真剣でこの歳で学園生 (たいそん)
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梁山泊の居候

駄文ですが時間潰しにでもなれば幸いです
現時点では主人公は17歳です


「たっだいまー(まつり)、今帰ったぜい」

「お、姉貴今回は早かったな」

 

中国は梁山泊、その一室で掃除をしている青年。そのまま伸ばしましたと言わんばかりの黒髪に少し目つきが悪く、第一印象は不良。そんな彼はいつもよりも早い義姉(あね)の帰りに手を止めて出迎える。

 

姉貴と呼ばれた女性は身長は高く。鋭い目つきに柔和な笑みを浮かべ掴みどころのない印象で、長い黒髪を後ろで一本に纏めていた。

義弟(おとうと)に荷物と自身の獲物である槍を渡すと、着ていた戦闘服を床に脱ぎ散らかしながらシャワーを浴びるために浴室へと歩を進める。

 

「また槍を折ったのか、湯隆(とうりゅう)の婆さんそろそろ憤死するぞ」

「んー今回は許してくれると思うよ? なんせ史文恭が横槍入れてきたのに任務遂行したんだから」

「さっすが天雄星を継ぐ者って言ってやりたいけど史文恭もいい年齢(とし)だったから寧ろ今回の失敗で次の史文恭を継ぐ奴が表舞台に出てくる可能性が上がって少し心配だ」

「それ本人の前で言ったら絶対にシバかれるよ」

 

奉は折れて二本になった槍を取り合えず傘立てに入れながら梁山泊に来る前に出合ったことのある史文恭を思い出す。

 

 

――――――――――――     

 

 

あの黒髪で妙齢の淑女と出会ったのは育ての親を目の前でぶっ殺された時が最初だ。

梁山泊に身を置いてはいるが、姉貴も自分も生まれ育ちともに日本である。

姉貴両親と俺の両親は遠縁にあたる親戚同士で、家も近く姉弟(きょうだい)同然に育つ予定だった。

しかし俺が3歳になった頃に両親は事故で死に、実親の代わりに姉貴の両親が我が子同然に俺を育てたので姉弟同然。というかもう姉弟になってた。

 

だが、そんな生活も長くは続かず。中学校に入学して程なく姉貴両親宅に何者かが襲撃を行ったのだ。

真っ赤な血に染まった両親の傍らに立つ人間、彼女こそが古より続く傭兵の一族である曹一族の武術師範を務める史文恭である。

学校を終えて帰宅した俺が両親の死体を前に茫然としていると、当時の俺を見つけた史文恭は姉はどこにいるの? と優しく頭を撫でながら聞いてきた。

浴びた返り血で赤く染まった戦装束のまま頭を撫で続ける黒髪の淑女に抱いた恐怖は今も忘れられない。

 

「あ、姉貴は赤点とったから補修って言ってたからあと1時間は帰ってこないと思う」

 

我ながらこの状況でまともに受け答えができたのはいまだに不思議だ。

しかし、その答えに満足したのか史文恭は そう。と一言呟くと壁に立てかけてあった狼牙棒を掴む。

俺を小脇に抱えて家を飛び出し、塀から屋根へ屋根から電柱、そしてまた屋根を伝ってあっという間に姉が通う高校へたどり着く、そして俺を門の前におろし少し待っていてと声をかけて学校の中へと消えていった。

数分後、気絶している姉を抱えた史文恭が現れ先ほどと同じく小脇に抱えられると、そのまま港まで連れていかれた。

船に乗せられあれよあれよという間に気づけば中国のボロい宿泊施設に監禁されていた。

 

「顔を見せられなくてごめんなさいね、これでも私色々指揮をとらなくちゃいけない立場でね………部下に何かひどいことされなかった?」

「父さんと母さんを殺した奴の顔なんか見たくないっつの」

 

姉貴は申し訳なさそうに食事を持ってきた史文恭を睨みつけながら俺を守るようにその間に立つ。

 

「目的はあたしの目でしょ? 学校では関数に気を取られてたから反応できなかったけどあたしの目は未来を見通す。無手だからってそう甘く見るなよ」

「知っているわ、その目は今まで現れた目の中で歴代最高の力を持ってることもね。そして貴女自身相当の手練れたどいうことも重々承知よ……まあ得意の槍はここには無いのだけれど」

 

姉貴は最後の言葉に悔しそうに歯噛みするも腰を低く構えて臨戦態勢へと入る。

史文恭はその行動に困ったように笑うと食事を机の上に置いて部屋を後にした。

そして、その日の晩に姉貴の手引きと気合で宿から逃げ出し、当面の生活費を稼ぐために何でも屋をはじめ、いつの間にか用心棒、最終的には姉貴の目の事をどこかで知ったのか、梁山泊の連中からのオファーを受けて今や姉貴は立派な梁山泊の稼ぎ頭である。しかも天雄星を継ぎ、名を林冲と改め。完全に日本へ帰るという選択肢は無くなっていた。

実際は姉貴が万が一俺を人質に取られたら絶対に逆らえない。と言うので少なくとも日本よりは安全な梁山泊に身を置いてる。未来を見通せる目、しかも歴代最高クラスともなればその力を利用したがる人間はごまんといる……というか姉貴はそう未来が見えたらしい。

 

 

――――――――――――

 

 

「今思えばなんで史文恭の所から逃げた時点で警察に行かなかったんだ?」

「今更過ぎるでしょその質問………まあ、あたしが見た未来で誰を頼っても曹一族の息がかかった人間に奉が人質に取られるから仕方なくね」

 

俺のせいだったらしい。二年前までは曹一族の権力は高く表立って動けば捕まるのは目に見えていたことも理由の一つである。と姉貴は付け加え浴室へ消えていった。

近年は曽一族への報復の意味もあって姉貴が積極的にその力を削いでいたため、最近は一人で街に出ててもいい許可も得られた。

脱ぎ散らかされた戦闘服を拾い集めて洗濯カゴに放り込み、掃除の続きをしようと雑巾を手に取ったところでドアがノックされる。

 

「はいはいどちら様ってルオか」

「お休みのところ申し訳ありません奉さん、林冲さんがお戻りになったと伺いまして……」

「姉貴はさっき風呂入ったからなー。どうせシャワーだけじゃ物足りなくなってお湯ためるだろうし後三時間は出てこねーと思うぞ」

「そう……ですか、分かりました失礼します…………」

 

姉貴と同じく未来の見える目の異能を持つ少女ルオは、がっくりと肩を落とすとトボトボと去っていく。

彼女自身は次代の天雄星、林冲を継ぐものとして目をかけられているので姉貴に鍛錬を頼む必要はなく、姉貴に鍛錬してもらう時間が決まっている。

しかし、そのルオが任務帰りの姉貴にわざわざ声をかけてその上あそこまで落ち込むということは今でなければいけない理由があるのだろう。

 

「どうせファンも鍛錬に付き合わせたくてわざわざ予定の鍛錬とは別に頼みに来たんだろ? 異能についてはてんで参考にならんが槍なら俺が相手してやるよ」

 

姉貴に付き合わされてもう五年間も槍での模擬戦をやらされている、十一歳の彼女たちに教えるくらいならまだ何とかなるだろう。

先の言葉にルオは高速で方向転換し頭を下げてくる。

 

「ありがとうございます! ファンは今表で鍛錬していますのでそこでお待ちしています!」

「まあ、俺も暇だしな。湯隆のところに寄って行くから十分くらい待っててくれ」

 

ルオはもう一度深く頭を下げると小走りで廊下の角を曲がっていった。

あの調子だと手は抜けないな。と考えながら折れた槍を傘立てから引っ張り出し湯隆の元へ向かった。

結局は湯隆に説教を食らいそうになったが、ルオ達をダシにその場からうまく逃げおおせたので、鍛錬引き受けてよかったと己の判断を絶賛しつつも広場へ急ぐ。

 

「悪い少し遅れた、湯隆のババアがキレやがってさ槍折ったの姉貴なのに」

「いえ、私なんかの鍛錬に付き合っていただいてすみません!」

 

到着して五分遅れたことを謝罪したらルオの親友であるファンが即座にお礼とも謝罪ともとれる言葉と共に頭を下げる。

 

「んじゃ、まあ取り合えずかかって来いよ。指摘と矯正は一戦しなきゃわからんからな」

「「はい!」」

 

ルオとファンの大きな返事と共に、ルオは槍をファンは棒で一気に駆け込んでくる。

槍の突きと棒の払いを俺は棒を足で思いっきり踏みしめ、槍は自身の槍で跳ねのける。

 

「かかって来いよとは言ったが、ニ対一はちょっと舐めてたかな」

 

そんな呟きと共に二人からのコンビネーション抜群な攻撃を完全に防いでいく。

現在の林冲である義姉は、未来予視による回避力を前面に使った当たらなければ問題ない戦法を使うゴリゴリの攻撃特化だ。

一方、そんな義姉とは対照的に、義弟は完全な防御特化型だ。

理由は単純で、未来予視なんていう反則的な異能を持っている義姉に負けないためにはこれしかなかった。

おかげで義姉との稽古で負けたことはこの数年一度もない――――勝ったことすら一度もないが。

 

そんな攻防を続けて十五分を過ぎたところでルオが根を上げた。

ファンはまだいけるらしく、さらに苛烈に攻撃を加えるがそれも更に十五分経てばルオと同じく地面にひっくり返ってゼェゼェ息を切らしている。

 

「ファンお前すげーな姉貴ですらニ十分で飽きるってのに」

「す、すみま……ごほっ…せん……」

「なんで謝るのかはわからんが、取り合えずルオから話すか」

「はい! お願いします!」

 

休憩も十分なルオに向き合い、先の稽古での矯正すべき点と鍛錬方法を教えていく。

 

「未来を視えるからってあんまり攻めすぎない方がいいぞ。姉貴の真似なんだろうがお前にはまだ早い、まずスタミナつけた上で槍の攻撃力の上昇が今後の目標だな。ああ後、利き腕側からの攻撃が本命なのまる分かりだから、もうちょっと左腕の腕力上げないとフェイントになんねぇぞ」

「っ、分かりました。精進します!」

 

最初のスタミナは自覚があったのか素直に聞いていたが、フェイントには自信があったのだろう一瞬悔しそうな表情を浮かべるとルオは両腕に重しを着けながら広場を走り始めた。

次に息の落ち着いたファンに向かい合う。

 

「ファンはその年にしては十分な体力があるが、いかんせん焦りすぎてるな。目線で大体の動きに予測がつくから精神的な修行も少し増やしていった方がいいぞ、他にはそうだな………」

 

言っていいものか悩んだ、ファンの戦い方はルオほどではないにせよ攻撃寄りだ。

しかし、正直言って彼女には向いていないだろう。だが異能をいまだに有していない彼女は防御に回っても他の子達には勝てない。

それ故の攻めの姿勢なんだろうが、攻めにおいても異能を持たない彼女は早期決着を狙うしかなく、そのことへの焦りが如実に目に表れていた。

 

「どんなお言葉でも受け止めて見せますっ! だから教えてください!」

「…………ファンお前に攻めの姿勢は向いて無い」

「はい……それは自覚していました、しかし私に異能で強化された攻撃に耐えられるような力はありません………どうすれば……」

 

自覚はしていたらしく、俺の指摘はすんなり受け入れられたがそうすると問題はこのまま攻めの姿勢を貫くか、守りの型に改めていくかだ。

 

「一応言っておくが姉貴との打ち合いで俺は負けたことが最近全くない。言ってる意味わかるよな」

「ま、奉さんは異能を持っていません、しかし現在梁山泊で最強の林冲さんに打ち負けていないということですか?」

「そんな疑いの目を向けられるのはもっともだろうな。未来視してくる上にヒューム・ヘルシングのケツひっぱたいて逃げてくる化け物相手にどう耐えるんだってな」

 

最強爺さんケツバット事件は姉貴の武勇伝の十八番だ、かれこれ数百回は聞かされた

 

「見るんだよ、全部を」

「見る?」

「相手の目、指、呼吸、筋肉の動き。そして何より思考」

 

ファンは要領が得ないのか首をかしげる。

俺は広場の外周を走っているルオに視線を移し説明を続ける。

 

「次にルオが戦うときはどうすると思う? 俺の指摘を受けたルオは左からの攻撃を強化してくるだろうが、結局は本命に利き腕での攻撃を使うだろうよ」

「ですが利き腕の攻撃をフェイントに左からの攻撃で体力を削り最後に本命を入れてくる可能性があるのでは?」

「その可能性のほうが多い。けどな守ることで一番大切なことは何かわかるか、ファン」

 

ルオから視線を戻し、ファンの頭をポンポン叩きながら問いかける。

ファンは答えが見つからないのか顎に手を当てて唸ったままシュミレーションでもしているのか、ぶつぶつと何か呟いている。

 

「急所を守ること? いや、関節? 目線を遮らないようにする事……ですか?」

 

納得のいく答えが出たようでおずおずとだが答えのだが、ファンに軽くデコピンを食らわして答えを告げる。

 

「残念不正解。答えはな()()()()()()()()だ」

「殴らせる……?」

「重要なのは()()()の方な。殴るのではなく斬られたりしたらどうするんですかって目で見るなよ」

「す、すみません」

「だめだ、ファン相手しろ」

 

ファンは考えが顔に出てたのが恥ずかしかったのか、顔を朱に染めて俯いた。

そんなファンに槍を構えて正面に立つと慌ててファンは棒を構えた。

 

「…………そうだな。左右に突きを放って牽制」

 

ファンは完全に攻撃が読まれていた事に驚きながらも予定通りに突きをくわえる。

そして、四打撃目で奉が半歩右足を下げた。

その隙を見逃すことなく、ファンは渾身の足払いを次に下げるであろう左足に振るう。

 

「けどそれはフェイントで棒を一回転させて反対側で俺の顔面に突きを加えて防がれれば仕切り直し。躱されれば棒を回避した方向へ振って追撃」

 

その言葉にファンの動きは完全に停止した。

すべて読まれていた、それ以上に先ほどの奉からの言葉を理解したが故の驚愕による停止だった。

 

「わかったろ? 姉貴に負けないのは付き合い長いぶん完全に手玉にとれるからだよ。武松なんか相手にした時は衝撃波飛ばしてくるからまた別の対応するし、これが絶対ってわけじゃないがな」

()()()()()()()()………あの、何処から誘導していたんですか?」

「ファンが牽制の突きで右から入りたくなる所から」

 

ファンがあんぐり口を開けて驚いてると夕食の準備を告げる鐘が鳴る。

 

「私は食事の準備があるので失礼します! あのもしよろしければ今後もご指導お願いできませんでしょうか」

「任せとけって言いたいけどまずは何よりその目をどうにかしろよ? 焦りすぎだ」

「はい!」

 

ファンは元気よく返事をすると厨房のある方向へ走っていった。

 

「さてと、俺も不能の一員として洗濯でもするかー」

 

姉貴が脱ぎ散らかした戦闘服の汚れを思い出してため息一つついて部屋に戻る。

その後、置いていかれたルオは若干涙目で姉貴の元へ鍛錬を受けに来たらしい。




直江大和が川神学園2年生時点で奉の年齢が26歳になるようにしています
原作時間まで追いつく為に時間は飛ばすのでいつかはその空いた時間もいつかは補填したいなーとか思ったり思わなかったり
とりあえずは原作時間までに四話か五話で追いつくはずです



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梁山泊の追放者

奉は現在20歳です


時は進んでも中国は梁山泊。

ファンが防御型に戦い方を変えてから三年の月日がたった。

 

色々なことが起こった三年間だが現在(まつり)こと林冲の義弟は、一世一代の大ピンチに陥っていた。

梁山泊の首領、宋江に曽一族の切り札、史文恭に通じているとして処刑されかけたのだ。

実際、史文恭とはメル友だが別に情報を流していたわけではない。というか恐らく宋江的には梁山泊最高戦力である姉貴の手綱を完全に握るために俺を消したいんだろう。

 

梁山泊を敵に回すのと、裏切り者の義弟どちらを取るのか。宋江(そうこう)は梁山泊だと思っていたらしいが。

姉貴は「じゃあ、あたし一抜(いちぬ)けたー」と宋江を蹴り倒しそのまま関勝(かんしょう)呼延灼(こえんしゃく)董平(とうへい)秦明(しんめい)を相手に大立ち回りをして牢に入れられていた俺の元へやってきた、姉貴は息も絶え絶えといった様子だ。

 

「時間がない、早くいくよ」

「行くってなんかあてでもあるのか?」

「とっておきがあるから安心しとけって………奉その体……」

 

姉貴は俺の状況を見て息をのんだ、それもそのはずだ。敵と通じたやつが何を受けるか? 拷問だ、しかも千年越しの因縁ある相手では拷問の気合の入り方も別格だった。

姉貴には両目を焼きごてで潰されているのが確認できるんだろう。

「こんなのあたし視てないよ」

「だろうな、姉貴が昨日未来視しても完全にその通りに動かなければ未来はいくらでも変わる、大方予定より早く片付けたんだろ。急に焦りだして目を潰されたからな」

「なんでこんなことされて平然とペラペラ話してるんだよっ⁉ やったやつ誰だ? 今すぐあたしが「必要ねぇよ」

 

かぶせるように言葉をかける、その言葉に驚いたのか姉貴は怒っているのだろうか? 足音が少し大きく荒々しい物へと変化してこちらに近づいてくる。

鼻先まで歩み寄ってきた姉貴に声をかけようとした瞬間、思いっきり胸ぐらを掴まれて無理やり立ち上がらされた。

 

「なんでお前はそうなんだ? 父さんや母さんが殺された時も、理不尽な事があっても、今回みたいなことがあっても………どうして……」

「そうだなぁ、姉貴はどこまで知ってるんだ?」

「奉の両親は事故死じゃなくてあたしの親が殺した事は知ってる」

「じゃあ、話は早いな。姉貴の両親を殺したのは俺だよ」

 

姉貴はそんな言い方するなと頭を叩くと続きを求める。

 

「わかった、厳密には俺が目的でどこぞの犯罪組織が家を襲撃した、その襲撃者を俺が殺して、その時に俺を助けるように依頼された史文恭が現れ、日本にいるのは危険と判断してこっちに連れてきた」

