【A/Z】蛍へ~銃と花束を~ (Yーミタカ)
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第一話 新芦原事件

 雲一つ無い晩秋の青空の下、10年前に誘致された航宙船発着場を中心に復興が進む新芦原市の目抜通りを埋め尽くすギャラリーの間を、黒い護衛の車に守られながら、白い要人用車両がゆっくりとパレードしている。

 

そんな車列を、この新芦原市で一つしかない高校、芦原高校の制服を着た大柄な青年が遠目に見ながら紫煙と共に愚痴を吐く。

 

「はぁ・・・やってらんねぇなぁ・・・」

 

そんな彼の後ろから、陽光に輝くブロンドの髪を二つのお下げに結んだ、青年と同じ芦原高校の制服を着た少女が缶コーヒーと紅茶を持って話しかけてきた。

 

「蛍くん、まだ言ってるの?仕方ないでしょ~?学科、赤点だらけで補修三昧なのをいくつか免除してもらうんだから。はい、先生からの差し入れ。」

 

と言いつつ、少女は青年・・・蛍に缶コーヒーを差し出す。

 

「サンキュ、クライン。つってもなぁ、やってらんねぇもんはやってらんねぇんだよ。俺は芦原高校出たら地球連合軍に入るつもりなんだぜ?それが何で、敵の!火星人の!皇女サマの!?パレードの交通整理しなけりゃなんねぇんだよ!?」

 

缶コーヒーを片手にまたタバコを加えようとした蛍から、クラインと呼ばれた少女はタバコを取り上げた。

 

「あ!?コラ、返せ!!」

 

「だ~め!蛍くん、未成年でしょ!?それと、いっつも言ってるけど、ニーナって呼んでよ!」

 

クライン・・・ニーナはそう言いながらタバコの火を消し、灰皿がないため近くのゴミ箱に捨てる。

 

小動物を連想する可愛らしい少女が、熊が服を着て歩いているような大男からタバコを取り上げて捨てるのは第三者から見ればほほえましいものだが、当事者の蛍からすればたまったものではない。

 

「あぁ・・・最後の一本だったのに・・・最近、高ぇんだぞ!!」

 

「いい機会だから禁煙したら?それと、そろそろ休憩終わりだよ。」

 

ニーナは腕時計を見ながらそう言い、蛍は道路脇の時計を見た。

 

「・・・?や、まだ時間あんだろ?」

 

「あの時計なら、昨日の朝からあの時間のまんまだよ?」

 

「壊れてんのかよ、アレ!!親父っさんに言って直してもらっとけよ!!」

 

「う~ん、パパには言っとくけど~、ここ、国道だから多分、管轄が違うんじゃないかな~?」

 

のんびりした口調だがすでに紅茶を飲み干したニーナを見て、蛍はコーヒーを一気飲みする。

 

「ゲホッゲホッ!気管入った・・・気は乗らねえけど、早く行かねえとナオの字のヤツの休憩時間が無くなっちまうしな。」

 

そう言って蛍は、待っていてくれたニーナと共に走っていく。

 

 

 

「火星、ヴァース帝国建国より30年。この度、親善大使としてアセイラム・ヴァース・アリューシア皇女殿下が来日し・・・」

 

「星間戦争より15年、この度の訪問により地球とヴァース帝国の関係は好転に・・・」

 

幅の広い、ガラス張りの覆いがされている歩道橋にてLIVE中継をしている報道関係者を、黒く短いくせっ毛の、小柄であることと顔立ちによって見ようによっては少女にも見える青年が眺めている。

 

彼もまた芦原高校の制服を着ており、隣から覗きこむ、長身で黒髪、ショートヘアの勝ち気な顔立ちの女子も同じく芦原高校の制服を身につけている。

 

「伊奈帆、な~にサボってんのよ!!」

 

「休憩時間。」

 

伊奈帆と呼ばれた青年はタブレット端末に目を落としながら答えた。

 

「いや、まだ蛍とニーナ来てないでしょーが!」

 

「二人が来てないのが悪い。韻子も休んだら?」

 

「そーいうわけにいかないでしょ!?」

 

少女・・・韻子は伊奈帆にコブラツイストをかけながらそう怒り、伊奈帆は無表情のままタップする。

 

「また夫婦喧嘩かよ?熱いね~、お二人さん?」

 

二人をひょうきんそうな顔立ちの男子生徒がからかい、韻子の怒りはその男子生徒に向く。

 

「オ・コ・ジョ~、死にたいみたいね~?」

 

韻子は『インコ』ではなく、ラーテルのような顔をして男子生徒、オコジョにせまる。

 

「や、調子に乗りすぎました、スンマセン・・・」

 

オコジョは韻子に制裁を受ける前に両手を上げる。

 

「お前らも遊んでんなよな、にしても、蛍とニーナ、おせーな。ま、蛍はわからんでないけど。」

 

そう言って一人だけ、面倒くさそうに歩行者の誘導を続ける金髪の男子生徒に韻子が話しかける。

 

「たしかに乗り気じゃなかったみたいだけど・・・やっぱりカームと同じ火星嫌いだから?」

 

「アイツは筋金入りだからなー、まさかエスケープじゃねーよな?」

 

「ワリィ遅れた!!」

 

金髪の男子生徒、カームと韻子が話しているところに蛍が走ってくる。

 

「ちょっと、遅刻よ!!」

 

「すまねぇ、あてにしてた時計がぶっ壊れてたみたいでよぉ・・・あ、ナオの字、何見てんだ?」

 

韻子と話すのはそこそこに、蛍は伊奈帆の方に走っていった。

 

「うへぇ、相変わらず勉強熱心だなぁ・・・頭、ジンマシンできそうなモンをまた・・・これが学年首席の秘訣ってかぁ?」

 

伊奈帆は今、数学の問題集をタブレット端末で解いている。

 

その内容は大学教養課程における内容だ。

 

「これは遊びでやってるだけだから成績には関係ないよ。それより蛍も学科、頑張らないと今の成績のままじゃ士官どころか下士官課程も厳しいよ?」

 

「ハハッ・・・半分成績、わけてくんね?教練の成績やるからよぉ・・・」

 

「それ、等価交換じゃないよ。だいたい教練だって蛍が上なのは歩兵演習と近接格闘だけでしょ?二つだけ学年トップで残りは平均ギリギリだし。」

 

『あくま~おに~』と言いながら蛍は伊奈帆にヘッドロックをかけ、またもや無表情のままタップする伊奈帆。

 

「ねぇ蛍、ニーナは?」

 

「あ?ついてきてなかったか?」

 

「やっとついた~、ひどいよ蛍くん、置いてくなんて~!」

 

人混みをかきわけながらニーナが合流する。

蛍が通るときは通行人が怖がって道を開けていたのだが、そのせいでニーナに気づかず、だんだんと蛍と距離が開いてしまっていたのだ。

 

「もう!蛍、ニーナはアンタみたいな顔面凶器と違ってか弱い女の子なんだから、気づかってあげないとダメでしょ!!」

 

「顔面凶器って何だよ、顔面凶器って!?」

 

「ちょっと、やめてよ~!こんな人がたくさんいるところで~!」

 

「蛍、先生に見られたら追試免除、なくなるかもよ?」

 

口喧嘩を始める韻子と蛍を、ニーナと伊奈帆が止める。

 

「おいお前ら、皇女さま、来たぞ!」

 

オコジョが皆を呼ぶと、ニーナ、韻子は歩道橋の手すりを乗り出し、オコジョは双眼鏡を持ち、その後ろでカーム、蛍は三人を呆れながらながめ、伊奈帆はタブレット端末でスーパーの特売広告を見ている。

 

「お前ら、いつから火星シンパになったんだ?」

 

カームがそう言うと三人はそれぞれ、

 

「美人は別だよ!火星のアセイラム皇女、ニュースとかで見たらすっげぇ美人らしいしよ!」

 

「だってお姫さまだよ~、あこがれちゃうよね~?」

 

「ね~!」

 

と、答える。

 

しかしパレードで使われている皇女の車は要人用の特殊車両。

 

対物ライフルの接射でも貫通できないスモーク防弾ガラスで覆われているため、皇女の姿は見えない。

 

「・・・見えん。」

 

「あたりまえだろ、ありゃ狙撃ライフルどころか対物ライフルも受け付けねえ上に、中に乗ってる人間も見せねえ代物だぜ?そういや蛍、あんなのに乗ってるヤツ相手にどうやって『新芦原事件』なんてやらかすんだ?」

 

カームがそう言うと蛍は苦笑いする。『新芦原事件』の元は先日、蛍達が今日の話をしていた時、蛍が断る理由に使ったのが最初だ。

 

『俺が行ったら大津事件を起こしかねねぇだろ?』

 

この『大津事件』とは、日本が明治に入ったばかりの頃、日本国内で人力車に乗っていたロシア帝国皇太子に警ら中の警察官が何を思ったのか突然斬りかかった事件である。

 

その顛末は歴史的に重要なのだが、ここでは割愛する。

 

これに対し伊奈帆が、

 

『ここは新芦原だから起こったら新芦原事件だ。』

 

と言ったのが最初だ。

 

無論皆、本当に蛍が皇女に斬りかかるなどと思っていない。

 

「あのなぁクラフトマンよぉ、無理に決まってンだろ?あんな装甲車みたいなのに乗ってる人間どーにかしようと思ったら、Gにでも頼まねぇと・・・」

 

クラフトマンとは、カームのファミリーネームである。そんな話をしていると横からニーナが、

 

「『ジー』ってな~に?」

 

と尋ねてくる。

 

「ン?知らねぇのか?漫画に出てくる神業スナイパーだよ。けっこう前、装甲車の針の穴みてぇな急所撃ち抜いてたし、いけるんじゃね?」

 

と、蛍が答えた時、ふと空を見ていた伊奈帆がかけよって、蛍の肩を叩いた。

 

「今すぐここを離れよう。」

 

伊奈帆がそう言うと皆、彼に注目する。

 

「ミサイルが来る。」

 

あまりに突飛な言葉に、カーム、オコジョ、韻子、ニーナは冗談だと思ったが、蛍だけは空を見上げた。ミサイルそのものは見えないが不自然に低い航跡が見える。

 

「ッ!!!耳塞いで伏せろおおおぉぉぉ!!!」

 

蛍が叫ぶと、通行人、見物人は、ある者は驚いて手で耳をふさぎ、あるものは呆然と立ち尽くし、ある者は言われたとおり耳を塞いで伏せる。

 

カーム、オコジョはいつもの教練でついた習性か、すぐに言われたとおりにしたが、ニーナは蛍に近すぎたせいか、大きすぎる声を聞き取れなかったため、おろおろと回りを見回す。

 

伊奈帆はすでにしゃがみこんでおり、しゃがむついでに韻子のマフラーを引っ張って座り込ませた。

 

「(クソッ!!!)」

 

蛍は近くで唯一棒立ちのニーナを地面に押し倒し、その上に覆い被さり、腕を使って後頭部をかばいながら耳をふさぐ。

 

その瞬間、皇女を乗せたリムジンと護衛の車列に、ミサイルの雨が降り注いだ。

 

爆風に驚いた韻子はここに来てやっと耳をふさぎ、

 

「何なのよおおおぉぉぉ!!!」

 

と金切り声を張り上げるが、爆音にかきけされる。

 

「皇女は!?」

 

皇女が乗っている白いリムジンは直撃を免れ、他の車の間を、逃げ惑う通行人、下の道路の警備、交通整理をはね飛ばしながら逃げる。

 

「バカ、頭出すな!!」

 

横目でオコジョが立ち上がったのを見た蛍がそう叫ぶと、爆風で跳ねあげられた車が歩道橋に飛んでくる。オコジョはとっさにしゃがんだため直撃を免れたが、立っていた者やパニックになり逃げ惑っていた者に、歩道橋を覆うガラスが割れ、その破片が散弾のように浴びせられ、命を奪っていく。

 

さらに歩道橋を吊るのに使われていたワイヤーが切れ、処刑鎌のように歩道橋をなぎ、しゃがんでいた伊奈帆達の頭の上30センチほどをかすめ、手すりより頭を高くしていた者達を寸断していく。

 

「や・・・いやあああぁぁぁ!!!」

 

ずるずると、切断された人体が崩れ落ちるのをまともに見てしまった韻子が悲鳴をあげるのと同時に歩道橋が崩落し不快な浮遊感の後、歩道橋にいた者も落ちていく。

 

歩道橋が崩落し、伊奈帆が状況を確認しようと瓦礫の中で立ち上がる。

 

すると、唯一逃げ延びた白いリムジンにとうとうミサイルが直撃し、横転したところであった。リムジンから這い出た白いドレスの少女が空を仰ぎ見ると、最後のミサイルが直撃する。おそらく、死体の欠片すら残さず、ドレスの少女・・・皇女は爆殺された。

 

「伊奈帆・・・何なの、これ・・・」

 

「・・・わからない・・・」

 

伊奈帆が背を向けたまま韻子にそう言うと、

 

「ねえ、伊奈帆・・・無視しないでよぉ・・・」

 

と、弱々しく伊奈帆の肩をつかむ。

 

「韻子?そっか、耳をふさいでなかったな。」

 

振り向いた伊奈帆はスマホで、

 

『大丈夫、爆音で一時的に耳が聞こえてないだけ』

 

と打って見せて、韻子を指差す。

 

二人とも特に怪我はない。

 

カーム、オコジョもかすり傷だけで、ほぼ無傷。

 

そして、蛍とニーナだが、蛍はニーナに覆い被さったまま動いていない。

 

怪我をしたわけではないが、周囲の惨状、地獄絵図をニーナに見せまいとしているのだ。

 

「蛍くん、お~も~い~!!」

 

「クライン、わかったから、目をあけるな、立たせてやるから。」

 

そう言って蛍は立ち上がり、目をつむったニーナを立たせる。

 

しかしニーナはバランスを崩し、とっさに目を開いてしまった。

 

崩落した歩道橋、瓦礫の山に凄惨な死体の数々を見て、ニーナは蛍のもとを離れ瓦礫に手をつく。

 

「う、ウプ・・・おえええぇぇぇ・・・」

 

嘔吐するニーナに、蛍は韻子を頼ろうとするが、耳が聞こえてない韻子の隣で伊奈帆が、『行って』と、ジェスチャーをする。

 

今度はカームとオコジョを見るが、彼らも、『任せた』『頼む』とジェスチャーで返し、仕方なく蛍が介抱に行く。

 

「・・・悪かったな、上着でもかけりゃあよかった。」

 

「・・・ぅえっぷ、蛍くんのせいじゃ・・・ないよ・・・」

 

涙でグシャグシャの顔を蛍に見られまいと、両手で顔を覆い隠すニーナの背を、彼女が落ち着くまで撫で続けたのであった。

 

ニーナが落ち着いた頃、蛍の携帯が鳴った。ディスプレイに表示されている名前は『オッサン』である。

 

「もしもし、オッサ・・・」

 

『蛍!?無事か!?』

 

携帯から発せられた年輩の男の叫び声が蛍の耳を貫く。

 

「怒鳴んなくても聞こえてるッつの!!で、そんだけか?」

 

蛍がそう答えた時、伊奈帆達が集まってくる。

 

「蛍、電話、鞠戸教官から?」

 

「あぁ、そーだ。」

 

電話の相手、鞠戸教官とは、蛍の『保護者』であり、芦原高校の軍事教練教官である。

 

冷戦中の1972年、月にて発見されたハイパーゲートによって火星への道が開かれたことにより火星の開拓が始まり、それから約12年後・・・今から30年前、人類文明誕生よりはるか昔の3万年前の火星に存在したという古代ヴァース帝国の遺物『アルドノア・ドライブ』が発見された。

 

原子力エネルギーはおろか、理論上しか存在しない反物質エネルギーすら凌駕する古代文明の遺産の引き渡し並びに当時の火星調査開拓隊隊長であったドクターレイヴァースの出頭を地球側、主にアメリカやソビエトが要請したが、火星側はそれを拒否し、ドクターレイヴァースは何を考えたのか『ヴァース帝国皇帝』を僭称し、火星全てを『ヴァース帝国領』としたのである。

 

この後、地球側の主要国や火星開拓に投資していた国、ヴァース帝国によって自国民を人質に取られた国がバラバラに行動していたため、とある主要国の迂闊な発言から生まれた『意図的な誤解』によってヴァース帝国は自国の成立を承認させてしまった。

 

この反省から、地球の国々はヴァース帝国並びに地球外生命体との外交、交戦を一括して行うために国際連合を組織変更して地球連合を結成した。

 

地球連合は先の星間戦争で多大な被害を受けた後、軍備拡充のため、加盟国の国民に兵役義務を課しており、国によって違ってくるが中学校卒業、高校卒業後の国民を予備役に編入する。そのため日本でも高卒者を予備役に就かせるために、高校において軍事教練を必修科目としている。

 

『蛍、そこにゃあウチの生徒、何人いる?』

 

「クラインにナオの字、網文(韻子)、クラフトマン、箕国(オコジョ)。俺以外に五人だ。」

 

『そぉか、なら、まずはテメェの身を守れ、それ以外のことは界塚の弟と網文に相談しろ。

(・・・ん?あぁ、ウチのと一緒だってよ。・・・わかった。)

なぁ蛍、わりぃけどこのまま界塚の弟と電話かわってくれるか?』

 

少し電話から離れて鞠戸教官が誰かと話したと思うと伊奈帆に代わるよう言ってきた。

 

「あぁ、わぁったよ、ナオの字、代われってよ。」

 

「教官が?何だろ?」

 

伊奈帆が蛍から携帯を受け取り、応答しようとする。

 

「もしも・・・」

 

『ナオくん!?大丈夫なの!?』

 

しかし、応答するより早く若い女の声が伊奈帆の耳を貫いた。

 

「ユキ姉?怒鳴らなくても聞こえ・・・」

 

『じゃあどうして電話出ないのよ!?心配したのよ!?』

 

電話の相手は界塚ユキ、伊奈帆の姉で、鞠戸教官と同じく芦原高校の軍事教練教官である。

 

「電話?鳴ってないけど・・・」

 

伊奈帆がそう答えると、ニーナ、韻子、カーム、オコジョの携帯がほぼ同時に鳴り始めた。

 

皆、家族からの安否確認電話である。

 

「・・・混線してるんじゃないかな?大変な事になってるし。」

 

『もう・・・とにかく、気をつけてね。』

 

そう言ってユキ姉は鞠戸教官に電話を返した。

 

『っと、界塚弟、お前ならやること、わかってるよな?』

 

「はい、芦原高校生徒は非常時に軍属として扱われます。ですから、これより生存者を集めて、負傷者の応急手当をしながら救助を待ちます。」

 

『あぁ、頼んだぞ。場所はお前達が担当してた歩道橋の近くでいいな?救助隊に連絡しておくぞ。』

 

これに伊奈帆が『はい。』と答えると、鞠戸教官は一言だけ個人的な頼みを伊奈帆に伝えて電話を切った。

 

「みんな、聞こえたと思うけどこれから無事な人たちを集めて救助を待つよ。カームとオコジョは集まった人達についててあげて、韻子とニーナは負傷者の応急手当、僕と蛍は近くの人を集めるよ。」

 

そう言って役割分担を伊奈帆が指示すると、各々、散っていく。

 

カームとオコジョは近くの建物で、事件のショックから身動きできないでいる者達を呼び寄せ、同時に応急手当に使えそうな物をもらい受けるとそれらを韻子、ニーナに渡し、韻子とニーナは負傷者の応急手当をする。そして伊奈帆と蛍は集合場所から離れて、生存者を捜索した。

 

「そ、そこの・・・た、たすけ・・・」

 

伊奈帆と蛍が捜索に出てすぐ、瓦礫の下から声が聞こえてくる。

 

二人が声のした場所を覗き込むと、老人が瓦礫の下敷きになっていた。

 

「ジーさん!すぐ出してやっから安心しな!!」

 

「・・・蛍、この瓦礫なら持ち上げても大丈夫だよ。」

 

「ッしゃあ、ウリャアアアァァァ!!!」

 

蛍は老人の上に覆い被さっていた瓦礫を力ずくでひっくり返した。

 

幸い、老人のいた空洞に蓋をするように瓦礫が覆い被さっていただけだったので老人は軽傷である。

 

「・・・若いのありがとな。」

 

「礼はいい、それより向こうで救助を待ってる連中が集まってる、道なりだから・・・」

 

「蛍、ダメだよ、お爺さんなんだからちゃんと送らないと危ないよ。」

 

「それもそうか・・・」

 

伊奈帆が老人を集合場所まで誘導しようとしたが、老人は首を横に振った。

 

「若いの、他にも助けを待っとる者がおるかもしれん。ワシなら歩ける、気にせんと行ってくれ。」

 

「・・・わかりました、ありがとうございます。」

 

伊奈帆は老人にそう言って頭を下げ、蛍もそれに習って頭を下げた。

 

老人と別れ、二人は呼びかけをしながら生存者を探す。

 

「・・・たい・・・いたいいいぃぃぃ・・・」

 

弱々しい男性の声が聞こえ、その声を頼りに探すと、30代なかばの男が、瓦礫の鉄筋に串刺しになっているのを見つけた。

 

蛍は血相を変えて男にかけより、呼びかける。

 

「大丈夫か、おっさん!?すぐ抜いてやっから、ゼッタイ寝るんじゃねぇぞ!!」

 

蛍が男の体を抱えて無理やり鉄筋から引き抜こうとしたのを、伊奈帆が阻止した。

 

「ナオの字、何しやがんだ!?早くしねぇとこのおっさん、くたばっちまうぜ!?」

 

「蛍、落ち着いて。こんな風に串刺しになってる時、無理に抜いたら傷口がぐちゃぐちゃになって縫えなくなるし、傷口からの出血を防ぐ栓をしてるようなものなんだから抜いたら死んじゃうよ。」

 

伊奈帆はそう言って近くの建物に入ると、塞がったドアを開けたりするのに使う防災用の斧を持って戻ってきた。

 

「本当は電ノコみたいなのがいいんだけどね。蛍、その人が倒れないように、それと鉄筋がぶれないようにおさえてて。」

 

蛍は伊奈帆の指示どおり、まずは腹側の鉄筋を短く切り、ついで男を蛍に抱きつかせて瓦礫に繋がっている鉄筋を切断した。

 

切断している間は蛍が鉄筋を押さえていたが、それでも衝撃が少しは伝わっており、男は声にもならない悲鳴をあげた。

 

「・・・よし、切れたよ。」

 

「了解、すぐ担架に寝かせる。横向きだよな?」

 

「当然。」

 

蛍はあらかじめ用意していた簡単な担架に男を横向きに寝かせ、伊奈帆と共に集合場所へ急ぐ。集合場所に到着すると、先ほどの老人もすでに到着しており、伊奈帆と蛍はあらためて老人に頭を下げると、あとの手当てを韻子とニーナに任せて捜索に戻る。

 

しばらく二人は捜索を続けて何人かの負傷者、生存者を集めた頃、救助が来てもおかしくない時間になったので、蛍と伊奈帆は集合場所に戻り、韻子とニーナの手伝いをしながら救助を待つことにした。

 

蛍はニーナに言われるまま指示された物を取って渡し、ニーナが処置を一手に引き受けている。

 

「蛍くん、包帯と添え木!添え木は30センチのヤツ!」

 

「おうよ、で、押さえとくのか?」

 

「うん、すぐ包帯巻くからお願い。」

 

蛍は、腕を折ったOLに手当てを施すニーナの横顔をずっと見ている。

 

「・・・?蛍くん、手、ずらして。」

 

ニーナが、蛍の手が邪魔になって包帯が巻けないためそう言いながら振り向くと蛍と目が合い、蛍はあわてて手元に視線を戻し、添え木の持ち手を変える。

 

それを見てOLはクスクスと笑う。

 

「若いっていいわねぇ、彼氏さん、ず~っとあなたの顔、見てたわよ!」

 

それを聞いたニーナは顔を真っ赤にして包帯をギュッと強く絞めてしまい、蛍は咳き込み、OLが悲鳴をあげた。

 

「あ、ごめんなさい!!」

 

「い、いいわよ、私も悪かったから・・・」

 

「別に俺達、そーいう関係じゃありませんからね!」

 

蛍がそう言って『二人の関係』を否定すると、ニーナは少し頬をふくらませて手当てを再開した。

 

そんなトラブルが起こったりしたが、二人はてきぱきと手当てを終わらせ、最後の一人を手当てしたところで蛍が遠くをずっと見ているのをニーナが気付いて話しかける。

 

「蛍くん、どうかしたの?」

 

「あ?あぁ、人影が見えてな・・・」

 

「う~ん・・・わたしには見えないけど・・・」

 

「ナオの字のヤツに伝えててくれるか?逃げ遅れみつけたから、連れてくるってよ。」

 

「ちょ、ちょっと、蛍くん!?一人で勝手なことしちゃダメだよ!?って、行っちゃった・・・」

 

蛍はニーナの制止に返答もせずに走っていき、様子がおかしいのに気づいた伊奈帆がニーナに事情を聞きに来る。

 

「ニーナ、蛍は?」

 

「あ、伊奈帆くん、蛍くんが、人影が見えたって、一人で・・・」

 

「もう、蛍ってば・・・探してくるからニーナはカーム達とここにいて。韻子、一緒に来て。」

 

伊奈帆は韻子を連れて蛍を追う。

 

 

 蛍はチラッと見た人影を追って半壊したビルの中に入った。

 

そのビルの中では、明らかに倒壊したあとで誰かが入った形跡があり、蛍はそれをたどって『逃げ遅れとおぼしき者』を追うが、その最中に違和感を感じた。

 

あくまで直感で感じたもので、理由などないが、追っているものがただの逃げ遅れでないのではと感じたのだ。

 

「(普通、こんなことがあったってのに動き回るか?テンパって逃げたにしても、そもそもこんなトコ入るか?)」

 

直感を整理してそう考える蛍だが、結局のところ彼には逃げた者を探しだして理由を聞くことしか考えつかなかった。

 

 

 

「あ、そこのおっさん、危ねッスよ!」

 

しばらくして蛍は、先の人影らしき人物に追い付いた。

 

薄暗いため蛍にはわかりにくいが、その男は濃青のニット帽を深くかぶり、ジャージの上下のような服を着ている。

 

「こっちッス、軍の人が救助に・・・ッ!?」

 

蛍は背筋に寒気を感じ、後ろに飛びのいた。その直後、蛍の首があった場所をナタのように分厚いナイフが空を切る。

 

「な、なにしやがんだ!?」

 

男は黙ったままナイフを持つ手を蛍に向け、彼をにらみつける。

 

その顔はマスクで隠しており、今の状況を考えると間違いなく不審者だ。

 

二人が対峙しているのは、瓦礫が折り重なって作られた部屋のような場所で、足場が悪く、背を向けて逃げることはお互いできない。

 

「(逃げらんねぇな・・・背中見せたら間違いなく殺られる。それは向こうも同じか・・・背中見せたらソッコーで押さえてやる。)」

 

蛍がそう考えていると、不審な男はジリジリと蛍との距離を詰める。

 

彼も蛍と同じことを考えているのだ。

 

蛍は、ズボンの後ろに挟んでいるナイフを抜こうかと考えたが思い止まる。

 

彼のナイフはダガーナイフのようなものだが、あくまで民生品の作業用だ。

 

男が持つナタのようなコンバットナイフと切り結ぶのは、リーチも重さも剛性も不足している。

 

「(コイツでチャンバラは自殺志願だな。なら・・・)くらえ!!」

 

蛍はナイフカバーのボタンを親指だけで外すと抜きざまに体のバネを使って男に投げつけた。

 

男はマスクの下で笑いながら、コンバットナイフで投てきされたナイフを弾く。

 

予告しながら投げたのだから、それに気付いて当然である。

 

男は蛍をただのチンピラと考え気を抜いた。

 

『こんな素人、目をつぶっていても殺せる』

 

とさえ考えたがその瞬間、頭の中で星が舞った。

 

目を白黒させて何が起こったか確認しようとしたが、そのヒマすらなく蛍が一気に踏み込んでくる。

 

コンバットナイフを突き出して蛍を牽制しようとするが、そのために腕を伸ばした結果、開いた右脇腹に衝撃が走った。

 

口の中に血の味が広がり、脇腹の痛みで呼吸もできずに男は膝をつき、蛍はコンバットナイフを取り上げて男を取り押さえる。

 

「ったくよぉ、鞠戸流ナメんなよ!」

 

鞠戸流というのは彼が勝手に言っているだけだが、蛍は格闘術を鞠戸教官から直接教わっているため、芦原高校では三年生でも敵わないほどなのだ。

 

「(・・・!?、!?ッ!?な、何をされた!?)」

 

男は取り押さえられても自分が何をされたか理解できなかった。

 

蛍が何をしたかと言うと、ナイフをわざと気取られるように投げつけ、弾かせた瞬間に落ちていた瓦礫を蹴りつけて男の顔にぶつけ、混乱してナイフを突き出した男の脇腹に後ろ蹴りを叩き込んだのだ。

 

蛍が見る限り、男は肋骨が数本折れている。

 

もはや蛍に何かをできる状態ではない。

 

「さて、さっそくだけどよ、テメェ、何モンだ?」

 

「・・・答えると思っているのか?」

 

「ま、だろう・・・な!!」

 

「ッッッッッツツツ!!!!!!」

 

蛍は爪先で男の右脇腹を軽く蹴った。

 

蛍の予想通り、男の肋骨は6本折れており、男は激痛にのたうちまわろうとするが、蛍が手を押さえているため身動きがとれない。

 

「立場考えろよ、コラ。もう何本か折ってやろうか、あぁ?」

 

「ガハッ・・・フン、オマエ、芦原高校の生徒・・・だな・・・」

 

「だからどうした?」

 

蛍が自分の身分について答えると、男は小さく笑う。

 

「越権行為だぞ・・・あそこの生徒は軍属扱い、どれだけこっちが怪しくても、勝手にこんなことしちまったら処罰されるんじゃないのか?」

 

そう言われた蛍は言葉に詰まる。

 

彼は軍人志望だ、軍属として何か問題を起こすというのが、後に響きかねないと考えた。

 

「・・・クソッ、行けよ。俺はここじゃ誰にも会わなかった。」

 

「フン、ありがとよ。おぉ、イテ・・・」

 

男は脇腹を押さえながら歩いてその場を去る。残された蛍はふと足もとを見て、コンバットナイフとスマートフォンのような機械を拾った。

 

「(貰っとくか、このナイフ。とりあえずさっきのあまりの包帯でグルグル巻きにして・・・このスマホは・・・)」

 

蛍が拾ったスマホは、待ち受けに先の男と、蛍と同年代らしい少女が笑顔で並んで写っていた。

 

赤毛の少女は少し表情が固く、心からの笑顔であろうにどこかぎこちなさを感じさせる。

 

「(この娘、さっきの男の娘か?なかなか美人だな。・・・あ!?)」

 

蛍がその待受を見ていると、スマホの光が消えた。電池切れのようだ。

 

「(やっちまった・・・ま、いいか。)」

 

蛍はスマホもポケットに突っ込んだ。

 

蛍が来た道を戻っていると、途中で伊奈帆、韻子と鉢合わせた。

 

「蛍!ダメじゃない!!勝手に動いちゃ!!」

 

「しゃあねぇだろ!?逃げ遅れみつけたんだからよぉ!!」

 

合流してすぐ蛍と韻子は口喧嘩を始めた。

 

「・・・蛍、その逃げ遅れた人は?」

 

「あ?あぁ、スマン、それがよぉ、俺の勘違いだったよ、悪かったな、むだ足運ばせてよ。」

 

伊奈帆の問いに蛍が答えると、伊奈帆は蛍や韻子にしかわからないくらいの変化だが怪訝な顔をし、蛍の背に冷や汗が流れる。

 

「?どうしたの?」

 

韻子が伊奈帆にそう尋ねるが、伊奈帆は首を横に振った。

 

「なんでもない。それとさ、教官が最後に言ってたんだけど、蛍、スタントプレイするなって。」

 

「・・・ッチ、言いてえことあんなら直接言えっての。」

蛍は腐ってそう答えた。

 

 

 

 事件から数時間後、ヴァース帝国軌道騎士団長ザーツバルム伯爵と名乗る男が、地球全土に向けて電波ジャックを行い、宣戦布告した。

 

『我等ヴァース帝国アセイラム王女殿下の切なる平和への願いは悪辣なる地球の劣等種どもによって無惨にも踏みにじられた!!ことここに至っては、武をもって弔慰を示すのみ!!我が同志、忠勇義烈の軌道騎士達よ、陛下への忠義をいまこそ示すときぞ!!!』

 

後に『新芦原事件』と呼ばれるこの事件を皮切りに、第二次星間戦争が始まってしまった。

 

数多の悲劇の序曲を奏でるように、アルドノア・ドライブの駆動音が地球に鳴り響く。




なるべく一話の区切りは原作と同じ時間になるようにしていきます。


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第二話 開戦 第二次星間戦争

 新芦原事件の数時間後、地球衛星軌道に浮かぶ軌道騎士の拠点、揚陸城にて指揮を執る男が、指揮の合間に、

 

「こうなってしまったのは私が殿下をお諌めできなかったため・・・」

 

と悔やみ、時を同じくしてザーツバルムの宣戦布告、檄が飛ぶ。

 

「クルーテオ閣下、アルドノア・ドライブ出力90%、降下準備完了しました!」

 

指揮官、クルーテオに機関士の兵士が伝える。

 

「ことここに至っては武をもって弔慰を示すのみ・・・ただちに降下せよ、目標、日本、東京!!」

 

クルーテオの指令を聞き、操縦士が揚陸城を地球へ向けて発進させる。

 

軌道修正をしながら揚陸城は地球の重力に引かれ、極東の小さな島国へと落ちていく。

 

他の火星軌道騎士達も競うように、地球の主要都市へ揚陸城を降下させ、落着の衝撃で周辺を掃討し、拠点を設営する。

 

「降下完了しました。周囲、敵影ありません。」

 

レーダー観測手からの報告を聞き、クルーテオは思案する。

 

「劣等種とはいえ、この程度は想定済みであるか・・・よかろう、妨害電波発信、事前の情報にある通信ケーブル、通信基地を砲撃、破壊せよ!」

 

「了解しました!」

 

通信士、砲手、火器管制手が答え、ミサイル、火砲にて、事前に情報収集しておいた通信ケーブルの密集点、通信基地を砲撃、破壊する。

 

「閣下、軌道上よりザーツバルム卿から通信です。」

 

「繋げ。」

 

妨害電波の影響を受けない軌道騎士固有回線でザーツバルム卿から入った通信を繋げさせると、立体映像のスクリーンに宣戦布告をした騎士、ザーツバルムが映し出される。

 

「クルーテオ卿、我が宙域に浮かぶ地球人の通信衛星は全て破壊した。存分に駆けるが良い。」

 

「ザーツバルム卿、卿の戦働きに感謝する。この恩義、功一等をもって御恩返しつかまつろう。」

 

「フッ、健闘を祈る。」

 

ザーツバルムはそう言って通信を終え、スクリーンが消滅する。

 

「対空レーダーに反応、地球軍戦闘機と思われます!西南西より編隊一、射程まで60、北西より編隊二、射程まで180、北北東より編隊一、射程まで200・・・」

 

レーダー観測手が逐一レーダーに映った戦闘機編隊を報告する。

 

「射程に入り次第各個に撃て!目障りな羽虫を我が揚陸城に近付けるな!!」

 

クルーテオは報告を聞き、砲手、火器管制手に指示を下す。

 

本来なら地球連合軍戦闘機編隊は全てが同時に攻撃をしかけ、一種の飽和攻撃をしかけるはずであったが、通信網を破壊されたために足並みが乱れ、ズレが生じたのだ。

 

こうなってしまっては地球連合軍虎の子の航空部隊も猟銃で撃たれる水鳥のようなものだ。

 

射程に入るたび、ミサイル、対空砲の餌食になり、作戦中止しようにも戦況が共有されていないため中止もできず、七面鳥を撃つかのように撃ち落とされていく。

 

「敵航空部隊沈黙、地上に熱源反応、規模からして野戦砲、自走砲陣地と思われます。海上に反応、巡洋艦級3、駆逐艦級2、フリゲート級2、航空母艦1、軽空母1!」

 

「海上戦力を優先排除、砲兵陣地はその余力をもって排除せよ!」

 

海上戦力はすぐに攻撃を開始できるが、野戦砲、自走砲はすぐに攻撃を開始できないとクルーテオは判断して指示を出す。

 

「海上戦力沈黙、野戦砲、自走砲沈黙・・・レーダーに反応、戦車隊、東南東より突貫してきます!」

 

レーダー観測手の言を聞き、砲手、火器管制手は戦車隊に照準を合わせる。

 

「待て、そちらは陽動だ!手前の廃墟、橋梁残骸に砲撃、そして騎士ブラド、出撃せよ!」

 

「りょ、了解!」

 

砲手、火器管制手が即座に指示された場所を砲撃すると、対艦砲とおぼしき大口径砲を構えた地球連合軍のロボット兵器『カタフラクト』のアレイオンが三機がかりで揚陸城を砲撃しようとしていたのだ。

 

「小癪な劣等種め!!」

 

アレイオン隊に近距離用の短砲が撃ち込まれ、大口径砲の砲弾に引火し、誘爆に巻き込まれる。

 

しかし近づいていたのは砲兵だけではない。

 

アサルトライフル、サブマシンガン装備のアレイオンが揚陸城に斬り込もうと、揚陸城が砲撃できない根本までにじりよって来ていたのだ。

 

揚陸城はすでに砲撃できないアレイオン隊は無視し、陽動の戦車隊に砲撃を加え、彼らをなぎ払った。

 

多大な犠牲を払い、アレイオン隊がいざ、揚陸城に突入しようとしたその時、揚陸城のハッチからカタフラクトが一機、飛び降りてきた。

 

クルーテオが騎士ブラドと呼んだ者のカタフラクトだ。

 

「命知らずの劣等種どもめ、我が愛馬アルギュレの、剣の錆となるが良い。」

 

ブラドは拡声器を使い、口上をあげる。

 

「抜刀!!」

 

と、自分に活を入れるように呟くと、彼のカタフラクトが持つ二本の鉄剣が青白く輝き、試し切りをするかのように、近くに突き立っていた鉄骨を切り飛ばす。

 

いわゆるプラズマブレードだ。

 

アレイオン隊は隊長機の指示でアルギュレに向けて弾幕をはるが、アルギュレはプラズマブレード一本で、暴雨のように浴びせられる弾を全て切り払う。

 

「フッ・・・この程度では傷一つつけることも叶わぬ。ヌン!!」

 

弾幕が途切れた瞬間、気合いと共に遊ばせていたプラズマブレードをアレイオン隊長機に投擲し、隊長機は操縦席を貫通して地面に縫い付けられる。

 

動揺し、後ずさる他のアレイオンをさらに押すようにアルギュレは隊長機に歩みより、剣を引き抜いた。

 

そして、すでに沈黙した隊長機を真っ二つに切り裂き、爆散させる。それを見ていた僚機三機のうち一機が拡声器で、

 

「う、ウワアアアァァァ!!!」

 

と、恐怖のあまり、あるいは怒りに任せて叫びながらアルギュレにアサルトライフルを乱射する。

 

しかし、アルギュレは難なく切り落とし、

 

「勇気と無謀を取り違えては長生きできんぞ!!」

 

と、嘲りながら踏み込み、わざと操縦席が露出するようにアレイオンを切り払い、戦意を喪失したパイロットの顔が恐怖に歪むのを眺めながらプラズマでパイロットを蒸発させ、残された部分を破壊した。

 

「や、やめろ・・・やめてくれ、降伏する、だから命ばかりは・・・」

 

残った二機のうち片方がサブマシンガンを捨てて両腕を上げ、機関停止、降伏信号を発信して投降した。

 

しかしアルギュレは降伏した機体の腕と足を切り飛ばして操縦席をこじ開け、

 

「誇り無き者に明日を生きる資格は無い!!」

 

そう言うが早いか、操縦席を剣で串刺しにする。

 

それを見ていた最後の一機が武器を捨て、背を向けて逃げるのを後ろから剣を投げつけ足を壊し、上半身だけになってもはって逃げるため両腕を切り、残った操縦席部分を持ち上げ、わざとゆっくり、プラズマで少しずつ焼きながら剣の上に落としていった。

 

「さて、もう一匹いるな・・・そこか。」

 

アルギュレが振り向くと、生身の女兵士がビルの残骸の中で腰を抜かして座り込んでいた。

 

生身だが彼女の服装は歩兵ではなく、カタフラクトパイロットのものだ。

 

彼女は先のアレイオン砲兵隊の砲撃観測手で、カタフラクトから降りていたため助かったのだが、戦闘の余波で逃げられなかったのだ。

 

「安心しろ、すぐに仲間のもとへ送ってやろう。」

 

そう言ってブラドは剣を地面に突き刺し、アルギュレの手で生き残りの兵士を捕まえた。

 

「や、や・・・やめ!!・・・ゲェア・・・」

 

悲鳴にならない悲鳴と共に、グチャッと『何か』が潰れた音がしてアルギュレの手が赤く染まった。

 

アルギュレが手を開くと、女兵士だったものがボトボトと地面に落ちていく。

 

「・・・ッチ、穢らわしい・・・」

 

最後に拡声器から漏れた声は、乾ききっていた。

 

 

 

 世界各地に落着した軌道騎士によって行われた戦闘は到底戦争とは言えない、一方的な殺戮ショーであった。

 

それが約四半日続き、第二次星間戦争のすう勢は決した。

 

この短時間で地球連合軍は組織的戦闘を継続できなくなり、全軍がコードZ(緊急時指令)を発令する。

 

コードZとは、民間人を地球連合軍本部へ避難させ、残存戦力も本部にて合流、再編し、反撃の機会を待つという、非現実的な作戦だ。

 

日本では日が上る前から我先にと避難民がフェリー埠頭に集まり、ユーラシア大陸側の決められた港にピストン輸送される。

 

そんな中、蛍は使用不可の携帯電話の代わりに公衆電話で何度も同じ番号に電話をかけていた。

 

『ただいま、回線がこみ合っておりまして、お繋ぎできません。時間を』

 

「クソッ!!このポンコツ!!190円返せコノヤロゥ!!!」

 

すでに19回、同じ音声を聞かされ頭に血がのぼっていた蛍は公衆電話を思い切り殴る。

 

「ほ、蛍くん、壊れちゃうよ~!」

 

偶然通りすがり、それを見たニーナが蛍を止める。

 

「しゃあねぇだろ、このポンコツがオレの金、飲み込んで返さねぇんだからよぉ!」

 

「仕方ないでしょ~、携帯使えないからみんな固定電話使ってるんだから~!」

 

そう言われて蛍は頭を冷やすために深呼吸する。

 

「ハァ・・・ワリィ、ちょっとイラついててな・・・」

 

「ちょっとなんだ、あれ・・・それより~、どこにかけようとしてたの~?」

 

「オッサ・・・いや、ナオの字だ、見当たらなくてよ。」

 

蛍は途中で言い直し、伊奈帆の行方をニーナに尋ねた。

 

「う~ん、伊奈帆くんはわからないけど~、韻子が生徒会のお仕事で~、逃げ遅れた人を集めるお手伝いするって言ってたから、一緒じゃないかな~?」

 

「オゥ、マジか!?クライン、ありがとな!」

 

ニーナの話を聞き、蛍は走り出す。

 

「ちょ!!どこ行くの~!?」

 

「迷ってンのかもしれねぇし、迎え行ってくらぁ!」

 

「あ、危ないよ~!!」

 

「平気だって、火星人どももここまで来るほどヒマじゃねぇよ!」

 

「も~!!」

 

頬を膨らませるニーナを残し、蛍は走る。

 

 

 

「(かなりウソ、ついたな。)」

 

蛍は胸の内でそう呟く。

 

彼にも、昨日の今日で火星人が新芦原のような、航宙船発着場などというほとんど使われない上に、自力で宇宙に行けるであろう火星人にはさして重要でない施設があるだけの新芦原に攻めてくるわけがないことくらいは考えられる。

 

しかし、彼は妙な胸騒ぎを感じていた。

 

彼は自分の知能に自信がない分、カンや胸騒ぎ、虫の知らせといった、第六感にあたるものを信じるタイプなのである。

 

「(まぁ、オッサンは殺しても死なねぇくらい図太いから心配ねぇが、ナオの字はあくまで人間だからなぁ・・・)」

 

そんなことを考えながら走る蛍は、一つ重要なことに気づいた。

 

新芦原はそこそこ広い、あてずっぽうで探すのも無茶だが、足も無しで探すのはもっと無茶だ。

 

「(乗り物、乗り物・・・この際、自転車でもかまわねぇ、無いかぁ?)」

 

と、乗り物を探していると大型バイクを見つけた。

 

「コイツぁいい、鍵は・・・無ぇな。仕方ねぇ、スマン持ち主、ちょっと拝借するぜ。」

 

と、蛍はその場にいない持ち主に一方的に頼み、鍵穴を昨日拾ったコンバットナイフで壊し、配線を直結させてバイクのエンジンをかける。

 

芦原高校に入学するより前に、『仕込まれた』ことの一つだ。

 

ちなみにバイクも、オフロード、いわゆるモトクロスのみだが教わっている。

 

「って、ガソリンほとんど無ぇ!!ったく、スタンド行かねぇと・・・」

 

蛍は愚痴をこぼし、ガソリンスタンドへ向かった。

 

ガソリンスタンドで給油し、乗り捨てられていたタンクローリーの荷台、そしてガソリンスタンドの屋根まで登って周囲を見回し、伊奈帆が乗っているであろう車を探す。

 

「種類はわかってんだから、視界に入ればこっちのもん・・・だけどなぁ・・・」

 

高いところに上がったくらいで見つかれば苦労はしない。

 

蛍が諦めて下に降り、ふと見上げた空から紫色の、見たことがないカタフラクトが降ってきた。

 

落ちた場所は離れていたが、かなり高いところから落ちてきたようで、蛍の体やバイクはおろか、タンクローリーまで衝撃ではね上がったように感じた。

 

「少なくとも、『地球連合軍の秘密兵器』なわけねぇよな!!」

 

考えるより先に身体が行動していた。すぐにバイクのエンジンをかけなおし、カタフラクトが落ちてきたところへ向かう。

 

 

 蛍が紫色のカタフラクトに追いついた時、それは下半身が無いまま後ろ向きに疾走するアレイオンを追いかけていた。

 

言うまでもないが下半身がない、大破したカタフラクトが後ろ向きに滑っていくわけがない。

 

蛍はアレイオンの上半身が、パワーがある頑丈な車に引っ張られていると確信し、紫色のカタフラクトをすり抜け、上半身アレイオンの右横に並んだ。

 

「いた、ナオの字ィ!あぶねぇぞ、何やってんだぁ!!」

 

アレイオンを牽引していたのはハンヴィーという、小銃弾くらいなら通さない装甲を施された四駆だ。

 

もっとも、アレイオンを大破させるようなカタフラクト相手では気休めにもならない。

 

それよりも蛍が驚いたのは、伊奈帆がハンヴィーの屋根の上に捕まり、紫色のカタフラクトをにらみつけていることであった。

 

「その声・・・蛍?」

 

伊奈帆が蛍の方を見て、いつもどおり呟くように言った彼の顔に、蛍は『強い悲しみ、怒り、自責』など、普段の伊奈帆とはほど遠い感情をかいまみた。

 

「乗せて。」

 

「乗せてって・・・オイイイィィィ!?」

 

伊奈帆は蛍の返事も待たずにバイクへ飛び移り、とっさに蛍が後ろへ伸ばした右腕に受け止められると彼の背中につかまってタンデムになる。

 

「無茶すんなよ、オメェ!」

 

「ハンヴィーの運転席につけて。」

 

「人の話を・・・わぁったよ!」

 

今は無駄話をしている場合ではないと考えた蛍は言われたとおりハンヴィーの運転席に横付けする。

 

「ちょっと伊奈帆!!危ないじゃないの!!それに蛍も、ノーヘルで!!」

 

「ン?網文?どうしてお前が運転を?」

 

「後で説明する。それより韻子、ついてきて。蛍、誘導お願い。」

 

「チッ、ついてこいよ。トばすぜ!!」

 

蛍はハンヴィーの前にバイクを出し、ハンヴィーを振りきらないくらいの速さで走る。

 

「で、何があった!?大体、手伝いじゃなかったのか!?これじゃ丸投げだろ!!」

 

「次を右。最初は軍の人が運転してたんだけど、戦闘に怖がって逃げ出しちゃって・・・次を左。」

 

「ったく、どっちが腰抜けだか・・・」

 

ハンヴィーとそれを誘導する蛍を、紫色のカタフラクトは着かず離れずで追いかけ、仮に引き離せても建物を『消滅』させながら追いかけてくる。

 

そして、自滅を狙っているのかはたまた遊んでいるのか、時々足を強く踏み鳴らし、その衝撃で蛍はハンドルを切り間違いそうになる。

 

「何なんだよ、アイツは!!」

 

「次、左。そのあとはずっと直進。火星のカタフラクトだよ。あいつ一機にアレイオン一個小隊が全滅したみたい。」

 

「ンな他人事みてぇに・・・ン?この先は・・・」

 

蛍は伊奈帆が目指しているものに気づく。

 

「や、確かに普通なら逃げ切れるかもしれねぇけど・・・」

 

「大丈夫、突っ切って。」

 

伊奈帆がそう言うと、目的の場所が見えてきた。新芦原を流れる大きな川の下を通るトンネルだ。

 

「あそこ、突っ込んで。」

 

「こなくそおおおぉぉぉ!!!」

 

「やあああぁぁぁ!!!」

 

蛍も韻子もアクセルを目一杯かけて、トンネルを目指す。

 

すると火星カタフラクトは今さらになって全力疾走してハンヴィーとの距離を詰め始めた。

 

まるで、トンネルに入られるのを嫌うように。

 

「・・・!!ゴオオオォォォル!!!」

 

バイクに二人乗りしているだけの蛍と伊奈帆は火星カタフラクトとハンヴィーにかなりの差をつけてトンネルに滑り込んだ。

 

「蛍、止めて。」

 

「ハァッ!?いや、まだヤツが追いかけてきてるだろ!?」

 

「その心配はないよ。あいつはこのトンネルには踏み込めない。それに、あんまり奥に行くと韻子達とはぐれるから。」

 

伊奈帆にそう言われ、不承不承、蛍はバイクを止めた。

 

一方、ハンヴィーは蛍が加速したのに合わせて韻子がアクセルを踏み抜かんばかりにベタ踏みしたが、それでも急に加速した火星カタフラクトとの距離は少しずつ縮まってきている。

 

「韻子、追いつかれるぞ!!」

 

後ろに乗っているカームがそう叫ぶ。一緒に乗っているのは20人近くの民間人だ。

 

「わかってるわよ!!あぁ、もう!!」

 

ハンヴィーにのしかかっているアレイオンの上半身が重すぎるのだ。

 

しかし、中に生存者、それも皆がよく知る者が乗っている以上、捨てるわけにもいかないのである。

 

トンネルまでざっと100メートル、時速100キロなら約三秒。

 

火星カタフラクトの手がもう少しでアレイオンにかかるかと思われた瞬間、ハンヴィーはトンネルに滑り込んだ。

 

すると、今まで執拗に追いかけてきていた火星カタフラクトは突然その場に停止し、ハンヴィーを逃がしてしまった。

 

最後の火星カタフラクトの攻撃は大破したアレイオンの装甲を少し削いだだけで、パイロットやコクピットには何のダメージも与えていない。

 

「韻子、もう大丈夫だ。あのカタフラクト、追ってきてねえよ。」

 

「うん、わかった。」

 

韻子はゆっくりブレーキをかけ、ハンヴィーを止めると、先にトンネルに入っていた伊奈帆と蛍が迎えに来た。

 

「伊奈帆、大丈夫!?」

 

「僕は無傷だよ。」

 

そう言ってハンヴィーの屋根に登る伊奈帆。

 

韻子は彼の表情から、蛍のように『強い悲しみ、怒り、自責』を読み取る。

 

屋根に登った伊奈帆を追って蛍も屋根に登る。

 

「ナオの字よぉ、何でそんなトコいたんだ?」

 

伊奈帆は蛍の質問に、大破したアレイオンのハッチを開くことで答えた。

 

操縦席ではユキ姉が気を失っている。

 

彼女は芦原高校の軍事教練教官、教師であると同時に連合軍予備役准尉でもある。

 

「なるほどなぁ・・・ペニビアサマってわけか。」

 

蛍は理由を知り気を抜くが伊奈帆の顔は、無表情であってもまだ悲しみ、怒り、自責の色が消えていない。

 

そんな中、ハンヴィーの天蓋からカームが顔を出す。

 

「おい、伊奈帆、オコジョ、無事か!?」

 

カームがそう呼びかけるが、ハンヴィーの屋根には伊奈帆と蛍しかいない。

 

「箕国も一緒だったのか?なぁ、ナオの字?」

 

「起助が・・・死んだ・・・」

 

「は?」

 

カームと蛍が同時に聞き返す。

 

「ウソだろ・・・ウソだって言えよ伊奈帆!!」

 

カームはハンヴィーからはい上がって伊奈帆の肩をつかみまくし立てるが、カームも伊奈帆がこんな時に『ドッキリだいせいこ~う!!』と言いつつオコジョがプラカードを持って出てくるような、悪質なジョークをやるはずがないことはわかっていた。

 

伊奈帆はカームと蛍に、オコジョの最期を伝える。

 

ユキ姉を助けるため伊奈帆より先にハンヴィーから出たオコジョは、急ハンドルでバランスを崩し、転落しかけた彼の手を伊奈帆が捕まえた。

 

伊奈帆はオコジョを引き戻そうとしたが、火星カタフラクトが意図的にか偶然かはわからないが地面を強く踏み鳴らし、衝撃で手が離れてオコジョは火星カタフラクトに衝突し、『消滅』したというのが、伊奈帆が見た全てである。そんな中、蛍は操縦席からユキ姉をおろし、ハンヴィーの屋根に寝かせる。

 

するとその時、アレイオンの無線がノイズだらけの音声を発する。

 

『かい・・・づか、聞こえるか!?』

 

声の主は鞠戸教官だ。

 

「おい、オッサン、テメェ生きてんのかぁ!?」

 

蛍は無線機に怒鳴るが、鞠戸教官は界塚、ほぼ間違いなくユキ姉を呼ぶだけで返答はしない。

 

「蛍、多分こっちの声は向こうに届いてない。」

 

「ンだよ、それ!?人に散々心配かけさせやがったクセによぉ!!」

 

「シッ!!静かに・・・」

 

伊奈帆が自分の口に人差し指を当て、蛍を黙らせると、無線から一方的な通達がなされる。

 

『火星カタフラクトのやつ、理由はわからないがお前を追っていてフェリーに向かう気配はない。そのままヤツを引き付けてくれれば、その隙に最後のフェリーが出港できる、だが無茶はするな、必ず迎えに行くから、何があっても生き延び・・・』

 

とても指令とは言えない頼みを一方的に告げ、通信が完全に途絶えた。

 

「オッサン、無茶言いやがるぜ・・・」

 

蛍がそうこぼすと、ユキ姉を他の大人と共に下へおろしたカームが戻ってきた。

 

「おい、無線、何て・・・」

 

「火星人は僕たちを追っていて港に向かう気配が無いって。」

 

「ど、どうすんだよ、このトンネルの反対側からじゃ港に行く前にヤローに先回りされるぞ!?」

 

カームがそう言うのを聞いて伊奈帆は立ち上がり、ハンヴィーから飛び降りる。

 

「あそこ、共同溝を通れば学校に行ける。」

 

「な、何言って・・・」

 

カームが伊奈帆の真意をはかりあぐねていると、後ろから蛍がそれを代弁する。

 

「学校にゃあ教練で使うカタフラクトがあんだろ、弾薬に、歩兵装備も少ねぇけど保管されてる。」

 

「・・・まさか!?」

 

「あぁ、箕国の弔合戦だ、だろ?ナオの字ィ!!」

 

「そう、あのカタフラクトを撃退する。」

 

そう言って負傷者の確認をしていた韻子のもとへ向かい、オコジョの死亡を伝える伊奈帆。

 

最初は信じられないといった具合だったが、今は嘘を言うような時ではないのは彼女もわかっている。

 

「アタシの・・・アタシのせいで・・・グスッ・・・」

 

涙を流し始めた韻子を肩に抱き寄せ、彼女の涙を隠す伊奈帆。

 

それを遠巻きに眺めるカームと蛍に、二人の少女が歩み寄ってきた。

 

「もし、そこの方・・・」

 

呼ばれたのに気づいた蛍が振り返る。

 

声をかけてきた少女は、歳は蛍たちと同年代、長い茶髪をアップにまとめ、瞳はヒスイのようにきれいな緑色、雪のように肌が白い美人であった。

 

「北欧美人?」

 

彼女をそう呼んだカームに、蛍は

 

「誰?」

 

と、尋ねる。

 

「伊奈帆が避難中に見つけた旅行者だよ、すげぇ美人だろ?」

 

「ナオの字が?そりゃまた・・・」

 

「あの、よろしいでしょうか?」

 

北欧美女が蛍たちの会話に割り込む。

 

「あぁ、ワリィ・・・で、何だ?」

 

「あなた、先ほどの『のぉへるらいだぁ』ですよね?」

 

北欧美女はいわゆる和製英語をうまく発音できず、妙なイントネーションになる。

 

「ん?あぁ、ノーヘルライダーか?そうだけどよ、非常時なんだから固ぇこと言うなよ?」

 

「『かてぇこと』?何のことか存じませんが、とにかく、先ほどは助けていただき、ありがとうございました。」

 

そう言って北欧美女は桃色のパフコートの裾をつまんでお辞儀をする。

 

その様は堂に入っており、家柄、育ちの良さをうかがわせる。

 

「礼なら網文・・・あそこの運転手と、一緒にいるヤロゥに言いな。俺はアイツに頼まれただけだからよ。」

 

そう言って目をそらす蛍に、北欧美女の後ろで、飼い主の後ろから威嚇するチワワのようにうなっていたもう一人の少女がかみついてきた。

 

「こ、この下郎!!せっかくひめさ」

 

「エデルリッゾ!!」

 

エデルリッゾと呼ばれた少女は北欧美女を申し訳なさそうに見上げる。

 

「妹のご無礼、どうかご容赦を。わたくしはセラム、この子は妹のエデルリッゾ。以後、お見知りおきを。」

 

セラムと名乗った北欧美女はエデルリッゾを妹だと言うが、お世辞にも似ているとはいえない。

 

エデルリッゾはやや栗色よりの金髪を三つ編みにして後頭部にまとめ、瞳は灰色、黒いワンピースを着た、蛍たちよりずっと年下の少女だ。『赤飯前』と言っても通るような年頃だろう。

 

「セラムさんか、俺はカーム、こっちは蛍だ。」

 

カームが割り込むように自己紹介する。

 

蛍としては助かったと考えていた。

 

セラムはまだしも、エデルリッゾがやたら威嚇してくるため、話しにくいのである。

 

目でカームに感謝を伝え、セラムたちの応対をカームに任せてその場を離れる。

 

カームと別れた蛍が伊奈帆を探していると、ハンヴィーにもたれかかった少女に話しかけている伊奈帆を見つけた。

 

少女は白いパーカーのフードを目深くかぶっているため、顔がよく見えない。

 

「よぉ、ナオの字、どうしたぁ?」

 

一瞬、最後に『ナンパか?』と、軽口を添えようとしたが、少女の雰囲気からして、そんな軽口を言える空気でないことを感じとる。

 

「この子、ユキ姉が保護した民間人なんだ。今、考えるとあの火星カタフラクトはユキ姉とこの子を追ってたから、もしかすると何か知ってるかもと思ってね。」

 

「なるほどな・・・」

 

蛍が少女を見ると、少女は蛍をキッとにらみ、

 

「誰が聞いても一つしか言えないわ、アイツは父を殺して私を殺そうとした!おおかた抵抗できない相手をなぶり殺しにするのが趣味なんでしょ!?」

 

と、吐き捨てる。

 

「ま、まだ何も聞いてねぇよ・・・そうか、お前も親ぁ殺られたのか・・・」

 

「え?」

 

少女は蛍の言葉を聞き、彼の目を見る。

 

「聞いたかぎり、お前は目の前で殺されたみてぇだから完全に同じじゃねぇけどよ、オレの親父は前の戦争で戦死、お袋は連中が起こしたエンジェルフォールに巻き込まれて死んだ。」

 

「そ、そう・・・」

 

「オレは火星人をぶっ殺したくてしかたねぇ、お前も同じなら・・・」

 

「・・・勝手に一緒にしないで!!」

 

少女は蛍と伊奈帆の間を抜けて走っていく。

 

「・・・すまねぇ、怒らせちまったな・・・」

 

「いいよ、最初から期待してなかったし、わかったこともある。」

 

蛍は伊奈帆の歯に衣着せぬ言葉に苦笑する。

 

「手厳しいねぇ・・・わかったこと?」

 

「うん。あの子、蛍に『誰が聞いても一つしか言えない』って言ってたよね?つまり、『言える一つのこと』と、『言えない何か』があるってことだよ。」

 

伊奈帆が推理ドラマのように言葉の端から隠し事を見つけたのを聞き、蛍は

 

「お前、いつから刑事に転職した?」

 

とあきれる。

 

「ただ、追究するには弱い。だから蛍も、あの子には気をつけて。」

 

「わかったよ、ただあんまし期待すんなよ?オレはお前みてぇな頭はねぇからよ。」

 

そう言って蛍はユキ姉を診察している医師のところへ行く。

 

その医師は車の故障で逃げ遅れ、韻子たちに拾われたのである。

 

彼は蛍をはじめ、芦原高校の生徒の大部分は、芦原高校に健康診断などで出入りしているため彼のことはよく知っている。

 

彼は名を耶賀頼という。

 

「耶賀頼センセ、教官の具合は?」

 

「左腕を痛めていますね。骨に異常があるかもしれませんから、現状では絶対安静です。」

 

と、おそらく何度かした話をしつつ、ユキ姉の腕を簡単な添え木で固定した。

 

「キミも芦原高校の生徒ですか?」

 

「ああ、一年、宿里蛍だ。」

 

芦原高校の校則で、非常時は軍服の代用として制服着用が義務付けられている。

 

蛍が自己紹介すると、耶賀頼もそれにならう。

 

「芦原中央病院の耶賀頼です。宿里・・・ああ、キミが鞠戸さんトコの・・・」

 

「オッサンのこと、知ってんのか?」

 

「ええ、本当によくできた『息子さん』だとうかがっておりますよ。」

 

耶賀頼がそう言うと、蛍は目をそらし、

 

「息子じゃねぇよ・・・」

 

と、小さく答える。

 

ちなみに、苗字が違うところからもわかるが、鞠戸と蛍は養子縁組をしていないため耶賀頼が言う『息子』と言うのは『法律上』間違いである。

 

「まぁ、それはさておき、彼女を運びたいのですが・・・」

 

と、耶賀頼は何かを期待するように話す。

 

本来ならストレッチャーか担架が欲しいが、残念ながらそれらや類する物は無い。

 

そしてユキ姉は背が成人女子平均よりかなり高く、軍人であるから筋肉質で身長、見かけよりも重い。

 

安静に運ぶなら、男の中でも力が強い方でなければならない。

 

「あぁ、やりますよ。こん中じゃあ、オレが適任って言いたいんでしょう?」

 

「ご明察。では、お願いします。」

 

そう言われた蛍は、いわゆる『お姫様抱っこ』でユキ姉を抱き上げた。

 

彼が何の気なしに伊奈帆を見ると、無表情のまま、じっと蛍を見ている。

 

「・・・代わるか?」

 

蛍は伊奈帆の近くまで歩いていき、少し意地悪く聞く。

 

「そうしたいけど、僕じゃユキ姉を持ち上げられない。」

 

相変わらず無表情のままだが、少し不機嫌になったのを蛍は感じ取った。

 

 

 

 共同溝を通って蛍たちが芦原高校に到着すると、蛍と伊奈帆は耶賀頼と共にユキ姉を医務室に運ぶ。

 

医務室できちんとした道具を使って耶賀頼がユキ姉の手当てを始めると、伊奈帆は蛍の腕を引いて外へ出た。

 

韻子とカームが避難民の負傷者を医務室に連れていくのとすれ違いながら、蛍は伊奈帆に尋ねる。

 

「姉貴についてやってなくていぃのか?」

 

「僕がいて腕が治るならそうするよ。けど、そうじゃない。だからできることをやらないと。」

 

蛍はそれを聞き、少し伊奈帆を非難するようににらむ。

 

「ま、それなら仕方ねぇ、とっとと終わらせるか。」

 

「そう。じゃあ、一つお願い。」

 

伊奈帆は蛍に一つ、頼み事をして別れる。

 

伊奈帆が向かったのは演習場のカタフラクト、重機倉庫だ。

 

訓練で使った実弾、カタフラクトを確認し、歩兵用装備を確認する。

 

「・・・行けるな。」

 

伊奈帆は装備をチェックしながら、すでに火星カタフラクトを撃退する作戦を頭の中で練っていた。

 

 

 

 同じ頃、港では鞠戸教官・・・連合軍の軍人としては大尉である彼が民間船護衛部隊にユキ姉救出を直談判していた。

 

「頼む、まだ戦っている味方がいる!」

 

しかし、護衛部隊の兵士はにべもなく、

 

「生き残ったのはアンタだけだ、ま、どうせ昔みたいに敵前逃亡ってとこだろ?腰抜けの『種子島の生き残り』さん?」

 

「テメェ!!」

 

鞠戸大尉が兵士の胸ぐらをつかみ、殴りかけたその時、

 

「やめなさい!!」

 

と、凛とした声が響く。声の主は、地球連合海軍の士官制服に、大佐の襟章をつけた女性士官だった。

 

「大尉、どんな理由があろうと、暴力行為は見過ごせません。」

 

「・・・クッ!!」

 

鞠戸大尉が兵士から手を離すと、兵士は意地悪く鞠戸大尉をせせら笑う。

 

「あなたもですよ?大尉の戦闘記録は彼を収容した際に持ち帰ったブラックボックスに残っています。彼を敵前逃亡で告発するなら証拠として提出しましょう。しかし、そのような事実が無い場合、あなたは虚偽の告発をしたことになります。その時の処分は覚悟できていますか?」

 

兵士は大佐の毅然とした態度にしり込みし、目をそらす。

 

「そうでなくとも、あなたは公然と、憶測にもとづいて大尉を誹謗しています。まあ、今なら謝罪ですませましょう。」

 

大佐に淡々と告げられ、兵士は鞠戸大尉に向き直り、

 

「しぃませんでしたねぇ、英雄どの!!」

 

と、とても謝罪には聞こえない物言いで謝罪して逃げていく。

 

「・・・すまなかったな、大佐殿。」

 

鞠戸大尉は大佐に敬礼し、大佐はそれに敬礼を返して、

 

「第三護衛艦隊所属、ダルザナ・マグバレッジ、階級は大佐です。以後、お見知りおきを。」

 

「日本中部方面隊、新芦原駐屯部隊所属、鞠戸孝一郎、階級は大尉だ。」

 

互いにあらためて自己紹介をして、鞠戸大尉はあらためてマグバレッジ大佐に直談判する。

 

「まだ新芦原で仲間が戦っている。彼女のおかげでフェリーは襲撃されていないんだ。だから・・・」

 

マグバレッジ大佐はすでに鞠戸大尉の機体に詰まれていたブラックボックスを確認し、仲間がユキ姉を指しているのを知っている。

 

「残念ながら、電波妨害が激しく、通信はおろか、GPSすら使えないのが現状です。界塚准尉は作戦行動中行方不明とするしかありません。」

 

と、冷静に答えた。しかし、鞠戸大尉は引き下がらない。いや、引き下がれない理由があるのだ。

 

「フェリーの避難民リストに乗っていない名前があった、俺の教え子たちだ、その中にゃ俺の息子もいる!!」

 

それを聞き、マグバレッジ大佐は思案し、

 

「わかりました、揚陸艇を一隻、残しましょう。ですが、乗組員が揃わなかった時は、諦めてください。」

 

と、救出に向かう許可を与えた。鞠戸大尉はマグバレッジ大佐に深く頭を下げ、乗組員の確保に向かった。

 

「頼む、新芦原に取り残された避難民の救助に・・・」

 

と、声をかけてまわるが、現役の軍人からは機関士一人しか志願せず、仕方なく避難民集合場所まで行き、民間の船乗り、教練修了者、退役軍人に声をかけていくが、誰も取り合ってくれない。誰だって自分の身はかわいい、こうなるのも当然であろう。

 

「あ~、教か~ん!」

 

避難民の中で鞠戸大尉を呼ぶものがいる。鞠戸大尉は藁をもつかむ心持ちで呼ばれた方を見ると、教え子の一人、ニーナが手を振っていた。

 

「クラインか・・・今は忙しいから、後で・・・」

 

「韻子たち~、知りませんか?」

 

鞠戸大尉はまさにその事で動いている。しかし、教え子の一人であるニーナに協力を求めるのは気が引けたため、知っていることだけ教えることにした。

 

「・・・あいつらはまだ港まで来ていない。」

 

「ウソ・・・蛍くん、迎えに行くって・・・それに、こんなところまで火星は攻めてこないって!!」

 

「待て、あのバカ、ここに来てたのか?来た上で戻ったのか!?」

 

鞠戸大尉はニーナの肩をつかんでゆすりながら詰問する。

 

「きょうか~ん!!ゆすらないで~!!」

 

「す、すまん・・・と、とにかくだ、今、新芦原には火星カタフラクトが一機、おおかただが、威力偵察に来てる。網文達は新芦原に隠れてんだろうから、安心してフェリーで先に避難しろ、な?」

 

と、鞠戸大尉はニーナに、自分が救助に向かうのを伏せ、さらに小声で情報が拡がらないように伝えた。極限状態での、いわゆる『伝言ゲーム』とはおそろしいもので、

 

火星カタフラクトが新芦原に現れた?火星人が新芦原に大挙して攻め込んできた?火星人が避難民を虐殺に来る?ただちにフェリーを出せ(暴動)

 

と、なりかねない。そのため小声で伝えたのだ。しかしニーナは、

 

「教官、もしかして救助に行くんですか?」

 

と、鞠戸大尉が隠していた真意を見抜き、確認するように尋ねた。

 

「グ・・・それは・・・」

 

違うとも言えずに目をそらす鞠戸大尉は、別の教え子たちと目が合ってしまった。韻子をよく知る生徒会の先輩で、詰城祐太朗と、祭陽希咲だ。

 

「教官、すみませんが、お話は聞かせていただきました。」

 

詰城は眼鏡をクイッとなおしながらそう言う。

 

「網文の車だけがまだ戻ってねぇんです・・・救助に行くなら、オレ等も連れてって欲しいっす!」

 

「ば、バカ、大声出すな。」

 

鞠戸大尉は小声で話していたつもりだったが、二人に聞かれていた。

 

他に聞いた者がいないか見回すが、どうやら他にはいないようだ。

 

「教官、私もお手伝いします!」

 

ニーナは、いつものフワフワとした雰囲気がウソのように、真剣に頼む。

 

鞠戸大尉はこれ以上、教え子を巻き込みたくなかったが、このまま救助隊を募集しても集まらないだろうと考えはじめてもいた。

 

「・・・すまねぇ、お前たちを危険な目にあわせるはめになっちまった。界塚准尉と避難民の救助に力を貸してほしい。」

 

教え子たちにあらためて頭を下げて頼む鞠戸大尉に、ニーナ、祭陽、詰城の三人は敬礼で返したのであった。

 

そんな場に、凛と通る声が響く。

 

「鞠戸大尉、救助隊に一名、追加をお願いします。」

 

鞠戸大尉がその声に振り向くと、そこにはマグバレッジ大佐が立っていた。

 

「大佐殿?そっちにはそっちの仕事が・・・」

 

「当艦に与えられた任務は『新芦原からの避難民誘導並びに護衛』です。新芦原にまだ避難民が残っている以上、艦長である私がここを離れるわけにはまいりません。護衛艦の方は副長に任せておいて問題はありませんので私も救助隊に加えていただきたくお願いします。」

 

そう言って頭を下げるマグバレッジ大佐に、鞠戸大尉は首を横に振った。

 

「大佐殿、そんなことをしちゃあ他に示しがつきませんぜ。ここは一つ、命令してくださいな。『我が隊はこれより、新芦原に取り残された避難民の救助に向かう。』とね。」

 

その言葉に、マグバレッジ大佐は顔を上げた。

 

「ありがとうございます。では、皆さん、私達はこれより、新芦原に取り残された避難民の救助に向かいます。いくら親しい方が残されているとはいえ、民間人であるあなた方にこのようなことをお願いするのは心苦しい限りですが、ご助力をお願いいたします。」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、鞠戸大尉をはじめとする救助隊のメンバーは敬礼で答えた。

 

 一方、新芦原の伊奈帆達が逃げ込んだトンネルの前で、紫色の火星カタフラクトはいまだに動かず、伊奈帆達が出てくるのを待ちかまえていた。数時間前、東京陥落直前、地球連合極東方面軍日本駐留軍団が壊滅したころ、クルーテオのもとに部下の一人が作戦を具申した。

 

「クルーテオ卿、我らはこれより新芦原に進軍すべきにあります。」

 

「新芦原か・・・そなたの具申、感謝しようぞ、トリルランよ。卿の申すとおり、かの悲劇の地に我が家紋を描きしヴァースの御旗を打ち立てればヴァース帝国の大儀も立とう。しかし、今はまだこの地の制圧に人手が必要ゆえな・・・」

 

クルーテオは遠回しに、トリルランに新たな具申をうながす。

 

「でしたら、このトリルランにお任せを。食客としてお仕えさせていただいたご恩、今こそ報いてみせましょう!」

 

「その心意気やよし!トリルランよ、我がクルーテオ家が陛下より賜りし名馬『ニロケラス』を駈り、新芦原を制圧、当地の責任者を拘束し姫暗殺の顛末を問い質せ!」

 

といった経緯でクルーテオはトリルランにクルーテオ伯家が有するカタフラクトの一つ、紫色のカタフラクト『ニロケラス』を貸し与えたのだ。

 

このトリルランこそが、伊奈帆達を追い回していたカタフラクトのパイロットである。

 

彼がトンネルから出てくるものに全神経を研ぎ澄ましていると、不意にトンネルの中からラジコン飛行機が飛び出してきて、ニロケラスを駈るトリルランを挑発するように飛び回る。

 

すると、トリルランは拡声器のスイッチを入れて、

 

「何度やっても無駄だ、ネズミどもが!!」

 

苛立ちをあらわにしてラジコン飛行機を腕で払うとラジコン飛行機はオコジョのように跡形もなく消滅した。

 

仮にラジコン飛行機をぶつけてもニロケラスは特殊なシールドを張っているためダメージを受けることはないのだが、そうであってもトリルランは、幾度となくラジコン飛行機をけしかけられ、頭に血がのぼり始めていた。

 

ラジコン飛行機を消滅させた瞬間、ニロケラスに通信が入る。

 

「下郎が、今は忙しいのだ!!」

 

「ほぉ・・・それが我に対する態度か、トリルランよ?」

 

通信の相手を見てトリルランは青ざめる。相手は、先のような態度をとっていい相手ではない。

 

トリルランはカメラと通信のホログラムディスプレイ以外に明かりがない操縦席の中でひざまずくようにして謝罪する。

 

「め、滅相もありません、卿とはいざ知らず・・・」

 

「ふむ、まぁよかろう、我が揚陸城は蝕に入るゆえ、手短にな。ネズミ退治の首尾は?」

 

と、通信の相手は話す。蝕とは、軌道上の揚陸城が地球の反対側に位置する状態を指す。

 

これが示すのは、通信の相手が地上に降りているクルーテオではないということだ。

 

「は、ネズミどもは新芦原にて狡猾に逃げ回ったものの、我がニロケラスの追撃の甲斐あって、穴蔵の中に押し込むことに成功しました。あとは痺れを切らして這い出てきたところをニロケラスの鷹の目をもってすれば・・・」

 

「つまり、取り逃がしたということか?」

 

通信相手の『卿』はトリルランの報告を中断させ、結果を冷たく突きつけた。

 

「い、いえ、そのようなことは・・・奴等を追い込んだトンネルからは港に向かうことはできませぬ。ですから、港に向かおうと出てきた時こそ我がニロケラスの鷹の目で・・・」

 

「たわけ!一刻を争うこの時に根比べなどしていられるか!!」

 

トリルランは卿の一喝に驚き、言葉に詰まる。

 

「大まかな場所はわかっているのであろう?ならば話は早い、新芦原一帯に隕石爆撃をしかける。」

 

これを聞き、トリルランは青ざめる。『卿』から命じられた『ネズミ狩り』を失敗したとみなされるからだ。

 

そうなってしまえば彼の出世は遠のいてしまう。

 

「お、お待ちください、ここ、新芦原はクルーテオ卿の揚陸城に近すぎます、彼への攻撃と取られては後々、禍根を残すことに・・・」

 

「背に腹はかえられぬ。トリルランよ、隕石爆撃の軌道調整に数時間かかるゆえ、貴様はネズミが万一にも逃げ出さぬよう見張っておくがよい。」

 

「は、ハハァ!!おおせのままに!!」

 

通信が切れ、トリルランは操縦席を八つ当たりで叩く。

 

「ネズミめ、全てはキサマのせいであるぞ!!」

 

トリルランは憎々しげにトンネルが映るディスプレイを睨み付ける。

 

この時、トリルランからは見えていないがトンネルの中ではラジコンを操作していたカームと韻子がガッツポーズをし、観測データを持って共同溝から脱出していた。

 

 

 

 夜のとばりが降りた頃、伊奈帆は蛍、韻子、カーム、ユキ姉を会議室に集め、ブリーフィングを始めた。

 

「さて、現状の説明だけど、例のダンゴムシがトンネルの前に陣取っていて僕たちは港に向かうことができない。この状況を打破するために、ダンゴムシを撃破、最低でも行動不能に追い込みたい。」

 

伊奈帆がそう言うと蛍が横から、

 

「生ぬるいこと言うなよ、ナオの字ィ!火星人をぶっ殺せって・・・」

 

と言ったのを、伊奈帆は

 

「蛍、発言は許可してない。」

 

と、たしなめる。

 

これをユキ姉、韻子は呆れながら、カームは少し共感しながら聞いていた。

 

静粛になったのを確認すると、伊奈帆はプロジェクターのスイッチを入れ、ユキ姉の戦闘記録を再生する。

 

内容は、要約すると次のとおりであった。

 

『ユキ姉のアレイオン隊が橋の上でニロケラスに追われる民間人を発見、隊長は民間人に構わずニロケラスに発砲するが、弾丸は炸裂弾、徹甲弾の別にかかわらず、当たった瞬間にニロケラスの表面が黒くなったかと思うと消滅する。

 

 ユキ姉は同じ隊にいた鞠戸大尉の命に従い、ニロケラスが橋の下からの鞠戸大尉の攻撃と隊長達の攻撃に気を取られた瞬間、民間人の少女を救助。

 

 データリンクで得られた、ユキ姉の機体カメラが見ていない部分で隊長達がグレネードを放つがやはり着弾と同時に砲弾が消滅、鞠戸大尉の視点に移り、アレイオンが豆腐を切るかのように引き裂かれ、隊長ともう一人が戦死、ユキ姉は鞠戸大尉に民間人を連れて逃げるよう言われ、戦線離脱する。

 

 通信可能圏外に出るまでの鞠戸大尉の戦闘記録では、発砲してもやはり効かず、鞠戸大尉は何を考えたかニロケラスに肉薄し、ニロケラスの『顔』を接射するがやはり効かない。

 

 ナイフに持ち代えて『顔』を突き刺すが、ナイフ、アレイオンの手、腕が消滅する結果に終わった。

 

 そして最後、ニロケラスが腕を振り上げたところで通信圏外に出た。』

 

この後ユキ姉が装甲車を見つけたところで映像がストップする。

 

「こっからは?」

 

発言許可を取って蛍が聞くと、伊奈帆は無表情だがユキ姉と蛍、韻子がわかるくらいに、他は皆、暗い顔になる。

 

「このあとは僕たちが直に見たから。」

 

「・・・わかんだろ?こっからは誰も見たくねえんだよ。」

 

伊奈帆とカームの言葉に、ばつが悪そうにする蛍。

 

続いてカームが手を挙げ、

 

「ぶっ殺すとか撃破とかは置いておくとして、こんな正規軍ですらかなわないヤツ、俺らでどうにかできんのか?」

 

と、質問する。

 

伊奈帆はこれを聞き、プロジェクターを操作し、停止していた映像を逆回しして隊長達が撃つ弾丸が吸収されていくところで止めた。

 

「これを見て、ダンゴムシは弾丸を防いだり跳ね返すんじゃなく、『消滅、吸収』させてるよね。」

 

伊奈帆は映像の上に別窓でカーム、韻子がラジコンで取ったデータを出す。光を当てても反射する様子はなく、一瞬、光が当たった部分が歪むがすぐ元に戻るだけだ。

 

レーダーの電波を当てても黒い影ができるだけ、ソナーの音波を当てても返ってこないかわりに、ニロケラスの両肩から、そして背後からは反射らしき音で、拡声器の音声が入る。

 

「こりゃあまた、ヤッコさん、ずいぶんイラついてんじゃねぇか。」

 

ケラケラと蛍が笑い、伊奈帆は咳払いをして続ける。

 

「とにかく、これでわかるのは、ダンゴムシは特殊なシールドを表面に張ってる。バリアと言ってもいい。」

 

「バリア?」

 

韻子がいぶかしむように呟くと、伊奈帆はそのバリアの特性を表す図をプロジェクターに出した。

 

「あのバリアは、物質はもとより、質量を伴わない光、電波、音波、全てを遮断する。」

 

これを聞いた蛍は、

 

「(ガキの遊びに出てくる『バリア』かよ・・・)」

 

と、内心で呆れ、ため息をつく。

 

「ならば、あのバリアの中は真っ暗のはずなんだ。」

 

そう言って伊奈帆はイメージ図の、バリアの内側に当たる部分を黒く染める。

 

「まあ、そうなるけど、じゃあどうだってんだ?」

 

カームの質問に伊奈帆は、

 

「なら、あいつはどうやってこっちを見てる?どうやって拡声器の声をこちらに伝えてる?」

 

と、質問で返す。

 

もはやこれは確認だ。

 

伊奈帆はまず、音波探知に、拡声器の音が入った部分を表示する。

 

「肩から、具体的にどこからかはわからないけど音が出てるね?そして鞠戸教官の戦闘記録・・・」

 

今度は鞠戸大尉がニロケラスの顔を攻撃していた時を表示し、

 

「教官は半分正解、顔のカメラにはバリアが無いと踏んだんだね。けど、この時は材料が少なすぎた。ダンゴムシはこの時、近くの橋の下にいた鞠戸教官より、開けたところにいた隊長達の攻撃に向かった。そして僕たちを執拗に追いかけたわりに、トンネルに入ると追うのをやめた。共通してるのは?」

 

最初の伊奈帆の発言から、拡声器と同じで目の部分にあるカメラにはバリアをはっていないと皆、考えたがそれは鞠戸教官がやって違うと結果が出ている。

 

「上から見えないこと?・・・あ!もしかしてカメラ!?アタシ達がラジコンでやったみたいに、空に観測機を飛ばすとか!?」

 

韻子が答えを閃き、伊奈帆は頷く。

 

「なるほど、ンで、見つかんねぇように、俺に学校中のカーテンを閉めろって言ってたんだな?」

 

「あれは助かったよ、ありがとう、蛍。」

 

無表情だが少し微笑む伊奈帆に、蛍は照れからか横を向き、目をそらす。

 

「こういうカラクリだから、橋の影にいた鞠戸教官に気づかなかったし、トンネルに入った僕たちを追ってこなかったんだ。」

 

と言って、おそらくニロケラスが見ているであろう新芦原の上面図を表示した。

 

「僕たちがいるのはここ、芦原高校。で、装甲車はトンネルの中、僕たちが囮になれば、トンネルからヤツを引き離せる。で、作戦なんだけど・・・」

 

伊奈帆の作戦はいたってシンプル、まず囮になるトレーラーとカタフラクトで、スモークグレネードなどで新芦原中に煙幕を焚き、カメラを無力化して、トレーラーにあらかじめ積んでいたカタフラクトを下ろし、河口付近の橋まで誘導、橋を壊して河に落として水を使って、水が消滅しない『バリアの穴』を探すというものだ。

 

しかし、これに異を唱えたものがいた。

 

「なぁ、ナオの字、らしくねぇぜ?」

 

蛍だ。彼はこの作戦に重大な欠陥があるのに気づいたのだ。

 

「河ったって、あれ、あんま深くねぇぞ?せいぜいダンゴムシの腰くらいまでしか水につからねぇよ。」

 

腰までしかつからないならば、その上に穴があればどうにもならない。

 

「・・・そればっかりは運だね。」

 

「なぁ、腹ァ割って話そうぜ?ホントはもっと確実な手、あんだろ?」

 

確かに伊奈帆はもう一つ作戦を考えていたが、彼はそれを『作戦立案の外道』と考え、すぐに却下したのである。

 

「じゃあ言うだけ言うよ。絶対やらないけど。」

 

伊奈帆はもう一つの作戦を話す。話し終わるとカーム、韻子、ユキ姉は立ち上がり、

 

「ダメ、絶対ダメ!そんなことしたら、絶対に死人が出るわよ!!」

 

まず、今まで黙っていたユキ姉が、伊奈帆が却下した一番の理由を叫んだ。

 

「だいたい、バイクなんて動かせるの、蛍しかいないじゃん!!」

 

次は韻子、バイクが必要になるが、バイクは軍事教練では教えないので動かせるのは蛍しかいない。

 

「伊奈帆、いくらなんでもそりゃねぇよ!!」

 

最後はカーム、これを聞いて伊奈帆は首を横に振り、

 

「ね?だから却下したんだよ。」

 

と、『言わんこっちゃない』といったふうに言う中、蛍は口元に笑みを浮かべて黙っていた。

 

「とにかく、そんな作戦は許可できません!!」

 

ユキ姉も韻子にならうように強く反対する。

 

「僕も最初から、こんなことする気はないよ。」

 

と、伊奈帆が言って会議は解散となった。

 

「じゃあ、決行は明日、日の出と共に出撃する。これにて解散。」

 

そう言って伊奈帆がプロジェクターの電源を落とすと、伊奈帆を残し、皆、部屋を出る。

 

「ナオの字?片付けなら手伝うぜ?」

 

さして重要なものがあるわけでもなく、明日には学校ごと放棄するから片付ける必要もないが、残っている伊奈帆が気になった蛍はそう尋ねた。

 

「いや、ちょっと人を待っててね。」

 

と、伊奈帆が答えた時、開いている扉をコンコンとノックする音が防音の会議室に反響する。

 

「伊奈帆さん、おいでになられましたわ。」

 

会議室の外にはセラムが立っていた。その前に立ち、妹のエデルリッゾが開け放されたドアをノックしている。

 

「ははぁ、ナオの字よぉ、あぁいうのが好みなのか?」

 

蛍は伊奈帆と肩を組み、ヒソヒソと尋ねる。

 

「そんな話じゃないよ。」

 

「じゃあ、一緒にいてもいぃか?」

 

「それはやめて。」

 

「ほら、やっぱそぉいう話じゃねぇか!」

 

「もう、それでいいからとにかく、席を外して。」

 

すでに男同士の内緒話の体ではなくなった蛍を、伊奈帆は押し出すように会議室から追い出し、鍵を閉めて入れないようにした。

 

