胴体に剣を当て、その突進力をそのままに背後へ移動すると、シャインサーキュラーによる15連撃を叩き込む事でデュエルに勝利するのだった。
「ば、ばかな…僕が負けるなんてありえない! どこかおかしいんじゃないのか!? このクソゲー!」
呆れた。まさか自分の未熟、実力不足をゲームの所為にしてしまうとは、本当にこの男は2年もアインクラッドで生きてきた戦士なのだろうか。
「アルベリヒさん、申し訳ないんですが、攻略組への参加は、もう少し見送りということで……」
アスナがそう持ちかけるのも無理は無い。アルベリヒの実力はレベルやステータスこそキリトやアスナを上回るほどなのだろうが、その中身……アルベリヒ本人の戦闘経験がまるで無いのだ。
ただ素人が高レベルアバターを動かしているかのような違和感、ソードスキルの存在を知らないのではないかと言いたくなる自称:最高の攻撃、何もかもが攻略組に通用するものではない。
「能力的に、問題は無いかと思うのですが……」
「いや、アルベリヒさんはまだ攻略というものを実際には知らないだろうけど、最前線というのはレベルやステータスが高いから通用するというものではないんだ。それに伴うプレイヤー本人の経験も必要になってくる」
引き下がろうとしないアルベリヒだったが、ディアベルの言葉に反論しようにも出来ず、ただただ屈辱だという表情を浮かべ、直ぐに爽やかな笑みを浮かべてアスナの方を向いた。
「わかりました、ですが…きっとその内、僕の力が必要になる日が来ると思いますよ……では、これで」
転移門から去って行ったアルベリヒを見送り、キリト達は改めてアルベリヒという男について話し合う事になった。
「どう思う?」
「う~ん、とてもじゃないけど、あの腕で攻略組クラスのレベルになったなんて、思えない」
「ああ、僕も同意見だ。あの腕前は明らかに素人だ。素人の腕前で攻略組クラスのレベルになるなんて不可能、つまり……」
「あの男、何かあるな…」
それに、実際に戦ってみてキリトが気付いたのは、アルベリヒは素人でも戦いをするのが今回初めてだと言っても過言ではない事だ。
彼の戦い方はまるで教科書でも読んだだけのような基本的な動き方、構え方で、戦術のせの字も無い。
あまりにも戦いというものを知らなさ過ぎるのだ。その彼が2年もアインクラッドで生きてきたとはとても思えなかった。
「(まさか…あの男が? 少し、詳しく調べるべきか)」
アインクラッドに侵入した悪意、もしかしたらもしかするかもしれない。キリトは早速だが鼠のアルゴへメールを送り、アルベリヒについて調べてもらう事にするのだった。
次回は、恐らく彼女が出てきますよ……両手剣を持った彼女が。
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第三十四話 「記憶無き紫色の妹」
ソードアート・オンライン・リターン
第三十四話
「記憶無き紫色の妹」
攻略も順調に進み、遂に80層に到達した日、キリトとアスナは知り合いを呼んで自宅でパーティーを開いていた。
参加しているのは主催者のキリトとアスナ、ユイ、ルイの他にクライン率いる風林火山、グリセルダ率いる黄金林檎、ケイタ率いる月夜の黒猫団の全メンバーとディアベルと、その恋人のミネア、シンカーとユリエール夫妻、ブルーノだ。
黒閃騎士団からもシリカ、リズベット、リーファ、シノン、クルミ、ベル、モスキート、エギルが参加しており、テラスも開放しての立食パーティー状態だった。
「しっかし、俺達も随分とまぁ攻略が進んだよなぁ」
「何だクライン、いきなり」
「いやよ、エギルだってそう思うだろ? 2年前は100層まで攻略なんてぜってぇ無理だって思ってたのによ、今じゃ80層だぜ?」
そう、思えば随分と登ってきたものだ。特にキリトとアスナにとって76層からは未知の領域、だというのに相当早いペースで登ってきたものだと思う。
「残り20層、クォーターポイントももう無いから比較的早く100層まで行けるとは思うが……」
「キリト君、何か心配事かい?」
「ディアベル…まぁ、少しな」
キリトが不安に思っているのは、この世界に現れた少なくないバグ、高層になるにつれて上がるモンスターのレベルとバグも追加されて出現率の上昇したMobモンスターの数。
少しでも油断すれば攻略組の人間だろうと命を落としかねない状況が出始めてきたのだから、不安を抱いても不思議ではない。
それに、謎の高レベルギルド、ティターニアの存在や未だ見つからないMHCP02ストレアの事、考えなければならない事がまだまだ沢山あり、流石のキリトも最近は疲れている。
「ねぇねぇシノのん! 最近はどう? レベルとか」
「リーファと一緒にシリカとエギルの指導で何とかやっていけてるわ、レベルも73よ」
「あたしも今74になって、片手剣スキルはマスターしました」
「凄いじゃない! もう少し頑張れば攻略にも参加できるね!」
アスナはアスナでシノンとリーファ相手に話し込んでいた。
此処最近になってシノンとリーファのレベルはどんどん上がり、既に70を突破、後20上がれば攻略組に合流できるというところまで来ていて、アスナもそれを喜んでいる。
「あ、それでアスナとキリトに、相談があるのよ」
「シノのんがわたしとキリト君に? 何々?」
「これなんだけど、今日スキルの確認をしてたら昨日まで無かったスキルが入ってて、特に問題無いかなって思ってそのままにしておいたけど、ソードアート・オンラインって名前の世界に随分と似つかわしくないスキルなのよ」
シノンが見せたのは自身のステータス、その中でも習得スキル一覧だ。
シノンが習得しているスキルは短剣、体術、投剣、索敵と、攻略組として戦う上で必須のスキルだ。リーファも短剣ではなく片手剣だが同じ内容になっている。
だけど、その中で異色のスキルが一つだけ存在していた。それこそが……射撃。
「……え、射撃?」
「何?」
アスナの呟きが異様に響き渡った気がする。誰もが振り返り、シノンのスキルを確認し、その中に射撃が存在していることを知った。
「ちょ、ちょっと待て! SAOって確か射出武器とか無かったよな!?」
「その筈だね、僕が知る限りでも無いはずだ」
「精々が投剣くらいだろ?」
クライン、シンカー、ブルーノの言う通り、SAOには投剣スキルくらいしか遠距離攻撃手段は存在していない。
銃や魔法といった射出攻撃手段は存在していないのだ。だが、射撃というスキルは確かにシノンのスキル一覧に存在しており、同時にそのスキルの存在に見覚えのある者が二名、この場には居た。
「キリト君…これって確か」
「ああ、間違い無い」
以前、カウンターアカウントを入手した時に見たユニークスキル一覧、その中に存在していたのだ……射撃というスキルは。
「シノン、よく聞いてくれ」
「キリト…?」
「射撃…このスキルはエクストラスキル、それも俺の二刀流やアスナの神速と同じユニークスキルだ」
第4のユニークスキルの登場に、場が騒然となった。
ヒースクリフの神聖剣、キリトの二刀流、アスナの神速に続き、新たなユニークスキルが登場して、それをまさか新参者のシノンが習得するとは誰も予想がつかなかったのだから、当然と言えよう。
「ユニークスキルって、そんなに凄いの?」
「ああ、普通のスキルは誰だって習得出来るし、エクストラスキルも条件を満たせば同じく誰でも習得出来る、でもユニークスキルだけは別だ」
「ユニークスキルはね、何らかの条件を満たしたプレイヤーが発生した時、そのプレイヤーのみに与えられ、それ以降はほかのプレイヤーには同じ条件を満たしたとしても入手することは出来ない、たった一人の為のスキルなの」
神聖剣はヒースクリフだけに、二刀流はキリトだけに、神速はアスナだけに与えられ、許されたオンリーワンスキルとなる。
そして、この射撃はシノンのみに許され、他の誰にも習得は不可能のスキルとなったのだ。
「それはまた…オンラインゲームにそんなものが存在してて良いものなの?」
普通は良くない。たった一人にのみ許されたスキルなどゲームバランスの崩壊の危険すらあるのだから、普通のオンラインゲームならまず有り得ない事だ。
だけど、このユニークスキルを開発した茅場晶彦が何を考えてこのスキルを製作したのか、それを知る者はキリトとアスナ、ユイ、ルイ以外には存在しない。
「なぁキリト、ユニークスキルってそんなにポンポン現れるものじゃねぇよな?」
「ああ、何らかの要因が重なって、シノンがその条件を一番最初に満たしたんだろうな」
ヒースクリフは不明だが、キリトは全プレイヤー中最高の反応速度を持っていたが故に二刀流を、アスナは全プレイヤー中最速の速度を持っていたが故に神速を許された。
つまり、シノンにも全プレイヤー中でシノンだけが最も高い何かを持っていたからこそ、射撃を許されたという事だろう。
「シリカ、エギル、シノンの戦い方とかで、何か射撃に結び付けられそうな事ってあるか?」
「え、ええと…そうですねぇ、私は特に気付きませんでしたけど」
「俺もだ…と言いたいが、もしかしたらって仮定はあるぜ」
エギルの仮定とは、シノンが戦闘を行う際、投剣を頻繁に使用していたという事だ。それも牽制用に使うのではなく、確りと狙って、確実に命中させるように。
その命中率は恐らくエギルが今まで見てきた全プレイヤー中最高のものだろうとの事だ。
「もしかすると、それ当たりかもな」
投剣スキルの命中率が全プレイヤー中最高だから、シノンには射撃が許されたのだ。キリトが知る手裏剣術というユニークスキルではなく、射撃が。
おそらく、シノンが投剣スキルの命中率ではなく、別の何かが高ければ手裏剣術になっていた可能性もある。
「(案外、クラインもユニークスキルを習得できたりしてな)」
そんな事を考えつつ、キリトはシノンの射撃についてこれからの事を話し合う事にした。
射撃というからには何か射出武器を使う事になるのだろうが、生憎今まで誰一人としてアインクラッドで射出武器を見たことは無い。
そもそも、そんな武器が存在しない事が前提の世界で、そんなものを探そうという者など居るはずも無いだろう。
「世界観から考えて銃は無いよなぁ」
「だとすると、弓とか、その辺りか? いや、待て…弓か」
エギルが突然何かを考え込みだした。
暫く考えて、漸く何かを思いついたのか、パッと顔を上げてキリトとシノンを交互に見ると、ニッと不敵な笑みを浮かべる。
「あるぜ、弓…俺の店じゃないが、確か79層主街区の裏路地へ入ったところにNPCの店があるんだが、そこに確か弓が置いてあったはずだ、まぁ店のオブジェクトの可能性もあるし、購入出来るかまでは確認してないけどな」
エギルの情報は可能性の話とは言え一歩前進と言えよう。ユニークスキルを習得しても、それを活かせる武器が存在しなければどうする事も出来ないので、それが手に入る可能性を提示してくれただけでもありがたい。
「それじゃあ、明日はシノのんの弓を見に行こうよ!」
「良いわね、アスナ、アタシも付き合うわよ」
「じゃ、じゃあ私も!」
「あたしも付き合います!」
こうして、明日はアスナとシノン、リズベット、シリカ、リーファの5人で79層へ行く事になった。
生憎だがキリトはその日、アルゴに会う事になっているので行けない。なので、ユイとルイも連れて行ってもらう事になる。
翌日、アスナ達が79層へ向かったのと同時にキリトもアルゴの下を訪れ、ティターニアについてとストレアについて情報を聞いてきたのだが、特に目新しい情報は無く、昼食を共にしてから別れて一人、76層のアークソフィアに来ていた。
「……ん?」
アークソフィアの市街地を歩いていると、ふと何者かに追けられている気配を感じた。
キリトの索敵には引っ掛からないところを見ると、恐らくはハイディングスキルで隠れているのだろうが、名立たるオレンジやレッドプレイヤーが居なくなった今、そんな事をするプレイヤーに心当たりが無い。
「すこし、確かめてみるか」
キリトは人通りの少ない路地裏に歩みを向けると、追けている人物が間違いなく同じ路地裏に入ってきたのを確認した。
気付かないフリをしながら次の曲がり角を曲がるとその場で跳躍、窓の縁を掴み壁を蹴るとキリトの後ろを追けていた人物の真後ろに着地する。
「っ!? び、ビックリしたぁ」
「あんた、さっきから俺を追けてたけど、何か用があるのか?」
キリトを追けていたのはキリトより少し年上であろう少女だった。
薄紫色の髪をボブカットにして、紫色の軽鎧とミニスカート姿に、谷間が拝める巨乳と大きな両手剣が特徴的な少女だ。
「それで、なんで追けてたんだ?」
「ん~…それがアタシにもよくわかんないんだよねぇ」
「…は?」
「いや、何とな~くブラブラしてたら、アナタの姿が目に入って、何でか知らないけど後を追けたくなったの」
「あんた、名前は…?」
随分とフランクな少女だが、追跡理由が適当過ぎる。これでは怪しんでくれと言っているようなものだ。
だが、彼女の名前を聞いた瞬間、キリトの表情は驚愕に彩られることになる。
「アタシはストレア、見ての通り両手剣使いだよ!」
「っ! すと…れあ……」
ストレア、それはキリトが探していたMHCP02……メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作2号の名前であり、茅場晶彦が会えと言っていた人物の名前だった。
「それで、アナタの名前は?」
「え、あ……」
「アタシだけ名乗って不公平じゃん~」
「わ、悪い…俺は、キリトだ」
「キリト、キリトね、うん! よろしくキリト!」
何の邪気も無い天真爛漫の笑顔、顔つきは何一つ似てないというのに、こういった所はユイやルイにそっくりで、彼女が間違いなくユイとルイの妹なのだと、実感させられる。
「それじゃあキリト! アタシそろそろ帰るから、また会おうね~!」
「え、あ、おい!」
「じゃあね~!」
ご丁寧に投げキッスをして走り去って行ったストレアを、追う事は出来なかった。
彼女が本当にメンタルヘルスカウンセリングプログラムなら、ユイやルイと違って防具や武器まで持っていたのは何故なのか、ハイディングとはいえスキルを使う事が出来たのか、様々な疑問が浮かび、この日は結局、ホームへと帰るのだった。
次回は話はストレアが中心になるかと思います。
後はインフィニティ・モーメントであったイベントをちょっと…ゲロ甘注意w
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第三十五話 「MHCP02」
ソードアート・オンライン・リターン
第三十五話
「MHCP02」
「ええ!? ストレアに会った!?」
MHCP02ストレアに会った日の夜、キリトはログハウスでアスナ達にストレアと会った事を話していた。
