日常が崩壊した世界で。 (葉月雅也)
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さようなら、日常

「おい、実験結果はどうなんだ」

「極めて順調に進んでいます」

 

白衣姿の男性達がタブレットを片手に話し込んでいる。

 

「完成は何時になりそうか?」

「そうですね、まだ実験段階ですからおよそ3年はかかると」

「3年待てばこの国の武力は一気に上昇するぞ」

 

何やら不吉な会話のようだ。

その時……。

 

ブーンブーン!! ブーンブーン!!

 

「何事だ?」

「警報音ですね」

 

白衣姿の男性は辺りを見回す。

しかし、何も異常は無い。

 

「……さん!!」

 

新たな白衣姿の男性が駆け寄ってくる。

 

「何事だ?」

「それが……『ゼロ』が漏れました……」

「な……」

 

白衣姿の男性2人は呆然と立ち尽くすだけだった。

 

膝をつき崩れ落ちる。

状況の重大さは彼らの表情を見ればよくわかる。

 

「走ろう……」

「は?」

 

1人の男性は駆け出した。

その男を追うように2人も走り出した。

 

「制作チームが同時進行で解毒剤を作っているはず……だ」

「おい! 前を見ろ!!」

 

行く手にはゾンビになった研究者達の壁だった。

 

「くっ……。絶対生き延びてやる……」

 

白衣姿の男性の頬に一筋の涙が流れた。

 

 

 

 

「ん、朝か……」

 

この部屋の(ぬし)である相川時雨(あいかわ しぐれ)の第一声だった。

時雨は大きな欠伸(あくび)をしながら布団から出る。

 

「今日は少し寒いな……」

 

季節は秋、気温も徐々に落ちていく。

 

「学校行きたくないなぁ……」

 

愚痴を漏らしながら時雨は階段を降りリビングに向かう。

 

「お兄ちゃん、おはよ。」

 

せっせと朝食をテーブルに運んでいるのは相川夏奈(あいかわ かな)、時雨の妹である。

 

「ああ、おはよう」

「早く座って食べちゃって、冷めるからさ」

「はいはい」

 

テーブルに並んでいたのは時雨の大好物のオムライスであった。

時雨は機嫌よく学校に通う事が出来そうと感じていた。

 

「そう言えばお母さん、今日帰宅遅れるって」

「マジか……。夕飯どっか食べに行くか?」

「うんっ! 奢ってね」

 

時雨の顔に冷や汗が出始めた。

今月、小遣いがピンチになりかけているのだ。

夏奈は運動部だからよく食べる。

 

「あ、ああ。わかった……」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 

妹の押しに弱いと時雨自身もわかっていた。

オムライスをぺろりと完食し、自室に戻り制服に着替える。

 

「寒いな……。マフラー巻くか」

 

時雨はタンスの中からマフラーを取り出し首に巻く。

 

階段を降り、夏奈に「行ってきます」と言い、玄関で学校指定の靴を履き、時雨は玄関の扉を開けた。

 

「あら、時雨君おはよう」

「おはよう」

 

玄関の前で待っていたのは大道寺ほのか。

ここだけ見れば普通の光景だろう。

片手に木製バット、片手に男性の襟を掴んでいなければ。

しかし、時雨はこの光景も見慣れていた。

 

「学校、行きましょう」

「おう」

 

時雨の家から学校までは約10分で着く。

 

「少しは身の回りに気をつけたら?」

「そんな必要あるか?」

「さっき倒した彼、時雨君に恨みがあったらしいよ」

「知らんな」

「少しは知りなさい」

 

いつも時雨はこの様な感じでほのかから忠告を受けていた。

 

学校に近づくと時雨達に1人の女子が挨拶をした。

 

「おはようございます、大道寺さん、相川さん」

「あー、みくか。おはよ」

「おはようございます、山中さん」

 

山中(やまなか)みく。時雨と同じクラスで、テストや模試も学年トップ5に入る成績優秀な生徒だ。

 

「山中さん、ここの問題教えてください」

「みくちゃん、週末空いてますか?」

 

山中みくは人気者だ。

取り巻きが多いのもそのせいである。

 

「それじゃあ」

 

時雨とほのかは軽く会釈をして、昇降口に向かった。

昇降口で靴を履き替えていると時雨達に声をかけてくる連中がいた。

 

「時雨くーん、ちょっといいかな? ほのかちゃんも」

 

不良だ、どこからどう見ても不良だ。

周囲はガラの悪い生徒に囲まれた。

時雨達は屋上にそのまま連れていかれた。

 

「時雨くーん、君過去に色々やらかしちゃったみたいだね」

 

そう言って時雨の足元に数枚の写真がばら撒かれる。

それは時雨が不良達を殴る、蹴るといった暴行の写真だった。

 

「そしてこれは、ほのかちゃんの分」

 

そう言ってほのかの足元にも写真をばら撒く。

 

「君達過去にこんなに暴れたのに何で逮捕されないのかなぁ?」

「……。」

 

時雨は黙っていた。

何か反抗してほのかに危害を加えされるわけにはいかない。

 

「俺、温厚だからこれで黙っていてやるよ」

 

彼が要求したのは現金だ。

 

「脅している時点で温厚なのか?」

「くくくっ、痛いところ突いてくるね。

ま、そんな事を考えている余裕は無いんだよ」

 

そう言いながら彼がチラつかせたのは、ばら撒かれた写真とは違った写真だった。

 

「おい、貴様それを何処で……」

「あ? そんなのどうだっていいだろ」

 

ケタケタと笑いながら彼は手を差し出している。

そんな時、不良達の背後から肩を叩いた人物がいた。

 

「何、俺の友達に用?」

 

ニコニコと笑いながら彼は不良達の顎を的確に殴った。

 

「弱っ……」

 

彼はつまらなそうに不良がばら撒いた写真と不良がチラつかせた写真を集めながら言った。

 

「これは本当なのか?」

「ああ、間違いない。それよりありがとうな錬」

 

加藤錬(かとう れん) 時雨同様中学生の頃に色々と問題をおこした生徒だ。

 

「気にすんな、友人なんだから助けるのは当たり前だろう」

 

キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン

 

始業を伝えるチャイムの音だ。

 

「これはサボり確定かな」

「諦めんなまだ間に合う、とか俺らじゃ言わないだろうな」

 

結果、時雨達はサボることに決めた。

時雨は自販機でジュースを買い、ほのかと錬に渡した。

 

「サンキュー、さすが時雨」

「ありがとう、時雨君」

 

時雨も缶ジュースを開けフェンスに寄りかかりながら飲んだ。

 

「平和だな、戦争が無い世の中の良さが分かるよ」

 

あまりにもおじさんっぽい発言に時雨は飲んでいたジュースを噴き出しそうになっていた。

 

「ねえ、錬ってほんとに高校生?」

 

ほのかは錬に尋ねた。

 

「当たり前だ、正真正銘高校生だ」

 

本人も笑いながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

ガッガッガッ

 

校門に女性ゾンビが現れた。

しかし、まだこの町の人達は知らない。

 

「どうなさいましたか?」

 

1限目で体育の授業をやっている男性教師が校門に近寄った。

そこからの流れは実に単純だった。

女性ゾンビは門の隙間から手を伸ばし教師の肩に噛み付いた。

教師は声にならない叫び声を最後に絶命した。

体育の授業を行う生徒達はパニックに陥った。

 

 

 

 

男性教師の声にならない叫び声は時雨達の耳にも届いた。

 

「何事だ?」

「わかんないけど、揉め事か?」

 

そして、時雨と錬は見てしまった。

男性教師が息を引き取った後、再び動きだす光景を。

時雨の手からジュースが少し残った缶がスルリと落ちる。

 

「う……そだろ……」

 

本当だ、嘘ではない。

これが現実となったのだ。

それでも、時雨は受け入れられなかった。

 

「時雨、お お 落ち着け」

 

時雨はこの時思っていた「お前()が落ち着け」と。

 

「時雨、逃げよう」

 

この時のほのかの提案を受けるか受けないで時雨は未来が大きく変わると薄々感じていた。

 

「おう……」

 

時雨はこの決断で良かったのか、まだ迷いがあった。

 

「とりあえず、1番家が近いのは誰だ?」

「時雨君の家」

 

確かに時雨の家が1番近いが家自体を襲われる可能も高い。

苦渋の選択となるが、彼らは時雨の家に向かった。

 

 

階段を駆け下りて目的地に向かう。

その時勢いよくドアが開いた。

 

「ちょっと階段は静かに……」

 

ドアを開けたのはみくだった。

 

「また、相川さんですか!?」

「みく! 今はそんな事を言っている……。」

「相川さんいい加減に階段は静かに降りてください!」

「みく! 町にゾンビが現れた! 一緒に逃げるぞ!」

「え、え?」

 

時雨はみくの手を引き階段を再び駆け下り始めた。

 

ピーンポーンパーンポーン

 

「現在、校内で不審人物が現れています。

生徒は教員の指示に従ってください」

 

校内でパニックが始まった。

皆、生き延びるために我先に階段へと走り出す。

 

「マズイな、時雨走れ!」

 

錬の叫び声で時雨はみくの手を引き駆け出した。

昇降口についても彼らは素通りした。

素通りせざるおえない。

履き替えている余裕は無い。

 

「ひっ……」

 

みくの小さな悲鳴が漏れる。

同時にみくは時雨の手を振り払って走り出した。

混乱して冷静に物事を判断出来ていないようだ。

 

「私が追うから」

 

自分の命を問わずほのかは駆け出した。

それは人によっては勇敢とも無謀とでも言うのだろう。

 

「みくっ!!」

 

ほのかは駆け出したみくの手を掴み頬を叩く。

 

「っつ!!」

「貴女、馬鹿でしよ? 生きたいなら少しは冷静になりなさい」

「…うん」

「行くぞ!」

 

グランドを走り、門を抜け、変わり果てた町を彼らは眺めた。

皆、言葉を失った。

 

「そ、それでも、走らなきゃなんだよね」

 

足が震えているが、それでも力強く言った。

 

「ああ。行こう」

 

時雨もまた、力強く答え走り出した。

 

朝と風景が明らかに異なるが同じ道を走り抜けて時雨の家を目指した。

襲ってくるゾンビ達を回避して時雨の家に着いた。

 

 

時雨の家に着いた皆は明らかに疲れきっていた。

時雨はソファに座り込み、錬は壁に寄りかかり、ほのかは手を念入りに洗っていて、みくは膝を抱えて座り込んでいた。

ソファに座り込んでいる時雨は妹の夏奈は心配していた。

 

「夏奈、大丈夫かな」

「貴方の妹でしょ? 問題ないわ」




2話から頑張ります。
すみません


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別れと再会

研究所から漏れたウイルス『ゼロ』
『ゼロ』の猛威により町は一転、地獄の様な光景と化す。
何とか時雨の家に逃げ込んでこれた、時雨達。
しかし時雨は心配だった、自分の妹が生きているか……。
崩壊した世界で懸命に生きる少年少女の物語。
『日常が崩壊した世界で。』第2話


某中学校

 

「早く!!」

「わ、わかっているよぉ……」

 

息を切らしながらも校内を1人はショートカット、1人はロングヘア、1人はポニーテールを揺らしながら駆け抜ける。

彼女達が異変に気がついたのは部活の朝練習が終わり、教室に向かっている時だった。

 

「でも、こっちで大丈夫なの?」

「裏口から出れれば多分逃げ切れるよ」

 

しかし、少女達はまだわかっていなかった。

ゾンビは知能が低下する代わりに筋力と聴力が飛躍的に向上するという事に。

 

ガッ

 

「!?」

 

偶然開いていた地窓から手が伸び、少女のうちの1人の足を掴む。

掴まれたロングヘアの少女は派手に転倒した。

 

「!!」

 

少女は振り向き、今来た道を戻ろうした。

 

「来ちゃダメ!!」

「!?」

「私の事はいいから……」

「……」

 

少女は唇を噛みながらも、彼女が出した真摯な決断を断る事は出来なかった。

戻らないというのは友達思いな少女が出来る最善策だった。

 

「……。ありがとう、真衣(まい)

「泣くのもダメだよ、こんな状況だからこそ笑顔でいなきゃ」

 

少女は深呼吸して走り出した。

だか、友人との別れは少女の心を締め付けた。

それでも走らなきゃ、その一心で走り続けた。

 

 

……この世界の神はこの少女に何か恨み妬みがあるのだろうか。

 

「あっ」

 

曲がり角でゾンビと遭遇してしまった。

しかも少女達は音を出しすぎた。

 

「私何とかするから!」

「でも!!」

「あなただけは、生き延びて……。私の希望だから」

 

少女の友人は近くにあった箒で応戦し始めた。

 

「早くっ!!」

「ごめんね……」

 

少女は呟き颯爽と隣を駆けて行った。

 

「どうしたらいいの? お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

少女が颯爽と駆けて行って数分が経ったのを確認して、彼女は安堵した。

 

「あなたには頼れる兄がいるでしょ……夏奈」

 

先程の戦いも決して無傷ではなかった。

 

「……ぐふっ」

 

嘔吐するように吐血する。

少女の友人も決してゾンビを知らない訳では無いし、噛まれたらどうなるかも知っていた。

 

「……私、田中(すず)は夏奈の事が好きでした」

 

誰もいないからこそ、鈴は口に出せたのかもしれない。

 

「死ぬのは怖いけど、これ感染しちゃってるよね……」

 

鈴の腕には噛まれた傷がついていた。

間違いなく感染してしまっている。

 

「……」

 

無言で窓を開け、身を乗り出した。

冬場で冷たい空気が鈴を包む。

そよ風が鈴のショートカットの髪を僅かに揺らす。

 

「……オシャレ、してみたかったな」

 

鈴は目を閉じ重力に体を預けた。

 

グシャ

 

静かな校舎裏に嫌な音が響いた。

 

 

 

 

 

「頼れるのは……お兄ちゃんしかいない」

 

時雨の事だ、高校から自宅に帰ってきているだろうと夏奈は賭けることにした。

出来るだけ音を立てないように階段を降り、裏口に着いた。

 

「あとは、家に帰るだけだけど……」

 

この時、夏奈不安だった。

いくら運動部だと言っても、体力に限界はある。

しかも状況は日常とは大きく異なっている。

ポニーテールにしていない前髪が汗で(ひたい)にくっついて気持ちが悪いと思いながら足になりそうな物を探した。

 

「あ」

 

夏奈が見つけたのは鍵がかけていない自転車だった。

 

「借ります」

 

素早くまたがりペダルを強くこぎだした。

夏奈を乗せた自転車は勢いよく進んだ。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

夏奈は自転車を全力で漕ぐ。

足を止めたら待ち受けるのは死のみ、その事を夏奈は理解していた。

だからこそ全力漕ぎ続けた。

 

「あっ……」

 

道に転がっていた小石にハンドルを取られ、派手に転倒した。

 

ガシャーン

 

「ヤバっ……」

 

夏奈の心配は自身の怪我ではない、壮大に音を立ててしまったことだ。

案の定、音の発生源である夏奈の方にゾンビが数体集まり出した。

 

「何やってるの?」

 

1人の少女が夏奈に話しかけてきた。

少女の特徴は右手に鉄パイプを持ち、髪型はほのかと同じくまとめていなかった。

 

「自転車で逃げようとして転んだのね」

 

状況を理解する為、少女はあえて口した。

夏奈は少女の後ろからゾンビが来ているのに気がついた。

 

「危ないですっ!!」

()()()?」

 

少女は躊躇いも無くゾンビの頭に鉄パイプを振り下ろす。

 

ぐしゃっとゾンビの頭が潰れる。

 

「ふーん、ゾンビって脆いのね……」

 

少女は不気味な笑みを浮かべる。

まるで、慈愛が無い様に夏奈は見えた。

 

 

「早く、家に帰りなさい」

「あ、ありがとうございます。私、相川夏奈って言います。最後にお名前聞いていいですか?」

「……黒崎(くろさき)くるみ よ」

「くるみさん、ありがとうございます」

 

夏奈はくるみの横を駆け抜けて行った。

 

「相川……聞いたことある苗字ね」

 

くるみは戦闘をしながら思い出すことにした。

そして最後の1体を倒した時、思い出した。

 

「相川……兄貴の苗字も確か相川……」

 

くるみは笑った。

理由は本人もわからない、ただその感情が溢れてきたからだ。

 

「会えたら、その時は……」

 

くるみは再び頭を抱えて笑った。

 

 

 

 

夏奈は走った、正直今までで1番全力で走った。

 

「お兄ちゃん!!」

「夏奈!?」

 

夏奈が家に帰って来れたのは、時雨達が帰ってきた3時間後の事だった。

 

「夏奈! 大丈夫か? 怪我とかしてないか?」

「だ、大丈夫だよ〜」

「大丈夫じゃない! ほら擦りむいているじゃないか!!」

 

擦り傷は自転車に乗って転んだ時のものだ。

 

「ほら、消毒して……」

 

「あら時雨君、妹に優しいのね」

 

この時、時雨は笑顔で言えたならほのかはかわいいのだろうと想像した。

想像したと言うのはほのかは絶対に笑わない。

昔は『氷結のほのか』と呼ばれていた事もあった。

 

「夏奈はどうやって逃げてきたんだ?」

「私は……」

 

夏奈は簡単にここまでの経緯を説明した。

その後、時雨も家に着くまでの経緯を伝えた、時雨達は情報共有出来た。

 

「そうなると……。みく、これからどうするんだ?」

「錬さん、小学校がこの町の避難所ですよね」

「あ、ああ」

「なら、行きましょう」

「みく待て、もう日も落ちてきた」

 

時雨が気にしたのは日照時間だ。

季節は冬に近づいている故、日照時間が短くなってきている。

今から小学校に向かったところで日没に間に合う可能性は低い、いや無いに等しい。

 

「しかし、あの学校だけは行きたくないな」

 

時雨は苦笑いを浮かべる。

みくは首を傾げる。

時雨の苦笑いの理由がわかっていなかった。

 

 

「とりあえず、持てるだけの道具は準備しておこう」

 

時雨の合図と共に皆が武器になりそうな物を探した。

 

小1時間後

 

「見つかったのはこれだけか……」

 

包丁4本、時雨の木刀だけだった。

まさに近距離の武器しかなかった。

 

「不安だね、これだけで生き延びていかないといけないんだもね……」

 

 

「夏奈さん、勝手にキッチン借りしました」

「ほのかさんって料理出来るの?」

「ええ、一応人並みに」

 

そう言ってテーブルに料理を並べていく。

 

「でも、ほのか」

「余計な心配よ、時雨君。火は使ってないから」

「火を使わなくてもオムライスって作れるのか?」

「ええ、電子レンジで作れるわ」

 

 

「いただきます」

 

 

ほのかの料理はとても美味しいと時雨は思った。

 

「ほのか、美味いな。きっと、いい嫁になれるな」

「そう、ありがとう」

 

会話が途切れる。

食事ではなく、まるで葬儀の参列のようだった。

 

「……ごちそうさま」

 

結局沈黙に耐えきれず、時雨は自室に戻った。

ベットに仰向けで寝転び、1つため息をつく。

 

「表情に出さなくても、相当心の方にダメージが残っているようだな」

 

部屋の入口に寄りかかり話しかけてきたのは錬だった。

 

「それは、そうだろ」

「まぁ、時雨ならすぐにこの環境にも慣れそうだな」

「用はそれだけか?」

 

時雨は早く現実逃避がしたかった。

すぐに現実は受け入れられない、だからこそアニメの世界に1度逃げ込みたかった。

 

「いや、違う」

 

錬ははっきりと言い切った。

 

「この写真のもっと細かい情報が欲しい」

 

時雨は起き上がり、錬が持っていた写真を破り捨てた。

 

「錬、この件は忘れろ」

「は?」

「誰だって忘れたい過去の1つや2つ(くらい)あるだろ」

 

そう言い残し、時雨は部屋を出て階段を降りていった。

 

「時雨……お前とこの少女の関係は何なんだよ……」

 

錬は吐き捨てる様に呟いた。

 

「あ、お兄ちゃん、お風呂先に貰ったからね」

「ああ、構わん。先に女性達が入ってくれれば、俺も気楽に入れる」

「そういえば、ほのかとみくの服ってどうするんだ?」

「私の着てもらおうかなって」

「そうか」

 

 

 

 

「ねえ、ほのかさん」

「何ですか?」

「ほのかさんって何で生き延びたいの……?」

 

浴槽に浸かっていたみくは、体を洗っていたほのかに聞いた。

みく自身が生きる意味を失っていたから……。

 

「そうね、特に無いわ」

「え!?」

 

予想外の回答にみくは困惑した。

ほのかなら明確な目的があると思っていたからだ。

 

「私の生きる意味を聞いたところで何も意味を成さないわ、自分で見つけ出しなさい」

 

相変わらずの無表情でほのかは答えた。

みくもその言葉を受けて改めて考え直そうと思った。

 

「先に上がるわ」

 

体に付いた泡を丁寧に落としたほのかは体を拭きスタスタと出て行った。

みくもあたふたしながらもほのかの後に続いた。

 

 

ほのかとみくは着替え終わり、リビングへ戻った。

 

「お風呂、ありがとうございました」

「ほのかさん、みくさん服のサイズ大丈夫ですか?」

「ええ、ちょうどいいわ」

「大丈夫です、ありがとうございます」

 

 

「じゃ、俺達も風呂入るから」

 

 

タオルを肩にかけて時雨は鼻歌交じりに浴室に向かった。

いつの間に2階から降りてきていた錬もついて行った。




初めましての方は初めまして。
葉月雅也と申します。
本日やっと第2話が投稿出来そうです。
第1話の訂正、第2話のアドバイスをしてくださった、四ツ葉 黒亮 さん、黒鳶 さんありがとうございます。この場をお借りしてお礼申し上げます。
また、興味を持ってこのお話を読んでいただいた皆様に大変感謝しております。
評価や感想、質問等できる限り答えようと思いますのでよろしかったらお願い致します。


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時雨の逆鱗

時雨 「なぁ、今回は前書きに俺達の会話を使うらしいぞ」

みく 「何ででしょうね?」

錬  「あれじゃね、作者が説明が難しくて間に合わないんじゃね?」

作者 「錬君、余計な事言わないようにな」

ほのか「しかし、物語とこの前書きの世界は同じなの?」

作者 「例のパラレルワールドってヤツっす」

ほのか「逃げの一手って事ね」

作者 「それでは、本編をお楽しみください!」

一同 「逃げた……」


「いい湯だったぁ!」

 

時雨と錬の体から湯気が立ち上がっている。

錬は興味深々に時雨に問いかける。

 

「教えてくれよ、さっきの写真の人物」

 

時雨の顔は徐々に暗くなっていく。

時雨は、触れられたくない記憶にズカズカと入ってこられるような感覚を味わったいた。

 

「黙れ、錬」

「なぁ、しぐ……」

「黙れ」

 

時雨は目を細め、錬の首を掴む。

時雨の目には薄らと殺意がこもっていた。

 

「それ以上この話に触れるな、と言ったはずだ。まだわからないのか?」

 

時雨の眼力に錬は怯えた。

 

「がっ……わかったから、離してくれ」

 

錬が頷いたのを確認して、時雨は手を離した。

 

「罰として、お前はリビングで寝ろ」

 

時雨は自室に戻った。

錬がリビングに戻ると、夏奈達はパジャマ姿でココアを飲んでいた。

 

「錬、私達寝るから。」

 

そう言ってほのか達は足早に2階へと姿を消した。

 

「結構、俺だけソファーかよ」

 

グチグチと文句を言いながらも錬はリビングの様子を見回す。

 

「写真多いな」

 

錬の言う通り家族写真が多い。

背景は山だったり、海だったりと頻繁に家族で旅行しているのがよくわかる。

 

「ん?」

 

気になったのは銀髪の少女が目つきの悪い少年の肩に肘を置いている写真だった。

 

「これ、どう見ても時雨だろ……」

 

髪型が違うが、それでも時雨と似ている点が多い。

先程、錬の首を掴んだ時見せた表情が、写真の少年と瓜二つだ。

しかし、隣に写っている銀髪の少女が誰だか錬には、まだわからない。

 

「俺も寝るかな」

 

錬はソファーに座り込み、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

「ぅん……」

 

目を擦りながら、時雨は起床した。

 

「清々しい朝だな〜」

 

心にない言葉を紡ぎ出した。

ドアを開け階段を降りる。

 

「おはよ! お兄ちゃん」

「あぁ、おはよう」

 

夏奈は朝食を作っていた。

 

「簡単な、おにぎりだけでゴメンね」

「いや、ありがとう」

 

『簡単な』と言っても数は多い。

 

「あら、時雨君おはよう」

 

顔を洗い終わったらしい、ほのかがタオルで顔を拭きながらリビングに歩いてきた。

 

 

「おはよう」

「夏奈、錬は?」

「ソファーで寝てる」

「おい、錬。起きろ」

 

 

時雨の軽く手刀をかました。

 

 

「うげっ!」

 

 

寝ぼけていた錬はしっかりと目を覚ました。

 

 

「時雨か……おはよう」

「お兄ちゃん、早く食べて!!」

「いただきます」

 

 

昨日の夕食同様、沈黙に包まれた食卓となった。

 

 

「今日の8時にここを出ましょう」

 

 

朝食後、すぐにみくが皆に提案した。

時雨は素直に承諾出来なかった。

小学校に行きたくないからだ。

 

 

「まぁ、いいんじゃないかな」

 

 

錬の軽い返答で時雨達の今後の行動が決まった。

 

「1時間ある。それまでに準備を整えてくれ」

「はいよ」

 

時間はあっという間に過ぎていった。

時雨達は荷物を整え、玄関を出た。

 

「この家には、もう戻って来れないんだよね……」

 

しみじみと夏奈が呟いた。

 

「ああ、日常は崩壊したからな。早く行こう」

 

時雨とほのかを先頭に、小学校に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

小学校までは、時雨の家から普通に歩いて30分(くらい)かかる。

 

「しかし、数が多いな……」

 

愚痴が時雨の口から(こぼ)れるのも仕方がない。

時雨が倒したゾンビの中にも避難しようとした痕跡が見られた。

 

「余所見している暇は無いわ」

 

ほのかは、淡々と包丁でゾンビ相手に戦い続ける。

 

「錬、何か長い丈夫な棒は無いか?」

「ある程度の長さの竹なら落ちてるぞ」

「それなら、包丁を竹に固定してくれ。出来るだけ綺麗な竹な!」

「注文多いな」

「それまでの防衛はやってやるから、作り終わったらほのかに渡してくれ」

 

錬は器用な為、作るのに5分もかからなかった。

 

「ほのか、(ひも)とガムテープで固定したから」

「そう、ありがとう」

 

錬の背後に迫ってきていたゾンビを受け取っていた武器で迎撃した。

 

「あら、便利ね。この新しい武器(おもちゃ)

 

ほのかの小言は恐ろしいものだった。

 

「あ、ありがとう……ほのか」

「いえいえ、生き延びるためよ」

 

しかしほのかは笑わない、微笑みもしない、まるで笑うと損をすると思っているレベルだ。

それが大道寺ほのかという人物だ。

 

 

 

 

「ぐっ……」

 

ゾンビの攻撃は徐々に時雨の体力と集中力を奪っていった。

 

「あ」

 

しっかり握っていたはずの木刀が手から離れる。

 

 

 

 

 

 

「時雨は、相変わらずおっちょこちょいね」

 

時雨が木刀を落とした様子を見たほのかはボソリと呟いた。

 

「相変わらずって……」

 

錬の言葉を遮るように、ほのかは駆け出した。

錬には、姫のピンチに駆けつける王子様の様に見えた。

この場合、逆だか。

 

 

 

「危ないわね」

 

颯爽と駆けつけたほのかが錬の手作りの槍でゾンビの額を突き刺した。

 

「ありがとう、ほのか」

()()()にも言ったはずよ、慢心は駄目よ」

 

時雨の全身に鳥肌がたつ。

 

「ゾンビの数が減って来たわ、走るわよ」

 

時雨達は走った、学校は目の前に見えてきたからだ。

 

 

 

 

 

 

「ですから、皆さんは私に任せれば大丈夫ですよ」

 

時雨の足が止まりかけた。

小学校のスピーカーから時雨が聞きたくない人の声が聞こえた。

 

「……下手したら校内に入れてもらえないかもな」

 

時雨は誰にも聞こえないように呟き、先に行っている夏奈達のあとを追った。

 

「すみません! 開けていただけませんか?」

 

夏奈が校門の前で呼びかける。

 

「君は……夏奈君?」

 

先程、朝礼台で語りかけていた先生が門の方に寄って来た。

 

「長元先生、お願いします。中に入れてください」

 

長元、時雨とほのかが嫌いな先生だ。

長元はチラリと夏奈の後ろにいた時雨とほのかの事を見るなり、ため息をついた。

 

「しかし、彼らは問題児ですよ? そんな人を敷地内に入れるわけにはいきません」

「な……」

 

みくも呆れて口が半開きになっていた。

この教師が言っている意味が全くわからなかった。

 

「ですので、夏奈君とそのサイドテールの君は入ってくれて構わないよ」

「……」

 

時雨は何も言わずに後ろを向き、歩き出した。

その手はプルプルと震えていた、ここで手を出す訳にはいかないと、煮え返る様な思いに蓋をして、冷静さを装った。

 

「水臭いわ、私は時雨君について行くわ。あの教師(モノ)、私も嫌いだから」

 

夏奈は、しばらく考え込んでいたがはっきりと答えた。

 

「先生……。いえ、(ヘン)(タイ)、私もお兄ちゃん(しぐれ)について行きます」

 

長元の笑顔は引きつっていた。

時雨は「ざまあみろ」と、内心思っていた。

 

「行こう、お兄ちゃん。私達の手で未来を切り開こう!!」

 

夏奈は向日葵(ひまわり)の様な笑顔を浮かべていた。

 

「ああ、俺達は生き延びるんだ」

 

「あの人に告白するまでは死ねない」と時雨は誰にも聞こえないように呟いた。




第3話書き終わりました。
最後の文のかたまりが最終回ぽい雰囲気を醸し出していますが、最終回ではありませんので。
第4話では、新しい人物が出るとか出ないとか……。
気楽にプロット作って、気楽に書いている作品です。
皆さんも気楽に読んでいただけると幸いです。


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過去との接点

錬 「なあ、時雨」
時雨 「何だ? 錬」
錬 「今回も、俺達のトークらしいぞ」
作者 「悪かったな!」
時雨 「黙れ」
作者 「はい……」
錬 「で、今回は俺らだけ?」
作者 「そうですねー」
時雨 「話す内容無いくせに」
作者 「あるわ!!」
錬 「なんすか?」
作者 「二次創作出すわ」
時雨&錬 「……地雷踏むやつだこれ」
作者 「うるさい! とりあえず……」
一同 「本編をお楽しみください!」


「クソガキめ……」

 

自分の提案を無視して、自ら危険な道を選んだ彼らに長元は、ただただイライラしていた。

 

「まあ良い、俺にはもう関係ない事だ」

 

長元は不敵な笑みを浮かべ、校庭に戻って行った。

 

 

 

 

 

「格好つけたのは良いけど、お兄ちゃんこの後どうするの?」

 

本当のところ時雨には何も案が無かった。

今から時雨の家に戻っても、圧倒的に食材が足りない。時雨の額に冷や汗がうかぶ。

 

「それなら、私の家に行く?」

「え、いいのー?」

 

ほのかは表情を変えずに頷き、了承した。

 

「ご家族の許可は得ているのですか?」

 

みくがごもっともな質問を投げかける。

 

「その心配は無いわ、私の持っている家だから」

 

みくにはほのかが言っている意味がわからず首を傾げた。

 

「さあ、行きましょう。ここから歩くなら、20分くらいかしらね」

「急ごう」

 

時雨を先頭に、駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「しかし、数が多いな」

 

時雨も10体目から数えるのを止めていた。

それだけ数が多いのだ。

 

「え、えい!」

 

護身用に時雨から渡された包丁でみくも攻撃をする。

しかし、攻撃はゾンビの肩に刺さっただけでゾンビの行動は止まらなかった。

 

「大丈夫か?」

 

錬がゾンビの後方から頭を突き刺した。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

かろうじて立っているが、生まれた子鹿のように震えていた。

 

「全く、しっかりしてくれよ。ほら」

 

錬は、その場にしゃがんだ。

 

「え?」

「おぶってやるよ、早くしろよ。時雨達と、はぐれる」

「あ、ありがとう……」

 

錬は、みくを背負い時雨達のもとに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ここよ」

 

ほのかの声で皆、足を止めた。

今のところ辺りにゾンビの姿は無い。

 

ほのかはインターホンを鳴らし、マイクに向かって話しかけた。

 

「私よ」

 

ドアの施錠が解除される。

 

「お急ぎください」

 

少しドアが開き、1人の少女がドアを開ける。

 

全員が建物の中に入ったのを確認して、少女はドアを閉めて施錠した。

 

「紹介するわ、私のメイドの由美(ゆみ)よ」

長崎(ながさき)由美です」

 

時雨達も軽く会釈をする。

 

「ほのかさんは本当にご令嬢ですか?」

「……さあ? 判断は任せるわ」

 

「由美、皆を部屋に案内してあげて」

「承知しました。さあ、こちらへ」

 

由美に時雨達は案内してもらった。

 

 

部屋は広く、時雨の部屋より大きかった。

 

「広いな……。由美さん、ありがとう」

「……兄貴」

 

時雨の瞳から光が消える。

 

「お前の兄貴じゃない」

「そうですね、失礼しました」

 

由美は一礼して去っていった。

時雨はベッドに横になり呟いた。

 

「……もう、俺は……」

 

 

 

何時間経っただろうか。

いつの間にかに寝てしまっていたようだ。

 

「起きなさい、時雨君」

「ん……そんな時間か……」

 

夕食の匂いがする。

 

「早く行きましょう」

 

ほのかは足早に部屋を出ていった、時雨も後に付いて行った。

 

 

 

「遅いぞ」

 

錬がテーブルを叩いて2人を急かす。

 

「うるさいぞ」

 

時雨は近くの戸棚にあった引き出しからフォークを取り出し、錬の額に向けて投げた。

 

「痛っ!!」

 

オールバックにしている錬の額から若干、出血する。

 

「時雨〜!」

「あ?」

 

時雨の眼力に錬は怯み、何も言えなってしまった。

 

「お嬢様、料理が冷めてしまいます」

「そうね、時雨も早く座りなさい」

 

由美が椅子を引き、ほのかが座る。

 

「いただきます」

 

静かに、実に静かな食事が始まった。

 

 

〜10分後〜

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

皆、食事が終わった。

 

「ほのかさん、この家の武器になりそうなもの探しも良いですか?」

「構わないわ、探しましょうか」

 

皆、席を立ちほのかの後ろに着いて行った。

 

「武器になりそうなものなら倉庫です、お嬢様」

「そう、ありがとう」

 

ほのかは感謝しているようだが、相変わらず表情に変化は無い。

 

「さあ、手分けして探しましょう」

「はいよ」

 

 

〜数十分後〜

 

 

「あ」

 

錬が声を上げた。

 

「何か武器になりそうなものあったか?」

 

「こ、これは……」

「何だよ」

 

時雨は、期待しながら錬のもとに寄る。

 

「『トラハザード』! (ぬか)の天使 コリペアさんのデビュー作。しかも初版じゃん!!」

「それ、面白いのか?」

 

時雨は冷めきっていた、しかし錬は気にもせず語り続けた。

 

「もちろん! 内容は……」

 

錬は口を閉ざし、俯く。

 

「どうしたんだ? 内容は何なんだよ」

 

時雨は、一応内容が知りたかった。

普段マンガしか読まない時雨は、糠の天使 コリペアの事は知らなかった。

 

「まさに、こんな世界だよ。ゾンビが発生した町から逃げて……転校した先の町でもゾンビが現れて、それでも生き延びるお話だよ……」

「確かに似ているな、今の現状と」

「だから、言いたくなかったんだ」

「で、その話だとどうなるんだ?」

 

 

錬はしばらく間を開け、深呼吸をしてから口に出した。

 

「知らん」

「は?」

 

