ストライク・ザ・ブラッド〜鬼の目にも涙〜 (*天邪鬼*)
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昔話
1話 北の里


さぁ、やっていきましょう。

ルウシェを当てるぞ!白猫プロジェクトと白猫テニス!!


「ふん、酷い有り様だな」

 

とある村里。

南宮(みなみや)那月(なつき)は辺りの光景を見てつまらなそうに言った。

那月の目には破壊された家々とその家屋で暮らしていたであろう者達の死体が映っていた。

一般人が見れば目を背けてしまうこと確実な惨劇痕だ。

特に死体はあらゆる関節は折れ曲がり引きちぎられ、酷い者は顔が潰されて元の顔が判別不可能となっていた。

それは中途半端に人型を保っていることで逆に見る者に不気味な恐怖心を与えてくる。

幸いにも那月は一般人ではなかった。

悪魔と契約をして人智を超えた存在である魔女なのだ。

それも一介の魔女ではなく、魔女の中でも最上位の力を持つ魔女。

あらゆる高難度な魔術に加え、過去の行いにより冷徹無慈悲の『空隙の魔女』と世間では恐れられていたりもする。

そんな那月だからこそ、このような惨劇の光景をいくつも見て来た。

世界では更に悲惨な光景が存在している。

しかし、那月がどのような魔女であっても、それらの光景を見て一切心が揺らがないという訳ではない。

那月とて僅かではあるが悼む心は持っている。

ただ、今の那月はこの惨劇跡とは別の不気味な光景に内心溜息をついていた。

 

「早く死体を運ぶんだ!絶対にこれ以上の傷をつけるなよ!!」

 

スーツ姿の男が武装している兵士達を怒鳴りつけていた。

乱暴な命令を受けている兵士は散らばっている死体をスーツの男に言われた通り、丁寧に丁寧に運んでいる。

武装している兵士が丁重に死体を扱う姿は違和感しかない。

那月はその行動を後ろから見つめていた。

スーツの男の声音から感じられる異常な焦りと丁寧すぎる死体への配慮はまるで貴重な実験動物が死んでしまったようだった。

 

「南宮那月、周囲の警戒に行け」

 

すると、スーツの男が振り返り、傍観していた那月にも乱暴に命令する。

那月はその態度に不快感を隠さず言い返す。

 

「私に命令をするな」

 

「ここでのトップは私だ。部下は命令に従え」

 

「貴様は何か勘違いをしているな?私がここにいるのは偶然だ。私はお前の部下として派遣された訳ではない」

 

「口答えするつもりか!」

 

「全く...」

 

スーツの男は那月の態度に声を荒げる。

しかし、これ以上の問答は意味をなさないと判断した那月は更に怒鳴りつけようとしてくる男を背にして空間転移の魔術を行使する。

転移の瞬間、男が色々と叫んでいたが那月は無視し、耳に届いた雑音に溜息を吐いた。

転移した先はまだ家屋が完全に破壊されていない村里の外れだった。

 

「何故この私がこんな所で時間を浪費しなければならんのだ」

 

那月は機嫌悪く呟いた。

確かに那月は本来なら今頃すでに面倒な仕事の帰路についており、優雅な夕食を取っている筈だった。

それが緊急とは言え予想外の残業に現場指揮官の横暴な態度。

指揮官の態度に関してはプライドの高い那月が言えたことではないが、兎に角那月の機嫌は非常に悪かった。

 

「もうこのまま帰ってしまおうか」

 

那月が本気でそんなことを考えていると村を覆う森の方から不自然な物音が聞こえるのに気付いた。

この村は広大な樹海の中に存在しているようで見通しが悪い。

更に時間は夕暮れを通り過ぎて真夜中である。

月が僅かに光をもたらしているが、森の中では木々が邪魔をして音の正体は掴めない。

スーツの男にはあのような態度をとってしまったが、不本意にも那月は周囲の警戒を任されている身なので違和感があれば確認しなくてはならない。

生き残りの可能性もある。

那月は小さく溜め息を吐いて森に入った。

 

「......厄日だな」

 

音の正体はすぐに判明した。

そして、那月は今日一番の溜息を吐いた。

那月が見下ろすのは里から隠れるように倒れこんでいる傷だらけの少年だった。

その少年の額からは黒いツノが二本生えていた。

 

 

__________

 

 

「あの馬鹿犬め。戻ったらどうしてくれようか」

 

那月は美しい月夜の下で苛立ちを吐き捨てていた。

普段、那月が暮らしている場所は日本本土から遠く離れた南の島だ。

そんな那月が遥々本土にやって来たのはとある試験の監督をする為だった。

その試験とは国家攻魔官の採用試験である。

国家攻魔官とは魔術などを用いて魔導犯罪者や魔獣を捕縛し時に殺めることを目的とした、那月自身も一応副業として席を置いている職業だ。

そんな国家攻魔官には高い能力が求められ、当然過酷な試験を合格しなくてはならない。

試験内容は様々で学習面から犯罪者と対峙した際の対応や個人の能力。

あらゆる観点から評価して合否を決めていく。

しかし、試験の合否の判断は難しく試験で良い結果を残せても実践で結果を出せず最悪の場合には殉職してしまうことも珍しくない。

本来なら複数人が話し合い長い研修期間を経て慎重に判断するのだが、国家攻魔官はその危険度や能力適正、また私営攻魔官の存在により常に人手不足で試験一つに時間も人数もかけてはいられないのだ。

そこで白羽の矢が立ったのが那月である。

国家攻魔官の中でも最強クラスであり、本業の観点から人を見る目を買われ国の役人から試験官の依頼が飛んできたのだ。

しかし、那月自身は当然のように依頼が届いた瞬間、お断りのお祈りメールを送り返していた。

だというのに那月が試験場にいたのは腐れ縁の厄介な後輩が迷惑にも手を回したせいである。

何とか仕事内容を有能そうな受験者のピックアップだけに交渉することはできたが、本業への影響を考えると無駄な時間を過ごしてしまったという感覚は拭えない。

しかし、面倒ごとは立て続けに起こるもので、すぐにでも家に帰りたいという那月の心とは裏腹に非常用の着信音が携帯から鳴り響く。

那月は顔をしかめながら携帯にでる。

 

「......なんだ?」

 

『お疲れ様です南宮攻魔官。突然ですが今から指示する場所に向かってください』

 

「魔族か?」

 

『はい、それも相当危険な魔導犯罪者です。南宮攻魔官が本土にいると聞き連絡しました』

 

那月はしかめた顔を戻し意識を切り替えて戦闘に備える。

いくら人数不足といえど国家攻魔官の採用試験を行なっているここには那月以外の国家攻魔官が数人いる。

そこらの魔導犯罪者なら那月の力を借りずとも対処できる筈だ。

副業として国家攻魔官を行っている那月に直接急な連絡で依頼が届くのはそれほどの緊急事態ということである。

 

「分かった。詳しい説明を」

 

『ありがとうございます。ですが、一つお願い......いえ命令があります』

 

「......なんだと?」

 

『今から向かう場所のことを他言することは禁止です。移動を見られてもいけません』

 

那月の表情また苦虫を嚙み潰したようになるのだった。

 

 

 

__________

 

 

那月が指示された場所は北方の山奥。

どこまでも続く森、樹海と呼んだ方がしっくりくる程の大自然の中だった。

この広大な森のどこかにある里が魔導犯罪者の出た現場だという。

こんな場所に何故里があるのかと疑問を抱きつつ那月は暗闇の森を迷うことなく、転移を続けていた。

しかし、どんなに暗くても那月の視界には薄赤い光を捉えている。

一度入り込めば遭難しそうな森の中を確信をもって進んでいられるのはその光のお陰である。

同時にその光の正体が何なのかは鼻腔をくすぐる木々の焼けた匂いで想像は難くない。

 

「確かにこれは厄介な敵だな」

 

最後の転移で辿り着いたのは激しい戦場だった。

と言っても人々が殺し合っている訳ではなく、たった一体の強大敵に対して十数人の武装兵が血眼になって挑んでいる海外映画のような場面だ。

武装兵は配列を組んで規律正しく銃撃しているが、敵は武装兵の銃弾を物ともせずに暴れている。

その光景はまさに大人対子供であり、武装兵の攻撃が一切通用していないことが目に見えて分かる。

敵が凄まじく強靭な肉体を持っていることが窺える。

 

「呪詛が効いていないのか?」

 

那月は冷静に現場の状況を捉える。

魔族に対して扱う銃弾というのは魔族の異常な回復力を阻害するために呪詛を込めた特別な弾を使う。

当然、武装兵が今使用している銃弾もそれであろう。

いくら強靭な肉体を持っていようがその銃弾がまともに命中すれば大抵の魔族は肉は抉られてその部位を損傷させることなど容易な筈である。

那月の疑問は敵を観察すればすぐに分かることだった。

 

「なるほど、鬼気か」

 

那月は珍しそうに顎に手をやった。

現に敵は珍しかった。

敵は二メートルを超えており、全身は分厚い筋肉で覆われている。

そして一番の特徴は頭から生えている黒いツノだ。

日本の童話や昔話にはよく出てくる悪役。

鬼だ。

絶滅が危惧されて、世界でも希少な魔族。

その手の研究機関からしたら喉から手が出るほどの存在だ。

中でも日本の(おに)鬼族(オーガ)と違い鬼気と呼ばれている特殊な能力を持っている。

しかし、その鬼気の正体を把握している者は存在せず、実際にどのような効果をもたらすのかは行使する鬼すらも完璧には理解できていないという。

解明されていることと言えば肉体の強度や能力を向上させたりする程度である。

一部では火を噴くなどの報告があるが未知数なことに変わりはない。

 

「しかし、貴重な鬼を殺しにいっているとはな」

 

そんなことを那月が考えている最中、戦況が遂に崩れる。

 

「わあぁぁ!!」

 

隊列の一番前で銃を構える武装兵の一人が狂ったように銃弾を乱射し始めたのだ。

しかし、鬼は銃弾の雨を真っ向から受けながら突進し錯乱する武装兵をこれまた正面から殴りつける。

拳を受けた武装兵は遥か後方へと吹き飛んでいく。

そして、鬼が武装兵の一人を殴り飛ばすことで隊列は乱れ、その隙を突くように鬼は更に暴れ始める。

 

「離れろ!一旦距離を取るんだ!!」

 

隊長らしき人物か叫ぶ。

しかし、その声が届いている兵はもういない。

先程まで綺麗な隊列を組んでいた武装兵一人一人は各自で勝手に行動してしまっている。

逃げ出すものや最初に殴り飛ばされた者のように銃を乱射する者。

ただ一人の兵士がやられただけでこうも隊列が乱れることは無いだろう。

 

「精神に何らかの影響を及ぼしているのか。全く面倒な」

 

味方の武装兵が一振りの拳により吹き飛ばされている中、那月は冷静に歩を進めた。

混沌とした戦場の中、不思議と那月の前に遮るものはない。

まるでそれが当然のことのように道が開いていく。

味方からしたら意識的に退いた訳ではないだろうが那月は何食わぬ顔で鬼の目の前に立ちふさがる。

 

「おい、貴様。暴れるのを止めろ」

 

那月は暴れる鬼に怯むことなく言った。

すると、那月が持つカリスマ性なのか然程大きな声ではないにも関わらず、鬼は暴れるのを一旦止めて那月を睨んだ。

その眼は緋色に光っており、一睨しただけで対象を殺してしまいそうな鋭さを持っていた。

那月の後ろにいただけで睨まれていない筈の武装兵でさえ動きが固まり倒れ込む者までいる始末だ。

しかし、那月は臆することなく続けた。

 

「貴様はなぜ暴れている?こちらとしては怪我人が出て大変迷惑なんだが」

 

「特別な存在だ!」

 

「......なに?」

 

那月は眉を顰めた。

鬼は唇の先を釣り上げて嬉々として笑う。

那月は僅かな違和感から咄嗟に簡単な突風を発生させる魔術を駆使して後ろにいた兵を後方へ吹き飛ばした。

 

「俺が更に特別にしてやる!!」

 

 

同時に鬼が那月に向けて拳を叩きつけた。

鬼の肉体からは赤いオーラのような光が滲み出て全身を纏っている。

その威力は武装へに向けられていた拳の威力とは比べるまでもなく上昇していた。

 

「「「がぁぁぁ!!」」」

 

その衝撃は凄まじく、那月の魔術で吹き飛ばされた兵が更に後方へ吹き飛ばされるほどだった。

たった一発の拳で那月がいた場所にはクレーターが出来上がる。

異常な威力だ。

鬼は那月の存在などすぐに忘れて吹き飛ばされた兵に標的を定めた。

 

「さっさとあのガキを返しやがれ!!」

 

「......これが鬼気を宿した拳か。破壊力だけは一級品だな」

 

その言葉に鬼の行動は止まる。

鬼の背中から聞こえる声は何事もなかったかのように淡々としていた。

鬼はゆっくりと振り返る。

鬼の目は変わらず鋭いままだったが、僅かに驚きの表情があった。

対照的に声の主、那月は不敵な笑みを浮かべていた。

那月の着込んだ黒いドレスは一切変化はなく、傷どころか汚れ一つなかった。

那月は鬼の殴打が当たる寸前に空間転移で躱したのだ。

 

「俺の殴打を避けたのか?」

 

「ああ、ただの人間には反応すらできなかっただろうな。まぁ、相手が悪かったと諦めろ」

 

馬鹿にした表情を崩さず両手を軽く上げて息を吐く。

ついでに服が汚れたらどうしてくれるんだと挑発すらしているしまつだ。

那月は自分が負けるなど少しも考えていなかった。

実際のところ那月が負ける可能性は皆無だった。

希少価値で特殊な能力を持っている鬼と最強クラスの魔女である那月とでは那月が負ける理由がなかった。

 

「このガキが!!」

 

「はぁ、餓鬼(がき)というのは貴様のことを呼ぶのだ馬鹿め」

 

鬼が再度鬼気を纏った拳を叩きつけようとした時、那月の姿は既にそこになかった。

次の瞬間には鬼は自分でも気がつかぬ間に紫色に輝く鎖に縛り付けられていた。

 

「クソが!!離せ!!!」

 

鬼は鬼気を全身に纏って鎖を破壊しようと身じろぐするが、鎖は軋みもしない。

 

「無駄だ。最初の殴打で分かったが、いかに未知の力だろうと貴様にその戒めの鎖(レージング)は切れない」

 

鎖に巻かれて倒れ込む鬼を見下しながら那月は言う。

鬼は狂乱状態となりながらも叫んだ。

 

「俺の子を返しやがれ!!!ガキが!!!」

 

「さっきから貴様は何を言っているんだ?まぁ、それは私の仕事ではないな。それよりも私はガキではない!」

 

那月は自身のコンプレックスに触れられた怒りを鬼に向けて、拘束する鎖の本数を増やした。

鬼は連行される際、常に叫んでいた。

返せと。

 

 

__________

 

 

那月は倒れこんでいる少年を見てあの時の戦闘を思い出していた。

 

「この少年があの鬼の子か………」

 

暴れていた鬼はこの少年を探し回っていたのだろう。

その際に駆けつけた国の武装兵と対峙して戦闘となってしまった。

那月はそう考えると少年の傷をじっくりと観察した。

那月に医療知識があるわけではないが、傷は多くても外見上に致命傷になる傷はないように見える。

鬼ならば数日で完治してしまうだろう。

魔族の中でも飛び抜けて再生能力が高い不老不死の吸血鬼には届かなくとも鬼は高い回復力を持っている。

那月はそのことを確認したのち考え込む。

 

「どうしたものか」

 

この少年を役人に引き渡すことが那月の仕事の一つなのだろう。

普通ならそうすべき所、那月は引っかかっていた。

この小さな鬼を役人に届けたら一体どうなってしまうのだろうかと。

役人の行動や希少な鬼ということを考えれば想像は悪い方に傾く。

 

「......どうせ()()()に送られるのだろうな」

 

それは本当に気まぐれだった。

ただ、この小さな鬼の未来を想像して働いた極々僅かな同情の心と善意。

那月はその少年の額に優しく手を当てると魔力を注いだ。

 

「南宮那月。そこで何をしている!」

 

すると、後から世話しなくスーツの男がやってくる。

那月と言い問答していた人物とは違う男だ。

 

「なに、熊を追い払っただけだ」

 

那月はつまらなそうにその場を後にする。

鬼の少年は神隠しにあったかのように消えて無くなっていた。

 

 




お久しぶりです!!
天邪鬼です!!
今まではPSVITAで投稿していたんですが、今回からはパソコンでの投稿となります!
いやー、自分のパソコンっていいですね!

さて、懲りずに新作ですがまた長くなりそうなのでよろしくです!!!

では、評価と感想お願いします!!


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聖者の右腕 書き直し中
2話 常夏の島


ルウシェ当たった!!


絃神島(いとがみじま)は常夏の島である。

冬でも平均気温が二十度を上回り、湿度も日によっては加湿器のいらない程度に高い。

一年を通してアイスキャンディーの路上販売が行われており、常にプール開きということだ。

しかし、ここは沖縄ではない。

それなのにこの島の気候が日本離れしている理由は東京都から三百三十キロも離れた太平洋上にあるということだろう。

絃神島は常夏の島であると同時に人工島なのだ。

カーボンファイバーと樹脂と金属と魔術によって作られた巨大な研究施設と呼んでもいい。

この島では歴史の中で数を減らしてきた魔族などの保護と研究が行われている。

科学で説明できない魔族の力と特殊能力、それらを解析して、利用して産業分野に発展をもたらす。

その為に絃神島は存在している。

住処を追われた魔族の保護と研究、魔術に超能力の解明。

人ならざる生物のために作られた絃神島、別名()()()()

ごく一部からは島の存在理由から”人道的ではない”などと批判もあるが、絃神島の魔族は特に気にはしていなかった。

例えば、絃神島に数年前から住んでいる魔族の少年は魔族特区の世間体より気にしなくてはいけない理由があるのだった。

 

『じゃあ、夜如(やしき)君は例のモールに荷物を運んでね』

 

「了解です」

 

小太りの中年男性が優しい口調で指示すると夜如は敬礼を加えて返事をした。

そして、アルバイト先の青いジャージに身を包んだ夜如はにこやかに倉庫にあるダンボール箱を会社の外に止めてある白いワゴン車へと迅速に運び入れ始めるのだった。

絃神島が人外蔓延る魔族特区という特別な場所だったとしてもショッピングモールなどのレジャー施設は存在する。

それ以外にも教育機関の私立学校も設立されている。

魔族特区と呼ばれていて外見は地獄の島のようだが中身は案外普通なのだ。

勿論、研究施設はいたるところに存在しているが、そんなもの機密保持なのかほとんどが白いコンクリートなので気にもならない。

高温高湿な気候と一見しても人間と大差ない魔族を受け入れれば暮らしやすい場所なのだ。

 

「では、行ってきます」

 

夜如は常夏の島に年中降り注ぐ日差し除けにこれまたアルバイト先の青と白の帽子を被ってワゴン車に乗り込んだ。

夜如の雇い主である中年の男性は夜如の言葉に手をひらひらと振るだけですぐに何処かへ行ってしまう。

魔族の研究で大企業が占める絃神島は中小企業が活躍しにくい場所。

それが単なる荷物運びでも寝る間も惜しんで仕事をしないと赤字なのだ。

夜如は雇い主に同情しながら再度心の中で敬礼をしてワゴン車のアクセルを踏み込んだ。

ゆるい加速、免許取り立ての夜如は少し緊張した状態でアイランド西地区(ウエスト)に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「車が重い………」

 

信号待ちをしている間、夜如は後ろに詰め込んだ荷物を憎たらしく睨んだ。

そもそも荷物を運ぶなら軽トラックぐらいは用意するのが普通だろう。

それをワゴン車で済ますあたりがコストカットの悪意を感じる。

夜如は帽子を被り直してから青になった信号を走り抜けた。

 

(教習所でもこんな重くはなかった)

 

夜如は数日前までの教習所生活を思い返した。

自分より明らかに年上の人間やら魔族が行き来していたのを覚えている。

それでも夜如の中で最も印象深かったのは教員だった。

舐め腐った瞳で赤ちゃんを扱う近所のおばさんのような口調で接するあの教員は温厚な夜如にもイラつかせるには十分だ。

しかし、同時に仕方ないと夜如は思っていた。

なんせ、夜如は未だ16歳なのだ。

夜如より倍は生きている大人がそう接してし舞うのも考えられないわけではない。

たとえ、夜如が魔族だったとしてもだ。

 

「おかげで雇ってもらえてるんですけどね」

 

夜如は帽子から飛び出る二つの黒いツノを片手で突っついた。

気配や魔力を感じるための感覚器官。

夜如は誇らしげに鼻を鳴らした。

 

「鬼の証だ」

 

夜如は鬼だ。

絶滅危惧種に指定されている上、世界でも極めて貴重な日本の鬼なのだ。

その証こそが夜如の頭から生えている立派な黒いツノ。

少し癖のついた長めの髪から突き出たツノは夜如の数少ない自慢である。

パワー系の獣人に勝るとも劣らない力、スピード系の獣人に勝るとも劣らないスピード、つまり身体能力。

人間と違い精神年齢の成長も魔族は高いため、妖怪の部類である鬼の夜如はこの歳で免許も取っている。

夜如は自分が鬼であると誇りを持って生活をして、その力を使っている。

 

「お届けに参りました!」

 

相手会社に不快な感情を持たせてはいけない。

雇い主から会社のモットーとして毎日聞かされていた言葉だ。

夜如はその通りと思い、最大限のスマイルを振りまきながら段ボール箱を塔のように積み上げて挨拶をした。

絶滅危惧種の鬼が鬼の証であるツノを見せて合計約100キロ以上の荷物を持ち上げているのだ。

相手側が内心引いてしまうのは仕方がない。

実際、夜如は良かれと思っている行動は裏目に出ていたりする場合が多かったりする。

雇い主の男性の輸送会社、ギリギリの経営理由の一端がこれである。

 

「中まで運びますね!」

 

夜如はそのことを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一連の作業を終えた夜如はワゴン車の中で連絡を取っていた。

 

「三十分ほどですか?」

 

『うん、そのショッピングモールから別の所に運ぶ荷物があるんだけど時間がずれちゃってね。休憩時間として使ってよ』

 

「え?あの_____」

 

そう言い残すとブツリと雇い主の男性は夜如の返事を聞かずに携帯を切ってしまった。

会社からの支給品である会話しかできないガラケーは虚しくツーツーと音を立てている。

夜如は困惑しながら画面を見つめた。

 

「休憩時間って四十五分じゃ?」

 

夜如が画面に呟くもガラケーはツーツーとしか答えてくれない。

夜如はとりあえず車の時計を覗いた。

日照時間が長い絃神島は空が明るくても時間が思ってたより経っていることがある。

今は昼過ぎ。

一般人なら昼食を食べている頃だった。

しかし、夜如にはとある理由でお金がなかった。

鬼でもお腹は減る。

お金さえあればここはショッピングモールなので食べ物はいくらでもある。

 

「拷問すぎ………」

 

だが、夜如にはお金がない。

止めてあるワゴン車の外にはクレープなどを食べ歩く通行人がたくさんいる。

まるで腹を空かせた罪人を牢屋に入れてから、罪人の目の前で看守が牢越しに味の濃い食べ物を見せつけるように食べている状態だ。

罪人が夜如、看守が通行人、牢がワゴン車。

夜如は欲望を振り捨ててワゴン車のエアコンをつけた。

 

「寝よう」

 

夜如は日頃から持ち歩いているストップウォッチで三十分後にセットするとそのまま眠りに入ろうとした。

寝てしまえば夢で何かを食べれるかもしれない。

夜如は淡い望みを持って夢の中に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビィー!!ビィー!!

 

「むぅ?」

 

ところが、夜如の眠りは警報によって遮られてしまう。

目を細めて周りを見るとショッピングモールのシャッターがすべて閉まっていて、シャッター商店街のようになっていた。

夜如は慌ててワゴン車から出ようとするが、ワゴン車の中にいても伝わる以上な熱に身を固めてしまった。

 

「えっと?あれは………眷獣!?」

 

夜如はショッピングモールを貫通する道路で一人の吸血鬼が炎の眷獣を召喚しているのを目の当たりにした。

吸血鬼とは魔族最強の種族である。

不老不死で負の魔力を無限に持っている化け物。

そして、その無限の負の魔力を使って召喚する魔力の塊こそ吸血鬼が魔族最強と呼ばれる所以だ。

異世界から召喚される意志を持った魔力は強力な力で周囲を破壊する。

夜如がワゴン車を止めていた路上の隅も明らかにその破壊可能範囲の中、下手すればこのショッピングモール全体を目の前の眷獣は炎で焼き尽くせるかもしれないのだ。

 

「社長………!!って出ないし………」

 

夜如は迷わず携帯で雇い主に連絡を入れた。

しかし、忙しいのか出る気配が一向にない。

夜如は冷や汗をかきながらスルリと運転席の下に隠れた。

夜如からすると、あの吸血鬼が何故この魔族特区で眷獣を召喚しているのか全く分からない状態である。

とりあえず逃げようにもシャッターのせいで今外に出ても夜如に逃げる場所はなかった。

夜如は焦りながらも車の底に手を当てて鬼気を集中させた。

手の周りから赤いオーラが滲み出てゆらゆらと揺れ始める。

 

「鬼瓦!」

 

手を退かすとそこには小さな鬼の瓦が出来上がっていた。

鬼瓦とは古くから魔除けなどを理由に民家に付けられている。

その効果は力の弱い魔族等なら効果を十分発揮するものだ。

しかし、鬼が作る鬼瓦はもう一段上の能力があった。

それは防御力の増加。

頑丈にもなるということだ。

 

「これで持って下さいね!」

 

夜如は祈るように手を合わせた。

鬼瓦は魔除けや硬度を上昇させるもので、魔力ではなく日本の鬼独自の鬼気を使う。

魔力ではないために感知もされにくく手っ取り早いのだが、別に眷獣の攻撃を真っ向から耐えられるものではない。

もし、あの眷獣がこのワゴン車に激突でもすれば夜如は無事でもワゴン車は大破してしまうだろう。

雇い主に怒られてしまうのは確実だ。

 

「大丈夫かな?」

 

夜如は少しだけ頭を覗かせて外の様子を見た。

 

「あれ?」

 

夜如は首をかしげた。

チャラそうな吸血鬼と対峙していたのが中学制服を着た女の子だったからだ。

さらに不思議なのはその少女が銀色の鋭利な槍を構えて殺気を漏らしていることだ。

吸血鬼の眷獣は武術の心得があるからと言って一般の少女にどうこうできる代物ではない。

それはこの世界に生きているなら常識的にわかるものだ。

夜如は助けに行った方がいいのかと躊躇する。

だが、あの少女の殺気は以上だった。

一人でどうにかできてしまいそうな妙な雰囲気をかもち出している。

 

「寝てる間に何が起きてたんだ?」

 

夜如は何が何だかわからずにいた。

そして、とうとう吸血鬼の眷獣が少女に向かって突進し始めた。

空間が揺れていて眷獣が発する熱量の凄まじさがひしひしと伝わってくる。

流石にまずいと思った夜如はドアを開けて少女を助けようとした。

しかし、そんなこと不要だと言わんばかりに少女はなんと持っていた槍で向かってくる眷獣を突き刺したのだ。

見かけは細身の少女はそのまま槍を横に振り払うと眷獣を消滅させてしまう。

あまりに常識はずれた光景に屋敷はドアの取手に手を置いたまま固まってしまっていた。

 

「えー………」

 

絞り出た言葉も冴えないもの。

苦笑いしかできなかった。

すると、眷獣を消滅させる偉業を成し遂げた少女は一歩を踏み込んでチャラい吸血鬼との距離をゼロにしていた。

この世には聖域条約という法律が存在する。

それは魔族を縛る法律である。

あのチャラい吸血鬼は理由はどうあれ眷獣を放ち民間人に危害を加えた。

文句を言えないまま死んでもしょうがない状況下ではあるのだ。

しかし、夜如は見過ごすには忍びないと感じていた。

吸血鬼といえば広義的に考えて鬼の遠い親戚のような存在。

夜如は助けたいと思ってしまっていた。

 

「これは仕方な____」

 

「ちょっと待て!!」

 

鬼の力なら余裕で割り込めそうな状況。

夜如が再度戦闘に乱入しようとするが、これも阻まれてしまった。

 

「………暁さん?」

 

夜如の代わりに吸血鬼を救ったのは、同じ吸血鬼の暁古城という同い年の少年だった。

古城は何と眷獣を消し去る破魔の槍を素手で弾き飛ばしたのだ。

流石、()()()()()()()()だと夜如は思った。

すると、少女はくるりと回転しながらあろことに夜如が中にいるワゴン車の上に飛び退いてしまう。

別に悪いことをしていたわけではないが、夜如は反射的に隠れてしまった。

断じて吸血鬼を圧倒する少女のパンツを見てしまったからではない。

 

「第四真祖!!」

 

ワゴン車の上から聞こえた叫び。

夜如は古城に向けて合掌をした。

 

 

 




色々出て着ましたが、こんな感じで投稿していこうと思います!

では、評価と感想お願いします!!


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3話 関係

肩こりが最近ひどくてやばいです。
歳かな?


私立彩海学園は生徒数千二百人弱の絃神島の数少ない学校である。

そして、中高一貫校と絃神島が日本から遠く離れた人工島という立地が合わさり、教職員が夜まで忙しく働いている場所でもある。

夜如は今日のアルバイトを終えてアイランド・南地区(サウス)にある彩海学園に向かっていた。

 

「ギリギリ………」

 

太陽は既に沈んでおり、洒落っ気のない無機質な街灯が等間隔で並びながら光っている。

夜如はそんな街灯の()を走りながら首から下がるストップウォッチの時計機能を見た。

いつもならば彩海学園へと、とうに辿り着いている時間帯。

冷や汗が滲んで心臓の鼓動が速くなる。

何故、夜如が遅れてしまっているかというと昼間の西地区で起こった魔族の暴走のせいだ。

あれのおかげで運搬スケジュールが大いに乱れてしまい、夜如は()()()との約束の時間に遅れてしまっている。

現場付近にいたので絃神島の警察である特区警備隊(アイランド・ガード)に職質されて、雇い主には理不尽に怒られて、時間通りに彩海学園に着かなければまた怒られてしまう。

 

「暁さんのことを言えば説教短くなるかな?」

 

夜如は恐怖と焦りと友人を裏切ったような罪悪感を含めた心を押し殺して、加速した。

真夜中に一般住宅地が多い南地区を忍者顔負けに駆け抜ける一体の鬼。

速すぎて魔族ですらハッキリと捉えられないその姿は住宅地に住む学生の中で心霊現象の一種として見られていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理由はどうあれ、この私を待たせるとはな餓鬼」

 

「申し訳ありませんでした」

 

彩海学園の職員室。

他の教職員が数人未だ仕事をしている中で夜如は額を床に擦り付けて謝罪の言葉を述べている。

目の前には黒いドレスを華麗に着こなした幼女に見えなくもない少女。

少女はドレスと同じ黒の日傘の石突きを夜如の頭に乗せて微笑んでいた。

 

「本来ならお前を闇市場に売り払うことを考えるのだがな。暁が絡んでいる面白そうな事件に巻き込まれたなら大目に見てやろう」

 

「あ、ありがとうございます。那月さん」

 

夜如は少女の驚愕な提案に恐怖しながら今度は礼の言葉を述べる。

少女の名前は南宮那月という魔女だ。

魔女の中でも最高位の魔女で世間からは”空隙の魔女”と恐れられている。

そんな魔女の本職は彩海学園の英語教師だ。

今日も明日古城が受ける追試の準備をするために夏休みにも関わらず学園へ赴き仕事をしていた。

夜如と那月の関係は数年前の事件に遡る。

元々、夜如が住んでいた里で夜如の実の父親が虐殺事件を起こしてしまったのだ。

鬼の大量殺戮の容疑者として夜如の父親はとある場所へ幽閉されて、里唯一の生き残りだった夜如は事件解決の一役を買った那月の元で暮らすことになったということだ。

ちなみに、フルネームは南宮夜如となっている。

しかし、国が認識している事実は少し違っている。

 

「だが、次に連絡もなく遅れたら容赦しないぞ。私の恩を忘れるな」

 

「忘れませんって!」

 

国の報告ではあの里の生存者はゼロということになっていた。

それは生き残った夜如の未来を悟った那月が独断で夜如を連れて帰ってしまったからだ。

あのまま捕まっていれば夜如は実験動物として飼われるか、闇市場に売りさばかれるかしていただろう。

那月はそう考えていた。

鬼は世界が認めた絶滅危惧種、特に日本の鬼は鬼族(オーガ)などと呼ばれず(おに)として固有名詞さえあるほど珍しい存在。

日本がその鬼を守るために深い北の森に隠して結界を張って魔導犯罪者や密猟犯から守っていたのだ。

それでも今回は外部からではなく内部からその里を公にバラすような事件が起きてしまった。

一般の人間は事件自体を知らなくても、情報網が広い闇組織などの輩は今まで必死に嗅ぎ回っていた鬼の居場所を急に見つけることができてしまったことになる。

死体だけでも億円に届く鬼の事件に輩は当然こぞって里に来てしまう。

実際のところ那月が辺りの警備を任されていた事後処理の際、国の役人に混じって多くの密猟犯が潜んでいたという。

そこに死体どころか弱っていても十分生きている鬼がいたら大変なことになってしまっていたはずだ。

一等宝くじよりも価値があるのだから争奪戦が始まっていてもおかしくはない。

夜如にとって那月は正真正銘命の恩人なのだ。

 

「まぁ、売り払うとかは冗談だが公衆電話からでも連絡はしろ。というかそろそろ携帯を買ったらどうだ?」

 

「お金は大事なんですよ!」

 

「お前の歳でアルバイトもしてるんだったら必需品だろ。教員の私でも持っているぞ」

 

那月は溜め息を吐いて腕を組む。

夜如は那月の机に置かれているスマートフォンを恨めしそうに見つめた。

別に絶対に買えないわけでは無い。

月額の料金も払えるだろう。

しかし、夜如はある事をしているのでお金が常に不足している状況にあるのだ。

 

「絶滅危惧種保護の資金援助なんてやめてしまえばいいだろ。偽善者め」

 

「偽善だって分かってはいるんですけど………」

 

夜如は怒られた子犬のように縮こまる。

偽善であることは夜如にも分かっていた。

自分が援助をしたからって全体からすれば端た金もいいところだ。

別の問題を見て見ぬ振りをしているだけでもある。

夜如は知っているはずなのだ。

かわいそうと思うことが傷ついた者への一番の禁忌だということを。

夜如は今平穏にくらせていることから、ニュースで放送される絶滅危惧種の話を見ると動物、魔族問わず哀れみの感情を浮かべてしまう。

禁忌だと分かっているのに思ってしまう。

だが、資金援助をやめない。

簡単な理由だ。

ただ、同時に生きて欲しいとも夜如は思っているからだ。

同じ絶滅危惧種だからこそ抱く複雑な感情。

那月は目だけを自分の机に置いてある携帯に移した。

 

「………ふん。今後の働きを見て私が虚数の彼方にしかない可能性だが、買ってもいいと思えば買ってやらんでも無い」

 

「本当ですか!?」

 

「可能性はほぼ皆無だぞ」

 

夜如は正座を崩して勢いよく立ち上がった。

その瞳にはキラキラと光る期待が満ちに満ちている。

那月は余計なことを言ってしまったと思いながら眉間を揉んだ。

夜如は自分の欲を溜める傾向がある。

欲しいものがあっても口には出さず、じっと我慢をするのだ。

なので、時折可能性を与えると溜め込んでいたものが爆発したように凄まじい力を発揮する。

那月はそれを鬱陶しいと思いながら扱いやすいとも思っていた。

特に()()()()()()()()()()の際にはこの性格を重宝する。

勿論、夜如の為に買ってあげる気持ちの方が強いのだが、那月は決して認めない。

 

「ならすぐに出るぞ。アイランド・ガードの奴らを待たせるわけにはいかんからな」

 

「はい!」

 

昼はバイト、夜は那月の稼業であるアイランド・ガードの指導教官補佐。

夜如に寝る暇はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜に起きた魔族狩りは五件目だった。

 

 




ちょくちょく伏線を入れさせていただきます!
この小説のメイン?というか自分が一番力を入れようと思っているのは蒼き魔女の迷宮編あたりですからね!!

あと、この小説はあくまで夜如くんの物語です。
古城達との共闘も勿論ありますが、あくまで夜如くんの話です。
まぁ、日常回でも関わらせますけどね。

では、評価と感想お願いします!!


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4話 二人組

自動車学校の授業を受ける時の強敵が睡魔


 

どんなアルバイトにも休日は存在する。

それは法律で定められているのでどんな会社でも与えなくてはならない。

残業だらけの日本企業に勤める正社員にとって休日とは砂漠の中のオアシスなのである。

正社員じゃなくてもその感覚は同じだ。

しかし、人間と違って体力が有り余っているフリーターの鬼夜如は与えられた休日に不満を持っていた。

 

「いらっしゃいませ!ご注文はなんでしょうか?」

 

お客様は神様。

満面の営業スマイルを浮かべながら夜如は店に入ってきた客にオススメの商品を進める。

彩海学園から徒歩五分、絃神島の南地区に展開している大手ハンバーガーショップ。

夜如が第二のアルバイト先として選んでいるのはそんな所だった。

昨夜から今朝にかけて()()()()()()の調査を行い、寝ないで朝から接客業のアルバイトに勤しむ。

夜如としては運送会社の裏方仕事の方が好きだし時給もいいので一週間全てそちらのアルバイトに力を注ぎたいのだが、如何せん行き過ぎたアルバイトは正社員よりも給料が高くなってしまうのだ。

アルバイトとは給料を安く済ませるための法の抜け穴。

夜如もその点は薄々気がついており、雇い主との間で口に出さないことが暗黙の了解となっている。

そのため、運送会社の休日は那月の彩海学園にほど近いここでアルバイトをしているのだ。

 

「いらっしゃいませ!ご注文はなんでしょうか?」

 

時刻は正午を超えて腹の虫が鳴く頃、朝から百回は言った言葉に自分で”うさぎです”と答えたくなってきた頃、行き交う人々が徹夜続き、ご飯抜き続きのせいで美味しそうに見えてきた頃。

二人が夜如の前に現れた。

 

「いらっしゃいませ!ご注文はうさぎ___」

 

「嘘、鬼!?」

 

「あれ?夜如?」

 

店に入ってきたのは昨日西地区のショッピングモールで吸血鬼を圧倒した少女と世界最強の吸血鬼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界最強の吸血鬼、第四真祖。

不老不死であり血族同胞仲間を持たない冷酷非情で厄災の化身たる十二の眷獣を従わせて殺戮、惨殺、破壊することだけが生きる楽しみ。

その存在はそこにいるだけで()()()()()()()()()()()()()と同じ扱いとなる。

獅子王機関、国家公安委員会に属した特務機関。

その起源は古く平安時代からあるとされていて、主に()()()()()()()()()()()()()の阻止を目的とした情報収集や謀略工作など。

どちらとも国どころか世界に大きな影響のある存在。

そして狙い狙われる関係。

どういう訳か敵同士の二つが今、夜如の目の前で仲良くハンバーガーを食べていた。

 

「私、鬼って初めて見ました!さすが魔族特区ですね。絶滅危惧種の鬼がハンバーガーショップでアルバイトをしているなんて」

 

目を輝かせてハンバーガーを頬張るのは獅子王機関の剣巫(けんなぎ)である姫柊(ひめらぎ)雪菜(ゆきな)

夜如は直視から逃れるように第四真祖(あかつき)古城(こじょう)に目を向けた。

しかし、古城は見て見ぬふりをするように空になったジュースを懸命に飲んでいる。

 

「いや、いくら魔族特区でも鬼がハンバーガーショップでアルバイトしているのは珍しいと思いますよ………というか、多分魔族特区の鬼って自分だけだと思うし」

 

「そうなんですか、やはり鬼は希少種なんですね。先輩と夜如さんはどちらでお知り合いに?」

 

「俺と夜如?まぁ、彩海学園で世話になってる英語教師を通じてというか」

 

突然の質問に古城は慌ててしまう。

古城に限らず夜如の友人は皆このような反応をしてしまうのだ。

理由としては夜如の友人というのは大抵が彩海学園の高等部一年であり、出会った要因は英語教師の南宮那月なのである。

全く見えないが二十六歳の那月に十六歳の夜如、年齢から見ても種族が違うという外見から見ても同じ苗字というのは奇妙なものだ。

加えて共に暮らしていると言われれば夜如の家族関係に何かあったのだと疑うのは高校生の頭では不思議ではないし、それどころか何かあったのは事実である。

夜如がアルバイトばかりで家に帰らないことを考えると共に暮らしていると言っていいのかはわからないが。

 

「まぁ、鬼だからちょっと色々ありまして。里親が暁さんの彩海学園で教師をしてるんですよ。俺は通ってませんけど」

 

夜如は気にすることなく言った。

すると、店内から夜如を呼ぶ声が響く。

夜如の休憩時間が終わったのだ。

これ以上ここの席にいれば雰囲気がさらに悪くなってしまう。

夜如は返事をして立ち上がる。

 

「そのうち学園でも会うことになりますよ。姫柊さん、今日は奢ってくれてありがとうございます」

 

「いえ、鬼が一人餓死してしまうのは驚愕というか忍びないといいますか………先輩よりは奢る価値がありますから!!」

 

「落とした財布を拾ってやったのは俺だぞ!?」

 

夜如はショッピングモールの事件からどうやってこんなに仲良くなったのか不思議に思いつつ笑った。

おそらく、獅子王機関の剣巫とならば鬼の里のことも知っているだろう。

夜如はそう考えていた。

しかし、雪菜はあの事件について探りすら入れなかった。

意外な形で夜如は那月の完璧さを痛感することになる。

 

「いやいや、本当にありがとうございます。もう少しで人間を食べちゃうところでしたから!」

 

「え?」

 

夜如は固まる雪菜を背にして従業員専用の扉から店の奥に消えていった。

そして、取り残された雪菜に溜め息を吐いた古城が言うのだ。

 

「あいつ、基本良い奴だけどSっ気のある天然のボケだから」

 

それを聞いた雪菜は自分の脅威が第四真祖だけじゃないと改めて実感するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり会っていたのか。あの馬鹿が獅子王機関など知っているはずがないからな」

 

「監視役らしいですよ。あと良い人でした」

 

太陽が沈んで星々が自分の光を主張しだす時間帯、それに合わせて街のネオンも輝き出す。

夜如と那月は夜の西地区の飲食店街を徘徊していた。

西地区は眠らない街である。

夜を好む魔族のために西地区では真夜中になっていても飲食店や商業施設が営業しているのだ。

その特性により光に集まる虫のように夜になると多くの魔族が西地区へとやってくる。

ここ二ヶ月の間に起こっっている動機不明の魔族狩りの犯人も魔族に連れられて魔族の多い西地区に来ている可能性があった。

他愛ない話をしているが、夜如と那月は街のパトロールをしているのだ。

 

「まったく、私の稼業を邪魔しなければいいのだがな」

 

「真面目そうでしたからね」

 

「それもこの餓鬼は奢ってもらうなど恩を売ってしまうとは___」

 

国家攻魔官にとって国に設置されている委員が違う獅子王機関は商売敵である。

警察内で事件の奪い合いをするのと同じで二つの組織は魔導犯罪の奪い合いを幾度となく行ってきた。

いくら稼業でも唯我独尊の高貴な那月は獲物を取られたりしたら不満なのだ。

そんな商売敵である獅子王機関の剣巫に少なからず恩を売った夜如を那月は良しとしていない。

黒い扇子で一撃喰らわせようとした時、二人は強大な魔力を感じた。

 

「この魔力!!」

 

「飛ぶぞ!」

 

那月の掛け声と同時に一瞬の浮遊感が夜如の体に生まれる。

西地区の明るいネオンの光が包み込む飲食店街から街灯しかない夜の公園へと那月が空間転移をしたのだ。

海を見渡せる展望通路、人気はなく、不気味な潮風が吹いている。

しかし、先ほど感じた魔力源たる存在や物質は見つからない。

 

「いない?」

 

「私の空間転移は移動時間をゼロにするものだ。感じた瞬間に飛んだのだから近くにいるはずだぞ」

 

夜如は感覚器官であるツノに神経を尖らせて辺りを散策する。

絶滅を避けるために敵の位置を探るようになった進化の末、感知能力だけなら鬼は魔女よりも上なのだ。

すると、四人の存在に気づいた。

二人は倒れて、二人はこの場から去ろうとしている。

夜如は去ろうとしている二人組が魔族狩りに関与している人間だろうと思い那月に黙って数十メートル先に突っ込んだ。

 

「止まってください!」

 

夜如は二人組の前に躍り出た。

魔族ならではの異常な視力と夜目で夜如は二人組の正体を目撃する。

二人組は聖教者のような法衣をまとった金髪の大男にケープコートを着た藍色をした美しい少女だった。

 

「ほう、気配を消していたはずですが?なかなか優秀な能力を持っているようですね」

 

身長は二メートルに届かないほどにしても十分圧力を感じさせる大男、片眼鏡を嵌めた顔は四十代前後だろうか。

夜如はまず大男の顔と口調のギャップに驚く。

服装通り、聖教者のような喋りだった。

 

「なんと!そのツノはまさか鬼!?これは流石魔族特区と言うべきか、希少な鬼と出会えるなんて」

 

次に驚くのは大男だった。

まるで観光しに着た客のような感想である。

だが、夜如は大男の隣に立つ薄い水色の瞳が幻想的な少女を見た。

ケープコートを着ているとはいえ足元は素足の状態で、見る限り下には何もつけていないようなのだ。

魔族狩り事件に関与していなくても児童ポルノの現行犯逮捕で大男は即刻お縄についてもおかしくない。

夜如は人知れず大男を心の中でロリコン伯爵と呼ぶことにした。

 

「児童ポルノ禁止法違反の現行犯で拘束します!!!」

 

「私をそんな低俗な者と一緒にしないでいただきたい、アスタルテ!!」

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

一瞬の出来事だった。

夜如が大男の懐まで飛ぼうと思った瞬間、相手の脅威は大男だけと思った夜如のミスが起こる。

 

「何!!」

 

夜如は最も脅威であると予想した大男に拳を叩き込めば行動不能にして一段楽になるだろうと思い、少女を完全に無視してしまったのだ。

しかし、本当の脅威は少女の方だった。

鬼の目で捉えたのは少女の背中から生える巨大な半透明の白い右腕。

それが迫ってくるのだ。

飛び出して全身が伸びきった状態の上に両足が地面から離れているので避けることができない。

夜如は即座に鬼気を全身にまとって防御する。

それでも腕の力は凄まじく、夜如は強引に吹き飛ばされてしまった。

完全なる夜如の油断。

 

「ごはっ!!」

 

公園に生える木々を薙ぎ倒して夜如は海に飛び出してしまう。

海面を水切り石のように進んでゆく夜如を遠目で確認する大男はふんと鼻を鳴らす。

 

「なるほど、鬼気で全身をガードしたのですか。魔力ではないので薔薇の指先(ロドダクテュロス)でも()()()()()()と。少々厄介ですがあの程度なら支障はないでしょう」

 

大男と少女は闇に溶け込み消えてゆく。

気配はもうなかった。

 

 




なんか、原作よりアスタルテが強い気がしますが気にしない。

それと今更ですが、オリ主のタグを付け忘れていた………

では、評価と感想お願いします!!


