戦艦レ級 カ・ッ・コ・カ・リ(仮タイトル) (ジャック・オー・ランタン)
しおりを挟む

第一章 誕生と出会い
01 深海少女


小説というのを描くのはこれが初めてです。

とある作品に感化されて小説を投稿するに至りました。

仕事帰りのわずかな時間ちまちまと書いてようやく出来上がった次第です。

なので更新速度に関しましてはあまり期待しないでください。

ですがこの小説を見て楽しむことができたのならうれしく存じます。


 

 

 ・・・・・ゴポポ・・・・・

 

いつの間に寝ていたのか、まどろんでいた意識からふと覚醒する。

ただ、起きたのはいいのだが何かおかしい。

寝ていたのなら横になっているか何かに座っているものだと思うのだが、目覚めてから感じるのはゆらゆらと宙をただよっている感覚。

なんだか普通じゃないぞと周りを見渡すが、あたり一面上も下も真っ暗でなにもわからないままだ。

軽くパニックになりそうになるが、グッとそれを抑えまずは落ち着けと自分に言い聞かせる。

こんなところになぜ自分がいるのかをまず考えるのが今やることだ。

 

寝ている前は何をしていたか・・・・そうだ、自分は勤めている会社の都合で早めに仕事が切りあがって定時より早く家に帰れたのを思い出した。

年甲斐もなくはしゃいで少しでも早く帰れるよう軽く走っていた。

その際、走っている間の気を紛らわそうと音楽を聴くためイヤホンを耳に挿していた。

それがいけなかったんだろう、走ってる途中急に上半身を引っ張られる感覚がしたと思ったら腰から地面に体を打ってしまったのだ。

あれは肩に掛けていたバッグか、上着が何かに引っかかったんだろうか。

とにかく急なことでとっさに受け身などを取れなかったせいで痛みに悶絶する羽目になった。

 

ここからだ。

 

あまりの痛みに周りを確認するどころか、目も開けてられなかったのだ。

痛みに我を忘れしばらくすると誰かが近づいてくるのがわかった。

誰か転ぶとこを見て駆け寄って来てくれたのか。

しかし少し経っても呼びかけるでも助け起こしてくれるでもなく、なんなんだとつらいのを我慢して何とか近づいてきた誰かを確認しようと目を開けてきた瞬間--------

 

 

 

ここまでが自分の思い出せる最後の記憶だ。

結局今現在ここにいる理由がはっきりしてない。

最後の近づいてきた誰かを確認しようとしたとこから記憶が途切れたところを考慮すると、あの瞬間、気絶させられて今この状況にあるのではと仮定してみる。

するとあの時、体が引っ張られたのも事故でなく故意的な意図があって自分は何らかに巻き込まれたのだろうか。

ともかく、そうだとするとこれは拉致誘拐ということになる。

真っ暗でわからないが急いで自分の身の回りを確認せねば。

まず所持品を盗られてないか、携帯があれば助けを呼ぶことだってできるからいの一番にその手段を選択する。

そして体をまさぐろうとした時点でようやく自分の体に違和感を覚えた。

 

まず着ている服、そして体そのものに。

 

ゾッとする感覚とともにまたパニックに陥りそうになる。

ギリィッ、と歯を食いしばり無理やり思考を停止させる。

しばらくそのままでいると少しずづ落ち着いてくる。

一度深呼吸をと思えば入り込むのは空気ではなく口いっぱいに広がる塩気のある液体。

手を振ればわずかに感じる抵抗。

それが水中にあるそれと認識しても今度はたいして取り乱すことはなかった。

立て続けに混乱が起こったせいでやけに冷静に判断するようになったなぁ、と心に余裕ができたのはいいことだろう。

今まで水中にいたことに気付かなかったなんて落ち着いた行動を心掛けているつもりが、ほんとにただのつもりだった。

なぜ水中にいるのに呼吸に問題がないのかはいったんおいておく。

まずはボディチェックだ。

 

今度はゆっくりと自分の体を探ってみる。

まずは顔、なんとなく感触が違うのがわかる。

考え事をするとき顎を触ってることもあるので形がいつものものじゃないと分かった。

3日ほど顎を剃ってないから顎のひげが付いたはずだがその感触がない。

少しづつ手を下にもっていく。

首にはストールを巻いているか、ネックウォーマーを着けてるようだ。

のどには真ん中にあるはずの硬い感触がない。

のど仏がないのだ。

考えるのは後にしてさらに下に。

ふに・・・と柔らかい感触が胸についている。乳房、女性特有のおっぱいがある。

胸に着けているのはブラジャー、というわけではなさそうだ。

下着特有のふわ、という感じではなく、丈夫で張りのある素材で胸の真ん中に金属性のリングで繋いでいるとこから、ビキニタイプの水着であると予想をつける。

 

この時点で自分の体ではないと確信しつつある。

 

気にするのは後にして、下へと手をなぞると、おなかを伝ってへそのあたりからジッパーの感触を覚えた。

今着ているのはジッパー付きのロングコートだろうか、コートの下にはビキニってどうなんだ。と思考が逸れかけたが、ボディチェックに専念する。

コートの下に手を突っ込んで下半身を弄り、あぁやっぱり、と覚悟しながらもショックを受ける。

胸が女性のそれだったように、生殖器も男性のものから女性のそれになっていた。

へその下あたりを強めに押し込むと、圧迫感とともに男性だったころにはなかったナニカの感覚。この様子だと子宮もあるみたいだ。

身に着けているこれも多分ビキニだろう。

 

次は足に手を掛ける。

膝まで特に変わったとこはなさそうだが、膝から下がなんだか変だ。普通なら足首に掛けて細いものだが、太さは変わらず、感触もなんだか分厚く堅い。そしてまたショックを受けることになる。

足首にあたる部分から先がないのだ。くるぶしや踵がなく、足の甲から足の指がないのだ。

足を欠損してるのか、と一瞬焦るがそういうわけでもないようだ。

足の底を触ってみると、足の裏を触る感覚がある。足の形だが、どうやら楕円型の円柱状になっているみたいだった。

 

ここまで来るとこの体が普通じゃないと理解に及ぶが、現状の打破になるような要素が薄い。コートを着ているならポケットがあるんじゃないかといまだ真っ暗な視界の中、コートを引っ張るが、そこで腰に違和感を感じた。そういえば体の前は調べても、後ろはやってなかったなと思いだす。

お尻のすぐ上、尾てい骨のあたりに人間ならまずありえないものがある。

 

 

尻尾だこれ。

 

 

胸の奥がズゥン、と重くなる。血の気が失せるとはこのことだろう。しばらく呆然としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろんなことが立て続けに起こり、精神的にまいってしまってゆらゆらと水中をただよっているにもかかわらず、いったんそのまま眠ってしまった。水中で眠っていたせいで胎内回帰を連想したのか、気付いたら親指をくわえていた。幼児退行という言葉が頭をよぎって意識を覚醒する。

さて、いったん眠ったことでだいぶ気分も落ち着いてきた。自身の体が人外のそれに変わってしまったこともそういうものだと今は納得しておく。とにかく今は現状から一歩でも前進したい。

 

まずは現実逃避の原因となった尻尾の調査から始める。

お尻のすぐ上にそれはある。根本は何とかギリギリ両手の指で囲えるほどだが、そこからどんどんブッとくなっていく。それは自分の大腿より太く、下手すれば胴に匹敵するほどなのだ。長さを調べるために尻尾を、股をくぐって前に持っていくために動かそうと意識すると、今までになかった器官を認識できなかったせいか、それを動かそうという意志に反応するようにジワァッと神経が尻尾に伝わる感覚。性的快楽に似た得も知れぬ感覚が走り思わず身震いするが、それもすぐに収まった。

何も見えぬ視界の中、ペタペタと自分の尻尾を触っていく。長さはかなりのもので、今の自分の全長ほどあるのではなかろうか。力加減しだいで柔らかくも弾力性のある尻尾の感触は、これの上に乗って眠ればどんな感じだろうと妄想に更けてしまうほどには夢中になる魔力があった。尻尾の内側は何もないが外側を触ると堅い甲殻の感触がした。それは先端まで続き、大きなゴツゴツとした感触が手に伝わってくる。

 

うーむ・・・・やはり自分は人間ではない何かになってしまったのかと思いつつ手は止めず触り続ける。

 

尻尾の先端を触りつづけているうちに開く部分があると分かった。尻尾の先端に意識を向け、開いてみる。開いたところを調べてみると、それには穴があり、手を突っ込んでみてもどんどん奥へと挿入できた。

開閉ができ、穴があって奥行きがあることからこれが口内であると判断した。なんと自分の体は尻尾の先端にも口が付いているみたいだ。

 

もうどうなってるんだよ、この状況。と自身に降りかかっている状況に、それなりに図太い神経をしてると自称していた己の精神は打ちのめられそうになるのだった。

 

 

 

ゆらゆら水中を漂う中、尻尾を抱き枕にぼぉっとしていた。無意識にまた指をくわえたまんまである。

いい加減光が見たい。ここがどこなのか指をしゃぶりながら推理する。

少なくともここは水の中である。それは間違いない。なぜ呼吸に何も問題ないのかが分からない。何も見えないことから目が見えていないか、何か実験生物的な感じで大きなカプセルの中にいるのか、それとも・・・・

 

 

 

 

 

      ここが光の届かない深海の底だからなのか

 

 

 

 

 

その考えに至った時、不思議とそれだという確信があった。

なぜだかわからないが、この体になってから深海の底で生まれ育ったという身に覚えのないはずの自意識を暗い海の底にいると自覚してから、忘れていたことが浮かび上がってくるようにじわじわと自分の中に染み込んでいくのだ。

 

なぜこのような想いが湧いてくるんだろう。もしや生まれた鳥が誰にも教わらずとも飛び方を無意識に解っているように、この体には・・・・・

つまり、そういうことなんだろうか?

思えば急な状況の変化や自分の体の変容に戸惑いや焦りがあっても、この深海の底で一人きりでいるという状況を自覚してもまるで動揺がない。不思議だと思うのと、まるで自室にいるような感覚にいままであった悩みがどうでも良いことのように認識してしまいそうだ。

 

ともかくここが海の底だというなら上へと泳いで行けばいつか海上に出られるだろう。いつまでもここにいるわけにもいかない。

海の中ではたしか水深200メートルから太陽光が届くのが鈍り、水深1000メートルからほぼ何も見えない暗黒の世界になる。

そう考えると今自分がいるところは最低でもその1000メートル以下ということになる。

いや、よく考えると人間が海中で光を知覚できるのが3~400メートルほどだったか、しかしこの体が深海での活動に適していると考えると水深1000メートル以下だという理論も的外れともいえない。

 

今は考えるより行動だ。

 

とにかく上へ上へと手や足をばたつかせるがまるで移動している感じがしない。しばらく必死こいて泳ごうとしたがまるで進展しなかった。

肉体的にはまだまだ余裕だが、精神的に疲れてきてるのでいったん休憩。

水中で尻尾を腕に抱いて、足をぶらぶらさせる。親指も気づけば口に含んでいる。もうこれ癖になってきてるなぁ、と思っていても特に直そうとは思わない。

この体、思えば呼吸をしていない。肺の中に空気があるようにも思えない。普通、微生物より大きな生き物なら呼吸はするはずだ。皮膚呼吸してるんだろうか?

次に、水深が下がれば下がるほど掛かる圧力は増強していく。推定1000メートル以下の深海にいるにもかかわらず、まるで問題ない。大丈夫である。

 

一体この体はどれほどのスペックを備えているんだろう。

 

この様子なら空だって飛べるんじゃないだろうか、まるでアニメのようにふぃーーっと宙を舞うのだ。

そんなブワッと駆け上がるイメージをすると、ふと解放感とともに海中を登っていく感触。

 

       もしかして

 

もっと強く想えばどんどん上へと昇っていくのを感じる。ここから出られるという気持ちが現実味を帯びてきて、わくわくが止まらない。真っ暗で見えないが笑みを浮かべていた。

それからどれくらい時間が過ぎたのか。まだ暗いが、気にせず上昇する。

確かに進んでいるのだ。今はそれで十分。

 

やがて何もない世界に色が付いた。

 

思考が止まる

 

だが水上に近づいていてゆく

 

だんだん色が鮮やかになっていく

 

 

 

 

 

        気付けばそこは蒼い世界だった

 

 

 

 

 

あぁ・・・・・・・・・・

 

 

あぁッ・・・・・・・・・・・

 

 

込み上げてくる、これは、泣いてしまいそうになるこれは、歓び。

 

今まで何も見えない暗黒からこの世すべてを祝福するような、そんな命にあふれた光景に海上に上がることなどすっかり忘れ、思う存分に景色を堪能していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼い世界にひとつの異形が泳いでいる。

 

よく見るとそれは手や足を全く動かしていない。にもかかわらずそれは海の中を移動していた。

 

目的などすっかり忘れ、自分の歳など考えずにはしゃぎまくっていた。スキューバダイビングはやったことはないがこのように素敵な体験なんだろうか。いや、きっとこっちのほうが素晴らしいに違いない。水圧やら浸透などでダイビングスーツや物々しい呼吸器を着けながらの遊泳と違って、こっちは素のままで思う存分楽しめるのだ。

今まで無意識で泳いでいたが、結局どういう理屈で手や足を動かさず移動できるんだろう。自分の体を見えない何かで包まれ、動くイメージをすると体が引っ張られる感覚とともに水中を移動しているのだ。

 

この体にはいまだ謎が多い。

 

気分も落ち着き、ちょうどいい海の光できれいな色をした岩の上に座りようやっと自分を観察する。

まず肌の色が異常だ。白すぎる。

自分の手を見てみる。どうやら指は人間と大差なく、五本あって長さも相応のものだ。宇宙人みたいに指が長かったり本数が違ったりしてなくて本当に良かった。

あえて人間と違うとすれば爪の色くらいだろうか、ピンクに近い紫色だ。このくらいならまるで問題ない。許容範囲だ。

自分の肌の色はとてもじゃないが血の通っている人間に出せる色じゃない。白人だってここまで色白じゃない。光の加減によっては青白く見えるほどなのだ。

次に自分の着ているものに注目する。

コートだと思ってたものはフードの付いた黒いレインコートだ。その下には同じく黒いビキニを身に着けている。

そして明るいところでようやく分かったのは背中にリュックタイプのカバンを背負っていることだ。

慣れない体で手間取ったが、鞄を外して中を確認することにした。

 

鞄に付いた横向きのチャックを外して中を覗くとそこにはこの状況に置かれる前、まだ人間だった時に持っていたものが入っていた。

携帯に財布、くせっ毛だった髪を整えるのに使っていた手鏡に櫛、そして音楽プレイヤーが入っていた。

携帯は・・・・やっぱりだめだ。海水に浸かっているせいで故障している。財布を確認したが、お金やカードなど特に手つかずで残っている。ただ、海の中なのでレシートはともかく紙幣が濡れてすぐダメになるだろう。少し気分が落ち込む。

 

気を取り直し、鏡を手に取って自分の顔を確認する。

鏡に映っているのは人間と変わらないそれだった。

幼く、かわいらしい顔が手に持つ鏡に写っている。これが今の自分の顔なのか。

髪色は肌と同じくまっしろで肩に掛からないくらいのショートだ。

瞳の色はアメジストのようなきれいな紫。すごく綺麗で自分はこの目がとても気に入ってしまった。人間だったころのこげ茶色に不満はなかったが、今やこの目の色はすっかり自慢である。

鏡を見るのはこれくらいにして、もう一方の手にある櫛をみてみる。

特に欠けているわけでも傷があるでもなく、この状況に置かれる前と変わらない。

それを見てほっとする。この櫛は無駄に高級品だからだ。

この楕半円状の黒い櫛だが、当時買うとき変にこだわっていいものを選んだものだ。おかげで4万を超える値段になったが、今や人生のパートナーの一つである。手元にあるのは助かる。

 

最後に音楽プレイヤーだ。

ここに来る直前、何者かに引っ張られるときにイヤホンごと手から離れてしまったはずだが、今手元にあるということはこの状況に置かれている元凶が回収してくれたというのか、何のために?

 

いくら考えても状況が変わるでもない。今は海面に向かうとしよう。これ以上持ち物が痛むのを傍観するわけにはいかない。

先ほどまでさんざん遊びまわったおかげで水中の移動は問題ない。

ぐんぐん上へと昇っていき、とうとう自分は約一日ぶりの空気に触れること叶うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザァァ・・・・・・

 

ザザァァァァン・・・・・・・

 

 

まばゆい砂浜に波が押しては引いていく

 

海岸線の砂浜に足跡が続いている。

 

足跡を作り出している原因をたどると、それはいた。

 

それはとても奇妙なものだった。

 

ヒトの形をとっているが、人ではありえない姿をしていた。

 

まず見てすぐに分かるのは、それには尻尾がある。さらにそれをよく見ると先端に顎門(あぎと)があるのだ。尻尾に付いた頭部はそれのよりはるかに大きく、不揃いで剥き出しの大きな歯がより人から外れる印象を助長する。それの口が開けば、人間の頭など丸齧りにできるだろう。

 

肌の色もまた異常だ。

まず白すぎる。黒いレインコートのジッパーを下腹部まで下げて見える肌は、美白というものを通り越して血の通った動物特有の温かみというものがないのだ。

 

そんな異形の本体を見てみるとこれまた意外、かわいらしい幼い少女の姿をしている。

異形の尻尾からは考えられないようなギャップがその容姿をより際立たせている。

見た目は10歳から12歳ごろだろうか、白く肩に掛からないほどのショートヘア、深く煌めくアメジスト色の瞳、小さいが確かな膨らみのある胸、尻尾に目をつむればだれもが認める美少女だ。

 

そんな彼女が今何をしてるのかというと・・・・

 

 

 

おぉ~~、おしりまで苦も無くくっつく♪

 

いわゆるペタン座りを堪能している。男性には体の構造上、苦も無く実行するには難しいとされる女の子特有の座り方を実行し、楽しんでいた。

 

 

 

海面から出た後、近くにある岩礁に上がりどこかに島がないかあたりを見渡していた。

どこかにちいさな島影がないか目を凝らすと、まるで高性能カメラで拡大解析するみたいに遠くまではっきりとみえた。視力がとても良いというよりも、この体に備わっている機能のように感じた。

 

意識してやってみると呼吸をすることができた。

自分の声がどんな感じか確かめようと声を出そうとしたのだが・・・・

 

「ハァ――――――ッ」

 

出そうとしたのだが声が出ない、息を吐き出す音だけが出てくるだけ。

なんどか試してみたが、駄目だった。どうやらこの体、声帯がないようだ。海で生まれ育ち、生活をするであろうこの体は声を出す機能は備わってないのかもしれない。

しかし、これからのことを考えると言葉を話せないのはいろいろと不都合だ。

いるかわからないが人とコミュニケーションがとれない、これだけでも大きい。

歌も歌えない。せっかく違う性別になっているのに女声で歌ができないのは結構なストレスだ。

 

それは一端置いといて、今は島を見つけよう。

そうして数分ほど探してるとやっと島を見つけた。

後は泳いでそこにたどり着くだけだ。普段から泳いでいるわけではないが、幸運なことにこの体は溺れるということを知らない。

 

ただ、島にたどり着くころには慣れないことをし続けたせいで身も心もクタクタになっていた。

誤算だったのは島までの距離がトライアスロンもびっくりの距離だったこと。

自分の遠くまで見える目のスペックが十数キロメートル単位で見えていたなんて予測付くわけないじゃないか。スタープラチナかよ。

海岸線沿いを少し歩いてすぐに休憩に入り腰を落ち着けることに。

ついでにペタン座りを試したという経緯があったというわけだ。

 

 

 

 

 

ぼぉ~~ッと空を見る。

 

「ハァ・・・・」

 

思えばずいぶんと遠くまで来てしまったものだ。

体のだるさも相まって、ため息の一つも付きたくなるのはしょうがないと思う。

気付けば光の届かない深海で、性別どころか、人間ですらなくなって、今現在ここが地球なのかすら怪しい。

ネット小説でよく読んでいた異世界転移、転生というジャンル。

よもや自分がそれを実体験するなんて・・・・

少なくともTS、人外転生は確実だ。

これからどうすればいいのかうまく考えがまとまらない。

 

・・・・・・・・・・・

 

うん、疲れてるのだ。

いったん眠って考えるのはそれからにしよう。

 

尻尾を横から回し、腕と顎を乗せて寝る体制に入る。

しばらくすると意識がまどろみ始める。

ウトウトと空と海の景色を見つつ、波の音を子守歌にぼぉっとしているとき。

 

 

 

 

ヴゥゥゥゥゥゥゥゥン

 

 

 

 

エンジン音?

 

 

どこから?

 

 

ふと聞こえてきた異音に意識を覚醒し、音の原因を探る。

 

 

見つけた

 

 

空だ。

空に音の元がいる。

“遠視”を使い、それを見る。

 

 

飛行機だ

 

 

羽があり、プロペラも確認できた。

ということはここは少なくとも人間がいるのは確かだ。

ついでに地球である可能性も高まってきた。

おもわず手を着きながら立ち上がる。

 

「ッ・・・・フゥ・・・・」

 

背伸びをして体の調子を戻す。

 

うん

 

なんだかどうにかなるような気がしてきた。

 

さて、まずは何をしようか。

 

 

 

 

 

 

 

彼女は気付かない

 

 

その飛行機をよく見ると大きなラジコン飛行機程度の大きさしかないことを

 

 

そしてその“艦載機”がこちらを捕捉していることを

 

 

 

 

 

 




TS、人外転生と自分の好きな要素を出したのがこの作品です。

そしてこの作品を出すに至ったきっかけの“ある作品”に感化されて、後に非常に過激な描写が出てくる予定です。

追記
次話1月5日 12:00予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02 艦娘と深海棲艦

冬休みというのはいいものですね。
こうやって執筆時間が取れるんですから。

何分小説においては素人です。
なので文法とかめちゃくちゃかもしれません。
広い心で見てくれるとうれしいです。


海の上を滑走する者がいる

 

見るとそれは女の子だ

 

着ているのはオレンジと白を基本にしたフリフリの改造セーラー服、といったところか。

傍目に見てアイドルかなんかにしか見えない。

そんな彼女が海の上を滑るように走るのは、何の知識もなく見るととてもシュールである。

 

しかし、この世界においてこのような光景はむしろ当然のことなのだ。

 

彼女の後方を確認すると、それに追随するように一回り小さな女の子たちが5人ほど並んで追走している。

彼女達は皆、揃いの黒いセーラー服にスカート、白いネクタイに月の飾りを身に付けている。

服装はだいたい同じだが、髪色はバラバラでそれぞれ印象は違う。

 

そもそもなぜ集団で海上を横断しているのか。

 

それは彼女達が海軍の任務でそうしているからだ。

 

彼女たちは軍役に服している。

しかし、それにしてはおかしい。

皆、女性なだけでなく、若すぎるからだ。

先頭を走る彼女が最も年上のようだがそれでもせいぜい高校生くらいにしか見えない。

後方の5人に至ってはどう見たって小学生程度だ。

だがそれには理由がある。

今この世界では彼女たちのような存在が最重要戦力として扱われているためである。

 

 

 

 

 

「よ~し!みんな、もう後は帰還するだけだよッ♪周囲の警戒は怠らず、那珂ちゃんの後についてきてッ!」

 

先頭を往く彼女がそう呼びかけ、後方の子たちがそれに応える。

 

「は~い・・・・っぁあ~メンドー」

 

「こら、たるんでるよもっちー」

 

「だってさぁ~こんな南のほうまで遠征なんて、かったるいんだもん。日差しも強くってやる気でないったら」

 

黒髪の子が茶髪で眼鏡の子に叱責するが、気に留めず愚痴を言う。

 

「たしかにあついよねぇ~、はやくかえっておふろはいりたいー」

 

「警戒しろお前たち、ここは決して安全じゃない」

 

もう一人の茶髪の子が同調するが、銀髪の子が皆をたしなめた。

 

「もう半分は切ったんだ、最後まで無事帰還できるよう、油断禁物だぞ」

 

そう緑髪の子は銀髪の子の後に続く。

 

そんな5人の子たちの話を聞きながら、先頭の彼女は何か気分でも紛らわそうかと呼びかけようとするものの、今は任務中なのを思い出して自重する。

実際自分も同じ気持ちなのだ。

南の太陽の日差しはともかく強い。暑さで集中力が切れそうになり、髪が痛むのを気にしてしまう。

 

余計な口をだしそうになったのを誤魔化すように胸に手を当てる。

するとそこから光が(あふ)れる。

光がだんだん形を持ち始め宙にそれが形成されてゆく。

 

それは航空機の形をしていた。

 

ただ、手に持てる程度の大きさだ。

彼女はそれを手に取り、腕に付いた小型のカタパルトに装着する。

腕を宙に伸ばし、装着したそれを飛ばした。

パシュゥンッ!と勢いよく飛び上がり彼女から一定の距離をとるとそれに変化が起きた。

それに光が溢れ、包まれ霧散すると、それの大きさが先ほどの何倍にも巨大化したのだ。

大型のラジコン飛行機くらいの大きさになったそれはグングン上昇した。

 

それは”艦載機”である。

 

よく見るとその艦載機に乗っているのは相応に小さなヒトである。

非常に摩訶不思議な光景だが、彼女たちに全く動揺はない。これもこの世界では当たり前のような出来事だからだ。

発射した彼女は艦載機に意識を向け、それを操る。

そして中にいる小さなヒトとの感覚を同期し、視界を共有する。

すると海の上を往く視界から上空から俯瞰(ふかん)した風景に切り替わった。

このような異能を持つ彼女、いや彼女たちは人間ではない。

見た目は人間と区別がつかないが、人間よりも遥かに力が強く、頑丈である。

加えて先ほどのような異能もいくつか所有しているのだ。

そんな彼女たちは軍に所属し、現在任務を遂行中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”艦載機”を飛ばし、周囲の警戒を取っていると艦載機から思考を受け取り、どうしたのかと視界を切り替える。

 

見えたのは近くにある島の海岸線。

 

そこにいるナニカ。

 

ヒトの形をしているが、特徴的な異形をもつソレ。

 

ソレの姿かたちを自分の記憶にあるものと結びつき、認識した瞬間。

 

 

 

 

 

ゾクッッ!!!!

 

 

 

 

 

思考が真っ白になった。

 

航行するのも忘れ、足が止まる。

 

胸の中が重くなり、胃がひっくりかえりそうになる。

思わず手を口に付いた。

呼吸が浅くなり、意識がもうろうとし始める。

後方にいた5人がどうしたのかと隊列を乱し、彼女に呼びかける。

 

「――――――ッ――――――ッ!」

 

周りの子たちが呼びかけるが言葉として認識できない。耳が滑ってしまう。

先ほどまでのんきしてた気分が一気に崩れ、ここが凄惨な危険地帯の領域かなにかに見えてしまう。

 

 

 

なぜ

 

 

 

なんで

 

 

 

 

 

なぜ()()()がここにいる!?

 

 

 

 

「ふッ・・・・ふ・・・ぅッ!・・・・」

 

呼吸が乱れ、立ってられなくなる。

周りの子が思わず支え、倒れるのを防いだ。

見ると彼女の眼の焦点があわず、カチカチと歯が震えている。

ほかの5人はこれはただ事ではないと認識し、一気に気を引き締め、警戒する。

 

しばらくして立ち直ったのか、支えられた手を放し立ち上がる。

しかし顔はまだ青いままだ。

 

「みんな・・・・心配してくれてありがとう、もう大丈夫・・・・」

 

「ほ、ほんとに大丈夫なの?」

 

「おかおまだまっさおだよ~?」

 

周りは心配したままだがもうそんなことを気にしている場合ではない。

 

「みんな・・・・よく聞いて・・・・第一級緊急情報報告を発令するよ」

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

それは集団で情報を持ち帰り、必ず情報が届くようたとえ仲間が危機的状況にあっても無視し、最後の一人が報告できるよう他を捨て駒にしてでも任務を遂行するという極めて重大なものなのだ。

 

緩かった雰囲気からの急な状況の変化に一同は動揺する。

 

「いい?『ソロモン諸島南部の島の海岸線にて()()を捕捉』、繰り返す『ソロモン諸島南部の島の海岸線にて()()を捕捉』!」

 

「あ・・・悪魔って・・・・」

 

「駆逐されたはずじゃ・・・・」

 

皆一同、顔が青くなる。

 

「そう・・・・そのはずなの・・・・」

 

そう言って彼女はこめかみに片手の指を当てる。

視界を艦載機のものに切り替え、ソレを再確認する。

 

いる。

 

やはり見間違いではない。

 

できるなら間違いであってほしかった。

 

暑さで錯覚を起こしてるだけならどれほどよかったか。

 

気付かれてはいないのか、こちらを迎撃するそぶりは見受けられない。

島の中の森に向かって移動しているようだ。

気付かれていないなら好都合だ。

このまますぐに帰還して本部に通達しなければ。

これが遠征任務でなく、出撃任務中であればすぐその場で連絡が取れたのに。

連絡手段に制限があることにもどかしさを感じずにはいられない。

 

「でも確かにいる。幻なんかじゃないよ」

 

「そんな・・・・」

 

「こ、こっちにきづいてない~?」

 

認めたくない事実を突き付けられ、全体の士気が下がっていく。

 

「そこは大丈夫みたい、気付いていたら今頃接敵してるはずだし・・・・」

 

SSS(トリプルエス)レートと交戦なんて冗談じゃないッ」

 

「最強クラスの”深海棲艦”と戦うなど・・・・考えたくもないな・・・・」

 

「逸脱した”艦娘”じゃない私たちじゃ、あっという間に殺される」

 

「ぅあ・・・・ぁ・・・・そんなの、いや・・・・」

 

このままもめている場合ではないと気付いたリーダーの彼女は皆に発破をかける。

 

「とにかく!気付かれていない今のうちに全速で帰還!みんな那珂ちゃんについてきてッ!」

 

意見などあるはずもなく、隊列を直し再び彼女たちは海上を走り、帰るべき場所へと地平線に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”深海棲艦”

 

それは今この世界に害をなしている人類の敵である。

 

世界にはかつて大きな戦争があった。

 

だがそれももう過去のこと。

いまだに人類同士での争いは一部で起きているものの、概ね平和だといえた。

 

かつての大きな戦争が終わり70年の時が過ぎようとした頃。

 

 

 

2013年の4月

 

 

 

そいつらはやってきた

 

 

 

客船が何者かに襲われたのが異変の始まりだった。

 

被害から明らかに軍用の兵器が使用された形跡。

国際的問題に発展するのは当然だった。

 

しかし、それから間もなく世界各所で起こる沈没事件。

 

被害にあったものはほとんどが生還できず。

情報が遅れた。

 

世界は混乱した。

かろうじて救出、生還できた僅かな生存者から聞き出しても要領を得ないものばかり。

 

やれ化け物に襲われた。UFOの群れに攻撃された。人が海の上にいた。

そんな馬鹿なと否定しつつ、各国は艦隊や攻撃機を出し、未知の敵に備えた。

 

 

 

そして人間達は邂逅する。

 

 

 

人類の外敵に。

 

 

 

敵について知らなかったのが原因だろう。

 

初手は人類側の大敗北であった。

 

だが少しずつ拮抗していく。

 

敵は人間大から小型のクジラ程度の大きさで、攻撃手段が砲撃、雷撃、ドローンのようなものからの機銃や爆撃、雷撃であった。

人類が取れる手段と大きく変わらず、攻撃の多様さでいえばこちらのほうが優位だと当初は考えた。

 

だがそれは間違いであった。

 

こちらが使う手段は基本的に大きなものに対して使用する物。

だが先ほど言ったように相手は人間大から小型のクジラ程度の大きさ。

人類の兵器は時代と共に改良を成され、その時代に合った最適化をする。

敵に使用するにはおよそ不適合といえた。

人間大に使用するよう想定しておらず、砲撃は当たらない。当たっても一撃では倒しきれない。

機銃を使おうにも、当たっても敵の手前でバリアのようなもので阻まれる。

ガスや広範囲の焼却による酸欠など趣向を変えても効果がない。

 

だがまったく対抗できなかったわけではない。

 

敵ドローンの届かない超高度から爆撃機による爆撃や核という最終手段があった。

だがそれは費用対効果があまりにも悪過ぎる。

敵は数えきれないほどいるのだ。倒すのにかかる資源や費用があまりにも釣り合わないのだ。

 

それに対して敵は人間大の大きさで海の上を高速で自由に移動する機動力、人間大の大きさで放つ砲撃はこちらを轟沈させるに足る威力、戦闘機と比べてもドローンも小型で空中で静止できたりと脅威は尽きない。

 

人類は敗北に敗北を重ね、シーレーンも抑えられてしまう。

制海権を奪われ、資源が制限された人類は急速に衰退していった。

やがて敵の領海ではジャミングが張られ、より攻略を困難にさせた。

力のないいくつかの国は滅んだ。

輸入大国である日本は特に衰退が激しかった。

特に食糧問題は熾烈を極めた。

戦後と比べて人口は格段に増え、豊かになった。

そこからの急激な貧困である。

あちこちで暴動が起き、日本は敵との戦いどころではなくなった。

見る見るうちに衰退していき、日本の滅亡がはっきりと見え始めるほどであった。

 

日本はなりふり構わなくなり、なんにでもすがった。

 

そして見つけた。

 

寄りによって希望を見出したのはオカルトの存在だった。

 

余裕があるうちなら頭ごなしに否定し、却下されただろう。

 

海上自衛隊から海軍へとシフトしたことを見ればどれほど危機的状況かわかるだろうか。

 

日本はそれほど追いつめられていたのだ。

 

 

 

 

妖精

 

 

 

 

それが日本がすがった存在である。

 

生態や文明など全くの未知で、認識できるものもごくわずか、とある一族が代々交流していたという。

 

妖精たちは人類の懸命な努力によって手を貸してくれた。

 

そして奴らに対抗する手段を手に入れた。

 

僅かに回収できた敵の死骸を調べ、それがかつて第二次世界大戦中に沈没した軍艦達の怨念が形になったものと推測した。

 

そこから敵の名称は”深海棲艦(しんかいせいかん)”となった。

 

それらを調べ、こちらも似たものを開発し対抗する。

 

それが妖精たちの答えだった。

 

そうして創造されたのが敵の死骸から回収し、洗浄した魂やまだ汚染されていない艦隊の魂に器を作り、妖精の力を宿すことによって敵に対抗できる存在が生み出された。

 

それがかつての艦隊の記憶を持ち、戦うために生まれた女の子たち。

 

艦娘(かんむす)”という超常存在の登場である。

 

なぜ創造される存在が女性ばかりなのかははっきりしない。

妖精の趣向なのか、それとも軍艦は女性として例えられたという概念がそのような作用を起こしたのか。

 

ともかく。

 

彼女たちの活躍によって日本は持ち直すことができたのである。

 

深海棲艦を打ち倒し、次々と制海権を取り戻した。

彼女たちには艦種によって幅があるが、魂に物を収納する異能を持つ。

そこに燃料や弾薬などを収納し、そこから艤装と呼ばれる装備の稼働や砲弾の装填などを行える。

それを利用し、衰弱した日本に必要な物資や食料などを大量に運ぶなど、もはや今の日本に、いや今の世界においてなくてはならない存在になっている。

 

だがやはり艦娘の登場初期にはさまざまな問題が起きた。

 

まず妖精を認識できる者が極めて少ない。

妖精とのコンタクトができなければ多大な不都合が起きてしまう。

妖精は基本認識できる者にしか懐かないしいうことを聞かない。

そのせいか妖精の力を宿す艦娘たちは妖精を認識できない者、”霊力”を持たない者に歩み寄ろうとせず、警戒し命令を聞かなかった。

そう、海軍に妖精を認識できる者はほとんどなく、民間人から海軍に引き抜いて艦娘たちを運用することになる。

それまで一般人として過ごしていた者たちが仕事を解雇され、急に軍として働かなければならない。

そして今まで住んでいた所から海の見える泊地へと追われる。

そんな彼らは現状に不満を抱いても従わざるを得なかった。

中には国に貢献できるという使命感から拙いながらも艦娘との絆を深め、活躍できる者もいた。

かわいい女の子たちと交流できて役得だと考える者もいる。

 

だが不満を解消できず、そのストレスの行先を艦娘にぶつける者がいた。

人間ではないこともそれに拍車をかけたのだろう。

殴ったり、罵声を浴びせるだけでなく、果てには性的暴力を振るうものすら現れた。

当初無垢だった彼女たちは助けを求めるという手段を知らず、事は深刻な事態を引き起こすことになる。

 

ある日、とある鎮守府から連絡が途絶えた。

調査に向かうと、そこには半壊した鎮守府があった。

内部には提督らしき肉片と近くにある頭に赤い華を咲かせている少女たち。

そしてまだ生存している、幼い少女たちを必死になだめている提督以外に勤務していた大人たち。

気付いてやれなくてすまない、と涙を流しながら献身的に接していた。

残っている彼女たちは皆重度の鬱を発症していた。

状況を調べるとここの提督は艦娘たちに無茶を強いり、毎日暴力と罵声をぶつけ、艦娘たちのその肢体を(むさぼ)っていたという。

精神の限界を迎えていた彼女たちにとどめを刺したのは提督の言葉。

ある日とうとう轟沈する者が現れた。

ついに我慢の限界でみんなで提督に詰め寄った。

その提督はこともなげに轟沈した艦娘に対して、あいつは生意気だったとか、だが具合が良くそんなあいつを手籠めにするのは最高だとか、艦娘たちの不快感の手前豪語する。

しかし彼女が沈んで惜しむ様子を見せ、このクズにも欠片でも情があると彼女たちは思いとどまる。

 

しかし

 

「あ~でもまた建造すりゃいっか!記憶まっさらでまたあの生意気な態度が折れるのを見るのが楽しみだ!」

 

艦娘たちのたまりにたまったフラストレーションはついに爆発した。

 

人間をはるかに超える筋力はそいつの五体がはじけ飛ぶのに何の抵抗もいらない。

機銃で末端がはじけ、拳で内臓をグシャグシャにし、掌で腕や足を引きちぎった。

あちこちに砲撃で暴れまわりようやくほかの者たちが事を知ることになる。

僅かな希望が(つい)え、人間達を完全に見限り絶望した彼女たちはその後持っていた武器を、人類の敵を討つための手段を自分に向けた。

残っていた艦娘は自殺したくないわけではなく、あまりの絶望の大きさに行動することすらできなかったのだ。

これがただの少女だったならここまでの事態には発展しなかった。

だが、彼女たちははじけた。

彼女達はその身に強大な力を秘めていた。

故に起きた悲劇であった。

 

上はひそかに各鎮守府に探りを入れた。

中には大なり小なりあの鎮守府と似たような状況を作っているところが発覚した。

 

国はこれを非常に重く見た。

 

まだ国が混乱にある中、艦娘に関する法を最優先に着手した。

艦娘に対する非道は基本極刑に処すことになった。

そして彼女達に対するイメージアップを(はか)った。

作られし兵器ではなく、人類を救うために生まれてきた存在だと。

艦娘たちはみな若く見目麗しいのが手伝って思うより早く浸透した。

衰退した芸能界のプレゼン力を借り、本当の意味での偶像(アイドル)として世間に認知されてゆく。

そして引退した彼女達には人権が与えられた。

宿した妖精を手放す”解体”と呼ばれる処置を施した彼女たちは、身体能力は人間より高いが霊力をほとんど扱えなくなり、ゆっくり歳を取っていく。

そして人の子を身籠ることができるようになり、社会に溶け込んでいったのだ。

 

これほど艦娘に対して優遇するのにはもちろん理由がある。

人間の都合で生まれ、人類のために武器を手に取る彼女たちに対して出せる最大の誠意、というのもあるが、何より彼女達や妖精に見限られたら今度こそ日本は、いや人類は終わる。

それほどに事を重く国は受け止めていた。

 

かくして歴史は流れ、深海棲艦が現れてから30年以上がたった。

第二次世界大戦は一世紀以上も前の出来事となり、いまは艦娘と深海棲艦との戦争が今も続いている。

深海棲艦も次々強力な個体が現れ、人類側も工夫を凝らし試練を乗り越えていく。

いま世界は人類の共通の敵と立ち向かうことでようやく統一したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて話を切り替えてこのお話の主人公について語ろう。

 

深海棲艦には時折認識されている性能を大きく逸脱して生まれる異常な個体が発生することがある。

鬼級や姫級といった討伐レートSランクを超える特別個体とは別に、いわゆる量産型の個体から発生する亜種や覇種のようなものである。

有名なのは『空母ヲ級』と呼ばれる個体の最強化版か。

改フラグシップとも呼ばれるそれは通常の個体よりはるかに強く、討伐レートもSに届く。

そういった個体は名付き(ネームド)と呼ばれる。

 

主人公のことを『悪魔』と勘違いしたのは主人公と同じ種にそれがいたからである。

その種は特殊で世界に一体しか存在せず、一定の領域にしか生息しない。

しかし討伐すればしばらく時間をおいて同じ個体が生まれてくる。

しかもこの個体、通常でもSレートに届きうる強さを秘めている。

そんな種の特化個体が主人公の前任であったのだ。

そいつの討伐レートは設定できる最高のSSS(トリプル)レート。

歴史上片手の指にも届かない数の最上。

彼女の前任は当時最強の深海棲艦であったのだ。

あまたの犠牲の果てに駆逐が叶ったが、そのおぞましいほどの力に畏怖し、『悪魔』という極めてシンプルな二つ名が付いた。

 

 

そんな彼女とその前任の種族の名は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”戦艦レ級”という

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※逸脱した艦娘:ゲームでいう錬度99の壁を突破したもの
この作品では実力と提督との絆で限界まで極めたのを、妖精が作る特殊な指輪によって更なる力を手に入れた艦娘という設定。さらに艦娘によっては固有の能力を発現することも。
たとえば戦艦『長門』なら、甘いものを食べると急速にパワーを回復するとか、敵首領に対して特効があるとか(クロスロード神拳)、はたまた某怪獣王のような放射能ビームをだせるとか(ビキニ環礁での原爆実験から)

軍事的な要素は結構適当です。あまりそっち方面は明るくないんです。
なので違和感を感じるところもあるかもしれません。

追記
デイリーランキング5位だなんて・・・・
自分が好きで描いた作品が認められるってすごくうれしいです。モチベーションも上がって執筆速度が上がっています。
次話ですが、間に合えば1月8日の12時00分に投稿できる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03 迫りくる海軍の追撃

残った休日で力を振り絞りました。

今話から他作品のキャラが出てきます。今の自分の実力では、オリジナルのキャラを作って海軍の人間関係を作るなんてできないからです。なので他作品のキャラをモデルにしています。


政府の上層部や裏社会の重鎮とかが集まって主人公のことについて討論したり、脅威に感じたりするシチュエーションが大好きです。そういう意味では『オーバーロード』10巻は完璧でした。


 

 

てっち、てっち、てっち、てっち

 

異形を持つ少女が歩いている。

 

てっち、てっち、てっち、てっち

 

彼女が歩いている姿は・・・・その・・・・陸に上がったペンギンを思わせる。

 

バランスを取るためか、尻尾の先端は彼女の頭上に位置しているようだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・歩きづらい・・・・・・・・

 

分かってはいたけどこの体、陸上活動にはあまり向いてないのかもしれない

水中では割と自由に動けていたけど陸はねぇ・・・・

慣れない体だから、だといいんだけど・・・・

でかい尻尾がある分、こうなるのは当たり前だったんだ。それを考慮しなかった自分の落ち度としか言いようがない。

さっそく躓いて心がくじけそう・・・・

 

今自分は島にある森の中を歩いている。

歩いてすぐに整備された、アスファルトで舗装された道に出会った。少なくともここは無人島ではないと分かったのには安心した。

これなら人とコンタクトができるだろう。

それでここがどこかを何とか聞き出して・・・・。

 

 

聞き出して・・・・・・・・

 

 

今の自分はなんだ・・・・?

 

この姿を見てまともにコミュニケーションが取れるのか?

 

少なく見積もっても同じ人間だと思われるなんて万に一つの希望もなさそうなんですけど。

この白い肌、異形の足、何よりこの尻尾・・・・ッ!

ついでにこの格好ッ、客観的に観たらなんだこれ・・・・痴女かッ!

