Fate/promotion【完結】 (ノイラーテム)
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聖杯戦争編
プロローグ


「ふむ…」

 何も無い、あるいは宇宙空間にでも浮かぶような密室。

 SFで言うなら、時空検閲官の部屋とでも言いたくなるような、奇妙な空間。

 

 そこにポツリと声が漏れる。

 視点の先にはテーブルと、その上に開かれた一冊の本。

「誰ぞ悪戯をしおったか。だが、それを隠さない所を見ると…」

 いつの間にか捲り上げられたページに、老人らしき声が笑った。

 

 本来ならば自分以外にありえぬことに、老人は少しだけ考え込む。

「放っておいても良いが…差し障りのない範囲で、打って見るのも一興か」

 まるでチェスに向きあう棋士のように、老人は視線だけでページを捲りあげる。

 

 二枚三枚、ページは奇妙な方向に捲れあがる。

 通常は縦横のいずれにしか動かない紙片が、まるで回転する地球儀のように変動した。

 ソレが止まった時、世界は流転する。

 

 

 流転する焦点は老人を中心としたモノから、少年固有のモノへ。

「こんな時に慎二はともかく美綴まで居ないってどういうことだよ…。ったく…遅くなるって伝えといて良かった」

 呼び付けられて久しぶりに弓道部へ顔を出し、相談のついでに、隅から隅まで掃除をし終える。

 すっかり暗くなったものの、悪い気がしなかった。

「帰ったら飯にしないと…って、何の音だ?」

 校舎を抜けて帰途に着こうとした時、校庭から激しい音が聞こえた。

 高い金属音と、鈍い打突音が時折交差する。

 

 音の元凶は、校庭で激突する二人の男。

 一人は長柄の武器を気だるげに持ち、もう一人は双剣を構える。

「てめえ、どこの英霊だ? 剣を使う弓兵なんざ聞いたこともねえ」

「何、こたびの主は随分と傲慢でなあ。セイバーが最高の望みだそうな。臣下の願いのひとつも叶えてやるのが良き王と言うものであろう?」

 長柄の武器を振り回しながら放つ男の問いに、双剣の男はこともなげに打ち合いながら応えた。

 主を傲慢としながらも、臣下と見降ろしてはいる更なる傲慢ぶりだが…その溢れんばかりの自信と力は不思議と似合っている気がした。

「ところで、主は浅学ゆえに聴かせて欲しいそうなのだが…。白兵戦を得意とする魔術士なぞ、幾人もおらぬという話だ。確かに老人にも女にも見えぬな」

 そう双剣の男が口にした時、俺の背筋に戦慄が走った。

 

 長柄の男は術師で、双剣の男は弓兵?

 そんな馬鹿な…。

 今も打ち合う男たちは、俺の認識ギリギリの速度だ。

 あれで専門家じゃないなんて、到底信じられな…。

(いや、違う! あれはポールウェポンじゃない、ただの杖じゃないか。それに…二人とも間合いを測ってる)

 長柄に見えたのは、宿り木か何かで出来た杖だった。

 そして、互角に打ち合っている二人にも、微妙な差がある。

 杖は時折、サイズが伸びたり、周囲に雷鳴を発しており、双剣の男は対抗魔術か何かでソレを丁寧に消し、後方に及ばないようにしているのだ。

 

 凄まじい速度で打ち合いながらも、少しずつ力を溜めて距離が離れて行く。

 最初は牽制するとばかりに蹴りや肘が混ざって居たが、今ではフルスイングの大振りさえ混じって居る。

(俺なんか足元にも及ばない…。間合いを測りながらあんな動きは絶対に無理だ)

 魔術をかじっては居るが、決して届かない高み。

 

 その事に驚愕した時、なぜか、双剣の男が笑った気がした。

(マズイ。気がつかれた?早くここから逃げ…っつしまった)

 俺は手早く行動しようとして、自ら墓穴を掘ったことに気がついた。

 双剣の男が浮かべた笑みに、思わず後ずさりした時、木の枝を踏んでしまったのだ。

 

 乾いた音は僅か一瞬、剣戟の音に紛れはしたが…。

 一瞬たりとも見逃してくれるとは思いもしなかった。それ故に走り出す。

「ちっ。目撃者か。面倒だが仕方ねえ」

 気だるげな舌打ちの音を置き去りにして、俺は全速で走り抜けた。

 

 はしる、走る、奔る。

 魔術を習いはしたし独学で練習もしたが、通用するなんて少しも思えない。

 だから強化を試みなどせずに、全力で駆け抜けた。

 思考を飛ばし、だけれど可能な限り体を制御。出来得る限り息を整えて素っ飛ばす。

「やったか…?」

 ショートカットと視界を振りきるために校舎の中を駆け、水飲み場の当たりで足を止める。

 もっと距離を空けたかったが、そろそろ息を整えないと…。

 

 水を飲みたいのを我慢して、逃げ切れたか?と思った時。無情な声が直ぐ近くから聞こえた。

「よう、結構走ったじゃねえか。あんまり速かったんで術を使い損ねちまった」

 息を整えるのを中断して顔を挙げると、そこに杖を持った男が佇んでいた。

 皮の外套に身を包み、手には杖と…。キラリと輝く文字が見える。

 

 空中に何かの文字を刻んだのだと理解した瞬間、俺は足元に転がって居た。

「何、苦しませはしねえよ。せめてもの詫びだ」

 遅れて聞こえるゴウ! と言う爆音。

 避けたはずなのに、俺は火焔に包まれて飛び跳ねる。

 

 痛みはとっくに振りきれて、意識を失う過程が妙に冷静に感じられた。

 致命傷だと察した男が立ち去ってくれたお陰で、俺は僅かばかりの意識を集中させる事が出来たのは、行幸だろう。

(死ぬ…のか?いや、駄目、だ。万が一に備えて少しでも…)

 治癒魔法なんて適正は無い、肉体強化は間にあわない。

 それに、そもそもそんな実力なんて持ってない。まして重傷を負って使用するなんて不可能だ。

(体を冬み…ん。させ、ないと…スタッブ・スリーピング…?だっけ…?)

 目覚めた時に自分がどうのとか、リスクなんて考えもしない。

 僅かな生存率に賭けるため、俺は意識を自分で自意識を解体した。

 

 不思議な事に、最後に考えたのは、昔、出会った、ガキ大将…。

 ジイサンと出会ってから、何年も思い出したことのない少女を眺めながら…、俺は意識を手放した。




登場人物

第二の介入者:ゼル爺
 介入しただけで、多分出てきません

キャスター:?
 白兵戦が得意なドルイド

アーチャー:自称セイバーさん
 双剣で戦闘していた金ぴか


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切り、嗣ぐ

 ここから別のfateが混じり始めます。
本家オンリーではないので、合わないと思われましたら、そっと閉じてくださると幸いです。


「嘘…でしょ」

 少女が考えるのは一瞬。

 僅かな呼吸が感じられたことで、体は自然と動いて居た。

「随分と余裕よなあ。心の贅沢ではないかと思うのだが」

 くつくつと嘲笑う男の声。

 少女は振り向きもせずに、傲岸不遜に言い放った。

「これは満足の問題。不用意に巻き込んだ事に対するケジメ、次があっても助けない」

 少女はそう言うと、懐から大粒の宝石を取り出した。

 ちょっとだけ名残惜しそうにしながら、隅に転がった少年に向かう。

 

「これで私は後悔をしないでいれる。だから全力を出せるってだけ。それに…私のサーヴァントは最高の英霊なんでしょ?」

「くっ。くははは! 言うではないか!」

 苦い笑いを浮かべてやせ我慢をする少女に、男は姿を現した。

 何が滑稽なのかしらないが、少女の決意を傲岸不遜な笑顔で嘲笑う。

 

「確かに確かに。最大最古の英霊である我のマスターには、そのくらいの余裕は当然の事、贅沢にも当たるまい。だが…」

 そして、つまらなさそうに空を歪めたのだ。

 空中をまるで扉を開けるかのように弄くり回し、どこへ仕舞ったのかと時間を掛ける。

 勿論、それは少女の苛立ちを愉しむ為だ。

「どれ、コレを使うが良い。屑ではあるがそやつが生き残るには力は十分であろう。ソレは拾ったは良いが扱いに困る物だ、丁度良い座興よ」

「宝具には見えないけど…外見を変えてるだけで宝具なのよね。随分と大盤振る舞いじゃない」

 男が投げてよこした物は、確かに力を秘めている。

 少女は怒りを鎮めながらも、手にした宝石を使わぬことにホッとしている様であった。

「形見であろうと所詮思い出、使い切りの品。その覚悟があるのであれば小娘にはイザという時の護りになろう」

「ちょっ…。まあいいわ、今は御礼を言っておくわ。…誰かさんのお陰で余裕が出来たし、ここの修理もオマケ」

 少女は自分を眺める男に怒りの目を向けるが、付きあっても仕方無いとばかりに少年に向きあう。

 茶番で時間を取られたようだが、まだ大丈夫。

 せいぜいが記憶障害だろうと、気を落ち付かせて、周辺をついでに修復し始めた。

 

 少年の大火傷は大半が治療され、服も焼け焦げた水飲み場も、時間が戻るかのように日常に姿を戻した。

 

 

 やがて少年は、意識を呼び戻す。

 否、解体された意識と記憶が、元々のモノと新しいモノが絡み合って再構築されていく。

「う…あ? 何処だここは? 学校…? なんでこんな所で眠ってるんだ?」

 荒い息を吐いて、俺は身を起こした。

 体が熱く、背中を濡らす水が心地良い。

 

 ザリザリと混濁する意識に、炎や、剣戟の音が思い浮かぶが、平和な学校でそんな事が起きるはずもない。

 実際に見渡してみると、校舎が燃えている事も無く、服に火傷なんて何処にもなかった。

(水? なんで水が零れてるんだ? 掃除しないと…)

 俺は体を起こすと、周囲を濡らす水を拭く為、掃除用具入れに向かった。

 パタンと落ちたナニカに目を向けて…。

「っと危ない危ない。こんな物を剥き出しに置いて寝るなんて、どうしちまったんだ俺?」

 見慣れたソレを懐に仕舞い、俺は掃除用具入れを開けた。

 何故かいつもと違う場所にあったが、おおむね同じ物が入って居る。

 

 ゴソゴソと混濁した意識で掃除をすると、雑巾を絞って乾かしてから帰宅する。

 フラフラとした足取りでも、歩き慣れた我が家への道のりを間違えるはずもない。

 やがて見えた武家屋敷の扉を潜り抜ける。

「ただいまーって、み…さくらが居る訳ないか。藤ねえも来るとしたら明日の朝食だな」

 家族…同然の人々を思い出し、不思議と笑顔が零れた。

 

 足元に転がるポスターに違和感を覚えるが…。

「まったく仕方無いな。片付けとけばいいのに…」

 見覚えなかったポスターだが、記憶を辿ると確かに思い出せた。

 丸まったままのポスターと、殴りつけられて僅かに捩じり曲がったもう一つを取りあげた時。

 

 聞き慣れない…それでいて、聞いたことのある声が聞こえる。

 聞いてはいけない声であり、聞いた以上は即座に動けと体の隅々が活性化する。

「ったく、なんで生きてるんだ? お陰で同じ奴を二度も殺す羽目になっちまったじゃねえか」

「なっ…」

 誰だ? と思った瞬間に、冷静に思い返す自分が居る。

 学校で見かけた、怪しげな男。

 2mの長身で、軽々と杖を担いでいる。

 

 結界は…と言い掛けて、そんな物が役に立つはずが無いとも易やすと思いつけた。

 そうだ、こいつはキャスター。

 その程度の事はやってのけると、さっさと身構えて、僅かであろうと活路を見出す事に賭けた。

(こんなんでも無いよりマシか。トレース…)

「ん? 強化か。割と珍しい芸風だな。なんだお前。魔術師だったのか。早く言ってくれよ」

 恐ろしい。

 

 本業の魔術師、それもキャスターの英霊となれば本当に恐ろしい。

 俺が魔術回路を稼働させず、意識の隅に、強化魔術を用意しただけで…。男は容易く見抜いて見せた。キャスター?どこでそんな言葉を…。

「な、なんで俺のやる…。いや、ハリボテならともかく本物ならそれもそうか。…あ? 本物?」

「んなモン、見りゃーわかるだろうがよ。本物かどうかって言やあ、まあ英霊は本体の偽物つーことになるが、な!」

 生じた違和感は、男の動きでかき消される。

 なんで思いつけたのか、記憶の整合性を正す前に、強烈な一撃が叩き込まれた。

 

 ブロックなんて間にあわない。

 宿り木の杖が腹に叩き込まれ、俺は咄嗟に窓をぶち破って居た。

「がっ。痛つつ。ここじゃ駄目だ…」

「ヒュー! 意外とやるじゃねえか。今の一瞬で、逃げを打つなんてよ!」

 もうちょっと楽しませてみろよ! と男は笑いながら、追撃の為に身をかがめた。

 俺は馬鹿か?

 何が2mだ、どう見ても2m30はある長身は、まさに人間山脈。

 窮屈そうに部屋から軒下へ出て来る。

 ただ蹴りつけるだけで、ただ殴りつけるだけ脅威になり得る。

 

 その足取りがゆっくりなのは、いつでも殺せるという余裕の表れなのだろう。

 下がりながら蔵を目指し、籠城…いや、何か使えるモノが無いか必死の退却を行う。

 だが、退却戦とは難しい物だ。例え成功しても絶望的なのに、相手は無常な追撃を掛けて来た。

「そらっ。良く防いだ。だが次はどうするよ? そりゃあ紙だろ? 燃えちまうぞ!」

「こんなんじゃ駄目だ。ないよりマシな物、何か、ないか?」

 一枚目のポスターは、強化してもあっさりへし折られた。

 二枚目はねじ曲がってたので、開いて簡易的な盾にする。

 拙いながらも、我ながら驚異的な成功率を見せた強化魔術も、紙で火に対抗するには至らない。

 

 仕方無く、ポスターは諦めて時間稼ぎに投げつけることにした。

 唯一の武器を手放す思い切りの良さに、男は笑って打ち払う。

「ないなら、創り出せば良い! 投…影…開始!!」

「そんな間に合わせで、何とかなる訳ねーだろうがよ。でもまあ雑魚にしちゃあ愉しめたか。もしかしたら、お前が7人目だったのかもしれねえなあ」

 それならまだ、強化の方がマシだぜ?

 男はそう言って、創り出した盾を砕きながら、強烈な蹴りを繰り出してきた。

 

 何か無いか? 何か?

 そうして、俺は懐に仕舞った最後の武器を思い出した。

 おそらく、ここには居ない親友か家族が持たせてくれたものだろう。

「そんなカードで何をやる気かしらねえが、やるならさっさとしろよ。でねえと、せっかく生き返ったのに蘇り損だ」

 俺が取り出したモノを見て、男は面白がって笑みを浮かべる。

 だがそれでも男は戦士であり、冷酷な魔術師だ。

 笑いながらも空に指で文字を描き…それも学校で見たよりも、強力な魔力を感じる。

 

 何が『対応』しているのか知らないが、覚悟を決めると全ての魔術回路を集中させた。

 最後になるか判らない、言葉を紡ぐ為に。この逆境に勝利する為の言葉!

 それは夢幻の……。

「インストール!」

 セイバーのカードを手に、俺は英霊の夢幻召喚を行った。

 




登場人物

少女:あかいあくま
 十分に時間を取って触媒を探し当て、時間もバッチリ召喚成功。
相性の良い英霊を召喚したのか、割と余裕。
優雅たれ…を実践しようとしてるが、迂闊なのは同じだったり。


第三の介入者:金ぴか
 慢心してるが、ちゃんとマスターを思いやるサーヴァントを演じている。
ついでに千里眼で色々見渡しているので、積極的に介入を行ってみた。
その結果は、紅茶さんがログアウトし、少年に戦う力を与えた模様です。

キャスター:?
 プロローグでは2m弱から2mへ、衛宮家内では2mから2m30cmにスクスクと成長している。
その健やかな体の為か、キャスターでありながらアーチャーと互角に白兵戦が出来た。

少年:●士郎
 本家の代わりに別の世界線から繋ぎ起こされた。
二周目相当なので、覚悟もあるし魔術も使えるが、英霊に対抗できるほどではなかった…はず。
親友ないし家族が持たせてくれた…? と勘違いしている、とある英霊のカードが無ければの話。


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夢幻の召喚

 と言う訳で、一人だけプリヤと繋げてみました。
 あまり他のFate作品とか好まれない方は、そっと閉じていただけると幸いです


 ホンの僅かに思い出す。

 それは少し前の出来事、この世界ではない何処か。

 

 どうしようもなく行き詰まった世界で、どうしようもなく間違った願いの果て。

 それでも良いとあがき続けた果てに、少年たちが最後の口論を重ねる。

「最初からお前はうっとしかったんだよ。だから行ってしまえ、間にあう内にな」

 にっちもさっちも行かない世界線。

 苦い笑いを浮かべた少年は、最後の最後に奇跡を願った。

 どうやっても救えぬ世界なら、救える者だけでも放り出すしかない。

 

「馬鹿、まだやりようはあるはずだろ! 諦めんなよ、お前も俺も、みんなも…」

 人も人形も転がる死体と残骸の山の中で、もう一人の少年は奇跡に抗おうとした。

 だが心の準備もしてない人間が、物理的にも万端の準備をした少年に叶う筈が無い。

 

 それでも最後まで居残ったのは…。

 まあ単に、彼の方が似たようなことをするつもりだったからだ。

「試してない方法がまだあるはずだ。それに…行くならお前だろ! ジュリ…」

「そんなモノがあるなら…いや、そのつもりがあれば、持って帰って来るといいさ」

 奇跡が閉じて行き、送り出せたことで、苦笑いはそこで晴れ晴れとした笑顔に変わる。

 

 清々したとばかりに、死体と残骸の玉座の上。

 滅亡寸前から滅亡に、世界を置換した少年は、誰も居ない世界で笑った。

 

 

 そして視点は再び冬木の町に戻る。

 果てしも無い彼方の世界で、少年は少年の意識の中に。

 知識の断片は、異なる世界の技術であっても、使い方を記憶の中に刻みこんで居た。

「インストール!」

 夢幻の彼方、この世界には居ないどこかの英霊に道を繋げる。

 

 聖杯を最初の媒介に、膨大な魔力の籠ったカードを第二の媒介に、自分への降霊を第三の媒介に。

 三段ロケットの花火が煌めき、ついには英霊の座に届く!

 

 輝く光明の向こうで、ドルイドが呆けていたのは一瞬。

 口には獣めいた笑みを、瞳はランランと獲物に向きあう。

「なんだそりゃっ…って英霊、英霊に決まってるよな。今代の器が閉じるのを感じる。いいぜ、こういう驚きなら歓迎ってもんだ!」

 男が詠うと、ただそれだけで殺意は魔力に変わる。

 当然ながら世界に刻んだよりも弱いが、『人間の魔術師』を殺すだけなら十分な威力。

 視線だけで作った魔力は光の塊に、腕と共に振るった魔力は形無き刃と化していく。

 

 対する武装は3つ。

 手には剣、腰には鉄槌、背中には斧か何かが括りつけられている。

 重いことは重いが、これは武器として必要な重みだと理解出来る範疇だ。

(使わせてもらうぞジュリアンっ)

 世界線を越えて独り。

 この世界の衛宮士郎ではないエミヤシロウは、聖杯戦争という知識を全身全霊で受諾した。

 

 まだ形に成って居ない魔力を剣で叩き潰し、追跡を開始した形が無いだけの刃を片手で受ける。

 受けた瞬間に自らの体に魔力を流し込み、先ほどまでとはケタの違う強化を掛けてスルーした。

「ほう…。アレを受けて大したダメージじゃねえとは、まさしく英霊の体だな。…正真正銘の英霊を呼ぶ準備した上で、降ろした時にしか使えないって制限掛けてんのか」

 男は狂騒の笑顔を顔に浮かべながらも、頭脳は冷静に事実を捉えていた。

 心のどこかに焦りが拡がるが、今はソレを無視して回路を全開に回す。

 

 上位者の力を降ろすワザは、確かに存在するが高位のワザだ。

 だか、前提条件を覆せば他愛ない手段に成り下がる。

「現界した俺らの全力に比べたら弱えーが、それでもマスター保護するにはむしろ利点だよな。で…、これはどうするよ?」

「っ!? 足で蹴っただけで…」

 まさしく破格。

 男が足踏みすると、ただそれだけで地面が裂ける。

 小さな地割れが俺に攻めかかり、咄嗟に腰の鉄槌で叩き潰した時…。

 

 男の姿が消えていた。

 正しく言えば、俺の側…魔術師が接近すると言う死角の裏まで、忍びこまれてしまっていた。

「てめえは何のクラスに当たるんだ? 魔術師と戦った経験は薄いみてーだが」

「さてな。セイバーか、メイサーか、それともパンクラチオンのレスラーって線もあり得る、かな!」

 背中に感じた殺気に身をよじるが、奴はそれより速く動いていた。

 男はろくでも無い威力で、俺の腹を打ち抜く。

「ハン! ぬかせセイバー」

 メキメキとヒビが入る音を受け入れて、反撃とばかりに剣を翻す。

 前回よりも強く、開戦当初とは比べ物にならない魔力で強化したのに、それでも届かない!

 

 控えめに言って魔境、どう考えても死地。

 どうしようもない袋小路の中で、俺は自分自身を嘲笑った。

「温い。この程度の逆境、越えて見せなきゃ会わせる顔が無いな」

「そうか、じゃあ死にな」

 護り切れないなら攻め立てるまでと、特攻を覚悟した俺に無情な死の宣告が舞い降りる。

 強化して走り出した俺は、いわば止まることのできないロケットダイバー。

 そこへ杖の先から延びる影が、刃と化して容易く迎撃されてしまった。

 

 本当のセイバーなら可能かもしれないが、俺には避けることが出来ない。

 さらに念の入ったことに、この刃は物理現象ではない。

 刃を手で受け止め、もう片方の手で攻撃しようとしても、止めることなど最初から無理なのだ。

 だから…。

「なら、もう一歩前へ!!」

「何…だと!?」

 急ブレーキでは、止められないのだから止まらない。

 

 振り降ろす刃なら絶死でも、振り降ろし切る前なら斬られるだけだ。

 急加速を掛けて自ら肩の肉を削りとられながら、俺は男の顔面に頭突きを掛ける!

 




登場人物

第四の介入者:?
 綺麗なジュリアン、こっちに側に●士郎を送り込んだ原因であり
送りだしただけなので、出て来ることは無い予定


●士郎:セイバーのマスター
 スタッブ・スリーピングで解体されてしまった、本家士郎に混じり込んだイレギュラー。
●は最新刊での雪というイメージであり、同時に行き詰まったどうしようも無い、プリヤの裏世界というイメージ。
 カードを媒介に英霊を自らの体に降ろし、あるいは武器の一部を限定的に効率よく使用可能。
使える魔術は、御存じ投影魔術・強化魔術、そして限定的ながら置換魔術。


セイバー:?
 セイバーのカードに宿った英霊で、逆境に臨む●士郎に力を貸してくれる物好き。
決して優良な英霊ではなく、金ぴか曰く、「拾ったは良いが使い勝手に困る屑カード」とのこと。

現時点で判明する能力は、膨大な魔力による肉体強化。


キャスター:?
 何フーリンなんだ?一体。


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死を穿つ魔槍

ルビに挑戦してみます。
上手くいかなければ、何度か修正する予定。


 振り上げられた杖より落ちた影。

「今のを食らって生き残りやがったな? 心の臓腑に落ちれば必ず死すべきその運命を」

 ソレは影を落とすと言う呪いであり、影とは死を象徴する事もある。

 それが影見踏みと言う、死を掛けた遊び。

 

 物質的に存在しない刃が死地に存在する。

「完成したら死ぬんだろ? なら呪いが形になる前に先に食らえばいいさ」

 だからこそ俺は、死中に活を求めて飛び込んで行った。

 絶対に防御できない、貫通する刃なら、受ける場所を自分で決めればいい。

 それを瞬時に判断した訳じゃないが、咄嗟に飛び込んで頭突きをかましたのだ。

 

 間違いなく大したダメージじゃない。

 だけど、これは手も足も出ない俺が繰り出した、初めての反撃だった。

「さあ次だ。次があるなら、今度は喉元に噛みついて見せる。その次があるなら、心臓に突き立てるのは俺の方だ!」

 例え今は鼠が噛みついただけであろうとも、生きているなら何度でも繰り出せるし、もっと的確に食らいつき直してやればいい!

 

 ちっぽけな俺が繰り出した言葉を、虚勢と受け取ったのか男が笑う。

 それとも顔を抑えているのは、文字通り顔を潰した相手への、怒りを抑える為だろうか?

「てめえも良い具合にトチ狂ってやがんな。あーたまんねえ、ヤる気抑えるのに酒や女にでも頼らなきゃやってられねえ」

 男が顔から手を離して笑い転げる。

 その表情は潰れかけ、怪我よりも怒りで血管は膨れあがり、そして目は片方が潰れかけていた。

「昂るのを我慢でき無さ過ぎて、叔父貴を笑えやしねえ。まー笑う気は無いし、叔父貴を馬鹿にするやつあブッ殺してやるが」

 その潰れた顔で、男はなおも笑い転げる。

 

 ちっぽけな俺が、更にちっぽけに見えて来るぐらいに、怒りで体を膨れ上がらせて。

 …違う!

(本当に俺がちっぽけなんだ。ゆうに3mはあるぞ…。いくらなんでもおかしい。さっきまでどこかのプロレスラーくらいだったのに…)」

 口には出さず呟きながら、俺は恐ろしい現実に気がついた。

 学校で見かけた時、奴は2mも無かったはずだ。

 それがこの家で見た時は、もう人間山脈と呼ばれたレスラーに匹敵していた。

 

 さらに言えば、睨むだけで腕を振るうだけで魔術が発動するなら、双剣のアーチャーと互角だろうか?

 驚愕して見ている間に、男の潰れた目から放たれる魔力は…。

 行き場を無くしてブスブスと煙を立てている。

 

「あん? ああ、こりゃあ自前だ。てめえのせいじゃねえから気にしなくていいぞ。マスターが怒りそうだしヤベエから、できれば使いたくはなかったんだが…」

 男は言いながら、片目を閉じて杖をその辺りに突き立てた。

 もはや既に、あれほど長かった杖が、大剣かせいぜい通常サイズの槍に思えて来る。

「てめえはアレだろ? 練習よりも本番で全力出すし、最初は防御を固めて徐々にスロットルをあげてくタイプだ。俺で訓練しようたあ、ふってえ野郎だぜ」

 サッカーのPKを見ているような感じで、男が杖から距離を開ける。

 否、ような…感じじゃない。完全にPKそのものだ!

「行き掛けの駄賃に殺して行くが、こんなんで死ぬんじゃねえぞ?」

 男は心底心配をしていた。

 愉しみが一瞬で終わっては困ると、心底心配していた。

 そんなにも惜しそうな顔をするなら、手加減というか立ち去って欲しい物だが、死んだらそれで構わないらしい。

 

 先ほどまでの魔力が水道水に思えるほど、濃密で強烈な魔力を宿して走り出した。

宿り侵す…』(ゲイ…)

 男は宿り木で出来た杖に向かって全力疾走、その途中で地面をこすり上げ、反動で凄まじい力を蓄える!

 

『宿り侵す死棘の槍!』(ゲイボルク)

 

 宿り木の杖が、弾けてカっ跳ぶ。

 猛烈な蹴りで叩き込まれたソレは、腕で投げるよりも遥かに強烈だ。

 まして途方も無い魔力が載せられて、避けるも至難、受けるも至難の魔技である。

 

「うおおお! トレース、オン!」

 俺はありったけの魔力を込めると、身を反らしつつ全ての魔力を動員する。

 何もせずに直撃すれば、いや受け止めても腕なら肩ごと、フットブロックであろうと腰ごともがれかねない。

 だから、必死に片手で跳ねあげ、可能な限り力を受け流す事にした。

 

 当然ながら完全に威力を殺す事には失敗し、俺の体はキリモミしながら吹き飛んで行く。

 受け身も取れずに悶え苦しむ俺に残されたのは、残る力でどうやって相討ちまで持って行くかだった。

 どう考えても敵だけ倒すなんて不可能だ、だからまずは相討ちにまで持ち込み…。

「槍を受けて生き残りやがったか。まあそれでも七日もありゃあ呪いで死ぬんだが…こうなったら撤退しろって言われてんだよなあ」

 ソレを察したらしい男は、さっさと勝ち逃げに徹することにしたらしい。

 

 攻撃だけで重傷を越えた致命傷。

 魔力で生命力その物を向上させてなければ、即死する状態を見て…。

「攻撃だけじゃない? のろっ…グアアア!!」

 声にならない痛みに、俺はのたうち回った。

 体の中から、何かが延びる感触!

 先ほど作り上げた魔力の防壁を迂回するように、ナニカが俺の体の中で成長している!?

「逃がさない。先に…」

「まっ死にたきゃ、呪いを止めるために追って来な。マスターからも止められちゃいないからよ」

 悲鳴の様な軋みを挙げる体に鞭打って、俺は走り出す。

 だが無常にも、敵は土塀を乗り越えて、軽快に笑った。

 その表情には侮りなど無く、必殺技を受けられた怒りも無い。

 ただただ、死に向かい合う戦士の貌が姿を見せる。

 

「この野郎、逃が……」

 追ってどうなる物とも思われなかった。

 だが、追わなければ七日前後で死ぬ運命。

 だから俺は痛みを後回しにして、残った体力と魔力に総動員を掛けて飛びあがった。

 視えた人影に、最後の気力を振り絞って大上段から…。

 

 だがしかし、そこに見えたのは、見知った人物に良く似た顔の女…。

「きゃっ!?」

 北欧の雷神のように変身したのか? それとも他人か?

 考えるよりも先に、俺は急制動を掛けた反動で、意識を手放していた…。

 




登場人物

キャスター?:クーフーリン
 コノートの女王を捕え、侮辱した男。
それだけでなく、コノート中の勇士という勇士を殺し、ついには親友や息子すら手に掛けた暴虐の魔人。怒れば肉が盛り上がり、全身が血走って片目で睨み、目からはブスブスと煙が立つと言う。
アルスターから見た本来の召喚では無く、コノート側から見た側面である。

能力
『狂化』
ランク:シェイプシフト
 怒りや興奮によって段階があがり、徐々に体が巨大化する。
納めるためには冷水を浴びる必要があるが、風呂桶二配分の水が蒸発する。可能ならば女性や酒などによる宴も必要。
サイズの巨大化と溢れかえる魔力の影響で、本来持つべき、陣地作成は失われている。


『ブランクルーン』
ランク:A+
 ルーン文字に特化した道具作成能力で、失われた神代のルーンすら刻んで残す事が出来る。
意味を吸収して世界に刻まれるため、即座に刻む程度では、大した力を持たず、直接に他のルーンと組み合わせることはできない。

『多面召喚』
ランク:-
 キャスターとバーサーカーを兼ねるが、狂気は徐々に理性を失わせる。
元からのバーサーカーと違って扱い難く、二重召喚と違って、どちらかと言えば呪いに近い。

スキル:
『ルーン魔術』
ランク:B
 ブランクルーンでルーンを作成できるように成って居るため、あくまで基本的な能力の表現。
このスキルで神代のルーンを刻んだ場合は、神性ランクに応じてダメージを受ける。

『高速詠唱』
ランク:D+
 ルーンを高速で刻むことが出来る。

宝具:
『宿り侵す死棘の槍』(ゲイボルク)
ランク:B
 親友のフェルディアを殺した時に使った能力面が表に立ち、威力だけではなく、死を与える強烈な呪いを持つ。
防壁などを迂回し、強化して耐えても、時間を掛けて浸食する力がある。


と言う訳で、クーフーリンを強化して本来の姿に近いモノにしてみました。


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ボーイ、ミーツ、ガールズ?

原作には居ないけど、他のFate物からサーヴァントが登場
相性良さそうだから選びましたが、御気に障る方は、そっと閉じていただけると幸いです。


「きゃっ!?」

「っ!」

 剣を振りかざして土塀を飛び越えた少年が、少女の顔を見た瞬間に驚いた顔をした。

 少女は思わず息をのみ、後ずさることもできずに佇んでいた。

 

 いいや、そもそも判断できないほど一瞬の出来事なのだろう。

「マっ…っと、大丈夫か」

 脇からもう一人飛び出してくるが、その時には、少年が手に持つ剣は消え失せていた。

 無理やり態勢を縮め、剣が消えなくても良い様に、万が一にも拳が顔面を殴り付けない様に強張らせる。

 少年が出来たのはそこまでで、両手を着いて膝を曲げたまま、その場で動かなくなった。

 

「衛宮? く…ん?」

 息を吐き出しながら少女が尋ねる。

 だけれども返事は無い。

「気絶してるみたいだぜマスター? でもなんかアレだな、随分とダイナミックなDOGEZAじゃねえか」

 もう一人は笑いながら取り出そうとした武装を退転させる。

 少年が自分達に畏まった様にも見え、悪い気分ではなさそうだ。

「サーヴァントが駆け付けて来る気配も無し。同盟という名の利用をするにしても、本当に役に立つのか?」

 もう一人も少女のようだが、少年を見て疑問と言った表情を浮かべる。

 そして答えを得るべく、マスターと呼んだ少女の方に声を掛けた。

 

 その言葉に、マスターと呼ばれた少女は、心外だと言わんばかりに肩をすくめて見せた。

「人聞きの悪いことを言…わないでくれるライダー? 衛宮くんが望むなら、知らないことを教えてあげるとか、彼が不得意な事をボクらが担当する交換条件を持ちかけるってだけよ」

「なんだ。てっきり利用するだけして、最後は石油王辺りにぶつけんのかと思った」

 割と良い奴だな、マスター。

 そう言われた少女は、ほんの僅かに口ごもる。

 

 だが、褒めていると言うよりは、もう一人の少女が言う利用方法と言うのは、余程悪辣なのだろう。

 少しだけ考えをまとめる為、気絶した少年を調べながら、少女は溜息をついた。

 

「一応は無傷(・・)に見えるけど、とんでもなく消耗してるみたいね。中まで運んでくれる?」

「あー!? ただ働きしろって?」

 バーサーカーでも召喚したか、それとも身に合わぬ大英雄でも…とブツブツ呟きながら少女は立ちあがる。

 推論は抱いても口に出さない少女に怒ったのか、それとも本当に働くのが嫌なのか、もう一人の少女は顔をしかめて見せた。

 

「代金は衛宮くんに払ってもらえばいいじゃない。適当に食べる物漁るとか、知らないなら聖杯戦争のこともレクチャーしようと思うから、渡してる宿代も浮くわよ?」

「へいへい。マスターがそう言うなら、こいつの所から代価でもいただくとすっか」

 少しだけ意地の悪い良い方で少女が告げると、もう一人も満更では無い表情で頷いた。

 

 勝手知ったるなんとやら、少女は衛宮家にズカズカと上がり込みながら、もう一つだけ付け加えた。

「ああ、そうそう。他の人の目もあるし、衛宮くんがどの程度理解してるか判らないから、暫く、貴女のことを、フランシスって呼ぶわ。フランシス・ライダーさんイギリス人ってことでよろしく」

「…上官の言うことにゃ、逆らえねえなあ」

 振り向きもせずに少女が告げると、もう一人はニヤリと笑ってスカーフを頭に巻いた。

 

 

 暫くして少年は座敷へ放り投げられたまま、苦悶の声と共に目を覚ました。

 視点もまた少年の元へ、痛そう…という比喩表現は、文字通りの激痛へと移り変わる。

「グっああ!! …っ!?」

 

 ギチギチと体の中を這う、猛烈な痛み。

 まるで急成長しているかのような、体を作り変えているような、…耐えることのできない猛烈な痛み。

「「あ、起きた」」

 俺が目を覚ました時。

 意外なくらい、脳天気な声が聞こえる。

「ゴホン…。あー、ようやく目を覚ました様ね、衛宮くん。ボクは間桐くんの従兄妹で間桐慎。気軽に慎って呼んでくれてもいいけど?」

「あ…? 慎二の…? なんで此処にっていうか、俺は…何を…」

 間桐…桜の兄…違う、俺の友人でもある、慎二の従兄妹?

 

 此処の世界の俺と、此処の世界では無い俺の、混在する記憶。

 螺子曲がりそうになる頭に、取り合えず棚上げしようと整理を付けて、コクコクと頷いた。

「外に転がって居て風邪ひきそうだったから、中に連れてたんだけど…。その、衛宮くんはサーヴァントって知ってる? その絡みで紹介されたんだけど」

「外…サーヴァント…。そうか、俺はキャスターを追って…っ!? っっ!」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉に面くらいうながら、俺はようやく理解が追いついた。

 

 正しくは二人の俺が体験した出来事を、順に思い出していた。

「ふーん。その様子じゃ、サーヴァントと契約してキャスター追い返したのはいいけど、消耗が強過ぎて、霊体に戻してるみたいね。ひとまず休んだら?」

「いや、霊体とかじゃなくて、そもそも俺自身が正面から戦ってって、傷は慎さんが治療してくれたのか?」

 害が無いのは判ってるだろうし…と続ける慎さんは、ぞんざいだが心配してくれてるようだった。

 判り難いし面倒そうな所は誰かさんソックリで、言葉使いこそ遠坂に似てる気がするが、やっぱり親戚なんだな…と慎二を連想させる。

 

 そんな彼女は怪訝な顔をしながら尋ね返してきた。

「貴方自身が前衛って、契約したのはキャスターなの? 同じサーバントが現われるならまだしも、同じクラスなんて聞いたことが無いけど。それに…私は普通の治療なんて出来ないし、傷なんて最初から無かったわよ?」

「俺は正式に契約した訳でも無いけど…。傷が…、ない?」

 面食らうのはお互い様だ。

 問題になってもなんだからカードを使ったことは黙っておくにせよ、あれほどの傷が無いなどありえない。

 

 何しろ俺は、何度も殴られ蹴り飛ばされ、火で炙られ。

 最後は猛烈な打撃でブロックした腕をもがれ掛け、呪いを受けてしまったのだから…。

「そうだ、最後は片手がグチャグチャになって、何かの呪いを受けたくらいなんだ。やつのゲイボ……」

 言いながら俺は腕を抑えた。

 ギチギチと何かが成長する音が聞こえ、押しのけられて筋肉自体が悲鳴を挙げるようだった。

 その場に転がり、のたうちまわり、額の脂汗を拭くどころか、張りつめた神経が逆撫でして全身に嫌な汗をかく。

 

「サーヴァントが即座に治療したんじゃなければ、幻を見せてダメージ与える宝具とかか? 何か痕跡とか見えりゃあこっちにも見覚えあるかもだが」

「腕自体がグチャグチャって、おじい様の内臓ひっくり返して、再生蟲でももってこないと無理だ、と、思うレベルよ?」

 後ろの方から、知らない女の声がした。

 正確には慎さんもさっきまで知らなかったのだが、驚き方まで慎二そっくりで、他人とは思えないから除外する。

 かろうじて目線を回すと、スカーフを頭に…いわゆる海賊巻きにした少女がそこに居た。

 




登場人物

間桐・慎:ライダーのマスター
 ワカメこと間桐・慎二の従兄妹と名乗る少女。
魔術回路は正副ともにピッタリ二十本、士郎以下であるが、才能であるのか他の理由か、遥かに効率の良い運用が出来る。
使用可能な魔術は、共感魔術・感染魔術を元にした、呪符魔術(宝石魔術と同じ物)と蟲魔術…ようするに符蟲道に近いことが実行可能。


ライダー:フランシス・ライダーさん?
 慎と契約したサーヴァントで、マスターともども少女とは思えない悪童めいた表情を浮かべる。
頭には縞のスカーフを海賊巻きにし、ズボンはダメージドになってしまったジーンズに、上は皮ジャンとかなりラフな格好の少女。
慎は名前を選ぶ時、テムジンという名前にしようかと迷ったらしいが、とある理由でこの名前に落ち付いたらしい。

宝具:?
 真名を偽装可能。
装備しなくとも効果はあるが、この宝具を使用したままではライダーとしての真価を発揮できない。


という訳で、ライダー陣営の登場です。
原作よりもマスターと相性が良さそうなサーヴァントを選び、特殊性は無いけど、スタンダードに強いキャラを選んでおります。
素直に姐さんでも良いのですが、色々なネタ的に変更。


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聖杯戦争

魔術に関して、捏造とか発生し始めます。
例によって、合わないと思われた方は、そっと閉じていただけると、助かります。


「交渉もしねーうちから、またぶっ倒れちまったぞ? どうすんだこれ」

「仕方無いわねえ。衛宮くんさえよければ協力関係になりたいと思ってるし、まずは診断してあるげるわ」

 このくらいはタダで良いから。

 なんて言いながら、慎さんはギコチナイ手つきで、テーブルに向かって折り紙を始めた。

 

 人が苦しんでるのに呑気なもんだと思いつつ、俺は不思議と笑みを浮かべた。

「そうやってると慎二を思い出すな。あいつは器用なのに適当にやるから自分のは時間掛ってて…。それでも気が付いたら、うちのクラスは学校中のどこより千羽鶴を集めるのが早かった」

「修学旅行は広島か長埼?」

 大きな口で笑いそうになり、慎さんは慌てて口元を隠してクスリと笑っていた。

 そしてもう一つ何かを折ると、二つくっつけて二身合体させる。

 

 立ちあがってこちらにやって来ると、俺の腕を持ちあげながら袖を捲り上げた。

「まあ作ってるのはヤッコで千羽鶴じゃないし、別に平癒を祈願もしないけどね。喰らった腕はこっち? ちょっと失礼するわね……うえ、しょっぱ」

 何をするのかと思ったが、慎さんは俺の腕に軽く噛みついた。

 吸血鬼の漫画か何かを見せてもらった時に、こんな感じの事をやって居た気がする。

 

 だけれども、この行為は少し違う。

 顔をしかめたまま折り紙のヤッコをペロリと舐めあげるのだが、不思議とイヤらしさは無い。

 それは慎さんが慎二に似ているからそう思ってしまうのか、それとも単に、彼女の気質なのだろうか?

 

 そんな事を思っていると、彼女の顔は、唐突にゲンナリした表情になった。

「うわーっちゃあ。衛宮くん、中に植物か蟲が入り込んでるわよ。ボクに親和性が薄いから、十中八九は植物だと思うけど」

 言いながら慎さんは、ヤッコをぴらぴらと振って見せた。

 

 見ればヤッコの腕にあたる場所に、大きな筋目が入って居る。

 それも少しずつ少しずつ、心臓目指して登っていくようにも思われた。

「さっきの続きだけど、ゲイボルグを食らった以上は7日もすれば死ぬって言ってたな。慎さんの期待には応えられそうにないかな」

「そう言うと思った。同盟組むまではか別にして、もし協力してくれるなら、情報交換だけでも一日一回くらいは、延命治療くらいしてあげるけどね」

 俺はきっぱり断ったつもりだったが、慎さんは苦笑する。

 その上で、対等の取り引きの範囲内なら、治療をしてくれると言った。

 

 呆れたような表情だが、慎二で見慣れた表情なので不思議と悪い気はしない。

「ありがとう、どこまで協力できるか判ら無いけど助かるよ。しかし…失礼かもしれないけど、やっぱり慎二に良く似てるな。言葉使いとかは遠坂って女の子に似てるんだけど」

「衛宮…くん。悪い事言わないから、女の子に幻想を抱くのは止めた方が良いわよ」

 頭を下げた俺が見たのは、気の毒な物を見る慎さんの視線だった。

 

 この時の俺は、混乱続きで、どうかしていたのかもしれない。

 良く考えればこの世界の俺なら、慎二との共通性の多さに、普通に気がついたはずだ。

 良く考えたら、ここではない世界の俺なら、慎さんが抱える歪さに、思い至れたはずだ。

 だけれども、混乱しているから仕方無いと、見過ごしてしまった…。

 

 そうこうしてると、何か準備しながら、慎さんが話題を変えて来る。

「じゃあ、改めて商売レベルの協力関係から御近付きを始めるとして、どこまで聖杯戦争知ってる? 契約したサーヴァントとかは、同盟レベルで組むまでは言わなくても良いけど」

「そう言ってくれると助かる。って、そういえば間桐も魔術師の家系なんだっけ?」

 俺が頷いた時、慎さんは一瞬の内に表情をクルクルと変えた。

 良いことが一つと、悪いことが一つという感じでもある。

 

 何か気に障ったのかもしれないが、それでも嫌な顔を浮かべただけで話してくれるようだった。

「そうよ。間桐はもともとマキリと言う名前で、御爺様の代でこちらに拠点を移したの。新しい土地の水が合わなくて衰退したんだけど…まあ、私に言わせると、土地に合わせてアレンジするべきだったんでしょうけどね」

 息を吐くと、溜まった堰が崩壊するようにベラベラと喋り出した。

 情報交換だと言う割りに一方的に話すさまも、やっぱり誰かを思い起こさせる。

「子孫に合わなくなるけど、御爺様は術式をアレンジしなかった。まあ、独りで片付けるつもりだったのだろうけど、お陰で子孫はいい迷惑。慎くんの代では能力が殆どゼロで、自衛も出来ない彼は疎開してるってわけ」

「ああ、それであいつの姿が見えないのか」

 術をアレンジすると、子孫には合う『かも』しれないが、自分には合わなくなる。

 だからゾォルケンという長命の魔術師は、こちらで何もしなかったのだろうと慎さんは苦い顔で語ってくれた。

 

 俺がホっとした表情で慎二の安否を口にすると、慎さんはクスっと笑って続きを語り始める。

「桜は養子なんだけど、今のところ、代理のボクがライダーと契約したから何もしない限りは狙われたりしないと思う。でももし、向こうの家が危なくなったら桜を匿ってあげてね」

「養子…なのか。判った俺で出来る事なんて殆どないけど、出来る範囲でやらせてもらうよ」

 慎二と桜の関係を聞きながら、俺は僅かな時間の後で頷いた。

 

 きっと苦虫を噛み潰したような顔をしてるのだろうけど、そこは慎さんも何も言わないでくれている。

 気まずいし彼女に喋らせっぱなしでは悪いので、お返しに、こちらも話し始めた。

「俺の方はそうだな…。俺も養子で、殆どゼロから魔術回路を増やしたんで、実力的にはあんまりってとこ。それで…言い難いんだけど、少し変則的な召喚・契約になったんで、中途半端な状態なんだ」

 彼女が何か言いかけたが、俺は構わず話し続けた。

 

 一つは、騙すつもりはないから、最初から変則的な契約だと有る程度教えておいたことだろう。

 それで見離されても仕方無いし、カードの事を突っ込まれても応えようがないから仕方が無い。

「もちろん聖杯戦争に関しては、どうにかして英霊を召喚して、聖杯って名前の魔法陣を取り合うくらいしか良く知らない」

 そこまで言った段階で、慎さんは溜息をついた。

 

 どの程度の知識なのかを理解して、色々考えているようだ。

「そこまで知ってるなら実地でやる分には困らないだろうけど、そうね。英霊に関しては、科学の授業を思い出してみて」

 魔術と反りが合わなさそうな科学の授業。

 その単語を持ち出された時、俺は少しだけ面食らった。

「20の魔力じゃ100に届かないから、幾つか間に倍率を誤魔化す反則を、挟み込む過程がある。次に、座に登録された設計図を用いて魔力で再構成するようなもんだから、齟齬が生まれる。例えば…」

 言いながら慎さんは、指を立てて1つずつ説明していく。

 

 魔術師ではなく大聖杯が実行し、英霊そのものを直接呼ぶのではなく、7つのクラスを用意して英霊が勝手にソレを扱うという形式。要は初期段階で来易い訳だ。

「英霊ソレ自体を呼んでないから、呼ぶことが可能だけど伝説通りの力を全て備えて居ない。逆に、逸話が勝手に宝具になることも有る。後はウチのフランシスみたいに、男の伝承なのに女性だとかね」

「お、こっちに風向きが来やがったぞ。マスターに影響でもされたんじゃねえか?」

 慎さんに言われて、もう一人の女の子が心外そうな声を挙げた。

 そういえば反応が無かったから、すっかり忘れて…。

 

 すっかり忘れていたので、声がした方に顔を向けると、そこにはあんまりといえばあんまりな姿があった。

 美少女で通じる外見の女の子が、キュウリと人参で独り遊びをしていたのだ。

「ちょっおまっ!」

「運び賃にもらってるぜ。見た目よりも重いんだよてめえは」

 具体的に言うと、塩やマヨネーズを付けて、ガジガジと丸齧り。

 そして料理用の酒をゴッソリと略奪していた。

 

「すまない慎さん。ちょっと二品か三品ほど料理を作らせてくれ。これじゃ食材があんまりだ」

「ははっ。イギリス人への偏見を形にしてるような子だからしっかり教えてあげないとね。あ…そうそう」

 俺がキュウリや人参を取りあげて調理を始めると、慎さんは男みたいな笑い声を挙げた。

 余程あの子の態度に含む所があったのだろう。清々しいくらいの笑いである。

「さっき言ってた宝具ってのは、伝説に詠われる魔法の武器のことよ。衛宮くんが受けたっていう、ゲイボルクなんか持ち主の弱点込みで教えてくれるから、気を付けてね」

「あークーフーリンか。確かに伝承を調べりゃ死因とか判るかもな…違和感とかもあるだろうけど、マイナーな逸話かもしれないし…」

 言いながら、怒りと共に巨大化するキャスターの事を思い出していた。

 ゲイボルクという必殺の槍のことは想像がつくか、流石にあの姿は、そんな事もあるのか…レベルだ。

 

 そんな事を思いながら、キュウリを叩いてニンニクと塩で味付けし、文字通りの『キュウリの叩き』を酒のあてに作る。

 女の子は餓えた視線を送って来るが、流石に塩だけで酒を飲んだという上杉謙信の真似なんかさせられない。

 もやしに御酢・ダシ醤油・ラー油で、同じく酒に合うナムルを作って居ると、奇妙な言葉で説明が締め括られた。

「言い忘れてたけど、聖杯戦争が逸脱しないように、聖堂教会から監督が派遣されてるから気を付けてね。まあ衛宮くんには関係ないかもだけど」

 教会って言うと、マーボー?

 




・捏造ネタ

『共感魔術』と『感染魔術』:
 どちらも古代から存在する呪術体系。

共感魔術は、良く似た対象「A」と「A´」があり
AがBに変化すると時、A´もまたB´になるというもの。

感染魔術は、ABCと連鎖させた存在を創り出すか見付けだし
AがA´へと変化する時、BもB´、CもまたC´になる可能性が生まれる。

 判り難く扱い難いタイプの魔術ではあるが
上手くコントロールすると、他者には効き難いはずの魔術を、割と簡単に掛ける事が可能。

作中では、慎が士郎の汗を媒介に、ヤッコに士郎の状態をモニタリングさせている。


 とりあえず、マキリの術に近そうな範囲で、日本の呪術から引っ張って来ました。
感覚的には、慎二がゼロから魔術回路を増やしてれば、このくらいは出来そうなので。


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冬木の勢力図と、衛宮さんちのお夜食

「次弾装填。続けて設計図を連続解凍」

 俺はキュウリの叩きをテーブルに出すと、茹であがったモヤシをナムルに漬けこんで行く。

 そしてお徳用で買い込んだ緑色の豆を、莢ごと鍋に放り込む。

 茹であがるまでの時間に、もう一品か二品。作るなら卵…。

「をい、今の大豆。まだ熟してもねえだろう。んなもんを食わせる気か?」

 キュウリの叩きで酒を飲み始めた少女は、不機嫌そうに箸でこちらを指して来る。

 

 それに応える言葉は、一つしかない。

「…悪いが黙っててくれないか?」

 いま台所を仕切るのは俺だ。

 余計な差し出口なんて例え王様でも許さない。

「食ってもマズイと思えるなら、頭を下げるし二倍でも三倍でも作らせてもらうから、暫く静かにしてくれ」

「あっはい。…はいはい。文句は後で言いますよっと」

 言い過ぎたので、ちょっとだけ言い直すと、フランシスさんとか言う女の子は大人しくし始めた。

 より正しくは、マズかったら文句を言ってやろうと、俺が用意した第二品目を摘まみあげる。

 つまらなそうな顔をしているが、不機嫌ではない。

 もしかしたら、ピリカラのナムルが気に入ったのかもしれなかった。

 

「衛宮くんは凝り性…みたいだからね。暫く我慢してれば美味しい物がワンサカ出るわよ。…さっきの話に戻るけど」

 くつくつと悪い笑みを浮かべて、慎さんは話を戻した。

 あんまり女の子ぽくは無いが、もしかしたらこちらが素で、猫を被って居たのか?

「戦ったのはキャスターで、クーフーリンみたいな特徴でいいのよね? そして学校ではアーチャーが居たと」

「ああ、そうだ。まあ連中の話を信じるならだけどな。キャスターは激昂すると体と魔力が強くなるし、アーチャーは剣を使ってた。セイバーは俺が使ってるのにな」

 俺は頷きながら卵の殻座を取り、ダシと混ぜて下拵え。

 

 ポーチドエッグやスペイン風オムレツも簡単で良いが、欠食児童(フランシスさんは20越えてるそうだが)は外国の子みたいだし、出し巻き卵の方が面白いか?

 そんな事を思いながら、茹であがった枝豆に塩を振って出すと…。

「なんだコレ、なんだコレ!? 熟しても無いのに、味付け塩だけなのにスゲーぞマスター!」

「枝豆って言ってね。熟してない大豆を使う。今じゃ日本以外のパブでも出す所多いんだ」

 文化の差なのか、枝豆を知らない外国の人は多い。

 加えて言うと、塩のバランスを調整しない人も多いので、好みの味付けに合わせるだけでズっと違うのだ。

 

 先ほど出したキュウリの叩きや、もやしのナムルには味付けの濃度差が出易いので、観察しておいた甲斐があったと言う物だ。

「同じ塩だけの料理でも、ふかした芋の山盛りと、潰した芋の山盛りと大違いだ…」

「なんだ、フランシスさんは大航海時代後半より後の人なのか? まあ、芋料理も何種類かそのうち用意するから、今は同じので我慢しておいてくれ」

 味付けに感動しているようなので、出し巻き卵を仕上げてる間にジャガイモを取り出して軽くふかす。

 そして程良い所で芋に十字に切りつけ、バターの中から味の強い菓子用を取り出し、荒塩を振っておく。

 

 俺たちのやりとりを呆然とみていた慎さんは、ゴホンと咳を一つして強引に話題を戻し始めた。

 …なんというか、お姉さんぶってるけど、俺や慎二と同じか、1つ上くらいであまり離れて無いぽいな。

「クーフーリンは元々適合クラスが多くて、日本じゃなければって大英雄。アーチャーも似たような強敵なのかもね。で、セイバーとライダーが此処に居る…」

 状況整理を口に出しているのは、おそらく推論を俺にも聞かせてくれる気なのだろう。

 ということは、フランシスさんはライダーなのか。

 

 スカーフ海賊巻きにしてるし、女の子の海賊…。

 いや、男の英雄と思っていたが、何かの間違いで女子が…ということを言ってたな。

「こ、これが芋の味だと…。嘘ついてるんじゃねーだろうな?」

「嘘付いて何が楽しいんだ? まあ日本人は改良大好きだから、南米で発見された時や、持ちこまれた江戸時代よりかなり美味しいのは確かだけどな」

 なんというか、顔に出易い子だな。

 それともそんなに、彼女が居た時代の料理は壊滅的だったのだろうか?

