しんねぇ (メデューサの頭の蛇)
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第一話 真月鈴?え?誰?

 

遠くに見えるハート型の塔。あれを建てようと思った人はどんな思いで立てようと思ったのか未だに謎に思う。

重力を無視するかのような佇まいに、帰ってきたのかと感じた。実際にはここは故郷ではないのだが、第二の故郷だと言っておこう。弟はここにある学校へ転入したらしいしな。また、良からぬ楽しい事を考えているのだろう。突拍子もなさそうに見えて、実は念入りに練られた作戦を実行しているに違いない。そこに姉を混ぜないなんて、酷いとは思わないのだろうか。

飛び交う日本語。海外を渡り歩いていた俺には、その日本語がひどく懐かしく思えた。

商店街の雰囲気は活気付いていて、すれ違う人々が楽しそうに見えた。休日なのだろうか、少し人が多い。約束の場所まではあと何分かはかかるが、何故あちらの世界じゃダメなのだろう。弟からの呼び出しを不思議に思いながらも、ただスタスタと歩いて行く。

 

「(もしかして、計画に関わらせてくれるのか……いや、それはない、か?)」

 

恐らく一人で実行し、周りを巻き込む感じなのだろうとは思う。あの子はいつも周りを巻き込んで陥れていた。自分から出ることもあるが、基本的に命令する側である。司令塔と言えば良いのだろうか、まぁそんな技量は弟にないと言って良いほどだが。

暫く歩いていると、目的地が見えてきた。商店街の向こうのそのまた向こう。距離にしてあまり遠くはないが、広い公園の一角。そのベンチに待ち合わせ人はいた。

オレンジ色という明るい色の逆立った髪。アメジスト色のクルリとした瞳がこちらを見た。容姿は上の中だろうか?比較的良い方だから、そう評価したのだが、世間には美人が溢れている。美少年の部類に入るだろう顔立ちをした弟は、パッと顔を輝かせ手を振ってきた。成る程、それが今のお前か。

俺が近づくと、そいつはおれの両手を取ってぶんぶんと降り出した。

 

「姉さん、久しぶりです!元気にしてましたか?良かれと思って、覚えてます?真月零ですよ?」

 

さり気無く今の名前を教えてくれる弟。さすが、と言いたい程の気配りだ。

俺は苦笑して、振り回されていた手を止めた。

 

「可愛い弟を忘れるわけないよ」

「良かった!姉さんの事です、絶対忘れていると思ってました!」

「あはは、酷いですねー零は」

 

さり気無く毒吐く零はいつも通りであった。敬語口調にして、明るくしていてもその根本は変わっていないようだ。まぁ、こいつは毒吐いたりするのは呼吸するのと同じだからな。毒吐いてなかったら、それは零じゃないだろう。きっと別人だと俺は疑う。

 

「そうだ、お土産持ってきたんだよ。いるかい?」

 

そう言って俺は海外旅行のお土産を手に持っていた紙袋から取り出す。零には最初からこれ!と決めていたお土産がある。ガサゴソとやっと探り当てたそれを付けてやった。

 

「わー!ありがとうござい、ま……す……」

 

最初は元気な返事だったのにも関わらず、段々と低くなる声。演技忘れてるよ、大丈夫?と言いたいところだが、十中八九、いや確実に俺の所為なので言わないでおこう。

零に渡したのはうさ耳カチューシャとパーティーグッズの鼻眼鏡。先程の商店街で買った物だ。

 

「ぶふっwwふぇwww思いの外似合っwwwあはっ、あはははははははっwwふへははっひぃーっwwwwww」

 

思いの外似合うそれらに笑う俺。

暫く硬直していた弟が復活すると、顔と頭からカチューシャと鼻眼鏡を乱暴に引き千切って地面に投げ捨てた。そして素早く俺の鳩尾を狙ってグーパンチをかます。

 

「ぐふっ」

 

腹を抱えて笑っていた俺の、その腕の隙間を縫って殴る技術は大したものだが、無言の腹パンはやめろ、めちゃ痛い。思わず膝をついて蹲る程だ。

ひぇ、息止まりかけたーと文句言いながら目を開けるとグシャリ!俺があげた二つのお土産が踏みつけられていた。犯人は俺の弟である。顔を上げると、ニッコリと笑った零がいてゾクリと背筋が凍った。うわー、怒ってるー。

 

「今のは無かったことにしてあげます」

 

あっハイ。

 

「って!嘘だよ!ちゃんと他のお土産あるから。ほら、零の好きな物買ってきてるから」

 

またもや紙袋に手を突っ込み、本当のお土産を取り出す。大きな四角形の白い箱。実は言うとお土産は殆ど空港で買ったものだ。旅していると日にちがもたない物ばかりで、お土産にはあまり向かなかった。なので、帰る直前の空港で買ったのだ。空港なんて利用せず次元移動しろよって思うかもしれないが、一度でも飛行機に乗ってみたかったからなのが本音だ。あのふわっとした感じ好きなんだよね。もし事故っても俺だけが助かるし、まぁ金は無くなるが元々俺の財布をスろうとしたやつからスった金だし、どうってことない。

ということで、零にその菓子箱を渡した。

 

「クッキーですか?」

「うん、そうだよ。好きだよね?クッキー」

「……まぁ、それなりには」

「そりゃ良かった」

 

あのパサパサ感が嫌いっていう人もいるそうだが、零はパサパサ感もだし固い癖に甘いのが好きらしい。なんだその理由?とか思うが、別に俺も思ってた事だし良いか。固いくせに甘くて美味しいんだよな、クッキー。自分でもよく分からない感想だ。

