女神さま、きぐるみ着るとスゴいんですっ♪ (きぐるみん)
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第1章. プロローグ  1縫. 豪雨の中での出会い

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ねぇ……
今の世界の他にもうひとつ……
違う世界があるって言ったら、信じてくれる……?

──────────────────



ここは日本の某町……

町の基幹道路として一番車の往き来が多い県道を挟んですぐ側に海を望む、中央部分の台地が目立つ小さい町です。
その県道から少し道を逸れると、山肌に沿って台地へと続くなだらかな上り坂があり、横目には段々畑が、正面には眼下に広い広い海が広がります。

タンタンタン……タンタンタン……

海に目を移すと、沖の方で煙突から煙を上げながら、のんびりと航行する連絡船の姿が見えます。
その坂を上りきると眼前には台地が広がり、台地の上には点在している集落と、左手に電車の駅が見えます。
あ、向こうから一両編成、通称「チンチン電車」が駅に入って行くのが見えました。

この台地の上の集落には街灯はおろか、コンビニエンスストアなどの商業施設が点在していない為、夜になると真っ暗闇と化します。
この集落は林業で生計を立てているそうで、集落を見渡すと丸太小屋が目立ちます。

この壮大な物語は、そんな集落の外れにある、とある1件の掘っ立て小屋から始まります……



ザ………   ザ………
 ザ………   ザ………
  ザ………   ザ………

雨が断続的に、叩き付ける様に降りしきる真夜中の12時過ぎ……
その掘っ立て小屋には、母と娘の2人がひっそりと暮らしていました。

「ふぅ、あらかた縫い終わったわね。
後は、仕上げにこの中に“魂”を籠めるだけね……」

母親はそう言って、小型のアタッシュケースの中にそれを詰め込み、厳重にロックをかけました。

母親は、純白のモフモフしたパジャマの上下を着て、手足の袖の先を少し折り返しています。
まるで、白いウサギさんの様なカワイイ出で立ちです。


【タカコ】─────────────

この女性の名前は仁村隆子(にむらたかこ)、年齢は45才です。
主人公の母親です。
父親は……不明です。

髪はクリーム色の腰まである長髪で、ストレートヘアにしています。
目の色はブラウンにしています。
どうやら、髪の色を染め、カラコンを入れて身を隠している様です。
30年前の出来事が祟(たた)って足が少し不自由になっており、常にびっこを引いています。
身長は165cmで、胸の大きさはDカップです。

──────────────────


カタンッ……

物音がしたので母親がそちらの方向に振り向くと、眠い目を擦りながら部屋に入って来た娘と目が合いました。

「あれっ、お母さん、もうこんなに夜も遅いのに、まだ作業していたの?」

ポニーテールで束ねた髪を指でクルンクルン回しながら、何かやたら周りが気になるのか気配を窺(うかが)う様に佇んでいます。

娘は、スカイブルーの滑らかな光沢のあるパジャマの上下を着て、母親と同じく手足の袖の先を少し折り返しています。
こちらは、まるでイルカさんの様な瑞々しい出で立ちです。


【アカリ】─────────────

娘の名前は仁村朱璃(にむらあかり)、年齢は15才です。
この物語の主人公です。

髪はダークブラウンの長髪で、ポニーテールにしています。
目の色は黒で、眼鏡もカラコンもしていません。
実は、母のタカコも身を隠す前の素顔はアカリと同じ髪色、目の色をしています。
身長は160cmで、胸の大きさはCカップです。

──────────────────


「うん……ちょっとね。
どうしたの、寝付けなかったの?」

朱璃は台所へ行って水道の水を1杯飲みながら、

「ちょっと……寝付けなかったみたいなの。
お母さんこそ、あまり無理をしちゃ駄目よ。
身体、壊しちゃったりしたらどうするのよ……」

隆子はニッコリ笑いながら、

「分かったわ、気を付けるわね……」



ザ………   ザ………
 ザ………   ザ………
  ザ………   ザ………

ヒタ……… ヒタ……… ヒタ………

激しい雨の音に乗じて、何者かがこの小屋に接近しています。

「ギ………… ギ…………!」


「ねぇ、お母さん……
何かさ……感じない……?」

どうやら、母親の隆子よりも娘の朱璃の方が感知能力は高い様です。
隆子は、よっこいしょ、と重い腰を持ち上げました。
朱璃が大きい窓の方を振り向いた途端、

パリ……ン……!

大きい窓の窓ガラスが砕け割れ、小さい影が5つ部屋の中に跳んで来ました。
隆子と朱璃、母娘の前に現れたのは……5匹のゴブリンです!
しかも、ご丁寧に誰かに着させられたのか、道化師の格好をしているではありませんか……!

「う……ナニ?コイツら?」

朱璃がアタフタしています。

「ヤバいわよ、この世界にいるハズのないゴブリンって怪物よ!」

隆子はそう言いながらも、次の瞬間にはゴブリンの襲来に対し後方に跳び下がっていました。
その為に、先ほど重い腰を持ち上げていたのですから!

「しかも、あのヘンな服装を見る限り、コイツらを裏で糸引いてる連中がいるハズよ!」

そう言って、隆子は小型のアタッシュケースを朱璃に押し付けました。

「朱璃、ワタシが逃げ道を作るから、コレを持って逃げて!」
「でも、お母さんはどうするのよ!」
「ワタシも後から追いかけるから!
そのアタッシュケースは、絶対に手離しちゃダメよ。
それはきっと朱璃を助けてくれるからっ……!
“獣縫師(けもぬいし)”であるワタシを信じて……」
「分かったよ、お母さんを信じるよっ!
お母さん、どうかご無事で……」

朱璃のその言葉に力強く頷いて、隆子はその場で溜めの体勢に入りました。

「残念ながら、びっこを引きながらじゃないと歩けない今のワタシの足じゃあ、コイツらの動きについて行くのは不可能よ……
でもコイツらは所詮ゴブリン、動かなければ必ずこちらに突っ込んで来る事が分かっていれば……」

ちょうどゴブリンの1匹が飛び掛かって来た時に、隆子の溜めが溜まりきりました!

「さぁ朱璃、今よっ!……ラビットパンチ!!!」

隆子のラビットパンチがゴブリンの土手っ腹に深々と突き刺さり、ゴブリンが吹っ飛ばされるのと同時に朱璃は小型のアタッシュケースを小脇に抱えて、脱兎の如く走り出しました。
吹っ飛ばされたゴブリンにより他のゴブリン達が将棋倒しになるのを見て、朱璃はその横を走り抜けました。
そして、豪雨の中、裸足のまま家の外へと飛び出したのです!


ザッザッザッ………………
ハァハァハァ………………


朱璃は、小型のアタッシュケースを片手に走ります。
後ろを振り向くと、道化師姿のゴブリンが……3匹。

「お母さんが引き付けているゴブリンは2匹、かぁ。」

ゴブリンが2匹なら、お母さんなら何とかしちゃうかな、と朱璃は思ってしまいます。
まぁ、さっきのあのラビットパンチを見ちゃった後ですから。

でも、朱璃は気付きませんでした。
3匹の道化師ゴブリンに逃げ道を誘導されていた事に。
むやみやたらに逃げ回っていた朱璃は、いつの間にか台地の端に追い詰められていたのです!

朱璃は思わず足を止めて、眼下を覗いてしまいました。
眼下には町の基幹道路として一番車の往き来が多い県道を中心にしてたくさんの様々な家がそれを取り巻く様に並ぶ町の夜景が広がっています。
左を覗くと、山肌に沿って台地へと続く、なだらかな上り坂と段々畑が見え、所どころ車のヘッドライトの光が見えます。
右を覗くと、沖まで広がる暗い海が広がり、灯(あか)りを灯(とも)して航行する連絡船のみが光って見えます。

気配を感じて振り向くと、道化師ゴブリン達が扇状に広がり、じりじりと距離を詰めて今にも飛びかからんと身構えています。
すると、突然小脇に抱えた小型のアタッシュケースがぽおっと淡く光ったかと思った瞬間、


飛び込め、小娘っ……!!!


という言葉が、何処からともなく頭の中に響いたのです!

どっちみち、今のままでは確実に道化師ゴブリン達に一足跳びにヤラれちゃう……!
かと言って、今の朱璃には母の隆子みたいにコイツらに対抗する“述(すべ)”を持ち合わせていません。
選択肢は……ありませんでした。

後は、「度胸」だけです!
朱璃は、同じ年頃の女の子の友達同士でバンジージャンプをした経験はあるので、“空中に身を投げ出す”事には恐怖はありません。
しかし、いかんせんこれから挑戦しようとしているのは、“安全ロープ無し”バンジージャンプなんです!!!
しかし、このまま何もしなくても、朱璃に待ち受けているのは……!

「うわぁぁぁっっっ……!!!」

朱璃は覚悟を決め、片手に小型のアタッシュケースを抱えたまま台地の端から空中へと、勢いよく身を投げ出したのです……!

その瞬間、小型のアタッシュケースは、朱璃と一緒に落下しながらもう1度、今度は眩しく光輝いたのです!!!


暗い夜空に眩しい閃光が走った後、朱璃のはるか足許に異次元へと繋がるホールが大きく広がって、朱璃とアタッシュケースを飲み込んでしまう……


という展開ではなく……


完全に自分の足許ばかりを注目していた朱璃の死角になる、はるか上空から、黒い影をロープとしてバンジージャンプをして来た“黒いウサギさん”に突然両脇をがっちりロックされ、そのまま逆バンジーの要領で上空へと引っ張り上げられたのです!


「……そっちだったんか~いっ!!!」

という朱璃の捨てセリフを残して、朱璃と“黒いウサギさん”はそのまま、はるか上空にある異次元ホールに吸い込まれていったのでした……

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2縫. ウサギの管理人さん

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ねぇ……
精神世界って、でっかい段々畑なんだって……!
そこには……ウサギさんが暮らしてるの?

────────────────



う……ん……んっ!
崖のあの高さから飛び降りたのにワタシ、まだ生きてる……
って言うか、ここはどこ……?

朱璃(あかり)は目が醒め、キョロキョロと周りを見回しながら起き上がりました。
朱璃の隣に小型のアタッシュケースは置いてあります。


えーっと……

確かワタシ、崖から飛び降りて……
空中で誰かにいきなり腰をわしづかみにされたままものすごい勢いで引っ張りあげられて……

そこで、記憶が途切れています。


今、朱璃がいる場所は……
部屋全体を支える柱が無く、部屋の奥が分からないくらい広い……そんな部屋。
しかも、部屋の床は一面に色と黒のタイルが市松模様みたいに張り巡らされています。

「む、無駄に広いよね……」

そして、よくよく目を凝らすと向こうに小さく塔みたいなモノが見えます。

「と、取り合えずあそこに行ってみれば、何か分かるかも……」

朱璃は小型のアタッシュケースを拾い上げ、塔の方に向かってトコトコと歩き出しました。
ところが、いくら歩いても一向に塔へは到着出来ません。
というか、正確に言うと塔に向けて近付いてると明らかに実感出来る時と、いくら歩いても一向に塔との距離が縮まらない時が交互に来る感じです。

こんな、誰も人気の感じられない広い空間に独りぼっち……
朱璃は孤独感を感じてしまい、歩きながら思わず小脇に抱えた小型のアタッシュケースをギュッと抱き締めてしまいます。

「もぉ……歩いても歩いてもキリが無いよぉ……」

朱璃は疲れてへたり込んでしまいました。
朱璃はその場に座り込んで、肩で息をしました。
よほど歩いて疲れたのでしょう、そのまま横に倒れ込んで、ゴロンとあお向けになりました。

「ハァ……ヒンヤリするよ……」

意外と、背中の床はヒンヤリとしていて気持ちいいです。
それと同時に
『今、確かに自分は生きている!』
という“生への実感”も確認出来ます。

その時、
また小型のアタッシュケースが淡く光ったかと思った瞬間、


自分の心情を確認し直せ、小娘……!


と、さっきみたいに頭の中だけに響く声では無く、今度は明らかに朱璃の耳に直接声が聞こえて来ます。

心情を確認し直す……?
どういう事なの?
どうすればイイの?

朱璃はしばらくじっと考え込み、その後おもむろに身を起こしました。

よーく考えてみたら……

トコトコ歩いている時でも、全然塔との距離が近付かないと感じる瞬間が時々あったの。
そう言う時って、ほとんどの場合実際にネガティブな感情に支配されていたんだよねぇ。

って事は……

試しに、逆に“塔の方からこちらに近付いて来る”とイメージしながら歩いてみました。
すると、今までの半分の時間で塔らしき場所に着いたではありませんか!

「やっぱり、“良いイメージ”って大事よね……
今回、身に染みて実感しちゃったからね。」


いざその場所に来てみると、塔ではありませんでした。
そこにあったモノ、それは……

螺旋階段でした。
階段が螺旋の様に高く高く繋がり、まるで“段々畑”の様に各階層を繋いでそびえ立っている
……ハズでした。
ところが、階段の途中が崩れ落ちています。
そのお陰で、1段上の階層には行けなくなってしまっているのです……

「えっ、階段が途中で……途切れてるの?」

朱璃は、本気でガックリ肩を落としてしまいました。

朱璃は塔のある場所へ行けさえすれば、螺旋階段を登りさえすれば元いた世界に帰れるのでは、と期待していただけに、落胆も大きかった様なのです。
ただでさえ、元いた世界にはゴブリンと応戦中の母の隆子を残したままにしているのですから……

その時、小型のアタッシュケースが本日3回目、淡く光りました。


よくココまでたどり着けたね……
キミをこの異世界へ呼んだのはワタシだよ……


朱璃は、声が聞こえた方を振り向きました。
振り向いた先は……螺旋階段。

カツン……コツン……

なんと、崩れ落ちて上の階層に登れないハズの螺旋階段なのに、その階段の上の方から何かが降りて来るんです。
降りてきたのは……何と純白のシロウサギ。

あらら……

よくよく見ると背筋をシャキッと伸ばしていて、全然ウサギっぽくないの……
しかも、その上から……
何と執事の制服を着ているのよ!

「これで、ようやくアタッシュケースを通さなくても会話出来る様になりましたね、アカリ様……!」


まるで、ワタシ……
アリスみたいじゃないの……!

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3縫. 管理人ときぐるみと

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ねぇ……
この空間の管理人さんはウサギさんなんですって……!
何故かきぐるみ着る事になっちゃったし……

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えっ、この世界は……

『不思議な○のアリス』?
『○の国のアリス』?

朱璃(あかり)は目の前のシロウサギを見て、そんな錯覚を起こしてしまいました。

「いえいえアカリ様、そんな絵本の中のお話ではありません。
全て、今現在目の前で起きている“リアル”なんですよ……」

ウサギがしゃべってるコト自体、もうすでにあり得ない事なんですけど……

っていうか……アナタ……誰?

「あ、すみません、申し遅れました……
ワタシ、この“閉ざされた空間“の管理人をしているキュイと言います。
タカコ様とアカリ様、お2人にお仕えする事が出来て、感慨ひとしおで御座います……」

そう言った管理人のキュイの顔は、喜びで緩みきっています。

……タカコ……様?

「ねぇ、キュイ……さん、まさかその人って、ワタシの……お母さん?」
「そうです。
アナタの母上の……タカコ様です。」
「ごめんなさい、キュイさん……
ワタシ、今の状況にまだ頭が追い付いていなくて……
分かる様に説明して……もらえません?」

キュイはうーん……と考え事をした後に、

「説明するよりもまず、アカリ様にして頂かなければならない事があるんです。」
「しなくちゃ……ならない事って?」
「これを開けてもらいます。
この……小型のアタッシュケースを、ね。」

でも、朱璃は今までも、何回も開けようと試みたのですが、まるで魔法で封印されているみたいで、力任せではことごとく失敗していたのです。

「キュイさん、どうやって開けるんですか……コレ?」
「このアタッシュケースは、“腕力”でも“魔力”でも開ける事は出来ません。
コレを開ける手段はただ1つ……
“命”だけなんです。」

えっ、“命”って……?

「ど、どうすれば……開けれるんですか?」
「アカリ様、目を閉じて下さい。
その状態のまま、自分の心臓の鼓動を感じて下さい。」

朱璃は、静かに目を閉じて……
そのまま、自分の手を胸の上、ちょうど心臓に当たる位置にそっと当てます。

トクン……トクン……

「そして、心臓の鼓動を感じ取る事が出来たら……
自分の両手を相手に向けて、そのまま心臓の鼓動ごと相手に投げ出す様なイメージを頭の中で作り出すんです!」

朱璃は、目を閉じたまま静かに両手をアタッシュケースの方に向かって広げて、そのまま自分の心臓の鼓動ごとアタッシュケースに投げ出すイメージをしてみました……!

すると、実際にはアタッシュケースを抱き締めていないのに、朱璃のココロがまるで水の様にそれにまとわり付いて優しく包み込む、その“感触”だけがダイレクトに伝わって来たのです!


さすが、アカリ様も母上讓り、いやそれよりも更に格上のモノをお持ちの様ですね……


キュイは朱璃の意識(なか)に眠る、まだ見ぬ潜在能力の高さに舌を巻いてしまいました。

水の様な“感触”のまま朱璃のココロがアタッシュケースを外からゆっくりジワジワと浸透して行き、その中に入っている“モノ”に触れる事が出来た様です。

「んっ……何かに触れた“感触”がありましたよ?」

朱璃のココロがアタッシュケースの中身と触れた途端、

カツン……!

とアタッシュケースの留め金が外れた音がしました。

朱璃がキュイの方を振り向くと、キュイはこちらを見てコクンと頷いています。
朱璃はそっと、ゆっくりアタッシュケースを開けてみると……
その中には、ウサギのきぐるみが入っていたのです!