時雨は呆れて何も言えなかった。

 

「知らんって、どういう事だよ!」

「まだ、続編が出る……予定かもな」

 

錬が確信しないような言葉を選んだ理由は、時雨には理解出来た。

 

「その人、生きていると良いな」

 

その人にサバイバル術が、備わっているかわからない。

故に、この言葉は時雨なりの優しさだった。

 

「そうだな」

 

いつもとは、真逆に錬は静か答えた。

 

「何しているのかしら? 時雨君」

 

いつの間にか時雨の背後に、ほのかが現れた。

 

「何して……あら?」

 

ほのかは錬が持っていた本に気が付いた。

 

「欲しかったらあげるわ、その本」

「良いのか!?」

「ええ、構わないわ」

 

錬は嬉しそうに、本を抱え微笑んだ。

まるで少年のように。

 

 

「お嬢様、外にゾンビ達が……」

 

由美が早歩きで、ほのかの近くに来る。

 

「あら、時雨君」

「はいはい、行きますよ……」

 

ほのかと時雨は、倉庫をあとにした。

 

「お兄ちゃんと、ほのかさんだけで大丈夫かな?」

「大丈夫だろ、お前の兄だぜ」

 

時雨達が消えていったドアを残されたメンバーは眺めていた。

錬が皆に声をかけた。

 

「俺達は、 俺達に出来ることをしよう」

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、数多いなぁ」

 

大体引き出しから両手て数えられるくらいだろう。

しかし、相手はゾンビだ。

1体との戦闘でも命を落としかねない。

 

「そうね、でもあの頃の捌いた(送った)数に比べたら少ない方よ」

「そうだな……そうかもな」

 

 

時雨とほのかは武器を構えた。

目と目を合わせ、タイミングを合わせる。

時雨が先に駆け出し、先陣をきる。

 

鮮やかな剣技で、ゾンビを捌いていく。

彼の脳内では既に、ゾンビとの戦闘と判断していない。

あくまでも頭を狙い叩く実に単純な作業と、考えていた。

 

戦い方も段々荒々しくなっていき、服に返り血が付着していく。

 

「ふふふ……あはははは……これだよ…この感覚!」

 

誰が見ても時雨は暴走状態に入っていた。

 

「あら、あの頃(むかし)と同じ目をしているわね」

 

そう言うほのかも手作りの槍を操り、ゾンビの機能を停止させていく。

 

ズブッ……ズブッ……。

 

無言で動かなくなったゾンビの腹部に、過剰攻撃を繰り返す。

 

「おいおい、まだ残っているぞ」

「あら、わかっているわよ」

 

そう言って次々とゾンビを殲滅していく。

 

 

 

 

 

「大体、終わったか」

「ええ、大体終わったわ」

 

時雨とほのかはお互いの服を見るなり、返り血塗れになっている事に気が付いた。

 

「早く、着替えよう」

「変態ね」

「は? 傷口とかから、ウイルス入ったら終わりだぞ」

「わかっているわよ」

 

そう言ってスタスタと家の中に戻って行った。

 

「相変わらず、ほのかは何考えているかわかんないな」

 

独り言を呟き時雨も風呂に入りたいと思いながら戻って行った。

 

 

 

「おかえり、お兄ちゃん」

「遅かったな、時雨」

「ほのかさん、大丈夫ですか?」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「ああ、ただいま」

「ただいま」

 

夏奈達は時雨とほのかの服に付いた返り血を見て戦闘の激しさが目に浮かんだ。

 

「そう言えば、倉庫に……」

「錬、すまん。先に風呂に入らせてくれ」

「ああ、そうか。気づかなくて悪かった」

 

錬はバツの悪そうに謝った。

 

「兄k……時雨様こちらです」

「お前、わざとか?」

「何のことですか?」

 

由美は完全にシラを切っていた。

 

チッ

 

時雨は軽く舌打ちをして由美の後に付いて行った。

 

 

 

 

 

「いい湯だな……」

 

露天風呂ではないが、ガラス張りで石庭が見える。

 

「ふぅ……」

 

時雨は、戦闘中に(いだ)いた感情を思い出していた。

 

「あー、恥ずかしいなぁ……」

 

誰もいない風呂場で時雨は呟いた。

 

「まだ、そんな事言っているの?」

「しょうがないだろ……。は?」

 

大浴場に近い浴槽から時雨は入り口の方を見る。

そこに立っていたのは、タオルを丁寧に体に巻いた……ほのかだった。

 

「何でお前が!?」

「ここ、私の家よ」

「いやそうだけどよ……」

「なら、問題無いでしょ」

 

そう言い、ほのかは体を丁寧に洗い始めた。

まるで大和撫子のようだった。

時雨は、ほのかの方を見ないように後ろを向いた。

 

「さっきは、サポートありがとう」

「いえいえ」

 

会話が続かない。

いつの間にか体を洗い終わったほのかが、浴槽に入り、時雨の背中に寄りかかっていた。

 

「で、何で入ってきたんだよ。時間ずらせよ」

「私だって早くお湯に浸かりたいんだから」

 

しかし、それだけでは理由になっていない。

再び時雨が文句を言うために口を開こうとした時、それをほのかが遮った。

 

「時雨君は、何で生き延びようと思っているのかしら?」

「急にどうしたんだ?」

「この前、みくさんに聞かれたの」

 

時雨は暫く考えた後、はっきりと答えた。

 

「好きな人にちゃんと告白するためかな」

「誰なの?」

「それは言えないな」

「……(ボス)の権限を使っても?」

「ああ」

「せめて、どんな子か教えなさい」

「笑顔がかわいい(かもしれない)子」

 

ほのかはそれを聞き、珍しく表情を少し変える。

しかし、背中合わせの時雨には見えていない。

 

「時雨ー! 俺も入っ……グヘッ!」

 

入ってこようとしたのは、錬だった。

それをほのかが本気で殴ったのだ。

 

「何故、ほ……の……かが……」

 

時雨はこの時、錬の不運さに苦笑した。




最近、読まれているのか不安になりながらも書いている葉月雅也です。
現実世界では私立の高校入試が近づいてきていますね。
あれは、大変だった……。
今も僕がこうしている間にも頑張っている受験生、応援しています。
単願の人も、併願の人も真剣に頑張ってください。
まとめると、『頑張ってください』ということです。
それではまた、どこかで。


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つかの間の平穏の終了

今回はゾンビとの戦闘はございません。
誠に申し訳ございません。

それでは本編をどうぞ。


「あ」

 

ほのかも自分がした事に今更気がついたようだ。

暫く考える素振りを見せ、手を2度鳴らし小声で由美を呼ぶ。

 

「お呼びしましたか? お嬢様」

「錬が倒れたの、部屋に運んであげて」

 

時雨は内心、お前(ほのか)のせいだろと思っていた。しかし、己の口を固く閉じ棒立ちしていた。

 

「先に上がるわ、時雨君。ゆっくりしてきなさい」

「はいよ」

 

錬はタオルに包まれ、由美に運ばれて行った。

 

〜10分後〜

 

「いい湯だった」

 

腰にタオルを巻き、着替えを探す。

 

「時雨様、こちらです」

 

そう言って由美が男物の服を持ってきてくれた。

 

「ありがとう」

 

着替え始めた時雨は異変に気づく。

 

「由美、これもわざとか?」

「何のことでしょう? お嬢様からの指示ですが」

 

時雨が着ようとしていた服は昔、着ていた服だった。

 

「他に無かったのかよ」

「ありますが」

「そっちにしてくれ、これは……な」

「了解しました」

 

由美は時雨から特攻服を預かり、代わりにカジュアルスーツを渡した。

 

「何でこれなんだ?」

「私の趣味です」

「もう良いから」

 

時雨はそう言うと自分が持ってきたリュックサックを開け、服を取り出した。

 

「パーカーですか?」

「ああ」

「王道ですね」

 

由美は冷たい目線で言葉を吐き出す。

時雨は素早く着替える。

そして風呂場を後にした。

 

 

部屋に戻り、布団に体を埋める。

時雨のまぶたは徐々に重くなる。

 

「時雨君? あら……おやすみなさい」

 

長い1日が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝です、お嬢様」

 

ほのかの部屋に由美の声が響く。

 

「お嬢様、朝です。起きてください」

「むにゃぁ……。ライト……」

 

ピクッ

 

由美の眉が動く。

強引に掛け布団を剥がす。

 

クシュン

 

ほのかは縮こまるものの、起きる様子は無い。

由美の口から、ため息が溢れる。

スタスタと部屋を出ていき、時雨の部屋に向かう。

 

コンコン

 

「時雨様、入ります」

 

ガチャ

 

「ん、何だ? 由美か」

「起きていたのですか?」

「ああ、昔からの癖だ」

「それは、()()()の頃のですか?」

 

時雨は苦笑いを浮かべ、「さぁな」と呟いた。

 

「用は何だ?」

「お嬢様が起きないので、起こしてください。あの調子だと私が起こすより、時雨様が起こす方が効率が良いかと」

「はいはい」

 

時雨は頭を掻きながら、ほのかの部屋に向かった。

 

コンコン

 

「ほのか? 入るぞ」

 

……。

 

時雨は反応が返ってくるのを待ったが何も返ってこなかった。

時雨は、躊躇(ためら)いなくほのかの部屋に入る。

中は女の子らしい服やぬいぐるみが置いてあった。

何だか甘い"香り"もした気がした。

 

「おい、起きろ」

 

ほのかのおでこを軽く叩く。

 

むにゃむにゃ…………。

 

起きる気配が無い。

時雨も呆れてものが言えない。

 

「てい!」

 

時雨はほのかのおでこに全力でデコピンをする。

 

「痛いわ、時雨君」

「起きたか、朝だぞ」

 

ほのかはむくりと起き上がる。

髪の毛もボサボサで、同一人物とは見えない。

 

「じゃ、出て行くから」

「ライト、着替えさせて」

 

まだ寝ぼけているようだ。

 

「自分で着替えろよ」

 

数分後、いつもと変わらないほのかが出てきた。

 

「行きましょう、時雨君」

「はいはい」

 

このギャップにも、もう慣れてしまった時雨である。

 

 

 

「お兄ちゃん、おはよー」

「ああ、おはよう。外の様子はどうだ?」

「自分の目で見た方がいいよ」

 

時雨は夏奈の言っている意味がわからなかった。

それだけゾンビの数が増えたのだろうか。

謎が深まる中、時雨は恐る恐る玄関を開けた。

 

「な……」

 

ゾンビが殲滅されていた。

確かに昨日ほのかと俺で殲滅した時には、いなかったゾンビもいる。

 

「夏奈が言っていたのはこういう事か」

 

時雨は家の中に戻っていった。

 

「あ、時雨おはよう」

「おはよう、錬」

「昨日の件だけど」

「地下で見つけたものか?」

「あとで取りに行こうと思うんだけど」

「わかった」

 

朝食の後に取りに行く事にした。

 

 

「ごちそうさま」

 

朝食が終わり、時雨達は再び倉庫に向かうことにした。

 

「これだよ」

「!?」

 

時雨は仰天した。

 

「『更識(さらしき)』と『金月(きんげつ)』……」

「そうよ正真正銘、時雨君が使っていた相棒よ」

「ほのか、どういう事だ?」

 

頭上にクエッションマークを浮かべる錬に、ほのかは「後で話す」とだけ伝えた。

時雨の妹である夏奈ですら知らない時雨の過去を。

 

 

「とりあえず持っていこう」

 

時雨はショーウィンドウの扉を開け『更識』と『金月』を取り出し、ほのかに『更識』を手渡した。

表情では語らないものの、ほのかは『更識』の重みに不安を感じていた。

 

本当に『更識(この子)』と共に戦えるのか……。

 

「お嬢様、大変です!」

 

由美が慌てて倉庫に入ってきた。

由美は普段からほのかと似て、冷静に行動しているためここまで慌てているのは珍しかった。

 

「どうしたの?」

「ゾンビが……」

 

ドン!ドン!

 

何かが玄関を強く叩いている。

時雨の額に冷や汗が見られる。

 

「夏奈、俺と一緒にまとめた荷物を取ってこよう」

「う、うん」

「由美、他に脱出 出来る道はあるか?」

「この倉庫の奥から一応出られます」

「わかった、そっちに向かってくれ」

 

そう言い残すや否や時雨は駆け出した。

時雨はドアの耐久が限界を迎えるまで5分と見積もった。

 

最低限の食料を取るためにキッチンへ。

武器にしていた木刀を取りに借りた部屋に。

こうしている間にも制限時間(タイムリミット)である5分は刻々と迫ってくる。

 

「これで最後だ」

「お兄ちゃん、こっちも終わったよ」

 

時雨は頷き、倉庫の方向に向かい全力疾走した。

 

バンッ!!

 

ドアが役目を辞め、ゾンビの大軍が押し寄せてくる。

チラりと夏奈の方を見ると、無事に倉庫に辿りついた。

 

「クソッ……」

 

時雨は、あの頃と違い体力が若干落ちた気がしていた。

 

「時雨君、何しているのかしら。早くしなさい」

 

ほのかは手を伸ばして待っていてくれている。

時雨は、ほのかの艶のある手を掴んだ。

ほのかも自分の手を掴まれたのを確認して、全力で引っ張った。

 

「助かった……。ありがとう、シルバー。……あ」

 

つい、昔の呼び名が出てしまった。

しかし、ほのかは気にすることなくスタスタと、歩いていった。

そして急に振り向き、

 

「どういたしまして、ライト」

 

とだけ言った。




こんにちは、葉月雅也です。
今回はフラグ立てッスね。
時雨とほのかの過去での接点を、書きやすくするためだけのお話です。
プロット作っている時から書くか悩んだんですよね。
うーん、2話連続でゾンビとの戦闘が無いことになるんですよね……。
本当にすみません。


それでは今回はこの辺で。


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襲撃の衝撃

さぁ、今回もゾンビが現れた世界で懸命に生きる高校生の物語。
始まります。


時雨達は、裏口から走り続けていた。

呼吸は苦しくなり、足は言うことを聞かなくなっていた。

それでも……一歩でも遠く逃げなければゾンビに襲われ、絶命する事となる。

まさに今の彼らの原動力は『死にたくない』の一心だった。

 

「ここまで来れば……しばらくは大丈夫だろう……」

 

時雨の一言に皆足を止める。

みくはしゃがみこみ、由美は肩で息をしていた。

夏奈は冬なのに流れる汗を手で(ぬぐ)っている。

ほのかですら呼吸が乱れている。

 

「時雨、勢いで飛び出したのは良いけど、このあとどうするんだ?」

 

時雨もこのパターンは考えていなかった。

常に負のケースも考えてきた時雨だが、あの家にいられる時間はもう少し長いものだと思っていた。

だからこそ余裕があった……と言っても過言ではない。

 

「すまない、錬。このケースは考えていなかった……」

「あ? 考えていなかっただと?」

 

錬は怒りのあまり、時雨の首元を掴む。

その手は細かく震え、顔には今にも血管が浮き出そうだった。

 

「お前が……何も考えていなさそうでそれでも、しっかり考えている事を知っているから……」

 

時雨がここで謝れば状況は変わっただろう。

しかし、言われたままにするのも彼にとっては(しゃく)にさわる。

故に言葉を返すことにした。

 

「じゃあ、聞くがお前一人で何が出来る?」

「な……」

「何も出来ないだろう」

「そんなことあるかよ!」

「あるわよ」

 

口を挟んだのは、ほのかだった。

 

「錬君には言っていないけど、時雨君は夜遅くまで作戦を練っているわ」

 

続けて呼吸の乱れが治まってきたみくが話始めた。

 

「しかも、朝早く見回りもしてくれているよ」

「わかったかしら? 錬君(あなた)が考えている以上に時雨君は行動してくれているわ」

 

錬は俯いた。

自分が情けなく思えてきた。

自分のためだけでは無く、他人のために動いている時雨に対して投げつける言葉ではなかった。

 

「時雨……その……すまなかった」

「そんなこと気にしている暇があったら、泊まれる場所探すぞ」

 

そう言って時雨は歩き出した。

その胸には昔、とある人と約束した言葉を秘めて。

 

歩き出したものの、時雨はあることに気がついた。

道の両端はただ草が生えているだけで、とても家などがある場所には見えなかった。

時雨は最悪の場合、交代で見張りながらの野宿を頭の片隅に置いといた。

 

見通しが良いためゾンビの影は直ぐに見つかる。

ゾンビを上手く回避しながら、徐々にほのかの家から遠ざかる。

 

 

 

 

 

 

 

「お」

 

時雨達が発見したのは、廃墟だった。

 

「ここに立て籠ろう」

「そうだね」

 

廃墟と化した一軒家の中は意外に綺麗で、まるで直前まで誰かが住んでいたレベルだ。

時雨は空を見上げた。

夕日で空は赤く染まり始めていた、そんな空を忙しそうにヘリコプターが飛んでいる。

 

「衛生的に大丈夫?」

「みく、そこ気にしたらこの先、生き残るの大変だぞ」

 

時雨は苦笑しながら答えた。

みくも確かにね、と微笑んだ。

 

 

食事は簡単な物で済ました時雨達はバリケードの設置に取りかかった。

廃墟にあったテーブルや椅子を複雑に組み立て、玄関に設置する。

錬は、念には念を入れてと丁寧に玄関を施錠した。

 

「一応見張りは交代でしましょう」

 

ほのかの提案を受け、時雨は組み合わせを考えた。

結果、錬と夏奈、みくとほのか、時雨と由美となった。

暗くなると見張りも難しくなるため懐中電灯を使い、簡単ではあるが明かりを作る。

 

「半径1mくらいが限界だ。それ以上遠い範囲は無理だ」

「まあ、ゾンビの数を考えれば一晩で10体位だろ」

 

今宵、困難が訪れる事を彼らはまだ知らない。

 

夜8時頃、みくとほのかのペアが見張りをしている。

辺りは何も変化がない。

しかし、極限の緊張状態からみくの唇は小刻みに震え、頬を冷たい汗が滴る。

ほのかはそんな様子のみくに声をかけた。

 

「みくさん、緊張しても無駄よ。余計に力が入り動きにくくなるわ」

「そ、そうですね」

「力を抜いて……」

「そういえば、呼び方変わりましたね」

 

そう言われた時ほのかは少し驚いたような表情を浮かべた。

しかし、みくは嬉しそうににこにこしていた。

 

「でも、私は嬉しかったですよ。怖いイメージのほのかさんが私を名前で呼んでくれて」

「そ、そう?」

「良かったら友達になりません?」

「そうね、よろしく。みく」

「はい、ほのか」

 

二人はお互いの手を握った。

その時、錬と夏奈が近づいてきた。

交代を知らせに来たのだ。

ほのかは淡々と錬に現状を伝えていく、錬も頷きながら時折ほのかに聞き確認をした。

 

「そうか、大体わかった。お疲れ様〜」

 

ほのかは片手を軽く上げ、みくは軽く頭を下げた。

 

 

「しかし、何でこんな世界になったんだろうな」

「やっぱり何か事件性があるんですかね? 錬さん」

「わからん」

「ですよね」

 

錬は異変を察知した。

微かにする草を踏む音、人のようで人ではないものもうめき声。

確実に錬達の方に接近している。

やがてぼんやりと姿が懐中電灯の明かりに映る。

 

錬は先制必勝と考えていたため自作の槍をゾンビの額に向けて放つ。

刃は見事に額を貫通し、引き抜く際に変色した血を垂らした。

 

一方の夏奈も負けじと、時雨が使用していた木刀で頭を叩いていく。

大方片付いた頃、時雨と由美が姿を現した。

 

「おいおい、随分出てきたな」

 

錬と夏奈が倒したゾンビは既に時雨の予想を越えていた。

 

「まぁ、時雨と由美ならどうにか捌けるだろ」

「ああ」

「ご心配ありがとうございます」

 

錬と夏奈が廃墟に戻ったのを確認して由美は話し始めた。

 

「時雨様、いつになったら彼らに過去を明かすのですか?」

「そのつもりは無い。それに夏奈は気づき始めてる」

「そうですか」

 

沈黙が2人を襲う。

今までは不安や恐怖を隠すために、会話をしてきた。

対照的に現在時雨達は武器を入手している。

それが心強い物になっている。

 

日が昇り始め、辺りの見通しが良くなってきた。

 

ウェェェヴエァァァ!!!

 

 

「何事?」

「ゾンビの大群……」

 

今まで戦った量を簡単に越す程のゾンビの大群だった。

時雨の頭の中で錬の言葉が復唱される。

お前達なら捌けると。

 

「これは、無茶だろ」

「噛まれる可能性は高いですね」

 

時雨は動けなかった。否、状況が処理しきれなかった。

現実から逃げ出したいと思うようにもなっていた。

 

「……お前が、命をかけてでも守りたいものが見つかるといいな」

「由美、何故その言葉を……」

「その事よりもまずは目の前の大群を片付けましょう、時雨様」

「そうだな」

 

時雨は『金月』を抜き、ゾンビの首をはね飛ばす。

刀は使う者の腕前で切れ味も、耐久性も変わってくる。

推測の域を出ないが、現在の時雨は1時間程度なら切れ味を保つ事が出来る。

また時雨の体力は何だかんだ言っても高い。

そこから計算すると、時雨の活動限界は30分となる。

 

1体、2体……と確実にゾンビを倒していく。

その様子はまる戦場に現れた狂乱者(バーサーカー)の様だった。

 

一方、由美は着ているメイド服の裾をめくり白い足を晒す。

太股(ふともも)には赤いナイフホルスターが存在していた。

ナイフホルスターには、白い字で『To You Nightmare』と書かれている。

素早く由美はナイフホルスターからサバイバルナイフを取り出し、ゾンビの額に突き刺して倒していく。

 

2人の攻撃は寸分違わぬ鮮やかなものであった。

 

38……39……。

由美は数えるのを止めた。

考えている暇があったら今も迫り続けるゾンビの大群を捌く方に集中すべきと思ったからだ。

 

 

 

 

「どうやら片付いたらしいですね」

 

由美は丁寧にサバイバルナイフを拭き、ナイフホルスターに戻す。

それと同時に時雨は崩れる様に座り込んだ。

 

「久々に楽しめる戦いだった気がするよ」

「命がかかっているのに、ですか?」

「あはは……何でだろうな」

 

時雨は力無く笑う。

自分達は生きている事を噛みしめながら。

 

「そういえば、由美。お前、いつの間にサバイバルナイフ持ってたんだ?」

「時雨様が出ていった……あの時からです」

 

由美は笑いも、微笑みもせずに答えた。

 

「すまない、忘れてくれ」

「初めからそのつもりです」

「余計な事を聞いたな、先に寝てくれ。俺は刀の手入れがあるから」

「そうですか、それでは」

 

由美は一礼して廃墟の中に入っていった。

時雨も暫くしてから廃墟の中に戻った。

そして、リビングで刀の手入れをする事にした。




こんにちは、葉月雅也です。
第6話は戦闘がメインとなる様になる様しました。
前回等、戦闘では無く人間関係をメインにしましたからね。
今回は戦闘を増やせるよう努力はしました。
戦闘って大変ですね。
これから一層頑張っていきたいと思います。

これからもよろしくお願いします。


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手入れと趣味は大切

「切れ味は落ちないものだな」

 

『金月』の切れ味は昔と変わっていなかった。

時雨は、ほのかが手入れしてくれていたのでは無いかと推測した。

朝日が刃に反射し、輝く。

 

「あら、時雨君、起きていたの?」

「ああ、手入れがあるしな」

 

ほのかは時雨の隣に座る。

 

「久しぶりね、こうして隣に座るのも」

「そうだな」

 

そこから沈黙が続く。

 

 

「あれ、夏奈さん? どうし……」

 

夏奈は、みくの口を自分の手で塞ぐ。

夏奈は2人の過去の関係を知るきっかけを掴めるのではないかと睨んでいた。

しかし、夏奈の読みは無念にも外れることとなった。

 

「夏奈、そこにいるのはわかってるぞ」

「え、お兄ちゃん気づいていたの」

「わかるさ」

 

夏奈はスゴスゴと姿を現した。

夏奈の後ろにいた、みくには気づいていないようだった。

 

「で、なんで隠れて盗み聞きしていたんだ?」

「お兄ちゃんと、ほのかさんは昔からの知っているんじゃないかなって思ったの」

「そうか」

 

一言だけ返し、時雨は再び刀手入れを続ける。

 

 

暫くして、ようやく刀を(さや)にしまう。

 

「おはょ……」

 

ふらふらと錬が降りて来た。

髪の毛は普段の美しいミディアムヘアは寝癖だらけの、だらしがない髪型へと変化していた。

時雨は無言でワックスを錬に渡す。

ありがと、とだけ言い錬はフラフラと洗面所に向かう。

 

洗面所に行った錬だが、あることに気がついていなかった。

 

 

 

この家に電気が通っていないということに。

 

 

錬はワックスを付け、普段程ではないがある程度マシになった。

 

リビングに戻りワックスを時雨に投げて返す。

時雨は片手で受け止め、カバンにしまう。

 

「由美は?」

「由美さん、でしたら……」

 

みくは目で時雨に語りかけた。

時雨は暫く考え込んだが思い出したかのように頭を抱えた。

 

由美は、目覚まし時計が無いと起きれないということを。

本日もため息混じりで由美が寝ている部屋に向かう。

 

「由美、朝だ。起きろ」

 

「ん……」

 

由美は突然目を覚まし、起き上がった。

自分が今まで寝ていたことを思い出したようだった。

 

「時雨様! す、すみません、私……」

「気にするな、それよりこれからの行動について相談なんだが……」

 

時雨は由美から目を逸らした。

 

「む、胸元が……はだけてる……」

「時雨様は変態でしたか」

「気遣ってやっただけだ。話を戻すが由美は車とか運転出来るか?」

「そうですね、一応運転出来ない事は無いですよ」

「もし、これから車が見つかったら運転頼めるか?」

「はい」

 

確認を終えた時雨は早足に1階に向かった。

部屋に残された由美も後を追うように着替え、リビングに向かった。

 

 

リビングに全員集合したので、時雨達は廃墟から出るのことを決意した。

ほのか曰く、この道を進めば国道に出る事が可能らしい。

装備一式を持ち、時雨達は廃墟をあとにした。

 

 

昨晩とは打って変わってゾンビの姿はあまり見受けられなかった。

時雨は何故、昨晩だけゾンビの大群が押し寄せたかわからなかった。

 

 

ほのかの言う通り、数十分歩いたら大きな道にあたった。

 

「時雨、あそこに車があるぞ」

 

錬の指さす方に、黒いミニバンが放置されていた。

新車同様の傷一無い。

車に近づいた時、端の植木に持たれていた男性が声をかけてきた。

 

「君達は……ゾンビじゃないんだな……」

 

男性は苦しそうに肩で息をしていた。

見るところ目立った外傷は無い。

 

「ええ、生存者よ」

「そうか、私は持病の薬が無くなってな、もう長くは持たん。だから、未来ある君達にあの車をあげよう」

 

男性はゆっくりと腕をあげ、ほのかに車の鍵を渡した。

そして、ほのかの顔を見ると微笑んだ。

 

「君は若い頃の女房に似て綺麗じゃの、きっといい奥さんになるぞ」

「そうなると、いいです」

 

男性は苦しそうに、だか愉快そうに笑った。

そして一息つき、早く行きなさいと言った。

時雨達は男性に一礼して車に乗り込んだ。

しかし、ほのかはすぐに乗ろうとはしなかった。

 

「最後に、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「名乗る程じゃないわい。じゃか、せっかく聞いてくれているからのう。わしは、谷川篤紀(あつき)じゃ」

「篤紀さん、ありがとうございました」

 

ほのかは、丁寧にお辞儀をして車に飛び乗った。

 

「由美、出発だ」

「はい!」

 

由美はアクセルを踏み込み、車は走り始めた。

 

 

 

「真衣、お前と同じ年頃の子と話せたぞ……。わしも少しは貢献出来たかのう……。真衣……来世でまた、おじいちゃんと遊ぼう……」

 

谷川篤紀は静かに息を引き取った。

髪の毛は満足に残ってはいないが、表情は十分満足そうだった。

 

 

篤紀から貰った車は快適に走っていた。

しかし、時雨達の顔はまるでお通夜の様に沈んでいた。

 

「危ない!!」

 

由美は急ブレーキをかける。

ほのかは何事かと車のフロントガラスを見た。

 

まるでゾンビが行く手を阻むかの如く、徘徊している。

 

「倒さないと先に進め無さそうですね。時雨さん、ほのか………お願いできます?」

「はいはい、行ってきますよ」

「友達の願いは、答えてあげないとね」

 

時雨とほのかは、静かにドアを開けて戦場に立つ。

 

「ここを突破したら私の実家に行きましょう」

「いきなりだな、まぁ、わかったよ」

 

時雨と、ほのかは戦闘時のゾンビとの距離感を昨日の戦闘のおかげでだいぶ掴んできていた。

 

時雨は勢い良く駆け出した。

続くように、ほのかも駆け出す。

 

こいつらは人間では無い、元人間の現在はゾンビだ。

躊躇っては逆に殺されてしまう。

だから、ここでは倒すしかない。

それが生存者としての使命だと時雨は考えていた。

 

「数はそれ程多くなかったな」

 

時雨は少し前では、10体くらいで多いと思っていた自分が情けなく思えてきた。

 

「時雨君、何しているの? 早く車に乗りなさい」

「はいはい」

 

「由美、私の家に行くわ」

「御意」

 

 

 

由美が言うにはここから、ほのかの実家に行くには1時間はかかるらしい。

 

「少し明るい話をしません?」

 

急に、みくが提案した。彼女なりの気遣いだろう。

 

「普段、皆さんって休みの日、何をやっているのですか?」

「俺は、古本書店行って立ち読みかな」

「俺は、時雨ん家行ってテレビゲームやってるな」

「私は特に無いで。」

「私は読書よ。最近は恋愛ものを中心に読んでいるわ。みくは?」

「私はサイクリングが好きです、勉強の気分転換とかで……」

 

ここで、皆の視線が由美に集まる。

ほのかと同様、無表情な事が多いため、素顔がよくわからないのだ。

前を見て運転している為、時雨達からでは表情が見えない。

 

「由美、貴女の趣味を教えなさい?」

 

躊躇いなく、ほのかは由美に聞いた。

自分が恥ずかしい思いをするとは知らずに。

 

「はい、お嬢様。私の趣味は掃除の際、()()見つけてしまうお嬢様様のエロ本発見です。この前は、幼馴染みの子と……」

「もういいわ、由美。ありがとう」

「お嬢様のお役に立てれば」

 

ほのかの実家に着くまでの時間、ほのかは、まともに時雨の顔を見れなかった。




今回ここで区切る訳ですが、サブタイトルの問題なんです。
次の話を今回の範囲に入れてしまうと、色々ごちゃごちゃになってしまうため、今回の更新量は気持ち少ないです。
すみません。
これからも、「日常が崩壊した世界で。」をよろしくお願いします。


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実家には安心感と鬼が来る

「お嬢様、到着しました」

「そうね」

 

ミニバンは大きな屋敷の前で止まった。

 

「大っきい……」

 

大道寺財閥

 

 

世界にその名を轟かせる大企業。

主に物流業や生産業を営んでいる。

従業員の総数は数十万人と言われている。

ほのかは、そこの令嬢になる。

 

由美は玄関に設置されている機械の前に立つ。

 

「由美さんは何をしているのですか?」

 

みくは首を傾げる。

確かに端から見ると何をしているか、わからない。

 

「顔認証だ、センサーがあって、そこで顔を判断している。

その次に20桁のパスワードを入力すれば、正門のロックは解除出来る」

「詳しいんですね」

 

時雨は冴えない表情で「まあな」とだけ呟いた。

後ろの席に乗っていたほのかが身を乗りだした。

 

「時雨君、貴方パスワード覚えているかしら」

「1185、3820、7264 ……1103…… 0410だったか 」

「そうよ。覚えているものね」

 

外では由美の顔認証が終わり、パスワードを入力していた。

 

「お待たせしました、行きましょう」

 

再び、車に戻った由美はアクセルを踏み敷地内に入っていった。

 

「やっぱり、大きいね……」

「それはそうだろう、ほのかの両親は大道寺グループのトップ達だぞ」

 

時雨はチラリと、ほのかの方を見る。

ほのかは、どこか寂しそうに流れていく景色を眺めていた。

車はガレージで一度止まった。

そしてゆっくりと車は地下の駐車場に停められた。

 

「ここから、家の中に入れます」

 

由美は一目では、壁にしか見えないドアを開けた。

一行は、最小限の荷物を持ち、屋敷の中に入っていった。

 

「モタモタしないで、資料作って!!」

 

入ると同時に女性のよく通る声が聞こえる。

 

早紀(さき)さん……休ませてくださいよぉ。労働基準法、守ってくださいよぉ……」

「馬鹿っ! 世界が崩壊しているのよ! 休んでる暇はない!」

 

大道寺グループを支えているのは間違い無く彼女だ。

大道寺グループの社長であり、ほのかの母親。

大道寺早紀(さき)だ。

 

「相変わらず、こき使うわね。お母様は」

「ああ、変わらないな」

 

足早に部屋から1人の少女が飛び出し、階段を駆け降りる。

そして、丁度ギャラリーで少女と時雨達は出会った。

その顔に夏奈が、真っ先に反応した。

 

「くるみさん!?」

「ん?」

 

直ぐに気付いた夏奈とは対照的に、くるみは全く気付いていなかった。

声をかけられた時、深紅に染められた長い髪を揺らし、振り向く。

 

「ん? 夏奈ちゃん……と……」

 

くるみは涙目になりながら手に持っていた資料を投げたし、時雨に抱きつく。

抱きついた途端に、くるみの頬に涙が流れる。

夏奈は自分を救ってくれた時とのギャップに、ただただ唖然としていた。

 

「泣くな、泣くな」

「兄貴……兄貴……お帰りなさい」

 

時雨は優しく、くるみの頭を撫でる。

それでも泣き止まなかった。

 

「集めておきましたよ。はい」

 

丁寧に向きも揃えられた資料を、みくから受け取り頭を一度下げ、走り出した。

 

「帰ってきていたのね」

 

明らかに退屈そうに頬杖をついた早紀さんが、時雨達を見ていた。

髪は綺麗にお団子ヘアーにされている。

サングラスを取り、胸の間に挟む。

 

「あら、ライト。お久しぶり」

「お久しぶりです、早紀様」

 

時雨は片足を地に付け、忠誠を表した。

早紀は優雅に階段を降りてきた。

そして笑いを堪えながら、時雨の肩に手をおく。

 

「貴方の(あるじ)は、娘でしょ?」

「はっ」

「由美、キッチンにカップラーメン有るから、適当に皆で食べて。なんなら、カロリーメイト付けていいから」

「承知しました」

 

ヒラヒラと手を振りながら2階に早紀は戻っていく。

この時、夏奈はあることに気が付いた。

自分の娘より先に時雨と話し、ほのかと早紀は会話をしていない事に。

 

「こちらへ」

 

由美の案内のもと、時雨達はリビングに向かった。

その間ほのかから、どこか寂しそうな雰囲気が漂っていた。

 

「ここです」

 

案内を頼り、カップラーメンを食べた。

そして、食べ終わったのを見計らったように黒服にサングラスの男性が入ってきた。

 

「お嬢様、早紀様はいらっしゃいますか?」

「お母様なら、仕事部屋よ。何かあったの?」

「いえ、正門にゾンビの群れが……」

「それなら、私と時雨君が行くわ」

「し、しかし……」

「私達が行くわ」

 

黒服の男性は溜め息をつき、早紀様には自分が誤魔化すからと言って部屋を出ていった。

 

「と、いうことよ。時雨君」

「はいはい」

 

ヨイショと立ち上がり時雨は『金月』を持ち、ほのかは『更識』を帯刀し、正門に向かった。

 

 

「あら、ほんとに溢れているわね」

 

ほのかの一言に時雨は頷く。

しかし、今まで見てきたゾンビとは違っていた。

這いずるゾンビが増えていた。

 

「あれは、面倒だな」

「ええ、だけどここで引いたら……一大事よ?」

「わかってる、わかってる」

 

