別れの詩 (堕落侍)
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別れの詩

この小説にはfgo第1部最終章の重大なネタバレがありますので、1部クリア後に読む事を推奨します。


人理修復から、生きる為に命をかけてひたすらに勝利だけを見つめた戦いから、3ヶ月が経った。

毎日がお祭りのように騒がしかったカルデアも、少しずつ平穏を取り戻しつつある。

けれど来訪者が途絶える事はなく、荒波のような忙しさから解放された訳でもない。

この非日常はまだ続きそうで、マシュと外に出られるのもまだまだ先になりそうだ。

 

いつものように、ごくありふれた動作でマイルームのドアが開く。

そこに見るのは、いつかあの人がこの場所に居たという思い出の残像だ。

今ではもう僅かに耳に残る程度の幻聴は、騒がしかった日々が落ち着いていく度、マイルームに入る度に小さくなっていった。

込み上げてくるものを毎回耐える必要も無くなった。

戦いの間にずっと自分を支えてくれていたこの場所ですら、非日常から日常へと帰りつつあった。

 

どんなに綺麗で尊く思える思い出でも、いつかは“そこにあった”という事実だけに変わる。

時間が経つにつれて、このカルデアにあの人が居ない事もきっと当然に変わってしまうだろう。

新しい人と出会って、新しい事を経験して、新しい時間を過ごす中で 俺/わたし は、どうやら傷が癒えるのを恐れていたようだった。

傷が癒える事で、彼が居たという思い出をただの事実にする事が、やがて彼との記憶を遠い過去の思い出話として他人に語れるようになるのが怖かったのだ。

それでも、生きていく上で癒えない傷はない。

自分の思いとは裏腹に、気持ちは薄れていく。

少しずつ日常に戻り、少しずつ自分の知るカルデアから変わっていく中で 俺/わたし は、ふと彼との会話を思い出した。

 

“落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。

今度は美味しいケーキくらいはご馳走するよ。”

 

もう叶うことのない、約束とも言えない程度の口約束。

あの時、彼がどんな顔をしてそう言ったのか、もう思い出せない。

いつかは、彼の声や姿も思い出せなくなるのだろうか。

彼が生きていたという痕跡が全て消え去った今、一度忘れてしまえばそれらを再び思い出すことは出来なくなるのだろう。

 

忘れたくないと願っても、今日は続いていく。

生きている限り、明日は必ず来る。

俺/わたし は、あの結末をやり直したいとは思わないし、彼が生き返るような陳腐な奇跡も望まない。

そこまでして彼の覚悟を否定するのは、恐怖と不安と、何より当たり前で何より尊く美しい願いを押し殺してまで自分達のために立ち続けてくれた彼を侮辱するようなものだと思うからだ。

もちろん 俺/わたし が彼に会いたくないという訳じゃない。

でも、終わってしまった過去を振り返ってももう何もない。

たとえ彼の全てを忘れてしまったとしても、彼が残してくれた今を精一杯生きる事が、きっと彼にとっても最大限のはなむけになるのだと。

 

名もなき夜に、愛と希望に溢れた汚れなき明日は来ると信じて。



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