PSO2外伝 絆と夢の協奏曲〈コンツェルト〉 (矢代大介)
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プロローグ 追憶

 夢。そう、俺は夢を見ていた。

 

 夢という言葉には、大きく分けて二つの意味がある。

 一つは、人間が睡眠の際に見る、一種の幻覚。大抵は意味も脈絡もなく、突拍子もない奇天烈なものばかりだが、時たまいい夢を見ることもある。もちろん、悪い夢を見ることもあった。

 もう一つは、成功した未来の自分を空想するもの。将来の夢と言えば、それは誰でも持ち得る、ごく普遍的なものだ。

 

 

 人間は誰しも、夢を見ている。それは睡眠時の夢しかり、将来の夢しかり。人間というものは、夢を見ない時はないのだろう。

 ――親しき人の死に直面しようと、人間はこの期に及んで夢を見るものだ。認めたくないと叫び、死を知った人は幸せを夢想する。たとえそれが、もはやかなわない光景だったとしても。

 

 

 大好きな少女を、我が身を以て守りたいという、小さなころのささやかな夢。

 けれどもそれは、俺の目の前ではかなくも潰えた。

 

 

***

 

 

「あ……あぁ…………」

 

 ごく小さな羽虫が鳴くようなか細い声で、俺は少女を抱きかかえる。まだか弱く、頼りない小さな手で抱えられた少女は、まるで眠るようにこと切れていた。

 目にいっぱいの涙をためて、それでも抑えきれなかった大粒のしずくが、わずかな身じろぎさえしない少女の上に落ち、はじける。

 少女が最後に手櫛ですいてくれた、手入れのされていない黒髪をぐしゃぐしゃにかき乱して、少年は一心不乱に泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 やがて涙も枯れたころ、少年は少女をそっと地面に横たえて、自らの足で立ち上がった。

 

「…………ろす」

 

 少年が、ぼそりと何事かを呟く。その一言だけでは飽き足らないのか、少年は呪詛のように、同じ言葉を呟き始めた。

 

「殺す。殺す。殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す……」

 

 ギリリ、と少年は歯を食いしばる。そして、自らをかばって死んだ少女の――守ってやると誓ったはずの少女の前で、一つ決意した。

 

「――――俺が、お前の敵を討つ」

 

 少年が、赤く燃える空を見上げる。そこには、感情と呼ばれるものの色、その一切合財を見せずにただ地平を睥睨(へいげい)する、一つの人影があった。

 

 

「あいつだけは……絶対に殺してやる」

 

 

***

 

 

「…………はぁ」

 

 マイルームと呼ばれる、惑星調査員たち一人一人に借与される、マンションの個室のような場所。その一室に設けたベッドの上で、俺は深いため息をついていた。

 忘れるはずもない。忘れることなどできない、「奴」への黒い感情。その根幹となったあの日の出来事を、夢は否応なく思い出させてくれた。そればかりか、俺の心地いい惰眠を邪魔してくれやがった夢に若干の恨みを込めながら、俺はベッドの上で起き上り、マットレスの上に座り込む。

 そういえば、ここ最近は回される仕事が忙しくて、気に留めることはあまりなかった。それを思い出させてくれたのは、感謝するべきかもしれない。――ともかく、俺は昔のことを思い出していた。

 

 

 今でも、思い出すたびにその情景が脳裏にくっきりと浮かび上がる。

 世界の広さも知らない無垢な少年だったころ、俺の隣にはいつも彼女がいた。金糸の様な眩しい髪をふわふわと揺らしながら、開いたばかりの花のようにみずみずしく、まぶしい笑みを浮かべ、俺に寄り添っていた少女。

 在りし日、俺は少女の前でおもちゃの剣を天に突き立てながら、きっぱりと宣言した。「俺が君を守ってあげる」と。

 

 

 だが、あの日。

 俺たちが住んでいた街を焼き尽くし、そこに生きていたはずのもの全てを、クズ肉と変えていったあいつを目の前にして、俺は恐怖にすくんで、動くことができなかった。同じように、俺の背で恐怖に震える彼女を、かばったままで。

 そうしてあいつが、俺をそこらに転がるモノと同じものに変えようとしたその時――背にかばっていた気配が、ふいになくなったことを知覚する。その時にはもう、あの子の小さくか細い身体は、あの子に宿っていたはずの灯は、吹き飛ばされていた。

 

 

 

「……守るとか、言ったくせにな」

 

 心の中だけでつぶやくつもりだった自嘲の言葉が、つい口をついて出てしまう。それを自分で聞いた俺ははっと我に返って、また深くため息をついた。

 それは、10年以上前の話。しかし、今だ拭いきれずにいた、俺の中に深く根付く悔恨の証。そう考えると、またしてもため息が出そうになる。

 漏れそうになったため息をぐっとこらえた俺は、気分転換に街へと散歩に出かけることにした。お気に入りのシャツとコートを着込みながら、俺はふと窓の外の風景を覗く。

 

 

 

 この街は、一つの惑星の地表にあるわけではない。有限の地面だけしかないこの場所は、どこまでも暗闇で包まれた宇宙空間を進む、巨大な船の中にあるのだ。

 外宇宙探査船として建造されたこの船は、その中に数十万単位の人が安全に住まい、第二第三の母なる星を見つけ出すために、宇宙の深遠めがけて当てもない旅を続けている。

 そして、そこに乗り込んでいる俺の仕事は、この船が発見した惑星に乗り込み、そこに住まう原生生物や地質を計って居住に適しているかを調査したり、敵対する危険な生物と戦い、船に住まう人々の安全を守ることだ。

 

 

 「アークス」。俺をはじめとした惑星調査員、兼対外生物戦闘員のことを、船に住まう人々はそう呼んでいる。

 

 

***

 

 

 新光歴240年。

 人類が母なる星を飛び出し、銀河全土を旅する冒険者となってから数百年が経った、はるか未来。

 銀河系を飛び出して脈々と活動範囲を広げる人類と、その不倶戴天(ふぐたいてん)の宿敵たる超時空生物「ダーカー」による大戦争が続く、そんな時代。

 人々はダーカーに対抗するための力である「フォトン」を使った戦闘方法を確立し、日々巻き起こるダーカーとの戦いをしのいでいた。

 

 

 この物語は、そんなフォトンを使いこなす惑星調査員、兼対外生物戦闘員「アークス」の一員として日々を生きる少年に起きた、絆と夢の物語。

 

 

  Phantasy Star On-Line 2 The Another History

  Concerto of Bond And Dream



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#1 出会い

プロローグとほぼ同時投稿になります。


 

「……はぁ」

 

 朝。仮想の空と空気が作り出す清涼な空気に包まれた、小さな人間たちの箱庭。沢山の人々が暮らす巨大な街中の一角に建てられた、アークス専用の宿舎――「マイルーム」と呼ばれる場所。その中に構えた自室にて、俺は朝っぱらから重苦しいため息をついていた。理由は、隠せない面倒くささである。

 本日は非番だということで、先ほどまで気持ちよく寝こけていたところを叩き起こされたのが主な原因ではあるのだが、その寝こけていた俺をたたき起こしてくれた存在――つまるところ、メールを受信した俺用の携帯端末に映し出されたメールの文面を見てしまったのが、もう一つの主な原因だ。

 内容はなんてことはない、世話になった恩師であり上司でもある人間から伝えられた、明日以降のおおまかな任務予定をはじめとした、一種の業務連絡のようなものである。だが、その内容の文末には、俺の憂鬱さを加速させてくれる内容が記されていた。

 すなわち「ついでと言っては何だが、頼みたいことがある。内密に処理したいので、直に会いに来てほしい」と。

 

「……はぁ」

 

 もう一度、ため息。今度は大げさに大仰についてみたが、そんなことをしたところで何かが変わるわけもなく。結局のところ、行くしかないのだろう。

 ……正直な話、ものすごく嫌な予感しかしない。あの人が俺に頼みたいこと、なんて言った時には、大抵ロクなことがないのだ。

 以前その言葉を断り切れず引きうけた依頼が、なんだかわからない新型のでっかいロボット型パワードスーツの操縦テストだったりして、制御不能で暴走の憂き目にあって、結果きりもみ急降下墜落。全治一か月のありがたいお言葉を頂戴したことがある。そんなことになるのは金輪際御免だ。

 まぁ、そんなことがそうそう何度もあったら困る。今回はそうでないことを切に願いながら、俺は携帯端末をポケットに突っこんで、マイルームの扉をくぐった。

 

 

***

 

 

 アークス用宿舎(マイルーム)から、アークスシップ居住区角を統括する行政ビルへの道はそれほど長くもなく、愛用のツアラー型バイクを飛ばせば10分とかからない。この船で暮らすようになってからの長い付き合いである相棒を駆り、風を切る俺は現在、絶賛テンション急降下中だった。

 はたして、本日はいったいどのような無茶ぶりを押し付けられるのだろう。そんな若干の期待と諦めを交えつつ、俺は行政ビル内に設置されているアークス課に足を向けた。

 アークス課と言っても、表向きにやることと言えば、アークス内のどこの部署にいる誰が何をしたか、なんていうのをほかの課に報告する中継を担うことが仕事だと、俺の上司からは聞かされている。

 基本的な仕事はアークスの上層部そのものに一任しているため、暇で暇でしょうがないと彼はよく愚痴っていた。主に俺の端末宛のメールで。

 

「すみません、課長に呼ばれて来たんですが」

「あぁ、少々お待ちくださいね。すぐにいらっしゃると思いますので」

 

 受付の人とは、何度も顔を突き合わせている顔なじみである。毎度俺が彼――このアークス課の課長を務める人物に振り回されているのを知っているのか、俺に向ける笑顔は営業スマイルとは別の、気遣うような苦笑だった。

 

 

 通された応接室で暇をつぶしていると、「彼」はすぐに応接間へと姿を見せる。

 がっしりとした体格と、正装の隙間から垣間見える隆々とした筋肉に加え、無数の傷跡を刻んだ精悍な顔立ち。すでに齢60をとうに超えていたはずだが、その割には衰えなんてものを微塵も見せない瞳は、年を重ねたが故の深い叡智を湛えるかのように光り輝いていた。

 彼こそが、現在のアークス課長であるベルガ・ディルクルムだ。もともとは俺たち新米アークスの指導を行っていた熟達の大先輩であり、その威厳は今なお衰えていないことを、まざまざと感じさせてくれる。

 

(……こんな人が、なんでまた俺ばっか指名するんだか)

 

 かつての悲劇を経験するよりも前。無垢な子供のままアークスを志した少年時代の俺の目には、彼の姿はとてもまぶしく映りこんでいた。それが今では、甥っ子に愚痴るただの中年オヤジにまで評価が下降している。オフの時の態度とか、毎回頼んでくる無茶ぶりが理由の大半であるとはいえ、人間、何が評価点のプラスかマイナスかわからないものだ。

 とは言ってみたものの、基本的に彼は有能な人物であることに変わりない。かつてはアークス大隊を率いて、かの「ダークファルス【巨躯(エルダー)】」の封印作戦にも参加。アークス屈指の戦力たる六芒均衡(ろくぼうきんこう)たちと肩を並べて戦ったという、リーダーとしての器を持ち合わせる豪傑だ。その力強さは、何もすることがないこんな部署に飛ばされてからも、今なお衰えるところを知らない。

 

「またせたな、コネクト君。わざわざ呼び出してすまんな」

 

 そう言うとベルガは俺の前に座って、自分で淹れたのだろうコーヒーをすする。わざわざすまんとか言いつつ俺には何も飲み物はないのだろうか……という不満を黙殺しながら、俺はとがらせていた口を開いた。

 

「別にかまいませんよ、厄介ごとに巻き込まれるのは百万のダーカーを見るより明らかですからね」

「ははは、違いないな」

 

 否定してくれよ頼むから、と内心で眉をしかめる。この人に巻き込まれて無事で済まなかったことなんて、両手足で数えて足りるかどうかというほどなのだ。正直勘弁してほしいのだが、直属の上司である手前断るのもあまり良いものではない。それをいいことに俺を振り回しているのではなかろうか――なんてことを考えると胃痛がするので、この辺でやめておこう。

 

「で、今回はどんな要件なんですか? ……せっかくの非番の日くらい、ゆっくりさせてほしいものなんですけどね」

「すまんすまん、何しろ急に決まったことだったんでな……君にしか頼めないことなんだ。そこを踏まえて、話を聞いて欲しい」

 

 飄々とした雰囲気が、一瞬にして硬質な、冷たいものに変わる。この雰囲気を纏っているときは、十中八九間違いなくまじめな話が振られるのだ。

 まぁ、そんなことだろうとは思っていた。俺を用事に付き合せる日と言えば、決まって俺がアークスの任務に忙殺されている日で固定されている。それを破って非番の日にまで呼びつけたとなると、中々に緊急度が高い依頼なのだろうと、俺は考えていた。

 

「……君に頼みたいのは、ある人物の保護と監視だ」

「保護と、監視?」

 

 おうむ返しにつぶやくと、ベルガはこっくりとうなずく。

 

「その人物と言うのが、少々特殊な身の上でな。……保護の対象となる人間となれば、本来はしかるべき施設に入れるべきなのだが、今回に限っては事情が事情でな。正規の施設に入所させ、他の人々と過ごさせるのには少しばかり問題があると、他の課から言われてしまったのだよ」

「はぁ。まぁ、事情は分かりますけど……どうして俺のところなんですか?」

「件の人物は、君と年が近くてな。近しい世代の人間と居る方があの子のためになるだろう、と言う意見が、他の課から持ちあがっている……と言うのが、表向きの理由だな。――我がアークス課で身柄を引き受けたい、と言うのが私としての本音なのだが、君も知っている通り、我が課の業務形態は他に比べるとかなり特殊だ。首尾よく保護ができたとしても、その後常に監視を行えるだけの人材がいないのだよ」

「で、余計な人件費を浮かせるために俺を犠牲にする、と」

「話が早くて、いつも助かっているよ」

 

 ははは、と乾いた笑いをもらしつつ、ベルガは額を抑えて眉をひそめていた。この分だと、本当に猫の手でも借りたい状況だったんだろう。――全然俺にしか頼めない依頼でもないじゃないか、というツッコミは、喉を出る寸前でとどめておいた。

 まぁ、俺としても別に異論はない。アークス課は表向き暇を持て余す部署ではあるが、暇でも暇なりに仕事はきちんと存在する。加えて、課自体が十数人程度で構成されているという都合もあって、全体的に慢性的な人手不足なのが現状なのだ。

 そんなアークス課が全体で保護監視を請け負った日には、ただでさえ不足している人手がさらに足りなくなるのは火を見るよりも明らかというものだろう。

 

「で、引き受けてくれるかね?」

 

 とまぁ、色々御託を並べてみたが、実をいえば暇な人材はほかにも幾人か存在している。それを知っていてもなお、こうしてわざわざ話まで聞いているのは、結局のところ俺が頼みごとを断れない性分だからだ。我ながら面倒臭い性分だ、と自嘲を心の片隅に浮かべながら、俺は大きくため息を吐き出す。

 

「……どうせ、ハナから断られるなんて思ってないんでしょう? ……まぁ、いいですよ。引き受けます」

「そうか、君なら引き受けてくれると思っていたよ。……誰か、あの子をここに連れてきてやってくれ」

 

 ベルガが部屋の外に呼びかけると、返事と共に足音が聞こえ、やがて遠のいていった。

 

「本当に、すまないな」

「謝るんなら、いっつも笑ってごまかしてるあなたが叩き付けてくる、無茶苦茶な特務に関して謝ってほしいですよ。気になっている女性の尾行だとか、監視を欺くためのスケープゴートだとか、帰還の手配なしでナベリウス調査だとか、何も知らせないままで交渉のためにハルコタンへ放り出したりだとか、惑星の片隅に出来てたダーカーの巣に単独突入して殲滅しろだとか、いろいろありましたよね? えぇ、もう本当に」

「いや、その、なんだ、はははは……」

 

 組んだ膝の上で頬杖を突きながら、俺は半眼でいろいろあったことを追及する。言われた本人は、気まずそうに視線を泳がせるばかりだ。

 とはいっても、俺だって本気で責めているわけじゃない。ちゃんと事前事後のサポートはしてくれるし、万が一があっても身の安全は保障してくれるという契約を取り付けたうえでの任務だ。下手なクエストよりもよっぽど稼ぎが良いし、恩人の頼みだからと深く考えずに引き受ける俺にも責任はあるのだが、それを差っ引いても、彼はなんだかんだといい人なのである。

 ――昔、とある理由から故郷が滅び、路頭に迷っていた俺を拾ってくれたのも、ほかならぬこのベルガ氏本人なのだ。それもひっくるめて、俺は彼に対して悪い感情は微塵も抱いていない。せいぜい、なんで俺にばっかり愚痴ってきて無理難題ばっかり押し付けてくるのだろうか、というくらいか。

 そんなことを考えていると、不意にノックが聞こえる。圧縮空気の抜ける音と共に開いた扉の先には、ベルガの秘書が居た。

 

「失礼します、彼女をお連れしてまいりました」

「あぁ、ご苦労。……さて、それではコネクト君にも紹介しておこうか」

 

 そう言いながら、ベルガは席を立って、去って行った秘書が連れてきていた客人が居るのであろう扉の近くへと歩いていく。彼女、と呼ばれた客人は、理由があるのか姿を見せようとしていない。それを察知したベルガは苦笑して、扉のふちに手をかけて外へ身を乗り出す。

 

「大丈夫だ、彼は口こそ悪いが悪漢じゃない。安心してくれ」

 

 その悪い口癖はどこの誰が手本を見せて仕込んでくれたんでしょうね、という言葉は、ムスッたれた顔だけで表現するだけに留めておいた。ここでいらぬ言い争いを起こしても、印象を悪くして損をするのは俺の方である。

 

「……本当、ですか?」

 

 そうして聞こえてきた声は、まぎれもない少女のものだった。まさしく蚊の鳴くような弱弱しい声だったが、別段内向的な雰囲気は感じない。どちらかというと、不安とおびえから来るようなものなのだろう。少しするとベルガの説得が効いたのか、声の主であろう少女が姿を現した。

 まず目を引いたのは、桃色に近い紫色の左目と、明るい金色を湛える右目の二色に分かれた、特徴的なオッドアイ。象徴的な瞳孔の文様や、黒曜石めいた額の角こそ存在しないが、それは紛れもなく、戦闘に適した遺伝子操作を施した種族「デューマン」の物だ。サクラと呼ばれる花の花弁にも似た色の、淡く白が混じった桃色の頭髪も、どことなくその瞳を強調するような色をしている。

 服装は、数年前にめでたく現役を引退し、新デザインへと役目を譲った、旧式のアークス研修生制服だ。薄く濃紺を混ぜた黒の落ち着いた色調は、少女の容姿をよく引き立てている。どちらかと言えば可愛らしいの部類に入る顔は、現在進行形で不安の色に染まっていた。

 

「紹介する。彼女が依頼の人物である、フィルツェーンだ」

「よ、よろしくお願いしますっ」

 

 ベルガにぽんと肩を叩かれて、フィルツェーンと呼ばれた少女は勢いよく頭を下げる。多く見積もって中学生も怪しい小さな体躯だったが、その挨拶のしぐさは堂に入ったものだった。

 

「……あぁ、よろしく。自己紹介は必要か?」

 

 とりあえず不安を払拭してやらないと、依頼の遂行期間中は接しにくくてしょうがないだろう。そう考えて、俺は何か気の利いた一言でもかけようと思ったが、結局無難な形のあいさつに留めておいた。人間、背伸びのし過ぎは危険である。

 

「あ……えっと、その……失礼じゃなければ、お願いしてもいいでしょうか?」

 

 当たり障りのない言葉だったはずだが、当のフィルツェーンは小さな体をさらに縮こませながら、おっかなびっくりそう言ってきた。

 はて、おびえさせるようなことを言っただろうか、と考えた矢先、フィルツェーンの隣に立つベルガが笑っているのを見て、そういえばまだムスッとした顔だったのを思い出す。言えよ! と胸中で突っ込みながら、俺はぐいぐいと表情筋をもみほぐした後、ゆったりと口を開いた。

 

「んじゃ改めて、アークスとして活動しているコネクトだ。そこのベルガってオッサンから聞いてると思うけど、任務で君としばらく一緒にいることになった。よろしくな」

 

 言いたいことを言いきってから、俺はフィルツェーンの様子をうかがう。いまだ不安げな顔はしていたが、とりあえず第一印象に悪いものはなかったらしい。若干ながら緊張がほぐれたらしく、がちがちに固まっていた表情筋がちゃんと動いていた。

 

「えと、はい。よろしくお願いします。……あの、ベルガさん。一つ質問良いですか?」

「む? あぁ、構わんぞ。なんだ?」

 

 そうして次に出た言葉は、俺ではなくベルガに対しての質問。いったいどうしてだろうと思考を巡らせかけたが、続いたフィルツェーンの一言にそれはあえなく粉砕された。

 

「……彼は、酷いことしませんよね?その、乱暴なことしたり、とか……」

「……へ?」

 

 思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。次いで、あぁと一人納得してしまった。そりゃまぁ、男女で行動を共にしてくれと言われれば、女性側としては何か不純な動機があるのではないか、と疑ってしまうのも無理はない。

 加えて、自分では別段なんとも思わないが、俺の人相はアークスの友人曰く「DVしてそう」な顔らしい――もちろん、そんなロクでもないことを言ってたそいつはシメておいた――。そんな顔で変にフレンドリーにされれば、そりゃ疑いたくもなるだろう。呆れてしまったが、まぁしょうがないことだ。

 

「……ふむ、そんなに可愛らしくおびえてしまっては、彼の野性が目覚めてしまうかもしれヌブッ」

「ちょっと黙ってやがってくださいこの色ボケジジイめが」

 

 前言撤回、絶対この色ボケジジイに何か吹き込まれたに違いない。割と本気で頭に来たので、ついでにと装備しておいたアイテムパックからモノメイトを一つ取り出して、色ボケジジイめがけてブン投げてやった。顔面にクリーンヒットしたモノメイトのパックが運よく破れて、中身が色ボケジジイの顔を濡らす。

 

「なんで重要な任務なのに、その任務対象を怖がらせて任務の遂行を邪魔しようとしやがってるんですかねぇ貴方は! そこから関係修復しなきゃならん俺の苦労を考えやがれくださいこの色ボケクソ恩師!」

「ジョークだよジョーク、場を和ませるための粋なジョークじゃないか」

「アンタのジョークは度を越しすぎてるんだよ!!」

 

 はっはっは、とのんきに笑うベルガに向けて、俺はベルガの奔放すぎる質にイラつきながら怒鳴り気味のツッコミを入れる。そのままの勢いでぎゃーすか言い争いの応酬を続けていると、不意に室内で小さな笑い声が響いた。声の主は、話題の中心人物であるフィルツェーン。

 

「ぷっ、ふふ……す、すみません、ちょっと面白くって」

 

 そうして口元を小さく抑えて笑う少女に、先ほどまでの不安げな雰囲気は見られなかった。それを見て、俺はようやくベルガにまんまとハメられたことを悟る。さすがは腐っても恩師、俺の扱いなど心得ているのだろうか。

 そうとも知らず、人目も気にせずベルガを怒鳴りつけていたことが非情に面白くなくなって、俺は再びムスッたれる。それを見たフィルツェーンは、今度こそくすくすと面白そうに笑っていた。

 

「はは、何はともあれ、第一印象は及第点と言ったところか。……ではコネクト君、改めて君に、任務の内容を通達する」

 

 濡れそぼった顔を優雅にハンカチで拭いていたベルガが、またしても急に態度を変えて俺たちに話しかける。俺はいつものことなので特段何もなく対処しているが、フィルツェーンにとって今の彼の顔は初めて見るものなのだろう。安堵の笑いをもらしていた先ほどとは打って変わって、緊張した面持ちを向けていた。

 

「本日よりコネクト君には、私からの別名があるまで、フィルツェーン君とできる限り近い場に立ち、彼女を監視、並びに保護を行ってもらう。……両名、異存はないかね?」

「はい」

「……大丈夫です、ありません」

 

 事前に通告されているとはいえ、監視と保護を行う人間を目の前にしているこの状況で、さすがに即答というわけにいかなかったのだろう。立場が同じだったら、俺だってそうなるはずだ。

 とはいえ、こうして顔合わせもした以上覚悟は決めてもらうしかない。それを理解しているのか、フィルツェーンは毅然とした表情で頷いた。

 

「よろしい。……それとコネクト君、君には保護、監視と並行して、新米アークスとなる彼女に、色々と手ほどきをしてやってほしいんだ」

「手ほどき……というと、基本的なアークスの仕事を教えるということで良いんですよね?」

「その通り。といっても、アークスになるのは彼女自身が望んだことだ。君が必要ないと感じたのならば、それほど過干渉はしなくてもいいぞ」

「わかりました」

 

 見るからに華奢で、荒事などは好まないである彼女が、自らアークスに志願したというのは少々意外だったが、特殊な身の上であってなお志願したということは、彼女自身のっぴきならない事情があるのだろう。だとすれば、それを詮索するのは野暮というものだ。

 

「フィルツェーン君も、それで構わないね?」

「はい。アークスの先輩に教えて貰えるなんて、光栄です!」

 

 ベルガに釣られてフィルツェーンの横顔を見ると、何か宝物を見つけたような――あるいは一筋の希望を見出せたような、そんな顔をしていた。ダーカーへの復讐のためにアークスに入った俺からすれば、その顔はとても、とてもまぶしい。

 きっと彼女は将来、その胸の内に秘めた大きな目的を達成するのだろう。その目的を達するための手助けができるなら、俺としても光栄だ。この出会いを仕組んでくれた運命の神に、少しばかりの感謝をしていると。

 

 ――不意に、部屋一帯で大きな警報が鳴り響いた。

 

 俺、フィルツェーン、ベルガ。三者三様にその警報を耳に入れて、何事かと天を仰ぐ。よく聞けば、警報は部屋で発されているのではなく、もっと上――仮想の空を映し出す天空から発されているのが確認できた。

 ひとしきりの警報が鳴り終わるのを待たずして、今度は警報同様、天空から声が降ってくる。

 

《アークスシップ統括政府より、緊急警報を発令します。現在、本艦の防衛網を潜り抜けたダーカー軍が、アークスシップ市街目指して侵攻中です。市街地への被害、並びに区画内での大規模な戦闘が予想されますので、該当区画にお住まいの方は、速やかな避難を行ってください。繰り返します……》

 

 それは、俺たちアークスに、人類にとっての敵である存在が襲ってくるという、不吉な予言だった。



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#2 少女の初陣

 ひっきりなしに降りそそぐ警報の下を、俺は相棒であるバイクと共に駆け抜ける。ハンドルを握ってシートにまたがる俺の後ろには、俺の背中に顔を押し付けているフィルツェーンが居た。

 

 鳴り響く警報がダーカーの襲撃を知らせてきてすぐに、俺はベルガに促されるよりも早く応接室を飛び出した。非番と言えど俺とてアークス、やらねばならないことくらいは理解している。

 だが、そうして急く俺をベルガは引き留めた。理由はもちろん、フィルツェーンのことだ。

 曰く、「不謹慎ではあるが、ほかのアークスたちも大勢参加するこの場であれば、安全に初陣を飾ることができるだろう」ということらしい。確かにアークスが多ければ、その分不慮の事故に遭遇した時に運よく助かる可能性は上がる。それを考慮して、俺もオーケーを出したのだ。

 

 ただ、フィルツェーンはバイクというものが初経験らしく、最初こそ強い関心を寄せていたが、今ではコイツの出す速度を怖がって前を見ようとしない。一応、二人乗りしても大丈夫なようにタンデムシートに付け替えているのだが、小さい身体を精一杯に広げてずっと抱き着かれているので、正直心中穏やかじゃない。この分ならいっそサイドカーでも新調しようかなぁ、なんてことを考えていると、俺の視界に黒煙が映った。どうやら、当該区画にご到着らしい。

 

「フィルツェーン、もう少しで着く。……あー、まぁ、そのままでいいから聞いとけ」

 

 ちらりと振り返ってフィルツェーンに呼びかけるが、肝心の本人は肌を切る風からいまだに疾駆中なのを察したらしく、いまだに俺の背中にぴったりとくっついたままだ。しょうがないかと思いつつ、俺はとりあえず話を聞くように促す。

