打ち鳴らせ!パーカッション (テコノリ)
しおりを挟む

アニメ第一期(京都府大会編)
第1話 部長と副部長とパートリーダー


初投稿です。原作キャラの魅力を引き出せるよう精一杯やっていきます。


「それでは皆さんご唱和ください」

 

 

 不思議だ。高校3年の10月も終わるころなのに、まだこの掛け声を聞いている。

 その声はとてもワクワクしていて緊張していて、そして凛とした声だった。

 

「北宇治ファイトー」

 

 俺はその声に昂ぶりまくった感情をぶつけるように声を上げ、拳を宙へ突き出す。

 

 

 

 

「オー!!」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 四月。今日から京都の公立高校では新学期がスタートする。そのため道を行くのは落ち着いた色のセーラー服に学年ごとに色が違うタイを合わせて着た女子学生か、学ランを着た男子学生ばかりだ。

 俺――黒田篤(くろだあつし)――も当然その男子学生の中の一人で着慣れた学ランに使い込んだスクールバッグを持って歩いている。

 

 

「おはよう」

「わっ! びっくりした。おはよ」

 

 

 こちらへ向かっている少し急いた足音が聞こえたので振り返ると、緑色のタイをしたセーラー服を身にまとったおさげ髪の少女がいた。

 

 

「びっくりしたって、驚かそうとしてた晴香(はるか)が言うかよ」

「だって篤、私に気付いてないと思ってたのに急に向くんだもん。仕方ないじゃん」

 

 

 晴香――小笠原晴香(おがさわらはるか)――は我が吹奏楽部の部長であり、唯一のバリトンサックス奏者だ。そして1年次からの俺の彼女でもある。

 俺を驚かせようとしたが失敗、というか返り討ちを食らい少し拗ねている様子がかわいい。

 

 

「にしても、なーんで新学期早々こんなこっ早く学校に来なきゃいけないんだよ。あー眠い」

「部活動勧誘。確か去年も同じこと言ってたよ?」

「眠いもんは眠い。部活動勧誘ねえ。ぶっちゃけアレ意味あるか? あんな演奏聞いて吹部入ろうと思う人なんていないぜ、多分」

 

 

 

 うちの部の演奏は酷い。いや酷すぎる。名ばかりのチューニングによって生み出される不協和音。奏でるタイミングもリズムもバラバラの音。もしこんなのを聞いて吹奏楽部に入ろうと思う人がいるのなら初心者以外可能性はないだろう。

 

 

 

「……やっぱり、私が皆を上手くまとめられないからだよね」

「そういうことじゃねーよ。晴香が部長になってから部の雰囲気大分ましになったし、晴香のせいじゃない。ただ、今までの顧問のやらせ方とかがそこら辺あんまちゃんとさせなかったっつーのがデカイだけだ」

 

 

 

 自身が部長を務めることに未だ不安がある晴香をそっと諭す。副部長にコンプレックスを抱いているため、こういうことが多々あるのだ。

 

 

 

「俺あの顧問嫌いだったんだよな。技術面の指導全然しねえし。『楽しく』っつっても、そもそも何もできなきゃつまんねーのに」

「悪い先生ではないんだけどね……」

「技術の向上は人を当てにするものじゃないでしょ。まずは自分で頑張んなきゃ」

 

 

 

 唐突に会話に入ってきたのは田中(たなか)あすか。低音パートのパートリーダーで先述した副部長だ。ちなみに俺の幼馴染。担当楽器はユーフォニアム。容姿端麗で頭脳明晰、加えてユーフォの演奏もとても上手いのでファンが多い。が、残念な性格をしている。

 

 

 

「それは大前提だっつの。独学じゃ限界あるし、俺ら生徒は教えるプロじゃねんだから一定レベル行ったら指導者が大事だろ」

「まあそれも一理あるけどねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………本気で全国行こうと思ってる奴なんて、いねえんだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本気で思うような奴だったら()()北宇治になんて来ないだろう。1()0()()()()北宇治に憧れて、その人達と同じ景色が見たいなんて理由で周囲の反対を押しきって来るような馬鹿なんてそうそういない。

 

 わかっていても、少し寂しく思いながらそう呟いてしまった。しかしこの呟きは誰の耳に届くことなく、青く澄んだ空に消えていった。

 

 

 

「そういえば、楽器紹介の内容考えた?」

「もっちろん! ユーフォの魅力を新入部員にたっぷり伝えなきゃね」

「……あー忘ってた」

 

 

 部長の問いに意気揚々と答えるあすかと鈍い反応を示す俺。そして普通に忘れてたと言う怠け者に溜息をつく晴香。……見事に三者三様だな。

 

 

「ちゃんと考えておいてって春休み前から言ってたでしょ。もう」

「へーへーすんませんね」

「あーつーしー」

 

 

 俺はパーカスの魅力をうまく伝えられないとか言葉が上手く出ないとかそんなんじゃなく、単に考えるの面倒だから考えていない。まあ、それがわかってるから晴香に怒られてるんだけどね。

 

 

「晴香ごめんね。うちの幼馴染がこんなので」

「いや別にあすかが謝ることじゃ」

「おい。こんなのってなんだこんなのって」

「幼馴染の扱いが雑で何が悪い!」

 

 

 言い切りやがったこいつ! 扱い雑って言い切ったしさらには開き直った! 

 

 

「…………これだから中身ザンネンとか言われてモテねえんがっ」

「何か言った?」

「いいえ。何にも」

 

 

 完璧な笑顔をつくって威圧してくるあすかに負けじとこちらも完璧な笑顔をつくって返す。何も知らない人から見れば仲睦まじい男女のように見えただろうが実際は違う。

 ちくしょー的確に鳩尾にエルボー入れてきやがって。

 

 

「香織は考えるの楽そうだよなー。花形の楽器だし」

「呼んだ?」

「おっいたのか」

「幼馴染コンビが楽しく会話してる時からいたよ」

「まとめるのはやめてくんねぇか」

「私の相手をしてもらってました」

「ゴメンナサイ」

 

 

 香織――中世古香織(なかせこかおり)――はトランペットパートのパートリーダー。吹奏楽部のマドンナと呼び声高い彼女はあすかとは違ったタイプの美少女だ。

なんだかんだで1年の頃からこの4人でいることが多い。クラスもパートも違うのに不思議なことだが今や何も違和感がなくなっている。それぞれ部長、副部長、パートリーダーという役割についているから周囲からしても違和感はないんだろうな。

 

 

「あんた相変わらず晴香には頭上がんないんだねえ。尻に引かちゃって」

「引かれてねえよ。香織、ちょっとあすかの相手頼む」

「はーい」

 

 

 

 いつも通りの会話に苦笑しながらさりげなく香織は俺と場所を交換する。

 

 

 すこしそっぽを向いてしまった晴香を見ながら俺は人知れず溜め息をついた。首の後ろ辺りを掻きながらどうしたもんかと考えていると、学ランの袖を摘ままれた。ちょこんと、という表現がピッタリな掴み方と無意識の上目遣い。これは、ずるい。

 

 

「ごめん」

「うん」

「ん」

 

 

 機嫌が直ったようで何よりだ。付き合いの長さと互いの余裕が、少ない言葉で物が伝わる大きな要因なんだろう。恋愛方面では頭も口も上手く回らない俺としてはこの距離が心地いい。

 

 手の位置を少しずらして晴香の手を掴む。割れ物でも触るように、優しく。繋ぎ方はいわゆる『カップル繋ぎ』だの『恋人繋ぎ』だの呼ばれるものではなく、ただ相手の手を握るだけ。1年の頃から付き合ってるくせに2人して奥手な所為でイマドキの高校生としては交際の発展具合がカタツムリよりも遅い。背伸びしてどうこうする気がないのも原因か。

 

 

 

「今年はクラスどうなるかな?」

「あんまり2年の時と変わらないんじゃない? 選択科目も継続されるし」

「クラス分けはどうでもいいんだけどさ、なんで進学クラスを6、7組にするのかね」

「ほんっとなあ。特別クラスなら優遇しろっつの。移動がめんどくさくて仕方ねえ」

「いいなあ。あすかと篤は頭良くて」

「別に際立っていいことなんかないぞ。ちょっと成績落ちたら廊下ですれ違う度に先生方に小言言われるくらいだ」

「いやそれ篤だけだから」

 

 

 

 北宇治高校では1年から文理選択がある。1~5組は配分は忘れたが二つに分けられる。そして残りの6、7組は特別進学クラスとして、各型の成績優秀者40名が集められる。6組が理系。7組が文系だ。俺とあすかは入学時から学年の主席と次席をキープし続けていることからずっとそこに入れられている。

 

 

 

「ま、高校生活ラスト。楽しみますか」

「そうだね」

 

 

 

 このときの俺たちは知る由もなかった。今年の吹部は、今までの体制とは真逆を突き進む過酷なものになることを――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 なんかユーフォっぽいんだよ

 吹奏楽部に与えられている部活動勧誘のためのスペースは校門の所にある階段だ。何故ここなのかは知らない。以前生徒会の友人に聞いてみたが、今まで不都合が起こったことがないのでずーーっと前の人が決めたままでやっているらしい。つまり、なぜここなのかは結局わからない。

 

 先に音楽室でチューニングを済ませてから来た……ことにはなっているが実際はチューニングなんてほとんどしささってないだろう。今年入ってくる1年がこの歪な空間に馴染んでしまわないことを切に願うばかりだ。

 

 

(たく)は今日吹かないのか?」

 

 

 目の前を歩いていた大柄な男子に声を掛けると、彼はその身体にまったく似つかわしくないポップな看板をもっていた。

 

 

「今日はチューバ1人だけでいいので……。てか先輩、その今にも吹き出しそうな顔やめてください」

「くくっ。だって卓それ、似合わねえぞ。絶対梨子(りこ)が持った方がいいって」

「俺も何度もそう言ったんですけど、あすか先輩がしつこいので」

「あー。乙」

 

 

 

 あすかの指示に従わされてる男子生徒の名前は後藤卓也(ごとうたくや)。低音パートの副パートリーダーである。チューバを担当している2年生。

 

 会話の途中に出てきた梨子というのは、卓の彼女で同じく2年のチューバ吹き。ちなみに名字は長瀬(ながせ)。決してT○KI○ではない。今日チューバを吹くのは彼女だけらしい。低音パートにはもう1人中川夏紀(なかがわなつき)というユーフォ奏者がいるがまだ見かけていない。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 卓と取り留めのないことを話していると吹部用のスペースについていた。既に新入生がちらほらと見えるが人数がぐっと増えるのはこれからなので大丈夫だろう。てかなんで初日だからってこんなに早く来んだよ1年生! 俺なんか家近いからってギリギリまで寝てたぞ。

 

 

「それじゃあ各パート指定の位置に着いたら用意してください」

 

 

 部長の指示に対して返事がないことに未だに眉を顰めざるをえない。どうにかしたかったなあ、などと思いつつ楽器の用意をする。パーカスは流石に音楽室で使っているものをそのまま持ってくるわけにはいかないので、マーチング用のものだったりする。肩が凝るからこれを使うのはあんまり好きじゃない。

 

 ある程度用意ができた所で指揮者であるあすかが道を行く生徒達に声を掛ける。

 

 

「新入生の皆さん、北宇治高校へようこそ! 輝かしい皆さんの入学を祝して」

 

 

 よく通る声と共に振られた指揮棒が紡ぎだす音は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだこりゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開始して間もなく、経験者(?)の1年生にこう言われてしまうほどのものなのである。

 

 

 

 

~*~*~*~

 

 

 

 

 やっぱりあれはひどいよなあ。高校じゃあ吹部入るのやめよっかな。……でも見学行っといてそれもなあ。

 

 

「どーしよ」

「何が?」

「うええ!? なんでもないよ」

「そう? 私楽しみなんだ。中学の頃、吹部の子たち大変そうだったけどすっごく楽しそうで。テニス部引退した後は高校入ったら吹部入ろうってずっと思ってたもん」

葉月(はづき)ちゃん楽しそうですね。やはり音楽とは素晴らしいものなのです。音楽の魅力に取りつかれた人は、さらに誰かを音楽の虜にしてしまう。(みどり)はそう思います。だから2人とも、3年間頑張りましょうね!」

「うん!」

「あーうん。そうだね。頑張ろう」

 

 

 葉月ちゃんも緑ちゃんも楽しそうだなあ。音楽、好きなんだなあ。………私はどうなんだろう。

 

 

 

 

「えっと、ここかな」

「音楽室って書いてあるしそうだと思うよ。楽器の音も聞こえるし」

「うわーすごーい」

 

 

 ドアのガラス越しに中を覗く葉月がトランペットやりたいんだ、などと言っているのをぼんやりと聞きながら無意識のうちにユーフォを探す。

 あった。銀色のユーフォニアム。なんかかっこいい。

 

 

「うわあああ!」

 

 

 葉月の叫び声で我に返るとドアの向こうにはなぜかキス顔をした人がいた。確かさっきユーフォを吹いていた人。

 

 

「あれ~? もしかして君たち見学しに来てくれたのかな? さっ入って入って。Come on,join us!」

「ヤバ……キレー」

 

 

 その呟きに思わず心のなかで頷く。憧れていた高校生ってこんな感じだったなあ。

 

 

 

「さささあ、これが我が校の吹奏楽部です。君たちが見学者第1号。記念に飴をあげちゃおう」

「ども。すみません」

 

 

 真ん中にいた葉月が飴を受け取ると

 

 

「へ? うわあああ!」

 

 

 て、手首外れっ……と思っていると制服の袖から手を出して種明かしをしてくれた。と思ったら後ろから伸びてきた手に頭をはたかれてしまった。

 

 

「何やってんだ」

「あーすーかー」

 

 

 

 

~*~*~*~

 

 

 

 

「いったあ。もう、何すんのさ」

「それこっちのセリフ」

 

 

 早々に新入生ビビらしてどうすんだドアホ。つかなんで俺が悪いみたいになってんだ。明らかに悪いのあすかだろうが。

 

 

「新入生が怖がっちゃうからあんまり話しかけないようにしようって決めたでしょ」

「ええー」

「早速おびえてるよ。ごめんね。ゆっくり見て行ってね」

「よろしくー」

 

 

 せっかく来てくれた娘達にいたずらを仕掛けやがった不届き者は、駄々を捏ねながら晴香に連れていかれてる。

 

 

「悪ィな怖がらせちゃって。お詫びに未経験者らしき真ん中の君にいろいろ解説をしてあげよう」

「ありがとうございます。でも、なんで私が未経験者だってわかったんですか?」

 

 

 ふふんと鼻を鳴らしニヤリと笑みを浮かべて答える。その問いを待ってたよ。

 

 

「俺得意なんだよ。楽器当て」

「そうなんですか。じゃあ、緑はなにやってたと思いますか?」

 

 

 おぉうふ。随分と積極的だなこの娘。口元に手を当て、前に見たマンガのセリフを思い出す。小さい人ほど大きい楽器をやりたがると。

 

 

「弦バス」

「おおー正解です」

「指、ボロボロだもんな。結構やってるとみた」

「はい! 中学から始めたんですけど、練習すごくて」

「そうかそうか。高校でもやんの?」

「やりたいです! 緑コントラバス大好きなので」

「頼もしいなあ」

 

 

 笑いながら緑の頭をわしゃわしゃと撫でていると真ん中の娘が目をキラキラさせている。

 

 

「そういや名乗ってねえな。俺。そして名前聞いてもいない。申し遅れた。3年でパーカス担当の黒田篤。よろしく」

川島(かわしま)緑です」

加藤(かとう)葉月です」

黄前久美子(おうまえくみこ)です」

「緑に葉月に久美子な。覚えた」

 

 

 最近キラキラネームなんつーのが流行っていると聞くがやっぱあんまりいないもんだよなあ。

 

 

「緑ちゃんさらっと嘘ついたよね」

「ついてません。緑というのが緑の名前です」

 

 

 ??? どういうこっちゃ? 川島クン。

 

 

「緑ちゃん本当はサファイアって名前なんですけど、自分の名前嫌いみたいで」

「さふぁいあ? ちなみにどういう字?」

「緑に輝くで緑輝(サファイア)です…………」

 

 聞いちゃダメだったかこれは。名前ってかなりデリケートなことだもんな。サファイアって普通青じゃねえのってポ〇モンの知識を思い返すが何も言わないでおく。

 

 

「く、黒田先輩。久美子の楽器当てがまだですよ」

「あぁそうだったな。んーと、ユーフォ」

「なんでそんなすぐわかるんですか!?」

「だってなんかユーフォっぽいんだよ。うん。久美子はユーフォって感じがする」

「どういうことですか。地味って言われてるようにしか思えないんですけど」

「褒め言葉だよ」

 

 

 この娘にはユーフォやってほしい。ユーフォっぽくないけど誰よりもユーフォニアムが好きな()()()のいい刺激になってほしい。

 

 

「なあ久美子。今朝吹部の演奏聞いてたよな?」

「は、はい。聞いてました。暴れん坊将軍のテーマですよね」

「そーそ。あそこまではっきり感想言われたの初めてだったから久美子のこと覚えちゃってたんだよ」

「感想……? あっ」

 

 

 なん……だと……。自覚していてもなかなかに心を抉ってくる言葉を無意識で言っていたのか。恐ろしい子!

 

 

「感想って久美子なに言ったの?」

「えっいやぁそのぉ~」

「『ダメだこりゃ』って目の前で言ってきた」

「先輩!」

「今回は水に流すけど、もうちょい頭ん中で考えてからもの言うようにしろよ? そのうち困るぞ」

「気をつけます……」

 

 

 

 

 一通り後輩で遊んだ後に音が止む。今日は粘った方か。

 

 

「篤。そろそろ合わせるよ」

「音合わせてからにしてくれ」

「チューニングしたぞ」

「テメエんとこが一番音あってねえの多いんだよヒデリ。割合でいったらホルンが全滅。お前らいい加減出来るようになれよな」

「ずっと1年生と話してたくせに適当なこと言わないでくれる?」

「全滅してるって言われてんのに口答えしてくるその根性は恐れ入った。どんだけずれてるか教えてやろう」

「ちょっと篤」

 

 

 

「いーんじゃない? 今更そんなことやらなくても」

 

 

 傍からすれば火に油を注ぎかねない。というか大量の水素で充満した部屋に火炎放射を放つような言葉だが、俺は笑ってそれに賛成した。相変わらず周りどうでもいいんだな、あすか。

 

 

「はっ、そーだな。晴香。練習始めてくれ」

「え、うん」

 

 

 ビリビリした空気の中、唐突にドアが開かれる。

 

 

「すみません。入部したいんですが」

 

 

 入ってきたのは他とは違った空気をまとった美少女だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 サラブレッドじゃん

学校の事がいろいろと忙しく更新が滞ってしまいました。申し訳ありません。まあ、読者なんてほとんどいないだろうからいいのかな?(笑)

難産のくせに低クオリティ。もっと精進せねば…


「に、入部ですか!?」

 

 

 いきなり入部とか流石に驚くわ。入るって決めてたのか? でも入部届けって先生が持ってんだよな。

 

 

「あーっと、入部届け顧問の先生が持ってんだよ。でも先生忙しくて今日来れないらしいから、明日また来てもらっていいか?」

「わかりました」

「入るのって確定事項?」

「はい

 

 

 う……そんなちょっと怒った感じで言わないでくれよ。お仕事関連で聞いてんだから。

 

 

「んじゃあ名前とやってた楽器教えてくれるか。再来週のどっかで1年生の楽器決めるから、そん時の参考に」

 

 

 壁に張り付けたルーズリーフの行の上には《1年 楽器》と書いてある。なんで壁に張り付けてるのかというと、1個だけ机残すの面倒だから。

 

 

「1年6組高坂麗奈(こうさかれいな)です」

「楽器は何やってた?」

「トランペットです」

「うーい。どもー」

 

 

 高坂って名字でトランペット奏者か。なんか記憶に引っ掛かるな。

 

 

「高坂尚也(なおや)さんて、お知り合いかなんか?」

「父ですが、ご存知でしたか?」

 

 

 いやいや、ご存知も何も高坂尚也っていったら日本を代表するトランペット奏者でしょうが。

 

 

「……マジか。サラブレッドじゃん」

「父のことは誇りに思ってますが、私とは切り離してください。そのことで特別視はされたくないので」

「わかった。どうもな」

 

 

 親父さんがプロの演奏者か。何処ぞの誰かさんと一緒じゃねえの。

 

 さっきまでの怒りはどこかにふっ飛んでいき俺はそっと口元に笑みを浮かべていた。それは有望株の登場か、はたまた誰かさんと同じようなのがもう1人いたことなのかはわからない。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 部活が終わり、俺と晴香は帰り道の途中にある公園に寄っていた。

 

 

「初日から疲れた~」

「お疲れ、部長」

「ありがと。でも疲れたの、ほとんど篤のせいだからね」

「それ返せ。奢ってやったやつ返せ」

 

 

 せっかく人が労いの意を込めて缶コーヒーをやったいうのに文句言いやがって。

 

 

「残念でした。もう口つけちゃったもんね」

「いいから」

「えっそれはちょっと……恥ずかしい」

「いやいらねーよ? 俺こっち飲むし」

 

 

 そう言いながら晴香の隣に腰掛け、自分のカフェオレを飲もうとすると

 

 

「ってえ! 何すんだ」

 

 

 なぜかぶっ叩かれた。

 

 

「篤のバカ。ほんとデリカシーないよね」

「今さら何を」

「それもそうか。あーあ。何でこんなの好きになったんだろう」

「仮にも自分の彼氏に向かってこんなのとは酷くないですかね」

 

 

 この扱い本日二度目なんですけど。吹部男子のヒエラルキーって本当に低いんだな。

 

 

「でもデリカシーあったらあったで篤じゃないか」

「俺の嘆きは無視かよ。んでもって更に酷くない?」

「んー?」

 

 

 笑顔がスゲーかわいいから余計腹立つなー。しかし何も言い返せないのはやはり惚れた弱味。そう認めつつもちょっぴり悔しいので話を逸らす。

 

 

「1年あんま来なかったな」

「うん。このままだとすごく人少なくなっちゃうから、どうにかしないとね」

「まあこれからに期待するか。一応吹部って人気の部活だし。少なくとも麗奈は入ると思う」

「もう名前覚えたんだ」

「プロの娘っつーインパクトが強すぎてな。高坂尚也さんって知ってるか?」

「香織が前なんか言ってたような気がするけど……入部希望の子ってその人の娘なの?」

「そうらしいぞ。でも特別視されたくないっつってた」

「あー、逆にコンプレックスあったりとかするのかな」

「下手ってことはないだろうけどな」

 

 

 推測だけど、多分スゲー上手いんだろうな。自信持ってたし、さらに上に行くための向上心も持ってるはず。

 

 

「今年はどうなんのかねえ」

「去年みたいなのなければいいなあ」

「さて。どうだろうな」

 

 

 面倒事が起こらないように祈る晴香を横目に、俺は自分のクラスの担任を思い出していた。

滝昇(たきのぼる)教諭。新任の音楽教師で新たに吹奏楽部の顧問となるそうだ。自己紹介によると父親はかつて北宇治が強豪だった頃の吹部の顧問。つまりサラブレッド。3人目かよ。

 

 

「滝先生って篤のクラスの担任だっけ?」

「そ。なんで男だらけのむさ苦しいクラスにあのイケメン先生が配属されたのか謎すぎる」

「イケメンなんだ」

「数少ない女子たちがキャーキャー言ってた。野郎の中には若干僻んでるのもいたけど」

「男子はそうかもね」

 

 

 女子ならまだしも、男子が同性に憧憬の念を抱くことは稀だ。もちろん容姿の面でだが。女子でカッコいいだのかわいいだの言われる例はあすかや香織。あの2人の人気っぷりは凄まじい。特に吹部内はそういうのが顕著に表れる。

男でそれが起こった場合、憧れられた側は身の危険を感じることとなる。ソースは俺。中学の頃、男塾に出てきそうな容貌の先輩に照れながらバレンタインにチョコを渡されたことがある。……あれマジで怖かった。

 

 

「篤の人気も多少は収まるかな。これで」

「俺そこまで人気者じゃねーぞ? 魔神だし、帝王だし」

「その異名後輩あんまり知らないでしょ。1年の時のことだし」

 

 

俺の異名は正しくは《爽やか笑顔の魔神》《正論帝王》だ。由来は俺が1年の時、気に食わない上級生を正論のみを使って終始笑顔で論破したことから。我ながら今思うと凄えことやったな。

 

 

 話題が尽きたのでなんとなくカフェオレを飲む。なんで缶飲料ってこんなに飲みづらいんだろうか。

 飲みながらボケーっとしていると篤ってさ、と晴香が話しかけてきた。

 

 

「そうしてるだけで画になるよね」

「はあ。どったの急に」

 

 

 いくら恋人とはいえこんなことを言われることはほとんどない。だからいきなり言われると目を4、5回しばたかせてしまうくらい驚いた。

 

 

「いや、イケメンだなと思ってさ。普段はあんまりカッコいいとは言えないけど、表面だけ見たらモテる理由がわかる気がする」

「ああ。中学の頃周りにいたのがこの様子見たら幻滅するだろうな」

 

 

 俺は基本的にグダグダだらだらするのが好きだ。面倒臭いのは嫌い。だから部活中との落差がすごいとよく言われている。部活中はそこそこシャキッとしてるからな。

 

 

「いつからだっけ。私の前でもこうなったの」

「さあね。徐々にだとは思う。取り繕わないのは楽だ。家だったら爆睡こいてるレベル」

 

 

 ぐぐっと伸びをした後空き缶をバスケのスリーポイントシュートの要領でゴミ箱に放る。カランと音がし、缶がゴミ箱の中を転がってるのが見えた。しかし本当にいつからだろう。恋人の前でも取り繕わず、むしろ自然体でいるようになったのは。

 

 

「心開いてくれてるの?」

「俺は野性動物かなんかか。いやそういうことでいいんだけどさ」

「そっか。ふふ」

 

 

 晴香が笑いながら俺の腕を取る。恥ずかしいので振りほどこうとするがどうやら逆効果のようだ。

 

 

「やめれ」

「むー」

「酔っ払ってんのか?」

「酔ってないよ。ていうか、未成年なんだから酔っ払ったことないし」

「前にウイスキーボンボン1個で盛大に酔っ払ったのはどこのどいつだ!」

 

 

 以前四人で俺の家に集まった時にお茶請けとして出したのだが、これがまずかった(ウイスキーボンボン自体は旨かった)。ウイスキーボンボンの極微量且つ濃度の低いアルコール分で晴香は見事、ほろ酔い状態になってしまったのだ。

 あの時は本当に大変だったのに、なんで本人が覚えてないんだ。

 

 

「そ、そんなことあったっけ?」

 

 

 あ、これ覚えてないんじゃないですね。記憶から抹消しようとしてますね。

 

 

「あったあった。なんならあすかが爆笑しながら撮った動画でも見せようか」

「結構です!ごめんなさい思い出しましたその出来事思い出したから情景まで思い出させるのはやめて!」

 

 

 必死だなー。どんだけその記憶消したいんだよ。

 

 

「冗談。そこまでしない」

「よかった」

 

 

 安堵したようにほうっと息を吐く。ここまで来ると思い出させたのが申し訳なくなってくる。

しかし、と俺は自分の左腕をちらりと見た。晴香は腕を取ったままだし、俺も結局振りほどいていない。

まだ少しだけ肌寒い季節だがこの間左腕だけはとても暖かかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 音の主は、

2週間後―

 

 

「……では、高校生らしい態度と高校生らしい服装でな。以上だ」

 

 

 うぇーい。やっぱ松本(まつもと)先生苦手だな。なんかいっつもピシッと、というかビシッッッ!としてるから。好きか嫌いかで言ったら好きだけどね。

 今日は1年生の本入部1日目。まずは顧問からのありがたいお話の後、楽器決めがある。滝先生は所要のため来られないので先ほど副顧問の松本美知恵(みちえ)先生より挨拶を頂いたわけだ。お次は部長の挨拶。

 

 

「えっと、皆さん初めまして。私は部長の小笠原晴香です。担当はバリサクなのでサックスパートの人は関わることも多いと思います。じゃあ」

「はいはーい。低音やりたい人?」

「まだ早い」

 

 

 コントのようにスムーズにあすかが追い出され、笑いが起こる。なんであんな早く出しゃばってったあいつ。てっきり副部長だから挨拶すんのかと思った。晴香が軽く咳払いをし、説明が再開される。

 

 

「じゃあ初心者もいると思うので、まずは楽器の説明からしていきます。そのあと各自、希望のパートの所へ集まってください。但し、希望が多い楽器は選抜テストになります」

 

 

 仕事のできる部長みたいにきちんと指示を出していく。みたいは失礼だな。実際スペックは優秀だし。ただ人の上に立ってどうこうってのが向いてないだけで。

 

 

「じゃあまずトランペット」

 

 

 晴香と場所を変わるように香織が出てくる。2年の香織の大ファンの後輩は既にテンションが上がっているようだ。まじえんじぇーが聞こえる。香織は下級生相手にご丁寧に一礼してから始めた。

 

 

「トランペットパートリーダーの中世古香織です。トランペットは金管の中でも花形の楽器です。ソロやメロディーが多いので、きっと楽しいと思います。パートは5人いてとても仲の良いパートです。是非皆さん希望してくださいね」

 

 流石香織。トップバッターに相応しい挨拶だ。マドンナのファンも増えるだろうな。さてさてパーカスは7番目。オーボエの次だ。

 

 

 

「次、パーカス」

「はーい。ナックルー」

「ほいよ!」

 

 

 ナックル―田邊名来(たなべならい)―はうちのパートのメンバーで俺と同じく3年生。こいつに手伝ってもらい2人でいくつか楽器を出す。

 

 

「えー、パーカッションパートリーダーの黒田篤です。パーカッションだと長いんでパーカスって言っていきます。パーカスは日本語で簡単に言うと打楽器のことです。打楽器ですから叩けば音がでます。でもただ叩きゃいいってもんじゃなくて、結構奥が深い楽器です。ちゃんとテンポ保って全体をー支える? 導く? まあそんな感じです。そんな後ろの方だけじゃなく、カッコいいパフォーマンスもあったりします。部長、いいかい?」

「え、うん。手短にね」

 

 

 スティックを手の上で一回転させてスイッチを入れる。自分だけに訪れる、一瞬の静寂。30秒程のパフォーマンスをやってみせてから再び話し出す。

 

 

「こんな感じです。えーあとは、やってもらってかな。お待ちしてます」

 

 

 よかった。結構適当だけど上手くいったはず。他のパートを眺めてましょうかね。

 

 

 

 

「……テレビとかでも見たことがあると思います」

 

 

 バリサクの紹介が終わり、次は不安で仕方がない金管の中低音の楽器の紹介だ。おいおい、今紙の束が見えたぞ。あすかどんだけ話す気だ?

 

 

「低音パートリーダー兼副部長の田中あすかです。楽器はこのユーフォニアム担当です」

 

 

 ユーフォ? と未経験者らしき生徒が首を傾げる。やっぱマイナーな楽器なんだな。俺にとっては身近過ぎて超メジャー。もう大リーグ級。なんか違うな。そっちあれだ。茂野五郎が行く方のメジャーだ。

 

 

「ユーフォニアムというのは、ピストン・バルブの装備された変ロ調のチューバのことを指します。この楽器の歴史は未だにはっきりしていませんが、ヴァイマルのコンサートマスターであったフェルディナント・ゾンマーが発案したゾンメロフォンをもとに改良が加えられ、一般に使われるようになったという説や、ベルギー人のアドルフ・サックスが作ったサクルソン属のなかのピストン式バスの管を広げ、イギリスで開発が続けられ現在のユーフォニアムになったという説などがあります」

「はいストップ。その話どれだけ続くの?」

 

 

 よくぞ止めてくれた部長殿。個人的にその手の話は好きだが他の人にはしんどいだろう。晴香の問い掛けに笑顔でさっきの紙束を出す。アホだ。やっぱこいつアホだ。頭いいけど。

 

 

「次、チューバ」

 

 

 呆れて若干ヤケクソ染みた言い方で卓が呼ばれた。かわいそうに。卓何にも悪くないのにな。

 

 

「……チューバ担当、後藤です」

 

 

 うっわ、ローなテンション。もちっと愛想良くいけよ。真顔、つか無! らしいといえばらしいが。紹介も簡潔なんだろうな。

 

 

「チューバは低音で、メロディーとかあんまり無くて、地味です……。あと、すごく重いです。マーチングの時はスーザフォンっていうのを使います。それも重いです……」

 

 

 

「………」

「………」

 

 

 

「それだけ?」

「はい」

 

 

 短っ! 地味で重いしか伝わらないぞ。あいつは後輩入れる気ないのか。

 

 

「ちょっと後藤! それじゃチューバの魅力が全然伝わらないじゃない。代わりにこの私が……」

「はいはいあすかは黙ってて」

 

 

 なんかホント、晴香どんどんあすかの扱い慣れてきてるな。そしてなぜ低音パートがあの2人を軸にして回していけているのかが改めて謎だ。

 

 

「本当は低音パートにはコントラバスという楽器があるんですが、残念ながら去年の3年生が卒業してしまい今は誰もいません。やってくれる人はいますか?」

「はい」

 

 一番前の列の中央付近でピンと手が挙がった。あの明るい髪色と低い身長とアホ毛はサファイア川島ではないか。早速あすかが目を輝かせながら寄っていく。

 

 

「お、おお。もしかして経験者?」

「はい。聖女でやってました」

「聖女!?」

 

 聖女て、吹奏楽の超強豪校じゃないか。あそこ中高一貫なのになんでうちの学校来たんだろうか。まあなんにしろ経験者がいるのは心強いし、強豪でやってたんなら実力も申し分ないだろう。

 

 

「やってくれるかい?」

「その言葉を待ってました」

「晴香、この娘もらっていい? ていうかもらうね」

「本当は希望を取ってからだけど、いいよね。じゃあ、他のパートをこれから決めていきます。各自希望するパートの所に行ってください」

 

 

 晴香の声をきっかけに1年生がわらわらと動き出す。迷いもなく希望の所へ行く者。その場で考える者。友達と何にするか話す者。様々だ。うちのパートには何人来るのだろうか。誰も来なかったら、困るな。

 

 

「黒田先輩、あんまりかったるそうにしないでください。1年生来なくなりますよ」

「そんなことないって。くぁ~」

「そんなことないってどっちの否定ですか。かったるそうに、の否定なら意味無いですからね。欠伸してますし」

 

 

 俺にキレキレのツッコミをしてくるのは我がパート唯一の2年生大野美代子(おおのみよこ)。当然ながら次期パートリーダーである。うちの部じゃかなり真面目な部類に入る。まあ、パーカスはまともなのが集まってるってことなんだろう。俺も含めてな。大事なことなのでもう一度言おう。俺も含めて。

 

 

「パーカスに食い付いてるのはいたぞ。だからだいじょぶ。寝てていい?」

「いやそれは違う」

「あの……やってますか?」

「やってるよー。いらっしゃい」

「ここは居酒屋かよ」

 

 

 やってますか? って訊かれたからやってると返しただけなんだが。でも確かにぽかったな。

 居酒屋に入るようにして(未成年が比喩とはいえ居酒屋を出すのはどうなんだ)やってきた1年生は楽器たちを食い入るように見ている。この様子なら入るのは確実だな。我がパートは本年も安泰なり。

 

 

「あの! さっきのって、橋本(はしもと)真博(まさひろ)さんがブラスト! の日本公演の際にYoutubeにアップしていたものですよね? それをあんな完璧に再現する人、初めて見ました! 感動です!」

「お、おう。ども」

 

 

 近い、近いよ。赤いリボンで髪を結わえた1年生が大興奮で迫ってくる。パーカス大好きなのがこれでもかというほど伝わってくる。そこは非常に嬉しいのだが、ここまで迫られると少したじろいでしまう。そしてね、何故かサックスの方から冷気を感じるよ。そのうちニブルヘイム(広域振動減速魔法)とかインフェルノ(氷炎地獄)とか発動されそうで怖い。単純に凍らされるかも。

 

 

「私入るので、教えてもらえませんか?」

「おう、いいよ。美代子ーは無理か。沙希(さき)、この娘入ると」

「はーい」

 

 

 美代子は別の1年生の応対で忙しそうだ。いやなんか、嬉しいね。後輩だって思ってたのにいつの間にか先輩だもん。

 

 

 

 そんな馬鹿みたいなことを考えていると、それを吹き飛ばすような音が聞こえた。力強く且つ美しい音に教室中の誰もが魅了され、動きを止めた。

 

 音の主は、高坂麗奈。

 

 

 

「綺麗だな……」

 

 

 静まり返った教室内で思わず声を漏らすと視線が麗奈から俺に一斉に向けられた。え、何。そう思うのも束の間、寒気がして背中がゾクッとした。勘弁してくれよ。俺が綺麗だと言ったのは音のことなんだから。それは、うん。一応わかってくれてる。なら冷気は放たないで欲しいものだが、そこがオンナゴコロというものなんだろうか。




個人的に橋本先生のモデルは石川 直さんです。ガチのプロ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 皆さんが決めたこと

 先日新入部員の楽器決めも無事完了し、今日はミーティングからのスタートだ。

 どうでもいいけど「ミーティング」より「会議」の方が堅苦しい感じするよな。表記する言語、或いは字体によって印象がガラリと変わるのが言葉の面白い所であると俺は思う。これを以前友人に言ったら「篤ってやっぱ頭いいけど馬鹿」と言われた。失敬な。俺の他にもこういったことに興味を抱く人だっているだろうに。

 

 今日の部活には、初めて滝先生がやってくる。それもあってかどうかは知らないが、音楽室がいつもより騒がしい気がする。ネットスラングを使うと、騒がしい希ガス。ちなみに希ガスにはHeやNeなどが属し、別名不活性ガスとも言う。中高生諸君は覚えておいたら良いことがあるかもしれない。大学生は知らん。

 

 にしても、頭の中でどうでもいい話が続いていく癖はどうにかならないだろうか。いや、なるまい。反語表現になっちったよ。

 

 この思いが届いたかのように実にナイスなタイミングで滝先生と、先生を呼びに行った晴香がやってきた。やはり身長180オーバー(俺の見立てでは)のイケメンは男に飢えた女子生徒達にとってかなりの癒しになっていそうだ。俺らはただの労働力だ。ほとんど異性として見られちゃいない。

 先生が前に立つと、流石に教員相手には分別が聞くのだろう部員達が少し静かになった。

 

 

「まずは自己紹介を。始業式でも挨拶をさせて頂きましたし、既にHRや授業で私のことを知っている人も多いと思いますが。今年からこの学校に赴任しました、滝昇です。3年7組の担任で、音楽を教えています。本来でしたら長らくこちらの吹奏楽部で副顧問を務めていらっしゃった松本先生が顧問になるべきだと思ったのですが、本人たっての希望で私が顧問になりました。これからよろしくお願いします」

 

 

 そう言って2週間程前に俺たちの教室でやったように、深々と頭を下げた。子ども相手にここまでの礼をする大人というのはやはり珍しい。

 

 

「毎年この時期に、生徒の皆さんにお願いしていることがあります」

 

 

 そう言いながら先生が黒板に字を書いていく。機械で打ち出したような綺麗、否、正確に整った文字。どうやったらこんな字書けるようになるんだよ。習字習ってた人だってもう少し砕けてるぞ。

 彼が黒板に書き出した文字は『全国大会出場』この字の意味する所とはーー

 

 

「これが皆さんの昨年の目標でしたね?」

 

 

 そう。これが俺たちの目標だった。ここ数年、京都府大会銅賞(良くて銀賞)止まりの北宇治高校吹奏楽部がずっと掲げているだけの目標。スローガンという方が正しいかもしれない。

 

 

「あの、先生。それは目標というか、スローガンみたいなもので……」

 

 

 晴香が頭を掻きながらおずおずと言うと、彼はそうですか。と『全国大会出場』の文字の上に綺麗な直線でバツを書いた。

 そして生徒の自主性を重んじるだのなんだの言って、自分達で目標を決めろと言った。

 この人は知っている。こんな時に子どもが取る選択肢を。特に中高生が取る選択肢は、大人が気に入る方だということを。

 この時俺は思った。--この先生のもとなら本当に全国大会に行けるかもしれない、と。

 

 

「じゃああたしが書記するわ」

 

 

 先生の言葉でおたおたしていた晴香があすかに視線を向けると、頼れる副部長は自ら書記を勝手出た。どうせ多数決で決まるだろうからあんま意味の無いことだとは思うがな。

 

 

「どうやって決めようか?」

「多数決でいいんじゃない? 結構人数いるし」

「そう、だね」

 

「そうしたらまず、全国大会出場を目標にする、を希望する人挙手してください」

 

 

 やはりと言うべきか、部室にいる生徒の大多数が手を挙げた。結果が明らかだからだろう。あすかも書くのを諦めた。

 

 

「では次に、府大会で満足な人」

 

 

 斎藤葵(さいとうあおい)。彼女だけが手を挙げた。晴香は一瞬目を見開き、あすかは冷静に票を入れる。

 

 

「多数決の結果、全国大会出場を目標に練習をしていくことになりました」

 

 

 まばらな拍手が起こり自然と視線が滝先生へと向けられる。全国大会出場が目標となった今、この人はどう動こうとするのだろう。

 

 

「今決めた目標は、皆さんが自身の手で決めたものです。内心どうかはわかりませんが、皆さんが決めたことであるのは間違いありません。私も出来る限りの事はしますが、皆さん自信が努力しないとこの目標は達成できないということを忘れないで下さい。いいですね?」

 

 

 沈黙が流れる。顧問への挨拶なんてあって当たり前。そう思っているのにあまりにも習慣が無いせいで反応ができなかった。ここにいる生徒全員がだ。

 パンと手が叩かれる。

 

 

「何をぼーっとしてるんです? 返事は?」

 

 

 鋭い声に対しまばらな返事が返り、再び鋭い声がした。今度は一丸となった返事が返る。

 

 そうして、今日の部活は終わった。

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 帰り道。やはりと言うべきか、晴香は葵のことで考え込んでいた。きっと、部長としても友人としてもどうすればいいのか考えているのだろう。府大会で満足と言っていたのは、辞めるための伏線だということを感じ取ってしまったから。

 斎藤葵はサックスパートでテナーサックスを担当している。後輩からの信頼もそこそこ厚いらしい。クラスは進学クラスの3年6組。確か塾にも行っているらしいから全国を目指すとなっての練習は受験勉強の大きな足枷となる。うちのクラスにも勉強時間が減るから、と部活無所属の奴がいるぐらいだ。

 俺は去る者は追わずの精神でいるが、優しすぎる部長殿は去る者を引き留めようと追う。今後彼女らはどう動くのだろうか。

 

 

 何一つ言葉を交わさないまま駅に着いた。俺は電車通学ではないので送るのはいつもここまで。晴香は悩んだ顔をしながら改札に向かおうとする。少しだけ気になって、呼び止めた。

 

 

「考えすぎんな。なんもできなくなる」

「うん。でも考えないのもできないから」

「考えるな、とは言ってない。考えすぎるなってだけだ。最終的に決めるのは葵だからな。それに、本人が本当にそうするかはわからないだろ」

「そうだね。ちゃんと、葵が言ったわけじゃないもんね」

 

 

 そこまで話したところで電車が来て、じゃあまた明日と去っていった。




お久し振り過ぎて申し訳ないです。やっとこさ夏休みなんで頑張って更新しますね。
さて、今回は文字数が今までより大分少なくなってしまっています。なので活動報告に超短編を書いてみました。よろしければ是非。


それでは。私の夏休みが終わるまでに2回はまたお目にかかりたいと思っています。暑さに負けずに頑張りましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 なんですか? コレ

 新入部員のパートが決まり、部の目標が決まり、やっとのことで練習が始まる。まあ、まだ1年生への説明が多いとは思うが。

そして同時並行で2,3年はサンフェスに向けて練習を行わなくてはならない。

 

 

「サンフェスか~」

「外歩くの案外きついんですよね」

「サンフェスって何ですか?」

 

 

 ナイスクエスチョン。さてここは俺が

 

 

「説明しよう。サンフェスとはサンライズフェスティバルの略であり、ここいらの高校の吹奏楽部が太陽公園に集まってパレードを行う。外を練り歩くから俺たちはいつもと使う楽器が少し異なり、肩が凝る……。あ、初心者の1年生と一部の楽器の人はポンポンを持って歩く。質問はあるかね?」

「なんで普段説明とかめんどくさがるのに今回ノリノリなんだよ」

「ナックル、シャーラップ! 一回やってみたかったんだよ。説明しよう! ってやつ。元祖はヤッターマンらしいぞ。諸説はあるが」

「今年パーカスに入った1年生は2人とも経験者だから、ポンポンをもって歩くことはないですね。ところで楽譜って決まってるんですか?」

「おう。さっきもらった。今年は『ライディーン』だ」

 

 

 楽譜をばらっと渡す。初心者がいないから楽チンだ。どこぞの幼馴染みたく楽曲解説でもしておこう。

 ライディーンは1980年にYMOが発表した楽曲。元々の曲名は『雷電』だったが、なんやかんやあって『ライディーン』にしようってなって『ライディーン』になった。細かく知りたい人はwikiを見てくれ。

 

 

「それじゃ始めよう。滝先生から指示とか出てるの?」

「合奏できるクオリティになったら集まってください、だそうだ。まあ俺らにある時間は多く見積もって1週間ってとこだし、その間に大方仕上げるか」

「相変わらずさらっとそういうこと言うのな」

「いつものことだろ。あー、順菜(じゅんな)万紗子(まさこ)他のパートのことは1週間気にしないように。いいな」

「は、はい」

 

 

 他のパートと比べて文句言われたくねえし、悪影響受けられても困るからこう言っておくのが得策だろう。

 

 さて、あの3人はどうしているかな。あすかと香織はあんま問題ないだろ。香織ん所には信者がいるし、あすかに至っては気にする必要がないまである。それあるーって多分部員全員から共感得られるぞ。3人は、とか言っときながら実質晴香の心配しかしてねえ。過保護だなー俺。ま、あれでも部長だし協力してくれる人はいるから大丈夫か。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

1週間後――

 

 

 滝先生の指揮はいったいどんなものなんだろう。そんな疑問を抱いたまま合奏当日を迎えた。正面の台に上がった先生が柔らかい笑みを携え、ゆっくりと口を開く。

 

 

「今日が初めての合奏ですね。皆さん、私の言った指示通り練習してきてくれたことと思います。それでは、まずはチューニングをしましょうか」

 

 

 パーカスにとっちゃいささか退屈なチューニングと基礎練習が終わり、ようやく『ライディーン』が始まる。どうでもいいが、滝先生は指揮棒を使わずに指揮をするタイプらしい。

 

 演奏は中盤まではなんとか音楽だった。しかしそれ以降はなんとも表しがたいものとなった。端的に言うと、グッチャグチャで聴けたもんじゃない。先生もそう思ったのか、無理矢理演奏を中断させる。微かに聞こえる生徒たちの声。だから何でお前らはそんなに喋りたがるんだよ。

 

 

「なんですか? コレ」

 

 

 柔らかい笑顔のまま、冷たく突き刺すような声で言われた。きっと目標が全国大会でなければこんな演奏も許容されていただろうに。

 

 

「部長、」

「は、はい!」

「私は合奏できるクオリティになったら集まってください。と指示を出したはずですが」

「はい」

「その結果がこの有様ですか?」

「……すみません」

 

 

 何故晴香が謝る。

 

 

「皆さんは、合奏って何のためにするものだと思いますか? ………塚本くん」

「あっ、はい。えっと、本番のためにみんなで合わせて演奏するためのものだと思います」

「そうですね。私もそう思います。しかしこれでは合奏をする以前の問題です。皆さん、ちゃんとパート練習してたんですか?」

 

 明らかに非難するような口ぶりに、棘には棘をと言わんばかりの勢いでトロンボーンパートのパートリーダーが答える。わかりやすい敵意は扱いやすい。お前らは、見せしめになる。

 案の定メトロノームに合わせて出だしを吹けと言われても、全員見事にバラバラだった。

 

 

「私は、これはトロンボーンパートだけではないと思っていますよ。他のパートもパート単体では聞くに堪えられないものです。理由は各自でわかっていることと思いますが、あの楽しそうなパート練習でしょう。楽器の音が全く聞こえないパートもあったぐらいですから」

 

 

 皮肉がえげつねえ。まあド正論過ぎて本当笑えるわ。いや笑ってる場合じゃねえ。

 

 

「部長、今日の合奏はこれで終わりにします。今からはパート練にしてください。それと、来週からは面談が始まるため、午前授業になります。練習時間はたっぷりあるでしょう。なので次の合奏は1週間後の2時からにします。いいですね?」

「はい」

「皆さん、次までに最低限の演奏はできるようにしておいてください。それができなかった場合、サンライズフェスティバルへの出場は見送ります。そのことを覚えておくように」

 

 

 衝撃発言ンンン!!! サンフェスを人質、じゃないな。人じゃねえし。まあでもそんな感じにされたら多分こいつらも黙っちゃいないだろう。音楽室を去っていく先生の背中を見送りながらまたしても、俺はワクワクしていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 ぐがああああ。ぐおおおおおお。

 んがっと一瞬呼吸が止まり、苦しくなったところで酸素を取り入れる。それが大きな欠伸となり、徐々に意識が戻ってくる。

 

 

「なんで毎回うちで寝るかね。家で寝ればいいものを」

「仮眠にはここが1番なんだよ。家で寝たら起きんのは明日の昼になる」

 

 

 俺が何処に居るかと言うと、田中邸である。なんとなく昼寝をしたくなった時にはあすかの家に行って畳の上で寝る。何時からかは忘れたが、これが習慣づいてしまっているのだ。

 

 

「コーヒーでも飲む? ちょっと時間掛かるけど」

「おう。今から落とすんか」

「インスタントのやつ切れててねー。今度買ってきてくれない?」

「忘れてなかったらな。金は寄越せよ」

「うわあがめつい」

「うるせ」

 

 

 インスタントコーヒーの代金ぐらい払ってくれたっていいじゃないか。俺いっつもちょっと良いの買ってきてるんだぞ。まあ俺も飲むから拘ってるだけだけど。

 そう言えば、この幼馴染に訊いてみたい事があったのをすっかり忘れていた。

 

 

「なああすか。お前は滝先生の方針についてどう思う?」

「どしたの? 篤がそんな真面目なこと訊くなんて」

「純粋な興味だよ。で、どうなの」

「可も無く不可も無く」

「だよな。まああれだ。一生懸命やってたら練習時間増えるんじゃね?」

「別に練習時間はどうでもいいんだけどね。吹ける時間さえあれば」

 

 

 そうなんだよなあ。こいつはユーフォさえあれば何もいらないって感じだし。部活への出席率が高いのも、「部活が好きだから」ではなく「ユーフォが好きだから」。何故あすかがユーフォニアムに固執、或いは執着するのかはまた別の機会にお話ししよう。

 

 

「篤は?」

「うん?」

「滝センセイのやり方」

 

 

 俺は、何がなんでも全国に行きたい。他ならぬこの北宇治高校吹奏楽部として。ならば当然、

 

 

「大賛成。つーか肯定以外だと思うか?」

「思わないし思えない。全国行くことに関してアンタ拘り強いからね」

 

 

 淹れたてのコーヒーを受け取り早速一口啜ろうとしたが、かなり熱そうなのでそっとカップを畳の上に置く。猫舌なんだもの、熱いのは苦手。

 多少冷ましてからコーヒーを少しだけ飲み、これからのことを考えてみた。どうなるのか。なんてのはわかりきっている。ろくに練習もしない奴等から反発が起きるだけだ。その対策としてパートリーダー会議をやるだろう。こんな所までは俺じゃなくても容易に考えられる。問題はこれからをどうしていくか、だ。

 まあ俺が考えなきゃいけないことではないが、少しでも晴香の手助けが出来るように頭を使ってみよう。人の心理を読むという、面倒な使い方で。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 暇なの?