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5話 破壊

学校やだ


 

「まったく………無様だな。この餓鬼」

 

「………そんなこと言われましても」

 

神々が鍛えた古代文明の遺産”戒めの鎖(レージング)”。

本来の使用方法は敵を拘束するためのものだ。

早朝、夜如はその戒めの鎖(レージング)で海中から助け出されていた。

縛られ、ひっくり返され、吊るされて、今那月が戒めの鎖(レージング)を解いたら夜如はまた海の中に落ちてしまう。

対して術者の那月は展望デッキに悠然と座って片頬を突きながら溜め息を漏らしている。

 

「つまり、私に負傷した吸血鬼(コウモリ)獣人(サル)を病院に連れて行かせている間、貴様は敵に殴り飛ばされて海水浴を楽しんでいたというわけだな?」

 

「うぐ………」

 

棘のある那月の言葉に夜如は返す言葉もなく押し黙る。

決して、夜如は那月の言ったように海水浴などで遊んでいたわけではない。

殴り飛ばされた夜如は必死に絃神島へと戻ろうとしていたのだ。

しかし、鬼には体の濃密な筋肉で水に沈みやすいという弱点がある。

十六歳の平均身長とさほど変わらない夜如の体もやはり水の中では動きにくく、端から見たら溺れているようにしか見えていなかった。

吸血鬼と獣人を病院に送ってから公園に戻った那月には敵を捕らえ損ねた上に側近のような形の夜如が海でバシャバシャ不覚を取っていたりと不満なことばかりなのである。

 

「私に救護などさせずに任せていればいいものを調子に乗りおって。敵の素性ぐらいはわかったのだろうな?」

 

「素性までは………あ、でも藍色の髪をした()()()の少女がいました!自分が殴られたのもその吸血鬼が使う眷獣でしたし」

 

「十点だ」

 

「えっと………黒の法衣を着て片眼鏡をした金髪大男!聖教者のような口調!年齢四十代前後!藍色の髪の吸血鬼はケープコートだけ!人工的な口調!見た目十歳前半!眷獣の名前は油断していたので聞き取れませんでした………」

 

鋭い眼光に気圧された夜如は昨夜出会った二人組の特徴を舌が回る限界で捲し立てた。

動機や素性は不明でも見た目が判明すれば防犯カメラなどで探すなりと手段は広がる。

那月は今後の対応を考えて、つまらなそうに言った。

 

「五十点。不合格だな。私の側を歩くなら油断せず捕まえろ」

 

「肝に命じておきま___す〜〜〜〜!!!???」

 

夜如が落ち込むと、戒めの鎖(レージング)は夜如の心に合わせたかのように回転を始めた。

遊園地のアトラクションのように高速回転をし続け、夜如に罰を与える。

展望デッキではいじめっ子の表情で那月が黒い扇子で円を描いていた。

 

「ほら、バイト先まで送ってやろう」

 

憂さ晴らしに戒めの鎖(レージング)を回転させる那月は最後に扇子を振り切り、遠心力で夜如を夜如のアルバイト先があるアイランド・東地区(イースト)の方角へ投げ捨てた。

 

「ちょっと!!」

 

那月は思ったより飛んだなと感心しながら飛んでいく夜如に軽く手を上げる。

鬼の身体能力なら着地に支障は無いはず。

溜まった不満もある程度は解消されて那月は公園を見渡した。

特区警備隊(アイランド・ガード)が夜如が殴り飛ばされたせいで折れてしまった樹木の撤去に追われている。

一部の警備員はこの場に残っている魔力がないかを探知しているが、那月の見た限りこの場に魔力は残っていない。

()()()()()()()

 

「はぁ、夜如は運が良いらしい」

 

夜如の話や樹木の折れ方を見ても鬼の体を相当遠くへ飛ばされたのはわかる。

しかし、金槌の夜如がどうやってこの付近まで戻ってこれたのかがわからない。

潮の流れで運良く戻ってこれたと説明できなくも無いが、都合よく戻ってこれる可能性は低い。

那月は夜如に手を貸したものがいると考えていた。

 

「もしくは………」

 

ほんのわずかな夜如への懸念が那月の頭を掠めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は異常な程に多忙だった。

朝から荷物を運送するために車で絃神島中を駆け回り、昼には引越しの荷物をお届けすると小型のトラックを初めて運転した。

近々法改正で普通免許で運転できる車の大きさや詰め込める量が変わるので、このまま無視して運転させられるんじゃ無いかと夜如は不安に思っていたりもしてる。

そんな不安を抱えたまま引越し荷物を届けに行った住所が獅子王機関から派遣された剣巫である雪菜のマンション、それも世界最強の吸血鬼である古城の部屋の隣。

夜如が雪菜を仕事熱心な人だと思いつつ古城の毒牙にやられてしまったかと暖かな瞳を向けてしったのは仕方ないだろう。

逆に雪菜は夜如に”人を食べちゃいけませんよ”と忠告をした。

夜如は”大丈夫”と笑った後に”最近の人は健康的じゃ無いから美味しそうじゃないですからね”と答えて雪菜の警戒レベルを無意識にあげていたのには気づいていない。

 

「よいしょっと」

 

夜如は大手食品会社の食料保管庫に今日最後の運送品を運び終えた。

夜も遅くなり今日は那月の特区警備隊(アイランド・ガード)教官補佐を休みにしてもらっている。

鬼気で体を守っていたとはいえ眷獣の攻撃に直撃してしまったのだ。

特に体へのダメージはないが、眷獣とは様々な種類があり中には毒を操る眷獣も存在する。

万が一を考えて戦闘は避けたほうがいいと那月の稼業ではなくアルバイトを遅くまで入れられることにしたのだ。

 

「これで最後です。次は明日になりますんで宜しくお願いします」

 

「ああ、宜しく頼むよ。判子が欲しいから事務室まで来てくれ」

 

大工が似合いそうな繋ぎを着ている男の後に夜如が着いていく。

東地区は倉庫街など企業の備蓄場が多く存在している。

他にもゴミ処理場など絃神島になくてはならない心臓部のような地区だ。

その地区に夜如は昨日の魔力をその黒い二本のツノで感じ取る。

 

「ッ!?………すみません!!」

 

「な、何をするんだ!?」

 

夜如は直接の被害が現れる前に前を歩く繋ぎの男を担いで倉庫街の事務所に全速力で駆け込んだ。

見ると中にはまだ事務処理をしている男女が数人いた。

人口は少なく普段はあまり使われないような東地区にも企業の役人は常に配備されているのだ。

大事な倉庫を無人にすることはない企業の考えはわかるが、今は危険だと夜如はツノで確信している。

夜如は歯を食いしばった。

そしてついに。

 

『ギャァァァァァ!!!』

 

「逃げてください!!眷獣です!!!」

 

人間にも確認できるほど強い魔力の波動が夜如達を襲う。

同時に爆音も。

夜如は昨日確認した眷獣とは別の巨大な魔力を感じ取っていたのだ。

恐らく眷獣だろうと夜如は予測していた。

人々はパニックになりかけながらも、魔族特区住人さを見せて迅速に避難を開始する。

しかし、逃げている間も魔力の波動は絶えず発生していた。

幸いなのは昨日確認した眷獣と今初めて確認した眷獣が争っていることだ。

倉庫が邪魔で夜如達には見えないが、攻撃の方向がこちらではないのは夜如にはありがたかった。

人命が最優先。

絶滅危惧種保護団体への資金援助を毎月している夜如は命を人一倍重く感じている。

夜如はこのまま避難が完了するまで敵の目標がこちらに向かわないよう祈った。

 

「はぁあ」

 

鬼気を全身から放出し赤い衣のように纏う。

軽く癖のついた長めの髪がゆらゆらと風の有無なしに揺れている。

夜如は立ち止まり逃げ遅れた人の確認をした。

目を瞑って自慢のツノから流れてくる情報に集中する。

五感だけじゃ感知できない場所なども頭の中でイメージできた。

普段でさえ魔女にも勝る気配と魔力の察知能力を持つ鬼は鬼気を放出した状態だとその能力は倍以上になり、一定範囲なら手に取るようにものを認識することができるのだ。

 

「ここの周囲にはいないか」

 

夜如は安心して目を開き、遠くの戦闘が行われているであろう場所を見る。

真夜中にも関わらず夜如が見る地帯だけは赤く光っており、時折地面から火の玉が放出されている。

少しだけだが鳥の形をした眷獣も見えている。

 

「魔族狩りか!!」

 

夜如は遅れて自体を飲み込んだ。

昨夜出会った二人組みが魔族を現在進行形で狩っているのだ。

しかし、後ろにはまだ逃げている人が見える。

夜如は戦闘が終わった瞬間に現場に乱入して例の二人組を拘束することにした。

前のように油断することなく最初に相手をする敵を間違わない。

 

「ん?」

 

すると、鳥の形をしていた眷獣の気配が消えていった。

まるでガスバーナーの火を弱めるように力がだんだんと消えていったのだ。

ここにきて謎の現象。

しかし、片方の眷獣が消えた今どんな状況だろうと敵は油断している可能性が高い。

昨夜に被害にあった二人組みの魔族は衰弱していても生きていたことから殺しが目的ではない。

故に今被害にあっているであろう魔族も生きている可能性がある。

その被害者の救出も考えなくてはならない。

 

「鬼瓦!」

 

夜如は後ろの遠くで背中を見せている人達の背中に小さな鬼瓦を投げつけた。

鬼瓦は物質の耐久と硬度を増加させるお守り。

気休めだがあって損するものではない上、落石ぐらいからは守ってくれるだろう。

夜如は彼ら彼女らの無事を願い、投げつけた勢いで転んでいた繋ぎの男に謝った。

 

「よし!!」

 

夜如は地面を蹴った。

人間の目には残像が残るだけの超加速、魔族の中でも高い身体能力を持つ獣人でさえ捉えるのは至難の技であるスピード。

しかし、魔族一かもしれない身体能力を持つ鬼は初めたばかりの加速をやめて地面に這いつくばってしまった。

理由は戦場にいた友人二人。

 

「なんでいるの!!!」

 

瞬間、辺りは光に包まれる。

いくら鬼の身体能力が魔族一だったとしても自然には敵わない。

夜如はツノでギリギリ察知していたのだ。

少し近づいたことではっきりと確認した最悪の眷獣を操る最強の存在を。

 

 

「羅生門!!!」

 

 

それはとっさに作ろうとした即席で不完全の夜如最強の防御技。

その防御壁は簡単に打ち砕かれてしまい。

多少弱まったとしても余波は確実に命を奪える威力。

 

「暁さんの馬鹿〜!!!!」

 

全てを破壊する雷撃の矢が夜如を襲うことになった。

 

 




伏線を頑張ってます!!
あ、でもあまり伏線伏線言ってたらバレちゃいますよね。

では、評価と感想お願いします!!


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6話 鬼気

この前鎌倉に行きました!!
ビブリア古書堂の聖地巡礼!!
楽しかったです!!!
最新刊もやっと発売が決まってホッとしています!!


 

「ここは………」

 

目覚めると知らない天井だった。

漫画やアニメで多用されるこの言葉がまさに今現実に起きていた。

白い天井に少し硬いベットと枕、周りはクリーム色をしたカーテンによって囲われている。

微かだが薬品の匂いも夜如の鼻は感じ取った。

夜如は自分が何処かの病室に運び込まれたのだと察した。

続いて襲ってくる体への倦怠感と鈍い痛み。

起き上がろうにも関節が固まって動きにくい。

如何にか上半身だけを起き上がらせて夜如は何故こうなったのかを思い返す。

 

「あの人の眷獣を正面から受けたんだっけ?」

 

夜如は絃神島東地区にて世界最強の吸血鬼である暁古城の眷獣を正面から受けてしまったのだ。

当然、夜如は即興で不完全ながらも防御技を駆使したが、間に合わず衝撃のほとんどが襲ってきた。

いくら鬼気で身を守っていても相手の世界最強の名は伊達ではなく、鬼の夜如は死なないまでも倒されてしまったということだ。

何故あんなところに古城がいたのかを夜如が知る由もないが、とりあえず夜如は古城に何かしらを奢ってもらおうと深く心に刻んだ。

すると、ダメージで感覚が麻痺していたのか気配を感じる間も無くカーテンが開かれた。

 

「あらら?夜如君が起きていたりして!!」

 

「笹崎さん?」

 

カーテンの隙間から突如顔だけひょっこり出してきたのは夜如の知り合いだった。

赤いお団子ヘアーでチャイナドレス風のシャツにミニスカート、その下からは短めのスパッツとなかなかスポーティーな格好。

彩海学園中等部、体育教師の笹崎(さささき)(みさき)である。

天真爛漫なその性格と少し癖のある喋り方は生徒たちに好印象で非常に人気が高い教師だ。

反面、力押しのような授業内容のため一部の生徒から逃げられていたりもする。

 

「てことは、ここは彩海学園の………保健室ですか?」

 

「そうだよ。先輩が血相変えて”私の夜如を助けて!!”って駆け込んできたときはびっ、痛!!」

 

「誰がそうんなデタラメを流せと言ったこの馬鹿犬」

 

岬が頭を押さえてその場にへたれこむ。

漫画のようなたんこぶは見られないが、かなり激しい音を響かせていたので夜如も思わず顔をしかめた。

そして、岬の頭に扇子を一閃した張本人の南宮那月がカーテンをどかして入ってくる。

 

「外傷は治ったようだな。流石は鬼の生命力といったところか」

 

相変わらずのドレス姿、今日は白のドレスだが常夏の絃神島には黒でも白でも厚着の彼女は視界に入れただけで暑くなる。

ちなみに、那月と岬は学生時代からの付き合いで、岬は珍しく那月が苦手意識を持つ存在なのだ。

見た目からしたら年の離れた姉と妹のような身長差だが、少女のような那月の方が先輩なのである。

そんな那月は夜如の心配を全くしていない様子で夜如の体を見てきた。

夜如は那月の視線に釣られて自分の体に目を移す。

夜如はこの時になって自分が裸だったことに気がついた。

 

「あれ!?服がない!!」

 

「それは当たり前だったり。夜如君は体だけじゃなくて服までボロボロだったりしてね」

 

「この馬鹿犬が全部ひんむいた」

 

わざとらしく頬に手を当てて体をくねくねとさせる岬に夜如は思わず体を抱きしめた。

それでもなお岬は面白がって”すごかったよ………”と教師にあるまじき言葉を呟きながら潤んだ瞳で夜如の体を舐めるように見る。

さらには少しずつ夜如に近づいてそっと胸元を指でなぞるまでの行為を働く。

流石に我慢できなくなった夜如は声を上げようとした。

その直後、

 

「うん、中は乱れてるね」

 

「え?」

 

岬の目が突如鋭くなり、声も冗談の類が含まれていない真剣なものとなった。

夜如は岬の変貌に出そうとしていた声が出せなくなってしまう。

 

「そうか、ならその餓鬼のこと頼むぞ。私には授業がある。おい、終わったら昨夜何があったのか聞くからな」

 

那月はそう言い、長い髪をたなびかせて保健室から悠然と出て行ってしまう。

夜如は”大事にな”や”今度は気をつけろ”など、辛辣でも心配の言葉を期待していた。

しかし、那月の口からそのような言葉は無い。

取り残された夜如は混乱していた。

 

「え?那月さん!?」

 

「さて、始めますか!!」

 

「はい?何を!?」

 

「はい!とりあえずシーツどかして」

 

「ちょっと!!」

 

那月の自分を心配していない様子に若干ショックを受けたのもつかの間、夜如は表情がいつもの天真爛漫に戻った岬に問答無用で襲われるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だって、先輩ツンデレなだけだったりするからさ」

 

「そうですかねー?」

 

ベッドの上でうつ伏せになりながら夜如は岬にぼやく。

実を言うと夜如にとって那月の存在はとても大きい。

それは命の恩人でもあり育ての親でもあるからだ。

その那月から今回何も言われなかったことにショックを受けた夜如は岬に思いをぶつけていた。

夜如の姿はまるで親に構ってくれなかった子供のようだ。

 

「むしろ今回は逆だったりして………」

 

「え、何がですか?」

 

「ううん。なんでもない。ほら、精神の乱れは気に影響したりするから」

 

岬はうつ伏せになった夜如の背中に指をゆっくりと突いていく。

岬の指先には薄く光っており、その光を夜如の体に注入しているような光景だ。

夜如は不満そうな表情を岬の指が当たる度に苦悶の表情へと変えていった。

 

「痛っ!」

 

「硬ばらないで、我慢だよ。鬼は筋肉が濃密で力がいるし鬼気が邪魔で難しいんだよ」

 

岬が行なっているのは気功術の一種だ。

そもそも岬は武術と仙術を高いレベルで極めた四拳仙(しけんせん)と呼ばれる近接戦闘の達人。

仙術という体内の気を操る術を身につけている岬には触れているだけで相手の気が分かるのだ。

 

「気はどんな生物にも流れていてその流れで体調とかが変わるんだよね。夜如君の気は今めちゃくちゃに乱れているから、こうして特殊な治療しないと外傷がなくても倦怠感とか内部からの痛みとかがずっと続いちゃったりして大変だから」

 

「自分にも普通の気ってあるんですね。鬼だから鬼気だけかと思ってました」

 

「そりゃそうだよ。夜如君にも鬼気や気だけじゃ無くて魔力とか呪力とかもあるよ。使いこなせるかどうかは別の話だけど」

 

針治療のように指先で的確な部位を突いていく岬は鬼の筋肉に苦労しながら治療を進めていった。

しかし、一人でギャングを潰したり、拳一つで地面を割ったり、手から気功波のビームを出したり、数々の伝説を残して”仙姑(せんこ)”の異名を持つ岬でも鬼の気を見るのは初めてで、ここまで濃密な筋肉を相手にするのも経験がない。

時間がかかるのは仕方がなかった。

 

「先輩もツンデレだなぁ」

 

「那月さんがですか?」

 

「だって、こんなこと普通専門病院に行った方が絶対にいいもん。なのにわざわざ学校に来て私に任せるんだよ?もしかして、取られたくないとか思ってたりして」

 

夜如は岬の言っている意味がわからなかった。

だが、那月と学生の頃から付き合いのある岬の言葉はあながち間違っているわけではない。

鬼という珍しい生物の治療、あらゆる建前を並べて死なない程度に人体実験ならぬ鬼体実験をされる可能性だってあるのだ。

最悪なのは夜如を細切れにしてクローンを何体も製造すること。

殺されはしないだろうが、実験動物として扱われる夜如を見過ごす那月ではない。

那月はそのことを危惧したのだと岬は考えている。

 

(側にいすぎて情が大きくなってたりして)

 

「笹崎さん?」

 

岬は頬を緩ませてこの場にはいない那月のことを思う。

那月が今の岬の顔を見たら間違いなく岬の頭に大きなこぶができていただろう。

 

「夜如君、那月先輩と一緒にいてあげてね」

 

「………何のことですか?」

 

「はい終了!!」

 

「うぐっ!!」

 

夜如の乱れていた気を整えた岬は最後にうなじを小突いて夜如を気絶させる。

鬼にも効くように強く突いたので夜如は白目を向きながら眠ってしまった。

自分と同じぐらいの背丈の鬼を気絶させるなど本来なら不可能と言ってもおかしくない。

ただの弱いパンチだ。

しかし、それをやってのけた岬は額の汗を拭って満足そうにしている。

 

「起きたら自己回復で相当元気になってるどころか強くなってたりするから」

 

岬は夜如の規則正しい寝息を確認するとカーテンを閉めて保健室にある別のベッドに倒れこむ。

よく見ないとわからないが、額だけではなく岬の肌からはすごい量の汗が流れている。

指先に至っては赤く腫れてしまっていた。

 

「気の流れを治すだけでこれって………鬼気どれだけすごいのよ」

 

四拳仙(しけんせん)という称号を持つ世界でも認められた近接戦闘の達人で異名は仙姑。

そんな岬でも鬼の鬼気を相手にするだけで消耗してしまう。

魔力でもなく、呪力でもなく、気でもない。

鬼だけが持つ特別な力。

 

「その鬼気の流れをあれほど乱す力って一体………?」

 

岬はそのまま夜如と同じように眠りに入ってしまった。

その後、二人が目を覚ましたのは那月による扇子の一撃で、授業が終わった放課後だった。

岬が職務放棄の謝罪をするために大急ぎで校長室に向かっていくのを面白がるように那月は見ていた。

 

「やはり保健室に人払いと放送が流れないように音響の結界を張っておいたのは正解だったな」

 

(笹崎さん、那月さんはツンデレじゃなく百パーセント悪です)

 

 

 




古城視点からの話がないですが、ご了承ください!!
この小説の本番は原作4巻からなんです!!
その前の巻もちゃんとやりますけど内容スカスカになるかもです!!
でもちゃんとやります!!(大事なことなので二回)

では、評価と感想お願いします!!


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7話 襲撃

自由登校楽しみだなぁ


 

夜になると、いつものように絃神島の見回りが始まる。

岬のマッサージ治療により体が超回復を起こして完全以上になった夜如は清々しい気分だった。

体は軽く精神状態も良好、長い間着けていた重りを取った後のようだ。

今なら空でも飛べそうな気分に夜如は岬のマッサージ治療の素晴らしさに感謝していた。

しかし、その横では夜如と正反対のいかにも不満そうな表情の少女が歩いている。

 

「あの馬鹿は………」

 

黒のドレスに身を包んで夜の闇に紛れる少女。

自称二十六歳の那月は舌打ちをして怒りを周囲に撒き散らしていた。

ご機嫌な鬼と不満そうな少女。

夜で人通りが無いに等しいからこそ問題にならないのだが、たまに通りすがる人は那月の表情を見ると隣を歩く夜如を睨んでいる。

夜如自身周りの視線に気づいていないわけではない。

夜如にはその視線の正体をなんとなく理解しているものの、那月が怒るので無視をしているだけである。

 

(夜に少女を連れて歩く青年なんて不審者だもんなぁ)

 

法律上では身元引き受け人である那月が親という立場なのだが、何も知らない人からしたら不審に思われるのも不思議では無い。

夜如とて自覚はしている。

しかし、夜如は数年に渡りこの視線に耐えてきたので今更気にすることではなく。

むしろ、最近では不審がる人々の反応を楽しめるまでに夜如の精神は成長していたりする。

万が一に通報されても特区警備隊の指導教官である那月は逆に通報を受ける側だ。

問題にはならない。

これが本当の合法ロリである。

 

「でも、暁さんもわざと眷獣を暴走させませんって。理由があるはずですよ」

 

「それはわかっている。私がイラついているのは後始末の方だ。これで私はあの馬鹿に足がつかないよう根回ししないといけなくなった」

 

那月の機嫌が悪いのは昨晩起きた絃神島東地区の爆発()()だった。

ニュースでは原因不明の()()、ネットの掲示板などでは雷が落ちたなどと様々な憶測が飛び回っている。

しかし、その全貌は魔族狩りと世界最強の吸血鬼が衝突した余波である。

夜如もその余波で大きなダメージを負ってしまった。

少人数でも人が居たのにも関わらずメディア等が原因の確証を持てないでいるのは特区警備隊が情報規制や魔術による記憶操作などを行っているからだ。

魔族特区の技術と魔術をふんだんに使った一部の闇。

夜如は理由を”魔族狩りという市民を不安にさせるような事件を明るみにするべきでは無い”と特区警備隊の上官から聞いている。

魔族狩りの事件から数ヶ月、そのようなことを言っても魔族狩り事件を隠すのは限界なのではないかと夜如は感じていた。

 

「暁さんを庇うのは訳ないですけど、事件自体はそろそろ難しいですよね?」

 

「まぁな。今回のニュースで魔族連中の間から確信に近い噂が流れてもおかしくない。なんせ魔族だけが被害にあっているからな。もう気づいている輩もいるかもしれん」

 

「でも。手がかりは男女の二人組で女の方が吸血鬼であるということだけですか………」

 

夜如には引っかかる点があった。

それは事件解決に繋がるものではなく、夜如の一個人としての感想故に那月にも言っていない。

余計なことを言って那月を混乱させたくなかったのだ。

夜如が引っかかっていたのは犯人であろう藍色の髪を持った少女の眷獣である。

夜如は少女の眷獣に殴り飛ばされた際に奇妙な感覚に襲われていたのだ。

 

(視界が揺れるような感じだった)

 

「って、え?」

 

「これもあの馬鹿のせいではあるまいな………」

 

夜如が少女の眷獣について考えている真っ最中のこと。

 

海に浮かぶ人工島が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キーストーンゲートが襲撃されただと?」

 

夜如と那月が揺れを感じてから数分後、那月の携帯に連絡が入った。

それはとても信じがたい内容であり、流石の那月も声を荒げてしまうものだった。

夜如も那月の荒げた声の内容に驚愕していた。

 

「えぇ………」

 

キーストーンゲートとは絃神島の中心にある巨大複合建造物の事を言う。

逆三角形の形をして地上十二階、海面下四十階の島の中では最も高い建造物だ。

中身は市庁舎や官公庁の他にホテルや商業施設が立ち並んでいる。

立地だけではなく正真正銘絃神島の中心として存在しているのだ。

しかし、キーストーンゲートはもう一つ重要な役割をしている。

四つに分けられた人工島(ギガフロート)の連結部分である。

東地区、西地区、南地区、北地区の四つから伝わる波風などで発生した軋みや歪みや振動を全て吸収しているのだ。

もし、キーストーンゲートがなくなると四つの人工島は分裂や衝突といった大惨事に見舞われてしまう。

故にキーストーンゲートは絃神島の中でも最も厳重な警部を備えている。

 

「百人以上常駐していた特区警備隊と攻魔官十六人を突破したんですか?」

 

夜如は震える声で那月に聞いた。

那月は携帯を乱暴に下ろすと不機嫌そうな顔で言った。

 

「全員ではないがだいぶやられたらしい。今も交戦中だが時間の問題だそうだ」

 

「じゃあ応援に行かないと!」

 

本来、キーストーンゲートは夜の帝国(ドミニオン)という第四真祖に並ぶ力を持った吸血鬼の真祖が王の国が保有する獣人兵団一個中隊が相手でも数日は応戦できるとされていた。

これは世界的に見ても偉業である。

それを破ろうとしているとは相当の兵力がキーストーンゲートを襲撃していることになる。

那月に及ばなくとも同じ攻魔官十六人が破れかけているのを見ても単なる兵の寄せ集めでもない。

夜如は急かすように那月の周りを回る。

 

「えぇい!鬱陶しい!!」

 

「痛っ!?」

 

犬のように主人の周りを回る夜如に那月は常日頃から持ち歩いている扇子で夜如の頭を殴りつける。

その一撃には魔力も含まれており、夜如が鬼じゃなければ頭蓋骨が陥没していてもおかしくない威力だ。

 

「お前の考えてるような軍隊が攻めてきているわけではない!見てみろ!」

 

那月は夜如の顔を強引に島の中心部に向けさせた。

キーストーンゲートは島の中で最も高い建物であることで島の何処からでも大抵目にすることができる。

那月たちがいる西地区からもキーストーンゲートの明かりは見えていた。

 

「火とかの痕跡が見られない。外があれなら軍隊やテロリストが攻めてきているわけではない」

 

「ああ、確かに………え?だったらどうやってキーストーンゲートを?」

 

「特殊な能力だろうな。それも魔族特区の絃神島ですら対処できない。それに、」

 

そう言って那月は携帯の画面を夜如に見せてきた。

キーストーンゲート内の防犯カメラの画像で酷いノイズが混じっている。

この画像だけでも爆風や魔力や強い光、現場が大きく荒れていることがわかる。

 

「この二人って!」

 

画像の中心。

大型の体型に金髪、そして藍色の髪をした少女がいた。

煙の中を悠然と立っている二人組は夜如がよく知っている人物だった。

 

「あくまで人命救助が最優先だ。この二人の目的は知らんが足止めは二の次でいい」

 

「了解です!」

 

「なら、飛ぶぞ」

 

夜如と那月はキーストーンゲートまで転移した。

 




自動車学校のテストで少し投稿が遅れるかもです。

では、評価と感想お願いします!!


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8話 突破

SAOのユウキのフィギュアをクレーンゲームで取った!!
いやー、良い出来ですね!
最高です!!



 

キーストーンゲートの正門にはパッキングテープが引かれており、中に入れないよう特区警備隊が規制線を張っていた。

サイレンの音などは鳴らさず、近隣の住民には防災訓練と評して然りげ無く安全確保をしていたりと大事に見せないよう努めている。

キーストーンゲートという絃神島の心臓部が襲撃されてしまったことを隠しているのだ。

現に夜如がパッキングテープの外から見ているキーストーンゲートは魔術による幻術である。

Keep Outの黄色いパッキングテープが現実と幻術の境界線となっている。

転移前の遠くから一部しか見えない状況だとわからなかったが、目の前で見れば最上位の魔女である那月に鍛えられている上に鬼である夜如にはこの程度の幻術など偽物だと判断つく。

一般市民には要人警護のような雰囲気にしか見えていないだろう。

 

「ひどいですね」

 

「そうだな」

 

夜如と那月が見ている光景は一般人とは違うものだった。

防音の結界の影響で音までは届いていないが、パッキングテープの中は悲惨な状況だ。

顔全体を黒のヘルメットで覆った黒ずくめのライダーのような武装をした特区警備隊が数十人も血を流しているのだ。

救護班が走り回って応急処置をしているが明らかに人数が足りていない。

 

「外でこれなら中も?」

 

「だろうな。キーストーンゲートの中には襲撃者に反応する武装ロボが設置されている筈だが………ふん、意味がないようだ」

 

那月が目を向けた先には鉄屑と化した太い楕円状のロボットが転がっていた。

真上から切り裂かれたような跡や強引に潰されたような跡が残っている。

負傷した特区警備隊の半分ほどの数が見る限り一撃で最新鋭機器からスクラップになっていた。

一機だけでも十分優秀なロボットの筈なのにこれだけ破壊されているのを見れば、いやでも敵の強さがわかってしまう。

ましてや一度、一瞬戦ったことのある夜如だと敵の予想以上の強さに気が引ける。

”自分はこんなのと戦おうとしていたのか”っと。

 

「行くぞ!」

 

「はい!」

 

しかし、今はそれどころではない。

夜如と那月は駆け出した。

那月の影響で顔パスで通ることができるパッキングテープを飛び越えてるとそこは戦場。

パッキングテープで区切られていた現実と幻術の境がなくなって色々な情報が夜如のツノに伝わってくる。

大穴の開いた正面玄関から聞こえる爆発音、爆発の余韻である熱と煙の匂い、そして血の香り。

 

「閉じ込められた非戦闘員を見つけろ。私の転移で外に連れ出す。もし、犯人と思しき人物と出会っても勝とうとするな。足止めだけでいいから被害を最小限に努めろ」

 

「でも、犯人の二人は?………というか犯人の動機ってなんなんですかね?」

 

「動機なんて知らん。後で吐かせればいいことだ。それに___」

 

 

 

 

 

「あの()鹿()()()()()が何とかする」

 

那月は夜如が寝ている昼の間にあった二人、第四真祖(馬鹿)剣巫(転校生)を信じた。

 

(この事件について嗅ぎ回っているようだったしな。獅子王機関の剣巫が行動しているということは国際犯罪級の事件か………)

 

「………」

 

夜如にとってそのことが若干不服だった。

 

「………何だ?」

 

「い、いえ別に!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あぁ、なんとか………」

 

キーストーンゲートの中は外より酷い有様だった。

強力な結界で守られていた分厚い気密隔壁が強引に抉じ開けられて現代アートのようになっていたり、至る所で天井の崩落が起きていた。

ロボットや精密機器の爆発により所々で火災まで発生している。

それが地下へと続いていた。

夜如は那月と手分けして目につく負傷者を迅速に救出していく。

天井の崩落で道が塞がっていれば崩れないように気を張りながら除石して、火災があれば拳の風圧で吹き飛ばす。

 

「犯人は………人型の眷獣………と金髪の男………」

 

「喋らないでください!煙を吸います!」

 

夜如は負傷した特区警備隊を担いで安全地帯へと運んでいく。

犯人の二人が地下へと向かっているのなら火災源は地下で今も発生し続けている。

そうなると上へと登っていく煙は上の階で負傷して倒れている者たちに悪い影響を及ぼしてしまう。

夜如は那月にそんなことを言われていた。

夜如も犯人を追いたいのだが、地下へ進むたびに負傷者がいるので中々犯人の二人に追いつかないのだ。

 

「いっそ殴って地下まで一気に潜ろうかな?」

 

「そんなことをすればお前は軍事機密を犯したことになるぞ」

 

「軍事機密!?」

 

那月と合流して負傷者を預けると那月が忌々しそうに言った。

 

「そうだ。危機的状況下でも犯してはならない法というものがある。今回の犯人もその軍事機密にある何かを狙った犯行なんだろうな」

 

「那月さんはこの下に何があるか知ってるんですか!?」

 

「知るかそんなもの。キーストーンゲートの最下層にはこの島の衝撃、揺れ、軋みを総受けする硬いだけの石があるだけだ。………ただ、それが嘘だってことはわかってるがな」

 

夜如は”なぜ嘘がわかるのだろうか”と首をかしげた。

それを見た那月は仕方がなさそうに溜め息を吐いて説明する。

 

「いいか、絃神島は設計されてから二十年も経っていない人工島。単純な話、当時の技術で人工島一つ分の衝撃を支える半永久的な物質は作れないということだ。魔術的にも科学的にもな」

 

「じゃぁ、今自分たちが立っているこの島の衝撃を吸収しているのって………」

 

「禁じ手だろうな。………さて、襲撃されたことで敵の正体が分かり始めてきたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「禁じ手か」

 

那月と再度別れて負傷者集めを再開した夜如は那月の言った禁じ手について考えていた。

魔術での強化でも科学的な物質でもない絃神島を支えているもの。

十六歳の夜如には点で検討もつかない代物だ。

まず、ここまで推測できたのは那月が卓越した魔術のエキスパートで魔女だからである。

魔術の基礎も知らない夜如には答えがわかるはずもなかった。

 

「っとここは一段と崩落が激しいな」

 

目の前には天井が抜け落ちたようで上層の鉄やら大きな機械が山を作っていた。

ツノで気配を感じるに奥には数人いるようだった。

夜如は丁寧に上から鉄屑を退かしていった。

このような作業は運送のアルバイトで鍛えられているため手を止めることなく進めることができる。

夜如も普段のアルバイトがこのような形で役に立つとは思いもしなかった。

 

「ほい、開通!!」

 

上層から降ってきたものを全て撤去し夜如は奥の部屋に足を踏み入れた。

そこは空港の管制塔のように円を書いたような形をしていた。

壁際にはモニターなどが壁に埋まっていて本当に何かを管制する部屋だったのかもしれない。

夜如はすぐに負傷者の元に急いだ。

 

「夜如くん!?」

 

「はい?」

 

そんな時、管制室の一角からの声に夜如は反応した。

友達の声に似ていたからだ。

 

「………藍羽さん!!怪我は大丈夫ですか!?」

 

実際、声の主は夜如の友人だった。

藍羽(あいば)浅葱(あさぎ)という彩海学園高等部一年B組の生徒だ。

古城と同じクラスで当人が大食いということもありたまにご飯を奢ってもらうなど夜如とはかなり仲のいい友人である。

そして、彼女は誰にも負けない特技でキーストーンゲートでアルバイトをしていたのだ。

 

「ええ、大丈夫よ。まさかバイト中に襲撃に遭うなんて思わなかったわ。奥のPCルームにいて助かったわよ」

 

クリーム色に染めている長髪や校則ギリギリに着飾った制服は炎の煤で汚れてはいるものの目立った怪我はなかった。

夜如は友人の無事にほっと胸を撫で下ろす。

浅葱は天才的なハッカーだ。

コンピューターに精通していてこの絃神島に広がるネットワークは一般市民や業者の物を除くと全て浅葱が管理していると言っていい。

絃神島の中を通るモノレールや信号機も浅葱が作り出したプログラムで動いている。

武装ロボットの動作プログラムもそうだ。

他にも数々の重要な部分のプログラムを携わっており、浅葱がいなければ絃神島は回らないかもしれない。

 

「そうだ!夜如くんがいるなら那月ちゃんもいるわよね!?伝えないといけないことがあるの!!」

 

「えっと、それは?」

 

 

 

「このままじゃ絃神島は崩壊するわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、供犠建材か。神に仕えた聖人の遺体を要石(キーストーン)にしたようだな。こんな邪法で島が成り立っている事実など隠したがるに決まっている」

 

「陰から見てたけど、あの二人組みこれを取り返しに来たんだわ」

 

「のようだな。一連の魔族狩りもこの要石に掛かる強力な結界を破るために魔力を集めていたということか?」

 

「これ国際犯罪ですよね?」

 

「当たり前だ」

 

目の前で行われている会話に夜如はついていくことができないでいた。

供犠健在も聖人の遺体も意味がわからない。

夜如は意を決して那月に尋ねた。

 

「あの、供犠建材って?」

 

「お前はバイトしてないで少しは勉強をしろ。………供犠建材はいわゆる人柱のことだ。それを神の依代である聖人の遺体で行なったということで奴らはそれを取り返そうとしているらしい」

 

「聖人の遺体がそんなに凄い強度なんですか?」

 

「いや、強度自体は人と同じだ。聖人の遺体は神の依代故に強い聖性を宿す。その遺体は決して腐らず、様々な奇跡を起こすと言われている。絃神島は聖人の奇跡で繁栄してるということだ」

 

夜如はなるほどと手を打った。

那月は深い溜め息で落胆する。

これを機に夜如を本気で彩海学園に入学させようか悩んだ瞬間だ。

 

「ロタリンギア、西欧教会ね」

 

浅葱は手に持っていたノートパソコンを見て痛々しく呟く。

画面にはミイラのような細い腕が青白い結晶の中に浮かんでいる。

これこそが聖人の遺体。

その聖人が所属していたのが西欧教会。

浅葱は軍事機密のプロクテクターを破壊したことよりもこの邪法で島が浮かんでいることに傷ついていた。

 

「今では国際条例で禁止されているんですよね?方法は兎も角動機は間違いじゃない気がする」

 

夜如に西欧教会のことはわからない。

どれだけの力と信仰性があったのかも不明だ。

しかし、これだけのことをして、絃神島を沈める覚悟までして取り返しに来ている状況を見れば相当のものだと感じることはできる。

 

「まぁ、当時はマナー違反だったとしてもルール違反ではなかった。そして、現在奴らがやっている行動はルール違反だ。許すわけにはいかない」

 

「ですね」

 

「ということで、夜如」

 

那月は下を指差した。

 

「軍事機密の件は全部藍羽浅葱のせいにすることができる。軍事機密が漏れて偶然敵の目的が分かったので早急に対処することになりましたってことでいい」

 

「え!?せ、先生?」

 

「行ったことのない場所への転移もしくは認識できない場所への転移はできないからな」

 

軍事機密の件を全て浅葱に押し付けると名言した那月は不敵に笑う。

無期懲役ものの責任を押し付けられた浅葱は頬を引き攣らせている。

 

「全力で大穴を開けろ」

 

 

「はい!!!」

 

 

那月の命令と共に夜如はツノで下の階に誰もいないのを確認すると右拳に鬼気を宿した。

そして、全力で拳を振り下ろす。

 

「せいゃ!!」

 

鋭く、全てを破壊するような暴力ではなく力の集約された正拳。

夜如の拳は半径一メートルほどの綺麗な穴を作り出した。

 

「藍羽浅葱、お前は危険だから先に避難していろ」

 

「いや、流石に行く気にはなりませんよ!」

 

絃神島に昔からいる浅葱でもキーストーンゲートを地下四十階まで直下掘りする気にはなれない。

あまりに強引な手段に浅葱は改めて那月の性格の大胆さとそれを迷いなく実行する夜如に一種の恐怖を覚えるまである。

 

「よし、行くぞ。軍事機密とやらで事件解決の足を引っ張った人工島管理公社の連中への腹いせにはなるだろう」

 

「では、安全確認しながら最下層までガンガン殴っていきます!」

 

「ああ、でも鬼気はコントロールできる範囲で使え。暴走されたら余計面倒なことになるからな」

 

夜如は再度鬼気を拳に宿して自分で作った穴に飛び込んだ。

 

「おいしょっと!」

 

また、キーストーンゲートの階層が一つ繋がった。

 

 




次回あたりで聖者の右腕編は終了ですかね?
まだまだ先は長いです………

では、評価と感想お願いします!!


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9話 雷鳴

あぁ〜!!
リネアが出ない!!!


 

「ロタリンギアの技術によって造られし聖戦装備”要塞の衣(アルカサバ)”!この光を持ちて我が障害を排除する!」

 

その掛け声と共に金髪大男の攻撃速度は加速した。

法衣の内に着込んだ光り輝く鎧が大男の身体能力を上げているのだ。

対峙していた古城は急な黄金の光で視界を奪われながらも大男が振るう半月斧をギリギリで回避する。

次の攻撃も、そして次の攻撃も。

人間の域を超えた連撃を古城はなりふり構わず避けていく。

しかし、古城は世界最強の吸血鬼であっても戦闘はからっきしの素人である。

攻撃を一つ躱すごとに古城から元より少ない余裕が失われていってしまう。

 

「先輩!!」

 

その姿に別の敵と戦っている雪菜は助太刀しようと動く。

 

「では」

 

しかし、雪菜が相手をしている敵はそう簡単に勝てる相手ではなかった。

白く巨大な首のない人型の眷獣は機械のような口調で雪菜の前に立ちふさがる。

眷獣の中には藍色の髪の毛を持った美しい少女がいる。

中学三年生の雪菜より幼い容姿の彼女は無表情で雪菜に攻撃を仕掛けた。

少女が操る白い巨人の眷獣は雪菜に向けて拳を降り落とそうとする。

その予備動作を見て雪菜は拳に向けて手にしている槍の先端を振りかざした。

 

「はぁ!!」

 

圧倒的体格差を物ともせずに雪菜は眷獣の拳をいなす。

しかし、眷獣の攻撃に雪菜の細い腕はビリビリと震える。

技術はあっても力が足りないのだ。

雪菜は顔をしかめながら後方へ跳んで距離を取った。

雪菜の目には苦しそうに攻撃を避けながらも僅かながら反撃する古城が写っている。

 

「こんなものですか!?第四真祖と剣巫よ!!この程度の力で私の聖戦を邪魔しようと言うのなら片腹痛い!!」

 

「黙れ強化鎧のドーピング野郎!!こんなの聖戦じゃなくてテロだろうが!!ちゃんと正規の手順を踏めって言ってんだろ!!!」

 

古城と雪菜は先日、偶然遭遇した魔族狩りの犯人の目的を阻止するためにここにいる。

ここは絃神島の中心に位置するキーストーンゲート最下層。

絃神島にかかる全ての衝撃、軋み、揺れを吸収する要石がある場所だ。

しかし、その要石は国が西欧教会から簒奪した神の依代となる聖人の遺体を封じた石だった。

様々な奇跡を起こすと言われる聖人の遺体を人柱のように勝手に使われた西欧教会ロタリンギアの殲教師は当然怒った。

その怒りが今回の事件を起こしてしまったのである。

殲教師の名はルードルフ・オイスタッハ。

彼は自らが信仰する西欧教会ロタリンギアの誇りのために人柱とされてしまった聖人の遺体を取り返しに来たのだ。

 

「あの聖人の遺体は元より我らの物!!正規の手順など必要なし!!」

 

オイスタッハは部屋の中心に祀られているように設置された要石を指す。

逆ピラミットの形をした金属製の土台に聖人の遺体が封じられた石は突き刺さっている。

 

「せい!!」

 

「がはぁっ!!」

 

怒りに任せたオイスタッハの半月斧を振り下ろす攻撃に古城は吹き飛んで壁に背中から激突する。

背中からの強烈な衝撃に呼吸が止まって古城は膝をついてしまう。

 

「仕方ありません………先輩!!眷獣を使ってください!!」

 

雪菜はたまらず叫んだ。

劣勢の状況を一気に逆転できる可能性がある切り札。

世界最強の吸血鬼が操る最凶の眷獣が相手ともなると場の状況は変わるかもしれない。

これまで魔族を相手にしたり特区警備隊と武装ロボを難なく倒してきた流石のオイスタッハも懸念の表情を見せる。

しかし、この手には二つ不安要素があった。

 

「いや!この場所で俺の眷獣を使ったら要石にも影響があるかもしれねぇ!!」

 

「そうですけどこの最仕方ありません!!聖人の遺体の奇跡と先輩の操作能力を信じます!!」

 

雪菜はほとんど博打な手を打とうとしていた。

しかし、このまま戦いが長引けば負けるのは確実に古城と雪菜である。

危険であっても戦況を変えたいのだ。

 

「けど………」

 

古城は雪菜が相手をしている白い巨人の眷獣を操る少女を見た。

少女はやはり無表情で雪菜が次にどう動くかを観察している。

古城と雪菜の会話は一切耳に届いていない様子だ。

 

「そうですよ第四真祖!あのアスタルテには眷獣の他あらゆる魔術の類を無効化します!!そこの剣巫の槍と同様に」

 

オイスタッハは懸念の表情を戻し、勝ち誇った表情で古城に言った。

雪菜の槍、見た目は洗礼された近代兵器。

主刃の左右に副刃が広がる槍の名は雪霞狼(せっかろう)、正式名称は七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)

この槍には特殊な能力がある。

それは神格振動波駆動術式(DOE)を刻印して人工的な神の力を発生させる物だ。

神の力である神気を発生させる雪霞狼はあらゆる魔術を無効化する獅子王機関の秘奥兵器でもある。

しかし、アスタルテと呼ばれた少女の眷獣はこの術式を盗んだのだ。

元よりこの術式に近い術式をアスタルテの眷獣には含まれていた。

それが先日、島の東地区で一回槍と拳を交えただけで解析され力にされてしまった。

いくら世界最強の眷獣でも神気で無効化されてしまうのだ。

 

「私の雪霞狼と同時に行きます!!」

 

「………ああ、わかった!!」

 

古城の全身から雷が迸り古城の右腕は鮮血を吹く。

雪菜の意志を汲み取り古城は使役する眷獣を呼び出そうと魔力を高めた。

しかし、その時にだけ一瞬の隙が生まれてしまう。

 

「させると思っているのですか?」

 

「クッ!!」

 

古城は頬を歪めて向かってくるオイスタッハを睨んだ。

オイスタッハのスピードは鎧により強化されている。

古城は”一撃ぐらいなら受けてやる”と固く心に決めて眷獣の召喚をしようとする。

世界最強の吸血鬼の古城は、実を言うと眷獣を召喚するのは今回が初めてなのだ。

古城が()()()()()()()()()()()()一度も吸血鬼の力を使ったことはない。

眷獣だって全十二体の内一体を雪菜の血で目覚めさせたばかり。

そのため、眷獣の召喚に慣れてない古城は召喚に時間がかかってしまう。

 

「一撃で首を跳ねてあげましょう!!」

 

 

 

 

ドガァーン!!!