間違いなくストレアと名乗った事、ハイディングのスキルを使った事、両手剣を装備していた事、気に掛かる点は全て話した。
「でも装備は不思議じゃないよね? ユイちゃんやルイちゃんだって装備は出来るし」
「ああ、そっか……」
そう、ユイとルイはステータスウインドウこそプレイヤーの物と違うが、きちんと服などの装備が可能であり、やろうと思えば武器だって装備出来るのだ。ただ、それはキリトとアスナが子供に武器を持たせるのは危ないからと禁止しているだけ。
だが、流石のユイとルイでもスキルを使う事は出来ない。スキルに関しては完全にプレイヤー専用の物であり、メンタルヘルスカウンセリングプログラムがスキルを使うというのは不可能なのだ。
「パパ、もしかしたらストレアは未使用のアカウントを使用しているのではないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「SAO初回購入者1万人の内、デスゲーム開始時にアカウントを取得していてもプレイしなかったプレイヤーが若干名……その中のアカウントを一つ使用してバグによって破損した箇所を補っている可能性がある」
ルイが言うには、ストレアはユイやルイ同様にバグの蓄積により大きくデータが破損している可能性が高い。
それを補う為に未使用のプレイヤーアカウントに自身のデータをインストールし、メンタルヘルスカウンセリングプログラムでありながらプレイヤーとして、この世界に顕現したのではないか、との事だ。
「じゃ、じゃあ……もしストレアのHPが0になったら」
「パパの想像通りです。ストレアという存在が永遠に失われてしまいます」
相当やばい状況だという事だ。
76層に居たという事はそれなりに腕が立つのかもしれないが、油断したが最後、待っているのは死の世界なのだから、急ぎストレアを保護しなければこの先に待ち受けているストレアを必要とする何かに対処出来なくなってしまう。
「明日、もう一度アークソフィアに行こうと思う……また会おうって言ってたから、もしかしたら会えるかもしれない」
「その時は私も一緒に行くよ、キリト君一人だと不安だし」
「って、おいおい酷いなぁ」
だが、アスナが一緒に来てくれるのは正直助かる。いくら相手がMHCPだからと言っても元来キリトはコミュ障なのだ。
一人では上手く話を出来るか不安だったので、アスナが一緒なら心強い。
「パパ、私も一緒に行きます」
「私、も……」
「ユイ、ルイ……」
「同じMHCPとして、お姉ちゃんとして放ってはおけませんから」
「うん……」
キリトが見たストレアは、おそらく自分がメンタルヘルスカウンセリングプログラムであるという自覚が無かった。ユイの時と同様に記憶が欠落してしまっている可能性が高い。
だからこそ、同じ境遇だったユイは絶対にストレアを救いたいという気持ちが強いのかもしれない。自分が嘗てMHCPだったという記憶を失っていたから、だからこそ。
「わかった、ユイとルイも一緒に行こう」
「ありがとうございます! パパ!」
「ん……お父さん、好き」
愛娘達の笑顔が何よりも嬉しいキリトと、それを見て呆れ顔しつつも同じ様な感情を浮かべているアスナ。誰がどう見ても間違い無く、親馬鹿此処に極まれり、である。
翌日、キリトはアスナとユイ、ルイを連れて76層のアークソフィアに来ていた。
昨日ストレアと会った場所に来てみたのだが、そうそう上手く出会える訳も無く、2~3時間くらいはぶらぶらと歩き回っていただろうか。
やがてユイとルイが疲れたと言ったので、近くのオープンテラスの喫茶店に入り、休憩をしていたのだが、ふとキリトの視界に見覚えのある人影が映った。
「居た!」
「え!? どこどこ!?」
「お~い! ストレア!!」
キリトが見つけた薄紫色の髪の少女、間違いなくストレアだ。
大声でストレアを呼ぶと、彼女もそれに気付いたのかこちらを振り向き、キリトの姿を見つけると笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「こんにちはキリト! 今日はどうしたの?」
「やぁストレア、今日はちょっとストレアを探してたんだよ」
「へぇ、アタシを……」
ストレアがちらりとアスナ、ユイ、ルイに視線を向けたので、キリトはストレアに空いている席に座らせて改めて自己紹介とアスナ達の紹介をする事にした。
「改めて、ストレア……知ってるとは思うけど、俺はキリト。ギルド黒閃騎士団で団長をしてる」
「初めましてストレアさん、アスナです。黒閃騎士団の副団長で、キリト君の妻です」
「ユイです! パパとママのプライベートチャイルドです」
「ルイ……同じくプライベートチャイルド」
「あはは、よろしくね~。アタシはストレア! 見ての通り大剣使いだよ」
アスナから見てもストレアは普通のプレイヤーと何も変わらない様に見えた。見た目の年齢もアスナとほとんど変わらないくらいか。とてもではないがユイやルイと同じMHCPには見えない。
だが、ストレアという名はルイの言葉を信じるのであれば間違いなくMHCP02、ユイとルイの妹なのだ。
「ストレア、ストレアは何処かのギルドで活動してるのか?」
「ギルド? ううん、アタシはソロで活動してるかな」
「ずっとソロで? ソロプレイヤーは珍しく無いけど、これだけの高層になると危険じゃない?」
「そうだねぇ、でもアタシ強いし、今の所は大丈夫だよ」
ソロでこんな高層に居るという事は彼女もそれなりに戦えるのだろう。ただ、いつからこの世界に具現化したのか、どれだけの実戦経験があるのかまでは流石に判らないが。
「それでキリト達は何かアタシに聞きたい事が他にあるんじゃない?」
「「っ!」」
「何か隠してるっぽいもんね」
流石、メンタルヘルスカウンセリングを行うプログラムというだけあり、ユイやルイ並みに鋭い。
流石に隠し切れないだろうと予想して、早速だがアスナが本題を切り出す事になった。
「ねぇストレアさん……貴女、いつからフィールドで活動するようになったか、覚えてる?」
「え? いつからってそれは……あ、あれ?」
アスナの質問に、ストレアは答えられなかった。当然だろう、少なくとも第1層からずっと活動していた訳ではない筈なのだから。
「あのね、さっきはルイちゃんの事をプライベートチャイルドって紹介したけど、この子……実はメンタルヘルスカウンセリングプログラム……MHCP01‐RUIって言うの。聞き覚えあるわよね? MHCP02である貴女なら」
「っ!? MHCP……あぁ……そう、そうよ。確かにアタシ……」
MHCPという言葉でストレアの失われた記憶が蘇ろうとしている。いや、記憶が蘇るというのは彼女にとっては語弊があるだろう。正確にはバグによってロックが掛かっていた記憶が解凍され、思い出せなかった記憶が思い出せるようになったというのが正しいだろうか。
「ストレア、辛いことを思い出させると思うけど……いつ、カーディナルの呪縛から離れたのか、思い出して欲しい」
「カーディナル……そう、確かあれは……攻略が75層フロアボス終了後直ぐ、ゲームマスターとプレイヤーが戦ってた時に起きたエラーが原因で、カーディナルの監視が一時的にダウンしたから、余っていたアカウントにアタシのデータをロードして……会いたかった、絶望ばかりが支配していた筈のアインクラッドで唯一、最初から愛情や幸福といった感情を持っていた二人のプレイヤーに……」
ユイやルイの時と同じだ。
彼女もまた、カーディナルによってプレイヤーとの接触を禁じられ、蓄積していくプレイヤーの負の感情によるバグやエラーに耐えていた中で目にした幸福という感情を持つキリトとアスナに、会おうとしていたのだ。
「思い出した……そっか、アタシってプレイヤーじゃなかったんだ」
「そうだな。でもプレイヤーじゃないからって、そんなの関係無い」
「キリト……?」
「ストレア……私は、お父さんと……お母さんに会って、カーディナルに、操られるだけの存在じゃないって事……教えてもらった」
「私達AIであっても、パパとママは娘だって言ってくれて、目一杯愛してもらっています。ストレアも、きっとわたし達みたいな生き方が出来ますよ!」
「カーディナルに、操られるだけの存在じゃ、ない……そう、なのかな?」
「ああ、もし君が望むのなら、俺はストレアをカーディナルから切り離す事が出来る」
ユイやルイの時と同じ。システムコンソールを操作してストレアのシステムをカーディナルから切り離せば良い。
今ならユイとルイのGM権限とキリトのカウンターアカウントがあれば前よりも容易に行えるだろう。システムに弾き飛ばされる事も、妨害される事も無いはずだ。
「ねぇキリト君、ストレアさんのデータは何処に保存するの? ユイちゃんはキリト君の、ルイちゃんはわたしのナーブギアにあるローカルメモリに保存してあるよね? 余裕、ある?」
「ああ、ナーブギアのローカルメモリ自体の容量はそれなりに大きいからな。二人分くらいならギリギリ大丈夫なはずだ」
だからストレアのデータはキリトのナーブギアにあるローカルメモリに保存するつもりだ。
「ストレア、どうかな? 俺達はストレアを家族として迎え入れる用意がある。君が望めば、俺はストレアの父親になっても良い」
「わたしも、お母さんになってあげるよー」
「わたしはお姉ちゃんです!」
「私、も……お姉ちゃん」
「良いの……? アタシ、まだ皆に会ったばかりなのに、いきなり家族に迎え入れて」
そんな事を気にするキリトやアスナではない。むしろ、ユイとルイの妹なのであればキリトとアスナにとってはストレアとて娘である事に違いは無いのだ。
「なら、よろしく、お願いするね……父さん、母さん、ユイ姉さん、ルイ姉さん」
こうして、黒の剣士一家にまた一人、家族が増えた。
メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作2号にして、黒閃騎士団の一員となった大剣使いストレア。
また新たな幸せを掴んだ彼らに、黒い魔の手が忍び寄っている事に、まだ気付く事は無かった。
「いやぁあああああああ!!!!! 助けてぇえええええええ!!!!!」
「出してくれ! 此処から出してくれぇええええ!!」
いくつかの叫び声が響き渡るとある場所で、幾人かのプレイヤーが機械らしき物に繋がれ悲鳴を上げている。
そんなプレイヤー達の前で、金髪の青年が下卑た笑みを浮かべながら何かを操作しては悲鳴が更に大きくなった。
「ククク……いやぁ、最高の環境じゃないか。此処なら向こうでやってた研究の続きが出来るし、披検体なんて腐るほど居る。正に僕の為に用意された世界と言っても良いねぇ」
迫り来る悪意は、直ぐそこまで来ていた。
次回は再び出ますよ、みんなの嫌われ者。
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第三十六話 「事件発生」
ソードアート・オンライン・リターン
第三十六話
「事件発生」
ストレアがキリト達の家族になってから一週間、攻略にストレアが参戦する事になり、攻略ペースは更に上がったと言えよう。
既にアインクラッド攻略も89層に到達し、残すところ11層でこの世界をクリア出来るというところまで来ていた。
そんなある日の夜の事だ。キリトとアスナ、ユイ、ルイ、ストレアが22層のログハウスでのんびりと寛いでいた所にアルゴが尋ねてきたのは。
「今日、此処に来たのはキー坊たちにとある情報を提供するためダ」
「情報? いくらで売りつける気だよ」
「いや、ちょいと真面目な話なんダ……情報料も無料ヨ」
いつものアルゴの軽いノリじゃない。それだけで尋常じゃないほど真剣な話であると予想出来たキリトは茶化すのを止め、アスナもアルゴに出したティーカップに紅茶を淹れた後、キリトの横に座り、ユイとルイは大きなソファーにストレアを挟み込む形で座る。
「最近、中層、下層プレイヤーが行方不明になる事件が続発しているんダ。生命の碑を見ても行方不明になったプレイヤーの名前に横線が入っていないことから、生きているのは確実なのだガ……最初に行方不明になったプレイヤーは既に2週間、誰も姿を見ていないらしイ」
フレンド登録をしているプレイヤーが現在地を確認しても不明と出るだけで、その行方不明になったプレイヤーとは以後、音信不通状態になっているとのこと。
「更に最悪なのは、一昨日前……ついに攻略組のプレイヤーからも行方不明者が出てしまった事だナ」
「攻略組の奴まで!?」
「うそ……」
行方が判らなくなったのは攻略組のソロプレイヤーの一人らしい。
一昨日前にフレンドのプレイヤーと飲んで、そのまま別れてホームに帰ったらしいのだが、翌日会う約束をしていたにも関わらず現れず。現在地を調べても不明、生命の碑にも横線が入っていなかったことから、同じ行方不明事件の被害に遇った可能性があると思われている。
「今、この情報は現在アインクラッドに存在する全てのギルドに通達している所ダ。ソロプレイヤー達や非戦闘プレイヤー達にもフレンドを通じて情報を流して貰っていル」
「判った。ちょっと問題だな……アルゴ、明日攻略組ギルド……いや、現在アインクラッドに存在している全ギルドの団長を集めて欲しい」
「何をする気ダ?」
「対策会議とか、色々と話し合わないといけないだろ。特に、攻略組から今後も行方不明者が出て攻略が遅れるのはそろそろ時期的に不味い」
既に何名か、アインクラッドでHPが0になった訳でもないのに死亡したプレイヤーが存在している。
恐らく、現実世界で死を迎えてしまったのだろう。これ以上の攻略の遅延は危険なのだ。故に、そうならない為にも対策会議をしておく必要がある。
「判ったヨ。明日、場所ははじまりの街の広場でいいカ? あそこなら広いから集まれるだろウ?」
「ああ、構わない。時間は正午で、必ず副団長と二人で来る様にも伝えてくれ」
「判っタ」
一人で来させないのは行方不明事件の対策の為だ。もし来る途中で行方不明にでもなられては大変なので、必ず一人で来ることを禁じておかなければならない。
それを理解してか、アルゴも深く問わずに頷き、早速メッセージの作成に入った。
数分後、キリトとアスナにアルゴからのメッセージが届き、それが先ほど話し合った内容と、明日の正午にはじまりの街の広場に集合という旨が書かれているのを見るに、恐らくはアインクラッド全ギルドの団長、副団長にメッセージが送られたのだろう。
「じゃあ、俺っちは帰るヨ。キー坊、アーちゃん、ユー嬢ちゃん、ルー嬢ちゃん、スーちゃん、またナ」
アルゴが帰宅した後、キリトはソファーに座ったまま先ほどの話の内容について考え込んでいた。
以前、茅場晶彦が言っていた悪意とは、この事なのではないか。そう思えてならない。そう考えると嫌な予感がしてくる。