「あたしがそのことを知ったのは三年前の史文恭が横槍を入れてきた時だよ」

「だろうな、あの日から曽一族が関わっている任務をそんなに引き受けなくなったから分かりやすかったよ。史文恭が話すとは思ってなかったけどな」

 

掴まれていた胸ぐらから力が抜けていくの感じて初めて姉貴が泣いている事を知覚する。

目が見えないだけでこうも不便なのか、と考えたが姉貴が続きを促すようにこちらを揺すってきたので言葉を吐く。

 

「俺はさ実親の仇をである育ての親が襲われるのを見て何もしなかったんだ。魔が差したっつーか、あの二人は実の両親を殺した人間だってな。でもよ史文恭雇って俺達の護衛につけてたのは父さんだったんだと」

 

泣いていた姉貴が動きを止める。つまり襲われることをわかっていた両親は身の安全でなく、姉弟二人の安全を依頼したという事に気が付いたらしい。

 

「その話聞いてからもうわけわかんなくって。俺は仇を討ったって喜ぶべきなのか助けてもらったって感謝すべきなのか憎むべきか怒るべきかすらわからなくなってよ」

 

胸ぐらを掴んでいた姉貴の手を掴み握る。潰れた目では何も見えないが姉貴が俯きながら話を聞いているのは確かにわかる。

 

「父さん達がなんで俺の親を殺したかもわかんないし俺に何の目的があって誰に襲撃されたかもわからないけどよ。その話を聞いたときやるだけ無駄だって思っちまった」

「無駄?」

「復讐は復讐を、暴力は暴力を。誰かが我慢しない限りソレに際限はない、だったらここはひとつ俺が我慢しようってな」

「目玉潰されてもか?」

「じゃなきゃ仇討ちに行って姉貴が殺されたら俺は我慢できないし、逆に姉貴が殺せばソイツの関係者が報復に来るだろ?」

「史進か」

 

姉貴が殺されると言った瞬間どうやらバレてしまったようだ。史進のもつ異能は『消去』

相手の異能を打ち消し正面から戦うといったもの、普段の義姉ならば勝てるだろうが今はボロボロの状態である、戦えば十中八九死ぬし、万全でも一対一でなければ異能を消され袋叩きにされて姉貴は死ぬ。

 

「俺は姉貴のために戦いたくないからな、最終的には姉貴の敵になりそうだから」

 

その言葉がよっぽど意外だったのか、俯いていた姉貴の顔が勢いよく上がる。

 

「目玉を焼き潰されようと親を殺されようと、姉貴に敵として見られるよりずっといい。俺は姉貴が無事ならそれでいい。」

「何言ってんだよこの愚弟……今のお前の状態見て姉ちゃん無事じゃねぇよ馬鹿」

「それについてはすまん。抵抗したらファンやらルオやらスンやらに手を出すっていうから、ちょっとお兄ちゃん面してる身としては抗えなかった」

 

ファンとルオに鍛錬を付けていたらいつの間にか梁山泊の子供たち全員の相手をしていたのだ。

驚くと炎を上げて服を燃やしてしまうスン、公孫勝(こうそんしょう)が甘やかしに甘やかして育てたため失敗を意地でも認めないユアン、他にもパンツの味を占めた馬鹿や真剣白刃取りを歯でやるマンガを読んで乳歯全部吹き飛んだ馬鹿、とか色々いるがなんだかんだ仲が良かった上に特に不能者であるファンには本当に何かしそうだったので仕方がなかった。

 

「いつの間にか義弟がお兄ちゃん属性備えていたとは姉ちゃんちょっとショックだぞ」

「ロリコン言わなかったって事は少しは機嫌よくなったみたいだな」

「ああ、決心も付いたし、そろそろここ出ようと思う」

「どっか行く当てあるのか? 未来視たなら脱出する分にはまだなんとかなりそうだけど」

 

まかせろ。と姉貴は小脇に俺を抱え上げると牢を飛び出した。

いつだか史文恭に似たような事をされた覚えがあるが、今度は目が見えない為恐怖しかなかった。

かく乱のためだろう、梁山泊のあちらこちらから爆発と共に花火と紙吹雪が舞っている音と頬にあたる感触で分かる。

警備の動きを完全に見ていた姉貴は一度も発見される事無く予め準備していたであろう二人乗りのオートバイの元へたどり着いた。

 

「いやーはぐれない様に二人乗りにしといてほんとよかった」

「にしても一日でこんだけ派手な陽動の準備するって未来視の出来る時間伸びたのか?」

「あはは、流石に歴代最高とは言っても見れるのは明日の出来事ぐらいだよ、準備ができたのも宋江の奴がこうする事も安道全(あんどうぜん)が教えてくれたから」

 

バイクに乗り目が見えないので姉貴に全力でしがみつく。

それを確認した姉貴は一気に梁山泊の支配地域を駆け抜けていく。

 

「安道全が?」

「宋江ももう歳だからね。次代は準備万端なのにいつまでもその地位にしがみ付いてるから派閥ができてんのよ。現宋江派と次期宋江派でね」

「んで、今回の件で現宋江を引きずり落とす代わりに俺の救出の手助けしてもらってんのか」

 

そゆこと。と姉貴が返事をしてバイクのアクセルを上げる

かく乱に使われていた花火の音が遠ざかっていくのが分かるが、梁山泊から離れていることが何も見えない暗闇ではどうにも実感がわかなかった。

 

今回の責任の追及のために、強制的に隠居させられた宋江の代わりに次期宋江が梁山泊当主となった。

梁山泊最高戦力である林冲の離反を聞かされていなかった次期宋江派の者たちの内何人からは、捜索し捕らえるべきだと意見が上がったが。

離反した林冲の活躍で党首の座に収まったこともあり新宋江は奉と林冲をへの捜索はせず、空いてしまった梁山泊の星達の穴埋めのために次代の子供たちの育成に注力すると方針を固めた。

 

――――――――――――

 

「ここにいたか奉君」

「大成さん? どうしたんです、この時間は娘さんの鍛錬でしょう?」

 

現在、俺は剣聖、黛大成の元へ身を寄せている。

理由は簡単、姉貴がこの人に貸しがあったので一年俺の面倒を任せ、本人は傭兵家業を続けて現在は中東にいるらしい。

 

「由紀恵は今瞑想をさせているからね、君の様子を見に来たんだ」

「相変わらずですよ、たかが目が見えないだけなんでそこまで心配しなくても大丈夫ですよ」

 

現在、俺のしている事は釣りだ。目が見えなっくなってから一ヶ月が過ぎ、何とか盲目の生活に慣れてきて今では毎朝防波堤で釣りをする毎日だ。

元々、未来視をする奴と張り合っていたため目が見えなくとも感覚で最低限の生活はできていたのだが、それを見た大成さんはもっと鍛えるべきだと釣りや将棋を勧めてきたのだ。

ここでも居候の身のため、断るのも悪いので取り合えず釣りや将棋、最近では簡単な内職なんかもしている。

 

「今日はいつもの場所とは違うだろう? 少し心配だったんだが………問題はなさそうだね」 

「案外慣れるもんですね、二回くらい転びかけましたけど」

「普通はそうはいかないよ。君の感じ取る力の高さゆえだ」

「姉貴相手じゃ下手に目で追う方がやられますから元々鍛えられてたんでしょうけどッ」

 

歓談にふけっていると、竿に微かな振動を感じ勢いよく竿を振る。

魚の口に針が掛かる感触を手に感じながら大きさ、速さに合わせて引っ張り少しづつ体力を削り弱ったところで引き寄せ網で掬いあげれば終了。

攻防自体は早々に決着がついた、防波堤釣りで釣れる魚ならば針をかけた時点で勝ったようなものだ。

 

「お見事」

 

大成さんに褒められながら触った感触からしてクロダイであろう魚をクーラ―ボックスに放り込み帰り支度を始める。

大成さんはクーラーボックスを覗き込むと、一番聞きたかった事であろう質問を投げかけてきた。

 

「昨日、オコゼを釣って来ただろう? 毒針のある魚をどう区別しているのか気になってね」

「あー、普通に掴んで刺されましたよ? 毒とか効かない性質(タチ)でして」

「お姉さんから聞いてはいたから海釣りをしても大丈夫だと思っていたが普通に刺されていたのか、傷は大丈夫なのかい?」

 

異能というには少し違うが、俺の体はすさまじく頑丈で適応量が高い。

梁山泊に居た頃、食事に毒を盛られた時の対策としての耐毒性を付ける訓練で謎の適応力の高さを発揮したのだ。

安道全曰く、異能ではないが体質に近いものだそうだ。

 

「傷は寝たら治りましたよっと、お待たせしました帰りましょうか」

「そうか、なら良かった。一応その傷跡は見せて貰うよ、しかし今日は豪華な朝食が食べられそうだね」

「豪華って言ってもクロダイ一匹じゃ味噌汁に入れるくらいが関の山ですよ。メバルは五匹なんで一人一匹は食えますけどちっこいからなー」

 

荷物を担いで大成さんと帰路に就く、梁山泊を出てここに来てから一ヶ月、帰り道の街道で銀杏の独特の匂いがなくなった事に気が付き冬の到来を感じる。

日本で久しぶりに過ごす年末に義姉が戻ってくるのかどうかが気がかりだった。




史文恭が遅れた理由は一応ありますが長いのでカット
3年間に色々ありましたがそれもカット


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黛家の居候

横からの一閃。

 

まさに光が走ったかの様であろうその斬撃を刀身を斜めに構え、刃の接触と共に払い受け流す。

 

「ッ!?」

 

受け流されるとは思わなかったのか、驚愕の息遣いを感じるが手は出さない、隙であったのは事実だが、俺は暴力をふるうのは嫌いだ。というか性格なんだろうがハッキリ言って試合だろうが何だろうが戦う行為そのものが嫌いだ。

今までの人生で攻撃を防ぐ事もあれば、己の技術を教えることもあった。

しかし、ただの一度も自分から攻撃を加えたことはない。

 

「そこまでッ!」

 

黛大成の普段よりも厳格な声が修練所に鳴り響く。

その声に不満があるのか対戦相手――――黛由紀恵は口を開こうとするが、大成さんに視線で一喝されその場で一礼をして下がる。

 

「由紀恵、お前の負けだ」

「はい」

「理由は分かるな?」

「………はい」

 

今は桜舞い散る春の季節。

目の見えない生活に慣れ、将棋も釣りも最近ではテレビゲームすら出来るようになり視覚情報とは何なのかと考え始めている――――――実際のところは由紀恵ちゃんの妹である沙也佳ちゃんのコントローラーを操作する音に対してこちらも操作しているので、オンライン対戦では絶対に勝てない。

しかし大成さんにはその光景を見られて剣を振らないかと話を持ち掛けられてしまったのだ。

いつも良くしてもらっているので、今回も断れず一ヶ月ほど稽古を受けて、ある日突然由紀恵ちゃんの相手を頼まれたのだ。

 

「私は慢心……いえ、奉さんを軽んじました」

「そうだ黛家の人間としてそれだけはしてはならない、たとえ相手が何者であろうと全力で切り捨てなさい」

 

父からの厳しい言葉に由紀恵ちゃんは己の未熟さに肩を震わせている。

黛由紀恵は強い。恐らく同年代では北陸で彼女に並ぶ者はいないのだろう。

強者であるが故の慢心を戒めるための当て馬として選ばれたんだろうが、目の前で全力で切り捨てろとか言われるとちょっと悲しみを感じる。それくらいの気概で臨めという意味なのだろうが。

 

「だが、目の見えない彼に全力で打ち込めなかった優しさ、私は誇りに思うよ。由紀恵」

「…………父上」

 

模擬戦が終わり、師の雰囲気から一変、一人の娘の父親として娘をねぎらう大成さん。

由紀恵ちゃんも頭を撫でられて少しだけ嬉しそうだ。

 

「奉君もお疲れ様、由紀恵にはいい薬になっただろう。どうせなら君の一太刀も見てみたかったがね」

「いやー、流石に九歳も年下の女の子を斬るのは気が引けるといいますか」

 

居候させてもらっている側から言わせてもらえば年下関係なくやり辛い。

しかも彼女は今年で十一歳になる、万が一下腹部なんかに一撃でも入ってしまえばシャレにならない。

 

「そういえば今何時ですか?」

「そろそろ五時になりそうだね」

「じゃあ少しだけですけど釣りにでも行ってきます」

 

日課になっている釣りは、いつも朝の四時から始めている。

沙也佳ちゃんに頼んで三十分ごとにアラームの鳴る様に携帯を設定してもらったので、時間の感覚は最近覚え始めた。

 

「あの、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

おずおずとだが由紀恵ちゃんがそう申し出る。

この後の修行は大丈夫なのか、そんな意図を込めて大成さんに顔を向けるが何も言ってこないということは大丈夫なのだろう。

こんな時目が見えないのが不便だ。アイコンタクト的なものが一切できない

 

「おう、んじゃ一緒に行くか」

 

 

――――――――――――

 

「体は大丈夫かい?」

 

最上幽斎は会議を終え外で待っていた護衛の女に声をかける。

 

「んー、ちょっと辛いかな。昨日視たのよりは大分マシだけど」

「結局辛いのでは意味がないじゃないか、試練はまだまだこれからなのだからもう休んだ方がいい」

 

護衛にかける言葉ではないが、彼の生き方を知ればそれはごく当たり前のことだった。

全人類への愛を掲げる彼にとって、護衛も上司も赤の他人も等しく愛すべき隣人なのだから。

 

「これ以上あたしが試練を乗り越えても意味ないのよ、あたしが考えなきゃいけないは奉のためにどこまで何を残せるかだけ」

「だがその病が治るかどうかはその時まで分からないだろう? 僕は諦めてほしくなはいな」

 

希望を取るべきだと幽斎は友人へ諭すが決意は固く、未来を視る力を持たない己で、も彼女が絶対に譲らないのは分かった。しかし最上幽斎としては絶対に認められないその生き様に肯定を示すわけにもいかず?小言を言う所で済ましている。

 

「諦めじゃないんだけどね、幽斎には一生わかんないことだよ」

 

話に一区切りついたのを見計らってか最上幽斎に声がかけられる。

 

「おう幽斎! そっちのボンッキュッボンのねーちゃんが話してたコだよな?」

「ああ、帝。すまないね、報酬が君への仲介する事なんだ」

 

九鬼帝。

九鬼財閥を世界最高峰組織へと昇華させた風雲児。

話すことすら中々できない存在である彼と話すためにこの一年を全て捧げた。

 

「単刀直入に言うわ九鬼帝、貴方がクローンに手を出してるのは知ってるし、他にも幾つか口外したくない機密も知ってる。さらに言えば貴方の息子と妻はあたしに借りがある」

「交渉というよりはは脅迫だな」

 

帝の後ろに控えるは、九鬼従者部隊序列零番ヒューム・ヘルシング。

世界最強の一角である金髪の老人はその言葉に静かに闘気を出し両者の間に立つ。

 

「ヒューム、あんたに用はないわ。さっさとそこを退かないとケツひっぱたくわよ」

「フン、今の貴様では赤子も同然。後ろすらとれんだろうに」

「おいヒューム下がれ。言い方は確かに気に食わねぇが、実際に英雄の怪我があれで済んだのも局が拉致されかけたのを阻止したのも事実だ」

「しかし帝様、この女が仕組んだ可能性もございます」

「だとしても二人を完全に守れなかったのは九鬼の落ち度だ。証拠がない時点でこのねーちゃんには恩しかねぇ」

 

九鬼の長男が爆破テロに巻き込まれた時には未来視を使ってテロを意図的に最小限の被害に収め助けた。

そして、助けたということを強調しようとした結果、長男に怪我を負わせてしまった。

妻である局が誘拐されそうになった時は前回の失敗を防ぐために、完璧に事が起こる前に終わらせたのだ。

 

「私が欲しいものは九鬼の技術よ」

「なんだ? 新しい体を作って脳を移植しろってか、ハッキリ言ってまだ無理だぞ」

義弟(おとうと)の目を治す」

「目玉くり抜いたクローン弟の方はどうするんだ? 目玉だけ作るなんて出来ないからな。木曜日にゴミに出しておけばいいのか?」

 

帝の目が蔑むような視線に代わるがそれを鼻で笑って返す。

 

「いえ、皮膚だけ作ってもらえばいい。目が戻っても移植した皮膚が目立ってちゃ可哀そうでしょ」

 

彼女は火傷後に移植した皮膚が他人では少し色が違うせいで目立つのを避けるためだけに九鬼にクローン技術を使わせろと言っているのだ。

 

「肝心の目玉はどうするんだよ」

「眼ならここにあるわ、未来すらよく見通せるのがね」

「は? 弟が喜ぶと思ってんのか」

「彼女は末期のがんなんだ、九鬼にある借りを使えば助かる可能性は極々ほんの僅かだがある。僕はそう勧めたよ」

 

最上幽斎がそう補足する。

帝は未来視を可能とする彼女に瞳をじっと見つめ、覚悟を確認するが時間の無駄だといわんばかりの視線が返ってくるのみだ。

 

「目元周りの皮膚を作る程度で妻や息子の恩を返せると思えねぇんだが」

「医者はいらないかな、安道全ばりに優秀な子見つけたし………

 じゃあもう一つお願いしようかな――――――」

 

その願いに九鬼帝は目を丸くしその後、腹を抱えて大笑いした後に笑顔で了承し最上幽斎はその願いの助けになると申し出た。

帝から予定以上の言葉を引き出した上に実力自体は認めている最上幽斎の助力まで引き出せたならもう後悔はない。

 

「奉の奴たぶんキレるよな…………あの子達でどうにかなるといいんだけど、保険だけはかけておこうかな」

 




最上幽斎と九鬼帝の会話があっているか自信がない………
たぶん呼び捨てか君呼びと思うのですが


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猟犬部隊のターゲット

これぞ駄文というか、読みにくいと言いますか。正直この話は自信がない………

※すみません入れ忘れた文章を追加しました


義姉とは会えず、ついに四年の時が流れた。

 

「奉君、君にお客さんだ」

 

そう大成さんに言われて目の前に現れたのは強者の風格をこれでもかと撒き散らす老人だった。

 

「お前が奉か。義姉と違って凶暴そうだな」

「姉貴とどこを比べてそう判断したのかしらねぇが失礼だなアンタ」

 