 イギリス人への偏見が形になったような…と言ってたけど、そういえば何も無くて虫とかも珍味にするくらいって時代があったんだっけ。

 

 慎さんはその間も静かにしていたが…。

 おそらくは、フランシスさんの言動に驚いて居るのではなく、状況を整理しているのだろう。

 口を開いた時、それは正しい推測なのだと判った。

「ボクが調べた範囲で町の勢力図ね。それを聞いてから、今後も協力で済ませるか、同盟するかを考えてちょうだいな」

 律義な人だ、協力・同盟のイニシアティブをこっちに投げてくれるらしい。

 情報共有はやっとかないと、どこかで足元すくわれるから、判らなくもないけど。

 

 言葉なく頷いた俺に、慎さんは続きを口にする。

「冬木で一番危ないのは、ボクらが石油王って呼んでいる勢力。何を呼んでるのか判らないけど、オークションでは”竜殺し”にまつわる触媒を探してたって噂」

「セイバーもライダーも居るなら…一番ありえるのはランサーってことか」

 さっきの慎さんの言葉を思い出して呟くと、彼女はそのまま頷いた。

 とは言え…と前置きを置いて、思い直したのか、少しだけ注意を喚起して来る。

「適合クラスで呼ばれる筈だけど、あえてバーサーカーで呼ぶ呪文も見付けたし、スサノオみたいに暗殺者ぽい行動してるなら、アサシンの可能性もゼロじゃないけどね」

「ああ、八岐大蛇の伝説って、外国にも似たような物は多いんだっけ」

 竜殺しの英雄をバーサーカーで呼ぶ理由は思い付かないが…。

 東西を問わず、化け物は強いから化け物なのだ。

 化け物を狩る暗殺者として有名ならば、暗殺者の可能性だってあるだろう。

 

「こいつがヤバイのは、協力を仰げるはずの同じ魔術協会枠の魔術師。これに奇襲を掛けて成功した事、そして遠坂の家を物理的に封鎖したことよ」

「遠坂? ああ、遠坂も魔術師の家系なんだっけ」

 そういえば、魔術師だったな…。

 今更ながらに思い出した俺の表情に、慎さんは別の意味で納得したようだが、訂正する前に話を続けた。

「遠坂家は土地の霊脈と、物理と魔術の境を外す概念を応援した。マキリは目的のために技術と知恵を提供し…。そして、この町の郊外で籠城してるアインツベルンは聖杯という第三魔法を提供したの」

「…アインツベルン。聖杯…」

 俺の頭を二つの単語がガツーンと打ちのめした。

 元居た世界で、関わった少女。そして妹の親友。

 そして、その子の居た世界では、俺もまた義理の兄であったと言うが、確か、切嗣がアインツベルンに何かしたって…。

 

 俺の混乱に構いもせずに、慎さんは話題を締めくくる。

 混乱していようがいまいが、聞き逃せない最後のワンピース。

「遠坂家、アインツベルン、石油王、追い出された魔術師。ボクら二人を合わせても六つ…おそらくは新町で起きてる昏倒事件が七つめの陣営なんでしょ」

「なんだって? 新町で事件…? ガス漏れじゃあ」

 そういえば、最近ガス漏れとかで倒れる人が多いって…藤ねえや音子さんたちが注意してたっけ。

 

 関係なさそうな大人組みを頭から除外しつつも、俺はさらに混乱を深める。

「それは監督役の教会が魔術の隠蔽にあたっただけなんじゃない? 何も知らない振りしてサラっと聞きに行くのもいいかもね」

 慎さんは俺の方を眺めながら、丁度良い素人さんが居るしと…。

 わざとらしいウインクをしていた。

 




ライダー:フランシス・ドレーク?
 故郷では芋を山盛りにして、塩振って食べる夕食があったそうな。
『南米から』ジャガイモが持ち込まれたのは16世紀以降なので、それ以降の英雄なのだと士郎は判断している。
人生をエンジョイしているらしく、士郎の料理は気に入ってくれているようだ。

>冬木の陣営

1:石油王:契約サーヴァントはランサー?
 噂は噂であるが、竜殺しの英霊にまつわる触媒を探していた模様。
魔術士協会の枠でやって来て居るが、同じ枠でやって来た魔術師を拠点から追放しているので、かなりの英霊を従えている模様。

2:アインツベルン:契約サーヴァントは不明
 郊外の森に城を移築し、そこにメイド一個小隊と一緒に籠城中。
特に何もせず、優雅にのんびりしているらしいが…。

3:遠坂家:契約サーヴァントは不明
 御存じ冬木のセカンドーナーであるが、ビンボーしているらしい。
証文を買い取ったヤクザな借金取りが押し寄せたが、売り飛ばされる危いところで脱出。
その後に借金を完済したそうであるが、罠か何かで物理的に封鎖され、立ち入って無いらしい。

4:魔術協会の、拠点を追放された魔術師
 拠点としていた双子館を、石油王のコネで追い出され、そこを追撃されたらしい。
戦闘力的には一級だと思われるが、政治手腕はサッパリない模様。

5:?
 新町の飲食店・スーパー百貨店など、人の多い場所で事件を起こしていると予想される。

6:ボーイ・アンド・ガールズ
 士郎・慎・ライダーによる衛宮家。
現時点では同盟関係にないが、あまりにも弱小な為、このまま身を寄せ合って居そうな雰囲気。

/現状
 霊地の次席である遠坂家、及び幾つか下(番外)であるが協会が管理していた双子館が石油王の手に。
第四位の新町は謎の勢力が闊歩していると予想される。

円蔵寺>>教会といった、他の霊地に関しては不明。
間桐家や郊外の森といった番外の霊地に関しては、それぞれの勢力が利用していると推測される。


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名探偵? マキリ

「しかし、本当に情報が少ないな。確かに教会へ聞きに行くってのも悪くないのか」

 マーボー豆腐の残りに、親の仇かと思うほどの花椒を放り込んで耐熱容器に入れる。

 たっぷりと言うには度を越しているが、それでもまだ足りないかもしれないので、ラップに包んで上から張り付けておいた。

 

 情報料と言う訳でもないが、残り物の処理を兼ねて言峰教会への差し入れを作って居ると、慎さんが突拍子もないことを言ってくる。

「数日して落ち付いたら泳ぎにでも行こうか。他に仲良くしてる子がいるなら、誘っていけばいいんじゃない?」

「なんでさ!?」

 そりゃ温水プールだけど…。

 とか言いつつ驚いて顔を挙げると、慎さんは鉛筆咥えて地図と格闘していた。

 視線は新町に注がれているようだが…。

 

「ダミーの情報が混じってないなら…。という前提だけど…遠坂の新拠点って、わくわくザブーンだと思う」

「遠坂は家を封鎖されてるって言ってたっけ。それにしても何で、プールってことになるのさ」

 そんな事も判らないわけ? と慎さんはこともなげに肩をすくめる。

 こういう所は完全に慎二だが、丁寧に説明してくれるあたりはちょっとだけ好感度が高い。

「効率とセカンドーナーの立場を考えればそこが都合いいから。具体的に言うと、問題の起きてる新町をパトロールし易くて、大量の水を人知れず確保出来るから…かな?」

「セカンドーナーならそりゃ昏倒事件をなんとかするだろうけど、大量の水なんか何に…」

 その言葉を待っていたのだろう、慎さんは二本の指を立てて説明を続けた。

 

「敵にクーフーリンが居ると判り、それも狂戦士に近い能力を持っていたとする。伝承通りなら大量の水が必要なの。それを容易く確保可能なのは学校とプールくらいって寸法」

「そっか。何度も利用する能力ならバレずに、一般人巻き込まずに使える場所って限られてるもんな」

 頭を冷やす為に冷水に入ったら、風呂桶二配分が瞬時に蒸発するそうで、そんなに水が必要なら確かに隠せる方が都合が良い。

 

 そのことに俺が納得した所で、ロクでもない追加情報がつきつけられる。

 よくよく考えれば当然の事なので、俺が目を反らせていたと思いたくなるくらいだ。

「となると、わくわくザブーンに拠点を構えた上で、学校を確認に行ったらクーフーリンと出くわしたって考えもあるかな。ということは、キャスターのマスターは学校を拠点にしている可能性が高くなる」

「なん、だって…」

 ということは、高い可能性でアーチャーは遠坂のサーヴァント。

 そして、学校に他のマスターが居る以上、事件が起きる可能性があり…。

 何よりも、同じ学校の生徒や、教師が巻きこまれる可能性もまた高いということだ。

 

「まあ、その可能性もあるってだけだし、そもそもフェイク情報や、見当違いの可能性もある。ただ、衛宮くんが知らない前回の聖杯戦争の情報を考えるとね…」

「前回って、そんなに頻繁に起きてるのか…」

 可能性の問題もあるが、一般人に被害が及びかねない聖杯戦争が頻繁にあるという事は俺を驚愕させた。

 頭の中で、この世界の俺が味わった大火災の記憶が頭によぎる…。

 ザリザリと頭脳を侵略する危険なシグナル、考えるな考えるな、思考回路をそこでカットしろ。

 

 今日何度目になるか判らない脂汗を止めてくれたのは、取りとめのない状況整理だった。

「前の聖杯戦争以降、遠坂の身代は急速に傾くんだけど…。どうも財政を傾けて凄い触媒を手に入れたみたいなのよね。黄金の鎧着て、武器を投げつけてた?」

「剣で戦ってたから、流石に飛ばしては居なかったな。でも、黄金の鎧だったと思う…」

 効率的に考えるなら、そんなに凄い触媒なら使い回すだろう。

 そもそも魔術師はそういった神秘を秘匿し、次世代に受け継いでいくものなのだから。

 

「なら、この考えが詳細では外れていても、大きく路線は違わないって事で良いかな。…ということは、新町の事件と学校の件だけでも遠坂とは折り合いがつくかもね。石油王にも復讐したいでしょうし」

「そうかもしれないな…。少なくとも無用な争いが無いのは良い事だと思う」

 俺が推論にしがみついて、記憶を処理していると慎さんがさらっと提案してきた。

「という訳で、教会に行って新町の情報を仕入れて、状況の確定。学校の件も含めて一時的な共闘の後で、適当に争うって感じいで良いかな?」

「俺の方は構わない。新町か学校のどっちかは協会の魔術師だろうし…凄いなさっきまで状況が不明だったのに…」

 慎さんは何かの準備をしている様であるが、ふふんと得意げな顔だろう…と短い付き合いながら察する事が出来た。

 そんなこんなで右往左往が一回転して、俺たちは言峰教会に向かう事となった。

 

 

 




/冬木の勢力の考察1

キャスター陣営:学校
 クーフーリンが激昂すると、元に戻るのに冷水での水浴びが必要。
少なくとも風呂桶二杯分の水が蒸発する為、なんども利用する能力対策で、隠れて水の確保がし易いこの場所だと推測される。
(小学校などでは量の問題や、近年の児童保護の観点から、警備がキツイので推測から外れている)
マスターは消去法から、協会の魔術師である可能性が半分ほど、そうでない可能性が半分ほど。

アーチャー陣営(遠坂家):わくわくザーブン?
 キャスター陣営への対処として、大量の水が確保できるプールを抑えている可能性が高い。
また新町で起きている事件への対策を考えると、新町を拠点にする方が効率が良いと思われる。
なお、遠坂家が手放した物件も新町にあった為、売主へのコネがあったのではと補足の推測がなされた。

?:新町
 事件を起こしているのは力量の無い者、あるいは消耗の大きいバーサーカーを召喚した陣営と推測される。
魂喰いで魔力を補強する為に、少しずつ魂を吸収し、足がつかない程度に奪っていると思われる。
無名の魔術士か素質のある素人と推測されるが、協会の魔術士が重傷を負っている可能性もあるので1の推論と半々である。


という訳で、状況理整理となります。
なお、今回の推論は、かなり希望的観測が混じって居ると自覚があるので、『最初に潰す可能性』と言う事になります。
確信している訳ではなく、まずは大きい可能性から調査してみて、違ったら次の可能性に移行するというスタイルですね。

次回はマーボーと御話しして、帰り道にあの子が出て来る予定。


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言葉の峰が、切り拓く

「しかし本当に真名一つで特定したんだな。確かに秘匿する理由も納得できるよ」

「やめてよね。こんなのは推論の一つ、推理ですらないから」

 まるで名探偵だと特定したことを褒めると、作業が終わったらしい慎さんは、ドヤ顔で髪をかきあげた。

 そして二人して玄関に向かいながら…推論の補足を行う。

(なお、フランシスさんは言峰への差し入れをつまみ食いして、顔を真っ赤にしてた)

 

「まず、全ての情報が証拠であると仮定する。次に情報が偶然や嘘だと仮定する。そのうち集めた情報を元に、答え合わせをしたり、間違っていれば修正をするって段取り。もちろん追加情報が嘘の場合も含めてね」

「この場合は、クーフーリンの真名、バーサーカーに近い能力とかか」

 コクンと頷きながら、靴を履き替える。

 外は寒いのでカッパを貸そうとしたら、黄色いポンチョなんてありえないとドン引きされた。

 なぜだが皮ジャン来てるフランシスさんがじーっと見てたので、カッパを渡すと嬉しそうに着こんだ。

 

「真名を看破している・偽装である。特殊能力は無い・特殊能力はあるがペナルティなどない。真実だとして本当に遠坂は何故知って居たのか、あるいは逆に遠坂がキャスター陣営ではないのか」

「……」

 歩きながら慎さんは列挙していくが、慎二ならともかく俺には着いて行けないので、黙っておいた。

 ただ話には頷きながら、ポイントは覚えておいて、どこかで参考にしようとは思う。

 ひとまず納得の出来る話としては、大量の水が不要で、実は本当に風呂桶二杯分で済むなら大前提は崩れるだろう。

 

 その場合は単に、要塞化した学校へおびき寄せようとしている。

 ただし、その場合も学校に潜んで居る可能性は同じなので、危険度を考慮する以外は、調査する方向自体は全く変わりない。

 確かに、疑うだけで何もしないよりは、推論を仮定と覚悟したまま調査を始める方が良いだろう。

「…衛宮。衛宮くーん? もうすぐ着くわよ。聞いてるの?」

「あ、ああ。ゴメン。さっきの話を考え込んでた。取り合えず、真実か嘘か知らないけど、アーチャーはキャスターのことを『老人にも女にも見えないが』って疑問を口にしてたよ」

 途中から聞いて無かったと告白すると嫌な顔をしていたが、追加情報を教えると満足げに頷いた。

「向こうも詮索してるって事はアーチャーが遠坂、キャスター陣営は逃走する過程で能力を見られたポイわね」

 情報が真実であるかは別にして、第三者のマスターに聞かせようとして、ワザと喋った可能性がある。

 そう言われると、確かにアーチャーは笑っていたような気がした。

 俺の勘違いかもしれないが、確かにその可能性もあるだろう。…俺たち、他の陣営を利用する為に。

 

 そこまで考えた段階で、言峰教会に到着した。

 冬木教会と表札にはあるが、俺にとっては言峰教会かマーボの住処という他ない。

「アポ取って理由は簡単に説明してあるけど、一応、ライダーは警戒の為に外で待機」

「おーらい。オレの能力は外向きだし、その程度なら一っ飛びだ。大船、いや黄金の大船に乗った気でいな」

 黄金だと沈むんじゃ…とか馬鹿なことが一瞬浮かんだが、この場合は至高とか究極の対決的な意味で、黄金だろう。

 陸地で舟っていうと、どうしても天の鳥船とか思い出すが…イギリスかあ。

 

 

 さて、教会というのは一種の舞台装置だ。

 音響で、視覚で、積みあげられた年月すらも利用して圧倒して来る。

「よくぞ来た。ライダーとセイバーのマスターよ。主よりこのあばら屋を預かる者として、歓迎しよう」

 圧倒される。

 この神父が神聖さとはかけ離れた、元代行者と知っては居ても、俺達を圧倒した。

 いけすかない所もあるし、ある種の外道と元の世界の記憶で部分的に知ってはいるが、それとこれとは別である。

 

「どうした、何か話が在るのだろう? それとも、二人して脱落者の一・二を争うつもりかね。それはそれとして歓迎するが」

「そんな訳ないでしょ。マスター登録の挨拶と、頼んで居た幾つかの情報を聞きに来たってだけ」

 厭味ったらしい言峰の言葉を、慎さんが一足先に切り返してくれた。

 震えながらギャンギャンと喚く様は、ある種の滑稽さを負っていたが…。

 今は凄く助かった。

 

 俺は内心で感謝すると、手に持った風呂敷を持ちあげた。

 これはある種の、対言峰用の霊装と言えるだろうか?

「俺も聞きたいことがあるが…。残りモンで悪いが食べてくれ。泰山ほどじゃないがな」

「ほう…。食事の喜捨とあっては、聖職者としてありがたくいただく他あるまい。まずはこちらが先に感謝しておこう」

 どこかで相席したかな? と言峰は興味深そうに首を傾げた。

 全然可愛くない小首の傾げ方だが、応える訳にもいかないので黙っておく。

 

「まずはライダーのマスター…間桐慎といったか。穂群原学園への転入はやっておいた。いや交換留学の方が良かったかな?」

「それで構わない。そのくらいはマキリでも出来るから、所詮はオマケ。本命は?」

 慎さんが学園へ?

 俺が口に出す前に、手で制された。

 それで冷静になれたが、確かに学校を調査するなら転校するのが早いだろうけど…。

 

「ふむ。少し思い違いをしていたかな? 正義の味方を目指しているのは衛宮の家系が持つ救い難いサガだと思ったが…。まあいい、肯定だと言っておこう」

「なっ! お前にジイさんの何が判る!」

 聞き捨てならない言葉に、俺は激昂した。

 

 だから、容易く首根っこを掴まれた。

 俺の心臓は、易々と言峰によって切り拓かれた。

「知って居るとも。これ以上は無いくらいに知って居るし、憧れも失望もしたがね。だが…興味深いのは、私は衛宮家とは言ったが、衛宮切嗣のことだけを言ったのではないのだが?」

「え…。それは、どういう…」

 舌で美味いモノを吟味するかのように、甘く苦く、切嗣という言葉を口に出す。

 ジイサンの事を言峰が知って居ると、元の世界で軽く聞きはしたが、それほどまでに知って居るとは思わなかった。

 

 だがそれ以上に俺を驚かせたのは、俺自身に御鉢が回って来た事だった。

「なに。私が最も尊敬し、侮蔑する衛宮切嗣の息子なのだから注目するのは当然だろう? まして、事前に町で起きた事件をなんとかしたいと聞いて居たのだが…」

 くつくつと喉の奥で笑う乾いた笑い。

 おなじような笑い方でも、不思議と空虚な響きがする。

 まるで、その音に反応した俺を、喉というドラムで転がそうとしているかのように。

 

「もしかして、受け売りかね? 正義も衛宮切嗣の御下がり。事件の解決もまた、そこの間桐慎と名乗る存在が、自己証明しようとする代償行為の、これまた受け入りという訳だ」

 二の句が告げない。

 反論なんて思いもよらない。

 がらんどうの俺の中が、奴の喉に取り込まれて、嘲笑されているかのようだった。

 

 俺の頭はグラグラと煮えたぎる牡蠣のチャウダーと化す。

 少しも考えられない、だけれど煮えたぎった怒りにバースト寸前だった。

 それを制し、話題を切り替えたのは、脇で見守って居た慎さんだった。

「ちょっと、人の事を無視した挙げ句に勝手なことを言わないでくれる? ボクは正義とか衛宮家とかどうでもいいし、何が自己証明だ!」

 素っ頓狂な声が、聖堂内に響く。

 人を諭し、導く為の場所で、滑稽なほどの大音響で喚き散らしていた。

 

 だが。確かに滑稽だが、今の俺には涙が出るほどありがたかった。

 道化じみた彼女の言葉だが、今だけは、俺の事を救ってくれた。

「では尋ねるが、今回の件を解決してお前に何が残る? 正義は不要…まあいいだろう。秘匿された事件を解決しても、感謝されることもない。カルマもダルマも業すらも信じていまい?」

 ならば何故? 我を見よ、我を見よと叫ぶモノよ。

 朗々と語る言峰の言葉に、今度は慎さんがたじろぐ番だった。

 容易く切り拓かれ、丸裸になる性根。

 ああ確かに、彼女は何も求めない聖女ではなく…自分が優れている事を証明しているかのようであった。代償はともかく、危険と採算を考えないのは奇妙であるが。

 

 

 納得はした、上手なフォローなんて出来はしない。

 だけど、先ほど助けられたことに感謝したのなら、今度は俺が助ける番だ!

「魔術的な事件ゆえに世間的には何も無い。そして魔術の世界では…。ああ、お前は魔術の世界でこそ褒められ…」

「いいじゃないか。それで良いじゃないか!」

 言峰の言葉を俺は全力で遮った。

 肯定ではあるが、全力の否定。

 奴の言葉を、全力で否定した!

 

 俺が発した言葉に意味は無い。

 だが、割って入ったことで言峰からの圧力と、固まった思考が明後日の方向に動きだす。

「受け売りで何が悪い! 誰でも無い自分を証明しようとして何が悪い! それが何にならなくとも、俺たちが目指す事を馬鹿にさせはしない!」

「衛宮…くん」

 繰り返そう、俺の発した言葉に意味は無い。

 だが、それで真っ青な慎さんの表情は、赤身を取り戻した。

 ならば少しくらいは、意味があったのだと信じられる。

 

 そして、青臭い俺の言葉を…。

 以外にも、言峰は真摯な表情で受け止めた。

「そうか。ならば誰かの通った正義の道を、上書きするだけでも十分なのだと、何も無いお前達には意味があるのだとレゾンデートルを証明して見せろ。私は最後までそれを見守る事にしよう」

 例えるならば、まさしく聖職者の表情だった。

 歪な俺たちの事を祝福している様でもあり…。

 まるで…答えの見つからない求道者が、先を探しているようでもあった。

 

 

 そこから先は詳しい事を覚えていない。

 二・三の情報確認と要請をして、用が住んだとばかりに教会を後にする。

 途中でフランシスさんと合流し、何かを話した筈だが、まるで頭に入って居ない。

 

 だからこそ、そこで正気に戻れたのは、あまりにも鮮烈的な光景だったからだろう。

 

「こんばんは、おにいちゃん。退屈だったから、御挨拶に来ちゃった」

 まるで冬を言葉にしたような、白い少女がそこに居た。

 月を従者に従えて、月光を跳ね返す白銀の髪。

 周囲に居るナニカ達も気にならないような美しさと不自然さを備えた、完成された芸術品がそこに在った。

 

 見知った顔のあり得ない姿に、俺はこん棒で頭を殴られたかのように沈黙した。

 後ろで何かに気がついたフランシスさんが息をのむのが、他人事のように聞こえる。

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」

 スカートをたくしあげ、何重にもフリルが重なったドレープを見せる。

 その一つ一つがおそるべき魔術を秘めていると、芸術品の完成された美しさを助長していると、否が応でも自覚させたのである。

 

 

 




/登場人物

言峰綺礼
 マーボー。
他者を切って、何かする所までは切嗣と同じだが、切った後は投げっぱなしのジャーマン。
人の傷を見て、我が身の至らなさを確認するのが大好きな、ド外道。

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
 アインベルンが擁するスーパー特注品のホムンクルス。
その実力はその辺の魔術士をダブルスコアで上回り、美しさに掛けては完成されすぎて、及びもつかないどころか比較にならない造花。
少し厳しい良い方であるが、●士郎はプリヤ世界から来ているので、どうしても評価厳しくなる。
ただ、魔術回路とか魔力量とかは本家の方が全開状態なので、コンビナート(本家イリヤ)とバケツ(士郎)を比べてはいけない。
なお、魔術的には強化されて無いが、彼女もまたプロモ-ション(昇格)によって、ある種の強化がなされている。


と言う訳で、マーボーとイリヤが登場。
休みだったので掛け足で進んできましたが、次の更新の後はゆっくりになる予定です。
とはいえここまでは原作の読み違えレベル、独自展開になるまで、読者の方々に飽きられず進められるか遠い感じ。
御読みいただいて居る方々には、ありがた過ぎて感謝の言葉もありません。


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ブラックナイト

捏造が多め、さらに本家のシーンを圧縮する為、いろいろ無茶なこじつけがあります。


「イリヤ…なのか」

 俺が知っているイリヤとあまりにもかけ離れた傲慢な表情。

 思わず漏れた呟きを拾って、実感が籠って居ると理解したらしい少女は、一瞬だけキョトンとした顔に成る。

 

「もしかして、キリツグから聞いてたの?」

 何度か見たことのある、年相応の表情は僅かに一瞬。

 冬のイメージを思わせる、暗い視線と濁ったトーンで、俺の心を切り捨てた。

「そうよ。おにいちゃんがキリツグと楽しく親子している間に、私やアインツベルンは捨てられていたの。もう…別にいいけどね」

 どこまでも沈みそうな陰鬱な声は、無理やり作った弾んだ声で打ち消される。

 

「裏切り者のキリツグが私を携帯していても、ママみたいに使い捨てられるだけだもんね。だからいいのよ? 私の代わりに装填されたおにいちゃんも、気にしなくていい…」

「それは違う!」

 思わず、口から言葉が突き出ていた。

 少女の騙るキリツグは、確かに俺の元の世界の知識で知るジイサンの一面ではあった。

 

 だが、それは一部分でしかないし、何よりそう思ってしまった過去があることを知っている。

 それよりもなお、この世界の俺は、燦然と輝く温かい思い出として、歪な親子関係を受け入れていた。

 そして…、俺が元の世界で異世界から来たと語るイリヤの語る、不器用な衛宮切嗣とはかけ離れていた。

 

「な、何よ。おにいちゃんが何を知ってるって言うの!?」

 全てを理解できるほどには知って居ない。

 全てを理解できるほどには聞いて居ない。

 

 だが、それでも。

 俺の知るジイサンの真摯な姿と…。

 俺のイリヤの明るい表情とかけ離れていたから、こっちのイリヤが語る衛宮切嗣の冷酷さが奇妙に浮いて居た。

「ああ、俺が知って居ることは多くないさ。だけど、これだけは確実に言える」

 ガランドウの衛宮士郎より、もっとガランドウで空虚な衛宮切嗣の情報。

 その違和感を、ハッキリと口に出した。

「その衛宮切嗣の話はどこかオカシイ。もしかして、イリヤは嘘を聞かされたんじゃないか?」

 それが違和感に対する、最も判り易い回答だった。

 

 俺だってそれほど頭は良くないし、ジイサンの事を知っている訳でも無い。

 いつもだったら、気が付くことも無く、言い返す事もできないままにショックを覚えていただろう。

 

 もし…、言峰に心の疵を開かれていなければの話だ。

 あいつが語ったジイサンの話は、実に熱っぽく実感が籠って居た。

 聞いてはいけないと理解してなお、惹き付けられるほどに。

 それに比べて、イリヤの語るジイサンはとても空虚で、ガラスの人形に色やラベルを張り付けたようなウソ臭さがあった。

 

「何が嘘よ! おにいちゃんこそ上辺の笑顔で騙されてるんじゃないの? …それとも、心を入れ替えたキリツグに救われたら、そう思ってるだけなんでしょ!」

 イリヤは激しく、俺の言葉に言い返してきた。

 まるでそうしないと、自分が保てないとでも言わんばかりに。

 

 誰かから聞かされた嘘を、俺だけが嘘だと言っても聞いてくれるわけがない。

 だから俺は、決定的な話術礼装を持ち出す事にした。

「じゃあ、俺たちより知ってる奴に聞いてみたらどうだ? そこの言峰教会に居るマーボー…。じゃなくて、冬木教会に居る言峰ってエセ神父なら良く知ってると思うぞ?」

 どうも、ライバルだったみたいだからな?

 俺は致命的な言葉を叩きつけた。

 誰よりもよく知る、あの暴力的な説教師ならば、言わなくても良い事まで告げるに違いない。

 正直、あんなのをイリヤに会わせたくはないが、嘘を打ち砕けるならば言峰という劇薬の使いどころもあるだろう。

 

「おにいちゃんを倒して、私のサーヴァントにしてからそうさせてもらうわ! どうせ…私のサーヴァントには勝てないんだから」

「俺が負けたらサーヴァントでも執事にでもなってやるさ。だけど、俺が勝ったら衛宮家のイリヤになってもらうからな!」

 それはもはや、ただの口喧嘩だった。

 売り言葉に買い言葉、まさしく家族同士の無意味な争いだ。

 

 こんな馬鹿騒ぎなら…まあいいかな。

 そう思いつつ、俺は置いてけぼりの部外者に、セコンドをお願いすることにした。

「悪い慎さん。そっちに付き合うつもりだったけど、俺は俺の都合で参戦させてもらうっ」

「別に構やしないけど。ただ、ボクらを路傍の石扱いした小娘には、タップリおしおきしないとね」

 言いながら慎さんは、笑って許してくれた。

 まあ、予感はあった気もする。

 自分の実力を証明し、優れている事を証明したい慎さんにとって、無視は一番こたえる挑発だろう。

 

「という訳で、お嬢ちゃんには悪いけど、二体一で良い? 先に冬木教会へ逃げ込むなら、ハラスメント神父被害者の会に入れてあげてもいいけど」

「色んな意味で結構よ。どこの誰か知らないけど、どうせ私のランスロットには勝てないもの」

 二重の意味で、慎さんが動きを止めた。

 それはそうだろう。

 自分を無視した相手がオマケ扱いしたらプライドの高い者には大きなダメージだ。

 だが何より、平然と隠すべき真名を口にした自信…いや、ゆるぎない優位性が慎さんを縛りつけていた。

 

「ランスロットだって…」

 円卓でも最強と呼ばれ、アーサー王すら自分以上と言わしめたキャメロット最強の騎士。

 特に欠点らしき欠点を持たず、確かに隠す必要はないが…。

 まさか、こんなにも簡単に真名を晒すなんて。

 

「三流の魔術士でも最強の騎士の名は知ってるでしょ? …やっちゃえランスロット」

 ガシャリと音を立てて、夜の闇から黒衣の騎士が現われた。

 イリヤが呼ぶまで気配すら感じられなかったソレが、戦闘状態に突入すると同時に、恐るべき武威をまき散らした。

 

 判る。確かにアレは、最強騎士と呼ぶに値する存在であろう。

「■■■■!!!」

 雄たけびが周囲を震わせる。

 手にした黒き長剣に、銀の光を宿して…。

「なにやってんだ! ボケっとすんな。とっととセイバー呼んじまえ! この不貞野郎に遠慮なんざ要らねえぞ!」

「助かった! 少し抑えててくれっ」

 突き飛ばされながら、俺は恐ろしい業モノを二つ見た。

 一つは黒衣の騎士が携えた、ダマスカスブレード。

 今では再現不可能な刃には、独特の木目調と、強化しているらしき銀色の鋼線が巻きつく。

 

 そしてもう一つは、鉄塊という程ない巨大な大剣だ。

 恐ろしい事に、鉄塊は全て黄金で出来ており、それが硬度を保っている事が信じられなかった。

 尋常でないレベルの強化魔術、現代どころか中世でも実用不可能なレベルだ。

「マスター、許可をくれ。こいつが本物ならいつか押し切られっゾ」

「あ、ああ、判った。封印礼装”女王の楯”の25%限定稼働承認。場合によっては、任意のタイミングで稼働上昇率を許可する…わね」

 おっしゃー!

 慎さんがキーワードらしき言葉を発した瞬間に、フランシスさんが戦場を駆けた。

 

 黄金の剣に取りつけられた鞘らしき外装が変形していく。

「行くぜ相棒! 小難しいのは任せた!」

『イエス・マイロード。ブリックス開始。EUを離れ大英帝国に逆行。女王の加護を世界へ』

 フランシスさんの言葉に、機械音声のような平面的な声が応える。

 そこから先はまるで、ねずみ花火がロケット花火に変身したかのようだった。

 高速で回転するような斬撃から、相手が受けた瞬間に猛烈な魔力で推進を始める。

「おらおらおら!」

 チャージは騎馬によって全力疾走して放つ結果だが、途中から全力を出せる馬など聞いた事も無い。

 ましてやそれを放っているのは、フランシスさん自身であり、制御しているのは黄金の大剣だった。

 

 俺は気に成るのを可能な限り無視して、カードに意識を向けて呪文を唱え始めた。

 その時、慎さんから発せられる言葉を、まさしく他人事のように聞き流しながら。

「インス…」

「そ、そうよ。気をつけてライダー! 御爺様の資料では、ランスロットは手に触れた武器を奪えるって言うわ!」

 俺の耳に飛び込んで来たのは、何やら慎さんには敵の能力に心当たりがある事だけだ。

 トランス状態に入った俺には、後から聞こえてくる結果でしかない。

 

「夢幻召喚!」(インストール)

 カードを基点に、俺の周囲で入れ替わる虚数と実数。

 煌めくような閃光は、俺の姿を俺では無い他者に描き替える絵具も同然。

 魔法少女ならば変身バンクの一つもあるようだが、今の俺たちにそんな余裕はない。

 

「ふうん。ランスロットの事を知ってるってことは、マキリの縁者みたいね。それとおにいちゃんは自分に直接降ろしたんだ? 器用なことをするものね」

 イリヤはどこ吹く風で、平然としていた。

 強いて言うならば、あのキャスターでも見抜けなかった事を一瞬で見抜く眼力は、少し奇妙だった。

 だがそれよりもオカシイのは、()()、そんな解説者の様な事を口にしているかだ。

 

「知ってるなら話が速いわね。まさかアインツベルンほどの大家が、敗退したサーヴァントを使うとは思わなかったわ」

「それはマキリの前マスターの魔力が低かっただけでしょ? それで生き残れたんだし、もっと強力な魔力でバックアップがあれば、差分値を出せるというものよ」

 慎さんの挑発を受け流して、イリヤが涼しげな笑みを浮かべる。

 自らのサーヴァントに絶対の自信を持っているようでもあったし、まるで、学者のような冷徹な観察を行っているかのようだった。

 

「どっち道、無名のサーヴァント二体じゃ、私のランスロットは倒せないわ。ただ勘違いしてるのは、奪わなくても武器何か幾らでも用意できるってこと」

「無名だと!? 言うにことかきやがって!」

 イリヤの言葉を挑発と受け取ったのか、むしろフランシスさんの方が激昂する。

 戦場を魔力で強化した強烈なジャンプで横断し、ランスロットを置き去りにした後で、今度は最初から全力で突進し直した。

 先ほどのソレは奇襲と言う意味で効果があったが、威力という意味ではやはり助走があった方が強力だ。

 

 だがその動きはあまりにも直線的、合わせるのも容易なら、迎え討つも容易だった。

 二つの影が、間に割って入った。

「■■■■!!」

「もうちょっと冷静になった方がいいんじゃないかな? まあ俺が言うのもなんだけどさ」

 ランスロットの剣が黄金の大剣を片手で抑え、残るもう一方の手が俺が呼び出した剣を握り込んで居る。

 恐るべき手並、そして恐るべき実力だった。

 

 武器の所有権を奪うそうだが、それは能力同士の押し合いで決まる様だった。

 気を抜いたら剣が持って行かれそうな雰囲気があるが、それでも両手で掴まれていたら危ない所だと思わせる。

「ハン。おまえが動き出すのが見えたから、ワザとやったんだよ。どうやら正解だったみたいだな」

「実地で試さないで欲しいなあ…。こっちは凄まじい剣捌きについてくのが精一杯なんだからさ」

 陽気な笑顔を浮かべるフランシスさんに、俺は苦笑を浮かべた。

 今も気を抜いたらどうなるか判らないのだ。

 これで武器を奪われたら、どうしようもない。

 

「奪われないう状態を維持して、このまま押し込むぞ。二人まとめてで良いって言った事を、後悔させてやる!」

「…もしかして話を聞いて無かったの? 奪わなくても良いって言わなかったけ? まあいいわ、こっちも礼装を起動するわね」

 フランシスさんは力任せに動いているようでも、戦場をコントロールしているような所があった。

 それに対して、イリヤは力押しだけでなんとか出来ると思っている様だ。

 

 だが、それはただの勘違い。

 まずは力押しから『試して』いるだけだと、後に成って気がついた。

「■■■■!!」

「なっ!?」

 ランスロットは俺の剣から手を離すと、甲冑の厚い部分で剣を受けつつ…。

 黒剣に巻いてある鋼線に手を伸ばす。

 

 その銀糸が強化用の礼装ではないとしたら…。

「危ない!」

 咄嗟に俺の体が動いて居た。

 魔力で強化を掛けて、あらん限りの速度でフランシスさんを突き飛ばす!

 

 その結果は無残だった。

「あれ…、なんで斜めに…」

 腹を断ち切られ、俺の体が傾いて一度、動きを止める。

 背骨のお陰でかろうじて繋がっている下半身も、意識を失うことに合わせて、ゆっくりと…。

 

 気を失うのも、今日何度目か。俺の記憶はそこで途絶えた……。




登場人物

真名:湖の騎士ランスロット?
クラス:バーサーカー?
 欧州最強の騎士。
一騎打ちに勝利する事、数百回に及び、当時の王たちも口を揃えて当代第一の騎士と褒め称えた。
王妃と不倫関係だと問い詰められ、宮廷を追い出され…。

能力:
『無窮の武錬』
ランク:A
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。いかなる精神的制約の影響下でも、どんな武装であろうとも、十全の戦闘力を発揮できるという。

『騎士は徒手にて勝敗を決せず』
ランク:A
 一騎打ちの結果、勝者は敗者の武具を奪う権利を持っていた。
無双の騎士であるランスロット?は、桁違いの勝利で財産を築いたとも、持ち主に気前よく返却して友誼を築いたとも。
この逸話により相手の武具を奪って自身の宝具として利用できる。ただし、ランクはAなので対抗判定で勝利した場合に限られる。

『黒騎士の銘は、己が栄光の為だけでなく』
ランク:D
 あまりの隔絶した強さに、一騎打ちはともかく決闘裁判の類は拒絶されるほど。
ゆえに名前を隠し勝利を重ね、あるいは他者に勝利を譲り…。王の代理人として裁判を見守ったとか。その結果、自身の銘を黒騎士として僅かながら、隠蔽・変装する事が出来る。
とはいえ、彼の生誕の前と後で、ランスロット?と言う名前に別の意味が宿るほどであるので、あまり強力な隠蔽は出来ない。

また黒騎士の名前自体が複数の騎士の持ち回りであり、名指しを避けることから、単体の呪い・デバフ系の魔術を避ける効果もあるが、対魔力が機能しなくなるほか、味方が使う強化系のバフも掛けられない欠点を有する。

『王妃の加護』
ランク:A
 王族の中で随一、欧州一と呼ばれた王妃の庇護を受け、サーヴァントとしても最優のマスターを引き当てる運命を示す。
生前は権勢、サーヴァントとしては霊基を向上させるが、名前を隠している間は機能しない。

『■■■■■・■■』
 詳細は不明。
ただし名前を隠している・他人の武器では使用できず、基本能力とは別に、特定の対象に対してダメージを増強する。



礼装:
封印礼装:『女王Aの楯』
 とあるライトノベルを参考に、触媒の選定時に間桐慎二が考案し、召喚前までに間桐慎が構築した合体礼装。
ブリテン島および連邦を築く王家が、代々任じた将軍・宰相・暗殺者を渡り歩いた代理人の証を一つに束ねており、誰を召喚しても王家の代理人を任された優秀な英霊がやって来るという。
士郎の解析では、優良サーヴァントを引く為のガチャとして優秀だが、本来の機能を隠す以上にあまり意味は無く、ライダーの魔力放出を手助けするくらい。
機能を解放するごとに、大剣・火砲・大盾・■へと、魔力放出の使い方に幅が出て行くとか。
また、どこかの魔法少女のようにAIぽいのが喋るが、筆者の趣味なのでこれもあまり意味は無い。

礼装:『ドゥリンダナ』
 けっして刃零れしない剣をモデルに、切れ難いとされる女の髪を元にして作られた銀線。
元が自身の髪なので、イリヤの魔術も通り易い加工品。
ファンタジー武器の鋼線であると同時に、刃を形成して剣にもなる特殊武装。当然ながら刃零れしないし折れもしない。

と言う訳で、イリヤと御供の黒騎士が出てきました。
アインツベルン陣営は神秘を捨てて、対人最強キャラを用意しつつ、ガチ学習モード。
ついでに一戦目も捨てることで、二戦目以降に勝利を求める、堅実さ重視になっております。


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運命への反逆

「ここまでする気なかったんだけどな…。ドクにお願いして治療用の…」

 え?

 と溜息をついて居た少女は声をあげそうになった。

「なに、それ…」

 崩れ落ちそうな少年の体が、踏み留まるまでは良い。

 だが、零れ落ちた腹わたが押し込まれ、血煙りあげながら立ち上がるなど、論外だ。

 

 その様子に目を見張って居たのは冬の少女だけでは無い。

「おっ。そのレベルの傷を直せんのか。心強いじゃねえか」

「違う! ボクには大怪我は無理だっていったじゃない! 御爺様の再生蟲だって、こんな速さで治るわけが…」

 ライダー陣営の二人もまた、顔を見合わせて首を傾げるところだった。

 そうしなかったのは、単にランスロットがまだ攻撃態勢に居たからである。

 

「カーハー、アー…」

「クソッ! 糸ってなんだよ! そんなくっだらねえもんが何で武器になりやがるっ」

 ヴォン!

 光り輝く銀光閃が、二度三度と輝いて夜に光の軌跡を描く。

 勢いをつけた袈裟がけの振り降ろしから、間髪いれずに逆袈裟に。

 人理を越えたその剣撃も、光の剣には殆ど重さが無いからだ。

 

「■■■■!」

 言うなれば、ライトセーバーとかビームサーベルと呼んでも差し支えあるまい。

 あまりの軽さに常の人ならば自分の腕を切り落とそう、だがここに居るのは剣戟の頂点。

 ひとつの時代に置いて、無双の域に至った達人中の達人である。

 どんなに奇妙な武器であろうとも、そんな無様なハメを晒すはずがない!

 

「こうなったらちっとばっかし距離を離す。50%まで稼働率上昇だ!」

『イエス・マイロード。大英帝国より新しき教えまで逆行。太陽を撃ち落とさん』

 ライダーが掲げる黄金の剣は、振動して魔力を撃ち放った。

 持ち主が持つ波のように奔放な青色の魔力が、核を得て、まるで雷光のように収束する。

 

 だが敵もさる者ひっかく者。

 仮にも英霊たる者が、魔力は魔術を向けられたくらいで引きさがりはしない。

「オー! ハー、シャッ!!」

 鋼線に込められた魔力を使って、収束された魔力の核を切り割いて行く。

 

「何でもありかよ。まあ。あの不貞野郎ならこのくらい出来ても当たり前だけどよ。…セイバーのマスター、もういいのか?」

 ライダーは魔力弾が切り落とされるのにめげず、今度は小さくまとめて何度も解き放った。

 ガコンガコンと礼装が起動し、そのたびに補助用の宝石かなにかが排出されていく。

 それでも放ち続けたのは、治療を終えたらしく、共同戦線を組む仲間が立ちあがって来たからだ。

 

 その時間稼ぎに意味は有ったのだろう。

 よたよたとした足取りは確かで、いや、むしろ絶好調。地響きすら立てそうな存在感。

「良くは無い。立って歩けねば死せる運命、立っても棒立ちでは死す運命。ならば抗うしかないではないか、反逆の騎士よ」

「てめえ…。誰だ?」

 ボロボロだった腕は一度落とした剣を握り締め、折れた骨は先ほどよりも強く、千切れた肉はミッチリと組み直されている。

 それらの異様さまでなら、まだ治療魔術の結果と言えるであろう。

 だが、よりおかしなのは、血にまみれた顔が、血笑すら挙げている事である。

 

 あまりの異様さと威容さに、ライダーは一つの結論に辿りついた。

「さてはセイバーだな。オレの知ってるやつなのか?」

「英霊という名の奴隷である以上。そうであるかもしれないが、そうでないかもしれない。だが、どこかで争った者がこうして肩を並べるのであれば、運命に逆らった甲斐もあるだろう」

 それは絶望的な運命に勝利した証だとセイバーは語る。

 

 そして死神の様な黒騎士相手に、笑って絶望的な戦いを挑むのだ。

「■■■■!」

「その武器は確かに恐ろしい。だが、軽いぞ! せーえええい!」

 ビュルビュルと振りまわされる銀線に、セイバーはただ耐え切る得ることで打開した。

 避けるも叶わぬ、受けるも叶わぬ。

 絶望的に見える武器ではあるが、戦技を載せるには軽すぎるのだ。

 重さを載せられぬ剣など、急所狙いさえ防げば無いも同然と、自分を膨大な魔力で治療しながら、一心不乱に突き進み始めた!

 

 

 視点はここで、僅かに遠く。

 介入できる程に近くは無いが、かといって垣間見れぬ程に遠くない場所へと移る。

「なによアレ…。尋常じゃない。どんな英霊と契約できる宝具を渡したの?」

「……」

 少女の問いに、傍らに居た黄金の鎧を着た男は無言を続けた。

 

 視界の先にある光景は、確かに異様。

 切り割かれても切り割かれても立ち続け、重さを持った武器を交えても、それだけ弾いてセイバーは進み続けていた。

「聞いてるの? アーチャー!」

「…あれは他に何も出来ぬ」

 どういう意味かと目線で問う少女に、アーチャーと呼ばれた男はつまらなさそうに続けた。

 

「体を維持し痛みへ抗う事で、愚直に進み続ける以外に能を持たぬのだ。ヘラクレス辺りとは似ても似つかぬ」

「治癒…この場合は…。肉体操作系特化した英霊だから問題ない? それとも…」

 出された答えに対して、少女は以前に聞いた言葉を含めて解釈する。

 

「他に何も出来ないから、アーチャーに取っては屑のような英霊だったってこと? 呆れたくらいに傲慢なのね」

 以前にアーチャーは、屑だと言っていた。

 確かに万能に比べれば屑かもしれないが。と少女は苦笑を浮かべたが、アーチャーは愉快さと不機嫌さを交えて肩をすくめた。

 

「重要なのはそこではない。きゃつは令呪を持たず、令呪を使用すること事もされる事も無い、気に入らねば持ち主すら操る…ただの反逆者だ」

 だから、自分で使いもせずに他者に譲り渡したのだと、アーチャーは吐き捨てた。

 

 少女が続けて言葉を投げようとした時、一足先に状況が動いたようだ。

 アーチャーは不機嫌さを消し去り、楽しそうな笑顔のみを口元に張りつけた。

「見よ。造花め、一度引く用だぞ? 仮にも圧倒的優位に立ちながら後退するとは」

「攻撃用の宝具を使ってトドメ刺すんじゃなくて? なら案外、冷静なのね」

 ニヤリと見降ろす黄金の騎士は、見上げる少女に屈託ない笑いを見せた。

 それはおそらく、少女もまた、自分が同じ時なら、切り札を使うべきではないという判断を見せたからだろう。

 

「誰ぞ余計な知恵を付けたと見える。あのまま使っておれば、倒し切れないばかりか…」

「宝具を見極めれたのにね。…じゃ、朝も来るし今夜はここまでね」

 そうだなと言って黄金の騎士は満足そうに課題を解いた少女に笑いかけた。

 

 

 そして最後に視点は、再び戦場へと立ち戻る。

「後退するわ、セラ。みんなでモニターは続けてる?」

『はい、お嬢様。念の為にノイン・ゼクスと共に撤退後も暫く監視を続けます』

 少女が何処かに語りかけると、大気が震えた。

 少しおかしいわと呟く言葉に、同意のニュアンスが伝わって来た。

 

 応じる言葉に頷いて、少女は次なる指示を出しつつ後退して行く。

「リズはズィーベンと一緒に、横槍対策から撤退の支援に。…大丈夫だとは思うけど、まだ他のサーヴァントが仕掛けて来るかもしれないから」

『わかった。イリヤのいうとおりにする』

 次なる言葉に応じて、後方から二人のメイド姿が現われた。

 共に巨大なハルバードを構えて、少女が後退する間で留まるつもりなのか、黒騎士ともども殿軍を守る。

 

「今回は帰ってあげるね。おにいちゃんによろしく」

 戦場に小鳥が囀るような声を残して、嵐は過ぎ去った。

 

 こうして慌ただしい一日目がようやく終わり、ようやく二日目を迎えることになる。




登場人物
・イリヤスフィールと愉快なメイド小隊:
 イリヤお嬢様と、それを支援する肉体強化型・魔術強化型のホムンクルスで構成されたメイドさんたち。
いつものセラとリズ以外が、数字の名前なのは元々の予定に無かったかららしい。
なお、彼女達に礼装は作れないので、装備を作って供給する連中も居る様である。


・少女:あかいあくま
 一話目に続いて再び登場。
慎が彼女の立ち位置を奪ったと言うか、彼女が出て来れないから慎が居ると言うか。
ただ、アーチャーとの仲は良好らしく、意地の悪さに文句をつけながらもワイワイやってるらしい。
相手が変わろうが姿が変わろうが、あかいあくまとアーチャーの関連と言うのは、こういう物かもしれない。

・アーチャー:金ぴか
 王様なので反逆者には機嫌が悪い。
どう考えても好敵手には成りえず、自分で使用するにも、味方にするにしても使えないと言う…。彼にとって今回のセイバーは屑同然の対象であろう。
偵察に同意するなど慢心はしないが、全力を出してる訳でも無いので、やっぱり僕らの慢心王。

・セイバー:?
 運命に反逆する男。
それ以上でも以下でも無く、カードに封入された英霊であったとしても、気に入らなければ持ち主を操るどうしようも無い存在。
カードを介するがゆえに令呪への関連性が存在せず、命令されることもすることも出来ない。
彼が士郎に協力したのは、単に、士郎が運命に反逆したから気に入っただけ。
運命に従っても地獄、逃げても地獄。
戦場で強者に抗う事すら難しいが、常に死地にある士郎は、相性が良かったのだろう。

なお、セイバーが持つべき対魔力・騎乗も無く、スキルは1つ、宝具は1つしかない。

スキル:
『マジカル肉体整理学』
ランクB:
 彼が生きた前の時代では、肉体には無限の神秘が宿るとされていた。
彼の時代に置いては、学術的にも、魔術的にも試行錯誤の研究対象。
徹底的に解明され、彼や、その仲間の肉体管理にも利用され、実地で彼自身が積み重ねた研鑽の証である。

 スキルの効果としては、肉体に関する魔術・技術の負担を一段階軽減できる。
単純な治療・強化に関して一段階なら-1や-2なので、大した事は無いように見えるが、これが同時発動や、重傷治療・致命傷治療なら-4・-8と倍々ゲームの負担率で有る為、とても有効になる。

宝具:
『我は月に背を向け、太陽に向かって吠える反逆者なり』
ランク:A
 囚われ、常に逆境に居た彼が体得したスタイルであり、自身の伝説が宝具になった物。

 起動中は受けたダメージを体力・魔力に変換。逆境度に対して変換率が変動する。
この特性から、強化された肉体や脳内麻薬がバッドステータスを帳消しにし、ペナルティを感じさせない。つまりは重傷時でも普段通りに魔術の行使・技術を振るえる。
基本的に普通の聖杯戦争に勝ち抜けるような、強力な宝具ではないが…。


という訳で、イリヤ達は撤退。
アインツベルン陣営は元から強いので戦闘力・魔力は強化されませんが、考え方・組織運営が学者馬鹿から、聖杯戦争の研究者へと大幅に強化されています。
ついでに隠されていたセイバーの能力が判明します(と言っても2つしかないけど)。
セイバーがセイバーなのは、本家ルートでやってた、士郎の異常な治癒能力、あと青セイバーの反則じみたブーストをそのままイメージできるからです。

次回は一瞬だけマキリさんちのお話になって、そのあと学校への予定。


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トランス・トランス・トランスフォーム

マキリ陣営の御話ですが、他のfateネタや、ちょっと気分の良くない話題も混じりますので
ここでそっと閉じるか、飛ばされて次回に進まれても構いません。


 気だるさから、中途半端に目を覚ますと、自分は獣の姿をしていた。

 これは夢なのだと自覚するが、夢だからこそ自由に動けない。

 

 大きな遠吠えが聞こえたので、耳を傾ければ…。

 強く大きな獣が、自分や、他の獣たちを圧倒している。

 時に独りで、時に仲間の獣と共に歯向かうが、相手にもならない。

 

 倒され朽ちて行く中で、大きな獣が狼であることを理解した。

 あれほどの狼ならば仕方あるまいと、死に逝く寸前に、自分も仲間も狼であったと自覚する。

 

 そして狼たちは大地に帰り、虫に、鳥に、草花に。

 大自然の中に還って行く。

 

 やがて大きな大樹が育ち、様々な虫たちが樹液をすすり、葉を食む。

 虫たちは健やかに育ち、蛹になったり寄生虫や鳥に食われ…。

 やがて、蝶や蛾、カブト虫に成って飛んでいく。

 

 …ああ、これが生命のサイクルなのだと。

 他愛ない夢に描いたイメージなのだと。自覚して…。

 日の眩しさと、鳥の囀りに起こされて、目覚めの時を迎えた。

 

「…ああ、最低限の治療だけしたら疲れて眠ったんだっけ。気持ち良さそうに寝てるよ、まったく」

 声の主は欠片も色っぽくない欠伸を浮かべて、眠い目をこすった。

 ようするにボクの事だ。

 

 体を起こして周囲を見渡すと、そこに二人とも転がっていた。

 衛宮の体についた傷は大半が治って居るが、大火傷や腹を裂いた傷は、うっすらと残っている。

 宝具の影響とは言え、流石に完全治癒とは行かなかったのだろう。

「さっきのは共感魔術の影響…だよな。ライダーの奴は抱き枕にしてるだけだろうし、衛宮やセイバーの影響でも受けたかな」

 体に残る体力的な気だるさと、火照るほどの魔力の残響。

 そして意味の無い夢。

 それは共感魔術を使用した影響であり、半ば、パスを繋いだような状態にあったせいだろう。

 

 すり減った衛宮の生命力を補うべく、ボクの体力と共感させ。

 有り余った衛宮の魔力を排出するべく、ボクが魔力と共感した。

 果たして体力と魔力は平均化され、補い合う。

「ははっ。なんだ、簡単じゃないか。魔力回路と術式さえあれば、あとは発想の転換だけで何でもできる」

 自嘲めいた苦笑を浮かべ、脱いだシャツを着直して電話の方に向かった。

 こんなことなら、なんで魔力回路をゼロからでも増やそうとしなかったのだろうかと…。

 殆どゼロからスタートしたという衛宮を眺めながら、我ながら自己嫌悪に陥った。

 

 そんな馬鹿なことをする奴が居ると知らなかっただけだし、知って居ても自分でそんな自殺行為をするわけがない。

 知って居たのは、もっと別の代用手段。

 取ってしまった…取らされてしまったのは、もっと馬鹿馬鹿しい代用手段だった。

「あ、桜? ボクだよボク。赤毛の人形師は見つかった。だから心配は要らないし、危険だからお前は暫くこっちに来るな。御爺様にもそう伝えておいてくれ」

 電話相手の意見は無視する。

 予め伝えておいた用件の確認だし、今から来られても修羅場るだけだ。

 とても見えるに堪えられない三文芝居、するだけ体力の無駄と言う物である。

 

 ただ、自主的な魔術アレンジの成功と、才能への自覚で気分が良いので、ほんのちょっとだけ仏心を出す事にした。

「衛宮の面倒はお前の代わりに見ておいてやるから心配するな。だから、全部終わったら離すんじゃないぞ。ボクはこの町を出て行く気だけど、連絡先は1つの方が楽だからな」

 やはり電話相手の意見は無視する。

 さきほど違い、困惑よりも明るい反応なのは、自分が善人に成った気分で居心地が良い。

 別に自分がやってしまった事の尻ぬぐいにもならないが、する気も無いので気にするまい。

 

 

「そりゃ魔術師であることを望みはしたさ…。だからって、こんなに『成る』のを望んで居たわけじゃない!」

『いや、だってそれが一番簡単だもの。それに、キミの願いは全部叶えたから問題ないでしょ? 魔力回路も術式の知識も、召喚用の触媒も、礼装一式も』

 数日前のやり取りを思い出す。

 意気投合した赤毛の女が、たまたま探していた人物らしく、たまたま必要としていたアイテムを持っていた。

 楽しく一晩を過ごし、気が付いたら運命が螺子曲がって居たわけだが…。

 

 よくよく考えなくとも、そんなたまたまがある訳が無い。

 よくよく考えなくとも、そんな業界トップの女と仲良く一晩なんて都合良い話がある訳は無い。

 ようするに、最初からボクは狙われていたわけだ。

『英霊を召喚できる人形を作ったら面白いんじゃないかと思い付いちゃってね。試したくなっちゃったんだよ。誰でも良かったんだけど、物色してたら確定ガチャを見つけちゃって』

「それで確定ガチャを思い付いた者同士、物々交換しようって? 馬鹿なんじゃないか? おたくも、ボクも…」

 ギチギチと鮫のような歯を重ねて、赤毛の女は笑った。

 

 呆れて怒るどころか、苦笑して現実を受け入れる辺りで、自分がどうしようもなく欠陥品だと自覚するべきだった。

「さて…ボクは誰なんだ? 本物か偽物か…聖杯戦争に生き残れたら、自分を取り返しに行かないとな」

 倫理・モラル・危機感・採算性その他もろもろ。

 自分からゴッソリと、色々な物が欠落している事を、今に成ってようやく悟る。

 

 そして、英霊を召喚した時に、狙いの人物じゃない判った時のこと。

 多少悪くても…とキッチリと詰めたはずなのに、何故か良い方にずれこんだ事に、本当に馬鹿馬鹿しい幸運に、人生塞翁が馬だと思う事にした。

「マスターと認める前に聞きたい、望みは何だ?」

「自分を認めなかった連中に、自分を認めさせる。見返してやりたいってだけさ。呆れたろ?」

 召喚したサーヴァントは、狙いよりもずっと古く強力な英霊だった。

 殺されるのを覚悟で、くだらない望みを口にしたのだが…。

 

「そうか。仲良くは無理かもだが、それなりには上手くやれそうだなマスター」

「はあっ?」

 何が気に入ったのか判らないが、ライダーのクラスで召喚された影響なのか…。

 伝承で知って居る人物像からすると、思いのほか朗らかな笑顔が返って来た。

 

 その後に宝具の内容を聞いて、とまどいながらも冬木に戻る。

 真名がばれても困る訳でもないが、隠しておくために偽名を考えながら。

「テムジンにフランシス? どっちにするにしてもあんまりピンと来ねえ偽名だな。ライダーでいいんじゃないか?」

「テムジンってのは英霊の方じゃなくて…まあ、途中でゲーセンに寄ればわかるさ。もう片方はなんだ…ボクをこんなにした愛しの御姉さまからいただいたんだよ」

 片方はチンギスハンではなく、単に宝具の使用方法から思い付いただけ。

 もう片方は、人形師だと名乗ったあの赤毛の女。

 黒幕の名前を広める為の、ただの嫌味である。

 

 

 シャワーを借りるついでに、つまらない回想を終える。

 終わったことを後悔しても仕方無いし、自分の目的を果たすには十分な能力は在るのだ。

 あとは出来るだけ楽しく、踊り切ることにしよう。

「あ、衛宮くん。傷は治せるだけ治しておいたのと、見ての通り御風呂借りたから」

「それは良いんだけど…。フランシスさんどうにかならない? 速く何とかしないと藤ねえ…親代わりの女教師が…」

 そういえばそうだと思い出し、ボクは藤村を丸めこむネタを考え始めた。

 

「ふうん。女教師と随分仲が良さそうで、てはただならぬ…。冗談冗談。そっちはなんかしておくから、学校の方で慎二くんとか私の関連でフォローお願いできる?」

「ま、まあ。その辺は一成…生徒会長に話を入れとけば、なんとかなるかな。できれば美綴っていう弓道部長にも話ししたいんだけど…」

 そんな馬鹿馬鹿しい話をしながら、朝のミーティングを始めることにした。

 

 




/登場人物
・ライダーのマスター:間桐慎
 その正体は、人格移植された人形…と思われる。
問題なのは、制作者が制作者なので、元の人格の持ち主かもしれないし、『人形の素材』の人格かもしれないし、はたまた二人が融合した人格かもしれない。
感情や考え方に大幅な欠落が見られ、かなりやっつけ仕事というか、それなりに優秀な才能をでっちあげた為の反動であろうか?
ライダーの偽名は、もし想定通りならフランシス・ドレークが現われたことと、黒幕がフランソワという名前だから嫌味で付けた。

・赤毛の人形師:フランソワなんとかさん
 第一の介入者であり、間桐慎を渦中に放り込んだ黒幕。
一級の魔術師かはともかく、一級のトリックスターであることは確か。
なんで赤毛なのかって? そりゃ、工作がやり易いからなのと、嫌味だからと本人に聞いたら答えるだろう。
冬木に介入する方法を探り、できれば適当な魔術士をマスターに送り込みたいと思っていた時。
ほぼ確実に令呪を得られる、確定チケット的な誰かさんがオークションに触媒探しに来たので、ホイホイしたらしい。

・ワカメ
 スタッフが美味しくいただきました

 という訳で、伏線という程の伏線ではありませんが、マキリ陣営強化のタネ明かしになります。
慎の正体を長引かせても面倒なだけなので、この辺で公開しつつ、士郎にもその内ばれる?予定。
セイバーの真名も、次回くらいで判明する予定です。まあ、こちらもバレバレな気もしますが。


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闘士を囲むもの

「慎ちゃんとライダーちゃんの面倒をちゃんと見るのよ、信用してるからね士郎! 桜ちゃんの件も、早急になんとかするから!」

「あ、ああ。勿論じゃないか藤ねえ…」

 物凄い勢いでスクーターをかっ飛ばした。

 後を顧みことも無く、トラというよりはイノシシである。

 

 絶対に突っ込まれると思ったし、誤魔化せないと思った案件が速攻で片付いてしまった。

 これは信用とか信頼以前に、一応は聞いておく必要があるだろう。

「それで…どんな魔法…じゃなくて魔術を使ったのさ」

「別に…というか、割りと真実に近いッポイことを口にして、藤村先生自身に組み立ててもらっただけかな」

 俺が一般人に対する魔術使用について目くじらをたてると、慎さんはアッサリと告白した。

 その手腕は鮮やか過ぎて、もう一回聞いてしまうほどである。

「本当に?」

「嘘じゃないってば、心外だなあ…。間桐の家でDVぽいことがあって、少しだけスティするボクより、桜が心配だと言っただけ。そしたらこの家なら心配ないからってね」

 俺の質問に、慎さんは肩をすくめてワザとらしく呆れて見せる。

 

「後はこの屋敷に以前、金髪の人間が出入りしていることまでは調査出来たの。だから、頼って来たらしい…と告げたら、『切嗣さんを頼って来たなら!』と自分で自分を納得させたみたい」

「あー。ジイサンのサ…傭兵仲間か。そりゃ自分のコネで調べても同じ結果なら、調べただけ返って納得するよな」

 俺は切嗣も聖杯戦争に参加し、サーヴァントと契約したという可能性を考えないことにした。

 いや、嫌になるほど考えはしたが、ロクな事にはならないと、目を背けたのだ。

 こんな風に出口に餌が吊るされていたら、確かに飛び付いてしまうだろう。

 

「そういえばさ、人と人が狭い場所で争い合う。それに関わる英霊って心当たりない?」

 俺は話を変えるために、自分自身に関わることを口にした。

 だが、それは逃避で会った事、そして迂闊な質問だと、あっけなく見破られる事になる。

「あっきれた。中途半端と言ってたけど、サーヴァントの真名に至って無かったってわけ? まあ幾つか考えられるけど、心象は? 使命感とか」

「はは。バレバレか。…そういうのはないな。どう見ても、やりたいとかじゃなくて、イヤイヤやらされてる」

 恐縮する俺に対し、慎さんは流れるように質問をぶつけて来た。

 他の英霊を見たとか話題は無かったし、当たり前だけど…。

 

「ならレオニダスはハズレ…と。次に宗教の為だったり、薬で興奮してる? あるいは元の生活に戻りたいとか」

「いや、全然。にっちもさっちも行かなくて、常に怒り過ぎて笑うしかないって感じだったよ」

 苦しい訓練に耐えて、国の為にとか言うイメージは欠片もなかった。

 周囲に監視する者の感触はあったが、目の前の相手との戦いのイメージが強過ぎる。

 

 『彼』の環境は逆境しかない。

 負ければ死に、勝っても同じ環境の仲間を殺すだけの日々。

 何をしようが破滅以外の未来は無く、身を砕きても浮かぶ瀬すらなかった。

 

「アサシン枠が埋まって居て、山の爺のソードダンサーや、楽園に戻りたい剣士の一人って路線も無さそうね。じゃ、本命はスパルタクスでしょ」

「剣闘士の? そっか。コロセウムのイメージ強かったけど、毎回そんな場所って訳でもないか」

 考えて見れば、闘技場のイメージだと言える。

 ローマのコロセウム以外でも、地方興業なら立派な場所でない場合も多いし、そもそも剣闘士の訓練場かもしれない。

 加えてスパルタクスはローマに反乱を起こしており、コロセウムに良い記憶が無かったのかもしれない。

 

「凄いな、俺が先に剣闘士に気がついてたら、真っ先にスパルタクスだけか奴隷にされたなんだっけ、映画で見た人を思い浮かべてるよ。違った場合を考えると本当にすごいや」

「妙に人体管理が上手いけど、戦いを強いられてる。この辺に共通する、コーチ経験のありそうな人ピックアップしてただけだって」

 一応は謙遜してるが、慎さんは満更ではなさそうだ。

 とはいえ俺の言葉が推理を埋めるキカッケに成ったことから、言うほどのドヤ顔をしていない。

 

 いや、それとも、別の考えがあるのだろうか?