 

「で、何で私を此処に呼んだんだ?」

「そうです!姉さんの所為ですっかり忘れてました!会わせたい人がいるんですよ!」

 

そう言って俺の手を引いて歩き出す零。自然な動作すぎて怖いが、多分素でやっている事だと思う。昔から何かと俺の手を握りたがるやつだったからな。甘えん坊なのか、寂しがりやなのかわからないが、受け入れてるのも事実だ。

走り出す零に俺は手を引かれながらも必死に着いて行く。紙袋とリュックサックがゆさゆさと揺れるのを感じて、先に置いてきた方が良かったかなと後悔した。紙袋は地味に邪魔だし、地味に重たい。

あまり遠いわけではなく、公園から出て暫く走ると何か学校らしきものが見えた。あれが零の通うハートランド学園なのだろう。世間で言う中学校に俺を連れて行きたかったのだろうか?思わず首を傾げるが、先程の言葉は会わせたい人がいるという事。

 

「おーい!真月ー!」

 

内心でぐるぐると考えていると、零の上の名前を呼ぶ声が聞こえた。誰だ?と遠くにある校門の所で手を振っている人物を見る。その横にも人がいたが、それは置いといて。あの特徴的な髪型はまさか。

弟から聞かされていた今回の敵。今回、と言うのは可笑しいが、多分弟が作戦失敗した原因だろう。成る程、あの人間が。隣に浮遊霊がいるのだが、あの青白く装飾が凄い霊はアストラル世界の住人だろうな。何となく、弟の作戦がわかってきた気がする。

 

「遊馬くーん!」

 

パッと顔を明るくさせて元気一杯に手を振る零。微笑ましい事この上ないが、本来の彼を知っている者からすれば反吐を吐くような光景だろう。俺は決してそんな事ないけど。

手を振っていた彼等の前に立つ。やっと走り終わった事でドッと疲れたような感覚に陥るが、仮の肉体なので多分幻覚だろう。あまり考えた事はないが、心臓すら動いていない可能性が高いな、うむ。

 

「真月、そいつが?」

「もう!遊馬ったら失礼でしょ!ごめんなさい、私は観月小鳥って言います」

「俺は九十九遊馬!よろしくな、真月の姉ちゃん!」

 

行儀よく礼をする小鳥と、ニカッと太陽のように笑った遊馬。そんな彼等に微笑んで、自分も自己紹介をする。

 

「零の姉のア「真月(りん)です!」……よろしくです」

 

こうして俺は最大の敵になるであろう人物との邂逅を果たしたのだ。

というか弟よ、鈴って絶対適当に名付けたろ?いや、本当の名前言いそうになったのはまぁ悪かったと思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵さんと出会った後、俺は転入手続きの為に、ハートランド学園に弟と入っていった。

そもそもの話、弟が中学校に通っているのに姉が通ってないのは可笑しいいう話になった。

確かにそうだ。ここハートランドシティには親は仕事で帰ってこないからと言う意味でいるはずである。ここじゃ、学生や子供に少し甘い所があるからな。支援を受けられたりするので、子供だけで暮らしても何ら不自然はない。

なので、俺も学校へ通う事になったのだ。こういう場所に入るのはいつ振りだろうか。姿が変わらない俺たちにとって、こういう場所は縁の無いところなのだが、俺は一度懐かしさに負けて入った事がある。入ったところは管理が雑で、とても社会の一つとして成り立っている場所では無かったのだが、田舎特有の親しさというものが心地よかった記憶がある。まぁ、何十年も前の話だが。

 

「良し、これで完了だ。お疲れ様」

 

教員の一人がそう言うと俺たちは安堵したように息を吐いて、ありがとうございましたと礼を言った。上手くいくことは確定事項だったので、安堵も何も無いのだが。

形だけのお礼を述べた後、職員室をでて教室に向かった。どうやら、零が教室に鞄を置きっ放しにしているらしい。あぁ、会ったときは手ぶらだったもんな。

 

「これで、来週から姉さんもここの生徒ですよ」

「そりゃ嬉しいね。零と通えるんでしょ?楽しみだよ」

「ふふっ、僕もです」

 

他愛も無いような会話をしながら、教室に着く。まだ誰かいるようで、扉が開いていたが、零は何でも無いように入っていく。

流石に俺は、さっき正式に生徒になったとは言え、まだ通って無い身。少し入るのを戸惑い、結局入り口付近で待つことにした。

教室は大学の講堂のような作りをしていて、後ろの席が上の方にあるという、中学校にしては珍しい造りをしていた。

零は自分の席であろう、後方へ行くために階段を上がり、机の上に置きっ放しだった茶色い正鞄を手に持つ。そして、タタタッと階段を駆け下り笑顔で此方に向かってくる。

それを何でも無いように迎えながら、帰るために振り返ると知らない人がいた。

少し長い青い髪をした男子生徒。制服の色からして一つ上の中学二年生だろう。急に現れたので驚いて目を見開いていると、その生徒はおい、と話しかけきた。

 

「あ、神代先輩!どうしたんですか?」

 

俺に話しかけようとしたのだろうが、俺の後ろから出てきた零に視線が移った。なるほど、こいつは神代というらしい。何やら既視感の激しい男だが、何処かで会っただろうか?