初対面の相手にあるまじき発言をもらいイラっとするがここ四年間、義姉とは音信不通だったため、義姉の情報が得られるならばと渋々ながら部屋に通す。

座布団を出すが、座らずに老人は貫禄のある声で馬鹿なことを言い始めた。

 

「二日前にお前の義姉は死亡した。ドイツに遺体があるんでな、確認しに一緒に来てもらおう」

 

言葉の意味が理解できなかった。

中東で殺し殺されが日常の生活をしていても、義姉には未来視の眼がある。

絨毯爆撃すら場合によっては生き残りかねないあの異能を持つ義姉が死んだなんてあり得ない。

 

「信じられないか? 無理もない、この俺に泥を付けた人間がそうやすやすと死んでたまるかという事については同意見だ」

「爺さんアンタ、ヒューム・ヘルシングか」

「いかにも、九鬼家従者部隊序列零番ヒューム・ヘルシングだ。そして俺がわざわざお前に噓をつきに来ると思うか」

 

九鬼の最高戦力がわざわざ知らせに来たんだ、義姉の死は事実なのだろう。

 

「誰があのバケモンを()ったんだ?」

 

義姉の死を受け取めるにはそこだけが気掛かりだった。

瞑想さえすれば次の日の出来事さえ視れる義姉をどう倒したのか。

史進の異能が頭をよぎるが素、の戦闘力でも史進には負けないはず、まして未来が視ているので多勢に嬲られたという事も考えにくい。

 

「それについては俺の口からは言えん、お前の義姉から頼まれたのはドイツのリューベックにある彼女の死体へ案内する事と余計な情報を言わないことだ」

 

義姉は遺言なのか、わざわざヒューム・ヘルシングを使いに寄こしたのだいう事を考えれば実力行使で連れて行く事も視野に入っているとみていい。

 

「…………分かった、準備するから少し待っててくれ」

「案外素直だな、聞いていた印象とだいぶ異なるな」

 

いったい義姉は人外仲間に何を吹き込んだのだろう。

聞いてみたい事だったが、義姉から聞いていたヒューム・ヘルシングという人間の評価を鑑みるに気は長い方ではない。

必要最低限の荷物をバックに詰め込み、沙也佳ちゃんに街に出るときに時に使ったほうがいいと渡されたサングラスを掛ければ十分だろう。

 

「何か必要なものが合ったら言え、常識の範囲内であれば九鬼で用意する」

「だったら一杯付き合えよ、素面じゃ泣けねぇんでな」

 

半分冗談だ。そもそも涙を流す機能はもう無くなっている。

半分本気だ。自分でも不思議だった。

 

唯一無二の家族、義姉の敵にはなりたくない

義姉の負担になりたくない、義姉の傷つくところを見たくない

義姉が殺すところを見たくない、姉の死ぬところを――――――

 

そんな人生を歩んできたというのに義姉の死を知らされてもどこかで納得している自分がいる。

ついに死んだか、その一言だけが今胸の内に渦巻いている。

この感情をどうにかしないと自分がどうなるのかわからなくて恐ろしい。

だから、酒に誘った。

 

ヒューム・ヘルシングは真意を見抜いたのか、ただ一人の家族を失った俺を哀れんだのか、準備しようと一言告げると共に黛家の門の前に止めてあるリムジンへ向かう。

 

大成さんには義姉の死と遺体の確認に向かうと伝えて出てきた、娘二人は今は学校に行っているので挨拶はできないが、由紀恵ちゃんとは稽古相手しかしていなかったのでそんなに仲良く思われていないだろう。

沙也佳ちゃんは最近やっと火傷の跡に慣れてきたものの、夜に合うと悲鳴を上げてしまうので丁度いい息抜きになるはずだ。

 

 

――――――――――――

 

ドイツ、リューベックに到着してすぐに出迎えてきたのはドイツの軍人だった。

 

「貴方が奉さんですね、猟犬部隊副長フィーネ・ベルクマンです」

「姉貴何やったんだよ、軍人に出迎えられるってテロとかやらかしたんじゃねぇだろうな」

「テロリストの頼みを聞くほど暇ではないぞ」

「ヒュームさんがパシリに使われてる時点で色々やらかした可能性が高いんですけど………」

 

二人で話した結果、俺はヒュームさんには敬語で話すようにした。

義姉から聞いていたほど酷い人間じゃなかったのを知った時点でとりあえず謝った、義姉はヒュームさんがそんなに好きではなかったらしい。

ヒュームさんも義姉の話をしていたらなんだかんだ仲良くなったので軽口ぐらいは言うようになった、酒が抜けていないだけかもしれないが。

 

「フランク中将に連絡を入れますので少々お待ちください」

 

携帯で上司に報告を済ませたフィーネが車を運転し死体安置所………ではなく何故か城に連れていかれた様だ、ヒュームさんが「よく手入れされている城だな、今度その技術を若い奴らに学ばせに連れてこようか」とか呟いていた。

 

「初めまして、フランク・フリードリヒだ。君の義姉さんから頼まれて我が家で彼女の遺体は預かっている」

 

この言葉だけ取れば意味が分からないだろう。

 

「こちらこそ義姉がなんかご迷惑をかけたようで、フリードリヒさん。なんで姉貴の死体がここにあるか聞いてもいいですか?」

「その質問には私は答えられないな、彼女との約束を反故にしてしまう」

 

また義姉との()()だ。

ドイツ軍の中将に自分の死体の管理を任せることを頼むとはいったい何を考えているのか分からない。

 

「今日は突然のドイツ訪問に疲れただろう、部屋を用意してあるのでヒューム殿も一緒に一晩ゆっくりしていくといい。マルギッテも明日には任務から帰ってくるはずだ」

「誰ですかソレ」

 

こっちの話だよ。とヒュームさんに向けて放った言葉と説明すると、部屋へ案内される。

どうやら義姉は何かしらの目的があって俺をここに呼びつけたらしい。

しかもヒューム・ヘルシングにフリードリヒ中将を使()()()状況に仕立て上げたうえでだ。

 

夕食の時にもう一度ここに連れてこられた理由を聞いてみたが、聞き出せなかったので渋々ベッドに潜り込む。

部屋歩手で探った感じだと、部屋は中世の城の様な石造りの割に現代のホテルと同等の部屋だった、それも結構いいとこのホテル並み。

義姉にはいろいろ文句を言いたいが明日にならねばその亡骸にはご対面できない。

まず何を言ってやろうか。そんな事を考えながら眠りについた。

 

 

――――――――――――

 

 

朝、ヒュームさんに起こされ朝食をとると、見知らぬ軍人が何人か増えていた。

自己紹介をすると言って何故か表の庭に連れていかれる。

 

「マルギッテ・エーベルバッハです、突然ですが貴方にはここで眠ってもらいます」

「それも姉貴がマルギッテさんに頼んだのか?」

 

返答はない、ただ返されるのは闘気だけだ。

 

「これを使え、義姉からの贈り物だ」

 

そう言ってヒュームさんが投げてよこしたのは5メートルの長さを持つ槍だ。

普通の槍に比べて遥かに長いこの槍を使っている人間はそうそういない。

簡単に言って姉が愛用していた槍だ。

 

「貴方の義姉には借りがあります、その借りを返す為にも説明はできませんッ」

 

全速力で駆け込んでくるマルギッテは構えていた槍を右手で弾き上げる。

この感触から見えない俺でも腕に装甲を付けているか、トンファーか何かを付けているとあたりをつけた。

 

「長いな、姉貴こんな扱い辛いもん振り回してたのか」

 

普段使う槍は2メートルから3メートルの物のため、倍の長さを感じる上に重い。

取り合えず闘気バリバリの左フックを上体を逸らして躱すと大きく後ろに飛び間合いを広く取る。

 

「させません」

 

しかし距離を取られればまともに打ち合えないのだろう、マルギッテはぴったりと追従して距離を詰めてくる。

仕方がないので柄を短く持ち、近接での取り回しをよくするがそれでも扱い辛い。

 

Hansen(野兎が)

 

慣れない槍に手こずり、一瞬だけ生じた隙にマルギッテは特大の闘気を迸らせる。

一撃必殺、次に一撃で決めに来る。本能でそれを理解した。

 

jags‼(狩ってやるッ)

 

「クソったれっ!」

 

距離を詰めてきたマルギッテに此方からさらに間合いを詰める。

彼女の武器はトンファーだろう。何度か打ち合った感触にそう答えを出した。

ならばトンファーすら使い辛い距離を詰めて頭突きをかます。

両者共に痛み分けだが衝撃で後ずさるマルギッテ。

その隙に後ろに下がればいったん距離を置ける。

 

「どいつもこいつも借りだの約束だのなんなんだ、巻き込まれる立場にもなれっつーの馬鹿姉貴」

「彼女の命がけの行動を侮辱するのは許せませんね」

 

マルギッテはその言葉が気に入らなかったのか、再び距離を詰めながら口を開いた。

 

「知るかよ、くたばる様なタマじゃなぇ癖に一度も会わずにくたばりやがって。不満しかねーよ」

「彼女が貴方の為にどれだけ世界中を駆けずり回ったかも知らないでしょう!」

 

此方から攻撃はしない、その事に更に怒ったのかマルギッテはこちらの防御を崩すために上下左右から連打を加える。

だが誘導に成功している連打に脅威は一切なく、受け、流し、払う事でマルギッテの体力を削り取っていく。

 

「俺の為って言ったか?」

 

しかしマルギッテが滑らせた言葉に何か引っかかるものを感じた。

マルギッテも聞き返したことで口を滑らせたことに気が付いたのか息をのむ音が聞こえる。

 

「自分が死んでも俺の為になる事……」

 

黛家で過ごして四年、視界の無い生活にも慣れて次の年からは義姉に付いて行こうと思っていた。

しかし義姉は死に、その義姉に遺言を託された人間達。それもただの人間ではなくそれ相応の力を持つ者。

それだけの人間に借りを作っても義姉が死を選ばなければ俺に渡せないモノ、俺の為のモノ。

金ではない、権力でもない、土地でも、まして姉貴が返せないほどの借金をしていたなんて聞いて事すらない。

ならば――――――

 

「――――――――てめぇら全員グルか?」

 

 

――――――――――――

 

 

その場にいた人間全てに向けた怒気。

 

ヒューム・ヘルシングはその場で足に紫電を纏わせいつでも攻撃できるように構えをとる。

フランク中将は肉体を全盛期の時代へと若返らせる秘儀『メフィストフェレス』を無意識に発動した。

殺意ともとれる圧倒的な暴威を奉は収めるどころか更に噴出していく。

 

「質問に答えろよ」

 

奉はそう呟くとマルギッテが認識するより早く胸倉を掴み捻りあげる。

右手で構えた槍でマルギッテの左目を真っ直ぐ貫こうとしたその時、煙があたりを包みこんだ。

煙幕の出現と共に手から重さが消える、上着だけを残してマルギッテが手から脱出したようだ。

 

「ガキのお遊戯に付き合ってる暇ねぇんだ」

 

煙幕の中に感じる気配へと槍の柄を長く持ち遠心力に腕力を載せて大きく振るう。

槍は煙幕の中にいたモノを捉えた、金属音と共に弾かれたが。

 

「隊長に攻撃などさせん!」

「ナイスだテル。こいつ煙幕の中でどうしてこっちの位置が分かるんだ」

 

欧州ニンジャと呼ばれるリザ・ブリンカーがマルギッテを抱えており、その前には槍を受け止めている鎧に包まれた巨人テルマ・ミュラー。

二メートルはありそうな鉄巨人の持つ鉄槌に槍を阻まれていた。

 

「どっせーい」

 

そのテルと呼ばれた鉄巨人の陰から小柄な少女が躍り出ると鳩尾に的確に拳を叩き込んでくる。

その一撃はダンプカーの衝撃と同じといわれる猟犬部隊での攻撃担当コジマ・ロルバッハ。

しかし、その一撃を奉はモロに受けたにもかかわらず何ともなかったかのように立っている。

 

「こいつ、普通じゃない。殴ったコジマのほうが痛い」

 

コジマは半分涙目になりながら奉に蹴られてテルマの元へ吹っ飛ばされる。

 

「ぬう、私の鉄槌も曲がってしまった」

「コジマ以上の怪力にテル以上の耐久力って人間じゃねーだろ!」

 

リザの悲鳴に近い嘆きに今まで気絶していたマルギッテが目を覚ます。

 

「状況は……いえ、把握しました。彼女言っていた通りです」

 

マルギッテは眼帯を外しながら先ほど戦っていた人物が豹変した様をまじまじと見つめる。

 

「どいつもこいつも約束だの借りだの説明一切しないとかふざけてんのか? 俺は意地でも抵抗するぞ、今回ばかりは容赦しねぇ」

「手術の件が知れれば義姉に対してキレた後全力で抵抗するはず。と言っていましたからね」

 

奉は長槍を中程に構えながらゆっくりとマルギッテの元へ歩み寄ってくる。

 

「フィーネ、指揮を任せます、リザとテルマそしてコジマは私と共に彼を無力化します」

「「「「了解」」」」

 

フランク中将の隣にいたフィーネも合流し猟犬部隊として眼前の敵を無力化を目的と定めた。

まずはテルマが奉の前に進み出て曲がった鉄槌で打ち合う。

 

「”暴風”」

 

テルマのフルスイングに奉は槍を振るわれる鉄槌にピッタリと添えて右から左へと完全に受け流す。

 

「さっきは手加減していた! 車を相手にする時と同じ感じでいく!」

 

コジマが先ほどの倍の速度で拳を振りぬく。

それに合わせてリザが背後から接近し神経に金属製の針を突き刺す。その針は神経に直接刺すことで相手の動きを完全に封じる金縛りの技。

 

「猟犬部隊の連携に敗北はないと知りなさい!!!」

 

最期にマルギッテのトンファーによる兜割がコジマとの入れ替わりに放たれ額に直撃する。

人体が発してはいけない衝撃音がするがコジマの初撃に耐えた時点で手加減の出来る相手ではないと判断した故だった。

 

誰が見ても気絶するか死ぬかの一撃に猟犬部隊の面々は勝利を確信し、緊張を解こうとした時だった。

 

「まだだッ! マル避けろっ‼」

 

マルギッテはフィーネの叫び声に体が勝手に動いていた。

軍人としてのクセであり最も信頼する仲間の声に理由を尋ねる必要などなかったのだ。そして、その行動が彼女の生死を分けた。

 

ブォン としゃがみ込んだ頭上を何かが音速で通り過ぎて行ったのだ。

振るわれたのは通常の物より長い槍だ。

 

「うそ………だろ。神経に針刺さったままだぞ」

「コジマのイイの鳩尾に入った。普通動けない」

「私の攻撃の力をそのまま受け流し更に攻撃に転用したというのか」

 

マルギッテの眼前には首筋と背骨に針を複数刺された状態のまま、奉は槍を横薙ぎに振り抜いていた。

続けて槍を一回転させると石突部分での追撃。態勢の崩れた彼女にはその攻撃を避けるすべはない。

 

「これは不味いですね」

 

振り下ろされる石突は先ほどの横薙ぎと同じく音速を超えていた。

己の死を感じたその瞬間、奉は真横に錐もみ回転をしながら吹き飛んで行った。

 

「まるで赤子の癇癪だな」

 

ヒューム・ヘルシング。

世界最強の老人が烈脚を振りぬいた一本足の体制でそこに立っていた。

そして横には気を放ったのだろう、フランク・フリードリヒ中将も拳を突き出して並び立っている。

 

「しかし彼女から聞いていた通りの人物だな彼は」

 

二人が示し合わせたかのように目線を飛んで行った奉へと向ける。

城の壁にぶつかり衝撃で壁が崩れ下敷きになっていた。

 

「自分と義姉のためならすべてを敵に回してもおかしくない。というやつか」

「ええ、なぜ目を譲り受けることがそんなに嫌なのか分かりませんが、自分が嫌なことに抵抗するのに人を殺すことすら厭わない。聞いていたとおりだ」

 

瓦礫の中から這い出して来た奉は二人に意識を向ける。

足はガクつき誰の目から見ても瀕死の状態だが闘志だけは衰えている様子はない。

 

「俺の渾身のジェノサイドチェーンソーを受けてまだ立つか」

「あの程度でっ………ほんきゴホッ、なのかよ」

 

強がりでしかないその言葉にヒュームは獰猛に笑うと足に紫電を纏わせながらもう一度蹴りを加える。

 

その蹴りに奉は槍を殴り捨てて片腕で受け止めた。

 

驚愕の顔を浮かべるヒュームだがその直後に顔面に頭突きを喰らい後ろによろめく。

奉は転がっていた槍を蹴り上げて掴むとそのままヒュームに投擲する。

 

「させません!」

 

車程度なら貫通するであろうその槍をトンファーを駆使して弾き落したのはマルギッテだ。

その行動に今まで戦いに魅入っていた猟犬部隊の面々も我に返り行動を開始する。

 

「上等だ。ガキもジジイもまとめてかかってこいよ、叩き潰してやらぁ」

 

ふらふらとおぼつかない足取りで、しかし本気で勝つ気でいる奉は一歩また一歩と歩を進める。

 

「あれは俺の先祖が倒した化け物と同種だ、仕留め損ねればどう成るかわからん」

 

ヒュームがそう言って気を足に集中する。

マルギッテもその意見には賛成だった、満身創痍でボロボロの奉を倒せる感覚がしないのだ。

正々堂々などと言っている暇は無かった、この場にいる人間全員がそう感じるほどの何かをアレは発していた。

 

「では私から始めよう」

 

フランク中将が気を込めた回し蹴りを放つ。

今までの攻撃で体がうまく動かないのか、その蹴りをモロに延髄に受けるがまだ立ち続ける。

 

「リザ!」

「おうさ、コジ!」

 

次にリザとコジマが左半身に同時に攻撃を加え、それに合わせるようにテルマの折れ曲がった鉄槌が背中を打つ。

 

「”衝撃”」

 

流石に奉も耐えられなかったのか右の方向へと体が倒れていくがすんでの所で地面を踏みしめ体勢を立て直す、返す形で拳を握りいつの間にか正面に陣取っていたヒュームに向けて放った。

奉の込めた意思はどれほどだったのか、今までの攻撃で最も鋭いその拳にマルギッテは反射的にヒュームとの間に入り拳をトンファーで受けた。

 