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・どうしよう・・・・・・・・

 

こ、この見た目幼女の姿でプラマイゼロにならないかなぁ(震え声)

 

駄目だ・・・・考えるほどネガティブな方向にもっていかれる・・・・

 

逃走、迫害、捕縛、人体実験・・・・

 

ポジティブな発想が出てこない。

異星人とか、生物兵器とか、そのあたりだと思われるのが関の山なんじゃ・・・・

 

いったいどうすれば・・・・

 

う~~~む・・・・

 

あまり難しいことを考えるのは苦手だ。とにかく行動しなければ何も始まらない。

「なんくるないさー(なんとかなるさ)」って”我那覇響(がなはひびき)”も言うじゃないか。

とにかく、ファーストコンタクトは慎重に、最悪なものは絶対避けなければならない。

いざとなれば海に逃げればいいんだ。

さすがに深海に逃げればそうそう捕まらないだろう。

あらためて出発だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長崎県 佐世保鎮守府

 

廊下を歩く男性がいる。

 

良く鍛え上げられた体に海軍の白い軍服を纏い、頭の側面は刈り上げ、顎にはひげを生やしている。

そんな大柄な人物だが、その顔は精悍ながらも柔和な印象を持つ。

 

彼の名はシノハラ、この佐世保鎮守府の司令官である。

 

彼は緊急の会議に出席するため、とある部屋に移動している。

やがてそこにたどり着き、中に入る。そこは近未来なデザインの部屋だ。円卓の大きなテーブルには椅子が一つしかない。その代わり、テーブルを囲うように等間隔に何らかの装置が地面についている。

席に着き、しばらく待機していると部屋が暗くなる。

そしてテーブルの傍にある装置から立体映像が映りだし、各鎮守府の提督たちがそろってきた。

 

―――――相変わらず凝ってるよなぁ―――――

 

この部屋は妖精によって作られた。

彼?(彼女?)等は独自の技術や異能を持つ。

 

いまだに妖精についてはわからないことが多い。

掌に乗る程度の大きさで、二頭身の人型の生き物。楽しいことが好きでその場のノリと勢いで行動することが多い。そのせいか、昔は見えない人たちにちょっとしたイタズラをしでかしていたとか。

妖精たちには”個”というものがなく、死という概念も薄い。生殖などはせず、自然と発生しているだとか。

”思考共有”という異能があり、想いや知識などを共有しているそうだ。

そのような異能があるからか、妖精たちが持つ技術力と生産力は我々人類には到底真似できないような水準にある。

このように大してよく知らず、未知で溢れている存在である。

だが人類の危機に対して多大な貢献をしてくれているのは確かで、艦娘という深海棲艦に対する対抗手段を我々にもたらしてくれた。

そして我々のような霊力を持ち妖精を認識できる人間達に協力してくれる。そのことに関しては本当に頭が上がらない。

 

ただ。

 

さっきも言った通り、妖精たちは楽しいことが好きでその場のノリと勢いで行動することが多い。

その制作意欲についてもムラがあり、無駄としか思えない発明から大変に時代錯誤な、平たく言えばSF映画に出てきそうな代物が創造されている。

この部屋にしてもそうで、おそらくは『スターウォーズ』に影響されたんだろう。実に妖精らしい理由だと思う。

だが、遠距離にいる者たちとこうして本当にそこにいるような感覚で話し合いができるのはありがたいと思う。人類もテレビ電話のような手段を持っているが、生身で話し合うような”これ”とは比較にならない。

 

 

 

 

 

「さて・・・・始めようか。」

 

言葉を切ったのは今会議の代表である海軍本部のワシュウ大将である。

 

「今会議の議題は駆逐されたと思われた戦艦レ級特異個体”悪魔”の生存についてだ。」

 

出席している全員の空気が張り詰める。

 

「事の始まりはシノハラ中将率いる佐世保鎮守府所属の遠征組の旗艦、軽巡洋艦『那珂』が南方海域に”悪魔”討伐後の海域調査に遠征、後にソロモン諸島南部の島の海岸線にて”悪魔”の発見に至った。」

 

信じたくなかった事実を突き付けられ、全員の顔色は思わしくない。

 

「本当にソレは”悪魔”なのでしょうか?新しく生まれた個体では?」

 

異を唱えたのは最近少将になったホウジ少将である。

 

「可能性がないとは言わないが、低いだろう。だとしても駆逐されて3日しかたっていない。」

 

だがその意見を切って捨てるのはマルデ中将。

 

「戦艦レ級、奴についてはその個体の強さもあって幾度も調査がなされた。そして統計して奴が駆逐されてから再び現れるのに約1か月のスパンがかかると分かっている。」

 

「しかし統計でそう判断するのは早計じゃあないかね?」

 

そう割り込むのはマド少将、最近までとある理由から中佐の位で止まっていたが、一気に階級を上げ少将に昇格したやせぎすの中年だ。白髪で猫背の不健康そうな印象を持つ。その顔には笑みを浮かべており、より不気味さが際立つ。

 

「どういうことだ?マド。」

 

「行ってしまえば”勘”だよ。たしかにあのときは大混戦だったがね、たしかに駆逐されたはずなんだ。」

 

「・・・・・・・・。」

 

「”悪魔”については私も見ている。」

 

「うむ。」

 

シノハラ中将に続き、クロイワ中将も肯定する。

二人とも”悪魔”討伐作戦の後半戦に参加し、その最後を見届けた。

 

「フーーム、しかし仮にソレが生還(サバイブ)した”悪魔”であれば大事だ。」

 

「あぁ、奴に回復の機会を与えることになる。」

 

タナカマル中将の言葉に唯一の女性提督アウラ中将が続く。

 

「よし、とにかく此度発見された戦艦レ級は”悪魔”と仮定する。あの戦いから生還したとしても瀕死だったはずだ。回復しきっていない今叩く。現在出せる逸脱級の艦娘は?」

 

「自分といわっちょは大丈夫、機動部隊が出せるよ。」

 

「うむ。」

 

ワシュウ大将の質問にシノハラ、クロイワ両提督は答える。

 

「私は先の作戦でだいぶ消耗した。出せるのは1艦隊分だけだ。」

 

「私も同じです。」

 

続いてマド、ホウジ両提督も答える。

 

「こちらは我が主力の『金剛4姉妹』の傷が癒えていない。艦隊は出せそうにもないよ。」

 

「こちらもだいぶ轟沈したものがいる。悪いが参加は無理だ。」

 

タナカマル、アウラ両提督は戦力の不安により参加を断念する。

 

そして。

 

「・・・・俺も1艦隊分だけだ。」

 

マルデ中将の戦力が明かされた。

 

「全部で42か・・・・”悪魔”相手には不安が残るが、少数精鋭での強襲が望ましい。」

 

「下手に数出しても無駄死にですもんね・・・・。」

 

 

 

”悪魔”

 

 

 

過去、深海棲艦の出現から30年以上が経つ中、SSS(トリプルエス)レートの認定を受けたのは”悪魔”を含めたった3体のみ、”カニバル”、”(フクロウ)”、そして”悪魔”。

 

最初のSSSレート”カニバル”、ハワイ近海を中心に猛威を振るった深海棲艦だ。

当時まだ艦娘も誕生して数年ほどしかたっておらず、運用方法も模索中であり、錬度も高くはなかった。

故に奴の成長を止めることができず、史上初のSSSレート認定を受けることになる。

艦種はもともと駆逐艦だったと思われる。艦娘の捕食や共食いなどで魂を取り込み、自身を急速に強化する特性を持っていた。

そのせいで醜く肥え太り、見る者を不快にさせる、外宇宙的恐怖を呼び起こしそうな姿を取っていた。

 

最終的に倒すことができず、南アメリカ大陸に上陸、あたりを蹂躙し北上、北アメリカに渡ろうとしたところをアメリカ軍が費用度外視した爆撃機による飽和爆撃を敢行、しかしそれでも倒しきれず、最終手段の核弾頭ミサイルの使用に至り、ついに駆逐に成功する。

この一連により、世界は深海棲艦の脅威を再認識するに至ったのだ。

 

2体目のSSSレートである”梟”もしくは”隻眼の梟”と呼ぶ。

 

今から10年以上も前にその存在が確認され、世界各地を襲った深海棲艦。

空母ヲ級の特異個体。

奴から溢れる出る霊力の気炎が梟の羽毛に見えたとこから”梟”というネームドになった。

かつてクロイワ提督の艦隊により一度深手を負わせ、撃退することに成功。その際左目に修復不可能な損傷を受けたのか、隻眼となり失った眼孔から気炎を発することから”隻眼の梟”とも呼ばれる。

その強さはまさに一騎当千で艦載機の数と強さは他の追随を許さなかった。頭部の艤装に付いている触手はブレード状になり、振り回し近距離にも対応している。それだけでなく、奴は長年の成長により霊力で弾丸を形成し、自由に弾幕を作り飛ばす特性を得ていた。遠、中、近距離に対応できる隙のない強敵だ。

それだけでなく、奴はSS(ダブルエス)レート級の特異個体(ネームド)を、戦艦ル級の特異個体(ネームド)である”黒狗(クロイヌ)”を始めとした複数の強力な深海棲艦たちを従えていた。

その被害規模や危険度から第二のSSSレート認定を受けることになる。

 

最終的に奴らの潜伏先を発見し、大規模作戦を決行、SSレート級の特異個体(ネームド)を切り離し確固撃破、鍛え抜かれたマルデ提督の旗艦『摩耶』率いる対空要員たちによって”梟”の艦載機を削り、シノハラ、クロイワ、マドの3提督の機動艦隊によって追いつめたが、当時最近になって話題になっていた重巡ネ級特異個体(ネームド)”ムカデ”が乱入、混戦になったが”梟”が消耗したところをホウジ提督の機動艦隊によって止めを刺し、約10年にわたる戦いに終止符が打たれ遂に駆逐された。

この功績によりマド、ホウジ両提督は少将へと昇進した。

 

そして最後のSSSレート”悪魔”

 

戦艦レ級の特異個体である深海棲艦。

 

ソロモン海北部を中心にしか生息しないはずの戦艦レ級だが、この個体はその例から外れ積極的にその近海を蹂躙し暴れまわった。その際、トラックやラバウルなど複数の泊地が落とされる。

その脅威にオーストラリアに在住するすべての機動艦隊がたった一体に向けられたが、そのあまりの強さにオーストラリアの艦娘はその四割以上が轟沈することになった。

日本はオーストラリアと一か月以上にわたって戦い続けた戦艦レ級の消耗を機に、一気に畳み掛けるため大規模討伐作戦を敢行。

そうして日本の上位戦力の機動艦隊と支援艦隊、合計して一千人近い数の艦娘たちが二週間以上にわたって奴を追い詰め、遂に駆逐に成功したと思われた。

艦娘の所有数、錬度ともに最高であるはずの日本ですら奴に二割近い艦娘を殺され、半数以上を中大破に追いやられたのである。

たった2か月で”梟”の10年分に及ぶ被害と同格の損害を、たった一体によってもたらした奴には満場一致でSSSレートの烙印を押され、そのおぞましいほどの強さから”悪魔”というネームドが付いた。

 

上記の3体から分かるようにSSSレートとはほかの深海棲艦とは本当に格が違う。

 

”悪魔”とは先の大戦によって日本もその戦力を大きく削られてしまった。

2か月も戦い続けることができた奴が傷を完全に癒し、その猛威を再び振るうことになれば今度こそ日本は敗北するであろう。

そのようなことはあってはならない。故にこの少数精鋭による迅速な追撃作戦は決行された。

そして少将以上による会議は終わり、対”悪魔”への追撃が整おうとしている・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てち、てち、てち、てち

 

異形を持つ少女が歩いている。

 

てち、てち、てち、てち

 

慣れない体で歩くのに慣れたのか、ぎこちなくも先ほどよりかはスムーズに歩けている。

 

「♪~~~♪~~~~」

 

それがうれしいのか、思わず鼻歌を歌っている。

そう、歌っているのである。

声を発することはできないが、鼻歌は声帯を使わないので出すのに問題なかった。

鼻歌とはいえ歌うことができたのも上機嫌の一つである。

 

それに道の横を見ればその目に映るもの。

近づいて見てみれば、それはかつて第二次世界大戦時に用いられたのであろう戦争の遺物がそこにあった。

戦闘機だろうか、錆びて朽ちたその機体を横たわされている。少し離れているところには移動できる砲台が。

これを見て彼女はますますここが地球、それも中世ではなく近代以降であることに確信を持ったのだ。

前話で艦載機を発見していたことを突っ込んではいけない。

 

こういったものは昔の写真で見たことがある。

確か歴史の教科書にこんな感じのものがあった記憶がある。どこだっただろう、ベトナムとかその辺だったか。昔から歴史関係は壊滅だからいまいち信用できない。

一時期クイズゲームに(はま)ってた時期があって雑学には少しだけ明るい程度。

そう思いながら操縦席の中を覗きつつかつての戦跡に思いを馳せる。

 

このように整備された道があるなら町とかあってもおかしくない。

そこに行き慎重にファーストコンタクトを終えて現在地を知りたい。

そしてできれば日本に帰りたい。

さらにできるならなぜこのような姿になったのかも知りたい。

 

目的ができたことで気持ちに張りができてくる。

いざゆかんと(いさ)み歩みを再開する。

しかし彼女の思惑はしばらくして頓挫することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長崎県 佐世保鎮守府

 

会議を終え、急ぎ自身の艦娘たちに作戦の通達のため指令室に移動するシノハラ提督。

その途中、彼を呼び止める者がいた。

 

「シノハラさん、会議は終わったです?」

 

振り返るとそこには自分の部下が駆け寄っていた。

 

中性的な見た目をしているが、男性である。

彼の名はスズヤ、この鎮守府の司令官代行である。

まだ幼さの残る顔立ちだが彼はちょうど20歳になる。

 

「スズヤか、ああ、ちょうど終わったところだよ」

 

「そうですかー。出撃です?」

 

「・・・・ああ、それも飛び切りやばいやつね。」

 

「ふーん・・・・”悪魔”ですか?」

 

「ッ、察しがいいね、そうだよ。」

 

今でこそこうして穏やかな関係を築いているが、ここに配属された当初は本当に手を焼かされたものだ。

霊力の才能がずば抜けているが、論理感に問題がありたびたび問題行動を起こしていた。

警察とはいえ、民間人にも被害を出したりと頭を抱えることになったのは一つや二つではない。

 

「僕も出れますか?」

 

「いや、今回は少将以上の艦娘たちで行く。残念だけど待機ね。」

 

「ちぇ~~。」

 

「なに、今回は相手が相手だ。我慢してくれ。」

 

「・・・・は~~い。」

 

ふう・・・・と内心安堵する。

半年前の”梟”討伐戦時からだいぶ態度が柔らかくなり扱いやすくなってきているが、今までの問題行動がシノハラに何かしでかすんじゃないかという先入観を作っていた。

もう落ち着いてきてるんだからと今後の付き合い方を見直そうと気をとりなす。

 

「さて、こうしちゃいられない。さっそく艦娘たちに通達だ。ジューゾーも自分の艦娘たちに待機命令ね。」

 

「りょーかいですー♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府 港湾

 

「みんな、準備はいい?」

 

この艦隊の旗艦である少女は最後の確認をする。

黒い三つ編みを前に垂らし、その青い目で残りの残りの艦娘たちを見つめる。

 

「もう準備オーケーっぽ~い。」

 

それに応えるのは彼女の姉妹である艦娘。

髪の先端が桜色に染まったクリーム色、血のような真っ赤な瞳は快活と狂気を不思議と両立させている。

 

「うん、旗艦『時雨』抜錨する!」

 

その一言を皮切りに、残りの艦娘たちがきれいな隊列を組み発艦していく。

そうして彼女たちは強敵のいる水平線へとその姿を小さくしていった。

 

その姿を不安そうに見つめていた艦娘が一人。

遠征任務から帰ってきた『那珂』である。

 

今出撃した彼女たちは強い。

現在活躍している艦娘たちの中でも上から数えたほうが早いぐらいだろう。彼女たちを率いている提督は海軍の中でも上位の大ベテランで”不屈のシノハラ”と呼ばれている。

さらにシノハラ提督の艦隊にも勝るとも劣らない精鋭たちも参加しているのだ。

きっとうまくいく。そのはずだ。

だが、それでも彼女は不安を(ぬぐ)えない。

 

彼女は3日前の”悪魔”討伐作戦に支援艦隊として参加していた。

2か月も奴を消耗させ続け、彼女が参加するころはすでに最終局面を迎えていた。

だが奴は2か月も戦い続けているにもかかわらず、その勢いはまるで衰えているようには見えなかった。

もうほとんど兵装も底をついているにもかかわらず、奴はその圧倒的なパワーで艦娘たちを蹂躙していた。

砲撃などお構いなしに突っ込み、艦娘の体を引きちぎり、盾にし、ほかの艦娘に放り投げ、その尻尾で艤装ごと噛む砕く。

あの惨劇を思い出し、思わず体を掻き抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日前 ソロモン海北部

 

 

 

ドォンッッ!!    ドドォンッッ!!!

 

夕暮れの中、絶えず砲撃音が鳴り響く。

 

ガガッ!  ガガガガガガガガガッッ!!

 

その日の海は本来青いはずの海面が赤黒く染まっていた。

それは夕日によるものではない。あたりには何かの機械の部品らしきものと一緒に人の体の一部であろう肉片が数えきれないほど散らばっていた。艤装をつかんでいる手は、本来繋がっているはずの体から分断され、プカプカと浮いている。

海に染まっているのは血かオイルかわからないほどで、この惨状がいかに凄惨なものなのかを教えてくれた。

 

「こっちを見ているッ!態勢を整えろ!!」

 

艦娘たちがまとまって機銃を放ち、弾幕を作る。だが、機銃を向けられた相手は意に介さず突っ込んでゆく。

弾丸が次々奴に吸い込まれ、勢いが緩む。

その機を逃さず、戦艦たちがその主砲をぶちこんだ。

 

「チャンスネ!!全員、一斉斉射ッ!バァーーニングラァァァァァヴッッ!!!!」

 

「「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」」」

 

金剛姉妹を代表し、名だたる猛者たちがその圧倒的な質量の弾丸を繰り出した。

肉眼で目視できる距離からの一斉射撃、世界でも最高の錬度を誇る彼女たちは勢いの緩んだ標的を外すことはない。次々着弾し、飛沫で目標の姿が見えなくなる。

 

 

「・・・・やったんですか?」

 

「これで終わり(フィニッシュ)?ンなわけないでしょ・・・・ッ」

 

戦艦『金剛』は苦い顔を隠さず呟く。

2か月も補給なしで艦娘たちを蹂躙したあの化け物がこの程度で墜ちるはずがない。せいぜい多く見積もってもダメージにはなったといったところだろう。急ぎ近くの泊地を突貫で復興させ、何度も出撃と撤退を繰り返した者たちはあの怪物の異常ぶりを嫌というほど知っている。

複数の機動艦隊を奴にぶつけ、消耗すれば控えていた艦隊と交代し補給に向かう。艤装をまともに出せなくなっている奴に有効な戦術で確かにあの化け物の命を削っているはずなのだ。だというのに奴は凶笑をその顔に浮かべ、向ってくる。一向に倒せる様子がないこともあり艦娘たちの士気は日に日に下がっていた。

 

ドバァッッ!!!

 

海面が爆発し、飛沫をかき分け、怪物がやってきた。

油断はしていなかったはずなのに反応が遅れた。度重なる戦闘で入渠では誤魔化せない精神的な疲労が、彼女たちの反応速度を鈍らせていたのだ。

 

ビュッ!  ガヂュッッ!!

 

「ぎぃッぃ・・・・ぃがぁぁぁぁぁっァァァァァッッ!!!!」

 

「榛名ァァァァァッッ!!!」

 

奴から伸びた尾顎が戦艦『榛名』の左半身に食らいつき、メチメチ・・・・と嫌な音が響いてくる。

 

「姉さんを・・・・離しやがれェぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」

 

眼鏡をかけたその妹が目を剥き、突っ込む。

砲弾を装填してからでは遅い、霊力を拳に全振りし、奴の体に打ち込もうと振りかぶる。

戦艦『霧島』の接近に気づき、奴にその拳が撃ち込まれようとしたとき奴の腕がぶれた。

 

グヂャァッッ!!

 

「――――――――」

 

一瞬、何が起きたのかわからなかった。しかしすぐに殴ったはずの右腕に激痛が走る。

見ると拳がひしゃげて指が折れ曲がり、肩は脱臼していた。肘に至っては腕の肉を突き破り、骨が飛び出している。

 

「~~~~~~~~ッッ!!!」

 

激痛のあまり体は硬直し、汗が噴き出る。

奴はこちらが殴るのを合わせて同じく殴ったのだ。拳同士がぶつかり合い、結果はみての通り。しかもこちらはフルパワーで殴ったのにもかかわらず、向こうはとっさに腕を突き出しただけ。整っていない体勢で碌に腰も入っていないはずなのにこれとは・・・・

 

「こッの―――化け物がぁ・・・・」

 

だがほんの一瞬でも時間は稼げた。奴の頭部に直接砲身が突き付けられる。

 

「いきますッッ!!!」

 

ズガァァンッッ!!!!

 

奴の頭部が視界からぶれ、勢いよく吹っ飛ぶ。霧島が注意を引いている隙に戦艦『比叡』の主砲が装填を終え、奴に一撃を喰らわせたのだ。

そして奴に噛みつかれた榛名は衝撃で解き放たれ、海面にへたり込む。

 

「榛名ッ!!無事デスか!?」

 

「は・・・・ぃ・・・は・・るな・・・は・・・・だ・・ぃ・・・じょ・・・・ぶ・・・で・・す・・・。」

 

どう見ても無事ではない。左腕ごと脇を喰いちぎられ、砕けた肋骨と肺が露出している。人間なら確実に致命傷だ。ひゅー、ひゅー、と息が浅く目がうつろなのを見て、早く入渠しなければ危険だと判断する。

 

「比叡!!霧島を連れて撤退デス!!・・・・比叡?」

 

呼びかけた妹を確認すると彼女はおなかを抱えてうずくまっていた。

 

「お・・・・ねぇ・・・ざま・・・・ガブゥッ!」

 

「比叡?!」

 

榛名を抱えたまま比叡に近づくと、彼女は大量に吐血したままおなかを抱えていた。腹部を見ると艤装の破片だろう物が比叡のお腹に深々と突き刺さっていた。

 

「あい・・・つ・・・吹き飛ぶ、さいッ、榛名のをッ。」

 

それを聞き愕然とする。奴はあの一瞬、榛名の艤装を引きちぎり、鋭くなった部分を比叡に突き刺していたのだ。

けがの具合から確実に内臓を損傷している。比叡もこのままでは危ない。

 

「霧島!!重症なところ悪いですが比叡を頼みマス!撤退しますヨッ!!」

 

さすがのアイツも頭に直接戦艦の主砲を受けてふらついているようだ。この隙に後方に控えているものと交代する。

タナカマル提督率いる艦隊は残りの二航戦が奴を牽制し、撤退する。

 

そして

 

「僕たちの出番、だね。」

 

「今度こそ、終わりっぽい。」

 

「クロイワ提督のところの長門さんも、頼みましたよ。」

 

「うむ・・・・ッ!。」

 

シノハラ、クロイワ両提督の艦隊は、奴との最終局面を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦『那珂』は奴に怯える。

彼女は支援艦隊として後方から奴に攻撃を加える。だが奴はしっちゃかめっちゃかに動き回り、攻撃が当たらない。それどころかこちらに近づいており、那珂の顔に焦燥が浮かぶ。

逸脱した艦娘でない自分では奴の一撃に耐えられない。一瞬で肉片になるだろう。

肉眼ではっきり見えるほど近づくと、奴の思念が伝わってくる。

 

 

タノシイ

 

 

モット・・・・

 

 

モット・・・・ッ!

 

 

これだ。

これが艦娘たちの士気を大きく下げているのだ。

わざとなのか無意識か知らないが、奴は”思考共有”で周りにいる者に自分の思考を振りまいている。

攻撃を与えて追いつめているはずなのにこれのせいで挫けそうになる。2か月も削り続けているはずなのに、永遠に動き続けるんじゃないかと錯覚してしまう。

そんなはずはない、そんなはずはないのだ。

そう自分に言い聞かせながら那珂は砲を撃ち続ける。今自分は酷い顔をしているだろう。視界にはクロイワ提督の支援艦隊たちが奴に鎧袖一触でバラバラにされている。ふと空が暗くなるのに気付き、次の瞬間、何かにぶつかり後ろに倒れる。奴から目を逸らしてはいけないと焦り、覆いかぶさっているものをどかそうと()()を見てしまった。

()()は艦娘だったものだ。下あごから上が喰いちぎられ、歯は剥き出し、ベロとのど奥が見えてしまい、那珂に向かってあかんべーをしていた。

思考が止まり、支えていた手が緩み那珂の胸に被さる。ずり落ち、断面から溢れる血液が那珂の服を汚し、滲ませた。

 

そこまでだった

 

「ヴァァァァァァァァァッッッ!!!!」

 

遂に那珂の何かが切れ、半狂乱になってむちゃくちゃに撃ちまくる。

もう当たることなど考えてない、アンナフウニナリタクナイ。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァッッ!!!!」

 

顔を醜く歪ませ、いろんな体液で汚していた。

 

 

 

 

 

気付けば自分はもう弾の出ない砲の引き金を引き続けていた。

あたりがやけに静かだ。

思考の鈍った頭で周りを見てみるとほとんどの艦娘が海面にへたり込んでいる。

あいつは・・・・あいつはどこにいった?

逃げたのか?

あいつが?

見るとお互いを抱き合いむせび泣いている艦娘がいる。海の上で大の字になり浮かんでいる艦娘がいる。どの艦娘を見てもその顔には喜色が読み取れた。

ここまで来るとまさか、と勘づく。

自分の艦隊の旗艦を捜し、見つけ近づく。ふらふらとおぼつかずに彼女に、駆逐艦『時雨』に近づいた。近づく那珂に気付いた時雨は彼女の言葉を聞く。

 

「・・・・・・・・終わったの?」

 

その顔には信じられないという表情が張り付いていた。

時雨はその質問に満面(まんめん)の笑みで答える。

 

「ああ、終わったよ・・・・終わったんだ・・・・ッ!」

 

その言葉を聞いたところで那珂の意識はフ、と途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の光景が那珂の脳裏にこびりついて離れないのだ。

那珂は皆の無事を祈る。

 

 

それしかできない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの、”悪魔”の双眸からこぼれる()()()()()()

 

 

那珂の脳裏にこびりついて離れないのだ

 

 

 




『東京喰種』のキャラは基本人間側が出る予定です。この世界ではグールはいないので芳村さんたちとかは人間として生きています。なので“V”とかもいない。有馬さんもいません。有馬さんは自身が戦う者だというイメージがあるので。いたらいたで深海棲艦が滅びますのでやっぱりNGです。

“カニバル”の元ネタ知ってる人いるかなぁ。ヒントは『東京喰種』の作者の作品。
“梟”ですが、顔は芳村店長の奥さん憂那(うきな)さんをクールビューティーにした感じをイメージしています。やっぱフクロウですからね、容姿はそっち関係を意識しますよ。

追記
次話 1月14日の06:00に投稿予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04 エンカウント

艦隊これくしょんの二次創作の題材としての優秀さはすごいと思う。結構自由に設定を決められるのがいいんです。
アニメや漫画にアンソロジーとそれぞれ決まった形がない分、設定がしやすい。
試しにほかの作品のプロットを作ってみようとしたらかなり手こずりました。
今はこの作品で手いっぱいですね。


 

何十人もの女の子たちが海の上を行進する。

 

その顔にはみな、死地に飛び込まんとする気迫があった。

彼女たちは史上最強の深海棲艦、”悪魔”の追撃に向かっている。

倒したと思っていた奴が生きていたと知り、不思議と全員必ず殺さねばと、どす黒い感情に支配されていた。

無理もない。奴と相対し戦ったことがあるならば皆そう考えるだろう。

”悪魔”はそれだけ危険な深海棲艦なのだ。

 

2か月間、奴は一度の補給や休息を取らずに艦娘たちをそのあまりにも逸脱した力で蹂躙し続けた。

奴の最後は、消耗しきっていたところで相対した駆逐艦『夕立』と戦艦『長門』の奮戦によるところが大きい。二人とも逸脱した艦娘でそれぞれ固有の能力を発現している。

駆逐艦『夕立』はソロモン海域でその戦闘能力を大きく向上させる特性を備えている。その効果は絶大で、消耗しきっていたとはいえ、あの”悪魔”相手に拮抗する程である。

そして戦艦『長門』はその海域で最も強い深海棲艦に対して特効を持つ、というものだ。奴の異常な耐久力に対して有効打を与えられるのは非常に大きい。過去のSSSレートの”梟”相手にもその特性によって大活躍していた。

しかしそれは奴が2か月も戦い続け、兵装を撃ち尽くし、消耗しきっていたからできたこと。戦艦の主砲が繰り出す砲弾を拳で打ち返すだけでなく、パンチの衝撃波で艦載機群を航行不能にし、撃墜するような化け物だ。完全に傷を癒し補給の済んだ奴にはきっと敵わない。

 

そう、ここで必ず駆逐せねばならない。

 

 

必ず

 

 

必ずだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャプ、チャプ、チャプ、チャプ

 

小さな沼で異形を持つ少女はリュックの中身である持ち物を洗っていた。

 

チャプ、チャプ、チャプ、チャプ

 

海水に浸かって塩分が染み込んでいるであろうから、きれいな水で濯いで落とそうとしていた。たとえ携帯などの機械類がダメになっても、人間だったころの唯一の所持品なのだ。そう簡単に諦められるものではない。劣化を少しでもなくしたくて潮を落としているのだ。

 

うん

 

これくらいでいいかな

 

所持品をリュックに入れ、沼のほとりにリュックを置いておく。自分はこのまま沼の中央に移動した。そのまま仰向けになり、ぶくぶくと沈んでゆく。この体は本来深海で活動しているだろうから呼吸については問題ない。すぐに沼の底に着き、横たわる。

 

人間、いなかったな。

 

あの後しばらくして海のそばに家々が見つかった。ただし、どれも粉みじんになった状態で、だが。

爆撃でもあったのかと言わんばかりの酷いありさまだった。あちこち地面は抉れ、わずかに家具らしきものを発見し、ここが住宅であったとやっと理解したのだ。経年劣化が激しく、わずかに回収できたものには英語らしきものを確認した。しかし自分は英語に明るくない、いくつかの単語を拾えるだけでは文章として理解できず、この場所を特定する手がかりは得られない。こんなことなら学生時代にもっと英語の教科にまじめに取り組むべきだった。

急に日本から深海の中で人外の女の子になって、見知らぬ地にたどり着く。こんなことならって・・・・予想できるわけないだろッ!日本で拉致誘拐されて外国に連れてかれるより確率低いぞこれ!

思わず両手で顔を覆う。日本に英語を導入させている者たちはこんな状況なんて予測して無かったろうなぁ。

悲観に暮れているが、何も収穫がなかったわけではない。

いろいろと物色し、カレンダーを発見した。潮風で劣化が激しく、ほとんどかすれてたが、年号は確認できた。少なくとも現在は2013年の4月以降、ということになる。

思ったより自分の過ごしていた時代と離れてなくてよかった。だがまだまだ問題は山積みだ。これからのことを考えなければならない。

まず人がいるのか。先ほどの惨状を見て島全体が壊滅している可能性が高い。できるならあのあたりが偶然攻撃された箇所であってほしいが、被災後の処理など手を付けられていないとこから望みは薄いだろう。

次に食料。最初に目覚めてから今まで2日近く経っているはずだが、あまりお腹はすいていない。この体は何を食べるのか、と思ったときふと嫌な予想をしてしまった。

東京喰種(トーキョーグール)』という作品がある。

喰種(グール)という見た目人間の亜人が、人間社会に紛れているという人間と喰種(グール)の闘争を描いた青年コミックだ。

簡単に言うと喰種(グール)という亜人は人間の血肉しか食べられない。一人食べて”力”を使わなければ1か月は腹が持ち、人を襲うとき体の一部を異形化させてその姿を恐ろしくしている。自分はそれの尻尾が生えるタイプに酷似しているからそれを連想してしまった。

もし、喰種(グール)と同じように、人間が食べる物がまずく感じて栄養として受け付けなかったら。そう思うと気が重くなる。

これは早く確認しなければならない。

他には何かないか、と考えるとこの体の肉体スペックを忘れていた。今の自分はどう見ても人外だ。当然人間達に攻撃される、という可能性がある。

自衛のため、自分がどのくらいの力が出せるのか検証する必要がある。

そろそろ地上に出て行動しよう。水中で起き上がり、しゃがみこんでから一気に飛び上がる。

ドパァッ!と勢いよく飛び出しそのまま地上に降りた。ちょっと楽しい。

リュックはどこかと捜すと、さっきの勢いで波にさらわれ、沼の中に沈み込んでいた。

 

 

 

 

 

   

Orz⋍∑    いろいろ台無しである。

 

 

 

 

 

 

しばらく絶望した後、散策を再開した。したのだがやはり予想通り人はいなかった。海に近いほど被害が大きく、陸の中央ほど被害は少ない。そこで小さな町を発見した。やはりそこも爆撃らしき被害を受けていて、海側ほどではないがめちゃくちゃになっていた。

何か使える者はないかと物色する。こうしているとサバイバル物のゲームをしてるみたいだ。『ラストオブアス』は面白かったな。

もしここがゾンビ系の世界だったらどうしよう。それはいやだなぁ。

もしそうだったらチェーンソーとか日本刀とか”丸太”を持っている人を見かけたら全力で逃げる自信がある。

ショットガンとかマシンガンとか持ってる人なんかよりよほど恐ろしい。

 

しばらく物色したがめぼしいものはなかった。襲撃される際、貴重品は持ち去ったんだろう。

小さな島だったから他にも近くに島があるとあたりを付ける。

海岸線までたどり着き、例の”遠視”の力でほかの島を探す。すると予想した通り、水平線に島が見えた。もう荷物が潮に浸かるのは嫌なので、今度はリュックを頭に乗せて頭を出したままパチャパチャと犬かきをして海を渡った。”遠視”を使わなくともはっきりと島が見える頃には、別に犬かきをしなくてもスイーッと渡れるのに気付いて余計な労力を使ったと後悔する。

当然島に着くころには真っ暗で、へとへとに疲れてしまった。

 

今日はもうここまでにしよう。

 

砂浜で体を丸め、尻尾を抱き枕にして眠った。眠ってる途中、無意識にまた親指をくわえているが、ご愛嬌である。

 

そう、日が上がって起きたとき潮が満ちてリュックを海水で濡らしてしまうのもご愛嬌である。

 

オンオン、と文字通り声にならない叫びを上げ、むせび泣きそうになるのもご愛嬌なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとしきり『エシディシ状態』になって立ち直った後、今度こそ上陸する。

疲れて満ち潮のことをすっかり忘れていたのもあるが、海水に浸かっても呼吸に問題ないのが完全に裏目に出た。島に上陸したのもあって、『お次はなんだ?』とあのモンスターパニック映画を思い出して次なる災害に警戒する。したところでどうしようもなさそうである。

 

散策したはいいが、ここもさっきの島と似たような状況だった。

ただ、大きな収穫が一つ。

畑を見つけた。

幾年も手つかずで大変なことになっているが、ちゃんと機能していた。

穀物らしき物の根を引っ張ると、その姿を現す。これは・・・・サツマイモ・・・・かな?記憶にあるサツマイモと少し違うような気もするが、自分が知っているのは市場に出ているきれいなものだからこんなものだろう。

サツマイモは好きなほうだ。”蒸かした芋”にして食べたいな。

少し離れたところにはバナナの木もあった。これがあるってことはここは南の島ってことなのかな。黄色く実っていておいしそう。

手を伸ばし、採ろうとするが届かない。前から思ったが、この体小っちゃいな。鏡見てわかるが、10歳ぐらいに見える。目測だが140センチ前後くらいじゃないだろうか。

だが手段がないわけではない。今の自分には人間だった頃にはなかった器官が存在する。

 

そう、尻尾である。

 

こいつがあれば素の体では届かなくても尻尾で届く。

というわけで取るよ。

尻尾の力で支え、体を伸ばす。そしてバナナの房の塊を手に取り、根元をボキリと折る。

なぜ尻尾で直接取らないかと思っただろう。尻尾の先端には顎が付いているからそれで取ればいいじゃないかと。

それではだめなのだ。たしかに尾顎でバナナが取れるかもしれないが、慣れない器官だからきっと採るときぐちゃぐちゃだ。この体になって最初の食事、綺麗な状態なのとぐちゃぐちゃで汚いの、どちらがいいか。つまりそういうことである。

何度もさんざんな目にあって自分は学習したのだ。こんなものさ。

 

この異形っ娘、完全に慢心である。

 

さて・・・・この体になって初めての食事・・・・

ポキ・・・・と房から一つ取出し、皮を剥く。そしてあらわした実は太陽の光に照らされ白く輝いていた。本当においしそう。

覚悟を決めパクつき咀嚼。ムグムグと味わうと口の中は記憶と違わぬバナナの味。いやそれ以上の新鮮で甘いものが口いっぱいに広がり、幸せな気分でいっぱいになる。

 

 

おいしーーいッ!

 

 

んんーーッ、と体が震え、この体は初めての食事に喜ぶ。

 

始めて食べるのがコレで本当に良かった。

下手したらさっきのサツマイモを生で食べる羽目になっていた。先ほどまで不幸が続いた分、感動も一塩なのだ。

ふと気になり、尻尾もものを食べるのかともう一つバナナの皮を剥く。裸になったバナナの実を尾顎で食べさせる。頬や唇がないからボロボロこぼすが、きちんと食べれている。ただ、ベロがないからだろう、味を感じることはない。しかし、どういう体の構造になっているんだろう?食べたバナナの皮を尾顎に放り込みつつ、人体の、いやこの体の神秘に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのあと何本かバナナを味わって残りはリュックの中に詰めた。ちゃんとこの体は普通の食事がとれると分かって一安心だ。

それにしても、と思う。先ほどは意識して無かったが、バナナの房の塊の根元を片手で簡単にへし折れた。よく考えればあれは相当な力が必要なはずだ。

自分の手を見てみる。白く、ちっちゃな手。とてもあんな力が出るとは思えない。だが確かにこの手がへし折ったのだ。

草木に溢れたこの地を見まわす。

地面にコーラの空き瓶を見つけた。ずいぶん時間がたってるみたいで汚れている。

片手で持ち、思いっきり握りしめる。

 

パキパキ・・・・バキンッ!

 

―――――簡単に砕けた

 

少し歩くと・・・・見えた。戦車を見つけた。戦争が終わった後そのまま放置されていった戦車には、木や草たちが生い茂っていた。錆びて履帯が外れ地面にベロンと飛び出している。

近づき、戦車と対面する。

 

「フ――――ッ」

 

集中して拳を構える。

半身になり、右の拳は腰に、脇は軽く締める。

 

「――――――――」

 

今ッ!

 

「シィッ!」

 

歯の隙間から音が漏れ、突き出した拳は戦車にぶち込まれる。

 

 

ベゴォンッ!!

 

 

一瞬戦車が浮き上がりかけ、一世紀もの沈黙を破り僅かに動いた。

確認する。

殴った部分は凹み、パラパラと錆が落ちる。

 

すご・・・・

 

殴った拳はジンジン痛むが、驚きで痛みは気にならない。

尻尾を見る。こいつの顎の力はどれくらいだ?手ごろな樹を探す。選んだ樹は両手の指じゃ囲えないほどの太さ。尾顎を開き、噛みつく。

 

ベギ・・・・ベキ、ベキ・・・・

 

もっと力を込める。

 

ヴチ、ブチチチッ、ベキィッ!!

 

ズズゥン・・・・ッ!

 

「――――――――」

 

なんだ・・・・これ・・・・

 

こんなの、人間に噛みついたら簡単に喰いちぎれちゃう。

 

これなら少なくとも刃物持った男くらい簡単に撃退できそう。

戦車の一部を尾顎で噛み砕くのを見て、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、”丸太”を持った人は力の強さがわかっても逃げるけどね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の力の強さを確認し、再び散策に入る。少し遠くまで歩くと、探していた建物を見つけた。

 

役所だ。

 

幸いなことに半壊こそしているものの、倒壊せずきちんと状態を保っている。

中に入り、資料室を漁る。そして見つけた。

 

地図だ

 

簡易版のほうを調べるとやはりこの島のことが載っている。世界地図で比べるとこの島はオーストラリアの近くで、北東の位置にある。日本からはずいぶん遠い。島から島に移動するのにあんなに苦労するのにこの距離は・・・・どうしよう。

この体は結構お腹が持つようだし、いかだとか作って食料を持っていくか?

いや、現実的じゃない。まず方角がわからない。星を見て方角を読んだりするようなスキルなんて持っていない。

なら逆にオーストラリアを目指すか?そっちなら島から島を移動し続ければできそうではある。

でも自分は日本に行きたい。オーストラリアにしたって、きちんとたどり着けるかわからない。

ああ・・・・気が滅入ってくるなぁ。

とりあえず、食べ物はたくさんある。寝るとこだって、この体は場所を選ばない。それこそ水の中だって眠っていられる。ここで暮らすにはしばらくは大丈夫だろう。もっとじっくり考える時間はあるんだ。そしたら何かいい考えが思いつくかもしれない。

資料室を物色していると、資料用のクリアケースを見つけた。島国だから潮風で傷まないように必要なのだろう。これはいい。手ごろで丈夫そうなものを選んで、人間だった時の所有物を入れておく。これでもう海水にさらされることはない。もう何も怖くない。

さて、まだ明るいけどそろそろ寝床を探そう。明日からは地図を片手に地理の確認だ。地理も明るくないけど。

そうして彼女はベッドを探すべく、外へと出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈み始め、夕焼けのオレンジ色が海を照らす。

 

艦娘たちは目的の場が近づくのを見て、いったん足を止め集合する。

 

「ようやくここまで来たね。」

 

「うむ。」

 

「もう日が落ちるっぽ~い。」

 

「マルデ提督とマド提督の艦隊さん、よろしくお願いします。」

 

逸脱した艦娘には固有の能力が発現することがあるが、それにはある程度の方向性がある。例えば夕立のソロモン海域での戦闘能力の向上は史実にあった夕立の武功に関係があると思われる。

それともう一つ、同一の艦娘でも発現する固有能力が違うことがある。それは絆を深めた提督の性質にある程度性格が引っ張られ、提督の感性に似通ってくるのが原因だと思われる。

そのため、先ほどの両提督の艦娘には索敵系統の固有能力を持つ者がいるのだ。

 

艦娘たちはそれぞれ索敵系統の能力持ちを一艦隊ずつに配分し、艦隊ごとに”悪魔”捜索に乗り出す。静かに移動し、着々と”悪魔”を追い詰めるための布陣が整おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の出前。

まだあたりは暗いが、早めに眠ったので目が覚めた。

上半身を起こし、んんーッと背伸びをする。

倒壊せず無事に残った家のベッドを見つけ、夜を明かした。目覚めは快調でいい日を過ごせそうだ。

朝食は昨日採ったバナナを食べる。

水が飲みたくなったので、昨日見つけた水飲み場に向かう。水飲み場と言っても小さな川で、飲んでも問題なさそうだった。

 

森の中

 

顔を洗い、のどを潤しているとなにか音がしたような気がした。動物が近くにいるのかな?そういえば魚を除けば人間以外に動物を見かけていない。好奇心につられ、鬱蒼とした森の中を歩く。

どこにいるんだー、と探していると。

 

 

シャァン・・・・

 

 

今聞こえたのはなんだ?

 

聞き覚えがあるような

 

そう、よく映画とかで刀を抜くときの音に

 

 

 

音に

 

 

 

え?

 

 

振り返ると、いた。

 

そこに佇んでいる。女の子だ。

 

女子高生?

 

まず思ったのはそれ。シャツにプリーツスカート、カーディガンにネクタイ、二ーソ。パッと見てそう思ったが、眼帯に角のように見える両側頭部に着いたユニット、手には刃の部分が赤い刀に何より背中に砲の付いた何かの装備を背負っている。

 

人間・・・・ッ!

 

いきなりの邂逅で硬直する。

どうしようかと迷っていると。

 

「よう・・・・見つけたぜ・・・・・・・・。」

 

 

どういうこと?

言っている意味が分からず、呆ける。それにさっきから既視感を感じる。

 

「龍田の・・・・仇だぁッ!!!」

 

バッ!と目の前の女子高生が飛び出し、刀を振るう。

いきなりのことで頭が真っ白になったが、体は動いてくれた。しかしとっさのことだったので、振るってくる刀に左手で受けを取り奇跡的にいなすことができた。瞬間、左手に強い熱を感じて確認しようとした途端、おなかに衝撃が走り、勢いよく吹っ飛ばされる。認識できなかったが、いなした瞬間、相手は蹴りを放ったのだ。

ドンッ!と樹にぶつかり、地面に這いつくばる。

 

「~~~~~ッ!」

 

痛い・・・・ッ!

 

衝撃が体中に伝わり、動けない。何とか左手を動かして、確認すると左手の半場から小指と薬指が欠損していた。トクトクと血が流れる。ワインみたいな赤紫だ。

 

「?・・・・まぁいい。いーいザマだなぁ、オイ・・・・。」

 

女子高生が見下ろし、近づいてくる。

 

まずい・・・・ッ!何とかしないと・・・・

 

「どんな気分だ?せっかく逃げ延びたのに、止めを刺される気分はよ。」

 

女子高生から感じる圧力がパンパじゃない!質量すら感じるッ!

注目を浴びせるため、手を大きく動かし上体を上げ、目を合わせる。

こわい・・・・でも、()()()()()()()()()

 

「終わりだ。化け物。」

 

左手に持った刀を振り上げる。

 

まだだ・・・まだ・・・・

 

「くたばr「ドバァッ!!」わぶッ!」

 

いまッ!

 

尾顎に溜めた土を噴射して振り下ろした刀を避け、一気に懐に飛び込む。がっちりと抱き着き、背中に手を回す。尾顎は振り下ろした刀を銜えて無力化した。背が小さいせいで女子高生の大きな胸に顔がふさがるが気にしてる余裕がない。

 

「ッ、の野郎ッ・・・・離しやがれッ!!!」

 

ゴッ!!!

 

一瞬視界が真っ白になり、火花が走るが離さない。離したら死ぬ。相手は空いてる右手で殴ってきたのだ。

そのあと相手は左手の刀を離し、自分の両腕に手を掛ける。

 

「離せって・・・・言ってんだろ・・・・ッ!」

 

ギリギリ・・・・と痛みが走り、背に回した手が剥がされる。

 

うそ・・・・戦車だって凹ませられるくらい力が強いのに、何でッ!?

離すまいと抵抗するが、どんどん引き剥がされる。胸から離れ、相手の顔が間近に見えた。

 

 

あれ・・・・?この顔・・・・?どこかで・・・・

 

 

 

 

 

『俺の名は天龍。フフフ、怖いか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬱陶(うっとう)しいんだよ、ゴラァッッ!!!」

 

ゴッチィンッッ!!!「ッ!」

 

相手から強烈な頭突きをかまされ、地面にへばりつく。

すかさず頭を足蹴にされ、今度こそ動けない。

 

「ッたく、みっともねぇ抵抗しやがって。」

 

この状況から逆転できる方法が浮かばない。尻尾を振って吹き飛ばすような器用さはない。相手は自分よりずっとパワーが上だ。

 

駄目だ・・・・詰んだ・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

”悪魔”を足蹴にし、軽巡洋艦『天龍』は一息つく。

この島に上陸し、”悪魔”を発見した俺は後をつけ、機を窺った。本当なら見つけた時点で連絡を取る手はずだったが、奴を見つけた途端、そんなことは頭から吹っ飛んだ。あいつは俺の相棒を殺しやがった・・・・ッ!

 

殺す・・・・ッ!

 

今思えば馬鹿なことしたと思ってる。SSSレート相手に単身で挑むなんて正気じゃねぇ。実際頭に血が上って冷静さをなくしていた。

だが相対して拍子抜けした。慣れない地上戦で不意こそ突かれたが、いとも簡単に無力化した。交戦してから妙に手ごたえがなさすぎるが、それだけこいつが弱っているってことだろ。

さて・・・・どう(なぶ)って・・・・いや、んなこと考えずとっとと止めを刺すのがいい。今まで犠牲になった奴らを考えるとそんなもんじゃ到底釣り合わ「天龍さん!!!」

 

 

 

 

 

ホウジ提督の艦隊、一航戦の二人はマルデ提督の天龍の叫び声を拾い、急ぎ駆けつける。だがそこで見たものは二人の予想を超える状況だった。

”悪魔”が地に着き、足蹴にされていたからだ。

 

「天龍さん・・・・これはいったい。」

 

「天龍、状況を説明して頂戴。」

 

駆けつけた二人が説明を求めるが。

 

「見ての通りだ、今始末するとこだよ。」

 

「目標を見つけ次第報告のはずよ、単身で挑むなんて何を考えているの。」

 

答えた天龍に対し、弓道衣を着たサイドテールの女性が冷たく放つ。

天龍はただ睨むだけだ。

 

「赤城さん、みんなに召集を。」

 

相方にお願いし弓から放たれた矢が複数の艦載機になって飛んでゆく。

ほどなくして艦娘たちが集まってきた。

 

 

 

 

 

 

「さて、人も集まってきたようだし、説明してもらおうか。」

 

天龍の艦隊の旗艦、重巡洋艦『摩耶』が言い放つ。自身の艦隊の旗艦にそう言われ、ばつが悪そうに口を開く。

 

「・・・・自分でも悪かったと思ってるよ、馬鹿なことしたって。でもよ、こいつを見つけた途端、何も考えらんなくなっちまったんだ。」

 

「それで一人で突っ走っちまったってわけか。」

 

「天龍さん、気持ちはわかりますが、だからって単独行動をしていいわけではありません。もしものことがあればどうするのですか。」

 

天龍の言葉に摩耶とホウジ提督の艦隊旗艦、空母『赤城』はそう言う。

 

「とにかく、みんな自分たちの提督に思考を飛ばすんだ。」

 

マド提督の旗艦、重巡洋艦『那智』はそう提案する。

出撃艦隊の旗艦には、あらかじめ司令官と魂のパスをつなげ、思考や感覚を共有し、力の底上げなどの恩恵が得られる。それを利用し、今この状況をそれぞれの提督に報告するつもりなのだ。遠征に行っていた那珂がすぐ連絡できないことにもどかしさを感じていたのはこういうことだ。出撃任務中なら旗艦に報告して迅速な通達ができたはずだからである。

 

ほどなくして提督たちは例の会議室に直行し、準備は整った。

 

 

 

 

 

 

見慣れぬ装備を背負った女性達に囲まれ、異形の少女は肩身の狭い思いをしていた。女子学生に首根っこを掴まれ、周りからは砲のようなものを向けられる。

 

どうしてこうなった。

 

 

 

 

 




弟がね、言ってたんですよ。天龍はあんな強キャラ感出してるのに、ゲームだとなんであんなに残念性能なんだと。
だからせめてこの作品くらい強キャラとして描写したのです。

書いてから気づいたけれどこの天龍、ハチカワの艦娘でも良かった気がする。ハチカワが殉職してマルデのとこに人事異動したってことにしてもいいのかな?