 

「遊馬はいるか?」

「遊馬くんなら、もう帰りましたよ?」

 

零の応えに、少し怪訝そうな顔をする神代先輩。一体どうしたのだろうか?首を傾げていると、神代先輩は口を開いて疑問であったのだろう言葉を口にした。

 

「……いつもお前と帰ってなかったか?」

「はい!遊馬くんは親友ですから!けど、今日は姉さんと帰るつもりだったんですよ」

 

細かい、此奴細けぇわ。

遊馬がいないところでも、僕は遊馬くんの大親友です!アピール。その演技力と徹底的な拘りようには俺も完敗する。無理、おれぁ無理。

 

「姉?」

 

弟の演技力に敗北感を味わっていると、神代先輩から視線が投げかけられた。

姉と紹介された俺を疑っているのだろうか?

俺と零は髪色はほぼ同じで、俺の方が少し暗めだ。髪型はまぁ似てないが、目元や瞳の色は同じである。二卵性双生児の筈なのだが、ここまで似たのは未だに謎だ。

 

「姉の真月鈴です。よろしく?」

「あぁ、よろしく」

 

俺の疑問系の挨拶に、眉間に皺を寄せた神代先輩はくるりと踵を翻した。このクラスに用があったが、肝心の遊馬くんが帰ってしまったからだろう。コツコツとローファーの音が響きわたった。

 

「神代先輩、またです!」

 

手を振る零に倣い、俺も手を振った。

神代先輩はチラリと此方を見た後、ふんと鼻を鳴らして去っていく。成る程、あれが所謂ツンデレって奴か。現実で初めて見た。

 

「何だか面白い奴ですねー、神代先輩は」

 

完全に立ち去ったのを目で確認した後、カラカラと笑いながら俺はそうポツリと呟く。

 

「僕は嫌いですけどねー」

 

俺の言葉を拾って同じく小さく呟いた零は、少し苦い顔をしてから一転笑顔で俺に手を差し出した。

あー、神代先輩あんま好きじゃ無いんだね。成る程、成る程。

 

「さ!行きましょう!姉さん!良いカードショップがあるんですよ?案内しますね!」

 

笑顔振りまくその姿に昔を思い出しながら俺は苦笑して、俺と同じくらいのその小さな手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校なんていつ振りだろうか。

何十年も前の事であまり覚えていないが、彼らの声や姿は容易に思い出せる。そんな所だ、学校は。

だからこそ、先生に案内されて教室の扉の前で待つという転入生特有のこの行動に、心なしか高揚していた。

あぁ、このクラスはどんなクラスなのだろうか。零とは双子だという事を言っているので、生憎遊馬くん達とはクラスが離れてしまったが、まぁ学校へ通えるという事自体ありがたい事だ。例え、それが教師達を洗脳して操って手続きしたという不正行為だとしても、嬉しいものは嬉しい。

ゆるゆるになっていく頬を引き締め、先生の合図をもとに扉を開けた。

 

「本日転入してきました!真月鈴です!どうぞ、よろしくお願いしますね?」

 

 




身内にはタメ口、それ以外には敬語な主人公です。

俺の名前?真月鈴だ。


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第二話 美少女?え?俺?

 

 

転入生というものはどこに行っても人気者だ。

物珍しさが目立つ故になのだが、その転入生本人からすれば迷惑以外のものでも無いと思う。

つまりだ。俺は今、クラスメイトに囲まれていた。

どこから来たの?とか、真月って隣のクラスの子と同じ名前だけどどうして?とか色々聞かれた。前者は良いが、後者の質問はもし同名だけだっただけなら少し失礼じゃないか?と思う。何も関係の無い人物から関係者とだと思われるんだからな。まぁ、隣のクラスの真月くんは俺の弟だけど。

毎時間、休み時間になると質問攻めに合い、休める時間の筈が全く休めないという事態に陥った。授業時間の方が落ち着けるってどうなんだろうか。

だからこそ、昼休みなら皆もご飯を食べなければならないので、質問攻めに合わないと思っていたのだが、現実は非情で。

 

「ねぇ!一緒に食べない?」

 

と誘われてしまった。

コミュニケーション能力が高くて逞しい事だが、勘弁して欲しい。一定以上と仲良くなっても付き合いが面倒くさいだけだ。弟の様に、作戦の為に努力できる様な人格でも無いからな。疲れる。

どうしようか、どう断ろうかと応えあぐねていると、教室の扉がバーン!と勢いよく開いた。

何だ何だ?何事だ?という様にクラスメイト全員が振り返ると、そこには困った様な表情を浮かべている赤い前髪と黒い後髪をした少年に、ニコニコと笑う橙色の逆立った髪の毛を持つ少年がいた。

俺の髪と同じ色を持つ少年を見た瞬間、お前が神か!と心の中で叫んでしまう程ナイスタイミングだった。初めて、弟に感謝したかもしれない……いや、それはないか。

二人の少年、九十九遊馬と真月零は一直線に俺の元へ来てこう言った。

 

「「一緒に昼ご飯食べようぜ!/ましょう!」」

 

暫く呆気に捉えられていた俺は、苦笑してこくりと頷く。愛する弟とその友人の頼みだ、断れるはずがないだろう。

 

「という事なので、ごめんなさい」

 

誘ってくれた優しいクラスメイトにぺこりと頭を下げて謝る。こういうのは誠意が大事であり、ちゃんと一緒に食べれない悲しみというものを表に出す。すると大抵は許してくれるものだ。この世界の人間は基本的に優しいのだから。

クラスメイトは全然大丈夫!と首を振って、今度一緒に食べようと言ってきた。その言葉には素直に頷いて、去っていくのを見送る。

さて、弁当を取り出すか。横に立てかけてある指定鞄の中から弁当箱を取り出して、二人に振り返った。

 

「良かったのか?」

 

遊馬くんが首を傾げてそう聞いてくる。そんな事聞いてくれるのか、優しい子だ。俺の遊馬くんへの好感度が上がった。

俺は首を振り、大丈夫だと言って笑う。

 

