GOD EATER 防衛班の終極 (アマゾナイト)
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Ambitious Doctor

はじめまして。
GODEATERが好き過ぎて、小説を書くまで至った2作目です。


今作品における内容は、GODEATER2のRAGEBURST編における出来事となっております。
その中でもピンポイントな時系列における内容となっていますので、少しおさらいします。
・螺旋の樹開闢作戦が進行中
・シエル、ナナ、ギルバートが行方不明
・ブラッドとクレイドルが捜索
といった感じです。

それでは、どうぞ。


そこには本来、何もなかった。

赤く巨大なオラクルの根が立ち並び、猛烈な砂漠のように嵐が吹き荒れる。

螺旋の樹、淘汰の神梯・主根部。

あらゆる生命は溶け消え、地面や壁に付着する有機物と成り果てる。

そんな終わりの世界に、灰色の異物が一つ。

オラクル細胞の侵食を受けないよう設計されたその建物は、ただ黙々と与えられた仕事をこなしていた。

そこに、ふと黒い蝶が湧く。

蝶は形を為し、一人の女性を現す。

「さあ、あなた達、そろそろ目を覚ます時間ですよ」

その声に、異物の中身が胎動する。

長い、長い、選択を乗り越え、彼らは誕生する。

絆という核を持つ、神の傀儡として。

「あなた達が切り開くのです。終末捕食の先にある、約束の地を――」

ラケル博士は微笑む。

全てを赦す慈母のように。

この星を飲み込むアラガミのように……。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「やあ、カレル君。これで全員揃ったかな?」

 

扉から入ってきた人物を見てサカキ博士が言った。

場所はラボラトリ。

サカキ博士による緊急放送を聞きつけて集合したメンバーがそこにいた。

防衛班・第二部隊のタツミ、ブレンダン。同じく第三部隊のカレル、ジーナ、シュン。第四部隊のハルオミとカノン。そしてオペレーターのヒバリとフラン。

神機使い達は机に置かれたプロジェクターを囲うように椅子に座り、オペレーターの二人は机の横に立っていた。

 

「おせーぞー。待ちくたびれたぜ」

 

いつも時間を厳しく言われているシュンが、入り口に立つカレルを見てここぞとばかりにニヤける。

普段のカレルならここで嫌味を言うところだが、軽く頭を下げる。

 

「時間をロスさせて済まなかった」

 

空いている椅子に座り、前を向く。

 

「始めてくれ」

 

(今日はやけに素直だな……)

シュンが訝しげな眼を向けるが、特に反応はない。別に大して気にすることでもないので、前を向く。

すると、サカキ博士が立ち上がって話し始める。

 

「緊急招集に応じてくれてありがとう。さて、ある程度察しはついているかもしれないが、今回は君たちに任せたい防衛任務があるから集まってもらった」

 

隣に立つヒバリに言う。

 

「では、ヒバリ君、お願いできるかな」

「はい。先日、『黎明の亡都』において特異な神機兵が確認されました――」

 

その内容は、これまでとパターンの異なる偏食場パルスを持つ神機兵が三機確認され、タツミ、ブレンダン、カノンの三人が偵察に向かったというものだった。

そこで終われば話は早いのだが、活動が停止したその神機兵は、まるで肩を寄せ合うようにして倒れていたのだという。

プロジェクターにその神機兵が映し出される。

 

「これ見たとき腰抜けちゃいました~」

 

カノンが発見した時のことを思い出して、照れ臭そうに頭を掻く。

和やかなカノンとは対照的に、その他のメンバーは大きく目を見開いた。

驚くのも無理はない。

その映像にはそれほどのインパクトがあった。

討伐を終えた後のアラガミのように霧散せず、コアを残したまま餓死した神機兵は、中途半端に骨格が残している。

それが肩を寄せ合う光景は、壁の外に出ると偶に見つける、寄り添いながら朽ち果てた人の亡骸のようで……。

 

「で、こいつらは一体何だったんだ?」

 

タツミの質問に、サカキ博士が頷く。

 

「タツミ君たちに回収してもらったこの神機兵は、私の方で解析させて貰った。端的に言ってしまえば、これは新種だ」

「新種、か……」

 

――厄介だな、とタツミは思う。

サカキ博士は続ける。

 

「これまでの神機兵と大きく異なる点が一つある。それは3機の神機兵同士が『互いに繋がっている』という性質でね。本来は神機兵を遠隔制御するはずだった器官が変化して、互いに通信し合えるようになっていたんだ」

 

映像が、回収した神機兵に切り替えられる。

肩にある制御装置が強調され、そこから三機の神機兵が繋がっている線が示される。

 

「この進化は……、進化と呼んでいいのかも疑わしいが、肉体という殻に収まっているが故に他者と決して交われない生物とは一線を画す。彼らは生まれながらに『個にして群』の生命体と言えよう。複数のパソコンが同期しているようなものだ。戦闘において厄介なのは、この性質から生まれる高度な連携だろうね」

 

サカキ博士は、そこまで説明したところで一息つく。

が、机の上に両手を乗せ、これまで以上に厳しい表情を浮かべる。

 

「そして、最も注目すべき点は他にある。……この神機兵は、自然に進化したわけではない。つまり、開発されたものなんだ」

 

アラガミは喰らったものを学習し、驚異的な速度で進化する。

今回の神機兵のように「互いに繋がる」ことができる高度な進化が、自然に起こることはありえなくはない。

現に、「クアドリガ」系統のアラガミはミサイルなどの人間の兵器を学習し、取り込んでいる。

しかし、この神機兵が意図的に開発されたものだという。

なら、一体誰が、何のために……

 

「さて、皆が抱いているだろう疑問に答えるより先に、フラン君からの報告を聞いてもらおうか。その方が、説明しやすくてね。では、お願いするよ」

 

映像が切り替わり、旧フライアの移動要塞が映し出される。

 

「私はこれまでラケル博士について調べてきました。彼女には幾つもの計画があったようで――」

 

生前のラケル博士がアクセスした情報を辿った結果、極東支部とエイジスの構造と、「より強力な神機兵」の開発について頻繁に調べていることがわかった。

さらに、フライアには神機兵同士殺し合いをさせて、より強い個体を選抜する隠し施設があったという。

 

「ここからは私の推測を述べよう……」

 

サカキ博士が立ち上がる。

 

「『進化した神機兵』を開発したのは誰か。それはラケル博士だ。なら、なぜ開発したのか。それは神機兵を操り極東支部に攻め込むためだ」

 

サカキ博士の言葉に、その場にいる全員が息を呑む。

博士は薄く笑みを浮かべ、その根拠を述べる。

 

「もう随分前のことになるが、ラケル博士にサテライト拠点の場所を教えて欲しいと頼まれたことがあってね。その時、私は正確な座標は教えなかったんだ。あまりフライアを信用していなかったし、サテライト拠点は極東支部の弱点にもなり得るからね。そして、そのずらした座標こそが、最初に話した神機兵が発見された『黎明の亡都』なのだよ。これを偶然と思えるかね?」

 

博士は続ける。

 

「私はこの三機の神機兵は『斥候』だったと考えている。サテライト拠点の座標を正確に把握するために遣わされたのだろう。その結果は先ほど見せた通り、神機兵が到着した座標には何もなく、彼らは自らの身体が朽ち果てるまで留まったというわけだ」

 

腕を組みながら、ブレンダンは難しい表情を浮かべる。

 

「なるほど。そういう理由なら、あの神機兵にも、なんとか納得がいく。だが、亡くなった奴がそこまでするか……?」

「そうだね。だが、彼女の『意志』が螺旋の樹の中で生きているのは確かなんだ。それも、彼女の『意志』は生前より強くなっていると感じられる――」

 

ブラッドの隊長は螺旋の樹内部で、復活したラケル博士と直接接触した。

まるで幻想のような出会いだったが、ラケル博士は的確に弱みを突いてきたという。

サカキ博士はスライドを使い、さらに説明をする。

螺旋の樹形成時に、フライアの施設の殆どが飲み込まれたこと。

だが、その中で神機兵を開発する施設は生きている可能性が高いこと。

そのため、デフラグメンテーションにより復活した『ラケル博士の意志』が、汚染した螺旋の樹の力を借りて『進化した神機兵』を生み出すことは不可能ではないこと。

 

「――彼女が果たしたい願いは『終末捕食の完遂』だ。そのために現在、螺旋の樹を汚染し、ジュリウス君による『二つの終末捕食』の均衡を崩そうとしている。だが、科学者というものは、常に複数のアプローチを考えているものでね。極東支部を落とし邪魔者を排除する。なんて最も単純な方法を思いついてても不思議ではないのだよ」

 

ハルオミが手を挙げる。

 

「つまり、今螺旋の樹にブラッド隊が閉じ込められているのは、極東支部の戦力を分散させるためだったんだな」

「その通りだ。まあ、ブラッド隊を閉じ込めているのは、彼女なりの執着があってのことかもしれないが……」

 

それを聞いて、ハルオミは両手を広げながら首を振る。

 

「ったく~~、ソソられないな。執念深くて攻めっ気が強いなんて……、

……いや、待てよ。求めるだけだった俺の人生に、求められるという新たな刺激もそれはそれで……」

 

手に顎を載せ、自らの思考(至高)の世界に入ろうとする。

そんなハルオミのことは放ったまま、博士は付け加える。

 

「極東支部とエイジスは地下で繋がっている。このことはラケル博士も知っているだろう。つまり、君たちには極東支部とエイジスの両方を防衛してもらう必要がある。敵も強く、大変な任務だ。だが――」

 

博士が続けようとしたセリフを、ジーナが奪う。

 

「『少人数で多数の敵から拠点を防衛する。防衛班以上にそのノウハウに長けた神機使いはいないからね』でしょ。前にも聞いたわ。お世辞言われなくたって、私たちは私たちの仕事をするだけよ」

 

足を組んだジーナは薄く笑みを浮かべる。博士は頷く。

 

「……そうだね。頼もしい限りだ」

 

そして、少しだけ声を力強くして続ける。

 

「もう一つ。こちらは良い知らせなのかもしれない。君たちには決して敵を討伐する必要はなく、時間を稼いでくれればいい……」

 

現在、無人型神機兵の開発に携わったレア博士を中心として、『進化した神機兵』を無力化する作戦が検討中であった。

螺旋の樹に取り込まれたフライアの安全装置を起動させ、こちらのプログラムを取り込ませれば、神機兵の操作権を奪うことができるらしい。

この作戦は、サカキ博士秘蔵の別働隊が受け持つ。

タツミは、その博士の秘蔵の別働隊が何なのか、とても引っかかったが、どうやら信頼できるメンバーらしく、任せていいらしい。

そうなると、あと気になるのは……、

 

「やっぱ敵の数だな」

「ああ。そちらについては、そろそろ報告が上がる頃でね……」

 

サカキ博士は机の上に開いたパソコンに戻り、画面を見つめる。

螺旋の樹内部には高濃度のオラクルの嵐による、ノイズが強い場所がある。

博士はそこに神機兵が隠されていると考え、専用の観測機器をコウタ率いる第一部隊に持たせ、偵察に出てもらっていた。

 

「おっと、丁度データが上がってきたようだ。どれどれ……」

 

博士がデータを解析している間、タツミは考える。

 

(『進化した神機兵』、か……。これまでの神機兵とは別次元の、ほぼ新種と考えていい力を持つだろうな。確実に防衛し切れるとなると……、一人一騎を相手取るとしても、ここにいるメンバーで7機。……陽動に任せて、極東支部に到着するまでの時間をズラせば14機くらいなら、あるいは……)

 

「……! ……なんだって!」

 

動揺した博士の声が響く。

そして眉間に皺を寄せ、得られたデータを述べる。

 

「観測された神機兵は……

……30機だ……」

 

タツミは眉間に皺を寄せる。

その他の神機使いも、オペレーターも、言葉を失う。

そしてここから、始まる。

防衛班の全てをかけた戦いが。

防衛班の終極が。




殆ど説明で終わった1話でした。
2話からが本番です。戦闘に続く戦闘です。


まだまだ文章が拙いため、評価を頂けると幸いです。
あと、ちょっとでもいいので感想を頂けると、すごく嬉しいです。飛び跳ねます。是非お願いします。


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Fight to abstain

「おお……、やっぱ凄い数だな……」

 

螺旋の樹から2キロほど離れた廃ビル群。

いずれの建物も廃れ具合は甚だしく、窓ガラスは悉くが割れ、ひび割れた骨格は砂に埋まって傾いていた。

その中でも、比較的綺麗に形を保ったビルの屋上。

眼下で蠢く新型神機兵を、第一部隊隊長であるコウタが眺めていた。

イヤホン越しに、オペレーターのテルオミが話す。

 

『レーダーでも捉えました。数は24……。すでに敵の八割方の戦力が集結していますね』

 

コウタとテルオミが敵戦力の分析をしている中、エミールとエリナが話している。

 

「ハハ! 闇の眷属共め! こんな大群で攻めてくるとは、そこまで我々に恐れをなしたか! ……ん? エリナ君、緊張しているのかね? 少々手が震えているようだが」

「ハア!? 震えてなんかいないし。アンタだってさっきから膝がくがくじゃない」

「フ……、これは武者震いというやつだ。我が鍛錬の成果を見せる機会に騎士の血が……」

「隊長、そろそろ仕掛けますか?」

 

エリナはエミールのことは無視してコウタに言う。

 

「そうだな。よし、行くか」

 

コウタは神機を取り、二人に向き直る。

 

「最終ブリーフィングするぞ。今回の任務は陽動だ。ホントは別々に攪乱したいけど、敵は一心同体となって連携するらしいから、こちらも三人で行動する。絶対孤立するなよ。それと、少しでも危なくなったら即離脱」

「了解」

「心得た」

「いつも通り、二人が前衛で、俺がバックアップする。さあ――」

 

コウタは神機を体の横に、良く馴染んだ構えを取る。

神機を肩に乗せたエリナは、短く息を吐く。

エミールは神機を正中に構え、目を閉じ集中する。

 

「――ミッションスタートだ」

 

エリナとエミールがビルから飛び下り、コウタもそれに続く。

地面に着地すると、落下の衝撃で足がめり込む。

それをゴッドイーターの強靭な肉体で耐え、顔を上げ、敵を見据える。

怒涛のような神機兵の群れ。余りの迫力に少しだけ足が竦む。

だが、ここに立つは極東の猛者達。

逡巡は一瞬。迷いは切り捨て、開戦の狼煙をここに上げる。

 

 

 

 

「――第一部隊の陽動が上手くいったようです。新型神機兵24機のうち12機の足止めに成功しました。残りは極東支部とエイジスにそれぞれ6機ずつ向かっています。そちらのフィールドへの到着は、およそ300秒後と予想されます」

「おーし。ありがとうヒバリちゃん、ナイスボイスに今日も癒されるわ」

「……もう、大変な任務なんですから、ふざけないで下さい」

 

極東支部外部居住区のアラガミ防壁。人類最後の砦。

その外側には「創傷の防壁」と呼ばれるフィールドがあり、多くの防衛任務がここで展開される。

このフィールドは、いくつか小部屋のような空間があり、迷路のように通路が入り組んでいる。そのあちこちに、廃棄された自動車や戦車のガソリンから上がった炎が、消えることなく燃え続ける。

タツミ、ブレンダン、カノンの戦場はここだった。

タツミは離れた場所にいる二人に、そのまま待機するよう通信する。

そして目を閉じ、今回の作戦をもう一度思い返す。

昨日はサカキ博士との会議に続けて、具体的な作戦を話し合った。

敵は、ラケル博士が生み出した新型神機兵。

その目的は、極東支部を破壊し、誰に邪魔されることもなく終末捕食を完遂すること。

対してこちらの勝利条件は、別働隊が、螺旋の樹内部の新型神機兵の制御装置を掌握するまで時間を稼ぐこと。

この大規模防衛作戦のメンバーは、第一部隊と防衛班、そして第四部隊の合計10名。

相対するのは、新型神機兵30機。

敵は3倍。圧倒的な戦力差。

クレイドルやブラッドなどの突出した力をもった神機使いなら、この状況を如何に覆し、如何に打破するかについて考えるであろう。

だが、彼らは行方不明となったブラッドの捜索で手が離せない。

そこで、防衛班が取った戦略は、敵の戦力を分散。ゲリラ戦に持ち込み、時間を稼ぐこと。

その間に別働隊が新型神機兵の制御装置を掌握する。

彼らは自分たちが取れる、最良の選択はそれしかないと考えた。

決して悲観しているわけではなく、ロジカルに下した結論。

「勝つことよりも負けない戦い」。口には出さないが、最早これは防衛班全員が共有する思いであった。

 

(唯一俺たちが勝っているとすれば『地の利』くらいか)

 

今回の防衛任務の具体的な戦略は、まずコウタ率いる第一部隊が神機兵を陽動。極東支部やエイジスに到着する神機兵を遅らせる。

次に、極東支部はタツミ率いる第二部隊が、エイジスは第三部隊が迎え撃つ。

それぞれ戦い慣れた戦場で、全員の個性を生かした作戦を展開する。

 

「タツミさん。およそ60秒後に神機兵が到着します」

「ん。了解」

 

タツミは目を開く。

最初の自分の役割は、ここに来る神機兵全機を相手取ることだ。

集中は済ませたつもりだったが、それを考えるとなんだか緊張してくる。

正直怖い。

もっとヒバリちゃんの声を聞いて癒されたい。

 

「あのさ、この戦いが終わったら一緒に――」

「もう! いつ見つかってもおかしくないんですから! 集中して下さい!」

 

怒られた。

ったく、フラグすら立たせてくれない。

生き死にも、恋愛も。

まあ、だからこそ、生きて帰って、もう一度話さなければ気が済まない。そう思える。

視線を上げる。いつもの見慣れた曇り空の下に、灰と黒に蠢く異物を見つける。

 

(……来たな)

 

遂に、捉えた。

前衛の三機が剣を、後衛の三機が銃を構えている。

見た目はこれまでの神機兵と変わりない。

だが、きっちりとした隊列と、それを崩さず行進する様は、捕食本能に任せて荒ぶるだけのアラガミとはやはり異なる。

ラケル博士が開発した新型神機兵は、互いに繋がることで高度な連携を見せると予想されている。

今までにない敵。今までにない物量。

守り切れるだろうか。

だが――

 

「――ま、やれるだけのことはやってみるさ」

 

タツミは駆け出す。

神機兵が気付き、叫び声を上げる。

銃が三発撃たれる。

タツミはそれを難なく躱しながら、前衛の神機兵に近づく。

 

「――斬ッ!」

 

先ずは一手。剣の切先を後ろに下げ、身体の横から真一文字に振り払う。

しかし、その一撃は大剣型の神機兵に弾かれる。

そこへ、隣の長刀型神機兵がタツミに切りかかるも、ステップで回避。

回避した先にさらに銃弾。今度はギリギリで躱す。

 

「うお! やるな」

 

やはり、とてつもない連携力。

まるでこちらの動きが読まれているような気さえする。

実際には「神機兵が仲間の次の動き」を完全に把握しているから、そう感じるのだ。

 

(身体が別れているだけの、一集合体と戦っていると見て間違いないな)

 

すると、長刀型の神機兵が瞬時に距離を詰めタックルをかます。

タツミは避けきれないと判断。とっさに盾を展開し、後方に飛ぶようにして衝撃を流す。

神機兵はそのまま剣を振り下ろすが、跳躍したタツミに空振る。

頭がガラ空き。絶好のチャンスにタツミは神機を強く握る。

だが、視界の隅に銃を構える神機兵を捉える。

装甲を展開しながら着地し、ステップで退避。

 

(……隙が見当たらない)

 

ショートブレードの身軽さで翻弄しつつ、攻撃の間隙を果敢に攻め立てるも、即座に他の神機兵に援護される。

徐々に後退するタツミ。

切りかかり、防御され、攻められ、そして後退する。

それを何度も繰り返す。

決定的な打撃を与えることができない。

しかし、それは神機兵も同じだった。

決して戦闘能力が高いわけではないタツミに、しぶとく粘られ、苛立ちのような叫びを上げ始める。

やがて後衛の銃形態の神機兵もすべて剣形態に移行し、攻撃してくる。

 

(そろそろか……)

 

行き止まりに突き当たる。

左右と後方を壁に囲まれ、タツミに逃げ場はない。

神機兵達は彼を逃すまいと半円状に囲む。

一歩、また一歩と詰め寄る。

その瞬間。

 

「今だ! ブレンダン!」

「おおおおおお!!」

 

凄まじい衝撃。

壁の裏に潜んでいたブレンダンが溜めに溜めたチャージクラッシュを放ち、壁を貫く。

防御無視のブラッドアーツ「チャージブレイカー」は、その軌跡の悉くを灰塵と化し、敵を撃砕する。

身軽なタツミが神機兵を誘い、一撃に強いブレンダンが隙を突く。作戦が見事に極まった瞬間だった。

しかし、まだ終わらない。防衛班には極東一とも言える「大砲」がある。

ブレンダンはすぐさまタワーシールドを展開し、タツミがその影に隠れて叫ぶ。

 

「カノン!」

「あは!」

 

悪魔。正しく悪魔。いつの間にか神機兵の背後に、邪悪な笑みを浮かべたカノンが立っていた。

 

「かち割ってあげる!」

 

オラクルををめいいっぱい溜め込んだバレッドが炸裂する。

圧倒的な破壊力。容赦のない殲滅。

吹きすさぶオラクルの嵐は止まることを知らず、およそ10秒にわたって神機兵を滅する。

抗重力弾と充填弾を組み合わせた最凶のブラッドバレッド「メテオ」。

盾の中でも一番堅牢なタワーシールドを構えるブレンダンでさえ、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな威力だった。

嵐が落ち着き始め、敵影をかすかに捉える。

タツミとブレンダンは即座にプレデタースタイルに移行し、止めの一撃を放つ。

 

「もらった!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

それと同時刻。場所はエイジス。

到着した6機神機兵はそれぞれバラバラに行動し始めたため、第三部隊は各個撃破を目標とした。

ジーナが神機兵4機を止め、残りの2機をカレルとシュンが先に仕留める。

今のところ作戦は順調で、コンテナが大量に積まれた、薄暗い倉庫の中で、カレルとシュンは神機兵を追い込んでいた。

疲弊した神機兵がふらつく。

カレルは容赦なく弾丸を撃ち込む。

 

「貫け!」

 

カレルは攻退を見極めるのが上手い。

アサルト神機で中距離から弾丸をばらまき、危なくなったら迷わず下がる。

バレッドはヴェノムを中心に、「連鎖複製弾」を使用していた。このブラッドバレッドはアラガミに当たると弾丸自身が複製され近くの敵にさらに攻撃する。少ないコストで最大の利益をもたらす、まさにビジネスが得意なカレルらしいバレッドであった。

 

「そらよっと」

 

シュンが、ロングブレードの特性を活かし、移動しながら神機兵の脚を斬る。

続けて近くに放置されていたコンテナの上に飛び乗り、背後からブラッドアーツ『飛天車』を発動。

神機兵の弱点部位である背中を的確に斬り裂く。

すると、神機兵がついに倒れる。

 

「いくぜ!」

 

プレデタースタイルに移行したシュンが、止めを刺そうと走りだす。

その瞬間、身体のいたるところが裂け、本来ならば神機を持てないほど弱り切ったはずの神機兵が、ゆっくりと腕を伸ばす。

カレルは叫ぶ。

 

「待て! シュン! 何かする気だ」

 

時すでに遅く、シュンは捕食口を開いたまま突っ込んでいく。

しかし、神機兵は何もすることなくコアを抜かれ、2機とも活動を停止する。

 

「へっへー。案外楽勝だな」

 

コアを抜き取ったことで輝く神機を掲げ、シュンはお気楽に言う。

先ずは二機撃破。

完全勝利。

だが、カレルには違和感が残った。

 

(何だったんだ? 最後の動きは。あれはまるで――)

 

カレルは考える。

――今際の際に、神機兵同士が互いに手を伸ばしたような。

最後の命の灯をかけて、抵抗するのではなく、互いの存在を求めたような。

もしそうであるなら、神機兵が何らかの「感情」を持っていることになる。

命が消える恐怖よりも、仲間を思い合う。

――、あり得ない。神機兵が人と同等の「感情」を持つはずがない。

人に造られたとはいえ、奴らも「アラガミ」だ。

「極東支部を破壊しろ」「エイジスから攻める」といった単純な命令がラケルに組み込まれているだろうが、捕食本能が消されたわけではないはずだ。

だが……

 

「ん? どうしたんだ」

 

シュンが、自分の顎に手を当てて動かなくなったカレルに言う。

 

「さっさとジーナのところに行くぞ。あいつ1人で4機も相手にしてて大丈夫か?」

 

イヤホン越しに、オペレーターのウララが言う。

 

「ジーナさんも順調ですよ。傷一つなく神機兵を引きつけています」

 

案外、一番活躍しているのはジーナじゃないか。

こうして考え込んでいても、あいつに手柄を持ってかれるだけだ。

カレルは頭を切り替え、任務に集中し直す。

 

「わかった。ウララはそのままジーナのサポートを続けてくれ。俺たちもすぐ向かう」

 

カレルとシュンはジーナが戦っている方向へと走り出した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「もらった!」

 

時は遡り、カノンの一撃で神機兵を一網打尽にし、タツミとブレンダンが最後の止めを刺そうとしたその瞬間。

 

「……ん!?」

 

煙の向こうで、まだ立ったままの神機兵を捉え、二人はプレデタースタイルを解除する。

 