感慨深そうにキュイは言いました。

「このきぐるみはね、『キュイぐるみ』っていうんですよ。」


キュイぐるみをよくよく見てみると、

キュイぐるみは全体的に純白で、キュイさんいわく、驚くべきは驚異の「撥水能力」らしいです。
汚れだけでなく、なんと血しぶきまで弾いてくれる“スグレモノ”なんだそうです。
キュイぐるみの頭部はカチューシャになっていて、ウサギの耳と長めの角が生えています。
キュイぐるみの胴部はデコルテの部分が大胆に空いており、胸を強調した作りになっています。
また、首から両肩にかけてモフモフのファーに覆われています。
更に後ろは丸く穴が空いており、キレイな背中を強調しています。
キュイぐるみの腰部はひらひらスカートになっており、先端はフリルになっています。
胴部も腰部も、裏地はきぐるみが男の子の場合はスカイブルー、女の子の場合はピンク、と統一されています。
キュイぐるみの腕部は軟らかく出来ていて、これのお陰でどんなモノでもしっかり握れ、極上の“肉球具合“の再現を可能にしています。
キュイぐるみの脚部はウサギのモフモフブーツが剥き出しの美脚をより引き立たせ、更にモフモフブーツにはダイヤルが付いており、リボンを添える事で可愛さを強調しています。


「この名前から、もうすでにお察し頂けたと思うのですが……
このきぐるみ、もともとの材質は“ワタシの身体”だったんです。
つまりこの世界の管理人をする前のワタシは、実はモンスターだったんですよね……」

……はひ?

「母上のタカコ様にテイムしてもらったんですよね……」

……うそっ?

「しかも今着てるキュイぐるみ、タカコ様が自身で作った“専用きぐるみ”ですからね……」

……えぇ~っ!!?
ホントですか、それぇ……?

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4縫. 身の上話と衝撃告白

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ねぇ……
ウサギの管理人さんの「身の上話」を聞いちゃったよ……!
お母さんってとてもスゴい女性(ひと)だったのね……

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朱璃(あかり)はキュイぐるみを身に纏ってみて、改めて思いました。


うそ、コレめちゃくちゃ軽いっ……!
まるでワタシの身体に何も身に付けてないみたいじゃない……
それでいて何だか力もみなぎって来るし、空高く飛び上がる事だって出来そう……
何より、何時だってお母さんの温もりを感じる事が出来るの……!

キュイぐるみの腕部の肉球にいとおしそうに頬ずりしながら朱璃がうっとりしていると……

「どうですか、私の毛皮の抱き心地の方は?
中でも、そのプニプニの肉球が一番自慢なんです。
母上のタカコ様も大のお気に入りなんですよ。」


朱璃は周りを見渡して聞きました。

「あの、キュイさん、ひとつずつ聞いて行きたいんですけど……
まず、ココってどこですか?」

すると、キュイは両手を広げて天井を見上げながら、

「実はアカリ様が今いるこの空間、アカリ様の精神世界である“階層世界”と呼ばれる場所なんです。
この“階層世界”に行き来出来るのは、獣着師(キュルミー)と呼ばれる人達だけなんですよ。」


朱璃は“キュルミー”という言葉に喰い付いた様です。

「キュ、キュルミーって何……なんですか?」
「アカリ様みたいにきぐるみを着て、その“能力”を駆使してモンスターと闘う事が出来る人達の事を言います。」
「ちょ、ちょっと待って?
キュルミーって……ワタシが……?」
「そうです、このきぐるみを何の違和感も無く着こなしているのがその証拠です。
ちなみに、母上のタカコ様もキュルミーですよ?」
「お母さんも……キュルミーなの?」
「その通りですよ。
ちなみに、キュルミーの“能力”だと、稀に闘いで負かしたモンスターを自分と共に闘う仲間としてスカウトする事が出来ちゃいます。
これを『テイム』と言います。
かく言うワタシも、母上のタカコ様にテイムしてもらったんですよ。」


朱璃は、母の隆子の過去を少し知りたくなりました。
今まで教えてもらえなかった、母の本当の……姿。

「あのぉ、キュイさんはどんなきっかけで母と出会って、何で今こんな事をしてるんですか?」

すると、キュイは身の上話をしてくれたのです。

「もともとワタシは一角ウサギ、アルミラージでした。
しかし、他の仲間達の毛の色が赤褐色なのに対し、ワタシの毛は純白だったんです。
その事が原因で仲間達から疎外され、はぐれ生活を送っていました。
そんな時、母上のタカコ様にワタシは狙われ……もとい救われました。
そして、タカコ様にテイムしてもらった時に、初めて純白の毛を持つアルミラージのワタシが実は『亜種』だった事を教えてもらいました。
その後、気の合うテイム仲間が3匹に増えてワタシは人生を楽しく謳歌しました。
しかしある日、あの「忌まわしい出来事」が起こってしまうのです。
そう、『“漆黒の凶龍”ミリタリードラゴンの襲来』です!
冒険者になってまだ日も浅かったタカコ様を守る為、身を呈して凶龍に立ち向かったワタシは……
命を散らしてしまったのでした。」

そして、キュイはキュイぐるみを着た朱璃の頭を撫でながら、

「その時、タカコ様は
『ワタシがきぐるみの姿に変わったとしても、一緒にいたい気持ちは変わらない』
って言ってくれたんです。
すると、タカコ様のその願いに呼応する形で、タカコ様に新しく“キュルミーの力”が芽生えたんです。
この芽生えた新しい力のお陰で、ワタシはこの“階層世界”の中で、言わば精神体として生き永らえる事を許してもらえました。
その恩返しとして、ワタシは“階層世界”の管理人として、この中からタカコ様のバックアップをいろいろとさせて頂きました。
ワタシの補助で、タカコ様の危機を何度も救ってるんですよ?

例えば……
攻撃ダメージが一切通らなかった
『フォルフ城の器械兵』、
ワタシにタカコ様の身体を一時的に譲渡してもらった
『スナッサ峠の神経沼』、
究極の選択を何度も強要された
『城塞都市カーレの大攻防戦』、
言葉の通じない幻獣達と一触即発の危機になった
『妖精の里の消滅危機』、
などなど……
数を挙げたらきりがありませんね。

この階層ではそう大した事は出来ませんが、いずれアカリ様が“階層世界”の他の層にも行き来出来る様になれば、アカリ様にも徐々に、いろいろとバックアップする事が出来る様になりますよ。」


キュイの話を聞いていて、朱璃はハッと気付いた顔をして訊ねました。

「って事は、今いるこの“階層世界”って、要はワタシのココロの中の世界なんですよね?
何故なら、目の前にいるキュイさんだって実は“精神体”なくらいなんですから。
って事は、今現在ワタシの肉体はどうなってるんですか?」

キュイは、ドンと胸を張って言いました。

「今現在、異次元ホールに突入しているアカリ様の肉体はキュイぐるみにより全身を魔法コーティングされているので、異次元ホールを抜けるまでどこも無事ですので安心して下さい。」


朱璃は異世界の事について聞いてみました。

「ねぇ、キュイさん、この異次元ホールを抜けた先にある異世界って……
どんな場所なんですか?」
「今からアカリ様が向かう異世界は、主に5つの大陸から形成される『内界』と空の上にあると言われています『天界』が存在します。
アカリ様、目を閉じてみて下さい。
『内界』には、例えば人間族、妖精族、飛竜族、天使族など、多種多様な種族が自他共生で生活しております。
『天界』には、大天使族、女神族、魔神族など、直接内界と接触を持つだけで甚大な影響を与えてしまう者達が隔離されて生活しています。」

キュイは朱璃の頭の中にホログラム映像を見せながら説明します。

「これが……異次元ホールを抜けた先の異世界なんですよ。
この異世界では、誰も漢字は理解出来ません。
なので、この異世界ではより“響き”で認知されやすいカタカナで名乗って下さい。
それから、異世界にいる間は常にキュイぐるみを着ていて下さい。
丸裸のアカリ様の戦闘能力では、はっきり言ってモンスターと対峙したらひとたまりもありません。
キュイぐるみを着ている間だけアカリ様の戦闘能力をドーピング出来るんです。
それにもう1つ、このキュイぐるみをパジャマにして寝た時だけ、この“階層世界”に来る事が出来ます。
つまり、その時だけまたワタシと会う事が出来るんですよ……」


異世界にいる間じゅう、ずっとお母さんとキュイさんがワタシを守ってくれてるんだぁ……


朱璃はキュイぐるみに籠る母の隆子の優しいぬくもりを感じて、きゅっとキュイぐるみを着たままの自分の身体を抱き締めました。

「キュイさん、今現在ゴブリンと応戦中のお母さんは大丈夫なんですか?」
「……ん、繋がりました、大丈夫ですよ!
今のワタシと母上のタカコ様とはある人物のお陰で、きぐるみを介さなくても意思のやり取りが出来る様になりましたからね。」
「えっ、そんな事を出来る人がいるんですか?」
「えぇ、まぁ、ヒトではないんですがね……
その人物とは……」


その後、朱璃はキュイの口から衝撃のひと言を聞く事になるのです!


「現在『天界』に隔離されているアナタの父上、
“大天使”のシュージン様です……!」


……わ、ワタシのお父さん……???

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5縫. 父からのメッセージ

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うそっ……
いきなり割り込んで来た通信の主は、ワタシの……お父さん?
しかも、ワタシの出生の秘密もサラッと……

────────────────



えっ、ワタシのお父さん、生きてたんだ……
しかもお父さん、人間じゃなくて『大天使』って……

「ねぇキュイさん、ワタシのお父さんって……
どんな人だったんですか?」
「アカリ様の父上のシュージン様は、もともとは人間でした。
母上のタカコ様と同じ学校の先輩後輩の間柄だったそうです。
お2人とも、別々のタイミングで全く同じ異世界へと飛ばされました。
しかし、この異世界に飛ばされた時に母上のタカコ様は平行世界の異世界に飛ばされたのに対し、父上のシュージン様は未来世界の異世界に飛ばされてしまったらしいのです。
その時に、どうやら遺伝としてもともと持っていた『大天使』の血が“覚醒”してしまった様です。
母上のタカコ様がキュイぐるみの能力がフルに発揮出来る様になり、能力『ジャンプ』で未来へ“跳べる”様になった時、未来世界で父上のシュージン様と出会ったのです。」

キュイは、まるで遠く……
そう、『天界』の方を見ている様でした。

「しかし、その時にはもう父上のシュージン様は“覚醒”しきっていて、見た目は神々しい4枚の羽根を生やした『大天使』の姿そのものでした。
ただ、そのお顔は、タカコ様が一目惚れした人間の頃の秋人(しゅうじん)様のままだった、とタカコ様からお聞きしました……
そして、タカコ様もシュージン様も未来世界にて同じ目的である、世界の終焉をもたらす『黒き巫女』を追いかける為、行動を共にする事になったのです。」


そして、話はいよいよ核心へと迫ります……

「最終的に、『白き巫女』に“覚醒”したタカコ様とシュージン様は『黒き巫女』を逃げも隠れも出来ない場所へ追い込む事に成功します。
ただし、その場所は大天使族、女神族、魔神族など、限られた種族しか侵入が許されない『天界』だったのです……
父上のシュージン様は『大天使』なので行けますが、このままでは母上のタカコ様は『人間』なので、『天界』に入る事は許されません。
結局、手段はひとつしかありませんでした。」

朱璃が、まさか……という顔をしています。
耳まで真っ赤になり、モジモジしています。

「そう、たったひとつだけ……
父上のシュージン様と母上のタカコ様がひとつに結ばれる事だけだったのです。
そしてタカコ様のお腹の中に宿った“愛の結晶”こそアカリ様、アナタだったのです。
アカリ様を身籠ったままなら、タカコ様も『天界』へ入る事が出来ますからね。」

アワワワワ……!
朱璃は顔をリンゴみたいに真っ赤にして、両手のひらをバタバタさせています。

「そうして3ヶ月後、母上のタカコ様がアカリ様を身籠った事を確認してから『天界』へ侵入し、激戦の末『黒き巫女』を討ち滅ぼしたのです……
ワタシも大変でしたよ。
激戦の最中、タカコ様が闘っている間じゅうワタシも必死でお腹の中のアカリ様を守り続けていたんですから……!」


そこまで話した瞬間、突然キュイの目が真っ白になり、キュイの口から何やら

ピーピーピー……ガガッ!

と、まるでラジオの周波数を合わせる様な音が聞こえたかと思ったらキュイの口から男の人の声が聞こえて来たんです!

「あーあーあー、テステステス。
こちらの声ぇ、聞こえてますか、オッケー?」

……???

「うんっ、呆気に取られているって事は、ちゃんと聞こえているな。
こっちはキュイの口を通して喋ってるから、聞いているのはタカコかな?」
「すいません、たぶん人違いです……
って言うか、“人違い”ほど遠くもないですね。
ワタシ、お母さんの娘の朱璃(あかり)です。
もしかして、貴方は……ワタシのお父……さん?」
「そうかそうか、アカリってんだぁ、オレ達の娘の名は……!
初めまして、オレがお前の父のシュージンだ、ヨロシクな。
オレ達の元に生まれて来てくれてありがとな、アカリ……
って言っても、こうやって声は聞けるけど、顔はまだ見れねぇからなぁ。
早く会って、お前の顔を見たいよ、アカリ……
いやー、『危険』を冒してまでキュイを通して通信してみて、大正解だったよ……」


朱璃は、父の言った『危険』というセリフが気になりましたが、これ以上は聞かない方が良さそうです。


「タカコ母さんの事なら心配ねぇぞ。
お前が思ってる以上に強いから、母さんはさ。
それと……
今のキュイの話、途中からオレも聞いてたよ。
だから、オレからもちょいと補足してやる。
『大天使』と他の種族、または他の種族と『女神』、どちらの場合で生まれた子供でも、
男の子の場合は『大天使』に、女の子の場合は『女神』になるんだ。
だから、『大天使』は男のみ、『女神』は女しか存在しない。
そしてアカリは、『大天使』であるオレと母さんとの間に生まれた女の子なんだ。
それが何を意味するか……アカリなら……分かるな……
おっと……もう妨害電波に……捕まっちまったか……
アカリ……父に会いに……『天界』へ来い……
待ってるぞ……」


そして……キュイの口からは

ツーツーツー……

という音しか聞こえなくなりました。

「あの……キュイさん?キュイさんってば?」

とキュイの肩をゆっさゆっさ揺すってみました。
すると、白目を向いていたキュイが正気を取り戻し、元の目に戻りました。

「うーん……途中から誰かに意識を乗っ取られていた様な……
アカリ様、何かあったのですか?」

キュイは何も覚えていない様です。
そこで、朱璃はキュイに、途中からキュイの身体を介して父のシュージンからコンタクトがあった事、そして父からのメッセージを全てキュイに話しました。

「そうなんですか……
父上のシュージン様の声が聞けたんですね……」

キュイはちょっと残念そうです。
そして、父のシュージンのメッセージを聞いてキュイはフムフムと考えた後、

「父上のシュージン様は、確かにアカリ様が『大天使』と『人間』の間に生まれた女の子って言っていたんですね?」


そして、次のキュイのひと言に、我が耳を疑いました!

「つまり、アナタは……
『女神』なんですよ、アカリ様!
って言うか、正確に言えば『人間』でもあり『女神』でもある、“半人半神”なのが今のアカリ様の状態なんです。
だからこそ、『女神』であるアカリ様を身籠っていたからこそ、『人間』であるタカコ様でも『天界』に入る事が出来たんですよ……」

あっ、と言ってキュイはポンとキュイは手を叩きました。

「あっ、そうそう、ちなみに、確か……
父上のシュージン様も、最初は“半人半神”だったって聞きましたよ。」


……今の話からすると、
ワタシって、父親似なのかなぁ……?

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6縫. 『胸キュン♡戦法』

────────────────

さて、と……
異世界でのスタート地点は廃墟でした!
異世界を生き抜く為の「闘い方」を模索中です……

────────────────



ワタシが“女神“さま……?
いきなりそんな事を言われても、実感が持てないです……

「ねぇ、今のキュイの話からすると、能力『テイム』とか『ジャンプ』って、このきぐるみを着込んだ時の、“キュルミー”としての能力ですよね?
じゃあ、ワタシの“女神”としての能力は何かあるんですか?」
「すみません、“キュルミー”として以外の能力は、ワタシの管轄外なんです。
いかんせん、“キュルミー”の能力でワタシはこの『階層世界』に居続ける事が出来るもんで……」

キュイは頭をポリポリ掻きながら、

「こればかりは、自分で見つけ出すしかなさそうですね……」


……ま、これはしょうがないです。
誰かの力を借りてズルしたらダメって事ですね、たぶん……


「アカリ様、もうすぐ“異次元ホール”を抜けそうです!
目が覚めれば、アカリ様はこの『階層世界』から自動退去します。
ほら、ワタシの姿や周りの景色がだんだん薄くなって来たでしょ?
大丈夫、またアカリ様がキュイぐるみを着たまま再び眠りに入る時、ワタシに会いたいと願えばいつでも会う事が出来ますから。
また次回、お会いしましょう……」

しばらくして、言い忘れた事があったのかキュイがひどく慌てた声で、

「あ、そうそう、異世界に着いたら『7世界の王』……」
そう言った後、周りの景色がス……ッと消えたと思った次の瞬間、パチッと目が覚めました。

どうやら、異次元ホールから抜けて無事に異世界へと来る事が出来たみたいです。


「ん……ココはどこですか……?」

異世界におけるスタート地点は、どうやら「廃墟」らしいです。
アカリが今倒れていたのは、この廃墟群に囲まれた真ん中の草むらです。
この草むらは、短い草とやや長い葉っぱが折り重なる様に出来ています。
おそらく、この草むらがクッションになってくれたお陰で、アカリは怪我ひとつ無く異世界に来られた様です。
廃墟は全て大小様々な泥レンガを積み上げて出来ているみたいです。
そして、この草むらを中央にして円を描く様に廃墟が配置されています。
右から左へそよ風が吹き抜ける度に、草むらのやや長い葉っぱの方が

サワサワサワ……

と気持ち良さげになびきます。
しかも短い草がライトグリーン、やや長い葉っぱがダークグリーンなので、吹き抜ける度にキラキラ光ってキレイなんです。

「最後、消え際にキュイさん、何か言っていた様な……
確か、『7世界の王』でしたっけ……
何なんでしょうね……?」

それと、さっきから気になる事が……

「……それにしても、さっきから身体がポッポッと火照ってるみたいに熱いんです!
特に手のひらを中心にして……」

そうなんです。
異次元ホールの中にいる間はキュイぐるみが守っていてくれたのです。
その反動でしょうか、異次元ホールから出て異世界に着いた途端、キュイぐるみの保護から解放されて身体中に巡り廻っていた熱が手のひらから放出されたくて集まって来たのです。
何とかしてこの熱を全部放出しなくちゃ、全身のあちこちで火傷しちゃいそうです!