 

「これから入る戦闘区域には、おそらくもうダーカーの手が伸びている。ダーカーの危険性は、もうアークス研修の時に聞いているよな?」

 

 正面を見据えながら語られる俺の言葉に、フィルツェーンは小さく「はい」とだけ答えた。

 

「いきなり戦闘に慣れろ、とは言わない。修了試験の時に、ダーカーの手で命を落としたやつを、俺は何人も見た。……だからまずは、俺の後ろについてこい。自分の安全を最優先にしろ。わかったな?」

 

 かつて俺がアークスとしての修了試験に臨んだ際、突如出没したダーカーに混乱し、殺されていったやつを、この目で嫌というほど見てきた。

 ある者は、自分の力を見せようと意気込んで。

 ある者は、初めて肉眼で見るそいつらの異様さに取り乱して。

 ある者は、聞かされた電文を真に受けて恐慌状態に陥って。

 ある者は、何の前触れもなく出現したそいつらに食われて。

 それぞれが、あっけなく命を散らしていった。

 ダーカーの異様さというものは、確かな脅威となる。だからこそ俺は、たとえ下位のダーカーだとしても油断をしてはいけないという持論を持っているのだ。

 言葉の意味は確かに伝わったらしい。が、直後に何かを疑問に思ったらしく、わずかに顔を上げたらしきフィルツェーンは疑問をぶつけてきた。

 

「……自分の命を? じゃあ、もしあなたがピンチになっても……」

「ああ。その時は迷わず俺を置いていけ。……どれだけ優秀な奴だろうと、死ぬときはあっさり死ぬもんだ。だから、もしそんな状況になっても、別にお前が責任を負う必要はないぞ。…………そろそろ戦闘が始まる。渡された武器の装備、忘れるなよ」

 

 俺の言葉に、フィルツェーンは何かを言いたげな雰囲気を見せる。しかし俺はそれを言わせることなく次の言葉をつむいで、それきり相棒の運転に集中した。

 

 ……ただ少しだけ言葉を交わしただけなのに、どうして俺はこんな気づかいめいた言葉をかけているんだろう。

 気疲れするだけなのに、どうして彼女の心のうちを考えてしまうんだろう。

 あの子と一緒に居た時もそうだ。あれやこれやと世話を焼いて、気をもんでは、一人だけやたらと疲れることもしょっちゅうだった。

 まるで彼女を思い起こす少女のことを頭の片隅で考えながら、俺は再び眼前で吹きあがる黒煙を見つめる。

 ――もう二度と、あの時のような思いはしたくない。

 だから、俺は俺に出来ることを、精一杯やるんだ。

 

 

***

 

 

 合金製の道路を滑走する音を引き連れて、俺とフィルツェーンを乗せたバイクは停車した。すでにたくさんのダーカーが目前を埋め尽くしていることを鑑みるに、市街地への被害はかなり進んでいるのだろう。だとすれば、急いで侵攻を食い止めねばならない。

 幸い、建物などに対する被害は軽微らしい。路面のそこかしこからせり出ている、防衛用のガトリング砲台が機能していることから、街そのものへの被害は皆無と言ってもいいだろう。といっても、周囲を見渡せば上下逆転して停車している車両や、破壊された街灯にあらぬ方向を向いた信号機など、無視できない被害が出ている場所もちらほらと見受けられるが。

 ようやくバイクを降りることができて、露骨に安堵するフィルツェーンをしり目に、俺はバイクを路肩に放り出したまま、袖をまくり上げて左腕の腕輪を露出させる。左の手首に巻かれたそれは、アークスであるならば誰もが使用している、ホログラムを使用したアークス用の任務補佐用端末だ。

端末を起動して、ホログラムに浮かび上がったアイコンを選択すると、ホログラムが粒子となって溶け、俺の腰あたりへと収束し始める。数秒もしないうちに粒子は既定の形に変わり、やがて実体を持った戦闘用の武器に変化した。

 腰に差す形で実体化した大ぶりな片手剣のグリップをつかんで引き抜き、振るう。その動作の中で、握りしめた剣の刀身から、空気と圧縮フォトンがこすれあう独特の音を引き連れて、オレンジ色のフォトン刃が生まれた。

 

「フィルツェーン、武器の出し方はわかるよな? ダーカーが近い、すぐに備えろ」

「は、はいっ」

 

 俺の言葉に、フィルツェーンは慌てて端末を操作して武器を呼び出す。腰に差された形で実体化したのは、交差する形でホルスターに納められた、二丁の小型銃だった。

 

「ガンナー、か」

 

 ガンナー。アークス隊員が専攻する兵科の一つであり、アサルトライフルとツインマシンガンによる銃撃戦に加え、手数の多さを活かした連撃と追撃に特化した、俺が属するハンターやファイターとは別口の戦闘職だ。銃撃職ながら遠近どちらにも対応可能で、こと超至近距離における圧倒的な殲滅力と、軽やかな身のこなしを用いた回避力の高さから、難度は高いものの一部のアークスには人気の職業らしい。もっとも、友人たちからの受け売りだが。

 頭の中でガンナーの特徴を復唱していると、不意に近くの空間が揺らぐ。不気味な赤黒いフォトンで構成された、アークスで言うテレパイプの光は、ダーカーが利用する空間跳躍の前兆だ。

 

「構えろ、来るぞ!」

 

 注意を促したのとほぼ同時に、空間跳躍の光がひときわ強く周囲をゆがめて、その中から黒い尖兵を吐き出す。昆虫のような体躯と、地面を突き刺すように動く四本の鋭い脚。いわゆる吸血を行う虫のように鋭くとがった口という特徴的な見た目は、間違いなくダーカーの雑兵「ダガン」の物。

 しかし、現出したのはそれだけではなかった。出現した無数のダガンの後方から、まるで自身がダガンたちのリーダーだと自己主張しているかのように、ゆったりと別のダーカーが降り立ったのである。

 カマキリの卵のような肥大化した何かを背負い、不快な羽音を周囲にまきちらすそれは、ダーカーを生む卵を生産する「ブリアーダ」だ。こちらの存在に気付いているのか、さっそくブリアーダがダーカーの卵を排出してくる。

 

「これが、本物のダーカー……」

 

 フィルツェーンが、ゆっくりと腰から抜いたツインマシンガンを構えながらそうつぶやく。油断はしていないのだろうが、さすがに動きのわからない相手をすぐにぶつけるわけにもいくまい。ここは、俺が手本を見せるべきだろう。

 

「少しここで見ていろ。……アークスの戦い、見せてやるよ」

 

 そう言ってから、俺は口を真一文字に引き結び、目の前に展開するダーカーたちを睥睨した。

 元々俺は、命を落とした彼女や、親しかった人々の敵を討つため――そして、俺と同じような思いをする人たちを少しでも減らすために、こうしてアークスとして戦っている。そのために鍛え続け、この身に刻んできた技術の数々は、その辺のアークスのそれとは比べ物にならないだろうと、そういう自負があった。

 

「覚悟しろよ」

 

 吐き捨てるように呟き、俺は握りしめたセイバーをぐっと持ち上げる。それと同時に、俺は全身へとフォトンを巡らせる。

 顔の横まで持ち上げたセイバーを再度強く握りしめて、俺は勢いよく地を蹴った。跳躍し、低空を飛ぶと同時に、セイバーを前に突き出す。狙うは、ダーカーたちの中心!

 一秒とかからぬうちに、俺の突き出した刃は一体のダガンに突き刺さった。そのまま深く突き刺さる前に、俺は全身を巡るフォトンで一時的に強化した腕力に物を言わせ、ダガンの体躯を抉るようにセイバーを振りぬき、少しだけ後ろに下がる。

 だが、これで攻撃が終わるわけではない。むしろこの攻撃は、ここからが本番なのだ。

 

「失せろ!」

 

 叫びながら、俺はセイバーの切っ先をダガンたちに向ける。同時に、三角形の刀身を持つセイバーがフォトンの刃を消し、まるで大口を開けるように「刀身を開いた」。

 開いた刀身の間からは、まばゆく輝くほどに凝縮されたフォトンで構成された「弾丸」が3回、火を噴く。放たれたフォトン弾は、体を切り裂かれて硬直しているダガンへと吸い込まれるように命中して、一匹のダガンを物言わぬ骸へと変じさせた。

 今回使用している武器は、「剣」と「銃」の二つの形態を持つという、アークスたちが使う武器の中でもとびぬけた特異性を持っている。

 近距離の相手には、フォトンで形成された刃による高威力の斬撃を。遠距離の相手には、威力を犠牲にして長い射程を実現した銃撃を見舞うという、二つの武器を一つに掛け合わせた、画期的な武器。それが、アークスのどの兵科でも共通して装備可能な武装「ガンスラッシュ」だ。現在使用しているのは、その中でも銃形態を偽装するような鋭角的な発振ユニットが特徴的な「アルバハチェット」である。

 そしていましがた俺が放った連続攻撃は、映像娯楽で言う「必殺技」とでも呼ぶべき代物として、アークスの人間ならば誰でも使えるものだ。ディスクと呼ばれる記録媒体に保存した専用の攻撃モーションと、それを実現するために必要なフォトンの使い方を直接脳に焼き付けて、どんなアークスであろうと同じように技を使えることを可能とする技術。それが、フォトンを用いた必殺技――通称「フォトンアーツ」である。

 強化した脚力を持って目標へと高速の刺突を見舞い、そこから身を翻して銃形態に変じたガンスラッシュから、高出力のフォトン弾を連続で叩き込むフォトンアーツ「レーゲンシュラーク」を終えて、俺は硬質な音と共に地面へと着地した。が、まだ敵の数は多い。

 

「……なら、これか」

 

 そのまま迫ってきたダガンたちの攻撃を回避しながら、俺はごそりと懐に手を突っ込む。取り出したのは、銃形態で使用するための弾丸用フォトンが切れた際に使用する、ガンスラッシュの予備弾倉だ。もっとも、空間中のフォトンを吸収、増幅して使用するというアークス用武器の仕様上、弾切れやエネルギー切れで機能不全に陥ることなどはほとんどない。せいぜい、フォトンを吸収できなくなった時の緊急手段として用意してあるくらいだ。

 なので、これを使う機会というのは、せいぜいが今から使用するフォトンアーツぐらいの物だろう。そう考えながら、俺は弾倉を放り投げるとともに、フォトンで強化した足を行使し、バク転を敢行した。突然射程範囲から消えた俺にダガンたちは困惑しているが、その一瞬が致命的な隙となる。

 再び銃形態へと移行した、掌中のアルバハチェット。その銃口を、地面に向かって落下していく弾倉へと向ける。数泊も置かないうちに放たれた弾丸は、狙いたがわず弾倉の中心を打ち抜いた。

 とたん、弾倉が赤熱し、甲高い音と共にはじける。内包されていた予備のフォトンが、放たれた攻撃用のフォトンに振れたことで特殊な反応を起こし、結果として大きな爆発を生み出したのだ。もともとは事故の原因として認知されていたその現象をあえて攻撃に転用したフォトンアーツ「スリラープロード」は、爆発により生じる攻撃範囲の広さから、多数の敵を巻き込んでの攻撃によく使用されている……と、教本には書いてあった記憶がある。

 そんなことを考えていると、不意に俺の真横から別のダーカーが接近してきた。ダガンより一回り大きく、全身に赤黒い甲殻が追加されていることを見ると、ブリアーダが生み出したダガンの上位種「エル・ダガン」に間違いないだろう。どうやら、俺に対して不意打ちを仕掛けてきたらしく、後ろで大人しく待機しているフィルツェーンから「危ない!」と警告が飛んできた。心配ご無用、と心の中で呟いて、そちらへと向き直る。

 

「ふんッ!!」

 

 飛び上がったエル・ダガンを、突き出した右足で思い切り蹴飛ばした。無防備な腹に蹴りの直撃を食らい、吹っ飛ぶエル・ダガンめがけて、俺は再三変形させたアルバハチェットから、連続で高出力フォトン弾を撃ち込んでやる。

 リズミカルに放たれたフォトン弾は、普段の非力さを感じさせない威力でエル・ダガンを貫き、浸食フォトンの霧へと変じさせた。蹴撃を食らわせて、しかる後に弾丸の連撃を叩き込むこの技は、「アディションバレット」と呼称されている。

 フォトンアーツの連続攻撃を決めて、俺は改めて周囲に展開するダーカー群を見据えた。スリラープロードの爆風で大多数を削ったにもかかわらず、ブリアーダが生成したのか、先ほどに比べて大した数が減っていない。となると、先にブリアーダを殲滅するのが有効打であるはずだ。

 

「フィルツェーン、どうだ。戦えそうか?」

 

 だとすれば、必然的に俺はダーカー群の中に飛び込むことになるため、フィルツェーンを守ることができなくなってしまう。そうなれば、彼女には自分で自分の身を守ってもらう必要があるのだ。

 ただ、さすがに新兵相当である新米にすべてを一任するのは荷が重い。ゆえに俺は、そのあとに言葉をつづける。

 

「無理にダーカーを倒す必要はない。臆病に、慎重になるんだ。警戒しすぎるに越したことはないからな。……もしその臆病が杞憂だったら、その時は無駄骨を折ったと笑えばいい。命あっての何とやら、ってやつだからな」

 

 格好つけて言ってみたが、この言葉はベルガからの受け売りだ。同時に、俺が戦いの中で心がけている鉄則でもある。

 ベルガという男もまた、ダーカーの被害で数多くの物を失っていると聞いたことがあった。ゆえに生まれたのであろうこの言葉を聞いた昔の俺は、その心構えにいたく感動した覚えがある。

 

「……わかり、ました。やってみます」

「あぁ。絶対に無理はするなよ」

 

 忠告を終えた俺は左腕の端末を操作し、握りしめていたアルバハチェットをフォトン粒子に還元。その形を変じさせ、身の程もある巨大な剣へと得物を持ちかえた。

 その巨大な刃で敵を正面から叩くことをコンセプトにした武器――「ソード」と呼ばれる武器カテゴリに属する得物の柄を握りしめ、俺は一気に刃を引き抜く。

 刀身だけでは飽き足らず、長く作られたハンドガードの先端までをも、青く輝くフォトン刃で包み込んでいるその剣の名は、施されたフォトンコートによる滑らかな切れ味をコンセプトに開発されたソード「コートエッジ」。ここ最近、戦術の幅を広げるために得物として使い込んでいるそいつは、まるで獲物を求めているかのように力強くフォトン刃を脈動させている。

 引き抜いたコートエッジを腰だめに構えて、俺は攻撃の態勢をとった。自らの体を弓に見立ててギリリと引き絞り、限界までフォトンの力を研ぎ澄まし――放つ。

 

「ぜあっ!!」

 

 横一文字に振るいぬかれたコートエッジの切っ先から、高速で回転するフォトンの衝撃波が飛び出した。ブーメランのように高速回転する衝撃波は、目の前に陣取っていたブリアーダの真下めがけて、真っ直ぐに突き進む。その進路上をふさいでいたダーカーたちは、高速回転するそれに巻き込まれたところから、紙切れのごとく切り裂かれ、その身をフォトンへと変じさせていった。

 繰り出した衝撃波は、その前の動作を含めて、纏めてフォトンアーツとして覚えたものである。「ソニックアロウ」と呼ばれるそれは、毎度のごとく突破口を開くのに役立ってくれていた。

 切り開かれたブリアーダへの道を目の前にして、俺は自らの足をフォトンで強化する。むろん目的はブリアーダであり、今行っているのはそのための前準備、という名のチャージだ。

 

「フッ!」

 

 刹那、カタパルトから射出された飛翔体のごとく、俺はブリアーダめがけて一直線に飛び出す。進路はダーカーたちがふさごうとしていたが、あいにくとそんなもので邪魔されるほど、柔な加速はかけていなかった。弾丸のごとく突き進む俺を邪魔できるものは、何一つとしていない!

 突き進んでくる俺の姿を見て、ブリアーダも何かを感じ取ったのだろう。羽音を響かせて急上昇しようとしたが、その寸前に俺が懐へと飛び込み、ショルダータックル気味の体当たりを食らわせた。重い衝撃にたまらず身をよじったブリアーダめがけて、今度は握りしめたコートエッジを一閃。振るわれた切っ先がブリアーダを捉えて、有無を言わせずその体躯を切り裂いた。

 

「らぁッ!!」

 

 しかし、その一撃――突撃用によく使用するフォトンアーツ「ギルティブレイク」の攻撃だけでそう簡単に倒れてくれる相手ではないことは、幾度も行った交戦で嫌というほど知っている。そこそこの耐久力という厄介な壁を突破するために俺は一計を講じ、突き出したコートエッジの刀身を、思い切りブリアーダにうずめてやった。

 瞬間、コートエッジがフォトンの力を感じ取り、ひときわ強く輝き始める。その光を浴びたブリアーダが、何かにおびえるように……あるいは奪われていく己の力を感じてか、びくりと痙攣し、もがき始めた。だが、深く突き刺さった刃は抜けることもなく、再度光を放ち、ブリアーダから力を奪う。

 やがて、ブリアーダから引きずり出したフォトンの力が刀身に満ちたことを確認して、俺はコートエッジを振るい、ブリアーダを開放してやった。

 ソードを使う上での補助の役目を果たす、相対する目標から奪い取ったフォトンで自信を強化するフォトンアーツ「サクリファイスバイト」を行使したコートエッジは、その身の内に溜めこんだフォトンを開放する時を、今か今かと待ち望んでいるらしい。痺れる様なフォトンのエネルギーを掌中に感じながら、俺は最後の一撃をお見舞いするべく、再三の強化を施した足で地を蹴り、空へと飛びあがった。コートエッジごと縦に回転しながら、空中でフォトンを練り上げた俺は、そのフォトンを刃へと送り込みながら、ブリアーダめがけて急降下する。

 

「だあぁぁぁッ!!」

 

 瞬間、周囲に轟く一撃の音。繰り出したフォトンアーツ「ツイスターフォール」を全身で浴びたブリアーダは今度こそ両断され、黒い霧となって消えていった。ダーカー生成装置を片付け終えた俺は、そのまま残るダーカーたちの掃討と並行し、フィルツェーンの方を確認する。

 むこうは向こうで、すでに戦闘を始めていたようだ。幾度か響く乾いた銃撃音を引き連れて、フィルツェーンがダーカーたちと向き合い、掌中の双機銃を駆って立ち回っている。。

 軽く全体を見る限り、立ち回り的には問題ない。ガンナー専用の兵装である双機銃が持つ機動力に加え、自身の小柄な体躯も活かして、群がってくるダーカーたちの隙間を縫うように軽やかな立ち回りを演じている。その様子は、さながらミュージカルの舞台でも見ているかのような流麗さだ。

 

「あっ――!?」

 

 だが、動きがきれいに均一化されすぎている。そのせいで、移動先を読んだらしきダガンの攻撃にさらされたフィルツェーンが、間一髪のところで回避するためにリズムを崩してしまった。そこに、別のダガンから追撃が迫る。

 まぁ、新米によくある恐慌状態に陥ったりもしなければ、慢心してうかつな突撃行動をしないだけ、彼女は良い腕をしていた。ここから先は、俺が教えて伸ばしてやればいいだろう。

 そう考えて、俺は再び取り出したアルバハチェットを展開し、静かに構えを取った。

 直後、アルバハチェットのフォトン弾発振口に、鮮やかな光を伴うフォトンが集束する。そのまま数泊を置いた後、銃形態で構えられたアルバハチェットの銃口からは、先ほどから放っていた弾丸とは比べ物にならない威力のフォトン弾が発射された。わずかに風を切る音を立てながら飛翔したフォトン弾は、俺の目測違わずフィルツェーンを狙っていたダガンに命中。その矮躯を四散させる。

 あくまで補助的な意味合いを持つ銃撃に主眼を置き、一時的に強化を施した弾丸を撃ち放つフォトンアーツ「エイミングショット」を行使しながら、俺はフィルツェーンに向けて言葉を投げる。

 

「そのまま、俺が指示するまで引きつけろ! あとは俺がやる!」

「っ、はい!」

 

 フィルツェーンには今回、いわゆる回避盾に徹してもらうことにした。攻撃に関することは追々教えていけばいいし、なにより今は市街地が襲われているという非常事態。今回はとりあえずさっさと終わらせる方が得策だと考えたのだ。

 持っていたアルバハチェットを腰のホルスターに差し戻し、俺は右の拳を強く握りしめる。そのままぐっと力を籠め続けると、やがて拳のみならず、俺の体を取り巻くように、まばゆく輝く真紅のフォトンが俺を包み込み始めた。そのまま、集まったフォトンをさらに凝縮していき、より力の密度を高めていく。

 数泊の間をおいて、フォトンがこれ以上圧縮できない、と悲鳴を上げた。それと同時に、俺は口を開く。

 

「今だ、後ろに飛べ!」

 

 指示通り、フィルツェーンが空中に飛び上がり、バク転の要領でその場から飛び退った。

「スタイリッシュロール」と呼ばれる特殊な回避行動にダーカーたちはついて行けず、一瞬ながらその動きを停止させる。――その隙は、致命的!

 

「――イル・フォイエ!!」

 

 叫ぶ必要性はあまりないが、発動のイメージをより明確にするために、俺はあえてその名前を口にする。放たれたのは、紅蓮のフォトンの奔流が巻き起こす――巨大なフォトンの隕石。

 刹那、着弾したフォトンの隕石は、一瞬の空白を置いた後、大爆発を引き起こし、その下に居た残るダーカーたちを、熱と炎をもって千地に引き裂き、燃やし尽くしていく。そうして炎の奔流が収まった後に残っていたのは、フォトンの力で焼けこげてしまった道路だけだった。……一気にせん滅するためとはいえ、少々やりすぎたらしい。

 

「……あの、今のって「テクニック」ですよね? コネクトさんはハンターなのに、どうして?」

 

 自分でやらかした惨状に少々引いていると、同じくその威力に目を丸くしていたフィルツェーンが、周囲の安全を確認しながらこちらに近寄り、疑問の言葉を口にする。内容は、ハンター――近接攻撃に特化した、格闘専門のアークス兵科である俺が、ハンターでは使えないはずのテクニックと呼ばれる技を行使できたのか、というものだった。

 

「あぁ、言ってなかったっけ。今の俺のメインクラスは、ハンターじゃなくてバウンサーなんだよ。テクニックが使えるのはバウンサーだからで、サブクラスにハンターを設定してるから、ソードが使えるんだ」

 

 バウンサー。とあるアークスが提唱し、正式にアークスの兵科として採用されることとなった兵科の一つだ。特殊な武器とともに法術、つまるところのテクニックを操り、支援もできる攻撃役を担える兵科として、最近アークス界隈では人気が出ているらしい。もっとも、俺の周囲ではこれをメインに据える奴が少ないので、あまり見ることは無いのだが。

 そのバウンサーで使用可能なテクニックを使用したのが、今回の戦闘だ。さすがに本職には及ばないが、いざというときに手の届かない場所へと攻撃する手段として重宝している。

 

「そんな兵科が……やっぱり、前線の人ってすごいんですね」

 

 俺個人の感想はさておき、フィルツェーンは法術も使える打撃職があることはしらなかったらしい。ちょっぴり目を輝かせながら、尊敬のまなざしでこちらを見つめてくるのを、ひらと手を振って制止する。

 

「尊敬するなら、兵科を開拓した人にしてくれ。俺はただ、そいつの技術を真似て戦ってるだけだからな。……っと、終わりかな」

 

 肩をすくめていると、非常警報が解除される際の音楽が街を包んだ。どうやら、防衛は成功したらしい。

 

《アークスシップ各船員へ連絡。全ダーカーの殲滅完了を確認しました。アークス各員は周囲の状況を報告後、各自帰投をお願いします。繰り返します……》

 

 頭上に映る仮想の空から、機械合成音によるアナウンスが降ってくる。同時に、非常事態が解除されたことを表すかのように、展開していた機銃が格納され、全面に警告が投影されていた仮想の空に、再び蒼が戻り始めた。先ほどまでの曇ったような天蓋を切り裂いていくそれは、まるで雲間が晴れていくかのようで、人工物ながら中々に幻想的な雰囲気を持っている。

 

「わぁ……!」

 

 フィルツェーンはこの光景を見るのがはじめてなようで、移り変わっていく空の色を熱心に見つめていた。そんな彼女の背を見ながら、俺は小さく問いかける。

 

「どうだ、フィルツェーン。このまま、アークスとして働いていけそうか?」

 

 返ってくる言葉は、ここへ来る前に見た彼女の顔からしてわかり切っている。だが、もしかしたら心変わりしたかもしれないと思い、念のための確認の意味を込めて、あえて聞いてみた。

 

「……フィル、です」

「え?」

 

 そうして返ってきた言葉は、俺の予想とは違う、何かの宣言のような一言。意味を図りかねて疑問の声を上げると、フィルツェーンが桜色の頭髪をフワフワとなびかせながら、笑顔でこちらを振り向いた。

 

「たぶんこれから、たくさんお世話になるんです。いつまでもフィルツェーン、なんて堅苦しい呼び方せずに、フィルって呼んでください」

 

 その口が告げた内容は、つまるところの続投宣言――俺が予想したものと、寸分たがうものではなく。

 

 

「……ああ、宜しくな、フィル」

「はいっ、先輩!」

 

「彼女」とよく似た笑みに郷愁を覚えながら、俺は差し出されたフィルの小さな手を、しっかりと握り返した。

 



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#3 ひと段落、のち

 

「戻りました」

「ああ、ご苦労だった。……彼女はどうした?」

 

 ダーカーたちの襲撃が止み、再び船内にひと時の平穏が訪れた後。俺は再度の呼び出しにしたがって、ベルガの待つアークス課の応接室へと立ち入っていた。

 報告書を読んで、おそらく被害件数に関してだろう、苦い顔をしていたベルガが、入室してきた俺に向けて顔を上げる。そして、俺の後ろにフィルが居ないことに気付いた。

 

「メディカルチェックに行ってます。ダーカーとの戦闘は初めてだったんでしょう?」

「そういうことか。なら、君もしばらくここで待っているといい」

 

 ベルガの言葉に従って、俺は彼のいる応接室へと踏み入る。先ほどフィルと出会った場所でもあるそこのテーブルには、ベルガに宛てられたホログラム製の報告書数点と、彼お気に入りのコーヒーらしきものが置いてあった。

 

「とか言いつつ、質問とかなにかするんでしょう?」

「はは、バレバレだな。といっても別に任務ではないからな、あまり身構えないで、気を楽にしてくれていいぞ」

 

 そんなこと言われても、俺としては何を言われるかわかったもんじゃないので心中穏やかじゃない。内心で戦々恐々としつつ着席すると、報告書に目を落としながらベルガが質問してきた。

 

「彼女は、どうだった?」

「……難しい質問をしますね。まあ、才能があるとは思いますよ。実戦経験を積んだら、少なくとも俺よりは強くなります」

「君にそこまで言わせるとは、彼女は中々の逸材なのだな」

 

 主語を省いた質問の回答を聞いて、ベルガは目だけで笑って見せる。

 自負がある、とかほざいていた自分で言うのもなんだが、俺の実力は多く見積もっても中堅が良いところだ。若年にしては実力者だと言われることはあるが、それでも数多いアークスの中に埋もれてしまう程度のものだとは理解している。

 その点、フィルは基本指南の動きをほぼ完璧に模倣して、初めての遭遇となるダーカーたち相手にも果敢に立ち向かい、最終的に俺の助けがあったが、被弾回数をゼロに抑えたのだ。こと、生存能力に関しては突撃癖のある俺よりも高いといっていいかもしれない。

 

「ならば、アークスとしての活動においては心配なさそうだな」

 

 そう言って神妙な表情とともにうなずいたベルガは、しかし二の句をつがずに口元を引き締めた。――俺に言いにくい話なんだろうと、本能的に察してしまう。

 

「……報告書で知ったのだがな。彼女は昔、ある存在の襲撃に遭ったらしい」

 

 伏せがちな壮年の男の瞳には、悔恨の光。彼の口をついて出た言葉は、嫌が応にも俺の記憶を引きずり出した。

 

「それで、家族も友人も、全部?」

「だ、そうだ。……一応、幼馴染だったという子供はいまだ、今に至るまで遺体どころか、死亡した痕跡すら発見されていないらしいがな。それが幸せかどうかは、判断の難しいところだ」