「何かある?」

「…見てる宝具以外に、逸話を思い付かなかっただけ。傷や魔力の回復の失敗が心配要らないってのは良いことだけどね」

 言われてみれば、妙に強化の精度や上限が上がったり、回復力の御世話になっているが…。

 スパルタクスの逸話には、さほど思い当たる物が無い。

 

 一つ目の切り札は、トレーニングの実用・魔力強化の実験が、本格的になった時代の結晶。

 おそらくは肉体に関する強化や治療の難易度を引き下げる、ローマのフィジカル管理技術。

 

 二つ目の切り札は、逆境への対抗心から来る、体力と魔力の回復(正確には回復じゃないけど)。

 

 言われてみれば、スパルタクス()()には、他に能力が無いのである。

 とはいえ、それらは自動的に、成功失敗の問題無しに俺を助けてくれる。

 それだけでも十分にありがたいし、サーヴァントとマスターは一心同体。後は…。

「心配いらないって。慎さんの援護するには問題ないし、俺の方に欠点の多い投影があるから、むしろありがたい宝具だよ」

「衛宮くんの魔術特性か。確かにボクも同じ状況なら、霊符を山ほど作るかな」

 投影で連射する為の魔力に、遠慮が要らないのは助かる。

 話を聞く限り、慎さんにも似たような特技があるのだろう。

 納得してくれたのはありがたいので、この話はここで切り上げることにした。

 

 

 話を切り上げると、俺は登校の準備を始めた。

 慎さんの方は、藤ねえが適当に準備するだろう。

「それじゃ、俺たちは学校行くけど、フランシスさんはどうする? 弁当なら作ってあるけど…」

「街の偵察ってとこかな? まずはこの辺のBUKE屋敷を探検からだけど…まあ、心細かったら呼んでくれても良いぜ」

 学校にも興味があると言うフランシスさんに、弁当を押し付けておいた。

 

 昼食はこの辺で適当に買うと言っていたが、せっかく作るなら1つより3つである。

 正確には、藤ねえのも作って居るので、1つ増やすも2つ増やすも大差が無い。

 そんな事を思っていると、お礼とばかりに妙な反応が返って来た。

「おっ。悪いな。あとよ、その名前は偽名だし、オレの事はライダーでいいぜ。真名はヒミツってとこだ」

「ちょっ、何勝手に……。てまあいいか。ならボクの事も慎でいい。お互いに、さんつけ、くんつけって面倒くさいしね」

 二人のやり取りに、俺は思わず笑った。

 偽名をばらすのは問題だろうが、クラス名があるから問題ない。

 とはいえ気心触れ合った者たちの思わぬ漫才がみれて、微笑ましくなったのだ。

 

「まったく、勝手というかやんちゃというか、ボクらより大人のくせして子供なんだから」

「まあまあ。あのくらいはノーカンだよ。それより、学校で襲われたりはし……」

 登校しながら愚痴を言う慎さん…慎をなだめながら、俺はくらりとよろめいた。

 いつもの通学路なのに、不思議と気持ち悪い気がする。

 

 この先に行きたくないような、それでいてどこか懐かしい気配を感じた。

 嫌悪感に呼吸が止まりそうになるが、そのまま吸い続けて居たいような親和性を感じる。

「どうしたの? 昼間っから心配? 人が居る明るい内は大丈夫でしょ。危険なのはむしろ暗くなってから…なんだコレ」

「森の気配…まるで神社とか、そんな…場所みたいだ」

 そのまま歩き続けるが、校門を越えたとろで、慎さん…慣れないな…も気がついたようだった。

 

 溶けるような艶めかしい様な密林ではなく…。

 むしろ、立ち居るのは構わないが、燦然と聳え立ち、こちらを見降ろす針葉樹のような気配で埋め尽くされていた。

 

「森の結界…」

 その言葉を発したのはどちらだったろう?

 いずれにせよ、愉快な学校生活が遠のくのを、俺たちは感じて居た。

 




・登場人物
真名:スパルタクス
クラス:セイバー
 トラキア地方の剣闘士で、ローマに対して反乱を起こしたことで有名。
反乱軍を見事に統制し、むしろ正規軍のようであったと言われるほどに、上級市民は別として一般市民への対応は紳士的だったと言う。
ブン獲った戦利品も、略奪に走らないように公平に分配したそうで、虐げられた者たちの指導者。あるいは圧政者に立ち向かう、社会主義の先駆者とも言われている。

 余談ではあるが、常勝の剣闘士たる彼もまた、圧制者であり、憎むべきローマの一員。自分の弱さに向き合って対抗するのも当然であるならば、対ローマ攻撃によって傷つくのも当然である。


という訳で、バレバレでしたがセイバーの真名スパルタクスが判明。
士郎が自覚したことで、強化に交えて投影魔術を使用して行きます。
 通常なら聖杯戦争に勝ち抜ける能力ではないが、夢幻召喚によりカード化しているため、マスターの体力・魔力補給に関して非常に効率が良くなるいう感じですね(逆境にないと操られますが)。


今回のラストで学校の結界が判明したので、次回は学校調査の予定。


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赤枝の杜

「なっ…」

 溢れかえる森の気配は、どこか神聖な気配さえ漂う。

 針葉樹が持つ、光を閉ざす事無く、聳え立って佇むだけで周囲を隔絶するイメージだ。

 

「…質問。変なことを聞く様で悪いんだけど、森の気配ってまだある?」

「誰がこんな…って? こんなに濃厚なのに?」

 慎さん…慎が妙なことを聞いて来た。

 これだけハッキリとした異質さなのに、表情を曇らせて尋ねて来る。

「ボクはもう感じないんだけど…。おかしいんだ。三流ならともかく、一流は張ったことすら理解させない。なのになぜ衛宮く…衛宮は感知できた?」

「慎…もさっきは感知出来てたんだろ? なら、途中で向こうが気がついて結界を隠したんじゃないのか?」

 彼女はゆっくりと首を振った。

 

 下駄箱までの道のりまでは静かだったが、推測をまとめて居たのだろうか?

 人が少ない弓道場の方へ移動して、ようやく口を開いた。

「陽炎や花粉と一緒で、見えたと言う認識を消すのは難しいの。一度色が付いたら、ずっと付きっぱなし。それにさっき消したなら、朝練に参加した桜から電話が来てる筈」

「あそっか。桜も養子とはいえ、魔術を習って…たんだよな」

 慎が見せてくれた携帯を見て、俺はなんとなく納得した。

 桜の腕前では気がつかない可能性もあるが、それなら、俺も同様かそれ以下だ。

 

 それを考えるならば、俺たちのほうに何かあると思う方がより、正しいだろう。

「それでも、俺だけってことはないだろ?」

「ううん。昨晩から今朝に掛けて、共感魔術で衛宮とリンク張ってたから、たまたまじゃないかな? そして、結界の中に入ったことでリンクが切れた。まあ単に時間経過で減耗した可能性もあるけど」

 そういえば、そんな事も言ってたな。

 

 共感魔術というのは、片方の状態をもう片方にコピーするもんでもあだったっけ。

「だったらもう一回リンク張り直せばまた見えるんじゃない?」

 そう俺が口にすると、慎は意地悪そうな笑顔を浮かべた。

「一定どこかの部位が以上接触するか、体液交換する必要があるけど…。衛宮くんはここでディープキスでもしたいわけ? 情熱的だね」

「なんでさ!?」

 くん付け無しで慣れ始めた矢先なので、いくらなんでも冗談だと判る。

 それでも顔が赤くなるのは止められない。くすくす笑い止まるまで、仏頂面で過ごす事にした。

 

 そして推測に区切りがついたのか、こちらが話を切り出す前に、向こうが先に口を開いた。

「クーフーリンなら一流だから結界を隠せるとして、衛宮は探知できるんだよね? なら放課後に基点を潰して回わろうか。それはそうと、何で結界なんて張るのかな?」

「え…? それは構わないけど。なんの結界かに寄るんじゃないか? 思い付く範囲で防御?」

 質問で質問に返すのは良くないが、この場合は仕方がないだろう。

 そもそも言葉のキャッチボールで頭を整理する以上に、慎がこちらの返答を期待しているとは思えない。

 頭の出来も違うし、まあ…異なる意見をぶつけて、片寄ったアイデアにしないくらいだろうか。

 

 彼女は指を三本立て、説明を続けた。

「一つ目は衛宮の言う通り防御ね。でも、最初のイメージだと閉ざしている感じじゃない。それに不特定多数が出入りし易い学校だと、意味が薄い」

「そっか。誰かが結界の基点をたまたま壊す事は無いにしろ、一般人経由で色々できるもんな」

 褒められた方法じゃないが、一時的な使い魔にして、偵察や置き土産し放題だ。

 それこそ、タンクローリーでも突っ込んで来たら、防ぎようが無い。

「二つ目は罠、あるいはそう見せての脅しかな? この学園自体が巨大な罠、ウイッカマーン…生贄人形の腹の中なら、入り込みたい人は居ないでしょ」

「さっきより当たってる気はするけど…。この学校の人間を生贄になんてさせられないぞ…そんなの絶対…」

 俺は言いながら、思わず激昂した。

 もちろん可能性の問題だし、そうなる訳じゃない。

 だけれども、見過ごせない物は誰にでもあると思う。炎に巻かれて死ぬなんて、デキルダケ…無い方がイイカラ。

 

 黙ってしまった俺にかまわず、彼女は三つ目の推論に移った。

 言葉を切られた感はあるが、熱くなり過ぎた俺にはむしろありがたかった。

「最後の可能性は、結界の原初。区切りの為かな。さっきの話にも被るけど…中で何かの術を使う為に、探知・防壁その他もろもろと一緒に、増幅がしたかった。あるいは、そう思わせたかった」

「中で特殊な術が使いたい…。もしくはそう思わせたいフェイクか」

 古来、場所を区切って結界を為すというのは頻繁にあった。

 単に区切って選別するだけの可能性もあるが、中で何かの儀式を行うというのが一般的だ。

 男子が立ち入れない女子高、女子が入れない男子高でも、教育と言う片寄った知識の授与と言う儀式が行われるのだから。

 

「そこで、最初の疑問に戻るわけ。何の為に、そんな苦労をするのか」

「ここに逃げ込んだのは知られてる訳だよな。じゃあ、探そうと思うやつは探すわけだし、隠しきれない…。うーん降参」

 ここまでの推論で、ようやく最初の疑問につきあたった。

 俺に出来るのは、その推論に納得する事だけだ。

 

 肩をすくめてお手上げだと言うと、慎は難しい顔のまま、決論を口にした。

「ここで昨日のマスターの推測が出て来る訳だけど…。悲観論ではボクらくらいの素人が、クーフーリンに無理やり生贄を集めさせてる。楽観論なら協会の魔術士が大怪我を負って動けないってとこかな」

 そういえば、昨日の段階で話し合ってったっけ。

 素人のマスターと、協会のマスター。

 どっちも新町に居る可能性もあるし、学校に入り込んでる可能性がある。

 その確率は、半々だっって。

 

 それにしてもと、俺はつくづく思った。

「なら、放課後は地道に足で探索だな。俺には名探偵は向いて無いよ」




 共感魔術を使うと、Aが視て居る光景を、Bが見る事も可能になります。
もちろん視覚のコピーではなく、リコピーで劣化していく可能性もありますが。
使い魔の感覚を借りる呪法で、鳥やネズミの目を借りたり、見た物を鏡や水鏡の上に映したりするのも、これと同じ理屈ですね。

 また本家で張ったら判る結界は三流という表現があったので、今回はそれを逆用してみました。
陣営の場所の短期特定と、本家の御話に乗ったまま、術者の差、追い詰める者の味方の差を出して居る感じです。
士郎が見えて居る理屈は2つありますが、これは次回になるかと。

 編集に関して、ルビにも慣れたり、字数で失敗したりしましたが…。
もうちょっと慣れたら、間に挿入して、魔術・スキル・宝具などのデータを専門ページにまとめようかと思ったり。


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ケルティック・パターン

「ゲイボルクに似た臭いが強くなってるのは、この辺だと思うんだけど…」

「多分だけど、コレじゃない?」

 俺は自分に穿たれた力と、同じ臭いが強い方向に慎を導いた。

 さっきまで居た弓道場に近い場所にある木の一つで、別に針葉樹でも何でもないんだが…。

 ただ、解析した痕跡とも似ているので、違うとは言い難い。

 

 不思議なことに、その木の周囲から臭いが漂っているのだ。

「言われてみるとソレかな? っていうくらい」

「自然物を上手く使ったルーン文字だと思う。確かに偽装には持ってこいなんだけど…駄目ね、修復される予感しかしない」

 俺が頷くのを合図に、慎は単語帳になにか書いて千切り取った。

 僅かな魔力の励起を感じた後、風が通り過ぎたようなイメージがして、実際に木々がざわついて居るような気がする。

 

「やっぱり自己修復が働いてる。ということは、この場における意味を吸収して成り建てているのか。絡み合い緑なすケルトの螺旋、ケルティック・パターン…流石にキャスターね」

「えーと、良く判らないけど、どういう事なんだ?」

 チンプンカンプンな言葉に、俺は思わず首を傾げた。

 ルーン文字くらいならまだ判るが、ここまで来ると良く判らない。

 まだ、ポプリやウイスキーの方が酒屋の音子さん経由で馴染みあるくらいだ。

 

「ようするに、プロジェクターみたいになってるの。この場所自体がキャスターが意図に近いイメージで、自然物を利用したルーンを破壊しても、自然事態が修復してしまう」

「なるほど。流石に植え替えや伐採は無理だしなあ」

 慎が地面に絵を描くと、流石に理解が出来た。

 科学的な説明であるが、むしろ俺にはこっちの方が判り易い。

 どうやら慎自体は知識として、元をイメージしているらしいが、説明用に判り易い単語を代入しているのだろう。

 

「ともあれ時間も時間だし、ボクは桜と今後の打ち合わせして行くね。悪いけど、衛宮は柳…生徒会長に説明と、厄介の負担を言っといてくれる? アブナイ枝を処理しとくって」

「ああ。そういえば慎二こみで頼んどくって言ったっけ。了解。トゲじゃないけど危ない物かもしれないしな」

 俺は快く頷いて、一成の居る教室に向かった。

 

 半々の確率であるが、敵のマスターが俺らみたいな素人崩れの場合、生贄の人型ウイッカーマンを強要している可能性が高いと言う話だ。

 人の形をした檻に、人間や動物を積め込んで焼却すると言う…。

 ソレは飛びこんで来る相手に仕掛ける罠であり、中に居る者達を生贄に、大魔術の仕掛ける礎でもあるらしい。

 

 ただそれだけで危険であるが、望んで檻に入る者は無理やり捧げられた者よりも、生贄として素養が高くなると言う。

 学校を檻として加工し、知らない者を間違った方向に導く可能性は、確かに高いだろう。

 

 当然ながら、まともなマスターなら一般人を危険にさらすような魔術は使わないはずだ。

 そうなったら無駄足だが、もう一方の危険性を考えたら、やっておくにこしたことはない。

(もしそうなら、なんとしても防がなくちゃな)

 この学校が燃え上がる。

 その可能性に軽く背筋を震わせながら、俺は生徒会室に向かった。

 完全な嘘を付くのは気が引けるが、危険な枝を落とすならあながち嘘でもないので仕方無いだろう。

(とは言え、俺らの努力って、近所のガキが泥遊びしてるようなもんなんだろうな)

 だからと言って放置はできない。

 

 思わずいつもよりも強い調子で、扉をノックしてしまう。

「トイレなら満員だぞ。…っと衛宮か、すまん」

「いや、こっちが強く叩き過ぎた。悪い」

 俺はいつもの調子で譲り合うと、苦笑しあって話題に移る。

 

「どうしたんだ? 一成が冗談っていうか、皮肉を言うなんて珍しい」

「ん? ああ。問題事項が山積みだったので、つい憂さ晴らしをな。なんと醜い我が身であるか」

 それこそ珍しい…とは思うが、今回訪れた用件が用件だけに、突っ込んでみる。

 

「多少の事なら相談に乗るぞ? こっちの用事は後回しでいいんだし」

「衛宮にそう言ってもらえると助かるが、殆どはおいそれと離せる物でもないのだが…ふむ」

 一成は少しだけ考え込んだ後、順を追って話し始めた。

 おそらくは、話しても良い事、そして良くは無いがいずれ俺も知る事を選んだのだと聞いてから知った。

 

「1つ目は、町の飲食店やデパートでガス漏れ事故があるので、買い食いの類は控えよとの先生方のありがたいご指導だ」

「御愁傷さま。流石にそれはみんな聞かないだろうな。…それで、問題がある方は?」

 最初に聞かされたのは、良くある諸注意だ。

 突発的な事故の範囲なら、若い者が聞く筈は無い…という前提に出されているし、本当に危険ならば誰も近づきたがらない。

 こっちが素人崩れのマスターの可能性もあるから、協力したいのは山々なのだが、俺が出来る訳でもないのもまた、同じことだった。

 

「他にも数名いるのだが、美綴女史が帰宅しておらん。事故かもしれんし、不埒な行為かもしれんと言う問題になっている。弓道部か教室で話が出たら、鎮火するように頼めるか?」

「美綴が? あいつに限ってどっちも無いとは思うんだが…。任せておいてくれ。それと、同じ様な話をこっちでも頼んで良いか?」

 俺は思わず、淹れて居た茶を零しかけた。

 確かに昨日から見てないと言う話だが、事故るとか、色恋沙汰で返ってこないとか考え難くて面食らってしまう。

 この辺は良く知るからこそで、案外別の面があったりするかもしれないが…。

 まあ、後で桜にでも聞いてみるか。

 

「そちらからその手の要請というのも珍しいな。他ならぬ衛宮の言う事だ、できるだけ力になろう」

「そう言ってくれると助かるよ。慎二が家の用事で暫く居ないのと、従兄姉が代わりに来るんだってさ。それとなくフォローしてやってくれると助かる」

 言いながら、お互いに第三者に思い至った。

 この手の話をまとめるのが美味いのは、実に渦中の慎二と美綴だ。

 慎二は妙な話題を拾ってきたり、交渉してねじ込むのが妙に上手い。逆に美綴は、ストンと落ちる落とし所を探るのが得意だった。

 

「間桐の奴は何をやってるんだと思ったが、家の用事では仕方あるまいな。後で懺悔しておこう。交換留学の様な物だと言っておけばいいのだな?」

「それで頼む。…ああそうだ、校庭の木やフェンスで危ない所がな箇所かあったから、直しておいていいか? 見付けたら放置するのも気分悪くて」

 合掌して祈る一成に、俺は茶を汲みつつ、もう1つの話を捩じ込んでおくことにした。

 半分くらいは捏造なので申し訳ないが、念のためとはいえ、これはやっておきたかった。

 

「こちらこそ申し訳ない。衛宮に用務員の様な事をさせてしまう。…残りの件は改善が見られなければ相談したい問題と、衛宮とはいえ話せぬ寺の事情だけのはずだ」

「坊主に成る気は無いし、そこまで首を突っ込む気はないさ。問題の方は内容次第だけど、出来るだけ力になるよ」

 俺たちは互いに顔を見合わせると、笑いあって他愛のない事を言いあってから授業に向かった。

 

 上手く進めることが出来たかは判らないが、今はこんなものだろう。

 

 




/登場人物
柳堂一成
 穂群原学園高等部の生徒会長。
お寺の次男である為か、堅物だが衛宮にとっては気の良い友達。
プリヤ時空ではないので、モーホー疑惑は無い。

呪術形式『ケルティック・パターン』
 お互いに共同する、複数の術式による総合型呪術パターン。
まるで編み物のように絡み合い、あるいはプロジェクターと画像の様に関連し合う。
その特徴から、1つを破壊しても、全体像が補強して修復する為、破壊する事が困難に成って居る。

数式に例を求めると判り易いが

1:A + B =C
 自然物AとBを使用した、Cという回答が
この場合のルーンであると仮定する、数式である。

ただし、一度式を組む時に置いて、大きな自然環境を利用して、次の前提が成り立つ物とする。

2:A=C - B
3:B=C - A

即ち、1の式を不成立にする為、AないしBを破壊したとしても
2と3の前提に寄って、Aを破壊したのならAが、Bを破壊したのならBが穴埋めに寄って逆算されてしまうのである。

これを破壊する為には、前提である2・3込みで1を破壊するほかなく
凛ほどの実力が無い士郎と慎には破壊することができず、逆に士郎ほどのコネクションが無い凛は、事を荒立てずに式を物理的に破壊する事が出来ない。





 と言う訳で、今回は色々と行動する為のフォロー回になります。
士郎が結界を感知できたのは、今回のゲイボルクの破片が刺さっている事による親和性と、解析した結果です。
まるで場そのものに使用する超能力サイコメトリーのように、隠蔽を迂回して発見して居る形に成ります。

また、今回出て来たケルティック・パターンという呪術は捏造と成ります。
まあ、魔術的・ドルイド的なネタを入れたかった感じすね。


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皇帝ネロの色眼鏡

「間桐さん、ここが購買部だよ」

「ありがと三枝さん。来たばっかりだから助かる」

 ボクは知らないフリをして、クラスの女子に購買の場所を尋ねた。

 勿論知ってはいるが、他愛ないことで感謝をして見せ、ついでにパンの一・二つも一緒に購入。

 弁当を作って来ているようだが、その子の好みだという種類だそうで、奇遇だねーとか調子を合わせておいた。

 

「それにしても、そんなの何に使うの? カラー・セロハンは勉強用だって判るんだけど」

「元のトコの課題でちょっとね。ちゃんと穂群原に通ってるかとか、皆の話を聞いてるかとか、地図やレポート寄こせって」

 赤・緑のセロハンや学校の地図が載ったパンフのついでに、色々な物を購入したのだが、適当に誤魔化しておいた。

 もともと勝手に付いてくるから、相手するついでにお願いしたり、御礼に色々したりしているが、本当の事を話すわけにもいかない。

 

(まあ、魔術サイドが元っていうなら、課題と言えなくもないけどね)

 衛宮と一緒に廻るにせよ、一人で色々回るにしても今から造るモノは重要だった。

 何せ自分では直接探知ができないし、間接的にでもキャスターの痕跡を探る方法が必要なのだ。

 

 とはいえ、本人に能力はなくとも構わない。支配の系統が得意なマキリに属するからそう思うのかもしれないが…。

 力にしても、情報にしても、魔術でさえも。

 自分が独りでする必要はなく、網の目の様に広がる状況を、上手く使いこなせば十分。

 サーヴァントを召喚するために右往左往して自滅したが、それだって桜にやらせて偽臣の書でも使えばいい話だ。

 強化魔術や前衛、結界探知も、衛宮が味方する以上はボクが自由に使えるとも言えた。

 

(なんだ、簡単じゃないか。こんな体に成ってようやく気が付くなんてな)

 桜に召喚だけやらせて、ボクがサーヴントを操ると言う、御爺様の初期プランは的を得て居たわけだ。

 桜の魔力なら古代のサーヴァントにだって手が届くだろうし、ボクはボクで魔術を小道具で補えばなんとでも出来たはずだったろう。

 御爺様のやり方は、本人の感情を逆撫でこそしているが、望みをかなえることで、自分の優位性を主張しようとしているのかもしれない。 

 性根が腐って居るから陰湿だが、案外、それが御爺様に残された…人間であった頃の残り香なのだろう。

 

「…とうさん、間桐さん。大丈夫?」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて。えーっとなんだっけ?」

「いやさ、遠坂がすっごい顔して睨んでるぞ。あれはとても陰湿なんだ」

「…蒔の字、その言い方では伝わらないと思う。あれは明らかに、呼んでるように見えるけど」

 クラスの女子たち…とりあえずここでは仲良し三人組とでも呼んでおこう。

 彼女達に呼ばれて妄想を取りやめると、指の先で遠坂が笑顔で…蒔寺こと穂群の黒豹いわく、凄い剣幕で睨んで居た。

 

 …正直な話、元の体だったら遠坂が自分に気があるとか、同盟組みたいと思ってるんじゃないかと舞いあがってた所だ。

 もっとも今の状況でそんな事が思える筈は無く、牽制…というか釘を刺したいのだとハッキリ判る。

 面倒なのと、一人しかいない現時点では何も話す事は無いので、何の用事だろうねーと微笑み返しておいた。

 

「間桐さん…ちょっと御話したいんだけど?」

「いいけど、これからみんなで昼食だから一緒にどう? あ、これ少しどうぞ」

「え、いいの~? じゃあ唐揚げとウインナーお返しにあげるね」

「ずっこいぞ。あたしにも何か寄こせー。この町の歴史ならあたしが教えるからさー」

 無視されて腹を立てたらしい遠坂が、青筋を巧妙に隠しながら突撃して来る。

 そこで近くに居る、兎さんの好物を使って回避すると、うまい具合に黒豹が混ぜっ返した。

 購入したばかりのパンが半分減ったが、撒き餌としては十分な成果をあげてくれた。

 

 この時のボクには気が付かなかった事だが、このやりとりで、どうやら遠坂は元の間桐慎二とは違うと間違った方向に確信したらしい。

 自分の凄さを見せつけたいボクとしては、間桐慎に名声が蓄積され、元の自分にはなんらフィードバックしないことは、少し微妙であったけれども。

 

 ともあれ、魔術のことを遠坂がクラスメートの前で話す筈もない。

 対策でも建てるのか、それとも怒っただけなのか、どこかに行ってしまう。

 これはこれで後から問題になるのだろうが、交渉材料の一つも無い現時点では、馬脚を現すわけにもいかないだろう。

 

 

 かくしてボクは、何事も無く放課後を迎え、無事に衛宮と合流する事になった。

「それにしても、何に使うんだそれ? てっきりカラー・セロハンは勉強用だと思ったんだけど」

「皇帝ネロのサングラスって知ってる? アレをモチーフにした簡易礼装をちょっとね」

 簡略した霊符を使用して、即席の眼鏡フレームを作り始める。

 なんと、この折り紙は蒔寺のオリジナルだそうで、今度なにか奢ってやることに決めた。

 

「ええと、エメラルドで作った眼鏡だっけ? 闘技場をもっと綺麗に見ようとしたとかなんとか。ということは、その3D眼鏡は遠見用なのか?」

「その逸話を成功例として見るならそうだけど、物理的には無意味なんだよね。でも魔術的にはどうかな? オズの魔法使いって言ったら気が付かない?」 

 いまいちピンとこない衛宮に、ボクは更なるヒントを付け加える。

「オズの魔法使いで眼鏡なんて…。あっ、あれか! 見た物を全部エメラルドに見せる話」

「そうそう。あれは自分が見たい物を見たいように見て、見せたい物を見せるって詐術。でも万能の天才と詠われた皇帝ネロなら、詐欺では無く本当に使用する事ができたのかもね」

 皇帝ネロは黄金劇場のほかに、白銀工房や灼熱厨房を持っていたと言う話だが…。

 近年では、黄金劇場は魔術士としても才能があったネロの、独自の大魔術らしいという論が出回って居る。

 だが、大魔術のバリエーションを、それほど大量に作れるだろうか? そこで思い至ったのが、ネロのサングラスという訳である。

 

「良くそんなの思いついたな」

「んー。ボクに魔術を指導してくれた人が、御爺様じゃなくて幻術師で詐欺士で魔術師だったお姐さまでね。そのこともあって…」

 ヨロシク御指導してくれた時のことは今でも思い出したくないが、せっかくの知識と魔術は使うべきだろう。

 感心する衛宮を横目に、霊符の中に色々放り込んで、折り紙で眼鏡のフレームを作り上げる。

 

 そして、肝心のレンズ加工なのだが…。

「で衛宮くんが見てる光景を見るために共感魔術の媒体として…。なんで顔赤らめてるの?」

「い、いや、学校で服脱いで触り合うとか、万が一にでも見つかったら大変というか、唾液はちょっと…」

 ああ、今朝言った冗談を真に受けて居たのか。

 朴訥なやつだとは思っていたが、からかったのは自分なので自業自得である。

「あれは冗談よ冗談。針でつついて血の一滴でもあれば十分。…そうね、できればゲイボルクを受けた方の手を出してくれるかな」

「なっ! …ふう。ちょっとの血でいいのか?」

 からかわれた事を悟った衛宮だが、再び冗談を言う気にもなれないので、さっさと済ませておこう。

 

「準備が出来ない時の代用や本物の礼装なら、大量の血液だったり、もっと真に迫るやつがいるけど…。簡易礼装ならこんなもんでしょ。祖には我が大姐プレラーティ…」

 衛宮と色々深い仲になる気は無いし、桜とこじれる方が困る。

 だからこの話は此処までにして、作成に入ろう。

 

「偉大なる秘術師ミネオマーヤが著せし、常春の王国に魔力は循環せよ。二十二と二十三の書、外伝に現われたる魔界の大公爵アスタロトに捧げられし、ユダの痛み、ネロの歪んだ視覚、ヒスラーの自決せし弾丸を持ちて、新たなるマヤカシが此処に成立せん」

 魔術的な才能を増設されたとはいえ、あくまで必要最低限だ。ゆえにテンカウントではなく、簡易儀式レベルのロングスペルを唱え始める。

 別に師(術式をインストールしたという意味で)の名前を出す必要はまったくないが、どこかでライバルが聞いて居て、殴り込みにいってくれないものかと期待を込めて、冒頭に置く事にした。

 

 緑のセロハンに、衛宮の血を一適。

 赤のセロハンに、ボクの血を一適。

 一つになった赤と緑の3Dレンズは、僅か数日の間だけ、ネロのサングラスに成り遂せる。

 

 第一に使うのは感染魔術、次にレベルの低い転換魔術や支配術を挟んで、最後にようやく共感魔術と使用して行く。

 さまざまな魔術の概念に組み込まれ、ボクに素質がある支配魔術にも組み込まれているが、あえて下位の魔術として成立しているのには意味がある。

 感染魔術は病気と同じくリンク対象が近くに居ないといけないが、変換する絶対強度が高い。

 共感魔術の方は、虫の知らせや双子の共感のように距離性に利点があるので、別個に学ぶ意味があった。

 

 最後に自分に取り込んだ衛宮の血により、感覚共有が始まると共に、激しい痛みが襲ってくる。

「…痛っつつ。どうやら成功かな」

「大丈夫か? って、もしかして、俺の傷と同じ場所なのか?」

 ボクは手を抑えながら、脂汗を拭きもせずに頷いた。

 心配する衛宮を抑えて、ハンカチを取り出すと苦笑いを浮かべて汗を拭きとった。

 

「痛み止めとか使ったらどうだ? 朝に俺に色々してくれたろ?」

「無理無理。これは自分の痛みじゃなくて、衛宮くんが感じてるはずの痛みだから。部分的に色々コピーできるメリットはあるけど、コピーされたマイナスに関与できないデメリットもあるの」

 まあ、変換する感覚のレベルを下げれば解決するのだが…。

 ボクの実力では、視覚共通のレベルを維持したまま、他の感覚のレベルに敷居を設けるなんて出来ない。

 いいところ近い場所なら、視覚込みでレベルが高く、遠くなれば低くなるよう、位置を調整するくらいだろう。

 

「んー、なんとか流れが判るくらいかな。でもまあ、ありあわせの材料ならこんなもんでしょ。学校の地図に聞きこんだ来歴とか書きこんだから、さっさと会わって行きましょうか」

「今日の所は詳細地図の作成でいいんだな? 了解。じゃ、またあとで」

 こうしてできた礼装は、簡易の名に相応しく杜撰な物だった。

 だが、地図にはクラスメイト達の感想込みで、学校に対するイメージを書き込んである。

 ドルイド魔術にも使えそうな場所をピックアップしてあるので、全部に対応して居なくとも、ダミーと本命の両方を同時に浚うくらいはできるだろう。

 後は地図を完成させてから、情報の真偽を分けるのは、その後で十分だ。

 

 こうして、満足感を得て、意気揚々と学校探索に乗り出した。

 …後から思えば、対人関係や礼装作成で成功し、調子を乗ったのがいけなかったのかもしれない。

 自業自得で苦労するハメになるとは、この時のボクは思いもしなかった。




/登場人物
仲良し三人組
 いわずと知れた、fateに登場する学校の人々。
一部のエピソードを除いて、あまり関係ないので一くくりで登場。

/魔術礼装
『皇帝ネロの色眼鏡』
 皇帝ネロは闘技場を愉しむためにエメラルドの眼鏡を作ったと言う。
その逸話を元につくられているが、抽出されたのは、見方を変える…というものである。
当時のカット技術で精度の高い望遠レンズが作れないと思われるので、遮光・色変えでイメージを変えると慎は想像している。
加えて、黄金劇場は大魔術であり、白銀工房・灼熱厨房というバリエーションがある説や、『オズの魔法使い』のエピソードを組み入れることで、魔術基盤をでっちあげた。
 この礼装の骨子は、あくまで衛宮士郎が見て居る光景を、他者にも見せる事。
特殊の力は士郎持ち、術を成立させているのは、共感魔術と感染魔術である。
 なお、高度な魔術師であれば、一回ごとに多くの魔力を使用するものの、転換魔術などだけで簡単に実行できるはず。あくまで他者の特殊能力と低い技術を補った代用手段。

 と言う訳で、他人をノせて成果を引き出す事が上手い慎二的な部分を出しつつ、直ぐに調子に乗る慎二的な部分を出してみました。
この御話の士郎は強く、凛はそのことを知ってるので、慎の方が赤いあくまにイジメられることに成ります。
あと、追加した呪文詠唱は適当というか、元ネタをそのまま入れただけです。


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満たされる刻を破却せよ

「ふ~ふん♪ っと、こんなものかな」

 衛宮と判れ、ボクは学園の調査を順調に進めて居た。

 腕にネジ込まれる様な痛みはあるが、慣れることはできる。まして衛宮が遠くに居れば感知レベルが下がるが、痛みもまた下がるのだ。

 

 いや、正しく言えば、成功から来る高揚感で誤魔化していたと言っても良い。

 

 だからこそ、誤魔化す事に夢中で、肝心な事を忘れて居たと言っても良かった。

「時間経過によって光線が変わり、影で別のル-ンが出来る…。まったく厄介だよ」

 昼間の間、そこには別のルーンがあったはずだ。

 だが、今は別のルーンが刻まれている様にも見える。

 どちらかがダミーかもしれないし、両方が本物かもしれない。

 どちらかであるとも過信せず、種別や詳細な場所を全て記録して情報を持ち帰って、冷静に判断すべきだろう。

 

 把握も困難、対処も困難ではあるが…。

 地図に書き込む情報と、その裏付けをくれているという事が、ボクを何より興奮させていた。

 持ち帰った資料を付き合わせて、全体バランスやイメージと共に解析すれば…。

 

「あら、御機嫌じゃない間桐さん」

「遠坂…さん。ごきげんよう」

 気が付くと階段で遠坂と出会った。

 よくよく考えれば、今回の事態に対処しているのは遠坂も同じだった。

 ルーンに気がつかない筈は無いので、場所を把握しきれているかは別にして、向こうも調査して居ると気が付くべきだった…。

 

 とはいえここは学校だ、下手な手出しは…。

「せっかく人が危ないから早く帰るように忠告しようとしたのに、無視してくれるなんて、随分と自信があるのね」

「なんのことかな? ボクはせっかくできた友達と話してただけだし…。まさか人目につくところで、家の話をするわけにもいかないしね」

 怒っているのを隠そうとしない辺り、どうやらボクは地雷を踏み抜いたらしい。

 あるいは、元のボクのイメージに重ねて、歯向かった事が許せないのだろうか?

 

 魔術の話は学園では止めないかと、やんわりと言ったつもりだったのだが…。

 全てはボクの、時間管理ミスだろう。何かするには手遅れだった。

「へえ…。どこに人目があるっての? 他所の魔術士が、セカンドオーナーに挨拶も無く色々してくれてるのって、ホント困るのよねえ」

「ヤバっ…。もうみんな帰っちゃった?」

 我ながら迂闊だが、周囲に誰も居ない。

 というより、人っ子一人いないのではないかと思わせる。

 あるいは遠坂が人払いの結界を築いたのかもしれない。

 

「何もせずに大人しく実家に戻ってくれない? なら見逃してあげるけど? ああそうそう、私時間が無いから交渉する気はゼロよ」

「せっかちなのは嫌われるんじゃない? 荒事で解決するんなんて魔術師ッポク無いと思う」

 こっちは逆に時間が欲しかった。

 簡易礼装の感覚強化の為に、衛宮と繋げたリンクはもう1時間くらいは持つはずだ。

 なのに痛みが感じられないのは、外回り担当の衛宮が遠い位置に居るからだろう。

 それが遠坂の結界か何かを挟むことで、リンクが一時的に途切れてると思われた。

 

 つまりは、援軍の見込みは限りなく低い。

 生徒が帰宅する時間を把握せずに、時間管理を怠ったボクのミスだ。

 仕方無いので、スマートじゃないのは好きじゃないが、最大限の努力をすることにした。

「じゃ、三秒以内に答えを聞かせてくれる? 3…、2…」

「そうね。答えは…」

 女らしい動きや、言動を参考にしているのは遠坂だ。

 いつも脳裏に描いてる訳だが、まずは、それを最大限にイメージする。

 次に、弓道部で部活に励んでる時の記憶から、幾つかの状態をロードした。

 

「1…、ゼロ!」

「答えは、ノーよ!」

 幸いにも、遠坂が使おうとしているのはガンドの様だ。

 病気になる呪いだから安心と思っている訳ではなく…。

 

 視線と手の動きから、遠坂の『射』を予測する。

 ガンドに重要なのは、相手を指差し、呪うという意図を伝える視線と同期させる必要があるから、それを参考に射線から身(見)を交わしたのだ。

「こんの! 避けるなっての!」

 体を翻して、右に左にステップを掛ける。

 階段を下へ、途中で強化魔術を使うフリして、一拍置くのではなく、逆に一足飛びで降りて行く。

 

「素が出てるわよ遠坂さん、男の子に聞かれたら幻滅されちゃう。猫を被り直しなさいって」

「あったまきた! ガンドガンドガンド!! チョコマカすんな!」

 挑発を兼ねて忠告するのだが、精一杯の祈りでもあった。

 相手の思考に共感性を持たせて回避力を上げようとしているのだが、被って居た猫を脱がれたら差分値が大きくなってしまう。

 というか、いつものアレはやっぱり猫だったんだな…。

 

 ガンドの中でも物理的な威力を伴うと、それはフィンの一撃と呼ばれる。

 遠坂家の特性はエネルギー管理に関する物だったと御爺様は推測しているが、ガンドを使うのに適しているのだろう。

 まさにフィンのガトリングと言うべき物が、頭の上やら脇を通り過ぎて行く。

 

 間一髪で避けながら、衛宮と合流する為にひたすら走る。

 だが、疾走しているせいか、それとも結界のせいか、あるいはガンドがかすって痛みが混乱させているのか?

 あえて走るコースを意図的にしたこともあり、どれほど走っても、サッパリ衛宮の位置が掴めなかった。

 

 もし、最大の原因をあげるのであれば…。

 この期に及んで、ボクは時間管理をミスして居たと言えるだろう。

「もう袋のネズミよ! そのまま蜂の巣になるか、出てきてセルフギアス・スクロールにでも署名しなさいっての! 勿論あんたの持ちだしでね!」

「ケチくさいわね。そんなんだから桜…」

 逃げ込んだ教室に閉じ込められてしまったが、気反らせるためとはいえ、桜の話は止めておこう。

 最大級の地雷なのは間違いないし、桜を出しにして時間稼ぎをするつもりはない。

 状況の打開に成功するにしても失敗するにしても、ボクはボクの成果として誇りたかった。

 

 自分がこの状況で使えるのは、共感魔術と感染魔術だけ。

 攻撃系どころか強化もロクに使えないとあっては、袋の鼠というのは正しいだろう。

 だが、一つだけ有利な点があるとしたら、遠坂よりボクの方がキャスターの設置したルーンを把握している事だろう。

「吹っ飛びなさい!」

「貴女がね!」

 遠坂がガンドを連射する為に魔術刻印へ集中した隙をついて、ボクはルーンの一つにチャンネルを合わせた。

 そう、この教室にはただ追い込まれたわけじゃない。ここへのコースは意図的に決め、そのせいで追い込まれたとも言える。

 

 幾つかのルーンが近距離に設置してあるから、ここをチェックポイントの一つとして選んだのだ。

 選んだルーンは別に攻勢防壁的な物ではないが、それでも遠坂の気を反らせるには十分だろう。

 組みついて抑え込んでやる!

「残念ね、資金戦はともかく、至近戦ならこっちもんよ! ふっとべ……って、え? つっきゃああー」

「離してたまるもんですか! 魔術が使えないようにしてから逃げ…え?」

 組みつきに対して妙な動きを見せた遠坂だが、突如バランスを崩す。

 それに対し、ボクは抑え込みながら、呆然と遠坂の変貌を眺めた。

 

 思えば予兆はあったのかもしれない。

 何故、魔術師の時間である夜に、セカンドオーナーたる遠坂の姿が、いつも見られなかったのか?

 何故、先ほど遠坂は時間を気にしたのだろうか?

「そんな、まだ時間があるはず。もうちょっと元の姿で居られる筈なのに…」

「うっそ。もしかして、遠坂も誰かに何かされたってわけ?」

 年のころは8歳か9歳くらいだろうか?

 そこには少女と呼べる上限の年齢から、下限の年齢に変貌した遠坂の姿があった。

 

 ボクは馬鹿みたいに黙りこくって、今の状況を推理しようとしていた。

 あえて言うならば、時間管理にミスしていたのである。と三度言うべきだろう。

 ボクも遠坂も、そんな偶然がある訳もないのに…。




/登場人物
ロリ凛:あかいあくまバージョンZERO
 なぜかFate/ZERO時の姿に戻ってしまった、あかいあくま。
もしここに外道なステッキ型礼装があったら、狂喜して契約していたかもしれない。
魔術は問題ないが、格闘力は封印されてしまったようである。

 と言う訳で、凛が主人公側でない理由がようやく出てきました。
ロリ化して夜に街で活動し難くなった代わりに、可愛さが強化されたうえ、足手まとい化したせいで英雄王が少しだけ慢心レベルが下がっております。
次回は何で、こんな都合の良い(悪い)時間管理に失敗したかの御話に成る予定。

しかし…、最初から状況を全員公開して、タグにプリヤ士郎・TS慎二・ロリ凛にした方が面白かったのでしょうか?
今更ながらに首を傾げて見たり。


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レイトショウ

「その気が殺がれちゃったし、ここまでにしない? やり合うならお互い万全の状態って事で」

「私は続けても構わないけど? 姿はこんなんでも、優位に立ったなんて思わないでよ間桐さん」

 遠坂の姿は、幼女と言うには凛々しく、背伸びしても少女というには下限も良い所だ。

 強がっている姿に見えて愛らしく、この姿でも自分より強い魔術が使えると言う事を忘れそうになる。

 

「二人して時間感覚がおかしくなってる方が問題じゃない? それとも男の子が乱入して来ても構わないわけ?」

「ぐっ……。随分と余裕かましてるけど、衛宮くんを仲間に引き入れてるから余裕ってこと? まあ暗くなったら合流するってのは理にかなってるか」

 遠坂は悔しそうに脱げ掛けたスカートの丈を直してるが、それでも目はこちらを睨み、片手を自由にしたままだ。

 だが、時間感覚に関して、こちらも歪んで居る情報を渡したことで、しぶしぶながら納得したようだった。

 

「そうなんだけど、この地図を作る為に、衛宮くんに張ってるアンテナが予定より速く切れちゃってるのよね。いくらなんでも怪し過ぎでしょ」

「そっか。そんな嘘をつく必要があるとは思えないし、こっちも防音とかもう消しちゃったしね」

 さらに此処で、ルーンの位置を描いた地図をチラリと見せることで、第三者の情報と言うカードを切る。

 ここで仕掛けられた罠の結果として、ボクらの時間感覚は歪んで居る。

 衛宮も昨夜は居眠りした訳でもないのに、思わず掃除をやり過ぎたと言う。

 

「思えば予兆は幾つもあるのよね。例えば…」

 

 第一に、学校に来た瞬間に切れた衛宮とのリンクは、単に結界の負荷かもしれない。

 第二に、夢中になり過ぎて、時間経過を確認し忘れたのは、偶然だったかもしれない。

 第三に、遠坂まで時間経過を確認し忘れて、何らかの呪いが発動するのを忘れた事まで、偶然で済まされるだろうか?

 加えて、まだまだ時間に余裕があるはずの衛宮とのリンクは、既に途切れて居るように思われた。

 

「間桐さんは知らないだろうけど、私の時間感覚は前に1時間ほど前にズレてた日があるのよね。でも…」

 遠坂は一時的に休戦を了承した後、何かを思い出しながら説明を始めた。

 どうやら思い当たる事があるらしく、情報へのお返し範囲で教えてくれてる。

「その日に行った儀式は感覚がズレたままだったのに、時間的に何の問題なかったことがあるの」

「と言う事は学校に居ると、おおむね1時間ほど体感時間がズレる? 1時間だけなのか、授業を受けるだけなら1時間分で済むのか…で差はあるけど」

 二人の情報を付き合わせて、簡単な推測を立てる。

 もちろん遠坂が嘘を言ってる可能性もあるし、推論が間違ってる可能性もあるが、この際は迷うより仮説でいいから走り出すべきだった。

 

「学校って、もともと隔離し易い区切りだしね。礼園なんて時代遅れって良く言われるわ」

「へー。間桐さんって礼園女子なのね」

 思わず突いて出た言葉に、不思議と懐かしさを感じる。

 他愛ない話に興じながら考えを整理していた、その時の事だ。少し離れたところで、誰かが笑う様な気配が感じられた。

 

 衛宮がそんなことをするとは思えないので、思い当たるのは、遠坂が連れてるだろうアーチャーか、さもなければ…。

「一応正解だ。たいしたもんだな、お嬢ちゃん達」

「キャスター!? なんでここに」

 そこには杖をバーベルの様に担いだ長身の男が立っている。

 戦闘態勢でないのは、いつでも殺せるからか、それとも戦う気は無いと言う事だろうか?

 

「別に不思議じゃあるまい? 俺の張った結界の中で、俺のフリしてルーンを作動させた奴が居る。壊すなら放っておくが、そりゃ見にくるだろうよ」

 キャスター…クーフーリンはニヤニヤと笑いながら、話を続けた。

「マスター二人と戦おうっての?」

「ここが俺の結界の中って、忘れんなよ? ルーンは設置こそ面倒だが、準備さえ済んでりゃなんとかするのは難しくねえ」

 奴に反応したのは、一体どちらだったか。

 言葉の上ではあまり差が無い、何しろ二人とも同じことを思っていたからだ。

 そして、この学校が奴の腹の中だと、瞬時に気が付いた。既に刻印されたルーンを利用すればいいのは、ボクがやったばかりだからだ。

 サーヴァントを呼ぶ前になんとかするなり、呼んだ瞬間に広範囲攻撃を掛けるなど、確かに簡単だろう。

 

「んで、さっきの話だが、正解とは言えせいぜい五十点だ。それで俺が何をしたいのかが判らなきゃ…、選択肢は相変わらず、ここで殺し合うってのままだぜ?」

「嘘ね。マスターが大怪我してる以上は、出来るだけ負担を掛けたくないはずよ。でなきゃ時間経過を早める必要なんてない」

 クーフーリンの問いに、敵のマスターを確認したらしい遠坂が断言する。

 確信に満ちた言葉に、奴は舌打ちをした。

 

「遠坂さんのサーヴァントはアーチャー、ボクのはライダーって情報で勘弁してくれない? マスター怪我してるなら、その成果で十分でしょ?」

「何勝手に人の情報ベラベラ喋ってんのよ! …はあ、まあいいわ。良いモン見せてあげるから、さっきの地図を貸しなさい」

 小さく可愛らしい顔に青筋を立てるが、あいにくと欠片も恐ろしくない。

 だが、何か名案でもあるのか、遠坂は作りたての地図を要求した。

 

「処分で交渉とかじゃなくて?」

「あいつが今後も見逃がしてくれるかも判らないのに、んな事する訳ないでしょ。セカンドオーナーたる遠坂の知識をちょっとね」

 ひったくるように地図を奪うと、遠坂は小さな手に宝石を握りしめた。

 

 それは雪の様に溶けだし、地図に奇妙な染みを作る。

 染みだけなら何のことか判り難いが、上にルーンの位置情報があれば、一目瞭然だ。

「これは学校に通ってる霊脈の位置情報よ。調査するにしても壊すにしても、万全って事。…どう? 加点を要求するわ!」

「くっ……ははっあはは! まったく気の強い御嬢ちゃん達だよ、気に行ったぜ」

 何がおかしいのか、クーフーリンは大声を上げて笑いだした。

 遠坂は思ったよりも気が短いのか、眉を吊り上げて頬を膨らませている。

 

「悪い悪い。そこまでやるなら及第点だ。俺は別にこの学校に悪戯する気はねーよ。そこのお嬢ちゃんが言う様に、半分は療養の為だな」

「治療しつつ、侵入者は長時間拘束、知らず知らずの内に消耗させるってこと?」

 ボクの質問は簡単に肯定された。

 治療時間を多めに取れるほか、時関経過が判らなければ、時間を潰している間に逃げる事も可能。

 加えて、ボクがやられたように時間式の魔術は切る事が出来るし、掛けっ放しの術は魔力の消耗を誘えると言う事だ。

 確かに拠点に張るには、丁度良い術式だと言えた。

 

「なら、残り半分は?」

「マスターの前任者つーか、ロードなんとかの残した遺産を解いて、あの裏切りモンが連れてたバーサーカーを正気に戻す術を探す為だな。でねえと、勝負にも成らねえ」

 不思議な言葉を聞いた。

 バーサーカーは、アインツベルンのランスロットでは無かったのか?