時雨は腰に帯刀している『金月』に触れる。

自分は勝てると念じながら。

 

「行きましょ」

 

ほのかの掛け声に合わせ、2人は走り出す。

時雨達は戦闘には、嫌でも慣れてきていた。

 

 

ほのかは、淡々と首を跳ね飛ばしていく。

力の入れ方や位置は、掴めている様だった。

ゾンビの血液が鮮やかに宙に舞う。

その様子を見て時雨の笑顔はひきつる。

同時に察した。

この人は絶対に……絶対に敵には回してはいけないと。

 

「時雨君、手が止まっているわよ」

 

はっ! と我に戻った時雨も、再び剣を振る。

無心で、無欲で、そして確実に。

 

「ったく、処理大変だな」

 

ゾンビの頭を両断した。

剣を振り、付着した血を軽く落とす。

まるで無限に湧き続けるかの様なゾンビ達を、2人の少年少女が荒々しくも繊細に蹴散らす。

 

ガシッ

 

「!?」

 

この時、時雨は油断していた。

いつもならゾンビは時雨達と、ほぼ変わらない身長だ。

故に、注意に集中していたのは目と同等の高さである。

しかし、この戦闘にはイレギュラーがいる。

這いずり(一種)が。

 

「しまっ……」

 

時雨は声を出すよりも、先に行動することにした。

刀を、這いずりゾンビの頭に突き刺す。

 

「あと一歩……遅かったら死んでたな……」

 

時雨は胸を撫で下ろす、同時に手が震える。

日常が崩壊してから、初めて味わう現実的(リアル)な死の予感。

手に力を込め、震えを止める。

 

「危なっかしいわね」

 

まとめていない髪をかきあげながら、ほのかは時雨に近づく。

 

「あら、服が乱れているわよ」

 

戦闘で乱れた時雨の格好を見るなり、ほのかは時雨の服装を整える。

その様子はまるで、夫婦の様だった。

時雨は感謝の念を伝え、震えていた手を隠す様にポケットに入れ、館に向かう。

その姿を見た、ほのかはクスりと笑い、直ぐに時雨の後を追った。

 

「ズボンの裾汚れているわよ」

「あ、マズイな」

「全然、危機感無いわね」

 

暫く、少年と少女の会話は続いた。

 

ザッ

 

(みのる)様、正門のゾンビは全て片付けられています」

「その様だな」

 

強面(こわもて)の男性は手で自身の顎を撫でる。

実様と呼ばれた人物が注目していたのは、時雨が倒したゾンビだった。

切り方が彼の記憶の中にいる1人の少年と一致すると、納得したかのように頷いた。

 

「どうかないさいましたか? 実様」

「どうやら……ライトが帰ってきたようだ」

「え?」

「すまない、忘れてくれ。それより私は、早く風呂に入りたいのだ」

 

ザッザッザッ

 

男性は手袋を着けた手で暗証番号を入力して門を開ける。

実は呟いた。

 

「お前達、我々は必ず生き延びるぞ」



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母は強し

ほのかの実家に着いた時雨達。
彼らの気は微かに緩んだ。
それでも、ゾンビの群れはやってくる。
今回、ほのかの母親の早紀が戦闘モードに。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

黒服の男性が頭を下げる。

ほのかは首を傾げ時雨に耳打ちをする。

 

「早く入浴したいからそこを退いてだそうです、それと伝言をお願いします」

「これは、失礼しました」

 

黒服の男性は素早く避け、道を開けた。ほのかは、真っ直ぐ大浴場に向かった。

時雨は、黒服の男性に耳打ちした。男性は頷き、移動を始めた。

時雨は早歩きで、ほのかに追い付く。

 

「ほのか、さっきの人は誰だ?」

「新入りよ、多分」

「多分って……」

 

ほのかが実家にいない間に、人事異動とかがあったのだろう。

彼女達は風呂場に向かった。

 

基本的に、ほのかの家は混浴だ。

時雨はそのことを気遣い、ほのかに先に入るように勧めた。

 

「あら? そんなこと気にする必要は無いわ」

「え」

 

時雨は無理矢理、脱衣所に引き込まれた。

 

 

 

「時雨達遅いな」

 

リビングで足をパタパタさせながら、錬は呟いた。

 

「錬様はいらっしゃいますか?」

「錬は俺ですけど……」

 

黒服の男性は安堵の表情を浮かべ、直ぐに真顔に戻った。

 

「時雨様からの伝言です。入浴したいから遅くなるだそうです」

「はいはーい、了解。伝言ありがとうございました」

「それと、時雨様の妹様はいらっしゃいますか?」

「はい?」

 

夏奈に伝えられた内容は、夕食の料理よろしくという内容だった。

夏奈はため息混じりに由美の案内でキッチンに向かった。

 

残された2人に重たい空気が流れる。

2人には共通の話題がない。

趣味も合わない。

正に最悪の組み合わせだと言っても過言ではないだろう。

2人とも黙って誰かが戻ってくるのを待った。

 

 

場が変わり、脱衣所。

 

この前とは逆に、今回は時雨が後から入ることになった。

普通の高校生なら、女子との混浴は楽しく、嬉しいものであろう。

だが彼の場合、根本的に違う。

時雨は、ほのかの恐ろしさをよく知っているからだ。

 

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない」

 

時雨は最速で移動し、体を丁寧に洗い始めた。

後ろに視線を感じる気がするが、時雨は敢えて無視(スルー)することにした。

 

「時雨君の背中、昔と変わらないわね」

「そういうほのかは、変わりすぎだ」

「あら、そう?」

「昔は……こう……えっと、もっと怖かった」

 

肩に着いた泡を流し、ほのかと背中合わせで湯に浸かる。

 

「私って……そんなに変わったかしら」

「ああ、変わったさ」

 

空は綺麗な夕焼けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう少しコストを減らせないかしら」

 

書類という名の紙切れを見つめ、早紀の口から愚痴が溢れる。

溢れるのも仕方がない、彼女は睡眠時間を割いて業務に当たっている。

 

「それ以上は無理であろう」

「あら、帰ってきていたのね。(あなた)

「ああ」

 

大道寺(みのる)

早紀の夫であり、ほのかの父親だ。

早紀を影ながら支えてきたのは、間違いなく彼だ。

 

「我が娘が帰ってきているようだな」

「ええ」

 

山積みとなっている書類に、目を通しつつ早紀は頷く。

会話をしている間にも、捌かなければならない書類はある。

 

コンコン

 

「開いているよ」

 

黒服の男性達が入ってきた。

それぞれ帯刀しており、帽子を深々と被っている。

 

「実様! ゾンビの第2陣がこちらに向かってきています」

「わかった、私が行こう」

「いえ、私が行くわ」

 

最後の資料に目を通し終わった早紀が肩を回しながら立ち上がった。

その目は、娘達と会話している時とは大きく異なり、鋭く輝いていた。

 

「それに、娘達は出られない。お楽しみ中だからね」

「どういう意味だ?」

 

ヒールで足音を奏でながら、早紀は扉を両手で開けた。

お団子ヘアーを解き放ち、玄関の方に歩いていく。

 

「早紀さん、何処か行くんすか?」

 

リビングから偶然顔を出していた錬が早紀に尋ねた。

しかし、既に早紀は戦闘状態に入っている、錬の声は今の彼女に届くことはない。

 

 

 

外のゾンビの量は、ほのかと時雨が片付けた時の数倍の差だった。

それでも早紀は歩を止めることはなかった。

自分の背中には守りたいものがある。

 

「そう言えば、ほのかに銃の扱いは教えておくべきだったね……」

 

塀の上に立ち、ゾンビの姿を眺める。

まだゾンビは集まりきっていなかった。

 

「チャンスね」

 

塀から降り、着地する。

それと同時に左の太もものホルダーから、ハンドガンを手に持つ。

 

ダダダダダ……

 

辺りに銃声と硝煙が立ち込める。

早紀は夜中の襲撃を減らすために、()()()音が出る武器を使用した。

 

パーン

 

百発百中とまでは行かないものの、早紀は驚異的な的中率でゾンビを倒していく。

 

「怖いのは弾切れのタイミングとゾンビの波が、ぶち当たった時くらいかな」

 

呟きながらも速業で弾を補給する。

しかし限界がある。

このままのペースで諸費し続ければ、あと20分には文字通り手ぶらになる。

早紀もその事を承知で射ち続けている。

 

弾切れが先か、ゾンビ殲滅が先か……。

 

だが、早紀は膝を大地に着けた(いな)、着いてしまった。

体力切れだ。

 

「やっぱり歳かな……」

 

早紀は狙われにくくするため、常に動きながら射撃している。

つまり体力の消費が激しく、ここで体が限界であると叫んでいた。

 

「それでも、私は殺る」

 

ゆっくりと立ち上がり、塀に寄りかかる。

既に早紀の体力は皆無と言っても過言ではない。

連日の過労のせいだろう。

それでも、ハンドガンを構える。

体の軸はブレないように、トリガーを引く。

彼女を動かす原動力は、幼い頃のほのかの笑顔だった。

 

「ほんとに笑わなくなったな……あの子」

 

ゾンビの額に次々と弾を当てていく。

 

「射的は得意なんだよ!」

 

どんなに疲れていても、過酷な状況に(おちい)ろうと、彼女は楽しむ事を忘れなかった。

 

ダダダダダダタ……カチッ。

 

「弾切れ!?」

 

早紀は、素早くホルダーを確認する。

太ももには、(から)となったホルダーしかなかった。

 

「全く、時雨(アイツ)と違って私は運が無いな。でもな」

 

早紀は右の太ももに、つけられた2つ目のホルダーに手をかけた。

黒いナイフホルダーには白い文字で、『You to the nightmare』の文字が書かれていた。

 

ナイフ(コイツ)が今の相棒よ!」

 

斬 斬 斬

 

早紀は、これまた的確にゾンビの頭を攻撃していく。

体は既に悲鳴をあげていた。

 

「肩凝るわね」

 

薄らと笑ってみせるが、頬には大粒の汗が流れていた。

それでも早紀は手を止めなかった。

手首を上手く使いナイフを操っていた。

ゾンビの血飛沫が、高そうなエンパイアドレスに付着する。

しかし、早紀はそれを気に止めず、攻撃を続ける。

 

「これでラストね」

 

早紀は最後の一体のゾンビの額に突き刺し、ナイフを引き抜いた。

彼女は、この戦闘で一言でゾンビと言っても数種類いる事に気づいていた。

 

普通のゾンビ

走ってくるゾンビ

力強いゾンビ

這いずっているゾンビ

 

早紀が戦闘した限りでも、これだけの種類のゾンビがいた。

 

早紀は塀に寄りかかり腕を額に当てる。

 

「戻らなきゃね」

 

早紀はゆっくり立ち上がり、1つため息をついた。

腰に手を当てて、戻った。

 

「お母様!!」

 

玄関から風呂から上がってきていた、ほのかが早紀に駆け寄ってきた。

ほのかにしては珍しく、目に涙を浮かべていた。

早紀の厳しそうな表情が、少しだけ緩んだ。

早紀は、ほのかの頭を撫でながら呟いた。

 

「ああ……ただいま」

「お母様、無茶しすぎです」

「わかった、わかった」

「わかってないです」




更新が、少し遅れてすみません。
次回ですが、出来るだけ早く更新できるよう最善を尽くします。
気長にお待ちください。
そして、感想や評価をつけて下さった方々、本当にありがとうございます。
皆様の評価や感想が制作の意欲に繋がっていきます。
よろしかったら、お願いします。
葉月雅也でした。


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ぎぶ あんど ていく ?

「あ、お気に入りのドレスが」

 

早紀は自分の服を見るなり、ため息をついた。

 

「ま、そうも言ってられないしね」

 

そう言い、早紀は廊下でドレスを脱ごうとした。

部下や(みのる)は見慣れた光景であるが、優等生である、みくには刺激が強すぎた。

 

「さ、早紀さん!!」

 

顔を真っ赤にしながら、みくは早紀に訴えた。

早紀には何の事だか理解出来ていなかったが、時雨が真顔で頷くのを見て、事情を察した。

 

「わかった、わかった」

 

と言い、ドレスを再び着て浴場に向かって行った。

 

「早紀さん、行った?」

「ああ、行ったぞ」

 

曲がり角からひょっこりと顔を出した、くるみが時雨の方に走ってきた。

どうやら、任された仕事が終わったらしい。

 

「私、大分(だいぶ)強くなったから、組み手してよ」

「悪いが断る」

 

ゾンビと戦った事があれば、誰でも今の提案は、断るだろう。

ゾンビ戦は、極度の緊張感や焦りで体力を消費する。

無駄な体力を使っているほど余裕は無い。

 

「逃げるんですね、兄貴」

「何を言っても無駄だ」

「……また、あの時みたいに逃げるんですね。なら、こうしましょう、兄貴。

 私が1本取ったら、好みの異性を教えてください。2本取ったら……皆さんに隠している過去を明かしてください」

「!?」

 

時雨の心拍数は、上昇を止めなかった。

動悸で、目眩や吐き気すら催した。

 

「兄貴が1本取ったら昔から知りたがっていた情報あげますよ」

 

時雨には、了承するしか道は残されていなかった。

 

くるみが、提示した情報

 

それは時雨にとっては、2年前から欲しがっていたモノだ。

 

「わかった、道場でやろう。本気でな」

「良いね、私もライトの戦う姿見たいな」

「早紀さん!?」

 

いつの間にか着替えを済ませ、体から少し湯気を立てながら早紀さんは、部下達に指示を出していた。

 

「2人とも、試合は30分後ね」

 

くるみと時雨は、黙って頷いた。

 

「良いのですか、時雨様」

「構わん」

 

夕食の準備が終わったらしい、由美が時雨に尋ねた。

時雨は足早に道場に向かった、錬を連行して。

 

「錬、ウォーミングアップの手伝いをしてくれ」

「へいへい」

 

錬はチャラチャラとした表情で答えた。

答えると同時に、右手で鋭い拳を繰り出した。

相手が油断した隙に放つ、酔拳(すいけん)に近いものである。

 

時雨は合気道の、四方投げを決める。

錬も素早く受け身を取る。

 

「手の内を見せていいのですか?」

 

薄ら笑いを浮かべた、くるみが道場に入ってくる。

時雨は無言で、くるみを睨む。

ここは、道場であると同時に、戦場だ。

 

「時間ピッタリだね~。それじゃ……」

「始め!!」

 

由美の合図で、両者は一礼をし、距離を取った。

ルール上、背中が地についたら1本となる。

そして、先に4本先取した者が勝者となる。

 

先に動いたのは、くるみだった。

時雨に大外刈を決めようとした、しかし時雨は余裕で回避する。

くるみは、柔道をやっていた時期があった。

 

「その技、見切っているぞ」

「出し惜しみしている余裕は、無いか」

 

短く言葉を交わし、再び互いの隙を狙った。

 

次の瞬間、時雨の背中は地についた。

 

「黒崎くるみ、1本取得」

 

くるみが、時雨に仕掛けた技。

それは入り身投げだった。

 

「これが、兄貴が居なくなったあとに取得した技……」

「そうこなくちゃな」

 

 

 

「すまん、早紀よ。外が騒がしい」

 

実はそう言い残し、道場を後にした。

時雨と、くるみは、全く気づいていなかった。

 

「2本目、貰いますよ」

 

勢い付く、くるみは時雨との距離を詰めた。

 

「なっ」

「相川時雨、1本取得」

 

早業だった、時雨が決めたのは合気道の天地投げ。

くるみは、受け身を完璧に取る時間は無かった。

 

「一応言っておくが、シルバーは俺より強いぞ」

 

試合再開。

くるみは、時雨の出方を伺った。

先にせ攻めては、確実に投げられる、しかし先程の1本の痛みが増してきた。

持久力が先に無くなるのは、くるみの方だ。

 

「諸手狩り……」

「無駄だ」

 

「相川時雨、2本目取得」

 

そこから、くるみに反撃させる隙を与えずに時雨は4本取得した。

両者の息は上がっていたが、それでも時雨には若干の余裕が見受けられた。

 

「……はっけい」

 

時雨の体は、グラリと傾いた。

()かさず、くるみは回転投げを決める。

 

「黒崎くるみ、2本目取得」

 

時雨は何も言わずに、ユラリと立ち上がった。

それを見たほのかは目を見開いた。

そして、

 

「くるみの負けよ……」

 

と呟いた。

くるみは、距離を離そうとするが、時雨は蛇の如く追い討ちをかけた。

 

「貰った」

 

時雨は冷たく、重く、言葉を紡ぎ、技を決めた。

一本背負投(いっぽんせおいなげ)を。

 

「ふぅ、()()(せい)先生に柔道習っていたんだよ。俺」

 

山下武李成

35歳の独身、柔道で彼の右出る者はいない、と言われた強者だ。

現在も現役

選手として活躍している方である。

 

「ありがとうございました」

 

両者はお辞儀をし、試合は時雨の勝ちで終わった。

時雨は、そのままの足で縁側に向かった。

縁側から外を眺めていると、隣に先程まで戦っていた、くるみが腰をおろした。

 

「先程の件ね。あの人、当時好きな人は、いたみたいよ」

 

くるみにしては、珍しく素直に情報を時雨に渡した。

 

「そうか、では俺も1本取られているからな。俺の好きな人は……。笑顔が素敵だと思う人」

「曖昧な返事です、兄貴」

 

口を尖らせながら、くるみは立ち上がり、

 

「着替えてこなきゃだし、お邪魔虫は、この辺で退散させていただきますね」

 

と足早に道場を後にした。

 

「どういう事だ?」

「どうしたの、時雨君」

 

スポーツ飲料水を持って、ほのかが時雨の隣に座った。

 

「くるみと何の話をしていたの?」

「賭け事の話だ」

 

ほのかは、疑問を顔に浮かべた。

時雨は何でも無い、と言いその場を後にした。

 

「お母様からの連絡よ、夕食の後、話し合いたいらしいわ」

 

時雨は右手を上げて了解したと合図を送った。

そして時雨は、くるみとの賭けであった過去の話をするという事を思い出し、頭を抱えた。



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縛り続ける運命

くるみとの賭けで、過去の事を話すことになった時雨。
今まで明かすことの無かった時雨の過去。
そして、ほのかとの接点は?


再確認となりますがとなりますが、この話は限りなく日本に近いが日本では無い場所です。
場所が変われば法律も変わります。
現実での人殺しは、本当にいけないことです。
あくまでも、小説の中のお話です。


夕食は料理が出来る二人が作ってくれた為、味の心配は無い。

もしも、錬が作った場合の事を考えると時雨はゾッとした。

彼が生み出すものは、決して料理と呼べる代物ではない。

 

 

「皆に話がある」

 

 

皆が食べ終わった頃を見計らって、早紀は口を開いた。

 

 

「今後のことだけど、私はここに籠城(ろうじょう)しようと思う。食料の心配は無い。それに、現在ウイルスの分析を、ある人に依頼している。その結果を見て更に対策を取りたい」

 

 

早紀の発言に批難する人は居ない、それだけ正論であり早紀の権限の大きさを時雨達は再認識する。

 

 

「それと時雨、談話室の鍵を渡しておくから、そこで思う存分、話な」

 

 

そう言って、早紀は時雨の方に鍵を投げる。

時雨は片手で鍵を受け取り、深いため息をついた。

 

 

 

 

 

夕食終了後、時雨達は談話室に居た。

 

 

「面倒だから、手短に話すからな」

 

 

 

 

 

~4年前~

 

 

「痛ってぇ……」

 

路地裏で時雨は左腕を押さえながら、うずくまっていた。

押さえている腕からは、紅い液体が絶えず流れている。

事の発端は些細なものである。

クラスのガキ大将に目を付けられた時雨は、虐めにあっていた。

 

殴る、蹴る等の暴行

集団無視や落書き

 

間違いなく、彼の居場所は何処にも無かった。

だからこそ彼は、虐めの主犯にナイフを突き立てた。

しかし運命の歯車は、そこで狂い出す。

ソイツには、不良の兄がいた。

結果、時雨はその兄にまで目を付けられ、こうなることになる。

 

 

傷は思いの外、深い。時雨は意識が朦朧になり始める。

そして不運にも、不良の手下に見つかってしまう。

 

 

「居たぞ、こっちだ」

 

 

わらわらと時雨が隠れていた路地裏に不良達が集まる。

時雨も、この時は己の死を悟った。

 

 

「俺の可愛い弟と同様に殺してやる」

「……」

 

 

最早、時雨は言葉の意味すら理解できないほど朦朧としていた。

大人しく目を瞑り、最後の時を待つ。

 

 

「な、なんだてめぇ!」

 

 

不良の手下は腹を抱え、くの字に折れ曲がる。

フードを被った人物が手招きで挑発をする。

そいつの近くに居た者は、ナイフを取りだしフードの人物に襲いかかった。

フードの人物は素早く木刀を構え、ナイフを弾く。

木刀で、不良の首を叩く。

不良共は、糸が切れた操り人形の如く崩れていった。

 

 

「だ、誰なんだ、お、お前は……」

 

 

残された不良は折り畳み式ナイフを取り出すものの、手は震え膝も笑っていた。

完全に先程までの余裕は無くなっていた。

フードの人物はフードを取り、素顔を見せる。

フードの中から現れた人物は、銀髪の長髪で、前髪の一部を赤に染めていた少女であった。

 

 

「ま、まさか、お前が、矛盾のシルバー……」

 

 

矛盾のシルバーは、表情一つ変えずに不良の腹部に落ちていたナイフを突き刺す。

崩れてた不良を尻目に、矛盾のシルバーは時雨に歩み寄った。

 

 

「息は……しているみたいね」

 

 

先程まで見せなかった、穏やかな表情を浮かべる。

応急措置をし、矛盾のシルバーは時雨を背負いどこかへ歩いていく。

時雨は、矛盾のシルバーの甘い香りは鮮明に焼き付いた。

 

 

 

 

「ここは……」

 

 

時雨が目を覚ますと、そこは知らない場所である。

無論、自宅では無いことは直ぐに察していた。

起き上がると、一人の男性が椅子に腰を掛けていた。

 

 

「起きたか少年、お前の傷は手当てしておいた。腹へっただろ食堂に行くぞ」

 

 

時雨は、この頃人を全くと言っていいほど人を信頼していない。

いじめられていた訳なんだがら当然んだろう。

 

 

先程の男性に案内されるがまま、渋々着いていく。

男は食堂に入っていった。

 

 

「実さん、昼食ですか?」

「ああ、オムライス2つくれ」

「はーい」

 

 

「ほら、食え」

 

 

実に言われるが、時雨はスプーンすら持とうとしなかった。

オムライスに何が入っているか解らないからだ。

時雨は、初対面の人間を信じる事は出来なかった。

 

 

「いただきます……」

 

 

蚊の鳴くような声で時雨は言葉を発した。

実も満足そうに頷き、自らも食べ始める。

 

 

「お父様はいらっしゃいますか?」

 

 

むさ苦しかった男の集団の中に一輪の薔薇(ばら)が現れる。

少女はキョロキョロし、時雨達を見つけた。

 

 

「いた。そうそう、君。食べ終わったら私の部屋に来なさい。案内は……由美お願い」

「承知しました、お嬢様」

 

 

そう言って矛盾のシルバーは、食堂を後にした。

彼女が食堂から姿が完全に見えなくなると、スプーンを持つ時雨の右手が震える。

 

 

「……やはり虐めか」

 

 

実は苦虫を潰した様な表情を浮かべた。

時雨は進まない手を、どうにか動かし完食した。

 

 

「行きますよ」

 

 

右手を由美に掴まれ時雨は食堂を出て、ほのかの部屋に連れていかれた。

 

 

「私は、ここで待機しています」

 

 

時雨は頷き、ドアをノックして部屋の中に入る。

 

 

「待っていたわ。あんた、名前は?」

「……」

「……警戒されてしまったわね、私は大道寺ほのか」

「……時雨」

 

 

時雨は名乗ったが、警戒は怠らなかった。

この人は普通に人を殺したのだから。

国の法律では、正当防衛を証明できれば殺したとしても罪は重くならない。

 

 

「言っておくけど私、あなた以外だったら庇ってないわ」

「……は?」

 

 

ほのかは時雨の首筋に触れ、手を放した。

時雨には、その意図が分からなかった。

 

 

「それと、暫くこの家で生活しなさい」

「嫌だ」

「あら、言って無かったわね。あなたに拒否権は無いわ」

 

 

そう言い、ほのかは指を鳴らした。

その後ドアが軽く叩かれ、由美が入って来て一礼する。

 

 

「お嬢様、相川家への連絡及び、時雨様の滞在の許可が出ました」

「は……」

 

 

時雨の顔はひきつっていた。

そして、ほのかの言っていた拒否権は無いと言う意味を理解する。

 

 

「……どうせ、お前も虐めるんだろ」

 

 

ほのかは実に不思議そうに首を傾げる。

まるで、コイツは何を言っているのか、と言うように。

由美が、ほのかの側に行き耳打ちをする。

ようやく理解したほのかは、時雨の顎を持ち上げ

 

 

「貴方にそんな真似はしないわ」

 

 

と言い微笑んだ。

時雨は、この人を信じていいのか判らなくなっていた。

しかし、昼食の借りがあるのも事実。

 

 

「で、俺は何をすればいいんだ?」

「由美、案内して」

「はい、お嬢様。時雨様こちらです」

 

 

またしても由美に連れていかれるがまま、時雨は歩いた。

案内されたのは道場である。

 

 

「ここで、力をつけていただきます」

「……メリット無いですよね」

「いいえ。努力次第では、お嬢様の右腕になる事が出来るかもしれません」

 

 

この時、時雨はほのかと会話できるという事は稀なのだと知る。

当然、右腕になれば共に行動する事になる。

助けてくれた借りを返せると時雨は考え、頷いた。

 

 

その日から血の(にじ)む様な練習が始まった。

時雨は他人以上に努力した。

そんな、ある日。

時雨は、実に呼び出される。

 

 

「お前の努力を買って私から剣術を教える」

「ありがたき幸せ」

 

 

時雨は胸に手をあて、頭を下げた。

その日から、時雨は剣術の練習もメニューの中に追加した。

 

 

「ちょっと、いいかい?」

 

 

剣術や刀の扱いを始めてから数ヵ月。

時雨は、早紀から銃の指導を受けた。

早紀は事細かく、出来るまでしつこく繰り返させた。

 

 

「時雨様、お嬢様がお呼びです」

「!?」

 

 

それは時雨が大道寺家に来てから1年が経った頃のこと。

あれから時雨は、ほのかの顔を見ることはなかった。

 

 

「お嬢様は自室にいらっしゃいます。私は他の用件で行けませんので」

 

 

由美は丁寧にお辞儀し、その場を去る。

時雨は分解してあった銃を素早く組み立て、ほのかの部屋に向かう。

 

 

コンコン

 

 

「開いているわ、入りなさい」

「失礼します」

 

 

部屋の中には、フードパーカーに下着だけの、ほのかが椅子に座っていた。

 

 

「用件は簡単よ。最近、頑張っているようだから、何かご褒美をあげるわ」

「……それでは、何も要らないです」

「あら、どうして?」

「既に、知識というものを頂いておりますので」

「待って」

 

 

部屋を出ていこうとする時雨に、ほのかは抱きつく。

暫く時雨は動かなかった、否動けなかった。

 

 

「合格よ、貴方私の右腕になりなさい」

「了解しました」

「あなたのことは『ライト』と呼ぶわ」

「了解です、『シルバー』」

 

そこから、ほのかが姿を現さない理由が嫌でも解った。

 

 

「坂野組からの喧嘩ね」

 

 

さらっと出た坂野組だが、国内屈指の不良グループである。

どうやら以前負けたのが悔しくて人質をとって待っているらしい。

素早く着替え、ほのかは家を後にした。

 

 

 

徒歩30分くらいの場所に、指定された倉庫はあった。

 

 

「気をつけなさい、初の喧嘩で死ぬわよ」

「問題ない」

 

 

ほのかの左後ろを時雨は歩く。

右側を歩かないのは、ほのかが木刀を持っているからである。

 

 

「来たかぁ~。あ? 誰だお前」

 

 

ほのかより先に動き、時雨は躊躇わず、犯人の胸にナイフを突き刺す。

 

 

「貴様に名乗る程、俺に与えられた名は価値が無いわけではない」

 

 

時雨は、無言で威圧を放つ。

 

 

「あら、終わったわね」

 

 

結局、他の人達は恐怖のあまり逃げ出した。

 

 

「大丈夫かしら?」

「は、はい。ありがとうございました」

「貴方、名前は?」

「"くるみ"です」

「貴方、私の家に来ない? 勿論、貴方が望むものも出来る限り用意するわ」

 

 

そう言って、ほのかはくるみに手を伸ばした。

その手を恐る恐る触れ、くるみは頷く。

こうして、時雨とくるみの関係が始まるのである。

 

 

 

彼女(くるみ)が、大道寺家に来たのは騒動から2週間が過ぎた日であった。

彼女が望んだ物、それは時雨の様な力だった。

くるみの父親は、母親とくるみに暴力を振るっていた。

その為、母親は家に帰ってくる回数が減る。

それでも、くるみに暴行を続けた、母親の分まで。

だから、そんな父親に復讐したいらしい。

 

そんな思いをバネに、くるみは死に物狂いで練習に明け暮れた。

くるみはメキメキと力を付け、対人戦では時雨と互角の成績を叩き出した。

 

 

時はゆっくりと流れた。

 

 

「ライト、たまには休みなさい。命令よ」

「承知しました」

 

 

ここ最近、時雨の行動は人間の限界を越すようなハードスケジュールで動いていた。

だから、ほのかから休めと言われたのである。

 

 

「しかし、休めと言われても……」

 

 

ふと、最近完成したショッピングセンターが出来たことを思いだし、行くことにした。

この日をキッカケに生活が変化する事も知らずに。

 

 

 

「結構な大きさだな」

 

 

周りの目は時雨を射ぬいている。

当時の時雨は、前髪の一部を赤く染めた黒髪だったからだ。

服装も服装で、パンキッシュで統一されているため余計に注目を集める。

 

 

「……チッ」

 

 

時雨はその視線に耐えきれず、気を紛らす為にゲームコーナーに向かって歩き出す。

 

 

「ん?」

 

 

中学生くらいの男子が、高校生に連れされれていくのが見えた。

時雨は無視してゲームコーナーに向かおうとしたが、連れ去った高校生に見覚えがあった。

 

 

「誰だったけ……!」

 

 

時雨は思い出した、坂野組の残滓(ざんし)の者に似ていると。

彼は無意識に拳に力が入る。

 

 

「……」

 

 

時雨は連れ去られた人の方向に走り出す。

 

 

 

「お兄さん、金持ってるだろ? 俺ら金欠なんだよ」

 

 

高校生はゲスい笑みを浮かべながら、催促した。

中学生は高校生を睨みつける。

高校生はその表情が気に食わなかったようで拳を作り、殴った。

中学生は、反動で壁に叩きつけられる。

 

 

「早く、金出せよ」

 

 

鈍い音が辺りに響くが、周りに誰もいないため高校生は殴り続ける。

もう1発殴ろうとする。

 

 

「待て」

 

 

その手を時雨が掴む、そしてその腕を持ち、投げる。

時雨は不良に受け身を取らせない。

そして、持ち歩いていたナイフを高校生の首に当てる。

 

 

「大丈夫か?」

「君は、そんな力を持って何がしたいんだ?」

「は?」

「力は、持ってればいいって問題じゃない。さっきみたいに人も簡単に殺せる。命の重みと人生について考えろ」

「チッ……せめて名乗れ」

「錬だ」

 

 

言って錬はその場を去った。

 

 

「……」

 

 

時雨は無機質な天井を眺める、その顔には悩みや迷いが見受けられた。

結局、時雨はゲームコーナーには行かずほのかの家に戻った。

 

 

「あら、早かったのね」

 

 

エプロンと三角巾を身につけた、ほのかが立っていた。

エプロンは少し汚れていたところを見ると、手こずったようだ。

 

 

「シルバー、何をされていたのですか?」

「由美に料理を習っていたのよ」

「なるほど」

 

 

時雨はほのかから貰った自室に戻り、ベットに潜り込む。

自分はこのままで良いのか、考えているうちに睡魔に襲われた。

 

 

「起きなさい、ライト」

「ん……」

「話があるわ、私の部屋に来なさい」

「了解しました」

 

 

伝言を伝えたほのかは足早に、時雨はの部屋を出た。

時雨はは急いで着替え身だしなみを整え、ほのかの部屋に向かった。

 

 

 

 

「ライト、入ります」

「簡単に言うわ。ライト、おかしいわよ」

 

 

この時点で時雨は中学3年生となっている。

 

 

「それは……」

 

 

その時、錬の言葉が脳裏をよぎる。

だからこそ時雨は思いを言葉で紡いだ。

 

 

「シルバー、いや……ほのか。俺は右腕を降りる」

「あら、どうしたの?」

「色々あったってことでご勘弁を」

「そう、ならいいわ」

 

 

時雨は荷物をまとめ、表の門の前に立った。

そして何も言わずに、ほのかに木刀を返す。

同様にほのかも無言で木刀を受け取る。

 

 

「じゃ、ちょっと行ってくるね」

 

 

早紀が運転席から手を振った。

由美は軽くお辞儀をし、ほのかの表情は長い前髪で見えない。

くるみは必死に涙をこらえていた。

そして、時雨を乗せた車は走り始めた。

 

 

 

こうして、時雨は再び自宅に戻り高校を受験したわけである。




まず、謝ります。すみませんでした。
期待させておいて、あまり良い展開になりませんでした。
本当にすみません。
次回から時間軸が現在に戻ります。


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持つべきものは友……?