 今頃パーリー会やってんのかな。音楽室でいつものように練習をしながら、ぼおっとそんなことを思う。

 因みにパーリー会というのはパートリーダー会議の略であり、パートリーダー会議とはパートリーダーが集まって行う会議のことだ。うん。そのままでなんの説明にもなってないな。でもそのまんまでいいか。伝わるさ、きっと。

 

 

「あれ、なんで黒田いるの?」

「黒田先輩どうして居るんですか?」

「パーリー会行かなくていいんですか?」

 

 

 お前らもうちょっと言い方考えろよぉ。いや万沙子はいいんだけど、最初の2人酷くない? ここに俺が居ちゃいけないみたいな言い方でしたよ。

 まあパートリーダーなのに会議行っていないのは事実なんですけどね。

 

 

「時間を無駄に使うパートリーダー会議へのアンチテーゼ。代理でナックルを派遣した」

「あんたマジで何やってんの」

 

 

 良いではないか良いではないか。てか本当にただの時間の無駄だろ、どうやって抗議するかなんて。それなら自己を認めさせる努力をした方がよっぽどましだ。ということで、ナックルにも伝言が終わったら戻ってくるように言ってある。

 ……あれ、俺前回のラストに晴香の為に頭使うとか言ってた気がするな。あれは嘘だ。いや完全に嘘ではないのだが。ほら、一人欠けてたら会議終わらせやすいじゃん? そういうことでお願いします。

 

 

 

「も、戻りました」

「お帰りー。お前どした?」

 

 

 パーリー会に代理として派遣していたナックルが帰ってきたのだがなんか様子がおかしい。

 ガクブルなんですけど。あそこに稲川淳二でもいたの? 怪談話にはまだまだ早いと思うんだが。

 

 

「篤ぃ、お前のせいで場が凍り付いたぞ。小笠原めっちゃ怒ってて怖かった……」

「あいつが怒るなんて珍しいな。行けば良かった」

「お前がちゃんと行ってりゃ小笠原は怒ってねーんだよ! そして田仲が机に突っ伏してめちゃくちゃ笑ってた」

 

 

 ああ、あすかならあり得るなそれ。あすかが突拍子も無いことをしたら俺が大笑いしてるし、お互い様だけど。

 それぞれがそれぞれの笑いの琴線に触れるんだよな。そして自分は絶対やらないって思う。

 

 

「そういや、何か収穫あったらプリーズ」

「トランペット、トロンボーン等、一部のパートが練習してない。理由は確か、パートリーダー会議で方針を決めている最中だからだと」

 

 

 そうかいそうかい。じゃあちょっくら行ってこようかな。下手くそとまでは言わないが、手放しで称賛出きるほどの実力があまり無い方々の元へ。

 そう思って音楽室のドアに手を掛けた俺をナックルが慌てて止めようとする。

 

 

「ちょっと!? 篤? どこ行くんだ?」

「えーっと、ああ、あれだ。雉を撃ちに行ってくる」

「雉?」

 

 

 ドアを閉めた向こう側で、何で練習サボってまで居るかどうかもわからない雉を撃ちに行くんだ? との声が聞こえる。

 流石に部活中に本当に雉を撃ちに行くほど馬鹿じゃないし、そんなことしかねない奴だと思われてるの? ヤダこわい! ちゃんと解説しておくと、『雉を撃ちに行く』というのはお手洗いに立つことであります。女性だと『お花摘みに行ってきます』になる。

 彼女らが居そうな教室に足を伸ばしこっそりと中を窺うと、案の定居た。何て言ってやろうかと考える時間も惜しく、無遠慮にドアを引く。

 

 

「ちわー」

「黒田先輩!?」

 

 

 俺の突然の訪問に教室内がざわめきたつ。三河屋でーすってボケたかったのに、そんなことが出来そうにも無い雰囲気だった。

 うわー、皆凄え睨んでる。ここに更に爆弾投下したらどうなるんだろうか。

 

 

「方針決まるまで練習しないってお前らさー、暇なの?」

「なっ!」

 

 

 図星だなあ。恐らく時間をもて余している間していたことといえば、滝先生への文句だろう。暇さえあれば影口かよ。女子ってこわいなあとおもいました。

 

 

「せ、先輩こそパートリーダー会議出ないで何やってるんですか」

「あんな下らない事で時間を無駄にするくらいなら、練習してた方が遥かにマシだよ。或いは自らのどーっでもいい正義(笑)を振りかざしてる奴らの所行くかだな」

 

 

 無駄なことに同じだけ時間を費やしたとしても俺とお前らじゃあ出来が圧倒的に違う。だから俺はこんな所で説教じみた事をしていられる。それに、自分に都合のいい理論を振りかざす奴らには敵対心や反抗心で動かせるのが一番早いし効率がいい。

 だから最後にトドメの様にこう言って立ち去ろう。

 

 

「まあお前らが持て余した時間をどう使おうが興味ないけど、俺みたいな奴に簡単に煽られたくなきゃやる事やってれば?」

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 音楽室に戻っている時に副部長に捕まった。何でもこれからパートリーダー会議で決まった事を部員に知らせるとか。

 あすかの事だから予想は出来たけど、お前俺が廊下に居ても何も疑問に思わないのな。大体わかっていたんだろう。

 

 

「パートリーダー会議の結果、取り敢えず次の合奏まで練習してそれでもサンフェスへの参加を認めてくれないのであれば先生へ抗議する、ということになりました」

 

 

 下らない。実力がないのに出てどうするんだ。例年通り恥を晒したいのか。そんなのことを思っていると、件の方がやってきた。

 

 

「おや、皆さん集まってどうしたんです? 合奏ですか?」

「あ、いえ。パートリーダー会議をやっていたので……」

「そんなものは他に時間がある時で良いでしょう。それより皆さん、これからジャージに着替えて下さい。着替えたら楽器を持ってグラウンドに集合です」

 

 

 パートリーダー会議を時間の無駄とあっさり切った滝先生。というか、その後何て言った? ジャージに着替えてグラウンドだと。いつからこの部は運動部になったんだ?

 そういうのを考えるのは後にしよう。吹奏楽部の男子は男と思われていないのだ。だからこうしないといけない。

 

 

「逃げろ! さもなくば濡れ衣を着せられる!」

 

 

 脱兎の如く教室を立ち去るのだ。

 

 

 グラウンドへ行ってから俺たちに課せられた使命はトラック一周90秒以内。確かに吹奏楽部は文化部の割に体育会系の要素はかなりあるけども、

 

だからって

 

だからって

 

 

どうしてこうなった。




リアルが充実してないのに忙しいのが悪いんだ……。
遅れてごめんなさい。頑張ります!


篤のおちゃらけてない面も徐々に出て行きますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 黒田くんと滝先生

今日は節分ですね!(本編何も関係ない)


 部員にランニングを指示した所を皮切りにして、滝先生の指導が本格的に始まった。本格的に、といってもまだパートごとへの指導だけだが。面談までの少ない時間を活用して回っているらしい。

 指導が始まってから女子生徒達の口から滝先生の話題が以前にも増して飛び交うようになった。

 

 曰く、彼の指導は悪魔の如し。

 曰く、彼は相当の粘着質である。

 曰く、とあるパートの女子が泣かされた。

 曰く、それでもやっぱりイケメンは正義。

 

 っておい、最後のどういうことだ。まあいい。これらのことより吹奏楽部員より滝先生につけられた渾名は

 

 

『粘着イケメン悪魔』

 

 

 まだパーカスの指導に来てくれてないから何とも言えないけどこれマジなの? HRでわかるのは間に挟まれてるイケメンだけだから真偽がわからないんだよ。

 幹部三人に訊いてみても、あいつらそこそこちゃんとパートを纏めてるからそこまで厳しくはされなかったそうな。

 ちなみに、吹奏楽部外の未だに滝先生にキャーキャー言っている女子達はギャップ萌えとか言っている。

 いやいやいやいやいや、ギャップ萌えとかの範疇じゃないから。「何ですか、コレ」で俺もちょっとビビったんだよ? あの子達耐えられないんじゃないか。

 

 好奇心から先生の指導をwktkして待っていたのだが、その前に二者面談があった。正直、三年生にもなってもまだ進路が決まっていない。特にやりたいこともないからとりあえず高ランクの大学を志望しているが、ぶっちゃけ簡単に入れる。ほんと、進路どうしよう。

 

 

「失礼します」

「どうぞ。そちらに掛けてください」

 

 

 二者面談は職員室の中にある小部屋で行われる。この部屋はこんな風に面談で使われたり、お説教部屋としてよく使われるそうな。担任の教科によっては別の部屋にもなるらしい。どうでもよすぎる情報だなコレ。

 

 

「まずは最近の学校生活についてお伺いしましょうか。どうです? 日々の授業やHR、部活は」

「授業とかは今まで通り何ともないです。ああ、でも自習増えたお陰でちょっと退屈ですね。一応自分で問題集とか参考書とか持ってくるようにはしてますけど。部活は今までよりもずっと楽しいです。先生が作った雰囲気に全員ものの見事に流されて前とは比べ物にならないくらい練習熱心じゃないですか。周囲の人間に対して不必要な分の思考を割かなくてもよくなって大分楽です。自分の練習とかパートの事に集中できるんでホント、楽しいです」

 

 

 普段のことだったらある程度すらすら答えられる。ただ、進路はマジで無理。志望動機の「し」の字の欠片も無くてごめんなさい。特にやりたいことって見つからないんだよなあ。

 てっきり直ぐに進路の話になると思っていたので心の中で謝罪していたのだが続いたのは部活の話だった。

 

 

「部活は楽しいですか、良かった。正直不安だったんです。私のやり方はなかなか受け入れられるものではないですからね。皆さんから反感を買うだけならまだしも、音楽自体を嫌いになられてしまっては音楽教師失格ですから」

「反感を買ってもあいつらはちゃんとそれを成長の為の動力にするでしょうし、現にそうしていますから杞憂で終わると思いますよ。唯々反発するよりも実力を示すべきというのはわかっているでしょうから。にしても、滝先生がこんなことを気にするとは意外でした。もっとドライな方かと」

 

 

 思ったことを正直に言うと先生は苦笑して、やはりそう思われますか、と言った。恐がられたり不愛想に思われることが昔から多いらしい。音楽が絡まなきゃ柔和な印象が強いイケメンなのだが。

 先生方の普段は見られない一面を見ることができると何かホクホクした気分になってしまうのは何故なのだろう。こっそりホクホクしていると、先生は部活関連の話をもう少し続けた。

 

 

「そういえば、色々な先生方から黒田くんはマルチな才能を持っていると伺ったのですが、そんな中でどうして吹奏楽を選んだのですか? うちの学校の部活はお世辞にも優れた活躍をしているところはありません。どのような方面であれ、君の持つ才能はもっと活かした方が良いと私は思ってしまいます」

「そこまでマルチな才能はないと思いますけどね。出来ないことだって色々ありますし。吹奏楽を選んだ理由、北宇治を選んだ理由は、そうですね、ただの憧れです」

 

 

 長くなってしまうと思ったので一応一言で終わらせてみたのだが、先生は目線だけで続きを促してくる。どうぞ自由に話してください、と言われている気がする。ならば遠慮なく話そうじゃないか。

 

 

「幼稚園の時に、行事で大学のオーケストラサークルの演奏を聞きに行ったことがありまして、そこでにパーカッションの虜になりました。それで自分もやりたいなって。で、演奏が終わった後に大学生のお兄さんお姉さんとお話ししましょうって時間に自分が一番凄いと思った人の所に行ったんですよ。そこでその方が北宇治高校出身だと仰っていて、その時からこの高校に来ようと思っていたんです。その方は全国で金が取れなかったとも仰っていまして、その人を超えようと思ったら北宇治で全国に出て金を取るしかないじゃないですか。あの時に憧れたあの人みたいになりたい。あの人と同じ景色が見たいって思って、ここで頑張ってます。今までは絶望的でしたけど、滝先生がこの学校にいらしていただいたおかげで、高校最後の年にしてその夢を叶えられるんじゃないかと俺は信じています」

 

 

 やっべ語り過ぎた。最後理由とか関係ないじゃん。部活に関する意気込みじゃん。先生ちょっと目ぇ丸くしてるし。なんか途端に恥ずかしくなってきた。

 先生はふっと口元を緩ませると笑顔で笑顔で話し始めた。

 

 

「私だけの力で全国大会金賞は叶えられませんよ。部全体で頑張っていきましょう。

 それでは、いよいよ進路の話に移りましょうか。黒田くんは大学進学希望でしたね。君の成績なら国内だけでなく国外も狙っていけるとは思いますが、この大学を選んだ理由を今一度聞かせてもらえませんか」

「……すいません、正直大した理由が無くて。後々の就職の事を考えたら、まだ学歴信仰強いんで有名大学に行っといたらいいかなって、そんだけです。大学行って専門的な勉強したいってのも少しはありますけど。そして親にもあんまり迷惑かけたくないので家から通える国公立で、奨学金も取れたら取りたいと思ってます」

 

 

 先生は頬に手を当てて何か考えている。いやホント、手のかからないようで手のかかる生徒ですみません。

 にしても当たり前だとは思うけど部活の時とは全然違うな。赴任したてでいきなり3年生の、しかも特進クラスの担任をやらされていて大変だろうに。

 

 

「そうですか。なんにせよ理由があって良かったです。君が自らの意思でその道を選んだのなら、私は全力で支援します。頑張ってくださいね」

「ありがとうございます。あ、そうだ先生、部活の事なんですけどパーカスへの指導はいつ来てくれるんでしょうか? ずっと気になってて」

「今日この後伺おうと思っていました。面談も今日は黒田くんが最後ですしちょうど良いかと」

 

 

 ……ずっと来てくれなかったの俺のせい!? 俺が滝クラスに所属していたからなのか。ちょうど良い、かあ。まあいいや、これでやっと粘着イケメン悪魔の実態(?)がわかる。

 

 

「ではこの後、準備をしてから伺います」

「わかりました。失礼しました」

 

 

 ここで終わったはずだが、先生は何か思い出したように一言付け加えた。

 

 

「そうそう、黒田くん。君がわざわざ悪役(ヒール)を請け負う必要はありませんよ。指導していく中で必然的に私が嫌われ役になりますから」

「はあ。そう、ですか」

 

 

 君のような人は自ら泥をかぶりがちですからね。そういって先生は自分の席に向かっていった。どこまで見透しているんだ、あの人は。共通の敵をつくれば組織は団結しやすい。殆ど反論をさせないほどの技量がある俺だからこそ、組織全体の向上の為に悪役を務められると思っていたのだが。

 小部屋と職員室を出て、左手首に巻いた腕時計に目線を落とす。はあ、こんなに長く面談を受けたのは初めてだ。

 ふと聞こえてきた楽器の音に感覚を委ね、首を回すとパキパキと嫌な音がする。あまりこれをやると寿命が縮むというのを聞いたことがある。ガッチガチに凝ってるんだから仕方がないだろう。漱石先生がご考案なさった言葉は便利だな。凝るって言葉がもし今まで使われていなかったとしたら、何と言っていたんだろう。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 さぁて、部活だ部活だー!




お待たせしました。僕はのんべんだらりとゆっくり書いています。色々な作品のちょっとした合間にでも、この作品をどうぞ。
皆さんもゆっくり、作品内の彼らを見守っていってくれれば幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 青春のプロローグ

 宣言通り(?)滝先生は俺が音楽室に戻って間もなく指導に来た。内容はねえ、うん、なんかすごかったです。今までは俺が独学でやった事をパートメンバーに伝えるだけだったが、流石音楽教師と言ったところか滝先生の指導を仰ぐと一気に効率が上がって技術も向上した。

 さてさてそんな感じで月日は過ぎていった。ほんの数週間前までのやる気のない雰囲気が嘘のように、各々練習に励んでいる。

 

 そうして約束の1週間がたった。

 

 

「なんかやる気入ってんなあ。みんな」

「怒られたくないのと、滝先生への反骨心だろうな」

 

 

 ざわざわざわざわ。ここはカイジの世界ですかってぐらい音楽室のあちこちから真剣な会話が聞こえてくる。と言っても内容は様々で、音楽の中身の事であったり、あいつ絶対見返してやる、とかだったり、これで文句言うならマッピ投げつけてやる、だの聞こえてくる。

 っておい最後のやめろよ。フツーに金属だからな。本当にやったら今後お前の事はソウルネームでマッピ投げ子って呼ぶぞ。もしかしたら声にも出ちゃうかもしれない。

 そうこうしているうちに先生とうちゃーく。指揮台の上に立ち穏やかに部員に声を掛ける。

 

 

「皆さん、揃ったみたいですね。どうです? ちょっとはマシになりましたか?」

「上達したと思います」

 

 

 じゃなくちゃ困る。晴香がちゃんと言い切ってるってことはどこもそれなりに大丈夫だろうな。

 通常通り、合奏の前にまずはチューニングから始まった。相変わらずこの時間は暇だ。手を抜いてるとかじゃなくてパーカッションは純粋に暇なの。それほど意識しなくても音が良くなってるのがこの時点でわかる。そんなレベルで酷かったんだなあ、滝先生様様だ。

 

 

「それでは、一度皆さんで合わせてみましょうか」

 

 

 一通り音出しをしてからようやっと合奏に入る。これの結果次第でサンフェスに出られるかどうか決まるわけだが、大丈夫だと信じたい。

 先生が両手を上げると室内にピリリと緊張が走る。いよいよ審判の時だ。

 

 挙げられた手が振り下ろされる。まずは俺の出番。導火線が燃えるが如くシンバルを少し鳴らすと、それに続いてそれぞれの楽器の力強い音が放たれる。音が揃った。今までよりもずっと綺麗だ。

 先生の指導は本物だった。全パートの音が合わさって、先ほどよりもそれを強く感じた。俺達は確実に上達している。演奏にはまだまだ粗があるけれど、それでもこれはちゃんと音楽だ。ある程度の技術が伴った、ちゃんとした合奏はいつぶりだろう。合奏ってこんなに楽しかったっけ。

 若干の高揚感に包まれながらライディーンは終わりを迎える。上手くなった。そう実感してはしゃぐ部員の姿もあった。

 

 人がはしゃいでるのを見ると冷静になれるのってなんだろうね。部員達の姿を見て、俺らしくもなかったと、冷静さを取り戻す。

 はしゃいでいるのが収まった頃に滝先生が部員をぐるりと見回した。俺達は彼の口から発される言葉を今か今かと待っている。サンフェスに出場できるか、否か。

 

 

「まだ演奏に粗が目立ちますし、改善する点は沢山ありますが、まあ及第点と言ったところでしょう」

 

 

 あーびっくりした。落第だったらどうしようかと思っちまったぜ。いやまあ、どうもこうもないんだけどな。コンクールに向けての練習を始めるってだけで。ただ部内の雰囲気が悪化するのは確実だったろう。

 

 

「さて、残された日数は多くありません。ですが皆さんが普段若さにかまけてドブに捨てている時間をかき集めれば、この楽譜を完璧に暗記して、歩きながら吹けるレベルに到達するための練習量は余裕で確保できます。今までの部活の時間内で出来るでしょう。サンフェスは楽しいお祭りですが、コンクール以外で有力校が一堂に会する大変貴重な場でもあります。この場を借りて、今年の北宇治は一味違うと思わせるのです」

 

 

 すげえこと言ってるな、この先生は。でもそれは荒唐無稽なことじゃない。たった一週間の指導で部内の誰もがそれを知った。それでも、滝昇という素晴らしい指導者がいても俺達はどうかわからない。2,3年生が経験しているコンクールの結果は府大会銅賞のみ。いくら中学の頃の実績があったって北宇治でどうなるかはわからない。

 だから全員不安だった。正確には全員ではないけれど。そんな大多数の心の声を部長の弱々しい声が代弁する。

 

 

「でも、今からじゃ……」

「できないと思いますか? 私はできると思っていますよ。何故なら私達は、全国を目指しているのですから」

 

 

 そう言って先生は挑戦的で不敵な笑みを浮かべた。まるで俺達を挑発するようなその笑みに、思わず身震いをしてしまった。そして全員が気付いたのだ。この先生は本気だ。本気でやる。本気でやらせる。本気で、俺たちを高みへと導く。

 ああ、ぞくぞくする。早く練習してえなあ!

 

 

「それでは、これから明日からの練習表を配布します。小笠原さん、皆さんにこれを」

「はい」

 

 

 晴香によって部員に配布された練習表は、それはそれはびっしり埋め尽くされていた。これ受験生の負担酷いことになるぞ。つか今までこんなの見たことねえ。ドブに捨てている時間をかき集めてこんだけやるのか。大変そうだが、これが出来なきゃ全国なんて行けない。やるっきゃないな。

 ちなみに、今日はこれからどうするのん? ひたすら合奏しちゃいます?

 

 

「それでは、今日は先ほどの合奏でズレが目立ったところを直していこうと思います」

 

 

 全員が一斉に楽器を構えた。今までとは顔つきが異なっていることだろう。

 

 そして、新生北宇治高校吹奏楽部の物語が始まるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この合奏以来、放課後になると吹奏楽部が拝借しているあちこちの教室から練習している音が聞こえるようになった。今までどんだけサボっていたかは知ったこっちゃないが、練習するようになって良かった。これで全国に行ける確率が高まる。

 

 まあその前にサンフェスでオーディエンスの度肝を抜くのが先だ。そのためにパート練と合奏を何度も繰り返す。滝先生のねちっこい指導にも耐える。あの人超細かい。でも直していけば確実に音が変わる。それがわかっているからちゃんとやる。

 そしてこれからサンフェス衣装の合わせを行う。1週間ほど前に身体測定をし、それをもとに作成された衣装が届いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 計測は当然のことだが男女別で行われる。男子は第3視聴覚室を貸し切らせてもらった。計測する箇所はいくつかあるのだが、何が楽しゅうて野郎の身体を隅々まで見なきゃいかんのだ。

 

 

「はい次ー。学年パート名前はー?」

「1年、トロンボーンパートの塚本です」

「ほいそこ立って。俺より背ぇ高いやつは恨みも込めて強めに下すからな」

「やめてくださいよ!」

「どうすっかな」

 

 

 計測は身長や足の大きさ、頭のサイズなどを計る。これは大体この順番でやっていく。

 秀一に強めに下すと言っているのは、身長計るときのバーみたいなやつだ。俺は格別に身長が低いわけではないが、彼女や幼馴染など辺りが女子の平均身長よりも大分高いほうなのでなんだか悔しいのだ。一応そいつらよりも高いんだが、あすかとの身長差なんてたったの5㎝だからヒールなんて履かれたら見下ろされる。そんな俺と比べて秀一や卓は180㎝以上あるもんだから羨ましくて仕方がない。

 悩んだ末、パワハラとか訴えられても嫌だからちゃんと計測した。あー高身長羨ましいなあー!

 計測が終わったら結果を紙にまとめ、衣装担当に渡す。

 衣装担当は吹奏楽部内にも当然存在しているが、特別顧問として演劇部にも協力を仰いでいる。衣装にあまり予算を使ってしまうと肝心の楽器に関する道具が買えなくなってしまうし、そもそもここ数年実績を出していない公立高校の部活に充てられる予算なんて雀の涙ほどしかない。だから安く済ませるために演劇部の方に制作してもらったりするのだ。

 

 

 

 

 

 

「これから来週の本番に向けて衣装を配ります。順番に取りに来てください」

「はい」

「晴香、ちょっといいか」

 

 

 この2年で経験した悲劇を忘れてはならない。それを未然に防ぐべく、また新たな犠牲者を出さないために俺は行動しなくてはならない。吹奏楽部の男子は男子と思われていないのだから。

 

 

「どうしたの?」

「男子の分だけ先にくれないか。ごちゃっとしててもいいから。指示出してくれれば俺が3組の教室で配るからさ。な?」

「うん、男子のはまとまってるから良いけど」

「ありがとうございます部長殿」

 

 

 きょとんとする晴香から男子の衣装を貰う。よし。これで女子たちの着替え現場に放り出されることも、変態の汚名を着せられることもない。2個上の代の不憫な先輩、もうあなたの様な哀れな者は表れないでしょう。心の中で敬礼をしていると、あすかがテキパキとこの後の段取りを説明していた。

 

 

「午後の練習はこの衣装を着て行います。着替え終わった人から楽器を持って外に集合してください。着替える教室は、女子が音楽室、男子は3年3組の教室なので篤についていってください」

「男子行くぞー。もたもたしてると置いてくからな」

「そんな距離ないじゃないですか」

 

 

 卓、律義に突っ込まなくてもいいじゃないか。普段あんまり喋らないくせに、偶に口を開けば辛辣なことが多いのが後藤卓也というやつだ。

 さて、今年の衣装はどんなもんなのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




えー、先日財布を無くしました。中には現金の他にポイントカードやら入っていたんですが、一番焦ったのはその中に保険証が入っていたことです。
やべえ……やべえ……、と思っておりましたら警察署から封筒が届きまして。もしかしたら財布の関係かな?それとも何かやらかしたかな?そんな気持ちに包まれながら開封いたしますと、その中には『遺失物確認通知書』とやらが入っていました。
内容を確認いたしますと、「落とし物預かってるから取りに来てねっ」ってことでございました。翌日警察署へ行き、無事お財布と再会できましたとさ。ちゃんちゃん。

世の中捨てたもんじゃありませんね。財布は捨てたのではなく、落としましたが(爆笑)。
警察署の方々の対応のとても丁寧でした。ありがてえありがてえ……!

日本は落とし物が戻ってくる確率が高いとはいえ、決して油断してはなりませんよ!
それが身分証明書であればガクブル具合は異常です。皆さんもお気を付けください。


そうそう、このサンフェス編の区切りがイマイチ気に食わないので、そのうち前後の話と合わせるかもしれません。
それでは、また再来週お会いしましょう。(^^)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 もうすぐ日が昇る

 今年のサンフェス用衣装は、青のジャケットと黒のワイシャツ、ズボン、中折れ帽、そしてスニーカーだった。

 ズボンのサイドラインには青のスパンコールが入っていて、帽子には青のリボンが巻かれ、スニーカーにも青のラインが入っている。

 青のジャケット以外は今回新たに制作されたものだ。このジャケットは北宇治のトレードマークみたいなものなので、上級生は大幅にサイズが変わっていない限り昨年のものを持ってきている。

 普段着ているのが学ランなので、ジャケットに対し毎年なんだか違和感がある。中学でブレザーだった人はそこまで違和感がないだろうが、俺は中学も学ランだったので落ち着かない。

 

……ほむぅ、俺達はそろそろ着替え終わったのだが、女性陣はまだのようだ。教室を跨いで聞こえてくるはずの優子の声が未だに聞こえないのがその証拠。香織先輩はまだ崇められていない。

 しかしいつまでも立往生しているのも時間がもったいない。ちょいと声を掛けておきますか。そう思い音楽室の戸を数回叩いた。

 

 

「誰!?」

「黒田ですー。部長、今大丈夫でしょうかー?」

「はーい。ちょっと待ってて」

 

 

 戸が開けられ衣装に身を包んだ晴香が出てきた。可愛い。用件をさっさと話してしまうのももったいない気がするから、もうちょっとだけ眺めていよう。

 立往生の時間が勿体ないと言ったな。しかし仕事をするよりも、彼女の可愛い姿を眺める方が大事だと思わんかね。

 

 

「篤?」

「…………」

「あの、どうしたの?」

「…………」

「篤ってば!」

「キャアアア!! 香織先輩かわいいいい!! マジエンジェル!!」

 

 

 む、せっかく彼女の可愛い姿を眺めていたというのに邪魔をしやがって。おかげで我に返れたけど。

 優子の声が聞こえたということは、女性陣も粗方着替え終わったんだろう。

 

 

「男子全員着替え終わったんだけど、どうしたらいい? もう音楽室入って良いなら楽器持ってきたいんだけど」

 

 

 粗方終わったといっても全員が終わった保証はない。それに、この後外でマーチング練習をするから日焼け止めを塗ったりするはず。

 それまで男子禁制は解けないから、何か雑用でもあればやっておこう。

 

 

「えっと、もうちょっと掛かると思うからテントの設営しておいてもらえる? 先生には話してあるから職員室行ってね。それと楽器置く用の机と、椅子を何個か出しておいて。外に出す机と椅子はここのじゃなくて」

「3階講義室の古いやつ、だろ。わかってるって。男子それに全員連れて行ってもいいの? 楽器運搬でいらない?」

「うーん、終わり次第でいいかな。人数いるし、運びやすいのから運ぶよ」

「おっけ。じゃあ行ってくるわ」

 

 

 晴香の指示を受けた俺は、男共をテント担当と机椅子担当に分けて雑務に繰り出した。

 俺はぱっと見の身長選抜により、背の高い連中と共に滝先生のもとを訪れる。選抜メンバーはヒデリ、卓、秀一、俺の4人。こん中じゃ俺が一番小さい。まったく、でかい楽器担当者の高身長率は以上だな。

 

 

「先生、テントってどこにありますか?」

「あちらにありますよ。ついてきてください」

 

 

 職員室内はあまり広いわけではないので、ドラクエのように一列になって先生の後を着いていく。

 なんだかドラクエと言うよりもカルガモ親子の行進みたいだ。或いは水族館で冬にやるペンギンのお散歩。

 

 もう少し仕事をしてから伺いますね、とのお言葉を背中に受けながら、部屋の奥の方に合ったテントをヒデリとえっちらおっちら運び出す。あとの2人は先導みたいなことをしている。

 

 

「急がないと文句言われるからな。早くしないとっ」

「先輩、机と椅子もう来てます」

「楽器が来てなきゃいんだよ」

 

 

 女子が来る前に、というか楽器を運び終えられる前にテントを設営しておかないと大変なのだ。

 何故なら木管楽器は日に弱い。木製の部分が、ではあるが。最悪の場合割れてしまうこともある。マーチング練習の時にはカバーを付けたりもしているが、やはり日に曝さない方が良い。

 その為、外練習の時にはテントが必須。さっさと設置しておかないと楽器が傷んでしまう。万一壊れた場合に弁償なんてできなし。だって高いんだもん。

 それに、もし間に合わなかったら部員(女子)の視線が痛い。楽器が傷むだけでなく、彼女たちの柔肌(日焼け止め塗布済)も紫外線によってダメージを受けてしまうからな。

 ああ、そんなことになったらと思うと……。

 

 吹奏楽部にある程度在籍したなら、男子は否が応でも学ぶことがある。女子って恐いってことだ。勿論すべての女子が怖いなんてことがないのはわかっている。この4人中3人は吹部内に彼女いるし。

 しかし恋人がいるすべての女子部員が恐くないわけではないし、逆も然り。だって俺ヒデリの彼女苦手なんだよ。恐いんだもん。あんまり変なこと言ったらあのドリルみたいな髪で攻撃されそう。

 恋人がいないけれど恐くない部員の代表と言えば当然中世古香織だろう。外見も中身も素晴らしいからこそのマドンナ。もう北宇治のマドンナでいいんじゃないか? 吹奏楽部限定じゃなくても。

 

 

「ここら辺でいいだろ。立てるか」

「先に頭被せるんだって」

「広げるぞ。せーの!」

 

 

 秀一以外は去年も立ててるのでなんともスムーズに立てられる。

 ということは幾分か余裕があるので、雑談に移っていった。内容はさっき俺が考えていたことの一部だった。だが俺が言い出したのではなく、話題を振ったのはヒデリだ。

 

 

「そういえば、後藤と篤は彼女と上手くいってるのか?」

「えっ、お2人とも彼女いるんですか?!」

 

 

 この野郎、公言してないことを普通に言いやがって。特に言わないってことはどういうことかぐらい考えろよ。この中で、俺と晴香、卓と梨子が付き合ってることを知らないのは秀一だけだから良いと判断したんだろうか。

 その秀一も食い付いてきちまったじゃねえかよ。

 ちょっとムカついたから、卓が言い淀んでいる隙に質問返ししてやる。

 

 

「ヒデリこそ、田浦とどうなんだよ。まさかパー練中に乳繰り合ったりしてねえだろうな?」

「なっ! し、してねえよ。なあ塚本」

「は、はい。てか野口先輩と田浦先輩って付き合ってたんですか?」

「俺も初めて知りました」

「篤てめえ!」

「テヘペロ(・ω<)」

 

 

 あれ、卓も知らなかったのか。ソイツハワルイコトシタナー。まあいいや。仕返し成功ってことで。

 これで俺の彼女については逃れられたかな。逃れる理由は単純、恥ずかしいのとめんどくさいからだ。ついでに卓達も庇ってやろう。ピンチになったら犠牲にするけどな。

 とか思ってたっけあの野郎言いやがった。

 

 

「ちっ、こうなったら篤と小笠原の関係をあることないこと誇張して広めてやる」

「えっ、黒田先輩と小笠原部長が?!」

「上等だコラ、千円。こっちこそお前が複数の女子と付き合ってるって噂、吹部外から流してやる。巡り巡って田浦の耳に入る頃にはどれだけ凄まじいことになってるかな。フフフフフフ」

「おまっそれっやめろっ。本気でやめてくれ。マジでヤバいことになりそうだから」

 

 

 脅しには脅しを、だよな。昔のドラえもん風の笑い方で止めを刺してやるとヒデリの顔が一気に青ざめた。

 ……流石に気の毒になってきたなあ。取り敢えず今はやらないでおいてやろう。いざとなったらやるけど。

 

 あ、ちなみに俺がヒデリの事を千円と言ったのはそれがコイツの渾名だから。野口ヒデリ。最後の”リ”を”よ”に変えて漢字変換してやれば、野口英世になる。

 だからコイツは、Xperia。じゃなくて、千円先輩。

 

 

「楽器、来ましたよ」

「おーっし。俺らもそっちに混ざるか」

 

 

 女子達が楽器を持ってきたことを確認し、俺達も仕事を探しに行こうとしたのだが晴香に止められた。え、まだ別行動でやることあんの。

 視線だけでそう訴えると、申し訳無さそうな顔をしてライン引きを頼んできた。

 

 

「ごめんね。体育倉庫の鍵は貰ってきたから」

「はいはい。メジャーは?」

「それもあります」

「これは先にセットしておいてくれ。持ってきたら直ぐに線書けるようにな」

 

 

 ということで、俺達には体育倉庫からライン引きを持ってくる仕事も加わった。前に調べたことがあるが、石灰で線を引く物の名前はライン引きで良いらしい。道具の名前がそのまんま過ぎて言い換えようがない。文字数も微妙だから省略もできない。なんなんだよアイツ。

 それはともかく運動部の諸君、ちょいと拝借させてもらいますぜ。持ってくるのにそんなに人数はいらないから、流れで俺と卓がライン引きを持ってくることに。

 

 ボーン組はなんかわちゃわちゃやってた。舐めんな働け。お前らの中の細胞達は24時間365日元気に働いているんだぞ。誰かのために(誰かのためーにー)一生懸命(一生けんーめー)あなたも私も必死に働いてるんだからな。しかもみんなのために命懸けで。頑張れ細胞達。俺もブラック企業にならないように頑張るよ。プライド持って健康第一!