生命の碑に横線が入っていないという事は死んでいない。それは間違い無いのだろうが、だからと言って無事であるとは断言出来ない。
「アスナ、どう思う?」
「う~ん……今は情報が少なくて何とも言えないけど、確かなのは何者かに誘拐されているって事、かな」
「だよなー……そうなると今生き残っているプレイヤーが……8000人ちょいだっけ? その中から犯人を探し出さなきゃいけないって事だ」
「ちょっと、無理があるよねー……」
流石に何千人単位のプレイヤーの中から候補を搾り出すのは不可能だ。勿論、黒鉄宮の牢獄に入っている犯罪者プレイヤーは候補から外れるにしても、それでも数十人程度減るだけで、意味が無い。
「父さん、母さん、もう少し候補が絞れるんじゃない?」
「ストレア?」
「だって、攻略組の人も行方不明になるって事は、犯人は少なくとも攻略組レベルのプレイヤーって事だよ。だったら8000人から200人ちょっとくらいまでは絞れる」
現在、攻略組の人数は150名ほど。そして攻略組ではないが、それに順ずるレベルのプレイヤーも入れればストレアの言う通り200名ほどに絞れる。
「なるほど……でもそれでも多いよなぁ」
何にしても、明日の対策会議で色々と検討されるだろうから、その結果次第だ。
今日の所はこのくらいにして、早々に寝ることにした。明日は会議で大忙しになるのは間違い無いだろうから、キリトとアスナも今日ばかりは熱い夜を過ごす事無く眠るのであった。
翌日、キリトとアスナは第1層はじまりの街にある中央広場……2年前、茅場晶彦によってデスゲーム開始宣言が行われたあの広場に来ていた。
既にアインクラットに存在する各ギルドの団長、副団長が数名集まっており、姿を現したキリトとアスナを見て少しばかりざわつく。
「有名人は色々大変だねー」
「お互いにな」
攻略組トップギルドにして、アインクラッド最強夫婦と名高い黒の剣士キリトと閃光のアスナが揃って現れたのだ。当然、その知名度はアインクラッドで知らぬ者は居ないほどであり、中層や下層ギルドのプレイヤーにとって初めて顔を生で見る事が出来た今日という日、興奮する者や、憧れの眼差しを向けてくる者ばかりだった。
「ようキリト! アスナさん! 相変わらず有名人はどこ行っても騒がれるのな」
「クライン、来てたのか」
「おうよ! ……って、テンション上げたいところなんだけどよ、流石に今日ばかりはそうも言ってらんねぇよな」
クラインも既にアルゴから聞いているらしく、珍しく表情が真剣だ。
「やぁキリト君、アスナさん、クライン君、88層のボス戦以来だね」
「ディアベル、流石にはじまりの街を根城にしてるだけあって、軍は到着が早いな」
「まぁね」
「それに、ワイらも今回の話は聞いとる。真剣にならなアカン場やさかい、遅れるわけにイカンやろ」
ディアベルの後ろに居たキバオウも、今回の話を重く受け止めているのか、いつもの不機嫌な表情ではなく、見たことも無いくらい真剣な眼差しをしていた。
他にも聖竜連合からブルーノとその副官が、血盟騎士団からも正式に団長となったゴドフリーが副団長を連れて集まっている。
そろそろ会議の時間である正午、これでキリトの見覚えのある面子は揃ったと言えよう。
「おや、黒の剣士様じゃないですか、お久しぶりですねぇ」
「っ! お前は……アルベリヒ」
突然、キリトの後ろから掛けられた声に驚き、振り返ると、そこには以前攻略組入りを希望し、残念ながら見送られ、それ以降の音沙汰が無かったギルド、ティターニアの団長であるアルベリヒが立っていた。
相変わらず爽やかな笑みを浮かべ、キリト達を……どこか見下した眼差しを向けている。
「昨夜突然メッセージが届いて驚きました。まさか行方不明者が出ているとは……及ばずながら、この僕も、そしてティターニアの全メンバーも事件解決に尽力させて頂く所存ですよ」
言葉は頼もしいのだが、何故だろうか、その言葉に全く感情が込められていない様に感じる。
いや、それどころかこの状況を面白がっているようにも思えなく無いのだ。まるで、行方不明者が出たことで心配し、こうして集まった皆を箱庭の上から観察しているかの様な……そんな印象だった。
「……」
「おや、これはこれは閃光のアスナ様、本日もお美しい。本日はどうぞよろしくお願いします」
「え、ええ……そうですね、今回は攻略じゃないし、貴方の力をお借りするかもしれません」
「光栄ですよ、アインクラッド最強の片割れからそのようなお言葉を頂けるなど、恐悦至極」
ようやく、アインクラッド全ギルドの団長、副団長が集まり、正午を迎えた。
広場の中央に作られた壇上にはアルゴと、皆を代表してキリトとアスナが立って早速だが今回の事件のあらましと、今後取れる対策、そして事件解決のための調査と行方不明となったプレイヤーの捜索などについて説明が行われる。
「以上が、今回起きた事件の内容ダ。次に対策についてだが、黒閃騎士団副団長のアスナより伝えるヨ」
「……皆さん、こんにちは。黒閃騎士団副団長のアスナです。それでは先ず、今後の対策についてですが、これから事件解決までの間、全プレイヤーは一人行動を自粛、以降は必ず二人以上のPTを組んで行動するよう心掛けてださい。また、怪しい人物を目撃した場合、直ぐに行動せず、必ず応援を呼ぶ事。最悪、いつ何処に居たのかさえハッキリと判れば良いので、後を追わずに日時、場所、状況、相手の人数や顔、装備などを後に攻略組ギルドに報告してください」
「アーちゃん、ありがとうネ。次に調査と行方不明になったプレイヤーの捜索について黒閃騎士団団長のキリトからダ」
「え~と……黒閃騎士団団長のキリトです。事件の調査については、大手攻略組ギルドの調査部門から人員を裂くことになっている。また、中層、下層のギルドからも捜索参加希望が居れば言ってくれ、攻略組の調査隊と一緒に行動してもらうことになる。また、行方不明になったプレイヤーの捜索についても同じ様に人員を派遣する。捜索について、もし偶然何か手掛かりを見つけたプレイヤーが居たら必ず直ぐに攻略組のプレイヤーに知らせてくれ」
基本的に調査と捜索を行うのは黒閃騎士団、血盟騎士団、聖竜連合、アインクラッド解放軍の4大大型ギルドだ。
1層から25層までを解放軍が、26層から50層を聖竜連合が、50層から75層を血盟騎士団が、76層から現在の最上層である89層を黒閃騎士団が調査する事になっている。
キリト達の演説後、調査や捜索について方法など議論され、大まかな概要が決まった頃には既に空も夕暮れで、今日の所は解散となった。
皆がそれぞれのホームに帰宅する中、キリトとアスナは他の攻略組ギルドの団長を集めて話し合いを継続中である。
「それでキリトよ、お前は今回の事件……どう思う?」
「確証は無いけど、怪しいと思う奴なら一人だけ居る」
「キリト君、それって……」
やはり、以前直接相対した事のあるディアベルは気付いたらしい。
そう、あの好青年という印象を持ちながら、何処か掴み所の無い、違和感しか感じられない男……アルベリヒだ。
「奴は、何か隠している……そんな気がしてならないんだ」
「キリト、お前がそう言うって事は何かあるんだな?」
ブルーノの問いにキリトは頷いて返す。
何も無ければべつにキリトだってアルベリヒを疑ったりしない。だが、あの男が何かを隠しているのは間違い無いと確信している。
「あいつ、前に攻略組加入テストで俺と戦ったんだけど……2年もこの世界に居たとは思えないくらい弱かった。しかも、装備なんかは俺達より確実に良い物使っているし、ステータスなんかも正直俺やアスナ以上の筈なのに……だ」
恐らくレベルも100を超えているキリトよりも上なのだろう。それだけのステータス、装備を持っていながら戦闘は明らかな素人、これでは何か隠していると考えない方が可笑しい。
「兎に角、皆もあいつの動向にだけは注意してくれ」
キリトの言葉に、全員神妙そうに頷き、漸くこの場は解散されるのだった。
次回は遂に事態が動きます。
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第三十七話 「正体を現した非道の権化」
ソードアート・オンライン・リターン
第三十七話
「正体を現した非道の権化」
行方不明事件の対策会議が行われてから一週間、同時進行で行われていた89層攻略も残すところ迷宮区のみになって、攻略の方は順調に進んでいると言えるだろう。
だが、行方不明事件の方は変わらず進展が無く、今もまだ犠牲者が増え続けているのだ。
「一週間で更に4人か……」
黒閃騎士団の団長室で資料を読んでいたキリトは進展どころか犠牲者が増えるだけの行方不明事件について考えを巡らせていた。
行方不明者の捜索についても依然として難航していて、手掛かりらしいものすら何も見つからないというのは流石に困ってしまう。
「キリト君、入るよ」
「アスナ、どうした?」
「ちょっと、本部に相談を持ちかけてきたプレイヤーが居てね」
何やら気になる情報も口にしていたとの事で、現在は黒閃騎士団の会議室で待たせているとの事だ。
その情報というのに興味を持ったキリトは席を立ち上がると、アスナと共に会議室に向かった。
会議室にはリーファとシノンが待っており、二人の間に座るキリトと同い年くらいの女性プレイヤーがキリトの姿を見て安心したような表情を見せる。
「あの、初めまして……私、ミーネって言います。50層のアルゲードで小さいですが衣服を作って販売する店を経営してるんですが」
「キリトです。知ってるとは思うけど、黒閃騎士団の団長だ」
「存じてます。黒の剣士様の噂は私達中層以下のプレイヤーの希望ですから」
少し照れてしまった。
一息吐いて、話を戻す事にしたキリトは改めてミーネと向き合い、今回ここまで来た理由と、情報についてを聞くことにする。
「あの、皆さんはティターニアってギルドをご存知ですか?」
「ティターニアって前にキリト君が言ってた攻略組に参加しようとしていたギルドだよね?」
「試験を受けさせて落ちたって聞いたわ」
リーファとシノンの言う通り、ティターニアは攻略組になれなかったハイレベルプレイヤー集団。キリトが怪しいと睨んでいるアルベリヒをリーダーとする小規模ギルドだ。
「実は、私もそうですが、私の友人がティターニアにその……何度かセクハラを受けてまして」
「セクハラですって!?」
「あ、はい……その、強引にお茶に誘われて、断ろうとしたら腕を掴まれたり、身体を触られたりして」
「変だな、普通そういう場合はハラスメント警告が出て女性側がOKボタンをタッチしたら強制的にセクハラ行為を行ったプレイヤーを黒鉄宮の牢獄へ転送させる仕様になってるけど、あそこを管理してる軍からティターニアのメンバーが牢獄へ転送されてきたなんて報告は受けてないぞ」
SAOではプレイヤーがNPCに抱きつく、抱き上げるなどの行為を行った場合や、女性プレイヤーに男性プレイヤーがセクハラ行為を行った際、ハラスメント警告が出る仕様になっている。
女性プレイヤーへのセクハラを行った場合は女性プレイヤー側にのみ見える形でセクハラを行ったプレイヤーを牢獄へ転送するかどうかの選択項目が出現するようになっているのだ。
そして、そのOKをタッチした場合、セクハラを行ったプレイヤーは強制転送され、はじまりの街の黒鉄宮にある牢獄へ入れられる仕組みだ。
「それが、出なかったんです……ハラスメント警告」
「何!?」
そんな馬鹿な、と思ってしまった。ハラスメント警告が出ないなどこんな世界では致命的な欠陥とも言える。
だが、今までハラスメント警告が出なかったなどという話は聞いた事が無い。
「ちょっと待ってくれ……リーファ、ちょい悪い」
「え?」
キリトが立ち上がってリーファの後ろに立つと、その両肩に手を置いて少し揉んでみた。
「きゃあああああ!? ちょ! キリト君!?」
「リーファ、ハラスメント警告は出たか?」
「え!? えっと……うん、出てるね」
どうやらカーディナルに出たバグによる異常ではないようだ。こうしてハラスメント警告はちゃんとリーファに見える形で出ているらしいのだから、間違い無い。
「ちょっとキリト君! 触るなら妻であるわたしにしなさいよ!」
「いや、結婚してたらハラスメント警告出ないじゃん、暴力振るうとかしない限り……俺、アスナに暴力を振るうなんて絶対にしたくないし」
「も、もう! そ、そんな事、言われても……その、誤魔化されないんだからね?」
赤くなった頬と、ニヤケきった顔で言われても説得力皆無だ。
「システムのバグじゃないとなると、何が原因だ……? 確かにティターニアのメンバーはハラスメント警告が出るような行為をしていたんだ?」
「はい、友達はお尻や胸を触られたとも」
「でも、ハラスメント警告は出なかった……と」
「はい……」
お尻や胸を触るなど、今キリトがリーファにした事よりももっと明らかなセクハラ行為だ。なのに、それでハラスメント警告が出ないなど、普通ではない。
「わかった、その事については俺の方でも調べてみる。情報、ありがとう」
「いえ、その……お願いします」
ミーネが帰った後、キリトは団長室に戻り、一緒に来たアスナと、一応と呼んでおいたユイ、ルイ、ストレアの4人と共に先ほどのハラスメント警告が出なかったという話を整理していた。
システムに関してはユイやルイ、ストレアのようにカーディナルと密接な関係にあった3人なら何か判るかもしれないと思ったのだ。
「それで、ユイたちで何か思い当たる事はあるか?」
「一つだけ……あります」
「マスターアカウント、スーパーアカウント、どっちか……使った可能性」
ルイの言ったアカウント名についてはキリトも知っている。マスターアカウントとは即ちゲームマスター、ヒースクリフが持つアカウントの事だ。
スーパーアカウントについては詳しい事までは知らないが、キリトの持つカウンターアカウントが唯一の抵抗策だという事のみ。
「でもさ、マスターアカウントは無いんじゃない? あれはGMである創造主……茅場晶彦だけが持ってるアカウントだし、調べたけど他へ譲渡された痕跡は無いよ?」
「となるとスーパーアカウントの可能性か……茅場の言ってた通りなら、ティターニアの誰かがこの世界に入り込んだ悪意という事になるな」
ユイが言うには、スーパーアカウントはマスターアカウントのようにプレイヤーを強制ログアウトさせる権限は持たないが、それ以外はほぼ同じ事が可能な権限を持つらしい。
プレイヤーを強制麻痺させたり、自身にシステム的不死の属性を付加したり、レベルを弄ったり、この世界で手に入る武装を呼び出したり。
「一番怪しいのはアルベリヒさん、だよね?」
「ああ、奴が一番怪しい。もしかしたら、あいつが悪意の可能性がある」
少し探りを入れる必要がありそうだ。そう思っていた矢先だった。
「ん? メール?」