「なるほど、お兄ちゃんとの空白の出来事がわかった気がする」

「そう言えば、兄貴知っています? お嬢様、兄貴が居なくなってから……」

「くるみ、余計なことは言わなくて良いのよ?」

 

 

くるみは蛇に睨まれた獲物のように動けなくなっていた。

時雨は、部屋に置かれている古い振り子時計を見る。

 

 

「そろそろ、お開きにしよう。明日から防衛戦が始めるからな。しかし、天候が悪いな……」

「私は、みくさんと打ち合わせがあるから、まだ起きてよっと」

 

頷き各々、由美に指定された部屋に行った。

時雨は部屋の照明を消し、早紀の部屋に鍵を返しに向かった。

ながい廊下を歩いていると、スマホが着信を知らせるために鳴り出す。

時雨は、かけてきた人物の名前を確認せず出る。

 

 

「もしもし。……!? わかりました、この事は早紀さんに必ず伝えます」

 

 

時雨は通話を終了すると駆け足で早紀の部屋に向かった。

 

 

「早紀さん、失礼します」

「どうした?」

 

 

早紀は眼鏡をかけ、書類に目を通していた。時雨は電話の内容を早紀に伝える。

彼女は表情を変えず、了解とだけ言う。

時雨は軽く頭を下げ自室に睡眠を取りに向かった。

 

 

 

しぐれのおへや

 

とある一室のドアにかけられたプレートに記された文字。これは、ほのかが書いたものだ。

時雨はドアノブを回し、部屋の中に入った。

中はクローゼットとベッド、その他雑貨しかない、至ってシンプルな部屋である。

しかし、そんな空間が時雨は好きだ。

着替えを済まし、時雨は布団の中に入った。

 

どのくらい経っただろうか、ドアをノックする音がする。

時雨は半分、寝惚(ねぼ)けた頭でドアを開けた。

 

 

「し、時雨君。ら、落雷怖いでしょう? 一緒に寝てあげるわ」

 

 

ここでハッキリと言えれば格好いいのだが、ほのかの足は内股になり、微かに震えていた。

更に目は既に涙目となっていた。

 

 

「勿論、時雨君が怖くないなら私は戻r……」

 

 

その時、空気を切り裂くような雷鳴が響く。

ほのかは涙を流しながら、時雨に抱きついた。

 

 

「わかったから、一緒にいてやるから」

 

 

時雨は、ほのかを自分の部屋に招いた。

 

 

「昔と変わらないな、雷が苦手っていうのは」

「そうよ、苦手よ」

 

 

ほのかは、いつもにしては珍しく表情が多彩に変化していた。

 

 

「しかし、よく過去の話をしようと思ったわね」

 

 

時雨はくるみとの賭けのことを簡潔にだが伝えた。

ほのかは納得したかのように頷いた。

 

 

「話が変わるけど、何でこんなことになったのかしら?」

「判らないな、インフルエンザみたいな感じか?」

「空気感染の線は薄いわね。実際、私達は感染してないわけだし」

 

 

ほのかは、手を顎に当て考えた。だが答えらしい答えは思い浮かばない。

時雨はスマホを取り出し、ある番号に電話をかける。

 

 

「そちらは、どうですか? なるほど……」

 

 

それだけ言うと時雨はさっさと電話を切った。

ほのかは、首を傾げていたが結局、睡魔には勝てずその場で寝てしまった。

 

 

「ほのか、これからのことについてだが……ん」

 

 

ほのかは安心した表情しながら、俯いて寝ていた。

 

 

「まったく、無茶しすぎだ」

 

 

時雨は、ほのかを抱えあげてベッドまで運んで丁寧に布団をかける。

ドアをノックする音を聞き、時雨は 開いているので、どうぞ。と言う。

 

 

「よっ」

 

 

ひょっこり顔を出したのは錬だった。

こちらを見るなり、彼はガタガタと震え始めた。

時雨は意味が解らなかった。

 

 

「し、時雨。とうとう、ほのかの寝込みを襲うようになったのか!?」

「そんなわけがあるか!!」

「まさか、その先に行ったのか!?」

 

 

時雨は近くにあったスーパーボールを指で弾いて錬に放つ。

彼が撃ったスーパーボールは錬の眉間に激突した。

錬は痛そうに眉間を押さえた。

 

 

「少し冷静になれ、バカ」

「すまない、すまない」

「で、何の用だ?」

「その事だが……」

 

 

錬は言葉を濁したが、首を左右に振るとハッキリと話始めた。

 

 

「長元のいた小学校が落ちたって連絡が来た」

「……そうか」

 

 

時雨は顔を反らした。

籠城は、場所を転在する必要がないというメリットがある。

しかし、一度でもバリケードが壊されてしまったら待ち受けているのは死。

 

 

「ちなみに、校長と長元は逃げたらしい」

 

 

時雨は鼻で笑った、長元は見栄っ張りということが判明したからだ。

それに釣られて錬も笑った。

 

 

「おっと、いけない。そろそろ寝ないと大変だな」

「そうだな、完全に肉体労働が待っているわけだし。錬、しっかり働けよ」

「はいはい」

 

 

そう言って錬は借りた部屋に戻っていった。時雨は、ほのかの寝顔を覗きこんだ。

安心した様子で眠っていた。

時雨は微笑み、ベッドを背もたれにして目を瞑った。

意外と早く睡魔が襲ってきた。

 

 

 

「ん……」

 

 

時雨は目を擦りながら起床した。どうやら誰かが毛布をかけてくれたようだ。

さらにマフラーまで巻かれている。

 

 

「ん?」

 

 

時雨は、自分の左側に温かみを感じる。

見るとベッドに寝せた筈の、ほのかが時雨の首に巻かれているマフラーの反対側を自分の首に巻いていた。

 

 

「んっ……」

 

 

ぼんやりとした表情だが、ほのかも起床する。

そして現状を見て、顔を真っ赤にしながらマフラーを外し、駆け足で廊下へと消えていった。

 

 

「何があったんだ?」

 

 

ほのかと入れ替わるように、今度は錬が時雨の部屋にやってきた。

彼は時雨の様子と先程のほのかの様子を見て、時雨の肩をポンポンと軽く叩いた。

 

 

「しぐれ、どん……「何か勘違いしているようだな」

「してないぞ、どうせ……」

 

 

そう言って彼は左手の親指と中指で輪を作る。

時雨はその次の行程を予測し、錬の手を本気で握り潰そうとした。

 

 

「痛い、痛いって。悪かった。それより、早紀さんの知り合いがこっちにくるんだって」

「そうか」

 

 

時雨は拘束を解除し、刀を持って外に出た。

幸いにも、ゾンビの数はそこまで多くない。

 

 

「あ、そこの君。そうそう(きみ)。ちょっと背中守ってもらっていいかな?」

 

 

時雨は黙って頷き、刀を鞘から抜いた。

ニット帽を被った人物の腰には鞘が付けられていて、辺りには動かなくなったゾンビが数体いた。

 

 

「ノルマは1人20体かな」

「了解」

 

 

時雨は慎重に距離と詰め、額に刺した。

そこで手を止めずに次のゾンビを斬りかかっていく。

ゾンビ戦において、時間のロスは大きな影響を及ぼす。

考えて動かなければ、直ぐに死ぬだろう。

 

 

「14体目」

 

 

ニット帽を被った人物はナイフと刀をうまく使い、ゾンビを倒していく。

この人物は完全にこの崩壊した世界に慣れていた。

呆然と立ち尽くす時雨に、ニット帽を被った人物は叫ぶ。

 

 

「君! 今見ている方向から5時の方向にゾンビがいる」

 

 

時雨は冷静に言われた方向に刀を突き刺した。

 

 

「うん、その調子」

 

 

このあと、ニット帽を被った人物のアドバイスと、時雨の判断力で周囲のゾンビを片付けることができた。

 

「さて、行こっか」

「どこにですか?」

「早紀に会いに」




更新の間隔が完全に不定期になってしまった。
それでも読んでくれる人がいると思い書いている……イルヨネ。


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悩みと決断

早紀との知り合いである月影(つきかげ) (みやび)
彼女は一体何者なのか。


「久しぶり、早紀」

「そうね、(みやび)

「早紀さんと知り合いだったんですか?」

「ええ、そうよ。時雨、少し席を離れてもらってもいいかしら?」

 

 

時雨は頷き、部屋を出る。部屋を出た先にはほのかが立っていた。

その目は今の人は誰だ? と言っているようだ。

その時部屋の中から人の頬を叩く様な音がした。

時雨は中に入ろうとするが、それをほのかが阻止する。

そして、首を左右に振る。

 

 

 

 

「痛たた……」

「貴女、自分が何言っているか分かっているの!?」

 

 

先程のフードを被った人物の名は、月影 雅。

昔、早紀の専属メイド兼友人として大導寺家に出入りしていた人物である。

 

 

「銃を夏奈ちゃんか、みくちゃんが持たないとあの子達は全員死ぬよ。時雨君の動きを見たけど、遠距離からゾンビを狙える人が居ないと辛いわよ」

 

 

雅は目を細め、深刻さを早紀に伝える。しかし早紀の表情は変わらない。

雅はため息をつき、頭を左右に振った。

 

 

「早紀」

「わかっているわ……しかし……」

 

 

「早紀様、朝食の用意ができましたので、お声をかけさせていただきます」

 

 

由美が室内に入って手を綺麗に揃えてお辞儀する。

早紀は席を立ち、雅に一緒に来るように言い部屋を出た。

 

 

「あれ、盗み聞き?」

 

 

ドアの横に立っている時雨とほのかに気付き、雅はニカッと笑いほのかの頭を撫でる。

ほのかはその手を払い除ける。

 

 

「朝食を食べに行くわよ」

「行こっか~」

 

 

雅と早紀の性格は真逆だ。

この二人がかつて手を組み荒れていた事を時雨達は知らない。知る余地もない。

 

 

 

 

 

「それでは簡単に自己紹介を。月影 雅と言います。早紀の右腕とかお嬢の執事をやっていました。それと『更識』と『金月』を作った人でーす」

 

 

皆の食事の手が止まる。この人はどこから見ても女性である。

髪の毛をポニーテールでまとめ、たわわな胸、スラリと伸びた足。

どこをどう見ても女性である。

 

 

「私の執事を勤めてくださった方は、影崎正樹という方です。彼は真面目な方でした」

 

 

食事を終了したほのかは、紙ナプキンで口元を拭きながら答えた。

雅は人差し指で頭を掻きながらバツが悪そうに口を開く。

 

 

「それ、私が変装した姿なんだよね。影崎正樹は2つ名なんだよね」

 

 

ほのかの表情が固まる。まるで今までの生き方を否定された様な感じだ。

ほのかの隣に座っている、みくが代わりに雅に問いかける。

 

 

「え、じゃ……今は何故?」

「うーん、それは言いにくいなぁ。簡潔にまとめると、ヘマやらかしちゃったんだよ」

「コイツは掃除している最中に私の宝を汚したのだ」

 

 

ムスッとしながら(みのる)が答える。しかし、それ以上聞いても何も答えなかった。

一同は、再び沈黙に包まれた。

そんな沈黙を突き破ったのは雅だった。

 

 

「早紀、食料の余裕はある?」

「あるわ」

「彼らに持たせてあげて。ここを脱出させるために」

「どう言うこと?」

 

 

雅は手を添えて早紀に耳打ちする、早紀は目を見開く。

 

 

「そんな……」

「事実よ。故にここに立て籠り続けるのは不可能。分散が必要ってわけ。都心部も落ちるわけだし」

 

 

早紀はテーブルに手を置き立ち上がる。その目は何かを決心したようだ。

 

 

「この子達が乗ってきた車に食料を詰め込んで頂戴。それと、地下室のロックを解除するわ」

「早紀さん?」

 

 

不安そうに早紀を夏奈が見つめる。

早紀は今までに見せたことのない笑顔で大丈夫とだけ言った。

作業は快速列車の様に進んだ。

 

 

「続いて都心上空からお送りします」

 

 

いつの間にか付けていたテレビから映像と音声が流れている。

 

 

 

 

都心部は、ほぼ機能していない。

住民達の争い、奪い合い、殺し合いの地獄絵図と化していた。

あちらこちらで火の手が上がっている。

外を歩いているのは感染者かゾンビが割合を占めている。

 

 

「た、助けてくれ~……」

 

 

男性が右足を引きずりながら歩く。しかし、負傷しているのは右足だけではなく、肩からも出血している。噛まれた痕跡もある、感染者だ。

 

 

「ガハッ……」

 

 

男性は足を止め、吐血を数回繰り返している。

男性は膝から崩れ落ち、地に体がつく。

やがて彼は呼吸が止まる。

 

 

 

 

 

 

 

「都心部は終わったな」

「そーだね、国の(おさ)達はどこに行ったんだろうね」

「さあな」

 

 

珍しく、錬が真面目に答える。ふと、みくには疑問が浮かぶ。

 

 

「雅さん、何でこの事を知っていたのですか?」

「簡単なことだよー、知り合いが働いているんだよ。国の経営する病院でね」

 

 

早紀以外、雅のキャラが分からなくなっていた。

 

 

「早紀様、詰め込みが終了しました」

「ありがとう。それと……夏奈着いてきなさい」

「は、はい」

 

 

 

 

「早紀さん、どこに向かっているのですか?」

「地下室よ、そこに何丁か銃があるわ、それを貴女に使ってほしいの」

「私、銃を使えないですよ」

 

 

実際、夏奈はテニス一筋でいる。木刀すら持ったことがない。

運動が出来る普通の女の子だ。

早紀は、獲物を見る目で夏奈を見つめる。

 

 

「貴女、嘘ついてるわね」

「え……?」

 

 

早紀曰く、夏奈の行動力があまりにも戦闘ができる兄の時雨と似ているらしい。

夏奈は否定していたが、早紀は目力を弱めることはなかった。

 

 

「とりあえず、これよ」

 

 

早紀は部屋にあったケースを取りだし、蓋を開けた。

夏奈は真顔で、銃を組み立てる。

 

 

「お兄ちゃんがいない間、お金持ちの友人の家に泊まることもあって……。その時、的射ちしてたからね……」

 

 

夏奈は間を取り、言葉を紡ぎ続けた。

 

 

「私も戦うよ。お兄ちゃんの幸せのために」

「あら、夏奈ちゃんってブラコン?」

「違いますよ、私はただ、お兄ちゃんとほのかさんが付き合うのが夢ですから」

 

 

そう言って夏奈は向日葵の様に微笑んだ。

 

 

 

「お。おかえり」

 

 

錬がソファーに座り、夏奈の方を向いて手を振った。

夏奈は微笑み、肩に背負っているケースを足元に置いた。

 

 

「皆、準備はいいか? そろそろ出発しようと思う」

「おー、もう行くの? それじゃあ……」

 

 

雅は布に包まれた物体を錬に渡す。

そして目で開けてみなさいと催促した。

 

 

「これって……」

「うん、『金月』の兄弟刀『銀月(ぎんつき)』だよ」

「……ありがとうございます」

 

 

時雨達は乗ってきた車に体を滑り込ませる。運転は変わらず、由美が担当する。

最後にほのかが乗り込み、全員いることを確認して由美はエンジンをかける。

 

 

「行きます!」

「ああ」

 

 

由美はアクセルを踏み込む。車は勢いよく走り始めた。

 

 

 

 

約20分後……

 

 

「これでよかったのかしら?」

「うん。防衛戦は数が多ければ良いって訳じゃないからね」

 

 

走り出した車を見送った3人は警戒心を解かない。

ここに日常が戻ってくる保障はない。

もう、ここは戦場である。一瞬の油断が命取りとなる。

味方の数が多くなれば、集団心理で気が大きくなる、それが油断を生む。

だから雅は、ほのか達に移動するように言った、お互いの生存率を上げるために。

 

 

「なら、私は妻の命を最優先で守ろう」

 

 

力強く実は言葉にした。

隣に立っている早紀は少し頬を赤く染め、俯く。

親子はやはり、似るものである。

 

その時、門を叩く音がする。近辺にいたゾンビが集まり始め、襲撃を開始したのだろう。

 

 

「早紀、雅。大人の意地を見せてやろうではないか」

「ええ、そうね」

「パパッと片付けよう!」

 

 

実と雅は刀を、早紀は二丁拳銃を構える。

門が開いた時が開戦の間となる。

 

 

「門を開けるわよ」

 

 

門が開くと同時に流れ出すゾンビの大群、駆け出す3人。

守るべきモノを死守する戦いが始まった。




春休み 来たら更新 はやくなる?

わかりません。


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完璧な人はいない

雅の提案で、早紀に武器と食料を貰い、ほのかの実家を後にした時雨達。
彼らが次に休息を得るための場所は、雅が昔使っていた家。
物事は順調に進んでいるように見えたが、アイツの体は限界だった。


日常が崩壊した世界で見えぬ未来を見るために、戦う少年少女の物語

日常が崩壊した世界で。第14話


「実さん達、大丈夫かな」

 

 

窓から外の風景を眺めながらポツリと夏奈が呟く。

時雨達は、雅が何故追い出したのかが薄々、感づいていた。

 

 

「大丈夫よ、私の両親よ。少しは信頼しなさい」

「そうだね」

 

 

夏奈は再び窓の外に目を向けた。

 

 

「錬、今武器は何がある?」

「『金月』『銀月』『更識』 木刀、アサルトライフルとショットガンとスナイパーライフル、あとは包丁だ」

「そうか……ありがとう」

 

 

その時、時雨の視界が少々歪む。そして体がいつもより重い。

 

 

「時雨君、どうしたのかしら?」

「大丈夫だ。平気だよ、ほのか」

 

 

ほのかは腑に落ちない様子で、時雨のことをしばらく見つめた。

 

 

雅の言っていた家に行くには高速道路に乗らなければ時間が、かかってしまう。そのため、時雨達は高速道路を目指した。

 

 

「本来はシートベルト絶対着用ですが、自ら拘束しては緊急時に動けないということが、おきる可能性があるので着用しなくても構いません」

「おう」

 

 

今だ元気なのは錬だけだった。皆どこか疲れている中、彼だけは陽気さを失わなかった。

 

高速道路は思いのほか空いている。由美は快適に車を走らせる。

 

 

グラッ

 

時雨の重心が傾く。

 

 

「時雨君!?」

「お兄ちゃん?」

 

 

ほのかは素早く時雨の額に触れる。額は熱く、顔もよく見ればホンノリと赤かった。

 

 

「やっぱり貴方、無茶していたのね!」

 

 

ほのかの言葉で皆、思い返す。

ほのかの家での防衛、廃屋で立て籠もった時、ほのかの実家に着いてからの防衛……

何かと時雨は先頭に立ち、戦ってきた。肌寒い中。

 

 

「由美、次のサービスエリアで必需品を買い足すわ」

「御意」

「それと、くるみ。後ろのトランクの中に水があるはずよ。取って頂戴」

「はい、了解」

 

夏奈は時雨の手を握っている。その手も、ほんのりと温かかった。

 

 

「由美、とばしなさい」

「了解」

 

 

由美はアクセルを強く踏み込んだ。

 

 

 

 

サービスエリアに到着し、由美は速度を落とした。駐車場には複数の車が駐車されている。

 

 

「周辺にゾンビが見えたら夏奈、撃ち抜きなさい。錬、付いてきなさい」

「わかった」「りょうかい」

 

 

ほのかと錬は帯刀し、夏奈はスナイパーライフルを取り出した。

 

 

「行くわよ」

 

 

ほのかのタイミングに合わせて、錬も駆け出す。案の定、サービスエリア内にも、ゾンビは存在した。

逃げている最中に感染したのだろう。ほのかは躊躇(ためら)わず、頭を切り落としていく。例えカップルらしい二人組でも。

あらかた片付いてきたので、ほのかは冷却シートを手に取った。

 

 

「……うっ」

「ほのか? どうかしたのか?」

「トイレに行きたいだけよ、これを持って早く車に戻りなさい。弾丸を無駄に消費するわけにはいかないんだから」

「おう……」

 

 

錬は、ほのかから冷却シートを受け取る。受け取るのを確認すると、ほのかはトイレに向かった。

錬は何か嫌な予感がしたので車に戻ることを躊躇った。そして暫くその場で考え込み、ほのかの後を追った。

 

 

 

 

 

「くっ……」

 

 

胃から今朝食べたものが出てきそうになる。気持ちが悪い。先ほどのカップルらしいゾンビの首を切り飛ばし時から辛い。

トイレにたどり着き、ほのかは出来る限り素早く個室に駆け込む。内側から鍵をかける。

安心したせいか、ものが上がってくる。結局、嘔吐してしまった。

ほのかの感じていた不安が的中したしまった。この刀を持って再び戦えるかという。

 

 

「はぁはぁ……」

 

 

思わず肩で息をしてしまう。無敵だと思われ、信頼されている彼女も一人の人間である。心を持っているし、罪悪感もある。

ほのかは周りの人に頼ることをあまりしてこなかった。いや頼り方を知らない、だから辛いのだろう。

 

 

 

「ほのか、大丈夫か?」

 

 

扉の外から錬の声が聞こえて、ほのかはドキッとする。彼には車に戻る様に言ったはずだから。

 

 

「正直言って、俺とほのかの仲は浅い方だと思う。だから、何て言うか……何も出来ないし、してやれない。だけどよ、お前には頼れる奴がいるだろう」

「え?」

「おいおい、俺に言わせるのかよ。お前は今、誰のために動いて、苦しんでいるんだ? 時雨のためだろ! 初心を忘れるな」

「……そうね」

「てか、俺シリアス系できないからこんなことやらせるなよ。それと、時雨が好きっていうことバレバレだぞ」

 

 

そう言って錬は車に戻った。少し時間を空け、ほのかも車に戻った。

 

 

「ほのかさん、大丈夫ですか? だいぶ時間がかかっていたみたいで」

「ええ、大丈夫よ」

 

 

いつもと変わらない表情で、ほのかは答えた。

 

 

「皆様、しっかり掴まっていてください」

 

 

由美は再びアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん起きないね」

「兄貴は前から自分一人で抱え込む癖があるし……あと寒いの苦手だし」

「そうですね、彼の部屋は夏場以外暖房が付いていますから」

 

 

ハンドルを握りながら由美は苦笑した。彼もまた普通の人間だ。

 

 

「そう言えば、ほのかさん。お兄ちゃんがいた不良グループってどうしたんですか?」

「当然解散したわ。」

「でも、ほのかさんやくるみさんみたいに強い人がいたし……」

「それじゃあ、時雨君が寝ている間に、その後のお話をしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

時雨がほのかの家を出て行って自分の本当の家に帰る最後の別れの時、ほのかは顔を上げられなかった。

顔を上げてしまったら、泣き崩れているところを時雨に見せることになる。

だから俯いて時雨と別れた。しかし、その後もほのかは元気がなかった。

新たに側近をつけることもなく、ただただ呆然としていた。

また追い打ちをかけるように、メンバーが手紙をおいて抜けていった。

そこには、時雨の存在の大きさがわかるものばかりだった。

皆、時雨の努力している背中に憧れていたのだ。

 

 

「由美、くるみ。大道寺ほのかの名において宣言します。本日をもってグループを解散します」

「御意」

「わかったよ、でもどうするの? このあと」

「由美、時雨君が受ける高校名を調べてほしいの」

「いいのですか? 彼は側近に戻りませんよ」

「……違うのよ由美。私は純粋に彼が好きなの」

「ほのかが感情的になるのは珍しいな。なあ、由美」

「そうですね」

 

 

 

独自のルートと観察力で、由美は時雨の好みを集めた。

ほのかも、ほのかで髪の毛の色を変えた。銀髪から茶髪に。

それだけ、ほのかは時雨のことが好きになっていった。彼のために料理も練習した。いや、し続けた。

 

 

 

 

 

 

「ということよ」

「ほのかさん、かわいい一面もあるんですね」

「うるさいわよ、夏奈」

「てか、やっぱり時雨のこと好きなんだな」

 

 

錬が実に面白そうに笑う。その顔を見て、ほのかは握り拳を作る。

 

 

「まあまあ、落ち着いてくれ。ひとつ時雨の友人として貴重な情報をあげるからよ。あいつ好きな人が昔からいるらしいぞ」

 

 

にやにやと笑いながら錬は情報を提供する。ほのかの思考は完全に停止してしまった。

その様子を見て、みくは外の風景を眺める。

あちこちで火の手があがっているらしく、点々と赤いものが見える。

みくはこの先?生き延びれるかが不安で仕方なかった。それでも、このメンバーなら生き延びれる、そんな根拠が無い自身もあった。




今回のテーマは
錬君に出番を! 過去のお話の続編 時雨君に地味な苦痛を で執筆しました。
いかがだったでしょうか?
面白くなかったと感じる人もいると思いますが、少しでもこの物語が面白いと感じてくれている人がいれば幸いです。
なぜこのシーンを書いたかと言いますと、ほのかや時雨が完璧すぎて共感できないという指摘がTwitterのダイレクトメッセージで届いたからです。
作者的には、どうしても自分が生み出したキャラクターには死んでほしくないとか、目立つようにとか思っちゃうわけですよ。だからこそ、こういう指摘はありがたかったです。さすがに主人公の時雨を今ここで殺すわけにもいかなないので風邪という現実味があるものにしてみました。

次回は、国の動きや警察の動きが書けたらいいなと思っている次第です。



これからも 日常が崩壊した世界で。 をよろしくお願いします。


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生き延びるのは苦労の連続

「もうすぐ高速道路を降りて一般道路で向かいます」

「由美、出来るだけ速くしなさい」

 

 

ほのかの表情には焦りが見られる。時雨の風邪、先の見えない未来に対する不安、いつ感染するかわからない恐怖。それが今、ほのかに襲いかかる。彼女自身もどうしていいのか分からなかった。ただ、少しでも早く時雨を安静させたかった。彼は、皆の負担を減らそうと、無理してでも戦おうとするだろう。

車は高速道路を降り、一般道路を走行し始めた。町から人の気配はしない。まるで、ゴーストタウンになったようなものだ。道路には事故で破損した車があった。逃げている最中に感染して、発症したのだろう。

 

 

ドン!

 

 

「何の音?」

 

 

何かが車と接触したようだ。しかし、前方には人影が無い。一行が後方を見ると男性がしがみついていた。今までのゾンビと比べると(いく)らか顔には血の気がある。しかし、完全に目は普通では無かった。

 

 

「まさか、窓を割って食料を奪うつもりじゃ……」

 

 

みくが一つの仮定を立てる。確かにこの状況からはその線が濃厚だろう。それを聞いたくるみは素早く手作りの槍を持つ。窓が割られるタイミングを待ち、くるみは男性の右肩に突き刺す。男性は右肩を押さえ、バランスを崩す。

 

 

「由美、アクセルを踏み込みなさい!」

 

 

ほのかは、由美に対して叫ぶ。由美は頷き、アクセルを更に踏み込む。

 

 

「わっ!」

 

 

急に加速したため、男性は振り落とされた。

 

 

「畜生、でもGPSは付けた」

 

 

男性は、そう簡単に物が奪えないことは計算していた。だから第2の作戦として追跡する計画も立てていた。

 

 

「電話は使えるからな……。もしもし、付けたぞ。作戦実行だ」

 

 

男性は電話を切り、遥か先を走る車を追いかけ始めた。

 

 

「何だったんだ?」

「考えるに生存者でしょうね」

 

 

錬は納得したように、トランクから刀を取り出した。皆、改めて気を引き締め直した。この世界の脅威はゾンビだけではない、生存者が襲ってくる可能性もある。

 

 

「夏奈、早紀さんから銃を貰ったみたいだけど使えるのか?」

「錬さん、私これでも友達からサバイバルゲーム参加しないか声をかけられるくらいの精度はあるよ」

「そ、そうか、わかった」

「お嬢様、もうすぐで到着します」

「わかったわ」

 

 

 

 

蛍光灯がチカチカと点滅を繰り返し、やがて消灯する。壁には第3研究室と書かれている。床には血溜まりが出来ている。明らかにここで人が天に召されたというわけだ。その血だまりの近くに、画面が割れたタブレットが落ちていた。タブレットはメモ機能が起動していた。その画面には"大道寺グループの皆さん、すみません。あとはお願いします"と書かれていた。そして画面は真っ暗になる。

 

 

「ごふぅ……」

 

 

一瞬、黒い影が、ちらりと見えた。

 

 

 

 

 

「こちらが雅様が言っていた家です」

 

 

車の窓を開け、夏奈が確認する。雅が言っていた家は普通の家の2倍の大きさがあった。

 

 

「急ぐわよ、アイツらが食料を狙ってくるわ」

 

 

ほのかの一言で皆、テキパキと動いた。車をガレージの中に駐車した。家の鍵はパスワード式であったが、ほのかは、すんなりと施錠を解除した。

 

 

「ほのか、私ちょっと警戒してくる。さっきの奴らが来ない保障がない」

「どうして、そう言いきれるのかしら?」

「こいつがトランスグリッドに付いていた」

「これは?」

「GPS発信機だと思う、奴らは諦めていない」

「正解だ」

 

 

ガレージの外から声がした。その人物は先ほど振り払った男性だった。その後には(ナタ)(モリ)を持った人物が4人いる。この人達には良心の欠片もない。ただ、自分()()が生き残れればいいと思っている。

 

 

「まだ、車の中に多少は食料が残っているだろ、それ持って消えろ。この家のパスワード知らなかったから助かったぜ、お前らが開けてくれたんだからな」

「屑が……」

「おうおう、言いたければ言ってくれ。セミロングの姉ちゃん」

 

 

くるみは俯いた。彼女は既に怒りで手が震えている。男性はその様子を見て、喧嘩を売った。

 

 

「ほのか……家の中に入って貰えますか?」

「はいはい、程々にね」

 

 

ほのかは何かを察して駆け足で家の中に入っていった。

 

 

「おいおい、いいのか? この人数差だぞ」

「……さげ」

「あ?」

「その口先だけの口をふさげ!」

 

 

今までに何ほど、くるみは怒っていた。これが大人のすることかと。くるみは車の中から時雨が使っていた木刀を取り出し、構えた。そして、一番前にいた男性の頭に向け、めいいっぱいの力で振り下ろした。男性はその場に倒れた。

 

 

「この場で逃げるって思考はある?」

 

 

くるみは死んだ魚の様な目をしながら男性の仲間と思われる人物達に問いかけた。返答しだいでは、少し食料を分け、この場を去ってもらおうと考えていたからだ。

 

 

「き、貴様……!」

 

 

結局、男性の仲間と思われる人物達は戦うことを選んだ。数的にも有利だからだと判断したからだろう。その数を上回る戦闘経験を、くるみは積んでいる。

1人目は木刀で鳩尾(みぞおち)を突かれ、2人目はこめかみを強打され、最後の1人は顎を殴られ、それぞれ戦闘不能となった。

 

 

「さて、この人達どうするか……」

 

 

くるみは考えた末、門の前に並べて座らせた。そして早足で家の中に戻った。

 

 

 

 

「ここは?」

 

 

目を覚ました時雨は見慣れないベットに寝かされていることに気がついた。その時、自分達がどうして来たのか思い出した。

 

 

「よかった、()()来れたわけか」

 

 

時雨は体を起こし、額に貼られていた冷却シートを剥がした。冷却シートを捨てるためにゴミ箱を探そうとベッドの足元に1人の人物が寝息を立てていた。

 

 

「ほのかか」

 

 

近くにタオルがあったということから、時雨はほのかが看病してくれていたとわかった。時雨はほのかの頭を軽く撫でる。

 

 

「ん……」

 

 

まるで、日向ぼっこをしている猫の様な表情をみせた。

 

 

「ん……。ん……!?」

 

 

急に、ほのかは起き上がった。時雨は撫でるのを止めた。

 

 

「寝てしまったわ。それで時雨君、大丈夫かしら?」

「ああ、お陰様でな。明日くらいには治るだろう」

「そう、よかったわ」

 

 

ほのかは立ち上がり、部屋を後にしようとした。

 

 

「あら、開かない」

 

 

ほのかは何度も扉を押したり、引いたりした。しかし、扉は一向に開こうとしない。

 

 

「何かしら?」

 

 

扉の近くに落ちていた手紙を広い、内容に目を通す。

"ほのかさんへ

お兄ちゃんは、人にどう甘えていいのかわからないみたい。だから、ほのかさんガンガン行っちゃって! いつか、ほのかさんとお兄ちゃんの子供がみたいな、なんちゃって"

ほのかは無言で手紙を丸める。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

布団の中から、ほのかの方を見ながら時雨が問いかけた。ほのかは何でもないと言い、再びベッドの近くに置いてある椅子に座った。

 

 

「時雨君、甘えたかったら……甘えなさい」

「き、急にどうしたんだ? まあ、ありがとう」

 

 

困惑しながらも時雨は微笑みながら感謝の念を伝えた。

 

 

「ありがとな、ほのか」

「いいのよ、もっと私に頼りなさい」

「そうだな、いい加減背中を預けるくらいはしなきゃな」

 

 

時雨は再び横になった。その後すぐに睡魔が襲ってきた、その睡魔に抗わず従った。

 

 

「ふぅ……」

 

 

ほのかは1つ息をついた。ふと、時雨の体の1部が掛け布団から出ていた。ほのかはその腕を布団の中に入れる。そして掛け布団を軽く叩き、

 

 

「おやすみ」

 

 

と小声で言って、額に軽くキスをした。その後、扉を開けて夏奈を探し始める。

 

その後、小1時間 夏奈は、ほのかに説教されたのを時雨は知らない。




出来る限り早く更新できるよう、頑張ります。
しおり 機能を上手くお使い下さい


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彼は生存者であり、警察官としての誇りがある

今回は時雨達は出てきません。

スミマセン


それでは
『日常が崩壊した世界で。』第16話
すたーと


「上からは、何と?」

「ここは都市から100キロ以上離れた地だ。救援は無理だそうだ」

「そんな……」

 

 

彼がこの警察署に配属されて来年で3年になる。来年には昇級が囁かれていて、順風満帆であった。そんな時に、この騒動が起きた。国会も何も手出しが出来ないらしい。この国に研究所は数多く点在する。その1つ1つ回っている時間と予算がない。更に追い討ちをかけるように、問題の研究所が見つかったからといってその原因調査に時間と費用がかかる。

 

 

「問題は、山積みってわけですか」

「俺達は、避難誘導くらいしか出来ない。だがな、それでも俺達は俺達が出来ることをしなければならないんだ」

「そうですね」

 

 

彼はそう言って机の上に置かれた写真立てを手に取り、懐かしそうに眺めた。その目にはうっすらと涙が見られた。

 

 

「君には2人子どもがいたんだよね」

「ええ、男女1人ずつ。2人とも私には、なついてくれませんでしたがね」

「そういう年頃だったはずだよな」

「それもあると思うんですが兄の方は若干、不良になりかけましたからね……」

「しょうがないことだ、親が思うように子どもは育たない。それが子どもであり、個性だ」

 

 

彼の上司はそう言って微笑んだ。

 

 

「さて、そろそろゾンビ達と戦いますか」

 

 

そう言って彼の上司は拳銃を取り出した。

 

 

「しかし、俺は未だに解らないんだよ。今の国の(おさ)は何故、一般人の銃刀の所持を認めたのか。その前の長達は所持を禁止していたのに」

「確かにそうですね」

「まさか、こうなることが予測できて……」

 

 

言い切らないうちに、ゾンビが警察署の自動ドアのガラスを叩く。現在、電源を切っているため自動では開かない。他の職員は全員安全な場所に避難させたようで、この建物の中に居るのは2人だけである。彼も拳銃を構える。

 

 

「しかし、本当に噛まれたら絶対感染するのか?」

「わかりませんよ、噛まれたことないんですから」

 

そう言いながら自動ドアに近づく。遂に、彼らの数の暴力で強引に自動ドアが破壊される。

 

 

「射て!!」

 

 

上司の掛け声に合わせて彼もトリガーを引いた。乾いた発砲音と共に弾丸が発射される。狙いをしっかり定めたわけでは無かったため、ゾンビの肩に当たった。

 

 

「頭を狙え。奴らはソコが弱点らしい」

 

 

彼は頷き、上司の指示に合わせて照準をゾンビの頭に合わせる。ブレを最小限に抑えて、彼は再びトリガーを引いた。今度はゾンビの頭にに当たり、ゾンビは崩れ落ちた。

 

 

「あと何体いるんだ?」

「多分、あと50体ほどではないでしょうか?」

「弾丸が、もたないかもな」

 

彼らは、警棒を使わなかった。いや、使えなかった。現在、彼らが所持している警棒にはあまり攻撃力がない。更に、無駄に近ついて噛まれる危険性も併せ持っていたからだ。つまり、警棒を使った戦闘は、あくまでも最終手段ということである。

 

 

「アイツら無事に避難できたか……」

 

 

自身にも死の危険が迫っているのに、彼の上司は自分の部下や共に仕事をしてきた仲間のことを心配していた。

 

 

「死ぬかもしれないんですよ、自分のことを考えてくださいよ」

「俺が死んだとしても、妻は昔に他界してるし、子どもにも恵まれなかったからな。何も心配するものがない。だったら、同僚のことを心配するさ」

 

 

彼は何も言えず、無言で弾を装填した。そして再びゾンビに向かってトリガーを引く。数十分かけて、彼らは周囲のゾンビを殲滅した。

 

 

「よし、いつまでもここには居られない。俺達も避難誘導しつつ避難しよう」

「了解です、その前に持てる限りの物を持っていきましょう」

 

 

彼らは弾丸と予備の銃、少しの食料と金銭を持ち、警察署をあとにした。

 

 

 

彼はこの近辺の避難所となっている小学校を見て呆然とした。門は既に決壊して校庭にはゾンビで溢れかえっていた。

 

 

「可能性は少ないが、校舎の中に逃げ込めた人が居るかもしれない。探していこう」

「そうですね」

 

 

彼らは生存者であり、警察官だ。警察官としての誇りと使命感がある。だから、彼らは他の生存者を探そうとした。

敷地に足を踏み入れ、彼らは音を発てないように歩く。校舎の前にたどり着き、ドアを開けようとする。だが、施錠されているため開かない。彼らは裏口に回り、廊下の窓が1つだけ開いていることに気がついた。彼らは、その窓から校舎内に入り捜索を開始する。まだ昼前なので明るく照明は、いらなかった。

 

 

「このフロアにはいないようだな」

 

 

彼らは続けて2階、3階と捜索したが生存者は居なかった。来た道を戻り、入ってきた窓から出た。

 

 