追記
次の更新は1月の23日以降になります。
出来次第、次話の投稿予定を記載します。

追記
次話更新
1月24日 06時00分です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05 鹵獲(ろかく)

無人の廃島で人類との思わぬ邂逅を果たしたが、あれよあれよととっ捕まった。現在押さえられ、たくさんの女性たちに武器を向けられています。

 

どうしてこうなった。

 

何がいけなかったんだ。こんな状況、およそ考えられる限りの最悪じゃないか。慎重にファーストコンタクトを取るつもりが、出会った瞬間殺しにかかるとかどうなってるんだよ。

 

先ほどの女子高生には首根っこを掴まれ、首筋に刀を当てられている。先ほどから左手がすごく熱い。この女子高生に襲われ、左手の三分の一が無くなった。左手の小指と薬指が欠損しているのだ。

右手で押さえている左手を見てみる。もう血が止まったのか、流血はしていない。ワインみたいな赤紫色の血液は、空気に触れ時間が経ち、青ざめた色に変わっている。

やっぱり、人間じゃないんだよな。この世界では自分のような人外は狩られる立場なんだろうか。それでこの人たちは自分を狩るために存在していると?

確かに、昨日自分の肉体スペックを検証したとき、明らかにただの人間なんて簡単に殺せてしまうスペックを持っていたことが分かった。そして今自分を取り押さえている女子高生は、そんな自分をあっという間に無力化して見せた。ここにいる人たちはきっと特別な力を持っていて、自分のような人外相手に戦う組織の人間。たぶんそんなところだろう。

だとしたらファーストコンタクトなんて望むべくもなかったってことか。

彼女はこの絶望的な状況を前に、項垂れるしかない。痛みと暗い気持ちに、その顔を悲痛に歪ませていた。

 

 

 

 

 

鎮守府の会議室

 

出席している各鎮守府の提督たちは、それぞれの旗艦から伝えられた状況に戸惑いを隠せないでいた。

それはそうだ、艦隊を出撃させた提督たちは最悪犠牲者が出るのを覚悟していたのだ。だというのに結果は予想の斜め上を行く展開だったのだから。

 

「これは・・・・どういうことなんでしょう?」

 

ホウジ少将はこの場にある全員の疑問を代表して口を切った。

 

「つまり・・・・なんだ、奴は碌に抵抗できないくらい弱ってたってことか?うちの天龍一人で片が付いちまったぞ。」

 

自身の艦隊の成果にマルデ中将は戸惑いを隠せない。

 

「少なくとも一週間近くは奴に回復の猶予は与えていたはず、ありえない。」

 

「フゥーーーム、分からぬ・・・・。」

 

目の前の結果を受け止めきれていないアウラ中将とタナカマル中将。

 

「やはりこれは”悪魔”ではない、新たな個体か?シノハラ、君の旗艦なら()()()()()()()()?どうなんだ?」

 

「もうすでに確認させてるよ。けどこれは・・・・。」

 

 

 

 

 

ソロモン諸島

 

「うん・・・・やっぱり、何度も確認したけど間違いないみたいだ。」

 

シノハラの艦隊旗艦である時雨は(つぶや)く。彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()。スン、スンと匂いを嗅いでいるようで、その結果を自身の司令官に伝えていた。

 

「なぁ、いったいなんなんだ?」

 

異形の少女を取り押さえている天龍は苛立ちを(にじ)ませる。

 

「率直にいうよ。その子は”悪魔”じゃない、恐らく新しく生まれてきた別の個体だ。」

 

「「「「!?」」」」

 

時雨からそう告げられ、皆に衝撃が走る。

 

「んな馬鹿な!仮に奴が沈んだとしても1か月どころか1週間も経ってないんだぞ!?そんな早く生まれるはずないだろ!」

 

「でも、確かなんだ。長門さんも、感付いてはいたよね?」

 

「うむ・・・・。」

 

「僕の固有能力は皆知ってるよね?()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

駆逐艦『時雨』の固有能力は嗅覚による識別能力である。深海棲艦が近づけばそれを感知し、鎮守府にいる複数人の同一艦を個別に識別できるのだ。地味だが優秀な能力と言える。”梟”の捜索にもこの能力は大いに活躍していた。時雨の力をよく理解している者たちはその言葉を信じるしかない。

 

「だったら、だったらコイツは違うってか?俺は勘違いして圧倒してた気になった間抜けってことかよ・・・・ッ。」

 

異形の子を押さえている天龍は項垂れる。言葉には先ほどの覇気はない。

 

「しかし、だったらどうするんですか?その子は。」

 

ホウジ提督の旗艦、赤城は今話題になっている異形の子の処遇を求める。

 

「そのことについてだが、うちの提督から提案があった。」

 

それに応えたのはマド提督の艦隊旗艦、那智。

 

「それはいったい・・・・?」

 

「ああ、それはだな――――――――

 

 

 

 

 

 

鎮守府 会議室

 

「連れて帰るだぁ!?」

 

マド小将からの提案に皆戸惑う。マルデ中将は思わず問い詰める。

 

「どういうことだマド!」

 

「どうもこうもない、言った通りだ。」

 

「マド・・・・分かるように言ってくれ、さすがに意味不明だぞ。」

 

シノハラはマドにそう問う。

 

「クク、つまりだね、一体しかない戦艦レ級の発生をここで止めようというわけだよ。こういっては悪いが、君のとこの天龍は逸脱級の艦娘としては決して強い方ではない。間違っても戦艦レ級の普通の個体を単独で倒せるような力はない。」

 

「・・・・・・・・。」

 

「続けるぞ、今この状況から察せるだろうが、この個体は我々が知る中でも間違いなく最弱の個体だ。ならばここで駆逐してまた次の個体を発生させるより、連れて帰り、飼い殺しにしようというわけだよ。」

 

ここにいる全員が考えもしなかったあまりに大胆な提案に言葉をなくす。

 

「それは、何と言いますか、目からうろこというか・・・・。」

 

「うむ・・・・。」

 

ホウジ少将の言葉に皆同意する。過去に深海棲艦の鹵獲行為がなかったわけではない。だがその試みはどれも失敗に終わっているからだ。大抵は深手を負い途中で力尽きるか、暴れて結局始末するかに終わる。あまり現実的ではない。

 

「飼い殺しって、向こうが大人しくしてる根拠がどこにあるんだ、マド。」

 

「勘・・・・だよ。」

 

マド小将はマルデ中将の問いにそう簡潔に答えた。だがそれで納得するはずもなく、マルデ中将の目が続きを催促している。

 

「旗艦を(とお)して見えるだろう?奴の表情を。今まであのような顔をする深海棲艦がいたかね?」

 

「「「「・・・・・・・・」」」」

 

シノハラは時雨の視界を(とお)して件の少女を見る。フードが外れてその顔を見ることができる。

 

 

 

怯えた表情だ

 

 

 

世間を知らない子供が急な暴力にさらされてしまい、どうすればいいのかわからない。

 

そんな顔だ。

 

少なくともシノハラには彼女が無垢に見えた。

 

この子はどこか違う。

 

そう感じるのだ。

 

「それにだね――――――――

 

 

マド少将は

 

 

 

 

 

 

 

ソロモン諸島

 

「それにだな・・・・こいつの次に現れる個体が逸脱級特異個体(スーパービルド)でないという保証がどこにある?」

 

逸脱級特異個体(スーパービルド)、それは数多ある深海棲艦の中であまりにも常軌を逸した個体に、SSSレート級の潜在能力を持つ可能性の存在を示唆する単語だ。

次なる”悪魔”の可能性を示され、皆は開きかけた口をつぐむ。

絶対にないとは言えない。現にここにいる戦艦レ級は1か月というインターバルを大きく逸脱して発生している。この個体を初めて捕捉した時期を考えれば、前任を駆逐した次の日に誕生していることになる。

ひっきりなしに変わっていく展開に皆ついてこられなくなりつつある。

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

「!・・・・そうですか、了解しました。」

 

「そうか、やはりそうなったか。」

 

「そう・・・・命令なら僕はそれに従うよ。」

 

「展開についてこれねぇ。わかったよ。」

 

「うむ。」

 

赤城、那智、時雨、摩耶、長門。

それぞれの旗艦が各鎮守府から指令を受ける。

 

「全員聞け、本部からの通達だ。」

 

艦隊を代表して摩耶が口を切る。

 

 

 

 

 

鎮守府 会議室

 

沈黙を破り、海軍本部の大将、ワシュウ ヨシトキは告げる。

 

「これより、全艦隊は――――――――

 

 

 

 

 

ソロモン諸島

 

「対象である戦艦レ級を拘束、連れ帰り日本へともに帰還。鹵獲する。」

 

今、前代未聞の試みが行われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小型のボートが艦娘に()かれ、海をかき分け進む。

 

乗っているのは一人、その身に異形を持つ小さな女の子。

 

物々しい尻尾の先端は鎖でがんじがらめに巻きつかれ、その顎を開くことはできない。

 

両手は金属の枷で拘束され、戦車をも凹ませる彼女の膂力をもってしてもびくともしない。

 

 

 

 

 

どうしてこうなった

 

 

 

 

 

武器を向けた女性たちに囲まれ、絶体絶命といったところでまさかの展開である。拘束され、現在どこかへと連れてかれてます。

これは・・・・人体実験ルートか?

話を聞くに、自分は人外たちの中でも特に弱いらしい。それで、なんかよくわからないが連れて帰るそうだ。少なくとも殺されるということはなさそう。

そう認識した途端ドッと疲労が押し寄せてきた。

生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。緊張が解けて一気に疲れた。

 

運が良かった・・・・といえるのか?これは。

殺されることはないにしろ。これからどうなるのかわからない。

歪ながら人とふれあい、今まで考えてこなかったことを意識してしまう。

 

 

 

 

 

 

家に帰りたい

 

 

 

 

 

聞こえてきた砲撃音に目を向ける。

 

視線の先には()()()()()()()()が海の上を走り、こちらに攻撃している。

しかしこちら側の数と強さに間もなく轟沈される。

あの怪物たちに先ほどの女子高生を見てようやく頭に結びついた。

 

 

 

 

 

『艦隊これくしょん』

 

 

 

 

 

確かそんなタイトルのPCゲームだ。

弟がやっていたゲームにあれらとそっくりな敵がいる。人型の人外にも見覚えがある。

空母ヲ級、だったか。自身が暇で弟が手が離せない時に少しだけプレイしたことがある。そこであの敵を見かけたのだ。

プレイしたといっても特定のステージをスク水を着た娘を三人選び、ひたすらローテーション組んで出撃させた記憶しかない。

だがそれでもこれまでに集めた少ない情報でもわかる。

よく見ると周りの女性たちにもなんとなく見覚えがあるような気がする。

 

きっとそうなのだ。

 

 

 

 

 

ここは『艦隊これくしょん』の世界だ

 

 

 

 

 

恐らく自分はそれのまだ知らない敵の一種なんだろう。

 

 

 

船の上で考える時間が彼女に残酷な事実を突き付ける

 

元居たところに帰るのが絶望的だということを

 

 

 

彼女は疲れ、ぐったりと体を横たえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女たちは海を渡る

 

時折見かける遭難者のため用意していた救命ボートに、犯罪者を捕えるための手枷を用意し一行は日本に向けて帰投する。

ふと救命ボートから対象が見当たらず、一人船の中を確認する。

皆いったん足を止め、ボートの傍で手招きしている駆逐艦『夕立』に近づく。

ボートを確認した艦娘たちにそれが映った。

異形の女の子は体を丸め、尻尾を抱いて眠っている。口には右手の親指を銜え、起きる様子がない。

 

「なんか赤ちゃんっぽーい。」

 

「実際生まれて1週間も経ってないしね。」

 

「本当にこの子があの”悪魔”と同じ深海棲艦なのが信じられません。」

 

「うむ。」

 

夕立、時雨、赤城、長門は各々呟く。これまでに見たどの深海棲艦とも違う一面を見て彼女に対する警戒心が薄くなる。ほかの艦娘たちも彼女の大人しい様子を見て、それぞれ複雑な想いを抱くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府 会議室

 

「全く抵抗しませんでしたね。」

 

ホウジ少将の言葉を聞き、嫌でも現実を直視することになった一同。

深海戦艦は基本、人類に対して敵意と憎悪を持ち、ぶつかってくる。それは全人類の共通認識で常識なのだ。だが今拘束している深海棲艦はその枠から外れ、敵意どころかおとなしくされるがままである。あまりにも我々が認識している常識から外れたこの小さな異形の子供を今後どう扱うべきか、議論はそう移ろいつつあった。

 

「やはり今までの深海棲艦とは違うようだな、今後このまま大人しいようであれば、今までにできなかった深海棲艦についての精密な検査が期待できる。」

 

そう言ってワシュウ大将は早速今後の展開に思いを馳せる。

 

「となると、検査についてはドイツの力を借りますか?」

 

マルデ中将は深海棲艦についての調査や、妖精に関する技術に力を入れている国に要請するか窺う。

 

「そうだな、それがいいだろう。あの国なら希少な大人しい深海棲艦に対して、本腰を入れて事に当たってくれるはずだ。ただ、要請するとしても機材などの用意やら人材の検討などで時間を取ることになるだろう。」

 

直接ドイツに赴くのもいいが、この深海棲艦は本当に希少な存在なのだ。渡航中に万が一の可能性は少しでも避けたい。

 

「そうなると、その間にどこでイレギュラーを預かるかだが。」

 

ドイツからの人員がやってくるまでの間に誰が自身の鎮守府に預けておくのか、タナカマル中将の言葉に皆頭を悩ませる。

違うと頭では分かっていても彼女はあの”悪魔”と同一の深海棲艦である。奴に被害を出されたものは少なくない。預けたとしても”悪魔”に関する空気がまだ冷めるほど時間がたっていないのだ。天龍を代表するように、”悪魔”を憎む艦娘は少なくない。預かる鎮守府の雰囲気は確実に悪くなるだろう。

しかし、そこで話を割り込ませる者がいた。

 

「それなんだが・・・・あの子は私の鎮守府で預かろうと思う。」

 

シノハラの提案に皆注目する。

 

「うちの鎮守府は”悪魔”への被害も少ないし、穏やかな性格の艦娘も多い。あの子には我々に対する警戒心をなくして、積極的に協力できるよう、教育するのがいいんじゃないかな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ある青年がいた。

 

彼は特段、何かに秀でているわけでもなく、悪く言えば凡人である。

ゲームを趣味にしている割に買った物をなかなか消化できず、結局弟がプレイしているのを横目にネット小説を読むことになる。

一端の社会人だが、親元で暮らしていて特に親仲も悪くなく、日常に刺激を求めず緩やかでのんびりとした日常を満喫していた。

 

そんな彼だが、密かに憧れているものがある。

 

彼の幼いころ、父は怪我が元で転職していた。一緒に遊ぶにも大きな制限があり、甘えたい盛りの子供には父との交遊が少ないのは小さくないストレスになっていた。

ある日、近くにある父の昔からの知り合いのいる店に一緒に行った。そこは小さめのレストランで、店の従業員はほとんどが外国人の老人たちであった。彼らは定年を迎え、知り合いが経営しているこの店で残りの人生をのんびりと暮らそうと治安のいい、この国に移住してきた。

当時幼い彼を爺さん婆さんたちは、親しい父の子である彼をよくかわいがってくれた。彼らは長い年月を重ねてきた者特有の深みがあり、優しく、静かながら感じる大らかさは圧倒的な父性や母性としてにじみ出ていた。

そんな者たちに囲まれ甘え、愛情を感じた彼は少なくない衝撃を受けた。体を動かすだけじゃない楽しみというものをそこで知った。すぐに彼はこの店が大好きになった。彼の父も老後はここで働くと分かってからは少ない交友によるストレスなど吹き飛び、外国人が働く物珍しさと、近くにあるのもあって、幼少時は時間があればこの店にお手伝いに(あそびに)来ていた。

彼らに甘える毎日は本当に楽しかった。それこそ、自分も歳を取ったらこの店で、と考えるくらいにはここを気に入っていたのだ。彼が青年になり、かわいがってくれた老人たちが歳であの店を辞めても、彼にとってあの店は特別であることに変わりはない。

あの店の従業員には一緒に来た彼らの子もいた。老人の子である彼らは自身の父と同じくらいの年齢であり、彼らもまた老人たちに及ばないながらも人としての深みを感じた。好きな人の真似をしたがる年頃の彼は、いつか自分の子供がいて、あの老人たちのような素敵で魅力あふれる大人になることが密かな憧れになったのだ。

まあ、現実は女性との交際こそあれど、伴侶になるほどの深い仲になるほどの出会いはなかったのだが。

それでも彼らのような素敵な大人に対する憧れは消えてはいない。

 

そう・・・・

 

 

いつかは・・・・

 

 

 

あんな・・・・

 

 

 

 

すてきな・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

ふと目が覚める

 

眠りこそしたが、緊張で疲れは抜けきってないみたいだ

 

なんだか楽しい夢を見たような気がする

 

おかげか、幾分心は落ち着いてきた。起き上がり周りを見てみる。しかし眠る前と大して変わらず、すぐ退屈になってきた。

 

「あ、目覚めたッぽーい。」

 

「ずいぶんとお寝坊さんだね。丸一日眠ってたよ。」

 

声を掛けられ、振り向く。

 

「もうすぐ僕たちの所の泊地に着くからね。暴れちゃだめだよ?」

 

やさしくそう声を掛けられ、無碍な扱いはされなさそうなのを感じ、ふにゃ、と緊張による余計な力が体から抜けてくる。

大人しくしてたことで、彼女達からの警戒はだいぶ薄くなったようだ。

”遠視”を使いながら海を見ていると、先ほど言われた通り彼女たちの拠点らしき島影が見えてきた。

 

 

 

町が見える・・・・ッ!

 

 

 

壊されていない、人のぬくもりを感じるそれを見て、興奮してきた。

遂にはっきりとそれが見え、港に着く。ようやく陸地かぁ・・・・

 

「さぁ、降りてきて。」

 

女の子の一人が手を出し、催促する。彼女の手を取り、興奮から思わずピョンと飛び――――

 

あれ、ここまだ海の「ドポォン!」

 

 

「――――――――」

 

 

「「「「「――――――――」」」」」

 

 

気まずい雰囲気が漂う。

手を取った彼女のいるところが陸地だと勘違いし、海に飛び込んでしまった。手を取ってくれた三つ編みの女の子はつられて前屈みになり、何とも言えない顔をさらしてしまっている。

 

どうしよう、この空気

 

どうすればいいのかわからず呆けていると、後ろから脇に手を通され、海面から引き揚げられた。

 

「まったく、何やってるんだか。」

 

ぶらん、とぶら下げられながら後ろを向くと、褐色肌の女性。眼鏡をしていて、髪色は銀髪かと思いきや、よく見ると薄い金髪である。非常に大きく物々しい装備を背負っているが、何より目を引くのは上半身がほぼサラシだけである。おなかや胸に巻いていて、胸の真ん中で絞めている。ちょっと激しく動いたらこぼれちゃいそう。痴女かッ!

自分の格好を棚に上げているうちに、持ち上げている女性はゆっくり自分を海面に降ろす。

 

チャプン

 

しかし先ほどと同じく海の中に沈んでしまう。

 

「――――この子、もしかして。」

 

「海の上、立てないっぽい?」

 

周りに動揺が走る。

なんだろう、水の上に立つくらいここじゃ常識なの?きょろきょろと周りを窺うと、ハァ、と後ろの女性からため息をつかれる。そのままさらに持ち上げられ、再び船の中に。今まで海に沈んでいた尻尾も顔を出した。

 

「このまま陸まで行くぞ。」

 

皆無言で粛々と港に向かう。何とも言えない空気のまま、一同はようやく死地(そう思い込んでいた)から日本への帰還を果たすのであった。

 

 

 

 

 

 

今度こそ陸に着き、三つ編みの女の子に手を引かれながら目的地に進む。

周りに数人、念のための警戒で付いている。さらに周りには民間人に見られないよう、ぐるりと取り囲まれ移動している。ちょっと周りを見ると、コンビニとか料理店など普通にあるようだった。

しばらく歩き、やがて赤いレンガ造りの大きな建物が見えてくる。あれが目的地かぁ。

門の前に誰か立っている。多分この集団の上司とか代表とかそんなところだろう。

だんだんと近づき、その姿をはっきりとらえられる距離まで近づくと、驚きで頭が真っ白になる。

門の前に立っている人の姿を見てそうなった。

嘘、と思っていても近づくたびに確信してしまう。

やがて件の人物の目の前までやってくる。

今自分はぼーっと口を開けたまま呆けて、その人のことを見上げているだろう。目の前にいる人物がそれだけ意外だからだ。

 

「みんな、よく無事で帰ってきてくれたね。ほかの艦隊も今日はここで身を休めるといい。――――そして。」

 

周りにそう声を掛けながら、今度はこちらを向き、目線を合わせるためしゃがむ。

 

「はじめまして、だね。私は今日からしばらく君が暮らすとこの司令官であるシノハラだ。って、言葉、わかるかな?」

 

言われてもうまく反応ができない。

話しかけている相手は良く鍛え上げられた体に海軍の白い軍服を纏い、頭の側面は刈り上げ、顎にはひげを生やしている。

そんな大柄な人物だが、その顔は精悍ながらも柔和な印象を持つ。

 

知っている

 

自分はこの人を知っている

 

いや、このキャラクターを知っている

 

 

なぜ

 

 

なんで

 

 

 

 

 

なんで『篠原特等捜査官(しのはらとくとうそうさかん)』がここにいるの!?

 

『艦隊これくしょん』ではなく、『東京喰種(トーキョーグール)』のキャラクターがここにいることに彼女の脳内キャパがオーバーフローしそうになる。

 

 

これは先が思いやられそうだ

 

 

彼女の冷静な部分が無慈悲にそう下すのであった。

 

 

 

 

 




※艦娘の能力について
艦娘は霊力を使うことで“肉体強化”やダメージの軽減ができる“障壁”を強化できる。
霊力を多く注ぎ込むことで通常より速く航行できる。逸脱級ならより顕著。

これで第一章は終わりです。
次回の更新は未定。二月は仕事が忙しいのです。
土曜も仕事だと執筆時間取れないのです。
2月中には出せるようにしたいですね。

投稿の目途が立ったら追記でお知らせします。


追記
お待たせしました
次回更新は2月20日の朝6時00分です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 人類側とのふれあい
01 ようこそ佐世保(させぼ)鎮守府へ


おまたせしました。
土曜も仕事がある中、モチベーションも上がらず、時間を見つけてはちまちまと執筆をつづけていました。
この章からは日常メインになっていきます。

それではどうぞ。


もうなにがなんだかわからない

 

『艦隊これくしょん』の世界に人外の女の子に転生?したと思ったら、今度は『東京喰種(トーキョーグール)』の世界のキャラクターが目の前にいてもういっぱいいっぱい。

呆けている自分をどう受け取ったのか、目の前の人物『篠原幸紀(しのはらゆきのり)』は自分の頭をぽんぽんと軽くたたく。

 

「とにかく、みんなもう中に入ってしまおう。いつまでもこの子を外にさらすわけにもいかないからね」

 

その言葉を皮切りに、皆で大きなレンガ造りの建物、佐世保鎮守府に向かう。

ホテルのようなロビーを通り、自分はそのまま部屋の一室に連れてかれ、二人の女性と一緒にしばらく待機することになった。

何をすればいいのかわからなくて、尻尾についている頭を椅子にして座ることにする。

部屋に沈黙が訪れる、というわけでもなく、ぴゃあとかクマーとかおかしな鳴き声が聞こえるカオスな空間ができている。

ほんとこれからどうなっちゃうの?とお腹の中が重くなる気分のまま、時間を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

鎮守府 指令室

 

戦艦レ級の特別な個体を鎮守府に在住する軽巡二人に見張らせ、シノハラの艦隊は一同に集う。

 

「まずはお疲れ様。よく無事で帰ってきてくれた」

 

シノハラ提督からのねぎらいの言葉を掛けられ、一同はようやく体に入っていた力を抜いた。これはもう習慣、反射だ。

 

「もう時雨から伝わってわかっているとは思うが、あの子をこの鎮守府でしばらく預かることになった」

 

一同に緊張はない。前もって知らされたことであり、あの子の大人しい様子を知っているからこそ一同は冷静に受け入れることができた。

 

「そして私たちはあの子に対して親しく接してあげようと思う」

 

シノハラは語る。ドイツから精密検査の為の一団がやってくること。それまであの子をこの鎮守府で預かっていくこと。今後の為人類に協力的になれるよう我々はあの子に対して優しく接してあげてほしいこと。

艦娘たちはシノハラの言に完全に納得はできずとも、理解はした。

 

深海棲艦であるあの子を、戦艦レ級をこの鎮守府で生活させることがいまここで決まったのであった。

 

 

 

 

 

ミーティングを終え、一同は解散する。

褐色肌の女性である戦艦『武蔵』は自室に戻る途中、駆け寄ってくる少女に気付いた。

 

「武蔵さん!無事に帰ってきたんだ!」

 

声をかけてきたのは駆逐艦『清霜』だ。灰色に近い銀髪をリボンを使って後ろで二房にくくっている少女。何より目を引くのはその髪だ。髪の内側が深い青色になっている不思議な髪質をしている。

彼女は武蔵を慕っていて、子犬のようにじゃれついてくる。武蔵自身もまんざらに思ってないようで、甘えてくる彼女を受け入れているのだ。

 

「ああ、ちょっとおかしなことになったが、無事だ」

 

「もう少ししたら私も武蔵さんと一緒に行けたのに~~ッ!」

 

彼女、清霜は錬度を十分に高め、ついこの間逸脱級に至れると判断された。後は海軍の開発部から逸脱級の艦娘になるのに必要である特別な指輪が届くのを待つだけだ。

 

「まだまだこの武蔵は沈まんよ。後でいくらでも一緒に出撃できるようになれるさ」

 

「ほんとだよ!?約束だからね!?」

 

「ああ、もちろんさ」

 

まだ日は高いが、武蔵は自身の部屋に行くのをやめ、彼女と一緒に入渠施設へと赴くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の一室に異形の少女は呆ける。

 

自身の異形である尻尾の先端にまたがり、足をプラプラさせている。

彼女は二人の見張りを置かれ待ちぼうけを食らっていた。

考えるのはここがどういった世界なのか。

最初はこの世界が『艦隊これくしょん』の世界だと思っていた。だが別作品のキャラクターであるはずの人物と出会い、ここがどういった世界なのか全く見当がつかなくなってしまったのだ。

 

あれやこれやと考えるが、あまり難しいことを考えるのが得意でない彼女は半場思考を放棄していた。今は状況を動くのを待つばかりである。

そうして待つこと数十分、部屋のドアが開かれ自分の手を引いた三つ編みの女の子がやってきた。

 

「二人とも見張りご苦労様。後は僕が連れて行くよ」

 

「ぴゃあ~、緊張した~」

 

「助かるクマ~。違うってわかってても生きた心地がしないクマ~」

 

言葉を掛けられた二人は肩の荷が降りてほっとする。違うと分かっていてもこの異形の少女はあの”悪魔”と同一艦なのだ。前任者の印象が強すぎて彼女たちは部屋にいる間、息が詰まりそうなほど緊張していた。それこそ彼女が尻尾を動かしただけでびくつき、珍妙な構えを取って臨戦態勢に移るくらいには。

だがそれからの彼女が大人しいのもあって何とか見張りを続けられることができた。彼女が呆けていたのは結果的に良かったといえる。

 

それから異形の少女は駆逐艦『時雨』に手を引かれ、ある施設に連れてかれる。

どうやらそこは風呂場のようだ。ただ、規模がとても大きく、お風呂場というよりも銭湯といったほうがいいだろう。

その銭湯施設のリビングに4人の少女が待ち構えていた。

 

「おまたせ、あとはよろしくね」

 

「まかされたわ、この暁に任せなさい!」

 

待っていたのは先ほど喋っていた黒髪の子に銀髪の子、双子だろうか?よく似た顔の茶髪の子が2人だ。

いきなりのことで顔を右往左往していると、三つ編みの子はここ数日ずっと嵌められていた手枷を解いてくれた。そして尻尾の先端に巻きついていた鎖もほどかれる。解いた拘束具を手に、三つ編みの女の子は出口に行ってしまった。

そして残った4人に囲まれてしまう。

 

「さあ、ついてらっしゃい。レディーである私が案内するわ」

 

黒髪の子に手を引かれ、更衣室を通り抜けお風呂場に出る。

 

「ここであなたの体をきれいにするわよ!」

 

小さな感動で満たされる。今までもっぱら水で洗うだけだったのでお風呂に入れると分かり、つい駆け寄ってしまう。しかし急に腰が引っ張られる感覚がすると後ろから声を掛けられた。

 

「こらこら!まずは服を脱がなきゃだめよ!」

 

見ると茶髪の子の気の強そうなほうが自分の尻尾に抱きつき、引っ張っていた。

大人しく更衣室に連れてかれ、籠のあるとこまで案内される。そこで服を脱ぐよう催促されるが、慣れない体でもたついてしまう。服を脱ぐのに苦労していると「もうしょうがないわね」と先ほどの茶髪の子に脱ぐのを手伝わされた。

 

みんなもう服を脱いで準備ができているようで、茶髪の子に手を引かれ洗い場に案内される。そこで四人の手によって全身を洗われた。尻尾を他人の手で洗われるのはなんだかむず痒い。

そして最後にお湯を頭からかぶり、全身を洗い終わる。

ブルブルと勢いよく頭を振って水気を飛ばした。

 

それから浴槽に案内されついに入浴することができたのだ。

 

久しぶりにお風呂に入り、体に温かいものが染み渡りふにゃ、と顔を緩ませる。一緒に入っている4人は生まれて初めてお風呂に入って感動してるのであろうと、顔を見合わせ笑う。

ふと気になって自身の胸元を見ると、その先端を確認する。爪の色と同じく、そこもピンクに近い薄紫色だった。

 

それから間もなく風呂場に入ってくる者がいた。先ほどの褐色肌の女性と見知らぬ銀髪の女の子だ。

お風呂に入っていた彼女は途端に気恥ずかしくなる。一緒に入っている子たちは小学生くらいなので裸を見ても平気だが、成人した女性の裸はさすがに別だ。今の性別的に問題はないが、どこか罪悪感と背徳感を覚えてしまう。

彼女たちは話に夢中なようでこちらには気付かず、別のお風呂場へと移動した。ほっとしたが、これから慣れないといけないなと考える。

 

 

 

 

 

カポン――――――――

 

異形の少女は湯船に浸かり、気持ちよさに目を細める。途中左手がむずむずとかゆくなり、どうしたのかとお湯から手を出し確認すると欠損していた部分が変化していた。肉が盛り上がり、中で骨が生えてくる感覚。呆けてみてみると瞬く間に指の先端まで再生され、爪まで生えてきた。

 

ふう、とため息をつく。非現実的なことが自分の体に起きて、現実逃避しそうになる。入浴の気持ちよさにこれまでの疲れが洗われ、眠気がさして頭がゆれる。

 

カックン――――

 

カックン――――

 

瞼が重くなり、何度も頭が湯船に浸かりそうになる。

 

カックン――――

 

カックン――――

 

意識もだんだん薄くなり、体に力が抜けていく。

 

 

 

そして

 

 

 

――――――――トポン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府 シノハラ提督執務室

 

無事艦娘たちを迎え、シノハラはこれまで書いた書類をまとめていた。

途中どたどたとあわただしい足音が聞こえ、なんだと身構える。それから間もなくノックをすっ飛ばし4人の少女が入ってきた。シノハラはぎょっとする。彼女たちは碌に体をふかず、濡れたままタオルを巻いているだけだからだ。

しかしその顔を見て注意するのをやめる。彼女たちの顔には焦燥と涙が浮かんでいたからだ。

 

「いったいどうしたんだ?」

 

彼女たちに尋ねるがなかなか答えを出さない。しかし間もなく暁がようやく口を開く。

 

「し、しれい゛がん゛、あの子、あのご死んじゃっだぁ・・・・」

 

「なッ!?」

 

思わず立ち上がる。すぐさま4人に連れられ、状況を説明される。

最初はお風呂に入り気持ちよさそうにしていたが、急にお湯の中に倒れてそのまま動かなくなってしまったそうだ。

とにかく急いで確認せねば。艦娘たち用に作られた入渠施設は深海棲艦にとって毒だったのか?シノハラは焦燥に駆られ件の湯船に案内される。

 

湯船の中を覗き、見てみると異形の少女は体を丸め、尻尾をぐるりと回していた。その姿は有尾種の胎児を思わせ、すやすやと眠っているように見える。湯船に手を突っ込み彼女の体を抱え持ち上げる。思ったより体重があり、体に霊力を纏い身体能力を向上させる。

トク、トクと彼女の鼓動を感じとり、死んでしまったわけではないと分かり安心する。彼女は本当に希少な存在なのだ。もしかするとこの子が深海棲艦との闘争に終止符を打つ可能性を秘めているかもしれない。絶対に失うわけにはいかないのだ。

4人に自分たちと彼女の体を拭くよう指示すると、シノハラはこれからあの子の寝室になる部屋に連れて行かせる指示を出すため、ほかの艦娘を探すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠っていた彼女は目が覚める。

入浴の気持ちよさにそのまま寝落ちしてしまったみたいだ。

周りを見渡すと見知らぬ部屋。自分はベッドの横になっていて、どうやらあのあと連れられ運ばれてきたらしい。

ベッドのそばにある窓を見ると、外はもう真っ暗になっていた。

ふといつも着ていた服が変わっているのに気付く。

黒いレインコートから白いワンピースに変わっている。胸元を覗くと何もつけていない。ベッドから降りて立ち上がり、スカートをたくし上げると白い下着を身に着けていた。

姿見の鏡があったので移動し全身を見てみる。

唯でさえ白いのに白いワンピ-スを着ているせいでほぼ真っ白だ。

 

近くにリュックを見つけた。机の上に置いてあり、周りに誰もいないのを確認すると中を開き、人間だった頃の所持品の入ったクリアケースを確認する。あの女子高生にぶっ飛ばされ、壊れてないかと心配したが、無事なのを確認しほっとした。

これを誰かに見られるのはまずい気がする。クリアケースをベッドの下に隠し、とりあえず一息つく。ベッドに腰掛けこれからどうしようかと考えているとドアを開き、三つ編みの女の子が入ってきた。

 

「あ、起きてた。丁度良かった」

 

再び彼女に手を引かれ、今度はいい匂いがするところに連れてかれる。

 

そこは食堂だ。

規模がとても大きく、何百人もそこで食事がとれそう。

椅子の一つに案内され、座る。彼女の尻尾を考慮され、ほかの背付きの椅子と違って丸椅子である。

自分の向かい側には篠原特等がいる。ついでに隣にも見知った人物が。同じく『東京喰種(トーキョーグール)』のキャラである鈴屋什造(スズヤジューゾー)だ。二人とも『東京喰種(トーキョーグール)』の原作において喰種(グール)狩りの組織に所属するトップクラスの実力者だ。

ただ、ジューゾーの見た目だが、赤い目は変わらないが髪色は白ではなく灰色だ。原作では白髪から黒髪に変わっていたのでその途中なのだろう。目が合うと手を振ってきた。思わず手を引いていた女の子の後ろに隠れる。彼は人間なのに頭がおかしいレベルで強いのだ。たとえ今の自分が人外でも勝てる気がしない。

ふたたび椅子に座り待っていると食事が運ばれてくる。

それは人間だった頃でもよく食べていたものだ。

 

 

カレー

 

 

この体になって初めての料理がそれだ。

 

鎮守府ではかつての海軍の習慣に則って、週に一度はカレーの日がある。今日がちょうどその日なのだ。

きょろきょろと周りを窺い待っていると、やがて全員集まったのか目の前にいる人物が代表して合図を取る。

 

「さて、今日も一日お疲れ様。日々の恵みに感謝して、いただきます」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

皆手を合わせ食前の挨拶を取る。いただきますだなんて、そういえば中学生の給食以来やった覚えがほとんど記憶にない。周囲を見て思わず周りに合わせ、自分も手を合わせる。言葉は発せないので心の中で。

 

そうして皆スプーンを手に取り、食事をとる。

 

自分もと思いスプーンを取るが、うまく指でつかめない。やっぱり慣れない体で手が不器用になっている。

少し恥ずかしいが、仕方なく掌でむんずとスプーンを掴んで食事をとる。

この体になってものを食べるのは初めてではないが、調理されたものは初めてだ。初めての料理に緊張する。

意を決して一口を口にする。

むぐむぐと口を動かしカレーを味わう。ぎゅっと詰まったうまみが口いっぱいに広がり、無意識に頬をゆるめてしまう。 

 

不器用ながら手を動かし、次のカレーを頬張る。

 

バナナの時と違って団らんのある食事

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それが今はいない

 

 

自分しかいない

 

 

確かに今楽しい雰囲気なのに

 

 

おいしいものを食べているのに

 

 

どうして胸がきゅうっとしてるんだろう

 

カレーを口にしながらも胸からなにかが込み上げ、目に映るものがだんだん(にじ)んできた。

 

 

 

 

 

シノハラは今夜の食事に感慨深いものを感じていた。

今目の前にいる白く小さな女の子。

この子は本来人類の敵である深海棲艦だ。

ここには今、人間と艦娘、そして深海棲艦が同じテーブルを囲って同じものを食べている。

本来なら絶対にありえない光景がここにある。

こんな日が来るなんて思ってもみなかった。

 

かつてアメリカで人種平等と差別の終焉の演説を説いたというキング牧師の言葉を思い出す。

 

きっとこれは一足早い人類と深海棲艦が共存している一つのカタチだ。

いつかきっとこんな日がやってくるかもしれない。

だからこそ今夜の食事に感慨深いものを感じていた。

 

食前の挨拶を掛け、皆で手を合わせる。

目の前にいる小さな子はきょろきょろと周りを見て同じように手を合わせる。

意味は分からずとも周りに合わせる姿に少しほほえましさを感じる。

周りを見てスプーンを手に取って食べるのを理解したのだろう、拙いながらも手を使って一生懸命カレーを口にしている。

口に合ったのか、緊張していた顔が緩み手を動かす頻度が多くなる。

 

どうやらうまくやっていけそうだ。

 

まだまだ問題はいくつかあるが、この光景を見てシノハラはいくらか胸の荷が降りたような気がした。

 

 

だが――――

 

 

「!」

 

周りもそれに気づき動揺が広がる。

 

「ッ――ッ~~~~!」

 

 

急に泣き出したのだ。

 

くしゃりと顔を歪める。

 

嗚咽を漏らし、涙が次々頬を伝い顎からぽたぽたと落ちてゆく。

スプーンを手にしたまま、両手で涙を拭っているが涙が止まる様子がない。

 

「ふッ、グズ・・・・ッ~~~~!」

 

わんわんと声なき声を張り上げ、感情を爆発させている。

周りにいる艦娘たちは深海棲艦の涙というありえないものを見てしまい、どうすればいいのか分からず行動がただ止まっている。

 

「ねえ、どうしたの?どこか痛いの?」

 

隣にいた時雨は何とか立ち直り、ゆっくり泣いている子を抱き寄せ、あやそうと頭を撫でてあげる。

抱き寄せられている子はイヤイヤと頭を振るだけで泣くのをやめない。

 

食事どころではなくなり、彼女は再び寝室に連れ出されることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みっともなく泣きわめいてしまった。

自分の感情が押さえられない。元のとこに帰れないからか、これからどうすればいいのか。いろんな感情が溢れて押し寄せてくるのだ。

ここには自分にとっての”つながり”が何一つない。

いや、唯一人間だった頃の所持品があった。

でもそれだけだ。

その所持品だって半分はダメになってしまっている。

 

考えるほど気分が沈むので周りに目を向ける。

食堂にくる前にいた自身が寝ていた部屋にふたたび戻ってきていた。

見張りに四人のおねぇさん達がいる。前に見張りをしていた二人のうち、紫色の髪の人もいる。

彼女ら阿賀野型四姉妹と一緒に待機して10分ほど。

 

ふと手にスプーンを持ったままなのに気付いた。

カレーは結局半分も食べれなかった。

 

そのままベッドの上で数分。

部屋の扉が開かれる。

 

「どう?様子は」

 

「今はもう落ち着いてるよ」

 

そう、と阿賀野達の言とベッドの上にいる彼女を見て時雨は胸をなでおろす。急に泣き出した彼女を見て、歴戦の戦士である時雨もさすがに動揺していた。何が原因かも分からないのでどう対処すればいいのか分からず、阿賀野達に見張りを頼んだのも押し付けてしまったようで悪いと思っていたのだ。

 

時雨はベッドの上にいる彼女の前まで来ると両手を彼女の前に差し出す。

 

「?」

 

どういう意味なのか分からず、首をかしげていると急に差し出した両手の間に光が集まった。

 

「!」

 

だんだんそれは形を作り、姿を現す。先ほど食べていたのと違う新しいカレーを。

 

「じゃん!ちゃんと君の分はここにあるから、そんな残念そうな顔しなくていいよ」

 

驚いた彼女の顔を見て、いたずらが成功したような顔をする時雨。

艦娘には物を魂に収納する”魂包(こんぽう)”と呼ばれる異能を持っている。これは戦艦や空母などの大型艦であるほど内包できる量が多くなる。そして最大の特徴は魂に収納しているので、どんなに激しく動いても収納しているものには影響がないのと、収納している間は時間が止まっていることだ。なので今出されたカレーもできたての熱さのままである。

この特徴により現在物資の輸送効率は深海棲艦の出現以前と比べても遜色ない。むしろ安定してきている現在のほうがいいかもしれない。

 

何せコンテナに梱包したり、フォークリフトを使ったりする手間がいらなくなり、触れていればいいのだ。何度もトラックで往復する必要だってない。生産する場で直接魂に収納し、直接そのまま海に出れば他所へと届けることができるからだ。

 

それはともかく、出されたカレーを見て小さな異形の子は目を輝かせる。

先ほど気が沈んでいたのがウソのようだ。

時雨は魂からテーブルも引っ張り出して、ベッドの前に設置し、カレーを差し出した。

早速食べるのかとテーブルに近づいた彼女だが、何を思ったのかベッドから離れて彼女が背負っていたバッグに近づき、むんずと掴み戻ってきた。

 

おもむろにバッグの中身を取り出す彼女を見て、周りの艦娘は身構える。

が、取り出したものを見てあっけにとられる。

 

「バナナ?」

 

「バナナ・・・・」

 

「バナナだ」

 

「何でバナナ?」

 

疑問を口にする阿賀野達を無視し、バナナの皮を剥いていく彼女。

やがて裸になったバナナの実をカレーの上に乗せ、満足そうに見つめる。

やがて十分堪能したのか、持っていたスプーンでカレーを食することに取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 

召喚?されたカレーを見て先ほど気が沈んでいたのがウソのように立ち直る。

目の前でファンタジーな現象が起きたのもそうだが、先ほどまで意識していたカレーが目の前に現れ、心が躍ってしまったのだ。

我ながら現金だと思う。

さっそく出されたカレーに取り掛かろうとしたが、ふとあることに気付く。

 

ここには初めて食べた物と初めて食べる料理が存在することに

 

気付いた時にはもう行動していた。

バッグを取出し、バナナを手に取る。

採取して何日か経っていて黒いボツボツ(シュガースポット)がいくつか出来上がっているが問題はなさそう。

剥いて裸になったバナナを乗せれば完成!『丸ごと一本バナナカレー』!

初めて食べた物と初めて食べる料理の組み合わせに彼女の心は高揚で満たされる。こんなことで気をよくするなんて自分は案外チョロイン属性を持っているのかもしれない。

 

カレーを頬張り顔が緩むのを感じながら彼女はそう思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府 執務室

 

「そうか、あの子はもう大丈夫そうか」

 

「うん、結局何が原因で泣いてたのかは分からずじまいだけどもう平気そうだよ。でも時々寂しそうにしてるみたいだ」

 

とりあえず問題はなさそうでシノハラは安堵する。

今重要なのは彼女が我々に気を許し、歩み寄ってくれていること。

彼女とコミュニケーションを取り、仲を深めるのが優先事項だ。

そのためにはまず彼女が我々と相互理解できるようにすることが大事だ。

あの時泣き喚いたところを見るに彼女には声を出すことができないことが分かった。

ならば手段は手書きか、できるか分からないが”思考共有”による思念のやり取りくらいか。

 

シノハラは確実な手段である手書きを選択する。

そのためにはあの子に読み書きを教える必要があるだろう。

それだけでなく幼いあの子には情操教育も必要だと判断する。

シノハラはそれらに必要なものに対する当てを思い出し、さっそくある人物に連絡を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




私には夢がある―――

(かつ)て奴隷として(しいた)げられていた黒人の子孫と、支配者であった白人の子孫が友として、兄弟として、同じテーブルで食事をしている夢を―――

いつの日か黒人の少年少女が白人の少年少女と兄弟姉妹として手をつなげるようになるという夢を―――

A.D.1963 8/28
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア




※戦艦レ級の身長体重

『主人公』

身長 137cm

体重 110㎏

『あくまおねぇちゃん』

身長 152cm

体重 200㎏以上

次回の更新は・・・・すまない、現在『艦隊これくしょん』はイベント中なんだ。察してほしい。
潜水艦の双子は是非手に入れたいんです。
3月も土曜出勤、更新滞りそうです。

活動報告でアンケートを取っています。
皆さんは主人公とどんな艦娘を絡ませたいですか?