 いや、それ以前に…。

「もしかして石油王は、せっかくの竜殺しをバーサーカーにしたの!?」

 

 




結界:『妖精の輪』
 ごく限られた区間を現実と切り離し、妖精界に仕立てる物
学園全体を巨大な日時計に見立て、正確な時計と昼間の短い冬の気候を利用し、誤差を生み出している。
時間経過を誤認させ、体感時間を短くし、実際には長く時間を使ってしまうように仕向け。朝から夕方まで授業を受けると1時間程度、ずっと居る者にはもっと長い影響を与える。

 この置延・消耗効果は侵入者に対して与える物であり、クーフーリンにとっては、長期療養用魔術に使用する為の材料と言える。
ちなみに、凛にとっては思わぬボーナスがあり、トラップで1時間ズレ、問題が起きる筈だったサーヴァント召喚に良い影響を与えている。

『ロード・エルメロイの遺産』
 四次聖杯戦争に置いて、双子館に訪れた物の、逗留することの無かった魔術師協会枠マスターが残した物。
適当に放り込んで居たと言う話なので、成功してもはや不要に成った術式、あるいは実用化出来ずに終わった術式と思われる。

真名:ランスロット?
クラス:ランサー
 実は「■■■■っ!」や「カーハーっ!」とかは、演技であり、ワザと叫んでいた。
間桐・遠坂の人間なら、四次の資料に残っている可能性高いので、誤魔化す為に逆利用したらしい。
この様に、アインツベルン陣営は、真面目に聖杯戦争へ向けて、対策と研究を行っている。よって戦術も工夫したり、銀線に続く新型武装も用意している可能性が高い。


バーサーカー陣営
 石油王が召喚したのは、実はバーサーカーでランサーと言うのは誤認である。
というよりも、オークションで手に入れようとしていたのは竜殺しの英霊にまつわる物であり、竜殺しであろうと匹敵する別の英霊であろうと、大英霊をバーサーカーにするというのは無駄使いも良いところ。
しかし、豊富な魔力を用意できるならば、元から強力な大英雄を狂わせても運用できると言う事でもある。


と言う訳で、二つの英霊に関する情報が出てきました。
次回は時系列を振りかえって、冒頭で石油王陣営の話をしたあと、凛がなんで小さくなったのか説明会の予定。


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ガリアスタの野望

「竜殺しねえ…確かにワンサカ竜牙兵出て来たし、退治した牙を地にまいてるのかもなぁ」

 クーフーリンは素直に色々と喋っているが、ボクは少し首を傾げた。

「なんでそこまで教えてくれるの? そりゃ、いつか石油王とも戦う事になるだろうけど」

「間桐さんの言う通りね。誘導するにしてもベラベラ喋りすぎだわ」

 ボクと遠坂は同じ疑問に差しかかったようだ。

 同盟を組んでる訳でもないのに、茶飲み話のように情報が出て来るなど、信じられない。

 

 それに対しクーフーリンは他愛なさげにウインクを返す。

「単にこっちの都合だよ。裏切り気が付かなかったのはバセットの未熟だが、俺たちの戦いを食い物にしようって言うあいつも気に入らねえ。それに……」

 ニヤリと笑ってとんでも無い事をサラリと付け加えた。

「資格ある相手に嘘をついてはならぬ、沈黙や誘導によって結果的に嘘を付くのも許さず。そういうゲッシュを俺たちは結んだのさ」

 ボクらは絶句した。

 おいそれと話して良いものではないし、冗談めかして話せるような内容でも無い。

 

 ケルトの戦士たちが結んだ偉大なる誓いゲッシュ。

 クーフーリンが死んだ理由の一つでもあるはずなのに…。

「ちょっ! 自分が何を言ってるのか判ってんの!? 情報一つが重要な聖杯戦争で、嘘を付くのも結果的に嘘になるのも駄目って……信じられない」

「じゃっ、じゃあ。キャスターの能力以外に、バーサ-カーに近い能力持ってるんだろうと聞いたら、素直に答える訳?」

 遠坂とボクは交互に質問…というか、絶叫を繰り返した。

 それほどまでに重要なことを告げられたのだ。

 二の句が言えずに黙るか、さもなきゃ矢継ぎ早に喋るしかない。

 

「生前に偽るところなんてねえよ。それに資格ある奴にはって言っただろ。その能力に気が付ついてるなら、その通りだと頷くのになんの問題もありゃしねえ」

 まあ、マスターが指示すりゃ別だがな。

 クーフーリンはいっそ清々した表情で頷いた。

 それは英雄としての矜持であり、戦士の生き様だろう。

 遠坂は溜息ついて居るが、ボクは思わず恰好良いと思ってしまった。

 

「それに、なんだ。ゲッシュってのは難しければ難しいほど、得られたモンが大きいと誇る甲斐があるってもんだ」

 それはまあ確かにそうだろう。

 本来は結ぶ気のない相手への同盟条件にしたり、怒り狂った相手へ差し出す対価と考えるなら、不可能を可能にする事も出来る。

 だが、その対価は決して小さなものではない。

 婉曲的に誘導され、他のゲッシュを自ら破棄するようにしたり、大切な武器や防具を奪うことすらできるのである。

 例えば、この漢の最後がそうであるように…。

 

「はあ…。もういいわ。疑うのが馬鹿馬鹿しくなってきた。最後に確認するけどバーサーカー陣営の目的って?」

「そういえば食い物にしようとしてるって言ったわよね。どういうこと?」

 遠坂とボクで納得するレベルこそ違うものの、最後の質問も同じところに行きついた。

 引くに引けなくなる、とんでもない話とは知りもせずに。

 

「奴は早い段階で勝ち逃げしようとしてんのさ。……持ち逃げ出来る限りの情報や、儀式に必要な中味を奪って、どこかで亜種聖杯を作り上げる算段だ」

「なっ……」

 その話を聞いた時、ボクらは今度こそ絶句した。

 万能の願望機たる聖杯を捨てて、もっと小さく俗物的な亜種聖杯を世の魔術士たちに売りに出す……。

 とうてい信じられる物ではなかった。

 

 

「亜種聖杯なんて、本当に可能……なのかしら」

「根源に至る物は無理でも、それぞれの家が当面の目標にしてる術式や礼装を作るレベル……なら無理じゃないと思うけど」

 去り際に遠坂が聞いて来たので、思わず頷き返した。

 疲れた表情で首を傾げるので、ボクは簡単に説明する。

「マキリ単独だと…英霊級の使い魔や超人を設計するシステムは組めても、確かな礼装もマナも確保できない。でも聖杯級の礼装を使うなり報酬に提示できれば…」

 必要なのは魔女の釜として、自分の家の目的に転用できるか、あるいは転売すれば力が手に入るか…だ。

「例えばタロットやトランプを参考に術式を組むとして、呼び掛ける事も力も無いけど、…聖杯があれば可能ってこと」

 例としてタロットカードを上げたが、御爺様が蟲を使っているように、マキリには人格を移して超人化する概念がある。

 だが、それでずっと意識を綺麗なまま保てないし、ボクには到底無理な術だ。だが、聖杯ほどの礼装があれば話は違ってくるだろう。

「あー。確かにうちも条件揃えば、『アレ』が製造できるか」

 どうやら遠坂の家にも似たような概念だか礼装があるらしく、自分なりに納得したようだった。

 

「ひとまず今のところはあんた達を後回しにしてあげるわ。冬木から聖杯を奪って行こうなんて連中を野放しに出来ないものね」

「了解。同盟でないのが残念だと衛宮くんは言うだろうけど、休戦でも十分よね」

 遠坂とボクはそう言って笑いあうと、別れてそれぞれの道を辿ることにした。

 

 そういえば、ボクらが面倒な話に巻き込まれている間、衛宮の奴が何をしていたのかと言うと…。

「おかえり。俺が苦労してる間に、どこで何してたんだよ…」

「何よこれ、竜牙兵じゃない…。なんでこんなに…」

 学校の入り口で、衛宮は無数の骸骨に囲まれてグッタリしていた。

 それほど強くないとはいえ、これほどの数を倒すのは骨が折れただろう。

 そういえば、遠坂から逃げ回っている間や、クーフーリンと話していた時に、駆け付けこなくておかしいとは思ってったけど…。

 

 だが、悠長に考えて居れたのは、そこまでだった。

 骸骨が砕けて行く中、最後に残ったのは、なんの変哲もない物だったからだ。

 竜の牙でも何でもなく……。

「小さな、歯…?」

 そこにあったのは、砕けた普通の歯。

 サイズからして、ただの子供の歯であった。

 





・キャスター陣営
 何かの条件を叶えるために、『資格ある相手に、嘘をつかない』というゲッシュを結んでいる。
(ゲッシュは厳密な物なので、沈黙や誘導で嘘を付くのも厳禁)
ゲッシュは難しい物ほど、沢山結べば結ぶほど得られる物も大きいが、レベル的にはそれほど大きなものではないので、他の項目に繋げる前提条件だと思われる。
陣営の長はバセット・フラガ・マクミレッツ。身動きできない大怪我ではあるが、第一級の封印指定執行者である。

・バーサーカー陣営
 どうやら得られる物を得た段階で、勝ち逃げを目論んでいる模様。
前回の最後に出て来た、ロード・エルメロイの遺産込みで、術式・戦闘方法、究極的には聖杯や召喚システムなどを狙っているとか。
それによって亜種聖杯を作り上げることを目的としており、一体二体倒して、聖杯を手にしたら小さな願いを叶えて今回は御仕舞にする予定である(負けても仕方ない)。
 陣営の長であるアトラム・ガリアスタはこう言った事に関しては天才的らしく、魔力を大量に確保する方法も既に開発している。
竜殺し(またはドラゴンテイマー)である大英霊をバーサーカーにしたのは、確保した魔力の裏付けがあってのことであり、戦力を確保しつつ、裏切られないようにする為。


・『遠坂家のアレ』
 言わずとしれた宝石剣。
亜種聖杯があれば、凛一人でも完成させられるかもしれない。
聖杯による根源探索には及ばないが、中間目標というイメージとして思い付いた。

『マキリの秘術』
 ゾォルケンの魂が宿ってる蟲をイメージしたでっち上げの秘術。
とはいえ完全に不可能なことではなく、やはり亜種聖杯があれば可能と思われる。
(なお、参考にしたのは、蟲よりも、運命のタロットシリーズというラノベです)

と言う訳で、強大な敵相手に一時休戦。
クーフーリンの味方になったのではなく、大前提を横取りする勢力に気が付いて、闘いを中断した格好になります。
このお話では、アトラムさんは普通にfakeの黒幕勢並に強化されてますので、共闘ではないものの、敵の敵は一時的に味方状態。
(ちょっと強化し過ぎな気もしますが、このままだと終わらないか、本編をなぞるだけなので)

次回こそバーサーカー陣営の御話と、凛の召喚時の話にしたいものです。


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汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし

 この話では、多少グロい状況が出てきます。
 四次のキャスター陣営ほどではありませんが、ご注意ください。
 また本来はあり得ないほどキャラ崩壊が発生していますので、こちらにもご注意ください。



 今を去る事、数日前。

 とある場所に工房があった。

 人知れぬ工房の前に佇み、数々の『目』をくぐり抜け、誰かが侵入していく。

「ここですか…」

 その工房は魔術と科学が融合したとでもいう様な作りであった。

 下部にある実験施設では、巨大なシリンダーの中には子供達が眠っており…。

 

「…!? 血肉を融かして魔力の塊に…なんということを…」

 侵入者が一人、その場所で起きた事に驚愕していた。

 

「ああ、こちらは順調だ。それで…例の件は考えてくれたかな? 君ほど名の知れた傭兵ならば色もつけようじゃないか」

『評価してくれるのはありがたいがね。ただまあ、一族に…とかは勘弁してくれ』

 上にある管制室の中央で、誰かが笑顔で電話に出て居た。

 より正しくは、電話変わりの端末に上機嫌で呟いて居る。

 上物の衣服を見れば、工房長というより工房の持ち主に違いあるまい。

 

「ああ、君には呪いが…。うんうん、その辺も考慮しようじゃないか。勝ち抜いてくれるなら君に令呪を譲っても構わない。まあ、他に買い手が居なければ、だがね」

『なんともまあ俗物的なことだ。魔術師ならば誰もが夢見る、根源に至るキップだというのによ』

 男はニタリと笑った。

 好感触が得られたと判断したのだろう。

 長らく要請を断って居た難敵を下したとあっては、相好を崩さざるを得まい。

 

(介入するならば今ですね。今を置いて他ありません…ですがこれが試練だと言うならば越えて見せねば)

 侵入者はまだ稼働していないシリンダーの中にも、子供達が居る事を確認すると、迷うことなく行動に移した。

 確固たる信念と、困難な状況にさえ採算を確保している強者だけが持つ、信念に満ちた瞳。

 十字を切ると、自分の為では無く、子供達にこそ祈りを捧げた。

 

「先代のロード・エルメロイは現在のロードにしてやられたようでね。想定と違った英霊の不利を正す為に、クラス変更の研究や、他にも…」

『ん? どうした?』

 階下での行動に気が付いたのだろう、電話していた男は怪訝な顔をする。

 この工房で、彼に逆らう者が居るわけがない。

 ましては聖杯戦争に必要な小道具に、勝手に触るなどと…。

「侵入者かもしれない。いざとなればサーヴァントを呼ぶが…。まあ機能だけでなく防備でも、神代の魔女の工房に匹敵すると自負しているからね。適当にあしらって見せるさ」

『そうか、幸運を祈る。お互いに生きてたらさっきの話は前向きに考えさせてもらうわ』

 電話を切ると、男はサディスティックな表情を浮かべた。

 この工房にはその辺の魔術師など、たちどころに処分できるだけの防備が施してある。

 それなのに、階下で何かしている男は、子供たちを助けようとしている。

 役にも立たない足手まといを連れて、どこまで逃げれるだろうか? 性能を試しつつ、狩りの様に追い回すのも良いかと考え始めて居た。

 

 だが、そんな余裕も相手の顔を確かめるまでだ。

「な、何をしているバーサーカー!」

「何故こんな愚かな事をなさってるのですか、マスター?」

 男は侵入者が、自らのサーヴァントであるバーサーカーだと気が付いて、驚愕の表情を浮かべた。

 事情を知らない魔術師が聞けば、まず狂っているはずのバーサーカーと会話出来て居る事に驚くだろう。

 だが、男が驚愕しているのは別の事だ。彼は令呪を使ってこの強大なバーサーカーを従えているはずなのに…。

 

 男はギリリと歯を噛み締めて、不平の表情を噛み殺した。

「愚か…、だと?  それは聖杯戦争に必要な…。い、いや、世からはじき出された者を選び、君にも配慮して、ちゃんと宗派や国籍を確かめて居るんだ。文句を言われる筋合いはない!」

「そう言う事を言っているのではありません。信仰や国境の差など瑣末な問題に過ぎません」

 文句を言いたいのは男の方であるが、バーサーカーの方が圧倒的に強い。

 それに…令呪で従えているのに、高い魔力抵抗によって反抗しているのだ。

 機嫌を損ねたら殺されかねない。まさか、こんな序盤で戦いもせずに殺されるわけにはいかないだろう。

 

「私が魔女に育てられた事は御存じでしょう? この程度の代償に対して生命を粗末に使うなど、なんと効率の悪い事を…」

「こ、この程度だと!? 私が心血を注いで作り上げた工房に、この程度だと言ったのか!?」

 男は海よりも深く、山よりも高いプライドをへし折られて激情に駆られた。

 確かにバーサーカーは魔女に育てられ、豊富な知識を持ち、高い信仰心もあって性に合わないのは確かだろう。

 容易く理解はできるからこそ、見逃してしまった。

 

 そう、バーサーカーは生贄を使った事を、別に責めては居ないのだ。

「マスターほどの才能があって、何故もっと努力しないのですか? 戦争には隠匿と補給も重要…聖杯戦争に際して本気になれば、少なくとも半分以下に抑えるべきです」

「え……?」

 男は絶句した。

 バーサーカーは生贄に対して文句を言っているのではない、効率が悪いと言っているのだ。

 生命を使ってまでやるなら、もっと素晴らしい成果を出しなさいと激励しているのである。

 

 男が知って居る限り、この英霊が、こんな回答を出すわけがない。

 まさしく狂っているのであろう…勿論、そうしたのは他ならぬ彼なのであるが。

「マスターはこの子達の才能と可能性に目を閉ざしている。鍛えれば何にでも成れる、素晴らしい未来があると言うのに」

「あ……」

「何を……、する気なんだ?」

 バーサーカーは、助け出した筈の子供の一人に指先を向ける。

 そして、ボーっとしているその子の口の中に、指を突き入れた。

 

 男が思考を停止している間に、軽く指先を動かす。

「あぎっ…痛……」

「知って居ますか? 竜の体には強大な力が眠り、歯の一つ、血液の一つにさえ力が宿ることを」

「何を…言っているんだ?  竜? ソレは金で買った世の中に価値の無い…」

 男が驚愕するのは無理もあるまい。

 竜に力があるのは当然の事だ、だが、その子は竜などではない。

 なのに…。

 

 男が驚愕するのも構わず、バーサーカーは何かを取り出した。

 それは無理やりに抜いた歯であり、…滴る血であった。

「この子達にはその竜にすら届く可能性があるのです」

「そんな馬鹿な……。いや、何をしているんだ? なぜ、ただの血に、それほどの力が宿っている!?」

 滴る血からは、膨大な魔力が感じられた。

 先ほど工房で創り出したモノよりも少ないが、100mmもあれば容易く上回るだろう。

 もし仮に、1リットル2リットルと採決すれば、どれほどの力に成るか…。

 

 バーサーカーは呆けてる男には構わず、子供…女の子に対して何かの術を使った。

 魔術か、それとも秘跡か? まあこの場では大した差はあるまい。

「貴女を助けましょう。ですが、それは貴女だけ。もし何か望みがあるならば代償が必要となります。さあ…どうしますか?」

「あ…う? お、おとうと…居る…」

 急激に意識の眠りから覚めたにも関わらず、女の子は理性を取り戻した。

 おそらくはソレが、バーサーカーのもたらした術の効果なのだろう。

 状況を判断し学習する知性すら宿らせて、頷いて見せた。

 

 女の子は粗末な服を脱ぎ捨てる。

 男の不埒な欲望を誘っている様にも、自らの肉を獣に差し出す様にも思えた。

「お願、します。おとうとも、助け、て…」

「その願い、聞き届けましょう。少し痛みますが覚悟なさい。その試練に耐えることが出来れば貴女も弟御も保証しましょう」

 向くと言うより何も考えて居なかっただけの表情に、真摯な祈りが垣間見え始めた。

 その変化にバーサーカーはニコリと笑うと、女の子の背にを這わせ…。

 

 背の皮をバリバリと引きはがしたのである!

 

「ひっヒィィ。痛い、痛い痛い! 痛た……」

「よくぞ耐えました。素晴らしい、これならば竜の皮と呼ぶに値する! 竜の皮で作った巻き物は、最大級の術を封じる触媒でしたか?」

 先ほどの小さな祈りや、家族のために痛みに耐えようとする表情を、美しいモノとして捉えたのだろう。

 のたうちまわる女の子を眠らせると、バーサーカーは輝く様な笑顔を浮かべた。

 女の子が乗り越えた試練(?)を称賛すると、男に向かって、剥ぎ取ったばかりの人の皮を翻して見せる。

 

「あ、ああ。それが竜の皮なら…100年物、いや300年級のスクロールや宝石に匹敵するだろう」

「ではマスター。血や肉から魔力を吸い出せるように改良をお願いします。もちろん、この子達の衣食住もね」

 バーサーカーの思考は、元の人格と乖離している。

 マスターである男の話を聞いて居る様に見えるが、試練を乗り越える、あるいは乗り越えさせるという点を基準に歪んで居るのだ。

 話が出来るように見えるが、決定的な処で話が通じない…。

 

「わ、判った。勿論だとも。スイートルームを…」

 男…アトラム・ガリアスタは、その事を改めて自覚すると、バーサーカーの衝動が自分に向かわない様に祈るのであった。

「いや、全て終わったら魔術など関係ない何不自由ない生活を保障しようじゃないか。その子たちだけじゃない、協力してくれる全員に保証しても安いくらいだ」

 だが彼とて魔術師、得られる成果に怯えるばかりでは無い。

 金銭的コストと引き換えに、手にする事の出来る膨大な魔力を知って、唇の端を歪める。

 

 これは双子館に居るバセット・フラガ・マクミレッツが襲われる、数日前の事である。




/登場人物
・アトラム・ガリアスタ
 金の力で成りあがった魔術師で、箔を付けに来ていると同時に、亜種聖杯を作る為の参考にする気である。
可能な範囲の術式・礼装を奪い、可能ならば聖杯を他愛ないことに使用して、実証データを得ようとしている。
生贄を使った魔術を納めており、普通の魔術師ならば一か月かかる魔力結晶を、僅かな時間で精製できる。

・バーサーカー
真名:不明
 一見、話が通じて居る様に見えるが…。
試練を乗り越える、あるいは乗り越えさせることに固定されている。
話が通じて居る様に見えて、全く通じて居ない。全ては自分がしたい様に話自体を捻じ曲げている。
人が試練を乗り越えよう、自分を克服しようとする姿に、何時までも保存したくなる様な…もっと引き出したくなるような美しさを見出す。

能力:
『狂化』
ランク:EX
 パラメーターとカリスマをランクUPさせるが、話が通じなくなる。
思考は試練を乗り越える・乗り越えさせる事に固定され、なお悪い事に他者への高い影響力から、むしろバーサーカーの言う事に従わせるようになる。

『対魔力』
ランク:B+
 魔女に習った対抗魔術と、高い信仰心から大抵の魔術を防御する。
大魔術・儀礼呪法を使用しても、傷つけるのは難しい。

他:

スキル:
『殉教者の魂』
ランクB:
 精神面への干渉に高い耐性を得る。
無効化こそしないものの、高い能力値と合わさって、まず通じない。

『聖別/竜』
ランク:B
 対象をいずれ信仰に至る者、あるいは竜に至るモノとして規定する。
エクソシストの悪魔払いと同じで、対象は最初確実に抵抗する事が出来るが、一定の段階を備えると抵抗が必要になり、やがて抵抗判定そのものが無くなる。

他:

 と言う訳で、バーサーカー陣営のお話になります。
運と、野心に対する堅実性が大幅にパワーUP。
出落ちが回避された事に加えて、優勝候補の筆頭まで上昇しております。
バーサーカー自体はバレバレですが…無茶苦茶な事になっており、スパさん並にあり得ない様な強化(狂化)になっております。
人呼んで愉悦部の写真担当、なんとかジョージさん。


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虎穴へダイビング

 物語は進行し、一人称は三度入れ替わる。

 今宵の視座は、姿を変えた少女の元へ。

「まったく、失礼しちゃうわ。学者馬鹿にはどれだけ危険な状態か判ってないんだから」

 その晩遅く、アインツベルンに送った使い魔は拒絶の言葉を伝えて来た。

 私は爪を噛みたくなるのを抑え、可能な限り額に寄せた皺も消すように務める。

 仮にも遠坂の娘と言う者が、余裕も無く顔をしかめる訳に行くまい。

 

 その苦労を知ってか知らずか、アーチャーは肩を震わせて嫌味な声を上げる。

「いやいや、面白くなって来たではないか。当世風に言うなら、駒落ちでタイムアタックに挑む羽目になるとはな」

 くつくつと笑いながら、瞳は少しも笑ってはいない。

 こちらを値踏みするようであり、私と同じで横槍に腹を立てているようでもあった。

 

「この状況を見事覆して見せる事が出来るか? 必要なら我が何もかもやってしまっても良いが」

「冗談! これは私の聖杯戦争で、冬木のセカンドーナーに喧嘩売るって言うのよ? とっちめるのもギャフンと言わせるのも、遠坂の娘である私の役目なんだから」

 親切な風を装っているが、アーチャーは未来から来た猫型ロボットではない。

 もし安易に頷こうものなら、私から自由意思を抜き取って、気が付いたらベットか処刑台の上かどちらかだろう。

 こちらの力量を認めて付き合って居てくれるが、相手は遥かに格上。そして必要以上の貸し出しをする気は無い。

 圧倒的強者を引き当ててしまった、自分がこの時ばかりは恨めしい。

 

 そしてアーチャーは、容赦なくこちらを追及して来る。

「では、どうする凛よ? まさか教会に泣きつくでもあるまい」

「真っ先に叩き潰す。盗賊に与える物なんか何もないわ。問題は手段の方ね」

 バーサーカー陣営が強いからと言って、後回しにするのは大問題。

 なにせ相手は勝ち逃げする気なのだ、こちらが準備を整える前に、適当なサーヴァントを叩き潰して聖杯を使われるなんてたまったもんじゃない。

 悪い事にというか、ソレを狙ったんだろうけど、使い捨てるにはバーサーカーはうってつけ。

 状況の把握が済んだ瞬間に、ミサイルの様に使われて、倒したサーバントともども使い切られてしまう。

 

「うむ、王の財宝を狙う羽虫に遠慮は不要。判って来たではないか」

 アーチャーはそれ以上何も言わない。

 

 ではどうする? と視線だけで要求を突き付けて来るが。

 ある種、こちらの意見を尊重するのと同時に、仮…とはいえ、従うに相応しいのか常に選定し続けている。

 その態度は悔しいほどに、最初に交渉を持ちかけた頃と変わってはしない。

 いや、本来はマスターと言えど完全には御しきれない相手、話を聞いてくれて、騎士の真似ごとを演じてくれるだけでもありがたいと思っておこう。

「相手が亜種聖杯なんて作ろうとしている以上、完成度が劣る贋作の一つもあるでしょう。だから籠城や封鎖は無意味。速攻を掛けるしかない」

 私はそこまで言って、状況を整理する。

 相手には大聖杯どころか小聖杯の完成品を見せる訳にはいかないし、サーヴァントの魂渡して稼働するのを見せるなんてもってのほか。

 幸いにも、最も倒し易いであろうアサシンは姿を消し、キャスターは『良くも悪くも』籠城を決め込んでいる。

 

「新町で活動してると思われるアサシンの捜索を打ち切って、学校でキャスターに隠れてるマスターを探すわ。その上で結界をひとまず見える範囲でぶっ飛ばす」

「ほう…一時休戦と思ったが、案に含ませた提案を無視するのか? 舌の根が乾かぬ内になんとも面の皮の厚い事よ」

 面白そうにアーチャーが顔を歪める。

 勿論、正式に休戦協定を結んだ訳ではないが、キャスターは大事な戦力だ。

 バーサーカーへの遠距離攻撃のみならず、連れているらしい竜牙兵を薙ぎ払うのに有用だろう。

 

 ソレへの配慮は良いのかと、聞いて居る『フリ』で、こちらに尋ねて来た。

「どの道、敵である事に違いはないし…。ま、倒すフリで納める予定だけどね。籠城するお姫様への道をこじ開けたら、財宝求めて盗賊が出て来るでしょ」

 そう、キャスターを倒すのは、あくまでフリだ。

 隠れて居るマスターを見付け出し、城の守りを砕いて、バーサーカーのマスターが横槍を入れ易くする。

 相手は時計塔のロードが残した研究データを欲しがっているらしいし、手っ取り早くサーヴァントを倒す為に、出てくる可能性は高い。

 

「間桐さんの地図をパチったし、探索するのにはそれほど時間は掛らないわ。この図を見る限り、勝手に結界が修復するみたいだし、根こそぎ破壊しないようにだけ配慮すればいいでしょ」

「なるほど、薙ぎ払ったくらいで死ぬような雑魚であれば、確かに遠慮は要るまいなあ」

 ここで重要なのは、お互いに…。と言うことだ。

 アーチャーはキャスターにだけ言っているフリをしているが、実際には『私も』含まれる。

 なにせ、キャスターが仕掛けて居る、自己修復付きの罠の中へ、自ら飛び込もうと言うのだ。

 キャスターが遠慮してくれなかったり、そのマスターがこちらの意図に気が付かずに激怒しても死ぬのは私に成るだろう。

 

「まあ他に方法はあるでしょうけど、衛宮くんたちに頭下げる気ないし、私が好き勝手に出来るのはこんなもんでしょうね」

「そうだ、それで良い。王たる者は自らの責任に置いて、状況に動かされるのではなく、状況を動かす存在なのだ」

 王は独りで啼く、だっけ?

 全ての決断は自分持ち、あらゆる判断と決定する事の責任は自分に掛って来る。

 自分が王などと言う気はないが、他人に動かされるのも、ただ他人に頼るのも真っ平。

 気分良く、愉しく行きたいものである。

 

「んじゃ、方針が決まったところで私は寝るわ。おやすみ」

「今は体を休めるが良い。そして、明日はまた楽しい悪夢を愉しめ」

 アーチャーに後の事を任せると、私は服を脱いで仮設のベットに横たわった。

 別に男の前で裸になって寝る趣味は無いし、誘っている気も無い。

 

 だけど、起きたらまた成長しているので仕方ない、我が家に寝巻を毎日買い買える余裕は無いのだ。

 そして、目が覚めた時、視線が高くなった私は寝ぼけまなこで少年王と出会う。

 夜に死して、朝蘇る……。それが私、遠坂凛の日常に成って居た。

 

 




/登場人物
・遠坂凛(朝:凛 → 夜:ロリ凛)
 アーチャーのマスターで呪い・祝福によって、昼間は元の姿、夜はロリになっている。
全力を出せないせいか、迂闊さは少しだけ影を潜めているとか。

・ア-チャー
真名:不明(朝:幼体 夜:青年体)
 とある金ぴかの英霊の中の英霊。呪い・祝福により、昼間は子供の姿、夜は青年の姿を取る。

『キングとルックの輪、キャスリング』
 隣とアーチャーは、昼と夜で全盛期の姿を分けあっている。
この主従は二人で一人であり、アーチャー陣営は常に全力を出す事が出来ない。
だが、それゆえにアーチャーはホンの少しだけ慢心を抑えているのだとか。
 なお、凛が昼間に全力出せるようにしているのは、学校があるというか、夜はサーヴァント戦の時間だから。夜になるとマスターは可愛さを増し、身を隠し易くなり、恐るべきアーチャーは全盛期の姿を取り戻す。
朝になれば英雄王は少年王と化し、慢心を取り除くのだが…。英雄王ですら年齢に思考が引きずられるのに、凛は理性を保っている。
それこそが、傲岸不遜な英雄王をして凛をマスターとして認めた理由なのだろう。

と言う訳で、暫く凛の視点で。
凛とアーチャーがNPC化して、主人公チーム?に合流しない理由の開示、及び別ルートの情報を開けて行く感じです。


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(陣営・人物などの略歴リスト)

 ここでは、今までに判明している情報を簡単に列挙します。
名前などの後ろに? となっているのは現時点で、不確定な物。
スキル・宝具に関しては、判っているものだけです。

 構成は、最初に陣営・マスター・真名のリスト、その後からスキルなどを含めた略歴データになります。



/陣営紹介

・セイバー陣営

マスター:衛宮士郎

真名:スパルタクス

 

・アーチャー陣営

マスター:遠坂凛

真名:不明、(四次聖杯戦争と同じサーヴァントと思われる)

 

・ランサー陣営

マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

真名:ランスロット?

 

・ライダー陣営

マスター:間桐慎

真名:フランシス?

 

キャスター陣営

マスター:バセット・フラガ・マクミレッツ

真名:クーフーリン・バロウ・ルー

 

・バーサーカー陣営

マスター:アトラム・ガリアスタ

真名:不明

 

・アサシン陣営

マスター:不明

真名:不明、ハサンである場合が多い

 

・その他

冬木教会

監督者:言峰綺礼

 

/人物紹介

・衛宮士郎:セイバーのマスター

 プリヤ時空から飛ばされてきた、いわゆる神様転生というか、ゼル爺転生。

ジュリアン・エインズワースと仲直りするものの、最後はガイアの抑止力に殲滅されてしまった世界線よりやって来ている。

最後に聖杯を使って生存者を転生させたジュリアン、および、それを利用したゼル爺の介入を受けて居る。

 

メジャースキル:投影魔術、強化魔術、置換魔術(意図して行えるのはカードの二種のみ)、弓術

マイナースキル:家庭系スキル一般、治癒魔術(カード使用時のみ)、弓道(精神論を含む)

アイテム:スパルタクスの封入されたセイバーのカード(非汚染)

 

・遠坂凛:アーチャーのマスター

 冬木のセカンドーナーである遠坂家の令嬢。アベレージワンという希少な属性を持ち、エネルギーの転換を得意とする家系。

 かなりウッカリであるが、色々な理由により補正され、ウッカリし続けられないスパルタな環境にある為、なりを潜めている。

夜になると、とある祝福・呪いにより、体は小学生化するが、抵抗出来たので頭脳は大人のままで居られる。

 

メジャースキル:宝石魔術、転換魔術、マジカル八極拳(昼間のみ)

マイナースキル:ソーサラー(強化なども含む汎用的な魔術)全般、テンプテーション(夜のみ)

アイテム:魔術刻印/転換、100年級宝石x1、10年級宝石x10、その他宝石x詳細不明

祝福/呪い:『キングとルックの輪、キャスリング』

 

・間桐慎:ライダーのマスター

 その正体はトリックスターな魔術師にとっつかまって、TS改造されたワカメ。

 英霊を召喚できる人形が作りたいと思いついたフランソワPの介入によって、人体を使った人形と混ぜられているので、魔術の才能は向上している。

彼の人生はすでに破綻しており、あれほど固執していた魔術や家族との確執などは、あまり無い。

残るのは自分が凄い人間だったと証明したいという感情のみであり、保身や採算性などが欠如している。

 

メジャースキル:共感魔術・感染魔術・呪符魔術をベースに置いた符蟲道、オカルト知識

マイナースキル:弓道、ネゴシエーション、魔術知識、雑学

アイテム:人形の体。簡易礼装『皇帝ネロのサングラス』

 

・イリヤスフィール・フォン・アインツベルン:ランサーのマスター

 アインツベルンが誇る最高のホムンクルスであり、最高のマスター。

 四次聖杯戦争までの時点で最高の技術で鋳造されたアイリスフィールというホムンクルスと、衛宮切嗣との間に生まれた子供であり、お腹の中に居る頃から改造されている。

極限まで拡張された鋳造型魔術刻印を備え、令呪そのものの効き目が別格に成っている。

 

メジャースキル:錬金術、フォーマルクラフト、聖杯戦争知識、礼儀作法

マイナースキル:なし

アイテム:なし

御供:メイド小隊、礼装開発チーム(インターネット?経由)

 

・バセット・フラガ・マクミレッツ:キャスターのマスター

 魔術協会に所属するエースクラスの封印指定実行者。神代から続く家系であり、様々な知識・物品を現代に伝えて居るとか。

 いわゆる脳筋と呼ばれる部類であり、アッサリ騙され、派閥競争に負けてバーサーカー陣営の奇襲を許した。

現在は大怪我で身動きが取れないらしいが、色々と反省して、交渉とか学問にも目を向け始めた。あまりにも世間に疎いので御姫様扱いを受ける。

 

メジャースキル:格闘術、ルーン魔術、サバイバル知識

マイナースキル:いろいろな物が足りない!

アイテム:神代のルーン(再生に使用中)

 

・アトラム・ガリアスタ:バーサーカーのマスター

 中東の石油王であり、金に物を言わせて成りあがった魔術師。

 代償魔術を得意とし、科学秘術との融合を忌避する気持ちが無いなど、技術開発には定評があるが、足元が見えないなど散々な言われようだが…。

 今回はちゃっかり勝ち逃げを狙っており、亜種聖杯を作るため、資料収集が目的である。

 

メジャースキル:代償魔術、科学知識、魔術知識、ネゴシエーション

マイナースキル:不明

 

・言峰綺礼:聖堂教会から派遣された監督官。

 マーボー。

 

メジャースキル:洗礼詠唱、各種戦闘技術、黒鍵投擲術(徹甲動作など上級術を除く)

マイナースキル:様々な技術・知識の中堅レベル

バツ技能:味覚

 

/サーヴァント紹介

・セイバー

真名:スパルタクス

マスター:衛宮士郎

略歴:

 反逆の英雄であり、屈強なる闘士。かのローマ帝国に反逆を翻し、貧しい者への略奪を禁じ戦利品を分配するなど、社会主義の先駆者などと言われる事もある。

傾向:

 セイバーのカードに封入されているが、場合によってマスターを操るなど厄介極まりない割りに、能力は軽減・回復特化と極めて扱い難い。

カードゆえに令呪の拘束が通じない事もあり、拾った金ぴかをして、屑カード呼ばわりされて、駒として利用する為に士郎へ渡されている。

 

スキル:『マジカル肉体生理学』

宝具:『我は月に背を向け、太陽に向かって吠える反逆者なり』

 

・アーチャー

真名:不明

マスター:遠坂凛

略歴:

 金ぴか。四次聖杯戦争と同じサーヴァントであり、圧倒的な戦力を持つ。

傾向:

 無数の宝具を持つ英霊の中の英霊であり、気難しいという意味でもトップクラス。

マスターのことをある種のオモチャ、時間潰しだと思って居るフシがある。

今回は凛と祝福・呪いを共有して、一日の半分を子供として過ごし合う為に、慢心度が少し下がっている。

とはいえ全力を出さない、アイテム・知恵の貸し出しはマスターのレベルに合わせて居るので、やはり慢心している。

 

スキル:『千里眼』、『単独行動』、『コレクター』ほか

宝具:王律鍵バヴ=イル、原初の蔵、ほか無数

祝福/呪い:『キングとルックの輪、キャスリング』

 

・ランサー

真名:ランスロット?

マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

略歴:

 四次聖杯戦争に参加したバーサーカー・ランスロットと推測される黒騎士。

傾向:

 生涯にわたって五百を越える一騎打ちに勝利し、相手の武具を奪った逸話から、他者の武装を自分の宝具として利用できる。

おそらくは対人戦闘において最強の英霊の一体であり、いわゆるナイトマスターと言えるだろう。

当時の欧州最強騎士であり、様々な王からも称賛される武技を持ち、現代の武器であろうともあらゆる武器を使用出来る。

 

スキル:『無窮の武錬』、ほか(対魔力などは封印中)

宝具:『騎士は無手にて勝敗を決せず』、『黒騎士の銘は、己の為だけではなく』、ほか

礼装:『ドゥリンダナ』、『爆導索』、『道路標識』、『ナイトマスターの紋章』、ほか

 

・ライダー

真名:フランシス?

マスター:間桐慎

略歴:

 不明。本来は男の英霊であると言われ、マスターである慎二が女性である慎に成ったために、引きずられたと本人は主張している。

外見はスカーフを海賊巻きにして、ジーンズに皮ジャン姿の女の子だが、どちらかと言えば近所の悪ガキである。

傾向:

 巨大な大剣としても使える黄金の楯を持ち、自身の魔力放出を礼装に寄って管理して戦闘する。

シンプルに強く直観力に優れ、武器が同時に防具を兼ねている為、本人の以降とは別に、集団戦闘に向いて居ると言える。

 

スキル:『直感』、『青き流れに乗りし者(魔力放出:水)』、『騎乗』、『対魔力』、ほか

宝具:不明

礼装:魔術礼装『女王Aの楯』(魔力放出を管理する)

 

・キャスター

真名:クーフーリン・バロウ・ルー

マスター:バセット・フラガ・マクミレッツ

略歴:

 コノートの女王を侮辱し、国中の勇者を殺し尽くした暴虐の魔人。アルスターではなくコノート側から見た側面である。

気の良い兄貴分であるのは同じで、生死を分けた局面で、誰であろうと殺そうとし、日常に置いては仇であろうと仲良くなれる。

傾向:

 神代のルーンを使うドルイドであるが、多面召喚の実験の影響で、バーサーカー化を始めている。

この為、興奮しあるいは激昂するたびに体が巨大化し、段階的に狂化していく。狂化を納める為は大量の冷水が必要など、どちらかと言えばデメリットが多いのだが、これは最初に行う二重召喚ではなく、後から追加した多面召喚であるため。

非常に使い難い面が前面に押し出されており、割と早い段階で、真名やら居場所が判明している(陣地作成が失われている反動でもある)。

 

スキル:『ブランクルーン』、『多面召喚』、『狂化/シェイプシフト』、『ルーン魔術』、ほか

宝具:『宿り侵す死棘の槍』、『大神刻印』(封印中)

礼装:『ゲッシュ:資格者への真実を貫く』

 

・バーサーカー

真名:不明

マスター:アトラム・ガリアスタ

略歴:

 魔女に育てられ竜殺しを為し遂げて英霊に成った。

傾向:

 会話が可能で一見、狂って無いように見えるが、実は話が通じて居ない。試練を乗り越える、あるいは乗り越えさせることに固定されており、なお悪い事に他者にもそれを誘導しようとする。

他者を教化し同じ教えの同士にしたり、いずれ竜に至るモノとして認定する能力を持っているが、恐ろしい事に…この能力は彼にとってオマケである。

 

スキル:『狂化』、『対魔力』、『巡礼者の魂』、『聖別/竜』、ほか

宝具:『●・●●●●の名の元に!』

アイテム:ニコンの一眼レフ、マツダRX7.8/20Cカスタム(マニュアル車ver)




 と言う訳で、各陣営・人物・サーヴァントの略歴です。
ここまで書いて居て思ったのですが、やはり順番に判明したりせずに、プリヤ士郎・ロリ凛・TS慎二とタグつければ判り易かったかなーとか思いますね。
とはいえここまで書いてしまったので、書き切ってちゃんと終わらせる事。を目指したいと思います。


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森を越えて見ゆる山

「もう起きたら? 凛」

「もう、あさらっへ」

 モゾリと布団の中から顔を出し、とぼとぼとプールの方に歩いて行く。

 監視カメラは切ってあるし警備員は巡回してない時間なので、シャワーだけ浴びてそのままダイビング。

 流れるプールに漂っているうちに、思考回路が段々と回転して行くのが判った。

 

 気持ち良さを満喫する為、流されている間は特に何も考えず、ただ漂う。

 そして自堕落なソレも、一周するまで。

 貸切プールを満喫するという贅沢を切り上げて、元居た部屋に戻る事にした。

 

 そこでは私を起こしてくれた少年が、誰かに借りたらしい少女漫画を珍しそうに眺めて居た。

 その姿だけを見るならば、愛らしい少年であり、とうてい憎たらしいアーチャーの幼年体とは思えない。

「レディが裸のままだからって、ギルガメッシュ、あんた本当に何もしてないんでしょうね?」

「よしてくれないかな。凛はイシュタルを思い起こさせる所があるから、ボクとしては遠慮したい」

 嫌そうな顔で背ける辺り、小憎らしい。

 とはいえ、実は手を出していましたとか言われても困るので、ホっとする様な悲しい様な。

「でもイシュタルに例えられるのは悪くないわね。ちょっとだけ光栄だわ」

「気に入らなければ聖地でも思い出の品でも、何でも吹き飛ばしそうな鋼のメンタルがね…。どうして少女漫画のように慎ましくないんだろう…」

 どうやら読んでいる漫画はイシュタルなりアシュタロスなり、メソポタミア系の神々が出て来る作品なのだろうか?

 シミジミと語る少年に、私は鉄拳で頭をグリグリしたくなった。

 

 だがそれを察したらしく、ギルガメッシュはテーブルに朝食代わりの牛乳を取り出す。

 空間こそ揺らめくが、市販の牛乳と言う辺りがこまっしゃくれている。

「そんな事しやしないわよ。そりゃ魔術師だから過度の思い入れは抱かないようにしてるから、イザとなれば屋敷でも教会でも教会でも教会でも吹き飛ばすけど」

「でも学校を平気で戦場にするんでしょ? とても学生の考える事とは思えないけどね」

 ギルガメッシュ…区別もあるからこの際、子ギルと呼ぼう。

 

 子ギルは責めるという風でこそないが、あまり感心しない顔だ。

 まあ、言いたい事も判らなくもない。学校が大事かは別にして、一切合財パーにするってのは、余裕が無さ過ぎる。

 常に優雅たれを心がける遠坂家の娘としては、避けたい所だ。

「こんな面倒くさい陣を張ってくれちゃってるし、そこに誘い込む方が早い上に囮だってバレ難いもの。それに…戦場にするとしたら、第三者を巻き込み難い良い場所でもあるわ」

 地図をピラピラやりながら、私は複雑な顔を浮かべた。

 囮を兼ねた防衛用のルーンがあるが、それらは地脈上にないので、ゴッソリ外して行くと、本命の形が見えて来る。

 

 二重に螺旋を描く魔法陣。

 ケルトの象徴の一つでもある、樹と環を、時間を表す日時計に見立て構築している。

 表向きの螺旋が時間経過の促進を、逆しまの螺旋が体感時間の圧縮を表しているが…。

 昼と夜でこれが別々に存在しつつ、お互いを補っているために破壊工作が破壊という結果として成立し難いのだ。

 現地で修復できる訳だし、ウルズ・スクルズ・ヴェルザンティが勢ぞろいと言えなくもない。

 

「これが達観した魔術師として下した判断なら、ここまで言わないんだけど…。まあいいや、たまには君のサーバントとして、無辜の市民が巻き込まれた時だけは、なんとかすることにしようか」

「いつもそう殊勝だと助かるわ」

 なんかここまで協力的だと怖いくらいだが、学校に気になる子…が居る訳ないから、お気に入りの景色でも見付けたのだろうか?

 そんな他愛のない事を考えながら、地図を睨んで没頭する。

「…それにしても良く短時間でこれだけ見付けたものよ。人の向き不向きの属性は、探索と創造に破壊と死だっけ。衛宮くんと間桐さんは前者に特化してるみたいね」

 そういえば戦闘してる姿を見たけど、あの二人にはあまり脅威と言う物を感じない。

 油断は禁物だが、逆に言えば…彼がこっちの分野で長じているのだと警戒した方が良いだろう。

 あまり悠長にことを進め過ぎると、出し抜かれて聖杯を奪われると思っておくべきだ。

 

「隠蔽関連はクソ神父に準備させとくとして、中心点に居座るマスターを見つけないとね」

「おや? 結界の主はキャスターじゃないのかい?」

 判ってる事を聞いてくるあたり、からかっているというよりは、確認だろう。

 外見は変わっても、本質の部分でやはり同じギルガメッシュなのだ。

「元々のは別にして、『あの』クーフーリンは異質過ぎる。おおかたロード・エルメロイの遺産を使って強化しようとしたんだろうけど、あれじゃやり過ぎ」

 ランサーとして召喚したサーヴァントだが、ロードはセイバーとしての能力を覚醒させようとしたらしい。

 だが、その研究が途中で放棄されている以上は、成功が見込めないか……デメリットが大き過ぎたのだろう。

 

 抱くイメージは、森の中から見栄上げる活火山。

 

 それはそのままケルトにおいて、大自然を通して見る巨人族へのイメージだろう。

 学校にある結界を、巨人化したクーフーリンの異質さが、飛び越えてしまっている

 キャスターなのに、陣地作成の能力…自分に適合させるという大事な部分が失われているとしか思えない。

「隠そうにも隠せない、受け取る力も、大した量だろうが大した率じゃないわ」

 神代に生きるクーフリンに取って、あまりにもチャチ過ぎた。

 私たちが百・二百の力を圧倒的だと思っても、一万を越える彼にとっては他愛ないものだ。

 燃費の良いクラスで呼ばれたら意味は大きかったのかもしれないが、大容量大出力の現在では、あまり意味があるまい。

 

 ならば答えは『木々の成長』、大怪我をしたマスターが受け取る為の癒しであり…。

 『彼女』が持つ特性を強化する、あるいはクーフーリンが全力を出しても、問題ない様にする為のバックアップだろう。

 それが昨晩、私が辿りついた結論だ。

 どんな能力なのか、どのレベルの怪我なのか判らないが、この際は意味だけ判って居ればいい。

 

「今日中に幾つか基点を壊して、再生速度の確認と螺旋の方向を特定しておくわ。戦闘は明日か明後日になると思うけど、イザとなれば令呪で呼ぶから」

「そういえば、あの結界は外と中を厳密には遮断してないんだっけ。なら手遅れに成らない程度に駆け付けるとしようかな」

 本格的に追い詰めるんだったら、今日見付けて今日破壊するというのはナンセンスだ。

 待ち受けてる相手に教えてしまう上に、封鎖されて無いから、目敏い者には見付けられてしまう。本気でやるなら、追い詰める為の仕掛けと、追撃の準備をしてからするべきだろう。

 

 …そう、本気でやるならの話だ。

 あくまでこれは、私たちを確認してる石油王をおびき寄せる為。

 詳細を理解してないハズの私が、調査と準備に数日かけて一気に制圧すると誤認させ、その時に積極的な介入を試みさせる。

 

 そして、無意味な破壊活動は、キャスター陣営に、囮にするぞとメッセージを送る為だ。

 よほど馬鹿でない限りは、キャスター陣営も、その日に合わせて調整して来るだろう。

 

 




 と言う訳で、本格的に凛サイドの視点を開始。
慢心してない子ギルがちょっどだけ協力的な姿を見せ(理由はそれだけじゃないけど)、キャスター陣営の利点と欠点が出たところです。
 怪我を直す以外に意味が無い様にも見えますが…「ラック職人の朝は早い」ということで。
士郎たちの戦力をあまり計算に入れてませんが、まあアーチャー陣営から見て、ライダーはともかくセイバーと残り二人は勝手にしろレベルなので…。


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ガールズサイド

一部、激しいキャラ崩壊が発生します。
本家とは違いますので、ご理解いただくか、このままそっと閉じていただけると幸いです。


「さてと…全体像が判ってれば、見付けるのはそれほど困難でも無いのよね」

 私は学園に向かいながら、途中にある小さなルーンを砕いて行く。

 それは連立してない単独の物なのか、あっさりと消滅した。

 

 アルスターサイクルにフィニアンサイクルと彼らの伝承を詠うように…。

 今回の結界のイメージソースは、樹と輪…より正しくは光などを含めた、天の恵みを示している。

 だから、衛宮くんたちのように探索に特化して居なくとも、魔術師の視点で自己判断すれば、自分ならどこに仕掛けるかというポイントを抑えるだけで十分だ。

 

 加えてクーフーリンの異質さは、バロールやスルトのような巨人をイメージさせる活火山。

 だから下手なことをすると森の結界を破壊してしまうから、結界自体は閉じて無い。

 もし、最初から二つの貌を持つ…名前を付けるなら、二重召喚で呼んだのなら、こうはなるまい。後から付け加えようと失敗した結果とすり合わせようと、無理をしているから整合性を保つ位置だと、どうしても特定し易いのだ。

 何せ、閉ざすべき場所にはルーンが設置できず、代用を他で補わなければならない。

 

「となると本陣は校舎内じゃなくて屋外でしょうね。屋上は例外にしても、外回りだけ潰せばいいならあっという間よ」

 とはいえ、疑問が無いわけではない。

 

 ここまで厳密に昼と夜を区分する理由があるのだろうか?

 

 確かに時間をまたがり、第四次元にも存在するなら壊れ難くはある。

 だが、光の御子たるクーフーリンならば別に一面特化にしても問題あるまい。

 もし私が彼と組んで居たら、教会を占拠して、ステンドグラスを全て宝石相当のルーンに替えて居ただろう。

 

「夜…夜には別の意味があるのかしら。多面召喚は実質失敗に近いみたいだし…」

 新たな一面を呼び起こし、ランサーの能力を?

 そう考えた私だが、考えた瞬間に否定する。

 二面であの体たらく、三面となれば制御できるレベルを越えるだろう。

 結界内のサーヴァント全てに、別の側面を押しつけるにせよ、もう十分なはずだ。

 

「まったく、アサシン陣営の調査も終わってないってのに、面倒な事をしてくれるわ」

 学園が近くなった事もあり、私は独りごとによる考えの整理を中断した。

 

 

 さて、ここで視点は一時的に学園内に移る。

 僅かな間だけ、真実を垣間見る事にしよう。どうせ意味は無いのだから?

 

「ちっ。また誰かルーンを壊しやがった。えらくスムーズだし、あの嬢ちゃんかな」

「こちらを狙うつもり…? いいえ、それならばもう確実な手段を取るでしょうね」

 男は最初だけ苦笑したものの、女の回答に微笑みを返した。

「それが判るなら上等だ。せっかく育ったルーンだが、壊れた甲斐があるってもんだ」

 男…クーフーリンがキャスターとして召喚された場合、導く者としての面が強くなる。

 だから女の成長を喜んでいる訳だが、師が弟子の成長を見守るには、奇妙な光景だった。

 

 男は女の膝に頭を載せ、愉快そうに女の顔を見上げて居たのだ。

「クーフーリン、すみませんがナチュラルに口説くのは止めてください。その…そういう場合でもありませんし、結界に影響は出ませんか?」

 女は膝の上に乗る頭を撫で付けた。

 時に優しく、時に荒々しく。

 こんな事をした覚えが無い彼女にとって、男の世話などラチ外の事だろう。

 

「俺のブランクルーンは植物と同じだからな。株分した芽が摘まれても、親樹には何の影響もでねえよ。ただ、バセット。てめえに一つだけ聞いて起きてえ」

「っ…」

 女…バセット・フラガ・マクミレッツは、クーフーリンの問いに少しだけ目を泳がせた。

 自分でも馬鹿な事をしている自覚はあるのだろう。

 問われずとも言い出さねばならないと判って居たし…。

 本当の事を言えば、そうすべきではなかったのだ。

 

「そこのマグロをなんで助けた? 頼られたと言っても、所詮は別陣営。いずれ敵になるし、時計塔に帰りつけなきゃ恩を売ることもできねえぞ?」

「…判っては、理性では判っては居るのです。別に窮鳥を見離せない訳ではありません」

 二人の視線は、傍らで眠り続ける繭に移った。

 ドクドクと命動するソレには、一人の少女が眠っている。

 そう、この結界における夜は、星を司る一族である、彼女の為の物だ。

 

 蘇生の為だろうか? 森の結界に合わせて蝶魔術の真似ごとをしているようだが、どう見ても中途半端。

 良く見積もっても、治療装置というよりは、延命装置にしか見えない。

「この子…。アサシンのマスターが最後に告げた一言が、私の耳から離れないのです」

 バセットは自分には似合わないなと、思いつつ、歌を詠う様に言葉を綴った。

 その言葉は、他ならぬ彼女。

 アサシンのマスターが呟いた、哀れで悲しく、それでいてバセットの心を震わせる一言だった。

「まだ誰にも褒められて居ない。まだ認められることを何もしていない。まだ私の聖杯戦争は始まってすらいない…」

 こんな所で私は終わるのか?

 何もせずに、無為に、実のならぬ穂の様に朽ち果てて行くのか?

 誰からも褒められず、認められず、嫌われたままで?

 

「ようするに同情で?」

「はい…いいえ。そうとも、そうでないとも言えます。私はもう一人の私を放置できない。したくない」

 もし、状況が違えば、ソレはバセットの番だったろう。

 もし、呼びつけたのが、アトラム・ガリアスタではなく、もっと親しい人間。

 たとえば、言峰だったのならば、きっとバセット自身も騙されて居たことだろう。

 

 だから気が付けたし、最後の最後で避ける事も出来た。

 必死の罠ではあったが、必死ならば、設定次第で蘇生のルーンを使って対応できる。

 だが、逃げ切る間に、あの言葉を聞いてしまったのがいけなかったのだろう。

 

「ようするに、私は我慢するのを止めたいんです。それに気が付けずに死に掛けてるもう一人の私を救って、生きるにせよ死ぬにせよ、晴れがましく自分の人生を活き貫きたい」

 それはただの代償行為だ。

 少女のころから、殻を被って良い子で過ごして、何もできなかったバセットが、何もできなかったアサシンのマスターを助ける事で試したい。

 

 体が不自由な人間が、小動物で代用するらしいと何処かの小説であった。

 ようするに、ソレと同じで、バセットは自分が満足する為にやっているのであって、同情ではないのだ。

 だから、男は女の決断を笑いはしなかった。

「自覚してるなら構わねえよ。それになんだ、女の為に命を張るのが男の甲斐性ってやつだ」

「だからナチュラルに口説かないでください…それとですね…」

 バセットは顔を赤らめながら、クーフーリンの頭を撫で続けた。

 僅かに首を傾げながら…。

 

「ところで、マグロってなんですか? 海洋魚だとは知って居るのですが。他の女の事を指しているのであれば…」

「……さてな。どこかで聞いた単語さ。まあなんだ、こんな状況で他の女の話をするなよ」

 もしそうなら、最後の令呪は自害せよキャスターと言わざるを得ませんね。

 そう言おうとしたバセットの唇を、顔をあげたクーフーリンの唇が奪った。

 

 




/人物紹介
・バセット・フラガ・マクミレッツ
 時計塔の封印指定実行者であり、その中でもエース級である。
脳まで筋肉と言われるブルファイターであるが、やったね、今の彼女は恋する乙女である。
撲殺魔から、深窓の御姫様にクラスチェンジしクーフーリンと佳い仲になって、ラブラブな空間を拡げようとしては、女たらしぶりに苦労している。
蘇生のルーンを自分だけに使えば今もピンピンしているはずだったが、中途半端にアサシンのマスターに影響を与えたため、体力が50%どころか20以下に落ちて居る。
現在は身動きとれないので、ライバルたちに負けないよう、戦略やら政略やら恋の駆け引きを勉強中。

・アサシン陣営
 時計塔の名門の出で、とある研究成果を試す為にやって来ていた。
アトラム・ガリアスタに呼び出された時に殺害され、バセットが持つ蘇生のルーンの影響を受ける形で、なんとか生きては居る状態。
彼女は結界の中に設置された繭の中で、夢見ながら死んでいると言って差し支えないだろう。
張られた結界のうち、夜を示す部分は、星を司る一族である彼女に合わせた物。

/二重召喚のメリットと多面召喚のデメリット
 この話の解釈に置いて、
 二重召喚が召喚前に行い、対象は二面が切っても切り離せない相手に限られる物とする。
縛りは多い代わりに、能力の整合性が取られ、自分の能力で自分がペナルティを受けたり者しないし、魔力消費もそれほど変わらない。
 多面召喚は適合さえしれいれば召喚後でも呼び起こせる代わりに、魔力消費が増大するほか、能力の整合性が取られないとする。
この話におけるクーフーリンのように、自分が張った結界の恩恵を、自分が得ることが出来ない。
仮に対軍使用のゲイボルクを使ったら、棘は自分にも落ちてきかねない。もしどこかに居る毒の女王様に使った場合は、毒が自分を侵すこともあるだろう。


 と言う訳で、バセットさんと最後の陣営をついでに紹介。
バセットさんは人間らしい感情に目覚め、戦闘力は減ったものの、人間として女として幸せな真っ最中。もはや敵はハーレム展開であり、アトラムを倒すのはもはやついで!
そしてアサシンのマスターが少しだけ登場。本家では出落ち以前で誰なのかも語られて無かったので、それなりに可能性のある人から、違和感のない範囲で。


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秘密の花園は何処に

「おっ遠坂じゃない、こんな時間に珍しい」

「何を言ってるの美綴さん。何日か前にも会ったでしょ」

 とはいえ、彼女…美綴綾子と出会うのは数日ぶりだ。

 ここ数日、学校を休んで居たのだが…。

 不思議なことに、弓道部主将であるはずの彼女は、制服のまま登校していた。

 本来であれば、この時間はとっくに練習を始めて居るはずなのに。

 

 そこで近くに寄って確認すると、余りよろしくない物が見受けられた。

「どうしたのよ、包帯巻いてるじゃない」

「あー。ちょっと事故に巻き込まれちゃってね。例の新町のやつ」

 事故に巻き込まれて怪我…?

 にしてはピンピンしており、首筋や手足に巻いてる包帯にも特に血は滲んで居ない。

 

「ふーん? ちょっと診せてみなさいよ。もしかしてあの噂本当じゃないの? 恋人出来てキスマーク隠してるとか」

「ばっ…。そんなんだった遠坂にだけは教えて、自慢してるよ。あたしの勝ちだってね」

 悪戯っぽく話しかけると、少しだけ顔を赤らめて反応が返って来た。

 都合の悪いことを覚えて居ると言うか、この回答が帰って来る辺りは本人か。

 我ながら詰まらないことで勝負を申し出たものだが、まあ、こいつも縁無しと言う事でお互い様。

 

 腑に落ちないのは、アヤコが迂闊にも怪我をするなんて、という疑問なのよね。

 普段ならしないような、つまらない理由を使ってまで、確認するのはその為だ。

「遠坂なら大丈夫だろうけど、あんましキツクは触んないでよ? 念の為に巻いてるとは言え、打ち身は打ち身なんだから」

「湿布を固定する程度でしょ? っていうか、結構、本格的に治療してるわね」

 軽く触ってみると、案の状、反応が少し遅れてる。

 打撲に効果の無い湿布ではなく、ちゃんとしたテーピングこそ施しているが、暗示による疑似症状だろう。

 

 さて問題なのは、この『暗示』を誰が掛けたか、だ。

 新町で起きている事件はアサシン陣営のやってる事だろうけど、隠蔽工作は教会の人間がフォローしてるはず。

 それならまあ、放っておいても大丈夫だろうけど…。

 

「あんまり無茶しないのよ? 怪我が治ったら直ぐ無茶する人も居るけど」

「流石に新町の話は、先生方も問題だって話してて、残念ながら部活自体が暫く御休みになちゃいそうなのよね。新入生獲得のためにも、もうちょい色々したかったんだけどね」

 軽く流しかけたが、この話で少しだけ疑問が再燃した。

 少し、対策が早過ぎないだろうか?

 アサシンは隠れてる為か、評判の店やデパ地下など、不特定多数をコッソリ狙える場所でしか事件を起こしていないから、こちらも姿を特定出来て無い。

 いつもなら、もうちょっと大騒ぎになるか、多くの学生がってから動きそうな物だけど…。

 

 部活の子に伝えると言う、アヤコと別れ私は一足早く教室に向かう。

 

 だけど、ここに一つのピースを当てはめれば解決するような気がした。

 アヤコはマキジ…槇寺さんと違って買い食いをするタイプでもない。

 意図的に遠避けられた時、たまたま事件にあった。

 そして、先生たちの動きも、意図的に操作されているならどうだろう?

 

 アヤコと此処で出会ったのも、偶然では無く、顔見知りを使って人払いを済ませたぞ…と言うメッセージなら意外でも何でもなかった。

(だとするとキャスターの結界は弓道場に基部があって、マスターはそこに潜んでいるのかしらね?)