メールが届いたので開いてみると、差出人はクラインだ。
「何々……? なっ!?」
「どうしたの?」
「アルベリヒが、プレイヤーを短剣みたいなので刺して、強制転送させたのを見たって、クラインが」
「強制転送!?」
「今、87層のフィールドでアルベリヒを追ってるらしい! 俺達も直ぐに行くぞ!」
ユイとルイは危険なので残し、アスナとストレアを連れてキリトは転移結晶を使用、87層主街区であるスクジンに転移し、そこから一気にフィールドに出る。
フレンド登録してあるクラインの現在位置は少し離れているが、此処からならキリトとアスナ、ストレアの筋力パラメーター、敏捷値なら全力で飛ばせば追いつけるだろう。
「行くぞ!」
全速力で走り、クラインの居る方角を真っ直ぐ突き進む。
途中で出現したMobに関しては一切無視してひたすら前に進むと、漸くクラインの後姿を発見する事が出来た。
「クライン!」
「おうキリト! っと、テメェ! 待ちやがれってんだ!!」
クラインの前方には確かにアルベリヒの姿があり、その右手には歪な形をした短剣が握られている。
どうやら、クラインが見たというプレイヤーを強制転移させた短剣とはあれの事なのだろう。
「アスナ!」
「うん!」
腰の鞘からランベントライトを抜いたアスナはスキルを発動、彼女の異名である閃光の名の通り、文字通り閃光となってキリトを、クラインを、そしてアルベリヒをも追い抜いて彼の前に立つ。
「わお! 流石母さんのフラッシングペネトレイター、キレが違うね」
アスナが行く手を塞いだことで漸く足を止めたアルベリヒと、追い付いたキリト、クライン、ストレアの3人。
キリトもクラインもストレアも剣を抜いて、何があっても対処出来るように用心深くアルベリヒを睨み付けている。
「これは黒の剣士様、それにアスナ様、如何されたんですか? そんなに怖い顔をされて」
「てめぇ! とぼけんじゃねぇ! 俺ははっきりと見たんだぜ、お前がその短剣をプレイヤーに刺した途端、そのプレイヤーが強制転移されたのをよ!」
「クラインはこう言ってるけど、どうなんだ?」
「まさか、彼の言いがかりですよ。私はこの剣がレアな剣で、偶然ゲット出来たから彼が言うプレイヤーに見せていたところ、用事が出来たとかで転移しただけですよ」
嘘だ。明らかに嘘を言っている。
クラインが出鱈目を言う男ではないというのはキリトとアスナが一番よく判っている。だからこそ、この男の言っている事は全て出鱈目だと判断した。
「なら聞くが、お前のギルドのメンバーが女性プレイヤーにセクハラをして、その時にハラスメントコードが出なかったのは、何故だ?」
「さぁ……システムの異常ではありませんか?」
「いや、システムに異常は無いよ。それは確認済みだ」
「……チッ」
小さく舌打したつもりなのだろうが、こんな静かな場所では大きく響いた。
もう、言い逃れは出来ないだろう。今回の行方不明事件に、この男は関わりがあるというのも、クラインが見た強制転移から裏づけ出来る。
「アルベリヒ、お前が今回の行方不明事件の犯人だな? 方法はその短剣を使って強制転移させた……場所は多分、システム的に保護された一般人では普通は知ることが出来ない場所でもあるんだろう。そんな場所、簡単に作れるもんな、スーパーアカウントを持っているお前なら」
「……あ~あ、そこまでバレてたのか。餓鬼が小賢しい知恵付けやがって、生意気な」
これまでの好青年の仮面を脱ぎ捨てたアルベリヒは残忍な表情を浮かべてキリトとクラインを見下すような目で睨み付けて来た。
どうやら、これがこの男の本性なのだろう。
「ああそうだよ! 僕が行方不明事件の犯人さ! いや、そもそも事件ですらないね、今回の件は! 何せ、彼らは僕の栄光ある研究の被験体になってもらったんだ、寧ろ光栄に思ってほしいねぇ」
「ふざてんじゃねぇぞテメェ! 何が栄光ある研究だ! そんなの人体実験じゃねぇか! 現実世界じゃ犯罪だぞ!」
「ハン! 現実世界ではそうなのだろうけど、ここはゲームの中だ。誰が僕を裁くって? 僕はこの世界では何をしても許される存在なんだよ! お前等みたいなゲーム廃人如きには理解出来ないだろうけどね」
何をしても許される? それは違う。スーパーアカウントを持ったからと言って、それが何をしても許される事の証明にはならない。
寧ろ、そんなアカウントを持つのであれば、当然だが相応の責任を持たねばならないのだ。
「それと、お前達は誰に向かって偉そうな口を利いてると思ってるんだ? 僕はお前達の命を握っていると言っても過言ではない存在だ!」
「どういう意味ですか?」
「ふん、こんな顔では気付けないでしょうけど……貴女とはお会いした事があるんですよ? 結城明日奈さん」
「なっ!?」
アルベリヒが口にした名前、それはアスナのリアルでの名前だ。アスナの本名を知る者など、キリトとユイ、ルイ、ストレアしか居ないはずなのに、何故この男がアスナの本名を知っているのか。
「あなた、なんでわたしの名前を……」
「ひどいなぁ、もう忘れたんですか? 貴女のお父上の会社に務めて、よく貴女のご実家にも窺っていたでしょうに」
「ま、まさか……! あなた、須郷……さん?」
アインクラッドに降り立った悪意、須郷伸之が、その悪意と欲望に塗れた正体を現した瞬間だった。
次回は対アルベリヒ戦です。
まぁ、決着はもう少しだけ先になりますが。
だって、簡単に終わらせたら納得出来ないですよね?
この男には絶望と屈辱を与えてから退場してもらわないと、皆さんに叩かれそうw
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第三十八話 「行われていた非道実験」
アルベリヒは今回でぼろ雑巾にしません!
ソードアート・オンライン・リターン
第三十八話
「行われていた非道実験」
突如この世界に現れた新興ギルド、ティターニアのリーダーアルベリヒ。
彼が誘拐事件の真犯人であり、そして同時に茅場晶彦の言っていたこの世界に入り込んだ悪意、その正体は現実世界にてアスナ……結城明日奈の父である結城彰三がCEOを務める総合電子機器メーカー『レクト』のフルダイブ技術研究部門に勤務する研究社員、須郷伸之だった。
その正体をアスナが語った事でキリト達は今目の前に居る男がどういう存在なのかを理解したのだ。
以前、リーファが言っていたSAOの元々の運営会社だったアーガスが倒産した後、SAOのサーバー管理を行っていたのはレクトのフルダイブ技術研究開発部門であるレクトプログレスだと。
アスナが言うには、彼はそこの主任を務めているというのだから、彼がキリト達の命を握っているというのも、あながち間違いではない。
「いやぁ、まさか実験の最中にトラブルが起きてこんなゲームの世界に閉じ込められる事になるとは思ってなかったけど、ここなら自由に研究の続きが出来るのでね……まさに私の為に用意された実験施設とでも言うべきなのかな」
「ふざけんじゃねぇ! 何が実験施設だ!! 攫った人たちに何をしてやがるんだてめぇは!」
「研究内容は秘密さ、凡俗な君達に、この僕の偉大な研究が理解出来るとは思わないからねぇ」
どこまでも人を見下した態度……否、この男はクラインの事もキリトの事も……アスナ以外の全てのプレイヤーをモルモットとしてしか見ていないと、その態度が語っている。
そして、アスナについてもクラディールのような下卑た眼差しだけではなく、まるで道具をみているかのような視線すら感じられた。
「そうそうアスナさん、現実世界では貴女はこの僕と婚約する事になるかもしれませんよ」
「何ですって?」
「何せ、貴女のお母様はこのゲームに貴女が囚われた事に対して酷く落胆しておられましたからなぁ……貴女のお父様の提案で、僕と結婚して結城家での貴女の立場を少しでも守ろうとされているご様子」
「そう、父さんと母さんが……」
こんな男と結婚するなど御免だが、4年も顔を見ていない両親の話を聞けたのは有り難かった。ただ、母が落胆していた理由について凡その予想が出来てしまったのか、ひどく微妙な表情を浮かべる。
「もう少しで今の研究も大きく進展しそうなんです。ここで邪魔をされる訳にはいきませんねぇ……仕方ない、キリト君とクライン君には僕のモルモットになってもらうとしましょうか」
そう言うと、アルベリヒは腰に差していた鞘から細剣を抜いて右手に構え、左手には件の短剣を握る。
反射的にクラインが刀を構えるが、キリトは何処か冷めた目でアルベリヒを見つめ、剣を抜く様子を見せない。
「おや、キリト君は抜かないんですか? まさか、黒の剣士様ともあろう者が、本気の僕に恐れを成したのかな?」
「違うよ……呆れてたんだ」
「な、何!?」
「お前、レベルは幾つだ?」
「ふ、ふん! 聞いて驚け! 今の僕はお前達よりも高い200さ! このスーパーアカウントを使えばレベルを高く設定する事も、入手困難な超激レア装備すら手に入るんだ。正にこの世界では神の如き力を振るえるんだよ!」
「神……神ねぇ、ハリボテだらけの仮面の王様が精々って所だな」
そこでようやくエリュシデータとダークリパルサーを抜いたキリトは隣でランベントライトを構えるアスナに視線を向ける。
それに気付いたアスナは一つ頷くとキリトから距離を取り、いつでも動ける様に準備に入った。
「クラインは手を出さなくて良い」
「お、おい! それはいくらなんでも……」
「良いさ……あいつはレベルと装備だけだ」
「なるほどな……一応、短剣にだけは気をつけろよ」
「わかってる」
クラインも後ろに下がらせて一歩前に出たキリトは両手にある2本の剣を構えながら、細剣と短剣の擬似二刀流モドキをしているアルベリヒに嘲笑を向けた。
「構えからしてなってないな」
「き、貴様! この僕を侮辱するつもりか!!」
「侮辱でも何でもしてやるさ……この世界に生き残る多くのプレイヤーを守るためなら、お前を何処までも虚仮にしてやる」
「くっ……ふん! ならば僕の手で無様を晒せぇえええええ!!」
相変わらずソードスキルを発動させるという事を知らないかの如く闇雲に突っ込んできたアルベリヒを、キリトは冷静に身体を反らす事で避けて、すれ違い様にエリュシデータを一閃する。
黒い刃は寸分違わず短剣の刃を破壊し、アルベリヒの絶対の自信の大本を消し去ると、足を引っ掛けて転ばせた。
「ひっ! ヒィイイイイイイ!!!?」
「どうしたアルベリヒ……さっきまでの余裕、何処に行ったんだよ」
「み、見下ろすな……僕を見下ろすな愚民がああああああ!!!」
立ち上がりながら細剣を突き刺そうとしてきたアルベリヒだったが、それすら払われ、アルベリヒの手から弾き飛ばされてしまう。
完全に武器を失ったアルベリヒはレベルやステータス、武器の差などを完全に覆すほどのキリトとの圧倒的な実力差に恐怖したのか、腰を抜かしながら後ずさった。
「逃げるなよ……この世界の神を名乗るなら、この程度で逃げ出すな! あの男なら、こんな場面だろうと、どんな場面だろうと、絶対に逃げなかったぜ……あの、茅場晶彦は!!」
「か、かや……茅場、だと!? 僕を、茅場以下だって言うのか!?」
「ああそうさ、実力も、心も、何もかもがお前は茅場に劣っている! お前が名乗るこの世界の神なんてな、空席になっている茅場の席に偶然座っただけのお前が、偉そうに踏ん反り返っているだけの事なんだよ」
「……ゆ、許さない……僕を何処までも虚仮にしやがって、このガキがぁ! 覚えていろ、絶対に貴様は、僕がこの手で殺してやる!」
そう言うと、転移結晶ではない何か特別な転移アイテムを隠し持っていたのか、その場から突然アルベリヒの姿が消えた。
逃げたのだろう。もうこの場に戻ってくる事はあるまい。
「さっすがキリトだな、全然余裕で倒しちまうなんてよ」
「あの程度ならクラインにだって出来るよ、
「いや、まぁ……出来るだろうけど、おめぇほど鮮やかにゃあ出来ねぇって」
基本的に、キリトは仲間内には
前回は黒の剣士の十八番、代名詞とまで呼ばれたシステム外スキルだったが、今はキリトと仲が良ければ誰もが使える当たり前の技術になっていた。
「とりあえず、アルベリヒがこの場所に居たってのが気になる。あの短剣で転移させてたにしても、アルベリヒ本人がこんな高層に居たって事は、もしかしたら高層の何処かにあいつ等のアジトがあるのかもしれないな」
「そうだね、ストレアさん、調べられる?」
「ちょっと待ってね」
ストレアが目を閉じてシステムにアクセスを開始した。
この高層全体のマップ情報を呼び出し、何処か不審な点が無いか総チェックをしていると、ストレアの検索網に何かが引っ掛かる。
「見っけた! 丁度良い事に87層……この場所から直ぐ近くにシステムの裏を突いた隠しスペースがあるよ」
「案内頼む」
「こっち!」
走り出すストレアの後に続いてキリトとアスナ、クラインも走り出した。
暫く走って到着したのは何の変哲も無いただの岩場なのだが、ストレアは何の躊躇いも無く岩場の一部に飛び込むと、岩にぶつかる事無く中に入り込んだ。
どうやら岩になっているのは映像であり、入り口がそこにあるらしい。システムの裏を突くとは、この事だったのか。
「お、おいおい……こりゃあ」
キリト達が中に入ると、唖然としてしまった。
中にあったのは何かの研究施設と呼ぶべき空間、大型コンソールや何かの巨大ポット、そしてそのポットの中に入っている行方不明になっていたプレイヤー達の姿、どうやら当たりらしい。
「ひどい……」
「……っ!」
一目散にキリトはコンソールに走り寄り、コンソールを起動させてシステムをチェック、解析していくと、操作をしてポットを開放、中に居たプレイヤー達を救助する。
ポットから出てきたプレイヤー達はシステム的に眠っている状態だが、ポットから出してしまえば暫くして目を覚ますだろう。
だが、今はそれよりも確認しなければならない事があるのだ。
「これは……アスナ、クライン、ストレア、来て見ろよ」
キリトが見つけたのは、到底許すわけにはいかない研究内容の全てが詳細に記されたレポートだった。
アルベリヒ達が行っていたのはVRMMO技術を利用した洗脳実験、VRという点を利用し、人間の脳に直接命令を送り込む事で精神を操作し、自由自在に人格を操る技術の研究だ。
「ふざけるなよ……こんなもの、人間が人間にやって良い事じゃねぇだろ!?」
「此処に捕らえられた人達も、もしかして……」
「いや、まだ大丈夫みたいだ……研究はまだ途中段階みたいだから、まだ人格改変とかまでは出来ないらしい。ただ、暫くは寝込むかもしれないけど、少し長く休めば元気になるだろ」
凡その事はこれで知ることが出来た。ストレアが一緒に見てくれたので、内容は全てストレアが記憶してくれている。
もう見るべき点が無いのを確認すると、今度は今ここにあるデータの全てをデリートしていく。こんなデータ、残しておく訳にはいかない。