会議室は防音室であるため、ドアに耳をつけても中の音は聞こえない。

 

蛍は舌打ちしてその場を離れた。

 

彼もまた、準備があるのだ。

 

 

 

 真っ暗な芦原高校の廊下で、白いパーカーを着た少女が携帯電話の画面を見ていた。

 

今はフードを脱ぎ、赤く短いくせ毛と虚ろな顔立ちが携帯電話のバックライトに照らされている。

 

カーテンが閉められ、少しでも人の気配を消すため、建物内は非常口や消火栓のランプ以外に光源は彼女の携帯電話の画面しかない。

 

画面に映っているのは、少し幼い少女と、壮年の男性であった。

 

二人の顔はよく似ており、笑顔で写っていることが、彼女達が幸せであったことを物語っている。

 

「親父さんか、それ?」

 

「きゃ!?だ、誰!?」

 

少女は背後から声をかけてきた男にモバイルライトを向けて後ずさる。

 

痴漢よけの方法の一つをくらった彼は目をかばい、

 

「携帯のライトぐれぇなら大丈夫だろうけどよぉ、万一があっからな?」

 

と言って、目が光になれたらしく、手を下げる。声をかけてきた男は蛍であった。

 

「驚かさないでよ・・・で、何?」

 

少女が、ぶっきらぼうに蛍に尋ねると、蛍は少女を壁に追い込むようにして立ち、

 

「いや、な?俺たち、どっかで会ったことねぇか?」

 

「ハァ?何それ?ナンパのつもり?なら古くさいわよ、その手。」

 

少女は蛍にそう答える。蛍は実際、少女に見覚えがあった。

 

ただ、どこで、どういう風に見たのかを思い出せないのである。

 

彼が一番荒れていた三年ほど前、取っ替え引っ替えしていた女の一人かもしれないし、ただ町中ですれ違っただけかもしれない。

 

それほどあやふやなのだ。

 

「まぁ、ナンパって言えばナンパか?」

 

と、疑問型で答えた蛍に少女は、

 

「アンタ、バカ?今、どんな時かわかって・・・」

 

と、呆れながら蛍をつきはなそうと、分厚い胸板を両手で押した。

 

しかし蛍に見せられた彼の携帯電話に、メール機能を使って打たれた文章で、

 

『親父さんの仇、討ちにいかねえか?』

 

と、短いメモが書かれているのを見て、少女は蛍の胸ぐらをつかんで引き寄せ、

 

「バカじゃないの?アンタは見てないでしょうけど、あの火星カタフラクトに、地球のカタフラクトは手も足も出なかったのよ?」

 

と、罵倒する。

 

少女は会議に出ていないので、伊奈帆が見つけたニロケラスの『弱点』を知らない。

 

「ダンゴムシの変なバリアなら、ナオの字・・・トンネルでおめぇを口説いてたヤツが破り方を見つけてな、あとはちょっとばかし無茶すりゃあ、ダンゴムシのパイロットは地獄行きだ。」

 

「・・・つまり、アイツの作戦に協力しろってこと?」

 

と、確認する少女に蛍は首を横に振った。

 

「いや、こいつは単独行動だ。ナオの字とは別に行く。」

 

「・・・内容によるわね。」

 

蛍は少女に、伊奈帆が却下した作戦を、採用した作戦と組み合わせてやる旨を説明する。

 

「それ、私達はまず確実に死ぬんじゃないの?」

 

「別に爆弾抱いてつっこむわけじゃねぇ、確実に死ぬって決まったわけじゃねぇよ。」

 

「・・・ま、嘘はついてないわね。わかったわ、条件付きでその話、乗ってあげる。」

 

そう言った少女に蛍は、

 

「条件?」

 

と、尋ねる。

 

すると少女は蛍を射抜くような目でにらみながら答えた。

 

「あのカタフラクトのパイロットは・・・確実に殺すこと。飲めないなら、他を当たって。」

 

これに蛍は不敵に笑い、

 

「ハナっからそのつもりだ。それじゃ、バイクデートとシャレこもうぜ。」

 

と、デートの約束を取りつけたようにしてそう言うと、

 

「・・・ライエ・・・」

 

と、少女は呟く。

 

「ん?」

 

「ライエ・アリアーシュ・・・あたしの名前。」

 

「あ、そういや、自己紹介がまだだったな、俺は宿里蛍だ。」

 

そう言った蛍に、ライエは、

 

「蛍ね・・・それじゃ、明日の『デート』、楽しませてね。」

 

と、答えて避難民が眠っている食堂に戻り、それを見送った蛍はカーテンの隙間から、ニロケラスがいるであろう方をにらみつける。

 

『明日は火星人狩日和だろうな。ヤツら、皆殺しにしてやるよ!』

 

15年前の戦争の時に砕けた月が照らす新芦原に、蛍はそう決意を固めたのであった。




次回はニロケラス戦です。


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第三話 反撃ののろし

 伊奈帆達の作戦会議の翌日、まだ日も昇らぬ時間に寒空の下で、ヴァース帝国の軍服を着た少年が自分の乗ってきた輸送機を整備していた。

 

「・・・姫さま・・・」

 

彼は呟きながら、輸送機を着陸させた航宙船発着場のターミナルビルを眺める。

 

そのビルはアセイラム王女がパレードまで貸し切りで滞在していたのである。

 

彼の名はスレイン・トロイヤード、研究者であった父と共に火星へ密航し、事故で生死の境をさ迷っていたところをアセイラム王女に救われ、以後、地球のことを教えるため、付人のようなことをしていた。

 

 

 

 数日前、地球へ向かう航宙船の展望室で、スレインはいつものようにアセイラム王女に地球の話をしていた。

 

「青いキレイな星・・・ねえ、スレイン、地球では水や空気に青い色がついているのですか?」

 

「いえ、水や空気は透明です。しかしそれが、たくさん集まることで、屈折とか・・・そういうので、青く見えるのです。」

 

余談であるが、屈折ではないと添えておく。

 

それはさておき、アセイラム王女は大喜び。

 

「光を歪めてしまうほどの水と空気・・・なんと豊かな星なのでしょう!」

 

そんな時、展望室にクルーテオ卿が入ってくる。

 

「姫様、もう夜も遅うございます、どうか、御寝所へ。」

 

「あら、もうそんな時間ですの?ここにいると、時間が過ぎるのを忘れてしまいますわ。」

 

航宙船の時間は、いわゆる時差ぼけを起こさないよう、ヴァース標準時間から三ヶ月あまりをかけて少しずつ地球、新芦原の時間に修正されており、今は夜の10時を指している。

 

挨拶をしてアセイラム王女が展望室を出ると、クルーテオ卿はスレインの腹にパンチを入れた。

 

「ゴホッ!!」

 

「あまり図に乗るなよ、地球人風情が!」

 

鳩尾を殴られ、スレインは膝をつく。

 

彼は、アセイラム王女が親善大使の任に就く折に、火星から地球までの護衛であったクルーテオ卿が召し抱えることとなっている。

 

しかし、密航したとはいえ多大な功績をあげた彼の父とは違い、何の後ろ楯もない彼はただ、忌み嫌われる存在なのだ。

 

それが、父の死後、顕著になってきている。

 

「姫様の気まぐれは致し方ない、しかし、飼い犬の粗相は飼い主の責任であるからな。」

 

クルーテオはスレインを残し、展望室を出る。

 

この時はまさか、アセイラム王女の最も望まぬ事態になるとは、彼は夢にも思っていなかった。

 

 

 

『おい、地球人!!』

 

通信が入り、王女を想うスレインの思考は中断される。

 

「トリルラン卿、どうなさいましたか!?」

 

『そろそろ夜があける。ネズミ共が動きだすころだろう、貴様もすぐ動けるようにしておけ。』

 

と、一方的に命令され通信が切れる。これを聞き、スレインはため息をついた。

 

「(また、姫さまの望まぬ虐殺が始まるのか・・・)」

 

彼としては地球との戦争などアセイラム王女の望むところではないと考えており、どうにか和平できないかと思うが、彼は何の力も持たない、ただの一兵卒にすぎない。

 

「(姫さま、このスレイン・トロイヤードの不忠、お許しください。)」

 

スレインは輸送機に乗り込み、いつでも飛び立てるようにエンジンの暖機をしながら胸の内で呟いた。

 

 

 

 その頃、芦原高校では伊奈帆達が出撃に際し、員数が足らずに右往左往していた。

 

「ねえ、いた!?」

 

「いや・・・カームは?」

 

「こっちもだ、蛍のヤロー、怖じ気づきやがったのか!?」

 

蛍が作戦前に姿を消したのだ。どこかで寝過ごしているのかと考え皆で探したがどこにもいない。

 

「みんな、大変よ!」

 

倉庫に、避難民誘導をしていたユキ姉が駆け込んでくる。

 

「今、点呼を取ってたんだけど三人足りないの!」

 

「ユキ姉、落ち着いて。足りないのは?」

 

伊奈帆にそう言われてユキ姉は深呼吸して、

 

「まず、ライエちゃん・・・私が連れてきた子ね、それとナオくんと一緒に来たっていうセラムちゃんとエデルリッゾちゃんが・・・ナオくん、どうしたの?」

 

伊奈帆の顔が、いなかった者の名を聞いてユキ姉や韻子でなくともわかるほど青ざめる。

 

「わたくし達でしたらここに。」

 

皆が声のした方を見ると、そこにはセラム、そしてその妹のエデルリッゾがいた。ユキ姉とは違う通路を通ってきたため見つからなかったようである。伊奈帆が二人を見て安堵する中、ユキ姉は二人をしかる。

 

「もう、二人とも、勝手に離れちゃダメでしょ?」

 

「すみませんが、ユキ姉さん、わたくしはここに残りますわ。」

 

「ひめさムグ・・・」

 

エデルリッゾの口を押さえ、セラムは続ける。

 

「わたくしには、なさねばならない使命があります。」

 

そう言ったセラムを指してカームは、

 

「中二病?」

 

と韻子に耳打ちし、肘打ちをもらう。

 

「セラムさん、これは遊びでも訓練でもありません。それはわかっていますか?」

 

伊奈帆がそう尋ねるとセラムは頷く。

 

「ええ、それに先ほどのお話ですと、手が足りないのでしょう?」

 

伊奈帆は思案する。カタフラクトパイロットが三人、トレーラー運転手が一人の計四人が最低でも必要になるが、ユキ姉は添え木で固定した左腕を三角巾で吊っており、参加できない。

 

そして今から避難民に協力をあおぐ時間もない。

 

「わかりました、では、お願いします。」

 

伊奈帆がそう言うと、韻子とカームは当然ながら反対した。

 

「い、いいの!?」

 

「ってか、蛍は探さないのか!?」

 

「出来ることなら蛍は見つけておきたかったけど、ダンゴムシがいつまでも待ってるとは限らないし、動きだしたら不利なのは僕たちだ。代わりになってくれるなら願ってもないことだよ。」

 

「かもしれないけど・・・」

 

そう言った韻子がセラムを見ると、内容は聞き取れないがエデルリッゾと口論しているのが見えた。

 

「もう、喧嘩はダメよ?」

 

「むぅ・・・じゃあ、わたしも一緒に行かせて!!」

 

「え、ええ!?」

 

ユキ姉が仲裁に入ると、エデルリッゾはユキ姉にそう言って志願する。

 

「だ、ダメよ!エデルリッゾちゃんはまだ、教練も受けてないでしょ!?」

 

「トレーラーくらい、わたしにも動かせるよ!!」

 

「あ、あのね・・・」

 

「出来なくはないと思うよ。」

 

ユキ姉とエデルリッゾの間に、伊奈帆が割って入る。

 

「昨日、聞いたんだけど、外国じゃ教練を受けるのが中学とか、小学校高学年ってところもあるんだ。エデルリッゾはそれで教練を修了してるって。」

 

「そ、そうなの?」

 

ユキ姉がエデルリッゾにそう尋ねると何度も力強く首肯する。

 

「それにその子、お姉さんのことが心配みたいだから多分、隠れてでもついてくると思う。それくらいなら、見えるところにいてくれた方がまだマシだよ。」

 

伊奈帆がそう言うとユキ姉は頷く。

 

「仕方ないわね・・・わかったわ、私もこんな腕じゃなかったら行きたいけど・・・」

 

「そればっかりは仕方ないよ。じゃあ、避難民の誘導は任せたから。」

 

そう言って伊奈帆は皆を集めて、担当を割り振る。

 

韻子とカームは煙幕用のカタフラクトパイロット、エデルリッゾがトレーラー運転手、セラムがスモークグレネード射手、そして伊奈帆がスモークグレネード射手兼奇襲用カタフラクトパイロットだ。

 

 

 

 朝日が東の地平線から顔を出したのと時を同じくして、トレーラーが学校から発車し、韻子とカームのカタフラクトがそれに続く。

 

その後ろ姿を見送ったユキ姉は、避難民達の所へ行く前に、上空に向けて赤い信号弾を三発打ち上げた。

 

これは『戦闘開始』を意味する。

 

救助隊を編成していた鞠戸大尉達はこの信号弾を見つけ、すぐに救助のための揚陸挺を発進させた。

 

 

 

 一方、この信号弾は言うまでもなくニロケラスのパイロット、トリルランも発見しており、ニロケラスの『鷹の目』でトレーラーとカタフラクト二体を捕捉した。

 

「ネズミはおらぬか・・・そうかなるほど、土人共を囮にしてここから離れさせた後に脱出する所存か!しかし、こちらがわかっていれば問題はない、出てきたところにきびすを返せばよいのだからな!」

 

トリルランはニロケラスをトレーラーに差し向け、トンネルの前の道を開けたその時、トンネル内で避難民の一人が運転するハンヴィーが暖機を始めた。

 

「まだです・・・あと22秒・・・」

 

ハンヴィーの助手席ではユキ姉が秒読みをしている。

 

結局蛍とライエは見つからなかったが、伊奈帆が言うには、

 

「仮に逃げたんだとしても、蛍がいるなら合流できるはず。」

 

とのことで、二人は不在のまま脱出することとなった。

 

 

 

 伊奈帆達は当初の予定通り空へ向けてスモークグレネードを放ち、煙幕を焚いて新芦原上空を真っ白に染める。これにより、ニロケラス内ではトリルランが発狂していた。

 

「小癪な劣等種どもがあああぁぁぁ!!!」

 

ニロケラスに表示されているカメラ映像は全て真っ白。

 

ニロケラスの『鷹の目』とは、伊奈帆がにらんだとおり新芦原上空に飛ばした無人偵察機のことであったのだ。

 

しかし、上空にまかれた煙幕によって視界は完全に遮られ、ニロケラスは遮蔽物もない住宅地で動きを止めてしまった。

 

その頃、トンネルではユキ姉が秒読み10秒を切って、

「3・・・2・・・1・・・今です!!」

 

と合図すると、ハンヴィーがアクセル全開でトンネルから飛び出し、煙幕に包まれた新芦原を駆け抜ける。

 

こちらはそのまま港へ向かえばそれで作戦完了である。

 

その頃、動きを止めたニロケラスは周囲を飛行していたスレインの輸送機に通信を入れ、トレーラーやカタフラクトの位置を確認している。

 

「おい、地球人!奴らは今、どこにいる!!」

 

『・・・いました、市街中心・・・わあ!?』

 

爆音と共に通信が途絶え、ニロケラスのカメラに、煙幕の切れ間からエンジンに被弾して墜落する輸送機の姿が映る。

 

「使えぬヤツだ・・・まあよい、方向さえわかれば!」

 

と、ニロケラスをトレーラーに差し向けたその時、バリアに反応が出る。

 

歩兵用小銃の照準用レーザーと高速弾らしき物体が衝突したと出ているのだ。

 

方向は五時方向、下方45°である。

 

「そのような豆鉄砲、カタフラクトに効果があるわけなかろうに・・・」

 

『オイ、そこの腰抜け!テメェにネズミのシッポぐれぇの勇気があんなら、バリア解除して捕まえてみろやぁ!!』

 

小銃弾を撃たれた方から拡声器を使った声が響く。

 

『ほら、アリアーシュ、オメェも・・・』

 

『わかったわ、コホン・・・や~い、臆病者~!私はここよ、捕まえたかったらバリアを解除してみなさい!!』

 

ニロケラスはライエの声を拾うとそれを分析し、

 

『声紋一致、ラット5』

 

と、カメラとは別に立体映像式ディスプレイを表示した。

 

「ふむ・・・ネズミめ、そこにいるのかあああぁぁぁ!!」

 

ニロケラスが表示したデータを見たトリルランは拡声器でそう叫び、暴れ始める。

 

それを見た蛍はライエに、

 

「乗ってきたな・・・行くぜぇ、アリアーシュ、しっかりつかまってなぁ!!」

 

と言って、ニロケラスの腕を避けながらバイクを走らせた。

 

二人は作戦開始より早く共同溝を使って別の出口から外に出ていたのだ。

 

その道は狭く、大人数が動くには向かない上に出口が新芦原市役所・・・大型車両もなく、港からも遠く、脱出には不向きなため伊奈帆も廃案にした作戦にしか考慮に入れていなかった。

 

しかし、少人数・・・二人とバイク一台なら余裕があるくらいの広さだ。

 

蛍達がバイクで逃げたのにも気付かず、トリルランはニロケラスの腕をめちゃくちゃに振り回していると、煙幕で真っ白な偵察機からの映像に、妙なものが映っているのを見つける。

 

「ネズミめえええぇぇぇぇ!!!む?」

 

細く、赤い線が一本、そしてその赤い線は銃撃があった方から伸びており、猛スピードで離れていっている。

 

その線の正体は煙幕の中でも正確な射撃をするための照準用レーザーポインタだ。

 

光の波長が長いため、煙幕によってさえぎられないのである。

 

トリルランはそれを見てニヤリと笑う。

 

「ククク・・・間抜けな子ネズミめ、尾が丸見えだ!!」

 

そして彼は、レーザーポインタの光を目印にして蛍達を追いかけ始めた。

 

 伊奈帆達の方では韻子が輸送機を撃ち落とした直後に、伊奈帆にカームから通信が入っていた。

 

「オイ伊奈帆、ダンゴムシの様子が変だ!」

 

「変?どう変なの?」

 

伊奈帆はその時トレーラーに乗っていたため、ニロケラスの様子は見えていなかった。

 

そしてカームや韻子からはニロケラスは見えるが、距離があるためニロケラスの拡声器から発せられる声は聞こえていなかったのである。

 

「何て言うか、ハエでも追い払うみたいに腕を振り回して・・・あ、動きだしたぜ!」

 

ニロケラスは腕を振り回すのをやめ、伊奈帆達の隊とは反対方向に走り始める。

 

この時、避難民のハンヴィーはすでに戦闘区域を抜けてしまったため、ハンヴィーを追っているわけではないし、港とも反対方向だ。

 

伊奈帆達は一端、目的地の河口付近にかかる橋で合流し、方針を話しあう。

 

「ね、ねえ、ここはもう離れていいんじゃない?あいつもよそに行ったし・・・」

 

「なんだよ韻子!お前までビビっちまったのかよ!?」

 

「違うわよ!ただ、深追いして、伊奈帆やアンタ、それにセラムさん達に何かあったらどうすんのよ!?」

 

韻子とカームが口論を始める。

 

そんな中、伊奈帆はカタフラクトの上で、ニロケラスが走っていった方をずっと眺めていた。

 

「ねえ伊奈帆、もうユキさん達も逃げ切ったはずよ?作戦は完了よね?」

 

「いや、まだオコジョの仇を討ってねえ!」

 

二人がリーダーである伊奈帆に判断をあおぐと、伊奈帆は、

 

「・・・追いかけよう。」

 

と、答えた。

 

「ちょっと伊奈帆・・・たしかに、オコジョはアイツに殺されたけど、冷静になって・・・」

 

「大丈夫、僕の考えが正しければ追い付いた時には、ダンゴムシはスクラップになってる。」

 

伊奈帆がそう言った時、海から揚陸挺が一隻、汽笛を鳴らしながら河岸に乗り上げる。

 

「オォイ!!ガキどもおおおぉぉぉ、無事かあああぁぁぁ!!!」

 

鞠戸大尉がそう叫びながら揚陸挺から飛び降り、ユキ姉がそれに続いて降りてくる。

 

二人を見た伊奈帆はカタフラクト、そしてトレーラーから降りて二人を迎える。

 

「界塚弟、蛍・・・宿里は?」

 

鞠戸大尉が伊奈帆にそう尋ねると、伊奈帆は黙ったまま市街地・・・ニロケラスが走っていった方を指した。

 

「え・・・ナオくん、蛍くんは大丈夫って・・・」

 

「案内するから、カタフラクト、乗せてください。」

 

と、ユキ姉に聞かれても伊奈帆は最低限のことしか言わず、鞠戸大尉達は仕方なく三体のカタフラクトと伊奈帆以下四名を揚陸挺に収容して、伊奈帆の言う通りに河を上って市街地に向かう。

 

 

 

こうして伊奈帆達が追う形となったニロケラスはまだ赤い光を追いかけていた。

 

この機体はどんなものでも即座に消滅させてしまうバリアを搭載しているため基本的に障害物を無視して進むことができるが、赤い光もバイクであるため小回りが利き、障害物をものともせずに進んでいく。

 

「ええい、ちょこまかと・・・」

 

トリルランは赤い光を追いながら焦りと苛立ちを浮かべ始めていた。

 

順当に考えればいくら小回りが利く相手でも、ニロケラスは障害物を無視して進めるのだから追いつけるはずだ。

 

しかし、ニロケラスが走っている場所は小さな坂や段差、倉庫のような建物に運動場や公園、工事現場など舗装されていない非整地、それも足をとられるような障害物がゴロゴロ転がっており、トリルランは転倒を怖れて速度を出せないのである。

 

ニロケラスのバリアは何でも吸収、消滅させる反面、接地面である足の裏に張ってはマントルどころか惑星の核まで突き抜けてしまうのでバリアが張られていない。

 

そのため、煙幕で目隠し状態のニロケラスでは先のような足場の影響を多大に受けてしまうのである。

 

「ネズミめ・・・人を小バカにしおってからに!!」

 

しかしこの鬼ごっこは突然終わりを迎える。

 

かなり距離を離されていたのに、赤い光が急に止まったのだ。

 

すぐさま捕まえようと追いすがるトリルランであったが、違和感を感じてニロケラスの足を止めた。

 

レーザーポインタは止まる直前はまっすぐ進んでいたことと、直進し始めたあたりでニロケラスのバリアには何の反応もないところから広い道路を走っていると、トリルランは考えたが、とするとバイクはなぜ止まったのかと考えたのだ。

 

「(待て待て、なぜこやつらは、小銃などで囮を・・・?そもそも、ネズミが奴等を囮にして逃げおおせようとしているであろうに、なぜ自分の居場所をばらす?)」

 

ふと沸いた疑念に、トリルランは思考を巡らせる。

 

「(小銃弾ではニロケラスの鉄壁が無くともかすり傷すら与えられない、いっそ解除して周囲を目視すべきでは・・・)」

 

そう考えたトリルランはバリアを解除しようと、ホログラム式キーボードを呼び出して操作しようとした。

 

しかしその時、またもや拡声器でライエが挑発してくる。

 

『や~い臆病者!バリアが無いと何もできないのか~!悔しかったらバリア解除してみな~!!』

 

これを聞き、トリルランは操作する手を止める。

 

「(そうか、わかったぞ、こやつの浅知恵!我がニロケラスの鉄壁をこちらで解除させるのが目的か!!おそらく、解除した瞬間に煙幕をばらまいた連中が飛びかかると言う算段!!)」

 

彼の中で結論が出た瞬間、ニロケラスはまた動き始める。

 

「ふははははははっ!!!貴様の浅知恵、このトリルランに見抜けぬと思ったか!!!」

 

ニロケラスが拡声器で高笑いしながら赤い光に飛びかかろうとすると、その光は突然、消滅する。

 

「フ・・・今さらムダなことを・・・」

 

トリルランは光が消えた場所めがけて突っ込んでくる。

 

 

 

時間を少し遡り、蛍とライエがニロケラスを挑発し、バイクで逃走を始めたあと、蛍はある場所でバイクを急停止させ、ライエがバイクから飛び降りた。

 

「頼むぜ。」

 

そう言った蛍にライエは首肯して目的地に走り始めると蛍はバイクを旧市街に向けて走らせた。

 

一方、バイクを降りたライエはある場所に向かう。

 

「・・・着いた!」

 

彼女が向かったのは蛍がガソリンを拝借したガソリンスタンドであった。

 

そこに乗り捨てられているタンクローリーに積載されているガソリンを確認する。

 

「(満載・・・スタンドに移す前に逃げたのね。)」

 

確認を終えるとライエはタンクローリーに乗り込み、指示された水路に向かった。

 

その水路は新芦原中を流れる川の、流れを変えて本流に逃がすもので、その中でも比較的大きなものである。

 

水路にタンクローリーを無理やり降ろし、車幅ギリギリの道を走り、目的の場所・・・旧市街の廃墟群を目指し、ライエは疾走する。

 

「(ホントにうまくいくのかしら?)」

 

そう疑問を胸にするライエが目的地に着くと、蛍から持たされていた対カタフラクト地雷を屋根の上に敷設し、発煙筒を焚いて蛍に合図した。

発煙筒の煙は新芦原上空を覆う煙幕と同じ白色で、ニロケラスの無人偵察機のカメラには映らないが、人間の目の高さから見れば地面から立ち上っているのが確認できる。

 

それを見て蛍は発煙筒の煙を目印に走り、ライエの隣にバイクを停めた。

 

彼女は水路にかかる歩行者用の橋の上で待っており、その橋の下にはタンクローリーが水路を斜に渡すように停車され、屋根には対カタフラクト地雷が設置されている。

 

「アイツはどうしてる?」

 

「上々だぁ、ヤロゥ、どこ走ってるのかも気づいてなかったみたいだぜ。」

 

蛍は旧市街に入ってずっと、同じところをぐるぐると回っていただけなのだ。

 

トリルランはそれをレーザーポインタを頼りに追いかけていたため、スイカ割りで目隠しをしてその場で回転した時のように、自分の位置や方向感覚を失っていたためそれに気づかなかったのだ。

 

「・・・来たぜ!」

 

ニロケラスが足元を気にしながらやって来て、いざ水路までの直進に差し掛かると急に足を止めた。

 

「・・・どうしたのかしら?」

 

「あンにゃろぅ、ここまで来てビビりやがったな・・・」

 

「ちょっと、拡声器貸して!!」

 

ライエは言うが早いか、蛍から拡声器を引ったくり、スイッチを入れて、

 

「や~い臆病者!バリアが無いと何もできないのか~!悔しかったらバリア解除してみな~!!」

 

と、ニロケラスを挑発した。

 

「逆に警戒されねぇか?」

 

「賭けよ賭け!ダメなら両手挙げて逃げるだけよ!」

 

ライエがそう言うのを聞いて蛍はあたりを見回す。

 

今までニロケラスは目隠しで走っていたのだから蛍は逃げきれていたのであり、もしバリアを解除して追いかけられてはまず逃げ切れない。

 

そして、逃げ込めそうな場所というと、水路が地下に潜るトンネルだけだ。

 

しかしこのトンネルは地上からは行き止まりになっており、唯一他所へ繋がっている水路も四角い金網のような蓋がされており、蛍ですら開く自信はない。

 

『ふははははははっ!!!貴様らの浅知恵、このトリルランに見抜けぬと思ったか!!!』

 

ニロケラスから高笑いが響き、蛍は逃げ道を探す必要が無くなったことに安堵する。

 

「うへぇ・・・引っ掛かるモンだなぁ・・・」

 

「こういうのは単純な方が上手くいくのよ。さ、行きましょ?」

 

「あぁ・・・ン?」

 

蛍はバイクのアクセルを吹かそうとするが、急にエンジンが止まり、まったく反応しなくなる。

 

「どうかした?」

 

「ヤベェ・・・バッテリーあがってやがる!!」

 

それを聞きライエは顔面蒼白となり、

 

「ど、ど、どうするのよ!?まさか走って逃げるなんて言わないわよね!?」

 

「ったりめぇだ!根性でどうこうなりゃしねぇよ!!」

 

蛍はそう言いながら、先ほど考えていた唯一の逃げ道・・・蓋をかぶせられた水路をにらみつける。

 

「クソが!!」

 

蛍は水路に飛び降り、蓋に手を突っ込む。

 

金属製で、長方形の網のような蓋は人力で持ち上がるような重さではないが、蛍はそれを背筋と足の力まで使って持ち上げる。

 

しかし、網にかけられたのは指だけであるため力がうまく入らず、蓋を足先が入るくらいまで持ち上げるのが限界であった。

 

それを見たライエはアサルトライフルの弾倉を外して弾丸を排出すると、銃床を蓋の下に差し込み、近くに落ちていた瓦礫を土台にしてシーソーのようにする。

 

「手伝う!!」

 

ライエは銃身を両手で押し下げようとするが手の力ではびくともしない。

 

業を煮やした彼女が銃身に座り体重をかけるが、それでも拳二つほどしか蓋は持ち上がらない。

 

だが、蛍にはそれだけで十分であった。

 

「ッ!デカした!!うりゃあああぁぁぁ!!!」

 

蛍は蓋の下に手を入れて、全身のバネを使ってほとんど放り投げるようにしてそれをひっくり返した。

 

蓋がされていたことからわかると思うが、水路は水量が多いため流れが早く、そして深い。

 

「泳げるか?」

 

蛍がライエに確認すると彼女は首を横に振る。

 

「なら、大きく息を吸って止めろ!」

 

蛍の言ったとおりにライエが息を止めると、蛍はライエを抱きかかえて水の中に飛び込んだ。

 

アサルトライフルはライエが座った時にレーザーポインタが壊れ、銃身も曲がってしまったため捨てていく。

 

念のためだが、銃身が曲がったのはライエが重すぎたためではなく、本来想定していない使い方をしたためであることを彼女の名誉のために補足する。

 

二人が水路に飛び込んだ瞬間、ニロケラスは歩行者用の橋を踏み抜き、その下に置かれていたタンクローリーの屋根いっぱいに敷設された対カタフラクト地雷が炸裂して足を破壊されながらタンクローリーに覆い被さるように倒れる。

 

タンクローリーに満載されたガソリンは地雷の爆発そのものでは引火しなかったが、ニロケラスが倒れこんで破壊したタンクローリーから出た火花で着火し、ニロケラスを火だるまにする。

 

火だるまになったニロケラスの中で、トリルランはバリアを再起動しようとしていた。

 

ニロケラスのバリアは転倒した際、地面を消滅させながら惑星の核に向かって落下するのを避けるため、安全装置がかかってバリアそのものが停止する。

 

そして現在、足が破壊されたニロケラスの中で全方位型スクリーンが映す火の海を見て、トリルランはパニックを起こしたのである。

 

人は危険に瀕した際、思わぬ行動を取ることがある。

 

例えばアクセル、ブレーキ踏み間違い事故、あるいは火災現場で非常口をめぐるパニックなど、冷静な思考ができていればたいしたことがないミスが大惨事につながる。

 

トリルランはまさにそうなっていたのだ。

 

足が破壊されたとしても、はってでも炎の中から脱出すればいいのに起動しないバリアを再起動しようとばかりしている。

 

カタフラクトもある程度は耐熱処理をしているが、2000℃を超えるガソリンの燃焼温度で長時間焼かれるなど想定していない。

 

ニロケラスは駆動部や精密機器、そして熱に弱い部品が焼かれ、融解し、コンピューターがアラームを鳴らし続ける。

 

『警告  機体温度危険域です パイロット保護のため脱出装置を起動します』

 

とうとう、ニロケラスは機体が爆発する危険性を察知し、そう警告する。

 

「な!?ま、待て、ここは敵陣の・・・」

 

ど真ん中と言い切るより早く、ニロケラスはトリルランを操縦席ごと排出し、炎上するニロケラスから脱出させると熱に耐えられなくなったニロケラスはとうとう爆散したのであった。

 

 

 

 これが昨日の作戦会議で伊奈帆が話した『もう一つの案』だ。

 

「あのカタフラクトって、どうやって立ってるんだろうか?」

 

蛍がもう一つの案を尋ねると、伊奈帆は皆にそう尋ねた。それにカームが答える。

 

「んなもん、普通に・・・あ、そうか!」

 

「そう、あのバリアを張ってたら、地面を突き抜けてしまう。ならば脚部、最低でも接地面はバリアが無い。」

 

ここまでは普通に考えられる。問題はここからだ。

 

「じゃあ、あのカタフラクトは転倒したらどうなるのかな?」

 

「・・・バリアで地面を消滅させながら地球の中心まで一直線?」

 

韻子が自信無さげに答える。すると伊奈帆は首を横に振って、

 

「さすがにマントルで溶けると思うけど、そうならないための安全装置があると思う・・・たとえば、傾きに応じてバリアの形を変えるとか、バリアをオフにするとかね。」

 

そう言った伊奈帆の言葉で蛍はピンときた。

 

「あンのカタフラクトをスッ転ばそうってワケか!?」

 

と、蛍が言うと伊奈帆はうなずいた。

 

そして伊奈帆は転ばせ方、場所、もしバリアがオフになったとき破壊する手段を話した。

 

破壊する手段は、元はカタフラクトの一斉射撃であったが、それができないため、ガソリンを使った炎の海で代用している。

 

そしてそれがどれだけ危険であったかは、今蛍が水路から見上げる光景が如実に物語っている。

 

「(半分成功ってとこかぁ?ガソリン多すぎたな・・・)」

 

水流に乗ってタンクローリーを離れた蛍たちであったが、オレンジ色の炎が水面を撫でていくのを水中から眺め、蛍は心の中で舌打ちする。

 

蛍の予想では水路の上はそれほどひどく炎上しないと考えていたが、実際には水路が地下に潜るトンネルの中まで炎が燃え広がっており、かなり奥まで泳ぐ必要がある。

 

しかし彼は今、左腕でライエを抱えており、さらに彼女は蛍にギュッと力強く抱きついているためうまく泳げない。

 

やむを得ず水流に乗って、壁面に捕まれそうなところを探りながら炎を逃れている。

 

「(あと少し・・・?おい、どうした?おい、アリアーシュ!?)」

 

まだ炎が水面を照らしているというのにライエが急に蛍の腕を振りほどこうとし始めたのだ。

 

今、水面に顔を出せば間違いなく大火傷だ。

 

「(バカ!!よせ!!)」

 

蛍は視界が悪い中、一つの結論に至る。

 

ライエは息切れしているのだ。

 

通常、何もせずに人間が潜水する場合、50秒が限界だと言う。

 

だが、動いていた場合や、泳げないことから来るプレッシャーによって過剰に酸素が使われればこの時間は著しく短くなる。

 

30秒がいいところであろう。

 

対して蛍は意識を保てる限界いっぱいで90秒は潜ることができるため、ライエが息を止めていられる時間を失念していたのだ。

 

彼女はすでにまともな判断ができる状態ではなく、失禁、チアノーゼなど、意識が途切れる兆候が現れている。

 

「(クソッ!!このままじゃ俺まで・・・仕方ねぇ!)」

 

蛍は暴れるライエの頬を左手で押さえ、手探り・・・否、口探りでライエの唇を探す。

 

ライエは死に物狂いで水面を目指していたため頬をなめる触感に気付かず、それに気付いたのは蛍の口が彼女の口をふさいだ時であった。

 

密封されたライエの口の中に蛍が吐き出した呼気が注がれ、途切れかけた意識が戻ってくる。

 

ライエの意識が戻った時、今度は肺の中の空気を全てライエに渡した蛍の意識が遠のき、しっかり掴んでいた水中のはしごを手放し、二人は急流に流されていく。

 

 

 

「プハッ!!」

 

流されたのが結果的に二人の命をつなぐこととなった。

 

蛍はライエを抱えたまま流され、水面に顔を出して肺に新たな空気を送り込んだライエは、流れが緩やかになったところで水から上がるはしごにつかまり、蛍の頬を叩く。

 

「しっかり・・・しっかりしなさいよ、バカ!!」

 

いくら意識を取り戻したとはいえ、ライエの力では90キロ近い蛍を水から引き上げることなど不可能だ。

 

「・・・さっきの借りを返すだけだからね・・・」

 

少しためらいながらライエは、蛍が聞いていないのはわかった上で、自分に言い聞かせるように呟くと蛍に口づけし、息を吹き込んだ。

 

強制的に肺へ空気を送り込まれた蛍は反射的に空気を吐き出し、一緒に吐き出した水をライエの顔に吐きかける。

 

「ゲホッゴホッ!!」

 

「・・・ここ、つかんで上にあがって。」

 

少し不快感を顔に出したあと、ライエはそう言って蛍を水からあがらせ、コンクリートの上に仰向けに倒れた蛍の横で、彼の方を向いて横になる。

 

「・・・生きてる?」

 

ライエがそう尋ねると蛍は横目でライエを見て、

 

「・・・死ンでっかもなぁ・・・女神サマが見えるぜ・・・」

 

「バカ言う元気があるなら、大丈夫ね。」

 

二人は軽口を叩き合いながら、意識がしっかりするのを待っていると、上の方で爆発音が聞こえたあと、少しして何かが地面に落ちた音が聞こえた。

 

「・・・行くか?」

 

「ええ、早くしないと逃げられるわ。」

 

二人はそう言って立ち上がり、近くのマンホールから地上に出た。

 

ニロケラスの爆散は伊奈帆達が乗る揚陸挺からも見え、伊奈帆は呟く。

 

「やっぱり・・・」

 

これを見たユキ姉は、

 

「あの方角、ナオくんが却下した作戦の・・・」

 

と、確認するように尋ねるが伊奈帆は何も答えない。

 

「すごい音したけど・・・うわぁ・・・」

 

韻子がカタフラクトを乗せたデッキに上がると、もくもくと立ち上る黒煙と炎に絶句する。

 

「旧市街の廃墟群なのがせめてもの救いかぁ?」

 

韻子を追うように出てきた鞠戸は、入れ違いに中へ入ろうとした伊奈帆を捕まえる。

 

「なぁ、界塚弟よぉ、そろそろ話しちゃあくれねぇか?な・に・が・あ・っ・た?」

 

かなり強い調子で鞠戸大尉に聞かれた伊奈帆は『却下した作戦』の全貌を鞠戸大尉に話した。

 

煙幕を撒いた後、照準用レーザーとバイクで囮が旧市街まで誘導し、地雷で足を壊しカタフラクトの一斉砲火を浴びせる予定だったが、炎や煙の上がり方からして大量のガソリンで代用したらしいのも含めて全て、危険きわまりない作戦を。

 

鞠戸大尉は一部始終を聞いて伊奈帆の胸ぐらをつかむ。

 

「テメェ、そりゃほた・・・宿里に死ねって言ってるようなもんじゃねぇか!?」

 

「大尉、暴力はいけませんよ、暴力は!!」

 

「き、教官、やめてください、伊奈帆は却下したのを蛍が勝手にやった・・・」

 

ユキ姉と韻子が間に入って鞠戸大尉を止めようとしたが、伊奈帆は二人を静止する。

 

「いいんだ、僕があんなこと言ったせいで蛍はこんなことしたんだ。止められなかった責任は僕にある。」

 

殴られそうだというのに冷静な伊奈帆に、鞠戸大尉は冷静さを取り戻して手をはなし、

 

「説教はあのクソガキと一緒にだ。」

 

そう言って鞠戸大尉は揚陸挺に入り、残された三人は爆炎を見やる。

 

 

 

 少しして近くの川岸に揚陸挺を止めると、伊奈帆、韻子、鞠戸大尉はカタフラクトに乗りカームがハンヴィーにユキ姉、セラム、エデルリッゾを乗せて炎の方に向かう。

 

カタフラクトに乗っていくのは、万一ニロケラスがまだ動いていたときの保険である。

 

「見えたか!?」

 

ハンヴィーからカームが通信で伊奈帆に尋ねると、

 

「見えた、ダンゴムシは動く気配がない。」

 

と、伊奈帆が返答する。伊奈帆達がニロケラスのもとにたどり着くと鞠戸大尉が、

 

「ひでぇな・・・とにかく、消火だ!」

 

と言って、カタフラクトに積んでいた消火剤を三機がかりでまく。

 

この消火剤は石油施設などが燃えているのを想定しているため、ガソリンが燃えていてもすぐに火は小さくなり、黒焦げになったニロケラスがあらわになった。

 

「ちょ、ちょっと!あの黒焦げのバイク、蛍のじゃない!?」

 

韻子がカタフラクトで指差した先には、蛍が盗んできた大型バイクが転がっていた。

 

「あ?アイツにバイクなんざ買い与えてねぇけど・・・」

 

「新芦原に乗り捨ててたのを勝手に乗ってたみたいですよ。」

 

「アイツは・・・まあ、非常時っちゃあ非常時だがよ・・・」

 

鞠戸大尉と話しながら伊奈帆は、ニロケラスの残骸から何かが打ち出された痕跡を見つけて、

 

「・・・パイロットは脱出したようです。蛍のついでにこっちも探しましょう。」

 

と、皆に伝える。その時、ハンヴィーから周囲を見ていたセラムから通信が入る。

 

「見つけました、十時方向です。」

 

その方向はカタフラクトからは建物が邪魔で見えにくく、伊奈帆は覗きこむようにしてハンヴィーと目線の高さを合わせると、ニロケラスの操縦席と思われる、人が何人か入れそうな金属製のボールが転がっていた。

 

そしてその前に男が一人立っている。

 

「いました、蛍です。」

 

伊奈帆がそう言うと、鞠戸大尉はカタフラクトを降りて走っていき、伊奈帆、韻子も同じようにカタフラクトを降りて鞠戸を追う。

 

「蛍、無事だったか!?って、お前は・・・」

 

「きゃ!?ア、アンタ服くらい着なさいよ!!」

 

三人が蛍の近くまで来ると、鞠戸大尉はあきれ、韻子は小さく悲鳴をあげる。蛍は上半身裸、制服のズボンだけで三人を迎えたのだ。

 

「制服、どうしたの?」

 

伊奈帆は自分のブレザーを蛍に着せながらそう尋ねる。

 

彼の髪は濡れており、ズボンはだいぶ乾いてはいるが、やはり少し湿っている。

 

そして何より、蛍はやせ我慢しているが唇は紫に変色し、体は小刻みに震えている。

 

「まあ、ちょっとな・・・あの向こう、網文だけで行ってくれねぇか?」

 

そう言って指差した先で、瓦礫の影で焚き火をたいているのか、小さな煙が上がっており、瓦礫には女物のTシャツにホットパンツ、白いブラジャーがかかっている。

 

韻子が『もしや』と思いながら瓦礫の横から覗きこむと、そこにはライエがカタカタと震えながら焚き火にあたっていた。

 

「あ・・・あなた・・・たしか、昨日の・・・」

 

ライエは韻子の方を向き、やっとの思いで声を出す。

 

彼女は蛍から借りたブレザーの上着と、その裾から見える白いショーツ以外、何も身に付けていない。

 

焚き火に使っている一斗缶の中で燃えているのは彼女が着ていたパーカーと蛍のワイシャツだ。

 

「ちょ、ちょっと待っててね?」

 

韻子はダッシュで伊奈帆達の元へ戻り、

 

「男子立ち入り禁止だかんね!!」

 

と言ったあと、ちょうど到着したカームのハンヴィーに駆け込んだ。

 

それを見て鞠戸大尉は、

 

「んだ、ありゃ?」

 

と、呟く。

 

「アリアーシュ・・・昨日、界塚教官が助けた女が半裸で。俺とこのクソ寒ィ中、寒中水泳やったモンですからねぇ。」

 

蛍がそう言って説明する後ろで、韻子、ユキ姉、セラム、エデルリッゾが毛布を持ってライエの方に向かっている。

 

「そういやぁ、コイツ・・・ダンゴムシのパイロット、見つけたンっすよ。」

 

報告を続ける蛍は、建物の裏に伊奈帆と鞠戸大尉を連れていく。

 

「う!?」

 

「これは・・・」

 

そこには、ヴァース帝国軌道騎士の軍服を着た男が座り込んでいた。

 

左足を後ろから、右足を前から撃たれ、右手の指は親指と小指を残してちぎれ飛び、額・・・正確には右眉の上に銃創、そして両目は光を失って虚空をにらみ、顔は憎悪で醜く歪んで絶命している。

 

伊奈帆達が蛍について建物の裏に回ったのを見た韻子達女子と、ハンヴィーから様子を見ていたカームが不審に思い伊奈帆達についてくる。

 

「どうしたの?・・・ヒイッ!?」

 

「う、うわああぁぁ!!」

 

「み、見ちゃだめ!!」

 

韻子、カームは悲鳴をあげ、ユキ姉はセラム、エデルリッゾが死体を見ないように遠ざける。

 

そして毛布を掛けられたライエはまた、身体を震わせていた。

 

「脱出したのが見えてなぁ、逃げっから、コイツで足を撃って捕まぇたンだ。」

 

蛍は説明しながら、ホルスタに入れたガバメントを叩く。

 

「ンでコイツ、俺にピストル向けてきたから、手ぇ撃ったわけだ。」

 

近くにピストルが落ちており、指が飛んだときの血が少し付着している。

 

そのピストルは地球では生産されていない型の銃で、火星パイロット・・・トリルランの物で間違いない。

 

「それで観念したと思って油断したんだ、ヤロゥ、俺が目ぇ離したスキに自殺しやがった!」

 

心底悔しそうに蛍がそう言うのを 聞きながら、伊奈帆はトリルランの銃創と左手を見る。

 

左手は血がベッタリと付着してまだ乾いておらず、銃創にはあるはずのものがない。

 

「伊奈帆さん、よろしいですか?」

 

死体を調べていた伊奈帆の横にセラムが座りこむ。

 

どうやらユキ姉の制止を振り切ってきたようだ。

 

セラムは座ったまま死んでいるトリルランを横たえさせ、両手を胸の上で組ませて目を閉じさせ、表情を穏やかなものにさせる。

 

そうすると、彼女は死体の前で手を組み、トリルランへ祈りを捧げ始める。

 

「セラムさん、いいの?この人は多分・・・」

 

「わかっています・・・ですが、亡くなったからには皆、平等です。善人も、悪人も、火星も、地球も、皇帝も、平民もなく・・・」

 

セラムが伊奈帆にそう答えると、伊奈帆は簡単にだがトリルランに手を合わせ、蛍を追求する鞠戸大尉のところへ向かう。

 

「なぁ、蛍よぉ、何でこんな危ねぇマネしやがったんだ、あぁ?」

 

「ンだよ、テメェにゃ関係ねぇだろ?」

 

二人は今にも殴り合いをしかねない雰囲気だ。

 

「界塚弟から聞いたぜ?作戦無視してやらかしたってなぁ?」

 

「結果オーライだろ?事実、ヤロゥは俺がヤッたんだからよぉ?」

 

「テメェ!!」

 

鞠戸大尉は拳を握り、振り上げるがそこで止まってしまい、蛍は鞠戸大尉を、

 

「殴ンのか?やれよ、ほら!!」

 

と、両手を開いて挑発するのを、カーム、エデルリッゾは怯えながら、ユキ姉は何もできない無力感をかみしめながら見ている。

 

この空気を切り裂くように乾いた音が響いた。伊奈帆が蛍を平手打ちしたのだ。

 

「・・・ぁにすんだよ?」

 

「蛍、君が突出したのは僕があの作戦を話したから・・・迂闊だったよ。でも、ユキ姉がつれてきた子・・・ライエさんを巻き込んだのはどうして?」

 

伊奈帆が淡々と蛍を追求すると蛍は目をそらした。

 

「人手が欲しかったんだよ・・・」

 

「あのくらい、一人で準備できると思う。」

 

「じ、時間をかけたくなかったんだよ!!」

 

「一番時間がかかるのは移動だけど、君一人の方が早いんじゃない?」

 

蛍は弁明するが、伊奈帆の追求は止まない。蛍は嘘を並べているのだから当然の話だ。

 

彼はただ、一人でやるのが怖かったのだ。共犯感覚というのだが、いわゆる『みんなやってるんだからいいじゃないか』『赤信号、みんなで渡れば怖くない』のたぐいである。

 

「・・・もうやめて・・・」

 

伊奈帆の追求を消え入りそうな声が遮る。

 

「いいの・・・もう、庇ってくれなくても・・・」

 

声の主は毛布をかけられてもいまだに震えているライエであった。

 

「バ・・・よせ!」

 

「私が連れて行ってって頼んだの。そうしないと他の人にバラすって。」

 

「・・・はぁ?」

 

ライエの弁解を聞いて呆ける蛍に伊奈帆は、

 

「ホント?」

 

と、尋ねる。

 

「あ、あぁ、バラされちゃあ絶対止められるって思ってな・・・」

 

動揺する素振りを見せながら蛍が答えると、伊奈帆は追求をやめ、鞠戸大尉が手を叩きながら二人の肩を捕まえる。

 

「じゃあ、お説教といくかぁ?」

 

伊奈帆も蛍も目をそらすが、無理やり目線を合わされ、まずは伊奈帆を諭す。

 

「いいかぁ?行ったきりの特攻、鉄砲玉になるようじゃあ作戦とはいわねぇ。立てて、口に出すときには理屈の上だけでも『必ず生還できる』って言え。そうじゃねぇもんを『やらねぇ』としても、口に出すのはゲスがやることだ。わかったな?」

 

「・・・はい。」

 

伊奈帆はいつも通り無表情だが、付き合いが深い蛍、韻子、ユキ姉は声で、至近距離で目を合わせている鞠戸は、伊奈帆の目尻に浮かぶ、流れるほどもない涙で泣いているのを気取る。

 

「宿里、お前には確かに色々と仕込んだ。けどよぉ、そいつは誰かを殺すためのモンでもなけりゃ、英雄になるためのモンでもねぇ、テメェの身を守るためのモンだ。」

 

「・・・あぁ。」

 

蛍は伊奈帆とは逆にふてくされた返事をし、鞠戸大尉は奥歯を噛みしめるが、

 

「わかってんならいぃ。さ、出るぞ。」

 

と言って二人を解放した。

 

ちょうどセラムも祈りを捧げ終えて、皆がハンヴィーに向かおうとするが、ライエは逆に走り、蛍に抱きつく。

 

「あらあらぁ?蛍くんってばすみに置けないわねぇ?」

 

「ちょ!?公共の場でアンタ、何やってんのよ!?」

 

ユキ姉がはやし立て、韻子は蛍達を咎める。

 

「違ぇよ!!アリアーシュ、お前も何やって・・・」

 

「さっきので貸し借りゼロだからね。」

 

引き剥がそうとする蛍に、ライエは他の者に聞こえぬよう小声でそう言った。

 

蛍は耳打ちで返そうとするが、伊奈帆の視線に気づいて耳打ちをやめ、彼女の頭を撫でながら、

 

「あぁ、やっぱ怖かったよなぁ、悪かったな、こんな目にあわせちまってよぉ。」

 

と、あやすふりをしてごまかし、寄り添うようにしてハンヴィーに乗り込んだ。

 

 

 

 公式記録にも残らないような局地戦である上に、実質民間人によるゲリラ戦であったが、この戦闘が第一次も含む星間戦争において、地球側がヴァース帝国カタフラクトを撃破した初めての戦闘になったのであった。




とりあえず一括りです。


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第四話 襲撃 二刀流カタフラクト『アルギュレ』

伊奈帆達が救助に来た揚陸挺に収容され沖に出ると、揚陸挺内に警報が鳴り響く。

 

「何事です!?」

 

「新芦原上空に高熱源体多数、軌道上からの隕石爆撃と思われます!!」

 

船長席に座るマグバレッジ大佐に伊奈帆達の高校の先輩、詰城が答えると、新芦原に無数の隕石が降り注いだ。

 

この隕石はかつての戦争で砕けた月によって構成されるサテライトベルトの中でも重金属成分を多く含む物を選んで地球へ落とすという、ヴァース帝国がかつて交渉材料の一つとして考案した戦略爆撃『隕石爆撃』によるものである。

 

これは爆薬など使わずとも、少しサテライトベルトに手を加えるだけで東京やワシントン、ニューヨークのような一大都市を灰塵に帰すような効果が得られるため、15年前、ヴァース帝国はこれを停戦、休戦交渉に大いに利用した。

 

そんな爆撃が新芦原に対して行われたのだ。

 

復興中の田舎町など、跡形もなく地図から消え去ってしまう。

 

そんな様子を、ブリッジにいた者は映像で、デッキにいた者は肉眼で、往年のパニック映画のような光景を目の当たりにする。

 

「俺達の町が・・・」

 

デッキで、新芦原が消滅するのを直に見たカームがそう呟く。

 

普段はありがたみなど感じないものは、失ったときにどれだけ尊いものであったかがわかるものだ。

 

「・・・ひどい、ここまでするなんて・・・」

 

新芦原に住んでいたわけではないセラムですらこう言うほど、隕石爆撃は徹底した破壊である。

 

「やつら、何が目的で?」

 

こんな中でも、伊奈帆は冷静に敵の目的を考える。

 

「示威目的じゃないのですか?」

 

伊奈帆の隣にいたエデルリッゾが彼にそう尋ねる。

 

「それならもうとっくにやってるよ。揚陸城だっけ?軌道騎士が地球に降下するのに使ったやつ、あれで十分だ。それに、示威行動なら、こんな田舎町にはやらない。」

 

そう言うと、エデルリッゾを伊奈帆と挟むように立っていたセラムが不安そうにする。

 

「もしかして・・・」

 

「それはない。」

 

何かを言いかけたセラムを、伊奈帆は遮るように、

 

「君の仮説・・・王女様が生きてるっていうのが本当だとして、パレードの時にあそこまで念入りにやったのに、今さら隕石爆撃なんてだめ押し、何の確証もないのにする意味がない。」

 

と、彼女が伊奈帆に出会った時に話した『アセイラム皇女生存説』・・・『パレードで爆殺されたアセイラム皇女は影武者で、本物は生きている』ということにもとづく予想を否定した。

 

「ですから、何か確証があったのでは?」

 

「確証っていうと、生きてる皇女様を見たとか?残念ながら、僕はミサイルに吹き飛ばされた皇女様を見たっきりだよ?」

 

伊奈帆はそう言って『生存説』自体を否定し、

 

「それと、誰が聞いてるかわからないから、滅多なことは言わないように。」

 

と、セラムに釘をさして船内に戻っていく。

 

「キイィ!あの無礼者、ベーッ!」

 

残された二人のうち、エデルリッゾが伊奈帆の背に向けて舌を出し、いわゆる『アカンベー』をすると、セラムは

 

「おやめなさい、エデルリッゾ。今のはわたくしが迂闊でしたわ。」

 

と言って、エデルリッゾをたしなめる。

 

「しかしひめさ・・・セラムお姉ちゃん、彼は・・・」

 

「あの方はわたくしを庇ってあのように申されたのですから、わかってあげなさいね?」

 

「・・・おおせの、ととっ、うん、わかったわ、お姉ちゃん!」

 

エデルリッゾは少し納得していないが、セラムにそう言って腕をからめ、二人で船内に戻っていく。

 

 

 

 その頃、揚陸艇の中で着替えていた蛍とライエは警報に驚いて廊下に転がり出てきた。

 

「敵襲か!?」

 

「わかんない、外・・・いえ、艦橋!!」

 

二人はそう話して艦橋に走っていく。

 

「敵か!?」

 

艦橋に駆け込んだ蛍がそう叫ぶと、

 

「艦橋ではお静かに。それと、民間人は立ち入り禁止ですよ。」

 

と、マグバレッジ大佐が二人にそう注意する。

 

芦原高校の生徒は非常時には軍属扱いされるが、蛍は警報に驚いて来たため上着は着ておらず、雑に着たシャツには芦原高校の生徒であることを示すワッペンも腕章も無い。

 

これでは民間人と間違われても仕方がない。

 

「あ、大丈夫っすよ、そいつ、ウチの一年っす!」

 

蛍は覚えていないが、新芦原事件の日にパレードの交通整理で一緒になった生徒会の祭陽先輩が蛍を指してそう言った。

 

蛍は祭陽先輩に礼を言うと、ライエを外に待たせて、操舵手席に見知った後ろ姿を見つけ、歩み寄る。

 

「網文、クライン、こいつぁ、何があったんだ?」

 

「隕石爆撃だってさ・・・」

 

韻子がしおらしく答え、

 

「新芦原・・・無くなっちゃったよぉ・・・」

 

と、今にも泣き出しそうな声でニーナが伝える。

 

「・・・そっか・・・」

 

蛍は新芦原に住んでまだ二年ほどしか経っていないが、普通ならそれでも住んでいた町が跡形もなく消し飛ばされたなどというのは悲しみや怒りがこみ上げてくるものだ。

 

しかし、彼が感じたのはそれとは別の感情で、その感情はオコジョの死を伝えられた時にも感じており、蛍は激しく動揺する。

 

それを気取られぬように蛍は二人から目線を反らして進行方向を見ると、偶然見た光景によって、蛍は動揺が一瞬で吹き飛んでしまった。

 

「・・・クライン、前、前!!」

 

ニーナが操舵から注意を背けていたせいで揚陸艇は瓦礫に向かって突っ込もうとしていたのである。

 

「み、右、右!?左、右!?左!?左、右!?」

 

「俺に聞くな!!」

 

取り乱すニーナと蛍の後ろからマグバレッジ大佐が冷静に、

 

「船体、急速排気。」

 

と命令した。

 

揚陸艇はいわゆるホバークラフトで、ニーナは言われた通りに揚陸艇のエアクッションがため込む空気を減らし、船体を下げて瓦礫の下をくぐらせて、元に戻す。

 

この時、かなり荒く操船したため韻子はバランスを崩して蛍に抱きつくようにぶつかり、蛍もたたらを踏む。

 

「あ、ゴメン!」

 

「かまわねぇよ。それとクライン、頼むから前だけは見ててくれヨォ・・・」

 

「ごめん・・・」

 

ニーナは前を見たまま蛍に謝る。

 

それを聞いて蛍は、あらためて先ほどから指揮を執っているマグバレッジ大佐を見る。

 

青を基調とする地球連合軍海軍士官服に、大佐の襟章、ブロンドのセミロングにキリッとした顔立ちは20代中盤の『お姉さん』とは思えない貫禄を醸し出している。

 

蛍は彼女に敬礼し、艦橋を出た。

 

「今の子が件の息子さんですか?()()()()()息子さんですね、大尉。」

 

「・・・その口ぶり、わかんのか?」

 

「ええ、下心がある人間というのは、得てしてわかりやすいものなのですよ。」

 

 

 

 一方、外に出た蛍は壁を背にたたずむライエに、

 

「結局、何だったの?」

 

と、聞かれる。

 

彼女は蛍と違い、揚陸艇に積まれていた支援物資の中に、以前着ていたものと似たような服を選んできちんと着ているが、芦原高校の生徒でないため、完全に民間人扱いであるのだ。

 

「隕石爆撃だってよ。あんなモンやられちゃあ、新芦原は更地だ。」

 

そう答えた蛍に、ライエは違和感を感じる。

 

「あなた、なんか嬉しそうね。」

 

「ハァ!?何言ってンだ、こちとら、ハラワタ煮えくり返ってんのによ!」

 

「まあ、それならそれでいいけど。それより、これからどうなるのかしら?」

 

ライエが話題を変えてそう尋ねる。

 

「これから?まあ、連合海軍基地まで行って、それからフェリー・・・は、もうねぇだろうから、海軍の艦隊と合流するんじゃねぇの?」

 

「・・・そう・・・」

 

「ん?お前もなんかうれしそうじゃねぇ?」

 

「え?だって軍艦なら、やつらも手出しできないでしょ?」

 

「そうかぁ?」

 

蛍はライエと芦原高校で話したことを思い出す。彼女は『地球のカタフラクトは火星のカタフラクトに敵わない』と考えている。

 

『海の上までカタフラクトを持ち出すわけがない』ならばわかるが、『軍艦に乗れば大丈夫』とは考えないだろう。

 

そんな話をしていると、通路の角で伊奈帆と鉢合わせる。

 

「あ・・・蛍、よかった、探してたんだ。」

 

「オゥ、ナオの字、ん?例の北欧系の嬢ちゃん達は?」

 

「二人ともキャビンで休んでる。それと、二人っきりで話したい。」

 

伊奈帆はそう言いながらライエを見る。

 

「んだ?もう鞍替えか?」

 

「いや、キミと話したいんだけど?」

 

「ははぁ・・・なぁ、アリアーシュ、わりぃけど先にキャビンに行ってくれねぇか?」

 

蛍にそう言われたライエは首をかしげる。

 

「・・・どうして?」

 

「ったく、そこまでガキでもねぇだろ?アレでナニな話だからだよ。」

 

「ッ!!!サイッテ~!」

 

赤面して走っていくライエを見送り、蛍は安堵の息をついて

 

「・・・アリアーシュのことか?」

 

と、伊奈帆に尋ねる。

 

「うん。一緒にいて何かわかった?」

 

「正直、わかんねぇ。ただ、アイツは敵じゃねぇってのは確かだ。」

 

「どうして?」

 

「まぁ、お前は『甘い』とか、『信用させるための布石』とか言うかもしれねぇけどよぉ、もしアイツが火星側の人間なら、俺は今、ここにいねぇよ。」

 

蛍はかぶりを振ってそう答える。

 

「そこまで言わないよ。まあ、彼女が何か隠しているのは間違いないと思うけど、それで敵になるわけじゃないっていうのは確かかな?」

 

伊奈帆はそう言って蛍と別れ、キャビンに向かった。

 

一方蛍は伊奈帆と別れたあと、デッキに出て陸・・・新芦原の方を見る。直接見れば、もしかすると悲しみや怒りがこみ上げてくるかと思ったのだが、やはり悲しみや怒りよりも『別な感情』ばかり湧いてくる。

 

「(クソッ!やっぱりかよ!!)」

 

『別な感情』を抱く自分に苛立った蛍は近くにあったハンヴィーを思いきり殴った。

 

じわっと拳から痛みが広がり、耐え難い激痛となる。

 

「いってええぇ・・・」

 

叫びそうになるのをこらえてうずくまる蛍に、デッキに出てきた者が声をかける。

 

「なぁにやってんだ、オメェ?」

 

「ンでもねぇよ、オッサン・・・!!」

 

蛍はその男・・・鞠戸大尉に背を向けたままそう答えた。

 

「何でもなくて装甲車殴るヤツがいるか?力になれるかもしれねぇから話してみ?」

 

「なんでもねぇって言ってんだろ!!」

 

そう言って蛍は鞠戸大尉を振りきって船内に駆け込んだ。

 

通路を振り返らず走って船倉に向かっていると、ニーナと鉢合わせる。

 

「蛍くん、走ったら危ないよ~?」

 

「クライン、オメェ、操船は?」

 

「艦長さんから、休憩するよ~にって。さっきまで韻子たちと一緒にいたけど、みんな寝ちゃってね~」

 

そう言ったニーナは目の下には濃いクマを作り、顔は憔悴しきっている。

 

『強制的な休憩』を言い渡されたのも無理はないだろう。

 

「お前は寝ねぇのか?」

 

「うん・・・」

 

「無理にでも寝ておけ。こっから先、休める時なんてザラだぜ?」

 

「うん・・・あい・・・がと・・・」

 

話している途中でニーナは糸が切れた人形のように力無く倒れ、蛍はそれを受け止める。これは眠るというより気絶だ。

 

「ったく・・・ムチャしやがって・・・」

 

蛍はそう呟き、起こしても悪いと考えて、近くの鍵がかかっていなかった部屋に入り、ニーナを横たえさせる。

 

入った部屋は偶然にも蛍が着替えるのに使った部屋で、着るのを忘れていた上着と、エマージェンシーシートが床に散らばっている。

 

シートはすでに避難民全員に配られているため、これらは余りだ。

 

「一枚、借りますぜ。」

 

誰にというわけでなく蛍は許可を取り、ニーナをシートでくるむようにして、シートからはみ出した肩のあたりに上着をかけ、自分の膝を枕にさせて寝かせると、彼自身は壁を背にして座り、目を閉じる。

 

何かあったときにニーナをすぐ起こせるよう完全に眠ってしまわないようにするのもさることながら、これは蛍なりのニーナへの労いの情からこうしたのである。

 

船の中は静かなものであった。

 

九死に一生を得た避難民は疲労もあって皆、眠っている。

 

船倉、船室に響くのは船のエンジンの駆動音だけで、蛍もうつらうつらと眠りそうになっていた。

 

そんな時、ニーナが膝の上でモゾモゾと動き、それに気付いた蛍は目を覚ます。

 

「ン?目ぇ覚めたか?」

 

「・・・ゃあ・・・イヤアアアァァァ!!!」

 

「ッデ!?」

 

ニーナが悲鳴と共に跳ね起き、彼女の額が蛍のあごにぶつかり、蛍の頭の中に星が舞う。

 

「・・・え?あれ?ここは?」

 

「オォ・・・ナイスヘッドバットだぜェ、クライン・・・」

 

「ほ、蛍くん!?どうして!?あれ!?」

 

混乱するニーナに、蛍はニーナが通路で気を失ってからのことを話すと、彼女は意識が飛ぶ直前のことを思い出し、赤面する。

 

「えっと・・・ありがと。」

 

「・・・礼を言うのは俺の方だよ。」

 

「も~!頭突きしたのは謝るから~!」

 

「そうじゃねぇよ!・・・俺たちのこと、助けに来てくれたろ?それも、一睡もしねぇでよ。」

 

そう言って蛍は自分の目元を指し、ニーナはそれを見て手鏡を取り出す。

 

鏡に写った彼女の目元には濃いクマが浮かんでいた。

 

「あ~、もう二日は寝てないからね~」

 

ニーナは苦笑いしながら手鏡を閉じる。

 

「二日ってぇと、パレードの日からか?まあ、あんなモン見ちまったら眠れねぇのもわかるけどよ・・・」

 

「違うの・・・」

 

そう言ったニーナはいつもの明るさなど微塵も感じさせぬほど落ち込んだ。

 

「わたしね、あの時、死んだ人たち見て、『自分じゃなくてよかった』って思っちゃったの・・・そんなこと考えてるわたしに気付いたら・・・」

 

「よせ、あんまり考えると体に障るぞ。」

 

蛍はニーナの頬を軽く叩き、ニーナの思考を中断させる。

 

「・・・オメェは十分優しいよ。」

 

「どうして・・・わたしは・・・」

 

「あんなモン見たんだ、『自分が死ななくてよかった』なんざぁ誰でも考えるだろ。それをスルーしねぇで受け止めてんだ、十分だろ?」

 

そう言われたニーナが涙ながらに蛍を見上げると、蛍は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「それに、ホントに血も涙もねぇヤツってぇのは、人死にを喜ぶようなヤツだ。そういうヤツラは大事なモン亡くしても、『ケンカ上等だゴラァ!!』とばかりに殴りかかっていくぜ。『カタキ取る』じゃなく、ただ『ケンカ』のためにな。お前はそうじゃねえだろ?」

 

蛍の言葉に、ニーナはうなずく。

 

「なら、誰かがお前を悪く言いやがったら、俺が殴ってでも黙らせる。それがお前だろうとよ。」

 

「・・・蛍くんって、けっこう話すタイプだったんだね。」

 

ニーナは意外そうにそう呟いた。

 

「そうか?普通だろ?」

 

「気づいてないの?蛍くん、ほとんどいっつも伊奈帆くんとしか話してないんだよ?」

 

「ンなこたぁ・・・」

 

言いかけて蛍は思案する。

 

たしかに、ニーナの言うように伊奈帆以外とは最低限しか話していないのである。

 

その事は言われて気付いたというのではなく、気付かないふりをしていたのだ。

 

どこかで韻子やニーナ、カーム、死んだオコジョと壁を感じていたが、意識しないようにしていたのである。

 

「そういや、そうかもな。」

 

「でしょ?わたしも、みんなも、友達なんだからさ、遠慮なんかしないでいいんだよ。」

 

「わぁった、そうすっよ。・・・次のシフトはいつだ?」

 

「着くまで休憩だって。」

 

「だったら寝てな。何かあったら起こしてやるから。」

 

少し不安そうにするニーナだったが、やはり疲労もピークだったのであろう、蛍の膝を枕にして、

 

「ん・・・ありがと、おやすみ~」

 

と、言うが早いか眠ってしまった。

 

「いや、船倉に移れって、もう寝てるしよ・・・」

 

蛍はそう言って壁を背にして目を閉じる。

 

二人は韻子に見つかって叱られるまでそうやって眠っていたのであった。

 

 

 

 基地に到着すると、残存していた連合軍は撤収準備に入っていた。

 

すでに本隊は撤収を完了しており、残っていたのは基地を破壊し、逃げ遅れた民間人達を護衛、誘導するための部隊だけである。

 

鞠戸大尉、マグバレッジ大佐が残存部隊の隊長から報告を受けている間、伊奈帆達はマグバレッジ大佐から指示を受け、基地に残されていた物資を揚陸艇に運び込んでいく。

 

 

「レーション、ここ置いとくよ~?」

 

ニーナがレーションの入った箱を下ろすと、ズシッと重そうな音がする。

 

カームもまた別の箱を運んできて下ろすと、似たような音がする。

 

「しっかしカームってば教練サボってばっかだったのに意外ね~?」

 

韻子がフォークリフトを近くに停めてカームにそう言うと、カームは苦笑いしながら答える。

 

「まあな、今は火星人と戦うなら、何だってやるさ!・・・ところで、蛍のヤツ、どこでサボってやがんだ?」

 

「・・・っと、蛍だったら軍の人と一緒に行ったよ。多分、基地の爆破処理を手伝ってるんじゃないかな?」

 

揚陸艇に積み込みをして戻ってきた伊奈帆がカームに答える。

 

「爆破!?」

 

韻子達三人が同時に伊奈帆に聞き返す。

 

「シッ!声が大きい。あくまで予測だよ。基地をそのまま残しておくくらいなら、ブービートラップでも仕掛けておくかもってだけ。」

 

「ん~、そうだとしても~、一言くらい欲しかったな~」

 

「蛍も急に頼まれたみたいだったからね。僕から、みんなには『ゴメン』ってさ。」

 

それを聞いてニーナは微笑む。

 

彼女と話す前の蛍なら、伊奈帆にだけ伝えて他は知らないといったところであっただろう。

 

しかし蛍は伊奈帆に、皆への伝言を頼んだのだ。

 

小さくとも彼が自分の言葉を聞き入れて変わったのがうれしいのだ。

 

「あらぁ?どったの、ニーナ?」

 

「えへへ、何でもな~い!」

 

韻子が少し意地悪く聞くが、ニーナは笑顔のままはぐらかす。

 

一方、蛍は伊奈帆の予想どおり、ブービートラップを仕掛けていた。

 

起爆装置は他の兵士が仕掛けているため、彼が扱っているのは爆薬のC4である。

 

「さて、こいつでラストっとぉ!」

 

リモコン起爆式の信管を起動し、電波が来れば爆発するようにして蛍は担当した建物・・・格納庫から出ようとして、月明かりに照らされた、置き去りにされているバイクや高機動車、ハンヴィー、装甲車を見る。

 

これらは2隻しかない揚陸艇には到底詰め込める数ではないし、合流予定の軍艦のスペースにも限りがある。

 

ここに捨てていけばヴァース帝国にろ獲されるのは間違いないのだから、中身のガソリンを燃料にして爆発の効果を高めるのが最も有効な使い道なのだ。

 

「もったいねぇなぁ・・・」

 

蛍はそう呟くが致し方ない、彼は後ろ髪を引かれる思いで外に出る。

 

が、ここで彼は妙なものを遠くに見た。青白い光の棒のようなものが空中を舞っているのだ。

 

蛍はバイクにぶら下げられていた双眼鏡を取ってその光を見ると、白いカタフラクトが青白く光る巨大な棒切れを振り回し、アレイオンを両断しているのを目撃した。

 

蛍はもちろん知らないが、このカタフラクトは東京に降下したクルーテオ伯爵が有するもので、パイロットは騎士ブラドと呼ばれる男である。

 

「敵襲!!!敵襲!!!!!」

 

蛍は声を張り上げ、警報を鳴らすと廃棄する予定であったバイクのエンジンをかけ、揚陸艇へ急ぐ。

 

警報器がけたたましく鳴り響き、物資の積み込みを終えた伊奈帆は状況を確認するためにパニックに陥る避難民や兵士の波に逆らって港に降りると、そこへ蛍がバイクで滑り込むように走ってきた。

 

「ナオの字ィ!船に戻れ!!ヤベェのが来やがった!!」

 

「蛍、落ち着いて、何があったの?」

 

「火星のヤツラだ、青い光の剣持ったのが殴り込んで来やがった!!」

 

「青い剣?」

 

伊奈帆が蛍から状況を聞き出していると、くだんのカタフラクトが港に飛び込んでくる。

 

残存部隊のアレイオンがアサルトライフルの集中砲火を浴びせる。

 

しかし、白いカタフラクト・・・アルギュレはハエを叩き落とすかのように75㎜HE弾の雨を切り払う。

 

「・・・とにかく、揚陸艇へ戻ろう。港から出ればヤツは追ってこれないはずだから。」

 

「なら、話は早ぇ、乗れ!」

 

伊奈帆は蛍の後ろに乗り、揚陸艇へ急ぐ。

 

揚陸艇から降りていた民間人や兵士はすでに2隻の揚陸艇のどちらかに乗り込んでおり、あとは蛍と伊奈帆が基地まで乗ってきた二番艇に乗り込むだけだ。

 

満員になった一番艇はすでに機関を起動させ、離岸しようとしている。

 

「蛍、急いで。」

 

「もうアクセル目一杯だってぇの!!!」

 

バイクの速度計は時速100㎞を越え、まだ増え続けている。

 

そんな二人の頭上を大きな青い光輪が追い抜いていく。

 

その光輪は一番艇のブリッジに突き刺さり、一番艇を炎上させた。

 

アルギュレがカタフラクト隊を全滅させ、離岸しようとしていた一番艇に二つのブレードのうち一本を投げつけたのだ。

 

一番艇は兵士が主に乗っていたため武器弾薬を積んでおり、それらがブレードの熱で引火、爆発する。

 

「クソッ、クソオオオォォォ!!!」

 

蛍はそう叫びながらアクセル全開で二番艇に滑り込むようにバイクを横付けすると、韻子、カーム、ニーナ、セラム、エデルリッゾが二人を出迎えた。

 

セラム達姉妹は伊奈帆に向かい、韻子達は蛍に呼び止められる。

 

「なぁ網文、俺たちで最後なら、とっとと出すように伝えてくれねぇか!?」

 

「それが、さっきの一番艇の爆発でエンジンが故障したみたいなの!今、教官とユキさんが修理に向かってるわ!!」

 

「なあ蛍、火星人は!?」

 

「あれだ!」

 

蛍が指差した先ではアルギュレが悠々と歩いて一番艇に近づき、ブレードを引き抜いたかと思うとそのブレードで一番艇を真っ二つに切り裂き、轟沈させる。

 

「ンにゃろぅ、こっちが逃げきれねぇって思ってやがンのか余裕だなぁ・・・」

 

「ほ、蛍くん、伊奈帆くんが!」

 

ニーナがそう言った時、伊奈帆はセラム達と何かしら話して、彼らが積んできた練習機、スレイプニールに走っていく。

 

「待てよ、ナオの字!!」

 

ニーナにはセラム達と船内に避難するよう言って蛍、カーム、韻子が伊奈帆に駆け寄る。

 

「一人でカッコつけんなよ、伊奈帆!」

 

「アタシらも手伝うわよ!」

 

カーム、韻子がそう言うと、伊奈帆は三人に担当を伝える。スレイプニールは伊奈帆とカームだけで、蛍と韻子は別の物をあてがわれる。

 

「・・・あれって・・・アレ?」

 

「またコイツかよ?」

 

韻子は呆然とし、蛍は苦笑いする。

 

「まあいい、網文、急げ!」

 

「言われなくても!」

 

韻子はまず揚陸艇にあるものを取りに行き、蛍は先ほどからエンジンをかけっぱなしのバイクにまたがった。

 

 

 

 伊奈帆達が準備を整えたころ、アルギュレの中では騎士ブラドが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「フッ・・・脆い・・・原始人共の猿真似人形の何と脆いことか。アルギュレの前ではこのようなもの、砂に等しい。」

 

アルギュレが装備しているのはアルドノア・ドライブから無尽蔵に供給されるエネルギーを用いたプラズマブレード二本、ただそれだけだ。

 

しかし、彼にとってはそれだけで十分なのである。アルギュレの装甲はアレイオンが装備する75㎜口径アサルトライフルでは致命傷を与えられず、東京で出たような対艦砲では砲弾を切り払いながら、トップへビーの機体が生み出す機動性で白兵戦に持ち込んでしまう。

 

仮にカタフラクトで白兵戦を挑まれたとしても、ブラドは白兵戦に絶対の自信を持っている。そんな彼にオレンジ色のカタフラクトが物陰から不意を打って75㎜HE弾を放つ。

 

「ヌッ!?まだ死に損ないがいたか!?」

 

アルギュレがブレードを振ると榴弾であるHE弾はブレードの熱で信管が作動して空中で炸裂し、アルギュレにダメージを与えられない。

 

オレンジ色のカタフラクト、スレイプニールのパイロットは確認するように呟く。

 

「HE弾は効果無し、AP弾に切り替える。」

 

弾倉を交換し、スレイプニールはもう一度アルギュレを撃つ。

 

徹甲弾であるAP弾は、爆発はしないがアルギュレの表面に小さな傷をつけるだけでやはりダメージはほとんど与えられない。

 

しかし、スレイプニールのパイロット、伊奈帆にとってはアルギュレに致命傷を与えたのと同じことであった。

 

「カーム、AP弾を使って。そして蛍、こいつはダンゴムシみたいなバリアは積んでないみたい。」

 

『了解だ、伊奈帆!』

 

『わぁったぜぇ、ナオの字!!』

 

伊奈帆に通信機から二つの返事が返ってきたのを聞き、伊奈帆は再び引き金を引く。

 

アルギュレはそれに対してブレードをスレイプニールに真っ直ぐ向けて、砲弾がブレードに触れる時間を長くして弾頭の先端部を蒸発させて弾く。

 

アルギュレによって弾かれた砲弾は基地内で四方八方に飛び散り、生身で潜んでいる蛍の近くにも流れ弾が飛んできた。

 

「うへぇ・・・当たったら死ぬな、コイツは。」

 

『大丈夫、そろそろ仕掛けるから。カーム。』

 

『よし来た!!』

 

伊奈帆の合図でカームがアルギュレに十字砲火を仕掛けるが、アルギュレはブレード二本で伊奈帆とカームが放つ弾幕を切り払い、正面にいた伊奈帆のスレイプニールに切りかかった。

 

伊奈帆はアサルトライフルを横に持ってアルギュレが持つブレードの柄を受け止め、つばぜり合いに持ち込む。

 

『どうした、撃ってみるがいい、仲間にも当たるだろうがな!!』

 

アルギュレの拡声器からブラドがカームを挑発する声が響く。

 

カームは教練をよくサボっていたためカタフラクトの操縦を全般的に苦手としているが、つばぜり合いで味方ともみ合う敵だけを撃つとなると、射撃評価で伊奈帆をおさえて学年一位の韻子どころか熟練カタフラクトパイロットですら難しい。

 

そしてスレイプニールはもともと軽装であるためこのような取っ組み合いには向かない。

 

さらにアルギュレは地球連合軍主力カタフラクトのアレイオンより大型であるため、伊奈帆には部が悪すぎる。

 

徐々に押され、集積されていたコンテナを踏み崩しながら伊奈帆のスレイプニールは皆が乗る揚陸艇の方へ押し込まれていく。

 

『蛍、いま。』

 

「了解、ウリャアアアァァァ!!!奇兵隊のお出ましだぜえええぇぇぇ!!!」

 

伊奈帆の合図で蛍はバイクのアクセルを目一杯にして、伊奈帆が踏み崩したコンテナを目指す。

 

彼の後ろでジャラジャラと大きな音をたてて重貨物用の鎖が引きずられており、蛍はコンテナの上をモトクロスのように走り回って、伊奈帆のスレイプニールを押し込んだことでコンテナの中に足を踏み入れたアルギュレの足に鎖を巻きつけ、外れないようにフックをかけるとアルギュレの足下から離れながら、信号弾を撃つランチャーを斜め上方、すなわちアルギュレの方へ向けた。

 

 

「網文、上げろおおおぉぉぉ!!!」

 

『カーム、カメラを切って。』

 

『応よ!』

 

二人がカメラを切ると、蛍が撃った砲弾が輝き、あたりは真夏の日中のように明るくなった。

 

蛍が撃ったのは閃光弾だ。

 

それもカメラの配線を焼き切ったり、スクリーンを焼きつかせて使い物にならないようにするほど強力なもので、伊奈帆はそれを防ぐためにカームへカメラを切るように言ったのだ。

 

一方、アルギュレの全天球型カメラやそれを映すスクリーンは無事であったが、むしろ無事であったため、ブラドには問題が発生した。

 

「グッ・・・失明兵器とは卑怯なり!!」

 

普通ならばカメラの配線が焼ききれるか、仮にそれが無事でもスクリーンが焼き付くような光量を平然とコクピット内に投影したのだ。

 

失明するほどではないが、当面の間は目を開けることはできない。

 

ブラドにはぼんやりとだが、アルギュレの前にいたスレイプニールが離れるのが見え、突如生まれた浮遊感のあと、アルギュレの足が何かに強く引っ張られた。

 

先は気にも止めていなかったが、蛍がアルギュレの足に巻きつけた鎖が強い力で引っ張られているのだ。

 

バランスを崩してアルギュレはブレードを一本落としてしまい、そのまま引きずられていく。

 

その先にあるのは船の荷積み、荷降ろしをするのに使うガントリークレーン。

 

それを操縦する韻子によってクレーンは巻き上げのまま固定され、韻子はクレーンの操縦席から出て、クレーンの上を全力で走る。

 

このクレーンは二つの脚で荷を乗せるトラックや船を跨ぐようにするタイプであるため、クレーン部分が脚をつなぐ長い橋のようになっている。

 

助走をつけるには十分だ。

 

そして彼女はクレーンから飛び立つとすぐパラシュートを開いた。

 

海に向かって吹く陸風に乗って滑空し二番艇を目指していると、アルギュレはとうとうクレーンに逆さ吊りにされ、じたばたと腕を振り回している。

 

その頃、カームと伊奈帆のカタフラクトは揚陸艇に乗り込み、蛍もバイクで揚陸艇に飛び移っていると、エンジンの修理がやっと終わったようで、揚陸艇が排気音をあげる。

 

『僕が合図したら出してください。』

 

伊奈帆が艦橋にむけた通信が、韻子の通信機にも聞こえる。

 

これは言うまでもなく韻子を待っているのだ。

 

これを聞いた韻子はパラシュートを操作して二番艇へ降りようとして、重大な事実に気付く。

 

「・・・ヤバッ!!」

 

『どうかしたの、韻子?』

 

韻子が発した声に伊奈帆が冷静に尋ねてくる。

 

「風が強すぎるの!このままじゃどうやっても揚陸艇を飛び越えちゃうよぉ!」

 

夜の海に落ちるのはまずい。視界が悪いため捜索が困難を極める上、彼女は簡単な通信機しか持っていないため救難信号も出せない。

 

そして敵のカタフラクトが来ている以上、揚陸艇はすぐに出なければならないため、確実に作戦中行方不明・・・死んだものとされるであろう。

 

『僕のカタフラクトを目掛けて飛んで。』

 

「ぶ、ぶつかっちゃうわよ!?」

 

『大丈夫、僕を信じて。』

 

そう言われた韻子は伊奈帆が乗るスレイプニール目掛けてパラシュートを操作する。

 

「(ぶつかる・・・、ぶつかる、ぶつかる!!!)」

 

韻子は衝突したあとの自分をつい想像してしまう。

 

しかしその時、韻子の動きにあわせて少しだけ中腰になった伊奈帆のスレイプニールのコクピットが開き、伊奈帆が両腕を開いて出てきた。

 

「韻子、こっち。」

 

「伊奈帆!!」

 

韻子は伊奈帆に抱きつくようにスレイプニールに飛び降りてパラシュートを外すと、パラシュートは風にあおられて夜闇に吸い込まれていく。

 

「出してください。」

 

『こちらブリッジ、了解!』

 

通信機から祭陽先輩の声がして揚陸艇が発進する。

 

この時、やっと視力が回復したブラドは残っていたブレードを構えたまま、宙吊りにされたアルギュレをゆする。

 

「・・・劣等種め、キサマ等だけは、我が剣で!!」

 

ブラドはアルギュレをゆすった反動でブレードを投てきしようとするが、手が離れる瞬間にアルギュレにミサイルが直撃し、無数のAP弾、HE弾が嵐のように襲いかかる。

 

ブレードは柄の部分まで地面に突き刺さり、アルギュレからは取れなくなったため、防ぐ手立てもなくアルギュレは砲弾の雨を浴び続けた。

 

『アルドノア・ドライブ出力低下』

 

『レーダー破損、通信機破損』

 

アルギュレ内でホログラム投影型ディスプレイがアルギュレのダメージを伝えるが、今のブラドにはどうすることもできない。

 

そんな砲弾の嵐が止むとほぼ時を同じくして基地が爆発し始めた。

 

流れ弾が起爆装置の近くに飛んでいき、偶然それを起動させてしまったのだ。

 

伊奈帆達はすでに揚陸艇の中に入っていたが、爆発の衝撃で横転するのではないかと思うほど船が揺れる。

 

「蛍、やっぱり爆弾を仕掛けてたんだね?」

 

「あぁ、どぉやら暴発しちまったみてぇだけどなぁ・・・」

 

二人はデッキの扉から炎上する基地を見て、アルギュレを砲撃した援軍を見る。

 

その援軍は、地球連合軍第三護衛艦隊所属、強襲揚陸艦『わだつみ』、マグバレッジ大佐の乗艦だ。

 

二番艇はわだつみに収容され、避難してきた民間人が降り、積み込んでいた物資を兵士達が降ろし、それを蛍達一部の民間人が手伝っていると、艦内呼び出しが鳴る。

 

『界塚伊奈帆君、網文韻子さん、宿里蛍君、艦長室まで出向してください。』

 

これを聞いて韻子は少し声を震わせながら伊奈帆に尋ねる。

 

「・・・もしかしてさっきのことで怒られるのかな?」

 

「・・・さあ、何とも・・・」

 

先の出撃は本来、ほめられたものではない。

 

『緊急事態』といっても、まだ二番艇には兵士が乗っていた以上、予備役にない民間人である蛍達が戦うのは戦時国際法上問題だ。

 

「でぇじょ~ぶだって、もしそうでも死にゃしねぇよ。」

 

「まあそう思うけどぉ・・・あ~ん、鬱だわ~!!」

 

韻子は自分の頭をクシャクシャとかき回す。

 

「・・・で、実際どぉなんだ?」

 

蛍が伊奈帆にそう尋ねると、伊奈帆は少し難しそうな顔をした。

 

「ホントに何とも言えないよ、おとがめなしかもしれないし、『処分保留』で何か言われるかもしれないし。」

 

国際法、条約で縛られるのはあくまで国家であり、それにもとづいて法整備され、いわゆる『軍規』が作られる。

 

ならば、民間人はどう扱われるかというと、刑法など一般的な法律が適用される。

 

日本の場合は、準備をした場合『私戦予備罪』、実際に戦って人を死なせた場合『殺人罪』といったふうにである。

 

新芦原での戦闘はまだ『正当防衛』、『緊急回避』といったものが認められるであろうが、今回はグレーゾーンだ。

 

話しているうちに三人は艦長室に到着し、ドアをノックする。

 