 

 

 

 

「間に合ったぁ!!」

 

しかし、オイスタッハの動きは爆音と共にブレーキを踏む。

狭いキーストーンゲート最深部。

逆三角形の形をしたこの部屋の壁を破壊して二人の乱入者が現れたのだ。

急な襲撃にオイスタッハを始めとする無表情だったアスタルテまでもが目を見開く。

乱入者は僅かに癖のついた男にしたら長めの髪とその髪から飛び出る黒い二本のツノを持つ一体の鬼と。

 

「ほう、ここが最深部か」

 

最高位の魔法使い、空隙の魔女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合ったぁ!!」

 

「ほう、ここが最深部か」

 

夜如は最後の扉を蹴破った。

鬼の力で蹴り飛ばされた分厚い機密隔壁は大きく凹んで逆方向の壁まで吹き飛んでいる。

扉を破壊したというより扉が取り付けられていた周りの壁を破壊したようだった。

七層にも及ぶ厳重な結界を施されていた機密隔壁の扉を力で強引に凹ませ、結界を破壊できなくても周りの壁を破壊する。

まさに力技。

最深部の部屋で戦っていた古城達四人は一瞬相手のことを忘れてその爆発音にも似た音の方へと視線が向いてしまう。

この場で夜如の力技に驚いていないのは行動を共にしている那月だけである。

 

「加勢に来ましたよ!」

 

全身から赤い鬼気を滲ませて夜如は笑う。

その笑みに反応したのは何と夜如の敵であるオイスタッハだった。

オイスタッハは一早く自らの劣勢に気づいて走り出したのだ。

近接戦闘が一番不得手な古城を先に戦闘不能にして二対三に持ち込めばアスタルテの力で残りを倒せるとの考えだった。

実際、オイスタッハから目を離してしまっていた古城を倒すのはオイスタッハにとって簡単なことである。

不老不死の吸血鬼を殺すことはできなくてもしばらくは動きを止めることはでき、第四真祖の眷獣の脅威が無くなるのはオイスタッハにとって都合が良かった。

 

「せぁ!!」

 

「何!?」

 

しかし、夜如がそれを見過ごすわけがなかった。

オイスタッハが古城の首を狙い振るった半月斧を夜如は右拳で弾き飛ばす。

呪力の力で身体能力を上げる鎧を装着していても鬼の身体能力には敵わないのだ。

先ほどまで数メートルも離れていた夜如が突然目の前に現れたことに驚いたオイスタッハは半月斧を弾かれて体勢を崩してしまう。

その崩れた体勢のオイスタッハの腹に夜如は右膝を叩き込む。

夜如の膝には鎧が砕ける感覚が響いた。

 

「ごふぁあ!!」

 

オイスタッハは一直線に吹き飛んでいく。

激突したのは奇しくも聖人の遺体が祀られた逆三角形型の祭壇だった。

黄金に輝いていた鎧は光を失い砕け散る。

要塞の衣(アルカサバ)は力をなくして何の力もない単なる鉄へと変貌してしまった。

それでも、オイスタッハの瞳からは光が失われていない。

 

「諦めませんよ………!!アス、タルテ!!敵を………無視して、聖人の遺体を奪取しなさい!!」

 

命令受諾(アクセプト)

 

「しまった!!」

 

命令を聞いたアスタルテは雪菜を無視して聖人の遺体に走った。

魔力を無効化するアスタルテの眷獣は聖人の遺体に掛かっている強力な結界をも破壊する。

しかし、止めようにも眷獣には物理攻撃は効かず倒すためには更に強い魔力をぶつける他ない。

魔力で倒す眷獣に魔力が通じないのだ。

足止めしていた同じ能力の槍を持つ雪菜が抜かれて古城と雪菜は焦る。

 

「やれやれ、馬鹿のお守りは疲れる」

 

しかし、オイスタッハの誤算は夜如だけではない。

ここには最高位の魔女がいるのだ。

黙って見ていた那月が振りかざした手をアスタルテに向けた。

すると、アスタルテの周りの空間が歪んで突如アスタルテは元いた場所に戻る。

アスタルテは自分が何をされたのかわからないようで動きを止めた。

古城も雪菜もオイスタッハも、魔力を無効化するアスタルテに何が起きたかわからなかった。

 

「おい、そこの二人。さっさと片付けろ」

 

那月は驚く三人の心境構わずめんどくさそうに言った。

那月は空間制御を得意とする魔女。

いかに魔力を無効化する眷獣が相手だとしても眷獣に触れてさえいなければ意味はない。

空隙の魔女はアスタルテとアスタルテが纏う眷獣の周りの空間を移動させたのだ。

 

「流石だぜ那月ちゃん!!」

 

「馬鹿者、教師をちゃん付けで呼ぶな。………早く眷獣の操作ぐらい覚えろ」

 

古城は頭を掻いて申し訳なさそうにする。

そして、雪菜と並んだ。

 

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!!破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!!」

 

雪菜は祝詞を唱えて雪霞槍に呪力の強大な波動、人工的な神の力を宿す。

その力を鋭く、可能な限り鋭く研ぎ澄ます。

 

焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)の血脈を継し者、暁古城が、汝の枷を解き放つ____!!」

 

隣では古城の右腕が鮮血を吹き出している。

魔力が高まり古城の瞳は元の青ではなく吸血鬼本来の色の赤に染まってもいる。

 

「ハァァ!!」

 

古城の召喚の用意が整うと雪菜がアスタルテに向かって飛んだ。

アスタルテは自分の眷獣と同じ力である雪霞槍はダメージにはならないと防御の姿勢を取らないで飛んでくる雪菜に攻撃を当てることを考えた。

しかし、アスタルテの眷獣と違って今雪菜が振り下ろす雪霞槍の力は鋭く研ぎ澄まされている。

アスタルテは驚いて目を見開く。

 

ザン!!

 

「今です!先輩!!」

 

雪霞槍がアスタルテの眷獣に亀裂を生じさせていたのだ。

雪菜は深く眷獣に突き刺さった雪霞槍を離すと後退する。

 

疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣、獅子の黄金(レグルス・アウルム!!)

 

その眷獣は夜如が真っ正面から受けた眷獣だった。

自分に向けられていないとわかっていても夜如の中には苦手意識が残っており、顔が引き攣る。

 

「あれは痛いですよ………」

 

雷を帯びた黄金の眷獣は狭い最深部の部屋を雷速で駆け回り、避雷針のような役割を果たす雪霞槍へと落下した。

部屋は光に包まれて、夜如が起こした破壊音よりも遥かに大きい爆発音を響かせた。

 

 




次回でこの章は終わりですね。
あぁ、早く本編に入りたいです!!

では、評価と感想お願いします!!


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10話 南宮家の事情

金がない、お金が欲しい。


南宮家は絃神島の西地区にある八階建てのマンションだ。

それも一室だけではなくマンション全てが南宮家の所有地ということもあり、近辺も絃神島有数の高級住宅街であるはずなのだが南宮家は頭二つほど高さも美しさも飛び抜けている。

近未来を思わせる作りは目の肥えたお金持ちからしても羨む存在感を放っているのだ。

プライドが高く唯我独尊を貫く南宮那月の性格をふんだんに表したマンションと言ってもいい。

そんな高級マンションの一室が夜如の部屋である。

 

「さつ………」

 

真っ白な部屋は窓から入り込む朝日を反射させて実際より明るく見える。

家具などはほとんどなく、ベッドより布団を好む夜如の部屋は驚くほどにこざっぱりしていた。

高級マンションの広い一室を明らかに無駄に扱う様はある意味那月に似ているのかもしれない。

気持ち良さそうな寝顔。

数日ぶりの休日に夜如は寝坊を行なっていた。

しかし、夜如の安眠プライベート空間にトントンとドアをノックする音が響く。

本来なら鬼である夜如の耳は音を聞き分け、ツノは音を感知する筈なのだが、夜如の表情は一切変わることはなかった。

夜如がこの家を心の底から安全だと認識しているからである。

すると、今度はドアの開く音が鳴り小さな足音が無防備の夜如へと近づいていく。

夜如は近づいてくる存在さえにも気づいていない。

 

「起きてください」

 

小さな足音は夜如の隣にまで来ると無機質な口調で言った。

しかし、その声の大きさはほとんど呟いているようなものなので、完全に夢の中へ入り込んでいる夜如には届いていない。

すると、夜如を起こそうとしている者は少しの時間考えた後に再度口を開く。

 

執行せよ(エクスキュート)、”薔薇の指先(ロドダクテュロス)”」

 

「のわぁ!?」

 

藍色の髪を持つ美しい少女は背中から二つの白い巨大な腕を生やして勢いよく合唱させた。

窓ガラスが軋み、それどころか南宮家全体を揺らす。

流石の夜如も飛び起きて常人より遥かに発達している耳を押さえた。

この騒音は周囲の家々にまで広がり、テロか何かだと勘違いされてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で彼女がいるんですか?」

 

寝間着姿の夜如は朝食のトーストを目の前にして、向かいの席の那月に問いかけた。

那月は優雅にコーヒーを啜りながら朝刊を読んでいる。

その姿はまさに貴族の振る舞いだ。

 

「ああ、言ってなかったな。ほれ、挨拶をしてやれ」

 

人工生命体(ホムンクルス)のアスタルテです。この家に住まわせていただくことになりました。宜しくお願いします」

 

那月の隣に座っていたアスタルテは淡々と説明して頭を下げる。

ただ、それだけで那月はまた視線を朝刊に戻してしまった。

アスタルテもアスタルテで今の挨拶に満足したのか朝食のトーストを頬張り始める。

夜如はあまりに自然とこの話を流す二人に言葉を荒げる。

 

「ちょっと?まだ質問がいっぱいあるんですが!?」

 

「うるさいぞ、朝食ぐらい静かに食べることはできないのか?」

 

「いや、だから何で彼女がいるんですか!?」

 

夜如は乱暴に立ち上がって美味しそうにトーストを食べているアスタルテを指差した。

那月は深くため息をついて朝刊を折りたたんだ。

 

「別に大したことじゃないだろ?こいつの主人だったオイスタッハがロタリンギアへ移送されたんだからな」

 

「なら彼女も移送されるんじゃ?」

 

この日、ロタリンギアの殲教師ルードルフ・オイスタッハが絃神島を沈めようとテロを起こしてから数日が経っていた。

オイスタッハは夜如の膝蹴りに倒れ、共犯者のアスタルテも古城の眷獣に倒されて事件はようやく解決した。

未遂に終わったとはいえ絃神島を沈めるのにあと一歩の所まで行ったオイスタッハはロタリンギアが責任を持って処罰することになり事件後すぐに飛行機で絃神島を発った。

世界が公認する魔族の研究施設であり、魔族と人間が共存する島をどんな理由でも沈めようとした罪は重く、那月の見解では日本へと誠意を含めて死刑か終身刑のどちらかだろうとしている。

ただ、この事件は国が隠蔽しているので公にニュースになったりはしない。

オイスタッハの処罰を知る機会は少ないだろう。

 

「アスタルテはロタリンギア出身ではないからロタリンギア政府が受け取る義務はない。むしろ、日本で生まれたのなら日本の国籍だろ」

 

「でも、アスタルテは………」

 

「眷獣を宿した人工生命体だな」

 

那月と夜如はアスタルテに視線を向けた。

アスタルテの完璧なまでに左右対称の顔は見惚れてしまいそうな程に美しい形をしている。

こんな美少女が眷獣を宿しているのだ。

 

「何か?」

 

アスタルテは二人の視線に首を傾げる。

眷獣とは不老不死で無限の負の生命力を持った吸血鬼だけが従える意識ある魔力だ。

なぜ吸血鬼だけが従えるのかというと、眷獣が宿主の生命力を食らうからである。

無限の負の生命力を持つ吸血鬼以外が眷獣を従わせようものなら数日で生命力を食い尽くされて死に至ってしまう。

それがアスタルテのような華奢な人工生命体に宿すとなると長くて二週間もしないうちに死んでしまうだろう。

だからこその魔族狩り。

オイスタッハとアスタルテは夜な夜な魔族を狩って奪った魔力を眷獣へと与えていた。

あの魔族狩りはアスタルテの延命治療だったのだ。

ただし、眷獣を植えつけられたアスタルテを見た古城がアスタルテの眷獣を支配下に置いて生命力を食らう相手を古城自身に変更した事で今では何の問題なく過ごせている。

世界最強の吸血鬼なのだから今更眷獣一体の生命力の肩代わりなど、どうということはないのだ。

これでアスタルテは現在、世界で初めて吸血鬼以外で眷獣を体内に宿した生物となっている。

 

「まぁ、ロタリンギアからすれば自国から一級犯罪者を増やしたくないというのが本心だろう。日本の法律を逆手にとって押し付けた形に近い。絃神島もあるしな」

 

「まぁ、確かに………」

 

「暁古城が言うにはこいつは事件の最中逃げろと警告もしていたらしい。心の底からオイスタッハに従っていたわけではなかったんだろうな。そこで教育者であり最強の魔女であるこの私が名乗りを上げたと言うわけだ」

 

「で、でも、研究機関が彼女を狙うかも?」

 

「そんなものお前を置いている時点で変わらん。そもそも私に危害を加えようとするところはないだろしな」

 

那月は自慢げに鼻を鳴らした。

揺るがない那月に夜如はストンと椅子に座り直した。

 

「私が家にいると嫌でしょうか?」

 

「え?いやいや違います!」

 

すると、夜如が力なく椅子にもたれかかったことでアスタルテはほんの僅かな不安の感情を乗せて夜如に聞いた。

慌てて夜如は否定するも返ってその行動が”嫌だ”と言っているようにアスタルテには感じた。

アスタルテの表情は一見変わらないが、アスタルテが落ち込んでいるのだと夜如にだって何となくわかる。

 

「家族が増えることはいいことだから!」

 

「この餓鬼………」

 

必死に夜如が言い訳をしていると那月は額に手を当てて顔を伏せた。

 

「私はこれから仕事に出かける。お前たちは今日一日一緒に過ごして親睦を深めろ、いいな?」

 

「………はい」

 

命令受諾(アクセプト)

 

那月の叱咤に夜如は肩をすぼめて返事をした。

アスタルテも無機質に返事をする。

夜如は別にアスタルテが嫌だと言うわけではない。

単に女の子と一緒に暮らすことになったことで緊張しているだけなのだ。

那月に対しては慣れているものの年頃の男の子がいきなりアスタルテのような美少女と暮らすことになれば緊張もする。

 

「では、なんとお呼びすればいいでしょうか?」

 

アスタルテは真っ直ぐな視線で夜如に問いた。

緊張していた夜如は深く考えず、ある言葉を言った。

 

 

 

 

 

「お、お兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

那月の扇子が夜如の頭を打ち付けたのは言うまでもない。

 

 




うん、これやりたかった。
アスタルテを妹にしたかった。

では、評価と感想お願いします!!


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11話 親睦会

新潟行ってきます


 

「………」

 

夜如は無表情で清々しいほど青い空を見上げていた。

雲一つない快晴で体が吸い込まれそうだ。

ここにカモメなどの鳥が何羽か飛んでいれば絵になる美しさなのだが、太平洋の中心にある人工島のためにその鳥がいない。

絵にできない美しさとは夜如が見ている青空のことを言うのだろう。

 

「何処へ向かいますか?」

 

そして、夜如の隣にも青空に負けていない美しさの少女がいた。

那月とさほど変わらない背丈に長い藍色の髪。

水色の瞳が感情を持たずに夜如を見据えている。

夜如はどうしようかと顔を人工生命体のアスタルテに向けて見つめ合った。

 

「………何処がいいですか?」

 

「お兄ちゃんが決めてください」

 

無表情のアスタルテに夜如の心は一切なびかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那月から互いの親睦を深めろとのお達しを受けてマンションから追い出された夜如とアスタルテ。

夜如はとりあえず数々の店がひしめき合うショッピングモールに向かうことにした。

しかし、なけなしのお金しか入っていない薄い財布でショッピングモールを楽しめるものなのか。

今まで学校へ通わずに那月の元で過ごしていた夜如は友人との遊び方が分からなかった。

時折、古城や浅葱などにご飯を奢ってもらうが、夜如にとってそれは遊びではない。

一人でならまだしも、女の子と一緒に遊びに行くなど夜如の人生の中で初めての経験なのだ。

夜如の心には不安が渦巻いている。

 

「ショッピングモールで何をするんでしょうか?」

 

そんな夜如の心境なんて気にせずアスタルテは淡々と質問する。

那月に借りた白いゴシック系ドレスが周りの視線を集めていてもアスタルテはいつも通り無表情だ。

私服がほとんどない夜如の青いジャージ姿は完全にアスタルテの引き立て役になっている。

と言っても、那月と歩いていたらこのような視線は自然と付きまとうので周りの視線が恥ずかしいとはならない。

 

「………欲しいものとかあります?」

 

「ありません。日常の必需品はマスターから頂いていますので」

 

「なら、ちょっと買いたい物があるから付き合ってもらえませんか?」

 

命令受諾(アクセプト)

 

那月と一緒の時は緊張しない夜如もアスタルテと一緒だと声が上ずってしまう。

出会ったことのない雰囲気を持つアスタルテに距離を掴み損ねているのだ。

アスタルテは気にしていなさそうでも夜如は頭を悩ませる。

 

(こっちから動かないと………)

 

夜如はショッピングモールに着くまでアスタルテと仲良くなる方法を考え続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショッピングモールに着いた夜如とアスタルテはまず百円ショップへと向かった。

着いて最初に入る店が百円ショップというのも変ではあるが、夜如が求める物が一番手に入りやすいのはここだ。

パーティー用品や文房具が色々と棚に並べられている。

しかし、夜如が欲しいのはそれらではない。

アスタルテを後ろに夜如が店を回っているとそれはすぐに見つかった。

 

「あったあった」

 

夜如が手に取ったのはストップウォッチだ。

腕時計に比べて段違いに安く時刻を確認できて機能も充実している。

夜如は普段からストップウォッチを首にぶら下げていたのだが、今はぶら下げていない。

数日前、海に落ちた時に壊れてしまったのだ。

 

「あ!」

 

そこで夜如は自分がとても嫌なことをしていることに気づいてしまった。

夜如自身は気にもせず無いから買おうと思っただけなのだが、そもそも海に落ちた原因はアスタルテの眷獣に殴り飛ばされたからだ。

これではまるで遠回しにアスタルテを責めているようではないか。

仲良くなろうとしているのにむしろ自分から距離を遠ざけることをしてしまっている。

夜如は錆びた機械のように首を回してアスタルテを見た。

 

「………」

 

「あ、あの。別にこれは嫌味とかじゃなくて………」

 

アスタルテは変わらず表情が読めない。

何も喋らないで気にしてなさそうな態度が逆に夜如の心を抉る。

すると、アスタルテはゴソゴソとドレスのポケットから何かを取り出した。

 

「提案。買います」

 

取り出したのは紙封筒だった。

アスタルテは紙封筒を左手に持ってもう一方の手を夜如に出した。

 

「いや、これは自分が買いたいものだから自分のお金で買います!別にアスタルテさんが気にするようなことではないです!」

 

夜如は差し出された手を引っ込ませてまくし立てる。

いつもご飯を奢ってもらったりする夜如でも出会って日の浅いアスタルテに奢ってもらうのは駄目だとわかっている。

そんなことすれば那月に怒られるのは明白だ。

しかし、アスタルテは首を振った。

 

「否定。これは私の現金ではありません」

 

「え?」

 

夜如はまくし立てていた口を止めて固まる。

アスタルテは一呼吸置いて紙封筒を見つめながら言った。

 

「今朝マスター、南宮那月教官から現金を頂きました。その際、この現金で楽しむようにとのことです」

 

「………なんで自分に言ってくれなかったんですか!?」

 

アスタルテのサプライズに思わず夜如は声を荒げる。

紙封筒で口元を隠したアスタルテは何故か瞳を一瞬輝かせた。

 

「こうすれば親睦が深まるとマスターが言いました」

 

夜如は気づいた。

アスタルテは無表情ではあるが無感情ではない。

単に天然なだけなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、二人は本屋に行ったりフードコートで昼食を食べたりと充実した一日を過ごした。

相変わらずアスタルテは無表情で夜如は緊張したままだったが、確実に二人の仲は良くなっている。

夕方となり二人は獄魔館(ごくまかん)という名の喫茶店に入った。

魔族喫茶を題材にして店内は黒くコウモリや骸骨の飾りがいたるところに装飾されている。

店を切り盛りする店員の格好も女性はゴス風のメイド服で男性は黒いマントをたなびかせて店の雰囲気にこれでもかと合わせている。

更にはメニューも一風変わっており、”禁断の聖骸布(せいがいふ)”や”黒き復讐の魔女(メディア)の呪い”、”甘露(アムリタ)の顕現”など一見どんな食べ物、飲み物なのか分からないものばかりだ。

 

「これが”禁断の聖骸布”よ!二つ頼むとは何という禁忌!!」

 

極め付けが店員が常にこのハイテンションだということ。

夜如はあまり店員と目を合わせないようにしながら運ばれてきた料理を受け取る。

テーブルに置かれたのはバターが乗ったホットケーキだった。

 

「禁断の聖骸布ってホットケーキだったんですね」

 

「美味しいです」

 

見ると、アスタルテは運ばれてきたホットケーキの四分の一をすでに食べてしまっていた。

昼食を食べた際に気づいたが、アスタルテは食べるのが好きらしい。

無表情を貫くアスタルテもこの時だけはわずかに笑顔を見せる。

 

「今日はとても充実した日でした」

 

「………!」

 

夜如は自分のホットケーキを食べながら頷いた。

アスタルテ同様、夜如も楽しい休日だったからだ。

最初はどうなるかと思ったが心配はいらなかった。

 

「そこで僭越ながら、お願いがあります」

 

「何ですか?」

 

「敬語をやめてほしいです」

 

アスタルテはナイフとフォークを置いて夜如に言った。

そして、続ける。

 

「書店で数々の文献を読む限り兄妹同士で敬語は比較的珍しいと分かりました。なので、年上である兄が敬語をやめるべきだと判断しました」

 

夜如は驚いてホットケーキを切り分けていた手を止めた。

まさか、アスタルテからこのようなお願いをされるとは思ってもいなかったからだ。

夜如は自分が動いて仲良くなろうとしていた。

しかし、実際はアスタルテの方が積極的に行動していたのだ。

 

「分かった。それじゃ俺のことも好きなように呼んで。お兄ちゃんとか冗談だし呼ばなくても___」

 

「拒否」

 

アスタルテは夜如の言葉を遮って首を振った。

 

「お兄ちゃんと呼ばせて頂きます」

 

アスタルテは僅かに笑みを浮かべた顔で言った。

 

 

 




デート?回です。
次回からはガンガン話を進ませようと思います。

では、評価と感想お願いします!!

ヒロインは那月ちゃん………


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戦王の使者 書き直し中
12話 獣人


ああ、新潟でスノボしたんですけど筋肉痛が酷い。
特に尻がやばい。


 

絃神島、港湾地区にある古い倉庫の外壁二階に夜如は背中を押し付けていた。

首を僅かに動かし片目で倉庫内の様子を見るその姿は海外のスパイ映画に出てきそうだ。

時刻は夜の零時を当に過ぎており、上空には弦月が浮かんでいる。

倉庫の中では八人の男が薄暗い水銀灯を頼りにトランプを楽しんでいた。

警戒心は感じられず、まるで夜如に気づいている様子はない。

標的が警戒を解いているのを確認した夜如は歯を二回鳴らした。

すると、夜如の耳に付けた小型インカムから同様の音が届く。

夜如は鋭い息を吐くと感覚器官であるツノに集中した。

 

ドォーン!!

 

爆音が響いたのは夜如が張り付いていた倉庫の正面扉だ。

同時に音響閃光弾が中でトランプに興じていた男達の足元に転がる。

夜如は目と耳を塞いだ。

耳をつんざく音と眩い光が古びた倉庫内を駆け巡る。

その様子を夜如はツノで感じ取っていた。

不意を突かれた男達は全員、音と光を浴びたようで一瞬動きを止めて両手を目に当てている。

音響閃光弾自体にそこまで威力があるとは言えないが、強烈な音と光は対象に強烈な衝撃を受けたと錯覚を与えることができる。

錯覚ゆえに強靭な肉体を持っているからといって防げるものではない。

 

「撃て!!」

 

続いて響いたのは特区警備隊強襲班隊長の掛け声だった。

サブマシンガンの銃声が鳴り始め、音響閃光弾の音と光が消えた倉庫内を夜如はそっと薄目で覗いた。

密入国の犯罪者集団が武器の闇取引を行なっている情報を元に特区警備隊の強襲班が制圧に来たのだが、強襲班は敵に容赦がない。

正面からの襲撃に加えて逃げ出そうとした数人を第二班が追い討ちのように現れて銃で仕留める。

敵からしたらたまったもんではないだろう。

 

「やめ!!」

 

戦闘という名の蹂躙は二分程で終わった。

偵察役として派遣された夜如も一息つく。

効率面などを考えると夜如が単独で強襲すれば銃弾、音響閃光弾を消費せずに更に短時間で終わらせることができただろう。

しかし、そこは大人社会の闇が絡んでいるとしか言えない。

夜如もそこは薄々気づいているし、強襲班隊長も夜如が気づいていることに気づいている。

お互い何も言わないでいるのだ。

夜如自身、偵察の方が楽ということもあり楽してお金も入るなら文句はない。

鼻歌交じりに夜如が隊長の元へ向かおうと外壁から降りようとした時、

 

「退避しろ!!」

 

隊長の声を正確に受け取ったのは夜如以外この場にはいなかった。

隊長の怒鳴り声と重なるようにして轟音が広がり、熱風が倉庫内を吹き荒れる。

窓ガラスを粉砕して漏れ出た爆発の余波が夜如を容赦無く襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「糞ったれ!!」

 

黒豹の姿をした獣人の男は息を乱しながら港湾地区を疾走していた。

所々に真新しい銃痕が残り、そこからは血を流しているのにも関わらず、獣人のスピードは人間の限界を超えている。

黒豹の男に撃ち込まれた琥珀金弾(エレクトラム・チップ)は呪力が込められた特別製の銃弾である。

獣人だけではなく、あらゆる魔族の驚異的な肉体再生能力を阻害するのだ。

先の銃撃戦で黒豹の男はその弾を何発も受けてしまっていた。

 

「人間風情が………!!後悔させてやる!!」

 

黒豹の男は痛む身体にムチを打って跳躍した。

五階建てのビルの屋上へと着地して駆け抜けてきた道を辿る。

視線の先には一つの倉庫が赤い炎に包まれていた。

黒豹の男が命からがら逃げてきた場所だ。

武器の取引が特区警備隊に漏れて黒豹の男を始め、獣人で集められたメンバーは今は燃えている倉庫で襲撃を受けた。

あらかじめ設置してあった爆弾で黒豹の男は逃走できたものの、他の仲間は全員倒れてしまった。

 

「同志の仇!」

 

黒豹の男は取り出したリモコン起爆装置のスイッチに指をかけた。

倉庫に設置してある爆弾は二つだったのだ。

一つ目の爆弾で敵の仲間をおびき寄せて二つ目の爆弾で集まった敵も殺す。

戦場ではメジャーな罠だが、平和ボケした日本では十分有効な手段だった。

 

「我らの計画のため___」

 

「はぁ!!」

 

「ッ!?………あああぁぁぁ!!!」

 

黒豹の男が起爆装置のスイッチを握る手に力を入れようとした瞬間、黒豹の男は突然の脱力感に呆然とする。

遠くに見える倉庫からは第二の爆発を確認できず、それどころかスイッチを押した感覚すらない。

腕の感覚が突如なくなり、違和感を覚えた黒豹の男は自分の腕を見て絶叫した。

起爆装置を持っていた右腕の関節が本来ならありえない方向へと曲がっていたのだ。

銃弾とはまた別の痛みに黒豹の男は後退する。

 

「あっぶなかった〜!!」

 

黒豹の男がいた場所には左スマッシュを振り抜いた状態の青年がいた。

目を見開いて冷や汗を流しているところ本当にギリギリだったのだろう。

それでも、青年足元には黒豹の男が先ほどまで握っていたリモコン起爆装置が転がっている。

青年はそれを拾い上げると起爆させないように扱いながら観察する。

 

「無線式起爆装置?うわっ!?これ暴発しませんよね?アルミホイルがあれば一応の処置ができるんだけど………ないなら”鬼瓦”で」

 

青年は黒豹の男を無視して独り言を呟きながらリモコン起爆装置に小さな鬼瓦をくっつけた。

リモコンからは赤黒いドロドロした炎のようなオーラが纏わりつく。

 

「で、あなたを捕まえれば八人全員捕まえたことになるんですけど、計画って何ですか?」

 

「餓鬼………!!」

 

青年は首を傾げた。

黒いジャージといった早朝ランニング前のおじさんのような風貌の青年に黒豹の男は怒りをあらわにする。

計画について少しでも気づかれれば殺すしかない。

折られた右腕を形だけでも気合いで元に戻し、黒豹の男は腰のベルトからナイフを取り出す。

しかし、青年はまるで怯えることなく笑みを浮かべているだけだ。

 

「まぁ、答えるわけないですよね」

 

「死ね!!」

 

黒豹の男は獣人特有の暴発的な加速で青年の首を狙う。

と、見せかける。

獣人の爪はナイフなどよりずっと鋭く体の一部ゆえに扱いやすい。

激情のままに突進していくように見えて黒豹の男の頭は冷静だった。

獣人の中でも敏捷性に秀でた人豹(ワーパンサー)の足に追いつき腕を折る。

只者ではないことは明らかだ。

ならば、油断せず卑怯でも確実に殺すための策を練ることが大事だと黒豹の男は考えた。

左手のナイフを寸前で投げ離し、本当の狙いである頭蓋骨へと手を伸ばす。

青年は案の定咄嗟に首を守ろうと動いていた。

黒豹の男は頬を釣り上げて腕を振り抜いた。

 

「何!?」

 

しかし、又もや黒豹の男は驚愕する。

確かに黒豹の男の左手は青年の頭に届いていた。

想定では青年の頭は獣人の鋭い爪によりだるま落としのようになっていたはずだった。

それがどうだろう。

壊れたのは黒豹の男の左手の方であり、青年はダメージすら負っていない。

 

「いきなりですね」

 

「それは………」

 

青年の全身からは赤黒いオーラが滲み出ていた。

表情は変わらず爽やかな笑顔ではあるが獣人を圧倒するプレッシャーをオーラが放っている。

その姿に黒豹の男は膝を突く。

獣人の本能が青年の変貌に勝てないと認めてしまったのだ。

黒豹の男が見るのは青年の頭。

黒豹の男の左手に傷を負わせた原因、ツノからは血が滴っている。

無論。黒豹の男の血だ。

 

「お、お前は………!!」

 

何故気づかなかったのだろう。

黒豹の男の頭は後悔でいっぱいになる。

青年は膝を突いて獣人化を解いた男を見下す。

本人にそのつもりはなくても青年の雰囲気がそう見せているのだ。

 

「………鬼!!」

 

鬼気迫る。

青年から伸ばされる腕を見て黒豹だった男は全身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だが、無意味だ………俺達が捕まろうとも計画に支障はない。絃神島が沈む未来は変わらない)

 

男は特区警備隊に捕まりながら、うっすらと笑みを浮かべた。

 

 




やっと次の話に進めた!!
もっと!もっと早く速く個人的な本編に!!

では、評価と感想お願いします!!


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13話 式神

ラッシャイ二期が決まってテンションが上がっています!!

ヨハネ!!


 

九月も半ばを過ぎたというのに絃神島は真夏日のような暑さだった。

照りつける日差しは容赦なく人々の身を焦がし、熱せられたコンクリートは陽炎を生み出している。

上からも下からも熱が襲いかかり、高い湿度は絃神島をサウナ室に変えてしまう。

朝からこの調子だと昼頃にはもっと酷いことになっているかもしれない。

夜如は涼しい室内から眼下を行き交う彩海学園の生徒を見下ろしていた。

 

「この中で球技大会の練習するのか………」

 

夜如がいるのは彩海学園高等部の職員室棟校舎の最上階だ。

この部屋は本来、南宮那月が教師の執務を行うための部屋である。

那月の執務室はエアコンが完備され、赤く分厚い絨毯に天鵞絨(ビロード)のカーテン、睡眠ができるよう天蓋付きのベッドまである。

奥には台所や風呂場も完備されているので十分暮らせる設備になっていた。

しかし、布団派の夜如はベッドで寝ることにためらいがあるので暮らそうとは思えない。

夜如はカーテンを閉めて部屋の中心にある応接用の低いテーブルに目を向けた。

数種類のプリントが均等に積み重なっており、一番上には重石として各クラスの自作プレートが乗っている。

夜如が一晩かけてまとめた彩海学園高等部各クラスの授業プリントだ。

勿論、教師素人の夜如に那月が普段行なっている執務はわからないので、指示された通りのことをしただけである。

 

「これ絶対アスタルテの方が向いてると思うんですけど」

 

この場にいない那月への疑問は朝の教員会議を知らせるチャイムによって掻き消されてしまう。

夜如は深い溜め息を吐いて執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残り三十分です」

 

本を片手に夜如はストップウォッチのタイマー機能を確認した。

夜如の掛け声に教室の空気は一瞬だけ緊張する。

シャーペンの音が大きくなり一部の生徒に焦りが見られる。

夜如は視線こそ本に向けられているが、クラスの誰が最も緊張しているかや焦っているかなどをツノで感知していた。

 

「暁さん一時間目から寝ないでくださいね〜!」

 

「ッん!?ね、寝てねーよ!!」

 

クラスの最後尾の席でも夜如の感知力は容易に届く。

前髪に寝癖をつけて説得力のない古城は慌てて否定した。

しかし、叫んだことによりクラス全体から注目されて否定する勢いもすぐに弱くなる。

古城も実際に寝ていたのだから後ろめたさが出てきたのだろう。

いくら世界最強の吸血鬼で朝と日差しに弱くても日常生活は高校生。

事情を知っている夜如とて今は教師の立場、贔屓するわけにはいかない。

 

「いや、寝ててもいいですけど。せめてプリント終わらせてからでお願いします。あとで怒られるの自分なんで」

 

夜如は申し訳なさそうに言った。

すると、中央近くの席に座る天才ハッカーの浅葱が軽く手をあげる。

 

「そもそも、なんで今回夜如君なの?那月ちゃんは?」

 

華やかな髪型と校則ギリギリに着崩した制服の見た目とは対照的に真面目な口調で浅葱は夜如に訊く。

プリントはすでに終わっているようで手には若者向けのファッション雑誌がある。

紅茶の入れ方の本を読んでいる夜如と比べると同い年でもその差がはっきりと出ていた。

 

「那月さんは特区警備隊の稼業に行ってるので代わりに自分が授業を行うことになったんです。プリント配るだけですけど」

 

「でも、それって普通他の担任がやるもんじゃないの?」

 

「ですよね。ちょっとそこはわかんないです。まぁ、暁さんみたいな人の取り締まりじゃないですかね?自分は居眠りしてる人とかすぐ分かりますし」

 

浅葱は最後のことで納得したような雰囲気を出して後ろの古城を見た。

バカにしようとしていたのか浅葱の顔は悪い笑みを浮かべている。

だが、あろうことか古城はすでに舟を漕ぎ出していた。

これには浅葱も教師代理の夜如も驚く。

他の生徒も呆れた表情だ。

 

「あれ減点よね?」

 

「報告はします。減点で済めばいいですけど………」

 

今日は朝から日差しが強かった。

学校へ来るまでの間に体力を消費してしまったのだろう。

夜如は内心古城へ同情するが、プリントをしていない以上那月に報告しなければならないことを悔やむ。

 

「教師って大変だ………」

 

那月の苦労の一端を感じた夜如はデコピンの準備をしながら古城へと近いた。

夜如が近づいていることに古城は気づいていない。

 

(夕飯なしは嫌なんで)

 

「痛って!!」

 

吸血鬼なら再生するだろうと夜如結構強く古城の額に衝撃を走らせた。

那月から全クラスのプリントを回収しなければ夕飯なしと言われている影響からか夜如の指には力が入る。

悶える古城に合掌しながら夜如は浅葱に教えてあげるよう言う。

 

「すみません。夕飯抜きは嫌なんで」

 

今度はしっかりと口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、夜如は体育館にいた。

彩海学園は近日に球技大会が高等部と中等部合同で行われる。

この時期になるとどこのクラスも放課後に集まって各競技の練習をすることが義務化されていた。

教師代理の夜如に参加する義務はないのだが、身体能力が獣人をも超える鬼ということでクラスの学級委員長に練習相手として抜擢されてしまったのだ。

それもバトミントン。

球技大会にバトミントンとはこれいかにと思う夜如だったが、ソフトクリームを奢ってあげると言われれば大したことではない。

結局、他クラスに卑怯だとかずるいだとかを()()()()()に言われて色々なスポーツをする羽目にはなってしまっていた。

 

「モテモテだな」

 

一区切りついたところで短髪を逆立ててヘッドフォンを首から下げた男が夜如を煽りに来た。

男の顔はニヤニヤと面白がっているように見える。

男の名は矢瀬基樹(やぜもとき)と言い浅葱の幼馴染だ。

チャラそうに見えるが、お金持ちで成績も良い。

彩海学園には浅葱や基樹のようなギャップのある生徒が多々いる。

基樹は座っている夜如にスポーツドリンクを渡した。

 

「鬼が珍しいんですよ」

 

「そうじゃないだろ。ここは絃神島だぜ?」

 

夜如はありがたくスポーツドリンクを貰った。

一般常識に疎い夜如も言われなくてもわかっていた。

絃神島は魔族の研究が公に認められている世界でも数少ない魔族特区である。

この島の住人はあまりに魔族という存在と緊密に暮らしているので魔族に対する認識が世間と少々ずれているのだ。

それこそネット上や噂だけだが、日本の魔族特区に世界最強の吸血鬼がいると流れても大して動揺はない。

日本本土では大事件かもしれないが、絃神島ではその辺にコンビニができるかもしれない程度なのだ。

だからこそ、夜如はなんで自分がここまで誘われているかがわからなかった。

身体能力がいいからと言われ続けているが、別に夜如が球技大会に出るわけではないし人間と鬼では力の差がありすぎてセーブしていても練習になるのかは疑問が残る。

鬼である自分が誘われる理由がわからないのだ。

 

「本当にわからないのか?」

 

「え?」

 

「………他の女には興味がないってことね」

 

夜如には基樹が何を言っているのかさえわからない。

首を傾げても基樹は呆れ顔で夜如から離れて行ってしまった。

そして、入れ替わるように女子が前かがみで競技練習のお誘いが来る。

基樹の言葉に懸念を覚えつつ夜如は快く立ち上がった。

 

「ん!?」

 

その時、夜如が感知したのは妙な式神の気配だった。

次に起こす行動は決まっている。

夜如は突風を撒き散らしてその場を後にした。

 

「ほっ!!」

 

体育館の上に飛び乗って式神の気配を辿る。

幸いなのか式神は校内に二体も感じ取れた。

古城と一緒に。

 

「また厄介ごとに………」

 

夜如は呆れつつも何故か襲われている古城に向けて突進した。

古城が襲われていたのはライオンの姿をした式神だった。

まるで折り紙のようなライオンは古城を襲うごとに周りの物を切り裂いている。

古城は躱すのに精一杯なのか反撃する気配がない。

夜如は右拳に鬼気を込めて勢いよく一体のライオンに叩きつけた。

 

「らぁ!!」

 

鬼の拳を叩きつけられたライオンは体を曲げて消滅する。

もう一体のライオンは。

 

「大丈夫ですか先輩!?」

 

なんかチアのユニフォームを着た獅子王機関の剣巫が流麗な槍で成敗していた。

 




さっさか進ませましょう!!
本編のために!!

では、評価と感想お願いします!!


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14話 テロリスト

アリスとユージオ!!!
夏が楽しみ!!


 

「ディミトリエ・ヴァトラーだと?」

 

「え、えぇ………」

 

その日の夜は珍しく南宮家全員が揃って食卓を囲んでいた。

通常なら稼業である特区警備隊から那月に依頼がきたり、鬼である夜如が夜間のアルバイトが入ったりとするのだが今日はどちらともその予定がなかった。

南宮家ではそのような日をちょっとしたイベントとして扱っている。

テーブルに並ぶ料理のグレードは一段階上がってシャンパンも開く。

会話も弾んで那月が夜如に対する毒舌も日常のとは別物で笑顔が混じる。

加えて、アスタルテが南宮家にやってきたことから今まで以上に楽しい晩餐会になるはずだった。

しかし、那月の眉間にはシワがよって見るからに不機嫌な態度をとっていた。

夜如は躊躇いがちに今日の出来事を話し始める。

 

「えっと、攻撃的な式神が暁さん宛てに招待状を送ってきたんですよ。その宛名がアルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーって。この名前って確か………」

 

「蛇使いだな」

 

那月は嫌な気分を飲み込むようにシャンパンを飲み干した。

ディミトリエ・ヴァトラーとは吸血鬼の中でも上位の存在である貴族の部類に入る存在である。

その親は忘却の戦王(ロスト・ウォーロード)と呼ばれる吸血鬼の覇王の第一真祖。

街一つを簡単に破壊できる真祖クラスの眷獣を七十二体も従わせる怪物だ。

そんな怪物の直系の血族であるディミトリエ・ヴァトラーもまた十分化け物で、蛇使いという二つ名を世界に轟かせ自分より高位の吸血鬼である真祖に次ぐ第二世代の吸血鬼長老(ワイズマン)を二人も喰っているのだ。

それ故、ディミトリエ・ヴァトラーは”真祖に最も近い存在”とされている。

 

「あいつが暁古城と接触しようとすることも考えておくべきだったか」

 

「暁さん喰われたりしませんよね?」

 

「知らん。そもそもこのタイミングであの軽薄男が絃神島に来ることの方が問題だ。アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

那月は腕を組んで背もたれに寄りかかると隣に座っていたアスタルテに指示を出した。

リスのように頬を食べ物でいっぱいにしていたアスタルテは一気に口の中の食べ物を飲み込むとダイニングを出て行った。

程なくしてアスタルテが一つのタッチパネルを持って戻ってくる。

夜如は首を傾げてアスタルテからタッチパネルを受け取った。

顔を上げて那月を見ると見てみろと指でジェスチャーをしている。

夜如は電源を入れて一番最初に出てきた画面を見て目を見開いた。

 

「ナラクヴェーラ!?………って何ですか?」

 

那月は思わず深いため息を漏らし、見覚えのない単語に夜如は頬を掻く。

タッチパネルには数枚の写真が映されていた。

遺跡のような写真と石板の写真の二種類だ。

石板には意味不明な文字の羅列が刻まれている。

所々に赤線やメモが記されているところを見ると解読途中だということだろう。

しかし、記されているメモ自体も夜如には意味不明な文字だった。

唯一読める単語も夜如が理解できるものではなかった。

その問いに答えたのはアスタルテだった。

 

「ナラクヴェーラとは南アジア、第九メヘルガル遺跡から発掘された先史文明の遺産です」

 

「遺産?それの何が問題なの?」

 

「当時、繁栄していた都市や文明を滅ぼしたとされている神々の兵器です」

 

「神々の兵器!?」

 

アスタルテの説明を聞いた夜如は再度タッチパネルを見た。

神々の兵器と呼ばれそうな写真は一つもない。

 

「じゃぁこれはそのナラクヴェーラ?を呼び出したりする呪文みたい物?」

 

「否定。この石板はナラクヴェーラの起動コマンドです。本体はこの島のどこかにあると予測されます」

 

「起動コマンドねぇ………本体が絃神島に!?」

 

夜如は勢いよく立ち上がって叫ぶ。

神々の兵器と言われて何よりも那月が警戒している代物が絃神島にあるとなると呑気に料理を食べている場合ではない。

しかし、那月は驚くほど冷静に夜如を目で椅子に座らせる。

 

「落ち着け。世界中の科学者が寄ってたかっても名前しかわからない古代文字だぞ」

 

「でも………」

 

「これを絃神島に密輸したのは黒死皇派(こくしこうは)。東欧にある戦王領域のテロリストがない頭を使ってもどうにもならんさ。しかし………」

 

那月はまた機嫌が悪そうな顔をする。

夜如も那月の言葉の意味に気づいて”あぁ”と頷く。

 

「ディミトリエ・ヴァトラーは戦王領域からの使者です。無関係とはならないと予測します」

 

表情のない瞳でアスタルテは夜如と那月があえて口に出そうとしなかった結論を言ってしまった。

吸血鬼とは永遠を生きる化け物。

生きることに退屈を覚えて日常に刺激を求めるバトルマニアなのだ。

その傾向は古くから存在する吸血鬼に多く見られ、ディミトリエ・ヴァトラーは吸血鬼の貴族と呼ばれる古くから存在する吸血鬼。

神々の兵器と戦いたいと思っても不思議ではない。

楽しい晩餐会が不穏な空気に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日になると夜如はいつも通り運送会社のアルバイトに勤しんでいた。

上司も受け取り先の人もこの絃神島に神々の兵器があることや、黒死皇派と呼ばれるテロリストが潜伏していることに気づいている様子はない。

それが当たり前で知っているはずがないのだが、それを知っている夜如の神経は敏感になっていた。

那月からは絃神島に黒死皇派、正確には壊滅した黒死皇派の残党がいるとだけ聞かされている。

黒死皇派とは魔族の中でも獣人が最高位の存在と信じるテロリスト集団のこと。

先日、夜如が特区警備隊と共に強襲した獣人グループも黒死皇派だったという。

いつ、何処で、誰が、獣人化して人々を蹂躙し始じめてもおかしくないのだ。

 

「夜如君。次はこの本を彩海学園に届けて来てね」

 

「了解です」

 

上司の指令に夜如はにこやかに返事を返した。

少なくとも近くにいる人たちだけでも守らなくてはならない。

特区警備隊が黒死皇派が潜伏している場所を特定するのも時間の問題と那月は言っていた。

それまでは働かせてもらっているこの会社を守ると夜如は固く誓う。

 

「では、行ってきます!」

 

会社の人たちの服に気づかれないよう”鬼瓦”をくっつけて、会社のビルにも大きな”鬼瓦”を設置する。

鬼瓦の効果時間は一日。

早く仕事を終わらせて社員を全員家に帰す。

それが一番の安全確保だと夜如は考えていた。

 

「ふん!!」

 

夜如は車には乗らず、荷物を抱えて一気に跳躍した。

交通ルールに縛られる車は楽ではあるが正直遅い。

それに比べて夜如が建物の上を飛んで行くと、ほとんど一直線で運送先へと辿り着くことができる。

スピードを求めるのなら夜如が荷物を担いで運んだ方が得策なのだ。

獣人をも超えるスピードとパワーを持つ鬼の力は伊達ではない。

 

「はぁ!」

 

夜如は更に大きく跳躍した。

遠くまで見渡すことができるようになり夜如のツノにも色々な情報が流れ込んでくる。

全体的に緑が少なくほとんどが白い建物ばかりな絃神島。

平和に見えるこの島は常に危険が付きまとう。

絃神島を守るために夜如は全力を尽くそう気合を入れた。

 

「ん?」

 

すると、彩海学園に近づいてくると夜如の鼻腔をくすぐる匂いが感じ取れた。

匂いは彩海学園へと近づくにつれて強みを増していく。

一般の人間なら何も感じることができないであろう微かな匂いだが、夜如にはしっかりと感じることができる。

 

「まさか!?」

 

彩海学園には中高合わせて多くの学生がいる。

今の時間帯だとちょうど昼休みのはずで常に配置されている教師兼国家攻魔師も生徒から目が離れやすくなってしまう。

そこを黒死皇派の獣人が暴れたとするとまずいことになる。

今、彩海学園には那月がいないのだ。

那月は間が悪いことに黒死皇派のアジトを見つけるために午後から彩海学園を出ると言っていた。

もう、この時間帯ではいないだろう。

 

「けど、匂いが少ない?」

 

夜如はその匂いの薄さに疑問を持っていた。

虐殺のように多くの人が殺されていたらもっと血の匂いが濃いはずなのだ。

夜如が感じている匂いは明らかに薄かった。

しかし、血の匂いが一種類という所を考えると確実に一人が大量出血している血の濃さ。

 

「重傷者か?」

 

夜如は彩海学園の校庭に着地すると持っていた荷物を投げ出して血の臭う場所へと駆け出す。

そこは保健室だった。

やはり、重傷者が出ただけだったのかと安堵してはならないが黒死皇派ではないことに安心する。

しかし、保健室についた夜如は安心した自分を呪う。

 

「アスタルテ!!!!!」

 

血を流していたのは妹だったのだ。

 




高校も卒業して、無事に看護科がある大学にも進学決定して、安心です!!