 アヤコを見たからそう思ってしまうのかもしれないけど、案外、あってるような気がした。

 穂群原学園では弓道部が優遇されていて、かなり広い敷地がある。

 それに、そこは繰り返す所作と、無数の音で埋め尽くされることに成る。

 グングニールは、ガンガンという音だと言う説もあるくらいだし、音に満ち溢れた場所と言うのは東洋に限らずあちらでも良い場所なのかもしれない。

 

 私は苦笑しながら、余計な考えを止めた。面倒くさい…。

「ま、どっちみち全部を回るのも面倒くさいし、当たりつけて適当にやるだけなんだけどね」

 どの道、相手が何処に居ても遠慮する気は無かったし、全てのルーンを破壊する必要も余裕も無いのだ。

 弓道場を外しておいてあげるとして、たまたま壊しに行った他の居場所が拠点だったら、笑って済ませるとしよう。

 

「後は裏を取るか。…この時間なら、柳堂くんをからかうのも悪くないかも」

 生徒会長である彼なら、先生方の対応も知って居るだろう。

 彼から見ても違和感があるか、判を押した様な暗示でも掛って居れば、確定だ。

 実際に弓道場かは置いておいて、夕方以降は学校を戦場にしても問題ないでしょう。

 

 そして私は生徒会室で、意外でも何でもない出逢いと、他愛ないが意外な話を聞く事になる。




 と言う訳で、サクサクとイベント進行。
さっさとキャスター陣営の拠点が判明して、どこを爆破してはいけないのかが確定しました。
風呂敷を拡げても仕方無いので、前半戦に向けて準備を片付けることになります。
弓道場が基点なのは、サクっと終わらせる意味と、整合性を保つのを考えるのが楽だったので、変えてませんでした。

現在の凛の想定としては
対魔力持ちのバーサーカーに、キャスターとアーチャーで挑む感じ。
ドラゴントゥースウォリアーはTRPGゲームと違って弱いし、楽勝楽勝と言った風情ですな。


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あかいあくま

 

「とととと、遠坂、なんで貴様が此処に居る!」

「きちゃった♪」

 相変わらずの楽しい反応。

 普段以上の猫を被りつつ、口調だけは楽しく躍動させる。

「何よ、生徒が生徒会長を頼っちゃいけないのかしら? ちょっと聞きたいことがあっただけなんだけどな~」

 笑い出しそうになる口元を手で押さえながら、心外だと言わんばかりの仕草を見せつけた。

 もちろん、当の本人の前で激変させるのだから、十分過ぎる程判って居るだろうけど……。

 

 だけど、それが良いのだ。

 からかわれている事を悟りつつも、内容や外聞的にも断れない。

 それがこの男、柳堂一成の良いところでもあり悪いところでもある。

 あらやだ、全然ギルガメッシュの事を笑えないじゃない。

 

 ノって来た油でどう調理してやろうかと思った時、第三者の闖入によってそれは破られた。

「数日前にもあった様な会話だな。…もう良く覚えてないけど」

「こ、これは…。衛宮には情けない所を見せてしまったな、すまん」

 衛宮くん、なんでここに…って二人は親友みたいだし、そりゃそっか。

 慎二の馬鹿と違って、悪友じゃないから相談とか用事とか頼み易いもんね(もっとも、私は用事を押しつける方だけど)。

 

 数日前のことだというのに、不思議と寂しそうな顔をしている。

 …それもそうか、彼にとっては環境が激変したものねえ。

「ところで、遠坂の用事ってなんだ? 俺で良ければ一成と一緒に協力するよ、なあ?」

「あ、ああ。…そうだな、生徒会長として生徒に協力するのにはやぶさかではない。それに、遠坂も一応女子であるし、頼みたい事がないでもない」

 衛宮くんが話に入って来た段階で、柳堂くんは冷静さを取り戻してしまった。

 つまらないというか、興醒めと言うか。

 男の子同士の連帯を見せられても、『その手の』観賞趣味の無い私には、馬鹿馬鹿しいだけだ。

 

「なによ、一応って確認されるまでもないんだけどね。…まあいいわ、こっちの用事は放課後のことを美綴さんに聞いてね」

「美綴女史からも聞いたのか…うむ、その通りだ」

 小憎らしい事に、その通りだというのを、アヤコから聞いた話と、女子かどうか確認するほどのことだと二重に掛けて発音してきた。

 

 だが、聞き逃せないのは、その後の衛宮くんとの会話なので、思わず黙ってしまった。

「本日よりクラブ活動の類は当面禁止、不本意ながら委員会活動もである」

「あれ、その話は検討中じゃなかったっけ? 昨日の今日でもう変わったのか?」

 やはり、早過ぎる…。

 私の抗議を中断させた衛宮くんに思うところはあるが、私の代わりに効いてくれたので、良しとしよう。

 我ながら甘いとは思うが、彼らをからかい倒すのは、またの機会だ。

 

「その事なのだがな、美綴女史の話もしたろう? 彼女たち数名は専門の病院に担ぎ込まれていて、今朝がた確認が取れたそうだ」

「ああ…。そういえば冬木教会とか後援してる病院があったわよね、そういえば」

「へー。マーボーの所も手広くやってるんだな。逆かもしれないけど」

 意味的には同じなので、修正はしなかった。

 どちらも聖堂教会の系譜であり、病院はカルテの偽装や、記憶や目撃証言込みで調整する為の時間稼ぎでもある。

 しかしマーボーとは良く言った物だ。

 あのクソ神父は味音痴で、あのロクでも無い兄弟子から教えてもらった中華料理は、全部味付けが濃い。

 

「そうだ、誰も居ないなら丁度いいや。弓道場とか校庭を大掃除していいか? ちょっと片付かない所があったり、怪我しそうな所が多いんだ」

「衛宮の献身には頭が下がる。だが、これも校長先生以下の厳しい御達しでな、罷りならぬ」

 キャスターが暗示を掛けて居れば、万が一にも自由行動は許すまい。

 

 あやふやな誘導に確証が取れたのはいいけど…。

 衛宮くんたちどんだけ探索に特化してんのよ。

 昨日の今日で発見されたら、ダラダラ一週間も掛けて探して、本人たちのポカがなければ気が付かなかったってのに…。

 まあ、世の中には隠れ住む人形師を探し当てたり、モグリの闇医者に告白させるような名探偵も居るらしいし、特化型はこんなもんか。

 

「衛宮くん、気になるなら危ない場所のレポートを先生方に届けておいてあげようか? 『うち』は大地主だったし、造園業者にも知り合いが多いしね」

「なんだ…。遠坂がこちらの援護射撃をするなど、気持ち悪いな」

 天変地異の前触れか、それとも鬼の霍乱か!?

 ですって?

 別にあんたの援護射撃じゃないわよ! ってーの。

 

 まあ、ここで彼の相手をしておいても仕方あるまい。

 あえて無視して意趣返しにして、衛宮くんへの間接的な伝言を、形にしておこう。

「ああ、そういえばそんな話してたっけ。慎二んちがPTA関連とか、遠坂んちが地主とか」

「そういうこと。家としての得意分野としては、こういう形よね」

 衛宮くんは半分ほど内容を理解したようだ。

 こちらが手配という部分だけを受け取った様だが…。まあいいや。

 間桐さんの方は頭が回るし、きっと、弓道場が本命と言うのを判ってくれるだろう。

 

 もし罠を仕掛けると言うことまで頭が回らないとしても、この際、彼らでは戦力外だ。

 竜牙兵やマスターくらいは相手してくれるだろうが、バーサーカー相手には力不足だろう。

 追加の忠告をせずに、ここで置いて行く…というのも選択肢の一つかもしれない。

 

 まあ、あの時に見たライダーは可愛かったから、知り会えないのは少しだけ惜しくもあるけど。

 それはまさしく余分で余計な考えだ、切り捨てて目の前に専念することにしよう。

「そういえば、一成が対人関係の相談で呼ぶなんて珍しいな。てっきり修理かと思ったけど」

「うむ。私事だけに…言葉に載せるか少しだけ迷ったが…。ちょうと衛宮も女子である遠坂も居ることだ、片付けておこう」

 衛宮くんが促すと、柳堂くんはおずおずと口を開いた。

 いつも歯切れの良い断言を心がける彼には珍しい。

 

 …いや、私のトサカにピーンと来る物があった。

 この反応はまさか…。

 うふふ。

「もしかして、柳堂くん。女の子に口を聞く方法を教えて欲しいってこと? あの柳堂くんが? 明日は雪が降るかしらね」

「くっ。ここで逆襲をして来るとは。やはり相談なぞするのではなかった。この赤い悪魔め!」

「凄いじゃないか一成! 一成が女の子の話をするなんて何時以来だ?」

 そこからは三者三様だった。

 からかう私、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる柳堂くん、そして、素直に祝福する衛宮くんである。

 

「ま、待て。確かに可愛らしい女性であるが、問題はソコではないのだ。せっかく可愛らしいのに、口が汚なくてな。精進を提供したら、食い散らかすし、罵るし…」

「そういえば、御寺で精進料理を、御客や近所に振舞う事もあるって言ってたっけ」

「へーへーへー。柳堂くんってば礼義作用や話術を直す所から話題に持って行く気? もしかして…御嫁さん候補に入っちゃってるわけ?」

 さらっと流そうとする衛宮くんを脇に置いて、私は前線に出撃する。

 この楽しい獲物を逃してはたまらない。

 圧倒的に優位に立つことが出来て、かつ自分は被害をこうむらない。

 

 そしていつも澄まし顔のこの男が、これほど取り乱す姿を見るのは愉しいものだ。

 まあ、敬遠されるのは判るが、…あのクソ神父の妹弟子なんだから仕方ないじゃない。

「ちっ、違う! そうではないのだ。あまりにもギャップが酷くてな」

「でも、それさえ直せばすっごく可愛いって事なんでしょ? 見て見たいなー。朴念仁の柳堂くんの心を動かしたスイートハートさん」

「そう言ってやるなよ。一成も話し難いじゃないか。で、どんな子なんだ? 話し易いとか、話題の共通になりそうな感じで」

 我ながらヒートアップしていたのだろう、衛宮くんがどうどうと留めて来た。

 私は馬かっての。

 

 それはそれとして、衛宮くんが情報をさりげなく引っこ抜いているので、沈黙。

 気になるものは気になるので、からかう事よりも優先しておこう。

「おそらくはイギリスの子女かな? なんとかブロンドであった」

「それだけじゃ判ら…。あ、イギリス人の? す、すまん、一成、もしかしたら知り合いかもしれない」

(あー。ライダーか。確かにあの子がイギリス人って言えば、そんな風にも見えるわね。クソ神父に貰った服とか着せたら似合いそう)

 衛宮くんが突如、頭を抱えた。

 もしかして、ライダーは彼の家でも、口が汚くて罵るし食い散らかすのだろうか?

 少なくとも衛宮くんが、そうだと確信したのは判った。

 

 言われてみれば、あの晩のライダーは男の子が着る様な服だった。非常に惜しい。

 さっき想像していた服に着せかえ、相応しい言動にするだけで随分と愛らしくなるだろう。

 うむ、もし間桐さんが援軍を求めてきたら、ライダーが着替えることを条件にしよう!

 どうせアーチャーの戦力なら十分だし、彼女に武装を与えて協力させるよりも、その方が面白いだろう。

 

「俺も後で言っておくつもりだけど、全然違う子かもしれない。俺の弁当で悪いけど、これやるよ。なんだったら精進料理で作れるレシピを考えとく」

「悪いな衛宮。衛宮の料理はなかなかの物であるし、付きっきりで教えてくれるなら覚えられる料理があるかもしれん。俺、いや拙僧としても寺の為に頼む」

 見た所、柳堂くんの感触は寺の料理が馬鹿にされたことだろうか?

 話の筋としてはそんな感じだが、こういうのは何時、コロっと行くか判らない。

 女の子がライダーか、それとも他の子かは別にして、経過観察は必要だろう。

 もしかしたら、アサシンのマスターかもしれないし…と、唇の端を釣りあげながら自分を納得させた。




と言う訳で、夕方以降に学校で戦闘が起きても、何の問題もないという状況の確定。
凛が申し出た事により、紹介された造園技師(教会の手の者)が、戦闘終了後に可能な範囲で、物品交換・修復してもおかしくない流れへ。

あとは赤い悪魔が降臨し、生徒会長を肴に盛りあがったという所です。
いい加減放置気味のライダーが、そろそろ御話に関わって来るとか、来ないとか。

その次くらいに、前半戦に突入。本家で言えばライダー戦後半とキャスター戦に相当するくらいの予定。
あまり長い話にはせずに、適当なところで終わることができればなーと思います。


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穂群の黒豹と、冬木の白獅子

「何かひっかかるんだよなー。根本的な勘違いをしてねえか?」

 一人の少女が空の器をチンチーン。

 浮かない顔で考え込んで居た。

「アサシンの気配なんか欠片も感じやしねえ。凄腕なのか、よっぽどチキンなのか、それとも…」

 敵の増援を待っている司令官の表情。

 蟹のスープスパゲッティに蟹のジャンバラヤと容易く片つけ、いまは四種チーズのピザを待つばかりだ。

 

 立ち上る火の薫りを伴いようやく訪れたピザに、目の前から日に焼けた手が伸びる。

「やっほー。何か奢ってよライダー」

「今日は早ええな。つーか勝手に食うな。これはオレんだぞ」

 えーいいじゃんと言う闖入者に、ライダーと呼ばれた少女は満更でも無い様子で笑って見せる。

 

「しっかし日本ってのはいー国だなカエデ。望めばどんな国の食いもんでも何でも手に入りやがる。サクソンにピクトの料理もあるんじゃねえか?」

「程度にも寄るけどねー。あっ、このカタツムリいってみない?」

 カエデと呼ばれた少女に促され、もう一方のライダーという少女はウエイターを呼んだ。

 以前に呼んでも来ない事にブチ切れた彼女が、ボタンで押せばいいと怒られたのはもう笑い話だ。

 今では順応してピンポンピンポンと連射している。

 

「次に会ったら古美術でも紹介してくれるって言ったっけ?」

「あーゴメン。先生たちに買い食い留められちゃってね。暫くは暗くなる前に帰れってさ」

 オリーブとニンニクの強烈な臭いを、匂いとして愉しみながら二人の少女は笑いあう。

「評判の店じゃなきゃ大丈夫っぽいぞ? 暫くこの辺で食ってみたが、隠れた名店とか人が居ない場所は被害がゼロだ」

「ほへー。でもそれなら駄目かな? 隣に御茶とか茶菓子が美味しい店があるんだよね。せっかく奢ってもらおうと思ったのに」

 まだ食うのか? とはライダーと呼ばれた少女も言いはしない。

 物見遊山を愉しむのはアリだと思うし、『今回の敵』だとするなら、調査の一環で寄っても良いだろう。

 そんな顔で冷静に考えて居たようだが、恐るべき変化が目の前で起こった。

 

 カエデと呼ばれた少女の表情が、華開く様な笑顔に成ったのだ。

 直観的に表面上と気が付いたが、それだけにショックも大きい。

「あちらの老紳士の方に御用向きがおありの様子です。察するに御家の事情などではございませんか?」

「あ、ああ。ちょっと行って来るわ(こいつ、化けやがった。変身…いや、ここまで来ると変態だな)」

 まるで蝶が羽化するかのように、先ほどまでとは別の人物像。

 素人に出来る芸当とは思えない、最初から金でも狙って接近した?

 

 騙された、最初にそう思った。

 でも佳い女だな、次にそう思った。

 どう見ても見事な営業スマイル、所作も完全に変化し、非の打ち所の無い礼儀作法すら漂わせている。

 あまりの変化に、ニンニクの臭いが、ミントか何かに感じられるほどだ。

(あの女の立場だったとしても、疲れたりはしないんだろうな。対外的にもバッチリだし、あの不貞野郎みたいなことにはなりゃしねえだろ)

 ライダーが良く知る女とは、大きく違う個性。

 表面上完全でありながら、内面的には飾る事も無い…。

 自分が王であり、偽の王妃を選ばないといけないなら、アレみたいのが愉しいかもしれない。と馬鹿馬鹿しい思いに耽る。

 

 そんな他愛ない思いを抱きつつも、ライダーは油断せぬように自身を招く老人の元へ。

 何故ならば、数日前の夜に出会った気配がするからだ!

「何の用だランサー、マスターから聞いちゃいるが…演技はもう止めたのか?」

「本日は御嬢様の件でお願いがありまして、姿かたちを偽る訳にも、侮られる訳にもまいりませぬ」

 ライダーに呼ばれた老人は、あっさりと自分がランサーであることを認めた。

 姿を偽ることは作戦のうちだろうに、もっと重要なことがあると真摯な目を向ける。

 

 とはいえ、ライダーの方がそれを評価するかは別だ。

 彼女自身名前を偽っており、作戦上の意味を認めれば名乗る事もある。その原則からすると老人の態度は褒めることはできない。

「まあ言ってみろよ。頷くかどうかは別にして、聞くだけは聞いてやるぜ?」

「ありがとうございます。用件は二つ、ヘッドハンティングを申し出て見よと、申されました」

 情報収集もあり、ライダーは顎をしゃくって見せた。

 聞く気の無い話であっても、相手の譲歩で裏が見える事もあるし、マスター同士のように敵の敵は味方と言う事もあるだろう。

 

 それに対し、老人が口にしたスカウトは直裁過ぎる。

 そもそも聞いてもらえるつもりのない提案を、まさにするだけはしてみようと言うレベルだ。

 礼儀にかなった言い方出ないのも、お嬢様と呼ばれる対象の言葉をそのまま伝えているのであろう。

 

「まさか応じると思ってるわけじゃねえよな? それに、他の連中には声をかけねえのか?」

「町での調査を拝見させていただきましたが、こちらの方面で、『不自然さ』に気が付いた方のみを対象にせよと仰せです。問題の重要性を御理解いただく必要がありますので」

 チッ。とライダーは舌打ちをした。

 やはり自分の直感は正しかったと理解すると同時に、監視されており、更に相手から補足されたことが面白くは無い。

 まるで『馬鹿じゃないから声を掛けた』とでも言わんばかりの、上から目線に感じられたのだ。

 

「うちのマスター達は盗人を警戒してはいるがな。…それとは別ってことか」

「そも、お嬢様は聖杯戦争の論理から外れた存在を疑っておいでです。それがハッキリするまでは、アインツベルンでもあっても迂闊に動くべきではないと」

 可能性だけなら色々考えられる。

 いわく、魔術師の集団。

 いわく、エクストラクラス。

 いわく、七騎以外のサーヴァント。

 

 もちろん、魔術師なぞ百人居ても一笑に付して終わりだが…。

 仮に、八騎目のサーヴァントが居て、さらに全陣営が疲弊したところで投入してきたらどうだろう。

 まさにトンビに油揚げ、西洋だろうがアラビアだろうが強奪し放題である。

 

「まあ、そっちに関しては考えてやっても良い。アサシンの代わりってだけなら知らねえがな。んで、もう一つは?」

 あくまで慮外のサーヴァントが居れば、そして協調路線までなら、という前提で頷いた。

 鞍替えするような尻の軽い奴だと思われているなら論外だが、もともと期待しているとは思えない。

 

 だから一応の試みなのだろうし、本命はこちらなのだろう。

「可能であれば、お嬢様が士郎様とお話になる時間を頂きたいと…。勿論、こういった町中でも、公の席でも構いませぬ」

「…」

 好きにしろよと表情だけで答え、ライダーは返事をしなかった。

 そこまで面倒は見切れないし、確約する気も無い。

 

 必要だと思えば話し合いの最中に殴り込むのも辞さないし、不要ならば無駄な事はやる気も無い。

 それがライダーが持つ独自の戦略だとか政略の感覚、綺麗事で済ませる気は最初からないのだ。

 アサシン以外の可能性にしても、話を聞く為の仮定に過ぎず、譲歩ですらない。

 

 酷薄な表情を浮かべる少女に、老紳士は頭を下げた。

「私ども全ての願いでございます。どうか、お嬢様を…」

「馬鹿じゃねえのか? 一端こじれた縁が簡単に治るわきゃねえだろ。時間を作るだけ無駄だ。そのくらい判ってんだろうに…」

 完全に否定しながら、ライダーの表情は優れなかった。

 否定すれば否定するほど、何故か自分で自分を追い詰めている様な気がする。

 あるいは…こじれた仲が修復することを彼女自身が望んでいるのかもしれなかった。

 

 そして、自分自身を追い詰めたライダーは、譲歩として利益を求めた。

 その情報を開示する条件としてなら、自分も要求を呑まざるを得ないと、自らを偽ったのである。

「…だいたいお前は誰だ? ランスロットじゃねえことだけは判る。オレはてめえをキャメロットで見た覚えがねえ」

 真名ほどの秘密を答えるのであればと、ライダーは譲歩した。

 通常であれば、決してこの程度の条件で、相手が答える筈は無い。

 そう信じて、断ることを心のどこかで祈る。

 彼女に信じる神は居ないので、あえて言うなら、ア・ドライグ・ゴッホになろうか?

 

 それは決して答えるはずの無い回答。

 サーヴァント戦に置いて情報隠蔽は必須。まして、迂闊に宝具を使ってしまった訳でもないのだから…。

 だが、何事にも例外は存在する。

「私めが残した礼装や、弟子たちに託した物を所持しておられましたな。後代の騎士かと思いましたが、円卓の方でしたか…」

 例えばライダーが自分の秘密を口走ってしまったように、そして、この老紳士のように。

 彼は言ってはならないことを平然と口にした。

 

 例えこの身が果てるとも。

 女主人の失われた絆を癒すことこそが、彼の望みなのだから。

「わたくしめは、ウィリアムと申します。僭越ながら、イングランドとダキテーヌに置いて執事の真似ごとをしておりました」

 かくしてライダーは打ちのめされる。

 思えば最初から彼女に勝ち目はなかったのだ。

 嫌だと言うなら、話をそうそうに打ち切る以外になかったであろう。

 

「おっかえりー。あ、ご飯かたずけちゃったよ? デザート食べる?」

 すっかり元に戻ったカエデと言う少女は、意気消沈したライダーを見て。

 何も考えずに欲望を口にした。

 それこそを望んで居ると直感的に判断したのだが、こういう時に彼女がカンを外したことが無い。

「…なあ? ウィリアムって言う名前の騎士で、すっごく強くて有名な奴って居るか?」

「ふふーん。穂群の黒豹と呼ばれたあたしじゃなきゃ、通じない問題だよ? ま、朝飯じゃないやデザート前のクエスチョン!」

 メニューを開いて勝手にキャラメルのミルクレープを頼んでしまう。

 自信があるならいっかとライダーは放置し、正体を聞くことにした。

 

 戦技に置いて、ランスロット以上なのは良い。技術は未来に向かって疾走するからだ。

 だが何故、ランスロットと同じ様な宝具が使えたのか?

 魔術めいた力は、過去に向かって疾走する。後代の騎士がランスロットと見まごう力を振るえる訳は無い。

 なのにあの老騎士は何故…。その答えは、とても単純なものだった。

 

 漫画やアニメに伝説的な人斬りと呼ばれた侍や、爆撃機のエースが居るとしよう。

 この侍やパイロットだと名前を偽ることの出来る者とは誰だ?

 人斬りと飛ばれた侍の、あるいはパイロットの、元になった人物なら偽装も容易いだろう。

「天才とアーパー以外は居ないと言われたプランタジネット朝のトップで、フランスとイギリス最強の騎士というか無敵って言われた、ウィリアム・マーシャルが第一候補かな」

 ようするに、老人の逸話がランスロットの伝承の中に流れたのである。

 生涯にわたり五百を越える一騎打ちに勝利し、一度の敗北も無く。

 イギリス王とフランス王に自分以上の騎士として称賛された、当時の欧州最強騎士。

 いわゆるナイトマスターの一人が、彼、ウィリアム・マーシャルである。

 

 




/人物紹介
・ライダー
・真名?
 バレバレだけど、円卓の騎士と言うことが判明しました。

・クラス:ランサー
・真名:ウィリアム・マーシャル
 彼の後に、マーシャルという名前の意味すら変わったとされるほどの騎士で、一騎打ちでなら生涯にわたって無敵。多額の身代金を稼ぎ、一財産を築く。
さらには当時の最高の貴婦人と呼ばれ、フランス王よりも裕福であったダキテーヌ女公アリノエールに仕え、彼女が嫁いだイギリス王や、その息子リチャード獅子心王など何代にも渡って後見人や相談役を務める。

・ランスロットの伝承(独自解釈)
 ランスロットは欧州におけるナイトマスター達の逸話をふんだんに盛り込んだとされており、王妃との不倫疑惑に一騎打ちで無敵など、ウィリアムとランスロット、あるいは他の伝承におけるナイトマスター的立ち位置に当たる人物の逸話が随所にみられる。
アーサー王伝説が広まったころに活躍した人物だから、まあ当然と言えば当然と言えるかもしれない。
ようするにナイトマスター達はお互いにモデルであり、ディムットとランスロット、ランスロットとオルランドウに共通する部分があるのもそのためである。


・蒔寺楓こと穂群の黒豹
 信じられない事だがwikiを読むと、蒔寺楓は歴史だけには詳しいという事になっている。
日本メインな気もするけど、この際は西洋史もOKということで。
ついでに折り紙が得意で、料理に鑑定にお茶の作法に裁縫と、完全無欠の猫を瞬時に被れると、スーパー女子力を有する。

 と言う訳で、このお話におけるアインツベルンは情報戦とか、参謀とか優秀なので色々な事に気が回って居ます。
よって第八のサーバントが居る疑惑と、謎の黒幕が居るんじゃね? という本家の裏話がサクっと回収。
バーサーカー戦が数話掛けて終わったら、黒幕との前哨戦として、警戒してるイリヤのお話になるんじゃないかな? という予定。
なお、マキジが出てるのは単純に背後の趣味と、wiki呼んだ時の思い付きです。
ランスロットの皮を被ったウィリアム御爺さんですが、事実を書くだけで嘘くさくなるスコアを持つという意味で、ルーデルやシモヘイヘと良い勝負と言えるので、ランスロット(原典)扱いで引っ張って来ました。
一対一だけならランスロットよりも強く、戦術戦略政略全てをイリヤに教えることが出来る後見人・相談役で、裏切った経歴が無いというチートキャラとして設定してあります。


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投影六拍(偽)

「いま帰ったぞー…って。誰も居ねえのか?」

 少女が門を潜ると、屋敷に灯りは無い。

 不用心だなとは思うが、まあ生きてるなら問題はあるまい。

 それが少女の感想であり、誰かに奪われない限りは、何をしていようが執着はなかった。

 

「まっ、探すくらいはしてやるか。様子を窺うくらいは爺…つーか後輩に義理はあるしな」

 少女は不思議な縁に笑うしかなかった。

 年上の姿を持った後輩、それも騎士だからと言う意味だけではない。

 ブリテン島を預かった者という立場として、少女は老人の先輩にあたる。

 彼女がサーヴァントとして呼び出された疑似礼装『女王Aの楯』は、二人の様なブリテン島の主人の意思を代行する者を呼ぶ物であり、老人が彼女の代わりに召喚された可能性もあるだろう。

 もっとも、数年で簒奪に走った自分と、最後まで忠義を尽す老人とでは忠誠度に差はあるだろうが…。少女はそこで苦い笑いを浮かべる。

「オレにもああいう未来があったのかな? いや、そんなはずはねえか」

 あるはずがない、ブリテンの未来に終焉をもたらしたのは、他ならぬ自分なのだから。

 

『……もうちょっと、もうちょっと硬くして』

『もう保たないってば…』

「蔵か? 何やってんだ?」

 土蔵から聞こえる荒い声に、少女は首を傾げた。

 中で魔力供給でもしてるなら出直しても良いが、そんな風にも思えない。

『うっ、限界だっ』

 何度も魔力が霧散して行くのを感じながら、土蔵の扉を潜る。

 

「何やってんだ?」

「ライダー何処行ってたんだ?」

「えーとまあ、バーサーカー戦に備えて、戦力UPの試みかな」

 三人は三様の言葉を発した。

 ライダーと呼ばれた少女は呆れた顔で煤けた顔の二人を眺める。

 明らかに色っぽい話では無く、馬鹿馬鹿しい実験をしていたに違いない。

 

「衛宮が投影凄いみたいだから、アレンジできないかと思ったんだけどね。要領悪くてさ」

「だから完成した物を、慎が言ってるみたいに簡単に弄れる訳ないじゃないか。だいたい、剣以外は殆ど成功しないし…」

 慎と呼ばれた少女と、衛宮と呼ばれた少年は、同じ事を繰り返しているようだ。

 呆れた表情で、同じ事を指摘し合う。

「構造素材や製造過程を替える訳じゃないんだから、小型化や、既存魔術の上乗せくらい出来たっていいはずっ」

「やってみた挙げ句に形だけになったじゃないか。黒鍵の代わりにもなりやしない」

「お、ほんとだ。すげー、石英で作った玩具見てえだな。玩具作りの才能があるんじゃねえの?」

 長くなりそうだったので、ライダーは間に入って留めることにした。

 だるいし面倒だし、やかましくて仕方ない。

 

 ポキンポキンと、金太郎飴やガラスでも砕くように、形骸化した武器を打ち砕く。

 ただそれだけで、魔力で作られたイミテーションは、ガラスどころか雪の様に消え去った。

「無駄なことするくらいなら、このまま使い方を変えた方が良くね? ゴミが武器には成るぜ。後は慎が札でもつけりゃいいだろ」

「…え?」

 ライダーは面倒くさそうに肩をすくめた。

 いつも直観的にやってる事もあり、説明自体出来ない。

「まー、論より証拠だな。ここじゃ狭いからついてきな」

「ちょっと、どこいくのよライダー。っていうか、いつもどっか行くんだから」

「待てよ二人とも。片付けくらい…」

 ライダーを先頭に御庭へ散歩。

 

 適当な場所に、持ち出したガラクタとしか言いようがない盾を数枚重ね、脇に比較的まともそうな槍や杖を並べる。

「剣を適当に投影しな。んで、此処に布切れがあると」

「マフラー? そんなもの買ったの?」

「女の子用ぽいマフラーだな…。色はどっちかというとアレだけど、拾ったんじゃないか?」

 ライダーは剣を受け取ると、ポケットからマフラーを取り出した。

 

 友人が置いて行ったマフラーは既製品ながら柔らかそうで、可愛らしい刺繍に見えなくもないアップリケも縫いつけてあった。

「刺繍は下手だけど、配置する場所や縫い方はいいな。裁縫自体はともかく、洋裁が苦手なのか?」

「見るのはそこじゃねえよ。実演してやっから、どいてな」

 衛宮と言う少年は、不思議とマフラーに見入っていた。

 何かを思い出す様な少年を放置して、ライダーはマフラーを剣の柄に結んでいく。

「んじゃいくぜ! っそれっ!」

「うわっ、急に振り回すなライダー!?」

「あっぶな…」

 ライダーは剣に結んだマフラーを振り回しながら、大回転させて長柄の槍や杖を次々薙ぎ払って行った。

 そして最後に、盛大に振り回してから、クルリと盾に向かって力を緩めた。

 

 バリンバリンと次々と盾を粉砕し、五・六枚砕いてから、剣の方も砕け散っていく。

「ざっとこんなもんだ。てめえのはコピーするばかりで中味がねえというが、そもそも何を目指しているんだ?」

 苦笑しながらライダーはマフラーを解いた。

 延びてしまった繊維を見ながら、あちゃあと溜息つくが、後の祭りだ。

 確実に怒られるし、場合によっては弁償一直線である。

「戦う立場からすりゃあ、武器なんて使えりゃいいんだよ。てめえなりの使い方を工夫して、てめえが納得のいく成果さえ出しゃあいいんだ」

「なんて暴論…。戦士の心得であっても、騎士の心得でもなければ、まして礼装製造には関係ないじゃない」

 自信満々なライダーに、慎はポカーンとした顔をなんとか手で覆った。

 やはり大口開けるのは女の子としてよろしくない。

 むしろ嬉々としてドヤ顔のライダーが例外だろう。

 

「衛宮も何か言ってやったら? 体ばっかり大人で…ああ、そうでもないか」

「…そうか。確かにそうかもしれないな」

「ああん? 何が言いてえ?」

 慎の話を半分だけ聞いて居た衛宮は、適当に相槌を打った。

 その様子に、女の子扱いされると怒るが、女らしくないと言われても微妙にキレがちなライダーは青筋を立てる。

 面倒くさいと言うか、自分に資格が無いとか言われるのが嫌いなだけかもしれないけれど。

 

「そう言う意味じゃないって。武器の使い方と製造、どっちにも共通する理念。…それを理解しても体感して無かったってことさ」

 少年は笑いながら縁側に座る。

 そこには冷めたお茶が置いてあり、おそらくは、土蔵に向かうまでは茶呑み話でもしていたのだろう。

 どんな話か興味深くはあるが、ライダーは黙って聞いて居た。

「…要するに鋳型に嵌めただけだな。何の為に創ったのか、どんな本質なのか、材質は何か、製作技術や、その為に培った経験。それぞれが完成してからの蓄積された年月。頭でしか覚えて居なかった」

 完成品を投影できる特殊能力を受け継いだから、そっくりそのまま完成品を作り上げた。

 だから、同じ完成品を作り上げることは出来ても、アレンジ出来なかったのだ。

 

 頻繁に使う物や、元よりアレンジを繰り返した物もコピーすることで、丸ごと能力を借り受けて居たのだ。

 これでは成功するはずはない…。そう呟いた。

「それじゃ駄目なのかよ? 鋳型でも製造できりゃ便利だろ?」

「俺の方にスペックないからな。元よりこの身に出来るのは鍛冶屋の真似ごとだけ、ならば槌打つ鋼になればいい。何が必要かをイメージして、設計図を元に結果を焼き直す」

 首を傾げているが、ライダーならば使いこなせるだろう。

 しかし衛宮士郎にはとうてい無理な話だ。

 

 いわば剣で出来て居るエミヤシロウには、体の中を構成する素材を、鋳型に入れる事も…剣を打つことも出来る。

 鋳型でまるまるコピーすれば簡単だが、一から真に迫るモノを真似て行く事も出来るのだ。

 創造理念・基本骨子・構成材質・製作技術・成長経験・蓄積年月。それら投影六拍によりて、体感し共感し、自分を通して…ただ幻の剣を打つ。

 

「さっきのライダーが振り回したやつがあるだろ? あれって要するに、射程を延ばし、遠心力で威力を向上させ、思わぬ方向から迫る。という工夫を考えて実行したわけだ」

「まーそうなるな。思い付きじゃあるが、だいたいそんなとこだろ」

 投影開始…と士郎は唱えると、鎖鎌を投影した。

「これはいま作った鎖鎌だけど、ライダーがやったことをそのまま再現できる。でも、俺だけじゃ思いつけなかったし、多分、使い方も失敗するだけだろうな」

 能力的には、さっきのマフラーで振り回した剣と同じだが、先ほどまでは思い付かなかったことだ。

 ライダーがやって見せ、言って見せたことを再現できはしないが、衛宮士郎が可能なことの範疇で行って見せればいい。

 これは衛宮士朗が、ライダーのやったことに共感したから思いつけた代用品だ。

 

「そして、歴史を学べば…多分、イメージしてることが…っできるはずだ」

「それって村正の護り刀? 衛宮ってミーハーなんだな」

 うるさいなと、言いながら衛宮士郎は村正と呼ばれた小刀を作り上げた。

 テレビで見た物を再現しただけだが、ここからがアレンジだ。

「投影開始、二重工程の一面凍結を解除…。戻れ村正…元の姿に!」

 そして、小刀を折れる前の刀のサイズまで拡張する。

 この刀を選んだのは、単に、折れたから打ち直した…という経緯を覚えて居たからだ。

 もったいないという事を思いもしたが、元の姿とはどういう物かと妄想したのも、今となっては良い思い出だ。

「投影開始…重装工程をスタート、基礎概念の破却。二重工程の二面凍結を解除。延びろ村正…今一つの姿に!」

 今度は刀の状態から、刃は小刀まで戻り、柄の方が姿を変えた。

 長巻きと呼ばれる、刀と薙刀の中間に変化する。

 これは刀が折れた場合の処理として、アレンジされる形態の一つだ。

 先ほど作り上げる時に、予め二枚の設計図と概念を仕込んで居たのである。

 

「いまはこれで精いっぱいかな。ここから無関係の形に替えたり、強化やら上乗せするのは一苦労だけどな」

「まあいいんじゃない? アレンジとか出来なかった時にくらべたら、各段の進歩だと思うけど」

「ひと段落ってか? ならこっちも本題に入れるな」

 投影でる繰り出した物品のアレンジに関して、一応の目途が付いた。

 そう理解したライダーは、とある質問を切り出す。

「アサシンの件で何か判ったの?」

「その話は落ち付いてからだな。不確定過ぎるし、この目で見てない事を信じる気にはなれねえ。…なあ、セイバーのマスターよお」

「何だ? 俺で出来る事なら協力するけど」

 ライダーはここで、頼まれた一切合財を投げ捨てることにした。

 代わりに自分の用事を片付けることにする。

 

 それこそが、逆に頼まれごとをスムーズに解決出来る様な気がしたからだ。

「てめえは何の為に闘うんだ?」

「え…?」

 できればスッキリしてえなあと、つまらない事で悩んで居たライダーは笑うのだった。




/ステータス更新
・衛宮士郎
魔術オプション:アレンジ技術系ツリーの解放
オーバーエッジ(一部)、剣の矢化(一部)、ロングサイズ化(一部)を習得。

 と言う訳で、士郎が微妙に強くなりました。
プリヤ士郎は本家士郎と違って、エミヤの忠告やらなんやら聞いて無いので、その部分を補強した感じになります。
ライダーがやったブリーチ的な事は暴論なのですが、士郎の方に『投影六拍』という回答と、弓道・魔術鍛錬を重ね合わせて居ると言う前提があるので、補強される感じです。
あと、ライダーは地道な調査とか、ランサーに頼まれたことはガン無視。パシリなんかする訳ないじゃん? というスタンスです(勿論、意見に反映はしますが)。

次回がバーサーカー戦の序盤予定


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誰かの為に来て

「…なあ、セイバーのマスターよお」

「何だ? 俺で出来る事なら協力するけど」

 セイバーのマスターと呼ばれた、衛宮士郎は首を傾げた。

 問われる内容は、狭い様で重い。

 

 ゆえにここで、視点は彼の元に還る。

「てめえは何の為に闘うんだ?」

「え…?」

 俺はライダーの問いに一瞬戸惑った。

 何気ない質問にも見えたが、いままでライダーがこんな事を聞いて来た覚えは無い。

 

 答えに詰まって慎の方を見ると、何と言ったら良いのか判らない顔をしてる。

 彼女も聞かれた事があるのか?  いや、そもそも何か深い意味がある気がしてならない。

 そう思った時、ライダーがさっさと回答を迫って来た。

「慎もオレと同じで徹頭徹尾、自分の為だ。他人から見たら馬鹿かと思われることに命掛けてやがる。さあ、てめえはどうして戦うんだ?」

「ちょっ! 人の話を勝手に話すんじゃない!」

 …サーヴァントは同じ様な望みだったり、似たような性格をしている者が多いそうだ。

 そう言う点で、この二人は良く似て居た。

 世間の大半ことはどうでも良い半面、自分が得意なことでは自己主張が激しい。

 マーボーが指摘していたが、自己肯定願望が大きいのだろう…。

 

 とはいえ他人の事を言える状況でも無いか。

 俺が闘う理由、いや今でも闘っている理由は…。

「俺が大事だと思う人と、できれば、その人たちが大事に思う誰かの為にも闘う…正義の味方でありたいってことかな。昔は世界を救うヒーローなんてガキ臭い事を言ってたけどさ…ちょっと遠かった」

「はっ、何言ってやがる。今でも十分にガキだよ」

「誰かさんもねっ」

 俺は大切な妹や、その友人たち、そして…仲がこじれたり戻ったりした親友の事を思い出す。

 ガイアの抑止と化した●●から脱出させようと思って、自分まで脱出させられてしまった。

 世界を救うヒーローなんて遠かったよジイサン…。

 結局、俺は自分の大事な者を守ることすら難しい。

 

 だからまずは、あのあまりにもかけ離れてしまった…、幸せそうな笑顔を取り戻したいと思う。

「今の処は妙な事を吹きこまれたイリヤを何とかするのが目的かなあ?」

「ならいいさ。だが、もし周囲が邪魔したらどうする?」

 今日のライダーは随分と切り込んで来るな。

 だけど、それは避けて通れない道だ。

 今の内に覚悟を決めると言う意味で、

「もしアインツベルンの連中が邪魔するなら、それもどうにかしないといけないけど。可能なら説得、可能なら説得以外だな。ちょっと魔術師の家が持つ変質的な所はついて行けない」

「そこまで判ってんなら、オレから言うことは何もねえ。聖杯戦争の間だけなら、報酬次第で手伝ってやっても良いくらいだ」

 どうせする事ねえしな。

 そう呟くライダーに、慎も俺も顔を見合わせた。

 思わず額を合わせて、熱を測る。

 

「平熱だな…一応、薬飲んどくか?」

「サーバントも風邪ってひくのねえ。戦闘が起きても大丈夫?」

「何言ってやがる! バーカバーカバーカ! 報酬次第だし、する事無ければって話だろうがっ。最低でもそうだな、王に相応しいゴージャスな料理を頼むぜ」

 顔を真っ赤にしたライダーが脱兎の勢いで下がる。

 そういえば女の子だったよなー、失敗と思う反面、照れ隠しぽい仕草に微笑ましくなった。

 なんというか、俺より年上とは話しているのではなくて、小さなガキ大将と口を聞いて居る様な気がするのだ。

 

「料理でいいのか。…でもそうだな、助かるよ。ライダーは強いからな、あてにさせてもらう」

「ふん…。ダチにも食わせてえし、まずかったら承知しねえからな。…慎、何かアイデアとかねえのか?」

「アイデアって、聖杯戦争の行方? それともアインツベルンの説得とか攻略?」

 ライダーに友達出来たのか…。

 もしかして一成のことかな? もしそうなら、とびっきりのを用意して、二人の為に協力しないとな。

 

「この状況で他にねえだろ。それに、オレが居るのは聖杯戦争中だけだし、同じ様なもんだ」

「そうねえ。アインツベルンが何考えてるかしらないけど、最終目的は第三魔法の為、聖杯戦争はその過程って決まってるから…」

「…」

 照れ隠しで始めた話題の様だが、俺も気になる話題なので黙っておく。

 ここで答えが出せるなら、より良い結果を目指す為に見当も出来る。

 急がないといけないならストレートに、直球過ぎるなら変化球で、あるいは緩急つけて、一番良い結果を目指したいものだ。

 

 もっとも、そう上手くは行かないもので、事態はアイデアすらロクに聞かせてくれやしない。

「…っ!?」

「聖杯戦争用の特注ホムンクルスな訳じゃない? 難しいけど聖杯に変わる研究圧縮手段を見つけるとか、現実的な範囲で…衛宮?」

 腕の痛みが激しくなり、緩和してもらってる許容値を一瞬だけ越えた。

 そして、森がざわめく様な違和感を、僅かに覚える。

 

 途中で剣呑な光を目に灯したライダーだったが、その意味が切り替わる。

 俺だけに見られた変化から、おそらくは屋敷に侵入者が出たと判断したらしい。

「敵か?」

「ライダー…違うんだ。何か、クーフーリンか、それとも学校の結界に何かあったのかも…」

「そういえば、探索の為に同調率を上げてるっけ。仕方無い、その辺を施術し直そう」

 クーフーリンが昨日の今日で何処かに出撃するとは思えない。

 それを考えれば、彼が目的にしろ、結界が目的にしろ同じ事だ。おそらくは、学校で誰かが何かをしたのだ。

 

 ここで視点は、再び彼らの元を離れる。

 少年が結界とリンクする事で感知したことを、結界の監視者たちは『目』で把握したのだ。

「どこかのマスターが仕掛けたようですが、これは随分と強力な結界ですね。なんとかなりますか、ミスター?」

「ちょいと難しいが、迷いの森の強化型みたいだし、ここにあるアホみたいな量の礼装がありゃあなんとかなるだろう」

 バーサーカーが語りかけた、厳つい顔の傭兵は趣味の悪い礼装を眺めた。

 人の皮で作ったスクロールに、人の目で作った遠目の水晶球、更には臓腑を利用した様々な武装。

 

 そして…無数どころか、百を遥かに超える竜牙兵たちだ。

 ドラゴントゥースウォリアーと呼ばれるソレが、サーヴァントや一級の魔術師に取っては他愛ない相手としても、この数は侮れまい。

 いや、良く見れば、血で描かれた紋様…血粧で強化すらされている。

 なんという大盤振る舞い、この時点ですらちゃちなゴーレムを越えて居るかもしれない。

「流石は名うてのネクロマンサー。それは心強いですが…。いかがでしょうマスター、ミスターのおっしゃることは正しいですが、少々惜しいとは思いませんか?」

「そうだな。ちょっと改良して明日までに専用の礼装を作るとしよう…」

 それも僅か一日で。

 確かに理論的に可能なのだろうし、無数の礼装を使い捨てるには惜しいのかもしれない。

 だがアトラムと言う男を知る者ならば、その勤勉さに、首を傾げた事だろう。

 

 バーサーカーの正体は聖人だ。

 聖人が持つ、ただでさえ強力なカリスマを、規格外の狂化が引き揚げて居た。

 知らぬ間に、マスター…アトラム・ガリアスタは、完成した礼装をさらに改良すると言う試練に付き合わされる。

 もはや呪われているとしか思えないカリスマは、努力する者へのギフテッドと呼ばれるに相応しい凶悪さで、彼を汚染していた。

「明日まで? こっちは時間がありゃあ準備は幾らでも出来るんだ。んな無茶をする必要はねえだろう」

「時計塔から報告が入ってね。アインツベルンの連中が、向こうに直接交渉に出てるらしい」

「ようするに決戦に挑む価値がある訳ですな? 素晴らしい、確かにあのサーヴァントは大英雄です、各個撃破は重要でしょう」

 理論通り、嘘は言って居ない、そして採算もある。

 並のサーバントが三騎くらい結集したところで、バーサーカーには叶わない。

 相手にも大英雄が居た所で、こちらにだって圧倒的な力を持つ切り札がある。

 

 そして何より…アトラム・ガリアスタは勝つ必要が無いのだ。

 かくして、話が通じないはずのバーサーカーの言葉に、精神汚染されたアトラムは、頷き続けることで理解を示した。




/登場人物
・ネクロマンサーな傭兵
 竜属性の人体パーツゲットだぜ、ウェーイ…というような性格はしていない。
むしろ豊富すぎる素材と、嬉々として身を捧げる殉教者たちに、ヘキヘキしている。
だが彼には引くに引けない理由がある。ここにある素材で研究したり、聖杯があれば願いが可能かもしれないのだ。
だから操られていると知って、彼は死地に向かう。魔力供給を引き受けるハンデすら背負って。

・アトラム・ガリアスタ(cool)
 時計塔のロードでも不可能なレベルで、様々な素材や、それを対価にしての援助すら得て居る。
とある呪物を目的に、這いつくばることすらする一部の上位者すら見て満足した事もあり、いまや傲岸不遜ではあるが、成り金の貴族と言うよりは、魔術礼装の匠と化した。
だが心は此処にあるようで、夢幻境に旅立つ冒険者と同レベルの精神汚染状態である。

魔術礼装:
亜種聖杯x1、スクロール(龍皮)、竜眼球、ドラゴンエンジン型魔力炉x1、人間オルガン、強化竜牙兵x三百、ほか

・バーサーカー
 愉悦。
彼なら傭兵さんの呪いを解けるんじゃないか? とか言ってはいけない。

 と言う訳で、士郎たちの結束が固まったり微笑ましい光景を続行。
執事の爺さんがライダーにお願いに来ることが出来たり、学校での戦いに様子見すると教えてくれてるのは…。譲歩でもなんでもなくて、単にアインツベルン陣営が強化に出かけて居ただけです。
同様にアトラムさんも強化(狂化=教科)してみました。ご都合主義とタグに詠ってはいますが、やっぱり中ボスが雑魚だとRPG的に残念なので、龍ちゃん並のクールな匠になっています。


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開戦

「涼しい顔でやってくれる…八枚舌め」

「アインツベルンにも声を掛けてたのか。やれやれ…本当に節操が無いな」

 一日掛けて判明した情報に、アトラムは苦虫を噛み潰した。

 彼に雇われたもう一人の男も、これには失笑を禁じ得ない。

 なにしろ、アトラムに彼を紹介したのは、他ならぬ八枚舌と呼ばれる時計塔の魔術師だからだ。

 

「どうする? 俺の信用が置けないってんなら、残念だが傭兵契約を打ち切るのも已む無しだが」

「いや。将来の敵対勢力をまとめて磨り潰す魂胆だろう。…ここは君を信用しておくとしよう」

 怒り心頭だし不信感を全て拭えはしないが、アトラムは男の戦力を惜しんだ。

 戦闘系の魔術使いとして一級品だが、何よりネクロマンサーである彼は、作り上げた生物系礼装の管理に最適なのだ。

 流石にサーヴァントは無理にしても、採算を無視した戦闘用ホムンクルスを倒せるだろう。

 

 そして何より…勝ち残った後に置いても、彼との協調は有益な筈であった。

「それで良いのですマスター。我らという武器を、危険も承知で使いこなすのが貴族や騎士と言うモノ」

 バーサーカーは愉快気に状況と、アトラムの決断を肯定した。

「それに出て来ない人物と、前線に赴くマスターとでは収穫に差があります。彼女たちとの絆、時計塔や本国に居て得られましたか?」

「私の”マグダラ”か…確かにな。あの子の献身は何にも代えがたい」

 バーサーカーの言葉にアトラムは頷いた。

 彼は冷酷で計算高い魔術師だが、だからこそ…。

 聖別された中でも竜化が定着した少女の価値を見直すし…親を見る雛鳥のような目には、打算的だと自覚しつつも愛情を注ぐ。

 

 もし、アトラムが彼女を心の底から愛していたなら、あるいは正気だったなら。

 彼はここでリタイヤし、竜を花嫁に迎えた幸せな魔術師に成れただろう。

 だが野心とプライドに塗れた男は戦いを決断する。

「八枚舌の用意したミレニアム小隊とやらは、アインツベルンと共にロンドンだ。戻る前に、今夜の襲撃で最大級の成果を得てやる」

「ということは、迷の森対策もだが、亜種聖杯も完成したのか?」

 ニタリとアトラムは笑顔を浮かべた。

 陰謀家として八枚舌と言う魔術師に及ばずとも、礼装の開発者としては天才的だ。

 

 一から創り出すのは無理でも、ヒントから出来の良い偽物を作るくらいは問題無い。

 そして考え方を変えるのであれば、本物に近い偽物は無理でも、似て非なる有用な駄作はもっと簡単なのだ。

「魔術礼装でも作りはしたが…。初期型のロータリーエンジンを手に入れたからな。アレなら『私の』聖杯に相応しい。相性の良い血を用意できる」

「科学的アプローチか? まったく魔術師のすることじゃねーな」

 魔術師に取って、材料は自らの特性や立地に根ざす方が使い易い。

 石油王と呼ばれる彼にとって、一族の勃興を助けた黒き泉から、汲み出した黒き水を魔術的に精製することなど容易い。

 四十七士と例えられた技術者の作り上げた傑作エンジンに、特殊生成されたハイオクガソリンが、空気と共に注ぎ込まれるのだ。

 

「万能の釜として起動するならともかく、データ観測用なら十分だろう。科学的な方はオマケだがね」

 魔術的に作成された礼装と、科学的に製造された礼装。

 二つの亜種聖杯が疑似的に存在する事で、データを様々な角度から検証するつもりであった。

 高度な科学は魔術と区別が付かないと言うが…、こと聖杯の骨子足る第三魔法は、いずれ科学でも立証されると言うモノも居るくらいだ。

 第三魔法を疑似的に存在すると仮定して、過程である聖杯の亜種を作ると言う矛盾が、ここに成立していた。

 

「では一休みしたら出陣するとしようか。まずは四次のアインツベルンに習うとして…結界破壊を任せよう」

「給料分の仕事はキッチリやるさ。で、どうやって結界を破壊するんだ?」

 アトラムは男を影の戦力として投入する事に決めた。

 己とバーサーカーでサーバントに対処し、邪魔な結界を粉砕する算段だ。

 

 影の戦力は相手の意表を付けるし、アインツベルン陣営に通用しないから、秘匿性を使い切るならここだろう。

「放送室でコレを流してくれ。おあつらえ向きにアリアドネの糸が設定してあるからな」

「放送用のコードを電気的に遡るのか。何の曲が入ってるか知らないが、任せとけ」

 魔術師として大した才能が無いのであれば、科学をも利用する。

 アトラム・ガリアスタは自分の才能の限界を自覚すると、あらゆる手段を躊躇なく投入する事にした。

 

 かくして、三百騎の竜牙兵を率いてバーサーカー陣営は出撃する。

 穂群原学園高等部は、一歩踏み入った時、奇妙な違和感に包まれた。

 やがてソレは、先行した竜牙兵の消失という事態で確定する。

「やっぱり迷いの森か。巨人をイメージする火山と相性悪い様にも見えるが…富士の樹海と同じで組み合わせようがあるからな」

 アトラム達と判れ、男は数体の竜牙兵を連れて移動を開始。近くにある石を拾うとその辺に放り投げ、次はナイフを取り出した。

 そして適当な樹に傷を付ける。

「当然、閉じた部屋じゃない。直進しない空間でも無い。そして…傷跡が成長してるということは、白紙委任の森か」

 男があげたのは、迷の森と呼ばれる結界の中でも、高難度の類いだ。

 空間を捩じって閉じめる術は、中に居るクーフーリンの強過ぎる神秘が閉座せない。

 直進しない空間は、特定方向への多層構造にしないと意味が無いので、破壊する事は難しいが構造自体は把握し易い。

 

 そして最後にあげた白紙委任の森とは、太陽を考慮しない植物が、勝手気ままな方向に成長する性質を利用した物だ。

 おそらくは太陽の無い、夜間のみ姿を現す完全ランダムの迷宮なのだろう。

「やれやれ。ダイダロス型の稼働迷宮とは厄介だな。アリアドネが無かったら俺の魔力だと詰むぞコレ」

 男は機材を取り出すと、放送機材に繋ぎ、電気の流れで放送室を特定。

 自身の感覚には一切頼らずに移動を開始する。

 保身のために竜牙兵を探索に出したい所だが、離れ過ぎると、植物の急成長で入れ替わる景色に巻き込まれるので出せない。

 

 だからコレは必然だったのだろう。

「ったく、逸れちまった。どこだここ?」

「っ!?」

 傭兵の男…獅子劫界離は、その日、運命に出会う。




/登場人物
・獅子劫界離
 バーサーカー陣営に雇われた魔術使いで、なうてのネクロマンサー。
人の体を魔術礼装にして、徹底的に攻撃力に変えた武闘派であり、とある目的のためにアトラムに従っている。

・八枚舌とミレニアム小隊
 アインツベルンに協力する、複数の魔術師たちのまとめ役。
様々な礼装やオペレートをランサーの為に用意し、その技術をフィードバックする…と言う事になっている。
だが影で色々な陣営に協力しており、それも全てはアインツベルンから直接、聖杯作成やホムンクルスの技術を得るため。
「君とは良い友人だったな」とか言うタイプなので、信用してはいけないし、信用しないことも利用する外道である。

/礼装
『閉じた部屋』
『直進しない空間』
『白紙委任の森』
『ダイダロス』
 いずれも結界系概念武装の中でも上位のモノで、それぞれに異なる特性持つ。
最終的に、白紙委任の森が選ばれたのは、クーフーリンの特性、夜に力を受け取る所長の特性に合わせたため。

『科学的、亜種聖杯』
 ロータリーエンジン初期型を使用し、トリプルロータリー・トリプルターボのマツダ車に接続してある。
使用されるガソリンは、アトラムの一族が勃興する際に使用した物で、彼の特性に極めてマッチしている。
これが正常に起動するかは保証されて無いが、魔術礼装としての亜種聖杯も作ってあるので、データ収集用の保険と言える。

という訳で、NPC傭兵レベルで獅子GOさんの名前がオープン。
彼が登場したのは、単純にバーサーカー陣営の戦闘経験弱いよね…というのと、竜属性の人体パーツを礼装に加工できるから。
これによって、四次ランサー陣営・セイバー陣営並の戦闘経験・開発力・資材レベルになっております。


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迷いの森を越えて

 

(黄金の大剣…セイバーのサーヴァントか? こいつは三十六計逃げるにしかずだな)

「あん? 誰だ、待ちやがれ!」

 男は咄嗟に身を翻すと、我が身の不運を呪うよりも先に逃げ出した。

 護衛を兼ねた竜牙兵を連れて居る事もあり、無関係の魔術士というのも無理だろう。

 それに、サーヴァントの方も瞬時に決断していた。

 まごまごしていれば、倒されていたのは男…獅子劫界離の方だろう。

 

「俺が逃げるまででいい、防げ!」

「邪魔すんな!」

 潮の香りと共に黄金の大剣が一閃すると、ただそれだけで竜牙兵を打ち砕く。

 強化しているはずなのに一蹴とは、まさしく最優のサーヴァントだろうと獅子劫は肝を冷やす。

 冷静沈着にこそ見えないが、機転が効く上にシンプルに強い。

 

「竜化した指弾が半分以上弾かれたぞ? 魔術耐性もか…知ってはいたが、どうしようもないな」

 魔術士がサーヴァントに勝てるはずもない。

 暗殺を成し遂げた後の油断したアサシンとか、魔術を唱えた後のキャスターなら話は別だが。

「やれやれ。幸か不幸か、キャスターの結界に感謝だな。一寸先は五里霧中ってのがありがてえ」

 だが、この結界の中で、逃げ出すだけなら話は別だ。

 ランダムな方向に急成長する植物は、先ほどまでと道筋を完全に変更している。

 不意の遭遇にさえ気を付ければ、十分に引き寄せてから放送室に向かえばいい。

 

「しかし第三…いや第四勢力の御登場か。こりゃアトラムの運も捨てたもんじゃないか」

 獅子劫は困難な状況である事を知りながら、撤退する選択肢を削ることにした。

 タッチダウンを決めるだけで良いなら、彼自身の採算はある。

 そして彼を雇っているアトラムは、今夜、切り札である宝具を使う予定なのだ。

 

 バーサーカー個人の強さに加えて、聞いている宝具の内容は胡散臭く思える様な鬼札であった。

 ならば勝ち逃げを狙っている以上、アトラム・ガリアスタの優位は覆らないし、陣営に属してられる報酬は魅力的だった。

 

 

 そして彼が放送室を目指して居た頃、校庭に置いても戦いが繰り広げられていた。

 強化された竜牙兵が強くとも、所詮はゴーレム止まり。

 一撃で粉砕されないのが精々、サーヴァントを要する側が有利ではあった。

 ただし、その数があまりにも多い…。

「あーもう、ライダーってば何処行っちゃったのよもー! こっちまで分断されてどうすんのよ」

「いや、あれでよい良い。凛…敵陣が不利な状況を見過ごす訳が無かろう。なにより猟犬は解き放つもの」

 遠坂凛は唸りを上げるが、しぶしぶながら落ち付きを取り戻す。

 迫って来た竜牙兵を順調に撃退していると言うのもあるが…。

 

 思わず奇妙なモノを見る目でギルガメッシュの顔を眺めた。

「なによ、今夜は随分と協力的じゃない」

「何、我はセイバーも兼ねられるが、そなたは魔術士以上ではあるまい? ならば見た目通りの幼童と思うて助言したまでよ」

 正論ではあるが、いや正論だからこそ薄ら寒い物を感じる。

 ギルガメッシュはそこまで親切な性格をしていない、まして、凛が幼いのは姿だけだ。

 何を考えて居るのか、見定めねば大火傷をするのは間違いがあるまい。

 

「いやに親切ね。何がそんなに御機嫌なの? ライダーが可愛いとかじゃないわよね?」

「あれは躾ける過程はともかく侍らせる資格も無い。…だが道化どもの喜劇を眺めるには近い方が愉しかろう」

 ギルガメッシュは残った一体を切り倒しながら、本人が聞けば沸騰しそうな暴言を吐いた。

 ライダーほどの強力なサーヴァントを、犬猫でも扱うかの如くに扱うのは、幾らなんでも油断のし過ぎだ。

 確かに慢心やもしれぬ、だが今宵の英雄王は、いつになく本気であった。

 なぜならば…。

「火薬の上でタップダンスを踊るのを、勝ち逃げと称するのだ。喜劇以外になんと言おうか」

 そう言ってギルガメッシュは戦場を彩る、赤い光を花火の様に眺める。

 

 ギルガメッシュが見て居た赤い光、それは本来、彼が許容できるモノではない。

 本物どころか原典を持つ英雄王の前で、偽物風情が我が物顔で空を掛けて居るのだ。

「衛宮! 位置は三歩ほど右にズレてる。迂闊には動いてない…次は元の位置に戻るんじゃないかな?」

「ここは慎を信じる…。行け!」

 観測と行動予想を行う間桐慎の指示に従って、衛宮士郎は弓の弦に剣をあてがった。

 一心不乱に呪文を詠唱すれば、ソレは矢へと変わり、あてがうから番えるに運命は変転する。

 

 剣から矢へとアレンジされ、放たれる矢は赤原猟兵。

 投影で創り出したゆえ、本来より三段は劣るだろうが、この場は性質の方が重要だ。

 赤い光と化して戦場を駆け抜け、僅かな間に変化する森の結界に順応し、当たるまで延々と追いかける。

「今度こそやったか?」

「ううん、駄目。何をしたかしらないけど…相当に防具力が高いみたいね」

 士郎は自らの目で確認しつつも、竜牙兵の対処があるため、念のために慎に聞いてみた。

 だが、四つの目で見ても、結果は同じこと。

 予想を当ててなお、敵は健在。

 明らかに、直撃しているはずなのに!