「どうぞ。」

 

中からマグバレッジ大佐の声が聞こえると、伊奈帆がドアを開けて最初に入り、蛍、韻子の順でそれに続く。

 

部屋の中では艦長席に座るマグバレッジ大佐の後ろで背の高い女性士官が立って、タブレット端末を持って控えていた。

 

彼女は不見咲カオル、階級は中佐で、『わだつみ』の副長である。

 

「今回の戦闘データを拝見しました。網文さん、あなたが火星カタフラクトを撃退したのですね?」

 

「は、はい・・・やっぱりまずかったでしょうか?」

 

韻子はせめて、『自分だけ』が罰を受けるよう、立案が伊奈帆であったことや、蛍、カームも作戦に参加していたことは意図的に話さない。

 

「たしかに、日本の予備役は高卒からで、あなた方は民間人。本来ならば民間人が戦闘行為に参加するには軍属として連合軍の了承を得るか、緊急でなければ認められません。ですが今回は、二番艇に搭乗していた兵士で即座にカタフラクトを操縦できた者はおりませんから、緊急事態になるでしょう。」

 

マグバレッジ大佐が言わんとすることを不見咲中佐が代弁すると、韻子は胸を撫で下ろした。

 

「よかった・・・あ、それとあの作戦は伊奈帆・・・界塚君が作戦を立てて、アタシはそれに従っただけで・・・」

 

韻子がそう言うのを聞いてマグバレッジ大佐は伊奈帆に向き直る。

 

「界塚?もしかして界塚准尉の?」

 

「ええ、界塚准尉は僕の姉です。」

 

「こんな戦果をあげるなんて、お姉さんも鼻が高いでしょうね。軍人でしたら功一等賞を差し上げるところです。」

 

功一等賞・・・連合軍において、司令官の権限で出せる勲章である。職業軍人であれば給与や昇進の査定にもなるが、今の状況ではせいぜい名誉くらいしか価値がない。

 

「それと、宿里君・・・貴方はこの件とは別件です。」

 

それを聞いた蛍は心当たりを思い浮かべる。『新芦原での命令無視』『基地のバイク無断使用』・・・

 

「新芦原での戦闘データを見る限り、貴方が単独で新芦原に現れたカタフラクトを破壊したようですが、その事を口頭でいいので報告をお願いします。」

 

「え?あ、あぁ、そう言えばそうッスね。」

 

蛍は新芦原での戦闘を要所要所かいつまんで報告する。煙幕で視界を奪い、バイクで罠に誘導、脚を壊してガソリンで焼いたあと、脱出したパイロットを捕縛しようとしたところ自決されたと。

 

「・・・なるほど、わかりました。不見咲君、今のお話、録音しましたか?」

 

「いえ、言われてませんでしたので・・・」

 

「ハァ・・・不見咲君、キミがモテない理由を教えてあげましょうか?」

 

「女は慎ましく殿方を待つものだと聞きますが?」

 

「待つのと何もしないというのは違います。」

 

少し理不尽なことを言うマグバレッジ大佐に、蛍は意を決して頼み込んだ。

 

「大佐殿、お願いがあります。」

 

「どうなさいました?」

 

マグバレッジ大佐がそう尋ねると、

 

「連合軍に志願させてください!!」

 

蛍がそう言うと、韻子と伊奈帆は驚いて蛍を止める。

 

「・・・バカなこと言っちゃダメだよ。」

 

「そ、そうよ!別に徴兵されてもないんだから、今までどおりでいいじゃない!!」

 

「ワリィけどよぉ、コイツぁ俺の問題だ、いくらナオの字でも言うことは聞けねぇ。」

 

驚く伊奈帆、韻子、不見咲中佐とは対称的に、マグバレッジ大佐は蛍が言うのをわかっていたようにため息をつく。

 

連合軍の規定では、今のような非常時では志願兵を受け入れるか否かは現場指揮官、すなわちマグバレッジ大佐の裁量に委ねられている。

 

そして今、志願兵を突っぱねた場合、後々、どうしても民間人を徴用、または徴兵しなければならなくなった時、軋轢を生じる可能性がある。

 

彼が文句を言わなかったとしても、徴用、徴兵を正当事由なく拒否する者が、『前に志願兵がいたらしいけど、その時は突っぱねたのに必要になったら無理矢理引っ張るのか』などと言い出すかもしれない。

 

マグバレッジ大佐としては、痛いタイミングで蛍は志願を申し出たのだ。

 

そして同時に、マグバレッジ大佐は新芦原を脱出した時に感じた彼の危険性、そしてそれに対処するには今のうちに軍に入れ、首輪をつけておいたいいとも判断した。

 

「わかりました、すぐ面接に入りましょう。非常時ですから、書類審査は省略します。不見咲君、新芦原の住民台帳と芦原高校から彼のデータをお願いします。」

 

「了解しました。」

 

不見咲中佐はタブレット端末でわだつみにコピーされている住民台帳から蛍の戸籍、住民票、芦原高校での評価を検索して、見やすいようにデータを整理してマグバレッジ大佐に渡した。

 

「ふむ・・・こういった気配りが普段からできれば、貴方もモテるでしょうにね。」

 

また軽いセクハラ発言をして、伊奈帆と韻子に退室を促して蛍の面接を始めるのであった。

 




書いてて思いましたが、この揚陸艇、いくら基地の物資を積めるだけ積んだとはいえいろいろ積み過ぎじゃないかな~と思います。
パラシュートとかなんであるんだよと。


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第五話 バック・フィーバー

 蛍が志願兵として面接を受けるため、伊奈帆と韻子は艦長室から退室させられるが、韻子はドアに耳をつけて中の音を聞こうとする。

 

「韻子、その部屋、防音室だよ。」

 

「・・・だよね。」

 

韻子は伊奈帆にそう答えて彼の横に立つ。

 

「ねえ、蛍ってば、どうして志願なんてしたのかな?志願しなくても今までだってどうにかなってたし・・・」

 

「今までは、本当はマズかったんだよ。僕たち民間人だから国際法違反になるしね。」

 

「じゃあ、蛍が志願したのって?」

 

「『合法的に戦闘に参加する』だったらそのうち徴兵されるのを待てばいい。多分、彼の真意は・・・」

 

 

 

 伊奈帆と韻子が外で話している時、艦長室では蛍の面接が始まっていた。

 

「宿里蛍君 16歳 芦原高校一年 間違いありませんね?」

 

「はい」

 

蛍がマグバレッジ大佐の確認にそう答えると、マグバレッジ大佐は蛍のデータに目を通す。

 

「身長178㎝、体重88㎏、健康診断問題なし。直近評価は射撃C、近接格闘A+、カタフラクト操縦B、歩兵演習A+、車輌重機B-、整備B・・・いびつな評価ですね。」

 

そう言われた蛍は目を伏せる。

 

この評価の目安は、

 

A+→学年上位10位以内(男女別の場合あり)

 

A→上位

 

B→合格者平均(+-は内部での上下)

 

C→及第点(ここに達せない場合は追試)

 

である。

 

「では、現在、私達地球連合軍は火星、ヴァース帝国軌道騎士団と交戦中にありますが、なぜ貴方はこのような時期に志願しようとお考えになったのですか?」

 

「もちろん、地球連合軍に入隊して、地球のため、火星の反逆者を懲罰するためです。」

 

蛍の答えにマグバレッジ大佐はまた、彼のデータを見る。

 

「君は前戦争の戦死者遺族で、現在は本艦所属の鞠戸大尉が後見についているようですが、彼の承諾は得られますか?」

 

「ええ、喜んで承諾してくれると思います。」

 

そう言った蛍をマグバレッジ大佐は怪訝な目で見て質問を続ける。

 

希望する部隊、志願入隊した場合は伍長待遇であることを了承するか等々。

 

「・・・以上で面接を終了します。お疲れさまでした。」

 

「結果は?」

 

「保護責任者の鞠戸大尉を通してお伝えします。」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、蛍は礼をして退室し、部屋に残った不見咲中佐にマグバレッジ大佐は蛍に対する見解を尋ねる。

 

「彼のこと、どう思いますか?」

 

「平時であれば到底入隊させられない人材ですね。丁寧に飾ってはいますが、火星に対する強い悪意、憎悪が見え隠れしていますし、保護責任者の鞠戸大尉に対しても明らかな含みがあります。残虐行為、命令不服従、上官反抗の常習になるようなタイプです。もっとも、現在の状況でしたら、『弾丸避け』くらいにはなると思いますが・・・」

 

不見咲中佐が話す内容はマグバレッジ大佐が考えていることとほぼ同じものであった。

 

「不見咲君、キミがモテない理由を教えてあげましょうか?」

 

「素直なのはよいと聞きますが?」

 

「キミの場合は遠慮が無いと言うのです。とりあえず、これを鞠戸大尉にお願いします。」

 

つい数分前にもやったようなやり取りをして、マグバレッジ大佐は頭を抱えた。

 

 

 

「蛍、どうだった?」

 

「結果はオッサン経由だってよ。」

 

艦長室を出た蛍を、伊奈帆と韻子が迎える。

 

「ねぇアンタ、バカなこと考えてるんじゃないでしょうね?」

 

「あぁ?バカなことってなンだよ?『連合軍に入って地球や祖国のために戦います』ってのが、ンなにオカシイってかぁ?」

 

「だから、バカなことってのは!!」

 

「韻子!!」

 

伊奈帆が韻子の肩をつかみ、首を横に振る。

 

「・・・ま、まあ、例えばよ?勲章ジャラジャラぶらさげて、女の子からキャーキャー言われたいとか?」

 

「いらねぇよ、ンなモン!ま、あとはオッサン待ちだ。ナオの字、先、部屋ァ戻っとくぜ。」

 

そう言って二人と別れて部屋に戻る蛍を見送り、伊奈帆は韻子を咎める。

 

「ダメだよ、韻子。さっき話したのはあくまで僕の想像なんだから。」

 

「で、でも、伊奈帆の言うとおりだと思うし・・・」

 

「僕も間違いないと思うけど、証拠が無い。」

 

そう言って伊奈帆は蛍の後を追って部屋に向かう。

 

 

 

 伊奈帆が部屋に着くと、中から怒鳴り声が響いた。

 

「蛍、テメェ何で勝手に志願なんてしたんだ、あぁ!?」

 

「オメェにはカンケーねぇだろ、このクソジジイ!!」

 

ドアを開けると、中で鞠戸大尉と蛍が口論を繰り広げていた。

 

部屋に入っても二人は伊奈帆に気付いておらず、三段ベッドの最下段で毛布にくるまっているカームに話を聞く。

 

「あ~、俺は貝だ、な~んにもきこえね~」

 

「カーム、どうしたの、これ?」

 

「蛍が軍に志願したのを取り消すって教官が言ってて、それに蛍がキレてな~」

 

「そっか、やっぱりこうなったか・・・」

 

伊奈帆はそう言って蛍達を一瞥し、ため息をつく。

 

「教官、蛍、少し落ち着こう?」

 

「これが落ち着いてられっか!?界塚弟、オメェ、蛍のダチだろ!?止めろよ!!」

 

「なぁ、ナオの字、お前からも言ってくれよぉ!!俺はとっとと軍に入りてぇんだよ!!」

 

二人に協力を頼まれた伊奈帆は、少し考えて説得を始めた。

 

「教官、蛍は志願することで所属や階級である程度有利になろうとしてるんです。戦局は地球側が圧倒的に不利である以上、遅かれ早かれ召集されるでしょうから。」

 

「だがなぁ、その前に地球が全面降伏するかもしれねぇだろ?」

 

鞠戸大尉は地球連合軍の軍人にあるまじきことを言うが、それだけ蛍を止めるために必死なのである。

 

「通信妨害を解かない以上、それらしい打診をするつもりは火星側にはないのでしょう。そして地球側も、この通信妨害の中では無条件降伏を宣言することもできません。」

 

鞠戸大尉は言い返せず、口ごもる。

 

前星間戦争の生存者である彼には火星と地球の力量差から、火星側の戦略目標、『地球全土の領有』が本心であるとわかっているのだ。

 

順当な線で考えれば、火星が主張する『地球全土の領有』など不可能であるのだが、まず火星軍『軌道騎士』37家紋・・・いわゆる軍閥なのだが、それら一つ一つがニロケラスやアルギュレのような超兵器を複数個所持しており、それだけの力量差を背景に火星は停戦交渉どころか『降伏そのもの』を受け入れない可能性まであるのだ。

 

そうなれば最終的には、火星は地球全土を植民地にしてしまうだろう。

 

植民地にされるまで学徒動員をしないわけがない。

 

「えぇい、わかった!もう好きにしろ!!」

 

鞠戸大尉は半ばやけ気味に志願の書類にサインして蛍に渡すと、部屋から出ていった。

 

「いやぁ、助かったぜ、ナオの字ィ!!あのクソジジィ説得してくれてよぉ!!」

 

「蛍、お義父さんをそんな風に言っちゃダメだよ。反対したのだってキミのためなんだから。」

 

「あんなヤツをオヤジなんて言うなよ、胸クソわりぃ・・・」

 

そんな話をしている二人に、カームが割り込む。

 

「なぁ、そういやさ、どうして蛍って鞠戸教官と仲悪いんだ?」

 

一瞬で場が凍りつく。

 

「・・・クラフトマンよぉ、テメェ、言いにきぃことぉ、サラッと聞きやがるなぁ!」

 

グキッ、グキッと拳を鳴らす蛍に、カームは顔から血の気を引かせ、

 

「いや、だって気になるだろ!?俺もダチなんだからよ!!」

 

「蛍、ダメだよ、ケンカは。」

 

伊奈帆が止めるのも聞かず、蛍はカームに向けて拳を振り下ろした。

 

カームが目を強くつぶるが、拳は当たらない。

 

ゆっくり目を開くと、拳は寸止めされていた。

 

「今から独り言、言うぜぇ?耳ふさいでな!」

 

そう言って蛍は、『独り言』という体裁でカームに鞠戸大尉との因縁を話始めた。

 

「ヤロゥに俺の親父は殺された。」

 

「・・・は?初耳だぞ!?」

 

「鞠戸のヤロゥ、種子島でビビりやがって、親父が止めるのも聞かずに戦車砲を敵カタフラクトにぶっぱなしやがった、そのせいで小隊は全滅、小隊付きの下士官だった親父は二階級特進だ!」

 

「なあ伊奈帆、この話、もしかして・・・」

 

「種子島レポートだよ。」

 

種子島レポートとは前星間戦争における種子島での鞠戸大尉(当時少尉)率いる戦車小隊の戦闘報告書だ。

 

連合軍は黙殺し、鞠戸大尉自身も『嘘八百』と言っているが、流出した内容は到底嘘とは思えない内容で、ユキ姉のように鞠戸大尉を尊敬する軍人もいる。

 

そこに出てくる蛍の実父・・・『宿里曹長』は鞠戸大尉の戦車小隊付きで新任士官を補佐する下士官であったのだ。

 

しかし、火星側の先遣隊が降下した時に、存在するはずのない『ロボット兵器』・・・カタフラクトに鞠戸大尉は驚き、宿里曹長が止めるのも聞かずに砲撃命令を下し、指揮下に無い部隊も砲撃を開始してしまった。

 

いわゆるバック・フィーバー(臆病者の暴発)を起こしてしまったのである。

 

結果として中隊ごと鞠戸大尉の戦車小隊は全滅、連隊司令部まで露見してしまい、エンジェル・フォールに至る前に鞠戸大尉が所属していた連隊は『たった一体の超兵器』によって壊滅したのであった。

 

地球連合軍は種子島での戦いを『なかったこと』にするため、種子島レポートを黙殺し、鞠戸大尉自身も『種子島レポートは嘘』と認めるよう『説得』したのであった。

 

「いや、一応、俺たちも種子島レポートは知ってるけどよ、鞠戸教官、そんな悪いことしたか?」

 

「こいつは俺の独り言だ、聞き耳立てやがったらぶっ殺す。」

 

この話は終わりとばかりに蛍はそう言って部屋を出る。

 

「なあ・・・お前は知ってたのか、今の話・・・」

 

部屋に残されたカームは同じく部屋に残る伊奈帆にそう尋ねた。

 

「うん。鞠戸教官とはユキ姉が軍人になった時から知り合いだったから、彼と直接会う前からね。」

 

「だったらな~んで教えてくれなかったんだよ!?」

 

「個人情報だから、話さないなら僕からは言えない。」

 

そう言った伊奈帆にカームはため息をつく。

 

「まぁ、お前はそういうタイプだよなぁ・・・」

 

 

 

 二日後、蛍は正式に任官され、伍長の階級章と軍服を受領し、再編されたフェンリル隊というスカウト部隊に配属されることになった。

 

スカウト部隊とは、斥候、威力偵察、主力部隊による戦闘の側面支援を主任務とする部隊で、カタフラクト操縦だけでなく、徒歩、車輌を使用しての任務も多くなる。

 

マグバレッジ大佐から指示された部屋に向った蛍は、入る前に頬を叩いて気合いを入れて扉を開く。

 

「本日をもってこちらに配属されました、宿里蛍伍ちょ・・・ゲ!?」

 

「おせーぞ、五分前には着いておかねぇとな。」

 

蛍は、部隊長の男と目が合うと凍りつく。その男が鞠戸大尉だったからだ。

 

「ハメやがったな、あの女ギツネ・・・」

 

「コラ、上官に何つーこと言ってんだ!」

 

蛍の呟きを聞いた鞠戸大尉はそう言ってたしなめる。

 

この隊に蛍が組み込まれたのは偶然ではない。

 

まず蛍の教練の成績と、蛍が戦闘部隊を希望していたことからマグバレッジ大佐は再編中のスカウト部隊への編入を決め、それを知った鞠戸大尉が自分に任せるよう上申したのだ。

 

鞠戸大尉は元の部隊が壊滅しており、マグバレッジ大佐ももとよりそのつもりで、鞠戸大尉を中隊長として再編したスカウト部隊を任せた。

 

中隊とは言うが、その編成はたったの一個小隊であり、その小隊も定員割れしており、実質一個分隊、10名である。

 

その中に蛍は配属されたのである。

 

「さて、言っておくが当フェンリル隊の人材不足は深刻だ。お前みたいなクソガキまで入れなきゃなんねぇんだから当然だな。」

 

「転属願いを・・・」

 

「規則で新兵は最低半年、転属できねぇ。どうしてもしたけりゃ、退役するか、やらかして懲罰部隊に行くかだけど、どっちがいい?」

 

懲罰部隊とは、戦争中にわざと犯罪行為を行い、軍刑務所に入って戦争をやり過ごそうとする者を出さないようにするため、誰もが嫌がる仕事ばかりをさせる部隊である。

 

かつては『捕虜と一緒に爆弾担いで地雷原を走らせる』などといった非人道的な任務を課せられることもあったが、今ではそのようなことをさせるわけにはいかないため、『便所掃除、汚水処理設備清掃、遺体埋葬』などが主である。

 

「・・・カンベンしてくれ・・・」

 

「と、いうわけだ。半年はガマンしてもらうぞ。で、さっそくだが・・・」

 

鞠戸大尉は観念した蛍の前に、ドンと大量の本とノートを出した。

 

横から見ると、軍隊関連の本に混ざって、『数学1・A』『高校世界史』『高校英語』『国語』など、蛍が一瞬で戦意喪失するようなタイトルが混ざっている。

 

「あ~、オッサン?」

 

「『隊長』か『大尉』!」

 

「では『大尉どの』!明らかに軍務とカンケーねぇ文献が混ざっているような気がするのですが、自分の気のせいでしょうか!?」

 

「安心しな、気のせいじゃねぇからよ。お前、高校課程を終えねぇで軍に入るんだから、一年以内に詰め込みでやらなきゃなんねぇんだよ。」

 

これには蛍も噛みつく気力すらなくしてうなだれた。

 

ちなみに彼の教練以外の成績だが、体育、技術、家庭科のみ4ないし5。芸術科目は3ないし4。主要五教科は2ないし3である。

 

そして教科書を見る限り、やるのは主要五教科、いわゆる英数国理社のみのようである。

 

「オイオイ、こんなトコでへこたれてちゃあ、カタフラクトに乗る前に戦争終わっちまうぞ?」

 

蛍の初めての軍務は、まさかの『高校英語』であった。

 

 

 

「Repeat after me.”This is a pen.”」

 

ネイティブのような発音の鞠戸大尉に、蛍が続く。

 

高校課程の中で英語は特に重要になる。なぜなら、連合軍で公式に使われる言語は英語であるからだ。

 

「でぃすいずあぺん」

 

であるにもかかわらず、蛍の英語は完全に棒読み、日本語発音である。

 

「No,No.One more.”This is a pen.”」

 

「でぃすいず・・・ちょっと待てコラ、オッサン!」

 

「Hotaru!Don’t say”オッサン”!”sir”or”captain”」

 

鞠戸大尉は英語で受け答え、訳せない蛍は意味を考えて日本語で答える。

 

「へいへい、『大尉どの』!コレ、中学英語じゃないッスか!?」

 

蛍は読んでいた教科書を鞠戸大尉に見せながらそう言った。

 

『Fine English 中学一年』と書かれた表紙を見て、鞠戸大尉は腕を組む。

 

「Umm・・・Is there anything wrong?」

 

「わかんねっての!ぷりーずじゃぱにーず!!」

 

蛍が日本語発音の英語でそう言うと、鞠戸大尉は呆れながら日本語で話し始める。

 

「ったく、あのな、オメェが中学レベルの英語からして忘れてっから特別にこっからやってんだよ!」

 

「だからってこれはバカにしすぎだろうが!!」

 

「うるせぇ!最後のすらわかんねぇヤツにゃそれで十分だっつうの!!」

 

蛍は必死なものだが、鞠戸大尉は微笑んでいる。かつての二人の関係を思い出しているのだ。

 

 

 

 三年ほど前、鞠戸大尉が蛍を引き取った時、最初にやったのは取っ組み合いであった。

 

その頃の蛍は、町で目が合えば素人、玄人お構い無しの喧嘩屋で、ある時、警察に制止されても構わず続けようとして警察官を突き飛ばし、公務執行妨害、決闘で補導され、最終的に保護観察処分を受けた。

 

蛍は施設育ちであったのだが、その施設は『非行少年は引き取れない』と、身元引き受けを拒否し、里親兼身元引き受け人を探しているときに現れたのが鞠戸大尉だったのである。

 

蛍は最初、力ずくで自分の自由を勝ち取ろうと、鞠戸大尉に挑みかかったのだが、鞠戸大尉には手も足も出ずに組み敷かれた。

 

その時、鞠戸大尉はこう言った。

 

「クソガキが、町でちょっとくれぇ鳴らしたからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

これに、関節を極められたまま蛍は暴れたが、完全に技が極っていたため抜け出せず、そんな蛍に鞠戸大尉は続けた。

 

「悔しいか?ならよ、俺のトコで修行しな。上手くいきゃ、そのうち勝てるだろうよ。まぁ、万一にでも俺から一本取れりゃ、好きにしろよ。」

 

これより蛍は鞠戸大尉の元で軍事鍛練を受けることとなり、最初の1カ月は不意討ちを狙うがことごとく失敗する。

 

そして失敗しながら蛍は、『実際問題として仮に不意討ちで勝てたとして満足か?』と考えるようになり、鞠戸大尉の施す鍛練、そして学業課題をキチンとこなすようになった。

 

最初は軍事鍛練の一環で掃除洗濯をさせられていたが、鞠戸大尉の私生活があまりにも酷かったため、炊事洗濯掃除全てを蛍がするようになり、芦原高校に受かった頃には本当の親子のようになっていたのだが、そんな折りに鞠戸大尉の種子島での戦闘記録、『種子島レポート』のことを知り、一気に二人の関係が冷え込んでしまったのだ。

 

 

 

「何、にやついてんだ、気持ちわりぃぞ、大尉どの。」

 

「ったく、あんまし上官に暴言吐くなよ、そんなヒマがあんなら、さっさとこんな英語、終わらせちまえよ。」

 

「へいへい・・・」

 

授業が再開しようかというときに、部屋の扉が開く。

 

「蛍、大変だ!!」

 

カームが、扉が開くか開かないかのタイミングで叫ぶ。

 

「どうした、クラフトマン?敵襲か?」

 

鞠戸大尉がカームを一瞥してそう尋ねると、

 

「いや・・・説明が面倒だ、教官も蛍もとにかくラウンジに!!」

 

蛍を呼びに来たカームはそう言って部屋を出て、鞠戸大尉と蛍もその後に続く。

 

蛍達がついた頃には、ラウンジはすでにある放送を見ようと兵士や民間人でいっぱいであった。

 

ラウンジにあるモニターはもともと、士気高揚演説を流したり作戦説明をしたりするものだが、今は火星による通信妨害のため、館内放送にしか使われない。

 

ならばそこに映るのは艦長であるマグバレッジ大佐か、副艦長の不見咲中佐のどちらかであるが、今映っているのは豪奢な服を着た老人である。

 

「こいつは・・・」

 

「レイレガリア・レイヴァース。火星の皇帝よ。」

 

蛍の呟きに答えるようにライエが、カームと蛍の後ろから声をかけた。

 

「お、脅かすなよ!」

 

「シッ!始まるわよ。」

 

ここに集まっている者達は地球のあらゆる周波数に割り込んで行われているこの海賊放送で、

 

『偉大なる皇帝陛下よりご詔勅である、心して拝聴せよ。』

 

という上から目線の通告を聞き、集まったのだ。

 

もとより良い感情など抱いている者などおらず、聞き逃すのを嫌って集まったにすぎない者達に、モニターの中の皇帝は傲岸不遜に言い放った。

 

「ヴァース帝国皇帝の名において、地球へ休戦を布告する。」

 

長々と語られる『孫娘の死を悼む』だの『地球人の悪辣なる所業を非難する』だのといった枝葉を無くせば要点はこれだけであった。

 

ある者は喜び、ある者は憤る中、近くにいた韻子が蛍達に合流する。

 

「聞いた!?休戦よ!!このまま終戦かな!?」

 

「ったく、まだそこまでは言ってないだろ?」

 

韻子とカームがそう話す中、蛍は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

そんな蛍の横で、ライエは誰にというわけでなく言葉を発した。

 

「これじゃ、終わらない。」

 

ライエに蛍達三人が注目する。

 

「どういうこった、アリアーシュ?」

 

「見てて気づかなかった?あの言い方じゃ火星の内乱を止める体よ?」

 

たしかに、ヴァース皇帝の言い方は上からの物言いで誰もが不快に思っていた。

 

そして普通なら休戦は布告するものでなく、敵対行為を停止し、和平交渉の間『休戦状態』になるものだ。

 

「けど、向こうから休戦って言ってたんだよ?」

 

「何の権限も無い人間が、外国同士の戦争に『すぐやめろ』なんて言っても誰も聞かないわ。」

 

ライエが韻子にそう返すと、カームが

 

「外国同士?」

 

と、ライエに疑問を投げかける。

 

「ヴァース帝国は皇帝が直接治める直轄領以外・・・たとえば軌道騎士の所領とかは、軌道騎士がヴァース帝国の臣下と言っても連中に一任されている『外国』よ。軌道騎士が王女暗殺をダシに防衛戦争を主張すれば停戦命令に従う必要は無いわ。」

 

冷たく言い放つライエを鞠戸大尉は怪訝な顔をしてずっと睨んでいた。

 

その時、艦全体に警報が鳴り響く。

 

 

 

 警報が鳴る少し前、艦橋で今の放送を見ながらわだつみのレーダー手からレーダーの使い方を教わっていた詰城先輩が、火星の妨害の中でも使用できる短距離レーダーが敵味方識別信号『クルーテオ伯軍』の飛行物体を捕捉したのを確認したのである。

 

「三時方向敵飛行物体!」

 

「映像をお願いします!」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、詰城先輩に代わりレーダー手が艦橋のモニターに敵機・・・先日の白いカタフラクト『アルギュレ』をぶら下げた黒い輸送機が飛行しているのが映した。

 

基地ごと爆破したはずであったが、運良く応急修理で戦闘が可能な程度の破損しかしていなかったのだ。

 

「対空火器準備!!敵をこの艦に取り付かせるな!!カタフラクト隊は甲板に展開!迎撃に加われ!!」

 

マグバレッジ大佐の指揮が飛び、艦橋では火器管制手が熱源誘導ミサイルを放ち、速射砲を放つが輸送機はアルギュレを積んでいるというのに戦闘機顔負けの機動と熱源誘導撹乱装備フレアでミサイルを、速射砲で追いきれないほどの速度で砲撃を回避し、アルギュレをわだつみの飛行甲板に放り込んだ。

 

わだつみはそれでもアルギュレをCIWSのガトリング砲で撃つが、アルギュレは毎分4000ないし5000発の発射を可能とするガトリング砲の弾幕を以前のようにブレードを突きだして弾き飛ばしながら、CIWSですら狙えない飛行甲板に降り立ってしまった。

 

この時になってやっとカタフラクト隊が甲板に上がってくるが、彼らを責めることはできない。

 

何の援護も無いカタフラクトが単機で航行中の戦闘艦艇に飛び乗ってくるなどという無謀な作戦、誰が想定できるであろうか。

 

「撃て、撃て!!遮蔽物の無いここでは、ヤツのような近接戦しかできないカタフラクトなどただの的だ!!」

 

最初に出てきた隊の隊長がアルギュレを軸にした扇形状に部隊を展開して集中砲火する。

 

しかしアルギュレのパイロット、騎士ブラドはガトリング砲の弾幕すら切り払ったのだ。

 

何体破壊したか彼も宙では覚えていないアレイオンの銃撃などものの数ではない。

 

すぐさま切り捨てられた三体のアレイオンを追うように他の隊が追いかけてくる。

 

「まずAP弾に切り替えろ!足止めくらいにはなる!!」

 

伊奈帆達の戦闘記録が役立ち、アレイオン隊は散開しながらAP弾の雨をアルギュレに浴びせる。

 

しかしこれも、やはり伊奈帆達が戦った時のように突き出したブレードで弾く。

 

こうして時間稼ぎをしている間にマグバレッジ大佐の指示で『対拠点用装備』を携えたアレイオンがアサルトライフルで足止めをする部隊の後ろに並んだ。

 

そして前列がしゃがむのと同時にその上に乗り出すようにした後列が『対拠点用装備』をアルギュレに向けて放つ。

 

「愚かな・・・単発砲などアルギュレの前では・・・ヌ!?」

 

異常を察知したブラドはアルギュレのブーストを吹かせてジャンプさせた。

 

すると、元いた場所を無数の子弾が通りすぎていく。

 

反応があと少し遅ければアルギュレはめでたくスクラップになっていたであろう。

 

この『対拠点用装備』とは、いわゆるショットガンなのだ。

 

防衛設備を一撃で破壊したり、道を塞ぐ壁やバリケードを吹き飛ばすほどの威力を持つ反面、射程が短いという弱点を持つこのアレイオン用ショットガンならばアルギュレにダメージが通るとマグバレッジ大佐は考えたのだ。

 

「散弾ばかりは切り払えぬな・・・ならば!!」

 

アルギュレはショットガン装備のアレイオンを一体破壊し、アサルトライフル隊の間をぬって艦橋を背にしたのである。

 

「ヤロゥ!!」

 

「やめろ!!艦橋に当たるぞ!!」

 

ショットガン隊の一人が発砲しようとしたのを分隊長が止める。

 

艦橋を背にしたアルギュレはアレイオン隊相手にブレードをふるい、一方的に蹂躙していく。

 

発砲できなければ銃砲などただの鉄の筒だ。あるものは状況にあわせて思考を切り替えられず、あるものは銃を捨てて近接戦用のナイフに持ちかえるが、ナイフとブレードの長さの差を埋められずに切り伏せられていく。

 

残った者はアルギュレを狙いながら密集し、威嚇するようにロックオンする。

 

しかしそのロックオンは艦橋にも向けられており、アレイオンの中では『警告 射程内に友軍存在』と、そして艦橋では味方によるロックオンアラートが鳴り響いていた。

 

アルギュレは拡声器で高々と宣言する。

 

『我こそはクルーテオ様が筆頭騎士ブラドなり!先日のオレンジ色よ、決闘だ!!』

 

「な、なにやってるんスか、あの人!!」

 

「に、逃げないと、艦長!!」

 

『いざというときのため』わだつみの動かし方を教わっていた三人の学生のうち二人・・・ニーナ、祭陽先輩がパニックを起こす。

 

詰城先輩も声を上げたりしないが小刻みに震えている。

 

しかしマグバレッジ大佐を筆頭に軍人は動じない。

 

彼女達が動揺してはもっと大勢の人間に混乱が広がり、わだつみは戦わずして沈むであろう。

 

「うろたえるな!!」

 

マグバレッジ大佐の声が艦橋に響き、ニーナ達学生はビクッとして艦長席の方を向く。

 

「民間人は速やかに退避。」

 

「りょ、了解ッス・・・詰城、クライン、行くぞ!」

 

祭陽先輩が二人を誘導して艦橋を出ようとする。

 

しかし、いざ出るときになってニーナは踏みとどまり、振り返った。

 

ニーナも韻子や伊奈帆から聞いて蛍が軍に志願入隊したことは知っている。

 

もしかすると今、戦っているかもしれないと思うと逃げ出すことができなくなったのだ。

 

「先輩たち、ごめんなさい。わたし、ここに残ります。」

 

「いや、ここに残って何ができるッスか!?」

 

ニーナは艦橋に振り返る。

 

「艦長さん、あそこで友達が戦っているかもしれないんです。ですから・・・」

 

「『ここで応援したい』ですか?残念ながらここで貴女が出来ることなど何一つありませんよ?」

 

民間人が艦橋のように攻撃を受けやすい、今はアルギュレが盾にしている場所に残っていては余計に戦いにくい。

 

それが戦闘員と親しい者ならなおさらだ。

 

「戦闘中に民間人が艦橋にいることは認められません、退避しなさい、これは命令です。」

 

「・・・できません・・・」

 

ニーナは震えながらも退かず、マグバレッジ大佐は艦内の憲兵詰所に連絡する。

 

「憲兵、艦橋に退避命令を受け入れない民間人が三名、強制退去させてください。」

 

マグバレッジ大佐がそう言ったのを聞いて青ざめた祭陽先輩が詰城先輩とアイコンタクトで示し合わせ、ニーナの両脇を抱えた。

 

「すみません、祭陽以下二名、即座に退避するッス!!」

 

「せ、先輩、放して!!」

 

「クライン、ここは言うこと聞くッスよ!!」

 

祭陽先輩がニーナにそう言い聞かせ、詰城先輩は無表情のまま、艦橋を後にする。

 

「ったく、なんであんなことを・・・」

 

「だって・・・」

 

艦橋を出ると扉がロックされたため諦めたニーナは先輩二人と走りながら祭陽先輩にそう答えた。

 

ここに来て今まで黙っていた詰城先輩が口を開く。

 

「正統派・・・王道とも言いますね。これまた大好物です。」

 

「何です、それ?」

 

この詰城先輩はニーナと韻子が仲良く話している時も、『ユリですね、好物です。』と、もらしていた。

 

ニーナは前回も今回も意味がわからなかったが、祭陽先輩は詰城先輩の言った意味がわかったため頬を緩ませる。

 

「クラインが?宿里を?マジ?」

 

この言い方は韻子がたまにニーナをからかうのに使うニュアンスに似ていたため、ニーナは赤面する。

 

「ちょ!?どうしてそうなるんですか~!?わたしは友達として心配なだけで・・・」

 

「わかった、わかったッスから、もう少しッスよ。」

 

三人は民間人保護区画に走り込み、他の者と合流した。

 

 

 

 この時、蛍はまだ出撃していなかった。

 

着任したばかりであることもさることながら、フェンリル隊は再編中で、そもそもカタフラクトを受領していないため、鞠戸大尉も含め、別命あるまで待機を命じられていたのだ。

 

しかし蛍は命令を無視し、鞠戸大尉の目を盗んで格納庫に入り、芦原高校から持ち出したスレイプニールに乗ろうとしていたのだが、すぐに使えるスレイプニールをめぐって伊奈帆と口論になっていたのである。

 

「ナオの字よぉ、わかってンだろ!?軍人優先だ!!」

 

「ダメ。こんな方法、他の人にはさせられない。それに蛍だってどうせ待機命令が出てるんでしょ?」

 

伊奈帆はアルギュレを破壊する策があるが、危険だから自分でしなければならないと言い、蛍は軍人優先で自分が戦うと言って聞かない。

 

「ちょっと、ナオ君、蛍君もいい加減にしなさい!もう私が出るから!!」

 

二人をユキ姉が仲裁してそう言うが、彼女も『アーマチュア』という機械式外骨格で、鎮痛剤を打った腕を動かしてはいけないにもかかわらず無理矢理動かしている。

 

カタフラクトの操縦などとてもできる腕ではないため、蛍と同じく待機命令を受けている。

 

「准尉殿その腕じゃあ無理ですぜ。弟さんを説得してくださいな。」

 

「教官に言われたんだよ、『特攻は人にさせるな』って。僕がするぶんには問題ない。」

 

「言っただろ、テメェの作戦なら信じる、だから俺にやらせろって!」

 

こんな調子で平行線なのだ。

 

業を煮やした伊奈帆は折衷案を提案する。

 

1.あくまで伊奈帆の作戦は参考にするだけ

 

2.蛍に勝算があるならそれを使うこと。

 

この二つが飲めるなら伊奈帆は蛍に譲ってもいいと提案し、蛍は快諾してスレイプニールに乗り、装備を整えると甲板につながるエレベーターにスレイプニールを乗せた。

 

 

 

 甲板ではいまだにブラドと連合軍のアレイオンがにらみ合いを続けていた。

 

アレイオンは何度か切り込み攻撃を仕掛けたのだが全てアルギュレに切り伏せられ、損害を出さぬよう威嚇し続けているのである。

 

そこへ格納庫からオレンジ色のカタフラクトが現れ、拡声器でアルギュレを挑発する。

 

『ご指名ありがとよぉ、『この間のオレンジ色』だ!!』

 

蛍は間違いなく伊奈帆を指名しているブラドに対し、伊奈帆のふりをして戦いに臨んだ。

 

そしてスレイプニールは手首部分に蛇腹型の追加装甲を着けているだけで非武装である。

 

これを見た連合側兵士は皆、『正気か!?』と、自分達が見たものを疑う。

 

『宿里伍長!?何をしているのですか!?あなたは待機命れ(ブツッ)』

 

蛍は艦橋からの通信を切り、艦橋ではマグバレッジ大佐が頭を抱える。

 

「・・・やらかすとは思っていましたよ。」

 

「とりあえず弾丸避けに・・・」

 

「不見咲クン!!」

 

ジッとマグバレッジ大佐が不見咲中佐をにらむと不見咲中佐は肩を落とす。

 

二人きりならばまだしも、他の乗組員がいるときに部下を捨てゴマにするようなことは、人の上に立つ者として絶対に言ってはならない。

 

マグバレッジ大佐は不見咲中佐を叱ったあと、通信を開く。

 

「鞠戸大尉ですか?少々状況が変わりましたので・・・ええ、そうです。お願いします。」

 

 

 

 マグバレッジ大佐が鞠戸大尉に何らかの指揮を出した頃、艦橋では相変わらず現代戦らしくない名乗り合いが続いていた。

 

『よく出てこれたものだな!あらためて貴様に一騎討ちを申し込む!!』

 

『よし来たぁ!来いやああぁぁ!!』

 

蛍が応じたことにより、近代戦以降は存在そのものが考えられない一騎討ちが始まった。

 

『ふむ、オレンジ色よ、貴様、取るものも取らずに出てきたというところか、得物を取るいとまくらいは与えようぞ?』

 

『ハッ、テメェごとき、コイツで十分だ!!』

 

スレイプニールの手・・・マニュピレーターが握り込まれる動きに合わせて手首の追加装甲が展開してマニュピレーターを覆う。

 

この追加装甲は、陣地設営や戦闘工兵任務に従事する際に壊れやすいマニュピレーターを保護するためのものである。

 

無論、武装の類いではない。

 

『フッ、オレンジ色、後悔するなよ!!』

 

アルギュレはブレードをスレイプニールに向けて大仰に構える。

 

その時、蛍のスレイプニールに通信が入った。艦橋からでなかったため蛍は拡声器を切り、通信を開く。

 

『オイ、蛍!何やってんだ、命令無視して!』

 

「オッサン・・・仕方ねぇだろ?やらなきゃ、民間人が一人、特攻しかけてたんだからよ。」

 

『界塚弟だな?まぁいい、とにかく、当フェンリル隊に新たな命令が下った、我が隊はこれより、当艦に取りついた敵カタフラクトを撃破する。宿里伍長は鞠戸大尉の指揮の元、スレイプニールにて出撃せよ。早ぇ話しが事後承諾だ。』

 

「ッシャア!!おっと、イエス、サー!!」

 

蛍が鞠戸大尉から事後承諾の命令を受けるとそう言って、念のため鞠戸大尉の命令を聞く。

 

『さぁて、一騎討ちみてぇになってるが、応じることはねぇ・・・と、言いてぇが、現状、援護はあんましあてにならねぇ。前にも教えたことあるけどよ、ああいうタイプには・・・』

 

蛍が考えていたこと、鞠戸大尉の指揮、そして伊奈帆の策は大部分が一致していた。

 

伊奈帆の策ではアルギュレのプラズマブレードを爆発反応装甲という、攻撃が当たった瞬間に外部装甲を爆発させて攻撃を防ぐ追加装甲でプラズマを吹き飛ばして組み付き、アルギュレごとスレイプニールを海に捨て、自分は脱出するというものであった。

 

この、『組み付く』部分は蛍も、鞠戸大尉も同じである。

 

蛍操るスレイプニールは重心を落とし、両手を頭の高さに上げて迎えうつように構える。

 

それめがけてアルギュレは地を蹴った。

 

アンバランスな重心を最大限に利用した踏み込みの速さはアレイオンやスレイプニールの比ではない。

 

先に出撃していたアレイオン隊は元より一騎討ちなど認めるつもりはなく、アルギュレを撃とうとしたが、鞠戸大尉の予想通り、密集していたことが仇となりアルギュレを追うことができず、スレイプニールと肉薄させてしまう。

 

『もらった!!』

 

アルギュレから勝ち誇ったようなセリフが飛び出すが、スレイプニールはプラズマブレードで唐竹割りにされる寸前でアルギュレを操るブラドの視界からこつ然と消えた。

 

次の瞬間、アルギュレの右側面の胴体に衝撃が走る。

 

スレイプニールの正拳突きが命中したのだ。

 

もともとバランスを悪くなるようにあえて設計されているアルギュレはその一撃でたたらを踏み、スレイプニールは即座にアルギュレの右腕に取り付いて十字固めをかけながら甲板に引き倒す。

 

『な、何をした!?』

 

『地球名物、正拳突きと腕十字だ!ありがたくとっときな!!』

 

拡声器で会話が交わされてすぐにアルギュレの右腕が限界を迎え、引きちぎられた。

 

ブレードはエネルギー供給を断たれたため、ただの金属の棒になる。

 

単純な出力と耐久力はスレイプニールとアルギュレでは比にならない。

 

人間になおせばこの二体の差はライト級格闘家とヘビー級格闘家ほどだ。

 

しかし、アルギュレの腕一本とスレイプニール全身となれば話は別だ。

 

これ・・・すなわち白兵戦でブレードを腕ごと奪い取るというのが鞠戸大尉の指揮、そして蛍が考えた勝機である。

 

 

 

 同じ頃、民間人退避区画では伊奈帆が壁にかかったモニターをいじっていた。

 

それに気づいたセラムが隣に立つ。

 

「何をなさっているのですか?」

 

「戦術データリンクにこのモニターを繋げば、外の様子がわかるかもって思ったんだけど・・・やっぱり接続は向こうから切断できるみたい。」

 

「伊奈帆、こっち貸してみろ!」

 

二人の様子を遠くから見ていたカームが割って入り、モニターの裏の配線を変え始めた。

 

「ここを直結させて・・・できた!」

 

カームがそう言うと、モニターは艦橋の様子を映す。

 

艦橋には指揮をしながら艦橋を目指していた鞠戸大尉が到着し、人数がニーナ達が出た後より一人増えている。

 

「っとと、ちょっと待ってくれ。」

 

今度は文字列が映り、次にアレイオンのカメラ映像に切り替わった。

 

そこにはスレイプニールの後ろ姿、そして片腕を失ったアルギュレが対峙しているのが映っていた。

 

外の様子が映されると、そこに他の民間人達も集まってくる。

 

「か、火星人だ!!こ、この艦に乗り込んできたぞおおおぉぉぉ!!!」

 

「に、逃げろ!!」

 

「バカ!どこにだよ!!」

 

甲板の様子を見た瞬間、区画は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 

そんな区画に、凛としたよく通る声が響き渡る。

 

「鎮まりなさい!!」

 

声の主はモニター近く、伊奈帆の隣・・・セラムであった。

 

「ご覧ください・・・敵は単機、それに中破しております、すぐに捕縛されることでしょう。」

 

中学生か高校生くらいにしか見えないというのに、セラムの一声で浮き足立った大人達は一瞬でおとなしくなる。

 

「す、すげぇ・・・」

 

カームが感嘆の声を漏らすと、騒ぎを聞きつけた韻子が、合流したニーナ達と人混みをかき分けて伊奈帆達のもとに来た。

 

「ね、ねえ!今、何があったの!?」

 

韻子がそう尋ねると、セラムは緊張の糸が切れたのかふらついてそれを伊奈帆が倒れないように支える。

 

「セラムさん、あまり慣れないことはしない方がいいよ。」

 

「考えるより先にああしてしまいましたの。申し訳ありませんわ。」

 

「それはいいよ、助かったし。それはそれとして、妹さんは?」

 

「あら?先ほどまでここにいましたのに・・・」

 

「ここ、ここで~す!!」

 

声と共に人混みの中から小さな手が出てきて、伊奈帆がその手を引っ張ると、もみくちゃになったエデルリッゾが出てきた。

 

「・・・大丈夫?」

 

「し、死ぬかと思いました。」

 

エデルリッゾが肩で息をしながらそう言うと、モニターをチラチラと確認していたカームが、

 

「おい、動きそうだぞ!」

 

と、戦況を皆に伝えた。

 

 

 

 甲板ではアルギュレとスレイプニールがじわりじわりと互いを牽制していた。

 

蛍はアレイオン隊が射線を確保できる方に動いて一騎討ちを反故にする可能性をちらつかせ、ブラドはそれを防ぐためにスレイプニールをアレイオンからの射線上に置くよう動かし出方をうかがう。

 

『自分から仕掛けろ、あんまし追いつめたままほっとくとヤツは艦を破壊するかもしれねぇ。』

 

「了解。」

 

蛍は念のため拡声器を切って鞠戸大尉に答える。

 

通信の声は拡声器には入らないが自分の声は別である。

 

先に動いた方が負けと誰もが思う中、蛍は鞠戸大尉の指示に従い自分から仕掛けた。

 

まっすぐ、放たれた銃弾のようにアルギュレに向かってスレイプニールを突進させる。

 

「(鞠戸流五輪書(非売品)、『我、徒手にて刀と相対すれば』より)」

 

蛍は鞠戸大尉から教わった格闘を最大限にスレイプニールで再現する。

 

『バカめ、死ぬがいい!!』

 

対するブラドは勝ち誇りながらアルギュレに残されたブレードを前に突き出し、スレイプニールは串刺しになる・・・はずであった。

 

スレイプニールはまたもやブラドの視界から消失したのである。

 

『またか!?うわぁ!!!???』

 

ブラドがスレイプニールを視界に捉えるより早く、アルギュレが宙を舞った。

 

蛍はスレイプニールをスライディングタックルで甲板を滑らせ、アルギュレの両足を蹴り折ったのである。

 

「足を砕きて得物を奪え!!」

 

蛍は鞠戸流五輪書『我、徒手にて刀と相対すれば』の続きを口に出す。

 

刀剣の攻撃は基本的に上半身を狙うように考えられている。

 

防御もそれに伴い上半身が重視される。

 

蛍の見立てでブラドは、港湾基地の戦闘において防御に徹した時は銃弾に対して確かに鉄壁の防御を見せていたが、攻撃に出ると魅せ技のような大振りが多く、防御が疎かだったのである。

 

そのため、伊奈帆のスレイプニールを破壊することができなかったのだ。これならばと、蛍は白兵戦なら組み伏せることができると踏んだのだ。

 

ちなみに、鞠戸流五輪書とは単に蛍が鞠戸大尉から教わった格闘をメモして、文語風に書いただけのもので、鞠戸大尉が書いたというわけではない。

 

さておき、アルギュレはトップヘビーに設計されている以上、脚部の装甲はほとんどつけられなかったため、足を簡単に破壊されたのである。

 

『卑怯だぞ!!』

 

ブラドの罵声がアルギュレの設計がこのようになっている理由を物語っている。

 

アルギュレは古代ヴァースにて行われていた剣術を文献から復活させた『ヴァース古流剣術』の使用を念頭に置いて設計されているのだ。

 

しかしこれは、『攻撃は見栄え重視の大振り』『大剣による二刀流』『飛来する矢弾を大楯等で防がず払い落とす』『接近戦における下半身への攻撃は想定外』など、ヴァース帝国では認識されていないが完全に競技用ないし演舞用であるのだ。

 

実戦において『大振り』は論外、大剣を『二本も』持っていても邪魔になるだけ、飛来する矢弾を弾いたりせずとも『身を隠す』か『楯をかかげる』だけでことは足りる。

 

『卑怯?ここはボンボンの舞踏会場じゃねぇんだよ!』

 

対して、悪党のセリフにしか聞こえない返答をする蛍は、鞠戸大尉に教わった格闘をスレイプニールで再現したのだ。

 

その鞠戸大尉は連合軍式近接格闘術、そしてその下地には士官学校に入る前に初段を取った空手、士官学校時代に同じく初段を取った柔道がある。

 

この日本古来からの武術の源流は中国拳法だといわれ、さらにその源流は仏教の開祖、仏陀が編み出した武術だという説もある。

 

3万年前の文献からうわべだけ再現した剣術と、2000年を越える歴史の中、分岐、継承、切磋琢磨、洗練されてきた武道、格闘術のどちらがより強いかなど、火を見るより明らかだ。

 

 

 

 蛍のスレイプニールはすでに片腕を力なく振ることしかできなくなったアルギュレの、残った腕を踏み折る。

 

するとプラズマブレードは先ほどのようにただの棒切れとなり、とうとうアルギュレは身動きすらとれなくなってしまった。

 

『グ・・・やむを得ん、投降する。』

 

アルギュレから心底悔しそうな声が聞こえてくる。

 

『よぉし、宿里伍長、作戦完了だ。』

 

鞠戸大尉も通信でそう言ったが、蛍はそれらを無視してアルギュレのコクピットにスレイプニールの手をかけ、力任せに弾き飛ばした。

 

コクピット内部が完全に露出し、乗っていたブラドはみるみる青ざめていく。

 

「き、聞こえなかったのか!?投降する!!」

 

『な、何してやがんだ!蛍!!』

 

『・・・通信遮断、接触回線オープンっと。なぁ、騎士ブラドさんとやらよぉ、テメェら、散々好き勝手やっといて、今さら『捕虜として扱え』なんて、通ると思ってんのか?あぁ!?』

 

「な・・・キサマ、まさか!?」

 

『ワリィけどなぁ、捕虜に食わす飯よりスレイプニール洗う方が安いんだよ!!』

 

「よ、よせ!」

 

ブラドの悲鳴が上がるより早く、スレイプニールの拳がブラドを叩き潰した。

 

カタフラクトに殴られれば人間が原型をとどめられるはずもなく、半壊したコクピットは赤黒く染まっているだけであった。

 

これを見たアレイオン隊のパイロットは、ある者はコクピット内で目をそらし、ある者は『残虐行為の証拠』を持ち帰られるのを阻止するため、上空を旋回していた輸送機に砲弾の雨を浴びせ、撃墜した。

 

輸送機はどうやら燃料タンクに被弾したらしく、パイロットが脱出する気配もなく火だるまになって海に吸い込まれるように落ちていく。

 

そしてこの様子は艦橋だけでなく、避難区画で民間人達も盗み見ていたのだ。

 

モニターの一番近くにいたのは伊奈帆達で、その周りを他の大人達が囲んでいる。

 

「・・・あんまりですわ・・・」

 

そう発したのはセラムだ。

 

スプラッタシーン直前にエデルリッゾの目をふさぎ、自分も目をそらしていた。

 

「い、いくらなんでもやりすぎッスよ・・・」

 

「・・・グロリョナはカバー範囲外です。」

 

祭陽先輩、詰城先輩も目をそらす。

 

「・・・か、火星人が悪いんだ・・・だから、何されても文句言えねえだろ?」

 

自信なさげな声で蛍の行動を擁護するカームに、伊奈帆は冷静に答える。

 

「今のはグレーゾーンだった。殺さない方が正解だよ。」

 

そして、その近くでうずくまるニーナは、

 

「ぅぷ・・・ォェ・・・」

 

と、ショックのあまり嘔吐し、韻子が彼女の背をさすりながらエチケット袋を口元に当てる。

 

「ニーナ、あんまりきついなら医務室、行こ?」

 

「・・・大丈夫、蛍くんのこと、最後まで見てるって・・・決めてたから・・・」

 

そう言ったニーナの顔は真っ青である。そんなニーナが、何者かに脇を抱えられて立たされた。ライエである。

 

「もう終わったわ、ここで吐いたら掃除が大変でしょ?トイレと医務室、どっちが近いかしら?」

 

ライエはすでに甲板の戦闘から興味を失い、平然としている。人が死んだというのに。

 

「ま、待って、アタシも行くから!」

 

足早にニーナを連れていくライエのあとを韻子が追っていき、三人に大人達は道を開けた。

 

そして周りの大人達はというと、子連れはセラムがしたように子供にモニターを見せないようにしているが、大多数は、

 

「やったぜ!火星人をぶっ殺したぞ!!」

 

「調子乗ってっからくたばるんだよ!!」

 

「いっつも月や火星から俺たちを見下しやがってよぉ!胸がスッとしたぜ!!」

 

と、まるでヒーローショーで悪役が倒されたかのような歓声をあげていた。

 

そして、この狂ったような『熱』は軍人達にも拡がっていく。

 

この戦闘の問題を考えずに、否、忘れるためというものもいる。

 

そんな中、この狂熱が入って来ぬ場所があった。

 

艦橋である。

 

「不見咲君、事後処理を頼みます。敵兵の遺体は回収できるだけ回収の後、海軍葬の準備を。」

 

「了解しました。艦長、念のため報告いたしますが、くだんのカタフラクトパイロットは投降規定『機関停止』を怠っていましたから、彼を軍法会議にかけることは・・・」

 

不見咲中佐はマグバレッジ大佐の指示に返答しながら蛍を擁護する。

 

それに対しマグバレッジ大佐は振り返り、

 

「不見咲君、確かにあなたの言う通り、彼を軍法会議に処することはできませんが、それとこれとは別問題です。」

 

と答えて司令席から立つ。

 

艦橋に狂熱が入ってこなかったのは、熟達の軍人ばかりであり、この度の問題点・・・すなわち、『投降兵の私的処刑』を、蛍が独断で遂行したことを理解していたのもさることながら、マグバレッジ大佐の冷たい怒りにあてられたというのもあるのだ。

 

不見咲中佐が言ったとおり、ブラドはカタフラクトの投降規定『投降信号の発信ならびに口頭での投降宣言、武装の投棄、機関停止』のうち、『機関停止』を怠っていたため、投降は認められない。

 

これを怠っていては、例えば投降するふりをして逃亡を企てたり、今回のように逃げることができなくても機関を暴走させて自爆など、投降そのものが無意味になってしまう。

 

そのために決められているのが『投降規定』なのである。

 

しかし、蛍は『機関停止していないのが故意か過失かの確認』を行っていないため、問題ないとしてもグレーゾーンである。

 

艦橋を出たマグバレッジ大佐は、蛍の暴挙を部隊指揮所で見てから艦橋に釈明しに来た鞠戸大尉とはちあわせる。

 

「大佐どの、うちのガキ・・・宿里伍長の件だが、これは監督を怠った俺のミスだ。だからアイツのことは・・・」

 

鞠戸大尉がそう言うと、マグバレッジ大佐は首を横に振った。

 

「ご安心を、彼を軍法会議に問うことはそもそもできません。ですが、言わねばならないことは言わせていただきます。」

 

「それこそ、俺が!」

 

「大尉と伍長には軍務以外の関係がございます。それではいけないのですよ。」

 

そう言ってマグバレッジ大佐は格納庫に向かった。

 

 

 

 マグバレッジ大佐が格納庫に到着したとき、蛍は凱旋将軍のように迎えられていた。

 

本人は戸惑いながらも悪い気はしていないようで愛想笑いで返している。

 

「宿里伍長、よろしいですか?」

 

マグバレッジ大佐がそう声をかけると、蛍は少し浮かれた様子でマグバレッジ大佐に歩み寄る。

 

そんな彼を迎えたのは、労いの言葉でもなければ、ましてや熱い抱擁などでもなく、鋭い平手打ちであった。

 

「・・・な、何するんスか!?」

 

「黙りなさい!貴方は自分が何をしたかわかっているのですか!?」

 

マグバレッジ大佐の怒声に、蛍は逆上する。

 

「俺は命令通り、ヤツをぶっ殺して来ただけッスよ!!」

 

「私は『甲板に取りついたヴァース帝国カタフラクトを撃退せよ』としか命令していません!!」

 

「同じじゃないッスか!?」

 

このやりとりを聞いた周りの兵士達は二人から目をそらす。

 

『撃退せよ』と、『殺せ』。

 

似ているようだがこの二つは大きな違いがある。

 

前者は『戦った結果、敵兵が死ぬ可能性がある』、つまり、『殺すのは必須ではない』。

 

極端な話、敵の武器だけを無力化する兵器があるとして、それで戦闘不能にしてもかまわないのだ。

 

後者は文字通りだ。

 

投降しようとかまわず『殺すこと』が目的で、たとえ戦争であっても許されることではない。

 

このような大きな違いがあるからこそ、後者になってはならないのだ。

 

それに気づいたために周囲の兵士は目をそらしたのである。

 

「まあ、今回は志願したばかりの新兵がバックフィーバーを起こしただけとして、処分は今ので終わりにしましょう。」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、蛍は目をそらし、格納庫を走り去った。バックフィーバー・・・臆病者の暴発を意味する言葉は、かつての鞠戸大尉と同じだ。

 

種子島で彼の父を奪った鞠戸大尉と。

 

「・・・俺は・・・違う・・・腰抜けじゃねぇ・・・」

 

そう呟く蛍を乗せたわだつみは、航路どおりに避難民を乗せたフェリーが目指していたウラジオストクの港へ向かって進んでいく。




書いててかなりえぐいことさせたなとは思います。

カタフラクトの投降規定ですが、とりあえず昔の軍艦の規定を元にしております。

戦闘行為の停止、白旗掲揚等降伏の意思表示、『機関停止』

船って一回機関緩めるとすぐ動けないから、機関停止せずに白旗あげてそのまま逃げるとかあったそうです。

※追記

仏陀が編み出した武術が中国拳法の起源というのは誇張なのであしからず。

達磨大師がインドで収めた武術と、仏陀が学んだという武術が同じ名前というだけらしいです。


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第六話 古戦場 種子島

バレバレなまま引っ張り続けてましたけど、やっとこさ『あのお方』登場です。


「愚昧下劣な蛮族の凶矢に伏した余が孫娘アセイラムに大公位を追号し、哀悼の意を捧げる。

 

 かつての征伐より15年、余の温情によりこの宇宙に存在を許されたる地球の蛮族共の返礼がこの度の暴挙である。先帝ギルゼリアの地球征伐は正しかったのだ、言を解さぬ者共の蒙を啓くことはアルドノアの光こそなしうるものなり。

 

 ヴァース帝国皇帝レイレガリア・ヴァース・レイヴァースの名をもって、忠勇義烈の軌道騎士団に命ずる。野蛮なる地球の土民共を焼き払い、いにしえの偉大なるヴァース帝国が神聖なる大地をアルドノアの輝きにて満たすがよい!!」

 

騎士ブラドの海軍葬を終えたわだつみに、強制的な割り込み、すなわち電波ジャックで昨日、休戦の布告を発したヴァース帝国皇帝、レイレガリア・レイヴァースが新たな布告を発したのだ。

 

今度は地球に対してでなく軌道騎士団に発せられた布告であるが、これによって地球に対しても火星ヴァース帝国本国のスタンスが明確にされた。

 

ヴァース帝国は地球連合との休戦から15年で築かれた民間交流ならびにグレーゾーンで認めていた国交も全て白紙にし、前星間戦争で主張した『地球全土の領有権』を大義として地球全土に対し宣戦布告・・・正確には『地球は無主の未開地であるからヴァース帝国の威光をもって啓蒙せよ』と軌道騎士団に命じたのである。

 

 

 

 わだつみの艦橋でこれを聞いたマグバレッジ大佐に、今、起こったことを納得できない不見咲中佐が静かに尋ねる。

 

「・・・艦長、これは一体・・・」

 

「どうもこうもありませんよ、現時点をもって、ヴァース帝国皇帝を僭称するドクター・レイヴァース率いる武装勢力と地球連合軍は正式に交戦状態に入りました。」

 

マグバレッジ大佐は地球連合軍の公式記録に記載されるであろう言い回しを使って答えた。

 

「そんな!?休戦だと言ってまだ一日もたっていないんですよ!?」

 

「バカ野郎!あんなもん、信用できるか!!」

 

操舵手とレーダー手が口論するのを、マグバレッジ大佐は一喝する。

 

「静粛に!!あなた方が動揺してどうするのですか!?」

 

艦橋にいるのは実戦経験こそないものの、士官課程を終えた正規の軍人である。

 

ブラド襲撃前にライエが話していたようなこと・・・すなわち、『休戦の布告など何の意味もなさない』ことなど理解していたし、一日もたたずに外交スタンスが180°変わったことが意味することも理解していた。

 

ただ、最初に騒ぎ始めた操舵手は休戦の布告を信じたかったのだ。

 

「あの叛徒の首魁が何を言ったとしても、我々の任務は変わりません、この艦に乗る民間人を連合軍本部へ無事送り届けること。そしてその障害になるものは排除すること。この二つは決して忘れてはいけませんよ。」

 

叛徒の首魁ことヴァース帝国皇帝の実質的な宣戦布告は地球全体で見れば晴天の霹靂であったが、わだつみのように休戦の布告を無視した攻撃を受けた者や、各国政府高官、政治家、地球連合軍上層部にとっては容易に予測できたことであった。

 

そして予測できた者、できなかった者の区別なく共通した認識が持たれることになる。

 

朝令暮改という言葉があるが、まさしくヴァース帝国の外交スタンスがこれであろう。

 

一日もたたずに主張が180°変わる集団など誰が信用できようか。

 

「ところで、例のカタフラクトはどうなっていますか?」

 

「ただいま、界塚准尉の弟君が、敵本隊の情報を盗み見できないか調査しているとのことです。データのバックアップは取らせてからですから、問題はありませんかと。」

 

マグバレッジ大佐が不見咲中佐に聞きたかったのはそういうことではない。

 

「不見咲君、君がもてない理由を教えましょうか?」

 

「必要なことは全て用意するのがよろしいかと。」

 

「相手が望んでいないものをいくら集めても無駄な努力になるのですよ。」

 

マグバレッジ大佐が聞きたかったのは経過ないし結果であったのだ。

 

そしてそれは、格納庫からの連絡で知らされることとなる。

 

「か、かかかかか艦長、大変です!!ハッキングが火星で撃沈をフェリーが・・・」

 

「落ち着きなさい!」

 

何を言いたいのかわからない整備班長をマグバレッジ大佐が一喝すると、伊奈帆が通信を代わり、

 

「すみません、界塚伊奈帆です。」

 

「伊奈帆君ですか?おそらく、ハッキングの結果のせいだと思いますが、何がわかりましたか?」

 

「早急に目的地を変更してください、ウラジオストクが制圧されました。」

 

「な、何ですって!?」

 

マグバレッジ大佐が声を荒らげると、艦橋にいた者達は一斉に振り向く。

 

「コホン、失礼。詳しくお願いします。」

 

伊奈帆はマグバレッジ大佐に知り得た全てを伝えた。

 

まず、アルギュレはパスワードすらかけておらず、『ハッキング』などという手段を用いる必要すらなかったことを伝える。

 

これは前置きなのだが、同時にヴァース帝国側、クルーテオ伯軍は一機カタフラクトを撃破されているにもかかわらず、二度は無いと高をくくっていたか、非正規戦における事故と考えてアルギュレが撃破ないしろ獲されることなど考えてすらないと、伊奈帆と、報告を受けたマグバレッジ大佐は考えた。

 

次に、ウラジオストク陥落の報を伝えるが、これが厄介であった。

 

ウラジオストクを制圧したのは、正確にはクルーテオ伯でなく、ケテラテッセ伯なる軌道騎士の軍であったのだ。

 

伊奈帆が見つけたのはケテラテッセ伯からクルーテオ伯への通信で、さも世間話でもするかのようにウラジオストク制圧を自慢していたのである。

 

その時に送られた映像によると、ケテラテッセ伯はヴァース皇帝の『休戦の布告』を無視してウラジオストクに進軍していた。

 

時刻はブラドのわだつみ襲撃とほぼ同時刻、新芦原から最後に出港したフェリーが入港していた時に、ケテラテッセ伯軍が急襲、無誘導ロケット弾や榴弾の嵐が吹き荒れ、それがやむと光のムチを装備したカタフラクトが単機で切り込み、アレイオン、戦闘車輌、防衛施設を破壊すると、火星側の戦闘機隊が上空を押さえ、飛び立った、あるいは飛び立とうとしていた地球側戦闘機を撃墜、破壊し、カタフラクトに続いて来た歩兵戦闘車輌から降りた歩兵隊が港湾をはじめとする交通の要所、連合軍防衛司令部、市庁舎のような軍事、政治の中枢を制圧した。

 

結果としては、地球連合軍は降伏する間も無く全滅、ウラジオストクとその近郊はケテラテッセ伯領となったのであった。

 

そして、その映像が格納庫で再生された時、映っていたある一隻の沈み行く船によって大騒ぎになったのだ。

 

その船は新芦原を最後に出港した避難船のフェリーであったのだ。

 

ロケット弾の流れ弾が直撃し、折れるようにして沈没したのである。

 

この時、連合軍海軍も砲撃を受け大多数が炎上、轟沈し、基地施設が受けた砲撃によって流出した燃料などと共に海面が炎上、避難船に乗っていた民間人の生存は絶望的である。

 

この報は燎原の火のごとくわだつみ中に広がってしまっており、箝口令はすでに無意味となっている。

 

「すみません、情報の管理が甘かったみたいです。」

 

伊奈帆はうかつに映像を整備班長をはじめ他の兵士に見せてしまったことを謝罪する。

 

「あなたが謝ることではありませんわ。整備班長らに監視を言いつけたのもこちらですしね。とりあえず、極東一帯における、軌道騎士団の勢力範囲はわかりますか?」

 

「・・・ええ、まずは東京に降下したクルーテオ伯ですが、本州北端から大阪までを支配下に収めてます。そしてケテラテッセ伯は朝鮮半島南端から黄海側はソウル、仁川まで、日本海側はウラジオストクまでを制圧したもようです。そして香港に降下したフェミーアン伯なる軌道騎士が大陸側は上海まで、そして台湾、沖縄本島までを制圧したと・・・あ・・・」

 

伊奈帆が報告の途中で言葉をつまらせる。

 

「どうしました?」

 

「こちらの覗き見が露見、回線を向こうで切断されました。」

 

伊奈帆が見ているアルギュレのホログラム式ディスプレイには『DISCONECT』と表示され、操作を受け付けなくなってしまったのだ。

 

クルーテオ伯の揚陸城で、アルギュレの撃破に感付かれたのである。

 

しかし、マグバレッジ大佐が必要な情報はすでに伝わっていた。

 

「わかりました、必要な情報は得られましたからよしとしましょう。お疲れ様でした。」

 

マグバレッジ大佐はそう言って伊奈帆をねぎらって通信を終えると、指揮を飛ばす。

 

「当艦の航路を変更します。まず、関門海峡を通過し、種子島基地にて補給、整備を行い、東シナ海、黄海沿岸が完全に制圧される前に天津へ入港。その後は陸路にて連合軍本部を目指します!!」

 

この時、あと一時間も進んでいればケテラテッセ伯の索敵網に入っていたところで、間一髪の進路変更であった。

 

 

 

 一方、伊奈帆がアルギュレをいじっていたころ、蛍はラウンジで鞠戸大尉から出された命令無視の罰を片付けていた。

 

始末書はすでに書いたのだが、それよりも彼は大きな問題にぶつかっているのである。

 

「えっと・・・わかんね!だいたい、三角形のこの線の長さが出せたからって何なんだよ!?」

 

学科の課題である。

 

隊の訓練で近接格闘、体力作りをこなしたあと取りかかっているのだが鍛練と比べて一向に終わる気配がない。

 

そこへニーナが通りかかり、蛍に話しかける。

 

「蛍くん、書類のお仕事・・・じゃないよね?」

 

「ん?あぁ、コレ、あのクソジジィから出された課題でな。しっかし、最近の中坊、難しいことしてんだな・・・」

 

「そこね~、答え15だよ。」

 

「・・・え?」

 

蛍はニーナが暗算で簡単に答えを出してしまったことに驚く。

 

「ピタゴラスの定理で、出せるでしょ~?」

 

「スゲーな、もしかして全部余裕なんじゃね!?代わりにやってくんねぇか?」

 

「ダ~メ!それと、コレ、小学生の内容だよ?」

 

ニーナは他の問題も見ながらそう言った。蛍がもしかしてと思い表紙を見ると、そこには『算数ドリル 小4』と、書かれていた。

 

「ナメてんのか!?あのジジィ!!」

 

「でも~、解けてなかったよね?」

 

ニーナにそう言われ、蛍はぐうの音も出ない。

 

「ホント、よく受かったよね~、ウチの高校。」

 

「入試の時はできたんだよ、コンチクショー!」

 

ラウンジにはある程度人が集まっていて、二人の様子を遠巻きに、一部はクスクスと笑っている。

 

「・・・ワリィ、話しがあるなら場所変えるぜ?」

 

「え?でも~、いいの?」

 

「数字の見すぎでじんましんできそうなんだ、休憩くれぇ構わねえだろ?」

 

そう言って蛍は算数ドリルと筆記具を片付け、ニーナを伴ってラウンジを出た。

 

 

 

 ラウンジを出た二人は、人の少ないところを探しているうちに甲板に出る。

 

甲板は整備員の清掃、修理によってすでに昨日の戦闘の痕跡は消え去り、潮風が全通甲板の上を吹き抜けていく。

 

「ここなら大丈夫だろ?」

 

「うん・・・そのね、昨日のことだけどさ・・・あんまり気にしちゃダメだよ?」

 

ニーナの口から出た『昨日のこと』という単語に、蛍は表情を曇らせる。

 

この言葉が指す事件はただ一つ、蛍がアルギュレを破壊し、パイロットの騎士ブラドを独断で処断したものだ。

 

「あんなことになって、帰って来てからずっと元気なかったでしょ?ずっと気になってて・・・」

 

「・・・な~んだ、そんなことだったのかよ!?大丈夫だ、あんなザコ、何匹来ても俺が全部ぶっ殺してやるからよぉ!」

 

蛍の答えはニーナにとって予想外のものであった。

 

彼の答えは、到底、人を殺した人間のものではない。

 

「ちょ、ちょっと、蛍くん?まさか、昨日のこと、覚えてないの!?」

 

ニーナは蛍がショック性の記憶欠落を起こしていると考えてそう尋ねるが、そう簡単に起こるものではない。

 

「何言ってんだ?火星人って害獣駆除しただけだろ?ゴキブリひねり殺すのと大差ねぇよ。向こうの親玉が直々にケンカ上等っつってんだ、ちょうどいいぜ。」

 

悪びれる様子もなく答えた蛍に、ニーナは戦慄をおぼえる。

 

「(どうして?・・・違う、蛍くんは・・・)」

 

蛍の瞳をジッと見つめるニーナの思考は、甲板に出る階段の下で、大声で話していた兵士によって中断させられる。

 

「大変だ!!ウラジオストクが制圧された!!」

 

「待てよ!じゃあ最後に出港したフェリーはどうなったんだよ!?」

 

「火星人に撃たれて沈められたらしい・・・生き残りはいねぇってよぉ・・・」

 

「・・・クソォ!!あの船にゃお袋と妹が乗ってたんだぞ!!許さねぇ、ヤツら、皆殺しだ!!」

 

フェリー撃沈の報を聞いたニーナは魂が抜け出たかのように全身から力が抜けた。

 

フェリーにはクラスメイト達が乗っていたし、何より、本来優先避難であった彼女の家族も乗っていたのだ。

 

彼女の両親はもともと住んでいたイタリアの有力者で、新芦原に避難してきてからも避難民の代表的地位から、日本国籍を取得して地方議員になっていた。

 

そのため、優先避難が可能であったが、彼女の父は

 

『トップが我先に尻尾をまいて逃げては示しがつかん。』

 

と、新芦原に残って避難民の誘導指揮、本来知事の仕事であるが先見の明が弱い知事が宣戦布告前に辞任してしまったため代行することにした連合軍の陣地設営許可などを行い、最後のフェリーで避難することになったのだ。

 

ニーナは救助に出るとき、両親と大喧嘩をして出てきていた。

 

止められるのも当然だろう、すでに戦場となった新芦原に取り残された民間人が生きている可能性など本来なら皆無だ。

 

それを振り切って救助に出た結果、ニーナは生き残り、家族を全員失った。もう、謝ることもできない。あまりのことに倒れそうになったニーナを抱き締めるように、太い腕が回され、分厚い胸板に顔が押し付けられる。

 

「・・・気持ちがわかるだとか、薄っぺらいことは言わねえよ・・・だから・・・何だ、お前のしたいようにしな。」

 

腕の主は蛍だ。

 

人の気持ちなど本人でなければわかるはずがない。

 

そして彼は、できもしないことをさもできるかのようにして何もしないのは偽善だと考えている。

 

だからこそ、できることを彼なりに考えた結果こうしたのだ。

 

ニーナは蛍の胸に顔をうずめて泣き始めた。

 

無論、どれだけ泣いても家族が生き返るわけがない。

 

しかしニーナは、蛍の胸で自分の嗚咽を隠しながら泣き続けた。

 

「・・・ゴメンね、蛍くんだってずっと・・・」

 

「俺のことは気にすんな、どうせ物心つく前のことだからよ。それより、落ち着いたか?」

 

「うん・・・ありがと・・・」

 

ニーナは蛍から顔を離し、涙をぬぐってそう言った。

 

悲しみに暮れているのは彼女だけではない、わだつみに乗る者ほぼ全てが嘆き悲しんでいたが、そのために足踏みしていてはこの艦も同じ運命をたどることとなる。

 

わだつみは涙の海、悲嘆の荒波を越えて、前星間戦争唯一の地上戦が起こった古戦場、種子島にその舳先を向けて進んでいく。

 

 

 

 ヴァース帝国の宣戦布告から三日がたち、わだつみは種子島補給基地に到着した。

 

舵を握るニーナがおっかなびっくりわだつみを着岸させ、投錨すると蛍の所属するスカウト部隊、伊奈帆、韻子達が所属するカタフラクト戦闘隊が艦を係留し、カームが所属する整備班、武器班、需品班が基地から物資を搬入し始める。

 

前大戦とエンジェル・フォールによって荒野と化したこの島は連合軍管理のもと、補給基地が置かれているだけである。

 

さして重要でないこの拠点は最低限のデータ破棄をしただけで施設そのものは問題なく使用することができ、スムーズに補給作業が進められていく。

 

そんなわだつみの乗組員、特に新たに入った者達を甲板から見ながらマグバレッジ大佐はため息をついた。

 

「仮にも大佐ともあろう御方が、そんなことじゃいけませんぜ。」

 

マグバレッジ大佐が軽口を叩く男の方に振り向くと、そこには鞠戸大尉が立っていた。

 

「大尉・・・どうしてこちらに?」

 

「麗しい天使の吐息が聞こえたから・・・じゃあダメか?」

 

「からかわないでください!」

 

マグバレッジ大佐が怒るが、鞠戸大尉はわるびれることなく微笑み、その姿がマグバレッジ大佐の記憶の中にある『ある人物』と重なった。

 

「・・・肩の力、抜けたみてぇだな。まぁ、何を気に病んでたかは大体わからぁな。大方、民間人を徴募したことだろ?」

 

「え、えぇ・・・できれば、彼らには何事もなく本部にたどり着いてほしかったのですが、こうなってしまいました・・・」

 

地球連合に関する条約にもとづき、地球連合軍は連合に対する有事の際、部隊、艦における最高位の軍人の『裁量をもって』、『教練を受けた者』を『徴募することができる』。

 

法律等はたいてい、このように解釈のしようがいくらでもある書き方をする。

 

たとえば『教練を受けた者』とは普通、教練を修了して予備役に入った高校卒業者を指すが、『教練中の学生』とも読み替えることができる。

 

そして『裁量をもって』、『徴募することができる』というのは、何か問題が起こってもその責任は地球連合にはなく、あくまで現場指揮官、現在ならばマグバレッジ大佐の責任となる。

 

そうであるにも関わらず、地球連合軍の方針としては、『有事の際は積極的に民間人を徴募せよ』となっているのだから、組織というのはおかしなものである。

 

「なぁ、何を今さら気にしてンだ?」

 

「今さらとはどういう・・・」

 

「ウチのクソガキを軍に入れたろ?」

 

「な!?彼は志願兵ではありませんか!?それに、あなたも許可したことでしょう!?」

 

マグバレッジ大佐はそう反論する。

 

「まぁ、そのとーりなんだがな、大佐殿も採用しなけりゃよかったろ?」

 

「で、ですが、今は人材不足で・・・それに、遅かれ早かれ徴募することになったでしょうから・・・」

 

「ほら、それだよ。理由あんだろ?」

 

マグバレッジ大佐は自分が口にしたことに気づいて口を押さえるが、もう遅い。

 

彼女にとってそれは言い訳に過ぎないのだ。

 

「そりゃあな、俺だってあのガキが軍に入るのは反対だわな、けどな、んなこと言ってらんねぇってのはわかってんだよ。」

 

「えぇ・・・」

 

「ま、こういうのは考え方の問題ってヤツだ。まずは俺たちの作戦目的は?」

 

鞠戸大尉にそう問われたマグバレッジ大佐は、

 

「この艦に乗る民間人を連合軍本部へ無事送り届けることですね。」

 

と、即答した。

 

「なら、最悪の事態は?」

 

「民間人の全滅です。」

 

新たな問いに答えたマグバレッジ大佐に、鞠戸大尉は首を横に振った。

 

「そいつはまだ最悪じゃねえ、本当に最悪なのは『この艦に乗る全ての者が死ぬこと』だ。民間人の全滅はその次、そして、死にたかねぇが俺たちが全滅しても民間人は無事に本部に着く、降伏したとしても命が保証されていればまだマシか。」

 

鞠戸大尉は考えうる事態を悪い方から挙げていく。

 

「ま、何が言いてぇかっていうと、早い話がまだ最悪の事態には程遠いんだから、気に病むこたぁねえってこった。」

 

そう言って励ます鞠戸大尉に、マグバレッジ大佐はクスッと吹き出すように笑った。

 

「うらやましいですわ、そんな風に考えられるのは。まさか、それを言うために甲板へ?」

 

「まさか、ちょっと精進揚げにな。」

 

そう言って鞠戸大尉はポケットから小さな酒瓶とドッグタグ二つを取り出した。

 

タグの鎖を瓶に巻き付けながら鞠戸大尉は誰にとでなく呟く。

 

「宿里曹長、ヒュームレイ・・・そして連隊の皆。ここへ来るのに15年もかかっちまったが、許してくれよ。」

 

そう言って鞠戸大尉がドッグタグと酒瓶を投げようとしたのを、マグバレッジ大佐は彼の手をつかんで止めた。

 

「お待ちください・・・コレ、兄さんの!?」

 

ヒュームレイのドッグタグを見て、マグバレッジ大佐はそうこぼす。

 

「大佐どの、まさかアンタ・・・」

 

「鞠戸大尉・・・もしかしてあなたが『M少尉』だったのですか!?」

 

マグバレッジ大佐も『種子島レポート』のことは知っていた。

 

しかし、他の言語に訳された際、宿里曹長のことは『S曹長』、鞠戸大尉のことは『M少尉』といった具合に匿名にされていたのだ。

 

マグバレッジ大佐は鞠戸大尉を、『種子島での戦闘で、生存者は複数いた。』と考え、『M少尉』ではないと思っていたのだ。海外においてM少尉のその後は諸説あり、行方不明になった、保護施設に入所した、謀殺されたなど多岐に渡り、いまだに軍に残っていることは、日本に駐留している者以外には知られていないのである。

 

この様子を、甲板にあがってきた一人の下士官が目撃した。

 

不見咲中佐がマグバレッジ大佐に作業完了の連絡をしようとしたのだが、マグバレッジ大佐が気づかなかったため、伝令に走らされたのだ。

 

彼には二人の会話は聞こえておらず、見ようによっては口論しているようにも見える。

 

そのため、話しが終わるまで待つことにしたのである。

 

 

 

 一通り話が終わるとその下士官は二人に話しかけた。

 

「マグバレッジ大佐、不見咲中佐より作業完了の報告です。」

 

敬礼してそう言った下士官は蛍であった。

 

マグバレッジ大佐と鞠戸大尉は居心地が悪そうに目を泳がせる。

 

「い、今のお話し、お聞きになりましたか?」

 

「いえ、自分は今、来たばかりですから何のことか・・・」

 

「なら、構いませんわ、忘れてください。」

 

マグバレッジ大佐はそう言って、通信機を見ると、その電源がオフになっていたのだ。

 

これでは受信できない。

 

「フフッ、大佐どの、気をつけないといけませんぜ。」

 

鞠戸大尉がそう言うと、マグバレッジ大佐は顔を赤くして艦内に戻って行くのであった。

 

マグバレッジ大佐が徴募した民間人の中で、蛍と面識がある者は次のとおりである。

 

まず、伊奈帆と韻子はカタフラクト戦闘隊・・・わだつみの主力部隊である。

 

ニーナ、祭陽先輩、詰城先輩はブリッジオペレーターの交代要員、カームは整備班に配属された。

 

伊奈帆と韻子は教練の成績が優秀であったためカタフラクト戦闘隊へ、ニーナ、祭陽先輩、詰城先輩はオペレーターとしての機器の取り扱いに長けていたため艦橋へ、カームは教練をサボりがちで成績が悪く、ギリギリで整備班に配属されたのだ。

 

なお、セラムは妹のエデルリッゾの言で、『体が弱くて小学校すら通えず、一切の教練を受けていない』ため、徴募されず、エデルリッゾはまだ13歳で、徴募そのものが違法である。

 

そしてライエは、『家庭事情で学校に通えなかった』と、自己申告して徴募に応じなかった。

 

 

 

 わだつみの係留、物資の積み込みが終わると、鞠戸大尉率いるフェンリル隊は任務を受け、基地周辺の偵察に出た。

 

再編の終わったフェンリル隊は現在、一個小隊ほどの構成員を抱えている。

 

中隊としては定員割れしているが、とりあえずの形にはなったこの隊で鞠戸大尉が直接指揮している分隊にいる蛍が、任務中にもかかわらず鞠戸大尉に話しかけた。

 

「なぁ、オッサン・・・」

 

「何度も言ったろ。『隊長』か『大尉』な?」

 

鞠戸大尉にそう言われ、蛍は不機嫌そうに目をそらす。

 

「失礼いたしました、『大尉どの』、この島に到着した際、甲板でマグバレッジ大佐と何やらお話しされていた時、尋常でないご様子でしたので気になった次第でして。」

 

鞠戸大尉の方が正しいため、蛍はせめてもの仕返しとばかりにわざと慇懃無礼な話し方で尋ねた。

 

これそのものはよくあることで、鞠戸大尉はにべもなく、

 

「お前には関係ねぇ。」

 

とだけ答え、周りの兵士達は非難するような目で蛍を見ている。

 

新芦原事件から第二次星間戦争までの間で、わだつみの兵士も火星カタフラクトの現物を見たため、仮に本人が嘘だと『認めていた』としても、『種子島レポート』を信じざるをえなくなり、鞠戸大尉を腰抜け、敵前逃亡者扱いしていた者達でさえ手のひらを返し、今では鞠戸大尉を慕う者の方が多い。

 

二人が『義理の親子』でなければ蛍は袋叩きにされているであろう。

 

そんな会話が交わされた後、鞠戸大尉率いる分隊も分散し、付近に火星の陣地が無いかを探る。

 

台湾に降下した『フェミーアン伯』が、沖縄から種子島まで上陸している可能性があるからだ。

 

 

 

「(・・・ここで親父達が戦って、戦死したのか・・・)」

 

偵察しながら蛍はこの島で15年前起こった戦いに想いをはせる。

 

『鞠戸大尉のせいで』実父を失った彼が、今は軍に入り戦っている。

 

月日というのは長いようで短いものだ。

 

そんなことを考えながら偵察をしていると、妙な場所を見つけた。

 

雑木林の中に、畳一枚より一回りほど広いくらいの地面を、周囲の枯れ草より不自然に長い草が覆い隠しているのである。

 

蛍がバイクを降り、しゃがみこんで確認すると、それは草むらにカモフラージュするための『偽物の草』であったのだ。

 

そして蛍は気づいていないが、この雑木林だって不自然である。

 

15年前、焦土となった土地に生えた木にしてはどれも幹が太く背が高い。

 

樹齢は短く見積もっても30年ほどの木ばかり、明らかに『植樹』されているが、そのわりには木の種類は雑多で自然林に見える、『人工的に作られた自然林』なのだ。

 

そのようなものを作ったのはなぜだろうか。

 

普通に考えれば、『荒れ地を再生するため』だろうが、残念ながら種子島にそのような計画は無い。

 

『草によるカモフラージュ』の上に、『人工の自然林による掩蔽壕』を作っているのだ。

 

「大尉どの、妙なモンを見つけた!」

 

蛍が鞠戸大尉に通信を入れると、後方で何かが地面に降り立つ音がした。

 

もしこれが15年以上前ならば、打ち上げと着陸の違いはあるがロケットの噴射音と考えたであろうが、今の種子島は地球連合軍管理下で、ロケット発射は行っておらず、そもそも、かつて種子島から打ち上げていたのは人工衛星打ち上げ用の使い捨てだ。

 

着陸などあり得ない。

 

蛍が振り向くと、林の外にたくさんの腕を持つカタフラクトが立っていた。

 

もちろん、地球連合軍に所属しているカタフラクトではない。

 

まだ距離はあるが、蛍は今、偵察バイクとカービン銃、45口径ピストル、そしてサバイバルナイフくらいしか持っておらず、戦いを挑むのは無謀以外の何物でもない。

 

もともと、ヴァース帝国軍が陣地を設営しているという想定で偵察に出ていたため、装備はあくまで巡回中の歩哨との遭遇線しか想定しておらず、作戦行動中のカタフラクトと遭遇するのは想定外であったのだ。

 

隠れるにしても、サーモグラフィを使われれば見つかるだろうし、バイクで逃げればわだつみまで道案内するようなものだ。

 

身動きが取れなくなった蛍はその場にぼう然と立ち尽くしてしまう。

 

「オイ、蛍!宿里伍長!!」

 

そんな蛍の元へ、鞠戸大尉が駆けつけた。

 