次話 3月30日 18時00分更新です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02 二度目の少年時代

お待たせしました。
皆さん、アンケートありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。


海の見える町を二人の親子が歩いている。

 

母親である女性と子である小さな男の子だ。

7、8歳くらいの子供の手を引き、母親である女性はある場所へ向かっていた。

彼女の手にはアタッシュケースが握られている。これは向かっている場所に引き渡すために必要な物。子供を連れているのはそこにいる人物への顔合わせのためだ。

 

それにしてもと思う。

ピ-クは過ぎたとはいえ、まだまだ寒い時期だ。着ているコートの首元を直し、子供のマフラーを確認する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

このようなことは時々考えてしまう。

かつての自分に思いを馳せることを。

 

(せん)無き事を考えるのはやめて目的の場所へと向かう。

やがてそこへとたどり着く。

そこは赤いレンガ造りの大きな建物だ。

隣で「おっき~い!」と感嘆を上げてるのに気をよくして、彼女は足を進めた。

やがて門の前に誰か立っているのに気づき、それが件の人物だと分かると彼女の中に懐かしさと高揚が込み上げてきた。

 

 

 

やがて二人の親子は門の前にいる人物の前で立ち止まる。

目の前にいるこの大きな男性は、この佐世保鎮守府の提督であるシノハラだ。

お互い久しぶりの邂逅にその顔に笑みが浮かぶ。

やがてシノハラのほうから沈黙を破り、口を開いた。

 

「久しぶりだね、()()

 

「はい、お久しぶりです提督」

 

女性はその言葉を皮切りに敬礼する。隣にいる子供のほうはそんな女性の行動にぽかんと呆けるだけだ。

シノハラのほうはそんな女性の行動に苦笑する。

 

「もう軍務から離れているんだから提督も敬礼(それ)も必要ないよ」

 

「それでも、私にとって提督は提督です」

 

彼女の名は足柄。かつてこの鎮守府に勤めていた艦娘の一人であり、現在は解体し軍の任を解かれ一人の人間の女性として暮らしている。

そして人間としての名を持ち、伴侶(いいひと)と出会い家庭を築いているのだ。

ただ、彼女の場合少し特殊で解体された経緯が異なっている。

 

今から10年ほど前。空母ヲ級の逸脱級特異個体(スーパービルド)である”(フクロウ)”との戦闘。

かつて足柄はSSS(トリプルエス)レートの深海棲艦との激戦に参加していた。

しかし”(フクロウ)”からの攻撃は激しく、足柄はその猛攻に巻き込まれ致命的な一撃を受けてしまっていた。

ある程度の攻撃ならば身に宿している妖精がそのダメージを引き受けてくれるが、足柄の受けた攻撃は身に宿している妖精の許容量を大幅に超えていた。

結果身に宿している妖精は消失し、足柄は軍艦としての力を失い一度は海に沈むことになった。

しかし、(あらかじ)め戦闘海域に待機していた潜水艦の部隊に轟沈するところを発見され、運よく命を拾われたのだ。

 

その後、艦娘として戦うことが不可能と判断され、解体処分として受理された。

そして現在、一般人として暮らしているのだ。

 

そんな彼女は隣にいる男の子に呼びかける。

 

「ほら、ゆう君、挨拶しなさい」

 

ゆう君と呼ばれた男の子は彼女の一歩前に出て挨拶する。

 

「こんにちは。きゆづきゆうたです。8さいです!」

 

よくできましたと足柄は言葉の代わりに頭をなでる。

撫でられた当人はうれしさと気持ちよさに目を細めえへへと笑う。

シノハラはそんな二人を慈しむように見ていた。

最後に足柄と会ったのは彼女が今頭をなでている子を妊娠したと報告して以来か。それが今はこうしてもうこんなに大きくなって自分の前にいるとは、時間が過ぎるのは早いものだとシノハラは思う。

 

「ともかく、いつまでも外にいてもしょうがない。中へ案内しよう」

 

二人はシノハラに案内され、ホテルのようなロビーを通り、談話室へと通された。

案内された二人はコートスタンドに上着を掛ける。

その際、シノハラは足柄のお腹がわずかに膨らんでいるのに気付いた。見た感じ太っているわけではないと分かるので、それがなんなのか察した。

 

お互い椅子に座ってシノハラは早速その話題を出す。

 

「そのお腹、もしかして子供が?」

 

その言葉に足柄ははにかみこう答える。

 

「はい♪この子で7人目です♪」

 

「え゛ッ」

 

予想もしない答えにシノハラは固まった。

だがそれも仕方ないのだ。

 

解体された艦娘は肉体が人間のそれに限りなく近づく。しかしもともとは人間ではない存在だったのだ。人間との交配による出生率は限りなく低い。人間と艦娘の夫婦が10年以上床を同じくしても子を授からないこともあるのだ。

それを考えればシノハラの驚きは当然であろう。もはや年子ではないか。

ここ10年、”梟”討伐から”悪魔”との戦闘で気を張っていて足柄を気に掛ける余裕がなかったせいで、完全に予想外であった。

シノハラの驚きを余所に足柄は持ってきていたものを渡す。

 

「これ、提督が頼んでいたものよ」

 

そう言って足柄は手に持つアタッシュケースを渡す。

中には幼児用の教育教材や知育番組のDVDなどが入っている。

シノハラは初めて鹵獲することに成功した深海棲艦、戦艦レ級をこの佐世保鎮守府にて預かっている。

異形を持った白く小さな子である彼女だが、彼女はほかの深海棲艦とは違いとても大人しくされるがままでいる。

これ幸いだとよりコミュニケーションを取るため、簡単な読み書きを教え、人間側への理解を深めるためにも情操教育も必要だと判断した。

そしてそんなあれこれを都合よく用意できそうな人物に白羽の矢が立ったのが彼女、足柄(解)というわけだ。

 

「しかし、電話で聴いてはいたけれどにわかには信じられないわね」

 

「まぁ、だろうね」

 

深海棲艦の子供を預かることになったなど、まず信じられないだろう。

 

「じゃあさっそく会ってみるかい?」

 

「そんなあっさり・・・・大丈夫なのかしら?」

 

聞き間違いでなければこの鎮守府で預かっているのはたしか戦艦レ級のはずだ。

彼女の知る限り戦艦レ級というと常に一体しか存在せず、基本的に発生した海域にとどまっているが、非常に好戦的だという印象があるからだ。

 

「まぁ、足柄の懸念ももっともだけど、ずいぶん大人しいもんだよあの子は」

 

そういってシノハラは立ち上がり一緒に来るよう二人を促す。

一緒に道を歩きながらシノハラは言う。

 

「少し前までほかの鎮守府の艦娘もいたんだけどね、朝一番に出てしまったんだ」

 

もう少し引きとどめておけばよかったかな、と(うそぶ)く。

 

「まぁ、この鎮守府にもまだまだ古参はたくさんいる。せっかくだから会ってくといいよ」

 

「そうね、せっかくだからそうするわ!」

 

2人で楽しく会話していると不意に足柄に手を引かれているユウタが疑問を口にする。

 

「ねぇ、おかあさん。おかあさんってここではたらいてたの?」

 

そんなユウタの疑問に足柄は立ち止まり答える。

 

「そういえば言ってなかったわね。お母さんはね、昔は艦娘だったのよ!」

 

「そうだったの!?すごーい!」

 

自身の母がテレビの向こう側の存在だったことに高揚するユウタ。

今では艦娘はすっかりこの世界を守るヒーローのような存在なのだ。男の子も女の子も小さいころは皆憧れの存在だ。そういう年頃の男の子であるユウタの興奮は計り知れない。

 

「この鎮守府にはたくさんの艦娘がいるからね、後で会えるよ」

 

シノハラはそうユウタに期待させる。

 

やがてシノハラ達は一つの建物に入る。

そこは艦娘たちのレジャー施設だ。

卓球やバレー場などのスポーツやカードゲーム等が行われている。艦娘たちは任務明けのストレスや余暇などを訓練以外で発散する場としてここを利用している。

余談だが、妖精たちが昔調子に乗ってトレーディングカードゲームでカードに描かれているイラストのモンスターやクリーチャーが本物さながらに映像として出てくる装置を作ったが、施設を運用しているスタッフの一部が必死に取りやめさせた過去がある。

何でもこのまま発展してしまったらとんでもないことになりそうだったんだとか。

 

それは置いといてだ。記憶が正しければ今あの子はこの施設で艦娘たちの試合を眺めているはずだ。

 

そうしてしばらく探していると見つけた。

 

「提督、あの子が例の・・・・」

 

足柄の視線の先には件の深海棲艦がいた。あまりにも白く、太く長い尻尾を持つ少女。艦娘たちがドッジボールをしているのを尻尾を椅子代わりにしながらぼぉっと眺めていた。

 

「おじさん、あの子もかんむすなの?」

 

ユウタはシノハラにほかの艦娘と違う印象を受ける彼女に疑問を口にする。

 

「いいや、あの子はね、深海棲艦なんだ」

 

シノハラのその言にユウタはキョトンとする。

 

「しんかいせいかんって悪いやつなんでしょ?なんでいるの?」

 

言外になぜやっつけないのかとユウタは言っているようで。

 

「うーん、あの子はね、まだ生まれたばかりで何も悪いことはしてないからだよ」

 

そうシノハラは切り返す。深海棲艦はこの世界を滅ぼそうとしている害悪。そう世間では認識されている。

20年以上前だと特にひどい。家族や人生を失い、憎しみを糧に生きているものもいるくらいだ。

海軍にも少なからずそういった動機で入ってきた者たちもいる。

しかしシノハラはそういった負の連鎖にあの子を巻き込みたくはなかった。

故にシノハラはこう切り出した。

 

「だから、ユウタ君、あの子が悪い子にならないように、友達になってあげてくれないかな?」

 

ユウタの頭に手を置きながらそうお願いした。

 

「そっか・・・・」

 

そういわれたユウタは考える。少しの人生経験しかない彼の人生でもわかることがある。悪いやつは皆が最初から悪いやつではないことを。

映画やアニメなどで見る悪役は小さいころや若いころに酷いことがあって、どうしようもなくなったキャラクターなどがいた。深海棲艦は悪者だけれど、まだ生まれたばかりで何もしてないものにまで悪者扱いなんてひどいと思った。

そうやって悪者扱いするからアニメや映画みたいな感じに仕方なくなるのはすごくかわいそうだと。

だから自分が友達になってあげていい子にしてあげればいいと。

 

「・・・・うん、わかった!ぼく、あの子となかよくしたい!」

 

「・・・・そっか、それはよかった」

 

シノハラは目を細め、まぶしいものを見るようにユウタを見つめた。

 

 

 

 

 

所変わって視点は異形の子に移る。

感情を抑えるのが難しくなったこの体は、すぐ泣きそうになったり、かと思えばすぐ機嫌よくなったりとまるで赤ん坊に戻ってしまったかのよう。

あの後自分は残りの夜を過ごすため、ある3人の女性と過ごすことになった。

その3人を一文で表すとしたらこうなる。

 

ニンジャ!サムライ!ゲイシャ!

 

ほんとにそれである。

多分3姉妹だろう。3人とも黒っぽい茶髪にオレンジを基調とした改造セーラー服を着ている。

長女の人はツーサイドアップにくの一ルックな元気そうな女の子。白く長いマフラーがトレードマーク。次女らしき人はロングヘアに後頭部を大きなリボンのように結んだ鉢巻、落ち着いた佇まいから武人のような雰囲気がにじみ出ている。

そして最後に末っ子の女の子はお団子ヘアにフリフリのアイドル制服みたいな恰好。長女と同じく多分元気っ娘っぽいんだけれど・・・・。

 

「ガタガタガタガタ」

 

自分と距離を取って近づこうとしない。怖がりさんかな?

 

()ぁ~()ぁ~!もういい加減怖がるのもやめなって」

 

「だ、だって~~。よりによって初日からなんてないよー!」

 

シノハラの提案で数日置きにグループで戦艦レ級の世話をすることになり、最初にお鉢が回ってきたのが彼女ら川内(せんだい)三姉妹である。

 

「よし!じゃあ那珂は恐怖克服のためにこの子と一緒に寝ること!」

 

「ヴぁッ!?無理無理無理無理無理!!」

 

手をバッテンして残像ができるほど首をぶんぶん振る那珂。

 

「無理じゃなーい!ほら、この子大人しいし、前任と比べて一回りは小さいし!」

 

「確かに、よく見るとこの子ずいぶんと小さいような」

 

姉二人が手を頭や肩に置いてそう言う。

 

「と~に~か~く~、長女命令ッ!」

 

そういって川内はレ級の背を押し、那珂に押し付ける。

 

「ぴぃッ?!」

 

背を押されたレ級はすかさず手を廻して抱きついた。話の流れからこのお姉さんは自分が怖いらしい。

少しでも恐怖が和らぐよう彼女はあることを試みる。

抱きついた状態からの――――

 

ばッ!

 

きゅるんッ!

 

上目使いッ!

 

どうだ!?

 

 

「――――がくっ」

 

 

ちーん

 

――――効果は抜群だ!

 

解せぬ

 

ちがう、そうじゃない

 

抱きつかれた状態のまま那珂は気絶する。抱きついた彼女は実に不満そうだ。彼女が期待してたのは上目使いが炸裂してメロメロになることだったのに。

この体の一番の自慢であるアメジスト色の瞳の色を存分に活かした行動だったのに・・・・

やっておいてなんだけどすごくあざとかった。人間だった時にこれやったら絶対悶絶してる。

 

その後気絶した子をほかの二人がパジャマに着替えさせ、そのまま今夜は同じベッドに入って夜を明かした。

 

そして翌日。予定調和のように目を覚ました那珂が抱きついて眠っているレ級を見て絶叫し、部屋の全員が起床。一緒に朝食をとり、箸がうまく使えずスプーンを用意してもらったりいろいろあったが困ったことが起きた。

女の子たちが言い争っている。

何やらもめごとのようだ。

 

聞けば彼女たちはあのジューゾーの部下らしい。

なんでも出撃任務でごたごたがあったみたいだ。

阿武隈という『セーラームーン』みたいな人がリーダーみたいだが、気が弱くて仲裁ができていない。

なので川内が仲裁に入ったのだが、なんやかんやあってドッジボールで決着つけることになった。

それである建物に入って試合を観戦してるんだけど・・・・

 

「なによぉーッ!」

 

「そっちこそーッ!」

 

バスンバスンとお互い決着がつかない。

にしてもジューゾーの部下ってこう・・・・痴女ばっかだな。

試合してるのは4人、島風、天津風、雪風、時津風。

 

4人中3人がスカートはいてない。

 

喧嘩してるのは島風と天津風。

島風は知ってる。ネットとかでもコスプレしてる人とか見かけるくらい有名だったから。

彼女が唯一スカートはいてるけど一番痴女だと思う。もう常時下着が見えてるんだもん。

 

喧嘩してる内容も島風が前に出て、むかついた天津風が前に出て速さくらべになった挙句、敵と遭遇して二人で相対する羽目になったとか。

 

よくわからないけどきっとくだらないことで喧嘩してるんだろうということは分かった。

そうやって喧嘩しながらも試合は続くが、明らかに身体能力が人間のそれと比べ物にならない。

なんと例えたらいいか、言いすぎだが『少林サッカー』のドッジボール版を見てる気分だ。

島風は残像ができんばかりのスピードで避けてるし、雪風って子はなぜか飛んできたボールが逸れて避けてるような気がする。

 

そんな超人ドッジボールの試合を眺めているときだった。

 

「こんにちは!」

 

急に横から話しかけられたので振り向いてみてみると。

 

「ぼく、ゆうた!いっしょにあそぼ!」

 

見知らぬ男の子がいた。

茶髪に元気そうな表情、口からちょっと見えてる八重歯が特徴の小さい子だ。いったいどこから来たんだろう?ここには基本的に男の人は成人した人しかいないはずなのに、ここで働いている人の子かな?

 

しゃべりかけているユウタは急に話しかけられてびっくりしているように見えたようで。

 

「ぼく、おかあさんと今日いっしょにここに来たの。だからともだちになろうよ!」

 

ようやく一緒に遊ぼうと催促してるのだと認識し、差し出してくれている両手を取り立ち上がる。

同じくらいだと思っていたが、背は自分のほうが上みたいだ。

 

「ねぇねぇッ、きみの名前ってなんてゆーの?」

 

そう言われて固まる。今の自分は喋ることができない。それに体が違う。人間だった頃の名前を使ってもよいものか・・・・

そうやって内心あたふたしていると。

 

「レーちゃんって言うですよー」

 

横から急に言われて二人とも振り向く、その人物の顔を見る前に頭に手を置かれた。

 

「れーちゃんってゆうの?」

 

「そーですよー」

 

佐世保鎮守府司令官代行、スズヤジューゾー。幼さを残す背の低い中性的な青年。話しかけてきたのはその人だった。

というよりも『れいちゃん』って自分のこと?たしか鈴屋什造(スズヤジューゾー)の本名って鈴屋玲(スズヤレイ)だったよね?

ジューゾーからすれば戦艦レ級からつけた綽名(あだな)のつもりだったが、戦艦レ級という名称を知らない彼女からすればジューゾーがかつて名乗っていた名をもらったと勘違いしていた。

 

「おにい?ちゃんはだれ?」

 

今男性なのか自信なさげじゃなかった?

言われたジューゾーは気にしてないようで。

 

「僕はここで働いているジューゾーって言います。よろしくです~」

 

「ぼくゆうた!よろしくおねがいします!」

 

お互い挨拶を交わしてると。

 

代行(だいこう)!聞いてよ、また島風がーッ!」

 

試合が決まらず、リアルファイトに発展してもみくちゃにされた天津風が自分の上司であるジューゾーに抗議する。

 

「まーた喧嘩ですか~?ほんと飽きないですね~」

 

そう言ってジューゾーは自分の部下の所へ行ってしまった。

 

「れーちゃん!あそびに行こーよ!」

 

また二人になったのでユウタは再び彼女を遊びに誘う。

ちょうど退屈してたとこだったので喜んでうなずく。

 

コクコク!

 

 

 

 

 

一連の流れを離れて見ていたシノハラだったが、二人の様子を見て違和感を感じていた。

声を出せないせいでしゃべれないあの子だが、どうにもユウタ君の言葉を理解し感情を表しているように見えるのだ。

シノハラは二人に近づき、声をかける。

 

「ちょっといいかな?」

 

2人は振り向き、近づいていたシノハラを見上げる。

 

「少しこの子と話すけど、いいかな?」

 

そう言いながら彼女の頭に手を置いて、ユウタに(ことわ)りを入れる。

ユウタが頷き、了承を得るとシノハラは彼女と目線を合わせるためしゃがみ、声をかけた。

 

「君はもしかして、言葉がわかるのかい?」

 

彼女はよどみなくコクコクと頷く。

 

「そっか・・・・」

 

上位の深海棲艦の中には”思考共有”を使い、その大半が敵意を込められているものの、言葉を発する者もいる。

生まれたばかりだという先入観があり、よく呆けているところを見ていたため、言葉を理解できる可能性をまるで考えていなかった。

この様子ならコミュニケーションを取るのもだいぶ楽になりそうだ。

シノハラは次に気になる部分を質問する。

 

「じゃあ、文字は書けるかな?」

 

そこで彼女は眉が下がり、フルフルと首を振る。

彼女は人間だった頃と違い、体が違うだけでなく力もかなり強いためすっかり不器用になっていた。

故に精密な動作に不安があり、まともに字が書けるとは思わなかったのである。今朝の朝食時に箸をまともに扱えなかったこともそれに拍車をかけている。

 

そういうわけで彼女は不器用故に字が書けないと訴えたつもりだったが、シノハラはそういうことだとは受け止めることができず、言葉は分かっても読み書きはできないのだと判断しまっていた。

 

「そっか、なら読み書きを教えてあげよう。字が書けるようになればお話もできるし、本も読めるようになるぞ」

 

字を書く練習、いっぱいしようなと話していると。

 

「ぼくもおしえてあげる!」

 

そうユウタが元気よく話しかけてきた。

 

「そうかそうか、ユウタ君もこの子にいろいろ教えてあげてほしい」

 

「うん!ぼくまたここに来るよ!いろいろおしえてあげるね!」

 

今後の予定が決まり、話が終わった後はゆう君と一緒に遊ぶことになった。シノハラさんに決められた範囲内でかくれんぼをしたり、ボール遊びなどをした。かくれんぼは大きな尻尾のせいですぐ見つかったし、ボール遊びはバスケットボールをお互い投げ渡したりシュート勝負をしたりしたけど、コントロールがうまくいかずよく手元が狂って見当違いのほうへ行ったりした。でもすごく楽しかった。別に勝敗はどうでも良いのだ。明らかに人間ではないこの体で、まるで小さなころに戻ったように誰かと一緒に遊べたことが重要なのだ。

不安だった。この世界で目覚めてから人間達とうまくやっていけるのか、もしかしたら迫害されてずっと()()で過ごしていかなくてはならないのかと思うと気が気でなかった。狂ってしまわない自信がなかった。

けどこうして小さな子と一緒に遊んで、その心配も薄れていった。

いまが楽しくてそういうことを考えずにいられるのだから。

 

二人で遊んだあとお昼ご飯の時間が来た。シノハラさんに連れられ、食堂へ(おもむ)きテーブルに着いて料理が来るのを待った。

しばらくすると料理がやってきて、それと同時にゆう君の隣に女性が一人座った。

ゆう君によく似ているからお母さんなのかもしれない。

実際ゆう君がおかあさんと言っているから間違ってなかった。

 

今日のお昼はとんかつのようだ。ごはんにお味噌汁、浅漬けと見事に家庭料理といった感じだ。

 

「今日のお昼は私が作ったのよ。厨房でかつをたくさん作ったのは本当に久しぶりだったわ」

 

「わぁいとんかつ!ぼくおかあさんのとんかつだいすき!」

 

いただきますと唱和(しょうわ)し、食事が始まる。

 

はじまるのだが――――

 

かちゃかちゃと箸を鳴らす。

食べ物を摘まむどころかまともに持てやしない。

箸を持って動かすたびに手から箸がこぼれていくのだ。

今朝もそうだったがこの体、手先が不器用でいけない。

物を掴むのはまだいい、だが指先を使うとなると途端にダメだ。スプーンすらまともに扱えやしない。これでどうやって箸を扱えと?

もうフォークに変えてもらうよう頼んでみようかと思ったとき。

 

「おはしつかうのできないの?」

 

隣で見ていたようでゆう君が声をかけてきた。

その通りなのでコク、と頷くと

 

「じゃあぼくがおしえてあげる!」

 

そう言って自分の手を掴んでやり方を教えてくれた。別に使い方は知ってるんだけど、なんか嬉しかった。ゆう君は自分より背は低いけど、面倒見が良くてお兄ちゃんみたいだ。

 

彼女が思っているようにユウタは自分の弟や妹たちの面倒を見ている長男だ。彼は普段から兄弟たちの面倒を小さなころから見続けてきたため、この自分より大きくも幼い彼女を見ているとついお節介を焼いてしまうのだ。

それだけでなくユウタは自分でも自覚せず彼女に惹かれ始めていた。それは深海棲艦の物珍しい姿かたちに興味を覚えているからなのか、それとも・・・・

 

小さい子供たちが一生懸命になっているところを見て、シノハラと足柄の二人はそれを温かく見守っていた。異形を持つ少女自身もかつては長男だったが、ユウタのお節介を受けてまるで兄ができたみたいで新鮮な気持ちになり、知らず笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

昼食を終えた後、彼女は足柄に着ている白いワンピースに切れ込みを入れてもらっていた。シノハラ曰くひざ下まであるスカートの中身が太い尻尾で大部分を占めているので、歩くときスカートが引っ張られたり、尻尾を持ち上げるとスカートがめくれて下着が見えてしまうとのこと。なのでひざ下まであるスカートの真後ろを股下のあたりまで切れ込みを入れてもらった。

試しに歩いてみるとずいぶんと違う。歩くときスカートが引っ掛かる感じがしないし、尻尾も窮屈じゃなくなった。ご機嫌になり振り向いて自分の尻尾をフリフリと揺らしながら様子を見る。

 

「どうかしら?きつくない?」

 

コクコク!

 

ゆう君のお母さんに尋ねられて元気よくうなずく。

 

「そう、よかったわね!」

 

そう言ってゆう君のお母さんはにっこり微笑み返してくれた。

この後再びゆう君と一緒にシノハラさんに連れられレジャー施設に来た。人だかりができているところがあるので見に行ってみると

 

「どこかの夜戦バカには負けないから!」

 

ドッジボールの試合が白熱していた。しかも1対5。まだやってたのか。

 

試合してた4人に加え『セーラームーン』みたいな女子(阿武隈)も参加し、対するはあのニンジャお姉ちゃん(川内)である。しかし5人の奮闘むなしく川内には当たらず、キャッチされ、川内に蹂躙されていった。

 

「うわははははは!」

 

「あたしが遅い?あたしがスロウリィ!?」

 

「・・・・この子をほっぽって何やってるんだあいつは・・・・」

 

シノハラは今回レ級を担当しているはずの川内をを見て思わずため息をついた。しかも相対してるのはジューゾーの艦隊か。そういえばまだ帰投の報告を受けてないような。

盛り上がっている試合を尻目に、あとであいつら(ジューゾー達)に説教しないと、と子供二人を連れながら思うのであった。

 

 

 

 

 

再びゆう君と遊んで周り、しばらくするとシノハラさんに呼び止められいつもより少し長く外を歩き、一つの小さな建物に入っていった。

何かのお店なのか、テーブルとイスがある。

席の一つにゆう君のお母さんが座っていて、こちらに手招きしていた。

座って待っていると一人の女性がトレイを持ってやってくる。

 

「お待たせしました、どうぞ召し上がれ」

 

割烹着姿のお姉さんから目の前にコト、それを置かれる。

 

アイスクリーム・・・・ッ

 

白く輝くそれはバニラアイス。上に添えられたミントがアイスクリームッ!って感じがする。

ちなみにゆう君のはチョコレートアイスだ。

唱和し、スプーンを掴み一口。

 

んまぁーー♪

 

「おいしい♪」

 

「本当に久しぶり!間宮の甘味は絶品ね♪」

 

ほんとにおいしい!こんなにおいしいアイスは”前”を含めて初めてかも

 

んんーッと喜びに震え、尻尾も思わずユラユラと揺れる。

思わず隣のチョコ味はどんななんだろうとふり向いてしまう。

 

「ぼくのも気になるの?だったらいっこあげる!」

 

そう言ってゆう君は一口ぶん(すく)って自分の口元に持ってきてくれた。

 

「はい、あーん!」

 

思わず目の前のスプーンをパクつく。

たちまちやわらかいチョコレートの味が広がってゆく。

 

こっちもおいしい!

 

「ぼくにもいっこちょうだい!」

 

いいよ!

 

不器用な手つきでアイスを掬い、ゆう君にスプーンを向ける。

ゆう君はスプーンを持ってる手ごと掴んでアイスにパクついた。

 

「こっちもおいしい!」

 

さっき自分が思ってたこととまったく同じで思わずニヤついてしまう。

 

「よかったわねぇ、ゆう君」

 

「うん!」

 

アイスクリームに舌鼓を打ち至福のひと時を過ごした。

 

 

 

 

 

 

ゆう君のお母さんとこの店に来ていたほかの女性たちが楽しそうにおしゃべりしているとき、ゆう君がおずおずと割って入る。

 

「おかあさん、ぼくおトイレいきたい」

 

「あら、じゃあ付いておいで。こっちよ」

 

ゆう君の手を取り、二人は店の奥へと消える。

それを見ていた彼女はどこか違和感を感じていた。

 

「君はトイレに行かなくて大丈夫かい?」

 

いっしょのテーブルにいたシノハラにそう言われ、そこでようやく違和感の正体に気付いた。

 

自分がこの体になって一週間以上経つが、一度も排泄をしていない。

数日前にバナナを食べたし、昨日も食べ今日だって食べた。なのにまったく(もよお)さないのはさすがにおかしい。

シノハラさんと目を合わせ、フルフルと頭を振った。

 

「そうか・・・・」

 

シノハラさんはそう言って顎に手を乗せそのまま考え込んでしまった。

でもよく考えたらこの方が不都合なくていいかもしれない。

自分の体に付いているこの尻尾を見てみる。自分の体に匹敵するほどの体積を誇るこの大きな尻尾を。こんなのがあったら便座に座るとき邪魔でしょうがないだろう。この体でトイレは無理がある。もしやるなら対面に座り込んでことを済ませるという不恰好を強いられるだろう。

 

和式トイレのことは全く頭にない彼女。そしてそれを指摘できる者もこの場にはいないのであった。

 

 

 

 

 

ゆう君たちが戻ってきて店を後にするとき視界にあるものが映り足を止めた。

彼女がふと立ち止まったのに気づき、ユウタは声をかける。

 

「れーちゃん、どうしたの?」

 

彼女はぼおっとある一点を見つめて動かない。

ユウタは彼女の視線の先を辿り、それを見つける。

 

壁に掛けられたそれはカレンダーである。

 

「これはね、イヌだよ」

 

カレンダーに描かれている絵を見てユウタは指摘する。

だが彼女が見ているのはそれではなかった。

 

2049年だと・・・・ッ!

自分のいた時代から30年以上経っていることに驚きを隠せない。

外からわずかに見えた街の様子はそこまで進んでいるようには見えなかった。

 

「れーちゃん、はやくいこ!」

 

ゆう君に手を引かれ、シノハラさんに追いつく。

 

「ふたりとも何をしてたんだい?」

 

「あのね、れーちゃんがね、イヌを見てたの」

 

「犬?」

 

二人の会話を横目に彼女は考える。

ここが自分のいた世界とは違う日本だったとして、果たしてこの世界にも自分の家族がいるのだろうか?いたとしてもこの30年以上も時代の進んだ日本に両親は生きているのか?

 

気が重くなり進みが遅いせいで自然と手を引っ張られ、たたらを踏む。

転びそうになった彼女を見てユウタは心配する。

 

「だいじょうぶ?れーちゃん」

 

今考えてもしょうがない。それにこの体じゃあ・・・・

 

嫌な考えを振り払い、彼女は歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れ始め、足柄たちの帰る時間が迫ってきた。

シノハラと足柄は(むか)えと別れの為に今も遊んでいるだろう二人の所へ向かっていた。

鎮守府に来た時に預けた上着を手に持ち、足柄は話す。

 

「今日は本当に楽しかったわ!時雨たちとも会えて本当に来てよかった!」

 

「それはよかったよ。こっちもユウタ君があの子に良くしてくれて助かった。おかげで色々分かったこともあるしね。よかったらまた来るといい。あの子もきっとユウタ君と会えてうれしいだろう」

 

「そうね、そうするわ!」

 

そうしてシノハラ達は二人を見つける。しかしシノハラ達は二人の姿を認めた途端、思わずつぶやく。

 

「おや・・・・」

 

「あらあら、うふふ」

 

シノハラと足柄の視線の先。二人は床に座って眠っていた。

太く長い尻尾が2人を囲うように包み、二人はそれにもたれかかるようにして眠っていた。ユウタの手には絵本が一冊握られている。あの子に読み聞かせしていたのだろう。

隣にいる彼女は自分の親指を口にしてすやすやと眠っている。

 

「疲れて眠っちゃったのね。それにしても、本当に赤ん坊みたい」

 

「実際、生まれて十日も経ってないからね」

 

2人の様子を見て足柄はそうつぶやき、シノハラはそれに応える。

ずっとこの光景を見ていたいが、もう帰らなくてはならない。

足柄はユウタに上着を着せて抱き上げる。レ級は離れていくユウタに気づき、目を覚ました。

 

まどろむ意識の中、思っていたのは羨望。小さなユウタが抱き上げられている姿がかつて自分がうんと小さかった頃、父親の腕の中に抱かれていたのを思い出していた。

思えばそれが自分の中の最も古い記憶なのかもしれない。

ふと自分の頭に大きな手が置かれているのに気付く。見上げようとする前にゆっくり撫でられる。

 

「どうして泣いているんだい?」

 

しゃがみこんできたシノハラに言われて気付く。目に涙がたまってきていることに。

目をつむり、頬を伝う涙を感じているともう我慢が出来なくなった。

 

「!」

 

がばっとシノハラに抱きつき、彼女はその胸に自分の頭を押し付けていた。

どんどん溢れてくる思いが体の外に出ていく感覚、伝わってほしいとその小さな体を押し付ける。

 

そんな彼女の行動が、小さな奇跡を起こした。

 

突然抱えられ体を持ち上げられる。急なことで呆けたが彼の大きな腕の中に抱かれているのだとようやく理解した。

胸の中に心地の良いもので満たされ、体の力を抜く。

彼女の心はうんと小さかったあの頃に戻っていた。

 

 

 

 

 

急に抱きつかれたシノハラは驚くより先に彼女の想いが自身に伝わってきていた。

抱いてもらっていることへの羨望、寂しさ、自分もそうして欲しい。そんな想いが思念となり、”思考共有”の発露により感情がシノハラに直接届いた。

彼女の小さな体を抱いて持ち上げると、途端に喜びの感情が伝わる。

 

変わらない

 

 

人間の子供と何も変わらない

 

 

泣いて、笑って、寂しさを覚え、求める

 

 

そんな人間の当り前を深海棲艦であるこの子は持ち合わせている

 

 

守護(まも)らねばならない

 

シノハラは腕の中にいる重みを感じながらそう思うのであった。

 

 

 

 

 

「ばいばい!れーちゃん!」

 

足柄に抱えられているユウタは別れの挨拶をしていた。

対するレ級も言葉の代わりに小さく腕を振って挨拶する。

鎮守府の入り口で二人の目が合う。

 

「ぜったいまたくるから!」

 

「今度は下の子たちもお泊りに来るわ」

 

「ああ、待っているよ」

 

そして別れ、足柄親子が去ってゆく。

 

「さて、私たちも戻ろう」

 

コク

 

シノハラの腕の中で彼女は甘える。

 

 

小さな子と遊び、おいしいものを食べ、幼子のように抱き上げられて、彼女の心は幼くなりつつあった。

 

 

それが良いことなのか悪いことなのか、今は誰も知らない

 

 

 

 




今回、 リエル さんの川内型の三姉妹という要望に応えました。
次話からもほかの人の要望に応えたいと思います。
ただ話の展開上、入れられないキャラもありますので、出てこなかったりしたらすみません。

おまけ

入渠施設(おふろば)にて

「さあ那珂、この子の体を洗いなさい!」

「い゛い"い"い"い"い"い"や"や"や"や"あ”あ"あ"ァァッ!!!」


追記

次回更新4月17日の18時00分になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03 最弱の深海棲艦

今回もアンケートのキャラ出しますよー。
期限などは特に決まってません。活動報告からまだまだ募集中です。
必ずしも反映するとは限りませんが、皆様の意見から何らかの着想を得られるかもしれないので送ってくださると幸いです。


朝日が昇らず外はまだ薄暗い。

そんな早朝に目覚めた。

ベッドから起き上がり、その姿があらわになる。

 

緑みがかった黒髪は肩より先へと乱雑に伸ばし、手で掻き上げその顔についている両の目があらわになった。

精悍な顔についたその両の目は瞳の色がそれぞれ違っている。

左目は髪の色と同じく緑みがかった黒だが、斜めに入った傷痕のある右目の瞳は金色。いわゆる両の瞳の色が違うオッドアイと呼ばれるものだ。

ベッドから抜け出して浴衣を脱ぎ、身だしなみを整える。

 

深緑色のラインが入ったへそだしのセーラー服を身に着け、傷痕のある右目を隠すように眼帯を着用している。頭には白いベレー帽を斜めに被り、セーラー服の上に右半身を隠すように黒いマントを羽織る。そして手足にはグローブと折り返しの付いたブーツを身に着け、軍刀を帯刀しているその出で立ちは、海賊の船長(キャプテンパイレーツ)だ。

彼女の名は重雷装巡洋艦『木曾』、この佐世保鎮守府に所属する最高戦力の一人である逸脱級の艦娘である。

 

身だしなみを整えた彼女は部屋にあるもう一つのベッドに目を向ける。

人が入っているにしては歪な膨らみ。布団からはみ出して床に投げ出されているのは大きな頭部の付いた尻尾だ。

不揃いで剥き出しの大きな歯が付いた頭部は、それの口が開けば、人間の頭を丸齧りにできそうなほど。

一体ベッドの中には何が眠っているのか。

 

布団に手を掛けめくるとそこにいたのは二人の幼い子供だ。

一人は尻尾の持ち主である異形の少女。まるで人工物のような白すぎる肌に髪、異形の尻尾からは考えられないようなかわいらしい顔立ち。自分の親指を口に含めて眠っている様子は見た目の年齢よりも幼い印象を受ける。

 

もう一人はこの部屋のもう一人の住人。異形の少女より幼い姿をしているが、彼女もまた艦娘である。

黒いショートヘアの6、7歳くらいの少女。

彼女は潜水艦『まるゆ』。木曾と同室している少女だ。

 

「ほら、二人とも起きろ。もう朝だぞ」

 

木曾はベッドで眠っている二人を起こす。

 

「ふぁい、木曾さん・・・・おはようございます」

 

まるゆはすぐに起きたが、もう一人は身じろぎして体を丸めるだけだ。

 

「ほら、いい加減起きろ」

 

口に含んだ親指を手をつかんで離す。指についた唾液が糸を引き、プツリと切れた。

異形の少女は目を覚ます。ゆっくり手を突いて体を起こし、あくびをする。すると尻尾についた尾顎も連動するようにガバ、と大きく口を開けた。

 

戦艦レ級、今回は川内たち三人から木曾たちが担当になる。

 

木曾はまだウトウトしているレ級の浴衣を脱がし、白いワンピースに着替えさせた。まるゆも自身の正装である白いスクール水着に着替えている。白スクが正装だなんて字面だけを見ると酷いが、そういうものなのだ。決してこの鎮守府の提督が指定したものではない。

 

木曾は部屋を出る前にあるものを用意する。水の入ったコップに洗面器、そして歯ブラシだ。

胡坐(あぐら)をかいた木曾はレ級を手招きする。まだ寝ぼけている彼女はふらふらと近づき座り込んだ。

木曾はそんな彼女を抱き寄せ、膝の上へ横向きに乗せる。

 

「ほら、歯を磨いてやるから口を開けるんだ」

 

途端に彼女は嫌そうに顔を歪めて精一杯の抵抗とばかりにぺチ、ぺチと木曾の顔を力なくたたいた。

 

「だめだ、昨日は代行(ジューゾー)と一緒に甘いものをいっぱい食べただろう?またお風呂でそのまま眠って結局昨日はできずじまいだったんだ。今日こそはやるからな。虫歯になったら大変なんだぞ?」

 

そんな木曾の気遣うセリフに彼女はとうとう折れ、体の力を抜いて目をつむり口を開いた。

シャコシャコと歯を磨く音が部屋を満たす。やがて歯磨きは終わり、コップに口をつけてちゅくちゅくと口をゆすぎ、口元に持ってきてくれた洗面器にべ、と水を吐き出した。

 

「ん、ちゃんとできたな。えらいぞ」

 

彼女の頭をなでてあげると少し誇らしそうにしている。

木曾は彼女を立ち上がらせ、まるゆとともに部屋を出た。

 

 

 

 

 

木曾たちは朝食の為に廊下を渡る。

木曾は二人の後ろに離れてついてゆく。

彼女たちがこちらを振り返らないのを確認すると、木曾は右目に着用している眼帯を持ち上げ、金色の瞳を露出させる。

そして木曾は瞳に意識を集中し、自分の固有能力を発現した。

 

今の木曾の右の瞳には普段と違うものが映っている。

視界が色()せ、二つの光る人型の(もや)のようなものが映っている。

靄の中心には強い光の輝きのようなものがある。

 

目に映っているこれは魂だ。

 

木曾の固有能力は魂の視覚化。

このように生きている者に備わっている魂を目にすることができるようになる。

だが逸脱級艦娘の固有能力としては珍しいものではない。

発現する固有能力は大まかに区分がされていて、夕立のソロモン海域での戦闘能力向上や川内の夜間戦闘時の戦闘能力向上など、特定の状況で戦闘力が上がる指定強化型。木曽のように魂を何らかの形で知覚できたり、霊力を感知できたりすることができる霊魂感応型。そして武蔵の耐久力や装甲、摩耶の命中力に特化した性能を持つ艦娘としての能力が純粋に強化される性能特化型の三つに分かれる。

 

木曾の魂の視覚化によるメリットは以下の通りだ。

まず夜戦時のような暗くて見えない時でもこの能力ならばはっきりと敵の位置がわかる。

この能力は壁越しでも知覚可能なので海中にいる潜水艦の奇襲にも対応でき、先ほども述べたが夜でも敵の位置がわかるため、夜戦時でも潜水艦相手に大きなアドバンテージを得ることができる。

 

木曾はこの能力を使って自分の前にいる異形の少女を見つめた。

 

 

やはりほかの深海棲艦とは違う

 

 

木曾が知覚している魂には感情の波からくる揺らぎが見えている。

木曾のような霊魂感能型には相手の思考を読むといったことができるが、木曾の場合は相手の感情を読むとこには長けていない。

本部にいる尋問に特化した艦娘のような嘘を見抜いたり、つついて心の奥にある僅かな動揺を見抜いたりなど以ての外だ。

せいぜい魂の揺らぎから相手が怒っているのか悲しんでいるのかが分かるぐらいだ。

 

木曾が目の前の少女から見えるのは隣にいるまるゆと大して違わない穏やかな感情の波。

他の深海棲艦ならば憎悪と敵意で激しく波打つのに対し、彼女は我々と何も変わらない。

今までに深海棲艦を”視て”他とは違うと思ったのは三度目だ。

 

1度目は10年間に渡って我々と戦ってきたSSS(トリプルエス)レートの”梟”。我々に対する敵意はあったが憎悪は感じられず、ほかの深海棲艦にはない撤退という選択肢ができる特異な個体であった。

 

2度目は目の前にいる少女の前任である”悪魔”。あれは憎しみで戦っているというよりもただ純粋に戦うことに喜びを持っていたように思う。こうして余裕を持って考えていると、ただ戦うのが好きなだけだったならば、もしかしたら歩み寄れる可能性があったのかもしれない。

こうしてあの”悪魔”に良く似た少女を見ているとそんなバカげたことを考えてしまう。

 

ひとしきり彼女を観察した木曾は眼帯を元に戻し、彼女たちとともに食堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂で朝食を済ませたシノハラは食後の休みにと茶を(たしな)んでいた。

深海棲艦の勢いも”梟”の10年に渡る戦いに”悪魔”との激闘、これらを経てから急になりを潜めたように思う。

実際全国の状況を流し読みしてもここ最近の深海棲艦の出現の少なさは(いちじる)しい。

これが嵐の前の静けさか、それとも我らの奮闘が報われその数を減らすことに成功しているのか。

ともかく、深海棲艦の活動が大人しい今、シノハラは英気を養うためこうしてのんびりとしていた。

 

周りを見てみる。

 

自分たちの部下である艦娘たちは思い思いにくつろいでいる。

軍務についている者としてこれはいかがなものかと昔の軍人ならば顔をしかめているだろうが、今まで気を張り詰めた毎日だったのだ。それに彼女たちはみな若い女性だ。中にはまだ二桁(ふたけた)の年齢にも達してないだろう見た目の少女すらいる。

そんな彼女たちにシノハラは厳しい規律で縛るような真似をするつもりはない。

他の鎮守府によっては多少の違いはあるだろうが、シノハラは比較的ゆるい雰囲気のこの鎮守府を好ましく思っている。

 

自分のやり方に異を唱える者がいたとしてもシノハラは自信を持って反論できるだろう。

自身の積み重ねてきた実績と、中将という軍の中でも最上位に近い地位が異を唱える者に有無を言わせぬ要因となるのだ。

 

こうしてシノハラがテーブルでくつろいでいる時。

 

それはやってきた。

 

トコトコと白い異形の少女がやってくる。

朝食を終え、すぐにこちらにやってきたようだ。

 

シノハラはまたかと苦笑する。

彼女はシノハラの目の前に来ると両手をこちらに向けて、期待のまなざしでこちらを見ていた。

トン、トン、と両足を使って軽く体を浮かばせ、催促する。

 

「ほら、おいで」

 

そうシノハラは両手を広げ呟いた瞬間、バッと抱き着いた。

 

「おっと」

 

彼女はその小さな腕でシノハラの背に手を廻し、頭を押し付ける。

 

「♡~~~~」

 

小さな頭をグリグリと押し付け、彼女は存分に甘える。

 

「本当に提督の抱っこが好きだね、この子は」

 

「もー毎日やってるぽい」

 

そう、ここ数日で彼女がこうして甘えてくる姿は、すっかりこの鎮守府の日常になりつつある。

鎮守府にいた艦娘たちはこの幼子のような戦艦レ級の様子にすっかり毒気が抜かれ、”悪魔”という強烈な危険性とこびりついていたイメージを払拭(ふっしょく)するのに一役買っていた。

 

トロンと眠そうに顔を(とろ)けさせ、彼女はこちらを見つめる。

全身真っ白な中、その宝石のような紫色の瞳がキラキラと輝いていた。

 

今の彼女にとってシノハラに抱っこされるのが最も幸せを感じている瞬間だ。この世界に生まれてきて、寄る辺もなく家族に会う方法すら断たれた。

 

そんな中、見出(みいだし)した安寧がここにある。

 

家族に会えない悲しみは割り切りつつある。住んでいた世界が違うというこんな状況では、家族の再会など望むべくもない。

いつか死に別れてしまうときが来るのだ。それが唐突に訪れたのだと彼女は無理やり納得する。

 

そんな寂しさを埋めるように彼女はシノハラに父性を見出した。

 

これが知らない人物ならここまですぐに懐いてはいなかっただろう。

だが彼女は目の前の人物を漫画のキャラクターとしてその人となりを知っていた。本来そんなありえない状況に戸惑い警戒してしまうのが普通なのだろうが、彼女はあまり難しいことを考えるのが得意ではなかった。

ここまで来るとそういうものだと考えるだけである。

 

あの日、シノハラに初めて抱っこされたとき、彼の腕の中の心地よさを感じたときからそう思うようになったのだ。

 

そんなわけで彼女は幼くなったのを利用して存分に甘える心算でいた。

 

 

 

 

 

シノハラさんの抱っこを存分に堪能し、幸せなひとときを過ごしているとシノハラさんから今後の予定を聞かされた。

 

何でも自分はしばらくしたら外国からの科学者が精密検査の為にやって来て、そこに預けられるらしい。

だからこの後、外国に自分の情報をあらかじめある程度データを取って送るようなことを言っていた。何でも自分のように大人しく調べられる機会はなかったんだとか。

 

精密検査と聞いて人体実験という嫌なイメージが頭をよぎったが、こうやって甘えていられることといい、この前のゆう君と遊んでいられたことといい、待遇の良さにあまり心配することはないと頭を振る。

 

シノハラ達についていき、彼女はある施設に連れてこられた。

 

そこは工廠(こうしょう)と呼ばれる施設で、艦娘たちの装備である艤装や武器、弾薬をはじめとする軍需品を開発や製造、修理などを行う場所である。

そこで待っていた女性が自分が最初に着ていた衣服を持ってきた。

レインコートやストールを身に着けず、黒いビキニ水着だけを身に付け、まず軽い身体測定を行う。

 

身長は140センチも届かず137センチとずいぶんと縮んでいた。だが体重が100キロを超していたのには驚いた。体重110キロなんて”前”の自分の倍近く増えてしまっている。

ふと自分の尻尾を見てみる。やっぱりこれが原因だよねぇ。

 

その後、スリーサイズやら尻尾のサイズなど測られ、工廠の地下に案内された。

シノハラさんに転ばないよう手をつながれながら階段を下りる。前に階段を降りるとき、”前”の感覚で普通に降りていたら体のバランスが違うせいで思いっきり転げまわったのは記憶に新しい。

人外の肉体でなければ下手したら死んでいたかもしれない。

でもシノハラさんに転んでぶつけたとこを()でられて抱っこしてもらったから役得だと思った。

 

やがて階段も終わり、そこにたどり着いた。

 

そこに来てまず見えたのは一面に広がる水面。

工廠の地下には艦娘たちの艤装の調子を確かめるための地下施設が存在した。水面に浮かび、縦横無尽に動き回るためにとてつもなく広い面積を誇っている。

一面の水は海水で、海から引っ張っているのだ。

 

艤装のテストの為にこれほどの設備が整っているのは、ここの鎮守府の提督が中将という高い地位にいるからこそなせる業である。

今回、戦艦レ級の簡単なスペックのテストの為、人目の付かないこの場所を選んだ。

さっそくとばかりにシノハラはレ級に指示をする。

 

「さて、まずは水面に浮かんでくれるかな?」

 

言われた彼女はぼけっと突っ立ているだけだ。

心なしかマジで?と言わんばかりの表情なのは気のせいだろうか。

 

「ほら、こうするんだ」

 

いっしょに来ていた木曾がお手本とばかりに魂に収納されていた艤装を展開し体に身につけ、水の上に両足をつけそのまま浮かびスーッと滑るように移動する。

 

 

できねーよ

 

 

彼女の心境はそれに尽きる。

 

フルフルと頭を振ってできないと訴えてみるが、木曾は近づいて彼女の手を取り水上に来るよう促す。

 

「ほら、ゆっくりでいいからやってみろ」

 

恐る恐る木曾にしがみつき、しっかり抱き着いたのを確認すると木曾はゆっくりと移動する。

ある程度移動すると木曾は彼女を水上に浮かばせるため、脇に手をやり体から離すが、ズブズブと瞬く間に水の中に沈んでゆく。

 

「ぷあっ」

 

すぐに彼女は水の中から顔を出し、こちらを見た。

 

「やっぱりできないのか?」

 

木曾は彼女がこの鎮守府に来る直前のことを思いだす。

あの時も水上に浮かぶことができなかったが、あれは単に状況がわからず呆けていただけだと思っていた。

だがこうして水上に浮かぶよう促してもできないのを見ると、彼女の艦としての能力に欠陥があるのではないかと疑わざるを得ない。

 

その後も何度も水上走行に挑戦してみるが結果は変わらず、まるで手ごたえを感じずに時間だけが過ぎて行った。

 

 

 

 

 

水上に浮かぶのを何度も失敗し、彼女はいじけて水の底へ沈み込み体を横にして寝転がっていた。

 

 

できない・・・・

 

 