 

 ベルガの口から語られた少女の経験は、俺の記憶に生々しく焼き付いている光景と、いやに被ってしょうがない。そう考えて、鮮明に呼び起こされた記憶に――少女の体験した理不尽に、俺は思わず舌打ちした。

 胸中穏やかではない俺の態度を察してか、苦々しい表情のまま、一つ咳ばらいを挟んで再びベルガが口を開く。

 

「まぁ、ともかくだ。一人取り残される辛さという物を、君は知っているんだ。どうか、彼女に真摯に接してやってほしい」

 

 彼にとって、アークスと言う存在は等しく、自らの子と同義だと語られたことがある。その時の父親のような顔のままで懇願してきたベルガに、俺は思わず冗談めかして肩をすくめる。

 

「……それは、上司としての命令、ですか?」

「いいや、私個人からの、きわめて個人的な願いさ」

 

 が、返ってきたのは不敵に笑みつつも、優しい威厳を崩さない、父性に満ちた暖かな声音だった。

 

 

***

 

 

 

「あ、コネクトさん」

 

 やりきれない感情はひとまず押しとどめて、俺は連絡のあったメディカルセンターへと足を運ぶ。数人ほどの人間が思い思いに時間を潰している中で、目当ての人影、ことフィルは、何かを考えているように虚空へと視線を投げ、ゆったりと背もたれに身体を預けていた。

 そんな視線が、ふいに俺の方へと向いたかと思うと、感情を抜き取っていた顔に小さく笑みが宿る。少女の口をついて出たのは、俺の名前。

 

「よ、フィル。身体の方は大丈夫だったのか?」

「はい、なんともありません。コネクトさんのおかげで、ダーカーからの攻撃も受けませんでしたから」

 

 にこにこと笑う彼女の様子に、特段異常は見られない。異常が出るようなことをしたわけでもないので当然と言えば当然なため、取り合えず俺は彼女の体調を気にすることはやめておいた。代わりに、途中の自販機で買ってきたジュースの缶を差し出す。

 

「ほら。戦った後で、喉乾いてるだろ」

「あ、ありがとうございます。頂きますね」

 

 プルタブを開ける音を聞きながら、俺もフィルの横に腰を下ろして自分の飲み物を口にする。そのまま二人でジュースを飲みながら、俺はふと気になったことを彼女に尋ねることにした。

 

「……なぁ、フィル。フィルはどうして、アークスになろうと思ったんだ?」

 

 アークスと言う職業になるための門は、割と広い。基本的にフォトンを操る力を有しており、なおかつある程度の戦闘を行える資質を持った人間であれば、試験を修了することによってアークスになることができる。なので、アークスになった人間が志している者は、実に多種多様だ。

 稼ぎが良いから、強くなりたいから、地位を得たいから、適性があったからなんとなく、ほかに働くところが無かったから……などなど、例を挙げれば枚挙にいとまがない。かくいう俺もまた、「復讐」を掲げてアークスになった身だ。今ではすっかりベルガのところの飼い犬になってる気がするが。

 

「……実は私、人を探しているんです」

 

 そして目の前の少女もまた、俺と同様に身の上ゆえの理由を掲げる人間だったらしい。

 アークスと言う組織は、オラクル全域のみならず、手の入った惑星各地にも渡る、大規模なネットワークを持っている。だからこそ、その膨大な情報網を伝って、目的の人や物を探そうと考え、アークスになる人間も珍しくはないのだ。

 

「人探し、か。何か、手がかりとかはあるのか?」

「いえ、無いです。というか、今どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかすら、わからないんです」

 

 しかし、彼女の探す人間――おそらくは先ほどのベルガとの会話に出てきた「幼馴染」は、消息のつかめない人間ときた。宇宙とはとかく広い世界であるため、その中から一人の人間を見つけ出すなど、惑星リリーパの全土にわたる広大な砂漠に埋もれた、一粒のフォトンドロップを探すようなもの――要するに無謀だ。

 

「そりゃ、無茶なんじゃないか?」

「ええ、自分でもわかってるんです。見つかりっこないって。……でも叶うなら、どんな形でも、一瞬でもいいから、逢いたい。彼に逢って、一言――「ありがとう」って、そう伝えたいんです」

 

 しかしそれでも、彼女の瞳には確たる決意の光が宿っている。誰に何を言われようと、たとえ自らの一生をかけてでも達成したいという意志が――俺の持つ悲願とよく似た色の意志が、俺の目にはしかとみることができた。

 

「……そっか。叶うと良いな、その願い」

 

 だから、俺はエールを送る。きっと君なら、どんな障害でも乗り越えて、いつか願いを叶えることができるだろう。そんな一種の願いを込めて。

 

「はい、ありがとうございます。きっと、このペンダントが叶えてくれるって信じてます」

 

 言いつつ、フィルは研修生服の胸元を探って、首にかけているらしい小さなペンダントを取り出し、俺に見せてきた。

 鳥の翼をモチーフにしたらしい、片翼を模した金属製のペンダント。造形は荒いものの、しっかり翼とわかるそのペンダントは、照明の光を受けてくすんだ光を放っていた。

 

「それは?」

「子供のころ、その人……私の幼馴染だった人とおそろいでつけていた、ペンダントの片割れです。これを付けていると、なんだかあの人が守ってくれる気がするんですよ」

 

 思い出のペンダント。その言葉を聞いた俺の脳裏には、在りし日の情景が鮮やかによみがえる。

 

 

『――これで、おそろい! ケイ君とわたし、ふたりでひとつ!』

 

 

 俺もまた、「あの子」からペンダントを貰ったことがあった。奇しくも彼女と同じく、翼を模したペアルックのペンダントだったのをよく覚えている。かつて故郷が滅ぼされた時に壊れてしまい、今はペンダントではなく、ベッドの枕元にそっと置いてある小さなインテリアとして改造されているが、俺の手元に残された数少ない大切な宝物だ。

 

「そっか。……案外、本当に守ってくれてるのかもしれないな?」

「ふふ、そうかもですね」

 

 ちょっぴり不謹慎ながら、冗談めかして俺が肩をすくめると、口元に手を当ててフィルもクスクスと笑う。しばらく二人で笑いあっていると、不意にポケットに入れてあった携帯端末が震え、俺に着信を知らせてきた。

 取り出してみると、そこに書いてあったのは――。

 

***

 

 

「なんですか、また面倒事ですか」

 

 大方の予想通り、恩師ことベルガからのメールだった。このタイミングで呼び出すということは、おそらく俺たちの今後の方針についてなのだろうが、どうも前例を知っていると身構えてしまうのは、悲しき慣れと言うべきか、なんなのか。

 

「失礼な、今回は違うさ。まぁ二人とも、座りなさい。君たちの今後について、話がしたくてね」

 

 対するベルガも、考えるところは同じらしい。俺の懸念をサラッと否定してくれたあと、自分が座った反対側のソファを示して、俺たちを座らせた。

 

「……で、話ってなんです?」

 

 着席そうそう、俺は直球で疑問をぶつける。俺だって一般人、どこぞの娯楽小説みたいな嫌に察しのいい主人公とはわけが違う、凝り固まった脳みそしか持ち合わせていない。なので、気になったことに対してはまず質問を浴びせるのだ。

 

「うむ、今さっきも言った通り、君たちの今後の活動方針についてだ。……まず初めに、コネクト君」

 

 ベルガも、俺のその辺の性格は熟知しているので、特に気にするそぶりも見せずに話を進めていく。先んじて名を呼ばれた俺は、返事を返さずに首をわずかにかしげるにとどめた。いちいち返事するよりも、こっちの方が話を聞きやすい。

 

「君がフィルツェーン君と一緒にいる期間は、とりあえずのところふた月ほどだ。むろん、彼女が望むならその後も指導を続けてやってほしいのだが、構わんかね?」

「大丈夫ですよ。一応、それが仕事の内容でもありますからね」

 

 後輩を育てるなんて経験は生まれてこの方したこともないが、何とかなるはずだ。目の前のベルガや、後日合いに行く予定の先輩後輩や、同期たちという相談の当てもある。

 

「ならば、これから彼女のことをよろしく頼むぞ。……と、それに際してもう一つ、君たちに伝えておくことがある」

「はい?」

 

 契約完了の旨を口にした後、思いついたように呟かれたベルガの言葉に、俺は思わず首をかしげて。

 

 

「フィルツェーン君には今後、コネクト君のマイルームを使ってもらうように申請しておいた。今日のところは二人で休んで、明日からまたアークスとして仕事に励んでくれ」

 

 続いた言葉に、俺は二の句を次ぐこともできぬまま、開いた口が塞がらない状況に陥ってしまった。



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#4 一つ屋根の下

「あのー、コネクトさん。私は、その、気にしてませんから……」

「ああ、うんわかってるんだよ。わかってるけどさー……心の準備だとかその辺がなー」

 

 マイルームを擁する大型の建物までは、アークス課が設置されている建物からそう遠くない。それこそ、俺のツアラー型バイクを飛ばせばそう時間はかからないというのは、俺の中での常識だ。

 ……常識なのだが、今日と言う日ばかりは、そのそう遠くないはずの道のりが、不思議とやたら長く感じてしまう。こうなったのはきっと、俺の気分が沈んでいるからであり、その原因である、数十分前にベルガから放たれた、衝撃の一言が最たる理由だ。そうに違いない。

 

***

 

「要するに、今後ふた月ほどの間は、君たち二人で一つの部屋に住むことになる。色々不備はあると思うが、上の決定だからな。そこのところ、宜しく頼むよ」

 

 一週間前。ダーカーたちのアークスシップ襲撃を退けた後、応接室にて今後の方針を話し合っていた時。

 本当に何でもないように、ごく自然にその旨を告げるベルガの発言に、俺は思わず目を点にして、開いた口を塞ごうとしないままに、

 

「ウソやん」

 

 と、思わずぼやいてしまったのである。

 

「つまり、相部屋……ですよね?」

「そうなるな。心配せずとも、コネクト君の家には荷物置きに使っていた空き部屋があっただろう? そこを片付ければ、どうにでもなるさ」

「そう言うことじゃなくてですねぇ!」

 

 俺と同様、ぎょっとするフィルの言葉にも動じることは無く、ベルガはさも当たり前のように言ってのける。その態度が気に食わなくて、俺は思わず握った拳で自分の膝を叩いてしまった。

 

「そう言うことじゃなくて……俺とフィルは、異性ですよ?!」

「問題があるかね?」

「大ありでしょうに! 付き合ったりとか、そう言う関係にあるんならともかくとして、ただの友人関係ってだけで同棲生活ってのは、流石に論理的な問題があるんじゃないでしょうかねぇ!」

 

 共同生活……というか一つ屋根の下で生活するって言うのは、色々とデメリットがある。同性ならともかく、異性ならばなおのこと、問題となる事柄には枚挙にいとまがない。

 まして、俺とフィルは今日初めて知り合った関係だ。世間話や過去の話をできるくらいには距離を縮められてはいるが、それでも初日から同じルームで生活するのはさすがにハードルが高すぎる。これが浮ついた考えのアークスだったら……例えば知り合いにいるキャストのエロジジイとかだったら喜んで受け入れるんだろうけど、あいにくこちとらただのいち一般人であり、健全な男子アークスなんだよ!

 それに、彼女の容姿――見た目正式な士官候補生かも怪しい背格好じゃ、論理的にアウトもいいところだ。いくら俺と同年代と言う情報があるにせよ、白い目で見られるのは火を見るよりも明らかだろう。

 

「まあ、確かにそうだな。……フィルツェーン君、君はどうかね?」

 

 俺のツッコミをサラッとスルーしながら、ベルガの質問はフィルの方に向いた。

 常識はずれな所をたらいまわしにされていたとはいえ、さすがにフィルの方も論理はしっかりと持ち合わせているらしい。ベルガの言葉にわずかに目を伏せ、ちらちらと明後日の方向へと目を泳がせていた。

 

「……えと、わ、私は別に、大丈夫です、けど」

 

 前言撤回、論理はしっかりしてるけど感性はしっかりしてない。

 

「本気かよ?!」

「ふぇっ、あ、はい。私は別に、そう言うの気にしませんから」

 

 なんてこった、最近は肉食系が多いとかいうけど、その余波がここまで……ってそういう意味じゃないか。ともかく、俺の周りに普通な感性の人間はいないのか!

 

「……変なこと言いますけど、コネクトさんにそういうことを気にしてもらって、私すごくうれしいんです。昔から私、世間一般に言うまともな扱いっていうの、受けてなかったんで」

 

 が、続くフィルの言葉に――その言葉の中に含まれていた彼女の人生の重さに、俺は思わず口をつぐむ。

 

「別になにも、アクシデントを期待しているとか、そう言う不純な動機ではないさ。君に課せられている任務が、彼女の保護と観察。となれば、彼女を近いところに置いておくのは、不思議な話じゃあない」

「そりゃ、そうですけど……」

 

 ベルガの説く理由は、俺が彼に抱いている疑念を除けば、至極納得できるものだ。確かに、任務を優先するならばそうする方が得だろう。

 

「それにこれは個人的な話だが、君たちには是非とも好い関係を築いて欲しいと私は思っている。何せ、君たちの縁は長く続くと、私の勘が言っているのだ」

 

 真面目な顔のまま、ベルガはふと小さく笑む。

 目の前の人物のことを良く知っている俺から言わせてもらえば、この人が「勘」と公言するときは、往々にしてよく当たるのだ。たいがいはしょうもない方向に的中するものなのだが、ここ一番と言う時には怖いくらいに的中する。かつてはその勘を頼りにダーカーを蹴散らしたものだ、とは彼の弁だ。

 そんな人間の勘が、下手をすれば人一人か二人の命運を変えるようなところで発揮されている。ならばその勘を信用している人間の一人として、その意見を無碍にはできない。

 

「まあ、そう難しく考えなくともいい。本当に無理だと思うまでで構わんから、彼女と一緒に居てやってくれ」

 

 黙りこくった俺の返事を是ととらえたのか、ベルガが苦笑とからかいが混じる声で俺を促した。その言葉に逆らう言葉を持たず、結局なし崩し的にフィルを家に住まわせることになり――今に至る。

 

***

 

 

「あ、アレですか?」

「ん、ああ。外はあんなだけど、住み心地はなかなかだぞ」

 

 通常速度で進むバイクに乗る俺たちの目の前に立っていたのは、複数の流線型を組み合わせたような意匠をもつ、一見するとその辺のどこにでもある、味気も個性もない建物群。それら数棟をまとめて、俺たちアークスが居住するための総合施設――通称「マイルーム」として運営されている。

 基本的な生活用のルームのほか、大規模な食堂に大浴場など、生活に必要最低限のものならば、一々アークスシップの居住区に出向く必要が無いように配慮されているという、外見に反して非常に便利な施設だ。

 ただ、俺は食堂はあまり利用せず、大抵は内部の売店で買ってきた出来合いのもので済ませているし、浴場に関してはそもそもルーム内にシャワーボックスを設置しているので、わざわざ出向く必要もないのが現状である。――お察しの通り、仕事以外はだいたい自室に引きこもってる半ニートである。

 

「コネクトさんの部屋って、どういうのなんですか?」

「どういうの、って言われてもなぁ……んー、なんて説明したもんか」

 

 フィルにせがまれるが、俺の部屋なんて特段説明することなんて何にもないのが現状だ。強いて言うならば、使ってなかった部屋を含めて三部屋という広さがささやかな自慢である。

 

「正直なんもないけど。ま、入ってからのお楽しみにしといてくれ。……っとそうだ」

 

 ルームグッズのありきたりさを思い浮かべてため息を付きそうになっていた時、俺はふとあることに気付いた。何事かと後ろで小首をかしげるフィルに、背中越しに声をかける。

 

「フィル、なんか揃えてほしいルームグッズってあるか? 多少なら経費で落ちるだろうから、揃えてやることもできると思うけど」

「え、いいんですか?」

「いいも何も、俺の部屋は本当に何もないからなぁ。あの部屋をそのまま使わせるのも、ちょっと気が引けるし」

 

 フィルに使ってもらうのは、半分倉庫として使っていた何もない一室なのだ。何かと物入りになる女の子に一部屋宛がって終わり、と言うほど人間関係に疎い男じゃない。

 それに、一緒の部屋に住むことになる以上、彼女と俺の関係は常に対等。なら、それ相応にこちらが心配りをするのが得策だ。

 

「……ありがとうございます。でも私、ベッドとかテーブルとか、本当に最低限のもので構いませんよ」

 

 なんていう慣れない気づかいを見透かされたのか、苦笑交じりの声色でフィルがそう告げてくる。

 

「ほかに、要る物あるんじゃないのか?」

「いえ、本当にお構いなく。あまり物を求めても、使わないなら不要なものと変わりませんからね。それに私、あんまりごちゃごちゃした自室って好きじゃないんです」

 

 彼女も女の子である以上、ある程度はオシャレさやかわいらしさなんかに気を遣うのだろうと勝手に考えていたが、どうやら俺の感性はずれているようだ。まあ、本人がそう言ってるんだから、それでいいか。

 

「んじゃ、とりあえずは入用なもの一式でいいか。他にもあるんなら、また俺に言ってくれ」

「ありがとうございます。……こんなに良くされるのって初めてですから、なんだか気恥ずかしくなりますね」

 

 フィルの言葉で、はたと気が付く。

 そういえば、彼女は長いこと研究施設に入れられていたのだった。だから、ほとんど物のないような環境で育ったのだろう。それこそ、読み物のような娯楽も、情報収集の手段も、周囲の人間とのかかわり合いもない、ひたすら自分と研究しかないような環境で。

 士官学校なんかに通っているような年の人間には例外なく、自分の心境や他社とのかかわり合いに大小なりと疑問を覚えたりして、理想と現実のギャップに悩むような精神状態に陥ることがよくあるらしい。精神学者曰く、自己の形成を促すための期間らしいが、この場合、フィルにおいてはその期間を、ほとんど研究以外のものと付き合ってこなかった。

 だからこそ、フィルには彼女が本来持ち得ていたのであろう「一般人らしさ」がない。初対面の俺と会う時に必要以上におびえたときしかり、先ほどの問答しかり。

 ……もしかすると、俺との同棲生活は、そういう一般人らしさを身に着けてもらうためのものなのかもしれないな、という邪推を脳裏に浮かべながら、俺はバイクをゆったり走らせながら、マイルームへの道を進んでいった。

 

***

 

 

「ほら、入って。なんもないところだけど、住む分には問題ないと思うから」

 

 圧縮空気の抜ける音と共に、俺の部屋に繋がる扉が開け放たれる。先んじて入室、というか帰宅した俺は、くるりと振り向くとフィルに入るよう促す。

 

「ありがとうございます。……すごいですね、施設の個室よりもずっと広いです」

「まー、広いだけが取り柄の部屋だけどな」

 

 実のところ、俺の稼ぎはそれなり、というかかなりいい方だ。アークス課の人間として、ベルガから斡旋される色々な依頼(高額な報酬付き)を引き受ける立場であることから、待遇も一般アークス以上のものが常に用意されている。その待遇の一つが、この無駄に広い3部屋構成のルームだ。中央がLサイズ、左右二部屋がSサイズで構成されたこの部屋だが、入り口から見て左側の部屋は完全に物置状態であり、使われているのは中央と右のみなのが現状である。

 ちなみに、中央のLサイズルームはいろいろと便利なものを置いておくリビングスペースであり、個人倉庫端末やビジフォン端末、来客用の簡単なテーブルのほか、普段着を選択するスペースや、クラフトと呼ばれる武具の改造を行うためのスペースと、要するに自室にいれられない物を全部ひとまとめにしておいてあるのがこの部屋だ。

 

「わ、コネクトさんこれなんですか?」

「それは武器改造用の機械だよ。触っても何もないぞー」

「これは……キッチンですよね?」

「あぁ、そうだな。っつっても最近使ってないけど」

「じゃあこっちは?」

「洗濯機置き場兼風呂場。……そういやこれからの洗濯どうすっかなぁ」

 

 いろんなものに興味津々なフィルが指さす物を、俺は順繰りに説明していく。一通りの説明が終わったが、フィルの目から好奇心の輝きは消えない。

 

「凄いです! アークスの人って、こんな感じで生活してるんですね!」

「ま、俺はかなり質素な生活してる方だけどな。中には部屋の中で娯楽作品の再現とかやる奴もいるから、正直ここはつまらないと思うけど」

 

 肩をすくめてそう言って見せると、帰ってきたのは肯定の言葉。きょろきょろと見まわしながら返答を口にするフィルの顔は、どこか郷愁を覚えているような表情を湛えていた。

 

「そうですね、思ってた以上にすごく普通でした。だって、私が住んでいたところに在った家と、とてもよく似てるんですから」

「アークスの営み方は人の営み方だからな。どこに行ったって、大本が変わるわけじゃないさ。……さて、そんじゃ家具の調達と行くか」

 

 調達? と小首をかしげるフィルをしり目に、俺はリビングルームの一角に設置されている端末――紫色に光るクエスチョンマークのホログラムが目印の、アークス専用総合端末「ビジフォン」に向かい、手をかざしてそれを起動して見せる。わずかな駆動音と共に表示された無数のホログラムパネルを操作する俺に、おずおずとフィルが質問してきた。

 

「あの……家具って、お店に行かないと無いんじゃないですか?」

「普通はな。でも、コイツがあればある程度なら家にいるままで賄えるんだ」

 

 いまいち実感がわかないらしく、フィルは桜色の髪の毛をなびかせつつ、生返事のままで反対側に首をかしげる。その様子に微笑ましいものを感じて苦笑しながら、俺は適当に見繕った安い家具――ルームグッズを購入した。

 ビジフォン端末下部にあるスロット内にアイテムが転送されたのを確認して、俺はスロット内に手を突っ込んで購入したものを取り出して見せる。六角形のキューブ型のそれは、まぎれもなくルームグッズの証だ。

 

「……それが、家具ですか?」

「ああ。普段はこうやって持ち運びやすいようになってるんだけど、っと」

 

 無造作に床に置いたキューブからホログラムを作動させ、実体化の項目を選択すると、フォトンのそれとよく似た光を放って、キューブだった物体は一人がけの小さな椅子に変化した。

 

「えっ?!」

「はは、最初は驚くよな。……マイルームに置けるルームグッズは、みんな持ち運びや模様替えがしやすいように量子変換が出来るんだよ。アークス専用の倉庫やアイテムパックも、だいたいが同じ理論でできてるんだ」

 

 そのアイテムを構成している物質の形を大本から変えて、全く別の形に組み直す技術。それが量子変換技術である。今ではアークスのみならず、広いオラクル中全域で使用されている、フォトンと対を成す技術だ。

 よく知られているところで言えば、量子変換技術は俺たちアークスが任務に使用するアイテム携帯装置「アイテムパック」にも使われている。今日俺たちが戦った防衛戦の中で、俺たちが武器を取り出すときに使った腕輪がそれだ。あの腕輪はアークス用の任務補佐端末であると同時に、大容量のアイテム携帯装置なのである。

 で、そんな量子変換技術を使ったルームグッズだが、量子変換を行うための力場が発生する都合上、配置する際には家具どうしを干渉させられなかったり、弄り方が変だと変なバグが発生したりと使い勝手の悪い部分も存在するが、そこに目を瞑れば持ち運び便利な家具として利用できるのが大きな利点だ。

 そんな感じで説明してやると、やはりフィルの目は好奇心に輝いていた。そのまま、興奮からか若干頬を上気させながら、フィルが感嘆の声をもらす。

 

「へえぇ……やっぱりアークスってすごいんですねぇ」

「慣れると当たり前って思うけど、よくよく考えたら技術的には最先端もいいところだからなぁ。……ま、ともかく何か適当に買ってみろよ。軍資金は経費で落ちるから、っつか落とさせるから」

 

 軽く肩を叩いてビジフォンの前に移動させてから、俺は来客用のソファに腰を下ろして待つことにした。彼女のセンスに一任することにしたのだが、さてどうなるやら――。

 

 

「どう、ですか? 女の子の部屋らしくなりました?」

「うん、なってると思うぞ。実例知らないからわからないけど、少なくとも俺の目だと変な感じはしない」

 

 数時間ほどの後、綺麗に片づけられた元物置は、すっかり女の子らしい部屋に変わっていた。フィルの頭髪とよく似た桃色のルームカラーを起点にして、花柄をあしらった各種の家具が明るい光源の中でよく映える。

 

「あはは……なんか自分の部屋じゃないみたいです。こんなに華やかだと、毎日目がチカチカしちゃいそうですね」

「慣れだよ、慣れ。これからここに住んでもらうんだ、慣れて貰わないと、あとで困るのはフィルなんだしさ」

「ええ、わかってます。ありがとうございます、コネクトさん」

 

 くるりと振り返って、柔らかな笑みを浮かべるフィル。その表情を見てると、どことなくこちらの心まで落ち着いてくる気がした。

 

 

「ま、二か月ってのは短いようで長いんだ。これからよろしくな、フィル」

「はいっ。こちらこそよろしくお願いしますね、コネクトさん」

 

 刺激的でこそあれ、悪い日々にはきっとならないだろう。そんな確信を胸に秘めて、俺は改めて彼女との共同生活を開始するのだった。



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#5 任務の誘い

2017/02/02…一部の内容を削り、前話として新しく挿入した第4話へと移設しました。
2017/06/12…後話との矛盾点を解消するため、一部の改稿を行いました。お話の流れに変更はありませんので、ご理解とご了承をお願いします。


 

「……ん~……」

 

 朝。仮想の空が生み出し、俺の部屋に入り込んで、俺の瞼を焼く朝焼けに促されて、俺はわずかな身じろぎの後、ぼんやりと目を覚ました。

 のろのろと枕元に放り出しておいた携帯端末で時間を確認すると、時計はいつも通りの起床時間を示している。それを見て、俺はもぞもぞと布団の中から這い出した。

 

「あー……眠ぅ」

 

 ベッドのふちに腰かけて、ぽけーと朝の街を見ながらつぶやく。今日から本格的に任務があるので、しっかりと覚醒しなければいけないのだが、快適な空間と心地よい眠気が俺の意識の浮上を執拗に妨げてきていた。

 少し前までは、このまどろみの中で格闘しながらゆっくりと目を覚ますのが日課だったのだが、今の俺にはのっぴきならない事情がある。早いところ眠気を飛ばさないといけないのだが、あいにくと短くないここでの生活によって染みついた習慣は、高々1週間ほどで矯正できるような根付き方をしていないらしい。

 早く起きないと、という意識と眠気がせめぎ合っている最中、俺の背後――個室と大部屋を繋ぐ扉が開け放たれる音が響く。そのままパタパタと歩み寄ってくる足音を聞いて、マズい――と思ったのもつかの間。

 

「コネクトさーん、おはようございまーす!」

 

 ぼすん、と俺の背中に走った衝撃と共に、涼やかなソプラノボイス――フィルの声が、俺の聴覚を刺激した。

 同時に、首元付近に絡みついてくるのはか細い腕。となると、後頭部に当たっている硬い感触は、彼女の顔の骨――顎あたりだろうか、なんてことをぼんやり考えながら、今だおぼつかない――半ば諦めたとも言う――思考で、フィルの行動を咎める。

 

「こら、フィル。俺の部屋にまでは入ってこなくていいって言ってるだろ?」

「そう言われても、呼んでも毎回来ないんだから仕方ないじゃないですか。ほらほら、朝ご飯食べにいきましょーよー」

 

 ぐわんぐわん、ぎぃこぎぃこと細腕に揺さぶられ、とっても強引に眠気をふるい落とされながら、俺はどうしてこんなことになったのかと、一週間前からずーっと続く至極どうでもいい葛藤を繰り返すのだった。

 

 

***

 

 

「コネクトさーん? なんか顔が元気なさそうですけど、大丈夫ですか?」

「あぁうん、大丈夫。大丈夫だから、ちょっとの間だけ離れてくれ……」

 

 マイルームを収容する建物の一階部分に存在する、アークスがよく利用する大衆食堂。そこへと赴く傍ら、ひっきりなしに距離を詰めてくるフィルをあしらいながら、俺は一週間前のことを思い出して、盛大なため息を吐いた。