 

 驚愕を覚えながらも、竜牙兵達から逃れるために、ひとまず移動を再開する。

「切実に主人を守る逸話でもあったのかしら? 単に狂気の度合いが低いかもしれないけど、それはそれで嫌…」

「あれだけの能力で狂化されてないとか、どんだけだよ。それなら一定率で撃墜する能力の方が嬉しい…よっと!」

 慎は戦闘力が無いのと、移動しながらの観測を行う為、注意して確認しているが何をやったか全然わからない。

 時折しか視界が開けないこともあるが…、あまりにも異常だからだ。

 

 キャスターとの提携を隠しているものの…。

 迷いの森に引きこみ、更には不意の遭遇を装っても、敵を圧倒出来ない事に焦りを覚えて居た。

 これで移動ルートまで確保されたら、どれほど不利になるのだろうか?

 

 そんな事を思っていた矢先、場違いな歌が四方より流れて来るのを耳にする。

 その歌は、日本人なら年末に聞いた者も多いだろう…。

 

『…Deine zauber binden wieder、Was die mode streng geteilt。alle menschen werden bruder』

 澄んだ子供の声が、スピーカーから流れて居出る。

 

 視線も声も迷う森の結界を越えて…。

「おお、汝が魔力はいま再び結び合わせる…だったかな? 私の日本語訳は合ってるかい?」

 実に楽しそうな、男の言葉が戦場に放たれた。

「時が強く切り離したかのものを…くくく。歌はいい、人間の文化の結晶と言うやつだな」

 まるで夜霧が晴れ渡る様に。

 ただ歌が流れるだけで、迷の森という神秘が吹き払われて行った…。

 

 

 





礼装:『竜の指先』
 本来は魔術師の指を使用するが、竜属性を得た子供の指を使っている。
威力は強く、命中精度は下がっているが…。相手がサーヴァントなので100%効かない魔弾よりは効く可能性はある。

宝具『赤原猟兵(投影)』
 手にすれば自動的に相手を切り刻む刃であるが、ここでは矢にアレンジされている。
僅かな間に姿を変え、まともに移動できない迷の森で運用するには有用だろう。
なお、士郎の投影は完全ならば二段階ダウンくらいだが、今回はぶっつけ本番なので三段階落ちて居る。
弱いように思えるが、セイバーの宝具と併用する事で、ハイペースで魔力を補充できるチート戦術と化す可能性がある(特性上、有利になると変換する効率は下がる)

礼装『竜歌:喜びの歌』
 竜は啼き声一つで半端な魔術を撃ち落とすと言う。
獅子劫界離の魔弾をライダーが容易く弾き返したように、より強い竜の神秘が、迷いの森と言う神秘を洗い流す。

 ギルガメッシュは双剣だけだが真面目に戦い、士郎は魔術のアレンジを着実に上手くなっている感じです。
とはいえ、獅子GOさん(正確には違う)が結界を解きました。次回はバーサーカーの宝具が登場する予定になります。


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ドラゴンブレス

「ちっとも喜べない歓喜の歌ですね…」

「まあそういうなよ。詠い手に罪はねーだろ」

 屋上に隠れたバセットとクーフーリンは、霧が晴れゆくように消え去る結界を眺めた。

 スピーカーから流れる歌は、竜の魔力を有している。

 言うなれば竜の吐息、ドラゴンブレスだ。

 

 神秘はより強い神秘によって流されてしまうものだが、特性的に相性が悪い。

 白紙委任の森はランダムに道筋を変えてしまうが、連結し続けている道は変更されないのだ。

 歌によって全ての空間が連結された事で、解除されなかったとしても、完全に効力を失っていた。

 

「ここまでは予測できたことさ。連中だって馬鹿じゃねからな。…で、嬢ちゃん達は上手くやってくれたみてえだな」

「ええ。偶然を装ったまま、挟み討ちに出来ます。それに…相手の対策が見れたのは大きい」

 二人が見降ろした場所では、弓道場から校舎に掛けて遊撃戦闘を行った士郎・慎組と、校舎を挟んでその反対側に凛たちが居る。

 対するアトラムとバーサーカーは校庭に、竜牙兵は全体に散って居た。

 屋上に隠れて居るバセット達は好きな場所に着地すればいいので、挟み討ちすることも合流する事も出来る。

 

「坊主の宝具モドキを防いだやつか? やっぱりラックや宿り侵す死棘の槍(ゲイボルク)は怪しいと見るべきだろうな」

「術の格にも寄りますが…。これだけ竜の呪具が溢れているなら希望的観測は捨てるべきだ。むしろ全員で攻め潰す方が安全のはず」

 二人は専用の術を作って、迷の森と化した学園を俯瞰していた。

 確実に全てを把握した訳ではないが、次々と宝具級の矢をバーサーカー陣営は防いで見せた。

 相手がバセット達の切り札を知って居るかは別にして、対個人の礼装への備えをしているに違いあるまい。

 その正体と、適用されるレベルが判るまでは、迂闊に使用するのは躊躇われた。

 

「それだけ判断できりゃあ上等だ。ただの猪から脱皮して、立派な英雄殺しに成りやがったな」

「出会ったばかりの頃の話でしょう…それを言わないでください…」

 男の言葉にバセットは少しだけ顔を赤らめる。

 今でも脳筋と呼ばれるタイプだなとは自覚はあるのだが、突入する前に確認くらいはしようと思う事が出来ただけだ。

 それもこれも、身動きが出来なくなってからだ。

「成長しないよりはいいさ。それに、てめえの思い切りの良さが残ってるなら、そいつは良い成長って言うんだ。…ま、俺らも出撃するか」

「はい…。お願いします」

 バセットはフェンスから飛び出すと、身を縮めて落下をクーフーリンに任せた。

 がっしりとした体に支えられて降下する。

 

 二人の姿に気が付いたアトラムは不敵に笑って見せた。

「逃げ回るのは止めたのかね? お得意の肉弾攻撃はまだ無理のようだけれども」

「時計塔の魔術士とあろうものが、呪術ごときに頼っているようですから別の方法を使用します」

 アトラムの挑発に、あえてバセットは声に出して答えた。

 お互いがお互いに、相手の情報を第三者に告げて居る。

 アトラムはバセットが本調子出ないことを、バセットはアトラムが対個人用の防御を張って居ることを伝えたのだ。

 

 状況的には傷が治りきってないバセットの方が不利。

 …ただし、消極的な対バーサーカー同盟を結んでなければの話である。

 

「呪術ごときは酷いな。自滅を覚悟して、我が身と引き換えにするレベルの術を使っているのだけどね。…当然、バーサーカーの分も含めて対処はしてあるが」

 魔術や呪詛は等価交換か、それ以下が原則。代償が大きければ大きいほど効果が大きくなる。

 そして、ゲッシュに代表されるように、対価が破滅的であればあるほど、得られるモノも大きいのだ。

 生贄の人形に自らの傷を渡し、人形の傷を我が身に受けるほどの代償で有れば、宝具すら防げよう。もちろん、他者に利用されれば破滅も同然であるが、持って来ない事も隠す事も出来る。

 

「さて、確認しよう。多勢に無勢だが、こちらの陣営に協力する気は無いかね?」

 アトラムは竜牙兵に指示して陣形を整えさせる。

 範囲攻撃を想定して、少数ずつが小さなグループを作って散開しつつ、緩やかな包囲網を築き始めた。

 指示を理解し判断できる時点で、既に並の竜牙兵ではあるまい。

 

「どっちが多勢でどっちが無勢なのかしら? 竜牙兵何なんかサーヴァントの敵じゃないわ。だいたい、この位置なら、まっさきに融けて消えるのはあんたの手駒よ」

 いかに強化された竜牙兵とて、サーヴァントには叶わない。

 最初から全てを投入し、マスターだけを狙えば別かもしれないが、既に半数以下だ。

 まして範囲攻撃や遠距離戦が得意なキャスター・アーチャー・ライダーが、ここには揃っている。

 

 そして、バーサーカーが強いと言っても、三方に敵陣営があるなら、どう考えても不利なのはアトラムの方だろう。

 苦し紛れの説得としか思えまい。

 だが、アトラムは余裕を残したまま、もう一つの陣営に問いかける。

「確認しようか。そっちはどうする? 待遇は応相談だが」

「悪いが断る。先約があるからな」

「同じく」

 アトラムの誘いに、士郎と慎は首を振った。

 協力したマスター全ての望みを叶える力があるなら、そもそもバセット達を騙し討ちなどすまい。

 

「契約の順守とは素晴らしい。真摯な瞳からは、誠実さも窺える。それに実に勇気のある決断だ。マスター素晴らしき強敵ではありませんか」

「バーサーカーがしゃべった!?」

 にこやかなバーサーカーの言葉に、思わず慎が声を上げる。

 それもそうだろう、通常、バーサーカーは知性が無くなることが多いのだ。

 より正しくは…理性の大半が奪われるのだが。

 

「ああ、なんという試練! と言うやつかな? これを不幸と見るか幸運と見るかだが…。神の与えた試練と思って越えるとしようか」

「その通り。この試練を越えることが出来れば、我らにも彼らにも、この場全てのモノが称えられましょう」

 いや、既に正気では無いのだろう。

 交渉に失敗している以上は、どう考えても敗北しかない。

 まともに考えるならば、手札の全てを刺し出して、この場を逃げ出すべきなのだ。

 だが彼らは、不思議なことに決戦を挑もうとしている。

 

 何故ならば、最初から勝利など求めて居ないからである。

 彼らが狙うのはサーヴァントを倒し、亜種聖杯にデータを記載する事。

 どれだけアインツベルンの作った聖杯に迫ることが出来るかが、重要なのだ。

 三騎ものサーヴァントを倒せるのであれば、宝具の使い惜しみをするはずもない!

 

「詠えバーサーカー、宝具の開帳を許す。私の払える対価や待遇であれば必要なだけ応じよう」

「聞いての通りだ竜の子らよ! お前たちは地にありて貪る竜のままか? それとも手を取りて、誰かを守り竜討つ騎士なるや?」

 バーサーカーは朗々と詠い上げる。

 その言葉を聞いて、竜牙兵たちはビクリと身を震わせた。

 

 その言魂は強烈で、敵陣営に居る士郎たちすら無関心ではいられない程。

 超然としているのは全く意に介さないギルガメッシュくらいのものである。

 

「かの宮廷にて歴史を刻むのは誰ぞ、我はクエストをコールするモノ。自らの羽を食い、竜より騎士と成るモノは誰ぞ」

『アイ…』

 何処かで声がした。

『アイ、アイ』

 その声は少しずつ大きくなる。

 そう、呟いて居るのは竜牙兵たちだ。

 いかなる原理によるのかは知らない、もしや強化されているのは戦闘力では無く、この為だったのかもとすら思わせる。

 

『アイアイアイアイ…』

『アイアイアイアイ!』

 やがてそれは地を震わせる大合唱となり、次々に竜牙兵たちは骨で出来た武具を打ち鳴らす。

 あまりの出来ごとに…。

 そして、何が起きているのかを把握する為に、バセットや士郎たちは押し黙る他なかった。

 あるいは、身を震わせる声に耐え、反抗する準備をして居たのかもしれない。

 

「お前たちは誰ぞ? 歴史に名を刻みし勇者たちよ」

『ウィー、アー、スパルトーイ!』

 バーサーカーの言葉に竜牙兵が大音上で応える。

 そう、後世において創造された竜牙兵、ドラゴントゥースウォリアーなど他愛ない存在。

 だが、生きた竜より別れ落ち、人として扱われるならば、それは原初の竜牙兵。

 テーバイの勇者、スパルトイである。

 

 そしてスパルトイ達は告げては成らぬはずの真実を口にし始める。

 聖杯戦争に置いて秘めるべき、サーヴァントの真名を高らかに唱えた。

『セーント、ジョージ!』

『セント・ジョージ、セント・ジョージ、セントジョージ!』

 歓呼三唱。

 それは校庭中に鳴り響き、バーサーカーの真名を誉れであるかのように唱えた。

 まるで騎士たちが、己が武名を捧げると誓った、守護者の名前を呼ぶかのように。

 

「子らよ、我が真名を語りしことを許そう。かくあれかし」

 バーサーカー…。

 いや、聖ジョージはこれ以上ない笑顔で、暴かれた真名を受け入れた。

 

 竜の祝福、ドラゴンブレスを受けしスパルトイ達は今宵、騎士と成る。

「今こそ告げよう、アスカロンの真実を。我は竜であったモノを率いて、竜を討つクエストをコールしよう!」

『セント・ジョージ、セント・ジョージ、セントジョージ!』

 騎士に命を捧げられ、聖ジョージの左手に白きナニカが盾であるかのように集い始める。

 

 その様子を見て居た一同は、ようやく何が起きたかを理解した。

「うそ…こいつら格が低けど、一対一体がサーヴァントになってるじゃないの…。なんてインチキ!」

 比較的に驚きの少なかった凛ですら、思わず絶叫するこの事態。

 生き残った百体以上の竜牙兵たちが、残らずサーヴァントになったのだから、驚かずにはいられまい。

 

「うろたえるな! 我が強敵(とも)征服王イスカンダルは万を超える英霊すら呼び寄せた。警戒すべきは数に非ず。…そこの雑種、あの盾は武具か?」

 ギルガメッシュの言葉を受けて、驚いて居た凛や慎は冷静さを取り戻す。

 偉大なる王なれば、この程度の相手は驚くに当たらず。

 

「…違う。あれは武器なんかじゃない。そんな生易しいものじゃない…」

 そして英雄王に話の水を向けられた士郎は、恐るべき事実を口にした。

「あれは令呪みたいな何かだ。気をつけないとみんな死ぬぞ…」

「そんな馬鹿な! 衛宮の見間違いじゃ…」

 士郎は驚く慎に首を振り、刀を抜くと呪文を始める。

 

 弱いとは言え、これだけの数を相手に弓はむしろ不向きだ。

「投影開始…村正…オーバーエッジ!」

 昨晩作り上げた村正を抜くと、刃の根元を握って血を塗って行く。

 するとどうだろう、刃は血と脂で汚れるどころか、奇妙な刃紋を描き始めた。

 

 ダマスカスの剣は屈強な奴隷の肉で焼き入れを行うと言うが…。

 日の本には、とある勇者の血肉で鍛えられた妖刀の伝承がある。

 徳川に仇なすと言われし、妖刀村正…。その力は英雄を狩る魔性の刃だ。

 

 他の者も、何もせずに見て居た訳ではない。

 連絡を受け、遅れて駆け付けたライダーは礼装を紐解き、キャスターは既に対軍礼装の準備を解放し終えた。

 

 かくして本格的な戦いが幕を開ける。

 学園の片隅で生まれ堕ちるナニカに一人を除いて気が付くことも無く…。

「…あ? 私…生きて…」

 竜の歌を目覚まし代わりに、災いが目を覚ました…。





/登場人物
クラス名:バーサーカー
真名:セント・ジョージ
 竜を倒し、これを捉えたと言う大英雄。
竜を解放しない代わりに教化を受け入れることを要求し、あるいは時の王の拷問に耐える真摯さで、ついには王妃すら信心の道に導いた。
その後の価値観に多大な影響を与えたとされるが、特に、騎士たちからは守護者として絶大な尊崇を得る。騎士の受勲そのものが、セント・ジョージの名の元に行われるほどなのだから。

・宝具:『聖・ジョージの名の元に』
種別:対文明宝具
レンジ:尊崇を捧げるモノ・試練を受けるモノ
効果:
 試練を受けるモノに加護(令呪に似た力)を与える。

 騎士やクランの戦士たちの剣を捧げられ、彼らに加護を与える文明そのものが昇華した物。
かつて、セント・ジョージはこの力を使って、竜に挑む自分や協力者に加護を授けたと言う。
特に竜殺しの力など無いが、令呪にも似た力を多人数に与える事が出来る(ただし令呪ほど万能ではない)。

礼装:『身代わりの人形』
 受けた災いを人形が引き受けるが、人形の受けた災いを受けてしまうという、両刃の呪術。
魔術・呪術は等価交換か、それ以下のレートであるが、代償が破格であるため、その効果も破格。
アトラムはこの呪術を使用し、一定以上の強力な攻撃・呪詛を引き受けさせている。
あくまで祝福と呪いが同義であり、コストなのでその代償を防ぐことは難しいが、日本の『方違え』など別の呪術を組み合わせ、とある呪物などを使用する事で軽減する予定である。

礼装:『スパルトイ』
 竜の牙を大地に巻いて現われる竜牙兵であるが、個体性能は大したことが無い。
何故ならば、これは故事に基づいた魔術であるため。
この礼装は原初の竜牙兵であるテーバイの勇者スパルトイに近付けた物で、沢山作れるのに、あえて三百と数を区切ったのは、報酬として与える引き取り先・戸籍などを用意できないからである。
(ノベンタ、セプティム、ワーカーなど個体名がそれぞれにつけてあると言う。)

礼装:『村正オーバエッジ』
 いわゆる妖刀ムラマサで、英雄殺しの力を持つ。
人の血と脂で鍛えられ、力を解放するたびに威力を増して行くが、毎ターン一定のHPが減っていく欠点もある。

 と言う訳で、ようやくバーサーカーの真名と宝具名が解放されました。
胡散臭い性能の対文明宝具であり、味方が増えれば増えるほど、説得可能な敵が多ければ多いほど有利になります。
正し、大きな使用制限があり、対象の同意が必要なので、「自害せよランサー」みたいなことは、本人が望まないと不可能。
また転移とか元々できもしないことも不可能になります。
文中にもありますが、本来はこういうエースを使うとフラガックでコロコロされるのですが、狂ってるバーサーカーと、影響されて試練に挑むアトラムは、採算がおかしくなってるので自滅覚悟で身代わりの人形を使用中。このため使用を控えて居ます。連発すればいつか倒せるでしょうが、現在のバセットさんは再利用モードまでは使えませんので。
 最後に、所長がアップを始めたので、前半戦もそろそろ終了に成ります。


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死の河

「何が…起きて、いるの?」

 自由にならない体に鞭を打って、少女は音のする方へ進む。

 筋肉は硬直し、目も調子が悪いのか像がうまく結ばない。

 飛蚊症のように邪魔が入り、ジクジクと痛むかと思えば、充血が酷くて血がにじむかのようだ。

 

 あまりの痛みと、不吉な光景に、精神的にまいっていたのかもしれない。

 だからだろうか?

 目の前に非現実的な光景が拡がって見えるのは?

 魔術士である彼女をして、それは死の河としか評しようが無い光景だった。

 

「抗え。朽ちる定めを覆す為に、滅びを踏破し、自らの生き方を歴史に刻むために。戦いと言う祈りを捧げよう」

『セント・ジョージの加護を!』

 中世風の甲冑を着た騎士、聖ジョージの名のもとに、竜牙兵たちが始動した。

 まずは二・三の個体が先駆けとして、争う様に突進。

 続けて第二波、第三波が怒涛の様に押し寄せた。

 

 竜牙兵と言っても、彼らは全てが精鋭たるスパルトイ。

 弱いサーヴァントにも匹敵する彼らの突撃は、もはや死の行進と言って差し支えあるまい。

「はっ! 懐かしい景色だぜ。来な!」

 クーフーリンは嗤いながら、ヤドリギの杖を大地に突き立てた。

 百以上の敵だからと言って、彼にとっては見慣れたモノ、対処など手慣れたモノだ。

「開封! 宿り茂る死走の槍(ゲイボルク)

 予め封印されていた大魔術が解放される。

 葛の旺盛な生命力が建物を蝕む様に、緑の波が敵陣を襲う。

 

 それはまるで、白い河と緑の河が混じり合う、大海嘯だ。

 現実の物とも思えない死の大河である。

 だが、神代を伝える連中ならば、鼻歌交じりに対処する。

『ここは我らにお任せを!』

 第一陣のスパルトイが、腰を落とし剣や槍を支えに肩を組む。

 第二陣がそれを足場に駆け登り、第三陣以降は即座に待機。

 後方より竜皮スクロ-ルを持った個体が、膨大な魔力を暴走させ、自分たちや第一・第二陣ごと爆散する。

 

 そして相殺した屍を踏み越えて、第三陣以降が再び前進を開始しようとした時。

 天より眩い光が前衛陣全てに降り注いだ。

斬り抉る戦神の大剣!(トゥール・フラガラック)

 太陽の光が如き光弾が、無数に分裂して前衛陣全てを呑みこんだ。

 そう、先の大魔術はただの囮。

 神代より現代に伝えきった宝具の機能が一つ、掃射攻撃を成功させる為である。

 

 この攻防そのものが、真なる一撃を隠す偽りの幕だと、フラガラックを知る者ならば気が付いたかもしれない。

 本来は、たかが敵陣殲滅の為に使って良いモノではないのだ。

 だが、続けざまに放たれる極大の攻撃が、真実を覆い隠して行く。

「いくぜ相棒! 75%まで稼働率上昇承認! ぶっとばせ!」

『イエス・マイ・ロード! 百年の大戦を共に!』

 あろうことか、ライダーが黄金の大剣を無造作に投げつけた。

 だがそれは、まるで円盤投げのように大回転を掛けると、勢いをつけて敵中央を目指す。

 

「温いな…。まさかこの程度では無いでしょう?」

「あったり前! Sechs Ein Flus, einHalt(六番、冬の河) 動きを止めてあげるわよ!」

 聖ジョージが飛来した大剣を剣で弾くと、そこへ凛が宝石に込めた力を解放する。

 

 大魔術にも匹敵する力は、周囲一面を凍結させる。

 巻き込まれたスパルトイ達は砕け、たまたま耐えきった個体も、体を凍りつかせて動きを止めた。

 高い対魔力を誇る聖ジョージも、主人の壁に成りつつ、能力の増強までは出来なかったようだ。

 傷は大したことはないものの、目に見えて動きが鈍った。

「もらった!」

 そこへ、弾かれた剣を空中で拾ったライダーが真っ向唐竹割りに振り降ろしたのである。

 

「やったか?」

「これで済んだら興覚めと言うモノよ。そら、次が来るぞ。死にたくなければ精々あがいておけ」

 期待を込める士郎に、ギルガメッシュは愉しげに忠告を投げてやった。

 何しろ彼好みの喜劇はもう少し先だ、こんなところで役者が死んでは、剣士の真似ごとしてまで雑兵働きなど割りに合うまい。

 

「素晴らしい。やはり人の輝きは素晴らしい。かつて竜であったモノが見せる知恵、そして今代の竜が見せる勲しは、いつだって素晴らしい」

『我らが母と、セント・ジョージの名のもとに! 我らが明日に誉れあれ!」

 肩口に傷を負ってなお、聖ジョージは愉しげに笑った。

 彼の期待に応えるべく、スパルトイ達は戦陣すら汲んで襲撃を続行する。

 もとより彼らの時代に、そして現代に一対一と言う概念がある訳も無い。

 

『ラーッシュ! ラッシュ、アン、バックス!』

『ラッシュラッシュ!』

 盾を持つ個体が先頭に成り、盾で殴りかかる攻防一体のシールドバッシュ。

「くそっ! こいつら急に知恵を…うっとおしい!」

「駄目だライダー! 一端引かないと何もできずに押し込まれる」

 ライダーが黄金の大剣で薙ぎ払うが、一体が盾で剣を強打した。

 木っ端微塵になるどころか、我が身を犠牲に刃の勢いを留める始末。

 お陰で二体目を一緒に倒す事が出来ず、大剣の厚みを活かしてこちらが防ぎ止める羽目に成る。

 

 もしこの剣が、盾としても使えるようになってなければ、傷の一つも負ったかもしれない。

 いや…剣としても盾としても…、中途半端な使い道だから苦労してるだけか。

 ライダーは直感的にそう判断すると、自らのマスターの方を確認した。

 

 そこではスパルトイ達がさらに戦法を進歩させ、恐るべき猛攻で圧倒していた。

『二列で挑め! ルートラッシュ!』

『ルートラッシュ、ルートラッシュ!』

 二体が一緒に盾を構えて並列突撃。

 ゆえに一体を留めても意味が無い。

 二刀のギルガメッシュは半身をずらしながら、片方を止め、もう片方からの攻撃位置に着かないことで解決。

 足で揺さぶってから、反撃に出る。

 

 だが、一刀な上に後ろに慎という足手まといを抱えた士郎はそうもいかない。

 回り込めば慎の元に行かせるだけなので、ここは無茶する事で解決した。

「ならこうするまでだ!」

「ほう。体当たり用の盾に対して、自分から体当たりか。良い判断、そしてなんたる勇気。ゆえにこそ倒すに相応しい」

 士郎が体当たりで一体の動きを送らせ、その隙間から二体目に襲いかかる。

 彼が扱うのは、英雄殺しの域にまで高めた村正ブレード。

 スパルトイほどの勇者ならば、本来の威力を越えて無残な程の脅威を見せる。

 

 その力は自身にも届くかもしれないというのに、聖ジョージは怨敵の出現を祝福した。

 なにせこれは虐殺などでは無く、試練の戦い。

 敵が強ければ、その味方を守ろうとするほど尊い心の持ち主ならば、さぞや誉れ高い戦いに成るだろう。

 

 一方で、そんな戦いに固執せぬ者、する余裕のない者が居た。

「マスター。そろそろ全力で良いか? オレはともかくてめえを守りながらじゃ無理だ」

「そうだなライダー。相手の真名も判ってるし、仕方無いか……」

 ライダーの申し出に、慎は不承不承頷いた。

 実際には場所が遠いので、ここまで正確に伝わって居る訳でも無い。

 だが、この状況をひっくり返す宝具がある以上は、何を意図しているかは判り切ったことだ。

 

 ライダーは黄金の大剣を振り回すと、竜牙兵たちを突き離す。

 軽く目を閉じ、意を決すると目を見開いた。

「あばよ相棒、そして再びやっかいになるぜ!」

『イエス・ユア・ハイネス! いざキャメロットへ!』

 黄金の大剣に設置された礼装が、音を立てて弾け飛んでいく。

 名残を惜しむ間もなく、内側から圧倒的な魔力が零れて落ちる。

 

 後に残ったのは黄金の盾に過ぎない。

 だがしかし、この盾は膨大な魔力と共に運用する事で、その用途を変える。

「今は無き故郷よ、キャメロットの風よ。落陽の運命と共に滅びしブリテンの潮よ!」

 ライダーは高らかに叫び、黄金の盾だけではなく、自らの偽装も剥ぎ取っていく。

 ここに居るのはイギリスの少女では無い。

 ここに居るのはイングランドの騎士ではない。

「故郷は滅びた、オレが滅ぼした。だが、ここにオレが居る、最後の一人が居る。ならばブリテンは滅びてなどいない」

 振り被る竜牙兵の剣を受けながら、ライダーは言魂を綴った。

 

 この痛みは我が痛み、滅びたブリテンの痛みと思えばこそ、あえて受け入れる。

「だが一人の民無くとも、一片の国土無くとも、オレが居る限りブリテンはここに在り! 故郷の風よ、故郷の潮よ、我が元に集え!」

 何故ならば、ブリテンを滅ぼしたのは、彼女なのだから。

「我が名はモードレット、ブリテンを滅ぼし栄光を奪い取った反逆者! それでも良しと思う酔狂な奴はついて来い!」

 ライダーは己が真名を告白し、奪い取った宝具に語りかける。

 その一言を皮きりに、黄金の盾は本来の用途を思い出した。

 

 黄金の楯プリトヴェン、それは船でもある盾だと言う。

 魔力に寄りて浮遊し空を舞い、背に騎士を載せる黄金の船だ。

「いくぜ相棒! いやっほー!」

「ライダー! 急につかむな、痛い痛いってば!」

 モードレットは途中で慎を抱えると、そのまま空を駆ける。

 魔力を放射し跳ねまわる姿は、飛んで居ると言うよりも、サーフィンかスノーボードの様だ。

 軽快に暴れ回っては、地上に再突入して竜牙兵を駆逐し始めた。

 

「はっ! ただ一人の王とは、とんだ裸の王も居たものよ。いや、まさしく飛んでおるがな」

「あんたが言わないでよ。でも円卓の騎士か…」

 嘲るギルガメッシュに、凛は呆れた声で苦笑した。

 国を滅ぼしたという意味なら、彼も大差ないはずだ。

 反逆者と暴君では大きな差があるのだろうが……。

 

 自らの居る場所を領地といい、自分が気に入った者だけを民という。

 確かに裸の王様だろう。

「アーサー王もあんな感じだったのかしら? 無理だろうけど、一度あってみたいものね」

 だが、ただの反逆者ではなく、堂々と胸を張る一人の王であることに満足しているのだろうか。

 本人は気が付いて居ないのかもしれないが、凛から見て、その笑顔は燦然と輝いて見えた。

 

 そして、空から一方的に攻撃する者が現われたことで、戦いはバーサーカー側が不利になって行く。

 威力こそ突進の方が強いが、魔力をまき散らすだけでも十分な範囲攻撃だ。

 ただでさえ三方からだったのが、天を抑えられて勝てる戦術などありはしないだろう。

 

 やっと決着が付くか、それとも撤退する気か?

 誰かがそう思ったそんな時に、災厄が遅れて姿を現した。

 ガラガラと弓道場が崩れ落ち、近くに居た竜牙兵が朽ち果て、延びっぱなしの蔦がまとめて枯死していく。

 残骸と化した弓道場から現われたのは、血走って赤い目を持つ、銀の髪の少女であった。

「オルガマリー…アニムスフィア?」




/登場人物
クラス名:ライダー
真名:モードレット
 円卓の騎士であり、留守を任されながら、アーサー王を裏切った反逆の騎士。
宝物庫を荒らし、クラレントやプリトヴェンなど王の権威の象徴を奪ったと言う。
その最後はカムランの丘での決戦であり、大抵は反骨精神旺盛な人物として現われる。
 ただし、ここに居るのは、いずれかの平行世界に置いて、満足し次を目指した己一人の王であるようだ。
良くも悪くも出会った人々に影響を受け、変わりつつある。
あえて言うなら、「人呼んで冬木の白獅子、モードレット」略してフモさんとでも呼ぶ存在。

/スキル名
『対魔力』
ランク:B
 大魔術を持ってしても傷つけるのは難しい

『騎乗』
ランク:A
 大抵の生物・乗り物を乗りこなせるが、幻想生物は難しい。

『青き流れに乗りし者(魔力放出:水)』
ランク:A
 魔力を放出し、自身の能力を強化する。

『直感』
ランク:B(C)
 様々な状況における判断力を向上させるが、万能さを持ってしまったがゆえに、戦闘などそれぞれの行動ではCランクに落ちてしまう。

『己、一己の王』
ランク:B
 オレと、オレがダチだと思うやつと、できれば、その連中が大事に思うナニカの為にも闘う。
特に効果は無いが、それは自らの魂に誓った誇りである。

/宝具
『黄金の楯プリトヴェン』
 船にもなる黄金の楯で、魔力放出があれば空を飛んだり、陸を高速で進んだり、海を大容量で渡る事も出来る。

『破天の嵐に座す、王の視座』
ランク:A
種別:対軍宝具
 黄金の楯プリトヴェンを船として使用し、魔力放出を強化することで広範囲への攻撃が可能となるだけでなく、状況に干渉することもできる。
ただし最大限に発揮すると自分もペナルティを負うので、対軍宝具であることを活かし、多数の敵が居る場合に留める方が無難である。

『されど、燦然と輝く王剣』
ランク:D~
 モードレットはこの剣が使える事に気が付いて居ない。
民も騎士も居ない王なのでこの剣自体に威力は殆どないが、絆を結んだ同胞が増えるごとに強化される性質を持つ。

『不貞隠しの兜』
ランク:不明
 モードレットはもはや使用しない。彼女に隠すような後ろめたさは、おそらく、もうないのだから。

封印礼装『女王Aの楯』
 とあるライトノベルに登場した、アーサー王には双子の妹が居たという、怪しい逸話を利用した礼装。
 ブリテン島の運命を預かった、宰相・将軍・暗殺者など王の代理人が持つ礼装を束ねたアイテム。
この礼装で召喚すると、モードレットやウィリアム、黒太子・クロムウェル・果てはドレイクなどが出て来るので、SR以上確定ガチャと言えるだろう。
魔力放出の制御を簡単にする機能もあったが、封印解除に伴い、破壊された。

・アサシン陣営
・マスター名:オルガマリー・アニムスフィア
・サーヴァント名:不明
 とある技術を試す為、聖杯戦争に参加しようと一般枠で参加したが…。
八枚舌と呼ばれる魔術師の斡旋で、時計塔系の魔術師と交渉した所で、アトラム・ガリアスタの奇襲を受けて死亡する。
その後は蘇生してもらいはしたものの、術が中途半端の状態である為、イモムシが蛹になり蝶になる生態を利用した、蝶魔術の真似ごとで延命処置を施されていたらしい。
術は結界に依存していた為、竜歌で結界が解けたことから、夢見るように死亡していた状態から覚めた模様である。

/能力
『千里眼(星詠み)』
ランク:D
 世界を見通す事ができるが、魔術や他の能力を併用しなければそれほど意味が無い。
ただし、星を介する為、自分が知らないことでも知ること、介入する事が可能な場合がある。
どちらかと言えば、巫女の神託に近い。

『●●の魔眼』
ランク:不明
 本来、彼女は魔眼を所持していない。
だがアニムスフィアで開発中だったとある技術を利用したり、蝶魔術の真似ごとを神代のルーンで施されたために、変質している。
本人も自覚して居ないスキルなので、詳細は不明。

/スキル
占星術・フォーマルクラフト・その他


その他人物:魔術・宝具
宿り茂る死走の槍(ゲイボルク)
 繁茂する植物の性質を利用し、戦場そのものを覆い尽し対象を取り殺す大魔術。
対軍宝具の域にあるが、かなりの準備が必要。

斬り抉る戦神の大剣!(トゥール・フラガラック)
 フラガラックの火力モードまたは、掃射モードに使用する呪文。
敵陣が優位に進むと言う事態を破却し、自分が優位に立てるという効果もあるが、本来の切り札である逆行剣に比べれば微妙な部類。
ただし、バセットが五種類全部使えるようになれば、リサイクルできるので話は別なのだとか。

 と言う訳で、バレバレだったライダーの真名が開かされました。状態としては、アポのモーさんと、FGOのサモさんの中間。
誰かを愛したりはしないだろうけど、気に入った人間と友人になったり、過去に囚われない強さを持っている感じ。
そして、ようやく七番目の陣営のマスターも登場しました。次回で前半戦が終わって、中盤戦・終盤戦に何をするか、だいたい見当が付く予定です。
このお話は書く為の練習でもあるので、早めに終わる為に、ガンガン情報とかが開示される…はず。
当面の目標は、無事に終わらせること。


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この世、全ての破滅

「え…うそ?」

 ガタンと、少女…オルガマリーが手に掛けた壁が破損する。

 最初は目に傷が残り、飛蚊症になっているだけかと思ったナニカ。

 そこに指が触れ、疵の様だと把握した時、音を立てて壊れたのだ。

 

 そして、嫌な予感がして下を向いた時、足元の床に亀裂が入った。

 確かそこにも、疵のようなナニカがあったような…。

 

「なに、なに? 何が起きてるの? 腐ってた? それとも魔術で…? 誰か教えてよ!」

 ヒステリックに叫び、思わず力を使ってしまう。

 どうやら体力と判断力が落ちて居るのだろう、こんな所で無意識に魔術を使ってしまった。

 彼女として魔術の名門、低位の攻撃魔術とは言え、癇癪で力を振るわないように教育されているはずなのだが…。

 

 だから、それはただの偶然。

 半死半生のままウロウロしなければ、起きえなかった悪夢だ。

 オルガマリーの意図した通りに魔力の矢が何本か発生し、うちの一本が、あちこちにある疵の一つに刺さってしまった。

 

 ゴン! と鈍い音を立てて、けた外れの大きさで壁が崩れる。

 そして弓道場…彼女は知らなかったが、その壁が崩れて外の景色が完全に見えた。

 先ほどまでは、ただの勘違いで済ます事の出来たモノが見えてしまう。

 

 そう、世界を大きな疵が覆っていたのだ。

 重要だと聞かされた円蔵山の辺りにとりわけ大きな疵が一つ、そして、あちこちに火種の様に幾つか。

 それらに向かって伸びる火は…もしかしたら、失われ逝く生命なのかもしれない。

 ソレはもはや、死の河としか言いようがなかった。

 

 見れば近くに在った蔦は見るだけで枯死始め、崩れかけた竜牙兵は朽ちて行く。

 ただ疵だらけだな、近くに流れている魔風が直撃したら…と想像しただけなのに。

 

 判る。いや判ってしまった。

 この疵は形ある物の終わりを呼び起こすモノ。

 根源からなる存在を切る力ではなく、やがて来る終わりを視る力だ。

 即ち…。

「まさか…直死の魔眼? ウソでしょ? こんな時に? 今更? どうして必要な時になんの力も無くて、今更こんな力が押し付けられるのよ!」

 これほどの力があるなら、怯える事も無かった。

 上手く使いこなせれば、父親や取り巻きは褒め、あるいはライバルでさえ羨望の眼差しで見ただろう。

 交渉の時に襲われ、危く死に掛る事も無かったはずだ。

 

 本当に?

 本当にこんな力が素晴らしいのか? 素晴らしいと思って憧れた自分が情けなくなる。

 世界の終わりが近いだなんて、理解する力など欲しくは無かった。

 触るだけで人が死に、気をつけて歩かねば物が壊れるなど耐えられそうもない。

 

「教えてよシオン! 私たち友達でしょ? 貴女が世界の見方を教えてくれたんじゃない。世界を救いたいって…」

 オルガマリーは半狂乱で友人の名前を叫んだ。

 もっと幼いころに時計塔で出会った魔術士を、つい最近、路地裏で出会った死徒の名を叫ぶ!

 

 だが、誰も応えようとしない。

 当たり前だ、何時爆発してもおかしくない場所で、花火のように大魔術を使い続ける馬鹿どもが居る冬木である。

 気が付いて居るなら、誰も近寄りたくは無いだろう。

「だから救ってよ、私を! 世界なんかついでで良いから!」

 みっともなく叫ぶ。

 仕方があるまい、所詮は少女を抜けだせない年頃の魔術師だ。

 アニムスフィアを継いで観測所を完成させる頃ならいざしらず、今の彼女が耐えられる訳が無い。

「世界が滅ぶ、滅んでしまう。私にはまだやりたい事があるのに…誰かに褒めて貰えるほどの事を、何もしてないのに…」

 星は何でも知っている!

 だが、世界を俯瞰し千里眼で眺めたとしても、無情にも理解すればするほど袋小路だと判る。

 いつ爆発してもおかしくない大聖杯と冬木の霊脈。

 こともあろうに、小聖杯は近くにあるだけで四つ、制御する望みのある一番安定しているのは遠くロンドンに在った。

 事情を知って居てやってるなら、もう狂っているとしか思えない所業だ。

 

 もはや此処には、絶望しか存在しない。

 危険な眼を持つ女を、始末するか、封印指定のように利用する為にホルマリンに漬けるだけだ。

 

 そこまで理解してようやく、誰かの声が掛けられた。

「オルガマリー…アニムスフィア?」

 だが、掛けられた声は、望んだ人のモノでは無い。

 頼るべき友人、アトラスの魔術士のモノでは無かった。

 彼女であれば、人間に戻る技術の代わりに、デミサーバント化する技術を教えて取引もできたろうに!

 

 混乱している彼女と違い、頭脳が回る魔術師は一味違うようだ。

 ここに至るまで悩んだ結論を、過去に聞いた話題だけで思い至ったようだ。

 いや、それしか思いつく要素がないとも言えよう。

「なぜ生きている…確かに死んだはず。いやまさか、人間をサーバントに作り替える実験に成功したのか?」

「おめでとうございますマスター。と言う事は、アレを捕えることが出来れば亜種聖杯戦争の胴元ができるでしょうな」

 ニヤリと笑うアトラムと、つまらない物を眺める様な聖ジョージ。

 ああ、それも当然だろう。

 アトラムにとって、オルガマリーは降ってわいた宝の箱。

 聖ジョージにとって、悩みを解決するどころか、逃げ続けている小娘なのだから。

 

「あの娘を捕えろ! ついているぞ。アニムスフィアと取引するも良し、研究して売りつけるも良しだ」

 あえて言うなら、アトラムは退き際を誤ったと言える。

 ここで逃げかえれば、聖杯戦争を勝ち抜き、数多の礼装を開発した魔術という箔を手に入れる事が出来ただろう。

 それはかつての、ロード・エルメロイが勇戦するだけで良かった事にも似て居た。

 何が必要かを自覚し、どうすべきかと言う道筋を見誤ったことで、退くに引けなくなったのだ。

 

 最悪の事態と言えるだろう。

 彼女が気が付いた世界の危機を、苦し紛れだと言って信じないに違いない。

 どうしよう、どうしたら良いと思う前に、次々に竜牙兵が襲いかかって来た。

「い、いや?! 来ないで!」

 以外にもあっさりと彼女の小さな望みだけは叶えられた。

 その後の不幸と、引き換えにして。

 

 拒絶の意思と共に放った単純な魔力。

 魔力の矢にも、炎の矢にすら加工していないソレが、あっさりと竜牙兵を粉砕したのである。

 事情を知らぬ者には、視線だけで殺したと思われても仕方があるまい。

「ばっ、バロールの魔眼だと!? 危険だ、殺せ! 執行者に遠坂、お前達も何をしている! 死にたくなかったら協力しろ! 殺されたいのか!? 制御できなければ、世界すら滅ぼすんだぞ!」

「違う。違う…私、私じゃない! 世界何か滅ぼさない、だってもう滅びかけてるんだから、そんな必要ないじゃない!」

 半狂乱で訂正を求めるが、聞いてくれるはずもない。

 何しろ現在進行形で、建物やら竜牙兵を粉砕しているのはオルガマリーなのだ。

 

 減衰した体力と気力では、制御できないどころか、逃げる事も不可能だった。

 走って逃げて、疵を踏まずに歩くなんて無理だ。

 まして追いかけて来るのに? 視線に入る者全てを壊したら、もう誰も信じてくれないに違いあるまい。

 

 そして、信じたくない事に、不幸は上げ底だ。

 下には下がある、何しろ、アトラムの言葉に乗った者が居る。

「ふむ。雑種の言う事を聞く気も無いが、小娘が世界に追われて標本の様に晒されるのも哀れよな。死ねなくなる前に死んでおけ」

「アーチャー!?」

 ギルガメッシュを表面だけ知る者なら驚く様な、内面も知る者ならもっと驚く様な慈悲深い表情を浮かべた。

 おもむろに選定の剣を取り出し、ゆっくりと振りかざす。

 

 黄金の騎士が自らに迫る時、オルガマリーは死神の接近だと思い浮かべた。

 なにしろ、このサーヴァントにだけは疵が無い。

 竜牙兵なら倒す事は難しくも無いが、彼だけは足せないだろう。

 だから、この死は当然の…。

「待て! こんな小さな子に何をする気だ!」

『圧制者よ、それ以上の暴挙は許さぬ』

 衛宮士郎は思わず飛び出した。

 セイバー…スパルタクスは、咄嗟の動きを確かな物として補正した。

 振り降ろされる選定の剣を、英雄殺しの刀で受け止めたのだ。

 

「え…助けてくれるの? 見ず知らずなのに?」

「ああ…。俺の妹を思い出しちまってな。自分でも馬鹿だと思うんだけど、一人ぼっちの子を殺させたくない」

『虐げられる者を守り、圧制者に立ち向かうのは、当然の事だ』

 衛宮士郎は此処ではない、彼の故郷で、聖杯として使い潰されようとする義妹を思い浮かべた。

 スパルタクスは今ではない過去に、処分されようとする闘士を思い出した。

 ここに来て、二人の気持ちは一つに成った。

 だからこそ、英雄王の裁きを許せぬと、立ちあがったのだ!

 

 オルガマリーは少年の、獰猛なはずの笑顔を涙に溢れた瞳で見る。

 他の誰よりも疵だらけなのに、決して疵に負けない不器用な少年。

 この少年ならば、助けてくれるかもしれない。言う事を聞いてくれるかもしれない…。

 

「貴様らが居たか。…ヘラクレスの真似ごととはな。思いあがるな雑種」

『黒い剣だと、圧制者め! 効きはせぬ!』

 ギルガメッシュはもう片方の手に、黒い刀身の剣を呼び出した。

 咄嗟に離れようとした士郎に対し、スパルタクスは体の所有権を奪って対抗しようとする。

 もう少し押し返せば、片方だけでも切り返せるはずなのだ。

 多少の傷ならば回復出来る事もあり、あえてスパルタクスは反撃に出たのだ。

 

 だが、士郎にあの剣の本質を見抜いて慌てた。

 以前にキャスターとの戦いで見た、影の刃の原典か何かだろう。

 その意味で、スパルタクスの判断は悪手と言えた。

「駄目だ。離れろセイバー! あれはソウル…」

 黒き刃が士郎の体に潜りこむ。

 その瞬間にインストールが解除され、体の自由を取り戻すと同時に剛力が消え去った。

 選定の剣はなんとか肩で受け止めたものの、それっきりスパルタクスの反応はない。

 ポケットに入れたままのカードは、もしかしたら、何とも繋がって居ない屑カードに成ったのかもしれなかった。

 

「万事休すか? 王に逆らいしこと高くついたな雑種」

 言いながらギルガメッシュは、剣を抜き取ると士郎の体を蹴り飛ばす。

 その表情が、喜劇を眺める様な笑顔であるのは、気のせいだろうか?




/登場人物
クラス名:アサシン
真名:この世、全ての破滅
 デミサーバント化したオルガマリー・アニムスフィアであり、世界に破滅をもたらすもの。
直死の魔眼を体得してしまい、形あるモノにいつか来る終わりを測定する。
なお悪い事に、彼女はランクの低い千里眼を体得しており、巫女として受信したナニカの死をコントロールできないままに確定させる。
それは奇しくも、オルガマリーが交友を持ったシオン・エルトナム・アトラシアの避けようとした未来でもある。

スキル:
『気配遮断』
ランク:C
 死の気配を察知できるため、それなりに隠れることはできる。
だが、自身が持つ死の気配ゆえに、完全に隠すことは不可能。

『単独行動』
ランク:デミサーバントなので、このスキルは失われている

『千里眼(星詠み)』
ランク:D
 世界を見通す事ができるが、魔術や他の能力を併用しなければそれほど意味が無い。
ただし、星を介する為、自分が知らないことでも知ること、介入する事が可能な場合がある。
どちらかと言えば、巫女の神託に近い。

『直死の魔眼』
ランク:不明
 形あるモノにいつか来る終わりを測定する。
線をなぞれば分解され、穴を突けば崩壊する。また、本来はランダムであったり気力体力でブレるはずの、存在の最後を確定可能。
他の魔眼と違ってオンオフできる性質のものではないので、呪いのような厄介さだろう。

宝具:『焼却式アニムスフィア』
種別:対界宝具
 千里眼と直死の魔眼を併用する事により、存在が持つアニマの火を燃やし尽くす。
この場合のアニマとはラテン語で魂の事であり、東洋で言えば寿命蝋燭や存在意義を焼き消すモノと言えるだろう。

クラス名:セイバー
真名:スパルタクス
 魂砕きと呼ばれる魔剣の力で存在に大きなダメージを受け、最初の敗北者と成った。
彼を構成する魔力は、冬木に四つある亜種聖杯の何れかに格納されることになる。

/礼装
『小聖杯』
 現時点で、竜式、機械式など四つが冬木市に亜種聖杯が、アインツベルン産の小聖杯がロンドンとルーマニアに存在している。
冬木市で起きた聖杯戦争におけるサーヴァントや、ランクの高い使い魔達の魂を保存可能。
いずれ聖杯戦争が終わった時、大聖杯に還るだろう。

 と言う訳で、ようやく七騎のサーヴァントが出揃ったかと思うと、最初の脱落者が出ました。
所長に介入していたのは路地裏同盟で、「奇遇ね、私も世界を救いたいの!」「私達ずっともだよ!」という状況だった模様(当然出て来る事は無いが)。
プロットを考えて居た段階では、所長がマスターで、美綴サーヴァント説(織)か、葛木先生がデミ鯖(神槍先生でw流派チェンジ)とか考えて居たのですが、幾らなんでも登場人物が多い。
ということで、居なくなりカード化したセイバーともども枠を圧縮した感じです。

 此処から先はほぼ捏造ルートに入り、中盤戦は聖杯戦争を続けたいグループと、聖杯戦争を解体したいグループの戦いになる予定です。
知っている方もおられるとは思いますが、冬木の霊脈は普通に終わっても危険状態なので、アトラムが勝ち逃げしたら大爆発なため。
なお、他の人たち何してんの? ですが、魔術士=動くに動けない、クーフーリン=大神刻印の暴走を封印中、モーさん=自分が有利になる方に着こうとした…です。


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Knignt x Wizard

「あんにゃろう、本当にやりやがった…」

 モードレットは衛宮士郎の事を馬鹿だと思った。

 見た者を殺す眼を持つ、物騒な女を助けるなど。

 ましてや災いの渦中に飛び出すなど、論外極まる。

 

 だが、不思議と悪い気はしなかった。

 円卓の誰に聞いても、笑い話にしかならない無謀さなのに。

 

 本当に世界を破滅するなら即座に抹殺を、苦痛無き死を与えるべきだと英雄王に同意しただろう。

 逆に冤罪だとするなら、もっと上手く助けるべきだと言っただろう。

 彼ら円卓の連中は、そんな風に完全なる王へ躾けられている。

 

 実際の話、モードレットは助けるべきではないと判断し、むしろ有利な位置を占める為に移動していた。

 この事態を最大限に利用し、最善を勝ち取るべきだと、理解はしていた。

「判ってる、判ってるんだよ。そんな事は!」

 だけれども、こんなに体が熱いと思った事は無い。

 だけれども、こんなに心が震えた事は無い。

 

「あいつ、本当に自分がしたいことを実行しやがった。自分が助けたい奴だけの為に、命を張りやがった。嘘じゃなかったんだな」

 笑える。

 笑えて仕方が無い、衛宮士郎がしている事も、自分がしようとしている事も。

 馬鹿さ加減が酷過ぎて、涙が出そうだ。

「…なあ、マスター。命は惜しいか?」

「何言ってるんだライダー。もうとっくに死んでるさ。何時まで動くか判らない人形のからだに未練なんかあるもんか」

 震える声で、モードレットは自分にしがみつく慎に尋ねた。

 留めて欲しい訳でも、留められて聞く耳もないが、嫌なら置いて行く義理くらいは感じて居た。

 

 だけれども、返って来た反応は考え無しの大馬鹿だった。

「勝手なことを押し付けて来る魔術師の理屈なんて、もうウンザリなんだよ! 横槍食らわせて、ブン殴っちまえ!」

「おーらいっ。ほんと、馬鹿ばっかりだ…。底抜けの大馬鹿ばっかりだよ!」

 かくして黄金の船は、最大級の軌道を取って加速を始める。

 

 止める者が居ないのか。あるいは体当たりでトドメを刺す様な軌道だから、留める者も居ないのか。

 いや、英雄王はニヤリと笑って、お前に出来るのか? とイヤらしい笑いを浮かべて居た。

 

 躊躇している間に、セイバーが倒されてしまったようだが、知ったことか!

 汚い物でも払う様に、士郎が少女の方に蹴り倒されたが好都合だ。

「しっかりつかまってろ!」

 魔力を最大級に展開、危険域まで黄金の楯に注ぎ込むと、過負荷すら帯びながら急加速。

 黄金の船は凄まじい勢いで死地に突進すると、僅かに軌道を変えて二人をかっさらう!

 

 フルスロットルを入れた魔力は、プリトヴェンの力で迷惑なレベルに拡大。

 膨大な魔力は使い手のライダーにも、助けたばかりの二人にも、当然周囲の連中にだって波及する。

 そして天へと方向を切り替えて、ひとっ飛びに掛け受けた!

 

「なっ?! 連れて逃げる気か!」

「Honi soit qui mal y pense」(あしと言うモノに、災いあれ!)

 逆巻く波濤を制する王様気分。

 怒りの声をあげるアトラムをしり目に、罵声を浴びせてモードレットは駆け抜ける。

 

「くそっ。獅子劫、今何処に居る?」

『あん? 指示通りに、データ計測しながら亜種聖杯を危険な所から離してる最中だがね?』

 アトラムは通信を入れれると傭兵を呼び出した。

 伏兵が居ることを可能な限り悟られない為に、そして亜種聖杯を上手く運用する為に、車へ戻していたのだ。

「よし、ならば問題無いな。空を飛んでる奴が居るから、視界に入らない様にして魔力反応で追いかけろ。…魔眼持ちだ」

『了解。最悪、方向だけでも絞っとくわ』

 ヒュィーンとロータリーエンジンが静かな音を立てるのが、微かに聞こえた。

 怒鳴り散らしたい所だが、そうもいくまいと、冷静になろうと心掛ける。

 

 だが、ギルガメッシュはそんなアトラムを嘲笑うかのように、高笑いを始めるのだ。

 もちろん、嘲笑っているのだし、この喜劇を愉しんで居るのは間違いない。

「ふはははは! 真実、バロールの眼が制御できないのであれば、世界は滅亡まっしぐらだな。さて、お前たちはどうするのだ?」

「使い魔風情が良い気に…。ここは追い互いに痛み分けと行こうじゃないか?」

 ギルガメッシュは自身を使い魔と罵る魔術士を許した。

 

 何しろ彼は全てを知っている。

 アトラムの勘違いも、冬木で何が起きているのかも全て知った上で…。

 爆発寸前の大聖杯があるのに、亜種聖杯を幾つも用意した道化を許した。

 

 まさに喜劇ではないか、道化に怒りを覚える王など居るはずもない。

「まあ、我は一応は使い魔ということになってはいる、マスターを説得できるなら良かろう。…で、向こうはどうする?」

「…封印指定。バロールの魔眼の疑いがあるなら、十分に指示が降るはずだ」

 ギルガメッシュに煽られたアトラムは、赤を通り越して真っ黒になった顔でバセットを動かせる仮定を絞り出した。

 

「…くっ。その可能性は…高いでしょうね」

「さんざん遊んでくれた連中と手汲むのは業腹だが、まっ。ジーサンの眼が原因なら、これも浮世の義理ってやつだな」

 自分の感情よりも仕事を優先するバセットに対して、クーフーリンはさらっと真実だけで嘘をついた。

 怒りはあるが納めると言うのは嘘ではない、協力もするというのも嘘では無い。

 だが、ここで話を打ち切ると言う事は、結果的に士郎達と組んで居た事実を覆い隠す嘘に成る。

 

 それが致命的でないにしろ、霊器に大きな傷を残すと自覚した上で、話題を誘導したのだ。

 真実を守るというゲッシュを自ら破るのだ、もはや全力を振るうことはできまい。

 だが、信条では少女たちに協力したいバセットの心を守れるし、自分も気分が良い。そうクーフーリンはやがて来る破滅を笑って受け入れた。

 それが最大級の援護射撃、また出会ったら本気で殺し合うだろうが、躊躇する気は無い。

 

「だ。そうだが、どうするマスター?」

「ふん。停戦までは構わないけどね。聖杯戦争の真っ最中だってことは忘れないでよね。他所者に対する協力は、『どっちも』うろつくのを許可するだけよ」

 何が起きているのか判らない状態で、流石に協力を頷ける訳が無い。

 しかも、相手は亜種聖杯を作って、成果を持ち逃げしようとするアトラムだ。

 凛は自分の聞いて居る情報を伝える事無く、ただ、『他所者が冬木に何しても関知しない』と、誰に対しても一定の距離を保つことにした。

 

 与えられた情報で判断できるのはそこまでだろうか?