何度やっても水上に浮かぶことができず、失敗しては沈み失敗しては沈みを繰り返してとうとう彼女はあきらめてしまった。

しばらくすると潜水艦であるまるゆが迎えに来た。

 

⦅あのー、大丈夫、ですかぁ?⦆

 

まるゆは”思考共有”で水中にいる彼女に語りかける。

語りかけられた彼女は急に頭の中から声が聞こえてきたせいで驚き、その場から起き上がりあたりを見回す。

 

⦅ああぅ、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったんです⦆

 

まるゆの姿を認め、頭の中から聞こえた声が目の前の白スクを着た子によるものだと認識すると、少し興奮してきた。

”前”からゲームやアニメに触れてきた彼女は、テレパシーなんて言うファンタジーに触れてちょっとご機嫌。

 

彼女自身も”思考共有(テレパシー)”使えるだろ、なんて突っ込んではいけない。

 

彼女自身、それを知らないのだから。

現状彼女がソレを使えるのはシノハラに抱っこされて気持ちが昂ぶっている時くらいだ。

 

⦅あの、提督さんが心配してるので早く上に行きましょう?⦆

 

シノハラさんを心配させていると分かり、あわてて差し出してくれたまるゆの手を取る。スーッと体が水面へと上昇していく。

こうやって手足を使わずに水中を泳ぐことができるのだ。水上に浮くくらいできてもおかしくないのだが、結果はごらんのとおり。

水面に上がり地上に出るとシノハラさん達が寄ってきた。

 

「お疲れ様、今日はよく頑張ったね」

 

シノハラさんに撫でられて機嫌もよくなり、思わず両手を上げて抱っこをせがむがそばにいる木曾が待ったをかける。

 

「待て待て、濡れた体で抱き着くつもりか?」

 

言われて途端に気分も沈みシュンとする。だがシノハラはフォローを忘れず、彼女にお風呂に入って体を拭いたらなと機嫌を取る。一応この工廠内でもシャワー設備があるのだが、シノハラは早めに本部へと報告しておきたかった。

 

その後、報告を終え彼女のご機嫌を取った日の夜、数日ぶりの上層部による会議が行われた。

 

 

 

 

 

会議室

 

シノハラ以外の立体映像による出席で会議に立つ提督たちが集まり、シノハラによる報告が行われた。

それを受け、それぞれの提督たちは様々な感想を抱く。

 

「水上を移動するどころか、浮かぶこともできないとは・・・・」

 

大将であるワシュウは呻くようにつぶやく。

 

「砲撃能力も持ってねぇのかこいつは」

 

そう、彼女には深海棲艦には全員身に着けている砲塔などの兵器の概念が付いていないのだ。従来の戦艦レ級ならば身に持つ異形の尻尾に砲塔が取り付いている。

だがこの戦艦レ級にはおよそ艦としての能力が著しく乏しい。マルデ提督の言いぐさももっともだ。

 

シノハラはあの後彼女にいろんな質問をした。そうして分かったのは海の中から来ただろうこと、水中は移動できること、呼吸はしなくて平気なこと、深海棲艦(自分の種族)について知らないこと、そして霊力や自分の能力について知らないこと、などだ。

遠くのものを見ることができる”望遠”を使えるなど、艦としての能力を全く持っていないわけではないのだが、はっきり言って、彼女が従来の戦艦レ級の強さの一割にも届いていないという事実がこの場にいる全員の落胆に似た感想を抱かせた。

 

「・・・・・・・・」

 

「マドは何かあるのか?」

 

先ほどから黙りこくっているマドを見て、シノハラは彼を呼びかける。

 

「・・・・これまでの情報をまとめて、分かってきたことがある」

 

そんなマドの言に全員が注目する。

 

「これはあくまで仮説だが、深海棲艦は何者かによって作られているだろうと言うことだ」

 

「「「「!」」」」

 

「そもそもな話、あんなもの(深海棲艦)が自然発生することのほうが不自然なのだよ。妖精たちは怨念が作り上げたと言っているが、それもあくまで憶測に過ぎない。極端な話、艦娘も軍艦から人型へと成ったという点では同じだ。だというのにあいつらはなんだ?あいつらは我々に対して意図的に攻撃を仕掛けている」

 

そう、深海棲艦は人類という概念に対して攻撃を仕掛けている。

 

長い年月をかけた観測の結果、深海棲艦は人や人が創造しただろう建造物や船を破壊している。それが中に人がいようといまいと、である。

だが地上に見えているだろうほかの動物には目を向けやしないのだ。かつて深海棲艦が発生して間もないころ、地上に侵攻され民家などを襲われた際、住んでいた住人は赤子もろとも殺されたが、ペットは全く手を付けられていなかった。

動物園や水族館なども人間だけが殺されていることから、奴らは人間、もしくはその概念に対して攻撃されるようプログラムされているのではないか、というのがマドの仮説だ。

 

「そしてあの戦艦レ級は従来のよりも小さいことから、その何者かによる影響から途中で抜け出したのではないのかと予想している」

 

マドの予想曰く、妖精によって艦娘が作られているように、何者かによって深海棲艦も作られているものと推測する。そして深海の底は深海棲艦にとって母胎の役割を果たしているのではないかとマドは考える。

 

「彼女が深海の底で作られている際、何らかの偶然か原因によって彼女は本来より早く目覚めて(生まれて)しまった。そのせいで体が小さいことや艦としての性能が劣化しているというならば、辻褄が合う」

 

戦艦レ級の一か月のインターバルによる発生は、深海で育つための準備期間ということなのか。

 

そうこの場にいる者達は深海棲艦に対する見識を深める。

 

「そうなると、今後あの子の肉体の成長は全く分からないということか」

 

シノハラはそう呟く。時間の経過で成長できるのか、それとも深海の中でしか成熟できないのか、今は何もわからない。

 

「彼女が何であろうと、ドイツの科学者たちに引き渡すのに変わりはない。彼女が大人しい原因もおおよそ推測ができて安心というものだろう」

 

そうワシュウは(うそぶ)く。

砲撃能力どころか霊力による”肉体強化”も使えないのなら、こちらに対する被害は気にしなくていいのだから。

 

「ちょうどいい、これを機に彼女に二つ名を付けるとしよう」

 

本来ならば手強い深海棲艦に付けられる二つ名。だが彼女は逆に最も弱い深海棲艦として、特異個体(ネームド)として彼らに認識される。

 

そうしてつけられる二つ名は

 

「彼女の二つ名は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シノハラは執務室で仕事が一区切り、一息つく。

 

ふと()()に目を向ける。

異形を持つ白い少女は小さな机で読み書きの練習をしている。

あ、い、う、え、おとひらがなはすぐに覚え始めた。もともと言葉がわかるので後は字を覚えればいいだけだ。

彼女自身は指の器用さを養うためにやっていることなのだが、シノハラにとってそれは知るところではない。

 

シノハラは彼女を見てワシュウ大将の言を思い出す。

 

 

――――”モラトリアム”

 

遅れている者という意味を持つが――――

 

「”モラトリアム(みそっかす)”・・・・ねぇ」

 

この場合、出来損ないや未熟児といった意味合いなのだろう。

はっきり言って蔑称(べっしょう)だ。

 

 

シノハラはまるで最強である”悪魔”が彼女の分の強さを吸い取ってしまったかのようだと感想を抱いた。その際残った僅かなカスがあの子という結果なのではないのかと――――

 

 

そう思ってしまうのだ

 

 

 

彼女はこの日――――

 

 

最弱の深海棲艦として――――

 

 

二つ名という烙印を押された

 

 

 

 

 

 




今回は『アスラ』さんの要望で木曾改二を参加させました。
頼れる兄貴感漂う彼女に世話を焼かれるレ級が見たいという『アスラ』さんの希望(欲望)をかなえたつもりです。これで満足してくれたらいいなぁと思っています。

こういう読者の声にアンケートを取って反映できるのはネット小説の強みだと思います。


追記

次話5月30日 18時00分投稿です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04 未来を(にな)若人(わこうど)たち

6月6日

まえがきにあった小説は諸事情によりあとがきの方に移動しました。





海の見える町並に一台の乗用車が走る。

 

ワゴンタイプのそれに映るのは大半が女性だ。

それが向かっているのはシノハラ中将のいる佐世保鎮守府。

 

やがてワゴン車はそこへとたどり着く。

 

敷地内に入り、駐車場へと車を止めて扉が開いた。

出てくるのはやはり女性が大半だが、男性がそのなかに2人ほど混じる。

 

一人は運転手、そしてもう一人は彼女たちを率いる責任者。

まだ若い青年で、真ん中に分けた茶髪から覗く顔はまだ初々しさを残しており、現在着ている白い軍服ではなくスーツを着ていれば、入ってまだ年月の経っていない新入社員に見えることだろう。

 

彼の名はタキザワ セイドウ。

ホウジ少将の受け持つ鎮守府に所属している司令官代行である。

 

『司令官代行』

 

彼、彼女ら高い霊力の素養を持つ若者達はベテランの提督たちの(もと)で艦娘や鎮守府の運用、戦術などのノウハウなどを学び、やがては全国にある無数の鎮守府の中でも重要なところへと配属される。

また、司令官代行とあるように上司である司令官が本部などに(おもむ)いている間は、彼らがその間の指揮権を持ち、その海域を守ることになる。

 

そんな司令官代行であるタキザワ代行は、ここ最近大人しくなっている深海棲艦の活動を機にこうやって他の鎮守府に赴き、演習のためここ佐世保鎮守府に訪れていた。

 

自身の艦隊がそろっているのを確認し、タキザワは行く。

 

シノハラ提督のいる鎮守府内へと歩き進める中、ここに来ることになった経緯を彼は思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ・・・・本当なんですか?」

 

タキザワは手にした資料を見て、上司であるホウジに向き直る。

 

「ええ、確かな情報です。タキザワくん」

 

そう答えたホウジ提督。髪を後ろに撫でつけ、細い目つきの彼は目下の者にも敬語を使う紳士的な人物で、自分の部下と相対していた。

この大きな鎮守府を預かる彼はこの日本海軍でもトップクラスの実力者で、まだ世界中で艦娘の運用が行き届いていない時代に中国でキャリアを積んできたエリートである。

 

タキザワは手にした資料をもう一度目にする。

 

深海棲艦の鹵獲(ろかく)

 

写真も付いたこの資料を目にしてもいまだに信じられない。

しかも、しかもだ。

 

「にしたって、よりによってこいつ(戦艦レ級)だなんてッ」

 

タキザワからすれば彼女は上司(ホウジ)部下(艦娘)の命を奪ったあの深海棲艦と同一艦だ。

その胸中は複雑極まる。

 

まだ若く、提督としての能力も未熟な自分。そんな自分に良くしてくれたホウジの部下(艦娘)達。そんな彼女たちの何人かはあのバケモノ(”悪魔”)の手に掛かり帰らぬ人となった。

 

あの大規模作戦で何もできず何度歯噛みしたことか。

 

疲弊し、轟沈してゆく彼女達に何度涙を(こら)えたことか。

 

歴戦のホウジはともかく、まだ若いタキザワには日の経っていない現時点では心の折り合いがついていなかった。

 

資料にある大人しい様子の写真を見ただけでは、心に余裕のないタキザワには何かのまやかしにしか見えていない。

そんな自分の部下(タキザワ)を察して、ホウジはある提案を持ちかける。

 

「タキザワくん――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い(めぐ)らせていたタキザワは敷地内にもう一台車が入ってくるのに気づき、足を止めた。

 

駐車場に止めた車からやってきたのは背の高い女性だ。

180もある長身にがっちりとした体型、短くそろえた髪は女性軍人としては理想的だろう。固くきりっとした表情に三白眼、そして眉間にある黒子(ほくろ)が特徴の顔を見てタキザワは彼女がだれなのかを思い出した。

彼女は確かクロイワ中将の所の司令官代行だったはずだ。

 

彼女の名はゴリ ミサト

彼女もまたここ佐世保鎮守府にて演習の為やってきたのだ。

 

タキザワとゴリはお互いを認めるとそれぞれ敬礼する。

彼女はタキザワと違ってクロイワ提督の下で実績を積み、ほかの重要な鎮守府へと配属されるのもそう遠くはないという噂だ。

 

2人は軽く対話した後、それぞれの部下を率いて鎮守府内へと向かった。

 

 

 

 

 

「「本日はよろしくお願いします!」」

 

シノハラは彼らの言葉を受け取り、ようこそと迎えた。

当然のことだが演習というのは日帰りでできるようなものではない。

装備の点検や演習の海域までの移動、そして実戦には時間がかかる。そのため彼らは数日この鎮守府で泊まり込むことになる。

 

そう、時間はあるのだ。

シノハラは二人の上司が()()()のことを知っていることから、彼らがただ演習の為やってきたわけではないことを察していた。

 

「どうだい、準備などでまだ時間はある。ここへ来たのもただ演習の為というわけじゃあないだろう?」

 

まだ若い二人は正義感に(あふ)れ、実際に深海棲艦とやりあっている分、子供と違って深海棲艦を害悪と断じている部分が強い。恐らく二人の上司は彼らに実際あの子に触れあって、あの子が他とは違う例外だと頭ではなく心で理解してもらうため、といったところだろう。

 

2人はシノハラに連れられ、かの白い異形の少女の下へと向かう。

 

一度外に出て、彼女のいる建物のほうへと歩いた。

そこは着任したばかりの艦娘、主に幼い駆逐艦に対して座学を行う教育施設となっており、教鞭をとっているのは軽巡以上の艦娘が持ち回りでを行っている。

座学と言っても艦娘たちは生まれた時からある程度は知識や、おぼろげながら軍艦だった前世の経験を持っているので、教わっているのは主に戦闘に対する心構えや戦術についてだ。

 

その一室に彼女はいる。

 

まるで学校の教室を思わせるその一室には今、そんな部屋相応の光景が(うつ)っていた。

 

「もうカタカナもだいぶ書けるようになったクマ~」

 

「ひらがなはもう完璧にゃ」

 

「お~、がんばるねぇ~」

 

そこでは幼い戦艦レ級が軽巡洋艦のお姉さんたちに囲まれながら、読み書きを教わっている光景が広がっていた。

読み書きを教えているのは球磨型の艦娘たちで、球磨、多摩、木曾の3人が彼女を囲み、今回の担当である白いへそ出しルックのセーラー服を着用した女子、北上は少し離れたところで机に肘をつき、頬杖(ほおづえ)をついてあまりやる気がなさそうに様子を見ている。

 

「あれが、そうなんですか?」

 

タキザワは思わず(つぶや)いた。およそ想像の付かない出会いに、目の前の存在が人類に対する害悪だとなかなかに結びつかない。

横目で見れば隣にいるゴリ代行も少なからず動揺しているようだ。

 

「どうだい?実際にあの子を見て」

 

「あ、えと、」

 

シノハラからの急な問いにタキザワはつい(ども)ってしまう。

しかたないのだ。資料でそうだと確認していても、目の前にいる存在が友好的だとは(かたき)の同一艦だという先入観から半ば認められなかったのだから。

 

つっかえているタキザワと違って幾分か冷静になっていたゴリはシノハラの問いに答えた。

 

「資料を見てわかってはいましたが、実際に見ると言葉に詰まってしまいます。今まで深海棲艦とは人に(あだ)なす存在という認識でしたから」

 

「まぁ、そうだろうね。私もあの子と出会うまではそうだったからね」

 

実際目の前にいる小さな深海棲艦、戦艦レ級はイレギュラーな存在であり奇跡の産物と言っていい。

人を襲わず懐いているというのも希少だが、なにより他に類を見ない被害を出した前任の戦艦レ級である”悪魔”の印象が凶悪すぎて、ますますこの戦艦レ級、”モラトリアム”の大人しさが際立(きわだ)っているのだ。

 

シノハラは彼女の勉強を中断させ、司令官代行の2人を紹介した。

 

「いいかい、ここにいる2人が今日から少しの間、一緒にいるタキザワとゴリだ。さあ、挨拶してごらん?」

 

そう言われ、彼女は手に持った板に字を書く。

声帯がなく、喋ることができないため、このようなコミュニケーション方法を採用している。

 

手に持っているのは磁気ボードというもので、詳細は省くが付属した先端に磁石が付いたペンでホワイトボードをなぞると、中に敷き詰められている微細な磁石がボードに引っ付き文字が浮かび上がるというものだ。

 

そうして書いた板をひっくり返し、みんなに見せる。

 

コニチワ

 

「「・・・・」」

 

こんにちはと言いたい(書きたい)のだろうか。

 

彼女の(そば)で「ここ間違ってるクマ~」と指摘されているのを見て、軽いジャブをくらった気分になる2人なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きみがここんちの子か~、よろしゅうな。しばらく世話になる龍驤(りゅうじょう)や。ほな、アメちゃんあげるで~」

 

ひらがなカタカナの練習中、見覚えのある人物に興奮し、調子に乗ってついふざけた後の昼下がり。昼食を終えて、2人の部下たちと面識を持つことになった。

ジューゾーとその部下もこの場におり、顔合わせのようなものがあるらしかった。

 

今話している関西弁の女の子はタキザワの部下だという。

他にもあと5人の女の人がいて、大鳳(たいほう)という黒っぽい茶髪にもみあげの部分が長いボブカットの女の人がリーダーさんらしい。

 

「”モラトリアム”というのは君か」

 

振り向き、そして見上げる。

 

話しかけてきたのは背が高く、腰まであるストレートの黒髪に凛とした表情の女性だ。コロコロともらった飴玉を口の中で転がしながら先日のことを思い出す。

 

そう、先日自分に識別名が与えられたのだ。

 

識別名”モラトリアム”

 

なかなかかっこいい響きだ。

意味はなんだったか・・・・別にいい意味ではなかったとは思うが、そのうち調べようと思う。

 

「私の名は長門、ゴリ代行の艦隊旗艦を務めている。ほんの数日の間だがよろしく頼むぞ」

 

挨拶されたので頷いて挨拶を返す。身長に差があるので、見上げる形になるが。でもなんだろう、よく見るとこの人、微妙にプルプルと震えているんだけど。

 

訳が分からず、首をかしげた時、それは起きた。

 

「~~~~ッ!く、くふーー!!た、たまり゛ゃん!!」

 

「ッ!?」

 

ガバッと長門が抱き着き、頬ずりをし始めたのだ。

抱き着かれたレ級は急なことで思考が停止し、目を白黒しながら困惑した。

しかもこの抱き着いてきた女性、目がヤバい。イッちゃってる。

 

レ級は長門に対して、実は無意識に攻撃を仕掛けていたのだ。

 

そう、以前那珂に対して行った愛くるしい容姿と、非常にきれいなアメジスト色の瞳による上目使いである。

 

(はか)らずとも、彼女と長門の身長差によってそのような状況を生み出してしまっていたのだ。

彼女が当時読んでいた通り、それは抜群の威力を誇っていた。那珂には違う意味で効果があったが、長門にとってはレ級が意図していた通りの効果があったのだ。

 

そう、もうメロメロという奴である。

 

しかもそれに加えて、コテンと首を傾けたのだ。

 

もう、もう、抱きしめたくなるだろッ!

 

かわいいもの好きである長門にはあまりにも刺激の強いアレだったようだ。

その場には何とも言えない空気があたりを支配していた。

 

 

 

 

 

クロイワ中将のいる鎮守府の司令官代行であるゴリ ミサトは、スカートの中を覗くため両手で(めく)ろうとしている自分の部下を見て思う。

 

 

クロイワ提督の長門と比べて、なぜ自分のとこの長門はこんななのだ。と

 

 

ゴリはここに来ることになった数日前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロイワ提督が率いている鎮守府にて――――

 

ゴリ代行は鹵獲された深海棲艦の資料を読み、今後の深海棲艦との戦いに有効的な変化が訪れればと思っていた。

 

終わりの見えない深海棲艦との闘争、艦娘の登場によりどうにか文明が保たれている現在。少しずつ敵が強く複雑になり、人類が様々な工夫をしてそのたびに乗り越えてきた。

 

しかし、すこし前の”悪魔”との戦い。

あれを経て、今後の深海棲艦との戦いに影が差し、いつか更なる波に我々人類が飲まれてしまうのではないかと不穏を感じていた時、やってきたこの情報は人類たちにとっての福音(ふくいん)に成り得るのではないかとゴリは感じていた。

 

・・・・のだが――――

 

「なぁ、ゴリ代行!この子に会いにいかないか!?」

 

シノハラ中将に抱き上げられている戦艦レ級の写真が付いた資料を手に、ゴリの艦隊旗艦である戦艦『長門』は鼻息を荒くしてそんな提案を持ちかける。

 

目の前にいる長門はゴリがクロイワ提督から譲り受けた艦娘だ。

自身の艦隊旗艦と同一艦で、クロイワ提督は2人の長門を部下に持っていた。故にそのうちの1人をゴリに譲ってくれたのだ。

クロイワ提督から鍛えられただけのことはあり、彼女はゴリの艦隊をまとめ、秘書艦としてもその能力を遺憾なく発揮するなど、彼女は十全にゴリのことを支えてくれている。

 

そんな一見して完璧な彼女だが、欠点ともいうべきものがあった。

 

彼女は小さくてかわいいものが好きだ。

 

それだけ聞けばそれほどおかしくは聞こえないだろう。自分だって猫の赤ちゃんを見て心癒されるのだ。

凛々しい彼女がそうなのは意外かもしれないが、長門だって女性だ。そういった面があっても別に異常というわけでもないだろう。

 

ただし、彼女のそれは他とは一線を画する。

 

記憶に新しいのは以前に駆逐艦『朝潮』が建造された時――――

 

「なぁ!この子私が小さくなったらそっくりなんじゃないか!?ひょっとしてこの子私の妹だったりするんじゃないのか!?」

 

そう言ってその日の夜、自室に連れ込もうとして姉妹艦の陸奥にしょっ引かれたり――――

 

駆逐艦たちと(たわむ)れるため、島風や天津風の自立型艤装に(ふん)して(小中学生の図工レベル)クロイワ長門にしょっ引かれたり――――

 

ともかく有能な部分を吹っ飛ばして余りある問題児っぷりである。

玉にきずってレベルではない。

 

しかし、この鹵獲された戦艦レ級”モラトリアム”に興味がないと言えば嘘になる。

自分も一目見てみたいという欲求が湧きあがり、ゴリは自分が所属する鎮守府の司令官に伺いを立てた。

 

クロイワ提督は寡黙(かもく)な方だ。その艦隊旗艦である長門も長年相棒を務めているからか、同じく物静かながらどっしりと構えている。

 

クロイワ提督の長門はゴリ代行の長門とは見た目もだいぶ違う。

顔や体格は同じだが、お(なか)(わき)が露出しているデザインの上着にミニスカートのゴリ代行の長門に比べ、クロイワ提督の長門はそこにお腹から上をインナーで包み、その上に武者を彷彿(ほうふつ)とさせるコートを着込んでいるのが特徴だ。

上半身で露出しているのは頭部とお腹、そして両手の親指と人差し指くらいだ。

 

同一艦の艦娘は建造された当初こそ衣装は同じだが、錬度を上げ、その存在を昇華させると見た目が多少変わってくる場合もある。

クロイワ提督の長門はその強さを極限まで高めた結果、海軍本部にある総合開発部門にて特殊な改造処置を(ほどこ)され、今の姿となっているのだ。

 

ゴリはクロイワ提督に鹵獲された深海棲艦に興味があること、ちょうど機会が訪れた演習相手に佐世保鎮守府へと赴きたい(むね)を述べた。

そうして少しの熟考とともに帰ってきた答えは、

 

「・・・・うむ」

 

シンプルな一言とともに了承の意が取れた。

クロイワ提督はその一言に思念も加え、ゴリに伝えていた。

 

 

存分に研鑽(けんさん)を積め

 

そして自らの目であの子供を見極めるがいい

 

 

 

そうしてゴリは感謝とともにクロイワ提督の執務室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――少し現実逃避に数日前のやり取りを思い出していたようだ。

スカートの(すそ)を必死で押さえているレ級に「ちょっとだけだから!尻尾の付け根がどうなっているか気になるだけだから!」と暴走をつづける長門。周りはドン引きで数歩分引いており、長門たちの周囲には不可視の壁が出来上がっていた。

 

さすがにいたたまれなくなったゴリはとっとと一連の騒動を一掃するため、自らの艦隊旗艦である長門をしょっ引くために事の中心へと足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「すまない、うちの長門が迷惑をかけた」

 

散々な目に合い、ようやく危機を脱したレ級。見るとゴリの後ろには一連の騒動を起こした元凶が「きゅう」、とぐったりと横たわっている。

肉体が違うので他人に裸を(さら)しても特にどうというわけでもないが、それはそれ、これはこれ、である。なぜ公衆の面前で下着を晒さねばならんのか。

 

なので先ほどスカート捲りをかましたあの女性がどんな目に合おうとちっとも心が痛まなかった。

 

「お詫びと言ってはなんだが、これをやろう」

 

そう言ってゴリはレ級に大きめの紙袋を渡した。

受け取った彼女は中身が気になり、広げて中身を確認する。

中に入っていたのはどうやら黒いドーナツのようだ。

 

「手土産に作っておいたのだ、タキザワ代行にスズヤ代行も食べるといい」

 

そう言ってゴリは近くにいたタキザワやジューゾーにも紙袋を押し付ける。

 

さっそくレ級はドーナツを食べようと紙袋から取り出すが、そこでようやく気付いた。

 

黒いドーナツ

 

チョコレートを混ぜ込んだ奴とかじゃなくて明らかにおかしい。

 

黒く、固く、焦げた匂いのする明らかな異物。

 

手にしたそれを見て口にするのを思わずためらってしまう。

チラ、とゴリを(うかが)うと緊張したような、けれどどこか期待しているような表情。

これを見てしまうと食べないという選択肢はない。

 

意を決してドーナツを口にする。

 

ガリリ、ゴリリ、とおよそドーナツがしてはいけない音が口内に。

噛み砕くのに一苦労、寝ぼけてスプーンに歯形が付くこともあるくらい噛む力があるはずなのに、これは一体どういうことなのか。

それだけでなく、かみ砕いてドーナツを崩していくたびに広がっていく炭の味、焦げた香り。

表情を顔に出さないようにするのでいっぱいいっぱいだ。

 

「ど、どうだ?味のほうは?」

 

意識が薄れ、吐き出したくなるのを我慢していると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

散らばる小麦粉、入り込む卵の殻、混ぜても混ぜてもまとまらないドーナツ生地。

飛び跳ねる油、燃え盛る鍋、炎上するキッチン――――そして、ようやく救い出された価値あるもの、現在口にしているのはそういうものなのだ。

 

レ級は震えそうになる指を押さえ、磁気ボードを手にする。

 

あまくない

 

まずいと言わないのは彼女の優しさか、頑張って作ってくれたものに対して彼女は非難することはできなかった。

ゴリの安心した顔を見て、その思いはより一層強まる。

 

さすがに残りを食べる気になれず、味覚のない尻尾のほうの口の中に紙袋を逆さにして残りのドーナツを処理した。

 

 

そんなレ級の様子を見ていたジューゾーは開いた紙袋に顔を近づけ、鼻をスン、と鳴らすとにっこりと笑顔で、

 

 

「後で島風たちと一緒に食べるです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海を渡り、港へと近づく一団がいる。

 

タキザワの艦隊だ。

 

上陸し、近くにある大型の輸送車へと皆乗り出した。

 

彼女達は先ほどシノハラ艦隊との演習を終え、帰ってきたばかりである。

故に用意されていた輸送車で鎮守府へと送ってもらう。

 

かつて少将以上の艦隊たちが直接足で鎮守府へと向かったのは、大人数で輸送車が入りきれなかったというのもあるが、何より当時はレ級の存在があった。

鹵獲された当初はまだその危険性を完全に測りきれなかったため、限定された空間にいるリスクを負うのを避けたというのが正直なところだ。

 

さて、タキザワの艦隊が輸送車に揺られているのは、ただ鎮守府へたどり着く時間を短縮しているという理由だけではない。

 

彼女達は皆、恰好がボロボロ。

 

あるものは服があちこち(ほつ)れ、あるものは服が破けて半裸の状態の者もいる。

 

そう、これが輸送車に乗って鎮守府に帰る理由であった。

 

艦娘たちは小学校低学年の者から二十代ほどまでと見た目の年齢に幅があるが、その全員が見目のいい美人ばかりである。

そんな彼女たちのあられもない姿を民間人に晒す事が出来ようものか。

 

タキザワの艦隊たちは先ほどの演習により大敗を(きっ)してしまっていた。

 

「はあ゛~~~~づかれ゛た~~~~ッ、まじパないわ、中将の艦隊」

 

全員が疲労している中、龍驤が代表して口を切る。

皆も同意見なのか、輸送車に身を預け、揺られていた。

 

 

 

 

 

⦅お疲れ~皆~⦆

 

タキザワは”思考共有”で自身の艦隊と交信し、皆をねぎらう。

事を終え、一息ついてタキザワは座っている椅子の背もたれに体を傾けた。

 

 

やっぱパねぇ・・・・ッ

 

 

タキザワの思いはそれに尽きた。

 

タキザワの艦隊が対峙したシノハラの艦隊はその存在を極限まで高めた逸脱級の艦娘達だ。

もはや生きる伝説。

過去にSSS(トリプルエス)レートとも何度もやりあって生き残っているのは伊達ではない。

 

不屈のシノハラ

 

徹底的な基礎と忍耐が特色の彼の艦隊は、実質剛健を体現したような戦術が特徴だ。

つけ入る(すき)が見当たらず、手堅い攻め。

熾烈(しれつ)な敵の攻撃を耐えに耐えて僅かな勝機を見逃さない。

 

その決して(くじ)けず勝利を掴みとることから、彼は不屈の二つ名を(たまわ)る事が出来たのだろう。

 

タキザワの艦隊は艦載機を使う空母の運用を中心とした艦隊だ。

旗艦である大鳳はホウジ少将から譲り受けた艦娘であり、逸脱級でこそはないが、かなりの錬度を誇る。

しかし、タキザワは彼女の力を完全に運用できているとは言えなかった。

彼女が旗艦にいるだけでそこらの敵艦隊は容易(たやす)(ほふ)ることが出来ていたため、彼女に甘えていた部分もあったことは否定できない。

 

今回の演習で圧倒的な戦力の前になすすべなく敗れ、そのことをはっきりと突き付けられた。

今後はただ彼女(大鳳)に甘えず、より密な連携と錬度を積んでゆこうと心に決めるタキザワ。

負けはしたものの、その気分は晴れやかであった。

此度の戦いは実に得る物が大きな、有意義な一戦であろう。

 

なんだかんだ言って、ここに来てよかったと思い始めた。

いまだにあの深海棲艦”モラトリアム”には思うところがないわけではないが、それでもここに来る前と比べれば随分と険が取れたように思う。

 

シノハラの艦隊はこの後タキザワの艦隊と入れ替わるようにゴリの艦隊との演習が待っている。

自身の艦隊が帰って来たら(ねぎら)ってやろう。

 

タキザワは今後の日本の平和を守る次代の若人(わこうど)としての自覚とともに、そう思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官代行の艦隊との演習を終え、大人数での入浴に同伴することになった。

 

自分の真後ろにはスカート捲りをかました挙句(あげく)、しょっ引かれた長門が陣取り、自分をがっちりとつかんで離さない。

もういろいろあきらめた。

この人(変態)だからなのか、慣れてきたからなのか、女性の裸を見ても体を洗われたりしてもあまり気にしなくなりつつある。

 

”前”だと女性の裸なんて母親か付き合っていた女性くらいだったし。

それよりお風呂に入って温まると眠くなっちゃう。今もうとうとして(まぶた)が重い。

後頭部に柔らかい感触があるけど余計寝ちゃいそう。

 

「でもホントお肌真っ白よね~」

 

そう言って頬に手を触れてくるのはタキザワの部下の金髪碧眼の巨乳、愛宕(あたご)さん。

ほんとデカい。どたぷ~んって音が聞こえそうなくらい。

思わず目がそこに行っちゃう。つい自分のを触って比べてみる。

 

小さいけれどちゃんとむにっとした感触、これがそのうち大きくなっていくんだろうか。

自分はどのくらいの速さで大きくなるんだろう。正直分からない。

ネズミみたいにすぐ大人に成長できるのか、それとも何十年もかけて成長するのか。

 

それを考えると今度は寿命を気にしてしまう。

自分はどのくらい生きられるのだろうか。

数年しか生きられない?それともエルフみたいに何百年も生きられる長寿?

 

それとも・・・・

 

 

寿命という概念がない?

 

 

シノハラさん達が老いていなくなるのを想像してみる。

 

シノハラさんの抱っこがもう体験できない・・・・

 

ゆう君にも会えない・・・・

 

嫌な感じだ・・・・

 

 

 

むにぃ

 

そんな暗い雰囲気は後ろにいた長門によって粉砕された。

 

「胸の大きさが気になるのか?なら私が()んで大きくしてやろう」

 

乳を揉まないでください

 

乳を揉まないでください

 

さっきまでのシリアスが台無しだ。

 

「そうか・・・・あなたにはまだ未来があるのよね・・・・」

 

「せや・・・・まだ大きるなれる可能性が・・・・」

 

「いっぱい食べたって、私たちは・・・・」

 

あぁ・・・・

 

大鳳(たいほう)さん、龍驤(りゅうじょう)さん、それに瑞鳳(ずいほう)さん・・・・

 

なんて残酷なんだ・・・・

 

 

長門に乳を揉まれながら世の無常を噛み締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのころ若き司令官代行達はすでに風呂から上がり、談話室のソファーにて対面していた。

 

「せーどー、シノハラさんに負けたですかー」

 

「うっせ、明日はお前とやるんだからな!」

 

「やはり中将の艦隊は尋常ではないな」

 

そんな中、飲み物を運んでやってくる艦娘が一人。

 

「ちーっす、ジューゾー。飲み(もん)持ってきたよー」

 

「おぉー、すずっち、ナイスです」

 

「すずっちゆーな!」

 

彼女はジューゾーがシノハラから譲り受けた艦娘の航空巡洋艦『鈴谷(すずや)』。ブレザータイプの制服を着た女子で、彼女もまた非常に錬度の高い艦娘である。

ただ、鈴谷はほかの艦娘とは違う特徴があった。

 

彼女は工廠で調整を受けることで航空巡洋艦から軽空母へ、軽空母から航空巡洋艦へと艦種を変えることができるのだ。

戦略の幅が実に広い艦娘といえよう。

 

彼女はジューゾー付きの秘書艦でもあり、彼の問題行動に頭を悩ませる苦労人なところもある。

最近はそれも慣れ、むしろ染まりつつあるのだが。

 

明日に向け、軽いミーティングを終えた一行はそれぞれ解散し就寝に入るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長門に乳を揉まれたせいで何とかお風呂で寝ずに済んだ。

今日いっしょに寝てくれるのは北上おねえちゃん。

この部屋にはおねえちゃん一人みたい。

髪をとかし、白いへそ出しのセーラー服から寝間着に着替え、就寝の準備が整う。

 

今回自分の面倒を見てくれるのはおねえちゃん一人みたい。

自分も寝ようと二つあるベッドの一つに向かうが、おねえちゃんに呼び止められた。

 

「ほら、こっち来な」

 

ベッドに横になったまま手招きし、こっちで一緒に寝るように促すが、自分は『こっち空いてるよ?』って空いているベッドに指をさす。

 

「・・・・いいからこっちおいでよッ」

 

「ッ・・・・!」

 

有無を言わせない迫力をを感じて、そそくさとおねえちゃんのベッドにもぐりこんだ。

怒らせてしまったのかと思うとあの女子高生(天龍)のことが頭をよぎり、委縮してしまう。

 

涙腺が緩み、鼻がツンとしてくる。

 

()()()()()()()()()()、顔を窺ってみるが、すぐに頭を抱えられて顔が見えなくなった。

 

「・・・・ごめんね、怒ってないから・・・・」

 

「・・・・」

 

こっちもぎゅって抱きしめる。

 

言葉はなく、静寂のまま自分はまどろみに落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝

 

ズザザーッと静寂を破り、海をかき分ける一団がいる。

 

タキザワの艦隊だ。

今日はジューゾー達の艦隊との演習である。

昨日の演習が完敗だったためか、今回の戦闘に関する意気込みはなかなかに高い。

 

装甲空母1、軽空母2、重巡1、駆逐艦2とタキザワの艦隊は空母運用を中心とした戦術を取る。

対してジューゾーの艦隊は航空巡洋艦の鈴谷を筆頭に、軽巡1、駆逐艦4の水雷戦隊だ。

フットワークは軽いが、火力と攻撃のリーチではこちらにアドバンテージがある。

鈴谷の火力に気を付け、夜戦にもっていかれるようなことがなければまず大丈夫だろう。

 

大鳳はマガジン付きのボウガンを、龍驤は右手に開いた巻物と左手に霊力の灯を(たずさ)え、瑞鳳は弓をつがえて艦載機を発進させる。

 

ジューゾーの編成を再確認し、勝利を確信するタキザワ。

しかしその認識はあっという間に崩れ去ることになる。

 

大鳳たちからの焦りの思念が届き、何事かと”思考共有”のつながりを強めた。

 

⦅どうした?皆⦆

 

⦅タキザワ代行、スズヤ代行の艦隊が・・・・ッ!⦆

 

 

 

 

 

「なんやあれぇ!?」

 

艦載機からの情報を共有し、その観測した映像に思わず目を剥いてしまう龍驤。

あまりの非現実的な光景を目にして思考が止まってしまう。

 

見えているのは鈴谷以外の五人の姿。ただし、その走行速度が尋常ではない。およそ二百キロの速度で彼女たちは海上を走行していた。

 

その秘密は彼女たちの手にあるものが原因だ。

 

彼女達が手にしているのは鈴谷が放った艦載機。

大型のラジコン飛行機程度のそれを水上スキーの如く翼を霊力で補強して掴み、推進していた。

 

風圧などは障壁(バリア)で遮断。艤装をしまい徹底した軽量を図ることで可能になる荒業である。

グングンと距離を詰められているのを察して大鳳たちは急ぎ対処することに。

しかしそのころにはもうお互いの距離が肉眼でとらえられるほどに詰められていた。

 

艦載機の機銃で対処しようにも相手はありえない速度で走行しているのだ。蛇行運転するだけで当てるための難易度はとてつもなく跳ね上がる。

結局駆逐艦たちの有効射程距離内という(ふところ)に入れられ、戦闘と相成った。

 

しかし、ジューゾーの艦隊は勢いが止まらず、さらにこちらに突っ込んでゆく。

 

⦅あいつらまさか!?⦆

 

タキザワはそこでようやく相手の意図が分かった。

しかし、発覚した時にはもう遅い。

 

相対する者の戦術。

 

それは接近戦による近接格闘である。

 

相手との距離のメートルが3ケタを切った時、遂に手にしていた艦載機を手放した。

全員すぐさま艤装を展開し、さらにある装備を手にする。

 

手にしているのはいわゆる刀剣だ。

艦娘用に開発された近接戦闘用の艤装。

本来それは弾薬を撃ち尽くして手がないときの手段だ。

よもや(しょ)(ぱな)から振るってくるアホがいるとは。

 

だが完全に虚を突かれたタキザワ艦隊には効果は絶大であった。

 

主砲や魚雷に対してブレード(刀剣)による攻撃が艦娘や深海棲艦に果たして有効か否か。

 

答えは有効、である。

 

彼女達は砲弾や魚雷に対して障壁によってそのダメージが軽減されていく。

しかしその障壁は同じ霊力によって中和されてしまうのだ。

霊力のこもった超至近距離からの攻撃は素の肉体による耐久力でしか対処できない。

出来るとするなら”肉体強化”による防御くらいのものか。

 

ともかく、タキザワ艦隊は慣れない接近戦を強いられてしまったのだ。

 

温存した霊力を開放し、軽巡や駆逐艦のスピードを生かした動きで翻弄するジューゾー艦隊。

妙に近接格闘にこなれている。

 

艦隊の司令であるジューゾーはある理由から刃物の扱いには非凡なものを持ち合わせており、彼はその技術を自分の部下たちに教え込んでいた。

次々主砲や機関を断ち切られ、戦闘不能に追い込まれてしまうタキザワ艦隊。

 

もはや勝負は決した。

ジューゾー達の奇策の前にタキザワ達は大敗を喫してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでやねん」

 

あまりの理不尽な結果に龍驤は目の前にいるジューゾー達にツッコミを入れる。

負けたほうが甘味を(おご)るという昨日の宣言通り、間宮の店で演習をしていた者たちは甘いものに舌鼓を打っていた。

 

「なんでや、なんでや、オオウ、なんでや」

 

さらに手でツッコむもジューゾー達はどこ吹く風。

 

「勝ちは勝ちだし~」

 

「反則じゃないしぃ~」

 

島風と時津風はそんな龍驤の文句に軽口を叩くだけ。

そんなことよりスイーツにパクついてるほうが重要だ。

負けた奴から奢られるスイーツほど美味いものはない。

 

「くっそ~~~~」

 

タキザワは悔しさのあまり机に肘をつき、頭を抱える。

 

そんな彼の姿を愉悦()に、ジューゾーは甘いものを口にするのであった。

 

 

 

 

 

そして午後の部

 

今度はジューゾーの艦隊VSゴリの艦隊

 

ゴリ艦隊は長門を筆頭に戦艦1、重巡2、軽空母2、駆逐艦1と比較的火力傾倒の編成だ。

当然ジューゾーの艦隊では勝つのが厳しい戦力差のはず。

だがゴリは先ほどの演習の結果を知って、決して慢心することはなかった。

 

まず、軽空母の千歳(ちとせ)型2人が艦載機を発艦し、最優先で相手を(とら)え、対処する。

相手の前面に砲撃を放ち、吹き上がる飛沫(しぶき)で隊形が崩れたところを機銃などで迎撃。

 

確かに思いもつかない奇策だが、あくまで虚を突いた初見殺しに過ぎない。

冷静に対処すれば早々後れを取ることはないのだ。

 

 

しかし、ゴリはジューゾー艦隊のことをまだ測りきれてはいなかった。

 

 

軽空母からさっそく敵艦隊を捕捉したと通達が入る。

しかし、今度は発見した敵の数が少ない。捕捉したのは3人のみ。

まさか分散して仕掛ける気か。

周囲の索敵を続行し、今は捕捉した3名を対処することを即座に判断する。

 

だが――――

 

「――――え?――――ぁえ?んん!?てッ、敵ッ!敵発見!上空!数2!」

 

千代田が残りの2人を捕捉する。

 

空の上で。

 

彼女達、島風と天津風は高度からゴリ艦隊に接近していた。

鈴谷の艦載機にぶら下がり、さらに足元にも艦載機が彼女たちを持ち上げるように支えて移動している。

合計4機の艦載機でぶれなく島風たちを運べるのは、(ひとえ)に鈴谷の艦載機運用技術の高い錬度あってのもの。もはや神業と言っていいだろう。

 

急ぎ艦載機での迎撃を試みるが、ここにもイレギュラーが存在した。

島風たちが所有する自立型の艤装、通称連装砲ちゃんに連装砲くん。

これらが島風たちの代わりに艦載機を迎撃していく。上空の艦載機を狙うのが難しくても、肉眼ではっきり見える距離まで接近している現状ならばその限りではない。

 

そうやってゴリ艦隊は接近を許し、島風たちは艦載機から離れ、急降下する。

急ぎ長門たちは迎撃するが、高速で降りている者に当てるのは至難の業だ。

 

「ッ!」

 

長門は島風たちから何かが射出されたのを感じ、『それ』を認識した瞬間、すぐさま指示を出す。

 

「全員、回避!!」

 

しかし、艦隊が動き出すよりも『それ』が到達するほうが早かった。

 

途端辺りが爆発し、高々と水柱を上げる。

島風たちは爆雷を投射していた。

本来潜水艦に使うそれを上空から使用することで、水面に直撃した際のショックで起爆。爆撃の代わりを果たしたのだ。

 

 

これはまずい・・・・

 

 

完全にしてやられた。

そう時間を置かず残りの3人もやってくるだろう。

恐らく2人もすでに着水しているはずだ。ここまで接近されては砲撃の機微を付けられない。

 

爆雷によって発生した霧の中、不意に現れる影。

 

「はぁあッ!」

 

天津風の気合い一閃。

それを強化した腕で受け止める長門。

 

「即座に旗艦を狙うか!だが誇り高きビッグ(セブン)、簡単に墜とせると思うな!」

 

「それは!どうかしら!!」

 

天津風がその場で腰を曲げ、霧の向こうから高速で向かってくる影が1人。

 

島風だ。

 

あっという間に接近し、腰を曲げた天津風の背を蹴って飛び上がり、とび蹴りを放つ!