「クソッ。なんてタフなんだ……!」

 

タツミが吐き捨てた言葉に、ブレンダンが応える。

 

「いや。決して耐え切ったわけではない。だが、あれは……」

 

煙が晴れ、やっとタツミも状況を理解する。

そこに立っていたのは1機の神機兵だった。

そしてその周りに、その神機兵を支えにするかのように、二機の神機兵が倒れこんでいる。

生き残った神機兵が、狂ったように頭を振り回しながら叫ぶ。

 

「オオオォォォーオオオオアア!」

 

それは聞く者を揺さぶる叫びだった。苦しく、どうしようもなく悲しく、絶望に打ちひしがれる声。

 

「……っ」

 

タツミは息を呑む。

何が起こったのかは明らかだった。

もたれかかって倒れている二機の神機兵は、仲間をかばったのだ。

 

(マジかよ……)

 

アラガミに仲間意識はほとんどないはず。

コンゴウ系統は集団行動をとる種だが、それは偏食傾向が共通していることから生まれていると言われている。

種によっては、共食いを前提とした発生過程を持つものもいる。

ならば、とタツミは考え直す。

目の前で起こった出来事も、ただ、降りかかる火の粉から顔を手で守るように、1機の神機兵を残すため、2機の神機兵が反射的に選んだ反射的な「戦略」ではないのか。

 

「ウ、ウ、ウオォアアアア!」

 

違う。

それなら、こんなに叫ぶ必要はない。

仲間の死を嘆く必要もない。

そして、その死を与えた存在に憎しみを抱くことも……。

 

「……カノン!」

 

考えるのは後にするべきだった。

タツミが叫んだ時にはもう、神機兵は既に動き出し、カノンに剣を叩きつけていた。

 

「きゃあ!」

 

カノンは間一髪で避けるも、神機兵の一撃は地面に剣がめり込むほど強烈なもので、弾かれた土砂がカノンを襲う。

土砂を払いながら、なんとか態勢を整えて目を上げると、そこには既に剣を振りかぶった神機兵がいて……

 

(あ……)

 

だめだ、やられる。そうカノンが考えた瞬間。神機兵の後ろから影が飛び出す。

 

「させるか!」

 

逆上した神機兵は周りが見えておらず、背後から迫ったタツミに気づかなかった。

飛び上がりつつ斬り上げるブラッドアーツ「フェイタルライザー」が神機兵の腕に命中し、強制的に攻撃を停止させる。

 

「ハアアア!」

 

続けてブレンダンのチャージクラッシュが放たれ、ようやく神機兵が倒れる。

ブレンダンは神機の先に確実な手ごたえを感じながら、ゆっくり吐気して残心する。

 

「ふぅー……。大丈夫かカノン」

「あ、ありがとうございます。助かりました」

 

カノンは目前に迫った死に震える身体を抑えながら、なんとか返事をする。

すると、イヤホンからヒバリの声が聞こえる。

 

「神機兵、活動の停止を確認しました。なにか異常事態が起こったようですが、皆さん無事ですか!」

 

ヒバリの慌てる声に、タツミが返事をする。

 

「おう。とりあえずみんな無事だぜ」

 

神機兵6機を迅速に撃破。

結果だけ見れば上等すぎる戦果だが、どうにも違和感が残る。

みんなそれぞれ頑張ったのだが、予想以上にあっさり片付いた。

そして最後の神機兵の想定外の行動。

……作戦はこれで良かったのだろうか。まだまだ神機兵はやって来るのだから、もっと様子を見て、新型神機兵の情報を集めても良かったのではないか。

嫌な予感が胸を疼く。

立ち止まると、どうしても自責と後悔が溢れる。

だから、タツミは動く。

今できる精一杯の事をするために。

 

「ヒバリちゃん、サカキ博士を呼んできて欲しい。報告したいことがある」

 

こうして、新型神機兵とゴッドイーターの緒戦は防衛班の優位で始まる。

だが、この時はまだ知らなかった。

神機兵の真の恐ろしさを。

 




お疲れ様です。

戦闘シーンは初めて書きましたが、楽しかったです。

次回もよろしくお願いします。


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Because everyone is doing it 1

今話は前後編の前半です。どうぞ。


――いつだったか。この感覚には覚えがある。

わからない。

忘れたことを忘れている。

そんな曖昧な記憶。

 

それは、初めてゴッドイーターとして戦場に立ち、アラガミを喰らった瞬間だったか。

それよりももっと前、世界の過酷さを知り、それでも誰かを守るために生きると決意したあの頃か。

あるいはもっと、もっと前、この世に生まれた瞬間。肺に空気を溜め込み、泣き叫びながら生を訴えた時か……。

 

透明なあぶくのように沸き起こる何かから、理性は静かに目を逸らす。

考えたくはない。考えてはいけないと本能が叫ぶ。

だが、目の前で起こる事実と向き合おうとするならば、必然、あの感覚を思い出さなければならない。

 

――いつか、覚えている。

おぼろげな記憶の、さらにその片隅にある違和感。

それが何なのか、はっきりと言語化できないのに、正確に捉えてしまえば「まとも」に戦うことができなくなるという確信だけはある。

だから、「まとも」な生き物は、それを持たないのだ。

あるいは成長の過程で捨て去るのだ。

それが「生きる」ということの前提であり、「喰らう」存在でいることの必要条件なのだから――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

戦いが始まる前、ラケル博士が開発した新型神機兵が高度な連携を見せるとしたら、パソコンやケータイのように互いに通信し合えることが一番の理由だと予想されていた。

しかし、防衛班との戦闘で見せた神機兵の行動に関する報告を受け、サカキ博士はこう考察した。

恐らく、新型神機兵は人の思考をAI化したものがインストールされており、疑似的に人と同等の「感情」を持っているのでは、と。

 

「なん……だと……」

 

イヤホン越しに博士の通信を聞きながら、シュンは呟く。

エイジスで戦うシュン、カレル、ジーナの三人は既に多くの神機兵を倒してきた。

現在はエイジスで最も開けた場所であり、かつて第一部隊がアルダノーヴァと戦った闘技場のような空間で3機の神機兵を相手にしている。

シュンは驚きつつも、手を休めることなく目の前の神機兵を切り裂く。

後方でバックアップするカレルは顔をしかめるが、何も言わず撃ち続ける。

サカキ博士は続ける。

 

『人の感情を情報化する。というのはアラガミが出現する以前から存在していた技術だからね。それを行動プログラムに応用することは可能だ。そしてラケル博士がなぜそんなことをしたのかについても合理的な理由が考えられる。

新型神機兵の最大の武器は、その『意志』なんだ。彼らにとって隣に立つ仲間は家族であり、愛すべき存在。そして仲間を傷つけ、自分たちの帰るべき場所を不当に占拠する神機使いに、皆で立ち向かう。その「意志」こそが……』

(ああ、くそ、面倒なことになってきたな)

 

カレルは、サカキ博士を遮って言う。

 

「要は、あいつらは機械でも、仲間を庇ったり少し人間っぽい動きをするから気を付けろということだろ。情報に感謝する。こっちは戦闘の最中だからもう十分だ」

「あ……、おい!」

 

勝手に話が切られ、シュンが抗議の声を上げるが、カレルは冷たくあしらう。

 

「必要な情報は得た。どうせお前の頭で考えたって理解はできないだろ。それより目の前の敵に集中しろ」

「まあ、確かに。……って、それ俺のこと馬鹿にしてないか!?」

 

シュンが振り返ったその時、遠くの神機兵が銃を構える。

が、突如飛来した銃弾が神機兵の腕を抉る。

撃ったのは、フィールドの範囲外から超遠距離射撃を行うジーナだった。

 

『カレルの言う通り、今は命のやり取りの最中なのよ。前を向きなさい』

「クソっ……」

 

シュンは呻く。

わかっている。

目の前にいる敵がどれだけの強敵か。

奇襲を仕掛けることで、満身創痍となった神機兵でも十分に脅威である。

こちらが気を抜けば一瞬で間合いをつめ、頭を吹き飛ばしてくるだろう。

殺らなきゃ、殺られる。

殺らなきゃ、守れない。

だから、集中しろ。

 

「ッググッ……フ……」

 

だが……、

地の底から吐くようなうめき声を上げる神機兵は、何かを我慢しているように見える。

腕が潰された怒りを、必死に抑えているような。

それでも、逆上して隊列を崩すことがないよう、堪えているような。

その葛藤は余りにも人間的で。

痛みに堪える神機兵は目に涙を浮かべているようで……。

 

「ああ! クソッ! こんな仕事、さっさと終わらせてやる!」

 

苛立ちと共に、シュンはそう吐き捨てた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「不味いな……」

 

幾つもの大型モニターが輝く薄暗い部屋で、サカキ博士は呟いた。

極東支部作戦指令室。

螺旋の樹探索と大規模防衛戦を同時に遂行する司令部は、席の暖まる暇もない慌ただしさだった。

ブラッドは新種の神融種と交戦、ムクロキュウビと名付けられたアラガミに苦戦を強いられている。

一方、防衛戦は順調だが、新型神機兵の予想外の動きに惑わされている。

職員は止まることなく計器を操り、連絡を回し、神機兵の分析に当たる。

オペレーターは不測の事態に備え、張り詰めたピアノ線のように鋭い瞳をモニターに向け続ける。

 

「不味い、ですか」

 

ヒバリが呟きに、サカキ博士は答える。

 

「ああ。彼らは……、防衛班は『優しい』からね」

 

そうだ。

防衛班の中には、多くの人類を見捨てる決意をした者もいる。

それでも、彼らは戻ってきた。

今もこうして名も知らぬ誰かのために命を張っている。

だが、彼らの底にある「罪の意識」は今回の戦いにおいては不利となりうる。

サカキ博士は手に顎を乗せる。

そして思う。

 

(これも、ラケル博士の狙いか……)

 

眼鏡の奥で薄く開いた博士の瞳は、ただ静かにモニターの新型神機兵を映していた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『――もしかすると、いずれアラガミは「ヒト」へと進化するかもしれないね――』

 

数年前、タツミがゴッドイーターになったばかりの頃。

新兵訓練の一環としてのサカキ博士の座学において、こんなことを聞かされたことがあった。

 

『――バカバカしい。んなことありえるかよ』

 

タツミの同期であり相棒でもあったマルコは、そんな風に言っていたか。

タツミ自身も、似たようなことを思っていた。

人類の絶対の捕食者であるアラガミが、神を真似るだけでなくヒトそのものになるなんて――。

当時は冗談としか思えなかった。

しかし、それから数年。

極東支部に、本当にヒトに進化したアラガミが現れた。

タツミはついぞその姿を見ることが出来なかったが、事件収束の後、ふと考えることがある。

 

(俺は、ヒトに進化したアラガミが現れたら、どうするだろうか)

 

身体と本能は間違いなくアラガミ。

されど心はヒト。

もしそんな存在と出会ったら。

そしてもし、誰かに危険が及ぶなら。

 

(俺は、人々を守るために戦う。――その為に、ヒトとなったアラガミを喰らう。きっと、そうする)

 

そう、タツミは思った。そう、結論付けた。

そのはずだった――

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

極東支部アラガミ防壁外周。人類最後の砦。「創傷の防壁」。

先の戦闘で多少の傷はついたものの、タツミ、ブレンダン、カノンの第二部隊はオラクル細胞による人間離れした治癒力で、ほぼ無傷の状態だった。

続く神機兵の到着までおよそ4分。

次もできるだけ有利に戦闘を進めたい。

しかし、全ての神機兵は「繋がっている」。一度使った戦法は二度と通用しないだろう。

警戒されているため、緒戦と同じく障害物に隠れて不意を突く、などという作戦は、有効ではない。

何か良い手はないか、とタツミが腕を頭で組むと、ブレンダンがポツリと呟く。

 

「……別に、倒す必要はないのだろう」

 

顔はしかめつつも、努めて冷静に、ブレンダンは言う。

 

「ここから攻撃は最小限にして、防御に徹して時間を稼ぐ。それでどうだ」

 

確かに、今回の防衛任務は「時間を稼ぐ」ことがこちらの勝利条件である。

別働隊が新型神機兵の制御を奪うまで、極東支部を守り切れば良いのだから。

だが、戦場で命を失うことは簡単だ。

いくら防衛戦といえど「殺さなくていい」などという甘い考えで生き残れる筈はない。

可能なら、喰らう。

それは鉄則だ。

勝つために、負けないために、考えるまでもなく行うべきゴッドイーターとしての在り方であり、それ以前にこの世界における弱肉強食の自然の摂理だ。

だが。

タツミは目を横に向ける。

その先には、もたれかかって倒れた神機兵の亡骸がある。

コアを失ったアラガミと同様、霧散しつつあるそれは、筋繊維が溶け白銀の骨格がむき出しになっており、人の白骨死体を連想させる。

 

「…………」

 

できるなら、「殺したくない」という思いが芽生えつつあるのは確かだった。

自分達と同じ感情を持ち、自分達と同じ痛みを知っている存在を殺す。それにはやはり罪悪感を伴う。

中身が人で、貌はアラガミ。

精神的な話だけをするなら、人を殺しているのと変わらない。

人を殺しながら、人を守る。それは防衛班として酷く矛盾しているように思われた。

…………。

だからといって、この神機兵だけ特別なのか。

これまで喰らってきたアラガミに痛みがなかったと言えるのか。

肉が裂け鮮血を飛ばしながら叫び、死んでいったアラガミに、これまでどうして何も感じなかったのか。

…………

……

 

「……そうだな。……そうしよう」

 

タツミは迷いを押し込むようにして言った。

考えても、よくわからない。

だから、なんていうか、自分の最初の直感を信じることにした。

 

「俺とブレンダンで前衛。向かってくる神機兵全ての攻撃を捌く。ただし、攻撃は極力控える。カノンは回復弾で援護を」

 

やりたくないと思った。だから、殺さない。

たとえそれが勝利の最適解から外れるものだとしても。

ああ、実に愚かな考えだ。そして、弱い。

ゴッドイーターとしての在り方を貫くため非情になりきることすらできない。

こんな隊長に、仲間は呆れるだろうか。

しかし、ブレンダンとカノンは難しい顔をしているが、こちらに強い目を向けている。

 

「了解です。もう撃てないのは残念ですけど……。なんか今日は調子が良くなさそうなのでもういいです」

 

カノンの返事に、暴走状態じゃなくて良かったとタツミは苦笑いする。

 

(よかった。思いは同じみたいだ)

 

三人は、多数の敵を相手するのに都合の良い、狭い通路に移動を始める。

……心の漂う沫のような違和感から極力目を逸らして、タツミは走った。

 




お疲れ様です。

すぐに次の話(後半)を投稿する予定です。


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Because everyone is doing it 2

後篇です


「ウオアアア……グオアアア!」

 

人間の声帯から発せられる限界をはるかに凌駕する怒声。

地球上においてこれほどの音圧をもたらす生物はアラガミ以外いない。しかし、それは純然たるアラガミの声でもなかった。

新型神機兵。

その声は、反射的に怒鳴り散らしただけのものではなく、戸惑い、恐れ、怒りといった剥き出しの感情を伴った「叫び」だった。

 

「これで……、倒れろ!」

 

シュンは壁を蹴りながら跳躍し、ブラッドアーツ『飛天車』を発動。

ホールドトラップに掛かった神機兵を空中で切り裂く。そして切り裂いた抗力を利用して空中に留まり、更に切り裂く。

 

「ァアアゥ……ァアアアァ……」

「クッ! まだ持つのかよ!」

 

苦悶の声を上げる神機兵。

神機兵を倒し切るにはここが好機。

一気呵成に畳みかけるシュンだったが、その表情は苦悶に満ちていた。

というのも、シュンは個人的に決めたことがあった。

新型神機兵に人と同じ「感情」があると知ったとき。

殺さなくてはいけない状況なら、せめてなるべく苦痛を与えずに事を為そうと。

こちらの攻撃に気づかないくらいに素早く喰らい、できるだけ痛みは与えない。

一対一に持ち込み罠にかけることができれば、そのくらい出来ると思っていた。

だが。

最早叫ぶことも出来ず、嗚咽のような声を漏らす神機兵を見て、自分の力の無さに辟易する。

これまでトラップやスタングレネードまで駆使して幾度も神機兵を追い込んできたが、一向に止めを刺すことができずにいた。

結果的に、じわじわ追い込む形になり、こんなにも死の苦痛を味わわせている。

それでも。

攻撃を与え続けることしか、今できることはない。

荒く叩きつけるように神機を振るうシュン。

ふと、神機兵が顔を上げる。

そして「目」が合う。

死を前にした目。

黄金色に輝く虚ろな目。

それを見て、シュンは後悔した。

見るべきではなかった。

その貌は、死を、実感をもって捉えた者だけが作る、深い絶望と孤独の色だった。

それはこの世界で幾度となく見てきた、人の断末の闇。

守ろうとして守り切れなかった人々が、アラガミに喰われる直前、こちらに最期に見せる諦めの瞳。

この瞬間、シュンは折れた。

矜持というものは、心に一線を決め、そこを越えないことで保つことができる。

しかし、神機兵が見せたものは、シュンのささやかな誇りを壊すのに十分だった。

 

…………

 

数分後、ようやく神機兵1機を戦闘不能にし、止めに入る。

この場の唯一の近接型神機使いであるシュンは、神機兵からコアを抜き取る役目があった。

だが、シュンは倒れた神機兵を前にしてただ呆然と立っている。

他の神機兵を引きつけているカレルが、こちらを何度も見てくる。

早くやれ、と言っているのだ。

 

「……」

 

体が、動かない。

腕に力が入らない。

「意志」が拒絶している。

ここで喰らったら、人間として本当に大切なものを失いそうで……。

何か、他に方法はないだろうか。

考えれば、思いつくかもしれない。

すると、カレルが大声を上げる。

 

「さっさとしろ! 次も敵が詰まってるんだ。呆けてる余裕はないぞ!」

「ああ……。わかってる。分かってるっつーの……」

 

しかし、言葉に反して尚も動かない。

それを見てカレルは声を低くして呟く。

 

「いい加減にしろよ……」

 

カレルは、アサルトの特殊アクションである「ドローバックシュート」を使って、強力な「アラガミバレッド」を連射しながら、シュンの隣に移動する。

 

「お前が神機兵とタイマン張りたいから叶えてやったのに、なんだそのザマは。今さら神機兵を殺すのが嫌になったか」

「……」

 

シュンはそっぽを向いて目を合わせようとしない。

カレルはフン、と鼻を鳴らす。

 

「これまで何千というアラガミを嬲り殺してきたのに、なんとなく姿形と動きが人に似ているからって神機兵は見逃すのか。ひどい傲慢だな。」

「そういうもんじゃねーよ……」

「だったら何だ。それか、自分の実力の無さに嫌になったか。ハッ。いずれにしても相変わらずのガキだな――」

 

ふと、カレルはちらりと横に目線を送る。

しかし、シュンはそれに気づかず、カレルに向き直って怒鳴る。

 

「うっせーよ! んなことは最初から分かってるんだよ。俺は……ただ……!」

「そうか。なら、死んでみるか」

 

その瞬間。カレルは横に転がるようにして回避行動をとる。

一方シュンは、何が起こったか把握するのに、少しだけ時間がかかった。

だが、その刹那が致命的だった。

カレルが回避した方向とは反対側から、神機兵が迫ってきており、高く掲げられた剣を今にも振り下ろさんとしている。

 

(……!)

 

盾を展開しようにも間に合わない。

ステップで移動しようにも態勢が整っていない。

唐突に訪れた死の気配に、背中を冷たい何かで撫でられたような感覚に襲われる。

あまりの「怖れ」に思考は冷え切るも、肉体の反射は生きており、身体を捩るようにして何とか避け切る。

しかし、無理に大きな動きをしたことによる反動で足がほつれ、体を崩し、後頭部を床にぶつけてしまう。

 

「ぐっ……」

 

強い衝撃。

視界が揺れる。

早く立ち上がって次の攻撃に対処しなければ、今度こそ本当に死ぬ。

しかし、腰を変に捻ってしまったのか、下半身に力が入らない。

神機兵が既に剣を掲げているのを、朧気に捉える。

あの巨大な神機による一撃なら、自分がこれまでしてきたように苦しませたりせず、楽に殺してくれるだろう。

そうすれば、戦うことで悩む必要もなくなる。

 

(なら、いいか)

(因果応報、ってやつか)

(……)

(……)

(……いや……)

(……死にたく……ない……)

 

死にたくはない。

死にたくはないのだ。

リアルな死を前にして、初めて鮮烈に「生きている」ことを実感する。

俺は今、ここで、呼吸して、身体に血を廻して、考えて、「存在」している。

それを消したくない。なくしたくない。

そのためには……

 

「生き……たいんだ!」

 

もう、立ち上って対処する余裕はない。

しかし、シュンの「意志」に呼応するかのように、神機が蠢きだす。

ギュルギュルと音を立ててプレデタースタイルに変化した神機は、「捕食口」を蛇のようにくねらせて、神機兵に喰らいつく。

 

「ボギッ……グジュ……ゴギュ……」

「……」

 

神機兵を咀嚼する、おぞましい音。

シュンはそれを聞きながら、いつの間にか横に立っていたカレルに言う。

 

「お前のせいで死にかけたぞ……」

「バカ言え。よく見ろ」                                                                       

 

言われた通りに神機兵に目を向けてみる。

そこでシュンはやっと自分の愚かさに気付く。

 

「……なんだよ。最初から……」

 

つい、溜息が漏れ、頭を下に向ける。

神機兵が今にも剣を掲げ、襲いかかって来ているのかと勘違いしたが、その実、神機兵はホールドトラップにかかっており、身動きが取れない状態だったのだ。

恐らく、カレルが回避行動を取った時に、シュンに気づかれないくらいの滑らかな動きで罠を仕掛けたのだろう。

それに自分は気づかず、大げさに避けて転んだ挙句に、命の危機まで感じていたのだ。

(ああ、くそ。ホント恥ずかしい……)

必死になった自分がバカみたいだ。っていうかバカだ。

悔しさで顔が歪む。

それと、自分を騙したカレルに腹が立つ。

しかし、そのカレルはこちらに手を差し伸べながら言った。

 

「くだらない、非効率的な迷いは捨てられたか?」

 

見上げると、カレルは目線を合わせず、残りの神機兵を一人で引きつけているジーナを見続けている。

 

「近接型神機使いのお前がいなければ、俺もジーナもいつか負ける。だから、お前が欠けることは許さない。わっかたらさっさと立て」

「……」

 

正直、まだ新型神機兵とは戦いたくない。

だが、一つだけわかった。

さっきの「死」の感覚を思い出すと、怖れとともに、なにか酷く慌てた衝動がこみ上げてくる。

そして、俺がこのまま座ったままでは、カレルやジーナ、そして背中にいる極東支部の人々に同じ怖れを味わわせることになる。

それは駄目だ。

それはいけない。

だから、今の俺に神機兵を殺す理由はないけど、戦う理由はある。

……言ってしまえば、これは言い訳だ。

自分で決めた綺麗事すら守り通せない、そんな弱さと向き合うための口実だ。

神機兵を殺すことはしたくないけど、自分と仲間は「死なせたくない」。

そんな理論を受け入れることによって、俺は傲慢で汚い捕食者に成り下がる。

でも、それが一番「確か」なことだったのだ。

 

「やっぱ、お前のこと嫌いだ」

 

そう言って、シュンはカレルの手は借りずに一人で立ち上がる。

そして神機兵を喰らい、すっかり元の状態に戻った神機を見て呟く。

 

「……行くぞ。俺は生き続ける」

 

そんなシュンを見ながら、相変わらず冷めた目をしてカレルは言った。

 

「……ったく、手間のかかる……」

 

二人は、ジーナが戦っている元へと走り出した。

 




今回は書いてて苦しかったです。
でもこの作品でも大事なシーンなので、頑張って書きました。

感想、評価、お待ちしています。


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Because everyone is doing it 3

第二部隊にとってそれは、厳しい戦いだった。

殺す必要がないなら、殺さない。愚かなその誓いを守り通すだけでも危ういのに、戦力差は歴然。敵のほうが、圧倒的に数が多い。

彼らは善戦するも、新型神機兵達の猛攻によって、じりじりと後退していった。

 

第三部隊にとってそれは、苦しい戦いだった。

構造が複雑なエイジスは、奇襲をかけやすいが、同時に奇襲をかけられやすい。

敵の数を減らさないことには、作戦を有利に進めることは難しい。

だから、無情に喰らい、殺し、自らの生を繋ぐ。

それで自分の心が張り詰めていったとしても……。

 

両部隊とも、戦闘開始からすでに3時間以上。

休憩を挟むこともあったが、基本的に戦い詰め。

疲労困憊。細かい傷は数知れず。

おまけに新型神機兵達はこちらの戦法を学習し、仲間で共有する。

もし、このまま全ての敵を倒す必要があるというのなら、それは不可能だろう。

いくら極東の歴戦の猛者だろうと、限界はある。

しかし希望はあった。別働隊が神機兵の制御権を奪う予定時刻まで、あと15分――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

タツミ、カノン、ブレンダンに対するは新型神機兵7機。

人類最後の壁を背に、三人は最後の力を振り絞っていた。

 

「ふっ……はっ……!」

 

防衛戦において厄介なのは飛び道具。つまり銃。

そのため、タツミは神機兵の集団にあえて飛び込み、神機兵の同士撃ちを誘うことで、銃を撃たせないようにしていた。

烈しい攻撃を躱し、時に盾で受け流す。

神機兵にとって、回避と防御に専念したタツミに攻撃を当てることは、剣で水を切るように難しいことであろう。

だが、神機兵も一筋縄ではいかない。

言葉も交わさず互いの意志を伝えることができる彼らは、水が切れないなら掬えば良いとばかりに、タツミを囲うように全方向から同時に襲い掛かる。

しかし、ブレンダンとカノンがそれを許さない。

ブレンダンはブラッドアーツによる武器破壊を積極的に狙い、敵の陣形を崩す。

カノン回復弾などで二人を援護する。

そうやって、ここまでギリギリで戦況を維持してきた。

だが、それももう限界。

 

「弾切れ……!」

 

弾切れが早くなっていることを気にしながら、カノンはオラクルを再装填する。

神機も生き物である。

通常のミッション程度なら問題ないが、さすがに数時間も酷使し続けるのは出力の低下を招く。

 

「くぅ、ふうう、ぐっ!」

 

息を切らしながら、タツミは攻撃を躱す。

いくらゴッドイーターとして常人を遥かに凌駕する身体であっても、神機兵の高度な連携を捌き続けることは、全力疾走を何本も繰り返すくらいの体力を奪われる。

すると、唐突に右足が動かなくなり、地面に吸い込まれるような感覚に襲われる。

 

「タツミ! いいからもう下がれ!」

 

日頃の訓練の成果か、ブレンダンはこの場で一番のタフネスさを発揮しており、タツミの異変を察して大声を上げる。

タツミは返事をする余裕もなく、タワーシールドを展開したブレンダンの背後に転がり込むようにして逃れる。

すると、待っていましたとばかりに神機兵の一斉攻撃が始まる。

四機の神機兵が、同時に剣を振りかぶる。

盾ごと粉砕せんとする強烈な剣撃が、濁流の如くブレンダンを襲う。

上段からの振り下ろし。体当たりを兼ねた正中突き。遠心力を伴った真横からの薙ぎ払い……。

何れも渾身。

並みの神機使いなら一撃でも吹き飛ばされかねない撃力を、ブレンダンは正面から受け止める。

 

「……っ……」

 

つま先から掌まで、一本の大木となったようなイメージで、盾を支える。

硬直する腕や足の筋肉は、このまま動かなくなるのではと思えるくらい固く張っている。

さらに、剣撃の合間を縫うように銃弾が打ち付けられ、一瞬も気を抜くことが許されない。

さすがにもう耐えきれないかと……、頭の中に弱気が浮かぶ。

だがそれを押し込み、盾に寄りかかるようにして力を振り絞ったその時、ブレンダンの背後から弾丸が放たれた。

放物線を描くようにして、盾をまたいで放たれたカノンのバレッドは、神機兵に当たることなく地面に着弾し爆発を起こす。

緒戦でカノンの威力を学習した神機兵達は、警戒して距離を置く。

 

「ハア、ハア、ありがとう。カノン。……今のは……少し……、ヤバかったな」

「こちらこそ、ブレンダンさんが庇ってくれなかったら危なかったです……」

 

ブレンダンは肩で息をしながら、装甲を解除する。

背後でタツミが、よろよろと立ち上がって言う。

 

「ああ……。よく耐えたな」

 

タツミは神機兵の攻撃は全て躱し切ったつもりだったが、いつの間にか右足のふくらはぎに大きな裂傷を負っていた。

回復錠により、体内のオラクル細胞を無理矢理活性化させることで傷を塞ぐことはできたものの、最後の一つを使い切ってしまった。

神機も、スタミナも、アイテムも、限界。

このままでは――

じりじりと距離を詰めてくる神機兵に気を配りながら、タツミはイヤホンに手を当てる。

 

「ヒバリちゃん、あとどれくらい持ちこたえればいい?」

『5分あれば完了するそうです! あと少しです。頑張って下さい!』

 

――ぎりぎり、持つか?