 ……何で細胞の応援してるんだろ、俺。

 

 

「黒田先輩は、部長と上手くいってるんですか?」

「なんだお前まで。別に普通だよ。そっちは?」

「俺達も、まあ、普通です」

「そうか」

 

 

 普通ってなんだろうね。自分で言っておきながら謎だ。

 特筆すべきことはなく、安定しているという意味でいいだろう。少なくとも今はな。

 

 倉庫に着いた俺たちは、石灰が足りているかを確認して2台拝借した。無駄に撒いてしまうことの無いように前輪を上げた状態で運ぶ。

 しかしこのライン引きという道具は不思議なもので、撒かないようにするにはウイリーの状態にしなければいけないが、撒くときはジャックナイフの状態にする必要がない。どうして口の部分に開閉できる何かを付けてはくれなかったのだろう。つけられているものもあるにはあるんだが、うちの学校のはついていない。そこんとこちゃんと吟味してほしかったなあ。

 

 

「みんな揃ったー? それでは、今日もまず楽器を持たずに演奏します。初心者の1年はいつも通りステップ練習をしてください。他は全員行進の練習から始めます。散々言っていますが、足が揃っていないと演奏のミスよりも目立つので、気合を入れていくように」

「はい!」

 

 

 俺たちがまだ準備してるでしょうが!(田中邦衛風) 歩幅の基準になるところに線を引いている最中なんだからハブるの止めてもらえませんかね、副部長。そろそろ出来るから良いんだけど。

 

 行進の歩幅は1歩62.5cm。これは8歩でちょうど5mとなる。出す足は左足とこれも決まっている。歩きながら演奏する前に、まずはこの足の動きを身体に叩き込まなくてはいけない。

 今までの練習でもやってきているが、毎日グラウンドを使って練習できるわけでもないので使える時には必ず足の練習から行う。

 それに今回は本番の衣装を着用しての練習だ。ジャージとは動きやすさが格段に違うので少しでも慣れておくためにやる必要がある。毎回衣装着ているような時間は無いし、何より汚れたり破れたりしては大変だからね。

 

 

 

 今日も今日とて、部長と副部長兼ドラムメジャーによるスパルタ行進練習が始まった。

 

 

 

「歩幅、きちんと意識して」

「足ばっか気にして背中丸めない! かっこわるいよ」

 

 

 至らぬ点がまだまだあるようだ。これでも最初よりかは大分ましになったんだけどな。

 手作りバターの生クリームですかってぐらいトラックをグルグルグルグル回らされ、いい加減目が回りそうだ。

 ようやっと及第点に達したのか、諦められたのかはわからないが、休憩に入った。但し5分。この後は楽器を持っての練習になる。

 

 ほぼ全員がこの時間に休む。しかし楽器も旗もポンポンも持たないが、この時間にまで練習する、誰よりも忙しいやつが1人いる。

 それはドラムメジャーを務める、我らが副部長殿。

 ドラムメジャーというのは、マーチングにおける指揮者の役割を果たす者のことだ。練習では皆をまとめ指導し、本番ではバンドの先頭に立ちバトンを使ってリズムを整える、そのバンドの顔である。

 昨年、一昨年は部長がその役を務めてきたが、今年は個人の性格や楽器のバランスを考えるとあすかが務めるのが妥当だろう。

 今日もグラウンドの隅で器用にバトンを回している。

 

 

「ヒューヒューかっこいいですなー」

「ふふん、そうでしょ」

「自分で言うもんなあ、お前。ま、うん。お前で正解なんじゃね」

「晴香には向いてないってこと? あんたぐらい信用してやんないと、あの子いじけるよ」

「人前に出ることに関しては晴香への信頼低いぞ」

「それでも彼氏? 引くわー」

 

 

 うるへー。俺らには俺らの距離があんの。好き好き大好きラブラブで交際続けられるかってんだ。

 俺があまり信頼してないのは大勢の前に出て注目を集めることに関してで、それ以外の面では信頼してるっつーの。

 それに晴香が担当するバリトンサックスは他に担当者がいないから、あまり抜けさせたくない。その点ユーフォはあすかがいなくても2人いるからな。

 

 

 

 

「この時間晴香の所行かなくていいの? 練習まだ続くよ」

「んなことはわーってる。香織が行ってるだろうしいいよ。後で冷やかされるのも面倒だしそれに、

 

 

 お前はほっとくと勝手に溜め込むからな」

 

「あんたぐらいだよ、あたしの心配するのなんて。

 ……心配されるようなことは無いから気にしなくていいのに。過保護だねえ」

「過保護で結構。慎重派なの、俺は」

「そうだっけー?」

 

 

 互いにすぐさまいつもの冗談めいた会話に戻る。ちょっぴりシリアス入れてみたけど、やっぱり疲れる。

 一瞬の沈黙の後、顔を見合わせてふっと笑い合った。頭の良いこいつとの距離は、やはり心地良い。

 

 

 

「はーい、休憩終わり。集合してくださーい」

 

 

 晴香の声がした。頑張って声を張ろうとしなくても十分響く声は、彼女の魅力の一部だろう。気弱ではあるが、ついて行きたくなるような、支えたくなるような、そんな小笠原晴香という人物を象徴するようだ。

 なんてことをぼんやり考えながら、集合場所に向かって歩き出す。

 

 

 

「行くか」

「おうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽公園で行われるから『サンライズフェスティバル』。

 とても安直だといつも思っていた。

 

 

 でも今年は、俺達にピッタリなネーミングに思えた。

 

 

 

 

 このパレードで北宇治という古豪は復活する。

 

 新顧問、滝昇のもとで。

 

 

 

 

 さあ、もうすぐサンフェスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 サンライズフェスティバル(制作は京アニ)

 コンクールやコンサートがある日の吹奏楽部員の朝はとても早い。

 

まず当然のことだが、楽器を運ばなくてはならない。小さめの楽器なら自分で持ち運べるのだが、大きくて重い楽器はトラックに積み込み運んでもらう。楽器を積み込む時間は結構掛かるので、前日の中に済ませてしまう。

 この時積み込みを統括する役目が楽器運搬係だ。係りの指示に従って楽器を荷台に詰め込む。楽器のサイズが大きくなるほど高額になるので、ここで積み込むような楽器に傷でもつけようものなら恐ろしいことになる。そうならないようにそれなりに計算して積まなければいけない。

 

 力仕事がメインなので男子部員の大部分はこの係に人員を割かれる。しかし男子だけじゃ心配ということなのだろうか、女子部員も係りに配置される。個数確認などを主立ってやってくれているのだ。

 力仕事は男子の仕事と言わんばかりの雰囲気が作られているし、俺達も男の子としてのプライドがあるのでこの時ばかりはちょいと張り切るのだが、吹奏楽部の女子は逞しい。俺らと同じように楽器を着々と運んでいく。チューバを1人で運んじゃう人もいる。

 勘弁してくれよ。男子部員の立つ瀬がなくなる。

 

 係りが決まっているのは楽器運搬だけではない。部長副部長と並ぶ幹部役員、会計。外に出る時が主な活躍時のOB・OG係。その他、衣装係や写真記録係など様々だ。部員は大抵いずれかの係りに就く。これらの係りがちゃんと機能することで部の円滑な運営ができるのであります。ヨーソロー。

 

 なんて俺が説明しなくても、久美子がしてくれてるだろうなって思ってるよ。

 

 

 楽器は既に積み込んでいるので当日にやらなければいけないことは意外とない。のだが、衣装に着替えて身だしなみを整え、フォーメーションを確認していると時間はもう無くなっていた。

 学校で出来ることはもうなくなっていて、あとはバスが来次第乗り込んで移動するだけなんだが、遅れているようだ。市内各校の吹奏楽部が同じところに向かっているのだから仕方がない。それに遅れていると言ってもほんの2,3分らしいので、焦らない焦らない。

 

 

「黒田ー、写真イイ?」

「ええー、あ、記録係のか。え、俺単体?」

「まずはイケメン単体でバシッといきたいなー、なんて」

「ヤダよ。後で見たとき絶対死にたくなる」

 

 

 先程述べたように、吹奏楽部には写真記録係が存在する。そのうちの1人が今俺に話しかけてきた萩原笙子(はぎわらしょうこ)。クラリネットパートの3年生。彼女らが撮った写真は3年生の追い出し会の時にスライドショーの構成要素として活用される。

 微妙に空いた時間に仕事をしようとするそのスタイルは感心するが、コイツは単に写真を撮りたいだけではないだろうか。係り決めの時にいち早く立候補してきたし、使ってるカメラ、備品じゃなくて私物だし。しかも一眼レフ。

 

 

「じゃあ男子全員でいいや。ほら撮るよ、集まって」

「なんで学校で撮るんだよ」

「向こう着いたら黒田それどころじゃないでしょ」

「ああ~」

 

 

 チクショウ納得させやがった。

 コンクールではないのだが、サンフェスみたいな少し緩い場だと他校の女子生徒やギャラリーの方々に写真を頼まれることが多々ある。邪険に扱って北宇治のイメージを悪くされるのも嫌なので、真面目に対応してしまっている。強豪校の演奏聴きたいのに。

 

 はいチーズ。その掛け声はあまりにも唐突で雑で、普段通りの俺達だった。

 これだからイケメンは。うるせえよ。まあまあ落ち着いて。

 いつ見たって、そんな声が聞こえてきそうな写真になっていた。

 

 

 

「バス来ました。奥の方から座っていって下さい。あ、酔いやすい人は前の方で良いからね」

「酔い止めあるので必要な人は言って下さい」

 

 

 座席が決まっていないというのは結構面倒くさい。普段ぼっちでいるか2人でいるかならまだいいが、奇数でつるんでいる人達にとっては戦場だろう。可哀想な余った子にならないように必死になる。

 

 やっぱ単独行動最強だわ。よってぼっち最強説をとなえる俺ガイルは最強。早く次の巻出して欲しいような欲しくないような、複雑だ。最終巻だからね。比企谷八幡みたいなのがうちの部活にいたらどんな感じなんだろうな。生で見てみたいな、デッドフッシュアイ。

 

 俺は座席どうでもいいので一番最後(人数確認の部長は除く)に乗った。 残り物には福があると言うが、その通りかもしれない。確率論でいったらそんなことないけど。

 空いているのは晴香の隣しかなかった。じゃあここに座るしかないよな。副部長はもう1台のバスに乗ってます。香織もそっち。

 最終確認を終え、座席につこうとしてギョッとする晴香。ひでえ。

 

 

「なんで篤が隣なの」

「ここしか空いてなかったんだよ」

「本当に?」

「本当に。最後に乗ったの誰だか、もう忘れたのか?」

「ぐ……」

 

 

 わかればよろしい。俺はわざわざ席を変わらせようとなんてしないからな。偶然なんだよ。誰かに仕組まれてなければ。

 …………マイクロバスってさ、隣と近いよね。どうでも良かったけど、やっぱり彼女と隣だと嬉しいもので。まあ、浮ついてなんていられないんだが。

 お気楽な俺とは違って不安なんだろう。晴香がぽつぽつと話す。

 

 

「大丈夫だよね。私達、上手くなったよね」

「うん」

「変われてる……んだよね」

「全体も、晴香も、前に進んでるよ」

「うん」

 

 

 落ち着きなく人差し指を合わせる手を掴んだ。

 自分でもどうしてやったのかわからないけど、きっと落ち着かせたいんだろう。人の温もりはとても安心するから。大好きな人ならなおのこと。

 

 

 大丈夫、気負うな。いつもどーりやろう。

 

 

 そう伝えようと、口角を上げ、歯を見せた。晴香には不敵な笑みに思えたことだろう。

 

 以前ならここでごめんね、と言われていたことだろう。でも今回は違った。

 右腕が下に引っ張られ、耳に暖かい吐息が掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがと」

 

 

 

 

 

 

 

 反則だろそれ。顔が熱い。今俺の顔は見事に朱に染まっているだろうよ。

 晴香の方を見やると、少し頬を上気させて微笑んでいた。

 なんだろうこの敗北感は。

 

 それから俺達は到着するまで一言も声を交わさなかった。

 言うべきことは何もない。言葉はもう与えたから。言葉はもう貰ったから。

 

 

 信じろよ。

 信じてよ。

 

 

 約束するように小指だけを繋いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場に着き、楽器を出してチューニングを行う。ガード隊、ポンポン隊もそれぞれ準備に入った。それが終わり次第、既定の待機場所に移る。

 待機場所ではパート毎、言い換えればバンドの順番で並んでいる。俺達パーカッションは金管と木管の間。ちなみにマーチングでは、パーカッションの連中をバッテリーと呼ぶ。イントネーションは野球のバッテリーなのか、車とかのバッテリーなのか。どっちが正しいんだろう。

 

 俺もスティックを掌の上で遊ばせ、スイッチを入れつつ調子を確認する。よし、絶好調。

 

 

「先輩、練習前とかいっつもそれやってますよね」

「ん? ああ。なんかもうやらないと気持ち悪い」

 

 

 左右同時にスティックを回す。半回転を2回、一回転を3回する。これがルーティーンみたいなものだ。

 

 

「ルーティーンってやつか? よく覚えてないけど」

「覚えてないなら何で言ったのよ」

 

 

 ここにもよくわかっていないやつがいるようだし、解説をば少々いたそう。

 

 「ルーティーン、或いはルーティン、ルーチンとも言うが、これは決められた一連の動作や習慣のこと。ラグビーの五郎丸がやってて結構注目集めたアレだ。

 ルーティーンの効果は、いつも通りの実力を出せるようになるってことだろうな。普段の練習と同じ行動をすることでその確率は非常に高まるんだ」

 

 

 ほへーって顔止めなさい。おバカに見えるから。

 スポーツ選手がやっているものばかり有名だが、これは何も彼らに限ったものではない。

 社会人でいつも同じ行動をするようにしている人がいるし、俺らの普段の生活にも当てはまることはある。朝起きてカーテンを開け、トイレに行ってから顔を洗う。なんていうのも日常に欠かせないものになっているならルーティンなんじゃないだろうか。

 

 

「篤のルーティーンもそうやってできたものなのか?」

「いや、全然違う」

「ええっ」

 

 

 うっかり今の主題が何か忘れる勢いで解説をしてきたが、俺のルーティンが生まれた理由は至極単純だ。

 

 

「そういうのあったらなんかかっこいいじゃん。だから作ろうと思って。継続してたら本当に定着してくれたしな」

「………」

「あの、その目止めてくんない? 地味に傷つくんですけど」

 

 

 ナックルだけは納得してくれてる。うーん、これは男の子的感性だったりするのか。

 あ、ナックルとなっとくって韻踏んでたな。偶然だよ偶然。しょーもないギャグ仕込んでないって。

 

 そろそろ松本先生と滝先生が俺達のもとにやって……。あれ? 滝先生来ねえな。俺達がいる場所は先生も知ってるはずなんだけど。まさか迷ってるなんてことは無いよな。

 待ってみたが中々滝先生は来ない。痺れを切らした松本先生は俺達に檄を飛ばしてくれた。

 

 

「いいかお前たち。手を抜いて不甲斐ない演奏したら承知しないからな。わかったか」

「はい!」

「すみません。広くて、ちょっと迷っちゃいました」

 

 

 本当に迷ってたのかこの人。

 松本先生に少し怒られている様子からすれば、粘着悪魔の片鱗はどこにもない。今日は沢山の淑女の方々を虜にしそうだなあ。

 

 

「えっと、私からは特にありません。皆さんの演奏、楽しみにしていますね」

 

 

 ですよね、とどこからか聞こえてくる。滝先生の事だからな。何か感動的な言葉がもらえるなんて期待はしていない。

 それよりも、楽しみにしていますねってなんだよ。俺達育てたのアンタでしょうが。

 練習の成果を発揮しろって意味なのかなあ。いやそれだったら直接的に言うだろうし。まあいいや。

 

 

 

「それでは、これより京都府内の学校の吹奏楽部によるパレードが始まります。始めに――」

 

 

 先生方のコメントのすぐ後にアナウンスが入った。

 北宇治の出番は早すぎず遅すぎずなのだが、テンポよく進行されるので意外と早く出番が来る。

 各々決意を固めていると、北宇治の前の立華高校が呼ばれた。

 

 

「続きまして、立華高校の皆さんです」

 

 

 座奏、マーチングの両方で全国大会常連校のパフォーマンスは凄いとしか言いようがない。彼らは演奏をまったく外さないまま、笑顔で飛んだり跳ねたりして観客を沸かせにかかる。このことから着いた異名は『水色の悪魔』。

 今日太陽公園を訪れている観客の中には、立華を見るために来たという人も少なくないだろう。観客を楽しませることが第一である彼らの動きは誰しもを魅了する。

 立華が演奏するのは、元米国海兵隊音楽隊隊長が作曲した行進曲『美中の美』。英題だと『The Fairest of Fair』。相変わらずえげつない。開始間もなく、楽しげな音色と歓声が聞こえてきた。

 

 すっげえ。あーあ! 音だけじゃなくて見たかったな。

 北宇治の後も全国大会常連の超強豪である洛秋。プログラムが発表されるまでめちゃくちゃ楽しみだったのに見れないとかひどくない? 仕方ないから音だけ堪能させてもらいますけど。

 しかし、俺達の前座が立華で良かった。場があっつあつじゃねえの。次も洛秋だから多くの人が見ることになる。超ワクワクする。

 そう思っているのはどうやら俺ぐらいのもので、北宇治からは弱気な声が、それ以外からは嘲る様な声が聞こえてきた。

 

 

「挟まれたとこカワイソーだよな」

「メリハリついていいんじゃね」

「うわ、上手すぎる」

「全く音外さない」

「こりゃうちら悲惨だわ」

「俺、なんだか自信がなくなってきた」

 

 

 うるせえよ。外野も、内野も。

 どうにかして正気に戻らなければいけない。でもどうすればいい。

 すると突然、春先のあの時のように綺麗なトランペットの音が舞った。

 

 

「バカ、ちょっと高坂! ここ来たら音出し禁止って言われたでしょ!?」

 

 

 やっぱり君か、麗奈。

 優子の注意に表面だけ謝るその姿で、いつもの音楽室を思い出した。

 空気が弛緩したところでアナウンスがかかる。靴紐を結びながら、滝先生が部員達に呼びかける。

 

 

「本来音楽とは、ライバルに己の実力を見せつけるためにあるものではありません。しかし、今日ここに来ている多くの他校の生徒や観客は、北宇治の力を未だ知りません。ですから今日は、それを知ってもらういい機会だと私は思います。さあ、北宇治の実力、見せつけてきなさい」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 あすかの笛を合図に、俺達の演奏が始まる。

 

 観客から聞こえてくる内容が例年と違う。

 憐れみでもない。次の学校への期待でもない。北宇治への賛美だ。

 

 

「意外とうまいなあ」

「ここどこだっけ? 嘘、北宇治なの」

「なあなあ、ドラムメジャーの子、超美人じゃね」

「北宇治ってこんなにうまかったか?」

 

 

 声が聞こえる度に興奮のボルテージが上昇していく。心が熱くなっていく。しかし頭はきりりと冷やす。

 この俺が、興奮してリズムずらしました、なんてやってたまるかよ。

 寸分たりともずらさない完璧なパフォーマンス。これが、俺が領主の打楽器王国の真骨頂。強豪校にだってそうそう劣らない自信がある。

 

 

 

 北宇治が届けられるだけの熱を観客に届け切ると、ちょうど終わりを迎えた。

 

 汗が留まることを知らずにダラダラと流れてくる。こんな暑いのにジャケットなんか着せやがって。考えたやつ頭おかしいんじゃねえの。カッターシャツに至っては最も熱を吸収しやすい黒。暑い。

 部員達を見ても、皆一様にダレてしまっている。でも、疲れ切っている表情だけれども、どこか嬉しそうで満足げな表情だ。今まで酷評されてばっかだからなあ。そりゃあ嬉しいさ。

 しかし、余韻に浸る前に楽器片づけねえとな。

 

 

「みんなお疲れ様。演奏終わったばっかりでキツイと思うけど、これから楽器を片づけます。楽器運搬係の指示に従って行動してください」

「はい」

 

 

 疲労困憊の中、楽器たちをトラックに積み込んだ。

 俺達とは違い涼しげな顔をした滝先生から指示を受ける。

 

 

「楽器の積み込みも終わりましたし、今から15時までは自由行動です。休憩しても構いませんが、夏のコンクールの事を考えると他の団体さんの演奏を聴いて勉強するのがいいと思います。特に初心者の1年生は、強豪校と呼ばれる学校の演奏を是非一度鑑賞してみてください」

 

 

 こうして俺達は先生から一時の自由時間を頂いた。多くの生徒は真っ先にジャケットをバスに置く。

 現在はお昼時の手前ぐらいの時刻。演奏を聴きに行く者もいれば、少し早めの昼食を買いに屋台に行く者もいる。或いはグループ内で買い出し部隊と聴取しやすい場所の確保に役割分担をする者たちもいる。

 

 いつもならこのタイミングでちょっとした撮影会が待っているのだが、今年はなかった。その代り、黄色い歓声がやたら聞こえてくるところがあったのでそちらを見やると、滝先生が囲まれていた。

 ありがとうございます、先生。これで俺はようやくサンフェスをじっくりと堪能できます。

 

 腕まくりをしながら急いで沿道に向かう。後ろの方だったらまだギリギリ洛秋の演奏が聴けるかもしれない。

 しかしその期待は儚く散り、向かっている最中に演奏は終わった。残念無念、また来年。来年来れるのかな。

 まあいいや。他の団体の演奏聴こーっと。北宇治みたいにいきなり上手くなっているところがあるかもしれないし、全体としてはあまり上手くなくてもずば抜けて上手い人がどこかにいるかもしれない。そんな偵察じみたことをするのも案外楽しい。

 次はどこの団体だったかな。尻ポケットに突っ込んだパンフレットを確認していると、腕につめた~い感覚がした。

 

 

「はい、カフェオレ」

「おう。サンキュ」

「あすかと香織は?」

「誰がどこにいるのか一切知らん」

「誰よりも早く動いてたからね、篤」

 

 

 自由時間が告げられると俺は真っ先に先述の行動をした。バスの座席は一番前なのですぐに置いてすぐに出られた。彼女のことをも気に掛けず自分の欲に忠実に行動してきたのだから、幹部3人がどこにいるかなんて全く知らなかった。晴香は俺を見つけたけども。

 

 

「そういえば、今年は写真撮られなかったの?」

「滝先生が全てを引き受けて下さった。というか、先生の方にしか人がいってなかった」

「あはは、先生イケメンだもんね。いちおう」

 

 

 やっぱスパルタイメージついたよな。今の吹奏楽部に滝先生に対し、ミーハーな気持ちを抱いている人なんていないだろう。顔だけ見れば文句なしのイケメンなのに、晴香がいちおうと付けた理由はそこにある。

 

 他の団体の演奏を聴いて、以前と感じることが変わった。うちの学校の方が上手いと思うところが増えた。他が下手になっているんじゃなくて、俺達が確実に上手くなったのだろう。

 

 

「全国、行けるといいね」

「弱気だねえ。行くんだよ。絶対」

「絶対なんて、ないけどね」

「それでも、やるだけやってみようよ。私たちはこれが最後なんだし」

「あすか、香織!」

 

 

 いつの間にか2人も会話に参加していた。

 

 あすかが言うように、絶対なんて存在しない。だから普段はこの言葉を使わないようにしている。

 だけど俺はこの言葉を使った。本気で全国に行きたいのだ。何が何でも行きたいのだ。名前も知らない、憧れのあの人に追いつくために。追い越すために。

 

 

 

 

 今日やれるだけのことはやった。今の北宇治の実力を見せつけた。

 

 

 

 見とけギャラリー。待ってろ強豪。

 

 

 俺達はもっと上手くなって、貴様らの度肝を抜いてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、次の曲を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




好き放題書いてたらいつもより長くなりました。どうやら文量は気分で上下するようです。

行間や表現は絶賛模索中ですが、どうかお付き合い頂けたら嬉しく存じます。


それでは、次回の更新をお楽しみに。(^^)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 勉学は学生の義務ですから

「篤ー勉強教えろコノヤロー」

「それが人にものを頼む態度かっ」

 

 

 サンフェスが終わり、コンクールを目指した練習がこれから始まるのだが、その前に中間考査が待ち受けている。

 進学クラスだろうが普通クラスだろうが、文理が同じであれば試験の内容は一緒なので、このクラスに在籍している者なら超必死こいて勉強する必要はない。しかし推薦狙いのやつは定期試験の成績にかけているので、少しでも良い点を取ろうと躍起になり、俺に勉強を教わりに来るのが定番の事となっている。

 昨年までなら、部活の予定がみっしり詰まっていなかったので放課後にちょくちょく勉強会を開いていたが、今年はそうはいかない。それを伝えてあるから、俺が登校するなりこうして人が来る。

 

 

「で、何を教えろって?」

「現文なんだけどさ、ここの解釈がどうもわからなくて」

「あー。問題作成者と解釈違い起こすから、この問題集嫌いなんだよな」

「ええっ、マジかよー」

 

 

 作成者との解釈違いって嫌だよね。解説読んでも意味わかんないからどうしようもない。

 それだと教えるのに困るから、思考をトレースする方法をどうにかして身に付けて教えられるようになったけど。

 それから何人かの面倒を見て、ようやくSHRを迎えた。

 

 

「今日からテスト1週間前です。それに伴ってすべての部活動が活動休止となります。自主練習であっても校内では禁止ですので、部活をやっている人は気をつけてください。それではHRを終わります」

 

 

 っべー、マジっべーわ。部活ばっかでテストなんか全く気にしてなかったな。ということは、今日から部活ではなく勉強会の日々なわけで。

 今日は誰だったかな。カバンから手帳を取り出して日付を確認すると、そこに記されていた名前は……『幹部3人』。場所はあすかん家だ。例えそれがどれほど楽しみな予定だったとしても、数日前とかから行きたくなくなることってあるよね。

 め、面倒くせぇ。

 そうだ、バックレちまおう。放課後になったら捕まる前に逃げ出そう。滝先生SHR終わるの早いからな。行けるだろ。そしてどっかの喫茶店でティータイムと洒落こもう。これぞ放課後ティータイムだ。

 

 

 

 

 こんなことを考えながら、放課後になってしまった。Let’s放課後ティータイムだぜ! あの、朝にHTTのこと考えたら今日ずっと頭の中でメドレー状態なんですけど何事。てれててててててーれてれてててて 1,2,3,4 ごはん!

 荷物の詰込みは完了している。後は終わり次第かけだすのみ!

 

 

 

 

 スタートダッシュは完璧だった。

 

 それは今からでも陸上部にスカウトされるのではないかというほどに。

 

 

 しかし俺は愚かだった。あまりにも愚かだった。

 

 誰から逃げられるつもりだったんだろうか。俺の浅い考えなんか、俺の幼馴染なら簡単に看破できるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、お気に入りの喫茶店に来ています。一人で来ました。

 

 

 テスト範囲を一通り攫うために教科書や問題集の類はあります。

 

 それらを広げるためにある程度広い席を確保させてもらいました。

 

 お客さんはそれほど多いわけではないので、マスターも許してくれました。

 

 

 心地よいBGMを耳に入れながら、ミルクティーでまずは一息入れました。

 

 心身と頭がスッキリしたところで勉強に移りました。今日は社会科系がメインです。

 

 

 暫く参考書に意識を落としていました。

 

 ふと気が付くとカップが空になっていました。

 

 お代わりをもらおうと思って、今立ち上がりかけた所です。

 

 

 

 俺はとても驚いています。

 

 気が付くと、テーブルを挟んだ前に二人。隣に一人女の子がいました。

 

 信じ難いことでしたが、それは今日俺の幼馴染の家で勉強会を開いているはずの人たちでした。

 

 

 

 

 

 これはいったいどういうことだ!?!?!?

 

 落ち着くためにもお代わりを貰いに行きたいのだが、隣に人がいるので動けない。それに三人とも集中しているから誰にも事情が訊けそうにない。ど、どうしよう。

 なんとなく隣を見やると晴香が英文法の並べ替えに苦戦していたので思わず助け船を出す。

 

 

「そこ違う。この場合のhadは過去完了じゃなくてただの動詞の過去形」

「でもそしたら単語一つ余るんだけど」

「問題文よく見ろ。不要語一つあるって書いてるぞ。それに、hadを過去完了で使うんだったら前の文と繋がりがなさすぎる」

「えっと、本当だ。ありがとう」

「感謝すんならそこ通してくれ。お代わり貰いに行くから」

「あたしもよろしく」

 

 

 教えてから席を立とうとするとあすかが自分のカップを差し出してきた。

 視線は問題集に落ちたままなので、説明を貰えるのはまだ先だろう。

 

 

「何」

「ブレンド」

 

 

 晴香と香織のカップにはまだ液体が入っていたので、取り敢えず二人分のカップを持っていく。

 

 

「こっちミルクティーで、こっちがブレンドお願いします」

「はいよ。頑張ってるね。テスト勉強?」

「はい。ちょっと聞きたいんすけど、あの三人いつ頃来ました? 俺全く気付いてなくて」

「君が来てから三、四十分ぐらい後かな。迷わず君の所行ってたよ」

 

 

 今日はすぐに集中できたからなあ。それだけ経ってたら気付かねえや。

 溜息をついて飲み物が出来るのを待つ。この店のマスターは初老の紳士という言葉がよく似合う。上品でスマートだけど、とても気さくな性格なので偶に今みたく雑談をする。店の雰囲気も良いし、淹れるコーヒーも紅茶も美味しいので部活が無ければ大体来ている。俺もこんな風に年をとれたらいいな。

 

 

「お待たせ。ミルクティーに砂糖入れておいたよ」

「ありがとうございます」

「それと、サービスです」

 

 

 言葉と共に差し出された皿の上に乗っていたのはフルーツサンド。勉強しているから片手で食べやすい物をチョイスしてくれたんだろう。マスターマジイケメン。

 お礼を言って席に向かうと、三人は休憩に入っていた。

 

 

「ほいブレンド。そしてこっちがマスターからのサービスです」

「ありがとう、篤。それでね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「奇遇だな。俺もあすかに聞きたいことがあるんだよ」

 

 

 互いに笑顔且つ相手に有無を言わせぬ口調で話す。ここで引いたら負けだ。引いてなるものか。誰にも教えていない安息の地を侵害された恨みはでかいぞ。

 

 

「あたしが先でいい?」

「先に話していいか?」

 

 

 俺達の間に火花が散った。

 晴香さんと香織さんは止める気ないんですね。だってフルーツサンドどれにしよう、とか言ってますもん。香織スイーツ好きだからなあ。長引くと全部食われてたりして。マドンナにしてはよく食べますからねこの人。

 そんなことは置いておいて、まずはあすかをどうにかしなくてはいけない。

 

 

「どうして逃げようと思ったの?」

「どうしてここがわかったんだ?」

 

「………………」

「………………」

 

 

「「最初はグー、ジャンケンほい!!」」

 

 

「なんで!?」

 

「勝った」

「クッソ負けた……」

 

 

 負けた。結局運で負けた。

 俺とあすかの間には互いが火花を散らした場合のルールが存在する。俺達はどうにも対峙した時に譲れない性分であり、さっきみたいになるため、言葉が二回重なったらジャンケンで順番を決める。ルール制定はうちのおかん。

 

 あすか恐いなあ。大方今日の勉強会バックレようとしたことなんだろうけど。しかしそこまで怒られる謂れが無いように思えるのだが、まあ怒られればわかるさな。うん。

 

 

「さて、あたしが勝ったことだしバックレようとした理由を聞かせてもらいましょうか。こーんな美女三人を放っておく理由なんて、そうそうあるとは思えないけど」

「約束破ろうとしてごめんなさい面倒くさかっただけですすみませんでした」

「アンタ本当にそういう欲望に忠実よね……」

 

 

 お前が今更呆れるなよ。俺がどんなやつかなんて一番知ってるだろうに。

 でも、と含んでいた分のサンドイッチを飲み込んだ香織が口を開く。

 

 

「連絡の一つくらい、してほしかったかな。あすかはすぐに色々わかったみたいだけど、私と晴香は何が何だかさっぱりわからなかったから」

「ごめんなさい。以後気を付けます」

「まずバックレようとしないでよ」

「香織には素直ね」

「当たり前だわ、マドンナだぞ」

 

 

 香織が照れ、晴香とあすかが呆れる。だから俺はこういうやつだっつーの。まあいい。彼女らの聞きたいことには答えたつもりだ。

 よって次は俺のターン! ついでにもぐもぐタイムにも突入する。どうして俺の行先がここだとわかったんだ。誰にも教えてないのに。

 

 

「あたしの推理と香織の知識で。あんたの好み的なところは晴香の助言で。三人の協力プレイってことよ」

「何を言ってるのかよくわからないので、わかりやすい説明を頼む」

「勉強会はあたしンちでやる予定だったから家には帰ってないでしょ。となると、それなりの時間あまりお金を掛けずに滞在できて静かな所に行くはず。そうすると学校か図書館か喫茶店になるけど、教室覗いた時にいなかったから学校は無し。図書館は遠いからこれも却下。よって通学路辺りの喫茶店にいると推測しました」

 

 

 あすかは自分の分の説明は終わったと言わんばかりに香織の方に視線を送る。ここからは香織の活躍ということなんだろう。

 

 

「それで私がいくつか候補のお店を挙げて、その中から誰も篤と行ったことが無いお店を選んでみたの。そこからは晴香の活躍」

「え、私? あすかが無駄骨だった時の時間が勿体無いって言うから、グルメサイトで雰囲気を見て篤が行きそうなお店はここかなーって思ってきたら発見しました」

「ご説明ありがとうございました」

 

 

 どうやらこの人等を撒こうだなんて二度と考えないのが良いらしい。ああ、俺の平穏が遠のいてゆく。

 知り合いにまったく会いたくないときってあるだろう? そんなときのためにこの店は誰にも紹介してなかったんだが、この件で知られてしまった。今度新規開拓しよう。ちょっと足伸ばしてでもいいから。

 

 休憩が終わり、シャー芯が紙と擦れる音や参考書のページを捲る音がよく聞こえるようになった。俺は内容を確認し終わった政治経済の本を閉じて、今度は日本史をやろうとカバンを漁る。十分間テストはどーこだ。

 お目当ての問題集と勉強用ノートを取り出したところで正面のあすかと目が合う。勉強に対しての集中力が半端ないこいつが意識を他にやることはほとんどない。だからこれからどうなるか、ある程度察しはつく。

 

 

「篤、ここなんだけど」

「だから俺数Ⅲ取ってないっての。ちょっと時間くれ。どこよ、詰まってんの」

「考え方がいまいちわからない。答え見ても微妙」

 

 

 最初に言ったことだから忘れている人がほとんどだと思うが、俺が所属しているのは文系クラスであすかが所属しているのは理系クラス。文系は授業でも講習でも数Ⅲはやらないんだ。受験で特に必要ないし。ⅠAⅡBが出来れば十分。

 しかし理系の方々はそうはいかない。受験で必要なくても定期テストではやるし。理系トップの実力であるあすかに勉強を教えられる奴なんてそうそういない。そんなこいつでも当然詰まることはあるわけで。そんな時には俺が教えているのだ。勿論独学で学んでいる。表面をなぞって試験のための理解なら辛うじて出来るようになったのだが、そもそも興味の無い分野なので学問的な理解はできそうにない。

 出来る限りの理解で説明してやると、納得してくれたようで再び集中し始めた。

 

 俺も先ほど取り出した問題集に意識を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が傾いてきて店内の照明が付いた。それによって意識が引き戻される。区切りもいいところだったので、開いていたものを閉じて腕を前に伸ばした。

 その時ふと気付く。あれ、晴香と香織いねえ。あすかだけが残っていた。いつでも出られるようにだろうか、単語帳を開いているだけだ。

 

 

「お前だけか?」

「二人は帰ったよ。電車の時間とかあるしね」

 

 

 ああとかなんとか適当に相槌を打って店を出る。ずっと同じ姿勢でいたから体が痛い。酸素も足りていなかったのか、大きな欠伸が数度でる。

 

 

「眠いの?」

「いや、そうじゃないはず。多分酸素足りてないだけ。それよか腹減った」

「今日の晩御飯はなんだろうね」

「なんでお前がうちの晩御飯楽しみにしてんの」

「いつでもおいでっておばさん言ってたから」

「にしても突然すぎねえか」

 

 

 田中家は母子家庭であり、あすかの母親は仕事で忙しいのでこいつが晩御飯を作っている。しかし部活や勉強が大変でなかなかそれが難しいことがあるので、そういう時はうちに来て一緒に食べることがあるから別におかしなことは言ってないのだが、それが突然のことだと俺の分がいくらか減るのだ。解せぬ。

 学ランのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、家に電話を掛ける。

 

 

「あーもしもし。あのさ、夜ご飯もう作ってあんの?……そうじゃなくて、あすかが来るから。……はいはい、ちょっと待って。あすか、何食いたい?」

「じゃあ、しょうが焼きで」

「しょうが焼きだと。……うん、もうちょいで着く。……あーい」

 

 

 おかんとの電話を切り、携帯をポケットに入れる。

 うーん。なんで隣を歩いているやつはニマニマしているんでしょうかねぇ。

 

 

「お前がいきなり来ると俺の分の飯が減るんだよ」

「いいじゃん。ダイエットダイエット」

「絶賛育ち盛りの男子高校生なんですけど、俺」

「それにしては、あたしと身長あんまり変わんないよね」

 

 

 うっせ。これからもっと伸びるんだよ。今だって5cmは差あるからな。俺を僅かに見上げ、身長を測るように伸ばしてくる手を払う。

 

 

「そういや、なんで俺を問い詰める時お前あんなに怒ってたの?」

「別に怒ってなんかないって。あたしに唯一勉強教えられるあんたがいなくなったら、あの人から何言われるかわかんないってだけ」

「……あそ。俺、あすかのユーフォ好きだし、聞けなくなるのは困るな」

 

 

 あすかが『あの人』と表したのはどこかの他人などではなく、母親のことだ。他人の家の事情をモノローグとはいえ好き勝手話す趣味はないので、ここでは割愛させていただく。時期が来たら話さざるを得ないかもしれないけど。

 辛気臭くなったのを察したようで、俺の心からの言葉にボケで返しやがる幼馴染。

 

 

「ヤダ告白? ダメダメ、あたしのお相手はユーフォニ・アムさんただ一人なんだから」

「誰がお前に告白なんぞするか。つか俺彼女いるっつーの。理由挙げるの、普通そっちじゃね」

「浮気は男の甲斐性って言うじゃない。まああんたはそんな器用なこと出来ないと思うけど」

「出来ねえしする気もねえし、その価値観結構古いぞ」

 

 

 くだらない話をしていると俺の家の前まで着いた。あすかは一度自分の家に帰って着替えてから来るらしい。制服のままだとあんまり落ち着かないもんな。

 

 

 

「ただまー」

「おけーりー。あすかちゃんは?」

「一遍帰ってから来ると」

「あそ。あんたね、あすかちゃん連れてくるのもいいけど、偶には彼女連れてきたって」

「へーへー、そのうちまた連れてくるよ」

 

 どうして母親というのは若干気恥ずかしいことをずけずけと言ってくるものなんだろう。思春期男子高生が家にホイホイと女の子呼べるかってんだ。家族に自分の恋人を紹介するのは結構覚悟がいることだと、俺は思っている。もし別れたら、なんか七面倒くさそうだし。別れないけどね? 恋人は生涯で晴香だけだと、今現在はそのつもりであります。

 自室へ行き制服を脱いで、ジャージに履き替える。もう少し寒い時期だったらTシャツの上にフリースでも羽織るんだが、もういらないだろう。弁当箱とポケットから出したハンカチを持って洗面所に向かう。

 洗濯籠にハンカチと脱いだ靴下を入れて居間に出ると、あすかはもう来ていた。おかずの盛り付けをするおかんと米をよそうあすかと弁当箱の中身を出す俺。我が家のそれほど大きくない台所に三人も入るとホント狭い。

 自分のすべきことを終え、さっさと台所から退散しようとしたら食器の配膳を仰せつかった。俺が基本的に女性に逆らえないのは、家での待遇も関係しているんでしょうかね。

 

 その後、適当なテレビ番組を流しながら三人で晩御飯を食した。あ、うちのパパンがいないのはまだ帰宅していないだけです。

 

 

 

 

 

 部活からはちょっとだけ離れていられるテスト期間。こういった時間も、ひょっとしたら大事なのかもしれない。

 

 

 

 

 後日、新学期最初の定期テストは粛々と行われた。成績は文系一位が俺。理系一位があすかだった。

 

 テスト結果が張り出されるなんてことは無いが、人の口に戸は立てられぬと昔から言われるように噂のようなものはやはり耳に入ってくる。今回よく聞こえたのは、吹奏楽部員に成績が下降した者がちらほらいるということ。

 

 

 はてさて、俺達は何事もなくコンクールに臨めるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完全オリジナル回でございました。タイトルは短編集第二弾からとりましたがね。
大学受験が身近な環境に身を置いていたので勉強回は書きたいなと思っていました。いかがでしたでしょうか。



さてさて話が変わりますが、ここから先は読まなくても構いません。私が先日参戦いたしました『LAWSON presents TrySail Live Tour 2019 "The TrySail Odyssey"』の札幌公演の感想です。どうせなら前回更新分に書けば良かったのですが、すっかり忘れていました。2週間近く前のことになりますが、思いつくまま書いていったらとんでもない文量になったのでまとめます。

TrySail、最高。



今日は群馬公演ですね。参戦する方々、楽しんできて下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 僕たち高校三年生

いよいよ水曜日に最新刊、そして金曜日より映画が公開ですね!!!


 部活動休止期間はテスト一週間前とテスト当日だが、最終日はそれに含まれない。

 つまり、今日から部活再開ってことだ。

 

 

「皆さん、日程表は行き渡りましたね。さて、今日で中間試験が終わり、夏休みまでに残された大きなイベントは期末試験だけになりました」

 

 

 試験をイベントにカウントするのはやめていただきたい。

 

 

「我々吹奏楽部はこれからコンクールまでイベント参加の予定はありません。なので思う存分大会に向けた練習ができます。

 今年のコンクールで演奏する曲は、課題曲も自由曲も私と松本先生で決めさせてもらいました。課題曲は田坂直樹氏のマーチ『プロヴァンスの風』。自由曲は堀川奈美恵氏の『三日月の舞』です。どちらも難易度が高い曲となっていますが、これを完璧に吹けるようになれば全国への道は開けると思っています。

 そしてここからが重要なのですが、今年はコンクールメンバーをオーディションで決めることにしました」

 

 

 オーディションかあ。滝先生のことだしやるとは思ってた。全国を目指している限り、実力主義になるのは当然だろう。しかしながら、今までを覆されることに反対のやつもいるこって。うーん、無駄だって気付こうぜ。どうせ盛大な皮肉で返されるだろうし。

 

 

「でも先生、私たちは今まで学年順でコンクールメンバーを決めてきました」

「ええ、そう伺っています。でも今の顧問は私ですよ? 今までのことなんて関係ありません。それに、そんなに難しく考えなくてもいいんですよ。単純に三年生が一年生より上手ければいいだけですから」

 

 

 ほーらーやっぱりこうなるー。で、先生に質問です。と思ったら香織が先に手を挙げた。

 

 

「オーディションってどんなふうにやるんですか?」

「今から課題曲と自由曲の楽譜を配るので、その一部を演奏してほしいのです。オーディションでやってもらう箇所には印をつけてあります。ちなみに日程は期末試験前に二日に分けて行います。他に質問はありますか? 無ければ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーことでまずは曲聴いてみるか」

 

 

ミーティングが終わり、今日の残りの時間は丸々パート練に費やされることとなった。先程楽譜とCDを頂いたので、オーディションの箇所を確認しつつ曲を聴こうと思う。

 

 まず課題曲。曲名にあるプロヴァンスというのはフランス南東部にある地方のこと。風はスペインから始まりプロヴァンスに行ってまたスペインに戻ってくる、という趣旨らしい。曲はスペイン風のファンファーレで始まり、前半はスパニッシュの情熱的なフレーズを繰り広げ、そこからフレンチの甘美な演奏に一変。そして最後にまたスパニッシュになる。

 次いで自由曲。作曲者は京都府出身の今を時めく女流作曲家、堀川奈美恵。この曲はとにかくかっこいい。堀川奈美恵といえば繊細かつ大胆な曲調が特徴的なのだが、この『三日月の舞』はまさにそうなのだ。前後半は力強く大胆に。中盤はトランペット、オーボエ、ユーフォニアムのソロをじっくりときかせる演出になっている。

 

 

 

「凄いですね……」

「難しそう……」

 

 

 ネガティブな意見が出るのも無理はない。先のミーティングで先生が言ってたように、難しいのだ。両方とも。それでもね、やるっきゃねえのよ。

 

 

「スコア見る限り、俺らほとんど全員受からないと結構厳しいぞこれ」

「うわー本当だ。めっちゃキビいじゃん」

「それじゃやりましょうか。全国行くんでしょ? リーダー」

「おう」

 

 

 

 

 

翌日――

 

 現在十二時三十七分。俺はいったい何をやらかしたのかわからないが、進路指導部長の先生に呼び出された。ついさっき、弁当箱の蓋を開けたと同時に放送を掛けられて職員室に向かう羽目になった。

 入口に掲示してある座席表で先生の居場所を確認してから向かう。クッソ、あの人お握り食ってやがる。こちとら腹ぁ空かせて来てるのに。お握りを持っていない方の手では何やらプリントを持っていた。

 俺が近付くと、まるでお握りに毒でも入っていたのかと思うくらいの渋面を向けてきた。

 

 

「黒田ぁ、これはいったいどういうことだ」

「取り敢えず食べてから話してください」

 

 

 飯食いながら話すあんたの方がどういうことだ、行儀悪い。

 飲み込んでお茶を一杯啜ってからもう一度同じことを言われた。音を盛大に立てて啜るなよ。

 手に持っていたプリントを覗き込んで質問に答える。

 

 

「模試ですか? 部活出たいので受ける気ありませんよ」

「進学クラスで模試受けないなんて聞いたことが無いぞ。部活で勉強時間取れないなら尚更受けておくべきだ。模試は最良の問題集だと言うしな」

「俺にとっては受ける価値ほとんど無いんですけど。家と授業で十分勉強量は確保できてますし」

「頼むよ、全国トップの生徒がいるって実績があれば学校の人気だって上がるだろう?」

 

 

 化けの皮が剥がれたなあ。北宇治の進学実績なんてたかが知れていると思うんだが、それでも成績優秀者がいるという実績は欲しいようだ。俺以外の人が成果だせるんだから良いじゃん。あすかとかさ。

 

 

「それなりの金額を出して長時間費やす割に、試験慣れ以外メリットが無いので受けませんよ。学校の偏差値的に考えて、俺だけの成績で生徒が釣れることはそうそう無いと思います。それに、ここ数年定員割れしてないんだから別にいいじゃないですか」

「ううん、確かにそうだが……」

 

 

 考え込まれてしまった。早く戻って昼ご飯食べたいんですけどー。

 頭の中で某駄女神の真似をして駄々を捏ねていると、三学年の教員のデスクの方から聞き慣れた声がした。滝先生と葵だ。意識を二対八の割合で殆どをそっちに割き、内容に耳を澄ます。

 

 

「……辞めたいと思います」

「理由はありますか?」

「受験勉強に集中したいんです。今のまま部活を続けていては、志望校に行くのは厳しいと思います」

 

 

 部活辞めるのか。葵は進学クラスの中でも優秀な方だと聞いたし、それなりの学校を志望しているんだろう。国公立か私立かは知らないが、このままだと部活が受験勉強の枷になることは確実だろう。

 晴香が知ったら、ショックを受けるだろうな。いや、もう知ってるのか? どうなんだろう。

 

 

「おい、聞いてるのか?」

「聞いてます。何か困ったことがあれば先生方を頼りますんで、大丈夫です」

「先生方としては、日本一の大学とか入ってほしいんだがなあ」

「自分の進路は自分で決めます」

「ああ、うん、そうだな。じゃあもう帰っていいぞ」

「はい」

 

 

 あっぶねえ、思わず部活の時並みの声量出すところだった。話し相手が滝先生や松本先生だったらヤバかったかもしれない。

 ってそうだ葵! そちらを見やると何やら書いているようだ。退部届かと思われる。待ち伏せでもしてみるかね。

 職員室を出て、廊下で葵が出てくるのを待つ。腹の虫が鳴るが聞こえないふりをする。だって意識したら余計鳴くんだもん。腕時計を見やると十二時五十三分。五時間目開始は十三時二十分だから、昼ご飯を掻っ込む時間はまだあるな。

 

 

「あれ、黒田くん。どうしたの?」

「葵を待ってたんだよ。ちょいと聞きたいことがあってな。歩きながら話そうか」

「いいけど。私に? 何かな」

 

 

 葵は俺と話すときにいつも少し顔を強張らせる。本物の天才への畏怖故に。多分本能的にわかっているからそうなるんだろう。しかし認めたくないからなのか、それなりに円滑な人間関係を維持するためなのか、その緊張を無いものとして対峙する。

 

 

「部活辞めるのか?」

「うん。受験勉強しなきゃだから」

「晴香には話したのか?」

「その心配? ……まだ話してないよ、ちゃんとは。辞めようと思ってるって話はしてたけど」

「どっちがメインの理由なんだ? 受験と去年のやつらと」

 

 

 ハッと息を呑むのが分かった。どうして去年のことが出てくるのかという動揺が伝わってくる。恐らく晴香と話している時も、滝先生に話した時も受験しか理由を挙げていないんだろう。どうしてそれを、と目で訴えかけてくる。

 見破られたとでも思っているんだろうか。あまり俺を見くびらないでほしい。俺は君たちと違う。

 彼女の疑問は俺にとってどうでもいいので口を噤んで質問の答えを促す。

 

 

「どっちも、かな。去年あの子たちが辞めるのを止められなかった私たちがさ、全国目指して頑張ります。なんて、そんな風に出来るわけないでしょ。一生懸命頑張ろうとして、一年生なのに三年生に抗議していたような子たちの気持ちをどうにもしてあげられなかった私たちが、そんなこと。私は他の人達みたいにやれないし、あすかとか黒田くんみたく特別でもないし強くもないから。