 

「シマカゼキック!!」

 

「ッ!ぐッ・・・・!」

 

島風の右足が長門の頭部に吸い込まれ、直撃する。

さすがによろけ、体勢を崩した長門。

だがすぐに体制を整える。ダメージは負ったが、無視していいものだ。

 

が――――

 

「――――あぁ、参ったな」

 

体に突き付けられる砲塔。それも二方から。

ここまで砲を密着させられるといくら駆逐艦の主砲とはいえ、唯では済まない。

 

長門は島風たちの砲撃を浴び、大破判定を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後旗艦を失ったゴリ艦隊は、残りの3人と合流したジューゾー艦隊に翻弄され、そのまま敗北と相成った。

 

再び間宮の店で今度はゴリたちに甘味を(たか)るジューゾー達。

今度はレ級も一緒だ。

長門は敗北の癒しを求め、自腹でレ級に好きな甘味を奢り、長門自身が頼んだものを食べさせてもらう。

レ級も奢ってくれたお礼にと、それくらいはサービスすることにした。

 

持っているスプーンで長門のパフェをあーんしてあげる。

パフェを口にした長門は実に幸せそうだ。そのだらしない顔をどうにかしなさい。

 

そうやってひと時を過ごしていると、シノハラさんがやってきた。

もう十分でしょ、と言わんばかりにスプーンを長門の口に突っ込み、シノハラさんに駆け寄る。

後ろで長門がどんな状況になっているか、興味はない。

シノハラさんの服にしがみついてトン、トンと飛び上がり抱っこをせがむ。

 

抱き上げられ、胸に顔をうずめて思う存分堪能する。

 

しばらくするとシノハラさんから素敵なことを聞かされた。

 

「喜べ、次の日はユウタ君が遊びに来るぞ。しかも兄弟も一緒だ」

 

「♪ッ~~~~」

 

嬉しさで溢れ返り、ゆっさゆっさと体を揺らし、尻尾を振るのであった。

 

 

 

 

 

そうして再び席に着き、甘味のお代わりを頼もうとすると、タキザワが近づいてきた。

 

「まあ・・・・なんだ、ちょっと遅くなったけれど、これから数日よろしくな」

 

言われたからには返事をせねば。

磁気ボードを書き殴り、タキザワに向ける。

 

コンゴトモヨロシク

 

「ああ!よろしくな!」

 

 

ネタが通じないや、かなしいなあ

 

 

 

 

 

 

 




おまけ


北海道東部の海域にて、一つの大きな戦いが終わろうとしていた。

空は薄暗く、あたりには深海棲艦の残骸と(おぼ)しき物が海の上を漂っており、先ほどまで激戦があったのだと推測することができよう。

海の上には十数人の艦娘たちがある一つの存在を囲んでいる。

それは一体の深海棲艦だ。

その深海棲艦は先ほどの激戦に敗れ、その身を投げ出し、ゆらゆらと漂わせていた。
彼女は姫級の軽空母深海棲艦『護衛棲姫(ごえいせいき)』。深海棲艦特有の白い姿と額の右側に一本の角が生え、衣服は胸から下を大きくはだけているシャツと下半身は秘部を布で隠しているのみだ。

S+レートの強敵であるが、その身はすでにボロボロで、もはや彼女に戦う力は残されていない。長い白髪が海に散らばり、彼女の姿を少しだけ大きく見せていた。

⦅マタ・・・クライウミニモドルノ? イヤダ・・・モウ・・・・⦆

意識は混濁し、もはや死を待つのみの彼女。憎悪で満ちていた心は霧散し、さらけ出されたか弱い想いが思念となり、周りにいる者に訴える。

そんな中、彼女を取り囲んでいる一団の中から一人の少女が前に出た。
セーラー服を着た中学生ほどの少女、肩ほどの髪を後ろにまとめたよく言えば純朴そうな、悪く言えば田舎の中学生のような容貌(ようぼう)

少女の名は特型駆逐艦『吹雪』

吹雪は護衛棲姫に近づき、彼女の(かたわ)らに腰を落とした。
傷つき果て、その命の(ともしび)が消えようとしている彼女に吹雪は語りかける。

「深海棲艦さん、聞こえますか?」

側で語りかけられ、僅かに反応する護衛棲姫。
瞳が動き、吹雪の視線と目が合った。

「よかった・・・・深海棲艦さん、これを」

吹雪は自身の胸に手を当て、魂からあるものを呼び寄せる。
掌から光が(あふ)れ、ソレを形作ってゆく。

吹雪の手に現れたソレを見て、護衛棲姫は質問した。

⦅・・・・ソレハ?⦆










(いも)


ホッカホカの 


(いも)


それが、吹雪の手にあるものの正体である。

「これは、しばふ村で取れた新鮮なお芋です」


どこだそこは


瀕死ながら思わずつっこまずにはいられない


吹雪は芋を二つに分け、小さい方を護衛棲姫に差し出す。芋の断面からは出来たてである証明にほかほかの湯気が湧いていた。

「さあ、食べてください」

いきなり芋を差し出され、困惑する護衛棲姫。

⦅イヤ・・・ソンナコトヲキュウニイワレテモ「食べてください!」ッ!?」

ガバッっと口の中に()かした芋を突っ込まれ、仰天する護衛棲姫。吹雪のほうは一仕事を終えたように汗を(ぬぐ)う動作をする。

口を動かすとほろほろと崩れ、うまみと甘さがにじみ出す。

なにか、懐かしいような・・・・大切な何かを思い起こすような。

そんな暖かい感覚。

⦅コノ、芋ッポサ・・・・ナニカ・・・ナニカガ「まだ足りませんか!」ッ?!」


ガボッっと残りの芋も突っ込まれ、護衛棲姫はついに確信する。


⦅ソウダ・・・・ワタシハ・・・・!⦆


圧倒的な芋成分が彼女の体を駆け巡り、奇跡を起こした。


護衛棲姫の体が発光し、沸々(ふつふつ)と光の粒子(りゅうし)が空へと舞ってゆく。

幻想的なその光景は、これから起こる奇跡を祝福しているかのようだ。

湧き上がる力のまま、護衛棲姫は立ち上がる。
体から粒子が出るたびに表面の外装が剥がれ、内なる姿を現してゆく。

⦅コノ、芋ッポサ・・・・オ芋(思い)・・・・ダシタ・・・・!⦆

パアァ・・・と彼女は一層輝き、遂にその姿があらわになった。

⦅ワタシハ・・・・ワタしは・・・・春日丸(かすがまる)・・・・ッ!」

「「「「「春日丸さん!!」」」」」

黒い髪をリボンで束ね、赤い(はかま)の和服姿の少女。

春日丸がここに新生した。


皆は彼女の出会いを祝福する。


深海棲艦との戦いはまだまだ終わらない。


だが、こうしてまた一歩、勝利への道を進んでゆく。



我々の戦いは、これからだ・・・・ッ!



――――fin





2017年春イベントのE-3クリアはきっとこんな感じ。

※本編とは関係ありません

ニコニコ静画で見かけたのが元ネタになっております。

あとがきへと移動した理由ですが、まえがきでこの小説を先に読むと本編が頭に入りずらいだろうと感想からそう推測しました。

なので勝手ながらあとがきの方に移動した次第です。





今回はずいぶんと長くなってしまった。
最後らへんはかなりぐだぐだだと思います。



おまけ:2

その日の午後、タキザワとジューゾーの艦隊が謎の腹痛を訴え、次々と倒れたそうだ。

何事かと調べると、龍驤が床にダイイング・メッセージを残していた。

()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()地面にはこう書かれていた。


な ん で や


追記

次話投稿6月18日 06時00分投稿です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05 不穏(ふおん)兆候(ちょうこう)

今回はちょっと暗い雰囲気が入ります。
でも必要なお話です。


ただ、無性にやるせなかった

 

 

いつもそこにいるのが当たり前で、満たされていた毎日

 

 

いつだって彼女は、わたしといるときは笑顔で接してきて

 

 

わたしも気だるげを装いながらも内心、嬉しくてしょうがなくって

 

 

 

そんな毎日が当たり前だと思ってたんだ

 

 

 

 

『――――北上さん♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝になり目が覚める。

 

ふと、何かに抱きついているのに気付く。

布団をめくると顔を出す白い子供。

そうだ、自分はこの子の面倒を見ているんだった。

 

しばし、観察してみる。

自分よりもずっと小っちゃくて、あどけない寝顔。

親指をくわえて眠っている様子はまるで赤ちゃんみたいだ。

 

 

()()()とはまるで違う

 

 

ゆっくり、撫でつけるように頭に触れる。

シャンプーのいい匂いがした。きっと昨日、この子の髪を洗った人はよほど丁寧にしてあげたのだろう。

まだ早い時間だ。起こさないよう慎重に離れる。

 

白いセーラー服に着替え、三つ編みをしたら完成。髪を前に垂らし、洗面室へ。

事をすまし、いまだ眠っている彼女を起こそうとベッドへ向かう。

 

「もー朝だよ、おおいッ・・・・!」

 

声を掛けようとして思わず詰まってしまった。

 

 

()()()()()()()()に声を掛けようとして。

 

 

「は、はは・・・・なにやってんだか・・・・」

 

まだ寝ぼけているんだ。あの子は自分のベッドで眠ってるじゃないか。

まったく、おっちょこちょいだなぁ。

 

まるで言い聞かせるようにしながら、彼女はベッドで寝ている子を起こして食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もそもそと口を動かす。

食事中であるが、どこか現実味のない夢の中のような、そんな気分。

これは思ったより重症かもしれない。

分かってる、分かってるんだ。

でも、それでも、このやるせなさだけはどうしようもない。

 

思いつめているせいで食事の手が止まる。

 

そんな彼女の様子に気づいてシノハラは声をかけた。

 

「北上、大丈夫か?」

 

「!ッ、あ・・・・提督・・・・」

 

「顔色が優れないな、あまり眠れなかったのか」

 

「ううん、そう、じゃ・・・・ないんだ、けど・・・・」

 

「やっぱり、わざわざあの子を1人で面倒見ることはないだろう。あんま無茶すんな」

 

「あの子が、悪いんじゃ、ないんだよ・・・・担当を申し出たのはわたしだし」

 

そう、あの子は悪くない。ただ、完全にわたしが割り切れてないせいだ。

 

「でも・・・・しばらく、離れても、いいかな?」

 

「ああ、夕方までは大丈夫だ。都合のいいことに構いたい奴はたくさん来ているしな」

 

「ありがと・・・・終わったら、しっかりするから」

 

会話を終え、食事を()き込み。北上は外へと向かった。

歩き、敷地内でも外側のほうに向かい、そこにたどり着く。

この敷地内で有する花畑。その中央にある大きな石碑。

 

そこが北上の目的地であった。

 

石碑の前に座り込み、体育座りの姿勢で石碑に書かれている文字に目を通す。

東雲(しののめ)』、『伊勢(いせ)』、『隼鷹(じゅんよう)』と人の名前が(つづ)られている。

中には自分と同じ北上の名も入っており、石碑を(いろど)るのに一役買っていた。

 

そんな人の名前が綴られている中、最も後のほうにある名前に北上の視線は止まっている。

 

大井(おおい)

 

ここに書かれている名は、この鎮守府にかつて所属していた艦娘たちが轟沈し、海に(かえ)っていった者たちの名前だ。

艦娘という存在が造られ始め、今までに散っていった者達を忘れないようにこの石碑はある。

そして最も後ろにある最近掘られた数人の名前。

これらは今から二週間以上も前に終決した大きな戦いで命を亡くした者達だ。

 

最強の深海棲艦”悪魔”との激戦。あの2か月にも及ぶ戦闘は、こちら側が逐次(ちくじ)戦力を投入し続け、あちらに一切の休息を許さなかったにもかかわらず、こちら側に甚大な被害を出し続ける結果となった。

この佐世保鎮守府も損害こそほかの鎮守府と比べてだいぶ少ないが、それでも数人の艦娘の命が失われた。

北上の相室であり、最も親しかった大井という艦娘は今の自分よりもずっと強く、故に大規模作戦へ参加し、そのままなってしまったのだ。帰らぬ人に。

自分はそのころちょうど錬度が満ちて、更なる強さの階位向上の為本部で改造を受けねばならず、オーストラリアから大戦を引き継ぐための部隊に配属されていた大井と一時的な別れを告げていた。

 

それが彼女達との最後の邂逅(かいこう)であると知らずに。

 

その時大井の姿は今の北上と同じ服装であったが、北上の格好は深緑色の丈の長いセーラー服であった。

いまでもその耳に彼女との最後の言葉がこびりついて離れない。

 

『北上さんも、もうすぐ私とお揃いになりますね♪』

 

『この戦いが終わったら、私、北上さんを盛大にお祝いしますね♪実はこっそりいいシャンパンを買ってあるんです♪』

 

「おおいっち・・・・」

 

膝に顔を(うず)め、北上はそのまま彼女との思い出を夢想する。

楽しかったことを思い出して心の解消を図ろうとするも、ますます心は(きし)みを上げた。

 

「なんでいなくなっちゃたんだよう・・・・」

 

改造が終わり、鎮守府へと舞い戻った時にはすでに大井の凶報が届いていた。

そこから先は呆然とし、あちらこちらで怒声が飛び交う中、心が冷めていく。

大戦も終わり、どうにか立ち直ろうとしたときにやってきたのは、よりによってあの”悪魔”と同一艦の戦艦レ級。しかも人類史上初の鹵獲した深海棲艦というプレミア付き。

そのときのわたしはどんな顔をしていただろうか。

 

 

なんでよりによっておまえ(戦艦レ級)なんだ。私をこれ以上追い詰めないでよッ

 

 

あの子への怨みとも嫌悪ともつかない感情を胸に秘めながら、毎日を過ごすのかと半ば絶望していた。

だが、あの子の純粋な態度を見て思ったよりも湧き上がるものは起こらない。しかし胸にあるのは代わりにぽっかりと空いたような虚無感。

上手く体に力が入らず、戦闘に支障が入りかねない為、暇を出されている現状。

このままではいけないと自分はあえてあの子の担当を申し出た。あの子の世話をして心の齟齬(そご)を直し、現実と向き合えるように図ろうとしたのだ。

その目論見は決して間違ってなかったと思うが、完全ではなかった。

今朝のベッドを間違えたのもそうだが、何よりも昨日の就寝前のことが強く印象に残る。

あの子が空いたベッドに、大井の使っていたベッドに行こうとしたとき思わず声を荒げてしまったのだ。まるで()()()がさらに大井を穢そうと錯覚したがゆえに。

すぐにあの子が自分のベッドに潜り込み、怯えの思念が伝わった時、ひどく罪悪感が胸を支配した。

あの子は何も悪くないのに、自分の都合のせいで怖がらせてしまうなんて。

すぐにあやしてあげてその場を(しの)いだが、このままではいけない。

 

北上は心の整理をつけるため、さらに顔を膝に埋めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「れーちゃん!」

 

「♪ッ!」

 

鎮守府のロビーで2人の子供が駆け寄る。

 

そうして近づき、お互いに抱きしめた。

2人は満面の笑顔で再会する。

 

茶髪に八重歯が特徴であるユウタとの再会だ。

 

足柄親子は都合が付き、この鎮守府に一泊泊まることになった。元艦娘である足柄の周りにはほかの弟や妹も付いており、随分と賑やかである。

前に一緒に遊んでいたユウタが駆け寄ったのを皮切りに、次々と下の子たちが群がってきた。

 

「しっぽー!」

 

「しろーい!」

 

わんわ(いぬ)ー!」

 

きゃあきゃあと子供特有の甲高い声が響く。うんと小さい子には尻尾があるためか、犬だと思われているようで。

そんな様子を離れているところから司令官代行達の艦娘たちは眺めていた。特に長門はちっちゃな子供たちが(たわむ)れているのを見て鼻を手で必死に抑えている。

 

「れーちゃん!今日ね!おとまりするの!ぼくの弟と妹もいっしょだよ!」

 

保護者は足柄しか見えない。どうやら旦那さんのほうは仕事で来られない模様。

でも、今日一日はとても楽しくなりそうだと胸を躍らせるのであった。

 

 

 

 

 

その日の夕食はゆう君のお母さんがおかずを作るそうだ。前と同じくカツ料理。

昼食は熊野(くまの)というお姉さんが持ってきてくれた大皿いっぱいに広がるサンドイッチ。みんなで手に取って食べた。

自分より小さい子たちと一緒に食べるごはんはずいぶん賑やかで、こっちも楽しくなる。

そういえば今日自分と一緒にいてくれる北上おねえちゃんはどこに行ったんだろう。どこか泣いてしまいそうな、何かを堪えているような、そんな雰囲気を感じていた。昨日の夜は特にイラついているようでちょっと怖かった。

何か事情があるのかな。

 

そんな考えを頭の隅に置きながら、自分はゆう君たちと一緒にあのレジャー施設に遊びに行った。

見慣れぬ施設の様相に皆きゃあきゃあと大騒ぎ。一番下の子はまだちゃんと歩けないので、ゆう君のお母さんに抱き上げられて移動だ。

ゆう君のお母さんはどこか目的地があるようで、皆でそこへと向かう。

 

「あったあった。まだ残ってたのね、お母さんこれ大好きだったのよ!」

 

見るとそこにあったのは一つの大きなゲーム台。デジタルではなくもぐら叩きみたいに実際に動いて遊ぶゲームだ。

近くについてきたタキザワの部下たちに子供を預けて、さっそくプレイする。

硬貨を入れるとレトロな音楽とともに目標であるキャラクターが右へ左へと動く。

下に用意されている何個かのボールを手に取り、ゆう君のお母さんは動くキャラクターの頭にボールを当てた。

 

『イッテーナ!』

 

わぁ・・・・なんだかすごく見覚えがあるような気がする。

主にデパートの屋上とかで。

キャラの頭に当て、『イッテーナ!』と叫ぶたび子供たちがはしゃいちゃってすごい。

 

「ふう、やっぱりこのゲームは何物にも代えがたい魅力があるわね」

 

よほどそのゲームが好きだったのだろう。

ゆう君のお母さんの顔には晴れやかな笑みが浮かんでいた。

そんな様子を見て、次は自分、次は自分とゆう君たちもお姉さんたちも自分も次から次へとプレイしていった。

 

その日、このゲームの稼働率はここ20年の中でトップだったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番下の子が(もよお)してしまったようで、談話室でおしめを取り換える。

ついてきたお姉さんたちもいずれ自分たちも自身の子たち相手に経験するからか、まじめに見ておりちょっとした講習みたいになっていた。

お姉さん方にまじまじ見られるとか一番下の子からすればたまったもんではないだろう。まだ赤ん坊だからわからないだろうが。

 

おしめも終わり、床のカーペットにあおむけになった赤ん坊の頬をつついてみる。甲高い声ではしゃぎ、自分の指をそのちっちゃな指で掴んできた。

 

「~~~~~ッ♡!」

 

ぎゅううううっと胸が締め付けるように高鳴り、途方もなく愛しく感じた。

思わずこの子を抱き上げる。

ゆっくり抱っこしてあげると目が合い、とてもうれしそうに顔をほころばせ、そのもみじのような小さな手で自分の顔に手を触れてきた。

掛け値なしに自分を見てくれると思うと、体の底から湧き出てくる熱い想い。

 

「ッ・・・・ふっ・・・・っふぅ゛」

 

「わ、だいじょうぶ?れーちゃん」

 

込み上げてくる激情に身を任せるとしゃくりあげ、涙があふれてくる。

 

 

どんな想いでこうなっているのか自分にも分らない。

 

 

この感情がなんなのか、うまく説明できない。

 

 

ただ、嫌な感覚じゃない。それだけは分かる。

 

 

赤ん坊がこんなにも愛おしいと感じる、これが母性というものなんだろうか。

言葉にできないほどのかわいさ、自分も子供が欲しい。()()()()()()()()

怪我をして遊んでくれなくなったお父さんの時のように、さびしい思いをさせたくない。

 

毎日目いっぱい遊んであげるんだ。

 

 

 

 

 

赤ん坊を抱いてしゃくりあげている戦艦レ級”モラトリアム”を見て、タキザワの内心はずいぶん穏やかなものになっていた。

下の子の面倒を見るのは、小生意気な妹のおかげで手慣れたものだ。

そうやって子供の相手をしている片手間に、タキザワは彼女を観察していた。

思えば彼女に対する認識が変わり始めたのは昨日の甘味処でのあたりか。

まるで人間の子供みたいにおいしそうに甘いものを食べている様子は、小さいころファミレスでパフェを食う妹にそっくりだ。

それにシノハラ中将が現れたときに駆け寄っていく姿は、かつて小さいころ自身の父が仕事から帰った時、駆け寄っていった自分と重なって見えていた。

 

そう思うともう後は早いものだ。

この子は人間の子供と大して変わらないんだな、と。

その後、気軽に声を掛けられる自分に少し驚いたものだ。

あんなに胸につっかえていた思いが消えてなくなっていたのだから。

 

そうして冷静になり、狭くなっていた視野が広がり、一歩下がった見方ができるようになった時、今この状況がどれほど奇跡的な光景なのかを直視することになった。

今、ここに人間と、艦娘と元艦娘、そしてそのハーフに深海棲艦、あらゆる種族の垣根(かきね)を超え、こうして一同に(そろ)い笑いあっているこの光景を。

 

 

――――ホウジさんがこの鎮守府に自分を送っていった理由が、分かったような気がした。

 

 

この終わりの見えない闘争に、あの子は間違いなく何らかのきっかけになる。

 

 

それが、こうして皆が笑いあえている未来だとしたら、どれほど素敵なことだろう。たとえ億単位での人間が犠牲になっている現状であっても、シノハラ中将もきっとそれを夢想しているに違いない。

 

 

あんな風に泣いたり笑ったりできるあの子は間違いなく希少な存在だ。

 

 

間違っても理不尽な仕打ちを受けちゃいけないんだ。

 

タキザワの胸中には、どこか守らねばならないという想いが湧きあがりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕飯を終え、しばらくしてからみんなでお風呂。

ゆう君たちはまだ小さいし男の子でも一緒に入っている。

こんなに大きな湯船は家にはないのか、みんな大はしゃぎ。ゆう君のお母さんがたしなめても聞く耳を持っているのか怪しいものだ。

そんなゆう君のお母さんは湯船の(ふち)のほうの段差に腰掛け、おなかから下をお湯に浸かっていた。

 

そこでようやく気付く。ゆう君のお母さんの膨らみのあるおなかに。

 

自分の尻尾にまたがらせ、数人の子供を乗せてゆったりと泳いでいたが、彼女の前まで移動しておなかを見つめた。

 

「あら、このお腹が気になるの?」

 

コク、と頷いて自分は恐る恐るおなかに触れる。

触れても中の赤ん坊が動いているかはよくわからない。

ゆう君のお母さんはそんな自分の頭を抱き寄せ、おなかに耳を当ててきた。

目を閉じておなかの中を探る。

トク、トクと音がするような気がする。

 

「この中にはね、一番小さい子よりもっと小さい子が中にいるの。今のはお腹の中の子がしゃっくりをした音ね」

 

そっか・・・・生まれたらゆう君は7人兄弟なんだ

 

ふと思う。

 

自分が子供を作るとしたら産む側の方だと。

 

当然相手というか、(つがい)が必要だと。

 

振り向き、ゆう君のいる方を見てみる。

見つめているとなんだかもにょもにょしてくる。

顔が熱いのはお風呂に浸かっているせいだけではないだろう。

決して”前”ではそういった経験はがなかったわけではない。

付き合っていた女性がいて、結婚こそしてはいなかったがそういう関係は持っていた。

だがそれは相手が女性でこっちは今とは違う性別であり、以前の経験があまり役に立たなさそうだ。

 

考えれば考えるほど変な気持ちになり、自分はぶくぶくと顔をお湯に沈めていったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レ級たちが入渠施設に入っている頃、一人の男がシノハラの下へ訪ねていた。

彼はまだ年若い青年で、黒いスーツに手袋を着用している。

どこか気弱そうな顔には右目の方に泣きボクロがあり、分けた髪も相まって頼りなさそうな様相だ。

(かたわ)らには彼を護衛する艦娘が1人。

 

彼は大本営直属の鎮守府運営の実態調査を行う諜報員である。

そういうと聞こえはよいが、実際は本部からの使い走りという面が強い。

提督や艦娘たちはともかく、軍に関わっている企業などにも関わりがあり、彼らにはその気弱そうな様相も相まって煙たがられている。

今や海軍というのは世界で最も発言力の強い存在だ。

表だって強権を振りかざすようなことこそしないが、軍と関わりがある者達からすればこちらの懐を探ろうとしている軍の犬。彼の評価はそんなところだ。

 

今回彼がやってきたのは鹵獲された深海棲艦である”モラトリアム”の保護状況を確認するためと、ドイツからの調査団についての進捗(しんちょく)状況を伝えるためであった。

 

「わざわざ遠くまでご苦労だった。この後はほかに用事はあるかい」

 

「あぁ、いえ・・・・実は今度、外国にまで(おもむ)く羽目になりまして・・・・」

 

「ああ・・・・それはまた、大変だ。若いうちからずいぶん苦労するね」

 

「ええ、ですから出る前に一目例の深海棲艦を見ておこうかと思いまして、さすがに間近に近寄るのはちょっと遠慮したく・・・・」

 

報告を終え、そろそろここを離れることになった彼は、シノハラに例の深海棲艦を一目見ておきたいと(うかが)う。

シノハラは彼の伺いに了承し、秘書官の時雨を案内に出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か~ごーめ か~ご~め、か~ごのな~かのとぉりぃは――――」

 

お風呂も終わり、まだまだ元気な子供たちと戯れる。

幼児の子たちはもうおねむのようで、大鳳さんが歌を歌ってあやしていた。

それにしてもやけに迫力がある歌だなあ。

 

今ここにはお姉さんたちや子供たちだけでなく、摩訶不思議な存在がいた。

掌に乗っかる程度の小人さんで、妖精さんだそうだ。

妖精さん達は普段、やることがいっぱいで半分ひきこもった状態らしいが、いまはだいぶん暇らしい。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

お風呂を上がる頃には北上おねえちゃんも顔を見せるようになり、子供たちと一緒に自分の面倒を見てくれている。よく見ると目が少しだけ赤く腫れているのだが、あまりそこには触れないことにした。

 

一番下の子はちょくちょく寝ていたみたいでまだお目目はパッチリッぽい。

一緒に横になって大鳳さんの歌を聞いていた自分は、体をひっくり返し赤ん坊のおなかに顔を(うず)める。

おなかに口を当てて、息を吹きぶぶぅぅぅぅとお腹を鳴らす。

きゃっきゃと赤ん坊が笑って身をよじり、一緒に遊んでいるとこちらを訪ねてくる者が1人。

 

黒い学ランスカートに黒い軍帽、そして()()()()()()()()()()()女の人。

大正浪漫(たいしょうロマン)というのか、なんだか悪魔とか召喚できそうな恰好(かっこう)してる。

彼女は帽子のつばを持ち上げ、こちらの(そば)で腰を下ろし挨拶した。

 

「こんばんは、モラトリアム殿。自分、あきつ丸であります」

 

体を持ち上げ、彼女をまじまじ見つめる。

自分を除けば、肌の色が今まで見た誰よりも白い。おしろいでも使ってるんだろうか。

そうやって見つめていると、相手は口を出した。

 

「・・・・なにか、自分の顔についているでありますか?」

 

とにかく確認したいことがあるので、そばにある磁気ボードで返事を書いた。

 

あくまよんで

 

「ッ・・・・何を言っているのでありますか?」

 

あくましょうかんみたい

 

「・・・・ふうむ」

 

掌から光が溢れ、何かランタンのようなものを取り出した。

ランタンのような何かが光り出すと、地面に影でできた絵が出てくる。

どうやらランタンではなく、影絵を投射する走馬灯(そうまとう)らしかった。

 

「このように、悪魔を召喚するのはできないでありますよ~」

 

起きている子供たちは影絵が珍しいのか、あきつ丸さんの近くに寄って(たか)る。

走馬灯を地面に置き、子供たちの注目を逸らしている間に自分の頭に手を伸ばしてきた。

髪が乱れない程度に撫でられ、慈しみの目でこちらを見てくる。

 

「・・・・きっとこれから大変なこともあるでありましょうが、頑張るでありますよ」

 

「・・・・」

 

それだけであります。とあきつ丸さんは走馬灯を回収すると、向こうへ去っていった。

すれ違いざまにトイレに行っていたゆう君がやってきて、自分を呼び出す。

 

「れーちゃん、ちょっとこっちきて」

 

そう言って自分の手を取り、皆の目が届かないところまでやってくる。

 

「さっきね、おしごとで来てたおにいさんにもらったの」

 

そう言って持っていた黒い高級そうな紙箱を差し出す。

 

「あげる人がいたけどね、その人がいらないってなっちゃって、ぼくにくれたの」

 

箱を開けると、中には凝った形をした数々のチョコレート。高級品っぽい。

 

「ひみつでもってきたから、みんなにはないしょって、れーちゃんといっしょに食べてねっていってたよ」

 

いっしょに食べよ。と言ってチョコレートを(すす)めてくる。

 

「♪~~~~」

 

ゆう君と2人だけのおやつという魅力に抗わず、高級チョコレートを思う存分に2人だけで堪能したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――レ級とあきつ丸が邂逅していたころ・・・・

 

遠目にレ級のことを見やる諜報部の青年。

案内を終え、離れていった時雨を確認するとこめかみに指を()える。どうやら”思考共有”で誰かと連絡を取っているようだ。

連絡を終えたのか、指を離し周りを見るとこちらにやってくる小さな少年。

レ級たちの所へ行く前に彼は少年を引き留める。

 

「やあ、(きみ)

 

「?、おにいさんだれ?」

 

彼は少年を引き留めるのに成功すると、屈んで少年と同じ目線に立った。

 

「こんばんは、今日はお泊りかい?」

 

少し気弱そうな青年の顔を見て、少年は警戒心を下げる。

 

「うん、今日ね、れーちゃんといっしょにあそんでるよ」

 

「そっか、れ-ちゃんってあの白い子かな?」

 

「うん」

 

「みんなと遊んでとても楽しそうにしてたね。君はれーちゃんのことが好きなのかな?」

 

「うん!ぼく、れーちゃんのことだいすき!」

 

「そっかぁ、じゃあこれからもれーちゃんと仲良くするんだよ?」

 

「うん!」

 

青年は少年と打ち解け、お互い気安い雰囲気になる。

 

「そうだ、君にこれを上げよう」

 

そういって彼は持っていたアタッシュケースの中から質のよさそうな箱を取り出す。

中身を見せ、高そうなお菓子に少年は遠慮してしまう。

 

「わ、こんな高いのだいじょうぶ?」

 

「いいんだよ。ホントはね、僕もれーちゃんみたいに好きな人がいてね、これはその人にあげるつもりだったんだ。でもね、その人はこういうのはあんまり好きじゃなかったみたいでね、それで今もこうやって持ってきちゃったんだよね。せっかく人にあげる物なのに、自分で食べるのもなんだし、これは君とれーちゃんと2人で食べなよ」

 

「そっかぁ、でもみんなで食べちゃダメ?」

 

「う~ん、お仕事でお菓子もってきちゃったってばれたら偉い人にばれるからさ、2人でこっそり食べてね」

 

お願いだよッ?と片目をつむり両手を合わせて少年に頼み込む。

少年はおいしいものを食べるのは皆で分けて食べるのがいいと思っていたが、青年の懇願(こんがん)にしぶしぶ頷いた。自分の勝手で青年が怒られるのは本意ではないからだ。

少年は会話も終わり、(くだん)の彼女の下へ行こうとする。

が、青年と別れる前に少年は彼の名前を尋ねた。

 

「ぼくね、ユウタ。ねえ、おにいさんの名前ってなに?」

 

「ああ、僕の名前はね――――

 

 

 

 

 

自己紹介を済ませ、今度こそ別れる。

少年と入れ替わるように青年の護衛を務めていた艦娘、あきつ丸がやってきた。

 

「やあ、もう顔合わせは済んだかい?」

 

青年はそう優しげに問いかける。

 

「ええ、とても素直そうで可愛らしい幼子でありました」

 

「なんだか、浮かない顔だね?」

 

「・・・・あの子の、これからを考えると、あまりにも不憫でありまして」

 

自信の表情を見られたくないのか、あきつ丸は軍帽を下げ、目元を隠す。しかし、その口元は苦渋に満ちていた。

 

「――――せめて、今は、目いっぱい楽しんでいてほしいであります。できるなら、ずっと安寧で・・・・」

 

「・・・・こればかりはどうしようもないさ、もう行こう」

 

「・・・・はい」

 

彼らは行く。

駐車場に止めてあった車のドアを開け、バタンと閉める音が()()()()()

発進し、鎮守府から離れると助手席のあきつ丸は青年に声をかける。

 

「・・・・本当に、このままでよろしいのでありましょうか」

 

「またそれかい?なんであろうとあの子が深海棲艦であることは変わらないんだから」

 

「しかし、あの子は・・・・あの子は、ただの被害者であります。決して望んで深海棲艦に生まれたわけではない。やはり事情はある程度報告するべきでは?」

 

「それはダメ」

 

その言葉を皮切りに、青年の雰囲気が豹変する。

先ほどまでの気弱で頼りなさげな様相から一転して真逆の表情を浮かべた。

 

「そういう約束でしょぉ~?それにそんなことしたらせっかく手に入れた()()()とかバレちゃうじゃん」

 

その黒い瞳には考えが読み取れず、顔には張り付いたような笑みが浮かんでいた。

 

「そこんとこ分かってる?(かくま)っている彼女のことは絶対秘密だって」

 

「わかっているで、あります。ですが、やはり・・・・」

 

「んもぉ~!頭固いな~あきつ丸は、あの子一人の犠牲で世界が平和になる。とかぁ、そういうポジティブなこと考えよーぜッ♪」

 

「・・・・」

 

隣のあきつ丸に向かって横ピ-スにウィンクを決め、見事にスベる。しかしそんなことを()(かえ)した様子はなく、コロコロと豹変する様はまるでピエロだ。

その後、青年は誰もいない後部席に向かって声をかける。

 

「青葉もそう思うでしょ?」

 

その言葉を皮切りに、先ほどまで誰もいなかった席にスゥ、っと一人の女子が現れた。

ピンクのポニーにセーラー服。下はスカートではなくキュロット(半ズボン)である。

手にはデジカメを持っており、先ほどまで撮っていた写真を確認していたようだ。

 

「そうですねぇ、青葉としてはあの子のいろんな写真撮れてホクホクです!」

 

あきつ丸とは違い、陽気な雰囲気を持つ彼女は青年とは気が合うようである。

青葉は青年にデジカメの画面に映っている映像を見せる。そこには子供たちを背中と尻尾に乗せて、四つん這いに移動して遊ぶレ級の姿が。映っている皆が笑顔で実に幸せそうだ。

他にもお風呂に入っている写真、湯船の(ふち)にあごを乗せ隣に尻尾の尾顎が乗っかり、二つの顔が並んでいるユニークな写真。北上に髪を拭かれていたり、テレビを見ていたりと様々な映像が映ってゆく。

最後は少年とレ級がおいしそうにチョコレートを食べているところで終わっているようだ。

 

「ちゃんと食べてるとこもばっちり撮れてますよ~♪」

 

「オッケー、それだけ幸せそうなの撮れてりゃ、向こうも文句ないでしょ」

 

「それにしてもあきつ丸さん、あの子にお姉さんのこと聞かれたかと思ってちょー動揺してましたね♪」

 

この青葉という女子は先ほどのように姿を消したまま、出張先での諜報活動が主任務である。青年が視察に窺うのは囮で、この青葉によるガサいれこそが本命であるのだ。この連携によって彼等は出張先での様々な汚職などを押さえ、軍に貢献してきた。ただ、青年の気弱な演技は他に知れているかは定かではない。

 

横合いから映像を見ていたあきつ丸は最後の映像を見た途端、動揺を見せる。

 

「あの、この映像でありますが、隣の子供も一緒に食べているように見えますが」

 

「ああ、これですか?2人で仲良く食べててかわいいですよね~♡」

 

「あの子はまだしも、隣の男の子は人の子でありますよ!?あれを口にしてしまったら・・・・」

 

ただでさえ白いあきつ丸の顔がさらに青ざめる。青年はそんなものはどこ吹く風で、

 

「ああ、あの子、()()()だし大丈夫でしょ。だいたいあんな量でどうこうなるわけないじゃん」

 

「しかし、仮に症状が出て、かの者の存在が露見するようなことは避けたほうがよろしいのでは?」

 

「全く心配症だな~あきつ丸は」

 

「え、あのチョコって何か入ってたんですか?」

 

「まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()が、ね」

 

「あぁ、な~る。んもぉ、ワルイひと!あんまりおいたしちゃだめだゾ☆」

 

「メーンゴ♪」

 

 

2人は嗤う

 

 

1人はただ無事を祈るのみ

 

 

「さぁて、妹ちゃんのことは確認できたわけだし、一度本部に戻ってまーた出張だ」

 

「深海棲艦が大人しいせいでお仕事バンバン来てますね~」

 

「かーっ!つらいわー!使いっぱしりはつらいわー!」

 

そんなやり取りを繰り出しながら、彼らは行く。

 

「あきつ丸さんも、覚悟を決めましょうよ。確かにとんでもない裏切りでしょうけど、結果的に人類にとって(えき)になっているんですから」

 

「・・・・分かってるであります。今更、後戻りなどできない。毒を食らわば皿までであります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後まで、付いて行くであります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――フルタ殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その日、ドイツ海軍に衝撃が走った。

 

人類史上初の深海棲艦の鹵獲。

それもこの世に一体しか存在しない戦艦レ級。

我々への精密検査の依頼。

 

最初は現実を受け入れがたく、デマだと思った。

しかし、後に入ってきた資料に、あの”悪魔”討伐後にそんなジョークを言えるような余裕があるとは思えず、徐々にその情報は現実味を帯びていく。

ドイツ軍は歓喜した。

我々に生きた深海棲艦を寄越してくれる好機に。

闇しか見通せない現状を打破してくれるだろう存在に。

 

ドイツでの艦娘運用には初期の段階から(つまず)き、長年に渡って厳しい状況に置かれた苦々しい歴史がある。

ドイツでは、というよりもヨーロッパ全体では、日本と比べると艦娘を運用するのに必要な人材である霊力の素養を持つ人間が極端に少なかったのだ。

仮に見つかったとしても艦娘を運用するのに必要なだけの能力を持たないものが大半で、遠距離間における思念のやり取りができないまま碌な連携も取れず、艦娘を出撃させた後は座して待つという惨状であった。(初期は人間達も船に乗り近くで連絡を取り合うなどの工夫もあったが、軍事訓練を大して受けていない者は出撃のたび深海棲艦による奇襲を警戒するという精神の擦り切れ、果てには実際に攻撃を受け貴重な霊力持ちの喪失という受け入れがたい点から人間の渡航は断念せざるを得なかった)

 

なぜそのように霊力を持つ人材が少ないのか。

 

それはかつての先祖たちが犯した愚かしい行為のツケが、巡り巡って現代へと跳ね返っていった結果だ。

 

 

魔女狩り

 

 

今でこそ霊力、霊力持ちと呼び名を統合されてはいるが、かつての昔は魔法使いや超能力者、呪術師や聖人などとも呼ばれていたりもした。

当然だがそんなよくわからない異能を持つ存在をただの人間達は恐れを持って認識していた。

欧州ではそんな彼らを悪魔()きや神の教えに反する異教徒などと、(いわ)れのない迫害や粛清によって霊力を持つ者の血を絶やすことになる。

 

それが未来の人類にとってどんな結果になるのかも知らずに。

 

大昔から粛々(しゅくしゅく)と受け継がれ、研鑽と血の濃さを残してきた日本とは違い、欧州ではその理不尽な大虐殺により受け継がれていた血の濃さや培われた術は失伝し、4,5世紀の時を経て自身たちの首を絞める結果となったのだ。

恐らく生き延びたかつての霊力持ちは、その異能を以て人里離れた秘境で自給自足のコミュニティを築いているか、国を去り、安住の地へと散っていったかのどちらなのだろう。

発見した欧州での希少な高い霊力持ちの子孫を引き入れようとしたが、極めて強い憎悪を(もっ)てその手を跳ね除けられた。

 

ふざけるなと激昂された。

 

今更どの面を下げて我々を受け入れるのだと。

 

世界が危機に陥っている今になって手のひらを(かえ)してくる貴様たちには反吐が出る。

 

我々がどのような思いで日々を過ごしていたのかも知らずに――――

 

彼ら霊力持ちは大昔から異端狩りに(さら)され、常に自身の持つ異能の力をひた隠しにして生きてきた。

そんな彼らは同じ霊力の祖先同士との強いきずなで結ばれ、自分たちと違う人間達を警戒し、力を合わせて魔の手から逃れ続けてきたのだ。

中には歩み寄ろうとするも、その特異な力を持つ存在に深海棲艦出現以前の研究者にとっては垂涎(すいぜん)ものの対象でしかなかった。

適当な罪を擦り付け、捕縛しグズグズの肉塊になるまで侵され尽くされた。

 

そんな非道を石炭とガス灯の時代から受け続けた彼らからすれば、今になって自分たちに真摯に接しようとしてくる人間達を受け入れる気持ちにはなれなかった。

深海棲艦の被害によって余裕をなくした者達が脅しなどの強行に出てくることがあったのも大きい。

今になってその手を取ってどうする?

活躍したところで今までに要らぬ被害を受けた者達は返ってこない。

むしろ被害者たちに対する裏切りにしか思わない。

 

欧州の軍たちは霊力持ちの子孫との深い軋轢(あつれき)を崩す事が出来ず、深海棲艦による侵攻という波に(さら)されていってしまった。

日本から高い霊力持ちの軍人が世界中に派遣されているが、それもわずかな数だ。

徐々に、徐々に欧州は圧迫されていった。

 

そんな中、ドイツはどうにかして霊力持ちの人材を確保できないかと腐心していた。

艦娘はいても、それを十全に扱える存在がいなければ宝の持ち腐れであるからだ。

今から霊力持ち同士の間に子を(もう)け続け、ブリーダーのように血を濃くするのでは到底間に合わない。

艦娘との間に子を作れば高い霊力の素養を持つ子が生まれるが、そもそも貴重な艦娘をいたずらに解体できず、出生率も最悪で生まれて来た子が成長するのにも時間がかかる。

 

そこでドイツがとった手段は人工的に霊力の素養を持つ人間を作ること。

 

後天的に艦娘の運用が可能な人材を作成することであった。

 

軍の人間に施術するにはあまりにも死のリスクが高く、まずは民間人への臨床実験を人知れず行う必要があった。

幸い、深海棲艦による被害によって身寄りのないものや、暴徒となり収容されている者達で溢れ返っている。

そんな者たちを使い、あらゆる非道に走った結果、実験の数が五(けた)を超える頃にはようやく、どうにかして僅かばかりの数の人員を確保するに至った。

ただし、霊力を持つ代償として肉体は壊死して損壊し、体の大半を機械で補うという現実が待っているが。

 

それ以降も後天的な霊力持ちを開発し続けたが、失敗のリスクはたいして下がらず、肉体の損壊を減らすのが関の山だ。

そしてとうとう深海棲艦のごたごたから実験の目を欺けなくなり、それ以降霊力持ちの開発は頓挫している。

 

 

そうして数少ない人材でやりくりしている現状の中、やってきた鹵獲された戦艦レ級の情報。

 

 

行き詰っていた研究者たちは歓喜した。

今まで息が絶え、損壊の激しい深海棲艦の死骸しか調べられなかったのだ。

試したい薬品が山ほどある。あの薬物を投与すればどのような肉体反応を起こすのだろう。どの物質が奴らにとって有効かあらゆるものを試さなくては。

排泄をしない?食べたものはどうなっている?我々とは違う肉体のメカニズムに想像するだけでも舞い上がりそうだ。

肉体の再生が可能なら腑分けしたサンプルは是非欲しい。生きた状態での新鮮な臓器は死骸からのでは全く異なるのだから。

生殖能力はどうなっている?死骸からは卵子を検出できなかったが、人間との交配は可能か?

 

考えれば考えるほどに湧き上がる知識欲。

そこに善悪の観念など存在しない。

だが、その根底には深海棲艦の根絶がある。

我々に深海棲艦の検査を(ゆだ)ねられた以上、その期待には応えなくてはならない。

深海棲艦の中で極稀に現れる逸脱級特異個体(スーパービルド)

核を使うことで、国家単位での規模の艦娘を(あて)がうことで、国が総力を挙げて対処せねばならない一個体(いちこたい)

今後もそんな存在が出現することだろう。

今までは欧州方面にそれらは出てこなかった。

しかし、今後はどうなるか分からない。

我々ドイツは吹けば消し飛ぶような現状なのだ。

 

必ずこの鹵獲された個体を調べ尽くし、深海棲艦に対する有効的な何かを発見せねば――――

 

 

そしてようやくか細い希望という光を掴んでくれた日本に報いるためにも。

 

 

わが祖国の安寧の為にも。

 

 

細胞の一片まで無駄にせず調べ尽くす所存だ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府にて――――

 

夜も更け、子供達は皆寝る時間になった。

自分も()()()()()()()()()()()()()()()()()()、北上おねえちゃんと一緒にゆう君たちの泊まる大部屋で一夜を明かそうと部屋を移した。

今はベッドの一つに横になってゆう君の隣で寝る準備に入っている。

ゆう君は興奮してるのか、自分に抱きつきながらなかなか寝ようとしない。

 

「れーちゃん、あったか~い♡」

 

『うぎゅう・・・・』

 

ますます抱き締めてきて、うめき声を漏らすが声にはならず、空気の抜ける音が出るだけ。

というか、ゆう君、()()()()()()()

自分は今、変に熱っぽくて力が湧かない。

子供たちといっぱい遊んで疲れちゃったのかも。

 

そんな彼女の苦悶の表情を見抜き、北上はユウタに注意を促す。

 

「こらこら、そんなんじゃ寝れないでしょ。夜更かしはダメってお母さんに習わなかった?」

 

「はーい。ごめんね、れーちゃん」

 

ようやく力を緩めてもらい、一息ついた自分はゆう君と一緒に寝入る。

ちなみにゆう君は抱き着いたままだ。

 

 

そのまままどろんでいき、瞼も重くなり開かなくなってゆく。

 

 

メェェェェェエエエエエエエ!!

 

 

意識が落ちる直前にヤギの鳴き声が聞こえるような気がした。

 

 

寝るときってヒツジじゃなかったっけ?

 

 

そんな朦朧(もうろう)とした考えを最後に、自分は眠りに落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――けほっ」

 

 

 

 

 

 

 




今回は鬱展開を匂わせるお話でした。
北上のような境遇の艦娘は他の鎮守府だともっとたくさんいるのです。
仮に主人公がほかの鎮守府に預けられていたら、今よりもっと息苦しい目に合っていたでしょう。というより高い確率でいじめられているはず。

※なんだかすごく見覚えがあるような気がする< クッパたいじ

※それにしてもやけに迫力がある歌だなあ< 大鳳:Cv能登麻美子(のとまみこ)

あきつ丸の格好は勝手に自分が考えている改二想像図です。
あの学ランスカートにマントを足せば、立派なデビルサマナーですよ。

そして出てきた気弱そうな青年。
やったね!【V】はいないけど旧多はいるよ!
前話の龍驤の行動が彼が出るフラグだと気付いた人はいたでしょうか?


日本:深海棲艦と争わなくて済む道ができるといいな

ドイツ:日本がようやく掴んでくれたチャンス、深海棲艦根絶に向けて戦艦レ級を細胞一片までしゃぶりつくすように調べ、世界に貢献して見せる。

すれ違いってかなしいなあ


最後のせき込み

お昼のサンドイッチが原因かな?
それともお風呂で変にのぼせてしまったのか?
はたまた夜に食べたチョコが悪かったんだろうか?

そんなお話でした。

しばらくはまだ日常の話が続きます。
感想とかで散々書いておりますが、第三章から鬱展開に入っていきます。
今のうちに思い出をたくさん作らないと、第四章で悪堕ちルートに入ることに。
鬱展開は考えるだけで気が滅入りそうです。

追記

次話10月14日 06時00分投稿です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06 英国淑女(オールド・レディ)とのお茶会

大変長らくお待たせいたしました。

時間のかかった理由は主に仕事が繁忙期だったのと、夏の暑さが理由の大半です。

どうにか乗り越え、投稿。

本来であれば今話でアンケートに出ていたキャラをここでたくさん出すはずだったのですが、話の内容が長くなり、次回に持ち越すことになりました。
楽しみにしていた方はすみません。



――――朝

 

「レーちゃん、起きて」

 

『んぅ~~』

 

目を覚ます。

重い瞼が開き、まず視界に入ったのは茶髪に八重歯の男の子の姿。

パチ、パチと目を(しばた)かせる。

 

ゆう君だ。

 

なんでいるの?

 

ぼやけた頭は次第に明瞭(めいりょう)になり、今の状況をようやく理解する。

 

そういえば昨日はゆう君一家(旦那不在)がここでお泊りだったね。

 

この世界で人外の少女に生まれ変わり、ほどなくして人間達に捕獲され、ここ佐世保鎮守府に預けられている戦艦レ級。彼女はこの鎮守府にやってきた元艦娘と人間のハーフである子供のユウタと仲良くなり、再び彼と再会し、一日を楽しく過ごしたのだった。

一泊だけなので朝食を取った後はお別れだ。

 

みんなもう着替え始めており、自分も(つたな)い手つきで浴衣を脱ぎ、白いワンピースに着替える。

最近は新しい体にもだいぶ慣れ、着替えも何とか一人でできるようになった。

もうお姉さんたちの手なんて必要ない、ひとりでできるもん!