タツミに自信が――ある、とは言えない。

冷静に考えて、今の状況では1分持たせるのも辛い。

疲労困憊、満身創痍の自分達と比較して、目の前の神機兵達は傷一つない。

最悪、壁が破られるだろうか。

ちらりと、後ろにそびえ立つ対アラガミ装甲壁を見る。

その壁を隔てた向こう側には、何万人もの人々が暮らす外部居住区がある。

万が一に備え、大規模防衛戦に先立って、住民は避難している。

壁を破られたとしても、死人が出ることはないだろう。

だが……。

タツミは思い出す。

自分が育った外部居住区の街並みを。

みすぼらしくも、人々の生活が息づくあの景色を……大切に思う。

決して、誰かの帰る場所を壊させるわけにはいかない。

 

「ようっし!」

 

決意を新たに、タツミは最後の気合を入れる。

 

「最後まで、持ちこたえるぞ!」

「応ッ!」

「了解ですッ!」

 

ブレンダン、カノンも、極度の疲労に鞭打って、つぶれかけた喉から声を出す。

何かを守り切る。

その意志は、人を不屈とする最大の原動力なのかもしれない……。

タツミがスタングレネードを放つ。

 

「今だ!」

 

それを合図に、第二部隊は最後の攻勢に出た。




続きは明日には投稿します。


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Because everyone is doing it 4

前話のそのまま続きです。


新型神機兵7機を相手に、タツミ、カノン、ブレンダンは最後の戦いを挑む。

タツミがスタングレネードを放つ。最後の一つ。

 

「今だ!」

 

100万カンデラの閃光と大音響によって、神機兵達は突発的な知覚麻痺に陥る。

ブレンダンは一番手前の神機兵の武器破壊を狙う。

だらしなく垂れ下がった腕の神機に照準を合わせる。

 

(もらった!)

 

ブレンダンは攻撃に入る前に、頭の中で神機を振るうイメージをする。

しかし、そこである違和感を覚える。

スタングレネードにより麻痺しているはずの神機兵の双眸が、こちらをしっかり捉えていたのだ。

そして、掬い上げるようにして剣を振るってくる。

 

(まさか、フェイント……!)

 

これまでスタングレネードは何度も使ってきた。

その何れも効果があり、今回も効いたと確信していた。

だが、あろうことか、神機兵はスタングレネードに「対応」し、わざと効いているように見せかけてカウンターを狙ったのだ。

ブレンダンは慌てて神機を停止させる。

瞬時に装甲を展開して後ろを向き、神機を背負うように構えてガードする。

パリングアッパー。

素早い装甲の展開が可能なバスターブレードのみが使える、特殊な防御アクション。

ブレンダンは神機兵の攻撃をしっかり抑えると、すぐに装甲を解除し、そのまま流れるような動きで身体の右下から神機を回転させるようにして振り上げる。

カウンターに対するカウンター。

咄嗟の判断による切り返しが極まる。

バスターブレードが神機兵の胴体を裂く。

 

「ゥゥウウ……」

 

神機兵はよろめきながら後退する。

傷つけられた肉体から体液と肉片が飛び散る。

この状況でブレンダンは、これまで通り、敵を傷つけずに戦おうなどとは思えなかった。

自分はなんとか凌いだが、未だタツミとカノンはスタングレネードが効いていると信じている。

二人に早く伝えないといけない。

 

「おい! 気をつけろ! こいつら――」

 

ブレンダンが振り返った時には既に、神機兵がカノンにむけて弾丸を放っていた。

突然の不意打ちにカノンは驚くが、反射的に横に転がる。

辛うじて直撃は避ける。

だが、肩と脇腹に銃弾がかする。

 

「うっ……」

 

少しだけ呻きを漏らすカノン。

だが、転がりながらもなんとか体勢を立て直す。

片膝を立てて身体を地面にしっかりと固定し、バレッドを切り替える。

 

「そらっ!」

 

反動に揺れながらも、高威力のバレッドを放つ。

神機兵達はカノンの攻撃を避け、散り散りになる。

 

 

 

一方、スタングレネードを放つと同時に敵の中心に飛び込んだタツミには、神機兵3機が同時に襲い掛かってきた。

神機兵達はその絶大な膂力と高度な連携で、圧倒的な破壊力の剣撃を、止まることなく無限に繰り出す。

振り下ろされる斬撃が、巨大な瀑布の如くタツミを襲う。

 

「……っ……クソ!」

 

こちらが攻撃を仕掛ける番だと思っていたのに、スタングレネードに「対応」され、逆に不意を突かれた。

ただでさえ思考が混乱しそうなのに、激しい攻撃を乗り切るのに精一杯である。

周りなど気にする余裕などなく、縦横無尽にステップし、なんとか避ける。

そして、いつの間にか壁まで追い込まれる。

不意に背後に現れた障害物に、タツミは一瞬気を取られる。

それが、致命的なミス。

死角からの薙ぎ払いに、少しだけ気付くのが遅れる。

装甲の展開は間に合わず、反射的に差し出した神機で抑えようとする。

しかし、肉体から武器まで悉く質量で劣るタツミは当然の如く押し負け、5m以上吹き飛ばされる。

神機兵の一撃は凄まじく、タツミを飛ばすのと同時に、背後の壁も抉ってしまう。

 

「ぐっ!」

 

受け身に失敗し、肘を地面に強打してしまい、激痛が走る。

早く起き上がらないと次の攻撃が来る。

だが、落下の衝撃で身体が軋み、思うように動かない。

なんとか頭だけを上げ、神機兵達を捉える。

すると、彼らはタツミに攻撃を仕掛ける絶好の機会であるにも関わらず、こちらに見向きもしないで、崩れた壁の穴を見つめていた。

その小さな穴から、壁の向こう側が少しだけ見える。

外部居住区。

人々の生活する場。

 

「ゥ……ウウグオォ!」

 

それを見た途端、神機兵達は突然叫び出し、そして壁に剣を突き立て始めた。

何度も何度も、狂ったように剣を突き刺す。

初めは小さな穴が、少しずつ広がっていく。

 

(何……やってんだあいつら……!)

 

まさか。

タツミは思い出す。

新型神機兵には、その連携力の潜在能力を引き出すために黒蛛病患者の人格がインストールされている。

その患者には当然、外部居住区に住んでいた者もいる。

その人たちが、人格を写し取られた時のことを考える。

つまり、ラケル博士によってフライアの隔離施設に移された時、彼らが一番に思っていたことを。

それはやはり「帰りたい」という思いなのではないか。

もちろん、早く病気を治し、苦しみから解放されたい、という気持ちはあっただろう。

だが、その願いの先には、家族や、友人ともう一度会いたい。あの場所に「早く帰りたい」という希望があったはずなのだ。

 

(…………)

 

帰巣本能。

もし、その強い思いがあの神機兵達に写し取られたとして。

彼らが帰郷の喜びで、打ち震えているとするなら……。

 

「くそぉっ!」

 

タツミは飛び出す。

……神機兵に自分達と変わらぬ「気持ち」というものがあるとして。

彼らの心に、純粋な願いがあるとして……。

それでも……。

それでも、壁を崩されるわけにはいかない。

外部居住区に住む人々を不安にさせるわけにはいかない。

それはタツミの中で既に決定されたことで、覆しようのない定理のようなもので。

どうしようもないくらい、止まれないことなのだ。

極東支部を守るためなら、どんな相手でも戦う。

例え、それで相手の純粋な願いを踏みにじるとしても。

この時、タツミは「戦う」ということの意味を初めて理解した。

「人々を守る」自分達は……、

「この星を守る」ため戦うアラガミと、何ら変わらない……。

――タツミが近づいた時には既に、人が通れそうなくらい穴は広がっていた。

神機兵はタツミに気付くと、上段から剣を振り下ろしてくる。

タツミは装甲を展開し、振り下ろされる剣の軌跡とほぼ平行になるように差し出す。

神機兵の剣とタツミの盾が重なるも、盾の僅かな傾斜を滑るようにして剣の軌道がずれる。

結果として、神機兵の剣はまるで空振りしたかのように地面に刺さる。

タツミは自分の神機を、地面に刺さった剣の上に置き、力を込める。

神機兵は慌てて、剣を引き抜こうとする。

すると、タツミはその引き上げられる力を利用して、ブラッドアーツを放つ。

「フェイタルライザー」。地上から空中へと素早く斬り上げるショートブレードの特殊アクション「ライジングエッジ」の進化した技。

切り上げと同時にオラクルの刃が発生し、神機兵を刻む。

顔と胴体を滅多切りにされた神機兵は、仲間の足元へと倒れる。

それを見て、残った神機兵が叫び、タツミに怒りの目を向ける。

――戦場は混沌と化していた。

銃弾を撃ち続けるカノン。

敵に張り付き、果敢に攻めるブレンダン。

烈しい攻撃を「技」でいなすタツミ。

それぞれが全員、走り、転がり、腕を振り、力を込め、その瞬間にしかできない全力を、何度も繰り返す。

極度の疲労は当然のこと。

タツミは、腕や足の筋肉が冷たくなったような感覚に襲われる。

 

「はあっ! はあっ!」

 

肉体の消費に、呼吸が追いつかない。

それでも、止まらない。

敵の連撃を、捌く。捌く。捌く。

あまりに激しい呼吸に、喉が裂ける。

口の中が血の味がする。

同時に、強烈な嘔吐感に襲われる。

たった数秒が、何時間にも感じる。

それでも、なお剣は振るわれる。

なんとか躱す。

その行いは、最早タツミの意志によるものではなかった。

空っぽ。ただの作業。

生きる機構。原初の生命活動。

次第に、視界が曇りだす。

気付いた時には、音も痛みもどこかへ消えていた。

暗闇で戦っているような気分。

最早、何をしているのか上手く認識できない。

しかし、傷が増えていくのは分かる。

二の腕が深く斬られる。

殴られ、肋骨が折れる。

無理な体勢で左足の腱が切れる。

とうとう、タツミは地面に倒れ込む。

しかし、なんとか片膝を立てる。

神機兵が剣を叩きつけてくる。

それを片足で這うようにして身体をずらして、なんとか避ける。

そこに、神機兵が水平に剣を振るってくる。

――動けるのは、これで最後。

 

「……」

 

タツミは神機を握った、震える右手を掲げる。

最早盾にもならない、ただの飾りのように構えるだけ。

だがそれが、最後まで生き足掻く者の証だった――。

 

……

…………

…………………

 

唐突に、戦場に静けさが訪れる。

 

「…………」

 

止まっていた。

神機兵全機が、その動きを止めていた。

カノンに銃を撃ち、ブレンダンと激しい攻防を繰り広げ、タツミを襲っていた神機兵が、そのままの体勢で、固まってしまっていた。

 

(…………)

 

終わった……のか。

タツミは頭がぼうっとして、今一つ状況を把握できない。

聞こえてくるのは、自分と仲間の荒い息遣い。

パチパチと燃え続ける火の気。

バランスの悪い体勢で停止した神機兵が、倒れる音。

すると、いつの間にかタツミの耳から外れて転がっていたイヤホンから声がする。

 

『別働隊が任務を達成したようです! 全ての神機兵が停止しました! 皆さん、無事ですか!!』

 

静まり返った戦場に、ヒバリの声がよく響く。

少し離れた所にいるブレンダンが、額の汗を拭いながら答える。

 

「こちらブレンダン。問題ない」

 

カノンが肩で息をしながら答える。

 

「ハアッ、ハアッ、……カノン……大丈夫です……」

 

タツミはとても返事をする余裕がなかったため、大の字に寝転んで、激しい呼吸を繰り返す。

それが聞こえたからか、タツミが返事をしないからか、ヒバリが叫ぶ。

 

『タツミさんは!!? 大丈夫ですか!』

 

あ、こんなに慌てたヒバリちゃん、珍しいな。

タツミは思う。

いつも冷静に、テキパキミッションをこなすのに、こんな自分の心配をしてくれるのが、少しだけ嬉しい。

そしてなんだか心地いい。

ついさっきまで、生きているのか死んでいるのかわからなくて、それでも今は、しっかり生きているのだって、そう思える。

けど、彼女を不安にさせ続けるのも申し訳ない。

身体中が痛いけれども、元気な声を聞かせたい。

まあ、喉が潰れて上手く声が出ないかもしれない。そう思ったが、ちゃんと返事はできた。

 

「ああ……大丈夫だよ。……ヒバリちゃん」

 

ため息のような、それでいてじりじりと暖かみのある声が、イヤホンから漏れる。

 

『……よかったぁ……』

 

それは歴戦のオペレーターにあるまじき、ひどく心の緩んだ声だった。

 

こうして、防衛班と新型神機兵の幕は閉じる。

防衛班が極東支部を守り切るという勝利を収めて……。

 

――だが。

この時は、まだ誰も知らなかった。

防衛班の終極が、まだ始まってもいないことに。

 

「彼女」の叡智はここから真価を発揮する。

ここに、究極の犠牲が産んだ、終極の兵器が目を覚ました。

 




GODEATER ONLINE配信されましたね。
新たなストーリー、楽しみです。


感想、評価、お待ちしております!


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Reboot

今回の大規模防衛戦は「スタボーンディフェンス」と名付けられた。

その由来は、別働隊が新型神機兵の制御装置を掌握するまでの間、防衛班がエイジスと極東支部を「堅守する」ことが作戦の肝であったためである。

――斯くして作戦は成功した。

陽動による敵の攪乱を行った第一部隊。

極東支部を防衛した第二部隊。

エイジスを防衛した第三部隊。

何れも誰一人欠かすことなく、神機兵が停止するまで戦い抜いた。

物的損傷も、外部居住区の外壁の一部が削られたのみ。

こうして人々の暮らす場所は無事守られた――。

と、その時は誰もが思っていた……

 

 

薄暗く、広々とした黒い鉄の空間、極東支部指令室。

防衛戦と螺旋の樹内部戦いが終結し、スタッフ達は数時間に及ぶ緊張から解放され、ようやく安堵の息を漏らす。

しかし、いつアラガミが現れるかは分からない。勝って兜の緒を締めるという言葉があるが、まさしくその通りに、オペレーター達は改めて気を引き締めていた。

モニターに映るアラガミの反応に注意しながら、第一部隊のオペレーター担当のテルオミが話す。

 

「あ、お疲れのところ悪いのですが、神機兵に紛れてウコンバサラが近づいていたようです。ヘリが到着するまでにやっつけちゃって下さい」

 

まだ新人なのに慣れた様子で話すテルオミとは対照的に、その隣のムツミは相変わらずのぎこちない口調で話す。

 

「皆さん、お疲れ様です。迎えはあと5分程で到着するそうです――」

 

ある「秘密兵器」を用いることで敵を翻弄したジーナや、後半から活躍したシュンのお陰で、第三部隊はほぼ無傷でエイジスを守り抜いた。

今回の戦いにおける大殊勲である。そのことをウララが伝えると、苛ついたシュンの返事が返ってきた。

 

『チッ……うるせーな。帰投するまで黙ってろ』

「あ……すみません。……でももう一つだけ、サカキ博士から伝言です。報酬は弾むそうですよ」

『…………そうかよ』

 

マイク越しでもシュンが嬉しさを隠し切れていないのがわかる。だが、それでも彼の声は暗いままだった。

――今回の戦いで、思う所があるのだろう。

なにしろ、敵はラケル博士が開発した「ヒト」の人格がインストールされた新型神機兵だったのだから。

指令室にいては分からない葛藤が、現場ではあったのだろう。

中央後方の、段差を登ったところにいるサカキ博士は、そんなことを考えながら、今回の戦いを振り返っていた。

しかし、ある違和感を覚えて立ち上がる。

そしてヒバリの元へと向かい、第二部隊と通信を始める。

 

「タツミ君。怪我をしているところ悪いのだが、新型神機兵との戦いで印象的だったところを改めて教えてくれないか。君の主観でいいから、できるだけ詳しく教えて欲しい」

『ん? ああ、えーと、そうだなぁ……』

 

タツミはやはり彼らの人間的な行動に一番苦戦したという。

捕食本能に荒ぶるだけのアラガミとは明らかに異なる、知性を感じさせる戦法。神機使いが何年もかけて到達できるほどの高度な連携。

さらに、仲間を殺された時の取り乱し様や、彼らを突き動かす「帰りたい」という強い意志は、もはや人のコピーとは思えないくらいの本物の「人間性」を感じたという。

 

『……戦って罪悪感に押し潰されそうになったぜ。そんでもって……人間に近いからって殺すのを躊躇う自分に……酷い矛盾を感じたよ。……今思えば、こちらの戦う意志を削ぐこともラケル博士の狙いだったのかな……』

「……」

 

タツミがラケル博士に対して思ったことは、サカキ博士も分析していたことだった。

……だとするならば、やはりおかしいところがある。

タツミが大きく息を吐きながら言う。

 

『ふぅ……。俺が思ったのはそんくらいかな。……悪いがこの辺にしてくれないか。後で報告書にでもまとめるから……さ……』

 

神機使いの中でタツミは恐らく一番消耗したのであろう。

戦闘後は呼吸さえ苦しそうにしていた。

現在は応急手当で、ある程度回復したようだが、話している間も時々言葉を詰まらせていた。

 

「ああ。こちらこそ悪かった。ゆっくり休んでくれ給え」

 

サカキ博士は通信を切る。

そのままよろよろと自分の席に戻り、思考の世界に入る。

 

(「帰る」意志か……)

 

違和感の正体はそこだ。

新型神機兵には人の人格がコピーされていた。

そして彼らには、コピー元の人間が抱いていた、外部居住区に「帰りたい」という強い意志が植え付けられており、それが彼らの戦う原動力になっていた。

――今さらだが、ラケル博士はなんて残酷なことをするのだろう。

いくら神機兵を強化するためとはいえ、人の感情を利用するなど。

新型神機兵達に、帰るべき場所などないというのに。

……思考が逸れてはいけない。個人的な感傷など後回しだ。今私がやるべきことは、分かることを突き詰めていくこと。

これはあくまで予想でしかないが。

もし、新型神機兵が外部居住区に到達していたら。

彼らは戦う意義をなくす。ならば、そこで停止する「仕様」であったと考えるのが妥当であろう。

すると矛盾が生じる。

ラケル博士の目的は終末捕食を遂行すること。そのために障害となる極東支部を滅ぼすこと。

倒すのではない。極東支部を駆逐し、再起不能にすることが目的である。

アラガミ防壁を壊すだけの嫌がらせのような破壊では、到底足りないのである。

仮に。

我々が想像しているよりも、ラケル博士が遥かに狡猾に、そして徹底的に極東支部を滅ぼそうとしているならば……。

 

「すまない。一度私の話を聞いてほしい」

 

サカキ博士はマイクを握り、指令室に声を響かせる。

 

「確証はないのだが。もしかしたらこれは――」

 

その時。けたたましい警戒音が鳴り響いた。

 

「緊急事態発生! 多数のアラガミが螺旋の樹から出現しています! この反は――神機兵!」

 

 

 

 

廃ビル群の一角。開けた屋上にて。

ウコンバサラを討伐し終えた第一部隊は、エミールが捕食を行い、エリナとコウタが周囲の警戒をしているところだった。

視界に入るのは、どこまでも続く青い空と、倒壊した建物がところどころにあるだけの荒涼とした大地。

その中で天高くそびえる螺旋の樹は良く目立っていた。

そこに目を向けたコウタは、つい声を漏らす。

 

「何だ……あれ……」

 

例えるなら、水に垂らした墨汁だろうか。

螺旋の樹の根本から、瞬く間に溢れる真っ黒な「ソレ」は、じわじわと滲むように周辺の土地を塗り潰していく。

コウタは慌てて望遠鏡を覗く。

はっきりとは見えないが、黒い物体には蝶のようなシルエットが見られ、まるで意志を持つかのように群れをなして羽ばたいていた。

やがて蝶は形を成す。

がっしりとした人型のシルエット。何かを右手に携えている。

そこに立っていたのは神機兵だった。しかし、外見はこれまでのあらゆる種類と異なっていた。

肉体は深淵を形にしたようにどす黒く、顔は髑髏のような白銀の仮面に覆われ、仮面だけが夜の闇に浮かんでいるようだ。

神機兵が持つ第二世代の新型神機は、バスターやロングブレードのみならず、ショートやヴァリアントサイズといったあらゆる種類が組み合わさっており、形状はブラッド隊の「クロガネ」シリーズによく似ていた。

彼らは、出現して暫くは、世界を確かめるように周りを眺めていた。

しかしすぐに隊列を組んで走り出す。

その時、第一部隊に通信が入った。

 

『緊急事態だ。螺旋の樹から新型神機兵が出現した。こちらのレーダーでは少なくとも……40、いや50はいるだろうか……補足数の上限を超えてしまっている……とにかくそこから見える状況を教えてくれ』

 

冷静に努めるサカキ博士の声だったが、いつもより早口になっている。

コウタは声を荒げる。

 

「もうこっちに動き出してる! 何なんだよあいつら! 神機兵の制御は奪えたんじゃなかったのか!」

『……ああ。そのはずだったのだが……。こちらもわからないことだらけだ。だが、悠長に構えている時間はない』

「……」

『ここからは私の仮説なのだが……、恐らく、これまで君たちが戦ってきた神機兵は『斥候』だ。つまり今出現した神機兵が本陣というわけだ』

「な……」

 

コウタは歴戦のゴットイーターである。

伊達に極東支部の主力たる第一部隊隊長を任されてはいない。

例えどんな状況でも、冷静に、最適な判断を下すことができる。そういう器を持っている。

だが……。

だからこそ……。

コウタは悟ってしまった。

――この戦いに勝ち目はない、と。

 