「初登校日は弟と食べたかったですし」

「嬉しいです!僕もそう思ってたんですよ!」

「流石私の弟です。考える事は一緒ですねー」

 

イェーッイとハイタッチをして笑いあう。基本的に、弟とは思考回路が似ているのでこういうのも自然にできてしまう。流石私と私の弟、息ピッタリですな。

 

「さて、どこで食べるのです?案内頼みましたよ?」

「まっかせとけって!真姉!」

 

ドン!と自分の胸を叩いて言う遊馬くんは頼もしく思えるが、思わず俺は謎の単語に首を傾げてしまった。隣を見ると零も同じく首を傾げている。

 

「しん?」

「ねぇ?」

「あっと、真月の姉ちゃんの事、そう呼んでんだ」

 

遊馬くんが言うには、真月の姉ちゃんを略して真姉らしい。ネーミングセンスは置いておいて、どうしてそうなったのだろうか。普通に鈴として呼んでくれても良いのに、一応同い年なのだから。

その事を遊馬くんに伝えると、苦笑しながら頭を掻いて悪りぃと言った。

 

「何かこっちの方がしっくり来るんだよな」

 

本人がそう言うのならば、別に良いかと俺は放置する事にした。呼びたいように呼ばせとけば良いし、同じ様に真月と呼ばれてもややこしいだけだ。丁度いいのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち話もそこそこに、俺は遊馬くんに案内されて屋上に来ていた。どうやら、遊馬くん御一行は皆が皆屋上で食べる風習があるらしい。確かに教室よりも開放的でいいが、冬は流石に寒そうだ。

この前会った小鳥ちゃんや神城先輩の他に、ナンバーズクラブと名乗った子達や、神城先輩の妹さんがいた。随分と賑やかなメンバーであるが、これが普通らしい。ここに、遊馬くんや零、俺が加わったら大人数だな。それでなくても、多いが。

既に定位置になっているであろう場所に、慣れた様子で遊馬くんと弟が向かった。フェンスを背にして、地面に敷いてあったレジャーシートの上に座り此方を手招きする。正直、何処で食べれば良いのか迷っていたので助かった。

よっこらせ、と声に出さないながらも弟の隣に座る。遊馬くんの隣に座るかと思った弟だが、どうやら向かい側に座ったらしい。まぁ、隣よりは真正面の方が相手を観察しやすい。というか、遊馬くんの隣が女子で固まってるんだけど、モテてるの?マジで?

 

「じゃ!食べようぜ!」

 

待っててくれたのだろう彼らに、遊馬くんは一声かけていただきます!と嬉しそうに言った。それほど、昼ご飯が楽しみだったのだろうか。

食事を必要としない身体になってから、こうして人間体の時に娯楽として食べる事がある俺としては、美味いものを食べるという幸福感には納得できるが、常に摂取している彼らが楽しみにする理由が少し分からなかった。授業がつまらなすぎるとかだろうか?

しかし幸福というものは、あまり得過ぎると分からなくなってしまうものだからな。俺もそうだったし。こうして些細な事に感じるのは良い事なのだろう、きっと。

俺は自分で作ってきたお弁当の包みを膝の上で広げる。朝に頑張って作ってみたのだが、中々これが面白い。

料理自体は節約の為にする事が多かったが、その殆どは現地調達な為に郷に入っては郷に従えという事で現地の料理を真似てたりしていた。まぁ真似たと言ってもあまり上手くできなかったのだが。

という訳で、日本のこの時代の料理があまりわからなかったので、Dパットで調べたりして作った。案外楽しくて、食材が余ったりしたのだが、まぁ暇なときに食べよう。上手くできたはずだから、味は良いはずだ。弟に食べさせたら、美味いと言っていたので大丈夫である。

零はあまり嘘は言わないからな。

 

「すっごーい!それ鈴ちゃんが作ってきたの?」

 

観月小鳥だったか。その子が俺の弁当箱を覗き込んで称賛の声を上げた。純粋な心から来るものらしく、興味深そうに見ていた。

 

「そうですよ。食べてみます?」

「え?いいの?」

 

頷いて微笑んでから弁当箱を軽く差し出せば、小鳥ちゃんは少しだけ逡巡した後、自身の箸を持ち出し卵焼きを持って行った。

卵焼きは単純な料理だ。出し巻きとも呼ばれるこれは、家庭によって味が違ったりする。甘かったり、辛かったり、何も味がなかったり。

そんな単純な物だからこそ、それを作った人の腕がわかるというものだ。そこまで考えて取ったという訳でもなさそうだが、本能的なものなのだろうか?女子として負けるもんですか!みたいな?

パクリと口に運んだ後、数回ちゃんと噛んでから飲み込む。ゴクリと喉が鳴れば、小鳥ちゃんは箸を少しぎゅっと握った。

 

「美味しい……美味しいわ!」

 

暫くしてバッと顔を上げてそう言った小鳥ちゃんに驚いたが、どうやら満足してくれたらしい。笑顔で言ってくれた。

料理を褒められるのは嬉しい事なので、素直にありがとうと伝えておいた。良かった、口に合うものらしい。

 

「姉さんの料理は絶品ですからね!僕も大好きです」

「真姉すげぇな!今度俺にデュエル飯作ってくれよ!」

 

デュエル飯……とは?