「すみません、娘が通っている中学校に寄ってもいいですか? 私の母校でもあるのですが……」

「ふむ、かまわない。お前も1人の人間だ。身内を心配するのは当然のことだ。行こう」

「ありがとうございます」

 

 

彼は深く頭を下げる。彼の上司は肩を軽く叩き、歩き始めた。この小学校から彼の娘が通っている中学校まで歩いて20分は、かかる。彼らは車を探し、運よくキーが抜かれていない車を見つけた。

 

 

「ガソリンは、ほぼ満タンに入っていますし、エンジンも問題なくかかりそうです」

「そうか、では急ごう」

 

 

彼の運転で車は走り始めた。道路に信号は在るが、道路には動かなくなったゾンビと壊れた車しか無いため、意味がない。彼は鮮やかなハンドル捌きで車や動かなくなったゾンビを避けながら中学校に向かった。

 

 

 

 

「ここです」

 

 

正門に車を止め、彼の上司は敷地内を軽く覗いた。

 

 

「居なさそうだな」

「ここは私1人で行きます」

 

 

そう言って彼は活動帽をポケットから取りだし、拳銃のマガジンを外し残弾を確認する。

 

 

「16発か」

「予備に持ってきた弾も無限にある訳じゃないからな」

 

 

そう言って車の後ろに乗せた荷物を彼の上司は担いだ。

 

 

「ここは、私だけで行きますよ」

「寂しいこと言うなよ。幾多の現場で共に活動した仲じゃないか」

「ありがとうございます……」

 

 

彼らは拳銃を構えながら門に近付き、門を乗り越え敷地内に潜入した。こちらも小学校ほどでは無いが、やはり荒れていた。彼らは手始めに体育館の様子を見に行くことにした。震災等が起きた場合、基本的に体育館で生活することが主流となっていたからだ。その為、彼らは生存者が体育館に集まっているのではないかと思ったのだ。

 

 

「俺が扉を開ける、お前は万が一に備えて、いつでも射てるようにしておけ」

「了解です」

 

 

彼は素早く安全器(セーフティレバー)を解除する。掌底でしっかり包み、銃を握る。

 

 

「行くぞ……」

 

 

彼の上司は扉を開け、銃を構える。しかし、体育館の中には誰も居なかった。生徒の1人や2人は少なくとも居ると推測していたが、ゾンビすら居なかった。

 

 

「何かが、おかしい……。だが……」

「はっきりと説明は出来ないんですよね。野生の勘みたいなものでしょうね」

 

 

そう言って彼は安全器を設定し、ホルダーに戻した。そして、校舎の方に向かった。今度は窓も施錠されていたため、入れない。

 

 

「また裏口に回るか?」

「そうですね」

 

 

彼ら周囲を警戒しつつ、裏口に回った。

 

 

「この子は……」

 

 

裏口に回って彼らの目に飛び込んだものは女子中学生の死体だった。だが、重要な点はそこではない。彼にはこの子が見覚えがあった。彼は、思い出そうとするが霧がかかったように思い出せない。

 

 

「この子……」

 

 

彼の上司は手袋を付け、彼女の状態を確認する。

 

 

「頭部を強打しているようだな、3階の窓が開いていることを考えれば自殺だろう。もしかしたら、明るい未来があったはずなのにな……」

 

 

その時、彼は彼女の髪型がきっかけで思い出すことができた。

 

 

「この子は……田中(すず)ちゃんだ……」

「知り合いか?」

「娘の友人ですよ。運動神経がよくて……よく家に遊びに行っていたらしいです」

 

 

彼は自身のポケットから白い布を彼女の顔にかけ、そっと手を合わせた。

 

 

「行きましょう」

「そうだな、この窓からなら入れそうだ」

 

 

そう言って彼らは再び窓から校舎内に足を踏み入れる。廊下には物が散乱している。彼らは1つずつ教室を覗いていく。もしかしたら、動けなくて教室に立て籠っている人がいるかもしれない。

 

 

「居なさそうだな……」

 

 

人影を見つけたとしても十中八九、感染してゾンビになっている者だけだった。勿論ゾンビは音がする方に集まり、生存者を襲う。しかし、ゾンビも元生存者だ。殺す時、彼の良心を締め付ける。

 

 

「ん?」

 

 

彼が異変に気がついたのは3階を探索している最中である。地窓の近くにヘアピンが落ちていたのだ。拾ってみると、錆は無く落としたのはここ最近ではないかと、彼は推測した。そのままその教室の扉を開けた。

 

 

「君! 大丈夫か!?」

「……」

 

 

意識は失っているが、それでも彼らは1人の生存者を発見した。見たところ噛まれた痕跡も無く、ほぼ無傷である。

 

 

「……か……」

「意識が戻ってきたのか?」

「……あなたは……?」

「警察だ、もう安心していいぞ」

「ありがとうございます……」

 

そういうと彼女は再び、まぶたを閉じた。彼は彼女を抱き上げ捜索を再開した。しかし、あと見つかった生存者は居なかった。

 

 

「そう落ち込むな。お前は1人の生存者を発見したんだ。俺は本当に嬉しいぞ」

「いえ、この子も……この子も……娘の友人です……。なのに娘は居ない……」

「そうか……」

 

 

彼は自分の娘が今どこにいるか、わからない。だが、せめて友人の命くらいは守りたい、そう思っている。

 

 

「時雨、夏奈、必ず生き残ってくれ」

 

 

彼は嘘偽りない言葉を紡ぎ出した。




はい、あとがきのコーナーです。
さてさて、季節は出会いと別れの季節ですね。学生の皆さん、進級できそうですか?
まあ、僕はなんとか進級できそうです。

そして、終業式も終わり春休みに突入しました。休みですよ、ゆっくりしようと思ったらリア友のF君が……。

「春休みなら、毎日更新できるんじゃないの?」

と、伝説の一言を放ちましたよ……。まあ、なんと言いますか……文章にするのが大変なんですよね……。戦闘シーンとかワンパターン化になる要因は省いてみたり、考えているんですよね。

まあ、出来る限り毎日出しますよ! 出せばいいんでしょ!(逆ギレ)
と、言うわけでこれからも宜しくお願いします。


次回から、また時雨君達の物語が再開します。


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食材探索

今回から再び、時雨君達の出番です。


結局のところ時雨の体調が万全になるまで3日かかった。その間の防衛は、ほのかとくるみが担当してくれていたらしい。

 

 

「もう大丈夫なのですか? 時雨さん。」

 

 

そう言って部屋のなかに入ってきたのは、みくだった。彼女は時雨が手に数学の参考書を持っていることに気がつき、微笑した。

 

 

「もう、日常が戻ってくる保証は無いんですよ。むしろこれからも崩壊し続けると思います」

「わかっている、わかっているさ。それでも心のどこかで日常が戻ってくることを期待している自分が居るんだよ」

 

 

参考書を閉じ、時雨はベッドから出てきた。その足取りはいつもと変わらず完全に回復しきったようである。その時、居間にある電話が突如鳴り出す。みくと時雨の表情が変わる。3日前に襲撃してきた奴らが復讐しに来る可能性がゼロでは無かったからだ。

 

 

「俺が出る」

 

 

そう言うと時雨は居間に向かう。居間には誰も居なく、ただ電話が鳴り響いている。時雨は軽く呼吸を整え、受話器をとった。

 

 

「もしもし」

「もしもし、その声は時雨か? 私、早紀よ」

「早紀さん? どうしたのですか?」

「雅の家なんだけどね。ほのかの家と同じ構造で、物置があるはずよ。そこに銃があるわ、それを使いなさい。あとテレビはたまには見なさい」

 

 

言い終わると同時に早紀は電話を一方的に終了した。時雨には早紀の最後の言葉が引っかかっていた。この崩壊した世界でテレビを見ろ? 彼には何のことだか検討もつかなかった。

 

 

「お兄ちゃん、おはよう。もう大丈夫なの?」

「夏奈、おはよう。もう大丈夫だ」

 

続けて、由美、くるみ、ほのか、錬、みくの順番でそれぞれ居間に集まった。時雨は早紀に言われた通りテレビの電源を付け、ニュース番組にチャンネルを変えた。

 

 

 

「えー、現在起きている原因不明の人が人を襲う事件が発生しています。尚、噛まれるとおおよそ2時間後には死に至るようです。今回は、ゲストに株式会社ファールゼード社社長、高藤(たかとう)雄太郎(ゆうたろう)氏に来ていただいています」

「よろしくお願いします。現在発生している事件ですが、ウイルスの方は完全に活動が弱まっているようです。こちらが、その観測データです」

 

 

そう言って彼はプレゼンをするかのように現状をわかる範囲でまとめ、説明をし始める。

 

 

 

 

 

時雨とほのかは、画面の中で話続ける彼を睨む。その時、夏奈は黙ってリモコンを持ちテレビの電源を消した。

 

 

「それより、朝ごはんを食べながら今後の予定を考えなきゃ」

 

 

そう言ってキッチンの方に姿を消した。あとに続くようにほのかもキッチンに向かった。料理が出来る2人は仕事も速かった。上手く作業を分担することで効率良く料理を(こしら)えていく。

 

 

「召し上がれ」

「いただきます」

 

 

皆、黙々と食事をする。まるで騒動の初日のときみたいに。結局、誰一人しゃべることなく朝食が終わった。

 

 

「どうするのかしら時雨君? ここにはもう食材が持たないわ」

「ほのかさんの言う通り、さっき料理してて冷蔵庫を開けたんだけど結構消費しちゃってるよ」

「ほのかと夏奈の報告から食材を調達しにいこう、この辺りにスーパーマーケットはあるのか?」

「ありましたよ、車で20分の位置です」

「ありがとう、みく。それでは行こう」

 

 

武器は出来るだけ持ち出すことにした。そして全員が武装することにした。今回の作戦で調達するのが、くるみと時雨。その2人を近くで補助するのが、ほのか。そして援護を夏奈とみくが行い、車の運転を由美が担当することになった。

 

みくが言った通りスーパーマーケットは車で20分のところにポツリと立っていた。無論、ゾンビが徘徊をしている。しかし、以前と異なる点がある。それはゾンビの数だ。ゾンビは所狭しと徘徊している。

 

 

「先陣は私が」

 

 

夏奈はアサルトライフルを取りだし、窓を開けた。そしてトリガーを引き、ゾンビを狙撃し始めた。

 

 

「銃声と大まかなゾンビの立ち位置から計算して耐久できる時間は5分です。行ってください、くるみさん、時雨さん!!」

「了解」

 

 

くるみは自動拳銃(オートマチック)、時雨は回転式拳銃(リボルバー)を手に持ち、比較的ゾンビの少ない道を全力で走り抜ける。時折、止まり片手で発泡する。だが、夏奈の的確な援護のお陰で2人は疾走することと弾を節約することに成功する。

 

 

「着いたな」

 

 

この時点で時雨は2発、くるみは5発しか射っていない。

時雨はドアを蹴り破り、中に突入する。その様子を確認した由美はエンジンをかける。エンジンがかかったことに気がついた夏奈は発泡を止め、窓を閉めた。

 

 

「しっかり……掴まっていてください!」

 

 

由美はアクセルを踏み込む。車は勢い良く走りだす。そして駐車場内でぐるぐると旋回し始める。ゾンビを轢き殺すのが目的だ。ゾンビはボンネットに叩きつけられ、フロントガラスに血飛沫や体液が付着する。由美はワイパーを動かし、視界を確保する。2周目に入ると1周目のゾンビの体液と血溜まりで曲がる際、サイドの窓にもゾンビの体液と血飛沫が付着する。

 

 

「きゃ……」

「大丈夫ですよ」

 

 

夏奈はみくにそっと抱きつき、背中を叩く。

 

 

 

 

「くるみ、お前は必需品の買い足しに行ってくれ。おれは食料を調達しにいく」

「わかったよ、兄貴」

 

 

こうして2手に分かれ、それぞれ確保に向かう。

 

 

「冷凍食品とレトルト食品だな」

 

 

時雨はレジ袋を貰い、天井から下げられているコーナーを記した物を頼りに、目的地に向かった。もうすぐコーナーにたどり着くタイミングで、あることに気がつく。

 

 

「参ったな……」

 

 

冷凍食品とレトルト食品のコーナーにゾンビが群がっているのである。時雨達と同じことを考え、実行し、失敗した者達だ。彼はホルダーから回転式拳銃(リボルバー)の残弾数を確認する。

残り4発。それに対してゾンビの数は、おおよそ7体。しかもリロード中は攻撃ができない。予備を会わせると24発。最悪17発は外しても逃げればいい。彼は装填し、構える。慎重に狙いを定め、トリガーを引く。辺りに爆竹の様な音が響き渡る。それを聞きつけたゾンビは時雨の方に集まる。その隙に、くるみは退く予定だ。

外では車のクラクションが1つ長く鳴らされる。駐車場内にいたゾンビの殲滅が終わったサインだ。時雨は再びトリガーを引く。2体目も額の中央に当て、少量の血飛沫を上げ、仰向けに倒れた。続けて3体目、4体目、5体目と順調に頭を貫いた。装填されている最後の銃弾で6体目のゾンビを片付ける。しかし足元の確認を疎かにしていた時雨に不幸が襲いかかる。足元にあったのはペットボトルだった。どうやら棚から落ちていたようだ。それに足元を(すく)われる。体勢を大きく崩した時雨は正に絶体絶命だった。ゾンビもすぐそこまで近づいている。彼は横に転がりだした。そして立ち上がり、装填する。

 

 

「危なかった……」

 

 

安堵しながらトリガーを引く。彼は元人間に引導を渡した。その後大急ぎで冷凍食品とレトルト食品を持てる限り持つ。

帰り道は予備に預けられていた自動拳銃(オートマチック)でゾンビを蹴散らしていく。

 

 

「お兄ちゃん!」 「兄貴、こっち!」

 

 

夏奈達に呼ばれ、時雨はそちらの方向へ走り出した。車は、ほぼ全てがゾンビの血飛沫と胃液等で汚れていた。由美にドアを開けてもらい、時雨は車に乗り込む。

 

 

「お帰りなさい、時雨君」

「ああ、ただいま。随分大変な仕事だったよ」

「それでは出発します」

 

 

そう言うと、由美は安全運転で雅から借りている家に向かった。ゾンビを引き殺している時の眼差しに、みくは感心していた。と同時に私にも出来ることがあるのかな、と少し不安に思っていた。




こんばんは、葉月雅也です。今回登場したきたファールゼード社は結構重要だと思うんですよね、多分。
動画を見て癒されながら、頑張って更新していこうと思います。

ネタバラシ
くるみが今回使用した銃のモチーフは ベレッタ M84
時雨が今回使用した銃のモチーフは コルト パイソン
                 デザートイーグル
です。尚、現実に近いが現実ではない、日本に似ているけど日本ではない国と理解してください。銃刀法とか言い出したら物語が進まないので堪忍を……。


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さようなら

「これで何日耐えられるか……」

 

 

雅から借りている家に戻り、時雨達は話し合いをしていた。今回は運良く成功した食料調達だが、一歩間違えれば死ぬ。正に、死と隣合わせの行動である。当然今回調達した食料もいずれは無くなる。再びこの危険な綱渡りを繰り返さなければならないのだ。

 

 

「そうですね……2日だと思います」

「まじかよぉ……」

 

 

取ってきた時雨より錬の方が何故か落ち込んでいる。しかし、状況は常に悪化している。戦力の維持も難しいだろう。ニュースでやっていたウイルスの件も、まだ未知の部分がある。

 

 

「みく、あなた銃を扱えるかしら?」

「どうでしょう? 持ったこともないので……」

「ふーん」

 

 

そう言って、ほのかは顎に手を当て考え込む。ほのかは、どうにかして遠距離からの殲滅したいようだ。無論、そちらの方が危険性が少ないというメリットがある。

 

 

「そう言えば、なんでほのかは銃を使わないんだ?」

 

 

素朴な疑問を持った錬は、質問を投げかける。ほのかは真顔で

 

 

「私、剣術しか伸びなかったのよ」

 

 

そう言って自分の部屋に戻っていった。みくはメガネをかけ直して、サイドテールにしている髪をほどいた。

 

 

「時雨さん、私にも銃の扱いを教えてください」

「わかった」

 

 

時雨とみくは時雨の部屋に向かった。

 

 

「相川さん、ほのかさんが言っていていた事って本当なんですか?」

「ああ、間違ってはいない。くるみと由美が銃を使っていたから余計かもな」

 

 

銃の扱いを学んだ、みくは装填無しで練習をしている。

 

 

「こう持った方が楽だぞ」

「ひゃ!」

 

 

急に触れられて、みくは頬を紅潮させた。しかし、時雨は全く気にせず指導を続ける。よく思い出せば、時雨の自由な世界にいつの間にか、みくは憧れていた。

 

 

「わかったか?」

「ああ、うん」

「? じゃ、あとは何とかなるだろう。だけど無茶だけはするなよ」

「う、うん」

「あと、このお礼はキチンとしてもらうからな」

「な、何を!?」

 

 

みくは聞きながらも、どこか期待している自分がいた。しかし、時雨の答えは違った。

 

 

「数学のここがわかんないんだ。教えてくれ」

「わかったよ」

 

 

みくはシャーペンを持ち、教科書に補足を書き込みながら説明をした。時折、時雨の表情を眺めると、その表情はゾンビと戦っている時と同じくらい真面目だった。みくは今、この貴重な時間を大切にした。しかし、その時間は、やはりゾンビのせいで打ち砕かれる。

 

 

「時雨! いるか!?」

「錬、どうしたんだ?」

「またゾンビが増えている。今は、ほのかと由美が正面、夏奈とくるみが裏側を防衛している。時雨は正面の方に行ってくれ」

「わ、私も行く! 夏奈ちゃんだって戦っているのに私だけ待機なんてしてられない!!」

 

 

時雨と錬は顔を見合わす。そして静かに頷く。

 

 

「行くぞ、みく」

「ええ」

 

 

 

 

 

「みくは、ここから狙撃してくれ」

「わかった」

 

 

時雨は頷き、ほのかと合流しに向かう。ほのかと由美は互いに背を守るように戦う。やはり銃の方が有利なようである。しかし、時雨は愛刀を抜き構える。

 

 

「時雨君、2時の方向から集団が来るわ!」

「これを捌くのは骨が折れるなぁ」

 

 

そう愚痴を漏らしたときゾンビが仰向け倒れる。振り向くと次の標的(ターゲット)に狙いをつける、みくがいた。時雨は安心してゾンビ殲滅を開始した。時雨とみくが戦場に介入したことにより、戦況は時雨達が有利になっていった。ほのかは刀でゾンビの首を飛ばしていく。由美も両手に銃を構えて、ゾンビの額を的確に撃ち抜いていく。その様子は淡々と作業を繰り返す作業員のようだ。

 

 

「時雨様、お嬢様が拗ねますので余りこちらを見ないでください」

「拗ねないわよ!」

 

 

ほのかは包丁をゾンビの額に突き刺していく。流石の時雨も、あそこまで近距離戦闘(インファイト)は出来ない。そう言った意味では、ほのかはバーサーカーに近いだろう。ほのかと書いて、戦場に舞い降りた悪魔と言っても過言では無さそうだ。順調に周囲のゾンビの殲滅が終わった。その時……。

 

 

「きゃっ!!」

 

 

背後で、みくの叫び声が聞こえた。3人は、みくの方に駆け出す。駆けつけると、数日前に時雨達を襲った奴らのゾンビだった。由美の放った銃弾はゾンビの頭を貫く。

 

 

「大丈夫!?」

「ほのか……もうダメみたい……」

 

 

そう言って、みくは押さえていた右腕を見せる。その腕は先ほどのゾンビに噛まれたことで出来た歯形がクッキリと付いていた。この世界で噛まれた、ということは感染したということである。このあと、みくは約2時間、苦しんだ挙げ句ゾンビになって襲いかかるだろう。

 

 

「う……ん。完全に……噛まれて……感染しちゃっ……た」

「うそ……よ」

 

 

みくの呼吸は荒かった。

 

 

「ほのか……お願……い。ゾンビに……私が完全に、ゾンビになる前に……殺して」

 

 

ほのかは唇を強く噛み、刀を持つ手は震えていた。以前までの、ほのかなら直ぐに殺せただろう。しかし彼女は、数多くの物を得た。それを失うのが怖いのだ、恐ろしいのだ。

 

 

「……ない」

 

 

涙目で、ほのかは叫んだ。

 

 

「私には出来ない! 初めて出来た友人を殺せない……」

「ほのか。その気持ちだけでも……嬉しいよ。それと貴女はもう少し感情を出しても良いのよ。あの人も……あなたのことを待っているわ。だから……諦めないで……。幸せを掴みなさい……。それと相川さん、ううん、時雨君。私は……あなたのことが好き……でした。あの人を必ず……幸せにしてあげて……ください」

「……ああ」

 

 

みくは、目を瞑った。実に穏やかな表情だった。ほのかは汚れていない綺麗なハンカチで涙を拭き、刀を構えた。

 

 

「みく、ありがとう。そしてさよなら……」

 

 

時雨と由美が見守る中、辺りに血飛沫が飛び、血溜まりが徐々に大きくなる。




今回で、山中みく氏が物語から姿を消します。彼女には大した出番をあげられず非常に後悔しています。しかしこの辺りで、ほのかの心をへし折らないと、ほのかの人間味が出てこなくなってしまうので、第18話で出番を終了させます。


パラレルワールドの みく「本当に終わり!?」
作者「もちろん」
パラレルワールドの みく「そっか」


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死の影響で変わるモノ

山中みく 死亡


この物語は、ゾンビ無双より、どうやって生き残るや人間関係を書いているシーンの方が多いですね……。すみません。


カーテンを閉めきった暗い部屋で一人の男性がパソコンに流れる無数の文字の列を眺める。時折、マウスを操作しているがその表情は変わらない。

 

 

「ちっ、完璧には尻尾を出さないか……」

 

 

男性は、くわえているタバコを灰皿に押し付けて消す。髭はここ数日剃っていないようで伸びている。

 

 

「ん……ここは?」

 

 

男性は滑らかな指先でピアノを奏でるようにタイピングする。エンターキーを叩き、爆笑をする。しかしか、男性は直ぐに真顔に戻る。

 

 

「俺の力じゃ、どうしようもないな……仲間も、いねえし」

 

 

その時、男性の脳裏にある人物の顔が(よぎ)る。

 

 

「あとは頼むぞ、時雨」

 

 

男性はパーソナルコンピュータに刺さっているメモリーカードを抜き取り、駆け出した。軽く荷物を持ち、最後に黒い鉛の塊を持ち施錠せずに家を出た。もう戻ってくることは無いと思ったからだ。男性はロードバイクに跨がり、とある場所に向かった。そこなら必ず彼らと会うことができる、そう確信があったからだ。男性の家の表札には"長元"の文字があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれから、ほのかはどうだ?」

「お嬢様は中から鍵をかけていますので、こちらからは何も出来ません」

「完璧に心を閉ざしちゃったんだね。まぁ、ほのかさんも強いからって言っても女子だからね……」

「時雨、こういうときにお前が側にいなくてどうする!?」

 

 

時雨は席を立ち、ほのかの部屋に向かった。ドアの前に立つが何て声をかけていいのか分からない。時雨が、ほのかの右腕だった頃こんなことがなかったからだ。

 

 

「ほのか……」

「今は放っておいて」

「……」

 

 

時雨は右手でドアに触れる。声の大きさからドアの付近には、ほのかはいない。だったら問題はないだろうと判断した時雨は右足でドアを蹴り飛ばす。

 

 

「そんな気がしたよ」

 

 

ほのかは、ベッドの上で膝を抱えて泣いていた。刀は出来る限り遠い位地に置いている。

 

 

「何しているのかしら?」

 

 

若干、鼻声になっているがほのかは、まだ強がっていた。時雨は堂々と部屋の中に入った。

 

 

「……来ないで! お願いだから独りにして」

「断る」

「殺すわよ」

 

 

その目に殺意は消えていなかった。

 

 

「ああ、殺せばいいだろ。お前がそれで満足して、立ち直るならな」

 

 

ほのかの動きが止まる。その隙に時雨は、ほのかにそっと抱きついた。ほのかも時雨に身を委ねた。

 

 

「泣きたい時には泣け。俺は、そんなに頼りないか?」

 

 

ほのかは号泣し、時雨はほのかが泣き止むまで優しく頭を撫で続けた。

 

 

「もう、いいわ」

 

 

少し鼻声が気になるが、気持ちは落ち着いてきたようだ。時雨はホッとしていた。

 

 

「お兄ちゃん、ほのかさんの様子は、どう? ってドアが!!」

「あ」

 

 

時雨は今更自分が何をしたか思い出した。

 

 

「どうするの? ほのかさん、今晩ドアなしで寝ろって言っているの!?」

「夏奈さん、その件は大丈夫よ。時雨の部屋で寝るわ」

「そうですか。わかりました。夕食もうすぐ出来上がるよ」

 

 

そう言って夏奈は部屋を去った。その後、ほのかは普段と変わらず皆と接していた。

 

 

その夜

 

 

「じゃ、ほのかはベッドで寝ろ。俺は廊下で寝るから」

「寒いわよ」

「何を今更。毛布かけるから問題ない」

「そう言って、風邪ひいていたじゃない。いいから寝るわよ」

 

 

そう言って、ほのかはなから強引に時雨の腕を掴み部屋のドアを閉めた。

 

 

「夏奈の部屋で寝た方が、よかったんじゃないか?」

「うるさいわね、寝るわよ」

 

 

そう言って、ほのかはベッドの空いているスペースを叩く。時雨は軽くため息をつき促されるまま、ほのかの隣に寝転がる。ほのかは直ぐに掛け布団に頭まで潜り込んでいる。時雨は少し出ているほのかの頭を撫で、瞼を閉じた。一方の突然頭を撫でられた、ほのかは顔を赤く染めている。

 

 

「早く気づきなさい……バカ」

 

 

ほのかは寝返りをして時雨と背中合わせになるようにして寝た。

数時間後、ほのかは背中から微かに温もりを感じていた。振り向いて見ると、時雨がほのかに抱きついていた。

 

 

「……え」

 

 

ほのかの思考は完全にショートしていた。現状の整理も出来ず、また次から次へと溢れる感情の制御が出来なかったのである。彼女の顔は真っ赤になっていた。しばらくして、彼女は再び寝返りをした。想像以上に時雨との顔は近かった。その寝顔に彼女は頬を紅潮させる。そして、彼女も彼に抱きつき、再び眠りについた。

 

 

 

 

翌朝、時雨の部屋のドアを元気良く開けたのは、くるみだった。由美は昨晩、目覚まし時計をセットし忘れ、完全に寝坊である。

 

 

「兄貴! 朝です……よ」

 

 

くるみの表情が固まる。彼女の目線の先には、幸せそうに寝ている2人だった。

 

 

「やっぱり、無理だよ……。兄貴のことを諦めるなんて……」

 

 

くるみはホルダーからナイフを取り出す。その瞳には光がなかった。

 

 

「うそだよね、ウソだよね、嘘だよね……。兄貴は私のことを愛してくれればいいのよ……。兄貴以外の人間なんて要らないし、邪魔をするんだったら……容赦なく殺す……」

 

 

くるみは、ゆっくりと2人に歩み寄る。そして小声で ふふふ……あはは と笑いながら接近する。ベッドの近くまで近づき、ナイフを構える。その時、ほのかが目を覚ました。ほのかは瞬時に状況を察して、掛け布団を、くるみに投げつけた。

 

 

「何しているのかしら?」

 

 

表情には何も変化は無いが、明らかにほのかは憤怒していた。だが、原因は自分が殺されそうになっているからではない。時雨に危険が迫っているからだ。

 

 

「ほのかさんこそ、何しているのですか? 兄貴は貴女の所有物では無いんですよ? 兄貴の初めても……体も心も髪の毛1本までも、私の物なんだから」

 

 

くるみは、邪悪な笑みを浮かべていた。しかし、ほのかは冷静に言葉を返した。

 

 

「貴女……変態ね」

「何とでも言えば?」

「そう」

「でも……貴女が邪魔だから兄貴は私のことを見てくれない。結局、貴女しか見ていない」

「何を言っているのかしら?」

「惚けても……ムダよ……。兄貴が一番心配しているのは、夏奈ちゃんでも……みくさんでも……錬でも……私のことでも、自分のことでもない。貴女だけが心配なんだよ!」

「……」

「だから……だから貴女さえ居なくなれば兄貴は私のことを見てくれる。兄貴の笑顔は私だけが見ていればいいのよ!」

 

 

ほのかはこの時、思った。仲間だと思っていた人物が1人、たった1人、死ぬだけで人間関係は、こんなにも簡単に崩れ去るんだと。それと同時に、くるみは、とんでもない闇を匿っていたんだと知った。

 

 

「悪いけど、時雨君を譲る気は微塵も無いわ。彼は私に普通に生活する喜びを教えてくれたのだから」

 

 

そう言うと、ほのかは手刀で、くるみのナイフを地面に叩きつける。続けて回し蹴りをする。しかし、そくるみはそれを両腕を使い、防御する。くるみは一瞬油断したほのかの腕を掴み、投げ飛ばす。タンスにぶつけられた、ほのかはしばらく動けなかった。その隙にくるみはホルダーから2本目のナイフを取りだし、ほのかに近寄る。そして大きく振りかぶる。

 

 

「……リーダー最後に言い残すことは?」

「……」

「何もないのですね。それでは……」

「2人ともなにやっているんだ?」

「兄貴 待っててね。もう少しでお邪魔虫を殺すから。」

「くるみ、何言っているんだ?」

 

 

ほのかは、くるみと彼が話している隙を見逃さなかった。素早く刀を持ち、くるみが持っているナイフを(はじ)いた。そして、くるみの首元に刀を当てる。

 

 

「ほのか、もうやめろ」

「……」

 

 

ほのかは無言で刀を鞘に収める。それと同時に、くるみは泣き出した。彼女は何も語らず、ただ ごめんなさい と繰り返していた。時雨は静かに、くるみの肩を叩いた。




こんばんは、眠いです(笑)
大体、原稿が出来上がるのって22:45以降なんですよね~。
毎回、日付変更と戦いながら、彼らの奮闘する物語を作者も奮闘しながら書いています。


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繰り返される脱出

「ウソだろ……」

 

 

外の見回りに向かうために、玄関のドアを開けた錬は思わず震える。昨日殲滅したのと同等の数くらいのゾンビが、門の前にいた。錬は、音をたてないように慎重にドアを閉める。そして、時雨の部屋に向かって駆け出した。

 

 

「時雨……って、お取り込み中だったかな?」

「気にするな。それよりどうしたんだ、錬」

 

 

錬は時雨に簡単に現状を説明する。一瞬、時雨は目を見開いたが、直ぐに作戦を練り始めた。錬からの情報を基にすると、正面玄関からの脱出の成功確率は、ほぼ不可能である。しかも、車が止めてあるガレージのシャッターを開けるときに音が出る危険がある。かといって裏口かあは脱出か容易ではあるが、その後の足となるものが無い。荷物を運ばなくてはならないので、裏口から脱出しても後々苦労することなる。

 

 

「そう言えば、くるみ、アレはあるか?」

 

 

くるみは、無言で頷いて時雨にアルモノを渡した。

 

 

「準備ができ次第脱出しよう」

「そうね」

 

 

錬は居間に向かい、夏奈に脱出することを伝えた。夏奈はテキパキと荷物をまとめ始めた。

 

数十分後……

 

 

「慎重に行くぞ」

「そうね、時雨君も無理だけはしないことね」

 

 

先頭に立つ錬はドアをゆっくりと開け、ガレージに向かって駆け出した。そのあとを皆が続き、最後に時雨がドアを閉めた。錬は車のトランクを開け、荷物を投げ入れ後部座席に飛び乗った。夏奈はくるみを抱え、錬が開けたドアから車に飛び乗った。

 

 

「計画は順調だな」

 

 

ポツリと時雨は呟き、手に持っている小さなビニール袋から防犯ブザーを取り出した。その紐を引くと、大きな音が辺りに響き渡る。そして、時雨は防犯ブザーをガレージとは逆方向の道に向けて投げた。

 

 

「よし、大分移動してくれたな」

 

 

その様子を時雨の少し前を走る、ほのかの確認した。そしてポケットからガレージの扉を開閉するためのリモコンを取り出した。そして、スイッチを押す。

 

 

「お兄ちゃん、ほのかさん、急いで!」

「わかっているわよ」 「わかってる」

 

 

時雨とほのかは流れる様に走り、車に乗り込む。ドアを閉めると同時に、由美はアクセルを踏み込む。何体かゾンビを轢き飛ばしながら車は、一般道を再びエンジン音を奏でながら走り始めた。

 

 

 

 

 

「まったく、安心できる場所はねえのかよ」

「諦めろ、生き残れている方が奇跡的だ」

 

 

時雨は流れる窓の風景を眺めてた。ふと、前を向くと肘をドア アームレストにかけ、唇を尖らせていた。その時、隣に座っている錬が肘で時雨の肩をつついた。

 

 

「ったく……。時雨~何か話そうぜ~」

「断る、お前と話すと疲れる」

「ひどいな」

 

 

そう言っても、錬はニコニコと笑いながら時雨の肩に手を乗せている。一方の時雨も諦めているようで、目が完全に死んでいた。しかし、錬は全く気にする様子も見せず会話を続けた。

 

 

「気を変えるためにも、少し明るい話をしようじゃないか」

「……好きにしろ」

「じゃあ、そうだな……恋バナとか、どうだ? 王道かもしれないが」

 

 

そう笑いながら錬が言うと前の席に座っている、ほのかの表情が変わる。その反応を錬は見逃さなかった。痛いところを的確に突いていく。その度に、ほのかは「うるさいわね」とだけ返し外の様子を眺めていた。何を言っても、面白い反応が返ってこないので、飽きた錬は寄りかかりながら時雨の方を向き、ニヤリと笑いながらいじり始めた。

 

 

「で、お前はいるのか? 好きな人」

「う、煩いな、黙って次の泊まれそうな場所を探せ」

「いるってことだな」

 

 

時雨は深いため息を1つ吐き、目を閉じた。

 

 

「時雨様、この近くにガソリンスタンドはありますか?」

 

 

どうやらガソリンに余裕が無くなったようだ。生憎、時雨はこの辺りの地理は詳しくない。その時、ほのかが助け船を出す。

 

 

「由美、この次の信号を左折しなさい。右手に見えてくるはずよ」

 

 

スマートフォンを片手に持ち、由美に教えガソリンスタンドに向かう。

 

 

 

「ここもか……」

 

 

ガソリンスタンドの近くに取り巻くかのように数多くのゾンビが徘徊している。由美はガソリンスタンドから少し遠い位置に車を停車する。

 

 

「一番危険なのはガソリンを入れている間です。」

「そうだな、無防備な訳なんだからな」

 

 

話し合った結果、時雨と錬が守ることになり、その間に由美がガソリンを入れるとなった。由美はエンジンをかけ、アクセルを踏み込む。

 

 

「行きますよ。お嬢様達は何があっても動かないでください。飛び道具も使わないでください」

「行くぞ」

 

 

時雨と錬が車から飛び降り、戦闘体制に入る。

 

 

「7分、耐えれば良いから」

「サービス残業はしないからな、時雨」

 

 

時雨は腰を落とし、ゾンビに接近する。首を切り落とし、次の獲物(ゾンビ)に攻撃を仕掛ける。当然、戦闘時に音が発生してしまう。だから時雨は出来るだけ車から離れていった。少しでも、由美達の負担を減らすために。

 

 

「まったく、疲れるなぁ……」

 

 

遠くでポツリと愚痴を溢す錬がいた。時雨は錬のことを睨み付ける。その時目の前にゾンビが正に覆い被ろうとしてくる。彼は、ゾンビの左肩を蹴り、出来た隙にゾンビの首を切り落とす。

 

 

「……危なかったな」

 

 

そう言いつつも、時雨は殺戮機械の様にゾンビの首を切る。時雨の服には返り血、背後には血溜まりが無数に出来ている。

 

 

「お兄ちゃん、戻ってきて行けるから」

「わかった」

 

 