「硬ぇな」

「当たり前です、トンファーこそ最硬の武器と知りなさい」

 

その場からマルギッテが飛びのくと気を練り終えたヒュームが深く一歩踏みこむ。

 

「ジェノサイドォッ」

 

最期にサングラスを付けたままの顔面にヒュームの蹴りが突き刺った。

 

「チェーンソーッ‼」

 

ヒュームが今日一番の蹴りを炸裂させる。

 

一撃で体力を十割持っていくと言われた最強の蹴りを三発受けてやっと奉は意識を手放した。

 

「………驚いた、まさかこれ程とは。よくやったマルギッテ」

「ありがとうございます中将。姉の話では贔屓目に見ていて話を盛っていると思っていましたが、話以上でした」

 

メフィストフェレスを解き少し肩で息をしながらフランク中将がマルギッテを労う。

 

「マル、ジークに連絡を入れた、すぐにでも運んだ方がいいな」

「そうですね、もし目覚められたら正直辛い、コジマにリザ。彼を運びましょう」

「りょーかい、ってコイツ目が見えてなかったのか⁉」

 

コジマが奉の足を持ちリザが上半身を持とうとした時、壊れたサングラスが地面に落ち、素顔を晒した。

瞼を焼き潰したままの痛々しい様に猟犬部隊の一同は息をのむ。

 

「煙幕が効かなかったのは初めから目を使っていなかったからという事か」

 

テルマが納得のいった声を上げ奉を担ぎ上げた。

 

「隊長、私が運んだ方が早いかと」

「え、ええ。では頼みます」

 

男嫌いのテルマが鎧を着ているとはいえ奉を運ぶこと志願したことに驚きつつも許可を与える。

 

「コイツが目覚めたらここに連絡を入れろ、ではフランク中将。俺はこれくらいで失礼する、仕事があるんでな」

「私も少し休んだら壊れた家の修繕を頼まなくては、休日は返上だね」

 

ヒュームはマルギッテに名刺を一つ渡し、奉が目覚めたらと連絡するようにと告げると仕事は終わったとばかりに門へ向かう。

 

「フィーネ、事後処理を頼みます。私はジークの元へ向います。テルマが彼を運ぶと思いませんでしたから。リザとコジマでお嬢様がお戻りになる前にこのあたりの掃除をしておいてください」

 

矢継ぎ早に指示を飛ばすとマルギッテはあたりを見回す。

フリードリヒ邸の現状は最悪だった。

城壁は崩れ、壁越えの技の応酬により庭の芝生は抉れている。

この惨状を学校から帰ってくる嬢様に見せるわけにはいかない。

先程までの緊張感とは一転し次の仕事に向かう、軍人なんてやっていれば仕方のない事だ。

 

「これまで壊されるとは思いませんでした、片付けが終わったら新しいトンファーを取ってきますか」

 

マルギッテは奉に粉砕された愛用していたトンファーの欠片を拾いながらそう呟いた。

 




猟犬部隊の容姿も書きたいのですが主人公が盲目なのでそんなに書きませんでした
次からはしていくと思います




人称ぐちゃぐちゃの癖にとか思うでしょうけどだからこそか書かない方がいい気がする(甘え)


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目の見える日々の再開

サブタイトルの流れをぶった切ってごめんなさい
サブタイトルを適当に考えてきた自分が恨めしい

後、あらすじの25歳はミスで26歳に修正しました重ね重ね申し訳ない


「目が覚めたんだね、よかった~。全然目が覚めなくてめっちゃ心配したよ~」

 

目を覚ました時にちょうど扉が開かれ、長身の女性が入ってくるなり口を開いた。

その言葉に引っ掛かりを覚えながらもあたりを見回す、どうやらここは病室らしい。

ベットの傍らの机の上には花が生けられていて長身の女性が新しい物と交換している最中だ。

 

「どちらさん?」

「あ、自己紹介するの忘れてました。私はジークルーン・コールシュライバーです。ジークって呼んでね」

 

ペコリとお辞儀をする女性を改めて確認する。

黒を基調とした軍服に身を包み、黒い包帯を纏っている。180センチ程の女性はなかなか威圧感があるが話している分には普通の女の子といった感じだ。

そこまで思考を重ねた瞬間、違和感に気が付く。

 

「…………畜生、やられたのか」

 

眼を両手で覆い大きくため息をついた。

急激に落ちたテンションにジークは狼狽え始めた。

 

「えっと、どうかしたのかな? 目が痛いとか? 私ちゃんと手術できたと思うんだけど駄目だったかな⁉」

「いや、大丈夫。ただの自虐だから」

 

目が見えているという事は義姉の差し向けた連中に敗北し移植手術を受けたことになる。

トンファーを頭で受けた所から記憶が朧気だが見えるとはそういう事だろう。

 

「あれからどれくらい経ったんだ?」

 

ジークが脈を測る機械の数字をメモしているが終わるタイミングで質問する。

 

「三ヶ月くらい経つかな、目の手術というより隊長たちにやられた傷の方で意識がなかなか戻らなかったんだと思うけど」

「ああ、トンファーで頭叩かれたり神経に針刺されたり、果てには不死身の怪物を殺す蹴りを二発喰らったからな」

「うんうん。頭蓋骨にひびが入ってたし右腕に関しては粉々だったよ、針を抜くのにも無理に動いてた所為で一苦労で―――」

 

ジークはおしゃべり好きらしい、最初は手術よりも治療の方が苦労した話から戦った相手を目が見えなかったので実はよく知らないと伝えると話せる範囲で猟犬部隊について教えてくれた。

 

「でねでね、そこでコジーが銃弾を間違えて飲み込んじゃって、めっちゃ大騒ぎになっちゃったんだよ」

「帰りが遅いと思ったら奉さん目が覚めてたんだ」

 

なかなか面白い話のいい所で水を差され、開かれた病室の扉に目を向ける。

そこに立っていたのはジークと同じ軍服でスタイルのいい体を包み、美しい銀髪をポニーテイルにしている女性だ。鋭い目つきのわりに纏う雰囲気は人懐っこくその容姿から彼女がジークから説明されたリザ・ブリンカーだと予想する。

 

「リザ・ブリンカーさんか、いい蹴り貰ったのは覚えてますよ」

「リザでいいですよ、敬語もナシで。年上にそういう対応されるとこっちも話しづらいっスよ」

 

自分はガタイはいい方だがそれでも彼女の雰囲気は自身より年上に感じたほどだったので取り合えず敬語で対応したが失敗だったらしい。

 

「あ、そっか。私も敬語で話した方がいいのかな?」

 

ジークも年下らしいが身長の所為で年上だと思っていたので何も言わなかったが此方も裏目に出たらしい。

 

「いいよ別に、今更だし。年上年下とかどうでもいいし。というか君達いくつよ」

「二人とも19ッス。ジークは暇さえあればずっとここに通ってましたから半分友達感覚なんですよ、初めての主治医でもあるんで」

「五つも違うのかよ外国人ってすごいな」

「面倒見てあげてって言われてるし、あんなボロボロの状態で手術したからめっちゃ心配だったんだよ!」

 

ジークはどうすれば治るかが感覚で分かるという安道全と同種の異能を持っており、それをマルギッテに買われて猟犬部隊に入ったそうだ。

そして猟犬部隊に入って少した所でその能力に目を付けた組織にジークは狙われるが、義姉に助けられ、その時に今回の事を頼まれたらしい。猟犬部隊にはまた別に借りを作ったらしいが両方とも未来を視た上での事だろう。

 

「命の恩人の頼みですから迷惑なんてそんな、あそこまで抵抗されるとは思ってなかったスけど」

「死人に対しての精いっぱいの反抗のつもりだよ、目玉渡す準備整えるくらいなら自分の命を優先しろってな」

 

そこに関しては意地の話なので譲れないが、頼まれただけの彼女達を頭に血が上ったとはいえ本気で殺そうとしたことには申し訳なく感じている。

 

「隊長さんにも謝らないとな、一回殺しかけた」

「実際は一発も受けなかったんでそんなに気にしなくてもいいッスよ。取り合えず隊長に報告だけしてきちゃうんでゆくっりしてて下さい」

「私も他の先生に目が覚めた事とか伝えなきゃいけないから一旦出るね」

 

ジークとリザはそう告げると病室を出て行った。

一人ベットの上に残される形になったが、考えたいこともあったので問題ない。

 

「流石に未来視を出来るとは思ってなかったけど姉貴の眼って実感わかないな」

 

窓の外から青い空を眺めてみるが視力を失う前と何ら変わりない光景を映すのみだ。

未来を視る異能は発動しない。そもそもどうやって使うのかすら分からないのだから。

もしも異能を引き継いでいても、使いこなすまでに時間がかかるはずだ。

 

(未来見るなんて絶対詰まんねーから使う気ないけど)

 

義姉を見続けたからこそこの目が嫌いだった。

小さな頃はまだ少し便利な程度だったが、瞑想を行って次の日の未来を視れるようになってから義姉にとっては呪いに変わったのだ。

明日の大筋の流れが分かるだけでどれだけ世界が退屈だったか、救えるモノも救えないモノも前日に分かってしまうのがどれほどの苦痛だったのだろうか。

 

 

――――――――――――

 

「オッス、俺がヨーロッパにいるときに目を覚ますなんてタイミングいいじゃんか」

 

二人が出て行ってから三時間ほどたつと、頭に×(ペケ)印を刻んだ男と金髪の燕尾服の老人が現れた。

 

「ヒュームさんは分かるけど×(ペケ)印の方は初めてですよね」

 

銀髪で赤いスーツに身を包みネクタイを緩ませ、シャツの胸元をだらしなく開けている姿をまじまじと見るが記憶に一切ない。

 

「九鬼帝様だ。口を弁えろ」

 

ヒュームがたまらずといった風に正体を明かすがそれが気に食わなかったのか九鬼帝がヒュームを小突いた。

 

「いいじゃん別に×(ペケ)印で合ってんだから、それにこれからする話はそんなピリピリしてない方がいいだろ」

「姉貴がまだ何かお願いしてるんですか?」

「まあな、簡単な頼みなんだが問題は奉君がそれを受け入れるかどうかなんだ。だからなるべくご機嫌は損ねたくないわけ」

 

移植手術への抵抗が激しすぎたためか、そこそこ警戒されているようだ。

義姉からの願いを完遂するために気を使っていると見ていい。

 

「眼の移植以上に気に食わない事は特にないんで大丈夫だと思いますよ」

「んじゃ、単刀直入に言っちゃうけど学校行ってくんね?」

 

学校、今年で24歳になる奉が通うとなると大学だろうか。

高校生の知識程度なら梁山泊で学んだので受験に向けて勉強すれば受かると思う。

 

「いいですよ、学費とか住む場所とかはどうなってます?」

「その辺はお義姉さんと話しついてるから気にすんな。むしろ考えてた以上にスムーズに話進んで俺びっくりだよ、学校なんか行きたくないってならないの?」

「抵抗してほしいならしますけど、学校に通うぐらいなら別に良くないですか? 傭兵家業を継ぐのは気が乗らないので自分探しにはちょうどいいかなって思いましたし」

 

今や身寄りのない自分に取り合えずの住処と日々を生きる目的を貰えるならば断る理由がない。

寧ろ学校ならば勉強しつつこれから先のことについても考えられるのでこの件については義姉の判断は肯定できる。

 

「んじゃ、来年の四月から日本の学校に通ってもらうからそのつもりで頼むわ、二、三月ぐらいヒューム寄こすんでそれまでは好きにしてて構わねえから」

「ここを離れるなら逐一連絡を入れろ、身分の不確かなお前では海外に出れないからな。九鬼で運ぼう」

「つーわけでヨロシク。これから面倒臭い会議が待ってるから俺たちはこの辺で帰るわ」

 

ヒュームから九鬼の連絡先を渡されると二人は病室を出て行った。

入れ違いになるように、というか外で待っていたのだろう軍服を着た女性入ってくる。

 

「今のは九鬼の当主でしたか………顔が広いですね」

 

燃える様な紅の髪を腰まで伸ばし、右目に眼帯をしているジークたちと同じ軍服の女性。

 

「マルギッテさんか」

「ええ、マルギッテ・エーベルバッハです。呼び捨てで構いません。この前はお世話になりました」

「悪かったって、謝るよ。初めて自分の感情を抑えられなくなっちまってさ」

 

殺す気でいたが殺すつもりはなかった。なんて事を言っている殺人犯をニュース見たことがあるが正しくソレだった。

 

「気にする必要はないと知りなさい、軍人をしてればああいった状況はいくらでもある」

「俺は二度と御免だけどな、暴力は嫌いなんだよ」

 

その言葉にマルギッテは目を丸くするが奉が軽く睨むと咳払いを一つして誤魔化した。

 

「盗み聞くつもりはなかったのですが先の会話を聞きました」

「学校通う話か、姉貴が頼んだらしいけど楽しそうだしいいかなぁと思ったんだよ」

「来年の三月までどうするのですか」

「国の移動は面倒事らしいから九鬼にはあんまりお世話になりたくないけど居候していた家に戻ろうと思う」

 

黛家に頼み込んで一年置いてもらえるように交渉か義姉の残した金を使って適当な部屋をドイツに借りるかだ。

九鬼と黛家に迷惑を掛けることになるので悩み所だがドイツ語が話せない時点でこの国に居づらいのだ。

 

「そうですか、お義姉さんに何かあったら面倒を見てくれと言われていたので少し準備していたのですが………」

 

歯切れの悪そうにマルギッテが予想外の言葉を口にした。

 

「姉貴が?」

「ええ、何らかの理由でドイツに残るようだったらドイツ語を喋れないから少し世話をして貰いたいと」

 

考えを改める必要が出てきた。

ドイツ語関係は一応問題なくなったが黛家には義姉の遺体確認にドイツへ行くと言ってある。

多くは無いが荷物も置いてあるので急にこのままドイツで一年暮らすとなれば九鬼ではなく、大成さんに迷惑が掛かるだろう。

しかしマルギッテの話を聞くにはドイツで暮らす準備も多少は進んでいるという事だ。

 

「取り合えず大成さんに連絡してからだな、悪いけど少し待っててもらえねーかな」

「そもそも貴方はまだ目覚めて一日しかたっていません、これから検査にリハビリと一ヶ月はこの病室で生活するはずなのでそこまで急ぐ必要はないと知りなさい」

「マジで?」

真剣(マジ)です」

 

 




もう少しで川神へ行けそう………


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ドイツでの平凡な一日

句読点の練習に書いたので本筋からは外れます。あとちょこっと短い


結論から言おう、俺はドイツに残った。

今はリューベックのフリードリヒ邸の近くにある、使われなくなっていたアトリエを間借りさせてもらっている。

マルギッテがフランクさんに掛け合ったくれたらしい。

 

「にしても速攻で釣り免許取るなんて相当好きなんですね。釣り」

 

フリードリヒ邸の近くにある小川に釣り糸を垂らしていると一緒に釣りをしているリザがなかなか釣れない事に業を煮やしたのか、おしゃべりモードに入った。

 

「むしろ免許が必要って知らなかったらドイツ語すらまともに勉強しなかっただろうな」

 

ドイツでの釣りには免許がいる。自転車に免許が必要なのは有名な話だがドイツでは釣りにも免許を取る必要がある、流石規則の国と言ったところか。

 

「読み書きはできても話せないあたり分かりやすいっスよね」

 

リザとそんな他愛もない話をしていると背後から声を掛けられた

 

「ここにいたのか、リザ。隊長がお呼びだ」

 

重低音の声を響かせるのは鋼鉄鎧に身を包んだ猟犬部隊員。鋼鉄のテルマ・ミュラーだった。

 

「俺、なんかしたっけ……」

「報告書に不備がったらしい、それも複数」

「マルはともかくフィーネに知られたら殺される! テル、釣り竿見といてくれ!」

「おい、ちょっと待て。私は了承して……いないぞ……」

 

テルマが断ろうと声を上げるがリザは遥か彼方だ。

 

「なんなら帰るけど」

「いやいい、男嫌いは認めるが。だからといって他人に迷惑はかけたくはない」

 

小川に座る鉄巨人………なかなかシュールである

 

「む、お前の釣り糸には浮きが付いてないようだが」

「目が見えないと付いてても関係ないからな、音とか指にくる振動でどうにかなるようになった」

 

テルマから話しかけてくるとは思っていなかったので、意外に思いつつも浮きの付いていない釣り竿について説明をする。

そんな時、リザが置いていった竿から伸びる糸についた浮きが震えるように水面で動いた。

 

「そろそろ掛かるぞ」

「なに⁉」

 

魚が餌をつついているので教えるとテルマが急いで釣り竿を確認する。

しかし金属音を鳴らし一歩動いただけで軽く地面が揺れるのだから魚は驚いて川の奥へ引っ込んでしまう。

 

「……………」

 

動かなくなった浮きを二人で見つめ、気まずい沈黙があたりを包む。

 

「別に帰っていいぞ、釣り竿見てるだけなら俺一人でもできるし。非番なのにその格好でリザを呼びに来たってことは俺が居るの確認して、わざわざ着込んできたんだろ?」

 

男性恐怖症であるテルマは鉄の鎧に身を包んでいないと男に近づかない。

リザから今日はリザとテルマそしてジークが非番と聞いていた。

リザを呼んだのもマルギッテに頼まれたのではなく自主的な事のはずだ。

 

「なんだ急に、釣り竿の番など別に負担ではない」

「テルマは休みなんだしさ。俺、というか男と一緒にいる時間は少ない方がいいだろ?」

「………別に鎧を着ていれば問題ない」

 

気を使ってみたが逆に意地になったのか、頑として隣から動かなくなってしまった。

 

「問題ないってか、休みなんだから自分の好きな事してこいよ」

「お前の隣で釣り竿の番をするのがやりたい事なのだ! 文句ないだろう」

 

本格的に意地になってアホなことを言い始めてたので仕方なく説得は諦める。

リザも書類を直せば戻ってくるだろうから長くても三十分ほどの辛抱だろう。

 

「「……………………」」

 

釣りなんてものは待つものだ、ならば話すことが無ければ黙るのも仕方がない。

元々、魚を釣る事よりも目が見えない己に慣れるために始めた習慣の様なものであるため、魚が釣れないことに関しては頓着していなかった。

一種の瞑想に近い修行の様なもので、奉もリザが戻るまでその様に振舞おうとしたがテルマは沈黙に負けてしまったらしい。

 