 ギルガメッシュは一応満足すると、凛を連れて帰還して行く。

 

 こうして、聖杯戦争における前哨戦は、誰に取っても不本意な形で幕を閉じた。

 




 と言う訳で、前半戦終了。次回から中盤の聖杯解体をメインにしたお話に移行します。
現時点で状況を完全に把握しているのがギルガメッシュただ一人。
次点が所長で、大聖杯が爆発寸前で、亜種聖杯の魔力が注ぎ込まれたら危険と、なんとなく認識している程度。
アインツベルンは四次マキリと同じく、おかしいと気が付いて様子見中。
クーフーリンや凛は、手を組んでたとか言うのを伏せて、仕切り直し。アトラムさんはまるで判って無い状況で、止せばいいのに自分で責任者に成りそうな雰囲気(聖ジョージは愉悦中)。
 今回のお話を思い付いたのは、「全陣営が本気を出したら?」「相性が良かったら?」「それを叶えるために、全陣営の背後に介入者が居たら?」というのを考えて行った結果。
「あれ? 良く考えたら、確か冬木の霊脈って今危険なんだよね?」という事に至ったので、前半が聖杯戦争→中盤が聖杯解体→終盤がゴニョゴニョ。と言う感じで組んでみようかと思いました。

データの補足:
『直死の魔眼』根源に繋がる式ではなく、滅びに直結する士貴より。スパさんがあっさり消滅したのも、滅びが確定される計測中だった為。
『大神刻印』封印されていますが、これを回避する為に模索中です。


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(陣営・人物などの略歴リスト2)

前のリストと違って、サーヴァントで陣営を考慮していません
前半部分が勢力リスト、後半はデータになります。



/聖杯戦争解体組

・衛宮士郎(セイバーの元マスター)

・間桐慎(ライダーのマスター)

・オルガマリー・アニムスフィア(アサシンのデミサーヴァント)

 

・モードレット(ライダーのサーヴァント)

・この世、全ての破滅(アサシンとして自覚した場合のオルガマリー)

・スパルタクス(元セイバー。死亡確認)

 

/聖杯戦争続行組A

・アトラム・ガリアスタ(バーサーカーのマスター)

・バセット・フラガ・マクミレッツ(キャスターのマスター)

・獅子劫界離(アトラムの雇った傭兵)

 

・セント・ジョージ(バーサーカーのサーヴァント)

・クーフーリン・バロウ・ルー(キャスターのサーヴァント)

 

/聖杯戦争続行組・中立

・遠坂凛(アーチャーのマスター)

・ギルガメッシュ(アーチャーのサーヴァント)

 

・イリヤスフィール・フォン・アインツベルン(ランサーのマスター)

・ウィリアム・マーシャル(ランサーのサーヴァント)

 

/介入者(ほぼ出てきません)

・キシュア・ゼルレッチ・シュヴァインオーグ

・ジュリアン・エインズワース

・ギルガメシュ

・フランソワ・プレラーティ

・ミレニアム小隊(ダーニック・プレストーン他)

・路地裏同盟(シオン・エルトナム・アトラシア他)

 

・その他

冬木教会

監督者:言峰綺礼

 

/人物紹介

・衛宮士郎:セイバーのマスター

 プリヤ時空から飛ばされてきた、いわゆる神様転生というか、ゼル爺転生。

ジュリアン・エインズワースと仲直りするものの、最後はガイアの抑止力に殲滅されてしまった世界線よりやって来ている。

最後に聖杯を使って生存者を転生させたジュリアン、および、それを利用したゼル爺の介入を受けて居る。

 

メジャースキル:投影魔術、投影アレンジ、強化魔術、弓術

マイナースキル:家庭系スキル一般、弓道(精神論を含む)

アイテム:置換用のカードx1(何にも繋がらないという意味で無銘)

 

・間桐慎:ライダーのマスター

 その正体はトリックスターな魔術師にとっつかまって、TS改造されたワカメ。

英霊を召喚できる人形が作りたいと思いついたフランソワPの介入によって、人体を使った人形と混ぜられているので、魔術の才能は向上している。

彼の人生はすでに破綻しており、あれほど固執していた魔術や家族との確執などは、あまり無い。

残るのは自分が凄い人間だったと証明したいという感情のみであり、保身や採算性などが欠如している。

 

メジャースキル:共感魔術・感染魔術・呪符魔術をベースに置いた符蟲道、オカルト知識

マイナースキル:弓道、ネゴシエーション、魔術知識、雑学

アイテム:人形の体。簡易礼装『皇帝ネロのサングラス』

 

オルガマリー・アニムスフィア:アサシンのデミサーヴァント

 デミアーヴァント化技術を試す為、聖杯戦争に参加しようと一般枠で参加したが…。

八枚舌と呼ばれる魔術師の斡旋で、時計塔系の魔術師と交渉した所で、アトラム・ガリアスタの奇襲を受けて死亡。

現在は夢見るように死亡していた状態から覚め、神代のルーンによる蝶魔術の真似ごと込みで、デミサーバント化している。

 

メジャースキル:占星術、フォーマルクラフト、ソーサラー(強化なども含む汎用的な魔術)全般

マイナースキル:千里眼(受動型)、オカルト知識、紋章学

礼装(?):直死の魔眼(滅びの確定)

 

・アトラム・ガリアスタ:バーサーカーのマスター

 中東の石油王であり、金に物を言わせて成りあがった魔術師。

代償魔術を得意とし、科学秘術との融合を忌避する気持ちが無いなど、技術開発には定評があるが、足元が見えないなど散々な言われようだが…。

四次のロード・エルメロイが箔を付けるだけなら簡単なのに首を深く突っ込んでしまった様に、ハイリターンの為に博打を挑んでしまっている。

時計塔のロードでも不可能なレベルで、様々な素材や、それを対価にしての援助すら得て居る。

とある呪物を目的に、這いつくばることすらする一部の上位者すら見て満足した事もあり、いまや傲岸不遜ではあるが、成り金の貴族と言うよりは、魔術礼装の匠と化した。

だが心は此処にあるようで、夢幻境に旅立つ探究者と同レベルの精神汚染状態である。

 

メジャースキル:代償魔術、科学知識、魔術知識、ネゴシエーション

マイナースキル:不明

アイテム:亜種聖杯(竜式)x1、亜種聖杯(機械式)x1、竜属性の礼装多数、竜黄薬・神便鬼毒酒など医薬品(基本的には出荷用)、強化竜牙兵:スパルトイx百以下

 

・バセット・フラガ・マクミレッツ:キャスターのマスター

 魔術協会に所属するエースクラスの封印指定実行者。神代から続く家系であり、様々な知識・物品を現代に伝えて居るとか。

 いわゆる脳筋と呼ばれる部類であり、アッサリ騙され、派閥競争に負けてバーサーカー陣営の奇襲を許した。

現在は大怪我で身動きが取れないらしいが、色々と反省して、交渉とか学問にも目を向け始めた。あまりにも世間に疎いので御姫様扱いを受ける。

 

メジャースキル:格闘術、ルーン魔術、サバイバル知識

マイナースキル:いろいろな物が足りない!

アイテム:フラガラック(逆行・掃射・極大化)x複数

 

獅子劫界離

 バーサーカー陣営に雇われた魔術使いで、なうてのネクロマンサー。

人の体を魔術礼装にして、徹底的に攻撃力に変えた武闘派であり、とある目的のためにアトラムに従っている。

バーサーカーの要請で、子供を生贄にするのではなく、魔力供給の一部を引き受けて居る為に、かなり魔力が低下している。

 

メジャースキル:射撃術、死霊魔術、加工知識(人体)

マイナースキル:格闘術、サバイバル知識

アイテム:魔術師の体を使った礼装x無数、左記の竜属性化した礼装x少数

 

・遠坂凛:アーチャーのマスター

 冬木のセカンドーナーである遠坂家の令嬢。アベレージワンという希少な属性を持ち、エネルギーの転換を得意とする家系。

 かなりウッカリであるが、色々な理由により補正され、ウッカリし続けられないスパルタな環境にある為、なりを潜めている。

夜になると、とある祝福・呪いにより、体は小学生化するが、抵抗出来たので頭脳は大人のままで居られる。

 

メジャースキル:宝石魔術、転換魔術、マジカル八極拳(昼間のみ)

マイナースキル:ソーサラー(強化なども含む汎用的な魔術)全般、テンプテーション(夜のみ)

アイテム:魔術刻印/転換、100年級宝石x1、10年級宝石x8、その他宝石x詳細不明

祝福/呪い:『キングとルックの輪、キャスリング』

 

・イリヤスフィール・フォン・アインツベルン:ランサーのマスター

 アインツベルンが誇る最高のホムンクルスであり、最高のマスター。

四次聖杯戦争までの時点で最高の技術で鋳造されたアイリスフィールというホムンクルスと、衛宮切嗣との間に生まれた子供であり、お腹の中に居る頃から改造されている。

極限まで拡張された鋳造型魔術刻印を備え、令呪そのものの効き目が別格に成っている。

 

メジャースキル:錬金術、フォーマルクラフト、聖杯戦争知識、礼儀作法

マイナースキル:なし

アイテム:なし

御供:メイド小隊、ミレニアム小隊(ネット経由の礼装開発チーム)

 

・言峰綺礼:聖堂教会から派遣された監督官。

 マーボー。

 

メジャースキル:洗礼詠唱、各種戦闘技術、黒鍵投擲術(徹甲動作など上級術を除く)

マイナースキル:様々な技術・知識の中堅レベル

バツ技能:味覚

 

/サーヴァント紹介

クラス名:ライダー

真名:モードレット

マスター:間桐慎

略歴:

 円卓の騎士であり、留守を任されながら、アーサー王を裏切った反逆の騎士。

宝物庫を荒らし、クラレントやプリトヴェンなど王の権威の象徴を奪ったと言う。

その最後はカムランの丘での決戦であり、大抵は反骨精神旺盛な人物として現われる。

 ただし、ここに居るのは、いずれかの平行世界に置いて、満足し次を目指した己一人の王であるようだ。

良くも悪くも出会った人々に影響を受け、変わりつつある。

あえて言うなら、「人呼んで冬木の白獅子、モードレット」略してフモさんとでも呼ぶ存在。

ネイキッドでネモさん、誰でも無い英雄…が近いのかもしれないが。

 

/スキル名

『対魔力』『騎乗』『青き流れに乗りし者(魔力放出:水)』『直感』(『己、一己の王』)

/宝具

『黄金の楯プリトヴェン』『破天の嵐に座す、王の視座』『されど、燦然と輝く王剣』(『不貞隠しの兜』)

アイテム:(封印礼装『女王Aの楯』)

 

クラス名:アサシン

真名:この世、全ての破滅

マスター:デミサーヴァントなので居ない

略歴:

 デミサーバント化したオルガマリー・アニムスフィアであり、世界に破滅をもたらすもの。

直死の魔眼を体得してしまい、形あるモノにいつか来る終わりを測定する。

なお悪い事に、彼女はランクの低い千里眼を体得しており、巫女として受信したナニカの死をコントロールできないままに確定させる。

それは奇しくも、オルガマリーが交友を持ったシオン・エルトナム・アトラシアの避けようとした未来でもある。

 

スキル:

『気配遮断』『千里眼(星詠み)』『直死の魔眼』(『単独行動』)

宝具:『焼却式アニムスフィア』

 

・セイバー

真名:スパルタクス

マスター:衛宮士郎

略歴:

 魂砕きにより、死亡確認。セーバーのカードは何にも繋がらない屑カードに

 

クラス名:バーサーカー

真名:セント・ジョージ

マスター:アトラム・ガリアスタ

略歴:

 魔女に育てられ、竜を倒しこれを捉えたと言う大英雄。

竜を解放しない代わりに教化を受け入れることを要求し、あるいは時の王の拷問に耐える真摯さで、ついには王妃すら信心の道に導いた。

その後の価値観に多大な影響を与えたとされるが、特に、騎士たちからは守護者として絶大な尊崇を得る。騎士の受勲そのものが、セント・ジョージの名の元に行われるほどなのだから。

 

 会話が可能で一見、狂って無いように見えるが、実は話が通じて居ない。試練を乗り越える、あるいは乗り越えさせることに固定されており、なお悪い事に他者にもそれを誘導しようとする。

他者を教化し同じ教えの同士にしたり、いずれ竜に至るモノとして認定する能力を持っている。騎士の叙勲において、守護者として加護を与える存在とも言われる。

 

スキル:『狂化』、『対魔力』、『巡礼者の魂』、『聖別/竜』、ほか

宝具:『聖・ジョージの名の元に!』

アイテム:ニコンの一眼レフ、マツダRX7.8/20Cカスタム(マニュアル車ver)

 

・キャスター

真名:クーフーリン・バロウ・ルー

マスター:バセット・フラガ・マクミレッツ

略歴:

 コノートの女王を侮辱し、国中の勇者を殺し尽くした暴虐の魔人。アルスターではなくコノート側から見た側面である。

気の良い兄貴分であるのは同じで、生死を分けた局面で、誰であろうと殺そうとし、日常に置いては仇であろうと仲良くなれる。

傾向:

 神代のルーンを使うドルイドであるが、多面召喚の実験の影響で、バーサーカー化を始めている。

この為、興奮しあるいは激昂するたびに体が巨大化し、段階的に狂化していく。狂化を納める為は大量の冷水が必要など、どちらかと言えばデメリットが多いのだが、これは最初に行う二重召喚ではなく、後から追加した多面召喚であるため。

非常に使い難い面が前面に押し出されており、割と早い段階で、真名やら居場所が判明している(陣地作成が失われている反動でもある)。

士郎達との義理を果たす為、ゲッシュを破ったために、霊器が大きく傷ついている。

 

スキル:『ブランクルーン』、『多面召喚』、『狂化/シェイプシフト』、『ルーン魔術』、ほか

宝具:『宿り侵す死棘の槍』、『茂り侵す死走の槍』、『大神刻印』(封印中)

礼装:(『ゲッシュ:資格者への真実を貫く』)

 

クラス名:アーチャー

真名:ギルガメッシュ

マスター:遠坂凛

略歴:

 金ぴか。四次聖杯戦争と同じサーヴァントであり、圧倒的な戦力を持つ。

無数の宝具を持つ英霊の中の英霊であり、気難しいという意味でもトップクラス。

マスターのことをある種のオモチャ、時間潰しだと思って居るフシがある。

今回は凛と祝福・呪いを共有して、一日の半分を子供として過ごし合う為に、慢心度が少し下がっている。

とはいえ全力を出さない、アイテム・知恵の貸し出しはマスターのレベルに合わせて居るので、やはり慢心している。

起きている出来ごとの全てを知ってはいるが、サーヴァントの範疇でしか解決する気は無い。

 

スキル:『千里眼』、『単独行動』、『コレクター』ほか

宝具:王律鍵バヴ=イル、原初の蔵、ほか無数

祝福/呪い:『キングとルックの輪、キャスリング』

 

・ランサー

真名:ウィリアム・マーシャル(ランスロットの原典の一人)

マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

略歴:

 生涯にわたって五百を越える一騎打ちに勝利し、相手の武具を奪った逸話から、他者の武装を自分の宝具として利用できる。

化け物との戦闘はともかく、おそらくは対人戦闘において最強の英霊の一体であり、いわゆるナイトマスターと言えるだろう。

当時の欧州最強騎士であり、獅子心王や尊厳王からも称賛される武技を持ち、現代の武器であろうともあらゆる武器を使用出来る。

いわゆるナイトマスターの一人で、ディルムットらと共に、ランスロットの原典と成った人物の一人と目される。

 

スキル:『無窮の武錬』、ほか(対魔力などは封印中)

宝具:『騎士は無手にて勝敗を決せず』、『黒騎士の銘は、己の為だけではなく』、ほか

礼装:『ドゥリンダナ』、『爆導索』、『道路標識』、『ナイトマスターの紋章』、ほか

 



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外伝?蝶は虹色に羽ばたく

 新章の一話目の前に、ちょっと小ネタとギャグを入れますが御容赦ください。
士郎が特殊な投影を使えるんだよとか名前紹介、それをオルガマリーが納得するだけのお話なので、飛ばしてもOKです。
本編に出て来ない礼装のはずなので、ネタ話は問題無いと言う方だけ、ご覧ください。


「それで、世界が破滅するってどういうことなの?」

「え? ち、違うわよ。私はそんな事…」

 常時150kmを越える高速にも落ち付いたのか、慎が当然と言えば当然の質問を投げかけた。

 オルガマリーはいきなり信じてもらえると思って無かったのか、疑われているのかと勘違いしているようだ。

 

 風切り音も強いので、負けない様な声を出すとどうしても詰問している様な気がする。

「慎、それじゃ混乱するだけだろ。それに…この態勢はヤバイ。ライダーさえ良ければどこかで降りて、落ち付いて話さないか」

 士郎は華奢な腕一本で支えられている事実よりも、女の子の胸が当たって居る事の方が問題らしい。

 抱えて居るのはモードレットの慎ましい胸だから大丈夫とか言ってはいけない。

 健全な少年にとって、我が左手におっぱい、我が右手におっぱい、後方にもおっぱいと言う守護方陣は毒でしかない。

 というか、大員数モードにする余裕が無かったので、非常に狭い。

 

 衛宮士郎、爆発しろ!

 と誰かが言い掛けた所で、船主が思いもよらぬ暴挙に出た。

「駄目だ。…オレの代わりにこいつ抱えてろ。ちょいと飛ばすぞ!」

「きゃあ!? い、いやーああ!!」

「へっ!? そういえば裸だった! ちょっと待て、これは幾らなんでもマズイ!」

 だが暴れ馬は止まる所を知らない。

 再生用の繭から、文字通り生まれたままの格好のまま出て来たオルガマリー。

 それを直接渡されて、士郎はドキマギを通り越して焦った。

 幾らなんでも、これでは変質者である。

 

「ライダー、ライダー! ちょっと聞いてくれ。これは…」

「黙ってろ! …やっぱりだ、追いかけて来る奴が居る。ちょいと跳ねまわるから口を挟むんじゃねえ!」

「追っ手!?」

 男の尊厳を訴えようとした士郎だが、モードレットの怒声に思わず黙る。

 270kmへの増速、そして死の恐怖からオルガマリーが目を閉じ、ぎゅっとしがみついたのは仕方無い事だろう。

 

「あ…はっ、離さないで…落ちる、落ちゃうから~」

「あ、あのさ。もうちょっと大人しくしてもらえると助かる。あと後ろも」

「やっぱり衛宮士郎は爆発しろ!」

 震える少女をお姫様だっこする士郎を見て、かやの外におかれた慎はふてくされた表情でワザとらしく抱きついたとか。

 

 というか慎の女としての部分がどうのというよりは、どちらかといえばヒーローしてるのが気に食わないのだろう。

 本性を少しだけ出しながら、イミヤったらしく質問を重ねた。

「あーあー、これでアインツベルンが出てきたら大惨事だな~。それで! 話は長いのか!? もしそうなら、ダミーを載せてボクらは一度降りた方が…」

「そうね…、降りた方が安全…っ!? 馬鹿じゃないの? 追われてる状況で、サーヴァントから離れるだなんて!」

 一度降りて建設的な話をしようという、慎の意見をオルガマリーは半狂乱で否定した。

 ダミーが上手く機能すればいいが、相手が見破ったらどうするのか?

 あるいは最初からソレを目論んで居たらどうだろう?

 例え精度の良い幻覚であろと、相手はたちどころに見破ってしまうに違いない。

 それに魔術士を騙せたとしても、幻覚を見破る様な英霊や、当て物の逸話を持つ英霊というのは、実に多いのだ。

 

「とりあえず元気を取り戻したようでなによりだ。今の内に何から話すか考えといてくれ。あと…寒くないか?」

「あ、はい。寒いですけど…我慢できないほどじゃないです」

「…なにか露骨に態度が違うんですけどー!?」

 律義に心配してくれる士郎に、オルガマリーは上目使いで身を寄せた。

 防寒対策の魔術を使って居そうな気もするが、自分だったらこの体勢で使う余裕が無いなと、慎はふてくされたまま懐疑的な視線を向ける。

 

 すねた様子があまりにも悪友にそっくりだったのか、士郎は笑いながら考え込んだ。

 生命のやりとりをしてる最中で、常識的に対応しようとする彼は、やはり、どこかおかしいのかもしれない。

「んー。やっぱり妹と同じ年頃の子が裸のままにしておくのは、よろしくないな。あんまり布地はないけど、それで良ければ俺が用意してやるよ」

「ハア!? 家に寄る気か衛宮? 気持ちは判るけど、止めた方が良いし、あってもチャンスは装備か何かを持ち出す為に一回だけに絞るべきだろ」

 あまりにも呑気な士郎に、慎はへの字口で文句を垂れた。

 

「あー違う違う。ジイサンの形見の礼装は持ってるし、家に必要な物はもうないよ。ただ、さ。服装を伴う武具を投影しようと思っただけ」

「なるほど。投影が消える前に外見だけでもコピーしてしまえば、後は楽ですしね」

「…? 着る物を呼び出せるなら、それを着っぱなしでいいじゃん。わざわざ外装を維持し続けるなんて魔力の垂れ流しも良い所だろ」

 士郎は魔術士っぽくないが、必要な物でも、全て不要と斬って捨てる覚悟があるのだな…とオルガマリーは好意的に判断した。

 だが続けて放たれた、慎の言葉に思わず侮蔑の表情を浮かべようとして、思い留まる。

 

「さっきも思ったけど、馬鹿じゃないの? 投影なんて短い間しか存在できないでしょ。それでもデザインが目の前に在った方が良いに決まってるし、防御を考えたら装甲系で…」

「え?」

「え?」

 三人は思わず黙った。

 あまりにも、お互いの意見がかけ離れて居るからだ。

 

 本来の投影魔術とは、その場しのぎの偽物。

 儀式の過程で、僅か一瞬だけでも成立すれば良い道具を、一時的に存在させて、その場を誤魔化す為の代物なのだ。

 本来は…。

 

「どうして黙るのよ!? これじゃ私が馬鹿みたいじゃない! 良い、投影ってのはね…」

「多分だけど、俺は自己流でやっててさ。アレンジなんだよ。最初にコスト払ってると思うんだけど、そもそも能力が全然追いついて無いしな」

 …話が通じない。

 何故常識に着いて講義する必要があるのだろうか?

 思わず罵倒しようとして、この少年だけが自分の救い主なのだと思い直す事にした。

 ここで思いのままに口にして、放り出されたら死ぬかホルマリンである。

 

「まあやってみた方が早いな。イリヤに見つかったら、ランスロットが戦闘機に乗って来ちまいそうだ。どの道無理だし、機能は省いてっと…投影開始」

 士郎は軽く目を閉じると、過去に視た魔術礼装を思い出した。

 

 創造理念・基本骨子・構成材質・製作技術・成長経験・蓄積年月。

 それらを次々に思い浮かべ、『自分だったらどう工夫するか』というアレンジを加えて成立させる。

 物が物だけに、いつもよりも多くの魔力と、全ての魔術回路を一時的に占有するほどの過負荷を掛けながら、ソレは創り出された。

 

『…外見、骨格、内包する魔力により確認。当該区域に適格者は一名。シエロ様、彼女が契約者ということで構いませんでしょうか?』

「頼むよサファイア。オルガマリーに何か服を着せてやってくれ」

 目も眩むスパークと同時に、蒼い宝石が出現する。

 そこから黒い構造物が伸び、白い羽が包み込んで行く、そして蒼い刀身が銃剣の様に延びて行った。

 

『わたくしはキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが魔術礼装、銘をサファイアと申します。オルガマリー様がよろしければ、カレイドの契約をお願足します』

「超抜級の礼装を…投影…した? しかも破綻する事無く、存在を…それとも超抜級だから勝手に存在を…」

 ひくと頬をひきつらせて、オルガマリーは現実から心を切り離した。

 あまりにも論外の現象。

 投影した物が自己存在を続けるだけでも大事件なのに…。

 

 待て、これは、これこそが封印指定級ではないか?

 この事を明かして、彼を脅せば、自分を見捨てる事無く一蓮托生で逃げてくれるかもしれない。

 いや、一緒に逃げる? つまり二人っきりの逃避行…。

 

 混乱したオルガマリーの思考は、あまりにも浅ましい考えと、少女らしい乙女チックな考えに二分された。

 その葛藤が収まらないからか、それとも景気になったのか、サファイアと呼ばれた礼装は強引な手段に出た!

『……マスターは。貴女です』

「…このグリップを持てばいいのね?」

 グールグール。

 礼装から延びる催眠電波に、少女は思わず銃剣付きのハンドガンを手に取った!

 

 

『呼称確認を要請します。当方は既に、採血完了、接触、乙女心。滞りなく諸手続きを確認。それが最後のイチジクの葉、契約は為されます』

「わっ、わたしは…私の名前は、オルガマリー・アニムスフィア!」

 ハンドガンを構成する白い六枚の羽根が、オルガマリーの身を包む。

 

 いずこより精製された膨大な魔力が、魔法少女に相応しい、蝶をイメージするかのような可憐な衣装を構成する。

 そう、真似ごととは言え蝶魔術によってデミサーバントと成った彼女には、この装いが相応しいだろう!

『カレイドの少女、プリズマ・サファイア。ここに誕生です。皆さま末永くマスターを…』

「転身、プリズマ・マリー! …って何が末永くよ! あなた今、私を操ったでしょ!? ノーカンよノーカン」

 その後、少女の可憐な罵声が周囲に響いたと言う…。




 と言う訳で、今回は箸休のギャグ回でした。
調べたらオルガマリーはこの時、十一歳~十二歳みたいだから仕方ないですよね。
本編には関係ないし、士郎にステッキを完全な形で創り出す能力は無いので、サファイアモードで戦うことは無いでしょう。
士郎の上着とか借りてて、島村なカジュアルとかブルマとか途中で購入したと思ってください。
意味はありませんが、サファイアの外見は、みんな大好きピースメイカーを銃身を黒、白い翼状の装飾加工して、宝石で作られた銃剣が付いてる感じで。
確かホロウに出て来たルビーはライフルというかランチャーでしたが、こちらはハンドガンをイメージ。

最後に本編への影響は

1:士郎の投影を知ってる
2:呼びにくいので、シエロと呼ぶ

以外ではないんじゃないですかね
本編を期待していた方が居られましたら、申し訳ありません。


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人理剪定編
アトロポスの鋏


「それで結局、追っ手の方は?」

「一応、見えねえが。…チリチリとした気配はずっと続いてるな」

 穂群原学園から脱出し、魔力を増幅器に叩き込んだ後、惰性で飛び抜ける。

 そして降下し始めた所で士郎が確認すると、モードレットは顔色を変えずに応えた。

 

「ということは、魔力探査ってとこじゃない? レンジ外まで一度振り切りたいんだけど」

「ただ、これ以上ぶっ飛ばすと、こっちが気が付いてると教える様なもんだからな。魔力だって本来の使い道と比べて馬鹿にならねえ」

 慎が可能かと聞くと、モードレットは首を振る。

 出来なくはないが、どうせ振りきるなら、他の手段を考えるべきだ。

 

 確かにプリトヴェンは船として使える盾で、使い方によっては空も飛べる。

 だが小形のまま使用して、魔力の消費を抑えたとしても、飛行は本来の機能ではない。

 盾の増幅器に頼ったとしても、街を何周もする間に、霊器に蓄えた魔力すら使い果たすだろう。

 

「なら、せめて車が使えない場所に降りよう。どこかで合流するとして、まず使い魔の類は全部潰すこと」

「それっきゃねーな」

「じゃあ今の内にその辺の手順を決めときますか」

 士郎は躊躇なく決断すると、最低限、自分がやられたら困るという手段を最初に塞ぐ事を提案した。

 その案にモードレットが頷くと、慎は周囲を見渡し始める。

 

「なんで、なんで? 降りたら待ち構えてるかもしれないじゃない。そこを狙い討たれたら…」

「えーっとさ、そうなんだけど。このままじゃジリ貧な上に、イザと言う時に非常手段を使えない。それに、相手の方だって何でも可能とは限らないからな」

「そうそう。それに判らない? この手の駆け引きは心理戦だからさ、リソースはっとっとくべきって事」

 怯えるオルガマリーを士郎が宥め、慎が挑発する事で元気を引き出す。

「判ったわよ…。私だって服くらいは欲しいし…。でも、勝手に何処か行ったりしないでよ!」

 不承不承名ながら頷くと、慎が士郎に指しているのが見えた。

 気に成って、力を入れないように、余計な物を触らない様にそちらを向くと…。

 

 何やら飛んでいる物、使い魔が見える。

「ちょっと! なんで潰さないのよ! 貴方達ができないなら、私が…」

「ストップ。バロールの魔眼を使うのはちょっと待って。どうせなら、降りた時の一回目で潰したいから」

 オルガマリーは慎の言葉に思わず首を傾げた。

 追撃戦で敵の目を確認したのなら、即座に潰すのが鉄則ではないのか?

「私のは直死の魔眼であって、バロールの目じゃないわ。…でも、なんで潰しちゃ駄目なの?」

「心理戦って言ったでしょ? 潰した後で不自然な軌道を取れば、相手はそこで降りたと考える。実際にそこで降りても良いし、その次でも良い。そういう駆け引きってやつ」

 思わずムカっとするが、オルガマリーは慎が挑発して元気付けようとしているのだと、良い方向で考える事にした。

 我慢、我慢よマリーとカラ元気を出しながら。

 

 そして一同は、モードレットを先に行かせて、街並に侵入した。

 繁華街を抜けて、途中で買い物兼ねて留まったり、分散して走り抜けたり合流し足りを繰り返す。

 目指すは街の人間が近づかない、いわくつきの地下水路である。

 

「ここは…? なんだか秘密基地みたいで、子供達とか興味ありそうだけど」

「それがさ、本当に秘密基地にした殺人犯が居たらしくて、子供は近寄らないんだよ」

 …なんというか、子供を浚って皆殺しにした鬼畜らしいとは流石に教えられなかった。

 どの道、此処には長逗留する気は無いので、不要だと言えなくもないが。

 オルガマリーを抱っこしながら、士郎は外から見えない位置まで侵入する。

 

 途中で慎が合流するのを待ってから、会議を再開する。

「それで、世界の危機とかどういうことなんだ? 魔眼とかも詳しくないんで、出来たらその辺も頼む」

「私にも良く判らない所があるけど…まずこの眼は、見た者を殺すのではなく。壊れ易い場所を見抜く、その中でも何処なら有効か、リアルタイムで寿命を測定するモノだと思ってちょうだい」

「英霊で言うと、ジークフリートの背中や、アキレスの踵を知らなくても見抜くって事?」

 士郎の質問にオルガマリーが順を追って説明を始める。

 途中で慎が例を入れると、少しだけ悩みながら、軽く頷いた。

「ソレが判り易い極端な例だけど、誰しも、どんな物にもそういう所はあるの。心臓を数cm刺せば、動脈を数cm切れば…。この眼は負担と引き換えに、強制的に引き出すみたい」

 オルガマリーはそう言いながら、何かを決意して、マグロナルドの袋をそっと持ちあげた。

 

 そして爪先を…。

「実演するのは駄目だ。負担が掛るんだろ?」

「そ、そうなんだけど…。やって見せなくても、信じてくれるならそれでいいわ。力の流れを私は他の方法で見れるし、『バロールの魔眼』というよりは、『アトロポスの鋏』ね。破滅を観測・確定する力なの…そこまでは良い?」

 指を袋に這わせる前に、士郎の指がぎゅっと包み込む。

 男性と手を合わせるなんて…と思いはしたが、さっきまでお姫様だっこだった事を思い出し、今更だとオルガマリーは自分を納得させる。

 

 頬が熱い、暗くて良かった…とか思いながら、説明を再開した。

「動脈の様に触ってはいけない線が、視ようと意識すらしないのに、大聖杯があるって言う円蔵山に見えるのよ。そこに流れ込む力が、幾つかある亜種聖杯と想像される場所へも向かってる」

「大聖杯…。そんなものが一成んちに…」

 オルガマリーの説明に士郎が驚いていたが、慎がたまらずに割って入った。

「ちょっとちょっと! 大聖杯の事も、亜種聖杯があるのも知ってるけど、幾つも?」

「私に判るのは、破滅する対象と、エネルギーの流れだけ。途中で留まって居るなら、そう判断するしかないもの。それに貴女…」

 慎の質問に答えながら、オルガマリーは数時間前のうろたえぶりは何処へやら、冷徹な魔術師の顔を表に出した。

 

「貴女と言うよりは、…お前。と指摘した方がいいかしら? お前は既に死んでいる。ただの人形ごっこ、違う? まだ生きてると勘違いしてるなら、謝るけど」

「あ…」

 性能の良い使い魔か何かに語りかけるような仕草。

 オルガマリーの指摘に、慎は二の句が継げなかった。

 いや、ここでソレを晒される気も、晒す気も無かったという表情だ。

 言われたくないし、言いたくも無かったに違いあるまい。

 

「お前の稼働年数はせいぜい数年の急増品。それがセイバーの脱落と同時に、五年か十年かってところまで増えてるんだから、亜種聖杯だと思うしかないわ」

「そうか…。ついでにその辺も実験したってわけだ。あのクソ女…」

 急に物扱いされながらも、慎は否定できなかった。

 それだけでなく、取り繕った表情が剥げて、怒りを顕わにするにする。

 

「もしかして慎二なのか? 置換魔術か何かで…」

「正しくは合成とかキメラの方だけどな。…ああそうだよ。ボクはとっくに死んでいて、人形として活かされてるのさ」

 生きるではなく、活きる。

 実験材料として扱われている事実をアッサリと肯定した。

 士郎はその清々とした表情に、元居た世界での間桐慎二を思い出した。

 

 思い返せば、主に性格面で、他人の空似にしては共通点が多すぎる。

「慎二…」

「衛宮、頼むから安い同情はよしてくれよ。ボクはこれでも満足してるんだ。魔術も使えるように成ったし、才能だってお前らが認めてくれはする。遠坂だって出し抜いたしな」

 こう言っては何だが、転生者と言うしかない衛宮士郎にとっては、慎はこちらで出来た初めての友達でもある。

 士郎は気が付かなかったのではなく、気が付きたくなかったのだと、自分で自分を騙していたのだろうと、今更ながらに思い至った。

 

「腹が立つのは、勝手に改造された事さ。せめて選択肢があって、自分で選べたら違ったのかもしれないけどな。いっとくけど、復讐とかはこっちで勝手にやるから」

 慎の言葉に、二人は口を挟まない。

 挟んで良い事でも無いし、大人でも無い二人に掛ける言葉などあろうはずがないではないか。

「だからさ、せめて建設的にいこうじゃないか。ボクはこの聖杯戦争を解決する。さあ! 亜種聖杯があるってこと、大聖杯がヤバイってのは判った続きはどうなんだ?」

「…六十年のサイクルが十年で再開された。思うに、エネルギーは限界まで溜まって居たのよ。もともと危険なの。それなのに、複数の亜種聖杯で、これまで以上に注ぎ込んだら、後は判るでしょ?」

 慎二の境遇に、オルガマリーも同情しなかった。

 土台からして、彼女も他人を同情できるような余裕は無いのだ。

 直死の魔眼は依然としてコントロールしきれてないし、把握しようと集中したら負担が大きくなる事、できるだけ意識を集中しないようにするのが精いっぱいだ。

 それだって、自分に暗示を掛けているので、酷く注意力が散漫になるという欠点を抱えている。

 火の付いた爆弾と言うなら、彼女とて同様なのだから。

 

「少なくともこの街に亜種聖杯が四つ。サーヴァントや上級の使い魔を倒すと魔力に還元されるとして、どこかで使い切るか、願いで相殺しないと最悪世界は滅亡するわ」

「おおげさじゃないか? そりゃ、俺達が居るこの街が吹き飛ぶだけでも嫌だけどさ」

「衛宮。忘れてるぞ、霊脈はもともと全世界規模で繋がってるんだよ。それに、日本は竜脈の上にあるんだ」

 どう考えても破滅する直前である。

 仮定が正解なら、という大前提に立っているが、眼の前で慎が人形だと言うこと、サーヴァントのエネルギーが還元されたことで算出できたと言われては信じるしかない。

 

「なら、他の魔術士とかに相談したらどうかな? 俺達だけで解決するには大事過ぎる」

「無理でしょうね。苦し紛れとしか思われないし、昔からカサンドラは嫌われるのよ」

「そりゃ不幸を予言されて、嬉しい奴なんかいやしないよ」

 どう考えても袋小路である。

 それこそ聖杯に祈って、協力者でも集め居ないと仕方無いレベルだ。

 

「ならしょうがないな。個別に説得して、駄目なら俺達で聖杯を相殺する」

「それしかないわね。まずは冬木の御三家ってところかしら?」

「御爺様が聞いてくれると思う? 自分の寿命延ばす為に使う方にボクは賭けるね。あと…遠坂に連絡する手段なんて持ってないよ」

 消去法で士郎が決断すると、二人も異論は無かった。

 オルガマリーがアトラムを無視するのをスルーしながら、慎とも慎二とも付かな最後の一人は肩をすくめる。

「そういえば俺も遠坂と交流ないな。桜も知ってるか怪しいし、藤ねえに迷惑かけたくないし…。ここは学校に潜り込んで話すとして、アインツベルンから説得するしかないかな」

「でも、アインツベルンが聖杯戦争止めようって話に同意するかしら?」

 やっぱり難しいかな?

 士郎が愚痴りそうになった時、思わぬ助け船が入った。

 文字通り、船に乗って…。

 

「アインツベルンなら今回の聖杯戦争がおかしいって言ってたぞ? できればてめえと話しがしたいとも言ってたな。まあ、罠の可能性もあるが」

「モードレット! 御帰り…その話は本当なのか?」

「罠じゃないの? というか、どこでアインツベルンと知り合ったのよ」

 ようやく合流を果たしたモードレットの話に、士郎達は騒然となった。

 なにしろ先ほどまで行き詰まって居た相談が、ここに来て、一気に進展したのである。

「ダチと飯食ってたら、向こうから話しかけて来てよ…。まあ、罠の可能性は否定できねえな」

 

 そして…一同の話を、遠くから見守る影が一つ。

(世界が滅亡する…ね。心当たりがあり過ぎて、嫌になっちまうぜ。さて…本当ならこのまま付き合うのはヤベエなあ)

 竜眼球と呼ばれる上級礼装を通して、一同の会議を伝えて居たのである。

 




 間桐慎二、死亡確認!
今まで隠し通し、というか気が付かないフリをしていた事実が発覚しました。
また世界の破滅に関して、一同ともう一名の間だけ、共通化されます。
ところで、妙に運の良いフラグがやってくるわけですが、モードレットは運Dだけど、今回使ってるのはモーさんなので運A。
そして、慎二と組んだらへっぽこになるけど、何故か運だけは上がると言う、本家・エクストラ仕様を考えると、モーさんが幸運の使者扱いなのは仕方が無いと納得していただけると助かります(勘違いもあってアインツベルンの認識は四次+@レベルですが)。
慎二自身も、実は死んでて人形としての寿命は短いのだけど、スパさんの魂を格納したので寿命がちょっと延びてる感じです。
なお獅子GOさんは、少年たちより駆け引きに慣れてるので、使い魔を囮にさらにレンジの広い竜眼球を使って居ます。

権能:『アトロポスの鋏』
 オルガマリーが持つ、直死の魔眼と千里眼コンボに焼却式ではなく、正式名称を付ける場合の名前なります。
人や物の寿命が確定し、KOEIゲームよろしく、「将星遂に堕つ」とイベントが表示されると、死亡が確定。
オルガマリーが完全にサーヴァント化したり、世界と契約して抑止の化身や女神とかと合一すると、人物や世界が剪定対象になって未来の無くなった段階で焼却されていく感じ。
こうなると世界に取り込まれ、死ぬに死ねなくなる未来がやって来る可能性が出て来るので、英雄王的には、女神嫌いだし今の内に死んでおけ…となります。


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教会へ行こう

(世界の滅亡が眉唾に聞こえないのは洒落にならんが…。確証がある訳でも無し、協力を申し出るにしても、手土産もねえから限界になるまではこのままだな)

 どっち付かずは最悪だと自覚してなお、獅子劫界離はアトラム陣営を離れられないでいた。

 

 あまりにも突拍子もない話だが、確かに筋は通って居る。

 オルガマリー・アニムスフィアが知らないはずの情報を、推測してのけたからだ。

 なにより、八枚舌と呼ばれる魔術士ならば、複数の勢力に亜種聖杯を作らせるというペテンはやってのけるだろう。

 アインツベルンを焦らせる事も出来るし、亜種聖杯のどれかが成功しても良い…と。

 

 それでも逡巡させるのは、アトラム陣営の方が彼の望みを叶えるには近いからだ。

(それはそれとして、セイバー…じゃなくてライダーが戻って来たのが厄介だな。こいつだけは油断だできねえ。一度引くか…)

 獅子劫が上手く逃げようとする少女たちを出し抜けたのは、使い魔を潰されることを前提にしたからだ。

 それでも獣じみたモードレットの直感を、いつまでも免れる自信は無かった。

 何より、追跡調査を可能としたのは竜眼球と呼ばれる上級礼装のお陰、…竜化した子供の目玉だからだ。

 これを失うことは、例え補充できるとしても、避けたかった。子供の犠牲を前提にした未来など願い下げだ。

 

 そして、監視の目が離れたころには、少女達の会議は次の段階に移って居た。

「ようするに、今までとは違う聖杯戦争に成っていて、判るまでは様子見るとか言ってたな」

「さっきも聞いたけど。その話、本当に信用できるの?」

 モードレットは呆れた様なというか、面倒くさそうな顔を浮かべた。

 なんというかオルガマリーは心配性だ、まあ殺されそうなら仕方が無いのかもしれない。

 だが、説明する方としては面倒くさい。

 

「オレを引き抜こうとしやがったからな。おととい来やがれと言いはしたが、そんな状況で嘘付くと思うか?」

「その状況でバレた瞬間に二度目の交渉はありえないね。嘘に真実を混ぜれば本当らしく聞こえるから、何分の一かは本当だろうさ」

「確かにそうだけど…」

 モードレットの言葉を慎二が援護する。

 その理論はオルガマリーも認めて居るのか、口ごもりながら、士郎の方に助け舟を求めた。

 

「ひとまず、交渉の可能性はある。で、良いんじゃないか? ただ、こっちが向こうの掌に載るかどうかは別だ」

「そうよね。向こうの思惑に乗ってホイホイいったら、逃げるに逃げられなくなるもの」

 セイバーが居なくなっても、士郎が話題の中心に居るのは間違いないだろう。

 オルガマリーは彼が助けてくれたことに感謝しつつ、アインツベルンにもそれなりの距離で居てくれることにホっとした。

「じゃあ距離込みで、まず学校で遠坂、教会で言峰、その後がアインツベルンの順に話を持ちかける。それまでに、情報を整理して、向こうの条件もできれば確認ってところでどうだ?」

「その辺かな。教会に行くのは逃げ込むみたいで癪に障るけどさ」

「協力が得られない場合や信じてもらえない時は、それこそ最後に逃げ込む事になりそうだけどね」

 士郎の提案は、あくまでそれまでの総括だ。

 納得できるかは別にして、他に方法が無い。

 

 だが、オルガマリーがギョっとしたのは、そこで話が終わらなかったからだ。

「と言う訳でさ、情報は一つでも欲しい。嘘か本当かは別にして、アインツベルンはどう言って来たんだ?」

「ちょっ!? 迂闊にのったら何を言われるか判らないのよ? 本当かどうかだって…」

 士郎の眼差しを覗きこんで、オルガマリーは黙るしかなかった。

 眼を見ただけで判る。

 これは絶対に引かない目だ。英雄王に立ち向かった時も、こんな表情をしていた。

 捨拾選択が早く、決めたことは曲げそうにない。

「真偽は二の次だ。まずは確りと話を聞く。その上で、おかしいと思ったら遠慮なく注意してくれ」

「はい…。判りました、判ったわ! もう…」

 ウジウジ悩まないのはありがたいが、危い話に首を突っ込むなんて…と思いつつ、同じ状況で助けられた自分が覆せるわけがない。

 この覚悟を覆せるなら、自分も放り出されるくらいの容易い覚悟でしかないだろう。

 今は見捨てられないと判るだけ、心強いと思うしかあるまい。

 

「んじゃ、簡単に説明すっぞ。最初は街で起きてる事故をアサシン陣営と思って調べてたんだが…」

「今回はアサシン居ないわよ? 私がデミサーバント用の材料として、特殊なのを呼んでるもの」

「空しい間違い探しってやつだね。あー馬鹿馬鹿しい」

 結論が出た所で、モードレットが話し始めた。

 オルガマリーが今更のように付け足すと、慎二が肩をすくめる。

 慣れているのか、モードレットはイラっとすることもなく、飄々と話を続けた。

 

 笑えない話だが、王の鶴の一声以外は、円卓も相当に酷かったらしいとか。

 考えて見れば、三百の騎士と、それを束ねる十数名の上位騎士である。

 慕い王の裁定を除けば、個性のぶつかり合いばかりというのも頷けるだろう。

 なお、誰もが信じられないと思ったが、モードレットは文官あがりで、こういう場には慣れて居るという嘘の様な本当の話。

 

「ということは、新町の事故は本当に事故だったってことか?」

「アインツベルンを信じるなら、第八のサーヴァントまたは七騎以外のエクストラクラスの可能性だと。だが七の陣営は確認できた。と言う事は…」

「確かに消去法で八つ目のサーヴァントに成るけど…。嘘か、同じく新町に居た遠坂って線のほうがなくない?」

 士郎が確認すると、モードレットが首を振る。

 だが、にわかに信じられず、慎二ですら即座に否定の声を上げた。

 

「あの金ぴかが、さもしい真似して魂かき集めるとは思えねえな」

「それには同意する。遠坂が連れてるのはギルガメッシュだと思う。あいつは人を襲うなんて認めないし、やらせないだろう」

「ギルガメッシュ…最古の英雄王だなんて…」

 モードレットと士郎は共通の認識に頷き合うが、オルガマリーは思わず驚愕しそうになるのを押しとどめるので精いっぱいだった。

 それも仕方あるまい、神秘とは振るければ古いほど優れている。

 最古参の一角、英雄王ギルガメッシュであれば、並大抵の英雄に勝る大英雄と言えるだろう。

 

「性格的にも遠坂はやらないだろうな。嘘も、アインツベルンが前評判的には一番強かったんだろ? なら無理して嘘付く事は無いと思う」

「八騎目のサーヴァントかあ。アサシンがイレギュラーだから可能になったと仮定しても、随分と丸裸にされちゃってるな。神秘は秘匿すべしとは、良く言ったもんだよ」

 遠坂凛やイリヤスフィールという少女を知る二人は、やはりありえないという結論に辿り着く。

 性格的に真っすぐで、なにより強大な魔術士としての才能を持っているのだ。

 魂喰いなど、する必要が無いとも言えるだろう。

 

「朝一番に遠坂って思ったけど、今から教会がいいかもな。前に、事故の隠蔽に動いてるって聞いたらあいつ肯定したろ? あれに絡めて、八騎目の可能性を教えるついでに、円蔵山の事も伝えればいい」

「そういえばそんな事もあったな。監督役なんだし、せいぜい働いてもらおうじゃないか」

「えー? 今から出るの? どこかで待ち伏せとかされたら…」

「逆もありえるし、気にしてもしょーがないだろ。ここが探知されたら同じだ。むしろ逃げ場が無いだけ危険かもな」

 四人はそんな事を言いながら、結局、地下水道を後にした。

 

 彼女らは預かりしらぬことであるが…。

 どっちつかずで迷よった獅子劫が、結局アトラムに教えて、竜牙兵を送り込んだのは数時間ほどしての事である。

 

「そういえばモードレット。つまらないこと聞くんだけど、なんでジャガイモなんて知ってたんだ? イギリスっていうか、欧州には無いのに」

「あん? ああ。単に戦利品だよ」

 道中で適当な買い物をしつつ、士郎は気に成って居たことを尋ねる。

 モードレットはフライドポテトを齧りつつ、色んな味付けを試し、最後は全部混ぜて行った。

 それが落ち付いた所で、つまらなさそうに答えるのだ。

「アヴァロン探索隊が、ヴァイキングの冬季領土を見付けたんだ。まあ、てめえが言う様に、同じ物か保証はねーけどな。ただの木の根っこでもおかしくはないかな」

「そういえばそんな説があったな。当時は海が凍る率が多くて、渡る事も出来たって話」

「本当につまらないこと話してるわね。…剪定事項に含まれただけって方が判り易いわ」

 モードレットと士郎が他愛ない会話を続けるのを、オルガマリーは適当な事を言って止めさせた。

「剪定事項?」

「タイムパラドックスみたいなものよ。平行世界が多いと困るから、可能性の少ない歴史は未来が閉ざされるって説があるの」

「それこそまさかだな。キャメロットの全てを誇れるわけじゃねーが、どうやっても潰えたとは思いたくねえ」

「そういう所はちゃんと円卓してるんだな。里心でも付いたっってワケ? …あいた! マスターに向かって何するんだ!」

 だが藪蛇というべきか?

 漫才じみたやりとりで、余計なことを言わなければ良かったと言う羽目に成る。

 

 そして一同は紆余曲折を経て、目的地へ。

 入り口にモードレットを残し、教会へと踏み入れた。

 

「ようこそ、救済の家へ。お前達が聖杯戦争を降りると言うのであれば、保護する事に成るが…。まさか三人まとめてということはあるまい?」

「いちいち皮肉を言わないと本題に入れないのか? とりあえず長くなるから、どこかで話せないか? 料理くらいは御礼に作らせてもらうけど」

 ふっと言峰綺礼は笑うと、居住区画へ招き入れた。

 そこは質素な作りで、成るほど聖職者の済む場所だと思える。

 

 士郎が料理を作る間、変わって慎二が説明を代行。

 モードレットの代わりに綺礼を入れたメンバーで、簡単な話を始めた。

「詳しくはボクの方で紙にまとめてるけど、今回の聖杯戦争はおかしいことだらけなんだ」

「フム。読ませてもらいはするが…にわかには信じられんな」

 手際良い事に、先ほどまで話していた事を、紙片にまとめていたようだった。

 トントントンと机を叩き、考え込む様な仕草をした後、綺礼おもむろに口を開く。

「居ると仮定して、第八のサーヴァントには注意しておこう。ただ、亜種聖杯や円蔵山に関しては権限の外だ。手の者を接触させはするが、期待されては困るぞ」

 そもそも、戦いを降りて無いマスターの相談を受けることは、反則のようなものだ。

 言外にそのことを含ませつつ、綺礼は監督役の権限の範囲で請け負うと説明した。

 

 そこまでのやり取りが終わった所で、待ちかねたとばかりに、士郎が皿を何枚か並べた。

 先ほど買った材料には合わないので、おそらくは弁当を作る方が本命なのかもしれない。

「取り合えず日持ちする物はタッパやシャトルに入れといた。礼って言うには粗末だけどな」

「気にする事は無い。賄賂を受け取る訳にはいかんが、施しであれば問題は無かろう」

 士郎の差しだした料理に、綺礼は十字を切って感謝の言葉を述べ、一口だけ料理を形式的に頬ばった。

 そして、即座に皿をオルガマリーの方に滑らせる。

「私は最初にいただいたし、温かい物をどうだね? 何、聖職者たるもの残り物で腹をふくらせるとしよう」

「食べた以上は毒味役ってわけじゃないわよね…。明日も動き回るし、遠慮なく」

 綺礼にも士郎にも、気を使われているのだろう。

 そもそも、士郎が料理を作りたかったのも、ファーストフードより温かいご飯をオルガマリーに食べさせたかったからだろう。

 年下と扱われていることに不満を覚えないでもないが、歩き詰めで心労が重なっていた。

 先ほどはストレスで胃が受け付けなかったり、臭いが酷い事もあって、思わず箸が進む。

 

 そんな中で、士郎と慎二が相談し始めたあたりで、綺礼は厳かに呟いた。

「悦べ少女よ。ようやくお前の願いは叶う」

「え…?」

 あまりにも場違いな状況で、いや、狙い澄ましたかのような状況で。

 言峰綺礼は心の奥に踏み込んで来た。

 温かな料理と、人らしい扱いをされ、無防備になった所へ土足で侵入したのだ。

「アトロポスの鋏と名付けた様だが…。お前には元より豊か過ぎる才能がある。そんなお前が満足するような成果…人類が剪定される様な大事でもなければ廻り合うことは無いだろう」

 絶句した。

 

 褒められたい、褒められるような事をしたい。

 確かにそう喚き散らしはしたし、思い返すに赤面するしかない。

 だが、この神父に言ったつもりは無い。

 

 スパイでも放っていたのだろうか?

 いや、それとも…。

 考えるよりも先に、容易く心の疵は切り拓かれた。

「考えるまでも無い。仮にもロードの娘が聖杯戦争に? そんな必要は無い。物理的にな。ならば求めるのは心の充足だ…まあ私にも覚えがあるがね」

 懐かしい思い出を振りかえる神父。

 自分と重ねて居るのだろうか? そうだ、それよりももっと重要なことを、この神父は口にしなかったか?

「運命の女神アトロポスの鋏は、人の命運を定めるモノだ。決して遮断機程度では済まされない。…だが、心するが良い。剪定により燃え落ちるのを待つのが、ただ一人だけとは限らないのだから」

 歴史の転換時期を、運命の遮断機と例える者も居る。

 だが、神父の言葉はもっと辛辣だ。

 世界を定め、燃え落ちる運命を決めてしまう人類史の剪定。

 

 それを避ける事こそが、オルガマリーの役目であり、秘められた望みであると高らかに告げる。

 暴かれた心の闇に、神父に合わせて強烈なはずの味付けが、砂を噛むように何の味けもか案じられなくなってしまった。




 と言う訳で、ようやく黒豹と白獅子の話の時に使った伏線を回収。
八番目の陣営の存在示唆を共通化し、アインツベルンと話し合おうとする路線が決定します。
あと所長リリィが泣かされることに成りましたが、聖杯戦争を解体しないと、人類剪定されるという事態に気が付く感じで。
大聖杯と、亜種含めた六つの小聖杯…他に使いようがないっすよね。


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百騎夜行

「…マリー。オルガマリー。ちょっとー起きてる?」

「もうちょっと寝かしておいてやれよ。色いろあったんだからさあ」

「あ、私…」

 気が付くと、ソファーへ横になって居た。

 いつの間にか寝入って居たことや、寝顔を覗きこまれた事に、思わず羞恥で顔が赤くなる。

「寝てたみたいね。相談の最中にごめんなさい。…えっと、学校に行くのだったかしら?」

「それなんだけど…」

 酷い目に在った穂群原学園に再び行きたいとは思わないが、オルガマリーも流石に一人で残るのは嫌だ。

 聖堂教会を信用しきれていないし、その意味では、士郎が口ごもったことは、返ってありがたかった。

「何かあったの?」

「先手を打たれたんだよ! 金に物言わせるかなにかで、一時的な休校にしやがった」

「慎二の言う通りで、朝一番で連絡が入ったんだ。仕方無いからアインツベルンに行く予定を繰り上げるかって話をしようかと」

 オルガマリーは、イライラする慎二と、表情を変えない士郎を見ながら溜息をついた。

 戦力を考えれば、慎二が当てを外されてガッカリするのも判るし、士郎が容易く意見を変えないことを思えば、顔を見るだけで今後の予定が判ろうものだ。

「判ったわよ。止めてもどうせ行くと言うのでしょう? 暗示を掛け直すから、ちょっとだけ待っていて」

 オルガマリーは昨晩より深く暗示を掛けた。

 世界の疵を気にしない様に、心の疵を気にしない様に、何も気にしない様に。

「そうだ。出て行くならコレを持って行くが良い。タンスのコヤシにするよりはいいだろう。食事の礼だとでも思えばいい」

「言峰綺礼…。何であなたがそんな物を?」

 投げて寄こされた包みには、何着かの服が入って居る。

 コケティッシュな装いから、オルガマリーには少々古くさいが日本ではゴシックと呼ばれて珍重される服まで入っていた。

「何、娘が居て、まだ生きて居るならこのくらいだろうと、妹弟子の凛に贈るのだが…。殆ど突き返されていてね」

「…代用品扱いか人形扱いかしらないけど、考慮もせず渡されたら誰だって嫌がるでしょうに。ただ、この場はお礼を言っておくわ」

 街で適当に買った物よりは、随分と品が良い。

 当てつけに贈る趣味は悪いが、見つくろう目は悪くないと軽く肩に合わせてみた。

 お嬢様暮らしだからというよりは、単に一揃いの品と、サイズだけ合わせたチグハグな品ではやはり差がある。

 

 そして、彼らがアインツベルン行きの準備をしていた時。

 暗躍している者たちは、既に行動に移って居た。

 

「悪いな。もうちょっと早く特定出来たら、逃げられなかったと思うんだが」

「いや。僅かでも連中の会話を確認できただけでも十分な成果だ。タッチの差で学園は閉鎖させてもらったし、このままアインツベルンの領域を封鎖すれば、全てを確保できる」

 獅子劫界離が手ぶらで戻った事を詫びると、アトラム・ガリアスタは上機嫌で出迎えた。

 我が世の春とばかりに、満面の笑みで銀盆に手を伸ばす。

 そこには西洋では野菜扱いされ、日本では果実扱いされる糖度の高い果実が盛りあげられている。

 まるで王侯貴族の余裕ではないか。

 無論、アトラムは落ちぶれた貴族から、地位を買い取って入るのだが…。

「随分と余裕だな。何か変化があったのか?」

「穂群原学園の閉鎖に誰が尽力してくれたと思う? 最後の懸念が払われた…というやつさ。遠坂が当面動かず、マキリがこちらの陣営に着いたとあっては勝利が約束された様な物だ」

 ヒュウと獅子劫は口笛を吹く。

 よくぞ聞いてくれたとアトラムが満面の笑みで言っている以上は、陣営に組みしたというより、実質的に傘下に入れたと言う事だろう。

「良くもそこまでの事が出来たな。てっきり、何もしない事はあっても、協力するとは思えなかったんだが」

「そこはソレ。他の他所者を排除する為に贈った物を、随分と気に入ってくれたようでね。今では首ったけだよ」

 それではまるで、健常者を麻薬患者にしたてたマフィアか何かの様だ。

 本人には悪気が無いのかもしれないが、この様子では、さぞ嫌われている事だろう。

「八枚舌を排除したのか?」

「いや、幻術師の方だ。まあ、向こうも駄目もとだったみたいで、一回殺されただけでアッサリと引き下がったようだがね」

 まるでロード達が亜流の魔術師たちをあしらうような、アトラムの姿。

 順調なようで、足元が見えてないのではないか? そんな危険信号に、何故気が付かないのか?