 どうしてあの時断らなかったのだろうか、という後悔が今更押し寄せてくるが、請け負った任務である以上仕方ない。そうやって自分を納得させようとして、かれこれ一週間になるのは、言うまでもないだろう。

 おそらく、他の連中から見ればラッキーな野郎だと見えるのだろうが、現実はそうはいかない。異性同士の同居生活なんて気疲れするばかりだし、一歩間違えれば法律抵触ものだ――なんてことばかりが思い浮かんでしまうのが、現在の俺の実情である。

 

「そういえばコネクトさん、今日から任務に行くとは聞いてるんですけど、何か任務が入ってるんですか?」

 

 なんて意味もないことを胸中でつらつら並べ立てていると、小走りに俺の前へと歩み出たフィルが、小首をかしげながら質問してきた。器用なことに、上体をかがませながら後ろ向きに歩いている。

 

「あぁ、そのことで今から打ち合わせがあるんだよ。これから食堂で、一緒になる予定のメンバーと合流するのさ」

「なるほど、だから今日は食堂で朝食をとる、って言ってたんですね。それじゃ、ちょっと寝坊した分も急がないと!」

「そういうこと……って待て待て、引っ張らなくていいから急がなくていいって!」

 

 朝っぱらから元気なフィルに急かされるがままに、朝に弱い俺は引きずられるような形で大衆食堂へと向かうのだった。

 

***

 

 アークスが常日頃から住まいとして利用しているマイルームを要する建造物は、景観や部屋の広さの違いでいくらかの種類は在れど、その構造はほとんど大差ない。

 数百人が生活するその居住棟は、一般市民が生活を営む市街地とは少々離れた場所に建てられており、それゆえ通常の生活を行うには、少々の不便が常に付きまとう。

 マイルームの第一階層は、そんなアークスたちの不満を解消するための施設が取り揃えられており、先ほども言及した大衆食堂のほか、日用品を買いそろえられるショップや、娯楽を取り扱う小規模なアミューズメント施設などが詰め込まれた、大規模な総合生活施設なのだ。

 俺たちが向かっているのは、そんな第一階層の端に作られたアークス用の大衆食堂である。大衆食堂、というよりはちょっとしたレストランの様な景観を持っており、窓際席から市街地が一望できる開放感が魅力……と、友人のアークスは言っていた。

 

「お、コネクト。こっちだこっちー」

 

 そんな大衆食堂にやってきた俺たちは、早々に響いた呼び声に引き留められる。そちらを向くと見えるのは、ニヒルな笑顔で手を振る黒い髪の少年。

 

「よ、ルプス。悪いな、待たせただろ」

「ぜーんぜん。むしろ、お袋が寝坊したからこっちが遅刻しかけたぜ」

 

 いたずらっぽくも人懐っこい、不思議な印象を与える笑みを浮かべる少年の名は「ルプス」。数年前から一緒にアークスとしての仕事を受けるようになった仲であり、本来ならば彼の方が後輩にあたるのだが、お互いにこっちの方が接しやすいからという理由で、普段からくだけた態度で接し合っているのが実情だ。

 

「フィルちゃんも、こんちは。相変わらずべったりだなぁ」

「こんにちは、ルプスさん。そりゃあ、コネクトさんは私の先輩ですからね」

 

 ルプスに関しては、一週間前のゴタゴタからずっと俺たちの関係を知っているためか、基本べったりで離れようとしないフィルに関しても特段追及することは無い。無いだけで茶化しては来るので、そのたび回避するのが面倒くさくはあるが。

 

「雑談は後でいいだろう? 今日の任務は手がかかるんだ、手短に打ち合わせをしておきたいんだが」

「あぁ、ごめんなさいシュバさん」

 

 そしてルプスの横から聞こえてきたのは、トーン低めな女性の声。澄んだ声質に似つかわしくない硬派な言い回しに、迫力というよりけだるさを覚えた俺は、小さく会釈を加えながらフィルと共に席へと着いた。

 着座したルプスの横に座り、腕を組んでふんぞり返っているのは、一見すると姉妹と言えるほどルプスと似通った顔立ちを持つ女性。腰まで伸びる灰色がかった黒い髪を無造作に流し、着古してヨレた黒いコートを着込んだその様は、妙齢の女性というよりは、わが義父(ちち)ベルガとよく似たオッサンくささを感じてしまう。

 彼女の名は「シュヴァルツ・ヴォルフ」。2年前にアークスへと入隊した、年上の同期である女性にして、顔合わせの機会は少ないながらも、同じアークス課に所属する同胞だ。アークスとして登録した名前が本名まんまであるが故、長いので俺はシュバさんと略している。

 シュヴァルツとルプス。この二人は、少し前に絶大な戦果を打ち立てた「守護輝士(ガーディアン)」とかいう連中や六芒均衡には劣るものの、たった数年間の間に数多のダーカーを屠り、シュヴァルツはダーク・ビブラスを、ルプスはブリュー・リンガーダを、それぞれ単騎で討滅した実績を持っている。

 その活躍ぶりと、戦いの際に自信を振るい立て、味方さえも鼓舞する勇壮な雄叫びから、二人はいつからか「咆哮する双狼(ウルブズロア)」という二つ名を付けられるようになった、知る人ぞ知る指折りの実力者だ。

 俺としては付き合いも長いため、この二人――ことシュヴァルツの性格は熟知しているつもりである。なので、不機嫌そうな表情の彼女は、決して俺たちの到着が遅いことに怒っているわけでは無いことはすぐに見て取れた。

 

「すまないな、そっちもドタバタしているタイミングなのに誘ってしまって」

「とんでもない。一応こっちの方は落ち着いたんで、そろそろ本業を再開しようと思ってたところでしたし」

 

 ベルガから言い渡された共同生活だったが、もちろんそこに苦難が無かったなんてことはない。お互い、新しい生活に適応することにかかりきりだったり、アークスシップのことを知らないフィルの為にあちらこちらへ出向くことも多かったがために、俺たちはアークス業を半分休んでいたのである。

 なのでフィルにとっても、今回の任務が本格的な実地訓練だ。それがわかっているのか、先ほどの緩い表情とは打って変わって、今は真剣そのものの表情に変わっている。

 

「……今回私たちが行うのは、惑星ナベリウスに異常発生したダーカー因子の原因を調査し、凶暴化した原生生物の鎮圧、並びに出現が予測されるダーカーの殲滅。……いわゆる先遣隊としての調査だな」

 

 シュヴァルツの口から告げられた内容は、まさしくアークスの任務のうちの一つに数えられるクエストのものだった。

 特務先遣調査(アドバンスクエスト)。内容に関しては彼女が語ってくれたとおり、異常なダーカー浸食反応を示す地域――特別警戒区域に指定されたエリアへと赴き、凶暴化したエネミーらの鎮圧と、浸食反応の元であるダーカーらの殲滅を目的とした、特別なクエストだ。

 実力証明書となる「アドバンスカプセル」というアイテムを必要とすることからそう名付けられた、と言われているが、詳しい経緯は定かではないという。

 

「……でも、ナベリウスと言えばあの「【巨躯(エルダー)】」が居なくなってから、ダーカー因子の反応ってあまり検出されなくなったんじゃありませんでしたっけ? なんでまたナベリウスなんかに」

「さてね。あのウジ虫連中の考えることなんざ、誰も理解はできねえよ」

 

 座席であるソファに悠然と身を預け、頭の後ろで両手を組んでそう口にしたルプスだったが、直後に彼の表情は普段の軽薄そうな色をひそめさせた、ある種生真面目とも言える真剣なものに切り替わった。

 

「――ただな。どうにも今回のは、普通のアドバンスクエストで討伐対象に指定される連中とはわけが違うらしいんだ」

「ああ。……私たちより前に何度か先遣隊が行ったらしいが、そいつらは悉く返り討ちに遭うか、消息不明になったらしい。――何か、未知なる謎の存在によってだ」

 

 ルプスから話を引き継いだシュヴァルツの言葉に、俺は顔に出さないまま驚愕する。

 アドバンスクエストと言うのは、その任務形態の特殊性から、上層部からその腕を認められた一部のアークスにのみ斡旋される任務だ。それゆえ、任務に赴くアークスたちは、目の前にいる黒ずくめ二人組をはじめとして、誰もかれもが指折りの実力者と評価して良いだろう。

 ――そんな実力者のみで構成された先遣隊が、返り討ち。この事実一つを抜き取っただけでも、今回の任務はいつも通りの、俺たちアークス課に回されるにふさわしい依頼のようだ。

 

「……今回の任務は、正直な話生半な実力では厳しい。だから、同じアークス課の人間であるお前たちに声をかけたんだ。……どうだ、お前たちも来てくれるか?」

 

 強大で底知れない「ナニカ」。それが何を意味しているのかはまだ分からないが、それが俺の「仇」へと繋がっているかもしれない、という期待は大きい。

 ……やっぱり、俺はまだあの日のことを引きずっている。拭い去ることはできない悔恨と憎悪を、今はこれでいいんだと胸のうちへときつく押し込めて。

 

 

「ええ、わかりました。俺たち二人も、そのアドバンスクエストに参加させてもらいます」

 

 しっかりとした頷きを交えて、俺は了承の言葉を二人へと返して見せた。



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#6 特務先遣調査

2017/06/12…後話との矛盾点を解消するため、一部の改稿を行いました。お話の流れに変更はありませんので、ご理解とご了承をお願いします。


 惑星ナベリウス。銀河の片隅に浮かんでいる、多数の原生生物が息づく自然豊かな惑星のことだ。

 かつてはダーカーのいない惑星として認知されていたが、少し前に出現し、復活したダークファルスが一柱、【巨躯】が封印されていた地として、現在は多数出現するダーカーの殲滅作戦にアークスが駆りだされることも多い。

 また、その【巨躯】が封印されていた影響なのか、森林地帯と【巨躯】封印に用いられた区域である遺跡地帯の間には、一面の銀世界が広がる凍土地帯が存在している、非常に多様な気候を内包している惑星だ。

 この星はたびたび、新人アークスたちの修了試験として運用されている。2年前には俺もここで修了試験をやったのだが、その時は局所的なダーカーの発生に伴い、ほとんどうやむやな形で終わってしまった……という事件は記憶に新しい。そこで保護された記憶喪失の少女と、その少女を保護した一人のアークスが、現在アークス最高戦力として数えられる守護輝士の一人だというのだから、何が起こるのかわからないものである。

 

 そんなナベリウスをはじめとした、アークスの手が入っているいくらかの惑星にて、いつからかダーカーの浸食反応が異常な数値を見せることが頻出し始めた。

 ダーカー因子の影響によってか、異常反応の見られた地域周辺にて、近隣に生息する原生生物が異常な凶暴性を発揮し、生態系の破壊や調査に来たアークスたちに被害をもたらすようなことがたびたび発生しているのである。

 凶暴化したエネミーと、それに付随して発生する各種ダーカーの殲滅を目的として、特別警戒区域に指定された該当領域へと出撃。鎮圧を図るのが、今回俺たちが受けたクエスト――「特務先遣調査(アドバンスクエスト)」だ。

 

***

 

 大気圏降下の衝撃も和らいだころ。俺たちは、ナベリウスの大半を占める森林地帯の上空にて滞空するアークス用の高機動輸送艇――「キャンプシップ」と呼ばれる船の中で、各々武装の点検と備品の最終確認を行っていた。

 現在のパーティメンバーは、シュヴァルツをリーダーとして、ルプス、俺、フィルの4名。クラスの内約としては、近距離格闘戦担当のハンターが一人に、遠距離攻撃担当のレンジャーとガンナーがそれぞれ一人ずつ。メンバーのサポート役を兼ねる遊撃担当のバウンサーが一人、といった具合だ。

 今回はアドバンスクエストということで、非常に凶暴な連中を相手取ることとなる。加えて、発生するエネミーの総数もバカにならないので、それを踏まえて今回は銃剣をオミットして、大剣と飛翔剣という俺の十八番構成へと切り替えていた。

 飛翔剣(デュアルブレード)の特殊機能を用いた面制圧と、大剣(ソード)による一撃必殺。2つを切り替え、時には補助兵装として装備している魔装脚(ジェットブーツ)て戦うのが、最近の俺の戦闘スタイルだ。一時期はガンスラッシュだけとかツインダガーだけとか、色々特化して戦おうと躍起になっていたのだが、一つの武器だけで賄える役割はあまりに少ない。中には一つだけで何でもこなす化け物のような人が居たりする――というか、すぐ目の前でバカデカい鉄塊を素振りしてる黒づくめの女の人がまさにそうなのだが――が、俺はそこまで器用で愚直じゃない。なので、万人が使いやすい2つの武装を組み合わせて、ある程度の状況に対応できるようにしているのだ。

 ちなみに今回は、以前のダーカー襲撃の時のような私服姿ではなく、きちんとしたアークス用の戦闘服を着こんでいる。ハンターをはじめとした近接格闘に比重を置くクラスに就くアークスへと支給されるスーツであり、余計な装飾品を極力省き、動きやすさを追求したそれは、「クローズクォーター」という名前を持つ。燃えるような真紅に染まっているのが、俺の使用しているモデルの特徴だ。

 

「コネクトさん、今日はガンスラッシュ、使わないんですか?」

 

 ふと、準備を終えたらしいフィルが、俺の隣に歩いてくる。「サウザンドリム」と呼ばれる、射撃職の為に誂えられた、桜色のドレスの様な防護服のスカートパーツを揺らすその様が、柔らかで神秘的な雰囲気を持つ彼女には良く似合っていた。

 腰裏に吊り下げられているのは、過酷な極地での戦闘用に設計され、その高い堅牢性と信頼性から、一部の射撃職アークスからは根強く愛好されている大型のアサルトライフル「ヤスミノコフ5000SD」である。小柄な彼女には分不相応だと、最初見た時には思ったものだが、実際に携帯しているところを見ると、中々どうして様になっているように見える。

 

「あぁ、後衛担当はフィルとルプスが居るからな。俺はシュバさんと一緒に、前線で暴れることにするよ」

 

 同行しているルプスの専攻クラスはガンナー/ハンターであり、安定性と堅実さを求めたクラス構成になっている。ガンナーの撃たれ弱さを、サブクラスに設定したハンターのポテンシャルで補い、ライフルとツインマシンガンの両方を用いた射撃支援を主とするスタイルだ。

 対照的に、シュヴァルツの専攻クラスはハンター/ブレイバーである。俺も使用しているソードの利点を最大限に生かすためのクラス構成であり、こと大剣を扱う戦闘に関しては右に出る者はいないほど、とも言われる、まさにソードの専門家と言えるスタイルだった。

 今回の戦闘では大まかに、俺が雑魚の掃討と各種強化テクニックによる補助、シュヴァルツとルプスが大物や強敵の殲滅、フィルが全体のサポートに回る、という構成となっている。ちなみに、アドバンスクエストではあらゆる事態に対応できる柔軟性が必要であることから、ある程度自己完結できるメンバー構成にしようと話し合っていたのだが、全員の得意分野を鑑みると、特段その必要はない、という話で決着がついたのは、全くの余談だ。

 

「よし、お前たち。準備はいいか? 私たちはこれから、別動隊が先に突入した特別警戒区域へと進入する。全員、アドバンスカプセルをスロットにはめろ」

 

 シュヴァルツの号令で、全員がテレパイプを塞ぐゲートの横に設置された、アドバンスカプセル挿入口へと歩み寄る。シュヴァルツ、ルプス、俺、フィルの順番で、全員がスロットへとカプセルをはめ込んだ。

 

《カプセル、認証しました。ゲート解放、カウント、3、2、1――Go》

 

 男性の声を模した合成音声が響くと同時に、半透明の材質で作られたゲートが跳ね上がり、その奥にあったテレパイプがあらわとなる。

 

「先に行くぞ」

「フィルちゃーん、心の準備しっかりとな!」

 

 ボロボロのコートにガントレットという構成の、彼女の普段着を兼ねた防護服「フロワガロウズ」の裾をなびかせながら、シュヴァルツが悠然とした足取りでテレパイプへと飛び込む。遅れて俺たちの前へと躍り出たルプスが、人懐っこい笑顔で俺たちにハンドサインを送りつつ、軽快な動作でテレパイプへと飛び込んだ。

 

「よし、俺たちも行くぞ」

「はいっ。私、頑張ります!」

 

 控え目なガッツポーズで意気込むフィルをつれて、俺たちもテレパイプへと身を躍らせる。フォトンによる超高速移動手段として、アークス内では日常的に使われているその光の中へと突入した俺たちは、流星となってナベリウスの地表へと降下を開始した。

 

***

 

 

 衝撃を相殺するフォトンの放射により、周囲の草葉を吹き散らしながら、俺の身体は惑星ナベリウス、その森林地帯の一角に設けられた降下ポイントへと到達する。数秒遅れて、俺の隣には着地体制をとったフィルも現れた。

 衝撃相殺の為の硬直から抜け出し、静かに身を起こした俺は、すぐ目の前で周辺を警戒しているシュヴァルツとルプスの背中を発見する。恐らく俺たちの降下に気付いているであろう二人は、一通りの確認を終えた課と思うと、特にこちらを見やることもなくスタスタと先へ進み始めた。

 

「ここがナベリウス……すごいですね、士官学校の資料で見たジャングルとそっくりです」

 

 彼らに倣って進行を開始しようとしたその前に、隣で少なくない感動を覚えているらしいフィルが言葉を漏らす。そういえば、フィルはこうして実際に惑星の地表に降り立って任務活動を行うのは初めてなのだ。

 

「緑がいっぱいで、綺麗だよな。……ちょっと、故郷を思い出すよ」

 

 故郷。それはすでに人の住む地ではなくなり、忌むべき地として誰にも知らされないまま閉鎖された場所。

「ロビニアクス」と呼ばれていたその惑星は、オラクルが手掛けている惑星開拓事業の一環で開拓され、開発が進められていた。人口はアークスシップ一隻分にも満たないし、何か便利なものがあるということもない、いわゆる田舎の惑星だったが、緑豊かで穏やかな気候と、明るくも親しみのある人柄を持つ優しい住民たちが、そこに確かに在ったのである。

 

「あ……そういえば、コネクトさんの故郷は」

「ああ、滅亡しちまった。……嫌な思い出だけど、今はもう整理ついてるよ」

 

 俺の言葉に耳ざとく気づいたフィルが、申し訳なさそうな口ぶりで聞いてきた。そのあまりにも気にしていそうな態度に、俺は苦笑をもらして肩をすくめる。

 ――整理はついている、なんてのは、嘘だ。俺は今でもあの日を引きずって、過去を何度も振り返って、ずっとずっと後悔を胸に抱きながら生きてきた。それでもそうして強がって見せたのは、フィルにはそうなってほしくない、という思いがあるからだった。

 

 一度過去を引きずってしまえば、本当に整理を付けられるようになるその日まで、心の中に暗い影を落とし続ける。それで自分の目が――真実と未来を見通すための目が曇ってしまえば、叶えられる願いもかなえられなくなるものだ。

 彼女には、幼い日に分かれてしまった大切な人を探したいという、目的がある。それを邪魔するようなことをしたくない、という思いが、俺に強がりを言わせた。

 

「過去を引きずり続けたって、なにもいいことは無い。未来を見て、これから自分に出来ることをやろうとする方が、よっぽど建設的だからな」

「そう、ですね……はい、そうでした。自分から何かをやらないと、何もできませんからね」

 

 彼女もまた、俺と同じように過去に悲劇に見舞われた。それでもなお、こうして明るく振る舞って生きている彼女には、後ろを向いてうつむいて欲しくない。そう、心から思っている。

 

「そういうことだ。……二人を待たせるのは悪い、行くぞフィル」

「了解です!」

 

 適当に話を切り上げて、進み始めた俺の背中を、明瞭な声音で返事を口にするフィルが続いた。

 

 

 数分ほど歩けば、すぐに俺たちの周辺に凶暴な気配が現れ始める。いち早く感づいたらしいシュヴァルツが、しかし悠然とした動作で背負った鋼鉄の塊に手をかけた。

 

「構えろ、来るぞ」

 

 低い声音のつぶやきを聞き取り、俺たちは即座に臨戦態勢に入る。鋼鉄の塊――人の身をゆうに超える長さを持つ、巨大な鋼鉄製の長剣の柄を握ったまま、ゆらりと構えるシュヴァルツに合わせて、後衛職であるルプスとフィルも、それぞれの得物をホルスターから引き抜いた。

 フィルの得物は先ほどの通り、武骨で大型の銃身が特徴のアサルトライフル「ヤスミノコフ5000SD」。それに対してルプスの得物は、シンプルなシルエットが特徴的な鋼色のアサルトライフル「ワルキューレA30」だ。

 ワルキューレA30という長銃は、フォトン適性を持たない一般人によって構成され、主に各シップの防衛を行う防衛軍に配備されているライフルを、アークス向けに改修したモデルらしい。残念ながら、銃器系は興味こそあれどびたいち使えないので、あまりそのあたりの知識はないため、穿った説明ができないのは悔しいところだ。

 

「補助、かけます!」

 

 掛け声とともに、俺はあらかじめチャージしていたテクニックを開放。俺たち四人の周囲を包み込む、強化フォトンのフィールドを展開する。

 攻撃に使用するテクニックとは違い、補助テクニックとはアークスの身体能力を底上げするためのものだ。たとえば、「レスタ」と呼ばれる回復テクニックであれば、フォトンを高速循環させて治癒能力を底上げし、爆発的な回復力を発揮。「アンティ」であれば体内の自浄作用を強化し、身を蝕む毒(ポイズン)凍傷(フリーズ)感電(ショック)方向感覚の喪失(パニック)などの各種状態異常を浄化、回復させる効果を発揮する……といった具合に、数は少ないながらも補助テクニックには有用なものが多い。

 

「――シフタ、デバンド!」

 

 そして今回、俺が使用したのは、アークス間でも「シフデバ」と略された形で慣用句になるほど浸透している、肉体強化の補助テクニック「シフタ」と「デバンド」だ。

 シフタは放った攻撃――打撃なら武器に、射撃なら撃った弾丸に、法撃なら放ったテクニックに、それぞれフォトンを追加で纏わせて、その威力を一段階強化するテクニック。

 対照的に、デバンドは対象の体表周囲にフォトンの防護膜を作り出し、身を脅かす攻撃や衝撃から身体を護るためのテクニックだ。

 能力強化のテクニックにより放たれた、赤と青のフォトン粒子が俺たちを包み込む。身体のうちを流れるフォトンを心地よく感じながら、俺も遅れて得物を構える。

 取り出したのは、黒と赤を基調にして、幾何学模様が浮き出て流れていくねじれたフォトン刃が特徴的な、二刀一対の機械でかたどられた双剣――俗にいう「デュアルブレード」にカテゴライズされる武器の一つ「ブレードレボルシオ」だ。

 デュアルブレードとは、アークスの兵科の一つであるバウンサーの専用装備であり、その通称通り、二刀一対の双剣を模した形が特徴的な、アークス用兵装の一つである。「フォトンブレード」と呼ばれるフォトン製の刃を自在に操り、時に一撃必殺の巨剣として、時に空間を縦横無尽に欠ける刃の嵐とそして、非常に多様な戦法をとることができるのが、大きな特徴だ。

 そして現在俺が握っているブレードレボルシオは、最新型の戦術演算装置を搭載し、使用者の現状や戦況を独自に分析することで、フォトン出力を最適に保ち、常に負荷を最小限に抑える……という機能が試験的に実装された、いわゆる試作型である。

 今回の任務に当たり、「ついでだからコレの実地性能試験もやってくれ」とベルガから渡されたいわくつきだ。もっとも、今回大量に相手取ることになるであろうナベリウス由来の原生種たちとの戦いでは重宝しそうなので、面倒臭いがありがたいというのが本音である。

 そのままいくばくかの警戒を経て、俺たちの目の前に大量の野生動物たち――ナベリウスの原生種であるエネミーたちが出現した。内約はサル型のウーダンやザウーダン、狼型のガルフとフォンガルフや、鳥型のアギニス、アルマジロ型のガロンゴ。果ては森林地帯奥地にしか生息しないはずの大型エネミー「ロックベア」等、まるでオールスターのような様相を呈していた。

 

「おーおー、ずいぶんとまぁ大量にやられちゃってるなぁ」

 

 苦い表情を浮かべながら、ワルキューレを構え直すルプスに向けられた返答は、シュヴァルツの至極つっけんどんながらも、全力で信頼しているが故の言葉。

 

「上等だ。この程度、私らにかかれば物の数ではない。――なんにせよ、突破するならば早い方が得策、か」

 

 言いつつ、シュヴァルツの握っていた柄――正確にはその背に吊られていた巨大な鉄塊が、ゆっくりと引き抜かれた。

 実のところ、鉄塊という表現は正しくもあり、間違いでもある。何故かというならば、それは彼女の背負っている剣が、アークス開発の拠点防衛用大型機動兵器「Arks(アークス)-Interception(インターセプション)-Silhouette(シルエット)」――通称「A.I.S(エー・アイ・エス)」と呼ばれる、巨大な人型ロボットにあてがわれるはずの装備だからだ。

 ――「D-A.I.Sセイバー」。本来は「フォトンセイバー」と呼称される、A.I.S専用規格で開発された武装を、無理やり人の手で扱えるように魔改造を施した結果、その規格外っぷりから彼女以外ロクに扱う人間が居なくなってしまった、という裏事情を持つ、実質シュヴァルツ専用ソードだ。

 ドガッ! という強烈な破砕音を響かせて、引き抜かれたセイバーの切っ先が深々と大地を抉る。暴力的な運動エネルギーの嵐を孕んだその鋼鉄の刃は、迫りくる大量のエネミーたちを前にして、主の瞳同様、不敵に煌めいていた。

 

「一気に駆け抜けるぞ!!」

 

 セイバーを担ぎなおしたシュヴァルツが、土を踏み鳴らして足にフォトンを収束させる。姿勢を低くし、突撃の体勢を整え、セイバーを、それを握る腕を、全身を限界まで引き絞って。

 瞬間、彼女は黒い弾丸となって、文字通り空間を切り裂いた。フォトンアーツ「ギルティブレイク」によって生み出されたフォトンの剣戟が、エネミーたちを瞬きの間に蹴散らしたのである。

 

「さぁて、派手に行くか!!」

 

 続けざま、ルプスが両手で持ったワルキューレをアトランダムに連射しながら、シュヴァルツの攻撃の余波で吹き飛ばされたエネミーたちを的確に打ち抜いた。その射撃の正確さたるや、まるで滅茶苦茶な方向に吹っ飛んだエネミーを撃っているにもかかわらず、目視できるだけでもほぼすべての弾丸がエネミーを貫いているのだから驚きである。

 

「ぜ、全部当ててる……?!」

「流石、二つ名は伊達じゃないな。正直逆立ちしても真似できる気がしないわアレ」

 

 如何なる環境下であろうと、如何なる装備であろうと、如何なる敵であろうと、確実に標的を撃ち貫き、葬り去る。その高い射撃技能と、自在に立ち位置を変えて射撃を行う神出鬼没の潜伏スキルから、彼につけられた二つ名。それが、「変幻自在の銃士〈ファントム・ガンナー〉」だ。

 

「は、あああぁぁッ!!」

 

 そして、再び吹き荒れる鋼鉄(鈍色)の旋風。散り散りになったエネミーの合間を駆け抜けて、シュヴァルツは瞬きの間に最奥付近にいた巨影――ロックベアのたもとへともぐりこんでいた。

 すぐさま、彼女の手にする巨大な鉄剣が、神速と形容するにふさわしい勢いで天へと振るいあげられる。フォトンアーツ「ライジングエッジ」を使い、嵐の如き暴力となった剣戟は、ロックベアの弱点部位でもあるその頭部を、狙いたがわず深々と切り裂いた。たまらず身をよじり、仰向けに倒れ込んだロックベアの身体を、軽やかな身のこなしで昇っていくシュヴァルツは、再びロックベアの顔面めがけて、大上段へと跳躍してからの縦回転切り――ツイスターフォールを叩き込む。おおよそ人の身で起こせる限界をゆうに超える破滅的な衝撃は、いともたやすくロックベアの硬い皮膚を引きちぎった。