「隊長から聞いたが鍛錬の申し込みを断っているらしいな」

「あれは鍛錬じゃなくて決闘の申し込みだろ」

「隊長と仕合えるなどそう出来る事ではないぞ、欧州の神童と謡われておられる程だからな。それを断るなんてそれでも武人か!」

 

ずっとそう考えていたのだろう後半は熱の籠った口調に変わっていた。

 

「武人じゃないからどうでもいいわ」

「あの腕前で武人じゃないだと?」

「姉貴についていくには最低限の強さがないと梁山泊に居られなかったからな。裏方仕事でも腕っ節がないと生きていけないってのは世知辛いよなー」

「………どのような訓練を積んだのだ?」

 

躊躇いがちにテルマはそう問いかけてきた、男嫌いのテルマがなぜこんなに会話を振ってくるかは謎だが最後の問いは真剣そのものの声音だった。

 

「槍の扱いは基礎を突き詰めた。戦い方の方は姉貴にボコられながら編み出した」

「目が見えない状態でどうやって猟犬部隊の攻撃を完全に読んでいたのだ?」

「気合半分、誘導半分だな」

「どこに攻撃させるかをそちらで選んでいたと?」

 

そゆこと。と奉は頷くと手にしていた釣り竿を強く引っ張った。

片手で竿を引っ張りながらもう一歩の手で網を掴むとあっという間に魚を引き上げる。

 

「急にどうしたよ、鎧越しからでもしょげてんの分かるぞ」

「隊長以外は奉の目が見えていない事は知らされていなかったのだ。だからとは言わないが、私の攻撃がほぼ無意味だった事で己の実力に自信を無くしている」

 

愚痴なのだろう。彼女の取り囲む人間関係を考えれば愚痴を言える人間は皆無に等しい。

半年後には居なくなる上に実力という点においては認めている奉だからこそ気の迷いから心情を吐露してしまったのだ。

 

「テルマの実力というより鎧の性能の問題だろ。お前自体の実力は知らねーけど」

 

故に奉は核心を突く。半年後には居なくなる存在であり、最初は殺すつもりで敵対した者であり。現在は世話になっている恩人として中途半端な慰めの言葉は出てこなかった。

 

「認めたくはないが、俺は世の中で強い方だ。そんな奴と張り合おうってんならその鎧作り直した方がいいし、お前自身も鍛えなおした方がいい」

「…………………」

 

その言葉にテルマは押し黙る。奉はテルマに視線を向けてみるが分厚い鎧の内側にいる人間の感情なんて読み取れるはずもなかった。

目が見えなかった時はこんな感覚だったな。とテルマから視線を外し餌を取り付けた釣り竿を川に向かって振る。

 

「それに直接その手で気に食わない男をぶちのめした方が気分いいだろ」

 

最期の言葉にテルマは小さく笑ったが、マイクで拾えなかった声が鎧の外に漏れるはずはなかった。

それからテルマは黙ったまま、リザが帰ってくるまで二人で更に三十分ほど待っていた。

だが、二人の間に流れていた空気は決して悪いものではなかった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

「こんな夜更けに部屋の明かりがついていると思えば、テルでしたか」

 

時刻は深夜の二時を回った頃合いだ。

技術開発を目的とした工房の一室でテルマ・ミュラーは鎧の再設計をしていた。

マルギッテは仕事の帰りなのだろう書類の入った鞄を持っている。

 

「はい、奉との戦いでまだまだ改善の余地があると判断したので鎧の再設計を考えていたところです」

 

机の上にはクシャクシャに丸められた紙や大きくバッテンが書かれた紙が溢れかえっていた。

 

「そうですか、彼と戦えるだけの代物を作るとなると簡単にはいきそうにないですね」

「はい。参考のために壁を超えた強さの人間の戦闘映像を観ましたが、少し自信がなくなりました……」

 

テルマは顔を暗くして映像を思い出す。そこで戦っていたのは川神鉄心と百代の稽古の映像だったが、鎧を着た己ですらあっさり負けると想像がつくものだった。

その映像を観終わって奉に言われた言葉を思い出し、気合を入れなおして設計図を書いていたのだ。

 

「私も同じです。奉と戦い、自信を無くした」

 

テルマの表情から何かを感じたのかマルギッテが不意に言葉を吐いた。

 

「隊長も?」

 

マルギッテに尊敬というより崇拝に近い感情を抱いているテルマにとって、負けたとはいえ自信を無くすなんて言葉が出てくると考えていなかった。

 

「彼はアレで本気でない。いえ、初めから全力でしたが、最後の拳を受けて分かりました。奉の最も得意な戦い方は(こぶし)です」

「槍ではなくですか?」

 

奉の槍捌きを見れば彼がどれほど修練を積んだかは一目で分かった。だが直接攻撃を受けたマルギッテは何かを感じ取ったらしい。

 

「奉が最初から素手で本気で殴りかかってきていたら………恐らく私は死んでいたでしょう」

「最後に受けた拳がそれほどには見えませんでしたが………」

「隠す事でもないので言いますが、あの拳をトンファーで防いだにもかかわらず、私の腕は粉砕骨折をしていました」

「そんな⁉ あの後も普通に任務に参加してましたけど……まさか骨折をしたまま?」

「ジークのおかげで治るのも早かったですし、その間は戦闘ほとんどしませんでしたから」

 

確かに副長と共に後方からの指示が多かった。一応戦うこともあったが基本的にはトンファーがまだ届いていないとして蹴り技が主体だったのも覚えている。

マルギッテは床に転がっていた没案の設計図を拾い集めるとテルマに手渡した。

 

「神童と呼ばれた私も所詮は井の中の蛙。欧州から外に出れば格上の人間などごまんといるでしょう、なにより四つしか歳の違わない奉にあそこまで差を付けられれば自信の一つや二つ失って当然です」

 

一通り床を片付けたマルギッテは扉へ向かうとテルマに微笑みかける。

 

「今日は疲れた。一緒に帰りますか? 一杯奢りますよ」

 

マルギッテはテルマが頑張っていると度々ご飯やお酒を奢ってくれる。

これから飲むにしては少し遅い時間だが、憧れの上官からの誘いを断る理由にはならなかった。

テルマが目に見えて嬉しそうに片づけを始めるのを確認してマルギッテは変わったなと心で呟いた。

 

(戦闘関係とはいえテルマから男性の話題が出てくるとは、いい兆候です)

「お待たせしました。隊長!」

「近場となると、そうですね。では黒兎亭に行きましょうか」

 

二人は行きつけのBARへ道を進んでいく。

結局、一杯とは言わず奉に対してのお互いの意見で白熱し。五、六杯は酒を飲み、翌日の二日酔いに繋がるのだがただの自業自得である。

奉への風当たりはその日一日強くなったが。

 

 




猟犬部隊とのお話楽しいんで川神行き遅くなりそう


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四日遅れの入学

急に川神入り。

元々、前回のドイツでの話が楽しく。猟犬部隊関係のお話をしてから川神編に進もうと思っていたのですが………
ドイツでのイベントを考えていなかったので取り合えずこの三週間色々書いたり考えていたのですが、そこまで面白い話でもなかったので予定通りに川神編を開始しました。




一応、ドイツ編も別に改めて考えているのでカットされた梁山泊に居た頃と同じくどこかで入れるつもりです。



4月5日、威圧するかのような古めかしい門の前に俺は立っていた。

場所は日本、川神学園前である。

 

ドイツにある姉妹校で試験を受けて昨日の夜に日本についたので、始業式に4日遅れる形で入学することになったがそんな事はどうでもいい。

そう、考えていることは一つだ――――――

 

「大学じゃねぇのかよぉぉぉぉぉォォォッッ!?」

 

おかしいとは思っていた。受けた試験が簡単だったからだ。

幾つか異様に難しい問題もあったが七割は中学生で習う内容だったのだ。

 

「姉貴が指定したってヒュームが言ってたけど、なんでだれも止めなかっただよ! 俺、今年で25だぞ!? 馬鹿なの??」

 

川神学園の制服が届いた時点で何となく察していたが最後まで諦めたくはなかった。

学園生が登校するより一時間早く来ているため近くには誰もおらず、こんな醜態をさらしているがどうやらここまでの様だ。

さっきの叫び声に反応したのか校舎から緑色のジャージを着た温和そうな男がやってくる。

 

「ど、どうかしかカナ?」

「あー、いえ。気にしないで下さい」

「スゴイ声だったけれド、君はもしかして本多奉君カイ?」

 

片言の日本語で問いかけてくるが見た目はアジア系、恐らく大陸の人間だろう。

 

「はい。これからお世話になります。本多奉です」

「うん、ヨロシクネ。川神学園で体育を教えているルー・イーだよ」

 

挨拶もそこそこにルー先生に案内され理事長室へ通される。

そこにいたのは長く白い髭を蓄えた老人だ。

だが老人は老いを全く感じさせないほどの快活そうな笑みで挨拶をした。

 

「川神鉄心じゃ。事情は知っておる、何かあれば相談に乗るからの」

「お世話になります。本多奉です」

 

事情を知っているということは義姉に頼られた人間の一人なのだろう。

この歳で学園生。要するに15~18歳の子供と生活を共にするのだ。

 

「じゃあ早速で申し訳ないんですけど、なんで俺はこの学園に来たんですかね?」

 

ルー先生は事情を知らないのか怪訝そうな顔をするが鉄心さんは後で説明する。とアイコンタクトをルー先生に送ると口を開いた。

 

「お義姉さん曰く。青春のプレゼントだそうじゃよ」

(あの世に行ったら絶対にシバく)

 

一番の疑問にキチンとした理由はないらしい。

大方、姉貴のおふざけの一環だろうと脳で素早く処理し、もう質問はないと伝える。

 

「案外ドライじゃのう、聞いていた印象とずいぶん違うようじゃ」

「姉貴は誇張が激しいですからね。アレとまともに会話するだけ無駄ですよ」

「ワシ、あの子好きじゃったんじゃがのぉ」

 

その後は余った時間で亡き義姉について思い出話に花を咲かせ、最後にこの学園の特殊な部分の説明を受けて部屋を出た。

教室の配属は成績優秀なエリートクラスでもある1-Sらしい。この歳で逆にS以外だったらそれはそれで泣けるので何とも言い難い心情だ。

 

「んじゃ、オジサンが先に入って説明するから。呼んだら黒板名前書いて自己紹介してくれ」

 

先に教室に入っていったのは、四月だというのにヨレたスーツに身を包んだ中年の男。

名前は宇佐美巨人、本人の自己紹介では銀髪のナイスミドルらしい。正直言って第一印象は生活習慣病に悩まされてそうなミドルだ。

 

『んじゃ、入ってこーい』

 

ネクタイ裏返ってたな。と先ほどの宇佐美先生の紺色のネクタイを思い出しているとお呼びがかかった。

一応、これから三年間を共にするのだ。歳の差があるとはいえ孤立は避けたいので失敗しないようにと自身に気合を入れてドアを引く。全員年下と思うとドアを開く前に感じた緊張感は霧散していた。

チョークを取り、黒板に名前を書いて自己紹介をする。

 

「本多奉です。本多なんて苗字ですが武将の忠勝さんとは何の関係もありません。これから三年間よろしく」

 

ここにきて視線に違和感を覚える。

確かにガタイはいい方で、最近は目つきが悪いと言われることが多いが老け顔ではない。

強面の奴が入学してきた位の奇異の視線だと思っていたがどうもそれとは方向性の違う視線だ。

鋭い視線が複数刺さり教室内の雰囲気が少し悪くなってきた瞬間、威勢のいい大声が響いた。

 

「此方は格式高き不死川家の「フハハハ! これから三年間共に切磋琢磨しようではないか! 我は九鬼英雄である! こっちは従者の忍足あずみだ」

「あ、うん。よろしく」

 

正直どうしようか迷った。

金ぴかの制服ではない服に目が行ったり、自己紹介を塗りつぶされて口をパクパクさせている着物の女の子に声を掛けようかとも思ったが、何より気になるのは従者の忍足あずみだ。

俺は彼女を知っている。梁山泊で仕事をした時に商売相手として何度か会ったことがあったのだ。

 

「私は葵冬馬です。その鋭い目に見惚れてしまって。挨拶が遅れてしまいすみません」

 

あずみにどう反応しようか悩んでいるとメガネを掛けたイケメンが挨拶をしてきた。

 

「僕はユキだよー」

「こら、フルネームで言わなきゃダメでしょ。コイツは榊原小雪ってんだ。んで、俺は井上準。よろしくな」

 

葵に続くように赤い目をした白い髪の女の子とスキンヘッドの男が自己紹介する。

そこからはなし崩し的にそれぞれSクラスの人間が挨拶をしていき、一通り終わると宇佐美先生に後ろの席に座るよう指示され、授業が始まった。

 

途中で葵から聞いたが、最初に感じた視線の正体はSクラスは成績の順位が低いとSクラス以外に落ちるシステムで、逆に言えば成績に執着している人間が多く入試を三位で突破した俺に対してライバル心が高いとのことだ。

同じく、入試を二位で突破した葵も同じ視線をぶつけられたらしい。

 

 

 

――――――――――――

 

授業が終わり、昼休みに入った事でクラスの人間がまばらになり始めた時だった。

 

「ちょっといいか?」

 

声の主は忍足あずみだ。

 

「おす、朝は挨拶しそびれちゃって悪いな」

「元々顔見知りだし気にすんなよ、それよりここじゃなんだ、屋上でいいか?」

 

その言葉に二つ返事で答え、購買でパンを買って屋上に向かう。

 

「事情はヒュームや帝様から聞いてる。なんかあったらアタシに言え、ヒュームに伝える事になってる」

「わかった。………というより気になってたんだけど、メイド始めたのか」

 

以前あった時は傭兵忍者やっていたのだ。ギャップに目が点に立ったのは仕方ないだろう。

 

「英雄様と出会ったからな。今のアタイは九鬼に仕えてるし、英雄様に忠誠を誓ってる。昔のことはこの学園では他言無用で頼む」

「俺も歳の事とか色々隠してるし黙ってるよ。寧ろ年下連中の中でどうしようか悩んでたから年の近いの居て助かったわ」

 

大陸で傭兵が仕事をするときは車や武器の調達にほぼ確実に梁山泊が間に入るので何度も顔を合わせていた為、年も近い理由からタメ口になっていた。

 

「アタイもアウェイ感キツかったから助かったぜ」

「つーか、俺が歳隠すとなるとあずみとタメ口はやめといた方がいいか」

「お前から敬語なんて初めて会った頃以来だなぁ」

「五年前ですね、懐かしー」

 

鉄心さんの時と同じく昔話を始めると時間はあっという間に過ぎ去り、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

 

 

――――――――――――

 

そして全ての授業が終わり、帰りのHRも終わった時だった。

 

「おい、グラウンドで決闘が始まったぞ」

 

『決闘』

 

この川神学園の特殊な規則の一つだ。

お互いのワッペンを叩きつけ合うと成立し、その後は字のまんま武力や知力を持って一対一の勝負をし勝敗を決めるのだ。

決闘が行われる理由は様々だ。

聞いた話によれば、学園祭の出し物の意見が割れた時。武術の心得のある転入生などに対して歓迎として。単純に喧嘩の決着に使うとき。

 

「戦ってるのは1-Fの椎名と2-Fの矢場先輩だ」

 

弓を持った女子生徒同士がグランドで戦っている。

1-Fという言葉に反応したクラスメイトが数人いるがSクラスの内何人かは他クラスを下に見ているからだ。

 

(あのショートカットの方やるな)

 

青い髪のショートカットの女の子、周りの話を聞くに椎名というらしいが上級生相手に押している。

矢場が矢を連射すれば椎名も応じるように矢を放ち撃ち落とす。

その繰り返しを行っているだけなのだが矢の速さ正確さで椎名は矢場の上をいく。

 

(でも、このままなら矢場先輩の勝ちだろうな)

 

最初に感じた感想は『格上に対してよく』やるな。という感想だった。

才能という点で矢場に勝っている椎名は一見この決闘では優勢に見えるが顔には少し疲労が見られる。

持久力、忍耐力において矢場に勝てない為にジリジリと体力を削られているのだ。

 

しかし諦めていない椎名の目にこれからの展開が気にはなるが、長居できない理由があった。

 

「おや? 奉君は決闘を見て行かないのですか?」

 

席を立ち教室を出ようとした時に声をかけてきたのは葵冬馬だ。

 

「用事があるんでな。今日は早めに帰らなきゃならん」

「そうですか、残念です。武人としての貴方から解説など聞きたかったのですが………」

「武人じゃねーよ、戦うのは嫌いだからな」

 

葵冬馬は体の筋肉の付き方から武人と判断し、目つきの鋭さから好戦的(バトルジャンキー)だと思っていたらしい。

残念だったな、この目つきの悪さはそのまんま姉貴譲りだ。

 

葵冬馬に別れを告げて下駄箱に向かい、靴に履き替え下校する。

その間にグランドの決闘に何かあったようだが見に行く暇は無い。

川神で生活することになった俺の新居の確認があるからだ。

 

住所は事前にヒュームに教えてもらったので問題ない。

入居祝いに九鬼の従者が運んでくる家電や家具の設置の指示をしなくてはいけないので、これ以上の時間のロスは避けたい。

 

「弓かー、楽しそうではあるよなぁ………」

 

現在扱える武器は槍や棒といった長物と刀のみだ。

暴力は嫌いでも武術そのものは嫌いでないので遠距離武器である弓に興味がわいた。

 

「落ち着いたら弓に手を出してみようか」

 

これから始まる生活に不安もあったが、何より未知に対する好奇心のが高かった。

今まで年下に教える立場だったのに対して今回は共に学ぶ、不安ではあるが楽しみでもある。

こんな状況に叩き込んでくれた義姉には文句が出るが、これからの生活には期待が膨らんでいた。

 

 




前回からかなり間が空いた気もしますが初めて書き物をしている自分ではペースがいまいちわかりません。最低でも月一は目標にしたいのですが




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初めてのメアド交換

燃料をいただくとこうも早く書けるとは………


ジリリリと騒がしい金属音に目が覚める。

枕元にある目覚まし時計の針は早朝の四時を示していた。

昨日は九鬼から入居祝いの家具を設置し、日本に来てから一睡もしていなかったので碌に何も食べずに寝てしまったせいか布団から出ることに何の抵抗もなかった。

 

川神で生活することになった新居は平屋の一軒家だ。

どこぞの下級貴族から義姉が貰った家らしく学園を卒業するまでは税金はその貴族が払ってくれるらしい。

改めて義姉におんぶにだっこな状態だな。と自己嫌悪をするが義姉が稼ぎ、家事はすべて奉担当。はたから見たら完全に夫婦でしかないその生き方が急に崩れてしまったのだ。

働くにも盲目という時点でまともに取り合ってくれる人間はおらず、身元も不確かなので国からお金ももらえない。

 

急に自虐に走った理由は明確だ。朝からやっている夫を亡くした妻のドキュメンタリー番組のせいだ。

朝食がまずくなるような話がバンバン出てくるのでぼんやりと己の過去を振り返っていた。

ふと、テレビの左上に表示されている時刻を観れば4:30だ。

それを見て、今日の予定を思い出す。

 

「朝五時から川神院の敷地貸してもらえるんだっけ」

 

日課である朝のトレーニングだが義姉から譲り受けた槍は通常の物よりも長く、家の庭で振り回すには少々というかだいぶ向かない。

そうヒュームに伝えたら川神院に話を付けたらしく敷地を貸してくれるとのことだ。

 

制服をバックに詰め自身は動きやすいスポーツウェアに身を包み、玄関を通るときに苦労する槍をひっさげ川神院へ向かう。

川神院とは世界的に有名な武術院だ。

総代を務めるは川神学園のトップでもある川神鉄心。

確か現在は武神の称号を得た鉄心の孫娘もいるため世界的な注目度も高くなっているらしいが、朝練に行くだけの俺にはまったくもって関係ない話だ。

 

そんな考え事をしている間に川神院に到着した。

実は我が家と川神院の距離は徒歩十五分、走ればその半分でつく。

 

「おはようございます。本多奉です」

「オハヨウ、総代から話は聞いてるヨ。奥の庭が開いてるから付いてきてネ」

 

出迎えたのは学園の時と同じくルー先生だ。この場では師範代とつけるのが妥当だろうか?