では、評価と感想お願いします!!


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15話 怒り

SAOの映画見に行きました!!
ラストバトルで泣いたのは自分だけじゃないと思っています!!
特にマザーズロザリオの時が………
二週目絶対に行きます!!


「アスタルテ!アスタルテ!!」

 

アスタルテの目は虚になって、今にも薄い水色の瞳の奥に輝く光が途絶えそうになっていた。

夜如は壁を背にして倒れているアスタルテの正面に回って必死に呼びかける。

腹部から胸部にかけて黒く固まった血液が那月からの支給品であるメイド服を染めていた。

傷口からの血は止まっているように見えるが流れ出た血液の量は床にまで届いている。

六発の銃創が確認でき、致命傷なのは明らかだった。

 

「アスタルテ、ちょっと待ってろ!!」

 

夜如はすぐに救急車を呼んでもらおうと職員室へと向かおうとした。

こんな時に限って携帯を持っていない自分に腹をたてる夜如だが、苛立ちの間に微かな声を感じ取った。

 

「………って」

 

駆け出そうとしていた夜如は足を止めて振り返った。

見ると、アスタルテが口を震わせていたのだ。

当然、夜如はアスタルテの口元に耳を近づけた。

 

「報告します………現時刻から約二十五分前、クリストフ・ガルドシュと名乗る人物と数名が本校校内に侵入………クリストフ・ガルドシュは私を撃って藍羽浅葱、姫柊雪菜、暁凪沙を誘拐していきました」

 

「何!?」

 

アスタルテの声は今にも消え入りそうな程小さかった。

それでもここまで正確な情報を報告できたのは奇跡に近い。

アスタルテは誰かにここでの出来事を報告しなければならないと思い待っていたのだ。

胴体を銃弾で撃たれても、撃たれてから二十五分経とうが決して意識を失わないで待っていたのだ。

 

「その後の行方は不明、謝罪します………私は彼女たちを………」

 

「もう喋るな!!」

 

夜如はアスタルテに怒鳴って今度こそ職員室へ向かおうとした。

しかし、意識を手放そうとしているアスタルテの最後の言葉に夜如の足は再度止まることになる。

 

「ごめんなさい………お兄ちゃん………」

 

「………ッ!?」

 

夜如の脳裏に昔の記憶が駆け巡る。

それは最近では思い出すこともなかった悪夢のような現実の光景。

悲鳴や怒号が里中にこだまし、家屋は破壊され、大切な同種の仲間が殺されていく。

夜如の腕が震える。

昔のことだとわかっていても当時の恐怖を忘れられるはずがない。

呼吸は乱れ、腕から始まった痙攣も全身へと回った。

 

「お前まで………」

 

夜如は震える全身でアスタルテに歩み寄った。

肩に手を置いて、今にも消えそうなアスタルテの瞳の光に訴えるよう夜如は正面からアスタルテを見て言う。

 

「お前まで()()を言わないでくれ!!」

 

夜如の叫びにアスタルテは僅かに瞳を大きくして顔を上げる。

焦点が乱れてしまい靄のかかった視界で、アスタルテは確かに見た。

涙を滲ませる夜如の姿を。

その涙はアスタルテの心に大きな衝撃を与えた。

 

「ごめんなさ………い………」

 

「アスタルテ!!!」

 

その衝撃は人工生命体として生まれたアスタルテにとって初めてのことだった。

病は気からと言われるように、アスタルテの精神に動揺が走る。

そもそも精神力のみで繋いでいた意識はその影響で途絶えてしまう。

 

「夜如!?」

 

「暁さん!!」

 

すると、アスタルテが気を失ったとほぼ同時に保健室へ古城が走り込んできた。

魔族が誇る高度な五感の内の嗅覚で昼休み中の校内から血の匂いを嗅ぎ分けてやってきたのだ。

古城も夜如が呼びかけるアスタルテの悲惨な状態を見てすぐ駆け寄ってきた。

しかし、アスタルテが古城の声に反応する様子はない。

 

「どいて!!」

 

そんな医療知識のない二人の間に一人の女性が入り込んできた。

長身のポニーテールが特徴的な人だ。

女性はアスタルテの様子を見ると無駄のない動きでアスタルテのメイド服を脱がせ始めた。

突然の行動に夜如は女性を止めようとするが、女性の表情を見て動きを止める。

女性は額に汗を滲ませていた。

 

「あなたは………?」

 

「私は獅子王機関の舞威媛!大丈夫、任せて!!」

 

夜如は古城と共にやってきた獅子王機関の舞威媛(まいひめ)と名乗る女性に全てを任せるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「応急処置は施したわ。けど、危険なのは変わらないから急いで救急車を呼んだ方がいいわね」

 

舞威姫は保健室のベッドにうつ伏せに寝かせたアスタルテを見て言った。

その声にはやり遂げた達成感と安堵の感情が混じっている。

アスタルテの背中には数本の針が刺されており、その針はアスタルテの生命維持に関わる臓器機能を必要最低限にし、仮死状態にして肉体への負担を減らしているのだ。

しかし、銃弾自体は未だにアスタルテの体内に残っているので一刻を争うことに変わりはない。

可能性は低いが鉛中毒になる可能性もあるのだ。

 

「ああ、今呼んだ。でも、すぐには来れないみたいだ。多分、さっきのヘリの墜落と無関係じゃない」

 

「ヘリ?」

 

アスタルテの顔を心配そうに見ていた夜如が古城に聞く。

 

「さっき屋上でヘリが一機撃ち落とされてるのを見たんだ」

 

「そうですか。なら、そっちの方面にアスタルテを撃った奴がいるんですね?」

 

古城の話を聞いた夜如は全身から赤黒い鬼気が漏れ出す。

アスタルテを生死の境に追い込んだ者への怒りが夜如の鬼気に力を与えているのだ。

世界最強の吸血鬼たる古城でも夜如の変貌に気圧されてしまう。

 

「ちょっと、暁古城!彼平気なの!?」

 

その圧力に恐怖を覚えたのは古城だけではない。

いくつもの修羅場を潜り抜けてきた獅子王機関の舞威媛である女も夜如の姿は十分警戒すべき者だった。

日常の夜如を知っている古城は大丈夫だと迷いなく言える立場だ。

多忙なアルバイトに勤しんでいるし、唯我独尊をゆく那月が最も信頼している男なのだから。

しかし、今の夜如は古城が今まで見たことのない雰囲気を出している。

古城と夜如は数年の付き合いだが、古城に限らず夜如の友人は夜如が本気で怒ったところを見たことがないのだ。

故に、古城は喉を詰まらせた。

 

「そうだ、自己紹介がまだでしたね。自分は南宮夜如と言います。見ての通り鬼です」

 

「へ?あ、ああ………そうね。私は煌坂沙矢華(きらさかさやか)、獅子王機関の舞威媛よ」

 

夜如は醸し出す雰囲気とは裏腹にとても丁寧な口調で軽く頭を下げた。

沙矢華は警戒しながらも夜如の礼儀に則り手を胸に当てて返した。

 

「あなた一体………」

 

夜如の丁寧な口調に警戒心を一瞬緩めた沙矢華は少し踏み込んだ質問を投げかけようとする。

”これから何をするつもり?”そう沙矢華は問いかけようとした。

しかし、沙矢華の言葉に被せる形で夜如は言った。

 

「勿論、クリストフ・ガルドシュをぶん殴りに行きます!」

 

「「ッ!?」」

 

右拳から音を鳴らし夜如の鬼気は更に膨れ上がった。

古城と沙矢華は味方である筈の夜如に対して思わず臨戦態勢をとってしまう。

一般生徒が保健室に入ってきたら一瞬で意識を失うであろう圧力を夜如は放っているのだ。

ほんの数メートルの間合いでも古城と沙矢華が気絶していないのは魔族と舞威媛の称号を受けている霊能力者だからに他ならない。

 

「落ち着けって!!アスタルテに悪影響がどうすんだ!!」

 

「あ………」

 

古城の怒号は夜如を落ち着かせるのに十分だった。

夜如は咄嗟に鬼気の放出を止めてアスタルテの顔を見た。

心なしか仮死状態で感情が現れることはないはずなのにアスタルテの表情は苦しそうにしている。

息を乱す夜如を古城は力強く小突いた。

夜如は思わず頭を抱えてしゃがみこんだ。

 

「痛った〜!!」

 

「ちょっとは頭を冷やせ!」

 

授業中とは真逆。

古城が夜如を叱る珍しい場面だ。

 

「ごめんなさい………煌坂さんも………」

 

「い、いえ。別に私は」

 

またも変化する夜如の雰囲気に沙矢華は着いていけなかった。

先ほどまでは正に鬼のようなプレッシャーを放っていた夜如が見る影もなく古城に殴られた頭を抑えているのだ。

 

「でも………」

 

「「?」」

 

「アスタルテを撃った奴をぶん殴る意志は変わりません!!」

 

夜如の瞳が赤く染まる。

その瞳は古城からしても沙矢華からしても明らかな怒りを含んでいた。

 




PSvitaが修理に出されたのでゲームができません………
投稿ペースは早まるかな?

では、評価と感想お願いします!!


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16話 閃光

クレーンゲームにハマる最近


 

鬼とは魔族の中でも最上位の身体能力を持った種族である。

しかし、絶対数が少ないために歴史的記録がほとんどないことから身体能力が高い魔族の代名詞と呼べる存在は獣人と言われている。

勿論、獣人も魔族の中では破格の身体能力を持っている。

チーターなどがベースで俊敏さが特徴の獣人は時速100キロを超えるスピードで走ることもでき、ゴリラなど怪力が特徴の獣人ならパンチ力は1トンを上回る。

気や超能力などの特殊な力がない限り、人類が到底勝てる相手ではない。

が、そんな獣人ですら鬼の身体能力には勝てない。

スピード型の獣人より速く、パワー型の獣人より怪力。

人類と獣人の間に大きな壁があるのと同様、獣人と鬼との間にも巨大な壁があるのだ。

夜如も16歳といえど立派な鬼の一体。

圧倒的な身体能力を身に宿している。

そんな夜如がよく言われるのが”本当に鬼?”という質問だ。

夜如は疑いようもなく正真正銘、絶滅危惧種の鬼である。

ただ、その見た目はあまりに鬼っぽくないのだ。

身長は浅葱といい勝負でよく着ているバイト先の青ジャージからでもその体の線の細さは正直なところ頼りない。

ひたいの上から生える黒い二本のツノがなければ単なる小柄な若手フリーターだ。

それでも、バイトの荷物運びや待ち合わせに遅刻しそうな時にはちゃんと鬼であることを証明するかのように身体能力を発揮させている。

なぜ、小柄な夜如が圧倒的な身体能力を持つか。

それは鬼気に由来する。

鬼気は鬼瓦など技の使用以外に自身の身体能力を向上させる効果があるのだ。

そもそも、獣人のように人型から獣人化という変身により肉体の筋肉を肥大化させているわけではないので、夜如の体格で時速100キロを超えたり1トンを超えるパワーを出すことはできない。

そこで鬼気が体を、それも体の中から強制的に動かしそれを超える力を引き出しているのだ。

当然、そんなことをすれば夜如の体は一瞬で破壊されてしまうだろう。

しかし、鬼も魔族であり体の耐久力は人間を遥かに超え、元々の筋肉だって獣人に及ばないものの高い質で体に付いている。

加えて鬼気には鬼瓦のように物質の硬度、強度を上げる力がある。

つまり、鬼は鬼気の増減で身体能力を向上させることができるのだ。

そして、喜びでも、怒りでも、悲しみでも、激情により鬼気はその力を増す。

例えば、妹が生死に境をさまようことになったとしたら、鬼気は爆発的に増大するだろう。

そうなれば理性を保てても、その行動は制御が効かない。

圧倒的な身体能力の影響で突拍子もないことになってしまう。

こんな風に、

 

「「うわぁぁぁ!!!」」

 

古城と沙矢華は夜如に抱えられて風、ではなく突風になっていた。

台風でも同レベルの風が吹くのは滅多にないだろう。

嵐の真ん中には夜如、右腕に古城が左腕に沙矢華が涙目で叫んでいる。

その姿はジェットコースター嫌いな子供が無理やりジェットコースターに乗せられてしまったようだ。

爆風を撒き散らして一歩踏み込むごとにアスファルトが抉られていく。

抱えられている二人もそうだが、周りにも甚大な被害をもたらしていた。

人災を超えて天災である。

それを見ている沙矢華は悲鳴の中に今の恐怖を訴える。

 

「あんた覚えておきなさい!!獅子王機関に申請して第四真祖同様監視対象にしてやるわ!!抹殺対象よ!!」

 

獅子王機関とはテロリストなど国際的な犯罪の取り締まりを行う国の部署だ。

周りにこれだけの被害を及ぼしていては私情を含めなくても明らかな魔導犯罪として見ることができてしまう。

というより、現行犯で逮捕又聖域条約という国際法によってその場での処刑も舞威媛は可能だ。

続いて古城も夜如に叫ぶ。

 

「というより!お前ブレスレットが鳴りまくってるじゃねーか!!」

 

古城が言っているのは夜如の右手首に巻かれた銀色のブレスレットのことだ。

これは絃神島にいる全ての魔族が装着を義務付けられているもの。

もし、絃神島に住んでいる魔族が人間に危害を与えようとした場合、ブレスレットが魔力や気を感知して警告音を鳴らし特区警備隊に連絡が入る。

実際、特区警備隊はすでに出動して夜如のことを追っていた。

特区警備隊の仕事の手伝いをしている夜如が絃神島の防犯システムを理解していないわけがない。

鬼の聴力で特区警備隊のサイレンも耳に届いている。

沙矢華の忠告も古城の指摘も壊れゆく道も全てを夜如の五感は捉えていた。

しかし、頭には入っていなかった。

 

「関係ない!」

 

「「わぁぁぁぁぁ!!!」」

 

夜如の踏み込みが更に力強くなる。

道路に面する植木が軋む、通りすがりの人々が突風に煽られ転倒する、ビルの窓ガラスにヒビが入る、割れる。

天災に近い夜如の加速は順調に絃神島南地区を破壊していった。

古城と沙矢華にもその分の負担がかかる。

しかし、残念なことに鬼気は自身以外の生物を強化することはできない。

生物にとって荒々しい鬼気は毒でもあるのだ。

吸血鬼の古城だけなら大丈夫かもしれないが、人である沙矢華は確実に命の危険を伴う。

それ以前に夜如自身早く目的地に辿り着こうとしているため、二人を守ることをあまり考えていないのもあるのだが。

ちなみに、二人の叫びも夜如の驚異的な聴力で一方的に聞こえているだけで、二人は自ら叫んだ内容も風の音で全く聞こえていなかったりする。

吸血鬼である古城は魔族特有の生命力、舞威媛の沙矢華は得意の呪術によって体を保護。

体は守れても風圧は受けるし音も風でかき消えてしまうのだ。

だからこそ、夜如の間抜けな声に気づかなかった。

 

「あっ………」

 

彩海学園から数キロ。

アスファルトを砕く勢いで走っていた夜如にある誤算が生じた。

鬼にしかできない速度での全力移動と二人の荷物。

驚異的な身体能力だとしても初めてのことは誰でも失敗はするもので、何事にもコツがある。

道路が脆い。

前に進むことだけを考えていた夜如は踏み込みの基礎となる足場のことを全く考えていなかったのだ。

脛にまで右足は沈んで状態は前のめりになり、抱えられていた古城と沙矢華は突如として目の前に壁が現れたのかと錯覚する。

さすがに”やばい”と思った夜如は咄嗟に上体を上げて残った左足で地面を蹴り上げた。

刺さった右足と同じぐらいの力で………

 

「「なぁぁぁ!!!」」

 

アスファルトに亀裂が走り地割れが周囲を破壊する。

そして、足が絡まった夜如は勢いそのまま、棒高跳びの要領で前方へと回転しながら吹っ飛んでしまう。

その後、夜如が引き起こした亀裂のおかげで特区警備隊が足止めを食らうことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絃神島南地区に増設された人工島”増設人工島(サブフロート)”。

そこでは南宮那月の指揮の元に特区警備隊が銃を乱射していた。

逃げ場をなくすためにもこのような一見無駄撃ちのような行動も大切な作戦だ。

特区警備隊が相手をしているのは数年前に壊滅した黒死皇派の残党。

彼らは自らが誇示する思想の獣人絶対主義を再度世に知らしめるべくある兵器を絃神島に密輸したのだ。

しかし、そのことも特区警備隊にバレて本来切り札となる兵器で絃神島を滅ぼそうと企んでいたのだが、たたらを踏むことになってしまっていた。

テロリストの最大のメリットは先手を打ちやすいこと。

ヒーローは遅れてやってくると言うが、それは単に悪に先手を取られて先に被害を出させてしまっているだけのポンコツぶりを雰囲気よくいっただけである。

今の世の中、やられる前にやるが常識だ。

剣巫も舞威媛も脅威と判断したら被害を出していなくても対象を殺害する権利を持っている。

 

「古代兵器だか何だか知らんが、使えない骨董品に希望を見出すなど馬鹿な奴らだ」

 

南宮那月が詰まらなそうに部隊の後方でため息をついた。

特区警備隊の部隊の包囲網は少しずつ黒死皇派の残党が潜む倉庫へと進んでいる。

フレンドリーファイヤに注意して扇状になって確実に逃げ場を塞いでいく。

ただでさえ太平洋のど真ん中で逃げ場のない絃神島、それも後から増設された人工島の中。

逃げ場は元々ないに等しい。

そのことからも、なぜ兵器に頼って自ら絃神島中心地で暴れようとしないのかなどと那月は考えていた。

やはり所詮はテロリスト。

クリストフ・ガルドシュという欧州では有名な獣人のテロリストが相手だと聞いていた那月は自分が無駄に警戒していたことに嫌気がさす。

 

「後は任せたぞ」

 

那月は部隊の隊長に声をかけると戦場に背を向けた。

本業である彩海学園英語教師の仕事を休んで来ていたこともあり、気の沈みようは深まるばかりだった。

 

「あれ?もう行くのかい?」

 

那月の耳に若い男の声が聞こえる。

しかし、那月の周りには誰もいない。

那月は誰もいないはずの虚空に向けて視線を向けた。

見ると、黄金色の霧が那月の視線の先に現れて渦を巻き始めていた。

黄金色の霧は次第に形を整えていき、いつしか金髪の青年になる。

金髪で青い瞳がまさに貴族と呼ぶにふさわしい狡猾な笑みを引き立たせている。

 

「蛇使い………こんなところで何をしている?」

 

「全く、ボクにはディミトリエ・ヴァトラーって名前があるのに」

 

ヴァトラーは満更でもなさそうに肩をすくめた。

那月の言った蛇使いという二つ名に対してだ。

ヴァトラーは真祖に最も近い存在と言われている吸血鬼。

永遠を生きるが故に人生に退屈して戦いを求める戦闘狂である。

 

「悪いがお前の思惑通りにはならないようだ。頼みの綱のナラクヴェーラも使えないようだしな」

 

「それはどうかな?」

 

戦闘狂を小馬鹿にしたつもりで言った那月の目が鋭くなる。

ヴァトラーの視線が那月ではなく後ろの倉庫へと向けられていたのに加えて、何よりヴァトラー自身の表情が無邪気な子供のような顔だったからだ。

 

「撤退〜!!!」

 

ズドン!!

 

増設人工島が激しい揺れに襲われる。

ずっしりと体の芯に響くような重たい爆発音と衝撃。

那月もすぐ振り返って現状を把握する。

 

「本当に起動したのか………」

 

「いやー、楽しくなりそうだ」

 

晴天の昼下がり、絃神島南地区の増設人工島から真紅の閃光が大空へと発射されていた。

 

 

 




お待たせしました!!!
大学が予想以上に忙しかったり、車の免許証を取ろうと少し勉強したり教習所行ったりしていたらこうなりました………
元よりない文才が更に崩壊して自分でも”どうやって書いてたっけ?”の状態です。
ですが、色々と落ち着いたので投稿ペースは早まると思いますので、もし楽しみにしていただけるのでしたら待っていてください。
では、評価と感想をお願いします!!


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17話 ナラクヴェーラ

いや、大学キツイっす


「へぇ、あれが噂の”火を噴く槍”か。申し分ない威力だね」

 

天へと登る真紅の閃光を目にしたヴァトラーが頬を釣り上げて拍手喝采した。

その拍手に合わせるかのように真紅の閃光が伸びだす方向から爆発が轟く。

楽しげなショーを見るかのようなヴァトラーに那月はイラつきまじりに問いかける。

 

「なぜ奴らがナラクヴェーラを起動できた?テロリストどもに解析できる代物ではないはずだが?」

 

「さぁね?ボクにはわからないよ」

 

ヴァトラーは飄々と肩をすくめた。

しかし、顔は依然と獰猛な笑みを崩さない。

那月はこれ以上は無駄だと思い撤退を余儀なくされている特区警備隊へ指示を出し始めた。

対魔族戦闘のプロである特区警備隊でも流石に神々の兵器を相手にすることはできない。

為す術もなくやられてしまうだろう。

そうなる前に隊を撤退させて那月自身が相手をした方が被害を最小限に抑えられる。

ただし、最小に抑えられると言っても、その中に絃神島が存在しているかどうかは怪しい。

最上位の魔女たる南宮那月でも神々の兵器は脅威になるのだ。

 

「大丈夫。ボクが()()()()()()ナラクヴェーラを破壊してあげるよ」

 

那月が撤退の指示を出している中ヴァトラーが瞳を赤く大きく輝かしていた。

吸血鬼の力を活性化させて臨戦態勢に入っているのだ。

先ほど捨て去った疑惑が再度蘇り、那月は黒いレースの扇子を刃物のようにヴァトラーに向けた。

 

「責任を持ってか………貴様が黒死皇派の残党どもを絃神島に送ったということか?」

 

「いやいや、ボクの船に()()()()テロリストが乗り込んでいただけさ。現に今もボクの船”オシアナス・グレイヴ”は黒死皇派の残党のリーダーであるクリストフ・ガルドシュに乗っ取られてしまっているんだよ」

 

「余計なことをしてくれたな?」

 

那月は目を鋭く尖らせた。

そこらの有象無象ならこの視線だけで戦意を喪失するものなのだが、生きることに退屈している戦闘狂のヴァトラーからすれば那月の殺意ある視線は興奮材料でしかない。

ヴァトラーは息を荒くして全身から魔力を放出しだす。

我慢できなくて漏れ出したようにも見える。

同時に那月も同等の魔力を放出してヴァトラーに対抗する。

空気が乱れ、圧倒的なプレッシャーが辺りを襲う。

未だ姿が見えないナラクヴェーラの真紅の閃光すらも霞む巨大な力の衝突に撤退中の特区警備隊は息をするのも忘れ、ナラクヴェーラから逃げるというよりも二人から逃げると言った状況になっていた。

しかし、ナラクヴェーラの攻撃はやんでいない。

那月もヴァトラーも本来ならナラクヴェーラの相手をしなくてはならないのだが。

世界の終わりを彷彿させる二人の中に入ろと思う者はいない。

 

「へぶっ!!」

 

けれども、ここは魔族特区である。

最高位の魔女と真祖に最も近い吸血鬼の喧嘩の中に入っていける強者も少なからずいる。

全身青いジャージ姿の少年は見事なヘッドスライディングを決めて二人の中心に割り込んだ。

突拍子もない出来事に那月もヴァトラーも魔力での牽制が止まる。

 

「「ウァァァァ!!!」」

 

続いて、上空から大きな悲鳴が聞こえてくる。

上空を見ると男女が涙目になって落下してきていた。

那月はそれだけで何となく現状を理解して深いため息を吐く。

 

「那月さん!!テロリストどもは!?」

 

夜如は鼻を赤くして溜め息を吐く那月にすり寄った。

ちなみに、後ろでは古城をクッションに紗矢華がお尻から着地していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれがナラクヴェーラ?」

 

夜如が見据える先には確かにナラクヴェーラが暴力を撒き散らしていた。

ナラクヴェーラは湾曲した背中が特徴的な六本足の虫のような姿をしている。

表面は金属でできているのか光沢があり、いかにも硬そうな装甲だ。

遥か昔の兵器に何故金属のような現代的技術が取り入れられているのかは疑問に思うが、今そんなことを気にしている場合ではない。

 

「そうだ。だが、安心しろ。時間経過からしてお前たちの言う誘拐されたアスタルテ達の居場所は少なくともこの周辺ではないだろう」

 

「まぁ、君たちは誘拐された友人達の救出を考えてればいいよ。あの()()はボクが相手するからさ」

 

那月の言葉に付け加えるようにヴァトラーは口を挟む。

ムッとした様子で那月はヴァトラーを睨むがヴァトラーは明後日の方向を向いていた。

先ほどの一触即発な空気は消えたが険悪なのは変わっていない。

 

「ああ、それとここへ来る途中にあんなの拾ったよ」

 

「矢瀬!?」

 

ヴァトラーが指を指した先にはずぶ濡れになっている夜如と古城の友人がいた。

古城は急いでそばに駆け寄った。

気を失っているだけのようだが、基樹の全身は軽傷がひどく目立つ。

夜如は鬼気を露わにしてヴァトラーと対峙した。

しかし、その瞬間に那月が腕を振り下ろした。

 

「痛!?何するんですか!?」

 

「今、そんな変態に構っている時間はない」

 

常人なら頭蓋骨が割れていてもおかしくない衝撃に頭を抱えてしゃがみこむ夜如は那月の行動に意義を申し立てる。

しかし、レースの扇子を夜如の脳天へと振り下ろした那月は淡々と言う。

ヴァトラーはそんな二人を”珍しい魔族がいるね”と唇を舐めていた。

 

「アルデアル公。何故御身がここに?」

 

すると、紗矢華が問い詰めるようにヴァトラーへと詰め寄った。

元々、紗矢華は獅子王機関からの命令により日本にいる間、ヴァトラーの監視役として絃神島に来ていたのだ。

諸事情により少し離れていただけなのに神々の古代兵器と戦おうとしているのだから驚きだろう。

 

「なるほど、お前が黒死皇派の残党どもを絃神島に連れて来たのか!?」

 

「暁古城?」

 

紗矢華の問いに答えたのは古城だった。

耳元には携帯があり、誰かと連絡を取っている。

 

「へぇ、君の監視役になった剣巫からかい?」

 

「そうだよ!オメェよくもやったな!!」

 

「暁さん?」

 

夜如は頭をさすって古城に聞いた。

古城は無意識だろうが瞳がヴァトラーと同じく赤く染まっていた。

今にも眷獣を暴発させてしまいそうな勢いだ。

第四真祖の眷獣の暴発は辺りを理不尽に破壊する。

一度その攻撃を正面から喰らっている夜如からすれば身構えるくらいの態勢はとる。

 

「姫柊達がオシアナス・グレイブに捕まって浅葱がナラクヴェーラの制御コマンドを解析させられてる」

 

「なるほど、てことはガルドシュはあれを起動させただけで制御には至っていないのか」

 

「ガルドシュ?」

 

夜如は友人を呼ぶようにクリストフ・ガルドシュのことを話すヴァトラーを睨んだ。

 

「ああ、君達には言ってないね。ボクの船を奪ったのはクリストフ・ガルドシュだよ。今も安全な所からここの光景を部下を通じて楽しんでいるんじゃないかな?」

 

どこまでも挑発的な態度。

夜如の拳もコキリと音を鳴らす。

決定的なことを言わず遠回しだが隠すつもりが一切ないヴァトラーのテロリストとの共犯宣言にもとれる態度に夜如の怒りは膨れ上がる。

夜如に何故黒死皇派の残党がナラクヴェーラを必要としているのか、それに加担するヴァトラーの真意はわからない。

学校に通わず勉強ではなく特区警備隊の手伝いや絶滅危惧種保護の慈善団体への資金送りしかしていなかった夜如に世界情勢の知識など皆無なのだから仕方はない。

が、結局の所ヴァトラーがクリストフ・ガルドシュに手を貸さなければテロリストが絃神島に来ることもなかったのかもしれない。

時期がずれていたかもしれない。

アスタルテが傷つくこともなかったかもしれない。

夜如がヴァトラーに一発お見舞いしようと一歩近づく。

 

「待って」

 

夜如の肩に手を置いたのは紗矢華だった。

 

「今はナラクヴェーラを止めることが先決よ。あれが市街地まで行ったら市民は勿論アスタルテさんも危ないわ」

 

「………分かりました」

 

一瞬の間があったものの夜如は深く息を吐いて冷静さを取り戻した。

しかし、怒りは心の内に秘めている状態である。

夜如にとって家族とはそれほどに大きい存在なのだ。

 

「姫柊からの情報だと一応皆んな無事らしい。浅葱が制御コマンドを解析し終わるまでナラクヴェーラを食い止めてほしいってことだ」

 

「どうゆうことよ?」

 

「俺もよくわからないんだけど、ナラクヴェーラの制御って音声認識らしいんだ。だから制御コマンドのついでに停止させるための音声を見つけ出すらしい」

 

「そんなことができるの?」

 

「浅葱は天才的なハッカーだからな。敵も浅葱の力を狙って誘拐したらしい」

 

古城が説明すると紗矢華もなるほどと頷く。

勝つために破壊するよりも抑え込む方が被害は少なくて済む。

音声認識といった見た目同様の近代的な作りを持つナラクヴェーラは今までどの考古学者も起動すらできなかった。

それもそうだろう、考古学じゃ解けない。

デジタル的な解釈が必要だったのだ。

そのことに気がついて解析の糸口をつかんだガルドシュはハッカーとして有名な浅葱を狙ったというわけだ。

 

「ちょっと待ってくれないかな?勝手に人の獲物を奪おうとするのはマナー違反じゃないのかい?」

 

「それなら人の領地で暴れてるお前の方がマナー違反だろうが!」

 

「………確かに、耳が痛い話だね。いいだろう、君に免じて今回は譲ろう”摩那斯(マナシ)”!”優鉢羅(ウハツラ)!」

 

ヴァトラーが魔力を放って召喚したのは二体の眷獣だった。

嵐の海のような黒い蛇と対極に静かな泉のような青い蛇。

二体の眷獣はどちらも数十メートルはあろうかという大きさだ。

これほどの眷獣を同時に召喚することすら吸血鬼の中でも驚異的な力なのだが、ヴァトラーは更に上を行く命令を眷獣に下す。

なんと、二体の眷獣が空中で絡み合い一体の群青色の龍へと昇華させたのだ。

眷獣の合成。

これこそがヴァトラーが真祖に最も近い存在と言われる所以だった。

 

「これでいいかな?」

 

ヴァトラーが満足げにいうと群青色の眷獣を投下させた。

竜巻のような突風を纏う眷獣は勢いそのまま荒れ狂い、増設人工島を絃神島と繋いでいた橋を全て破壊した。

古城も紗矢華も見たことのない力に言葉を失い、那月は鬱陶しそうにその光景を眺めている。

 

「では、行きますか」

 

ただ一人、夜如だけが暴れるナラクヴェーラを見据えていた。

そして、家族が巻き込まれた際の情緒の不安定さ。

夜如の心の危うさを那月は人知れず気にかけていた。




もう、細かな設定改変したり無視しています!
さっさと進めましょう!!

では、評価と感想よろしくお願いします!!

誤字脱字なども………


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18話 三人の戦い

悲しくないのに涙が出る時もある



うん、笑い泣きとかですね。


 

ボン!という破裂音に似た音が弾けると夜如の姿は薄く霞んだ。

世界最強の吸血鬼である古城にすら夜如の姿を完璧には捉えられなかったのである。

古城は一間遅れる形で夜如が飛び出したのを理解して後に続いた。

鬼や獣人には届かないにしろ吸血鬼も十分な身体能力を持っている。

凄まじい速さでナラクヴェーラに向かう。

そして、最後に紗矢華が二人の背中を追うように駆け出した。

浅葱がテロリストの目を盗んでナラクヴェーラの停止コマンドの音声を製作するまでの間の共闘はこうしてチームのかけらも感じさせないまま始まってしまうのだった。

 

「第四真祖だけかと思えば、それ以外にも楽しめそうじゃないか」

 

三人の後ろ姿を見つめるヴァトラーは品定めをするように顎に手を当てる。

その視線を遮るように那月はヴァトラーに悪態をつけた。

 

「貴様の暇つぶしに付き合っていられるほどあいつらは暇じゃない」

 

「君は参戦しないのかい?」

 

「貴様の船に行って教え子を助けなければならん。今更、不法侵入云々とは言わせんぞ」

 

那月の凄みを意に介さずヴァトラーは肩をすくめて当然と呟く。

しかし、そのつぶやきが那月の耳に届くことはなかった。

ヴァトラーの周りには一切那月の気配はなく、魔術の痕跡すら残さないでいる。

これこそが空隙の魔女と恐れられる那月の力。

 

「大変だね」

 

誰もいない虚空を見つめてヴァトラーは面白がるようにうっすらと頬を釣り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナラクヴェーラの体の大部分は金属でできている。

蜘蛛のように生える六本の足はそれだけでかなりの重さになるだろう。

故に一本だけでも破壊すればナラクヴェーラの動きはたちまちびっこをひくようになる。

それを狙って夜如は暴れるナラクヴェーラの正面から突っ込んで前足を破壊しようとした。

 

「はぁ!」

 

鬼気を纏った拳は鉄をも砕く。

一撃で破壊しようと最大限の鬼気を夜如は右拳に溜め込んだ。

しかし、神々の兵器と言われるナラクヴェーラは単純に突っ込んでくる夜如を見逃したりはしない。

機械のような外見とは裏腹に実に動物的な動きでナラクヴェーラは前の両足を振り上げて逆に夜如へと倒れこむように足を突き出した。

 

「夜如!!」

 

突き出された足が夜如へと迫り、後から追う形の古城は思わず叫んだ。

眷獣を完璧に扱えない古城は夜如を救う手立てがなかった。

夜如も思わぬ反撃で瞳を大きく見開いた。

古城の目にはやられると確信できてしまう状況だったが、夜如の動きは速かった。

 

「ふん!!」

 

確かに夜如も驚いた。

だが、それだけである。

目の前に迫る二本の足を夜如は両手で受け止めたのだ。

数トンもの重さが夜如の全身を軋ませる。

それでも夜如は歯を食いしばり数メートル地面を抉りながら後退してナラクヴェーラの初撃を受け止めた。

脇に抱えるようにしっかりと動きを封じる。

そこに夜如の横を通り過ぎた古城が雑にだが拳に魔力を集中させてナラクヴェーラへと殴りかかろうとしていた。

 

「よし!今なら!!」

 

「まだよ!!」

 

ナラクヴェーラの攻撃を受止めたことに油断した夜如は後ろからの叱咤で今度こそ心底まずいと感じた。

夜如が動きを止めたナラクヴェーラが赤い光を機械の一つ目に集中させていたのだ。

 

「これが狙い!?」

 

夜如は咄嗟に抱え込んでいた二本の足を解いて回避しようとする。

しかし、今度は逆に夜如がナラクヴェーラの足に挟まれて動きを封じられていた。

初撃でナラクヴェーラが必殺技である火を噴く槍と呼ばれるレーザー光線を使わなかったのはナラクヴェーラ自身が夜如には躱されると一瞬で判断したからだ。

実際、火を噴く槍を撃つ時の溜めの時間で夜如は火を噴く槍を避けられる。

なら、動きを止めてから確実に殺そうとナラクヴェーラは最初から動いていた。

つまり、夜如がナラクヴェーラの攻撃を受止めたのではなくナラクヴェーラが夜如の動きを止めたのだ。

もちろん、夜如にとっては絶対に解けない程ではない。

力を込めれば容易く抜け出せるのだが、その一瞬で光速に近い火を噴く槍は夜如の体を貫いてしまう。

 

「させるか!!」

 

夜如のピンチに最も早く対処できるのは古城だ。

と言うよりも、対処するなどと考えなくとも元より殴ろうとしていたのだから余計なことをしなくてもいい。

火を噴く槍が放たれる瞬間、古城は全身を使って跳躍し雷撃を纏った拳でナラクヴェーラを殴りつけた。

巨大なナラクヴェーラがそれだけで吹き飛ばされたりはしないが、古城の拳がナラクヴェーラの頭部を傾かせたのは確かだ。

火を噴く槍はギリギリで夜如の左横をすり抜けて行った。

左半身に火傷を負うことにはなったけれど、全身を摂氏二万度の槍が突き刺さるよりは絶対にましだ。

ギリギリの距離で鬼気で身を守っていても火傷を負う威力はまさに世界最強の吸血鬼が従わせる眷獣と同等の威力。

 

「はぁ!!」

 

夜如が拘束されていた二本の足を古城に続いて駆けつけた紗矢華が巨大な剣で断ち切る。

雪菜と同じようにギターケースのようなものに隠し持っていた紗矢華の武器である。

解放された夜如はナラクヴェーラの恐るべき戦闘思考能力に一旦距離をとった。

その場所に古城も紗矢華も集まる。

 

「あんな神々の兵器に単身で突っ込んでも勝ち目はないでしょ!」

 

「あう………」

 

紗矢華がまるで母親のように巨大な剣で夜如を小突きながら説教をする。

夜如も命を落とすところだったので反論する余地が一切ないことから紗矢華の言葉を真摯に受止めた。

 

「ま、まぁ、結果的に前足を切り落とせたんだからいいだろ?」

 

「よくないわよ馬鹿ね!!」

 

紗矢華をなだめようとする古城も逆に紗矢華を怒らせてしまう。

 

「いい?今からはちゃんと連携を取るわよ!ナラクヴェーラを止められないと雪菜に嫌われちゃうじゃない!!」

 

「理由が私情的すぎるだろ!!」

 

地団駄を踏んで喚く紗矢華に古城は盛大に怒鳴った。

体格と不釣り合いな巨大な剣を振り回す紗矢華は更に言い返す。

その返しに古城も返す。

完全な水掛け論。

助けてもらったはずなのに夜如は感謝の気持ちが乾いていくのを感じた。

 

「あの、早く準備しないとナラクヴェーラ来ますよ?」

 

夜如が横目でナラクヴェーラを確認するとなくなった前足を器用に使って立ち上がろうとしていた。

紗矢華の剣があまりに綺麗な切れ口だったのでダメージを与えていてもバランスを取りやすくなっているのだ。

ナラクヴェーラの動きに痴話喧嘩のような言い争いをしていた古城と紗矢華も冷静さを取り戻す。

 

「ああ、私の剣”煌華麟”の能力、空間断絶のせいね」

 

「空間断絶なんてできるのか?」

 

紗矢華がなんてことないように言った能力に古城が首をかしげた。

 

「私の剣は触れた物の空間を切断するの。だから、私に物理的な攻撃は空間の断層で届かないし斬れないものもないわ」

 

”おお”と夜如と古城は思わず口を揃えて驚く。

全てを防げて全てを断ち切る。

チートに近い紗矢華の剣に二人は絶賛する。

 

「だから、私は前衛でのサポートね」

 

「なら自分は全力で前衛をします!」

 

「え?俺は!?」

 

夜如と紗矢華が仲睦まじく頷きあっている中、蚊帳の外になってしまった古城は二人に聞いた。

古城の最大のメリットは死なないこと。

この吸血鬼ならでわの能力を発揮できるのは前衛である。

眷獣を一体しか扱えず不安定な古城ならそれはなおさらだ。

 

「みんな前衛は危ないでしょ。さっきは運よく攻撃対象が鬼の彼だったから殴れたけど狙われたら素人同然の動きをするあんたなんてただの的よ」

 

「そこまでひどくねぇよ!!」

 

「まぁ、確かに………」

 

「お前命の恩人だぞ!!」

 

と、また口喧嘩が勃発している途中に太い音が地面を揺らした。

地鳴りのような揺れは余計な口喧嘩を止めるには十分だ。

三人は即座に意識を切り替えてナラクヴェーラを見た。

 

「飛ぼうとしている!?」

 

紗矢華が言ったことは正しかった。

前足をなくして機動力が落ちたナラクヴェーラは空を飛ぶ選択をしたのだ。

腹部から放出される濃縮された青い炎はロケットエンジンのようにナラクヴェーラを空へと運んでいく。

 

「落とせ!獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

 

古城は右腕を振りかざして叫んだ。

古城の右腕からは鮮血が吹き出し魔力が放出される。

現れたのは雷で作られた黄金の獅子。

獅子の黄金(レグルス・アウルム)と呼ばれた眷獣はナラクヴェーラのさらに上空へと飛んでいき、上からナラクヴェーラを突き落とす。

 

「あれ?このまま落ちてくるんですか?」

 

重さ数十トンの巨体が空から世界最強の吸血鬼の眷獣と共に落下して来ている。

下にいる夜如が想像できることは一つしかない。

 

「馬鹿〜!!」

 

紗矢華の絶叫と共に落下したナラクヴェーラは増設人工島の地面を容易く割って地割れを起こした。

 

「「「ああ!!!」」」

 

三人は仲良く増設人工島の地下へと落ちていった。

 

 

 

 




話が進まない………

評価と感想お願いします!!