遠くからカタフラクトを確認し、バイクでは気づかれる可能性があるため乗り捨てて、姿勢を低くして走ってきたのだ。

 

「クソッ!シャキッとしろ!!」

 

鞠戸大尉にすら気づいていなかった蛍を平手打ちして正気に戻すと、蛍は

 

「何しやがんだ!?」

 

と、いつもの調子を取り戻して鞠戸大尉にかみつく。

 

「まぁ、今はそれでいい、とにかく伏せろ!」

 

鞠戸大尉はそう言って蛍の後ろ襟を掴んで伏せさせる。

 

こうすればレーダーにもかかりにくいし、サーモグラフィでも野生動物と誤認しやすくなる。

 

「で、妙なモンってのはあのカタフラクトか?」

 

「ちげぇよ、コイツだ、この足元の。」

 

そう言って蛍が足元のカモフラージュを示すと鞠戸大尉は蛍にアイコンタクトして、二人でナイフを使ってカモフラージュをはがす。

 

すると、金属製の扉が姿を表した。横にはカードキーの認証装置があり、軍のIDカードが鍵になるようである。

 

鞠戸大尉が自分のIDを通してみるが、

 

『ビーッ』

 

と、エラー音が鳴り、扉は開かない。

 

ここまで厳重に掩蔽されている扉だ、間違いなく秘密基地である。

 

入ることができる人間が限られているのだ。

 

鞠戸大尉のIDが使えないならば、まず間違いなく新兵である蛍のIDが使えるはずがない。

 

「チッ、行けるか?」

 

鞠戸大尉は舌打ちしてナイフをリーダーに差し込み、ショートさせるとロックが壊れ、手動でも開くようになる。

 

「よし、やるぞ、蛍。」

 

「オウよ、せぇの!!」

 

手動とは言っても扉そのものが重く、馬鹿力の鞠戸大尉と蛍二人がかりでやっと開く。

 

「っしゃあ!行くぜ、オッサン!」

 

「待て、その前に連絡だ。」

 

鞠戸大尉は通信機で偵察隊とわだつみに連絡する。

 

「こちらフェンリルリーダー、所属不明カタフラクト発見、数1、フェンリル中隊はすみやかにわだつみに帰投せよ。」

 

そう伝えてカタフラクトの写真を撮って送り、

 

「走れ!」

 

と、蛍に声をかけて扉の中に駆け込んだ。

 

すると、所属不明カタフラクトの背中に背負われた腕が飛翔し、扉を叩き潰す。

 

通信そのものは暗号化されているため解読はできないが、それに比べて発信したということを観測するのは比較的容易である。

 

その発信元をカタフラクトは攻撃したのだ。

 

二人は間一髪、秘密基地に飛び込み事なきを得る。

 

「なぁ、蛍・・・生きてるか?」

 

「ハッ、クラインやアリアーシュみてぇな美人と一緒なら諦めがつくけどよぉ、くせぇオッサンと一緒にくたばるなんざ死んでもゴメンだよ!」

 

「ケッ、俺もテメェみてぇな生意気なクソガキと一緒にくたばるなんざ願い下げだ!」

 

軽口を叩き合う二人は自分達が入ってきた入り口を見る。

 

完全に崩落し、重機でもなければ道を開くことは不可能だ。

 

「・・・どぉすんだよ、コレ?」

 

蛍は瓦礫を足で蹴りながら鞠戸大尉にそう尋ねる。

 

「ま、とにかく、先に進むしかねぇな。」

 

鞠戸大尉は蛍にそう答えながらライターの火をつけて、道を照らすと、最近まで使われていたらしいきれいな通路が小さな灯りに照らされた。

 

少し歩いた先にあった部屋に入ると、書類が散乱し、コンピュータが破壊され、HDDが完全に壊されているのを見つける。

 

「徹底してんなぁ・・・なるほど、補給基地の物資がそのままなのはこの中身に気づかれないようにするためってわけか。」

 

鞠戸大尉が部屋の惨状からそう推理していると、蛍が一枚の紙と懐中電灯を拾い上げ、懐中電灯を点けて内容を見る。

 

「やったぜ、地図だ!ライトも生きてるぜ!!」

 

「デカした!見た感じ、乾ドックみてぇだな・・・にしちゃ、規模がデケェ。空母?いや、それでもデケェな。とにかく、このドックを通って港に出よう。」

 

鞠戸大尉が地図の内容を確認すると、基地がグラグラと揺れる。どうやら戦闘が始まったらしい。

 

「なぁ、オッサン、通信は!?」

 

「・・・ダメだ、こっからじゃ電波が届かねぇ。」

 

二人は顔を見合わせ、ドックに急ぐ。

 

 

 

 通路から乾ドック部分に出ると、洞窟になっていた。

 

洞窟に足場を作り、横穴を掘って基地にしていたのである。

 

そこで鞠戸大尉は港に繋がる橋から下を見下ろし、驚く。

 

「コイツは・・・どうしてここに!?」

 

蛍が鞠戸大尉にならって下を見下ろすと、そこには地球で使われているカタフラクトより大きく、奇怪な形状をしたカタフラクトが保管されていた。

 

「何だ、コレ?」

 

「15年前、俺がこの島で戦ったカタフラクトだ。ろ獲してたんだな・・・で、コイツを元にあそこの戦艦みてぇなの作ってたってところか?」

 

鞠戸大尉が今度は橋の先にある船を指してそう言った。戦艦とは言っているが、その見た目はSF作品でよく見られる『宇宙戦艦』に似ている。

 

「ンなことより、港だ!すぐだろ!?」

 

「あぁ!」

 

蛍に促され、鞠戸大尉は港につながるドックの入り口を目指して走った。

 

 

 

 ドックの入り口は岩盤で塞がれており、覗き窓のような小さな穴と、入渠用ドックに外からの海水を入れる穴があるだけだ。

 

二人が覗き窓から外を見ると、わだつみから煙があがっており、甲板ではスレイプニールが一機と、アレイオンが多数、先のカタフラクトのものと思われるロケットパンチをHE弾で弾き飛ばしているところであった。

 

ロケットパンチは頑丈な作りらしく、高威力のHE弾や、大口径のショットガンによるスラグ弾(一発弾)のHE弾すら受け付けない。

 

それでもわだつみを守れているのは、伊奈帆がロケットパンチの側面にかすらせるように当てて軌道を反らすという対処法を考えたからだ。

 

しかしそれでも最初に受けた攻撃でわだつみは機関部に大きなダメージを受け、長距離の航行はできなくなっている。

 

「クソッ!!オッサン、さっきみてぇに出られねぇのか!?」

 

「バカ、行ってどうなる、何もできねぇだろうがよ!」

 

「じゃあ見捨てんのかよ!?」

 

「そうは言ってねぇ、わだつみをこの中に避難させりゃいいだろ。」

 

鞠戸大尉はそう言うが、ドックの入り口をふさぐ岩盤を開く方法がわからない。

 

構造上、開閉できるようになっているが、先の扉と同じで鍵が必要だろうことは明白だ。

 

「・・・フェンリルリーダーよりスレイプニールパイロットへ、お前、界塚弟か?」

 

出入口付近まで来たことで、電波が届くようになり、スレイプニールから返答が入る。

 

『こちら界塚伊奈帆、鞠戸大尉、ご無事でしたか?』

 

伊奈帆の声が通信機からすると鞠戸大尉は小さくガッツポーズする。

 

「界塚弟、わだつみの12時方向、海面付近に洞穴があるの、わかるか?」

 

『・・・えぇ、・・・見えます。』

 

伊奈帆はロケットパンチを反らしながら答えているため、言葉が途切れ途切れになっている。

 

「そこは連合軍の秘密基地だ、ドックになってやがる、ここへわだつみを逃がせ。」

 

『了解しました、ドック入り口にいるようでしたら離れてください。』

 

それを聞いた鞠戸大尉は蛍を連れて入り口から離れる。

 

「ナオの字のヤツ、何て!?」

 

「じきにわかる!」

 

二人がそう会話を交わした瞬間、轟音と共に入り口の岩盤が崩落した。

 

伊奈帆が反らしたロケットパンチが岩盤に直撃して、開閉機構ごと崩落したのである。

 

「ナオの字、テメェ、俺たちを殺す気か!?」

 

『蛍?君もそこに?』

 

「あぁ、運悪くピンピンしてっけどよぉ!!」

 

『それはよかった、頼みがある、わだつみがそこに入ったらすぐに用意して。』

 

軽口を叩き合いながら、伊奈帆は蛍に必要なものと、それを使った作戦を伝える。

 

「・・・なぁ、『また』か?」

 

『今回は君が要になるよ。』

 

そう話していると、わだつみがドックに逃げ込み、スレイプニール一機とアレイオン二機がわだつみから飛び降り、ドックを出ると、わだつみが速射砲でドックの入り口上部を撃ち、入り口を封鎖した。

 

「ったく、また無茶を言うぜ。」

 

蛍がそう言うと、隣で通信を聞いていた鞠戸大尉は簡単なブリーフィングを始める。

 

蛍の階級は伍長、そして鞠戸大尉の指揮下にある。

 

伊奈帆が言った通りにいきなり動くわけにはいかないのである。

 

「これは戦争だ、安全な仕事なんざねえ。ただ、二つだけ約束しろ。まず、必ず生きて帰れ。」

 

鞠戸大尉の一つ目の指示に、蛍はうなずく。

 

「アンタに教わったのは『生き残り方』だろ?当然だ。」

 

「よし、二つ目は無益な殺しは絶対するな。前みてぇなことやりやがったら死んだ方がマシだって思わせてやっからな。」

 

二つ目の指示に、蛍はめんどくさそうに、

 

「今回使うのはC4だ。加減も何もねぇ。ただ、運がよけりゃ、敵も生き残るだろうよ。」

 

と、答えた。仮にC4でカタフラクトを破壊したとすれば、すぐに主力部隊が出張ってくるのは間違いない。

 

生きていたとして勝手に殺すヒマはないであろう。

 

「とにかく、この二つだけは忘れんなよ。じゃあ、行ってこい!」

 

そう言って鞠戸大尉は蛍を送り出すと、着岸したわだつみを降りたマグバレッジ大佐に話しかける。

 

「大佐、状況は!?」

 

「残念ながら、わだつみはこれ以上航行できません。放棄して、救援が来るまでこの島に籠城する他ありませんね。」

 

「その必要はねぇ、さっき奥で艦を見つけた。」

 

それを聞くと、マグバレッジ大佐は鞠戸大尉に案内を頼み、彼女のIDで蛍を外に出した後、先の戦艦まで艦橋要員を連れて行った。

 

 

 

 基地の外では伊奈帆達が囮になって敵カタフラクトのロケットパンチを弾きながら蛍の伝令を待っていた。

 

「まだか・・・」

 

伊奈帆がそう呟くと、敵カタフラクト近くの林の中から発光信号がなされる。

 

「作戦・・・開始。」

 

伊奈帆が発光信号を確認すると、僚機のパイロット、韻子とユキ姉に場所を指定してアンブッシュするよう指示し、上空を舞う黒い火星の輸送機に、発砲音で万国共通モールスを撃つ。

 

この輸送機は蛍と鞠戸大尉が基地の中を通って港に戻るまでの間に、何を考えているのかはわからないがわだつみを狙うロケットパンチを弾く手伝いをしていたのである。

 

敵カタフラクトは短距離だが自力飛行能力があるためか、蛍が発見したときには輸送機がいなかった。

 

そもそも、輸送機が飛んでいれば音で気付く。

 

つまり、この輸送機と敵カタフラクトは何らかの事情で敵対しているのだ。

 

「来い・・・乗せろ?いや、規格が違うからつかまるのが精一杯では?」

 

輸送機のパイロット・・・スレイン・トロイヤードは疑問を口にするが、輸送機でカタフラクトを破壊するなど土台無理な話であるし、彼の目的からすれば伊奈帆と協力する方が益になる。

 

スレインは輸送機を地面スレスレに飛ばし、スレイプニールはそれに飛び乗る。

 

やはり規格が違うために不安定だが、どうにか伊奈帆はスレイプニールを安定させて、接触通信回線を開く。

 

『無茶しないでくださいよ!!』

 

「敵カタフラクトの情報を知ってるかぎり全部。」

 

『こっちの話を・・・あぁ、もう!あのカタフラクトは『ヘラス』、フェミーアン伯の乗機です。武装はこのロケットパンチだけなのです・・・があああぁぁぁ!!!』

 

フェミーアン伯が乗機『ヘラス』のロケットパンチが輸送機に迫り、スレインは捕まりそうになるギリギリで避け、ロケットパンチの握り拳を作っていたものがスレインの輸送機を捕まえようと手を開いていたものにぶつかり、手を開いていた方が破損し、炎に包まれて墜落していく。

 

『ふぅ・・・ご覧の通り、制御が難しいらしく、ロケットパンチを飛ばしている間、本体は身動き取れないようです。』

 

「ん、実演ありがとう。」

 

『実演じゃありませんよ・・・それで、このロケットパンチなんですが、単分子化することで『ダイヤモンド並みの硬度を持つチタン合金』みたいになっているそうです。破壊はまず不可能ですよ。』

 

「大丈夫、壊せないことはない。」

 

伊奈帆達がそう言ったとき、またもやロケットパンチが一機、輸送機を捕まえようと手を開いてきた。

 

伊奈帆はその手のひらにアサルトライフルを撃ち込む。

 

すると、ロケットパンチはいともたやすくバラバラになり、残骸が夜の闇にオレンジ色の尾を引いて消えていく。

 

『・・・どうして?』

 

「ダイヤモンド並みの硬度のままじゃ手を開けない。開いた瞬間は元に戻ってるんだよ。」

 

伊奈帆達がスレインに種明かししているとき、フェミーアン伯はヘラスの中からスレインの輸送機に乗る伊奈帆のスレイプニールを睨み付けていた。

 

「おのれ地球人め・・・よくもわらわの眷属を・・・」

 

うち、一機は自分でやったのは棚にあげてそう言ったフェミーアン伯の目の前にはホログラム式ディスプレイが六つ並んでおり、うち二つは黒い画面に『LOST』と書かれている。

 

残る四つにはロケットパンチから転送されてくるカメラ映像、その回りに様々な計器の表示がなされている。

 

一つ動かすだけでも大変だろうに、四つとなっては見るだけで大仕事である。

 

そのため、全天球型スクリーンによって背後や真下、真上も見渡せるにもかかわらず、クモのようにヘラスをはい回る影に、彼女は気付くことができなかった。

 

ヘラスをはい回る影はヘラスの腰部に彼が持つ最後のC4を仕掛けると、タイマーをセットした。

 

起爆時間は10分、そのタイマーが動き始めたのを確認して、彼はヘラスからバンジージャンプをするように滑り降り、離れたところで上空に発光信号を出した。

 

『トラ、トラ、トラ』

 

発光信号を確認したのは伊奈帆とスレインであった。

 

しかしスレインは信号の意味がわからず、

 

『発光信号『トラ、トラ、トラ』?何でしょうか?』

 

と、伊奈帆に尋ねる。

 

「まったく・・・これ多分、僕じゃないとわかんないよ。『我、奇襲に成功せり』の意味。」

 

『地球連合軍の暗号ですか?』

 

「違う。大昔にこの国で使われてたヤツ、今は知らない人の方が多いよ。」

 

伊奈帆はそう言いながらまた一つ、ロケットパンチを落とし、ユキ姉達がアンブッシュしている近くに誘導してエンジンを破壊させる。

 

「あと10分、逃げ切って。」

 

『無茶な注文を・・・これ、一応輸送機なんですよ!』

 

スレインはそう言いながらも曲芸飛行でロケットパンチ二つを避け続け、五分を切ったあたりで伊奈帆が一機撃墜、残った一機を韻子がエンジンを狙撃して撃墜した。

 

その結果、フェミーアン伯が見ていたディスプレイは全て『LOST』と表示されている。

 

「ボティス、マラクス、ロノウェ、ハルファス、ラウム、ヴィネ・・・うぬらの仇、わらわの奥の手をもってして討ち果たそうぞ!!」

 

フェミーアン伯はヘラスを飛行形態に変型させる。

 

その姿は、『巨大なロケットパンチ』であった。

 

弾体が大きいせいかスピードはロケットパンチに比べれば遅いが、それでもスレインの輸送機を追うには十分である。

 

「何、あれ?」

 

こんなものを見ても冷静な伊奈帆に、スレインは

 

『わ、わかりませんよ!僕も全部知ってるわけじゃありませんから!!』

 

と、大慌てでスロットルを全開にする。

 

しかし、元々規格の違うスレイプニールを落とさないようにするためあまり大きな機動は出来ず、じわじわと距離を詰められていく。

 

脆い輸送機では片翼をかすっただけでも折られて墜落してしまう。

 

「あと10秒、一回落として。」

 

『10秒って何ですか!?それに拾う自信は・・・』

 

「いいから。」

 

伊奈帆はそう言うと、ほとんど自分からスレイプニールを飛び降りさせ、スレインは輸送機を戦闘機のような急旋回させてヘラスの体当たりを回避し、すばやく自由落下するスレイプニールを拾った。

 

「・・・3・・・2・・・1・・・0。」

 

伊奈帆がカウントダウンを終える。

 

しかし、何も起こらない。

 

『な、何も起こらないじゃないですか!?』

 

「・・・マズイことになったかも・・・韻子、ユキ姉、聞こえる?」

 

伊奈帆は接触回線を一時切断し、韻子とユキ姉につないだ。

 

『ね、ねぇ、アイツ、ヘマやらかしたの!?』

 

「いや、蛍はちゃんとやったと思う。ただ、あの変形は想定外だったんだ。多分、起爆装置が変形に巻き込まれて壊れたんじゃないかな。」

 

『ちょっと、ナオ君、それじゃ今、あなたが一番危ないんじゃないの!?』

 

「大丈夫、信管は生きてるだろうから、一発でも起爆させたら連鎖するはず。」

 

『わかったわ、とにかく、撃ってみる。』

 

韻子がそう言ってヘラスに射撃を開始すると、伊奈帆はあらためて接触回線を開く。

 

『急に切らないでくださいよ!!どうするんですか!?』

 

「あの三面六臂にはさっきロケットパンチを撃ってきていた間に仲間が取り付いてC4を仕掛けた。信管は生きてるはずだから、撃てば爆発する。」

 

『無茶ですよ!そのお話ですと、人が持てるくらいの大きさなんでしょう!?当たるわけありませんよ!!』

 

「出来なかったら・・・死ぬだけだ。」

 

そう言って伊奈帆もアサルトライフルをヘラスに撃ち始め、スレインも輸送機の機銃を撃ち始めた。

 

しかし、狙う的が小さすぎる。

 

スレイプニールやアレイオンから見ればC4など蟻のようなものだ。

 

何発も何発も撃ち込むが当たるはずもなく、伊奈帆が死を覚悟したその時、ヘラスが大爆発した。

 

『当たった・・・?やったのですか!?』

 

「違う、僕じゃない。」

 

伊奈帆は冷静にヘラスが爆発した瞬間を思い出す。

 

ヘラスはスレイプニールの反対側上部から爆発を始めた。

 

そこは地上の韻子やユキ姉からも狙えないし、蛍が取りついたままだったということはまず無い。

 

そして何より、直撃した砲弾の炸裂のしかたが、今ではあまり見なくなった『戦艦の艦砲射撃』に見えたのである。

 

砲弾が飛んできた方を見ると、そこには宙に浮く巨大な『戦艦』の姿があった。

 

それは鞠戸大尉と蛍が発見した戦艦であったのだ。

 

 

 

 蛍が基地を出て少しすると、鞠戸大尉はマグバレッジ大佐達を連れて、先ほど発見した戦艦に連れていったのである。

 

マグバレッジ大佐はすぐに避難民と兵士に積めるだけの物資を積み込ませながら、その戦艦を動かそうとオペレーター達にチェックをさせたのだ。

 

「計器類、破損はありません!」

 

「燃料残量・・・わかりません!」

 

ニーナがそう言うと、不見咲中佐が、

 

「何ですか、その答えは!!」

 

と、非常時にふざけていると考えて怒鳴る。

 

「だって、燃料計がないですから・・・」

 

不見咲中佐が自分の目で確認すると、確かに燃料計があるべき場所に存在しない。

 

「・・・なるほど、このような立派な戦艦がなぜ放置されていたかわかりました。この艦の動力はおそらく、アルドノア・ドライブ。ろ獲したカタフラクトからアルドノア・ドライブを取り出して取り付けたはいいものの、結局起動させることができなかった・・・」

 

その結果を聞いた鞠戸大尉は膝を着く。

 

「・・・すまねぇ・・・気ぃ持たせちまって・・・」

 

「顔をあげてください。要は最初と同じ、籠城するだけですよ。幸い、物資は豊富です。何事もなければ2年は持ちますよ。」

 

マグバレッジ大佐はそう言うが、救助が来る可能性が薄く、攻撃を受けるストレスの中、2年も隠れ続ける・・・否、閉じ込められることなど不可能だとわかっていた。

 

まず間違いなく、2年もしないうちに内紛が起こり、自滅する。

 

それまで半年もあればいいところであろう。しかし、脱出の手段が無い以上、それしか方法がない。

 

マグバレッジ大佐が覚悟を決めたその時、艦橋に二人の少女が入ってきた。

 

セラムとエデルリッゾだ。

 

「き、危険すぎますよ!」

 

エデルリッゾはそう言ってセラムを止めようとしていたが、セラムは聞かずに艦橋に入った。

 

「あ~、いいかな?民間人は入っちゃ・・・」

 

詰城先輩が二人に帰るよう促すが、最後まで言いきるより早く、彼の体は宙を舞った。

 

セラムに合気道の小手返しのような技で投げ飛ばされたのだ。

 

鞠戸大尉とマグバレッジ大佐、不見咲中佐が銃を抜きセラムとエデルリッゾに向ける。

 

「なぁ、嬢ちゃんたちよぉ、救助した時からなぁんとなく妙だと思ってたけど、テメェら何モンだ!?」

 

鞠戸大尉が脅すようにそう尋ねると、エデルリッゾがセラムの前に出る。

 

まるで、シークレットサービスが要人の楯になるかのように。

 

「銃を下ろしてください、わたくしたちは、あなた方のお友達です。」

 

そう言ったとき、艦橋の入り口から声がする。

 

「ちょっと、二人とも勝手なことしないでよ!」

 

二人を探しに来たらしいライエであった。

 

彼女が顔を出した瞬間、セラムは光に包まれた。

 

不見咲中佐はたまらず目をかばって銃を取り落とし、マグバレッジ大佐も銃を落としこそしなかったが目を閉じ、鞠戸大尉だけがセラムに銃を向けたまま彼女をにらんでいたのであった。

 

光が収まると、そこにいたのは白いドレスに身を包んだ、金髪に翡翠色の目をした『姫君』が立っていた。

 

誰も忘れるはずがない、数日前、『新芦原事件』で爆殺されたはずの、火星の皇女、『アセイラム・ヴァース・アリューシア』その人であったのだ。

 

「嘘だろ・・・」

 

鞠戸大尉は動転しながらも銃を下ろさず、アセイラム皇女とその『自称』妹のエデルリッゾに銃を向け続けている。

 

それとは対照的に、一番驚いていたのは二人を迎えに来たライエであった。

 

彼女は腰を抜かして廊下に座り込み、アセイラム皇女を指差して震えている。

 

「ウソでしょ・・・アンタ、確かに死んだはずじゃ・・・」

 

カタカタと震えながら、まるで幽霊でも見たかのようにそう呟いた。

 

「今まで騙していたことは謝罪します。ですが、今は一刻も早くこの艦を動かすべきです。」

 

彼女の言うことは間違っていない。

 

間違っていないからこそ鞠戸大尉は警戒した。

 

そもそも、彼女が本物のアセイラム皇女である証拠などどこにもない。

 

もしスパイならば、この艦を自爆させるだろう。

 

しかし同時に、『ならばなぜ今まで大人しくしていたのか』『そもそも種子島に寄港したのも秘密基地を見つけたのも偶然、その偶然を狙ってスパイを仕込むか?』など、信用できる理由もある。

 

結局、妙なことをした瞬間撃てるようにして、鞠戸大尉は牽制を続けた。

 

「ヴァース帝国皇女アセイラム・ヴァース・アリューシアの名をもって命ずる。目覚めよ、アルドノア!!」

 

アセイラム皇女が艦橋の中央に鎮座していた、何のために使うかわからない球体に手をかざしてそう言うと、その球体は光輝き、戦艦が起動した。

 

「これが・・・アルドノア・・・」

 

不見咲中佐が感嘆の声をもらすのを横目にマグバレッジ大佐は

 

「なるほど、戦艦デューカリオンですか・・・ドック、積み込み作業は終わりましたか!?」

 

と、物資の搬入を行っていた兵士達にそう通信を飛ばす。

 

『先ほど完了しましたが・・・この艦、動くのですか!?』

 

通信機から驚嘆の声が返ってくる。

 

「ええ、総員、速やかにこの艦に搭乗してください。基地にいるものが乗艦次第、デューカリオン発進、外で戦っている部隊の援護並びに回収を行います。」

 

そして、外に出るとちょうど伊奈帆のスレイプニールにヘラスが体当たりしようとしていたところで、火器管制手が狙いを定めようとするが、勝手が違いすぎて手間取ってしまう。

 

「仰角52度、直射で当たるわ!」

 

ライエが突然そう言って、火器管制手はついその通りに撃ってしまったが、その砲撃は見事にヘラスを捉え、C4が誘爆してヘラスは粉々に砕け散り、海の藻屑となったのである。

 

「・・・そこのあなた、今回は見逃しますが、今のような真似は慎んでくださいね。」

 

「・・・悪かったわ、父の仕事柄、測量の手伝いをしてて、すぐに計算できたから・・・」

 

それを聞き、鞠戸大尉はライエをにらみつける。

 

今、彼女がやったのは明らかに測量の仕事の域を越えた計算と計算速度、それも目視に頼った暗算である。

 

元々、彼女は伊奈帆が警戒していたのを鞠戸大尉も気付いていたし、不自然な部分も多々あった。

 

ただ、やはり証拠がなく、追求することはできなかった。

 

 

 

 一方、そんな戦艦デューカリオンを遠くから見て、アセイラム皇女が正体を明かしたのを知った伊奈帆は頭を抱える。

 

彼女の正体を隠していたのは伊奈帆の指示によるものであったからだ。

 

そしてスレインはアセイラム皇女の姿を見て、涙ぐむ。

 

『お願いします、アセイラム皇女殿下にお取りつぎを!』

 

「・・・コウモリ、どうして彼女が生きていることを知っている?」

 

コウモリとは、伊奈帆が輸送機の色と形状から仮にそう言ったのだ。

 

『オレンジ色、貴方が何を企んでいるかわからない以上、それは話せません。』

 

逆にオレンジ色とは、スレインがスレイプニールの色から伊奈帆を仮にそう呼んでいるのだ。

 

「企む?何の話?」

 

『とぼけないでください!抵抗できないトリルラン卿をなぶり殺しにしたのはどこの誰ですか!?』

 

「トリルラン卿?もしかして新芦原の?彼は『自決』したんだけど?」

 

明らかに矛盾する二人の会話に、お互いに不信感を積もらせていく。

 

『姫さまを何に利用するつもりなのですか?』

 

「利用されたら困るのか?」

 

『・・・姫さまに会わせてください。』

 

伊奈帆は無言で輸送機のエンジンを狙い、スレインはスレイプニールを撃つ。

 

結果、輸送機は海面に叩きつけられ、スレイプニールはスラスターを吹かしながら砂浜に降下した。

 

『伊奈帆、大丈夫!?』

 

『ナオ君、今、撃たれたみたいだけど平気!?』

 

アレイオン二体がスレイプニールに駆け寄り、その後ろからバイクが走ってくる。

 

『すまねぇ、ナオの字・・・俺のせいで・・・』

 

「・・・蛍は悪くないよ。それより、これから大変そうだ・・・」

 

デューカリオンは伊奈帆達四人を回収し、空を飛ぶ。空を飛べる以上、無理に天津に行く必要は無い。

 

陸路、鉄道、海路を無視して、デューカリオンはロシアにある連合軍本拠地へ進路を取った。

 

この時、デューカリオンが後の一等武勲艦になるなど、伊奈帆を含め、誰にも予想することはできなかった。




あのお方こと、アセイラム皇女登場です。いや、セラムさんとしてずっと出てましたけどね、ええ。

そしてスレインも久しぶりの出番・・・からの退場。ゴメンね、火星サイドの話、挟みにくいのよ。そのうち出番が多い話すると思うから許してね?


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幕間 クルーテオ卿揚陸城にて

 スレインと伊奈帆が共闘してヘラスを撃破するより数日前、トリルラン卿操るニロケラスが蛍とライエによって破壊された時のことだ。

 

スレインは被弾した輸送機の応急修理を終えて空に飛び立つと、ちょうどトリルラン卿が『処刑』されるところを遠くから見ていた。

 

彼は軌道騎士達を『真にアセイラム皇女の遺志を踏みにじる者』として嫌っていたが、だからと言ってなぶり殺しにされるのをよしとは思っていない。

 

すぐに地球側の増援が到着し、トリルラン卿の遺体を遠くから見ているだけしかできなかった彼は、地球連合軍の装甲車から降りてきた者のうち、二人の少女を見て目を丸くした。

 

「(あの子はたしか姫さまの侍従の子・・・その隣の・・・似ている・・・姫さまに・・・)」

 

 

 

 エデルリッゾとセラムを見つけたスレインはいてもたってもいられず、即座にアセイラム皇女が宿泊していた、航宙船発着場付近に建っているヴァース帝国所有の邸宅に輸送機を無理矢理着陸させ、中に駆け込んだ。

 

殺害されたはずのアセイラム皇女が生きていて、なぜか名乗り出ずに、変装して潜伏しているのかを調べるためだ。

 

スレインは知識としてアセイラム皇女が使っていた『変装用ホログラム装置』を知っている。

 

もし、何も見つからなければ自分の気のせいだと考え、新芦原事件直後の、この邸宅内の様子を映した映像を確認した。

 

 

 

 働いていた者は皆、我先にと逃げ出しており、誰もアセイラム皇女を確認したりしていない。

 

そんな者達が一通り逃げ出したあと、邸宅にアセイラム皇女らしき人物が入ってきた。

 

肩から失った左腕を止血帯で縛り、ももから失った左足の代わりに金属製の棒を義足のようにくくりつけて、杖をつきながら歩いてきたのだ。そのアセイラム皇女は自室の扉に寄りかかり、中に呼びかける。

 

「姫さま・・・お逃げください・・・」

 

その声の後、扉が開き、エデルリッゾと私服姿のアセイラム皇女が部屋から出てきた。

 

部屋から出てきたアセイラム皇女は、開いた扉の縁に手をついてやっと立っているボロボロのアセイラム皇女を横たえさせ、血まみれの右手を握る。

 

「しっかりしてください、すぐにお医者様をお呼びになりますわ!エデルリッゾ!!」

 

アセイラム皇女は、血まみれの皇女が助かるはずもないことはわかっていてもそう呼びかける。

 

「それは・・・なりません・・・叛徒共は、暗殺に成功したと・・・思い込んでおりますゆえ・・・」

 

血まみれのアセイラム皇女は光に包まれ、茶髪の少女に姿を変えた。

 

スレインも何度か顔を合わせた、アセイラム皇女の身辺警護をしていた女性騎士だ。

 

姿はアセイラム皇女が変装していた『セラム』にそっくりである。

 

「暗殺?それに叛徒?どういうことですか!?」

 

「これを・・・」

 

影武者であった騎士は変装用ホログラム装置とSDカードのような記録媒体をアセイラム皇女に渡すと、最後の力を使い果たして事切れた。

 

「姫さま、大変です!!この邸宅、誰もおりません!!」

 

この時になってアセイラム皇女は自分が置かれた状況をおぼろ気ながら理解した。

 

何があったかまではわからないが、自分達は見捨てられたのだと。

 

「・・・エデルリッゾ、お医者様はもうよろしいですわ。この方は今、息を引き取りました。」

 

アセイラム皇女は影武者の右手を体の上に、もう片腕があれば組ませるような形にして乗せ、祈りを捧げる。

 

「まず、毛布か、無いようでしたらシーツを、それと外の様子がわかるものと、これを再生できるものをお願いします。」

 

アセイラム皇女はSDカードをエデルリッゾに渡し、エデルリッゾが言われたものを探しに行っている間に影武者の表情を整える。

 

しばらくするとエデルリッゾが毛布とすぐ近くにある応接間のテレビのリモコン、そして再生機能付レコーダーを持ってきた。

 

アセイラム皇女はまず影武者に毛布をかけ、遺体をさらさないようにする。

 

アセイラム皇女はテレビの使い方がわからず、エデルリッゾが代わりにニュースをかける。

 

『緊急速報 新芦原にて大規模テロ』

 

ニュースのテロップにはそう書かれており、今は現場からレポーターが中継している。

 

『この先が事件現場ですが、ただいま規制線が張られており、中の様子はうかがい知れません!』

 

パレードがあった道路は破壊された車の残骸、半壊ないし全壊した建物、搬送される重傷者、怪我の手当てを受ける者、収容された犠牲者の入った死体袋を運ぶ軍人で埋め尽くされていた。

 

『現場からあり・・・あ!ただいまスタジオに新たな情報が届きました!繋ぎます!!』

 

スタジオに一度カメラが戻り、『犯行声明』が画面に映し出される。

 

黒覆面で顔を隠し、アサルトライフルを携えた男が、

 

『我々は『憂星防衛軍』である。手下を引き連れた火星の皇女を名乗る頭の足りぬ女は我々が始末した。火星にて皇帝を名乗る狂人に告げる。可及的速やかに地球の財産たる星を明け渡さぬのならば、貴様も同じところへ逝くことになるだろう。』

 

と、犯行声明を宣した。

 

それを聞いたエデルリッゾは床に手をつき、涙を流す。

 

「そんな・・・姫さまが本国からはるばる地球までいらしたというのに地球人のこの仕打ち・・・やはり奴らは信用ならない野蛮人です!!」

 

それとは対照的に、アセイラム皇女は冷静に今までの話を整理する。

 

「・・・このお話、おかしくありませんか?」

 

テレビは今、事件最中の映像・・・影武者が乗るリムジンとその護衛の車列にミサイルが降り注ぐ瞬間を映している。

 

「先ほどの『憂星防衛軍』なる組織は非合法組織でしょう?そのような者達がどうやってこれだけの装備を?それに、彼女はなぜ『叛徒』と?これは『暴徒』ではありませんか?」

 

「それは・・・」

 

エデルリッゾは涙を袖で拭いて答えようとするが、明確な答えが出せない。

 

「先ほど、彼女が持ち帰ったもの、再生できますか?」

 

「え?はい、すぐに!」

 

エデルリッゾはアセイラム皇女から預かったSDカードをレコーダーに挿し込み、再生ボタンを押す。

 

どうやらパレードの最中にリムジンの中で録音されたもののようで、窓越しでも歓迎の声が聞こえてくる。

 

そんな中、車内のホットラインがコールされた。

 

『軌道騎士団直通回線デス』

 

『繋いでください。』

 

影武者がそう言うと、軌道騎士との通信が繋がる。

 

『ご機嫌麗しゅう、アセイラム皇女殿下。』

 

『どうしました?今は多忙ですので、手短に。』

 

影武者はなるべくアセイラム皇女に似せて受け答える。

 

すると、通信してきた男は嬉しそうに話し始めた。

 

『いえいえ、大変悦ばしいこの日のご挨拶をと思いまして、このトリルラン、通信にて失礼させていただきました。』

 

これ以上なく『無礼』な行動であるが、影武者は若い騎士が喜びのあまり勇み足を踏んだものと考えたのであろう、たしなめるにとどめる。

 

『トリルラン卿、お気持ちは大変嬉うございますが、これは緊急用回線ですので、このような使用は慎んでいただきたく・・・』

 

影武者がそう言うが、トリルラン卿は自分の言葉に酔って話すのをやめない。

 

『いえいえ、この喜びはすぐさまお伝えしたかったのですよ。ザーツバルム朝ヴァース千年帝国始まりの日を、そのいしずえとなるアセイラム皇女殿下へ!!』

 

『待て!!それはどういう・・・』

 

すでに通信は切れており、ミサイルの爆音がその答えとなった。幾多の轟音の後、かすれた小さな声で、

 

『このことを・・・姫様にお伝えしなくては・・・』

 

と、影武者が呟いたのを最後に再生が終了する。

 

「そんな・・・こんなもの、地球の工作です!!」

 

エデルリッゾは事態に頭がついていかずにそう言ったが、アセイラム皇女は考えられる限り全てを考える。

 

この考えにて決定したことは、外の様子を知らなかったとはいえ、今も逃げ出さず側に仕えるエデルリッゾの生死、そしてアセイラム皇女を助けるために瀕死の重傷をおしてこの情報を伝えた影武者の遺志を達せられるかがかかっている。

 

「(憂星防衛軍なるものの犯行声明は信用できるのでしょうか・・・)」

 

これは先ほど不審な点が上がっていたため、『憂星防衛軍が出した犯行声明の真偽』はさておき、実行犯の可能性は限りなく低い。

 

「(トリルランなる軌道騎士の犯行声明は信用できるのでしょうか・・・?)」

 

アセイラム皇女はトリルラン卿を一切知らないため、通信に出た男の声がトリルラン卿か断定できない。

 

だが、ザーツバルムという名前には覚えがあった。15年前の星間戦争でヴァース帝国の総司令官であった彼女の父にして前皇帝ギルゼリアの参謀総長を務めたのが先代ザーツバルム卿で、その子息が現在、軌道騎士37家門の頂点に君臨しているとアセイラム皇女は聞いている。

 

そして、その二代目ザーツバルム卿はアセイラム皇女の母の兄・・・彼女から見れば伯父にあたる。

 

『自称トリルラン卿』が、『伯父を首謀者』として今回の事件を起こしたと声明を出していることとなり、それをアセイラム皇女はにわかに信用できなかった。

 

いや、身内がそんなことをしたと信じたくなかったのである。

 

しかし、軌道騎士団とのホットラインを使うことができるのは軌道騎士団だけで、『トリルラン卿が本物か否か』、『ザーツバルム卿が首謀者であるということの真偽』はさておき、軌道騎士団に今回の事件を起こした首謀者、ないし実行犯がいるのは間違いない。

 

この録音をアセイラム皇女が聞いたのは偶然なのだから偽装工作の可能性は排除できる。

 

「(この二点から考えて、無事を伝えるべきは・・・地球側!!)」

 

アセイラム皇女はそう決意し、影武者が持っていたホログラム装置を持って自室に入った。

 

エデルリッゾはそれを追いかけ、二人が出てくるとアセイラム皇女は白いドレスに着替えていた。

 

自分の正体を明かしたときに信用してもらうためにドレスに着替えたのである。

 

そして最後に、ホログラム装置のスイッチを入れ、影武者に似せた姿になったのである。

 

「エデルリッゾ、行きますわ。」

 

「ええ、姫さまにでしたら、どこまででもお供いたします!」

 

エデルリッゾはどうやら着替えている間に説得したらしく、二人はそのまま邸宅を出ていった。

 

 

 

 その一部始終を見たスレインは、先ほど遠くから見た少女がアセイラム皇女だと確信し、同時に当惑する。

 

「姫さまをトリルラン卿が暗殺・・・いえ、ですが、彼はクルーテオ卿の配下、あのザーツバルム卿とは何の関係もないはず・・・」

 

当然だが、スレインに見えていたのはアセイラム皇女、エデルリッゾ、影武者三人の様子と、テレビの映像、そして録音データだけで、アセイラム皇女の考えなどはわからない。

 

考えても仕方ないとスレインは輸送機に乗り、新芦原を飛び立ってアセイラム皇女達を探そうとしたが、その直後に隕石爆撃が新芦原を焼き払い、アセイラム皇女の行方を完全に見失ったスレインはやむを得ず自分が仕えるクルーテオ卿の揚陸城へ帰還したのだ。

 

その後、アセイラム皇女を探すため、出撃をクルーテオ卿に嘆願したが聞き入れられず、最後には輸送機を奪って脱走し、最後に新芦原を脱出した軍艦がウラジオストク陥落の事実を知って向かうであろう場所を戦略価値の低い種子島と当たりをつけて向かったところ、ちょうどフェミーアン伯とわだつみの戦闘中に鉢合わせたのである。

 

 

 

「・・・ここは・・・?」

 

「やっと目を覚ましたか、地球のイヌめ!」

 

スレインは長い夢を見ていた。

 

アセイラム皇女生存を知ってから種子島で撃墜されるまでの長い夢を。

 

意識がはっきりしてくると、自分が置かれている状況を徐々に思い出す。

 

彼はスレイプニールに撃墜された後、捜索に来たクルーテオ卿の部隊に回収され、輸送機とヘラスの残骸から回収されたデータによってスレインが地球連合軍と共闘していたことが明らかになり、スパイ疑惑をかけられたのである。

 

それ以後、ムチ打ちに電気ショックの拷問を受け、何度も気絶しては水をかけられて起こされ、再び拷問を受けるのを繰り返していたのだ。

 

「さあ吐け、貴様は何を隠している!!」

 

また電気ショックが始まり、スレインは喉を壊さんばかりに悲鳴をあげた。

 

そんな時に、拷問部屋にクルーテオ卿がさる人物とだけ繋げている直通回線が開いた。

 

ザーツバルム卿である。

 

「クルーテオ卿よ、貴殿の部下から聞いたが、いつぞやの地球人が、敵と通じておったとか?」

 

「ザーツバルム卿!お恥ずかしい限りだ、飼い犬の躾もできぬ始末で・・・」

 

「・・・あまりやり過ぎるなよ、何も得られぬまま死なせては目も当てられぬ。何なら、我が揚陸城にて引き取っても構わぬが?」

 

「心配には及ばぬ、殺す前に全てを吐かせてみせよう。」

 

ザーツバルム卿はそれを聞くと通信を切った。

 

クルーテオ卿は拳銃を抜き、電気ショックのせいで肩で息をするスレインに銃口をくわえさせる。

 

「さあ、死ぬ前に言い残すことはあるか?吐くならば楽に殺してやろう。しかし、吐かぬなら・・・」

 

「モガ!?モガ・・・モガ・・・」

 

「どうした?やはり言い残したいことがあるのか?」

 

クルーテオ卿はそう言って銃口を外させると、スレインは朦朧とした意識で呟く。

 

「クルーテオ卿・・・あなたはアセイラム皇女殿下に忠誠を誓っておりますか・・・?」

 

「何を言いだすかと思えば・・・当然であろう。であるからこそ、こうして殿下のため、地球に降下したのではないか!」

 

それを聞いたスレインは鼻で笑う。

 

「嘘だ・・・姫さまは・・・平和を望んでいらっしゃった・・・あなたは姫さまの死を・・・利用している・・・」

 

「・・・口を慎め、下郎!!よし、よくわかった、貴様はすぐには殺さぬ!!最低でも一年はこの部屋で飼ってやろう!!」

 

「かまいません・・・どの道、あなたにもすぐ天罰が降ることでしょう・・・トリルラン卿のように・・・」

 

それを聞いたクルーテオ卿はスレインを打とうとしたムチを止める。

 

以前、スレインからトリルラン卿は不届きな味方による隕石爆撃に巻き込まれたと報告を受けていたからだ。

 

「天罰?どういうことだ?トリルラン卿は隕石爆撃に巻き込まれたと言っていたではないか!?」

 

「次元バリアを装備したニロケラスが・・・ですか?残念ながら彼は・・・地球人のゲリラに機体を破壊され・・・処刑されたのです・・・同情はしますが・・・姫さまを謀り、殺そうとした報いです・・・」

 

これを聞いたクルーテオ卿はスレインが隠していたこと、そして自分に対するスレインの勘違い、トリルラン卿の正体に気付いた。

 

「ヤツ・・・いや、この騎士を下ろせ!そして医療班の準備を!!」

 

拷問部屋の操作をしていた兵士にクルーテオ卿がそう命じ、吊るされていたスレインはゆっくりと床に下ろされ、クルーテオ卿がそれを抱き止める。

 

「ご安心を・・・たとえ叛徒だとしても・・・お優しい姫さまは・・・丁重に弔ってくれることでしょう・・・」

 

完全に意識が混濁しているスレインはうわ言のようにそう呟き、クルーテオ卿はスレインを優しく床に横たえた。

 

「今までの非礼を謝罪しよう。お主こそが真の騎士だ。姫さまがご存命なのを知り、我々にそれを隠しているゆえを知ったお主は、ただ一人で姫さまをお救いしようとしていたのであろう。」

 

スレインは気を失っており答えないが、クルーテオ卿は構わず続ける。

 

「なぜご存命であることを我々に伝えぬのかは想像に難くない。かの新芦原事件は地球の暴徒によるものではない、我ら軌道騎士の中に叛徒がいるからだ。その一人がトリルランであった・・・」

 

言うべきことを言ったクルーテオ卿は立ち上がり、揚陸城指揮所との通信を開いた。

 

「全ての戦闘行為を中止!地球連合軍に停戦を申し入れよ!皇女殿下暗殺を企て、我らを謀った反逆者を、この手で血祭りにあげてくれるわ!」

 

この宣言によって揚陸城全体に衝撃が走った。混乱はするものの、言われたとおりクルーテオ伯軍に戦闘停止を通達し、連合軍と回線を開こうとする。

 

「スレイン、トリルランの正体を見抜けなかった非はこちらにある。しかし、これだけは信じてほしい。このクルーテオ、ヴァース皇帝、アルドノアの輝き全てに誓って、皇帝陛下、皇女殿下に忠誠を誓っている。」

 

通信を終えたクルーテオが気絶したスレインにそう言い残し、医療班と交代して指揮所に移ろうとしたその時、揚陸城に大きな衝撃が走った。感情的な衝撃ではない、物理的なものである。

 

「敵襲!?もう一度だ、我々に敵意がないことを・・・」

 

『クルーテオ卿!地球連合軍ではありません!!攻撃を仕掛けてきたのは友軍・・・ディオスクリア、ザーツバ・・・』

 

そこまでで指揮所からの通信は途絶えた。その次の瞬間、クルーテオ卿がいた階層の天井が吹き飛ばされ、彼は襲撃者を肉眼で確認する。

 

黒を基調とした火星では旧型の部類に入るカタフラクト。

 

背部の大きな大気圏内飛行用スラスターが特徴的な、15年前の前星間戦争にも投入された古兵。

 

その名は・・・

 

「ディオスクリア・・・ザーツバルム卿なのか!?まさか、この事件の黒幕は・・・誰か!我がタルシスをここに・・・」

 

全てを言い終わる前にディオスクリアが手に持つアルギュレのようなプラズマブレードでクルーテオ卿は蒸発させられ、司令官を失い、主動力炉であるアルドノア・ドライブが停止した揚陸城をディオスクリアは一方的に蹂躙した。

 

そして最後に、倒れているスレインをコクピットに回収して飛行機のような形に変形して空へ飛び去っていく。

 

 

 

 ディオスクリアに連れ去られたスレインが次に目を覚ましたのは綺麗な寝室であった。

 

調度品の趣向などはスレインにはわからないが、受けた印象は、クルーテオ卿やアセイラム皇女よりもはるかにセンスの良い人間が用意したのだろうといったものである。

 

「目覚めたか、スレイン・トロイヤード。」

 

スレインは自分の名を呼んだ男の方を振り向く。

 

男は本を読みながら横目でスレインを見ていた。

 

「あなたは・・・ザーツバルム侯爵閣下?」

 

「そう固くなるな、卿で構わぬ。」

 

「では、ザーツバルム卿・・・あなたが助けてくださったのですか?」

 

ザーツバルムは本を閉じ、スレインに向き直る。

 

「いかにも・・・」

 

「では、トリルラン卿が言っていた『ザーツバルム朝ヴァース千年帝国』などというのは虚言だったのですね!!」

 

スレインとしては、トリルラン卿はクルーテオ卿の部下、つまりクルーテオ卿も叛徒の一味で、それを制裁したであろうザーツバルム卿は叛徒ではないと考えたのだ。

 

スレインはやっと味方に会えたとばかりにそう言ったが、ザーツバルム卿は首を横に振った。

 

「我が朋友クルーテオは、頭は回らぬが、真に忠を尽くす男であった。」

 

これを聞いたスレインは天国から地獄に叩き落とされたような気分になる。

 

「そう、このザーツバルムこそ、悪逆非道の叛徒が首魁・・・」

 

トリルラン卿は一切、嘘をついていなかったのだ。




アルドノア・ゼロ本編を視聴した時感じた違和感なんですが、
1.アセイラム皇女、証拠もなく軌道騎士を犯人と断定
2.トリルラン卿、うろたえすぎ
というのから、私なりに構成してみました。
キノコがいらん犯行声明出してたらあそこまでうろたえるのもやむなしかと。


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第七話 いい火星人

少し伊奈帆と皇女の新芦原での会話を修正しました。




 種子島から飛び立ったデューカリオンの中で、アセイラム皇女、エデルリッゾ、そして伊奈帆は、殺されたはずのアセイラム皇女が生きていて、それも変装して避難民に紛れ込んでいたことに対する事情説明のためマグバレッジ大佐、不見咲中佐、鞠戸大尉と会議室で会談していた。

 

「さて、界塚伊奈帆君、どうしてアセイラム皇女殿下について私達への報告を怠っていたのですか?」

 

マグバレッジ大佐にそう聞かれ、伊奈帆は悪びれる様子もなく、

 

「いいえ、意図的に報告しませんでした。」

 

と、答えた。

 

「伊奈帆君、言葉には気を付けなさい!場合によっては軍法会議の対象になりますよ!」

 

不見咲中佐が伊奈帆をそう叱りつけると、アセイラム皇女がそれを止める。

 

「伊奈帆さんを責めないでください、事情があってわたくしから頼んだのです。」

 

「では、それを説明してください。」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、アセイラム皇女が言いにくそうにしているのを察してエデルリッゾが代わりに話す。

 

「新芦原の事件は、軌道騎士の中に潜む反逆者によるものでした。姫さまはパレードの日、慣れない地球の重力で体調を崩され、護衛隊長が影武者を立ててパレードを執り行ったんです。今考えると、護衛隊長は何かしら感じて姫さまを逃がそうとしてくださったのかもしれません。」

 

「質問、よろしいですか?あの事件は『憂星防衛軍』を名乗る過激派が犯行声明を出していますが、彼らが軌道騎士の手先だと?」

 

言葉に詰まったエデルリッゾに代わってアセイラム皇女が答える。

 

「それはわかりません。ですが、あの事件が軌道騎士によるものであるのは間違いありません。」

 

「そこまでおっしゃるのは、何かしら証拠がおありだからですか?」

 

そう聞かれたアセイラム皇女は伊奈帆に目配せし、伊奈帆が首肯するのを見てエデルリッゾに持たせていたレコーダーを出させる。

 

それに録音された、『トリルラン卿の犯行声明』を再生すると、マグバレッジ大佐はこの声が軌道騎士の『トリルラン卿』である確証を求め、伊奈帆は新芦原での、蛍の単独行動を除く戦闘記録にその声があることを教える。

 

「なるほど・・・ですが、まだ黙っていた理由を説明しておりませんよ?」

 

マグバレッジ大佐が大本の質問をあらためてすると、伊奈帆がそれに答える。

 

「事件の流れからして、軍に通じる者がいたのは間違いありませんし、実行犯は避難民に紛れている可能性があります。そのため、知らせるわけにはいきませんでした。」

 

それを聞いたマグバレッジ大佐は念のため、

 

「では、怪しい人物はいましたか?」

 

と、尋ねると伊奈帆は口ごもる。

 

一人だけいるが、もし自分の思い過ごしであれば不要な混乱を生むだけである。

 

「艦長、俺からいいか?」

 

伊奈帆が言いあぐねているのを察した鞠戸大尉が横から口を出す。

 

「どうしました?」

 

「一人だけ心当たりがある、俺と界塚准尉が見つけた嬢ちゃんがいたろ?ほら、さっき皇女サマ見て、幽霊でも見たみてぇに腰抜かしてたヤツ。どうもおかしいところが多くてな。証拠はねぇが、警戒するに越したことはねぇ。」

 

それを聞いたマグバレッジ大佐は静かにうなず

く。

 

「わかりました。ですが、今は護衛に人員をさくことはできません。ですから、鞠戸大尉と伊奈帆君で彼女を守ってください。」

 

「了解しました。」

 

「りょーかい。」

 

と、マグバレッジ大佐の指示に二人は答え、解散となった。

 

 

 

「伊奈帆さん、あの時のお約束を破ってしまい、申し訳ありませんでした。」

 

会議室を出るとアセイラム皇女は伊奈帆にそう言って謝罪する。

 

あの時とは、新芦原での作戦会議をした後のことだ。

 

伊奈帆が蛍を追い出し、部屋に伊奈帆、セラムことアセイラム皇女、エデルリッゾの三人が残る中、アセイラム皇女が伊奈帆に用件を尋ねた。

 

「伊奈帆さん、三人で話したいとのことでしたが、どういったご用件でしょうか?」

 

「少し確認しておきたいことがあったんです。お会いした時にお話ししていた『アセイラム皇女生存説』について。あ、この部屋は防音室ですし、録音や盗聴器の類はありませんのでご安心ください。」

 

この防音室、録音や盗聴器はないという言葉にアセイラム皇女とエデルリッゾは怪訝な顔をした。

 

「まず、亡くなったアセイラム皇女が影武者だったというのは根拠がおありですか?」

 

こう聞かれたアセイラム皇女は思案し、

 

「亡くなった皇女の影武者さんは本物よりも背が高かったのです。スカートの長さがニュースの時とお変わりしていましたわ。」

 

「なるほど・・・では、地球連合に新芦原の警察、全てがろくに捜査もできないまま開戦しましたが、それに関わらず軌道騎士が犯人だとどうして断定できたのですか?」

 

これにアセイラム皇女は即答する。

 

「このようにタイミング良く戦争を始めたのが・・・」

 

「それは単なる状況証拠ですよ。断定するには弱すぎます。」

 

伊奈帆がアセイラム皇女の言葉を遮ると、エデルリッゾが不服そうな顔をした。

 

「・・・実はわたくし、お聞きしてしまったのです。事件の日、皇女の車から軌道騎士団と思しき男の犯行声明を。」

 

「どちらで?それにスカートの長さだって大人と子供ほどの差があるわけでありませんから、目の前で見ない限りわかりませんよ?」

 

伊奈帆に指摘されアセイラム皇女はハッとして口を押さえる。

 

とっさに二つの根拠を話したが、それはどちらも、皇女本人ないし影武者本人でなければ知り得ないことであったのだ。

 

「どうなのですか?アセイラム・ヴァース・アリューシア皇女殿下?」

 

伊奈帆が尋ねると、アセイラム皇女の顔はひきつり、エデルリッゾがアセイラム皇女の前に楯になるように出た。

 

「キサマ、さては反逆者の仲間ですね!!」

 

「!?エデルリッゾ、おやめなさい!!」

 

「認めるんだね?」

 

各々がそう言うと、エデルリッゾはずっと握っていた左手を開き、小さなナイフを右手に持った。

 

金属製の折り畳みナイフなどではない、ガラス片に布を巻いただけの粗末なもので、それをずっと左手の中に握りこんでいたのだ。

 

「キ、キサマさえ殺せば、お、お、同じことでしゅ!」

 

「ふ~ん・・・」

 

伊奈帆はいつものように表情が読めず、エデルリッゾは緊張、恐怖のあまりナイフを持つ手は震え、目線は定まらず、足も生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。

 

それがなくとも、ナイフの構え方、使い方共に訓練を受けた人間のものではない。

 

「君に僕は殺せない。」

 

そう言った伊奈帆は、ここにユキ姉か蛍がいれば微笑んでいると判断する表情をしている。

 

「う、う、う、うるちゃあい!!」

 

エデルリッゾは椅子を踏み台にして机に飛び乗り、伊奈帆の前から肩車をするように飛びついて、伊奈帆を地面に押し倒すと目の前にナイフを突きつける。

 

「こ、こ、こ、これでもそんなこと言えるのでちゅか!?」

 

「ふぅ・・・後学のため教えといてあげる。まず、君は体が小さいから、体重だけで相手を拘束することは難しい。だから・・・」

 

伊奈帆はエデルリッゾの脇の下に足を通して、背筋と足の力でエデルリッゾを持ち上げた。

 

「足で相手の体をロックしたり、腕とか首だけを押さえることをお勧めする。」

 

もし、足でロック・・・ももやひざで伊奈帆の頭をはさんだり、ふくらはぎとももの裏で肩をつかまえていれば、エデルリッゾはこれほど簡単に持ち上げられることはなかったであろう。

 

余談だが、エデルリッゾは素人がよくやる間違いマウントポジションの、『相手の体の上に座る』というのも、異性の顔に股を近づけるのを恥ずかしがって、中途半端に腰を浮かせていたために伊奈帆が容易に持ち上げることができたのである。

 

二人の上下が逆転すると、伊奈帆はすぐにエデルリッゾからガラス片の即席ナイフを取り上げ、

 

「二つ、こういう、小さくて一度しか使えない武器は脅迫の道具には向かない。可能ならこうやって手の中に隠して、使う瞬間に指の間から覗かせるのが理想。」

 

と、即席ナイフの使い方を実演してみせる。

 

「三つ、使い慣れない武器は持たない方がいい。不要ないさかいの原因になるし、奪われたら相手は容赦しない。こんな・・・ふうに!!」

 

伊奈帆がナイフを持った拳をエデルリッゾ向けて振り下ろすと、エデルリッゾは頭を守るように腕を前に出した。

 

もっとも、この程度で防げるわけはない。

 

しかし伊奈帆はエデルリッゾを殴ったりせず、彼女の左手を取って、指を開かせた。

 

先ほどまでガラス片を握りしめていたその手は小さな切り傷ができており、伊奈帆はその傷を口でふさいで止血しようとした。

 

「アム・・・」

 

「い、いやあああぁぁぁ!食べないでえええぇぇぇ!!!」

 

エデルリッゾは暴れるが、武器を奪われた上に、いくら伊奈帆が男子の中で小柄とはいえ、エデルリッゾからすればはるかに大きい彼をはねのけることはできず、しばらくして伊奈帆が口を放すと、血は止まっていた。

 

「ちゃんと、あとで手当てしておくんだよ。」

 

そう言って伊奈帆がエデルリッゾの上からどくと、エデルリッゾは涙を流しながらアセイラム皇女に飛びついた。

 

「姫さまぁ、怖かったですぅ!!」

 

「よしよし、もう大丈夫ですから泣かないの。」

 

「言うわりには助けもしませんでしたね。」

 

伊奈帆がアセイラム皇女にそう言うと、アセイラム皇女は笑顔で返す。

 

「最初は驚きましたわ。ですがこのような会談を設けた伊奈帆さんが叛徒の仲間とは思えませんし、この子にも『後学のため』って申したではありませんか。ですから、危害を加えたりしないと確信が持てたのですよ。」

 

自分の意図が完全に見透かされていた伊奈帆は敵わないなとばかりに肩をすくめる。

 

「では、本題に入りましょうか。あなたの申すとおり、わたくしはヴァース帝国皇女・・・」

 

そこまで言ってアセイラム皇女は変装用ホログラムを切り、真の姿となる。

 

「アセイラム・ヴァース・アリューシアですわ。それにしても、いつ気付かれたのです?」

 

白いドレスをまとった金髪、翠眼の美しい姫、アセイラム皇女から、伊奈帆は照れからか目をそらす。

 

「おかしいと思ったのは最初に出会ったときおっしゃっていた『アセイラム皇女生存説』の時ですよ。当事者でなければ考えつかないお話しでしたしね。」

 

伊奈帆がそう言うとアセイラム皇女は表情を曇らせるが、伊奈帆は構わず続ける。

 

「そして僕がお尋ねしたいのは、一つはあなたがあの爆撃から奇跡的に生き残ることができたのか、それとも本当に影武者を立てていたのかです。」

 

と、伊奈帆はアセイラム皇女が表情を曇らせた原因に触れてしまった。

 

「彼女は・・・影武者です・・・」

 

少し声を掠れさせながらアセイラム皇女は答えた。

 

「姫さま、お気を確かに。」

 

エデルリッゾがアセイラム皇女をそう言って励ますなか、伊奈帆は二つ目の質問をぶつける。

 

「では、あらためてお尋ねしますが、なぜあなたは犯人を軌道騎士だと断定できたのですか?」

 

伊奈帆はさすがに犯行声明はデマカセだと考えてそう尋ねる。

 

「それは・・・」

 

「このようなことは申したくありませんが、あなたを含めて軌道騎士、ひいてはヴァース帝国が自作自演をし、それに乗じて軌道騎士団があなたを亡き者にしようとしたとも・・・」

 

「違いますわ!!」

 

アセイラム皇女は強く否定し、その瞳には涙を浮かべる。

 

「エデルリッゾ、例のものを・・・」

 

「しかし姫さま、この者は信用しても・・・」

 

「大丈夫でしょう。この方は真実が知りたいだけですわ。」

 

アセイラム皇女とエデルリッゾはそう言って相談し、エデルリッゾがレコーダーを出す。

 

再生されるのは影武者が持ち帰った通信記録だ。

 

それを聞いた伊奈帆は、録音の状況、入手経路をアセイラム皇女に確認し、それらに嘘や隠し事がないと判断して彼女に謝罪する。

 

「なるほど・・・すみません、失礼なことを申しましたね。」

 

「いえ、わたくしも・・・」

 

「それと、この『トリルラン』という軌道騎士ですけど、あのダンゴムシのパイロットの声と似ていますね、ちょっと解析してみましょう。」

 

そして、伊奈帆が声紋パターンを分析した結果、ニロケラスのパイロットと犯行声明を出した軌道騎士の声紋は一致し、軌道騎士の中に黒幕がいると確定したのである。

 

「あのカタフラクトのパイロットの名前が『トリルラン』かはさておき、彼は暗殺者に関わりがあるのは明白です。身柄を押さえられれば、なお良しです。」

 

「では、さっそくお友だちの方にもお話しして助力を・・・」

 

「それはいけません。」

 

伊奈帆はアセイラム皇女の提案を遮った。

 

「みんなを信用してないわけじゃありませんけど、人の口に戸は立てられませんからね。韻子や蛍達が知れば、避難民全員も知ってしまうと考えていいでしょう。そうなると、人は割り切って考えるのが難しい生き物ですから、この戦争を起こした連中と関係ないと言っても、二人に危害を加えようとする者も現れるでしょう。そして何より暗殺者の仲間がいないともかぎりません。」

 

伊奈帆がそう言うと、アセイラム皇女とエデルリッゾは少し身を震わせる。

 

いくら正体が知られていないとはいえ、自分達の命を狙う者がいると考えると恐ろしいものなのだ。

 

「僕はあの日、現場にいたんですけど、あのミサイルは連合軍からの横流しと見て間違いありません。あれだけの量となると、連合軍内部にもスパイが紛れ込んでると考えていいでしょう。こうなると、そういった連中が手を出せないところ・・・連合軍本部までは僕たち三人の秘密にしておくのが最良ですね。」

 

 

伊奈帆がそう言うと、アセイラム皇女は小指を差し出す。

 

「これは?」

 

「地球ではこうして約束をするのでしょう?」

 

アセイラム皇女は指切りをしようとしているのだ。

 

伊奈帆はそれにならって小指をアセイラム皇女の小指にからめ、それをエデルリッゾがうらめしそうににらむ。

 

「エデルリッゾ、あなたもですよ?」

 

「え!?わたしもそのようなことを許していただけるのですか!?」

 

「ええ、ですから一緒に。」

 

エデルリッゾがおずおずと小指を絡ませ、三人で指切りをしたのであった。

 

「あ、そうそう、セラムさん、敬語の使い方、間違ってますよ。」

 

「え!?本当ですか!?」

 

「ええ、僕が気付いた理由の一つですし。それも、教えますから慣れてくださいね。」

 

 

 

この時の約束を、アセイラム皇女が反故にしたのである。

 

「あの時ばかりは仕方ありませんよ。この艦はセラムさんが正体を明かさなかったら動かせなかったんですから。・・・?」

 

フォローした伊奈帆は何かしっくり来ないようで虚空を眺める。

 

「どうなさいましたか?」

 

「いや、もう隠す必要もないから、『アセイラムさん』って呼ばないとおかしいかなと。」

 

いつものことながらずれた伊奈帆にアセイラム皇女は微笑み、

 

「お好きな方でかまいませんわ。」

 

と、言ったのを二人の間に割って入るような声がする。

 

「いいえ、かまいます!」

 

この二人の間に割って入るのも、エデルリッゾと決まっている。

 

「これからはアセイラム・ヴァース・アリューシア皇女殿下とお呼びくださいまし!」

 

そんなエデルリッゾにアセイラム皇女が苦笑いしていると、三人を追って走って来る者がいた。

 

ドタドタとうるさい足音に振り返ると、そこにいたのはカームであった。

 

「オイ伊奈帆!!この艦に火星人が乗ってるそうじゃねぇか!?どこだ!?俺がこの手でぶっ殺してやる!!」

 

カームがなぜ火星人の存在を知っているかというと、伊奈帆達が呼び出されていた時のことだ。

 

作戦完了報告を終えて韻子、蛍がデューカリオンを自動操縦にしてマニュアルを読んでいたニーナを交え艦橋で歓談していた時のことだ。収容したカタフラクトの整備を終えたカームが会話の輪に加わると、この艦のことをニーナに尋ねた。

 

「この艦って、どうやって飛んでるんだ?」

 

「え?えっと~ほら、あれがあれで・・・」

 

ニーナもまだよく理解できていなかったため、変な受け答えをする。

 

「あれだろ、15年前の種子島に降下したカタフラクトから抜き取ったなんちゃらドライブを使って・・・」

 

「アルドノア・ドライブね。」

 

「おぉ、それそれ、さっすがナオの字の嫁だ・・・なあ!?」

 

韻子の顔面パンチを蛍はのけ反って避ける。

 

「悪かったよ、学年次席!」

 

「フンだ!体育歩兵格闘だけ主席の筋肉バカ!!」

 

またもや口喧嘩を始めた二人を横目に、カームはニーナに疑問をぶつける。

 

「それじゃあよ、どうやってこの艦、起動させたんだ?たしか、アルドノア・ドライブは皇帝一族かその手下じゃねぇと動かせないんだろ?」

 

「それがね~、火星のお姫さまが偶然乗ってて・・・」

 

「お、オイ、クライン!」

 

祭陽先輩がニーナをしかるが、すでに手遅れだ。

 

「は?」

 

「え、ええ!?」

 

「な、何だって!?」

 

カームは叫ぶと艦橋を飛び出していき、それを韻子とニーナが追いかける。

 

オペレーター達には、アセイラム皇女とエデルリッゾのことは箝口令が敷かれていたのだ。

 

にもかかわらず、ニーナは口を滑らせてしまった。

 

箝口令を敷いていた理由はもちろん、今のカームのように暴走する者を出さないためである。

 

一方、一番暴走しそうであった蛍はおとなしいもので、まだ艦橋に残っている。

 

「行かねぇの?」

 

「えぇ、ちょっと頭の中、整理しねぇといけねぇんで。」

 

そう言ってゆっくりと艦橋を出る蛍。

 

「意外だ。」

 

「高嶺の花と薔薇の三角関係・・・ッチ、ナシナシ!!」

 

詰城先輩はまた、わけのわからないことを呟いていた。

 

 

 

 そして、カームが伊奈帆達のところに走ってきたのだ。

 

伊奈帆はアセイラム皇女を自分の影に隠すように前に立つが、アセイラム皇女はそんな伊奈帆を手で制し、カームの前に立つ。

 

「どこだコラァ!!」

 

「ここに・・・」

 

「はい?」

 

アセイラム皇女はスカートの裾をつまんでお辞儀をすると、

 

「わたくしはヴァース帝国第一皇女アセイラム・ヴァース・アリューシアです。この度のことはたいへん遺憾に感じておりますわ。ひいては、この戦争の早期終結に粉骨砕身する所存にあります。」

 

と、あいさつする。

 

するとカームは顔を真っ赤にして直立不動となり、

 

「は、ハイ!ガンバッテ!!」

 

と、一言しか返せなかったのであった。

 

そこへ、足の遅いニーナと一緒に韻子が到着するが、すでにカームがアセイラム皇女に何をするでないため、安心してカームをからかう。

 

「何赤くなっちゃってんのよ?」

 

「タコみた~い。」

 

女子二人の声を聞いてカームは驚いて振り向く。

 

「あんた、火星人はみんな敵だ~とか、言ってたじゃない。」

 

「そ、それは、ほら、アレだよアレ!」

 

韻子がカームの昔の発言を蒸し返し、カームはあわてながら取り繕う。

 

「火星人にも~、いいヤツと~、わりぃヤツが~、いるんだろ~?」

 

カームの幼稚な言い逃れに女子二人はあきれ返り、伊奈帆に助けを求めるがいつもの無表情である。

 

「何とか言ってくれよ~!!」

 

ちなみに伊奈帆の表情は、

 

『いや、言いたいことはわかるけど、もう少し言い方なかったの?』

 

である。

 

そんな空気を裂くように、手を叩く音が響く。

 

「いやぁ、クラフトマンよぉ、よぉくわかってんじゃねぇかぁ!」

 

声の主は皆、知っている。

 

蛍だ。

 

しかし、彼が見えているアセイラム皇女とエデルリッゾは顔をひきつらせ、伊奈帆は今度こそ二人を守るように彼女達の前に立った。

 

「お、蛍は話がわかるなぁ!そうだよ!!・・・って、な、なぁ、何の遊びだ、そいつは・・・」

 

「ちょっとアンタ、冗談でもタチが悪いわよ・・・」

 

「そ、そうだよ~、それにしても、リアルなオモチャだよね~」

 

振り向いて蛍の姿を見たカーム、韻子、ニーナは各々、蛍が悪趣味なイタズラをしていると考えたが、次の瞬間、その考えが吹き飛ばされる。

 

パァンと、『リアルなオモチャ』が乾いた音を響かせ、煙を吹いたのだ。

 

「俺はよぉ、ゲリラ戦やってほとんどそのままだったんだよなぁ。コイツはもちろん、モノホンだよ!」

 

彼が手に持っていたのは45口径ソーコムピストルであったのだ。これを見てカームが、

 

「な、何でそんな物騒なモン抜いてんだよ!!」

 

と叫ぶが、蛍はにべもなく、

 

「決まってんだろ?『火星人』を二匹ほど駆除するためだよ!」

 

と、答える。

 

「何よそれ!?この子たちのことよね!?この子たちが何したってのよ!?」

 

韻子がそう怒鳴り付けるが、蛍は構わず怒鳴り返す。

 

「別に何も・・・けどなぁ!!『いい火星人』なんてのは、くたばったヤツだけなんだよ!!」

 

蛍がアセイラム皇女に、伊奈帆を挟むようにして銃口を向け、その射線上にいたカームが反射的に通路の脇に避ける。

 

「なぁ、ナオの字よぉ、どけよ、そこ。」

 

「・・・どかない。」

 

「あぁ!?」

 

蛍が脅しつけるが、伊奈帆は無表情のままアセイラム皇女達の楯になっている。

 

銃に限らず、凶器を向けられた人間の反応、そして対応としてはカームの方が正しい。

 

それが銃となればなおさらだ。

 

そもそものところ、伊奈帆がやっていることは銃に対してはほとんど意味がない。

 

「頭のいいテメェならわかンだろ?今、コイツをぶっぱなしたらどうなるか?」

 

「僕の体を貫通してセラムさんかエデルリッゾに当たる。そして運よく貫通しなくてもあらためて二人を撃てばいいだけ。」

 

伊奈帆はずっと無表情のままだが、蛍にはその顔に『憐れむ』感情が読み取れた。

 

その意味がわからず、蛍はイライラしながら伊奈帆を脅しつけた。

 

「意味ねぇのはわかってんだろ?なら、どけよ!」

 

「どかない、この二人にもしものことがあったら地球と火星の戦争はどっちかが消えてなくなるまで続く絶滅戦争になる。」

 

「望むところじゃねぇか!!」

 

蛍の銃を持つ手が力の込めすぎで震え、狙いが定まらなくなり、そんな蛍に伊奈帆は一言、付け足した。

 

「君はそんなこと望んでない。」

 

「・・・な、ナメんな!!」

 

蛍は銃身を震わせながらも伊奈帆越しにアセイラム皇女を狙う。

 

しかしその弾道には伊奈帆の首があり、蛍の銃の腕では、撃てばまず伊奈帆に当たる。

 

「俺は本気だ、どけよ。」

 

「君には撃てない。」

 

「・・・クソッ、そんな目をするなあああぁぁぁ!!!」

 

「ダメェ!!!」

 

悲鳴と共にニーナが、蛍の腰にタックルするように組み付いた。

 

「ニ、ニーナ!?何やってんのよ!?」

 

韻子がそう叫ぶが、ニーナは蛍の腰から離れない。

 

ニーナの教練成績は重機、整備を除いて中くらい、男子近接格闘主席で成人男子でも大柄な蛍に力でかなうはずもない。

 

しかし、それでもニーナは蛍に呼びかけながら組つき続けた。

 

「蛍くん、やめてよぉ!こんな酷いこと!!」

 

彼女の頭にあるのは、大事な友人が間違ったことをするのを止めたいという想いだけだ、自分がどうなるかなど頭の中に無い。

 

「何しやがんだ、離せ!!」

 

蛍がニーナの腕を引き剥がそうとしてつかむと、

 

「やあああぁぁぁ!!!」

 

エデルリッゾが自分を奮い立たせながら、蛍が意識していなかった銃を持つ右腕に飛び付く。

 

以前、伊奈帆に言われた、『自分より大きな者には単純な力ではかなわない』ことを念頭に置き、蛍を押さえるのではなく蛍から銃を奪おうとしたのだ。

 

「・・・このヤロゥ!!」

 

「よ、よせ!!」

 

今度はカームが、エデルリッゾを殴ろうとした蛍の腕を捕まえる。

 

三人がかりで捕まえられた蛍であるが、それでも三人を振りほどこうとする蛍の右腕に、エデルリッゾが噛みついた。

 

「ガブッ!!」

 

「イテェ!!!」

 

人間の噛む力は体重と同じくらいで、歯は人体の中で最も硬い部位である。

 

蛍がいくら大柄かつ鍛えられた体で、エデルリッゾが小さく力が弱いといっても、これには耐えられない。

 

たまらずエデルリッゾを銃ごと投げ飛ばし、ニーナを壁の方に突き飛ばしたあと、左腕をつかんでいたカームを払い腰で投げ飛ばした。

 

銃はエデルリッゾを投げ飛ばした時に遥か遠くまで滑っていき、皆、見失った。

 

エデルリッゾは口を押さえてうずくまっているのをアセイラム皇女に助け起こされ、カームは壁を背にして座り込み、ニーナは倒れたまま動かないが、三人がかりで組み付いた結果、蛍の銃を取り上げることには成功した。

 

「蛍、今ならまだ間に合う。これ以上はやめよう。」

 

「ウルセェ!!人間なんてなぁ、指二本ありゃあ充分殺せるんだよ!!」

 

伊奈帆は静止を呼びかけるが蛍はやはり聞かない。

 

アセイラム皇女はカームの時のように蛍を説得しようとするが、伊奈帆がそれを止め、むしろ蛍を挑発する。

 

「普段の君なら、そうかもしれない。けど、今の君くらいなら僕でも止められる。」

 

「ちょっと伊奈帆!煽らないで!!蛍も、いい加減にしなさいよ!!」

 

韻子が気を失っているニーナを介抱しながら二人を止めようとするが、蛍はもはや誰にも説得できないほど熱くなっていた。

 

「そうかよ、言うようになったもんだなぁ・・・じゃ、遠慮なくいくぜぇ、ナオの字ィ・・・いや、界塚伊奈帆オオオォォォ!!!」

 

「そこまでだ、このクソガキがぁ!!」

 

蛍はその声と共に後ろ襟をつかまれて引き倒された。

 

蛍が引き倒した相手を見上げると、それは鞠戸大尉であった。

 

彼を追うようにバタバタと憲兵、衛生兵、軍医になった耶ヶ頼先生に従軍看護師が駆けつける。

 

蛍はすぐに床を転がり、壁を背にして立つと、憲兵達と鞠戸大尉を交互ににらむ。

 

蛍は銃を発砲していたのだ、遅かれ早かれ憲兵に、他の軍人も来るのは当たり前である。

 

伊奈帆はそれまでの時間稼ぎをしていたのだ。

 

憲兵達はさすまたを構えて蛍を牽制し、鞠戸大尉は直立不動で蛍をにらみつける。

 

一瞬の緊張の後、蛍は憲兵達に目標を定め、憲兵達もさすまたで蛍を取り押さえようとしたその時、

 

「やめろ!!」

 

と、鞠戸大尉が一喝し、蛍も憲兵達も動きを止める。

 

「駄々こねるガキをしつけるのは親の仕事だ。」

 

これを聞いた蛍は鞠戸大尉をにらみつける。

 

「今、何つった?」

 

「駄々こねるガキをしつけるのは親の・・・」

 

「誰が親だ、誰が!?テメェは親どころか親父のカタキだろうがよ!!」

 

蛍は怒りに任せて怒鳴り続け、今まで鞠戸大尉に向けた負の感情など比にならないほど酷く、辛辣なものを吐き出し続ける。

 

「テメェのせいで親父は二階級特進、お袋もエンジェル・フォールで死んで、俺は施設送り、ガキの頃は施設育ちだからって小学校じゃ的かけられて、中学でやり返したらしまいにゃ保護観察・・・」

 

鞠戸大尉すら止めようとしないため、一方的に蛍がまくし立てるのを、衛生兵の手当てを受けるニーナ、カーム、エデルリッゾ、それに付き添う伊奈帆、韻子、憲兵に保護されたアセイラム皇女をはじめとするその場にいる者達が聞き続ける。

 

「そんな時に善人ヅラして俺を引き取ったのが、親父を殺したテメェだったんだよな、なぁ、罪滅ぼしのつもりか?だったら親父とお袋を返せよ!俺のここまでの人生返せよ!!」

 

そこまで言って罵倒が途切れたのを待っていたかのように鞠戸大尉は静かに答える。

 

「言いてぇことはそれだけか?」

 

蛍はそれを聞き、鞠戸大尉をにらみつける。

 

「たしかに、曹長の戦死は俺のせいだ。何なら、殺されても文句はねぇよ。ただな、それでお前は気がすむのか?」

 

「・・・すむわけねぇだろ?次は直接殺したヤツら、くたばってんだろうからそのガキ共に落し前つけさせる!!」

 

「・・・で、それが終わったらヴァースの皇族貴族を生み出したヴァース帝国を根絶やし、それも終わりゃ戦争の原因を作った残りの片割れの地球連合を潰すってかぁ?ふざけんな!!テメェは自分の境遇をネタにして八つ当たりしてるだけだろうが!!」

 

鞠戸大尉に図星を突かれた蛍は強く拳を握り、震わせながら鞠戸大尉をにらむ。

 

「・・・っせぇよ・・・」

 

「何だ?図星突かれてショックか?」

 

「ウルセェ!!黙れこのクソジジィ!!」

 

蛍は鞠戸大尉にそう叫びながら突進していった。

 

 

 

 五分ほど経ち、その場は静まり返っていた。

 

本来、制止せねばならない憲兵でさえも躊躇するほどの暴行に、その場にいる者全てが戦慄を覚えたのだ。

 

一方的に殴られている者はすでに意識がないのか、無理に引き起こされて壁を背にして何度も膝蹴りを叩き込まれ、反射的に抵抗すると、今度はその勢いを利用して床に投げ飛ばし、連続でストンピング。

 

これだけの暴行を一方的に行っているのは鞠戸大尉だ。

 

「な、なあ、お前、止めろよ・・・」

 

「は?アレに巻き込まれろって?」

 

憲兵達がそう話していると、隊長が先頭に歩み出る。

 

「た、隊長!?危険です!!」

 

「フン、危険なものか。お前達・・・」

 

とうとう制止するのかと考えた憲兵達に隊長は、

 

「全員待機。まだ『その時』じゃない。」

 

「隊長!?」

 

憲兵達は待機命令に驚き、隊長を一斉に見るが、隊長は怯えた様子など欠片もなく、ただ『親子喧嘩』を黙って見ていた。

 

同じように落ち着いて見ているのは、耶ヶ頼先生と、その横で座り込んでいた伊奈帆の二人である。

 

「な、なぁ、止めねぇと蛍のヤツ、殺されちまうんじゃねぇか?」

 

カームが伊奈帆にそう言って止めるように促すが、伊奈帆はいつものように、

 

「僕じゃ止められない。」

 

と、無表情のまま答えた。

 

「そんなに止めたいなら、カームが行けば?」

 

続けて伊奈帆がそう言うと、カームは青ざめて鞠戸大尉を見る。

 

彼の顔は、『鬼の形相』というたとえがよく合う。

 

止めに入れば怒りが止めた者に向きそうなほどだ。

 

「もう!!・・・伊奈帆?どうして・・・?」

 

韻子は伊奈帆の表情から『安堵』の感情を読み取り、困惑する。

 

そんな韻子の隣で意識を取り戻したニーナが、惨状を目の当たりにしてヨロヨロと立ち上がる。

 

「ちょっと、ニーナ!?まだ立っちゃダメよ!!」

 

蛍から受けたダメージが最も大きかったのはニーナであった。

 

彼女は蛍に突き飛ばされた時に後頭部を強打しており、耶ヶ頼先生も絶対安静と韻子に言いつけていたのである。

 

余談だが、エデルリッゾは抜けかかっていた乳歯の歯茎脱臼、カームは背中の強打による打撲である。

 

さておき、ニーナは韻子の制止も聞かず、おぼつかない足取りで鞠戸大尉の背中に近づき、抱きつくように組み付いた。

 

「きょうかん・・・やめて・・・蛍くんが死んじゃうよぉ・・・」

 

まだ意識がはっきりしていないニーナは呂律が回っておらず、鞠戸大尉に寄りかかってやっと立っている状態である。

 

蛍以上に力の強い鞠戸大尉ならば簡単に振り払ってしまうだろう。

 

しかし鞠戸大尉は、蛍の胸ぐらをつかんで立たせていた右手を離し、ニーナを耶ヶ頼先生のところまで連れていく。

 

「センセ、怪我人を頼みますぜ。」

 

誰にも止められないと思われていた鞠戸大尉が暴行をやめ、そう言ったのだ。

 

「わかりました、ストレッチャーをもう一つここへ!私は先にこの子達の診察をしますから、宿里伍長の応急処置をお願いします!」

 

耶ヶ頼先生は衛生兵にそう指示し、従軍看護師にストレッチャーに乗せたニーナを連れさせ、歯が抜けた跡に綿を噛んだエデルリッゾ、まだ痛むのかヒョコヒョコと歩くカーム、それに付き添う韻子と伊奈帆、アセイラム皇女がついていった。

 

 

 

 医務室に着くと、耶ヶ頼先生はニーナの脳波を検査し、衛生兵がエデルリッゾの手当てをした。

 

エデルリッゾは手当てが終わるとアセイラム皇女の元へ戻り、どうにか回復したカーム、付き添いの伊奈帆、韻子は、検査を終え、『異常なし』と診断されてベッドに横たわるニーナの隣で、先の事件の話をしていた。

 

「アイツ・・・どうしてあんなこと・・・」

 

韻子が先の蛍に対する恐怖から自分の肩を抱いてそう呟く。

 

「俺もさ、ついこの間まで『火星人はみんな敵だ』っつってたけどよ・・・やっぱあんな風に見えてたのか・・・?」

 

カームがそう言うと、韻子と伊奈帆が否定する。

 

「さすがにあんなじゃなかったわよ!」

 

「うん、全然違う。」

 

「そっか・・・」

 

「蛍はカームよりも本気。」

 

伊奈帆がそう言うと、

 

「ど、どういうこったよ!?」

 

と、カームはまくし立てる。

 

「言葉通りだよ、蛍は僕と同じように、実のお父さんが戦死してるし、お母さんもエンジェル・フォールに巻き込まれて失ってるからね。」

 

伊奈帆と蛍、まったく正反対ともいえる二人の接点はここである。

 

しかし、二人の火星に対する感情はまったく違う。

 

「でも、伊奈帆はあんな風になってないわよね?」

 

「正直なところ、本当なら僕がおかしいんだと思うよ。両親を死に追いやったのは前の戦争で死んだ当時の火星の軍人って割り切ってる僕の方がね。」

 

これにカームが反論する。

 

「そんなもん、俺だって・・・」

 

「行ったことも見たこともない故郷を焼かれた?」

 

「う・・・」

 

カームはそれを聞いて言い返せなくなる。

 

「でも、それは蛍だって同じでしょ?こう言ったら伊奈帆にも悪いけど、生まれたばかりじゃ両親の顔も覚えてないだろうし。」

 

韻子が二人の間に割って入りそう尋ねると、伊奈帆は少し言いにくそうにして答える。

 

「新芦原を出る前さ、ダンゴムシにオコジョが殺されたよね?」

 

これを聞いたカームと韻子は表情を曇らせた。

 

「この前、先に行ったフェリーが沈められたよね。あの船には、みんなの家族も乗ってた・・・」

 

「やめろよ!正直、まだ整理ついてねぇんだ!!」

 

カームが耳を塞ぎ、首を横に振りながらそう叫ぶ。

 

伊奈帆の言ったとおり、カーム、韻子、ニーナの家族は撃沈されたフェリーに乗っていた。

 

その報が届いた時の、わだつみは悲嘆と怨嗟の声で溢れた。

 

肉親や親しい者を失った者ばかりだったのだから当然のことだ。

 

「じゃあさ、たとえば地球の裏側で、知らない人が同じように殺されたとしたら?知らない人ばっかり乗った船だったら?」

 

「それは・・・」

 

「悲しいことだとは思うわよ。でも、おんなじように思うかって言われると・・・」

 

カームは口ごもり、韻子は思ったことを口にする。

 

「そう、違って当たり前なんだ。知ってる人や肉親を失うのと、関わりの無い人が死ぬのはね。行ったことも住んだこともない場所ならなおさらだよ。」

 

「テメェ!!」

 

カームは伊奈帆の胸ぐらをつかみ、殴ろうとするが、拳を降り下ろせない。

 

理性が、良心がためらわせるのだ。

 

「ゴメン、僕も言いすぎたよ。」

 

伊奈帆の謝罪を聞くとカームは手を離し、壁に頭を打ち付ける。

 

本当に怒っていたのならば、ためらうことなどなかったはずなのだ。

 

「何だったんだよ、俺・・・カラッポじゃねぇか・・・」

 

「カーム、それでいいんだ。本気の憎しみなんてのは、持っちゃいけない。それに、蛍だってそんなのは持ってない。」

 

そう言った伊奈帆に韻子は、

 

「蛍も?でも、さっき蛍は本気だって・・・」

 

と、尋ねる。

 

「あくまで純度の問題だよ。本当に蛍が『火星人を一人でも多く道連れにして地獄に行く』とか考えてたら、僕たち、みんな死んでるよ。あの時の蛍はピストルを持ってたんだから、問答無用で撃てばよかったんだからね。そうしなかったのは彼も、僕たちに止めてほしかったんだと思うよ。」

 

伊奈帆がそう答えると、韻子はホッと息をついた。

 

「不幸中の幸いかもね。アイツが私たちのこと、友達って思ってくれてたのは。」

 

「そうだね~、あんなの出した時はびっくりしちゃったけど、とりかえしがつかないことにならなくてよかったよ。」

 

韻子は自分の言葉に答えた者の方を向く。

 

ニーナが目を覚まし、体を起こそうとしていた。

 