 これ以上部活をやっていても、得るものなんか私には何もない。あの子たちへの申し訳なさと自己嫌悪でいっぱいになっていく。受験勉強だってしなくちゃいけない。知ってる? 進学クラスの中で全国目指して部活やってるのなんて、私達三人だけだったんだよ。私は二人みたいな才能が無いから、どっちにしろ無理なの。オーディション前の今がちょうど潮時」

「そうか」

 

 

 人にはそれぞれ事情といったものがある。無暗に引き留めるなんて野暮なことはしない。今聞いたのだってただの興味故だ。聞きたいことが聞ければそれで十分。そのせいで返事が淡白になりすぎてしまった。

 しかし一つだけ気になることがある。思考の欠片がポロリと口から零れた。

 

 

「……なんであいつを、特別扱いするかな」

「何か言った?」

「え? ああ、一つだけ言っておくよ」

 

 

 田中あすかの才に打ちのめされても羨望ではなく、諦念しながらも嫉妬の感情を向けられる人への、俺なりの餞別。

 ま、これが彼女へどう作用するかはわからないけど。

 

 

「あすかは特別なんかじゃない。持ってる才能のカテゴリは葵と一緒だ」

「どういうこと……?」

「ちょっと言葉の使い方は違うが、葵は秀才なんだろ? そういうこと」

 

 

 目的地に到着したので、俺はそれだけ言うと教室に入った。

 葵が言葉の意味をわかろうがわからなかろうがどっちでもいい。言いたいことを言っただけだ。

 

 何か意味付けをするとしたら、きっと俺は知ってほしくて、わかってほしいのだ。俺の幼馴染は、天才でも特別でもないただの女の子だということに。

 そんなことを他人に期待するだけ無駄だと理性は判断しているのに、どこかの感情が訴える。

 この感情がおとなしくなってくれる時は来るのだろうか。

 

 

 

 

 昼休みの残り少ない時間内で弁当を胃に入れて、午後の授業を適当に聞き流すと来たるべき部活の時間がやってきた。

 音楽室にいる人は、当然のことながら普段より一人足りない。サックスパートの所に空席がある。パートの人たちは知らされていないのか、心配する声がした。わざわざ俺が伝えるほどのことではないし、先生か部長から告げられるだろうからそれを待つ。晴香は滝先生の所へ行っている頃だからもう聞いているだろう。

 と、思っているとちょうど晴香が音楽室に姿を現した。顔には悲しみと動揺が浮かんでいる。無理もないか。特段親しかったかは置いておいて、同じパートで頑張ってきた人がいなくなったんだ。余程冷淡な奴じゃない限りこうなるだろう。

 

 

「今日は全体練習ですが、その前にみんなに伝えることがあります。葵が、サックスパートの斎藤葵が、退部しました。先生によると、受験に集中したいからだって……。なのでこれからは今いる63人で部を運営していくことになります」

 

 

 室内に動揺が走り、サックスの辺りからは退部を嘆く声が聞こえる。どうにかできなかったのかと部長の名を呼ぶ声もある。

 おいおいそいつはお門違いだろう。他人の意思を説得して覆させるなんてことが許されるのは、少年マンガの主人公か涼宮ハルヒぐらいのもんだ。生きるための逃げはありありなんだ。過去の事と自身の才能に囚われていた葵が逃げ出したっていいじゃないか。引き留める権利なんか誰にもない。

 

 落ち着きがなくなった部員達をあすかが治め、今日の練習が始まった。殆どの部員はいつも通りだったが例外もいた。晴香と久美子は集中を欠いていて、先生に何度も注意される結果となった。

 晴香はわかるが、何故久美子まで? まあいいや。そのうちどうにかなるだろう。

 

 

 

 斎藤葵の退部という突然の出来事によるショックはかなり大きかったようだ。晴香は今日それ以降、ずっと下を向いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 彼氏彼女の事情

 昨日の出来事によるショックにより、本日部長殿は休んだ。代わりに副部長であるあすかが滞りなく練習を進めていく。

 オーディションも控えていることから部員一同各々練習に励んでいる。人が一人いなくなったって、どうにか物事は進んでいくのだ。穴が小さければその穴はなかったことになるし、それなりの大きさだったとしてもどーにかこーにかして穴は埋まる。余りにも大きい場合は絶望と言う名のブラックホールになるだろうが。

 つまりほぼいつも通りというわけだ。

 

 部活が終わり、大体の部員が帰路につく。いつもは自主練に励んでいる人も今日ばかりは帰る人が多い。時期も時期な所為で雨が降っているのだ。勢いはそれほど強くないのだが、振り続ける雨によって水溜りが大きくなり過ぎないうちに帰るのが得策だろう。

 ということで、僕も帰ーろお家へ帰ろでんでんでんぐりがえってバイバイバイ。

 

 

「篤、晴香の所行く?」

「うーん。いや、行かない」

 

 

 香織からの問いかけに答えるためにスマホを取り出してLINEやメールを確認してみるが晴香からの連絡はない。頼まれていないなら、俺が晴香のところへ行く必要はないだろう。俺に尋ねてきたということは、少なくとも香織は行くだろうし。

 

 

「彼氏なのに?」

「彼氏だから」

「そっか」

「え、意味わかったの?」

「私にはわからない何かが二人の間にあるんだなってことがね」

「なるほど」

 

 

 二人にしかわからないことがある。というよりか約束、若しくはお願いが一つあるだけなんだけど。

 まあでも普通じゃなかったりするのか。恋人の元気がないのに何もしないっていうは。つってもそういうことになってるんだもん。

 

 

「香織は行くのか? 晴香の所」

「篤が行くならどうしようかなって思ってたけど、行かないなら行こうかな。何か伝えておくこととかある?」

「そうだな……。あ、これ渡しておいて」

 

 

 香織に渡しておくよう頼んだのは一枚の紙切れ。香織は紙に書いてあることを一瞥すると一瞬不思議そうな顔を浮かべたが、その後百点満点の微笑みに世界中の誰もを恋に落としそうなウインクを添えて言った。

 

 

「わかった。渡しておくね」

 

 

 危ない。うっかり惚れるところだった。

 

 

「ところで、篤はこの後何か用事あったりする?」

「ああ勿論。アイドル達をプロデュースしたり、中国確率論の実践をしたり、艦隊バトルでピンチに陥ったりな」

「じゃあちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど、良いよね?」

「ちょっと? 何がじゃあなの? そしてその詰め方誰かを彷彿とさせるんだけど」

 

 

 はあ。晴香だけではなく、ラブリーアワーエンジェルでありマドンナである香織までも俺に対してなんだかあすか化してきているとは如何なものか。あーやだやだ。素直なままでいてほしいものだね全く。

 一つ溜息をついてから話を進める。

 

 

「それで、どちらまでお供いたしましょうか? マドンナ様」

「うーんとね、晴香の家」

「……今なんて言った?」

「晴香の家」

 

 

 俺は行かないってさっき言うたやろがーい。

 しかし香織がボケたような素振りはない。俺の意見を尊重してくれた上でこんなことを言っているのならば、家の前までの付き添いってことでいいんだろう。きっと。

 それほど深い時間ではないが天候のせいで周囲はそれなりに暗い。学校から晴香の家までは遠いというほどではないが近いとも言えない。道中、念のための用心棒兼話し相手にぐらいなりますかね。

 

 どちらからともなく歩き出した。会話は無いが流れる空気はいつもと変わらない。あすかや晴香に比べるとこうして二人になる機会があまりない香織と俺だが、沈黙が苦にならない関係であることは確かだ。

 静かな雨が降る日はそれほど嫌いじゃない。日常に雨の音が加わるだけで、世界は途端に静謐さに満ちる。湿気で文庫本のページが捲りにくくなるのもまた一興。

 静かにたくさんの汚れを洗い、空気を洗う雨。空が泣いている様、なんてのはありきたりな表現であるし、小説の中では登場人物の泣きだしたい心を象徴するのにも良く使われる。もしかしてこの天気は晴香の心を表していたり……。なんてね。んなこと現実であってたまるか。

 

 

「今更なんだけど、聞いてもいい?」

「何を?」

「篤は晴香が部長で良かったって思ってる?」

「そいつはちと難しい質問だな」

「そうなの?」

 

 

 今は晴香が部長、あすかが副部長という形で部の運営が行われているが、元来晴香はリーダー気質ではない。むしろ人前に出てどうこうっていうのが苦手、とまではいかないが得意ではないのだ。

 そんな彼女がこの大所帯である吹奏楽部の部長だなんて、恋人として心配で仕方なかった。いや、過去形ではなく今もそうなんだけど。

 だから、そうだな。晴香の彼氏としては「よかった」なんて一概には言えない。んだけど、一部員としては晴香以上の適任者はいなかったんじゃないかって思う。あの時の部に必要だったのは、部を引っ張っていける存在じゃなくてさ、ちゃんと周りが見られてフォローができる存在だろ。それも損得勘定とか無しで行動ができるような人。部の雰囲気とか空気作りには部長って存在が大事だし、苦手なこととかは誰かが助ければいいだけだしな。

 

 

「つまり難しいって言うのは、彼氏としての意見と部員としての意見が違うから?」

「そゆこと。面倒な奴だろ? 俺」

「自分の事そうやって言わないの。色々考えて、その結果晴香を支えていこうって答え出せたんだから」

 

 

 うーむ諭されてしまった。あすかとも晴香とも違った意味で、やはり香織にも敵わない。

 ホント良い友達だわー。

 

 

「この方向で晴香のこと励ますのか?」

「うん。晴香はまだ自分が部長だなんてって思ってる感じがするし、今回の葵の件だって自分のせいだと思ってそうだからね。晴香は凄いんだよ、少なくとも上級生はみんな晴香に感謝してるんだよって伝えてあげたい」

「……凄いな、香織は」

 

 

 俺の呟きは届かなかったようで、彼女が言葉を返すこともこちらを向くこともなかった。きっと聞こえてても否定されていただろうが。

 でも本当に凄いことだと俺は思う。香織の、誰かを真っ直ぐに褒められて、誰かを勇気づけられる。言葉や想いを相手に受け入れてもらえるという所は。

 才能がある者()が下手にやれば(勿論下手を打つことなど有り得ないが)不信感を与えるばかりになる。このことがわかっていなくとも、他人のために行動を起こすことを厭わない心は真似できない。しようとも思わない。

 だから。

 今度は聞こえるように言おう。

 

 

「ありがとう」

「いえいえ、親友だもん」

 

 

 当たり前のように言ってくれやがって。こういう面が香織が香織たる所以だと思う。

 思わずふっと緩む口元を特に抑えずともいると、香織が突拍子もないことを言った。

 

 

「ごめん、ちょっとそこのスーパー寄っていい?」

「え、ああ、別に良いけど」

 

 

 いそいそと店内に入って行く彼女の後姿を唖然としながら眺めていると、やがて紙袋を持って、ほくほくとした顔で戻ってきた。軽いものではなさそうなので片手を差し出しソレを預かる。

 中身は何かを聞く前に、鼻腔を擽る匂いの正体の名を俺は口にした。

 

 

「焼き芋?」

「うん。食べたくなったの」

「……一応吹奏楽部のマドンナなんだよ?」

「マドンナだって、芋が好きなの。篤も食べたかった?」

「どうせないんだろ。いいよ、食いたくなったら帰りに買うし。つかこの時期でもまだ焼き芋売ってんのな」

「最近だと真夏でも売ってるお店もあるよ」

「マジか」

 

 

 焼き芋の話をしていると、ようやっと晴香の家の前に着いた。芋が入っている紙袋を香織に渡して、俺は退散するとしよう。

 ああ、その前に一つだけ。

 

 

「頼む」

「頼まれました」

 

 

 

 この後、晴香と香織がどんな話をしたのかはわからない。香織が伝えようとしていたことは聞いたけど、思い通りに話が進んでいる保証なんて無いしな。

 結果がどうなったのかというと、翌日部長は無事部活に復帰して部員たちの前で改めて決意表明をしてくれた。これで一先ずは部全体がコンクールに向けて尽力できるようになるだろう。俺も俺の目標のために色々頑張っていくかね。

 演奏面はともかく人間関係の面では面倒が発生しないで頂きたいのだが、部活に励む高校生たちが面倒を生み出さない訳が無いんだよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 オーディション&結果発表

お待たせいたしました。


オーディションは二日間に分けて行われる。一日目は金管楽器。二日目は金管以外。ちゃんと言えば、木管楽器とパーカッション。あとコンバス。音楽室に一人ずつ呼ばれ、顧問と副顧問の目の前で指定の箇所を演奏することとなっている。

 そして今は、オーディションが始まるのを今か今かと待っている状態である。

 大事なひと時の前の時間の過ごし方とはやはり個性が出るものであると言えるだろう。ある者は手を組んで祈り、ある者は不安な個所を何度も練習し、またある者たちは談笑する。

 各々自由に時間を過ごしているが、共通したものがある。それはこの後発生するイベントに対して、とても緊張しているということ。

 大抵の人は緊張を悪いものだと思い、取り除こうと躍起になるが、緊張は悪いものではないのだ。細かいことは忘れたが、緊張や気合などが高すぎず低すぎず程々であればパフォーマンスのクオリティはもっとも高くなるという実験結果もある。それに以前小説で読んだ中に「緊張とは相手の存在を強く意識することで生じる」とも書いてあった。もっとも、この言葉を言っていたキャラクターは茶人であったが。いやしかし我々音楽を奏でる者も届かせる相手がいるという点に変わりはない。なのでここでこの言葉を思い出すことは悪くないだろう。

 

 

 

 

「黒田先輩なんか喋ってくださいよ。普段喋る人がこんな時に喋ってないと余計緊張してくるじゃないですか」

「おまーらが緊張して各々何かやってるから気ぃ使ってたんだろうが。つーか俺がすごーくお喋りみたいに言うのやめてくんない?」

「事実じゃないですか」

「いや違うだろ」

 

 

 開始数百時会話が無かったネタばらしでした。俺だって気を使えるんだよ。うーん、これじゃあ俺が普段超マイペースで傍若無人なやつみたいだな。そんなことないそんなことないそんなことない。よしこれで大丈夫。

 ちなみに俺は全然緊張してません。だって普通にやれば受かるし。猪熊の柔ちゃんだって試合前全然緊張してないでしょ? それと同じようなもんよ。

 ちらと腕時計を確認すると、パート毎に提示されていたオーディションの時間が迫ってきていた。しかし人数がやたら多いのが吹奏楽部の特徴。時間が守られるなんて思っていない。あくまで目安だろう。なんて考えていると、教室の扉が開かれた。

 

 

「しつれいしまーす。次パーカスです」

「まさかの時間ピッタリ」

「流石滝先生」

「さすたき」

 

 

 なんか俺の思考移ってねえ? 流石滝先生からのさすたきは完全に俺の移ったよね? なあナックル。あと、時間ピッタリって言ったのも俺じゃないんだよ。沙希なんだよ。三年生俺の影響受け過ぎか。

 何故かパーカスの順であることを伝えに来てくれた一年生にはちょっと引いたような眼で見られたんだけど。呆れられたのかなぁ? なんだこいつらって。にしてもちょっと傷つくぞ。

 

 

「えーっと、誰からだっけ。俺から?」

「あんた緊張感なさすぎでしょ。黒田、ナックル、私の順番。ほら行った行った」

「へーへー、押すなって自分で歩けるわい」

 

 

 促されるままに音楽室に向かう。向かうといっても我がパートの練習場所の隣の教室なのであっという間だ。俺の前に人はいなかったが、演奏を行っている音がする。

 待っている間に掌をグーパーグーパーして調子を確かめる。うん。ダルくもなんともないな。

 オーディション真っ最中の音を何となく耳に入れながら、手慰みに手首のストレッチをしたり指を回したりした。関節がコキコキ鳴る感覚が心地良い。ただ、あんまりやると痛くなってしまうので程々に。

 頭の中でざっと曲の流れを反芻し終わった頃に扉が開いた。よし、じゃあこれからパーカッションパートのお時間ですぜ。

 

 

 

「失礼します」

「学年と名前を」

「三年、パーカッションパート、黒田篤です」

 

 

 音楽室に入ると手前に楽器があり、その奥には滝先生と松本先生が机を並べていた。どうやら二人掛かりでテストをするらしい。

 

 

「黒田くんは経験者でしたね。確かそれなりに長くやっていますよね?」

「あ、はい。幼稚園の時にはもうやってました。暫くは独学でしたけど」

「ほう。それはすごいな。期待しているぞ」

 

 

 プレッシャー掛けんといてください松本先生。いやまあ全然大丈夫なんですけどね。期待されるのとか超慣れてるし。

 

 その後、指示されたいくつかの箇所を演奏していった。俺の時間が長かったのか短かったのか、わからない。どっちにせよ手応えは感じているので恐らく大丈夫だろう。

 結果発表は期末試験後に行われる。つまり吹奏楽部員達はオーディション結果を気にしてソワソワしながら試験を受けなければならないのだ。人によっちゃ精神状態ボロボロじゃねえかよ。そんなことを言ったって、ギリギリのスケジュールなのだから仕方がないのだがね。

 

 ギリギリスケジュールのせいでテスト一週間前にようやっと休みをもらえた我々であるが、成績を気にする人はそれより前からちゃんと勉強を始めている。というか、日頃の積み重ねみたいなところがあるのでわざわざ始めるまでもない人だっている。例えば、俺の幼馴染とかな。

 いつも通り他人に勉強を教え、提出課題を埋めて部活の無い一週間と数日を過ごす。

 テストが実施される期間はさっさと帰って趣味に没頭するための時間だと俺は思ってる。ゲームしたり、撮りだめたアニメを見たりして過ごす。良い子は真似しないように。

 

 ということであっという間にテスト最終日の放課後でございます。

 部員一同は音楽室に詰め込まれ、結果発表を今か今かと待っている。しかし聞こえてくるのはどぉーでもいい馬鹿話やテストの話題など。事前打ち合わせがあったのかと思うほど、六十人以上いる部員の誰もがオーディションの話題は避けて話をしている。

 そりゃそうだろうなあ。誰だってこのあと地雷になりそうな話題を振るわけがない。

 などといったことをボーっと考えていると(特技)副顧問:松本美知恵先生が音楽室に入ってきた。一瞬にして空気がピリリと引き締まる。

 

 

「オーディションの結果を発表する。ここで名前を呼ばれなかったものは、次回からBメンバーの合奏に参加するように」

「はい!」

「合格者は全部で五十五名。呼ばれたものは大きな声で返事をするように」

「はい!」

「また、この結果に異議を唱えることは許さない。我々は実力でメンバーを判断した。それだけは理解するように。わかったか」

「はい!」

 

 

 俺も声出してたけどさ、何これ軍隊!? 軍曹先生が仕切るとこうなるのかよ。心なしか全体的にいつもより声大きかったしね。

 結果は恐らくオーディションを行った順に発表された。

 誰も彼も他人の結果を気にすることはない。出来ないといった方が正しいか。どんな人間でも、今この時ばかりはエゴイストになる。

 当然だろう。Aメンバーに入ろう努力しようとするのも、結果を受け止めるのも全部自分だ。他者に押し付けることなんかできない。

 松本先生の口から自分の名がが呼ばれるまで、或いは呼ばれないことを認識するまでの時間はひどく落ち着かないことだろう。もっとも、自らの実力が認められると信じて疑わない人間も少なからず存在しているが。

 

 オーディション合格者の名前が次々と呼ばれていく。喜ぶ者、悲しむ者、悔しがる者、様々だ。

 受かった者同士が喜びを分かち合う様子も見られなければ、受からなかった者を他者が慰める様子だって見られない。

 受からなかった者はこの場における敗者である。敗者に慰めの言葉を掛けることなどできない。憐れみの視線を送ることなどできない。意識していないことを意識させることも許されない。勝者と敗者の間に蟠りを作らないようにするためには、何もしないことしかできない。

 

 五十五名の呼名が終わった。受かって当然だろうと思える人もいれば、頑張ったんだなと思える人もいた。

 実力があれば誰がAメンバーだろうとどうでもいいが、三年生が全員受かっていてほっとした。それは今まで一緒に頑張ってきたから、なんてことではなく、最上級生の最後の出番を下級生が奪ったとなれば、それはそれは大きな軋轢が生じることとなっていただろう。そんなくだらないことで俺の夢への道に障害が出来なくてよかった。

 

 いや待て。厄介事を招く可能性があるものの、未だ発表されていないことが一つある。曲中にあるソロパートの担当者だ。なかでも飛び切り隠館厄介的存在になりそうなのは、言うまでもなくトランペットパートだろう。

 実力的に香織と麗奈が有力候補なんだが、顧問たちの選択は如何に。

 

 

「トランペットのソロパートは高坂麗奈に担当してもらう」

 

 

 途端に教室中がざわついた。ざわつかせているのは周囲だ。いつだって騒ぎを大きくするのは部外者なのだ。

 その証拠に、件のパート内で口を開いたのは麗奈だけだった。ただ一言冷静に、はい、と返事をした。

 

 こりゃちいと、面倒事の予感? やれやれだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 想いを聴かせて

 オーデションによりコンクールメンバーが決定して数日。ここまではまともに部活動が行われていると言ってもいいだろう。

 指導された内容が以前よりもコンクールの結果に直結するのだから、滝先生の指導にも部員たちが応える音も当然力が入る。どこからどう見ても、理想的な大会に向けて部活に励んでいる様子だ。

 しかし、悲しいかな。それはあくまで表面上のことである。本当に表面だけではなく、多少は深いところまで思いはあるけどね。

 

 表面上と言ってしまう理由は、オーディションの結果に不満がある部員は当然いるということだ。自らのことなら実力なんかいくらでもわかっているから文句は言わない。滝先生と松本先生は至極公正に判断をしたとわかる。今まで聞いてきた音を思い出して検分してみたら、よくわかった。俺の主観でしかないかもしれないが、生憎と耳も記憶力も良いんでね。

 自分の事については結果を甘んじて受け入れられる。ならば他人のことだったら? それも愛してやまない最上級生のことであれば、どうなるだろうか。

 

 

 

「なんで高坂がソロなんですか。ソロは絶対に香織先輩が吹くべきですよ!」

「優子ちゃん。もうオーディションで決まったことだから」

「でも……!」

 

 

 パート練の間、水を飲もうと廊下に出た帰りにこんな会話が聞こえてきた。自由曲にあるトランペットのソロ奏者にどうやら吉川優子は不満たらたららしい。それを香織が宥めているが、なーんか違和感あるんだよなあ。

 オーディションで決まったこと。それはいったい誰に向けた言葉なんだろう。思いをぶつけてきた優子だろうか。それとも言わずとも不満を抱えている人達に向けてなのか、或いは未だ納得しきれていない自分自身なのか。

 まあなんにせよここで俺が出ていくのはよくない。単独行動を愛する者が故に身に付けたステルス性能を活用して教室に戻ろう。

 優子の熱弁が香織以外の部員に届く度、不満の声が大きくなってゆく。不満因子の芽は小さいうちに摘み取るべきだ。しかしあまり急いて摘んでしまっては根が残る。ボイコットを花とするならば、誰かが滝先生に不満をぶつけるのはつぼみが膨らむ頃。出来ることならその前に問題達を根絶やしにしておきたい。

 さて、いつ動こうかな。

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 数日後。

 部活の終わり際のことだ。Aメンバーのサポート業務をしてくれているBメンバーの一人が、一枚のプリントを見て先生と話している。

 

 

「先生、ここに書いてある毛布って……」

「ええ。毛布です。皆さん家にある、使っていない毛布を貸してほしいんです」

 

 

 にゃんですと? 毛布? 何、ここで合宿でもすんの?

 一瞬でアホなことを考えてしまったが絶対違うな。多分あれだろ。教室中に敷いて音を吸収させる的な。

 小学生の時、卒業式の呼びかけの練習で言われたなあ。当日はお客さんの服に音が吸収されるから大きい声でって。

 

 資金が潤沢で設備が充実している私立高校とは違い、資金も設備も場所もネームバリューもない弱小公立高校が本番に近い環境で練習できる機会は限られている。だからアナログなやり方でどうにかやり繰りするのだ。

 

 練習は本番のつもりで。本番は練習のつもりで。

 俺的名言が多い作品ランキングトップの宇宙兄弟でビンスさんも言ってたもんな。

 

 

 先程の先生の言葉が本日の部活終了の合図だったらしく、次いで晴香が締めると少し空気が弛緩した。

 噂大好き文句大好き手が出る前に不満が出る。そんなホルンパートの人たちがなにやら集まって内緒話をしていた。つっても容易に聞こえるんだけどね。

 

 

「高坂ってラッパの?」

「はい、ララ聞いちゃいました……」

 

 

 ナニを聞いちゃったんですかねえ。

 一層声を潜めてやがったので詳細は聞こえなかったが、良いことでないというのは断言できるだろう。

 いったいどんな内容なのか、ちょっと考えてみよう。

 高坂麗奈+トランペットソロ+現在の部の状況+内緒話+野次馬根性+……=?

 さて、?にあてはまることは何かな。

 

 …………うっそだろおい。マジで? まさかアレなのか。つかアレだったらどうやってその情報入手したんだよ。でもそこって関係……、あーありそうだな。なんかかんかあってもおかしかねえや。そして理由だとみなされるよなあ。

 おいおい、もしこれを優子が知ったらどうなるんだよ。

 いや、どうもこうもないな。過程はわからないが結果は考えやすい。ならさっさと動いておくべきだろう。但し藪蛇るのは避けたいので優子が知ってから。

 勿体つける必要もないな。優子はこれからホルン’Sのところに行くに決まってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香織先輩のっ、香織先輩の夢は、絶対に叶うべきなんです!」

 

 

 あれれーおかしいぞー?

 すぐに動き出せるんじゃなかったのかよ俺。なんで優子と香織の後を付け回してんのかな?

 簡単に言うとあれだな。タイミングを逃した。よってこんなストーカーじみたことを……。

 結果的に後輩ちゃんの熱い思いも、先輩の我慢している様も再確認できたからそこは良いんだけども。

 

 

「私はもう納得してるから。だからみんなでコンクールに向けて頑張っていきましょう?

 

 ね、篤」

 

 

 ビクンチョ。うっそ、バレてたのん?

 しゃーねえ。誤魔化しもきかないだろうし、出ていくしかねえか。

 

 

「え、黒田先輩!?」

「ったく、いつから気づいてたんだ?」

「公園に着くちょっと前にね。どうしたの?」

「ああ、いや、優子と話がしたいと思ってたんだが、なんかタイミング逃しちゃって」

 

 

 二人が不思議そうな顔をした。そりゃそうだろうな。香織に用があるってならまだしも、あまり関わりのない後輩に、と言ってるんだから。

 

 

「私に用ですか? 香織先輩じゃなくて」

「ああ。てことで、ちょっといいか」

「……篤、私そういうのはよくないと思うの。晴香っていう恋人がいるんだしさ。晴香悲しむよ」

「いや香織さんいきなり何言って……、アホか違ーわ! 部活の話! なんでここで色恋ボケぶっこんじゃうんだよ」

 

 

 加えて香織がそんなボケをしてきたことにも吃驚だわ。

 全力でツッコむと、てへぺろ、とでも言うように片目を瞑って横ピース。なんだろう、多分それ葵が一番似合うぞ。全然想像つかないけど。

 

 マドンナの盛大なボケで話がそれた。仕切りなおすようにわざとらしく咳払いをする。

 

 

「あー、えっと、それで話しなんだが、」

 

 

 一瞬香織に視線を向けた。内容に入る前に行っておこう。

 

 

「香織いると話しずれえんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 香織には先に帰ってもらい、話す場が整った。

 近くにあった自販機で珈琲とリクエストされた炭酸飲料を買う。

 

 

「ほい」

「ありがとうございます。いくらでしたか?」

「いい、いらん、これぐらい奢らせろ。先輩にカッコつけさせろ」

 

 

 金銭のことだからか渋る彼女に、今度お前が後輩に奢ってやればいい、と財布を収めさせた。

 なんかまだ難しそうな顔をしているが、そんなに俺といるの嫌なの? ごめんね。

 

 話しの切り出し方をどうしようか考えていたら、先に優子の口が開かれた。

 

 

「先輩、なんであんなこと言ったんですか」

「自覚させて抑えさせなきゃ、お前は動き続けるだろ」

 

 

 あんなことというのは、香織に去り際、俺が掛けた言葉のこと。まあ優子なら突っかかりたくなるだろうなあ。「音に本音ダダ洩れ」って言ってれば。

 でもなあ、優子だって俺が言った意味絶対わかってるぜ? だからこうして言ってきたわけだし。

 

 

「俺が言いたかったのはな、香織が納得できてねえってことが、わかるやつには伝わってるってことだよ」

 

 

 だから目の前にいる彼女は動いているんだ。そのことにきっと香織は気づけていなかった。自己中なんかが理由じゃなくて、ただ自らのことに囚われているから。

 優子の言動が今のように部を不安定にさせる大きな要因になっていることは確かだ。

 だったら、部の状況を変えるにはその芽を摘むしかない。納得できていない香織という根っこも共に。

 根っこを取り除くには、気づかせるしか方法がなかった。だから言葉を用いるほかなかった。

 

 

「伝わったらどうなるっていうんですか。何かダメなことが起こるんですか」

「香織先輩カワイソウって雰囲気が作られてる。そんな状態で全国なんか目指せるかよ」

 

 

 優子は驚いた顔をした。香織が同情されるような雰囲気を作り出す原因が、自分だったことに気付いていなかったからだろう。

 他者にカワイソウと憐れまれる状態にする。

 それは相手を貶めていることと変わらない。大好きな先輩を自分が貶めていたなんて想像もしていなかったはずだ。

 

 でも、と彼女が口を開く。香織がソロパートの担当者にならなかった理由を探して足掻く。

 気付かないのか。もしかしたらと幻想を抱いて足掻くほど、そこにある現実を見たときに惨めになることに。

 

 

「滝先生が高坂を贔屓した可能性だってあるんです。先生と高坂は以前から交流があったって噂が出てます。それに、今回のオーディションそのものが高坂をソロに据える為のものだったってことも」

「そんな可能性があると信じてるのか?」

「それはっ……」

 

 

 言葉に詰まったということはつまり、問いかけへの答えがNOであるということ。

 後輩女子に対してあまり好みのやり方ではないが、ここで畳みかける。

 

 

「大体、贔屓するんだったらもっとやり方があるだろう。態々オーディションなんて開いて松本先生と二人がかりで決めるより、最初から独断と偏見で決めると宣告した方がマシだ。もしオーディションで麗奈が結果を出せていなかったらってリスクを回避するにはそうすべきだ。でもそうじゃない。実力で評価されている。大体のパートで下克上が起こってるのがその証拠だろう。それにな、よっぽどの阿呆じゃなきゃ音聞いてりゃわかるだろ。どっちの方が上手くて、全国を目指すならどっちが適任かなんて」

「そんなことはわかってます! 香織先輩より高坂の方が上手いのも、本気で全国目指すんだったら高坂じゃなきゃダメだってことも、私の方がずっと聞いてるからわかってるんですっ!」

 

 

 言葉を遮られ、言葉の強さで思い知る。全身から溢れる気持ちをぶつけられて思い知る。

 俺は吉川優子が頭の良い子だと思っている。きちんと周りを見て考えることができる子だと。しかし香織が関わると暴走するところがあるから、この件に関してかなり視野が狭くなっていると思っていたんだがな。

 

 

「すまん。見くびってた。だいぶ意地悪なこと言った。悪い」

 

 

 謝罪の意を込めて頭を下げると、スンと鼻をすする音がした。思わず顔を上げると、優子の目が潤み、目尻が光っている。

 ヤバい。思ってた以上にやり過ぎた。感情が昂ってる時にあんな畳みかけ方したら泣かれるって予想はついただろうに、俺。

 涙は流れていないようだが、ズボンのポケットから取り出したハンカチを差し出す。

 

 

「悪い。泣かせるつもりはなかった」

「別に泣いてないからいいです。ちょっと目にゴミが入っただけです」

「目にゴミ入ったなら涙でるだろう。ああそうだ。そのうち涙流れるだろうから、そん時使ってくれ」

「じゃあティッシュがいいです。鼻かみたいので」

「ではこちらをどうぞ。お嬢様」

 

 

 ハンカチを仕舞って、芝居がかった言い回しでティッシュを渡した。

 優子は静かに鼻をかんで話をもとに戻した。もうちょっと落ち着いてからの方が俺の精神衛生上いいんだけどな。

 

 

「せんぱい。私、やっぱり香織先輩にソロ吹いてほしかったです。ずっと頑張ってきてて、でも去年の人たちの所為で報われなかったから今年こそはって思ってたのに」

 

 

 今年こそはコンクールメンバー。それは殆どの三年生が思っていたこと。滝先生が空気を変えるまで居座っていたクソどもの所為で、実力があろうとなかろうと人手不足のパートじゃない限りAに行けなかったから。

 

 

「楽譜のソロの所に、絶対吹く! って書いてあったんです。それに、今でも個人練でソロの所吹いてるの聞くんです。私、もう、本当に悔しくて。香織先輩がソロ吹けないことが」

 

 

 俺の目をしっかりと見据えて彼女は言った。

 

 

「私は香織先輩に諦めて欲しくないんです」

 

 

 ふっと自分の口元が緩むのがわかった。香織は幸せ者だなあ。こんなにも慕ってくれる後輩がいるなんて。

 無理矢理大人ぶって、それが正しい判断だって思い込もうとするのをわかってくれる。よっぽど理解しようとしなけりゃ、諦めて欲しくないなんて言えないんだ。

 

 

「優子が望まなくても、香織は諦めきれるわけないんだよ。それはオーディションに不満があるわけでも、まして同情されたいわけでもない。ただ納得してないからな、自分に。でもちゃんと納得して諦めなきゃどうしようもない」

「諦めない為の方法はないんですか」

「ないな。ソロを諦めなかったところで何かが解決するわけでもないし」

 

 

 諦めるという言葉の主語を変えればあるけどな。しかし優子が望んでいるのは、あくまでソロを担当できなかったことについてだ。こればかりは時間が全てを風化してくれるのを待つよりない。

 ソロを諦める方法はないと断ずれば、優子は何を望むのだろうか。それとも足掻いて諦めない方法を模索するんだろうか。

 

 

「じゃあ、黒田先輩。香織先輩が、納得することを諦めない為の方法はありますか。無理に納得したことにしない為の方法は」

「それなら多分あるよ」

「本当ですか!?」

「多分だけどな。俺もその方向で考えてたし、最適解が出たら動くから」

 

 

 うーん、やはり優子はある程度まで期待しておいていい子だな。

 滝先生の判断を覆そうと意固地になるんじゃなく、判断を受け入れるためにはどうしたらいいか、に考えをシフトさせられる。代替わり後には大きな戦力になってくれるだろうなあ。まだ気が早いか。

 

 俺のお話しはどうやら成功したようだ。彼女はもう、前を見据えて動こうとしている。

 

 

「これから私、どうしたらいいですか」

「そうだなあ。なあ、十月末まで香織と演奏したい?」

「はい。勿論」

「はっは。だったらさ、その為にすべきことを考えてみればわかるさ。お前、Aメンバーだろ」

 

 

 十月末は全日本吹奏楽コンクール全国大会が行われる時期。そこまで三年生と吹くためには当然、京都府大会と関西大会を突破しなければいけない。その為にすべきことは一つだ。

 意味を察した優子は、近所迷惑にならない程度に声をあげてくれた。

 

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告におまけ話を書かせていただきました。もしよければご覧ください。

今話は一期の山場でした。一期分はこれから良いテンポで投稿できるはずの予定です。多分(汗)。気長にお待ちください。



京都アニメーション第一スタジオが放火テロの被害に遭ってから17日が経過しました。亡くなられた35名の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

Twitterでも何度かご冥福をお祈りする旨の言葉を発しました。折に触れて何度でも発します。今回はこれがテロが起こってから一発目の投稿となりますので記させていただきました。この作品の原作である「響け!ユーフォニアム」は京都アニメーションさんがアニメを制作されましたことから、発しないわけにはいかないと私の中で決めていましたので。

件のテロに関しての情報が出る度、私は悲しみに暮れ、犯人への怒りを募らせてしまいます。ですがいつまでもそうしてはいられません。
京都アニメーションの復活の為の支援をすること。復活を待ち続けること。彼らがどれほど素晴らしい作品たちを作り出してくれたかを沢山の人に知ってもらうこと。ファンができるのはきっとこれくらいです。やれることをやっていきませんか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 武田信玄偉大也

 突然だが、自転車通学の身であっても普段から荷台を使うことは稀であることは、大多数の人に共感してもらえると思う。かくいう俺も、二人分の毛布を運ぶためにどうしたらいいか、昨晩スマホ片手にあれこれやっていたものだ。だってやり方知らねえんだもん。

 毛布を運ぶ理由は部活で使うからなんだが、二人分というのは如何なる理由か。

 答えは明白である。我が校の吹奏楽部には、俺の幼馴染も在籍しているからだ。あれやこれやと理由を付けられてうんざりしながらあいつの分も運ばされるより、諦めて自分から申し出た。

 なあにが「殊勝な心掛けね」だ。俺はお前の僕になった覚えはない。ついでに言うと俺はあすかに【お前】以外の二人称を使える気もない。

 

 

 

「毛布あるだけで暑いなあ」

「熱がこもるからとかじゃなく、なんかもう気分だけで暑い」

 

 

 現在、各部員がえっちらおっちら運んできた毛布を音楽室中に敷き詰めている最中である。

 我が部は六十余人もの人がいてそれだけで夏場は暑いのに、今は大量の毛布もいる。マジですーげえ暑い。まさか真夏までこれやりませんよね? 夏真っ盛りにこんなんやったら絶対熱中症患者でますよ? そんなレベルで気温がひどい。

 床に敷き詰め切れずに余ったものは壁に張り付けられている。ふえぇ……暑すぎて溶けちゃうよお……。

 …………我ながらキモいな。止めよう。

 

 

「なんだ、皆で泊まり込むわけじゃないんだ」

「したければしてもらっても構いませんよ。私は帰りますが」

 

 

 俺も帰りたいです。そんなのやるんだったら。

 ああ、そのうち合宿やったりするのかな。多分関西大会前ぐらいに。順調に技術が上がっていけば府大会ぐらいは突破できるはずだ。故に三年生だって合宿に参加できる。じゅ、順調にいけば……(小声)。

 いやまあ優子の説得は完了したし、大丈夫だと思うんだが。

 

 なんとなくゆるっとした雰囲気にあてられたのか、ホルンパートの情報通。確か名前は、瞳ララだったか。そいつが恐いもの知らずに麗奈へ質問を投げかける。

 

 

「ねえ高坂さん、一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」

「何」

「高坂さんと滝先生って、以前から知り合いだったって本当?」

 

 

 全員が注目していたなんてことはなかったし、瞳がやたら声を張り上げていたこともなかった。それなのに一瞬で空気が固まった。

 なんてことをしてくれやがった。

 周りが何か言動を起こす前に、麗奈が口を開く。冷淡な口調は怒り故か、それとも素か。

 

 

「だったら何だっていうの。私と滝先生が知り合いだったかどうかなんてどうでもいいでしょ」

「でも噂になってるよ? 高坂さんがソロになったのは先生が贔屓したからじゃないかって」

 

 

 会話が聞こえる範囲にいた人たちがどんどん静かになっていき、とうとうこの会話を全員が聞く形になっていた。

 顧問による贔屓。その言葉で、視線が一斉に滝先生へシフトした。向けられた目が問いかける。これは真実かと。

 

 

「私が高坂さんと以前から知り合いだったというのは事実です。ですが贔屓や特別な計らいをしたことはありません。全員公平に審査しました」

 

 

 淡々と告げる先生へ、噂を聞いていた人たちが問う。純粋な疑問なわけがない。

 一年生にソロを奪われた、可哀想な三年生への同情心が暴走しただけだ。彼女らの行動理由は滝昇に不満をぶつけることなのか。それとも、くだらない正義心なのか。

 

 

「何故今まで言わなかったんですか?」

「言う必要を感じませんでした。これによって指導が変わることもありません」

「だったら」

「いい加減にして下さい!」

 

 

 業を煮やして声を張り上げたのは麗奈だった。

 そりゃそうだろうと思ったのも束の間、予想外の流れになった。

 

 

「先生を侮辱してなんになるっていうんですか。何故私が選ばれたか、そんなのわかるでしょう。香織先輩より、私の方が上手いからです! ケチつけるなら、もっと上手くなってからにしてください」

 

 

 その場に言葉をぶん投げ、彼女は音楽室を飛び出していった。そのあとを久美子が追っていく。アフターフォローは任せた。

 ここまで言われれば優子が飛び出してしまう可能性もあったはずだが、そんなことはなかった。見れば香織がそっと優子の腕を掴んでいる。止まってくれててよかった。

 

 しかし、しかしなあ。いやはやこいつは完全に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「計算ミスった」

「まだそれ言ってんの」

 

 

 音楽室の机に突っ伏しつつ、俺は何度目かわからない呻き声をあげる。溜息も出る。ほんっと、あんなに上手くいかないことあるかね。

 騒ぎを大きくするのは部外者のすること。今回もそうだったから優子を攻略すればいいと思ってたのになあ。揉め事はやはり両人に責任があるということか。

 

 

「喧嘩両成敗。武田信玄偉大也……」

「なんですか? ソレ」

「分国法でしたっけ。甲州法度之次第」

 

 

 日本史の内容である。時代は戦国時代。やったのは一年生の半ば頃のはずだが、美代子よく覚えてたな。流石ウチの後輩だ。

 

 本来ならばあのまま合奏が行われている予定だったのだが、雰囲気最悪の状態でまともに出来るはずがない。機転を利かせた副部長の一言により、パート練習に移行された。

 つまり俺達は相変わらず音楽室にいながらも、人口密度が全然違う中で練習をしている。俺はもう練習する気分になれないんですけどね。

 

 

「意外だよなー、篤が計算ミスなんかするなんて。今まではなかったろ」

「やめろー追い打ちをかけるなー」

 

 

 気力が無いので棒読みで返す。それほどショックだったんだよ、読み間違えたことが。

 当事者たちに殆ど何もしなかったのには別の理由もあった。それは、香織も麗奈も阿呆ではないということ。昨日香織に声を掛けたのだって、優子が動いてしまう理由を除くためだし。それ以外は別に……。気持ちを抑え込もうとしてたぐらいか。

 

 あ、そうか。ここまで考えてやっと気付いた。自分を抑えて優子も抑えた香織と、爆発した麗奈との違いに。

 学年が違うんだ。

 学生のうちは年が一つ二つ違えば立場はガラリと変わる。三年生から見た一年生はガキだし、一年生から見た三年生はなんだか大人だ。これが頭から抜け落ちていた。

 香織の方は同学年だから容易に考えられるし、実際の様子と合致していた。でも麗奈の方はちゃんと考えられていなかったな。まだ高校生になりたての、つい三か月前まで中坊だったガキだってことを忘れていたんだ。聡明な子だと思っていた分、忘れちまってたんだなあ。だからこんな計算違いを起こしたんだ。

 フラットになりきれていなかったな。反省しよう。

 

 さてさて、そろそろ落ち込んでいる時間が勿体無い。俺がすべきことを考えよう。ごちゃごちゃ考えるとドツボに嵌るので、取り敢えずnowでやれること、やるべきことを。

 上体を起こし首と肩を軽く解す。それから場所を調整するように座ったまま椅子を引き、上半身を軽く後ろへ反らした。そうして勢いよく机へ突っ伏す。ゴッ。

 額がジンジン痛むことと引き換えに余計な思考を排除できた。立ち上がって気合を入れる。

 

 

「うし、練習すっか」

「ちょーっと待ったぁ!」

 

 

 頭をスッキリさせるのに度々この方法使っているのだが、どうしてか今回はクレームが来た。なんだよ。ここお見合い大作戦の会場じゃないんですけどー。

 あれ、学校でやったことはなかったか。振り返ればパート内の全員がドン引きした目で俺を見つめていた。

 

 

「な、なんだよ」

「いやそれこっちのセリフ(です)」

「え」

「いきなり机に頭ぶつけるから何事かと思ったわよ。黒田、とうとうただの馬鹿になったの?」

「誰がただの馬鹿だ、なってねーわそんなもん。頭ン中ごちゃごちゃしてたの追い出すには、ああやって物理でぶつけるのがいいんだよ。ほっとけ」

「あんな奇行目の前でされてほっとける様な図太い神経してないの。あんたじゃあるまいし」

「俺だって目の前でこんなことしてるやついたら見るわ」

「てことは自分もほっとけてないじゃない」

「ほんまや……」

 

 

 沙希に完全論破されてもうた。「それは違うよ!」なんて言う隙が無い。

 まあ、ほぼ勢いでやるような会話でいちいち頭使うつもりないから、この程度だと言い負かされる多いのよねん。こんなのでも負けないように神経張り巡らしてたら疲れる。

 

 さて、俺の活躍(多分)により部内では相当真面目且つ優秀なパーカッションパートの面々はもうしっかりと練習に集中している。俺もボチボチ取り掛かろうかね。

 あ、そうだ。見聞色の覇気が無くても読める未来を告げておこう。

 

 

「明日から暫く合奏無いから」

「やっぱりそうですか」

「あくまで予想の範疇だけどな。そのこと念頭に置いといてくれ」

 

 

 

 

 

 

 暫くして部活動終了合図のチャイムが鳴った。

 切りが良いタイミングだったので、一旦意識を現実へ引き上げる。残って練習しようか、今日はもう帰ろうか。考えていたら、ナックルが荷物をまとめていた。予備校に通い始めたんだったか。頑張るなあ。