北上おねえちゃんはもうすでに朝食を済ませたみたいだ。ここの人たちは本来朝が早い。6時には起床し、朝食ももう準備が終わっている。

見ると時計は7時を指している。子供たちに合わせて起こされたみたい。

自分たちの朝食は別に作っているみたいで、8時ごろには出来上がるそう。

だから今は朝のアニメを子供たちと一緒に見ている。

 

アニメの内容だが、体中けがと包帯だらけのクマのぬいぐるみのキャラクターがいろんな困難に立ち向かっては、とにかくボコボコにやられまくるという言ってしまえばそれだけのアニメだ。

今の時代はこんなのが受けるんだね。

 

レ級が見ているアニメは主人公のクマのキャラがやたらと喧嘩を売ってはやられるのが定番の長寿番組である。

深海棲艦出現前までは人気がいまいちであり、一部の熱狂的なファンのおかげでどうにか保っているのが現状であったが、深海棲艦出現以降の混乱の中、メディアミックスは勝負に出た。とある若きスポンサーの協力の下、全面的に番組を押し、そのどれほどやられても、圧倒的な困難に押しつぶされてもくじけず立ち上がり、いつか勝てると信じて頑張る姿が当時の民衆たちの心を打ったのだ。

艦娘たちの活躍で最悪の状況から経済が回復していったのもとても大きい。

深海棲艦という人類史における困難に、いつか乗り越えられるとこの番組に思いを重ねているのだろう。瞬く間に番組の人気は爆発的に上がっていき、今では国を代表する作品として不動の地位を手に入れたのであった。

 

アニメも終わり、みんなで次の体操番組の真似をする。

ぎゅーっと体を伸ばし、体をほぐす。

 

『ストレッチパワーがここに、溜まってきただろう――――』

 

この体は"前"と比べてだいぶ柔らかい。やっぱり生まれたばっかりだからかな。

番組も終わるころにはちょうど朝食の準備も終わり、みんなで食堂へ――――。

ゆう君たちとの食事が終わり、とうとうお別れの時がやってきた。

玄関まで見送り、ゆう君たちと別れの挨拶をする。

 

「ばいばい!」

 

「たのしかったー!」

 

わんわ(いぬ)ー!」

 

「ぜったいまたあそびに来るからね!れーちゃん!」

 

コクコク!【またあそぼ

 

北上おねえちゃんに肩に手を置かれ、自分は磁気ボードを使って別れを告げる。

遠ざかっていくゆう君たちにハンカチを持ってフリフリと振るい、見送りつづけた。

 

ああ、ほんとに楽しかった。

みんなかわいくっていい子たちだったなぁ。うちの弟とは大違いだ。

自分の弟はいわゆる不良という奴で、よく弟の喧嘩に巻き込まれたものだ。

ただ、才能というのか、喧嘩で負けたところは見たことない。

また、仕返しとかがえげつなかったりと随分やきもきしたものだ。

 

あぁ、今どうしてるんだろう。

自分がいなくなってやけになってお父さんとお母さんに迷惑かけていないかなあ。

 

ここではないどこかに思いを馳せ、彼女は北上に連れられ鎮守府に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の出前の薄暗い中、遠い海から乗客船が水面をかき分け進む――――

 

周りには駆逐艦の艦娘たちが護衛に就いて渡航しており、日本に向かって進んでいた。

甲板に二つの人影が姿を現す。

車椅子に乗った女性と車椅子の背を押す一人の男性だ。

艦首近くまで二人は移動し、しばし夜明け前の海を眺めつづける。

やがて朝日が昇り、暗い海から辺り一面きらびやかな海へと生まれ変わっていった。

 

『このあたりの海も、よいものね』

 

車椅子の女性はきらめく海を眺め、そう呟く。話している言葉は英国語のようだ。

 

『ふむ、やはり世界で最も艦娘運用の栄えている国の海域なだけはある。出発し始めとは違い、昨日からまるで順調なものだ。海上でディナーをゆっくり堪能できるとは思わなかった』

 

『それだけ、あの国が自国の海の平和を守れている証拠ね』

 

『あの国の豊かさは外聞として知ってはいるつもりだが、さて、実物はどんなものか』

 

『それに、噂のあの子にも会ってみたいものだわ。知ってるかしら?あの噂の子は抱っこが大好きなんだそうよ。とてもかわいらしいと思わない?』

 

『はは、祖国でそんなことが言えるのは君くらいなものじゃあないかな』

 

『そんなことはないわ。きっと実際に会ってみれば分かるはずよ』

 

 

2人はこれから行く旅先と出会いに思いを馳せ、きらびやかに光る海を眺め続けた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――佐世保鎮守府

 

あれから数日、泊まり込みで訓練に来ていた人たちもやがて帰っていき、自分は彼女らを見送った。北上おねえちゃんから自分の担当がある4人に変わり、自分は彼女達の部屋にお邪魔しております。

彼女達の名は(あかつき)(ひびき)(いかずち)(いなずま)

そう、ここにやってきた初日に初めてお風呂を一緒した4人である。

この部屋にやってきた初日はあのお風呂で寝ちゃったのを思い出したのか、長女の暁が頬を膨らませながらポカポカとなぐりかかってきた。お湯の中に沈んでそのまま動かないものだから死んだのかとびっくりしちゃったみたい。

ごめんね。甘んじて受け入れるよ。

 

基本的に次女の響を除けば皆世話焼きだ。特に三女の雷は何かと世話を焼いてくれてすでにお母さんの貫録(かんろく)たっぷり。着替えを手伝ってくれたり、髪を()いてくれたりとかゆいところに手が届くこのオカンぷりといったら――――

着替えは一人でできると言ったが、下着は未だに座り込んでからでないと出来ない。むりだよ、こんな重い尻尾でバランス取りながら着替えるとか。それにまだまだいっぱい甘えたい、せっかくの子供の体、いつ成体(おとな)になるのかわからない以上、今のうちにうんと甘え倒すくらいやっておきたい。

 

甘えるという点でいえば、四女の電もなかなかだ。

彼女は姉妹の中で一番優しくて、おとなしい性格。自分にストレスを与えないよう配慮してくれて、小さなことでもほめてくれる。ここまでされるとさすがに恥ずかしくてちょっとだけ距離を置いてみたり、そうすると向こうが悲しそうな顔をするものだから結局彼女の下で甘やかされたりしています。

 

そんなこんなで日々を過ごしていた時、大きなニュースがやってきた。

なんでも外国から有名な人がここにやってくるんだとか。

前に聞かされた精密検査の件かな?と思ったがどうも違うらしい。イギリスからダイクンという、とても偉い軍人さんがやってくるんだそうだ。

自分もその人と顔合わせをするそうなのですごく緊張する。

 

彼女は知らない――――

 

彼女が毎日のように抱き着いて甘えているシノハラがこの日本海軍でトップレベルに偉い人物であることを――――

 

 

 

 

 

長女の暁に付き添い、自分はこれからやってくるお偉いさんについて聞かされる。

何でもこれからやってくるのはイギリス海軍の大将さんで、それはもう大変立派な人物なんだとか。だが暁は件のお偉いさんよりも今回一緒にやってくる女性の方が本命らしい。

その女性は暁と同じような『かんむす』という存在で、自分のような怪物を相手に初期のころからずうっと戦い続けてきたイギリス最強の戦士なんだそうだ。

長女の暁は大人の女性に憧れる背伸びした女の子だ。何かとお姉さんぶりたい態度が自分と接している時、その傾向がみられる。それはそれで彼女の個性なのだから特に思うところはない。

 

昼食を食べ終えしばらくした後、件の人たちがやってきた情報が次女の響によってもたらされた。暁に手を引かれ四姉妹とともにロビーへと向かう。

 

そこで目にした光景はシノハラさんと談話しているらしい二人の男女の姿。

男性の方はブロンドヘアーにサングラスを掛けた外国人らしく背の高い人。

女性の方は車椅子に乗っていて、肩下まで伸ばした金髪に碧眼、肩だしのドレスはセーラー服を連想させるデザインになっており、そのとても落ち着いた雰囲気と頭に小っちゃく乗っかった王冠も相まって深く、高貴な容貌として自分の目に映っていた。

チラ、と隣を見ると暁がたまらなさそうに身を震わせ、無意識に両の手を胸の前に置いていた。今ならその恋する乙女みたいな表情も相まって少女マンガタッチが似合いそう。

 

シノハラさんに呼ばれ、トコトコと近づく。見慣れない人と外国人という理由で自然とシノハラさんの斜め後ろの位置に着いてズボンをちょこんと摘まんで、よそよそしい接し方になってしまい気後れしてしまう。

 

「来たね。いいかい、ここにいる2人は遠いところ(イギリス)からはるばるやってきたダイクン大将に艦娘のウォースパイトだ」

 

「彼女が例の子か、ここまで間近に生きた深海棲艦を目にするのは初めてだ」

 

そう言ってダイクンと呼ばれている男性はサングラスを外し、その碧眼を自分に向ける。まだ若そう(30代後半)にも見えるが、軍人で大将というだけあってその眼光はとても重々しい。気付くと尻尾を下げ、自分のワンピースのスカートと摘まんでいたシノハラさんのズボンを掴みこんでおり、委縮していた。

 

「怖がらなくていい。二人とも君に会いにここに寄ってくれたんだ。さあ、挨拶してご覧」

 

そう言われ、首に掛かっていた磁気ボードを取り外し急いで字を書く。外国の人だから日本語大丈夫か?と一瞬頭をよぎったが、先ほど流暢に日本語を話しているのに気付いて書くのを再開する。

 

こんにちは はじめまして

 

少し焦りがあったせいで文章が変になってしまっている気がするが、このままでいく。

 

「?、彼女は"思考共有"を使えないのか?」

 

「ああ、というよりも艦としての能力がほとんど機能しないどころか、霊力すらまともに扱えないんだ」

 

そう言い、シノハラさんはポンとその大きな手のひらを自分の頭に乗せる。

 

「そうだったのか、ふうむ・・・・」

 

ダイクンと呼ばれた大将さんは顎に手を当て思案するように自分を見つめた。

その後、主だった会談も終わり、シノハラさん達で話し込むことがたくさんあるそうで、車椅子の女性と暁たちを残して彼らは行ってしまった。

 

2人が行ってしまった後、車椅子の女性が近づき自己紹介してきた。

 

Nice to meet you(はじめまして)Queen Elizabeth class Battleship(クイーンエリザベス級戦艦) Warspite(ウォースパイトよ)Thank you for your consideration(よろしくお願いするわね)

 

「――――――――」

 

やばい、いきなりの流暢(りゅうちょう)な英語に固まってしまう。ご都合主義ですべての言語が日本語に聞こえるとかないだろうか。

呆けた自分を見て彼女は察してくれたようで、すぐに日本語で話してくれた。

 

Oh, sorry(あら、ごめんなさい)、日本語がいいわね。私はウォースパイト、イギリスから来たわ、よろしくね」

 

そう言ってウォースパイトと呼ばれている女性は暁に鎮守府の案内を頼むと、嬉々として暁は自分の手を引き鎮守府内を回って案内する。時折チラ、と振り向き車椅子の彼女(ウォースパイト)を窺うが、彼女は優雅な微笑を浮かべこちらを見ていた。

 

「ここで休憩しましょう」

 

途中、響たち3姉妹とも合流し、ともに案内をつづけた。大まかな部分は案内し終えたようで、自分たちは今この敷地内でも特にきれいな花壇の連なる広場に来ている。車椅子の彼女はこの広場に大きなテーブルを不思議な力で召喚し、車椅子から立ち上がった。半身不随とか足が不自由だと思ってたのでちょっと驚いた。暁がその(むね)を質問すると、彼女は足が不自由なのを不思議な力で神経を通し、一時的に歩けているらしい。

彼女がテーブルに手をかざし、スゥっと滑るように移動させると様々なお茶菓子やポットなどの茶器が現れ、瞬く間にテーブルの上を彩った。

そうして人数分のおしゃれな椅子が用意され、小さなお茶会(アフタヌーンティー)が始まった。

 

紅茶が出来上がったのか、カップに人数分の紅茶を()れられる。目の前にソーサー(受け皿)に乗ったカップが置かれ、小さな両手でカップを手に取る。

透き通った液体を見つめ、一口。味の良し悪しはよくわからないが、この紅茶がとても良いものだということだけは分かる。スッと口の中に香りが広がっていくのは不純物(余計なもの)が一切ないのだろう。淹れてくれた彼女の腕もあるのかもしれない。

 

「お口に合うかしら?」

 

彼女の問いには(うなず)きと尻尾を頭上でフリフリして答える。

そんな自分の返事に彼女はゆったりとした柔らかな笑みを浮かべた。本当に優雅で淑女(しゅくじょ)って感じだ。

お茶菓子に手を出すべくテーブルに目を通す。ケーキにマフィン、タルトにスコーン。スコーンの近くには色とりどりのジャムにクリームにバター瓶が、よく見るとかわいらしいサイズのミニサンドイッチもある。

どれを食べようかと視線をめぐらせ迷っていると、ウォースパイト様が暁たちと自分にまずサンドイッチを勧めてくれた。軽くおなかに入れた後はスコーンを、暁がお上品に食べようとクリームを塗るがそうじゃないらしい。なんとウォー様はスコーンにその半分以上の体積はありそうなクリームを()っけてかぶりついた。そしてすぐに紅茶を口にする。

結構ワイルドなんだなぁと軽いカルチャーショックを受けた。

さっそくとばかりみんなそれぞれ好きなものを載せてスコーンをいただく。自分はジャムを載せ、バターを載せ、(かじ)るたびに違う味を楽しんだ。響はなぜかジャムをスコーンに使わずにそのまま食べて、紅茶を飲んでるけどいいのかなぁ。ウォー様は何も言ってこないからマナーとかには結構寛容なのかも。

暁たちと自分はウォー様と世間話や身内話に花を咲かせる。暁たちは主に自分のことや鎮守府のみんなの活躍などを、ウォー様は数十年間の間戦ってきた(ほま)れと最近自国の若い人たちが活躍し始めてきたこと。アルベルトという男性とエミールという青年の騎士道精神あふれるユニークな2人の若者の話をしてくれた。

 

その後、ケーキやタルトを食べ、満足した自分たちは、テーブルなどを一気にどこかへと消したウォー様とともに最初に出会ったロビーへと移り、大将さんが来るまでお話していた。

ここ日本にやってきたのも30年以上も戦い続けた中、最近になって敵の動きが鈍くなってきたおかげでまとまった休みが取れ、その旅行先にここ日本へとやってきたんだそう。

 

そうして話を続ける中、ウォー様は自分を手招きしてきたので近づくと、不意に抱き寄せられた。

いきなりのことでウォー様のことを見上げると、深く、柔らかい眼差(まなざ)しと目が合う。ふかふかで柔らかくていい匂いがして、気配というのか・・・・そういったものに包まれてシノハラさんとはまた違った包容力を感じる。

こう言っては悪いのだが、ウォー様はなんだかおばあちゃんみたいで安心する。

身を(ゆだ)ね、膝の上に乗っかり、ウォー様の抱っこを堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどのくらいの時間が経ったのだろう――――

ウォー様に抱きついて甘えているうちに暁が我慢できなくなり、構ってほしいと訴え、ウォー様はとっておきだとあの不思議な力で今度は自分の装備を召喚した。

いろんな装備を見ていたがこれはそのどれとも毛色が違う。

それはよく見る背中に取り付いているタイプではなく、なんと椅子の形をした巨大な装備だった。

ウォー様は玉座(ぎょくざ)型装備に座り、暁を手招きする。暁はウォー様の足の間にちょこんと座り、ウォー様によってその様相を変えていく。

ウォー様が頭に乗っけていた王冠を暁の頭の上に乗せ、ほかにも装飾的な杖(王笏(おうしゃく))や一抱えはある宝珠(ほうじゅ)を取り落とさないよう支えながら持たせ、そこに小さな暁姫(トワイライトプリンセス)が誕生した。

 

「どーおッ?一人前のレディに見える!?」

 

「~~~~~~~~♪」

 

暁の問いに自分は興奮してシンバルを持ったサルの玩具みたいにパッチンパッチンと手を叩き、一足早いレディの誕生に両手を大きく動かして祝福を伝える。

響はそんな暁の様子をウォー様から手渡されたポラロイドカメラで写真を撮っていた。

暁はそんな自分たちの祝福にご満悦の様子で、ウォー様はそんな自分たちを慈愛の目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて別れの時がやってくる――――

シノハラさん達と一緒にロビーの入り口でウォー様と大将さんを見送っていた。

シノハラさんの横で手を振ろうとする前に自分はウォー様に声を掛けられる。

 

「最後に、いいかしら。こちらに来て頂戴(ちょうだい)

 

この短い時間で親交を深めた彼女の頼みを断る理由もなく、自分は車椅子に乗るウォー様の前までやってきた。

ウォー様は両手を持ち上げ、その手を自分の両頬(りょうほお)に添え、その顔が良く見えるよう近づけた。

 

「・・・・やはり、何度見てもとても綺麗ね。あなたのその瞳の色の紫は宝石のようにきらめくアメジストの(よう)。私はあなたのその()んだ綺麗な目が大好きよ・・・・今日、私はあなたに会えて本当に良かった。あなたのおかげで、私はこの国での最初の思い出を間違いなく最高のものにできた。本当に、本当に感謝しているわ」

 

彼女が言葉を(つむ)(たび)、自分の体の中がぽかぽかと温かくなってゆくのを感じる。

 

この世界で人間ではない人外の生物に生まれ変わって間違いなく誇れるもの。

 

そう、この両の目にある瞳の色。

 

それをこの上ないほどに褒められ、()つ自分に会えてよかったと()()()()()()()()()()

 

えへへ、と顔が(ほころ)び、自然と彼女の添えた手を重ねてゆく。

 

細くなった目から見える視界には幸せそうにはにかむ彼女の笑顔。

 

 

今、深海棲艦である彼女は自分が何者であるのかを忘れ、異邦人との別れを惜しんだ。

 

 

そこに種族はなく、ただの二人のヒトによる一幕がそこにあった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――市街地に走る一台の車に二人の男女が乗っている。

 

乗用車を挟むように前後に関係者の車が走っているが、それを気にした様子はなく、乗員である2人は語る。

 

『言わずとも分かってはいるんだが、どうだったかね、あの小さな深海棲艦(レディ)は』

 

2人きりであるので、その言葉は海の上で(かい)した英語へと戻っている。

 

『本当に、かわいらしい子よ。前を()けばカルガモのようについてきて、抱っこをすれば赤ん坊のように甘えてくるの。本当にあの子が日本の強者(つわもの)達を蹂躙した〖悪魔(モンストール)〗と同じ存在だというのを忘れてしまうくらい。それくらいあの子は特別なの』

 

欧州では三体目のSSSレートである戦艦レ級の逸脱級特異個体(スーパービルド)、〖悪魔〗のことをモンストールという呼び名で通っている。

怪物や理外の化け物という意味合いであり、現在生存している戦艦レ級の前任であるかの個体は、遠い異国からでもその異常な強さが伝わっていた。

 

『あの鎮守府でもシノハラ中将から詳しい話は聞いてはいたが、聞けば聞くほどあの〖モラトリアム〗の異質さが際立つな。一体何が原因であのような存在が発生してしまったのか・・・・」

 

佐世保鎮守府の司令官との情報交流を経て、得る事が出来た鹵獲されたあの戦艦レ級の情報について――――

 

戦艦レ級について分かっていた情報の一つ、駆逐してからひと月のスパンで発生する事。

その理由は前任の戦艦レ級が(たお)された(のち)、ソロモン海域の海中深くで生物の胎児のように成長し、海上に出る(誕生する)だろうとのことだ。

そしてその際、深海棲艦を発生させている"何か"によって人類へ害なす思想を植え付けられているのではないか、というのが日本の上層部の推測(すいそく)である。シノハラからの話によると、あの戦艦レ級〖モラトリアム〗は初めて目が覚めたとき、光の届かない深海の中だったという。

周りには誰も()らず、日本の艦隊に遭遇するまで誰とも会わなかったのだそうだ。

艦娘に攻撃された時に応戦こそすれど、憎しみなどの害意などはなかった。

 

やはり聞けばあの個体の特異性が際立つが、それについても推測が立てられていた。

 

あの個体〖モラトリアム〗は本来1ヶ月は掛かるだろう成長期間を無視して前任の戦艦レ級が駆逐されたその次の日に海上へ出てきたのだそうだ。

人間に例えるのなら妊娠2、3ヶ月目で生まれてきてしまったようなものだ。肉体のおおよそが出来上がり、これから機能が発達し始める時期に発生してしまったせいか、〖モラトリアム〗は通常のレ級よりもずっと小さく、また砲撃や航行など兵器としての能力が(いちじる)しく未発達であり、霊力にしてもほとんど扱えていないのが現状だという。

 

そう、分からないのは何故劣等に生まれたのではなく、なぜそれほど早く目覚めてしまったのか。

 

これまた推測ではあるが、前任の戦艦レ級の影響があるのではないか、というのが今のところの有力な説だ。

SSSレートというのはいわゆるバグのようなものだ。本来の性能を特大に逸脱した異常個体、故に逸脱級特異個体(スーパービルド)

そんな存在の影響を受けてあの戦艦レ級は生まれてきた。というのが現時点での解釈だ。

 

ダイクンはその旨をウォースパイトへと説明し、情報を共有した。

 

『いずれにしろ、〖モラトリアム〗の存在は今後の深海棲艦への研究に対する大きな布石となるだろう。もしかすれば、今後あのレ級のような害のない個体へと深海棲艦を変化させられるかもしれない』

 

もちろん希望的観測ではあるが――――それでも考えてしまうのはあの奇跡の個体をこの目で見たせいだろう。

 

『もう原因の分からない暴力による被害のない世界、そんな日が実現できるのなら、それはどれほど素敵なことなんでしょう――――』

 

イギリスからやってきた二人は今後の世界の命運に思いを馳せる――――

 

半ば実現しないだろうという諦観(ていかん)を覚えながら、それでも明るい未来を胸に秘めていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シンバルを持ったサルの玩具、懐かしくなって 『シンバル 猿』と書いて検索してみた。見なければよかった。子供の頃持っていた優しい記憶がひとつ粉々に砕けた。もっとこう、かわいらしいおもちゃだった記憶があるんだけど・・・・


アルベルトは3DS版エースコンバットに出てくるキャラ、アルベルト・ワールバーグから。
エミールはゴッドイーター2に出てくるキャラ、エミール・フォン=シュトラスブルクから。
2人ともバンナムのキャラで、騎士道精神にこだわるところからイギリス出身の軍人という設定にしました。


今回のお話は田中草男さんの作品「お試しロイヤルれでぃ」から構想しました。
暁の一足早いレディ姿とかほぼそのままです。

イギリスは霊力持ちの貴族たちが代々力を隠して現代までいったので、欧州の中では他の国と比べると多少は余裕があります。
ウォースパイトはイギリスが所有している艦の中では最強の艦娘です。固有能力は魂の中に入る積載量がとてつもなく広い性能特化型。ゲームでいえば装備スロットが8、9ぐらいある感じ。
"魂包"の能力に特化しているので、持久戦もどんと来いって感じです。
ティーセットを入れる余裕が欲しくてそんな能力を発現するに至ったという裏話があったりします。

ウォースパイトはこのあとホテルを取りつつ、翌日にタナカマル中将の金剛四姉妹とお茶した後、日本観光へとしゃれ込む予定。今までゆっくりできなかった分(ティータイムは除く)堪能していってほしいですね。







おまけ

アルベルト「アークロイヤルと我が騎士道を(もっ)て深海棲艦を殲滅してくれる!ランサー隊各艦、陣形を整えろ。陣形〈ランスチャージ〉!」

アークロイヤル「いつも思うのだが、それはただの単縦陣(たんじゅうじん)では・・・・」


次回更新は1月5日の18時00分です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07 レディーはつらいよ

難 産 だ っ た



あけましておめでとうございます。

本当は正月に投稿したかったものの、文章が伸びに伸び、こうなりました。

しかし、だれも前回のイギリスのダイクン大将についてツッコまない・・・・

キャスバル・レム・ダイクンってそんなに有名なキャラじゃなかったのだろうか。


その日の夜――――

 

戦艦レ級と暁は興奮冷めやらず、ベッドの上でレディについて話し込んでいた。

 

「いい?明日から二人でレディーの特訓をするわよ!」

 

「コクコク!」

 

レ級が乗り気なのは"前"から目指していた素敵な大人(老年)への道だからだ。

 

もともと彼女は幼少の頃の体験により、落ち着いた魅力あふれる素敵なロマンスグレーを目指していた。

性別が変わったことにより、目指すべき素敵な大人は暁の言う立派な淑女(レディ)へと変わった。

ウォースパイトとの邂逅(かいこう)により、レディも悪くないと考え始めていたのだ。体に引っ張られているのか、思考が幼くなりつつある彼女はウォースパイトのような立派なレディに憧れるのに抵抗がなくなっていた。

 

そのため、暁の言う立派なレディになるための特訓に彼女は一も二もなく食いついた。鎮守府ではひらがなカタカナができて以降、基本的に好きにさせられているため、暇なのである。

 

 

 

そして翌日――――

 

 

朝食の場にて暁たち第六駆逐隊とレ級は今日1日の予定を立てるため、食事を()りつつ計画を交わしていた。

計画の内容はズバリ、立派なレディーとはなんなのか、そして参考にするべき人物についてである。

レ級の担当となった者達は基本的に任期中、出撃することはないためレ級の世話をする以外やることはあまりない。

そして肝心のレ級は基本的に大人しく手が掛かることもないので暁たち第六駆逐隊は暇なのである。

 

「まず立派なレディーと言えばどういったものかしら?」

 

暁は妹たちとレ級にレディーについて問う。

 

「やっぱり、優しい人だと思うのです・・・・」

 

「頼りになる人ね!困っている人がいたら助ける人よ!」

 

хорошо(ハラショー)

 

ウォーさまみたいなひと

 

1人だけ回答になっていない人物がいるが、暁は気にせず次の(だい)(とな)えた。

 

「じゃあ、今日は立派なレディーの参考になる人物を尋ねに行きましょう。誰か参考になる女性はいるかしら?」

 

鳳翔(ほうしょう)さんがいいと思うのです」

 

「私もそう思うわ。今はもう艦娘じゃないけれど、毎日食堂で頑張っているあの人から何か学べるものがあると思うの」

 

妹の電と雷は解体された後、この鎮守府にて食堂の勤務を務めている鳳翔(解)を参考人物に挙げる。

 

「那珂なんてどうだい?彼女は毎日アイドルという、女を磨く努力をしているからなにかの参考になると思うよ」

 

響はこの鎮守府で唯一アイドル活動に(いそ)しんでいる那珂を例に挙げた。

 

くまのさんレディーっぽい

 

レ級は育ちのいいお嬢様を思わせる航空巡洋艦『熊野』に淑女の気品を見出していた。

 

「よぉーし!参考人の候補がだいたい上がったところね。この後は私とこの子で一緒に行動するわ」

 

暁たちは長女の言を皮切りに残った朝食を急いで片づける。すでに周りは人がまばらで、話し込んでいたせいか気付けば食べるのが遅くなっていたのだった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「さあ!ここから私たちのレディーへの道が始まるわ!」

 

『めざせ、優しいおばあちゃん!』

 

「ハラショー」

 

2人(と1人)は高々と拳を(かか)げ、先ほど述べた参考人たちの下へと食堂を後にしようとする。鳳翔さんは皆の食事が終わった後の片づけの直後なので少し時間を置いてから訪問することにする予定だ。

 

そうして食堂を後にしようとしたその時である――――

 

「とぉぉ↑おう↓!!」

 

後ろから聞こえてきた奇声に何事かと3人は振り返る。

そこで目にしたものは頭を抱えて天を(あお)いでいる茶色いブレザー服を着ている女子、というより先ほど話題に出ていた人物の一人である熊野であった。

レ級たち3人は顔を見合わせる。何やら悩んでいる様子だがはたして近寄ってよいものだろうか。

あのように奇声を上げながら頭を抱えている様子の熊野に近づくのは(はばか)られるのだが、ここで困っている人を置いて去ってしまうのは先ほど話していた立派なレディーに反してしまう。

 

3人は意を決して熊野に詰め寄った。

 

「熊野さん、どうしたの?そんなに叫んで」

 

まず切り出したのは暁だ。こういったところはさすが長女といったところか。

話しかけられた熊野は3人に気付くと(たたず)まいを直し、「こほん」と咳払いを一つ、そして暁たちに応じる。

 

「失礼、お見苦しいところをお見せしましたわ」

 

なにかあったの

 

「実は――――

 

どうやら熊野は最近、昼食にサンドイッチを自分で作って食べるのがブームらしい。いろんな具材を作ってパンにはさんで食べるだけなのでお手軽()つ、ちょっとした料理上達につながる為、結構()まっているのだそうだ。

 

暁とレ級は熊野へのちょっとした女子力への向上心に先ほどの奇行などすっかり忘れ、感心していた。

 

しかし、いろんな物を具材にしてきたが、そろそろ具材のレパートリーが思いつかなくなっていったのだそう。次の具は何にしようかと悩み、悩み、そうして先ほどの爆発である。

あれほどの奇行に走ってしまったのは(ひとえ)にここ最近深海棲艦の数が少なく、余裕が出来てしまったが故の弊害(へいがい)ともいえる。

 

「よろしければあなたたちも一緒に次の具材を考えてくださらないかしら」

 

熊野からの救援要請。

レ級たちはそれに応じることにした。

 

「じゃあ、ハンバーグとかどう?」

 

「それは以前作りましたわね・・・・」

 

暁はパッと思いついたものを挙げるが、すでに作製済みらしい。

 

「ここは一旦(いったん)サンドイッチから離れて別のものを考えたらどうだろう。ピロシキとか」

 

「いやいや、離れてはいけないでしょうそれあなたが食べたいだけですわよね!?」

 

熊野は口の端によだれが垂れている響を見て(おの)が欲望のままに口を開いていることを察した。

ついでに響がこの鎮守府における10人の問題児の一人だということも思い出していた。

 

このままではサンドイッチどころではなくなると戦慄していると、今まで動きのなかったレ級が磁気ボードを掲げた。

 

 

 

うし、うしをつかう

 

 

 

牛を使う――――

 

「なるほど、つまりビーフストロガノh「いいですわねそれ!」

 

熊野は響のペースに巻き込まれては(たま)らないと言わんばかりに響の言に声を張り上げて(さえぎ)る。

思わず口を()いてしまったが、何も口からのでまかせというわけではないのだ。

 

「そうですわ!迷ったのなら原点を振り返ることも大切ですわね」

 

レ級たち3人は一体何のことかと首をかしげるが、熊野は語り出す――――

 

「ここはとっておきの神戸牛(こうべぎゅう)の出番ですことよッ」

 

熊野は(かつ)て牛肉の高級ブランドである神戸牛を大量に手にする機会があった。

手に入れた当時はすでに艦娘による活躍によって食料の安定供給がなされていたが、神戸牛を始めとした手間暇のかかる嗜好品に関してはまだ供給が不安定であったのだ。

そんな中でそのような手に入りずらい一品を確保できたのは、やはり海軍に所属していることが大きな要因であっただろう。

 

熊野からすれば神戸とは前世である軍艦時代での生まれ故郷、思い入れはとても深い。

 

時価の安定してない時に当時の己の全財産で可能な量を買い叩き、フライパンでシンプルに油と胡椒(こしょう)のみで調理した牛肉。

 

初めて食べたあの時の感動――――

 

ただ美味いというだけではない。艦娘である己の活躍がこの味を取り戻したのだという誇りも相まって、神戸牛は熊野にとって特別な存在となったのだ。

 

そう・・・・その神戸牛は熊野の魂の中に息づいている――――

 

 

 

――――物理的に

 

艦娘には魂に物を収納する"魂包(こんぽう)"という能力を備えている。

熊野は長年、魂の中に神戸牛を所持し続けていた。

魂に収納している間は経年劣化が起こらないので、いつまでも保存することが可能なのだ。

 

「今日の昼食は神戸牛の牛カツサンドに決まりですわね」

 

熊野に感謝の言葉を贈られ、食堂を後にする3人。

彼女達の表情には1人を除いて笑顔であった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「熊野さんの悩みが晴れてよかったわね!」

 

よかったね

 

「ハラショー」

 

廊下を渡り、自分たちの部屋を目指す途中、暁は呟いた。

 

「でもなんだか、何かを忘れているような・・・・」

 

「熊野からレディーを学ぶんだろう?」

 

「『あ・・・・』」

 

響から指摘を受け、その場で立ち止まる2人。

めぼしい人物に会い、共に過ごすことで立派なレディーへ近づくという目的をすっかり忘れ、さっそく計画が頓挫(とんざ)してしまった。

 

「あぁぁぁああぁあぁあああああ!!どぉしよぉおお!?もうとっくに別れちゃって会いづらいわよ!?」

 

もはや再び舞い戻って一緒に過ごす空気ではない。そもそもが最初の出会いが勢いで流れてしまってレディーという観点が入り込む余地がなかった。

 

「ここはもう(あきら)めて、ほかの人に会いに行こうか」

 

姉妹が(ゆえ)に響がもっと早く指摘を、と暁が責めて来そうなのをを察して、響は流れるように論点をすり替えた。

 

元々は鳳翔に会う予定だったのだ、過ぎたことをあーだこーだ責めるのは立派なレディーに反する。

暁はうぐぐ、と言葉を()み込み、レ級の手を取り食堂へと取って返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、3人ともどうしたの?忘れ物かしら?特に置きっぱなしの物は無かったのだけれど」

 

3人で食堂へと舞い戻り、熊野の姿を認められないことを確認し、ホッと一息を吐く暁。調理室へと移動し中にいた件の鳳翔という人物を見つけ、声を掛けて帰ってきた返答がこれだ。

 

彼女、鳳翔(解)は30になるかならないかの落ち着いた雰囲気の女性で、調理室には彼女以外にも複数人の人間の女性が所謂食堂のおばちゃんとしてこの鎮守府で働いていた。

 

当然であるが、この鎮守府には艦娘やそれらを運用する提督たち以外にも勤務しているものたちがいる。

照明や空調設備など様々な器具の点検をするスタッフや、正門や鎮守府周辺の警備や来客の対応など、艦娘でなくても出来る事などは主に人間たちによってなされている。

ここ、食堂の調理室にも外部の人間の女性達によって構成されており、深海棲艦の地上進行によって夫を失った未亡人や職を失った女性などを受け入れ、少しでも民間人達の負担を補填するよう海軍は努めていた。

 

そんな中、鳳翔は(かつ)てこの鎮守府で軍務に勤めていたものの、艦娘を引退し解体された後もこの鎮守府の食堂勤務という形で関わっており、現在はこの調理室のまとめ役として精力的に働いている。

 

さて、視点は変わって暁たち3人の訪問に移る。

 

朝食も終わり、食堂スタッフ達の小休止にやってきた艦娘2人に小さな深海棲艦が一体。

当然そんな一団がやってくればイヤでも注目の的になる。特に女性達からは、全身真っ白で黒い頭部の付いた太い尾を持つ異形の少女に目が釘付けとなった。

ここで働いている女性達の中には深海棲艦の被害によって家族を失った者もおり、本来であれば嫌悪の感情を向けてもおかしくはなかった。

 

しかしこの鎮守府の提督であるシノハラはこういったことを見越しており、あらかじめ彼女たちにもこの特異個体である戦艦レ級の事情を伝えていた。

曰く、あの異形の少女は軍が発見し、産まれた直後の状態で捕獲する事に成功した初の個体であり、まだ何色にも染まっていない非常に希少な存在であると。そうして現在、軍はあの子に人類に対する信頼を持たせるために情操教育を施している最中であり、なるべく自由を与えすくすくと健全な成長を促しているという。

 

レ級にとって幸運なことに、食堂の女性達はシノハラの人柄に多大な信頼を寄せている。またレ級自身も、食後シノハラに甘えている姿が度々目撃されていることから、女性達はこの小さな深海棲艦に対して複雑な思いはあれど、嫌悪の感情こそ向けることはなかった。

 

調理室に訪問した3人の内、1人を除いてその様なことを察することはなく、暁は3人を代表してここへとやってきた理由を述べた。

 

「鳳翔さん、あのね、みんなで今日のお昼ご飯のお手伝いがしたいの」

 

「あら、またどうして?」

 

暁たちは立派なレディになる為、今日は様々な人物の元で活動し大人の女性のなんたるかを学ぶため、こうしてここ調理室へとやってきたのだという。

「う~ん」と鳳翔は逡巡するが、これを機にレ級と女衆の交流を経て(わだかま)りを払拭しておくのも手だと思案する。

 

「・・・・うん、そうね。せっかくだから、お料理、手伝ってもらっちゃおうかしら」

 

「やったぁ!」

 

『OKもらってよかったね!』

 

「ハラショー」

 

暁とレ級はご機嫌のあまりハイタッチ。女衆たちは見た目が幼子(おさなご)とはいえ、深海棲艦との突然の交流に困惑と好奇心が()い交ぜになった感情が去来していた。

 

 

 

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

調理室に皮をむく音が響く――――

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

「うんうん、だいぶうまくなったわね」

 

「そうそう、そうやってあまり力を込めずスッ、と引けばいいのよ」

 

レ級は女性達が見守る中、ピーラー(皮むき機)でジャガイモの皮むきを手伝っていた。

火を扱ったり、包丁を持たせるのはさすがに不安であったため、数が多く、危険の少ない作業を女性たちの指導の下行っていた。

始めは力加減を誤り、ジャガイモを握りつぶしてしまったり、皮をむいても中の実ごと削ってしまい、石ころサイズほど小さな出来になったりと散々であったが、女性達の懇切丁寧な指導のおかげもあって、きれいな形とはいかずともきちんと食用に耐えうる出来になった。

食堂勤務の女性たちも始めはおっかなびっくり指摘していたものの、レ級の(つたな)い動作と従順で素直な態度に心を砕き、今ではすっかり小さな子供への接し方のそれである。

 

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

 

女性たちに囲まれ、共に作業を続ける中、自分はふと暁と響の動向が気になり、作業の手を止め辺りを見渡した。

 

「ウラ~」

 

響は大きな鍋の攪拌(かくはん)をしているようで、大きな木ベラで中をかき混ぜているようだ。身長が自分と同じくらい低いので、台の上に乗っかりながら。

 

では暁はと見回すが、パッと見ただけでは見つけることができなかった。

「どうしたの?」と女の人に声をかけられたため、暁を見つけるのを止めて作業に戻ることにした。

 

しかし、それが彼女にとって不幸な結果をもたらす事となった――――

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

レ級たちの後ろを過ぎるように、近づく者が1人。

 

暁だ――――

 

彼女はその手に大量の荷物を抱えていた。

積み上がった大きな鍋、暁は朝食の際に使われた器具などを洗浄し、定位置に片づけようとしている最中であった。

見た目が10歳ほどに見える彼女にはとても運搬できるような重量ではないが、彼女は人間ではなく艦娘だ。

普段の身体能力は人間の域を出ないが、彼女たち艦娘には霊力があり、そして"肉体強化"という能力が備わっている。

これによりただの人間では成し得ない作業も、彼女たちにとって決して無理ではない作業足り得るのだ。

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ――――

 

 

時折体を傾け、前方を確認する暁。

 

そして安全を確認した彼女ががレ級の真後ろを通過しようとしたそのときであった――――

 

無意識に動くレ級の尻尾――――

 

足を(つまづ)き、体制が傾く暁――――

 

 

積み上がった鍋は不運にも真横にいる彼女(レ級)へと雪崩(なだ)れ込んだ。

 

 

シャッ、シャッ、シャッ、ドーン!!

 

 

『アギャ!?』

 

「きゃあ!!」

 

「大丈夫!?」

 

突如後ろからの衝撃を受け、前のめりに倒れるレ級。

すぐに周りの女性たちが鍋を退()け、安否を確認する。

 

「ごめんなさい!怪我はない!?」

 

暁はそう言って慌てて駆け寄り、レ級を抱き起こした。

調理器具を持ったまま倒れ込んだのだ、思わぬ大けがをしていてもおかしくはない。

 

そうして助け起こされたレ級だが、一見すると怪我をしているようには見えない。

 

「どこか痛いところはない?」

 

女性の一人がそう声をかけるが、レ級は後頭部を少しさすりはしたものの、問題ない事を訴えるためフルフルと首を横に振った。

 

 

 

 

 

怪我がない事を知り、周りが安堵する中、レ級は自分の体の頑丈さについて考えていた。

 

自身の肉体の強度――――筋力もそうだが、耐久力にしても人から外れた領域にあるようだ。

ここに連れてこられる前に、人がいなくなって久しい無人島でコーラの瓶を握りつぶした事がある。

瓶はすんなりと簡単に砕け、そのまま握り込み手のひらの中で粉々になった破片が当たっても、手のひらの皮膚は傷一つ付くことはなかった。

それだけではない。前に寝ぼけて階段を下りていたとき、人間だった頃の感覚で下りようとした結果、ものの見事にバランスを崩して転げ落ちてしまった事もある。

今の自分は人間だった頃と違い、体重が100キロを越えているのだ。

そんな状態で転べばその衝撃は大きなものになる。

のに関わらず、転げ落ちた後のダメージは普通に痛いで済んでしまった。

人間だった頃ならば骨折してもおかしくないような事故も、この体では地面にその場で転ぶ程度のダメージで済む。

 

故に先ほどの積み上がった鍋がぶつかる事故もほぼ無傷で済んだ。

 

そうして現在、自分は丸椅子に座わらされて手櫛(てぐし)で髪を()かれ、暁たちが鍋を洗っているのを見ながらあることを考えていた。

 

胸中にあるのはただ一つ――――

 

 

あの無人島で襲ってきた女子高生(天龍)、どんだけ蹴り強かったんだ・・・・ッ。

 

 

"前"を含めて生まれて初めてだった。あれほどのダメージを受けたのは。

 

あのときは必死で、蹴られた後はなんとか動けたが、返り討ちにあった後はその日まともに動けなくなっていた。

ここに連れて行かれる最中、海の上で眠った時はなんと2日以上眠っていたそうだ。

あんな蹴り、もし受けたのが人間のときだったら内臓破裂どころか貫通して風穴空いてるわ!

 

もう痛まないはずのおなかをさすりながら、レ級はもう二度とあんな目に遭わないよう祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳳翔率いる女衆たちと調理室で昼食の仕込み作業を手伝った暁たち一行。

 

大人の女性へと近づけたかはともかく、一つの成長を実感できたのでとりあえずは良しとする。

昼食は熊野が腕によりをかけた一品である牛カツサンドのおすそ分けをもらった。

高級和牛の味に舌鼓(したつづみ)を打ちつつ、今後の予定を確認する。

 

「次は・・・・那珂さんね」

 

暁はそう言葉にし、響に確認をとる。

 

軽巡洋艦『那珂』

 

元気で明るいのが特徴の彼女はこの鎮守府で唯一アイドル活動をしている艦娘だ。

時間に余裕がある日には人を(つの)り、施設の一部を借りてライブをしているところを見かけることもある。

響からは彼女が今訓練所にいる所を見ており、暁たちは昼食を終えて早速訓練所に足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

「ちょーどよかった!この子(レ級)の世話してるんなら今暇よね!?お願い!手伝って!」

 

暁たちは那珂からの急な要請に瞠目(どうもく)し、暁は那珂に理由を尋ねた。

 

先ほども説明したとおり、那珂は軍務を除けばアイドル活動に精を出している艦娘である。

そんな彼女はかの激戦を越え、久方振りにつかみ取った平穏に対しご無沙汰であったステージライブを開催する事にした。

SSSレート討伐という大きな波を越えた記念にせっかくなので久々のライブは盛大なものにしたい那珂。しかし、意気込んだはいいものの、肝心の人員――――バックダンサーが不足していた。

那珂がそうであるように、ほかの艦娘たちも大きな戦いの後であるが故にそれぞれ思い思いに好きな行動をとっているのだ。

 

ある艦娘は仲のいい者とショッピングへと出かけ、ある艦娘は水を得た魚のごとく"作業"に専念し、またある艦娘は積み上げていた娯楽品の消化に(いそ)しんでいる。

頼みの綱であった姉の川内(せんだい)神通(じんつう)は他の艦娘たちの例に漏れず、各々(おのおの)別行動をとっていた。

そもそもの話、今回のライブの件も急(ごしら)えのもので借りていられる期間も今日の夜までであり、せっかく手にしたチャンスもこのままでは無駄になってしまう。

もっとしっかりと準備してから申請すべきだったと後悔するも、もう時間もない。

 

そうして猫の手も借りたい時に現れた暁たち一行。

 

最初の頃はちびっ子のレ級に特大の苦手意識を持っていた那珂も川内の度重なる強引な療法が実を結んだのか、今や近くにいても表面上は平然としている。

だが内心は気が気でなく、実際は動悸が激しくなり心臓が破裂(パンク)しそうな那珂。

しかし、それを無理やり押さえてでも那珂は彼女らを今回のステージに誘った。

 

もうこの際、贅沢は言わない。たとえ付け焼刃でもいいから共に踊ってくれるメンバーがいなければやっていけない。

それに今回あの子(レ級)を引き込めれば昨日までの時点で(かんば)しくなかった集客率も見込めるかもしれない、という打算も頭の(すみ)に入っていた。

 

兎にも角にも、ここで暁たちが参加してくれなければどうにもならない以上、断る理由もない彼女らは那珂の頼みを引き受けることにした。

 

「ありがとぉーーーー!」

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「ハイ、(ワン)(ツー)(ワン)(ツー)!」

 

パンッ、パンッ、と手を叩く音に合わせて5人の女の子たちがステップを刻む。

 

彼女らを指導しているのは陽炎型駆逐艦『舞風(まいかぜ)』。

金髪碧眼のポニーテールの少女である彼女は、ことダンスに関して秀でた才を持っていた。

 

指導を受けているのは深海棲艦である戦艦レ級を始めとした暁たち第六駆逐隊の4人。

 

あのあと、暁はバックダンサー増員のため"思考共有"で雷と電を呼び寄せ、こうして舞風によるダンスレッスンを受けていた。

今回使われる楽曲に合わせて足の運びや手の振り付けなど、たった数時間内で本当に必要最低限なパフォーマンスを叩き込んでいるのだが、以外にもレッスンは順調に進んでいる。

 

暁たち4人の艦娘は今回使われている楽曲が以前見聞きしたものであり、振り付けの勝手は何となく分かっているのもそうだが、何より彼女ら艦娘は普通の人間よりも身体能力の面で飛び抜けて優れている。多少のつたなさは高い肉体能力である程度は誤魔化しが利いた。

 

そしてレ級の方であるが――――こちらも意外にも何とかなっていた。

 

最初こそ慣れない(からだ)に振り回され、ついていくのに難儀していたものだが、話を聞きつけていた時雨によって衣装を取り替えられた。

今の彼女(レ級)は普段着である白のワンピースから、(ふち)が青の白いチューブトップとローライズのショートパンツに着替えていた。

 

ちなみに衣装を渡される際、あらかじめ慣らしておくのにちょうどいい、とは時雨の談である。

 

首を傾げつつ露出の多い衣装に着替え、再び振り付けの練習に参加するレ級。

動きやすい服に替えたおかげもあって、少しずつ身体を慣らし、限定された一定の動きに順応していく。

何より彼女がここまで付いてこられるのには理由があった。

 

それは彼女がまだ人間だった頃にはまっていたあるひとつのコンテンツに起因している。

 

 

 

 

 

 

『アイドルマスター』

 

 

 

 

 

 

それが彼女の動きを活かしている大きな要因であった。

 

彼女はいわゆる『アイマスシリーズ』と言われる作品のファンであり、アニメ、ゲーム問わず幅広く好んで作品を楽しんでいた。

 

幅広い、ホントに幅広い個性のアイドル達の歌って踊る姿を幾度となく観賞したそれらの記憶を頼りに、身体の動かし方を自分の中に落とし込んでいく。

 

振り付け自体は本当に単純なもので、いっては悪いが本物(プロ)のアイドルライブと違ってお遊戯会の延長線のようなものな為、多少の(あら)があっても気にしなくてよい。

むしろ急にライブに参加するためたったの数時間で完璧なものを求めるのが酷というものだ。

 

「――――♪~~~~♪」

 

響き渡るBGMと那珂の歌唱に合わせ、5人の女の子達が右へ左へと足を運び、腕を振るう。

 

「♪ッ~」

 

レ級は"前"とはまるで見ることのなかった日常(ふうけい)に思わず笑みをこぼし、変わっていく自分に頭のどこかで寂しさを覚えつつ、今をめいっぱい楽しんだ。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

『みんなぁーーー!今日は那珂ちゃんのステージライブに来てくれてありがとぉーーー!』

 

日の暮れた鎮守府、訓練施設の一角にて、用意された壇上でマイクを片手に声を響かせ、予想を上回る数の観客に軽巡洋艦『那珂』は満面の笑みで迎えた。

 

集まってきてくれたお客さんは艦娘や提督だけでなく、昼食のお手伝いでお世話になった食堂の女性スタッフたちも深海棲艦の少女であるレ級の晴れ舞台を見ようとやってきたのだ。

先頭にいる鳳翔はビデオカメラを携えて手を振っていた。

そんな鳳翔を認めたレ級は手を振って応える。

 

今の彼女はレッスンに使った衣装に加え、ワンポイントとして左足の大腿にガーターリングというゴスロリテイストの脚に着けるシュシュのようなものを身につけていた。

 

「よぉーーーし、それじゃぁさっそく一曲目、いっくよぉーーー!」

 

ライブ前のスピーチも終わり、楽曲が流れる。

とは言っても2分くらいの短いパフォーマンスを何曲か歌って踊るだけなので、あまり長い時間のライブではない。

 

それでも観客達は物珍しい深海棲艦の少女であるレ級の一生懸命な姿に、まるで学芸会を見守る親たちの心境で見守っていた。

 

 

 

しかし――――

 

 

 

『誰もが足を止めるっていうじゃない――――

 

 踏みとどまったっていいじゃない――――♪』

 

踊っているバックダンサー達の心境はそれどころではなかった。

 

(((響、それフラダンス!!)))