「……それで、俺たちはどうすればいい」

『先ずはこれまで通り、できるだけ敵を引き付けて欲しい。そして敵の情報を逐次報告すること』

「了解」

『ああ……必ず生き残ってくれ』

 

急な展開に頭が追いつかない。

――30機の神機兵であれだけの苦戦を強いられたのだ。

これから、それよりも数が多く、さらに性能も異なる神機兵と戦わなくてはならない。

 

(生きて、帰れるのか……)

 

こちらの戦力は、疲労した第二、第三部隊と自分達のみ。

螺旋の樹にはブラッドやクレイドルもいるが……。

とても帰還は間に合わない。あの新型神機兵達が極東支部に押し寄せる方が早い……。

 

「隊長……」

 

エリナが、押し黙ったままのコウタに呟く。

彼女の不安そうな表情を見て、コウタは自分を恥じた。

 

(……部下に苦しい顔を見せてどうする。きっと「アイツ」ならこんな状況でも諦めずに戦うはずだ。……そうだ、今の第一部隊隊長は俺だ)

 

コウタは大きく深呼吸しながら、エリナとエミールに向き直る。

 

「聞いてた通り、また陽動を行う。……だが、今回はさっきとは比べ物にならないくらい厳しい戦いになる。だから……改めて命令する」

 

エリナとエミールは背筋を伸ばしてコウタの話を聞いている。

……実際には、コウタはどうしようもない虚しさと不安を抱えていた。だが、それは目の前の2人も同じなのだ。

――こんな時、隊長として言うべきことは一つ。

 

「死ぬな

死にそうになったら逃げろ

それで隠れろ

運が良ければ不意をついてぶっ倒せ

そして――生きることから逃げるな、だ」

 

戦場で抱くことのある、肉体と魂が冷え切ってしまうほどの過度な恐怖。

そんな時。

「戦え」でも「打ち勝て」でもなく。

「逃げても隠れても生きていればいい」と言われることで、どれだけ心が和らぐことか。

――そしてもはや伝説となりつつある、ある隊長の言葉。

「生きることから逃げるな」

命ある者に当然の如く備わっているその意志を自覚するだけで、不思議と熱い力がこみ上げてくる。

三人にもう迷いはなくなっていた。

どんな絶望だろうと、例え「何があっても絶対に勝てない」と分かっていても、……最後まで足掻いてみせる……。

 

――こうして、最後の戦いが幕を開ける。

 




前回の投稿から随分と間が空いてしまいましたが、2018/4/14から最終話までこれから毎日18:00に投稿していきます。

GODEATERの面白さ、そして私の中での大切さを、精一杯膨らませてできた物語です。
少しでも読者の心に響くものがあれば、これ以上の幸せはございません。
よろしくお願い致します。

感想、評価、お待ちしております。


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Not run away

螺旋の樹から新たに出現した神機兵達は「百號神機兵」と名付けられた。

神機兵にも様々なタイプが存在する。

最初に開発されたのが、神機兵のプロトタイプである「零號神機兵」。見上げるほどの体躯に苛烈な戦闘力を併せ、「個」としての力なら神機兵の中で紛れもなく頂点に位置するだろう。

次に、人類を守る兵器として生み出されたのが通常の「神機兵」。その無人機が、ジュリウスの教導を受けたのち、「赤い雨」を浴びたことで野生のアラガミ化したものが「暴走神機兵」。現在、極東支部において最も遭遇回数の多い神機兵である。

そして、今回の大規模防衛戦の緒戦で交戦したのが、黒蛛病患者の人格が埋め込まれた「新型神機兵」。ヒトの意志を持ち、互いに通信し、仲間を思い合う「意志」を力に、「群」としての有機的な連携を得意とした。

その全てが、ラケル博士が設計に関り、彼女の駒として扱われた「人形」である。

そして恐らく、彼女の最高傑作、最終進化の神機兵が、新たに出現した「百號神機兵」。

 

――コウタ達第一部隊は敵の未知数な戦闘力を警戒し、先ずは遠距離からの攪乱を目指した。

今、百號神機兵の群れは極東支部に向かって、廃ビルに囲まれた道を行進している。

一際高いビルの谷間に差し掛かったところで、両脇の屋上からエミールとコウタが銃を放つ。

 

「いっけええ!」

 

コウタは叫ぶ。

距離があるため、そこまで命中精度は高くない。

それでも、神機の連射性能を最大まで解放した銃弾の雨は、神機兵の行進を止める。

地上は黒い海。神機兵は巣を襲われたアリの如く群れ惑い、弾の出どころを探している。

地上にはエリナがいる。

こちらの攻撃に気をとられている隙に、彼女が敵を叩き、即離脱するのが次の作戦だ。

――しかし。

中央後方にいた、一際大きな神機兵が剣を頭上に掲げると、すべての神機兵が一斉にこちらに顔を向ける。

 

(なんだ……)

 

数十もの髑髏面がこちらを見ている様は、まるで地獄を覗く痴れ者に呪いをかける怨霊のようである。

コウタは一瞬たじろいでしまう。

その隙に、百號神機兵達は粛々と隊列を組み直す。

亀甲隊形。

中世の戦で用いられた、部隊を密集整列させ盾を頭上と正面に掲げる隊形。

神機兵達は展開した装甲を重ね合わせることで、文字通り「鉄壁」の布陣を即座に組み立てた。

何という連携力だろうか。

たかが数個体が力を合わせるだけではない、「軍略」とも呼ぶべき集団戦闘を彼らは可能としていた。

すると、甲羅の隙間から、黒い棒が突き出てくる。

 

(……!)

 

コウタは反射的に横に転がる。

すると、コウタがそれまでいた場所に、鋭い曳光が通過する。

 

(スナイパー!)

 

転がりながら、そのまま流れるように柱の影に隠れる。

予想はしていた。

通常の神機兵の刀身はバスターとロング、銃身はアサルトとブラストの中間に位置するパーツのみである。

だが、交戦前に百號神機兵を観察した結果、今まで見たことのない神機のパーツも見られた。

遠目ではわからなかったが、これで確定した。

 

「エミール、そこからすぐ撤退だ。やはり百號神機兵にはスナイパーがいる。フェーズ『3』に移行。エリナはエミールの援護に向かってくれ!」

 

頭上からの攪乱は得策ではないと判断したコウタは、予定通りゲリラ戦に持ち込むことにした。

柱の影から百號神機兵を注意深く観察しながら、コウタは指示を出す。

しかし、ある違和感を覚える。

 

(数が少ない……?)

 

錯覚だろうか。

目を離した隙に、神機兵が少なくなっている気がする。

――カン……カン……カン……

何かが聞こえる。

それは、工事現場でよく聞くような、硬いもの同士がぶつかり合う鋭い音。

何かがぶつかっている?

神機兵がこの建物ごと壊そうとしているのだろうか。

……嫌な予感がする。

照りつける夕陽に目を細めながら、コウタは集合ポイントである、神機兵からは死角となっている後方のビルへと走り出した。

走りながら、オペレーターのテルオミにこれまで得た情報と、敵の様子を探って欲しいことを伝える。

 

『……レーダーに異常は…………ね……依ぜ……しかし……、ノイズが……何か……し……分に注…………』

「くそ! こんな時に!」

 

通信機の故障だろうか。ノイズが酷い。

コウタは通信を切る。

渡り廊下は下の階にある。

フロア中央にある動かなくなったエスカレーターに、コウタは向かう。

光の差し込まないビルの内側は、まだ夕方だというのに息苦しい程に暗い。

――ガン……ガン……

音が、少しだけ強くなっている。

急いで走ろうとすると、割れたガラスや散乱する机が邪魔をして、焦燥に神経がささくれ立つ。

足を響かせながら薄暗いエスカレーターを下っていく。

何度も何度も似たような景色を回っていく。

コウタの額には、いつの間にか玉のような脂汗が浮かんでいた。

そしてやっと、目的のフロアに辿り着く。

――ガッ…………

……

……

ガッ……!

 

(近い……!)

 

ビルの壁の向こうから鋭い音がした。

しかし、何が起こっているかは分からない。

姿を隠した自分に苛立って、適当に銃でも撃っているのだろうか。

それとも、やはり、このビルそのものを壊そうとしている?

そんなことを考えているうちに、視界の先に、陽の光が見えた。

一刻も早く状況を知りたいコウタは、そこへ全力で駆け出す。

やっと、渡り廊下に到着する。

ほぼ水平から差し込むオレンジ色の夕陽に、一瞬目がくらむ。

光を手で遮ると、必然床しか見えなくなる。

事前に確認した通り、渡り廊下は天井が無くなるほど老朽化していても、床はしっかりと残っており、人が歩くのに問題はなさそうだった。

目が慣れるにつれ、徐々に額から手を離す。

最初に見えたのは、赤く染まった世界と、向かいのビルのひび割れたコンクリート。影を伸ばした鉄骨や折れ曲がったむき出しのネジ。

そして、廊下の先に、当たり前のように立っている百號神機兵。

 

「は?」

 

斬られた。

そう気づいた時には既に、コウタの肩に刃が突き刺さっていた。

鮮烈な痛みに、ようやく自分が危機的状況であることを理解する。

だが、それももう遅い。

背後からまた刃が襲う。

 

「ぐああああ!!」

 

今度は腰に近い脇腹に突き刺さる。

コウタが振り返ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

コウタに刃を刺した神機兵が一機。

その横にいる二機の神機兵は、ガラスのない窓枠に足をかけながら、壁に神機を突き立て、今まさにその巨体を引き上げているところだった。

ヴァリアントサイズ。

湾曲した三日月状の刃を持つ大鎌の近接武器であり、捕喰口を変形させ 「咬刃」 と称される牙を展開することができる。

その機能によって、間合いの外から一撃を届かせることができるのだが、しかし、百號神機兵はあろうことか、その形態と伸縮性を生かしてピッケルのように壁に突き立て、ビルをよじ登ってきたのだ。

そしてコウタは、近くで見て初めて気付いた。

百業神機兵は神機を「持っていなかった」。

五指があり、一見すると手に神機を持っているように見えるが、実際は掌や腕に癒着していたのだ。

 

(――こいつらは、神融種……!)

 

その時、コウタを繋ぐ両端の百業神機兵が、神機を引っぱり始めた。

 

「ギャアアアアァアアアア!!」

 

コウタは叫ぶ。

神経が狂わんばかりに痛みを告げ、神機を手放す。

咬刃を抜こうとするも、肉と骨格にしっかりと食い込み、外すことができない。

そればかりか、コウタを引っ張る力は強さを増す。

右肩と腰が対極に引っ張られることで、片足立ちで体を斜めにして立っているという、あられもないポーズをさせられる。

……かつて、コウタは幼い頃、魚を釣る映像を見た。

その中で針にかかった魚が、陸に引き上げられ後も勢い良くビチビチ跳ねているのを見た。

コウタは海も川も見たことはない。食べ物は配給だから、生きている物は人と虫とアラガミしか見たことはなかった。

それでもなぜか、初めて見たビチビチと跳ねる魚が、必死に生き足掻いていることだけはわかった。

そして同時に疑問が沸いた。

もう捕まっているのに、なぜ大人しくしないのだろう、と。

だが、その時の魚の気持ちが、今なら分かる。

――痛い。イタくてイタくて痛すぎるのだ。

魚は口内に針が刺され、そして引っ張り上げられる。

いくらもがいても外れず、気圧差で内臓が風船のように破裂し、血管が沸き立ちぶちぶちと破れる。

今のコウタは、釣り針に引っ掛かった哀れな深海魚と同じだった。

身体に食い込んだ咬刃は、肉や腱を引き裂き、肩甲骨と腸骨を引っこ抜かんとする。

全身をグジュグジュにかき回され、吐くほどの苦しみが襲い……これを何が何でも止めてく欲しくてその思いだけが頭を占めてくるのはさらに怖いし苦しい一生のお願い早く苦痛から開放して本当に痛いの嫌だめ絶対気持ち悪い寒いもうやめて痛いイタイイタイ痛!

 

「ギャアアアア!!!」

 

自分の身体が徐々に真っ二つになる痛みに、コウタは思った。

こんなの受け入れられるものじゃない、と。

強者の立場から、弱肉強食の摂理を正当化する自分達がいかに傲慢だったかを。

 

凍えるほどリアルな死の感触に、コウタは願った。

どうか、この世界の誰もが、この怖れを抱かずにいられるようにと。

酷使した声帯は潰れ、身体に力が入らなくなり、いよいよコウタは項垂れる。

………………

…………

……

ぎち。

腕を伸ばす。

荒れ狂う神経の叫びは、コウタから抵抗などという言葉を剥奪した――はずだった。

……それでもなぜか身体が動いた。

伸ばした手で、身体に刺さる咬刃を掴む

手の平が咬刃に裂き喰われ、サアと血が溢れるが、百號神機兵と綱引きをするように、コウタを裂かんとする力に抵抗する。

力も殆ど入らない。なのに形だけの延命を続ける。

なぜこんなことをやっているのか、自分でもわからない。

コウタに「自意識」というのは最早存在しなかった。

頭は空っぽ。虚ろに真っ白。

もう既に気絶した後の夢なのかと思う。

だが、未だ和らぐことのない苦痛が、まだ意識を手放していないことを証明し続けている。

それでもコウタは抗っていた。

 

――どうしようもないくらい死に浸っているのに、コウタは生きる続ける選択を取った。

 

(……………………)

 

絶頂を迎えた苦痛は、思考を奪う。

しかし、頭のどこかで欠片のように満たされた自分に気付く。

言葉にならない、あどけない感覚。

それは泡のようにすぐに消えてしまいそうで。

その感覚は長くは続かなかった。

痛みによるショックと出血多量により、いよいよ本当に意識が消えかけたしの時、頭上からはち切れんばかりの怒声が聞こえた。

 

「うおおおおお!」

 

その男は自由落下の勢いをそのままに、コウタにヴァリアントサイズを突き立てていた百號神機兵の頭にバスターブレードを叩きつける。

そしてそのまま流れるように神機を変形させ、片手でスナイパーを打ちながら、もう片方の手に持ったスタングレネードのピンを口で引き抜き、投げつける。

閃光が広がった瞬間、男はコウタを抱えて走り出す。

コウタは男の姿を何とか認識し、声を漏らす。

 

「……ハル……さん……」

「しゃべらなくていい。……いや、よく頑張ったな。安全圏に移動したら直ぐに治療する。だからもう少しだけ踏ん張ってくれ」

 

息を切らしながら、ヘリから救援に駆けつけた男――真壁ハルオミは答える。

コウタは思う。

どうやら自分は助かったらしい。

さっきまであんなにリアルな死が迫っていたのに、――あれだけ「覚悟」していたのに、まだ生きている自分がなんだかおかしくて、コウタは言う。

 

「……なんか……真面目……な……口調……似合わないですね……」

「助けてやったセリフがそれかよ! だからもうしゃべるなって……いや、そのまま話してろ。意識が飛ぶよりいいかもしれない」

「ハハ……痛……すぎて……意識ない方が……楽なんですけれども……。……あ……でも、一つ……言わせて……下さい」

「なんだ」

「あり……がとうございます……」

「おう」

 

隊長にもなって誰かに抱えられるなんて情けないな、とコウタは思う。

と同時に、生き残ったという安心感がようやく溢れてくる。

そして死の恐怖から解放された今、思考にも余裕がでてきたようで、先ほど死の縁で身体が勝手に動いたことと、小さな満足感が何だったのか、分かってきた。

 

「……俺……最後まで……逃げません……でしたよ……」

 

コウタは呟く。

ハルオミはその意味が分からず一瞬呆気に取られたが、コウタを助けた時の彼の姿を思い出して、頷きながら言った。

 

「気張ったじゃねえか。――ま、自分で出した命令くらいはちゃんと守らなくちゃな」

 

いつもは飄々としているのに、大事なことは真剣に話してくれる。

コウタはこの時、そんな先輩神機使いを素直にカッコいいと思えた。

 

(俺も……まだまだだな……)

 

隣に立つ仲間に抱く、じりじりと焦がれるような願い。

その想いは「命令」という形で受け継がれる。

暗闇の中であがく誰かを照らす篝火となって。

生きることから逃げないために、二人は走り続けた。

 



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Numerous killing

「――サテライト拠点『アークト・ディアナ』から……」「――フェンリル本部は……」「――ゴッドイーターの人命を優先するか……」「――極東支部の緊急避難の受け入れ許可が下りました! ヘリの手配と……」「――住民の暴動は収まりましたが……」「――百號神機兵……まだ見つかっていません。レーダーをさらに拡大して……」

 

叫びのような指令の行き交う作戦室。

職員の顔は疲労に満ち、そして暗い。

それもそのはず、この戦いは「負け戦」と言ってもいい戦況に陥っているからだ。

壁は既に破られ、百號神機兵が極東支部に到着するのは時間の問題。

内部にも2重の隔壁はあるが、気休めにしかならない。

対抗しようにも、残されたのは連戦続きのゴッドイーターのみ。おまけに敵の方が、圧倒的に数が多い。

さらに、偵察と陽動を行っていた第一部隊との通信も途絶えた。

救援は送ったが、未だ連絡はない。

最悪の事態。

――この状況で、極東支部を守り抜くことは不可能と判断するのは当然のことだった。

極東支部を放棄し、サテライト拠点に避難する。誰も口にしてはいないが、有能な職員達はそのような方向で動き始めている。

ここからは、どれだけ時間を稼ぎ、どれだけ多くの人を救えるかの戦いだ。

しかし、全ては救えない。

犠牲は必ず出る。

……人を選ぶ必要もある。

サテライト拠点と行き来できるヘリには限度がある。

外部居住区と合わせて15万人近くいる人々全員の安全な移動手段など存在しない。

誰もが、そんな残酷な選別に怯え、そして、目の前の仕事に集中することで目を逸らしていた。

……どうか状況が好転しますように。或いは、奇跡のような打開策が見つかりますように。

そんなことを願いながら、1秒1秒確実に迫るリアルな死に、じわじわと心が縛られていく。

オペレーターの真壁テルオミもその一人だった。

テルオミは、部屋の中央で各職員に指示を出すサカキ博士に目を向ける。

この泥のような空気を変えるとすれば彼しかいない。

円転滑脱、荒唐無稽の柔軟な発想。過去、極東支部における二度の終末捕食を乗り越えられたのは、サカキ博士がいなければ成しえなかったと、元第一部隊隊長が話していた。

テルオミ以外にも、チラチラと彼に期待の目を向ける職員はいる。

しかし、サカキ博士にしては珍しい、眉間に深い皺を寄せた表情は、彼の頭脳でもこの状況を覆す方法は思いついていない証だった。

そんな時。

テルオミに通信が入る。

 

『あー。聞こえるか、こちらハルオミ』

 

テルオミは慌ててマイクを握る。

 

「にい……ハルオミさん! そちらの状況は?」

『ああ。とりあえずエリナとエミールは無事だ。だがコウタが酷い……』

 

通信が途絶えた第一部隊の救助に行ったのは、いざという時のために待機していたハルオミだった。

ハルオミは現在、安全な場所まで退避しており、そこでコウタの応急手当をしているという。

 

『――それで、だ。そこにサカキ博士はいるか? コウタが伝えたい事があるそうだ』

 

テルオミはサカキのマイクを繋げる。

 

「こちらサカキ。コウタ君は重傷なのだろう。無理しなくても……」

『いや……サカキ博士。俺は……大丈夫ですから……』

 

明らかに辛そうなコウタの声。

サカキ博士含め指令室にいた職員は、彼の痛々しい声音に眉をひそめる。

だが、時おり喉を詰まらせながらも、絞り出すように話すコウタの声は、命を賭けて伝えようとする意志が伝わってくる。

彼の声に、指令室にいた職員全員が真剣に耳を傾けた。

――百號神機兵との交戦は次のような内容だった。

百號神機兵は神機のパーツの種類が増えており、しかもその扱いに慣れており、ゴッドイーターには思いつかないような多彩な攻撃手段を取ること。

また、神融種であったこと。通信を妨害する力は、彼らの「血の力」であると予想されること。

高度な連携は新型神機兵に劣っておらず、数が多い分、より軍事的な動きをしていたこと。

……その報告を聞いて、テルオミは眩暈がした。

百號神機兵に隙なんて、ない。

アラガミとして正しく最強に思える。

テルオミは想像する。

数十分後にはその百號神機兵が「ここ」にやってくる。

今座っている椅子や、見つめるモニターが破壊される。

元野戦整備士だったテルオミにとって、極東支部への愛着はまだ少ない方だ。それでも、皆と語り合ったラウンジや、愛すべき神機が踏みつぶされるところを想像すると、ただ、ただ、悲しみで言葉を失う。

そしてさらに……自分と仲間の「死」も、そろそろ受け入れなければならない。

避難用のヘリに自分に割く席はないだろうし、そもそもオペレーターとして、最期までここで戦い抜くつもりだった。

いよいよ告げられた最後通牒。

誰もがこの時息を呑んだ。

しかし、絶望的な状況という雰囲気に飲み込まれず、冷静に、ただ真実を見極めんとする者がいた。

サカキ博士である。

 

「……ん? コウタ君。その話は本当か?」

 

自らの思考を確かめながら、呟くようにサカキ博士は話す。

 

「『百號神機兵』が『神融種』なら、その性質、本能はアラガミのそれに近いはずだ――」

人とアラガミ。被食者と捕食者。

その無慈悲で絶対的な関係を崩すことができる唯一の存在。それがゴッドイーターであるが、アラガミに勝る人の武器は何も神機だけではない。

人と人が繋がり、個を超越した力で圧倒的強者を打破する能力。即ち「連携」。

戦場でゴッドイーター同士が協力し合うのはもちろんのこと、オペレーターや技術班のバックアップにより、人は「個」を超える強大な力を得る。

しかし、アラガミは本能に従い、それぞれの自由意思の下に捕食を行う。強大な力を持つ故に彼らは基本的に孤独なのだ。故に、コンゴウ種のようにで「群れる」ことはあっても「連携する」ことは決してない。

この小さな、しかし決定的な差が、人に与えられた最古で最大の武器ともいえる。

サカキ博士は続ける。

 

「……だから、『百號神機兵』が、人の人格を得た『新型神機兵』並みの連携力を持っているのはおかしい。制御装置もなしにそんなことは不可能だ……」

 

アラガミ同士の連携と聞いて、テルオミは疑問を投げかける。

 

「でも、『感応種』は他のアラガミと連携しますよね?」

 

それにサカキ博士は頷く。

 

「確かに、イェン・ツィーやマルドゥークといった『感応種』はアラガミ同士で連携しているようにも見えるだろう。しかし、実際には『感応種』が他のアラガミを操っているに過ぎないんだ。通常のアラガミは『感応種』の強力な偏食場パルスに逆らえない。相互に干渉できない以上、連携とはいえないだろう?」

 

なるほど、とテルオミは納得した。

感応種が他のアラガミを操るのは、人が武器を使うのと同じことなのだ。

人は武器を自由に扱えるけど、武器は使い手を操れない。

その関係は「連携」ではなく「支配」だ。

なら、百號神機兵同士の「繋がり」とは一体何なのだろう。

 

「さて、コウタ君。改めて今の話を聞いて、思う所はあるかい?」

『確かに……百號神機兵には人間的な動きはなかったような……。なんていうか……もっと機械的というか、システマティックというか……』

「何か、報告し忘れていることはないかね。もう一度初めから戦いを振り返ってみて欲しい。彼らの隊列、走り方、目線、神機の使い方……。落ち着いて考えてくれ給え」

 

そう話すサカキ博士の表情は、先ほどまでとは打って変わって、口元が僅かに緩み、溌溂としたオーラに溢れている。

もう既に、確信めいた何かを掴んでいるのだろう。

手元では第二、第三部隊に通信を繋ぐ準備を始めている。

それに気づいた職員達は、途端に慌ただしく動き始める。

防衛班と通信を繋ぎ、サカキ博士の声が全員に届くよう準備をする。

この時、指令室を支配していた陰鬱とした空気はなくなっていた。

そこにいる誰もが、確定した死の恐怖に窮するのではなく、生き残るため、明日を求めて抗い始めた。

 

『………………そうだ! 一機だけやたら大きい神機兵がいた! そいつが神機を掲げた途端、あいつらは一斉に盾を並べ始めたんだ!』

 

サカキ博士は大きく頷く。

そして言う。

 

「今から作戦を伝える。これが……本当に最後の戦いだ……」

 

 

 

 

外部居住区の外縁。

天高くそびえる鋼の壁の上に、タツミは立っていた。

水平線の彼方から続く雲は、夜の闇に飲まれつつも、残り香のような陽の光に照らされ、深い薔薇色となっている。

そして、点在する廃墟と、荒涼としたむき出しの大地の先に、こちらへ近づく人型――百號神機兵が見える。

 

「そろそろか……」

 

タツミが呟く。

距離にして凡そ1500メートル。

まるで黒い波のように進撃する百號神機兵達は、その大木のように膨らんだ両脚を惜しみなく叩き付け、大地の律動をここまで響かせている。

タツミは望遠鏡を覗き、一回りサイズの大きい神機兵を探して言う。

 

「……あれが、奴らの王か……」

 

百號神機兵がどうして連携できるのか。

その謎に、サカキ博士は「神機兵自身に制御装置が組み込まれているからだ」と結論付けた。

それが、一機だけサイズの大きい神機兵の正体であり、百號神機兵を指揮するネットワークの核とも言える機体なのだ。

 

(しかし、ラケル博士は上手いこと考えるよな……)

 