火照った身体に必死に耐えながら、身近にあった廃墟の壁に手のひらを当てて寄り掛かろうとしました。
すると次の瞬間、何と手のひらから放出された熱により当てた部分の壁が砕け散ったではありませんか!

「なっ……!!!」

ただ、壁に手のひらが触れただけなのに……?
ただ触れただけでコレなら……

アカリは右に向きを変えて、目の前の壁に向かって軽く掌底突きを繰り出してみました!
すると、今度は砕け散っただけでなく、扇状に高速で破片が飛び散ったではありませんか!
アカリはしばし……ボーゼンとしました。

自分ひとりだけの力では、とてもじゃないけどこんな芸当は出来ないよ……

ふと、自分の両手を見ました。
自分の両手を覆っている、プニプニの肉球を。

まさか、このキュイぐるみの……この肉球の力なの……?
この肉球って、“気の排出”の補助もしてくれるの……?

さっき、管理人のキュイが、

『アカリ様の事を、母上のタカコ様もキュイも、何時でも見守っています』

と言ってくれたばかりではありませんか……
アカリはこのキュイぐるみに感謝しました。

お母さん……キュイさん……ありがとうね。


その後、体内を駆け巡る熱を外に放出しようと必死でいろいろ動き回った結果……
気が付いた時には、いろんな技のレパートリーが出来てしまっていたのです!
なので、この過程で出来たいろんな技の中で「戦闘術」として使えるものがあるかどうか、もう一度吟味し直しました。
試行錯誤を繰り返している内に、身体中を巡り廻って手のひらで燻っていた熱も徐々に治まりました。

「実際に使えそうな技も、いくつか出来ましたね……」


あとは、それに相応しい名前を付けたいよね……
そうね、女の子っぽいカワイイ名前がいいな……
名乗って、思わずポッてなっちゃう様な名前……

アカリだって15才の年頃の女子高生なんです。
カワイイもの……大好きですよぉ!

そう言えば、向こうの世界にいた時にスマホのネットサイトをググって、こんな言葉を見つけた事があったんです……

『今ドキ女子が胸キュンするオトコのモテ仕草』

これからカワイイ名前をパクるのも面白いかも……!


う~ん……と頭の中でいろいろと考えながらアカリがふと周りを見渡すと、廃墟のすぐ外にいるゴブリンの群れ8匹と目が合いました。

……あ、ラッキー!
さっそくあそこにおあつらえ向きなゴブリンの群れが……

さっそく実戦で技を順番に試してみる事にしました。


①壁ドン♡

まず、廃墟の壁に寄り掛かる様な姿勢で、胸を反りながら片手は身体の後方に、もう片手のひらだけ壁にトンと置く感じで軽く掌底突きを当てました。

「ん……『壁ドン♡』!」

すると、『壁ドン♡』を当てた部分の壁が砕け散り、その時の壁片が3匹のゴブリンへと高速で飛んで行き、当たった瞬間3匹ともその場で“昇天”してしまいました!


②顎クイ♡

「ギ……ギギッ!」

それを見て、一番近くにいた1匹のゴブリンが怒りの表情で襲って来ました。

「カウンター気味に……『顎クイ♡』です!」

アカリはウィンクしながら、その襲って来たゴブリンの顎にカウンターの掌底突き、『顎クイ♡』を当てました。
すると、直撃で喰らったゴブリンは脳しんとうになり、一時的に行動停止になってしまいました!


③腕グイ♡

そして脳しんとうになった仲間を見て怯んでいるゴブリンを見つけ、

「さぁ、次は連携技を試します!
『腕グイ♡』で捕まえてからの……」

怯んでるゴブリンの腕を『腕グイ♡』で捕まえて微笑みながら自分の懐に引き寄せます。

「……『壁ドン♡』ですっ!」

『腕グイ♡』で捕まえたゴブリンのどてっ腹に手を当てて、超至近距離から『壁ドン♡』をお見舞いしました!
哀れなゴブリンはその場で“昇天”しました……


④でこピタ♡

更に、先程カウンターの『顎クイ♡』により脳しんとうになったゴブリンの所にクルッと優雅に回転しながら歩み寄り、

「さぁ、おまたせしました。
アナタにはこの『でこピタ♡』をあげるね!」

そう言って、アカリはそのゴブリンに超至近距離の頭突き、『でこピタ♡』を思い切り喰らわせたのです!

ゴォ……ンっ……!

『でこピタ♡』を喰らったゴブリンは、白目を向いて“昇天”してしまいました。
アカリもちょっと頭がクラクラ……としました。

「ちょっと……強過ぎたかも……」


⑤肩ズン♡

その後、アカリは反対側を見てみると、何と剣を持ったゴブリンまでいる様です。

「ありゃ……ゴブリンじゃなくてゴブリンソルジャーだったんですね……」

ゴブリンソルジャーが降り下ろす剣を避けながら、再び剣を降り下ろすのにタイミングを合わせてカウンターの『顎クイ♡』を当てました。
そして、ゴブリンソルジャーがよろけている際にススッと懐へ潜り、顔に手を添えて潤んだ瞳でじっと見つめ合いながら……

「『肩ズン♡』で剣を持てなくしてしまいましょうね!」

そう言って、油断したゴブリンソルジャーの肩に超至近距離の頭突き、『肩ズン♡』をぶつけました。
今度は、頭突きの威力をちゃんと調節しながら……

ガランガランッ……!

ゴブリンソルジャーの剣をその場に叩き落としました。


⑥頭ポンポン♡

「さぁ、最後は『頭ポンポン♡』でおねんねしましょうね!」

アカリは両手を広げて優しく微笑みながらゴブリンソルジャーを抱き締め、その頭に手のひらをそっと当てて発勁技、『頭ポンポン♡』をお見舞いしました。

ブハァッ……!

ゴブリンソルジャーは声にならない声を上げて、目をグルンとひっくり返して“昇天”してしまいました。


⑦髪フゥ♡

あと残りはゴブリン2匹……!
その内の1匹に背後からススッと忍び寄り、

「アナタには『髪フゥ♡』をしてあげます……
さぁ、同士討ちをするのですよ……」

アカリは人差し指にチュッとキスをしながら、ゴブリンの頭に手のひらを置いて『髪フゥ♡』で気を送り込みました。

「ギギ……ギッ……?」

何と、ゴブリンは身体の自由が利かなくなって、自分の意思とは関係無くもう1匹のゴブリンに襲いかかり始めたのです!
お互いに身体を傷付け合い、相方フラフラになった2匹のゴブリンは、廃墟の壁を使った『壁ドン♡』ですぐ“昇天”してしまいました。


結果として、『胸キュン♡戦法』なるこの闘い方で7匹のゴブリン、1匹のゴブリンソルジャーに打ち勝つ事が出来ました。

「使えそうな技は結局、この7つだけでしたね……
ま、でもこれからの闘いでは実際に使用するのは、これらのうち2つ、多くても3つくらいの組み合わせになるでしょうけどね……」

そう言って、アカリは大きく頷きながら、

「でも……これは充分過ぎる程の大収穫です。
『胸キュン♡戦法』……これがワタシの闘い方なんですね!」

自分でもちゃんと闘える、そんな実感を再認識する事が出来たアカリなのでした……

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7縫. 盗賊団のアジトにて

────────────────

さて、と……
廃墟の次のステージは「盗賊団のアジト」です!
どうやって拐われた町娘さん達を助け出しましょうか……

────────────────



異世界ホールを抜けた反動で、火照った身体中の熱を外に放出する過程で、偶然産み出されたとも言える『胸キュン♡戦法』……
廃墟を出て、森林の小道を歩きながら、この闘い方の応用方法を考えていました。
中でも、バトルシーン以外で使えそうなのは「壁ドン♡」「髪フゥ♡」の2つです。
冒険者にとって重要なファクターを占めるのは、何と言っても『マップ探索』です。
コレがちゃんと確立出来ているかどうかで、冒険の成否が全然変わって来るんですから。
『マップ探索』には主に「フィールド探索」と「ダンジョン探索」の2種類があります。

「フィールド探索」とは、主に外に出歩く時に障害物を排除出来るかどうかに関わって来る能力です。
だって、障害物を排除出来ないと、屋外活動が著しく制限されてしまうからです。
その時に役に立つのが「壁ドン♡」です!
気を込めた掌底突きは、目標物に気をぶつけて破壊する技なので、目標物を直接自分の手で殴って手を痛める心配はありません。
もっと練習して場数を踏めば、岩盤ですら割れるかも知れません。

「ダンジョン探索」は、主にダンジョンの構造、敵の数及び配置をどれだけ把握出来るかどうかに関わって来る能力です。
だって、ダンジョンはフィールドよりもはるかに不意討ち、先制攻撃を受ける確率が高いからです。
その時に役に立つのが「髪フゥ♡」です!
ダンジョンの外で小動物を捕まえて、またはダンジョン内の敵の1人を拘束して、「髪フゥ♡」でアカリが自由に動かせる“駒”にして自分の代わりにダンジョン内を歩き回らせれば、誰にも怪しまれる事無く“情報収集”が出来ます。
もっと練習して場数を踏めば、「髪フゥ♡」で操った“駒”に更に気を送り込んで、視角を共有させたりする事だって出来るかも知れません。

一番利用可能性を拡げられそうなのがこの2つなんです。
「髪フゥ♡」に関しては、もう1つ試してみたい“実験”もありますし、ね♪


ふとそんな事を考えながら歩いていると、森の向こうで何やらゴソゴソ動く人影があります。
アカリは気配がしない様にそろ~っそろ~っとつま先立ち歩きで近付き、木の後ろからそ~っと覗いてみました。
どうやら、盗賊団の人達の様です。
盗賊団と一緒にいるのは……どうやら町娘の皆さんの様です。
この近くに、町があるんでしょうか?
いえいえ、それよりも盗賊団が町娘を捕まえて、何をするつもりでしょうか?
まさか、どれ……いやいや。
アカリは頭をブンブン振って、必死にその選択肢を打ち消そうとしました。
しかし、さっきから嫌な予感しかして来ません。

「あの人達を助けに行かなくちゃ!」

でも、どうやって助けよう?
ただ盗賊団を倒すだけじゃなくて、町娘の皆さんを無傷で助け出すには……

アカリが頭の中でモヤモヤ考えながら様子を見ていると、盗賊団が町娘の皆さんをこの先にある洞窟へと連れて行く様です。
盗賊団の“お頭(かしら)”らしき大男がまず洞窟の中に消えて行き、その後に盗賊2人が間に町娘の皆さんを挟んで洞窟の中に誘導します。
その後、盗賊が3人洞窟の中に消えて行き、残る1人は、たぶん“見張り役”なのでしょう、ポツンと洞窟の外においてけぼりにされました。

「盗賊が6人、町娘の皆さんが4人、合計10人ってトコですね……」


……町娘の皆さんの救出プラン、決定しました!
あの“見張り役”さん、利用させて頂きましょう……


────────────────

何でオレだけ見張りなんだか、まったく……

……あ、オレ?
とある村に住んでたんだよ。
年寄り連中しか住んでない「過疎村」でさ、オレ仕方無く出稼ぎに出てたんだよ。
で、いざ出稼ぎから帰って来たら盗賊団の襲撃に会って壊滅しちまってるじゃんよ。
立ち尽くしてる所を盗賊団に見つかっちまってさ、死ぬのがイヤだったからみっともなく命乞いしたんだよ。
その結果、生かしてもらう代わりに盗賊団のケツにしがみつく事になっちまって、このザマだよ。
ハァ……

……おっ、向こうから女の子がやって来たぞ?
顔はカワイイし、見た目は“上玉”なんだが……なんであんなきぐるみを着てるんだ?
は、恥ずかしくはないのか?
なんかモジモジしてるみたいだし……

話を聞いてやると、何か道に迷ったらしいみたいなんだよ。
教えてやるフリしてこのままアジトに拉致して“お頭”に献上してやれば、オレの株もうなぎ登りになるんじゃねーか?

ようやくオレにもツキが回って来たぜ……!

────────────────


アカリは、モジモジとした感じを醸(かも)し出しながら“見張り役”さんに近付きました。

「あのぉ、すみません。
道に迷っちゃったんですけど……
この森林を抜ける道を教えてくれませんか?」
「お、おぉぉう、教えてやるよ。
一緒に付いて来いよ……」
「はい……」

アカリは、そそそ……と身を委ねる様に“見張り役”さんの背中にぴとっとくっつくくらい、おしとやかに付いて来ます。

か、カワイイ……

ちょっとポッとなっている“見張り役”さんの耳元に、ウインクしてひと言呟きました。

「このまま、イイ“夢”見させてあげますね……」

アカリは人差し指にチュッとキスをしながら、“見張り役”さんの頭に手のひらを置いて、髪の毛に直接甘い吐息で気を送り込んだのです!

「……髪フゥ♡」

髪フゥ♡の気の直撃を喰らった“見張り役”さんはグルッと目を回して白目になってしまいました。

「じゃあ……今回は“偵察”とか何もしなくてもイイです、このまままっすぐに、ワタシを守りながら“お頭”のトコまで行って下さいね。」
「は……い……」

今の段階のアカリでは、まだ髪フゥ♡で操った相手に複雑な事をさせるのは無理なので、取り合えず戦闘の際の『盾役』として頑張ってもらう様です……

アカリは“見張り役”さんを前に歩かせて、そのまま盗賊団のアジトへと乗り込んで行ったのでした。

アジトの中は盗賊が5人いて、計画通り町娘を拉致出来た「勝利の美酒」で全員酒を煽っているのかベロンベロンです。
どうやら“お頭”は町娘の皆さん4人と奥の部屋にいる様です。

これはチャンスですね……

「あん?……なんだぁオメェはぁ?」
「おぃ新入り、何でこんな小娘、中に入れたんだぁ?」
「でもコイツ、なかなかの“上玉”じゃねぇかぁ!
この小娘はよぉ、オレ達が頂いちゃうかぁ?」
「構わねぇよなぁ!」
「みんなぁ、やっちまえっ!」


……はぁ、どいつもこいつも好き勝手なコト言ってくれますねぇ。
『情けは無用』ってコトですか……


今回のテーマは「“お頭”に気付かれない内に素早く殲滅させる事」です。
まぁ、盗賊達がこれだけ喚き立てても“お頭”が出て来ないって事は、逆に言うと戦闘の時に多少大声をあげても大丈夫って事でしょう。
今回大事なのは、盗賊達を殲滅するスピード、という事になりますね。
要はタイムアタックです。

さぁ、無駄な戦闘は避けて、速やかに殲滅させましょう!
えーと、それにはまず……
盗賊5人を素早く倒すには……

……やっぱり「手前に引き込みながらドン」、コレに限りますね!
コレにちょうどいい『胸キュン♡戦法』は……

……それはもう、あの“連携技”しかないでしょう!


まず、盗賊が2人こちらに迫って来ます。

「たかが小娘だぁ!
2人がかりで動けなくして押し倒しちまえっ!」

アカリはこちらに迫り来る2人のうちの1人の腕を絡め取り、

「さぁ、応用連携技、行きます!
腕グイ♡で捕まえてからの……」

絡め取った腕を腕グイ♡で捕まえて微笑みながら自分の懐に引き寄せます。
そして、タイミングを見計らって……
ちょうど後から追いかけて来たもう1人とピッタリ重なるタイミングで、

「……壁ドン♡」

腕グイ♡で捕まえた盗賊のどてっ腹に手を当てて、超至近距離から壁ドン♡をお見舞いしました!
どうやら壁ドン♡で放った気の波動は1人目を貫通して2人目にも当たった様で、吹っ飛ばされた先で2人とも踞(うずくま)って嘔吐物を吐き出して倒れてしまいました。

…………!!!

今の連携技を見て、どうやら残りの3人ともビビってしまった様です。

「たぶん今の2人、肋骨が折れてしまったかも……」

アカリのそのひと言を聞いた途端、

「うわぁぁぁっ!」
「ひがぁぁぁっ!」

と錯乱状態になってしまった3人のうちの2人が脇目も振らず突っ込んで来ました。

「さぁ、今度は顎クイ♡の応用技です♪」

そう言って並んで突っ込んで来る2人に両手で待ち構えています。
そして、右の掌底突きで1人目の、左の掌底突きで2人目の、それぞれの顎に当てて、

「……顎クイ♡」

とカウンターで両方の掌底突きを振り抜きました!
2人とも、その場で泡を噴いて突っ伏してしまいました。

「ば……バケモンが……っ!」

残った1人は、喚き散らしました。
次の瞬間、どこからともなくカチン!という音が……

「女の子に向かって……“バケモン”ですってぇ!!?」

背後がゴゴゴ……と怒りの炎で燃え盛ってます。
どうやら、そのひと言がアカリの逆鱗に触れてしまった様です!

とっさに壁に立て掛けてある剣を取り、身構えました。
確かに剣と素手では素手の方が圧倒的に不利なのです。
しかし、残ったこの盗賊は、慌てていたのかある致命的な失敗をしてしまいました。
そう、こんな狭い洞窟内で剣を選択してしまったのです……!

「くっ、このヤロウ!」

狭いので振り抜こうとすると壁に当たり、振り抜く事が出来ないのです!

ガキンっ……!

その隙を見逃すアカリではありませんでした。
“バケモン”と言われた恨み、とばかりに思いきり股関を蹴りあげたのです!

「うぐっ……!」

そして、股関を押さえた盗賊に、

「そこまでです!……壁ドン♡」

壁に剣を当てたままの状態で、まともに股関蹴りあげからの壁ドン♡という連携技を喰らった盗賊はそのまま壁に激突し、壁にもたれ掛かって座り込んだままノビてしまったのでした……

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8縫. 管理人キュイ、復活

────────────────

対盗賊団編、ついに“お頭”と一騎討ちです!
フェアリーバードまでいるみたいですけど……?
どうするの……?