 

「その槍、普通の物より長いケド、特殊なものなのカイ?」

 

ルー師範代は俺の持つ槍に興味がおありの様だ。

実際この長さの槍を使う人間は馬鹿みたいに体がでかいかただの馬鹿だ。義姉は恐らくただの馬鹿だろうが。

 

「姉貴の形見みたいなもんですよ。俺は普通の槍の方が得意ですけど、どうせなら形見を使いこなしたいじゃないですか」

 

自分で言っててこの槍を使いたい動機も馬鹿である。ガタイの良さを持っている自分だが槍を使う理由はどうやら後者らしい。

 

「お義姉さんの話は有名だから知ってるヨ」

「一応、義弟としてその話聞いてもいいですか」

 

心で最強爺さんケツバット事件を鼻高々に語る義姉の姿を思い出すが話を聞くに違う話らしい。

 

「テロを防いだり誘拐事件を解決したり、姉貴が人助けとは信じられない」

「それ相応の見返りを要求していルらしいケレド、助けられた人は皆感謝しているらしいネ」

 

ルー師範代に話を聞きつつ案内されたのは川神院の中にあるそこそこ広い庭だ。

地面に規則正しく並んだ石を見る限り試合をする場所でもあるらしいが、朝からここを使う人間なんていないのだろう好きに使えとのことだ。

 

お言葉に従い荷物を近くに合ったベンチに置き、準備運動をしてやっと槍を手に取る。

5メートルという長さの槍。

 

手首を回転させてクルクルと回し遠心力を載せた横薙ぎを一回。

左手に持ち替え左足を半歩下げながら突きを放つ。

そのまま槍を落とし深く前に踏み込み拳を放つ。

最後に後ろに飛びのきながら足で槍を蹴り上げ手で掴み別の鍛錬を繰り返す。

 

そんななんて事のない訓練を繰り返す。

はたから見れば演武を練習しているようにしか見えないだろうが、実際は凄まじく神経を使う鍛錬だ。

1ミリでも演武がズレたらやり直し。

精神と忍耐力そして本来遠心力などで維持する体制を筋肉だけでゆっくりと行うコレは想像以上辛い。

 

そんな鍛錬を汗すら垂らさず黙々と続ける。

気が付けばもう学園へ向かわなければならない時間だ。

汗はかかなかったが体を動かすとシャワーを浴びたくなるのは仕方ない事だ。

ルー師範代には男子シャワーを教えてもらっているのでバックをひっつかみ更衣室へと向かう。

途中から視線を複数感じたが声をかけてこないならば無視してかまわないだろう。

 

「そういや武神なんている割には爆発音とか聞こえなかったな。朝練しないタイプなのか?」

 

 

――――――――――――

 

()()は美しかった。

 

川神一子は川神学園1-F在籍する川神鉄心の孫娘だ。

義姉に武神である川神百代を持ち、今朝も日課の走り込みを終え、愛用の薙刀の鍛錬も終えたところで偶然()()を目撃したのだ。

一挙手一投足全てが調和のとれた演武。

 

あまり頭がいいとは思えない自身から様々な言葉を引き出すほどの槍さばきに見惚れていると背後に義姉である百代が現れた。

気を使った瞬間移動に近い高速移動である。

 

「あの槍使い、私より技量は高いな」

「お姉さまよりも!?」

 

尊敬してやまない姉であり。武の頂に君臨する姉から己よりも優れているという言葉が出るとは思ってもいなかった一子は驚愕に目を見開く。

 

「同じ学年だし今日、声をかけてみようかしら?」

 

実は本多奉という名前はSクラスに四日遅れて入学した成績学年三位ということでそこそこ有名なのだ。

 

「いいんじゃないか? 槍と薙刀なら話も合うだろうし決闘でもしてみたら」

 

そんな話をしていると奉は演武を終え、荷物を持って男子更衣室へと向かっていった。シャワーでも浴びるのだろう。

 

「そういえばアタシ朝ゴハンの当番だったわー!」

 

演武に見惚れていて今朝の仕事を思い出した一子は駆け足で厨房へ走っていく。

そんな妹にエールを送りつつ百代は奉が消えていった方向をじっと見つめる。

 

「技量、体力共に高水準だが。気が全然なかったな」

 

この世界において武力とは体力、技量そしてその二つ以上に重要視されているのが()だ。

気が高ければ身体能力はさらに強化され、相対的に技量も上がる。

気を使った遠隔攻撃は基本だし、場合によっては気を使って回復や武器の強化だってする。

 

だが、本多奉の気は常人のソレだ。

川神学園内では下から数えた方が早いほどの気の保有量である。

いつも百代がつるんでいる風間ファミリー内で言えばモロより多く、ガクトより少ない。

 

「惜しいな、あれで気が揚羽さん位でもあれば私といい勝負ができただろうに……」

 

武の頂点に立つが故の孤独。

対戦相手すら最近は居なくなった己に食らいついてくる存在になりえた奉に才能が無いことを惜しむと百代はその場から最初と同じように突然いなくなった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

「アタシ川神一子っていうの、よろしくね!」

「川神百代だ。武神やってる美少女だ」

 

一子と名乗ったのは明るい髪の毛をポニーテールにまとめた快活そうな可愛らしい女の子だ。

百代のほうは身長高めの美女だ。腰まで届く黒髪に自己主張の激しいボディラインを考えると男子高校生には目の毒だろう。

 

「本多奉です、よろしくお願いします」

 

二人とは自己紹介を終え、川神院で朝食(二回目)を頂き、一緒に登校しているところだ。

 

「奉君は槍を使うのよね?」

「呼び捨てでいいぞ。使えるとは言っても自慢できるほどじゃないけどな」

「アタシ薙刀を使ってるの、ちょっとお話しない?」

 

一子と長物の扱いについて話しながら歩いていると横から声を掛けられた。

 

「おはようワン子、モモ先輩」

「おっす、ワン子、モモ先輩」

 

声をかけてきたのは男二人組。

片方は線の細く、色白の男の子、片方は奉といい勝負の体格を持つ筋肉質な男。

 

「ん? 見かけない顔だな」

「初めまして、本多奉だ。同じ一年生」

 

体格のいい方が怪訝そうにこちらに視線を向けてきたので取り合えず自己紹介しておく。

 

「おう、よろしくな! 俺は島津岳人だ。んでこっちがモロ」

「あだ名で紹介されても困るよ! ………えと、師岡卓也です」

 

師岡は語尾を小さくしながら名乗るとそれから一言も発さなくなった。対人関係が苦手なのかもしれない。

島津は逆にズバズバと質問を投げかけてくる。

 

「朝から川神院で鍛錬ってスゲーな、オイ」

「鍛錬つっても川神院の敷地を借りただけで指導は受けてないからそんなに大変でもねーよ」

 

体格が近いからか一子と共に筋トレの話に入ったところで更に新しく声がかけられる。

 

「おはよう皆」

「おはー」

 

そちらに視線を向けてみれば昨日グラウンドで決闘をしていた青髪ショートカットの女の子と師岡よりはしっかりした体格だが中性的な男子だ。

 

「確か、学年三位の本多奉君だったよね?」

 

中性的な方がそう声をかけてきた。学校に通ってからまだ一日しかたってないのに耳の早い奴だなと思いつつも自己紹介をする。

 

「そうそう、呼び捨てで構わねーよ」

「俺は直江大和。同じく呼び捨てでいい」

「直江京です。この人の奥さんになる予定です」

 

大和の自己紹介に合わせるように京が名乗る。

 

「その予定はありません。こいつは椎名京だ」

「クク、こうやって初対面の人間に話していって外堀を埋めていくのだ」

「お前ら面白いな」

 

どうやら椎名は直江が好きらしい。

しかし直江はその気持ちに応えるつもりはないが椎名が外堀を埋めに来ているのだろう。

 

「オイちょっと待てよ! 学年三位って言ったか!?」

 

島津が声を上げた。

 

「おう、本多はSクラスだぞ」

「畜生ッ! 俺様と筋トレ談議ができる人間がSクラスの人間だったとはッ!」

 

どうやら彼らはFクラスの人間で、話を聞くに奉がいなかったたったの三日間にかなり関係が悪くなっているらしい。

理由は入学式にSクラスの人間がFクラスの人間を煽り決闘が行われSが敗北。

次に負けっぱなしは気に食わんとリベンジ戦をSがふっかけ勝利。

そんなこんなで入学三日で犬猿の仲が作り上げられたらしい。

 

「SとかFとかどうでもいいだろ、気にすんなよ」

 

正直言って25歳の奉からすれば子供同士のいざこざに過ぎない。

気にするだけ無駄だ、どうせ二年後には肩でも組んでるだろうと思い島津に声を掛ける。

 

「Sにもいい奴はいるんだな、俺様ちょっと決めつけてたぜ……」

「決めつけで存在しない菌を私が持ってる事にもしてたよね」

 

椎名がボソっとそんな事を呟くが身内ネタなのだろう島津が椎名に土下座をし始めた。

 

「騒がしいけどいい奴らだよ」

 

直江が会話の途切れたタイミングで声をかけてくる。

 

「いいじゃん、仲良きことは良き事っていうし」

「できれば俺もSクラスに仲のいい知り合いが欲しいんだよね」

 

直江はどうやらSクラスにパイプが欲しいらしい。

 

「俺は四日遅れのおかげで知り合いが少なくてな、俺なんかちょうどいい物件だと思うぞ」

 

この受け答えは予想してなかったのか目を見開く直江。

 

「同年だとは思えないな」

「同級生にその言い方はねぇだろ」

 

実際、最低でも10歳は離れてるので間違っていない指摘だがサラリと流して携帯の連絡先を交換する。

 

「美少女の連絡先は欲しくないのかにゃーん?」

 

茶化すように百代が直江に後ろから抱き着きながら携帯をプラプラさせているがからかっているのだろう。

 

「武神に声かけるハードルの高さ考えてくださいよ」

「姉さんはメアドを餌に金の無心をするつもりだからなんか迷惑かけたら遠慮なくいってくれ」

「姉弟なのか?」

「いや、小学校のころから川神百代の舎弟をやってるんだ」

「お姉ちゃんは大和の事本当の弟だと思ってるぞ」

 

更に百代が体をすり寄せて直江が顔を赤くしている。

姉貴に同じことをされたらキモイと思うので本当に実の姉弟ではないのだろう。

 

ギャースカ騒がしい登校になったが面白い奴らと知り合ったと門をくぐりクラスの前で分かれる。

今日はどう過ごそう?

そんな事を考えたのは久しぶりだったが取り合えずクラスの人間に声をかけてみようと思ったのは今朝の直江達との邂逅の所為だろう。

 




川神が舞台になるだけでこうも書きやすいとは思いませんでした
少しの間はキャラ紹介しつつになると思います。



公式キャラの振り仮名は降ったほうがいいのだろうか?


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川神学園はイベント盛りだくさん

原作では風間ファミリーは2年生で初めて同じクラスになるのですがそれぞれ別クラスにすると面倒臭いので1年生時点で全員Fクラスです。



「してヒューム話とはなんじゃ?」

「本多奉についてだ」

川神院の客間で話をしているのは川神院総代であり川神学園学長である川神鉄心と九鬼従者部隊最高戦力であるヒューム・ヘルシングだ。

 

「彼なら上手く馴染んどるよ、入学のタイミングがズレておったが年の功じゃろうな、三週間で皆の相談役になっておる」

「フン、奴は断るのが苦手なだけだ。そもそもこの俺が聞きたいのはそんな事じゃない」

「決闘を受けたかどうかか? じゃったら一度も受けておらんよ、一子なんかはよく決闘を申し込んでいるが一切の脈なしだそうじゃ」

「そうか………鉄心。お前は奉を見てどう感じた」

 

ヒュームのはっきりしない発言に旧知の仲として怪訝に思うも、鉄心は感じたことを正直に述べた。

 

「正直に言ってお主の蹴りを2発に相当な実力者からの総攻撃を受けて立っていたとは思えんな」

「更に言えば最後の一撃もマルギッテが俺を守らなければ危なかっただろうな」

「どういうことじゃ?」

「どうということもないさ、奴が最後に握った拳には相応の力が込められていただけという話だ」

 

ここで鉄心はこの一ヶ月見てきた本多奉を思い出す。

 

一子の決闘を断るも長物を使う者として的確にアドバイスを与え、学園では悩みや問題を抱えている生徒にあくまでアドバイスの範疇で手を貸し、クラスの隔たり無く接している好青年。

教師の仕事を半ば奪いつつあるが彼のおかげでクラスの結束や他クラスへの印象が和らいでいるのは事実だが………

 

「ここは一つ揺さぶってみるかの」

「何か考えがあるのか?」

「もともと考えていた事じゃよ。お主の言葉で予定が少し早まっただけでそう手間でもないわ」

 

鉄心は柔和な笑みからほんの少し悪戯をする子供の笑みに変わる。

その顔に心配になるヒュームだが詳しく話を聞けば大いに賛同するだろうと鉄心は計画を聞かせ始めた。

 

――――――――――――

 

 

クラスの人間ともそれなりに打ち解け各所からチラホラ喋り声が聞こえてくる。

四月も終わり新しい月が始まるということで今日は朝から集会があるのだ。

全校生徒が一堂に会すると改めてこの川神学園の規模の大きさに驚かされる。

S~F、合わせて7クラス。クラスの平均人数は40人前後とかなり多い。

 

そんな大人数で朝礼を行っていたが一通りの連絡が終わりそろそろ解散かと思っていた時だった。

壇上に川神鉄心が上がったのだ。

普段は朝礼の最初に話をするだけで下がるこの人が最後に再び顔を出すとは嫌な予感しかしない。

 

「そして最後に皆に、というか新一年生諸君にお知らせじゃ」

 

その言葉に一年生はざわめき、上の学年の人たちはニヤついている。

 

「ここに、クラス対抗交流戦を行うことを宣言するッ!」

 

空気の震える様な大きな声で鉄心はそう宣言した。

 

「運がいいですね、学長の気まぐれで行われる行事らしいですよ」

 

葵冬馬がいつの間にか隣に立ち先の宣言の説明をしてくれる。

 

「前回は二年前に行われたらしいですね、今年に行う事になった理由はSとFクラスの仲の悪さからでしょうか?」

「クラス対抗ねぇ、サッカーとか体ぶつける系だと体がデカくて人に怪我させること多いから気が乗らねーな」

 

この発言に驚いたようで葵は目を丸くすると微笑んだ。

 

「その心配は必要ないかと。ほら、学長の話を聞きましょう」

 

学長の発言で大きくざわついていた生徒一同だが学長の次の言葉を話す雰囲気に自然と静かになってく。

 

「交流戦には二つの競技を行う。片方は知力を試す、もう一つは武を試す。それぞれ5人の代表者をだし、知力戦はクイズ形式の勝ち抜き制じゃ」

「つまりテレビで見る様な先に5人が正解して抜ければ勝ちってやつか、若がいれば何とかなりそうだな」

 

井上準が立ってるのに飽きてしゃがみ込んでしまった榊原小雪を引っ張り上げながら葵の隣に寄ってきた。

 

「そして武力戦は星取り戦形式のリーグマッチとする。更に武力戦において一度だけ代表者一人と入れ替えて上級生を組み込むことを許可する」

 

団体戦で行われるそれぞれの形式を採用し、上級生を巻き込む。

武士の末裔が多く在籍するこの学園では両方とも観るだけで相当楽しめるだろう。

 

「開催日は5月1日から一週間を見積もっておる。リーグに関しては知力戦でもっとも早く勝ち抜いたクラスをシード枠とする」

 

詳細は帰りのHRでプリントが配られる事を告げると学長は満足そうに下がっていった。

 

「クラス対抗()()()で武術試合って暴力的すぎるだろこの学園」

 

ここにきて葵冬馬のいっていた事を理解し、更にこの川神学園の特徴も再認識するのであった。

 

――――――――――――

 

(プリントを見た感じでは肝になるルールは、上級生を巻き込む部分とリーグ戦中で一回だけ行える選手の順番入れ替えだな)