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19話 門

ああ、魔法科高校見に行かないと


増設人工島、その用途は様々で倉庫だったり船の修理をするドックだったりする。

中でも夜如達が落ちた増設人工島の地下は燃やすことができないゴミを貯めておく廃棄物処理殻だった。

作りかけというのもあり、中身はほとんど空洞で幸いにも燃やすことのできないゴミで生き埋めになることはなかった。

しかし、夜如達を地下に追いやった力は黄金の獅子(レグルス・アウルム)だ。

大半の衝撃はナラクヴェーラに向けられていたとしても、空洞の多い地下に衝撃が分散し外壁には亀裂が走る。

人工島の地下とはつまり海中。

亀裂からは海水が少しずつ増設人工島へと流れ込んで来てしまっていた。

 

「ちょっとは手加減を覚えなさいよ!!」

 

「仕方ないだろ!!こっちだって必死だったんだよ!!」

 

海水で全身がびしょ濡れの中で古城と紗矢華は盛大に口論を繰り広げていた。

そんな二人を仲がいいなと夜如は和かに見守る。

落下中に紗矢華は古城に抱えられてことなきを得たのだが、くだらない争いも夜如の目には紗矢華が古城に特別な感情を抱きかけているようにしか見えなかった。

どうということはない、ただ単に無自覚天然女たらしが記録を更新続けているだけなのだ。

夜如はそんな古城の性格を知っていることから、口論が仲間割れよりも逆に親睦を深めていると理解している。

だが、今は延々と言い争いをしている場合ではない。

 

「あの、そんなことより上に戻りましょうよ。事故だとしてもある程度の時間稼ぎにはなったと思いますし」

 

「え?ああ、そうだな。結果オーライだよな!」

 

「まぁ、第四真祖の眷獣をまともに食らったんだから…………そうでもないらしいわね」

 

「「ん?」」

 

夜如と古城は自分達がいる場所の更に下を覗き見た。

増設人工島の地面から一直線に続く大穴の一番下にはナラクヴェーラがぎこちない動きで這いずり上がろうとしていた。

先ほどまでの外見に不釣り合いな柔軟な動きが見て取れないのを見るとかなりのダメージを負わせたのはわかる。

それでも第四真祖の攻撃を耐える装甲は驚異と言わざるを得ない。

更に、驚きなのはナラクヴェーラの傷ついたはずの足だ。

 

「再生してるのか!?」

 

「元素変換よ。流石神々の兵器ね、錬金術の力も組み込んでいるなんて」

 

紗矢華が切り落としたはずの足が再生していたのだ。

増設人工島の建材を触媒にして自らの体と同じ素材を作り出して融合する。

科学じゃ証明できない、まるで世界を書き換えるような力でナラクヴェーラは着実にダメージを回復していた。

 

「飛行機能が再生してないのは幸いでしたね。でも、本当に上に戻らないと追い抜かれちゃいますよ」

 

夜如が二人を担いで上に上がろうと軽くストレッチを始めていた時だ。

金切り音のような鋭い音が増設人工島の大空洞をこだました。

夜如も古城も紗矢華も互いの顔を見合わせる。

ここにいる三人共がナラクヴェーラが地上に這い上がるまで時間があると思っていた。

だからこそ、この瞬間三人は思わず声を失ってしまう。

 

「は?」

 

そんな沈黙は古城の間抜けな声で破られる。

古城は恐る恐るナラクヴェーラがいた一番下を覗いた。

しかし、そこにはナラクヴェーラの姿形は神隠しのように消えていた。

代わりに大量の海水が滝のように外から漏れている。

古城は大空洞に身を乗り出した

 

「レーザーで外に逃げやがった!!」

 

不利な地形であるここでまた戦闘を起こして自分達をわざわざ危険に晒すよりか、そのまま放っておいて穴から出てこようとしているところを突き落とすある種のハメ技にかけようとしたのが仇となってしまったのだ。

飛行やよじ登るなどして地上へと戻るのを諦めたナラクヴェーラは安全な海中からの脱出を目指したというわけだ。

 

「夜如!先行ってろ!!次は油断するなよ!!」

 

「分かりました!!」

 

古城の激を背中に受けて夜如は全速力で地上を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

赤黒い鬼気を纏った夜如が地上に着地すると熱線が目の前を通過して行った。

この熱線自体は偶然通り過ぎただけなのだが、夜如の背中に冷や汗をかかせるには十分だった。

口を半開きにした夜如が大きく見開いた目を九十度右に向ける。

とんでもない光景が広がっていた。

 

「増えてる………」

 

増設人工島の上には何故かナラクヴェーラが五機も増えていたのだ。

海中に逃げ込んだナラクヴェーラを含めると合計で六機ということになる。

何故このような状態になっているのか。

ナラクヴェーラは好き勝手に暴れていた。

 

「いや〜、参ったね」

 

「………ヴァトラーさん?」

 

「おお、眼ダ」

 

黄金の霧から人型になって現れたのは戦王領域の貴族であるディミトリエ・ヴァトラーだった。

夜如にとっては相手が貴族であろうとなかろうと友人を襲ったり今回の主犯であるクリストフ・ガルドシュと手を結んで絃神島でナラクヴェーラと殺し合いをしようとしたしたり、いい印象を持てない人物だ。

強く睨んでしまうのも無理はない。

 

「説明を求めてもいいんですよね?」

 

「勿論、と言ってもボク自身知らされていなかった代物だよ。どうやらさっきまで君たちが戦っていた機体を含めてここにあるナラクヴェーラは全て子機だったらしいんだ」

 

「子機?親がいると?」

 

「うん、親を司令塔に無数のナラクヴェーラが進軍する。それこそが神々の兵器と呼ばれた所以らしい。不幸中の幸いなのは親がまだ出てきてないということかな?」

 

「オシアナス・グレイブからですか………」

 

ヴァトラーは肯定せずにこやかに笑った。

確信を突く質問には笑って答えるだけで決して言質を取らせない。

策略的なヴァトラーの思考に夜如は鼻で息を深く漏らした。

 

「足止めだけならなんとかなりそうですね」

 

「ほう………あれを一人でね」

 

舐めるようなヴァトラーの視線を無視して夜如は鬼気を強く発現させた。

激情で無意識に増幅させたのではなく、意識的にコントロールできる範囲の全力で鬼気纏ったのだ。

 

「では」

 

手を振るヴァトラーを尻目に夜如は五機のナラクヴェーラが屯する場へと突っ込んで行った。

今は頭に血が登たりはしていない。

冷静にナラクヴェーラを視界に捉えていた。

 

「せぁ!」

 

当然、いくら速くても流石に五機もいれば一機は夜如に気づく。

しかし、夜如は火を噴く槍を放とうとしているナラクヴェーラの顔面に向けてむしろ突撃しに行く。

夜如は発射のタイミングギリギリを狙って古城がやったように顎を殴りつけた。

古城と違うのはその威力。

傾けるのではなく九十度首関節を曲げてやったのだ。

ゴキンと金属が折れる重い音が鳴って火を噴く槍は別の方向へと飛んでいく。

そして、飛んで行った先には別のナラクヴェーラが夜如に突進していたのだが、火を噴く槍に体を貫かれてしまった。

 

「もう一発!!」

 

着地した夜如は間髪入れず追撃を食らわす。

次に夜如は首の曲がったナラクヴェーラの腹に拳を突き上げた。

反動で夜如の両足を中心に地面に亀裂が走って隆起したが、ナラクヴェーラは体をくの字に曲げて十数メートルも飛んだ。

数トンもあるナラクヴェーラを空中へと浮き上がらせ行動の余地を奪ったのだ。

空中ではナラクヴェーラが足を昆虫のようにワヤワヤと動かしていた。

飛行機能を発現させるまでの成長を遂げていないのは夜如の予想通りだ。

そうと分かると夜如は軽く飛んで不規則に動く足の一本を両手でしっかりと掴み、体を回転させた。

腕を引き寄せ、物体を巻き込み、空中なので足はジャックナイフのように。

 

「おおぁ!!」

 

前方のナラクヴェーラへと力の限り投げつけた。

同質量の物体をまともに受けた別のナラクヴェーラは衝撃に耐えきれず、首の折れたナラクヴェーラと共に吹っ飛ぶ。

奇しくも増設人工島の建物に激突してそれほど遠くにはいかなかったが、しばらくは動けないだろう。

崩れた建物の瓦礫が雨のようにナラクヴェーラ二機に襲いかかる。

しかし、夜如は油断しない。

相手をよく見て前の失態は絶対に犯さない。

 

「後二機………」

 

味方の火を噴く槍で全身を貫かれた機体、首を折られた機体に同じナラクヴェーラを勢いよく投げつけられた機体。

残りのナラクヴェーラも夜如の戦闘を見て警戒しているのか距離を取っている。

それか仲間が来るのを待っているのか。

夜如はふとあることに気づいた。

 

「じゃないか!」

 

振り向くとそれはすでに目の前に迫っていた。

夜如のスピードと感知力に合わせて進化したのか、一切の気配を感じさせず海から這い出てきたもう一機のナラクヴェーラが前足で夜如を殴りつけた。

火を噴く槍のレーザーを使えば熱や音で感知されて発射ギリギリで避けられてしまうとわかっているのだ。

夜如はギリギリのところで左腕を上げて攻撃をガードした。

しかし、本当にギリギリだったため、踏ん張ることができず紙屑のように吹き飛ばされてしまう。

自分が敵にやったように今度は自分が同じ状況に追い込まれてしまった。

空中では回避行動は取れない。

ナラクヴェーラはそれを分かっているのか、狙いすましたかのように火を噴く槍を撃とうとしていた。

見ると、一機だけではなく損傷のない残りの二機も顔面から赤い閃光を発していた。

計三箇所からの摂氏二万度のレーザー光線である。

 

「くそ………!」

 

夜如が頑丈な鬼だとしても生身でナラクヴェーラの眷獣にも匹敵する攻撃を三つ同時に受け止めることは不可能だ。

普通なら避けるのだが今は避けることができない。

さらに最悪なことに避けれたとしても夜如が吹き飛ばされたのは不幸にも絃神島本島の方で夜如が避けたら南地区の市街地にまで届いてしまう。

 

「でも………自分は鬼!!」

 

夜如の髪が風圧とは別の影響でゆらりと揺れる。

瞳も赤く染まってまるで吸血鬼のように力が活性化する。

すると、空中で体勢を立て直した夜如は両の手の平を合わせた。

合掌とは敬意を表しているのと同時に別々のものが一体となることを表す所作。

夜如を纏っていた鬼気が意志を持っているかのように荒れ狂い膨張する。

そして、

 

 

「羅生門!!」

 

 

かつて、日本最強の鬼が住処としていた塀と門。

それが巨大化して夜如を突き上げるようにそびえ立った。

足元、予想以上に吹き飛ばされてしまい海面から出現した壁に押し上げられて夜如は火を噴く槍を回避したのだ。

驚異の威力を誇る火を噴く槍を三つも受けた壁もなんの変化もない。

 

「街は壊させないですよ」

 

増設人工島と絃神島本島の間に立つ巨大で長い壁。

その中心であり、最も鬼気とプレッシャーを放っている悍ましくも見える門の真上。

羅生門の上から夜如はナラクヴェーラをどう止めようかと拳をコキリと鳴らした。

 

 




お久しぶりです!!
夜如くん無双になっていますが、もう少し抑えた方がよかったかな?
まぁいっか。
どうせ魔女編でチートになってもらうつもりなんで。

では、評価と感想お願いします!!


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20話 女王

テストが〜


(どうしよう………)

 

その場の勢いでカッコつけた自分には似合わない台詞を言ってから、夜如は後悔していた。

勿論、街を破壊させないという意志に揺らぎはないが、相手は進化を続ける神々の兵器である。

同じ方法で街を守っていてはいずれ夜如の羅生門による防御は突破されてしまうだろう。

つまり、必要最低限の防御と反撃で浅葱が作っている筈のナラクヴェーラの停止コマンドが届くまで凌がなくてはならないのだ。

幾ら何でもそれを夜如一人で行うのは不可能に近い。

唯一の救いは古城と紗矢華が地下にいることだ。

しかし、こちらもいつ現れるか分からない以上しばらくは夜如がナラクヴェーラを足止めしなければならないということ。

 

(やるだけやるしかないか………)

 

かと言って、諦めるのは論外。

夜如の後ろには市街地がある絃神島の南地区。

研究者の家族が多く住んでいる場所なのだ。

もし、ナラクヴェーラが本島に渡ってしまえば多くの犠牲者が出ることは必至である。

 

「ふっ!」

 

夜如は腰を落としてナラクヴェーラ六機の襲撃に備えた。

ナラクヴェーラはその瞬間に動いた。

三機のナラクヴェーラからのレーザーである。

光学兵器は一直線上にしか攻撃ができないことから、夜如は火を噴く槍と恐れられるレーザーを紙一重の差で躱す。

しかし、残りの内一機から狙いすましたかのようなレーザーが飛んでくる。

幸い、足を離して回避したわけではないのでそれも躱す。

すると、また別のナラクヴェーラが夜如が避けた先にレーザーを打ち込む。

これが延々に続く。

一つでも十分強力なレーザーを正確に計算して相手を追い詰めるために使っているのだ。

加えてナラクヴェーラの一部が羅生門に向けてレーザーを放つ。

 

「やばい〜!!」

 

街を守る。

その大きな決意が逆にナラクヴェーラに大きな好機を与えてしまったのだ。

ただ放っただけならまだいい。

レーザー数発で破壊されるほど羅生門は脆くないからだ。

しかし、羅生門にレーザーが当たっている瞬間にも夜如への攻撃は止まっていない。

夜如へ攻撃する機体、羅生門へ攻撃する機体、予備機。

羅生門を解いてしまえば街にレーザーが飛んで行くことになり、自分がレーザーでやられても羅生門が消えて同じことが起きる。

数の優位をナラクヴェーラはしっかりと理解していたのだ。

 

「羅生門が破壊できれば良し、自分をやれればなお良し。機械とは思えないですね………!」

 

摂氏二万度の超高温レーザーが鬼気で守っているとは言え少しずつ夜如の体を傷ついていく。

羅生門も着実にダメージを蓄積していく。

ここにきてナラクヴェーラが統率を測り始めたのだ。

それは何故か?

夜如の頭はグルグルと回る。

単純に考えればナラクヴェーラがそのように進化したと考えればいい。

しかし、ナラクヴェーラの進化はこれまで見た限り自身の機能に対しての進化だけだ。

進化するなら夜如のスピードやパワーに対抗できるような進化、例えば装甲を強化する物体を感知する感度を上げるなどだ。

実際、海から出てきたナラクヴェーラは巨大な機体からは考えられない気配を断つ機能を身につけていた。

新たな機能を開発するのではなく戦術を変えるというのはナラクヴェーラの機能的に進化とは言い難い。

 

「いや、違う………これがナラクヴェーラ?超火力を持つ無数のナラクヴェーラ………それが神々の兵器の所以ってこと?なら、これが本来の戦闘方法ってことか!!」

 

夜如が結論に至るのにそう時間はかからなかった。

雨あられとレーザーが降り注ぐ中で夜如は苦笑いを浮かべる。

”負けるかもしれない”

初めて夜如は心の底からそう考えてしまった。

そもそも、吹き飛ばされて増設人工島と本島の間の海に羅生門を立ててしまった時点で夜如は詰んでいたのだ。

飛行能力を持たない夜如に空中でレーザーを躱す手段はない。

一直線にナラクヴェーラへと突っ込んだら一瞬で灰も残らないほどのレーザーで焼き殺されてしまうだろう。

逃げられないうえに反撃できない。

残された道は命を懸けた時間稼ぎのみ。

思えば、五機のナラクヴェーラが現れた時からこの状況はナラクヴェーラにとって予想通りの展開なのかもしれない。

そして、

 

「あれは………親?」

 

レーザーで攻撃を続けている六機のナラクヴェーラの後ろから現れる影。

攻撃中のナラクヴェーラより数段大きいナラクヴェーラである。

巨大ナラクヴェーラはまるで王のような貫禄で夜如の前に立ちはだかった。

夜如も流石にマズイと感じる。

 

『ほう………?鬼か。絃神島、珍しいものを飼っているな』

 

「………あれ?」

 

巨大なナラクヴェーラから聞こえる低いダミ声。

この時、ナラクヴェーラの性能を過大評価しすぎていたのではないかと夜如はレーザーを避ける際の逆立ちの状態で頭を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させるか〜!!!」

 

『む!?』

 

赤い閃光だった。

ナラクヴェーラの”火を噴く槍”とはまた別の赤い閃光である。

それも太く大きく、そして何より赤い閃光はナラクヴェーラが密集する地点の地下から地面を破って天空へと伸びている。

これの発現者であろう古城は抉られた地面から拳を突き上げていた。

 

「間に合った〜………!!」

 

古城の復活、それも恐らく新たな眷獣の力を覚醒させた古城が現れたことで夜如は思わず腰を落とす。

光速のレーザーを数十メートル離れたナラクヴェーラの発射口を見ながら避けるのは鬼でも至難の技。

全身に火傷を負ってバイト支給の青ジャージはボロボロで右腕の部分は綺麗に無くなっていた。

 

「南宮夜如!!無事なの?………てか、何この壁!?」

 

「お陰様で!」

 

古城が開けた穴からは紗矢華も飛び出てきていた。

何故かシャツのボタンをかけ間違えているのを夜如は見逃さなかったが、どうせ後で雪菜からの説教が待っているだろうから何も言うまいと黙っておくことにした。

 

「夜如は休んでいろ!!後は俺に任せておけ!!」

 

古城は巨大な壁の上で腰を落としている夜如に叫んだ。

上空で輝いている閃光は同時に輝きを失い始め、中から馬のようなシルエットが浮かび上がる。

それは突如として一体に爆音を響き渡らせた。

存在しているだけで空気を振動させる眷獣だ。

 

「ここから先は、第四真祖()戦争(ケンカ)だ!」

 

緋色の双角獣を上空に従えた古城が巨大なナラクヴェーラに拳を突き出した。

そして、

 

「いいえ、先輩。私達のです!」

 

連れ去られた筈の姫柊雪菜が最新戦闘機のような流麗な槍を構えて古城の目の前に降り立った。

 

「姫柊さんが来たってことは」

 

「できたのか!?」

 

雪菜はこくりと冷静に頷く。

 

「はい。藍葉先輩と凪沙ちゃんは南宮先生が保護しています」

 

「那月さん流石です!!」

 

夜如は小さくガッツポーズをとる。

遠くて小さな雪菜の声も夜如の耳には届いているのだ。

 

「まぁ、紗矢華さんのシャツのボタンがかけ間違えていることについては後で追求しますけど、とにかく今はナラクヴェーラです。これを女王の中に放り投げて音声ファイルを再生させれば私たちの勝ちです」

 

雪菜が取り出したのは普通のスマートフォンだ。

ナラクヴェーラは音声操作で動く兵器。

倒すのは非常に難しいが考えて適切な対応をすれば予想以上に簡単に倒すことができる。

このまま進化すれば別でも、中途半端に近代化して進化したナラクヴェーラはそこに弱点があるのだ。

 

「その為にも女王の中にいる獣人を引きずり出さないといけません」

 

「中に誰かいるのか?」

 

「はい、そもそもナラクヴェーラには人が入って操作する兵器ですから」

 

雪菜の説明に夜如の頭の中で合点がいく。

ナラクヴェーラの子機が連携し始めたのは親、女王が接近して来た頃だった。

女王を操作している奴が子機の味方に指示を出していたのだ。

指導者が現れたことでバラバラだった戦闘員がまとまったということ。

 

「クリストフ・ガルドシュがいます」

 

「あ?」

 

古城、雪菜、紗矢華の背中に嫌な汗が流れた。




原作を読み直しました。
設定全然違う………話も全然違う………
でも気にしないのが自分です!!
とあるYouTube実況者さんのラジオを聴きながらパソコンに打っていたので誤字脱字と話の内容が酷いかもしれませんがご了承を。

次回が戦王の使者編の最終回ですかね?

では、評価と感想お願いします!!


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21話 呪い

アイス食べ過ぎてお腹壊した


音もなく、まるで南宮那月のように空間転移をしてきたかと思うほどのスピードだった。

古城達の後ろには数十メートル離れた場所に立つ羅生門の上にいたはずの夜如が佇んでいたのだ。

足元は着地衝撃でコンクリートがクレーターを作っている。

それを作り出した衝撃波は古城達を吹き飛ばしかけたほど。

鬼気をこれでもかと滲み出している姿から怒っていることが顔を見なくてもわかってしまう。

 

「あの女王にアスタルテを撃った奴がいるんですね?」

 

今の夜如は鬼そのもの。

日常の夜如からは想像もつかないプレッシャーを放っている。

倒すと決めた標的が目の前にいるのだから仕方がないが、そのプレッシャーは幼少期から訓練を受けてきた獅子王機関の剣巫である雪菜でさえも足を一歩後退させるものだった。

雪菜は息が詰まりそうな空気の中で頷くことしかできない。

 

「なら、自分が女王をやります」

 

「あ、おい!」

 

前に出る夜如を古城が止める。

なぜ古城が動けたのかは戦闘経験がほとんどない故に夜如のプレッシャーに疎かったからだ。

幾ら何でも無鉄砲に突っ込むのは先までの戦闘で分かっている。

怒りで我忘れているのかと古城は夜如の肩を強く握った。

 

「一機でも面倒なのにあの数を全部倒すのは無理だろ!?協力しよう!」

 

古城の言葉に感化されて動くことができるようになった雪菜と紗矢華も頷く。

 

「大丈夫よ!ナラクヴェーラの動きを止める手はあるわ」

 

紗矢華がそう言って手にしていた大剣を突き上げる。

紗矢華の剣は触れたものの空間を斬る能力がある。

どんなに硬くても空間を斬られては高度は意味をなさない。

その剣が前後に割れたかと思うと大きく回転して弓のような形になる。

 

六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)、この弓こそが私の武器の真の姿よ」

 

紗矢華の持っていた大剣がリカーブ・ボウと呼ばれる現代的な銀色の洋弓と変化する。

 

「この弓で瘴気を発生させる呪矢を撃つわ。相手がこっちの攻撃に対抗するよう進化するから一回きりだけど、数秒はあらゆる機能が停止して動きを阻害できるはずよ」

 

「奥の手か………夜如、チャンスはあるんだ。みんなで一気に行くぞ!」

 

「そうです。それに藍葉先輩が作った音声プログラムを流さないとナラクヴェーラは倒せないんですよ!」

 

しかし、夜如はゆっくりと振り向いて首を振った。

 

「煌坂さん、チャンスが来るまで奥の手を隠していたようですが、それがあなただけとは限りませんよ」

 

「「「え?」」」

 

古城達が呆気に取られると夜如は羅生門を発動させたように合掌する。

祈るように促すように、夜如の瞳は虚ろに揺れ動く。

 

「開け、羅生門」

 

夜如のかき消えそうな呟きと同時に海を割っていた羅生門が動きだす。

巨大な音に古城達が振り返るとそこでは羅生門が独りでに大きく軋んでいた。

 

鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)

 

瞬間、羅生門の入り口から黒い瘴気が流れ出された。

その瘴気は黒く、醜く、亡霊が嘆き悲しんでいるようにも聞こえる声がしている。

実体を持った瘴気。

いち早くそれに気づいた雪菜は異能の力を無効化させる雪霞狼で自身と紗矢華の周りに結界を張る。

しかし、吸血鬼である古城は雪菜の結界には入れない。

怨念のような瘴気が辺りを包み込む。

 

「ぬお!?」

 

「自分の近くにいれば大丈夫ですよ」

 

「え?」

 

黒い瘴気の渦に古城の右拳に力が入る。

雷撃が迸り、眷獣も呼び出しそうな勢いだった。

その腕を夜如が咄嗟に体を当てて止める。

衝撃で冷静になった古城は瘴気の独特な動きに気づいた。

 

「俺達を避けている?」

 

「まぁ、自分達にまで影響があったら意味ありませんしね」

 

雪菜はそれを聞いて結界を解く。

しかし、自分達の周りを黒い瘴気が目まぐるしく吹き荒れているのは心地いいとは言えない。

いつ襲ってくるかもしれない瘴気に夜如以外の三人は顔をしかめてしまう。

夜如だけは何とも感じていない様子でナラクヴェーラの集団を見ている。

釣られて古城も夜如の視線を追う。

 

「あれは!?」

 

古城の瞳は大きく見開かれた。

それは古城だけでなく呪術のスペシャリストである紗矢華も同様だった。

あれだけ暴れていたナラクヴェーラの動きが明らかに変な挙動を見せているのだ。

動きを止めるでもなく、まるで苦しんでいるように見える。

 

「この瘴気は怨念。古来、羅生門に住んでいた鬼が殺してきた人間達の怨念。ただの瘴気ではないですよ」

 

ナラクヴェーラの動きは次第に弱々しきなっていき、もがくようになってついに動かなくなる。

紗矢華は夜如の鬼哭啾々を観察して瘴気ではないと確信していた。

瘴気とは本来だと山川の毒素であり、元を辿れば自然界の産物だ。

しかし、夜如が呼び出したのは黒く禍々しい怨念。

人から生まれた力で決して瘴気などではない。

呪い。

大昔から蓄えられていた呪いの力である。

 

「今です!!」

 

夜如の叫び声が靄のかかった思考を吹き飛ばす。

鬼哭啾々は跡形もなく消え去り、清々しい青空が天を覆う。

夜如から発せられていたプレッシャーも後ろの羅生門も同時に消えていた。

 

獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

 

雪菜と夜如が走り出し、一番大きい女王を目指す。

後方の古城の眷獣は動かなくなっているナラクヴェーラに痛烈なダメージを与えている。

関節部分から嫌な音がなって黒い煙が弱々しく吹き出している。

しかし、それでも動こうとする奴がいる。

紗矢華は残ったナラクヴェーラに向けて弓を的確に打ち込んでいく。

夜如とは違う純粋な青い瘴気は学習されてないことから十分効いてくれている。

そこに。

 

「ハッハッハッハ!!まさか鬼にこんな力があったとはな!!」

 

派手な炸裂音を響かせながら獣人の男が姿を表す。

鬼哭啾々と獅子の黄金(レグルス・アウルム)によって一時的にでも動かなくなったナラクヴェーラを捨てて対人戦に切り替えたのだ。

故障して開かなくなったコクピットのドアを殴り壊して出てくるのを見れば相当の力があるのがわかる。

 

「あれがクリストフ・ガルドシュですか!?」

 

「はい!」

 

その姿はどの動物にも形容しがたい姿をしている。

ただ、力も速さも並以上だと理解できた。

夜如の全身に力が入る。

 

「気をつけて下さいね。ガルドシュは生体障壁で自身を守っています」

 

「力を振り回すだけじゃないってことですね」

 

雪菜は一瞬視線を横に向けて夜如の目を見た。

怒りを滲ませてはいるけれども冷静な目だ。

やろうと思えば夜如は雪菜と同スピードで走ることなく一気にクリストフ・ガルドシュの元に走りこむことができるはず。

怒って目の前が見えていないように見えて連携はしっかりと行なっている。

雪菜には夜如が文句を言いながらも言うことを聞く子供のように見えていた。

実際、学校に行ったりはするものの学生として多くの人と接したことのない夜如は上司の命令に従うだけの存在でもある。

そんな夜如にかける言葉。

 

「ガルドシュをお願いします!」

 

「はい!!」

 

古城と紗矢華から止められていたことを許可すること。

雪菜はそれを理解して夜如に言った。

案の定、夜如は笑ってスピードを上げた。

羅生門を出現させた時もそうだったが、夜如はお願いされると力を発揮する傾向がある。

その傾向を利用して夜如がしたいことを逆にお願いする。

精神面を考えればこれで夜如のコンディションは最高だろう。

 

「子供ですね………」

 

雪菜は二人の戦闘から避けるように女王へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガルドシュと対峙した夜如は跳躍した。

 

「アスタルテをよくも傷つけたな!!」

 

振り下ろす拳はガルドシュの顔面を捉えようとしている。

 

「あのホムンクルスのことかね?」

 

しかし、ガルドシュは悠然とその拳を避ける。

空を切った拳は地面に突き刺さって亀裂を生んだ。

ガルドシュはその隙に夜如へとお返しとばかりに拳を振り下ろす。

夜如は地面に拳が突き刺さっていて一歩回避が遅れてしまう。

そこで夜如はむしろ拳に力を込めてさらに深く拳を差し込んだ。

腰を持ち上げて足を上げるとガルドシュの拳を足の裏で受け止める。

 

「ふ!!」

 

「ほう?」

 

そのまま、ブレイクダンスのように回転した夜如はガルドシュの横っ腹に数発蹴りを決めた。

しかし、雪菜の言った通り生体障壁、気功術によって威力は大幅に軽減されている。

そこいらに獣人ならこれで終わりでもガルドシュには致命傷にならないのだ。

 

「いい動きだが、武術というよりも才能任せに動いているだけだな。そんなんでこの私を倒せるとでも?」

 

「思ってる!!」

 

夜如はガルドシュの懐にまで走り込んだ。

ガルドシュは一瞬遅れて膝蹴りを繰り出す。

しかし、今度はガルドシュの攻撃が空を切る。

夜如はすでにガルドシュの頭を超えて背後を取っていた。

 

「ダァ!!」

 

力強い声を吐き出しながら夜如の右手はガルドシュの背中を捉える。

打撃ではなく骨折覚悟で一点に力を凝縮した指先がナイフのようにガルドシュの背中に突き刺さる。

生体障壁を破壊して筋肉を断ち切った手応えが夜如の腕に伝わった。

夜如の右手の指も確実に折れているが、これは想定内で我慢できないほどでもない。

 

「ぐぅ………」

 

ガルドシュが膝をついて呻く。

背中の傷から血が大量に流れ出ている。

獣人でもこれは軽症ではない。

 

「再生されては面倒ですからね。妹の分まで全力で殴らせてもらいますよ」

 

全身の鬼気が左拳に集まっていく。

赤黒いオーラは生き物のようにうねりをあげてガルドシュを狙っていた。

ガルドシュはチャンスだと右拳を握り込んだ。

夜如の行動は左で殴りますよと言っているようなもの。

殴り込んできた一瞬をライトクロスの要領で外からコンパクトに顎を狙う。

ガルドシュの頭の中では勝利のイメージが怪我してなお鮮明に思い浮かんでいた。

 

「せいやぁ!!」

 

そして、想像通り夜如は目にも止まらぬ速さでガルドシュの前に踏み込んだ。

ギリギリ夜如の動きを感じ取れたのはガルドシュの長年の戦闘経験からくる第六感でしかない。

生体障壁で強度が増している肉体で拳を放てば鬼といえどただでは済まない。

鎧で殴られれば誰だって倒れるのと一緒だ。

 

「もらったッ!?」

 

右拳を突き出そうとしたガルドシュは自分の体の違和感に気づいた。

力が乗っていない。

ガルドシュはその原因が背中にあるのを瞬時に理解して歯を噛み締めた。

 

「もう遅い!!」

 

獣人のパンチは弱くても十分強い威力を持っている。

生体障壁がかかっていたらコンクリートは砂のようになるだろう。

しかし、あらゆるパンチの原動力となっている背筋を傷つけられれば威力も半減する。

夜如は顔面に当たる拳を勢いで押し返し、左腕に巻き込みながら拳をねじ込む。

 

「ラァ!!」

 

「カッ!!」

 

夜如の拳はガルドシュの顎を砕いてなお突き進み地面に押し当てクレーターを完成させた。

油断していたガルドシュの隙を作ってうまくそれを活かせた結果だ。

流石のガルドシュも生体障壁を砕く力を持った拳に顎を破壊されれば気絶する。

 

「油断大敵ですよ」

 

勿論、ガルドシュが油断していたからこそ勝てたのだと夜如も理解していた。

テロリストと言えど戦闘経験の差は明らかに上だったからだ。

 

「ですが、これで終わりです」

 

夜如の視線の先には雪菜がナラクヴェーラの上で親指を立てていた。

ナラクヴェーラが灰色の砂チリに変わっていく姿は神々の兵器と呼ばれるには呆気なさ過ぎる程の最後だった。

 

 

 

 




久々に投稿しましたけど、キャラの性格が分かんなくなっています。
リハビリが必要でうね。

評価と感想お願いします!!


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22話 学園生活

バンドリにのめり込んでしまった!!


 

「あんた大丈夫なのそれ!?」

 

病院内の大部屋に騒がしい声が響き渡る。

大部屋を患者ごとに区切るカーテンでは遮断できない程の音量だ。

声の主と隣接したベッドに寝て居たアスタルテは意図せず嫌な顔をしてしまう。

普段、感情を表に出さないアスタルテも重傷を負って体を弱らせている時に睡眠妨害されるのはほんの僅かだが不快だった。

しかし、少しずつ覚醒していく意識の中で声の主が知った人物だと気づく。

 

(この声は藍葉浅葱………)

 

騒がしい声を発していた人物がアスタルテの記憶ではクリストフ・ガルドシュによって誘拐されていた筈の浅葱だと理解する。

明るい声音で、辛いなどの感情は感じられない。

その後、雪菜や凪沙の声も病室内に増えていく中、古城が必死に弁解するのが聞こえる。

周りのことを気にしない騒がしい会話。

明るく元気な会話は不快ではなく、事情の一部を知っているとむしろ元気をくれるようだった。

医療に精通したホムンクルスとして作られたアスタルテは今いる場所が病院だと理解している。

元気な会話で一件に安心したアスタルテは脱力した体をベッドに預けて瞳を閉じた。

 

「アスタルテ〜!」

 

アスタルテの透き通る青い瞳が大きく開かれた。

 

 

 

ーーーーーー---------ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

折れた両腕を包帯で巻いた夜如が乱暴に足で病室のドアを開ける。

 

「アスタルテ〜!」

 

夜如の呑気な声で病室に入っていく。

中には古城や雪菜達が軽い修羅場を作っていた。

 

「げ!?ちょ、夜如!今凪沙がいるから!!」

 

「あ、えっと………」

 

そんな修羅場から逃げ出すように視線を向けてきた古城が血の気の引いた顔で夜如に叫ぶ。

最初は病院内で叫んでもいいものかと考えていたが、古城の背中に隠れるようにしている妹である凪沙に気づいた。

古城に昔から注意されていたことで凪沙は魔族に対して恐怖心を抱いてしまう魔族恐怖症なのだ。

夜如は一瞬だけ体を硬直させるとアスタルテの寝ている筈のベッドが隠れているカーテンを見つける。

混乱している夜如は本来病室から出ればいいものをアスタルテのベッドが隠れたカーテンの中に突っ込んだ。

 

「フゥ………」

 

「………あの」

 

そこで待っていたのはアスタルテの無表情な瞳だった。

冷たくも暖かくもない無機質な視線が慌てて入り込んだ夜如を貫く。

数秒、にらめっこが続いた。

透き通った青い瞳、流れるような藍色の髪の毛、傷で体力が低下しているのか僅かに脱力した体をベッド柵に腕を置いて支えている。

それでも無理をしているのか少しはだけた病衣が真っ白なアスタルテの肌に張り付いて顔は無表情なのに色気がムンムンと出ていた。

とどのつまり、()()だ。

 

「だ、抱きしめてもいい?」

 

「拒否します」

 

即答で断られてしまった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「鬼の回復力は魔族の中でもかなり高い方だ。吸血鬼(コウモリ)のような呪いの類ではないにしろ、その程度の傷なら二、三日で完治するだろう」

 

「こんな大怪我初めてですけど思ったよりかかりますね」

 

アスタルテのお見舞いを終えた夜如は那月の待つ家へと帰宅していた。

夜如は貴族のような風格で紅茶を飲んでいる那月の正面で同じ紅茶をストローでちびちびと飲んでいる。

この紅茶は買えば諭吉が飛んでいくような高級品。

お情けで貰ったが値段を聞いて貰わなければ良かったと夜如は後悔していた。

 

「当たり前だ。回復力が高いと言ってもあくまで生物としてだからな。傷の付き方で完治までのスピードに差は出る」

 

「この腕の折れ方ってまずかったんですか………?」

 

「テロリストといえど高度な生体障壁を纏った輩を素人が強引に殴りつけたりすれば鬼気を纏っていても只では済まない。特に右肘の靭帯が千切れていたんだ。人間だったら片腕を失っていたと自覚しておけ」

 

那月の淡々とした警告は夜如を責めるようだった。

遠回しに二度とするなと言っているようなものだ。

実際、夜如も那月が何を言いたいのか理解している。

雪菜や古城に紗矢華、強者である仲間が集まる中で夜如は非合理的な行動を繰り返していた。

それがアスタルテのことを思っての行動だったとしても最善とはとても言い難い。

夜如は目を伏せて頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

「はぁ………私も手を出さなすぎた。お前がそこまでアスタルテのことで怒るとは思っていなかったんだ。保護者として軽率だったと言わざる終えないな」

 

「そんな!自分が勝手に暴走してしまっただけですから………」

 

「だから、お前のことを理解していなかった私にも責任の一端はあると言っているんだ。アスタルテも重傷を負ってしまったしな」

 

那月は紅茶を飲み干すと少し乱暴にティーカップを皿の上に置いた。

アスタルテは現在病院から移動して那月の家の地下にあるホムンクルス用培養液の中で眠っている。

ホムンクルスであるアスタルテは定期的に培養液で調整を行わなければならないからだ。

珍しい那月の自虐に夜如は押し黙ることしかできなかった。

 

「そこでなんだが」

 

「………はい」

 

「お前は携帯が欲しいと言っていたな」

 

「え?」

 

驚いた夜如は顔を上げると那月が澄まし顔で腕を組んでいた。

あまりに平然としすぎて那月が本当に言ったのか疑うほどだ。

 

「早く質問に答えろ」

 

「あ、はい!」

 

呆けていた夜如は無駄に返事が大きくなってしまう。

那月が夜如の欲しい物を尋ねることなどこれまでなかったのだ。

どうしたのだろうかと失礼ながら夜如は心配する。

 

「今回の件でお前は経過はどうあれナラクヴェーラを止めた。加えてテロリストのガルドシュの奴も倒した。十分な功績だと思う」

 

「はぁ」

 

「だから、まぁなんだ。虚数の彼方にしかなかった可能性を掴み取ったということだ」

 

夜如は数日前のことを思い返す。

以前、那月は確かに言っていた。

 

”………ふん。今後の働きを見て私が虚数の彼方にしかない可能性だが、買ってもいいと思えば買ってやらんでも無い”

 

虚数の彼方にしかない可能性を掴み取ったとはつまりそういうことだ。

 

「本当ですか!?」

 

「今日はもう遅い。店に行くのは明日だ」

 

「もちろんアスタルテの分もですよね!!」

 

「あいつにはもう買ってある」

 

「嘘ぉ!?」

 

那月は面白がるように微笑みながら新しい紅茶を入れるのだった。

 

 

----------ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数日後

 

 

「那月さん那月さん!!」

 

「なんだ?」

 

「メーラーだえもんって人からメールが届いたんですけど」

 

「………………お前は今度から学校に通ってもらうことにする」

 

「へ?」

 

「精神の成長と学力の向上。携帯を買ったからにはお前には常識を身につけなければならない。というよりか、前々から考えてたことだが学園生活を送ってもらう」

 

夜如は学校に行くことになった。

 




お久しぶりです!
まぁ、バンドリのアプリを頑張っていたり、大学が思ったより忙しかったり、SAOHRを遅いけど1000層まで頑張ってみたり、バンドリを凄く頑張っていたりとしていました。

更新遅いですがこれからも宜しくお願いします。

では、評価と感想お願いします!!

バンドリ頑張ります!!


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天使炎上 書き直し中
23話 学園生活の始まり


お金が足りない


絃神島のライフラインといえばモノレール。

主な四つの人工島を繋げて人々を運んでいる小さな島には欠かせない乗り物だ。

その便利さは交通手段だけでなく四つの人工島によって変わる風景を活用した絃神島の数少ない観光名所にもなっている。

しかし、絃神島で暮らしている夜如はモノレールに乗るのが嫌いだった。

 

「ウェェェ………」

 

顔面蒼白、顔の血の気が引いて見るからに体調が悪そうな夜如は吐き気と戦っていた。

モノレールが揺れる度に脳内も共鳴したかのように揺れて吐き気の波が押し寄せる。

口に手を当ててもうずくまっても吐き気という不快感からは逃れられない。

実際、モノレールは人によっては物凄く酔ってしまう乗り物なのだ。

加えて鬼である夜如の人知を超えた感知能力は揺れを鮮明に感知してしまい、モノレール酔いは悪化していく。

自分で運転する車では酔わないのに自分が運転に関与しない乗り物は何故酔いやすいのだろうか?

 

「大丈夫ですか?」

 

夜如の前でつり革に掴まっている雪菜が心配そうに問いかけてくる。

体調不良を訴えた夜如に席を譲ってくれた優しい女の子だ。

しかし、その実態は国の役人で獅子王機関の剣巫なのだ。

背中に背負っているギターケースの中が吸血鬼の真祖すら殺しうる兵器と知っている身としては仲良くなって良いものかと考えてしまう。

獅子王機関とは夜如の主人である南宮那月の商売敵でもあるからだ。

家でも雪菜の話が出てくる度に那月の態度が悪くなる。

しかし、夜如はそんなことを考えている暇はなかった。

 

「限界が近いです………」

 

「お前な、折角の初登校になんて様だよ。ほら、水」

 

雪菜の隣に並んでいる古城が哀れむように偶然持っていた水を夜如に差し出してくれる。

夜如は冷えた水を首元に当て肺に溜まった濁った息を吐き出した。

雪菜の着ている彩海学園中等部の制服、夜如が着ていたのは彩海学園中等部の制服の男子バージョンだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「え?姫柊さんと別のクラスなんですか………?」

 

「そうなんだよね〜。私も担任だし本当は一緒にした方が良いと思ってたんだけど、私のクラスは魔族恐怖症の子がいるからさー」

 

「あ、凪沙ちゃんですね」

 

登校した夜如は中等部の先生である笹崎岬に呼び出されていた。

相談室という生徒の話を先生が聞くプライバシーの守られた部屋なのである程度砕けた話もできる。

ここで問題となっているのは暁凪沙のことであった。

世界最強の吸血鬼暁古城の妹は魔族ではない人間なのだ。

しかし、今問題になっているのは吸血鬼の妹が人間ということではなく、凪沙の魔族恐怖症のこと。

凪沙は過去に魔族絡みの事件に巻き込まれて魔族に対して異常な恐怖心を持っている。

兄である古城も自分が吸血鬼になったことを隠しているほどに。

 

「そんな………夏休みが終わって友達の輪が出来上がってるのに友達のいない自分が友達のいないクラスには入れませんよ!」

 

「まぁ、自分の力で友達を作ろうってことことだったり。バイトで慣れてるでしょ?」

 

「バイトは関係ないですよ!」

 

岬がケラケラと笑って夜如の頭を叩きまくる。

まるで何かを誤魔化そうとしているように頑丈な鬼も床にめり込みそうな力で何度も何度も打ち付ける。

そこに気づいた雪菜が岬の笑い声の合間を縫って鋭いツッコミを入れた。

 

「ところでなんですけど………なんでそれを当日に言うんですか?普通は南宮先生を通じてでも連絡するはずじゃ?」

 

「………気にしちゃダメだったり!」

 

「忘れてましたよね!?」

 

夜如の学園生活は波乱の幕開けとなった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「疲れた………」

 

夏が過ぎてもなお暑い絃神島は晴天の日が多い。

更に気温と同時に湿度も高いので気持ちの良い晴れというのは滅多にない。

夜如はサウナのような熱気の中、屋上のフェンスに乗って瞑想していた。

珍しい時期の転校生ということもありクラスの皆んなから質問攻めを食らって気疲れしたのだ。

授業も夜如には一杯一杯で自分がいかに勉強していなかったかを実感させられた。

那月の手伝いで高等部の授業のプリント用意などならしたことはあるが、まさか自分がやるとは思っていなかった。

魔族という理由で学校に行っていなかったのが世間とのズレを大きく生じさせていたことも深く痛感した。

実感して痛感して、那月が何故今になって夜如を学校に通わせることにしたのか何となく分かった一日であった。

 

「バイト、減らすか辞めるかしないとなー」

 

夜如は絶滅危惧種保護への援助資金を稼ぎ寄付している。

自身も絶滅危惧種に指定されていることから仲間を守る感覚で慈善活動なのだが、学校に通いながらでは続けるのは難しい。

それにただお金を寄付するのではなく、社会のことを勉強して深いところまで知った上で活動していきたいとも思ったのだ。

 

「那月さんはこういうのを教えたかったのかな?………ん?」

 

瞑想していたからかツノの感知力も敏感になっていた。

学校に通うことを強制した那月の意図は何だったのだろうかと考えていた夜如のツノに少々荒ぶった魔力を感じ取った。

ただ、感じ取った魔力に覚えがあったので特に警戒せず、ふと視線を落としてみた。

 

「あれ?」

 

視線を落とした先には可愛らしい少女がイケメンに手紙を貰っていた。

少女の方は一方的に夜如が知っている暁古城の妹である暁凪沙だ。

長い髪を器用に短いポニーテールにしている元気で活発な凪沙は他クラスである夜如のクラスでも人気である。

 

「ああ………これでか」

 

その光景を見ながら夜如はツノの感知能力を意識的に拡張し高度を上げる。

すると、校舎四階の夜如のすぐ下で古城が憤って雪菜がそれをなだめていた。

シスコンである古城は偶然今のやりとりを見てラブレターの受け渡しだと勘違いしたのだろう。

 

「実際は違うんですけどね」

 

 

『猫のことよろしくね』

 

『うん!』

 

 

しかし、夜如は魔族である自分と魔族恐怖症の凪沙が関わると面倒なことになることを十分承知している。

事実を古城に話すとシスコンである彼は変な思い込みと早とちりで確実に夜如を巻き込むに違いない。

知らぬが仏という言葉が世の中にはあるように、今見た光景を忘却し早々に家に帰った方が身のためだ。

 

「ほっと!」

 

今日の出来事を那月やアスタルテに沢山聞いてもらおうと夜如は跳躍した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『おい夜如!!凪沙がラブレターを貰ったらしいんだ!!俺に協力してくれ!!』

 

「………」

 

その夜、宿題も終えてアスタルテと一緒に寝間着姿でトランプをしていると古城から怒号のような電話が掛かってきた。

声の音量は凄まじく普段から表情の動きが希薄なアスタルテでさえも僅かに目を大きくして驚いている。

夜如は通話を切りたい衝動を堪えて耳から離した携帯を近づけた。

 

「嫌です」

 

『何で!?凪沙に悪い虫がつくかもしれないんだぞ!』

 

「いや、自分魔族なんで妹さんと関わらないようにしようと」

 

夜如は興奮している古城を逆上させないように正論でやんわりとお断りの返事をした。

今の古城に猫の話をしても”それを出汁に近付こうとしているんだ!”などと言われるかもしれないと思ったからだ。

実際、アスタルテにそのようなことがあれば夜如はそう反論するだろう。

一度湧き上がった暗雲はそうそう晴れるものではなく、全てのことを悪く考えて例え事実だったとしても頭の中で自分勝手に変換してしまう。

悪循環というやつだ。

 

「もし、魔族と公に認められている自分が関わっていたら傷つくのは妹さんですよ?」

 

ならば、自分自身をその悪循環にはめ込んでしまえばいいと夜如は瞬時に考えた。

夜如が関わると更に悪くなると古城に印象付けようとしたのだ。

 

『ば、バレないようにすれば………』

 

「何をどうやってですか?何をしようとしているか知りませんけど妹さんのためにも自分は関わらないことを勧めます。では」

 

夜如は今度こそ一方的に電話を切ってトランプに集中しようと手札に視線を戻した。

 

「これは勝手な推測なのですが」

 

「ん?」

 

電話を置くとアスタルテがまっすぐな目で夜如を見つめていた。

夜如は首を傾げた。

 

「第四真祖が起こす事件にお兄ちゃんは高い確率で巻き込まれています。今回も何かあるのではないでしょうか?」

 

「まっさか〜!」

 

無表情でお兄ちゃんと言うアスタルテに未だ違和感を感じながら夜如はアスタルテの言ったことを軽く笑って吹き飛ばす。

 

(お兄ちゃんは例の事件のことを知らないんでした)

 

アスタルテは那月から聞いた事件のことを思い返した。

しかし、それを夜如に伝えようと思うまもなくアスタルテはトランプのババ抜きに負けてしまったので再戦を申し込んだ。

例の事件のことは頭の中から消えていた。




お久しぶりです!!
相変わらずバンドリに力を入れています!
フレンド機能が追加されたりカバー曲も最高だしいいですね!