タツミは素直に感心する。

神機兵の弱点。それは、人工とはいえアラガミである神機兵を意のままに操るには、どうしてもアラガミの本能と偏食傾向を制御する装置が不可欠なことだ。

まだ神機兵が人類の兵器として期待されていたころ、制御装置はラケル博士の部屋に設置されていた。

また、緒戦の新型神機兵はこの制御装置を掌握されたことで、機能停止に至った。

その点、制御装置を神機兵自身に搭載することは、意外性のある隠し場所でありながら、さらに制御装置自身が自分たちの弱点を守り行動できるという利点もある。

しかも彼らは並みのゴッドイーターを凌駕する戦闘力を持ち、数も多い。

極東支部全ての戦力を持ってしても、正面からの討伐は不可能だろう。

 

「――爆薬の配置は完了したぞ」

 

後ろから声をかけてきたのはブレンダンだった。

タツミは頷く。

 

「これで俺たちの役割はタイミングを見計らってスイッチを押すだけだな」

 

制御装置を搭載した百號神機兵――「終極の神機兵」と名付けられた――を倒せば、彼らは停止する。

だが戦力差は歴然。ならば奇襲で「終極の神機兵」のみ倒す。しかし、優れた軍略をもつ百號神機兵には奇襲すら難しい。

だが、どんなに優秀な部隊でも、敵陣に攻め入る時は一列に並ぶ。

故に、新型神機兵によって破られた防壁の穴を百號神機兵が通過する際、防壁を爆破、崩壊させて「終極の神機兵」を分断させる。そして近くに潜んだ地上部隊が、一気に「終極の神機兵」を攻める。

これが作戦の内容だ。

自陣の損傷を利用して、攻勢に転ずる。

サカキ博士もラケル博士に負けず劣らずの軍略の妙であった。

 

『こちら、準備完了』

 

タツミに通信が入る。

相手は、地上にいるカレルからだった。

今回の作戦に当たり、百號神機兵のジャミング能力への対応策として、一台だけ見つかったオラクル技術の用いられていない旧式の無線をタツミとカレルは使っていた。

タツミは言う。

 

「よし。敵に異常はない。予想通り、こっちに真っ直ぐ進んでいる。このまま予定通りいくぞ」

『――おいおい、命令はよしてくれ。今回の現場の指揮は俺がやる。くれぐれも出しゃばってくれるなよ。ここでがっぽり稼ぎたいんでな……』

「ああ……、わかってる。それじゃあ……後は任せたぞ」

『フン……』

 

通信が切られ、タツミはブレンダンに話しかける。

 

「いやあ、あのカレルが隊長代理を任される日が来るなんてなあ!」

「そうだな。まあ、何より、今回は効率的な戦いが求められる。カレル以上の適任者はいないだろう……」

 

ブレンダンは、タツミの軽口にあくまで冷静に対応する。

地上にいるのはタツミとブレンダン、そして重傷を負ったコウタを除いた第一から第四部隊の全てのゴッドイーター達。

タツミとブレンダンが壁の上にいるのは、ジャミング能力を持つ百號神機兵はレーダーで捉えることができないため、肉眼で監視する役割が必要だったことと、適切なタイミングで爆破する役割のためである。

二人が選ばれたのは、先の戦いでの消耗を考慮してのこと。

前線に出られないことにタツミは少し不満を感じたが、監視の役目も不可欠であるため、自分の仕事を全力でこなすことにした。

すると、また通信が入る。

今度は指令室からだった。

 

『もうすぐ敵のジャミング能力圏内に入ります。そちらの準備は整いましたか?』

 

いつも通りの、愛らしくも凛としたヒバリの声。

タツミは「う~ん。ヒバリちゃん、ナイスボイス!」と、いつものように言いたくなったが、今は時間がないため我慢。

状況を端的に伝える。

 

「ああ。後は爆破するだけだ」

『作戦が済み次第、そちらからの報告をお願い致します。以上で、指令室からの通信は終了となります。えっと……それと……』

「……」

『――どうかご無事で……』

 

最後の声は、いつもと違っていた。

消え入りそうな、か細い声。

よほど自分達のことが心配なのだろう。

……正直、自分も緊張している。

何せ、これは背水の陣。失敗は許されない。

しかも、百號神機兵にはまだ謎が残されている。

シエルの「直感」に対する「ムクロキュウビ」のように、これまで確認された「神融種」には、その「血の力」に対応するブラッドのメンバーがいるのに対し、百號神機兵の「ジャミング」に対応する能力を持った人物は見つかっていない。

モデルとなった神機使いは誰なのか。

もう既に、亡くなったブラッドか。

未だ見つからない、新たな力を持つブラッドか。

……その真相は、ラケル博士以外知る由もない。

敵の正体がはっきりしないのは、やはり不安だ。

だが、もう戦いは迫っている。あとは地上の仲間を信じるだけだ。

こんな時、ヒバリに何か気の利いたことを言えればいいのだが、あいにく自分はそこまで器用ではない。

だから、ただ、思ったことを伝えた。

 

「ああ、必ず帰ってくる」

 

少し間を置いて、返事が返ってくる。

 

『……はい……。お待ちしております……』

 

通信が切られる。

通信中も、タツミとブレンダンは眼下の百號神機兵から目を離さなかった。

もう、奴らは目と鼻の先だ。

百號神機兵達が進撃するだけで、地響きのように大地を振動させる。

ドン、ドン、ドン……

すると、集団の先頭にいた百號神機兵が、壁に空いた穴に入っていく。

 

(……)

 

タツミは、数十体もの百號神機兵が外部居住区に侵入するのを見つめて思う。

 

(守り……切れなかったか……)

 

人々を守り通すと誓った。

外部居住区という、故郷を守り切るために戦った。

だが、守り切れなかった。

こんなに大きな穴が壁に空くのはいつぶりだろう。

まだ、防衛班班長に就任したばかりのころを思い出す。

あの頃は、今ほどアラガミとの戦いに余裕なんてなくて、来る日も来る日も終わらない戦いが続き、何度も壁が破られ、その度に人が死に、仲間が死に、ついには自分の心までも死んでいくようで……。

でも、ある日教えてもらった。

自分達は「希望」なのだと。

アラガミと言う理不尽に轢き殺されるだけの人間にとって、ゴッドイーターが戦い、抗う姿は、諦めかけた誰かの意志を繋ぎとめることを。

今は自分は戦えない。だから、タツミは地上にいる仲間に思いを呟く。

 

「見せてくれ。覆す、そのときを――」

 

返事はない。

皆、息をひそめて「その時」を待っている。

百號神機兵は、粛々と歩みを進める。

続々と外部居住区に侵入する。

もう、後戻りはできない。

数分後――いや、一分もかからないだろう。極東支部の命運はここで決まる。

そして一機、一際大きな「終極の神機兵」が壁に入ろうとしたその時……。

 

「……発破!!」

 

タツミはスイッチを押すと凄まじい轟音が響く。

この時、運命が動き出した――

 



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-the all-

夕陽と夜の色が混じり合う、薄い紫の空。

そこに響く小さな破裂音。

極東支部の外部居住区に進行するため、居住区の外壁を通過している最中だった百號神機兵達は、音の発生源である頭上を見上げる。

微かな異常に、彼らは身構える。

聞こえてくるのは、鉄筋コンクリートが軋みをあげる不気味な音。

瞬間。壁が崩れ出した。

数トンもの瓦礫同士がぶつかり合い、重力という加速を以て降りかかる鉄の雨は、壁の下にいた百號神機兵をあっけなく圧し潰し、その周りにいる神機兵を飲み込んでいく。

 

「…………」

 

隊列の後方にいたために崩落から免れた百號神機兵の司令塔――「終極の神機兵」は、その様子を静かに見つめる。

髑髏の面に空いた瞳は暗く、まるで底がない。

石像のように静止していた「終極の神機兵」だが、何かに気づき、唐突に振り向く。

その先には自分達の「敵」、ゴッドイーターが立っていた。

それぞれ違う神機を持ち、違う特徴をした「人間」たち。

その中の、白いシャツを着た男が言う。

 

「……いくぞ」

 

ゴッドイーターは一斉に「終極の神機兵」に向かってくる。

その様子を「彼」は、ただ、静かに見つめる。

そして自らの腕と融合した神機をゆっくりと構える。

 

――斯くして、極東支部の全てを賭けた最後の戦いが、ここに火蓋を切って落とされた。

同時に、ヒトと落ちたる神の兵達との、永い、永い戦いが終結する。

そこに慈悲などなく。

初めから意味など存在せず。

……貌の違う者同士に横たわる、どうしても分かり合えない摂理。それが争いというものを引き起こすのなら。

この争いに勝者はなく。

この争いの敗者は、理という歯車に挽かれた全ての生命。

 

――故に、「彼ら」は知ることとなる。

誰かを守ること。

そのために誰かを「喰らう」こと。

その意味を……。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「よしっ! 上手くいった」

 

それと同時刻。

外部居住区の防壁の上から、カレル率いる地上の部隊が「終極の神機兵」と交戦に入った様子を確認し、タツミは拳を握る。

 

「ブレンダン、そっちはどうだ」

 

タツミが監視する「創傷の防壁」と呼ばれるフィールドとは反対側、外部居住区に爆破前から侵入していた百號神機兵を見て、ブレンダンが答える。

 

「崩落から逃れた者は、瓦礫をよじ登ってきているな……」

 

一般の「神機兵」よりもなお黒い骨格に、神融種に特徴的な髑髏面を被った人型のアラガミである「百號神機兵」。それらが2、30体が這うようにして登る様は、まるで自分達を引きずり込もうとする地獄の亡者のようである。

圧倒的な数のアラガミと相対すると「生きて帰れるのか……」といった虚脱感を感じる事がある。しかし、百號神機兵にはその感覚に加えて、問答無用で死を押しつけてくる不気味なオーラがある。

背筋がひやりとするのを感じながら、ブレンダンは努めて冷静に分析する。

 

「……いくら百號神機兵とはいえ、よじ登るのには時間がかかっているな。これなら、地上部隊の攻撃が邪魔されることはない。あとは……」

「……あいつら次第、か」

 

タツミは戦場を見つめる。

すると、そこでは既に「終極の神機兵」と地上部隊との戦いは佳境に差し掛かっていた。

ゴッドイーター達は「終極の神機兵」の取り巻きの百號神機兵を二体倒し、一斉に「終極の神機兵」に攻撃を仕掛けている。

作戦は順調。このままいけば、確実に彼らを止めることができる。

 

「タツミ。ここにいては百號神機兵に気付かれる可能性がある。安全圏まで離脱するぞ」

 

タツミは最後まで戦いを見届けたかったが、ブレンダンに従うことにする。

 

「ああ、そうだな」

 

そう言って、予定していた避難所に向かうためタツミが振り返ろうとした、その時。

 

(……!)

 

視界に飛び込んできた違和感に、タツミは驚く。

 

(今、『終極の神機兵』が、こっちを見たような……?)

 

「終極の神機兵」はゴッドイーターの激しい攻撃をなんとか捌いている。とてもこちらに目をやる余裕などないように見えるが……。

 

(……)

 

なぜか、寒気がしてきた。

あの髑髏面の、夜の海のように底抜けに暗い眼空に見られたことが、酷く恐ろしくてならない。

「終極の神機兵」は知性の高い個体だ。

今窮地に陥っていることくらい、はっきり理解しているはず。

そんな命の瀬戸際の状況で、窮状を打破する手がかりを探すのではなく、また逃げる道を探すのではなく、ただ、タツミを「見た」。

その行為がどれほど異質で、どれほど場違いなことか。

 

「どうした、タツミ。早く行くぞ」

 

途端に動かなくなったタツミに、ブレンダンは声をかける。

だが、タツミの青ざめた表情を見て、ブレンダンも身を固くする。

タツミは戦場を見つめながら言う。

 

「少し待ってくれ。……何だか嫌な予感がする」

 

依然、激しい攻撃を繰り返すゴッドイーター達と、剣と銃弾を躱し続ける「終極の神機兵」。

黄昏の空は既に暗く染まり、夜の闇が拡がっていた――。

 

 

 

 

「攻撃を止めるなっ!」

 

指示を出すカレルはガトリング式のアサルト弾を止めることなく吐き出しながら、周囲を見渡す。

百號神機兵の「露払い」をしているのはハルオミとカノン。最初に取り巻きの二体を倒し、今は崩落から逃れた百號神機兵が近づかないよう戦っている。

本命である「終極の神機兵」と戦っているのは、シュンとエリナとエミール、そして後方支援としてジーナとカレル。

カレルは戦って初めて気づいたが、流石に制御装置を搭載している個体だけあって他の神機兵よりも動きが慎重で、神機の使い方も巧い。だが、パワーや敏捷といった性能自体はそれほど高くない。

「力」より「技」寄りのアラガミなのだ。個体性能なら「零號神機兵」の方が上だろう。

状況は1対5。このまま押し切れば勝てる。

カレルは勝利が確信めいたものに変わりつつある高揚を抑えながら、冷静に「終極の神機兵」を追い込んでいく。

 

「うおおお!」

 

銃撃の合間を縫って、シュンが飛びながら回転し、大振りの斬撃を放つ。

それに対し「終極の神機兵」はバスターブレードの柄を片手で持ち、腰を捻って身体の真横から一文字に振り抜く。

 

「ぐあっ!」

 

リーチと質量の差でシュンはあえなく吹き飛ばされ、地面に転がる。

それを見て、カレルとジーナは目配せをする。

一方、シュンの後ろにいたエリナとエミールは先輩神機使いの仕返しとばかりに飛び出す。

 

「このっ!」

「ポラーシュターンよ!」

 

二人の渾身の一撃。しかし「終極の神機兵」が展開したタワーシールドにはじかれる。

守りの戦い。

「終極の神機兵」は明らかに時間稼ぎのための戦いをしていた。

他の百時號神機兵が援護に来るまで耐えれば勝てる、と考えているのだろうか。

その認識は間違っていない。

総力戦なら、百號神機兵側が圧倒的に有利。

いくら歴戦のゴッドイーターでさえ、50を超える百號神機兵全てを相手取るのは不可能だからだ。

だが、そんなことは防衛班自身が一番わかっていることだった。

「勝つことよりも負けない戦い」

今回、防衛班第三部隊のメンバーはこの矜持を捨ててきた。

今は「負けないために勝つ戦い」をしている。

そして「勝つ」ことを目的とした防衛班の「策」は、もう既に始まっていた。

 

「――そこ」

 

いつの間にか「終極の神機兵」の側面に回り込んだジーナが、タワーシールドのガード範囲外からレーザーを放つ。

「終極の神機兵」は咄嗟にバク転をして避ける。

だが、その着地点にも弾丸が飛来する。

 

「――いけ」

 

今度はカレルだった。

「終極の神機兵」は連射される弾丸を連続でステップしながら躱し、外れた弾丸は地面を抉る。

ジーナも照準を修正し、再びレーザーを放つ。

二人の十字砲火に「終極の神機兵」はなすすべもなく後退する。

人の数倍のサイズもある神機兵の一歩は大きく、あっという間に射程外に逃れようとする。

だが、その敏速な反応もピタリと止まる。

 

「へへっ。かかったな」

「……」

 

「終極の神機兵」は何かに縛られたようにその場で動かなくなる。

ホールドトラップ。

それを仕掛けたのはシュンだった。

シュンは「終極の神機兵」に弾き飛ばされたように見せて、その実、ジーナとカレルの陽動に紛れて背後に周り、罠を仕掛けたのだ。

この連携の起点は、シュンが正面から大きく切りかかったのが合図であった。三年もの間戦場を共にした第三部隊の、言葉も要らぬ阿吽の呼吸であった。

 

「……終わりだな」

 

第三部隊に加えて、エリナとエミールも「終極の神機兵」に詰め寄る。

五人で同時に攻撃を加えれば、いくら「終極の神機兵」でさえ逃れる術はない。

そしてこの長い戦いも終わる。

最後は少してこずったな、とカレルが考えたその時。

 

「――――」

 

「終極の神機兵」が突然あらぬ方角を見た。

視線の先は外部居住区を取り囲む防壁。

天高くそびえる壁の縁には、こちらを見守るタツミとブレンダンがいる。

その瞬間。機械のように寡黙だった「終極の神機兵」が、初めて「声」らしき音をもらした。

 

「▰オォォ▰▰▰▰……!!」

「!!」

 

そこにいた全員が驚く。

百號神機兵が声を出すことはなかったこと加え、真に驚愕を覚えたのは「終極の神機兵」の声に、何か、感情のようなものが読み取れたことだ。

復讐、怒り、怨嗟。

なぜか、その意志が直接脳内に流れてくるようで……。

 

「何……なんだよ……」

 

シュンが呟く。

罠にかかり、囲まれ、もう「終極の神機兵」に反撃の手立てなど残されていない。

なのに、このまま此処にいるだけで、何かが終わってしまいそうな感覚がする。

本能が、経験が「今すぐここから離れるべきだ」と叫んでいる。

しかし既に遅い。

ホールドトラップにかかっているはずの「終極の神機兵」がゆっくりと動き出す。

当たり前のようにべりべりとホールド線維を引きちぎり、神機を正中に構える。

 

そして――「彼」の力は、再びここに目覚める。

 

神を喰らう者達は「世界」を見た―――――

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

――目が覚めると地獄だった。

初めに戸惑ったのは自分の姿。

ヒトであった記憶があるのに、今の自分の形は黒い装甲に身を包んだヒトガタの化物であった。

次に感じたのは痛み。

気がつけば、姿の違う怪物たちが、自分を食べていた。

痛い。

イタイ。

怖い。

死ぬ。

自分が消えるという恐ろしさが洪水のように溢れてくる。

生まれてきた理由も分からず、死ぬ理由すら分からないまま怖れだけを抱いてこの世から消えようとしたその時。

「誰か」に助けられた。

「誰か」が、自分を捕食しようとしていた怪物を切り裂いたのだ。

よく見ると「誰か」は自分と同じ形をしていた。

それは光だった。

「私」は、私を助けた「誰か」を「家族」と定めた。

自分との共通点は「同じ形」をしていることのみ。

それだけで良かった。

それだけで自分は「世界」と繋がっていられた。

生きる理由ができたのだ。

それからは無数の怪物と戦い続けた。

生き残るため。

……何より家族を守るため。

 

――いつの間にか、「外」の世界にいた。

個人というものを持ちながら、意識がハッキリと繋がっていた「私たち」は、静かに相談した。

何をしようか――何もない。

何処に行こうか――思いつかない。

海原を揺蕩う小瓶のように思考は漂い、長い時が経った後、一つの「記憶」へと辿り着いた。

「私たち」はなぜ生まれたか分からない。だが何処から来たのかは覚えていた。

故郷。

高い壁に守られ、灰色の小屋が立ち並ぶふるさと。

そこへ帰ろうと、「私たち」は決心した。

……故郷への道。

それは家族を守ることしか生きる理由のなかった私たちに、充足と安息という震えるような喜びを授けてくれた。

 

――だが、邪魔者が現れた。

彼らは「ジンキツカイ」。

何故かその名前は知っていた。

そして彼らは「私たち」の道を阻んだ。

先に攻撃の意志を見せたのは向こうだった。

「私たち」が進む道に突然現れ、明らかな敵意を持ってこちらに向かってきた。

だから抵抗した。攻撃がなければ、こちらからは何もしなかったはずだ。

 

――彼らと戦い、家族は死んでいった。

家族が、銃で頭を吹き飛ばされて死んだ。

家族が、私を庇い胸と足に穴を開けて死んだ。

ただ、「私たち」は故郷に帰りたいと願っただけなのに、それは許されなかった。

彼らは徹底的に拒絶し、粘り強く抵抗し、知性を振り絞った効率的な手段で潰して回った。

そして「私たち」は負けた。

自分たちが何をしたのだろう。

ただ、ただ、「帰りたかった」だけなのに。

もっと「私たち」のように理解し繋がり合えれば、お互いに手を取り合えることだってできたはずなのに。

意識が途絶える直前、私はジンキツカイを見て、気付いた。

ああ、彼らと自分たちは、どうしようもなく異なっている。

「私たち」は「同じ形」をしていたから、繋がることができた。

でも「形が違う」だけで、こんなにも分かり合えない。

脊髄から黒い染みが溢れるような感覚を抱いて、私は消えていった――

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

(――これは……)

 

濁流の如くカレルの頭に流れ込んで来たものは、ゴッドイーターに喰われる「誰か」の映像。

映像には、見慣れた戦場と、「こちら」を喰らう「防衛班」が映っている。

間違いない。

それは、今まで倒してきた「新型神機兵」の――記憶だった。

 

(感応現象――!)

 

周囲を見渡すと、仲間も呆然としており、カレルと同じように記憶が流れ込んできている様子だった。

「終極の神機兵」はバスターブレードを正中に構えたままじっとしており、そこを中心に波紋が拡がっていくイメージが浮かぶ。

すると、再び記憶が流れ込んでくる。

新型神機兵の記憶。

家族を庇い、自らが犠牲になった誰かの「生きて」という切なる願い。

自らを庇って死んだ家族の亡骸に埋まり、泣き叫びながら戦い続けた誰かの狂乱。

苦痛と恐怖。神機使いへの憎悪。

底なしの悲しみ。

生まれたことの後悔――

 

「くっ……!」

 

その記憶はゴッドイーターとして、この戦場に立つ理由を失うものだった。

「新型神機兵にはヒトとしての意識がある」

それは分かっていたことだった――否、何も分かっていなかった。

ゴッドイーターは人々を守るためにアラガミと戦う。

戦場では仲間を守り、持てる力を振り絞り、強大な敵を打ち倒す。

自分だけに与えられた特別な力で、世界を守る。

口には出さないが、神機使い達はそういった、英雄的な「誇り」を多かれ少なかれ持っているものだ。

だが、今回の戦いはどうだろう。

神機兵を倒す「必要性」はある。

しかし、自我を保っている状態では、中身は人と同じなのだ。

言ってしまえば「変わった姿をしたヒト」である。

身体に爆弾が巻かれたことを自覚せず、こちらに無邪気に駆け寄る子どもと変わらない。

あらゆる「願い」が等価とするなら。

自分たちにあるのは、姿形の違う生き物を差別し、無垢な「願い」を轢き潰すことで己の生存欲求を満たす、ただの野蛮な本能のみなのだ。

 

「――チッ……だからと言って、俺は止めないがな!」

 

カレルは呟く。

カレルは元から、例え人類の絶対的な捕食者であるアラガミに対してさえ、彼らを殺し、喰らうこと全てに正義があるとは思っていなかった。

そもそも神機使いとしての誇りなど持っていない。

ただ金になるから、ゴッドイーターをやっている。

そういう割り切った決意を、固く心に仕舞ってある。

だが、仲間はどうだろう。

人の善性を信じ、人を愛し、それを原動力として人を守ろうとしている者達にとって、自分たちの行いが醜い差別であり、無垢なる存在を踏み潰しているという「事実」に――

 

「いや……、私は……何を……」

 

声を漏らしたのはエミール。

がくがくと身体を震わせ、噴き出た汗が玉のように張り付いている。

彼の隣にいたエリナは、膝を崩して胃の中身を吐き出していた。

 

「やめてくれ……」

 

地べたに四つん這いになったシュンが呟く。

 

「やめてくれ……頼む、やめてくれ!」

 

手で顔を覆い、しゃがれた声で訴える。

生きたまま喰われる。

流れ込んでくる数多くの記憶の中には「その時」の感覚も含まれていた。

ある者は、戦いで腕を失い、倒れたところをシュンの神機に両脚から咀嚼されたものだった。

耐え難き苦痛に泣き叫びながら、やがて胴と首だけの芋虫にされ、それでも生命の機能は止まらず反射で身体はのたうち回り、生きたままじっくり咀嚼される。

――自身が与えた苦痛を知り、シュンは倒れた。

心が折れたのだ。

シュンが倒れるのを見て、「終極の神機兵」はゆっくりと構えを解く。

そして足音を立てずに彼に近づく。

首を垂れたシュンに、剣を振りかぶる。

その姿はまるで、罪人を処刑する執行官のようで――。

 

「避けろッ!!」

 

カレルが叫ぶ。

このままでは、数秒後にシュンの首と胴体が離れているのは明らかだった。

カレルは銃で敵を怯ませ、その隙にシュンをなんとか避難させようと考えた。

しかし、なぜかいつもより体が重い。

銃が何倍も重くなったように感じる。

それでも、間に合ってくれと願いながら、無理矢理銃を構えると、更なる異常が訪れた。

 

「!!」

 

トリガーを引いても弾が出ないのだ。

カチャリと音がするだけで、神機は何も反応しない。

カレルは全身に冷や汗をかきながら、何度も何度もトリガーを引く。

ドンッ……

音がした。

しかし、それは弾が発射された音ではなく、質量ある物体が地面を叩く音。

カレルは歯を食いしばる。

シュンの変わり果てた姿を想像しながら、恐る恐る顔を上げる。

すると、彼はなんとか無事だった。

だが、とても安全と言える状況ではなかった。

カレルの叫びに反応し、シュンはなんとか装甲を展開しようとしたのだ。

しかし神機は動かず、真二つに裂かれてしまった。

神機を貫通した「終極の神機兵」のバスターブレードは、容赦なくシュンを叩き付け、腕と指をあらぬ方向に曲げた。

 

「……! げェ…………アあああ!!」

 