「ニーナ!?大丈夫!?」

 

「う~ん、まだクラクラするけど、大丈夫だよ。」

 

ニーナはキョロキョロと、周りのベッドを見たあと、尋ねる。

 

「蛍くんは?」

 

「アイツはニーナが教官を止めたあと、その場で手当てされてたから、そのまま営倉じゃねぇのか?」

 

カームが答えるとニーナはシュンと、落ち込む。

 

「蛍くん、大丈夫かな?教官に、あんなに・・・」

 

「大丈夫だよ。教官、手加減してたから。」

 

「え!?」

 

伊奈帆が発した言葉に、カーム、韻子、ニーナの三人は伊奈帆を一斉に見やった。

 

 

 

 同じ頃、アセイラム皇女は戻ってきたエデルリッゾを連れ、ラウンジで紅茶を前にして席についている。

 

正面に座っているのは鞠戸大尉。

 

彼はテーブルに額を擦り付けてアセイラム皇女に謝罪していた。

 

「ウチのクソガキがとんでもないことしでかし、面目次第もない。」

 

これにはアセイラム皇女の方がおどろき、

 

「お願いしますから、そのようなこと、なさらないでください!」

 

と、彼を止める。

 

「モガモガモガモガモガ、モガモガモガ!モモガ!(あのような無礼を働いて、謝罪ごときですむと!アイタ!!)」

 

綿をかんだまま鞠戸大尉に怒りをぶつけるエデルリッゾの後頭部をアセイラム皇女は平手で叩く。

 

「エデルリッゾ、彼はわたくしと話しているのです。たしかに、あなたも銃を向けられました。このようなケガをしたのも事実です。ですが、当事者にはこの方がすでに制裁を下しました。彼を責めるのは筋違いですよ?」

 

敬愛する皇女にたしなめられたエデルリッゾはシュンと肩を落とす。

 

「エデルリッゾ、今日は下がりなさい。」

 

「モガ?モガガ・・・(え?ですが・・・)」

 

「いくら抜けかかっていた乳歯とはいえ、処置に麻酔を使用したのでしょう?なら、無理せず、今日はお休みなさい。」

 

「モガ・・・モガモガモガガ、モガモガモガモガモガ。(はい・・・わかりました、ありがとうございます。)」

 

エデルリッゾが一礼して下がると、アセイラム皇女は鞠戸大尉に向き直る。

 

「先ほども申し上げましたが、手心を加えたとはいえ彼はあなたが裁いたのですから、わたくしから異を唱えるつもりはありません。」

 

「本当に申し訳・・・!?」

 

「わたくし、護身術には少々心得がありますの。あれが全力か否かくらい、わかりますわ。」

 

アセイラム皇女の言うとおり、鞠戸大尉は手加減をしていた。

 

見た目は派手だが、血が出やすいところを狙って浅く打ち、骨折など大きなケガをしにくいところを、派手な音がするように打って、端から見れば容赦のないメッタ打ちに見せていただけなのだ。

 

もっとも、憲兵隊長や伊奈帆、アセイラム皇女や、医者である耶ヶ頼先生にはばれていたのであるが。

 

しかし、そうしなければ蛍と憲兵隊が衝突し、鞠戸大尉の指導で一般的な連合軍兵士より近接格闘においてはるかに高いレベルにある蛍相手では憲兵隊も少なくない被害を出しただろうし、蛍も鞠戸大尉によって受けた負傷以上にダメージを受けていたはずである。

 

そしてこれは失敗したのだが、アセイラム皇女が引くほど、蛍を痛めつけたように見せれば後の処分で蛍の罪を軽くできるかもと考えたのである。

 

「はぁ・・・ごまかすのは余計、失礼に当たりますな。そのとおりですよ。ですが・・・」

 

「ご安心を、口にしたことを反故にしたりしませんわ。ただ、エデルリッゾには傷が癒えた頃に、何か甘いものでもご馳走してあげてくださいな。」

 

「ご厚意、痛み入ります、姫サマ。」

 

アセイラム皇女は蛍、そして鞠戸大尉を許した。

 

 

 

 そしてこの度の事件についてマグバレッジ大佐は報告を受け、蛍へ地球連合本部につくまで営倉行きと処分留保を言い渡し、暴行に及んだこと、部下の不祥事について上官である鞠戸大尉に始末書提出を命じた、これでこの度の事件に決着がついたかと思われたが、一つだけ、解決していないことがあった。

 

蛍が取り落とした銃が、見つからなかったのである。

 

その銃は、蛍が取り落としたあと、廊下を滑っていき、一部始終をずっと隠れて見ていたある人物が拾って、持ち去っていたのであった。




実は今回の話がこのSSを書こうと思った動機だったりします。

カームがへたれるの早すぎだろと思って。

そしてオリ主に、『いい火星人は死んだ火星人だけだ』と、あえて極端なことを言わせるというのが。

さて、最後に出た、銃を持ち去った人物は一体、誰でしょう?(や、バレバレですがね。)


追記:修正について

あの部分、さらっと流したかったのであまり考えずに書いたのですが、他の方の小説と類似していたので書き直しました。

ここにお詫び申し上げます。


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第八話 父親

 蛍の暴走から一日が過ぎ、アセイラム皇女はデューカリオンのブリッジから眼下の白い大地を見ながらはしゃいでいた。

 

「エデルリッゾ、ご覧なさい!あの白いのは『雪』というそうよ!」

 

「ユキ・・・というのは白い土のことですか?」

 

「いいえ、雪というのは雲から氷の塊が地面に降って、たくさん集まるとあのように白くなるのですよ。」

 

この場に『雪は『結晶』で、塊が降るのは『ひょう』です。』だとか、『あれは雪ではなく凍土です』などと余計なことを言う者がおらず生き生きしているアセイラム皇女とは対称的に、ブリッジオペレーター、そして護衛の鞠戸大尉は気が気でない。

 

昨日の、蛍がアセイラム皇女とエデルリッゾに向けた銃がいまだに見つからないのだ。現場付近はくまなく探したため、間違いなく誰かが持ち去ったのである。

 

紛失した銃はソーコムピストル・・・45口径弾を使用する、モバイルライト一体型の大型拳銃である。

 

いまだに発見されたり届けられていないことから、一つしか考えられない。

 

『悪意を持つ人間が意図的に隠し持っている』というものだ。

 

アセイラム皇女暗殺未遂に関与しているであろう人物が艦内にまぎれている可能性が高いのだからこれ以外にありえない。

 

そして悪いことに、疑わしき人物の姿を昨日の事件以後、誰も見ていないのだ。

 

 

 

 その頃、銃を持ち去った人物は調理室に隠れていた。

 

理由は二つある。

 

まず、銃を盗んでからこちら、水もろくに飲んでおらず、空腹に耐えかねたというものだ。

 

そしてもう一つ、ターゲットのガードが堅く、近づくことすら容易でないため、ある賭けに出たのである。

 

この方法はかなり運に頼る方法であるが、いつまでも隠れていては遅かれ早かれ艦内を総ざらいする『スパイ狩り』が行われるかもしれない。

 

そうなる前に、ターゲットを始末しようと考えたのだ。

 

彼女の脳裏に、地球での日々が思い出される。

 

彼女は物心ついたときにはすでに地球にいた。

 

15年前の第一次星間戦争の前、工作員として地球に潜入していた父が、偽装のために結婚していた母との間に生まれたのが彼女であった。

 

エンジェル・フォールで母を失い、父は男手一つで彼女を育てたのである。

 

彼女が7歳の時、彼女と父が潜伏していたのは新芦原の外れにある漁村であった。

 

難民登録もなく、星間戦争とその後の混乱で戸籍も無かった彼女は学校にも行けず、全てを父から教わった。

 

日本語、英語、ロシア語(ヴァース帝国公用語)の読み書き、数学、ヴァース帝国史、ヴァース帝国公民、サバイバル技術等を、漁の手伝いのかたわら教わり、その内容が同年代の少女がやるようなものでないことは彼女にもわかった。

 

ある時、彼女はその疑問を父に投げかけたのだ。

 

「ライエ、私たちは今でこそこのようなところで働いているがね、本当はある国のえらい人にお仕えしていたんだ。そのお方から頂いたお仕事を終わらせたら、私たちは貴族に取り立てていただけるのだ。」

 

「きぞく?」

 

「う~ん、そうだね、ライエがお姫さまになれるってことかな。」

 

少女・・・ライエはおとぎ話の絵本に出てきたお姫さまを思い浮かべた。

 

12時で切れる魔法で作ったドレスとガラスの靴で舞踏会に出て、一目惚れした王子さまが、舞踏会で落としたガラスの靴を拾って迎えに来てくれる。

 

「なりたい、おひめさま!」

 

「そうか、じゃあ、しっかりお勉強しないとな。ホントのお姫さまは待ってるだけじゃダメなんだ。それと、このお話はお父さまとの秘密だぞ?」

 

「うん!」

 

そんな話の後、父との秘密を守り続け、彼女が12の時に、父が話していたことの意味を知った。

 

彼女が火星人の平民を父に、地球人(日本人)を母に持つハーフであること、父が火星の工作員であること、貴族に取り立てられるための『仕事』のこと、そして父や自分たちの『上役』のこと。

 

この頃には『大きくなったらおひめさまになりたい!』などと考えることはなくなっていたが、その代わりに『故郷から遠く離れて頑張り続けた父のため』と、強く想うようになっていた。

 

 

 

「(お父さま・・・力を貸して!)」

 

携帯を開き、待受の写真を見た後、ギュッと胸に抱き、決意を固める。

 

この賭けは成功しても失敗しても彼女は死ぬことに変わりない。

 

だが、それでいいとすら考えていた。

 

死ねば父の元へ行ける、それならばどこだろうと構わないと。

 

 

 

 新芦原事件の後、ライエは父が率いる暗殺チームを隠れ家まで軽トラックで積荷に偽装して送り届けるという任務を受けていた。

 

しかし、集合した中に、殿(しんがり)の父がいなかったのだ。

 

他のメンバーは父が最初に指示したとおり、たとえ欠員がいても構わず脱出すべきだと主張した。

 

そのためライエはまず、チームを翌日の迎えが来るまでの隠れ家に逃がし、即座に集合地点へ戻った。

 

待っている間、嫌な想像・・・父が捕まったり殺されたのではないかと考えたりしていたがほどなくして父も集合地点へ到着した。

 

その時の彼はわき腹をおさえ、顔は何かをぶつけられたのか血を流しながら歩いてきたのだ。

 

「お、お父さま!?どうなさったのですか!?」

 

「ライエ?それは私のセリフだ!!どうしてまだ残っている!?」

 

「そ、それは・・・お父さまがいらっしゃらなかったから皆を送り届けたあと、戻って・・・」

 

「バカモノ!お前一人の勝手な行動のために全員が危険にさらされることもありうるのだぞ!?」

 

ライエは叱られたことで肩を落とす。

 

「・・・だが、父としては、ありがとうだ。さ、行こう。」

 

と、父に感謝されるとライエは顔を明るくし、軽トラックの助手席に彼を乗せて走っていく。

 

「お父さま・・・本当に何があったのです?地球の警備ですか?それとも、皇女の護衛に?」

 

「地球の警備だ。芦原高校の生徒だったが、そこいらの軍人より強いぞ、あの少年。何だったかな・・・自分の格闘術をマリト流とか言っていたな。」

 

「マリト流?」

 

「私の見立てでは、この国の格闘技・・・カラテとジュードウに軍隊格闘術を合わせたCQCに見えたが、そうするとマリト流というのはおかしいな。古武道の類いを誤認したのかもしれぬ。」

 

ライエの父は少し興奮した様子でそう話す。

 

「何だか、楽しそうですね?」

 

「すまない、どうもこの国の文化のこととなるとつい・・・」

 

「離れるのが惜しいのですか?」

 

ライエは、父の様子からそんな疑問を投げかける。

 

「・・・そうかもしれぬな。しかし、案ずることはない。ザーツバルム卿より爵位を賜るとなれば領地も頂くことになるだろう。その際、この島国を願い出ればよい。そして真っ先に復興をとげるのだ!・・・イタタタタ!!!」

 

「あまり激しく動くと傷に障りますよ?」

 

 

 

 そして翌日、ザーツバルム卿の迎えを待っていた時、父はライエを労い貴族となることを仲間と喜びあった。

 

余談であるが、仲間が父を探しにいかなかった理由は、彼を信じ、たとえ遅れても隠れ家に自力で到着すると確信していたからで、それを知ったライエは自分を恥じた。

 

そしてあの悪魔、トリルラン卿の操るニロケラスが彼女達の前に降り立ち、興奮する父達をニロケラスはその手で消滅させたのである。

 

ライエは幸運にも父から、『危ないから下がっていなさい』と言われていたため、ただ一人助かった。

 

そして同時に、ザーツバルム卿なる人物が約を違え、自分たちの口封じをしようとしていることに気付き、走って逃げ、地球連合軍のカタフラクトに保護されたのである。

 

 

 

 彼女は救助され、逃げる間ずっと、自分の身の振り方を考え続けていた。

 

いっそ全てぶちまけて、地球に保護を求めるか、それともずっと地球で全て知らぬふりをして生き続けるか。

 

だが、どちらを取ったとしても彼女は地球で一人ぼっちである。

 

心を許せる相手もおらず、保護を求めた場合は拘束され、一歩間違えば火星に皇女暗殺犯として引き渡されるのを、そして口をつぐんで隠れ続ければ、いつか正体を知られて私刑にあい、殺されるか死んだ方がましだと思う目にあわされることに怯え続けなければならない。

 

両方の血を持つ彼女は地球人にも火星人にもなれなかったのである。

 

そんな彼女の前に、同類を名乗る者が現れた。

 

蛍である。

 

彼は最初こそ無神経に人の心の中に土足で上がり込んで来たが、敵討を手伝い、その後もずっと彼女をかばって真実を伏せ続けている。

 

気づくとライエは蛍を自然と目で追っていた。

 

友人達の中にいる彼を見て、ライエはあることに気づいたのだ。

 

彼も自分と同じなのである。

 

「(・・・って、何であんなヤツのことばっかり考えてるのよ!?)」

 

ライエは隠れたまま、首をブンブンと横に振って回想を振り払う。

 

「(だいたい、アイツはあたしを拒絶したじゃないの!)」

 

昨日の蛍の暴走の時、彼の言った言葉はまだ、ライエの耳にこびりついて離れない。

 

『いい火星人なんてのは、くたばったヤツだけなんだよ!!』

 

この一言は一日たった今でも、彼女の心に深く突き刺さっている。

 

もはや彼女にとっての居場所は、『父親のもと』以外に無い。

 

その想いが彼女を突き動かす。

 

 

 

「これ、どちらですか?」

 

「艦橋とその後で営倉だ。気を付けろよ、皇女サマの分も入っているからな。それとこっちのは俺がやっとく、食堂だけあって多いな。」

 

外でそんな会話がされたあと、ガラガラとライエが隠れているものが動かされる。

 

「う~、重い・・・」

 

運んでいるのは先日の徴募で艦内の手伝いをすることになった避難民の女で、ライエにとっては運良く、コンテナの異変に気付いていない。

 

 

 

「よいしょっと、とう・・・ちゃ~く!」

 

コンテナが艦橋の入口につけられ、艦橋内にコールが鳴る。

 

「あ、お任せを。は~い、今、出ま~す!」

 

エデルリッゾが艦橋のドアを開くと、白い布をかけられたコンテナの横で、グロッキー状態の女がへたりこんでいる。

 

「どうしたのです?」

 

「いやね、重いのよ・・・火星のお姫様って昼間っから満漢全席とか食べちゃうの?」

 

「まんがんぜんせき?」

 

「あ、そっか、お嬢ちゃんは知らないかな。百品くらいあるフルコースのこと。」

 

「このコンテナにそんなの入るわけないじゃないですか~、地球人って体力無いのですね・・・って、あら?うむむむむむ!!!」

 

エデルリッゾがコンテナを艦橋に引き込もうとするが、びくともしない。

 

「ぷはぁっ!?き、きっとキャスターがこわれているんですよ。どれどれ・・・」

 

エデルリッゾはそう言うと、コンテナにかかっている布をヒラッと小さくめくった。

 

すると、中から飛び出してきた何かにはがいじめにされ、こめかみに冷たい金属の筒のようなものを当てられたのだ。

 

「え!?え!?うぐ!!」

 

「きゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「エデルリッゾ!?」

 

「動かないで、逆らえばこのおちびちゃんの命は無いわ。」

 

艦橋までコンテナを運んできた女は腰を抜かし、エデルリッゾは爪先がやっと床につくくらいの高さまで締め上げられ、アセイラム皇女がエデルリッゾの名を呼ぶと、エデルリッゾのこめかみに銃を突きつけている少女がエデルリッゾを盾にしながら艦橋に入る。

 

「ライエ・・・アリアーシュ!!」

 

鞠戸大尉は彼女をにらみつけながら名を呼ぶ。

 

不見咲中佐が拳銃に手をかけようとするとライエは彼女をにらみ、牽制する。

 

「ライエさん・・・どうしてこのようなことを・・・?」

 

「あら?皇女殿下はまだお気づきになられていなかったのですか?わたくしめはあなた様のお命頂戴つかまつりに参りました悪逆非道の叛徒が一味にございますわ。」

 

これはこの場にいる者の中では、マグバレッジ大佐、不見咲中佐、鞠戸大尉、ユキ姉、アセイラム皇女、エデルリッゾの7人は、アセイラム皇女が正体を現した時の対談で出た話であったので予測できていたことであった。

 

しかし、アセイラム皇女はやはり、彼女が暗殺者の一味などと考えたくなかったのである。

 

「さあ、わかったのならば皇女はこちらへ。この侍女と引き替えに、盾になりなさい。」

 

ライエがそう言うとアセイラム皇女は彼女のもとへ歩み寄ろうとする。

 

「(チャンスは一瞬・・・彼女がエデルリッゾを離した瞬間、投げ飛ばすしかありませんわ・・・)」

 

ライエを見据え、ゆっくりと近づいていくアセイラム皇女を太い腕が阻む。

 

「鞠戸・・・大尉さん?」

 

「姫サンよ、こういうこたぁ俺みてぇな本職に任せといてくだせぇな。」

 

不敵に笑う鞠戸大尉にライエはエデルリッゾをはがいじめにしたまま銃を向ける。

 

「ジャマしないで!オッサン、アンタから撃つわよ!」

 

「嬢ちゃんよ、目上の人間への口のききかた、親から教わらなかったのか?まぁ、銃の撃ち方も教えねぇで工作員なんざやらせてんだから、当然っちゃ当然か?」

 

鞠戸大尉はさすがに『親が工作員でその教育までした』などと考えなかったため冗談めかして言うが、まさにその通りであったため鞠戸大尉の予想以上にライエの怒りに火がついた。

 

「あ、あたしならまだしも、父さまの悪口は許さないわよ!!」

 

「そうか、じゃあ撃ってみろよ。しかし・・・ダメだ、グフッ、もうガマンできねぇ!ギャハハハハ!!!!!」

 

対する鞠戸大尉は笑いをこらえる限界を超えたらしく、笑い始めた。

 

周囲の者達は、あっけにとられたり、顔を青ざめさせたりする中、マグバレッジ大佐とユキ姉がつられたように笑い始める。

 

「わ、わらっては・・・クスクス・・・かわいそうですわ・・・ククク・・・」

 

「ダメェ!私もげんかい~!!」

 

二人を見て不見咲中佐も、

 

「あはは~これはけっさくですね~」

 

と、棒読みでならう。

 

「な、何よ!?何なのよ!?」

 

ライエはわけがわからず鞠戸大尉、背を向けたままのマグバレッジ大佐、艦橋の反対側にいるユキ姉を順に見る。

 

「あのなぁ嬢ちゃん、銃の安全装置、かかったまんまだぜ!」

 

「え?あ!?」

 

ライエは鞠戸大尉の指摘で彼に向けていた銃の安全装置を確認しようとしたができなかった。

 

確認するより早く、鞠戸大尉が踏み込んで銃を奪ったからだ。

 

「姫サン、持ってな!!」

 

鞠戸大尉は奪った銃の撃鉄を戻して、『安全装置をかけ直した後』、アセイラム皇女に投げて渡した。

 

順当に考えれば簡単なことだ。

 

安全装置があるのは銃の左側グリップ付近。

 

人質に銃を向ければ見えるのは右側、銃を向けられた状態では陰に入って見えない。

 

『安全装置がかかっている』などブラフである。

 

マグバレッジ大佐とユキ姉は、鞠戸大尉が笑いながら口元をライエからは見えないように隠して口の動きで『笑え』と指示したのに従っただけである。

 

なお、不見咲中佐はマグバレッジ大佐が笑い始めたのにならっただけだ。

 

「クッ・・・あ!?」

 

ライエはすぐさまホットパンツの背中側に挟んでいた果物ナイフを抜いたが、鞠戸大尉はそれを手刀で叩き落とし、ライエの拘束がゆるんだエデルリッゾを不見咲中佐の方へ突き飛ばし、武器も人質も失ったライエは鞠戸大尉に取り押さえられる。

 

「艦長、憲兵を頼む。」

 

鞠戸大尉のあまりの手際のよさにマグバレッジ大佐は驚きながらも憲兵を呼び、彼の元に駆け寄る。

 

「無茶をなさらないでくださいよ!」

 

「無茶なもんか。トーシロ一人取り押さえるなんざ。」

 

「だ、誰が素人よ!?」

 

ライエは鞠戸大尉に組み敷かれたまま、彼にかみつく。

 

「あんな古臭ぇ手にかかるヤツなんざまず素人だろうよ。オメェ、大方荒事にゃあ参加させてもらえなかったろ?」

 

ライエは鞠戸大尉にそう言われ、今まで父から任された仕事を思い出す。

 

 

 

 連絡員とのやり取りに使う文書等の暗号化、復号化、地球側の暗号文書等解読・・・いわゆる書類仕事、事務仕事ばかりであった。

 

無論、特殊部隊や工作員の主な仕事は現地協力者の確保ならびに教育、そしてそういった者達や本国とのやりとりに関わる書類仕事が主で、某元グリーンベレーや某元コマンドーのように一人で正規軍をなぎ倒したり、某スパイのように不思議ツールを駆使して美女とたったの二人で敵国の秘密基地を破壊するようなことはしないが、危険を伴う仕事がないわけではない。

 

そういった文書を直接やり取りするとなれば、あらゆる障害、妨害が想定される。

 

協力者の裏切り、地球側のおとり捜査等の防諜といったことにあえば、相手が死ぬか自分が死ぬか、いずれにせよ人死には免れない。

 

そういったことは全て、彼女の父がやっていたのだ。

 

新芦原事件の時も、実行部隊でなく、逃走経路の確保で、比較的安全な配置である。

 

それらを思い出したライエは涙を流す。

 

「あたし・・・お父さまからまったく信頼されてなかったのね・・・」

 

そう呟いたライエを、鞠戸大尉は一喝する。

 

「大バカヤロウ!!オマエ、オヤッさんの気持ちも少しは考えろ!!」

 

この声の迫力に、艦橋に居た者は最高位であるマグバレッジ大佐まで含めて肩を震わせる。

 

「俺もなぁ、血のつながりはねぇが、ガキが一人いる。ソイツも人の話聞かねぇで軍に入りやがったがなぁ、俺は今でも、人殺しなんざさせたくねぇんだよ!何でかわかるか!?」

 

鞠戸大尉はライエの胸ぐらをつかんで、壁を背にして立たせるとそう尋ねた。

 

首を横に振るライエに鞠戸大尉は答える。

 

「手についた人の血の臭いってのはな、どれだけ洗っても落ちねぇんだよ!そんな思いをな、自分の子供・・・ましてやかわいい娘にさせたがる親がいるか!?」

 

「でも・・・父さまのやり残した仕事を・・・」

 

「あのなぁ、俺はオマエのオヤジがどんなヤツだったかは知らねぇ、けどな、人の親なら思うこたぁ同じだと思うぜ。」

 

少し鞠戸大尉は思案して間を置く。

 

「自分のことなんざいいから、生きて、幸せになれってよ。」

 

鞠戸大尉がライエの父を知らないのは間違いない。

 

しかしライエには、鞠戸大尉と彼女の父が重なって見えた。

 

「お父・・・さま・・・グスッ・・・」

鞠戸大尉が手を離すと、ライエは鞠戸大尉の胸に顔をつけて泣き始める。

 

すると、アセイラム皇女が二人の元へ歩み寄っていく。

 

「姫さま!?危険です、その女は叛徒の一味ですよ!?」

 

エデルリッゾが不見咲中佐の元を離れ、アセイラム皇女の元へ駆け寄り彼女を引き止めようとするが、アセイラム皇女は銃をエデルリッゾへ預けて下がらせる。

 

「心配は無用ですわ。彼女はもう狼藉を働くつもりはありません。」

 

そう言ってアセイラム皇女はライエの隣に立ち、優しく背中をさする。

 

「グスッ・・・何よ・・・同情のつもり?」

 

「違いますわ・・・ごめんなさい、あなたの辛さ、苦しさに気付いてあげられなくて・・・」

 

アセイラム皇女はマグバレッジ大佐の方へ向き直る。

 

「記録をお願いします・・・わたくし、ヴァース帝国皇女アセイラム=ヴァース=アリューシアの名において、彼女、そして彼女の父君とその旗下にあった一団について、弑逆をはじめとする一切の罪は不問とします!」

 

マグバレッジ大佐が記録を始めたのを確認してアセイラム皇女はそう宣言する。

 

ヴァース帝国は法治制度が未発達であり、皇族の一言は絶対である。

 

そして弑逆・・・皇帝や皇族に対する、未遂、予備を含む殺人は一族郎党全て処刑される。

 

しかし皇女は国交が断絶しているとはいえ、地球連合という公の機関に公文書として残るよう宣してライエと彼女の父、そして彼の旗下にいた部下について罪を問わないとした以上、これを覆すのは不可能である。

 

罪を問われるのは彼女たちを裏で操った黒幕だけだ。

 

「・・・記録しましたよ、皇女殿下。ですが、地球連合とその加盟国は全て法治主義ですから、『はいそうですか』とはいきません。それはわかりますね?」

 

地球・・・この場合、事件が起きた日本において、ライエは『殺人幇助』、『外患誘致』に問われ、仮にアセイラム皇女の宣言をヴァース帝国の裁判で無罪になったものとしても、日本での裁判には関係がない。

 

そして地球連合に加盟している国の政府が地球外勢力との交戦によって機能していない場合は、政務上必要な手続きについては地球連合が代行することになっている。

 

つまり、地球連合がライエの『殺人幇助』、『外患誘致』について裁くことになるのだ。

 

「どうにかなりませんか?」

 

「・・・そうですね。こればかりは私も専門外ですが、できる限りの便宜をはかりましょう。」

 

マグバレッジ大佐もそう言って協力を約束した。

 

「こんなことして、アンタは何の得があるの?」

 

「わたくしはこの戦争を早急に終結させたいと考えております。その時、必ずやこの戦争を仕組んだ者達に相応しい罰が下ることでしょう。あなたのお父君を手にかけた者達のこと、教えていただけますか?」

 

「・・・そう、わかったわ。信じるかどうかはアンタ次第だけど・・・ザーツバルムっていう名に覚えはある?」

 

ライエが語った黒幕の名前に、件の録音を聞いた者達に衝撃が走る。

 

「・・・もう間違いありませんわね。」

 

「伯父様が・・・そんな・・・」

 

これでライエの扱いは決まった。

 

重要な証人である彼女に、無体な扱いはできない。

 

本部につくまでは監視の元でこれまでどおりの生活を保証しようとマグバレッジ大佐は提案したが、ライエは筋を通すと言って断り、営倉入りを希望する。

 

「けどよぉ、別件で営倉行きかもしれねぇぜ?」

 

一通り話がまとまったあとで鞠戸大尉が異を唱える。

 

「なぁ、コンテナにゃあ俺らのメシが入っていたはずだぜ?どうした?」

 

これを聞いたライエは目をそらす。

 

ライエが隠れていたコンテナの二段目にはわだつみ時代からの軍人である通信手、操舵手、火器管制手、レーダー手、鞠戸大尉、そして営倉にいる蛍の昼食が積まれていたのだ。

 

「ホラ・・・ね?食べ物を横に置いてたら中に隠れてるのバレバレでしょう?」

 

「で?」

 

「捨てたらもったいないでしょ?」

 

「だから?」

 

「その・・・あんまりおなかすいてから・・・食べちゃった!」

 

「テメェ!!俺の昼飯返せ!!ホラ、吐け!!」

 

鞠戸大尉がライエの口を横に引っ張るをのを、マグバレッジ大佐とユキ姉が後頭部をはたいて止める。

 

「大人げないことしない!!」

 

こうしてライエにはもう一つの罪、『銀蝿(ギンバイ)』が追加されたのであった。

 




ライエ、いくら腹が減ってたからって六人前は食い過ぎだと思うぞ。

しかしダイエットなんてしたことがない彼女のことですから、多分フードファイターのような特殊体質なのでしょう。

冗談はさておき、ライエが地球人とのハーフ設定は私の想像です。

エンジェル・フォール後の地球と火星の行来が難しい以上、ライエ父は前星間戦争以前から地球に潜入していないとおかしいですから、そうなるとライエの母親は地球人じゃないかと。


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第九話 空っぽな憎しみ

少し時系列がわかりにくいので補足します。

鞠戸大尉に蛍がのされた後から始まって、ライエの事件後までです。


 春の暖かい日が射し込む校舎で、蛍はプレハブの校舎から校庭を眺めてボーッとしている。

 

『あ?確か俺、火星人ブッ殺すっつうサイコーの仕事やってたんだけどな・・・』

 

窓に写る自分の姿は小学生ほどと幼い。

 

『あ、夢かコレ。つーことは・・・』

 

蛍にとっては思い出したくもない時期のものだ。

 

「オイ、宿里!!」

 

「な、なに?」

 

自分の意思と関係なく言葉が出る。

 

夢だとわかっているが、夢の中の自分は思い通りに動かないようである。

 

目の前には同級生が三人、全員に週刊紙の黒い目張りのようなものがかかっており、顔の判別はできない。

 

「おまえ、孤児院育ちってホントか?」

 

「そ、そうだけど・・・」

 

「お~い、聞いたか~?コイツ、オレたちに養ってもらってるクズだってよ~!」

 

ゲラゲラと、目の前の少年達は笑いだす。

 

「そんなクズには一人で掃除をやってもらいま~す!ま、当然だよな?オレたちが養ってやってんだからよ?」

 

夢の中の蛍は泣いているだけで反論しない。

 

「あ?なんだその目は?あ、そうだ、イイコト教えてやろっか?オレのとーちゃんさぁ、でっかい会社の社長でさ~、エライ人たちにい~っぱい友達がいるんだ~。その人たちにお願いしたら、オマエの孤児院なんかいっぱつでなくなっちゃうよな~。じゃあな、手ぇ抜くなよ?」

 

言うだけ言って少年達はプレハブ校舎を出る。

 

そして同じ学校に通っていた同じ施設の子供達も、見て見ぬふりをし、手伝いもせずに帰っていく。

 

抵抗も許されず、暴力を振るわれ、パシリにされる日々が中学にあがるまで続いたのだ。

 

 転機は不意に訪れた。

 

夢の場面は中学の『転機』まで時間が進む。

 

蛍を的にしていた連中は中学にあがると不良グループを金で抱き込み、自分たちの手は汚さずに気に入らない者を攻撃させるようになった。

 

もっとも、自分たちの『オモチャ』である蛍は直接手を下し、悦に入っていたのだが。

 

「そういや聞いたか?コイツのオヤジ、種子島でくたばったんだってよ。」

 

「は?種子島っつうと戦争前に逃げ出してエンジェル・フォールに巻き込まれた腰抜け連隊がいたとこだろ?」

 

「ま、そのガキならこんなヘタレでもしかたねぇよな?あ?ンだその目は?ヤんのか?ヤ・・・ヘブッ!?」

 

父親を侮辱された蛍は完全にタガが外れた。

 

一番立場の低い取り巻きを力いっぱい殴り飛ばし、吹き飛んだ取り巻きは廊下を転がり壁に叩きつけられると、蛍は追撃のトーキックを顔に叩きつけた。

 

「テメェ、チョーシ乗ってンじゃねぇぞ!オレはなぁ、ボクシング習ってっからな、オマエなんか一発で殺せるぞ!?あ゛!?」

 

二人目、ボディーガード役の取り巻きはファイティングポーズを取ってパンチを繰り出すが蛍はそれを額で受け止め、相手の手の骨が砕けた。

 

痛がる取り巻きの足に蛍は素人タックルで組つくと引っこ抜くように持ち上げ、そのまま背後に投げ捨て、取り巻きは頭から廊下に叩きつけられ、気を失った。

 

「オ、オイ!こんなことして、タダですむと・・・アグッ!?」

 

リーダーが言い終わるより早く、蛍はリーダーの急所を蹴りあげた。

 

たまらずうずくまるリーダーに、蛍は怒りの形相で告げる。

 

「なぁ、いいこと教えてやろうか?何でお前を最後に残したか・・・一番時間をかけていたぶり尽くすためだよ!!」

 

蛍はサッカーボールキックでリーダーを壁まで蹴っていき、追いつめると何度も、これまでの恨みを晴らすかのようにヤクザキックで蹴り、踏みつけるを繰り返す。

 

「た・・・頼む・・・もうやめ・・・謝る・・・今までのことも・・・」

 

血ダルマになって泣きながら命乞いをするリーダーに、蛍は渾身の蹴りを叩き込んだ。

 

『この時だよな、俺、案外強いんじゃねって思ったのは。』

 

 しかし、話はこれで終わらなかった。

 

リーダーは親に泣きつくのと同時に、不良グループにも蛍への復讐を依頼したのだ。

 

その数、中学全体におよび、呼び出しを食らった蛍を100人近い不良生徒が待ち受けた。

 

「逃げずによくキタな・・・って、逃げたぞ!!」

 

蛍はきびすを返し、囲まれるより早く逃げ出した。

 

不良達が彼を追いかけると、彼は工事現場に逃げ込んだ。

 

その頃はどこも復興中で、瓦礫の山が至るところにあり、一度中に入ると見つけ出すのは至難である。

 

「ったく・・・やっかいなトコ入りやがって・・・」

 

蛍が待ち伏せている廃材の山の真下を通る不良達がそう言うと、蛍は山を崩した。

 

「う、うわあああ!!!」

 

廃材の下敷きになる不良達。

 

蛍はその後、闇討、罠の連発で不良達を壊滅させ、最後に残った番長を拉致した。

 

気絶させられていた番長が目を覚ますと、彼は鎖で椅子に縛られ、鼻は洗濯挟みで挟まれて潰されていた。

 

蛍は赤いポリ缶に入った液体を番長の下半身にかけ、足元に撒く。

 

「な、なんだよ、何のマネだコラ!?」

 

番長は暴れるが、液体の正体に思い当たり暴れるのをやめる。

 

万一、火花でも出たら命がないと考えたのだ。

 

「ま、まさか・・・ガソリンか、コレ?や、やめろよ、オマエも前科(マエ)なんざ欲しくねぇだろ?」

 

蛍は無言のまま、導火線がわりの液体を長く撒く。

 

「わ、わかった、オレの弟分にならねぇか?カネもアンパン(シンナー)もヤクも、そうだ、オンナも好き放題だぜ?」

 

蛍はやはり耳を貸さず、番長のポケットから拝借したジッポを見て、火のつけ方を確認する。

 

「や、やめろ、そうか、わかったオレが舎弟になる、番もくれてやる、だから、バカなマネは・・・」

 

とうとう蛍はジッポに火を付け、それを液体の上に投げて離れる。

 

「よせえええぇぇぇ!!!」

 

番長が再び意識を手放すとジッポは液体の上に落ち、火が消えた。

 

番長がガソリンと勘違いしていた液体はただの水だったのである。

 

九死に一生を得た番長であったが、蛍が後に聞いた噂ではグループ内で完全に立場を失い、グループそのものも分裂して中学は戦国乱世状態になったとのことである。

 

そして余談であるが、蛍を的にしていた同級生達はリーダーの父親が贈賄で逮捕され、会社も乗っ取られてしまい、もともと金でまとまっていたような彼らは空中分解したあと、一人一人が的にされたとのことであった。

 

『さすがにやりすぎたかぁ、あの時は。ただ、確信したんだよな、あの噂聞いて。弱けりゃ何やられても文句言えねぇってよ。』

 

なぜ噂かというと、蛍はその一件の後、施設に戻らず学校にも通わず、町で暮らし始めたのだ。

 

廃屋をねぐらにし、町で誰彼構わず喧嘩をしては財布を奪い、ねぐらまで仕返しに来た者を返り討ちにしてはねぐらを転々とし続けたのだ。

 

気がついた頃には県境を越えたがそんなことを彼は気にしなかった。

 

奪った金で酒を飲み、好きなものを食い、好きなタバコを吸い、気に入った女を取っ替え引っ替えして一年ほどをすごした。

 

彼がやったことの中で妙に頭に残っているのは、ある時偶然、目についた黒い車に強盗を仕掛けたら、乗っていた者達は大して金を持っておらず、誘拐されたとおぼしき少女が顔に麻袋をかぶされて、下半身は逃走防止のため下着だけで、後ろ手に手錠をかけられていたのである。

 

その少女に、男達から奪った携帯電話で助けを呼ばせて蛍は退散した。

 

期せずして人助けをし、その上本来の目的は大したことなかったというのを、笑い話のように覚えているのだ。

 

『考えてみたらあの時、嬢ちゃんを家まで連れていったら謝礼くれぇせびれたんじゃね?なんてな。そんなカネにゃ興味ねぇ。』

 

そんな日々は、ある日のケンカで止めに入った警察を殴ったことで公務執行妨害で捕まり、終わりを告げたのであった。

 

施設に連絡が行くが、面倒事を嫌った施設は蛍を退所扱いにしており、親戚もいなかった蛍の前に現れたのが鞠戸大尉だったのである。

 

 

 

「親父!ク・・・イツツ・・・」

 

惨めな想いをした幼い日から、初めて鞠戸大尉に会った時までの夢から覚めた蛍は全身の苦痛に顔を歪ませる。

 

痛む右手を正面に突き出し、グー、パーと動かす。折れている気配は無い。

 

「・・・加減されてたのかよ、クソ!」

 

そう言った蛍は、凛としてよく通る声の人物に話しかけられる。

 

「夢でお会いしたお父様は何とおっしゃっていましたか?」

 

蛍が声のした方に顔だけ向けると、鉄格子の向こうにマグバレッジ大佐が立っていた。

 

蛍は寝言を聞かれていたことを恥じ、赤面する。

 

「・・・俺、何でこんなトコ入れられてるんすか?」

 

話題を変えるのと同時に、蛍は自分が営倉に入れられている理由を尋ねる。

 

「まさか覚えていないのですか?貴方は民間人に対する殺人未遂でここに勾留されているのですよ?」

 

民間人に対する殺人未遂と言われ、アセイラム皇女に銃を向けたことを思い出す。

 

「・・・火星人駆除しようとしたのの何が問題なんすか?」

 

「貴方ねえ、アセイラム皇女は当艦で保護した『民間人』です。そんな彼女に、殺意を明確に表意し、銃を向けたのですよ?」

 

「だから、火星人はそういう名前の生き物で・・・」

 

「いい加減にしなさい。」

 

低く押さえたマグバレッジ大佐の声に蛍はたじろぐ。

 

「すでに調書は取っております。無論、あなたが火星を憎む動機も存じています。実のお父様のことはお気の毒でしたね。」

 

「アンタに何がわかるんだよ!?」

 

「やはりこちらが地ですか・・・ネコを被るのはなかなかお上手なようで。」

 

「話、反らしてんじゃねぇよ!!」

 

「・・・ジョン=ヒュームレイ准尉。」

 

マグバレッジ大佐が語った名前は蛍も知っている。

 

種子島レポートに出てくる、鞠戸大尉の戦車小隊にいた下士官で、鞠戸大尉とは士官候補、下士官養成の違いはあれど士官学校での同期であり、親友であった男だ。

 

彼は種子島での戦いにおいて、敵カタフラクトの攻撃で炎上した戦車に取り残され、最も苦しむと言われる焼死を避けるため鞠戸大尉に拳銃による介錯を頼んだ。

 

この時の血の臭いが鞠戸大尉にはいくら洗おうとも取れないものになったのである。

 

「あの准尉が何か?」

 

「私の兄です。私は唯一の肉親であった兄を失った後、今の両親に引き取られました。その時にファミリーネームが『マグバレッジ』に変わったのです。」

 

「そぉいや、オッサンと種子島でもめてたな・・・じゃ、アンタも同じってワケか?」

 

「違います。そもそも、種子島でのことは、お互いの誤解ですから、もめたわけではないのですよ。」

 

蛍は自分とまったく同じ境遇と思って同意を得ようとしたが、即座に切って捨てられる。

 

種子島でマグバレッジ大佐が鞠戸大尉に詰め寄ったのは、鞠戸大尉が保身のために『M少尉』であることを隠したものだと思ってのことで、実際には、鞠戸大尉は隠してなどおらず、単にマグバレッジ大佐が読んだ物に名前がなかっただけの話であったとわかり、和解している。

 

そして、もめていたように見えたのは、マグバレッジ大佐がヒュームレイ准尉の思い出話を鞠戸大尉から聞いて涙していたからだ。

 

「私も聖人君子ではありませんから、大尉や火星に一切含みがないとは言いませんし、あなたにも一切憎むなと言うのは無理な話でしょう。ですが、当時生まれていないか、生まれたばかりであった皇女に何の関係があるのですか?」

 

「ンなもん、親のやったこたぁ・・・」

 

「そんなことを言い出せば、子々孫々まで、どちらかが根絶やしになるまで続きますよ?」

 

マグバレッジ大佐は蛍の、『親の因果が子に報い』的な屁理屈に反論すると、蛍はよけいに頭に血を昇らせる。

 

「じゃあ火星人を根絶やしにすりゃいいじゃねえか!?」

 

「・・・あなた、我々のお仕事を勘違いしてませんか?」

 

感情的な蛍と対称的にマグバレッジ大佐は淡々と反論する。

 

「だから、火星人をぶっ殺すこ」

 

「根本的なところから違います。前にもお話したでしょう?我々の仕事は『殺すこと』ではありません。『戦うこと』です。」

 

マグバレッジ大佐は以前話した時と同じことを蛍に告げた。

 

「戦争というのは昔の貴族や諸侯の決闘のようなものです。話し合いで決着がつかず、互いに剣を取る。そのような決闘において我々は物言わぬ剣に過ぎません。剣が持ち主の意志を離れて相手に切りかかりますか?」

 

「・・・そりゃそうだけどよ、持ち主が相手を殺したけりゃ・・・」

 

「そのようにお考えでしたら早急に退役なさい。そして政治家になって、地球連合が火星を根絶やすようにしてごらんなさいな。そうなれば私も、従わざるをえませんわ。」

 

マグバレッジ大佐が言っているのは事の善悪、正義がどちらにあるかではない、制度の問題なのだ。

 

近代国家では実態はどうあれ、

 

国民→政府→軍隊

 

の順で統制される。

 

国民・・・この場合は地球人が『どんな犠牲が出ても構わない、刺し違えてでも火星人を皆殺しにし、火星を焼き尽くせ』という意図を込めて選出した政治家が、そのための舵取りをすれば軍隊は逆らうわけにはいかない。

 

当然だがそのようなことを地球連合で責任ある人物が発言すれば間違いなく首が飛ぶのは蛍にも理解できる。

 

「・・・じゃあ、俺のこのムカつきはどうすりゃいいんだよ!!」

 

「どうしてもおさまらないのでしたら、勝手に火星に行って無差別殺人でもどうぞ。現に何年か前に自作ロケットを用い、地球連合、火星の監視網をかいくぐって火星へ密航した科学者がいたと聞きますから、不可能ではないでしょう。ですが・・・あなたはそこまでしてでも火星人を皆殺しにしたいとお考えですか?」

 

マグバレッジ大佐の問いに、蛍は少し言いよどみ、

 

「・・・あたりめぇだろ。」

 

と、弱々しく答えた。

 

「ふ~ん・・・わかりましたわ。」

 

マグバレッジ大佐はそう言って蛍に背を向けると、

 

「あなたは火星との戦争で亡くなったお父様の仇を討ちたいのではなく、全てをお父様のせいにして、火星に八つ当りをしているだけです。」

 

と、言い残して営倉をあとにした。蛍はそんな背中を見送り、ふて寝を決め込んだのであった。

 

 

 

 窓も時計も無い営倉では時間の感覚がなくなり、眠気と食事の時間で計るしかない。

 

深く眠って起き、朝食を食べた、食器を片付けられてしばらくたったため、朝の10時頃と蛍が予想をつける時間に、営倉に人が入る気配がする。

 

「蛍くん、体、大丈夫?」

 

入ってきた者がそう尋ねてくる。

 

声の主はニーナであった。

 

蛍は毛布をかぶっているため二人は互いの様子がうかがえない。

 

声からして心配して来たのは蛍にもわかったが、そんな彼女の行動が蛍の胸を締め付ける。

 

「・・・あぁ、ヘーキだ。」

 

「よかった・・・あのさ、わたしも大丈夫だし、カームも、もういいからって言ってたから・・・ここ出たら皇女さま達にもちゃんと謝って、前みたいに・・・ね?」

 

ニーナの言葉に蛍は自分でも抑えられないようなどす黒い感情が胸を満たすのを感じる。

 

「・・・ぶっ放したタマは戻ってこねぇよ・・・」

 

蛍はニーナに聞こえないようにボソッとつぶやいた。

 

そして、蛍の中の黒い感情は一つの像を形作る。

 

「・・・てぇ・・・」

 

「え?どうしたの?」

 

「胸が・・・グ・・・」

 

苦しむような声を聞いたニーナは顔を青くし、慌て始める。

 

「た、たいへん!!耶ヶ頼先生呼ばないと!!」

 

「いや、医者はいらねぇ・・・しばらくすりゃ、治るからよぉ・・・」

 

「でも!!」

 

蛍の声はとても大丈夫そうには聞こえない。

 

しかし耶ヶ頼先生を呼ぶのは嫌がっている。

 

そんな蛍にニーナは、自分で何か出来ることはないかと考え、営倉の外にある書類を入れるための三段引き出しを開けた。

 

中には営倉の鍵束が入っている。それを使ってニーナは蛍の営倉の中に入り、彼の横に駆け寄った。

 

「お医者さんじゃないけど、わたしも教練で応急処置講習受けてるから、見せ・・・ッ!?--!!ッ!!」

 

ニーナの視界が反転する。

 

彼女が状況を理解するのにしばし要した。

 

固い床を背にして、両腕を万歳するように頭の上で、両手首を万力のような力の左手一つで押さえられ、口を塞がれている。

 

塞いでいるものは彼女の口の中に侵入し、彼女の舌に絡みつく。

 

状況を理解したニーナは目を白黒させ、自分を押さえつけているものをどかせようとしたが叶わない。

 

単純な体重差でも二倍前後あり、とても押し退けられる重さではない。

 

力の差も、彼女の二倍前後の体重のほとんどを筋肉が占めている相手とは歴然としており、何より問題であったのは口を塞いでいるものだ。

 

キスの経験もない彼女にとって、いわゆるディープキスは完全に思考を奪っていた。

 

口が離れるとニーナは相手に抗議する。

 

「蛍くん!?何するの!?」

 

「何ってなァ、わかんねぇってこたぁないだろ?」

 

「・・・騙したんだ・・・でも、ここを出ても皇女さまにヒドイことするのはもうムリだよ?だから・・・」

 

両目に涙を浮かべたニーナがそう言うと、蛍は自由な方の手でニーナの着ているカーディガンとブラウス、そしてその下に着けていたキャミソールを捲りあげた。

 

岩のような体をした蛍とは正反対の、年頃の少女らしい、程よい肉付きの身体がさらされ、ニーナは羞恥で顔を紅潮させる。

 

「火星人のことより自分の心配したらどうだ?」

 

「や、やめてよ、ダメだよ、こんなこと・・・」

 

「あの艦長、俺を銃殺刑にする気だ、どうせ死ぬなら最期くらいいいだろ?ヤらせてくれてもよぉ!」

 

蛍はニーナの胸からお腹の上と、手を滑らせるように撫でながら、スカートの中で下着に手をかけようとしたところでニーナが小さくつぶやいた。

 

「ウソでしょ・・・」

 

これを聞いて蛍は手を止める。

 

「ハッ、オマエラがカンチガイしてただけだろ?前、言ったろ?ホントに血も涙もねぇヤツは人死にを喜ぶようなヤツだって、アレな、俺のことなんだよ・・・これで火星人を好き放題にぶっ殺せるってなぁ!」

 

蛍が以前、オコジョの死を聞かされた時、そして新芦原が隕石爆撃で消滅した時に感じたのは『高揚感』だったのだ。

 

これで火星人を殺す大義名分ができたと、たかぶっていた自分に戸惑っていたのだ。

 

「ちがう、蛍くんはそんな人じゃない・・・」

 

「何言ってやがんだ?俺は元々、こういうサイテーの野郎だよ!」

 

「ホントにヒドい人だったら、そんなの自分で考えたりしないんでしょ?」

 

かつて蛍がニーナに言ったことだ。

 

本物の悪人は自分で『悪いことをしている、考えている』などと考えない、考えても無視する。

 

そうするのはいわゆる良心が無い、または非常に弱いからだ。

 

「それに・・・蛍くんさ、気づいてないかもしれないけど、泣いてるよ?」

 

そう言ったニーナの顔は慈愛に満ちていた。蛍がとっさに両手で目元に触れる。

 

彼は本当に涙を流していた。

 

 

 

かつて、自分を虐げた者達を叩きのめした時、不良グループを壊滅させた時、町で喧嘩に明け暮れていた日々、奪った金で酒を飲み、好きなものを食い、タバコを吸い、女を取っ替え引っ替えしていたとき・・・

 

全てで彼の心は悲鳴をあげていた。

 

酒に酔えず、何を食っても一時の快楽しか得られず、タバコも何の味もしなかった。

 

女も、中には客観的に見て目の前のニーナより目鼻立ちもプロポーションもいい者を抱いたこともあったが、やはり一時の快楽しか得られなかった。

 

力で自分より強い者をねじ伏せても残るのは虚無感だけ、ねじ伏せた瞬間、相手は強者でなく、ただの弱者になってしまうのだから。

 

彼が町で暮らしていた時、やらなかったことが二つある。

 

一つは徒党を組んでの悪事、もう一つは強姦。

 

両方とも、明らかに自分より弱い者を狙うことだ。

 

彼は強さを求め、そのために力を渇望し、かつての生活も全て、自分の力を確認することを一番の目的としていたからこそ、弱い者は狙わないようにしていた。

 

しかし、本当の強者がわざわざ力を確認するようなことをするだろうか。

 

答えは否、弱者こそ自分の小さな力を誇示し、周囲に不快感を撒き散らす。

 

かつて、彼を的にかけた者のように。

 

違いなど、『自分より弱いと考えた者』を狙うか否かである。

 

それについてもニーナを襲おうとした時点で、蛍は連中と同じ場所まで堕ちたと言っても過言ではない。

 

それを本能的に感じたからこそ、蛍は涙を流したのだ。

 

「やめろ、やめろ!!・・・ムグ!?」

 

錯乱した彼の顔に、暖かく、柔らかいものが押し当てられた。

 

ニーナが、取り乱した蛍の頭を自分の胸に抱いたのだ。

 

ニーナの呼吸に合わせて上下する胸に、蛍にも聞こえてくるような強い心音は、かつて好き放題していたころには決して味わえなかった『安らぎ』、そして不思議な心地よさを彼に与えた。

 

「大丈夫だよ・・・大丈夫だから・・・」

 

ニーナは蛍の後ろ頭を撫でながら、優しく語りかける。

 

そんなニーナの胸に顔を埋めたまま蛍は嗚咽を漏らしながら泣き続けた。

 

この二人のうち、どちらが『強い』だろうか。

 

力で敵わぬ相手にすら決して媚びず、それどころか相手の心の傷を優しく受け止めたニーナだろう。

 

 

 

 しばらくして落ち着いた蛍に、ニーナは膝枕して横にならせた。

 

「すまなかったな、怖ぇ思いさせて。挙げ句にあんなみっともねぇトコ・・・」

 

「いいよ、気にしてないから。それに、伊奈帆くんも知らなそうな蛍くんが見れたしね。」

 

「やめろよぉ、恥ずかしい・・・」

 

先の空気はどこへやら、二人はほのぼのと話していた。

 

これがどこまでも続いていそうな青空と木々に囲まれた野原ならば最高なのだが、残念ながら二人がいるのは殺風景な軍艦の中、それも営倉の鉄格子の中である。

 

「そぉいやぁよ、何でお前、こんなに俺にからんでくるんだ?俺みたいなヤツ、嫌いそうなんだけどな・・・」

 

蛍は以前から思っていたことをニーナに尋ねる。

 

蛍の経験則では、蛍もあまり興味がないが、ニーナのようないわゆる『いいトコ育ち』にはとかく敬遠される。

 

「・・・やっぱり覚えてないんだ。わたしたち、高校入るより前に会ったことあるんだよ?」

 

ニーナは蛍と会ったときのことを話し始める。

 

 

 

 ニーナが中学の二年に上がったばかりのころ、彼女は誘拐事件にあった。

 

下校中、韻子と別れてすぐ、突然猿ぐつわを噛まされて頭から麻袋を被せられ、車に押し込まれた。

 

車の中で後ろ手に手錠をかけられ、逃走防止のためスカートを破り取られ、彼女は恐怖に震えていた。

 

しばらくして急に車が止まったかと思うと辺りが怒号と車に何かがぶつかる音で騒がしくなり、静かになると麻袋を取られた。

 

その時、目の前にいたのが蛍だったのだ。

 

「・・・見た感じ、誘拐か?」

 

蛍がそう尋ねてくるとニーナは何度も強く首を縦に振り、声が出せなくとも必死で助けを求める。

 

「わかった、ホラ、猿ぐつわ外してやる。で、手錠か・・・参ったな、コイツらから探してたらいつになるか・・・仕方ねぇな。」

 

蛍は気絶した誘拐犯の一人から携帯電話を抜き取り、警察に電話をかけた。

 

「警察にかけた、ただ、俺のことは黙っててくれよ?」

 

ニーナは蛍の手で耳元に当てられた電話がつながると、ただ一言だけを叫んだ。

 

「た、たすけて、たすけて!!」

 

これに電話の向こうではただ事じゃないと察し、GPSで位置を確認した警察が現場にかけつけると、気を失って彼ら自身の服で縛られた誘拐犯達と、車の中で後ろ手に手錠をかけられたニーナが残されていた。

 

なお、この犯行は素人にしてはニーナをさらうときの手際が良すぎる面と、反対に通りすがりのチンピラから車上強盗にあい、全員がのされるなどというアンバランスさから、捜査が難航した。

 

犯人達の証言によると彼らは雇われただけで、『手際の良い部分』は指示通り動いたと言っていて、彼らは依頼者の顔すら知らなかった。

 

ニーナも騒がしくなったあと静かになり、麻袋と猿ぐつわを外そうと暴れていたら偶然外れ、車外の惨状を見て動転しながら近くに落ちていた携帯電話のボタンをあごで押してかけたと証言し、蛍のことは伏せた。

 

これではいるかいないかもわからない依頼者までたどり着けるはずもなく、犯人達が突発的にニーナを誘拐したということで事件の幕は降りたのであった。

 

 

 

「・・・あったなぁ、つーか、小学生かと思ってたぜ、あの時。」

 

「ひっど~い!そんな子供っぽかった!?」

 

これは当時の蛍が関わった女が歳上か、同い年でも大人っぽい者ばかりであったため平均がずれていたということもある。

 

「わたしは一目でわかったけどな~、あのとき助けてくれた人だって。」

 

「それに助けたんじゃねぇ、カツアゲしようとしたら偶然だ。」

 

これはニーナも、高校で蛍と再会してしばらくすると気づいていた。

 

しかし、蛍と一緒にいるようになったのは、その事件はきっかけにすぎない。

 

「わかってたよ。けど、ホントにそれだけだったら、警察呼んだり、口のだけでも縛ってるの取ってくれたりしなかったよね。」

 

ニーナがそう言うと蛍は目をそらす。

 

「蛍くんって、格好とか顔は怖いけど、ホントはとっても優しい人だって知ってるよ。伊奈帆くんは絶対、わかってるし、韻子も、カームくんも、死んじゃったオコジョくんもね。艦長さんにも、みんなで許してってお願いするから、そしたら元通りだよ!」

 

「だから、元には戻せねぇんだよ。ぶっ放したタマは戻ってこねぇ。あんだけやらかした手前、お前達がいいって言っても俺が納得できねぇよ。」

 

「戻せなくてもさ、新しく作り直すことはできるよ。わたし、蛍くんの赤ちゃんだったら、産んでもいいし、そしたら、わたしの『いい人』って、みんなと・・・」

 

「!?待て、待て待て!!今、聞き捨てならねぇこと言ったぞ!?」

 

蛍はニーナの膝の上から飛び起き、ニーナと向かい合って座る。

 

「お前、まさかとは思うが妊娠してんのか?」

 

蛍はまず、ニーナがすでに妊娠していて、その父親役を自分に押し付けようとしていると考えてそう尋ねる。

 

「わかんないよ、そんなの。でも、もしかするとさっき、できちゃったかもしれないし・・・」

 

「いや、シてねぇだろ?できるわけねぇよ。」

 

ニーナの返答に蛍は余計、混乱する。

 

たしかに彼は先ほど、『そういった行為』を無理やりニーナにしようとしたが、未遂に終わっている。

 

「あ、もしかして蛍くん、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるとか思ってるの?いくらなんでも、それって子供っぽすぎると思うな~」

 

「ンなわけねぇだろ!つか、お前こそどうやったらデキるか、わかってんのか?」

 

蛍は少し頭を抱えながらニーナに尋ねる。

 

「強がらなくてもいいのに。コホン、いい、蛍くん、赤ちゃんはね、好きあってる男の人と女の子がキスしたら出来るんだよ!」

 

これを聞き、蛍は本格的にひどくなってきた頭痛をこらえながら、どうやったら理解するかを考える。

 

「あのな、いいか?まず、子供がどっから出てくるかわかるか?」

 

「当たり前だよ、でも、言うのはちょっと・・・」

 

「言わなくていい!で、口とソコは離れてるよな?」

 

「そうだけど・・・」

 

「あのな、そんな遠い場所が触れたからって何で子供ができるんだ?」

 

「それは~何でだろ?」

 

蛍はこれまで、ニーナが自分よりはるかに頭がいいと考えていたが、下方修正することになった。

 

それでも、自分より頭がいいのは変わらないのだが。

 

「あとは網文にでも聞いてくれ・・・」

 

さすがに直接教えるのははばかられた蛍がそう言うと、彼の腹の虫が鳴く。

 

「あれ?蛍くん、もしかしてご飯、食べてなかったの?」

 

「いや、朝は食ったんだけど・・・腹具合からしてもう一時過ぎだな。遅いな、昼メシ・・・」

 

蛍がそう言うとニーナも時間を確認する。

 

「うわ、時間、ぴったし。すごい精度だね・・・わたしもそういえばおなかすいてきたなぁ。」

 

そんな話をしている二人の後ろにただならぬ気配を放つ者が仁王立ちした。

 

「あ・な・た・た・ち?何をなさっているのですか?」

 

ギギギ・・・と、錆びたブリキ人形のように蛍とニーナは振り返る。

 

鉄格子の向こうには、般若のような形相のマグバレッジ大佐が立っていた。

 

「こ、これはわたしが勝手に入っただけで・・・」

 

「ちげーよ、俺が無理言ったんだ!」

 

お互いに自分のせいだと言うが、この件は同罪である。

 

「宿里伍長はこの際ちょうどいいでしょう、お昼ご飯抜き!クライン志願二等兵は始末書の提出!これでよろしいですね?」

 

「は~い・・・」

 

「へい・・・って、ちょうどいいって?」

 

「銀蝿がありましてね、オペレーターをはじめ、数人が昼食抜きになってしまったのですよ。何か不服がありましたら彼女にお願いします。」

 

マグバレッジ大佐はそう言って営倉から出たニーナから鍵を受け取り、蛍の営倉に鍵をかけると一人の少女をはす向かいの営倉に入れた。

 

「え?ライエちゃん?」

 

ニーナが、マグバレッジ大佐によって営倉に入れられた少女を見てそう言った。

 

「アリアーシュ?ギンバイっつーとメシ泥棒だよな?何でまた・・・」

 

蛍も、ライエにしてはあるまじきことに驚く。

 

ご存知のとおり、ギンバイはあくまで罪状の一つで、マグバレッジ大佐は蛍の手前、ライエの素性を伏せたのである。

 

ニーナはライエとも話そうとしたが、マグバレッジ大佐ににらまれてしぶしぶ営倉をあとにし、二つの鉄格子をへだてて蛍とライエが残されたのであった。




ライエが営倉に入るのが、前話の終わった後です。

同じ時間に平行して起こってたことなので。


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第十話 友との確執

 営倉で対面した蛍とライエは、マグバレッジ大佐とニーナが営倉を出たあと、お互いに会話の糸口を探せずにいた。

 

まず蛍は、ライエが食料泥棒などという微罪で営倉に入れられたなどと考えていない。

 

蛍からすれば、そもそも彼女は軍属ですらないのだから、営倉に入れるというのもおかしな話なのである。

 

そしてライエは少しでも話すのを恐れていた。

 

蛍がアセイラム皇女に言ったことは彼を目の前にして何度もライエの頭の中でこだまする。

 

何を話しても拒絶されるのではないかという不安がライエの心に充満しているのだ。

 

「・・・なぁ?」

 

沈黙に耐えかねた蛍がまず口を開いた。

 

「・・・何?」

 

「お前さ、ホントは何を・・・まさか、あの事!?」

 

蛍はライエとの『秘密』がバレたのかと想像したが、ライエは首を横に振る。

 

「違うわ、別件よ。・・・そうね、多分あの人はあたしの口から言うようにってことで伏せたのね。ちょっと長くなるけどいい?」

 

「ああ、かまわねぇよ。」

 

蛍がそう言うとライエは静かに話し始めた。

 

「結論から言うとね、あんたと同じよ。」

 

「あの姫さんに銃向けたってか?」

 

「そう。お父さまの残したお仕事を片付けて、お父さまのところに行こうと思ってね。」

 

ライエの覚悟を聞いて、自分の甘えを痛感した蛍は同時にライエの素性に思い当たる節を見つける。

 

「親父さんの仕事が姫さん殺すことって、じゃあお前、『憂星防衛軍』とかいうとこの?」

 

蛍は普段、まったくニュースの類いを見ないため避難民や兵士が話しているのを聞いただけだ。

 

蛍の問いかけにライエは首を横に振る。

 

「違うわ。元締めは同じだけどね。」

 

「元締め?」

 

「ザーツバルム侯爵よ。」

 

「誰だ、それ?」

 

「ヴァース帝国軌道騎士団長よ。」

 

「・・・つまり、お前はスパイの類いってことか?」

 

やっと理解した蛍に、ライエは首肯する。

 

「お父さまがそうだったのよ。だから半分・・・火星人・・・」

 

ライエはそう言いながら身構える。

 

蛍は『いい火星人なんてのはくたばった火星人だけだ』と叫んでいたのだ、よくて悪罵される、悪ければ物が飛んでくるだろうと考えたのだ。

 

「そっか・・・お前も大変だったんだな。」

 

しかし蛍の口から出たのはライエの身の上を想う言葉で、ライエはあっけにとられる。

 

「意外ね。てっきり鉄格子破ってこの首折りにくるかと思ったけど?」

 

「俺は人間だぜぇ?鉄格子を素手で破れるわけねぇだろ?」

 

少しおどけた調子で蛍は答え、咳払いする。

 

「まぁ、やらかす前の俺が聞いたら、お前が女だとか関係なくぶん殴ったかもしれねぇよ。けどな、オッサンにボコられてからコッチ、いろいろあってよ・・・どんだけ俺が甘ったれのバカヤローだったか思い知ったってワケさ。」

 

鞠戸大尉に加減されながら叩きのめされ、マグバレッジ大佐に説教を食らい、ニーナに醜態をさらした彼は、猫に失礼だが例えるなら猫がケンカで背中の毛を逆立たせて自分を大きく見せるようなみっともないやり方で自分を強く見せる必要を感じなくなっていた。

 

グループ内で最も非力と思っていたニーナにすら負ける自分の弱さを直視できたのだ。

 

「いい火星人は死んだ火星人だけとか言ってたのに?」

 

「・・・あの場にいたのか、もしかして?」

 

ライエがうなずくのを見て蛍は頭をかく。

 

「その・・・な。謝ってすむ話じゃねぇとは思うけどよ。それしかできねぇ、悪かった。」

 

「・・・まあ、いいわよ。あたしに直接言ったでなし、何かされたわけでもないし。」

 

そんな会話をしながら蛍は、ライエの話した素性から、以前感じた、ライエと会った記憶について一つ、思い当たった。

 

「なぁ、お前の親父さんよ、最後に会ったときケガとかしてなかったか?顔とか、アバラとか。」

 

「顔はまだしも、何でろっ骨折ったのまで知ってるの?・・・ん、マリト流?もしかしてお父さまが言ってた学生って!!」

 

「やっぱり!あん時の!!」

 

蛍が新芦原事件の日に取り逃がした不審者・・・彼はライエの父親だったのだ。

 

「じゃあ、あの時お父さまがあんなケガをしてたのは・・・」

 

「しゃーねぇだろ!?俺だって殺されかけたんだからよぉ!!」

 

「はぁ・・・別に怒ってないわよ、そっちも仕事だったんだから。」

 

「・・・すまん。あ、じゃあコイツらは返しといたほうがいいな。」

 

蛍はライエと話しながら、新芦原事件当日の『戦利品』を服から取り出した。

 

まずは布で巻いて太ももに帯びているコンバットナイフを取り、床を滑らせてライエの営倉の前に送る。

 

「これ・・・お父さまの?」

 

「あぁ。しっかしこの艦の管理、ちょっと問題あるよな。」

 

蛍は主に自分の回りで起こっている武器の管理の甘さにそうグチる。

 

作戦完了後にキチンと銃器を回収しない、営倉送りの際にボディチェックを徹底しないなど。

 

「アンタがそれを言う?」

 

「まぁ、今回ばっかはお前に親父さんの遺品を渡せるんだからありがてぇけどな。」

 

そう言った蛍は、ポケットからもう一つの戦利品、電源が落ちたスマホを、ナイフと同じように床を滑らせてライエの営倉の前に送った。

 

「そいつにお前と親父さんの写真が待受に入ってたんだ。」

 

「ありがとう・・・そしてグッジョブよ、蛍。これ、ただのスマホじゃないのよ。」

 

「そうなのか?いや、バッテリー切れてるから、ただのスマホじゃなくても・・・?」

 

ライエがそのスマホをいじると、バッテリーが切れていたはずのスマホが光を放っていた。

 

仮にバッテリーが残っていたとしても、何日も充電していないのだ、つくはずがない。

 

「充電無しで二月は使えるマルチツールよ。見た目はスマホだけど、人相照会に射撃管制、集音マイクに望遠鏡、ロックピックその他何でもござれのね。持ち主じゃない人間が持ったら、一定の操作をしないと電源がつかなくなるセキュリティロックがかかるのよ。」

 

「スパイツールだったのか、それ?ま、何にせよ電源が入って良かったな。」

 

「ええ・・・これで、ザーツバルムのヤツに一泡ふかせてやれる、戦争どころじゃなくなるわよ。」

 

蛍はあくまでライエに父親の形見を返そうとしただけなのだが、ライエはその中身にも興味があった。

 

ツールの中身は皇女暗殺の時の証拠もさることながら、軌道騎士とのやり取りの記録もある。

 

公開されれば事件に関わっていた軌道騎士達は言い逃れできない。

 

戦争継続はまず不可能になることだろう。

 

 

 

 そんな話をしていた二人の元に客が訪れる。

 

「ちょっといいかな?」

 

「・・・界塚?」

 

営倉に入ってきたのは伊奈帆であった。

 

蛍の呼び方に伊奈帆は少し表情を暗くし、蛍の入っている牢の前に立つ。

 

「・・・少し確認したいことがあったんだ。新芦原のことでね。」

 

「ん?今さら何を?」

 

蛍がそう尋ねると、伊奈帆は手帳代わりのスマホを出した。

 

「この人、覚えてるよね?」

 

スマホに写された写真を見て蛍は顔をしかめる。

 

新芦原で蛍とライエがゲリラ戦で仕留めたニロケラスのパイロット、トリルラン卿の死体であったのだ。

 

「・・・そいつがどうしたんだ?」

 

「自殺したって話だったよね?」

 

「そぉだよ、で?」

 

伊奈帆はスマホを操作し、トリルラン卿の足の写真を表示させる。

 

「これ、片方は後ろから撃たれてるけど、片方は前から撃たれてるよね?どうして?」

 

「あ?あぁ、それな。俺の射撃の評価は知ってるだろ?弾倉が空になるまで連射したんだ。そしたら後ろから当たったあと、よろけた時に前から当たったんだよ。」

 

この発言におかしなところはないと判断したらしい伊奈帆は次の写真を見せる。

 

「それじゃ次。あのパイロット、右手の指は親指と小指を残して全部跳んでたけど、君が撃ったからで間違いないね?」

 

「あぁ。何だよ、俺だってそんな至近距離じゃ外さねぇぞ?」

 

蛍はただ答えているが、伊奈帆の後ろでライエは震えている。

 

「確認だよ、確認。それでね、このパイロットは自殺したって言ってたけど、どうやって?」

 

「そりゃ、こうやって・・・!!」

 

蛍は墓穴を掘ったと直感した。

 

伊奈帆はそれを見逃さず追い打つ。

 

「そう、『右手で銃を持ってこめかみに当てて頭を撃った』んだね?」

 

「そ、そっか、忘れてた、俺から見たら右手だから、左手だ、左手!!」

 

そう言った蛍に伊奈帆はまた別の写真を見せ、

 

「左手はこのとおり、血が手のひら全体にベッタリついて、僕が触ったときも乾いていなかった。そして銃はこのとおり、血がほとんどついていない。そして・・・」

 

焦る蛍に伊奈帆はとどめになる写真を見せた。

 

「コレ。弾痕は右眉の上あたりの額。そしてこの弾痕、まわりが焦げてない。こうなるのは離れたところから撃った時だよ。ねえ、もう一度聞くけど、どうやって撃ったの?」

 

「う、撃つ瞬間は見てねぇんだ!!」

 

「それはない、今までの君の発言からして間違いなく死ぬ瞬間を見てる。これが最後だよ、『どうやって』撃ったの?」

 

もはや言い逃れができないと察した蛍は自棄気味に叫ぶ。

 

「あぁ!そぉだよ!!界塚伊奈帆の名推理のとおりさ!俺だよ、俺が撃ったんだよ!!これでいいか!?」

 

「もうやめてよ!!」

 

伊奈帆の後ろからライエが叫ぶ。

 

「もういいわよ、たぶんソイツ、わかった上で言ってるわ。」

 

「わかってるって何を?」

 

伊奈帆はライエの方を向いてそう尋ねる。

 

「バ!?よせ!!」

 

蛍も伊奈帆をごまかしきれるとは思っていない、しかし自白さえしなければどうにかなると、淡い希望を持っていた。

 

「あの男を撃ったのは・・・あたしよ!!」

 

とうとう、ライエはそう叫んだ。

 

 

 

 新芦原でニロケラスから脱出したトリルラン卿は、脱出ポッドとなったコクピットから出て、周囲をうかがいながら逃げようとしていた。

 

そんなトリルラン卿を見つけた蛍は足を狙ってガバメントの弾丸を全て撃つ。

 

これが左足を後ろから、よろけて振り向いた時に右足を前から撃ち抜いたのだ。

 

「お見事。」

 

パチッ、パチッと、ライエが気だるそうに、弾倉を替えて初弾を装填する蛍に拍手する。

 

「いや、奇跡だ、当たったぜ。」

 

「バ~カ、誉めてないわよ、このくらいの距離なら一発で当てなさいって言ってるのよ。」

 

ライエは肩を落とす蛍に先行してトリルランの元へ走る。

 

「グ・・・この!!」

 

ライエを見たトリルランは彼女にピストルを向けるが、その素振りを見た蛍がライエを追い越し、トリルランの銃を持つ手に触れるほどの距離から発砲し、トリルランの右手の指は親指と小指を残して全部吹き飛んだ。

 

「グ・・・あああぁぁぁ・・・ゆ、指があああぁぁぁ・・・」

 

声にならない声を出すトリルランを見ながら蛍はライエに銃を渡した。

 

「お前がやれよ。」

 

「・・・え?」

 

「親父さんの仇、討つんだろ?」

 

「・・・ありがとう。」

 

ライエは幽鬼のようにフラッとトリルラン卿の前に立つ。

 

「ネズミめぇ・・・このようなことが・・・許されると・・・この、裏」

 

パァンという銃声と共に、何かを言いかけたトリルラン卿の頭に風穴が空いた。

 

ライエは返り血を浴び、パーカーに血がついた。

 

「マズッたな、血がついてたら疑われるぜ・・・」

 

「アンタも、シャツ。」

 

「あ、ホントだ・・・仕方ねぇ、どうせ服も濡れてるんだ、脱げ。」

 

蛍が何も考えずにそう言ってライエは顔を赤くする。

 

「バ、バカ!!脱げってアンタの目の前で!?」

 

「それもそうか、ワリィ、ほら、これ。向こう向いてるからよ。」

 

蛍は濡れかたが比較的マシなブレザーをライエに渡し、背を向けるとシャツを脱いだ。

 

ライエもパーカーを脱ぎ、血が染みてないか念のため確認するため下に着ていたシャツと下着も外して蛍のブレザーを着た。

 

「いいわよ。」

 

ライエがそう言って振り向いた蛍は、ライエが素肌に自分のブレザーを着ているのを見て目をそらす。

 

「中もビショビショだったからね。そのシャツ、一緒に燃やすから、何か火がつけられるものがあったら貸して?」

 

「ポケットにライターが入ってるだろ?それとタバコも頼む。」

 

ライエは蛍が言うとおりライターとタバコを取り、タバコを蛍に渡すが、タバコは水に濡れて全滅しており、投げ捨てる。

 

この後、ライエは蛍のシャツと自分のパーカーを燃やし、伊奈帆達が来ると蛍は伊奈帆達に見つかりやすいところまで行って、それを伊奈帆達が見つけたのだ。

 

 

 

「あとはアンタも見たでしょ?」

 

ライエは新芦原でのトリルラン卿の死の真相を、要点をかいつまんで伊奈帆に話した。

 

「うん、助かったよ。ありがと、話してくれて。」

 

「待てよ!そいつは正気じゃないんだ!!そいつが言ってんのはデタラメだ!!」

 

「やめてよ!アンタのそういうとこホント大キライ!!」

 

蛍とライエは互いを庇うように口論するという珍しいことをする。

 

「二人とも、そこまで。蛍、君の証言があんなじゃ、その庇い方、意味ないよ?」

 

完全に真実が伊奈帆に伝わってしまった今、言葉は意味をなさない。

 

「安心して、ライエさんは今さら殺人の一件が増えても変わらないし、僕はこの件を口外するつもりはないよ。そもそも、証拠も無いしね。」

 

伊奈帆に他意はなかった。

 

ただ事実を並べただけだった。

 

しかし、タイミングがあまりにも悪すぎた。

 

「界塚・・・界塚!!」

 

蛍は鉄格子越しに伊奈帆の肩をつかみ、振り向かせると胸ぐらをつかんでにらみ付ける。

 

「テメェ、そんなに人を追いつめて楽しいのかよ!?あぁ!?」

 

「ぼ、僕は別にそんなつもりは・・・」

 

伊奈帆は本当に真実・・・蛍が新芦原でトリルラン卿を撃ったわけではないということを確認したかっただけであった。

 

しかし、期せずしてライエを追いつめ、心の傷をえぐっていたのだ。

 

「オゥオゥ、お利口さんな優等生の界塚伊奈帆サマならどうってこたぁねぇんだろうけどよぉ、世の中みんなお前ばっかじゃねぇんだよ!!」

 

蛍の言い分は支離滅裂だ、しかし伊奈帆からすれば、親友から自分の嫌いな部分をなじられている、それは伊奈帆にとって耐えがたいものであった。

 

「僕は・・・僕は・・・」

 

「黙れ!!」

 

蛍は伊奈帆を突飛ばし、伊奈帆はしりもちをつく。

 

「出てけよ!!もうお前なんか親友(ダチ)じゃねぇ!!」

 

蛍はそう怒鳴ると牢の奥に引っ込み、伊奈帆は逃げるように営倉を出ていった。

 

「あのさ・・・あたしはアンタ達の関係、よく知らないけど、さっきのはないんじゃない?」

 

「うっせ・・・ほっとけよ。」

 

ライエの問いかけに返ってくる声は鼻にかかった声である。

 

「・・・後悔するくらいなら言わなきゃいいのに。」

 

これに蛍は何も答えず、毛布にこもったのであった。

 

一方、営倉から逃げ出した伊奈帆は、外で韻子とぶつかる。

 

「伊奈帆、どうしたの!?」

 

いつものように伊奈帆は無表情なのだが、そのまま涙を流すという器用な悲しみ方をしていたのだ。

 

「・・・ちょっとね・・・友達、一人なくしちゃってさ。」

 

「蛍ね、さては・・・」

 

韻子は伊奈帆を、以前自分がされたように肩に抱き、涙を隠す。

 

「伊奈帆もさ、こういうこと、あるんだね。」

 

「韻子、僕のこと何だと思ってたの?」

 

「う~ん・・・ロボットかサイボーグ?」

 

「ひどいな・・・僕は人間だよ。」

 

一つの問題が解決したかと思えば、艦全体には影響ないがまた新たな問題を抱えたデューカリオンは一路、連合軍本部を目指して空を行く。




今回、短いですが、新芦原での二人の行動、そして蛍の爆発を主軸に書いてみました。

そして、伊奈帆が泣く時ってきっと、無表情のまま涙を流すんだろうなと。


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第十一話 虚しい祈り

 アルドノア起動権について原作と設定変更があります。
『レイヴァース博士にアルドノア起動権が焼き付けられた』ではなく、『古代ヴァース帝国の皇族の血をひいているから起動できた』と。


 ザーツバルム卿揚陸城にてスレインが目を覚ましてしばらくすると、ザーツバルム卿はスレインを晩餐に招いた。

 

火星では贅沢な部類にあたる料理を二人で挟むように座るが、スレインは料理にてをつけようとしない。

 

「どうした?食わぬのか?」

 

スレインはなぜ、自分がこのようなもてなしを受けているのか理解できずにいた。

 

「案ずるな、毒など入っておらぬ。そもそも、このように取り分けて食すものに毒を盛れるはずがなかろう?」

 

二人の間にあるのは世界三大料理の一つ、中華料理である。

 

「しかし、この『ハシ』という食器は使いにくくてかなわぬな。」

 

箸は箸立てにさしていたものを促されたスレインが先に取っており、ザーツバルム卿は残った箸ですり替える様子もなく食べ始めたため、箸に毒を塗るという推理小説、ドラマでは使い古された手段を取ることもできない。

 

なお、スレインに食事の上での禁忌は宗教、体質共に存在しない。

 

アナフィラキシーショックもありえないのだ。

 

「・・・ザーツバルム卿、どうして姫さまのお命を狙われたりなどなさったのですか?」

 

「わかりきったことを。開戦の大義名分を得るためだ。この贅をつくした料理を見よ。地球全土を手中に収めることができたならば、三食毎日であろうとこれらを食すことができようぞ。」

 

「お言葉ですが、飽きますよ、きっと。」

 

この卓にあがっている食事の材料は上海に降下したフェミーアン卿からの献上品を、同じく上海にて、地球では考えられない厚待遇をもって雇った料理人に調理させたものである。

 

さておき、当然だがスレインはザーツバルム卿が美食のために戦争を起こしたなどと考えていない。

 

「これは三大料理と言われるものの一つであったな?」

 

「ええ。」

 

「残りはフレンチとターキーなるものであるな?」

 

「はあ・・・お詳しいのですね。」

 

「かつての戦争にて、命の恩人にいろいろとな。おぬしもよく知っておる人物であるぞ。」

 

スレインはそう言われて思案する。

 

ザーツバルム卿と会ったのは初めてであり、共通する知人は一方的に知っている者も含めて皇帝、クルーテオ卿、トリルラン卿、アセイラム皇女くらいしか思いつかない。

 

「トロイヤード博士だ。」

 

答えに行き着かないのを見てとったザーツバルム卿が答えを言うと、スレインは驚く。

 

「父をご存知なのですか!?」

 

「いかにも。」

 

ザーツバルム卿はかつての戦争でのことを話し始めた。

 

 

 

 先帝ギルゼリアによる開戦の詔勅と時を同じくしてヴァース帝国軍はハイパーゲートへ突入し、月面に駐留していた地球連合軍に奇襲をかけた。

 

この件はいまだに正当性について議論がなされているが、あえてヴァース帝国側の立場に立って発言するならば、

 

1.地球連合はヴァース帝国を国家として認めておらず、ヴァース帝国も諸々の条約を批准していないため、双方国際法を遵守する義務は存在しない

 

2.国際法上、宣戦布告は有形無実化した条文に書かれているだけの形式的な義務に過ぎず、その有無が問題となった事例も限りなく少ない

 

といった事が挙げられる。

 

それはさておき、ヴァース帝国は地球への降下に際し、先鋒として大気圏飛行能力を有する試製カタフラクト、ディオスクリアを操るザーツバルム卿(当事は侯爵世襲前にて伯爵)、重力場制御能力により単独降下が可能であった試製カタフラクト、デュカリオンを操るオルレイン子爵、以上二名に橋頭堡構築が命じられた。

 

先に降下したのはデュカリオンで、これが種子島に駐留していた戦車連隊(鞠戸大尉が所属していた連隊)と交戦したのだ。

 

未知の兵器、カタフラクトに旧来の戦車隊は、先走った部隊の砲撃が誘発した統制なき砲撃もあって壊滅、種子島を悠々とデュカリオンは闊歩した。

 

「とんだ肩透かしを食らったものだな、オルレインよ。」

 

「ええ、ザーツバルムさま、これならば地球の完全制圧も時間の問題でしょう。」

 

「ああ、そうであるな、オルレイン。どうだろう、式は復興後の新領地で挙げるというのは。」

 

「それもよろしいかと思いますが、式は早めにしていただけますか?」

 

ザーツバルム卿とオルレイン子爵は婚約関係にあり、作戦行動中だというのにそのような会話をしていた時であった。

 

二人の機体で警報が鳴り響いた。

 

『重力場異常発生、タダチニ退避シテクダサイ』

 

ハイパーゲートはかつての古代ヴァース帝国では民間輸送用として使われていた。

 

そこに許容量をはるかにオーバーした軍隊、兵器を通そうとした結果、ゲートが暴走したのである。

 

ゲートは爆発し月が四散、その破片が地球に降り注いだ。

 

これに巻き込まれたディオスクリアは中破しカタフラクト形態への変型機能を破損後、種子島近海に不時着した。

 

「オルレイン!!どこだ!!返事をしてくれえええぇぇぇ!!!」

 

ザーツバルム卿は不時着のショックで折れた足を引きずりながら、後にエンジェル・フォールと呼ばれた大災害によって引き起こされた炎の中を歩き回り、大破したデュカリオンからどうにか脱出したオルレインを見つけた。

 

「しっかりしろ、目をあけるのだ!!」

 

彼女に意識はなく、一刻も早く適切な医療施設での治療が必要であった。

 

ザーツバルム卿は彼女をディオスクリアに乗せ、まずは月面の友軍を頼ったが一切通信がつながらなかった。

 

この時、司令部が壊滅していたのだから通じるはずもなかったのだ。

 

やむを得ず彼が選んだ道は降伏であった。

 

地球に投降し、せめてオルレインだけでも助けてもらおうと考えたのである。

 

彼は地球連合軍と連絡が取れそうな街を無我夢中で探し、被害が少ない街を見つけ、その近くにディオスクリアを降下させると、私服で猟銃を持った者や、ボウガン、弓矢といった原始的な武器を持った者、一部は本来武器でない金属バットや農作業用のフォークを持った者達に包囲された。

 

オルレインが緊急を要する以上、ディオスクリアに籠城するわけにいかなかったザーツバルム卿は機体から降り、地に跪いた。

 

「ヴァース帝国先遣隊ザーツバルム外一名、降伏する。こちらのオルレインはすぐにでも治療が必要だ、恥を忍んでお願い申し上げる。」

 

この時、彼らを見つけたのが地球連合軍の警備部隊かその補助をする軍属らであったならば以後の悲劇は回避できたかもしれない。

 

この時二人を見つけたのは自警団組織であったのだ。

 

無政府状態となった街で自分達の身を守るために有志によって結成されたのだが、この『有志』というのが問題であった。

 

人間というのは不思議なもので、自分が悪事を働いている、金のためにやっているとなるとどこかで加減してしまう。

 

しかし、自分が正しいと思っていれば話が別だ。

 

どれだけでも残酷なことができるし、加減などしなくなる。

 

そして何より、ヴァース帝国公用語、つまりロシア語がわかる者がいなかったのが致命的であった。

 

『何を言っているんだ、コイツは?』

 

『オイ、こいつらは宣戦布告も無しに騙し討ちしやがった火星人どもだぜ、しおらしくしといてオレ達を皆殺しにするつもりに決まってんだろ!!』

 

『そういやこの大量の隕石も火星人の新兵器だって話だぜ!!』

 

『火星人はオレ達を皆殺しにして、こっちに移り住もうってハラだとか聞いたぜ!!』

 

『殺せ!!殺しちまえ!!』

 

ザーツバルム卿も同じように周囲の言葉はわからなかったが、不穏な雰囲気だけは感じとることができた。

 

『コ~ロ~セ、コ~ロ~セ!』

 

『ツ~ル~セ、ツ~ル~セ!』

 

ザーツバルム卿はこの時、持っていた銃も捨てていた。

 

それでも半暴徒化した自警団には通じなかったのだ。

 

『パァン!』

 

自警団の一人が発砲した。

 

発砲したのは自警団員で間違いなかった。

 

しかし、それを見ていたのはごく一部でしかなく、人は集団になった時は特に、そうであってほしいという願望が優先される。

 

『火星人が撃ったぞ!!』

 

『てぇへんだ!!撃たれたのは女だ!!』

 

『殺せ!!殺せえぇ!!』

 

この時、自警団員は誰一人として撃たれてなどおらず、撃たれたのはオルレインであった。

 

ザーツバルム卿を狙った銃弾から、無意識のうちに身を起こし、盾になったのである。

 

「オルレイン・・・オルレイイイィィィン!!!」

 

『くたばれえええぇぇぇ!!!』

 

『やめたまえ!!!』

 

上空に向けて放たれる銃弾と共に重く貫禄のある声が響き、自警団もザーツバルム卿も茫然自失となる。

 

『この場は私が預かりましょう、あなた方は街にお帰りなさい!!』

 

『はぁ・・・トロイヤードせんせがそうおっしゃるなら・・・』

 

トロイヤード博士は医師団として派遣されてきており、街の住民からの信頼が厚かった。

 

トロイヤード博士は危篤状態のオルレイン、そして自身も重傷を負っていて気を失ったザーツバルム卿をすぐさま収容し、手厚く治療した。

 

一週間後、ザーツバルム卿は目を覚まし、ずっと看護していた看護士がトロイヤード博士を呼んでくる。

 