では、評価と感想お願いします!!


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24話 聖女

バンドリカフェ楽しかった


 

「猫?」

 

「そう!夜如くんって猫好きだったりする?」

 

昨日の今日でクラスの興味は今だに夜如へと向けられていた。

同じ質問だったり答え難い質問だったり、下手な笑顔も引きつって精神的に限界に近づいてきた時だ。

とある女子の質問に思わず強く反応してしまう。

クラスの中でもコミュニケーション能力が極めて高い女子だったこともあり、会話はそのまま進んで行く。

延々に続く質問の波に耐えかねていた夜如にはありがたいことだった。

 

「まぁ、犬派よりかは猫派ですけど………」

 

「おぉ、夏音さん!!夜如くん猫好きだって!!」

 

「ほ、本当ですか?」

 

夜如の前に現れたのは落ち着いた物腰で柔らかな声音を震わせた銀髪の少女だった。

緊張しているのか声も瞳も震えている。

しかし、そんな姿さえも美しいと思える芸能人顔負けの美女。

日本人離れをした顔立ちは外国人かハーフなのだろう。

聖女のような神々しい少女は真っ白な頬を赤らめてもじもじと言った。

 

「今日の放課後時間空いてましたか?」

 

「………でしたか?」

 

夜如は人生で初めて初対面の美女から放課後のお誘いを受けた。

 

 

 

_________________________

 

 

 

放課後になると夜如は屋上にた。

昨日と同じ場所のフェンスの上に登って少女の到着を待つ。

少女というのは中等部の聖女こと叶瀬夏音。

放課後に学校の中でも有名な美少女に呼び出されることに驚きもしたが、夜如は特に気にせず呼び出しに応じた。

 

「お待たせしました」

 

「いえ、全然」

 

夏音は小走りで来たのか息を軽く切らしていた。

しかし、どうしてか夏音は背中で扉を押すように扉を開けている。

その所為で扉が完璧に開かず戸惑っていた。

夜如は夏音の側に駆け寄って扉を開けるのを手伝った。

 

「ありがとうございます。この子を運んでいたので」

 

「子猫だ」

 

夏音が両手に持っていたのは段ボール箱で中から子猫が顔を覗かせていた。

ミィ、ミィと人懐っこそうな鳴き声で夜如のことを見ている。

 

「はい、話というのは子猫達のことでした」

 

「子猫達?」

 

「この子の他にまだ猫がいるんです。元々捨て猫だったのを里親を見つけるまで預かっているだけのつもりだったのですが。話というのはその猫を一匹だけでも引き取って貰えないかと言うことでした」

 

夏音は真っ直ぐな瞳で夜如のことを見つめた。

更に子猫も釣られてなのか夜如のことをジッと見ている。

その眼差しを受けながら夜如はどうしたものかと腕を組んだ。

夜如個人としては一匹から二匹ぐらいは引き取っても良いと思っている。

しかし、夜如の家は那月とアスタルテもいるので猫を飼うのは二人に相談してからでないといけない。

 

「むぅ………家の人と相談してからじゃないと分からないですね。個人的には飼っても良いと思ってますが」

 

「勿論です、今すぐは難しくても良い返事を期待しています」

 

夏音は聖母のような微笑みを浮かべて頭を下げた。

あまりにも無駄の無い動きに夜如は思わずドキッとしてしまう。

 

「学校の裏手にある丘に古い教会があります、そこに子猫がいるので是非顔を出して下さい」

 

「か、帰りにでも顔を出しますね」

 

柄にもなく夜如は照れながら頭をかく。

そんな側から見たら甘酸っぱい青春の光景なのだが、そこに勢いよく邪魔が入る。

 

「夏音ちゃんお待たせ〜!!ああ、子猫だ!!」

 

「あ」

 

夏音の後ろの扉が勢いよく開いて活発なポニーテールの女の子暁凪沙が飛び出して来た。

天真爛漫な古城の妹である彼女は夏音を後ろから抱きしめる。

これもまた微笑ましい美少女二人の戯れだ。

しかし、夜如にとってこの学校で一番会いたくない人物第一位である凪沙が目の前にいることは重大な事件だった。

魔族恐怖症である凪沙に見るからに魔族である夜如は相性が最悪なのだ。

 

「じゃ、じゃあ自分はこれで!!」

 

凪沙が夏音と猫に夢中になっている間に夜如は全力で振り向きフェンスを飛び越えた。

屋上からの飛び降りも鬼の夜如にはどうと言う事はない。

着地の衝撃で周りにいた生徒を驚かせながら夜如はそそくさと学校を後にした。

 

「アスタルテの言う事は聞いとくんだった………」

 

 

 

__________________________

 

 

 

丘というよりかは小さな森のような場所。

学校の裏手にはそんな人工島の絃神島には珍しい自然が広がっている公園がある。

公園自体が小規模で人気も少ないが自然が絃神島の暑さを和らげてくれる良い場所だ。

その公園の一番奥に夏音の言っていた教会があった。

 

「古いっていうか………火事の後みたいな」

 

古いと聞いていたが廃墟と化している程古いと思っていなかった。

屋根には伝令使の杖、ケーリュケイオンと呼ばれる二匹の蛇が巻き付いた杖のレリーフがあった。

人を生き返させることもできると言われている杖だけにこの教会は一体なんの宗教だったのか少し悪く疑ってしまう。

 

「入って良いんだよな?」

 

しかし、この場所を教えてくれた夏音が悪い人とも思えず夜如はそっと教会の扉を開けた。

木製の扉は少しばかり抵抗したのちに音を立てて開く。

中は外観から想像したよりも綺麗で明らかに人の手入れが隅々まで行き届いていた。

 

「本当にいる」

 

この手入れもこの猫達のためなのだろう。

夜如は何処からともなく集まって来た猫達を撫で回す。

 

「十数匹入るな」

 

流石中等部の聖女は捨て猫を見つけてはここで飼っているらしい。

絃神島の捨て猫が全て集まっているような数だ。

 

「これだけの猫のご飯代っていくらかかるんだ?叶瀬さんが一人で世話をしてるとなると結構な額な気が」

 

猫達の無邪気な瞳を見つめながら夜如は呟く。

人間のアルバイトは高校生からなので夏音はお小遣いなどでこれらを賄っているということになる。

一般的な家庭の中学生のお小遣いでそれが出来るとは思えなかった。

聖母のような物腰にあの外見なら何処かしらの会社のご令嬢なのかもしれない。

しかし、夜如は頭を振って自分の考えを否定する。

 

「まさかね。家ぐるみで保護してるのかな?」

 

「あれ?夜如じゃん」

 

「早速来てくれました!」

 

そこには中等部の聖女と世界最強の吸血鬼と獅子王機関の剣巫が揃っていた。

 

「両手に花………」

 

「違うっつうの!!」

 

_________________________

 

 

「猫だと?」

 

「そうなんです。一匹ぐらいなら飼えませんかね?」

 

その日の夕食で何やら不機嫌な那月に夜如は猫について聞いてみた。

不機嫌な那月に猫というアニマルセラピーのような癒しを与えられないかという魂胆である。

アスタルテからは既に了承をもらっているので後は那月を説得するだけだ。

しかし、那月のストレスは想像以上だったようで

 

「気が効くじゃないか。金をやるから買ってこい」

 

「え?いや、今からじゃなくて」

 

「良いのを頼むぞ。酒はこちらで用意するから」

 

「食べるんですか!?」

 

夜如は悲鳴を上げるように声を荒げる。

アスタルテも真剣な那月の言葉に固まっていた。

 

「知らんのか?ベトナムでは酒のつまみになったり猫食文化は世界中にあるんだぞ」

 

「じゃなくて!ペットとして飼うんですよ!」

 

夜如は全力で驚きの雑学である食用猫案を否定する。

那月は渋々といった形で盛大な舌打ちをしながらワインを飲んだ。

仕事で嫌なことがあると那月はこうして酒を飲む。

 

「………おい、明日から仕事手伝え。そうすれば考えてやる」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「お前なら第四真祖の眷獣にも耐えるし大丈夫だろう。頑張れよ」

 

「はい?」

 

那月の見せる不敵な笑みに夜如は冷や汗を流した。

どうか酔っ払いの虚言でありますようにと願うしかなかった。




バンドリカフェに友達と行ってきました!!
まん丸お山に彩りを添えてきましたよ。
ケーキ美味しかったです!
つぐみの時も生きたいな。

では、評価と感想お願いします!!


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25話 仮面

いや、久しぶりです


夜如は壁にもたれながら忙しなく時間を何度も何度も繰り返し確認する。

首から垂れ下がる時計はもう既に十時を回っており、空を見上げれば満天の星空が広がっている。

最先端の科学と魔術で作り出されている絃神島は汚染物質が少なく空気が澄んでおり日本本土と比べると格段に夜空が美しく煌めいている。

それに合わせて今日は夏祭りも開かれており、街行く人々も星々の輝きの元を楽しそうに手を取合い無駄にくっついて歩き回りそれはもう星々に負けない程の光を放っていた。

 

「遅い………」

 

そんな光の影になるよう夜如は一人で寂しく塞ぎ込んでいた。

絃神島西地区の繁華街で男子一人が制服姿でいるのは周りから冷ややかな視線を時折浴びる。

昨晩に那月から仕事の手伝いをしろと言われて猫の為に了承しいざ仕事だと思ったらこの仕打ちである。

人には時間を守れと口を酸っぱく言っているのに自分の時に限ってこれだ。

ましてや本来九時には古城と合流するはずなのにこの時点で1時間の遅刻となっている。

 

「待たせたな」

 

「いや、本当に待ちました………よ………」

 

その声と共に空間が捻じ曲がり那月とアスタルテが夜如の眼の前に現れる。

流石に今来たばかりではないし、文句の一つも言おうとしたのだが二人の姿に息を飲む。

 

「………何ですかそれ?」

 

那月達が浴衣姿だったのだ。

那月は黒の浴衣でアスタルテは青い浴衣を着ていて髪色に合わせているのか凄く似合っている。

夜如が固まっていると那月がやれやれと溜息を吐いて説明する。

 

「知らんのか?これは浴衣と言ってだな。平安時代の湯帷子というものが発祥で蒸し風呂の際に着ていたものだが現代では夏祭りの正装というやつになっているものだ」

 

「いやいやいや!じゃなくて何で浴衣姿なんですか?」

 

「駅前でレンタルしていてな。ちょうど良いと思い着て見たんだが、どうだ?」

 

的外れな回答をしながら那月はその場で回って見せた。

アスタルテも可愛らしく体を揺らして変な場所がないか確認している。

確かに通り行く男性達の視線を奪い一緒にいた女を不機嫌にしているぐらいには魅力的な姿ではある。

 

「まぁ、可愛いっちゃ可愛いですけど」

 

「遠慮するな。欲情したとはっきり言えば良いものを」

 

「そこまでじゃないですよ!!」

 

「近親相姦………」

 

「アスタルテ!?何処で覚えたのその言葉!?違うからね!?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

結局、その後も那月の唯我独尊は止まらず夜如の制止を無視して夏祭りを満喫した。

射的などの遊戯や焼きそばを食べたりと想像以上に謳歌して夜如もアスタルテと一緒にたこ焼きなどを奢ってもらい途中から古城との約束を忘れて普通に楽しんでしまう。

約束の繁華街のショッピングモール屋上には遅刻一時間が決定してから更に一時間プラスして遅れてしまった。

 

「それで人を二時間も待たせたってことか?」

 

「美味しかったです」

 

「誰もたこ焼きの感想聞いてねぇよ!!」

 

古城の怒りの形相を前に夜如とアスタルテは仲良く二人で一緒のたこ焼きを笑顔で頬張っている。

那月の理不尽さを知っていたからこそ古城は真面目な夜如に念入りに集合時間などを言っておいたのにこれでは意味がない。

夜如の那月に対してのチョロさを甘く見ていたのだ。

 

「まぁ、これあげるんで。姫柊さんも」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「おい!?」

 

古城の突っ込みを無視して夜如は世界最強の吸血鬼の監視役としてついて来ていた雪菜に祭りで買っておいた焼きそばを渡す。

那月は不満そうにしているがこの時間まで仕事をしなくてはならないのだからこれくらいの労いはあっても良いだろうという夜如の計らいである。

夜如同様、別部署でも最近の国家公務員は定時上がりというものがなくなり残業ばかりのようだ。

 

「さっさと食べて力に変えとけ。いつ”仮面憑き”が出てくるか分からんからな」

 

「なら早く来いよ!!」

 

焼きそばを頬張った古城は相変わらずな那月に正論をぶつける。

今回、夜如や古城を集めたのは最近絃神島の上空に現れる謎の飛行物体の実態を確かめるというもの。

過去の発見場所からどこに出現するかはある程度予測できるもののいつ現れるかは不明なのだ。

しかし、那月はどこ吹く風で夜空を見渡すだけ。

その表情は思わしげで夜如の中に根拠のない不安が僅かに宿るのだった。

 

 

 

________________________________

 

 

「出た!!」

 

「「「「!?」」」」

 

仮面憑きが出たのはそう遅くなかった。

夜如の声に皆んなが夜如の指差した方向に目を向ける。

そこでは夜の空を最新の航空機やドローンでも不可能であろう動きをした光る物体が二つ確認できた。

しかし、奇妙なことにその二つの光を感知しているのは視覚だけなのだ。

魔族の中でもトップクラスの感知能力を持つ鬼のツノでさえ何も感じない。

 

「あれが仮面憑き?何も感知できないんですが………」

 

「鬼のお前でも駄目か」

 

「剣巫の私でも何も感じません」

 

獅子王機関の剣巫ですら感知できない程の隠密性。

これは魔力を発していないと同義である。

しかし、魔力を発していないとなると今回の事件はかなりめんどくさいことになる。

 

「絃神島の上空で戦闘を繰り返す謎の飛行物体。特殊な魔術か最新鋭の科学兵器実験か、まぁ本人達に聞けば良いだろう。アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)

 

那月がアスタルテに呼びかけるとアスタルテは浴衣の袖口から携帯を取り出して何かを操作する。

何も知らされていない夜如も古城と雪菜のように何が起こるんだとアスタルテを見つめる。

 

ドンッ!!

 

すると、どこからともなく爆発音が響き渡る。

夜如達が振り返ると繁華街の向かい側、丁度仮面憑きが戦闘しているのと逆方向から花火が盛大に打ち上げられていた。

 

「こうすれば多少の音や光は惑わせるだろう。庶民の目は花火に向く」

 

「え?あれ那月ちゃんがやったのか?どんだけ大掛かりな………」

 

「この私ならばあんな花火端た金で打ち上げられる。それより飛ぶぞ」

 

古城と雪菜がお金の盛大な使い方を目撃して引きつった笑顔を浮かべているのを余所に那月が常備している扇子を振る。

一瞬の浮遊感と視界の歪み、次の瞬間には繁華街の賑やかさが消えて花火の音も小さくなる。

代わりにあるのは花火とはまた別種の爆発音と衝突音だ。

音がする上空を見上げると先ほどまで遠くにあった仮面憑きと思われる二つの光が激しい戦闘を繰り広げていた。

遅れて夜如は那月の空間転移で仮面憑きの元、街の鉄塔に転移したのだと気づく。

 

「先輩上です!!」

 

「あれは………」

 

雪菜の声に古城もすぐに上空の仮面憑きを視界に捉える。

そして、その仮面憑きの姿を見て息を飲む。

幾何学模様が体全体に巡らせて血管だらけの翼を羽ばたかせる。

特徴的なのはやはり一時的な総称の通り仮面だ。

 

「女の子?」

 

光り輝く翼の生えた少女が空を飛んで戦闘を行っているのだ。

その異様な光景に夜如も眉をひそめる。

 

「ぼさっとするな」

 

「あ、はい!!」

 

鋭い那月の叱咤に夜如は意識を切り替えて臨戦態勢に入る。

仮面憑きの一体は夜如の臨戦態勢に入ったのを見計らったように翼を羽ばたかせて光の刃を打ち出す。

目標は夜如達ではないにしろもう一体の仮面憑きがその刃を弾いて周辺の街に降りかかろうとしていた。

 

「あんな特殊な魔術私は知らんぞ!」

 

「那月さん!!」

 

夜如は那月に視線だけを送って鬼気を全身から出現させる。

那月もそれで何を言いたいのかを理解して夜如を転移させた。

夜如を襲ったのは先ほどの転移した際の違和感の他に重力に従って落ちていく落下感と眩い光だ。

 

「眩し!?」

 

夜如が転移されたのは仮面憑きが放ち弾いた光の刃の目の前だ。

物体の落下より明らかに速い光の刃は夜如を襲う。

しかし、夜如が受けなければ街に大きな被害が及んでしまう。

 

「ん!!」

 

夜如は空中で両腕両脚を持ち上げて盾のように体を固めた。

鬼気も両手両脚に集中させて衝撃に備える。

しかし、夜如の想定以上の衝撃に自分の腕脚に潰されそうになる。

それでも歯を食いしばって押し返そうと限界を超える勢いで鬼気を放つ。

 

「あああ!!」

 

気合いの咆哮と共に夜如は光の刃を空中で弾き消し飛ばす。

喜んでいるのもつかの間、光の粒子となって弱々しく霧散していくのと反比例して夜如の体は凄まじい速度で街に突っ込んで行く。

夜如は那月が転移させてくれることを願ったが、見ると遠くで仮面憑きに戒めの鎖(レージング)を施しているのを見て無理だとわかる。

 

「くそ………!!羅生門!!」

 

夜如は仕方なく合唱し地面と激突する瞬間、小さな羅生門を呼び出してそれにわざと突っ込む。

 

「ムグッ!!」

 

発せられた声とは裏腹に顔面から羅生門に激突してドラのような音が街中に広がる。

顔面を赤くして鼻から鼻血も出ているが仮面憑きの攻撃から街を守った代償と考えれば安すぎるほどだ。

それでも痛いのに変わりなく、数秒声にならない呻き声をあげながらのたうち回る。

 

「は!?」

 

そこで自分が道端で転げまわる変人になっていることに気づく。

顔を上げて辺りを見渡すとやはり何人かが訝しげに夜如のことを見ていた。

中には携帯を取り出している人もいて瞬時に立ち上がって平然と何事もなかったかのようにする。

夜如はそんな人達に下手な愛想笑いを振りまいてから人では感知できないほどの速度でその場から立ち去る。

街中にいた人からすればいきなり人が降ってきてのたうち回って消えるという怪奇現象にも似た状況なのだが、それでころではない。

 

「まだ来る!?」

 

空を流れ星のように飛ぶ光の刃、鉄塔の方では那月達が三つ巴の戦闘をしている。

夜如は地面を勢いよく蹴って複数の光の刃を鬼気を宿した拳と蹴りで撃墜する。

しかし、数も多く一人で全てを防ぐのが難しくならばと夜如は全速力で鉄塔に戻る。

 

「え!!」

 

鉄塔周辺を羅生門で閉じ込めてしまおうと考えていた夜如の策は打ち砕かれる。

鉄塔が傾いていたのだ。

鉄塔の根元が球状に地面ごと削り取られておりバランスを崩していた。

それでも倒れないのは数百トン、下手すると千トンを超える重さの鉄塔を那月の戒めの鎖(レージング)が支えていたからだ。

しかし、仮面憑きの戦闘で鉄塔は軋んで長く持ちそうもない。

鉄塔が倒れるだろう先には渋滞中の高速道路が走っており多くの被害が出てしまう。

羅生門を出して支えようにも戒めの鎖(レージング)の邪魔になってしまう。

 

「やめろて下さい!!」

 

夜如は空中で仮面憑きに飛びかかって片方の仮面憑きの顔面を捉える。

と思った矢先、夜如の拳が空を切った。

 

「あれ?」

 

予想外の手応えの無さにバランスを崩す。

確実に捉えたと思ったからに夜如の体は大きく崩れた。

その隙を狙って夜如が狙った仮面憑き反撃とばかりに光の巨大な剣を生み出す。

街中でそのようなものを放てば周囲に甚大な被害が及んで鉄塔も耐えられないだろう。

夜如は冷や汗をかいて鬼気を全開で放出する。

仮面憑きの技を見て古城も眷獣を召喚しようとして雪菜は魔術を無効化する雪霞狼を構えた。

その直後。

 

「うぉ!?」

 

光の剣を作り出していた仮面憑きの更に上空から一本の閃光が放たれて仮面憑きを貫いた。

閃光を放ったのはもう一体の仮面憑きで完全死角から貫かれた仮面憑きは絶叫し鮮血を吹き出しながら暴れて落下する。

夜如は咄嗟に落下してきた仮面憑きから距離をとってもう片方の仮面憑きの動きに警戒した。

すると、もう片方の仮面憑きは物凄いスピードで落下した仮面憑きに馬乗りになって追撃を食らわした。

鋭い爪で目標を切り刻んで羽をもいで一般人が見たら気絶するのではないかと思うほどの残虐非道な光景だ。

流石の夜如も見ていられず止めようとするも光の刃を周囲へ無数に展開していては迂闊に近ずくこともできない。

すると、襲われていた仮面憑きが最後の力で攻撃を仕掛ける。

と言っても瀕死の状態で放たれた攻撃はダメージにはならず相手の仮面を剥がすだけだった。

仮面に亀裂が走って真っ二つに割れて仮面憑きの素顔が露わになる。

 

「え?その顔って………」

 

近くから見ていた夜如はその顔に声を失う。

輝く銀髪に碧眼というまだ幼さが残る美貌。

ついこの前話したばかりの少女の顔にそっくり、いや同じ顔だったのだ。

 

「叶瀬さん………?」

 

夜如の呼びかけに夏音は氷河のような冷たい視線を向けるだけで何も言わず、行為を再開する。

そして相手の仮面憑きの動きが無くなると夏音は徐に口を開いた。

口には鋭い牙が光っている。

これを見て何をしようとしているのかわからない夜如ではない。

咄嗟に夜如は止めようと距離を詰めるも光の刃に邪魔をされる。

一撃一撃は問題なくとも弾き飛ばされるのは変わりなく、夏音の行為を止めることができない。

 

「止めるんだ!!!」

 

夜如の怒号も届かず、夏音の牙は仮面憑きの肉を引きちぎった。

鮮血が吹き出して肉を引きちぎられた仮面憑きの体は大きく痙攣を起こす。

 

「ああ………!!」

 

夜如の古い記憶が目覚める。

 

「ああああ!!!」

 

それを拒否するかのように夜如の意識は途切れた。

 




久しぶりに自分の小説読んだら矛盾やらなんやらが多いことに気づいた。
まぁ、無視する。

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26話 蠱毒

過労なのか疲れが取れない今日この頃です


 

南宮家の自室の布団に夜如は眠っていた。

静かな寝息と安らかな表情は眺めているだけで眠気が伝染してきそうな魅力がある。

この姿を見るとまさか発狂して気絶したとは誰も想像などしないだろう。

日は既に登っており、カーテンの隙間から溢れる日差しが夜如の目元にチラつく。

そんな日差しを遮るかのようにして漆黒の扇子が夜如の顔を覆った。

夜如の安らかな表情は変わらない。

那月はその表情をどこか悲しげに覗く。

カーテンの隙間から溢れる日差しを自分の体で遮り、程よい風を常備している扇子で扇ぐ那月の姿は普段の態度からするとありえないものだ。

 

「お前はまだ忘れられないのか」

 

腰を下ろした那月は消え入りそうな声で呟く。

すると、普段とは違う那月を安心させようとなのか夜如があどけなくニヤリと気の抜ける表情を浮かべた。

勿論、夜如は寝ているので意図した訳ではなく、ましてや那月に気をつかった訳でもない。

ただそれでも、那月を嘲笑させるには十分なことだった。

 

「本当に仕方ない奴だな。こちらの()()も知らないで………」

 

那月はそれからしばらく夜如の側を離れなかった。

 

____________________________

 

 

「ウァ〜」

 

夜如が目を覚ましたのは夕方になってからだった。

日が沈みかけて空が夕焼け色に染まっている。

夜如は大きな欠伸と両腕を伸ばして靄のかかっている意識を鮮明にさせた。

同時に全体的に体が怠く軽い頭痛が夜如を襲う。

 

「寝すぎたか?」

 

夜如は痛む頭を押さえて周りを見渡す。

何の変哲も無い普段から使っていて安心できる自室だ。

それなのに夜如には違和感を感じずにはいられない。

 

「………何で俺は寝てるんだ?」

 

外は夕暮れで寝坊というには少々冗談では済まされない程で明らかに病気のレベルである。

それに夜如は朝起きる際は時計をセットしている。

それにも気付かず寝続けているのは異常であった。

 

「って、学校が!!」

 

夜如は思わず飛び起き自室を出てリビングに向かった。

時計は六時近くを回っており、授業は終わって部活動すら終了している時刻だ。

夜如は人生初めての大遅刻に冷や汗が止まらなくなる。

那月との約束に少しだけ遅れることはあったがここまでのは無い。

 

「どうしよどうしよどうしよ!?」

 

夜如は混乱する頭を無駄に回転させて必死に今後の行動を考える。

しかし、いい考えが浮かばずテーブルをぐるぐると犬のように回るだけになる。

そもそも夜如自体何故ここまで眠っていたのか理解できず昨日の夜に何があったのかさえ思い出せないのだ。

 

「あれ?本当に昨日の夜って何してたんだっけ?」

 

「報告します。お兄ちゃんは仮面憑きと呼ばれる魔族との戦闘中に仮面憑きの攻撃を受けて気絶しました」

 

「え?」

 

いつの間にいたのか夜如の背後には那月から着るよう言われているメイド服を見事にきこなしているアスタルテが栄養ドリンクの束を持って淡々と立っていた。

 

「栄養ドリンク?」

 

「半日以上眠っていたので固形物よりこちらの摂取の方が効率的かと」

 

アスタルテは持っていた栄養ドリンクの束を夜如に渡してその中の一本を開けて夜如の口に突っ込む。

 

「大丈夫ですか?」

 

その時浮かべていたアスタルテの何処か悲しげな表情の意味が夜如には分からなかった。

 

 

_________________________________

 

 

絃神島は常夏の島。

それは夜になっても変わらず嫌な熱気はどこにも行くことなく立ち込める。

唯一の救いは風があることぐらいで慣れれば熱気も気になることはない。

加えて夜空は日本本土と比べて透き通っており、満天の星空が広がる。

この夜空は規制が多く入島が少々厄介な絃神島の数少ない観光名所だ。

そんな星空を夜如は家の屋上から見上げていた。

 

「眠れない………」

 

半日以上寝ていた夜如は完全に昼夜が逆転してしまっていたのだ。

アスタルテは既に布団に包まっており遊び相手もいない。

仕方なく夜如は天体観測をしていたという訳である。

しかし、星は綺麗でも知識のない夜如にどれが何という星なのか星座なのかは見当もつかないので楽しむこともできない。

あれがデネブ、アルタイル、ベガと言いたい気持ちもあるが満天の星空すぎて三角形がどれなのか、そもそも何の三角形だったかすら覚えていないのが悲しいところ。

結局、星空を眺めながら睡魔を誘き寄せている間、夜如は思考の渦に呑まれるしかなかった。

 

「何をしている?」

 

「むぐ!」

 

唐突な後頭部の衝撃は夜如の平凡な思考の渦を穏やかなものにするのに十分な衝撃だった。

不服そうに夜如が振り返ると那月がいつも通りの見下しながら足を出していた。

鬼の感知力でさえ蹴られる寸前まで気付くことが出来なかったことから空間転移でもしたのだろう。

那月は空間を操るという超がつく高等魔術を息をするように使用する。

文句がある訳ではないが、そこいらの有象無象の魔術師からしたらチートもいいところだ。

 

「何って、半日以上寝てましたし今更寝れませんよ」

 

「睡眠の魔術を施してやろうか?安眠できるぞ」

 

「永眠の間違いでは?」

 

「ほう、よくわかってるじゃないか」

 

「え、本当に!?」

 

冗談に冗談を重ねたつもりが相当本気だったらしく、那月の手には紫色の霧が渦巻いていた。

睡眠の魔法というよりかは毒の魔法のようである。

夜如は焦って一歩後退する。

 

「当たり前だ。貴様がぐずぐずと無い頭を振り絞っているのならな」

 

「うっ………」

 

図星を突かれ心情辛い夜如は視線を那月からそろそろと右にずらして行く。

すると、那月の扇子が左からカウンターのように振り抜かれた。

 

「ウダウダしてないでさっさと言え。想像はつくが自分の言葉で言わんと意味がないからな」

 

那月の叱咤は日頃夜如が受けている八つ当たりとは全くの別物だった。

夜如はいつになく真剣な那月の態度に目を大きくして驚く。

教師として更に親としての言葉だったのだ。

 

「えっと、じゃぁ………」

 

夜如は一呼吸置いていつになく真剣に言う。

 

「俺は何で気絶したんですか?」

 

夜如は心底不思議そうに那月に問い掛けた。

那月もやっぱりかと軽く溜め息をついてから目を伏せた。

言うか言うまいか悩んでも見えたが、那月はすぐに顔を起こして言う。

 

「簡単な話だ。お前は共食いを見たんだ。仮面憑きのな」

 

「共食い………」

 

夜如はあからさまに苦悩の表情を浮かべる。

共食いと聞くと夜如の古い記憶が呼び起こされてしまうのだ。

夜如にとって過去の記憶はトラウマ同然の代物で、思い返せば鋭い刃物となって夜如の心を傷つける。

震える手を押さえ込み吐き気を盛大な深呼吸で黙らせた。

 

「仮面憑きは何でそんなことを?」

 

 

__________________________

 

 

「共食いを繰り返して最後の一体を決める………」

 

夜如は那月から仮面憑きの話を聞いて歯を食いしばって憤った。

 

「あくまで予想だが、負傷した仮面憑きの傷とアスタルテの言う共食いを聞けば想像はつく。何が最終目的か知らんが蠱毒と同じ要領だな」

 

夜如は呼び起こされた記憶から昨晩の少女を思い返す。

中等部の聖女と呼ばれている銀髪の少女叶瀬夏音のことだ。

叶瀬夏音と瓜二つの仮面憑きが存在し、蠱毒に巻き込まれている。

それは幼少期の夜如の姿と被るものがあり、無関係でいたいと言う気持ちと同時にどうしても放っておけないと言う気持ちが溢れ出る。

 

「那月さん………仮面憑きは今どこに?」

 

「行方不明だ。私も倒れかけていた鉄塔の復旧に時間がかかっていたからな。だが………あの馬鹿なコウモリと転校生なら何か知っているかもしれん。学校も二人揃ってサボっていたようだしな」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

夜如はそう言うと全員に鬼気を巡らせる。

 

「行くなら藍羽の所によることだ」

 

那月も夜如を止めることなく寧ろ後押しするようにアドバイスを送る。

夜如は最後に那月に向けて微笑みかけて飛び出して行った。

残された那月は深い溜め息を吐いて闇に溶け込む赤い光を見送る。

 

「マスター、良いのですか?仮面憑きの戦闘力は未知数です。最悪の場合は」

 

「心配は無用だ」

 

那月の後ろからパジャマ姿のアスタルテがやってきて那月に問いかける。

影から一部始終を覗いていたのだ。

しかし、那月はアスタルテの言葉を遮って家の中に戻って行く。

 

「それに、暁古城よりも適任かもしれんしな」

 

那月は心配する様子もなく淡々と言った。

アスタルテは何を根拠に言っているのかが分からず夜如が溶け込んだ夜景を無表情で見つめるのだった。

 




ガルパが忙しいっす。

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27話 遠泳

蚊がうざい


常夏の絃神島は夜になっても蒸し暑い。

太陽が真上にある昼よりかはマシなのだが、睡眠前の暑さはまた違ったストレスを与えてくるものだ。

天才的なハッカーという一面を持つ藍葉浅葱もそれは同様だった。

普段は纏めてある髪を下ろして窓は開けずエアコンを付けながら眠りに着こうとベッドの上で転がっていた。

 

「全く!二人で何をしてるのよ………!!」

 

しかし、昼間の出来事を思い返してしまって眠気が一向にやって来る気配が無い。

浅葱の中には古城と雪菜が良からぬことをしでかしているのではないかと様々な妄想が繰り広げていた。

眠気はむしろ遠ざかっていき、変な活気が憤りと一緒にこみ上げて来ることになる。

 

「____ぎさん」

 

だからなのか、周りの音があまり聞こえて無かった。

その声も浅葱の耳には一切入っていない。

ブツブツと呪言のような独り言を呟いているので自分の声で聞こえてないのもある。

 

「___あさぎさん」

 

その声は更に大きくはっきりと聞こえるようになる。

それでも自分の世界に入り込んでいる浅葱の耳は周囲の音を完全に遮断していた。

 

「浅葱さん!!」

 

「きゃあ!?」

 

声は痺れを切らした様子で遂に怒鳴り声の域に達する。

流石の浅葱も部屋全体が揺らぐ勢いの音量に飛び起きる。

 

「え!?何これ!?」

 

「あ………」

 

悲鳴を上げる浅葱の目の前には粉々に砕かれたガラス片が床に散らばっていた。

父が絃神島の評議会議員をしていることで中々の豪邸に住んでいる浅葱の家は防犯も完璧でガラスも強化ガラスとなっている。

更に魔族特区であることから魔族の危険も考えてそこいらの強化ガラスよりも強度は高い。

そのガラス窓を粉々に砕きことができる存在は限られてくる。

警報が鳴り響いて家の中では慌ただしい足音が駆け巡っている。

特区警備隊にも既に連絡が渡っているだろう。

数分もしない内に武装集団がやって来て家の周りを包囲する手筈だ。

阿鼻叫喚の緊急事態である。

 

「………」

 

その緊急事態を巻き起こした張本人は汗をダラダラと流して顔を真っ青にしていた。

拳が前に飛び出してまさに現行犯である。

反論や言い訳のの余地も無い状況に浅葱も思わず黙り込んでしまう。

 

「そ、その」

 

そして、犯人はゆっくりと動き出して逃げるなどせず膝を着いた。

 

「ごめんなさい………」

 

 

_________________________

 

 

「古城達の居場所?」

 

「はい。藍葉さんなら知ってるかなと」

 

ガラス片を片付けて浅葱に場を納めてもらった夜如は出された麦茶を手にとって一口飲むと本題に入った。

浅葱も相手が夜如だと分かるとすぐに呆れながら迎え入れてくれていた。

普段から夜如のことは弟のように接してご飯を奢るなどをしていたのもあり、浅葱が持つ夜如に対しての印象は良い。

だからこそ、こんな人の家の窓ガラスを割ってまで家に入り込む行動は違和感を感じ得なかった。

 

「何?あいつまた事件に巻き込まれてるの?」

 

「まぁ、あくまで可能性ですけど。それに本当の被害者は別にいますし」

 

「ふ〜ん………」

 

夜如は夏音のことを思い浮かべながら古城は二の次だと説明する。

第四真祖であることを隠している古城は何も知らない浅葱が事件に顔を突っ込むことを嫌がっている。

それを尊重して古城の元へ逸早く辿り着きたい夜如の言い訳はこれが最善であり限界だった。

対して浅葱は不信感を抱きながら夜如を睨む。

何かを隠していると察する浅葱の視線は鋭く天才ハッカーの実力が伊達では無いと示していた。

しかし、浅葱は自分が何を言ってもこの場で真相は掴めないと判断すると肩の力を抜いて諦めたように机に設置されているパソコンの電源を入れる。

 

「まぁいいわ。別に隠す理由もないし、後輩のお願いだからね」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「ただし!終わったら古城を私のところに連れて来てね。あの転校生との関係を聞き出さなくっちゃ」

 

「了解です………」

 

パソコンを操作する浅葱の背中は謎のやる気に満ち溢れていた。

その姿を見る夜如は古城に申し訳ないと心の底で謝りながら、雪菜をどう説得しようか悩むことになる。

どうやっても雪菜は古城について行こうとするだろう。

夜如は悶々と悩んでいたがあるところで思考を止めて頭を振った。

 

(後のことは暁さんに全部押し付けよう)

 

_______________________________

 

 

絃神島から旧式プロペラ機で三十分弱の無人島。

所有者はメイガスクラフトというアメリカに本社を構える大企業。

浅葱から受け取ったデータにはその他の情報がずらりと並んでいた。

しかし、夜如の必要としている物はあくまで古城達の居場所だけで、メイガスクラフトという会社や会社がお掃除ロボットと偽って戦闘用自動人形をアメリカ軍に売ったことなどは正直何の事やらと専門外のことだらけだ。

 

「ともかく、暁さん達がこんな所にいる時点で何か知ってることは明らかなんだよな〜」

 

夜如は買ってもらったばかりのスマホのマップで古城達がいるであろう場所に旗を立てた。

旧式プロペラ機で三十分弱で着く場所だと鬼の夜如が全力で走れば飛行機の半分ほどの時間で辿り着けるだろう。

しかし、如何せん目指す場所は海に浮かぶ無人島である。

泳ぎの苦手な夜如が向かうには過酷すぎる場所だ。

ヘリコプターや飛行機をチャーターするにも深夜にそんなことをしている店はなく、船だって出ていない。

そこでどうしても島に行きたい夜如が取った行動はこうだ。

 

「よし、バタ足しよう」

 

頭がおかしくなったのかと疑うほど突拍子もない発想である。

しかし、世界には約160キロをビート板など無しで泳ぎ切った60代の女性がいると聞く。

決して不可能な話ではない。

夜如がビート板の代わりにしたのは浮き輪だった。

港にならそこら辺にあり、取られてもあまり気にされない。

無残にもゴミのように捨てられいたりする場合もある。

夜如はそんな浮き輪をいくつか拝借し、海へと飛び出した。

想像より冷たい海水に驚きながらビニール製でないことや硬いこともあり安定感がある浮き輪に安堵する。

濡れないように放り投げたスマホを上手くキャッチして、マップ機能から現在地から目的地の角度を確かめる。

 

「あっちかな」

 

夜如は大体の方向を見定めるとスマホを鬼気で覆って懐にしまった。

そして、深い深呼吸をした後に決死の覚悟で足を動かし始める。

泳げないことから最初はゆっくりと弱々しく遅い遠泳も徐々に慣れて来たことでスピードも上がる。

 

「うわ!怖!!!」

 

しかし、真夜中の海は怖いものだった。

結局、スピードは少しばかり落ちることになるが確実に前へと進んでいった。

 

 

 




お久しぶりです。
学校やばいです。
勉強ばかりです。
まじで辛いです。
ってね、言い訳しますが久しぶりに自分の小説見直したんですけど矛盾やらキャラぶれ酷いですね。
ちょっと直して行こうかなと考えております。(いや、考えてないで直せよ)
また、小説の書き方でいつも自分『。』の時に改行してるんですが変えた方がいいですかね?
まぁ、それを含めて、

評価と感想お願いします!!


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28話 模造天使

宿題が………


 

真夏の太平洋上に浮かぶ無人島。

そこは高温と湿気が混ざり合い常人なら即熱中症に陥り気を失ってしまいそうな環境だ。

しかし、現在は真逆の環境に変貌していた。

気温は氷点下まで落ち湿気は雪か氷に変わって吹雪を巻き起こしている。

吹雪の中心には天まで届く氷の塔が悠然と聳え立っては根を張るように辺りの海までも氷結させて一種の結界を張っていた。

その光景は異常気象の領域を超えている。

そんな中、南極のような極寒の地に寒さを忘れて二人の男が言い争っていた。

 

「そんなものがあいつの望んでいた幸福なのかよ。あんたが勝手にそうお思い込んで勝手に押し付けているだけじゃねーのか。世間じゃそういうのを道具扱いっていうんだよ!!」

 

「黙れ第四真祖………貴様にそれを口にする資格などありはしない。自分自身のことすら何もわかっていない貴様には!」

 

古城と今回の事件の首謀者たる叶瀬夏音の叔父の叶瀬賢生は睨み合って声を震わせていた。

お互い身体に霜が張り付いて人間である賢生に至っては唇が青く低体温症になりかかっている。

それでもお互いに譲れないものの為に言い争い続けているのだ。

 

「____下りなさい、賢生!!」

 

そこに、北欧の国アリディギアの第一王女であるラ・フォリア・リハヴァインが鋭い声で警告した。

しかし、その警告は間に合わず賢生の頭上で爆発が生じた。

爆発の衝撃で氷の塔の一部が崩壊して複数の氷塊が賢生に襲いかかる。

不幸にも、古城との言い争いに意識を向けていた賢生は落下してくる氷塊を躱す余裕はなく、まともに無数の氷塊を浴びることになってしまう。

賢生の声は氷塊の落下音にかき消されて聞こえず、姿も巻き上がる雪に隠れて賢生の安否が確認することができない。

突然のことに警告したラフォリアを始め、古城と雪菜も固唾を吞む。

 

「育児方針についてお話ししてるところ悪いんだけどさぁ。あたし達そろそろ帰りたいのよね。さっさと第四真祖をぶっ殺してくれないかしら」

 

三人の沈黙に気怠げな声が響き渡った。

賢生の後ろに待機していた女性の吸血鬼である。

吸血鬼は槍の形をした眷獣を手にして薄ら笑いを浮かべていた。

隣には獣人が吸血鬼と並んで唸り声をあげている。

吸血鬼の女が槍型の眷獣で氷の塔の一部を破壊したのだ。

 

「ベアトリス・バトラー!!」

 

氷の塔の一部を破壊した吸血鬼に気づいて雪菜は叫びながら雪霞狼を構える。

ベアトリスと獣人の男は賢生の護衛を担う者の筈だ。

突如起こった敵内部の裏切りに古城とラフォリアも遅れて臨戦体制に入った。

 

「出ないとこいつらが売れ残っちゃうからさぁ!!」

 

ベアトリスは叫ぶと同時に何やらリモコンを操作する。

すると、後ろに置かれていたコンテナが内部から弾け飛んだ。

白い煙が立ち込めて中からはゆっくりと二つの影が現れる。

朧げに現れたのは四枚の翼に魔術模様が全身に巡らせられている姿。

さらに特徴なのは金属製の仮面である。

 

「「仮面憑き!?」」

 

古城と雪菜が愕然と叫ぶ。

現れたのは数日前に夜如達も含めて戦った相手だったのだ。

賢生の計画はこの仮面憑き同士を複数回戦わせて蠱毒の要領で最強の一体を作り出し、天使を人工的に生じさせるものだ。

その名も”模造天使(エンジェルフォウ)

完成体に選ばれた模造天使は氷の塔の中心にいて一時的に行動不能状態にいるのだが、未完成の状態でも古城達は仮面憑きに苦戦を強いられた。

それが二体もいるのだから古城と雪菜には緊張が走る。

 

「クローンか………私が用意したのとは別に作っていたな」

 

落下した氷塊の中から賢生がよろめきながらも出てくる。

偶然なのか大きな怪我をしている様子はなく軽傷で済んでいた。

 

「こっちも商売なんでね。完成体には性能面とか色々程遠いけど制御できるあたりこっちの方が使い勝手はマシってところかしら」

 

賢生とベアトリス達が完全な協力体制にある訳ではないように示唆できる会話が交わされる。

リモコンをおもちゃのように扱うベアトリスは賢生を心配する様子もなく槍の眷獣を片手に歩き出す。

古城は敵ながらベアトリスの行動に歯を食いしばり怒りを覚える。

 

「お姫様、あんたのクローンは兵器化しなくても雄どもには高く売れるだろうし?全身バラバラにして増やせるだけ増やしてやるよ____ぐはっ!?」

 

「ベアトリス!」

 

悠々と古城達を見下しながら歩くベアトリスの演説は最後まで続くことはなかった。

ベアトリスは突如として全身を痙攣させてその場に蹲ってしまったのだ。

後ろを歩いていた獣人は咄嗟にベアトリスへと駆け寄る。

 

「黙れよ年増………天使だとか王族だとかクローンにして増やすだとか………好き勝手言いやがって………!」

 

古城の瞳は赤く染まっていた。

これまで溜りに溜まった怒りが引き金となり吸血鬼としての力が活性化しているのだ。

抑えきれなくなった魔力は雷撃として辺りに撒き散らされ、雪菜とラフォリアは巻き込まれないよう距離をとっている。

ベアトリスが倒れ込んだのは古城の魔力の影響だ。

しかし、それは古城の意思で攻撃した訳でなく古城の魔力が漏れ出してたまたまベアトリスに当たっただけなのだ。

 

「いい加減頭に来たぜ!お前らの計画全部をぶっ潰してやるよ!!」

 

「調子に乗るなよ餓鬼が!!!」

 

禍々しい覇気を放って叫ぶ古城に対してベアトリスも負けじと魔力を放出する。

仮面憑きをも操作してベアトリスは完全に古城を倒そうと槍の眷獣を差し向ける。

同時に雪菜とラフォリアも迎え撃つ態勢に入った。

 

「「キリィィィィ!!」」

 

仮面憑きは甲高い悲鳴にも似た声をあげて上昇し、眩い光を発して古城達に襲いかかる。

古城も右腕を引き絞り第四真祖が持つ強大な魔力を込めて迎え撃つ。

 

「ここから先は、第四真祖()戦争(喧嘩)だ!!」

 

「キリィィィィ!!」

 

古城の魔力と仮面憑きの光が空中で激突する。

尋常ならざる二つの力同士が衝突して周囲に強烈な一種の災害の余波が撒き散らされた。

 

 

 

______と誰もが予想したその瞬間。

 

 

 

 

「はぁぁぁあ!!!」

 

真紅の半透明なオーラで象られた拳が怒号と共に二体の仮面憑きを後ろから殴り飛ばす。

その光景はこの場にいる全ての人物の虚を衝くこととなり、意気込んでいた古城とベアトリスも金縛りにあったかのように固まる。

巨大な真紅の拳に殴られた仮面憑きは凄まじい勢いで吹き飛び無人島に聳え立つ氷の塔の根元にめり込んだ。

同時に海からやって来たそれは賢生やベアトリス達が乗って来た船の上に勢いよく片膝をついて着地する。

拳同様の真紅のオーラを纏い船を半壊させながら着地した男は第四真祖とは別種の覇気を放出していた。

ベアトリスも獣人も仮面憑きを殴り飛ばす規格外な存在に目を見開いて後退りしてしまう。

異質な存在に恐怖を抱いているのだ。

そして、

 

「痛った〜〜〜!!!!膝打った!膝打ったー!」

 

夜如は思わず敵を目前に転げ回った。

 

 

 

_____________________________________

 

 

夜如が光に気づいたのは氷海を走っていたときだった。

浮き輪で泳いでた夜如だが途中で氷海が現れたことで上に乗り走ることに切り替えたのだ。

すると、二体の天使が眩い光を発して古城達と対峙してるのを確認して後ろから天使達を問答無用に殴りつけたのだ。

いつもの打撃とは違い、鬼気を拡大させて放った擬似的な拳は体力は消費するものの範囲も威力も格段に上がっている。

最近、強敵と戦うことが多くなったことで眷獣を使えるアスタルテからアドバイスを受けて習得した新技だ。

 

「南宮さん!!その人達を倒して下さい!!」

 

一瞬の硬直から逸早く抜け出したのは剣巫として訓練を受けて来た雪菜だった。

誰よりも早く状況を理解してベアトリス達が硬直している隙を逃さず叫ぶ。

ラフォリアも同様の判断力はあるのだが、夜如の存在を知らなかった為に雪菜と僅かながら差が生まれてしまう。

古城は言わずもがなだ。

 

「はい!!」

 

そして、自分で考えるよりも命令されて動く方が得意な夜如は雪菜の叫びに即座に反応できた。

転げ回るのをやめたと思った瞬間に鬼気を拡大させて巨大な真紅の手を作り出す。

魔力でも霊力でもないその異質な力は右手で獣人を左手でベアトリスを押し潰した。

 

「ぐぅ………何よこれ!?ロウ!!獣人ならこれどうにかしなさい!!」

 

「無茶言うな!こんなのどうにかできるものじゃねぇ………!」

 

ベアトリスにロウと呼ばれた獣人は口では否定していても一応は脱出しようと力一杯もがく。

しかし、関節技のように押さえつけているのではなく巨大な手で地面へと押し付けられている状態ではまともに動くことはできない。

力尽くに抜け出そうにも獣人と鬼では鬼の方が身体能力は圧倒的に高いのでそこいらの有象無象の獣人が抜け出すのは実質不可能であった。

 

「貴様は鬼か!」

 

真紅の手を見て賢生は目を見開いて驚く。

絶滅危惧種に指定されて世界的に見ても希少な鬼の能力は未知数。

歴史書のような文献でしか記録がないのだ。

それ故、オニとは古来、姿形は曖昧で存在が不確かなものとして伝わっている。

天使の研究をしていた賢生が驚くのは無理もない。

 

「空隙の魔女が手懐けているとは聞いていたが………」

 

「………そんなペットみたいな」

 

夜如は賢生の思わぬ言葉に肩を落とす。

 

「まぁ、嘘ではないですね」

 

「犬だよな」

 

「ほう、あの空隙の魔女は鬼を買ってるのですか?」

 

古城達も続けて口を揃えるので夜如の気はさらに落ちる。

しかし、夜如自身も従順に好き好んで従っているので雪菜の言う通り嘘ではない。

自覚しているからこそ、こそばゆいのだ。

 

「だが、単に希少なだけの鬼ではこの次元に存在しない存在に勝てる訳ない」

 

「………何のことですか?」

 

賢生がニヒルな笑みを浮かべる。

夜如が何のことだと首を捻ると無人島に衝撃が走った。

衝撃の中心地に視線を向けるとそこは氷の塔だった。

下から上にかけて巨大な亀裂が入り氷の塔は崩壊して行く。

しかし、その光景よりも夜如は別のものに目を奪われていた。

 

「我が娘には絶対に勝てん」

 

「キリィィィィィィィィ!!!」

 

三対六枚の羽を広げた白い天使。

叶瀬夏音はハイライトの無い瞳で舞っていた。

 

 




遅くなってごめんなさい!
いや、夏休みって忙しいじゃないですか。
アニメ見たりラノベ読んだりゲームしたりね。
まぁ、更新ペースは遅いですが、何とかやって見ます。

では、評価と感想お願いします!!