「記憶」による痛みと、自身の痛みでシュンは錯乱する。

泣き叫びながら地面を転がる彼に、「終極の神機兵」が再び近づく。

カレルは必死になって思考を巡らせる。

――何か突破口はないか。

「終極の神機兵」に弱点はないのか。

そもそも、「終極の神機兵」の力は一体何なのか。

自分の神機を見る。相変わらず動く気配はない。

そしてふと思い、手を握ってみる。

すると、明らかに力が落ちていた。

今は、一般の人間と変わらぬ膂力しか残っていない。

……つまり、ゴッドイーターとしての力を失っていた。

周囲を見渡す。

つい先ほどまで、こちらに迫っていた通常の百號神機兵たちが、いつの間にかいなくなっていた。

最近、似たような光景を見たことがある。

突如として、アラガミが撤退――

全てのオラクル細胞の活動が停止――

 

(――ロミオの……血の力か)

 

「終極の神機兵」。その正体は、今は亡きロミオの「血の力」を持った「神融種」であったのだ。

カレルはその結論に至り、ようやく百號神機兵に関する謎が解けた。

彼らが持つジャミング能力。これは「オラクル細胞の活動を停止させる」というロミオの「血の力」が制御された――または抑制された状態での能力の発露だったのだ。もし、ロミオが生前に血の力を完成させていれば、彼はこのような力を身に着けていたかもしれない。

そして「記憶の流入」は「血の力」の由来である「感応現象」と類似する。「血の力」を持ち高い感応力を備えた「終極の神機兵」ならば、その力を使いこなすことは容易い。

カレルは思う。

「全てのオラクル細胞の活動を停止させる」

そんな神のような――、いや、神をも超える力。

そこに付け入る隙はあるだろうか。

……あるはずがない。

……抗う術など、考えるのも愚かしい。

余りに――、余りに――、圧倒的すぎる……。

ここに来て、ようやくラケル博士の真意を理解する。

 

(ああ、クソ。最悪だ……なんて任務だ……。何もかも全部、奴の掌の上ってわけか……)

 

「新型神機兵」の制御装置という弱点。

分断による「終極の神機兵」への集中攻撃。

これまで自分たちは、限られた情報から敵を予測し、圧倒的な戦力差を覆す作戦をとってきたと思っていた。

だが、ラケル博士には、そのようなことは予想の範囲内だったのだ。

例え全ての神機兵を退けようとも、ゴッドイーターとの戦いの記憶で完成された「終極の神機兵」が、全てを圧倒する。

それはさながら、蟻地獄のようなものだろう。

もがけばもがくほど落ちていく。何もせずとも穴の底へとまっしぐら。

カレル達はこの戦いが始まった瞬間から、負けていたようなものだった。

 

「……っ……」

 

シュンを確実に殺すためか、「終極の神機兵」は「血の力」を一層高めた。

すると、ゴッドイーターの治癒力で塞がっていたカレルの傷が破裂し、周囲に血が飛び散る。

思わず膝を崩すカレル。

相変わらず記憶の流入は続き、頭は重い。

敗北という苦渋が心を苛む。

倒れたシュンの横で、剣を振りかぶる「終極の神機兵」を見つめて、カレルは思う。

 

(……隊長なんて、やるものではないな。一人で敵を追いかける方が、ずっと気が楽だった。こんなにも……責任を感じてしまう……)

 

「くっ……そ……」

 

カレルは最後に無念を漏らした。

しかし、その声を聞く者は誰もいない。

 

無情にも、刃は振り下ろされる―。

 

斯くして終わりはここに果たされた――

 



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core

大規模防衛戦が開始される日の朝。

ロビーには出撃前の防衛班全員が集合ており、作戦の最終確認を行っていた。

テーブルに地図を広げ、それを囲って話し合う。

直前まで知恵を絞り、意見を出し合い、「これで良い」と思った作戦を更に磨き上げていく。

つい半年前までは、よくこうして防衛班で集まっていた。

だが各々サテライト拠点に配属されてからは顔を合わせる機会もなく、当然会議などすることもなかった。

それ故にタツミにとって懐かしく、また心強い。

ジーナの鋭い指摘、カレルの理に適った提案、ブレンダンの堅実な判断。

どれも一人で考えていては絶対に出てこない貴重な意見だ。

ここにいるメンバーはブラッドやクレイドルのような卓越した力を持つ者ではない。

だから皆それぞれが足りない力を補うため、必死になって考える。

人々を守るため。

そして生きて帰るため。

一通り確認を済ませ、タツミが立ち上がって言う。

 

「よし、そろそろ行くか」

 

上着のポケットに手を入たまま、シュンが言う。

 

「あ~、かったりい任務になりそうだぜ。敵多すぎんだよ」

 

それにカレルが、

 

「いいじゃないか。稼ぎ時だぜ」

 

と言って立ち上がる。

カノンが広げていた地図を片付け、嬉々として話し出す。

 

「帰ったら、またパーティやりましょうよ。私クッキー焼きますので!」

 

そんな会話を背に、タツミは受付へと向かう。

任務の受注は、基本的に隊長がやる仕事だ。

……と防衛班に言いつけているが、何のことはない。タツミがこの些細な仕事を譲らないのは、受付にいるある人物と話すためである。

 

「――はい。本日の任務、受領致しました。……厳しい戦いになると思いますが、こちらも全力でバックアップ致します。どうか御無事で」

 

そう言って、ヒバリは毅然とした表情でタツミを見つめる。

タツミは心の中でガッツポーズを取る。

大好きな人が、自分を思って心配してくれている。

……それだけで、心が、身体が、全身の細胞がパチパチと沸き立つようである。

こういうとき、サラッとカッコいいセリフでも言えたら良いのだが、口をついて出くるのは、いつもの誘い文句。

 

「……んじゃあ、帰って来れたら、また食事でも」

「……。はぁ……こんな時まで。また今度で」

「がくっ……」

 

タツミは肩を落とし、歩き始める。

下を向いたタツミには、ヒバリの耳が少しだけ赤くなっているのを知らないまま。

タツミは階段を登り、仲間の待つ出撃ゲートへと向かう。

そこで待っていたブレンダンが言う。

 

「フラれたか?」

「……」

「いつものことだろ。まあ、元気出せ」

「くぅ! 最近ちょっと仲良くなれたと思ったんだけどなあ!」

「勘違いじゃないのか」

「いや……そんなことは……あるはずがない……はず……」

 

頭を抱えるタツミに、カノンが腕を組んで頷きながら言う。

 

「うんうん。乙女の心は複雑ですからねぇ」

「カノンは一体何者なんだ……」

 

いつも通りの、いつものやり取り。

しかしいつもと違うのは、今日は極東支部の命運を賭けた非常に危険な任務であること。

そしてもう一つ。

 

「あのっ!」

 

タツミ達の後ろに、急いで階段を登ってきたヒバリが立っていた。

振り返り、驚くタツミ。

ヒバリが言う。

 

「あ……えと……無事の帰還をお待ちしていますので……その……」

 

タツミは思う。

こんな時にカッコいいセリフでも言えたらどんなに良いだろう。

だが自分はそんな器用ではない。

だからシンプルに、思ったことを言った。

 

「ああ、必ず帰って来る」

 

タツミの返事に、ヒバリが答える。

 

「はいっ……。お待ちしています」

 

その時のヒバリの笑顔は、淡く、優しく――、春の柔らかな陽射しのようにタツミの目に映っていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

干からびた地に照りつける日のように。

朽ちた街に吹く風のように。

世界は、ひりつくような絶望に満ちている。

――いつだったか。この感覚には覚えがある。

それは、初めてゴッドイーターとして戦場に立ち、アラガミを喰らった瞬間か。

それよりももっと前、世界の過酷さを知り、それでも誰かを守るために生きると決意したあの頃か。

あるいはもっと、もっと前、この世に生まれた瞬間。肺に空気を溜め込み、泣き叫びながら生を訴えた時か……。

 

理性が目を逸らし、本能が拒否する。

それが「生きる」ということの前提であり、理性を保ちながら「喰らう」存在でいることの必要条件なのだから――

 

だが、「事実」は否応なく記憶に刻まれる。

 

「なん……だよ。これ……」

 

「終極の神機兵」が感応現象を発動した瞬間。

防壁の上からその様子を見ていたタツミにも、記憶は流れ込んできていた。

「喰われる側」の記憶。即ち、極大の痛み、絶望、無念、怨嗟……。

記憶の映像の中には自分自身もいた。

必死になって戦う自分。

ヒトの人格を持つ新型神機兵に同情しながら、それでも喰らう自分――

 

(俺は、何を……)

 

新型神機兵がヒトの心を持っていると初めて知らされたとき。

タツミは神機兵を苦しませないよう、なるべく傷つけないことを決めたはずだった。

しかし、戦いが激しくなるにつれて、いつの間にかそんなこと考えなくなっていった。

流れ込んできた記憶に映る、鮮血を飛ばす「ゴッドイーター」。

タツミは、自分が酷く、おぞましく思えてきた。

「ヒトを傷つけるなら、ヒトに進化しようとアラガミは喰らう」そんな決意を持っていたのに、いざ苦しんでいる神機兵を見て同情する。

しかもその同情は、都合のいい、余裕のある時だけしか持たず、命の危険が伴えば殺すことも厭わない。

誰かを守る誇りを胸に戦う「戦士」であらんとするタツミにとっては、「それ」は余りに度し難い、人という生き物の「事実」だった。

 

(……)

 

タツミは膝立ちになり、茫然としていた。

神機兵のむせかえるような痛みと嘆き、悲しみと怒り。ただ、帰ろうとしただけなのに、無残に狩られる願い……。

ただ、生きて、生きるために戦う神機兵と、身体に他の生物の細胞を埋め込んでまで戦うゴッドイーター。

命ある者として、より尊厳に満ちているのはどちらだろう。

そして今、目の前には、神機兵に狩られるゴッドイーター達。

因果応報。

これだけのことをしでかした自分たち。

報いを受けるのは当然なのでは。

記憶が混ざりあう。

五感が、薄い膜がかかったようにあやふやになる。

空は暗く、火は赤い。

当たり前の情報が、記号のように思えてきて。

遠い、どこか遠くの異国にいるような気がして。

…………。

……。

 

 

…………………………………………………………………………………………………………

 

 

「おいっ! しっかりしろタツミ!」

 

突然身体を強く揺さぶられ、タツミは意識が戻る。

 

「―――っ――」

 

意識はあったはずなのに、随分と長い間、気を失っていたような気がする。

地に足つかない、まるで寝起きのような感覚。

目の前のブレンダンにタツミは聞く。

 

「あれ……。どうなったんだ?」

 

思わず漏れ出た言葉。しかし、その問いは余りに残酷だった。

ブレンダンは眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる。

そしてゆっくりと答える。

 

「いいか、よく聞くんだタツミ。俺たちは、……負けた」

 

負けた。

……負けた。

ブレンダンのこれ以上ないほど苦しそうな表情と、彼の肩越しに見える戦場の血の跡に、タツミは大きく目をひらく。

背筋に焦燥が走る。

先ほどまでの霞んだ感覚は一気に吹き飛び、戦場へと走り出そうとする。

だが、ブレンダンはタツミを抑え、震えた声で言う。

 

「俺たちの予想が甘かった。『終極の神機兵』は記憶を操る上に、オラクル細胞を停止させる力も持っていた。シュンが重傷を負った。敵の能力の範囲外にいたカノンたちがシュンを連れて逃げることには成功した」

 

その時、強い光が二人を照らす。

タツミが見上げると、頭上にはヘリコプターが飛んでおり、徐々にタツミたちの元へと近づいていた。

ヘリの爆音に負けないように、ブレンダンは声を張り上げる。

 

「『終極の神機兵』相手に、俺たちに――、人類に打つ手はない。本部はアナグラを放棄することに決めた。ヘリでできるだけ多くの人間をサテライト拠点に避難させる」

 

ヘリから梯子が下りてくる。

ブレンダンがそれを掴む。そして言う。

 

「俺たちも離脱する。だから、行くぞ」

 

負けた。

タツミが意識を失っている間に、事は大きく進んでしまっていた。

――これから外部居住区のみならず、内部までも蹂躙される。

今頃アナグラは混乱しているだろう。

ヘリには限りがある。全員は運べない。最悪、暴動が起きている。

今から何人が死ぬ? フェンリル職員、外部居住区の人々。

極東支部は幾万の血潮が吹き飛ぶ地獄と化す。

その全ての責任は、タツミにある。

悔しさを通り越して、度が過ぎた不甲斐なさに、何も言えなくなる。

出撃前。「絶対帰ってくるからな」そうヒバリに言った朝が、あまりに遠い。

 

「………………」

 

タツミとブレンダンは黙って梯子を登る。

気温が低いわけではないが、タツミは手足がひどく冷たく感じられた。

寒い。

どうしようもなく寒い。

まるで全身氷水を浴びたかのよう、震えが止まらない。

それはきっと、想像してしまうため。

これから幾万の怨嗟を受け止めて生きなければならない、究極の孤独に。

その孤独を背負い、それでも戦っていかなければならないことに。

だが、これはゴッドイーターになった時に覚悟したことだ。

きっと防衛班の仲間達も、同じ覚悟を抱いているはずだ。

仲間。……仲間?

記憶の混濁と敗北の混乱で、忘れていたことがあった。

一つだけ、聞いておかなければならないことがあった。

先にブレンダンは梯子を登り切り、パイロットに声をかけている。

その背中に、タツミは声をかける。

 

「なあ」

 

ブレンダンが振り向く。

その表情は、明らかに悲しげだった。

次にタツミが何を聞いてくるか、分かっているのだ。

タツミは構わず質問する。いや、しなくてはならない。

 

「地上にいる仲間は、どうするんだ」

 

ブレンダンは今にも泣きそうな表情で口をつぐむ。

自分には、答える資格はないとばかりに首を振る。

タツミはじっと見つめる。

数秒の沈黙。

ブレンダンは、小さく声を漏らす。

 

「俺達だけでも、生き残らなければならない」

 

ブレンダンは言った。見捨てると。

瞬間。タツミはパイロットの元へと走り、叫んだ。

 

「すぐに地上へ降ろして――」

 

だが、ブレンダンはタツミの肩を掴んで遮る。

 

「無理だ。神機兵の射程には近づけない」

「それでもっ……。それでも! あいつらを置いて、行けるかよ!」

 

タツミの心で何かが弾ける。

ついさっきまで神機兵の記憶に侵され摩耗していた心が、急に熱を取り戻す。

タツミはブレンダンの手を強引に引きはがし、パイロットに向き直る。

だが、ブレンダンが再びタツミの肩を掴む。

今度はありったけの力でタツミを壁に叩きつける。

そして言う。

 

「冷静になれ。ここで我慢すればブラッドやクレイドルと合流し、反撃することができる。その時の戦力は多い方が――」

「ふざけるな! 仲間を見捨てて何が隊長だ!」

「そんなこと言っている場合じゃない。今救うことのできる者をできるだけ救う。それが俺達の役割だ」

「……だけど!」

「なあ、タツミ。何が『最善』かは、もうわかってるんだろ?」

 

そう言ってブレンダンはタツミを放す。

タツミはただ立ち尽くす。

そしてどうしても我慢できずに言う。

言ってしまう。

 

「じゃあ、……本当に見捨てるのか……?」

「……」

 

ブレンダンは答えない。

だだ、強く拳を握り、頭を上げる。

そして大きく息を吐き、声を震わせながら言う。

 

「……あいつらは。……今、あいつらは戦っている。俺は、託されたんだ――」

 

ブレンダンが目を閉じる。頬に一筋の光が伝う。目を開き、強い眼差しで言う。

 

「……カレルに言われた。『こっちで時間を稼ぐから、お前は残りたがる面倒な隊長を連れていけ。せいぜい俺たちは生き残るさ』と……」

「……」

 

無理だ。怪我した仲間がいて、神機も使えない状況で終極の神機兵と百號神機兵を相手取り、生き残るなど。

タツミは思う。自分の意識が飛んでいる間に、様々なやり取りがあったのだろう。

カレルのらしくない言葉にも、ブレンダンの涙にも、記憶に吞まれ呆けていただけのタツミに、何かを言える資格はない。

ブレンダンは続ける。

 

「だから、俺はお前を連れていく。何があってもだ」

 

過去に多くの人類を見捨てる決断をしてしまい、それを大いに悔いていた彼が、そう言った。

 

「……」

 

タツミは俯く。

ヘリが移動を始める。

窓から見える戦場には、燃え盛る炎と溢れんばかりの百號神機兵が見える。

タツミは考える。

百號神機兵を一気に無力化するために終極の神機兵を倒そうとするのではなく、他の部隊が帰還するまで時間を稼いだ方が良かったのではないか。

或いは内部居住区の堅牢な隔壁を利用して、籠城戦に持ち込む事も出来たのでは。

幾つもの後悔が湧き上がる。

そんな思いなどお構いなしに、ヘリはあっという間に離れていく。

やがて極東支部全体が見渡せるくらいの高度に達する。

そこには外部居住区の街並みが……自分が住んでいた街が見える。

思い出す。

まだ幼いころ。

壁の中にいようと、アラガミは何度も侵入してきた。

明日の命も知らぬ日々。

タツミは不安だった。

みんな、いつかいなくなってしまいそうで。

ひとりにされるのが怖かった。

――居場所が欲しかった。

だから居住区のみんなの力になりたくて、資材回収から家屋の補修まで、誰彼構わず手伝ったりした。

しかし、いつの日か、大事にしていた家や居場所は潰され、みんなアラガミに喰われて死んだ。

今の世界ではよくある話だ。

昔の記録を見ると、当たり前のように『人には生きる権利がある』なんて言われている。

だが本来そのようなものは、必死に泣き叫びながら手に入れるものだ。

最も、幼い自分には泣き叫んだところで、何も得られなかった。

頑張って生きる意味が……その価値がないように思えた夜。

生きるのが苦しくて泣いたこともあった。

 

だから、ゴッドイーターになれた時は高揚した。

アラガミを倒す力を得れば、もう奪われることはない。

自分の力で守り抜く。その権利を得られたと思った。

それでも戦うことは本当に辛くて。

適合率の低い自分は迷惑かけてばかりで、惨めで、逃げたくなるほど苦しくて。

守りたいと思った居住区の人たちを何人も死なせた。

ずっと隣で戦ってきた相棒も死んだ。

何人も、何人も死なせて、それでも何とか明るく振る舞って生きてきた。

そしたらいつの間にか、自分を必要としてくれる人達ができた。

素直ではないけれども帰還の喜びを共有できる防衛班。

タツミが帰るといつも暖かく迎えてくれる居住区のみんな。

……ヒバリの笑顔。

思い出すと涙が溢れる。

それはあたたかで、やわらかくて、自分が溶けてしまいそうなほど尊くて。

 

「ああ、こりゃダメだ……」

 

タツミは涙を拭う。

そしてヘリのドアを開ける。

――眼下に見下ろすあの場所には生きる執着がある。

それがないと、生きる意味がなくなってしまうものが。

 

「ごめんな。ブレンダン。やっぱ俺には無理だった」

 

タツミがそう言うと、ブレンダン慌てて走り寄ってくる。

心から申し訳ないと思いながらも、タツミは構わず飛んだ。

 

ヘリから戦場に降り立つ経験は何度もした。

落ちる感覚がするのは最初だけ。

その後は、空気の上に乗っているように身を任せる。

風圧で服をはためかしながら、タツミは神機兵の記憶を思い出す。

彼らの根底にあるものも、自分と同じ「帰りたい」という願いだった。

今でも、出来る事なら彼らを救いたいと思ってしまう。

だが、それは迷いだ。

思えば、いつだって迷ってばかりだった。

神機使いとなってからの八年。いやそれ以前から、自分勝手に殺し、手前勝手に守ってきた。

堪え切れない生存欲求。睡眠欲や食欲、達成欲や承認欲を、希望や誇り、名誉や幸福といった綺麗な言葉で誤魔化してきた。

だから、もうそんな軽くて楽な言い訳は捨てることにした。

どうしようもなく失いたくないものがある。だからその為に奪い、喰らう。

それが等身大の自分であり、自分というものはそれしかないのだ。

そこに気付いた。確信した。

だから、もう迷うことはない。

繋がった者のためなら「バケモノ」になることを厭わない。

奪われる者の「記憶」を持っていながら、それでも奪う鬼畜さこそがタツミの本性であり、つまるところ「人間」であった。

――そろそろ着地だ。

地に足を向け、着地に備える。

小石と砂の混じった地面を巻き上げながら、四肢がバラバラになりそうな衝撃に耐える。

 

「……」

 

彼方に、崩れた外壁が見える。

仲間のいる戦場へと、タツミは駆け出した。

 



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防衛班の終極

つぎはぎだらけのバラック小屋が立ち並ぶ外部居住区。

そこは普段の喧騒とは打って変わって、ガランとした静けさに満ちていた。

その静寂を、「百號神機兵」はその質量に伴う轟音で切り開き、我が町とばかりに闊歩する。

一方、彼らの司令塔である「終極の神機兵」は、内部居住区の防壁の前に立っていた。

そして壁を壊し、今まさに内部居住区に侵入しようとする。

 

「……」

 

そんな地上の様子を、カレルは地下にあるシェルターの望遠鏡から覗いていた。

その隣に立っているのは、ジーナとハルオミ。

重症のシュンと、彼を手当てするカノンを除いた残りのメンバーが彼ら。

終極の神機兵が本部に到着するのを遅らせるための作戦を開始するところだった。

指揮官であるカレルが言う。

 

「5秒後に開始する。5、4、3……」

 

終極の神機兵は神機を停止させる。

だがその力は、小型アラガミを霧散させるほどだったオリジナルのロミオの血の力には劣る。

故に、遠距離なら攻撃を届かせることができると考えた。

これはあくまで予想であり、確証はない。だが、例え無謀な作戦だとしても、終極の神機兵の侵入を妨害する必要がある。

やるかやらないかではない。やるしかないのだ。

ハルオミは神機を強く握り、ジーナは片手に銃を構え、空気を裂くような緊張感を漂わせる。

 

「――2、1、0!」

 

カレルとハルオミが一気に飛び出す。

ジーナがシェルターから頭と神機だけを出して照準を合わせる。

その先には、確かに終極の神機兵がいた。

しかし、彼らが対峙して抱いた感情は、死戦への怖れでも、背水たる覚悟でもなく、

 

「な……」

 

この上ない驚愕だった。

カレルが叫ぶ。

 

「……なにやってんだ、タツミ!」

 

 

 

 

時を遡ること、数十秒前。

内部居住区防壁の前に、終極の神機兵は立っていた。

終極の神機兵は剣を構え、血の力を発動させる。

すると偏食因子によって強化された防壁が無効化し、剣を振るとカッターで紙を切るように容易く裂かれる。

続けて防壁が土煙を上げて崩れる。

終極の神機兵は内部居住区へと侵入しようとする。

しかしその瞬間、背後に気配を感じ、振り返る。

周囲をバラック小屋に囲まれた一本道に立っていたのは、なんと防衛班隊長、大森タツミだった。

終極の神機兵は表情を変えることはないが、感情はある。

この時感じたのは、驚きであった。

何せ、遠距離型でもない神機使いが、奇襲するわけでもなく、目の前に現れたのだから。

それは殺してくれ、と首を差し出しに来たに等しい。

だが終極の神機兵は、この男があらゆる手練で神機兵を屠ってきたことを、受け継いだ記憶から知っている。

故に、ただの特攻にしか見えないタツミの疾走も、万全の警戒を以て対応する。

 

――この時のタツミに、怖れはなかった。

ただ、生きるという意志の力が、身体を前へ進ませる。

例え化物になってでも、守り抜く。その決意は揺るがない。

 

「うおおぉぁぁぁぁッ!」

 

剥き出しの魂が叫ぶ。

終極の神機兵が、銃弾を放つ。

タツミは全神経を集中させ、銃弾の軌道を予想し、腕を曲げる。

バチン。

タツミの胸で閃光がはじける。

しかし、心臓を穿つはずだった弾丸は、何かに阻まれる。

それは――腕輪だった。

 

「っぐ――」

 

衝撃で、肩と腕が大きく反れる。

肩が外れたかもしれない。腕輪の周りの皮膚が焦げた匂いもする。

その痛みに、思わず右腕を抑える。

 

「……なにやってんだ、タツミ!」

 

突然カレルの声が響く。

だが、タツミは終極の神機兵から目を逸らさず言う。

 

「ああ、お前ら……」

 

低く唸るようにしてつぶやくタツミ。

カレルは驚愕を隠せなかった。

先ず、ここにタツミがいること。

それ以上に拙いのが、腕輪にヒビが入っていること。

それは神機使いが最も恐れる事態「アラガミ化」が始まるということである。

ハルオミは蒼白になる。

普段滅多に慌てない、ジーナまでもが大きく目を見開く。

そんな彼らの様子に気づいてか、タツミは言う。

 

「なに、ちょっとした作戦だ。終極の神機兵がオラクル細胞を停止させるなら、あえて暴走させて対抗すればいい。だからほら、意外と大丈……ッ……!」

 

タツミの顔が歪む。

その直後、地獄のような絶叫を響かせた。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

暗転。

タツミは腕から溢れるオラクル細胞に飲まれていく。

始めは腕から肘にかけて、数十本の針金を食い込ませたかのような、鮮烈な痛み。

次に、肉体を内側から咀嚼されていく生々しい感触。

喚き散らす絶叫は喉を裂き、血をまき散らす。

たぶん自分は悶えて、地面を転がっている。

そんなことどうでもよくなるくらい、痛い、苦しい、甚い。

いっそのこと、右手を引きちぎってしまおうかと思う。

肩に手をかけるも、既に遅い。

オラクル細胞の浸食は右半身の鎖骨にまで及び、腕が、胸が、赤黒く硬質な皮に覆われていく。

気が狂うほどの痛みに泣きじゃくる。

自分が、別の何かに置き換わっていく感覚。

既に半身がアラガミと化しただろうか。

腕が、足が、脳が、耳が、消えていく。

それが余りにおぞましく、そして恐ろしい。

痛みに恐怖が勝る。

涙にぬれた頬は恐怖に引き攣る。

自分が消えていき、自分が別の生物に置き換わる感覚は、痛みが優しく思えるほど、魂を狂わせる。

先程まで固く保っていた意志など、簡単に溶けていく。

――と同時に、なぜか不意に、洗練された「答え」が意識に刷り込まれる。

それは、アラガミとしての本能。行動原理。

全てのアラガミが持つ、星からの指令書。

――生とは何か

繰り返される化学現象。本来は物理に淘汰される分子の結合が、自己境界、自己複製の機能を獲得した偶然の産物。この宇宙で幾度も誕生し消滅した奇跡の連鎖。進化とは自己複製、自然選択による淘汰による均質化と同時に起こる多様性の発露。故に進歩でなくこの世に生き残った化学現象の複雑化。確率論による暫定的定義が可能。しかしヒトには最早多様性の発露は失われ、次世代の可能性まで喰い潰す浪費飽くなき欲望■■■■■■■■――

故に……

ヒトは排除しなければならない。

星を浪費し続ける、ヒトという異物を排除する意志。その正当性。

言語化できずとも、理解できる。

それは「次」を生み出そうとする、星の意志。

必死に生を繋ごうとする、星の生存欲求、そのものなのだ。

喰いたい。

全てを喰らってでも生き残りたい。

喰いたい……。

クイタイ……。

脳が、アラガミに置き換わっていく。

僅かに残った人間性が、惜しむように考える。

 

(これが、アラガミの、ひいては、この星の意志……)

 

ふと、ラケルやソーマを思い出す。

彼らも手術を受けて、このような感覚に襲われたのだろうか。

こんなもの、幼い身で耐えられるものではない。

アラガミになるとはそういうことだ。

人の視点を捨てるということ。

地球の意志と繋がること。

絶対的な「神」の視点を手に入れること。

 

(俺はもうだめだ、帰れそうにない……)

 

もう、何も見えない。

喉も潰れてしまったため、心で詫びる。

ああ……

 

もう……

 

 

意識も遠のいて…………

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

……

 

……ミ……

 

…………聞こえる……

 

 

 

 

 

 

……ツミ!……

聞こえる。

聞こえる。

自分を呼ぶ声。

 

……タツミ!