時雨と錬は車に戻り、由美はエンジンをかけた。時雨は着ていた服を取り替える。脱いだ服は窓を開け、投げ捨てた。

白い布は風で舞い上がる。空は曇天だった。




まずは、謝罪から失礼します。今日のキャス終了時から何だか体が怠いです。熱っぽいです。風邪かな? 分かりませんが、文字数が……。
さらに更新速度がぶれそうです。すみません。


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安全地帯は存在しない

今回のお話は戦闘シーンが限りなく少ないです、ごめんなさい。


「ここなら、暫く立て籠れそうだな」

「そうだな。まあ、他の生存者がいて揉め事になりそうだがな」

 

 

彼らがたどり着いた場所は、ホームセンターとスーパーマーケットが一緒になっているてんぽだった。広々とした駐車場には点々とゾンビの姿が見えている。斜路を下り、駐車場内に入る。彼らは少量の荷物しか持たなかった。

 

 

「刀と銃は隠せそうな場所に隠そう。バレたら盗まれるからな」

「お兄ちゃんそれは良いんだけど、どうやって中に入れてもらうの?」

「事務所か商品搬入口のどっちかだろう。それが無理そうなら、その時は夏奈に任せるよ」

「いくわよ、時雨君」

 

 

ほのかの、かけ声に合わせて車のドアを開ける。先陣を切ったのは錬だった。しかし、刀と銃は使わないという制約のため、直前で避けるか包丁でゾンビの額を突き刺し、引き抜く。

 

 

「時雨! この位置からなら正面突破の方が早い」

「そうか、武器を隠せそうな場所はあるか?」

「自動販売機の隙間とか……。ベンチの下に固定とか」

「自販機の隙間で大丈夫か……」

「段ボールで隠せば、問題ないだろ」

 

 

彼らは数ヶ所に分けて自動販売機の隙間に武器を隠した。時雨はスーパーマーケットの正面玄関を叩く。だが、中に居るハズの人からの反応はない。当然である、現状生存できる可能性はない。また、生存者の数も日を追う毎に減少している。

時雨の後ろに居た夏奈は、ポケットから1枚のメモ用紙を取り出した。錬からボールペンを借り、言葉を並べた。そして、その紙をガラス扉に押し付けた。

 

 

「時雨君、無視していた分のゾンビが集まり始めているわ。かんしゃく玉はあるかしら?」

「あるぞ」

 

 

時雨からかんしゃく玉を受け取った、ほのかはそれをある程度離れたゾンビの足元に向けて投げた。高い音を放ちながら、ゾンビの群れは音のする方に集まっていく。

 

 

「早く、入れ」

 

 

外人が自動ドアを手動で開け、手招きをしている。時雨は頷き、皆流れ込む様に店内に入っていった。

 

 

「危なかったな。俺は、ジャック」

 

 

時雨達も順番に軽く自己紹介をしていく。ゾロゾロと他の生存者も顔を出しに来て、順々に自己紹介をしていった。全員の自己紹介が終わった後にジャックは、ほのかを見て時雨に小指を立てて見せる。時雨は呆れた顔で「違う」と言った。ジャックは寂しそうに「そうか」と言った。

 

 

「ジャック、見回りの時間は何時なの?」

「午前に2回、午後に2回だ」

 

 

その後も、ほのかはジャックにあれこれ質問を繰り返す。ジャックは質問に全てハキハキと答えていた。

 

 

「じゃあ、私達はホームセンターの方を使わせてもらうわ」

「ほいほーい」

「行きましょ」

 

 

ほのか達は足早にその場を去る。ホームセンター側に着き、ほのかは周囲を確認する。他に人が居ないことを確認し、ほのかは口を開いた。

 

 

「自動販売機の隙間に隠した武器をホームセンター内に隠すわ」

 

 

ほのかの作戦は、ジャック達は基本的にホームセンター側には来ないらしい。そこをついて、武器をホームセンターに隠すというものだ。次の見回りは、ほのかと時雨が行くと既に伝えている。その見回りの時間だが、午後6時。懐中電灯を使うことになるが、辺りは闇に包まれている。その隙にホームセンター側の自動ドアの鍵を解錠して武器をホームセンター内に隠す訳だ。

 

 

 

作戦決行の午後6時が近づく、夏奈は自動ドアを解錠する。ほのかと時雨は懐中電灯片手に昼間に隠した武器を取りに行く。素早く武器を回収し、ホームセンターの入り口に向かう。待機組に渡し、各々隠しに行ってもらう。入り口を閉め、夏奈は施錠する。

 

 

「見回り、終わったわよ」

「おう、ありがとな。疲れただろ。ゆっくり寝てくれや」

 

 

2人は軽くお辞儀をして、ホームセンター側に向かった。

 

 

 

「おかえり。お兄ちゃん、ほのかさん」

「ただいま」

 

 

ホームセンターは広いため、どこに武器を隠したのか知るのは3人だけである。情報を交換したり、乾パンを口にしながら今後の予定を練り直している間に時計は午後10時を指していた。

 

 

「そろそろ寝ましょうか」

 

 

ライトを消し、夏奈はペットコーナー、錬は日用品コーナー、由美は休憩所で、ほのかは展示用のベッドにそれぞれ眠りについた。しかし、時雨だけは眠りにつかなかった。昼間のとある人物の行動が怪しかったからだ。皆の寝る位置をバラバラにしたのも理由がある。

 

時雨は暗闇の中、最小限の足音で移動を開始する。ほのかが寝ているベッドの近くの柱身を潜め、その場で待機をする。すると、遠くで革靴の高い音が響く。現在、ほのかの実家で身なりを一式変えている時雨達は走りやすさを優先するため、ランニングシューズを履いている。だが、足音は革靴だ。昼間見た限り革靴を履いている人物は1人きりである。足音が徐々近くなる。順々にコーナーを回っているらしい。つまり、時雨とほのかの現在地点までは分かっていないようだ。

足音が徐々に近くなる。すると、ほのかの寝ているベッドの手前で足音が止まる。次の瞬間、掛け布団を捲る、布の音が聞こえた。時雨は持っていた懐中電灯でほのかのベッドを照らす。

 

 

「やっぱり、あんたか。ジャックさん」

「うーん。いつ気づいたのかね」

「うるさい」

 

 

時雨はジャックの鳩尾に強力な打撃を打ち込む。気を失ったジャックの首を掴んで時雨はジャックをスーパーマーケットの方に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝

 

ほのかが目を覚ますと、ベッドの隅に寝息をたてている時雨がいた。時雨のさらさらの髪を触っていると、ほのかの口角は少しだけ緩んだ。

 

 

「ん……。すまん、寝てしまった」

 

 

タイミング良く時雨が起きたので、ほのかは真顔に戻る。

 

 

「さっき、俺の髪の毛弄っていたよな」

「ゴミがついていただけよ」

 

 

ほのかは立ち上がり、背伸びをした。

 

 

「お兄ちゃん、おはよう」

 

 

夏奈達も起きてきたようで、いつものメンバーが集結する。その後は朝食を軽く摂取したり、ストレッチをしたりしていたら、太陽もかなり昇ってきていた。

 

 

「なあ、時雨。スーパーマーケットの方、騒がしくね?」

「確かにな……」

 

 

錬の言う通りスーパーマーケットの方が先日より、少し騒がしい。時雨たちは武装して様子を見に行くことにした。




風邪じゃなくてインフルエンザでした。


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仲間の背中を守る者

念押しに武器は装備していた、もうすぐここもゾンビによって制圧され、脱出することになることをどこかで察していた。

 

 

「……まさか」

 

 

時雨は唖然としていた。既にゾンビが複数体だが、スーパーマーケット内に侵入していたからだ。ほのかは素早くドアや窓を確認したが、割れている痕跡はどこにも無い。無論、ドアも窓も締め切りである。

 

 

「スーパーマーケット側の裏口を誰かが開けたんじゃね」

「可能性は高いな、義理じゃないが、人数を数えておこう」

 

 

彼らは商品棚の間を縫うように進み、時々食料を確保しつつ人数を数えた。けれでも、人数が2人足りない。しかも男女1人ずつだ。恋人同士が立てこもるのが限界で、逃げ出そうとしたのだろう。食料はスーパーマーケットで確保して、武器も予めホームセンターの方で得ていたと推測できる。また脱出後の足となる車も確保事態はそう難しくはない。

 

 

「ねえ、お兄ちゃん。あの人たちじゃない?」

 

 

銃を片方の肩にかけている夏奈が指を指す方を見ると、確かに男女1組が呆然と立っていた。

 

 

「間違っても助けようと思うな。これ以上、人数が増えたら定員オーバーと食糧難が加速するだけだ」

「……時雨。食料を出来る限り詰め込んでここを出ろ」

「錬? どうしたんだ」

「嫌な予感がするんだよ。勘だけどな」

「わかった」

 

 

錬の言葉を聞いた他のメンバーは、缶詰めやインスタント食品を抱えホームセンターの方に全力で駆け出した。

 

 

「錬、何している! 行くぞ」

「いや……時雨。多分、こっちの裏口から雪崩のように流れ込んでくる。もちろん、お前と夏奈ちゃんでなんとかなるだろう。でもな、弾は本当に節約しないと駄目だ。……まあ、何て言うか……」

 

 

時雨は、こういう時に何と声をかけてたらいいのか、わからなかった。

 

 

「やっと、まとまった。……俺にも格好つけさせろ」

 

 

時雨は、にこやかに笑い親指を突き立てた。そして、振り返ることなくホームセンターの裏口を目指して駆け出した。

 

 

 

 

 

「……我ながら、シリアスなシーンは苦手だぜ」

 

 

鞘から刀を抜いたとき、時雨に伝言を残す事を忘れていることに気がついた。錬は、右手で頭を掻きながら名残惜しそうに笑った。

 

 

「君の妹の心を掴んでやるってな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!? 錬さんは?」

「俺らに格好良いところを見せたいんだとよ」

「錬さん、既にカッコいいのに……」

「何か言ったか?」

 

 

夏奈の声は、か弱く細々としていたため、誰にも聞こえなかった。由美がドアを開き、先陣を買って出る。駐車場のゾンビの数は昨日の来たときに比べて、多少は減少していた。いや、スーパーマーケットに移動していた。それでも残っているゾンビを由美はサバイバルナイフ1本で倒していく。

車に何とか近づき、キーを刺してエンジンをかける。車内は少々冷えていたが、今はそれを気にしている余裕はない。錬以外が乗ったことを確認した由美はアクセルを踏み込み、車を発進させる。

 

 

「次は、何処に行く予定なのかしら? あの規模の店でも一晩しか越していないのね」

 

 

ため息混じりに、ほのかが言う。すると、ほのかのスマホのバイブ機能が作動する。着信相手は『お母様』。そう、大道寺早紀である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ、時雨達は脱出出来た頃かな」

 

 

陽気にも鼻歌混じりに錬は、ぼやく。格好つけたかった以外にも錬が、ここに残る理由はあった。人数を数えた時に見かけた他の生存者達。彼らを助けたいという衝動が防衛意識を越したからである。ふざけた言動をよくする錬ですら、あのメンバーのなかで3番目にふつうである。

 

 

「素直になれない馬鹿、それに気がつかない馬鹿、完璧すぎる馬鹿、重い愛を持つ馬鹿、馬鹿の専属メイド、そして……俺」

 

 

裏口に向かいながら錬は誘導を忘れない。現在この場所にいるのは、カップルとジャックそして5人。内1人は高齢者である。錬はお婆さんの肩を担ごうとするが外国人にその役を奪い取られる。ジャックはお婆さんを背負い、錬と目を合わせ頷き、ホームセンターの方に駆けていった。錬は走り、米が積まれた台車でドアを仮止めして周囲に居たゾンビを切り殺す。

 

 

「時雨だったら同時に全員殺れたな……」

 

 

錬は彼らに指示を出すためにホームセンターの方に一度戻るために全力で走った。彼は、けして足が遅いわけではない、寧ろ速い。

 

 

「君達、俺のことはいいから。ここにバリケードを作れ。作り方は……」

「大丈夫だ、任せろ」

 

 

錬の言葉に重ねるようにジャックが被せてくる。そして、ジャックは右手をスッと出してきた。錬はしっかりと握り返した。

 

 

「時雨と約束した、皆を守るって」

「そっか、そっか。それと、そっちに靴ってある?」

 

 

錬は、あるものを受け取り振り返らずスーパーマーケットの方に1人で戻っていった。

 

 

「よし」

 

 

錬が欲しがっていたのは靴の踵付近にローラーの付いたものだった。錬はスケート選手の如くスーパーマーケット内を駆け巡った。店内に無数のゾンビが侵入しているのを見るとどうやら台車はその役目を終えたようだ。ふと、錬はスーパーマーケット側の正面の自動ドアを見るとゾンビが開店セールを待ちかねている主婦の様になっていた。一番前にいるゾンビは既に体が潰れ始めていて血溜まりが出来上がっている。また、内臓が崩れ床に零れている。

 

 

「……ひび、入ってね?」

 

 

小さなヒビが確実に大きくなる。そして、ダムが決壊するように自動ドアが破られる。錬は、後方にローラーシューズを器用に操り距離をとって、既に店内に居たゾンビの頭を切り飛ばしていく。ゾンビは膝から崩れ落ち、赤い血の池をまた1つ作り出す。錬はコーナーを曲がり、次のゾンビに標準を絞る。ゾンビの脚部を蹴り転倒させる。仰向けに倒れたゾンビの首に刀を当て横に払う。

 

 

「問題は侵入してきたゾンビ達だよなぁ……」

 

 

錬は滑りながらどう対処するか考えた。何か言ったから効率的に処理しなくては錬の体力限界が来る。

 

 

「巨大な刃物があれば入り口に固定するんだよな」

 

 

ぼやきながら何か道具が無いか探す。と、何かの線の様なものを見つけた。

 

 

「ピアノ線? どうしてここに?」

 

 

 

しかし、今それを気にしている猶予はない。錬はある通りに2箇所、自分の首の高さから計算してピアノ線の罠を作った。次に錬は入り口付近に戻り、床を叩き音を出し先ほど用意した罠まで案内した。けれど、計算式が狂ってしまった。

 

 

「……数が多すぎる」

 

 

この作戦は数が多すぎると力業で強引に突破されてしまう。ピアノ線もある程度は頑丈だが、無制限に耐久出来るわけではない。また、首に当たらない限り意味がない。戦力をそぐこともできない。

そういった小さなミスが重なり、次第に錬は追い詰められていった。

 

 

「これは、ヤバいな。冗談とか言っている余裕はないや」

 

 

錬の額に冷や汗が流れる。経験したことがないほどの不安、ついこの間おきた仲間の死。見えない恐怖。それらが形のないプレッシャーとなって錬に襲いかかる。手は小刻みに震え、足もスムーズに脳からの指示を実行するのは難しい状態になっている。

 

 

「死にたくない……。死にたくない」

 

 

錬は頭を抱えて、しゃがみこんでしまった。しかし、脳裏にとある人物の顔が思い浮かぶ。夏奈である。好きな人の前で格好つけたいように錬は好きな人がいない場所でも格好つけようと念じ始めた。

 

 

「……まあ、気楽に……行こう!」

 

 

幸いにも一番奥の通路に移動していたのと、ピアノ線のお蔭で周囲にゾンビはいない。刀を握り直した錬の背後から複数のゾンビが襲いかかる。反応が遅れた錬は……。




はい、尻切れトンボとか言わないの! 作者です。
今回も錬くん無双がメインとなりました。まあ、タイトル回収のためなんですけどね。
サブタイトル回収できてましたかね? わかりませんが。それではまた次回に。


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2人の女性の逃走劇

大きな病院の中を1人の女性が駆け抜ける。その背後には複数のゾンビが彼女を追いかけてきていた。曲がり角を曲がり、手すりに掴まりながら1段飛ばしで駆け下りていく。突き当たりを左に曲がり、とある診察室のドアを叩く。

 

 

「うみー、私よ」

 

 

するとドアが開錠され、1人の女性が顔を出した。

 

 

「はやくしなさーい」

「はい」

 

 

ドアが閉められ、再び施錠される。白衣をまとい、スルメイカを咥えながら白衣のポケットに両手を入れている女性の名は(うみ)、外科医である。そして走っていた女性は(ひとみ)という小児科医だ。

 

 

「海、既に6階でも患者が……」

「ひとみ〜、あんたも医者なんだから落ち着きなさいよ」

「そう言う海さんはしっかりしてください!」

 

 

海は、椅子に深々と座りスルメイカを食べている。戦場と化している場所でもこの余裕である。瞳は逆に心配症だ。2人の子供のことが心配で堪らなかったのである。

 

 

「電話も繋がらないし……」

「回線混んでるからね」

 

 

海は腕を伸ばしリラックスしている。ここには2人しかいなかった。そもそも、この病院は診察室が複数存在する総合病院である。手術も出来るような設備も整っている。海は凄腕の外科医で、ポケットにメスが入っていると噂されている。

 

 

「ひとみー、足音」

「ホント、地獄耳よね」

 

 

瞳は白衣の内ポケットから1丁、銃を取り出し構えた。しばらく待つとドアは乱暴に叩かられ、男性の声が聞こえた。

 

 

「おい! 開けてくれ!」

「杉本さんね、どうする、海?」

「話だけでも聞けば〜」

 

 

ペロペロキャンディを取り出し、噛み付いている。全く以て緊張感がなかった。瞳はため息をつき、ドアを開けて銃を突きつけた。

 

 

「ひっ……」

 

 

杉本が後ろに引いた瞬間、瞳は杉本が怪我していないか確認した。現段階で感染している可能性が高いからである。

 

 

「左足首……」

 

 

杉本の左足首は赤く汚れていた。出血自体は止まっているようだ。杉本は急に瞳の腹部を殴った。観察に集中し過ぎていた瞳の反応は遅れた。

 

 

「おい、助けろよ」

 

 

右足で杉本は瞳の顔を踏みつける。瞳は銃を拾おうとするが、杉本は銃を取り上げると自分のポケットに忍ばした。

 

 

「おい、お前のその汚い足を退けろ。殺すぞ?」

 

 

怒りで海の顔には血管が浮かび上がりそうだった。彼女は内ポケットからメスを取り出した。勿論、保護されているため刃は出ていない。しかし、彼女はその保護を取り、それを杉本に向けて投げた。メスは杉本の左肩に突き刺さる。白衣は血で汚れた。

 

 

「貴様……!」

「あんたはもう感染してんだよ。諦めな」

 

 

海は杉本の額に向けてメスを投げた。杉本はその場に崩れ落ち、額から血を流した。海は杉本を蹴り飛ばし、部屋の外に出す。

 

 

「瞳、大丈夫?」

「大丈夫よ」

 

 

ゆっくりと立ち上がり、2度首を左右に振りため息をついた。

 

 

「また、ため息?」

「それより、早くドアを閉めて」

 

 

海はドアに寄ってドアを閉めた。閉める際、周囲の状況を確認した。現在、彼女達は5階にいる。いつまでもここに立てこもるのは無理だと2人は理解していた。だけど5階が1番安全であると分かっていたから彼女達はこのフロアに立てこもっていた。

 

 

「ひとみ、そろそろ移動しよー」

「わかったわ、とりあえず3階を目指そ。そこに私の車の鍵があるから」

「そうだね」

 

 

海はポケットから小さな鍵を取り出し、引き出しに差し込み回した。引き出しを思いっきり引き、中に入っているものを取り出した。

 

 

「メス、まだあったの?」

「縦ロールのシューティングゲームの従者に憧れてね。メスは隠し持っていたんだ〜」

 

 

苦虫を噛み潰したような表情で海は答えた。そして、引き出しに入っていたメスを全て取り出した。更に、1番上の引き出しに入っているペロペロキャンディを取り出した。

 

 

「お待たせー、行こっか」

「そうね」

 

 

ドアを横に引き、通路にでた。

 

 

「右の方が30mくらい近いね」

 

 

そう言って彼女達は足音を気にせず、全力で走り始めた。この段階でメスは20本、銃弾は40発である。

 

階段にもゾンビがいた。階段ではより一層音が響くため、海がこの場を担当することになった。彼女は、ポケットからメスを取り出すと額に突き刺しては引き抜いてを繰り返した。1本で処理することでメスの無駄使いを抑えた。

 

 

「4階か……」

「ほら、海、行くよ!」

 

 

海は引っ張られるように瞳に連れていかれた。勿論4階にもゾンビはいるが、戦うメリットが無いため彼女達はスルーすることにした。

 

 

「3階……」

 

 

3階は病室と瞳の診察室がある。

 

 

「3階のどこ?」

「私の診察室」

 

 

メスを投げて行く手を拒むゾンビの額に突き刺していく。それを通り過ぎる際に回収すると流れで瞳の診察室を目指した。

 

 

「ここよ」

 

 

瞳の診察室の前に着き、引き戸を開けた。中は綺麗に整理整頓されている。机の上に置かれている棚の中からクマのキャラクターのキーホルダーが付いている鍵を握りしめ、瞳は部屋を出た。

 

 

「あとは2階と1階を突破して、駐車場に行ければ問題ないわ」

「脱出後はどうするの?」

「スーパーマーケットの前を通る道が一番近いから。そこを通って私の家に行くわ」

 

 

海は黙って頷き、駆け出した。それに続けて瞳も、あとを追った。1階に何とか到着した彼女達は入口の近くにあるカウンターの前に来ていた。もし、このゾンビ騒動が最近流行ったウイルスが原因なら、このパソコンを使えば分かると思ったからだ。瞳が探している間、海がこの場の防衛をしている。

 

 

「瞳、そろそろ限界なんだけど……」

「もう少し待って……」

 

 

瞳は慣れた手つきでキーボードを叩き続ける。しかし、得られたものは何も無かった。

 

 

「骨折り損のくたびれもうけね」

「えー」

「ほら行くよ」

 

 

海は何か不機嫌そうだったが、瞳になだめられた。彼女達は駐車場に出て呆然とする。駐車場の中にもゾンビが湧いているのだ。

 

 

「海、大丈夫。これがあるから」

 

 

そう言って瞳は落ちていた空き缶を手に持ち車とは真逆の方向に投げた。投げられた空き缶は放物線を描きながら、地面と接触した。その際、小さいが音がした。その時に彼女達は車に向かって走り出した。

 

 

「よし! あとは逃げるだけね」

「ふぅ……」

 

 

海は安心したようで再びスルメイカを食べ始めた。瞳はエンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。

 

 

「そう言えば名札返してないけど大丈夫かな?」

「大丈夫でしょ」

 

 

そう言って瞳と海は名札を外した。名札には『相川瞳』『黒崎海』と書いてあった。

海は白衣を脱ぎ、後部座席に投げ込んだ。

 

 

「ふぅ……。疲れたわ」

「でも、私達の子供の方が無茶してそう」

「くるみちゃん、時雨にゾッコンだからね」

「くるみの母親としてはあれはもう狂気の1種だよ」

 

 

2人はそう言って笑った。街の中で機能しているのは信号機だけだった。車は何度かゾンビを轢き殺しながら相川家を目指した。

 

 

「そう言えば、昔の事だけど。私達グルだったの覚えている?」

 

 

急に海が言い出した。しかし、瞳は海と組んでいたことは覚えていない。

 

 

「あった?」

「ほら、ボスが早紀って子でさ。私はブラックメスって呼ばれていたんだけど」

「あぁ、あったわね、そんなこと。懐かしいわね。その後、早紀はチーム抜けて結婚したんだっけ?」

「そうそう」

 

 

2人は思い出話に花を咲かせている。まるで女子会のように話しているが、かなり物騒なことも話している。このシーンを見た男性は、女性は怖いと思うだろう。




エイプリルフールの日と更新が重なりましたね。まあ、何も関係ないんですけどね(笑)
さて今回の話は時雨とくるみの母親のお話をちょっとだけ書かせていただきました。
文字数が少なかったので、早紀の過去も合わせて書かせていただきました。


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人は信じて、恋して、夢を見る

時雨のスマホが着信を知らせるために震える。時雨はディスプレイを覗き、誰からかかってきたのかを確認した。ディスプレイには『大道寺早紀』とあった。時雨は直ぐに応答した。

 

 

「やっと、繋がった。時雨、よく聞きなさい。ファールゼードって会社覚えている?」

「ええ、わかりますが?」

「そこが、とうとう尻尾を出したわ。本社に向かいなさい」

「でも、メリット無いですよね?」

「馬鹿ね、研究所の場所が分かれば解毒剤を作ることが可能よ」

「分かりました」

 

 

時雨は通話を終了して、運転している由美に行き先をファールゼード本社にしてもらった。車にはカーナビが付いているため、ネットで調べた住所を入力して本社に向かった。

 

 

本社まで1時間近くかかった。

 

 

「ここが本社だ」

 

 

道路の片側に車を停め、窓から様子を伺った。いざとなったら強行突破も視野に入れていた。しかし、本社の前に1人の男性が立っていて、なかなか動こうとしない。それどころか左右をキョロキョロと見て警戒しているように見える。

 

 

「お兄ちゃん、アイツ長元じゃないかな?」

 

 

夏奈に言われ、改めて時雨は男性の見た目を確認する。確かに背丈は長元とほぼ変わらなかった。時雨は刀を持ち、夏奈は拳銃を持ち、車を降りた。長元と思われる男性も気づいたようでこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「何の真似だ?」

 

 

時雨は刀を抜き、長元の首筋に当てる。長元は両手を上げ、何もしないと告げた。時雨は刀を収めて話だけは聞くことにした。

 

 

「時雨君、よく聞いてくれ。これがファールゼード社の機密情報の入ったUSBメモリーカードだ。それと、これは今回の1件に関係していると思ったから持ち出した資料だ」

「どういう風の吹き回しだ?」

「家でファールゼード社の社長がテレビに出ているのを見たんだ。アイツの行動は怪しい点か多数あったんだ。そこでファールゼード社を調べ上げたらこれだ」

「なるほどな、わかった。今回はお前を信じる」

「助かったよ。一応、私も教師の1人だから子供に信頼されると嬉しいぞ」

 

 

長元は目元の涙を拭き、早く行くように時雨に呼びかけた。時雨は頷き、走って戻った。時雨は車に乗り込むのと車が発進するのを長元は見送ると肩に入っていた力が抜けた。

 

 

「彼らには迷惑をかけっぱなしだな。まあ、アイツにもかなり迷惑をかけられたからな。これくらいは許してもらいたいな」

 

 

安心しきった長元なの体を1発の弾丸が貫く。致命傷は辛うじて外れたが、長元は崩れ落ちる。長元は余力で狙撃場所を探そうとした。

 

 

「向かいのビルの屋上……か」

 

 

その時、長元の頭を2発目の弾丸が貫く。彼は頭から血を流しながら、絶命した。

 

 

「資料はアイツらが持っていったのか」

 

 

フードを被った男性は素早く隣の建物に移った。そして、走行中の車を発見する。その後、拳銃で車に狙いを定めてトリガーを引いた。

 

 

 

銃弾で後部座席の窓ガラスが割れる。幸いにも誰も怪我をしなかった。

 

 

「由美、狙撃されにくい場所を通りながら研究所に向かいなさい」

「御意」

 

 

由美はアクセルを吹かして更にスピードを上げた。その後も何度か狙撃されるも怪我人は出なかった。

 

 

「今のって……」

「間違いないな。あそこの企業のお偉いさんだよ」

「社長ってこと?」

「ああ」

 

 

時雨は内心焦っていた。研究所の規模も内部構成も分かっていない。それでも、謎を解明したいという欲望だけはしっかりと働いている。ふと、時雨は銃声聞いた。

 

 

「まだ狙撃されているのか?」

「お兄ちゃん、それは違うよ。発砲音が違う……。多分警察が使っている物だと思うよ」

「確認だけはしていくか?」

「お兄ちゃんに任せるよ」

 

 

結局、時雨の独断で警察署に寄ってから研究所を目指すことにした。現在地点から警察署までは車で20分の距離にある。道路上には他に車が無いため、信号機は基本無視している。「時雨君、ここの警察署って……」

「間違いない、親父が働いている警察署だ……」

 

 

しかし、中に人の気配は感じなかった。時雨は車から降りて、中に入っていく。その後を入り口ギリギリに車を停めて、他のメンバーも降りてくる。車をギリギリに停めた理由は直ぐに車に乗って逃走できるようにするためである。

 

 

「お義父さまの席は分かるの?」

「ああ、窓際の……。ここだ」

 

 

机の上に置かれている写真立てには時雨と夏奈の小さい頃の写真が飾られていた。

 

 

「本当に家族思いのお義父さまよね」

「ああ……」

 

 

くるみだけは他の場所を探していた。探していたのは押収物が管理されている部屋の鍵を探していた。持ち出されたのは少量の食料と銃弾だけだ、つまり、押収物倉庫は手をつけていないと、くるみはそこを狙うことにした。

 

 

「あった……」

「何があったの?」

 

 

くるみの手元を夏奈は覗き込む。そして、頷いた。

 

 

「銃弾には余裕があるけど。保険をかけなきゃね」

「うん……」

 

 

けれど、くるみの表情は浮かなかった。夏奈はくるみの視線の先を見ると時雨とほのかが会話をしていた。

 

 

「やっぱり私じゃ、駄目なのかもね」

「そんなこと悩んでいたの?」

 

 

くるみは顔を真っ赤にして俯いた。夏奈はくるみの肩にそっと手を置き、思い切ってある言葉を口にした。

 

 

「お兄ちゃん、昔から好きだった人を探しているんだよね。本人は気づいていないけど」

「それって、誰なの?」

「んー、笑顔が可愛い人。私はその人の見たこと無いけど」

 

 

夏奈は、くるみから鍵を受け取り時雨の元に戻って事情を説明した。時雨は頷き、入口の方に戻ってきた。すれ違い際に、くるみの頭を撫でた。くるみは、再び顔を真っ赤にして棒立ちしてしまった。そして、ほのかがすれ違う際にボソリと耳打ちする。

 

 

「……よ」

「……本気ですか……?」

「ええ」

 

 

由美は首を傾げたが、自信に満ち溢れているほのかの表情を見て何かを察した。

 

 

「何やっているだ? 鍵開いたぞ」

「今、行くわ」

 

 

押収物倉庫に足を踏み入れると、中には数多くの銃を見つけたが弾の形状が合わないため、なくなく置いていくことにした。

 

 

「駄目だ……」

「そうね、早くここから脱出した方がいいかもしれないわ。何故か嫌な予感がする……」

 

 

ほのかの勘はよく当たる。ここは、ほのかを信頼して後にすることにした。

 

 

「お嬢様、長元様から頂いた資料から研究所の細かい住所がわかりました」

「そう、じゃあ……」

「ああ、さっさと行って異変の原因と解毒剤のレシピを持ち帰ろうか」

 

 

時雨は前に手を出した。それに気がついた夏奈も自身の手を時雨の手の上に乗せた。続いてほのか、くるみ、由美の順番で手を合わせる。

 

 

「行こうぜ!」

「おー!」

 

時雨達は車に乗り込み、発進した。研究所の住所を確認すると街から外れた山の一部に作られているようだった。警察署を後にした時雨達は車に揺られること3時間。辺りは闇が支配するようになっていた。

 

 

「何故、車を停めた?」

「エンジンストール。簡単に言えばエンストと言うものです」

 

 

車が止まったのは幸いにも研究所の付近で、歩いて行けない距離ではない。けれども、辺りは暗くなっていく一方である。今晩は、ここで休むことにした。

 

 

「俺は外で……」

「お兄ちゃん、またそう言って風邪ひくよ?」

「う……」

「はいはい、じゃあ、ほのかさんと仲良く1番後ろでねてくださいねー」

 

 

ほのかは満更でもない表情を浮かべている。反対にくるみはナイフを丁寧に拭き、手袋を用意している。その様子を見た夏奈が急いで、くるみを止める。

 

 

「今は、おとなしく夏奈の言う通りにしておくよ」

 

 

呆れた様に時雨は呟き、後部座席に足を組んで座り瞼を閉じた。

 

 

「くるみちゃん、私と寝よ? それとも恋バナでもする?」

「夏奈がそう言うんじゃ……」

 

 

くるみもようやく時雨と寝るのを諦めたようでその前の席に座った。

 

 

「時雨君、くれぐれも変なことをしないことね」

「……」

 

 

ほのかは時雨の顔を覗き込むと、既に時雨は寝息を立てて眠りについていた。ほのかは少しだけ口角を上げ、時雨の額に口付けをした。まるで彼は私のものであると示すように。

 

 

 

2時間後……

時雨は急に眠気が覚め、起き上がる。見ると自分は毛布で包まれていたが、ほのかは何も包まれていなかった。冬場にも関わらず、動きやすいように半袖に長ズボンを穿いている。

 

 

「まったく……俺の心配してくれるのは嬉しいけど……無理だけはしてほしくないな」

 

 

そう言って時雨は自分だけ包まれていた毛布を、ほのかにもかけてあげる。ほのかの寝顔を見つめ、ふと彼はあることを思う。

 

 

「そう言えば……あの人の好きな人って誰なんだろう……」

「気になるんですね、兄貴」

「お兄ちゃん、その人に恋しているんだもんね……」

 

 

暗闇で定かではないが、夏奈達はニヤニヤしているのだろう。時雨は、軽くため息をつき素直に答えることにした。

 

 

「確認ですけど、あの人から変わってないんですよね?」

「ああ。俺の命の恩人で……。とても強くて可愛い人だ」

「よく、他の年頃のお嬢さん達がいるのによくそんなことが言えるね」

「それだけ、好きなんだよ」

 

 

時雨は少しだけ顔を紅潮させ、そっぽを向いた。しかし、直ぐに正面を向いて俯いた。

 

 

「こう見ると、お兄ちゃんも普通の恋する高校生だよね」

「夏奈も、普通の恋する中学生だよね」

「夏奈、お前好きな人いるのか?」

 

 

夏奈は少し照れたような表情を浮かべ、とある人の名前を囁いた。時雨はとても驚いたようで目を見開いた。その様子を見て夏奈はふてくされた。

 

 

「し……ぐれくん……」

 

 

ほのかの寝声に3人は集中していた。先ほど完璧に『時雨君』と言ったからである。その先の言葉が気になったからである。それでも、ほのかは何も言わずに再び寝息をたて始めた。3人は肩を落とした。

 

 

「ははっ……ほのからしいや」

「そうですね」

 

「3人とも、いつまで起きているつもりですか?」

 

 

目を擦りながら由美が起きてしまった。時雨はわかったと言い、そのまま恋話を続けた。

 

 

「それで、兄貴はあの人に告白するんですか? 家まで行っていて無しなんて……ないですよね?」

「そうだな……告白する予定だよ」

 

 

ぶっきらぼうに時雨は「もういい」とだけ言い瞼を閉じた。そのとき、ほのかの体の重心が変わった。そして、時雨の肩に寄りかかった。だが、時雨も既に眠りについているため全く気がつかなかった。その様子を見て夏奈は微笑んだ。

 

 

「おやすみなさい、鈍感なお二人さん」

 

 

再び、皆の意識が戻ったのは朝日が登り始めた、早朝の朝7時だった。




はい、どうも。最終回を目前にして目標の10万文字に達成できなそうで焦っている作者です。後書きのところで言うのも、どうかと思いましたが、夏奈は片想いをしています。その相手と将来くっつくんじゃないんでしょうか? 作者のさじ加減次第ですね。
さて、話が脱線しましたが最終回が刻一刻と近づいてきています。ラスボスですが、チートすれすれの力にしようと思っています。ゾンビ側も必死ですからね(彼らに感情はございません)
最終回直前と言いつつ、エンドはどれにでも行けるようにしてあります(ハッピーでもバッドでもノーマルでも)
と、言うことで最終回まで『日常が崩壊した世界で。』をよろしくお願いします。


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『ゼロ』と『エンドレス』

今回は探索回です。
次回、チートすれすれキャラとの対戦です。
そして、500文字くらいまで、作者の欲望と睡魔が暴走した結果です。
すみません、ごめんなさい。
更に途中で視点が変わり、再び戻ります。
わかりにくいとは思いますが……すみません。


「お嬢様、時雨様、起きてください。朝です」

 

 

由美に起こされ、2人は揃って起床する。窓ガラスに血や半透明の液体が付いている点から推測して、ここで戦闘が起きたのが目に見える。時雨は一度背伸びをする。

 