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29話 鬼と天使

いや、アフグロ二章ガチ勢多すぎ!!
何とか2000位称号取りました。
普通のイベントなら絶対1000位以内には入ってた!!


 

「………」

 

瞳の奥から光が消えた叶瀬夏音は下界を見下すように目下の生物供を見下ろしていた。

逆に神々しく神秘に光り輝く三対六枚の羽とその体は美しく、まさに神の使いと表現するのに相応しい姿であり、地上の生物を見下すことがこの世の心理で正しい行いだと錯覚する程だ。

夜如も大凡の予想はしていたが夏音がその予想を上回る姿に変貌しているのを見て叫ぶ。

 

「叶瀬さん!」

 

「私がこの先どうなろうと、娘がこの場にいる全ての存在を消してくれればそれでいい。第四真祖を殺して娘が天界へと昇天すれば模造天使の実用化が証明されて技術は確立される。鬼など倒した際のおまけが増えたと寧ろ喜ぶべきだな」

 

「昇天………!?」

 

賢生が傷だらけで足元も覚束ないながらも夏音を見上げながら言う。

夜如は賢生の正気を疑った。

勿論、娘を天使にする計画の時点で正気ではない。

ただ、傷だらけの満身創痍になりながら自分の命以外に他人の命、ましてや娘の命すらも犠牲にしてまで計画を実行しようとするその執念に夜如は感じたことのない恐怖を憶える。

 

「………何を企んでるんですか?」

 

「答える必要はない。何にせよ、鬼と天使では次元が違う。本来触れることのできない存在をその鬼の力で触れられたことには驚いたが、クローンにも勝てなかった君が勝てる相手ではないのだよ」

 

「ッ!?夜如さんあぶない!!」

 

瞬間、殴り飛ばした筈の模造天使のクローンである仮面憑き達が起き上がり、砲弾のような勢いで夜如へ向かって突進する。

クローンだとしても模造天使を元に作られた仮面憑きの勢いは凄まじく、剣巫の霊視の力で少し未来を見ていた雪菜でさえも遅れた警告しかできなかった。

両手が塞がっている夜如は一瞬躊躇したもののベアトリスとロウを押さえつけていた鬼気の手を消し、船から前方の砂浜へと回避した。

回避したと同時に夜如がいた場所へ仮面憑き二体の横薙ぎされた腕が空を切る。

夜如が鬼でなければ一瞬の躊躇の間に致命的なダメージを負っていただろう。

しかし、無傷の代償に拘束していた魔族二体が解放されてしまい、夜如は砂浜に着地すると珍しく僅かな苛立ちを見せる。

 

「全く!自動反撃機能は正常に作動していた筈なんだけどね。厄介な敵が現れたもんだよ」

 

「普通なら絶対に勝てねーな」

 

鬼気の手から解放されたベアトリスとロウは気怠げに悪態をつく。

気怠げな口調とは裏腹に二人の瞳からは怒りの感情を感じ取られ、吸血鬼と獣人の能力を十分に活性化させている。

 

「夜如!」

 

古城は砂浜まで回避した夜如に声を掛けた。

雪菜も後に続きラフォリアも強力な援軍に僅かながら安堵する。

夜如が来なければ第四真祖と剣巫がいるにしても勝率は明らかに低い。

数的にも不利なこの状況に仮面憑きと対等に戦える夜如の戦力はラフォリアの中では嬉しい誤算であったのだ。

 

「色々聞きたいことがあるんですけど………」

 

「それはこの戦いが終わってからでお願いします」

 

「ですよね」

 

口から出かけた様々な質問を雪菜に遮られて夜如はすぐに視線を変えた。

上空に天使となった夏音と仮面憑きが飛び、地上には魔族二体がこちらを窺っている。

夜如が来たとしても決して余裕を持てるような状況ではない。

 

「夜如さんでしたか?私はラフォリアと申します。大変申し訳ないのですが貴方には上空のクローンの相手をお願いできないでしょうか?」

 

「えっと、わかりました」

 

「ありがとうございます。あれを相手にしながらの戦闘は難しいですから」

 

ラフォリアは静かに尋ねる。

夜如はこの人誰だろうと思いながらもラフォリアの雰囲気に那月と同じ匂いを感じ取り素直に従うことにした。

何故ならラフォリアの手に豪華に装飾された銃身の長い拳銃を所持しているのを見たからだ。

実践には不向きそうでどちらかというと博物館に展示されていそうな貴族の拳銃である。

しかし、警戒すべきはその拳銃ではなく、拳銃に装着されている銃剣から異様な魔力が発せられていることだ。

夜如は銃ではなく銃剣がメインの武器に何と無くラフォリアの性格を察したのだ。

 

「倒す気で行きますけど出来るだけ早く、あの吸血鬼が持ってるリモコン奪ってくださいね」

 

「彼女の相手は私がします」

 

「では、獣人の方は私が………ということで古城」

 

ラフォリアの言葉に古城は拳を合わせて応える。

 

「おう!叶瀬のことは任せろ!!」

 

______________________________

 

 

 

「よし!」

 

先手必勝とばかりに夜如は浜辺を蹴った。

巻き起こる砂埃を目くらましに雪菜とラフォリアもベアトリス達へと走る。

夜如はまず仮面憑きではなくベアトリスに視線を向けた。

ラフォリアから仮面憑きの相手を頼まれているが最も理想的なのは仮面憑きを操作しているベアトリスを最初に倒すことだ。

夜如は相手の反応を狂わそうと更に加速してベアトリスに殴りかかる。

 

「ぐっ!!」

 

しかし、そう上手くことを運ぶことは出来ない。

ベアトリスの正面に現れた瞬間に横から仮面憑きの一体が夜如をカウンター気味に殴ったのだ。

スピードに乗っていた夜如はその全てが攻撃力へと変わった攻撃を受けて砂浜に激突する。

更に二体目の仮面憑きが夜如に向けて無数の光剣を振り落とす。

 

「危ない、危ない。自動にしとかなきゃやられていたところだよ」

 

「夜如さん!!」

 

ベアトリスは引きつった笑みを浮かべて話す。

ベアトリスとて馬鹿ではない。

夜如の力を過小評価せずあらかじめ自動的に夜如を攻撃するよう指示を仮面憑きに出していたのだ。

雪菜は慌てて振り返り、ものすごい勢いで吹き飛ばされた夜如の安否を確認する。

 

「あっぶなかった………!!」

 

しかし、夜如は先程見せた鬼気の手を出現させて光剣を防いでいた。

殴られたダメージは見て取れず仮面憑きの攻撃を全て防いだことにベアトリスは盛大に舌打ちをする。

雪菜は夜如の無事を確認するとベアトリスに向かって再度走り出した。

 

「面倒ね!蛇紅羅(ジャグラ)!!」

 

ベアトリスは夜如の相手を仮面憑きに任せて雪菜と対峙するために眷獣を呼び出す。

その姿は古城などが呼び出す名の通りの獣ではなく槍の姿をしていた。

 

「雪霞狼!!」

 

雪菜の槍とベアトリスの槍が火花を散らし衝突する。

 

 

____________________________

 

 

仮面憑きの光剣を防いだことには防いだのだが夜如は内心肝を冷やしていた。

受け止めた手は拡張した鬼気を介しても腕の芯に響く衝撃が残っているのだ。

夜如は直感的に直撃を受ければ鬼の防御力を持ってしても致命傷の可能性が高いと理解する。

 

「きっついなー」

 

夜如は上空に羽ばたく仮面憑きを眺めて冷や汗をかく。

ナラクヴェーラとの戦いでも不利な状況は経験している。

しかし、ここまで不利というわけではなかった。

今、夜如の目の前には夜如を確実に殺せる手段を持っているのだ。

初めて経験する死線に緊張するのも無理はない。

それでも夜如はここで喰い止めなないと戦況が崩壊して賢生の目論見通りになってしまう。

 

「せりゃ!!」

 

夜如は浜辺に転がる小石を全力で仮面憑きに投げつける。

鬼気を纏った小石はソニックブームを広げて仮面憑きに衝突する。

勿論、小石は仮面憑きに当たった瞬間に砕け散る。

 

「ああ、もう!空飛ぶなんてずるい!!」

 

そんな夜如の文句に仮面憑きが返事をする筈もなく、二体の仮面憑きは別々の角度から急降下を開始する。

夜如は咄嗟に左右の腕を広げ鬼気を拡大させて仮面憑きの攻撃を受け止める。

しかし、鬼の力を持ってしても仮面憑き二体の突進を防ぐのは限界があった。

そこで夜如は鬼気をいきなり引っ込めて仮面憑きの態勢を崩す。

勢いのまま突っ込んでくる仮面憑きを上半身を後ろに倒すことで回避し、地面に手を突いて駒野のように回転しながら仮面憑きの顔面を捉える。

 

「誘い受けでしかまともに攻撃できないなんて、空中も行動範囲ってのは有利すぎない?。やっぱ空を飛ぶのはそれだけでアドバンテージですよね」

 

鬼の蹴りを受けても尚上空へ羽ばたき態勢を立て直す仮面憑きを見て心底そう感じざるおえない。

そして、その学習能力もしかり。

仮面憑きは接近戦が不利と見るや無数の光剣を出現させたのだ。

その数は甚大で流石の夜如からも表情が消える程に。

何せ光剣一本一本が夜如に致命傷を与えかねない威力を持っているのだ。

 

「くそっ!」

 

焦る夜如は全力で走り出した。

的を絞らせないように蛇行しながら常人の目には残像しか残らないほどのスピードで仮面憑きを撹乱させる。

仮面憑きは問答無用に光剣を振り下ろした。

その光景は正に光の雨。

夜如は全速力で走りながら当たりそうな光剣だけを的確に防いでく。

防ぐごとに僅かながら鈍い痛みが蓄積して数をこなす毎に防御が雑になっていくのを自覚しながらも足掻く。

砂埃が立ち込めて夜如の姿が消えても仮面憑きは攻撃をやめない。

雪菜やラフォリア、古城も光の雨に戦闘中にも関わらずそちらに目を向けてしまう。

遠目から見るだけでも尋常じゃない威力と数に不穏な空気が漂う。

ベアトリスとロウは勝利を確信し甲高く笑う。

 

「流石の鬼でも天使には勝てなかったようね!!言われたでしょ?次元が違うって!まぁ、本来干渉することのできない天使に触れることができただけ褒めるべきかしら?」

 

光の雨が降り終わり砂埃も巻き上げられた頃には後に何も残っていなかった。

血も死体も残骸も残っておらず、穴だらけとなった砂浜が海風を浴びている空虚な場所だ。

 

「嘘だろ………」

 

光の雨の衝撃に一番の強敵と戦っている古城も声を漏らす。

誰もが夜如が跡形もなく消えてしまったと思うだろう。

実際、浜辺から夜如は消えていた。

浜辺からは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に痛かったんだけど!!」

 

その声は仮面憑きの遙か上空から響いた。

声に反応して振り向く仮面憑きが目にしたのは全身血だらけになった夜如が右拳を限界まで引き絞った姿だった。

しかし、それ以上仮面憑きが何かを見ることはなかった。

 

「ハァァ!!!!」

 

夜如の拳は二体の仮面憑きを殴り飛ばし、浜辺へと突き刺す。

その衝撃は先程不意打ちで打ち込んだものと比べ物にならない威力だ。

仮面憑きが地面に激突する衝撃は島全体を揺らし周囲の氷塊に亀裂を走らせた。

 

「まだまだ!!」

 

更に夜如の攻撃はこれで終わらなかった。

落下するスピードを乗せて右足を高く上げると着地と同時に仮面憑きが落下した場所へと振り下ろす。

 

「こ、これで起きたらもう無理ですよ………」

 

夜如はヨレヨレと砂浜に座り込んでしまう。

口調は軽いものの夜如のダメージは深刻で戦闘を続けるには無理があった。

仮面憑きが立ち上がらないことを祈るしかない状況だ。

しかし、夜如の祈りは叶わず浜辺は爆発して二体の影が姿を表す。

 

「勘弁して………」

 

夜如は立ち上がると構える。

仮面憑きも夜如の攻撃に無傷とはいかなかったようで腕が変な方向に曲がっていたりと悲惨な姿になっていた。

それでも仮面憑きに降伏の意志は無いようで無慈悲に満身創痍の夜如に突っ込む。

 

「っ!?」

 

すると、夜如が鬼気で防御しようと仮面憑きの攻撃が首元で止まる。

夜如が激しい動悸を抑えて恐る恐る横をみると雪菜が笑顔でリモコンを掲げていた。

ラフォリアも笑みを浮かべているのを見て夜如は安堵と緊張の緩和に後ろから倒れこんだ。

 

「死ぬかと思った〜………!!」

 

 

_______________________

 

 

勝利の安堵もつかの間、一番の強敵が未だに残っていた。

その事に気付いたのは島全体を眩い閃光が包み込んだからだ。

直視したら網膜が焼かれて失明も免れないであろう非常に攻撃的な光は曇りがかる天候に新たな太陽を生み出したかのような存在だった。

閃光が和らぎ少しずつ目が慣れてくる。

 

「あれは………」

 

仮面憑きは停止した事で天空には模造天使化した花音しかいない。

夜如は上空の花音が更に変化した姿に言葉を失う。

 

「キリィィィィィィィィ!!!」

 

三対六枚の羽からは一枚一枚に巨大で血の色をした眼球が睨みを利かしているのだ。

夏音自身も血の涙を流して叫び声を上げている。

更には叫び声に呼応するかのように青白い炎も纏い、最早これが天使なのかと疑問に感じてしまう風貌。

むしろ、天使から悪魔へと堕天しかけているようにも見えてしまう。

 

「あの、悪化してませんか!?」

 

「し、仕方ねぇだろ!!叶瀬を高次元から引き下ろしたらこうなっちまったんだよ!!」

 

夜如は夏音と対峙する古城の元に駆け寄ると忙しなく尋ねる。

古城も焦っているのか歯を食いしばって反論する。

古城が言うには高次元にいてこちらからは触れることすら出来なかった夏音を古城の新たな眷獣である龍蛇の水銀(アルメイサメルクーリ)次元喰い(ディメンションイーター)の力で強制的にこちらの世界へと引きずり落としたらしい。

しかし、この力を直接夏音に向けると夏音が死んでしまうとのこと。

 

「なら私が叶瀬さんに雪霞狼を当てて無力させます。こちらの次元に落ちたのなら私の攻撃も届く筈です」

 

「駄目だ!危険すぎる!!」

 

雪菜の持つ槍は吸血鬼の真祖すら殺すことの出来る降魔の槍。

全ての異能を無力化させることが出来るのだ。

確かに、雪霞狼を少しでも当てれば魔術的な技術で作られたであろう模造天使だけが消滅して元の人間である夏音は擦り傷程度で住む筈だ。

しかし、雪霞狼を当てる隙を模造天使が与えてくれるとは思えない。

特殊な戦闘訓練を受けて異能を無効化出来る槍を持っているとはいえ、人間の雪菜が模造天使の猛攻を掻い潜れるとは思えない。

雪菜もそこは自覚している。

 

「はい、なので夜如さんと一緒に突っ込みます」

 

「え、自分ですか!?無理ですよ!!羅生門だって前にしか展開できないから空飛んでる模造天使には意味ないし」

 

「解ってます。夜如さんに物凄く負担がかかってしまうんですが出来るだけ近くまで私を守ってくれるだけでいいんです。お願いできませんか?」

 

雪菜の頼み事は夜如からしたら死んでくださいと言っているのと同義だった。

雪菜からしてみれば鬼の防御力を頼みの綱にしているのだろうが、鬼の防御力を持ってしても模造天使の攻撃力は異常である。

正直、クローンにさえボロボロにされて余力のほとんどない夜如に務まる役ではない。

しかし、何故か三人から向けられる期待の眼差しに夜如は首を横に振ることはできなかった。

同じ眼差しなら夏音の羽から向けられる血の瞳からの方が嫌ではないと思ってしまったのだ。

 

「分かりました………死んでも守り抜いてみせますよ!!」

 

夜如は渾身の鬼気を全身に纏わせる。

そして、意識する。

今度は仮面憑きとは違い馬の目を抜くような速度を出してはならない。

あくまで雪菜の守護が目的で雪菜の動きに合わせるのだ。

 

「行きます!」

 

「はい!!」

 

夜如と雪菜は同時に走り出した。

模造天使も黙って見過ごす訳もなく、瞬時に無数の光剣を夜如達に向けて放つ。

後ろでは古城とラフォリアが援護としてある程度の光剣を眷獣の力で喰らったり撃ち落としたりしてくれている。

しかし、それでも全てを撃墜することはできず、どうしても夜如達に届く光剣がある。

 

「はぁ!!」

 

夜如はその光剣を腕を振って弾き飛ばす。

もう既に鬼気を拡張する力も殆ど残ってない夜如に出来ることはこのぐらい。

仮面憑き同様に腕にかかる衝撃は凄まじくとも、脚で蹴飛ばしたり肩を使ったりして何とか雪菜を守る。

しかし、無数に降り注ぐ光剣を防いでも進むスピードが遅い。

 

「姫柊さん!!俺に捕まってください!!」

 

「え?わ、分かりました!」

 

夜如は雪菜に自分の腰に手を回させると残っていた力を全て使って鬼気を拡張させる。

照れてる雪菜を無視して夜如は全速力で走り出す。

 

「キャァァ!!」

 

雪菜から羞恥心は消えて絶叫が響く。

多少の光剣は無視した力任せの鬼である夜如にしかできない荒技である。

 

「まだまだぁぁぁ!!!」

 

近づくごとに光剣の数と質が高まる中、夜如は雪菜の負担を考えながら突き進む。

模造天使はそんな夜如を警戒してか周囲にばらまくように放っていた光剣を全て夜如に向けた。

それに気づいた夜如は腰にしがみ付いている雪菜を片手で抱えた。

瞬間、仮面憑きを倒した戦法に入る。

戦法と言っても大層なものはなく、いつもの力技だ。

落下してくる光剣が地面に突き刺さり巻き上がる砂埃と同時に上空へ目を抜くスピードで跳躍するのだ。

 

「ふん!!」

 

夜如は目論見通り模造天使の上をとる。

夏音の視線は下を向いており、こちらに気づいていない。

しかし、

 

「何だと!?」

 

夏音の視線は外せても模造天使の目を外すことはできなかったようで、羽に宿る赤い瞳が上空の夜如達に無慈悲な眼差しを送っていた。

遅れて夏音も夜如の方を向く。

夜如は空中で雪菜のことを離すと迷わず体を丸めて雪菜の盾となった。

 

「キリィィィィ!!!」

 

模造天使は夜如に向けて青白い炎を放出する。

それは高次元から漏れ出す神気だった。

防御の構えをとっていたとはいえ神の力を至近距離から受けた夜如の体は全身が重度の火傷となり突き刺さすような痛みが駆け巡る。

 

「ぐっ………この………おおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」

 

夜如は正真正の最後の力を出し、内心謝りながら夏音の顎を蹴り上げた。

叶瀬の顔は上へ弾け、一瞬の隙が生まれる。

その隙は千載一遇のチャンス。

夜如は落下してながら叫ぶ。

 

「姫柊さん!!」

 

「雪霞狼!!」

 

夜如が模造天使の攻撃を防いでくれると信じ空中で祝詞を唱えていた雪菜が模造天使となってしまった夏音に槍を突き付ける。

すると、夏音の周りから異能の力が消え去り、模造天使の余韻も全て古城の龍蛇の水銀(アルメイサメルクーリ)が喰らい尽くす。

 

「勝った………」

 

それを見届けた夜如は疲労と安堵のあまり意識を手放すのだった。

 

 




最近、原作をなぞっているだけと評価を頂きました。
マジでぐうの音も出ないくらい正論過ぎて嫌な気持ちすら湧きませんでした。
頑張ります!!

では、評価と感想、誤字脱字報告お願いいたします。


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30話 未知

友人がバンドリの同人誌即売会に行くらしい。
通販やってくれい!!


 

「………」

 

まるで光の届かない深海に放り出されたような感覚だった。

目を開けて辺りを見渡しても、自分の体すら見ることができない。

体を動かしても何かに触れることはなく、何処かに移動している感覚も無い。

本来、何も感じることのできない空間にいきなり放り出されたら恐怖心や警戒心を浮かべる筈だ。

しかし、不思議と恐怖心も警戒心も感じなかった。

死ぬ瞬間、人は何の感情も浮かんで来ないという話がある。

それがこれなのかと、夜如は他人事のように考える。

 

「………」

 

声も出せない、動くことも感じることもできない空間は時間感覚を狂わせる。

一分、一時間、一年、幸いなことに感情が欠落している夜如が時間を気にすることはなかった。

それでも時間は誰かに気にされるなど関係なく自然の摂理として流れて行く。

無情にも時間が経つごとに夜如の中から感情どころか思考までもが失われる。

そうなると、生きているのか死んでいるのかもわからない。

ただ、一定の動きを繰り返す機械のように夜如は空間を浮かぶ。

 

「………」

 

すると、二つの淡く青白い光の球が夜如の目の前に現れる。

しかし、感情も思考も捨てた夜如に光に対する反応は無い。

光は夜如の周囲を回り始める。

時折、夜如の体を突っついたりと夜如のことを心配しているように見える。

しばらくすると淡かった光は徐々に輝きを増し始め、光子が夜如の体全体を包み込む。

優しさに満ちた光だ。

眩い光が消える頃には元の淡く青白い光の球も消えていた。

後に残るのは先程と変わらない人形のような夜如だけ。

 

「………」

 

暗闇は何処までも続いた。

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

「あ、目が覚めましたか?」

 

「………」

 

目を覚ますと銀髪の美少女が夜如の服を脱がしていた。

銀髪美少女の手にはタオルが握られており、夜如の体を拭いてくれようとしているのが分かる。

しかし、寝起きに美少女が自分の服を脱がしている光景は中々のプレイボーイでない限り混乱するもので、夜如の顔は林檎のように赤くなる。

 

「か、か、か、叶瀬さん!?」

 

「はい、叶瀬夏音です。おはようございます」

 

夏音は慌てふためく夜如を気にすることなく聖母のような笑みで挨拶する。

更に夏音はそのまま夜如の露出する胸にタオルを当てた。

 

「な、何してるんですか!?」

 

「えっと、汗を拭いてさしげようとしていました」

 

「自分でできますので!!」

 

何故ここに夏音がいて夜如の看病をしているのか気になるところだが、夜如の中で羞恥心の方が優っているために夜如は夏音から少々強引にタオルを受け取ると素早く後ろに後退する。

しかし、夏音が引き下がることはなかった。

 

「駄目です!しばらくの間は絶対安静と言われました」

 

「いや、もう大丈夫ですんで!!」

 

おっとりとした顔立ちとは逆に案外頑固なところを見せる夏音は後退して壁に背中を押し付けている夜如へと迫る。

夜如は両腕を交差させて必死に顔を横に振った。

夏音は頬を膨らませて可愛らしく言う。

 

「数日も寝込んでいました!南宮先生にもこれから報告するので言うことを聞いてください!」

 

「数日も………?」

 

 

 

___________________

 

 

取り敢えず粘る夏音をどうにか説得して部屋から出すと着替えなど身なりを整える。

夏音とアスタルテが交代で看護してくれていたらしく、着替えは布団の横に置いてあった。

夜如は人前に出てもおかしくない格好になると部屋を出て夏音から話を聞く。

 

「___ってことでした」

 

「あぁ………」

 

夏音の話によると夜如が気絶した後、事件は解決に向けて動いていると言うことだ。

事件の首謀者たる叶瀬賢生は人工島管理公社が預かることになり、賢生の実験に協力したメイガスクラフトは吸血鬼ベアトリスバトラーと獣人ロウキリシマの独断だと切り捨てた。

叶瀬自身も模造天使の魔術の影響でしばらくの間入院していたらしい。

円満解決とはいかないもののこの事件は終わったと言うことだ。

 

「で、身の置く場所がなくなった叶瀬さんを那月さんが後見人となったと………」

 

「はい、今は南宮先生の付き添いでいませんが、アスタルテさんとも挨拶しました」

 

夏音は事件で心に大きな傷を負っている様子もなく嬉しそうに当時の状況を話す。

中等部の聖女などと言われているが、向かい合って話していると少し変わっている可愛い女子中学生である。

つられて夜如も笑って話に答える。

 

「なので、これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

少々似たような境遇の夜如と夏音はすぐに打ち解けることができた。

家族が増えることで嬉しい気持ちと同時に那月のお人好しも見え隠れする。

普段は唯我独尊我が道を行く那月も子供を引き取ったりと、教師らしいことをするのでこれが夜如の中で那月の評価をぐんと上げるのだ。

この時夜如は気付いていないのだが、中等部の聖女と同棲している事実は中等部の男子から壮大な嫉妬心を煽ることとなり、南宮夜如を呪う会という団体が発足され流のだった。

 

 

________________________

 

 

「奴は一体何者なのだ?」

 

「奴とは誰のことだ?」

 

人工島管理公社の施設に賢生はいた。

向かいに座っているのは那月でその後ろにはアスタルテが立っている。

尋問部屋のような場所にある小さな窓からは夕陽の光が差し込んで部屋全体をオレンジ色に染めている。

那月は賢生の問いに質問で返す。

 

「貴様が飼っている鬼のことだ。あれはどう考えても異常だ。仮面憑きの攻撃を防ぐだけならまだしも、模造天使による高次元から放出された神気でさえも防ぐなど普通なら考えられん。それこそ真祖でも無い限りな」

 

「鬼の特殊能力だろう。鬼の力は未知数だからな」

 

「いや違うな。あれはそんなレベルを超えている。………何を隠している?」

 

賢生は戦いを振り返りながら那月に問いただす。

結果的には倒されてしまった模造天使だがその力は強大だった。

第四真祖である古城でさえも神気を防いだのではなく、眷獣が喰らうことで無効化させたのだ。

鬼気という未知の力で守っていたとしても神気を正面から受ければこの世から消えて無くなっている筈。

未知の生物の発見に賢生の瞳は真っ直ぐに那月へと向けられていた。

 

「犯罪者の分際でこの私を呼び出したかと思うとそんな下らないことか。呆れてものが言えんな」

 

しかし、那月は深い溜息をついて首を振った。

那月は賢生の問いに答えることはなく、立ち上がり部屋から出ようとする。

 

「待て!」

 

賢生は慌てて那月を引き止める。

その声に那月はやれやれと仕方なくと言った様子で立ち止まった。

 

「何を勘違いしているのか知らんが、私は何も知らん。例え夜如がお前の想像通りの化け物だったとしてもお前に何の関係がある?確たる証拠も無しに憶測で物事を判断するなど魔導技師の名が泣くぞ」

 

振り返りもせずそれだけ言うと那月はアスタルテと共に部屋を出て言った。

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

「アスタルテ、お前は気付いているか?」

 

帰り道、那月は唐突にアスタルテへ話しかける。

本筋を喋らなくてもアスタルテには那月が何を言おうとしているのかが理解できた。

しかし、敢えてアスタルテは惚ける。

 

「否定、何の事でしょうか?」

 

「そうか」

 

那月はそれ以上何も言うことはなかった。

 

「ただし、兄がどんな存在だったとしても私の想いが変わることはありません」

 

アスタルテは表情なく言う。

 

「そうか………」

 

そして、那月は不敵に一瞬だけ笑みを浮かべた。

 

 

 




早いですよね?
前回と比べたら短いですが、ちょうど30話と区切りがいいのでこうなりました。
そして!!やっと個人的にやりたかった章に入ります!!
もう、ここからが本編と言っても良いぐらいです!
下手なりにも伏線を残していたので期待せずにいたいしていて下さい(矛盾)!!

では、評価と感想お願いします!!


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蒼き魔女の迷宮 書き直し中
31話 波隴院フェスタ


肩こりが………


 

十月後半を迎えても絃神島の暑さが和らぐことはない。

本土では秋を迎えて過ごしやすい秋晴れの中を紅葉見ながら団子を楽しめる季節だろう。

残念なことに絃神島はカーボンファイバーと樹脂と金属と魔術によって造られた人工島なので自然というものは少なく、植えられていたとしても暑さに強い品種であるため美しい色合いの紅葉とはいかない。

その代わり、人工島ならではなネオンの美しさが絃神島を着飾っている。

ある人が言った。

 

『美しい夜景は誰かの残業で出来ている』

 

ここにもそんな美しい夜景を作り出すために働く若者がいた。

 

「夜如君こっちもお願いね〜」

 

「は〜い」

 

お決まりの青ジャージに身を包んだ夜如は元気よく返事をした。

両腕には大きな木材が何本も束になって抱えられており、夜如の身長とのアンバランスさが周囲の人から注目を集めている。

例え腕に魔族登録証の腕輪を嵌めて額上部、前頭骨中央から伸びる小さなツノが見えていても奇妙な光景なことに変わりはない。

しかし、鬼の夜如からしたらこの程度の木材を持ち上げることなど朝飯前だ。

まるで積み木を扱うように木材を軽々と運ぶ。

 

「次これ上に運んでくれない?」

 

「了解です!」

 

木材の次に受け取ったのは看板だった。

”波隴院フェスタ”

十月最後の週末に開催されるハロウィンを捩ったお祭りである。

当日になると仮装だけじゃなく本物の吸血鬼などの怪物が集まってくることもある。

さらに日本の渋谷とは違い、公式にパレードなども行われて島全体がテーマパークのようになるのだ。

夜如は波隴院フェスタに向けての準備をするアルバイトに夜な夜な勤しんでいた。

学校に通い始めて現役男子中学生となった夜如が夜中にアルバイトをすること自体完全に黒なのだが、今までも灰色のような環境だったので今更口を出す輩はいない。

むしろ、便利な働き手が欲しい雇い側とお金が欲しい夜如との利害は一致している為win-winな関係だ。

 

「楽しみだな〜」

 

例年は那月の手伝いで島の警備をするのだが、アスタルテと叶瀬という家族が増えたことで今年の波隴院フェスタは夜如にとって一大イベントとなっていた。

奢ってあげたりとカッコつけたい夜如は次の日も学校だというのに深夜まで働き続けるのだった。

 

________________________

 

 

 

「お兄ちゃん、起きて下さい」

 

「ん………」

 

中等部の聖女と謳われる夏音は夜如を起こそうと耳元で囁く。

その声音はまさしく天使。

耳を傾けているだけで心に安らぎが生まれるようで夜如の意識はさらに沈んで行く。

疲れが溜まっている者からすればその声は眠気を誘う魔術の域に達するのだ。

 

「朝ごはんの時間ですよ」

 

夏音は全く起きる気配のない夜如の体を揺らす。

普通なら苛立ちが混じってもおかしくないのに心優しい夏音は怒っているように全く見えない。

 

「どうしましょう」

 

しかし、流石にこうも反応が無いと夏音も困ってしまうようで夏音も頭を悩ます。

そこにやって来たのはアスタルテだった。

 

「それでは起きません。少々下がって耳を塞いで下さい」

 

アスタルテは夏音を下がらせると慣れたように夜如の枕元に座る。

夏音はというと言われた通り一歩下がったところで次回からの参考にしようとアスタルテの行動に注目していた。

しかし、すぐ自分には無理だと察する。

 

執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクチュロス)

 

アスタルテが宿す眷獣の合唱は相変わらずの衝撃を周囲に撒き散らす。

夜如の新技である鬼気の拡張による腕はこの習慣により生み出されたのだ。

飛び跳ねるように起きる夜如に夏音はにこやかにおはようございますとあいさつをした。

 

________________________

 

 

「お仕事が忙しいのはわかりました。ですが、それで生活習慣を乱すのは良くないと思いました」

 

「ごめんなさい………」

 

夜如は朝ごはんを食べながら夏音のお説教を受けていた。

一切声を荒げることなく自分の考えを伝え相手が自ら悟るよう促す夏音の説教は普段から受けている那月の説教とは別物で、このような説教を受けたことがない夜如はむず痒い気分になりながら謝罪するしかなかった。

助けを求めて夏音の隣にいるアスタルテに視線を向けるがアスタルテは我関せずと言った様子で卵焼きを頬張っていた。

取り敢えず夜如も反省しながらアスタルテに倣って卵焼きを口に運ぶ。

 

「あ、美味しい」

 

「本当ですか!?良かったです。お口に合わなかったらどうしようかと」

 

夜如はいつもと違う卵焼きの美味しさに驚く。

南宮家の卵焼きは甘くないものが一般的だからだ。

それもその筈で今朝の朝食は夏音が一から作ったものなのだ。

南宮家に住み始めてしばらくたち、生活にも慣れたことで夏音が率先して作ると言い出したのだ。

夏音は夜如の率直な感想に満面の笑みを浮かべて喜ぶ。

その笑顔を見て夜如は折角早起きをして作ってくれただろうに寝坊してしまったと罪悪感を感じ、次はすぐに起きようと決心する。

起こしてもらうことが前提である時点で駄目なのだが。

 

「凄く美味しいよ。アスタルテも夢中になってるし」

 

アスタルテはハムスターのように朝食を口の中に詰め込んでいた。

美味しいものを食べている時だけ表情が現れるアスタルテでも珍しい勢いだ。

果たしていつから大食いキャラになったのかと疑問に思いながら夜如も食べ続ける。

お説教のことなど疾うに忘れ、三人は仲良く朝食を楽しんだ。

 

「ちょっといいかお前ら、私はもう行かないといけないのでな。戸締りはちゃんとしておくようにしておくんだぞ」

 

「わかりまし………た!?」

 

しかし、仲睦まじい朝食の時間は那月の姿により消え去る。

那月の姿は彩海学園高等部の制服を着ており、年がら年中黒ドレスの印象が強い那月には異様な服装だ。

ともあれ、那月の容姿は童顔のレベルを超えており高校生にしか見えないので那月のことを知らない人から見れば単なる美少女高校生、下手をすれば中学生にも見えてしまう。

波隴院フェスタも近いこともあり、キャラでないことを知りながら一瞬それに向けてのコスプレだと錯覚する。

当然、夏音も疑問だったようで。

 

「南宮先生、その格好は?」

 

「ああ、これか?最近モノレール内で痴漢が相次いでいると報告があってな。無理を承知で囮捜査を引き受けたのだ」

 

「無理っていうか………」

 

言わずもがな物凄い嵌まり役なのだが、夜如はそれを口に出すと扇子で殴られることは目に見えていたので出かけた言葉を飲み込む。

 

「なんだ?」

 

「いや!頑張ってください!」

 

「当たり前だ。私の生徒に手を出す輩は私がこの手で始末してやる」

 

そして、那月は不吉な言葉を残して転移して行った。

口調が完全に殺す勢いだったことが心配だが、流石にそこまですることはないと祈る。

しかし、那月が痴漢の討伐に行ったとはいえ、通学途中に痴漢がいるかもしれないとなると女子だけでの行動は避けるべきだろう。

何より妹が痴漢の被害者になるのは我慢できない。

 

「夏音達は俺と行こうか」

 

「はい!」

 

「アクセふと」

 

_________________________________

 

 

先日から夜如がアルバイトに勤しんでいる通り、波隴院フェスタは絃神島全体を起こしての一大イベントである。

普段は機密保持のためか原則として企業や研究機関の関係者しか島への訪問が認められていないのだが、住民の娯楽や島内での経済活動の刺激に非日常的なイベントは必要と判断され行政サービスの一環として開催されたのが始まりだ。

その効果は覿面で島全体はお祭り騒ぎとなり、波隴院フェスタ当日は勿論のこと前日すら学校が休講となる。

行政も波隴院フェスタの時期は訪問審査の緩和を行うので島の外からも人が訪れやすくなり、本土からは魔族特区という未知の島への興味に惹かれて人が集まってくる。

この時期に訪れる観光客は十二万人を超えるという。

当然、それだけの人数が集まれば良からぬことを企む者が現れるわけで、賑わいと同時に警戒も強くなる。

 

「まぁ、良からぬことを考えるのは外からくる奴らだけじゃないからな。学生も羽目を外しすぎることがある」

 

「それで波隴院フェスタについての注意事項を説明してくれということですね」

 

「質問。これは教官の代役と思われますが教官はどちらかへ向かわれるのですか?」

 

夜如とアスタルテは授業の合間に職員室で那月からとあるプリントを受け取っていた。

内容は学生用の波隴院フェスタについてのありきたりな注意事項が書かれている。

那月の代わりに説明するだけなら那月の担当する教室だけでいいのだが、プリントを中等部と高等部の全教室に配るのは少なからず人手がいるということで助手のアスタルテだけでなく夜如も呼ばれたのだ。

 

「私はこれから特区警備隊と警備の打ち合わせなど仕事が忙しくなるのでな」

 

「自分も何か手伝ったほうが良いですか?」

 

警備となると夜如も時々任務に参加することがあるので那月の負担を減らそうと身を乗り出す。

アスタルテも夜如程ではないが自分も手伝う意思を目で訴えていた。

そんな二人に那月は不敵に笑うと首を振る。

 

「残念だがその必要はない。波隴院フェスタをこのプリントの通り注意しながら楽しむことだ」

 

「まぁ、アスタルテも夏音もこの祭り初めてですもんね」

 

「久しぶりの休暇だ。アスタルテと夏音には楽しんでもらいたい」

 

「あ、自分は含まれてないんですね」

 

「そういうことだ。さっさと行け」

 

那月は扇子を払って夜如とアスタルテを職員室の出入り口まで転移させる。

扱える者が数少ない高位の魔術をこのようなことに使っていいものかと驚きながら渋々夜如は職員室を後にする。

その時だった。

 

「私がいなくなったらちゃんと夏音を守るんだぞ」

 

「………そりゃ勿論、家族ですから」

 

この時、夜如は那月の言葉をあまり意識しないでいた。

夜如はプリントを全クラスの担任へと渡し、アスタルテも那月の担当する教室で指示通り注意事項を説明した。

何かあったとすれば夏音に古城の家へ泊まり行かないかと誘われたことぐらい。

本当に何もない平穏な日常。

しかし、この時から少しずつその平穏な日常は崩れかけていた。

 

 




お久しぶりです。
やっと一番書きたいところまで進みましたよ。
長かったですよ。
今回はここまでですが次回からはもう少し長めになると思います。

では、評価と感想お願いします!!