 

巻き込む上級生に制限が設けられておらず、更に他クラスが呼んだ生徒に声をかけても構わない。更にブッキングしたときは上級生の側が好きな方を選ぶ。

逆に言えば上級生を説得さえすればブッキングしたとして自分たち側に引き込むことも出来る。

 

(武術系の部活に所属している実力者を呼ぶのが順当、Fクラスは直江連中がいるせいで川神百代を助っ人に呼ぶ可能性大だな)

 

百代が断るかは知らないがリーグ戦で実力があると判断されれば武神が相手にくる可能性が高いのは事実だ。

 

(だからこそ順番入れ替えで上手く武神をいなせれば逆にチャンスになる)

 

「では対抗戦の代表を選出したいと思います」

 

配られたプリントを見て物思いにふけっていると、クラスに響く通った声に意識を引っ張られる。

音頭を取ったのは葵冬馬だ。

帰りのHRも終わり帰ろうとしたところで葵に捕まりクラス会議に出席している。

 

「まずは知力戦。いわゆる早抜けクイズ対決ですがコレはクラス内の成績順位でいいと思います」

「本当に大丈夫なのか? 専門的な出題があるかもしれない状況で成績順なんて安易な方法で決めてしまって」

 

葵の提案に異を唱えたのは成績12位の男子だ。

その言葉に呼応するように数十人から不満の声が上がり始める。

 

「ええ、私も最初はそう思ったのですが。代表人数が5人しか居ないのであれば専門的な知識を持った人間がいつまでも正解できない可能性より、他のクラスより先に答えられる確率の高い方に賭ける方が無難だと思いまして」

 

問題の傾向も分からないこのクイズ戦で最も重要なのは全員が正解する事であり、4人が正解しても残り一人が正解しなければ勝てない。

葵はまだクラスの人間についての情報が少ないこの状態では成績順が最も勝率の高い作戦だと言いたいようだ。

 

「ぐ………確かにその通りだ」

「いいんですよ岸本君。貴方がFとの決闘で煮え湯を飲まされたのは知っています。だからこそ私は絶対に勝ちたいのです」

 

ウインクを慣れた様に最初に声を上げた男子へ向け、流れる動作で手を取り真摯な視線を向けている。というか顔がかなり近い。

 

「若は男女両方いけるんだ」

「射程範囲もすごいんだぞー」

 

隣の席と前の席に座る井上と榊原が補足説明をしてくれたのであの行動に納得がいった。というか顔赤くしてる岸本は危ないんじゃないか。

 

「――――では、来週の月曜の夜に連絡しますね………さて、知力戦の話がまとまったので次は武力戦について話しましょうか」

 

前半の小声を聞こえた人間はこのクラスに何人いるのだろうか。

本気で帰りたくなるが九鬼英雄と忍足あずみが文句も言わずに待っているのでここで輪を乱せば面倒事だろう。

 

「まず星取り戦形式についてご存じない方もいらっしゃる様なのでその説明をしましょうか。

 星取り戦とは、今回は5人制なので。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将、とそれぞれの方に担ってもらいます。

 お互いのチームの先鋒同士、次鋒同士、中堅、副将、大将もそれぞれ戦ってもらい先に三本取ったほうが勝ちになります」

 

剣道や柔道でも見られるものだ。このクラスにいる人間はいいとこの坊ちゃん嬢ちゃんが多いが武術を嗜んでない人間には縁遠い話だろう。

 

「でもうちのクラスは他のクラスに比べて武力は心もとないんじゃい?」

 

女子の何人かは参加する気が無いのだろう周りにいるモヤシ男子を見て葵に問いかける。

その言葉にムッとする者もいれば、下を見る者もいる。仲がいいクラスとは言えないがこれでもマシになったほうなのだ。何回この空気を俺が治めただろうか。

 

「そして勝ち抜き制ではないところが面白いところでして。極論を言ってしまえばやりようによっては武神にすら勝てます」

 

その言葉に察しのいいSクラスの面々はもう気が付いたらいい。

 

「上級生を一度だけ引っ張れる変則ルールですが基本は変わりません。この対抗戦はSクラスにはかなり有利でしょう」

 

最悪、大将以外が引き分けて最後の最後で大将が勝てば試合には勝てるのだ。

モヤシ率はそこそこだがいいとこの坊ちゃん嬢ちゃんの中には逆に武術を嗜む者もいるということだ。

他クラスは柔道部やボクシング部、弓道、剣道を本職としている生徒が多いので、嗜む程度の連中より武力は高い。

だが、その中にも何人かはその連中を超える者もいる。

 

「にょほほほ。つまり此方の様な高貴な者を要所でキチンと扱えれば足手まといがいても問題ないということじゃな!」

 

着物を着た体も顔も幼げな少女が扇子で口元を隠して特徴的な笑い声をあげた。

彼女は初日で九鬼英雄に自己紹介を潰された不死川心だ。

日本三大名家に数えられる不死川家の人間で、この一月で一緒に過ごしただけで分かるほどの典型的なお嬢様だ。

 

「足手纏いなんていませんよ。適材適所です不死川さん」

「葵君がそういうならばそういうことにしておこうかの」

 

自分より劣っている部分がある人間には大きく出て見下す。

Sクラスではまだ可愛い方で他クラスに対する対応は少しやり過ぎなところがある。

 

「説明も終えた所で5人の代表者を選出したいのですが、自薦はやめておきましょう。簡単には実力が判断できないので第三者の目から他薦で選出しましょうか」

 

まだ一月しか過ごしていない人間の実力は分かりかねるので、その実力を保証してくれる人間に推薦させることで自薦によるハズレを引く確率を下げているのだろう。本当に15歳なんだろうか。

 

「ならば我はあずみを推そう。実力は折り紙付きだ。」

「じゃあ僕はハゲを推すのだー」

「私はユキを推します」

「じゃあ、俺は心を推すぜ」

「下の名前で呼ぶな、ハゲなうえに気色悪い」

 

各々が信頼できる実力者の名を上げていく、決まったメンバーは、井上準、榊原小雪、不死川心、忍足あずみだ。

正直、元傭兵を組み込むのはどうなんだろうと考えるがプリントに書かれた制限には何も書いてないので問題ないのだろう。

最後の一人で揉めているようだが話がまとまったようで、俺も帰りの準備を「では私は本多君を推します~☆彡」

 

「あずみの推薦とは悩み相談以外にも武術に秀でておるとは、なかなか出来る男だな!」

 

まず説明としては九鬼の前で猫かぶってキャピキャピしているあずみが本多奉を推したのだ。

 

「いや、俺は遠慮して「クラス対抗戦ですから個人の意思は通りにくいですよ?」

 

葵冬馬がかぶせるようにそう言葉を吐く。

俺以外に出たい人間もいたが忍足あずみに推薦とあっては口を出す人間はおらず。勝率の高いほうに乗っただけだろう。

暴力が嫌いな理由の一つに、加減が上手くないということがあるので拒否したかったが、Sクラス全体からぶつけられる無言の圧力に頷くほかなかった。

 

「………あんまり期待すんなよ」

「ありがとうございます。ではこれで一応は解散です。選ばれた代表の方は開催日までの間にお話ししたいことがあるので残って下さい。お時間は取りませんから」

 

最後にニコリと笑ってそう締めくくりクラスの人間は代表者を残して帰っていった。

 

「知力戦に関しては前回行われたのがクイズでは無くペーパーテストだったため、傾向も何も分からないので各々で勉強ですね。そして武術戦の方たちは………そうですね今週の休みに実力を測っておきましょうか」

「そういうことならば九鬼の鍛錬場を使うといい。我はその日は日本におらぬがあずみを置いていこう。いいな、あずみ」

「了解しました! このあずみ、全身全霊で望みます!」

 

実力を見てから選手の順番を決めるつもりなのだろう。

今日は4月27日の木曜日だ。4日後には対抗戦が始まる。

 




無印まじこいをプレイしなおしてたら少し遅れてしまった。
案外、忘れる設定やストーリーが多くてこれからもボチボチお話を書いていきますのでご容赦を


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獅子は兎を狩るにも全力を尽くす

お待たせしました。
環境の変わる4月は忙しくて困りますね、取り合えずは身の回りもひと段落付いたので今度のGW位に頑張って書こうと思います。

この時期は忙しいうえに気温の変化も激しいので皆さんもお体には気を付けてくださいね。


「では、実力を見させていただきたいと思うのですが。皆さんからは対戦相手の希望などはありますか?」

 

今日は実力を測るために集まることになっていた29日の土曜日だ。

九鬼の鍛錬上に集まる面々は、不死川心、井上準、榊原小雪、葵冬馬、そして複数人の九鬼従者と忍足あずみに本多奉。

 

「俺と本多が戦ってユキと不死川でいんじゃないか? 九鬼の従者部隊の相手は正直言ってキツイだろ」

 

井上が葵冬馬にそう声を掛ける、その意見自体は真っ当なものだ。

元傭兵であり九鬼従者部隊序列一位の忍足あずみと好き好んで戦う一般人はそういないだろう。

だが困るのは奉だ。井上と戦って守ることは容易でも怪我をさせる可能性が高い。

本番は交流戦なのでその前に怪我させては本末転倒なのだ。

 

「まあ、順当じゃろうな。なんなら男二人とも此方が投げ飛ばしてもいいんじゃがのう」

 

不死川が見下すような目で男二人を見るが武力において奉たちよりも秀でているつもりなのだろう。

彼女が扱う武術は柔道の為、体格で優れている人間にも戦えるからだ。

自身よりも格下に対して気が大きいのは、家柄の所為だけではなく彼女自体の才能の高さがそうさせているのだ。

普段の言動の端々には、能力の高さを見せつければ友達になってくれると思っているかのような行動も多く、家の大きさなどによってコミュニケーション能力を上手く育めなかったのかもしれない。

 

「僕は心がいいなー、合法的に蹴り回せるってことでしょ?」

 

榊原は不死川よりも深い闇を抱えているようで赤い瞳をサイコパス的な色に染めながら、風切り音を立て、鋭い蹴りの素振りをしている。

ちなみに、回し蹴りだ。完璧に心の顔の高さに合わせた美しいまでの素振りだ。

 

「よ、よさぬか! あくまでも測るための戦いじゃろう。怪我でもしたらどうする!?」

「ユキ、不死川さんの言う通りです。皆さんも怪我のしないギリギリのところでお願いしますね」

 

葵冬馬の言葉に不満げに榊原は返事をすると蹴りの位置を胸あたりに下げた。結局、蹴りの速度は変わらないが顔は勘弁してやろうとの事なのか。

 

「オイ、井上」

 

今まで口を閉じていたあずみが井上に声を掛ける。

 

「本多の相手はお前には無理だ。アタイが相手する」

「え、何? 本多ってば強いの?」

「じゃなきゃ推薦なんてしねぇよ」

「個人的には推薦してほしくなかったけどな」

 

義姉が死んだ今、非暴力主義を貫く理由もない奉だが習慣になったのか純粋に武術を楽しめないのだ。

まして人様に拳を叩き込むのはドイツでマルギッテ達にしたことを思い出すと余計に抵抗がある。

だからこそあずみが試合の相手なのは助かる。井上にどの程度で戦っていいか分からないからだ。

 

「では準は見学していてもらいましょうか、私は準の実力は把握しているので問題ですし」

 

そう締めくくると各自準備運動を始める。

 

「まずはユキと不死川さんでお願いしますね、ルールは相手の背中を床につかせた方が勝ちということで」

「それならば得意中の得意じゃ」

 

不死川の柔術にはかなりマッチしたルールの為、得意げにしているがそれに反して榊原は素振り位置を顔の位置に戻しているだけだ。何としても顔面にお見舞いしたいのか。

 

「では位置についてください」

 

葵冬馬の号令で、そこそこ広い修練上に白いテープで引かれた枠内に二人は入る。

 

「審判は九鬼従者部隊序列一位、忍足あずみが行う。ルールは相手の背を床につけた方か場外に二十秒間出た者を敗者とする」

 

あずみが二人の間に立ったことでさっきまでの弛緩した空気は鳴りを潜め、二人の闘気によって張りつめられた空気に置き換わっていた。

 

「では、始めッ!」

 

あずみの鋭い号令に反応して最初に動いたのは、この試合を見ていた人間の予想に反して不死川だ。

一気に接近し、掴むのかと思いその手を見てみれば指を軽く曲げ、掌を向けている、掌底だ。

拳と違って肉体内部により深いダメージを与える技であるそれを不死川は榊原にはなったのだ。

榊原も投げ技に入ると思っていたのか、後ろに飛び距離を離そうとしたが不死川がさらに一歩踏み込んだことで遅れて掴むための手ではないのに気が付いたらしい。

 

「―――ッ!」

 

声は無く、吐かれた息の勢いでその手にに込められた()が分かる。芯に入ればただでは済まない。

榊原もそれを予期したのか床を蹴り思いっきり軸を右にずらす。

前後の動きでは逃れられないと判断したのだろう。

 

掌打は榊原の顎に刺さることは無く、左肩に当たっていた。

痛みに榊原は顔を歪めるが左肩に受けた衝撃を利用しその場で回転し、回し蹴りを不死川の胸に叩き込む。

不死川も一撃入れたことで追撃しようと投げるために左腕を榊原に伸ばしていたが、反撃されるとは思っていなかったのだろう。

綺麗に蹴りを受け後方へ吹き飛ぶ。

 

「にょわあああああああああ!」

 

そしてそのまま受け身を取ることなく床に背中から落ちた。

 

「そこまで!」

 

あずみの号令と共に観戦していた従者部隊の連中がそれぞれ二人の怪我の具合を確かめる。

 

「正直、俺びっくりだよ。不死川が殴りにいくとはなぁ」

 

井上が感嘆の声を上げる。

 

「まあ、柔術が得意なだけで別に殴れないわけじゃないんだろうな、榊原もそこら辺を舐めてかかってたから一発貰ったし」

「ふう、ユキもよくあそこから立て直せましたね」

 

葵冬馬が二人の怪我が大事でない事を確認すると安心したように息を吐く。

 

「そりゃ、不死川も一発入れた時点で思いっきり油断したから。自業自得ってやつだ」

「マジで? あの瞬間の二人の感情読み取ってたの?」

「不死川が油断してなかったら掌底が肩にあたった時点で肩をそのまま掴まれて投げられてたな、榊原に掌底が当たったところで油断した所為で、榊原が反撃するチャンスが出来ちまったのが敗因かね」

「ふむ、ではユキについて何かありますか?」

「まあ、舐めてたよな。柔術が得意なだけで別に他の事が出来ないわけじゃないし、相手は箱入り娘にしたってあんだけ調子に乗ってんのもそれに伴う自信があるからだ」

 

勝負において全力で戦わなければ負けるだけだ。

手加減や様子見が許されるのは、教え子や自分よりも遥かにか弱い者だけだ。

 

「んじゃ、アタイらも準備すっか」

 

井上と葵にそう説明しているとあずみが体をほぐしながら声をかけてきた。

そこでやっと思い出す、次は自分の番だと。

 

「………了解」

 

嫌々ながらも周りの視線に耐えきれず同じように軽く体を動かす。

 

「ああ、そうだ。なんか適当な長さの棒持って来てくれません?」

「適当って一番困る指示だからな。お母さん困らせてきたろ」

「炊飯担当は俺でした。ってそうか、あれと同じか」

 

奉は義姉が何を食べたいかを聞くたびに「何でもいい」と答えるせいで何度頭を抱えたかを思い出す。

 

「木刀とかってあります?」

 

先の発言に反省し、具体的に聞いてみる。

 

「川神学園にある決闘用の刀ならありますよ」

 

従者部隊の一人がそう言って刃を潰した刀を一振り手渡す。

長さは十分、重さも普通。鞘から引き抜き軽く二、三回振ってみるが重心もブレもない。

 

「お前、槍使うんじゃなかったか?」

 

あずみがそう質問してくるが、大成さんの所に身を寄せていたことは知らないらしい。

 

「槍の方が慣れてるけど、こういう風にちょくちょく使わないと上達はしないですから」

「アタイも舐められたもんだな、そんな覚えたての技術で九鬼の従者部隊序列一位から一本とれると思ってんのか」

 

お互いに準備が整い軽口を叩きながら開始位置に進む。

榊原と不死川は辛そうだが興味があるのか、壁に寄りかかりながら試合を見るつもりのようだ。

 

「では、審判は忍足あずみに変わりまして序列42番。桐山鯉が務めさせていただきます」

 

青い髪の執事が間に立つ。

さっきの試合とは打って変わって闘気によって空気は張りつめていない。というか、忍足あずみは闘気をバンバン出しているが奉本人はソレに応じることなく体から力を抜き、とてもリラックスしているように見れる。

 

「では、よろしいですか? ――――――始めっ!」

 

奉の様子に桐山は改めて確認を取るが、問題ないと目で返されたため試合開始の号を上げる。

 

「鈍ってないか見せて貰うぜ!」

 

あずみはにこやかに宣言すると三十を超えるクナイを投擲する。

まるで銃弾が乱射されたかのようなクナイの攻撃に、従者部隊の人間はやり過ぎだと焦り、葵たちは刃を潰しているとはいえあの速度のクナイの乱射に晒されてはただでは済まないと息をのむ。

だが、あずみと奉は全く逆の反応を示す。

 

「ハッ、最近調子悪い方だってのッ」

 

飛来するクナイ群を鼻で笑うと、右手に持ったままの刀をそのまま片手で振り抜く。

気の込められていないその一振りは、常人が行えばただの素振りでしかない――――――が、そもそもこのクナイの乱射は常人に対して行うような攻撃ではないのだ。

ズパァンという豪快な破砕音と共にクナイは全て弾け飛ぶ。

その光景にこの場にいる一同はポカンと四方八方に弾け飛ぶクナイを見つめていた。

 

「全く、審判の私の仕事ではないのですがね」

 

審判の桐山のみが適切に対処し、人にあたる様なクナイを防いでいく。

本来、葵たちを守る役目の従者部隊の人間も、一切の気を感じない男へ向けたあずみの攻撃に焦り、その男の反撃の仕方に度肝を抜かれてしまったのだ。

そんな中で四方八方に飛ぶクナイが葵たちを捉えたのも仕方のないことだ。

その、行動に従者部隊は我に返り最初とは全く違う顔つきで場外の守護にあたる。

 