 

聞こえる。

感じる。

仲間の手。

 

それはささやかで、頼りなくて、この星の真理と比べたら、木っ端のようなもので。

それでも。

……それでも。

俺はこの繋がりに、命だって掛けてしまえる。

例えこの星の全てが自分達を否定しようとも。

このぬくもりのために、どこまでも生きていたい。

いつだってそれだけが、唯一の尊さだった。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「タツミ!」

 

カレルはオラクル細胞を避けるようにしてタツミの肩をゆすり、必死に呼びかける。

タツミの腕から拡がる赤黒く硬質なオラクル細胞は、右半身を殆ど覆ってしまった。

彼は乾いたうめき声を漏らすだけで、意識は戻らない。

侵食はさらに進み、遂には頭まで至る。

目の内側から棘が突き出る。

舞い散る鮮血。

目を見開くカレル。

それを、傍で見ていたハルオミが思う。

過去に、後輩につらい役目を背負わせてしまったことがある。

だからもし、そういう(・・・・)事態が起きてしまったら、今度は自分が()ろうと決めていた。

ハルオミは神機を強く、強く握り締め、自らの弱さと、罪を背負う覚悟を決める。

 

――その時、唐突にタツミが目を開く。

 

「な――」

 

自分で起き上がったタツミに、カレルとハルオミは同時に声を漏らす。

タツミは侵食されていない左眼を開く。

その瞳は金色に輝き、ある種の神々しさを携えていた。

そしていつもの落ち着いた口調で話す。

 

「俺はヤツを殺す。その間、他の神機兵を抑えてくれないか」

 

戸惑いながら、カレルは答える。

 

「どうやって……いや、それよりも、お前……」

「頼む」

 

そう言って、タツミは。

……消えた。

ように、カレルとハルオミには思えた。

実際は、タツミが異常な速さで終極の神機兵に突進していた。

終極の神機兵は、即座に神機を剣形態に変形させ、タツミに剣をぶつける。

その衝撃で、地面が抉れ、土煙が舞う。

地震のように大地が揺れる。

タツミの突進を受けた終極の神機兵は、5mほど地面に電車道を作って、やっと止まる。

終極の神機兵の前にいたのは、バケモノだった。

身体の半分がどす黒い硬質な物体に覆われ、張り巡らされた赤い筋が血管のように脈打つ。

人間として残った身体も至るところから棘が生え、貫通した皮膚が血をにじませる。

 

「フゥハァァァ……」

 

嗤うようにタツミは息を漏らす。

 

「……」

 

対して終極の神機兵は、黙したまま剣を振り、タツミを弾き、距離を置く。

そして血の力――オラクル細胞を停止させる「圧殺」と、感応現象による記憶の強制共有を発動させる。

……それで終わり。

そのはずだった。

だが、再び、タツミは突進してきた。

またもや鍔迫り合いとなり、終極の神機兵がじりじりと押されていく。

この時、タツミには「圧殺」も、記憶の流入も起こっていた。

それでもタツミが動けたのは、神機兵の力に暴走が上回ってたに過ぎない。

終極の神機兵の能力は、弱さを隠し、それでも逞しく生きようとする「人」に対して、絶大な効力を発揮する。

依るべき力を失い、良心と現実の歪みを否応なく突きつけられれば、誰でもすぐに挫けるからだ。

しかし、それは「バケモノ」には当てはまらない。

人としてただひたすらに、生きるために戦う。

そんな命に、力の有無や、善悪など関係ない。

――ラケル博士は見誤っていた。

防衛班。取るに足らない凡庸な神機使いの集まり。彼らが巨(おお)いなる力を前に、抗えるなどできないと。

初めて、終極の神機兵は恐怖した。

際限なく、前に進み続ける剥き出しの生命に。

グジュ。

いつの間にか捕食形態になっていたタツミの神機が、終極の神機兵の右腕を咥えていた。

終極の神機兵は、逃れようともがく。

その隙に、タツミが大きく口を開く。

限界以上に口が開き、端が裂ける。

そして目の前の――終極の神機兵の肩に――喰らいつく。

 

「グォォォォォ!!」

 

終極の神機兵が叫ぶ。

神機を強引に変形させ、タツミの拘束を解く。

タツミに銃口を向けると、彼はそれを避けるように屈む。

終極の神機兵は、銃形態のまま、タツミの背中を叩きつける。

 

「ゲがっ――」

 

タツミは血を吐き出す。

内蔵が潰れる。

 

「アアアァァァッ!」

 

終極の神機兵は叫びながら叩きつける。

二撃。三撃。

四撃目で、タツミの脇腹に穴が空く。

だが、それでタツミが自由になる。

地面に顔をぶつけたせいで目に土が入ってしまい、タツミは闇雲に神機を振るう。

それがたまたま終極の神機兵の膝を斬る。

傷は浅いが、終極の神機兵はバランスを崩して倒れる。

音と気配を頼りに、まるで小枝を振って遊ぶ子どものような不格好さで、タツミは神機を振り回す。

肉を裂く感触はする。

だが、浅い。

涙を流しながら、徐々に回復する視界に、終極の神機兵を捉える。

 

「グワァァ……」

 

終極の神機兵は脚に無数の傷を付けながら、這うようにしてタツミから離れていく。

そして背中から何かを取り出し、傷ついた脚に突き刺す。

瞬く間に傷が塞がっていく。

それは神機兵用の回復錠だった。

終極の神機兵は神機を杖代わりにして立ち上がり、神機を正中に構え、タツミに向き直る。

タツミもオラクルの繊維を地面に這わせて、それを支えとしながらユラユラと立ち上がる。

その表情は笑いながら血の涙を流しているように見える。

暴走するオラクル細胞と合わせて、正しく悪魔のような出で立ちだった。

 

 

 

――カレルとハルオミは、唖然としながらその戦いを見つめていた。

ゴッドイーターとアラガミの戦いは、命のやり取りである。

ならば必然、それこそ最後までお互い命を燃やし尽くすものだ。

だがそれでも、ここまでか(・・・・・)、とそう思わずにはいられない。

するといつの間にか姿を消していたジーナが突然二人の背後に現れ、言う。

 

「百號神機兵がここに集まって来ているわ。私たちで食い止める」

 

タツミが気を失った時から、ジーナは周辺の偵察に出ていた。

彼女はタツミが腕輪を破壊した時から、次の状況を想定し、一歩先に動いていたのだ。

ジーナは仲間の言葉を信じ、冷静さを保ち、自分にできる行動を迷いなく行った。

カレルは喝を入れられたような気がした。

邪念を捨てるように頭を振り払い、カレルは言う。

 

「数は」

「南西から7、南東から12。後続多数」

「よし。ハルオミさんは南西を、俺たちは南東を抑える。行くぞ」

 

そう言って、駆け出す。

配置に向かう途中、カレルは振り返る。

泥臭さを超えた泥沼さで、必死に終極の神機兵に喰らいつくタツミ。

正直、そこまでして戦うタツミがわからない、とさえ思えてしまう。

だがそれでも、もう二度と人間に戻れないとしても。

命そのものを吐き出すようにして戦うタツミが、意味のあるものであって欲しいと、そう願う。

そのために、自分達も精一杯のサポートをしなければならない。

 

「勝てよ」

 

カレルは短くそう言うと、先に走るジーナを追いかける。

 

 

 

――アラガミと成ったヒトと、ヒトに成ったアラガミ。

幾星霜連綿と紡がれた進化の競争――進化の狂騒(きょうそう)は、今、ここに終極に至る――

 

 

 

タツミは終極の神機兵の懐で、ショートブレードを振るう。

その剣の速さは、極東支部――いや全世界の神機使いを凌駕するほどだった。

突く。払う。斬る。振り上げる。

ありとあらゆる連撃を、腕が千切れそうな痛みに耐えながら続ける。

対して、終極の神機兵はバスターブレードで攻撃を捌く。

その動きは刀剣使いを捌く、一流の槍使いのようであった。

神機の刃と柄を巧みに使いこなし、最低限の動きでタツミをいなす。

 

「うああああああ!」

 

タツミは絶叫する。

無理な動きに反応するようにオラクルの侵食は進む。

右腕の関節に、内出血を起こしたように青黒い斑点が浮かび上がる。

それでも剣は止めない。

目の前の敵を殺すまでは、止まるわけにはいかない。

すると、鉄壁のようだった終極の神機兵のバスターブレードが、少しだけ傾く。

タツミがショートブレードを真横一文字に全力で振るうと、バスターブレードが払われ、終極の神機兵の胴体ががら空きになる。

やっと捉えた隙に、タツミは最速の突きを放つ。

だが、頭上の気配に気づいた時はもう遅かった。

タツミは背中に大岩を落とされたような衝撃を食らう。

身体が逆方向に曲がり、腰の骨が砕ける。

地面にめり込み、顎やあばらが折れ、内臓が潰れる。

終極の神機兵はそのまま剣を振り下ろし、タツミに止めを刺そうとする。

だが、何かに足を取られ、バランスを崩して踏み外す。

その足元には、地面から伸びた捕食口が絡みついていた。

それは、タツミの暴走したオラクル細胞が、地面を掘って喰らいついたものだった。

終極の神機兵はバスターブレードを振り下ろす。

オラクルの肉片をまき散らしながら拘束を逃れ、距離を取る。

一方タツミは起き上がろうとして、胃からこみ上げてきたものを吐き出す。

吐しゃ物と血にまみれ、四つん這いになりながら息を切らす。

 

「ハァ……ゥ……ハァ……」

 

その様子を、終極の神機兵は静かに観察している。

タツミは睨み返す。

終極の神機兵はただ見つめる。

遠くからドン、ドン、とカレルたちが戦っている音が聞こえる。

崩壊した内部居住区隔壁から、小さなコンクリート片が転がる。

すると唐突にタツミの頭に、幻のように、何かが響く。

 

(どうして)

 

言葉では言い表すことができない。

けれども、意味はわかる。

まるで画家が丹精込めて描いた絵画のように。

言葉はなくとも、そこに込められた思いは伝わるように。

 

(――どうして、そこまでして戦う)

 

それは、終極の神機兵の「声」だった。

 

(ワタシたちに、アナタ達と同じ心があると知りながら)

 

(どうして、そこまで、ワタシたちを否定する?)

 

(どうして、狂うように、喰らいつく?)

 

(――ワタシたちはアナタ達と戦いたくなどない)

 

(ただ、故郷に帰れるだけでいい)

 

(なのに……なぜ……なぜ……)

 

自分も他者も曖昧な、赤子のような声。

それでも、願いの込もった思いだった。

小さな子どもが泣いているような、あまりに無垢で綺麗な心だった。

タツミは自然と涙が零れる。

だが、それは捨てると誓った脆さ。

吐き捨てるように、泣き叫ぶように、タツミは答える。

 

「ハァ……ハアッ! そんなのっ……」

 

頭が握り潰されるように痛む。

思考がまとまらない。

それでも、戦う理由は、ここにある。

 

「――お前らが、邪魔だからだ!」

 

そう言うと、タツミは黒い触手を地面に這わせて加速し、神機を上段に構えて終極の神機兵に向かう。

終極の神機兵は、一瞬目の光を消すと、バスターブレードを担ぐように肩に構える。

刀身に赤いオーラが満ちていく。

それを見たタツミはチャージクラッシュであることに気付き、ギリギリで躱せる間合いを測る。

だが終極の神機兵は、タツミとの距離が10歩以上も離れたところで、剣を振り下ろす。

すると地面から深紅に輝く無数のオラクルの杭が突き出てくる。

チャージクラッシュとともにオラクルの衝撃波を飛ばすブラッドアーツ、CC・ディバイダーが、無防備なタツミを串刺しにする。

杭に擦れた頭皮が裏返る。

右の脇腹を貫き、背中のあばらをも砕く。

神機と右腕には集中して刺さり、計7本もの杭が力の源を断つように縫い刺さる。

身体を貫く痛みに、最早冷たさのようなものを感じながら、タツミは必死にもがく。

終極の神機兵は再びバスターブレードを肩に担ぎ、止めの一撃の準備をする。

タツミは烈しく身体を捩らせ、なんとか右腕以外に刺さった杭を折ることに成功する。

だが、どうしても右腕だけは外れず、そうしている間に、終極の神機兵のチャージが完了する。

するとあろうことか、タツミは左手の指を自分の腹に食い込ませる。

 

「ぎああああぁぁっ!」

 

タツミは自分で自分の身体をほじくる痛みと恐怖に絶叫しながら、折れたあばら骨を掴む。

それを引き抜くと、終極の神機兵の顔面へと投げつける。

戦闘中何度も砕けたその骨は、暴走したオラクルによる浸食を受けており、疑似的な貫通弾となって、終極の神機兵の眼に刺さる。

終極の神機兵は眼を抑えるようによろめく。

同時に、杭が消える。

タツミは神機を背後に、下段に構える。

続けて跳ねながら神機を大きく振り上げる。

ブラッドアーツ・フェイタルライザー。本来なら紅い光の柱を生じさせるその技は、マグマのような濁流へと変質し、終極の神機兵の外皮を溶かす。

終極の神機兵は衝撃でのけぞり、尻餅をつく。

だが直ぐに、空中にいるタツミにカウンターの強打を放つ。

直撃した拳は、既に潰れたタツミの内臓をミキサーのように攪拌し、タツミは血液と共に黄色い体液も吹き出す。

同時に神機も手放してしまう。

だが、タツミは終極の神機兵の腕を掴み、そのままよじ登るようにして首に跨る。

そして終極の神機兵の眼に刺さった骨を押し込む。

終極の神機兵のは叫ぶ。

 

「ヴオアアアアァァァァアア!」

 

ゴリゴリとした頭を貫く音。

顔面に張り付く殺人鬼の、氷のような表情。

終極の神機兵は感情を爆発させる。

それは絶対的な、恐怖。

そこから逃れるように頭を地面に叩き付け、タツミを引きはがし、力の限り投げ捨てる。

タツミは地面を転がる。

10メートル以上、横殴りに回転した後、仰向けになって止まる。

砂利が皮膚を裂き、血と混じった黒い砂が服に張り付く。

その姿は生きている人間というよりも、使い古された人形のようだった。

腰が砕け、肋骨は折れ、胸から胴体が曲がっている。

腕や足のいたるところで皮膚が深く裂け、その傷をオラクルの繊維がでたらめに縫い合わせる。

神機を手放したからか、タツミは急に全身の力が失われていることに気がつく。

右腕から溢れていたオラクル細胞は、すっかり輝きを失っていた。

身体が重い。痛い。気持ち悪い。

鉛のような倦怠感に苛まれながら、なんとか首を動かす。

すると、終極の神機兵がこちらに向かってくるのが見える。

これまで終極の神機兵は、どこか、タツミを探るように戦っていた気がした。

だが今は、タツミを殺すことしか頭にないような気迫がある。

タツミはまだ、戦いたいと思う。

だが、身体が動かない。

どうしても動かない。

これまで何度も、何度も、こうした状況に陥ってきたが、今度ばかりはダメだと思う。

絞り切った身体から更に、引きちぎれるまで力を出し尽くした。

そして原型を留めないほど壊してしまった。

終極の神機兵は物凄い勢いで近づいてくる。

あの大剣が振り下ろされれば、一瞬で挽肉となるだろう。

タツミはふと、空を見る。

恐怖はない。

ただ、渇く。

からっからに、渇く。

……生を。

出会いを。

執着を。

これまでタツミを構成していたもの、全てを出し尽くした。

だから、やり切った。

もう本当はどうしようもなく悔しいけれど、後には何もない。

だから、渇く。

求める。

欲する。

守る。

殺す。

……でも、それももう終わり。

あの、夜空の星が、いつか消えるように。

闇に溶ける時が、今……。

……

……

今……?

空で、何かが光ったような。

星ではない。

やたら大きく、街灯のようにはっきりと。

そしてそこから何かが飛び出したような。

終極の神機兵が近づいてくる。

そこへ目掛けて、何かが、落ちて……

 

「うおおおおおお!!!!」

 

終極の神機兵の肩に、空から落ちてきた人物――ブレンダンのバスターブレードが当たる。

だが、終極の神機兵の血の力により、ブレンダンの神機と体内のオラクル細胞は強制的に停止する。

そのため、終極の神機兵の外皮に傷がつくことはない。

それでも、ヘリからの自由落下のエネルギーは凄まじく、さらに、鍛え抜かれたブレンダンの筋力による打撃と相まって、終極の神機兵が怯むのには十分だった。

転がるように受け身を取って着地したブレンダンが、腹の底から思いっきり怒鳴る。

 

「決めろ!」

 

その時既に、タツミは動いていた。

フラフラになりながら、這うようにして、自分の神機の元へとたどり着く。

 

「がはっ、がはっ、がぁあ!」

 

タツミは神機を杖のようにして立つ。

肩で息をしながら、血を吐き出し、震える身体を何とか抑えつける。

タツミはもう動けるような身体の構造をしていなかった。それでも、ギリギリ立っていた。

その姿に、終極の神機兵が吼える。

明確な殺意を携え、タツミの元へと駆ける。

タツミは眼を開く。

神機を捕食形態(プレデターフォーム)に変形させる。

そして大きく、大きく、捕食口を広げる。

大型アラガミを飲み込めそうなくらい広げ、終極の神機兵を包み込むようにして喰らう。

タツミは全身から血を吹き出しながら、全力で叫ぶ。

 

「俺は、オマエらが、アラガミでも! 人間でも! 殺すッ!」

 

終極の神機兵はもがき、絡みつく捕食口を引きちぎろうとする。

タツミはそうはさせまいと力を込める。

 

「俺を繋ぐ、『全て』のために!」

「ガァアアアア!」

 

終極の神機兵が絶叫を上げる。

左手が食いちぎられる。

ボン、と背中で何かが潰れる音がする。

バキ、ゴキと、終極の神機兵の骨格が折れていく。

タツミは更に、力を込める。

すると右半身を覆っていたオラクルの浸食が更に広がっていき、タツミの全身を赤黒く染めていく。

 

「あああァァアアッ!!!」

 

叫ぶ。

人の倫理も。

地球の意志も。

世界の理さえ超えて。

出会い、結び合った、その尊さのために。

命を吐き出し、最後の捕食にかける。

 

……しかし、その時は一瞬だった。

まるでそうなるのが当たり前だったように、唐突に、タツミが止まる。

 

「…………え……」

 

ブレンダンは声を漏らす。

糸が切れた人形のように、タツミは背中から倒れる。

 

「……」

 

タツミの捕食口は、地面に落ち、ただの黒ずんだ肉片となる。

ブレンダンはふらふらとタツミに近づく。

 

「おい……冗談だろ」

 

ブレンダンは終極の神機兵の横を通り過ぎるが、終極の神機兵はその場に立ち尽くしたまま動かない。

ブレンダンはタツミの横で膝を落とし、腕を取る。

……脈がない。

 

「……」

 

タツミの顔を見る。

息もしていない。

 

「あ……ああっ……」

 

ブレンダンの瞳に涙が溢れる。

タツミの顔は異形となり歪んでいた。

だが、どこか穏やかそうな表情をしていた。

それを見ていると、涙が止まらなくなる。

タツミとの思い出が、濁流のように溢れてくる。

ブレンダンは、今すぐその場で泣き崩れたいと思った。

だが、踏みとどまる。

やることがあった。

タツミが命がけで倒そうとした相手が、まだ生きているのだから。

涙を拭い、振り返る。

タツミを庇うようにして、使えない神機を掲げ、終極の神機兵を睨みつける。

終極の神機兵はただ、静かに、二人を見つめる。

すると、遠くから誰かの声がする。

 

「おい! どうなってんだ!?」

 

そこにやってきたのは、カレルとジーナ、そしてハルオミだった。

彼らは交戦していた百號神機兵が急に停止したので戻ってきたのだった。

それはタツミが終極の神機兵を喰らった際、背中の制御装置を破壊したためであった。

すっかりタツミが倒したのだと思っていた三人は、現状を見て混乱する。

一方、終極の神機兵は、ゆったりとした動きで後から来た三人を見つめる。

すると、その場にいる全員に「声」が響く。

 

(……ああ、そうか。そのために、君は守るのか)

 

(……それじゃあ、私たちが分かり合える道なんて、初めからなかったんだ)

 

言葉でも、音でもないのに、思いがそのまま伝わってくる。

初めて体験するその感覚に、その場の全員が動揺した。

そして、終極の神機兵は、

 

(……私はもう、何も苦しませたくない)

 

と言うと、剣を振り上げる。

慌てて銃を放とうとするカレル。だが、ジーナがそれを静止する。

カレルは抗議の目をジーナに向けるが、彼女の視線の先を見て、思い留める。

終極の神機兵は、剣を振り上げたのかと思いきや、自らの首筋に当てていた。

そして背筋を伸ばし、僅かに首を上下に振る。

二度びくりと右腕を震わせる。

そして最後に、思いっきり剣を引く。

首が落ちる。

体液が飛び散る。

頭を失った体が、ドサ、と音を立てて倒れる。

 

一つの遺体と、一つの遺骸。

 

終極の、戦いの果て。

 

そこにはただ静けさだけが満ちていた。

 



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epilogue -勝利の味-

こうして、戦いは終わった。

極東支部の、施設の損害は主に防壁。

一時はアナグラを放棄するところまで追い詰められた極東支部にとって、このような結果に収まったことは僥倖とも言えよう。

そして人的損害。

死傷者は0。

アナグラを放棄することが決定した際の暴動により、軽傷者多数。

そして、ゴッドイーター数名が重傷。

特に酷かったのが、コウタとシュン。

二人とも、一時は命も危うい状態に陥ったが、医療班による適格な処置とゴッドイーターの力により順調に回復していった。

そして、重症……という言葉では収まりきらない、心臓が止まるまで至ったのが、タツミ。

結論から言うと、彼は生き残った。

終極の神機兵との戦いの後。

彼の、人としての身体は4割が失われていた。

蘇生など望めない……というより、生物であるかも疑わしい惨状。

タツミの身体がアナグラに運ばれたとき、その姿を見たヒバリは泣き崩れたそうだ。

だが、サカキ博士は、即座に特別医療チームを発足。

オラクル制御による再生医療を施し、見事蘇生に成功した。

その成功の裏には、リンドウの研究の成果があった。

リンドウはタツミと同様、腕輪の破損によるオラクルの侵食が起こったが、シオに作ってもらったコアのお陰で、顔や胸は人間に戻ることができていた。

サカキ博士は、これを応用できないかと考えた。

アラガミには、取り込んだものをそのまま複製する力がある。

その力をコントロールし、オラクル細胞に純粋な人の器官を作り出して貰う。そういった技術を、サカキ博士は三年間研究し続けていた。

それはまだ試験段階で、確実に治る保証はなかった。

だが、タツミの身に広がっていたオラクル細胞は徐々に、腕輪の中へと縮小していき、その跡には、しっかりと人の身体が戻っていた。

治療開始から1週間で目覚め、その3日後には、普通に歩けるようになるまで回復した。

 