 

「おはよう、お兄ちゃん。朝御飯は……」

「後ろのトランクから適当に食べるよ」

 

 

夏奈は微笑み車の後方に周り、くるみと話しているようだ。くるみの表情から余り良い話では無さそうだ。時雨は毛布を、まだ寝ぼけているほのかの頭に被せる。ほのかは少しオタオタしたが、直ぐに立ち上がり毛布を肩からかけ、外に出た。

 

 

「思ったより寒いわね」

「冬が近づているからな」

 

 

乾パンをくわえながら時雨は呟いた。そんな時雨の肩を叩き、夏奈はあることを耳打ちした。時雨はくわえていた乾パンを落としそうになる。

 

 

「マジで言っているのか!?」

「異変が起きて、初日の朝の約束。夕飯を奢ってくれるってやつ。あれ無しで良いから……ね?」

「……俺、死んだだろ」

 

 

ほのかを見つけた時雨は少し顔を赤くさせながらくわた乾パンでポッキーゲームのようにほのかの口元に運んだ。ほのかは一瞬ドキッとしたような表情を見せたが、直ぐに真顔に戻り、時雨がくわえていた乾パンを人差し指と中指で摘まみ、自分の口の中に入れた。

 

 

「夏奈? 話があるんだけど?」

「お、お兄ちゃん。今日はどうするの?」

 

 

SOSを時雨に向けて放つ夏奈だったが、時雨は淡々と今日の予定を話始めた。

 

 

「ここから、武器と最低限の食料を持って研究所内に侵入する。ゾンビ騒動の関連資料を持ち出し、国会に出す。それが俺達が出来る最後の抵抗だ」

「そうね、一刻も早く普通の生活に戻りたいわ」

 

 

ここにきて初めて、ほのかが本音を漏らした。研究所までは片道40分くらいかかる計算だった。

 

 

 

 

 

 

「ふう、危なかった……」

 

 

時と場所は変わる。声変わりは済んでいるが、とても爽やかな声で少年は空を眺めている。彼の自慢の髪型も度重なる戦闘で、ぐちゃぐちゃになっていた。少年は駐車場そ横断して、駐車場の入り口付近に(たたず)んだ、車を捕まえるためにだ。その時1台の車がすぐ横を通り過ぎていった。彼は手を振り車を止めた。

 

 

「君は?」

「……加藤錬です!」

「私は相川瞳。知っているよね?」

 

 

錬は頷き、現状簡単にだが説明した。全て聞き終えた瞳は錬に後ろに乗るように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた。ここで間違いない」

 

 

時雨が指を指した先には確かにファールゼード社の社印が小さくだが描かれていた。扉は引き戸で時雨は戸を引き、中に侵入した。それに続いて、ほのか、くるみ、由美、夏奈の順番で侵入した。

 

 

「これってタブレットだよな」

 

 

時雨は落ちていたタブレットを拾い上げ、電源がつかないか試した。電源ボタンを数秒長押しするとシステムが起動した。中にはシンプルな機能しかなく、ゲームなどのアプリケーションはインストールされていなかった。けれども、そこから今回のゾンビ騒動に繋がる情報は何も得られなかった。

 

 

「時雨様、この研究所ですが現在のフロアが第一研究室、地下に第二、第三と続くようです」

「そうか……。片っ端か調べていくか?」

「それが、一番早いでしょう。急がば回れと言いますし」

 

 

壁に大きく第一研究室と書かれているフロアの探索を開始した。第一研究室はどうやら風邪薬などの市販薬の調合や研究をしているフロアのようだった。特に目立ったものも無く、そこまで荒らされた痕跡もなかった。

 

 

「何も無いわね」

「そう言えば階段も無いな。どうやって下に下りるんだ?」

「兄貴……こ、これって……」

 

 

廊下のような場所に出ると、そこには壁を指差して、くるみが震えていた。

 

 

「あら、階段あったじゃない」

「ほのか……。今回見るべき場所はそこじゃない……」

「あら」

 

 

壁には何かで引っ掻いたような傷と首より上が無い白衣の男性と壁にはトマトを叩きつけたような血痕が残されていた。

 

 

「……。お兄ちゃん」

「不味いな。得体の知れない生物が徘徊している。しかも第一研究室に痕跡があるのに、居ないってことは……」

「階段を使える。フロア間の移動が出来るってことね」

 

 

ほのかだけは冷静さを失わなかった。錬のように周りに流されない人が1人でもいないとメンバー全員が不安に堕ち、普通の判断も出来なくなる。だから、ほのかは冷静沈着に言葉を発した。

 

 

「行きましょ。まだあと2つもフロアが残っているのよ?」

「そうだな。行こう。でもその前に……」

 

 

時雨は死体と化した研究員の数を数えた。そして時雨を先頭に階段を降りていった。壁には第二研究室と書かれている。

 

 

「ここが第二研究室……」

「そうですね。植物園のような感じですね」

 

 

机の上に置かれていた紙の束を夏奈は持ち上げ、目を通していく。その目に不安が隠せない。

 

 

「ここは……生物の成長を変える……実験をしている……部屋……」

「だから、いつでも野菜の価格が変わらないわけか。良いことじゃないか?」

「……本当にいいのかな……それで」

「これって……」

 

 

くるみが見つけた資料には『食虫植物の強化』と書かれていた。具体的な内容な食虫植物を改良して人間を食す生物を作り出すというものだった。

 

 

「あいつら、何を考えているんだ?」

「わからないわね。彼らは普通の人間じゃないもの」

 

 

ほのかは呆れたように両手を開いた。時雨は急に机を蹴り倒した。

 

 

「コイツら……ふざけている……」

 

 

そう言って時雨は階段を目掛けて走り出した。ほのか達もそれに続いて階段を駆け降りた。壁には今までと同様に第三研究室と書かれている。

 

 

「ここは?」

 

 

他のフロアに比べて闇に包まれていた。ただ、一番このフロアに血痕が残されている。ここで、多くの命が散っていたと推測できる。くるみは照明をつけるためのスイッチを手探りで探す。その時、何か液体に触れる様な感じがした。

 

 

「あった……。これがスイッチだ!」

 

 

くるみはスイッチを押し、照明をつけると自身の手が赤く染まってる事に驚いた。どうやら先ほど触れたのは自殺した研究員のようだった。感染はしなかったものの、生き延びれる気がしなかったのが自殺の原因と近くに落ちていた遺書に書かれていた。

 

 

「くるみ、何しているの? 奥に進むわよ」

「は、はい」

 

 

時雨はこの時、肌寒さを感じた。しかし、エアコンはこの近くにはない。時雨は首をかしげる。

 

 

「……嫌な予感がするわね……」

「ああ、寒気がするぜ……」

 

 

時雨達は慎重に歩み続けた。冬場にも関わらず、首筋には時折汗が流れ落ちる。

 

 

「お兄ちゃん……。変な足音聞こえない?」

「聞こえないぞ? 気のせいじゃないか?」

「うーん……そっか」

 

 

机の上に置かれていたファイルを取り、時雨はパラパラとページをめくった。この研究室ではウイルスや軍事目的の薬物の生成が目的らしい。

 

 

「今回のゾンビ騒動の原因もここだろう」

「お兄ちゃん、レポートによるとウイルス事態は冷気に弱かったみたいで数日で消滅したみたい。ゾンビが増えたのって多分、噛まれることによる連鎖で増えたんだと思うよ」

「そうなると、ウイルスは何だったんだ……」

 

 

ふと、くるみは1台だけパソコンの画面が完全にシャットダウンされていないのを見つける。駆け寄ってキーボードで入力し始めると、無数の数字の羅列が画面上に現れる。

 

 

「……」

 

 

しかし中々画面は動かない。

 

 

「あった。ウイルスの名前は『ゼロ』。元々は筋肉増強剤で実験の失敗で触れた者を数時間後に殺害し、その後動く死体へと変化させる液体状のウイルス……」

「お嬢様、このようなものも。くるみ様が見つけ出した資料と合わせてご覧ください」

「……研究員の日誌のようね」

 

 

○月×日

筋肉増強剤の『ゼロ』の試作品が完成した。名前は筋肉痛がなくなる、そこから『ゼロ』にしようと決まった。この薬で我が国の戦力は大幅に向上するだろう。

 

○月△日

『ゼロ』の進化は素晴らしいものだった。研究を開始した段階では不可能と思われていたのだが、これは素晴らしい。

 

×月○日

同時進行で進められている不眠不休で動けるようになる薬は失敗に終わった。被験者は全員死亡した。しかし、ここから新たな可能性を見い出すことが出来た。

 

△月×日

結果からいうと我々は新たな知識を得た。だが、そこまでの過程は失敗である。不眠不休で動けるようになる薬、これを仮に『エンドレス』としよう。『ゼロ』と『エンドレス』が研究員のミスで混ざってしまった。しかし、これが新たな発見となる。筋力を強化しつつ不眠不休で動けるようになる液体が誕生したからだ。

 

△月□日

『ゼロ』と混ざった『エンドレス』は効果が薄くなっていた。よって名前は『ゼロ』のままでいくことになった。『ゼロ』の進化は止まらない

 

□月□日

『ゼロ』を注入した被験者に何も問題は起きていない。これから濃度を変更してみて、『ゼロ』の力が最大限に発揮することが出来るようにしたい。

 

 

「戦争の為の薬か……」

「最初のうちは成功しているように見えたのね。続きを読むわ」

 

 

◇月▽日

我々は、とんでもないものに没頭していたようだ。『ゼロ』は夢のような薬品ではない。悪魔の物だ。我々はこの事を公表するつもりはない。ただ、隠す。隠蔽するのだ。幸いにも、『ゼロ』は冷気に弱い。凍らせると何が起こるか解らないため、冷蔵庫程度の温度を保つようにする。

 

▽月□日

被験者Aの様子がおかしい。急に鉄格子を叩いたり、噛みついたりしている。より一層隔離をしなければならない。

 

▽月○□日

被験者Aを無事、隔離することに成功した。目は何処を見ているのか定かではない。『ゼロ』は危険だ。

 

☆月○日

『ゼロ』を保管している冷蔵庫が故障して、研究員の肘が当たり『ゼロ』がこぼれたらしい。『ゼロ』は無色無臭の液体のため気付かず、拭き取ろうとして感染したらしい。我々もお仕舞いだ。

 

☆月□日

誰でもいい、この事実を明るみに出してくれ。そしてファールゼード社を倒産させるんだ。未来ある少年少女を守るためにも名前も知らない君に、これを託す。

 

 

「日誌はここで終わっているわ」

 

 

聞き終わった夏奈は震えだしている。そして(かろ)うじて動く口を必死に動かし、自身が思っていることを声にした。

 

 

「被験者Aは隔離されているが、殺されてはいない。感染した研究員も殺されてはいない。それって、この建物内に原液を浴びたゾンビが居るってことでしょ……?」

「可能性は高いな。色々不味いぞ……。くるみ! そのパソコンから研究員の人数を計算出来るか?」

「わからない、けどやってみる。」

 

くるみは画面と再び、にらめっこを再開した。

 

 

「お兄ちゃん、なんで人数を調べているの?」

「所属している研究員の数から、ここまで来る途中で見た死体の数を引けば活動しているゾンビの数が分かるんじゃないって思ったからな」

「判ったよ、兄貴。研究員20名、各フロアの責任者6名。計26名」

「ここに来るまでに見かけた死体の数は……25人……」

「あと1体……徘徊している……」




はい、あとがきです。補足の説明も入れておきますね。それでも解らなかったら……メッセージで送ってください。くれぐれも、感想に『わけわかんねーよ』とかは、やめてくださいね。


さて、まずは『ゼロ』についてですね。これはあくまでもオリジナルのウイルス(薬品)ですので多分、存在しないと思います。仮に存在していても、それとこれは別物です。全く関係ないです。
あとは現在の生存者の数ですかね……。この物語で出てくる国の人口は1億3000万人です。その内、5000万人は生存者です。ゾンビの数は8000万体です。それが国中に点在しているわけです。

……結局、説明雑でしたね……。すみません。


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最後の壁

第二研究室の端で素足で歩く音が静かな空間に響く。身長は2メートルを超え、体もガッチリしている。しかし、目は何処を見ているのか定かではない、更に皮膚は変色していた。辺りに腐敗臭が漂う。彼は既にゾンビとなった元人間だ。ゾンビは、ゆっくりと階段を降り始めた。そう、第二研究室から時雨達の居る第三研究室に向かっている。けれども、ゾンビは特に考えて行動しているわけではない。

時雨達に危険が迫る。

 

 

 

 

 

「どうする? 奥に進むか?」

「この資料だけで国は信じてくれるかしら?」

「今、国中がパニックになっている。国も信じざる負えないだろう」

 

 

結局、今ある情報だけで問題ないだろうと判断した彼らは戻ることにした。階段付近に着いたとき、時雨は急に足を止めた。上の階、第二研究室から誰かが降りてくる音がしたからである。時雨は小声で一旦第三研究室の奥に戻るとジェスチャーをする。後ろにいた皆が頷きゆっくりと戻り始めた。

 

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「誰が第二研究室から降りてくる」

 

 

時雨がそう言ったとき、足音が徐々に近づく。

 

 

「不味い……。いざとなったら戦って強行突破するぞ」

「わかった」

 

 

そして彼らは一度バラバラに別れた。夏奈は一番距離を取り、銃を構えた。ほのかと時雨は刀を抜き構えた。同様に由美とくるみも武器を構えるが、ゾンビの姿を見るなり戦意喪失しかけた。その時、夏奈の持つアサルトライフルが火を吹いた。しかし、ゾンビの体に当たるものの貫通まではいかなかった。夏奈もわかっていたようだが、実際に不可能とわかると少し唖然とした。その様子を見ていたくるみがポツリと言葉を漏らした。

 

 

「あれが……。『zero endless』」

 

 

くるみの見つけた資料の最後に綴られていたのが『zero endless』という個体名だった。『zero enndles』は爪が長く、右目が無い。左目は何処を見ているのか定かではない。けして走ることはなく、歩いて接近してくる。

 

 

「時雨君、今まで通り首を撥ね飛ばせば止まるはずよ」

「わかった!」

 

 

時雨は夏奈の方に向かっていっているゾンビを助走をつけて追いかけ後方から斬りかかる。だが、多少出血しただけで首は切り落とせなかった。斬りかかった隙に夏奈は避難したが、その目に希望は映っていなかった。代わりにほのかがゾンビの頭を突き刺すものの、全く動じない。ほのかは時雨と共に距離を取った。由美はメイド服の裾をめくり、ホルダーから自動拳銃を取り出し、ゾンビの頭を狙って発砲する。しかし、照準が合わず、ゾンビの動きが止まる様子はなかった。

 

 

「まるで……チートキャラクターと戦っているようだな……」

「兄貴……。私が時間を稼ぐから何か対策法を考えて!」

「おい、待て!」

 

 

くるみは待つことなく、ゾンビに接近して近くの机の上にあったノートをゾンビの背後を目掛けて精一杯の力で投げる。ゾンビと時雨達の距離が出来る限り開くように。背後からゾンビの背中をくるみは斬りかかる。斬っている感覚はあるものの、手応えはまるで感じない。くるみは何も考えられなかった。こいつを無視して脱出する方が最善策ではないのか? そう思い始めた。しかし、ではこいつは誰が倒すんだ? 対策法はあるのか? そういう疑問が脳裏を過る。ゾンビも、くるみを認識し始めたようで長い爪で攻撃し始めた。くるみも長めのサバイバルナイフと自動拳銃で攻撃を凌ぎつつ、隙を見計らって反撃している。それも長くはもたないことをくるみも自覚していた。

 

 

「兄貴……早く……」

 

 

奥で必死になって時間を稼いでくれている、くるみのためにも時雨達は必死になって考えていた。まず、あの皮膚である。あの皮膚の仕組みを解明できない限り、致命傷は与えられないだろう。銃弾が効かず、切り傷も大した痛手を負わせることもできない。

 

 

「……おかしいわね。くるみの反撃を受けているわりに傷が蓄積されていない……」

「ほのかさん、まさかと思うんですけど……あのゾンビ、再生していません?」

「まさか、あのテレビゲームの世界じゃ有るまいし。あり得ないでしょう。そもそも、『ゼロ』か『エンドレス』に再生機能が備わっているのかしら?」

 

 

その言葉に対し時雨は対策案と共に考えることにした。『ゼロ』に再生機能がないのは正しいだろう。あくまで、筋肉増強剤なのだから。そうなると考えられるのは『エンドレス』の方だった。仮ではなく正式に『エンドレス』と名前が付けられたのならば、エンドレスという意味にループする、つまり体の再生という念も込められた可能性があるかもしれないと時雨は思い始めた。しかし、由美が見つけた日誌の情報によれば『ゼロ』と混ざった際、『エンドレス』の効果が弱まった。と記されている。つまり、再生機能が打ち消された可能性もある。

 

 

「ほのか、あの日誌には『エンドレス』はどれくらい弱まったか書いてあったか?」

「無かったわ」

「元々再生機能があったと仮定して弱まっただけなら、攻撃し続ければいずれ再生機能の限界が来るはずだ。この仕組みが正しければ対策案から実行できる……」

 

 

だが、時雨には自分が導きだした答えに、まったく自信がなかった。彼は生物が得意というわけではない。絶対的な根拠がないのだ。

 

 

「……時雨君。くるみも無限に動ける訳じゃないし、銃弾だって限りがある。しかも完全武装して私達はここに立っている訳でもない。くるみはフリルのトップスにミドル丈のスカートで戦っているのよ? わかるわよね? 戦いに向いていない服でここまで耐えてくれているのよ?」

「……わかった。銃は効かないから近距離武器で……攻める」

「了解」

 

 

くるみにも、時雨達の話し合いが終わったのそ確認することができた。そして、時雨達がこちらに近づいてくるのもわかった。

 

 

「何か、策があるのかな……?」

 

 

この時、彼女は1つのミスを犯した。目の前にいるゾンビとその行動に集中しなかったことである。

 

 

「くるみ! 前をしっかり見なさい」

 

 

ほのかの指摘を受けて、くるみは我に帰った。だが、もう後の祭りだった。ゾンビの鋭い爪で腹部を刺された。くるみに、今までに受けたことの無い痛みが走る。力なく床に仰向けで倒れたくるみに夏奈が近寄る。

 

 

「くるみ!」

 

 

夏奈に呼ばれ、返事をしようとするが痛みと出血で言葉が出てこない。止血をしようとする夏奈に最後の力を振り絞って頬に触れる。

 

 

「……夏……奈。生きて……あ……と、兄貴……大好きでした……」

 

 

そう言ってくるみは目を閉じた。夏奈は、くるみの肩を叩くが反応はない。そんな夏奈の首もとを時雨は涙を浮かべながら掴んで、くるみから引き離した。

 

 

「どうして!」

 

 

夏奈は泣きながら時雨の頬を叩いた。もう一度叩こうとする夏奈の手を時雨は掴んだ。

 

 

「……くるみの母親は外科医だったはずだ。母さんも言っていた」

「……」

 

 

夏奈も時雨が何を言いたいのか察した。だから、止血だけはしておくように夏奈に伝えた。同様に、ほのかもゾンビの攻撃を防ぎながら補助をしていた由美に夏奈の補佐をするように指示をだす。由美と入れ替わりで時雨がほのかの隣に立つ。

 

 

「……くるみの体重は?」

「……確か50キロよ」

「出血が0.8リットルで出血性ショック、1.2リットルで生命の危機だ。それまでにアイツを倒してここを出る」

 

 

ほのかは頷き、再びゾンビ『zero endless』と向き合い爪による攻撃を防ぎ始める。時雨はその隙にゾンビの爪を切り落とした。爪は外環によって変化する。冬が近づく秋の終わりでは爪は硬く脆くなる。そこを突いて時雨は先に爪を切り落とすことにしたのだ。この作戦は正解であった。ゾンビは確かに攻撃手段を失った。次にほのかは、時雨が仮定した再生機能の真相を確かめることにした。切り込み、数秒攻撃を止める。傷口は徐々に塞がっていった。

 

 

「やっぱり、再生機能自体は備わっているようね。時雨君、タイミングを合わせて攻撃して」

「わかった」

 

 

複数箇所を同時に攻撃されると再生速度が低下した。また攻撃を受け続けると再生が間に合わないことも判明した。

 

 

「時雨君、私が再生を集中させるから。その隙にこのゾンビの肢体を切り落としなさい。噛まれる可能性を出来るだけ減らすためにも、右腕、左腕、右足、左足の順番で!」

「わかりましたよっと」

 

時雨は言われた通りに右腕、左腕と順に切り落とした。皮膚が固いのは衝撃を受ける地点に皮膚を集中させることで一時的に防御力を向上させているだけだった。つまり、ほのかが攻撃している今、ゾンビは時雨の攻撃を防ぐ余裕がない。そのため、比較的簡単に両腕を切り落とすことが可能だったのである。

 

 

「ほのか、右足を切り落とす。避けろ!」

 

 

避けるように言ったのは、重心のバランスを崩されることによって覆い被され、そのまま噛まれる危険性が潜んでいるからである。ほのかは速やかに横に逃げ、攻撃を続けた。同じく時雨も右足を切り落とした。ゾンビはうつ伏せで倒れこんだ。既に切り落とした肢体から絶え間なく血液が流れ出す。

 

 

「これで、最後だ……」

 

 

時雨は残された左足を切り落とす。ゾンビは切り落とされた肢体を再生しようとするが、同時に再生しようとするため、ほぼ再生出来ていなかった。

 

 

「……こいつは特殊だな」

「『ゼロ』に触れたことによる感染だからね」

 

 

そう言って、ほのかは残された首を体から切り離した。ゾンビはしばらく痙攣していたが、完全に動きを止めた。

 

 

「終わった……」

 

 

気が緩んだからか、時雨は崩れ落ちかけた。その腕をほのかがしっかりと握り、時雨は体勢を立て直した。

 

 

「お兄ちゃん、くるみさんの止血は済んでるから運んであげて。いいですよね? ほのかさん」

「なぜ、私の許可がいるのかしら?」

「いえ、何となくです」

 

 

ほのかは夏奈を睨み付けるが、反対に夏奈は絶えず笑顔でいた。時雨は止血が済んだくるみを抱え第三研究室をあとにした。

第一研究室から出たとき、入るときは雲の中に身を潜めていた太陽が姿を見せていた。




最終回ぽく今回も終わりましたが、あと少しだけ続きます。


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普通の高校生ですよ

「……さて、ここまで戻ってきたものの、どうするか」

 

 

時雨達はのってきた車まで戻ってきたものの、そこから移動するための足がなかった。ここから都心部に行くのに車まで3時間程度はかかる。くるみは安静にするため、車の後部座席に寝かしている。呼吸はしているが、意識はないようだ。由美は何度かエンジンをかけようとするが、車は動こうとしない。

 

 

「お嬢ちゃん、それにそこの兄ちゃん。乗っていくかい?」

 

 

聞きなれた声が聞こえたので皆顔を上げた。そこには後部座席の窓から顔を出している錬の姿があった。そして運転席の窓が開き、サングラスをかけた海が顔を見せた。

 

 

「時雨、久しぶり」

「海さん、くるみが……」

 

 

海は急いでシートベルトを外して時雨達が乗ってきた車の中を覗きこんだ。止血された状態で眠る自分の娘を見て少し呆然としたが、直ぐに出血原因などを確認した。

 

 

「出血の具合から聞く限り、致命傷はないと思う……。だけど、怪我の原因がゾンビの攻撃となると、どうなるかわからない。とりあえず親戚の医者のところに連れていくけど、あんたたちはどうするの?」

「この資料を国に提出してきます。そして……」

「そしたら、私の家に全員で帰ります」

 

 

時雨のセリフを遮るように、ほのかが海に言う。海は頷き、電話を始めた。相手は先ほど言っていた親戚の医者である。数分話し、海に言われて時雨達は車に乗り込んだ。海の車は時雨達が乗っていたミニバンの色ちがいであった。

 

 

「道中のゾンビは時間がないから轢いていくから」

 

 

そう言って海は力強くアクセルを踏み込んだ。車はその場を去り、都心部へ向かった。助席に乗っていた瞳は自分の子達が自分に気がついていなのでは? と不安になっていた。無論、時雨と夏奈は自分の母親に気がついている。だが、敢えて何も反応しなかった。夏奈はくるみの心配、時雨は持ち出した資料に目を通している。瞳は待ちきれず、自分から声をかけた。

 

 

「時雨、夏奈、大丈夫だった?」

「大丈夫なら、今頃普通の生活を送っている」

「大丈夫、心配しすぎだよ」

 

 

時雨は実に素っ気なく答えた。その様子を聞いている海は笑いを堪えるのに必死になっている。その様子が気に入らなかったのか瞳は子供のように頬を膨らませている。錬は疲れているのか爆睡していた。車は高速道路を乗り、都心部まで一直線で進んでいった。途中にゾンビが何度か現れたが、ことごとく海が操る鉄の塊に轢かれいく。

 

 

「フフッ……雑魚が………」

 

 

途中から海の変なスイッチが入っていた。時雨はニヤニヤと笑いながら資料の最終確認を、ほのかは口角を少しだが上げていた。

 

 

 

 

 

「もうすぐで都心部に着くから。準備はいい?」

「はい、大丈夫です」

 

 

車はゆっくりと左に逸れた、高速道路を降りる為だ。E○Cのレーンに行き、バーを撥ね飛ばしてそのまま都心の地を走り続けた。

 

 

「う、海さん……お金……」

「ん? カウンターに、ちゃんと置いたよ。1000円」

 

 

時雨は振り返って見ると確かにお札が窓に挟まれて、風によって揺れていた。時雨は呆然とその様子を眺めていた。

高速道路を降りた車は規定速度ぴったりで一般道路を走行している。時雨はゾンビとの戦闘のせいか、資料を抱えながら眠ってしまった。

 

 

「時雨君、資料の内容覚え……あら?」

 

 

時雨は気持ち良さそうに寝息をたてている。そして無意識のうちに時雨の体が左右に揺れ、ほのかの肩に寄りかかった。

 

 

「にゃっ……!」

 

 

さらに時雨は意識があるかの如く体が傾き、ほのかの膝に時雨の頭が乗った。その様子を見た瞳はイタズラっ子のように口瓊手を当てニヤニヤと笑った。その様子を見たほのかは右手を震わせる。それを察知した瞳は直ぐに前を向き、海に色々話しかける。勿論、海は何も聞いてないフリをする。

 

 

「ん……。ハッ すまない、ほのか。スカート汚してないか!?」

「別に汚れてないわ」

「私の息子って、鈍感なのかな……」

「鈍感なのは貴女よ、瞳」

「え!?」

 

 

戸惑う瞳を余所に笑い声をあげながら海はハンドルを握る。

 

 

「国の長がいるのは、この建物。でも気を付けなさい。他の生存者に狙われるから」

「大丈夫です。俺は今死ぬわけには……いかないんで」

 

 

後ろのドアを開け、振り返りながら時雨は資料を片手に微笑んだ。そして颯爽と建物の前にいるガードマンと話を付け、中に入っていった。その光景をみた海は何かに納得したようで、言葉でこう表した。

 

 

「あれじゃあ、うちの娘やほのかの心を奪えるわね」

「な、何言っているのですか、海さん?」

「何でもないよ……」

 

 

 

その頃、時雨は建物内を走っていた。途中、何度も「走るな」と言われたが時雨は耳を貸さずに走り続けた。ドアを次々に開けるが、施錠されているか、誰も居ないかの2択だった。

 

 

「畜生……どこだ!?」

 

 

内心、時雨は次の部屋に居なかったら諦めようとしていた。だが、彼には主人公補正がかかっているようだった。扉に手をかけ、力強く押した

 

 

「何者だ!」

「……呑気に会議している人間は、ここか?」

 

 

若干息が上がっているが、時雨はハッキリと口にした。

 

 

「警察を呼ぶぞ!」

「呼べばいい。今、警察はほとんど機能していない。それだけじゃなく、この国自体が機能を停止している」

「……」

「何も言えないようだな、これは追撃のチャンスだな」

 

 

そう言って時雨は持っていた資料を机の上に投げた。そして椅子と机に乗り、資料の説明を始めた。

 

 

「この資料はファールゼード社の研究室から持ち出した物だ。ウイルスの対処もゾンビの活動限界の計算式まで載っている。まあ、無駄にしないでくれよ。こっちも命懸けで見つけ出したんだからな」

 

 

そう言いながら時雨は机から飛び降り、靴紐を結び直した。周りの人間達は資料を両手に、何やら話している。国の長はただただ、靴紐を結び直している時雨を見つめていた。長の脳裏には様々な事が余儀っていた。この少年は如何にして生存したのか、どうやってここまで来たのか……。そして、この子は何者なのか……。

 

 

「き、君は……何者なんだ?」

「……」

 

 

時雨はドアに手をかけな出ようとしていたところを呼び止められ、首だけで振り向きハッキリと答えた。

 

 

「時雨です、相川時雨。普通の高校生ですよ」

「普通って……」

 

 

時雨は笑いながら手をヒラヒラと振り、その場をあとにした。走って来た道を今度はゆっくり鼻唄混じりに歩く。それと同時に時雨はあることに気がついた。

 

 

「……やべぇ。出口どこ?」

 

 

自分が軽度の方向音痴を持っていることを忘れていた。スマホも車の中に置いてきてしまっているため、連絡がとれない。近くに人が居ないか見回すが、誰もいない。

 

 

「迷子ですか? お坊っちゃま」

「ん? ほのかか」

「まったく、肝心な時に方向音痴が出るなんて……。情けないわね、時雨君」

 

 

そう言って、ほのかは出口に向かって歩き始めた。時雨はその後ろに黙って付いていった。

 

 

「時雨君、このあとどうするの?」

「自宅に帰る前に、早紀さんに心配かけたからな。顔出しくらいで、ほのかの家に寄ろうかと思ってるが?」

「泊まっていきなさい。もうすぐ夜よ?」

「じゃあ、そうさせてもらう」

 

 

そんな話をしているうちに出口に着いた。しかし、そこには車は姿を忽然と消した。そして、くるみと海もいなくなっていた。

 

 

「親戚の医者の元に早く行きたいから置いていかれた……」

「武器は、ちゃんと置いていってくれたんだ」

 

 

結局、車がないためただ呆然と1時間ほど待った。1時間経って、ほのかがあることに気がついた。スマホを取りだし、自宅ではない番号に電話をかけ始めた。

 

 

「あと50分でお母様が迎えに来るわ」

「そういうの、もっと早くやってくれ……」

「忘れていただけよ」

 

 

決め顔で、ほのかが言った。錬は呆れながらも1人で大爆笑をしていた。その後、時雨の肩を叩く。

 

 

「少しでも、時雨と一緒に居たいからだぞ」

「そんなわけあるか。死と隣り合わせの世界にいるんだぞ。ましてや、ほのかが俺のこと好きなわけ……ないだろ?」

「……そうよ」

 

 

ほのかは少し元気がなかったが、反論はした。しかし、錬は納得がいかなかったようで考え込んでいた。その後無言で、しばらく待っていると1台の車が時雨達の前に停まった。

 

 

「お待たせ。早く乗って」

「お願いします」

「貴女、アイちゃん?」

「そうよ、殺戮のアイよ」

 

 

何やら物騒な会話をしている隣を高校生と中学生は通り抜け、車に乗り込んだ。夏奈は瞳を早く車に乗るように急かした。瞳を乗せ、点呼を取り車はほのかの実家に向かって走り始めた。




ゾンビ出てねえええ!  とか怒らないでください……お願いします。
話が変わりますけど、スイートプリキュアのキュアビートってかわいいですよね。エレンちゃん、かわいい。……。
……。
……次回またお会いしましょう。


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未来にかける思い

さて、いよいよ物語も平和な方へ進行中。
サービスシーン? 知りませんね。今回は今までで一番多くなりそうです。
それでは、あとがきで。


結局、ほのかの実家に到着した頃には日が暮れてしまった。それでも、庭では(みのる)(みやび)が待っていった。実は腕を組んで仁王立ちして構えた。そして対称的に雅は車を見つけるなり、手を左右に振る。その度にたわわに育ちきった胸が揺れていた。

 

 

「ただいま、貴方~」

 

 

敷地内に車を停めて早紀は車を降りて実に向かって飛びついた。実もいつもの険しい表情が緩みきっていた。後部座席に座っていた由美は一度降りて運転席に乗り込んで座席の位置を調整した。

 

 

「私が代わりに車を車庫の中に入れてきますので、お嬢様、時雨様、錬様、夏奈様、車を一度降りてください」

「わかったわ、お願い」

 

 

そう言って時雨達は早紀達に近づいた。その際、真っ先に雅が時雨に抱きついた。その時、時雨の顔に雅の胸が当たる。雅はサラシを巻いているが、それでも感触だけは与え続ける。そうして時雨の思考を徐々に奪い始めた。時雨は顔を真っ赤にしてジタバタと、もがく。もがく時雨の肩を掴んで、ほのかは雅から時雨を引き剥がす。雅は一瞬驚いたようだが、ほのかの目力(めぢから)によって阻止された。

 

 

「外を見なさい、時雨君」

「ゾンビか……」

「時雨、ほのかよ、下がりなさい。ここは私が行く」

 

 

そう言う実だったが、足元がおぼつかなかった。どうやら連日の業務が襲ったのだろう。しかし、実は諦めようとしなかった。自分の娘とその仲間くらい守れるはずと信じているからだ。その様子を見た時、時雨はあることを感じた。

 

 

「……実さん。俺が行きます。俺が、ほのかの背中を守りますよ」

 

 

時雨は実に微笑みかけて、ほのかの背中を追った。実もあとを追おうとするが、それを雅と早紀に肩を捕まれて止められる。実は驚き振り返る。雅と早紀は実に向かって首を左右に振った。実は再び、時雨の背中を見た。刀を抜き、守りたい一心の時雨の背中を……ただただ見るしかなかった。

 

 

「時雨君なら来てくれると思ったわ」

「当たり前だ。俺は一度は退いた身だが、お前の右腕だぞ。しかも、お前は俺が去ったあと右腕を指名しなかっただろ」

「さあ、どうでしょうね」

「まあ、いいや。あとで話がるから」

 

 

ほのかは、口角を少し上げ反応を返す。そして口を何度か開閉して言葉を紡いだ。果たして、それが時雨に届いたのかは時雨本人しか知らない。時雨とほのかは鞘から刀を抜き、構えた。時雨は既に理解していた。ゾンビの行動限界の時間を。ゾンビの行動限界は、完全にゾンビになってから個体差があるが、1週間で行動を完全に停止する。だが、それまでに新たに感染者が増えてしまえば国民が全滅しない限り終わらない。

 

 

「時雨君、後ろ」

「!?」

 

 

時雨は素早く後方を向き、刀を水平に振った。ゾンビの体から頭が切り離され、切り口から血が空中に舞う。さらに手を止めることなく次々とゾンビを倒していく。時雨は目を細め、振り返った。その背後に戦隊ものの勝利演出の爆発などが似合いそうである。

 

 

「まだ……か」

 

 

ほのかは、刀を垂直に振る、振る、振る。1体でも多く倒すために。途中、時雨の愚痴には耳を傾けずに淡々と戦い続けた。その結果なんとか30分でゾンビを片付ける事ができた。

 

 

「終わったようね。戻りましょ」

「……ほのか、待ってほしい」

 

 

時雨は俯きながら、ほのかの手首を掴んだ。ほのかは振り払うことなく、その場で足を止めた。

 

 

「何の話? 次の防衛についての話かしら?」

「……俺は……お前……いや、ほのかのことがずっと前から好きでした。付き合ってください」

「まず、手を放してもらえる?」

 

 

時雨に手を離してもらった、ほのかは呆然としてジト目で時雨を見つめた。

 

 

「何を言っているのかしら?」

「いや、だから……」

 

 

辺りに沈黙が流れる。完全に時雨はタイミングを間違えたのだろう。しかし、このタイミングしかないと思ったからだ。

 

 