 

 

「それじゃあ、おつかれー」

「おつかれさん、また明日な」

 

 

 定型文の様なやり取りをしていつも通り帰るのかと思えば、今日は何故か立ちどまった。俺を見て口を開く。

 

 

「篤、部の空気、早めにどうにかしてくれよ」

「は?」

「俺らはお前みたく色んな問題を解決したりできないけど、その分演奏頑張るから。全国行こうぜ」

 

 

 っ……。照れ臭えこと言いやがって。

 上の代の奴らを正論で撃破していたような時期に俺は零してたんだ。絶対に全国行きたいんだと。それをナックルと沙希は聞いていたから知っている。俺の全国大会に対する思いを。

 これが三年間一緒にやって来た仲間との絆か。なんて、クサいな。あと痒い。上がりそうになる口元を誤魔化すように、大仰に口を動かして答えた。

 

 

「当たり前だ。揉め事もお前らの指導も、俺に任せとけ」

 

 

 ナックルは笑顔でサムズアップして帰って行った。

 らしくないことをしたかな。息をひとつ吐くと、当パートのホープである順菜に呼ばれた。どうでもいいが、彼女はこの部で唯一俺をクロさんと呼ぶ人物である。腹黒じゃなくて黒田だからクロさんね。誤解の無いように。

 

 

「クロさん、教えて欲しい所がありますー」

「おう。どこだ」

 

 

 

 音楽以外のことにばかり気を取られていてはいけない。自らの技術向上と、他者への指導が出来る者の務め。いわゆる、ノブレス・オブリージュ。

 持つ者は持たざる者へすべきことが沢山ある。ひとまず今日の所は、音を楽しむことに全力を費やそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

◇Wish not to change

 今日はタイミングがあったので晴香と帰っていたら、ちょうど俺の家の近所にある町内会のセンターに人が集まっているのが見えた。

 この時期に何かやっていたかと記憶を掘り起こす。そうか、今日は七夕か。

 

 

「行ってみるか? 確か短冊に願い事書いたりとかあったはずだけど」

「うん。しばらくそういうのしたことなかったし、やりたいな」

 

 

 お目当ての場所を探しながらキョロキョロしてセンターの辺りを彷徨う。

 小学生の頃までは子供会の行事に結構参加していたこともあって、知った顔のおじちゃんおばちゃんがちらほらいた。声を掛けられるたび体育会系っぽい挨拶をする。そのうち一人が短冊記入コーナーの場所を教えてくれたので、足を向ける。

 

 そこには願い事を書く際の注意事項が書かれていた紙があったので、要約しつつなんとなく読み上げた。

 

 

「ええと……、《短冊に願い事を。一人二枚。十六年後へと二十五年後へ。願い事を叶えてくれるのは織姫と彦星(ベガとアルタイル)。それぞれ地球からの距離が十六光年と二十五光年だから。》」

「私、篤に借りた本で似たようなの見たことある」

「絶対それから引っ張ってきてるよな」

 

 

 俺はここに書かれているようなことを『涼宮ハルヒの退屈――笹の葉ラプソディー――』で知ったのだが、この張り紙書いた人も絶対俺と同じだろ。

 だって紙の余白には織姫と彦星に扮したハルヒとキョンが書かれているんだもん。ご丁寧に原作を踏襲したようなセリフまで言わせている。

 

キョン「往復だったら三十二年と五十年掛かるんじゃないか?」

ハルヒ「神様だもの。それぐらいなんとかしてくれるわ。半額サマーバーゲンセールよ」

 

 

「まあハルヒが書かれてることを気にしてもしゃあねえさ。とっとと書こうぜ」

「十六年後と二十五年後だから、三十四歳と四十三歳か。なんかまだずっと先に思えるね」

「もう十七年以上生きてるんだから、十六年なんてあっという間だろ。十六年経っちまえば二十五年まであと九年だ。そんな遠くないんじゃないか」

「そっか。もう十七年も……篤は十八だよね?」

「だから以上っつったろ。晴香だってあと三ヶ月と三週間だろうが」

 

 

 話しながらボールペンを回しつつ、書きたいことを考える。

 俺が応援している女性声優さんの一人は、願いを自力で叶える力が欲しい、なんて書いていたらしいがそもそもの願いが下りてこない。

 未来のことだからなあ。言い方は悪いが、身近なサンプルで考えてみるか。

 父さんも母さんも同い年だから、三十四ったら俺が五歳。で、四十三だったら俺は十四歳か。ああ、子供いてもおかしくないんだ。

 ちらと、隣で頭を悩ませている、一緒に親になりたい人を見た。

 そうか。俺の願いは、俺の望みは、これだ。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 遠い、ある夏の日を思い出した。

 そういえば今年は、織姫があの日の願いを叶えてくれる頃だ。片道分サービスしてくれていればだが。

 きっとサービスしてくれてるんだろう。俺の願いは叶えられているはずだから。確証はないけれど、そうだと信ずるに足るものを貰っている。

 

 あのころとは変わったこともあるけど、変わっていないことだってある。

 あの日俺が願ったことの対象が増えていることが大きく変わったことだろう。

 正直、変わることも込みで若干ふわっとしたことをベガにもアルタイルにも願ったのだけれど。

 

 

 あと九年経ったら、十六年前にはぐらかした問いの答えを、変わらずに傍にいてくれている人に告げてみようか。

 今はまだ照れ臭さが勝って言えないから、ちょっとだけ先延ばし。

 

 聞かれるのが恥ずかしいから、心の中でまた願おう。まだ彦星分は届いていないけど、今願ったのだってまだ届かないんだから良いよな。

 今からだと、今度は五十歳と五十九歳。自力だけだとちょっと厳しくなってくるかもしれない。

 

 

 

 それでも全力を尽くそう。

 

 ずっと変わらない願いが一つ。

 

 

 

 

――――――愛する人が幸せでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




訳は『変わらない願い』でした。

私にとって七夕は今日ですから(北海道民)。しかし彼らにとっての七夕は七月七日ですので、作中は八月ではなく七月です。ややこしくて申し訳ありません。
短いお話となってしまいましたが、書きたいことが入れられたのでこれで。
日曜日にお逢いしましょう。それでは、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 人間は考える葦である

立宇治のDREAM SOLISTERは目が潤んだ。本当にありがとう。


 高坂麗奈は贔屓されていたのか説の検証から一夜明け、部内の雰囲気はどうなっているかといえば、最悪というより他ないものだった。

 その影響を受け、予想通り予定されていた合奏練習は全てパート練習か個人練習の時間となった。個のレベルアップは当然課題だが、夏休み直前でコンクールがいよいよ目前に迫って来ていることを考えれば合奏練習で全体をまとめあげていってもらうのが確実だろう。

 

 この事態を防げなかったことに溜息をつきたい気持ちはどこかにぶん投げたのでもういいとするが、不満がボカーンと爆発した現在の部の状況には溜息をつくどころか頭を抱えたくなる。

 一度隙を見せたら気の済むまで徹底的に叩いて良し。そんな奴の指示は仰がなくて良し。こう言いたげに練習をしない部員が増えた。まあ最初の合奏を経るまでに比べれば、まともに練習をしている部員が多いけれど。

 疑惑が膨れ上がるのに対し、滝先生は口を噤み続けた。何も言わない態度は疑惑を肯定しているように思われ、不満の声は止まることを知らない。

 はあ。文句言ってるやつら全員にこう言いたい。最近図書館戦争を読んだお陰で俺の中にちょっとトレースされた彼のように、「アホか貴様ら!」って。

 滝先生がどれだけ部活に時間費やしてくれてると思ってるんだよ。聞いた話が混じってるから強く言えないけど、部員の中には超早朝に来ていたり、夜遅くまで残ってやっている人がいる。部員がいるなら顧問はいるはずだし、現に先生は部員が学校に残っている間はずっといるらしい。それに、HRの時間にバタバタと教室に来たときは大抵吹奏楽の指導に関わる何かを抱えている。

 私情バリバリ挟み込んで贔屓なんかするような人の行動じゃないだろ、どう考えても。

 滝先生が卓越した指導力を持っていることは、四月から五月にかけて部員全員これでもかってほどわかってるだろう。

 

 

 

 その日俺は、退屈な座学の授業をすべて聞き流し、部の今後を考えた。

 部内の雰囲気を改善するための最適解はなんだ。最適解までのアプローチはどうしたらいい。

 考えることはそれだけじゃない。

 香織に納得してもらう方法も導き出さなければいけない。時間が無いから、両立する方法をひとつ実行するしか策がない。

 香織には納得して吹けるようになってほしい。どうすれば彼女は納得できるのか。どうすれば結果を受け入れられる。どうすれば前を向いてくれる。

 

 統合して考えよう。

 部の空気が悪くなった要因は? 滝先生が一生徒を贔屓したという噂が流れているから。

 どうしてそんな噂が流れるようになった? 高坂麗奈がソロを担当することになったから。

 何故麗奈がソロだと贔屓の噂が流れる? ソロを吹くべき人物は別にいると考えられているから。

 ソロを吹くべき人は麗奈ではない? ソロを吹くべくはずっと頑張ってきた三年生だから。

 

 ここぐらいでいいだろう。さて、何故このような結論が出てきた?

 これは考えるまでもないか。偏に【情】である。昨年の惨劇を知っている上級生なら当然だ。俺が割り切れているのは、夢の実現に邪魔なものを切り捨てているから。

 ならば周りにもそれを要求するか? 自分たちで決めた全国大会出場の目標を達成するには、麗奈でなくてはならないと判断してもらえれば。

 

 いや、わざわざ判断してもらうまであるだろうか。

 確かに香織の演奏技術は優れている。特に最近は、悔しい気持ちが練習意欲に繋がって更に上手くなっている。強豪校と呼ばれる、大阪東照、明静工科、秀塔大付属、立華あたりでも十分コンクールメンバーになれるレベルだろう。

 しかし麗奈はその上を行く。今例として挙げた学校でもソロを務められるレベルだ。二人の実力を比べるなら、音大の一年生とプロぐらいの差がある。圧倒的に麗奈が上だ。

 待てよ、実力を知らないことはないか? 俺はよくパート練の間ふらふらしていたし、耳も良いから十分聞こえている。が、普通ソロでもない限り個人個人の音を他パートの部員が把握しているだろうか。

 

 

 ぐるぐると頭の中を思考で埋め尽くしていると今日の授業が終わった。開きっぱなしのノートには俺の思考が完全にアウトプットされている。字ぃ汚えなあ。

 HRが終わると習慣のように音楽室へと足が向かう。どうせパート練だし、まずは脳みそ休めるか。室内にパートメンバーは誰もいなかったので、腕時計のタイマー機能をセットしてから少し寝る。アラームが鳴ったら起こしてくれ、との書置きがあるので大丈夫だろう。椅子にどっかりと深く腰掛け、腕を組んで瞼を下した。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 ガタガタガタ! と椅子が揺らされ、沈んでいた意識が一気に上昇してきた。

 眠りが浅かったのでこれだけで起きられたようだ。熟睡してたら震度三ぐらいの地震でも俺起きないからな。震度四だと流石に飛び起きたけど。

 パートの誰かが起こしてくれたんだろうと思って振り返ると、晴香だった。なんで?

 

 

「なんで部活中に寝てるの」

「俺が来た時はまだ始まってなかった。んで、何の用ですかな。部長」

 

 

 今の部の雰囲気の中、部長が練習をせずに他のパートに来ているというのはあまりよろしくない。だとすればそれなりの理由があって来ているんだろう。

 

 

「えっとね、パートリーダー会議しようと思って。今の空気、どうにかしなきゃいけないから」

「会議するからパトリ集めてんの? 俺最後だったりする?」

「ううん、むしろ最初というか、意見聞きたいなっていうのも兼ねて」

 

 

 それならなぜ俺だ。普通に考えれば相談相手は副部長のあすかだろう。

 というか、この状況でパーリー会議なんて案が浮かんだ時点で俺が何と言うかぐらい予想がついているだろう。

 疑問を一緒くたにして一言だけ尋ねる。

 

 

「なんで?」

「篤の力を貸して欲しいの。部の空気が悪くなってるのはわかってる。でも私だけじゃ、どうしよう、とかどうにかしなきゃ、ばっかりでちゃんとした案が出てこないから、それを形にする手伝いをしてほしい。出来るでしょ、篤なら」

 

 

 真っ直ぐに目を見つめてきて、淀みない口調で晴香は答えた。

 出来るでしょって、断定するとか俺の影響受け過ぎだろ。

 一旦区切っただけで言葉はまだ続く。

 

 

「最初はあすかと相談しようと思ったの。けどあすかって、自分の不利益にならないことだからあんまり動こうとしないんだよね。でも篤にとっては違う。だから」

 

 

 だから俺に言った。だから手を貸して欲しい。

 どっちの意味だろう。どっちでもいいさ。晴香が俺を頼ってくれていることに変わりはないんだ。

 俺にとって重要な事実は一つだけ。名探偵のコナン君だって言ってる。真実はいつも一つだってね。

 

 自分の目が弓なりに細められたことに、視界が若干狭まってから気づいた。

 返答と共に別の言葉も漏れる。

 

 

「オーケーわかった。今回はちゃんと頼ってくれるんだな」

「だって、これが篤が言うところの最適解でしょ?」

「はっは、違いねえ」

 

 

 パート練習の場をこれ以上侵食するのも如何なものかと思ったのでパートメンバーに、ちょっと出てくると言うとここでやっていいと言われたので甘える。

 まあ結構ここで話してからだから今更か。それでも手短に済ませよう。

 

 すべきことは俺が意見を出すことじゃない。晴香の意見について考え、どう形にするかだ。何故・何を考えるには問いかけるのが一番いい。

 まずは直近の情報を整理する。

 心理学の世界では、意識せずつくられた感情は理解できるが理由がわからない。

 ならば意識して作られた感情ならば、理由がわかるのだろう。

 

 

「部の現状を作り出しているのはどんな感情だ?」

「オーディションへの不満だよね。特にトランペットのソロについて。というより、滝先生への不満?」

「先生個人への不満というより、下した決定への不満だろうな」

 

 

 その上で打開策を考える。

 感情をつくる刺激(=理由)を排除する。

 

 

「決定したことへの不満が原因なら、もう一回オーディションをしてもらう、とか」

「そこまでする時間はないだろ。出来たとしても、件のソロだけじゃないか?」

「そうだよね。どうしたら……」

 

 

 二人でそろって考え込む。

 俺はふと、今更かとも思える疑問に当たった。そういえばこれを考えていない。

 右手で口元を覆ったまま話しかけた。

 

 

「なあ、今更なんだが、オーディションそのものに不満抱えている奴っているのか?」

「オーディションそのもの?」

「ああ。『なんで自分が落ちてあいつが受かったんだ。先生はちゃんと審査したのか』ってのとか、この他人バージョンとかは出てきてないのか? ペットの問題が浮上する前に実力での選出に疑問を唱えた奴はいるのか?」

 

 

 少なくとも俺は知らない。それは全員が全員納得できているからなんて綺麗なことではなく、受かった人間の方が演奏技術が上だと受け入れ切れているからだろう。本当かどうかは、ちょっと置いておいて。

 部外のこと、オーディション外のことがコンクールメンバー選出に含まれた、なんて考える人は一人もいなかったろう。

 だったら方法がある。やっと煮詰まってきやがったぜ、俺の脳みそ。

 

 

「いないと思う。殆どは予想通りだったし。誰が上手いとか、誰は微妙とか、そういうのって聞こえてくるから。自分の事だったら、一応その楽器を初心者の一年生だって三ヶ月近くは滝先生のもとでやってるんだし、わかるからね。疑問も不満も突出してないよ。あ、あくまで私が知ってる範疇だけど」

 

 

 晴香がこう言うならその通りなんだと信じよう。

 もともとの性格に加えて部長という立場。小笠原晴香以上に部員の様子を見てる人間なんているもんか。

 信じる根拠なんて、うちの部長への信頼で十分だよ。

 

 

「じゃあそこだ。それ言えばいいんじゃねえの、パーリー会で」

「えっ、会議やっていいの?」

「会議っつーか、連絡程度で。部長の決断を伝えるには取り敢えずこれが効率良いんじゃねえの。今日はもうパート毎で散ってるわけだし」

「わかった。パートリーダー呼んでおくから、いつもの教室行ってて。さっき見たら空いてたから。集まり次第やろう」

 

 

 言いながら足早に晴香は去って行く。

 俺のジョブに一区切りついた感じか? 思惑が伝わったんなら後で口出す必要も無いな。

 あれ、俺、考えながらだったから結論をえらい雑に伝えちまったよな……。

 

 

「おい晴香っ! 俺さっき言葉スゲーはしょったけど」

「大丈夫。わかってるよ」

 

 

 慌てて声を掛けた俺が惨めに感じるくらい、穏やかな声で言われた。

 ああ、ダセえ。

 

 

「さすが篤の彼女だな」

 

 

 中途半端に廊下に身を乗り出した男へ、室内から淡々と告げられた。

 まったくだ。そう答えた俺は、呆けた顔で人通りの少ない放課後の廊下を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 黒田篤 TALK!×3

タイトルの元ネタわかる人いるかな……。


 長期休暇目前、再度二者面談の時期である。そう再度……さいど……はいっサイドチェスト!

 正直、受験生でも部活がしたい! 明確な進路は未だ描けてないので。

 面談の相手は当然クラス担任の滝先生。出来ることなら、部活関係のお話がしたいなあ。

 

 そろそろ面談の時間なので、部活を抜け出し職員室へ向かう。

 丁度前の人が終わったところらしく、入れ違いで部屋に入った。

 

 

「失礼します」

「どうぞ、そちらへ。黒田くんは、模試を受けていないので何とも言えませんね。希望進路は前回から変わっていないようですが、君なら大丈夫かと思います」

「そうですね。一応模試受けた人に問題見せてもらったんですけど、あの程度なら」

 

 

 ちなみに、問題を見せてもらう代償として模範の解答解説を提示させられている。配布冊子の内容よりもわかりやすいと評判らしい。

 

 

「進路指導の先生から、なんとしても良い大学に進ませろ、なんて言われている身としてはありがたい言葉ですね。まあ、そんなことに縛られる必要もありませんが」

 

 

 相変わらず毒舌だなこの人。

 いや、うーん、相変わらずなんだけど、どこか違っているような……。

 自分で言っておきながら、話の流れとは別の所で違和感を覚える。

 あまりにあっさりとした面談を畳まれる前に、俺はその違和感を口にした。

 

 

「先生、なんだか疲れてませんか?」

 

 

 一度目を瞬かせると、普段通りの柔らかな笑みを作られた。

 

 

「毎日皆さんを同じように部活をしていれば、私だって疲れますよ。歳を重ねると、どうも体力が回復しにくく」

「そうではなくて。勿論そういった疲れはあるんでしょうけど、俺が言いたいのは今のソロの騒動に関してです」

 

 

 答えを探している気がした。あの日からずっと。

 これに気が付く生徒は俺しかいないだろう。

 先生は大人だから、本音を隠すことに俺達よりもずっと長けている。でも、今本音を隠されるわけにいかない。

 交じりっけなしの真剣な気持ちを眼に込め、先生の眼を見つめる。彼は仕方ないとでも言うように短く息を漏らした。

 

 

「誤魔化しても、黒田くんの目を欺くことは出来そうにありませんね。恥ずかしながら今までこれほど部活の指導に懸命になったことがないので、どうしたらいいか悩んでいるんですよ」

 

 

 今までは形だけの顧問だったり、音楽に関係していない部の顧問ばかりだったので。

 彼はそう続けた。部員の理解を得るのがこれほど難しいこととは、とも。

 口を噤み続けていたのはこういうことか。

 策も無いまま言動を起こせばそれはそれで不信感を招くし、疚しいことの弁明と捉えられかねない。だから方法を模索している間、何も言わなかったんだ。

 

 

「【誰か】のことだから、こうなってるんじゃないすかね」

 

 

 気付けば俺は、表し方に困っていた解を口にした。

 数学の解を順序立てて記述していくように。

 

 

「部長が言ってたんすよ。それぞれのパート、自分たちのことだったら受かった理由も落ちた理由もわかってるんだって。決めたのは先生方っていう【誰か】ですけど、決められた対象は自分たちのことだから。

 でも、パートが違えばそれは、【誰か】のことを【誰か】が決めたってことになる。どっちも自分以外の【誰か】だからわからないんすよ。【誰か】のことはわからないから、どっちもわからない。

 だから、これが【誰か】のことじゃなくなれば、変わると思います」

「それはつまり……?」

「すいません。ここまでしか出せてなくて。じゃあどうすればってところまで出てないんです」

「そんなことはありません。私はとても大きいヒントを頂けました。ありがとうございます」

 

 

 軽くとはいえ教員に頭を下げられて慌てる。クソみたいなプライド持たれているよりマシだけど、凄く調子が狂う。

 慌てた理由はそれだけじゃなくて、というか、むしろもう一つの方がメイン。そのせいで本当に居た堪れない。

 じゃあどうすればいいかって結論が出ていないってのが嘘なんだ。もう一度トランペットのソロオーディションをやってもらえばいい。部員全員の前で。

 表し方に困っていたというのは、これの実現方法。流石に真っ向切って「もう一度オーディションをやってください」なんて言うわけにいかないだろう。

 俺だってね、敬意を払うべき人間にはちゃんと払うし、そういう人の顔を立てようって気概はあるんだよ。

 滝先生と松本先生なら俺がこんなことするまでもないと思ってるけど、念のため。

 

 そろそろいい時間だ。話すべきことも話したいことも区切りはついたな。

 

 

「さて、次の人が来る時間が近付いてきていますし、終わりましょうか。言うまでもないことと思いますが、次の合奏までに出来る限り仕上げておいてくださいね」

「はい。では、失礼しました」

 

 

 面談を終えて職員室から退散する。なんで職員室ってあんなに留まりたくないって思わされるんだろうね。生徒除けの結界でもあんの? ってレベル。

 無想使ったらどうにかなんないかな。結界師の読者なら、一度は無想に挑戦したことがあると思ってる。ソースは俺のみ。根拠弱すぎるだろ。

 

 面談の時期は基本的に午前授業。昼食はとうに胃に収めているので時間はたっぷりある。

 予想が付くから何もしてこなかったが、一応あいつの動向でも調べに行くか。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ホルンもクラも完全に集中切れちゃってるし」

「不信感の塊だから」

「パーリー会議で部長が言ってくれたみたいだけど、みんな先生のこと信用できないみたい」

 

 

 俺が本来向かうべき音楽室を通り越したくらいから、目当ての教室より話し声が聞こえてきた。真面目な人たちだし、今は休憩時間なんだろう。

 しかしあいつの声が聞こえないってことは、無駄骨だったかな。

 

 

「あすか先輩は……」

「だね! あすか先輩なら、みんなのことのせてくれそう」

「そいつはどうかな」

「黒田先輩!」

 

 

 なんだなんだ幽霊でも見たような顔しやがって、後輩たち。まあ俺本来ここにいるはずないし、当然っちゃ当然の反応なんだけどね。

 お決まりのことのように卓が疑問を投掛ける。男子同士だし一番交流有るしで適任だわな。

 

 

「何してるんですか」

「あいつ探しに来たんだけどさぁ、いねーみたいだな」

「あすか先輩ですか? ちょっと出てくるって言ってたんですけど、どこにいるかまでは」

「そうかあ」

 

 

 ふーむ、本当に無駄骨だったか。つってもうちのパート練の教室とそんなに離れてないから大したロスでもないか。

 頭をガシガシと掻きながらどうしようかと考える。まあ家帰ってから尋ねるでもいいや。

 

 

「黒田先輩って、あすか先輩と仲良いんですか?」

「んお? ああ、幼馴染だよ」

 

 

 俺のあすかに対する呼称でそう思ったんだろう。俺はどうも野郎とあすかに対しては口調が雑になるらしく、名前で呼ぶことも少ない。

 それでも異性の幼馴染としては良好な関係を保っていると言えるんじゃないか。お互いに音楽に携わり続けているから必然的に良く話す。勉強を教えることもある。加えて、田中家の家庭環境もあるだろう。

 

 

「幼馴染なんですか!?」

 

 

 幼馴染。というものに一際食い付いてきたのは質問者の葉月ではなく、サファイア川島。興奮のあまりグングン距離を詰めてくる。近い。超近い。それに目がすごーくキラキラしている。

 俺とあすか。そして幼馴染。何に食い付かれたのか散々覚えはあるんだが、冷やかしの感情は一切見えない。それどころか……なんだこれは。憧れ?

 

 

「もしかして、お二人の間にLOVEの感情があったりするんでしょうか?」

 

 

 やはりか。この質問(の体をした冷やかし)には慣れている。が、なんだろう。マジで純度100%だから嫌悪の感情が湧いてこない。

 確か上の代の阿呆があすかにこれを尋ねたことがあるらしいから、二年生組はこれが禁句だと知っている。俺達の逆鱗に触れることだと。

 

 

「川島!」

 

 

 逆鱗に触れられたあすかがどんな反応をするのか知っているならば、俺の反応も察しが付くはずだ。

 卓が珍しく声を荒げて緑の好奇心にブレーキを掛けさせた。

 でもまあ、今回は悪感情が出てこない。事実を述べ、警告をするだけで十分だ。

 構わない、との意思を込めた掌を彼らに向けてから、背の低い緑になるべく威圧感を与えないために背中を丸めて話す。努めて穏やかに。

 

 

「俺とあすかの間に恋愛感情はないよ。今までもこれからも、絶対に。家族同然の存在だからね。恋や愛でまとめられるほど単純な関係じゃないんだ。だから頼む。もうそれは、言わないでくれ。俺にも、あすかにも」

 

 

 ああ、結構低い声で言っちゃったな。怖がらせてないかな。

 ちょっとおどけて言葉を付け足す。

 

 

「幼馴染だからって、確実に恋に落ちるわけじゃないだろ? その逆も然りだ。ほら、そこの仲睦まじいカップルの出会いはここだぜ」

「はっ、そうなんですね! 後藤先輩と梨子先輩の出会いはここ。ということは、部内恋愛!」

「先輩ぃ、なんでこっちに振るんですか」

「いいじゃん別に。何か否定することがあるならどーぞ」

「この人に色々相談してたのが間違いだった……」

「おい卓聞こえてんぞ」

 

 

 ワイワイと賑やかなノリになっていく。よかった。

 あまり長居するのもよろしくない。そろそろ退散するかね。

 

 

「後藤先輩はなんで黒田先輩に恋愛相談してたんですか?」

「後藤が相談できる相手って、黒田先輩ぐらいだからじゃない? 彼女持ちの部員なんて殆どいないしね」

「黒田先輩も彼女いるんですか?」

「ああ、いるよ」

 

 

 ちょっと待て。卓たちに話をやったのに、なんだかおかしな流れに……。

 名前は出してくれるなよ、と二年生組にアイコンタクト。卓以外に話した覚えはないけど一応三人ともに。

 これで大丈夫のはずだったのに、THE・ユーフォニアムの彼女が口を開く。

 

 

「確か晴香先輩と付き合ってるんでしたよね」

 

 

 クレ556でも吹きかけたらいいんじゃないかってほど、首がギギッと動いた。

 おい久美子、何故、

 

 

「何故貴様が知っている?」

「えっ、えーっとぉ、秀一が、言ってて、その……」

 

 

 よし、秀一今度殴る。殴らなくとも何らかの制裁はする。ベラベラ人の秘密を喋るバカがあるか。

 さて、久美子はどうしようか。流石に女の子を殴るわけにはいかない。あ、そーだ。そういえば、この子らはあすかの話をしてたよな。あすかならこの状況をどうにかしてくれるかもって。

 時計を見やると、そんなに時間は経っていなかったようでやはりまだ余裕がある。

 ドアの向こうをビッと指差し、久美子に指令を下す。

 

 

「久美子。あすかを探してらっしゃい」

「ええっ! なんで私が」

「だーまらっしゃい。本人がわざわざ言いふらしていないことを勝手に言った罰だ。ちなみに、異論反論抗議質問口答えは一切認めない」

「横暴だ……」

「一応言っとくけど、ちゃんと意味あるからな。久美子相手ならあすか色々話しそうだし、それ聞いてきな。当事者以外で、一番騒動の中心に近い一年生は久美子だろ。無駄じゃないはずだ。行ってくれるな?」

 

 

 最後に飛び切り邪悪な爽やかスマイルを向ける。矛盾してる? してないしてない。

 

 

「じゃあ、行ってきます……」

 

 

 トボトボと歩いていく久美子を送り出したので、やっと音楽室へ帰ろう。

 その前に一つ言っておこうか。

 

 

「低音パートの諸君。いっこ忠告な。あすかに期待しすぎるなよ」

「どういうことですか?」

「はっはー。そのうちわかるさ。じゃあな、お互い励もうぜ」

 

 

 背中を向けながら右手を振って立ち去る。

 そろそろ真面目に練習するか。

 

 なんだか今日の内に事態が動き出しそうな予感がする。

 この予感を信じて、コンクールの為に俺が出来る限りのことをしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アンケートの方、締め切らせていただきました。
僅差で知りたいに投票してくださった方が多かったので、ここで紹介します。


名前:黒田 篤 (くろだ あつし)
性別:男
年齢:十八歳
誕生日:6月24日
血液型:A型
身長:176cm
体重:63kg
担当楽器:パーカッション
好きな色:黒、紺、灰
趣味:アニメ観賞、読書、ゲーム
特技:論理パズル、麻雀
好きなもの:甘味、コーヒー
嫌いなもの:ネバネバした食べ物
座右の銘:努力こそ自信/現実主義者かつ理想主義者であれ
イメージCV:杉田智和


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 TryAgain

「合奏!?」

 

 

 俺がパート練に戻ってから暫くしたころ、各パートを周っているらしい部長に告げられたのはなんと、これから合奏をするということだった。

 

 

「ちょっと待て、今のまま合奏したってどうしようもないだろう。なんでそんな案が出てくるんだ」

「勿論、今の状態のままやるんじゃないよ。みんなに少し話をして、それから」

「話って、それでどうにかなるのか?」

「どうにかする。その為に集まってもらうの」

「んな無茶苦茶な」

 

 

 晴香の暴論に思わず頭を抱える。

 今後の展開がどう転ぶかわからないけど、きっと良いほうに転ばせるってか。不確定すぎるだろ。

 でも、お上さんの決めたことだしなあ。従うしかないのか。

 

 

「合奏は何時から?」

「二時半からやる予定だけど、その前に話をしたいから早めに準備しておいて」

「了解」

「なんでそこで話し進めてんだよ」

 

 

 俺がうんうん唸っている間に、副パートリーダーである沙希がことを進めていた。あの、パートリーダー俺なんですけど。

 

 

「部長がどうにかするって言ってるんだから、止める要素ないでしょ」

「それはそうなんだが……。部員全員に、いったい何を話す気なんだ?」

 

 

 部長が動く打開策には何があるか。さっき頭をギュルギュルと回して思い当たった。

 部員の不満を部長を通して正式に先生へ伝えること。

 しかしこれはあくまで現状打破であって、そもそもの解決にはならない。ああでも、先生の思考の材料にはなるか。

 しかし、もし部長が出した解がこれじゃなかったら? 違う解は出てこない。だから違ったら大きなロスになる。それは駄目だ。

 

 

「私にしかできない話をする。あすかより篤より頼りないけど、私は部長だから」

 

 

 はぐらかせないでくれよ。俺が何も言えなくなる。

 

 

「だからその内容は」

 

 

 ああ。俺の悪癖が出ている。

 この俺が想定できないことをしようとされると、何か口を挟もうとする。知らないことはとても怖いことだから、知って安心したい。知っているならそこからの振る舞いが考えられるから。

 人間はもとより未知のものを恐れるものである。こんな逃げ口上はいらない。ただただ俺が未熟なだけだ。

 畜生、わかっているのに止められない。

 

 

「黒田、過保護過ぎ」

「うぐっ」

 

 

 流石俺の補佐役。ちゃんと止めてくれた。

 パート内諸君、部長。悪いが、俺のペースを取り戻すのに付き合ってくれ。

 

 

「だっ、誰が過保護だ」

「いやあんためちゃくちゃ過保護でしょ。なんだかんだ心配しがちなところが」

「あーわかる。用意周到というか、ただの超心配性?」

「石橋を叩いて、不安だったら壊して自分で造ったものをまた叩きまくってから渡る感じですよね」

「造りなおすときは石じゃない材料使って物凄く丈夫なの造りそう」

「あーもうー止めてくれー!」

 

 全部のコメントスッゲー刺さる! めちゃくちゃ痛い! 漫画だったら吹き出し全部刺さってる感じ。ウニフラッシュがグサグサグサって。石橋の比喩わかりやすすぎるし、本当にその通りだわ。

 篤、と晴香が俺を呼ぶ。とどめか? 止めを刺す気なんだな?

 

 

「そんなに信頼できない?」

 

 

 止めを刺された。

 決まりが悪くなって、そっぽを向いて答える。

 

 

「んなわけあるか。……俺が阿呆なだけだ

「後半、何て言ったの?」

「なんでもない、俺が悪かった!」

 

「黒田って結構小笠原にデレデレよね」

「まあ、告ったの篤からだし」

 

 

 聞こえてんだよ、お前ら。今回は聞き流す。

 俺の超心配性の所為で時間を喰ってしまっていそうだ。部長殿を解放して差し上げなければ。

 

 

「二時半、より前だな」

「うん。よろしくね」

「そりゃこっちのセリフだ。頼むな」

 

 

 晴香の頭に手をやって、髪が乱れないように注意しながら二、三度動かした。

 癖だったはずなのに、そういえばしばらくぶりの感触だ。

 

 

「あんまり期待しすぎないでよ。困ったら、どこかの天才に助け求めるから」

「はっは。そうならないことを祈ってるよ」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 午後二時半の少し前。普段であれば、合奏前なんだから各々音出しをしていたり楽譜の確認をしていたりするんだが、今日は違った。

 以前のようにくっちゃべってるってことではない。指揮台の上の人間に注目が集まっているのだ。Bメンバーの中でも特に緊張感の無い者は、声量を抑えながらも話し続けているようだが。

 不快感を掻き立てられるが、部長が話し出すまでは何かすることもあるまい。

 

 

「はい。えっと、もう少ししたら先生が来ると思うけど、その前にみんなに話があります。瞳さん聞いて」

「はい……」

 

 

 黙らせんの早え。話し手が注目集めてからの方が、やっぱり効果的だよな。

 何事もなかったかのように、強い意志を持った口調で彼女は言葉を紡ぐ。穏やかで優しくて、でも芯があって強い声。この声好きだなあ。

 

 

「最近先生について、根も葉もない噂をあちこちで聞きます。そのせいで集中力が切れてる。コンクール前なのにこのままじゃ金はおろか、銀だって怪しいと私は思ってます。一部の生徒と知り合いだったからといって、オーディションに不正があったことにはなりません。それでも不満があるなら、裏でコソコソ話さずここで手を挙げてください。私が先生に伝えます。

 オーディションの結果に不満がある人」

 

 

 なるほど、こう来たか。俺の出した解と一緒だ。俺だとこの言い方は出来なかったな。

 しかし誰も手を挙げねえな。優子が切り込み隊長になるかと思ったが、その様子はない。

 ファーストペンギンはここにいないようだ。ならば、俺が成るべきだろう。

 滝先生はここにいない。部長もわかってくれる。だったらこの振る舞いも許容されるよな。久々の悪役(ヒール)だ。

 

 

「はーい」

 

 

 教室内がざわつく。

 あー驚いてる驚いてる。予想外だろう、俺がオーディションの不満を訴えるなんて。

 あいつはどうだ? 一瞬驚いたな。でももう答えに辿り着いたか。面白そうな顔すんじゃねえよ。こっちまで笑いそうになる。

 

 

「お前ら不満無いの? 俺はあるよ。全国目指してやるっつってたのにさ、こんな状況招いちゃって。不満無いわけないだろ」

 

 

 本気っぽくするために若干の苛立ちを滲ませて演じる。この苛立ちはゼロから作った虚構の感情じゃない。「アホか貴様ら!」って思ってた時の感情をそのまんま移行してきた、リアルの感情だ。

 まあこれ、詭弁なんだけどな。見事に騙されてくれちゃって。

 誰かが行動してくれたなら、二人目以降の個人は霞む。一人目が目立てば目立つほどに。光が強ければ影は濃くなるって、黒子っちが言ってた。

 

 パラパラと、いや、続々と手が挙がってきた。そろそろ俺は下してもいいだろう。パーカス一番後ろだから目立たないし。

 それでも部長は指揮台で全体を見ているから気が付く。おっと危ない。

 ゆるゆると下ろしていた右手の人差し指を立てて、唇の前にやる。リアクションを起こすなよ。他の人に気付かれちゃいけないんだ。

 

 大方出揃ったのではと思われたぐらいに、音楽室の戸が開かれた。滝先生だ。

 

 

「今日は随分静かですね。この手は?」

「オーディションの結果に不満がある人です」

 

 

 誰かが応えた。

 それから、先生は穏やかに話し始める。

 

 

「今日は皆さんに、一つお知らせがあります。来週ホールを借りて練習をすることは伝えていますよね。そこで時間をとって、希望者には再オーディションを行いたいと考えています」

 

 

 おおマジか。思うようにことが運ばれてくれて嬉しい。

 ここから期待を寄せるべくは香織だな。香織自身のプライドに賭けるしかない。

 

 

「前回のオーディションの結果に不満があり、もう一度やり直して欲しい人はここで挙手してください。来週全員の前で演奏し、全員の挙手によって合格を決定します。全員で聴いて決定する。これなら異論はないでしょう?」

 

 

 問いかけの体を成していながら尋ねちゃいない。この提案に異論があるやつがいれば、そいつの顔を拝んでみたいが当然いないようだ。

 沈黙は肯定である。数秒待って誰も喋らないのを確認すると、先生は訊いた。

 ラストチャンスだ。食い付けよ、香織。

 

 

「では、再オーディションを希望する人」

 

 

 カタン、と椅子が動く音がした。

 右手に金色のトランペットを携え、左手を真っ直ぐ挙げながら彼女は立ち上がる。

 その姿は後ろからでもわかるほどに、儚げながらも凛としていて、それはもう綺麗だった。

 

 

「ソロパートのオーディションを、もう一度やらせてください」

 

 

 誰かは静かに彼女の名を呼んだ。

 誰かは泣き出しそうな顔で彼女を見やった。

 誰かはそっと目を伏せた。

 誰かは穏やかに微笑んだ。

 

 俺は、俺は……。

 どうしてだろう。俺はあいつに視線を送っていた。

 どんな顔であいつを見ているかはわからない。俺はいったい何を思ってここであいつを見たんだろう。

 

 

「わかりました。では今ソロに決定している高坂さんと二人、来週再オーディションを行います。いいですね」

「はい」

 

 

 その音は、熱だけを残してあっという間に消えていった。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 練習を終えて帰宅しようと玄関で靴をつっかけていると、トランペットの音がした。香織の音だ。

 このフレーズは確かソロのところだったか。ちょっと行ってみよう。

 

 

 

「おー、随分と高い音安定してきたな」

「それ、オーディション前に晴香にも言われたよ」

「あらら、俺の情報が古かったか」

「ちゃんと更新しておいてね?」

「あいよ」

 

 

 香織は体育館の裏にいた。スロープがあるので、本当に体育館のすぐそば。部活の連中がいたら怒られそうだ。

 ずっと立っているのもアレなので適当に腰掛ける。

 座ったところからいくらか距離を開けたところに、ペットボトルが置いてあった。透明な炭酸飲料だ。

 

 

「さっきまで誰かいたのか?」

 

 

 香織は好き好んで炭酸を飲むタイプじゃなかったはずだ。なのにここにあるということは、誰かが持ってきたんだろう。表面が結露しているから忘れ物説も無し。

 

 

「あすかがね。ねえ、あすかに炭酸を投げないように言っておいてくれない?」

「え、あいつこれ投げたの」

「そう。ひどいでしょ」

「あんのバカタレ」

 

 

 香織は頬を膨らませるポーズをした。それを受けて俺は、溜息をつき右手を額に当てた。やれやれだ。

 

 

「なあ香織先輩」

「同級生に呼ばれると変な感じがする。何?」

「俺、前に優子に訊かれたんだよ。香織が納得することを諦めない方法はないかって」

 

 

 以前優子と二人で話した時に言われたこと。強く真っ直ぐ純粋に。

 

 

「私、そんなに納得できてないように見えた?」

「見えたんじゃない。見えてるんだ、ずっと」

 

 

 顔を伏せて呟く。憧れに届かないと嘆くように。

 

 

「もっと上手く立ち回れてると思ってたんだけどな」

 

 

 そんなところ上手くならなくていい。あいつみたくならなくていい。

 沢山の人から沢山の愛情を受けられる君は、人を頼れることを知っていていいんだ。

 あいつは下手に優秀だから、頼る必要が大抵ないだけなんだ。

 諦めがいいふりをして大人ぶらなくていいんだ。

 

 

「あいつは香織が思ってる程大人じゃないさ。強い部分と弱い部分が他の人と違うだけだ。だから同じにならなくていい。十人十色千差万別、香織は香織でいーんだよ」

 

 

 顔を上げて笑う。

 君たちが最高のコンディションになれるなら、俺はいくらでも道化るし、いくらでも泥を被ろう。

 

 

「篤って、あすかの保護者みたい。それかお兄ちゃん」

「手のかかる妹感はあるなあ」

「そこにキュンと来ちゃったり?」

 

 

 俺は伏見つかさ作品の主人公じゃない。妹にキュンとなんかするか。

 しかもあいつに。あの田中あすかに。ないない。ハハッ。

 

 

「いや、俺妹属性ないし」

「妹属性って何?」

「何でもない。ただの妄言だ」

「そう」

 

 

 どちらかといえば僕は年上お姉さんが好きです。早く寧々さんと付き合いたいんですけどKONAMIさん、ラブプラスEVERYはまだですか。

 話を戻そうか。

 

 

「それでな、香織はずっと納得できてないだろ。だから、」

 

 

 後輩の望みだから言うんじゃない。俺だって本気で思ってる。

 全国行きの為? 

 それもあるさ。でもな、そこまで情に流されないような人間じゃねえんだ。

 俺にとっても香織は友達で、三年間頑張ってきた仲間なんだ。

 

 

「諦めるんじゃなくて、ちゃんと納得できるといいな」

 

 

 後ろを振り返って悔いることはしてほしくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 託す想いと背負う重圧

 本日吹奏楽部はそこそこ慌ただしいこととなった。と言ってもなんてことはない。ただのホール練習だ。慌ただしいのは管理職と楽器運搬係くらい。

 トラックに楽器を積み込み、学校近くのホールへ向かった。本番の会場とは程遠いが、音楽室よりかはずっとマシだ。金無し足無し設備無しじゃ文句も言ってられない。

 

 人がホールに揃ってから程なくして楽器を乗せたトラックが到着した。

 

 

「楽器到着しましたー。手の空いてる人は運ぶの手伝ってくださーい」

「それでは、皆さん準備を始めてください。中世古さんと高坂さんは、オーデションの準備を」

 

 

 トラックの到着に伴って出された指示で全員が動き出す。やることは至ってシンプルな肉体労働。ステージの上に椅子を並べ、楽器と譜面台を配置する。

 この大所帯が特徴の一つである吹奏楽部だ。一人や二人、三人や四人いなくなったって大差ないだろう。

 

 

「香織の所行ってきたら? 話したいと思ってるよ」

「そういうわけにいかないでしょ。あたし副部長だし」

「こういう時ばっかり」

 

 

 晴香かあすかのどちらかが既に香織のもとへ向かっているのかと思えば、そうではないようだ。俺という選択肢は無いし、仮にあったとしても伝えることは先週伝えている。

 この状況ならあちらのお方が言った方が良いだろう。もう片方は正論で誤魔化すことしかし無さそうだからなあ。

 肩をポンと叩いて声を掛ける。

 

 

「香織の所行ってやれ、晴香」

「私? でも」

「ここはこいつと俺が引き受けるから。なあ?」

「そうそう。こんな優秀な指揮官と手駒がいるんだから」

「手駒言うなよ」

 

 

 あすかの思惑はわからないが、晴香を香織のもとへ、という点は共通しているので揃って送り出そうとする。

 俺達二人が結託した以上何を言っても無駄であるのは、晴香なら重々わかっている。

 

 

「二人が言うなら任せるね。終わることには戻ってくるから」

 

「はいよ、行ってらっしゃい」

「はーい、行ってらっしゃい」

 

 

 晴香を香織の所へやり、優秀な指揮官こと副部長の指示を仰ぐ。でも別にないよな。

 

 

「で、なんか指示あんの?」

「特になーし。あ、椅子と楽器を譜面台を良い感じに配置とか」

「ああそうかい。訊いて損した気分だよ」

 

 

 今やってるのがそれだっつの。優秀な指揮官が残った意味無いじゃねえか。

 

 さて、そんなアホなやり取りは置いておいて、あすかの管理下で準備は着々と進む。

 普段と違う環境、あのトランペットソロパートの再オーディション、そして府大会本番が迫っている、と部員たちの心境をかき乱す要素が揃い踏みしている、なんだかそわそわしている様に見えるが、こればっかりは仕方ないのかね。

 

 準備の終わり際、香織と麗奈のもとへ派遣された人たちも戻ってきた。

 いよいよだ。再オーディションが始まる。

 

 

「ではこれより、トランペットソロパートのオーディションを行います」

 

 

 舞台上には二人だけ。観客席の後方に俺達は座っていて、その後ろに顧問の先生方が控えている。

 女子部員に前の方を譲り、男子部員は皆一様に最後尾を陣取った。俺はその中でも端っこを。

 客席からステージはこう見えているんだな、という感想を一年ぶりに覚える。

 この距離でも案外しっかり見えるもんだ。注目する箇所が少なければその分より見える。特に、ステージ上にいる人の表情とか。

 

 

「中世古さん、高坂さんの順で吹いてもらいます。両者の演奏が終わった後、全員の拍手によって決めます。いいですね?」

「はい」

 

 

 二人はそれぞれ覚悟を決した口調で返事をした。緊張が伝播したのか、近くからゴクリと唾を飲み込む音がした。

 

 

「ではまず中世古さん、お願いします」

「はい」

 

 

 すうっと息を吸い込んだ。そして、香織の繊細で柔らかな音がホールいっぱいに広がる。

 ついこの間聴いたばかりだというのに、さらに上手くなっている。彼女はいったいどれほどの努力を重ねてきたんだろう。

 

 

「ありがとうございました」

「ずいぶんと上手くなりましたね、驚きました」

 

 

 先生は微笑みと共に言った。香織の表情が一気に和らいだものになる。

 

 この後にやるというのは、いくら麗奈でもやりずらいんじゃないか?