「なぁ、キリトよ」
「なんだ?」
「一つ気になってたんだが、良いか?」
「作業しながらで良いならな」
「ああ、それは構わねぇよ。さっきおめぇが言ってたアルベリヒの持ってるスーパーアカウントってのは何だ?」
一瞬、手が止まってしまった。
クラインが隣に居ることも忘れて口走ってしまっていたが、スーパーアカウントの名前を出すのは不味かったかもしれない。
「スーパーアカウントってのは、茅場が持つゲームマスターのアカウントであるマスターアカウントに次ぐ権限を持ったアカウントの事だ」
「何だよそれ! てことはアレか? ヒースクリフがいねぇ今、あいつがこの世界で一番の権力者って事かよ!」
「一応、な……」
この世界では、ヒースクリフ不在の今、アルベリヒの思い通りの事が殆ど可能になっていると言って良い。
だが、それも絶対ではないのだ。アルベリヒが持つスーパーアカウントは、唯一この世界でキリトのみが対抗を許されているのだから。
「次は絶対に捕まえる……これ以上、あいつの思い通りになんてさせない」
「うん、わたしも……あの人のこれ以上の狼藉は許さないよ」
「だな、ぜってぇ捕まえようぜ」
「アタシもあいつ気に入らないから、会ったらボコボコにしてあげるよ」
最後のデータをデリートし終えたところで、アルベリヒを必ず捕らえる事を誓った。
100層まで残り僅か、ようやく此処まで来たのだから、もうこれ以上余計な事をされる訳にはいかない。
次に会った時、それがアルベリヒとの決着の時だと、心に決めるのだった。
次回! ついにアルベリヒが……。
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番外編 「大嫌いの後の大好き」
ソードアート・オンライン・リターン
番外編
「大嫌いの後の大好き」
ソードアート・オンラインの正式サービスが開始され、一万人ものプレイヤーがアインクラッドに囚われてから1年半ほど経ったある日の事だった。
アインクラッド最強の2大ギルドの一角、黒閃騎士団の団長にしてアインクラッド最強の剣士と名高き黒の剣士、キリトはこれまでの人生で最も強大なピンチに晒されていた。
「あ、あの……な? ユイ……」
「~~~~っ!! もう知らないです! パパなんて、パパなんて大嫌いです!!!」
「っ!!!」
走り去って行く愛娘の背中を見つめながら、アインクラッド最強の剣士はあっけなく崩れ落ちた。
「う、うそだろ……ユイが、き、きらいって……」
目に入れても痛くないというほど可愛いがっている大切な愛娘に、大嫌いと言われたショックからか、キリトは真っ白に燃え尽きて、打ちひしがれている。
いつも太陽の如き笑顔でパパ大好きと言われ続けたキリトが、ユイに大嫌いなどと言われた理由は簡単だ。
そもそもの始まりは1週間前、久しぶりにギルドの仕事を早く終えたキリトがホームにしている22層のログハウスに帰宅すると、いつもの様に抱きついてきたユイの頭を撫でていると、ユイが何か言い淀んでいるのに気付いたので、それを尋ねたのだ。
「えと、ですね……パパ、明日はお暇ですか?」
「明日? そうだなぁ……特に急ぎでやらないといけない事は無いから、大丈夫なはずだ」
「それなら! 明日一緒に遊びに行きませんか?」
「お? 良いよ、何処に行きたい?」
「フラワーガーデンに行きたいです! フラワーガーデンの一角に果物が採れる木があるんですよ!」
「へぇ、それは良いな! それじゃあ、明日は一緒にフラワーガーデンに行くか」
「はい!」
その日一日、ユイは翌日のキリトとのお出かけを楽しみにしていて、ご機嫌だった。
だが、その翌日の朝になって急に迷宮区の中からフロアボスの間が見つかったという報告を受けて、急ぎ攻略会議に参加しなければならなくなったのだ。
「ごめんなユイ……一緒にフラワーガーデンに行くって約束してたのに」
「いえ……パパはアインクラッドの希望ですし、プレイヤーの皆さんの為にも行ってきてください。ユイは良い子にしてお留守番してますから」
「本当にごめんな。でも多分明日ボス攻略になるだろうから、明後日はきっと行けると思う。明後日、一緒に行こうな」
どうしても攻略を優先しなければならない事をユイも理解しているからこそ、約束を守れなくなった事を怒るわけでも無く、多少の作り笑いではあったが、笑顔で送り出してくれた。
そして、攻略会議の翌日にはフロアボス戦が行われ、無事に次の階層へと攻略が進み、その翌日こそはユイとフラワーガーデンに行けるはずだったのだ。
だけど、その約束もまた、守ることができなかった。
「本当にすまないねキリト君、どうしても君が来てくれないと困る事態になってて」
「気にするなよディアベル、それより本当なのか? 攻略組の中からオレンジプレイヤーが出たって」
攻略組の緊急的事案という事で、この日もまた、ユイとの約束は守れなかった。
だからその次の日こそはと思ったのだが、今度はギルドの方で問題が発生し、アスナ一人では解決出来ない事態になったため、キリトも行く事になってしまった。
その次の日とそのまた次の日はどうしても外せない仕事があったので、約束する事が出来ず、こうしてユイとの約束が果たせないまま1週間が過ぎ、流石のユイにも我慢の限界が来てしまったのだ。
「おい~っす! キリト居るか~……って、うぉおおおお!? どうしたんだよキリト!?」
「く、クライン……ユイが、ユイがぁ」
「お、おめぇが泣くなんて、何があったんだよ?」
大粒の涙を流しながらすがり付いてきたキリトに驚きながらも、クラインは事情を聞き、ユイが何故キリトを嫌いなどと言ったのかを話だけで理解した。
「なるほどなぁ。確かにユイちゃん怒るわな、そりゃあ」
「うっ……グスッ、ユイ~」
「まぁ、だからっておめぇが全部悪いってわけでもねぇしなぁ……今度ばかりはタイミングが悪すぎたってとこか」
泣きながらユイの名を弱々しく呼び続けるキリトの姿を見て、これが攻略組最強ギルドの団長にしてアインクラッド最強の剣士なのかと思ってしまう。
もっとも、親馬鹿な姿をよく知っているので、愛娘に大嫌いなんて言われてしまえば、こうなるのも仕方が無いとも思ってしまった。
「シャキっとしろキリト! 今すぐ追い掛けてユイちゃんに精一杯謝って来い!」
「でも、ユイが俺の事嫌いって……大嫌いって」
「っとに親馬鹿が過ぎるなぁおめぇも、アスナさんも……大丈夫だって、ユイちゃん良い子だから、ちゃんと謝って、今度こそ約束を守れば許してくれるさ!」
「でも……」
「安心しろって! 何か用事が入ったら俺が代役してやるからよ!」
幸い、アスナやキリトの補佐をしているイヴが居ればクラインでも何とかなるだろう。そうすればキリトは何の心配も無くユイと一緒に出かけられる。
「行って来い、お姫様はきっとお前を待ってるからよ」
「……わかった」
念のため装備を整えたキリトは足早にホームを出ようとしたのだが、ふと足を止めて顔だけクラインの方を向くと、少しだけ照れ臭そうにする。
「クライン」
「あん?」
「サンキューな」
「……へっ! さっさと行ってきやがれ!」
クラインを残し、キリトはホームを出た。
ユイの足ならそんなに遠くには行ってないだろうと思い、索敵スキルをフル活用して行方を捜索すると、幸いにも直ぐ見つかった。
ホームの直ぐ近くにある大きな湖、その傍にある大木の陰に隠れるようにユイが座り込んでいる。
「ユイ」
「っ!」
座ったまま顔を腕で隠し、キリトの方を見ようともしない。
話しかけても反応はするが無視しているらしく、うんともすんとも言わないので、キリトはユイの右隣に腰掛けて左手をユイの頭の上に乗せた。
「ごめんなユイ……何度も約束破って、1週間も約束守れなくて。ホント、駄目なパパでごめん」
「……いえ、私こそ、我が侭でごめんなさい。パパが忙しいって事くらい、よく知っているはずなのに」
「そんな事無いよ……ユイは俺の大事な娘で、俺はユイのパパなんだから、むしろ我が侭くらい言ってくれないと心配になる」
優しくユイの頭を撫でながら、ようやく顔を上げた愛娘を今度はギュッと抱きしめる。そして抱きしめながら艶やかな黒髪を梳くように撫でてあげた。
「ユイ……これから、フラワーガーデンに行こうか」
「これから、ですか?」
「ああ、これから……ママのお弁当は無いから、一緒にユイの言ってた果物を採って食べよう?」
「……パパにあ~んしてあげたいです」
「お、なら俺もユイにあ~んしてあげないとな」
お互いにクスクスと笑い合い、キリトはユイを抱っこしたまま立ち上がると、コラルの村目指して歩き始めた。
「パパ」
「何だ?」
「手を繋いで歩きたいです」
「……よし」
ユイを下ろして手を繋いだ。
手を繋いでコラルの村へと入り、転移門を利用してフラワーガーデンへと向かう。
「わぁ……!」
「相変わらず人が沢山居るなぁ」
一面の花畑には相変わらずカップルが多く訪れており、至る所に男女連れが思い思いの時間を過ごしていた。
キリトは早速ユイと共に果物の生っている木の所へ向かうと、ユイが言ってた通り、その木にはリンゴのような形の果物が沢山生っているではないか。
「へぇ……これはすごいな」
「この木から採れる果物はアップルベリーと言いまして、A級食材の一つとして数えられてるんですよ」
「A級か……なら味は確かなんだな」
少し高い所に生っているみたいなので、ユイを肩車すると丁度届いた。
ユイに二人分のアップルベリーをいくつか採ってもらい、木の下に並んで座って採れたての実を頂く。味はリンゴのような瑞々しさと触感がある苺のような味で、中々美味だ。
「美味いな、これ」
「美味いしいですねー」
シャクシャクと食べ進め、二人とも一個完食すると、次へと手を伸ばす。
ふと、キリトはアイテムストレージから短剣をオブジェクト化してアップルベリーを切ると、切ったアップルベリーを一つ、ユイの口元へ持って行った。
「ほらユイ、あ~ん」
「あ~……ん、ん~! おいしいです~!」
「だな」
「えっと……んっしょ!」
ユイは手に持っていたアップルベリーを力一杯左右に割り、片方をキリトの口元へ差し出す。
「パパ! あ~んしてください」
「あ~ん……うん! 美味いなぁ」
それからしばらく、二人はお腹一杯になるまでアップルベリーを食べると、いくつかアスナへのお土産にしてフラワーガーデンを見て周り、夕方まで親子の時間を楽しんだ。
そろそろ帰る時間になり、転移門に向かっていたキリトとユイだったが、突然ユイが足を止めたので、キリトも足を止め、ユイの方を振り向くと、ユイは勢い良くキリトの腕に抱きついてくる。
「おっと……どうした? ユイ」
「いえ、なんとなくこうしたくなって……パパ」
「ん?」
「大嫌いって言ったの、あれ嘘です」
「うん」
「パパ」
「何だい?」
「大好きです!!」
「ああ、パパもユイが大好きだよ」
夕暮れに照らされ、二人の親子の影がゆっくりと転移門へと向かって歩き出した。
「それで? お腹一杯アップルベリー食べて夕飯は入らない、と?」
「ごめんなさい、アスナ」
「ごめんなさい、ママ」
帰ったらアップルベリーの食べすぎで夕飯が入らなくなったことで、アスナに二人して叱られたのは言うまでも無い。
次回は本編です。
今回の番外編は本編のネタが浮かばず、余興的な意味で書いたものですので、あしからず。
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第三十九話 「欲望の終わり」
ソードアート・オンライン・リターン
第三十九話
「欲望の終わり」
アインクラッド攻略も佳境に入った。
つい先日、97層の攻略が終わり、フロアボスを倒して98層の転移門をアクティベートしたので、残すは98層と99層のフロアボスのみ。
そして100層に辿り着けばソードアート・オンライン最終ボスが待っている。
だが、その前にキリト達にはやらなければならない事が残っていた。
「ようキリト、あれからアルベリヒの野郎について情報は入ってきたのか?」
「いや、まだだ」
22層のログハウスに来ていたクラインがキリトにそう尋ねたので、キリトも現状の情報を教える。
あの日、アルベリヒが逃亡してから今日まで、彼とその手下達はアインクラッド全体での目撃情報が完全に途絶えてしまったのだ。
生命の碑にある名前に横線が入っていない事から生きているのは間違い無いが、一度も姿が確認されていないというのは不気味だった。
「恐らくあの部屋以外にも奴らの潜伏場所があったんだろう。ただ、ユイやルイ、ストレアの情報網を駆使しても見つけられないって事はスーパーアカウントを使って何か細工をしているって事かな」
既にクラインにはユイとルイ、ストレアがただのプライベートチャイルドやプレイヤーではなく、SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムであるという事は教えてある。
最初こそ驚いていたクラインだが、ユイ達の人柄を知るからこそ今までと何一つ変わらず接してくれていて、それに何より彼女達が居るならキリトは絶対に負けない、絶対に負けられない、そう断言してくれた。
「確か、ユイちゃん達の持ってるアカウントより上なんだよな? 奴の持つアカウントの権限ってのは」
「ああ、だからスーパーアカウントを使って隠れているのなら、ユイ達の権限ではまず見つからないだろう」
だけど、こうして待っていてはSAOが攻略されてしまい、現実世界にアルベリヒを裁く事無く帰ることになってしまう。
奴に囚われた人達のためにも、それだけは絶対に避けなければならない。しかし、攻略をこれ以上遅らせるのももう限界なので、残り半月、最低でも1ヶ月以内にはSAOをクリアしなければならないのも事実。
ではどうするべきか、そんな事で悩んでいると、キリトにメールが入った。
「アルゴからだ」
何事かと確認してみれば、98層の迷宮区でフロアボスの部屋を見つけたという報せだった。
遂に99層へ向かうための扉が見つかり、恐らくは明日にでも98層フロアボス戦が始まる。アルベリヒの事に集中するより、こちらに集中せざるを得なくなる。
「クライン、アルベリヒの事はまた後でにして、とりあえずギルドに戻れ。俺もギルドに報告しなきゃ」
「だな、明日は99層アクティベートだ!」
クラインが帰宅した後、キリトはギルド本部へ行って98層フロアボスの間が見つかった事を幹部に報告、明日には攻略会議と、そのまま攻略になるであろう旨を伝えたのだった。
98層フロアボスの名はカイザードラゴン。その名の通りドラゴンだが、今の攻略組のレベルならクォーターポイントでもない限り負けることは無かった。
事実、カイザードラゴンを一人の犠牲者も出す事無く倒し、98層を無事にクリアしたのだから、残り2層、攻略組全体にも希望が見えてきたという顔をする者が増えている。