「そもそも、時雨君の言っているあの人に告白するんでしょ? それであの人って言うのが雅でしょ」

「は?」

「雅のように可憐で明るくて、む、胸が大きい人が好きなんでしょ」

 

 

時雨はなんと返したら良いのか分からなくなっていた。この状態で何を言っても負のスパイラルから抜け出すことができない。

 

 

「何を勘違いしているかよくわからないが、俺が口にする『あの人』って言うのは、ほのかのことだぞ?」

「……え?」

 

 

ほのかは珍しく顔を真っ赤にして、家の中に入ろうと走り出そうとした。その左腕を時雨は無言で掴んだ。そして、泣いていることを悟られないように、変に力まないように気を付けながら、ほのかに聞いた。

 

 

「……出来れば今ここで、ほのかの答えを聞きたい」

「……私の……答え……」

 

 

しばらく空を眺めた、ほのかは左右に顔を振り少し考え込んだ。どうやら、答えが思い付いたようで、真顔で時雨に伝えた。

 

 

「What makes me happy is your smiling face.よ」

「ほのか、すまん。英語と数学は苦手なんだ。今のは、どっちなんだ?」

 

 

ほのかは顔を赤く染め、モジモジしている。そして、はっきりと叫んだ。

 

 

「そうよ! 私、大道寺ほのかは、相川時雨のことが4年前から好きなのよ! 大好きなのよ! 死ぬほど好きなのよ。普段は素っ気ない振りをしたし、悟られないように感情だって表にあまり出さない様にしていたのよ!!」

「と言うことは……昔から俺達、両思いだったんだな」

「そ、そうね……」

 

 

ほのかは笑った。その笑顔は、少女のあどけなさを残しつつも、大人の女性の美しさを併せ持っていた完成された笑顔だった。その笑顔に見とれていた時雨に近づき、ほのかは彼の胸に手を当て自分自身の唇を彼の唇に重ねた。時雨も最初は驚き、目を見開いたがやがて目を閉じた。

 

 

「時雨~、生きてるか! 戻ってくるのが遅いから心配……」

 

 

絶妙なタイミングで時雨が戻ってこないのを心配した錬がひょっこりと顔を出した。錬は、真顔になる。

 

 

「……お邪魔しました(ごちそうさまでした)

「!?」

 

 

完全にキスに集中していたほのかは、錬が現れたことに気づいていなかった。表情を豊かに変える。時雨は、ほのかの腕を掴み笑った。ほのかもそれに釣られて笑った。

 

 

「戻ろっか」

「そうね」

 

 

時雨の肩にそっと寄り添い敷地内に戻った。

 

 

 

「ようやく、くっついたのね」

「ほのかに、グイグイ行かないと時雨はものにできないと言ったのにね……。変なとこで奥手なのよね」

 

 

母親2人は恋話に花を咲かせている。恋人繋ぎでてを繋いでいる時雨とほのかは、その様子を見て思わず苦笑いして見つめあった。ふと、瞳はあることに気がついた。

 

 

「そう言えば、時雨が大道寺を名乗るの? それとも、ほのかが相川になるの?」

「それは決まっているわ。私と時雨君……時雨で。大道寺グループを継ぐわ」

「そうなると、経済系の勉強もしないとだな」

「私が社長で、時雨は優秀な補佐になってもらうわ。もちろん経営の協力もしてもらうわ」

 

 

瞳は、自分の息子に恋人が出来たのと同時にもうじき息子が家を出ていくのが目に見えてきたようで涙を流していた。その肩を早紀が優しく撫でていた。

 

 

「早紀様、夕食の準備が整いました」

 

 

車を駐車が終わった由美は調理も済ませたらしい。時雨とほのかは恋人繋ぎで建物の中に入っていった。そのあとを瞳たちも続いた。

食堂に着き、皆の前に並べられたものを見て、時雨は目を輝かす。時雨の大好物のオムライスだった。オムライスの上にはケチャップで『ほのかさまをよろしく』と書いてあった。由美なりの、ほのかに対する思いなのだろう。時雨は由美の方を向いてウインクをした。由美は一礼して、その場を去った。

 

 

「いただきます」

 

 

瞳は早紀と思い出話で盛り上がっていた。オムライスをつまみながら、日本酒で頬を少し赤くしていた。食事が終わり、酔いつぶれている3人を見て、それぞれの子供達は唖然とした。部屋まで運ばなくちゃ行けないからである。それぞれ、おんぶして部屋に運んだ。ただ、早紀に関しては実がお姫様抱っこで運んで行った。

 

 

「……」

「お兄ちゃん、お母さんは私が運ぶから!」

 

 

それだけ、言い残し夏奈は素早く瞳を抱き上げ客室まで運んでいった。

 

 

「時雨、私も……お姫様抱っこしてほしいな……」

「はいよ、お姫様」

 

 

そのまま、ほのかを抱え上げほのかの部屋の前まで送った。

 

 

「じゃ、俺は風呂入ってから寝るから。おやすみ、ほのか」

「私もお風呂入るわよ」

「そうか、先どうぞ」

「一緒に入るの!」

 

 

ほのかは時雨の右腕を掴み、薄らと涙を浮かべていた。時雨は苦笑いを浮かべたものの了承した。ほのかの準備が終わるのを待ち、時雨の部屋に行き、荷物を持ち浴槽に行った。

 

 

「誰もいないようだな。荷物も無いし」

「2人きりになれるね」

 

 

時雨はそっぽを向き、素早くタオルを巻き浴室に入っていった。ほのかも丁寧にタオルを巻き中に入っていった。体を洗い終わり、浴槽に浸かり深い息を漏らした。

 

 

「どうしたの、元気ないわね」

 

 

時雨の背中にピッタリとくっつき抱きつく。時雨は満更でもない表情を浮かべていた。

 

 

「何でもないさ、ただ……幸せだなって」

「日常が無くなり、国が崩壊しているのに?」

「それでも、俺はこうしてほのかと恋人になれたからな」

 

 

ほのかは恥ずかしそうに口元まで沈め、気泡をたてている。時雨はほのかの頭を優しく撫でた。ほのかも満更でもない様子だった。

 

 

「しっぐれー! お疲れ! 背中流すぞ!」

 

 

扉を勢いよく開け、錬が浴室に姿を現した。ほのかの目が鋭くなり勢いよく浴槽を飛び出し、錬の首元を掴んだ。

 

 

「……一撃気絶させないわ。私と時雨の時間を邪魔しないで……」

「わ、わかった。わかったから」

 

 

気を緩め背中を見せた錬の首を狙い、斜め45度で手刀を叩き込み気絶させる。

 

 

「くるみ、いるわよね。錬を部屋まで運んでちょうだい」

「了解です。お嬢様。それと……」

「それと?」

「タオルが、はだけています」

 

 

ほのかは慌てて確認するが、タオルは浴槽に浮かんでいる。ほのかは顔を徐々に赤く染め、上と下を隠した。

 

 

「お嬢様、逆に色っぽいですよ?」

「くぅ……」

「見えてないから、見てないから!」

 

 

時雨も気をきかせ、既に後ろを向いていた。再び、ほのかは肩までお湯に浸かったが辺りは沈黙で包まれていた。

その後、何事もなかったように部屋までほのかを見送り、時雨も自分の部屋に戻った。部屋に戻り、カーテンを開け窓も開けた。空には満月が煌々と輝いていた。

 

日付が変わり、翌日。

時雨は目覚まし時計の音で目が覚めた。ゆっくりと起き上がり、目を擦った。

 

 

「時雨様、おはようございます。いきなりですが、お嬢様とのキスはどうでしたか?」

「な、何を言って……」

「なさったのでしょう?」

 

 

時雨は目を反らし子供の様にそっぽを向いた。その反応を見て由美は、やんわりと笑い時雨に語りかける。

 

 

「私の役目も……終わりのようです。私は、あくまでもお嬢様のお相手様が見つかるまで側にいるという契約内容ですので。時雨様、お世話になりました」

 

 

由美は深々と頭を下げた。時雨は、ゆっくりとベッドから出て由美に顔を上げるように言う。

 

 

「時雨おは……」

 

辺りに高い音が響く。時雨が真顔で由美の頬を叩いたからである。その様子をほのかは陰ながら見守ることにした。

 

 

「……俺が居るからってなんで由美がこの家を出ていくことになるんだ!? 昨日の夜だって真っ先に頼ったのは俺じゃない。由美だろ!!」

「……」

「あいつには、まだお前が必要なんだよ」

「朝ぐらい静かにしてよ」

 

 

頭を押さえながら早紀が顔を表した。どうやら二日酔いの様子である。

 

 

「由美~。二日酔いに効くもの用意して……。」

「は、はい。了解しました」

「あー、言い忘れてたけどほのかの子守りが終わっても私のメイドとして活動してもらうから」

「はい!」

 

 

時雨は朝食はいらないと言い、道場に向かった。道場の扉を両手で開ける。しかし、そこには自分を殺したい程愛していると言ってくれた、くるみはいない。そんな寂しそうな背中をほのかは、ただ見つめた。何と声をかけたらいいのかわからなかったからだ。

 

 

「ん、ほのかか」

「くるみのことを考えていたの?」

「まあな……。やっぱり心配だからな。俺がもっと早くゾンビの攻略法を見出だしていれば、アイツは生死をさまようことはなかった」

「それでも、それはあの子が自分で選んだ道よ」

 

 

道場から庭を見つめながら、2人はくるみの生存を願った。

 

その頃、時雨によって資料を叩きつけられた国の長達も重い腰をようやく上げ、行動に移った。具体的には解毒剤の生成の依頼を出したり、感染者の隔離、そしてゾンビの殲滅。生存者の保護だ。

解毒剤の生成に大道寺グループが手を貸したことを時雨達はまだ知らない。




皆さん、こんばんは作者です。無事、終着点スレスレまで来ました。スレスレというのは、自ら課した制約で合計文字数が10万文字突破、平均文字数3000文字以上維持がありまして、ここまで書いて約9万1000文字です。10万文字まで約9000文字ですが、これに関しては、平和になった世界を書こうと考えています。夏奈(時雨の妹ですよ)が将来何になるかとか、気にならないですか!?
と、いうことでご理解とご協力をお願いします。


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新たな未来

時はゆっくりと流れ、彼らを成長させた。それと同時に国を見事に再生させた。ゾンビは完全に姿を消し、人口も少しずつだか増え始めた。

ほぼ、騒動以前の町に戻った世界を1人の人物がいた。彼はスーツに身を包み、鞄を抱えて走っていた。

 

 

「目覚まし時計壊れているとか、どんだけベタな展開だよ!」

 

 

独り言を呟きながら、彼は駅に向かった。彼は高校卒業後、とある一流企業に就職した。それでも彼の親友の足元にも及ばない。だが、彼は今の仕事を充分楽しんでいた。

駅に着き、彼は素早くICカードを取りだし、改札口にかざして中に入る。表示されている電車の出発時間は残り2分を切っていた。彼は人にぶつからないように気を付けながら電車を待った。電車が駅に着き、ドアが開くと同時に人が流れ込む。彼はその流れに身を任せ、電車に乗り込む。彼の職場まで50分くらいかかる。彼の最近の楽しみは小説投稿サイトに投稿される作品を読むことだった。

 

 

「ん、三ツ葉(みつば) (りょう)さんと月波(つきは)雅樹(まさき)がほぼ同時に更新してる。珍しいな」

 

 

ボソッと彼は呟きながら、小説の目次に飛んだ。彼がこのサイトを利用するようになったのは、糠天使(ぬかてんし)コリペアが本業とは別に物語を書いているからだった。三ツ葉 亮の小説を読み終え、月波雅樹のの小説を読み始め、あとがきに彼の目は止まった。そこには、書籍化が決まり、小説家として本当に活動を開始すると言うものだった。

 

 

「どこの出版社だろう。糠天使コリペアさんと三ツ葉 亮さんは、うちの出版社だったはず。もしも、うちにしてくれたとしたら……誰が編集を担当するんだろう」

 

 

彼の独り言は絶えなかった。

 

 

"次は△△~。△△~。お出口は右側です"

 

 

「あ、降りなきゃ」

 

 

彼は人の波をかき分け、駅のホームに立った。どうしてもこの時間帯は通勤、通学ラッシュと重なってしまうため、毎日この様に一苦労しているのである。彼は改札口を目指し、ICカードをかざし、ロータリーの方を目指した。

 

 

「遅いぞ、今日は新しい小説家さんが顔を見せにくるんだから急げといったはずだぞ」

「す、すみません。古川先輩」

 

 

古川(ふるかわ)優輝(ゆうき)。一流の出版社に勤めている彼の先輩にあたる人だ。妻がいて、子供も2人いるため家事や育児を夫婦で分担しながらやっている愛妻家として社内で有名である。

 

 

「行くぞ」

「はい」

 

 

古川のあとを彼は付いていった。駅から歩いて10分少々のところに彼が働く職場は建っている。5階建てのビルのような建物の前に1人の男性が辺りをキョロキョロと見ていた。不審に思った古川は、その男性に声をかけた。

 

 

「どうかしましたか?」

「ああ、すみません。ここを探しているんですが」

「それなら、ここですよ。用件は何でしょうか?」

「すみません、名乗り忘れていましたね。私は、雅樹と言う名前で……」

「わかりました、ご案内致します」

 

 

古川は丁寧に社内を案内した。彼は一旦古川と別れ、自分の机に向かった。

 

 

「あった」

 

 

机の上には"加藤錬"と書かれた名札が置かれていた。

 

 

「加藤さん、昨日会議室に置きっぱなしでしたよ」

 

 

隣の席で仕事をしている女性に指摘され、彼は苦笑いをしながら「すみません」と連呼した。

 

 

「さて、加藤さん。編集長がお呼びよ」

「あ、はい」

 

 

錬は編集長の待つ会議室に向かった。場所は第二会議室と教わっていたので迷うことなく加藤は第二会議室に着いた。彼は軽くノックをしてドアノブを回した。

 

 

「加藤くん。待っていたよ。君に、いや君を含め複数の人に話がある」

 

 

そう言うので錬は周りに座っている人達の顔をチラリと見た。

 

 

「簡単に自己紹介してもらおうか。まずはコリペアさんから」

「どうも、みなさん。糠天使コリペアです。ゾンビ系の小説をメインに書いています」

「はい。どうも、三ツ葉です。青春ラブコメディを書いています」

「えーっと、どうも。月波雅樹と申します。コリペアさんと同じくゾンビ系で受賞しました」

 

 

3人の小説家さんの自己紹介が終わったところで編集長が口を開いた。どうやら、月波雅樹と同時にもう1人小説家がいたらしいが、連絡が取れないるらしい。

 

 

「それで、担当編集者の変更があるんだ。小説家さん達は慣れるまでそう時間はかかんないと思っている。まず、コリペアさんは加藤錬くんが担当してくれ」

「はい」

「コリペアさんの作品は人気が高い。そして、三ツ葉さんは山下雅也君が変わらず担当してくれる」

「彼、大丈夫ですか? 色々精神的に追い込まれていましたけど」

「気にしなくて構いませんよ。そして、月波雅樹さんを古川優輝くんが担当してくれ」

「あ、お願いしますね」

「話は以上だ。解散」

 

 

亮とコリペアと雅樹は前から知り合いだったようで何やら共通の話題で盛り上がっていた。さらに仕事のスケジュールが合うとき飲みに行こうと話が進んでいた。彼らは仲良さそうに会議室をあとにした。

 

 

「錬、私は編集長に話があるから。仕事に戻ってて」

「あ、了解です」

 

 

彼は一礼してから会議室を出た。会議室を出た時、彼は大きく背伸びをした。その時首につけているロケットペンダントを久しぶりに見たくなった。あのあと皆で撮った写真を錬はロケットペンダントに入れ身に付けていたのだ。1枚1枚眺めると、あの頃を鮮明に思いだしていた。それと同時に4年前と異なりもう刀を振ることも銃のトリガーも引くこともないだろうと。

 

 

「ほれ、処理しないといけない資料は山のようになるんだぞ」

 

 

資料の束を錬の頭に乗せ、古川はニヤリと笑った。錬は目を瞑り苦笑いをした。その時、古川は錬のペンダントに気がついた。

 

 

「その男の子って、大道寺グループの社長のパートナー?」

「そうですよ、彼は俺の親友ですから」

 

 

すると、古川は錬に渡した資料を抱え自分の机の方にまっしぐらで進んだ。そしていつも以上のスピードで処理し始めた。錬はとりあえず自分の席に戻り、昨日の残っている仕事をこなした。そうしてディスクワークを続け、時刻は昼過ぎになっていた。

 

 

「加藤、昼休み入りまーす」

 

 

そう言って錬は布に包まれたお弁当箱を持って屋上を目指した。屋上には先客がいた。

 

 

「錬、お前か」

「山田先輩……」

 

 

山田(やまだ) 亮斗(りょうと)。古川と同期で、頼まれると断れない性格のため仕事をしている姿しか錬は見たことがない。そんな亮斗が屋上で町を見ながら缶コーヒーを飲んでいる。

 

 

「どうだ、慣れてきたか?」

「おかげさまで。何事も無くここまで来ていますからね」

 

 

お弁当箱を取り出しながら錬は答えた。弁当の中身は彩り豊かで栄養バランスもしっかり考えられている健康的なメニューだった。その味は素材の本来の味を殺さずに引き立てている。錬は、これがあるから嫌な仕事が重なっても頑張れている。そう実感していた。

 

 

「そう言えば……4年前、錬はどうやって乗り越えた?」

「そうですね、友人と逃げたり、立てこもったり……しましたね」

 

 

彼は絶対に友人の名前を出さなかった。それだけのことを彼の友人はしたのだから。

 

 

「そうか、でもさ、無事に生き残れて俺は良かったと思っている」

「そうですね。俺達は幸運に恵まれていたのかもしれませんね」

 

 

そう言って2人は笑った、その笑顔は嘘偽り無かった。

 

 

「さて、俺は仕事に戻るから。お前も時間は守れよ」

「わかってますよ」

 

 

亮斗は飲み干した空き缶を捨て、屋上をあとにした。錬は変わらず自分のペースで食事を続けた。その時、彼のスマホにメールが来たことを示す音楽が流れた。仕事の予定かと思い、錬は直ぐに確認した。

 

 

「……フッ。絶対来るんだろうな」

 

 

彼は左手でスマホをスリープモードに切り替える。その彼の左手の薬指には銀色に輝くリングがあった。彼は順調に順風満帆な人生を送り始めていた。




はい、作者です。今回から大人に成長したメンバー達を少し書いていこうと思いました。本来は前回が最終回だったんですけどね(笑)
このまま行きますと、全31話で終わりそうです。キリがわるいなと素直に思いました(笑)
まあ、しょうがないですね。


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夢を叶えた少女

2話で生き残った人の答え合わせみたいなものです。なんのことかと思った方は再度2話を見ていただければ幸いです。


「こっち、生ビール3つ!」

「はーい。真衣、お願い」

「わかった」

 

 

真衣と呼ばれた女性はジョッキにビールを注いでいく。彼女もまた、あのゾンビ騒動で陰ながら生き延びた1人だった。そんな彼女は友人で友人であること店を経営していた。店は繁盛していて、常に黒字であった。最初は困惑することもあったが、2人で力を合わせて乗り越えてきた。

 

 

「はい、お待たせしました」

 

 

真衣は、テーブルにジョッキを置く。スーツに身を包んだ男性客は真衣のたわわな胸に夢中になっていた。

 

 

「どこ見ているんですか! それだから奥さんに怒られるんでしょ!」

「あはは、すまない。ごめんよ」

 

 

真衣はそっぽを向きそのまま、カウンターの中に戻っていった。真衣の隣に立つ女性は先ほどから注文が入ってないのに料理の下ごしらえをしていた。

 

 

「どうしたの? 下ごしらえして……」

「ん、明日の貸しきりの準備。私の知り合いが集まるらしいの。私も久々に会うから楽しみ」

「お兄さん、来れるの?」

「その、お兄ちゃんが計画したから」

 

 

その女性は笑いだした。その笑い方は、まさに絵になっている。客も思わず見とれていた。その様子に彼女は気づいていなかった。でも、誰も客は求婚はしなかった。すでに彼女が結婚していることを知っているからだ。

 

 

「ただいま~。夏奈」

「おかえりなさい、あなた」

 

 

店の扉を開けて入ってきたのは錬だった。カウンターを飛び出し、錬に抱きついた。真衣は呆れたように「毎日、これだよ」と呟いた。現在、真衣に彼氏はいない。だけど、彼女は錬との風景を見ているだけで胸がいっぱいだった。

 

 

「明日、楽しみだな」

「そうね」

 

 

錬は奥の部屋に行き、着替えて接客をした。錬が入ったことで店の回転は良くなった。そうして、閉店時間となり錬はテーブルを拭き、夏奈は仕込みを続け、真衣は皿を洗っていった。

 

 

「もう4年も経つんだな……」

「そうね、早いわね」

「じゃ、お疲れさまでした」

「お疲れさま~」

 

 

頭を軽く下げ、真衣は店をあとにした。夏奈と錬は2階の自宅に行った。シンプルに荷物は最小限で、しっかりとまとめられている。流石家事全般的に出来る夏奈である。

 

 

 

「……しかし、多忙なアイツらだけど来れるのか?」

「最近は外国交渉が、どうたらこうたらとか言っていたよ」

「アイツが!? アイツ英語できないハズだぞ!」

「それは努力次第じゃない?」

 

 

簡単に夕食を作りながら夏奈は答えた。簡単にというのは半分以上が昨日の残り物だからである。

 

 

「あなた、テーブル拭いておいて」

「わかった」

 

 

その時、再び錬のスマホにメールが届いた。宛先はアイツだった。内容は明日予定到着時間だった。

 

 

「真面目か」

 

 

錬は1人で笑いだした。夏奈は不思議そうに肉じゃがを運んだ。錬は夏奈から肉じゃがを受け取り、テーブルに並べた。夕食のメニューはご飯、味噌汁、肉じゃが、焼き魚だった。

 

 

「旨そうだな、いただきます!」

「いただきます」

 

 

2人は会話しながら食事を楽しんだ。

 

 

「満腹だぜ」

「満足してもらえてよかった」

「おう!」

 

 

錬はそのまま、風呂場に行き入浴を済ませ就寝した。仕事の疲れもあるため、直ぐに眠れた。後片付けが終わった夏奈は幸せそうに眠る錬の額にキスをした。

翌日、錬が起きるより前に夏奈は起きた。人は楽しみなことがあると眠れなくなると言うがまさに夏奈はその状態だった。朝食を簡単に作っていると錬が起きてきた。

 

 

「おはよ、夏奈」

「おはよう、あなた」

 

 

昨晩と同様に料理を作り、テーブルに並べ、それを食べる。その後支度を始めて錬を見送った。見送る際に今日は早く帰ってくるように伝えた。

 

 

「さて、開店の準備しなきゃ」

 

 

夏奈は店に降りていき、ドアの鍵を開錠する。準備を始めて20分くらい経ったときに真衣が店に現れた。

 

 

「おはよー、夏奈」

「おはよう」

 

 

真衣は着替えてカウンターに立った。材料の確認をしたり、道具の点検をしている間に開店時刻となった。夏奈は店先に暖簾(のれん)を上げ開店を知らせる。

 

 

「夏奈ちゃん、おはよう」

「夏奈さん、おはよう」

 

 

街の人が夏奈に挨拶をする。夏奈は頭を軽く下げ挨拶をする。そして、店に戻る。

 

 

「もうやっているかい?」

 

男性3人組がドアを少し開け中を覗いていた。夏奈は、もう開店していますよとだけ伝えた。彼らはズラズラと店内に入ってくる。

 

 

「はい、お冷です」

「あ、ありがとうございます」

 

 

彼らはメニュー見ながら、何を頼むか話し合っていた。結局彼らはカツ丼を頼むことにしたらしくオーダーを入れた。

 

 

「あれから1週間経ちましたけど、古川さん厳しいですよ……」

「古川さんかそこまで熱が入っているんだよ、月波さんの作品に」

「困ったことがあつたら自分に相談してくださいよ」

「ありがとうこざいます、コリペアさん」

 

 

その時、真衣の表情が変わった。真衣は昔から小説投稿サイトで小説を読み漁る程、物語が好きだった。彼女の最近のお気に入り小説を書いている人が目の前にいることを知り、興奮が隠せなかった。

 

 

「こ、コリペアさんと月波さん、更に三ツ葉さんまで……」

「真衣、あの3人の事知っているの?」

「夏奈は知らないの? あの3人は小説家さんだよ」

 

 

そこから真衣は夏奈に3人の事を説明し始めた。夏奈は聞きながらも注文された料理を調理している。完成した料理を真衣に渡し運ぶ様に促した。

 

 

「お、お待たせしました。か、カツ丼です」

「ありがとう」

 

 

雅樹はカツ丼を受け取り、他の2人の前に置いた。真衣は思っていた言葉を口にした。

 

 

「コリペアさん、三ツ葉さん、月波さん。サインしてください! ずっとファンでした」

「あ、ありがとう。でも、コリペアさんと三ツ葉さんほど有名じゃないから」

「そんなことないです。私は今は無き『日無』からファンです」

「アレを読んでくれている人がいたんだ」

「それで、今回ようやく三ツ葉さんの協力のもとアレンジ版の『日壊』が書籍化が始まったんですよね!」

 

 

真衣は興奮気味に答えた。『日無』は雅樹が昔、妄想だけでプロットを組まずに書いた作品だった。公開していたのは僅かな時間で見れた人は少なかった。そして、そのアレンジ版として注目が集まったのが『日壊』である。

 

 

「その作品を知っているのは珍しいね。ありがとう」

 

 

そう言って順番にサインを書いた。真衣は嬉しそうに持ってその場でクルクルと回った。その様子を見て夏奈は微笑んだ。

 

 

「さて、いただきます」

 

 

3人はそれぞれ、食べ始めた。途中何度か電話に出て対応していた。どうやら電話の相手は先ほどの古川さんと呼ばれた人だろう。雅樹は頭を何度も下げていた。

 

 

「すみません、あの、小説のミスが出たみたいで……」

「相変わらずだな、まだ凡ミスするんかよ」

 

 

三ツ葉の指摘で雅樹は苦笑いを浮かべながら、カツ丼代を置き店をあとにした。

 

 

「相変わらずですね。『日無』の頃からミスが目立ちましたからね」

「大丈夫ですかね」

「そう言っているコリペアさんも早く続き書かないと、怒られますよ?」

「はははっ」

 

 

コリペアは笑うが、三ツ葉は完璧な指摘をしている。だからこそ彼が書く小説はキャラクターの可愛さが読者に伝わるのだろう。そう、真衣は思っていた。

 

 

「真衣、もうすぐでお昼時だから混むわよ。準備して」

「はいはい、了解です」

 

 

真衣はカウンターに戻り注文が多い料理の下ごしらえを始めた。

 

 

「じゃあ、俺達も食べ終わったから、そろそろ行きましょうか」

「そうですね」

 

 

雅樹が置いていったカツ丼代を持ち財布からお金お取り出して、お会計を済ました彼らは店を出ていった。真衣はサインを眺めていた。あの日ゾンビに襲われた人と同一人物とは思えないほどその笑顔は輝いていた。




はい、作者です。
前回登場した、古川優輝、山田亮斗は私のリア友の名前を少し変えて登場させました。
そして今回も出番があった3人。糠天使コリペア、三ツ葉亮、月波雅樹はそれぞれハーメルンで活動されているユーザーさんを登場させました。(許可は取ってあります)

さて、次回いよいよ 日常が崩壊した世界で。 は完結します。
たった4ヶ月で完結とあっけない気がしますが、まあ、もう書く事無いんですよね。
だらだらと連載するくらいなら、きっぱりと完結させた方がよいと思いました。

それでは、次回 最終回でお会いしましょう。


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日常が崩壊した世界で生き延びた者の物語。

祝最終回!
作者は爽健◯茶派です。


「See you」

 

 

電話を置き、ほのかは深いため息をついた。その様子を見た時雨は呆れた顔で、ペットボトルのお茶を手渡した。

 

 

「それって、爽健◯茶?」

「そうだが?」

「私は、綾◯派なのよ」

 

 

何やら、ほのかには何か譲れないものがあるのだろう。文句を言いつつも、ちゃっかりと飲むのがほのかである。時雨は呆れつつも手元のスケジュール帳を眺めて、ほのかに伝えた。

 

 

「今日の10時にフェスタグローバルオート社と会議、続いて12時に昼食、そして13時にブラックカイト社と会議、16時に企業の視察。18時に夕食です」

「いつもより、2時間も早いわね」

「そ、そうだな」

 

 

時雨は悟られないように、出来る限り普通に対応した。その時、社長室のドアをノックする音がした。ほのかは、中に入るように指示した。入ってきたのは早紀だった。

 

 

「時雨〜、菓子パン買ってきて〜」

「早紀様、私が行きますので時雨様にすぐに頼ろうとするのはやめてください」

 

 

早紀の背後から由美が現れ、早紀の肩を掴む。早紀は素直に由美の指示に従った。

 

 

「社長の座を下りてから凄く元気になったよな」

「そうね、それはそうで面倒よね」

 

 

ほのかは頭を抱え、時雨の笑顔は引きつっていた。ほのかは手元の資料を眺めて頬杖をついた。

 

 

「そろそろ、最初の仕事に行くぞ」

「えー、しーくんともっといたい……」

 

 

駄々っ子の様に足をバタバタとさせた。それは時雨の前だから見せる顔だった。時雨はほのかを抱え上げ、会社をあとにした。彼女が社長になった時、経営不振を予測した人が現れ大道寺グループの弱体化が予想された。しかし、ほのかの努力と時雨の支えがあり、グループの規模は拡大された。

 

 

「ほのか様、時雨様、お送りいたします」

「由美、頼んだぞ」

 

 

由美は一礼して車のドアを開けた。ほのかと時雨は後部座席に乗り込んだ。

 

 

「由美の運転を見るとゾンビ騒動の時の逃走中のことを思い出すわね」

「そうですか?」

 

 

由美の問いかけに対してほのかは鼻で笑った。時雨は流れる街を眺める。4年前、1度は機能を失った都心部も今では嘘のように活気で満ちていた。その横顔を見つめるほのかはこの男性の妻になれて良かったと心の底から思うのであった。

 

 

「お嬢様、本日もスピーディに片付けてきてください。18時から大変重要な用事がございますので」

「そう? わかったわ」

 

 

内心、ほのかはわかっていなかった。時雨も何も言わないので謎が謎を呼んでいた。

 

 

 

 

会議が終わる頃には、日は暮れ始めていた。時雨は先ほどから時計を気にしていた。

 

 

「さっきから時計を気にしているようだけど、どうしたの?」

「い、いや、気にするな」

「気なるわよ、今朝からそうやってはぐらかして……。まさか……不倫!?」

「な訳あるか! 俺からのサプライズだよ」

「え」

「行くぞ」

 

 

時雨はほのかの手を掴み、由美の運転する車でとある場所を目指した。車に揺られること50分。車はある店前で止まった。

 

 

「ここは?」

「俺の妹の夏奈っていただろ。アイツが経営している店だ。今日は打ち上げだ」

 

 

ほのかは呆然としたが、その背中を時雨に押され店内に入っていった。

 

 

「ほのかさん、いらっしゃい!」

「夏奈、久しぶり」

「よー、ほのか久しぶり! 時雨と元気にやっているか?」

 

 

既に半数以上の懐かしいメンバーが集まっていた。そこには海の姿もあった。ほのかは海に駆け寄る。

 

 

「海さん! くるみは、くるみは大丈夫なんですか?」

「あの子なら大丈夫。元気に生活しているわ。今ではスポーツクラブでトレーナーをやっているわ」

「そうですか……良かったです」

 

 

ほのかは自然に溢れてきた涙を拭う。その様子を見た海はこの4年間本気で自分の娘のことを心配してくれた人がいるんだと改めて思った。

 

 

「時雨、しっかり休んでる?」

「母さん、大丈夫だよ」

 

 

右手に日本酒が入ったグラスを持ち、瞳が近づいてくる。ほのかは瞳に対して軽くお辞儀をする。瞳も左手を軽く上げそれに反応した。

 

 

「しかし、ほのかが本当に後を継ぐとはな」

「それだけ努力はしたわ。それよりもお店、大丈夫なの?」

「その心配はない。夏奈に事前に頼んで貸し切りにしてもらってある。少しは肩の力を抜きな。今日でほのかが社長になってから1年なんだから」

 

 

ほのかはその事をすっかり忘れていたようた。夏奈から花束を受け取り、嬉しく涙を流す。

 

 

「時雨も、昔と変わって丸くなったわね……」

 

 

自分の息子の成長を感じ、瞳は実に嬉しそうだった。その時、時雨は実がいないことに気がつく。

 

 

「早紀さん、実さんが見当たらないのですが」

「あの人は恥ずかしがり屋だからね。こういう集まりは基本参加しないわ」

「そうですか」

「料理できたわよ」

 

 

夏奈は大きなケーキを運んできた。普段は和食がメインのため、形は完璧ではないがそれでも、豪華なものであった。

 

 

「味は俺の保証付きだ。なんて言ったって俺の妻だぜ!」

「当たり前よ。うちの由美が認めた人物よ」

 

 

切り分けられたものを、ほのかは皿は受け取ったが食べようとはしなかった。

 

 

「どうしたんだ?」

「えっと……しーくんに食べさせてほしいなって……」

 

 

周囲にいた皆は、ほのかの反応の変化に驚きを隠せなかった。今までのほのかだったら絶対に見せない反応だったからだ。

 

 

「はいはい、お嬢様」

 

 

フォークに適量ケーキを取り、ほのかの口に運ぶ。ほのかは本当に美味しそうにケーキを食べた。その様子を見て早紀は両手で顔を覆い、左右に揺れている。

 

 

「本当にかわいいな、ほのかは」

 

 

そう言って時雨はほのかの頭を撫でた。ほのかは撫でられ、幸せそうに微笑んだ。その時、時雨のスマホがメールが届いたことを表した。

 

 

「早紀さん、彼女来れそうです」

「本当? よかった」

 

 

ほのかは夏奈のケーキに夢中で早紀と時雨の会話を聞いていなかった。

 

 

「夏奈、本当に美味しいよ。ありがとう」

「いえ、喜んでもらえて嬉しいです」

 

 

プチ女子会が始まった。そこにドアをノックする。しかし、なかなか入って来ようとはしなかった。しばらく待つと1人のジャージ姿の女性が入ってきた。

 

 

「す、すみません。せっかくお誘いしていただいたのに遅れてしまい……」

「大丈夫だ、気にするな」

「す、すみません。時雨さん」

「昔みたいに、兄貴って呼んでくれないのか?」

「そうだね、兄貴」

「しーくん、もしかして……」

「久しぶり、くるみです」

 

 

ほのかは、くるみに抱きついた。くるみは驚きながらも、ほのかを抱き返した。その笑顔は、やはり4年前には見ることが出来ないほど輝いていた。

 

 

「ほのか」

 

 

感激しているほのかに時雨は話しかけた。

 

 

「ほのか、今幸せか?」

 

 

ほのかは一瞬、戸惑ったが直ぐに笑顔に戻りはっきりとこう言った。

 

 

「もちろんよ、しーくん!」

 

 

彼らは幸せに満ち溢れていた。だが、この先何が起こるかはわからない。故に、再びこの平穏な日常が崩壊したしないことを願いながら、この物語の幕を下ろそうと思う。




はい、作者です。
今回、こうして完結することが出来ました。
元旦から連載を開始して、割と直ぐに完結しましたね。
日常が崩壊した世界で。を書いて私が伝えたかったのは、当たり前の平和が一番幸せだということを伝えたかったです。
連載中にインフルエンザを発症したり、大変でしたが楽しかったです。
また、新たな小説を書こうと思っています。よかったら見てくださいね。それでは、またどこかでお会い出来ることを楽しみにしています。


スペシャルサンクス
四ツ葉 黒亮 様
味噌神のスペリア 様
黒鳶 様
K-15 様


リア友のF君 Y君 Y君
お気に入り登録をしてくださった方
感想を書いてくださった方
そして、ここまで読んでくださった皆様

本当にありがとうございました。


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