────────────────



アジト中央の大広場であっという間に盗賊5人を倒したアカリは、ふぅ……とひと息つきました。

アカリには、このアジトに踏み込む前からずっと気になっていた“懸念事項”が1つありました。
実はこのアジトに踏み込む前に、“見張り役”の他に外にいるノネズミを1匹捕まえてそれにも髪フゥ♡をかけ、自分の思いのままになる“駒”にしてから偵察要因としてアジトの中に放ったんです。

「やったぁ、ノネズミみたいな小動物にも髪フゥ♡って効くんですね♪
ひょっとすると、スライムみたいなどこが頭か分からないモンスターにも効くのでは……?」

とアカリは喜んでいたのですが、何時まで経っても偵察ネズミは帰って来ません。

「あれ……?遅いですねぇ……
まさか、アジトの中にはノネズミみたいな小動物を捕食するモンスターもいる、って事でしょうか……?」

最悪の場合、盗賊団の人達と捕食モンスターの混成コンビを相手にしなくちゃいけないかも知れない……

しかし、テイム出来る様な捕食モンスターだったなら、あの『実験』を試してみたいですね……

先ほども述べた、「髪フゥ♡」を使った、もう1つの試してみたい『実験』とは一体何なのでしょうか……


色々と思いを馳せながら、アカリは操った“見張り役”を連れて先ほど格闘を繰り広げた大広場を抜け、細い通路を走り抜けて、一番奥にある部屋に通じる扉を

「……壁ドン♡です!」

と、勢い良く破壊して中に入りました!

アカリが“見張り役”を前衛にして中に入ると、やはりと言うか何と言うか、想像通りの光景が広がっていました。
奥の部屋にて、部屋の隅に町娘の皆さんが4人とも肩を寄せあって座り込んで小さく震えています。
そして、部屋の中央には……
仁王立ちで立っている“お頭”と小型の鳥がいたんです。
その鳥はピンクの体躯に赤い羽根、そして脚にはカギ爪みたいなものが見えます。
嘴(くちばし)はワシみたいに尖端がちょこっと曲がっており、尻尾は“赤い垂(しだ)れ桜”みたいに幅広に綺麗な放物線を描いています。
見た目をひと言でいうと、
「少しだけ小さくした感じの赤いクジャク」
だと分かりやすいでしょうか……
そして、気のせいか、頭の上に透き通って向こうまで見える“ハート”が空中にプカプカ浮いている様な気が……

うわぁ、綺麗な鳥です……
絶対にテイムして、捕まえたいですね……

「何だぁ、お前は?
どっから入って来やがったんだぁ?」

いえ、アジトの入口から入って来たんですけど……

「お前、まさかこの町娘を取り返しに来たのかぁ?
渡せねぇなぁ!何故ならコイツらは高い金ヅルになるどれ……」


メキョ……

次の瞬間、景色がスローになり、“お頭”の顔面にアカリのブーツがメリ込んでいました。

「それから先のセリフ、絶対に言わせません……」

怒りのせいか、アカリの目……三角になっています……


「いってぇ~!
この小娘、オレの顔面にケリ入れやがってぇ!」

よく見ると、“お頭”の顔面にキュイぐるみのブーツの靴裏がくっきりと赤く残っています。
……笑ってはいけません。

「おいっ、フェアリーバード、あの小娘を襲うんだぁっ!」
「リュー!リュー!」

ひと声鳴いて、フェアリーバードはダッシュしながら口から炎を吐きました!

フェアリーバードの炎は溜めを作っているアカリの盾役、“見張り役”に当たり、火傷に悶絶して地面を転がり回り、気を失ってしまいました。
結構な火力の様です。
しかし、お陰でアカリにはかすり傷ひとつ無く、その時のタイムラグで冷静に物事を考える時間が出来ました。


今回の最大の関心事は、何と言ってもフェアリーバードなんですけど……
テイムする事が「決定事項」になりました!
って言っても、実際にテイム出来るかどうかは別問題なんですけどね……

しかも、今回ワタシがしたいのはただの“テイム“では無いんですよね……!

その為にも、今回のキーワードとなる「テイム」と「髪フゥ♡」について、ここでもう一度おさらいしておく事にします。


……1つ、髪フゥ♡でモンスターの意識を支配すると、アカリの意識とモンスターの意識が繋がります。
そして、モンスターが何を考えて何を欲しているのかが手に取る様に分かる様になります。

……2つ、モンスターのテイムに成功すると、その後はテイムモンスターとしてずっと仲間になってくれます。

……3つ、意識と『階層世界』は繋がっています。
管理人のキュイは、かつて母のタカコが絶体絶命のピンチになった時にそれを利用して母の意識を支配して代理として身体を動かしていた時がありました。
そう、『階層世界』にいる時に聞いたので間違いありません。


朧気(おぼろげ)ながら、どんなテイムをしたいのか浮かびかかってはいるんですけど……
まだイメージとして具体的な形にはなっていないんです。

でも、今やらなくちゃいけないのは、まず「髪フゥ♡を成功させてフェアリーバードの動きを止め」、その後に「“お頭”を仕留める」という手順なんです!

だって、“お頭”を何とかしないとテイムどころじゃないんですから!


でも……、たぶんアカリなら大丈夫です。
だって、アカリはどこまでも気丈な女の子ですから。
それに、どこまでも自分の成功を信じて疑わない“揺るぎない目”をしているし、ね。


え~と……
フェアリーバードの「動きを止める」技は、と……

アカリは、フェアリーバードのダッシュに合わせてカウンターの掌底突き、顎クイ♡を打ち込みました。
すると、顎クイ♡の追加効果でひるんで一瞬動きが止まります。

……最近、分かった事があるんです。
あの顎クイ♡、予備動作の溜めが長ければ長い程、どうやら追加効果の確率も上がるらしいんです!

そして、フェアリーバードがひるんで一瞬動きが止まったその瞬間を見逃さず、アカリはフェアリーバードの背後に回って羽交い締めにします。

「リュ……!リュ……!」

心配そうに鳴いているフェアリーバードを後ろから羽交い締めから優しく抱き締め直して、

「ねっ、怖がらなくていいんですよ……
ホラ、さぁ……」

そう言って手のひらで頭を優しくナデナデして、

「少しお休みしててね……髪フゥ♡」

おさらいの1つ目、髪フゥ♡です!
気を送り込み続けて暫くすると、フェアリーバードの目がグルグルうずまきになり静かに横たわってしまったのでした……

……さぁ、髪フゥ♡でフェアリーバードの脳内にたっぷり気を送り込んで、意識を完全に支配出来ました。

「後はアナタだけです!」
「お前、フェアリーバードに何をしやがったんだぁ!
オレがせっかく大枚を払って手に入れた……」
「黙ってて!」

キッと“お頭”を睨んでアカリは言い放ちました。

「ムッ、お前のその“眼”がムカつくんだよぉ!」

“お頭”はそう言って、巨体にモノを言わせて上から覆い被さる様に襲って来ました!

「顎クイ♡からの……!」

そう言って身構えたまま溜めを作り、迫って来た“お頭”の顎に掌底突きの顎クイ♡をクリーンヒットさせました。

この場面での顎クイ♡は、“お頭”の動きを止める為のモノではありません。
何と、渾身の顎クイ♡で“お頭”の身体を地面から引っこ抜く為のモノだったんです!

そして、少し“お頭”を宙に浮かせた状態で、

「お空の彼方まで飛んでいけーっ!……壁ドン♡!!!」

とドテっ腹に思いきり壁ドン♡をぶつけたら、巨体がぶっ飛んで頭から壁に激突し、頭から血を流して気を失ってしまいました。

……それを、部屋の隅で縮こまっている町娘の皆さんがポカーンとして見ています。

「さぁ、お姉さん達、逃げるなら今ですよ!」
「でも、貴女は……」
「ワタシは、ココに残って、もう少しやらなくちゃいけない事がありますから……!」

アカリは町娘の皆さんを全員アジトの外へ逃がしました。
たぶん、これからしようとしている事を他人に見せてはいけない様な気がするから。


さて、と……
アカリはスタスタ……と目を回しているフェアリーバードの傍に戻りました。

アカリは『実験』で何をしようとしているのでしょうか?
「3つのおさらい」の内容から推察すると……

たぶん、アカリはフェアリーバードを使って、キュイをこの異世界に『復活』させる気なのかも知れません。
まぁ、意味合い的には“復活”、というよりも“憑依”の方に近い様な気がしますが……


「ワタシがやってみたかったのは……

『髪フゥ♡でフェアリーバードの意識を完全に支配してからテイムしたら、どうなるか?』

っていう『実験』なんですよね。
実験結果は、キュイを復活させる事が出来る、って予想しているんですけどね……」


……ほら、やっぱりね。
ちなみに、テイムする時に一緒に「何かを仕込む」という考え方は、この異世界では存在していない様です。

……どちらに転ぶかはまだ分からないけど、どんな実験結果が出るか楽しみですね。


それともうひとつ、フェアリーバードへの“最後の一撃”は壁ドン♡か頭ポンポン♡、どちらがイイのでしょうか?

どちらにしようか迷ったのですが……
頭ポンポン♡は頭に直接大量の気を一気に流し込む技なので、過剰な量の気が頭の中に充満する事になり『実験』が失敗する確率が非常に高くなります。
なので、ソフト(?)にお腹への壁ドン♡になりました。

アカリの頬に、スウッと伝うものが一筋……

「どうか、予想通りになります様に……
フェアリーバードさん、ゴメンね……」

そう言って、アカリはフェアリーバードの目を片手で隠し、お腹に最後の壁ドン♡をしたのです!


《階層世界》──────────

さて、ここは『階層世界』の中……
管理人のキュイは、アカリの目を通して外の世界の事、この盗賊団の件(くだり)を全て見ていました。

「ほぉ、アカリ様、面白い闘い方を身に付けなさいましたねえ……
タカコ様といいアカリ様といい、一緒にいると常に新しい発見があって面白いですね。
また、生まれ変わったら一緒に冒険したいものです……」

ふぅ……とキュイはため息をつきました。
すると突然、何もないハズの空間から、

……………………………………

………………さん………………

……………………イさん……

…………キュイ……さん……

……キュ~イさ~ん!……


えっ、外の世界にいるハズのアカリの声が聞こえる?

「え……?あ……?」

そう感じた瞬間、突然キュイの身体(精神体)がシュンッと泡の様に消えてなくなったのです!

────────────────


アカリの壁ドン♡で、フェアリーバードに最後の一撃をしました。
さぁ、昇天でしょうか、テイムでしょうか……

アカリには、何となくテイムが成功しそうな予感はありましたが、それでも成功するかどうか心配でした。

しばらく観察していましたが、モンスターが昇天する時の様な「白い靄(もや)」は発生していない様です。

……おさらいの2つ目、テイム成功です!
しばらくして、フェアリーバードはゆっくりと起き上がりました。
アカリの髪フゥ♡で意識は支配されたままになっているので、目はぼ……としたままです。


しかし、アカリの実験の“真価”はココからです!
おさらいの3つ目、もしも意識で『階層世界』と繋がっているとしたら、呼び掛けにも応じる事が出来るハズです!

アカリはすうーっと息を吸って……

「キュイさん、聞こえます?
キュイさん!キュイさん!
キュ~イさ~んっ!
こっちの世界に来て下さ~い!」

アカリはあらん限りの声を振り絞って叫び続けました!


……しばらく叫び続けていると、ついに待ちに待った瞬間が訪れたのです!

「さっき、何もない空間なのにアカリの声が聞こえて来て……
んっ……ここは、さっきまで覗いていた……?」

フェアリーバードの口からキュイの声が……!

「キュイさんっ……!」


キュイが本当に、再びこの異世界に帰って来たのです……!



【ネタバレ♡】

『多重結合(ダブルセット)』

コレは、今現在はまだ明かしていないアカリの女神としての能力の1つです。
2つ以上の事柄、事情を1つの「新しい物」としてまとめると、成功する確率が大幅に上がります。
言わば、今回の実験の成功は“偶然”などではなく、この能力で仕組まれた“必然”だったのです!
アカリ本人は気付いていませんが……
本編のずっと先、『天界編』で初めて明らかになります♪


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9縫. 火の鳥のヒナ鳥です

────────────────

さぁ……
ついに、キュイが異世界に復活しました……!
しかし、この復活には秘密があるみたいで……?

────────────────



キュイがフェアリーバードの姿で「復活」を果たしました。

これからは、キュイと直接話す事も出来るし、アカリと一緒にキュイも直接闘う事が出来るんです!


しかし、アカリは目に涙を浮かべながら、心の中ではこうも考えてしまうのです……

『髪フゥ♡でフェアリーバードの意識を完全に支配してからテイムする』

というアイデアを思い付いた時は、本当に上手く行くのか、アカリも半信半疑でした。
しかし、本当にこうも上手く行くなんて……
何か……


「この復活には“裏”がある……
そう、アカリ様はお考えなのですか?」

そう、キュイは言いました。
ドキぃッ……!
キュイは、ココロの中を読めるの……?


それに……
フェアリーバードですよ……?
……鳥ですよ?
あの嘴(クチバシ)で、よくまともに喋れますねぇ……?

アカリは喉(のど)までこの言葉が出かかりましたが、何とか呑み込みました。


「ま、確かに“復活”というよりはフェアリーバードの肉体を借りる“憑依”なので、正解に言うと、『表の世界』と『階層世界』とを行き来する感じになりますね。」
「そうですよね。
フェアリーバードで“憑依”するには、事前動作として髪フゥ♡の“気“で意識を完全に支配しておく必要がありますからね。
……逆に言うと、何らかの理由で髪フゥ♡をかけた人が意識を失い、
この場合ですとワタシが意識を失い、“気“が途切れてしまえばキュイさんはそれ以上フェアリーバードの中には留まれなくなる、って事も言えるんじゃないですか?」
「そうなんですよ。
でも、その場合アカリ様が意識を失ったり、万が一フェアリーバードが“昇天”したりしたとしても、再び『階層世界』に戻るだけでワタシ自身がこの世界からいなくなってしまう事はありませんのでご安心下さいね……」

要は、“消滅する”という事態は無さそうだ、という事ですね。

「だったらじゃあ……
ワタシが意識を失ったらアウトって事は……
夜、ワタシが眠りについて『階層世界』へ行く度にキュイのフェアリーバードへの“復活”はリセットされるって……事ですか?」
「いえいえ、そもそも眠りについたら『階層世界』へ行けているって時点で、アカリ様とワタシとの“意識の繋がり”はずっと繋がったままでいるんですよ。
むしろ、眠っても『階層世界』に行けないって“事態”が起きた時の方がヤバいですね……」

そして、キュイは嬉しそうにフェアリーバードの嘴をカチカチ鳴らしながら、

「しかし、アカリ様もワタシの“復活”にフェアリーバードを使って頂けるなんて、かなり先を見据えておられますねぇ……」

えっ、『かなり先を見据えて』ですって……?
どういう事なんでしょうか……?

「あれ、“復活”にフェアリーバードを利用したのってたまたまだったんですかぁ?
じゃあ……そう思った理由を1つずつ説明しましょう!」

キュイは、フェアリーバードのつぶらな瞳でアカリをじ……っと見ながら、

「アカリ様、ワタシ、何に見えます?
ワタシが大きくなったら、何になると思います……?」

アカリはしばらく、ん……と考えました。
そして、困った顔をしてキュイに向かってブンブン首を振りました。

「実はね、フェアリーバードが成長すると、ある“伝説のモンスター”になるんですよ。

……一体、何だと思います?

たぶんアカリ様でも、姿は見た事がなくても、名前くらいは聞いた事があると思いますよ……」

キュイはフェアリーバードの嘴をカチカチさせながら聞いて来ます。
しかし、女の子のアカリには見当も付きません。

「アカリ様、ビックリしないで下さいね……
実は、フェアリーバードとはあの“火の鳥”で有名な……
『霊鳥』フェニックスのヒナ鳥なんです!」

えっ、ウソでしょ……
そんなスゴい鳥だったんですね……
でも、何でキュイは“火の鳥”を知ってるんでしょうか……?
まさか、お母さんの影響なんでしょうか……?


「……あ、そうだ、思い出しました!」

キュイ、こちらの思惑は全く関係無しに話を進めるんですね……

「アカリ様、先ほど『階層世界』で話しそびれた事がありました。
フェアリーバードを使っての“復活”の理由と大いに関係ありますので、改めて説明しますね……」

そして、先ほど『階層世界』にいた時に説明出来なかった事を、キュイはフェアリーバードの姿で話し始めたのです。

「アカリ様、この異世界には5つの大陸があり、

『妖精王』『天使王』『古龍王』『獣猛王』『仁人王』『地塊王』『死鬼王』

という、7つの世界に君臨する『7世界の王』と呼ばれた者達が存在します。

アカリ様、アナタはこの異世界に来たら『7世界の王』を全員探し出して、全ての王から“資質の譲渡”を受けなければなりません。
ただし、素直に“資質の譲渡”に応じる王がいれば、力ずくで屈服させ、“資質の譲渡”に応じさせなければならない王もいるので、注意が必要です。」

そして、キュイは話を続けます。

「もしもアカリ様が無事に7人の王から“資質の譲渡”を全て受ける事が出来たなら……
その時にはアカリ様の行く先に何らかの『天界』への道が照らされるハズです。」


……タカコ様、奇しくも同じ“運命の道”を娘のアカリ様も歩む事になりそうです。
タカコ様、アカリ様を見守ってあげてて下さいね……

キュイは目を閉じました。
そして、かつて母上のタカコ様と冒険した日々を思い返していたのでした。


……『天界』への道、それはお父さんの居場所に通じる道。
ワタシ、必ずお父さんに会いに行くからね……

アカリは目を閉じました。
そして、先ほど『階層世界』にてキュイを通して父との会話を思い出して、まだ見ぬ父への愛慕の想いを募らせていたのでした。


……前振りはココまでにして、いよいよ本題へと迫る事にします。

「今回の旅の目的をハッキリと理解出来た時、フェアリーバードをテイムしておくとイイ事がある理由が、更に“2つ”も生まれるんですよ!」

キュイはフェアリーバードの両方の羽根を広げながら、

「まず、理由の1つ目として……
冒険を進めると、『7世界の王』の1人に出会う為、この異世界のどこかにある幻獣達が住む里を訪れる必要が出て来ます。
しかし、その為には、同じ幻獣の力を借りないと永久に不可能なのです。」

キュイはフェアリーバードの胸をグッと張って、

「しかし、アカリ様にはフェアリーバードであるワタシがいます。
フェアリーバードが進化すると『霊鳥』フェニックスになりますし、フェニックスとは、火の精霊を宿した“幻獣”でもあるんですから!」

“幻獣”とは、火、水、土、風の4大精霊を宿して具現化させた姿。
そんな彼らに護られた里がどこかにあるらしいのです。
確かに、その時にはキュイの助けが必要になりますよね……


「そして、理由の2つ目として……
最終地点としてアカリ様が目指している『天界』は、前にも言った通り“大天使”、“女神”、“魔神”の3神を始めとする、限られた種族しか足を踏み入れる事が許されない『禁断の地』です。
……しかし、例外的に足を踏み入れる事が許された種族がいるんです。
そう、その種族こそがフェニックスを初めとする『霊鳥』の種族なのです。」

どうして?とアカリは不思議そうな顔をします。

「何故なら、『霊鳥』の種族は、実は3神の“乗り物”として昔から活躍していたからなのです。」

ここぞとばかりに、キュイは言葉を強調しています。

「だからこそ、ワタシがアカリ様にフェアリーバードの姿で『復活』してもらえた事で……
将来『天界』に行く際には、『霊鳥』フェニックスとしてアカリ様と一緒に行く事が出来るんです。」

キュイは語尾をより強めます!