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32話 南宮那月の失踪

視力が最近悪くなってます………


 

叶瀬夏音は模造天使の影響で心身共に衰弱し、しばらくの間入院していた。久し振りの登校は新鮮なもので夏音の周りには普段以上の友人が集まり快気を喜んでくれていた。その中には人一倍喜んでいる人もいて、夏音がやっと一人になれた頃合いを見計らい話しかけてきた。

 

「夏音ちゃん!今日の夜空いてる?」

 

「は、はい。空いてるはずでした」

 

夏音に詰め寄るのは古城の妹である凪沙だ。黒髪でポニーテルの姿に加え活発的な性格は皆に好印象を与えている。夏音も凪沙には捨て猫の里親を探す際にお世話になって親友とも呼べる中になっていた。夏音は予定がないことを確認して太陽のような笑顔に微笑み返す。

 

「じゃあさ!私の家で快気祝いしようよ」

 

「わぁ、ありがとうございます!」

 

夏音は今日が始まったばかりなのに今夜が楽しみになった。

 

______________________________

 

 

「ってことなんですけどお兄ちゃんもどうですか?」

 

放課後となり夏音は夜如に今夜のことを伝えた。夜如は毎晩アルバイトに向かってしまうので早めの確認が必要なのだ。夏音としては凪沙も大勢の方が楽しいだろうという心遣いだった。しかし、夜如は難しい顔をして俯く。夏音はその表情で来れないのだと察する。兄を友達に紹介したい気持ちがあった夏音は少ししょんぼりとしてしまう。夏音のような聖女の悲しむ顔が発する哀愁は凄まじい罪悪感を相手に宿すもので夜如は慌てて首を振った。

 

「ああ、違うから!!別に行きたくないとかバイトで行けないとかじゃないから!!」

 

「それじゃあどうして?」

 

夏音が聞き返すと夜如はどうしようかと言い淀むと意を決したように小声で答える。

 

「暁さんの妹って魔族恐怖症なんだよ。まともに対面すると最悪気を失ったり大変なんだ」

 

「え………」

 

夏音は普段の彼女から全く想像できない一面に言葉を失う。天真爛漫でこの世に怖いものは無い元気な女の子というのが凪沙に対するイメージだ。そして、そのイメージと現実はほとんど変わらない。しかし、だからこそ仲の良い友人の弱みを本人以外から聞いたことで酷い罪悪感を覚える。夜如は夏音の優しい性格を考えて答えるのを躊躇ったのだ。

 

「そうでしたか………」

 

「まぁ、自分は家で留守番してるよ。アスタルテなら魔族っぽくないしアスタルテと一緒に行けば良いよ」

 

夏音は夜如の額上部から覗く黒いツノを見つめた。夏音からすれば魔族である夜如と人間の差はこの小さなツノだけだ。友人がこの僅かな差で魔族を恐怖する。過去の経験や考え方に人それぞれ違いがあるのは知っているつもりでも、身内がその対象になっていることに悲しい気持ちになる。そして、その気持ちがあることに凪沙に対して申し訳ない気持ちになる。

 

「そんな顔しないでさ。今夜は楽しんでくれば良いよ」

 

「はい………いえ!!」

 

「………いえ?」

 

夏音は何を思ったのか首を振った。

 

______________________________

 

 

「夏音ちゃん、退院おめでとう!!」

 

その掛け声を合図に夏音の快気祝いは開かれた。集まったのは主催者の凪沙から主役の夏音を始め古城、雪菜、浅葱、基樹、最後に古城達のクラスメイトである築島倫だった。場所は古城の家で開催されてリビングのテーブルには凪沙が作った色とりどりのパーティーメニューが広がっていた。それらは明らかに一般的な女子中学生の作れるラインナップではなく、夏音は素直に驚きを顔に表した。

 

「凄いですね。全部一人で作ったのでしたか?」

 

「材料は浅葱ちゃんと基樹くんの提供で雪菜ちゃんにも少し手伝ってもらったんだ!」

 

凪沙は小さな星が出るかのようなウィンクとピースサインを出す。浅葱と基樹も何故か誇らしげにして雪菜は少々照れているようだった。夏音は行儀よく手を合わせていただきますと言うと早速オリジナルドレッシングを使ったという自信作と豪語していたサラダに箸を伸ばす。

 

「美味しいです!」

 

「よかった!!」

 

凪沙は満面の笑みで手を合わせた。すると、余程料理を褒められたことが嬉しかったのか次々に料理を勧める。夏音はその一つ一つを美味しそうに食べていく。それを見て古城は快気祝いだとしてもこんなに食べていいのかと心配になる。

 

「お兄ちゃん、私もこれくらい上手になりたいです」

 

『お、おう。頑張ってくれ。楽しみにしてるぞ』

 

夏音が話しかけたのはテーブルの端に置かれたタブレットだった。画面には夜如が制服のまま片手にグラスを持って何故かサンタ帽を被っている。加えて夜如の声は明らかに震えており、尋問されているかのように正座までしている。夏音は何事もないように話しかけているが、少々変わった光景だ。

 

「声震えてますけど、私の部屋何か問題がありましたか………?」

 

『いや、そういうわけじゃないんですけど………女子の部屋に入ることが初めてで………』

 

夜如が正座しているのは快気祝いが開かれている暁家のお隣さん、雪菜の部屋なのだ。普段は男女関係なく接する夜如も現役女子中学生が一人暮らししている部屋は謎の緊張感に満ちていて固くなっていまっていた。逆に雪菜は夜如のことを変に信頼しているようで良からぬことを仕出かすとは考えてもいないらしい。あまりの無防備な姿に夜如自身から保険をかけたぐらいだ。

 

『何かあった時は私が対処します』

 

夜如が映される画面の横から現れたのはアスタルテだ。こちらは何故かパーティー用の三角帽を被っている。夜如がかけた保険はアスタルテだった。妹の前で不甲斐ない行動は取らないという鎖を自ら括り付けたのだ。これが夏音が考えた魔族である夜如も参加できる快気祝いの開き方である。

 

「い〜や、アスタルテちゃん!少しの問題なら目を瞑っといてあげるのが家族の中の妹の役割でも___」

 

「馬鹿なこと教えないの!」

 

「そうですよ!!」

 

基樹のありがたい教えを雪菜と浅葱が割り込み妨害する。倫は成る程とにやけているが部屋を貸している雪菜にとって冗談では済まないないことだ。幸い料理に夢中になっている凪沙の耳にこの内容は入っておらず、夏音は何のことかと首を傾げている。取り敢えず古城は基樹の頭を引っ張ったいた。

 

「古城まで何すんだよ!折角盛り上げてやろうと思ったのによ」

 

「頼むからそっち方面は止めろ。周りを見てみろ!明らかに男が不利な場所だろ!」

 

「なるほど………女子がいない所ならいいのか。このむっつりめ!」

 

「あんたらね………!!」

 

古城と基樹の会話にメスを入れたのはやはり浅葱だ。その姿はまるでこそこそと不毛なやり取りをする男子に対して説教する学級委員長。これから雷が落とされかける瞬間だ。しかし、この部屋には聖母がいる。聖母は全てを受け入れ場を穏やかにできるのだ。

 

「ふふふ、賑やかなことはいいことでした」

 

「さ、流石中等部の聖母の異名を持つ夏音ちゃん。全く動じてない」

 

「雪菜ちゃんも楽しそうで何よりです。それに安心してください。お兄ちゃんがそのようなことした場合は南宮先生の罰則が待っているので」

 

『教官曰く死が最大級の恐怖ではないことを知れるそうです』

 

「生きた心地がしませんね………」

 

楽しそうな快気祝い。だからこそ夜如は自分が場違いな存在のように感じてしまう。自分がいなければもっと楽しいものになっていただろうと考えてしまうのだ。しかし、夏音が度々夜如を上手く会話に混ぜ込んでくれる。それは凪沙がいる時でも変わらずで、凪沙本人は少々抵抗があったようだが何とか受け答えはできていた。家族というものを大切にしたい夏音は魔族恐怖症の凪沙に少なくとも夜如一人の認識だけでも変えて欲しいと願っている。夜如、アスタルテ、そして夏音。経緯は違えど親というものを持っていない三人は共通して今いる家族を大切にしているのだ。特に夜如は異常なほどに………

 

______________________________

 

 

夏音の快気祝いは和やかな盛り上がりの中幕を閉じた。夜如と凪沙の会話も快気祝いを通して大分進展していた。付き合いたてのカップルのようにお互いに遠慮していた二人は知り合い程度まで関係を築いていた。一見それだけかと感じるが恐怖症の対象からと考えれば大きな一歩である。これも全て夏音のお陰だ。しかし、それは画面越しの話でいざ正面向かって話すとなるとどうなるかはわからない。夜如は古城と二人でテレビを見ていた。

 

「男二人で夜テレビを見るとか悲しいな」

 

「言わないでくださいよ。自分だって本当は妹達と一緒に居たかったんですから」

 

浅葱、基樹、倫は家へと帰り、残った中学生組は雪菜の家にお泊まりすることになってしまった。自然に夜如は古城の部屋に移動となる。男一人除け者にされるよりかはマシなのだが、この状況もまたむさ苦しい。今頃女子組は隣の部屋で仲良くガールズトークに花を咲かしているのだろう。そう考えると二人の気分は荒んでいく。別に夜如も古城も下心があるわけではないのだが、こうゆうものは雰囲気によりけりなのでぶっちゃけ暇なのだ。古城はとりあえず明日の予定に夜如を誘うことにした。

 

「そういえば、さっきも話したけど明日俺の友達が絃神島に来るんだけどお前も迎えにくるか?」

 

「あ〜、明日は朝からアスタルテと那月さんの仕事を手伝うんで夏音だけ行かせてください。というか、暁さんの妹がいるから行きにくいですね」

 

「それもそうか………まぁ、機会があれば紹介するよ」

 

「お願いします」

 

明日は休日ということもあり久しぶりに那月の仕事を手伝うことになっていた。中学校に入学してからこのようなことが激減して夜如は少々物足りなさを感じていた。決して那月に怒られたい扇子で叩かれたいというMっ気があるわけではないが、自分が必要とされていないような何とも言えない気持ちになるのだ。だからこそ夜如は明日を非常に楽しみにしていた。それを考えると男二人の夜も修学旅行前の夜のように眠れなくなる。

 

「ってことで、明日は朝早いんで早めにシャワー先に浴びさせてもらいます」

 

夜如はシャワーでも浴びればこの悶々とした気分も晴れて眠気も良い具合に湧き上がってくるだろうと早速風呂場に向かう。しかし、結局シャワーを浴びても全然寝れなかったのだった。

 

_______________________________

 

「おはようございます。那月さん」

 

「おはようございます教官」

 

次の日の朝になると夜如はアスタルテと合流して彩海学園の那月の部屋にきていた。アスタルテはお決まりのメイド服に着替えて夜如はいつもの青ジャージ姿である。今日の仕事はとある人物の護衛と聞いていた。防御に関しては夜如は人一倍の自信を持っており、アスタルテの眷獣も守護に適している。

 

「今日の仕事の対象って誰なんです………?あれ、那月さん?」

 

「教官の気配がありません。別の場所にいるのかと」

 

夜如はアスタルテと共に那月の携帯や職場に連絡を取った。しかし、何処も知らないの一点張りだった。何処かコンビニかに買い物に行ってるのだろうと思いながら、夜如はアスタルテに掛けられる九時の定時連絡を待つことにする。

 

「掛かってきません」

 

「那月さん………」

 

この日、南宮那月が姿を消した。

 

 




試しに文の構造を変えて見ました。どっちの方がいいですかね?まぁ、年明け前に更新するつもりがここまで伸びてしまった理由にはなりませんが。また、更新が遅くなりそうなのでどうか気長に待っていてください。
では、評価と感想お願いします!!


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33話 手掛かり

最近、朝起きるのが辛いです


九時になっても那月からの連絡はなかった。何かの用事かトラブルで連絡できないのだろうと暫く待っていても那月からの連絡はなく、再度心当たりのある場所に電話を入れても那月の居場所は掴めなかった。那月が失踪したのである。夜如は困惑しながら思考を巡らす。まず、那月がそう簡単に倒されるとは思えない。それでも空間転移という高度な魔術を息をするように使用できる那月が失踪せざるおえない状況が今発生しているということである。水面下で何かが起きているのだろうと夜如は結論ずけた。

 

「アスタルテ、夏音の所に行こう。何が起きているかにしても夏音を守ることが最優先だと思うんだ」

 

「肯定。教官の所在が分からない場合は一度家族の安否と安全を確認、確保することが最優先項目と教官から定められています」

 

自分の考えすぎかと夜如は常に冷静で分析力のあるアスタルテに意見する。すると、アスタルテも同意見だったようで既に携帯から夏音の居場所を突き止めていた。画面には地図と中心に青いマークが記されている。夏音の持つ携帯のGPS機能を利用しているのだ。勿論、夏音から許可を貰っての機能だ。これで那月の位置も調べたのだが、場所を測定できなかったことから電波の届かない所に那月はいるのだろう。夏音は絃神島の中心地キーストーンゲートにいた。キーストーンゲートの最上部には展望ホールがある。今日夏音は古城達と古城の友人を迎えに行くと言っていた。恐らくその友人に絃神島を案内しているのだろう。古城や雪菜がいる点では夏音の安全は保証されていると考えてもいいのだが、何が起こっているのか分からない今は逸早く合流することが重要である。

 

「よし、行くか!」

 

「了解」

 

夜如はアスタルテを抱きかかえると勢いよく窓から飛び出した。この時アスタルテは安堵していた。夜如が那月の失踪に対し冷静でいられているからだ。今までの夜如ならパニックに陥ってそうな事件に的確な対応をしている。妹が二人もできて成長したのだろうかとアスタルテは考えていた。しかし、アスタルテは夜如の精神が脆いことを知っている。今はまだ事件の全容を把握できていないからこそ那月が無事であると信じられて冷静でいるが、那月の命に何か危険が迫っていると分かれば必ず夜如は暴走してしまうだろう。そうなれば効率や周囲のことなど忘れて那月に迫る危険を排除しようと後先構わず突っ込んでいく。それは大きな弱点となり、いくら強大な力を有していようと今度は夜如自体に危険が迫ることになる。そうならない為にもアスタルテは夜如の側に居続けなければならない。無意識にアスタルテは夜如を掴む手に力が入るのだった。

 

 

_______________……………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

と思ったのだが夜如とアスタルテは想定外の出来事に呆然としていた。確かに二人は彩海学園の最上部にある那月の個人室にいて窓から外に飛び出した。当然、次の瞬間には学内の敷地に着地地点を見据える筈である。しかし、夜如が見ているのは校庭でも無ければそもそも外ではなかった。

 

「え?あれ?ここどこ?なんで?」

 

「………恐らく東地区の倉庫だと考えられます」

 

夜如とアスタルテがいるのは以前、夜如が古城の眷獣をまともに受けた場所の倉庫内だった。絃神島の外から輸入された品々が保管されている倉庫なのか積み上げられている箱は全て英語である。だからこそアスタルテが場所の特定に時間がかからなかった。しかし、今問題視するのは場所ではなく、何故東地区の倉庫にいるのかである。単純に考えて誰かに転移魔術をかけられたことを考えるが彩海学園でそのような気配はなかった。一瞬、那月の魔術かとも思ったがそういうことでもないらしい。誰も接触してこないのも考えると無差別なものに巻き込まれた可能性が高かった。

 

「空間転移となると教官が関わっている可能性は高いです。空間転移は高度な魔術故に使用できる存在は限られてきますので」

 

「ああ、もう取り敢えず夏音に直接電話しよう」

 

夜如はアスタルテを降ろし携帯を取り出した。偶然にも買ったばかりで連絡先が少ない夜如の携帯は操作が簡単ですぐに夏音へと連絡できる。夏音は思いの外早く携帯に出た。

 

『はい、お兄ちゃんでしたか?』

 

「うん、夜如なんだけど、今暁さんとか姫柊さんと一緒にいるか?」

 

『はい、今はキーストーンゲートの展望台から街を見ていました。お兄ちゃんも見えるかもしれませんね』

 

可愛らしく冗談を言う夏音の様子から夏音自身に危害などは受けていないらしい。夏音の安否がわかったことで一先ず安堵する。しかし、そんな楽しそうにしている夏音に夜如は申し訳なく思いながら言った

 

「実はな………」

 

______________________________

 

 

『そんな………南宮先生が失踪を』

 

「そう、だから出来るだけ暁さんと姫柊さんと一緒に行動して、できたらそのまま姫柊さんの家に泊まらせてもらって」

 

夏音は珍しく声を大きくして驚いた。模造天使の事件から夏音は古城と雪菜に特別な力があると知っている。しかし、詳しい事情を知っている訳でもなく夏音を厄介ごとに巻き込みたくないと言う理由からかなり適当な説明がされていた。特に古城の説明は酷く、悪の組織に捕まって改造された魔法戦士ということになっている。それでも正義のヒーローとして絃神島を守っているという設定は案外的外れでもなく、夏音が古城を頼る理由にはなる。そこに雪菜が加われば夏音も心強いだろう。

 

『わかりました。雪菜ちゃんに伝えます』

 

「自分とアスタルテもすぐ向かうから危なくなったらすぐに電話して」

 

『はい、待っています!』

 

伝える事だけ伝えると夜如は電話を切った。電話の会話を聞いていたアスタルテも夏音が無事なことに安堵している様子だった。その顔はまるで姉を心配する妹のようだ。態勢が異常ではあったが。

 

「アスタルテ?首が締まるんだけど」

 

「私の体重では問題にもならないかと」

 

アスタルテが夜如の首に両手を回してぶら下がっていたのだ。別に意味もなく絞め技を決めに行っている訳ではない。アスタルテも会話の内容が気になって聞き耳を立てていただけである。しかし、夜如が一般の男子と比べて身長が低くてもアスタルテと差がないということでもなく、アスタルテが会話の内容を知るにはこうするしかなかったのだ。顔と顔がくっつきそうな距離に無表情を貫くアスタルテとは違い夜如は柄にもなくどぎまぎしてしまう。

 

「そ、それじゃアスタルテは夏音と一緒に行動して、自分は那月さんを探すから」

 

命令受諾(アクセプト)、ですが()()()()()の安全が確保されたと判断されたら私も教官の捜索に入ります」

 

アスタルテはするりと夜如から降りると当然のように言った。夜如はあまり気にせず流してしまったが、この時アスタルテは初めての単語を発したのだった。

 

______________________________

 

『分かった。なら申し訳ないけど直接キーストーンゲートに来てくれない?』

 

「それはもちろん!」

 

電話はすぐに切れてしまう。その日の夜になると夜如はキーストーンゲートへと向かっていた。アスタルテは夏音と一緒に雪菜の家に泊まっている。神格振動波駆動術式という人工的に作られた神気を発せられるアスタルテと雪菜はあらゆる魔術的攻撃を無効化できる。夏音を襲うにも二人の眷獣と槍という絶対防御に近い壁を前にすればそうそう手は出せない。明日にはアルデギアから夏音を守るための精鋭が到着するということなので夏音の守りは完璧と言っていいだろう。先代の王の不倫相手の子であり、世間には知られてなくても立派な王族の一員である夏音を守る対応は驚くほどに早かった。実際は絃神島に滞在中である第一王女のラフォリアの護衛ついでだろうが、腹黒く妹思いのラフォリアが夏音を無下に扱うわけもなく、これにより夜如は那月の捜索に全力を尽くせているのだ。しかし、夜如は那月が失踪した理由に心当たりがなければ、昼間の謎の転移の真相も手がかり一つ掴めてないでいた。そこで絃神島の情報の全てがあり、それを管理している人物の元へ助けを求めようとしているのだ。

 

「藍羽さん、アポを取ったのは良いけど忙しそうだったな」

 

藍羽浅葱はキーストーンゲートにて絃神島に関する送電、下水、ガスや交通機関などのプログラミングを賄っている。絃神島は人工島である為様々なことがデジタル的に管理されている。他にも防犯カメラや犯罪件数と内容までその全てを浅葱が管理しているのだ。浅葱は夜如にこれをアルバイトと話していたが、その業務内容は明らかにアルバイトとして片ずけられるものではなく、天才的なプログラミング能力を持つ浅葱を良いように使っているだけで面倒ごとを全て押し付けているだけのようにも感じられる。ただ、浅葱も浅葱で膨大な情報を自分勝手に閲覧できるという利点からちょっとしたズルもしているのだから文句も言えないのだ。

 

「そんな大きな事件なんてあったっけ?」

 

夜如は電話から聞こえた浅葱の忙しない声を聞いて何か事件が起きたのかと携帯のニュースサイトを見る。しかし、大きな事件はなく迷子やナビの不具合が発生していることしか目立ったものはなかった。言っても重大な事件とは上の方で秘匿されていることが多いことを那月の手伝いをしていれば嫌というほど分かってくる。夜如は諦めてキーストーンゲートまで走った。

 

_______________________________

 

 

夜如がキーストーンゲートに来るのは絃神島を支える要石を盗まれかけた事件以来である。夜如はその特徴的な姿から警備の人に顔パスで入口を通してもらうと浅葱の個人室となっている地下十二階まで急いだ。

 

「浅葱さ〜ん」

 

まるで友達を遊びに誘うような口調で夜如は扉をノックした。すると、返事は聞こえなかったが扉が自動的に開いた。中には様々な機器が何層にも積み重なりモニターは無数に有機的に並べられている。正に映画や漫画などで見るハッカーの部屋であり、モニターの光しか明かりがない薄暗さは雰囲気を倍増させている。また、無数のモニターの前に座っている浅葱は部屋の雰囲気からか学校など普段とは違う別人にすら見える。

 

「あら、早かったわね。流石は鬼の身体能力」

 

「ありがとうございます」

 

夜如は案外忙しくなさそうにしている浅葱に疑問を持ちつつ部屋に入った。浅葱の部屋はあまり広くなく更に機器で囲まれている為圧迫感がある。そんな部屋に美人と二人っきりとなると思春期の男子なら変な妄想をしてしまうかもしれないが、良くも悪くも夜如にそんな感情はない。というよりも、一人に対する従順な忠誠心が大きすぎて欲情というものがあまりないのだ。アスタルテのようにかなり過度なスキンシップぐらいじゃないと夜如が照れることはない。逆に言えばアスタルテはその辺を良く理解しているということでもあり、那月の夜如をいじる性格が若干アスタルテに影響していると言って良い。

 

「さっきまで忙しそうでしたけど………」

 

「まぁね、それも含めてこれを見て。多分、夜如君が探してる情報でもあるわ」

 

浅葱が画面に映し出したのは過去に起きた魔女の事件だった。

 

____________________________

 

 

闇誓書事件、十年前に絃神島で起こされた空間異常の原因となった事件である。それは今まさに現在の絃神島で引き起こる怪奇現象と同じものだった。しかし、この事件の犯人は当時それこそ那月に捕まって今となっては監獄の中である。人知れず脱走した可能性もあるが、全ての情報が集まるキーストーンゲートにそのような情報が入ってないことから模倣犯の可能性が高いと考えられる。それが上層部の見解だった。浅葱が不正に手に入れた議事録はそこで止まっている。

 

「模倣犯?」

 

「そう上層部は考えているわ。今絃神島で起こっている空間異常も電子機器の方の位置情報を修正することで解決したしあまり深く考えてないのね」

 

「あと、監獄のセキュリティーと闇誓書事件を解決した那月がいることの自信………公社は那月さんが行方不明になっていることを知ってるんですか?」

 

「少なくても今はまだ多分知らない。私だって夜如君から話を聞いて驚いてるんだから。それにこれ、少し前に魔道犯罪組織”LCO”通称図書館の構成員が特区警備隊の防壁を破って絃神島に侵入してる。図書館って言ったら闇誓書事件にも関わったことのある組織。明らかに関連するべき二つの事件なのに公社の議題にすら上がってない。那月ちゃんがいるから特区警備隊を過信してるのね」

 

夜如は顔をしかめると浅葱も溜め息を吐く。しかし、夜如はすぐに気づいた。闇誓書事件も図書館の侵入もどちらも魔女が関わる事件なのだ。闇誓書事件の犯人は書記(ノタリア)の魔女と呼ばれる魔女、図書館も魔女で構成される巨大組織である。そして、魔女と聞けば一番最初に思い浮かべるのは那月だ。南宮那月は魔女の中でも最高位の力を持つ最強の魔女である。那月の失踪と二つの事件が関係してる根拠はないが、何かあるとしか思えない関係性である。そしてこれが関係していた場合、那月は逃げる為に姿を消したのではないか。

 

「まだ可能性の範疇だけど、那月ちゃんを見つける手がかりにはなると思う」

 

「はい、けど………」

 

「ええ、那月ちゃんを見つけるにはこの二つの事件を解決することになると思う」

 

那月に危機が迫っている、僅かに現れた可能性に夜如の心にはほんの少しの本人も気が付かない程度の怒気が生まれていた。

 




文才が欲しいと思う今日この頃。書けば書くほど自分の文才の無さを痛感するのですが、ふと思いました。

あ、所詮は二次創作じゃん

評価と感想よろしくお願いします!!


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34話 膨れ上がる怒気

バイトが見つからない


次の日になると夜如はとある海岸を訪れていた。海岸付近は規制線が引かれており、誰も無断で立ち入れない状況になっている。しかし、夜如は何気ない顔で規制線を跨ぎ、警備員の横を通り過ぎようとする。それはもうよく晴れた朝方にご近所を散歩するかのような風貌である。あまりに悪意のない自然な立ち振る舞いに警備員も夜如が通り過ぎてから慌てて装備している対魔族用の呪弾を放つ銃を構えた。

 

「おい!何をしているんだ、止まれ!!」

 

一人の警備員が声を荒げるとそれに反応して即座に他の警備員も集まってくる。警備員達は扇状に展開し夜如に向けて銃口を向ける。遅れを取ったとは言え流石の統率力と言える。加えて扱う弾は魔族の強力な回復力を阻害する呪いがかけられており、一介の魔族なら一発で行動不能にまで追いやらられてしまう。警備員の行動に誤りはなく、寧ろ最善の行動だった。しかし、夜如は気にせず、というよりも気が付いていない様子でスタスタと歩いていく。静止の言葉を無視された警備員は頭に血が上りながらも何とか冷静を保っていた。

 

「三秒以内で止まらなければ撃つ!!」

 

警備員は最終警告を宣言する。勿論、撃つと言っても初撃は足や手など四肢を狙ったもので動きを封じるのが目的だ。それでも無視する場合は容赦無く頭と心臓を撃ち抜く手筈だ。警備員、つまり特区警備隊もプロである。長年の経験で相手がどう反応するかは勘で理解できてしまう。今回の場合、幸か不幸か警備員は夜如が警告を無視し続けるだろうと分かっていた。案の定、夜如は三秒経っても警告には応じる様子はない。それを見て、警備員はやれやれと溜め息を吐いてから叫ぶ。

 

「撃て!!」

 

夜如に向けて数発の銃弾が発射された。その距離約十メートル。常人では反応すら出来ない距離に警備員も銃弾が四肢を貫いたと確信する。耳を擘く銃声、後に残るのは四肢がもげて地面にひれ伏す不審者だけである。

 

「馬鹿な………!!」

 

そんな未来を予想していた警備員は想定外の現実に動きが止まる。夜如の四肢はもげるどころか平然と歩行を続けていたのだ。それどころか着ているジャージに傷一つない。よく見ると銃弾の一部は確かに夜如の皮膚へ届いている。それでもそれは一瞬のことで銃弾はすぐに地面に転がった。獣人が対象でも皮膚を破り筋肉を掻き分けて骨の髄まで届く呪弾である。常識離れした相手に警備員は次の行動である次弾装填を忘れてしまっていた。

 

 

____________________

 

 

「うぅ………」

 

と言っても夜如は別に特区警備隊を悪意あって無視していたわけではない。実を言うと夜如は昨晩に浅葱の所を訪れてから一睡もしていないのだ。日常生活で那月の手伝いとして深夜に駆り出されたり夜通しアルバイトをしていても流石に二四時間起き続けることは辛いのだ。勿論、一日ぐらいなら無理すれば支障なく日常生活を送れる。しかし、今回のように寝不足の他に那月が失踪していることが加わり精神的に揺らいでいる状況では周りに思考を向ける余裕がないのだ。余程のことが無い限り夜如は自分の世界から帰ってこないだろう。逆に言えば特区警備隊の攻撃など夜如からすれば余程のことに値しない出来事ということなのだが。無意識に鬼気を全身に纏わせて防御力を上げていたとは言えここ最近の戦いで夜如の力は格段に上昇していた。

 

「ここが襲撃場所………」

 

夜如が海岸を訪れた理由は絃神島に侵入した魔女を追う為である。浅葱から貰った情報では魔導犯罪組織LCO通称”図書館”のメンバー二人が絃神島に侵入したとしか無く、その後の行方など詳しいことは現地に来てみるしか無いのだ。那月が失踪したと同時にやってきた魔女。関係無いと済ませられる筈もない。数少ない那月の手がかりに夜如も普段よりか真剣である。

 

「にしても酷いな」

 

夜如は現場を一通り見渡したが言葉通り酷い有り様だった。コンクリートの地面は地割れのように裂けていたり、巨大な物体を叩き付けたかのように陥没していたりと魔女との戦闘よりも巨大な怪獣と戦っていたと言われた方が信じられる惨状だ。同じ魔女でも那月はこのような圧倒的暴力を振るうことはない。相手の弱点を的確に穿つ優雅に妖艶な戦いをする。夜如は那月とはまた別の魔女の力に言葉を失う。しかし、それは目の前に広がる暴力に対するものではなく、このような惨状にも関わらず被害者が圧倒的に少ないということに対してだ。

 

「逆に行方不明者は多数か………誘拐された?那月さんもそれに巻き込まれた?」

 

夜如は浅葱から貰ったデータを眺める。しかし、これは現場からの報告ではない。浅葱が特区警備隊の安否確認報告や勤務状態などから割り出した結果である。現場に来るまで夜如も半信半疑だったのだが、魔女の脅威を目の当たりにすると信憑性は増してくる。このことを報告しないのは現場のプライドから来るものなのか、特区警備隊の軋轢を垣間見えてしまう。しかし、それはそれで今の夜如にとっては好都合でもある。このことを隠したい現場は物品も残している筈なのだ。それに無闇やたらに破壊して始末書を報告するとなると行方不明者についても報告することになりかねない。現場記録を残したレコーダーが夜如の狙いだ。

 

「さて………何処に隠してる?」

 

夜如は目を瞑り感覚を研ぎ澄ます。鬼である夜如の五感は普段でも超人を超える。そこにツノの感度と意識的に五感を強化すれば僅かな音や匂いで壁の向こう側など目に見えない場所すら把握することができる。すると、海風で潮の香りが満ちている中、不自然な鉄と煙臭さを嗅ぎ分ける。試しに地団駄踏むことで衝撃を与えるとその方向から金属同士が擦れ合う音が僅かに聞こえた。これで確信を持った夜如は音のした場所に向かう。

 

「上手く利用したな」

 

音がしたのは魔女の攻撃で地割れのように裂けたコンクリートの更に奥だった。つまりは地下である。魔女による被害から悪知恵を働かせたようで、コンクリート内部は下水を通す通路が通っており人が普通に通れるようになっていた。夜如は地下に降りると通路を辿っていく。そして、光の届かない場所でも夜如の目はハッキリと目撃した。

 

「特区警備隊は何を企んでいるんだ?隠したところでバレるだろうに」

 

夜如の目の前には無造作に放られた段ボール。中には行方不明者の所持していた銃などの装備が雑に入れられていた。如何にも子供騙しのような隠し方に流石の夜如も違和感を覚える。しかし、今重要なのは那月の行方である。それ以外に目的はなく、特区警備隊の内部事情など関係無いのだ。夜如は余計な思考だと頭を振って遠慮なく段ボールを漁り始める。すると、目的の物は案外すぐに見つかった。そんな時である。夜如が近付いてくる気配を感じ取ったのは。

 

「やはりこれでは簡単すぎたか。まぁ、鬼なら造作もないことなのかな?」

 

「誰ですか?特区警備隊の人………でもなさそうですし」

 

夜如に近付いてきたのはスーツを着たビジネスマンのような男だった。男は夜如が鬼と理解してながら臆することなく話しかけている。自分が圧倒的有利な立場にいると知覚している様子で夜如の警戒心が強まる。相手が何を隠しているのか、何を根拠に自分に向かっているのか。目的の物は手に入ったことで夜如は男を倒すことなど考えず逃げの一手しか頭に無い。幸い、地下といえどその材質は単なるコンクリートで突き破ることなど鬼気を纏った夜如のタックルで堂とでもなる。

 

「残念だが、君を逃すわけにはいかない。大人しく拘束されてくれ」

 

「え、何!?」

 

夜如の逃走を察してか男は夜如に手を掲げる。すると、虚空から夜如にとって見覚えしかない馴染み深い鎖が夜如の体を縛り付ける。普段の夜如なら余裕で避けられた鎖の速度でも驚きで体が硬直し無抵抗に拘束されてしまう。夜如を縛る鎖は紫色に光る神々が鍛えた鎖で那月が使用する魔術でもあるレージングだったのだ。

 

「見覚えはあるかな?」

 

「何処でこれを?」

 

「まぁ、空隙の魔女が扱う物と比べるとお粗末なレベルだろうけどね」

 

男は不敵に笑みを浮かべる。夜如を捕らえたことで勝ちを確信したのだ。レージングとは強力無比で断ち切られるものでは無いと考えられ、それが魔術を扱う者なら固く常識として頭に根づいている。男は懐から本を取り出す。

 

「魔道書………図書館ですか。自分を拘束するためにこんなことを?」

 

「空隙の魔女のお気に入りのペットは脳筋と聞いていてね。いかに脳筋でもレージングの拘束からは逃げられないだろう。それは君自身が日頃感じていることだ。計画が成功するまで拘束させてもらうよ」

 

男は更に夜如にレージングを巻き付けていく。魔道書とは読み手に人智を超えた力を与える強力な魔性を帯びた魔術実用書。男は魔道書により紛いなりにも最高位の魔女たる那月と同様にレージングを扱えるようになっているのだ。夜如は歯噛みする。男の言う通り夜如は那月のレージングに縛られることなど珍しくない。その度本気で抜け出そうとしているが一度たりとも抜け出せたことはない。軋みすらしないのだ。

 

「計画?」

 

「君も残念だね。主人の最期にすら立ち会えないとは」

 

「は?」

 

男は憐れむように言った。最初、夜如は男が何を言っているのか理解できなかった。元々、拘束された瞬間から逃げの一手から男の目的を探ろうと質問していたのが急に核心を突く答えが飛んできて思考が止まってしまったのだ。しかし、これは後付けの理由である。一番の理由は男の憐れむ表情と”主人の最期”という言葉である。夜如の心に滲み出る程度の怒りが膨れ上がる。

 

「主人の最期………?」

 

「ん?」

 

暗闇の中、レージングの紫色の光以外に新たに緋色の光が場を照らす。空気が軋みコンクリートにはヒビが入り、地震かと錯覚してしまう揺れが男を襲う。レージングすら軋みだしたことで男から余裕の笑みが消える。しかし、すぐに冷静さを取り戻し魔術を行使する。レージングは夜如の体を絡みに絡み付き繭のような球体を作り出す。最早、拘束というよりも封印に近い魔術である。男も息絶え絶えと片膝をつき今のが全力の魔術だと物語っていた。

 

「おい………!!」

 

それも夜如の前には意味を成さなかった。レージングの軋みは抑えられるどころか強くなっていき、遂にはピシリという亀裂が生まれる音が鳴ったのだ。男が焦って更なる魔術を行使しようとするも間に合わない。夜如のレージングを破る力が強すぎて抵抗するのが精一杯なのだ。

 

「そんな馬鹿なことがあるか!レージングだぞ!?神々の鍛えた鎖が鬼なんて珍しいだけの生物に負ける訳が無い!!」

 

「こんなのがレージング?那月さんのと比べるとお粗末とか言ってたけど、それ以下だな………!」

 

バギンっという甲高い音が響き渡る。言わずもがな夜如がレージングを引きちぎった音だ。この瞬間にレージングは跡形もなく消え去る。唯一つ緋色のオーラを纏った夜如だけがこの暗闇に光を照らすことで異様な存在感を見せていた。男は言葉すら出せず夜如の無言の圧力に腰を抜かす。夜如の睨みはまるで物理的に圧力を掛けているかのように男を苦しめる。夜如が一歩男に近づく。たった一歩近づくだけで男に加わるプレッシャーは倍になり、夜如が目の前に来る頃には呼吸すら自由にできなくなる。夜如は静かに男の首元を掴んだ。男も本能的に抵抗するが恐怖で錯乱しかけて子供の喧嘩のようなパンチはペチペチと音がするだけ。夜如はそのまま男を地面に押さえつける。

 

「ひっ………!!」

 

「お前らの計画を全て話せ………!!!」

 

赤い瞳が怒気を宿していた。マグマのように地獄の業火の如くその怒りは誰にも鎮めることはできない。

 




今回は早く投稿できました!!少しずつ主人公の口調とかを変えてみたり、オリジナルストーリーに向けて咬ませ犬を出してみたりと頑張っています!!

では、評価と感想お願いします!!


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35話 裏切り

ゴールデンウィークなんて嘘さ


 

「ご、ごべんなざい………ごべんなざい………ごべんなざい………」

 

暗闇に覇気のない意志のない無機質な懺悔の言葉が微かに響いている。しかし、誰に対し謝り続けているのか、周囲に人影はない。壊れたカセットテープのように繰り返し懺悔している男が仰向けに倒れているだけである。男は醜く涙を流し、鼻水を垂らし、口から涎を溢しては失禁までしていた。加えて男の瞳からは光が感じられず外傷も見当たらない事から場合によっては女に捨てられた重々しく女々しいダメ男の末路である。しかし、男が倒れている場所は地下水路だ。こんな場所に呼び出し男を振る常識外れな女などそうそう存在しないだろう。この場所で何があったのか。それを知るのはただ一人、この惨状を引き起こした張本人以外答えられる者はいない。被害者であるこの男も答えることはできないだろう。なぜなら、虚空に向け醜く懺悔するこの男が正気に戻ることなど二度とないのだから。

 

_____________________

 

夜如は街中の大通りをゆっくりと歩いてキーストーンゲートを再度目指していた。辺りは波浪院フェスタ当日ということもあり屋台やそれに集まる観光客がごった返している。子供が美味しそうにりんご飴を食べてその親が子供の笑顔を見てまた笑顔になる。恋人同士なんかは手を繋いで初々しく照れ笑いを浮かべている。普通ならこの雰囲気に便乗して自然に笑顔になったり気分が良くなるものだ。しかし、夜如は俯きながらゆっくりと歩くだけ、それどころか気配まで消し去っている。そもそも、最速でキーストーンゲートに向かうのなら人通りの多い大通りを選ばず鬼の身体能力に物を言わせて建物の上を踏み台にし一直線に目指す方が効率的である。何故、それをしないかと言うと男から吐かせた情報に関係する。港の地下水路で夜如を襲った男は夜如が睨みを効かせると思いの外すぐに計画などを吐いたのだ。夜如はその時、根性や忠誠心が無いと男に呆気なさを感じると同時に仕えているのなら拷問されてでも口を割らないことが忠義というものでは無いのかと男に対して”何だお前?”なんて考えていた。勿論、これは夜如が那月に対して過剰で異常な忠誠心を持っているからに他ならない。ただ、過剰性はともかくこの異常性は那月が失踪してからふつふつと夜如の心の底から少しずつ湧き出てきた一面で、日頃は表に出ない言わば夜如の裏の顔である。それも壮絶な幼少期を過ごした夜如だからこそ持つ一面だ。しかし、その一面も那月の失踪と言う起爆剤に那月の命の危機と言う火が加えられたことで爆発寸前まで来ていた。夜如は僅かに残る理性で感情を押し殺し、夜如は歩を進める。

もし、夜如の中から理性が消え去ってしまえば那月に敵対する相手を殺し尽くすまで暴れ回る化け物となってしまうだろう。それはまさにアスタルテが危惧している未来でもあり、その姿は夜如が畏怖し嫌う数年前の実の父親同様、鬼気に飲まれた怪物となることを意味する。

 

「監獄結界………都市伝説だとばかり………」

 

そう言う意味ではこの状況は不幸中の幸いとも言える。夜如は鼻水を垂らしながら必死に助かるべく意図も簡単に自らの目的を話す先程の男を思い返す。男が先ず口にしたのは監獄結界という都市伝説にもなっている話だった。監獄結界とはこの世の何処かにある世界中の凶悪な犯罪者達が収監されている伝説の監獄とネットでは噂されている。現に今夜如が持つスマホで検索しても明らかに眉唾物の類の話しか出てこず、現実に存在する証拠や根拠は何処にもない。夜如とて最初は耳を疑ったが、男の表情から嘘をついているようには見えず、もしこれが嘘なら男が相当のペテン師だったということだ。そして、更に驚いたのがその都市伝説にもなっている監獄結界を管理している人物が那月だということだ。これも当然現実味がなかった。那月と出会って共に過ごしている間、那月はそんなこと一言も言わなかった上に素振りも見せなかった。このことは都市伝説が現実だと知った衝撃よりもある意味上回る衝撃を夜如は受けた。自分が知らない那月の一面を他の男が知っていたからだ。しかし、これは単なる嫉妬心な為に少々頬を膨らました程度で感情は収まった。次に聞いたのは監獄結界を見つける方法だ。監獄結界とは那月が作る異世界に存在しているらしく、現実には存在しない幻のようなものだという。そんな現実に存在しないものを見つける為に男、その仲間は空間操作の魔術を駆使している。その影響が絃神島で起きている空間異常の原因らしい。この異常は魔力など異能の力に反応し、力の強い存在ほど敏感に影響を及ぼす。お陰で夜如は感情と一緒に鬼気や気配と凡ゆるものを一緒に抑え込んでトボトボと歩く羽目になっている。しかし、不器用な夜如にとってこれは好都合な条件である。そして、最後に男が口にしたのが那月の殺害についてだ。男達は監獄結界からある人物を解放しようと目論んでいる。その為には監獄結界を管理する那月が邪魔らしい。この時、夜如は意外にも怒り狂うことはなかった。逆に成る程と納得できたぐらいだ。那月が何故、失踪したのかも敵に見つからないようにする為だとすぐに理解できたし、心に掛かる靄が晴れていくのを自覚することができた。靄が晴れ那月の危機が明確となり敵の存在が露わになれば自分が成すべきことも見えてくる。荒れ狂う怒りの感情を受ける相手が見つかったのだ。無意識に鬼気が漏れ出してしまう。ただ、その鬼気に当てられて男の精神は崩壊し、これ以上の情報は得られなかった。そんな男にもはや利用価値などなく、夜如は男を放り捨て今に至る。夜如はとにかく監獄結界の捜索に使われている魔術にひっかからないようゆっくりと、しかし出来るだけ早く魔術を行使している場所であるキーストーンゲートに向かっているのだ。

 

「都市伝説にもなる監獄に収監されている囚人が解放されたら絃神島は大混乱になる………那月さんはそれを予測していたのか」

 

夜如は考えていた。何故、那月は自分を頼ってくれなかったのかと。那月にとって夜如の力は頼るに値しないのかと夜如自身は考えてしまうのだ。これまで那月が夜如の手を借りることはあったが、それらは全て那月自身に危険が及んだからでは無い。しかし、今回那月が自分の危機に自分を頼ってくれなかったことに夜如はショックを受けているのだ。だからこそ、今回の件を自分の力で解決し那月に本当の意味で認めてもらう。敵への憤怒、自身への無力感、那月に対する執着心など様々な感情を全てを抱えて夜如は一歩を踏み締め続ける。キーストーンゲート上空から鳴り響く爆発音はそんな夜如の歩を一瞬止めるにはは十分だった。

 

「爆発!?あれは特区警備隊のヘリか?こんな街中で何を!」

 

俯いていた顔を上げると夜如の見知った武装ヘリが数機もキーストーンゲート上空を旋回していたのだ。武装ヘリはキーストーンゲートの屋上に向けて機関砲撃や対魔術用の砲弾を遠慮なくばら撒いている。その影響で周囲のビルにも流れ弾や跳弾による被害が出てしまっているようだが、気にする余裕もないのか兎に角、無差別過ぎる攻撃は波浪院フェスタで人が多い状態の街中では危険極まりない。しかし、不思議と周りの人はヘリの砲撃で逃げ回る人物はおらず寧ろ何かのデモンストレーションとでも思っているのか野次馬が増えていく。夜如は鬼気を使えない億劫さを噛み締めながら走った。それでも十分常人を遥かに超えるスピードに観光客はこれも何かの演出スタッフなのかと青ジャージの夜如に頑張ってと応援の声をかける始末だ。

 

「そうか………皆んな波浪院フェスタの演出だと思ってるのか」

 

走りながら観光客の声を聞くと今年は金かかってるななど感心する声やインスタ映えなどお祭り気分の声しか聞こえてこない。事実、彼ら彼女らはお祭りだと思っているのだろう。しかし、数日前から波浪院フェスタの準備として数々の現場を回っている夜如からすればこのような演出があるなど聞いてはおらず、ましてや特区警備隊の機動部隊が所有する武装ヘリは余程のことながなければ出動しない機密度の高い兵器である。そして、キーストーンゲートの屋上では監獄結界を見つけ出そうとまだ見ぬ敵が陣取っている筈なのだ。つまり、あの攻撃はその敵に対する攻撃で観光客が思っているような催し物では無いということだ。

 

「危ないので下がってくださーい」

 

「確かに、あからさまに封鎖するよりも演出ってことにすれば観光客の混乱は防げる」

 

キーストーンゲートのでは特区警備隊が規制線を張っていた。警備隊は何の変哲も無い波浪院フェスタの業務に徹しているようだ。しかし、その装備は異常で単に規制線を張るだけなのなら装甲車など必要ない筈である。更に関係者だからこそ感じられる違和感はキーストーンゲートの屋上を見上げることで確信に変わる。

 

「タコ?………いや、植物?」

 

夕暮れを迎えて美しい緋色に染まる空に不釣り合いな武装ヘリ、それと対峙しているのは気色の悪い無数の触手だった。触手はあり得ないことだがキーストーンゲートの屋上から生えており、凶暴にも武装ヘリを攻撃している。武装ヘリは浄化能力の高い銀イリジウム合金が破片として含まれた砲弾を撃ち込んでいる。しかし、触手は魔族に対して効力のある砲弾を受けても傷一つ付いていない。それどころか触手は攻撃した武装ヘリに巻き付き他の武装ヘリに叩き付けた。周囲にこれまでにない爆音が響くが観光客は楽しそうに歓声をあげる。実際、機動隊の武装ヘリは無人機なので今の爆発で誰かが死んだわけでは無い。それでも武装ヘリの攻撃が一切効いていないのは問題で、触手は特殊なエンチャントを施されている厄介な敵ということになる。

 

「物理攻撃を無力化する触手、監獄結界を探している敵を守ってるとなるとあれを倒さないといけないな」

 

夜如は人混みを掻き分けて強引に規制線の一番前にまで抜け出る。

 

「君は!?」

 

「ん?」

 

すると、規制線の前で警備していた特区警備隊が突然人混みから抜け出てきた夜如に強く反応する。あまりの驚きに夜如も怪訝な顔になってしまう。夜如は特区警備隊の任務に助っ人として入っていることが多いので夜如は知らなくても相手が一方的に知っていることは少なくない。那月に取り入ろうと夜如に媚を売る不束者がいるぐらいだ。夜如からすればこの忙しい時に面倒くさいとストレスが溜まって顔に出るのも無理はない。場所が場所なら一発殴り飛ばしているところである。

 

「今、忙しいんで那月さんのことなら___」

 

「港の侵入者!?」

 

「は?」

 

夜如はこれまた再度怪訝な顔をする。特区警備隊は夜如に向けて恐怖の表情まで浮かべているが、夜如には全く覚えがないのだ。港には行ったが夜如自身は考え事をしていて道中の記憶など無いに等しく、その中で何かが起きていても夜如は知らぬ存ぜぬを貫き通すしかない。普段ならペコペコと平謝りを繰り返している所だ。しかし、今の夜如にそのように時間を潰している暇と余裕は無い。

 

「今は邪魔、()()()

 

夜如はそう言い残すと鬼気を全開にして跳躍した。特区警備隊の目からすれば目の前の男が突風と共に消えたように見えただろう。それを尻目に夜如は屋上に突っ込んでいく。空間障害が起こっている中だが、武装ヘリがやたら滅多に魔術阻害系の銃弾や砲弾を使用してくれたお陰で付近の空間が安定していた。夜如はそれを見越して鬼気を全開にしたのだ。しかし、夜如は鬼気を全開にした時に自分の中で何かが変わったことに気付けなかった。鬼気とは正常な精神があってこそ扱える力。

 

「見つけた………!」

 

キーストーンゲートの屋上に夜如は着地する。鬼気を纏った夜如は既に臨戦態勢で敵を見つければ即座に殴り飛ばすつもりでいた。

 

「………な、なんで?」

 

「邪魔が入ったか」

 

しかし、その勢いも目の前の人物と対面することで消えて無くなる。屋上には四人の人物がいた。一人は蛇使いと呼ばれる真祖に最も近いと噂される吸血鬼のディミトリエ・ヴァトラー、そして触手を操っている二人の魔女。そして、何故かその場にいたヴァトラーよりも予想外の人物。

 

「暁さん?」

 

暁古城が屋上の中心で魔術書を怪しげな光を発しながら行使していたのだ。普段とは違う雰囲気も魔術書を使っていることやいつもとは違う服装だからという訳では無い。まるで姿形が同じだけの別人である。しかし、既に限界ギリギリだった夜如の頭に飛び込んできた衝撃は夜如の理性を吹き飛ばしてしまう。考えることを止めた夜如は目の前の単純なことしか認識しない。

 

「あんたが那月さんを!!」

 

夜如は古城の姿をした人物に殴りかかった。

 




またまた、遅くなりました申し訳ありません!!
最近、忙しくて死にそうなんです!
次も多分遅くなっちゃいます………

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