 如何なる環境下であろうと、如何なる不利な状況であろうと、如何なる敵であろうと、確実に標的を切り裂き、葬り去る。漆黒の外套を身にまとい、人並み外れた卓越の剣技による無慈悲な狩りを展開するその様は、いつからか彼女に「黒衣の狩人〈ダークハウンド〉」という二つ名を定着させた。

 銃士と狩人。どことなく、今の俺たちに似ているような響きを胸中でわずかに反芻していると、不意にルプスが俺の方を見やり、俺の後方を顎で示す。

 

「俺らは前を引き受ける。お前らは後ろのそいつ、頼むぜ!」

 

 その言葉を受け取るがままに振り向くと、その先に居たのは何処からか出現したのか、シュヴァルツが葬ったものとは別固体のロックベア。

 どうやら今回は、先駆けが黒狼コンビ、そして殿が俺たちのコンビで分かれることになるようだ。そのことを直感で察した俺はブレードレボルシオを握り直し、フィルに声をかける。

 

「俺たちも遅れてられない。行くぞ、フィル!」

「は、はいっ!」

 

 直後、負けてはいられないとばかりに俺は飛び出し、フォトンアーツを発動させた。

 

「だぁぁッ!!」

 

 一息に踏み込んでの、×字に交差する二条の剣戟。空気圧をフォトンで軽減しながら高速で空間を駆け抜け、しかる後に強力な斬撃を叩き込むこの技は、振るった剣を翼に見立てて「ディストラクトウィング」と名付けられていた。その性質上、初動の突進代わりによく使われるフォトンアーツである。

 直撃させたその位置は、丁度ロックベアがかがめてきた頭部にある、結晶状の角。小気味良い快音を響かせて、硬い皮膚が×字に裂ける。

 

「フィル、此処を狙え!」

「分かりました! 「ウィークバレット」、撃ちます!」

 

 まるで射撃の的に刻まれた目印の様な×字の傷めがけて、フィルがヤスミノコフを重々しく構え、一発の銃弾を放った。ぴったりと傷の中央へと撃ちこまれたその弾丸が、直後にキィン、という高い機械音を放ち、赤く発光を始める。

 

「そらっ!」

 

 そして、俺が虚空めがけてレボルシオを振るうと、その刀身が描いた軌跡に残留するフォトンが瞬時に凝固して、フォトンでかたどられた無数の剣型結晶に変化。風を切る音を鳴らして、剣型の結晶が空間を飛び、ロックベア頭頂部の角めがけて突き刺さった。

 デュアルブレードという武器は、よく似た武器であるツインダガーに比べると、大型の本体や「二刀流」というコンセプトの都合上取り回しは悪化している。加えて、減少した攻撃の手数という二つの欠点を補うため、デュアルブレード種に標準で搭載されることとなった機能が、この剣型結晶の発射機構――「フォトンブレード」機能なのだ。

 そして、先ほどフィルが撃ちこんだのは、レンジャー系職業が扱えるアサルトライフルに装填できる特殊弾頭「ウィークバレット」である。これは、撃ちこんだ場所に滞留させたフォトンを刺激することにより、強力なフォトン反応を引き起こさせ、攻撃の通りを良くすることにより、通常の攻撃より高い威力を叩き出すことを可能とさせるという、特殊な弾丸だ。その性質上、弱点の存在しない敵に撃ちこみ弱点を作り出したり、元々ウィークポイントを有する敵の弱点部に撃ちこみ、更に攻撃を通用しやすくするなど、使い方によって様々な戦略性を生み出すのが最大の特徴である。

 ウィークバレットの撃ちこまれた傷口に、俺の放ったフォトンブレードが着弾。ズドドドドッ! という快音を響かせて、光刃の切っ先が深く傷口にめり込んだ。

 

「とど、めぇぇッ!!」

 

 そして、空中へと跳んだ俺は新たに生成したフォトンブレードを使って、自らの眼前に軌跡を用いた印を生み出す。中空に描かれたそれは、アークスの象徴ともされている五芒星。

 直後、俺がレボルシオを振るうと、ウィークバレットを撃ちこまれたロックベア目がけて、五芒星が勢いよく射出される。一泊程の間を置き、ウィークバレット部に着弾した五芒星は、勢いよく集束したのち、ロックベアから背を向けて着地した俺の背後で、青白いフォトンの大爆発を引き起こした。

 フォトンブレードが生み出した斬撃の軌跡を用いて五芒星を描き、それを飛び道具として射出することにより、遠距離へと投射しての攻撃が可能なこのフォトンアーツは、どこぞの大衆娯楽のヒーローが使う技のようだ、という意見から「ジャスティスクロウ」と呼ばれている。実際、フォトンアーツを使った連撃に組み込むのは向かないものの、単発の攻撃として放つには充分な威力を有しているため、必殺の一撃として撃つのにも最適だ。

 軌跡として残ったフォトンが集束したことによる大爆発を受けたロックベアは、ウィークバレットによって被ったダメージも重なったらしく、ぶすぶすと黒煙を上げながらゆっくりと倒れ伏した。そのまま動かなくなったことを確認すると、一息ついてからシュヴァルツらの方を確認する。

 

「おっ、終わったみたいだな。ちょーっと待っててくれよ、今お袋がハイになっちまってるからさ」

 

 すぐそばまで下がってきていたルプスの言葉に釣られ、俺たちの進路となる方向を見ると――目をそむけたくなるような光景が広がっていた。

 その辺に無造作に転がる、おびただしい量の原生生物の死骸はまだいい。しかしそのことごとくが、暴力の塊によって無残に引きちぎられていたり、あるべき体の一部や頭を抉り取られていたりと、とりあえず死屍累々としか形容できない様相を呈していた。

 

「オラオラオラオラオラオラアァァァ!!!」

 

 そしてその向こうで、いつの間にか出てきていたファングバンサー――大型原生種の一体であり、普段は番であるファングバンシーと行動を共にする、大きな獣型のエネミーだ。非常に凶暴であり、高い身体能力もあって、並のアークスが単独で相手取るのは非推奨とされているという――めがけて、重量を活かした連続攻撃を叩き込むフォトンアーツ「イグナイトパリング」を叩き込んでいる黒い影、ことシュヴァルツの姿があった。遠景ゆえに表情はおぼろげにしか読み取れないが、纏っているオーラの感じから、なんというか非常に「イイ」笑顔をしていることは容易に読み取れた。

 

「う、うわー……すごいですね、コレ」

「まあ、お袋はだいたいこうだからな。やることないから楽だし、もうちょっと観戦してようぜ」

 

 広がる惨状に引き気味のフィルと、いつも通りの光景であるがゆえに至極まったりした表情のルプス。

 どっちかというと俺もルプスよりなんだよなぁ、という、喉の寸前まで出かかった意見を押し込めながら、俺たちはあっさりとファングバンサーを切り伏せたシュヴァルツに合流するため、気持ち急いで彼女の元へと向かうのだった。



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#7 急襲せし闇の眷属

 最高にハイな状態になったシュヴァルツを落ち着かせたのち、俺たちはそのままの勢いで迫りくる原生生物たちを殲滅しながら、着々と特別警戒区域の奥へと歩を進めていた。

 道中で襲ってきたのは、何も浸食された原生生物だけではない。彼らの群れに時折混じる形で、実体としてこの物質世界に顕現したダーカーたちもまた、俺たちの息の根を止めんと攻撃してきた。中には中型のダーカーとして認知されている種もいくつか確認されてはいたが、そこは俺たちもアークス。ダーカー如きに後れを取ることは無い。

 唯一懸念を抱いていたと言えばフィルの存在だったが、市街地での一件もあるため、俺としては言うほど心配はしていなかった、と言うのはここだけの話である。

 

 

 

「……ここか」

 

 足を止めたシュヴァルツの言葉に、後方を警戒していた俺とフィルが後ろを振り向くと、彼女の目の前には数人を一斉に転送することが可能な大型のテレポーターが存在していた。周辺には、補給物資と思しきいくつかのフォトン弾倉やちょっとした回復アイテム、そしてフォトン由来の技術によって大きな傷をもたちどころに治してしまう万能治療機である回復ポッドが設置されていることから、どうやらここが特別警戒区域、その最奥へと踏み入るための仮拠点なのだろう。

 ここに設置されているテレポーターの先には、このエリア一体の異常の原因となったとみられる、大型の生物が捕らえられた隔離領域がある。俺たちの最終的な目的は、その異常の原因を討伐し、このエリア一体の安定化、および凶暴化した生物の沈静にあった。

 

「よし、各自準備しろ。終わった奴からテレポーターに立て」

 

 シュヴァルツがそう指示すると、待ってましたと言わんばかりにルプスがウキウキとした足取りで補給物資の方へと歩を進める。それを見て、俺もまた肩の力を抜いて、体力の回復がてら一息つこうとアイテムパックを改めた。

 

「フィル、今のうちに弾を補給しといた方が良いぞ。テレポーターの先は隔離領域だから、一度踏み込んだら緊急回収以外に脱出の手段はないからな。……あとほら、これ飲んで回復しておけ」

 

 言いつつ俺は、アイテムパックの中から取り出した、小さなパックの飲み物をフィルに手渡す。受け取って、それを眺めるフィルは、それがどういう意図で渡されたものなのかをわかりかねているようだ。

 

「それはアークスで使われている回復用のアイテムだよ。回復テクニックに使われるフォトンを飲み物に混ぜ込んであるから、飲めばサクッと回復できるって寸法さ」

 

 アークスと言う職業は、様々な場所を転々として戦うがために、ゆっくりと傷を癒せる機会にはあまり恵まれない。こと、戦場で重傷を負ったとしても、すぐに回復のための治療を受けられる機械など稀だ。回復テクニックであるレスタを使えるアークスが居れば良いのだが、そう運よくメンバーに恵まれる機会もないし、何より回復ができる人間がすぐさま治療に当たれる状況である確証もない。

 そんなアークスたちが、回復要員や治療施設に頼らずとも自力で傷を癒すことができるように考案されたのが、パック飲料に治癒力促進効果のあるフォトンを混ぜ込んで作られた携帯回復アイテム「メイト」である。飲むタイプであるため、戦闘中でもわずかな時間ですぐに効果を得られるとして、正式採用から現在まで、全てのアークスに愛用されているアークス御用達のアイテムだ。

 ――という説明を終えてから、俺は喋って乾いた喉を潤すがてら、自分の為に取り出した回復アイテムであるモノメイトの封を切り、一息に飲んで見せる。市民たちに愛飲されているらしい栄養ドリンクとよく似た独特の味が、俺の口の中をいっぱいに満たした。

 

「あの、苦くないですか?」

「ん、まぁ苦いのは苦いかな。でも、そんなうえーってなるもんじゃないから、大丈夫だよ」

 

 実はフィル、コーヒーなどの苦みを含んだものが嫌いで、スイーツなどの甘いものが大好きな、典型的甘党らしい。それゆえか、俺の「栄養ドリンクっぽい」という評価を受けて、わずかに顔をしかめている。

 わずかに逡巡していたが、やがて意を決したように封を切り、くっと中身をあおったフィルの顔は、想定していたような味とは違う……とでも言いたげな、意外そうな表情だった。そんな彼女を横目に見つつ、俺は背負っていたブレードレボルシオを解除して、別の武器を現出させる。

 新たに俺の脚部を覆うように出現したのは、俺が専攻しているバウンサーにあてがわれたもう一つの専用装備である「ジェットブーツ」だ。フォトンを噴射しての急制動に優れる蹴撃用装備であり、同時に法撃に用いたフォトンの残滓を吸収、増幅することによって、ブーツ自体に法撃を纏わせて攻撃することが可能な法撃武器でもあるという、二重の特徴を持った奇抜な兵装である。

 俺が使用するのは、一般アークスに支給されるモデルを大幅に強化し、フォトン出力を爆発的に上昇させた高出力ジェットブーツ「リンドブルム」だ。神話に名を連ねる飛竜の名を冠するこの装備のポテンシャルは伊達ではなく、熟達のジェットブーツ使いが蹴撃を放てば、その一撃は空間さえも切り裂く……とかいう大仰な触れ込みが悪目立ちしていたのを覚えている。

 

「二人とも、準備はいいな?」

 

 新たに装備したリンドブルムの状態を確認していると、補給から戻ったシュヴァルツがこちらを振り向き、最終確認の言葉を口にした。

 モノメイトを飲み干したフィル共々、しっかりと肯定の頷きを返してから、俺たちはテレポーターの中へと足を踏み入れる。

 

「気をつけろよ、二人とも。(やっこ)さん、だいぶ気が立ってるっぽいぜ」

「ああ、わかった」

 

 鋭い直感を持つルプスの忠告を素直に受け取り、しかと気を引き締めた直後。

 

「行くぞ!」

 

 起動したテレポーターが放った光に包まれて、俺たちは一瞬で空間を跳躍した。

 

***

 

 天地が反転したかのような錯覚が過ぎ去ると、そこはすでに大型エネミーのテリトリーである隔離領域の中だった。すぐさま警戒の体勢を取り、素早く周辺を見渡してみるが――

 

「居ない……?」

 

 フィルのつぶやき通り、俺たちの眼前に広がっているのは、一面に生い茂る草木とのどかな青空だけで、そこに居るはずであろう大型エネミーの姿は、何処にも認めることができなかった。

 

「いや、違うな」

 

 しかし、俺の隣で警戒していたシュヴァルツが、否定の言葉を口にする。ちらりと彼女の方を見やると、その瞳にはどこか面倒臭げで、しかしわずかな生きがいを感じているような、そんな色の光が宿っていた。

 

「お出ましだぞ、構えろ!」

 

 直後、いち早く「何か」の接近を感じ取ったらしいルプスが、腰のホルスターに下げていたワルキューレA30を引き抜きつつ、俺たちに向けて忠告を飛ばしてくる。鋭い言葉につられるがままに、フィルはヤスミノコフ5000SDを、俺は先ほど装備したリンドブルムを展開する準備をし、各々警戒を最大限に強めた――まさにその瞬間。

 風を切る音がわずかに響いたかと思うと、巨大な衝撃波と地響きを巻き上げながら、それは空から降ってきた。

 

「ぐッ……!」

 

 全身を叩いて過ぎていく暴風に晒され、一瞬飛ばされそうになる身体を地に縫い付けながら、俺はそいつの正体を垣間見んと必死に眼をこじ開ける。そうしてそこに見えたのは、一般的なアドバンスクエストではまずもってお目にかかれない、漆黒と赤の入り混じった巨大な体躯だった。

 一瞬視界にとらえただけならば、それはきっと誰もが口をそろえて「蜘蛛」と形容するであろう、甲殻に覆われた丸太のように太い四つの脚。それが支える胴体もまた、蜘蛛と呼ばれる昆虫のそれとよく似たシルエットを持つ、蟲の様な体躯。

 四足とは別に胴体から生えた二本の腕らしきそこには、生半な防具程度ならば容易く抉り取ることが可能な、鋭利な爪。まさしく凶器と形容できるその二本の腕は現在、獲物を求めてか虚空を揺れていた。

 そして、俺たちの存在を認めてかこちらへぐるりと回ってきたのは、蟲のそれというよりは爬虫類のそれを想起させる、ねじれながらも鋭くとがった甲殻を持つ、巨大なあぎと。ふしゅるるるる、と怖気の走る吐息が漏れ出る口の上には、相対する者の心を凍てつかせるかのような、血よりも深く、どす黒い赤に輝く眼が輝いていた。

 それは、こんな原生生物たちがたむろするのどかな森にはとても似つかわしくない、邪悪が形をとってこの世に這いずり現れたかのような、巨大な闇の化身。

 ――アークスたちから「ダーク・ラグネ」という識別名称を与えられたそいつが、俺たちめがけて大気を震わせる咆哮をあげた。

 

「おいおい……、なんでこいつがここに居やがるんだ? 隔離領域のボスっつったら、普通はロックベアかファング夫妻だろうに」

 

 ワルキューレを構えつつ、困惑の表情を見せるルプスの口から、疑問の言葉が飛び出す。

 彼の言う通り、ナベリウスの森林エリアと言えば、ダーカーの因子による汚染係数も低く、比較的安全な地域である――と言うのが、全アークス共通の一般見解だ。今回のように汚染係数が高まり、特務先遣調査任務が通達されることもあるにはあるが、それとて他の惑星に比べれば、まだまだ深刻とは言い難いレベルの汚染である。

 それに、この場に隔離されるべき大型エネミーと言えば、ルプスが挙げた通りロックベアやファングバンサー、バンシーの番などの、森林地帯固有の原生生物が大半。しかし、俺たちの目の前に屹立する四足の巨躯は、紛れもなくダーカーの眷属が一体だった。

 

「大方、何処からか出てきて本来討伐するべき対象を捕食したんだろう。……他の調査隊がやられたというのも、コイツが原因のようだな」

 

 シュヴァルツの苦虫をかみつぶしたような言葉につられ、彼女の剣呑な眼が見据える場所へと目線を映すと、ダーク・ラグネの頭部付近、その甲殻に深々と突き立っている、大きな三角形のシルエットを持つソード「ヴィタキャリバー」が俺の視界に飛び込んだ。

 それは紛れもない、抵抗の後。そしてそれは紛れもない、敗北の証だった。

 

「強敵、か」

 

 無意識のうちに、俺の口はその脅威を言葉として表す。俺自身、アークスとして、アークス課として、幾多のダーカーたちと刃を交えた実績はあるし、ダーク・ラグネをはじめとした強力な大型ダーカーたちとの交戦経験だってある。しかしそれは、12人の12人態勢(フルレイド)で行われる合同作戦の中であったり、ダークファルス【若人】が封じられている採掘基地の防衛戦の中であったりと、必ずしも大人数が仲間としてついていたのだ。

 それが、今回は俺たちを含めた四人だけ。その事実に、知らずのうちに額から汗が滲む。

 

「フ、だからどうした。……たとえ何が立ちふさがろうと、私たちのやることはひとつと決まっている。そうだろう、コネクト?」

 

 しかし、一瞬脳裏をよぎった「勝てないかもしれない」という思考は、直後に俺の真横に立つシュヴァルツの不敵な笑みにかき消された。

 そう、俺たちはアークス。不倶戴天の敵たる闇からの使徒、ダーカーたちを討滅し、この宇宙に安寧をもたらすための存在だ。――ならば彼女の言う通り、やることは決まっている!

 

「フィル、戦うぞ。あいつを倒して、やられていった奴らの仇を取るんだ」

「か、勝てるんですか?」

 

 俺の言葉に、隣でヤスミノコフを握りしめて表情を硬くしていたフィルが、思わずと言った様子でそう聞いてきた。

 無理もない。ダーク・ラグネと言えば、士官学校の教本にも名前が掲載されるほど有名な、ダーカーの代名詞と言える存在。そして同時に、ダーカーの中でもかなりの危険性を持つ、大型ダーカーの代名詞と言える存在なのだ。その凶暴性と危険性は、新米アークスどころか一流のアークスであっても、気を抜けば命を取られてしまうほど、と言えば、あいつの強さは推して図れるだろう。そんな強敵に、俺たちは挑もうとしているのだ。彼女が当惑するのも無理はないだろう。もちろん、俺だって勝てるとは思っていない。

 

 ――ここに居る人間が、普通のアークスだったとしたら、の話だが。

 

「お、なになにフィルちゃん? 俺らのこと心配してくれてるの? いやー、鼻が高いね」

「誰がお前の心配なぞするんだ。むしろ、心配しているのはコネクトの方だろう」

「……その言いぐさはひどくないですか? 確かに二人に比べたらまだまだだけど、俺だっていっぱしのアークス課の人間なんですよ」

 

 心配の表情を見せるフィルとは対照的に、俺たちの――厳密には黒づくめ二人組の反応は、至極間延びしたものだった。その態度は、とてもではないがこれから大型ダーカーを相手取ろうとしている者の態度ではないと言っていいだろう。

 だからだろうか、心配げなフィルの表情が、いよいよもって深刻そうなそれにとってかわった。

 

「そ、そんな悠長な……!」

「大丈夫さ、フィル。むしろ、これがあの人たちの……っていうか、俺たち「アークス課」の平常運転なんだよ」

 

 そんなフィルを宥める俺もまた、想定外の強敵が出現したことによる動揺と、それに伴うひと時の弱気を除けば、黒づくめ二人組同様に、平然と落ち着き払ったものだった。

 

 ――アークス課。正式名称「アークス特別任務専門請負課」。守護輝士や六芒均衡などの大きな戦力が回せない状況において、アークス内部の各部門などが対応できない部分を補佐するために設立された部門であり、正規のアークスには回されない、いわゆる裏方の依頼を請け負うための部門。それが、俺たち三人が所属している、特別部門の仕事だ。

「アークス課」という一部門の体を成してはいるが、正規、非正規問わず多種多様な依頼を引き受ける都合上、その領分はいわゆる何でも屋に近い。防衛隊に混じってアークスシップの防衛を引き受けることもあれば、前線で任務中のアークスたちに物資を補給することもある。今回のように大型ダーカーたちとの戦いを引き受けることもあれば、時には同胞と呼ぶはずのアークスを相手取ることだってあった。

 そう、俺たちは何でも屋。戦う相手を選ぶことは無いし、手段を選ぶことは無い、無法者。しかしそれゆえに、俺たちは並のアークスたちとは違う、強みを持っているのだ。

 それに、隣に立つ二人はアークス業界でも名の知れた腕利きである。さすがに守護輝士や六芒均衡とかいうふざけた実力の(最大戦力となる)連中には劣るだろうが、彼女らの実力は十二分に信用に値するのだ。そんな人間たちが味方に付いていて、負けろと言う方が無理な話だろう。

 俺たちの立場を説明し、あの二人が全く怖気づかない理由を説明してやると、釈然としなさそうな表情をしつつも、一応は納得してくれた。未だにちょっと困惑気味だが、ともかくは作戦を説明するとしよう。

 

「いいか、フィル。あいつの弱点は背中にあるんだが、普段は甲殻に隠れて攻撃が届かないんだ。だから、まずは相手の弱点を露出させるために、足を崩す」

「は、はい。普通に撃てばいいんですよね?」

「ああ。ウィークバレットがあれば良いけど、ルプスも撃ってくれるからな。速度の遅い遠距離攻撃があるから、まずはそれに当たらないようにしてくれ」

「分かりました。……コネクトさんは?」

 

 手短に戦闘の方針を説明し、さて攻撃の体勢に移ろうと考えたところで、彼女からの質問が飛んできた。――どうするか、と言われても説明がしづらいんだけどなぁ。

 

「俺はいつも通り、近づいて攻撃だ。動きはそこまで早いわけじゃないから、被弾は少ないはずさ」

「そう、ですか……わかりました。気を付けてください!」

「任しとけ!」

 

 彼女なりに俺の身を案じてくれたことが少しだけ嬉しくて、ついつい語勢も強く言葉を返してしまう。高揚していることが分かった自分に気恥ずかしくなって、俺はそそくさと飛び出そうと構えるシュヴァルツの横に並んだ。

 

「なんだかんだ、いい感じに懐いてるじゃないか。これは、しっかりと良いところを見せないといけないな?」

「茶化さないでください。あと懐いてるんじゃなくて、信頼関係を結んでる、って言ってください」

 

 にやにやと微笑ましそうな笑みを浮かべるシュヴァルツの言葉に、憮然とした表情のままツッコミを入れつつ、表情の切り替えに努める。

 

「それで、どうします?」

「愚問だな。やることはひとつだろう」

「だと思いました」

 

 短いやり取りではあるが、俺たちの仲は昨日今日で築いただけのものではない。言外の意味をしっかりと理解し合ったうえで、俺たちは素早く方針を固めた。

 

「私は奴から見て右をやる。お前さんは左を潰せ。――3つ数えて、同時に飛び出すぞ」

「了解。二人とも、俺たちが叩いていない足を頼んだ」

「オーケー。バッチリ狙い撃つぜ」

「分かりました。精一杯、頑張ります!」

 

 戦闘開始の合図が取り決められ、いよいよ開戦の火ぶたが切って落とされようとしたその時、ダーク・ラグネの頭部がぐるりと向きを変え、俺たちの姿を視界にしかととらえてきた。明確に視線を向けられたわけでは無いのに、血に濡れたような赤黒い光を湛える複眼に射抜かれているような気がして、少しだけ心拍数が上がる。

 

「行くぞ。――3」

 

 俺たちが放つ殺気に中てられてか、奴の放つ威圧感がぐんと増した。どうやら、こちらを得物と見定めたらしい。

 

「――2」

 

 わずかな地響きを伴って、ダーク・ラグネが身体の向きを変え、俺たちと真正面から相対する。ゆっくりと動かされる大きなカギヅメは、徐々に後方へ向けて引き絞られ始めた。――カギヅメ部分を大きく振るい、遠くまで届くカマイタチを放とうとしているらしい。

 

「――1」

 

 戦闘が始まってからもなるべく長持ちするよう、直前までキープしておいたシフタとデバンドのテクニックを開放し、全員の戦闘力を底上げする。朱色と藍色に煌めくフォトンが身体を満たしていくと同時に、俺の中の闘志が眩く燃え上がっていくような、そんな心地よい高揚感が湧き上がってきた。

 姿勢を低くし、足に力を溜め、ギリギリまでバネを引き絞り、いつでも飛び出せるように構えて――幾ばくもせず。

 

「――GO!!」

 

 鋭い号令が響き渡り、俺とシュヴァルツは一気に前へと飛び出した。

 同時に、引き絞られたダーク・ラグネの鎌が振り下ろされて、俺たちめがけてカマイタチが放たれる。ダーカーが操る疑似フォトンとも呼べるエネルギーを孕んだそれは、まともに食らえばただでは済まない。加えて、横への範囲もかなり大きめだ。

 しかし、縦に大きく回避すれば、それに当たることは無い。それを知っている俺たちは、わずかに加速を緩めてから、再び引き絞った足のバネを使い、地を蹴って大上段へと跳び上がった。

 最も、カマイタチは広範囲に分厚くばらまかれるために、ただ一回ジャンプするだけで躱せるものではない。なので俺は、空中をもう一度、軽く蹴って見せる。

 直後、虚空を蹴った足の先からフォトンの波紋が燐光と共に広がった。一瞬だけ発生した波紋は、地面を蹴った時と全く同じ感触を足の裏に与えて、頂点まで跳躍した俺の身体を、更に上空へと押し上げる。

 これが、大型エネミーとの戦いが控えていることを鑑みて、あらかじめ用意したジェットブーツが持つ固有機能「多段ジャンプ」機能だ。空気中のフォトンを特殊な技術で一瞬だけ固形化させ、そこを蹴ることで地上同様に跳躍することを可能とする特殊機能であり、ジェットブーツが他の武器とは違い、足に履いて使用する武器として設計された所以となった機能である。

 本来ならば「飛翔剣」の名を持つデュアルブレードに、フォトンブレード共々搭載される機能だったらしいが、高コスト化と武器サイズ自体の肥大化、フォトンブレード機能と同時搭載されることによる取り回しの悪さに加え、手持ち武器では多段ジャンプを上手く活用できないことから、新たな武器カテゴリを作ってそこにこの機能をねじ込んだ……という話を、兵装開発局の人間から聞かされたことがあった。

 基本的に、隔離領域に入れられるエネミーと言えば、現在相対しているダーク・ラグネのほか、候補の上がったロックベアやファングバンサー系列をはじめとした、大型のエネミーばかり。加えてそいつらは、危険の少ない高所に弱点部分を持つ者が大半だ。それゆえ、俺はこの多段ジャンプを使い、高所へと到達して蹴撃を見舞える武装である、ジェットブーツを選択したのだ。

 

「バウンサーは、こういう時楽だな!」

 

 二段ジャンプでカマイタチを回避した俺に向けて、すぐ隣へと降り立ったシュヴァルツのやっかみが飛んでくる。ちなみに彼女の方はというと、空中で身体をひねって身体の重心を移動させ、跳びたい方向へと体重移動を行うことで疑似的に二段ジャンプを行って回避していた。つくづく化け物だ、この人。

 

「お褒めの言葉、どうもッ!」

 

 やっかみに皮肉で答えてから、俺は一足先にダーク・ラグネへと攻撃を仕掛けた。軽く地を蹴り、宙で一回転させた体にフォトンを溜め、標的への向きを調整すると同時に、ジェットブーツを装備した足先からフォトンの奔流を放出し、俺は空中を疾風のごとく駆け抜ける。フォトンの奔流に乗って空間を駆けるその様をサーフィンに例えて、「グランウェイヴ」と呼称されるこのフォトンアーツは、突撃や切り込みに重用される高速移動型のフォトンアーツだ。