「この先、冒険を進めていく上で、進化した『霊鳥』フェニックスの力が必要不可欠になるんです!」

アカリはニッコリと微笑んで、コクンと頷きました。

「これからもヨロシクね、キュイ……」
「こちらも宜しくお願いします、アカリ様!」

アカリはキュイの顔をキュッと優しくハグしてあげたのでした……

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10縫. 世界地図と兎の一団

────────────────

助けたお礼として……
座楽団の“弾き子”の皆さんから世界地図を貰いました……!
しかし、その様子を「兎」の一団も見ていたみたいで……?

────────────────



アカリとキュイは、仲良く盗賊団のアジトだった洞窟から外に出て来ました。

すると、木陰に隠れて様子を見ていたのか、盗賊団に捕らえられていた町娘の皆さんが4人とも、ゾロゾロとアカリの許に駆け寄りました。

「すみません、助けて頂いてありがとうございます。」
「本当に、私たちどうなるかと思いましたわ。」
「あっ、ワタシも……わひゃぁっ!」
「有難うござ……えっ、その鳥は!」

4人とも違う反応をしましたねぇ……
驚かすつもりは無かったのですが……

「大丈夫ですよ、このコは先ほど皆さんに地上に移動して貰った後にアジトの中でテイムしましたから。
もう皆さんに危害を加える事は有りませんよ……」

アカリはそっとキュイに寄り添い、耳許でヒソヒソ囁きました。

……キュイさん、“口裏会わせ”をして下さい……!

キュイはコクンと頷きました。
そして……

「りゅ、リュ……」

と町娘さん達に頭を垂れました。

それを見て安心したのか、4人ともキュイの頭を撫でてくれました。

……うひゃあ!
アカリ様、むず痒くてムズムズしますよ、コレ……

キュイは頭をナデナデされるのに慣れていない様です。
して、町娘さん達4人のうちの1人が落ち着いた口調で、こう自己紹介しました。

「改めて、先ほどは助けて頂き、本当に有難うございました。
私達は『かぐら座』という座楽団の“弾き子”をしている者です……」

あ、そういう事ですか……
この人は4人の中でも一番年上で、みんなこの人の口調に合わせています。
つまり、この人が“弾き子”グループのリーダーという事です……

「私達『かぐら座』は、町から町へと渡り歩き音楽を弾き歩いている、小さな座楽団ですわ。
なので、助けて頂いたお礼として、差し上げられる物が何もないのですが……」
「別に、お礼なんていいですよ……
それよりも、アナタ達座楽団は、確か“町から町へと渡り歩いている”って仰っていましたよね?
実はワタシ、この世界に来たばかりでこれから先どちらに向かって歩けばいいか分からないんです……」
「という事は……
すみません、旅のお方、もしかして『転移者』なのですか?」
「まぁ、そうですけど……
あまり声を大にして言えないんですが……」
「リュ……」

たぶん、キュイは
“あまり他人に秘密をベラベラ喋るな!”
と言っているのでしょう。

「大丈夫ですよ。
私達は町から町へと渡り歩く座楽団です。
それはもう色んな国と地域に行っていますわ。
行った町で『転移者』『転生者』の方と会う事も度々あったものですから……」

なるほど、だからいきなりワタシみたいな人間と出会っても“拒絶感“がなかったんですね。

「あっ、そうだ、イイ物があるから見せてあげますよ……」


そう言って、みんなで側にあった大きな木の切り株へ移動しました。
リーダーのお姉さんは胸元から折り畳んだ世界地図をファサ……と大きな切り株の年輪の上に広げました。

「見てお分かりの通り、この世界は5つの大陸に分かれています。
地図の真ん中に右斜めに連なって2つ、そして左上と右下、左下にそれぞれ1つずつ、で合計5つですわ。」

ふんふん、とアカリは地図を見て確認します。

「まず、真ん中にある2つからですね。
右上にあるのが“アルカディア大陸”と呼ばれています。
この大陸には、『転移者』『転生者』の人達が身を寄せあって暮らしている里がありますわ。
もし旅の目的がまだ決まっていないのなら、まずこの大陸を目指してみるのも手かも知れないですね。」

そうですね、この里に行けば“キュルミー”の事、“女神”の事が分かるかも知れません。
そして、本当にこの里に『転移者』がいるのなら、ひょっとするとお母さんの足跡もきっと……

「そして左下にある方の大陸は“トンポイ大陸”って呼ばれています。
ここはとにかく海岸線が多いから、バカンス目的で観光に来る人が多いんですよ。
私達も、この大陸に呼ばれる事が一番多いですね……
ちなみに、“アルカディア大陸”と“トンポイ大陸”の間には巨大な大橋があって、自由に行き来出来る様になっているんです。
通行料は、確か取られなかったと思いますわ。」

この2つの大陸はお互いに繋がってるみたいですけど、他の3つの大陸へはどうやって行けばいいのでしょうか……?

「あとは、地図の端に点在している3大陸を説明しますね。
まず、左下の大陸は“スメルクト大陸”って言います。
現在、私達がいる大陸もココですよ。
ココはとにかく伝承が多くて、分からない部分が多いんですわ。
その中でも昔からよく聞かされていたのが、

『幾重にも巡り張られた結界に守られている、“妖精の国”なるものが存在する』
『近付いた者の五感を奪い尽くす“魔の沼”が存在する』
『決して眼に映らない“透明なドラゴン”が、人を乗せて飛び回っている』

……この辺りが結構有名な伝承ですね。
誰もそんなもの、見た事も聞いた事も無いし、本当に存在するかもマユツバ物ですよね……」

それがあるんですよ……と喉の奥まで言葉が出かかったキュイでしたが、何とかゴクンと呑み込んで素知らぬふりをしていました。

「そして、右下にあるのが“魔法大陸マガンティ”って言います。
普通の人では見る事も叶わない“幻の大陸”なんて呼ばれていますわ。
それが何故かは……
自分の目で確かめて見た方が面白いかも知れないですね。
でも、『見る事も叶わない』ってあるけど、確かにそこに大陸は存在しているんですよ。
だって、地図にちゃんと描いてあるじゃない?
それとこの地図、よーく見てご覧なさい?
何故か、この大陸だけ薄く“影”が描いてあるでしょ?
それがお姉さんからのヒントですわ。」

そこまで言われちゃうと……
行きたくてうずうすしちゃうじゃないですか……
でも、“魔法大陸”ってあるから、まさか魔法が関係してるの……?

「そして、最後に残った左上の大陸が“デルジア大陸”って言います。
悪いけど、この大陸は全てが未開の“暗黒大陸”なんです。
いろんな国が『調査団』を派遣してこの大陸に送り込んでいるんだけど、誰も帰って来ないんですよ……」

そして、リーダーのお姉さんはニッコリと微笑んで、最後にこう付け足しました。

「私達『かぐら座』は、魔法大陸マガンティ、デルジア大陸を覗くほぼ全ての国と地域をくまなく渡り歩いていますわ。
ひょっとすると、また何処か別の地域で再会出来るかも知れませんね……」


アカリは、この異世界の事について教えてもらい、世界地図までプレゼントして貰いました。

「“弾き子”の皆さん、この辺りはまだモンスターがいるかも知れないので、ワタシと最寄りの町まで行きませんか?」
「あっ、すみません。
旅のお方、宜しくお願いしますわ……」

そして、アカリとキュイ、“弾き子”の皆さんの計6人で町に向かって歩き始めました。



その光景を、森の向こうにある小高い丘から遠眼鏡で眺めていた一団がありました。


♪ババンバンバンバン♪

平原から小高い丘へと吹き上げる突風!
突風が来ても仁王立ちで動じない、最高にアツい漢(オトコ)達!
突風が来てバタバタとたなびくマフラー!
たなびくとキラキラと7色に光るレインボーマフラー!

繰り出せ鼻息!たなびけマフラー!


【解説】────────────

そのマフラーの端、一番バタバタする部分に黒下地に緑のウサギのステッカーを“手縫い”で縫い付けたマフラー!
しかし、バタバタたなびくせいで全く見えないのだ!

────────────────


……小気味イイBGMと派手にスベった登場シーンでした!

しかし、遠巻きにアカリの様子を観察するだけで、襲ったりする様な形跡はありません。
アカリを確認してすぐ、先頭の男が手をクイッと振ると、全員スッと姿を消してしまったのです。


果たして、一体この一団は何者なんでしょうか……?

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第2章. 妖精王 11縫. きぐるみの町に潜入

────────────────

深い霧の中へ……
霧の中で見たのは……“きぐるみ“の町?
はたして、『7世界の王』へと繋がる足掛かりになるのでしょうか……?

────────────────



アカリとキュイと『かぐら座』の“弾き子”の皆さん、合計6人の大所帯で現在森を抜け、平原を進みます。

「さぁ、お日さまが顔を出している内に距離を稼いじゃいましょう!」

まだ明るい内に、行ける所まで行っちゃうつもりの様です。
しかし、そんなに考えは甘くなかった様です。
何故なら、歩き続けるに従ってだんだんと霧が立ち込めて来たからです……

ズキッ……

霧が立ち込めて来た時、アカリは少し頭痛でくらくらっと来ましたが、倒れる程ではありませんでした。


その頃、霧の外では……

アカリ達一行を尾行していたあのマフラーが、突然の霧で一行を完全に見失っていました。

「くっ……
親方様、“あの方”の行方が突然の霧で完全に分からなくなってしまいました……」

そして、悔しそうな顔をしてスッと姿を消してしまいました。
どうやら、あの一団の目的は“襲撃”ではなかったみたいです……


その頃、アカリ達は霧の中をさ迷っていました。

「霧のせいか、ちょっと寒いですね……」
「じゃ、座楽団『かぐら座』のガウンがあるから羽織らせてあげるよ……」

リーダーのお姉さんはアカリにガウンを貸してあげました。
これで寒さは凌(しの)げそうです。

「一体、どちらに向かって歩けばいいのでしょう……」

リーダーのお姉さんも困り顔です。
すると……

「たぶん、あっち向きかも……」

とアカリがある方向に指を指しました。

「あの方向に向かって歩くと、頭痛が楽になるから……
あ、次はこっち……
な、何か、誰かに呼ばれている様な気がしますね……」

アカリのナビ通りに進み、しばらく歩くと遠くにボヤ……と町らしき輪郭が見えて来ました。

「あっ、町が見えて来ました!」
「えっ……?
私達も座楽団として色んな町を渡り歩いて来たけど、こんな所に町なんて見た事も聞いた事も無いですわ!」

しばらく歩くと、町の入口に着きました。

「本当に、幻じゃなくて町だったんですね。
来れちゃいましたよ。」
「リュリュ……」

キュイは心配そうです。

「取り合えず、中に入ってみましょうよ。」

みんなで町の中に入ってみる事にしました。

町の中は整然としていて、真ん中に大通りが2本、十字に走っています。
この2本の大通りに平行に、まるで定規で線を引いたみたいに等間隔で家が配置されています。
2本の大通りが十字に交わった中央は丸い円形の広場になっています。
広場の真ん中には掲示板が設けられていて、そこにはピンクの兎ステッカーが貼られています。

「どうやら、人っこひとりいないみたいですわ。」
「……いえ、そんな事は無いと思いますよ。
だって、人の姿が見えないだけで、さっきから人の視線はそこかしこに感じていましたから。
……たぶん、家の中からワタシ達の事を覗いているんだって思うんです。」
「リュッ!」

キュイも同意見の様です。
すると、今までジッ……と考え事をしていたリーダーのお姉さんが、いきなりカラカラ笑い出しました。

「はははは……イイ事を思い付いちゃいましたわ。
この中央の広場で、座楽で音を鳴らしちゃいましょう!」
「えっ……ちょっと待って!
何をする気なんですか……?」
「ねぇ、旅のお方、『アマテラスのお話』って聞いた事……あります?」
「……?」

アカリは首を傾(かし)げます。

「昔むかしの大昔、『アマテラス』って麗しい太陽の女神さまがいたそうです。
だけど、その女神さまの弟君で在らせられる『スサノヲ』って乱暴者の破壊神さまが怖くて、洞穴に隠れて天岩戸(あまのいわと)って言う大きな岩でフタをして隠れてしまったそうなんですわ。」

あ、何か前の世界にいた時に、日本史の授業で同じよーな話を聞いた事がある様なない様な……

「太陽の女神さまが隠れてしまったせいで、いつまでも世界は真っ暗闇なままになってしまい、人々は困り果ててしまったそうなんですわ。
そこで、人々は一計を案じたそうなんです……」

そう言って、準備の出来た“弾き子”4人は座って楽器を弾き始めました。
それは最初、リーダーのお姉さんが弾く、静かな曲調から始まりました。
静かな、それでいて滑らかな音……
そのうち、弾く音が2つになって絡まり合い、3つの音で曲調がいきなり変わり、そして4つの音が高め合う……!
まるで楽器を使った、重厚な『起承転結』です。

しばらく聞いているうちにアカリも何だか楽しくなり、気付いたら……
自然と笑っていました。
それを見た“弾き子”の4人にも笑みが溢(こぼ)れます。
みんなで、笑顔の「大合唱」です!

すると、楽器の音色につられてなのか……
気が付いたら、町の人達がみんな家から外に出て、中央の広場に集まって来たではありませんか……

でも……
……なんでみんな“きぐるみ“を着てるの?


リーダーのお姉さんは、楽器を静かに弾きながら話してくれました。

「先ほどのお話の続きなのですが、天岩戸の奥に隠れてしまった太陽の女神さまを外の世界へとお戻しする為に、人々は天岩戸の前で楽器を演奏し始めたんです。
すると、その曲に合わせて『アマテラス』様も天岩戸を開けて外に出て下さった、って話なんですわ。

ね……このお話、今の状況に似てません?
旅のお方、『アマテラス』様は、何につられて天岩戸を開けて外に出たんだと思います?」
「岩の隙間から漏れ聞こえる“楽器の音色”……ですか?」
「いえいえ、『アマテラス』様を揺り動かしたのは“楽器の音色”などではなく、実は……」

と言いながらアカリのほっぺをツンツンとつつき、

「実は、楽器の音色を聞いた“人々の笑い声”だったんですよ!
つまり、町の人達をこの中央の広場に呼んだのは私達が弾いた楽器の音色じゃなくて、旅のお方が笑った笑い声を聞いてみんな出て来てくれたんですわ!」

周りを見渡すと……
座楽団を囲む様に町の人達がワイワイ踊っています。
右手前では、お互いの肩を組んで酒を呑み交わしています。
左では、輪を囲んで女性同士で談笑していたりしています。
でも何故か、みんな“きぐるみ”は着たままで……

そんな光景を微笑ましく見ていると、この町の長老が酒を持ってこちらにやって来ました。
この町で作られたラム酒の様です。
あ、この酒ボトルにも、あの掲示板で見たものと同じデザインのステッカーが貼ってあります……

「先ほどはどうも、すみませんでしたわい。
よく、この町に来る事が出来ましたなぁ。
迷い込む者から年に数人はおるから、その度に追い返しておるんじゃが……
旅のお方の様に、明確にこの町を目指して来る者は初めてだったんじゃ。
いや、2度目なのかのぉ……」

だから、みんな怖れて家の中から出て来なかったんだ……

「いえ、ワタシ達も深い霧に迷い込んでしまって……
気付いたらこの町に着いていたんです。」

突然起こった頭痛によって、この町に呼ばれる様にやって来た……
なんて事は、この際内緒にしておきましょう。
誰も信じてくれないでしょうし……

「あの、長老さん……
ひとつ、聞きたい事があるのですが、この町の人達は何でみんな“きぐるみ”を着ているんですか?」
「あぁ、それはな、この町には『きぐるみ信仰』、『獣着師(キュルミー)信仰』というものが根強く残っているからなのじゃ。
“キュルミー達の町”という意味も込めて、この町を『キュルムの町』と名乗っているほどなのじゃよ……」

ココは、『キュルムの町』って言うんですね……

「この町は一度、後に『白い巫女』と呼ばれ英雄と讃えられたあるお方によって壊滅の危機から救って頂いているのじゃよ。
その時の、あのお方の……」

と、長老さんはそこまで喋ってようやく、アカリもガウンの下にきぐるみを着ているのに気付いたみたいです。

「ちょ、旅のお方、ご無礼をお許しくだされ。
その純白のウサギのきぐるみ、もしや……」
「はい、確か……『キュイぐるみ』って言って……」

アカリは、借りていた座楽団『かぐら座』のガウンをファサッと脱ぎました。
思わず、長老は手に持ったラム酒の酒ボトルをストンと落としてしまいました。
町の人達の視線も、みんな一斉にこの『キュイぐるみ』にくぎ付けです!

「ま、まさか……そんな……
見間違うハズもない……ついに帰って来られたのじゃ……
その純白のウサギのきぐるみを見た時にはもう……」

長老の言葉に合わせて、町の人達が一斉に、

「お帰りなさいませっっっ、タカコ様っっっ!!!」

……はぁっ!?
今ワタシ、思いっきりお母さんと比較されちゃってます?
比較しないで下さい!
お母さんはお母さんっ、ワタシはワタシっ!