 

適当に講習を受けていた響は当然ダンスの順番をしっかり覚えておらず、己のフィーリングで完全に的外れなパフォーマンスを繰り広げていた。

 

そして響は両の腕をブン、ブン、と大きく振り、体を右へ左へと向きを移動する。

 

(((響、それモンキーダンス!!)))

 

『精いっぱい、歩き出せ――――

 

 目いっぱい、走るために――――♪』

 

前で踊る那珂はそんな後ろの惨状には気づかない。

 

Ураааааааа(ウラァァァァァァ)!」

 

さらに響は腕を組みしゃがんだ状態でタッカ、タッカ、と素早く足を蹴るように繰り出し、その状態を維持していた。

 

(((響ぃ!!それコサックダンス!!!)))

 

無駄に高い身体能力を遺憾なく発揮した響のパフォーマンスは、那珂の歌とダンスそっちのけで場を盛り上げていた。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

『みんなありがとぉーーー!』

 

若干10数分の小さなライブはたくさんの人たちの拍手に見送られながら終わりを迎えようとしていた。

 

バックダンサーを務めたレ級はミニライブに来てくれていたシノハラを見つけ、ステージから飛び降り駆け寄っていく。

 

「お疲れ様、楽しかったかい?」

 

抱きついてお腹に顔を(うず)めるレ級の頭を撫でてシノハラは(ねぎら)う。

レ級は顔を上げ、笑顔でうなずいた。

 

「もーーー!勝手に離れたらだめでしょ?」

 

今回の保護観察任務を請け負っている第六駆逐隊のおかんこと雷は、急に離れていったレ級にいち早く反応し、こうして追いついてきていた。

 

「あらあら、あんまりお世話している人を困らせたらだめよ?」

 

コクン

 

近くにいた鳳翔がたしなめ、レ級はそれにうなづく。

 

ほかの面々もステージから下り、レ級へと近づく。

那珂はそんな状況でも周りにいる人たちへのリップサービスを忘れない。

 

 

先ほどまで歌って踊っていたステージからみんなが離れた、そのときであった――――

 

 

 

 

 

 

ドォーーーン!!

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

突如ステージから上がるライトアップと大きな音に何事だと皆が注目する。

 

そんな中、観客の間を縫うように高速で駆け抜け、ステージに向かって飛び出していく複数の影。

 

「あれって・・・・」

 

誰が(つぶや)いたか、ステージに降り立った複数の影達はその言葉に応えるかのように立ち上がる。

 

『おぉーーー、ジューゾーだ・・・・』

 

レ級が呟いたとおり、ステージに立っているのはこの鎮守府の司令官代行であるスズヤ ジューゾーを始めとした彼の部下である4人の駆逐艦であった。

 

「そういえば、申請していたっけか・・・・」

 

すっかり忘れてたよ、と話すシノハラにレ級は首を傾げる。

 

『さぁーーー!ステージはまだまだ続くですよーーー!』

 

未だに那珂のライブの熱が冷めぬ中、突如として燃え上がった火は観客のテンションを意図もたやすく上げてゆく。

 

先ほどとは違う楽曲が流れ、ラフな格好をしたジューゾーの合図とともにほかの4人は所定の位置に着き、踊り出していった。

ジューゾーは那珂のライブに対してバックダンサーが集まらない可能性を予期していた。

そこでジューゾーはサプライズとして自分の部下と共にステージに出ることを発案、この鎮守府の司令官であるシノハラにあらかじめ説明と申請をしていたのである。

 

あらゆる事態に対応しつつ途中参加する腹積もりであったが、思わぬ事態(レ級の参加)に今このタイミングでのサプライズ参戦となったわけだ。

 

そんなジューゾーのパフォーマンスだが、那珂たちの(かしま)しいそれと違い、力強く、かつ荒々しさの中に繊細さと鋭さのあるブレイクダンスを中心としたストリートダンスのスタイルを前面に出していた。

 

曲のテンションとともにジューゾーが人間離れしたパフォーマンスを見せる度に観客が沸き立つ。

 

そんな中、ジューゾーの参戦ライブを見ていたレ級の心情はこうである。

 

 

 

ジューゾーの足運びマジ狩るステップ!

 

 

 

興奮してタン、タン、と飛び上がり、ジューゾーのステージを存分に楽しんでいるレ級がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

曲のテンポに合わせて体を揺らしているそんなレ級を見やりながら離れていく人影が一つ――――

 

 

ビデオカメラに映った映像を確認しているのは、先ほどまでそばにいた鳳翔その人――――

 

 

「・・・・うん、ちゃんと綺麗に撮れてるわね」

 

 

先ほどまで使用していたカメラはとある人物からの借り物――――

 

 

「えぇっと、組合の、どの支部に送ればいいんだっけ・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()さんに頼まれていたのも、とりあえずこんなところかしら」

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

『見守っていて欲しいの――――

 

 最後まで、走り抜けられそうだから――――♪』

 

入渠施設(おふろば)の湯船に浸かりながら声にならない歌を口ずさむレ級。

 

よほどライブが楽しかったのだろう、暁たちに手を引かれ、尻尾や背中を拭かれながらもご機嫌なままだ。

 

着替えも先ほどのライブ衣装から普段着の白いワンピースに着替え、足取り軽く飲み物を提供しているコーナーへと向かう。

風呂上がりの一杯を何にしようかと思案し、ラムネやコーラも捨てがたいが、この体になって未だ飲んだことのないコーヒー牛乳にしようと手を伸ばすものの、「ちょっと待って」と暁に呼び止められ手を引き振り返る。

 

「飲み物ならとっておきがあるわ・・・・最後の特訓よ・・・・」

 

暁の瞳にはやってやるぞという強い意志が爛々(らんらん)と込められていた。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

「ここが!最後の試練の場よ!」

 

『大人の雰囲気・・・・ッ』

 

「ハラショー」

 

暁とレ級、ついでに響がやってきたのは艦娘の大人組が訪れる憩いの場、お酒を楽しむショットバーである。

落ち着いた照明に照らされた静かな空間にクラシックの曲が流れ、決して退屈をさせない空間がそこにできていた。

 

「これよ、これ!このえれふぁんと(エレガント)な雰囲気、こここそ大人を学ぶ最高の場所よ!」

 

艦娘の飲酒については基本的に年齢の制限はない、たとえ見た目が一桁の女の子でも艦娘であれば飲酒は禁止ではない。

 

「あらあら、バーではしゃぐのはレディのする事じゃないわよ」

 

「!?」

 

横からかけられた声に振り向き、声をかけた人物を見たレ級は一瞬ビクつくが、人違いだと分かり安堵する。

 

声をかけてきた女性は長門型戦艦『陸奥(むつ)』、かつてレ級に対してセクハラをかましたゴリ代行の長門と同型艦であり、黒髪の長髪である長門と違い、こちらは後ろ髪の大きく跳ねた茶髪のボブカットだ。

 

広いテーブルに一人座り、肘をつき手を顎に当て、ウイスキーの入ったグラスを揺らしている。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いいのいいの、あんまりお堅いこと言うつもりじゃないし、楽しくいってね」

 

縮こまった暁を揉むようにフォローする陸奥、そんな大人の対応にレ級はますますこの場に期待する。

 

3人でカウンターに向かい、3つの席に左からレ級、響、暁の順に座る。

カウンターの向こう側には棚に所狭しと積まれた酒瓶で埋まっていた。

 

「――――いらっしゃい」

 

カウンターの内側にいるバーテンダーの渋い声が迎える。

 

彫りの深い、髭を少し生やした中年で、人間の男性がマスターを勤めているようだ。

 

「おぉ?なんだぁ、おチビちゃん来てんのかい?」

 

「んっふふ~、お酒に興味あるの~?」

 

レ級の隣に連なるように座っているのは軽空母の『隼鷹(じゅんよう)』に潜水空母の『伊14』、通称イヨである。

 

隼鷹はバサリと長い紫色の荒っぽい髪の巫女を意識したデザインの衣装を着ており、姉御のような気質の中にどこか育ちのよいお嬢様のような雰囲気を感じさせられる女性だ。

 

対してイヨは潜水艦らしく紺色のスク水を着用している少女であるが、胸の部分が切り抜かれた丈の短いセーラー服を身につけ、金属でできた黒と赤の特徴的な帽子をかぶっており、その容姿を一言で言うのならポケモンのガブリアスの擬人化、と言ったところだろうか。

 

「ご注文は?」

 

マスターの言葉に暁は「そうねぇ」と思案し、やがて決まったのか応える。

 

「まずはビールで!」

 

その言葉に便乗するようにレ級はバッ、と挙手し、自分も同じのをと訴える。

 

しばらくするとなみなみと黒い液体の(そそ)がれたジョッキが2つ、「どうぞ」と言う言葉とともにレ級と暁の前に置かれる。あまり泡が立っていないようだが、黒ビールというやつだろうか。

 

2人は両手でジョッキを持ち上げ飲み物を口に付ける。

一口飲んだかと思うとなんとそのままジョッキを傾け、ゴクゴクと飲み干すではないか。

 

ゴッゴッゴッ、と瞬く間に飲み物が2人の口の中に消えてゆき、やがて傾けきったジョッキの中には飲み干した証として空になっていた。

 

ガツンッ!

 

「「ぷはーーーッ」」

 

すべて一気に飲み干し、肺に残った空気を絞り出すように息を吐く2人。

 

ジョッキをテーブルに叩きつけた2人はマスターに向かって一言、

 

「『麦茶だこれ!!』」

 

思わずマスターにツッコむが、実はマスターなりの配慮であった。

 

風呂上がりの一杯にアルコールをとるのは実は危険であり、血液の流れが乱れやすくなるため、艦娘はともかく勝手の分からない深海棲艦には、こうして最初に普通の飲み物を挟んでからの方がよいと判断した上での行動であったのだ。

 

マスターからそのような説明を受け、不満ながらも納得する暁。ちなみに響はウイスキー、のような琥珀色のリンゴジュースを頼んでおり、雰囲気だけを味わっている。

 

大人の雰囲気を味わいたい暁に応えるかのように、マスターはカシス系のカクテルを作り、暁へと勧めてきた。

 

「――――ッ♪」

 

口にあったのか、顔がほころびそのままグラスを傾ける暁。理想の大人の味に満足なようだ。

 

次に深海棲艦であるレ級に対して取りかかる。

しかし、勝手が分からずアルコール出してよいものかと悩み、どうしたものかと思案するが、ひとまずノンアルコールのカクテルを出して様子を見ようと作製する。

 

やがてカクテルを作り終え、レ級の前に置こうとショットグラスを手にするが、「ちょっと待って」と暁からの待ったがかけられ、何事だと振り向く。

 

「暁が渡すわ!」

 

そのまま渡すだけなのだからわざわざそうする必要はないのだが、断る理由もないので暁へとグラスを渡す。

 

「さあ、受け取りなさい!」

 

カラン、バシャンッ――――

 

「・・・・・・・・」

 

「――――ハラショー・・・・」

 

「~~~~~ッ」カオマッカーーー///

 

おそらく映画のように離れた人にかっこよく渡したかったのだろう、カウンターの上にグラスを滑らせて届けるアレを試した結果、響の手前で倒れ、グラスの中身がテーブルに広がるだけであった。

 

もはや感心するほど見事に失敗した暁はあまりのいたたまれなさに両手で赤面を隠すのでいっぱいであった。

 

はぁ、とため息をこぼし、グラスが傷ついていないことを確認するとカウンターに広がったカクテルをふき取り、「今後気をつけるように」とだけ注意しレ級へと向き直る。

 

「すまなかったね、同じものを作るから少し待っててくれるかい」

 

マスターの言葉にコクン、とうなずき再びカクテルが作られていくのを眺める。

 

「タカヒロさーん、熱燗(あつかん)おかわりー」

 

「あ、イヨのもおかわりねー!」

 

「こいつを終えたらな」

 

ジンジャーエールとライムを加えたカクテルを作り終えてレ級に提供した後、次の作成に取り掛かるマスター。

 

『――――うーーーむ・・・・』

 

グラスを傾け、何か思案顔のレ級。

 

そもそも彼女は"前"の時点であまり酒をたしなむ方ではなかった。

せいぜい祝いの席や飲み会くらいでしか飲酒をすることがないからだ。

なので今飲んでいるこのカクテルもアルコールが入っているのかもよくわからない。

 

マスターも暁たちに様々な角度からカクテルを振る舞い、深海棲艦である彼女でもアルコールを与えても大丈夫だと判断し、少しずつ度数の高いものを与えていった。

 

グラスを傾けるレ級は徐々にではあるが、酔いが回りふわふわとした感覚に包まれてゆく。

時間が流れ、体の熱が上がるに比例して頭がボーっとする。

 

 

 

そんな中、マスターからの声がかかる。

 

 

 

「何か飲みたいものはあるかな?」

 

いろんな種類を与えたマスターはそろそろ好みのものを見つけられたのかという確認のつもりだった。

レ級は応答しようとするが、ぼーっとした頭で判断力が落ち、伝わらないのも分からず、声を掛けた。

 

 

 

 

 

――――しかし、それは誰もが予想しない小さな奇跡を起こす結果となる。

 

 

 

 

 

⦅――――ぁ、・・・・ぅあーーーら、らむ、こぉーーーくッ⦆

 

「ラムコークぅ?」

 

「キューバ・リブレ、だね」

 

「あぁ~、あれか、なかなか通なもん頼むねぇ♪」

 

響はすでにどこかへと消え去り、陸奥も適度に飲んだあと自室へと戻ってしまった。

 

今ここにいるのは酔いの回った艦娘たちと事情を知らないバーのマスターしかいない。

 

これがどれほど危機的な状況か皆わかっていない。

 

霊力をほとんど使えないはずの戦艦レ級〖モラトリアム〗が"思考共有"を使い、コミュニケーションをとっていることをバーにいる誰もがその緊急事態に気づいていないのだから。

 

"思考共有"を使えるということはそれすなわち"肉体強化"も使える可能性もあるのだ。

下手をすればこの一室が凄惨な殺人現場へと変貌する危険性すらある。

 

そんなことはつゆ知らず、マスターは指定されたものに取りかかった。

 

ラムコーク、正式名称はキューバ・リブレであり、名前の通りキューバ発祥のカクテルである。

 

ラム酒にライムを少量、そしてコーラを注いでステアした(まぜた)ものがそれだ。

 

彼女(レ級)がそれを知っているのは"前"の時代に起因している。

 

お酒はあまりたしまない方であるが、過去に一度だけバーに赴いたことがあった。

不慣れな彼に海外からやってきた者が気を利かせ、このドリンクを紹介したのだ。

 

意気投合した彼らはやがて海外からきた者が悩みを打ち上げるほど仲を深めたのだが、知らぬが仏か、当の本人は酔いが回って適当にうんうんと頷いているに過ぎなかった。

 

ともかく、ラムコークはできあがり、彼女へと渡される。

 

「んっぐ、んっぐ、んっぐ、んっぐ、プハーーー」

 

「おぉーーー、いい飲みっぷり!タカヒロさん、あたしも同じの!」

 

「あ、じゃあイヨも!」

 

カツンという音と共に一気飲みした彼女を賞賛する隼鷹。

本来キューバ・リブレは長く楽しむカクテルであるが、まあこれも一つの楽しみ方であろう。

 

⦅えへへ、ふあふあ~~~、おいし~~~⦆

 

次々と作られてゆくラムコーク、そして瞬く間に消えるグラス。

 

⦅おかぁーーーりッ♪⦆

 

ゴクゴクと美味しそうに飲むレ級。

 

⦅もいっこッ♪⦆

 

ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、カツンッ

 

⦅おかわり♪⦆

 

すでに暁は酔いつぶれ、カウンターに突っ伏している。

 

しかし、カウンターはお酒に飲まれた者たちで大賑わい。

 

⦅おかぁーーーりーーー♪⦆

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

酔っぱらいたちで賑わうショットバーにとある一団が訪れる。

 

先頭に立つのは響であり、後ろについてきているのはこの鎮守府の提督であるシノハラを始めとした2人。

 

「イヨちゃん・・・・やっぱりここにいた・・・・」

 

「隼鷹・・・・あんた非番だからって飲み過ぎよ・・・・ッ」

 

そう、飲兵衛と化した隼鷹と伊14の相方であり、それぞれの一番艦である軽空母『飛鷹(ひよう)』と潜水空母『伊13』ことヒトミである。

 

響はこのまま暁たちが飲みつぶれてしまうであろうと予測し、動けなくなった4人を1人で面倒を見るのが嫌だったため、提督を始めとした先ほどの2人を連れてきていた。

 

シノハラはこれ以上朝まで飲み勢に巻き込まれないよう、早々にレ級を回収するため仕事を切り上げ、ここショットバーへと赴いたのだ。

 

「またずいぶんと飲ませたみたいだな、さあ、もう帰るぞ」

 

後ろから声をかけられたレ級はシノハラの姿を認めたとたん、へにゃ、と顔を破顔する。

 

 

 

そして――――

 

 

 

⦅あーーー!しのはやさんあーーー♪⦆

 

「「「「!?」」」」

 

突然のことに響とヒトミの2人は硬直し、唯一飛鷹だけは即座に反応しシノハラを守るように前に出て構えた。

 

ふらふらとチェアーから降りてよたよたとこちらにやってくるレ級。

危険はなさそうだと判断して飛鷹を下がらせ、飛鷹は下がりつつ、いつでも対応できるよう警戒を怠らない。

 

⦅お、おぉーーー⦆

 

シノハラの手前まで歩いたレ級は酔いのせいでつんのめり、倒れるのを防ぐためシノハラが支える。

 

⦅たてない~~~⦆

 

「・・・・ハラショー・・・・」

 

「いつの間に・・・・"思考共有"を・・・・」

 

急なことで頭がいっぱいになるが、すぐに落ち着いて冷静に考え、酒に原因があると判断した。

同時にこの場にいる者が相当危険な橋を渡っていたことにぞっとする。

ともかく、今は彼女に掛からなければ。

 

「ほら、もう帰ろうな」

 

⦅ね、だっこっ、だっこして?⦆

 

いつものように抱っこをせがむので彼女を抱きとめて、持ち上げる。

腕の中にいるレ級はとたんに眠たそうに目を(とろ)けさせ、シノハラの胸に(うず)まる。

 

「大丈夫かい?」

 

⦅あのね、きょうね、いっぱいたのしかった!⦆

 

顔を見上げ、今日一日をたどたどしく説明する。

 

暁たちと立派なレディを目指したこと、熊野の悩みを解決したこと、食堂でお昼ご飯のお手伝いをしたこと、女の人たちが優しかったこと、那珂とアイドル活動をしたこと、伊織(いおり)ちゃんを応援したこと、お風呂で歌ったこと、そしてお酒を飲んだこと。

 

イオリちゃん?とシノハラは(いぶか)しげるが、しゃべり疲れたのか、話し終えると瞼を重そうにし、やがて尻尾をダラン、と地に着け、すう、すう、と寝息をたてて眠ってしまった。

 

「・・・・みんな、それぞれ回収して自室に戻るように、響は暁を背負って私と来なさい」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

暁たちの部屋に行くまでシノハラは終始無言であり、やがて部屋へとたどり着く。

 

暁と同じベッドに運び、そっと乗せる。

 

最後に少しだけ寝顔を見たあと、シノハラは2人に布団を被せた。

 

「・・・・おやすみ」

 

後のことを響に任せ、部屋を去る。

シノハラは今回のことと今後のことをまとめるため、執務室へと戻っていった。

 

 

 

『――――――――おとうさん・・・・』

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

日は移り変わり、やがて太陽が昇る。

 

暁たち第六駆逐隊も起床し、本来であれば既に着替えも終えているはずなのであるが・・・・

 

「・・・・」

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

「すう・・・・すう・・・・」

 

暁のいるベッドを3人が囲む。

 

当の暁はベッドに座り込んだまま、手で顔を覆っていた。

 

暁のお尻の下のシーツには大きな()()()()ができあがっている。

 

「はわわ、やってしまったのです・・・・」

 

「・・・・オネショー」

 

「見てないで手伝いなさい!電はあの子を別のベッドに移し替えて。響はシーツの取り替え!暁はさっさとベッドから退きなさい!」

 

雷はさっさと3人を仕切り、暁の粗相(そそう)の処理に取り掛かった。

 

ぐじゅぐじゅと泣く暁を(いさ)め、そのおかんっぷりを如何なく発揮した。

 

レ級はすやすやと眠ったまま――――

 

 

 

どうやら、2人が立派なレディーとなるのは遠い道のりのようだ――――

 

 

 

 

 




今回はいくつかアンケートのキャラを出しました。

まずはEruca (えるか)さんの第六駆逐艦隊という要望。
これは前回に引き続き主に暁と響が活躍しております。
明石は残念ながらまだ出せません。おそらく第四章からになるかと・・・・

次に那珂とのアイドル活動ですが、これは記憶が確かなら確か要望があったはずなんですがねぇ・・・・。
どうもアンケートには書いてないッぽい。

すみませんが間宮さんとは絡ませられませんでした。
不器用なレ級では今回の話で料理は無理なのです。

そして櫟弓さん、隼鷹さんとお酒を飲んで、酒に呑まれるレ級とか見てみたいという要望・・・・
どうだ、叶えてやったぞッ、これで満足かッ!っていう感じです。
長らく待たせてすみません。ですがこの話はとても楽しく書かせていただきました。

まだアンケートに応えられていないキャラがありますが、いつかは出しておきたいですね。



※今回のタイトル:元ネタは『男はつらいよ』

※ピンク文字:鈴屋什造 CV:釘宮理恵
『アイドルマスター』のキャラクター、水瀬伊織が元ネタ(いおりんのMAマジ最高!!)

※バーのマスター:モデルは香風タカヒロ
響→バーテンダー→チノちゃん→チノちゃんパパという謎の発想


次回は主人公の戦闘シーンが見られるよ


おまけ

那珂がレ級をアイドルに誘うシーン

「あなたにはアイドルの才能があるわ・・・・なぜなら、トイレに行かないから!!」

(そのネタ今でも生き残ってるの!?)


追記

次話 3月29日の12:00に投稿予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08 襲来、魔王むちゅき

MHW(モンスターハンター:ワールド)やってました。
自分はポータブルシリーズしかやってなかったのですが、すごいですね、このゲーム。
広大かつ複雑にもかかわらず、斜面を滑ったり翼竜での移動などフィールドワークでのストレスフリーさ。
強大なモンスターを相手に伏してチャンスを窺ったり、環境という自然のギミックを利用し優位に立ったり。
マルチプレイにて他人の、現在進行形で行われているクエストに割り込み参戦できちゃったり・・・・

このゲームは実に様々な衝撃を自分に与えてくれました。
先述の通りにいろんな衝撃がこのゲームにはありましたが、その最たるものは何と言っても・・・・














受付嬢のバイタリティです




それはそれとして、今回多機能フォームに字下げなるものを見つけ、利用してみました。
文体が好評ならこのまま続けていきたいと思います。

さすがに間が空いてきたので途中ですが、更新。
前回主人公の戦闘シーンを入れると宣言したのにできなかったのが悔やまれます・・・・





 薄暗い室内に数人の人影が佇んでいる――――

 

 数は数人、部屋は暗いためその顔を窺うことはできない――――

 

 今この部屋では誰にも悟られぬよう、密談が行われていた。内容は今から1か月近く前、人類史上初の鹵獲に成功した深海棲艦、その個体【モラトリアム】について。

 この部屋にいる者達は近い未来に接触することになるこの個体に、自分たちがどのようなアプローチを仕掛けるべきか、手に入れた後どのように弄ぼうかという仄暗い愉悦の会談に勤しんでいる――――

 

 あるものは心の底から滲みだすような邪悪な相貌を、あるものはそれにいい顔をしないものの傍観の姿勢を、それぞれが異なる混沌とした思惑が入り混じっていた。

 

 

 

 

 

 件の彼女がこれらの毒牙に掛かる日は、近い――――

 

 

 

 

 

 * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 佐世保鎮守府 訓練施設にて――――

 

 

 体育館に似た造りの施設、その中央に複数の人物が入り混じり、剣戟(けんげき)を繰り広げていた。

 

 そのうちの4人は未だ幼さの残る少女たち。彼女達は激しい動きをするのに適した体操着に着替え、手に持ったそれぞれの得物を振るい、1人の人物を攻めている。

 

 複数人から攻撃を受けているのは1人の青年だ。

 

 灰色の髪に背の低い身長、幼さを残した顔立ちは性別が曖昧に成りそうなほど整っており、その双眸(そうぼう)は血のような赤い色をしている。

 

 彼は4人から繰り出される剣戟をカーボンで出来たサバイバルナイフ型の得物を逆手に持ち、身軽な動きと巧みなナイフさばきで悠々といなしていた。

 

 突き、上段、蹴り、胴。

 受け流し、頭を下げ、体をずらし、切り払う。4人の連携を彼はことごとく(さば)き、そして切り崩す。

 

 4人の着ている体操着には幾筋(いくすじ)もの黒い線が引かれている。青年から連携の隙を突かれ、彼が持つペイント仕込みのナイフで急所に当たる部分を切られており、4人とも羽根突きの罰ゲームのごとくあちらこちらに黒い化粧を施されていた。

 

「てぇぇい!」

 

 4人の1人であるクリーム色に近い薄い金の長髪をした少女が、自慢の速度を活かして青年に肉薄する。

 

 青年は戦いながらも常に4人の位置を把握しており、当然彼に突貫していく少女―――島風(しまかぜ)の一閃をナイフで彼女の持つ模擬剣を滑らせるように受け流し、振り切った瞬間を見切って足を払う。体勢が崩れる僅かなタイミングを彼―――ジューゾーの神がかった技量によって放たれた蹴りは、島風の速度も相まって彼女を吹き飛ばすように転倒させた。

 

「ぶえッ!」

 

「しまかぜ、速度はあっても技術がないせいで振り回されてるです」

 

「たぁあッ!」

 

 横合いから繰り出される銀髪の少女―――天津風(あまつかぜ)の大振りの横薙ぎがジューゾーに迫るも、ジューゾーは片手でバク転して回避、その勢いのまま飛び上がり両の足を天津風の頭部に絡め、身を(ひね)って天津風を地に倒した。

 

「ッぐ!」

 

「あまつかぜ、相手に反撃されないよう横に大きく振るのはいいですが、すぐ次に繋げるよう立ち回らないとダメです」

 

 次に残った2人―――雪風(ゆきかぜ)時津風(ときつかぜ)の同時攻撃もあえなく撃沈され、床には4人の少女の死屍累々な状況ができあがっていた。

 

「ハァ、ハァ・・・・」

 

「代行・・・・人間なのに艦娘より強いってなんなの・・・・」

 

 武器戦闘による訓練を受けているジューゾーたち、霊力を使わない模擬戦の結果はジューゾーの圧倒的な技量とセンスによって終始4人を圧倒するというものであった。

 

 艦娘たちの身体能力は"肉体強化"を使わない通常の状態でも、駆逐艦ならば最低でも体格のいい成人男性並みの身体能力を持ち合わせている。戦艦ともなればオリンピックのメダリスト級にも匹敵する。

 にもかかわらず、4人はジューゾーを相手に攻め(あぐ)ね、翻弄されっぱなしであった。

 

 

 

 

 

 * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 息を整え、再び訓練に移る5人の姿を離れた場所から観戦してる者たちがいる。

 

 数は2人、隣り合って座っており、仲むつまじくジューゾーたちの訓練風景を眺めていた。

 

「ジューゾーお兄ちゃんすっごくつよいね!れーちゃん!」

 

 コクン!

 

 ジューゾーたちの戦闘訓練を観戦していたのはゆう君ことユウタと、れーちゃんこと戦艦レ級である。

 

 今回はユウタと母親だけで訪れており、現在ユウタとレ級は担当である艦娘の付き添いの下、いろんな場所を見学し、この訓練施設でジューゾーとその部下による模擬戦を見学していた。

 

 ユウタの感想に頷き、レ級の胸中にはジューゾーの強さに対する感嘆で埋まっている。

 

(()()()のジューゾーもやっぱり強いなぁ・・・・)

 

東京喰種(トーキョーグール)』という作品で知っていたキャラクターが目の前で曲芸師のように動いているのをしみじみと噛みしめると同時に、漫画で観ていた通りの戦闘能力をこの『艦隊これくしょん』であろう世界でも発揮していることに何ともいえない不思議な思いを抱いていた。

 

 自分であればどの程度対抗できるだろうか、そもそも、自身の中に秘めている力を自分はほとんど把握できていない。

 何もない、ということはないはずだ。遠くの物を拡大するように視界を変動させることができるし、肉体の強さだって普通の人間ならまず負けることはないと確信している。

 

 だが、自分は種族としてあまり優秀ではないように思うのだ。

 自分をここへと連れてきた者たち―――かんむすと呼ばれている者たちと自身の種族―――しんかいせいかんと呼ばれている存在は足を海の上に浮かべて移動することが出来ていた。

 それに比べて自分は海の上を移動するどころか、海面に立つことすら出来なかった。

 水中で手足を使わずに泳ぐことは出来る。だが基本技能であろう水上走行はできない。

 それに何もないところから兵器を取り出して撃ったり飛ばしたりする事だって――――

 

 あの物を何もないところから召喚したり取り込んだりする能力はすごく便利そうだ。出来ることなら自分も使えるようになりたいな。

 

 それと戦闘能力。

 先ほど普通の人間なら相手にならないと言ったが、あの島で出会ったかんむすと偶然戦闘になったときはアスリートと子供ぐらいの差で無様に敗北した。

 あの女子高生(天龍)が特別強かったのか、かんむすが皆強いのか分からないが自分はこの場においてそれほど強くないんだろうな、と思う。

 

 ここへやってきて1ヶ月近く過ごしているが、特段体が成長してるようには見えない。

 隣にいるゆう君はほんの少しではあるが、自分との身長差が縮まっているような気がする。

 ちょっとは運動した方がいいのかも。

 

 思考を終え、再度意識をジューゾーたちに向けると島風たち4人は既に地に沈んでいた。

 

 

 

 

 

 * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 談話室で思い出話に花を咲かせている一団がいる。

 

 この鎮守府の司令官であるシノハラと秘書艦である時雨に、現在レ級と一緒にいるユウタの母こと足柄(解)だ。

 

 思い出話の内容は足柄が解体されてから戦ってきた主な特異個体(ネームド)、司令官代行であるジューゾーが配属されたばかりの頃の苦労話――――そして、最近この鎮守府にやってきた小さな異形の少女について――――

 

「それは、また――――随分と大変だったわね」

 

 足柄はレ級の飲酒がきっかけで起きた騒動について聞かされ、ため息を(こぼ)す。

 

 霊力を保有している者は基本的に差はあれど、強い肉体能力を持つことが多い。

 霊力さえ保持し、訓練を積みさえすればまず確実に修得できるのは"肉体強化"となる。次点で離れた者との交信が可能になる"思考共有"か――――これは人によって適性があり、軍はこの能力に適性がある者を―――提督の資質として必要不可欠な素養を持つ人間を優遇して取り入れている。

 

 戦艦レ級―――【モラトリアム】と呼ばれている少女は先日の夜、シノハラ提督の預かり知らぬ間に飲酒し、酩酊(めいてい)していた。彼女はこのとき無意識に"思考共有"といういわゆるテレパシー能力を発露し、本当に一時的なものであったがシノハラとコミュニケーションを取ることが出来ていた。

 元々シノハラは彼女に"思考共有"をはじめとする伝心系統(でんしんけいとう)の能力に適性があるのは知っていたが、あの日ほどハッキリとした能力の発露はアレが初めてであった。

 

「本当にね、けれどあの子に潜在能力があることがはっきり分かったのは僥倖(ぎょうこう)だった」

 

 歴史上初めて人類が保護する事のできた深海悽艦である彼女だが、彼女は前任の戦艦レ級は(おろ)か、量産型の弱い個体にすら劣る能力しか持ち合わせていなかった。

 まず基本中の基本である水上に浮かぶことが出来ない、砲撃を始めとした艤装の使用も出来ない。

 さらには大前提である霊力の運用すらまともにこなせないときた。

 

 今後彼女にはドイツからの研究機関―――神秘の研究や兵器転用に力を注いでいるアメリカとは違い、深海悽艦の生物としての側面や弱点の研究に傾倒している者たちに(ゆだ)ねることになる。

 やはり少しでも深海悽艦について理解を深めることの出来る材料は多いに越したことはない。

 懸念(けねん)すべきは現在ドイツに派遣されているワシュウ大将のご子息、マツリ大佐から送られてくる人事部と一部の研究部門のきな臭さか――――

 

 各国に派遣されている日本出身の提督たちには防衛だけでなく、秘密裏に工作活動じみた任務も課せられている。それによるとどうやら一部の国の限定的な部分では、非合法な活動の影がちらついているのだ。

 

 代表的なものを抜粋すると世界の混乱に乗じた人身売買や違法薬物の取り引き、ほかには深海悽艦の攻撃を隠れ蓑にした殺人や誘拐など・・・・

 こういった様々な問題はやはりどの国にも少なからず起きてしまっている。現在日本海軍の少将にまで上り詰めたホウジ提督は中国に派遣されていた際、当時蔓延(はびこ)っていた超巨大犯罪シンジゲートを壊滅に追い込むのに非常に多大な貢献を果たしたことは、未だシノハラの記憶に大きく根付いている。

 

 この中国の犯罪組織の壊滅によって、連動するように日本に潜んでいた犯罪組織の人身売買の取り引きも明るみになり、一斉検挙(いっせいけんきょ)に至った。

 

 この一連の事件によって囚われ、解放された者の中にはこの鎮守府で司令官代行の任に就いているジューゾーもおり、当時はまだ幼い少年であった。

 

 彼は霊力の才能がほかの者よりずば抜けていて、軍としても司令官の候補として多大な期待をされていたが、当時少年であった彼は犯罪組織によって人格を歪められており、軍の手に余る存在であった。そんな彼が引き取られるようにこの鎮守府へと配属された当時は、本当に手を焼いたものだ。

 詳しくは割愛(かつあい)するが、軍規の無視や傷害沙汰(ざた)など頭を抱えたくなる事の連続であった。

 今でこそようやく落ち着きを見せているものの、度々(たびたび)破天荒な行動を見受けるのだが――――

 

 話が()れてしまった。

 先ほど非合法な活動の影がちらついていると言ったが、ドイツでの活動だ――――

 

 件のマツリ大佐の調査では欧州―――特にフランスやドイツなどは、魔女狩りが横行していた時代に超常の力を有した者たちを排斥(はいせき)した結果、現代において必要不可欠な人材である霊力持ちの人間がほとんど残っておらず、巡り巡って自分たちの首を絞める結果になった。

 当然、霊力持ちがいなければ艦娘の運用どころか妖精との交流すら(ろく)に出来ない、深海悽艦への対応は困難を極めていたはずだ。

 

 それに対してドイツは当時どのような対策をしていたのか――――

 

 表向きに―――日本海軍に提示されている中で―――であるが、ドイツの研究班によって霊力の適正が無い者に手を加え、後天的に霊力を覚醒させる技術を独自に開発し、艦娘の運用に必要な人材を確保しているというのが今まで分かっていた範囲である。

 当然、そんな技術が開発されたとあれば周辺の国もその技術の開示を訴えた。

 だがドイツはその技術について肝心の部分を秘匿し、半ば独占状態が続いた。

 しかし、例え霊力を持つ人材を確保できても艦娘運用までの練度まではどうにもならない。ほかのどの国よりも艦娘の運用に長けている日本海軍の人材派遣は、どうしてもカバー出来ない部分を補うのに必要不可欠であった。

 

 そうして日本海軍の介入と相成(あいな)り霊力持ちの作製技術の探りを入れたが、やはり最重要機密の入手は一筋縄ではいかず、情報の入手はやがて長い間お蔵入りとなった。

 

 そんな長い間の沈黙を破ったのは、先ほども言ったワシュウ海軍大将の子であるマツリ大佐だ。

 

 彼は今までのアプローチを変え、研究者の周辺ではなく施術(せじゅつ)された軍人や軍が絡んでいたその他の企業や施設といった別の方面を調べ上げ、見事核心に迫る情報という戦果を挙げた。

 

 彼の調べによると施術をされた人物達は皆何らかの障害を抱え込んでいると睨み、当時最も霊力の覚醒施術の研究が行われていたであろう時期には深海悽艦の侵攻によって身寄りの無くなった者や、暴徒となり大量に刑務所に収容されていた者たちが巧妙(こうみょう)に身元不明や行方不明となって処理されていることを示唆(しさ)する情報を根気よく入手したのだ。

 

 確定とまで言えないがこれらの情報を精査するに、ドイツ軍は警察とも共謀(きょうぼう)し被験者を集め、数多の犠牲の上に霊力持ちを確保したということになる。もしこれらの情報が正しければ軍が使い潰した人間の数は5(けた)に及ぶだろう。技術の開示を躊躇(ためら)っている原因がこれだとすればつじつまが合う。

 情報の開示を行えばもれなく(おびただ)しい数の民間人を人体実験の消耗品として使い潰したことが明るみに出てしまうのだから。

 

 

 ただ――――

 

 

 日本海軍としては彼らのやっていることに非を唱える気はない。

 

 日本とは違ってドイツでは霊力を持つ者がいない、地理的にも内陸側にいるドイツよりフランスやイタリアなどの海に面した国に日本からの人材派遣が優先されるのだ。

 歴史的にも軍事力の強大さが目立つ列強国としてのプライドもあったのだろう。それにあの混乱していた時期には大量に(あぶ)れた国民を(まかな)えるような余裕だって無かったはずだ。

 倫理観度外視で合理的に考えるのなら、それは養えない分を切り捨て、残りの分を確実に守る"使える戦力"を生み出すのに必要な行為といえる。

 

 もし、世界に艦娘という深海悽艦に対抗する存在が現れなければ、輸入大国である日本は霊力持ちを強制的に地上侵攻する敵に()てがう戦力として若者すら前線に立たせ、過去に霊力を持つ人間がいない家系を優先して()()()()をしたであろう。

 

 そう、ドイツのやっているであろう行為は決して褒められたものではないが、厳しい状況が彼らをそうさせているのだ。

 彼等にしても苦渋の選択であったに違いない。日本も同じ状況であればそれをしなかったとは言えないのだから・・・・

 

 そんな彼等(ドイツ)だからこそ、この鎮守府で預かっているあの子を明け渡すのに一抹(いちまつ)の不安が残っている。

 彼らの意識が現時点でどのような状態なのかまだはっきりとはしていない。焦りがはやり、自国民にしたように容赦のない仕打ちを受けて使い潰されては(たま)らないからだ。

 交渉の際にはお互いの意見のすり合わせから始めるべきか、いざとなれば交渉のカードにドイツの不祥事につけ込む形になるかも知れない。

 

 研究のため、多少の痛い思いをさせてしまうのはまだ納得するが、解体され分割されるような事態は避けねば――――

 

「そうだ、この後はちょっとした実験があるんだが、よかったら――――」

 

 その後、シノハラは今後の予定に足柄の子であるユウタを誘う提案を出した。

 

 

 

 

 

 * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 ジューゾーたちの訓練の終わり、アリーナには2人の子供がチャンバラ用のウレタン素材で覆われた得物を持って振り回していた。

 (かたわ)らには2人の面倒見役として1人の女子が怪我をさせないよう()ている。

 彼女の名前は航空巡洋艦『鈴谷』。彼女は今、本来のブレザー姿ではなく小豆(あずき)色のジャージを着用しており、2人の子供―――ユウタと戦艦レ級の面倒を見ていた。

 

 ジューゾーたちの訓練風景に触発されたユウタは訓練用の設備と道具のあるこの場でいてもたっても居られず、レ級を巻き込んで自分たちもと訓練ごっこに興じている。

 

「ていッ、やあッ!」

 

 両の手で得物を持ち、胸のあたりまで振り下ろし、続いて鋭く胴を放つ。意外にもゆう君はしっかりとした剣の振りを身に付けていた。

 そんな彼の姿を後目(しりめ)に自分は片手で適当に得物を振り回していた。

 手に持った得物は軽く、強めに振るうとビュンッ!と風を切る音が後からやってくる。

 

 忘れがちだが、この体は"前"と比べて随分と膂力(りょりょく)が上がっている。

 ここに連れられる以前、自分の力がどれほどの物か試すため打ち捨てられた戦車を発見し、それに向かって全力で拳を放ったことがあった。

 

 結果は戦車はビクともせず傷一つ付けられぬまま拳を痛めるだけ――――ではなく、拳こそ多少痛めたものの戦車を揺らし、張り付いていた錆が剥がれ、戦車の装甲を凹ませるほどの威力を発揮した。

 人間だった頃であれば前述のようにただ拳を痛めただけであろうが、今の自分はナイフを持ったチンピラ程度ならふつうに殺せる自信がある。

 

 後ろを振り向き、人間だった頃にはなかった尻尾を見る。自身の胴ほどもある太さの尾、その先に付いたもう一つの頭部である尾顎(びがく)。意識して動かし(あご)を開閉させガチ、ガチ、と鳴らす。

 

 特にこの尻尾だ、これに至っては自身が持つ攻撃手段の中でも最大の威力を秘めている。

 尻尾の先に付いた尾顎(びがく)は歯の硬度が恐ろしく硬く、本気で噛みつけば戦車の装甲をダンボールのごとく噛み千切ることが出来るほどの強度とパワーを秘めている。

 

 あの時、あの無人島で戦闘になった時に組み付くのではなくこの尾顎を使っていたなら、もしかしたら勝てたのだろうか。

 

 そんな妄想を垂らしながら素振りをしていると、傍にいたゆう君に肩をつつかれ振り返る。

 

「れーちゃん、あれ」

 

 ゆう君が指を指す先を見ると、

 

 

 !?

 

 

 ソレはいた。

 

 遠くからこちらにやってくる一団、その数5人。

 身長は低く、おそらくここに所属しているであろう者たち。

 

 しかし、問題はそこではない。彼女たち(推定)の恰好が問題だ。

 

 5人とも全員、体全体をすっぽりと覆うフード付きのローブを身に付けており、顔のある部分には数字の付いた仮面を被っていた。

 

「え、なにあれ」

 

 自分たちの面倒見役をしている鈴谷お姉ちゃんがまさに今思っていた言葉を代弁してくれた。

 

 件の一団は歩みを止めずこちらに近づき、やがて自分たちの前にやってくると横一列に並び止まる。

 一団の真ん中にいる人物―――仮面に『()』と書かれた者が代表として前へと出た。

 余りに怪しい様相の者たちに身構える中、前へ出た人物は口を開く。

 

「クックック・・・・我は魔王、魔お「ねぇ、その声睦月(むつき)「魔王むちゅき・・・・」

 

 どうやらここに在住している誰からしい。

 先ほどのやりとりでとりあえずの危険はなさそうと分かり、肩の力を抜く。

 

 しばらく仮面の人と鈴谷お姉ちゃんは()()()()()()いたが、程なくして鈴谷お姉ちゃんは離れていってしまった。

 

 気まずさでこちらが沈黙する中、魔王むちゅきとやらは再び口上を述べる。

 

「我は魔王むちゅき、この建物は我々が占拠した!ここで遊びたくば我々との勝負に勝つにゃしぃ!」

 

 この怪しい集団に対抗するよりも関わりたくない気持ちが勝り、ゆう君を連れてよそで遊ぼうと手を取ろうとするが、掴もうとした手が空を切り、ゆう君は相手の挑発に乗り啖呵を切った。

 

「しょうぶ!やる!ぜったい勝つ!」

 

 勝負と聞いたとたん、ゆう君はギラギラと闘志を(みなぎ)らせ一も二もなく受けて立った。

 

 ゆう君・・・・この子は熱血というか、勝負事に対して食らいついていくバトルジャンキーの気があるみたい。

 

 

 ()くして、魔王むちゅき率いる魔王軍とユウタ率いる人類軍の戦いが勃発するのであった。

 なお、人類軍に人間要素は4分の1程度ほどしかない模様。

 

 

「ねぇ、これもう脱いでもいいかな」

 

「ダメぴょん!こういうのは勝負の寸前に脱ぐのがお約束ぴょん!」

 

 

 

 

 

 




追記 9月26日 おまけ 艦これ×遊戯王



「海上を滑走しながら決闘(デュエル)だって!?」



突如鎮守府に広がる決闘者(デュエリスト)ムーブメント!



利根(とね)莫迦(ばか)な!吾輩の【カタパルト・タートル】の効果が無効じゃと!?」

金剛(こんごう)Congratulations(コングラッチュレイショーン)!サムの勝ちデース」

隼鷹(じゅんよう)「ヒヤッッハァァァアアァアッ!」

大井(おおい)「キタカミさあああぁぁああぁああん!!!」

北上(きたかみ)「みんなのことを考えない大井っちなんて嫌いだ…」

五月雨(さみだれ)(あきら)めたくはないから」(改二、いやせめて新グラお願いします)

アイドル那珂(なか)「私からの熱いファンサービスよ!」



どいつもこいつも決闘(デュエル)脳!



解説の那珂(なか)『おおーっと、どうしたことだ駆逐艦島風(しまかぜ)。艤装を付けず、海上を自らの足で走り出したぁーーー!』

島風(しまかぜ)「スピードの向こうへ、私に続け!」

天津風(あまつかぜ)「あいつなにやってんの!?」

扶桑(ふそう)練度(レベル)20の『まるゆ』が5体…来るわ山城(やましろ)!」



そして舞台は果て無き海へ



提督「Gambier Bay(ガンビア・ベイ)護衛棲水姫(ごえいせいすいき)だった頃のお前はもっと輝いていたぞ!」

日向(ひゅうが)瑞雲(ずいうん)で、みんなに笑顔を……」

(おぼろ)「どうして飛行甲板と合体しないんだ…?」


運営「お前たちの連合艦隊は素晴らしかった!コンビネーションも戦略も!だが、しかし、まるで全然!この海域を攻略するには程遠いんだよねぇ!」


戦艦レ級『グォレンダァ!』(航空戦、開幕雷撃、砲撃戦×2、閉幕雷撃)


やめて!戦艦レ級の五連撃で、連合艦隊を焼き払われたら、〝心魂共有〟で艦隊旗艦(かんたいきかん)と繋がってる提督の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで司令官!

あんたが今ここで倒れたら、甲種勲章(こうしゅくんしょう)の夢はどうなっちゃうの?

自動修復剤(バケツ)はまだ残ってる。E7を越えれば、甲提督になれるんだから!



次回、決闘者提督泊地編第9話「資材死す」

暁の水平線に勝利を刻め!


榛名(はるな)「忘れてしまったわ…大丈夫だなんて言葉」

提督「絶対許さねえ…








エラー(むすめ)ぇぇぇぇぇぇ!!!」



ハーミーズ(アズレン次元)「私と決闘(デュエル)しろおおおおおおおおおおお!!!」


艦これ次元「いや誰だよお前!?」



かつてない混沌の(うたげ)が始まる!



雪風(ゆきかぜ)「しれぇ、エクゾディアが(そろ)いました。












初手(1ターン)で」



()うご期待!




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。