 ちらと麗奈の方に視線をやると、胸に手を当てて大きく深呼吸をしていた。

 

 

「次に高坂さん、お願いします」

「はい」

 

 

 一音目が放たれる。

 自らの技量に揺らぐことの無い信頼と誇りを乗せたその音は、どこまでも気高く美しい。

 あちこちから、静かに息を吞む音が聞こえる。香織の時には起こらなかった。

 圧倒的だ。麗奈が上手すぎる。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 力強くもどこか甘い音色に脳を揺さぶられた余韻に包まれたまま、審判の時が訪れる。

 

 

「これより、ソロを決定します。中世古さんが良いと思う人」

 

 

 真っ先に立ち上がり、拍手をしたのが一人。あのデカリボンは……優子か。香織は寂しそうな、それでいて嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 もういくつか拍手が鳴る。きっと晴香も手を叩いているんだろう。

 今俺達が決めるべきは『どちらがソロを吹くか』であり、『どちらが上手いか』ではない。だから、優子や晴香の拍手を否定することはない。

 

 

「はい。それでは次に、高坂さんが良いと思う人」

 

 

 こちらも真っ先に立ち上がって拍手を鳴らした人がいた。ここで動ける人は……ああ、久美子か。あのふわふわした癖っ毛はそうだ。麗奈は少しだけあどけない、安堵の笑みを零した。

 香織の時より少ないが、他にもいくつか鳴った。俺も鳴らした。上手いほうに吹いてほしくて、上手いほうが吹くべきだと思っている。俺には中立だなんだと抜かす理由が無い。遠慮なく手を打たせてもらおう。

 

 拍手によって決めるならばソロは中世古香織になりそうなんだが、どうなるんだ?

 

 

「中世古さん、あなたがソロを吹きますか」

 

 

 部員たちがざわつく。傍から聞けばそれはとても酷くて、意地悪で、残酷な質問に思える。

 しかし尋ねる先生の声は、真っ直ぐであるが柔らかい。何故ならこの問いの本質は別の所にあるのだから。

 

 

「吹かないです」

 

 

 数秒の沈黙の後、香織は答えた。

 

 

「……吹けないです」

 

 

 自らの方が強者だと自認していても、他者からぶつけられて動揺することはある。

 吹けない、の言葉の後に香織から向けられた視線。込められた想いの強さに高坂麗奈がたじろいだ。

 

 

「ソロは、あなたが吹くべきだと思う」

 

 

 それはきっと香織の本心で、そして本心とは程遠い感情だろう。それでも彼女は自ら認めたのだ。ソロを吹くべきは麗奈だと。自分ではないと。

 今にでも声を上げて、膝を折って泣き出したいだろうに、震えた声からは悔しさのほかにどこか晴々とした感情も伝わってきた。

 諦めきれない。納得できない。

 そんな気持ちを力尽くで捻じ伏せられた。だからやっと納得できた。

 残酷に思えた問いかけは、香織に自ら納得するための機会を与えるものだった。

 

 

 小さな子供のように、大きく大きく泣き喚く声が響く。

 

 

 

          *

 

「私、もう、本当に悔しくて。香織先輩がソロ吹けないことが」

 

「私は香織先輩に諦めて欲しくないんです」

 

「じゃあ、黒田先輩。香織先輩が、納得することを諦めない為の方法はありますか。無理に納得したことにしない為の方法は」

 

          *

 

 

 

 以前、彼女と交わした言葉を思い出した。

 優子は、香織がソロを吹くことを誰よりも望んでいた。諦めることなんてしてほしくなかった。この結果だってずっと前からわかっていたのに。

 無理矢理諦めることは無かった。それは彼女の望みの一つだったけど、妥協した望みだった。

 妥協なんかしたくなかった。妥協なんかさせてほしくなかった。

 優子の声が訴える。

 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。

 それでも受け入れるから。香織先輩(あなた)が納得したなら私も納得するから。わがままはこれで終わりだから。

 今は泣かせて。

 

 

 選ばれたならば、選ばれなかった者の分まで上手くならなければならない。背中に何を負っているかを知らなければならない。

 

 

「高坂さん、」

「はい」

 

 

 滝先生が麗奈の名を呼んだ。まだ見ぬ重圧に表情は強張っている。

 

 

「あなたがソロです。中世古さんではなく、あなたがソロを吹く。いいですか」

 

 

 先生はここで突き付けたのだ。ソロを担当することのプレッシャーがどれほど大きいのかを。その大きさはいったい、どんな意味を持つのかを。

 麗奈はゆるりと背筋を伸ばし、応えた。

 

 

「はい」

 

 

 これで、麗奈は誰にも背負えないものを抱えた。誰にも渡せない。誰にも分けられない。彼女のみで背負わなければいけないもの。

 麗奈に託された想いは、あまりに強い。その想いの強さはきっと麗奈を強くする。

 負けてくれるなよ。頼むからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーディションも合奏も終わり、あっという間に撤収作業の時刻が訪れる。

 オーディションで目の当たりにした香織と麗奈の熱にあてられたように、その後の合奏練習での気合の入りようは凄まじいものだった。上手くなりたい。全員がそう言っている様だった。

 その熱は楽器を音楽室に戻してから、今日は解散。まあしかし合奏での熱はまだ残っているようで、帰りのバスのなかでは、学校に着いてからの練習について話す声に溢れていた。

 

 

 

「ごめんね。お待たせ」

 

 

 人が少ないのをいいことに、下駄箱前の簀の子に座り込んでなかなか暮れない夕日を頼りに文庫本を読んでいると声を掛けられた。

 普段は自分のノルマを達成したらそそくさと帰宅しているんだが、今日は一緒に帰ろうと言ったのだ。偶には恋人らしくしようとしてみたっていいじゃないか。

 

 

 

「練習してたのに謝る必要ないだろ」

「そっか。じゃあ、ありがとう」

「うーん、うん。別に感謝されることでもないけどな」

 

 

 練習してて相手を待たせたからって、どうってことないと思うんだけどな。待たせてごめんね、でもないし、待っててくれてありがとう、でもないんじゃないか?

 

 癖で早めに動かしそうになる足をどうにかゆっくりにして、ぽつぽつと話す。――とできたらいいんだが、言葉が浮かばない。チチチチと俺の自転車のタイヤの音だけが、途切れず二人の間を流れた。

 あーダメだ。ストレートな言葉しか出て来ねえ。

 なんとなく逃げやすさも考えながら、信号待ちの間に自転車越しで晴香の頭に手を載せる。

 

 

「もう泣いてもいいぞ。俺しかいねえんだから」

 

 

 これが正解じゃないのはわかってるが、せめて不正解でありませんように。こう思いつつ横目で顔を見る。

 ポカンとした顔から、泣きそうな笑顔を浮かべた。

 

 

「私が泣くの確定なの?」

「じゃあ泣かないのか?」

「まだ泣かない。ここだと篤が困るでしょ」

 

 

 仰る通りで。

 まだ泣かないと言っているが、ずっと限界に近かったんだろう。声が震えている。話したら泣いてしまいそうだから、口を閉ざしていたんだな。

 ほんの少しだけ歩くペースを速めて、いつもの公園へ行こう。

 

 

 

 

 

 ガシャン! と、いつも使う公園のベンチの傍に自転車を駐めて振り返る。

 

 

「なんか飲み物でも買っ、て……」

 

 

 振り返ってちょうどのタイミングで、それなりの勢いで晴香が俺の肩に顔を埋めてきた。

 もう暗くなってて本当に良かった。なんて、目の前の光景と自分の身体の感覚をすぐに受け入れられていない自分が思う。だがそれも一瞬のことだ。

 数時間もずっと我慢してたんだよな、君は部長だから。俺の前でぐらい肩書をどこかにやればいい。好きなようにしろよ。俺は全部受け止めるから。言葉だって想いだって涙だって。

 片手を背中に回し、もう片方の手で頭を撫でる。

 

 

「香織、凄かったよね。凄く上手になってたよね」

「でも、高坂さんが、もっと上手で」

「香織は、納得できたよね。……ねえ」

 

 

 何も言うまいと思っていたが、尋ねられれば答えるさ。

 耳元に向かって囁く。

 

 

「ああ。納得できたよ、ちゃんと。ちゃんと、諦められた」

「そうだよね。それなのに、香織に吹いてほしかったって、ダメかな?」

「ダメじゃない。当たり前だ。そこで止まっちゃダメだけどな」

「わかってる」

 

 

 香織本人が後悔していなかったら、他が立ちどまっちゃいけない。それは香織の気持ちを踏みにじることになる。そんなことをさせちゃいけない。でも晴香がちゃんとわかってるなら、いいんだ。

 

 晴香はここまでの道中のようにまた黙り切った。俺も同様に黙った。

 

 暫くして背中に回されていた手が離れた。もう大丈夫、と彼女は言う。

 

 

「大丈夫が本当に大丈夫かぐらいわかるぞ。彼氏なんだから」

 

 

 先程までより少しだけ強く抱き締める。これだけ言わせろ。前を向こう。道はある。

 

 

「全国行くぞ。最後まで演奏するんだ。みんなで」

「行けるよね? 全国」

「行ける。行く。考えてみろよ、すげー上手くてもソロになれないほどの実力者だっているんだぜ。しかも指導者は滝先生だ。あとは結果に繋がるほどの努力をすればいいだけだ」

 

 

 努力こそ自信。自らを信じる為の証拠みたいなものだ。その証拠を全力で積み重ねればいい。

 何とも自分勝手だが、言いたいことも言ったので回していた手を離した。

 

 

「篤。ありがとう、大好き」

 

 

 本当に日が落ちていて良かった。顔が熱い。

 どうしようもなく緩む口角ををどうにか笑みの範疇に抑える。

 

 

「知ってる。俺も」

 

 

 晴香の体を引き寄せ、そのまま顔を近付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 俺たちの部長

前話のラスト見る度に、こいつら爆発しねえかなって思う。


 八月に入りコンクールがいよいよ目前となると、地球の自転周期が乱れたんじゃないかと錯覚するくらい、一日一日があっという間に過ぎていった。

 気付けば今日はコンクール前日。

 細部の調整と目的とした練習達も終わり、後は本番を残すのみとなった。

 明日の本番に疲れを引きずらないように、今日は早めに終わる。なんら問題は無いし理解だって十分しているがなんだか物足りない。運動部員が軽めの練習の後に自主トレをしたくなる感覚に近いものだろう。もう少しやってから帰ろうか。

 

 

「パートリーダーは、明日の段取りの確認があるので集まってください」

 

 

 あ、忘れてた。残って練習する前にこれがあったな。

 並べられている座席の隙間を縫って音楽室の前方へ向かう。あまり広いと言えないこの場所に九人も集まると中々に窮屈だ。

 

 

「場所移動しないか? 狭い」

「そうだね。空いてる教室探そうか」

 

 

 教室を出る時に、念のため筆箱から筆記用具をいくつか取ってポケットに忍ばせておく。

 部長が忘れていなければ、段取りを示したプリントがあるはずだ。必要ならメモでも取ろう。

 近くの空き教室に入り、適当に席に着く。配られたプリントには明日の要領がまとめられている。ほとんどがゴシック体の文章の中、時刻だけが手書きの文字だった。

 

 

「それじゃあ、上から順番に確認していきます。質問があればその都度お願いします。まず集合時間は――」

 

 

 いつもであれば、不確定事項を出来る限り排除しておきたいのでしっかりじっくり聞いているんだが、今日はそこまで熱心に聞いていない。

 それはやる気がないとかいう理由ではない。ただこのプリントを作ったのが俺だというだけだ。

 コンクールの日にやることは年度によって変わることが特にないので、代々管理職に資料が引き継がれているのだ。それを以前晴香に見せてもらったんだが、それがかなり見ずらかった。それはもう、自分が配布される立場だったら我慢ならない程度に。もっとも、その資料の配布予定はなく、それをもとに管理職が口頭で伝えているというお粗末な方法だったらしいが。

 大枠だけがWordで作られていて重要なことはほとんど手書き。それも飛び飛びだったり経年劣化だったりで読みずらいことこの上ない。だから思わず申し出たのだ。作り直そうかって。

 作り直す際に俺が思いつく限りの疑問点を洗い出して、部長に確認をする、という作業を繰り返したから今更質問が出てこない。

 それよかプリントに不備がないかってことが気になる。変な誤字とかしてないよな?

 

 

「なあ、書く物持ってないか」

「ん」

「さんきゅ」

 

 

 メモ用に筆記具を持ってきた勢と持ってきてない勢に案外分かれているようだ。持ってきていなくてもどうにかなっているのは、持ってきた人に借りてるんだろう。

 パートリーダーの男子は俺とヒデリのみ。少し離れた席にいたが、同性から借りる方が気持ち楽だ。ボールペンを渡すと、そろーっと戻って行った。

 

 

「結果発表の後、学校に戻ってきてから解散になります。もし関西に行けたら、練習がある予定です。えー、全体を通して質問ありますか?」

 

 

 部長は一通り説明し終え、全体を見回す。このまま質問は出ないで終わるかな。

 

 

「あたしは質問なーし」

「俺もー」

「こっちも大丈夫」

「私もオッケー」

 

 

 あすかが「あたし”は”」なんて言うから俺も賛同を表すと、他の人たちも追従した。

 八人分の声が出たので今日はお開きだ。

 

 

「ていうか質問思いつかないほど細かいよね、これ」

「ね。私マーカー引くぐらいしかメモしてないもん」

 

 

 ありがたい評価だ。細かいのに見やすく出来たこれは、それなりに自信作だったりする。だからといって名乗りを上げることなどしないが。

 

 

「晴香が作ったの?」

「内容は私なんだけど、作ったのは」

 

 

 尋ねられた晴香が俺を見る。極々普通の流れだろうに、それを見た質問者がニヤリとして言った。

 

 

「ああ、旦那か」

「旦那って!」

「やっぱ篤か」

「言い回しが黒田くんだよね」

 

 

 ええ……。みなさん何で俺だってわかるの? 俺のこと好きなの?

 あと俺と晴香まだ結婚してないんですけど。俺が旦那でも、晴香が奥さんでもないんですけど。

 

 

「作りの用意周到ぶりから見てもあんたでしょ、これ。プロトタイプのデータ残して、あとはその都度埋めるようにしてるところとか特に」

「お前の分析ぶりがこえーよ」

 

 

 確かにあすかの分析通りなんだけどさ。自宅のPCで作ったデータをCDにコピーして引き継ぎ資料に入れさせてもらった。これで暫く行けるかなーって思ってる。

 いつも通りのコントじみたやりとりで九人が笑った。

 これだけ自然に笑えるなら、明日だって大丈夫だろう。

 なあ、景気づけに一つ頼むよ、と俺は部長に言った。

 

 

「ええっ今?」

「いいんじゃない? 明日もやるだろうし、予行練習で」

「パートリーダーだけってなんか新鮮」

 

 

 本人が戸惑っている間に周りが乗ってきた。

 やろうよ。そんな視線が部長に向けられる。

 しょうがないなぁ、なんて笑顔を作り、意を決して咳払いをひとつ。

 

 

「それではご唱和ください。北宇治ファイトー」

「オー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しまった。熱中しすぎた。

 パトリの集まりを終えてから個人練を始めたのは数時間前。練習量と内容に満足したころに窓の外を見れば、夏真っ盛りだというのにすっかり暗くなっていた。

 時計を見るともう十九時を回っている。

 いい加減エネルギーを供給しろ、と腹が鳴った。これはコンビニによって何か買い食いしないとキツいレベルの空腹だ。

 帰るための支度をそそくさとしていると、開けっ放しのドアから人影が見えた。こちらに向かってくる。

 

 

「おや、まだ残っていましたか」

「あ、はい。もう帰るつもりです」

「明日に備えて、今日は早めに休んでくださいね」

「はい」

 

 

 先生も大変だな。生徒がいたらこんな時間まで学校に残ってなきゃいけないなんて。

 いや他人事じゃねえ。さっさと帰って、滝先生にも早めに休んでもらおう。

 まだ残っていましたか、ということは殆どの部員はもう帰っているんだろう。興味本位で誰が残っていたのか尋ねる。

 

 

「俺の他に残っている人、いました?」

「他は小笠原さんだけでしたね。……黒田くん、どうしました?」

「ああいや、何でもないです」

 

 

 誰にも注目されてなかったら俺は今頭を抱えているだろう。

 こんな時間まで待ってなくていいのに。今日は特にさっさと帰ってくれれば。

 いや、今日だから待ってたのか。約束してないのになあ。

 

 

「黒田くん」

「はい」

「あまり女性を待たせるものではありませんよ」

 

 

 部活中、しかも先生がいる前でそう振舞ったことはないはずだが、俺達の関係を見抜かれているらしい。

 ならば取り繕うこともあるまい。

 別れの挨拶を交わし、音楽室を後にした。サックスのパート練をしている教室へ急ごう。

 

 しかし、さっきの言い方はなんだったんだろう。

 待たせるものではない女性。それは恋人や妻といった存在ではなかろうか。

 だが滝先生にそういった女性の気配は感じられない。結婚指輪もしていない。

 それでも自らの経験として、あの声の和らげ方は知っている。目に宿った想いも知っている。

 意図せず出てしまう、愛する人を想って和らぐ声。愛しいものに注ぐ眼差し。

 愛する人への想いに紛れていたのは、過ぎ去ってしまった時を懐かしむ感情と二度と戻らない時への悲しみ。

 滝昇という人が背負っているのは、なんなんだろう。

 

 

 

 

 

 教室のドアから中を覗く。金色の楽器が蛍光灯の光を反射して輝いている。

 待たせてごめん。待っててくれてありがとう。どちらも言われたくないので、どちらも言わない。でも自分が言う側になると言いたくなるな。

 ぐっとこらえて事実を述べる。

 

 

「待たせた」

「お疲れ様。帰ろっか」

「おう」

 

 

 

 

 

 下駄箱で運動靴をつっかけながら、どうしても言いたかったことを言った。

 

 

「待ってなくてもよかったのに」

「私が待ってたかったから勝手に待ってただけ。気にされる筋合いはありませーんだ」

「はっは、そうか」

 

 

 こともなさげに言われた。俺が気にしないようにだろう。

 些細な気遣いを未だに愛しいと感じる。ああ、こういうところが好きなんだよな。言えないけど。

 今日は自転車で来なかったので、校舎を出てそのまま門を出る。

 

 

「あれ、自転車は?」

「今日は歩き。なんとなく、こうなる気がしてな」

 

 

 その影響で手をおいておくべき場所がない。代わりに制服のポケットに手をつっこんだ。

 明日は府大会。もし金賞を獲れなかったら。もし金賞でもダメ金だったら。俺の思いと裏腹に、どんな可能性も仮定して考える、永久凍土のように冷静な理性がいる。

 もしも関西大会への切符を掴めなかったら、この景色は見納めだ。

 だというのに寂しいとかいう感情は全く湧いてこない。俺の感情のどこにもいない。

 明日で終わっちまったら嫌だなあ。道化たリズムでいけしゃあしゃあと抜かすやつがいるだけだ。

 

 

「やっぱり緊張してないね」

「今から緊張するかよ」

「人によってはしてるんじゃない?」

「明日までメンタル持たねえだろ」

 

 

 今から緊張してたら本番前にライフゼロになるわ。HPてかMPか。でもそういうやつって、意外と直前にメンタルさいつよだったりするんだよな。不思議。

 それよりも晴香に緊張している素振りがないことが不思議だ。

 と思ったが、昨年の秋に部長になってから色々なことを経験してきたんだ。特に新年度になってからこの四か月は濃密だった。人が変わるのに十分すぎる期間だろう。

 

 

「聞かないの?」

「見りゃわかるからな」

「そっか。わかっちゃうか」

「晴香?」

 

 

 不意に立ちどまられた。どうした? と顔を覗き込んだら、目が合った。

 

 

「篤、私ね、吹奏楽やっててよかった。部長をやってよかった。やっとそう思えたの」

「なんだいきなり。縁起でもない」

「そうじゃないよ。明日で終わりたくないから言うの」

 

 

 再び歩き出して話し出す。 

 力強く進む様子からは、自信がなかったり泣き虫だったりという時が感じられない。

 俺が晴香の後ろにいることを前提にグングン歩いていく。

 

 

「北宇治吹奏楽部の部長でいるのがもう嫌じゃなくなったの。今でも部長はあすかや篤の方が向いてるって思ってるけどね。でも二人が私でいいって言ってくれて、沢山の人に支えてもらって、部長になれた。篤は言ったよね。部を一番見てるのは私だって。だったら、この部はとっても凄いんだってことを一番知ってるのも私。だから私は関西大会に出て、全国大会にも出て、北宇治の音をたくさんの人に届けたい。北宇治吹部の一員として、もっと吹いていたい」

 

 

 前を向いてしっかりと言葉を紡ぐ姿で、不覚にも鼻の奥がツンとした。

 届かせよう。響かせよう。北宇治が奏でるメロディーを。

 晴香の頭に手をやり、くしゃりとかき回して言った。

 

 

「そうだな、部長。やってやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カッコつけたはずなのに、ものすごくカッコ悪いことに腹が鳴った。ただ幸いにも、二人分。

 ひとしきり笑ってから、コンビニに寄って食料補給をする。

 店の外壁に寄りかかって買ったものを食べながら明日のことを話す。

 

 

「明日は篤に頼りません」

「どーしました、晴香さん」

 

 

 藪からスティックに何を宣言してるんだ、この子は。

 呆れた目を向けると慌てて説明してきた。

 

 

「そんな目で見ないでよ。篤に頼らないっていうのは、私の不安とか緊張を見せないようにするってこと。これでも部長だから」

「あー。つまり士気を下げない為に見えるところじゃ頼らねえ、と」

「そういうこと」

 

 

 長の振る舞いは当然下々に大きな影響を与える。我が部には他に精神的支柱がいるが、頼らずにすめば晴香の自信にも繋がるだろう。ナイスな選択だ。

 

 

「本当にヤバくなったら支える」

「わかってる。いつもそうだもん」

 

 

 これでもう明日の本番について話すことは無い。

 食べ終わったごみを捨て、晴香の手を取って歩き出す。

 

 あとは出来ることを果たすのみ。とりあえず、さっさと帰って寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 推して参る!

 やけに自然に目が覚めた。

 もしかしたら俺はたっぷりと寝てしまったんだろうか。この大事な日に。

 そう思い、慌てて枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。

 数字が大きくて見やすいデジタル時計であることと、眠りが深い俺にとって有難い大音量のベルに惹かれて購入したこれに表示されていた時刻は、設定時刻の一分前。いや、秒針を見れば十秒前だった。

 たった十秒でもなんだか損をした気分だ。それでも寝坊するよりはましだ、と自分に言い聞かせる。

 十秒なんてあっという間に経つ。けたたましく鳴るベルをすぐに止めた。

 

 

「くぁーあ」

 

 

 新鮮な酸素を身体に入れる。

 ふうっと少し余った分を勢いよく吐きだし、起き上がった。

 独り言でゆるっと気合を入れる。

 

 

「ぃよーし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほどんどの支度を終えて、あとは着替えるだけとなった。

 着替える時にはお気に入りの曲を流す。流す曲は毎日ランダムで。

 今日は何を流そうかと考える前に、指が勝手に有名ゲームの曲を選んだ。この日に合っているような気がしたので、音量を上げてそのままかけた。

 誰に聞かれるわけでもないので、なんとなく口ずさんだ。

 

 

「このゆーめがずうっとずーっとー つづいてほーしーいー」

 

 

 歌いながら、曲の歌詞を自分たちに置き換えて考えてみた。

 

 この日々がずっとは続かないことなんてわかってる。でも、最後まで続いてほしい。

 憧れに対する感情とパーカッションに対する情熱は、輝いている恋と言っても過言ではない。

 あいつらと過ごした日々を、忘れないように思い返して。

 奏でよう。現在在籍している吹奏楽部員にとって思い出となるであろう曲を。プロヴァンスの風と三日月の舞を。

 

 音楽を奏でていれば、それが俺達にとって夢のつづき。

 さて、行こうか。

 

 

 

 コンクールでは正装として冬用制服を着用しなければならない。

 女子は大変そうだなーと思うが、我々男子は上着を羽織ってしまえば夏服でも外見は変わらないので楽だ。忘れるというリスクが生じる可能性はあるが、それも忘れなければいいだけの話。

 ペラペラの通学鞄に制服の上着を皴のつかないようにいれて、部屋を出る。――――あヤベ、忘れ物した。

 机の引き出しにひっそりと収められた長方形の箱を取り出した。箱の中には宝物が入っている。

 その宝物を箱ごと持っていこうか。それとも中身を出して持っていこうか。時間が有り余ってなどいないのに、一分間じっくりと悩んだ。

 結果、中身を取り出して鞄に入れることにした。現在では北宇治高校の二年生であることを表す、青色のスカーフ。年季の入ったそれを丁寧に折り畳んで上着の胸ポケットに入れた。

 

 

「よし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよーさん」

「おはよう。涼しそうでいいね、男子は」

「だろ?」

 

 

 学校に行く道すがら部長に合った。数ヵ月ぶりに見る冬服は、今見るとやはり暑そうだ。

 頭に手を乗せて髪を乱すのは怖いので肩に手を乗せる。

 

 

「体温調整しっかりな」

「大丈夫。気をつけてるよ」

「朝からお熱いね。いつも通りだ」

 

 

 後ろからマドンナが冷やかしてくるのが聞こえた。この言い方はあすかに似てきたのか、もともとなのかイマイチ判断が付かない。

 項垂れるポーズをしてから振り返って返事をする。

 

 

「そんなんじゃねっつの。香織も体温調整気をつけろよ」

「ありがとう。そっか、男子は他人事なんだ」

「はっは、そうなのよ」

 

 

 最近は俺が晴香といることが多かったから、香織と二人にしておこうか。

 勢いをつけてから自転車にまたがり、キッコキッコと漕ぎ出した。おいおい。

 

 

「篤?」

「どーぞ二人でごゆっくりー」

 

 

 まあ、あまりゆっくりされて遅刻なんてのは勘弁願いたいが、そんなことになるまい。

 条件反射で右手を振ろうとしたが、坂道なのでやめておく。万一今怪我でもしたら洒落にならん。

 

 少し漕ぐと、学校の方から管楽器の音がした。

 十年以上聞いてきた音だ。誰の音かなんてすぐにわかる。

 なああすか。今日で終わらないからな。まだまだユーフォニアム吹いてもらうからな。俺がお前の傍にいる限り、諦めさせやしねえから。

 触発されて、自転車を進める速度を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はざーっす。来んの早えな」

「おはよう。三年生だからね。早く来ちゃった」

 

 

 早めに来た方だと思っていたのに、音楽室には沙希が既にいた。

 沙希だから先に来ていたんだな。…………全然涼しくならねえ。

 

 

「三年だからって今日が最後とは限らないだろ。あと、その理由だとナックルも早く来ると思うんだが」

 

 

 開けっ放しのドアを見てもナックルが来る気配はまだない。

 揃って溜息をついた。

 

 

「一年の時から来るの遅かったよな」

「そうそう。でも時間的には許容範囲内だから起こるに怒れなくて」

「まさか今回もかあ?」

「その可能性はあるわね。まったくあの男は」

 

 

 沙希は細やかで面倒見がいい性格をしている。ざっくりした性格のナックルと相性がいいと思うんだが。二人ともいい奴だし。

 と、以前言ったら沙希に不自然なほど優しい音色で怒られたので二度と言わない。額に青筋浮かぶの初めて見たよ。

 

 てきとーな雑談を交えながら楽器搬出の準備を整えていく。

 時間の経過に伴って人は増えてくるのだが、

 

 

「あいつまだ来ねえ!」

 

 

 ほんっとうに時間ギリギリになるな、あの男は。五分前行動という言葉を知らないのかよ。いや強制する気はないけども。

 

 

「まあまあ先輩落ち着いてください。ところでこの木槌どうします?」

「あっちの段ボール入れといて。マレットと一緒に」

「うぃーっす」

 

 

 暢気な挨拶で登場したナックルは早速女性陣に「遅い!」と言われる。俺はパッと時刻を確認した。

 

 

「ピッタリ」

「なんだよ。遅刻してないだろ」

「ああそうだな。今後とも遅刻はしないようにな」

 

 

 今俺は諦念の笑みを浮かべているだろう。すべての感性を封じ、省エネモードに切り換えた。

 そうすることで見えるものもある。

 

 

「マレット、こんなところに置いてたら忘れるぞ」

「危ない。入れておきますね」

 

 

 

 さて、見る限りすべきことは終わったか?

 昨日の要項を作る際に一緒に作ったリストを使って確認をし、音楽室に集合した。

 

 

 

 

 

「はーい。みんな聞いてー、聞いてくださーい。各パートリーダーは自分のパートが揃っているか確認してください。トランペット」

「います」

「パーカス問題なーし」

「フルート全員います」

「クラ揃ってます」

「ファゴット・オーボエ大丈夫でーす」

「トロンボーン揃ってまーす」

「ホルンいます」

「低音、オールオッケー」

 

 

 サックスパート以外のパートリーダーが次々と答えていった。

 しかしあれだな。これだけでも結構個性出るな。敬語かタメ口か、とか語尾を伸ばすかどうかとか。

 

 

「ええと、七時過ぎにトラックが来るので、十分前になったら積み込みの準備を始めます。楽器運搬係の指示に従って、速やかに楽器を移動してください」

 

 

 部長がこの後の行動の指示を出してから、楽譜係が話し出した。我が校吹奏楽部唯一(?)のピッコロ奏者、雑賀頼子(ぞうがよりこ)。背がすらーっと高く、香織とは違った方向の儚げな美人で……。今どうでもいいな。

 

 

「今から譜面隠しを配ります。各パートリーダーは取りに来てください」

「受け取ったら各自なくさないようにねー」

 

 

 楽譜係だっていちいちどのパートに何人いるかなんてのは把握していないので、パートリーダーの申告制となっている。

 

 

「パーカス、五人分」

「はい」

「ありがとう」

 

 

 受け取った譜面隠しをパートメンバーに渡す。

 そのあと運搬係のまとめ役のもとに行って指示を受ける。本来ならば楽器運搬係のメインで仕事を請け負うのは俺なのだが、今回はもなかの諸君に任せきっている。

 ちなみに『もなか』というのはBメンバーたちのチーム名であり、由来は二年生メンバーの頭文字より。頭文字(イニシャル)もなか。語呂悪いな。

 指示を聞いてから何度か欠伸を噛み殺しているうちに十分が過ぎた。トラックに楽器を詰め込むため外に出る。詰め込んでからそのままバスに乗り込むそうなので、持ってきた荷物も忘れずに持っていく。

 

 

 楽器を積み込み終わり、全員が集合する。部員はもちろんのこと顧問も。……なんだが、滝先生が来ない。なにこのデジャヴ。

 以前と同じく業を煮やした松本先生の檄が飛ぶ。

 

 

「お前ら気持ちで負けたら承知しないからな。わかったか!」

「はい!」

「はあっ、お待たせしました。皆さん揃ってますか?」

「ええ」

 

 

 相変わらず恐いっす、松本先生。

 ま、気持ちはわかるけどね。滝先生がダントツで最後だし。

 いやはやそれにしてもあの人、礼装似合うなあ。

 

 

「タキシードだあ」

「タキシード、ヤバいね」

 

 

 ファゴットの二人がコソコソと交わす言葉が、俺にはタキシードではなく滝シードに聞こえてならない。

 まさかタキシードとは滝先生専用装備なのか。彼の為に作られた礼服。それが滝シードであり、それ即ちタキシード。

 んなわけあるか。てか俺この数行で何回タキシードって言ってんだ。

 

 

「先生、ちょっといいですか」

「どうぞ」

 

 

 全員が揃ったタイミングで部長が手を挙げた。何か言うのかと思えば、どうやら違うようだ。

 もなかメンバーの名を呼び、場を提供する。

 

 

「私達チームもなかが、皆さんへお守りを作りました。今から配るので、受け取ってください」

「イニシャル入りです」

 

 

 おお、と歓声が上がった。

 量産型でも、何かが違えばそれは特別なものとなる。素直に嬉しい。

 

 

「はいっ、黒田先輩」

「ん。ありがとう」

「なんでニヤけてるんですか?」

「いや、嬉しいじゃん。こういうの」

 

 

 渡されたのはA.Kと書かれたお守り。俺のイニシャル、ロシア製の突撃銃だったのか。カンヤ祭で園芸部が使う水鉄砲だったりしない? 何言ってるんだろう。詳しくは『氷菓』を観るか『クドリャフカの順番』を読んでね!

 きょとんと首を傾げられてた。え、俺のキャラじゃない感じ?

 

 

「先輩にそう言ってもらえて嬉しいですー。万が一いらないって言われたらどうしようかと思ってました」

「言わねえよ、そんなこと。これでも後輩大好きなんだぜ、俺」

 

 

 至る所で談笑タイムに入りかけたが、時間的にあまりそうもしてられない。

 もなかの十人に感謝を述べ、部長が出発の合図をした。

 動き出すのかと思えば滝先生が彼女に声を掛けた。

 

 

「小笠原さん」

「はい」

「部長から皆さんへ一言」

「えっ私ですか!?」

「よっ待ってました、部長サマ」

 

 

 部長がアドリブで強張るのを懸念した副部長がすかさず茶々を入れる。ほんと、この手の立ち回り早えな。これぐらい任せておいても大丈夫だろうに。

 

 

「茶化さないの。代わりに話させるよ?」

「コホン。ではユーフォの歴史について」

「それはいいから」

 

 

 どっと笑い声が起こった。

 ネタだと思ってる人が大半だろうけどな、あすけのユーフォ愛って結構凄いんだよ。

 ユーフォニアムという楽器に出会ってから、この楽器をたくさん知りたくて、ずっと触れてきて。それがあいつ自身の為なのか、想いを届けたい誰かの為なのかはわからないけれど。

 

 突然振られて戸惑う部長。視線が彷徨った。あすかの方に視線が行くのだろうか。

 案の定その通りらしく、そちら側で視線が止まった。

 強張った表情を少しだけ笑顔に変える。

 なんだ。俺には頼らないって言ってたくせに、あいつには頼るのか。

 それからこちらに視線が来た。頭に疑問符を浮かべつつ、目を合わせて軽く微笑む。

 晴香は瞳に決意を灯し、他の人にはわからないほどわずかに首肯した。

 あー。拗ねた自分が馬鹿みたいだ。頼ったんじゃなかった。「見ててね」って、晴香はそう伝えてくれてたんだ。

 

 

「えっと、今日の本番を迎えるまでいろんなことがありました。でも今日は、今日できることは、今までの頑張りを、想いを、本番の十二分間にぶつけることだけです」

 

 

 穏やかに。しかしはっきりと。言葉は紡がれる。

 そして締めはこれだよな。

 

 

「それでは皆さん、ご唱和ください。北宇治ファイトー」

「オー!」

 

 

 ご唱和しなかったあすかが更に発破をかける。

 

 

「さあ。会場に、私たちの三日月が舞うよ!」

「オー!」

 

「はしゃぎ過ぎだ!」

 

 

 テンション上がってもうたわー。松本先生にお叱りを受けてしまった。

 だがお叱りを受けたのは生徒だけではないようだ。松本先生の少し後ろにいる滝先生が、シーという動作を向けてきた。

 普段とのギャップがおかしくて、本番が近いというのに部員達は一様に声を殺して笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 挑戦者

 チームもなかの十人を残し、俺達はバスへ乗り込んだ。

 彼女らにはまだ学校でやってもらうことがあるので置いていくことになってしまうが、会場での楽器搬出入の手伝いをしてもらうので別の交通手段で後程合流してもらう。

 サンフェス時同様座席は決まっていない。が、パート毎で固まっているところが多いようだ。乗り込むのも大体そんな順番だったし。

 ということで今回はナックルが隣。沙希に、お気楽コンビでお似合いよ、なんて言われてしまった。

 失敬な。ナックルはともかく、俺だって適度に緊張してるっつの。

 

 

「え、篤が緊張してるのか」

「緊張感ゼロで本番に臨むほど脳ミソすっからかんでも心臓マリモでもねえよ」

「ナックル先輩は緊張してないんですか?」

 

 

 前の席から美代子が振り返って尋ねる。

 ドカッと背もたれに体重を預けて答えた。後ろの人が吃驚するからやめようね。

 

 

「うーん、俺もそんなにかな」

「おい俺を巻き込むな」

「いや緊張してないとは言ってないだろ。うわー本番だなーってぐらい」

 

 

 俺も五十歩百歩でした。俺が百歩のつもりだけど。

 しかしあまりにも雑な物言いだったため、ナックルはまたまたパートの女性陣から辛辣な言葉をもらう。

 

 

「軽いですね」

「軽いわね」

「軽い男ですね」

「最後おかしいだろ!?」

「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」

「篤まで!?」

 

 

 一様に静かな車内であるが、どうしてかこの一角だけ賑やかだ。

 パートリーダーの特徴でも出るんだろうか。すぐ近くの低音パートの方では、四葉のクローバータクシーを見つけているらしいし。

 

 

「お御籤入ってる」

「ホントだ。大吉だって」

「私も」

 

 

 他からも楽し気な声が聞こえてきた。どうやら貰ったお守りの中にお御籤が入っているようだ。

 てかお守り開けちゃっていいのか? 手作りとはいえ。

 そんなことを気にする人はいないようで、次々に開けてはバスの中が賑やかになる。

 縁起を担いで大吉なんだろうがなあ。捻くれマインドを持つ人間はこう考えてしまうのだ。

 

 

「あとは落ちるしかないってか」

「……お前は本当にアレだな」

 

 

 罰が当たらないよう、一度拝んでから開封させていただく。

 入っていたお御籤は当然大吉……ではなかった。

 

 

「中吉……」

「マジで? なんで篤のだけ?」

「ええいうるさい。まずは俺にこれを堪能させろ」

 

 

 お御籤結果の他に細々と文字が書かれてあった。

 『こういうときに残念な見方になる先輩は中吉です! ここが頂点じゃないですよ!!』

 

 あー、そういうことね。完全に理解した。寧ろ理解されてた。

 流石ウチの後輩だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けばあっという間に会場に着いた。

 そこから滞りなく楽器搬入を済ませ、控室への移動も済んだ。

 個々人の最後の調整であるチューニングも終わり、あとは全体で合わせるだけだ。

 

 

「皆さーん、合わせますよー」

 

 

 滝先生がパンと手を鳴らして注目を集める。

 

 

「合奏する時間はないので、とにかく最初の入りを確認します」

「はい!」

 

 

 練習時間をめいいっぱい使って、何度も何度も課題曲と自由曲の出だしを繰り返した。

 金管楽器でもっとも怖いことは最初の音を外すこと。高音になればそのリスクも上がるし、そうなってしまってはその後の立て直しも難しくなる。

 だからこそ先生は出だしを重点的にやったんだろう。

 

 

 練習が終わったタイミングで先生が話し出す。

 本番当日に顧問の言葉はここまでなかった。

 ようやっと滝先生の言葉が聞ける。さてさて、今からどんな風に俺達を乗せてくれるんですか。

 

 

「えっとー、実はここで何か話そうと思って色々考えてきたのですが、あまり私から話すことはありません。春。あなたたちは、全国大会を目指すと決めました。向上心を持ち、努力し、音楽を奏でてきたのは、全て皆さんです。誇ってください。私たちは、北宇治高等学校吹奏楽部です」

 

 

 ああ、本当に乗せるのが上手いな。細かな人間関係を取り持つのはまだまだだろうに、ここぞというときは締める。だからついていこうと思える。

 

 

「そろそろ本番です。皆さん、会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」

 

 

 春の日を思い出した。私たちは全国を目指しているのですから。目の前の彼がそう言った日を。

 先生はあの日と同じ、挑戦的で不敵で屈託のない笑みを浮かべている。

 その笑みで確立された目標を今一度胸に強く抱き、気持ちをピリリと引き締めた。

 

 

「始めに戻ってしまいましたか? 私は訊いているんですよ。会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」

 

 

 返事はなくとも通じている。それでも先生は問いかけた。想いを言葉にしよう。

 

 

「はい!」

 

 

 ふっと笑い、コンダクターは俺達を導いた。

 どこに導くかなんて決まってる。

 

 

「では皆さん。行きましょう、全国に」

 

 

 

 指揮者の導きによって舞台上へ。とはまだならない。その一歩手前の舞台袖へ移動だ。

 ここまで来たら音出しは厳禁。なので出来ることと言えば一人孤独に己と向き合うか、誰かと対話をするぐらい。

 俺が話すべき相手、話したい相手はいるか? 晴香とは昨日話した。パートの連中とはさっきまで話していた。ならば――。

 そろりそろりと、銀色のユーフォニアムを抱えたやつの所へ行く。

 

 

「お前、全国大会の審査員知ってるか?」

「知らない。まだ発表されてないでしょ。それがどうしたの」

「今年、多分いるぞ」

 

 

 あすかは暗がりでもわかるほど、はっと目を見開いた。瞳に映し出されるは憧憬の色。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐさま何かを諦めた表情になる。

 

 

「そこまで行けなきゃ関係ない。それに、本当にあの人がいるかはまだわかんないんだから」

 

 

 現実的で正当な事を言って、目の前の事実を客観視しようとする。

 利口ぶりたいならそれは有効手段だ。諦めがいいことはまるで立派な大人のように見えるから。

 でもな、俺は審査員に誰がいるかは言ってない。なのに誰のことを指しているか、あすかはすぐにわかった。それはつまり、その人に聞いてもらいたいってずっと思っているからじゃないのか。ずっと憧れているからじゃないのか。ユーフォニアムと初めて出会った時からずっと。

 お前のことは俺が誰よりも知ってるつもりだ。そんな俺の前で、お前が、望みを捨てようとするんじゃねえ。

 

 

「偶にゃガキになれよ。俺が特別でいてやるから」

 

 

 上手く立ち回るために必要な、田中あすかのブランドイメージを崩さないよう、あすかにだけ聞こえる音量で囁いた。ナイショ話なんかじゃないはずなのに。

 

 時間的にもいい頃合いになってきたので、自分の場所に戻り集中を高める。

 コンディションOK。懸念事項特になし。モチベーションも、十分。

 学ランの胸ポケットに手を当てる。小さな声で届けたい想いを口にした。

 

 

「見ててくださいね」

 

 

 これからの演奏だけじゃない。北宇治高校吹奏楽部の躍進を。全国大会金賞までの軌跡を。

 最初に俺に目標をくれた人とこのスカーフの持ち主は同窓生らしい。大学でも一緒だ、なんて言ってたや。

 だから、これに想えば二人ともに想いは届くだろうか。届くといいな。あなたたちに。

 あなたたちが叶えられなかったことを俺が叶えてやろうなんて、烏滸(おこ)がましいけど。

 

 前の学校の演奏が終わり、退場していく。

 

 

「北宇治の皆さん、どうぞ」

 

 

 開けられた扉の向こうに見えるのは、二年間万全の状態でなんか立てなかったステージ。いよいよ北宇治の番だ。

 位置について少しすると、スポットライトがパッと点灯する。暑くて眩しい。単純な事実が、ここが他の場所と違うところだと思い知らせてくれた。

 

 

「プログラム五番。北宇治高校吹奏楽部。課題曲Ⅳに続きまして自由曲、堀川奈美恵作曲『三日月の舞』、指揮は滝昇です」

 

 

 弾けるような拍手が鳴り響き、収束していく。

 完全に収束しきると舞台上に注目が集まった。ざわめきが消失し、音が何もない状態が生まれた。

 指揮者の手が上がり楽器を構える。その音すらも止んだとき、手が振り下ろされる。

 

 とても長いのにあっという間の十二分が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 夏の日はまだ沈まない

 もう少しで結果発表と言う名の審判の時刻が訪れる。

 大抵の都道府県とは違い、京都府大会の結果発表は会場の外で行われる。さらに珍しいことに、口頭ではなく紙での発表だ。

 人によって若干のタイムラグが生じるのがめんどくさくもあるが、なんだかこれはこれで味があっていいと思っている。

 人が密集する所では適度に俯瞰できる位置に着きたい。

 顧問の先生方がいるほど後ろの方を確保すべく端にいようとすると、部長に捕まった。右腕の袖を掴まれ、文字通り捕まることに。

 

 

 

「何」

「いて」

 

 

 別段断る理由なんぞ無いんだが、どうにも意図を測りかねる。

 今日は俺に頼らないんじゃなかったのか?