「余は・・・どうしたのだ?」

 

「ご安心を、私は医者のトロイヤード、軍人ではありません。お名前を教えていただけますか?」

 

「・・・ザーツバルムだ。ドクター・トロイヤード、余と共に女性がおったと思うが、そちらは・・・?」

 

トロイヤード博士は表情を曇らせた。

 

「手は尽くしましたが・・・私が発見した時にはもう手遅れでした・・・」

 

「・・・であるか。」

 

意気消沈したザーツバルム卿に、トロイヤード博士は睡眠導入剤を投与し、眠らせることにした。

 

今、無用なショックを与えれば何をしてもおかしくない精神状態であったからだ。

 

しかしここでトロイヤード博士は、ザーツバルム卿に医療知識がないと考え、一人にしてしまうというミスを犯したのである。

 

ザーツバルム卿は器具を見よう見真似で操作し、投与される薬剤量を多くして自殺を計ったのだ。

 

幸い、毒性の弱い薬品しか使っていなかったため軽いショック状態になったものの命は助かった。

 

目を覚ました時、トロイヤード博士はザーツバルム卿を強く叱りつけた。

 

「どうしてせっかく助かった命を粗末になさるのですか!?亡くなった奥方やお子様のため生きようと考えられないのですか!?」

 

「いや、オルレインとはまだ式はあげていない・・・子供?」

 

「・・・ご存知なかったのですか。妊娠なさっていたのですよ、彼女は。」

 

これを聞いたザーツバルム卿は幼子のように、涙がかれるまでトロイヤード博士の膝に顔を押し付けて泣き続けた。

 

しばらくの間、トロイヤード博士の元に匿われて養生しながら、いろいろな話を交わした。

 

この時、まだ赤ん坊であったスレインにも会っており、スレインもザーツバルム卿によくなついていた。

 

 

 

「その時、約束したのだ。オルレインと、そしてドクター・トロイヤードと。この世から戦争を根絶すると。此度の戦は人類最後の戦争となる。」

 

「・・・それがどうして姫さまの暗殺に繋がるのですか?そもそも、ザーツバルム卿は姫さまの伯父上なのでしょう!?どうして!?」

 

「そう急くな。物事には順序がある。まず、余と皇女の血縁だがあくまで表向きのことなのだ。実際には何の関係もない。」

 

そう言ってザーツバルム卿は息をつく。

 

「皇女の母、つまり余の義妹は、先帝ギルゼリアの実妹であった。ある一件が発覚して、生まれたばかりの赤子をザーツバルム家の子として迎え入れたのだ。」

 

「・・・なぜそのような・・・」

 

スレインは言葉を選び、アセイラム皇女を侮蔑するようにとれる言葉を避けた。

 

「これは皇帝と一部の重臣しか知らぬのだが、ギルゼリアはアルドノア起動因子を持っておらず皇女の母だけが持っていたのだ。」

 

「・・・それとどのような関係が?」

 

「すでにギルゼリアは皇太子となっておったから赤子へ皇位継承権を譲渡するわけにいかなかった。そこで赤子をザーツバルム家の子として迎え入れさせ、子を生める歳になると輿入れという形で返したのだ。」

 

「流れはわかりましたが、どうしてそのようなことに・・・は!!」

 

スレインはザーツバルム卿が言わんとしていることに感付いた。

 

「アルドノア起動因子は皇帝のX染色体上にあった・・・」

 

性別の決定をつかさどる性染色体、これは父親のXY、母親のXXから一つずつ受け継がれる。

 

起動因子を持つx染色体が母親にあり、生まれた子供が男女各二人とするとx染色体を持つ者は男一人、女一人になる。

 

孫の代も起動因子を持つ個体は同じ計算をすると八人の半分、男女各二人の四人になる。

 

「古代ヴァース帝国は起動因子の総数を調整すらため女系優先だったそうだ。そして現代の皇帝一族と重臣達はこれらの事実を隠蔽した。なぜかわかるか?」

 

スレインは首を横に振る。

 

「ヴァースはアルドノア起動因子を皇帝の権威、権力の根拠としておる。それを持たぬギルゼリアの代さえ隠しきれば良いと考えていたのだ。しかし、古代ヴァースがあったのは三万年前、当事火星から地球へ逃げ延びたという皇族の子孫で起動因子を持つ者は、今となっては何人いても不思議でない。ヴァースは建国当時からその正統性が無いのだ。つまりだ、アルドノアを使うには別に皇帝一族でなくとも構わない。余はまず、アルドノアを独占する皇帝一族を根絶やし、アルドノアを解放する。これが一つ目だ。」

 

「アルドノアの解放・・・しかし、戦争の根絶とどのような関係が?」

 

「ここからが、そちの父が構想した核の部分だ。すまぬがその・・・空を飛ぶ生物の香草焼きをこちらへくれぬか?」

 

「空を飛ぶ?あ、いえ、この種類の鳥は飛べません。どうぞ。」

 

ザーツバルム卿が言っていたのは北京ダックの香草焼きであった。

 

スレインは最初は何を指しているかわからなかったが、鳥のことを言っていると感づき、北京ダックの香草焼きをテーブルの回転する天板を回してザーツバルム卿の元へ送った。

 

「そうか、飛べぬ種もおるのか。まあよい、本題はそこではない。余はこれを丸々一皿食したい。しかしそちもこれを欲しておる。取り分けようにも分けるつもりはない、ならばどうする?」

 

ザーツバルム卿がそう尋ねるとスレインは思案し、

 

「話し合う余地がないならばこうします。」

 

天板を回し、スレインは北京ダックを自分の元へ運んだ。

 

「すると当然、余はこうするな?」

 

ザーツバルム卿は天板を回し、また自分の元へ北京ダックを運ぶ。

 

「言ってしまえば戦争とはこのようなものだ。どちらかが諦めるまでこの鳥を奪い合う。これを防ぐにはどうすればいい?」

 

「お互いが譲り合って分け合うのが最良では?」

 

「50点、それでは折り合いがつかなかった時、結局戦争となる。正解はこうだ。」

 

 

 

数分して二人はそれぞれ北京ダックを丸々一羽平らげて、ザーツバルム卿はトロイヤード博士から受け継いだ戦争を根絶する方法をスレインに話し終えた。

 

「・・・素晴らしいお考えかと思います。ですが、机上の空論です!かつてそのような思想をもって作られた国がありましたが、ことごとく崩壊してしまいました。」

 

「それらの国が崩壊した理由は簡単だ、『全ての富を生み出す魔法の壷』が無かったからだ。それがあればどうだろうか?」

 

「・・・ですが、そのためにどれだけの血が流れるのです!?姫さまはそのようなことは望みません!!」

 

「くどい!考えてもみよ、これまであの一族のためにどれだけの血が流れた!?火星、地球問わずに!!」

 

ヴァース帝国が成立したのはザーツバルム卿の少年時代の話だが、建国に際し全ての人間が積極的に賛成したわけではない。

 

『正気の沙汰ではない。』『大昔に太陽系を席巻したか知らないが、古代のヴァース帝国など今の地球人と関係ない。』といった、積極的反対。

 

『独立云々は置いておくとして、今の火星では独立しても食料の自給もままならない。オキアミとクロレラでは人口を増やすことも食料の増産もできないだろう。』『仮に独立が承認されたとして、独立費や投資した資本の返済名目で天文学的な借款を背負わされることになる。その返済はどうするのか。』といった消極的な賛成、反対。

 

どちらでもいい日和見、旗色を示さない中立など、たくさんの意見があった。

 

ヴァース帝国はそれらをまとめるために、積極的反対派が集会を開いていたところに治安維持部隊を投入し、装甲車で何人も、執拗なまでに反対派を轢殺したのだ。

 

逃走できぬように銃器を持った隊員が全ての道を封鎖し、抵抗する者、抗議する者は装甲車に潰され、逃げようとする者は射殺され、投降、逮捕後に裁判を望む者、無抵抗の抵抗を試みる者も構わず轢殺されるか射殺された。

 

地球の駐在メディアは買収ないし脅迫で沈黙を約束させられ、ヴァースのメディアは官営しかなく事件を歪曲してヴァースの公式発表どおりの報道をした。

 

その公式発表によると、

 

『地球のイヌ共が武装して集結し、解散を命じた治安維持部隊に発砲、事態を重く見た治安維持部隊は装甲車部隊を投入して果敢にその任を遂行。暴徒共はビルに立てこもり観念したのか自爆した。』

 

ということであった。

 

始めこそ発表に異を唱える者もいたが公に発言したものが何人も消息を絶ち、ヴァース帝国内で発言するものはついにいなくなった。

 

その事件から数日後、火星の記名制住民投票にてドクター・レイヴァースを皇帝とする封建君主制によるヴァース帝国の建国が満場一致で可決したのであった。

 

建国に前後して地球に亡命し、事件をしかるべき機関、マスコミに持ち込む者もいたが、黙殺されるか、出ても小さな記事にしかならないか、匿名ながらも大きくスクープされたとしてもヴァース帝国が

 

『顔も出さぬ卑怯者が妄言を撒き散らしている。そのような卑劣な行為に加担する者はメディアを名乗るのをやめるべきだ。』

 

と、抗議するくらいの反応しかなかった。

 

当然だが、顔を出した日には刺客を送られるのは目に見えている。

 

このような血塗られた裏の歴史で死んでいった者は、第一次星間戦争の火星側戦死者より多いとさえ言われている。

 

 

 

こういった事情はスレインも多かれ少なかれ知っている。

 

「ですが、姫さまがなさったわけではありません!」

 

「だから生かせと申すか?あのような夢想家を?今、ヴァース帝国では皇帝を含めて牽制し合って抗争が沈静化しておるのだぞ。断言しよう、あの皇女が皇位継承した日には今まで大人しくしていた不届き者共が謀事合戦を始め、そのとばっちりを受ける者も多数出るであろう。皇女ももちろん、無事ではすまぬ。」

 

これにスレインは反論できず、ザーツバルム卿は続ける。

 

「わかったであろう?皇族というだけで逃れることは出来ぬ。一思いに死なせてやるのが情けであろう。

 

まあ、それはいい。余は貴様に問う。余と共に戦の根絶された世界をつかむか?ダー(YES)か?ニエット(NO)か?」

 

これにスレインは答えることができず、ザーツバルム卿は息をついて続けた。

 

「すぐには決められぬか?ならば仕方あるまい、決戦までは時間があろう。それまでに答えを決めておくことだ。」

 

食事の後、スレインはザーツバルム卿揚陸城の貴賓室に軟禁され、数日を過ごすこととなった。

 

 

 

 時と場所を移し、デューカリオンが入港した、地球連合ロシア本部。

 

デューカリオンは地球連合極東方面軍で極秘開発されていたため、連合本部は最初、ヴァース帝国の新兵器と勘違いしたほどであった。

 

そのデューカリオンを降りた鞠戸大尉は本部の食堂で、エデルリッゾとアセイラム皇女に以前の埋め合わせをしようと貯めていた『キャッシュ』を使って二人にご馳走していた。

 

このキャッシュとは、地球連合が有事の際に物流、経済を『戦争に適したもの』に統制し、その決済に使われるもので、いわゆる地球連合版の『軍票』である。

 

民間人の給料も連合軍勢力下であればキャッシュに統一され、配給品以外の物を購入するのはキャッシュでなければならない。

 

エデルリッゾの前にあるのは城のようなパフェ、アセイラム皇女も勧められ、せっかくだからとストロベリーパフェを頼んだ。

 

「こ、このようなものでこのエデルリッゾ、ば、ばいしゅーされたりなど・・・」

 

「エデルリッゾ、人の厚意は無下にするものではありませんよ?」

 

エデルリッゾは見たこともないスイーツに警戒心をあらわにしながらも餌を前に『待て』をされたイヌのようになっている。

 

「ホラ、ウチのクソガキがこの前、チビちゃんの歯、折ったろ?そのワビだ。」

 

「ほ、ホントにハムハムこれムグムグ、エデルリッゾがモシャモシャ食してもモグモグ」

 

「もう食べてますわ、そして話すか食べるかどちらかにしなさいな。」

 

すでにエデルリッゾは敬愛する皇女の注意も聞いていないほどパフェに夢中だ。

 

「で、姫サン?少ししてから停戦を呼びかける演説だっけか?」

 

「ええ、ここでは申せませんが、すでに黒幕が言い逃れできない証拠も押さえてあるとのことです。」

 

「そうか・・・」

 

鞠戸大尉は歯切れの悪い返事をする。

 

「何か問題でも?」

 

「どうも引っ掛かるんだよなぁ・・・イヤな予感がするっつーかな。あぁ、ヤメヤメ!考えてもわかんねぇこと考えてもムダムダ!」

 

鞠戸大尉はそう言って自分の前にあるカツカレー(特大)をかきこみはじめる。

 

彼は大食漢であり、配給品ではまったく足りず、今まで我慢していたのを解放するような

勢いでカツカレーを平らげる。

 

「オバちゃん、もう一杯!!」

 

「あいよ、20キャッシュね。(日本円換算約2000円)」

 

 

 

 そんな会食がなされているころ、本部の面会室前で、伊奈帆が戸を開けようとしては戸惑っていた。

 

デューカリオンでは営倉そのものが急ごしらえで、好きに面会できるという杜撰な管理体制であったが、本部は面会するにも許可が必要、さに専用の面会室で憲兵監視の元、さらに内容も記録するのである。

 

なお、デューカリオンが人手不足かつ管理が甘かっただけで、こちらが本来正しいのは言うまでもない。

 

さておき、伊奈帆はノブに手を伸ばしては引くを繰り返す、まるで今から好きな先輩に告白に行く女生徒のような戸惑いぶりである。

 

「伊奈帆!今どきそんなの女の子でもやんないわよ!!」

 

「伊奈帆くん、ファイト!」

 

伊奈帆に付き添っているのは韻子とニーナ、二人とも蛍と伊奈帆のことが心配でついてきたのである。

 

「・・・ごめん。」

 

伊奈帆は踵を返して韻子とニーナの間を抜けると、韻子とニーナはため息をついて、韻子は伊奈帆の後を追い、ニーナは先に面会室に入る。

 

「よ、クライン。ん?網文達は?」

 

「伊奈帆くんが逃げちゃって、韻子はそっちに行っちゃったの。」

 

「・・・そうか。」

 

蛍はばつが悪そうに目をそらし、その後ろに立っている憲兵が二人に面会の上での規約を告げる。

 

「時間は決められているから、残りの二人は許可を取り直すように。」

 

「へいへい。すまねぇな、クライン。メンドクセーんだよ、本部は。」

 

「あはは・・・なんだか昔の刑事ドラマみたいだね、この面会室。」

 

「うっせ!それより、界塚のヤツ、どうしてる?」

 

蛍は先の、伊奈帆が逃げたというのを気にしてそう尋ねると、ニーナは自分の見たままを話した。

 

「ホラ、デューカリオンで・・・その、あの次の日からずっと、伊奈帆くんの様子おかしかったの。わたしにもわかるくらい落ち込んでたし・・・韻子の話だと蛍くんとケンカしたみたいとか言ってたけど、何があったの?」

 

ニーナの質問に蛍も肩を落として答える。

 

「ケンカなんて大層なもんじゃねぇよ。俺が一方的に界塚のヤツに当たり散らした、ただそんだけだ。」

 

「・・・こっちも重症だね、呼び方も変わっちゃってるし。」

 

「・・・ッ!?も、もともと俺は名字呼びだろ!?」

 

「伊奈帆くんだけ『ナオの字』だったよね?」

 

指摘されて顔を真っ赤にした蛍に、ニーナは続ける。

 

「いじけてる伊奈帆くんも伊奈帆くんだけど、蛍くんだって意地張っても仕方ないでしょ?」

 

「意地張ってるってなんだよそれ!?」

 

「張ってるでしょ?全部自分が悪い、伊奈帆くんはトバっちりに合っただけ!みたいに。そうだったら、伊奈帆くんもあんなに落ち込まないよ。」

 

ニーナがそう言うと、憲兵が無慈悲に面会時間の終了を告げる。

 

「・・・時間だ。」

 

「もう?とにかくね、伊奈帆くんともちゃんと話して。きっと大丈夫だから!」

 

憲兵に連れられて行く蛍の後ろからニーナがそういうと、蛍は背を向けたまま親指を立てて答え、それを見たニーナも面会室を出る。

 

 

 

 一方、面会室から逃げ出した伊奈帆は、途中で鉢合わせたカームと食堂に来ていた。

 

演説の準備を始める時間になってアセイラム皇女とエデルリッゾが離席した後も鞠戸大尉は食事を続けており、伊奈帆とカームも彼に食事を奢ってもらうことになった。

 

「ほら、遠慮すんな。メシ食えば気も晴れるってもんだ!」

 

鞠戸大尉は十品目にあたる特盛チキンステーキを完食してそう言った。

 

伊奈帆は蛍との喧嘩のあとからずっと食が細くなっており、鞠戸大尉とカームは心配している。

 

「なあ、せっかく教官が奢ってくれるってんだから、食わねぇのも悪いぜ?」

 

「・・・うん。」

 

伊奈帆は目の前のパスタにフォークを指して回し始めるが、いつまでも回しているだけでいっこうに食べようとはしない。

 

「重症だな、コイツは。ガキのケンカに親が出るもんじゃねぇけどよ、ここまでとなっちゃ話が別だぜ?」

 

「ケンカなんてものじゃないですよ。僕がずっと、知らず知らずのうちに蛍のこと、バカにしてたのが限界超えちゃっただけです。」

 

「知らず知らずのうちにって、そんなの気にする方がおかしいだろ?じゃあ聞くぜ?何でそう思うんだ?」

 

伊奈帆はそう聞かれるとついライエのことを言いそうになって口をつぐみ、ライエに行きつく話をぼかして語る。

 

「僕が、蛍がずっと秘密にしてたことを、逃げ場がないようにして問い詰めたから・・・みんながみんな、僕じゃないって・・・」

 

これを横で聞いていたカームが伊奈帆の肩を叩きながら、

 

「あのな、ンなの当たり前だろ?そも、み~んなオマエみたいなのだったらこえぇよ。」

 

と、はげます。

 

そしてそんな二人を見る鞠戸大尉は十一皿目の特盛ラーメンをすすって、伊奈帆の悩みに答える。

 

「ま、よかったんじゃね?お前と蛍のヤツ、どうも仲がいいっつうか、お互い嫌われねぇようにって気ィ使いまくってるみてぇだったしよ。」

 

伊奈帆は鞠戸大尉の言を聞いて首をかしげる。

 

「わかってねぇな、さては。いいか?ケンカなんて両方の言い分が正しい、少なくとも本人はそう思ってるから起こるんだ。お前ら見てっと、きっかけはお前の言うとおりなんだろうけど、続いてんのはどうも『悪いのは俺、アイツは悪くねぇ』って、ワケのわかんねぇ理由なんだよな。そんなことなら、目ぇ見て話し合やぁ終わるんだよ。」

 

伊奈帆にとって鞠戸大尉のアドバイスは目から鱗であった、そのような考え方はしたことがないからだ。

 

「それにな、ケンカなんざできるのはガキの特権だ、大人になるとしがらみが多すぎてケンカなんざしてらんねぇんだからよ。」

 

そう言うと鞠戸大尉はスープをどんぶりから直接飲み干し、次に何を頼むか考え始める。

 

「それにしてもよく入りますね。」

 

「新芦原出てここまでガマンしてたんだ、構わねぇだろ?」

 

「教官、フードファイターじゃねぇんですから・・・」

 

三人がそんな話をしていると、食堂のテレビがアセイラム皇女を映す。

 

軌道騎士に停戦を呼びかける演説が始まったのだ。

 

自分の無事、地球連合に保護されていること、ザーツバルム卿とその配下が新芦原事件の黒幕であることを宣言し、その証拠となる影武者の遺した録音データ、ライエのもたらした通信データが流される。

 

「軌道騎士の皆さん、真にヴァースに忠誠を誓うのでしたら即座にこの無意味な戦争を中止し、逆賊、ザーツバルムとその一味を拘束することを命じます!!」

 

アセイラム皇女の演説はこれで締めくくられ、それを食堂で聞いていた鞠戸大尉、伊奈帆は『イヤな予感』が最高潮に高まった。

 

「・・・なあ、界塚弟、俺達、何か見落としてねぇか?」

 

「奇遇ですね、僕も同じことを聞こうかと思ってました。」

 

「ん?何のこった?」

 

理解できていないカームが二人にそう尋ねると、二人は確認するようにしながらカームに説明し始める。

 

「まずね、アセイラム皇女が生きてたってのは向こうにとってはアクシデントでいいよね?」

 

「そりゃそうだろ?じゃなけりゃ、姫さんがこんな演説するわけねぇし。」

 

カームの答えに、今度は鞠戸大尉が続ける。

 

「そこで一つ、気になんのが、ザーツバルムとやらは、これを今、聞いてんだよな?そうじゃなくても、界塚弟の話だと種子島のパイロットは明らかに姫サンが生きてるのを知ってたワケだよな?今まで、何してたんだろうな?」

 

「えっと・・・見つけられなかったとか?」

 

「または、あえて泳がせていた・・・とか、考えられねぇか?」

 

カームが何の気なしに言った言葉で鞠戸大尉、そして伊奈帆は同じ結論に至った。

 

「・・・メシ食ってる場合じゃねぇ!!」

 

鞠戸大尉がそう叫ぶと、伊奈帆を探していた韻子が走ってきた。

 

「見つけた!もう、何やって・・・」

 

韻子が文句を言おうとした瞬間、連合本部を大地震のような振動が襲った。

 

 

 

 アセイラム皇女の演説がなされていたころ、衛星軌道上、ロシア上空に位置していたザーツバルム卿の揚陸城で、いまだに自分の身の振り方を決められないでいたスレインはザーツバルム卿に連れられ、白いカタフラクトの前に立たされていた。

 

「これは・・・」

 

「クルーテオのカタフラクト、『タルシス』だ。好きに使うがよい。」

 

手枷もつけられずにここまで案内されたスレインは、いよいよ答えを出さねばならないと焦燥にかられる。

 

「・・・ここで答えを聞くつもりはない、今、答えるとしたら『ダー』しかないのだからな。そのようなもの、あてにならぬ。」

 

そう言ってザーツバルム卿は格納庫に背を向け、立ち去っていく。

 

「・・・逃げないのですか?」

 

スレインがザーツバルム卿の背に向かってそう尋ねると、悪びれる様子もなくザーツバルム卿は答える。

 

「なぜ逃げねばならぬ?この演説は月基地を経由せねば火星にも、そして他の軌道騎士にも伝わらぬ。そして月基地は余の同士、何の問題もない。むしろ、今までつかめなかった連合本部の位置がわかったのだから、感謝すらしたいほどだ。」

 

目を見開くスレインに、ザーツバルム卿は背を向けたまま続けた。

 

「これより、我が揚陸城を降下させ、地球連合本部を強襲する。こちらとてタダではすまぬだろう。スレインよ、余につくことを期待しておるぞ。」

 

立ち尽くすスレインを残して指揮所に移ったザーツバルム卿は揚陸城全体に激を飛ばした。

 

「これより決戦である!!アルドノアを独占し、火星の民草に塗炭の苦しみを味わわせた者の一人を討ち取る!!そして取り尽くせぬ資源に恵まれたこの星を我が物とし、返す刃で火星の老いぼれた皇帝を討つ!!我が同士達よ、戦無き世界までもうしばらくだ!!降下開始!!目標、地球連合本部!!」

 

この間も皇女の演説はむなしく続いており、終わるのを見計らったかのようなタイミングで揚陸城は連合本部の地上部分を貫き、陸戦部隊を展開したのであった。




書き終わって思いましたが、自警団の『コ~ロ~セ』のくだり、怖いです。


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第十二話 誰かが花束を持つには

 

 ニーナとの面会を終えた蛍は、営倉で手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。

 

することがなければ、とりとめもないことばかり考えてしまう。

 

ライエはこの後どうするのか、伊奈帆達とはどうなるのか、自分の処分はどうなるのか等々。

 

「ッ!バカバカしい!」

 

いらない考えを振り払って蛍は拳で腕立て・・・拳立てふせを始める。

 

伊奈帆とのケンカの日から何も考えたくない時には拳立てふせ、スクワット、腹筋、背筋を繰り返すのが彼のクセとなっていた。

 

デューカリオンでは、はす向かいの独房にいたライエから『暑苦しい』と冗談めかした苦情が来ていたが、今の独房では他の者と離れているため苦情が来ることもない。

 

遠くでは警備がつけているであろうテレビからアセイラム皇女の演説が聞こえてくる。

 

内容こそ聞き取れないが、蛍は『これで戦争は終わる』と、安堵する自分に驚く。

 

「チッ、丸くなったもんだな、俺も。」

 

自嘲気味に笑う彼の脳裏に、知っている者達の今後を考える。

 

「(ナオ・・・っとと、界塚達はやっぱ退役だろうな。)」

 

頭の中でもいちいち言い直す蛍だが、何だかんだあっても一番に考えている。

 

伊奈帆のことは、戦争ごときで足踏みしていていい人材ではないと考え、カームにしても周囲の者達を楽しませる才能をもっと大きな場所で活かすべきだと考えている。

 

ニーナや韻子にしても銃を握るよりも花束を持っている方が似合うだろうと考える。

 

「(オッサンやユキ姉さんに、艦長達は軍人を続けんだろうな・・・)」

 

鞠戸大尉はかつての汚名がそそがれ、いくら出世コースを外れたとはいえ佐官にはなれるだろうし、彼の性格からして『後は任せた』などと他人に言いそうにはない。

 

そして最近はあまり呼ばなくなっていたがユキ姉のことを彼はかつて、『ユキ姉さん』と呼んでいた。

 

心を閉ざしていた彼に本当の姉のように接した、考え方によっては『初恋の人』である。

 

彼女は軍人を続けそうである。

 

なぜなら、鞠戸大尉を慕っているからだ。

 

「(いっそホントにオフクロになってくれても・・・いや、そうしたらアイツが叔父貴か、それはそれでイヤだな。)」

 

と、伊奈帆に知れたら無言で蹴られそうなことを考える蛍。

 

マグバレッジ大佐、不見崎中佐は出世コースを、それも年齢からしてかなりの早足で登っている。

 

彼女達がどのような考えをしているのかは蛍には察することもできない。

 

『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや』

 

蛍ごときでは、マグバレッジ大佐のような人が考えることを理解することはできない。

 

しかし、彼女達は少なくとも蛍が見聞きし、考えることよりも大きな視点を持っているのだから、蛍程度が心配する方がおこがましいのである。

 

「(アリアーシュのヤツはどうすんだろうな・・・)」

 

最後ではあるが、彼が最近、ずっと気にかけているのはライエのことである。

 

地球人と火星人両方の血を引き、ただ父親のために生き、父親こそ全てであった彼女は、彼を失ったときに全てが無に帰した。

 

どちらにもなれず、この戦争が終わったからといってこれまでのことと無関係に生きることはできないだろう。

 

火星に帰れば、いくら罪に問えないとしても皇族に弓を引いた男の娘として、地球に留まれば戦争の引鉄を引いた連中の生き残りとして後ろ指を指される人生が待っている。

 

そんな彼女をどうすればいいかと考え続けているが、彼はいまだに答えが出せないでいた。

 

「(って、何か気付いたらアイツのことばっか考えてね?)」

 

少し前のライエも同じことをしていたのを彼は知らない。

 

彼が思考を中断したとき、ちようどアセイラム皇女の演説も終わり、それを待っていたかのように地球連合本部そのものが大きく揺れ動いた。

 

「地震か!?」

 

背筋をしていた蛍はとっさにベッドの下に転がり込む。

 

警報がけたたましくなり響き、警備兵が片端から営倉の鍵を開けていく。

 

「表へ出ろ!ヴァースの奇襲だ!!」

 

英語であったが、蛍は『ヴァース』や、簡単な部分から今の衝撃がヴァースの攻撃であることを悟るが、営倉を出ようとしない。

 

「っと、聞こえなかったのか?ヴァースの攻撃だ、外へ出ないと危険だ。」

 

日本語で蛍へ警備兵が伝えるが、蛍は首を横に振る。

 

「出ても、行き場なんてないっすよ。ここ、ロシアっしょ?外へ出れば凍死するのがオチ、隠れてても連中が勝てばどこでも同じこと。でも、ここなら意図的に壊さないかぎり壊せない。なら、出ないのが正解ってことっす。」

 

「・・・ったく、勝手にしろ。」

 

英語で吐き捨てる警備兵だが、蛍は何となく意味を理解する。

 

しかし、彼にとってそれはどうでもいいことであった。

 

自分の身の振り方に、何も感じないのだ。

 

生き死にすらどうでもいいとさえ考えてしまっている彼は、営倉が安全かどうかなど関係がないのである。

 

口からでまかせを言ったのが偶然、正しかったのだがそれだけなのだ。

 

「(・・・そういや、みんなはどうしてんだろうな?)」

 

とりあえずあらためてベッドの下に転がり込んだ蛍はふと、そんなことを考える。

 

「(って、考えてもしかた・・・)うおっ!?」

 

ガチンと、営倉の壁からカタフラクトの指が突き出てきて、壁をつかむと力付くで引き剥がす。

 

「アレイオン!?どうして地球のKATが!?」

 

『あら、案外元気そうじゃない、蛍。』

 

アレイオンの拡声器から聞こえてきたのは蛍とここ最近ずっと話していた声であった。

 

「アリアーシュ!?どうして!?お前、戦う必要なんざ・・・」

 

『あのねぇ、あたし、ザーツバルムにとってはアキレス腱になる情報源で、その上生かしておけない裏切り者なのよ?火星に勝たれたらあたし、まず殺されるの!』

 

「・・・だったら、一緒に逃げねえか?このまま連合に残ってもどうなるかわかんねぇだろ?」

 

こう言った蛍に、少し間を置いてライエは答えた。

 

『あのさ、わかってる?そんなことしたらあたしは国際指名手配、あんたは脱走兵、生活のアテ、あるの?』

 

こう言われて蛍は言葉につまり、ライエは畳み掛けるように続ける。

 

『まず、食べるものは?服だっていつまでも着のみ着のままってわけにはいかないわ。最低でも雨風しのげる場所もいるわよ?病気したら?もし仮にあんたと・・・そういうことして、妊娠したら?』

 

当然のように蛍は答えられない。

 

もし何の知識もなければ、考え無しに某小説のように孤島で20年以上を過ごした青年を持ち出すだろう。

 

しかし蛍はサバイバルに関して心得がある。

 

だからこそ、衣食住をまかなうのすら限界があるのを知っているのだ。

 

某小説の青年は実在人物がモデルだが、その人物は四年ほど、それもかなりの幸運に恵まれた結果である。

 

そして一人ならばまだしも、ライエと一緒となれば医者が必要な二つ、特に最後の一つは彼ではどうしようもない。

 

薬草などそう簡単に手に入らないだろうし、あっても効果などたかが知れている。

 

そして妊娠出産に至っては完全にお手上げである。

 

『この際だから言わせてもらうけど・・・あたし、あんたのこと、大っ嫌い。』

 

呆然とする蛍にライエは辛辣な言葉を浴びせ続ける。

 

『勝手に人を同類扱いして、かと思ったら適当に優しくしたりして、何なの?『他人を憐れむ俺カッケー』とか思いたいわけ?はっきり言うけどよけいに嫌いになったわよ、バカ!!』

 

蛍は言い返そうとするが言葉に詰まる。

 

ライエの言うとおり、蛍は自分のことしか考えていないと言われてもしかたないのだ、なぜなら、『その行為に自分が存在しない』のだから。

 

乞食に金を恵んで自分を素晴らしい人間だと思い込みたい金持ちの考えに近い。

 

自分勝手な『善意』を投げ入れ、根本の問題には目も向けないで自分に酔いしれる。

 

地獄への道は善意で舗装されているとはよく言ったものだ。

 

『逃げたいなら一人でお願いね。隠れてブルブル震えるのも一人でどうぞ。あたしは行くから、ついてこないでね。』

 

ライエはそう言ってアレイオンを反転させて離れていく。

 

それを見送る蛍はスッと立ちあがり、ライエが破った方の壁から、瓦礫を足場にして下へと降りて、ここへ護送されるまでの記憶を頼りに格納庫目指して走っていく。

 

彼としては、ライエも韻子やニーナと共に花束を持っていてほしい相手である。

 

そして、誰かに花束を持っていてもらうためには誰かが銃を取らなければならないのである。

 

 

 

 一方、蛍の独房を破って彼に背を向けたライエはデューカリオンから入った通信で、ザーツバルム揚陸城に突入し、アセイラム皇女を中枢まで連れていき、ザーツバルム揚陸城のアルドノア・ドライブを停止させるという作戦を聞き、デューカリオンが停泊しているドックへ向かっていた。

 

「(ちょっときつく言いすぎたかしら?)」

 

ライエはそんなことを考えながらアレイオンを操縦しているうちにドックに到着した。

 

アセイラム皇女の乗っているハンヴィーにロケットランチャーを向けていた火星の兵士をアレイオンのアサルトライフルで掃射して守り、

 

『援護するわ。』

 

と、短く伝えたその時、ヴァースの兵士が背後からライエのアレイオンの、足のつけ根をロケットランチャーで狙っていた。

 

カタフラクトの一番の敵は歩兵である。

 

死角や物陰にひそみ、十分な装備を持った歩兵ならばカタフラクトの急所である、動かすために装甲化しにくい足の付け根関節部を狙えるからだ。

 

ハンヴィーを運転するエデルリッゾがバックミラーでアレイオンを狙う兵士に気付き、

 

「後ろ!!」

 

と叫ぶがそもそものところ、アレイオンからは完全に死角でどうすることもできない。

 

しかし、その兵士がロケットランチャーを撃つことはなかった。

 

周囲の兵士がサブマシンガンで横から蜂の巣にされ、偶然にも被害を免れたロケットランチャーの兵士は撃つ前にバイクではね飛ばされた。

 

「アリアーシュ、後ろにも目ぇつけとけよ!」

 

この声にライエは驚きを隠せなかった。

 

『蛍!?あんた、何で!?』

 

「オメェ、言いっぱで行っちまったからよ、俺も言いそびれちまってな。」

 

話しながらもライエ、蛍は手を止めず、自分達を狙うヴァースの陸戦部隊を排除していく。

 

蛍の装備はバイクに、アサルトライフル並の威力を持つサブマシンガン『P-90』に、単発式グレネードランチャー『M79』である。

 

装甲になりうるものが無い蛍は、ハンヴィーとアレイオンをアサルトライフルによる銃撃の盾にしながら、ロケットランチャーを構え、なおかつアレイオンの死角にいる者を、遠ければグレネードランチャーで近ければサブマシンガンで始末していく。

 

「オメェ、俺のこと大っ嫌いっつったよな?」

 

『ええ、嫌いも嫌い、大っキライよ。』

 

「安心しな、俺もな・・・オメェのこと、大っキライだからよ!」

 

蛍の言葉にライエは呆気に取られる。

 

「何が同類だ、ファザコン女!いい歳してキメェっての!」

 

アレイオンの中で、蛍の宣言を聞いたライエは呆気に取られ、そして笑い始めた。

 

『フフッ、何を言い出すかと思えば・・・安心して、あたしはアンタの三倍キライよ!!この筋肉ダルマ!!!』

 

「うっせ!乳女!!俺はその三倍嫌いだ、バーカ!」

 

なお、このケンカはライエも拡声器で行っているため、連合、ヴァース問わず丸聞こえで、ヴァース側に至っては『罠じゃないか?』と警戒して隠れてしまっているレベルだ。

 

『そこの二人、そういうのは後ほどお願いします。それよりも敵の弾幕が薄くなっています、チャンスです。』

 

通信でマグバレッジ大佐が二人を仲裁し、ハンヴィーの屋根に上がったアセイラム皇女がデューカリオンに跳び移ると、デューカリオンは浮上し、連合基地から飛び立った。

 

これを見たヴァースの兵士は今さらながらにハンヴィーを攻撃し始める。

 

あまりの集中砲火に、ライエと蛍もカバーしきれない。

 

「オイ、チビ!こっち移れ!!」

 

「え?え!?」

 

ベタッと横付けした蛍がハンヴィーの扉を開き、エデルリッゾは言われるまま蛍に飛びついてハンヴィーを乗り捨てると、運転者を失ったハンヴィーはヴァース陸戦部隊の一隊に突っ込んでいき、半包囲に穴が開く。

 

『蛍、こっちはアレイオンで揚陸城まで行くけど、そっちは?』

 

「このチビを逃がしてから向かう。」

 

短く言葉を交わして二手に別れ、蛍は連合本部をバイクで駆け抜ける。

 

「なぁ、チビ。」

 

「な、なんですか?」

 

走りながら蛍はエデルリッゾに声をかける。

 

「この前、悪かったな、怖ぇ思いさせて、歯ぁ折っちまってよ。」

 

「・・・エデルリッゾ。」

 

エデルリッゾは蛍の謝罪に呟くように自分の名前を言った。

 

「ん?」

 

「エデルリッゾの名前、チビじゃないのです。ちゃんと名前で呼んだら、許してやらないこともないのです!」

 

そう言ったエデルリッゾに、蛍は小さく吹き出す。

 

「そぉかよ、マセたガキだな。わかったよ、悪かったな、エデルリッゾ。」

 

「はい!ただ、姫さまにもちゃんと謝ってくださいよ。」

 

「へいへい。」

 

蛍は前に敵がいる時はサブマシンガンで、後ろから来る敵にはグレネードで応戦し、強行突破して、敵の見えない場所に来るとエデルリッゾが口を開く。

 

「ここでいいです。」

 

蛍は民間人避難区画まで連れていこうと思っていたが、エデルリッゾにそう言われてとりあえずバイクを止める。

 

「ここって、まだ避難区画じゃねぇぞ?」

 

「エデルリッゾなら体が小さいから、隠れようと思えば隠れられます。それより、姫さまを!」

 

順当に考えれば、蛍一人いてもいなくても戦局そのものに影響はない。

 

だがそれでも、エデルリッゾは敬愛するアセイラム皇女のため、一人でも多い人に皇女を守ってほしいのだ。

 

「・・・わかった、大して力になれねぇが、行ってくるぜ。」

 

そう言ってバイクを出した蛍を見送ると、エデルリッゾは近くの更衣室のハーフロッカーに隠れた。

 

子供ならばまだしも、大人が入るものではないため、盲点となる隠れ場所だ。

 

 

 

 その頃ライエは、連合本部のカタフラクトでも通ることのできる場所を選んで上層を目指していた。

 

途中、黒い無人機らしいカタフラクトと交戦したが、何があったのか急に引き上げ、以降は大した妨害もなく上に向かっている。

 

そんな中、ライエは蛍のことを考えていた。

 

『大っキライ』と言ったのは間違いなく思ったことを口にしたのであるが、同時に蛍の身を案じてのことでもあった。

 

ここ数日、共に過ごした彼女から見て蛍は、戦いに出れば死にそうなほど腑抜けていた。

 

こともあろうに後先考えず逃げる提案をするほど判断力が落ちていた彼ではいつ死んでもおかしくないと考えて、あえて辛辣な物言いをしたというのもある。

 

そしてそんな考えと矛盾する、『助けに来てほしい』という感情も持っていた。

 

「(あたしもずいぶん自分勝手ね・・・突き放しといて、いざとなったら来てほしいなんて。)」

 

ライエはアレイオンの足元を警戒しながら上層を目刺し続け、とうとう揚陸城に到着した。

 

ライエの目的は陽動である。

 

ヴァース帝国のカタフラクトはいわゆる『大将騎』であり、地球連合のカタフラクトのように量産した『戦車等の延長』ではないため、一般の兵士は対カタフラクト兵器、たとえば携行式ミサイルやロケットランチャー等くらいしか揚陸城内では使うことができない。

 

伊奈帆の立てたアルドノア停止作戦は極端な話、ライエか蛍がアルドノア・ドライブを物理的に破壊しても構わないのだから、すでに上空から強行降下して、天井方面から向かう伊奈帆達ばかりにヴァースは気を取られているわけにはいかないのである。

 

結果、ザーツバルム操るディオスクリアは伊奈帆の方に向い、陸戦部隊がライエの方に群がっているのだ。

 

「(これだけ多いとさすがに荷が重いわね。蛍はあんまりアテにできないし、弱ったわ・・・)」

 

生身の蛍では当然だが、単純に数が多い敵と渡り合うのには向かない。

 

そうなると当然、彼も自分がやるべきことはわかっているはずなのだ。

 

通風口等を通って中枢を目指しているであろう彼の援護など期待してはいけないのだ。

 

「!?下がれ!!どなたかはわからぬが救援だ!!」

 

ヴァースの兵士達が急に下がり始めた。

 

彼らの背後から一機のカタフラクトがかけつけたのだ。

 

白を基調にし、カモメが翼を開いたような、大きく横に張り出した肩部から覗く砲口が特徴的なカタフラクトは、ライエのアレイオンの前に降り立つ。

 

このカタフラクトに乗っているのはスレイン・トロイヤードである。

 

 

 

 彼はザーツバルム卿にタルシスを渡された後、最初は地球連合の保護を求め、アセイラム皇女にザーツバルム卿のことを伝えようとしたのだ。

 

しかし地球連合の兵士に銃を向けられ、ヴァースの兵士に助けられたことにより自分でも地球人なのか火星人なのかわからなくなったのである。

 

そこでスレインはまず、どちらだとしてもアセイラム皇女を守ろうと考えてタルシスに乗り込んだ。

 

ザーツバルムが語った『戦争を根絶する』という話は机上の空論にしか思えなかったスレインだが、それに乗ってみたいと思わせる魅力をザーツバルムは備えていた。

 

しかし同時に、そこにアセイラム皇女がいてもいいと考えている。

 

たとえ、『皇女』でなくなったとしても。

 

「タルシス!って・・・コレ、アルドノア停止しているじゃありませんか!?」

 

タルシスは完全に機能を停止していた。

 

元はクルーテオ卿の機体であるタルシスは、彼の死によってアルドノア・ドライブが停止し、ザーツバルム卿も起動させていなかったのである。

 

ザーツバルム卿が起動するのを忘れていたのか?否、わかった上で起動していなかったのだ。

 

スレインがザーツバルム卿の考えに反対すれば当然、タルシスに乗り込み妨害を企図するだろうし、逆に共感して戦列に加わるとすれば即座に馳せ参じることは明白である。

 

しかし前者であればザーツバルム卿自身が彼を手にかけねばならず、後者であれば何の訓練も無しに戦場へ出るという自殺行為をさせることになる。

 

そのため、ザーツバルム卿はスレインが、タルシスの中に隠れていられるよう、タルシスに乗り込むよう促したのだ。

 

「やられた・・・お願いします、動いて!!」

 

スレインは無駄と思いつつもタルシスを起動させようとしていたが、不意にアルドノア・ドライブの起動音がするとコクピット内の計器類が動き始めた。

 

「・・・どうして!?」

 

アルドノア・ドライブの起動権は、皇帝の臣下達に『貸与』されるのだが、その方法は小さく傷をつけた皇帝の手の甲から血液を摂取する方法で行われる。

 

スレインは当然、そのようなことをしていないが、かつて父とヴァースへ密航した際、彼が乗っていたシャトルのカプセルが破損し、幼いアセイラム皇女が水浴びをしていた沐浴場へ墜落した。

 

瀕死のところをアセイラム皇女によって救命処置が取られ、口を切っていたアセイラム皇女の血液を摂取していたのである。

 

まさかの幸運でタルシスを起動させたスレインは、ディオスクリアを探してタルシスが保管されていたドックを出て、ライエ操るアレイオンと鉢合わせたのだ。

 

 

 

「ザーツバルム?乗ってるのは?」

 

ライエはタルシスに乗っているのがザーツバルム卿だと考えてそう尋ねるが、拡声器で返って来たのは当然、スレインの声である。

 

『違います、僕は今、彼の所へ向かう途中なのです。出来れば、無用な戦闘は避けたいのですが・・・』

 

明らかに若い男の声であることからライエは、間違いなくザーツバルム卿でないと考え、

 

「アンタ、もしかして地球人?あっちのカタフラクト、上手く盗んだものね。」

 

と、尋ねるがスレインはそれに返答しない。

 

彼は当然、『地球人です!』と、即答しようとした、しかしその言葉が出なかったのだ。

 

「・・・なるほど、ね!!」

 

返答がないことからタルシスが、『ザーツバルムの元へ援護に向かおうとしている』と受け取ったライエはすかさずタルシスにアサルトライフルの75㎜弾を撃つが、タルシスは明らかにライエが銃を向けるより早く、より正確に言えば人間の反射の限界より早く身をかわした。

 

ライエがいるのは、外、奥へ向かう通路、タルシスが来た通路の三本が交わるT字路で、タルシスは易々とアレイオンをかわして奥へ向かってしまう。

 

とっさにそれを追ったライエは、背後に歩兵がいるのを失念していた。

 

ロックオンアラートが鳴り、振り向こうとするがすでに対処できるタイミングではなく、どうにかアレイオンのカメラによってアラートの原因であるミサイルランチャーを構えた兵士の一人が拡大されるのを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 ライエを振り切ったスレインは、タルシスのマップを頼りにディオスクリアを探していた。

 

「いた!!」

 

中枢部も近くなってきたところ、スレインはアレイオンと交戦するディオスクリアを発見した。

 

しかしディオスクリアはすでに大破しており、上から押さえ込むようにアサルトライフルを向けるオレンジ色のカタフラクトに対しスレインはとっさに銃撃を加える。

 

『スレインか!?どうやってそれを起動させた!?』

 

ディオスクリアからザーツバルム卿の通信が入る。

 

「わかりませんが、今はあまり重要でもないことでしょう、ここはお退きください!!」

 

スレインはそう答え、カバーに入ったオレンジ色のカタフラクト、スレイプニールを追う。

 

 

 

 スレイプニールに乗る伊奈帆は見覚えのない白いカタフラクト、タルシスを見て即座に戦術データリンクシステムから交戦記録がないかを調べる。

 

「・・・あった。この機体、交戦した後こっちに向かってる。」

 

伊奈帆はタルシスと交戦した機体に通信を入れる。

 

『はい、こちら国際指名手配一歩手前。』

 

「ライエさん?」

 

『アンタ・・・今、忙しいんだけど?』

 

その機体のパイロットはライエであった。

 

先の歩兵達をどう切り抜けたかは後述する。

 

「今、一人?」

 

『デートのお誘いなら残念ね、連れがいるわ。』

 

「その連れ、もしかして蛍?」

 

『・・・さぁ?その辺で拾った兵隊だから名前、知らないわ。』

 

ライエの返答には奇妙な間があった。

 

「そう。とにかく今、そっちで交戦した白いのと戦ってる。」

 

『援護ね?すぐに向かうわ。』

 

「いや、こっちはダメ。まず・・・」

 

伊奈帆はライエの交戦記録・・・間違いなくライエの行動より早く動いていること、そしてパイロットが間違いなく場慣れしていないことからタルシスがある程度先のことを予測できるが、パイロットが未熟であるため攻撃を避けるのに使うのが精々であると結論付けた。

 

もし、ある程度習熟したパイロットならばライエの機体も破壊されていただろうし、スレイプニールも被弾していたはずなのだから。

 

伊奈帆はタルシスを撃って足止めしながらライエに行き先を伝え、自分もそこへ向かう。

 

狭いことも幸いし、タルシスは伊奈帆の銃撃の度に陰に隠れてるため、今、伊奈帆としてはされたくない行動を防げている。

 

スレイプニールもディオスクリアとの戦いで機関出力が低下し、片腕を失っているため、万一被弾覚悟で距離を詰められて白兵戦に持ち込まれれば勝ち目がないのだ。

 

「・・・ということ。お願いできる?」

 

『ええ、わかったわ。』

 

「それと・・・その辺で拾った兵隊さんに。この前は・・・ゴメン。」

 

そう言って伊奈帆は通信を終えた。

 

ライエのアレイオンは複座式で、二人乗りする場合は後部席が火器、通信を担当する。

 

ライエは前席で操縦している兵士に今の通信について話す。

 

「・・・だそうだけど、何も言わなくて良かったの?」

 

「うっせ、ほっとけ。」

 

操縦している兵士、蛍がライエにそう答える。

 

 

 

 先ほど、ヴァースの歩兵にミサイルを向けられた時、ミサイルが発射される直前、横倒しになったバイクが彼らに向かって突っ込んでくると即座に爆発し、ライエの危機を救ったのだ。

 

残った兵士を軽機関銃でなぎ倒す、某元グリーンベレーのような影をライエが凝視すると、それは蛍だったのである。

 

彼はエデルリッゾと別れた後、武器庫で弾薬を補給するついでに、念のためとC4、そして軽機関銃を持って来ていたのだ。

 

最初はライエのアレイオンに追いついた時に、歩兵に四苦八苦しているのを見てすぐに軽機関銃を組み立てたのだが、タルシスの乱入、そしてそれを不用意に追うライエのアレイオンにミサイルを向ける歩兵を見て、とっさにC4をバイクに乗せて衝撃信管を差し、アクセルを全開にしてヴァースの歩兵隊に突っ込ませたのだ。

 

一歩間違えれば自爆する可能性も多々あったが、蛍はそのようなことを考えるより早く動いていたのである。

 

そして運良く、歩兵隊に突っ込んでから爆発し、残兵を軽機関銃で掃討したのである。

 

『蛍!?どうしてついてきたの!?てっきりダクトとかから忍び込んでると思ってたのに・・・』

 

「ムチャ言うなよ!中がどうなってんのかわかんねぇってのによ!」

 

ライエは蛍が潜入ルートを探してそちらから忍び込むとばかり考えていたが、蛍に言われて揚陸城の中がどうなってるのかわからないことを思い出す。

 

アレイオンならばデータリンクで外面図、友軍の通った通路、そして自分の通った通路を重ねた地図を見れば良いが、蛍はそのための装備を持ち合わせていなかったのだ。

 

ライエは『それもそうね』と納得し、蛍をアレイオンに乗せ、キチンとした訓練を受けている蛍に操縦をまかせ、逆に訓練してもひどいレベルの射撃を補うためにライエが火器、そして通信を担い、タルシスを追っていたところで伊奈帆から通信が入ったのだ。

 

 蛍は伊奈帆の通信に、手振りで『いないことにしろ』とライエに伝えたので、ライエは伊奈帆に『その辺で拾った兵隊』と答えたのである。

 

「いつまで意地はってるつもり?」

 

「はってねぇよ、ただ、あいつが先に謝ったのが気にくわねぇだけだ。」

 

「普通逆だと思うけど、それを意地はってるって言うのよ。」

 

二人はそんな話をしながら、伊奈帆に指示された場所の近くでアレイオンを隠し、指示通りの場所に爆薬を仕掛けると、合図役のライエ、起爆役の蛍に別れてそれぞれ配置につく。

 

「来たわ!準備して!!」

 

ライエは伊奈帆のスレイプニールを見て蛍にそう伝えると、蛍は起爆装置を強く握っていつでも爆破できるようにする。

 

蛍が持っていたC4爆薬は残りわずかで、これを直接カタフラクトに仕掛けたとしても破壊するには至らず、地雷のように使ったとしても大したことはない。

 

しかし、伊奈帆の考えでは蛍が持っている分で十分であったのだ。

 

元はアレイオンの銃撃によって行うはずだったが、ライエを経由して蛍がC4を持っているのを知り、確実性の高いそちらに切り替えたのである。

 

スレイプニールに乗る伊奈帆はタルシスを銃撃で足止めしながらライエと蛍が待つ通路にたどり着くと、スレイプニールのスラスターを吹かして一気に距離を取ろうとした。

 

しかし中破しているスレイプニールでは当然、タルシスをまくことなどできず、タルシスはそれを全力で追って、距離がぐんぐん縮められていく。

 

「ライエさん、今。」

 

伊奈帆はライエに短く伝えると、スレイプニールのスラスターを分離した。

 

全力でスレイプニールを追っていたタルシスは未来予測能力をもってしても避けられるタイミングではなく、スラスターに正面衝突して通路を滑っていく。

 

「この・・・卑怯な!」

 

タルシスの中でそう呟いたスレインにタルシスの未来予測が次に起こること、そしてそれは回避不能であることを伝えた。

 

「そ、そんな!?」

 

タルシスがスラスターに衝突した瞬間に蛍はC4を起爆したのだ。

 

爆発したC4は揚陸城の隔壁を固定する昇降装置を破壊し、榴弾の直撃すら防ぎきる重く頑丈な隔壁がギロチンのように落ちてきた。

 

タルシスの上に。

 

グシャッとタルシスは隔壁に潰され、胴と足が泣別れすることとなった。

 

蛍とライエがいるのはタルシスとスレイプニールが来た側で、上半身側がどうなっているかはわからない。

 

そんな状況で揚陸城のライトが全て消え、非常灯だけが通路を照らす。

 

ウミネコ(白いカタフラクト)沈黙、揚陸城アルドノア停止、作戦完了。僕はセラムさんを迎えに行くから、ライエさんはデューカリオンに向かって。』

 

「デューカリオンに?」

 

『降下する時に攻撃を受けてね。いくら向こうがカタフラクトを使えなくなったと言っても、通常兵器は別だから守る人が必要だよ。』

 

「ええ、わかったわ。」

 

伊奈帆はあえて、通信を横で聞いている『その辺で拾った兵隊』には一言も指示を出さずに通信を終えた。

 

彼に判断を委ねているのだ。

 

「デューカリオンに戻るなら、一緒に来る?」

 

「・・・いや、ナオのヤツ一人じゃ姫さんのエスコート、厳しいだろ?向こうに行くよ。」

 

「そう・・・それなら少し待って。」

 

ライエはアレイオンに一度乗り込むと、GPSを外して蛍へ渡した。

 

「デューカリオンへの道は今覚えたからこれはアンタが使って。」

 

「・・・ありがとよ。」

 

蛍はライエに小さく礼を言って近くのダクトに入る。

 

 

 

 アセイラム皇女の護衛をしようなどというのは蛍にとって口実にすぎない。

 

本音は伊奈帆に早く会いたかったのだ。

 

会って謝って、元通りとはいかなくとも仲直りしようと、彼は暗いダクトを通り、隔壁の反対側に降りた。

 

遠くでタルシスの残骸が転がっているのを一瞥して蛍は伊奈帆がいる揚陸城の動力中枢へ向かった。

 

しかし蛍はこの時、気づかなかった。

 

タルシスのコクピットは偶然にも隔壁から外れていたことと、そのコクピットが開いており、中が無人であったことに。

 

暗い通路を蛍は、自分の目だけを頼りに進む。

 

マップも必要なとき以外はつけていない。

 

ライトをつけたり、GPSのモニターが放つ光をめがけて撃たれてはたまったものではないため、そうしているのだ。

 

「お、ここか?」

 

あたりは静かだが、GPSが示す部屋の中には伊奈帆、そしてアセイラム皇女がいるという光点が描かれており、足音も聞こえる。

 

蛍は伊奈帆に会ったとき、変な顔をしないように深呼吸して動力中枢に入った。

 

そこには四人の人影があった。

 

頭から血を流して倒れる伊奈帆、その近くで倒れ、生死のわからぬアセイラム皇女、そして部屋の片隅で壁を背にして座り込むヴァースの軍服を着た男と、その前にひざまずく男。

 

ひざまずいている男の手には銃が握られている。

 

それを見た蛍は、我を忘れて銃を持つ男に飛びかかった。




タイトルの銃と花束の意味、ここで乗せてみました。

元ネタ、某特撮の、かつてのヒーローが弟子である現在のヒーロー(主人公)に向けたセリフです。

『男が女の子と一緒にままごとやってたら誰が外に出て戦うというのだ!?』

引用はまずいと思いますので大体こんな感じだったと。

個人的にはその特撮、シリーズで一番好きなのですが、評判は歴代であまりよくないらしいのが悲しいです。


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第十三話 戦いすんで一年後

 約半年も放置して大変申し訳ありませんでした。
今回で前半クール最後になります。


 蛍がザーツバルム揚陸城の動力中枢に到着する少し前、複数発の銃声が中枢に響いた。

 

揚陸城のアルドノア・ドライブを停止させたアセイラム皇女を一発の凶弾が襲い、それを放った男、ザーツバルム卿を二発の銃弾が同時に射抜いた。

 

一発はザーツバルム卿の銃を撃ち落とし、もう一発は腕を貫通する。

 

その場に立っているのは二人の少年、一人は伊奈帆、もう一人は・・・

 

「キミが・・・コウモリ?」

 

「姫さまを返してもらえますか、オレンジ色?」

 

スレインだ。

 

「それは出来ない。」

 

「そうでしょう・・・ね!!」

 

二人は手に持った銃を同時に放った。

 

蛍であれば射線を避けるといったこともできたであろうが伊奈帆にそれはできず、スレインが放った銃弾が左目に直撃する。

 

一方、伊奈帆が放った銃弾はスレインの銃を撃ち落としただけにとどまった。

 

先のザーツバルム卿を撃った銃弾も、銃を叩き落とした方が伊奈帆の銃弾だったのだ。

 

彼はスレインがザーツバルム卿の部下でなく、別の目的でアセイラム皇女の引き渡しを求めた可能性を考えたのだ。

 

アセイラム皇女は妙に地球のことに通じており、以前誰から地球のことを教わったのか聞いたことがあった。

 

その時、地球から密入国した父子の、子供が皇女と同年代で、彼から地球のことを教わったと聞いたのである。

 

その少年がスレインかもしれないと考え、銃を撃ち落として話を聞こうと考えたのだがスレインは伊奈帆が、アセイラム皇女を人質にして火星との和平で有利な条件をつけようとした地球側の政治家が監視につけていると思い込んでいるため、問答無用で頭を撃ったのだ。

 

倒れる伊奈帆からザーツバルム卿に視線を移し、取り落とした銃を拾ってスレインはザーツバルム卿の目の前にひざまずく。

 

「・・・どうした?あの一発は余の造る世界に対する反逆ではなかったのか?」

 

「戦無き世界、確かに素晴らしいものと考えます。ですが、あなた亡き後はどうなさるおつもりなのですか?」

 

「・・・なるほど、うぬを世継ぎにせよと申すか?」

 

これにスレインは首を横に振る。

 

「志をお継ぎするのは姫さまです。」

 

「何?正気か!?」

 

「姫さまも平和を望んでおられるのです。手段こそ違っても、ザーツバルム卿と志を同じくする方なのです。協力いただけるでしょう!」

 

「・・・No(ニエット)と言ったらどうする?」

 

ザーツバルム卿がそう言うとスレインはザーツバルム卿の眉間に銃口を向けた。

 

「その時は僕が、姫さまと共に志をお継ぎいたします。侯爵閣下は僕に皇女を託し、名誉の戦死を遂げたといったところでどうでしょう?」

 

「そうか、しかし今、余がYes(ダー)と答えてもあてにはならぬぞ?」

 

「僕は侯爵閣下が命より名誉を重んずる方だと考えております、無用な心配ですよ。」

 

「フッ・・・言うではないか。しかし、皇女をどうやって説得する?」

 

「それは・・・」

 

スレインが言葉に詰まるとザーツバルム卿は笑いながら答える。

 

「詰めが甘いな。まぁよい、合格だ。そこまで答えよというのは難しかろう。」

 

「では!」

 

「ああ、Yesだ。そなたの案に乗ろう。子細は後に詰めればよい、まずはここより出でねば・・・」

 

そこまでザーツバルム卿が言った瞬間、目の前からスレインの姿が消えた。

 

大きな影がスレインにぶつかり、彼は吹き飛ばされたのだ。

 

「この火星人・・・俺の親友(ダチ)に何してくれやがったんだゴラァ!!!」

 

大きな影・・・蛍の怒りに任せた蹴りを食らったスレインは床を6メートル強転がり、蹴られた腕を押さえる。

 

蛍が冷静さを失って力任せに放ったいわゆるサッカーボールキックはスピードが遅く、スレインもとっさに腕を盾にして頭を守ったが、それでも腕は感覚がなくなり、腕越しであったのに親知らずが折れている。

 

「ま、待ってくだ・・・あ!?」

 

スレインは蛍に片手で銃を向けるが、蛍はためらいなくスレインの右手を蹴り抜き、スレインの手首は骨にヒビが入り、銃もあさっての方に飛んでいく。

 

「ぶっ殺す!!」

 

蛍の前蹴りがスレインのみぞおちに入り、膝をつくスレインの顔が蹴りあげられ、あお向けに倒れたスレインの上に蛍はまたがり、膝でスレインが逃げられないように捕まえて拳を振り上げた瞬間、

 

『パンッ!』

 

と、乾いた音が響き、蛍が振り上げた拳が力無く下がる。

 

蛍は痛みを感じていないが、撃たれたのだ。

 

銃声がした方を見ると、撃たれた腕の応急措置をしたザーツバルム卿がアセイラム皇女を肩に担ぎ、撃たれなかった方の手で銃を撃ったのだ。

 

利き手と逆であったためヘッドショットされなかったのが蛍にとって幸運であった。

 

「地球人、その男から離れろ!」

 

「フウウウゥゥゥゥ・・・」

 

蛍は野獣のようにザーツバルム卿を睨む。

 

その眼光は銃を持っていようと構わずザーツバルム卿に襲いかからんとしている。

 

「損得勘定もできぬ物狂いでもあるまい!今、貴様がすべきことは何だ!?友を捨て置き我等を手にかけることか!?それとも友の命を救うことか!?」

 

そう言われた蛍はザーツバルム卿から目を離さず、記憶を頼りに伊奈帆の方へ近づいていく。

 

「スレインよ、立つのだ。余は今、手が塞がっておる。自分の足でついてこれぬとあれば、皇女の命を保証できぬぞ。」

 

スレインはKOされたボクサーが立ったばかりのように千鳥足でザーツバルム卿の元へ歩み寄っていき、ザーツバルム卿は蛍へ銃を向けたまま中枢を出て、一息ついた。

 

「危なかった。」

 

「・・・ザーフハルフこう()どふひへ、しょめひほ(どうして、助命を)?」

 

「あやつのことならば、一発で仕留めねばたとえ致命傷を負っても余を道連れにしたであろうからな。万に一つであっても仲間が助かる可能性を示唆してやれば交渉できると踏んだ。

 

 うぬと皇女のことであれば、約したであろう?違えはせぬ。」

 

ザーツバルム卿は、端から聞いていれば何を言っているかわからないスレインの言葉を聞き取り答える。

 

以後、二人は特に会話を交わさず、暗い通路へと消えていった。

 

 

 

 一方、ザーツバルム卿とスレインを見送った蛍は今になってザーツバルム卿に担がれたと気づいた。

 

伊奈帆は頭を撃たれており、生きているようには見えない。

 

「・・・すまねぇ、こんなことならせめて、敵でも討ってやるべきだった・・・」

 

蛍はせめて、伊奈帆の亡骸を持ち帰ろうと、彼の下に手を差し込んだときに伊奈帆の口から音がもれる。

 

「・・・ほ・・・たる・・・」

 

「・・・ナオ!?生きてんのか!?」

 

蛍は最初、『肺の中の空気が漏れた音』かと思ったが、伊奈帆が何かを探すように宙を探り、その手を蛍はつかんで呼びかける。

 

「少し我慢しろ、すぐ艦まで連れてくから!」

 

蛍は撃たれた伊奈帆の応急手当を片手で行い、残った物で自分の止血をすると伊奈帆を背負って中枢を出た。

 

灯りは一切ない通路を、来たときの記憶を頼りに引き返していく蛍の背中で、伊奈帆はうわ言をつぶやき続ける。

 

「ほたる・・・ごめん・・・」

 

「何でお前が謝るんだよ、あの時は俺がバカみてぇに八つ当たりしただけじゃねぇかよ。」

 

伊奈帆はただ、壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返すだけで、会話は成立しないが、蛍にとってはそれだけでも希望となった。

 

話している以上はまだ生きていると、彼に伝えているのだから、会話が成立しなくとも立って歩くことができるのだ。

 

「(やべぇ・・・ジワジワ痛くなってきた・・・)」

 

先ほどはアドレナリンが出ていたから痛みを感じていなかったが、それが抜けてきたせいで痛みを感じ始めたのだ。

 

「(頼むよ、艦まででいい、もってくれよ。ナオだけでも助かれば、それでいい・・・)」

 

蛍の傷は開き、血が流れ始めている。

 

治療キットのほとんどを伊奈帆につかったため、自分の手当てはまったくもって不十分なのだ。

 

 

 

「・・・しまった、忘れてた・・・」

 

蛍はカタフラクトの上半身が転がる通路で足止めを食らう。

 

先ほど、タルシスを破壊するときに隔壁を落とした通路だ。

 

この通路が外への最短距離で、なおかつ他の通路は交戦記録からヴァース帝国兵が某地球外生命体のように闊歩している可能性が高いため来た道を戻っていたが、その途上で隔壁を落としたことを忘れていたのだ。

 

通風口があるが、本来絶対安静の伊奈帆を連れて通るのは不可能だし、隔壁を上げるには動力が来ておらず、それ以前に昇降機は彼とライエが破壊した。

 

「・・・少し休もうぜ、ちょっと疲れちまってよ。」

 

蛍は伊奈帆を降ろして通路の壁に背を預けて座り込んだ。

 

彼もまた血を流しすぎたのだ。

 

すでに意識を失ってもおかしくないほどであるのに、それを保っているのは気力がなせる技である。

 

「・・・寝ちまったのか、ナオ・・・ならよ、今から独り言言うから、適当に流してくれ。」

 

返事のない伊奈帆に、蛍は一方的に話す。

 

「あれは入学して一月か二月くらいだったか?」

 

 

 

 五月の中ほど、蛍はその風貌からクラスメイトに避けられ、いつも休み時間は屋上で煙草を吹かしていた。

 

鞠戸大尉と大喧嘩をして、いつも気が立っていたのも彼の孤立を好む性分を助け、クラスメイトも『とりあえずこちらから何かしない限り安全な不良』という認識となっていた。

 

そんな彼が、いつものように屋上で昼の一服をしていたとき、伊奈帆と出会ったのだ。

 

「宿里 蛍君?」

 

「あ?何だ、テメェ?」

 

「ここ、いい?」

 

蛍は最初、伊奈帆を威嚇したが伊奈帆は気にも止めず隣に並び、ウーロン茶を飲み始めた。

 

「キミもどう?」

 

「何なんだよ、一体・・・」

 

蛍は差し出された缶のウーロン茶を受け取りながらそう言った。

 

少なくともくれるらしいと考えたのだ。

 

お返しとばかりに蛍は伊奈帆に煙草を差し出す。

 

「オメェも一本やるか?一応、ヤベェのじゃねえぜ。」

 

「遠慮するよ。未成年だからね。」

 

伊奈帆は煙草を断り、蛍はそれを自分で吸い始める。

 

「『ヤベェのじゃねぇ』ってさ、まさかと思うけどそっちのも吸ったりするの?」

 

「いや、さすがに吸わねぇよ!」

 

と、そんな話を蛍は、名乗りもしていない伊奈帆と続けている自分に内心驚いていた。

 

本来の彼なら長くてもウーロン茶を無視して終わりだ。

 

「ユキ姉から聞いてた雰囲気と大分違う。」

 

「ユキ姉?あ、オマエ、ユキ姉さんの!?」

 

蛍がそう言うと、伊奈帆は頷いて名乗る。

 

「界塚 伊奈帆。いつもユキ姉がお世話になってます、なんてね。」

 

「あぁ、俺も聞いてるぜ。しっかし話にゃ聞いてたけど、『妹みたい』ってのはわかるな。」

 

この時の蛍は伊奈帆の表情を読むことができなかったのでわからなかったが、後に考えるとこの時の伊奈帆は少し不快に思っていたのである。

 

「ユキ姉、今日の夕飯一品減。」

 

「ま、そう言うなよ。『よくできた、私にはもったいない弟』とも言ってたぜ。」

 

これに伊奈帆は表情を変えずに、だが見る者が見れば嬉しそうにして、

 

「そう。」

 

と、短く答える。

 

「いつもここにいるの?」

 

伊奈帆が最低限の言葉で尋ねる。

 

「まぁな、クラスの空気、悪くすんのもワリィしな。」

 

「そう。そういえばお昼はまだ?」

 

「これからだな。」

 

「じゃあ、一緒にどう?僕のクラスで。」

 

「いや、そうしたらオメェんトコのクラスが・・・」

 

蛍は断ろうとするが、伊奈帆は強引に腕を引いていくため、蛍は仕方なく煙草を壁で消して、ポケットに押し込んでついていったのであった。

 

 

 

「その後、クラインに網文、クラフトマン、死んじまった箕国を紹介されたんだよな。」

 

伊奈帆はうわ言を言うこともなく、蛍の声だけがその場で暗闇に消えていく。

 

「・・・正直、お前のこと怖かった。いっつも人形みてぇに何考えてんのかもわかんなかったしよぉ、なのにお前の回りにゃ美人二人に面白おかしいクソヤロー二人の大所帯。頭もキレるし将来有望の・・・カミサマとやらがいるんならぶん殴ってやりたくなるぐれぇエコヒイキされたお前が・・・」

 

蛍が初めて吐き出す伊奈帆への本音、しかし伊奈帆はまったく反応しない。

 

体温が下がらないように蛍は自分の着ていた服で伊奈帆をくるんでいるが、それでも彼の体温は下がり始めていた。

 

無理もない、ここはいくら室内とはいえ真冬のロシア、空調も止まっているため現在の気温は0℃を切っている。

 

上半身シャツ一枚の蛍も意識が遠くなり始めていたが、それでも、いや、だからこそ完全に失わないように話し続けている。

 

「んでもって俺と同じ、前の戦争で親無しだろ?俺が何したんだ、何がお前と違うんだって・・・どうせこんなこと考えてんのもわかってたんだろ?なのにお前は俺を切ったりしねぇし、俺だってお前から離れられなかった。そうしてるうちにわかったんだ、俺は・・・」

 

いくら誰も聞いていないと思ってもさすがに恥ずかしいと思った蛍は口ごもる。

 

「お前みたいになりたかったんだ・・・」

 

言いきった蛍も、自分の限界を悟り、覚悟を決める。

 

「ったく、恥ずかしいこと言わせといてお前はぐっすりオネンネか・・・なぁ、俺ももう、寝ちまっていいか・・・?」

 

意識を手放そうとした蛍がライエから預かって、ここまで持ってきていたGPS端末に付属している通信機が小さく音を発する。

 

 

 

 時間を遡り、ライエが蛍と別れたころ、揚陸城に不時着していたデューカリオンでは壮絶な白兵戦が繰り広げられていた。

 

伊奈帆達揚陸城への突入部隊を降下させた後、デューカリオンはディオスクリアに撃墜されたのだ。

 

やむなく舵を握るニーナは、マグバレッジ艦長の命令でデューカリオンを揚陸城に不時着させ、艦砲やゼロ角度にした対空機銃で突入部隊の援護に移ったのである。

 

この時、デューカリオンに残っていたのは鞠戸大尉率いるフェンリル隊と整備班、ブリッジオペレーターらで、対空機銃でカバーしきれないハッチをフェンリル隊が守っていた。

 

「鞠戸大尉、戦況報告を!」

 

『一進一退ってトコだ、防戦つっても向こうは数が数だ、いつまでも持ちこたえるってのは無理な相談だぜ。』

 

不見咲中佐が叫ぶのに対し、鞠戸大尉は軽い調子で答える。

 

そんな鞠戸大尉であるが彼も必死だ。

 

当然と言えば当然だが、デューカリオンに限らず艦艇は要塞ではない、無数に攻めてくる歩兵を跳ね返すようにはできていない。

 

ありあわせの資材で作ったバリケードにアサルトライフルや汎用機関銃の弾丸が嵐のように飛来し、その合間をぬって鞠戸大尉率いるフェンリル隊も撃ち返す。

 

一部の者は最も頑丈な防弾楯を二枚重ねてその後ろから撃っている。

 

その様は百年ほど昔の、日本初の近代要塞攻略戦、はたまた世界初の世界大戦における塹壕戦よろしくである。

 

 

「左舷側機銃、残弾30パーセントを切りました!」

 

「左舷側、白兵戦準備。憲兵も銃を持てる者は皆、持って戦列へ。徴用者は退避!」

 

マグバレッジ大佐も一見落ち向いているが冷や汗が浮かんでいる。

 

艦内に突入された場合は艦の装備など無力だ。

 

白兵戦で排除する以外になく、そうなったときにはほぼ『詰み』である。

 

「・・・突入部隊はまだ中枢にたどり着かないのですか!?」

 

「不見咲くん、落ち着いて。我々に今できることは彼らを信じて待つことと、この艦を守ることだけです。」

 

現在、オペレーターは全て破棄した『わだつみ』の時からの軍人が務めており、ニーナ、詰城先輩、祭陽先輩は邪魔にならず、そして外からは見えにくい隅へ退避している。

 

左舷側の機銃の弾薬が尽き、急ごしらえの陸戦隊が戦闘を始め、後部ハッチを守るフェンリル隊も限界を感じ始めた頃、とうとう揚陸城の動力が停止した。

 

作戦が成功したのだ。

 

デューカリオンを包囲していた部隊は撤退を開始し、マグバレッジ大佐、不見咲中佐、鞠戸大尉らは安堵の息をつく。

 

だが、終わったと思ったときほど不測の事態というのは起きるものなのである。

 

デューカリオンのアルドノア・ドライブまで停止したのだ。

 

「!?予備動力に切り替えを!!」

 

マグバレッジ大佐はすぐにそう指示し、機関士が切り替えを行う。

 

「弱りましたね・・・予備動力では脱出できませんよ。」

 

予備動力はあくまで隔壁の開閉や通信、空調などを行うためだけのもので、デューカリオンを飛ばすためのものではない。

 

そして、脱出よりも差し迫った事態がデューカリオンにせまっていた。

 

『艦橋!何があった!?』

 

「こちら艦橋、原因不明の動力トラブルにて、予備動力へ切り替えました。」

 

『そうか、マズイぞ、火星のヤツら、ブッチしてやがる!こっちに向かって来てるぞ!!』

 

「ええ!?」

 

ハッチの鞠戸大尉からの通信に答えていたマグバレッジ大佐が驚き、席から立ち上がった。

 

順当に考えれば火星側は揚陸城のアルドノア・ドライブが停止した時点で撤退するはずであった。

 

ここでデューカリオンのアルドノア・ドライブが停止したからといって普通はハイリスクな突撃を敢行したりしない。

 

火星側は普通でなかったのだ。

 

リスクを犯しても『起動することのできたアルドノア・ドライブ』をろ獲し、地球側のアルドノア研究を妨害することを試みたのか、バックフィーバーを起こして何も考えずに向かってきているのかのどちらかである。

 

鞠戸大尉は単なるバックフィーバーと見たが、マグバレッジ大佐はデューカリオンのろ獲を目的としていると見た。

 

しかしどちらだとしても、やることは同じである。

 

「全隊、持ち場を維持!そしてこれは命令ではありません、正規兵で志願する者は艦橋へ白兵戦装備で集合を!!」

 

マグバレッジ大佐は艦内にそう通達すると、自分の持つ通信機を不見咲中佐に渡した。

 

「艦長?」

 

「不見咲くん、以後の指揮をお願いします。」

 

「な!?」

 

不見咲中佐は抗議しようとするが、マグバレッジ大佐は艦橋に備えてあったヘルメット、防弾ベストを着て、ピストルを抜く。

 

 

「艦長、まさか!?」

 

「指揮ができるのは私と不見咲くんしかいないのですから、仕方がないでしょう?」

 

「なら、私が!!」

 

「不見咲くん、キミがモテない理由を・・・」

 

「もう一生モテなくても、何なら一生独身でもいい!!ですから、行かないでください!!」

 

「・・・私に万一のことがあった時、後を任せられるのはあなたしかいません。」

 

それを聞いた不見咲中佐は絶句する。

 

「・・・わかりました。ですが、そのようなことはしたくありません。ですから・・・」

 

「大丈夫です。あくまで、念のためですよ。さて、あなた方はこれより、不見咲中佐の指揮下に入っていただきます。」

 

マグバレッジ大佐は他のクルーに向き直り、そう命じた。

 

「すみませんが、今の命令が聞こえませんでした。よって先ほどの『お願い』に従おうかと思います。」

 

「いや、俺には『私についてこい!』と聞こえました。」

 

と、クルー達は口々に言って、マグバレッジ大佐のようにヘルメットと防弾ベストを身に付け始めた。

 

「皆さん、ありがとうございます。」

 

こうしてマグバレッジ大佐が直接指揮する陸戦隊一個小隊は右舷側の敵を排除しに向かったのであった。

 

ヴァース帝国の兵士はマグバレッジ大佐も見る限り狂乱しているようにしか見えず、白兵戦訓練などほとんどしていない急作りの陸戦隊でも十分に対抗できている。

 

「どうやら大尉のおっしゃっていたように、ただのバックフィーバーのようですね。不見咲くん、彼らに降伏勧告を。」

 

マグバレッジ大佐は流血は無用と考え、ヴァース帝国の兵士達に投降を呼びかけるよう伝える。

 

『了解しました。』

 

と、マグバレッジ大佐の通信機から声がして、艦内放送、外にも拡声器で降伏勧告を始める。

 

『反乱軍へ通達します。これ以上の流血は無用、いますぐ無駄な抵抗を停止し、武器を捨て降伏しなさい。裁判となればいくらかは罪が軽くなることでしょう。』

 

簡潔な降伏勧告だったが、伝えるべき内容は全て入っていた。

 

しかし敵の攻撃はより熾烈となったのであった。

 

「な!?どうして!?」

 

「ダメです、艦長!戦線を下げま!?・・・」

 

マグバレッジ大佐と共に戦っていた火器管制手の頭に銃弾が直撃し、彼は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 

人は死ぬ。いともたやすく死ぬ。不死身の英雄など現実には存在しないのだ。

 

「戦線を下げ、アグ!?」

 

マグバレッジ大佐の足に跳弾が偶然にも命中し、彼女は崩れ落ちる。

 

「艦長!!」

 

「来ては・・・いけません!!」

 

部隊から孤立してしまったマグバレッジ大佐を助けようと足を止めたレーダー手が蜂の巣にされ、その命を失った。

 

マグバレッジ大佐は足を引きずりながら脇の部屋へ転がり込み、ロックをかける。

 

「(これが白兵戦・・・鞠戸大尉はいつもこのようなことを・・・)」

 

通信機からは安否を確認しようとする通信手の叫び声が聞こえ、マグバレッジ大佐は戦線の維持だけを命じる。

 

現在、扉の前は双方の銃弾が飛び交っており、外に出た瞬間蜂の巣になるのは明白だ。

 

マグバレッジ大佐はこの戦争以前に実戦経験はない。

 

白兵戦も訓練しかしていないが、艦の指揮とはまったく別物なのだ。

 

殺意の権化が飛び交う兵と兵の戦いは死の恐怖が直接肌を撫でる。

 

応急手当をする手が震え、止血もままならない。

 

奥歯がガチガチと情けない音を鳴らし、手当てを終えたマグバレッジ大佐は銃を握り、最初は扉に向けたが思い直して自分のこめかみに銃口を当てる。

 

ヴァース帝国の兵士はとかく国際法を守らない。

 

かつての植民地戦争のように、『蛮族には何をしても構わない』くらいに考えている節がある。

 

そんな彼らに捕まったときのことを考えたのだ。

 

殴る蹴るなどなら彼女は耐えられる、仮にこの場で服を破り取られて辱しめられても耐えられる。

 

そのような程度の低い者達ならば、鞠戸大尉、不見咲中佐が遅れをとるなど考えられないからだ。

 

しかし、狡猾な者ならば話が変わってくる。

 

本来なら許されることではないが、捕虜としたマグバレッジ大佐の命を質に投降を強要する可能性がある。

 

そうならないようにするには、自決するしかない。

 

引鉄にかけた指に力を入れ、絞っていき、『パン』と乾いた音が部屋に鳴り響いた。

 

「ッ!!ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」

 

銃弾が発射される直前にマグバレッジ大佐は自分の頭から銃口を外し、銃弾はあさっての方向に飛んでいった。

 

「(フッ・・・人には決死を命じても自分はこうだなんて・・・)」

 

自嘲するマグバレッジ大佐が身を隠す部屋の扉がガンガンと乱暴に叩かれ、鍵が銃で破壊される音がする。

 

運悪く先ほど撃った弾丸は最後の一発で、装填している隙は無い。

 

マグバレッジ大佐にはどうすることもできず、他の兵士を制して一人入ってくる男に何をすることもできない。

 

最初は逆光でよく見えなかった顔がしっかりと見えてくる。

 

いつも衛生上注意しているのに聞きもしない無精髭にボサボサの頭、普段の人を食ったような笑みは一切なりを潜め、歴戦の古兵にふさわしい風格の男であった。

 

「艦長!大佐殿!!マグバレッジ大佐!!!」

 

「鞠戸・・・大尉?どうしてこちらに?」

 

「実はな・・・」

 

不見咲中佐が投降を呼びかける直前、アレイオンが一機、援護射撃を開始したのだ。

 

そのせいで恐慌状態に拍車がかかり、苛烈な攻撃を開始したのである。

 

しかし鞠戸大尉率いるフェンリル隊、そして憲兵を中心とした陸戦隊にとってはカモの一言につき、壊滅させた後、マグバレッジ大佐率いる隊の救援にかけつけたのである。

 

「ウ・・・グスッ・・・」

 

マグバレッジ大佐は恐怖から解放され鞠戸大尉の胸に顔を埋める。

 

「オイオイ、そういうのは・・・仕方ねぇ、艦橋、艦長からの命令を伝える。『戦闘終了、警戒体制へ移行せよ』とのことだ。」

 

鞠戸大尉がマグバレッジ大佐のやるべき仕事をかわりに行い、通信機から不見咲中佐の声が返ってくる。

 

『鞠戸大尉、艦長はどうなさったのですか!?』

 

「無事だ。外傷はかすり傷程度だけどよ、煙を吸い込んだみてぇで声が出ねぇらしい。」

 

『そうですか、ありがとうございます。総員、戦闘配置解除、警戒体制へ移行!!』

 

不見咲中佐が全体に指令を出した後、鞠戸大尉はマグバレッジ大佐が落ち着くまでしばらく二人きりで部屋に残っていた。

 

 

 

マグバレッジ大佐と鞠戸大尉が艦橋に入ると、先に戻っていた、生き残ったオペレータと、詰城先輩、祭陽先輩、ニーナ、指揮を代行していた不見咲中佐、援護射撃をしたアレイオンに乗っていたライエ、そして遅れて戻って来たユキ姉、韻子が待っていた。

 

「遅れてしまい、失礼しました。」

 

「いえ、それほど待ってはおりませんが・・・」

 

不見咲中佐がいぶかしむような視線を鞠戸大尉に向ける。

 

「何だ?」

 

「いえ、まさか艦長に・・・」

 

「バカなこと言ってねぇで、これからどうするかだろ?結局、何があった?」

 

鞠戸大尉の否定に不見咲中佐はさらにいぶかしみながらも、現状の説明を開始する。

 

「伝達系、電気系に異状は見受けられなかったと報告が上がっております。考えられるのは・・・」

 

全員が一斉にアルドノア・ドライブを起動するのに使う水晶のような装置を見る。

 

「アルドノア・ドライブの停止ですね。」

 

「姫サンが戻ってくるまでどうしようもねぇってか?」

 

鞠戸大尉がそう言って頭をかいていると、ニーナがその水晶の前でアセイラム皇女の真似をする。

 

「目覚めよ、アルドノア!」

 

当然、起動するわけもなく周囲によどんだ空気が流れる。

 

「ニーナ、何やってんの?」

 

「あはは・・・起動したりしないかなって。」

 

韻子が軽くニーナの頭にチョップを入れ、それに呆れながらライエがアルドノア・ドライブ起動機に手を触れる。

 

すると、起動機が淡い光を放ち始めたのだ。

 

「え?えぇ!?」

 

「ウソ!?ライエちゃんってもしかしてお姫様だったの!?」

 

ニーナがそう言うが、ライエは動揺しながらも強く否定する。

 

「し、知らない、本当に知らないわ!!」

 

「何でもいい、とにかく、姫サンの真似してみろ!!」

 

鞠戸大尉は誰もが動揺し、『なぜ起動できたのか検討する』という的はずれな行動をする中、一人だけ『今何をすべきか』考え、指示を出す。

 

「えっと・・・ライエ・アリアーシュの名をもって命ずる、目覚めよ、アルドノア?」

 

最後の方は自信がなくなったライエが尻すぼみになりながらそう言うと、アルドノア・ドライブは再起動し、応急修理を終えていたデューカリオンはいつでも飛び立てるようになる。

 

マグバレッジ大佐は各隊に点呼をとらせ、回収していない乗組員で生死がわからない者は伊奈帆、蛍、アセイラム皇女、エデルリッゾの四名であるとわかる。

 

「伊奈帆君の現在位置は?」

 

「・・・!?中枢から動いておりません、脈拍、心肺共に停止!!」

 

亡くなったレーダー手の代わりを勤める詰城先輩が伊奈帆のGPSが送る情報を読み上げる。

 

「ッ!?」

 

「っと界塚、しっかりしろ!」

 

ユキ姉が卒倒し、それを鞠戸大尉が抱きかかえる。

 

「そんな、伊奈帆がそんなはずないですよ!!」

 

韻子は涙ながらに叫ぶが、叫んだところで伊奈帆のGPSが生命反応を送信することはない。

 

「待って、蛍が中枢に向かって、とっくに合流してるはずよ、仮に死体でもあいつなら持ち帰ろうとするはず、そこから動いてない方がおかしいわ。」

 

ライエが、自分の知っている情報との齟齬に気付いてそう言うと、詰城先輩がライエに聞き返す。

 

「彼、GPSは?」

 

「あたしの乗ってきた機体に着いてたのを渡したわ。機体番号は・・・」

 

ライエが機体番号を教えると、負傷し、手当てを受けている通信手の代わりをかって出た祭陽先輩が即座に通信を試みる。

 

『・・・こちら宿里伍長、デューカリオン?』

 

力無い蛍の声がして、ライエが通信に割り込む。

 

「蛍、今どこ!?」

 

『アリアーシュか?今、例の白いカタフラクトぶっ潰した隔壁のトコだ。隔壁のこと、忘れててよ。』

 

「ホント、バカねぇ!いいわ、なるべく隔壁に寄って!」

 

そう言ったライエとマグバレッジ大佐の考えは一致していた。

 

「たしかあなた、この艦の火器、扱うことができましたね。」

 

「ええ。どこを撃つかは信じてもらうしかないけど。」

 

「今は信じるしかありません、目標、揚陸城、主砲にて宿里伍長までの道を開いてください。」

 

「了解よ!!」

 

ライエはデータリンクから推測される内部の様子から、蛍を巻き込まないように射角を調整して主砲で揚陸城を撃った。

 

至近距離で放たれた砲弾は外殻を貫通し、蛍のいる通路に大穴を開ける。

 

砲弾は通路を貫通したところで停止しており、この砲撃による死者はいない。

 

『アリアーシュ、ちょっとくれぇ加減しろ。』

 

「あら残念、生きてるみたい。」

 

「そういうことは後程お願いします。宿里伍長、そちらは一人ですか?」

 

『艦長?いや、界塚が・・・撃たれて、意識がねぇ・・・頼む、いや、お願いします、界塚だけでも助けて・・・』

 

「わかりました、救護班、降下!耶賀頼先生も医務室で準備を。宿里伍長、何やら勘違いなさっているみたいですが、何をしでかしたとしてもあなたが当艦の乗組員であることに変わりはありません、救助するのは当然ですよ。」

 

 

 

 

「・・・すまねえ。」

 