「お疲れさま、キリト君」
「ああ、アスナもお疲れ」
ボス戦が終わり、いよいよ99層のアクティベートに行こうという時だった。ボスの間に突如侵入してきた集団が現れたのは。
その集団は今まで行方不明だったギルド・ティターニアであり、その先頭に立つのは件の事件の首謀者、アルベリヒだ。
「てめぇ! のこのこと攻略組の精鋭が集まるこの場所に何の用だ!!」
クラインが代表して前に出ると、刀を構えながらアルベリヒたちの目的を尋ねた。
対するアルベリヒは相変わらずクラインを、そしてこの場に集まる攻略組の精鋭たちを見下した眼差しで冷笑を浮かべながら今までと変わらない豪華絢爛な細剣と、何処か禍々しい片手剣を構えている。
「いやいや、まさかこんなにも早く攻略が進んでしまうとは予想外でして。困るんですよ、攻略なんてされたら、僕の研究が進まないじゃないですか。だから、アナタ方は邪魔なんです、消えて貰いますよ」
この為に、アルベリヒはティターニアのメンバー全員のレベルを200以上に、自身のレベルを300に設定し、更に入手困難な激レア装備を全員に与えている。
そして、彼自身の自信の元となっているのは、恐らくはその右手に持っている禍々しい片手剣なのだろう。
「特に、キリト君。君は僕が今度こそこの手で殺してあげよう。もう今までみたいなマグレが通じると思わない事だな」
「……須郷、お前はまだ俺達に勝てると思ってるみたいだけど、いい加減に現実を見てみろよ。お前の腕では俺達に勝てやしない」
「ふん、そのセリフ……これを見てもまだ言えるかな? システムコマンド! 管理者権限発動、98層フロアボスの間に居るティターニア所属外の全プレイヤーを麻痺状態に」
その瞬間、キリトも含めた全攻略組プレイヤーのステータスが麻痺状態になり、その場に倒れて身動きが取れなくなってしまった。
「なっ、てめぇ!!」
「うご、けない……」
最悪の状況になった。
アルベリヒはスーパーアカウントの管理者権限を発動し、その権限でもって全プレイヤーを麻痺状態にしたのだ。
これでは誰も動けず、為すがままに……殺される。
「そうそう、君たち凡人に良い事を教えてあげようか。この片手剣、実は99層の隠れクエストでのみ低確率で入手可能な武器でね。この剣で斬られたモンスター、プレイヤーのHPを強制的に0にする効果があるんだ」
それは、この世界における最悪のチート武器。
あの剣で斬られれば最後、例えキリトであろうと、HPを0にされてこの世界からも、現実世界からもログアウトする事になってしまう。
「須郷さん、貴方って人は……っ!」
「ふふん、ああ明日奈さんは殺しませんよ。アナタは私の花嫁になるお人だ。私の実験で人格を弄り、そしていずれは結城家を、レクト社を我が物にするのですからねぇ」
「っ! ふざけないで! 誰がアナタなんかと!!」
色欲に染まった目を、アスナに向けるアルベリヒは何を思ったのか、彼女に近づき隣で倒れているキリトを一瞥すると、アスナの頬に触れた。
逃げようとするアスナだが、その身体は麻痺の効果によって動く事が出来ず、されるがままに頬に触れられてしまう。
「ああ、現実と同じ……美しい肌だ。もうすぐ、これが僕の物になるのだと思うと、興奮してきますよ。何なら、今からここで身動き出来ないアナタを犯しても良いですねぇ」
「……須郷、その汚い手で、アスナに触れるな」
「あん? ふん、小僧……誰に口を利いているのか理解しているのか? お前は僕に生かされているんだって自覚した方がいい。じゃないと、殺してしまうよ?」
「……こっちのセリフだ……須郷、これ以上アスナに触れるな……殺すぞ!」
「殺す? 僕を? ハハハハハッ! 面白い冗談だねぇ! 身動き出来ない君が、どうやって僕を殺すって!? やってみたまえよ! ほら!!」
アルベリヒは、自分が地雷を踏んだという事に気付いていない。
自分の持つスーパーアカウントを過信し、自分を絶対の存在だと思い、そして何もかも自分の思うがままだと勘違いしている。
だから、キリトは多くの目があるこの状況であっても、使う事を決断した。この男は、もうこれ以上野放しにして良い男じゃない。
「システムコマンド!!」
「っ!?」
「管理者権限変更、ID……ヒースクリフ!!」
その瞬間、アルベリヒにあった管理者権限が消えた。
そして、キリトの持つカウンターアカウントによって、この場に居る全員の麻痺が消え去り、同時にアルベリヒの持つスーパーアカウントは、その効果を失った。
「管理者権限発動、スーパーアカウント権限者をアルベリヒからストレアへ移行。ストレア!!」
「うん! システムコマンド! 管理者権限発動! ペインアブソーバーをレベル0に!!」
「なっ、なぁ!? ぼ、僕の権限が!? な、何故だ!? 小僧、貴様何をした!!」
「簡単な話だ……俺にもあったんだよ、特別なアカウントが。お前の持っていたスーパーアカウントにのみ対抗出来る、スーパーアカウントに対してだけ有効なアカウント、カウンターアカウントをな」
「な、何だと!?」
「さて、須郷……今、ペインアブソーバーをレベル0に設定してある。これでこの世界での痛みは現実の痛みと何も変わらない。そろそろ決着を付けるときだぜ」
立ち上がりながら、エリシュデータとダークリパルサーを抜いたキリトは、うろたえるアルベリヒと対峙する。
その周りでも、次々と攻略組の面々が立ち上がり、既にティターニアのメンバーが逃げられないよう入り口を塞いでいた。
「な、こ、この……っ! 良いだろう! そんなに死にたいのなら、僕がこの手で殺してやる!!」
片手剣を構え、突撃してきたアルベリヒに対して、キリトはダークリパルサーで受け止め、エリシュデータで斬り掛かる。
だが、いい加減にアルベリヒも学習したのか、今まではこれで終わったであろうキリトの攻撃を細剣で受け止め、距離を取った。
「へぇ、少しはまともに戦えるようになったみたいだな」
「ふん、僕を今までの僕と同じだと思うなよ小僧。今の僕は君に負けるなんてあり得ない!」
「そうかい、なら……っ!」
両手の剣をライトエフェクトによって輝かせると、一気にキリトがアルベリヒに突進した。
二刀流の突撃スキル、ダブルサーキュラーをアルベリヒは両手剣と細剣をクロスすることで受け止めると、スキル後の硬直で動けないキリトに片手剣による斬撃で決着としようとしたのだが、それは甘い。
「ふっ!」
「ナニィッ!?」
ダブルサーキュラーは二刀流スキルの中でも低位に位置するスキルだ。当然だが上位のスキルに比べれば硬直時間は短い。
ギリギリで硬直が解けたキリトはその場にしゃがみ込んで背中の鞘を地面にぶつけ、上にずらす事で鞘で剣を受け止めるという荒業を見せた。
「はぁああああああ!!」
そこから、キリトの猛攻が始まった。
アルベリヒの剣を受け止めて直ぐ、キリトはスキルを発動。二刀流上位スキルの一つであり、スターバースト・ストリームの一つ下に位置する同じく16連撃の大技、ナイトメア・レインによる連撃が始まったのだ。
次々と襲い掛かる連撃の嵐にアルベリヒは何とか細剣と片手剣で受け止めては流そうとしていたのだが、彼の実力では全てを受け止めるのは不可能。
「ひ、ヒィイイイイッ!?」
瞬く間に両手の剣を破壊され、腰を抜かして座り込んだアルベリヒに、16連撃目の一撃を叩き込み、両手でガードしようとしたアルベリヒから、その両腕を奪い去った。
「ひ、ひぎゃあああああああっ!! ぼ、僕の腕がぁああああああああ!?」
「喚くなよ須郷……お前に捕まった人達の苦しみは、その程度じゃない!!」
「ヒッ!?」
エリシュデータとダークリパルサーをアルベリヒの両太ももに突き刺し、動けなくする。
見れば他のティターニアのメンバーも既に血盟騎士団とアインクラッド解放軍によって拘束されているので、後はアルベリヒだけだ。
「い、痛い……っ! 痛いぃいいいいいっ!!!」
「へん! 自業自得だぜ、てめぇはその痛みを味わって、存分に恐怖って言葉を思い知りやがれ」
ご丁寧にクラインの言葉の後に、聖竜連合の面々が次々とアルベリヒに強引にポーションを飲ませている。
HPが減っては回復して、また減っては回復して、両腕を失った痛みと両足を貫かれ続ける痛みによって、アルベリヒは発狂したように泣き喚いていた。
「須郷、現実世界に戻ったら法の裁きがお前を待っているぜ……そうだろう? ヒースクリフ」
『っ!?』
キリトの言葉に全員が驚き、そしてキリトが眼を向けた先に全員が振り向いた。
そこには、赤い鎧を着込んだ銀髪の男、忘れもしない……ヒースクリフが立っていたのだ。
「やぁ、久しぶりだね諸君」
変わらない表情、変わらない声、変わらない雰囲気、何もかもが75層フロアボスの間で消えたときのままだ。
そして、このタイミングで消えた最終ボスの登場が何を意味するのか、それはまだ、誰にも分からない。
次回はついに現れたヒースクリフ、その登場が何を意味するのかが語られます。
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第四十話 「決戦は紅玉宮にて」
ソードアート・オンライン・リターン
第四十話
「決着は、紅玉宮にて」
突如、98層フロアボスの間に現れたヒースクリフ。
その姿を見るのは75層での戦い以来であり、あの時と何も変わらない姿に懐かしいと思えば良いのか、相変わらずのふてぶてしさに苛立てば良いのか。
「まずはキリト君、須郷君の企みを潰してくれた事を感謝しよう。彼は私の大学時代の後輩でね、当時から私と比べられて随分と劣等感を持たせてしまったことに罪悪感を感じてはいたのだが、この世界を汚されるのは、流石に我慢ならなかった」
「だろうな、アンタのこの世界に対する情熱を思えば当然の言葉だ」
茅場晶彦は、この世界に並々ならぬ情熱を持っている。それを理解しているからこそ、それを汚した須郷の行いにヒースクリフが憤りを持っているのも判る。
「既に彼の行いは現実世界のメディアやレクト本社、警察にリークしてある。もうじき現実世界の彼らの肉体は拘束されるだろう」
後は、ゲームをクリアして意識が戻れば現実世界の法によって裁かれることになり、仮にクリア出来なくとも待っているのは死だ。
須郷伸之という男は、ここでゲームオーバーという事になる。
「ふ、ふざけるなぁ! 茅場先輩、アンタはいつもいつも! そうやって僕を見下して!! 今度も僕を!!」
「須郷君……私は一度だって君を見下した覚えは無かったよ。大学時代、確かに私は君よりも電脳関係において優秀な成績を残していたのは事実だが、その私を追い掛ける君の実力、才能、努力、その全てを私は評価していたのだがね……君なら、もしかしたら私の相方として、良きパートナーとして、この世界を作り上げる事が出来るかもしれないと」
とても残念そうに言ったヒースクリフの言葉だが、須郷は信じなかった。
彼の長年積もりに積もった劣等感は、今更言葉で拭えるようなものでもなく、最早ヒースクリフの……茅場の言葉は届かない。
「本当に、残念だ……システムコマンド、ギルド“ティターニア”の全メンバーを黒鉄宮の牢獄へ転移」
ヒースクリフのGM権限が発動し、須郷を含むティターニアのメンバー全員が転移していった。
恐らく行き先はヒースクリフの言った通り、犯罪者プレイヤーが送られるという黒鉄宮の牢獄なのだろう。
「さて、これでゆっくりと話が出来そうだ。改めて諸君、久しぶりだね」
「てめぇ! 何のつもりだ!! 今更のこのこと!!」
「いや、本当にすまないね。75層での事は、流石に私も予想外だったのだよ。須郷君の横槍の結果、私の……ゲームマスター茅場晶彦のアカウントにバグが生じてしまい、そこから派生するようにゲームシステム全体にバグが広がってしまったのだからね」
結果として、ヒースクリフというプレイヤーが維持できなくなり、茅場は慌ててヒースクリフの本来の姿、最終ボス“魔王ヒースクリフ”として100層へと転移したらしい。
もし、これが間に合わなければ最悪アインクラッドそのものが崩壊し、全プレイヤーが死を迎えていた可能性があるとのことだ。
「ところでキリト君、君のカウンターアカウントは何処で入手したのかな?」
「アンタとの戦いの後、気がついたらあった。多分、バグが発生したのが原因じゃないのか? アンタっていうGM権限者に異常が発生したための救済処置として、カーディナル辺りが機能低下する直前に俺にインストールしたのかもな」
本当は未来の茅場晶彦から貰ったものなのだが、そんな事を言うわけにもいかず、辻褄が合いそうな嘘を述べていく。
ヒースクリフもそれで一先ず納得したのか、特に何も言わなかった。
「だが、その権限はプレイヤー一個人にいつまでも持たせるわけにいかないものだ。ストレア君に移したスーパーアカウントも含めて、デリートしておいて構わないかな?」
「……そうだな、俺もアルベリヒが居なくなった以上、持ってる必要が無いと思うし、構わないぜ」
どのみち、スーパーアカウントとカウンターアカウントはヒースクリフの持つマスターアカウントに届かないので、もう持っている意味が無い。
ヒースクリフが二つのアカウントを完全にデリートしたのを確認し、改めて向き直った。
「さて諸君、残すところ99層を攻略するのみだ。99層フロアボスを攻略したら、100層になる。100層は99層から上がって直ぐに転移門があり、そこから一本道の通路の先にボスの間が待ち構えている」
そのボスの間で、ヒースクリフは待っている。
今、この場にてそう宣言したという事は、ヒースクリフから攻略組全プレイヤーへの正式な宣戦布告だ。
「キリト君、100層で決着を付けようじゃないか」
「ああ、今度こそ終わらせてやるよ。お前との因縁も、このゲームも」
最後に不敵な笑みを浮かべてヒースクリフは転移して行った。恐らく、100層の紅玉宮でキリト達を待つのだろう。
98層が攻略され、99層へとこれから探索は進む。早ければ1週間もしない内に99層フロアボスの間は見つかり、攻略されるだろうから、次にヒースクリフに会うのは遅くとも2週間後くらいになる。
「さあ、行こう……99層へ、最後の探索へ」
この日、99層のアクティベートが済まされ、アインクラッド攻略も残すところ2層になり、プレイヤー達の心の希望が大きくなった。
とうとう、開放されるまで残り僅かになったという喜びの声と、2年も暮らしたアインクラッドでの生活とのお別れに、寂しさを感じる声が、アインクラッド全域で聞こえるようにんるのだった。
99層アクティベートの翌日、キリトとアスナは二人ではじまりの街に来ていた。
全てが始まった場所、大広場に立ち、自分達の感覚で4年前の事を思い出す。