 困惑面で棒立ちの俺に晴香が言う。

 

 

「今はお願い」

 

 

 よく見れば袖をつかむ手が震えている。これで断っちゃあ、男じゃねえよな。

 それに、ヤバくなったら支えるって言ったんだ。今は晴香の傍にいなきゃならない時だ。

 短く息を漏らし、返事をする。

 

 

「わかった」

「ありがとう」

 

 

 京都府吹奏楽コンクール。

 そう書かれた立看板の方を少女ら少年らが見つめていた。広場の熱気にあてられた彼らの頬は斉一に紅潮している。はやる気持ちを抑えようと深呼吸する音も聞こえてくる。

 

 

「来たっ」

 

 

 誰からともなく声が漏れる。

 皆の視線の先には、この夏の明暗を左右することが書かれた紙がある。金、銀、銅のいずれかの色が記され、関西大会に出場する学校名の横にはその旨も記される。

 その紙が男たちの手によって広げられた。

 北宇治はどこだ。早く見つけろ。期待を確定事項に変えろ。

 

 

「あった」

 

 

 呟きは雑多な音の中に消えていく。

 好きな小説のページを捲るときのようにじっくりとその一行を見つめた。

 金賞。当然だろう。今の北宇治の実力で金が獲れないはずがない。

 その横にも文字がある。

 関西大会出場。これも、当然。しかし少しか頬が緩む。憧れを追い越す為の大きな一歩だ。

 

 グイと右腕が引っ張られる。興奮した表情で彼女は俺を呼んだ。

 

 

「篤! 関西!」

「ああ」

 

 

 夢みたい、と高揚感に包まれたまま呟く。

 夢じゃない。現実だ。俺達の実力で掴み取った、関西への切符。

 

 

 

 

「まだよろしく。部長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果が出されれば勝者と敗者の区別がはっきりしてくる。

 嗚咽交じりに流す涙の意味は人によって違う。悔し涙であったり、嬉し涙であったりと対照的だ。

 どんな結果であっても受け止めなければならない。時間を冷凍保存しておくことなんて出来ないのだから。

 選ばれたものができることは、選ばれなかった者の分まで努力すること。それは高校野球のベンチ入りメンバーの選抜であっても、吹奏楽部の大会であっても、順位付けというふるいにかけられることならば差異はない。

 誰かを蹴落とした事実は見たくないものだ。だが敢えて直視する。次に進めることが当たり前ではないと、わかっていたい。

 その上で、思い切り喜びを噛み締める。

 今日は見事なまでの清夏だ。早起きに加えて本番の演奏ということで体は疲労を感じているだろうが、今日の内にあの人に会って報告しよう。喜んでくれるよな。きっと。

 

 

 めでたい結果に心躍らせたまま、記念写真の撮影となった。

 正直、写真と言うものが苦手な為いつも通り仏頂面で。なんてできない。どう足掻いても頬が俄かに緩む。じゃあもうこれでいいや。

 少し離れた所にいた滝先生を一年男子コンビが連れてくる。驚いて引きずられているが、案外満更でもなさそうだ。

 

 

「じゃあいきまーす。何かポーズとってー」

 

 

 何かってなんだよ。ま別にポーズをとる必要性はない。このままでいいか。

 シャッター音が数度鳴る。

 今この瞬間が切り取られた写真には、俺達が今感じている興奮とか喜びとかと言ったものが映されているんだろう。

 それにしてもポーズを取らせようとしたのに、考える時間をほぼ与えなかったこのカメラマンS。

 

 

 

 

 

「はーい、みんなー集まってー」

 

 

 学校に戻る前に、顧問から軽くお話しだ。

 バラバラに集まると、部長が先生の方を向く。

 

 

「お願いします」

「えっと、こういうのは初めてなので何と言っていいのかわからないのですが。皆さん、おめでとうございます」

 

 

 他人事ー? この人顧問だよな? 指揮者だよな? 一緒にステージ上がったよな?

 

 

「そんな! 寧ろ感謝するのは私たちの方です。みんな、せーの」

「ありがとうございました!」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

 あっさり。盛り上がらねー。なんて声が聞こえてきた。うん、まあ、滝先生に盛り上がる何かを期待する方が間違ってるよな。松本先生は生徒からボックスティッシュを差し出されるほど泣いてたってのに。

 本当、なんでうちの顧問たちはこうも両極端なんだ。

 そして部長のアドリブに皆さんよく合わせられたな。俺はちょっと出遅れたから「ありがとうございました」じゃなくて「~っとうざいました」になった。

 ガクッとなりそうなぐらい淡白な処理をしてくれたが、節目節目で部員をインスパイアする力はやはり長けている。

 

 

「私たちは、今日たった今から代表です。それに恥じないように、さらに演奏に磨きをかけていかなければなりません。今この瞬間から、その覚悟を持ってください」

「はい!」

 

 

 北宇治高校吹奏楽部の曲は、まだまだ続いていく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて京都府大会編終了です。短くてすみません。切りがいいので25話で締めたかったんです。アニメ2期の冒頭も入っていますが、滝先生の言葉で区切りがつくと思っていますので入れました。
見切り発車で書き始めたものですから、気づけば1話を投稿したのは3年以上前です。そりゃ私も通う学校変わりますわ(笑)。
作者も引くレベルでのんびりと進んでいったこの作品を読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

さて今後についてですが、篤たちが卒業するまで書いていくつもりです。篤自身のことや、あすかに関することを書き明かしていかなければ気持ち悪いんです、私が。
私の力量が足りないばかりに雑な伏線張りとなりましたが、いろいろと興味は持っていただけているでしょうか? それらを明かした時、彼等彼女らの想いはこういうものであったのか、という私なりの解釈を楽しんで頂ければ幸いです。

次回更新はいつも通り日曜の12時半になる予定です。(前話の投稿時間はうっかり間違えました)
ここまで読んでくださった皆さんへ感謝を込めて、すっ飛ばしてきた縣祭りの回をお届けします。鋭意執筆中でありますが、特大ボリュームとなることだけは確定しています。
長いあとがきになりましたね。それでは、また来週。
本当にありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

京都府大会編完結記念 Would you like to go to festival with me? 前編

訳題:一緒にお祭りに行きませんか?


前回の後書きで大口を叩いておきながら今回は短いです。前後編に分けるというなんとも不本意なこととなりました。後編は近日公開となります。申し訳ありません。


 いつだかの終わりに「部活に尽力できるようになる」と言ったな。あれは嘘だ。

 いやちょっと待て。俺は悪くない、世界が悪い。具体的に言えば宇治市が悪い。な…… 何を言ってるのか わからねーと思うが ちょいと聞いてくれ。

 俺はすっかり忘れていたんだ。今は六月が開けたばかりだってことをな……。

 

 

 

 

 

 

 

 なんだか勿体つけてきたし、エンターキーを何度か押して空白を作ってみたが、何、大したことじゃない。来るべき六月五日にあがた祭りというそれなりに規模の大きなお祭りがあるのだ。

 高校生がバチクソ盛り上がる行事と言えば祭りだ。大半の高校生は体育祭、学校祭、そしてCHIIKI NO OMATSURI(地域のお祭り)を楽しみにしているし、人によってははしゃぎまくる。何なら盆踊りでも楽しんでる。

 千葉の名物は踊りと祭り。おいおい、ここは千葉じゃねえんだよ。京都府だ。だからマッカンも売ってない。飲んでみたいのにぃ。

 いやいや、俺がガイルで得た千葉知識披露はどうでもいいんだ。俺が言いたいのは、お祭りが近くてなんだかそわそわしている奴が多いということ。流石に部活中に滝先生の前でそれを露にする様な命知らずはいない。俺だってそんな命知らずのデスゲームはしたくないし。

 しかしながらそれ以外の時間では当然祭りに関する話でキャッキャッしている。ただキャッキャしているわけではない。女子が部員の大半を占める吹奏楽部であるが故に、所謂コイバナが盛んになるのだ。

 つまりだ。恋人がいる人間がどんな目に遭うか、わかるな……?

 

 

「黒田先輩はあがた祭り行くんですか?」

「あー、まあな」

 

 

 現在パート練タイム。その中でも休憩中であーる。だから面倒なことに繋がりそうな質問も一蹴できないのだ。ぐぬぬ。

 取り敢えず当たり障りない感じで切り抜けよう。

 

 

「小笠原とか。爆ぜろ」

「ナックル先輩、嫉妬はみっともないですよ」

「ねえお前ら、俺が彼女いること公言してないって知ってる?」

 

 

 ほらこうなったほらこうなった。でも一つ想定外があるな。順菜と万紗子の反応は俺が危惧していたほどではない。

 良かったー。人によっちゃすごーく食い付てくるからね。ヒューヒューだよ、なんて言って来たり……はしねえわ。俺らが生まれる前だもんなあ。

 

 そんなこんなで(どんなこんなだ)部活の時間は過ぎてゆく。話も出たことだし、帰りに晴香と話そうか。あがた祭りどうする? って。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「どうするって、行かないの?」

「その予定だったんだがな。バイト入れられた」

「バイト?」

「そ。叔父さんが毎年屋台出してんだけど、今年はスタッフの中に来られない人がいるらしいから来いって。その埋め合せ兼客寄せパンダだ」

 

 

 お陰で折角の祭りを彼女ではなく、汗と煙と鶏肉の匂いにまみれて過ごす羽目になった。解せぬ。

 いや、俺の感想よりもはるかに申し訳ないという気持ちが強い。

 

 

「それって拒否権はなかったの?」

「あったらとっくに行使してる。俺だって抗議したさ、彼女と約束してるって」

「ちゃんと約束してなかったけどね」

「でも二人で行くつもりだったろ?」

「うん。あ、そしたら今年は一緒に行けない感じ?」

「そうなるな」

 

 

 明らかに落胆している姿を見ると、本当に罪悪感に押しつぶされそうになる。

 叔父さんとの交渉結果を伝えれば、多少なりとも元気になってくれるだろうか。そうであってほしいと思いながら逆接の接続詞を口にする。

 

 

「でも、時間制限つけられたからそれ以降なら」

「時間制限って、いつまで?」

「く、九時まで」

「遅いね」

「マジごめん」

 

 

 項垂れたのか謝罪として頭を下げたのか自分でもわからない。

 縣祭りは「暗闇の奇祭」と呼ばれるような祭りなので、遅い時間であっても祭りを十分に楽しむことができる。むしろそれくらいの時間からが本番といってもいい。だが高校生が出歩くと考えれば遅い時間だ。女の子なら親御さんの心配も大きいだろう。そんな時間に解放されても殆ど一緒にいられない。

 本当に申し訳ない。顔を伏せたままもう一度ごめんと呟くと、笑われた。

 

 

「なんで笑うんだよ」

「ごめんごめん。篤がしおらしいの、なんだかかわいいなって」

「不愉快です」

「まあまあ。お祭りの日は少ししか一緒にいられないけど、楽しもうね」

 

 

 言いながら俺の頭に手を伸ばし、軽くぽんぽんとはたく。なんとも照れ臭い。

 

 

「そうだな。それと頭をはたくの止めろ恥ずかしいガキ扱いするな」

「反抗期の男の子感増したよ? 私も手を挙げてるの疲れるからこの辺にしておこうかな」

「ああそうしとけ。前方不注意で電柱にぶつかっても知らんぞ」

「その前に止めてよ」

 

 

 そういえば、誰かに頭を軽くはたかれたり撫でられたりするのなんていつぶりだろう。父さんにも母さんににも、小学校高学年の頃からされた覚えはないんだよな。晴香にだってされた覚えはない。それは普段逆だからなんだけど。

 俺自身は堂上教官並みに他人の頭に手をやるが、周囲にそんな人はいない。

 

 考えている途中で見慣れた駅舎が見えてきた。思考を一旦止める。

 

 

「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 

 

 

 晴香と別れてから中断していた考えごとを再開する。暫くされた覚えないなー、で終わらない違和感があった。誰だ?

 シャーコシャーコと自転車を進めていると、唐突に答えが降りてきた。

 

 

「千尋さんか」

 

 

 少し思い出してしまえば後は芋づる式に記憶が掘り起こされる。

 あの時俺は中学生で、大人の人に頭を撫でられたのがひどく気恥ずかしかった。それでも、彼女の笑顔や手から伝わる体温がとても温かくて、文句を言いつつもされるがままになったな。

 なあ千尋さん。物事に懸命に取り組んでいる時こそ、休息をしっかりとるのが大事。でしたよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アニメ第二期前半(関西大会編)
第26話 終わりと始まりの間


 我が北宇治高校は吹奏楽コンクール京都府大会にて金賞を受賞した。それだけではない。代表として関西大会への出場も決まったのだ。

 というわけで府大会が終わってから学校へ帰ると、余韻に浸る間もないまま関西大会に向かって歩み出した。まずは日程確認から。

 

 

 ええと、今日が五日で関西大会が二十七日。それまでたった三週間程度しか時間がない。その間にお盆休み二日間と合宿三日間か。他に書かれていることは殆どないな。白が目立つスケジュール。だからといって休みが多いなんてわけがない。何このないないづくし。イケナイ太陽? 太鼓の達人でやるの楽しいんだよなあ、あの曲。

 日程表の白=練習だよこれ。休みはわざわざ休みって書かれなきゃ休みじゃない。なにそれどこの暗黒企業? 過労死は避けようね。

 しかしこいつは受験生には厳しいスケジュールだよなあ。部活部活部活部活部活部活……そろそろゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。俺は別段この程度で受験勉強に影響が生じることはないが、他の人たちはそう上手くいくまい。就職や専門学校だったらまだ楽だったりするんだろうか。それでも、人生の大事な選択には変わりない。どうか無事にことが進みますように。

 

 

「皆さん、行き渡りましたか? 八月の十七、十八、十九の三日間、近くの施設を借りて合宿を行います。今日帰ったら、ご家族にきちんと話しておいてください」

 

 

 日程表が配られたのを確認してから滝先生が話し出す。

 合宿。合宿ねえ。アニメや漫画の世界における合宿回は見てて楽しい。キャラの湯上り描写とか最高だよな。入浴中よりも湯上りが好きなんだよ。見える即物的なエロよりも見えないエロの方が俺はいい。まる出しよりもチラリズムがいい。寧ろチラリとも見えないのが一番いい。見えそうだけど全然見えない。ひたすらに妄想を掻き立てるエロ。それこそがジャスティス。そげぶなんていらない。あ? 冴えカノの0話はいるに決まってんだろ。家に一人でいる時に観て、うっひょーってなってるわ。……俺はいったい何を力説してるんだろう。

 今年度初頭とは違い、熱心に部活動に励むようになった生徒が尋ねた。

 

 

「その前の十五と十六が休みっていうのは」

「そのままの意味です」

 

 

 ざわめく音楽室内。何故だ。偶にゃ休もうぜ。ほら、働き方改革。顧問の先生方休ませたげなきゃ、リアルに過労死するかもしれんし。

 

 

「休むんですかぁ」

「練習したいのはやまやまなのですが、その期間は必ず休まなくてはならないと学校で決まっているらしくて」

「自主練もダメなんですか?」

「学校を閉めるらしいですよ」

 

 

 不満を垂れ流しているのは主に三年生。お前らマジでどーしたの。胎内巡りでもしてきた? 四月五月頃と変わり過ぎじゃね。

 まあ、楽器は一日触れないだけで演奏技術が落ちると言われる。当然と言えば当然なんだろうか。

 それに今までスローガンのように掲げてきた全国大会出場が、少しだけ現実味を帯びてきたのだ。上を目指すようにもなるだろう。

 

 

「とにかく、残された時間は限られています。三年生はもちろん、二年生、一年生も、来年あると思わず、このチャンスを必ずものにしましょう」

「はい」

「では練習に移りますが、その前に」

 

 

 先生が含みのある言い方で指揮台から降りた。

 何かあるんだろうか。すると音楽室の戸が開かれた。チームもなかの諸君が登場する。楽器を持ってるってことは、お祝いの演奏的なのがあるのか?

 

 

「えーっと皆さん、関西大会、おめでとうございます」

「わたしたちチームもなかは、関西大会に向けて、これまでと同様皆を支え、一緒にこの部を盛り上げていきたいと思っています」

「おめでとうの気持ちを込めて演奏するので、聴いてください」

 

 

 もなかの名の由来となった二年生三人が言葉を述べ、演奏が始まる。

 パーパッパッパーッパー。このフレーズだけで曲がわかり、自然とクラップ音が鳴った。曲目は『学園天国』。老若男女誰もが知っているといっても過言ではないであろう曲だ。世代によって誰の曲かという認識は異なるだろうが、演奏すると盛り上がること間違いなしなので吹奏楽部には馴染が深い曲でもある。今度の学校祭で演奏予定の曲の中からのチョイスか。

 

 

「コングラチュレーション!」

 

 

 上手くなったもんだねえ。コンクールメンバーよりも音を聞くことが少ない分、上達ぶりがよくわかる。あかん、オジサン(今年十八歳)泣きそう。既に泣いているのが一名いるようだが。

 

 

「うあー、うー」

 

 

 ご存じ泣き虫部長氏である。気持ちはわかる。

 

 

「部長、何泣いてんの」

「ごめんごめん。ありがとうございました。みんなも、忙しいのに……」

「もーっ、こういう時は景気のいいこと言って締めないとダメでしょ? はいっいくよー。北宇治ファイトー」

 

 

 部長のセリフを掻っ攫い、副部長が音頭を取る。部長を真似て、訛った「北宇治ファイトー」だ。部長就任当初はからかわれていたが、みんな慣れた。恐らく次代にもこのイントネーションで受け継がれるんだろう。

 しかし、景気のいいことがこれなのかよ。いいや、乗っかれ。

 

 

「オーッ!」

 

 

 拳を突き上げ、声を上げたのは部員だけではなかった。今朝と同じように滝先生も参加していたし、なんと松本先生までやっていた。二人とも、やってから恥ずかしそうにしていたが。

 一同の声の中で微かに埋もれた言葉が一つ。

 

 

「それ私の……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会本番が終わったばかりであるので、当然ながら今日の練習は早めに終わった。早めにと言っても練習時間が短かっただけだが。部活終了時刻はいつもと変わらん。

 今日はさっさと帰ると決めていたので居残り練習はしない。今日の結果報告しに行かなきゃいけないからな。

 

 

「篤、一緒に帰らない?」

「わり、行くとこあるから」

 

 

 晴香からの誘いを断り、追及もさせないうちに足早に学校を去った。目的地まで自転車を飛ばす。かっとビングだぜ!

 世の中には行きたくなるお店というのがあるように、会いたくなる人だっているものだ。晴香と一緒じゃ行けないことはないんだが気が乗らない。無暗に他人を紹介するのも、なんだかなあって感じがする。出来れば然るべき人に許可を頂いてから来たいものだ。

 途中で花屋に寄り、白い向日葵を購入。女性に渡すわけだが決して花言葉を気にしていることはない。あの人旦那さんいるしな。いつか意味を込めて、晴香に渡したいとは思ってるけど。

 

 

「お久しぶりです、千尋(ちひろ)さん」

 

 

 買ってきた花を彼女の前に飾ってから挨拶をした。

 自然と声が弾むのは自転車を急いで漕いできたからだ。きっとそうだ。大会の結果で未だに喜んでいたりはしてない。そもそも冷静だったし。久々に千尋さんに会えて嬉しいとかでもない。

 あ、全く違うってわけじゃないですよ。ちゃんと結果を出してから、会いに来たかったんです。確かに年一で会いに来てますけど、それとこれとは違うじゃないですか。

 

 

「見ててくれましたよね。取り敢えず、今日の分」

 

 

 言いながら学生服の上着胸ポケットに入れた青色のスカーフを取り出す。

 本当に見ていてくれたかわからないけれど、傍にいてくれた気はしている。あなたが俺にくれた、青春時代の思い出の品です。あんなに大事そうに渡してくれたんだから、あなたの思いが少しくらい宿ってると思ったっていいでしょう?

 なあ千尋さん。俺、今年はいつもより来る時期早いでしょう。ああ、今年もいつもと同じ日にも来ますよ。今日はちょっと特別です。何故だと思います?

 なんて、クイズっぽく訊かなくたっていいか。結果発表の時もきっと傍にいてくれてただろうから。

 それでも、自分の口で報告したいことがあるんです。

 

 

「聞いてくださいよ、千尋さん。実ぁね、北宇治高校吹奏楽部、関西大会出場が決まりました」

 

 

 なんで今年だけ府大会の結果報告するのかって? そりゃあ今回が嬉しい結果だからですよ。いつもは不甲斐なさ過ぎて来れませんでした。

 必ず来る日、去年も一昨年も、俺謝ってたなあ。気にしなくていいって言ってくれたはずだけど、そんなことは無理なんです。これまでみたいな結果だったとしても今日は多分来ましたけどね。最後でしたから。三年間ずっと謝る様な結果にならなくてよかったです。本当に。

 ……結果は気にしますって。俺個人として良い結果出したいですし、憧れに追いつきたいですし、千尋さんが悲しそうな顔するの嫌ですし。あー、柄にもないこと言った気がする。こっちがくすぐったくなる様な笑顔を浮かべていそうだなあ。手元に視線を落として話を逸らす。

 

 

「これ、近くで見ててほしくて持ってったんですけどね、なんか、お守りみたいな気もしたんですよ。つっても自分でよく違いわかってないんすけど」

 

 

 俺たちの演奏を聞かせてやる! ってつもりだったのが、見守ってもらっちゃった感じです。うーん、やっぱりよくわかんねえや。すんません。

 でもね、絶対に言いたいことは決まってるんです。決まってるってか浮かんでくる、思わずにはいられないこと。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 深く頭を下げた。俺の想いが、その熱まで伝わりますように。

 たっぷり十秒ほど経ってから、彼女を見つめて宣誓をする。

 

 

「まだまだ頑張ります。だから、ちゃんと、全部、見ててください」

 

 

 頷いてくれた気がする。それから昔に頭を撫でられた感覚が蘇ってきた。やっぱり胸のあたりがくすぐったい。もうガキじゃないんですってば。記憶から五年経ってもどうにも敵う気がしない。

 

 さて、報告は終えた。今日は疲れたから早く帰ろう。

 てことで千尋さん、また来ますね。今度は、そうだな。関西大会の後ですかね。そうなるといつもの日が近いなあ。文化祭前だとちょっと俺バタバタしちゃうので、いつもと同じ日に来ます。全国出場の報告、楽しみにしててください。

 

 去り際に軽く一礼。ヤッベ欠伸出てきた。でも動いてりゃ眠気覚めてくれんだろ。てきとうな推測で自転車を漕ぎ出す。

 夜の帳は未だ降りきらず、世界にはオレンジ色のフィルターが掛かっている。帳が降りるのもフィルターの色が変わるのも唐突なことではない。なのに何故俺達は唐突なものと感じてしまうのだろう。

 ゆっくりとゆっくりと変化していくと、その変化には気づけない。

 何かが決定的に変わってしまった時に漸く気付くのだ。ああ、変わっていたのだと。

 もののかたちが突然変容しまったなんて、現実に有り得ないのに。

 掌に握りしめていた砂はいつか消えてしまう。零れないようにと強く握りしめていたって、気づかぬうちにさらさらと失われていく。

 気付いた時にはもうほとんど残っていない。

 汗でぐっしょりと湿った掌の一部にほんの少し残るだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 邂逅

 今日も今日とて部活が始まる。練習開始は午前九時だというのに、大抵の生徒は八時頃には既に集まって練習をしていたりする。

 ったく、そういうことをする空気が善意で作られるから、暗黙のルールみたいなのが設定されるんだよ。こうしてブラックに邁進していくんだ。そこんとこの見極めちゃんとしよう。福利厚生のしっかりしているホワイト企業に就職を! ……できれば働きたくねえなあ。

 ま、人の少ない朝に集中しやすいってことはあるんだよな。一年生の時から上級生の阿呆どもに邪魔されたくないって理由で、休日練習は早めに来るようにしていた。その習慣からか、今だって早めに来てしまう

 下っ端の頃ならいざ知らず、最高学年かつパートリーダーとなった今、躍起になるのは後輩たちにこれを強制しないこと。こういうことって案外難しいんだよな。草の根運動しかないけど。

 

 

 

 

 

 夏休み期間の練習は、午前にパート練習、午後に合奏練習となっている。だがしかし今日に限っては違った。なんでも伝達事項があるから最初は全員音楽室に集まるように、とのお達しがあったのだ。

 定刻通りに滝先生が姿を現した。部長が立ち上がり号令をかける。部員一同はその後に続いて復唱。どこの隊やねん。先生もそのあと同じ言葉を言うから隊ってより新興宗教感が強くなる気がするけど。

 

 

「では早速合奏を始めていきますが、今日はその前に一人紹介したい人がいます」

「まさか婚約者?」

 

 

 んなわけあってたまるか。こんなところで婚約者紹介するような人じゃないでしょうに。

 てか滝先生結婚してんの? 前に引っかかることはあったけど確証は無い。でも、指輪をしてないだけで結婚してました、とかありそうだな。

 先生は腕時計に視線を落とした後、何故か溜息をついてから補足説明をした。

 

「木管とパーカッションの指導がやや足りていないように感じましたので、夏休みの間はスペシャリストに力を貸していただくことにしました。スケジュールの都合上木管指導者の方は合宿からの参加ですが、パーカッションの指導者は今日から来てもらいます。もうすぐ来ると思うのですが……」

「失礼しまーす。いやあ時間ギリギリ。ゴメンね、電車乗ったらどうにも眠くなっちゃって、ばって起きたらもう駅過ぎててさあ。本当はもっと早く着いてる予定だったんだけどねえ」

 

 

 騒々しい音を立てて音楽室の戸が開かれる。驚いて振り返ると、小柄な男性が立っていた。彼は豪快に笑いながらひょいひょいと滝先生の隣へ。

 おいちょっと待て、あの人ってまさか……!

 

 

「えー、彼はこの学校のOBで、こう見えてプロのパーカッション奏者です。現在は楽団を一時退団して、いろいろな学校の吹奏楽部の指導などを行っています。夏休みの間、指導してもらうことになりました」

「橋本真博といいます。どうぞよろしく。渾名ははしもっちゃん。こう見えても滝クンとは大学で同期です。ボクの方が若く見えるでしょう?」

 

「プロ!?」

「マジで!?」

 

 

 誰か二人が反応しているのはわかるが、正直それどころじゃない。

 パーカッションのプロで楽団を一時退団して後輩の育成中。外見は朽葉色の髪に青い眼鏡と、小柄ながらもがっしりとした体躯。そして橋本真博という名前。

 別人ということはあるまい。マジか、あの橋本さんに教えてもらえるのか。

 驚愕は頭の中にとどまらず、実際に声にも出ていた。

 

 

「マジか……」

 

 

 その間にも橋本さんは軽快な口調で何やら部員達に話しかける。緊張のあまり言葉の七割八割はどうやっても脳内でムーディー勝山のように受け流されてしまうが。

 

 

「さて、教えるには本気でやらせてもらうよ。北宇治がライバルを蹴散らせるようにスパルタでいくから、パーカッションの子はそのつもりで」

「はい!」

「……はい!」

 

 

 一人だけ返事が遅れ、訝し気な顔をされた。しかし初回だからか、本気ではなく若干茶化して注意される。

 ああ、視界の隅で濡羽色の長髪が揺れているのが見える。笑うなよ、頼むから。

 

 

「ちょっとー気合が足りないんじゃない? そこのキミ、名前は?」

「黒田篤です」

「篤ね。気合足りてる? ボクの話長くてかったるいなーとか思ってない?」

「思ってないっす。気合も足りてます。すいません」

「そう? ならいいけど」

 

 

 さっき声が上ずらないようにしたせいか、テンション低い奴orやる気ない奴だと思われた。

 違うんです、かったるいんでもやる気がないんでもないんです。寧ろ気合が空回りしないか気掛かりになるレベルなんです。

 と心の中では言葉が出るが、口に出して弁解をするのは俺の美学に合わない。追々認識を改めてもらうか。

 そう思っていると、突然すっと手が挙がった。

 

 

「橋本先生、気を悪くしないであげてください。彼は昔から先生のファンで、大分緊張してしまってるだけなんです。ね」

 

 

 真面目な中に揶揄いも感じられるが文句は言わない。てか助かった。

 思うように口が回らなくなってしまっているので、幼馴染の言葉に無言でこくこくと頷く。貸し一つとか言われるんだろうなあ。

 

 

「なぁーるほど、ボクのファンだったのか。それなら舞い上がっちゃっても仕方ないね。ボクって凄いから。なのにさあ、学生時代から全然モテないの。大学の頃なんかみーんな滝クンの方行っちゃうんだから。君らも見かけに騙されちゃダメだよ? 滝クン、昔っから本当に口悪いんあだだだだ」

「部員の前で余計なことを言うのはやめてください」

 

 

 上機嫌に語っていた橋本さんが突如として悲鳴を上げる。少し視線を落とせば、滝先生に足を踏まれていた。

 滝先生が履いているのはサンダルだが、それでも装甲が来客用スリッパなんてペラいもんじゃ、結構痛いだろうな。わーお、しかもなんかぐりぐりされてるぅ。

 にしても、滝先生ってこんな風にはしゃぐんだな。どこぞの水柱さんみたく、「俺は嫌われていない」なんて意地になって言ってるんじゃないかって思っちゃってた。

 

 満足いくまでぐりぐりしたのか、橋本さんの呻き声が止んだ。何事もなかったかのように涼しい顔で、先生はいつものようにパンと手を鳴らす。

 

 

「それでは皆さん、練習を始めましょう」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。この時間だけでも相当上手くなったよ。やっぱり指導者が優秀だと伸びるのが早いねえ。今やったことを、今後もしっかりと出来るようにしておくこと。いい?」

「はい」

 

 

 あの後早速パート練習に移行し、まずは全員自己紹介を済ませることとなった。

 その前に個々人が移動していく際、案の定あすかに「貸し一つね」と言われた。わーってるっつの。

 自己紹介から話しが軽く脱線することもあったが、コミュニケーションを円滑に行うための基盤形成だと捉えれば不信感なぞ湧いてこない。

 てかなにこのコミュ力モンスター。あっちゅう間に溶け込んでいくんですけど。俺と同じく、橋本真博氏のファンである万紗子は、俺と違って物怖じすることなくガンガン絡んでいっていた。俺だけ波に乗れずに取り残された感覚だ。

 自己紹介を終えてから現時点での実力確認。そうしてから満を持して橋本さん、じゃなくて先生、も違う、はしもっちゃんによる指導が行われた。……やっぱ年上を渾名呼びって無理だ。慣れねえ。性分が体育会系だから出来ない。

 

 

「みんなはこれからお昼?」

「はい。はしもっちゃんは、昼どうするんですか?」

「ボクは滝クンの所に行くよ。しなきゃなんない話もあるしね」

 

 

 顧問と外部指導者という立場なんだし、そりゃいろいろ話しておく必要があるわな。

 昼休みまで仕事かあ……。働きたくねえなあ。

 

 

「先生方も大変ですね」

「大変だけど楽しいよ。君らの伸びが早いのは指導者が優秀ってだけじゃなくて、若いから吸収スピードが早いっていうのもあるんだよ。それをすぐ傍で感じられるのは、おじさんにとって一つの楽しみなんだ」

 

 

 教えたことをすぐに吸収して生かせられる。つまり、小学生は最高だぜ! ってのと同じ理由で、指導が楽しいと考えていいんだろう。多分。

 まあしかし、若いからといって全員が全員スポンジみたいな吸収率をしているわけでもあるまい。全然吸収しないと思ったらがんこたわしでしたーなんてこともあり得るわけで。

 そういうやつって中途半端に吸収してものを言うから性質悪いんだよなあ。

 

 橋本先生は少しだけ空を見つめ、昔を懐かしむように続けた。

 

 

「それに滝クン、集中しだすとご飯食べなくなるんだよ。昔から何度飯食えって言ったことか……」

 

 

 なんか想像つくな。あの人、気づいたら空腹だの栄養失調だのでぶっ倒れてそう。今度バランス栄養食でも差し入れようかしらん。

 

 

「橋本先生って、なんか滝先生の親みたいですね」

「滝クンが自分の事に無頓着すぎるんだよ。ま、ボクの恩師が滝クンのお父さんだからっていうのも関係してるのかもね。それと篤、ボクのことは、はしもっちゃんでいいんだよ?」

 

 

 恩師が滝先生の父親。つまり滝(とおる)さんという部分に俺が食い付く前に、俺の呼び方の部分で引っかかられてしまった。

 

 

「すいません。年上だし憧れだしで、渾名で呼ぶのになんか抵抗あって」

「真面目だねえ。ナックルを見なよ、あっという間にはしもっちゃん呼びだよ?」

「なんか巻き込まれた!?」

 

 

 突如引き合いに出されて喚いている男子生徒約一名は放っておく。

 どっかで妥協点探したいんだけどな。どうしたもんじゃろの~。これ何のドラマのセリフだっけ。

 総員知恵を総動員して悩んでいると、万紗子がナイスな解決策へのみちしるべを出してくれた。

 

 

「はしもっちゃんは、楽団で何て呼ばれてるんですか?」

「向こうではマサって呼ばれてるよ。名前、真博(まさひろ)だから」

 

 

 マサかあ。マサの兄いとでも呼んでみようか。長いからやっぱやめとこう。

 あそーだ。

 

 

「マサさん、でどうでしょう?」

「一部渾名じゃない」

「さんが付いてりゃ気持ち的にマシなんだよ」

「いいね。それじゃあボクのことは、はしもっちゃんかマサさんって呼んでくれていいよ。って、あらら。結構時間経っちゃってるな。みんな、また後でね」

 

 

 橋本先生、もといマサさんは壁に掛けられている時計を見ると慌ただしく去っていった。

 賑やかな人だ。省エネを信条にしてそうな声をしてるのに。

 省エネという言葉で、そういえば今日はエネルギー消費が大きい事に気が付く。

 マサさんの気配がしなくなってから、それなりに大きい溜息をついた。

 

 

「緊張した――――……」

「あんた本当にファンだったのね」

 

 

 沙希の言葉に首肯しつつ、ずっと言いたかった文句を奴にぶつけた。

 

 

「ってかナックル! 俺何べんもあの人のパフォーマンス見ろって言ってたろ。見たことなかったのか?」

「言われたときは覚えてんだけどな。家帰ったら忘れちゃってて。でもあれだな。篤が憧れるだけあって、はしもっちゃん凄い人なんだな」

「当たり前だ馬鹿。帰ったらウィキペディアでも見とけ。あとユーチューブも見ろ。どんだけ凄え人がわかるから」

 

 

 

 

 

 

 橋本真博は本物のエンターテイナーであると俺は思っている。

 あの人のパフォーマンスは絶対に観客を飽きさせないのだ。人を惹きつけてやまない。そんな、全力で楽しませ、全力で楽しむ姿に俺はずっと憧れている。

 俺は彼のことを一パーカッション奏者として純粋に尊敬している。しかし憧れる理由はきっとそれだけじゃなくて、なんだかあの人に似ているのだ。俺がパーカッションを始めるきっかけになった人に。

 北宇治高校のOBで、滝透さんの教え子。そして滝先生と大学で同期。

 

 

 

 

 

 若しかしたら、マサさんは、俺の憧れのあの人なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前にも後書きで書きましたが、橋本先生の個人的なモデルは石川直さんです。と言いましても、恥ずかしながら私は石川さんのパフォーマンスを高校時代音楽の授業でBlast!の映像を一部拝見させて頂いたぐらいしか知りませんが。
石川さんの略歴と、公式から読み取れるだけの橋本先生の情報をミックスさせて、この作品内の橋本真博は成り立っています。
彼に関してオリジナル要素がかなり入ってしまいますが、拙作内の彼らをどうか温かく見守っていただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 逆鱗

 それは平穏なる日々を、青春なる日常を謳歌していたはずの日のことだった。

 ある生徒、否。ここは元部員と表しておくべきだろう。昨年大量に退部していった現二年生の内の一人が、部に復帰しようとしているという噂が流れた。

 詳細を確認していないので現時点では噂という捉え方になるが、恐らく真実なのだろう。火のない所に煙は立たないのだから。

 いや、火は起こさずとも煙だけが存在することもあろう。だがしかしそんなことをするメリットは誰にもない。少なくとも、今回のケースについては。

 

 

 少々屈辱的な事に、俺はその情報を噂として初めて聞いた。

 大方、渦中の三年生が俺に知らせないようにしたんだろう。流石、俺の行動がある程度予測できるようだ。

 しかし知ってしまったからには、動き出さなければなるまい。

 誰になんと言われようが、こればっかりは俺の義務なのだ。

 例えそれは望まれていなくとも、行動を起こすことは、俺が俺自身に課した義務なのだ。

 

 

 

 

 

 誰よりも大切な女の子が、たった一つ抱え続けている願いを叶えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい先刻のことだ。

 件の元部員――傘木希美(かさきのぞみ)――が復帰の許可を得ようと、連日低音パートの所へ通っているという噂を耳にした。

 希美はフルートパートだったのにも関わらず、何故低音のもとへ通っているのか。

 いやはや、俺にとっちゃその理由なんぞはどうでもいい。

 ただ耐え難い事実が一つある。

 もう自主練の時間になっていて良かった。心置きなく乗り込める。

 

 

 

 低音パートの練習教室である三年三組の前に、女子生徒三人が溜まっている。どうやら中の様子を窺おうとしているらしい。

 負の感情を無闇に他人へぶつける趣味はない。それも後輩女子なら尚更だ。

 音楽室を飛び出してきたときに放り投げた仮面をつける。俺が俺であるための仮面(ペルソナ)を。或いは、守るべき何かの為の殻を。

 仮面を着けるついでに、急いだお陰で乱れた呼吸を整える。

 驚かれて大きな声を出されるのは面倒だ。気配を消さないことを意識して彼女らに近づく。

 

 

「何してんだ?」

「あ、黒田先輩」

「うわあむぐっ」

「わああんぐっ」

 

 

 わざわざ気配どころかオーラビンビンにしてやったというのに、サファイア川島以外気付いてくれなかった。葉月と久美子はもう少し俺に興味持ちましょうか。

 慌てて二人の口を手で塞ぎ、教室の方を一瞥してから文句を言わせてもらう。

 

 

「でかい声出すな。中に聞こえちゃうだろ」

 

 

 ニュートラルなトーンで言ってから手を放す。流石低音管楽器担当者たち、あまり息が切れていない。

 

 

「先輩はどうしてここに?」

「ああ、ちょっとな」

 

 

 模糊とした言葉で濁すと、室内から切実に懇願する声がした。ドアを一枚隔てたにも拘らず、想いが十分に伝わるだけの熱を持っていた。

 

 

「あすか先輩は特別なんです。あすか先輩から許可を貰いたいんです!」

 

 

 答える声は熱をなかったことに出来るほど冷たかった。冷淡どころか冷徹といって差し支えないだろう。

 

 

「だから何度も言ってるでしょう? 私は許可を出さないって」

 

 

 さっき着け直したはずの仮面の一部がパラパラと崩れる。

 原因は希美の言葉か、あすかの態度か。どちらでもいい。どちらかか、どちらもかなんてのは大した問題じゃない。

 仮面が完全な状態を保っていない。その事実があればいい。

 

 俺の圧が伝わったのか、三人が少し後退る。ごめん、君らを怖がらせるつもりはないよ。

 一番近くにいた久美子の頭にポンと手を乗せる。

 それから一言声を掛ける。俺が感情を剥き出しにする様子を、傍観者に見せたくないから。

 

 

「君たちは練習に励みたまえ」

 

 

 

 意識的に肺に酸素を取り込みつつ、仮面の形を初期の虚化のような不完全な形へ変化させる。

 逆鱗に触れられた時点で俺の仮面(ペルソナ)はここまで崩れた。真実でありながらも偽りのアイデンティティが崩壊し、本当の真実の一歩手前まで俺自身が現れる。

 対象者への容赦とか、忌避すべき面倒事だとか、そんなものは知ったこっちゃない。

 一番上の仮面の良心に合わせた程度で容赦はしてやる。意識的には出来ないが。

 面倒事に割く労力が勿体無いから、それは忌み嫌ってきた。だがなんとしても避けなければならないものがあるなら、なんとしても護らなければならないものがあるなら、俺は何を犠牲にしてでもそれを護る。

 

 

 目の前のドアを強めに叩く。

 返事を待たないうちに開けようとしたが、鍵が掛かっているようだ。

 俺が開けろと言う前に、入れてと声がした。

 すぐに開けられたので遠慮なく中に入る。招き入れた人間以外は驚いた顔をしていた。俺が来るのわかってたのかよ、お前は。

 

 

「何の用ですか」

 

 

 希美が射る様な視線と唸るような声で噛みついてくる。

 邪魔だろうなぁ、この上級生は。多分希美にとって、俺は凡庸な一上級生ぐらいの認識だ。そんな奴がしゃしゃってきたら鬱陶しいことこの上なかろう。

 だが大事なときに水を差されて鬱陶しく思うのは俺もなので勘弁してほしい。

 

 

「その言葉、そっくりそのままお返しさせていただこうか。()()()

「待って下さい、そんな言い方は」

「読んで字の如く部の外の者だ。違うか?」

 

 

 希美を庇おうとした夏紀はぐっと押し黙った。

 詭弁でも正論でも何でも使う。今の俺と話しをするというのはそういうことだ。全て捻じ伏せる。

 

 抗議をしてこなかった希美他数名は質問意図を掴めずにいる。

 当然だろう。希が部に復帰しようとしている、と聞いていなければここに俺は来ていない。あくまでこれは言葉運びの為のやり取りだ。

 

 

「私は部活に戻りたくて、そのためにあすか先輩の許可がほしいんです」

 

 

 そこで止めればよかった、と後にあすかは言った。卓を(けしか)けて実力行使で止めれば、と。きっと俺の方を。

 しかし現実という筋書きのない物語はやり直しが一部だってきかない。

 タラレバが次の機会で推進剤に成り得るとしたって、その時点でやってしまったことは変わらないのだ。

 

 

「いきなり出てきて、邪魔しないでください!」

「邪魔をしているのはどっちだ」

 

 

 心に溜まった憤怒がそのまま音を持ったような声が出た。

 激昂し喚き散らすことなどしない。

 深い海の底を想起させる冷たさと圧力。

 これが俺の逆鱗に触れるということ。掠めたり、興味を持つ程度じゃここまでならねえんだよ。

 

 希美に向かってずかずかと歩み寄り、結果壁際に追い詰める。

 彼女の顔の斜め上に右の掌を思い切りついた。

 

 

「お前の勝手な都合やわがままで、あいつの時間を奪うな」

 

 

 自分の願いを叶えることをあすか自身が諦めていないのなら、俺は全力で障害を取っ払う。

 誰にだって、邪魔はさせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作用・反作用の法則を用いて壁から離れ、体を半回転させる。

 右手で顎のあたりを擦りながらあすかに尋ねた。昂った感情は粗方鎮火しているので、フラットに。

 

 

「で、なんで通われてたの」

「あたしが復帰の許可を出さないから。今希美ちゃんに戻られると部にとってマイナスになる」

 

 

 何がマイナスになる? 何が問題になる?

 あすかの思考がわかれば、俺がどうにか出来る。

 

 考えろ。

 散文でいい。俺の頭の中(最強の思考空間)でどうにでもなる。

 

 希美の復帰が部のマイナス。上を目指すための障壁。

 低下するもの。瓦解するもの。

 演奏。モチベーション。技術。表現。

 どれだ。誰だ。

 希美。繋がりは?

 フルート。南中。辞めてない。現在コンクールメンバー。

 誰だ。決定打はどこだ。

 フルートは、調。フルート唯一の二年。

 南中は、誰だ。夏紀はB。他、優子、みぞれ。

 優子。そんな程度で崩れない。香織がいる。

 みぞれ。……みぞれ? 部で唯一のオーボエ奏者。技術は高い。自由曲でソロ。

 これか?