「皆さん、盛大なカン違いをしちゃってませんか?
タカコはワタシのお母さんですっ。
ワタシは娘のア・カ・リっ!」

すると、しばらくの沈黙の後、町の人達が一斉に、

「えぇぇぇ~~~っっっ!!!」

そして、手のひらを返す様な見事なまでのガッカリ感。

……はいっ、そこっ!
そんな露骨にガッカリしなーいっ!

あんまり露骨過ぎると傷つきますよぉ……

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12縫. 巨大なうねりの中心

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長老さんは言います。
この異世界には、今現在大きなうねりがあると……
そのうねりの中心にあるのは、「桃兎団」と「緑兎団」……

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キュルムの町の長老さんから衝撃のひと言を聞き、明らかにへこんでいるアカリ……

すると今まで堅く口を閉ざしていたキュイが、高いトーンの声で軽快なジャブを繰り出しました。

「あのー、このままではあまりにもアカリ様が不憫ですねー。
なので母上のタカコ様、そしてアカリ様と2代に渡ってお供をさせてもらったワタシから言わさせてもらいまーす!」

そして、声のトーンを低くしてシリアスに言ってのけました。

「ハッキリ言って、潜在能力で較べたらアカリ様の方が断然上ですよ。」
「それは……この子の方がキョウコ様より能力値が高い、という事ですかな?
それとも、キョウコ様には無い能力をこの子が有している、とでも?」

何て言うか……アンタ達どれだけ“キョウコ様一筋“なんですか、とキュイは思いながら……

「正直言うとワタシもアカリ様とは出会ったばかりで、能力云々(うんぬん)はまだ掴みかねています。
しかし、ひとつ分かっている事があります。」

キュイは更に長老さんの耳に近付き、小声で囁(ささや)きました。

「アカリ様は……『天界』の扉を開ける事が出来るんです。
長老さんならこの意味、分かりますよね……?」
「なるほど、確かにそれは大きな声では言えませんわな。
その言葉の意味の重大さ……よく身に染みて分かっているのじゃ。
何せ、ワシもあの“場”に立ち会っておるんじゃからのぉ……」

キュイと長老さんは再び声のトーンをいつも通りに戻しました。

「では長老さん、今の事を踏まえて改めて協力を要請したいのですが……」
「うむっ、町の者に寝床と1日2回の食事は用意させよう。
その代わり、町の外から来た人間にそれ以上のもてなしは出来ないのじゃよ。」

アカリが首を傾(かし)げて聞きました。

「それはどうしてですか?
何か……あったのですか?」
「それはな、今この世界全体で大きなうねりとなる行動が起こっておるからなんじゃ。」
「大きなうねりって、何なのでしょうか?」
「それはな、第1次キュルミー大戦が終結した後に『白い巫女』を崇拝する若者たちの間で思想の違いから『桃兎(ピント)団』と『緑兎(ミント)団』という2つの団体に別れて激しい争いを繰り広げておるんじゃ……」
「その2つの団体って……何なんですか?」
「まず、ピント団からじゃが……
彼らは『白い巫女』の着るウサギのきぐるみ……すなわちアカリ様が今着ていらっしゃっておる“キュイぐるみ”こそ平和を導く力、と信じて疑わん若者たちが中心じゃ。
アカリ様もあの中央広場の掲示板に貼ってあるモノを見たじゃろ?
あの『ピンクの兎のステッカー』こそ、ピント団の象徴なのじゃ。」

あ、そのステッカーはさっき長老さんが持っていたラム酒のビンにも描かれていましたね……

「そしてもうひとつがミント団じゃ。
彼らは『白い巫女』と共に闘った仲間達の“絆の力”こそこの争いを終わらせる事が出来る、と頑なに考えを曲げぬ若者たちが中心じゃ。
ミント団に属する若者たちの身に付けておるモノのどこかに、『緑の兎のステッカー』を縫い付けておるから、見ればすぐ分かるはずじゃよ。」

ここまで説明を聞いても、アカリには全て納得出来た訳ではありませんでした。

「なーんか漠然としてますよね……他に特徴は無いんですか?」
「いやいや、これ以上の特徴は無いと思うんじゃがのぉ……」

そう言いながら、長老さんはアカリが納得出来る様により詳しく教えてくれました。
まず、最初はピント団からです。

「ピント団の若者たちは『白い巫女』が英雄になり得た理由が“きぐるみ”にあると思っているので、それにあやかろうと全員きぐるみを着用しているのじゃ。
しかし悲しいかな、彼らの着ているきぐるみは大半が“量産きぐるみ”で、本当の意味でテイムモンスターのドロップアイテムから作った“テイムきぐるみ”を着ているのは数える程しかいないのじゃよ……」
「ちなみに、今着てるキュイぐるみもワタシのドロップアイテムからキョウコ様が手作りしてくれた“テイムぐるみ”なんですよ!」

そう、キュイが補足してくれました。

……って事は、ピント団の中でも本当の意味で“能力”が使える人ってほんの一握りって事ですよね?
他の人たちはみんな、ミント団とどうやって闘っているんでしょう?

そして、次はミント団です。

「ミント団の若者たちは『白い巫女』が英雄になり得た理由が“仲間との絆”にあると思っているので、絆を確かめる為にグループを組みます。
今現在確認出来ているだけでも、10以上ものグループがあります。
しかも、それはこのスメルクト大陸だけに限定した数です。
ミント団を形成するグループには面白い特徴があって、1グループの団員は全員身体のどこかに同じ物を共通して身に付けるのです。
しかもグループごとに身に付ける物は異なりますが、身に付ける物には必ず『緑の兎のステッカー』を手縫いさせるのです。」

そう言えばアカリ達は結局気付かないままでしたが、アカリ達を尾行していた一団も全員首にレインボーマフラーを巻いていました。
しかも全員、レインボーマフラーのバタバタたなびく同じ部分に緑の兎のステッカーを手縫いしていました。
という事は、彼らはミント団のグループのひとつだったのでしょうか……

「この大きなうねりは、今を生きる若者たちが引き起こしておる。
だからワシら年寄りはこのうねりには今さら入れないし、加わろうとすると簡単に弾かれるじゃろう。
じゃから、ワシらは深くは肩入れする事が出来ないんじゃ……
しかし、アカリ達はまだまだ若い!
しかも英雄と呼ばれた『白い巫女』キョウコ様の娘、と分かれば……」

アカリもうんうんと頷きながら、

「どんな手を使ってでも仲間に引き入れようとする、でしょうね……」
「まぁ『与(くみ)して利有り』となれば双方とも全力で引き入れ工作に来るじゃろうし、害しかないと判断されれば全力で排除しようと画策して来るかも知れんじゃろう。」

長老さんがアカリに意思確認を求めて来ます。

「このうねりに身を任せるのか?それとも逆らって進むのか?
アカリ様はどうなされるおつもりなんじゃ……?」


どちらかの団の力を借りた方がいいのでしょうか……?
うねりを無視してひたすら天界を目指した方がいいのでしょうか……?

果たして、アカリの出した結論とは如何に……

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13縫. ミント団の本当の姿

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長老さんの薦めで、アカリ達は北の漁村へ……
そこで、ミント団の真実を知る事になるのです。
果たして、その真実とは……?

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長老さんにどうするか問われた、幾多の選択肢。
これから先の行動指針を決める重要な1つをその中から選ぶ為、アカリはいちから見つめ直す事にしました。


まず、ピント団について思った事……

テイムぐるみを着ている人、すなわち戦力として数えていいキュルミーは数えるほどしかいません。
なのに、なぜミント団と対等に闘えるのでしょう?
その秘密を長老さんはまだ明かしていません。
何か、疚(やま)しい事を隠しているのではないでしょうか?
例えば、武器の横流しみたいな事を平気でする「死の商人」みたいな連中と手を組んでいたりとか……

考え過ぎだといいのですが……もしもピント団がそんな人たちだったとしたら、きぐるみひとつで闘う『きぐるみ道』の風上にも置けません。
もしもその通りなら、早めにピント団とは袂(たもと)を分かつ決断をつけた方が身の為です。

しかし、まだ確証も何も得ていない状態の時から疑ってかかると真実も霧の向こうに霞(かす)んで見えなくなってしまいます。
ここは、もう少し慎重に行動すべきだ、とアカリは判断しました。


次に、ミント団について思った事……

長老さんの話ですと……ミント団はグループごとの小隊を数多く組織し、命令系統の統制がよく取れている、との事です。
しかし、世界規模の大組織だと聞いています。
活動の為の資金源はどうしているのでしょうか?
何か“黒い事”に手を染めていそうなニオイがプンプンするんですけど……

考え過ぎだといいのですが……もしもミント団がこの異世界中のあらゆる町や村で金品強奪を繰り返す様な“野盗集団”なら、あらゆる町や村へ行く度にミント団との衝突は避けられなくなります。
もしもその通りなら、ミント団には接触しないでおく方向で模索した方がいいかも知れません。

しかし、今の時点での推測では、なぜピント団とミント団が争わなければならないのか……その“接点”が全然見えて来ないんです。


そこで、ミント団に関する情報を聞き出してみる事にしました。

「ねぇ長老さん、ミント団ってどういう組織なんですか?」
「う……ん、そなたに口で説明するより実際に見てもらった方がいいじゃろ。
ここから北に少し行った所にミント団の“なわばり”の村のひとつとなっておる小さな漁村があるから、くれぐれも見つからん様にこっそり行ってそなたの目で確かめて来るがええ。
『自分の進むべき道』を決めるのは、それからでもいいんじゃからの!!!」
「分かりました、長老さん……行って自分の目で確かめて来ます。」
「行きますか、アカリ様!」


そして、アカリは『かぐら座』の弾き子の皆さんにも声をかけました。

「皆さん、短い間でしたけどお世話になりました!」
「いいよいいよ、私達も旅のお方と一緒にいたお陰で楽しい旅が出来たんですから!
最後に旅のお方、もし宜しければお名前をお聞かせ願えませんか?」
「ワタシはアカリって言います!」

リーダーのお姉さんはまぁ!と嬉しそうな顔をして、

「アカリさんも、気を付けて行ってらっしゃいね。
大丈夫です、またきっと別の町でまたアカリさんとお会い出来る様な気がしますわ……」

そう言って、みんなで手を振って見送ってくれました。
思わず涙が出そうになりました……これも「一期一会」ですね。
その後、アカリとキュイは長老さんにあいさつをしてさっそく北の漁村に向かう事にしました。


「……しかし長老、『あの事』をあの子達に言わなくても良かったのですか?」
「ワシはな、敢えて言わなかったんじゃ。
もし『あの事』を言えば、あの子達は本来の偵察の目的を忘れて脇目も振らず助けに行くじゃろう。
しかし、それでは“本質”を見誤ってしまうからの。
ワシがあの子達に知ってもらいたいのは、“本質”なんじゃよ……」


アカリとキュイは、ものの1刻も径たずに北の漁村に到着しました。

「キュイ、漁村に着きましたよ。」
「ホント、寂(さび)れた村ですね……」
「長老さんは、この村で何を見させたいんでしょう?」
「取り合えず、この村をグルッと見て回りましょう。」

村を散策していると……何か村の中央でトラブルがあった様です。
乾物らしきものを屋台で売り捌(さば)いていた男の人を囲う様に、3~4人の男達が詰め寄って何やら大声で捲(まく)し立てています。

「キュイ、見えますか?
あそこに“緑の兎ステッカー”が見えますよ……」

……あっ、男達はみんな首に例のレインボーマフラーを巻いています!

はい、これであの男達はミント団の団員で決まりですね……

相変わらず大声で捲し立てていたので、会話の内容を聞き取ってみる事にします。


「おい、乾物商!」
「は、ハイィィッッッ!」
「オマエの依頼で乾物の横流しルートを潰したのにまだ成功報酬を貰ってねぇんだよなぁ!」
「確か乾物って高値で取引されてるんだよなぁ、だからすぐ払えるだよな……ピンハネは許さねえぜぇ?」
「『裏の世界』でのやり取りは裏の世界に生きるオレ達ミント団の独壇場なんだよ、特に今回の様な“シマのツブシ合い”はなぁ!」
「うぅ……分かった、払いますよ……」


会話の内容から察するに……

ミント団って、“野盗集団”とかそんなチンケなレベルの群れではないです!
『裏の世界』への依頼に身体を張る代わりに“みかじめ料”を要求する、裏の世界を牛耳る「黒幕(フィクサー)」業を一手に引き受ける世界組織、それがミント団の正体だったのです!


アカリは思わずブルルッと身体が震えました。
アカリとキュイはそっとその場から立ち退きました。
すると後ろを向いたキュイが、フェアリーバードの嘴(くちばし)でアカリのキュイぐるみの耳をカプッと加えてクイクイ引っ張ります。

「ど……どうしたんです、キュイ?」
「アカリ様、あの建物を見てみて下さい……」

アカリがそちらの方に振り向くと、ミント団の男達2人がその建物の前で、これでもかってくらい左右をキョロキョロキョロ……と見回して細心の注意を払って中へ入りました。

「アカリ様、あからさまに怪しくないですか……?」

キュイはニヤリと笑います。

「絶対に何かありそうですね……!」
「行っちゃいましょうよ……」

アカリとキュイはお互いに目と目を合わせて同時に頷きました。

そして、いつもの通り村の外でひなたぼっこをしていたオオトカゲを捕まえ、頭をナデナデしながら

「今日はアナタに偵察をお願いしますね♪……髪フゥ♡」

と気で精神を支配した偵察トカゲを先に建物の中に放ちました。
キョロ……キョロ……と辺りを窺(うかが)いながら、偵察トカゲは階段を降りて行きました。
目を閉じて、アカリは気の繋がった偵察トカゲの目を通して中の様子を感じ取ります。

「どうやら大丈夫そうですね……さぁキュイ、中に入りましょう♪」


そして、ミント団の男達を追いかける様に2人も建物の中に入って行ったのです……
建物の中には、何があるのでしょうか……?

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14縫. 地下応接間での攻防

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カムフラージュした建物の中……
巨大な魔方陣を打ち破る為にアカリがとった手とは……?
そして、地下応接間の攻防が始まる……

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 偵察トカゲの先導のもと、建物の中に入ったアカリとキュイ。建物の中は家具も何も無い部屋ですが、床一面に巨大な魔方陣が描かれています。

 どうやら、魔方陣の中心には地下室へと続く階段がある様です。たぶん、この建物はこの巨大な魔方陣と地下室を隠す為のカムフラージュでしょう。

 「だけど、何でこんな小さな漁村にこんな大掛かりな建物が……?」

 そんな事を考えながらアカリとキュイは巨大な魔方陣を見つめます。どんな魔法がかけられているか分からない以上、迂闊(うかつ)に踏み込む事は危険です。

 試しに、アカリは偵察トカゲを使って魔方陣を跨がせてみました。すると、偵察トカゲが魔方陣を跨いだ途端……何と一瞬でシュンッと姿を消してしまったのです!

 「転移魔法の類(たぐ)い……ですかねぇ?」

 「どこかに飛ばされるんならまだしも、異次元の狭間行きなんてヤですからね……」

 アカリはぷうっと頬を膨らませます。

 「アカリ様、イイ事を教えてあげましょう!実はどんな系統の魔方陣かが分かる方法があるんですよ。」

 「どんな方法ですか、キュイさん?」

 「もしも転移魔法『エスケープ』なら、無属性魔法の魔方陣です。もしもアカリ様の言う異次元の狭間に飛ばされる魔法、『ディメンション=ホール』なら闇属性魔法の魔方陣です。無属性魔法か闇属性魔法かどちらの魔方陣かを見分ける方法は……」

 キュイは枯れ葉を1枚歯でくわえてアカリに渡します。

 「この枯れ葉を魔方陣へ向けて宙を泳がせてみて下さい。もしも無属性魔法なら、そのまま消えて無くなります。もしも闇属性魔法なら、ボロボロの消し炭になります。」

 アカリはキュイに促されて枯れ葉を魔方陣へ向けてヒュッとスライドさせてみました。ヒラヒラと舞う落ち葉が魔方陣の上を通過した途端、何といきなりボロボロに炭化して消し炭となってしまったのです!

 「これでこの魔方陣は『ディメンション=ホール』だって事が判明しましたね。この魔方陣が闇属性魔法だって分かれば、対処方法もありますよ。」

 そして、キュイはアカリと共に魔方陣の傍にやって来ました。

 「闇属性魔法はそれに相反する光属性魔法で中和する事が出来るんです。本来なら光属性魔法をこの魔方陣に直接ぶつけるのがセオリーなのですが、アカリ様の場合はもっと簡単な方法があるんです。アカリ様、手を翳(かざ)してみて下さい。」

 そう言われて、アカリは魔方陣に向かってそ~っと手を翳してみました。魔方陣に近付くと何かにバチッと弾かれます。

 「アカリ様、その位置感を覚えて下さいね。その位置で壁ドン♡を発動してみて下さい!」

 アカリは手のひらのバチッバチッと弾く様な感触をガマンしながら気を集中させて、

 「……壁ドン♡」

 と気を放出しました!

 するとどうでしょう……気の放出口となった手のひらの位置を起点として、そこから拡がる様に巨大な魔方陣がスーッと消えて無くなって行くではありませんか!

 「アカリ様、今のでどういう事が立証出来たと……思います?」

 「まさか……ワタシの編み出した『胸キュン♡戦法』が、みんな“光属性攻撃”だったって事ですか?」

 「その通りなんです!たぶん、アカリ様に半分“女神”の血が入っているからなのかも知れませんね……」


 今の壁ドン♡で床の巨大な魔方陣が消滅したので、中央の階段へ行ける様になったアカリとキュイは階段を降りて地下室へと向かう事にしました。

 「ねぇキュイさん、地下室には何があると思います?」

 「まぁ、階段の前にあんな魔方陣を用意するくらいですからね……気を引き締めてかからないと、危険かも……です。」

 何か危険な気を感じながら、アカリは恐る恐る扉を開けました。すると、目の前に広がっているのは……事務所でしょうか?