「あの頃は、何でこんな事に巻き込まれなきゃいけないんだって、そればっかり考えてたな……」
「わたしも、家のしがらみとか、ストレスとか、そういうのを少しでも解消しようと思ってお兄ちゃんのナーヴギアを被っただけなのに、どうして? って、そればっかり」
本当なら、楽しいゲームになる筈だった。
ただ純粋にゲームの中で冒険を楽しみ、他のプレイヤーとも切磋琢磨しながら、本当にただただゲームを楽しむつもりだったのだ。
それが、4年前のあの日から、全てが狂ってしまった。
「思えば、随分と遠くに来ちまったなぁ」
「だねぇ、4年もゲームの世界に居るからかな? 現実の事とか殆ど思い出せない事があったりするよ」
「俺もだよ……でも、ようやく帰れる」
99層をクリアして、ヒースクリフとの決着を付ければ、必ず帰れる。
4年に渡るキリトとアスナの戦いが、もう間も無く終止符が打たれるのだ。
「ねぇ、キリト君は現実世界に帰ったら何がしたい?」
「俺? そうだなぁ……リーファの言ってたALOってゲームがしてみたいかな」
「え~? 4年もSAOに居るのに、まだゲームがしたいの?」
「だ、だって仕方がないだろ!? SAOじゃゲームを楽しむ余裕が全然無かったんだし、今度はちゃんとゲームを楽しみたいんだよ」
デスゲームじゃない、純粋なゲームを楽しみたい。それがキリトの願いだ。
4年も命を賭けたゲームをしてきたからこその願い。命を賭けなくても良い、純粋なゲームを楽しみたいという願い。
「そっか……じゃあ、やるときは教えてね? わたしもやるから」
「え? でもアスナって家が厳しいんじゃなかったっけ? SAOの事もあるし、やらせてもらえないんじゃないか?」
「そこはほら、命懸けの戦いを終えたわたしの心の癒しの為にとでも言えば良いのよ」
それで済むのだろうか、と疑問に思うが、アスナの頑固さは良く理解しているキリトだからこそ、アスナならきっとALOを一緒にプレイ出来るようにするだろうと確信していた。
「じゃあ、その時は一緒にリーファに教わろうぜ。SAOでは俺達の方が先輩だけど、ALOじゃあいつの方が先輩なんだしな」
「そうだねー、リーファちゃんの話だと空も飛べるって話だもん、ちょっと楽しみかも」
SAOをクリアしたら、そんな話が出来て、そしてそれが本格的に希望が見えてきたのはつい最近の話だ。
90層を超えた辺りから、プレイヤー達はよくクリアしたらどうするかという話をする様になった。それは攻略に希望が見えて、本当に帰れるかもしれないという期待が高まっている証拠。
「俺達だけじゃない、この世界に生きる全ての人が、夢見てた現実世界でやりたい事……それを叶える為に、俺達は負けられない」
「うん」
「ヒースクリフとの決着は、俺個人の我が侭も含まれてるけど、でもそれだけじゃないんだ……ヒースクリフを倒して、それで漸く俺達のアインクラッドでの物語は終われる」
「攻略組が全プレイヤーの希望だなんて言われてたけど、何だか現実味を帯びてきたよねぇ」
そう、今やキリト達を含む攻略組は全てのプレイヤーの希望そのもの。
いつの日にか、ではなく、もう間も無く現実世界へとプレイヤー達を開放してくれるであろう、希望なのだ。
「待っていろ……もう直ぐ、そこへ行くからな」
迷宮区の塔の先、そのずっと先へと目を向けながら、キリトは静かに宣言した。
その視線の先、100層にて待つヒースクリフへと向けて。
「帰ろうか、アスナ」
「うん。ユイちゃん達が待ってるもんね」
愛娘達の待つログハウスへ帰るため、転移門に向かって歩き出す二人。
決戦前の穏やかな時間が終わりを告げるのはこの4日後のことだ。99層フロアボスの間が見つかったという報告が入り、最後のフロアボス攻略へ向けての攻略会議が行われるのだった。
次回はついに99層が攻略され、100層最終ボス、ヒースクリフとの決戦前の、本当に最後のひと時。
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第四十一話 「決戦前・前祝編」
ソードアート・オンライン・リターン
第四十一話
「決戦前・前祝編」
ついに、アインクラッド99層フロアボスが攻略され、残すは100層ラスボスであるヒースクリフとの決戦を残すのみとなった。
とうとうこの世界を脱出する事ができると、生き残っているプレイヤー達の誰もが喜び、今は前祝という事でアインクラッド全層何処も彼処もお祭り状態になっている。
そして、そんな中、最前線で戦う者達もまた、前祝という形で攻略組ギルド全員を集めてはじまりの街の大広場でパーティーを開いていた。
「うんめぇええええ!! やっぱアスナさんの作る飯は最高だなキリトよ!」
「クライン、お前食べ過ぎだっての……って、その肉俺のだ!!」
キリトやクラインだけではない、黒閃騎士団、アインクラッド解放軍、血盟騎士団、聖竜連合、風林火山、黄金林檎、月夜の黒猫団、様々な攻略組ギルドやソロのメンバーが集まり、最後の決戦前にこれまでを振り返りながら英気を養っている。
「やぁ、キリトさん」
「シンカーさん、楽しんでますか?」
「ええ。こうして皆さんで集まって騒げるのも、これが最後ですからね、ユリエールも珍しくテンションが高くなってましたよ」
シンカーが視線を向けた先には、リズベットと共にエールを一気飲みしているユリエールの姿があって、それを見てキリトと共に苦笑する。
「遠くまで来ましたね、我々も」
「だな、俺も最初は100層なんて無理だって思ってたぜ」
「……俺もだ、最初なんて自分が助かる事だけを考えてた、攻略だってそればっかりで、本当に100層に到達できるか、なんて考えた事も無かったよ」
だけど、今こうして99層を攻略し、ついに100層まで来た。まだゲームが開始されたばかりの頃は誰もが諦めていたゲームクリアが、もう目前に迫っているのだ。
「僕は前線に立って戦う事はできませんが、応援してますよ」
「ああ、ディアベルにも伝えてやれよ。あいつは一応、お前の所のメンバーなんだしよ」
「ですね、彼には前線に出られない私の代わりにいつも前線で戦ってもらってましたから、感謝しきれません」
ディアベル、第一層攻略からずっとキリト達と共に前線で戦い続けた彼もまた、キバオウ達と共に飲み比べをしている最中だった。
皆、様々な思いがあり、それを語りながら最後の晩餐とも言うべき今を楽しんでいる。
「ね、ねぇキリト君」
「ん、どうした? アスナ」
「あ、あのね……あそこ」
何やら困惑顔でアスナが指差した先、そこにキリトとクラインが目を向けると、思わず目が点になってしまった。
何故なら、見覚えのある真紅の鎧を着た男が、これまた何故かラーメンドンブリをモチーフにした仮面を被ってさり気なくパーティーに参列しているのだから。
「って、おいヒースクリフ!!」
「ずずず……ん? やぁキリト君、クライン君、アスナ君、パーティー楽しんでいるかね? ああ、それと私はヒースクリフではない、紅のラーメンハンターだ」
アスナが作ったラーメン片手に仮面越しのドヤ顔をするヒースクリフ……もとい紅のラーメンハンター。
「てか、その仮面どうしたんだよ! んな仮面あるのか!?」
「これかね? どうだい、似合っているだろう?」
似合っている似合ってない以前に、シュールだ。
「パパ、あの仮面……実はアインクラッドに実在するアイテムなんてす」
「……は?」
「エクストラスキル、食評論家をコンプリートしたプレイヤーが特定のモンスターを倒した時のみ稀にドロップするレアアイテムなんです……アイテム名は確か、美食ラー面」
効果は装備したプレイヤーの料理成功率を高めるものとのことだ。
正直に言おう、いらない。
「ていうか、何でお前が此処にいるんだよ、100層で待ってるんじゃなかったのか?」
「キリト君、その質問に対する答えはたった一つだ。ラーメンある所に私あり!!」
もうこの場で倒してしまおうか、と思わず考えてしまったキリトは悪くない。
「とまぁ、冗談はさておき、キリト君に話があったのだよ」
「……話?」
「うむ、100層紅玉宮玉座の間、それが君たちと私が戦う場所になるのだが、実はラスボスは私ではなく、ホロウアバターというゲーム開始時に現れたあの巨大なローブの姿をした茅場晶彦になるのだ」
「つまり、お前がラスボスというわけではないってことか?」
「同じ茅場晶彦であるという点では間違いではないのだがね。だが、それを恐らくは君たちの実力でもってすれば簡単に倒してしまうだろう。だが、それでは面白くない」
そこで、と紅のラーメンハンターは続けた。
「ホロウアバターを倒した後、キリト君……君と今度こそ1対1の決着を望む。それで君が私に勝てば、ゲームクリアだ」
「……つまり、ホロウアバターを倒すのはお前への挑戦権ってことか?」
「そう捉えても構わないよ。どうかな?」
「……望むところだ」
断る理由は無いし、そもそも断るという選択肢を、この男が選ばせるはずも無い。
ならばキリトが選ぶべき選択など、最初から決まっている。
「今度こそ、お前を倒す」
「フッ……そう、それでこそキリト君だ」
それだけ言い残し、紅のラーメンハンターは空になった丼を持ってお代わりに向かった。まだ食べるつもりらしい。
「ヒースクリフの野郎、ラーメン全種食うまで居座るつもりだな」
「みたい、だな」
先ほどまで食べていたのが醤油ラーメンらしいので、残る塩、味噌、豚骨をコンプリートするまで帰らないのだろう。
精々、気付かれないことを祈りつつ、キリトはアスナと共に近くのテーブルにある料理を食べ始めるのだった。
「む、このスープは鶏がら塩だと!? まさかアスナ君の調味料合成技術は此処まで見事に再現していたのか……!!」
紅のラーメンハンターの叫びを背に、一同は聞こえないフリを維持するのだった。
パーティーもお開きになり、暇になったキリトは決戦前に仲間と話をしようと思い、最初に誰の所へ行くか考えていた。
「やっぱ、リーファからかな」
この世界に他のゲームから巻き込まれてしまったという妹、リーファの所へ行こうと決め、キリトははじまりの街の宿に泊まることにしたリーファの所へ向かった。
この世界ともようやくお別れという事もあり、随分と現実世界で心配を掛けた妹と、これからの事などで色々と話したい事もある。
「リーファ、俺だけど」
リーファの部屋の前で扉をノックし、中に居るであろう妹に声を掛けると、直ぐに返事が返ってきた。
『お兄ちゃん? ちょっと待ってね~』
しばらくして、扉が開かれて、中から緑色のシャツにミニスカート姿のリーファが出て来た。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「ちょっと、リーファと話したい事があったからさ」
「ふぅん、まぁ入ってよ」
言われるがままに部屋に入ったキリトは、この後、リーファから衝撃の事実を聞かされることになるとは、思いもしなかった。
次回はリーファがアインクラッドに来た理由が明かされます。
ゲームプレイしてる人はもう知ってるでしょうが、これは一応、ゲームのネタバレになるので次回を読む人は注意です。
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第四十二話 「決戦前・リーファ編」
ソードアート・オンライン・リターン
第四十二話
「決戦前・リーファ編」
リーファの部屋に入り、キリトは備え付けてあるソファーに腰を下ろすと、リーファもその向かい側のソファーに座り、用意していた紅茶を差し出した。
礼を言って出された紅茶を一口飲み、キリトはこの部屋に来た理由を話すためにリーファと改めて向かい合う。
「悪いな、こんな時間に」
「ううん、アタシもまだそんなに眠くなかったから」
「そっか……今更こんな事を聞くのもあれだけど、SAOでの暮らしには慣れたか?」
「うん。ギルドホームで寝泊りしたり宿に泊まって本当に寝るなんて経験、ALOじゃあり得なかったから、最初はちょっと新鮮で興奮したりしたけど、最近は自分の家みたいにくつろいでるよ」
「なら良かった……でも、漸く帰れるんだ」
「……そうだね、そう考えるとちょっと、寂しいかな」
SAOでの暮らしに慣れた分、それが終わってしまうと若干の寂しさを覚えるリーファだが、それはこの世界に暮らす誰もが思っていることだ。
本当にゲーム開始時は早く脱出したいということばかり考えていたプレイヤー達も、2年という月日で生活に慣れてしまい、ついにゲームクリア目の前だという現状に違和感や寂しさを覚える者ばかりだった。
「お兄ちゃん達はこの世界で2年間、ずっと生活を送ってきていたんだよね」
「そうだな」
「なんていうのかな。改めて思い返すとALOとは違ってSAOの人たちってみんな、生活感があるっていうか、ログアウトしないでゲームの中で暮らすってこういうことなのかなって、そう思ったよ」
「まぁ、ここは2年も暮らして皆それぞれの生活を営んできたから、ある意味ではもう一つの現実って言っても良いくらいだろうな……ニシダさんとかなんて、釣り師として目一杯楽しんでるだろ?」
「あのおじさんね、お魚分けてもらったことあるよ」
そう、2年という月日で築き上げてきた生活が、いつの間にかアインクラッドという仮想現実の筈の世界をもう一つの現実世界と呼んでも良いくらいの雰囲気を作り上げていた。
おそらく、リーファが知るALOというゲームや、その他のゲームではあり得ないほど、この世界の空気は現実に酷似している。
「そういえば、2年でお兄ちゃんも随分と変わったよねぇ」
「俺が?」
「うん、剣道辞めて長いのに、今じゃアインクラッド最強の黒の剣士様なんて呼ばれてるんだもん」
「最強って名乗った覚えは無いんだけどなぁ」
黒の剣士は前の世界でもキリトの通り名として有名だったので、今更違和感は無いが、最強という言葉にはどうしても頷けない。
確かに、キリトのレベルはアインクラッドで現在生き残っている全プレイヤー中最高のものだろうが、キリトは自分が最強だと思ったことは一度だって無いのだ。
「でも、アタシはね……嬉しかったんだ」
「?」
「だって、お兄ちゃんがゲームの中でとは言え、また剣を握ってくれてたんだもん……お祖父ちゃんだってきっと喜んでるよ」
「だと、いいな……」
厳しい祖父の指導に耐えられず剣道を辞めた嘗ての自分だが、やはりキリトと剣は切っても切り離せない繋がりがあるらしい。
「そういや、スグの剣筋見てて思ったけど、まだ剣道続けてたんだな」
「うん! 去年なんて全国大会のベスト8に入ったんだよ。そのお陰で高校の推薦も貰えたし」
「へぇ……そっか、スグももう高校生なんだよな」
キリトがSAOに囚われた時、あの頃はまだ直葉は中学1年生だった。
ついこの前までランドセル背負っていた妹が、いつの間にかもう高校生になろうとしているという現実に、改めて月日の流れを感じた。