 

「はああぁぁッ!!」

 

 一息の元にダーク・ラグネの袂へとたどり着いた俺は、左の前足付近へと急接近の後、フォトンアーツのモーションの一部である連続蹴りを叩き込む。足先に纏わせたフォトンが、蹴撃に合わせて鋭い槍のように突き出され、ダーク・ラグネの脚甲へと確かなダメージを伝えた。

 

「抜け駆けは――許さんぞ!!」

 

 直後、空気の膜をブチ破るかのような破裂音と共に、黒い弾丸と化したシュヴァルツが右の前足へと鉄塊を叩き込む。ギルティブレイクによる突撃を敢行したシュヴァルツは、ついでぐるりと身を翻したかと思うと、背中越しに鉄塊の先端を脚甲めがけて突き立てた。めり込んだ剣先が煌めき、そこから噴き出たフォトンがシュヴァルツの身体に吸い込まれていくその様は、フォトンアーツ「サクリファイスバイト」を放ったとみて間違いない。

 

「ふんッ!!」

 

 突き刺した鉄塊を引き抜くと同時に、シュヴァルツの身体は三度翻る。黒いコート共々、踊るように振るわれた鉄塊が、今度は上空へ向けて振り上げられた。フォトンアーツ「ライジングエッジ」を放ったシュヴァルツは、鉄塊と己の身体で大車輪を描きつつ、上空へと飛び上がる。

 

「おおおぉぉッ!!!」

 

 直後、宙へと投げ出されたシュヴァルツの身体が、今度は空中で逆方向へと大車輪を描いた。眼にもとまらぬ速度で連続切りをお見舞いするその攻撃は、まさしくフォトンアーツ「ツイスターフォール」そのものである。

 着地と同時に地面へと叩き付けられた鉄塊が、その巨大な刀身に蓄えていたフォトンを一気に解放。地を駆ける光の衝撃波となって、ダーク・ラグネの足を真正面から砕いて見せた。千地に吹き飛ばされた脚甲の下からは、分厚い外殻とはかけ離れた、いかにも脆そうな細い基礎部分が露出する。

 

「■■■ーー!!」

 

 足の外殻を破壊されたダーク・ラグネが、身の毛もよだつようなおぞましい悲鳴を上げたかと思うと、ぐらりと体勢を崩して地へと臥せった。体勢の変化に伴い、ダーク・ラグネの背部甲殻がズレ、ダーカー種共通の弱点である、赤黒いフォトンが内部で渦巻く球状の核があらわになる。

 

「今だ、ウィークバレット!」

「あいよ!」

 

 シュヴァルツの鋭い号令に、威勢のいいルプスの声が返ってきたかと思うと、俺たちのすぐ横を飛翔した特殊弾頭が、ダーク・ラグネの核へと着弾。甲高い電子音を打ち鳴らして、ダメージが通りやすい状態へと変化させた。

 

「援護します!」

 

 倒れ伏したダーク・ラグネの身体を伝い、軽やかにコアめがけて突撃するシュヴァルツに追随して、俺もまたジェットブーツの多段ジャンプを活かしてコア付近まで跳躍する。目視によって、真紅の球体を目撃した俺の足元では、すでに放つべきフォトンアーツのチャージが完了していた。

 

「はあぁぁぁッ!!」

 

 瞬間、俺の身体は空中で縦に回転し、重力と物理法則を無視した蹴撃の竜巻と成る。ジェットブーツのフォトン噴射機構を応用し、最大出力を以て自らの身体ごと高速回転。ブーツから放たれるフォトンを足に纏わせ、回転と共に連続でサマーソルトを叩き込むこの攻撃は、暴風の如き蹴撃の様から例えられて「ストライクガスト」と呼ばれている。

 断続的に赤いコアへと蹴撃が吸い込まれていくが、それだけでは終わらない。蹴撃が止むと同時に、再びジェットブーツからフォトンを噴射した俺は、ダーク・ラグネのコアめがけて急降下。しかる後、天からのかかと落としを叩き込んだ。

 ジェットブーツで使用できるフォトンアーツは、従来のように攻撃に使用するほかにも、攻撃の途中でフォトンを瞬時に練り直すことにより、補助テクニックとよく似た効果を発生させられる追加の攻撃が可能となる。ストライクガストの派生攻撃は、かかと落としを見舞うとともに、周辺へと攻撃力上昇(シフタ)の効果を散布することにより、仲間と共に攻勢へ打って出る際、一々テクニックを使わずとも仲間の支援が可能となる便利なものだ。定点にとどまっての連続攻撃から繰り出せる、と言うこともあり、動かない標的やダウンした敵の弱点部分を攻撃するときにも、非常に重宝している。

 

「貰ったぞ!!」

 

 俺の繰り出した攻撃の意図を正確に理解して、シュヴァルツが再び鉄塊を振るった。普段の剣戟よりもさらに力強く、それでいて鋭く連撃を繰り出していくその様は、フォトンアーツの一つ「イグナイトパリング」だろうか。計6回の斬撃を叩き込まれたダーク・ラグネが、たまらずといった様子で身をよじり、俺たちを頭上から振り落としにかかった。

 

「おっと!」

「ちっ、まだ動くか」

 

 お互い、昇ってきた方向へと離脱して、ダーク・ラグネが再び立ち上がる様を見届ける。しかし、その4本脚が地面をしかと踏みしめようとしたその瞬間、先ほど破壊された前足とは反対側にある前足――俺が攻撃し、甲殻にヒビを入れたところへと、一発の弾丸が突き刺さった。そのままそこで紅い光を放ち始めたそれは、後衛の二人のどちらかが放ったウィークバレットだろう。

 

「っしゃ、同時に行くぞ!」

「はい!」

 

 遠くから聞こえてきたルプスとフィルの声が、二人の攻撃が開始されることを伝えてきた。

 直後、甲高い炸裂音を連続で響かせて、二条の閃光がウィークバレットに貫かれた前足を襲う。よく見れば、その閃光は弾丸であり、フォトンアーツ「ワンポイント」によって撃ち放たれた、連続射撃の光に他ならなかった。

 次々と着弾する実体を持つフォトンの弾丸が、炸裂と共に脚甲をガリガリと抉っていく。吸い込まれるように撃ちこまれたアサルトライフルの弾丸たちは、狙いたがわずダーク・ラグネの甲殻を貫通し、中の華奢な足へと強烈なダメージを与えて見せた。

 

「うし、狙い通り!」

「お二人とも、あとはお願いします!」

『任せろ!!』

 

 光栄の二人からの激励を受けて、俺とシュヴァルツの二人は声をそろえ、巨躯を支えるための足を挫かれ、再び地へと頽れたダーク・ラグネへと肉薄する。

 

「外殻は私が剥がす! 最後は任せるぞ、コネクト!」

 

 言うが先か、シュヴァルツは肉薄した体をぐるりと翻し、倒れたダーク・ラグネの身体を足場に使い、軽やかに高度を上げた。頂点に達したのち、今度は足のバネを最大限に活用して、天高くへと跳躍する。

 そのまま、空中で再度身を翻したシュヴァルツの手が、背負い直していた鉄塊を引き抜いた。重々しく振りかぶられた鉄塊と共に、シュヴァルツは高高度からコアめがけ、黒い流れ星となって落下する。

 

「はああぁぁぁあッ!!!」

 

 フォトンアーツでも何でもない、ただ落下の速度と得物の重量だけを用いた、力任せの一撃。しかしてその一太刀は、如何なるフォトンアーツさえも凌駕してしまいそうなほどに、途方もない威力と衝撃を兼ね備えていた。

 瞬きの間に、超威力の一撃を背へと受けたダーク・ラグネが、めきりという音と共に地面へと縫い付けられる。響いてきた嫌な轟音に少しばかりの寒気を覚えながらも、俺はとどめの一撃を放つため、コアのすぐ傍へと飛び上がった。

 コアを目前に見据え、フォトンを調整することによって空中で制止した俺は、フォトン吸入の為に構えを取る。自身の中に蓄えたフォトンのほか、大気中に含まれているフォトンさえもすべて使ったその一撃は、その強大な威力を生み出すために、若干秒のチャージが必要となってしまうのだ。

 だが、それを発動した時の威力は、筆舌に尽くしがたい。並のエネミーであれば一撃のもとに屠れるそれは、ジェットブーツが取り揃えるフォトンアーツの中でも、大型エネミーへの必殺の一撃として名を馳せる一撃。

 

 

「ヴィントォォ…………ジーカァァァァァ!!!」

 

 暴風(ヴィント)の如き、切り札(ジーカー)と成る必殺の蹴撃。それは狙いたがわず、ダーク・ラグネのコアを蹴り砕くことに成功した。

 

 

***

 

 

「す……すごいです! まさか本当に、ダーク・ラグネをやっつけちゃうなんて!」

 

 必殺の一撃を叩き込まれ、フォトンとなって空に還っていったダーク・ラグネの残滓を見届けた後、一息ついた俺たちに、そんな賛辞が投げかけられる。声の主は、もちろんフィルだ。

 

「はは、まぁ、この二人ありきの勝ちって言っても過言じゃないけどな。ぶっちゃけ俺大した戦力になってないし」

 

 事実、与えたダメージの大多数はシュヴァルツのものだし、ダーク・ラグネを手早くダウンさせられたのも、後衛たちの撃ってくれたウィークバレットのおかげである。正直な話、最後の最後で美味しいとこだけ持って行ってしまった感は否めないが、シュヴァルツたちは特に気にしたそぶりも見せないので、これはこれで良しとしておこうか。

 

「――二人とも。気を抜くのはまだ早いみたいだぞ」

「え?」

 

 しかし直後、不穏な空気を孕んだシュヴァルツの言葉に、俺は思わずあっけに取られて周囲を見渡す。

 

 そうして俺の感覚を撫でてきたのは、まるでぬるりと粘ついてくるような、そんな不快な気配だった。

 

「な……なんですか、これ?!」

「お、俺にもさっぱり。……さっぱりだけど、とりあえずやばい雰囲気だってのはよくわかるな」

 

 普段ならば穏やかな青空を覗かせる天蓋は、いつの間にか重苦しい雰囲気を纏った黒雲に塗りつぶされている。よくよく目を凝らせば、それはただの黒雲などではなく、かすかな赤を纏った、赤黒い瘴気のようなナニカだった。

 

「……どうやら、罠っぽいな」

「そのようだ。……何が来るかわからん。警戒を――――」

 

 警告の言葉を紡ぎ終わるよりも前に、不意にシュヴァルツの姿が、ノイズの走る画面のように乱れる。違和感を感じたらしいシュヴァルツが、ピクリと警戒したその瞬間――彼女の姿は、霞のように掻き消えてしまった。

 

「なっ――」

 

 直後、ふっと視界が明滅する。一瞬のことに意表を突かれ、かくりと頽れそうになるのをとっさに踏ん張って耐えたが、視界の明滅は再び襲ってきた。

 

「っく、これは……!」

「マズいな、こりゃ――――」

 

 何事かを言いかけたルプスもまた、ノイズのように姿がぶれた直後、俺たちの視界から消滅する。あまりにも自然に、瞬間的に掻き消えてしまったその様は、とてもではないが自然の現象とは思えなかった。

 

「な、なにが起こってるんですか!?」

「ともかく、此処から離れた方が良い! 行くぞ、フィ――」

 

 そこまで言いかけた俺の視界が、驚いた表情のまま固まるフィルの姿が、先の二人と同じように掻き消える様を捉えてしまった。

 

 同時に、俺の意識が急速に闇の中へ落ちていく。

 何が起こったのか。俺の身はどうなってしまうのか。そんなことを考える暇もなく、俺は半ば無意識に意識を手放した――――。

 

 



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#8 嗤う闇の巣窟

 

「…………ぅ……ぐ……っ」

 

 全身に走った鈍い痛みを感知して、俺――コネクトは意識を闇から浮上させる。おぼろげな視界と、体勢から鑑みるに、今の俺はうつぶせに倒れているらしい。

 鉛でも縛り付けられたかのように重たい身体を、ゆっくりと引き起こす。同時に、自分はどうしてこんなところで倒れているのだろうか――と言うことを思い出そうとして、すぐに記憶がよみがえった。

 

「そうだ、妙な現象に巻き込まれて……」

 

 次々に姿がブレ、消えていく。そんな現象、研鑽の期間を含めた俺のアークス人生の中でも、聞いたことが無い。

 一体何が起こったのだろうか……と言う答えは、俺の視界に飛び込んできた風景を見て、すぐさま合点が行った。

 

 まるで樹木のように無造作に乱立する、真っ黒いナニカで構成されるねじくれた構造物。

 ぶくぶくと不快な音を立てて泡を立てるのは、鮮血よりも鮮やかな赤い液体の海。

 岩肌とも瓦礫ともつかない、奇妙な大地がどこまでも続くその上に横たわる、余りにも場違いな人工の道路。

 天を振り仰げば、そこにはまるでできそこないの剣山のように、一点に向けてびっしりと突き立てられた高層ビル群が、逆さづりの状態で浮かんでいた。

 その光景を見て、俺は確信する。

 ――ここは、人の居るべき場所ではない。不倶戴天の仇敵たるダーカーたち、その根城なのだと。

 目の前に広がる光景は、何度か資料などで見た事がある。元々アークスシップとして使われていた移民船を乗っ取り、破壊したのちに、自分たちが巣くうにふさわしい地へと改造された結果が、この人工物と奇怪な材質で構成された世界――通称「ダーカーの巣窟」なのだ。

 噂には聞いたことがある。クエストに出撃したアークスたちを拉致し、自分たちの巣窟へと誘拐。その後、時間をかけてたっぷりいたぶった後にむごたらしく殺す。そんな、狡猾なダーカーたちが居るという話を、どこかで小耳にはさんだ記憶があった。どうやら、俺たちは運悪くそこに巻き込まれてしまったようだ。

 だが、そう考えると一つ疑問がある。「アブダクション」と呼称されるこの事例は、本来であれば俺たちアークスがキャンプシップでの移動中に、船ごと拉致する形で連れてこられる……と言うのが、奴らの基本的な手段だ。しかし今回は、俺のこの目で見たように、まるで見えない何かを使って強引に空間を転移させたような、そんな拉致方法を用いている。

 ひょっとすると、新たなアブダクション方法をダーカーたちが編み出したのかもしれない。帰ったら仔細もらさず報告しておかないと、と思いつつ、すでに俺の意識は別の方向へと向いていた。――囲まれているのだ。

 直後、ダーカーが用いるフォトンの残滓が具現した赤黒い霧と共に、無数のダーカーたちが空間を捻じ曲げてずるりと這い出てくる。その姿かたちは多種多様で、ダガンやクラーダといった虫型のダーカーもいれば、宙を泳ぐ魚と言った風情のダガッチャ、ダーガッシュと言った魚形。一見すれば天使のような風貌を持つ鳥人間ドゥエ・ソルダやグル・ソルダなどの有翼系に、ぬいぐるみと見まがうようなシルエットのポンタ・ベアッダやピクダ・ラビッタなどの玩具系。アークスとして今の時代を生きる人間ならば、一度はお目にかかったであろうダーカーたちが、俺の目の前に一斉に立ちはだかってきた。

 

「ちっ、手厚い歓迎だこと」

 

 舌打ち一つを挟んでから、俺は装備したままだったリンドブルムを外して、再びブレードレボルシオを装備する。こういった大量の雑魚を相手取る際は、集中攻撃を得意とするジェットブーツよりも、フォトンブレードの乱舞で圧せるデュアルブレードの方が分がいいのだ。

 じりじりとにじり寄ってくるダーカーたちを眼前に見据え、ゆっくりとレボルシオの双刃を引き抜きながら、俺は頭の片隅で他のメンバー達のことを考える。

 まずもって、あの黒ずくめ二人組はこの程度の連中に後れを取ることは無い。お互い大型のダーカーを単騎で撃滅した経験もあるし、中でもシュヴァルツはダーカーの頂点たる存在にして、アークス最大最後の敵である「深遠なる闇」の討伐作戦にも参加した経験を持っている。そんな彼らが、今さら数相手に押し切られるようなことは無いはずだ。

 問題は、フィルである。彼女は戦いの筋こそ良いものの、所詮戦闘経験はこれでようやく二回目だ。加えて、彼女自身は射撃による支援を念頭に置いたクラスであるガンナーとしてこの戦場に連れてこられてしまったため、俺のように単独で蹴散らして突破する、と言うのは、かなり難しいはずだ。

 よしんば突破できたとしても、此処は正規の惑星などとは違い、内部構造も全く把握できていない、未知なる異形の世界。合流を図るために動いていれば、必ずダーカーと交戦する機会は増えていく。そうなれば、神経を使う射撃戦を行う彼女が早々にへばってしまうのは、想像に難くない。

 

「――急がなきゃ、いけないな」

 

 決意の言葉を一つ呟いて、俺は一瞬の間を置き、ダーカーたちの群れへと走り込んでいく。

 ――親しい人を。親しくなった人を失うのは。

 あの時の、息さえできなくなりそうな深い深い喪失感を味わうのは。

 もう二度と、御免なんだ。

 

 だから、間に合ってくれ。

 そう願いながら、俺は手近なダーカーの一体めがけて、握りしめた二刀一対の飛翔剣と共に、疾風のごとく切り込んでいった。

 

 

***

 

 

 切り伏せたダーカーの数は、すぐに五十を超え、百を超えた。

 レボルシオと、その刃から繰り出される光の刃を頼りに、片端からダーカーを切り捨てながら、俺は前へ前へと進んでいく。

 よそ見などしない。俺の意識はただひたすらに、彼女の姿を探すことだけに向けられる。

 

 そうして、もはや数えるのをやめたダーカーたちの群れの、最後の一匹を切り捨てた、俺の耳に。

 

「コネクトさーん!!」

 

 聞きたかった声が一つ、確かに響いてきた。

 

「っ――!」

 

 とっさに姿を探す。しかし、彼女は存外と、すぐ近くまで迫ってきていた。先ほど斬ったダーカーに照準を向けていたらしく、手に持ったままのヤスミノコフ5000SDを肩越しに保持しつつ、空いた手をこちらに向けて振っている。

 彼女の名を呼ぼうとしたが、少しだけかぶりをふって、やめる。代わりに俺は駆け寄って、彼女の顔をしっかりと確認することにした。

 

「よかった、無事だったんですね!」

「ああ。そっちは、随分手こずってたみたいだな」

 

 快活な声。間違いなく、彼女の声。それを確認して、俺はひとつ息を吐く。ともかく、懸念の一つはおのずと解決してくれた。

 

「大丈夫ですよ。私だって、正式にアークスの一員として戦えるように、訓練は積んできました! 確かにものすごい数でしたけど、今まで戦ってきた大型ダーカーに比べれば、なんともないですよ!」

「そいつは重畳。……さて、ともかくは出口を探さないとな」

 

 ずいぶんと威勢のいいことだ、と苦笑いをもらしながら、俺は周囲を見回して何か道しるべになりそうなものを探す。しかしさすがは悪趣味なダーカーの巣窟と言うべきか、周囲一帯に広がっているのは奇妙な色に染まった異形の大地だけで、どちらにどう行けばいいのか、そもそもここがどこなのかすら、俺には全く把握できなかった。

 

「なぁ、どっちから来たんだ?」

 

 ここまで来たのならば、少なくともこの付近の地理に関しては心得ているだろう。そう考えて俺は、少し離れた位置にいる桜色の髪を持つ少女に問いかけてみた。

 

「えーっと、私は向こうから来ましたよ。でも、出口っぽいものはありませんでした」

「わかった。なら、適当にどっちかに向けて進むか」

「了解です。援護は任せてください」

 

 ダーカーの群れを突破してきたぞ、という自信の表れなのか、不思議なほどに元気で、威勢のいい彼女を伴って、俺は当てもなくダーカーの巣窟をさまよい始めた。 

 

***

 

 歩き続けて、ダーカーを屠り続けて、すでに1時間は経過しただろうか。

 一向に見えない出口らしきポイントに対して、ちょっとだけ恨みがましく思いながら、俺はもくもくと歩を進める。傍らには彼女もおり、時折俺に話しかけては来るが、此処は敵の手の中。そのことを彼女自身も理解しているらしく、あまりその口数は多くなかった。

 

 

「よし、この辺りは倒し切ったか…………くそ、流石にキリがないな」

「コネクトさん、あそこに休めそうなスペースがありますよ。一度休んだらどうでしょう?」

 

 やがて、何度目とも知れないダーカーの群れを殲滅した俺たちは、流石に疲労の溜まった体を休めるために、道なき道をそれた場所にある小さな広場にて、小休止を取ることにした。万一敵が現れてもまだまだ戦える気力はあるし、小広場の方も暴れまわるには十分な広さがあったが、幸いと言うべきかそこまで雑魚のダーカーは追いかけてこなかったのは幸いだっただろう。

 溜まった疲労を身体からはじき出すため、体力の回復と治癒もかねてトリメイトを2つ撮りだして、片方を彼女に投げ渡しながらもう片方の封を切る。口の中に流れ込む、清涼飲料材のようなさわやかな後味を感じていると、不意に桜色の髪がひょこひょこと近づいてきた。

 

「コネクトさん、大丈夫ですか?」

「ん……大丈夫が何を指してるのかは分からないけど、まぁ大丈夫じゃないな。さっさと全員に合流したいのが本音だよ」

「ええ。ここがどこまで続いているのかわかりませんけど、まずは残りの二人と合流するのが一番でしょうね」

 

 周辺を見回しつつ、俺の意見に追随する彼女は、しかし次の言葉を紡ごうとして、ふと俯いて口をつぐむ。

 

「――でも、その前にやらなければいけないことがあります。何か、わかりますよね?」

「さぁ、何のことだ? 教えてくれよ」

 

 再び顔を上げた少女の瞳には、怒りに似た色が宿っていた。……まぁ、正体を現すならば、この辺りが一番だろう。

 

 

「貴方はコネクトさんじゃない。アークスの隊員を模倣した、ダーカーのクローン。――だから、ここで消えてもらいます」

 

 怒りのこもった声と共に、少女は腰のホルスターからヤスミノコフを抜き、俺めがけて発砲してきた。

 クローン。それはアブダクションと言う事例が発生し始めてから同時に観測されだした、特殊なダーカー固体のことである。

 最大の特徴は、「複製体(クローン)」という名称が示す通り、俺たちが普段仲間として共に戦うはずのアークスと、全く同じ姿形をしているということだ。厄介なことに、フォトンの性質さえも模倣して、本人と全く同じ生体反応を検知させるという凝り様で、時には熟練のアークスでさえも見間違え、致命の一撃を貰ってしまう事例が散見されているという。

 そしてそのクローンのなによりの特徴は、ここダーカーの巣窟に踏み入った人間の情報を解析して作られている、というところにある。要するに、此処に足を付けた時点で、こうしてクローンと出くわす可能性は考慮しておくべきだったのだ。

 

「……随分とまぁ、遅い行動だな」

「いいえ、私は最初から気づいていましたよ? ただ、何処で追求しようか迷っていたんです」

 

 放たれた弾丸を、撃ち放ったフォトンブレードで打ち消す俺に向けて、彼女はどこか冷たい、蔑むような目で俺の方を見やる。

 当然というべきか、ここまで何時間と行動を共にしてきてなおアクションを見せなかったのだ。しびれを切らせるのも道理である。

 

「……もういいでしょう。元々油断させるための口車でしたけど、本当ならあなたと交わす言葉なんてありません。だから――」

 

 再びヤスミノコフを肩越しに構え、決意と覚悟を込めた口ぶりで。

 

 消えてもらいます。

 

 

 

 

 

 そう、言おうとしたのだろう。

 

「……え?」

 

 しかし、それよりも早く。

 彼女の胴が、一条の閃光を受け、鈍い音を立てて切り裂かれた。

 

「……ま、道理だよな」

 

 呟いたのは、俺。振り抜いた形で握りしめているブレードレボルシオは、紛れもない攻撃の証。

 

 

「俺のことを始末するんなら、休もうとしたここが絶好の機会。――――そうだろ? クローンさんよ」

 

 それらが意味するのはつまり、目の前に居た少女を――――否、あの子の姿かたちと言動を真似た、出来の悪い操り人形を、真正面から切り伏せたことの、紛れもない証左だった。

 

「っ、く」

「動くな!」

 

 よろけつつも、再び銃を構えようとするそいつめがけて、俺は再びフォトンブレードを放つ。風を切る音と共に飛翔した光の刃は、クローンの身体をいくらか切り裂きながら、そいつの両手足を壁へと貼り付けることに成功した。

 

「グッ……ぅ、どうしてこんなことを……?」

 

 理解できない、とでも言いたげな口調と表情で、クローンが俺に嘯く。まるで俺が味方をためらいなく攻撃したかのような口ぶりは、苦し紛れの抵抗だろうか。

 

「どうして、どうしてか。……俺の身体情報まで取ってるんなら、わかるだろう?」

 

 本来ならばコイツの言う通り、クローンと口をきく道理なんてない。しかし、3時間もさまよい続けたが故の寂寥感がそうさせたのか、俺の口は勝手に解説を始めてしまった。ま、此処で少し喋ったところで何が変わるわけでもないので、少しくらいはいいだろう。

 

「俺は人よりも自由にフォトンを行使できて、人よりも強くフォトンに感応できる、らしい。だから、一目見ればそいつがどういうフォトンを纏っているかわかるんだ。――要するに、ダーカー由来のフォトンでできたお前の身体を見れば、すぐにクローンだって気づくことができるんだよ」

 

 人よりも強力なフォトンを扱うことができ、人よりも強くフォトンを感知することができる。たとえそれが、アークスの最先端技術で作られた解析装置でも識別しきれないクローンであっても、俺が一目見ればそれが本物か偽物か、たちどころに判別できる。それが、

俺の身体が生まれつき有している、他のアークスとは一線を画す力らしい。

 だから、俺は最初にこのクローンと接触した時、すぐにクローンだということに感づいた。一度も名前を呼ばなかったのは、コイツをフィルの名で呼ぶのがはばかられたからである。

 

「正直さっさと倒しておきたかったけど、道案内には使えるかなって思ってな。……結局もっと迷っただけだったけど、データは拾えたんだ。差し引きゼロで勘弁してやるか」

 

 ひとしきりの説明と、泳がせていた理由を喋り終えてから、俺は改めてレボルシオを握りしめて、その切っ先をクローンへと突きつける。

 

「……答えろ、フィルは、どこだ」

 

 問うはただ一つ、彼女の所在。1時間も不毛にさまよっていたがために、最初は少しだけ楽観できた状況も、今では予断を許さない状況になっている。出口を見つけられるかもしれない、というわずかな希望を信じすぎたが故の自業自得ではあったが、それでも経過しすぎた時間に焦りを覚えているのは事実だった。

 

「――――フフフ、安心してくれ」

 

 そうして聞こえてきたのは、彼女のそれと全く同じ声音のままで紡がれた、何者かの言葉。彼女の姿のまま、全く違う言葉づかいで嘯くそいつの様相は、ダーカー因子が放つ独特な威圧感と、不気味な遠景も相まって、とてつもない違和感を覚えさせた。

 

「アレは私が探して、待ち望んでいたモノだ。そう簡単に壊しはしない。今は、私の元へと導いているのさ」

「それはどこだ」

「さてね。――さっき話してくれた「力」とやらがあれば、探せるのではないか?」

 

 言われ、俺は全身にフォトンを漲らせるようにして、周辺へと感覚を飛ばすイメージを思い描く。すると確かに、俺の感覚野の深いところが、とても微弱ではあるが、彼女や他の二人の反応を捉えた。かなり注意しなければわからないが、それでも3人の生命反応――正確に言えば、3人が放っているフォトンの気配は、確かに掴むことができる。

 

「なるほどな、良いことを教えて貰った――――じゃあ、もう消えろ」

 

 言い切るよりも早く振るったレボルシオが、再びフォトンブレードを生成、射出。今度は拘束目的ではなく、首や眉間、心臓部付近を狙った、致命の一撃だった。

 

「来るがいい。どのみち、アレは――」

 