蛍がそう答えた時、デューカリオンから救護班が降下してきた。

 

「艦橋、要救助者を発・・・!?」

 

降下してきた救護班の者達が絶句する。

 

まずは伊奈帆だが、生きているのが不思議なほどの重傷だ。

 

そして蛍も、床に漏れ出た血の量は致死量を疑うほどである。

 

「俺なら大丈夫だから、界塚を先に!」

 

蛍がそう言うと救護班は伊奈帆をまず先に収容し、続いて蛍を収容する。

 

伊奈帆は即座に緊急手術となり、蛍は臨時の医務室で衛生兵の手当てを受けながら不見咲中佐に作戦報告を行う。

 

デューカリオンは主に先の白兵戦で死傷者が多数出ており、医務室、霊安室が足りていないのである。

 

エデルリッゾは連合軍基地に隠れたことを告げた蛍に不見咲中佐が質問する。

 

「GPSの履歴によりますと、伍長は中枢にて伊奈帆君と合流した・・・間違いありませんか?」

 

「ああ。」

 

「その時、アセイラム皇女はいましたか?」

 

「いた。」

 

「彼女はどうなさいました?」

 

「撃たれてた、多分ヤツだ、ヤツがナオのヤツも!!」

 

事務的に答えていた蛍が取り乱す。

 

「落ち着きなさい、『ヤツ』とは?」

 

「ヒョロッちい野郎だった、多分、俺と同い年くれぇ、火星の軍服着てた・・・」

 

「服の色は?」

 

「暗かったからハッキリとは・・・黒だったと思う。」

 

不見咲中佐は蛍の証言から、火星の兵士が伊奈帆、そしてアセイラム皇女を撃ったものと記録する。

 

「では、アセイラム皇女の死亡を確認したのですか?」

 

「いや、皇女の死体、火星人が持って行っちまったから、確認までは・・・」

 

「その火星人は先ほどの『ヤツ』ですか?」

 

「違う、オッサン・・・隊長くれぇのオッサンだった。焦げ茶色の軍服で、そうだ、マント羽織ってたぜ。」

 

その特徴を聞いた不見咲中佐は、その男が『ザーツバルム卿』であることに行き着く。

 

焦げ茶色の軍服というのは、暗い場所で赤い服、ヴァース帝国軌道騎士の将官服を誤認したもので、そしてマントを羽織っているのは爵位持ち。

 

その条件に合致するのはザーツバルム卿しか存在しないのだ。

 

しかし、彼女が腑に落ちないのは、『なぜ遺体を持ち去ったのか』である。

 

埋葬などという宗教的な意味合いは考えにくい、遺体を隠匿する必要性もあまりない。

 

そして今のところ死んだというのは蛍の証言、それも正確に確認したわけではないものだけ。

 

「艦長に判断を仰ぎましょう、伍長、お疲れさ・・・伍長!?衛生兵、耶賀頼先生を!!」

 

不見咲中佐が質疑を終えようとしたその時、蛍は意図の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

ちょうど伊奈帆の手術を終えた耶賀頼先生がすぐに呼び出され、蛍の血の気のひいた顔を見て驚く。

 

「どうしてこんなになるまで!!」

 

「さ、先ほどまでは何事もなかったのですが、突然・・・」

 

蛍の失血量は本来輸血が必要なほどであったのだが、彼は気力をふりしぼって意識が飛びそうなのを我慢していた。

 

そのため、倒れるまで誰も気付かなかったのである。

 

「彼の血液型は・・・A型ですか、マズいですよ。」

 

デューカリオンは先ほどまで戦闘状態にあり、医務室はディオスクリアの攻撃、そして墜落の拍子で台風でもきたかのように荒れていた。

 

耶賀頼先生、従軍看護士、衛生兵によってA型の輸血パックが壊滅していたのが確認され、それも先ほど使いきってしまっていた。

 

「オイ、これはどういうこった!?」

 

鞠戸大尉がニーナ、カーム、そしてライエを連れだって蛍が治療を受けていた臨時の医務室に駆け込み、最初にそう叫んだ。

 

ちなみに、韻子は手術を終えた伊奈帆に付き添いながら、気絶したユキ姉の介抱をしている。

 

鞠戸大尉達はただ見舞いに行くだけのつもりだったので、まさか蛍も倒れたとは夢にも思っていなかったのである。

 

「彼は輸血が必要ですが彼の血液型、A型の輸血パックがありません。誰かにわけていただかないと。」

 

「なぁ、たしか韻子のヤツA型じゃなかったか!?」

 

「わたし、呼んでくる!!」

 

カームとニーナがそんな話をしていると、ライエが小さく告げる。

 

「その必要はないわ。」

 

そう言ったライエに、ニーナは顔を青くし、カームは逆に顔を真っ赤にする。

 

「何だよ・・・どういうこったよ!?このままじゃ蛍、死んじまうだろ!?・・・ハハァ、わかった、テメェ、このまま死ねばいいとか思ってやがんのか?ふざけんな!!オマエの事情は話にゃ聞いたぜ、そりゃよ、オレもあん時の蛍の言ったこたぁ『ねぇ』と思うぜ、けどなぁ!だからって『死ねばいい』ってのは違うんじゃねぇのか!?って痛!?」

 

カームの脳天に鞠戸大尉の鉄拳が突き刺さる。

 

「ったく、話は最後まで聞け。」

 

「聞くまでもねぇっしょ!?こいつは・・・」

 

「あたし、A型。」

 

少し悲しげに言ったライエに、ばつが悪いカームは目をそらす。

 

「その・・・スマン。」

 

「あたしも、言葉が足りなかったわ。ごめんなさい。」

 

互いに謝罪している間に、ニーナ、不見咲中佐、耶賀頼先生、衛生兵達が輸血機材の準備を終え、あとはライエだけである。

 

「ではすぐに確認して、問題なければ輸血に取りかかりましょう。」

 

蛍は今、生理食塩水の点滴を受けているが、あくまで時間稼ぎに過ぎない。

 

すぐにでも輸血を始めたいところであるが、万一ライエが血液型を勘違いしていたり、あまり認知されていない『Rh型』が違えば輸血できない。

 

Rh型のことはライエを始めこの場にいるものは耶賀頼先生と衛生兵しか知らず、カームは万一Rh型が合わなかった時のために韻子を呼びに行くよう指示され、出ていった。

 

「・・・ABO型、Rh型一致、問題ありません。お嬢さん、こちらに横になって。」

 

輸血の方法はいわゆる『枕元輸血』である。

 

この方法は現在、今のように『戦争中で、よりによって輸血パックが無い』 といったよほどの緊急事態でなければ行われない。

 

耶賀頼先生もこのために使われる機材を使用するのは初めてである。

 

血液がライエから蛍へ流れ込んでいる間、ライエは蛍の顔をじっと見続けていた。

 

 

 

輸血処置が終わり、カーム、韻子と合流したニーナ、ライエはラウンジに移動した。

 

蛍は伊奈帆と同じ医務室に移され、今は目を覚ましたユキ姉が二人に付き添っている。

 

鞠戸大尉はマグバレッジ大佐の指示で、動くことのできるフェンリル隊の者を率いて地上に降り、掃討戦に加わっている。

 

連合軍はザーツバルム城アルドノア・ドライブ停止後、体勢を立て直し反撃に成功、ザーツバルム軍は撤退を開始した。

 

しかし、揚陸城は放棄するしかなかったため、ある者は従来型動力の輸送機で空へ、ある者は基地から車両を奪って陸路を、またある者は雪原や森の中へ逃げ込んだのである。

 

逃走した者は仕方ないとしても、雪原や森でゲリラと化した敗残兵は放置しておくわけにいかないため、連合軍はいわゆる『山狩』をすることにしたのである。

 

さておき、ラウンジではライエが、カーム、ニーナ、韻子にヨーグルト、栄養ドリンク、青汁などをすすめられ、苦笑いしていた。

 

「あのね~、血を作るのはヨーグルトがいいんだって!」

 

「ダメよ、そんなのじゃ時間がかかるわ!ここはファイト一っぱ」

 

「や!それよりも青汁だろ、ここは!」

 

当然だが、一気に飲んでも効果が上がるわけではないし、むしろ体に悪い。

 

「そうね・・・とりあえず、ヨーグルトを。残りはあとでいただくわ。」

 

ライエは傷みやすいヨーグルトを受け取り、少しずつ飲み始める。

 

彼女は血が減って少しふらついているため、三人に気遣われているのだ。

 

「・・・まったく、いい人達じゃない。なんであいつ、一人ぼっちみたいな顔してたのよ。」

 

ライエは誰にとでなくそうつぶやく。

 

「アイツって蛍のこと?」

 

韻子がそう尋ねるとライエは首肯する。

 

「あいつにとって大事なのは『敵』で、『それ以外』は『将来の敵』か『そのまたそれ以外』。よく言うでしょ?好きの反対は嫌いじゃなくて無関心って。いるのよ、疎まれるより怖がられる方がいい人間って。」

 

ライエの言葉に、韻子、ニーナは顔を曇らせる。

 

二人、特にニーナは思い当たる節があるのだ。

 

「ならよ、アイツにこっち向かせるにゃあ殴り合いでもすんのが一番なのか?」

 

カームがそう言うと、ライエは驚きながら答える。

 

「え?ええ、でも後のフォローはしっかりしないとダメよ?」

 

「カーム、アンタと蛍とじゃ開始三秒でK.O.される姿しか思い浮かばないんだけど?」

 

「カームくんってば教練サボってばっかりだったしね~」

 

韻子、ニーナにそう言われてカームは目をそらす。

 

「いや、ホラよ、アイツだって不意打ちゃいけるかもしれねぇだろ?」

 

そう言ったカームに、『いや、それすら難しいでしょうが。』と言った目線を向ける韻子とニーナてあった。

 

「ま、あたしも人の事をとやかく言ってる場合じゃないわね。いつ殺されるかわかったものじゃないのに。」

 

ライエはカーム達を見ながらそう呟く。

 

普段のライエならばこんなことを口にしたりはしない、彼女もこれまでのことで弱っており、誰かに聞いてもらいたかったのだ。

 

「・・・どういうこと?」

 

ニーナがおそるおそる尋ねると、ライエは自嘲するように答える。

 

「知ってるでしょ?あたしが新芦原でやったこと、艦長が善処するとは言ってたけど、限界があるわ。その上、さっきの。何の因果かあたしがアルドノア起動因子を持ってた。もともと地球人でも火星人でもない、幽霊みたいなあたしなんて、死んでも何も・・・っふぇ、いひゃひゃひゃひゃ!?」

 

ライエが話している途中でニーナはライエの頬をつねる。

 

「にゃにしゅんのひょ!?」

 

ライエも仕返しとばかりにニーナの頬をつねった。

 

「いひゃひいひゃい!!」

 

たまらずニーナが手を離すとライエもすぐに離す。

 

「もう、あんたからやってきたんでしょ!?」

 

「あはは、でも、ライエちゃんは幽霊なんかじゃないでしょ?」

 

ニーナの言う意味がわからず、ライエは首をかしげる。

 

「幽霊だったらわたしがさわれないし、わたしにさわるのもムリでしょ?」

 

「あ、そういう・・・じゃなくて、あたしが言いたいのは」

 

「地球人とか火星人とか大事なことかな?ライエちゃんはライエちゃんでしょ?」

 

「でも・・・」

 

ライエは助けを求めるように、あるいは顔色をうかがうかのようにカームと韻子の方を見やる。

 

「・・・まあよ、別にお前がオコジョを殺したでも、新芦原を焼き払ったでも、戦争おっ始めたわけでもねぇんだ、お前にどうこう言うのは筋違いだろ?」

 

「ま、カームにしてはがんばったんじゃない?それより、ニーナの言うとおりよ、アンタがアンタだってことと地球人か火星人かなんて関係ないし、アンタに生きてほしい人だってたくさんいるわ。少なくとも、ここに三人、いや四人はね。」

 

韻子が言い直した結果、数が合わなくなる。

 

この場にいるのはライエを除けば三人だ。

 

「あと一人は?」

 

「ライエ、アンタ自身よ。アンタだってさ、生きたいって思ってるんでしょ?」

 

ライエは韻子に首肯して答える。

 

「じゃあ、死んでもいいなんて言っちゃダメ。アタシ達だって力になるから。」

 

韻子の力強い言葉に、ライエは静かに涙を流した。

 

 

 

連合本部での戦いから1年が過ぎた。

 

デューカリオンは整備、修理のためドック入りしており、マグバレッジ大佐、不見咲中佐は陸に上がり書類仕事に忙殺されていた。

 

本部での戦いは界塚少尉をはじめとするデューカリオン乗組員の活躍によりザーツバルム卿率いるヴァース帝国軌道騎士団の撃退に成功した。

 

しかし、ザーツバルム揚陸城を撃破したものの本部基地は大破、せっかくろ獲した揚陸城もアルドノア・ドライブをはじめとする重要部は全て破壊され、得るものなど何も無い、到底勝ったとは言いがたい結果に終わっている。

 

マグバレッジ大佐はその時の記録に目を通していた。

 

『ライエ・アリアーシュを名乗るヴァース帝国工作員の処遇における最終報告書

 

 彼女は新芦原における爆発物使用、殺人、皇女爆殺未遂、外患誘致等複数の罪に問われており、日本における司法を代行する地球連合裁判所において死刑が求刑された。彼女は暗殺グループ、首謀者について司法取引を申し出たが、刑の減免には至らず、求刑どおり死刑が言い渡され、人民感情を考慮し公開処刑とされ、1月31日、執行された。』

 

『アセイラム・ヴァース・アリューシア皇女についての報告書

 

 新芦原におけるテロ事件、所謂『新芦原事件』において九死に一生を得た彼女は、新芦原を民間人と共に脱出し、わだつみ艦長(現デューカリオン艦長)であるダルザナ・マグバレッジ大佐に保護される。その後、彼女は新芦原事件の首謀者を軌道騎士団長ザーツバルムと証言するが連合本部における戦闘の最中に消息を絶った。』

 

そこまでマグバレッジ大佐が読み進めた時、コンコンと執務室のドアがノックされる。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

執務室に入ってきたのは若い女兵士であった。

 

彼女はデューカリオンの補充要員としてマグバレッジ大佐の元に配属されたのである。

 

歳は20前後、ウェーブがかった短い赤毛に、自嘲ぎみの笑みをたたえている。

 

「村雲ライエ2等兵、着任の許可を願います。」

 

「許可します、あなたにはデューカリオン復帰後、ブリッジにて火器管制をお願いするつもりです。」

 

村雲と名乗っているが、入ってきたのは死刑に処されたはずのライエであった。

 

実は公開処刑に際し、顔には革袋がかぶされており、途中で背格好の似た女死刑囚と入れ替わり、ライエは生き長らえたのである。

 

その後、新芦原にて『村雲』という名字の未婚女性が出産した女児がエンジェル・フォール後の混乱で行方不明になっていたことが確認された。

 

母親はエンジェル・フォールで亡くなっており、娘の足跡をたどると日本を出国し、民間軍事会社に勤務・・・所謂『傭兵』をやっていたことが『判明した』。

 

自分の生い立ちも知らず、『偶然にも』死刑囚ライエと同じ名を名乗っていた彼女を、新芦原に住んでいた彼女の祖母が捜索を願い出て、マグバレッジ大佐が探し当てたということになっているのだ。

 

「おばあ様のこと、お悔やみ申し上げます。」

 

「おかげで最後に残った肉親の死目にあえたわ。ずっと母さんと勘違いされてたけど。」

 

ライエの祖母は数日前、息を引き取った。

 

彼女は最期までライエを『家出した自分の娘』と勘違いしており、そもそも孫娘がいたなど知りもしなかったのである。

 

「あなたには辛いことをしてしまいましたね。ですが、あなたを助けるにはこれしかありませんでした。」

 

「わかってるわ。それより・・・さっきからつけてたみたいだけど、入るなら入れば?」

 

ライエがドアを一べつしてそう言うと、ゆっくりとドアを開けて韻子とニーナが入ってきた。

 

「立ち聞きとは趣味が悪いですわよ、あなた達!」

 

「いえ、すみません、ニーナがどうしてもって」

 

「あ~、韻子だって乗り気だったじゃない!」

 

責任を押しつけあう二人にマグバレッジ大佐が、

 

「もうよろしいですわ。」

 

と、呆れながら放免すると、二人は笑顔で花束をライエに渡した。

 

「ライエ、お務めご苦労様!」

 

「ライエちゃん、おかえり!」

 

二人の言葉に、ライエは笑顔で花束を受け取ったのであった。




とりあえずは前半クール分完です。
しかし後半は宇宙メイン、蛍は白兵戦特化だからやりにくいことこの上なさそうです。


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第十四話 原始人の勇者

サブタイトルで某スペースオペラ小説の、一人だけ出る作品間違えた人外を連想した人、正解です。
大好きです、あのバケモノ。

では、二期編、スタートです。


「わたくし、アセイラム=ヴァース=アリューシアは忌まわしき新芦原での襲撃からこちら、地球の土人によって囚われておりました。

 

 わたくしに事件そのものを偉大なるヴァース帝国の自作自演と証言するよう脅迫するも、応じぬわたくしに業を煮やし、土人どもはあのような捏造放送という暴挙に打って出たのです。

 

 かの放送が捏造である証拠はこの足にあります、わたくしはあの事件で負った傷により、二度と立つことすら叶わないにもかかわらず、あの偽者は自らの足で壇上まで歩んでいたではありませんか!

 

 そのような中、軌道騎士団長ザーツバルム侯爵閣下はいち早く土人による陰謀を見抜いて開戦し、勇敢にも土民政府中枢に乗り込み、わたくしを救出くださいました。

 

 その大胆かつ冷静な行動はまさしく、我ら偉大なるヴァース帝国が騎士の鑑と呼ぶにふさわしいことでしょう。

 

 聞くところによると、わたくしを奪還された土民政府は何を血迷ったか、無垢なる少女ただ一人が、あれだけの『矢』をかき集め、わたくしの暗殺を企てたとして公開処刑したとのお話ですが、そのようなこと、不可能であるのは明白です!

 

 悪辣な土人はあの少女にいったいどれだけの痛苦をあじあわせ、洗脳し、処刑したのでしょうか、非業の死をとげたる少女に、哀悼の意を捧げます。

 

 わたくしはこの一月あまりで目が覚めました、あのような残虐非道の、二本足のケダモノとの友好などあってはならないのです!

 

 言葉を解さぬケダモノに交渉など不要です、軌道騎士の皆さん、あの少女の無念を晴らしてください、わたくしから足を奪った者達に相応の報いを与えてください!かつての戦に倒れた騎士達に土人の屍山血河ではなむけを!!偉大なるヴァース帝国がノーヴィエ・ムィエスト(新天地)にアルドノアの啓蒙を!!!ポウビエィダ・ヴァース(ヴァース帝国に勝利を)!!!!!」

 

「ポウビエィダ・ヴァース!ポウビエィダ・ヴァース!!ポウビエィダ・ヴァース!!!」

 

ライエが公開処刑されたことになって数日後のことである。

 

アセイラム皇女が連合本部での攻防戦以後に初めて姿を現して行った演説は悪意と偏見、そして虚言に満ちたものであった。

 

彼女が『ザーツバルム卿による暗殺未遂』を告発する演説は本部での攻防戦の後、あらためてあらゆる周波数で地球全土に放送され、軌道騎士団全ても知るところとなったが、その後にリアルタイムでアセイラム皇女が演説を行ったのである。

 

内容は本部での演説とまったくもって真逆、本部で直に彼女を見た者は『何をバカな』と鼻白み、地球連合も公式声明でもってザーツバルム卿が立てたこのアセイラム皇女を偽者とするが、証拠が全くないのだ。

 

本部での演説はマスターテープを紛失しており、マグバレッジ大佐と伊奈帆が分けて持っていたトリルラン卿による犯行声明も当のトリルラン卿が死亡しているため証拠として弱く、ライエが提出した通信記録諸々も、証拠を提出したライエを処刑したことにしたせいで『後ろめたいことがあったのではないか』と印象操作され、結果論であるが実行犯一味であったライエを『公開処刑』したことを『偽アセイラム皇女』によって、まるで無実の少女に濡れ衣を着せて処刑したかのように利用されてしまった。

 

その後もこの『偽皇女』は似たニュアンスの演説を繰り返しているが、全て内容が違うため録画を切り貼りしているわけでないのは間違いない、考えられるとしたらアセイラム皇女を何らかの方法で洗脳したか、ザーツバルム卿が脅迫しているか、または本物のアセイラム皇女も使っていたホログラム変装が考えられるが、どれだとしても地球側には立証のしようがない。

 

 ニーナは砂浜で、ヴァースが流すアセイラム皇女の演説を見ていた。

 

いつものお下げ髪を団子型にまとめ、桃色のビキニ、腰には白い半透明のパレオを巻いた彼女は、最後の半弦休息を仲の良い三人ですごしているのだ。

 

「ねぇ~!泳がないの~!?」

 

海から韻子がニーナを呼ぶ声に、ニーナは手を振って答える。

 

「うん、すぐ行く~!」

 

韻子は腰ほどの深さのところに立ってもう一人の少女の手を引いて泳がせており、黒を基調としたスポーティーな水着が彼女の快活さを際立たせている。

 

そして韻子に手を引かれて泳いでいるのはライエである。

 

息継ぎまで泳ぎを覚えた彼女は白いシンプルなビキニの上に水色のシャツを着ている。

 

無駄な肉のない彼女の身体と相まって飾らない美しさを魅せ、三人集まれば砂浜の視線を独占できるだろうが、残念ながらそのようなことにはならない。

 

「ライエちゃん、泳ぐのうまくなったよね~」

 

「コーチ二人がいいからよ。」

 

立ち上がったライエはニーナにそう答える。

 

「それにしたって犬かきもできなかったアンタがここまで泳げるようになるのはすごいわよ。」

 

「い、言わないで、それは・・・」

 

「もう手、離しても大丈夫そうだし、三人でブイまで泳いでみよ?」

 

「うん、じゃ、お先~!」

 

「コラ、ニーナ、フライング!!」

 

「二人とも、待ちなさいよ!!」

 

無邪気にはしゃぐ三人を見ているのは連合軍の兵士だけである。

 

青い海、白い砂浜、黒い兵士といったところだ。

 

ライエが祖母とすごしていた半年ほどの間、彼女はアルドノア・ドライブ起動の原因を調べるため、あらゆる検査を受けていた。

 

血液検査、尿検査、DNA検査、声紋、瞳孔、指紋その他諸々。

 

しかし、アルドノア起動の原因はわからなかったのだ。

 

そしてとりあえずのところ、ろ獲したアルドノア・ドライブを起動する仕事をしながら、連合軍監視下に置かれているのである。

 

人権等の問題を無視すればライエを某死神帳面のヒロインよろしく拘束し、食事は点滴で、核バンカーバスターでも破壊できないほど堅牢な地下深い基地に監禁しておくのが最も安全だが、アルドノア停止の条件が連合側にはわからないため人権の問題を無視したとしてもそのようなことはできない。

 

そのような拘束をした結果、たとえばライエが発狂したとしたら?はたまた廃人にでもなったら?その時にアルドノア・ドライブが起動し続けるかわからないのだ。

 

今のところ連合軍でわかっている停止条件は、

 

1.ヴァース皇族、正確には生来のアルドノア起動因子保有者による停止操作

 

2.アルドノアを起動した者に何らかの肉体的、精神的なダメージが起こる

 

の、二つである。

 

1については、ライエも起動の他に停止ができたため、2はアセイラム皇女が起動したデューカリオンのアルドノアが停止した状況からの推察である。

 

開戦から20か月あまりの間に、幾度かヴァース帝国の騎士が戦死したり、捕虜となることがあったが、戦死していた場合はアルドノア・ドライブが無事でも停止しており、逆に捕虜となった場合はアルドノア・ドライブが破損していない限り起動したままであったのだ。

 

順当に考えれば『死亡』または『心配停止』が停止条件なのだが、話をややこしくしているのは件の『偽皇女』である。

 

地球側は公式には彼女を偽者としているが、もし彼女が本物であれば、一月あまりで回復するほどの負傷であっても停止する、つまり具体的にどの程度で停止するかがわからないのである。

 

まさかライエや捕虜に無体を働いて実験するわけにもいかず、現状は『わからない』なのだ。

 

そのため、ライエをなるべく好きなように過ごさせ、それを護衛、監視することにしたのである。

 

今のように水着という場合もあれば、風呂、トイレも監視から離れないので女性兵士だけとなっているのがライエにとっては幸いである。

 

「それにしても、どうにかならないの、アレ?」

 

「あの人達に言って。」

 

砂浜まで泳いで戻り、雰囲気も景色もぶち壊しの兵士達を指す韻子にライエがそう言うと、ニーナは兵士達に話しかける。

 

「ねぇねぇ、兵隊さんたちも一緒に泳ぎましょ~」

 

「あ、えっと・・・」

 

話しかけられた兵士達の中で最も近くにいた者が驚き、他の兵士に助けを求める。

 

「ごめんなさいね、クライン一等兵。私達はお仕事中だから。」

 

「そっか、残念です。」

 

ニーナがライエ達のところに戻ると、何をしていたのか聞かれる。

 

「ニーナ、何してたの?」

 

「兵隊さんたちもみんな女の人でしょ?いっそのこと一緒に水着になったら気にならないかな~って。」

 

韻子と話しているニーナの頭にライエが軽くチョップを入れる。

 

韻子に倣ったツッコミである。

 

「いった~い!」

 

「馬鹿なこと言わないの。それより、今日出港でしょ?二人とも遅いわね。」

 

「そうだよね、韻子ってば水着選ぶのも悩んでたし、お化粧も頑張っておぼえたのにね~?」

 

「な!?ニーナだってそうじゃない!!」

 

「わたし、韻子ほどじゃないと思うけどなぁ。」

 

「ニーナは元が元だからちょっとでいいだけでしょ!」

 

「二人ともケンカしない、デューカリオンの方に聞いてみましょ。」

 

ライエはそう言って通信機を取る。

 

古い・・・と言っても戦争が始まる前くらいだが、先ほどニーナが使っていたような民生品では通信妨害により火星側のプロパガンダ放送くらいしか見ることができないが、軍用品または最近出回っている民生品であれば火星の通信妨害を無効化できるようになっている。

 

地球も遅れながらアルドノアの研究ができるようになり、火星との技術差を埋めつつあるのである。

 

しかしライエが通信するより早く、通信機から警報が鳴る。

 

『ヴァース帝国カタフラクト確認!総員戦闘配置!!』

 

それを聞いた三人と、ライエの護衛の兵士達に緊張が走る。

 

「まったく、休みくらいゆっくりさせてほしいものね。」

 

「それはムリな相談でしょ、向こうも。二人はブリッジでしょ?急ぐわよ!!」

 

韻子は水着の上にそのままパイロットスーツを着て、ライエは軍服を、ニーナは芦原高校の制服を着て持ち場へ向かう。

 

 

 

「敵カタフラクト判別完了、『雪男(イエティ)』ことエリシウムです。」

 

デューカリオンの正式なレーダー手となった詰城先輩がそう伝えると、艦長席に座るマグバレッジ大佐はデータを表示する。

 

外観は白い甲冑を着込んだ重装騎士をイメージして作られているが、その能力から『雪男』と呼ばれている。

 

『エリシウム、ヤーコイム男爵機、交戦した部隊の報告によると、周囲のものを凍りつかせる兵装を保有、詳細は不明。』

 

「当艦のカタフラクト隊は再編中で指揮下にありませんし、どうしたものか・・・」

 

不見咲中佐がマグバレッジ大佐の隣でそう呟き、マグバレッジ大佐は頭の中で考えをまとめる。

 

「(大尉がいらしたら、どうなさるでしょうか?)」

 

現在、鞠戸大尉は彼が率いていた部隊『フェンリル隊』ごと異動させられており、デューカリオンへの着任はしばらく先である。

 

「すみません、遅れました。」

 

ライエとニーナがデューカリオンのブリッジに駆け込んでくると、不見咲中佐はニーナを叱った。

 

「クライン一等兵、何ですか、そのカッコは!?軍服を支給していたでしょう!?」

 

「だって、可愛くないし・・・」

 

「可愛くって・・・着替える時間もありませんから、とりあえず配置に!」

 

ニーナがそう言われ操舵席につき、ライエも火器管制席に座ると、マグバレッジ大佐はデューカリオン発艦の命令を下す。

 

「デューカリオン発進!当艦は上空より支援砲撃を行います!」

 

一方、地上の基地に所属するカタフラクト隊の指揮下にいる韻子は、アレイオンに乗り込み、エリシウムとの戦闘に参加していた。

 

『学兵、オレ達の邪魔だけはすんなよ!』

 

学兵というのは、開戦により修学中にも関わらず軍に入った、入らざるを得なかった者達に対する蔑称である。

 

韻子も軍属から正式に連合軍に入っており、現在の階級は曹長であるが、連合の軍人は韻子のような学生上がりを軽視する風潮があり、戦果をあげて曹長になった韻子ですらこのような扱いを受けるのである。

 

『敵カタフラクト、エリシウムは周囲を凍結させるアルドノア兵装を装備している。全機、凍結防止装置起動!』

 

韻子もカタフラクト連隊長の指示に従い凍結防止装置をつける。

 

エリシウムは自分の周囲を円形状に凍結させながらデューカリオンが停泊していた港湾基地を目指しており、それを遮るように地球連合軍のカタフラクト隊が展開し、射撃を開始する。

 

しかしエリシウムはHE弾が炸裂する距離になってもHE弾が爆発せず、AP弾は見えない壁のようなものに当たって逸らされる。

 

無論、HE弾も同じだ。

 

『敵カタフラクトは特殊なフィールドを展開している、接近してフィールドを貫通させろ!』

 

韻子の所属している小隊の隊長がそう指示するのと同時に、他の隊もエリシウムとの距離を詰め始めた。

 

韻子も最初は続こうとしたが、嫌な予感を感じ、カタフラクトの足を止める。

 

『網文曹長、何をしている!?』

 

「・・・イヤな感じがします、アイツに近づいちゃいけないって・・・」

 

『ボイコットか!?これだから学兵は!!』

 

「違います!!伊奈帆だったら・・・」

 

『彼氏か何か知らないが、そんな言い訳で命令に従わぬというならそこで突っ立ってろ!!後で軍法会議だ!!』

 

韻子以外のカタフラクトは彼女を捨て置き、エリシウムに近づいていく。

 

「ダメ・・・ダメエエエェェェ!!!」

 

韻子が通信で叫ぶが誰も聞いていない、彼女のいた小隊はすでに韻子との通信をオフにしている。

 

 

 

「愚かな・・・土民どもの考えのなんと浅ましいことよ。」

 

エリシウムの中でヤーコイム男爵は不敵に笑う。

 

彼は氷結防止装置など何の役にも立たないことを知っているのだ。

 

距離を詰めていた地球連合軍カタフラクト隊の、先頭集団にいた韻子と同じ小隊のカタフラクトは氷結防止用のヒーターなど関係なく駆動部が凍結し、パイロットの肉体まで凍りついていく。

 

もしエリシウムの能力が『周囲の温度を低下させる』のであれば、このようなことにはならない。

 

『うわあああぁぁぁ・・・』

 

『う、腕が、足があああぁぁぁ・・・』

 

韻子は、助けを求めようとオープン回線にした兵士達の断末魔が少しずつ小さくなるのに耳を塞ぐ。

 

彼らはもう手遅れなのだ。

 

彼女がこの一年以上続く戦争で生き残ってこれたのは卓越した操縦技術によるものでもなければ明晰な頭脳によってでもない。

 

それらはあくまで一要素に過ぎないのだ。

 

彼女を生かし続けた最たる要因は臆病さだったのである。

 

臆病、それすなわち非難されるものではない。

 

危険を危険と理解し、いち早く察知し、避ける能力、慎重さと呼び変えても構わない。

 

どのような危難をも察知し、回避するような臆病さほど、生き残ることに長けた武器は存在しないのである。

 

弾丸は臆病者を好むなど迷信に過ぎない。

 

むしろ勇猛果敢と蛮勇無謀を取り違えるような猪突猛進の獣など狩人の引き立て役にもならないのである。

 

狩人が真に恐れる獣とは、罠にかからず、猟犬を煙に巻き、猟銃の射線に決して入らぬものだ。

 

鋭い爪や牙を持つならばなおさらである。

 

『ダ、ダメだ逃げろ!!』

 

『殺される、殺される!!』

 

恐慌状態となった兵が敵前逃亡を扇動するような言葉を通信で叫び、それに付和雷同する者も出始める。

 

彼らは自身の臆病さに目を向けられぬのだ。

 

臆病さは武器であるが諸刃の剣でもある。

 

普段勇猛果敢と思い込んでいる、または思い込みたいがゆえに己の臆病さから目をそらす者にとっては危険に対面した時、臆病さは自分自身を危険にさらすのだ。

 

そんな中、韻子は自分の中の臆病さ、そして恐怖に向き合い、冷静に突破する手段を考え、せめてもの足止めとしてエリシウムを撃つ。

 

すると、もともと動きが鈍いためわかりにくかったのだが、エリシウムは弾丸を逸らす瞬間だけ動きがさらに遅く、場所によっては後退しているのに気づいた。

 

「落ち着いて、弾丸が無くなるまで、銃身が焼き付くまで撃ち続けてください、足止めにはなります!!」

 

韻子は拡声器まで使い、届く限りの部隊にそう呼び掛けた。

 

すると、それを聞いた連隊長が全部隊へ通信で檄を飛ばす。

 

『見ろ、あの女だてらに先頭に立ち、戦う乙女を!!我が隊は彼女一人捨て置き、逃げ出すような腰抜けばかりか!?』

 

これを聞いた他のパイロット達も韻子に続いてエリシウムを撃ち、エリシウムはたたらを踏んで後退する。

 

韻子は連隊長の檄を聞き、自嘲気味に笑った。

 

彼女は自分を臆病と知っているからこそ、エリシウムが射撃を受けると停止、または後退することに気づいたのだから、勇猛果敢などという言葉は彼女にとって真反対のものなのだ。

 

エリシウムはたしかに足踏みし、後退している、しかしそれだけだ。

 

アレイオンの銃撃は数を増しても逸らされ続けており、エリシウムにダメージらしいダメージを与えられていない。

 

先に韻子の言ったとおり、弾丸はいつか尽きるし、銃身も焼き付く。

 

そうなればアレイオンは何もできないのだ。

 

だが、韻子は無為無策でこのようなことをしているわけではない、はるか上空からの援護を期待しているのだ。

 

 

 

 上空には、デューカリオンが飛んでいる。

 

その中でマグバレッジ大佐は援護射撃の命を下した。

 

「船体下部ミサイル、目標エリシウム!撃ええぇぇ!!」

 

マグバレッジ大佐の命を受け、ライエは五発のミサイルをエリシウムに向けて放つ。

 

五発のミサイルはエリシウムに吸い込まれるように飛翔するが、途中で飛翔用ロケットが停止し、地面に突き刺さって土煙をあげた。

 

「これは!?」

 

「信管、ブースターが凍らされ、停止しましたね。ならば主砲です、直接照準、徹甲弾、榴弾、各個に撃ぇ!!」

 

ライエは言われたとおり、主砲で徹甲弾、榴弾を放つが、榴弾はやはり信管が凍結し、徹甲弾と共に逸らされ、地面に突き刺さると同時にエリシウムの足も砲弾に押されたかのように地面にめり込んだ。

 

それを見た韻子は、エリシウムのフィールドの正体に気づいた。

 

エリシウムは単純に周囲の温度を低下させているのではなく、分子運動エネルギーを奪っているのである。

 

そのため、氷結防止用のヒーターの効果がなく、機密空間にいるパイロットまで氷結したのだ。

 

このアルドノア兵装、『エントロピーリデューサー』がどうやって弾丸を逸らしているのか。

 

エントロピーリデューサーによってエリシウムの装甲、そして飛来する弾頭は臨界温度まで冷却され、『超伝導体』となる。

 

この超伝導体は、マイスナー効果により外部からの磁場を通さないため、接近すると弾丸が逸れてしまうのだ。

 

リニアモーターカーが浮いている原理に近い。

 

しかし、軽減されはするものの、完全に衝撃を殺すことはできないため、アレイオンの銃撃を受けて怯んだり、デューカリオンの砲撃を受けて地面にめり込んだりしたのである。

 

「(こんな時、伊奈帆だったらどうするかしら?)」

 

韻子は、伊奈帆ならばどうするかを考える。

 

彼ならば分子運動エネルギーをどうにかして補充しながら、肉薄して格闘戦を仕掛けるなり接射するなりしてエリシウムを破壊するだろうと韻子が考えたとき、遠くからアレイオンの拡声器で呼びかける声が響く。

 

『え~、交戦中の連合軍カタフラクト隊、なるべく雪男に近づかないでくださ~い、こちらの砲撃に巻き込まれても責任は負いかねますので~!!』

 

気の抜けたような声であるが、韻子には聞き覚えのある声であった。

 

芦原高校に通っていたころは伊奈帆を挟んでケンカばかりしていた、ニーナが恋慕しているのを、『あんなヤツのどこがいいのよ!?』と一蹴しつつも、伊奈帆が韻子に向けるものとはまた違う『無表情な笑顔』を見せるのに嫉妬し、同時に伊奈帆が心を許す一番の相手とも認めていた男だ。

 

戦争が始まるといち早く軍に志願し、伊奈帆からその動機の予想『火星に対する復讐の名を借りた八つ当たり』を聞いて止めようとしたが、彼を信じようと、『自分の予想はきっと外れている』と願った伊奈帆の手前、自分を押さえた。

 

しかし伊奈帆の予想は的中し、良好な関係を築こうとしていたアセイラム皇女に銃を向け、義父の鞠戸大尉と大喧嘩の末打ちのめされ、それを心配して見舞いに行ったニーナを、彼女は何があったかは一言も話さなかったが韻子の勘ではニーナに暴言を吐いたという程度ではない、乱暴したと考えている。

 

そこまでされても慕っているニーナに少なくない憤りを感じるが、それでも憎むことができなかった男である。

 

韻子が乗るアレイオンのカメラ映像に映るエリシウムが何かに殴られたかのようにぐらつく。

 

少し間をあけ、エリシウムの近くに何かが落ちる。

 

エリシウムの、韻子側から見て右の上空から巨大な黒い球が飛んできているのだ。

 

エリシウムと比較してその球の大きさは直径2メートルないし3メートル、当たった瞬間に砕けているところからして金属ではない。

 

「あれ、まさか土弾!?」

 

そう、エリシウムを襲っているのは土で作られた球であったのだ。

 

土といえどあなどってはならない。

 

小石の混ざった土を海水で固めて形成し、射出の際に遠心力で脱水してさらに固められたこの土弾は重量にして約8トン、参考までにデューカリオンを除く史上最大の戦艦、大和の主砲が放つ砲弾の重量は1.4トン、デューカリオンは宇宙空間での使用も念頭にあるため取り回しを重視してこれより一回り小さい1トンである。

 

そして、土や石、海水は超伝導体にならないため、マイスナー効果の壁を易々と貫く。

 

さらにこれは偶然なのだが、エントロピーリデューサーによって土弾は、現状では実験上も計算上も出し得ていない温度まで冷却されており、硬度はダイヤモンド並みになっている。

 

8トンのダイヤモンドのカタマリがぶつかっているのだ、エリシウムもひとたまりもない。

 

しかし、この土弾は命中率が酷すぎるのが弱点である。

 

射出方法の関係で仕方がないのだが。

 

「やっぱ当たんねぇもんだな。」

 

土弾を飛ばしているパイロットは愚痴をこぼしながら、カタフラクトで新たな土弾を飛ばそうと、射出装置である大きな布に土弾をくるんだ。

 

この布はカタフラクトを輸送したり、どこかに隠す時に使うカバーであり、カタフラクトをすっぽり覆ってしまうほどの大きさである。

 

その布に土弾をくるんで両端を持つと、カタフラクトで振り回し、脱水しながら固めて布の片側を放すことで射出しているのだ。

 

起源は古代、まだ人間が文明を興したか、はたまた文明が生まれる前か、神話で小さな英雄が巨人を打ち倒すのにも使われた由緒正しき武器、投石帯だ。

 

しかしこの武器の弱点は、当てるのが非常に難しいことにある。

 

射出の際に振り回し、その遠心力によって放物線を描いて飛翔する弾体がどこに行くかなど、神のみぞ知るところである。

 

「ま、ぶっ壊すまで投げ続けりゃいいだけか。」

 

『そこの所属不明カタフラクト、応答願います。』

 

彼のもとに、感情を感じさせない、まるで自動応答のような声で通信が入る。

 

「・・・まさか!?」

 

『このデータどおりに投てきをお願いします。』

 

答えるより早く、一方的にデータが送りつけられ、彼はデータどおりに投げるタイミングを設定して土弾を放った。

 

 一方、土弾の砲撃を受けていたエリシウムのパイロット、ヤーコイム男爵はこの土弾の攻撃に一つの話を思い出す。

 

彼はこの状況に至るまで単なるウワサ話として気にもしていなかった話だ。

 

「この原始的な戦い方・・・まさか、『原始人の勇者』か!?」

 

原始人とは、土人、土民に並んでヴァース帝国が地球人を侮蔑するのに使う言葉であるが、昨今はあまり使われなくなっていた。

 

なぜなら、ある地球のエースパイロットを連想する言葉にもなりつつあったからだ。

 

ヴァース帝国どころかおそらく地球も想定していないほど原始的な方法を使って戦うこのエースパイロットによって、『皇帝陛下より下賜されし名馬』が何機も打ち倒されているのだ。

 

なお、このエースパイロットについては地球連合軍の公式記録においては存在しないものとされている。

 

韻子も遠目に何度か遭遇したことがあったが、全て報告書から抹消されていた。

 

その中には自分が書き、上に持っていかれた後で消されていたこともあり、彼女も『触れてはいけない』と考えるようになっていたのである。

 

そして地球連合軍兵士のウワサでこのエースは『石器人』と嫉妬と羨望を込めて呼ばれており、いわく『連合軍の雇ったPMCだが、禁止されている直接的な戦闘行為への主体的参加を連合軍は黙認しているため、存在が抹消されている』、はたまた『部隊名すら伏せられた幽霊部隊で、精鋭の特殊部隊である』、『実は懲罰部隊で、捨て石になるような戦い方を強要されているため原始的な戦い方をしており、それが偶然上手くいった何人かの話が同一人物のものとされている』など、千差万別だ。

 

しかし、そのどれだとしてもヤーコイム男爵に襲い来る土弾が別のものになることはない。

 

エリシウムの最大の武器、エントロピーリデューサーはその容量ゆえにエリシウム自身の動きに制限がかかってしまう。

 

仮にエントロピーリデューサーを解除したところでエリシウムはエントロピーリデューサーの使用を前提とした設計のため、激しい動きができるように設計されていないため、土弾に潰される未来に、アレイオンによって蜂の巣にされる未来が追加されるだけだ。

 

もはや投降するしかないが、それもかなわない。

 

すでに土弾があきらかな直撃コースで飛来しているのだ。

 

「・・・原始人の勇者、美事なり。」

 

ヤーコイム男爵はその言葉を最期に、土弾によってエントロピーリデューサーが破壊されたことによって、エリシウムがため込んだエネルギーが暴走、爆発を起こしてエリシウムごと跡形も残らず消し飛んだのであった。

 

 

 

 戦闘が終わり、アレイオンを降りた韻子は途中でライエ、ニーナと合流してエリシウムを撃破したカタフラクトのパイロットの元へ向かう。

 

港湾基地やカタフラクト連隊はエリシウムを撃破したのはデューカリオンと誤認しているため彼のもとにはまだ誰もいない。

 

「蛍、伊奈帆は!?」

 

韻子は彼にそう尋ねる。

 

彼はヘルメットを被っていたが、先に聞いた声は間違いなく蛍のものであったからそう尋ねたのだ。

 

彼がヘルメットを外すと、その下にあった顔は間違いなく蛍であった。

 

「本日をもってデューカリオンに帰任しました、宿里蛍伍長です、網文曹長、残念ながら自分は一人にあります。」

 

だが、敬礼し、口から出た言葉は、彼が偽者じゃないのかと思わせるほど印象が違うものであった。

 

「もう一年くらいになるかしらね?えらく背が伸びたわね。」

 

蛍はもともと背が高かったが、この一年半ほどで伸びており、190センチ近い。

 

「お前がまさか軍に入ってるとは思わなかったぜ、ライエ。」

 

ライエとは普通に・・・多少丸くなって話しているが、韻子は違和感を覚えた。

 

「ねぇねぇ、蛍くんってさ、ライエちゃんのこと、『アリ・・・っとと、ファミリーネームで呼んでなかったっけ?」

 

ニーナが韻子の感じた違和感とまさしく同じことを尋ねる。

 

蛍は以前、ライエのことは『アリアーシュ』と呼んでいたが、今、何の抵抗もなく『ライエ』と呼んだ。

 

「ん?だって俺、こいつの名字、知らねぇし。」

 

「指ささないでよ。前、教えなかったっけ?『村雲』よ。」

 

「あ、あぁそうだったそうだった!けどよ、もう『ライエ』で長ぇから、こっちでいいよな?」

 

「好きにすればいいじゃない。」

 

蛍の答えは『誰が聞いているかわからないから適当な話し方で新しい名字を聞いた』ようにも見えるが、そうだとしても名前呼びを続けるのはおかしい。

 

「それにしても、考え無しに、派手にやってくれたわねぇ、暑いったらありゃしないわ。ねえ、韻子、ニーナ。この際だから脱いじゃおっか?」

 

ライエがそう言うと、ニーナ、韻子、蛍は各々、別の反応をする。

 

「ええ~、でも、恥ずかしいよぉ。」

 

頬を赤らめるニーナ、

 

「そうね、そうしましょ!」

 

いたずらな笑みを浮かべる韻子、

 

「わ!?待て、オマエら、俺、男!!」

 

慌てふためく蛍。

 

目を覆う蛍の前、そして後ろで衣ずれの音がして、ライエは軍服の上衣、ブラウスを脱ぎ、韻子はパイロットスーツの腰から上を脱ぐ。

 

蛍もやはり男子の習性か、指の間から目の前のライエを見て、引っ掛けられたのに気づいた。

 

「って、下に着てたの水着かよ!?」

 

「そうよ、アンタと伊奈帆は遅刻したけど、海にいる時にさっきのが攻めてきてね、水着の上に着てたのよ。」

 

韻子が成功したイタズラの出来映えに満足しながらそう話す中、ライエは蛍に体を預けるように寄り添うと、

 

「何だと思ってたの?エッチ!」

 

と、からかった後、まだ脱いでいないニーナの後ろにスッと忍び寄る。

 

「ニーナ、いいモノ持ってるんだから使わなきゃ損よ!」

 

「キャッ!?ライエちゃん、何するの!?」

 

ライエが抵抗するニーナの制服を脱がせ、三人の中で最も大きい胸、そしてそれを包む桃色のビキニがあらわになると、蛍は目をそらす。

 

「ニーナ、蛍ってばあんたの胸、直視できないみたいね~、あたしには普通だったのにさ。」

 

「もう、やめてよぉ!」

 

ニーナはライエの手を振りほどいて制服の前を手で合わせ、蛍の顔をのぞきこむ。

 

「蛍くん?その、さ、見苦しいの、見せてゴメンね?」

 

「いや、ンなことねぇよ、キレイだったぜ?」

 

そう話して二人そろって赤面しているのを見て、ライエは蛍の背中に抱きつく。

 

「何よ、あたしのは貧相だから何とも思わなかったとでも言いたいの?」

 

「ちょ!?おま、背中、当たって」

 

「当ててんのよ!で、どうなの?」

 

「いや、オマエのは見慣れムウウゥゥゥ!?」

 

ライエは蛍の背中をよじ登り、スリーパーホールドをかける。

 

それを蛍がとっさに背負い投げして、ライエは宙返りして足から地面に着地する。

 

「何か言った?」

 

「うっせ!」

 

じゃれあう蛍、ライエ、ニーナを見る韻子は頬をほころばせる。

 

自分に対し堅苦しい物言いをしていた蛍だが、中身はあまり変わっていないとわかったからだ。

 

「芦原高校に通ってた頃に戻ったみたいだね、カームとオコジョがいれば。」

 

韻子の後ろから無機質な声が聞こえ、韻子が振り向くとそこには彼女が一番待っていた者が立っていた。

 

「伊奈帆!!」

 

韻子は思わず、伊奈帆に抱きつく。

 

彼の左こめかみには本部で撃たれた時に弾丸が貫通した傷あとがあるが、左目は遠巻きには元通りに見える。

 

しかし鼻が触れそうなほど近くにいる韻子には、彼の左目が精巧な義眼であることがわかる。

 

だが、韻子はそのことよりも再会した嬉しさの方が勝っていたのである。

 

「よかった・・・ホントによかった!!」

 

「韻子。」

 

伊奈帆は抱き返したりせず、韻子の後ろを指さす。

 

そこには、先ほどまでじゃれあっていた三人が、自分がさっきしていたような顔で韻子達を見ていた。

 

「あ、気にしないで、あたしたち、空気と同じだから。」

 

「ま、人の好いた惚れたほどいいネタはねぇしな。」

 

「き~す、き~す、き~す!」

 

韻子は顔を真っ赤にしてニーナをつかまえる。

 

「だ~れがするか~~~!!!」

 

「あ~ん、ギブギブ~~~!!!」

 

ニーナにコブラツイストをかける韻子、二人を仲裁するライエを横目に、蛍は伊奈帆に向き直る。

 

伊奈帆の襟に少尉の階級証が輝いているのを確認した蛍は伊奈帆に敬礼した。

 

「ご静養より戦列復帰、歓迎いたします、界塚少尉殿。お身体、御加減はよろしくて?」

 

「ん、大丈夫。蛍もウワサじゃ懲罰部隊に放り込まれてたって聞いたけど?」

 

「申し訳ありませんが、機密事項に当たりますのでお話しいたしかねます。」

 

昔のように淡々と話す伊奈帆に、事務的に返答する蛍。

 

二人を初めて見る者がいれば二人が芦原高校で親しかったなど信じないだろう。

 

そんな会話を交わす中、伊奈帆は無表情の中に一抹の寂しさを浮かべたのであった。




二期の一話というと、やっぱり皇女の演説から始まるのが一番と思い、どうせなので演説もオリジナルにしてみました。

書いてて思いましたが、自分、ケンカ売る演説の方が書くの好きで、乗ってました、ホント。


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第十五話 アインヘリアル

すでにアニメの話数に合わせるのは放棄しました。
というか無理です。


 本部での戦いから一ヶ月、ライエ処刑の報、皇女の演説のウワサを、蛍は臨時本部の独房で看守達が話しているのを聞き、その翌日、マグバレッジ大佐に呼び出された。

 

「宿里伍長、貴官の処遇が決定されました。」

 

「処遇?処刑の間違いじゃねぇのか?」

 

「いえ、間違いありません。あなたは軍法会議には不起訴となりました。皇女の演説はご存知で?」

 

「あぁ、アイツにあんなことしやがったことについては同感だけどよ、何が自演だってんだよとは思ったな。」

 

蛍は目の前にいる上官に対しわざと刺々しい言葉遣いをするが、マグバレッジ大佐はどこ吹く風だ。

 

「かの皇女に対しては数多の疑義が浮上しており、あなたどころではないようで私に処分を一任するとのことです。」

 

「・・・なぁ、アイツのことも『それどころじゃねぇから』処刑したってのか?」

 

「残念ながら、私はその問いに対する答えを持ち合わせておりません。」

 

あくまで事務的なマグバレッジ大佐に、とうとう蛍は我慢の限界を迎え、後ろ手に手錠をかけられているにもかかわらず隣で彼を見張る憲兵を蹴り飛ばし、事務机につくマグバレッジ大佐に突進した。

 

「テメェもアイツの事情は知ってたんだろ!?何でだよ!?何でアイツを助けてやらなかっ・・・!?」

 

マグバレッジ大佐は無言で蛍へ銃を向けるとためらいもせずに引鉄を引いた。

 

すると蛍へ二本の電線が伸び、彼の身体に電流が走り、その場に倒れる。

 

射出型のスタンガンだ。

 

「私は出来うる限りのことをいたしました。以降のことは私にどうにかできることではありません。むしろ、あなたはご自分の無力を恥じるべきかと思いますがね。」

 

冷たく言い放ったマグバレッジ大佐は本題である蛍への処遇を伝える。

 

「宿里 蛍伍長、あなたには本日をもって民間軍事会社『アインへリアル』への出向を命じます。」

 

アインへリアル・・・北欧神話における英霊の魂を意味する言葉だ。

 

「そしてこちらは先方への着任後にご覧ください。それまでの開封は私の命にて禁じます。」

 

そう言って出された二つの封筒と共に蛍は憲兵に運ばれていく。

 

 

 

 彼は目隠しをされ、後ろ手の手錠を外された代わりに拘束服を着せられて護送車に押し込まれる。

 

少しして、護送される者が全員乗せられて護送車は走り始める。

 

「・・・な~、オレさぁ、ションベンしてぇんだけどぉ?」

 

蛍の右斜め前から、人を小バカにしたような男の声がする。

 

「ハァ、いいか、テメェらはもう先方の家畜だ、ションベンでもクソでもしたけりゃそこでしな!」

 

蛍の右側、護送車の進行方向側からそう言われると、右斜め前の男は舌打ちする。

 

そもそも声の雰囲気からして切羽詰まったようには聞こえないため、脱走するための口実だったのだろう。

 

「・・・レディの前で何てこと言ってんのよ、あいつら・・・」

 

蛍の左隣でボソッと呟く声を聞き、蛍はそちらに振り向くが目隠しされているため誰なのかはわからない。

 

若い女・・・声からして少女といってもいいくらいの年齢である彼女の声に、蛍は聞き覚えがあったのだ。

 

「(バカバカしい、んなわけねぇだろ!)」

 

蛍は頭に浮かんだ想像を振り払う。

 

彼女は間違いなく死んだはずなのだと。

 

 

 

 しばらくすると彼らは護送車から下ろされ、一列に並ばされて目隠しを取られた。

 

蛍は目隠しを取られる前から、風に混ざる潮の匂いで海の近くだと考えていたが、それは当たらずとも遠からずであった。

 

たしかに海の上にいた、しかしそこは海洋に浮かんだ軍艦の甲板だったのだ。

 

滑走路のようになった甲板から、わだつみのような強襲揚陸艦であることがうかがい知れる船に並ばされた蛍達の前で、痩身の、軍務についているとは到底思えない男が演説する。

 

「あぁ、新入社員の諸君、『バルハラに最も近い』と評判のわが社、『アインへリアル』へようこそ。私はCEOのロックウィンド、ロッキーなりロキなり、好きに呼んでくれたまえ。」

 

痩身の男、ロキはピエロのようにおどけながら話し続ける。

 

「わが社は主に地球連合軍の依頼を受け、様々な軍事サービスを提供している。人の入れ替わりも激しいわが社はチミ達を新米扱いする余裕はない、仕事は先輩方から実務の中で教わるように。以上、解散!」

 

ロキが解散と宣すると、『先輩方』に連れられ、男女別に生活スペースの説明を受ける。

 

「(ここ、民間軍事会社っつってたよな?何つーかな、冷たい感じしかしねぇな。)」

 

蛍はロキの言葉がある程度しかわからないが、鞠戸大尉やマグバレッジ大佐と先のロキという男や先輩方を比べて考える。

 

鞠戸大尉はさておき、マグバレッジ大佐は彼にとって天敵といってもいいほど『怖かった』が、ロキや先輩方には『気味の悪さ』を感じていた。

 

そしてこのアインへリアル所有の揚陸艦への搭乗、一見軍務のように見えるが、蛍は軍隊というよりは監獄のように感じている。

 

どこで乗ったかも、今どのあたりにいるのかもわからない以上、泳いで逃げるのは当然だが自殺行為。

 

仮に先の男、ロキを人質にしてもCEOというのは彼の自称だ、人質の価値があるかはわからない、というよりそれほどの人物がこんなところに出てくるはずがないのだからおそらく皆無。

 

乗組員を扇動して反乱を起こしたとすれば、この艦の航行データ自体が消去され、海を漂う懲罰房と化す。

 

これらはあくまで蛍の想像に過ぎないが、状況証拠が揃いすぎているのだ。

 

先の、艦の現在位置に関すること以外にも、艦の乗組員の大部分が見た目からして堅気ではない、昔の彼のような町のゴロツキに、ギャング、マフィアの類いと見える者、中毒者のような目付きの者等々。

 

それらを見て蛍は、『油断すれば喰われる』と悟ったのであった。

 

 

 

 蛍は一旦、部屋であてがわれたベッドに入り、念のため誰にも見られないようにマグバレッジ大佐から預かった封筒の『1』と書かれている物から開封する。

 

『宿里伍長

 

 これを読んでいるということは貴方はアインへリアルに着任していることでしょう。

 

 気がついているかもしれませんが、そこは民間軍事会社の名を借りた懲罰部隊です。

 

 貴方をそこに送った理由は二つあります。

 

 一つは、私が受けていた貴方への処分の命令は軍法会議を経ずに処刑し、事故死とするようにといったものでした。

 

 当然ですが、そのような命令は受けるわけにまいりません。

 

 ですが、処刑は撤回させたものの私の力及ばず、貴方をそこへ一年間送るという処分が決定されました、力不足については謝罪します。

 

 そしてもう一つ、すでに会っているかもしれませんが、そこには『彼女』も送られています。

 

 彼女の身を隠す場所として民間軍事会社と聞いておりましたが、連合の一部の者は彼女を亡き者にしようとしております。

 

 彼女の諜殺を目論む者を鎮め、彼女を呼び戻す準備が整うまで半年はかかるでしょう。

 

 それまで、彼女を守ってください。

 

 追伸、もう一つは鞠戸大尉からです。

 

 そしてこの手紙は読了後に処分をお願いします。』

 

一枚目を読み終えた蛍は衝撃を受ける。

 

「(『彼女』ってアイツだよな?アイツ、生きてたのか?ってことはさっきのはやっぱり!!)」

 

蛍は一枚目を隠し二つ目の封筒を開いて読み、あらためてマグバレッジ大佐の指示書と鞠戸大尉の手紙の内容を頭に叩き込むと、ポケットにそれを突っ込む。

 

この二枚は後に海の藻屑となって消えることになるのであった。

 

しばらくしてブリーフィングルームで、着任後初の『依頼』がロキによって説明される。

 

「あ~今日入社したばかりの新米クン達にはさっそくで悪いが仕事だ。

 

 当社は地球連合軍の依頼で人道的な仕事に取りかかる。

 

 というのも、火星のタコ助どもが考え無しに地雷をバラまいてくれたおかげで近隣住民が外も歩けねぇって困ってるそうだ。

 

 カスタマーとしちゃあ自分らでどうにかしてやりたいそうだが、あいにく手が回らねぇんだと。

 

 そこでだ、我々に白羽の矢が立ったわけだ。

 

 我が社はこれよりこの人道支援業を行うため上陸する。

 

 新米クン達は初の仕事だ、がんばりたまえ。」

 

ロキの言葉に、蛍はやはり胡散臭さを感じた。

 

大筋のところしかわからないが、やたら『人道』を強調し、その上具体的な場所も話さない。

 

そして何人か、参加していない新米がいる。

 

おそらく、不参加の者の故郷といったところだろう。

 

そんな予想を立てながら、あらためて参加する新米を見回すと、彼が探していた『彼女』の姿を見つけた。

 

見間違うはずがない、処刑されたと聞いていたライエが新米に混ざってブリーフィングに参加していたのだ。

 

ブリーフィングが終わると、蛍はライエをつかまえ、通路の横道に入る。

 

「アリアーシュ、お前、どうして?処刑されたって・・・」

 

ライエは一瞬驚いて目を見開くが、すぐに目を閉じて答える。

 

「それ、誰かしら?あたし、そんな名前じゃないわ。」

 

これに今度は蛍が驚き、絶句する。

 

声にしろ顔にしろ間違えているはずはないし、何よりマグバレッジ大佐の指示書によれば、間違いなくこの艦に乗っているはずなのだ。

 

「オイ892、893!何をしている!?」

 

「すみません、すぐに。」

 

892番は彼女の番号、893番は蛍のものだ。

 

すぐに先に行った者達の跡を追い、ホバークラフト上陸用舟艇に乗り込む二人。

 

ホバークラフトには一台の地雷処理車が載せられ、余ったスペースに兵士が乗り込む。

 

 

 

 砂浜に乗り上げたホバークラフトから地雷処理車を降ろし、蛍達も続いて降りると、一人一人がバックパックを背負わされる。

 

そして目的地まで歩かされた蛍達は、『KEEP OUT』と書かれた看板と有刺鉄線の柵の前に並ばされる。

 

まず、地雷処理車からロケットが射出され、それとチェーンで数珠繋ぎに連結された爆弾が地雷原に落ちて爆発していく。

 

それを数回繰り返し、本来であればこれだけでほぼ全ての地雷が巻き込まれて爆破されているのだが今この場ではそうではない。

 

爆弾が落ちた場所がまばらなのだ。

 

「さて、諸君らの出番だ、当社の地雷処理車は払い下げでね、だいぶガタが来ているせいで地雷を処理しきれないことが多々ある。

 

 そこでだ、チミ達にこの地雷原の地雷がキチンと処理されたか、歩いて調べてほしい。」

 

これを聞いて蛍は内心で

 

『嘘つけ!!』

 

と叫んだ。

 

今時、地雷を処理しきれない処理車など無いし、もしできないならば『爆発前に踏み潰す』タイプの処理車を持ってくればいいだけである。

 

なお、踏み潰すタイプの処理車は爆破型よりはるかに旧式であるため、払い下げの爆破型よりも安いのは明白だ。

 

間違いなくこの地雷処理は懲罰目的である。

 

「テメェコラ!フザケてんじゃねぇぞ!!」

 

ロキに蛍達と一緒に護送されていた、用便を口実に脱走を企んでいた男が噛みつくが、ロキは眉ひとつ動かさず、

 

「ヤれ。」

 

と、『先輩方』に命じ、噛みついた男は蜂の巣にされる。

 

「あ~、言い忘れていたが職務命令違反は極刑だ、十分注意するように。」

 

蛍はライエの諜殺を目論む者達の考えをロキの言動から読み取る。

 

このような命令、必ずどこかで拒否するか怠慢を起こす。

 

その瞬間、今の男のように蜂の巣という筋書なのだと。

 

「さぁ、気を取り直して先輩方、手本を見せてやりなさい。」

 

ロキがそう言うと先輩方は怖れもせずに地雷原に飛び込み、まるで何もない野原を散策するかのように軽快に歩いていく。

 

しかし蛍はそのトリックを鞠戸大尉の手紙で読んでいた。

 

ヴァース帝国の使う地雷は5、6回目に踏んだ時に爆発する仕組みになっている。

 

行軍している軍の、真中あたりで一発でも爆発すれば軍は立ち往生、地雷そのものも対人、対戦車両用という嫌らしいものだ。

 

裏を返せば、最初の4回までは踏んでも問題ないということである。

 

「うむ、先輩方を見る限り処理は完了しているようだな。

 

 だが、念のためだ、新米クン達も同じように歩きたまえ。」

 

『白々しい』 と考えながら蛍は、『892番』に声をかける。

 

「おい892。」

 

「・・・何よ?」

 

彼女は少し不機嫌そうに答える。

 

「死にたくなけりゃ、俺の足跡を三歩下がって踏んで歩け。」

 

「どうして?」

 

「怪しまれるから詳しい話はできねぇ、とにかく、何も考えねぇで言うとおりにしてくれ。」

 

これに彼女はうなずき、蛍が地雷原に歩き出すと少し遅れて彼女も追いかける。

 

蛍はまだ踏まれていない場所、一回しか踏まれてない場所、または踏み固められてしまうほど踏まれた場所を選んで歩いていき、彼女は恐る恐るその後を追っていく。

 

この三つの場所は、最初二つは地雷があっても大丈夫な場所、最後一つは地雷そのものがない場所なのだ。

 

蛍はそれを選んで歩き、彼女もそれについてくる。

 

「おっとゴメンよ!」

 

「キャッ!?」

 

蛍は後ろから聞こえた声に驚き振り向くと、『彼女』がバランスを崩し蛍の足跡を踏み外しており、その後ろにとてもすまなさそうにしているようには見えない男が離れていっていた。

 

「(先輩方だけじゃねぇな、こりゃ。)」

 

鞠戸大尉の手紙には、この懲罰部隊の『先輩方』は、雇われの『処刑屋』で、事故を装ってターゲットを消すのが仕事だと聞いていた。

 

しかしどうも、書ききれなかったのか昔はそこまでしていなかったのか、新人にも処刑屋が紛れているようなのだ。

 

そんなことを考えていると、まさかのまさか、彼女を突き飛ばした処刑屋が地雷を踏み、吹き飛ばされた。

 

処刑屋であるなら当然だが、彼も蛍が鞠戸大尉から教わった地雷の避け方を知っていた、しかし油断したばかりに踏んではならない場所を踏んでしまっていたのだ。

 

その爆音は地雷原を歩いていた新米達全ての注目を集め、そのほとんどが無軌道に走り始めてしまう。

 

当然だが、そのようなことをすれば地雷を踏む者が増えるのも明白である。

 

二人目、三人目と吹き飛ばされる中、変わらず歩き続ける者と、その場に立ち尽くす、あるいは座り込む者も出るが、立ち尽くす、座り込む者はあまり動かないようならば怠慢とみなされ、頭を撃ち抜かれてしまった。

 

そんな中で892番は恐怖のあまり蛍に飛び付く。

 

「いやあああぁぁぁ!!!人が、人がああぁぁ!!」

 

「オイ、暴れるな!!落ち着け!!」

 

抱きつかれた蛍の回りでドタバタと暴れるのを蛍は鎮めようとする。

 

あくまで蛍が踏んでいる場所には地雷がないだけで、その周囲はもしかすると埋まっているかもしれないのだ。

 

「クソッ!!」

 

このままでは自分もろとも地雷に巻き込まれる可能性を考えた蛍は彼女を強く抱きしめ、地面から足を離れさせた。

 

「ひぅ・・・」

 

892番が蛍の考える『彼女』ならば工作員としての訓練をある程度受けているが、だからといって目の前で人がバラバラになるのが平気なはずはない。

 

平気だとすればそれは異常者以外にありえないのだ。

 

「落ち着け、それとまわりを見ろ。」

 

周囲は動けなくなった者、あるいは動かなくなった『もの』、恐怖で走り回る者、取り乱すことなく歩き続ける者の四種類に別れている。

 

「今、ビビりもしねぇで歩いてるヤツは間違いなくお前を狙ってる処刑屋だ、しっかり顔、覚えとけよ。」

 

歩き続けているのは女二人、男三人の計五人である。

 

 

 

「怖ぇか?」

 

蛍の質問に彼女は首肯する。

 

「死ぬのがか?」

 

強く首肯する彼女に蛍は、

 

「なら、俺につかまって、しっかり足跡を踏むんだ。ゼッテェに地雷は踏まねぇし、もしもの時は一緒だ、だいぶマシだろ?」

 

と答えると、彼女はクスッと笑う。

 

「そこは『もしもの時』なんて言っちゃダメよ、まったく。

 

 やっぱり『大ッキライ』!」

 

彼女の答えを聞いて蛍は歩き始め、彼女も足跡を踏んで歩く。

 

「そういえばよ・・・まあ、なんだ、独り言だと思って適当に聞き流してくれねぇか?」

 

蛍はふと、そうこぼし、彼女もそれに耳を傾ける。

 

「俺が世界で一番大っ嫌いな女の話だ。

 

 アイツ、とんでもねぇ大バカ野郎でよ、自分のせいでたくさんの人が死んだとか、バカみてぇなこと考えて、自分を殺しちまってな。」

 

これに彼女は眉をひくつかせる。

 

蛍が言っている『世界一嫌いな女』が誰を示すかわかったからだ。

 

「だいたい、お前が何かどうかしたら結果が変わったのかって話だ。

 

 直接何かしたわけでもねぇのに、まるで無関係で無責任な誰かみてぇに、『親がやったことは子が背負え』、『少しでも関わってたなら同罪』ってのを自分にふっかけて、『死んじまった』んだからよ。」

 

「きっと、その人は自分が自分でいることに耐えられなかったのよ。」

 

892番の言葉に、蛍はあくまで独り言の体裁で語り続ける。

 

「俺もよ、自分が何なのかわからなくて、とにかく『俺は強ぇんだ!』って知らしめてりゃ安心できたから大暴れしてたことがあってよ。

 

 けど、義父(オヤジ)に拾われて、いろんなヤツに会って最近になって・・・ま、その女が反面教師になってくれたのがデケェんだけどな。

 

 自分が自分だって言うのに、誰かが許してくれなきゃなんねぇのか?ってな。」

 

「・・・バカじゃないの、あんたこそ。」

 

「バカでかまわねぇよ。どう思われても俺は俺だっての。」

 

蛍はそう答えた時、久しぶりに笑っていた。

 

そして後ろの彼女も、新芦原を出て初めて笑顔を浮かべたのであった。

 

「それはそれとしてなんだけどよ・・・頼まれてくれねぇか?」

 

「内容によるわ。『ヤらせろ』とかだったら思いっきり突き飛ばすわよ。」

 

「お前は俺を何だと思ってんだ?

 

 そのな、わだつみやデューカリオンじゃ日本語だったから不便はなかったんだけどよ・・・」

 

蛍は恥ずかしそうに口ごもり、次の言葉を発した。

 

「英語、教えてくんねぇか?」

 

英語は連合軍の公用語で、わだつみやデューカリオンでは日本人が多かったので日本語が使われていたが、それ以外では不便なことに、蛍は今さらながら気づいたのである。

 

「はぁ?あんたよくそんなので志願なんてしたわねぇ。」

 

「いや、ここまでとは思わなかったんだよ。」

 

「ったく、仕方ないわねぇ、いいわよ。

 

 守ってもらうのにあんたが連中の言葉がわからなかったらこっちが危ないしね。」

 

892番は不服ながらも蛍に英語を教えることを承諾した。

 

 

 

 蛍がアインへリアルに来て一月半、処刑屋の先輩方はいまだに892番にかすり傷ひとつ負わせられていないことに焦りと苛立ちを感じ始めていた。

 

その原因はほぼ常に行動を共にしている蛍、そして男女別になるとかならず892番が先輩方や新米に混ざった処刑屋を避けるためである。

 

「何なんだよ、こっちの動き、893に漏れてんじゃねえのか?」

 

「いや、それなんだが面白いことをつかんだぜ。」

 

処刑屋でターゲットの情報を扱う者が一枚の写真を出す。

 

それは、芦原高校入学式の写真で、そこには蛍と、処刑屋の中でも古株の者がよく知っている者が共に写っていたのである。

 

「コイツ、マリト!?」

 

「そうだ、何でも893はヤツの養子らしい。大方、892を生かそうとしてるヤツが送り込んだボディガードだ。」

 

「・・・そうかそうか、よくやったぜ。

 

 ヤロウ、あの時はオレニハジカカセヤガッテ・・・」

 

処刑屋のリーダーが焼けただれた左目付近から頬までを強く握りながらそう言った。

 

鞠戸大尉はかつて、種子島レポートを流出させたことを咎とされこの懲罰部隊に入れられていたのだ。

 

その時、リーダーは何度も命令通り鞠戸大尉を諜殺しようとしてことごとく失敗し、最後はとうとう自爆で顔に硫酸をかぶってしまうが鞠戸大尉によって一命をとりとめ、それを『恥をかかされた』と逆恨みしているのだ。

 

「ソウダ、ヤツのガキならしっかりカワイガッテやんねぇとなぁ。」

 

「リーダー、そいつは置いときましょう?今はあの女をアベシッ!?」

 

諌めようとした側近が顔にパンチをもらい、そしてリーダーは残酷な策を閃いた。

 

「そうだ、少ししたら砂漠に向かう任務があったな・・・そこで仕掛けるぞ。」

 

そんな悪巧みがされていることなど露知らず、その作戦の日がやってきてしまった。

 

 

 

 作戦の内容は、砂漠に前哨基地を造るというものであった。

 

ただし太陽が照りつける中、一週間、夜を日に継いで設営しなければならない。

 

交代こそさせるが、過酷極まりないということに変わりはない。

 

現場へはトラック、高機動車(4WD)に分乗して向かい、蛍、892番は4WDに乗っている。

 

蛍が運転し、892番は助手席、後部座席には先輩方が二人だ。

 

名目は『脱走防止』なのだが、気が気でない蛍に反して、ターゲットであるはずの892番は余裕を見せている。

 

彼女は連中が、移動中に仕掛けるなどという自分が巻き込まれるリスク、発覚するリスクの大きいことをするはずがないと考えているのだ。

 

そして現場に近づくと蛍が異変を感じる。

 

「ん?あ?」

 

「どうしたの?」

 

「ブレーキが効かねぇ!!」

 

これに彼女は青ざめ、後部座席の先輩方を見る。

 

「おいおい、アクセルと踏み間違えてるんじゃね?」

 

「そんなわけねぇ、間違いなくブレーキ踏んでる!なのに、スピードが上がって・・・」

 

ブレーキを踏んでいるのにスピードが上がっていくことに恐怖する蛍とは対称的に余裕どころか笑みを浮かべている。

 

「ったく、整備士は後でシめねぇとな!」

 

「飛び降りろ、どうせ下は砂地だ!!」

 

そう言って先輩方は車から飛び降り、蛍もシートベルトを外してドアを開けようとしてふと、『彼女』の方を見た。

 

彼女はいまだにシートベルトと悪戦苦闘していた。

 

「何やってんだ!?」

 

「ダメ、外れないわ!!」

 

「なら切れ!!ナイフあんだろ!?」

 

蛍も彼女を手伝うためナイフを出し、シートベルトを切ろうとするが、まったく刃が立たない。

 

「ンだよ、これは!?そうだ、留め具!!っとお!!」

 

蛍が前を確認すると、暴走した4WDがトラックに突っ込みそうになってとっさにハンドルをきり、完全に隊列から外れてしまう。

 

「この!このぉ!!」

 

「こっちもかよ、チクショウ!!アリアーシュ!!しっかりつかまってろ!!」

 

二人がかりでシートベルトを車と繋ぐ器具を破壊しようとしたがやはり壊せず、蛍はシートベルトをしめ直し、最後の賭けに出た。

 

すでに速度計は時速200キロ近くを指しており、飛び降りれば大怪我ではすまない。

 

そのため蛍は、手頃な丘陵に向けて4WDを走らせると、素早くハンドルを切って車輪を滑らせながら丘を飛び越えたのだ。

 

宙に投げ出された4WDは砂漠を転がってひっくり返り、逆さまになって走れなくなった。

 

だが、車輪は空転し続けており、もしやと思ってサイドブレーキ、変速機も動かしてみるが手応えはなく、キーを回してもエンジンを止めることもできず、鍵の差し込み口を壊して中の配線を切るがそれでも止まらない。

 

一度走り始めると、エンジンそのものを破壊しないかぎりこの車は走り続けるように細工されていたのだ。

 

いずれにしても蛍達は車の中に留まり続けるわけにはいかないので、蛍はナイフで問題のシートベルトを突いてみた。

 

すると穴が開いたのでその穴を繋げるように開けていき、とうとうシートベルトが寸断され、『彼女』は助手席から解放される。

 

蛍は試しに自分のシートベルトも切ってみると、こちらは簡単に切断できる。

 

助手席のシートベルトだけ防刃繊維になっていたのである。

 

防刃繊維は切る力には強いが突く力に弱いのだ。

 

さておき、ここまで明らかに仕組まれていたのだ、次に起こることは容易に想像がつき、二人は示し合わせもせず、車が反転したせいで下側になった天井に転がっていた二人のバックパック、スコップ、大きな布、予備の燃料と、手に付いた物をつかんで外に出て走ると4WDは大爆発した。

 

念のためだが、横転しただけで車が爆発するということはない、爆弾が仕掛けられていたのだ。

 

「派手にやったわねぇ・・・」

 

「ってか、ここどこだよ。」

 

呆然と爆発した車を見る二人は、ふとした一言で危機を脱していないことに気づく。

 

丘の上に登り、バックパックに入っていた双眼鏡で辺りを見回すが見える範囲に工事を予定していた場所も、工事に向かっていたアインヘリアルの車列も見当たらない。

 

今、夜なのが救いだが、どこかもわからない状態で砂漠を歩き回るのは自殺行為、持ち出せた水にしても三日が精々、食料は水気のある缶詰と水気の無いレーション類が計五日。

 

無線機は短距離用しか無く、武器はピストル二丁に弾丸はマガジン四つと銃に装填されている分全部合わせて92発、ナイフ二本とスコップ。

 

救助は到底望めない、絶望的な状況であった。




アインヘリアル、多分元ネタのゲーム知ってる人は知ってると思います。
あれは完全に『懲罰部隊』でしたが、アインヘリアルは民間軍事会社ということになってます。


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第十六話 オアシスに咲く蓮花

このサブタイトル、どうなんでしょ?
正直、ワンシーンから取ったので、全体としてはどうなのかと。


 深夜の砂漠に立ち尽くす蛍とライエ、二人を照らすのは無数に砕けた月と星の光、そして炎上する車の炎。

 

いつまでも放心してはいられないと考えた蛍は、車から離れて砂丘を越えると砂を掘り始めた。ライエも蛍が何をしようとしているか察し、持ち出せた布を広げる。

 

蛍が四人は横になって入れそうな穴を掘ると、二人で持ち出せた物を穴に入れ、そこに布をかけてピンと張らせて固定する。簡単なシェルターだ。

 

砂漠は名前のとおり砂地であるため、風で簡単に地形が変わり、道路もなければ地図も方位磁石もない状態で当てもなく砂漠を歩き回るのはまず自殺行為だ。

 

そのため、まずは現状で生存率を上げるためシェルターを作ったのだ。

 

人間が文明社会から放り出された時、水と食料の確保ばかりに目をやりがちであるが、文明社会の中ですら頻発する熱中症事故や、現代のように暖房や建物の気密がしっかりしていないころは凍死もざらだったことからわかるように体温の管理も、否、体温の管理こそ最優先すべき重要事項なのだ。

 

この簡易シェルターの中は日中でもそこまで温度が上がらないし、砂漠の夜は放射冷却によって日中の暑さが嘘のように寒くなるがシェルター内ならば何も無いよりはるかにマシだ。

 

「それにしても連中、ここまでやるかぁ普通?」

 

「全部ガードされるからアイツらも焦ってたんでしょ? そんなことより、これからよ。水と食料は5日分。ジリ貧なのは変わらないわ。」

 

「・・・1人なら10日分ってとこだな?」

 

蛍の言葉にライエは身構える。

 

「あんた、まさか!?」

 

「お前に譲る。」

 

「はぁ?」

 

しかし予想外の言葉に今度は呆気に取られた。

 

「砂漠でも動物はいるし、どっかこっか水もあるだろ。それでどうにかするからよ。」

 

蛍はそう言ってシェルターから出ようとする。

 

歩き回るなら昼より夜の方がいい。キャンプを見失いさえしなければ熱中症の心配はしなくていいからだ。そんな蛍をライエは引き止める。

 

「バカなこと言わないの!とりあえずある分から食べて、無くなったらその時考えましょう?」

 

実を言うと蛍も空腹を感じ始めていた。本来ならば今頃、休憩で食事にありついている頃なのだ。

 

二人は牛肉煮とトマト煮の缶詰を開け、半分ずつ分け合って食べる。

 

缶詰等に毒を仕込むには缶詰を作る機械そのものを用意するという非現実的な手段を取るのでなければ注射器のようなものを使わねばならない。

 

そのため毒を入れたならばどこかここかに穴があるはずだが、蛍とライエ二人がかりでチェックした結果、それらしいものはなかった。

 

そもそもバックパックは争奪戦の末得たものだから、ピンポイントで毒を仕込むのは不可能である。

 

毒の危険はなく、空腹であるのにライエの食は進まない。ジリ貧の現状を考えると食べる気が起きないのだ。

 

「・・・なあ、何か食いたいものあるか?」

 

「何かって、今?」

 

蛍が言ったことの意味がわからず、ライエはそう尋ねる。

 

「違ぇよ、帰ってから食いたいものあるかって話だ。オッサンのせいで俺、料理は得意だからよ、材料が無ぇとかよっぽど凝ったモンじゃなけりゃいけるぜ。」

 

「帰ってからって、現状わかってる?帰れるかすらわからないのよ?」

 

「やっぱりそんなこと考えてたのか。いいか、帰れる帰れないじゃねぇ、帰るんだよ。そのためにゃ、帰ってからのこと考えるのが一番なんだよ。」

 

蛍がそう言うとライエは失笑しながら答える。

 

「フフッ、そうね・・・挽き肉を焼いたヤツと野菜をパンで挟んだの、あるでしょ?あれがいいわ。」

 

「それ、ハンバーガーだよな?いいのか、そんなので?」

 

「ええ、ちょっと思い入れがあるのよ。」

 

そう言ったライエは外を見て、目に浮かんだ涙を蛍に見せないようにする。

 

「わかったよ、そんなのでいいなら作れるから、今はこの缶詰で我慢してくれよ?」

 

そんな話をしながら食事を終え、シェルターで横になっているとライエが唐突に耳を地面につけた。

 

「ん?どうした?」

 

「シッ!静かに・・・この音、4WDね。二台・・・近づいてくるわ!」

 

「マジかよ?ってもこのあたりにいるのなんて・・・」

 

二人はシェルターを出て砂丘に上がり、周囲を確認する。

 

砂丘のふもとには二人が乗ってきた4WDの残骸、再び爆発するのを怖れ、砂丘の反対側にシェルターを構えたのである。

 

そして遠くから砂煙が近づいてきている。

 

「・・・チッ、ヴァースの偵察隊だな、大方コッチの4WDが爆発したのを調べに来たんだろうな。」

 

2台の4WDにはヴァース帝国軌道騎士団の紋章が描かれていたのだ。1台に歩兵四人の計八人がいるとして、正面から戦うのは無謀の一言につきる。

 

「・・・ねえ、蛍。投降しましょう?」

 

「は?お前、何言って・・・」

 

「今のあなたは民間人の扱いよ、すぐに釈放されるわ。」

 

「いや、お前はどうすんだよ!?」

 

「タダじゃすまないでしょうね。処刑されたことになってるとはいえ、あのザーツバルムのアキレス腱握ってる裏切り者。素直に銃殺してくれたら御の字かしら?」

 

そう言ったライエは自分の身体を抱くようにして震える。彼女もわかっているのだ、ただ殺されるわけがないと。

 

ライエを差し出せば蛍は助かる、しかし蛍はライエに言葉では答えず行動で答えた。

 

彼女の唇を奪ったのだ。

 

「~~~!!!???」

 

ライエは蛍の胸板を何度も叩き、突き放そうとするが蛍はライエを抱きしめているためそれはかなわない。

 

唇が離れるとライエは蛍の頬を引っ叩いた。拳でなく平手だったことに、彼女のささやかな心づかいが感じられる。

 

「何すんのよ!?」

 

「ってぇ・・・けど、これでお前は俺の女だ。」

 

「何言って・・・」

 

「俺は自分の女見捨てて生き長らえるような恥知らずじゃねえ。」

 

このやり取りの間、ライエはずっと顔を真っ赤にしていた。

 

ライエは表層とは裏腹に乙女願望がある。

 

『いつか白馬の王子さまが』といった願望だ。

 

蛍は白馬の王子さまとはかけ離れた武骨な無頼漢といった風体、言った言葉もライエの理想とはかけ離れていたが、彼女の心臓は早鐘のように脈打っていた。

 

「それに、どうして白旗上げなけりゃなんねぇんだよ?ヤッコさんから足に水、武器に食い物まで持ってきてくれたってのによ!」

 

「ちょっと待って、まさか戦う気!?無謀よ!!」

 

「心配すんな、お前はシェルターで待ってろよ。」

 

そう言って蛍はシェルターに武器を取りに戻った。ライエは逡巡の後、蛍を追う。

 

 

 

 蛍はシェルターから無線機、燃料缶、銃を取り出し、無線機と燃料缶を使ってリモコン式の簡易焼夷弾を作っていた。

 

作り終えた頃、ライエが追い付いてくる。

 

「蛍、あたしも戦うわ。」

 

「あのな、投降とか抜かすヤツは足手まといだ。大人しく待ってろっての。」

 

「あんたが銃を撃ったら一発も当てないうちに弾切れでしょ!?」

 

ライエに痛い所を突かれ、蛍は口ごもる。

 

「・・・わかってんのか、今からやるのは『戦争』じゃねえ。生き残るための『人殺し』なんだよ。」

 

蛍がそう答えるとライエは絶句する。

 

ライエが初めて人を殺めたのは新芦原でのトリルラン卿、彼は彼女にとって『父の仇』であった。

 

2回目は種子島のフェミーアン卿、しかしこの時はそれこそ『戦闘行為』であり、撃ったのはあくまで火器管制手だ。

 

そして蛍も、これまでは『戦争』という大義名分があった。

 

彼はもともと、復讐という大義名分で軍に入ったが、本当に復讐のために火星人を殺したかったのならばマグバレッジ大佐が以前話していたように自作ロケットで火星まで行って無差別殺人・・・とまではいかなくてもロケットに爆弾なりつけて飛ばし、無差別テロでもすればよったのだ。

 

それをしなかったのは現実的に不可能というだけでなく顔も知らない親の復讐では大義名分として弱かったからだ。

 

しかし今、自分達が生き残るためだけに人を殺めようとしている。ここに大義名分など存在しない。

 

「(クソッ、カッコつけといて手が震えるたぁ情けねぇ・・・)」

 

爆弾を作り終えていたのが幸運であったが、蛍は手が震え始め、銃の動作チェックが進まない。そんな蛍の後ろから抱きつくようにしてライエは銃を取り上げて代わりに動作チェックをする。

 

「あんたの背負うもの、半分背負うわ。食料と同じ、半分ずつよ。」

 

 

 

 二人が砂丘の上に戻ると、ヴァース帝国の偵察隊は残骸付近に到着しており、ブービートラップを警戒して兵士二人だけで残骸に近づいていた。

 

「前の車両から二人が降りたみたいね。爆弾の狙い目は後ろ?」

 

「いや、前だ。コイツは焼夷弾だからな、ドアが開いてる前の方が確実だよ。じゃ、行くぜ?」

 

「ええ!」

 

蛍は爆弾を前の車両付近に投げ、近くに落ちると無線機で爆破する。

 

先述のとおり焼夷弾であるこの爆弾は炎をまき散らし、乗員を焼き殺した後、4WDに積まれていた弾薬が引火し大爆発する。

 

これを後方車両に乗っていた者達はロケットランチャーか手榴弾によるものと誤認して、車ごと爆破されては敵わないとばかりに降車し始める。

 

この誤認は蛍にとってうれしい誤算であった。

 

本来ならドアの防弾ガラスに銃を付けて連射し、ガラスを割るつもりだったのだから。

 

爆発と共に砂丘を転がり降りた蛍は、4WDを降りた兵士と鉢合わせる。

 

蛍はとっさに鉢合わせた兵士の首をナイフで刺し、それを見た兵士の首めがけてそのナイフを投てきした。

 

これに驚いた三人目の兵士に銃弾を三発撃ち込み、残った一人が拳銃を抜くより早く三発の銃弾を撃ち込んだ。

 

蛍がCQBで一般的な兵士におくれをとることはまずない。

 

四人の兵士が倒れたのを斥候の兵士二人も確認し、アサルトライフルで蛍を撃つが、蛍は車を盾にして銃撃をかわす。

 