 

「遊馬、デュエル飯ならワタシが作ってあげるのに」

「キャットちゃんのデュエル飯は煮干しオンリーでしょ!駄目よ!私が作るんだから!」

 

キシャー!やら、むー!やらの怒り声を上げて睨み出した小鳥ちゃんとキャットちゃん。猫と鳥はまぁ相性悪いよな。某バレーボール漫画でも、ごみ捨て場の戦いとか何とか言ってたし。けど、あれはいつ思い出しても例えが酷いと思う。確かに烏と猫なら、そうなるだろうけどさ。

 

「ただ作るだけでなく、健康の事も考えなくては。その点では、バランスの良いお弁当を作る真月さんの方が適任ではなくて?」

 

兄の神代先輩は給水タンクの前で座ってぼっち飯なのに対し、皆と仲良くこの場にいる妹さんの神代璃緒先輩が冷静にそう分析してきた。

いや、褒めてくれて有り難いけどさ、そもそもデュエル飯って何なの。

デュエル飯という単語に困惑していた俺を見かねて、弟が律儀に教えてくれた。

曰く、遊馬くんのお婆ちゃんが作る握り飯の事で、元気が出るという事で定評があるそうだ。

その説明を聞いても、意味がわからなかった。意味不明、理解不能。ただの握り飯、おにぎりじゃん。どういう事だってばよ。

前を見ると、未だあの少女二人がその事について言い争っていた。デュエル飯が、デュエル飯をとかが聞こえるあたり、何方かが作るとは決まっていないらしい。

何の違和感もなくその言葉を連呼する事から、この人間界では普通の事なのだろう。郷に入っては郷に従え。そのデュエル飯とやらを今度見せて貰うことにした。

因みに毎日パンだという弟の分も作ってある。今彼が持っている包みがそれだ。零は食事にはあまり関心が無いらしく、いつもパン等の購買で済ませていた。まぁ、それを見兼ねて俺が作ったわけだが。

 

「まぁ、そのお弁当も真月さんが作ったのかしら?」

「はい!僕の為にと、良かれと思って一肌脱いでくれました!」

「弟思いの良いお姉さんなのね。うちの凌牙とは大違いですわ」

 

まぁ、お前らを見てると兄妹逆転してる感じだもんな。双子なのだからそういうものなのだろうけど、お世話を焼いているのは妹さんの方が主にらしい。

だけど、妹を守るのは兄の役目とか何とか思ってそうな雰囲気だよな、神代先輩。孤高の鮫は家族さえいれば良いみたいな……シスコンか。

にしても、ピーマンと玉葱が嫌いとは。神代先輩は意外にも子供だった。確かに中学二年だが、何処か悠然とした構えを取っていたりするから、もっと年上なのかと思ってしまう事がある。だから、そう子供っぽい部分を見てしまうと、雰囲気に合ってねぇなと思う。ギャップという奴なのだろうが、別にそんな要素いらない。

 

「探しましたよ」

 

もぐもぐと自分が作ったお弁当を食べながら、仲良くみんなと団欒していると、ふとそんな声がかかった。声がした方を見ると三日月型をした茶髪の男子とその他大勢がいた。誰だろうか?

チラリとみんなを見ると、呆れたような表情を浮かべていた。誰かがまたか、と呟いたあたりこの事は前にもあったらしい。どういう事かと首を傾げていると、弟がそっと教えてくれた。

何やら、そこにいる璃緒先輩がこの学園に復帰した日の事。その容姿端麗から数多の部活からのマネージャーとして勧誘を受けたらしい。

その日は、璃緒先輩が自ら相手して全員を組み伏せて解決したらしいが……組み伏せるって凄いな。正面突破だろう?女子が男子に敵わないというわけではないだろうが、あの細腕から一体どんな力が。

というか、璃緒先輩。病院生活だったのか。その生活も響いてないのは、ちょっと可笑しい。人間じゃねぇよ、俺が言えた義理じゃないけどさ。

以上の話から省みるに、あの部長さん達は懲りずにまた勧誘してきたのだろう。男は懲りないものなので、わかる気もするが。

 

「貴方達、まだ懲りていなかったのかしら?」

 

立ち上がった璃緒先輩の瞳が部長さん達を射抜く。その冷たく光る眼を見ているだけで、此方を向いていないのにも関わらず少し身震いしそうになる。

ひっと声を上げた彼らは立ち去ると思いきや、違う違うと首を振った。どうやら懲りてはいるようだ。なら何故、此処に来たのだろうか?

代表と思われる三日月型の人が一歩前に出て、苦笑いをした。

 

「今回は神代璃緒さん、貴女に用があるわけじゃないんです。用があるのは、そこの貴女!」

 

ビシィ!と勢いよく指差した方は俺。思わず後ろを見るが、誰もいなかった。という事はだ、彼奴らが用があるのは俺という事になる。

 

「真月鈴さん!貴女に是非我がサッカー部のマネージャーをして頂きたい!」

 

サッカー部部長の三日月型がそう言った後、後ろの男子達も、俺も!俺も!といった風に押しかけてきた。勢いに負けそうになり、仰け反る。何故、何故に俺なんだよ!?

みんなに助けを求めようとチラリと見ると、成る程といった風にため息を吐いていた。零もおろおろしている様に見えて心底楽しんでそうだし、誰も助けてはくれなさそうだ……使い物にならんな!

ここはハッキリと自分で断らなくてはならなそうだ。

未だガヤガヤ言う彼らに向かって、スッと頭を下げた。腰曲げ九十度。綺麗なお辞儀である。

 

「ごめんなさい」

 

俺が声を発すると、みんな黙ってくれた様でシンと静かになった。話しやすいと思いながら、続きを言葉にする。

 

「私、部活には興味ありません。それに、マネージャーなんて楽しくなさそうな事、したくないので」

 

頭を上げてニッコリと笑う。

マネージャーというのは、部員の世話や部活の準備等など面倒くさい事ばかりだ。面白味もかける。その部活がやっている事が興味あるものなら良いが、お生憎様興味があるのはデュエルと料理とあと旅である。しかも、それは趣味の範囲。わざわざ部活でする程でもないし、目の前にいるスポーツ部活なんて論外中の論外。

マネージャーになってください!だが断る!