 事務所には壁一面に木棚が設けられており、色んなオブジェが処畝(ところせ)ましと敷き詰められています。そして向こうにはこちらを背にしてソファーが向かい合う様に設置されています。

 ふとアカリが目線を斜め前に向けると、右向こうには磨(す)りガラスの仕切りがあります。磨りガラスの仕切りには誰か複数のシルエットが見えており、その向こうから何やら声が聞こえます。


……きゃん、ダメッ、背中なでると……
……はっ、にゃ……っ……
……そこ、耳っ……止めっ……
……くうぅぅんっ……
……“本能”には……逆らえないっ……
……にゃあぁぁんっ……
……んっ……尻尾も……弱いの……
……めえぇぇぇっ……
……いつまで……続けるのっ……


 「……はっ!キュイっ、女の子達の声が聞こえますっ!」

 そう叫んで、アカリは急いで磨りガラスの仕切りを回り込みました。磨りガラスの仕切りの向こうでアカリが見たものとは……

 仕切りの向こうにもソファーが置かれており、そこには2人のミント団の男達が腰掛けていました。彼らの足許にはイヌ、ネコ、ヒツジが……

 もとい拉致されたピント団のキュルミー少女達が、彼らにそれぞれのきぐるみをモフモフされて腰砕けにされていたのです!

 「うわっ……きぐるみを着たキュルミーの女の子達を、まるで“借りてきたネコ”みたいに……」


 何か……前にいた世界で似た様なシーンを映画紹介で見た事があります。確か……“任侠映画”だったでしょうか?もちろんキュルミーではなく、確かトラ……だった様な気がします。


 その衝撃の光景を見て、アカリの妄想がスパークして頭の中でぼんっ!と爆発してしまった様です。

 「あの……アカリ様?」

 キュイはやれやれ……という顔をして、フェアリーバードの嘴(くちばし)で

 「せーのっ!」

 と、プスプス煙が出ているアカリの脳天にサクッ!をお見舞いしました。

 「……いったーい!」

 どうやら、アカリは正気に戻ったみたいです。そして先ほどの光景を思い出し、

えっ……きぐるみをモフモフされちゃうと、力が抜けて腰砕けになっちゃうんですか?

と、アカリは驚愕の表情をしている様です。

 それと同時に、キュイもいつも傍から離れないアカリの“参謀役”として、

ワタシも母上のキョウコ様と旅を共にしていた時からずっと、キュルミーにこんな弱点があるなんて知りませんでしたよ……

とキュイも自分の知識不足に歯ぎしりしていました。


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 アカリもキュイも気付いていない様ですが……

 もともとキュルミーの闘い方は“きぐるみ”を媒体として、きぐるみとなったテイムモンスターの魂と憑依します。そして憑依したテイムモンスターの魂の力を借りて攻撃する、というスタイルなんです。

 彼女たち3人のミント団の女の子達は“量産ぐるみ”なので、主にテイムモンスターではなく野良の動物達が憑依します。

 憑依する以上、本来動物やモンスターが生まれつき持っている『モフモフされると力が抜ける』という“本能”まで引き継いでしまうのは、ある意味仕方無いのです。

 野性動物が異常なくらいテリトリーに入るよそ者を警戒しているのもその為です……

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 「アナタ達、この子達にこんな事をして、何サマのつもりなんですか!」

 「おっ、またピント団の女が来やがったよ。」

 「わ……ワタシはまだピント団に入るって決めた訳じゃありません!」

 「ちっ、ピント団じゃねぇ奴がコイツらを助けに来たって訳かぁ。だったら……教えてやる!」

 そう言って男はビッと指を指し、こう言い放ったのです!

 「俺達はな、コイツらを拉致誘拐してピント団のヤツらから食料物品をせしめようとしてたんだよぉ!」

 しばしの沈黙……

 ……えっ?そんな事したらピント団の人達も黙っちゃいないでしょ。食料不足がバレでもしたら、いくら兵力が少ないピント団が相手でも「兵糧攻め」でオシマイですよ……

 キュイはこのミント団の男達のアホさ加減に同情しています。絶対コイツら、ミント団の中でも下っぱの連中でしょ。それよりも……

 「せっかくミント団には極力手を出さずに穏便に済まそうって思っていましたのに……」

 あっ、アカリ様の肩がプルプル震えています。アカリ様、久し振りにブチッとキレちゃいますかぁ……?

 「アナタ達、ただ単にピント団の食料物品が欲しい為“だけ”の超くっだらない理由で、こんな『非人道的』な事をしていたんですかぁ~!」


 『非人道的』ってアナタ、だからただモフモフしてただけですって……しかも、下っぱの戯れ言をそのまま受け取っているんですか……!


 「やかましいっ!アクアウォール!」

 ミント団の……もういいや、下っぱの1人が水魔法を使って来ました。アカリの目の前に巨大な水の壁が、まるで津波の様に立ちはだかりました。

 しかし、今のキレてるアカリの前では……

 アカリは目の前のアクアウォールに手のひらをピタとくっ付けて、

「……壁ドン♡」

と言い放ちました!その瞬間、目の前の巨大な水の壁が崩壊し、“水滴の弾丸”となって下っぱ達に襲いかかったのです!

 「はがぁっ……!」

 ピント団のキュルミー少女達はみんなモフモフされていて伏せていたので、被害はありませんでした。

 もちろん、下っぱ達に逃げる猶予は与えません。壁の木棚からオブジェを引っ張り出し、次から次へと壁ドン♡に当てて“飛び道具攻撃”として下っぱ達にぶつけて行きます!

 案の定……ぶつけ続けられた事で頭に血が昇った下っぱ達は、攻撃による多少の被弾は目をつぶってアカリを捕まえに来ました。

 確かに……捕まってしまえばあのキュルミー少女達みたいにモフモフされて、腰砕けで足腰立てなくされてしまいます。そうなれば全てがお終いです……

 ただし捕まえる事が出来れば、ですがね……

 アカリは、捕まえに来た下っぱ達を身構えて気を溜めて待っています。そして捕まえに来た腕をスルリと半身ですり抜けつつ、掌底突きを下っぱの1人の顎に当てて

「……顎クイ♡」

と突き抜きました!衝撃が脳天の向こうまで達したのか、下っぱは白目を向いて倒れてしまいました。

 しかし、今の華麗な避け方といいアカリは戦闘技術も飛躍的に上達しています。そして、何事も無かったかの様にパンパンと埃をはたき、

 「キュイ……ワタシ達、あんな事も知らなかったなんて……もう少しモンスターの生態について勉強しておいた方がイイですね……」

 「そうですね、アカリ様……」

 アカリとキュイは目と目を合わせて頷き合いました。

 「あわわわわ……こりゃあ勝ち目ねぇよぉ!」

 残ったもう1人はそう言って、血相を変えてアカリ達の隙を突いて地下階段の方へ走り出しました。しかし、それを見逃すアカリとキュイではありません。易々と追い付いて、その腹に壁ドン♡を喰らわそうとしました。

 しかし、その時……


 『待ちなさい!そこまでです!』


 地下階段の方から聞こえる、凛とした透き通ったよく通る声……女の人……?誰?



ちなみに枯れ葉を魔方陣へスライドさせる判別方法ですが……

もしも火属性魔法なら、燃え尽きます。
もしも水属性魔法なら、ビショビショになります。
もしも土属性魔法なら、サラサラと砂に還ります。
もしも氷属性魔法なら、カチンコチンに凍ります。
もしも光属性魔法なら、枯れ葉から若葉へと生まれ変わります。


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15縫. フィリルとひと勝負

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アカリは突然ミント団支部長のフィリルと勝負に……
しかもキュイにトラブルが発生したらしい……
この勝負、どうなるの……?

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 地下階段から女の人がゆっくりと降りて来ました。アカリは、その女の人の服装を見ました。

 上着は白いパリッとしたシャツの上から黒のベストを羽織り、下は黒のスラックスというアンサンブルです。

 いわゆる「礼服」というヤツでしょうか……お化粧もバッチリで、遠目から見ても凛とした立ち姿です。


【フィリル】──────────

 この女性の名前はフィリル、年齢は27才です。父親がフェンリルウルフ、母親が人間との間に生まれた「フェンリルハーフ」です。

 髪はクリーム色で肩まで伸びる髪をポニーテールで縛っています。若かりし頃の『白い巫女』キョーコにあえて似せているのはナイショの話。

 目の色は普段は両目とも翡翠色なのですが、血が昂(たかぶ)ると右目だけ瑠璃色の“オッドアイ”に変化するんです。

 血が昂ると左右の目の色が違う“オッドアイ”に変化する所は、フェンリルウルフである父親の血を引き継いでいます。

 また、フェンリルウルフとは違い人間を“餌”としなくても生活が可能な所は、人間である母親の血を引き継いでいます。

 血筋は父親よりも人間である母親の血をより色濃く受け継いでいる為か、オオカミ顔ではなく人間らしい優しい顔つきになっています。

 あと、支店長という管理職の肩書きを背負っているからか、キリッとダテ眼鏡をかけています。

 身長はやや長身の165cmで、胸の大きさは服の上からでも分かるEカップです。

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 下っぱの連中のだらしない服を見た後ですから、アカリの目もポ……と熱くなっています。

 こういう女の人の事を「デキル女」、「女が惚れるオンナ」って言うんでしょうね……

 まだアカリがポ……となっていたので、キュイが嘴(くちばし)でアカリの腕……ではなくその奥の脇腹をツンツンとつつきました。

 「……はうっ!ごめんなさい、見とれていました……アナタは誰ですか?
アナタもミント団なんですか?」

 踞(うずくま)ってプルプル悶絶しながら質問するアカリを、横でキュイがニヤニヤして見ています。

 「私はミント団スメルクト支部から来た、支部長のフィリルと申す者です。以後、お見知り置きを……」

 そして、先ほどのアカリの一撃で白目を向いてひっくり返った男と敵前逃亡を図ろうとした男……下っぱ2人組を見下ろしました。

 「すみません、先ほどはお見苦しい所をお見せしてしまいました。配下の教育が行き届いていなかった私の責任です。

この者たちは私達『ミント団』の流儀で処罰を与えたいのですが……宜しいでしょうか?」

 アカリはどうぞ、どうぞ、と下っぱ達にリボンを付けるかの如くフィリルに送り返してあげました。

 「ありがとう、恩に着ます。さてと、堅苦しい事務的な会話はここまでにしましょうか……」

 フィリルがその言葉を発して大きく伸びをしながらふうっ、とひと息ついたその途端……

 ニッコリ笑った彼女の目が一本筋になり、ふにゃんと緩んだ口元はちっちゃい八重歯がキュートな“にゃんスマイル”になりました♡


 さっきまでのフィリルのあまりの変わり様に、アカリはパチクリ目を丸くしてしまいました。

 か……可愛いです……さっき見た凛とした立ち姿と比べると、ギャップ有り過ぎで萌えちゃいます……!

 キュイは、フェンリルウルフの外見を知っているだけに思わずククッと笑ってしまいます。

 いくら人間らしい優しい顔つきと言えど、こういう所でフェンリルウルフの“素”が出ちゃうんですね。本人は気付いてないでしょうけど……

 「んっ、このニオイ!……コレって、私の敬愛する英雄キョーコ様がお召しになった伝説のきぐるみじゃないですかぁ~!」

 フィリルさん、ニオイで分かっちゃうんですね!って言うか、1度ふにゃんってなるとココまで変わっちゃうんですか、このヒト……

 「ねぇフィリルさん、このピント団の3人のキュルミー娘さん達を返して頂きたいのですが……」

 ふにゃんとする前のフィリルさんの物腰柔らかな対応を見ていたアカリは……あえて丁寧にお願いしてみました。

 「いいですよぉ~!でも、このままお返ししては、私のミント団支部長としての立場もありますしねぇ~。」

 しばらく考えていたフィリルは……イイ事を思い付いたらしくニコッと笑ってアカリに問いかけました。

 「じゃあ貴女、私とひと勝負しませんかぁ~?もし貴女が勝ったら、この娘さん達を返してあげてもイイですよぉ~?」

 「ちょっと待って、このままじゃあ勝負は受けれません!もうひとつ教えて、もしワタシが負けたら……どうなるんですか?」

 「もし貴女が負けたら……じゃあ、ミント団に入団してもらおうかしらぁ~。今、入団募集をしている最中なんですよぉ~。」

 「分かりました、負けた場合はそれでイイです。それで、その勝負の内容は何なんでしょうか?」

 「では勝負の内容ですが……、私の“生まれ故郷の場所”を当ててもらいましょうかぁ~!」

 アカリはふつふつと沸き上がるツッコミを何度も我慢しようとしましたが……無理でした。


「……何のヒントも無しに分かるかーい!」


 そもそもフィリルさんと会うのが初めてなら喋るのも初めてだし、しかも現段階でフィリルさんの素性すら何も知らないんです。

 フィリルはアカリに手をヒラヒラ振ると、今度はアカリの側に付き添うフェアリーバードの方を向き、気を感じてニコッと微笑みました。

 「久し振りね、キュイちゃん。いくら姿形が変わっても、ココロのニオイは変わらないのねぇ~!」

 ……フィリルさんのニオイですって?それ、ワタシの聞き間違いじゃないですよね?突破口み~っけ!

 「その代わり、解答は……そうですね、キュイちゃんのみに答えて貰いましょう!コレでどうですか?」

 それを聞いてアカリはニッと笑いました。キュイは心配そうな顔をしてアカリを覗き込みます。そこで大変な事実を知るのです……

 何と……キュイがフェアリーバードに『復活』して以来、それより前の記憶が飛び飛びになっているらしいのです!思わぬ副作用、発覚!

 思わず頭を抱えたアカリでしたが、すぐに次の一手を閃いてキュイを安心させました。アカリは頭の回転が速いのです。

 「大丈夫ですよ、キュイさん。それよりも聞きたい事があります。意識のほんの一部だけでも“階層世界”に片足掛ける事は出来ます?」

 アカリはキュイに小声で囁きます。そして暫くボソボソ話して、フィリルに再び対峙しました。

 「その条件を呑みましょう。キュイさん、ワタシ連戦続きで疲れましたから、あのソファーで……フィリルさん、イイでしょ?」

 スカリーがニコッと微笑んでウィンクをしてくれたので、遠慮無くアカリはソファーに座り、ウトウトし始めました。

 そして取り残された形になってしまったキュイ。しかも過去の記憶が飛び飛びになっているという最悪の状態でフィリルと2人きりです。


 果たして、こんな調子のアカリ&キュイ対フィリルの勝負はどうなってしまうのでしょうか……?

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16縫. フィリルの完全敗北

────────────────

二転三転としたキュイとフィリルとの心理戦……
そこで、敢えてキュイの「司令塔」となるアカリ……
そして決着は……えっ、『階層世界』の中……?

────────────────



 アカリが不在のまま、過去の記憶が飛び飛びになっているという最悪の状態でフィリルと対決しなくてはならなくなったキュイです。

 そんなキュイを遠巻きで見ていたフィリルは、キュイの新たな外見に興味を持ったのか、スキップしながら近付いて来ました。

 「キュイちゃん、どしたの、フェアリーバードの姿になっちゃって?確か、前キョーコ様と一緒の時はウサギの姿って言って……」

 「ウサギではなくて白ウサギですっ!一緒にしないで下さい!純白の毛はワタシの誇り、自慢なんですから……」

 思わずキュイは口を挟んでしまいました。でも一番の自慢はご主人さま……この気持ちだけはアカリの代に変わっても変わらないそうです。

 「でもさ、キュイちゃんはキョーコ様に仕えていたんだよね?何で今はあの子の“お守り”をしてるのよぉ~?そんな姿になってまでさ?」

 「今でもキョウコ様にお仕えしている事に代わりありませんよ?何故ならあの子はキョウコ様のご子息、アカリ様ですからね。」

 「うそっ、本当なんですか?私あの子のニオイを嗅いでみましたけど、魔力のニオイは微塵(みじん)も感じませんでしたけどぉ~?」

 「ふふっ、その理由はこの勝負の後に嫌と言うほどフィリルさんにも味合わせてあげますよ♪」


【階層世界】──────────


 場所は変わって、ココはアカリの精神を象(かたど)る『階層世界』です……

 アカリはひと足先に『階層世界』に来ていました。白と黒の市松模様が果てまで無限に拡がる、何度来ても無機質な虚無の箱庭。

 そこでアカリはある人物を待っていました。そう、この箱庭の主……管理人のキュイその人です。ちなみに、こちらでの姿は白ウサギです。

 「遅いですね、キュイさん……思いの外“憑依の分離”に時間がかかっているんでしょうか?それとも、フィリルさんに足止めを……?」

 もうしばらくすると、キュイが帰って来たみたいです。やっぱり“憑依の分離”に手こずっていた様で、ジジ……とノイズまじりです。

 「お帰りなさい、キュイさん。取り合えず、箱庭でのアナタと現実世界にいるアナタの本体とは、精神で繋がっていますか?」

 あ、いちおは繋がっているみたいです。向こうのキュイの本体も聞き耳を立ててます。でもキュイの本体からの連絡が繋がりません。

 なので“送信専用”という事にしておきましょう……!

 「でもヒントを教える前に、どうやらひと仕事ありそうです。キュイさん、ワタシの指示通り喋って動いて下さいね!」


【現実世界】──────────


 フィリルから勝利をもぎ取る為には、やはりフィリルのココロを揺さぶるしかない……キュイはそう結論付けました。

 「……ダメですねー。ワタシ、こういう空気に弱くって。フィリルさん、この部屋には何か飲み物とかはないんですかー?」

 だから、フィリルに心理戦を挑む事にしました。勝敗の綾(あや)はプレッシャーの掛け合いです。冷静な思考を奪った方の勝ちです。

 「……冷たい水ありがとうございます!しかもグラス入り!飲めないと思ったでしょ?グラスくわえて上向けば飲めまーす!」

 もし負ければ、二度とフィリルのココロに触れる機会はやって来ないでしょう。ココロに触れるチャンスは1度きりなんです。

 「……あっお茶菓子まで!戴きまーす!例え毒入りでも、のどに入っちゃえば“獄炎”で燃えカスになるので大丈夫でーす!」

 しかし、キュイがプレッシャーに押し潰される事は決してありません。何故なら、キュイの精神はアカリが堅守しているんですから。

 「……ガラスに爪を引っ掻いてスゴい音を立てても、この周波数の音はあまり聞き取れないんですよねー。ゴメンなさいねー。」

 心理戦の場合、一番怖いのは精神攻撃です。通常は様々なゆさぶりを指すのですが、この異世界では他に精神魔法、幻術も含まれます。

 「……ちょっと寒いですねー。部屋につららが出来てたからちょっとボッと炎を吐いて部屋をあったかくしておきましたー!」
 
 こういう魔法、術の類いは大概(たいがい)自力で解く事は不可能です。それら単独では効果は薄く、普通は連鎖効果の1つとして組み入れます。

 「……何かホコリですかねー、霧麻酔(フォグボール)がフワフワ飛んでたので、熱風で殺菌処理をしておきましたー!」

 しかし、キュイの精神にはアカリもいます。精神魔法も幻術も、1人がかかればもう1人が解除出来ます。ハメるのが不可能なのです。

 事実……フィリルはキュイに様々な精神のゆさぶりを仕掛けていたのに、キュイはその全てを正面から捩じ伏せきったのです!