斥候たちは隠れるものが無いため伏せたが、それが命取りになった。

 

砂丘の上から正確無比な狙撃が斥候たちの頭に命中する。

 

ライエが拳銃で狙撃したのだ。

 

その距離50メートルという拳銃で狙う限界、それも頭という小さな的を撃ち抜くというのは見事としか言いようがない。

 

何にせよこれで全てのヴァース兵は倒れた。

 

蛍の元へライエが降りて来ると、蛍は炎上した4WDに乗っていた以外の兵士の死体を一ヶ所に集め、アサルトライフル2挺と拳銃2挺、そして弾薬は全て回収すると、先ほどシェルター用に使った布を取ってきて彼らにかける。

 

もしかすると戦闘の音を聞きつけたヴァース本隊が増援を送ってくるかもしれないし、偵察隊との連絡が途絶え、新たに偵察隊を出すかもしれない以上、このようなことをしている時間はない。

 

しかし蛍はやらなければならないと考え、死体を丁重に扱ったのだ。

 

「意外ね、死体なんてその辺に転がしておきそうなのに。」

 

「そいつはお互いさまだろ?」

 

言いながらもライエは蛍を手伝っていた。

 

彼女も死体を放置してはおけなかったのだ。

 

死体を安置した二人が4WDに乗ると車内に置かれていた通信機が鳴っている。

 

「う~ん・・・捨てないと追っかけられるわね。」

 

通信機はGPSとセットになっており、持っているとヴァース側に位置情報が筒抜けになる。

 

地図そのものは紙の地図も予備として車内に置かれていたので問題ないが、蛍は通信機兼GPSを外に捨てようとしたライエの手を止める。

 

「いや、聞こえるようにしろ。」

 

蛍がそう言うのを聞き、ライエは言われたとおり通信が聞こえるようにする。

 

『こちら本隊、ニンフ2応答せよ!』

 

通信の声はロシア語、すなわちヴァース帝国公用語であり、蛍には聞き取れないが、呼びかけてきているのは語調からわかる。

 

「どう答えるの?」

 

「それはな・・・」

 

蛍はライエに答え方を教え、ライエはヴァース帝国公用語に翻訳して通信に答えた。

 

当然、声を低く落として男の声に似せてである。

 

「こちらニンフ2、敵部隊と遭遇、交戦しました。

 戦果、高機1撃破、当方被害高機1並びにその乗員4。

 現在、残敵を追跡中、どうぞ。」

 

『了解、ニンフ2、土民による前進基地設営計画の情報が入っている。

 おそらく設営部隊が放った斥候だろう、ニンフ2はそのまま追跡を続行、当方も援軍を送る、通信終了。』

 

「・・・で、どうすんのよ?これじゃあ追っかけられるのに変わりないわよ?」

 

「そう、追いかけさせるんだ、設営予定地までな。」

 

そう言って蛍はGPSを見て、出る前に聞いた設営予定地を確認して車を出した。

 

 

 

 数十分後、ヴァース帝国の増援部隊が遭遇戦を行った場所に到着し、通信で聞いていた状況と違うことに気付く。

 

まず、死体の数が合わない。

 

通信では戦死『4名』と聞いたのに実際には8人分、それも焼死体はさておき、布をかけられていた死体は全てヴァース帝国兵である。

 

そして、この場に来たであろう地球側の車両は偵察隊を放った原因となった4WDのみ、そしてこの場を去ったであろう車両はヴァース帝国側の4WDのみ、轍がその分しかないのだ。

 

「ニンフ2、応答せよ!」

 

増援部隊の通信兵は隊長の命令を受け、この場に全員分の死体がある偵察隊に通信をかける。

 

『こちらニンフ2、どうぞ。』

 

先と同じ声が通信機から返ってくると、通信兵は隊長に言われたとおりに尋ねる。

 

「申し訳ないが、貴官の官姓名並びにIDを要求する。」

 

『・・・イーライ・ルクサンドル・カヤシニクヴァ、ID--』

 

通信機から返ってきた官姓名、IDは確かにヴァース帝国に存在していた、しかしその兵士はこの場に倒れ、認識票が持ち去られていた兵士のものである。

 

「・・・確認した、手数をかけた、通信終了。」

 

通信を終えると隊長が憎しみのこもった不敵な笑みを浮かべる。

 

「片手落ちだな、本隊にさらなる増援、並びに遺体の収用を要請、我々は敵工作員を追跡する。」

 

 

 

「ね?必要になったでしょ?」

 

認識票を持ち去ったのはライエの案であった。

 

万一、今の通信に答えられなかった場合、ヴァース帝国側は『騙して本隊まで泳がせる』という判断をしなかったことだろう。

 

そうなると全力の追撃を受けることになるのだ。

 

「無ぇ頭使うとどっかで落とすなぁ・・・やっぱ界塚みてぇにゃいかねぇか。」

 

蛍は『伊奈帆ならどうするか』と考えてここまで動いていたが、もし伊奈帆ならばこのようなポカはしないだろうと考えた。

 

だがいつまでもミスを引きずるわけにはいかない、これから最も重要かつ危険なことをするのだから。

 

「アリアーシュ、頭下げてろ、防弾ガラスでも万一はあり得るからよ。」

 

「・・・ライエ。」

 

ライエが自分の名前を呟き、蛍は首をかしげる。

 

「『俺の女』とか言ったんなら名前で呼びなさいよ。

 それに、アリアーシュって本名かわからないし・・・」

 

普通に考えて、本名でスパイをする者がいるとは思えない、彼女の亡き父はファーストネームもファミリーネームもおそらく偽名、ならばライエにとっては『ライエ』という名前だけが本物なのだ。

 

「ったく、わかったよ・・・ライエ。」

 

ライエの名を呼んだ蛍は顔を真っ赤にし、先ほどの意趣返しができたライエもいたずらが成功した子供のように笑みを浮かべる。

 

「と、とにかく行くぞ!」

 

蛍はそう言ってアクセルをベタ踏みし、ライエは助手席に縮こまり隠れる。

 

通信機兼GPSは窓の外にヴァース兵から拝借したベルトで繋いでおり、ライエが手を離せば外に落とされる状態だ。

 

一方、突っ込もうとする先は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

そこはアインへリアルが基地を設営していた場所だったのだ。

 

「止まれえええぇぇぇ!!!」

 

銃撃しながらロケットランチャーを混ぜて撃つアインへリアル、しかし不意を突き、さらに蛇行しながら猛スピードで向かってくる4WDを捉えることができず、設営中の基地に突入されてしまう。

 

基地に入るとライエはベルトを離し、通信機兼GPSを落とし、蛍はそのまま全速力で基地を走り抜けていった。

 

不自然きわまりないヴァース4WDに困惑しながらもアインへリアルの者達は皆、落としていったものに気を取られる。

 

最初は爆弾だと思っていたがそのような気配はなく、近づいてよく見ると通信機とGPSを組み合わせたものであることに気付く。

 

と、同時に夜を昼にするかのような照明弾が光を放ち、天を覆い隠さんばかりのミサイル、ロケット、砲弾、銃弾が基地設営予定地に降り注いだ。

 

その様は『審判の日』と形容するに相応しい、徹底した攻撃であった。

 

これでは生存者など期待できない。

 

爆炎が空を明るく染めるのを後目に、蛍は4WDを走らせていくのであった。

 

 

 

 アインへリアル壊滅から一週間が過ぎた。

 

蛍とライエは日中に交代で睡眠を取り、夜間にこれまた交代で運転するという生活をしていた。

 

行くあてがあるわけではない、以前ライエが話していたように蛍は今や脱走兵、ライエに至っては国際指名手配よりタチが悪い、公には死んだことになったせいで裏手配・・・生死問わず、主に裏街道の人間に呼びかけ、おはようからおはようまで、昼夜を問わず狙われることになるだろう。

 

しかし砂漠のど真ん中で座して死ぬよりは前に進むべきだと考えて蛍はライエを連れて走っているのだ。

 

食料と水はヴァース帝国兵から奪い取った四人分・・・食料は宇宙食でもまだまともな物が出そうなほどマズイ物だが保存がきく物で一月分、水は少なかったがそれでも、元々持っていた分もあわせて三週間分にはなる。

 

二人の間に会話はほとんどない、交代の時や昼間用のシェルターを作るときに少し話すくらいで、他は眠って体力を温存しているからだ。

 

日が落ち、蛍はライエを起こしてシェルターを片付けると食事を済ませて車に乗り、眠りにつく。

 

この日はライエが先に運転するのである。

 

蛍は目を閉じ、眠りにつくと夢を見た。

 

夢の中では戦争も何もなく、伊奈帆、韻子、オコジョ、カーム、ニーナ、そして蛍の他に三人。

 

アセイラム皇女、エデルリッゾ、ライエの三人だ。

 

エデルリッゾ以外は皆、芦原高校の制服を着ており、エデルリッゾだけは私服であることから、芦原高校の生徒、そしてエデルリッゾはアセイラム皇女の妹みたいな位置である設定だ。

 

蛍はこれが夢であることはすぐ理解したが、それでも彼はこの夢に浸っていたかった。

 

ライエがぎこちないながらも韻子達と笑って過ごしているからだ。

 

「(ま、夢ならちょっとくらい・・・)」

 

蛍はふざけ半分でライエに触れようとするがすり抜けてしまう。

 

そもそも、誰も自分のことを認識している風には見えない。

 

これは幻影、蛍が望む幻影、触れられるはずがないのだ。

 

「ッ!?」

 

パチッと蛍は目を開け、ある異変に気付きライエの方を見た。

 

4WDからエンジン音が一切しなかったので、不審に思ったのだ。

 

ハンドルに突っ伏すライエを見てさらに不審感が強まり、寝る前に片付けたシェルターがあったであろう方を見ると、シェルターの跡が残っている。

 

早く起きすぎたのかと思って時間を確認したが、むしろ寝過ごしたくらいの時間だ。

 

ライエは4WDを一切動かしていなかったのだ。

 

「おい、どうしたんだよ?」

 

「・・・何やってんのかしらね、あたし達。」

 

「いや、ふざけてねぇで・・・お前、泣いてんのか?」

 

蛍が肩をつかんでライエに自分の方を向かせると、ライエは涙を流していたのだ。

 

「わかんなくなっちゃったのよ、何人も手にかけて、あんたと二人旅してるけど先なんかない、こんな生き方に意味があるの?」

 

これには蛍も答えられない、なぜなら彼にも意味など見出だせないからだ。

 

死にたくないから生きている、ライエの笑顔を見たくて今は我慢しているというのが今の蛍だ。

 

しかし人は遅かれ早かれ死ぬし、ライエの笑顔といっても彼女がどうしたら幸せなのかわからない以上、この逃避行は蛍にとっても意味がない。

 

「こんなことならいっそ、ホントに公開処刑されてた方がマシだったわ。」

 

「・・・そういやよ、ここ何日かちゃんと話してなかったよな?今日は休んで、外でも歩くか?」

 

ライエは少し考えて首肯すると、二人連れ立って夜の砂漠に歩み出た。

 

 

 

 無数の月と星の光が砂漠を照らす様は、某国王に千夜の間美女が語った夜話を彷彿させる。

 

そんな砂漠を歩きながら蛍はライエにいろんな話を振った。

 

千の夜話とは男女が逆になっているせいなのか、美女もといライエは話に食い付かない。

 

「そういやよ、帰ったらハンバーガー食べたいとか・・・」

 

「あの話なら忘れて。」

 

「いや、せめて最後まで聞いてくれよ、なんでハンバーガーなんだ?」

 

ライエは少し口ごもり、蛍に答える。

 

「・・・父さまと新芦原に潜伏してた時、たまに連れていってくれたのよ、ほら、橋みたいな看板の店。」

 

「あぁ、あそこか。」

 

蛍もその店は知っている、というよりは知らない人間の方が少ないだろう。

 

「今、考えると仕事だったのかもしれないけどね、父さまとの思い出なの。」

 

「・・・お前もそんな顔、できるんだな。」

 

蛍が不意にそう言ったことでライエは言葉に詰まる。

 

「いつものツンと澄ました顔もいいけどよ、そうやって笑ってるのもいいもんだぜ。」

 

ライエは今、蛍に自嘲ではない、掛け値なしの笑顔を見せていたのだ。

 

途端にライエは顔を真っ赤にして蛍の胸をバンバンと叩いた。

 

「な、なんでそんな恥ずかしいこと言うのよ、バカ!!!」

 

ライエの声に驚いたのか、夜だというのに砂丘の反対側から鳥が飛び立つ。

 

「イテ、落ち着けって!・・・ッ!ライエ、ちょっと来いよ!」

 

蛍はそれを見てライエの手を引き、砂丘を越え、見えたのは湖が広がる光景であってたのだ。

 

いわゆるオアシス、砂漠の地下水脈から水が湧き出し、水があるときだけ芽吹く草木が生い茂る奇跡の地だ。

 

オアシスは二人の渇きを癒していく、『喉の渇き』ではない、『心の渇き』を。

 

二人は4WDに戻り、オアシスに寄せて水を汲み、煮沸して空のボトルを満たした。

 

「ねえ、水浴び、してもいいかしら?」

 

ライエもやはり女だ、何日も体を洗っていないというのが我慢できなかったのだ。

 

「ああ、構わねえよ。」

 

蛍がそう言って4WDの反対側に行くと、ライエは服を脱ぎ、下着も全て外して生まれたままの姿になると、水を浴びる。

 

しばらく水音がしている間、蛍も胸を高鳴らせていた。

 

鞠戸大尉の元で世話になるようになってこの方、女を抱いていない、最近だと未遂となったニーナのことくらいだ。

 

むしろその件で反省しているからこそ、ライエを襲ったりしていないのである。

 

そんな蛍に水浴びを終えたライエが車を挟んで声をかけてきた。

 

「あんたも浴びたら?正直、臭くてかなわないし。」

 

「言うなぁお前も・・・わかったよ。」

 

男である蛍はそれほど気にしてはいないが、この期を逃すと次はいつになるかわかったものではない、言葉に甘えてライエと入れ替わりに湖に向かい、服を脱いだ。

 

ライエと同じように裸になって体を洗っていると、背後からチャプッと、足音を殺して水に入るような音がして蛍は驚いて振り向く。

 

砂漠だからといって一切生物がいないとはかぎらない、もしかすると危険な生物か、はたまた追手かと振り向いた蛍の目に映ったのはライエであった。

 

ヴァース兵の荷物に入っていた男物の白いシャツを着た彼女の体は濡れており、シャツが張り付いてボディラインが浮いている。

 

「ちょっと、下、か、かか隠しなさいよ!!」

 

「いや、ワリィ・・・って、何で俺が謝んなきゃなんねぇんだよ!?」

 

蛍は下半身をタオルで隠しながらそう切り返す。

 

「で、何か用か?」

 

「暇だったから背中、流してあげようかと思ったのよ。」

 

そう言ったライエはタオルを持って来ている。

 

「・・・ああ、頼めるか?」

 

蛍はライエに背を向けたままそう答えた。

 

この時、彼はライエの方を向けなかったのだ。

 

蛍の目に、シャツ一枚のライエが写真のように焼き付けられてしまったせいである。

 

ライエは裸身にシャツを着ており、女特有の部分をはじめ、男を興奮させるには十分であった。

 

月と星の光に照らされたライエは蓮花のように可憐で美しかったのだ。

 

背中を洗われている間、蛍は自分の理性と本能のせめぎあいとなっていた。

 

ニーナの時は、このようにはならなかったので、彼の混乱具合は大きなものである。

 

そしてとうとう、均衡が崩れてしまう。

 

偶然シャツのえり首から、ライエの身体が見えてしまったのだ。

 

「(コイツ、着け・・・それにはいて・・・)」

 

均衡は崩れ去る、異民族に包囲された要塞が鍵のかけ忘れという凡ミスで陥落したときのように、はたまた動く死体が生存者の立てこもる町のバリケードを破ったかのように、人食い巨人が人間の住む城壁の門を蹴破った時のように。

 

「・・・はい、おしまい。」

 

そう言ってライエは蛍に背を向け、離れていく。

 

そして水から出ようとした時、湖に引き戻された。

 

背後から蛍に抱きしめられたのだ。

 

「蛍?んんっ!?」

 

蛍はライエの顔を自分に向かせ、唇を奪った。

 

いつぞやの人工呼吸の時とも、数日前の『俺の女宣言』とも違う、本気のキス、舌を入れ、ライエの歯茎を舐め、彼女の舌とからめるディープキスだ。

 

「んんっ、蛍、そんないきなり・・・」

 

「こんだけやっといて、今さら『やめて』なんて聞けねえぜ?」

 

ライエの耳元でそう呟いた蛍は彼女の身体を横たえさせ、その上に覆い被さるとまた唇を重ねた。

 

 

 

 湖にライエが着ていたシャツと二枚のタオルが浮かび、魚が跳ねているかのような波に揉まれ、痛みに耐えるようなくぐもった声が砂漠を滑っていくのを、処女神の化身たる月の破片達が見守っている。

 

二人は互いの片手の指を絡めて手を握り、ライエは脚を蛍の腰に絡ませながら左手を彼の背中に回し、蛍はそんな彼女の腰を右腕で抱き寄せていた。

 

しばらくしてくぐもった声と水音は収まり、二人は4WDに場所を移す。

 

 

 

 朝日が地平線から顔を出し、蛍は目を覚まして、肌を合わせているうちに眠ってしまったことに気づく。

 

記憶にある限りでは腕の中にいたライエは、裸のまま彼に背を向けて横たわっている。彼女は少し前に目を覚まし、蛍の腕の中から出ていたのだ。

 

「・・・サイテーね、あんた。」

 

一糸まとわぬライエは蛍に背を向けたままそう呟いた。

 

「いや、悪かったけどよ、お前だってあんなカッコしてたらヤッてくれって言ってるようなモンだろ?」

 

蛍も同じく何も着ておらず、謝罪しながらもライエの落ち度を指摘する。

 

「こんなことしたことないのに、あんなに乱暴にして、それに・・・」

 

ライエは下腹を撫でながら言葉を区切り、頬を染める。

 

「赤ちゃん、できちゃったらどうすんのよ?」

 

これには蛍も反論できない、こればかりは男と女の体の違いがある以上、非は蛍にある。

 

そんな二人の会話を遮るように、車の窓がノックされた。

 

これに二人は驚き外を見る。

 

二人は追われている、相手がまともな人間である可能性は限りなく低いのだ。

 

「・・・とりあえず、何か着てください。」

 

外にいたのは、乗艦デューカリオンが大破、入渠しているので今は陸上勤務中の不見咲中佐であったのだ。

 

遠くに4WDが一台、デューカリオンのクルーが運転席に、助手席には基地設営の陣頭指揮を取っていた自称CEOのロキが乗っている。

 

「蛍、それあたしのブラ!!」

 

「あ、ワリィ!って、ライエ!それ俺の!!」

 

「あぁもう、汚ない!!っだから下隠しなさいって!!」

 

二人が大急ぎで服を着るのを、不見咲中佐は呆れ8割、羨望2割の目をして待っている。

 

二人が服を着て出てくると不見咲中佐はライエを連れて少し離れると、

 

「探しましたよ『村雲』さん。」

 

と、ライエに向かってそう言った。

 

「ムラクモ?」

 

それが名前であるということはライエにもわかったが、聞き覚えのない名前で困惑する。

 

「あなたのお婆さま、村雲ヨネ様から捜索願いが出ていたのですよ。

 

 『消息を絶った娘を探してほしい』とね。

 

 残念ながらお嬢さま、村雲みのり様は亡くなっておられましたが、ヨネ様から見てお孫さんにあたる女の子の出生記録が見つかりました。生まれたばかりの赤ちゃんが行方不明になっておりましてね、こちらの捜索も追ってなされたのです。

 

 お孫さんは日本から赤ちゃんの時に連れ去られ、アジアを転々とした後、10歳頃から『ライエ』と名乗り、傭兵となって日々の糧を得ていたそうです。そして半年ほど前、アインへリアルに入社し、今に至る。間違いありませんか?」

 

不見咲中佐が話しているのは『村雲ライエ』なる人物のカバーストーリーだ。

 

この内容ならば、『物心ついた時から戦場にいた』とでも言えば、似たような人生を歩んできた人間など星の数ほど存在するし、『ライエ』の名にしてもいわゆる『花子さん』とでも言っておけばよい。

 

「ええ、確かに物心ついた時にはライエって名乗って傭兵をやってたわ。それにしても驚いたわ、会ったこともない祖母が探してくれていたなんて。」

 

「旦那さんが亡くなってから女手一つで育てた、たった一人の娘さんだったそうですよ。

 

 そのような大事な娘さんの忘れ形見です、当然のことでしょう。」

 

不見咲中佐はそう言ってライエに一枚の書類を渡した。

 

アインへリアルの解雇通知で、内容は身に覚えのない理由による解雇である。

 

「ふん、こんなとこコッチから辞めてやろうと思ってたとこよ!」

 

アインへリアルは民間軍事会社であるが、実体は懲罰部隊である。

 

刑期満了または恩赦・・・その大多数は処刑命令取り下げであるが、『退社』する場合、軍人であれば『出向期間満了』で原隊復帰であるが、ライエのような一般人や、一般人扱いの軍属であれば『解雇』という形で刑期を終えるのである。

 

ライエはそれを持って蛍の元へ向かう。

 

「もう無理しなくて大丈夫よ。」

 

「クビ・・・か?よかったじゃねぇか!お務めごくろーさんってクビなのに変な話だな?」

 

「何言ってんのよ、二人一緒でしょ?」

 

「いや、お前の名前しかねぇぜ?」

 

ライエはそう言われて名前欄を確認する。

 

蛍の言う通り、『ライエ・ドゥ』としか入っていない。

 

「その・・・ごめんなさい、浮かれて。」

 

「気にすんなよ、CEOさまが来てる時点でどっちかに話があるんだろうし、残るのが俺でよかったよ。」

 

蛍はそう言うと不見咲中佐に頭を下げ、

 

「コイツのこと、よろしくお願いします。」

 

と頼むと、先ほどから待っている風のロキの元へ歩いていく。

 

 

 

「こっちはあのネーサンの車さ、893よ、お前の車に移るぜ?」

 

そう言ってロキは不見咲中佐とここまで乗ってきた車を降り、蛍とライエがこれまで乗ってきた車の後部席に乗り込んだ。

 

追って蛍が運転席に乗り込むとロキはわざとらしく不満をもらす。

 

「くっせぇな、この車、窓開けてくれや!」

 

蛍は黙って窓を開け、皮肉で返す。

 

「お客さん、どちらまで?」

 

「わかってて言ってんだろ?パンクージィまでだ。」

 

パンクージィ、それはアインへリアルの揚陸艦が乗り付けている付近の街で、蛍達が捜索の目を逃れるためあえて懐に飛び込もうと向かっていた街だ。

 

なお、燃料はそこまでしかもたない。

 

「んで、どうだった?」

 

「何が?」

 

「アッチの具合。一応言っとくけどよ、社内恋愛、不純交遊は規則違反、御法度だぜ?」

 

ロキが手で、『そういった行為』を意味するサインをしたのをバックミラーで見た蛍は不機嫌さを露にする。

 

「ハッ、そう怒んなよ、軽い世間話じゃねぇか?」

 

これは世間話ではなく、たとえ男同士であっても十分セクシャルハラスメントである。

 

「くだんねぇ話してねぇで本題入れよ。」

 

「ったく、愛想ワリィ運ちゃんだな、まあいい、こちとら設営中に襲撃されてな、仕事が一つ、フイになっちまってよ。」

 

「そりゃ災難だったな。で?」

 

蛍はあくまで知らない体を通すつもりだが、ロキはおおよその事は知っている。

 

ただ、証拠がないだけなのだ。

 

「幹部も全滅しちまってな、こっからはビジネスの話だ、CEOとしてな。」

 

「CEOの使いッパシリってか?」

 

「最初に言ったろ、俺がCEOなんだよ。」

 

そう言ってロキは蛍に自分の階級章、地球連合陸軍中佐の階級章を見せた。

 

CEOというよりは部隊の管轄をしていると言う方が近い。

 

「!?マジだったのかよ、あの話!!」

 

「前見ろ、前!」

 

「チッ・・・」

 

ロキに促され前を見る蛍。

 

「まさか、こんな目立つとこにいるとは思わなかっただろ?案外気付かれないんだよ、これが。

 

 で、こいつを明かす時ってのは身内に引き込む時だけだ。もうわかんだろ?」

 

「断る。」

 

蛍はにべもなく断る。

 

ロキが言わんとしていることは、蛍に殺し屋としてアインへリアルに残れということだ。

 

「ま、だろうよ。この半年見てて、テメェにゃ脅しは効かねぇってのも折り込み済み、追い詰めすぎりゃ暴走する。

 

 なら、利をちらつかせるのが一番だ。なあ、宿里予備役伍長よ、ウチに入社するなら、一生イイモン食って、寝床は豪華客船並み、寄港した時だが女もあてがってやれる、どうだ?」

 

「それで交渉してるつもりか?昔いたガッコの、ヤンキーのボスだってもうちょいマシだったぜ?とにかく俺は殺し屋稼業なんざしねぇ。」

 

「ったく、今まで何人殺して言ってんだ?」

 

「・・・戦争は戦った結果、死人が出てるだけだろ?」

 

蛍はかつてマグバレッジ大佐に言われたことを使って反論する。

 

「そりゃただのお題目だ、結局のとこ、人殺して金貰うのに変わりゃしねぇよ。で、だな?お前は『戦争』って言い訳が付きゃ殺せるワケだ?なら、普通に働いちゃくれねぇか?なぁに安心しろ、お前にゃ殺しの依頼は出てねぇ、ただの囚人と同じだ。」

 

「それ、俺に何のメリットが?」

 

蛍はけんか腰でそう尋ねる。

 

「お前の女、ライエ・ドゥだっけか?もっぺんヤりてぇだろ?」

 

「どういう意味だよ?」

 

一瞬単なる脅迫に聞こえた蛍だが、ライエを引き合いに出す必要性を感じられず真意を尋ねる。

 

「あの女はな、複数から狙われてんだ。お前が働くってんならあの女は滞りなく殺せたことにしておく。しかしそうしねぇってんなら、依頼人共に失敗を伝える。俺も違約金払うハメになるが、新たに刺客が送られるだろうな。どうだ?いつかは飽きる女の楯、一生やるか?」

 

この男は地球連合以外からも個人的に殺害依頼を受けていたのだ、それも口ぶりからして多重契約で。

 

「・・・契約期間は何年だ?」

 

「そうさな、このネタでテメェを脅せるのはイイトコ1年ってところだろうな。どうだ?」

 

1年以上経過して、『実はあの依頼失敗してました』などと言えば依頼人は激昂しロキを殺すだろうし、ライエ自体も足取りを追えなくなる可能性が高い。そのため、設定した期間だ。

 

「わかったよ、ただ、一言だけいいか?このダニ野郎!!」

 

蛍の悪罵を、ロキはニヤニヤと笑いながら受け流した。

 

 

 

 以後1年、蛍は様々な『仕事』に放り込まれた。

 

非武装のカタフラクトでの戦闘、バイクや非武装車両、下手をすればそれらすらない非正規戦など、いつ死んでもおかしくないような事ばかりさせられたが、蛍はそれら全てを生き残った。そして誰が呼び始めたか『原始人の勇者』に『石器人』の通り名で呼ばれることとなる。

 

目的は二つ、皆に生きて会うため、そしてもう一つは・・・

 

 

 

 約束の期間が過ぎ、蛍はアインへリアルへの出向期間満了、デューカリオンへの復帰を命じられた。

 

「ま、最初はムカつくクソガキだったけどよ、働きぶりは中々だったぜ、どうだ?いっそこのまま就職しねぇか?」

 

ロキはいけしゃあしゃあとアインへリアルを離れ、最寄りの港に降りた蛍にそう言った。

 

「ハッ、まっぴらゴメンだよ!」

 

蛍は中指を立てて答える。

 

「そぉかよ、ま、せいぜい達者でな。」

 

ロキが適当に返事をし、蛍も

 

「テメェもな、せいぜい短い余生を堪能しな。」

 

と、罵声で返して背を向ける。

 

 

 

 蛍と別れたロキがアインへリアルの揚陸艦に戻ると甲板に彼と同じ中佐の階級章を持った男が待っていた。

 

「おや、連合軍からのお客さんたぁ珍しいな。」

 

「ロックウィンド中佐、貴官に辞令が下っている。」

 

「ほぉ、俺もとうとう栄転か?こいつぁめでてぇな!」

 

浮かれるロキに、これから下される非情な辞令を知る由はない。

 

「貴官はこれより民間軍事会社アインへリアルに出向してもらう。」

 

「・・・は?」

 

「聞こえなかったのか?貴官は・・・」

 

「いや、何言ってんだ?俺は元よりここの指揮官だぜ?」

 

ロキは今、自分に下されている辞令が間違いだと信じたくて仕方ないのだが、現実は非情である。

 

「勘違いしないように、貴官にはこれより930としてアインへリアルの一社員として出向してもらうのだ。」

 

「ま、待て!何かの間違いだろ?お、俺が何したってんだ!?」

 

中佐は往生際悪く抵抗するロキに一本のテープを聞かせ、それを聞いたロキはどんどん顔が青くなっていく。

 

それは彼が殺しの依頼を受けている時の会話だったのだから。

 

「し、知らない!」

 

「すでに調べはついている、ムダな足掻きはよすんだな、連れて行け!!」

 

ロキはこれまで部下であった者達に引きずられるようにして連行されていく。

 

この証拠を渡したのは蛍であった。ロキを放置していてはその軽い口からいつライエのことを漏らすかわかったものではなかったからだ。

 

最初はロキを殺そうと考えていたが、いわゆる『背後からズドン』をやるスキすらなく、食事、水も徹底的に警戒していたため断念したのだ。

 

しかし一年も近くにいれば、生死に直結しないことは油断する。

 

以前の蛍ならばロキをただの囚人としか思っていなかったため会話を録音など考えもしなかっただろうことから、ロキは蛍が手下にならなかった時に殺しておかなかった時点でこの結末は決まっていたと言っても過言ではない。

 

そんな捕り物が行われているころ、蛍はデューカリオンに向かうトラック・・・デューカリオンに一機のアレイオンを運ぶ任務を受けた者達と合流した。

 

これから彼は、約一年半振りに古巣に戻るのである。

 

 




何度書き直してもロキの始末、雑で気に入らないですが、どうにもならないのでこのまま。

橋の形した看板の店?
星の王子さまがアメリカでバイトしてた店とは別物ですよ、きっと。


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第十七話 昨日の敵は今日の友

 意味合いが違うような気もしますが、サブタイトルはこれで行きます。では、今回もよろしくお願いします。


「兄ちゃん、遅れてるわよ~」

「へい、チーズバーガーお待ち!!」

基地の厨房で、いつぞや本部の厨房を切り盛りしていたおばさんの指導の下、蛍は何人分ものハンバーガーを作っていた。

 

 本来はライエをはじめ、韻子、ニーナ、カーム、伊奈帆の計五人分に付け合わせポテトを作るだけのはずで、材料も人数分のキャッシュしか使っていなかった。いつぞやの砂漠での約束を果たすだけだったのだが、ライエが皆を連れてきたのだ。ライエの分は蛍持ち、他の者は自腹であったが、急に増えた分は蛍も驚いていた。

「ライエ、人数増えるなら先に言ってくれ、頼むから。」

「な~によ、アタシ達はお邪魔虫とでも言いたいの?」

ライエに苦言を呈す蛍に横から韻子が割り込む。

「へい、網文曹長、ダブルチーズお待ち。」

蛍は先発三つ、ダブルチーズバーガー、チーズバーガー、ハンバーガーと付け合わせポテトが載ったトレーをそれぞれ韻子、ニーナ、ライエに出す。

「わ~、ありがと~!」

「クライン、いくらなんでも大げさじゃねえか?」

ニーナは拍手しながら受け取り、ライエは微笑みながら受け取る。蛍はデューカリオンに戻って、ライエが韻子、ニーナと仲良くしているのを見て嬉しく思った以上、三人連れで来るのは申し分なかった。問題はおまけ二人についてだ。

「へい、ハンバーガーにダブルチーズお待ち。」

伊奈帆はハンバーガー、カームはダブルチーズ、二人にはまるで、バイト先に冷やかしに来た同級生相手のような塩対応である。

「オイオイ、それが客に対する態度か~?」

カームはそれこそ、バイト中の同級生を冷やかすような話し方である。

「ありがと、宿里伍長。」

伊奈帆は一見いつも通りだが、隣に座る韻子にはその姿が痛々しく映る。

 伊奈帆を連れてきたのは韻子の考えであった。最初は渋っていた伊奈帆だが、カームがほぼ無理矢理引っ張って来たのである。蛍がカームに塩対応しているのはこのような流れがあったからでもある。

「うん・・・おいしいけど、何か違う。」

ライエの感想に、ニーナが横から

「違うって何が?」

と、尋ねる。ライエの比較対象は某橋の看板の店で、チェーン店であったその店は当然の話だが肉は工場生産のチルド品、パンも同じく工場生産で、今並んでいる蛍の作った物は、パン一つ取ってもキチンとした物、肉はソースが染み込みやすい粗挽き肉を使ったハンバーグ、ソースも自主調合とこだわり尽くした代物だ。故にライエは違和感を覚えたのである。

「ま、確かにお金取れるレベルじゃないわよねぇ、蛍?」

「手厳しいですな、網文曹長は。あくまで家事の延長ですからね、自分の料理の腕は。」

「いや、そんなことねぇって!つぅかライエ、何か違うってオマエ、まさかアソコと比べてんのか?」

カームは蛍をフォローしながら、ライエに手で橋の看板の形を作るとライエは首肯する。

「バッカ、オマエあんなのと比べんなよ!いくらなんでもワリィだろ!?」

「あぁ、クラフトマン軍曹?失礼ですが彼女は・・・」

「あの店に。」

「ォィ!」

カームの上げて落とし、作者の肝を少々寒がらせるジョークに、蛍は小さく抗議の声を上げ、韻子、ニーナ、ライエは驚いて蛍を見るが、彼は取り繕うように伊奈帆へ話しかけていた。

「界塚少尉、お味の方は?」

「悪くないと思う。」

元を正せば韻子が伊奈帆を誘ったのは、蛍と伊奈帆があまりにも他人行儀で話し、それに傷心しているのが見て取れる伊奈帆をいたたまれなく思ってのことであった。しかし蛍はいまだに他人行儀を続け、伊奈帆もそれに合わせているかのような話し方だ。

「ねえ、アンタ達いつまで意地張ってんのよ?」

とうとう韻子は二人にそう切り出した。

「意地?」

「網文曹長、どういう意味で?」

「だ・か・ら!その『曹長』とか付けるのやめなさいって言ってんのよ!!伊奈帆も伊奈帆よ!!何よさっきの『宿里伍長』って!?」

「ちょ、ちょっと韻子~!」

興奮して立ち上がった韻子を、ニーナが羽交い締めして引き止める。そうしなければ二人に噛み付きそうな勢いだ。

「韻子、落ち着きなさいよ、どうどう。」

「人を馬みたいに言わないでよ!」

「韻子、僕たち、何か間違ったこと言った?」

ライエがあまりやる気を感じさせない言い方で韻子を制止するのに続くように伊奈帆が尋ねる。韻子は伊奈帆がズレた物言いをしているのではないと言葉の調子で解した。本気で今までのやり取りに疑問を感じていないのだ。

「僕は事実少尉だし、韻子も曹長、カームは軍曹、彼は伍長。何もおかしくないでしょ?」

「じゃ、じゃあライエとニーナは?」

「ライエさんは今のところ二等兵でニーナも一等兵、普通に呼んでてもおかしくないよ、」

理屈の上では伊奈帆の言う通りだ、しかし韻子は納得できないのである。伊奈帆が本当にそのように考えているのであれば、今のように辛そうにはしていないはずなのだ。

「だから、アタシが言いたいのは・・・」

「ん?この基地のハンバーガー、こんなだったか?」

「いんや、ちょっと臨時の子が入ってね。」

韻子達のハンバーガーを見た兵士が食堂のおばさんに尋ねると、おばさんは蛍を指して答えた。

「そういやメシ、まだだったな、兄ちゃん、俺もハンバーガー一つ!ポテト付きで!!」

「え?いや、俺は・・・」

蛍は事情を話そうとしたが、他にも兵士が集まってくる。

「俺も」

「俺も!」

もはや全員に説明するのは不可能な数が集まり、おばさんは蛍を激励する。

「ほら今からここは戦場さね、ボヤッと突っ立ってたら死んじまうよ!!」

「い、イエス、マム!!」

蛍は条件反射でおばさんに敬礼した。

「さぁさぁとっとと仕事にかかりな!早くしないと客が途切れる前に材料が腐っちまうよ!!」

「イエス、マム!!」

どこかで聞いたことがあるセリフを言ったおばさんに敬礼すると蛍は仕事にかかった。あまりの忙しさに伊奈帆達は気を使ったのか引き上げ、冒頭につながるのである。

 

「お、終わった・・・」

材料が尽きるのと客が途切れるのはほぼ同時であった。

「まったく、この程度で根を上げるんじゃないよ、おばちゃんなんてこの三倍は毎日さばいてるんだからね?」

座り込んで答える気力すらない蛍は頭の中で、『この三倍とか、どっかの懲罰部隊が天国に思えるぜ・・・』と考える。

「はい、お駄賃の明細。キャッシュで入れとくから確認してね。」

「ふぁい・・・」

どうにか答えて蛍が立ち上がると、おばさんは彼の背中に、

「まぁね、若いウチはいろいろあるさ、けどいつまでも逃げてちゃ、何も始まらないよ。」

と、声をかけた。おばさんは蛍と伊奈帆達のやり取りがきな臭くなったので蛍に仕事を言いつけたのだ。

「マム・・・」

「それはやめなよ、兵隊さん、あたしゃただの手伝いさ、おばちゃんでいいよ。」

「じゃあおばさん、ありがとうございました。」

蛍は振り向いて深く頭を下げて厨房を後にしたのであった。

 

 蛍はデューカリオンに戻って、かつて所属していたスカウト部隊、フェンリル隊が異動しており、再着任次第合流再編することになる新兵を、数名の先任下士官と共に格闘訓練を施すこととなった。彼の格闘技術は懲罰部隊で死線を潜り続けたことによってより洗練されており、かつてのフェンリル隊員たる先任下士官にも驚かれる。

 そんな彼が新兵の訓練を終え、一人残って自身の鍛練を続けていると、一人の男がやってくる。

「お、まだやってたのか、蛍?」

「クラフトマン軍曹?何かご用で?」

訓練所に入ってきたのはカームであった。彼は整備を終え、今は運動着を着ている。

「いや、伍長に稽古でもつけてもらおうかなと思ってな。」

「そうでしたか、では防具をお持ちしますので少々お待ちを。」

「いらねぇよ、そんなモン、それとも何か?テメェは防具無しじゃオレみてぇな整備兵も相手できねぇのか?」

カームは蛍を挑発するような語長でそう言うが、蛍は困惑しながらも理由を述べる。

「いえ、防具無しでは万一の場合がありますので・・・ッ!?」

カームは蛍の答えを遮るように顔面へポケットに入れていた何かを投げつけた。それを宙で蛍が取ると、それは汚れた整備用の手袋であった。

「クラフトマンよ、コイツはケンカ売ってるってことでいいか?」

「だったらどーすんだよ?」

「上等だ、買ってやるよ!!」

蛍は手袋を投げ捨て、左掌に右拳を打ち付けてそう怒鳴る。

 

 カームは蛍へ真っ直ぐ突進し足を狙ってタックルするのを蛍は軽々いなしてカームを転ばせる。

「グッ、まだまだぁ!!」

カームは立ち上がり蛍へ大振りのパンチ、キックを繰り出すが蛍はパンチを易々と避け、キックは一発目をかわして二発目に合わせて足を払う。

「どうした、ケンカ売っといてこの程度かよ?」

「オマエもあんまなめんじゃねぇぞ!」

事実、蛍はカームにまったく本気を出していない。本気ならばタックルを切った時、はたまた足を払って転ばせた時にマウント取って決めてしまっていただろう。それをしない時点であしらっているだけだ。

「そりゃあああぁぁぁ!!!」

カームは再び立ち上がり蛍へ向かっていく。無駄な動きが多い、蛍にとってはチンピラのケンカ以下のカームの鳩尾にカウンターパンチを叩き込むとカームは腹を押さえてその場に座り込んだ。

「やめとけ、お前じゃ俺に敵わねぇよ。」

「ガハッ、ゲボッ、オエェ・・・ま、まだだ・・・」

ふらつきながらもカームは立ち上がった。

 

 その後、カームは何度倒されても立ち上がり蛍へ向かっていく。

「もうやめろよ、俺だって勢い余っちまうかもしれねえぜ!?」

「ま、まだ・・・まだだぜ・・・」

カームは鼻血を流しながら、もはや腕を上げるのも難しくなったのにファイティングポーズを取り、右足を引きずりながら蛍ににじり寄って行く。カームはすでに立ち上がるのも難しいほどのダメージを負っていた。鼻血で息はろくにできず、両腕は何度も殴られ蹴られ、骨が折れていないのが不思議なほど腫れ上がり、足も蹴られ過ぎでパンパンに腫れていた。しかしそれでもカームは蛍へ向かっていくのを止めないのである。

「・・・もうやめろよ!わかったよ、俺の負けでいい!!」

「や・・・やった・・・勝った・・・ぜ・・・」

カームは蛍が降参すると力尽き、その場に倒れた。

 

 カームが目を覚ますとそこは訓練所でなく医務室であった。正式に軍医となった耶賀来先生が呆れながらカルテを見ており、その向こうでは蛍がばつが悪そうに座っている。

「一応、お話はうかがいますよ、どうなさったのですか、クラフトマン軍曹?」

「いや、宿里伍長にCQC訓練を付けてもらって・・・」

「伍長と言い分が違いますね?私闘の末こうなったとのお話ですが?それに訓練のレベルではありませんよ?」

「いや、激しい訓練だったんですよ、ホント!」

蛍は私闘だったと耶賀来先生に言っていたが、カームは訓練と言い張る。無論、耶賀来先生は負傷具合から何があったのかある程度わかる。

「まぁ、訓練中の事故とおっしゃるならそうなんでしょう、幸いにも骨折等はありませんし、脳波も異常ありませんでしたから、そういうことにしておきましょう。後日、目眩や強い痛みが出ましたらすみやかに医務室に来てくださいね。」

そう言って耶賀来先生は診察室へ戻る。

「ったく、どうしてあんなことしたんだよ?」

「こうでもしねぇとオマエ、ずっとオレや伊奈帆から逃げるだろ?」

カームがそう言うと、蛍は強く反論する。

「逃げるって何だよそれ!?」

「オマエさ、やらかした後から伊奈帆のこと避けてたろ?ニーナとライエはまだしも、韻子やオレとは昔から距離取ってたしよ。

 それ含めてよ、連合本部で戦った後な、ライエとオレ、韻子、ニーナで話してたんだよ。ライエのヤツが言ってたんだけどよ、オマエは『敵』じゃねえと興味を示さねえって。なら、一番手っ取り早くオマエをこっち向かせるなら、ケンカ売るのが一番だと思ってな。」

「距離?そんなこと・・・」

「オマエ、オレや死んじまったオコジョ、韻子とニーナ、めんどくせーな、伊奈帆以外全員ファミリーネームで呼んでたろ?何があったか知らねぇけど、ニーナとか特にファーストネームで呼べって言ってたのに無視してよ。最初はそういうヤツって思ってたけどな、何となく気付いたんだ。オマエ、他人が『怖い』んじゃねぇかなってな。」

図星を突かれた蛍は口ごもる。かつて伊奈帆に言った『独り言』で伊奈帆を怖かったと言っていたが、極論彼は誰も彼もが怖かったのだ。 だから『敵』、『将来の敵』、『それ以外』として壁を作っていた。

「だからよ、まずはオマエがオレの方を向くようにしねぇと話も聞いてくれねぇか、聞き流されるだろ?だからケンカ売ったんだよ。」

そう言ったカームに蛍は失笑しながら、

「クソッ・・・カーム、お前、馬鹿だろ、それも大馬鹿・・・そんなことのためにこんなボロ雑巾みてぇになってよ・・・」

と、答えた。それにカームは笑みを浮かべる。

「オ、初めてカームって呼んだな?ホラ、収穫は十分じゃねぇか?」

「ここまで、やられちゃ、仕方ねぇだろ?」

まだ笑いが収まらない蛍は息を詰まらせながら話す。

「それに何だかんだ言ってもオマエに勝てたしよ。」

「の○太かお前は?」

事実、勝ったと言ってもカームはのび○太よろしくボロボロだ、しかしカームにしろの○び太にしろ、他人のためにボロボロになりながらも全力で戦った者を誰が嘲笑できるだろうか?

「ま、それはいいんだ、それより蛍。聞きてぇことがあるんだけどいいか?」

「お、いいぜ、何だ?」

蛍は軽くカームに答えると、カームも軽い調子で尋ねる。

「オマエさ、ライエとヤッた?」

「ブフゥ!?ゲホッゲホッ!!」

驚き吹き出した蛍はカームの胸ぐらをつかんだ。

「このエロフトマン!何つーこと聞いてくれやがんだ!!」

「分かりやすっ!!つーかもうこれ、答え言ったようなもんだろ、ア(ホタル)!」

大声に対し診察室から耶賀来先生が顔を覗かせる。

「お二方、そう言うお話は小さい声でお話ししましょうね~?」

「す、すいません・・・」

二人が謝罪すると耶賀来先生は診察室に戻っていく。

「しかし、何でわかったんだよ?」

「ライエ見てりゃあわかるっつの、何つーかさ、前より美人になってるしよ。」

「もっぺん言っていいか?このエロフトマン。」

蛍はこめかみを指で叩きながらそう言う。

「何とでも言えよ。それにしてもオマエとライエが付き合ってたとはな~」

「そういうわけじゃねんだよ・・・」

蛍は機密に触れないように、ライエの名誉を傷つけないようにかいつまんでライエとのことを話した。蛍にはライエとのことを一人で抱え込むには大きすぎたのだ

「・・・なるほどな。まあ何だ、一つ聞くぜ?オマエはライエのこと、どう思ってんだ?」

「どうってぇと?」

「ン~、あーも、めんどくせー、ライエのこと好きなのか、それともヤりたかった時に偶然いい女が目の前にいただけなのか?」

カームは蛍に直球で尋ねる。こんなことは伊奈帆であればしないだろうし、こういった相談は伊奈帆にしても仕方ないであろう。

「そうさな・・・エロいカッコしてて、いいカラダしてたとは思ったけど・・・違う、笑ってくれたあいつを、俺だけのモンにしたくて仕方がなかった。エロいカッコしてたとか言い訳だな。」

蛍は思ったことをそのまま口にする。

「なら、答え出たじゃねえか!」

「はぁ・・・出たはいいけど・・・」

蛍はカームの指摘にため息をつく。

「やっぱさ、無理やり抱いたのはまずかったと思うんだよ。」

「無理やりか?もしそうならよ、口も聞いてくれねぇだろ?

 ま、あとは一つしか言えねぇな、頑張れ!」

カームはそう言って右拳を突き出し、蛍はその拳に自分の右拳を合わせて、

「おう、ありがとな。」

と、短く答えた。

 

 

「で、よ?オマエ経験多いとか言ってなかったか?反応が思っきし童貞卒業一人目みたいなんだけど?」

「童貞が言うなって言いてぇとこだけど・・・何て言ったらいいか、ただヤッただけの経験ってな、本気で惚れた相手にゃあんま意味無ぇってのがよくわかったよ。」

蛍は顔を真っ赤にしながらカームに答えた。

「本気で惚れた・・・か。ま、それはそれとしてニーナはどうなんだ?」

「クラインがどうして出てくるんだよ?」

「や、ニーナがオマエのこと好きなの、バレバレだったじゃねえか。オマエも悪い気はしてなかったみてぇだしよ。」

「・・・まぁ、可愛いな~とか、乳デケェとか思ってたし、いい子だとは思ってたよ。ただ、言っちまえば『LOVE』じゃなくて『LIKE』止まりなんだよな。」

これまた赤面しながら答える蛍。かつてのニーナとの一件の時、ニーナに対して少なくない好意を自覚した彼だが、同時に恋愛感情を抱くことは無いとも確信したのであった。ニーナは蛍にとって『綺麗すぎる』のだ。一般的にいわゆる恋愛関係とは対等の関係である。どちらかが支配的な関係になってしまうと不健全な関係になるか、そもそも成立しないかのどちらかだ。かつて日本にあった家父長制のような関係であったとしてもどこかで調整が為されていなければ婚姻を続けることは難しかったのであるから当然である。

「しっかし蛍とこんな話する日が来るとはな~」

「カーム、お前も俺にばっか話させねぇで少しは話せよ!」

「え、オレ?いや、浮いた話なんざね~よ、オレにゃ!」

この時、診察室に誰か入ってきた気配がしたのだが、カームはともかく蛍も気がついていない。

「オレさぁ、歳上が好みだから同級生はな~」

「歳上ってえとユキ姉さんとか?」

「いや、あの人あんま歳上ってカンジしね~じゃん?それにどっかの仏頂面弟がセットで付いてくるぜ?」

「それな!」

蛍は半笑いで、伊奈帆から無言で蹴られそうな冗談を肯定する。

「じゃあマグバレッジ艦長?」

「あの人な~、いや、オマエのカーチャンになるかもしんね~ぜ?」

「うげぇ、あんなおっかねぇお袋とか勘弁してくれよぉ。」

蛍が露骨に嫌そうな顔をするのを、カームはケタケタと笑う。本部での戦い以後、マグバレッジ大佐が鞠戸大尉を見る目が『上司部下のもの』でないというのはデューカリオンクルーの中ではもっぱらの噂となっていたのだ。一部で不自然に美化された、鞠戸大尉がマグバレッジ大佐を助けた英雄譚となった薄い本が連合軍の中で出回っているほどである。何故かマグバレッジ大佐が実年齢マイナス10歳され、少年士官となっているが。

「じゃあよ、不見咲副長はどうだ?」

「あの人、ゼッテー彼氏の一人二人いるだろ、オレなんか相手されねーっての!」

「いや、存外いない歴=年齢かもしんねえぜ?」

などと話していると、診察室から若い女性士官が顔を出す。

「私がどうかしましたか?」

「ブッ!?」

噂をすれば何とやら、今話題に上がっていた不見咲中佐であったのだ。彼女は耶賀来先生の、デューカリオンへの着任に関する書類のやり取りで診察室を訪れていたのだ。

「い、いやぁ不見咲副長モテるんだろ~なぁって、なあ、蛍?」

「そ、そうそう、牛丼屋並の回転率だろうなぁって、ハハハ・・・」

ごまかす二人に不見咲中佐は可愛らしく小首をかしげ、

「残念ながら、私に恋人というものがいた時間は一秒もありませんよ?」

と答え、診察室で書類のやり取りを終えると医務室を後にした。

「蛍、まさかの正解だったな。」

「お、おぅ・・・にしても口は災いのもととはよく言ったもんだな・・・」

二人は乾いた笑い声と共にそんなことを話すのであった。

 

 翌日、カームは基地を出るデューカリオンの格納庫にてボロボロになった顔を部下達に驚かれる。

「班長、その顔・・・」

「あ、これか?格闘訓練でちょっとな。」

「これ、訓練じゃないっしょどう考えても!」

「いや、ホントだっての、そらより聞いてくれよ~、そん時な、元フェンリルのヤツから一本取ったんだよ~」

元フェンリルというのを聞いた部下達は色めき立つ。今は解散しているとはいえフェンリル隊はデューカリオンに関係する者で知らぬ者はいない。特に白兵戦の強さは語り草だ。

「元フェンリル相手に!?班長が!?」

「どうやったか聞きてぇか?」

カームは蛍との決闘を脚色して部下達に話して聞かせる。

 

 一方、艦橋ではマグバレッジ大佐がオペレーター達の報告を聞きながら年甲斐もなく少し浮かれた様を見せていた。鞠戸大尉、そしてユキ姉が一時退艦して約一年。二人と、鞠戸大尉率いるフェンリル隊を迎えに行くのである。

「艦長、発艦準備整いました!・・・艦長?」

不見咲中佐が返事の無いマグバレッジ大佐に呼びかけると、ハッとした様子でマグバレッジ大佐は答える。

「どうしました?」

「いえ、発艦準備整いましたので、ご命令を。」

マグバレッジ大佐の様子で不見咲中佐以外はある程度察しがついたが、空気が読めないことに定評のある不見咲中佐だけは気づいていない。

「コホンッ、失礼しました。デューカリオン、発進!」

マグバレッジ大佐の命一下、デューカリオンはアルドノア駆動音を響かせ発進する。舵を握るのはニーナ、砲やミサイルの引鉄というべき火器管制を握るのはライエ、通信士の祭陽先輩にレーダー手の詰城先輩、大部分がかつてのわだつみと入れ替わったデューカリオンは広い空へと飛び立つのであった。




一部伏字ミスしたような気がしますが気のせいでしょう。

薄い本?きっとオジショタ好きの貴腐人な騎士団みたいな人達がいたんでしょう(すっとぼけ)


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第十八話 鞠戸大尉の過去

 今回、多少ショッキングな描写を含んでおりますのでご注意を。


 とある砂漠の町、特筆すべき資源も無ければ交通の要衝というわけでもない地球連合傘下の町だが、ヴァース帝国軌道騎士がすぐ近くに降下しているとなれば連合軍も無防備にしておくわけにもいかず、小競合いならば押し返せる、騎士が直々に軍を率いて一大攻勢をかけてきた場合は民間人を連れて戦略的撤退ができるよう、申し訳程度の部隊が配置されていた。編成はいわゆる歩兵旅団、歩兵連隊を中心にカタフラクト隊、砲兵隊、戦車隊が配備されており、カタフラクト隊にはかつてのフェンリル隊員の一部、そしてユキ姉がいた。フェンリル隊は鞠戸大尉が率いていた中で事実上の小隊として動かせる分がまとめられて再編待ち、ユキ姉は彼女の弟を含む一部徴用者の扱いを巡って上層部に直訴した結果、左遷され、せめて身内がいる場所であるよう鞠戸大尉が自分の隊の副官ということにしているのだ。

 これといった娯楽のある町でない上に事実上の左遷先だからか、綱紀は緩んでおり宿舎に仲のよい女性兵ならばまだしも、民間人女性、下手をすればコールガールを連れ込む者までいる始末である。駐留軍の司令官も一時は綱紀粛正を試みたが、暴動が起きかねないため事実上黙認している。そんな状態であるが鞠戸大尉はそのようなことを一切していなかった。副官であるユキ姉すら自室で会うことはなく、隊長がそこまで徹底しているため隊員もさすがに宿舎へ民間人を連れ込むような真似をする者はいない。それ以外、すなわち町に出て合意の上での女性兵、コールガール等含む民間人とであれば互いに見逃しているが。

 一見、鞠戸大尉は綱紀粛正を徹底しているように見えるがそういうわけではない。元々彼は綱紀等にはあまり頓着していないのだ。ならばなぜ、よく知った相手すら自室に来ることを拒むのか、それは彼の部屋の状態からである。端的に言えば汚部屋、ゴミ屋敷状態だ。元々彼は家事が苦手であったが、蛍が来る前でもここまで酷くはなかった。否、正確には一時期同じことがあった、それはかの懲罰部隊から帰ってきたばかりの頃である。

「・・・グ・・・蛍、そこは踏・・・うわあああぁぁぁ!!!」

うなされては目を覚まし、気がつけば仕事、そんな日々を送っていたのだ。

 蛍がかつて鞠戸大尉も所属していた懲罰部隊に放り込まれて一年と半年、彼は自分のためにこの世を去った人がどのような気持ちであったか約17年越しに知ることとなり、悪夢にうなされているのだ。鞠戸大尉は肌身離さず持ち歩いているロケットを開く。ロケットの中には二枚の写真、一つは自分が指揮していた戦車小隊で特に親しかった隊長車運転手のヒュームレイ准尉と、当時新任士官であった鞠戸大尉に士官学校では教わることのできない実戦での指揮、心構えを教えてくれた小隊付下士官の宿里曹長、蛍の父が写っている。そしてもう一つは若い鞠戸大尉に寄り添って写る女。長い黒髪に優しそうな顔立ち、どことなくユキ姉に似ている彼女だが、隣に写る鞠戸大尉の年齢の頃ならばユキ姉はまだ子供か下手をすれば赤ん坊だ、間違いなくユキ姉ではない。

「お前はもっと辛かったんだよなぁ・・・この程度で音をあげてちゃいけねぇ・・・ッヨシ!」

自分の頬を両手で叩き、鞠戸大尉は足の踏み場もない部屋を歩いて外に出た。

 この一年半、彼はこのような空元気で仕事を続けていた。些細なミスをすることはあるが、それらをユキ姉やフェンリル隊の面々がフォローしてくれるのと、大きなミスはしないためどうにか仕事を続けていられる状態なのである。しかしどうしても寝付けない、そして翌日が休みの日は、深酒をする悪癖が戻ってきてしまっていた。この悪癖はかの懲罰部隊から帰還し、ある事件の後に生まれ、されどある使命感が芽生えたことで振り切ったはずであった。

 夜、消灯時間ギリギリの頃に鞠戸大尉はウイスキーをストレートで飲んでいた。普段は自分の限界を察して部屋に戻るのだが、この日はそれができずにラウンジで酔い潰れてしまったのである。

「あら、大尉!いくらなんでもこんなところで寝てたら風邪引きますよ!?」

偶然通りかかったユキ姉が酔い潰れた鞠戸大尉を見つけ、頬をペチペチと叩く。

「ムニャ・・・」

「ダメね、仕方ないわね。大尉、肩貸しますから、帰りましょうね?」

ユキ姉は泥酔している鞠戸大尉に肩を貸して立たせると、彼の自室まで歩かせた。

 

「大尉、鍵!」

「うぅ・・・」

基地内のラウンジで、見つけたのがユキ姉であったことが幸いした。もしこれが町の飲み屋で、悪意を持つ者であったら大変なことになっていただろう。それはさておき、ユキ姉は鞠戸大尉から受け取った鍵で部屋の扉を開けると、中の状態に顔をしかめる。

「ウ!臭!!それにこれ・・・」

ユキ姉もどちらかと言えばずぼらで、伊奈帆がいなければゴミ屋敷の住人だと冗談めかして自嘲することもある彼女だが、本物のゴミ屋敷、汚部屋を見るのは初めてであった。確かに鞠戸大尉は家事が苦手であるが、蛍が彼のもとに来る以前であっても彼女が知る限りここまで酷い状態ではなかったはずである。

「とりあえず、大尉はこちらへ・・・それと。」

ユキ姉はこの汚部屋を見てやるべきことを胸に決めたのであった。

「掃除は明日としても、せめて片付け。」

ユキ姉も明日は休みであり、この部屋を片付けることにしたのである。

 

 一方、鞠戸大尉はいつもの悪夢・・・懲罰部隊にいる蛍の夢でなく、自分の過去を夢で見ていた。種子島での戦闘詳報、通称『種子島レポート』を握り潰され、危機を感じた鞠戸大尉はそれを流出させた。その結果、彼に下された罰はかの懲罰部隊送りであった。懲罰部隊の惨状を見た彼は、『ここで死ぬことが全ての償いになる』くらいに考えていた。しかしそのような考えのためか、結果として諜殺も含めた全ての死神の鎌をかわしてしまった。そして鞠戸大尉にかけようとした硫酸を誤って自らかぶってしまった男を見た時、鞠戸大尉はまだ自分が死ぬ運命でないと悟ったのである。それまで何度も突き返していた、種子島レポートを虚偽と認める念書を書き、正規の手続きで軍に戻ると約一年ぶりに自宅へ帰ったのであった。

 婚約者と同棲していたアパート、一年ぶりに戻ったそこは貼り紙だらけとなっていた。

『バカ、死ね、ウソツキ、火地友好の敵、売国奴、人殺し』

等々、考えられる悪口にまざり、三ヶ月ほど前の日付から

『家賃支払督促、電気代未収通知、新聞契約打切通知』

や大量の新聞、ダイレクトメール等、ここには誰も住んでいないと取れる書簡が投函されている。当時の鞠戸大尉は、同居人はすでに実家に帰ったくらいに思っていたが、今の彼はその扉の向こうの惨状を知っている。

「ったく、ひでぇなコリャ。(やめろ、よせ、開けるな!)」

鞠戸大尉がどれだけ叫んでも彼の脳が過去の映像を再生しているだけなのだ、扉を開けるのを止めるわけがない。鍵を開け、ガチャッという音と共に扉が開かれる。

(うわあああぁぁぁ!!!)

夢を見ている方、つまり現在の鞠戸大尉が音にならない悲鳴を挙げる。同居人はずっと待っていたのだ、玄関からも見える居間でずっと。

見つけたと同時に過去の鞠戸大尉が婚約者に駆け寄るのを、現在の鞠戸大尉は幽体離脱したように過去の自分を第三者視点で見下ろすような形となる。

「ったく、ドッキリにも程があるだろ?いつ覚えたんだ、空中浮遊マジックなんてよ?」

婚約者を縄からほどき、畳の上に横たえた鞠戸大尉は婚約者の頬をペチペチと叩いて起こそうとするが、彼女が反応するはずがない。

「オイオイ、死んだフリかよ?息まで止めて・・・オイ!ネタバレてるって!ユキ!目ぇ開けろよ!」

過去の鞠戸大尉は婚約者に人工呼吸をして、服の胸元をはだけさせて心臓マッサージを始めた。そんな様子を、現在の鞠戸大尉は頭を抱えて見ている。

(そりゃまあ、コレ見りゃ、誤解されたのも仕方ねぇか?)

鞠戸大尉は部屋を見回すが、その景色はモヤがかかって不明瞭である。あくまで鞠戸大尉の記憶である以上、彼が注視していなかったものに関しては不明瞭になるのだ。それはさておき、過去の鞠戸大尉がやっていたことは何の意味もない。なぜなら・・・

「ちょっとうるさいわよ!?・・・あ、ああああんた!な、な、な何やってんのよおおおぉぉぉ!!!」

鞠戸大尉と面識のない、近所のオバさんが今まで人の気配のなかった部屋がドタバタとうるさくなったため苦情を言いに来て、鞠戸大尉と婚約者の姿を見て悲鳴をあげた。

 鞠戸大尉が蘇生処置を行っていた婚約者は首を吊って死んでいたのだ。後の検死結果によると死後半年、発見された時には腐乱し、蛆が大量にわき、美しかった顔も崩れてしまっていた。蘇生処置など意味がないことなど、見ればわかる状態だったのである。この事件は大小問わず様々なメディアが大きく報じた。一部では近隣で適当な聞き込みをして、あることないこと書いたものもあった。

『連合軍士官、死体遺棄の疑い。殺害にも関与か?』

『連合軍士官、一般女性を強姦死、死後半年ものあいだ死姦。』

『警察と連合軍の癒着?殺人容疑の士官をなぜ逮捕しない?』

『連合軍は不要!ヴァース帝国よりも連合軍こそ危険!!』

なお、警察による公式発表では

『山城雪音(22)は司法解剖、現場調査の結果自殺と断定、第一発見者の地球連合極東方面軍九州師団所属鞠戸孝一郎少尉(23)については一年の間軍務にて現場に訪れておらず、自殺そのものへの関与は無いものと推定される。』

であった。彼女が残した遺書も発見され、内容は要約すると、

『罵詈雑言もあの人が生きていれば耐えられた、けどあの人はきっともうこの世にいない。あの世で一緒になろうと思います。』

と、鞠戸大尉が音信不通となり、殉職したと思っての後追い自殺だったのだ。これらの真実は個人間や一部メディアでは伝達された情報であったが、総量は先の嘘八百報道の方が圧倒していた。なぜ真実よりも嘘の方が喧伝されるのか?嘘が商品になるからである。人間はつまらない真実よりも面白い嘘を好む生物だ。『恋人が死んだと勘違いして自殺した憐れな女性』と、『軍人が強姦して殺した被害女性の死体を半年も玩具にしていた、軍人だから国家機関等に匿われている、これは不正だ!これを糾弾する者こそ正義!!』ならば、商品価値の高い情報は後者だ。可哀想ではあってもどこか、否、どこにでもありそうな悲劇よりも、わかりやすい悪党、それも『巨悪』に属する者を、力無き一般人が団結して正義の鉄槌を下す、正義は我等にあり!の勧善懲悪物語の方が客受けがいいのは当たり前だ。その勧善懲悪物語はそうあるものではない、と言うよりは『存在しない』のだから。無責任な客はその娯楽のために自らと無関係な者がどれだけ犠牲になっても構わない、結果、本来なら顔も名前も伏せられたであろう鞠戸大尉の婚約者、雪音は死後に尊厳を汚され、鞠戸大尉はありもしない罪を被せられ、ただでさえ不安定であった彼は酒で虚脱感や悲しみを忘れようとしたが悪化の一途を辿り、第一次星間戦争から5年、連合軍監視下で予備役中尉として受け取った端金を酒につぎ込む自堕落な生活をしていた彼はとうとう自ら命を絶とうと雪音と同じように首を吊った。しかし薄れ行く意識の中、雪音と出会ったのだ。もしかすると三途の川のほとりで鞠戸大尉を待っていたのかもしれないし、単なる幻覚かもしれない。だが、彼女が言ったことが後の彼を決定した。

 

『私の分もしっかり生きて。あなたの力を必要としてる人はまだたくさんいるのよ。』

 

偶然にも縄が切れ、彼は一命をとりとめた。そんな奇跡を彼は、火星と戦って生き残った自分を軍に残すこと、そしてせめて、自分が指揮していた小隊の遺族に償いをしていくことが自分に課せられた使命なのだと考えたのだ。自殺未遂から五年で現場復帰し、大尉昇進、平行して遺族の足取りを必死で追い、大部分は新たな幸せを手にしていたが、一人は足取りが途絶えて追えなくなり、一人は犯罪記録を残していた。足取りを追えなくなったのはマグバレッジ大佐、犯罪記録を残していたのは蛍である。かつて世話になった宿里曹長の息子と出会った時、必ず彼を幸せにすると鞠戸大尉は宿里曹長に誓ったのであった。

 

「うぅ・・・」

鞠戸大尉は過去の追体験を終え、ビデオが再生を終えたように真っ暗な部屋の中、ベッドで横になっている。グワングワンと頭が揺れるような不快感を感じながら部屋の中を見回すと、もはやこの世にいないはずの女がいた。部屋の中の物を動かしたり、床に脱ぎ捨てられた服をたたむ彼女に鞠戸大尉は小さく声をかけた。

「ユキ・・・」

雪音の愛称で彼女に呼びかけると、彼女は振り向き、枕元に歩み寄ってくる。

「すみません、大尉。起こしてしまいましたか?」

と答える彼女を鞠戸大尉は抱きしめた。

「え、ちょ、大尉!?」

「やめろよ、そんな他人行儀。孝一郎でいいだろ?」

彼女は最初戸惑っていたが、抱擁を返しながら

「ええ、孝一郎さん。」

と答えた。鞠戸大尉はユキをベッドに誘うと唇を奪いながら彼女のブラウスをはだけさせ、外から入ってくる星明かり、月の破片の光という少ない光でもわかる白い肌と対照的な黒いブラジャーを外す。この時、鞠戸大尉は少し違和感を覚えた。雪音はフワッとしたワンピースを好んでいたが、目の前の彼女は制服のようにきっちりとしたブラウスにタイトスカートを着用している。下着も白や桃色など明るい色を好んでいた。だが、燃えるように愛し合った女の夢と考えると些細な違いなど気にならなくなっていった。

 鞠戸大尉はご無沙汰などというものでなく、雪音を初めて抱いた時のように、壊れ物を扱うかのように優しく彼女を抱いた。彼女もまるで経験が無いかのように身体全てを鞠戸大尉に委ね、暗い部屋で恥ずかしそうに、そして痛みを我慢して声を押さえていた。

 

 窓から差し込む陽光を鞠戸大尉は手で遮りながら目を開く。服が妙な乱れ方をしており、それを直しながら部屋の中を見回すと汚部屋が見る影もないほど片付けられており、自分に背を向けた女が、数日前に着た記憶のある彼の制服にアイロンをかけている。

「界塚?どうして俺の部屋に?」

鞠戸大尉がそう尋ねると、ユキ姉は振り返って一瞬怪訝な顔をしたがすぐに笑顔で答えた。

「鞠戸大尉、もうすぐお昼ですよ?」

「いや、そうじゃなくてな・・・」

鞠戸大尉が再び尋ねようとすると、ユキ姉は笑顔のまま、

「昨日、大尉ったらラウンジで酔い潰れてたんですよ。それでお部屋まで送ったんですけど、酷い部屋だったからお片付けしようと思ってお部屋の鍵、借りてました。はい、お返ししますね。」

と答えて鞠戸大尉に鍵を返す。

「・・・そういえばユキって・・・私のことじゃないですよね?いつも『界塚』ですし?」

鍵を返したユキ姉がそう尋ねると鞠戸大尉は顔を真っ青にした。

「いや、ま、待て、それ、どこで?」

「昨日、寝言で『ユキ、ユキ』って。」

これに鞠戸大尉は顔を手で隠す。

「・・・昔の婚約者だよ。」

声が照れているのでなく、落ち込んでいるのでユキ姉も真剣な顔をする。

「昔の?・・・聞いてもよろしいですか?」

この話はユキ姉も知らないのである。鞠戸大尉は懲罰部隊のことは伏せ、雪音のことを話した。

 

「そう、ですか。ですけど、その人も大尉が元気でいることを望んでますよ!きっと、そのロープを切ったのも雪音さんです!」

「いや、さすがに偶然だろ?」

「いいえ、ずっと雪音さんは大尉のこと、守ってくれてますよ。私も女ですから、雪音さんがどう思うかわかります!」

と、言いきるユキ姉に、鞠戸大尉は微笑みを浮かべて彼女の頭をクシャクシャと撫でる。

「ありがとよ、気が楽になった。」

「えへへ・・・あ、そういえば蛍くん、帰ってきたそうですよ!デューカリオンとこっちに向かってるそうです。」

「ふっ、あの大バカ野郎!心配かけやがって!!」

鞠戸大尉は満面の笑みで答えた。

 

 二人で息子、弟と会えることを喜んだあと、鞠戸大尉はあらためて昨夜の夢のことを考え、ユキ姉に話す。

「しっかし、なんだったんだ、あの夢。」

「・・・夢のことでしょう?意味なんてないですよ。」

「ま、それもそうか。」

「ええ、ただの夢・・・ですよ。」

吹っ切れた鞠戸大尉とは対称的に、複雑な表情をして下腹を撫でるユキ姉であった。

 

 




 鞠戸大尉、あんまりにも女気がないので、何かあったのでは?という前提で書きました。少々やりすぎかとは思いましたが、こんなことでもあれば女気がないのも納得かと。


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第十九話 レムリナ姫

こちらも復活です。紙で持っててよかった、こっちは。


『光を屈折させるほどたくさんの水と空気に満たされたこの青き星を・・・』

空を飛ぶ空中戦艦デューカリオンの自室で伊奈帆は何度もアセイラム皇女の演説を再生して、とある部分を聞いていた。この『光を屈折させる』とは、かつて伊奈帆がアセイラム皇女の間違いを指摘した部分で、アセイラム皇女は地球から来た同世代の少年に聞いたと話していたとの話であった。

「違う、空や海が青いのはレイリー散乱だ。」

そんな彼の元に来訪者が現れる。

「伊奈帆、どうしたの?」

彼の幼馴染、韻子だ。彼女は昔から伊奈帆の部屋はノックも無しに入るため、予想がつかない。

「あの人の演説をちょっとね、あの人はウソをついている。」

「ウソ?」

韻子は伊奈帆の後ろから、彼が見ていた演説の録画を覗きこむ。順当に考えたならば、蔑語を連呼し、地球との戦争を煽る部分がウソだと考えるが、伊奈帆が映した部分はまったく別の箇所であった。

『わたくし、アセイラム皇女は』

「この部分。ウソ特有の語調になってる。」

「え!?ここがウソってことは・・・」

「そう。彼女はアセイラム皇女じゃない。」

驚きのあまり韻子は絶句する。これは連合軍でも考えられていることであるが、伊奈帆は断言した。もっとも、ウソ発見機にかけたわけではないので、語調だけでは明確な証拠にはならないが。

 

 一方、ヴァース帝国のサテライトベルトにあるいくつもの基地の中枢である基地で、演説を終えたアセイラム皇女はザーツバルム卿、スレイン、エデルリッゾに迎えられると光に包まれる。

「ザーツバルム卿、サー・トロイヤード。この度の演説はいかがでしたか?」

「何とも堂々とした、素晴らしいものでしたよ、姫殿下。」

膝を着き頭を垂れるザーツバルム卿がそう言うと、彼に倣い膝を着いたサー・トロイヤードことスレインも感想を続いて話す。

「このトロイヤード、本物のアセイラム皇女殿下の詔勅かと見間違うほどでした、レムリナさま。」

レムリナと呼ばれたアセイラム皇女を覆う光が消えるとそこにいたのは、どことなくであるがアセイラム皇女に似た顔立ち、ストロベリーブロンドの髪をショートボブにした少女であった。歳はアセイラム皇女と同い年くらいであろう彼女はレムリナ、アセイラム皇女とは腹違いの姉妹である。

 

 かつて先代皇帝ギルゼリアがアルドノア起動権を持たぬことが発覚した際、急きょ帝国中から起動権を持つ者を探した結果、一人だけ見つかった女との間に生まれたのがレムリナ姫である。いわゆる妾腹であるレムリナ姫の存在は公には伏せられ、旧月面基地にて軟禁状態で生活していた彼女の存在をザーツバルム卿は月面基地の同志より聞きつけ、保護したのだ。ザーツバルム卿も『2号さん』の話を聞いてはいたが、月で軟禁されているとまでは知らず、母子の元に向かった時、レムリナ姫はとても姫と呼べるような生活はしていなかった。当時五歳であった彼女の世界は母親と暮らす部屋の中だけ、友人と呼べるものは母親の手製と思われるぬいぐるみ、当時のザーツバルム卿は知らなかったが『クマ』と呼ばれる動物をかたどった物だけ、食事は最低限の死なない程度、服はボロボロの着たきりすずめ、文字の読み書きもできない状態であった。何よりザーツバルム卿がやるせなくなったのは、レムリナ姫の母親が彼に向かって最初に言った言葉だった。

「ジャン・・・来てくれたのね。」

ザーツバルム卿にはまったく聞き覚えのない名前、当然ギルゼリアのものでもなければザーツバルム卿の名前でもない。そこで思い至ったのは彼女が後宮に入れられた経緯であった。

 彼女は後宮に入れられる前は両親と暮らす平民の娘で、恋人もいて慎ましながらも幸せに暮らしていた。そこにヴァース帝国皇室が土足で踏み込んだのだ。最初はあれやこれやと対価をちらつかせて引き込もうとしていたが当時はまだ一般的な地球の価値観が強く、いわゆる身売りのようなことを両親は嫌い、本人も恋人がいると断ったが、業を煮やした皇帝側は両親を反逆罪で拘束、恋人は暗殺し、彼女を後宮に押し込めた。自分の身に何が起こったのかもわからないまま皇帝の相手をさせられ、彼女の心は壊れてしまっていたのだ。自分が産んだ娘を恋人の子と思い込み、いつか迎えに来てくれると信じて幽閉されているうちに身体も病に蝕まれたのである。ザーツバルム卿はあえてジャンのふりをしてレムリナ姫の母と話し、自らの死期をすでに悟っていた彼女はレムリナ姫をザーツバルム卿に託して永久の眠りについたのである。

 その後、ザーツバルム卿は幼かったレムリナ姫を自分の揚陸城に連れていったのだが、その時にある事実を知ることとなった。レムリナ姫は生まれた時からずっと低重力下で生活していたため身体が地球と同じ重力、1Gに耐えられなかったのである。そんなレムリナ姫をザーツバルム卿は顔を会わせる必要がある者には自分の娘ということにして作法、教育を施し、低重力から次第に慣らすようにして1G下であっても車椅子であれば生活できるまでになったのだ。

 

 レムリナ姫の自室までエデルリッゾが車椅子を押し、それに従者のようにザーツバルム卿、スレインが付いて入ると、レムリナ姫は三人に向き直る。

「今日はもう休みます、三人とも、お下がりなさい。」

「ありがとうございます、レムリナさま。」

エデルリッゾはまずザーツバルム卿、スレインの後ろまで下がってそう言うと礼をし、退室する。彼女にはまだ別の仕事があるのだ。

「ええ、ではレムリナさま、お休みなさいませ。」

次に退室するのはスレイン、本来であればザーツバルム卿に続いて下がるのが正しいが、スレインはいつもこのようにしている。ザーツバルム卿とレムリナ姫にそうするよう言われているからだ。そして最後に残ったザーツバルム卿であるが、『ザーツバルム卿』としての仕事が終わった代わりにもう一つの顔になるのだ。

「本日もお疲れ様ですわ、『義父上』。」

レムリナ姫がそう言うとザーツバルム卿は立ち上がり、彼女に答える。

「ああ、レムリナも疲れただろう。どれ、茶を淹れようではないか。」

本来ならばメイドを呼んでさせるような仕事をザーツバルム卿はてきぱきと進めていく。短いティータイム、時間がある時は食事の間だけ、二人は出会った時のように『父子』に戻るのだ。

 ザーツバルム卿はレムリナ姫をアセイラム皇女の代わりにするつもりなどなかったのだ。最初は憐憫、死んだとはいえかつての主ギルゼリアの尻拭いといった義務感で面倒を見ることにしたのだが、たどたどしく『ちちうえ』と呼ぶレムリナ姫を見ているうちに、婚約者に宿っていた、生まれてくるはずであった自分の子を重ねるようになり、いつしか本物の娘のように想うようになったのだ。ザーツバルム卿自身も、スレインやレムリナほどの年代の子供を死んだ自身の子と重ねるのは悪癖だと考えているが、性分となってしまって治ることはないと考えている。アセイラム皇女を助命することにしたのも、似たようなところからだ。

 紅茶を呑みながらレムリナ姫はザーツバルム卿に読んだ本のことを話す。表向きは存在しないことになっているレムリナ姫にとって、世界とはザーツバルム卿の揚陸城、基地のプライベートゾーン、そして本で見る世界だけなのだ。ザーツバルム卿は話を聞きながらふと、レムリナ姫の私物を見る。

「それにしても器用なものだ。あれ、全て手作りであろう。」

ザーツバルム卿が見たのはたくさんのぬいぐるみ、レムリナ姫が本で見た動物を元に様々なものを作っているのだ。象、羊、犬、猫、ウサギ、豚等々。その中に一つだけ古い物が混ざっている。それはクマ、レムリナ姫の母の形見だ。

「母上の真似をしているうちにこのようになってしまいましたの。ですがやはり、母上には及びませんわ。」

「確かに、10と余年も形をとどめられる物はまだ作れぬだろうな。」

レムリナ姫が並べているぬいぐるみの中に一つだけ古い物が混ざっている。それはクマ、レムリナ姫の母の形見だ。汚れたり所々ほつれたりしているがいまだにレムリナ姫が夜を共にする現役である。

 

 そのような父子の時間を過ごしている間、エデルリッゾは基地でエデルリッゾを含めて使用人は三人しか入ることのできない部屋にいた。彼女の別の仕事のためだ。エデルリッゾは基地の中に土を敷き、花畑を再現した部屋で、ある少女に追いかけられている。

「エデルリッゾおねえちゃん!まって~!」

「は~い、姫さま、こちらですよ~!」

エデルリッゾはその少女と追いかけっこをしていたのだ。相手は少女というよりはもう大人側に入っているであろう、金髪翠眼の美女、白いドレスに身を包み、先ほどレムリナ姫がその姿を借りていたアセイラム皇女である。エデルリッゾとアセイラム皇女では歩幅がまったく違うため、エデルリッゾはすぐに捕まってしまう。

「は~い、おねえちゃんがオニ!10かぞえてね!」

そう言ってアセイラム皇女は走り出すが、つまずいて転んでしまう。

「ひ、姫さま!?お怪我はございませんか!?」

「ウグッ・・・グスッ・・・」

アセイラム皇女は膝を少し擦りむいただけで泣いており、そんな様子を隣にある監視室でカメラを通して見ていたスレインはとっさに救急箱を持って花畑の部屋に飛び込んだ。

「姫さま!!」

「ヒッ!?や、やだやだ!こわいおにいちゃん!!こないでよぉ!!!」

アセイラム皇女は幼児のように大泣きしながらエデルリッゾの後ろに隠れる。この時、アセイラム皇女はエデルリッゾの肩をつかんでいたのだがエデルリッゾの耳に彼女の骨が軋む音が聞こえそうなほどの激痛が走る。アセイラム皇女は大人の力を子供のように加減せず振るうせいで、悪気が無くてもこのようなことが起こるのだ。

「・・・ッ、グッ!!サー・トロイヤード、救急箱はそこに置いて、ください。あとのことはエデルリッゾにお任せを・・・」

痛みに耐えながらエデルリッゾがそう言うのを聞き、スレインは頭を下げて謝罪し、救急箱を置いて退室した。

 

『おねえちゃん、こわいおにいちゃんのこと、おっぱらってくれた?』

『ええ、姫さま、もう大丈夫ですよ。さ、お御足をここへ。』

監視室に戻って、モニターで二人の様子を見たスレインは八つ当りで壁を殴り付ける。アセイラム皇女は地球連合本部での戦いの後、危篤状態から回復した時、自分を五歳の子供と思い込んでいたのだ。いわゆる幼児退行という症状だ。強いショックなどから自分の心を守るための防衛反応と言われているそれの原因を作ったのはスレインで間違いがない。アセイラム皇女が五歳の頃というとまだスレインとは出会っていない。となると、目を覚ましてスレインを見たら普通『だれ?』と尋ねるだろう。しかしアセイラム皇女はスレインを見て怯え、近くの物を投げつけたり、他の人の後ろに隠れたりしながら彼のことを『こわいおにいちゃん』と言ったのだ。彼女が言うにはスレインは、恐ろしい形相で人の頭を銃で撃ったというのだ。そしてその心当たりがスレインにもあった、地球連合本部で伊奈帆を撃ったことである。それが原因と見て間違いないのだ。

「(おいたわしや・・・しかし、たとえどのように想われてもこのスレイン、姫さまのため、戦無き世界を作ってみせましょう。)」

スレインはこのようになってしまったアセイラム皇女を見ると必ず、ザーツバルム卿が語った『戦無き世界』の話を思い出す。

 

 スレインはザーツバルム卿から一羽の北京家鴨を例に使って戦争を無くす方法を聞いた。その方法は非常に単純な答えであったのだ。

「これを巡って争うのであれば、争わない方法は簡単なのだ。」

テーブルを回しあった後、ザーツバルム卿は呼鈴を鳴らし、使用人を呼んだ。

「このアヒルとやら、もう一羽用意せよ。」

「は、しばしお待ちを。」

それを見たスレインは驚きのあまり言葉が出なかった。

「戦とは何ぞや?その本質に立ち返れば問題を解決するのは容易いことなのだ。」

「戦の本質?」

「人は生きるためにあらゆる資源を必要とする。しかし資源は常に有限であった。充足せぬため人はそれらを奪い合う。ならば必要とする時、必要な物が常に存在するならば人は争わずに済むことであろう。」

星間戦争よりはるか昔、二度の世界大戦よりも前に成立した思想がある。全ての財を政府の元で管理し、財すなわち資源を作るのも国家事業で必要なものを十分に産出し、それを公平に分配する。全世界がこの制度の元で運営されれば全人民は飢餓、不平等、抑圧、自然死を除く死の恐怖等、あらゆる苦しみから解放されるというものだ。この思想の旗振りをしていたのはヴァース帝国皇帝レイレガリア・レイ・ヴァースの出身国で、今となっては存在しない国である。崩壊した原因は多々あるが、やはり一番大きかったのは前述の国家運営思想並びに手法によるであろう。全人類が充足する資源の産出一つ取っても一体どのようにするのか?分割または共有ができないものはどうするのか?それこそ、無限の資源を産出する魔法の壷でもなければ不可能だ。だが、ザーツバルム卿が言うにはかつて存在しなかったものが今はある、アルドノア・ドライブ。これが『魔法の壷』になり、ザーツバルム卿が考える新たなヴァース帝国、一部同志には『ヴァース千年帝国』と呼ばれる人類統一国家構想となったのだ。

 

 これがかつての会食でスレインとザーツバルム卿が話し合った内容であり、スレインは後にアセイラム皇女、そして皇帝の命を保証することを条件としてザーツバルム卿の同志となった。もっとも皇帝はスレインがかつて会った時に、いつ死んだとしてもおかしくないほど衰弱していたため、条件としては『天寿を全うさせること』と言った方が近い。そして幼児退行してしまったアセイラム皇女だが、ザーツバルム卿を『おじうえ』と呼び、少なくともスレインよりはなつかれている。このような状態でも手を出す気配すらなく、それどころか保護するようなことをしている。約束を反故にするつもりは無いようである。

 スレインは現在、ザーツバルム卿付きの副官のような立場にあり、ザーツバルム卿の立てる戦略を取りまとめる仕事をあてがわれている。結果として彼は膨大な情報に触れることができるのだ。目を引くのはヴァース帝国が開戦当初の勢いを失っており、ヴァース帝国から見れば新領土を喪失、地球から見れば失地回復という状態になってきている。これについてザーツバルム卿はある程度想定していた。ヴァース帝国は地球に比べて人的資源が少なく、占領地が増えればそれが足枷となってしまう。戦争が長期化すればその悪影響はさらに大きくなり、結果として地球連合軍に組織的な戦闘を許してしまい、人的資源に劣るヴァース帝国側が敗退することが多くなっているのだ。こうならないためにザーツバルム卿は開戦一月あまりで連合軍本部へ強襲をかけたのだがそれは失敗に終わり、戦争は泥沼化してしまっている。これを解決するには一大会戦によって地球連合軍に大打撃を与えるしかないとザーツバルム卿は考えているのだ。そこでザーツバルム卿の元に軌道騎士団全てが結集するよう呼びかけているのだが、もともと封建制で47個の別個の軍であるせいで強制力のある『命令』でなく『依頼』とならざるを得ないため、戦力の結集が遅々として進まない。その中で静観を決めているかのように返信の無い騎士がいた。とある砂漠地帯に降下し、占領地を拡げる様子も無く、もともと地球連合と疎遠な町や村落と交易ならびにその中継をし、盗賊から彼等を守りながら経済を発展させ、医療をはじめとするいわゆる福祉を投下するという、本当に支配下にするつもりならば何と気の長い統治をしようとしているのかという騎士だ。彼の名は、マズゥールカという。




アセイラム皇女とレムリナ姫まわりの話、だいぶ改変しました。スレインには植物状態よりきつい状況かと思いますが。
レムリナ姫もアニメの描写では『戦争中、近くの人に手出したら一発必中しました』くらいでしたが、それより一歩踏み込んでみましょうと。

レムリナ姫
自分のオリジナル設定の被害者。足が悪い設定は月基地に母子共々軟禁されていたため、1Gで生活できないほどだったのを、ザーツバルム卿のおかげでどうにか車椅子生活はできるくらいになったとしてます。多分、幼少期は1Gだと内臓が潰れかねない状態だったと思われます。

戦争のない世界
原作通りだとナチュラルにツッコミ入ってましたので少々手を入れさせていただきました。なお、自分は仮に『無限に財が湧き出る魔法のツボ』があったとしてもこの方法で無くせるとは思えません。


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