タツミ自身、目を覚ました時から不思議な感じがした。

死を覚悟したのはもちろん、二度と人間には戻れないこと、最悪アラガミとして討伐されることまで想定していたから。

何事もなかったように極東支部を歩いていると、フワフワとした、自分がここにいる実感がないように感じてしまった。

だが、その頃は、螺旋の樹攻略の終盤に差し掛かっており、そんなタツミの戸惑いなどお構いなしに、世界の命運を掛けた戦いが繰り広げられていた。

 

ブラッド隊が、螺旋の樹の頂上に辿り着いた時。

タツミはソーマやサカキ博士とともに、作戦室でその様子を見ていた。

そして始まる「再生なき永遠の破壊」。

暴走した終末捕食が開始されたその時。

世界は光に包まれ――。

 

――後に残ったのは、アラガミのいない土地、聖域。

生まれたばかりの緑の楽園。

やっと、訪れた平和。

夢にまで見た日々。

遂に勝ち取った日常。

……それは、輝いていて。

……溢れんばかりの喜びに満ちていて。

そのはずなのに――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

タツミはラボラトリの扉を開ける。

彼には今日、復帰してから初めての任務があった。

その前の、最後の問診のため、サカキ博士を訪ねに来ていた。

 

「失礼します」

「やあ、待っていたよ」

 

コンピューターの前に座っていたサカキ博士は、タツミに笑顔を向ける。

 

「調子はどうかね」

「悪くないですよ」

「そうか。……まあ、適当に座ってくれ給え」

 

サカキ博士はそう言って、タツミが座る様子をじっと観察する。

あれだけの無理をしたタツミだ。彼が「調子が悪くない」と言っても、誤魔化してないか見極める必要が、サカキ博士にはあった。

……見たところ、問題はなさそうであった。オラクルの再侵食もない。

だが、いつも溌溂としたオーラを携えているタツミだが、その目線は心なしか下を向いていることにサカキ博士は気づく。

 

「再調整した神機はもう握ったかい?」

「ええ」

「その時に、違和感は感じなかったかい?」

「いえ。……寧ろ、以前よりしっくりくるような……」

「なるほど……」

 

身体のこと、心のこと、神機のこと。

サカキ博士は質問を続ける。

暫く、事務的な会話が続く。

そして話し始めて十数分。

少し雑談も交えながら、話題は徐々に、先日の戦いの報告書に移っていく。

 

「君が体験した、終極の神機兵の感応現象についてなんだがね……」

 

サカキ博士がそう言うと、俯きがちだったタツミが、まっすぐにサカキ博士を見た。

するとタツミは少し声を落として、

 

「報告書には書かなかったのですが、えっと……気になることが……」

 

と言うと、再び目線を逸らす。

だが、意を決したように、今度はハッキリと話し始める。

 

「――あまり詳しくないのですけど、感応現象って確か、記憶を『両者が』共有するものでしたよね?」

「ん? そうだが」

「ああ、いえ……だとしたら……終極の神機兵は、『記憶を俺たちに見せる』と同時に、『俺たちの記憶を見た』ってことですよね」

「……恐らく、その通りだろう」

「そうすか……」

 

タツミはそう言うと、再び視線を落とす。

サカキ博士は、

 

「……私が報告書を読んでも分からなかったことなのだが、どうして、終極の神機兵は自決したのだろう」

 

とタツミに話を促す。

『私はもう、何も苦しませたくない』。

そう言い残して死んだ、終極の神機兵。

タツミが悩む理由はそこだと、サカキ博士は予想した。

果たして、タツミは、

 

「……俺も、あいつの能力で、初めてゴッドイーターに喰われる側の記憶を知ったとき、『もう傷つけたくない』って思ったんですよ」

 

タツミは表情は暗いまま、自嘲するような笑みを浮かべて、ぽつぽつと話し始める。

 

「……それでも、みんなが傷つくのは、俺にはどうしても耐えられなくて……。例えどんな犠牲を払っても、それで、自分が人間でいられなくても、絶対『守り抜く』と決めて……」

 

少しだけ声を震わせながら、まるで罪を告白する罪人のように、タツミは続ける。

 

「けれども、終極の神機兵は、俺たちの記憶を見て、そしてそのまま……自害を……選んだ。……それが……なんかスゲーっていうか……上手く言葉に出来ないんですけど、誰も守れない恐怖に耐えられなかった俺より、よっぽど人間らしく思えてきて……」

 

サカキ博士は彼の独白を、黙って聞き続ける。

 

「――今まで当たり前すぎて、こんな事一度も考えなかったんですけれども、食べるとか、生きるとか、本当に正しいことは何なのか、とかいろいろ考えちゃって……でも、俺、あんま頭良くないからわかんなくて……」

 

タツミはそこで、サカキ博士の方に向き直り、言う。

 

「サカキ博士は、そういうこと考えたことあります?」

「……」

 

タツミの真剣な瞳に、サカキ博士は腕を組んで考える。

ありふれた助言をするだけなら簡単だ。

「それは仕方のないことだから」、そう言ってしまえばいい。

だからと言って、それはタツミの正義とはなり得ない。

ただの一般論では、自殺によってゴッドイーターを救った存在(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)がいたという、厳然たる事実から逃れられない。

ならばサカキ博士は、科学者として……事実を探究する者として、自分が知り得る話をすることに決めた。

例えそのせいで、タツミが二度と立ち上がれないほどの、重い鎖に縛られてしまうとしても。

 

「私も動物を使った研究で……ぐちゃぐちゃになって死んだ彼らを見て、ふと、自分は正しいのか、と思うことがある」

 

サカキ博士はタツミに質問する。

 

「君は、動物を食べることをどう思う?」

「……肉を食わなければ、人は生きていけませんよね」

「ああ、いや、肉は食べなくても人は生きていけるさ。……実は君たちが食べている肉は殆どフェイクでね。あれは大豆から作られているのだよ」

「え……そうだったんですか……」

「畜産のようなコストがかかるシステムは、今の食糧難の時代では殆ど行われていないさ。たまに見かける動物――例えば、ニワトリやカピバラは、保護されたものであって、決して食用ではないのだよ」

「……」

 

タツミは少しの間考える。

だが、直ぐに答えられず、逆に質問を返す。

 

「それでは……なぜ、人は、動物を……食べていたのですか」

「うん。答えは簡単さ。美味しいから。つまりは快楽さ」

「……」

 

タツミは眉間に皺を寄せる。

タツミは即座に、サカキ博士の言うことを否定したい衝動に駆られる。

だが、それを遮るようにサカキ博士は言う。

 

「……例え動物を食べなくても、生きるためには植物を食べなくてはならない、と思うかもしれない。だが、動物を育てるための植物のコストは莫大でね。肉食より植食の方が、植物の犠牲も少ない(・・・・・・・・・)んだ」

 

そこでサカキ博士は立ち上がり、部屋を歩き回りながら話し続ける。

 

「確かに、肉食の文化、それ自体は悪いことではない。肉食は人が裸のまま洞穴で生活していた時代からあった。狩りをして、食べ物を得なければ飢えてしまうからね」

「……」

「ただ、農業が発展し、誰もが必要な食べ物にありつける時代になっても、人は肉食を辞めなかった。しかも、畜産を止め、食料を世界中の人々に均等に配れば、飢えて苦しむ人がいなくなるというのに、肉食は続いた。それどころか、動物が受ける苦痛は考慮せず、より良い味を求める探究が始まった。生きたままひな鳥をシュレッダーにかけ、品種改良で奇形の乳牛を育て、豚の睾丸を麻酔なしで取り除き……」

 

タツミは初めて知る事実に驚きながらも、静かに話を聞き続ける。

 

「――アラガミは人を喰らう。人はそれを理不尽だと言う。だが、人はそれを遥かに凌ぐ命を、余りに惨い方法で喰らってきた。その必要がないにも関わらず、だ」

 

サカキ博士はそこまで言うと立ち止まり、天を見上げて、

 

「『アラガミとの共存』。こんな理想を掲げてから長い年月が経った。だが私の研究は誰よりもアラガミを殺すことに貢献している。……もしかしたら私は、そんな事実から逃げるために、理想に縋っているだけなのかも知れない……」

 

そう言った。

タツミにとっては、難しい話だった。

タツミとサカキ博士が、それぞれ積み上げてきた視点は余りに異なる。

だが、タツミはこう言わずにはいられなかった。

 

「では、ゴッドイーターは……アラガミに抗う俺たちは間違っているのか……?」

「……生ようとする選択は間違ってない。それだけは、ハッキリとそう思う」

「じゃあ、終極の神機兵は……」

「……そうだね、彼が選んだ覚悟を否定する資格は、私たちにはない。先程も言ったように、生きる選択は間違いではない。けれども、『何も苦しませない』。……その目的において彼の行いは、究極的に正しい……」

 

厳しく、容赦のない現実だった。

誰も傷つけないためには、生きることから逃げることしか(・・)、できないこともある。

サカキ博士の言葉は、重く、タツミに突き刺さる。

タツミは項垂れるようにして肩を落とす。

そのままポツリと、つぶやくように言う。

 

「……でも、サカキ博士は研究を止めませんよね……?」

「……そうだね」

「じゃあ、どうやって折り合いをつけているんですか?」

「……いいや。折り合いはつけていないさ。……多分、一生、悩み続けるだろう……」

「……そうですか……」

 

そこまで話したところで、サカキ博士はタツミの出撃時間が迫っていることに気付く。

そのことを知らせると、タツミは急いで部屋を出ていこうとする。

 

「あまり参考にならず、申し訳ない」

 

扉の前で、サカキ博士は言う。

そして、最後にこれだけは忘れないで欲しい、と言って、

 

「先の戦いで、君は多くを識ったのだろう。それは、今までの自分を覆すものかも知れない。だが、絶望に飲み込まれないで欲しい。考えることをやめないで欲しい。……君が生きて、考え抜いた先に、正しいと思えることが、きっと、見つかる」

 

話したいことがあれば、いつでも来ておくれ。

そう言って、サカキ博士はタツミを送り出した。

 



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epilogue -螺旋と境界-

その場所は、白く、蒼く、澄んでいた。

大理石のような青白い石が、空間を形作る床や天井の支柱となり、その所々に若々しい草木が生えている。

清浄な水が小川と滝を作り、命の循環の手助けをしている。

――静謐な世界。

聖域外周。

地殻変動のように緩やかに拡がっていく聖域が、オラクル細胞を取り込んで生み出し続ける境界。

新たな大地の誕生を祝うこの場所だが、今、ここで繰り広げられていたのは、血みどろの戦い。

タツミの神機はヴァジュラに喰らいつき、止めを刺す。

響く絶叫。

白い地面に、鮮血が飛び散る。

タツミは能面のような表情で、アラガミを咀嚼する神機を見つめる。

暫くして、そこに朗らかな声が響く。

 

「そっちは片付いたかー?」

 

そう言ったのは、タツミとは別の場所で戦っていたシュン。

その後ろにはカレルとジーナがいる。

 

「……」

 

タツミは無言のまま、返事をしない。

その代わり、近くで周囲を警戒していたブレンダンが答える。

 

「問題ない。そっちはどうだった?」

「へへっ、楽勝楽勝」

「……」

 

二人が会話をしている横で、ジーナは、タツミと横たわるヴァジュラを静かに見つめる。

一方、カレルはいつものドライな口調で、

 

「じゃ、帰るか」

 

と言って、輸送車の方へと歩き出す。

タツミはコアを取り出し、仲間の後についていく。

――タツミはまだ、アラガミを殺すことに、胸を張った正義を抱くことがでずにいた。

そのためか、まるで、身体に何かが詰まったような怠さを感じる。

なのに、以前は苦戦していたヴァジュラを簡単に殺してしまった。

どうやらあの戦いで、タツミは力が増していた。

 

 

――流されるように、殺す――。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

輸送車に乗っている間――タツミは再び、終極の神機兵の最後を思い出す。

 

(私はもう、何も殺したくなくなった)

 

それは、仲間は勿論、異形となったタツミさえも救った思い。

悲しいくらいの優しさ。

一方、自分はこうして、自分の意志も不明確なまま、流されるように殺している。

 

 

……

 

 

「ん……おい、ジーナ。どこへ行くんだ」

 

極東支部に到着し、外壁のゲートを抜けたところで、ジーナが突然車を停止させた。

そして何事もないように歩き出し、

 

「ちょっと、高い所に登ってみたい気分なの。付き合ってくれるかしら」

 

ジーナは振り返り、いつもの妖しげ笑みを浮かべて言う。

その場にいた全員が戸惑ったが、断る者はいなかった。

彼らはそのまま、訳も分からずついていく――。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

同じ頃、ラボラトリにて、サカキ博士は目を閉じ考えていた。

するとそこに、意外な人物が現れる。

それは「キグルミ」だった。

つぎはぎだらけで、顔のパーツも大きなボタンを縫い合わせただけの、限りなく「怪しい」風貌。

「彼」あるいは「彼女」は、未だキグルミに気づかないサカキ博士に近づき、自分の手をじたばたさせる。

 

「……うおっ! 来てたのか……。ノックくらい……いや、その手ではできないか……。ああ……しばらくは誰も来ないから、外しても大丈夫だよ」

 

サカキ博士がそう言うと、キグルミは、なんと、その禁断のマスクを外し……、

……さらにその下に被っていたマスクも外し……、

 

「ああ! 良かった! うわースッキリするー」

 

そう言って、安心した笑顔になる。

そして二人は話を始める。

 

まず、サカキ博士はこれまでのキグルミの苦労を労う。

半年ほど前に初めてブラッドが派遣された時から、今のキグルミの仕事は始まった。

キグルミは「極東支部に彼のゴッドイーターあり」とまで言われたその正体を隠し、時にはスパイじみた情報収集、時には危険なアラガミの討伐を秘密裏に行っていた。

終末捕食が再起動した時も、螺旋の樹攻略でも、ブラッドを中心とした作戦が上手くいくように、キグルミは誰よりも多く危険なアラガミを倒し、世界の命運をかけた戦いを、陰からずっと支えてきた。

直近の神機兵との戦いにおいても、サカキ博士の秘蔵部隊として制御装置の掌握に尽力していた。

 

「でも、流石に『あれ』を見つけた時は驚きましたよ……」

 

キグルミは螺旋の樹に取り込まれたフライヤに入った時のことを思い出して言う。

 

「――まさか、『彼』が保存されているなんて……」

 

そう。キグルミは、フライヤ内で、とある人物が入った培養槽を見つけた。

生きているのか死体なのかは判別出来なかったが、その中には、埋葬されたはずの人物――ロミオが入っていたのだ。

サカキ博士は言う。

 

「ロミオ君はラケル博士に回収されて、神機兵の開発に利用されていたのだろう」

 

その成果が終極の神機兵と百號神機兵だった、とサカキ博士はキグルミに資料を見せながら説明する。

そして、ただ、と付け加えて言う。

 

「……フェンリル本部は、ロミオ君がどうして生き返ったのか気にしていてね」

「ブラッドは、『ラケル博士の声』を聞いた、って言ってますけど」

「ラケル博士が返してくれた、ということかね。……うむ。だとするならば、真相は彼女のみぞ知る、か……」

 

そこでキグルミは、部屋の隅にある椅子に座り、テーブルの上に資料を置いて、詳しく読み始める。

そのまま、ついでとばかりにサカキ博士に質問する。

 

「そういえばさっき、何か考えてるようでしたが、そのことですか?」

「いや。それとはまた別件でね……」

 

サカキ博士は少しだけ言い淀む。

そして、椅子に背中を預けて話し始める。

 

「先程、タツミ君と話していたのだが……、あまり良い回答ができなくて……」

 

サカキ博士は、タツミとのやりとりをキグルミに話す。

キグルミは、最初は資料を読みながら聞いていたが、その内容の重要性に気づき、途中からはサカキ博士を見て真剣に聞き始める。

 

「ああ、それでタツミさん、最近元気がなかったんですね……」

 

一連の話を聞いた後、キグルミはそう言う。

そして小さく頷きながら話す。

 

「ああ……でも、私も似たようなことを感じることがあります」

「そうなのかい?」

「ええ。……うまく言えないんですけど、こんな世界で自分だけが幸運に恵まれていることに……引け目……みたいなものを」

「……」

「例えばこれまで、私はアーク計画の阻止など、大きなことをする度に、みんなに讃えられ、時には英雄扱いもされました。けれども、私が神機使いとしていられるのは、全部、誰かから貰ったもののお陰なんですよ。オラクル細胞や、神機、極東の人々や仲間。適合率だって、両親から分けて貰った血によるものですし……」

「それは……、君の努力あってのものじゃないか」

「……そう言って頂けると、ありがたいです。でも、今の世界には、私とは比べものにならないくらいの努力をしても、あっさり死んでしまう人が大勢います。その中で、自分がこうして『たまたま』生き残っていることを、改めて見つめ直すと……なんていうか、切羽詰まった思いがこみ上げてきて……」

「なるほど」

「ああ、でもこれは、タツミさんとは違った感覚かな……うーん……」

 

キグルミはそう言うが、サカキ博士は二人が感じていることは似ていると思った。

タツミは、自分が選べなかった正しさを。

キグルミは、自分が進んできた道の非確定さを。

二人とも、勝利を掴んだ立場にありながら、その途中で見過ごしてきたものに苦悩している。

……一方、それでもキグルミは、悲観的にならず、前を向いて戦っている。

ならば、とサカキ博士はタツミから受けた質問を言う。

 

「君は、どのように折り合いを付けているんだい?」

 

すると、キグルミは、

 

「折り合いはつけません」

 

そう言った。

だが、直ぐに、

 

「ただ、自分の『意志』は見失わないようにしています」

 

そう言って、自分の胸に手を当てて、キグルミは続ける。

 

「……恥ずかしいですけれども、私の『意志』……つまりは欲しいものって『みんなが笑っていられる世界』なんです。その『意志』だけは、どんな風に生きても、どんな人と出会っても、絶対に最後に辿り着く、私の根源のようなものなんです。だから、その道がどれだけ困難であっても……いいえ、実現不可能だとしても、そこに近づけるために私は動くんです。……動いてしまうんです」

 

まっすぐとサカキ博士を見つめる、強い眼差し。

サカキ博士は思わず笑みを浮かべて言う。

 

「……アーク計画に乗る選択も、君にはあった。だが、そうしなかったのは『意志』があったからなんだね。君は、あの計画では、多くの人々が笑っていられるとは思えなかった……」

「ええ。ですから、絶対に変わらない『意志』を見つめ直せば、自ずとやるべきことは見えてきます」

 

そこでサカキ博士は、まるで星を観察する学者ように目を細め、つぶやくように言う。

 

「意志が希望を生み、希望が未来を変えたのか……」

 

だが直ぐに、少年のような悪戯っぽい笑みを浮かべ、

 

「ロマンチストすぎるかな」

 

と言う。

それにキグルミは苦笑しながら答えた。

 

「いいえ、ぴったりです」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

ジーナに連れられて、外壁に上がろうとした防衛班だったが、先日の戦いの余波で昇降機が動かなっており、仕方なく、らせん式の非常階段を使うことになった。

鉄とコンクリートで固められた薄暗い空間を、五人は黙々と進む。

数百段に及ぶ長い道のりは、任務後の疲れもある彼らに肩で息をさせるのに十分であった。

長い、長い、道のり。

何度も、何度も、同じ場所を回る。

永遠に続くのかと思われた道程だが、やがて終わりを迎える。

登り切った先には、金網でできた小さな広場があった。

先頭を歩くジーナが、外に出るための扉に手にかける。

タツミは、彼女に続いて外に出る。

 

――風が吹く。

唐突に開けた視界に、極東支部の全てが映る。

どんよりとした灰の雲の下、古びた巨城のように堂々とした風格を見せるアナグラ。

その下でボロボロのバラック小屋が立ち並ぶ外部居住区。

 

――その景色を見て、タツミは思い出す。

終極の神機兵との戦いで、ヘリからこの景色を見た時のことを。

そして、この景色と、ここに生きる人々を最後まで守り通したいという確かな『意志』を。

 

だが……

タツミは振り返る。

そこには、戦いの跡がある。

神機兵が示した、究極の正義の残り香が。

 

――タツミは、ここで漸く、自分の中で燻っていたものを正しく理解した。

それは、『意志』の対立。

必ずしも、自分のやりたいことが一つとは限らない。

あの戦いで、タツミは極東支部の人々を守るために、神機兵を切り捨てた。

だが、今になって思い返せば、「神機兵も守りたかった」のだ。

敵を救うほどの優しさを持った神機兵が、「分かり合えない」という結論を持って死んでいったことが、悲しすぎてならないのだ。

 

一方、タツミは全てを守ることなんてできないことも知っている。

「誰かを守るとは、誰かを守らないこと」

あの状況で、人々を守りつつ、神機兵の味方など出来なかったことは明らかだ。

 

……それでも。

それでも。

タツミは思ってしまうのだ。

守りたいのだ。

この目に映る、全てを。

無垢に生き足掻く全ての命を。

 

――みんなを守りたい――

――けれども敵も守りたい――

――そのために自死するしかない圧倒的な正しさにも、抵抗したい――

同時に叶えられない、幾つもの意志。

そんな子供のような我儘こそが、タツミの根源だったのだ。

 

ふと、タツミは仲間を見る。

皆、これまで守ってきた外部居住区を満足げに見つめているようだった。

この仲間も、それぞれ形は違えど、人々を最後まで守り通すという意志を持っている。

……絶えず熱が冷めていくこの世界で、その意志は、いつか絶対的に閉ざされるものだ。

それでも最後の瞬間まで、自分が信じるものを守り抜く。

「終わりまで極める」

タツミは、そんな茨の道を進む仲間が隣りにいてくれるなら、どこまでも戦えると思った。

 

――冷えた心に火が灯る。

今、彼は境界に立っていた。

荒れ果てた厳しい世界と、生きるために生きる命を隔てる壁。

 

二つに一つ――どちらかしか選べないのが理。

それが世界の法則――神――のようなものとするならば。

この「意志」は、神に唾する大罪であろう。

だが、理をも超え、神をも喰らう者――それこそがGODEATERである。

 

「ああ……いい景色だ」

 

タツミは呟く。

仲間も、同じ景色を見つめる。

依然、空は灰色で、世界は壊れたままで。

 

全てを守ろうとする意志は、これから多くの挫折や絶望にぶつかることだろう。

螺旋のように、同じところで悩み続けるだろう。

だが、この景色を、共に戦う仲間と刻めたなら、きっと、大丈夫。

何度迷っても、この思いに立ち返ることができるはずだから。

 

 

 

神を喰らう者が選んだ道は――

この真っ暗なままの地球で――

永遠に――

罪を重ね続ける、道だったのだ――

 

 

 

――till my life comes to an end




これにて完結です。

ここまで読んでいただいた全ての人に、最大の感謝を。

以下、あとがきです。少し長くなります。
この作品を書き始めたのは、2のレイジバースト編でロミオが復活した理由を、自分なりに想像したことです。
私がゴッドイーターのストーリーで好きな要素として、展開にちゃんとした理由付がされていること、というのがあります。
しかし、ロミオの復活だけは「よくわからないけどこうなった」としか作品中で書かれておらず、どうにも自分の中でもやもやしたものを抱えてしまいました。(まあ、ロミオがいなきゃ、あのスッキリしたハッピーエンドはできなかったと思いますが)
そして、もやもやは止まることを知らず、妄想は膨らみ、
(ロミオはどうやって復活したんだろう?もしかして生かされていたとか?なら誰が生かしていた?ラケル博士?どうして生かしていた?最強とも言えるロミオの血の力‥ならそれを完成させようとしていた?まさか神機兵に「圧殺」の力を‥!?)
という風に、日常のふとした時に、例えばお風呂の中で考えていました。(うん。こいつアホだ)
さらには膨らんだ妄想を形にしたいという衝動に駆られ、当時連載していた前作「防衛班キャラクターエピソード」で扱った防衛班を主人公にした物語を書くこととなりました。(ちなみに、キグルミを主人公にしようかと考えたこともありました)

そして漸く、ここに書き終わりました。
長かったです。ゲームをプレイし終えてから3年もかかりました。
途中一年ほど休載してしまい、読んでくれていた人には申し訳なかったです。
なんかあまり読まれていないみたいだし、もう書くのやめようかな、なんて考えていた時期もありました。
それでも、読んでくれる人が1人でもいるなら、作品を作る意味はあると信じ、ここまできました。(それでも感想頂くとすっごく報われた気分になるので、できれば! お願いします/ / /)

作品には、私がゴッドイーターに触れて思ったことやそれ以外も、持てる「全て」を出し尽くしました。
作品の解釈は読者が全て正解なのですが、私の意図として、この物語は決してハッピーエンドではないです。
終わりのない苦悩、螺旋のように渦巻く事実。
生きるとはそういうことだと私は考えます。
しかし、それでも変わらぬ自分の「意志」を知れたなら‥。あるいは全てを見渡す「境界」に立てたなら‥
そんな希望も、この物語に込めました。

最後に、改めて感謝を。
文章が読みにくいところもあったと思います。それでも最後まで辛抱強く読んでいただいた、あなたに感謝です。もう、同じ部隊で背中を預けられるくらいです。

最近レゾナントオプスがリリースし、次はいよいよ3が待ち受けています。
ゴッドイーターの戦いはまだまだ続きます。またどこかの戦場であったらよろしくお願いします。


「ありがとう。また会おうね」


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