 

「そこをなんとか」

 

一度全員璃緒先輩にコテンパンにやられた事からか、下手に出ている。良い方向だな。これなら、付け入りやすい。

 

「では言いますが。マネージャーをやって、私に何の得があると?」

 

そう問うと少し逡巡した後、笑顔を浮かべてきた。ここで良い事を言って引き込もうというのだろう、魂胆が見え見えである。

 

「部員との絆が深まる!その部活の事がわかる!あと楽し---」

「それ、貴方達が思う事ですよね?私は今日初めて貴方達に会いましたし、部活の事がわかる前に興味が全くないです。あと言いましたよね?楽しくなさそうだって」

 

俺の言葉に部長さんは押し黙る。

 

「勧誘するならもっと上手くすれば良いのに、ド下手ですね、小学生の方が上手いです。そんなの誰も興味持ちませんよ?それに、私が楽しいと思っている時は弟といる時ですし……そうだ、私と戦って負けてくれましたら、入っても良いですよ?」

 

俺がそう言えば驚いた様な顔をした。そりゃ驚くだろうな、わざと負ければ入ってくれるというのだから。

 

「一度は負けているのでしょう?簡単な事です。さて、どうするのですか?」

 

一度は女子に負けた身。これ以上公衆の面前でひ弱な女子生徒に負ける覚悟があるのなら、断らないだろうが……見るからにプライドが高そうな連中だ。自ら負けるなんて事するだろうか?

俺の見立てが正しければ、ここで退くはずだ。

 

「……失礼しました」

 

ぺこりと頭を下げて、皆が皆去っていく。ぞろぞろと大勢で屋上から降りていく姿は滑稽だが、まぁこれで助かっただろう。

さて、昼ご飯の続きだと振り返れば、みんなが少し引いた様な眼をしていた。璃緒先輩だけは、感心した様な感じなのだが……何故だ?

 

「姉さんはもうちょっと自覚を持ってください」

 

弟に呆れられました。何故だ。

 

 




主人公は顔は良い方だとわかってますが、顔面偏差値が何故か高いこの世界では中の中ぐらいだと思ってます。つまり、あまり自覚がない。

弟?美少年に決まってるだろ?


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第三話 大会?え?日曜?

 

 

「スポーツデュエル大会?」

「あぁ!一緒にやらねぇか!?」

 

ある昼の事。珍しくみんなで一緒に昼ご飯というわけでは無く、俺はクラスの子達と食堂で昼食を食べていた。転入初日に昼飯に誘ってくれたあの子とその友人達とだ。

初日に誘ってくれたのに断ってしまい、結構申し訳なく思ってたところで、また誘われた。

三度目の青春。友達作らずして何を楽しめというのか。孤高を気取るのも良いが、それではあまりにも俺のキャラに合わない。そう思い、誘いに乗ってワイワイと談笑していたのだが……突然やってきた遊馬くんに、スポーツデュエル大会に参加しないか?と誘われた。

誘われてばかりだな、と思いながらそのスポーツデュエル大会とやらを開く理由を聞く事にした。

曰く、ナンバーズクラブでのマスコットガールを決める話で女子達が喧嘩をしたらしい。

曰く、その喧嘩は長続きしており、仲直りして貰うためにはやっぱりデュエルしかない!という結論になり、開く事に。今度の日曜にやるらしい。

…………何というデュエル脳。デュエリストよりもリアリストである俺からすれば、その帰結は可笑しいと思うが、これが普通だ。デュエルが世界規模で経済を動かす程に当たり前になってるこの世界では、な。

というか、そのナンバーズクラブの揉め事の原因は、零がマスコットガールを決めようと言い出した事だそうだ。何やってるんだ、と思うと同時に、彼奴らしいなと苦笑する。内心では大笑いしてるんだろう、可愛い奴だ。

因みに俺がそのマスコットガール云々に参加していない理由は、そもそもの話、俺は別にナンバーズクラブではないからだ。一緒には行動するが、そこまで仲が良いって訳ではないからな。まぁ、通信ができるバッチでもくれると言うなら喜んで入ってたかも知れないけど。

 

「そうですねー。司会役としてなら良いですよ」

「ホントか!司会役は真月と、ギラグって奴がやってくれるんだけどさ、真姉もいてくれた方が助かるぜ!」

 

それはつまり、零とそのギラグって奴に任せてたら不安だと言いたいんだな。良し、本人達に伝えておこう。遊馬くんは君達に微塵も期待していなかった!ってな!……やらないけど。

微笑みながら了承したら、遊馬くんはじゃぁ!日曜なー!!と言いながら去っていった。言っておくが校内は走るの禁止である。

 

「(よくよく考えたら、今度の日曜って明後日……)」

 

今日は金曜日である。あと二時間の授業が終われば、一週間の癒し。土日曜日の休みの日がやってくる。週に二日休みって良いよな。そもそも俺の場合、ここに来るまで毎日が休みだったんだけど。

まぁ良いか。遊馬くんが去っていた方向から目を逸らして、食べていた昼食を頬張る。日替わり定食、今日は唐揚げ定食であり揚げたての唐揚げは実に美味しい。口の中でカリッとした食感と肉汁が広がった。うん、美味い。