 呪詛を吐き捨てようとしたクローンの急所部分へと、無数の光の刃が突き刺さる。衝撃に跳ねるクローンの身体は、消滅したフォトンブレードから逃れ、地へと頽れたかと思うと、四肢の端から赤黒いフォトンの霧となって消滅していった。

 ……クローンとはいえ、彼女と同じ姿をしたモノを攻撃するのは心中穏やかではなかったが、始末しなければ事態は進展しないのもまた事実。

 言いようのない不快感を無理やりに飲み込んでから、俺は再び彼女のフォトンの気配を探りつつ、その場を後にした。

 

***

 

 少し走れば、すぐに彼女の気配が色濃くなった。おびき寄せられていたという彼女がすぐ近くにいる、と言う事実を鑑みると、どうやら俺もまた、あのクローンを操っていた何者かの思惑の元で踊らされていたらしい。全く腹立たしいことではあるが、おかげさまで彼女との合流は無事に果たせそうなのを考慮すれば、怪我の功名と言ってもいいのかもしれない。

 なんて益体もないことを考えつつ、ひたすらに襲い来るダーカーを切り捨てながら突き進んでいた俺の視界に、大きな広場とその中央にたむろするダーカーたち、そしてその合間から漏れ出る、断続的なマズルフラッシュが飛び込んできた。

 何を口にするよりも先に、俺は握りしめたレボルシオを振るう。切っ先から放たれたフォトンは結晶化し、無数の刃となって、マズルフラッシュを遮るダーカーたちを片端から串刺しにしていった。

 一瞬だけ、砲火の光が途切れる。いきなりの攻撃におののいたのか、はたまた援軍が来たことを悟ったのかは不明だが、その反応は紛れもなく、こちらのアクションに気付いたものだった。

 ならば、やることはひとつ。両手の剣と足にフォトンを纏い、フォトンアーツ「ディストラクトウィング」を発動させながら、俺は叫ぶ。

 

「フィル、一緒に切り刻まれたくなければ伏せろ!」

 

 Xの字に刻まれた斬撃が生み出した、ダーカーたちの群れの隙間。その奥に居た、紛れもなく友人であると断言できる少女は、言葉の意味を理解してか、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべるも、すぐにヤスミノコフ片手に身体を丸めてしゃがみ込んだ。それを確認して、俺はすぐさま次のフォトンアーツを始動させる。

 中空で身体をひねり、一回転。その動作に合わせて、俺の周囲には数えるのもバカらしいほどの、大量のフォトンブレードが生成された。

 

「お、らあああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 そして眼前で二つの刃を振り抜くと同時に、生成された結晶の刃は一斉に始動。規則性も何もない、正しく乱舞する刃たちは、俺の周囲を直線的に動き、角度を変え、再び直線的に動くことを繰り返し、周辺を見境なく切り刻んでいく。

 面制圧に優れるデュアルブレードのフォトンアーツでも、特に多数の敵に対して効果的に運用ができるのが、この「ディスパースシュライク」というフォトンアーツだ。アトランダムに飛翔するフォトンブレードによって周囲を切り裂きつつ、ブレードを操る際に生じるフォトン斥力によって、フォトンアーツを発動した本人も空中を移動。飛翔しながら、自らの周囲に展開する敵の全てを切り裂いて行くという、デュアルブレードのコンセプトを最大限に生かした技として、今回のように多数のエネミーを相手取る際、バウンサーの諸兄に重宝されているらしい。

 フィルを取り囲んでいたダーカーたちは、飛び交うフォトンブレードの刃にからめとられ、片端から切り裂かれ、消滅していく。ディスパースシュライクの発動を終え、斥力を失った俺はフィルのすぐ隣に着地する――が、俺の攻撃はまだ終わっていない。

 身を翻した俺は、再びレボルシオを虚空めがけて振るう。すると、先ほどは不規則に展開されていたフォトンブレードが、今度は俺の周囲を取り囲む壁のように、互い違いの向きのままで展開された。

 突然の俺の出現と、その攻撃によって自分たちの仲間がやられたことを受けてか、ダーカーたちの攻撃の矛先は俺に向いたらしい。残存していたダーカーたちが、360度全方向から殺到して来る。

 

「――あいにく、食らってやる道理はないんでな!」

 

 確たる態度での宣言と共に、三度振るわれたレボルシオが発生させた力場により、俺の身体は天高くへと弾き飛ばされた。同時に、俺の周囲を取り囲むように展開していたフォトンブレードたちも一瞬で弾け、それぞれが超高速の刃となって、全方位へと射出。群がってきていた残りのダーカーたちのことごとくを、瞬きの間に切り裂き、地へと伏せらせた。

 発動者の周囲にフォトンブレードを展開し、それを臨界ギリギリまでため込んだフォトン斥力によって超高速射出。同じくフォトン斥力によって使用者を真上へと弾き飛ばすことで、攻撃と離脱を一度に行えるように編み出されたそれは、「スターリングフォール」という名前を与えられている。今のような、周囲を囲まれた状態から脱する手段としては、きわめて有効となりえるフォトンアーツだ。

 

「よ、っと。……片付いたか」

 

 弾き飛ばされた状態から体勢を立て直し、地表へと着地した俺が周囲を見回すと、そこに在ったのは赤黒いフォトンの霧に変じていくダーカーたちと、あいも変わらず不気味な様相を呈している背景だけ。どうやら、先ほどのフォトンアーツ二連撃によって、周辺の雑魚たちは一掃されたようだった。しばらく周辺に目をやって、完全に脅威の気配が去ったことを確認してから、俺は肩に担ぐ形で持っていたレボルシオを、改めて背中のホルスターへと戻す。

 

「あの、コネクトさん……で、合ってるんですよね?」

 

そのまま一息ついていると、不意に背中から少女――フィルの声。その声音は、どこか俺が俺であることを疑っているような、そんな色を持っていた。

 

「ああ、正真正銘、コネクトさんだ。……ひょっとして、そっちもクローンに?」

「あ、いえ、私のところには来ませんでした。……ただ、アークスになる前の勉強してい

た時に、このダーカーの巣窟のこととか、色々と知識だけは頭に詰めてましたから。もしかしたらそうなんじゃないかなって、ちょっと怖くなったんです」

「まぁ、此処に拉致られたら末路は決まっているようなもんだからな」

 

 拉致る奴ら間違えてるだろうけどな、と心の中で付け足してから、俺は再び内なるフォトンの流れを読んで、残る二人の位置を探る。

 反応は大分遠いところに離れてしまっているが、二人の反応は同時に同じ方向へ向けて移動していることから推測するに、向こう側は俺たちよりも一足先に合流し、脱出経路を捜索中と考えていいはずだ。

 

「ともかく、次に優先するのはシュバさんたちとの合流だ。四人になれば、何かしら脱出の手段や手がかりは得られるだろうからな」

 

 三人寄れば文殊の知恵、というやつである。対抗策を考えるならば、頭が凝り固まってしまう一人よりも、色々と意見を出し合える複数人の方が良い。

 

「……フィル、すぐに移動しても大丈夫か? 疲れてるだろうし、少しくらいは休めるとは思うけど」

 

 念のため、フィルの体調を確認する。雑兵相手だったとはいえ、彼女もまた長い時間戦い続けているはずだ。消耗も相当なものだろう。

 

「いえ、大丈夫ですよ。襲われたのはさまよい始めてしばらくしてからですし、断続的だったおかげでいくらか休息も取れてたんです。だから、すぐに出発できます」

「ん、そうか。……まぁ、疲れたら言ってくれよ。疲労困憊で戦えなくなって死ぬ、なんて、笑うに笑えないからな」

 

 冗談めかして小さく笑うと、彼女の方もまた、理解したが故の苦笑で返してくれた。

 もっとも、あの二人のことだ。万に一つも雑兵如きにやられることは無いだろう。大型ダーカーらしき気配も、今のところはつかんでいないため、今のところは安全と言っていいはずだ。

 

 

「はい、分かりました。さ、それじゃ行きま――――」

 

 しょう、と続けようとしたと思しきフィルの声が、不自然なところで途切れる。何かを見つけたのか、それともつまづいて転びでもしたのだろうか、なんてのんきなことを考えつつ、振り向いた俺の視界に映ったのは。

 

 

 赤いナニカを滴らせる、鋭い結晶のような物体。

 

 それを、腹のあたりから飛び出させている、フィルの姿だった。



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#9 現れし仇敵

 赤。

 中空を飛び散る鮮やかな赤が、俺の視界を埋める。

 

 

「ぇ――――」

 

 声。

 理解不能な現象を体験し、呆然とした、驚愕に満ちた声が、俺の耳を打つ。

 

 臭い。

 急速にあたりを埋め尽くしていく鉄のような臭いが、俺の鼻を突く。

 

 

 

 そして、一瞬だけ世界が止まったかのように錯覚した、次の瞬間。

 どさり、と言う音を立てて、フィルの身体が力なく地面へと頽れた。

 

「――――フィルっ!!!」

 

 叫びから一泊遅れて、ようやく身体は脳からの命令を受け取って、彼女の元へと走り出す。ほんの数メートルもないはずの間が、俺にはまるで何百メートルも遠くに居る人間のところへと走っていくように感じた。

 時間にして数秒も経たずに、俺はフィルの元へと駆け寄り、倒れた彼女を抱きあげる。腹のあたりから飛び出た遺物は、形状から見るに、結晶体で象られた剣とみて間違いない。似たような物体であるフォトンブレードとの大きな相違点は、その結晶体そのものが、まるで闇を凝縮したかのような、黒紫色に輝いていたことだった。

 急いで治療しなければ――と思った瞬間、黒紫の水晶剣はかすかな破砕音を鳴らして粉々に砕け散る。直後、傷口を埋めていた大きな物体がなくなった影響で、彼女の腹からは夥しい量の血液が流れ始めた。ボタボタ、ビチャビチャと音を鳴らして滴り落ちる血の赤で、纏っていたサウザンドリムのスーツもどす黒い赤に染まっていく。

 

(出血が酷い! この状態じゃメイトは飲めないし、レスタでも治せる傷の大きさには

限界がある――――なら!)

 

 血液が帯びる鉄のような臭気が満ちていく中で、彼女の容体から最善の対応策をはじき出す。傷を刺激しないよう、なるべくそっとフィルを横たわらせてから、俺はすぐさまアイテムパックの中身を改め、一つのアイテムを現出させた。

 

「ぁ、か、はっ」

「喋るな! 大丈夫、すぐに治す!」

 

 何事かを口走ろうとしたフィルを口先だけで制止して、俺は手にしたアイテム――淡い緑色に光り輝く、正八面体に整えられた水晶、その先端部分に設けられた、水晶を割るための部分を、指の腹で押し割る。

 瞬間、割り砕かれた水晶の戦端からは、白緑色に発光するフォトンの粒子が、まるで噴水のように吹き上がった。そのまま勢いよく天へと上がり、周辺へと降り注ぐそれを空へと放り投げると、手で押さえられていた部分にも無数の亀裂が入り、結晶体ははかなく砕ける。微細な粒子へと変わっていくと同時に、その中に圧縮して詰め込まれていたフォトンの粒子もまた、押し込めるための器を失ったことで、嵐のように周辺へとまき散らされた。

 ――いかに傷を治癒できるメイトと言うアイテムがあったところで、それを負傷者が使えなければ意味がない。加えて、重篤な怪我人がいる状況下においては、治療用テクニックとして多くのアークスが恩恵を受けるレスタであっても、その効力は十全に発揮できない物だ。よしんば効力を発揮したとしても、それは重症の患者にとっては焼け石に水と言ってもいい。

 ならばそのまま怪我人を放っておくのかと言えば、それは否。こういった状況の為、アークス研究部の手によって開発されたアイテムが存在するのだ。

 如何なる状況下においても、膨大な量の治癒フォトンを放つことにより、フォトンを浴びたものの自己再生能力を爆発的に強化。たちどころに傷を塞ぎ、戦闘可能なレベルにまで回復させるというアイテム――それが、先ほど俺が使った緑色の正八面体水晶、こと「ムーンアトマイザー」だ。その促進力は使い方を間違えれば危険なレベルとも言われており、ある例においては失った四肢の一つですら再生してのけた、という逸話さえも残っている、アークスの医療技術が詰まった結晶とも呼べる代物である。

 もっとも、あくまでできることは傷の治療と、再生力を促進することによる戦闘可能レベルまでの回復。身体から漏れ出た血を戻すことはできないし、傷を負うことによって生まれた心身へのダメージを回復することは不可能。加えて、回復できるのはあくまで「最低限」戦闘ができるところまでであるため、状況によってはそのまま回復を重ねる必要があったり、受けた傷の場合によっては、負傷者を連れて撤退しなければならなかったりするため、一概に万能アイテムとは呼び難い。しかし今回のように、一歩間違えれば死ぬこともありうる重傷を負った場合の応急処置としては、これ以上ない効果を上げてくれるのだ。

 フィルの負った大きな傷は、粉雪のように舞い散る薄緑のフォトンが付着していくとともに、淡い光を放ってわずかずつ、しかし確実に塞がっていく。傷口が塞がっていく過程を早回ししているような、見慣れていても少々の違和感を覚える光景を見ながら、俺は改めて周辺へと視界を飛ばした。

 先ほどの攻撃は、間違いなく人為的な攻撃。突き刺さった角度と、飛来した方向から鑑みても、俺たちと同じ地面に立っている者による攻撃なのは間違いなかった。

 しかし、周辺を見回しても、そこにあるのは鮮烈な赤と空虚な黒で彩られた、異形の空間が織りなす不気味な風景のみ。違うものと言えば、先刻倒れた少女の作った血だまりが地面に広がっているだけだ。

 何者の攻撃かわからない、という現状が、少しだけ俺の気持ちを急かす。原因を早く見つけなければ――と思う俺の耳に、一つの声が届いた。

 

「…………こ、ネクト、さん……」

 

 羽虫が鳴くような、そんなか細い声。出所が抱きかかえている少女の口だということは、何よりも明らかだった。

 

「っ――フィル、喋らなくていい! ……今動いたら、治した傷が広がって痕になる。すぐにシップに帰って治療してもらうから、今は無理に動くな!」

 

 俺の説得に耳を貸したらしいフィルだったが、頷きこそすれど、口を動かそうとするのをやめない。酷い失血によってうすらと隈を作りながらも、彼女の瞳はまるでなにか使命感に駆られているような、そんな光を持っていた。

 

「コネクト、さん……逃げて、くださ……ッ……ここ、は……ただの、ダーカーの、巣窟じゃ………………」

 

 そこまで言って、フィルのか細い身体から力が抜ける。かくり、と垂れ下がった頭をとっさに支えてから、俺はゆっくりと少女の身体を地面へと横たえた。

 もちろん、死んではいない。ムーンアトマイザーの効力は、一度心停止した人間であろうと蘇生するレベルであるため、腹に穴が開く程度の傷ならば容易く治療できるのだ。

 だが、このままの状態でいるのは非常に危険であることに変わりはない。倒れた彼女はしっかりとした設備で治療を行う必要がある重症なことに加え、この空間から脱出するための手立てもなければ、脱出するための糸口すらつかめていない状態。任意の場所からキャンプシップへと帰還するための小型転送装置として機能する「テレパイプ」も、座標の固定ができていないために、使用は不可能だ。

 どうするか――倒れたフィルの身体を抱きかかえたまま、打開策をはじき出そうと思案していた俺の耳に。

 

 

「――ほう、言葉通り、私の元へとやって来たか。その蛮勇を評価するぞ、矮小なヒトよ」

 

 まるで聞き覚えのない、重く低い男性の声が届いてきた。

 

「っ、誰だ!」

 

 声に反応して、はじかれたように顔を上げる。そうして俺はすぐ、目の前の空間中に悠然とたたずむ、その姿を見つけた。

 

 

 

 

 そのシルエットを一言で形容するなら、「翼を生やしたヒトガタ」だった。

 背中から伸びるのは、元々身に纏っていたのであろう物を千地に引き裂き、生えてきたものだとうかがえる、カマキリなどの昆虫が持つ腕を連想させる、六本三対の艶やかな黒紫色の翼。

 両手足にはめられた枷のようなリングから垂れさがっているのは、強引に断ち切られたことをうかがわせる、いびつな形状の鎖。

 全身を包み込むのは、アークスで採用されている物とは趣の異なる、しかしよく似通った特徴を持った、ロングコートを想起させる戦闘用のスーツ。

 不敵に笑む、少し老け込んだ青年のような顔立ちの男が持つ瞳は、周辺の空間を満たすそれとよく似た、黒みを帯びた赤。

 六枚三対の翼をばさりと羽ばたかせて、そいつ(・・・)は俺の目の前に悠然と降り立った。

 

 

「――――お前、は」

 

 その姿を、俺は知っている。 

 忘れはしない。忘れることなどできない。

 あの日、その場にあったすべてを壊し、全てを滅ぼした、強大な存在。

 あの日、生きとし生けるもの全てを殺しつくし、全ての命を奪い去った、凶悪な存在。

 あの日、俺の目の前で大切なものを奪い、俺の目の前で彼女を殺した、憎き存在。

 

 

 

 

「――――――――ドライ、ツェン」

 

 無意識のうちに動いた口が紡いだのは、一つのキーワード。

 

 目の前に悠然とたたずむ影の――憎き仇敵(ドライツェン)の、名前だった。

 

 

「……ほう、私の名を知る者だったか。あの日殺しつくしたと思ったが、因果なものだ」

 

 俺の放った呟きを耳ざとく聞き取ったらしいドライツェンが、クツクツと面白そうに嗤う。鋭利な翼を器用に折りたたみつつ、余裕を感じさせる緩慢な動きのままで、ドライツェンはこちらへと歩いてきた。

 

「な、ぜ……お前が、此処に!?」

 

 奴が全身から放つ、無音にして無形の強烈なプレッシャー。相対するだけでこの身を千地に引き裂かれてしまいそうなそれを受けて、俺は横たえていたフィルを抱きかかえながら後ずさる。

 ドライツェン。正式な呼称コードは「マークドライツェン」。

 かつてアークス内で計画されていたと言われている、「アークスに代わる新たな戦闘用の生体兵器」として開発された固体にして、俺の故郷である惑星ロビニアクスに生きるモノすべてを狩りつくした、因縁の仇敵。それがなぜ、ダーカーの巣窟に居るのか、急な展開についていけない俺の頭で理解することは叶わなかった。

 

「何故? 何故、か――私の名を知るのならば、私の成り立ちも、たどるべき末路も、知りえているだろう?」

 

 相対するドライツェンの表情は、どこかこちらを嘲り見下すような、酷く冷酷な表情。言葉尻から察するに、俺のことを何かしらの関係者だと勘違いしていると見て間違いないだろう。最も、関係者という括りで語るのならば、俺とて関係者の一人であることには相違ないのだが。

 

「まぁ、いい。私の目的はそこなる器にあって、手慰みに貴様を殺すことではないからな」

 

 なおも冷たい表情のままで続けるドライツェンが、ゆらりと片手を頭上に掲げる。直後、まるでダーカーのような赤黒いフォトンがその手の先に集束し、瞬きの間に黒紫色の結晶を――先ほどフィルを背中から貫いた、あの結晶剣が形成された。

 

「――ッ!!」

 

 攻撃の為の武器。それを取り出した理由に直感で思い当たってから、ようやく後ずさって固まっていた俺の体が動く。とっさに現出させた大剣――翼を象ったようなフォトン刃を持ち、数ある武装の中でも特にズバ抜けたフォトン出力が大きな特徴であるソード「リンドクレイ」を片手で振るい、済んでのところで振り下ろされた黒紫色の凶刃を受け止める。

 

「くっ……!」

「その刃を引け、アークス。その器を渡せば、私に楯突いたことを赦してやるぞ?」

 

 上から振るわれたものを受け止めた形ではあれど、お互いに片手で振るっていた。にもかかわらず、その刃は巨大な鉄塊のように重く、ほんの少しでも力を緩めれば、受け止めるリンドクレイごしに、俺たちまで叩き切られてしまいそうなそれを、全力をかけて押し留める。

 

「誰、がっ……引くか、よッ!!」

 

 フィルの体を再び、極力ゆっくりと横たえてから、俺は両手でリンドクレイを握りしめて、一気に力を籠めた。剣戟こそ想定をはるかに超える重さだったが、結晶剣そのものはそれほどの重量でもない。なので、全力で押せば立ち上がることは容易だったのは、不幸中の幸いだった。

 

「おぉあッ!!」

 

 裂帛の気合を込めて、ドライツェンの結晶剣を斬り払う。甲高い金属音を響かせながら後退するドライツェンの表情は、俺に対する苛立ちと下等生物に対する侮蔑で、複雑に歪んでいた。

 

「――ほう、あくまで抗するか」

 

 音もなく空中を滑りながら、一段とトーンを落とした低い声で、ドライツェンが忌々しげにつぶやく。かと思えば、その周囲ではパキパキと音を立てながら、ドライツェンが携えていた結晶剣が出現。奴の背後で、後光を描くかのようなフォーメーションを形成した。

 相対する俺は改めて立ち上がり、握りしめたリンドクレイを眼前に構える。その金の瞳が見据えるのはただひとつ、剣を振るえば届くような距離に居る、仇敵。

 

「……ずっと、お前を追い続けた」

 

 意図せず、静かに口をついて出るのは、胸のうちに去来する過去の片鱗に感化された、言葉。

 

「あの日、何もかもを奪われた。お前が、奪っていった」

 

 振り返れば、まるで昨日の出来事のように思い出される、懐かしい人たちの笑顔と、楽しげな喧騒。

 

「強くなった。いつかお前と出会った時の為に」

 

 意識すれば自然に生まれ出で、胸の内を痛烈に焦がすのは、あの時の絶望と、奴に対して抱いた憤怒の炎。

 

「絶対に、みんなの、故郷の、あの子の仇を取る。あの日、そう誓ったんだ」

 

 目を閉じれば鮮やかによみがえる、他の誰でもない、あの子の笑顔。

 ――動けなかった俺の目の前で、抗うすべもなく殺された、あの子の笑顔。 

 

 

 

「お前は」

 

 ザリッ、と言う音と共に、この足が異形の大地を踏み鳴らして。

 

「俺の手で」

 

 風を切って振るわれたリンドクレイに、嵐のようなフォトンの奔流が宿って。

 

 

「倒すッ!!!」

 

 そうして俺は、青白く光り輝く一筋の流星となり、ドライツェンめがけて突撃した。



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#10 闇に蠢く【狩人】

「おおおおおおあああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 裂帛の雄叫びを迸らせながら、俺は全力を持ってリンドクレイを目の前の標的めがけて叩き付ける。青く輝くフォトン刃を持つその剣はしかし、飛来した黒紫色の結晶が織りなす幾重もの壁に阻まれ、その勢いを殺されてしまった。

 怒りに歪んだ表情のまま、無言で片手を振るい、結晶剣を操作したドライツェンが、苛立ちを露わにしたまま、ふわりと音もなく宙へと浮かんだ。

 

「――下等な生物の分際で!」

 

 中空で制止したドライツェンが再び手を振るえば、その背で後光を描くように廃されていた結晶剣が、ばらりと分解。直後、そのすべてが意志を持っているかのように動き、俺めがけて殺到してきた。

 風を斬って飛来するそれを、俺はがむしゃらに振るったリンドクレイの光刃を持って、全て叩き落とす。そのままの勢いを足に伝えて、俺は一息に跳躍した。

 

「むっ――」

「だあああぁぁぁッ!!!」

 

 大上段に振り上げたリンドクレイを、ドライツェンめがけて全力で叩き込む。残念ながらその刃が奴を傷つけることは無かったが、それでも一撃をお見舞いすることはできた。

 

「小賢しい!!」

 

 しかしその直後、再び宙を滑って距離を取ったドライツェンが、幾重にも連なる結晶剣を生み出して、俺へと撃ちこんでくる。構うものかと再びリンドクレイを振るったが、第二波の密度は想定以上だった。結晶剣を弾き、砕き、切り伏せ続けるうち、リンドクレイの刀身そのものへと幾重もの傷がつき、出力されているフォトン刃が弱々しく明滅を始める。

 それが伝えるのは、明確な限界のサイン。しかし、今だけはお構いなしだ。そのままありったけのフォトンを流し込めば、盛大なスパークを上げるリンドクレイが、一筋の巨大な光柱を生み出す。

 

「そこを――動くなああぁぁぁ!!」

 

 巨大なフォトンの刃に変質したリンドクレイを以て、周囲の地形ごとドライツェンを葬らんと振るうが、対するドライツェンは結晶剣を収束させて分厚い防御壁を展開。フォトン刃を真っ向から受け止めて見せた。

 

「ふむ――中々味な真似をしてくれるではないか、アークス」

「黙れッ!!」

 

 叫びながら、さらにフォトン出力を上げようとするが、不意に光の刃が霧散してしまう。はっとして手元を見れば、そこには黒煙を上げて機能を停止するリンドクレイの姿があった。

 

「ちっ」

 

 舌打ちを一つ挟み、破損したリンドクレイを収納してから、今度は足元に魔装脚(ジェットブーツ)であるリンドブルムを出現させる。駆動音を響かせて展開したリンドブルムは、壊れてしまった姉妹機の代わりに奮闘する、とでも言わんばかりに、力強くフォトンを脈動させていた。

 

「シッ!!」

 

 フォトン斥力を使って、俺は宙を蹴り、ドライツェンへと肉薄する。再び結晶剣が迫りくるが、今度は受け止めるのではなく、ジェットブーツの高い機動力を持って、全てを回避して見せた。

 そのまま、後ろへ飛び退って逃れようとするドライツェンめがけて、フォトンアーツ「グランウェイヴ」を発動。残っていた距離を一瞬のうちに詰め、そのまま強烈なフォトンの奔流を纏った連続蹴りを叩き込む。

 

「ぐぅっ――」

「らあぁッ!!」

 

 再び展開された結晶剣を、俺はグランウェイヴの一環であるサマーソルトで蹴り砕く。そのままくるくると空中で回転して離脱しようとする身体を強引に押しとどめて、俺は再びグランウェイヴでドライツェンへと迫った。

 

「図に――乗るな!!」

 

 二度同じフォトンアーツを放ったこともあり、ドライツェンも黙ってはいない。数珠繋ぎにした結晶剣を鞭のように振るい、こちらへと鋭い連撃を叩き込んできた。

 当然ダメージは負うが、かすり傷に構う必要はない。再びドライツェンの懐へともぐりこんだ俺は、後に続く連続蹴りをキャンセルして、今度はフォトンアーツ「ストライクガスト」を発動。天を切り裂くような連続のサマーソルトを叩き込んだ。

 

「チッ――アークス風情がァ!!」

 

 蹴り飛ばされながら、ドライツェンは結晶剣を無数に展開する。一息のうちに広域へとばらまかれたその本数は、ゆうに50を凌駕した。

 とたん、そのすべてが俺めがけて殺到してくる。さすがにこれだけの結晶剣をさばき切る余裕などなく、いくらかは蹴撃によって落としたものの、飽和攻撃によってリンドブルムのみならず、俺の身体さえも千々に引き裂かれた。

 

「があああぁぁぁッ!!!」

 

 痛みに耐えかねて絶叫を上げつつ、それでもなおジェットブーツの跳躍機能を駆使し、ドライツェンに追いすがろうとするが、不意にがくんと体が重力に引き寄せられる。バランスを失い、自由落下する自分の足元で作動していたはずのリンドブルムは、すでに結晶剣によってズタズタに引き裂かれ、ジェットブーツとしての体を成していなかった。

 ギリギリで体勢を立て直し、致命的なダメージを避けながら、俺は地面に激突する。数度バウンドしてから停止した俺は、震える手で回復用のテクニックである「レスタ」を発動。ズタボロになった身体を、再び動かせる領域まで強制的に回復させた。

 何とか立ち上がるが、ふらりと身体が揺らぐ。どうやら、あの一瞬で随分な量の血を流してしまったらしい。まだ危険な域には程遠いだろうが、それでも改めて、奴の規格外ぶりを思い知らされる結果になるとは、皮肉もいいところだ。

 

「ッ……まだまだぁ!!」

 