「なぁ、スグ……聞きたいことがいくつかあるんだ」
「……何?」
「この世界で死ぬと、本当に……現実でも、死んでるん、だよな?」
「……うん、お兄ちゃんが入院してる病院でも、何人かSAO被害者が入院してるんだけど、アタシが知る限り半分くらい、死んじゃったみたい」
「そっか……」
やはり、本当に死んでしまうらしい。
心の何処かで期待していた自分が居たのだ。この世界で死んでも、現実ではまだ死んでないのではないか、ということを。
だけど、やはり間違い無くこの世界で死んだ人は現実でも、死んでいた。
「ほんと、遣る瀬無いよ……ほんとは現実世界ではちゃんと無事で、向こうで会えるんじゃないかって、ほんの少しは期待してたんだけど……ごめんな、スグ、こんな世界に巻き込んで」
「お兄ちゃん……」
「今日のパーティーでヒースクリフに聞いたんだ……スグとシノンがこの世界に巻き込まれた原因は不明だって、リーファもやっぱり心当たりは無いよな」
「う、うん……ALOで遊ぼうと思ってログインしたら、いつの間にか」
「ヒースクリフ……茅場はさ、もしかしたらスグとシノンはSAOの根幹を成すプログラムに関係ある何かが原因で巻き込まれたんじゃないかって、言ってた。あいつは、スグ達が巻き込まれたのは本位じゃないって」
そう、あの男はこの世界に並々ならぬ情熱を持っているからこそ、この世界での不正は許さないし、何よりこの世界に最初の1万人以外の無関係な者を巻き込んでまでデスゲームをするような人間ではない。
それは茅場明彦という男のポリシーや美学に反する事だということは、長い付き合いのキリトには解る。
「なぁ、スグ……本当にこの世界に来た原因、解らないか? 何か心当たりがあるなら、教えてほしい」
「……それは」
何か迷っているような素振りを見せるリーファだったが、やがて決心したのか、それとも観念したと言うべきなのか、噤んでいた口を漸く開いた。
「はぁ……アタシが他のゲーム、ALOで遊んでいたっていうのはホント。でもこの世界に来た時にALOにログインする為にアミュスフィアを被ったっていうのは、嘘なんだ」
「どういうことだ?」
「ホントはね、アタシ……SAOにログインしたの。友達が隠し持っていたナーヴギアを使って」
「なっ!?」
衝撃の事実を、リーファは口にした。
そもそも、リーファがこの世界に来ることになった原因というのが、ALOを一緒にやっている学校の友人が政府に回収された筈のナーヴギアを隠し持っていたのを知り、そしてその友人自身はプレイしなかったがSAOのソフトも持っていたので、ログインしようと思えば出来る状態だったのだ。
そして、リーファは兄が目覚めない現実を何とか打開したい、もう一度兄に会いたいという思いから自宅で友人から譲り受けたナーヴギアを被り、SAOにログインした。
「な、何考えてるんだ!! 解ってるだろ!? この世界で死んだら、お前も死ぬんだぞ!?」
「解ってるよそんなこと!!」
「っ!」
「解ってる……解ってるよそんなの。でも、しょうがないじゃない! お兄ちゃんがいつ死んじゃうんじゃないかって、ずっと不安だった! 病院で、同じSAO被害者の人が亡くなったって聞いたとき、次はお兄ちゃんの番じゃないかっていう恐怖を、ずっと味わってきたんだよ!? だったら、せめてお兄ちゃんに……現実じゃなくても良いから、会いたかった、会って……昔みたいにお話したかったの!」
「スグ……」
何も、言えなかった。
ずっと、蔑ろにしてきた妹への罪悪感と、2年も不安にさせてきた申し訳無さが、キリトの胸を締め付けて、これ以上……命の危険を冒してまで自分を蔑ろにしていた兄に会いに来てくれた妹を、責められなかった。
だから、キリトは目の前で泣いている妹をそっと抱き寄せ、現実とは違う見た目であろうと、随分と大きくなった妹の温もりをかみ締める。
「ごめん……スグにも、母さんにも、親父にも、心配掛けた」
「っ……ホントだよ、お母さんもお父さんも、口には出さなかったけど、お兄ちゃんが死んじゃったらどうしようって、いつも不安だったんだよ?」
「うん……本当に、ごめん。でも、もう直ぐだから……必ず、帰るよ、スグと、母さんと、親父の待ってる家に」
明日の戦いで、全てが終わる。
長かったアインクラッドでの戦いに終止符が打たれる。そしたら、必ず帰るのだ。
家族が待っている、現実へ。
次回はシノンのお話。
これもインフィニティ・モーメント未プレイの方はネタバレ注意です。
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第四十三話 「決戦前・シノン編」
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第四十三話
「決戦前・シノン編」
リーファの部屋を後にしたキリトはギルドホームの中庭に出てきていた。
時間的にもう夜なので、空は真っ暗になっており、満点の星空が楽しめるのだが、それよりも気になるものが見えたことに気がつく。
中庭にある木に腰掛けて座りながら空を眺めているシノンの姿だ。
「シノン」
「あ、キリト……どうしたのよ? こんな所に」
「いや、何となく外の空気を吸おうと思ったんだけど……シノンは?」
「あたしは……そうね、キリトと同じ。外の空気を吸うついでに、ちょっと星見でもってね」
そう言って夜空を見上げるシノンの表情は何処か優れなかった。明日には最後のボス戦だからこそ、不安もあるのかもしれないと思ったが、キリトの勘がそれは違うと言っていた。
「どうした? 何か顔色が悪いけど」
「ううん、ちょっと……ね。夕べの夢見が悪かっただけよ」
「夢見が?」
「そう……悪い、夢だったわ。私の、昔の夢っていう、最悪のね」
「昔……?」
シノンは、この世界に迷い込んだ当初、記憶喪失だった。リアルでの事は自分の名前以外の何一つ覚えていない。プレイヤーネームすら確認しなければ判らなかった程だ。
「そう、忘れるなって事なのかしら……おかげで大分リアルでのこととか思い出せた」
「それは、俺が聞いても……?」
「ええ、でも聞いても驚かないでね? 私も戸惑ってる所が結構あるんだから」
シノンの口から語られたのは、まずシノンの知るSAOの事について。
シノンはリーファ同様にSAO開始時はやはりリアルの方に居たらしく、SAOの事を知ったのはテレビのニュースでだった。
大勢の人が死んだ最悪のデスゲーム。首謀者は未だ逮捕されていない、被害者を救い出す方法がゲームクリア以外に本当に無いのかすら判明していないこと等々。
「じゃあ、やっぱりシノンはリーファ同様に」
「ええ、元々はリアルに居た……SAOというゲームとは一切無関係の筈だったのに、あの日……落ちてきた私をあんたが受け止めたあの日に、私はこの世界に迷い込んだ」
「やっぱりな……でも、ハードはどうしたんだ? SAOとは一切無関係だったならナーヴギアは持ってなかったんだろ? 発売中止になったとも聞いたし。もしかしてリーファが言ってたナーヴギアの後継機とかいうあ、アミュスフィア? だっけ……それを?」
「いいえ、確かにアミュスフィアは買おうかと思ってたけど、私がこの世界に迷い込んだ当時はまだ購入してなかった。たぶん、メディキュボイドの所為でしょうね」
「メディキュボイド?」
またリアルの事で知らない単語が出てきた。
今の話の流れから察するにナーヴギアやアミュスフィア以外のVRマシンだとは予想出来るが、名前の響きから医療に関わりがあるのではないかとも思える。
「キリトの想像通り、メディキュボイドは医療用の機械よ。フルダイブ技術を医療に役立てようって何処かの会社だか研究所だかが言い出して、それでナーヴギアやアミュスフィアに使われている技術やシステムをそのまま応用して作られたの」
「フルダイブを医療に?」
「目や耳が不自由な人にVR技術が役立つっていうのはナーヴギアが開発されていた頃から結構言われていたでしょ?」
「ああ、それは知ってる。実際、茅場もいずれは医療にも発展するだろうみたいな発言した旨の記事が雑誌に書かれてたからな」
それ故に茅場がナーヴギアを完成させた時はゲームという側面だけではなく、医療という側面でも非常に注目を集めていたのは確かだ。
勿論、目や耳が不自由な人だけではなく、感覚遮断の技術が麻酔の代わりになるからと、手術にも役立てると言われていた。
「私もね、メディキュボイドを使ったのよ……まぁ、手術の為とか、目や耳が不自由ってわけじゃなく、カウンセリングの為のテスト稼動だったんだけど……えっと、VRMMOは、何だったかしら……ナントカ医療に役立つ、とか何とか、医者が言ってたわね」
その為、シノンはメディキュボイドを利用してSAOではないが、無難なVRMMOゲームにログインしようとした。
しかし、その結果としてアバターを作成して、カウンセラーがログインしてくるのを待っていた所を、突如SAOに巻き込まれてしまったのだ。
「足元が急に揺れたのは覚えてる。その後はとにかく滅茶苦茶な状態になって、自分でも意識を保っているのが精一杯な状況だったんだけど、気が付けば意識を失っていたのね……目を開けた時に目の前にキリトが居たってわけ」
おそらく、須郷が行った横槍によって発生したSAOのエラーが原因だろう。そのエラーが事の他大きかった為に、ネットワークを通じてシノンの所へ影響を及ぼした。
「でも良かったよ。クリアを目前に何とか記憶が戻って」
「……そうでもないけどね。忘れていたかった事まで、思い出してしまったから……正直気が滅入ってるのよ」
「忘れていたかった事……? って、ごめん、これはマナー違反か」
「いいのよ、話したのは私なんだから、あんたが気にする事じゃない。それに、あんたはこの世界で色々と経験してるだろうから、正直聞いて貰えたらと、思ってたのよ……私の、トラウマを」
「でも、それは……」
本当に、聞いて良いのだろうか。彼女のトラウマとも呼べる事を、自分が。
「私、これでもあんたの事は信頼してるの。黒閃騎士団団長としてのあんたも、キリトっていう一人の男としても、何気に結構気に入ってるのよ?」
「それは、光栄だって言えば良いのかな?」
「ええ、そうね……光栄に思いなさい」
こういった物言いは嫌われる傾向にあるのだが、シノンが言うと何故か彼女にはこういう物言いが様になっていて、嫌味に聞こえないから不思議だ。
「私ね……小さい頃に、人を……銃で殺した事があるの」
「人を……!?」
「ええ、母親と一緒に郵便局に行った時に……強盗が実銃を持って襲ってきたのよ」
殺されるかもしれない。そんな恐怖によって怯えていた幼き頃のシノンだったが、母親を助けたい、母親が殺されるかもしれないという想いから強盗に立ち向かい、殴り飛ばされながらも拳銃を奪い取る事に成功した。
だが、強盗への恐怖はやはり残っており、銃を奪い取っても足が竦んで動けなくなって座り込んだシノンから拳銃を奪い返そうと襲い掛かってきた強盗に、シノンは咄嗟に銃口を向け……その軽い引き金を引いてしまったのだ。
「一発目は強盗の肩だったかしら……そこに当たったわ。それで強盗もキレちゃったのね、ますます怒りに身を任せて襲い掛かろうとしたから、続けざまに引き金を引いた……その銃弾は、真っ直ぐ強盗の額へ向かっていったのよ」
銃弾が強盗の額に直撃、簡単に脳を撃ち抜かれ、即死だった。
「引き金を引いたとき、本当に夢中で目を瞑っていたけど、急に静かになって、足元に生暖かい液体の感触がして、恐る恐る目を開けてみれば目の前には頭と肩から血を流して息絶えた強盗が倒れていて、その血が血溜まりとなって私の足元に流れていた……そこでようやく幼いながらに理解したのよ、私は……人を、殺したんだって」
以来、シノンは拳銃というものにトラウマを持ってしまった。それも重度のトラウマで、モデルガンやエアーガン、果てには人の指をピストルの形にしただけで過呼吸になり、嘔吐し、体の震えが止まらなくなる様になったのだ。
「この世界に来て、他の攻略組のメンバーから聞いたの。キリト、あんたはこの世界で、人を殺した事があるって……」
「……ああ、そうだな。確かに、俺はこの世界で、リアルで本当に人が死ぬって知っていてプレイヤーを殺した事があるよ」
「
「奴らは、この世界で人を殺すのが当然の権利だと主張して、快楽のため、娯楽の為に人を殺していた……だから、俺はこれ以上奴らの被害を出さない為に、リアルでも奴らが同じ過ちを犯して人を殺すなんて事が無いように、殺したよ」
キリトという人間を知らない者が聞けば、恐らくキリトの言い分は正義感を免罪符にした殺人者の言葉としか聞こえないだろう。
だけど、シノンは少なくともキリトがそんな人間じゃないのは理解している。だから、キリトの口から、何を思って殺したのか、そしてその罪を背負っている今、何を考えているのかを聞きたかった。
「後悔、してるの?」
「いや、後悔だけはしちゃいけないと思うんだ……どんなに奴らが極悪人でも、俺は俺の都合で殺した事に変わりは無い。正義感とか、そんな温い言葉を免罪符にするつもりも無い……これは、俺が一生背負っていく罪だって理解して、背負う覚悟もある」
「……強いね、キリトは」
「強くなんて、ないさ……多分、俺一人だったらきっと、今頃壊れてたかもしれない」
壊れなかったのは、キリトを支えてくれる大切な人や、仲間達が居てくれたから。彼らが、彼女たちが、キリトの罪を理解し、そしてそれに押し潰されそうになっても助け出して支えてくれるからだ。
「シノン、シノンはその強盗を殺した事、今はどう思ってるんだ?」
「正直、後悔してるなんて言うつもりは無い……だって、あの時ああしなければ、お母さんが殺されてたかもしれないもの」
「その結果、トラウマを抱えることになっても?」
「ええ、トラウマは自業自得、それは理解してる。だけど、あの時お母さんを守ろうとした事を後悔するのだけは、絶対にしたくない」
「なら、シノンはきっと大丈夫だと思うよ。シノンは、一人じゃない……確かに、その強盗を殺してしまった時は一人だったかもしれないけど、でもこの世界に来て、シノンは一人じゃなくなっただろ?」
「……そう、ね」
「同じ人殺しの俺を支えてくれる奴らだ、きっとシノンの事だって支えてくれる」
それを聞いて、シノンは安心したのか少しだけ表情が和らいだ。まだ完全には克服出来ないだろうけど、でもきっと大丈夫だ。
いつの日か、シノンは必ずトラウマを克服する。だって、シノンにはこの世界で得た、大切な仲間が大勢居るのだから。
次回は決戦前・親子編となります。
アスナ、ユイ、ルイの話があって、その次が最終決戦です。
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