そういや、零の奴弁当食べているだろうか。二人分は時間が無くて作れず、とりあえず作れた一人分の弁当を睨んでくる零に押し付けたのだが。彼奴は良くわらかない所で面倒くさがるから、コッペパンで済ませてなきゃ良いけど。

 

「今のって、九十九君だよね?友達なの?」

 

この昼食に誘ってくれた子がそう問うてくる。不思議なのかな?まぁ別のクラスだもんな。幾ら遊馬くんがコミュニケーション能力高すぎ問題でも、他クラスの子達と仲が良いというわけではないだろう。しかも女子と。もしそうなら、全俺が泣く。前前世ではあまり女性とは無縁の生活をしてきたからなぁ。良い出会いも無くいつの間にか死んだと思えば、前前世で言う美少女になっていたわけだが……その時も誰とも結ばれず、死んだし。というか思春期に死ぬって結構な事だよな。わぁお、壮絶な人生。

 

「友人ですねー。弟の友達という事もありますが」

「あぁ、貴女と同じ髪色をした子」

「はいはい、真月さんと同じ顔の、でしょ?」

「そっくりだよね。流石双子って感じ!」

 

イエス。その子です。

この学校にオレンジ色の髪色をした子供は俺達二人しかいない。しかも双子であり、髪型はあまり似ていないが顔形は似ているときた。わからない方が可笑しい。まぁ、弟の方が美人補正かかってるんじゃないかってぐらい可愛いし、あざといけどな。くっそ、演技とは言えあんなに可愛いとは……幼い頃を思い出すから止めて欲しいんだよな。

 

「そういや、その子人気よね」

「うんうん、ウチのクラスでも狙ってる子がいるよ」

「何か守りたくなる系男子わよね」

「「ねー」」

 

なん……だ、と?

いや、あのルックスだ。モテない方が可笑しいな。ただ、止めておいたほうが良いと思う。姉として何かアドバイス無い?と聞かれても、告白するなら相応の覚悟持ってしろよ、って言うな、絶対。それ程、彼奴の性格は歪んでいるから。

まぁ、多分相思相愛になれば、彼奴は結構律儀深い所があるから、良い所まで行くだろう。だけど、多分だが面倒くさい女子は嫌っていそうだ。彼奴自身の根本まで理解してくれて、フォローしてくれる女子ならば、俺も安心して応援できる。もし、彼女できたって聞いたら心配で仕方がなくなるだろうからな。

けど、だけれど、目の前できゃっきゃしてる女子生徒達に途轍もなく言いたい。

 

「(多分守りたい系男子じゃなくて、罵倒されたい系男子だぞ)」

 

昔ならともかくな。

開いた口に白ご飯を押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、週末の日曜日。

日曜日が休みになったのはキリスト教が伝わってきたからなのだが、神に祈りを捧げるために日曜日を休みにしろと言ったキリスト教徒を褒めて讃えてあげたい。休みってのは世界共通、嬉しいものだ。

なので、その休みの日に学校へ行くという行為は些か疲れる。何だろうか、この学校に来て何日も経ってはいないが、この校門を跨ぐのを躊躇している自分がいる。どうにこうにも、身体は正直な様である。

日曜日に学校のグラウンドで、そうD・パットに受信されていたメールに書いてあった。遊馬くん、いつの間に俺のメアドを知ってたのかと疑問に思ったが、そういや初日の昼休みに交換したな、と思い出す。あの場にいる全員と連絡先を交換したので、連絡先一覧が元々一人だったのからとても増えた。嬉しい事だが、連絡なんてしない事が大半なので使うかどうかはわからない。大抵は学校で会えるし、自分から発信する事は無いだろうし。

 

「行かないんですか?」

 

校門の前で数分ぐらい立ち止まっていると、後ろから声が掛けられた。この声、馴染みのある音だな。敬語からしても、その声からしても直ぐに誰かわかってしまった。まぁ長い年月一緒にいるとわかるものだ……たまにというか大体声が低い時があるけど、大元は一緒だとわかる。これが双子の力よ!んなわけ無いけど。

振り返ると案の定、零だった。きょとんとした表情を作っており、中に入らない俺を不思議に思っている様だ。

 

「行くよ。ただ、身体が言う事を聞いてくれないんだ」

「……意味がわからないです」

 

むっとした顔をした零に苦笑を零す。

さて、これ以上我が儘を言っていても仕方ないだろう。嫌だと主張する心と身体を無視して、学校の敷地内へと一歩踏み入れた。

 

「さて、行こうか。遊馬くん達が待っているだろうから」

「はい!さっさと行きましょう!」

 

くるりと振り返り、零にそう言うと彼は笑顔になる。そして俺の手を取り、走り出した。遊馬くんの時みたく、全力で走らないところに彼なりの優しさを感じる。

この間にこの学校へ来たばかりなので、グラウンドが何処かわからない俺とは違い、何週間も前からいる零にただついて行く事にする。零の方が知っているだろうしな。俺は覚えるのが少しだけ苦手だからな、頭の良い彼に任せとけば大丈夫だろう。まぁ頭良くても、方向音痴なんてあるから、頭の良い奴イコール何でもできるって訳ではない。第一、零だってできない事や苦手な事があるのだから、それは当然だろう。

零ができない事は、料理とかだろう。彼の生い立ちも関係しているが、何分俺に任せっきりなところもある。だから、こうして今は任せてるが、それはそれだ。

そして、苦手な事だが……零の場合、人付き合いか。ああ見えても、他人との距離の測り方がいまいちわからないらしい。本人がそう言ってた。ただ、相手を調べて、どう接したら親やすくなるのかはわかるんだとか……なら何故、それが分かって、距離の測り方がわからないんだって思うけど、本人の問題だろうな、きっと。親やすくなるだけで、本来の自分が距離を置いているのだから。そりゃぁ、わからなくもなるもんだ。