 だが、この程度で倒れるような柔な身体はしていない。破壊されたリンドブルムを収納して、今度はガンスラッシュ型の姉妹機「リンドオネット」を「両手に」装備する。

 ――リンドオネットをはじめとしたガンスラッシュ系の武装は、その小ささに反して内部機構がとても複雑だ。それゆえ武装そのものを駆動させるためのフォトン量もバカにならず、結果的に小型軽量な武器として生み出されながら、ツインマシンガンなどのような両手同時運用は不可能という、ちぐはぐな武器として運用されているのである。

 しかし、俺の身体に宿ったチカラを以てすれば、この程度の技を実現することなど、造作もない。常人には成しえない技を駆使して、再び俺はドライツェン目がけて肉薄を試みた。

 両手に構えたリンドオネットをガンモードへと切り替え、フォトンアーツ「エイミングショット」を連続で撃ちこむ。一つの技に昇華され、その威力を何倍にも増したフォトン弾は、しかしドライツェンの放つ結晶剣を破ることは叶わなかった。放たれたすべての弾丸が、結晶剣とぶつかり合い、青と黒紫の粒子として空間へと霧散する。

 青と紫の燐光が舞い散るどこか幻想的な空間を駆け抜けながら、リンドオネットをソードモードへと切り替え、ドライツェンめがけて肉薄。そのまま奴の後方めがけて走り抜けながら、二本のリンドオネットを横なぎに振り抜き、奴の身体へとフォトンの軌跡を叩き込んだ。

 

「ぬぅっ――」

 

 明確なダメージが入った手ごたえを感じながら、俺は強引な急制動をかけて停止し、再びドライツェンめがけて弾丸のように突っ込む。

 

「ぜええぇぇああああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 両の手に構えたリンドオネットを、本能のままに乱舞させる。可視化された小さな嵐のように舞うフォトンの軌跡は、狙いたがわずそのすべてがドライツェンめがけて叩き込まれた。

 フォトンアーツ、というわけでは無い。そもそもガンスラッシュを二刀流するなど、アークス側で想定された運用方法ではない以上、フォトンアーツと呼ばれる武術体系は、一部を除いて役に立たないのは明白だ。

 なので、この乱撃はただの連続攻撃。しかしその斬撃の一つ一つには、俺の身体から生まれる強烈な力が宿っている。

 

「ぐおおああぁぁァァ!?」

 

 それが意味するのは、ダーカーへの、闇の力へと向けた、絶対的な致命打。そのすべてを見に受けたドライツェンは、聞くに堪えない悲鳴を上げながら、かなたへと吹き飛ばされていった。

 地を慣らして着地すると同時に、吹き飛んだドライツェンが壁へと叩き付けられる轟音が響き渡る。しばらくして瓦礫の音が鳴りやんだところで、崩れ落ちた壁だったものの中から、ガラガラと音を鳴らしながらドライツェンがはい出てきた。

 

「ぐ、っふふふ……流石はアークス、流石は我が憎き者どもの尖兵と言ったところか。今の一撃、中々に堪えたぞ」

 

 その身に纏うコート型の戦闘服をボロボロにし、震える声音のまま、この世の全てを呪い殺さんとするかのような殺気を孕む瞳でこちらをにらみつける。

 

「――だが、そんな貧弱な攻撃程度で、私を下すことが叶うとは思わないことだ」

 

 翼をはためかせ、瓦礫を吹き飛ばしながら宙へと飛び上がったドライツェンが、今度は両の手に一振りずつ、それまで飛ばしていたモノとは形状が違う結晶剣を生成する。――どうやら、今までの攻撃は小手調べに過ぎなかったようだ。

 

「遊びは終わりだ。――死ね」

 

 冷たく吐き捨てたかと思えば、ドライツェンは背の翼をばさりと鳴らし、こちらめがけて猛烈なスピードで突っ込んでくる。弾丸もかくやと言わんばかりのその速度に眼を剥きながらも、どうにか身体をひねって突進を回避する。

 

「ちっ――」

「避けたと思ったか?」

 

 体勢を立て直しつつ振り向こうとしたその寸前、まるで自分の中から聞こえたかのように錯覚するほどの距離で、ドライツェンが嘯いた。直後、巨大な何かにわしづかみにされるように全身を拘束された俺は、重力も物理法則も意味をなしていないかの如く、軽々と投げ飛ばされた。

 

「ぐううぅぅッ!?」

 

 猛烈に回転する視界の中、必死に地面の位置を捉えて転がりながら着地する。したたかに打ちつけられたダメージを頭の片隅で感じつつ、起き上った俺の目の前では、ドライツェンが「何か」を腕から展開していた。

 

「砕け散れ!!」

 

 天へと振り抜く腕の一閃に合わせて、ドライツェンが巨大な衝撃波を撃ち放つ。着弾までいくばくかの猶予があるはずのそれは、まるですぐ目前で轟々と渦巻き、すぐにでも俺を食らい尽くそうとしているかのような、そんな圧倒的な力を放っていた。

 

(避け――ッ!!)

 

 言葉よりも早く、体が動く。足に力を込め、大きく横へと跳んだ俺のすぐそばを、死の旋風が吹き荒れ、通り過ぎていった。

 再び地を転がりながら、今度はしかとドライツェンの姿を捉える。見れば、奴が腕から展開していたのは、まるで獣のそれを想起させるような、黒紫の結晶で象られた、巨大な鉤爪だった。おどろおどろしい光を湛えるそれは、負のフォトンが結晶化したものだということを、嫌というほど実感させてくれた。

 

「チッ――なら!」

 

 吐き捨てながら、再びリンドオネットから巨大なフォトン弾を連射する。先ほど放った時は牽制程度になってはいたのだが、今度はしなやかに蠢き、幾重にも重なりあった翼が防壁となって、ドライツェン本体には傷の一つもつかなかった。

 ならば、接近戦で突破あるのみ。胸中でそう叫びながら、俺はソードモードへと切り替えたリンドオネットを振るい、再びドライツェンめがけてとびかかった。

 

「はあああぁぁぁぁッ!!」

 

 赤と黒で彩られた異形の世界に、青白いフォトンの軌跡が無数に乱舞する。しかし、俺が撃ち放った剣戟の全ては、翼の盾を解いたドライツェンが無造作に突き出した片手――から展開されている巨大な獣の腕に、悉く防がれていた。

 

「その程度か? ――痒いなァ!!」

 

 煌めく光芒の奥から顔をのぞかせたドライツェンが、獣の腕を振るう。先ほどの巨大な衝撃波を造り出したその腕を、今度は直接こちらへと叩き付けんとしてきたのだ。

 

「く――ッ!?」

 

 直撃を防ごうと、とっさに交差させたリンドオネットが、甲高い音を立てて砕け散る(・・・・)。不意に手の中から感触が失われたことに意識がそれたその瞬間に、俺の視界はわずかばかりブラックアウトした。

 直後、爆砕音と共に全身を痛みが貫いて駆け抜ける。そのまま再び地を転がされる感触を味わいながら、俺はようやくドライツェンに吹き飛ばされたことを理解した。

 悲鳴すら許されないほどの重い一撃。恐らくは、破壊される前のリンドオネットが作り出していたフォトン力場によって、多少中和されていたのだろう。まともに食らったならば、良くて致命打と言ってもいいと思えるほど、その一撃は強烈だった。

 おぼろげに感じ取れる身体の感覚で、糸操り人形のように覚束ない身体を必死に起き上がらせる。何度目ともわからないレスタを繰り出して、どうにか全身の感覚がよみがえってきた。

 

「……ふむ、しぶといな。確実に息の根を止めたと思っていたのだがな」

 

 少し気を緩めればすぐに闇に呑まれてしまいそうな意識を必死につなぎとめていると、先ほど俺を吹き飛ばした位置からさほど動いていないドライツェンが、そう口にする。

 

「あたり、前だ……。ッ、お前を、倒すまでは――ッ死ねない!!」

 

 悠然とした立ち振る舞い、高圧的な声音、圧倒的な実力。そのすべてが、たまらなく憎い。あいつが、俺の大切なものを奪っていたことが、たまらなくたまらなく憎い。

 今の俺の胸中を支配しているのは、奴への憎悪と、復讐の感情だけだった。

 

「そうか。ならば――――その志半ばにて、私の糧となれ」

 

 ゆらりと身じろぎしたかと思えば、ドライツェンが翼をはためかせ、猛烈な速度でこちらへと突進してくる。その腕の結晶が再び鉤爪状に変化しているのを見るに、とどめを刺すつもりなのは、誰の目に見ても明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 幾ばくかの空白を経て、大音響がこだまする。

 

 

 

「――だから」

 

 それを打ち鳴らしたのは、一振りの刃。

 

 

「お前を倒すまでは―――死なないって言ってるだろうがああぁぁぁぁあッ!!」

 

 ハンドガードと一体化した、身の丈ほどもある刀身を携える、蒼いフォトン刃の剣――コートエッジを握りしめながら、俺は吼えた。そのままの勢いで、天へと斬り上げる一撃を――フォトンアーツ「ライジングエッジ」を放ち、間近に迫ったドライツェンめがけて光芒の一閃を叩き込む。

 

「ぐっ――小癪な!!」

 

 よもや、あの状態からはむかってくるとは思わなかったのだろう。吹っ飛ばされながら、わずかばかり怒りをにじませた顔で吐き捨てるドライツェンが、羽ばたいて空中で体勢を立て直すと、再び獣の腕に変じた腕を、地面めがけて叩き付けた。

 ざわり、と第六感が危険を知らせる。とっさに身をよじった直後、先ほどまで俺がいた地点の地面がぼこりと隆起し、そこから黒紫の結晶が巨大なトゲとなって突き出してきた。そのまま走り抜ける俺の後を追うように、次々と突き出してくるのを見るに、俺がいる地点を狙いすました攻撃らしい。

 

「チリと消えろ!!」

 

 さらに、逃げる俺を確実に仕留めんとするドライツェンが、空いたもう片方の腕を変化させる。いびつな獣の頭部を模した結晶体の口ががぱりと開いたかと思えば、その中で渦巻いていた禍々しいフォトンが、黒紫色に輝く烈風となって俺めがけて撃ち放たれた。

 

「ぐ……おおぉぉぉぉッ!!」

 

 無数の水晶トゲに追い詰められた俺に、その烈風を避ける術はない。肉厚なコートエッジの刀身を盾にして、どうにかダメージを最小限に抑えるので精いっぱいだった。

 ――長く使い込んできた愛用品だったとはいえ、コートエッジはすでに旧式の型落ち品えである。その火力は現行の武器たちとは比べるべくもないし、その性能そのものも今となっては完全な時代遅れ。そんな武器で強敵の攻撃を受ければ、どうなるかは自明の理だ。

 渦巻く烈風に肌を焼かれる俺の手の中で、コートエッジがミシミシと悲鳴を上げる。だがそれでも、どうにか一撃を耐え抜くことはできた。

 一瞬で傷だらけに成り果てたコートエッジを振るって、烈風の残滓を吹き飛ばす。見た目は酷いありさまになってしまったが、武器としての性能はいまだに健在。火力に不安は残るが、相手にも手傷は与えているのだ。やってできないことは無い。

 

「お返し――だあッ!!」

 

 コートエッジを腰だめに構え、脚にフォトンを集中させて、俺は矢のごとく飛び出す。フォトンアーツ「ギルティブレイク」の突進力を以て、ドライツェンの懐へと飛び込んだ俺は、続けざまにコートエッジを奴めがけて突き立てる。

 

「むっ?!」

 

 確かな違和感を覚えたらしいドライツェンが、身をよじって剣の高速から逃れるが、すでにこちらの攻撃は終わっている。その証拠に、握りしめたコートエッジを取り巻くように、蒼いフォトンの燐光が浮かび上がった。

 

「はああぁぁぁッ!!」

 

 逃れた勢いのまま飛び退るドライツェンめがけて、俺は特に距離を詰める訳でもなく、ただコートエッジを振るう。誰がどう見ても当たるはずがない無造作な攻撃だったが、その直後、ドライツェンの身体を蒼い燐光が薙いだ。

 

「ぐっ!?」

 

 そのまま、動かず二撃三撃と繰り出せば、そのたびにフォトンが不可視の刃を形成し、ドライツェンめがけて襲い掛かる。

 フォトンアーツ「サクリファイスバイト零式」。以前俺が使ったサクリファイスバイトの亜種で、同じ「攻撃を強化する技」でありながら、その方向性を異とする派生技だ。

 通常版が「火力の超強化」とするならば、この零式は「リーチの延長」を目的としている。攻撃のモーションに合わせ、切っ先から不可視のフォトン刃を形成することによって、より広範囲への攻撃が可能となるのだ。派生技なのに零式とついている理由は知らない。

 

「小癪なァ!!」

 

 飛来した不可視の刃を受け、ドライツェンが体勢を崩して地面へと墜落する。この好機を逃すまいと追いすがった俺めがけて、ドライツェンは再び腕の結晶を獣の頭へ変じさせ、苦し紛れの咆哮を放ってきた。

 迫りくる烈風を前にして、俺は止まらず、さらに増速をかける。コートエッジを構え直し、次のフォトンアーツを放つ体制に入った直後、俺の身体をを禍々しいフォトンの嵐が呑み込んだ。

 外から見るならば、誰が見ても明らかな致命打となる直撃。しかしその中でなおも構えを取る俺は、先ほどまでの攻防で刻んだ傷を除けば、全くの無傷で済んでいた。

 

「効くかよぉッ!!」

 

 再びフォトンアーツ「ギルティブレイク」を発動し、烈風が吹き荒れる領域を一息に突破する。直後、俺のすぐ眼前には、驚愕に眼を剥いたドライツェンがいた。

 もちろん、無傷で突破できたのは理由がある。一部のフォトンアーツには攻撃の際、規定値よりも高い出力で(チャージして)放つことにより、攻撃に付随する衝撃波が強力になったり、攻撃そのものの威力が上昇する効果が備わっているのだ。

 そのチャージ攻撃を放つ時、周囲には通常のフォトンアーツを放つ時よりも多くフォトンが放出される。それを操って簡易的な盾、あるいはバリア状の膜を形成することで、チャージ中の無防備な身を守るのが、先ほど使った「チャージパリング」なのだ。意外なほどに堅牢なそれは、乱戦状態でエネミーに囲まれたときや、先ほどのような不可避の攻撃を凌ぐときにこそ真価を発揮する。

 

「ぜぇぇあああぁぁぁぁッ!!」

「ぐおあぁッ!?」

 

 懐へ飛び込んで、一閃。チャージされたギルティブレイクの一撃は、驚きに硬直するドライツェンを、袈裟懸けに切り裂いた。

 

 ――無防備にさらされた致命的な隙は、俺が持ちえる最大火力を叩き込むのに、充分なもの。チャンスは、今この瞬間!!

 ひときわ強く握りしめたコートエッジから、サクリファイスバイト零式によって形成されるそれよりも、さらに鮮烈で巨大なフォトンの刃が迸る。フォトンで象られた巨大な立柱にさえ錯覚するそれは、俺が振るったコートエッジの軌跡をなぞるように、ドライツェンへと叩き込まれた。

 一撃の後、切り返して再びドライツェンを横薙ぎに抉る。周囲の地形すら巻き込み、吹き飛ばすほどの強烈なフォトンの奔流に、奴が目を見開いたまま声なき悲鳴を上げていた。

 ――フォトンアーツ「オーバーエンド」。超圧縮されたフォトンで巨大な光の刃を象り、標的めがけて叩き付けるだけの、シンプルな技。しかしてその破壊力は、凄絶の一言に尽きる、まさに必殺の一撃なのだ。

 

「ぬ、ぐぅっ……!!?」

 

 二撃を終え、更に大上段へと振り上げられた光の刃を見上げ、ドライツェンが何事かを講じようと身を捻る。しかしそれは、この圧倒的な破壊力を持つ光の刃の前には、何の意味をなすこともないのだ。

 

 

「これで――――終わりだあああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 ひときわ強く輝きを増した光の刃を、眼前めがけて振り下ろしながら。

 俺は、長きに渡る道の終焉を告げる言葉を、高らかに叫んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 

「っはぁ、はぁっ、はぁっ…………」

 

 荒い息を吐いて、肩を上下させながら、俺はその場にへたり込む。目の前には、今さっきまでドライツェンが立っていた地面と、そこに刻み込まれた巨大な傷痕が残るだけだった。

 勝った。八年越しの仇討ちを、ようやく果たすことができた。今の俺の頭は、それだけでいっぱいだった。

 気を抜けば暗闇に落ちてしまいそうな意識のまま瞼を閉じれば、そこに今は亡き大切なもの達が浮かび上がってくる。

 街、家、人々、家族、そしてあの子の笑顔。もはや懐かしいとさえ思えてしまうそれらが、今のこの瞬間は鮮やかによみがえっていた。

 そうだ、終わったのだ。ただ一人生き残って、彼らと共に死ねなかったことに苦しむ日々も、あの子を守れなかった後悔に苛まれる日々も、全てが終わったんだ。

 ――もっとも、今でもこれで贖罪を果たすことができた、なんて思ってはいない。俺にはこれからも、彼らの分まで生き抜く義務があるんだ。

 だけど、今だけは言わせてほしい。長い長い道の果てにたどり着いた自分への、祝福を。

 

 

 

「……父さん、母さん、みんな、ティア。――終わったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、終わってはいない」

 

 ふと、誰かの声が響く。

 

 

 

 ――――いや、誰かではない。

 その声は確かに、聞き覚えのある声。

 

 

 ――つい今しがたまで、聞いていた声。

 

 

 

「ッ――――!?」

 

 魂まで凍て付いてしまいそうな悪寒を感じながら、俺は振り返る。先ほどまで感じていた酷い倦怠感さえもかなぐり捨て、そちらを見やった俺の視界に映り込んだのは。

 

 

 

 

「……だが、褒めてやろう。この私の身体に、これほど痛烈な傷をつけたのだからな」

 

 オーバーエンドの奔流に巻き込まれ、消え去ったはずの仇敵。

 ドライツェンの、姿だった。

 

 

「な………………ッ!!?」

 

 絶句する。

 限界まで眼が見開かれる。

 意図せず、声が漏れる。

 そこに存在する、存在しえない光景を目の当たりにした俺の頭は、何故という疑問の言葉さえ絞り出せないほど、完全にフリーズしていた。

 

「何故、生きているのかと聞きたげな顔だな」

 

 当のドライツェンは、この状況全てに対して、疑問の一つすら浮かべず、さも当然と言わんばかりの涼しげな表情をしている。嘲るような声音で紡がれた言葉は、俺の耳に酷く不明瞭なノイズのように聞こえた。

 

「当然だ。私はかつての私と言う殻を捨て、この矮小な器と言う名の枷から解き放たれた存在。貴様のちっぽけな攻撃に滅ぼされるような、取るに足らない存在とは訳が違うのだよ」

 

 凶悪で、醜悪な笑みを浮かべるドライツェンが、その背の翼をばさりとはためかせ、ゆっくりと宙に浮かぶ。その周囲には、先ほどまで纏っていた禍々しいフォトンと似通った、しかし明確に違う邪悪な気配が漂っていた。

 

「だが、貴様はそんな私へと傷をつけた。その事実を讃えよう。――そして、そんな貴様には特別に見せてやろう。私の――「本当の力」をな!!!」

 

 宣言と同時に、ドライツェンの周囲に強烈なフォトンの力が集束する。ドライツェン本人が先ほどまで行使していたモノと、いましがた感じた別の邪悪な力。二つが混ざり、うねり、一つの強大な塊へと変じたのを感じた瞬間、ドライツェンが居た空間が、大きくゆがむ。

 

 

 

「――――括目せよ、アークス。我が名は狩人(ハウンド)。人の身を、生ける兵器の身を超越し、この宇宙全てを混沌へ堕とす、絶対にして唯一無二の存在。――「ダークファルス【狩人(ハウンド)】」なり!!!」

 

 ヒトを象った赤黒い肉塊の上から、獣を模した鎧を象った黒紫の結晶を纏い、ドライツェンの名残を色濃く残す、蟲の脚のような三対六枚の翼をはためかせる巨大な異形が、地の底から響いてくるような、この世のものと思えない声で、そう宣言した。

 

 

「…………ダーク、ファルス……だと?」

 

 ――奴は今、何と言った? この感じた事のある気配は、何だ? ぐるぐると巡る思考の中から、俺はかろうじて一言だけ、言葉を紡ぎ出すことに成功する。

 ダークファルス。俺たちアークスが不倶戴天の敵とするダーカーたちを率いる親玉にして、圧倒的な戦闘力を有する、極めて危険な存在だ。四十年前、惑星ナベリウスに出現した個体である「ダークファルス【巨躯(エルダー)】」は、かつての最高戦力である六芒均衡が三人がかりでようやく封印にこぎつけ、つい最近まで活動していた「ダークファルス【双子(ダブル)】」は、現在の最高戦力であるかつての守護輝士を、死に至らしめる寸前まで追い込んでいるほどなのだ。

 しかし、今重要なのはそこじゃない。「目の前に居たドライツェンが、ダークファルスを名乗った」という、事実。

 

「そう、ダークファルスだ。私は、この世界全てを混沌へ堕とすという目的を果たすため、ダーカーたちの力を取り込んだのだ。その結果が、この素晴らしき力だ!」

 

 大きな衝撃を受ける俺をしり目に、屹立する巨人――ことドライツェンは、身に纏った強烈な邪悪の力を振りまきながら、高らかに嗤う。

 

「光栄に思え、アークス。私の本当の力をその身に受け、死に行けることをな!!」

 

 ドライツェンの右腕が、先ほどまでと同じように変化を遂げる。しかしその大きさは、先ほどドライツェンが行使していたモノとは、比べ物にならないほど巨大だった。

 

「くっ――!?」

 

 とっさにコートエッジを構えられたのは、普段の戦いの経験が成せた奇跡だったのだろう。気が付けば俺の身体は宙を舞い、遠く離れた壁面に深々と埋没していた。

 

「が、っは」

 

 遅れてやってくる、焼けつくような激痛。身体が形を保っているのが奇跡とも思えるような衝撃が、俺の全身を(つんざ)いた。

 ぐらり、と身体を揺らがせ、地面へと転がり落ちた俺めがけて、今度はドライツェンが腕に獣の頭を顕現させる。回避しろ、と叫ぶ頭に反して、俺の身体の動きはひどく鈍重で、頼りない物だった。

 

「灰塵と帰すがいい」

 

 瞬間、烈風が乱舞する。地も壁も構造物も砕きながら迫るそれに、俺は成すすべなく飲み込まれた。

 

「が――――ああぁぁああああぁぁぁぁ!!?」

 

 スーツが引き裂かれる。肌が引き裂かれる。肉が削り飛ばされる。骨が砕ける。内臓がひしゃげる。

 ぱっ、と世界に舞い散る赤い花が、俺の身体から絞り出された血だと理解したその時、俺はぼろきれのような状態のまま、滅茶苦茶になった地面へと投げ出された。

 

「あ……っが……」

 

 それでも、アークスとして鍛え、いくらかの保護を受けていた身体は優秀なもので、死んでもおかしくないダメージを負いながら、なおも俺の意識と魂を生かし続けていた。

 だが、もはや俺の身体は指の一本も動かせないほどのダメージを負っている。それはつまり、逃げることはもとより、ささやかな抵抗すら許されないという、無音の死刑宣告に他ならなかった。

 

「あの一撃を死さずに耐える、か。中々骨のあるアークスだ」

 

 地響き。巨人となったドライツェンが、言葉と共にこちらへ近づいてくる気配を感じ取る。死をもたらすものが、近づいてくる。

 

「――だが、これで最後だ。私に楯突いたことを後悔しながら、死ぬがいい」

 

 何事かを呟くドライツェンが、身じろぎをする気配を感じ取った俺は、何をするでもなく、ただ後悔に目を瞑った。

 瞼の裏で再びよみがえってくる、かつて奴に奪われたものたち。先ほど思い浮かべた光景を目の前にして、今度はただ、後悔だけが胸に浮かんでいた。

 

 俺の命が、みんなの分まで生きて、奴を討つために燃やそうと決めた命が、消える。そのことが、たまらなく悔しかった。

 

 

 

 ――――ゴメン、みんな。ゴメン、ティア。

 不甲斐ない男で、本当に、ごめんな――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 ふと、意識を闇の中から持ち上げる。

 俺は死んだはずだ。だというのに、意識があった。

 不思議なものだ。これがひょっとして、死後の世界と言う奴なのだろうか? そう思って意識を巡らせてみれば、今の自分が倒れている状態なのが分かった。

 同時に、全身を串刺しにされたかのような激痛が走る。――生きている?

 

 常識的に考えておかしい。俺はドライツェンから攻撃を受けて、死んだはず――。

 

 

 

 

「――まったく、こうもタイミングがいいと、神様とかいうご大層な偶像に感謝の一つでもしたくなるな」

 

 いや。

 いや、一つだけ可能性はある。その攻撃が、何らかの理由で逸らされたか、中断させられたのだ。

 そしてそれを成せる可能性を持つ声が、今まさに俺の耳に届いた。

 

 身を起こす。ズタボロの身体に鞭打って、俺は可能性を確信に、真実に変えるために、視界を持ち上げる。

 

「……シュバ、さん」

 

 はたして、それは真実だった。

 俺の目の前には、ボロボロの裾を翻し、アーマーに覆われた左腕に、巨大な鉄塊を――彼女専用の剣(D-AISセイバー)を握りしめ、悠然とたたずむ黒い影が。

 俺の仲間であり、同じくここへと迷い込んでいた女性が――シュヴァルツ・ヴォルフの後姿があった。

 

「間に合ったようだな。まったく、随分な有様じゃないか。……おいルプス、スターアトマイザーは?」

「わーってるよ、お袋。そんな急かさなくても、っと!」

 

 振り返り、どこか安堵したような笑みを浮かべるシュヴァルツが、不意に別の方向へと話しかけたかと思うと、もう一人の仲間の声が聞こえてくる。直後、周囲に癒しの力を秘めたフォトンが降り注ぎ、俺が負った傷をゆっくりと癒していった。

 

「よぅ、コネクト。お前、その状態で良く生きてられんなぁ」

「ル、プス……」

 

 身体に力が入るようになったことを感じた俺が、身を起こそうとするよりも前に、誰かに手を掴まれて身体が引っ張り上げられる。肩を貸される形で俺を引っ張り起こしたのは、シュヴァルツと共にここへきていたもう一人の仲間であるルプスだった。

 

「どうしてここに、ってか? どえらい強力な反応があったから、急いで急行してきたんだよ。ったく、一人で無茶しやがってよ」

「だが、その無茶のおかげで合流できたのは事実だ。……流石に、これは予想外だったがな」

 

 D-AISセイバーを構え直すシュヴァルツの眼前には、先ほど同様の巨人の姿のままのドライツェンが屹立する。しかしその立ち振る舞いは、どちらかと言えば突然の闖入者に驚いているようだった。

 

「……ほう、ほう。よもやこんなところで同胞に出会うとはな。その醜悪な姿、どういうことだ?」

「醜悪なのはどちらだろうな。私には、力に溺れる貴様のその姿の方が、何倍も醜悪で愚かしいとしか思えないが」

 

 まるで知り合いかのようなやり取りの後、シュヴァルツが鉄塊を担ぎ直す。ごきごきと首を慣らしながら構えを取るその姿は、まるで黒い獣のように見えた。

 

「ルプス、二人を連れて脱出ポイントに行け。できるな?」

「オレを誰だと思ってんだよ。お袋こそ、一人で大丈夫かよ?」

「愚問だな。――私がやることなど、決まり切っている」

 

 シュヴァルツから指示を受けたルプスが、俺を担いだまま、まるで普段と変わらないと言わんばかりの様子で歩を進め始める。引きずられるままの俺は、どうにか口を動かして「彼女を置いて行って大丈夫なのか」とルプスに訴えかけた。

 

「さぁな? でもまぁお袋のことだ、ケロッと戻ってくるさ。……とりあえず、今は休め。あとは俺らに任せておけよ」

 

 俺を引きずるルプスは、実にあっけらかんとした表情のまま、懐から鎮痛剤らしきものを取り出し、俺に打ちこんでくる。

 

 

 背後で聞こえる重々しい剣戟の音を、どこか遠い場所の出来事のように感じながら。

 俺は、鎮痛剤の副作用を受けて、ゆっくりと意識を薄闇の中へと溶かしていった。

 



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