 

 

「ダメになるもんがあるんだな?」

「そういうこと」

「そうなると全国に行けない」

「そう」

 

 

 確定だろう。後で一応確認はするが。

 思考の際に落としていた視線を拾いつつ、あすかに話す。

 

 

「……なるほど。わかった。じゃあ、お前の役割寄越せ」

「どういう意味か、訊いてもいい?」

「許可を出すかどうかは俺が決める。当然、お前の判断基準でな」

「あんたが言うなら承諾するしか……」

「ま、待ってください」

 

 

 俺とあすかの間だけで話が展開されていった。理解が追いつかず呆然としていた二年生諸君だったが、噛み砕けばわかったようだ。

 希美はさっきの恐怖が抜けていないようで、代わりに夏紀が異議申し立てる。

 

 

「希美が欲しいのは、あすか先輩の許可なんです。いくら黒田先輩があすか先輩の基準で判断するとしたって、無理があるんじゃないですか?」

 

 

 代役だのが出てくりゃ、その差異を気に掛けるのは至極当然のことだろう。俺、今回イマイチまだ情報足りてねえし。

 それでも、今回の件の結論は頭を使えば十分辿り着ける。そして何より、黒田篤と田中あすかの間で、目立った齟齬が発生することはない。

 

 

「大丈夫大丈夫。あたしとこいつの仲だし。あと、こいつのことを低く見積もらない方が良いよ」

 

 

 

 あすかからこの忠告は、現段階だと結構ありがたい。関わりがあまりなかったからなのか、希美には舐められているみたいだからな。

 日頃圧を感じさせないように振舞ってきたのが、こんな風に裏目に出るとは思ってなかった。

 取るに足らない一上級生。それを特別な上級生が擁護していれば、希美の眼にはどう映るだろうか。

 

 

「私は、私はあすか先輩じゃなきゃダメなんですっ! 先輩は特別だから。こんな人の許可じゃ」

「聞こえなかった? 篤のことを低く見積もるなって言ったんだけど」

 

 

 こんな人、なんて評されたのは初めてだ。それだけ俺のタレントステルス性能が向上したってことかね。などと茶化して考えられるのは、あすかの言葉ゆえだろう。

 俺はあすかが特別と言われると腹を立て、あすかは俺が平凡だと言われると腹を立てる。らしい。

 いや、お互いにある程度は認めている。彼女は特別、俺は平凡だと謳われることを。そう振舞っているのだから。それでも、あれだけ真っ向切って言われては思うところがある。ようだ。あいや、スターウォーズのキャラじゃなくって。

 さっきから語尾が不確定になっているのにはちゃんと理由がある。あすかが俺のことで機嫌を損ねるのをみたのが初めてなのだ。

 俺が本当に侮られると、こいつはこうも業腹だということを初めて知った。若しかしたら俺の知らないところで表れていたかもしれないが。

 つい数分前に俺の怒気を思い切り浴びておきながら、希美はよくもまあこんな人、だなんて言えたもんだ。その図太い神経を称賛できるほど俺が無関係だったらよかったのにな。

 

 

「あすか。裁量権は委託してくれるな?」

「あんたが言ってて渡さないわけにいかないでしょ。ついでに副部長って肩書もあげようか?」

「いらんいらん。責任取る様な仕事はいらん」

 

 

 互いについて感情を発散したからこその安心感。というか雑感というか余裕というか。言ってしまえば、身内にだけ容赦するアットホームな雰囲気が作られる。

 道化た言葉と裏腹に、まとう空気はひどく排他的に感じられるだろう。

 あすかをてきとうにあしらい、希美と夏紀に向き直る。

 

 

「さてこいつはこう言っているんだが、それでも君らは、俺ごときじゃ不服か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書いていて嫌な回でした。なりふり構わず彼が感情を爆発させる様子は、表現に苦悶したので余計に……。

希美が好きな方々、申し訳ありません。
あ、作者は希美好きですよ。なあんか人間臭くてリアルな感じが好きなんですよね。リズの時なんか特に。東山奈央さんの演技も最高です。92年組ホントすげえなあ。


そんなこんなで、また次回の更新をお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Interlude 1

 血相を変えて彼が校舎内を駆けていくのが見えた。

 とうとう聞いちゃったんだ、あの話。

 どうにか彼の耳に入らないようにしてきたけど、数日誤魔化すしか出来なかったなあ。

 

 自惚れでもなんでもなく、色恋以外で彼が平静を欠くことなんて滅多にない。恋愛に関しては慣れてないからって言う。けれど他のことだったら、慣れてなくても大体冷静。

 ううん、少し訂正。この前みたく、吃驚したりすることはままあるから。

 滅多にないのは、本気で怒ること。

 彼の普通じゃない部分が多くの人を恐がらせてしまうことを彼は知っている、だから柔らかくて丈夫な仮面をいつも被っている。家族(あすか)といるときも、恋人(わたし)といるときも。

 利己的ぶって自分の為だって言うけど、それは真実に見えても、きっとそれだけじゃない。周囲を不用意に傷つけないようにでもある、よね。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 希美ちゃんとあすかが気になって、階段を上って行く。

 目当てのフロアの踊り場には、黄前さんと川島さんと加藤さん。教室から出されちゃったのかな。

 

 

「何してるの?」

「ひいっ」

「ぶ、部長」

「なんかさっきもやった気がする」

 

 

 さっきもやった? ああ、彼が来た時も驚いたんだね。連続で驚かせちゃってごめんね。

 

 

「希美ちゃん、また来てるの?」

「はい。それと、さっき黒田先輩も」

「あつ……黒田くんもかあ」

 

 

 危ない危ない。付き合ってるのは秘密(のつもり)だから、名前呼びは避けておかないと。

 

 

「そういえばさっき、黒田先輩めっちゃ恐かったんですよ。あんな怒ってるの初めて見ました」

「でも私たちには普通だったんですよね」

「久美子ちゃんの頭を撫でて、練習に励んでいたまえって」

「ちょっと緑ちゃん!」

 

 

 黄前さんが、しまったというような顔をした。彼の行動を言っちゃいけない人に言っちゃった、みたいな。

 あすかや後藤くんと梨子ちゃんがいるパートだし、私と篤の関係を知っててもおかしくないよね。

 やっぱり篤の癖なんだよね。人の頭に手を乗せるの。だから三人とも気にする必要はないよ。寧ろ私が気になるのは、黄前さんが嫌じゃなかったかなんだけど。

 

 

「気にしなくていいよ。篤の癖だし、今更気にすることでもないから。あ、嫌だったら、本人に言えば――」

 

「…………ぃ!」

 

 

 言葉の途中で教室から声が響いた。それから少しして、ドンッと壁を殴ったような音がする。

 夏なのに物凄く冷たい雰囲気が教室から漂ってきて、私達は一切の音を立てられずにそちらへ意識を向けた。

 叫び声ははっきりと聞き取れていないのに、冷徹で苦し気な声はいやにしっかりと届いた。

 

 

「お前の勝手な都合やわがままで、こいつの時間を奪うな」

 

 

 それは復帰を否定するでも肯定するでもなく、ただただ彼女を慮った言葉で。

 二人を知っているからこそ、彼が彼女を大切に想っていることが痛いほど伝わってくる。

 

 

「今のって黒田先輩?」

「なんであんなに……」

「そんなに希美先輩の復帰が嫌なのかな」

「違うよ」

 

 

 そうだったらどれほどよかったんだろう。自分の目標達成の為に、部の和を乱す可能性を躍起になって取り除く。

 そんな自分勝手な理由なら、こんな複雑な感情なんて抱かないで済むのに。

 彼と彼女の関係をきちんと認識するために、自分に言って聞かせる。

 私のための独白。私を止める独白。私を責める独白。

 

 

「篤にとってあすかは、特別だから」

 

 

 零れた言葉は釘のように刺さり、私の頭と心を動けなくする。

 これでいいの。あの二人の関係に踏み入らないでいられるから。彼を疑わないでいいから。

 それでも止まりたくない私が叫ぶ。踏み込んじゃいけない境界線の淵から大声で。

 彼女を想った彼の声と同じで、彼を想った私の声も苦しいものになる。

 

 

 

 お願い、助けさせて。

 私がいるから。

 

 お願い、助けて。

 あなたしかいないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 思い巡らすということ

今年ってあと一か月しかないの…………(愕然)


「さーて、いろいろとお聞かせ願おうか」

 

 

 希美と夏紀に、明日以降は俺のもとに来るようにと言った日の帰り道である。あすかを取っ捕まえて情報収集に努めることとした。

 帰り道と言っても互いにチャリ通に加えて家が近いので、一旦帰宅してからあすかの家に俺が行くこととなったのだが。

 

 

 

 というわけで、現在田中邸。

 

 

「何を訊くつもり? 大体わかってるんでしょ」

「結論はわかるけど過程がイマイチなんだよ。そもそも情報が足りねえ」

「それわかったって言えるの?」

「ほぼ推理・推測だな。それでも、お前が絶対に許可を出さないことはわかってる」

「ふーん」

 

 

 推しはかるでも楽し気でも平淡でもない声音と視線を向けてくる。

 俺がこの程度推測できるなんて、お前が一番知ってるだろ。

 

 

「んだよ」

「いいえ。流石天才サマだなー、と」

 

 

 茶化すな。と言いかけてやめた。口調は茶化しているが、多分本気で言っていたから。

 自分とは違うと微かに物語る態度が含む感情までは読み取れなかった。

 

 

「あんたに情報吹きこむ前に、まずは推論を聞かせてもらえる?」

「あー、そうだな。てか吹き込むってなんだよ。ホラ吹くなよ?」

「いいから話して」

 

 

 怖えっつの。わかりましたよさっさと話しますよ。

 

 

「希美がいるとみぞれがダメになる。だから復帰の許可を出せない」

「あんたの頭本当どうなってんの」

「違ったか?」

「違わないから恐ろしいんだよねえ。どこが欠落しててその結論出てくるのさ」

 

 

 あすかは一昔前に流行ったラノベのやれやれ系主人公のように溜息をつく。いや待てあれは一昔前で良いのか? 俺の基準は十年一昔換算だから、えーと、うん、どうでもいいや。俺的元祖はキョン。谷川先生最新刊マダー?

 閑話休題。

 

 

 

「仮定だけで考えたから欠陥だらけだよ。仮定+消去法だ。あとはアレだな。お前、部全体に影響が~とか考えねえじゃん。そんな奉仕主義者なわけねえじゃん」

「あんたそのうちどっかの研究施設で脳みそ調べてもらえば? ノーベル賞もんの発見あるかもよ」

「アホか」

 

 

 そんな御大層なもんが詰まっちゃいねえだろう。有難いことに、両親は揃って健常でIQが百程度のホモ・サピエンスだ。何か発見があったらまず両親とDNA鑑定したくなっちゃうレベル。

 

 

「話戻していい?」

「お前だよ逸らしたのは」

 

 

 今度は俺が溜息をつく。まあ十数年一緒にいればこの傍若無人っぷりにも慣れてるんですけどね。

 かっくりと落とした頭を上げるついでに首をぐるりと回す。左右にも倒せばパキパキと音がした。

 今のが仕切り直しのきっかけになった。改めてあすかに問いかける。

 

 

「で、なんで希美がいるとみぞれがダメになるんだ?」

「なんか普通じゃいられないんだってさ。主な症状は動悸・吐き気・精神の乱れ・モチベーションの低下」

「風邪の諸症状みたく言うなよ」

 

 

 こんな症じょ……ではなく、こんな風になってしまうなら、復帰を止めるのも道理だろう。

 今の北宇治の実力じゃ強豪犇く関西大会の壁は到底越えられない。現時点である技術を全部ぶっこむだけでなく、更なるスキルアップも必要だ。

 そんな状況下で、我が部唯一のオーボエ奏者を苦しめられるわけない。

 

 

「なんかトラウマでもあんの?」

「そーなんじゃない? 本人は原因不明って言ってたけど」

「ちなみに希美はそのこと……」

「知ってたら来てると思う?」

「ですよねー」

 

 いるよなあ。苦手意識持たれてんのに気付かないでグイグイ来る人。電車で一,三人分のスペースを我が物顔で陣取っている人と似たような性質の悪さがある。

 俺の主観だが、希美は別に気遣いが出来ないからこうなっているということではないのだろう。それだったら中学時代に吹奏楽部の部長なんて出来ないはずだし。自己中とかじゃなくて、そうだな。言葉を選ばず言うと……脳筋。

 

 

「脳筋娘にヒントやったりしたのか?」

「ヒントも答えもあげられないでしょ。あたしだってそこまで酷くは、ってちょっと待って。脳筋娘って希美ちゃん?」

「他いねえだろ」

 

 

 思考の延長上だったのでつい呼び方をうっかりしてしまった。しっかりじゃないぞ? うっかりだぞ? てかあすかだって脳筋娘=希美ってわかったじゃねえか。

 自分を棚に上げて何か言ってくると思ったが、あすかは顔を伏せたまま黙り込んだ。あきれてものが言えないとかいうことだろうか。

 

 

「の、脳筋って……。せめて、い、言い方あるでしょ……。ふふっ、熱血とか」

 

 

 おっと違いましたね。笑いのツボに入っていたようです。

 目尻に浮かんだ微量の涙を拭いながら奴は感想を述べる。

 

 

「あーおかしい。こんな笑ったの久々かも」

「普段どんだけ笑ってねえんだよ。大体いつも被ってるくせに、笑い仮面」

「あんた図書館戦争の言葉好きね」

「今のは使われ方違うけどな」

 

 

 図書館戦争の笑い仮面は小牧教官。このフレーズは、史上最大級の上戸に入った小牧に郁が文句を言う際に使われていた。収録巻は第三巻『図書館危機』。ここのやり取りマジで笑った。

 仮面という言葉が数時間前の出来事と唐突に繋がる。

 先に口を開いたのはあすかだった。

 

 

「そうだ。あんたの仮面って、あんなに崩れるもんなの?」

「らしいな。俺も今回初めて知った」

「らしいって、んな他人事みたく言っちゃって」

「いや実際他人事みたいなもんだし」

「他人事であんなキレるとか怖いんですけど。引くわー」

「お前なあ……」

 

 

 俺にとっちゃお前は他人だけど他人じゃねえんだよ。

 自分の事じゃなくても、あすかに関わることならああなる。考えるまでもなく至極当然のことだ。

 

 

「お前こそ、俺のこと低く見積もるなって相当腹立ててただろ。お互い様だ」

「いやいやいや違うって」

 

 

 何がだ。他人じゃねえから、俺達は互いにあんな風に激昂したんじゃないのか。手前の理想を押し付けるなと呻き、勝手な視点で侮るなと放ったんじゃないのか。

 尋ね返そうとあすかの顔を見れば、その眼差しは見たことがないほど真面目くさっている。

 

 

「あんたが舐められてるのが嫌だっただけ」

 

 

 なんでそれを嫌だと、お前が言うんだ。

 どうしてそれが激昂する理由になるんだ。

 あすかのことは大抵わかる。

 だけどわからない部分もかなりある。んなこたぁ理解しているさ。

 俺なのに見えない部分。俺だから見えない部分。

 

 

 

 若しかしたら、と偶に思う。

 

 田中あすかを一番特別視しているのは、俺じゃないのか。

 

 特別扱いをするなと言いながら、ただのフツーの女の子だと言っておきながら。

 

 他の人たちと意味合いが違ったって、そのことは変わらない。

 

 あすかに対して一番強固なバイアスを掛けているのは、俺なんじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いします。部活に戻らせてください」

「お願いします」

「断ーる」

 

 

 翌日より希美と夏紀は俺のもとに通うようになった。

 練習時間外なので一応の不都合はない。だが他のパートメンバーの邪魔をするわけにいかないので、そこら辺の空き教室を拝借している。

 かれこれ三十分以上経過しただろうか。戻らせてくれ→駄目だ→何故→言えない→戻りたい。この無限ループが形成されている。

 何なんだよコレ。世界のバグなの? 嗚呼メビウスの輪の中で!

 

 

「どうして駄目なんですか?」

「だから言えないって言ってるだろ」

「それじゃ納得できません!」

「納得してもらう必要はない。納得はしなくていいから、もうわかれ。許可は出さないし、出せない」

 

 

 そろそろ頭が痛くなってきた。正直に言ってしまえば、俺はこのやり取りに飽きてきている。あすかは二、三日これにつきあってきたのか。

 希美はこんな不毛なやり取りをするためだけに学校に来ているんだよな。

 そうまでして戻りたくなるぐらいだったら、君は、

 

 

「なんで辞めたんだよ。忠告はしたぞ」

「それはっ……」

 

 

 

 希美の顔が苦々し気なものになる。

 希美本人も後悔しているんだ。辞めなければって。

 まさか思ってもみなかったろう。退部して一年経たないうちに、見限ったはずの部が躍進していくなんて。

 この学校の吹奏楽部で全国大会を目指す。馬鹿馬鹿しいと思われていた目標を本気で達成しようとする。

 この点において俺と希美は共通していたのだ。

 希美がどれだけ今の体制を待ち望んだかは知らない。俺は少なくとも十年以上待った。

 学年は違えど、立場は違えど、才能が違えど、同じところを目指していた。

 そんな俺達を分けたのは忍耐以外の何物でもない。

 黙ったままの希美を見かねて夏紀が声を発す。

 

 

「先輩、今日はもう帰ります」

「ん」

 

 

 明日も来るんだよなあ。進展絶対ゼロなのに。

 先に手を打っちまおうか。

 

 

「夏紀。このあと時間あるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、材料揃ったらこの公式にぶち込んで。そしたら出る。計算スペースはケチるなよ」

 

 

 希美には先に帰ってもらい、夏紀と二人で学校近くのファミレスに来ている。ちゃんと量がある割に良心価格。千葉発祥っぽい。

 聞けば夏休みの宿題がまだ終わっていないようなので、出来る限りでお手伝いをしているところだ。

 

 

「あー終わったあ。こんなに早く終わると思ってませんでしたよ」

「お疲れさん。ほら、なんか食え」

「奢りですか?」

「ドリンクバーだけならな」

 

 

 メニュー表を見ながら、最初にドリンクバーと一緒に頼んでいたフライドポテトを摘まむ。それなりに時間が経っているからしなしなしている。まあ胃に入りゃいいやってタイプだからいいんですけどね、別に。

 

 

「決まったか?」

「はい」

 

 

 コールボタンを押して店員さんを呼ぶ。

 明らかにアルバイト。やっぱあれだな。飲食店ってバイトが支えている感強いよな。心の中で敬礼!

 

 

「ペペロンチーノと辛みチキンで」

「チーズドリアとミックスグリルお願いします」

 

 

 店員さんは見ただけじゃ使い方がよくわからんハンディをピピッと操作してしゅたッと立ち去る。

 提供されるまでの待ち時間でドリンクを補充し、一息つく。

 

 

「あの、先輩」

「んー? ああ、そろそろ本題に入ろうか」

 

 

 居住まいを正し、ゲンドウポーズで問いかける。

 

 

「問題です。何故夏紀だけを呼んだでしょうか?」

「私がそれ知りたいんですけど」

「くっはっは。そんな困った顔しなくてもいいじゃねえの。なに、至極単純なことだ。さっぱり見当がつかないならネタ解答でもいいぜ」

 

 

 頭を悩ませている間に珈琲で口内を湿す。冷房がかなり効いているので、あまり氷は解けていない。

 

 

「希美の話ですよね。本人には聞かせられないこと」

「その通り。すぐに判断してくれて安心したよ。さて、もう一つ尋ねよう」

 

 

 大仰な手振りをやめ、言葉を区切り目を見据える。

 夏紀の細い喉がこくりと動いた。

 

 

「希美を戻らせない理由、知りたいか?」

「え……」

 

 

 一瞬硬直するも、すぐに言葉を返してくる。

 

 

「知りたいです。でもなんで」

 

 

 当然の疑問だよな。さっきまで、言えない言わない知らなくていい、だったし。

 なんとなく、なんてことは無い。俺の身勝手な理由がある。

 

 

「人間はよく、やらなくて後悔するよりやって後悔する方が良いって言うよな。後半はともかく、前半部分は痛く共感するね。ペットの騒動で思い知ったから。信頼だとか、んな勝手な推測を押し付けちゃいけねえし、面倒だとかって理由で避けてちゃもっと面倒になる可能性だってある。だから今回は先手を打つことにした。働かねえために働くみたいなもんさ。取り敢えず、ここまでOK?」

「はい」

 

 

 首肯し、先を促される。

 喋りに興が乗ってきた。脱線しないよう気をつけながら続ける。

 

 

「さっさと策を講じようと思ったんだが、何でもかんでも俺がやっちまうのは主義に反する。俺のやり方はあくまで魚の獲り方を教えるものであって、魚を与えちまうことじゃあない。緊急の場合や、教えても無意味な場合はその限りじゃないがな。さて、再度質問だ。希美を復帰させない理由の答えか、アフターサービスてんこ盛りのヒント集か。君はどっちを望む?」

 

 

 ひとしきり喋り、口の中が乾いてきた。水っぽくなった珈琲を啜る。

 丁度いいタイミングで料理が運ばれてきた。熱々のドリアを冷ましながら慎重にがっつく。

 

 

「冷めるぞ」

「先輩は気楽ですね」

「腹ぁ減ってんだ。話は真面目に聞く」

「いくつか質問していいですか?」

「つまらんことは聞くなよ」

 

 

 夏紀はゆるゆるとシルバーに手を伸ばし、フォークを掴む。パスタをくるくる巻きながら尋ねてきた。

 

 

「アフターサービスって何があります?」

「答え合わせや行動、振る舞い方の相談に乗る」

「黒田先輩がですか?」

「ああ。大抵のことはほっぽって優先しよう」

「それは頼もしい」

「だろ」

 

 

 希美よりも夏紀の方が俺の価値をわかっているようだ。俺が把握している事項に関して、俺以上に適任な話し相手はいない。

 自らのことについて、ある程度のことは気にせず対応できることに(俺の中で)定評があるが、どうしてもかかわりを少なくしたい種類の人間はいるものだ。

 ポテトを数本まとめてフォークに刺して口に運ぶ。水分を奪っていくやつらが粗方いなくなったら、お冷で残りを流し込んだ。

 

 

「自分で何も考えようとしないやつに与える恩恵なんてないだろう? 嫌いなんだよ、そういうやつ」

「それって希美のことですか」

「気に障ったんなら謝る。だがまあ、今回の件に関しちゃそうだな。だからこうして夏紀を呼んだ。俺ぁ諸葛孔明でも小野小町でもねーの」

 

 

 ついでに言うと、ギャルゲー乙女ゲーの攻略対象でもない。

 心理学で単純接触効果なんてのがあるが、不毛な会話を今日三十分強やっただけで辟易してるんだから、好感度が上がる道理なんてのはない。

 三顧の礼も百夜通いも俺には通じない策なんだよ。

 

 

「どっちを選ぶか決めたかい?」

「考えるのでヒントを下さい」

 

 

 迷いはないようだ。

 

 

 

 それでは、黒田篤の推理教室。スタート。

 まずは注意事項から。

 

 

「暫くは考えることに時間を使え。通うだけで許可が出たりしないことはわかったろ?」

「希美と考えない方がいいですか?」

「いんや。多角的な視点を取り入れることを止めはしない。協力プレイでもなんでもやってみろ。話して考えがまとまることなんてざらだしな」

 

 

 それに、多分希美はどう足掻いても気付けない。検討するべき仮定に、みぞれに避けられていることなんてはいっていないろうから。

 だが、夏紀はきっと気付く。元の考える力はあるし、俺直々に導くのだから。

 期待してるぜ。次期副部長候補さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 子供の頃は、冬より夏休みの方が好きでした

新サクラ大戦が楽しすぎる


 夏の風物詩と言えば何が思いつくだろうか。

 海、プール、夏祭りに花火大会。キャンプに肝試し、ビアガーデン。あとは有明での特殊な催しもあるな。

 人それぞれ多種多様なものが浮かぶ。中にはそれをすべて実行したいと考える人もいるだろうが、だからといって、同じ二週間を一万五千四百九十八回も繰り返すのはやめて頂きたい。いくら記憶がリセットされていたってね。香織は、全部覚えていそうだが。

 先程いろいろと例を出したが、その中に俺の本命は無い。

 俺が夏の到来とともに心待ちにするもの。その名も『全国高校野球選手権大会』――通称甲子園。

 連日朝から晩まで部活が入っているため、今年はNHKの中継にかじりつくことが叶わない。しかし今日明日だけは別だ。何故なら、学校閉鎖期間とやらで強制的に部活が休みだからである。

 この二日間は甲子園中継をたっぷり見よう。さあて今日はどこの試合があるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーっ! 嫌だ! だって俺は外はめちゃめちゃ暑いんだよ! ねえ、どうしちゃったの? 二人ともバカなの? 毎年毎年記録的な猛暑だってのに、どうして偶の休みなのに外に出たがるの? 子供なの? 二人とも外で遊びたがる子供と同レベルなの? そんなにお外に出たいって言うのなら、二人だけで行ってきて!」

「誰が子供よ」

「今の篤の方が子供みたいだよ」

 

 

 

 甲子園中継を楽しんでいたはずがいったいどうしてこうなったのか。紐解くためにも、少々時間を遡らせていただこう。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 久々の引きこもりdayだというのに八時前に起きた俺は、野球中継の前にかかっている朝ドラを何となく聞き流しながら最低限の身支度を整えていた。まあ、別にどこにも出かける用事があるということでもないのだが。

 たっぷりの牛乳と砂糖を入れたコーヒーをパンと一緒に胃に収めているうちに第一試合の中継が始まった。試合を見つつ、父さんとあーでもないこーでもないと話しているうちに試合が終わった。結果は、初代怪物と呼ばれる選手を輩出した高校の圧勝。試合を見ているよりも初代怪物であるスーパー投手の話に夢中だったな。

 第二試合までの時間の内に、両親は帰省ラッシュを後押しする一員となるべく家を出ていった。例年なら俺もついていくのだが、今年はこの前後にも部活が目白押しの為断った。一応受験生の身ではあるが、それはあまり関係ない。

 この時間の内に積読していたものをいくらか解消しようと自室へ行こうとした。その直前に玄関の戸が開かれる。

 何か忘れ物でもしていったのだろう。「お早いお帰りで」なんて言おうと思ったのだが、聞こえてきた声は両親のものではなかった。

 

 

「篤いるー?」

 

 

 俺はその時ギョッとしたね。だが何故こいつが来るのか、なんて見当をつけようという気はさらさらなかった。現在の俺の望みを反することを持ち込みやがることに違いないからだ。

 返事をせず、物音も立てないでそのまま二階にある部屋へ進んだ。

 しかし、玄関に靴は出しっぱなしだし、カフェオレは飲みかけだし、極めつけにテレビはつけっぱなしであるから、居留守を決め込もうとしていることはすぐにわかられる。

 あいつなら状況証拠だけで、俺がテレビが一番見やすいソファの位置に戻ることぐらい推測するまでも無かろう。戻った時にそこにあすかが我が物顔いることも自明の理だ。両親のどちらかがいれば多少遠慮はするのだが、俺だけなら遠慮というものをワームホールで五千十二光年離れた宇宙に飛ばしたような振る舞いになる。外に車がないから両親がいないというのも確認済みなんだろう。我が幼馴染ながらしっかりしてやがる。

 何冊か漫画をもって階下へ歩みを進めていると、あすか以外の人の声がした。儚げで優しい、今は少し遠慮がちな声。ああ、君もいるんですね。

 俺が座っていた辺りにほぼピンポイントで座っているヤツをシッシッと移動させ、天使には適当な場所に座るよう促す。なるべく日光の当たらない場所に漫画を置いてから、俺はようやっと口を開いた。

 

 

「何しに来た」

「言うの遅くない?」

 

 

 飽きるほど顔を見慣れた黒髪の美人は、サーブした覚えのないアイスコーヒーを口に含んでからそう言った。ついと視線を茶色がかった黒髪の持ち主の前に向ければ、そこにも出した覚えのない紅茶があった。

 付き合いの長い幼馴染が黒田家の戸棚の中身を好きに扱うのは三人とも了承している。だけどもさ、勝手知ったるどころじゃないでしょ、これ。料理作ってないだけ某メインヒロインよりは加減されているか。

 あすかは連日の部活の疲れを感じさせない口調であっけらかんと疑問に答えた。

 

 

「香織とプールに行くんだけど」

「嫌だ」

「最後まで言わせなさいよ。プールに行くんだけど」

「嫌だ」

「聞きなさいって。別にカナヅチのあんたを泳がせようってつもりじゃないんだから」

「カナヅチじゃねえよ。ちょっと苦手なだけだ」

「はいはい。それでね、ナンパ除けについて来てくれない?」

 

 

 ………? なんだって?

 脳が理解を拒絶しようとしたようで、すぐに返事を出来なかった。

 テレビを見れば、灼熱の甲子園中継は未だ再開されず、ドラマの広告が流れている。終戦記念日特別ドラマねえ。敗戦の日だろ。そんな見栄を張りたいお年頃なのかしら。んなアホな。

 エアコンを効かせた室内では外気温がいまいちわかりにくい。今日の朝刊を手繰り寄せ、天気予報の欄を見る。

 そして、回想前に戻るってな寸法だ。

 

 

「俺は行かないからな、絶対に。つーかナンパされたくないならそもそもプールに行くなよ。家に引き籠って大人しく受験勉強してろ」

 

 

 野球実況のアナウンサーの声がしたが、試合開始まではまだ時間があるようだ。先ほど手繰り寄せた新聞を流し読みしようとすれば、横目にあすかの不満げな顔が見えた。

 

 

「それじゃつまらないじゃない」

 

 

 つまらなくてよろしい。この夏つまらない思いをして過ごした日々が、来年の春に大いなる喜びをもたらしてくれるのさ。

 俺がキョンだったらこのモノローグをもってセリフとなるが、残念ながら俺は宇宙人、未来人、超能力者なんかと一緒に変な団に入れられていない。

 言葉として届けちゃいないが、十数年もの付き合いがあれば態度だけで言いたいことが察せるらしい。

 

 

「これでも受験勉強は順調なの。偶には息抜きするのもいいでしょう?」

「過度な息抜きは知識も抜けるぞ」

 

 

 それに、だ。あすかの方は大丈夫だとしても、香織はどうなんだよ。まさか強引に付き合わせたわけじゃあるまいな。

 

 

「私も順調に進んでるし、偶にはいいかなって」

 

 

 ああ、香織さんがなんだか眩しい。この奥ゆかしさ、爪の垢を煎じてあすかに飲ませたいね。いや、あすかが少しでもこうなれば、俺は宇宙の果てから地球に帰れると思っていたら目指すべくは地球じゃなかったのを知ったポリ姉のように、顔を青くして驚くだろう。

 そういえば、ナンパ除けについて来いと言うのはあすかだけの意見なのだろうか。ちょいとお尋ねしましょうか。

 

 

「俺行った方が良い?」

「うーん、差し支えなければ」

「ほら、香織もこう言ってるよ?」

「おまーちょっと黙ってなさい」

「香織ぃ、篤がいじめる~」

「俺がいじめられてる気分なんですけど」

 

 

 ここに晴香がいれば話は別……じゃねえな。どっちにしろ行くって選択肢はない。そういや晴香は、親御さんの帰省に付き合ってるんだったか。お疲れさんでーす。

 腐れ縁故に俺の強情さを感じ取った艶やかな長髪の美人が溜息をついた。

 

 

「あんた、引き籠ることだけは熱心よね」

「引き籠って何をするかに熱心なんだけどな」

「同じようなものじゃない」

「いいや違うね」

 

 

 あー話が進まん! このままじゃゆっくり野球見れねえじゃねえか。

 

 

「と・に・か・く、俺は行かない引き籠る! 不安なら防犯ブザーでも買ってけ」

 

 

 俺は高らかに宣言した。意見を翻すことは無い。この二人なら、揺るがぬ意志を感じ取ってくれるだろう。

 あすかは優美な動作でコーヒーを口に運ぶ。それからこう言った。

 

 

「そういえば、希美ちゃんの様子はどんな感じ?」

「いきなり話飛んだなおい」

 

 

 俺の休日の過ごし方への関心はその程度ですかそうですか。

 まあ慣れるからいいんですけどね。安芸くんみたいにいちいちツッコまないですよ。

 読み終えた新聞をバサリと折り畳みながら答えた。

 

 

「さあな。休み前数日会ってねえし」

「どういうこと?」

「そのままの意味」

「理由と目的は?」

「お前に報告する義務でもあんのか?」

 

 

 淡々と言葉を返す俺に、わけがわからないとでも言いたげに尋ねるあすか。

 尋ねるなんて表現よりも、詰問すると行った方が妥当か。

 

 

「私はあんたに裁量権を委託した。つまり元は私。だったら知る権利はあるでしょう?」

 

 

 おっとこいつは一本取られた。下請けの俺はそんな義務があったし、お上のこいつも知る必要がある。

 勿体ぶる必要も無いからさっさと言うか。

 

 

「希美が戻れない理由を二人に考えさせてる」

「はあ? あんた正気?」

「正気じゃなかったらこんな判断してねえよ」

 

 

 希美を復帰させない理由。それはみぞれを守るためで、真実を知った際に希美が傷つかないはずがないだろう。だからあすかも堂々巡りになる様な言葉しか送れなかった。

 だが俺は敢えてそこを考えさせている。せめてもの配慮をしていたあすかからすれば、俺の行動はさぞや悪辣非道に感ぜられるだろう。

 

 

「目的は?」

「可能性の排除」

「可能性?」

 

 

 ふと、それまで会話の聞き役に徹していた香織が口を開く。

 

 

「晴香や滝先生に直談判されないようにってこと?」

 

 

 That's right.ヒートアップしてちょっち頭の固くなっている副部長殿より先に辿り着いてくれてありがとう。

 口元を緩め、仰々しく言った。

 

 

「その通りだよ、中世古くん。そのためには自分で、自分の意志で復帰しないことを選んでもらわなくてはならない」

 

 

 そこで一旦あすかに向き直る。そして目線だけで問いかけた。異論は?

 彼女は二秒ほどの硬直の後、顎で続きを促した。文句はあるが取り敢えず聞く、という意志表示だろう。

 

 

「どれだけヒントをやっても希美は答えに来れないだろうから、夏紀に考えさせてる。何度か話したが、そろそろわかるはずだ」

「ちょっと待って。それ、夏紀にかなり酷じゃない?」

「ああ、悩むのは目に見えてる。その為に色々と相談に乗る予定でいるさ。自分で考えることを選んだ子にはご褒美を上げなきゃな」

 

 

 粗方俺の計画を話し終えたのだが、異論反論抗議質問口答えなどは特にないらしい。

 さて、と思考の切れ間に金属バットの快音が耳に届いた。

 

 

「あ……試合、始まってる……」

 

 

 現在二回裏。嘘だろ意外と進んでる。まあでもまだ序盤。セーフセーフ。

 

 

「篤が何でもやるの?」

「はっは。何でもはやれねえよ。やれることだけ」

「そうじゃない。あたしが聞きたいのは……」

 

 

 野球観戦モードに入っていた俺の意識を現実にグイと引き戻した幼馴染の声は、声音こそ美麗なアルトであるものの、どこか子供の様だった。

 言葉は尻すぼみになり、紡ぐ言葉を探していた。言いたいことを探しているような、結論はあるのに理由がわからないような感じ。

 なんだ、これ。

 わかんねえけど、こいつがガキみたいなリアクションをする事案といったらひとつしかない。

 

 

「大丈夫だ。余計なことはしない。つかする気もない」

「わかってるわよ、そんなこと」

 

 

 拗ねた? こいつが? 俺に?

 いやいやいや気のせいだろ。うーむ、更にわかんねえ。

 

 

「あんたキャパオーバーとかないの? 部活に一応の受験勉強に文化祭の準備に、目白押しじゃない」

「それ言ったらお前もだろうが。まあ俺の方はどうとでもなる。余裕で許容範囲内だ。俺の心配なんてするくらいなら、自分のすることやっとけ」

 

 

 あすかの心情はいまひとつわからんが、このままいると駄目だってことはわかった。あすか自身もそれをわかってて、ずっと困惑した顔をしている。

 某メインヒロイン(本日二度目の登場)のように存在感を消して佇んでいた香織に向かって声を掛ける。

 

 

「香織、これからプール行くんだろ? 早く行かないと、いい感じの時間逃すぞ」

「そうだね。お昼近いし、そろそろ行こうかな」

 

 

 いうやいなやあすかを連れて家を出ようとする。あすかが俺たちに背を向けた僅かな間に、アイコンタクトをとった。すまん、と。香織は柔らかに微笑み、首を横に振った。

 ああ、香織には頭上がんねえなあ。

 

 その後、なんだか甲子園中継を引き続き見る気になれず、漫画を読む気にもなれず、自室に戻った。

 頭の中をカラッポにするか別のことで埋め尽くすかしたかった。

 選んだのは思考で埋め尽くすことで、結局この日は一日中、目についた問題集を片っ端から解くこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 この誘惑に、抗うことなどできない……

 男女比1:9でこんなにもえない(漢字変換は任せる)合宿は知らない。こんな中身の合宿はしらないっ。

 

 

「覗きイベって男のロマンだよなあ」

「俺としちゃ、勝手に動く体が欲しいけどな。あとそれで許される人徳」

「無理だろ」

「だよなあ」

 

 

 需要がヌル・プロッツェントどころかマイナスなんじゃないかと思われる、野郎の入浴シーンでござーい。

 本日より北宇治高校吹奏楽部は二泊三日の合宿を行っている。一日目の予定がほぼ終わり、あとはパートリーダー会議と就寝を残すのみとなった。個人的には、熱闘甲子園視聴というイベントもあるのだが。

 

 

「もし誰か一人だけ覗けるとしたら誰がいいっすか?」

「純一。不用意にそういうこと言うな死ぬぞ。社会的に」

「怖いんですけど!」

「こんなこと言ってるからモテないんだよ」

「後藤テメエ! このむっつりエロ巨人! どーせ長瀬さんの裸想像してんだろ? 結構スゲエ身体してそいってえ!」

「うるっさい……」

 

 

 こんな会話も合宿らしいといえば合宿らしいのだろうか。話のタネになっている女性陣には申し訳ない。

 男連中の風呂なんてのは大抵烏の行水なのだが、誰の身体がどうこうなんて話はうっかり部屋じゃできない。人にもよるが、女子達は結構遠慮なしに男部屋に入ってくるものなのだ。不公平だよなあ、逆は許されないんだぜ。

 ま、下卑た思惑があったのか、それとも単に長風呂好きが多いのかわからん。ただ、裸の付き合いは順調だといえるかね。

 

 

「先輩、もう上がるんすか?」

「ああ。長風呂は苦手だ」

「そっすか」

 

 

 自分から尋ねておきながら、俺の動向に一瞬で興味をなくしたちびっこい方の一年生。彼はどこか純一と通ずるところがあるのか、覗きに関する願望を滔々と述べた。

 

 

「俺は田中先輩、中世古先輩、あと高坂は気になりますね。それと新山先生も。でも一番の大穴は部長っすよ部長。パート練のときのTシャツの破壊力とかマジヤバいっす……」

 

 

 風呂場の戸に手を掛け振り返って見れば、夏場×風呂であるのに、皆一様に青ざめた顔をしていた。なんだ。そんなに恐いもんみたのか?

 視線は自然とちかおにむかい、ちかおも恐る恐る俺を見上げる。

 そこで自然と言葉が出た。

 

 

「今度晴香をそういう目で見たら殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の脅しマジでシャレにならないからやめとけって。……ちっ」

「うっせ。お前の立場だったらどうだったんだよ。……おっ盃。や~めた」

「ああもう! またかよ!」

「安易にこいこいするお前が悪い」

 

 

 パートリーダー会議は入浴の後に行われることとなっているのだが、女子の入浴時間はかなり長めにとられているのでその間我々男子部員は暇を持て余す。人数少ないし。全部員六十三名のうち男子部員はたったの八人。女子部員のおよそ七分の一。そりゃ時間余るっつーの。

 パートリーダーはそれなりに優先順位が高めらしい。パート毎の区切りをぶち抜いて早く済ませられることになっているのだ。そうなってくると会議の開始時間がいつになるかの予想はしにくい。時間通りに行ったら女性陣揃ってましたーとかなるのは嫌だ。

 なのでパートリーダーを務める男子、俺とヒデリはとっとと会議室(仮)に行っておくことにした。特にすることなかったし。

 高校三年生ならばこの間に勉強しておけと思われるだろうが、合宿に来てまで受験勉強に精を出すような勤勉さは持ち合わせちゃいない。

 

 

「役何」

「月見酒と花見酒。あとカス」

「ひっでえ。俺親権でも負けてたっつーのに」

「マジで? 悪いね野口クン」

「うざ」

 

 

 今どきの男子高校生が暇つぶしで使うものに花札は含まれるのだろうか。いや俺達やってたけど。多分メジャーじゃないよな。まあいいだろ。

 トータルで負けた方には罰ゲームを。つっても、自販機でジュース奢りって程度だ。そんな重くない。

 

 

「毒マムシジュースでいいか?」

「そんなんねえだろあってもいらねえよ。金色の缶コーヒー。プルタブじゃなくて回転蓋の方」

「ああ、いつものか」

「よろしく~」

 

 

 ヒデリの足音が遠ざかっていったかと思えば、近づいてくる足音が一つ。誰だろう……

 ちょっと待って今頭ん中にLIPS出てきた。新サクラ大戦やりたすぎでしょ、俺。発売十二月なのに。

 脳内Lスティックを動かすことなく、沈黙の選択肢をとった。太正時代の蒸気が噴き出す。

 

 

「もう来てたの?」

「暇だったんでな」

 

 

 やってきたのは、使い込まれたクリアブックを片手にした部長。風呂上がりのためか髪はいつものお下げ髪でなく、一つに束ね肩口に流している。そういうギャップって卑怯だと思いますです。

 晴香は普段通りの議長席に荷物を置いてから俺の正面に腰を下ろした。

 

 

「一人?」

「ヒデリが自販機のとこ行ってる。他は知らん」

「他の人たちはまだお風呂か上がってきたばっかりじゃないかな」

「だろうな。あれ、晴香長風呂好きじゃなかったっけ?」

「そうなんだけど、なんかやること考えてたらそれどころじゃなくて」

「風呂ぐらいゆっくりしてこいよ……」

 

 

 この人大丈夫か? 社会人になったら社畜一直線じゃない? 仕事が気になってゆっくりできないとかバヤイんじゃない?

 部長の心労に思いを馳せてガックリと首を落とす。ポーズとして目もつぶる。視覚を遮断すると、別の感覚が少し鋭敏になった。

 繋いでいた手の感触をゆっくりと確かめるように動く、柔らかな手。俺の手より一回りほど小さくて、丸みを帯びている。

 少し照れたような声で言葉が続いた。

 

 

「それにね、お風呂だけじゃなくて、彼氏でも癒されたかったから」

「自爆覚悟でやるんだったらもう少しさらっとやろうな。こうかはいまひとつだ」

「……」

「いっ。爪でつねらないでもらえます?」

「誰の所為よ」

「俺の所為じゃないよねえ」

「……」

 

 

 どうしよう、そっぽ向かれちった。

 それでも手はちゃんと繋がれているあたり、本気で機嫌損ねられてないというか、そんなところがかわいいというか。

 どうでもいいような内容で、ひたすらに幸せな時間がずっとずっと続いてほしいとは思うがそういうわけにはいかない。誰かが来たらこの状態は解除しなきゃいけないし、そっぽ向かれたまま部長とパートリーダーに戻りたくない。

 ふむ、と顎を擦ろうとしたがやはり手は繋がれたまま。ほどこうと思えば簡単にほどける強さだけれど、離したくない。

 突然グイと体がひかれ、そのまま唇どうしが重なる。彼女らしからぬ挙動に僅かながら動揺した。だが動揺したままだとなんだか負けたような感覚になるので見栄を張る。唇の上で囁いた。

 

 

「わーおダイタン」

「ヘタレな誰かのおかげでね」

「嫌いになってもいいんだぜ?」

「いいの?」

「嫌だけど」

「こんなことで嫌いになるなら、最初から付き合ってない」

「そうかい」

 

 

 それからまた、しっかりと唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい篤ー」

「んあ? ぅおっと危ねえな。あと遅えよ」

 

 

 パートリーダー諸氏が徐々に集まってきたなか、一人の男がちんたら登場した。もったいつける必要もない。ヒデリだ。俺に奢る分を買うついでにちゃっかり自分の分も買っている。左手には中身の減ったペットボトルのコーラを携えていた。

 

 

「さっきから注文多いな。正体山猫なんじゃねえの」

「お前なぞ喰いたくもねえよ」

 

 

 しかも注文の多い料理店の山猫は最終的に猟犬に邪魔されてるじゃねえか。

 またツッコむと文句を言われそうだ。受け取ったそれの蓋を開けようとすると、”振らないで下さい”の文字が見えた。あの野郎、投げて寄越すんじゃねえよ。

 

 

 

 

 

 この後予定時間より少し早くパートリーダー会議が始められた。

 俺がボイコットしたほどやる気のなかったころの彼らはどこへやら。そう思うほどに熱が入っていた。一日中練習をして疲れているというのに、まだ足りないと言わんばかりの様子で。入れるものなら精神と時の部屋に入りたいのだろうか。

 コーヒーを飲んでいた弊害か、真面目な会議中にどうしてもトイレに行きたくなった俺は、こっそりと断りを入れてから部屋を出た。何気に広い施設なだけあって、トイレは何か所かに点在している。

 

 

「ふい~」

 

 

 用を足して手を洗っている時に気が付く。ハンカチ持ってねえ。ここのトイレは使い捨てのペーパータオルも無いようなので、手を払って切れるだけ水気を切る。そして行儀が悪いのは重々承知の上、ジャージの表面で軽く拭った。濡れたままだと気持ち悪いんだもん。

 トイレからの帰りに、ベランダみたいなところで物思いにふけっている後姿が見えた。思わず声を掛ける。

 

 

「何やってんだ?」

「……脅かさないでくださいよ。びっくりしたじゃないですか」

「言葉のわりに落ち着いてるな」

「まあ、黒田先輩ぐらいだと思ったんで。こんなことするの」

「はっは。だろうな」

 

 

 人工的な灯りではなく月の光の中に佇んでいたのは亜麻色の髪の乙女。トレードマーク(むしろ本体?)のリボンがない姿で非日常を感じた。

 ぼっちタイムを邪魔されたからか、はたまた脅かされたからか、ジトッとした視線を向けてくる彼女にカラカラ笑って尋ねる。

 

 

「で、優子はここで何やってんだ? 黄昏れてんの?」

「そんなところです」

 

 

 どこか沈んだ様子で持っていた缶の中身を流し込んだ。流石に気になる。だが現在真面目にパートリーダー会議をしている真っ最中なので、あまり踏み込むわけにいかない。

 ふむ、と顎を擦ると、優子の方から口を開いた。

 

 

「希美、戻らせないんですか?」

「あー、まあ、現時点で戻らせねえなあ」

 

 

 それが何か? 視線だけで問いかけると、彼女は首を横に振った。

 そういえば、優子に訊いてみたいことがあったんだ。

 

 

「なあ、みぞれと友達?」

「はい?」

「いいから。早く」

「友達ですよ、大切な」

「大切な?」

 

 

 こくんと力強く頷かれた。

 はっは、そうかい。ぽすんと頭に手を乗せ、くしゃりと撫でまわす。文句を言われるがそんなもんは聞き流す。

 

 

「なにするんですか」

「頼むな」

 

 

 やりたいようにしてから元居た部屋に戻る。

 何かあっても大丈夫だろう。みぞれに優子がついてるなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




年内最後となります。皆さま、よいお年を


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 10~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。