 

「あ!そう言えば、姉さん」

「ん?何?」

「同じ司会になるギラグって人、知ってますか?」

「あぁー、遊馬くんが言ってたね。ギラグという奴が同じ司会だと……そうだねぇ、名前はともかく姿は知りませんねー」

「姉さんも知らないんですか」

「全く」

 

も、って事はお前もか、弟よ。

あー、いやでも、遊馬くんに詳細を聞いている時にスポーツデュエル大会を提案したのはギラグという奴で、零と一緒に帰ってる最中に会ったと言っていた。なら、姿は見た事あるんだろう。では何故、自分も知らないみたいな事を言ったのか。それは多分、ギラグという生徒を知らない(・・・・・・・・・・・・・)、からだ。

零は何事も徹底的にやるタイプだ。作戦も徹底的に練るし、勉学も必要な事ならばと学んでいる。そんな完璧主義者が、自分が通う学校の生徒を調べないわけが無い。ターゲットとなる遊馬くんを含めて、全生徒の名前と顔を一致させ、学年や誕生日、出身などを調べているはずだ。俺には到底真似できない事だ。

まぁ、そんな零もうっかりする事もあるのだが、ほんの偶にである。良くあるときは調子乗ってる時だけか。

という訳でだ、そのギラグという奴はこの学校の正式な生徒では無い。ただ、ハートランド学園の制服を着た、何者かという事。

けど、ま、見当はついている。この時期に、となるとな。

 

「(仲間……かぁ……)」

 

そういや、この姿じゃ会った事も無いもんな。そりゃ、あっちはわからないだろう。けど、他とは違って俺達は髪型はほぼ一緒だから、わかると思うんだが、多分わからないのは相手の頭が良く無いだけだろうな、うん。

……というか、ギラグという名前は彼方の世界でも俺は呼んでいたし聞いていたので、もしかして、だと思っていたが……零の言葉によっていよいよ真実味が増してきた。まぁ会ってもわからないと思うが、それは仕方が無い。

 

「(というかちゃんと仕事、してたんだな)」

 

俺達に課せられた使命(在り方)

今は、あのアストラルという奴と九十九遊馬を墜とすという事になっているそれは、彼らを突き動かすのに十分な理由だ。

まぁ、俺にとっては暇潰しなんだが、仲間にはちゃんと規律を守る奴がいる。面倒臭い事に、そいつがサボる事を許してくれない。

崇高なる魂で無い時点で、彼奴もまた俺達と同じように歪んでいるはずなのに、なぁ。なのに何で、あぁも正しくあろうとできるのか……謎だ。

でも、それよりも目の前の問題だろう。スポーツデュエル大会なる、名前からしてスポーツとデュエルを混ぜるというぶっ飛んだ内容の大会だ。十分、楽しませてくれるだろう。

 

「(あぁ、嗚呼、愉しみで仕方がない)」

 

どんな事を見せてくれるのだろうか。俺の八割は、喜怒哀楽の楽でできているから、何事も楽しんだ方が良いと思う質だ。

くすくすクスクスと笑っていると、俺の手を握っている零の手に力が入った。どうしたというのか。

 

「零……?」

「……何でもありませんよ」

 

いやいや、絶対何かあるだろうに。こういう時だけ、嘘が下手だなぁ。俺は安心させるように、零の手をきゅっと握り返した。

さて、スポーツデュエル大会。楽しむのもいいが、ちゃんと司会をしなきゃな。みんながわかりやすいように、このよく通るって言われている声で届けてあげようでは無いか。

その代わりに楽しみを求めても、別に良いだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嗚呼、ああ、何故思い出してしまったのか。それもこれも、自分が手を繋いでいる相手が悪い。そう、相手が悪いのだ。決して自分は悪くはない。こんなに切ない気持ちの悪い思いなんて、数年の間、記憶の奥の奥に仕舞っていたというのに。

相手はすっかりと忘れているこの記憶。嫌な、忘れたい記憶。でも、忘れてはいけないこの記憶。ずっと背負わなくてはいけないもの。

 

「(お気楽なもんだな……)」

 

後ろで楽しそうに笑う相手を、横目で見ながらそう思う。こうやって手を繋げているのは相手が忘れていてくれるお陰だが、正直気は乗らない。罪悪感が押し寄せてくるからだ。

殺戮王子とも言われていた自分が今更何を言うのだと思うかもしれないが、やはり、やっぱり、身内は心に残るものだ。それも小さな頃からずっと一緒だった、血を別つ姉弟。傷が残らないという方がおかしい。

繋いでいない方の手を見る。この手は、血にまみれている汚れた手だ。この手で両親を殺し、臣下を何人、何十人と殺してきたが、別に後悔はしていないし、反省もしていない。したいからした、それだけだ。

だけれど、今でも思う事がある。もう一度、その王子と呼ばれていた時に、血濡れた刃を振り下ろすその瞬間に戻りたいと。

明るい笑顔が鮮血に染まった、その過去を塗り替えたい、と。

 

「零……?」

「……何でもありません」

 

本当に……嫌な事を思い出してしまった。

 

 

心の中で、舌打ちをする。

 

 




タグにブラコン、シスコンと入れておくべきなのか悩みますね。でも、ただの麗しき姉弟愛になるのかな……。

俺はモテてないのか?寝言は寝て言え。


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