「………今のなんだ?」

 

あずみは従者部隊のテンポの遅れた動きに、こめかみを抑えつつも奉の行った事に答えが見つからずに尋ねる。

 

「何って、そりゃ衝撃波(ソニックブーム)だろ。ペケモンとかで技にあるじゃん?」

「少なくとも人間が使う技じゃねーんだよ」

 

壁越えの人間は普通に使うが、世間一般では壁を越えた時点て人の皮を被った化け物ポジションだ。

奉も相当な実力者だとはあずみも理解していたが、かつて会った時とは比べ物にならないと頭を切り替える。

 

「マルギッテ達とやり合った時から、どうも体の反応が悪いんだよな」

「猟犬とも知り合いかよ」

 

あずみは次の一手に出る。忍者としての基本、目くらましである。

奉の眼前に小さな黒い球を複数のクナイと共に投げる。

数の少ないクナイを体を逸らして避けた奉だが、その中に混じっていた閃光玉に完全に視界を焼かれた。

更に、ワイヤーを足元に張り、思いっ切り衝撃を与えれば倒れる状況を完璧に整える。

勝利条件を満たせる状態を一瞬で忍足あずみは作り出し、最後も油断なく全力で背中を蹴ろうと接近する。

 

「こいつでどうだッ!」

 

あずみの声が響くが、封魔忍者独特の技法で音源の認識をずらす発声法を使っているため、奉は誰もいない方向へ刀を振り抜く。

 

「そっちか」

 

ゾクリと、その言葉にあずみの背筋に悪寒が走るが時すでに遅し、奉の背に蹴りが届く寸前で、その足を左手で掴まれる。

そのままあずみは逆さ釣りのまま奉に掴みあげられた。

高身長の奉に掴みあげられ、そのまま奉は左手を大きく振りかぶる。

またもや、奉の攻撃に観戦者は度肝を抜かれている。

確かに勝利条件は満たせるだろうが、その行為が行われればあずみはただでは済まないだろう。

ブオンと風切り音で済んだのは手加減のつもりなのだろうか、衝撃波(ソニックブーム)は起こらず、あずみが床に叩きつけられる――――――と誰もが思った。

 

「マジで猟犬部隊と同じ感じだ、服着てれば基本抜けられるのか?」

 

奉の手にあるのは脱ぎ捨てられたメイド服、かつて、リザの忍術モドキによってマルギッテが手の中から逃げおおせた時と同じ感覚だ。

 

「次は肉に指食い込ませればいいか」

 

冷静に対策を考える奉は傍から見れば化け物にしか見えなかった。

 

「やっと、エンジンかかってきたな」

 

あずみの声のする方向を奉が向くとそこに居たのは下着姿になった忍足あずみだった。

奉の()()()()()()()という言葉の意味を何となく理解し始めたあずみは先ほど以上に気を引き締め一歩踏み出す。

 

「お二人ともお熱くなっているところ申し訳ありませんがここまでです」

 

桐山鯉が間に入ったことで両者の動きは止まった。

 

「桐山、どういうことだ?」

「これ以上は本多さんの攻撃に修練場が持ちそうにないので」

 

桐山がそう言って周りを見渡す。同じように周りを改めてあずみは視るが凄惨足る光景が広がっていた。

奉が刀を振るった回数は二回だ、たったそれだけで床剥がれ、壁にひびが入り、天井や至る所にクナイが刺さっている。

奉も言われてから気が付いたのか手で顔を覆って俯ている。

 

「ごめん、やり過ぎた………」

「アタイも似たようなもんだから気にすんな………」

 

あずみとお互いを慰め合っている姿を見てやっと周りの空気も弛緩し始める。

 

「これは………少し考えないといけませんね」

「若、考えるも何も本多は大将に据えて戦わせないようにするしかないと思うんだ」

「此方も井上に賛成じゃ………というか壁越えなんて聞いておらぬぞ!」

「準。僕、知ってる。あれ後で敵になって出てくるタイプのヤツだー」

「コラ、人を指指すんじゃありません」

 

交流戦まで残り二日にて本多奉は対武神用として扱われる事になった。

 

 

 




書き終わってから感じたんですけど、私が戦闘を書くと味気がないですね。
たぶん、技名とか言わせるの好きじゃないからだと思うんですが何か意見とかあったら教えてくだされば助かります。
自分じゃなく普通に読んだり見たりする分には技名を言ってるのは好きです。単純に心の奥底で恥ずかしがってる可能性が?



因みに、好きな技名は『火火十万億死大葬陣』です


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クラス対抗交流戦 1.

お待たせしました!
知力戦を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も書いたのですが、自分が書くとチープで滑稽な形にしかならなかったので、恒例の飛ばす形で武術戦に入りました。

平日は忙しく、土日ぐらいし書けないので亀の歩みですが頑張っていきたいと思います。


朝の八時から開催された川神学園クラス対抗交流戦の初戦である、知力戦は現在時刻、十二時半をもって終了した。

 

「シード枠はやっぱり無理があったか」

 

そう自嘲気味に呟いたのは直江大和だ。

彼が見つめる視線の先には今しがた一位抜けしたSクラス、そのまとめ役である葵冬馬を捉えている。

 

「仕方ないっちゃしかたねーぜ、Sの奴らに負けるのは癪だがオレサマ達にはこの戦い不利だったんだしよ」

「そんな戦いでもクイズの内容はかなり偏った専門的なものから有名大学の入試問題まであったんだ、正直言ってもっと勉強会を開くべきだったと思ってるよ」

 

島津岳人が大和の言葉に答えるが、専門的なクイズも多く、知力戦においては学校側もちゃんと勝ち筋を残していてくれていたのだ。

軍師として名乗りを上げて、クラスのまとめ役になったからには勝つつもりでいたが、まだまだ己の未熟さを実感する羽目になってしまったのだ。

 

「それでも2位にはなれたんだしよかったじゃない」

「大丈夫よ大和! シード枠なんて必要ないわ! アタシ達が勝てばいいんだもの、ね? 京」

「ここで大和のフォローが出来れば好感度大幅にアップとみた、そしてそのまま………結婚しよ」

「そうだよな、こんなところで落ち込んでられないよな。次は武力戦、俺が知力戦に参加しなかった代わりにきっと勝って見せる。そして京はお友達でよろしく」

 

仲間たちはもちろん、Fクラスの面々も大和を責めることは無く、この大会の目的の一つであるクラスの結束を高める事は達成していた。

2位ならばまだ武力戦でSクラスより高い順位になれば総合順位で並ぶ事が出来るのでまだ諦めるには早い。

 

(今日の知力戦で出場した人間は武力戦に出てこない。とすれば出場したメンバーよりも成績順位が高い奴は武力戦に出場する可能性が高いのか………忍足あずみ、不死川心、本多奉はほぼ確定だろうな)

 

今日、知力戦に参加していたのは学年1位2位である九鬼英雄と葵冬馬、3位の本多奉を飛ばして4位と5位まで並んで出場し、6位の忍足あずみを飛ばして7位の斎藤が出場していたので、穴あきである忍足あずみと本多奉が出てくるだろうと予想する。

不死川家は名家であると同時に不死川流古武術なるものを受け継いでいると義姉である川神百代から情報を仕入れてきたので間違いないだろう。

 

(後の二人は分からないけど警戒すべきはこの三人のはずだ、不死川はともかく九鬼の従者部隊が参加するは確証はないけど姉さんをぶつけるならあずみさんかな)

 

軍師は対戦相手を見据え戦略を練る。

 

「よし、明日の武力戦について話しておきたい。明日参加するメンバーはこの後教室の残ってくれ」

 

 

 

 

――――――――――――

 

武力戦の開会式を終えFクラスのメンバーを集め、最終会議を開く。

メンバーは先鋒、川神一子。次鋒、島津岳人。中堅、椎名京。副将、直江大和。大将、風間翔一。

 

「見事に風間ファミリーで固められちまったな」

「Fクラスは個人個人が尖り過ぎてるから乱戦ならともかく個人戦は苦手なんだよね」

 

ガクトとモロが面々を眺めながら呟く。

 

「というかキャップやっと戻って来たのか」

「いやー、やっぱ春は七草粥にパパイヤだろ! 他にも旬なもの回ってきたら遅くなったけどな」

 

キャップと呼ばれたのは風間翔一、この武力戦メンバーとモロに川神百代を足せば小学校からの仲良しグループ風間ファミリーに早変わりなのだ。実際、上級生入れ替えルールには結局何の制限も来なかった百代に頼んでいるので完全に風間ファミリーである。

 

「キャップが連絡取れるところに居てホントよかったよ、いつも電波の届かないところにいるから」

「せめて四月中は連絡取れるトコいに居ろって大和がうるさかったからなー」

「これは、俺のそばから離れるな発言ッ!? 美味しいです………じゅるり」

 

大和と翔一の会話にBL的成分を感知したのか京がどこからともなく10点と書かれた採点棒を取り出す。

 

「っと、話が脱線しすぎたな。皆、初戦はCクラスだ。このクラスは部活動に属してるやつが多い。調べた限りだと剣道部の期待の新星、小松田と空手歴16年の河野が出てくると思う。初戦だから相手がどの順番で出てくるかは分からないが、そもそもこっちはワン子から京までの三人で勝つつもりしかない」

 

後ろ二人に関しては風間はそこそこ、大和は毎回武神に追われるせいで回避力は高いが結局相手を倒すには無理がある。大和まで回ってきてしまったら回避一択で風間翔一に任せるしかないのだ。

 

「ああ、それは俺様達も承知してるぜ」

「やるからには全力に決まってるでしょ!」

「お任せ」

 

『CクラスとFクラスは所定の位置についてください。これよりクラス対抗交流戦、第一試合を行います』

 

アナウンスに全員の顔が引き締まる。

まずは位置に着いたのは先鋒の一子だ。

対するCクラスの先鋒は木刀を持ったやや小柄の男、目は細目で温和な気配がするがその奥には隠しきれていない闘志を一子は感じ取っていた。

 

「川神一子さんですね。よろしくお願いします」

「よろしく! そういう貴方は小松田君ね」

 

両者は位置に着くと軽い挨拶をかわす。これから武を競い合う二人にとって会話はそれだけで十分だった。

 

『両者、位置に着いたネ。では、始メッ!』

 

審判をしているのはルー先生だ。

ルー先生の掛け声とともに一子が駆け出す。

対して小松田は刀を正眼に構えて受けの構えを取る。

 

「やあっ!」

 

まずは小手調べと薙刀を大きく振り、遠心力を乗せた一撃を見舞うが、小松田は刀で受けつつ薙刀をかいくぐるようにしゃがみながら前進してきた。

 

『ふむ、小松田は剣道の中学生の部で日本2位にまで登り詰めたやつだからな。一子でも一筋縄じゃ行かないぞ』

 

そうマイク片手にこの試合を解説するのは一子の姉である川神百代だ。

その解説を聞き流しながら一子は懐に入ってきた小松田を迎撃するべく手を考える。

こういった場合を想定した川神流の技は複数あるが、次の一撃で決定打とするか、体力を削るだけにとどめるかの二択だ。

そして、川神一子の性格を考えれば選ぶ道はただ一つ。

何事にも全力で臨むという彼女の在り方には決定打しか考えられなかった。

 

「シッ!」

 

先に懐に飛び込んだ小松田に先手は取られるのは必然の事だ。

小松田も刀を薙刀を受け流すのに使ったのでまだ刀を引き戻しきれておらず、威力が乗らないと判断したが、拳を振るう鍛錬はそこまでしてこなかった事もありそのまま無理矢理に刀を横に振り抜く。

十全ではないその一閃でも流石は剣道界期待の新星、空気を巻き込み鋭い音と共に一子を襲う。

一子もこの一撃は己を倒すほどでは無いにせよ受けきれるものでもないと判断し、回避からのカウンターを狙うために、しゃがんで突貫してきている小松田よりもさらに低く、四つん這いの姿勢になって一閃を回避する。

小松田の目に浮かぶのは驚愕、剣道一筋だった彼にとって()()の柔軟な動きは予想外だった。

この学園には剣道以外の戦い方をする人間も多く、そのうちの何人かとは打ち合い、勝ってきた彼だが、一子ほどの相手との戦いはまだなかった事が一種の油断にもつながっていたのだ。

四つん這いの体制で小松田の刀を回避したことで小松田の懐に文字通り潜り込んだ一子は、四肢の全ての筋肉を総動員し、一気に跳ね上がる。

 

「川神流奥義、鳥落としッ!!」

 

本来その技は名前のごとく空中に居る相手に、しゃがんで力を溜めてサマーソルトキックを叩き込むものだが、一子はその場でアレンジを加え後転に近い形で、しかしその速さはバク転以上の速さで小松田の顎と胴体に両足を使って蹴りを放った。

 

「そこまマデッ!」

 

ルー先生が宣言するのと同時に小松田がグランドに背中から倒れこむ。

 

「勝者、川神一子!」

 

一子の勝利が確定した瞬間に観戦者達からの歓声が響き渡る。

 

「やるじゃねーか、ワン子!」

「最後のはその場に合わせた感じだったね、すごくよかった」

 

岳人と京が着地に失敗して尻餅をついていた一子の手を引っ張りながら声を掛ける。

 

「えへへ、アタシも自分でびっくりしたわ。けどすっごく楽しかった!」

 

小松田が医療班に保健室に運ばれていくがルー先生の振る舞いを見るに特に大きな怪我はしていないらしい。

そのことに一子は息をつき、試合会場に一礼をしてFクラスの方へ戻っていく。

 

「まずは一勝、ワン子がこんなに景気よく勝ってくれたんだ。負けられないぞガクト?」

 

大和は次鋒である島津岳人にそう声を掛ける。

発破を掛けられた岳人は掌に拳を叩きつけ、パン と音を鳴らし応じるとグランドへと歩いて行った。

 

――――――――――――

 

一子と小松田が向かい合う形で立っている。もう少しで交流戦の第一試合が始まるのだ。

そんな様子をSクラスの窓際から眺めているのは本多奉だ。

 

「小松田君、イイですよね。あの優しい顔つきにグッときます」

「人間なら誰でもいいだけだろうが、暇なら岸本の相手してこいよ」

 

隣に寄って来たのは葵冬馬だ。井上と榊原はさっき井上を芋虫を掴んだ榊原が追いかけまわしていたので暇つぶしに来たのだろう。

 

「忍足さんは英雄についていますし、不死川さんはそこまで興味がないようなので優勝候補であるFとCクラスの分析をお願いしたくて話のきっかけに僕の気持ちを呟いただけですよ」

 

最後の言葉が事実ならそれはそれでヤバいが食いつくのは藪蛇だと、思考を切り替えて解説役を引き受ける。

 

「まあ、チームなんだそんくらいは余裕で引き受けるさ」

「ありがとうございます。では、小松田君と川神さんについて教えてもらえますか?」

「見た感じ小松田はスピード型ってトコか。体格で優れない分、瞬間的な爆発力でケリを付ける。短期決戦型ともいえるな。後は見てみなきゃ分からん」

 

小松田の体格や立っている時の振る舞い、刀の握り方から簡単に分析する。

 

「んで、一子は万能型って言えばいいのか? スタミナはかなりあるから長期戦でも失速しないし、逆に短期戦では爆発力が頭一つ飛び抜けてる。小柄な体格も薙刀でカバーできてるし。流石、川神鉄心って感じだな、薙刀が本人との相性がいいのもあるんだろうが、武術をやるからには勝たせる気満々だ」

 

分かりやすく説明するために大まかな型に例えて説明したが、葵冬馬は真剣な面持ちで頷くだけだ。

そんな説明を終えたと同時に、ルー先生が試合開始の声を上げる。

先手は一子が遠心力を乗せた一撃を小松田に振るう。

 

(一子じゃ長物を振るにはああするしかないか)

 

もし、己が相手をするのであれば薙刀を短く持ち一気に加速して突きを放つだろう。その時に後ろに飛ばれないように短く持った柄を握る手を緩めて薙刀を伸ばすように使えば刀を扱う小松田はかなり対処し辛いからだ。

しかし、実際に薙刀を振るうのは一子であり、ガタイの大きい奉と違い短く持ち柄を長く扱うのは不可能ではないにせよ一子には難しいのだろう。

 

『遠心力を乗せた薙ぎ、薙刀の基本的な攻撃方法の一つだな、他には突きなんかがあるがワン子には薙ぎの方が合うだろう』

 

武神の解説の声が聞こえるがどうやら同意見らしい。

そう思った時、小松田が刀で薙刀を受けつつしゃがみながら前進した。

長物使いにとって近接戦はあまりやり易いものではない。柄を短く持つことに向いて無い一子ならなおさらだ。

だが、一子の眼には焦りの色は無く、まして敗北のに文字など浮かんですらいなかった。

小松田の一閃。黛由紀恵が放ったモノよりは劣るが、少し無理な体制で放ったものとは思えないほどの素晴らしい一振りだ。

 

『流石、剣道界期待の新星だな。刀をきちんと引き戻していない体制からこの一撃を放てるなんてやるじゃないか』

 

百代が思いのほかキチンと解説をしている所を見るとバイト代でも出ているのだろうか?

 

(さて、どうする? 引くか攻めるか)

 

回避に専念し、仕切り直すか。逆にカウンターを狙い攻めるか。

答えは、攻め。

一子は薙刀をぱっと手放すと四つん這いの態勢を取り、小松田の斬撃を回避する。

その後、一拍を置いて十分に筋肉を引き絞り一気に開放する。

その様は相手の喉元に飛びかかる豹を彷彿とさせるほどのしなやかな、そして鋭い動きだった。

低い体勢からの四肢を使ったサマーソルトキックは、右ひざは小松田の顎を打ち抜き、左足は胴体を空中へ蹴り上げた。

ドサリ と数メートル後方へ小松田が落ちた瞬間にルー先生が一子の勝利宣言を告げる。

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」

 

こんなに質の高い武術試合は早々見れるものではない。観客が上げる歓声も無理からぬことだった。

 

 




今回は長引かせようとした一子VS小松田でしたが結局早いですね。
百代の解説とか入れるタイミング無かったです。
戦闘描写についても勉強せねば………

後、なんか一子が原作強い気がするけど気のせいなのか分からない


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