 今度はフィリルが根負けしてしまいました。キュイへの精神的なゆさぶりのネタが尽きてしまいました。完全に手詰まりです。


 ……何なのよもぉ~!「グラスいじめ」も「毒菓子」も「ガラスキキー」も「冷凍魔法」も「霧術」も、何1つ通用しないじゃないのよぉ~!


【階層世界】──────────


 「ワタシの指示通り、フィリルさんの全ての精神的なゆさぶりを凌ぎ切れましたね。大成功ですよ!」

 その反対にフィリルは全ての手札を潰されており、肉体的にも精神的にもダメージが大きく、もうフラフラです……

 「ワタシ……何となーくあの子が次にやろうとしてる事、分かっちゃうんですよね!だから今回はワタシがバックに回ったんです。」

 フィリルの目には、キュイが単独でゆさぶりを突破している様に見えています。それこそがアカリの“精神攻撃”だと知らぬまま……

 「しかも、おちゃらけた話し口調でフィリルさんにイライラな感情を植え付ける事まで……後は勝手に自滅してくれました。」

 万事予定通り、という訳ですか。アカリにこんな一面があったなんて……母キョウコとは違い、アカリは策士タイプです。

 「ではキュイさん、フィリルさんの“生まれ故郷の場所”のヒントを教えてあげますよ。後はそちらでお願いしますね……!」


 では、ヒント……行きます……

 キュイはお母さんの『階層世界』の管理人だから、絶対に現実世界の人たちと接触出来ない……これこそ「思い込み」の死角なんです。

 実は例外があるんです!思い出して下さい。アカリが初めてキュイと出会った時に自己紹介がてら、こんな事を言っていました。

………………………………………………………………

ワタシの補助で、キョウコ様の危機を何度も救ってるんですよ?

例えば……攻撃ダメージが一切通らなかった
『フォルフ城の器械兵』、
ワタシにタカコ様の身体を一時的に譲渡してもらった
『スナッサ峠の神経沼』、
究極の選択を何度も強要された
『城塞都市カーレの大攻防戦』、
言葉の通じない幻獣達と一触即発の危機になった
『妖精の里の消滅危機』、
などなど……数を挙げたらきりがありませんね。

( 「4縫.身の上話と衝撃告白」より )

………………………………………………………………


 実は、この言葉の中にヒントがあるんです。唯一、1回だけキュイが現実世界に出て来た出来事が……


 「じゃあキュイさん、後は上手い事やって下さいね!」


【現実世界】──────────


 キュイは、正面からフィリルの精神のゆさぶりを全て凌ぎ切った事で、そのままフィリルの“懐”に潜り込む事に成功しました。

 その状態に持ち込めたキュイは、フィリルにあの『答え』を直接ぶつけました。負けを認めさせるにはこのタイミングしかありません!

 「フィリルさん、答えが分かりました。実はワタシ、過去に1回だけアナタと現実世界で会った事があるんです。そこは……」

 キュイはフィリルをキュルルンッとつぶらな優しい目で見つめます。『うるるんアイ』で落としにかかりながら、言葉を続けます。

 「今ワタシ達がいるスメルクト大陸の北西部にある“スナッサ峠”です!そこを活動の拠点にしていたフェンリル一族に頼まれ……」

 フィリルは耳たぶまで赤くしながらも、キュイから目を反らせません。ポ……とした目のフィリルを見て、勝利を確信しました。

 「そして、スナッサ峠の“神経沼“の中央の浮島で、麻痺して身動き取れずに踞(うずくま)るフィリルさんを助けたんです。」

 フィリルは目を臥(ふ)せて、結っていたポニーテールをほどき、ストレートに戻しました。そして諦めたかの様にポツリと呟きました。

 「確かにその通りです。私の生まれ故郷はこのスメルクト大陸北西部のスナッサ峠です。しかも会ったのは1回だけでしたのに……」

 彼女は『にゃんモード』から『清楚モード』に戻り、壁にもたれかかったまま何かの管のバルブをキュッキュッと回し始めました。

 その瞬間、天井のスプリンクラーからミストシャワーが降って来ました。キュイの周囲は特に身体から発する水蒸気が立ち込めます。

 「キュイちゃん、“この勝負”は素直に負けを認めます。でもね、どんな時でも“奥の手”は常に備えておくものなのですよ……」

 その言葉を残して、フィリルはバタンとその場に倒れてしまったのでした。どうやら気を失っている様です。どこも怪我はして……


……しまった!やられましたぁ!


【階層世界】──────────


 「ふぅ、これでようやくカタがついたみたいですね。この心理戦は結構楽しまさせて頂きました!でもまだ何かが……」

 胸に残る、僅かなモヤモヤ。何か見落としている事がある様な気がします。まだ遠くで警鐘が微小な音で鳴り止まないんです!

 気にしなければ聞こえない位の小さな音。でも今回はその音が気になって仕方無いのです……

 現実世界で決着がついたキュイが、血相を変えて『階層世界』に戻って来たその瞬間……どこからともなく水蒸気が湧き出て来ました。

 そして水蒸気がだんだん人の形になり……フィリルになったのです!もちろん、このフィリルも“精神体”ではあるのですが……

 「ふぃ、フィリルさん……何でココに……?どうやってこの『階層世界』に来れたんですか?キュルミーではないのに!」

 フィリルは終始ニコニコしています。キュイにコテンパンにやられた直後なので、2人の驚く顔を見て溜飲を下げれて満足そうです。

 「対象物のニオイが予めインプットされていれば、どこに隠れていても探し当てられるんです。例え『精神世界』でもね!

コレが私の奥の手、“義賊”っていうちょっと特殊なジョブのレアスキル、『無限探査(インフィニティー)』なんですよ!」

 正直、この人のレアスキルは大変魅力がありますし、『階層世界』にいる時でもキュイの数少ない友達になってくれそうですし……

 「さぁ、この空間をファイナルステージにしましょう!負けたままでいるのはイヤですから!どんな不利な条件でも呑みますから!」

 フィリル、よほど必死なんでしょうね。どれだけ負けず嫌いなんでしょうか?この際ですから、完全勝利で仲間に引き入れちゃいましょう!

 「じゃあ……もしワタシが勝ったら、ワタシの冒険の仲間になって下さい!それでOKなら、応じてもいいですよ。」

 「分かりました、アカリさん……ですよね?さっきキュイちゃんとの会話で教えてもらいました。……その条件を呑みます。」


 しかし、フィリルから出された最終問題は今までの中で一番の難問だったのです……!

 「確かに、私はあの時、スナッサ峠の神経沼でキュイちゃんに命を助けて頂きました。でも、そこに最大の難関が隠されていたんです!」

 「この当時は第1次キュルミー大戦の最中で、しかもこの大戦は今から30年前に起きた出来事です。おかしくないですか?」

 「史実通りなら……計算上では、私の年齢が27才っておかしいじゃないですか。アカリさんはどうですか?どう説明付けますか?」

 確かにその通りです。キュイの話では、お母さんが「天界」に突入した時にすでにお腹の中にワタシがいたそうです。

 すなわち、フィリルと同じくワタシも年齢が15才、というのはおかしい話なんです。これは何故なんでしょうか?

 すいません……現在のアカリではさすがにいくら頭を捻っても答えどころか、それに繋がるヒントすら発見出来ませんでした。

 無念の表情でアカリが白旗を挙げようとしたその時……キュイがクシュン!とくしゃみをして出した炎が白旗を焼き付くしてしまったのです。

 「その理由は……ワタシが説明しましょう。その謎を解くカギは、実はココにあるんです!」

 キュイはそう言いながら、アカリのブーツをつつきます。正確に言えば、ブーツの横にリボン状に付いているダイヤルです。

 「このダイヤルには1、2、3と数字が書いてあります。実はそれは、現在のアカリ様のレベルによって回せる数字が変わります。」

 母上のキョウコ様と違い、アカリ様はキュイぐるみを着る前にトレーニングを積んでいないので、若干不安が残りますね……

 「現在のアカリ様が回せるのは“1”だけ、ちなみにこの状態で能力『ホップ』が発動して、睡眠時に『階層世界』に行けます。」

 まだアカリ様はこのキュイぐるみを着てから日が浅いので、身体に負担がかかり過ぎるこの能力を教えてないんですよね。

 「ダイヤルが“2”まで回せるくらいにレベルが上がると今度は能力『ステップ』が発動して、過去へとジャンプ出来ます。」

 これらの能力を使用する時は、必ずジャンプ動作を絡める関係上足首への負担がハンパないんですよね……

 「更にダイヤルが“3”まで回せるくらいにレベルが上がると能力『ジャンプ』が発動して、未来へジャンプ出来ます。」

 母上のキョウコ様は、人間の身でこの“3”を多用して足首を修復不可能な程酷使した為に常にびっこを引く生活を余儀無くされて……

 「母上のキョウコ様は『天界』の扉を開く為、このうち“3”の『ジャンプ』の能力を使い15年後の未来の世界にジャンプしたんですよ!」

 そして、跳んだ15年後の未来の世界で……それぞれ運命の出会いを果たしたのです。

 「“スナッサ峠”の神経沼で身動き取れなくなっていたアカリのお母さんと、その時12才だったフィリルさんをワタシが助けたんです!」

 あ……それなら全て説明が付きます。年齢の謎も、アカリさんがそれについて何も知らなかった事も……


 「……ぷっ!アハハハハハッ!」

 突然聞こえて来た大笑い……この笑い声の主はフィリルです。

 「私の“完全敗北”です。でも、ここまで完膚無きまでに敗北すると……何か清々しいものを感じますね!だから笑っちゃいました!」

 そして、フィリルはがしっとアカリの手を両手で握りました。

 「じゃあ、約束通り私はアカリさんの仲間になりますよ。でも、今は待ってて!ミント団に在籍したまま仲間に加われる様にするからね!」


 そうアカリと固く誓い合うフィリルなのでした。でも、まだ『階層世界』の中なんですけどね……

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17縫. コレが私の生きる道

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ピント団の実状も、ミント団の実状も両方とも見たアカリ。
その上で、行動を共にするのはどちらの組織……?
それとも……?

────────────────



 アカリが『階層世界』から帰って来た様です。うっすら目を開けると……ソファーに座ったまま、全身ビショビショになっていました。

 しかし、こんな状況でもしっかり水を弾くキュイぐるみ、スゴいです。弾いた水玉がキュイぐるみを伝ってアカリの素肌を滑ります。

 さすが女子高生、若い素肌は張りが違います。腕の表面で滑る水玉を指で軽くプン!と払いながら、アカリは周りを見回しました。

 すると、まず壁際にあるバルブの下で気を失っていたのはフィリルです。まだ『階層世界』に留(とど)まっているのでしょうか?

 向こうの壁には、フェアリーバードが訳も分からずバタバタ走り回っています。キュイはまだ憑依し直していないのでしょうか?

 あ、バタバタしてたフェアリーバードがピタと止まって、ぼ……としてたと思ったらいきなり目をパチクリし出したんです!

 「ふぅ……、ようやくこの本体にコンタクトする事が出来ましたよ!馴れないですね……あ、アカリ様、ただ今戻りました!」

 ……何かコンタクトの瞬間がちょっと怖いですよ!!!あ、恥じらいもなく取り乱してしまいました、どうもすみません……

 「ねぇキュイさん、この部屋全体ビショビショなんですけど……どうしてですか?何かあったんですか?」

 「フィリルさんがそこのバルブを回して天井スプリンクラーでミストシャワーを発生させたんです。ワタシがまた閉めておきました。」

 ……ふ~ん、そんな事があったんですねぇ。ニヤリ。

 そして、そこの擦りガラスの仕切りの向こうのソファーでは3人のキュルミー少女達のうち2人は立てますが1人はまだ腰が抜けています。

 その時、フィリルが『階層世界』から戻って来た様です。髪を後ろで結い、ゆっくりと立ち上がりました。『にゃんモード』の様です。

 「アカリさん、今回の心理バトルは全て貴女が裏で仕組んでいた事だったのね。向こうでキュイちゃんから聞いたのよ~!」

 キュイはコクコク頷いています。フィリルはフッと笑って、手のひらを上にしてクルクル回しながら言いました。

 「私、結局はひとりイイ気になっててさ~。その実、すっかり貴女の手のひらで転がされていたのね。ワルい……ヒ・ト!」

 フィリルはそう言いながら、いとおしそうな顔をして語尾に合わせて優しくツンツン!と人差し指でアカリの鼻頭をつつきました。

 「アカリさんにイイ事教えてあげるね!私が戦闘時以外で最初から『にゃんモード』でいるのは、相手を認めて依存してる証拠なのよ~!」

 それと……とフィリルは人差し指をフリフリしながら言葉を繋げました。どうやら、本当は言いたくて仕方が無かった様です。

 「私の『無限探査(インフィニティー)』は、自分の身体に“水”を取り込まないと発動出来ないの~!レアスキルの類いは発動条件が付加されるのよ。」

 ……ふ~ん、その為のミストシャワーだったんですねぇ。フフッ。

 いい?と人差し指をピッと上に向け、アカリの顔を覗き込みました。その時のフィリルの顔、何だかとても嬉しそうです。

 「レアスキルは、それだけ発動効果が優秀って事よ~!ちなみに、この事を知ってるのは私の『仲間』だけなんだからねっ!」

 アカリはフィリルから自分の事を『仲間』、と言ってもらえてとても嬉しそうです。溢れ出る様なニコニコ顔がキュイにはたまりなく映ります。

 こういう「秘密の共有」は、仲間意識の結束に大いに役に立ちます。でも……秘密の話の割にはフィリル、楽しそうですね。

 「じゃあ私、ミント団に戻って事後処理をして来るね~!早くまたアカリさんと合流したいな。じゃっ、行って来るね~!」

 「「いてら~!」」

 アカリとキュイは手を振ってフィリルの後ろ姿を見送りました。アカリは3人のキュルミー少女達の元へ歩み寄りました。

 「申し遅れました。ワタシの名前はアカリ、キュルムの町の長老さんの依頼で貴女達3人を助けに来ました。さあ、町に戻りましょう……」

 本当は『ミント団の実状を探りに行く』のが本当の依頼だったんですけど、流れ的にこの娘達まで助けてしまいました……

 アカリとキュイ、そしてピント団のキュルミー少女達3人は再び深い霧の中をアカリを頼りに歩き続け、キュルムの町に戻りました。

 「長老さん、ただ今戻りました!そしてピント団のキュルミーの女の子3人を救出して来ました!どこにおられますか?」

 「おぉ、ここじゃここじゃ!ワシは『ミント団の実状を見て来い』とまでは言ったんじゃが、まさかこの子らまで助けて来るとは……」

 あ、やっぱり……同じ事言ってますよ、このヒト……

 「この子たちが、またワタシが見て来たミント団の実状が、この先の『自分の進むべき道』をハッキリと照らし出してくれました!」

 「む?どういう事じゃ?……さては、今回の偵察で得たモノはその2つだけではない、という事じゃな?どうじゃ、違うかの?」

 さすがは長老さんです。この「洞察力」があるからこそ、この町の長老を務めておられるのでしょうか?なかなかの眼力です。

 「では、そなたの“答え”を……聞かせて貰おうかの。そなたの導き出した“答え”……『進むべき道』とは……何ぞや?」

 キュイの頭を撫でていたアカリは、しばしの沈黙の後……頭を上げてキッパリこう断言しました。

 「ワタシは……“きぐるみ至上主義”を旗印に掲げるピント団の力を借りて『7世界の王』を探そうとは思っておりません。」

 ピント団の力は借りない、とな……コホンっと咳をして長老さんは言葉を続けます。

 「では……ミント団の力を借りるつもりかの?その方がいいかも知れんの。ワシが力になってやれのが残念なんじゃが……」

 アカリはブンブンと首を振りながら、長老さんに丁重にお断りしました。それも“答え”ではないからです。

 「いえ、“仲間の絆”に義を重んじるミント団に与(くみ)する事も……考えてはおりません。」

 なに、ミント団の力も借りないのか!ならば、と長老さんがアカリに言葉を畳み掛けます。

 「ならば……ピント団の力もミント団の力も借りず、そなたは独力で『7世界の王』を探し出すつもりなんじゃな?」

 思わずムフッと笑みが溢れるアカリ。さあ長老さん、このひと言で盛大に驚いてもらいましょうねっ!

 「いえいえ、この“世界のうねり”を無視してひたすら天界を目指す、とも言っていませんよ。ワタシは“もう1の道”を征きますので。」

 アカリのあまりの予想の遥か上を行く解答に、長老さんは驚愕で目を見開き、思わず身を乗り出しちゃっています!

 「……“もう1つの道”とは?選択肢に無き道とは何かの?もし本当にあるならワシも聞きたいのじゃ!ぜひ聞かせて欲しいのじゃ!」


 さて、アカリの“もう1つの道”とは果たして……?
それを実現出来るプランを、アカリは考えてあるのでしょうか……?



【ネタバレ♡】

実は、アカリも『女神族』という上位種族であるが故に反則とも捉えられかねないレアスキルを所持しています。
しかも、1つだけでなく……
ちなみに、『人間族』である母キョウコはレアスキルを所持出来ません。


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