 獅子劫は違約金を払って直ぐにでも離れたい気分を味わいながらも、決して抜けだせぬ自らを呪った。

 あるいは麻薬患者のように雁字搦めにされているのは、彼の方なのかもしれない。

「ということは完成したんだな。竜黄薬が」

「勿論だとも。君が望む神便鬼毒酒も、もう少しで手が届く」

 こうして獅子劫は足元まで聖杯戦争に沈みこんだ…。

 そは竜が生み出す究極と至高の治療薬。

 もう直ぐ彼の願いに手が届くのだから。

 

 そしてアトラム陣営はスパルトイを再編し、アインツベルン陣営が居を構える郊外の森を目指した。

 生き残りに新規参入を加えて、なんとか百を回復する程度。

 だが、その行進は勇ましく、骸骨の葬列にはとても見えない。

 森には城主がロンドンよりいまだ帰還しておらず、再び篭城される前にこれを抑え、同時に士郎たちとの接触を阻む為だ。

「できれば君たちにも出陣して欲しいのだけれどね?」

「はっ! そりゃ無理な話だぜ。こちとら負ったダメージがでかすぎるし、ランサーとは相性が悪いからな。バセットの上が仕事してる間は、俺の出番はねえよ」

「そういう事です。それに動くとしても、オルガマリーの目が本当にバロールの魔眼であり、暴走するか封印指定の命が下ってからです」

 アトラムの要請を、クーフーリンとバセットは即座に断った。

 誰が考えても判る様な内容を、あえて尋ねて来る。

 イヤミったらしい問答に、クーフーリンは苛立ちを隠さないが、ワザとらしいところを見ると、権力闘争に慣れないバセットを庇っているのかもしれない。

「それなら仕方無いな。では…、私がその命令をもぎ取ってくれれば、従うのだね?」

「任務とあれば否応はありません。ただし、伝言ではなく確実なモノに限らせてもらいますが」

「それだけ聞かせてもらえば問題ないでしょうマスター? その時がくれば、ミス・バセットとも肩を並べて戦うことになる」

 アトラムはバセットと聖ジョージの言葉に頷き、スパルトイ達に指示を出した。

「予定は変わったが順調だ。もうすぐ三大貴族ですら私を無視できなくなる」

 だからアトラムは気付かない。

 最初に求めて居た箔とは、生まれながらの貴族たちに舐められない程度の権威があれば良かったはずだ。

 ロード・エルメロイ二世がそうであるように、実力を示せば得られるような。

 だが、この聖杯戦争で得られる成果を手にすれば、名ばかりではなく本物のロードに数えられるに違いない。

 

 そしてアトラムは戻れない闘争の中に沈んで行く。

「マキリ・ゾォルケン。サーバントに繋がるパスのジャミングをお願いできないかな? ランサーには特性上のサポートが無いはずだ」

『よかろう。強ければ兵糧攻めにするというのは理にかなっておる』

 森が垣間見えた時、アトラムが宙空に声を掛ける。

 応と聞こえたかと思うと、ヴヴヴヴ…。と羽音が聞こえ始めた。

 見れば天を覆い尽くさんと、無数の端虫が飛来する。

「コレは凄い。アポカリプスかそれとも黄天を覆う金蝗かというところだな」

『世辞は良い。じゃが糞山の魔王と一緒にされても困るぞ? 力が取り戻せたと言うても、相応の準備無くして、これ以上は難しい』

 アトラムの讃辞に対し、彼のもとに虫がナニカの形状を作り上げて行く。

 それは知る者が見れば、間桐慎二に良く似て居ると言っただろう。

「ランサーを倒すのはこちらでやるさ。御老体は支払う対価に合わせて動いてもらえば構わない」

『フン。プレラーティを潰すの為の借りは返した。それ以上は、お前が言う様に報酬次第じゃ』

 アトラムが最初会った時より、マキリは若々しい意気を放っていた。

 あの時の様に、暗く腐って行く様な陰湿さは感じない。

 代わりに報酬と言う枷をつけられ忌々しいと思いつつも、取り戻した理性が正気を失わない為にアトラムの支払う報酬に抗えない。

 誰も彼もが願いが叶うという列車に飛び乗って死地に向かっていた。

 今はまだ、命を掛けないから大丈夫だと確信しながら。

 




/登場人物
・マキリ・ゾォルケン
 冬木にて御三家とされるマキリ、その当主たる蟲使い。支配の魔術に長け、表の顔もPTAのお偉いさんとか地主。
体を虫に移し、何百年も生きてきたが、朽ちて行く魂の劣化に徐々に衰えつつあった。
本命は桜に産ませる予定の子供か孫であり、今回は様子見のつもりであったが慎二がプレラーティに殺害されたこと。
そして、協力するならと差しだされた竜黄薬に手を出したのが、まさしく運のツキである。
若さを取り戻し、正気を取り戻し、自らの悪行を思い出してしまった。
なお、若いころの言葉でも喋れるが、アトラムと会った時の喋り方で対応している。

治療用礼装『竜黄薬』
 食せば一口で三年若返り、料理全てなら数十年とも百年とも言われる回帰の薬。
正しくは寿命では無く、精神性も含めた魔術師としての寿命。
もちろん、魂と魔力に合わせて肉体面も充実し、若返るのは間違いが無い。
マキリ・ゾォルケンはこれを自分を構成する虫たちに食べさせることで、かつての若さと精神性を取り戻した。
 竜の分泌物を利用する東洋系神秘の産物であるが…材料に関しては、シモの話題なので詳しく調べない方が無難。究極と至高を争う神便鬼毒種も、やはり詳しくは調査しない方が良いかと思われる。

 と言う訳で、獅子GOさんが少し腰が引けてダブルっぽくなったので、悪役を追加してバランスがとられた模様です。
このくらい敵が強くないと、士郎達が同盟組む意味が無いから仕方ないね!とかいうご覧のあり様。
次回はウィリアムさんが老骨に鞭打ちながら頑張るお話になる…のかな。
 あとマリーがもらった服は凛が綺礼にもらった服とゴスロリです。


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翼よ、城は燃えて居るか?

「お客様の御来訪は何用でございましょうか?」

 森の中、黒騎士が竜牙兵たちの前に立ち塞がった。

 右手には黒き剣を持ち、左手には護拳付きの短剣を構え、たった一人で百体を威圧する。

「ククク。バーサーカーの真似は止めたのかねランサー」

「七体全てが確認できたのならば、侮りを受けてまで暴れる必要は無いでしょう。用件ならばこのランスロットが承りますが?」

 アトラムの挑発を受け流し、ランスロットと名乗るランサーは超然と居直った。

 元よりクラス名での名乗りなぞ、前哨戦での隠し銘に過ぎぬ。

 四次聖杯戦争でランスロットがバーサーカーであったがゆえ、ランスロットでもある彼は、情報収集の間バーサーカーと偽っただけだ。

 真にバーサーカーを操るアトラムからすれば笑いをこらえるほどに滑稽だったのであろうが、もはやその必要も無い。

「そう、君だよ君。旗下に加わらないかね? 受肉が目的なら人間の一生分くらいは問題無いし、現世利益であれば叶えられるが」

「有り難い申し出ですが、私めの目的はお嬢様の未来にこそあります。ゆえに相入れませんな」

 ランサーは即座に否定した。

 生前に置いてヨーロッパ随一と詠われた賢王妃に仕え、騎士、貴族、派閥の領袖として全てを叶えた彼にとって、いまさら名誉と栄華など不要。

 いや、多くの英霊に取ってそんな物はオマケの様な物だ。

「モノ別れのようで。マスター、せっかくです。ここは暫く彼らの手並みを確認しては?」

「では、戦況が変わるまでは任せるとしようか」

 聖ジョージの提案にアトラムは快く頷いた。

 兵は浪費すべき財であって、惜しむべき騎士でも無い。

 騎士として称えられるべき精鋭に至るならば、この戦いの勝敗よりも重要な手駒が手に入るのだから。

「ではランスロット卿、死して彼らの経験値になりたまえ。なに、魂の方は我々の聖杯で回収させてもらうがね」

 言いながらアトラムは、竜牙兵のうち、スパルトイに新参のドラゴントゥ-スウォリアーを率らせる。

 いいや、言葉の槍が交わされる間に、スパルトイ達は配下を布陣させていた。

 

『左翼前進。右翼は交戦と同時に押し包め』

『承知。行くぞお前達』

 既に知恵を使い始めた上級の個体が、ナンバリングが下の個体のグループに指示を出す。

 小隊長役のスパルトイが動き始めると、棒立ちだったドラゴントゥ-スウォリアーも戦闘であると自覚して動き出した。

「狼藉者であれば已む無し。有象無象の区別なく、切り捨てるのみです。参りますぞ!」

 無造作に近寄った対象を、言葉通り、端からランサーは切り捨てた。

 同時に攻めかかられようとも、僅かにサイドステップを効かせて残骸に替えてしまう。

「三つ、四つ!」

「速いっ。流石はランスロット…。だが、それはまさしく有象無象。宝石に成る価値を秘めているが、ただの石に過ぎん」

 まずは統制を持たずに遮二無二な怒涛の攻め。

 容易く倒されるだろうが仕方あるまい、この段階の竜牙兵などアトラムにとっても、有象無象の雑兵に過ぎないのだ。

 たちまち四、いや五体が倒されようとも前衛は補充の効くドラゴントゥ-スウォリアー。

 だが、生き残ればスパルトイに、やがては低くとも英霊級の勇士に成り果てるだろう。

 

 対文明宝具、『聖・ジョージの名のもとに』

 その真価は単に配下を強化するモノにあらず、試練を為し遂げたモノに栄誉を与え、更なる進歩を目指す文明をもたらすものなのだ。

 為し遂げれば勇者と称えられる、ドラゴン退治のクエストのように。

 兵士は騎士に、竜の新兵は地獄の古参兵に、いずれ英雄に並ぶモノも出るかもしれない。彼らスパルトイの祖が、あるいはミュルドーンの祖がそうであるように。

戦え(いのれ)戦え(いのれ)戦え(いのれ)。呆れるほどの戦い(いのり)の果てにこそ、我らの未来(エルサレム)はもたらされよう」

 焦り、うろたえ、恐怖と言う感情を覚えることで、礼装としては退化するドラゴントゥ-スウォリアー達。

 だが聖ジョージはそのことこそを言祝ぐのだ。

 写真に収め、見るべき価値の無い道具から、味わいのある銘器に、いずれは人並の心を手に入れるだろう。

『らちが開かん。先に逝くぞ』

 やがて十も朽ち果てた頃、左右の前衛を率いて居たスパルトイが覚悟を決めた。

 剣を構え、盾で動きを抑えながら攻め寄ったのである。

 だが…。

『ぬ!! 強い強過ぎる』

「お見事。とうてい竜牙兵とは思えませぬ」

 精鋭であるスパルトイですら、英霊の中の英霊であるランサーには叶わない。

 せいぜい、刃を合わせる事も出来ぬ状態から、一合か二合打ち合えるのが精々だろう。

 一撃目で剣を流され、たちまち二撃目で盾を飛ばされ、三撃目では切り捨てられた。

 だが、ここで竜牙兵達に変化が見え始める。

『お前の戦いは、後に続く兄弟たちに。我らの母に伝えよう』

『死ネイ、シネイ。ココガ死ニ場所ダ』

 後衛や中央に位置するスパルトイ達は頷き、…それだけでなく、ドラゴントゥ-スウォリアーの中にも目に見えて動きを変えるモノが現われ始めた。

 覚えたばかりの恐れを、遥かに越える勇気を示し始めたのだ。

「竜牙兵に心が…。なるほど、バーサーカーの代わりに出るだけはあって、一筋縄でいかぬが道理。しかし、忘れてもらっては困りますぞ」

 ランサーは僅かに身を沈ませると、ここで初めて打って出た。

 僅か一歩、だがしかし、初めて見せる踏み込みである。

 そう、これまでは一歩も前に出ずに、その場で対処していたのだ。

「王侯貴族とは、もっとも強い山賊海賊の成れの果て。一騎当千など当たり前、万夫不当で当たり前と申します」

 残像すら帯びた剣が、防御しようとした盾をすり抜ける。

 ただそれだけで、正面に居た二体目のスパルトイが沈黙。

 返す刀で振りあげると、その後方に居たドラゴントゥ-スウォリアーの体が剣圧だけで斬り割かれたのである。

 

「本気になったか。これでは勝てん、一度下げるか?」

「せっかく宿った意思が無駄になりますからね。…しかし、魔力消費量を上げたとも言えます」

 ここでアトラムは無意味な消耗を惜しみ、聖ジョージはせっかくの機会こそを惜しんだ。

 ボロ雑巾でも切って捨てるかのように倒されるが、最高レベルの騎士を相手にしているのだ、ただ睨み合うだけでも豊かな経験になるだろう。

 知性を働かせる将や、身を捨てて挑む剣豪が現われるかもしれない。

 そんな折に、再び虫たちの一部が集い始めた。

「それなんじゃがの。きゃつめ、ちと目が効き過ぎる。この老体めと同じ程度の判断をしておるぞ」

「英霊に管制官をつけてるのか…。アインツベルンは一周回って頭が悪いんじゃないかと思い始めたよ。まあいいゾォルケン、何とかできるか?」

 虫が作り上げた老魔術師の陰に、アトラムは舌打ちで返しそうになった。

 竜牙兵の陣に飛び込んでなお、無傷で走りまわるランサーの異様さ。

 それは誰かがオペレートしているからであり、指示を打ち切らねば、後ろから切りかかる有利さすら生じえない。

 ただでさえ強力なサーヴァントに、そこまでの援護を与えているとは思わなかったのだ。

「クカカカ、パスを邪魔する術と差はあまりないでな。可能ではあるが、その分だけ濃く仕上げる必要がある。監視が緩くなるぞ? それでも良いなら…というやつじゃ」

「チッ! いまいましい…。探査を捨てて遮断に注力、5分でいい」

 アトラムは幾つかの選択肢を考慮して、攻勢に出る事にした。

 ランサーは宝具こそ使って居ないものの、相当な力を使って戦闘を行っているようだ。

 アーチャーやライダーなど独立行動するタイプではないのに、主人からの魔力補給なしにあれほどまでに戦っているのだ。仮に合流出来ても一朝一夕には回復すまい。

「5分だけ全力で戦闘し彼我戦力差を確かめる。バーサーカー、お前も出ろ」

「その言葉を待っていましたマスター。では、私も少し付き合う事にしますか」

 アトラムは言うが早いか、竜牙兵の陣を広く展開させた。

 自分達が移動する場所を開けさせると同時に、左右から後方に回し退路を塞ぐ為だ。

「フム、よかろう。しかし…なんとも滑稽な。これが聖人と呼ばれたゲオルギウスの末路か」

「いえいえ魔術師どの。彼らの忠勇の前には外見など考慮の外です、共に末世ではなく未来を掴もうではないですか」

 マキリ・ゾォルケンが虫たちの密度を、外から中に変化させる。

 その眼下を、竜牙兵が剣や槍を掲げて列を為しているのだ。

 聖ジョージ達が交差する刃の下を潜る有様は、まるで王侯貴族、あるいは凱旋将軍の出陣。

 だしかし、剣を捧げるのは竜牙兵、そして天を彩るのは天使でも蝶でもなく、醜い羽虫たちの天幕である。

(っ! あの野郎、判って居てアトラムを誘導してやがる。…賭けに勝てば、なんとかなるんだな!? 賭け、どっちを選んでも賭けか)

 一瞬だけ隠れて居るこちらに目を移すのを、獅子劫は見逃さなかった。

 アトラムは信じて居なかったが、自分達の成功は、世界の破滅に繋がる可能性がある。

 よくよく考えれば判りそうな物だ、六つの小聖杯と大聖杯を合わせて、七つもの聖杯が存在する奇跡的な状況!

 小聖杯の方は力を話半分に考えたとしても、大抵の願いは叶うだろう。

(判ったよ、やってやる。やってやるよ。サーヴァントは無理でも、ホムンクルスならお手の物さ)

 獅子劫は声に出さずに呟くと、同じ様に森へ隠れ、援護のために様子を窺う戦闘用ホムンクルスに向かって行った。

 確認されていた準サーヴァント級の個体は居ない、なんとかなるだろう。

 

 そして主戦場では、いよいよ本格的な戦いが始まって居た。

 先ほどまでの激戦は、所詮ドラゴントゥ-スウォリアーを中心としたオードブルだ。

 既に損害は十どころか二十を超えているが、サーヴァント同士の戦いこそが真骨頂!

「行きますよ? 戦いは苦手なのですけどね」

「バーサーカー、そしてアトラム・ガリアスタ! お嬢様に成り代わりて、ここで討ちとらせていただきます」

 打ち合わされ、鎬を削り合う刃と刃。

 ギィンと甲高い音がした瞬間に、白剣は黒剣に流される。

 聖ジョージが戦いが得意でないと言うのは、ある種の謙遜だろう。

 だが、それ以上にランサーの技量が優れて居た。

「せいっ!」

 白剣を流した瞬間に、ランサーは護拳で手元を殴り付け、同時に回り込み始める。

 続く黒剣の二撃目は、残像を前後に描く不規則な速度で迫った。

「おおっと、見えて居ますよ」

 だがしかし、聖ジョージは次々と捌いて、回り込んだランサーの正面に移動し直す。

 その刃は剣速から言っても踏み込みから言っても、重く鋭くまともな騎士なら一刀両断か、受け止めた瞬間に腹か首を短剣で刺されたに違いない。

 されど知るが良い、このバーサーカーは聖人の中でも守護者として詠われた存在だ。

 王でも民衆でもなく、屈強なはずの騎士から守護騎士として崇められる存在、守りの戦いで有れば防戦におけるヘクトールにすら匹敵するだろう。

「怪我をするから無用な手出しは御無用…などと野暮は言いません。構わないので踊りたい者は共にダンスを踊りましょうか」

『我らが栄光は、聖・ジョージと共にあり!』

 聖ジョージやスパルトイ達に一対一という概念は無い。

 彼がゲオルギウスと呼ばれていた頃は、絶対多数を相手取る苦難か、魔物か山の主といった獣たちが相手。

 ましてや創造された竜牙兵たちに、禁忌と言う論理があるはずもない。

「くっ…通信も封鎖されましたか、仕方ありません。こちらも全力で参りましょう」

「カカカ。あれで全力で無いとは…本当にランスロットかどうか疑いたくなるのう。ようやく正体がつかめて来おったわ」

 冗談では無いと口走りそうになるアトラムの戦歴と違い、聖杯戦争をずっと見て来たゾォルケンの目は遥かに確かだ。

 ランサーは強い、おそらくは本物のランスロットよりも、剣や槍の技量『だけなら』優れて居るのだろう。

 四次聖杯戦争でランスロットを呼び出した雁野より、イリヤスフィールの方がずっと魔力が強大ということもあるだろう。余裕はある様に見える。

 

 聖ジョージの剣を反らし、牽制の一撃を入れると同時に、援護の為に割って入った竜牙兵を両断しつつ大きく下がる。

 だが、ここまでの技量は必要なのか? 追撃を避けるために下がる必要はあるのか?

 本物のランスロットであれば、自分を傷つける刃だけを適当に防御しただろう。

 あるいはバーサーカーをあしらいつつ、竜牙兵の殲滅を優先したかもしれない。昼間の間は無敵と呼ばれたガウェインの猛攻を夕刻まで凌いだように。

「絶対的な技量を持っておるが、戦場にそんな技は不要、化け物相手には押し切る為の力の方が必要。要するに、こやつは立派な騎士であっても、理不尽に立ち向かう勇者ではあるまい」

 試合でなら、という前提で有れば円卓の騎士全てにも勝てるかもしれない。戦技の発展は後代の方が優れて居るからだ。

 だが、円卓の騎士であれば誰も出来ることを、このランサーは出来ない。

 何故ならば、世の中に化け物や問答無用の殺し合いがなくなった時代。騎士道が始まった時代の化身であるからだ。

「そうか…。ならば遠慮は不要だな。投げ撃つモノは私やバーサーカーごと狙え! 残り2分、その間くらいは何とでもなるだろう?」

「勿論。マスターに覚悟があるならば、(しもべ)として何のこともありましょう」

 なんということだろう、アトラムは竜牙兵に指示して、槍や弓を一斉に放たせる!

 単に狙うだけならば避けられるだろうが、こともあろうに聖ジョージは突入して足止めを、アトラムもまた至近で唱え始めた。

 いや、聖ジョージに守らせるのであれば、至近であるほうがむしろ安全だからだ。

「これはっ…なんと無謀な! 先に倒せるか?」

「令呪を持ちて命ずる! 我が不破の盾と成れ」

「いかにも! 我こそは守護の騎士、ゲオルギウスなり!」

 最後の逃げ口を、アトラムは閉じた。

 矢弾が降り注ぐ地獄の中を、聖ジョージはランサーを封じつつ、アトラムを殺害するに足る攻撃だけを丹念に落とす。

 誰も彼もが傷付く中で、一人だけが深く傷ついて行った。

 

 常識ではありえない攻防に、さしものランサーも驚くほかなかった。

 いや、相手がジークフリートやヘラクレスのように、竜の血や獣の皮で守ると言うことも想像できるだろう。

 だが、単に防御に優れた逸話持つ英雄が、ここまでの暴挙に出るとは思わなかったのだ。

 まして、戦い慣れぬ魔術士がそんな博打を打つとは思いもよらなかったに違いあるまい。

「これは抜かりました。お嬢様の御力抜きには危険ですが、こちらも博打に出る他ありますまい」

「何!? この状況で礼装や宝具を使うつもりか!」

 主人からの供給を完全に断たれ、自らの霊器のみに頼らざるを得ない状況。

 だがランサーは、不利を悟って賭けに出る事にした。

 城や残ったホムンクルス達を任され、アインツベルン…いや主人の誉れこそを守る以上、ここで引くわけにはいかぬと判断したのだ。

 神代の戦士であれば、名誉はともかく拠点など捨ててしまえと言うに違いないが、栄光と共にあっての騎士であるからか?

 いいや、この城は主人が戻るべき場所、そして…主人に逢う為に若者が目指す場所なのだから!

 ゆえに戦況は三度逆転する。




注釈:
対文明宝具:『聖・ジョージの名のもとに』(ドラゴン・クエスト)
 対象はマスターを含む人間、知性を持つコンストラクトなどにも及ぶ。
信じる者の数、繰り返す試練の回数に制限はなく、バーサーカーが滅びても最後の一回は残る。
 令呪のように不自然なことは不可能だが、待機している者がカウンターで臨機行動で割って入ったり、期待値以上の自分を出せる。
また進歩を促す力があり、クエストを達成したら、『次の』クエストではより効果は強くなっていく(サイコロ2個の期待値が7だとしたら、任意で7、8…最後は12まで上昇する)。ただし、不可能なことは不可能なので、教官役の古参兵が居なければ新兵は新兵のままであるし、技の習得や知性はともかく、能力の上限は強化魔術などが必要。
 アトラムが色々と研究を成功させたり、博打を挑むように成って居るのは、この宝具の影響とバーサーカーの呪いじみたカリスマの影響でもある。
彼らはバーサーカーの誘導に従う限り、かなりの確率で博打に勝てると思いこんでおり、ここまで来ると麻薬の常習性となんの代わりも無い。

 と言う訳で、アトラムの陣営とランサーがガップリ四つに組んで戦闘を開始です。
様子見で妨害を兼ねて出かけたはずのアトラムさんですが、意外に行けそうなので、押せ押せと暴走中。
 戦況としてはまず広域遮断で礼装封じ、対人特化だからランサー有利、対軍能力がないと気が付いてアトラム陣営が逆転、仕方無いのでMP浪費だけど対軍用の礼装解放で再逆転となります。
真面目な話、イリヤが居るか、帰って来るまでランサーが逃げれば簡単なのですが、それが出来ない事情がある感じ。


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ファイブスター

「この偽装も、もはや不要」

 ランサーは黒剣と短剣を柄の部分で連結すると、黒衣を捨て去り、その魔力を他へ回し始めた。

 鎧より消え去る漆黒の下からは、白銀が現われる。

 特徴的なのは、歴戦の戦いでつけられた傷が、肩甲など重傷には遠い場所にしかないことだ。

 まるで鷹が翼を広げる様に戦化粧を施しているかのようであった。

「この紋章をつけて、『本人』に挑む…。これも聖杯戦争の妙というものですか」

「キリスト教圏で最も偉大な騎士にそう言ってもらえると、こそばゆいですな」

 ランサーが付けて居るのは、他ならぬ聖ジョージが姫を助けて竜と戦った故事にちなみ、獅子心王が十字軍に参加する騎士たちに付けさせたと言うガーターベルトだ。

 そこにはセント・ジョージクロスと呼ばれる赤十字が付記され、その紋章を持って聖ジョージ自身に挑む。

 彼の名は、ヨーロッパの母と言われた第一の貴夫人、アリエノール・ダキテーヌに仕えるウィリアム・マーシャル。

 生涯にわたり五百以上の一騎打ちに勝利し続け、西洋圏で不敗と呼ばれた騎士である。

 

 アリノエールのサロンに置いて、円卓の物語りは円熟を迎え、その子である獅子心王に伝わったと言う。

 即ちマーシャルこそがランスロット、日本で言えば光源氏と藤原道長の関係が近いだろう。

「ランスロットのモデルがランスロットを名乗るとは、なんとも皮肉。討ち取って名を上げよ!」

『『応!』』

 竜牙兵たちが、左右より、そして聖ジョージが正面から迫る。

 だが見るが良い、彼こそはナイトマスター。

 騎士道の黎明期に置いて、最強と詠われた男である。

「遅い」

 それは後の先から、先の先までを奪い尽くす究極のカウンター。

 双刃の剣槍を回転させて聖ジョージの剣をいなすと同時に、竜牙兵の一体を切り倒している。

 僅かに遅れてもう一体、庇おうとした竜牙兵が崩れ落ちた。

「残り八十ほどですか?」

 いつのまにか放っていた抜き手を、竜牙兵の胸元から引き抜いて行く。

 はらりと銀線が落ちることで、手繰り寄せて居たのだと気づくことが出来た。

 もし竜牙兵が庇わねば、アトラムだか聖ジョージだかの胸元が引き裂かれていたかもしれない。

「あの一瞬で…化け物め。だが、貴様に対軍宝具が無いことくらい想像が付く、先ほどと変わっていないぞ!」

「然様。わたくしめには対軍宝具はありません。ですが、その欠点を放っておくと思われますか?」

 円卓の騎士すら上回る、圧倒的な個人技量。

 それと引き換えに、対軍能力を所持していない。

 確かに欠点だが、この騎士の腕は容易く捨てがたいほどの物だ。

「ならば、対軍用の礼装を持たせれば良いだけの話。さて、答え合わせと参りましょう」

 銀線が空を舞うと、回り込もうとした竜牙兵をまとめて薙ぎ払った。

 魔力で強化された糸は鋭利な刃と化して切り刻み、運の悪い個体を真っ二つにすらする。

 だが、それは序章に過ぎない。

「城を護りし炎よ…爆・導・索!」

 糸より垂らされた油の混合物は、魔術的に加工された特殊な油だ。

 やはり特殊な火種で着火すると、まき散らされた場所を燃やし尽くし、竜牙兵すら消し炭に還る。

「なっ…『ギリシアの火』だと!? そんな物を復刻させていたのか」

「アインツベルンの得意魔術をお忘れですかな? 中東の石油王よ」

 それは錬金術により創られ、何度もコンスタンティノープルを守り通した対軍礼装である。

 魔術原理を用いて居ることもあり、その強力な火力は、十分な神秘を秘めていると言えるだろう。

 

 そして…。

 ウィリアムが消滅の危機に陥ってまで、無理をした理由はこの炎の意図を隠す為でもある。

 アインツベルンが得意な錬金術であり、彼にとって掛けて居る能力を補う対軍礼装。特に不自然さは無いが…。

 だが、こちらに向かっている事情を知らない者が見たらどう思うだろう?

 煙は自然物。森に結界を張って居る側が遮断しなければ、帰還予定である彼の主人が近くに居るなら察することはできるだろうし…。もう一組、向かって来ている可能性のある別グループにも注意を喚起できるのだから。

 

 燃え盛る炎は森を焼き、結界を管理する者が遮断仕様としない為、上空に煙を立たせ始める。

 城を目指していた者のうち、少年達もまたソレを確認した。

「まさかアインツベルンも攻められてるワケ? なんてフットワークの軽い」

「燃やされたか、さもなきゃ自分ちに火を点けるなんざ、他の理由はねえよな。んじゃどうする? ここで引き返しても良し、横槍を入れて戦力を削いでも良しだ」

 慎二の判断にモードレットは頷いて選択肢を示した。

 伝言を頼まれはしたが、それ以上の譲歩の必要性を感じて居ない。

 仮に同盟を組むとしても、敗北すれば必要ないし、小聖杯なりを手に入れるのであればいっそアインツベルンが失陥していた時の方が良いとすら思う。

 それが理性的な判断であり、マスター達の方が優先である以上は『作戦としては』他に考えようが無い。

「どちらにせよ近くで様子を見て、必要なら介入すべきだと思う。…ライダーに先行してもらうのが一番じゃないか?」

「あいよ。あとはマスターが反対じゃなきゃ、ちょっくら行ってくるぜ」

「構わないけど…、危険かどうかはちゃんと確認しろよ」

 士郎は迷わなかった、迷っては救えない命があるからだ。

 モードレットも迷わなかった、迷っては説得できるとも思えない。

 だから二人の確信した態度に、慎二も頷いた。実際の処、モードレットが同情するとしても、採算の範囲だろう。

 それに、横合いから勝利をかっさらい、負けてる処を救いに入る騎兵隊とはなんとも胸のすくことだろうか。

「んじゃ先行するから、このままのペースで着いて来な!」

 かくしてモードレットはプリトヴェンに魔力を注ぎ込み、感情のままにひた走る。

 理性で、作戦で、判っちゃいるが止められない。

 良くも悪くも、それが今のモードレットなのだろうか?

 あるいはホムンクルスの少女を主人と仰ぎ、義理とは言え家族と仲直りさせようとするマーシャルの姿に、何かを抱いて居たのかもしれない。

 いずれにせよ、モードレットが内心を語ることなど無いのだけれども。

 オルガマリーが止める前に駆け出したのである。

 

「クソ爺。最後までオレに迷惑かけて行く気か!」

 やがて突き進むモードレットが見たのは、竜牙兵や虫たちの陣営に、後方から襲いかかるホムクンルス達だ。

 分断して各個撃破されつつあるのに、この期に及んで合流しようとしている?

 頭が悪過ぎて、目も当てられない。

 戦えるなら城など捨てて合流すれば良い。戦えないのならば、合流せずに見捨てるべきだ。

「ウィリアム、戻りなさい! なんで私の中に戻らないのよ! …なんで」

「やっぱりアインツベルンって学者馬鹿だな…。大切なら、なんで出歩いた! なんで連れて行かなかった!」

 泣きそうな顔で心配して、攻撃魔術を何度も放つホムンクルスの少女。

 それを止めようともせず、竜牙兵を寄せつけまいとする二体の上級ホムンクルス。

 老爺として慕われているのだろう、霊体化して戻れば良いと判っては居るのだろう、だけれどもウィリアム・マーシャルにはその選択肢がなかった。

 何故ならば…。

 この状況で自分が倒れれば、意地っ張りなイリヤスフィールと言えど、素直に士郎を頼らざるを得ないからだ。

 メイド達も、流石に死ぬか生きるかの状況で文句を言うまい。あのオルガマリーがそうであるように。

 だから、ここで朽ち果てるつもりなのだ。他ならぬ大好きな少女が居る前で…。

「馬鹿野郎だ、あいつもおまえも、…オレ自身もな! 馬鹿ばっかりでどいつもこいつも雁首揃えてアヴァロンに突撃する気かよ!」

「…っライダー!? こんな時に!」

 モードレットは意表をつかれたホムンクルスや竜牙兵の中に飛び込むと、中止に居る少女をかっさらった。

 そして魔力を完全に遮断する蟲の幕の中へ、躊躇せずに飛びこんで行く!

「お嬢様! なんという、何と言う事を!」

「はっ! 文句は後で垂れなクソ爺! このまま挟み討ちにすっぞ!」

 中に飛び込むと、ウィリアムは既に満身創痍だった。

 無理もあるまい、魔力を遮断された状態で全力の戦いを繰り広げ、礼装まで使ったのだ。

 途中で全力は出せなくなるし、傷つくのは当然。…例えここで魔力を供給されても、致命的なまでに霊器が傷ついて居る。

 ましてや、近くまで終わりを見定めるモノが来ているのだ。

 包囲網を打ち破る為に戦えば、後は消滅を待つばかりになるだろう。

「ガキ! どうせ爺はもう直ぐ終わりだ、最後の務めを果させてやんな!」

「…うん。…ウィリアム! 私、手に入れたよ! どうしても欲しかったモノを手に入れたの! …だから命じます」

 モードレットはロデオのようにプリトヴェンを操りながら跳ね回る。

 その腕の中でイリヤも、既にウィリアムが助からないことを悟ったのだろう。

 泣くのではなく、毅然と女主人に相応しい態度を心がけようとして、無様に失敗した。

 涙を振るって、最後の一言を呟いた。

「令呪を持って我が刻印を受け入れなさい! タイムアルター・トリプルアクセル!!」

「イエス、ユア、マジェスティ!」

 そして黄金の鷹が舞い降りる…。

 




/人物紹介
クラス名:ランサー
真名:ウィリアム・マーシャル
 フランス王よりも強大なダキテーヌ女伯爵アリエノールに仕え、彼女に従って何人もの王に仕えた。
生涯にわたって五百を超える一騎打ちに勝利し、決闘裁判を避けられるほどの強さを誇る(その裁判は追放する為の、冤罪による不倫疑惑であったとも)。
アリエノールは芸術家のパトロンであり、彼女のサロンでは様々な芸術が花開いた。アーサー王物語も多く語られ、円熟の域に達したソレにより息子の獅子心王はアーサー王狂いと呼ばれるほどにまで熱中したと言う。
これらの事や、当時の西洋最強騎士であったことから、ナイトマスターとしてデイルムットらと共にランスロットのモデルの一人とも言われる。
 生前、騎士・貴族・派閥の領袖として全ての栄耀栄華を手にした彼が望むのは、自分を引き立ててくれた主家の家族愛と言う…決して手に入れることの出来なかった絆である。

スキル:
『無窮の武錬』
ランク:A
解説:
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。いかなる精神的制約の影響下でも、どんな武装であろうとも、十全の戦闘力を発揮できるという。

『対魔力』
ランク:B
大魔術や儀礼詠唱であっても、傷つけるのは難しい。

『騎乗』
ランク:B
 様々な生物・乗り物を乗りこなせるが、幻想生物・竜種を乗りこなす事は出来ない。

宝具:
『騎士は無手にて勝敗を決せず』
ランク:A
解説
 一騎打ちの結果、勝者は敗者の武具を奪う権利を持っていた。
無双の騎士であるウィリアムは、桁違いの勝利で財産を築いたとも、持ち主に気前よく返却して友誼を築いたとも。
この逸話により相手の武具を奪って自身の宝具として利用できる。ただし、ランクはAなので対抗判定で勝利した場合に限られる。

『黒騎士の銘は、己の為だけではなく』
ランク:D
解説:
 あまりの隔絶した強さに、一騎打ちはともかく決闘裁判の類は拒絶されるほど。
ゆえに名前を隠し勝利を重ね、あるいは他者に勝利を譲り…。王の代理人として裁判を見守ったとか。その結果、自身の銘を黒騎士として僅かながら、隠蔽・変装する事が出来る。
とはいえ、彼の生誕の前と後で、マーシャルと言う名前に別の意味が宿るほどであるので、あまり強力な隠蔽は出来ない。
また黒騎士の名前自体が複数の騎士の持ち回りであり、名指しを避けることから、単体の呪い・デバフ系の魔術を避ける効果もあるが、対魔力が機能しなくなるほか、自分や味方が使う強化系のバフも掛けられない欠点を有する。(強化では無く、発動させた礼装を渡すのは可)

『王妃の加護』
ランク:A
解説:
 王族の中で随一、欧州一と呼ばれた王妃の庇護を受け、サーヴァントとしても最優のマスターを引き当てる運命を示す。
生前は権勢、サーヴァントとしては霊基を向上させるが、名前を隠している間は機能しない。

一騎討ちの典範』(マーシャル・ロウ)
ランクB:
種別:対人宝具、騎士特攻。
 あらゆる勝負・対抗判定を、自分の指定した能力値・属性で判定する事とが出来る。
相手が耐久力に優れて居れば敏捷で、相手が敏捷に優れて居れば筋力での勝負を挑む事が許される(他者に教えてもらい指定さえできれば、神性など所持しない能力も回避できる)。
 一騎討ちのルールが未整備だった時代に、チェスや馬術なども含めた戦力調整ルールを整備し、先駆者としての名声また第三者を利用して、自分が都合の良い様に用いて勝利を収めたと言う、いわゆるマッチポンプの伝説が形になったモノ。
ただし名前を隠している・他人の武器では使用できず、基本能力とは別に、騎士・クランの戦士など勇者対象に対してダメージを増強するナイトスレイヤーの効果がある。
実質的にウィリアムは一対一の勝負に必ず勝利する事が出来るので、決闘裁判を避けられるのも当然かもしれない。

礼装:
『ドゥリンダナ』
ランク:D~C
 イリヤの髪を利用した銀線で、魔力を通す事で鋭利なブレードになる。
そのまま切りつけても強力であるが、爆導索などを併用する事で様々な強化が出来る。
ランクに関しては、『黒騎士の銘は、己の為だけではなく』の影響で礼装が自分で使えない時、イリヤが専念する場合にC、ウィリアムが宝具を解除し他と併用する時にDとなる。

『爆導索』
ランク:D
 錬金術で作った特殊な油を、特殊な火で着火する事により燃え盛る魔術礼装。
精製油よりも火力が強いのに、燃え残って延焼し易く、更に専用の火種以外では誘爆しないと言う便利アイテム。
反面、誰が使っても、巻きつけでもしない限りは一定の能力しか得ることはできないし、これは消耗品である。

『道路標識』
ランク:D~C
 自在に外見の変わる斧槍で、基本的には町中に隠蔽したり、魔力反応を定期的に起こす事で作戦を誤魔化す事に使用する。また簡単な呪文反射効果もあるので数があればトラップにもなる。

『ナイトマスターの紋章』
ランク:D
 肩から翼の様に、籠手から爪先のように伸びる光で、なぎ払いなどの攻撃範囲を大きく拡大。
範囲限定の魔力放出と言え、何度も使えるし扱い易い礼装であるが、魔力の消耗も比例して大きくなっていく。

時間魔術:『タイムアルター』
 魔術師である衛宮切嗣が使っていた固有魔術で、本来は大魔術にあたる体感時間の加速を自分にのみリスクを抑えて使用出来る。
衛宮家の魔術刻印をアインツベルンが大金・礼装などを供出する事で引き取り、改装後に、令呪を使用する事で一時的に受け入れることが出来る

 と言う訳で、ウィリアム爺さんのデータ紹介と成ります。
独自解釈・捏造は多いですが、ランスロットのモデルという扱いで登場しました。
イメージ的には、ランスロットの皮を被った小次郎という感じです。
対人しかないけど、戦えば必ず勝つキャラクターだから、あとは付与魔術で対軍とか付ければ、礼装のデータ収集には最適だよ! と頭おかしい強化コンセプトだったのですが、更に強化する為に衛宮家の魔術刻印が必要とか言ってロンドンに行ったため、分断して敗北する事に成りました。


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黄金の鷹

「令呪を持って我が刻印を受け入れなさい! タイムアルター・トリプルアクセル!!」

 イリヤスフィールの持つ魔術刻印が唸りを上げて稼働する。

 彼女が持っていた鋳造式刻印と反発しないレベルゆえ、言うほどの強さは持たない。

 父親である衛宮切嗣が使う場合よりも、限界も、効率も悪いだろう。

 それでもなお、その効果は絶大であった。

「イエス、ユア、マジェスティ!」

 効果を受け入れたのは人ではなくサーヴァント。

 今回召喚された英霊の中でも、最も速度に優れたウィリアムであることが空前絶後の力を発揮した。

 ナイトマスターとでも言うべき彼は、技量だけならば円卓を越える。

 その彼が、他者の三倍稼働するということはもはや理不尽を越えた大暴力でしかない。

「アトラム・ガリアスタ、お覚悟!」

 回転する双刃槍が十文字の真空刃を作り上げる。

 だが恐るべきはそれだけでは無い。

 解き放たれた風の刃に、放った張本人が後から追いつくと言う不思議な光景。

「マスターお下がりください! これはもう、人間の形状をした暴力。まさしくドラゴン」

「今更その認識か、温いわ!」

 まったく同じ場所へ三度、刃の嵐が繰り出された。

 都合三度の斬撃と、同時に着弾する三度では意味が異なる。

 恐ろしい事に、この連撃は狙って行われたことだ。

 どれほどの技量があれば叶うのだろう、僅か一合の打ち合いで、守護騎士と呼ばれた聖ジョージの剣が叩き壊される。

『いかん、防げ防げ!』

『ファランクスだ、者ども出会え、我が身を持って盾に成れ! 八重垣!!』

 竜牙兵たちは、スパルトイを中心に戦陣を築いて迎撃を開始する。

 たった一人に対して、盾を構えた個体が列を無し、その肩越しに槍で攻めざるを得ないと判断したのだ。

 だが、それでも戦力差を、低く見積もって居たと言わざるを得ない。

「もう…遅い!」

 割って入った個体から、次々に切り刻まれていく。

 時間差を造るのは、なるほど時間稼ぎには向いているのかもしれない。

 だがしかしその刃はナイトスレイヤー! 一瞬で数体を斬り伏せることが出来る相手に、その考えは失策でしかない。

『いかん! 手近な者と組め。二列突撃を掛けつつ、奴の前面で合流する』

 とうとう竜牙兵は、頭脳まで使い始めた。

 あまりの暴力に、ただの歩兵で居る事に耐えられなかったのだ。

 されど対するはランスロット・アキテーヌ(ダキテーヌから来たランスロット)

 まるで燕が剣を避けるように、ぬるりぬるりと、突撃の全てを迂回し続けた。

「笑止な。三倍動けるからといって、常に三倍である必要もあるまいに」

 ある時は三倍の速度で走り、ある時は的確に数歩だけ歩く。

 頭で考えても出来ないことをウィリアムはやってのける。

 

 可能とするのはイリヤスフィールがもたらした大魔術。

「ウィリアム、ウィリアム!」

 そして…。

 我が身を省みぬ、その献身である。

「お嬢様。召喚されての短き間でしたが、ご厚情を賜り深く感謝いたします。士郎様と末願くお幸せに」

 一歩、また一歩と動くごとに、彼の霊器は光を帯びて崩れて行く。

 複数の二列突撃を迂回して、雷がジグザグに動く様な複雑な軌道。

 魔力の光が崩れるたびに、軌跡を描いて鮮やかに駆け抜けて行った。

 向かう先はただ一つ!

「貰った!」

「っ! させませんよ!」

 聖ジョージがウィリアムの斬撃に追いつけたのは、単に意図を見抜けただけだ。

 アトラムを攻撃しつつ、イリヤスフィールの脱出路を確保する。

 そんな都合の良いルートは一つしかない。

 脱出のための牽制にして、必殺の軌道。

「ぎっ、ぐあああ!!? め、目があああ!? 痛い痛いぐおおお」

「急所は逸れて居ます。大丈夫ですよ」

 だからこそ割り込めたし、だからこそ防ぎ得たのだろう。

 槍はアトラムの頭に突き刺さる事無く、危いところで跳ね上げられ、片目だけを深く抉った。

「申し訳ありませんな。後を…お任せします」

 敵マスターを討ち取る栄誉よりも、ウィリアムは大切な者を取った。それだけの事である。

「この、ばっかやろう! オレは反逆の騎士なんだぞ! こんなオレに何を任せるって言うんだクソ爺ぃ!」

 モードレットはプリトヴェンを操りながら、城からの脱出路に飛び込んだ。

 

 魔力を最大級に放出し、投げつけられる槍や矢を回避し、あるいは体で受け止めて腕の中の少女を守る。

「貴女も泣いてるの…? それとも痛いの?」

「オレに涙なんかねえ! オレの涙はあの時からとっくに枯れてるんだ!」

 ホムンクルスの少女を抱いて、モードレットは吠えた。

 声は否定の為に張り裂ける。

「オレに涙は無え。…でも、でもオレには居なかった。オレには何も無かったんだ」

 腕は我知らず、ギュっと少女を抱きしめて居た。

 怒った様な顔で、怒った様な声。

 回避し損ねて、次々に攻撃を受けて顔は血で染まっている。

「オレには誰も居ねえ。オレを利用とする魔女だけで、家族は居ねえ。家族に成りたいと思う人と、繋げてくれる奴なんか居なかった。なんで、てめえばかり…」

 ズルイぞ…。

 だけれども、その姿は啼いて居る様に思えた。

「ライダーは強いね…」

 ぽつりと呟くホムンクルスの言葉。

 それを受け止めたもう一人のホムンクルスは、我知らずギュっと腕に力を込める。

「ライダーは強いね…私だったら、何も出来ずに泣いちゃうから。お母様も、キリツグも居なくなって、一人でキリツグを恨んで、その後はシロウを恨んで…」

「……っ」

 これはオレだ。

 騙されて、ただ道具の様に生きるしか能の無かった自分。

 それでも尊敬する人の為に精一杯やろうとして、何もかもを否定された。

 零れ落ちるばかりで、何も残らなかった自分。

 だからせめて、届けてやりたいと思うのは、きっと自分に重ねただけの安い同情なのだろう。

「当たり前だろ! オレは強いんだ! しっかり捕まってろよ!」

「でも魔力が…」

 虫で造られた雲は魔力のパスを遮断する。

 独立行動を許されたライダーとて、普通に戦うのが精々だ。

 宝具を起動している以上は、幾らも持つまい。

「黙ってろよ! イザとなりゃあ、今のオレには無用な長物をぶっ壊すだけの話だ!」

 モードレットは腰の剣に意識を這わせた。

 儀礼剣クラレント、今はたいした力の無いこの剣を、自身の誇りと共に壊せば、きっとのこの雲も晴れるだろう。

 自身の心を覆う、この憂鬱さもきっと晴れるに違いない。

「オレがあいつに合わせてやる。だから今は…」

 不敵に笑おうとした時、何かが見えた気がした。何かが聞こえた気がした。

 自分に突き刺さる矢とは別の、風切り音!

 

 その時、黒い輝きが宙空の蟲たちを薙ぎ払う!

「穿てブラックドック、バスカーヴィィィル!」

 オーン!

 犬のような雄たけびを上げて、漆黒の矢が蟲の群れを切り裂く。

 そして続けざまに、モードレットがやろうとしたことを、その黒矢が実行した。

壊れた幻想!(ブロークン・ファンタズム)

 直進しかできないが、あらゆる装甲を貫く漆黒、心を打ち砕く霊威の矢が弾けて消える。

 爆散した後に、流れ込む魔力が蟲の霧散と共に、蟲の雲の結界が晴れて行く事を教えてくれた。

「ライダー! 無事か、このじゃじゃ馬が!」

「あん!? チャンスだったから飛び込んだってだけだ馬鹿野郎!!」

 相変わらずの憎まれ口を叩く慎二にモードレットは笑い返した。

 虫の群を置き去りにし、満身創痍で脱出に成功した。

「ええい! 逃がすな、追え! 獅子劫は何をしている!?」

「追っかけたいのは山々なんだがね…」

 絶叫するアトラムに、獅子劫界離は思わず苦笑した。

 ようやくホムンクルスを倒し、…いや、正確にはトドメを指している所だ。

「イリヤ、ノ、所には、行カセ、ナイ…」

「我らが身と引き換えに…お前、だけ…でも連れて、行く」

 目が機能しないホムンクルスや、耳の機能しないホムンクルスら、廃棄処分から蘇った彼女達は最後まで運命に抗おうとしていた。

 槍で突き刺され剣で切り刻まれながらも、獅子劫や竜牙兵に抱きつき行かせまいとする。

(イリヤは第三…違う、私達の希望…だから)

 口が機能しないホムンクルスは、最後の能力を起動した。

 疑似的な高速詠唱で、声無きままに、全てを無に返す。

「くそがっ…。腕を…マスター権をもらう約束事くれてやるよ!」

 獅子劫は自爆術式を悟ると、強化したナイフで抱きつかれている左手ごと切り落とした。

 走り始める後方で、業火をあげて『ギリシアの火』が盛大に燃え始める。

「おのれ! こんなことなら5分と言わず、亜種聖杯の魔力を使って常に全力で戦って居れば…」

 最後にアトラム達が脱出した時、当初は百居た竜牙兵達も三十を大きく下回って居たという。

 

 そして森は更なる炎と煙に包まれ、イリヤとモードレットはようやく合流を果たす。

「こっち側のメイド二人は回収した! 城には誰か残っているのか?」

「もう、もう誰も居ないよ…。誰も居なくなっちゃったよシロウ…」

 見れば衛宮士郎が弓に新しい矢を構え、城に向かって放とうとしている。

 泣いて居るイリヤを抱き締めるのはでなく、彼女の替わりに燃え盛る城へ飛び込もうと言うのだ。

 それを判っているからこそ、イリヤは誰も居ないと言う事実を、ようやく受け入れる事が出来た。

「なら…全部弔っていくぞ! 我が骨子は捩じれ狂う!」

 放たれる矢はカラドボルグ!!

 全長3kmに及ぼうかと言う光の柱は、威を示すのではなく、威を狩り取った。

 森の中にあるアインツベルンの結界を切り割き、城に炎を導いたのである。

 全ては業火の中へ、破壊する為では無く弔う為の道を作り上げた。

 そこで朽ち果てたランサーやホムンクルス達の魂を連れていくために、何もかもを弔っていく。





礼装
『ブラックドック・バスカヴィル』
 直進しかできず、霊威しか傷つけぬ矢ゆえに、あらゆる装甲を貫く矢。
赤原猟兵の追尾と組み合わせることで、様々な戦術を取ることが出来るハウンド・ティンダロスに変化する。

『カラドボルグ』
 結界破りの力を持ち、範囲こそ狭いものの、直前3kmの射程を持つ光の矢。
カラドボルクⅡを参考に、本来の形に近いイメージでアレンジされている。

 ウィリアム死亡確認!
 という訳でランサーが倒れました。ちゃんと『アトロポスの鋏』は機能してますので、魂はイリヤに格納されました。
アトラムさんも獅子Goさんも大怪我、竜牙兵は大半が破壊されております。
タイムスケジュール的には、アンツベルン側も急いで帰って来てるので、それを邪魔する為にアトラムさんが強襲した感じですね。
その意味では、アトラムさんの作戦勝ちというか…まあ情報をリークした人が居たり居なかったり。


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限界迫りしはタイムリミット

「今ならランサーとマスターを分断出来ると判っては居たが…。くそっ、八枚舌の高笑いが聞こえるようだっ」

「お陰でやる事が一本化したと思えば良いではありませんか」

 せっかく倒したランサーの魂は、アトラムが用意した亜種聖杯の一つに格納されて居なかった。

 可能性があったのはアインツベルンの小聖杯だが、距離的に言うとマスターであるホムンクルス以外には無い。

 ライダー陣営が回収して行った為、聖ジョージが言う様に目的自体は一本化されている。

 だが片目を失い、手駒であるスパルトイも大きく減らしたアトラムが楽しいはずもない。

「ああ、そういえば。スパルトイ達は計画の第三段階に突入した個体が現われ初めました。かの征服王が呼び出した王の軍勢の中でも、そこそこの腕には当たるでしょう」

「…教育係が出来るようになったのは朗報だが、『本命』の方は?」

 竜牙兵スパルトイには段階がある。

 同じ竜牙兵のドラゴントゥースウォリアーよりは強くて知性がある従兵級、技や戦術を使える騎士級、そして上級騎士として従卒・騎士を指名できる…弱い英霊レベルだ。

 

 そう、彼らの本命とは英霊に匹敵するコンストラクトを製造する計画。

 本来の英霊に加えて用意できれば、亜種聖杯戦争を起こしても有利になる。

 そうなれば買い手は幾らでも出るだろうし、単なる護衛としても十分だ。

「魂の強度ですか? それはマスターが御調べに成った方が早いでしょう。亜種聖杯に利用できるかは私の領分ではありません。ですが、第四段階…将軍・剣豪級まで届けば確実かと」

「それを聞いて安心したぞ。ならばこの馬鹿馬鹿しい戦いにも意味があったということだ」

 そして最も重要なのは…『亜種聖杯に格納出来る』かどうかであった。

 英霊化したスパルトイが、本来の英霊の二分の一であろうが三分の一であろうが魂と魔力を有するのであれば、この聖杯戦争での勝利自体が強奪できる。

 その技術ごと売る以前に、聖杯を使って大抵の現世利益は享受できるだろう。

 失った片目を取り戻すことなど簡単だろうし、出来ずとも最高クラスの魔眼を購入する事すら難しくないに違いあるまい。

「ならば確実に数体分の魂を格納する為に、こちらの亜種聖杯を連れて戦うとするべきだな。狙い目は遠坂のアーチャーか、それともアニムスフィアとアインツベルンを連れて居るライダーか…」

「それなのですけれどね。キャスターの話では、あちらの陣営に対する『七日殺し』の呪いを解いては居ないそうですよ?」

 自分でも気が付かない内にアトラムは、一体倒して撤収すれば十分だった採算を、数体倒せば聖杯戦争に勝利できるという欲望で塗り返してしまった。

 聖ジョージはその展開に満足しつつも、やる気の無いアーチャーではなく、乗り気であり戦闘意欲旺盛なライダーに対して煽るのであった。

「では、キャスターに対して取引をするか。執行者に対する見返りと引き換えに、数日後に自害。ただし倒せば自害指定は取り消すと言う当たりで十分だろう」

「それなら誓約の範疇に収まるでしょうし、勝てば良いので承諾しそうですね」

 キャスターがライダーと相討ちでも良し、生き残って誓約を解除しても構わない。

 小聖杯を奪えば…、そして消耗したキャスターならば正面から戦っても有利であるし、マスターとも取引できるだろう。

 アトラムはそう期待し、聖ジョージはその交渉で起きるヒューマンドラマにこそ期待した。

 

 一方で、キャスターの仕掛けた『七日殺し』、宿り侵す死棘の槍(ゲイボルク)は静かにそして着実に侵攻しつつあった…。

 ゆえに、否応なく彼らは戦いに巻き込まれることになる。

 ライダーが周囲の警戒に赴き、森の一角で休んでいる時の事。

「ねえ、シロウ。そいつ何?」

「アサシンのマスターであるオルガマリーだよ。アニムスフィアって言う大きな家の娘さん」

「大きな家って…。仮にもロードに対して呆れたものね。追われてる間は何の意味も無いけど」

 胡散臭いモノを見るイリヤから、士郎はオルガマリーを庇った。

 流石に人に対して誰? はともかく何? は酷いだろう。

 その事が筋違いであるのに気が付いてはいたが、オルガマリーは士郎の心遣いに感謝した。守ってくれる気が在るのは非力な魔術士と言えどありがたい。

 そんな浅ましい計算と恐怖に埋め尽くされて、少女は自分の中にあった気持ちのヒトカケラに気が付かない。

 本当は嬉しかったはずなのだ。アニムスフィアの家系である事よりも、ただのオルガマリーとして大事に扱ってくれたことが…。

「アニムスフィアは随分な技術に手を出したのね。遥かギリシャに居たイカロスって知ってる?」

「第三魔法を追いかけてるアインツベルンに言われたくは無いわ。冒涜と無謀では現実度が違うと思うけど」

 士郎を挟んで二人の少女達が冷戦を始めた。

 チクチクと突きささる視線と皮肉の応酬に、少年はタジタジとなる。

「おいおいおい。二人とも、こんな所で喧嘩しないでくれよ。慎二、お前も何か…?」

 そんな中で士郎は、ちょっとした違和感を感じ始めた。

 

 いつも身近にあって、魔術で抑えてもらっているはずの痛みが、僅かに許容値を超えたのだ。

「衛宮…お前いい加減鈍感だな。そんなんじゃ将来に苦労するぞ? まっ、こんなチビッコに苦労するなんて、今だけの苦労だろうけどね。ハハハっ」

「なによマキリの後継者はレディにして随分と失礼なのね。前回と随分違うし、とうとう馬脚を現したってことかしら?」

「あら、人形に対して後継者扱いなんてアインツベルンは随分と寛容なのね。ああ、貴女もホムンクルスだったわね」

 冷戦が酷くなった!?

 二人の仲を仲裁するどころか、慎二は地雷を踏み抜いた。

 同時に突き刺さるカウンターの嵐に、少年のライフは次第に減って行く。

「勘弁してくれ。いい加減に次の……っ?」

 言い掛けて、士郎は大きくなる違和感と痛みに、思わず腕を抑えた。

 まるで体の中で、何かが大きくなる様な、あるいは、置き換えられていく様な痛み。

「どうしたの士郎?」

「あれ、痛み止めはまだ聞く筈だけど?」

「…っ!?」

 首を傾げるイリヤと慎二と違い、オルガマリーはハッキリと顔色を変えた。

 それが明らかな、踏み絵であると気が付かずに。

「どうしてこんなになるまで放っておいたのよ! シエロさんの腕に何が入って居るの? 古代の術者は自分に矢を撃って強化したとか言う自爆技もあるけど、まさか試したんじゃないでしょうね!?」

「まさか、クーフーリンの奴、呪いを止めてないって言うのか!? 衛宮しっかりしろ! って言うか、会った時に条件とか付けなかったワケ?」

 オルガマリーが意識した瞬間に、違和感も含めてハッキリと固定化され始めた。

 

 ギチギチと侵攻する寄生する枝先、あるいは森の木々の一つとして起き変わる寄生の呪い。

 宿り侵す死棘の槍(ゲイボルク)は即死しない場合でも、『七日殺し』として機能する呪いなのだ。

「いやさ、一時的な共闘だし、解除するならゲッシュが条件って言われて止めといたんだよ。それに集中力が増してたから、…そっかオルガマリーが言う様な修行法もあったんだな。そんなこと知ってるなんて凄い…」

「シロウ!」

 士郎が崩れ落ちると、投影した礼装は砕け散りガラスのように華やかに消えて行く。

 咄嗟にイリヤが支えようとするが、小さなその体で叶う筈が無い。

「バッカじゃないのか!? なんとか治療しないと…」

「もう無理よ。この調子ならあと二日ほどで…。話を聞く限り、心臓に届くか外に発芽して栄養を持って行かれるわね。参ったわ…」

 慎二は罵声を浴びせながらも、驚いて士郎の面倒を見る為に脈や魔力の動きを確認し始める。

 それとは逆に、オルガマリーはどこか冷静な目で現状を把握しようと努め始めた。

 本当は自分も驚いてすがりつきたいのだが、貴族として育った彼女がそんな無様を晒せるはずも居ない。

 

 むしろ状況を良くする為に、自分だけは冷静に成ろうと…。

「計算が狂ったわね。このままじゃ戦い抜け無いし、そりゃサーヴァントには劣るけど、規格外の投影は惜し…」

「なんだよソレ! お前は心配じゃないのか!? こんなになったボクらに馬鹿みたいに付き合ってたんだぞ? その言い方は無いだろう!」

「それにその魔眼は何なの? 確かにシロウのバイタルは安定して無かったけど、急に症状が確定したわ。何かしたんじゃないの?」

 オルガマリーは知らなかった。

 慎二はこう見えて友人は大切にする方だし、人形何かに改造されて、それでも平然と付き合う士郎に何より救われている事を自覚していた。

 イリヤは家族の絆を何より求めているし、会った事も無い自分を家族だと認めてくれる事を何より嬉しいと自覚していた。

 オルガマリー自身も守ってくれている事をありがたく思っていたが、致命的なことに、乙女チックな自分が士郎に惹かれて居る事にこれっぽちも自覚していなかった。

 

 だからこれは自業自得なのだろう。

 オルガマリーは自分が阻害され始めたことをハッキリと自覚し、そして自分のせいで士郎が追い詰められている事を自覚してしまった。

「あ、私…。違う、私はそんなつもりじゃ…現状を把握して少しでも良くしようと」

 慌てて意識を魔眼や患部から反らせるが、もう遅い。

 衛宮士郎の運命はあと二日と確定してしまった。

 これを覆すには…。

「そうよ、二日以内に解呪すれば…」

「神代のキャスターに対して? まあ倒せば良いんじゃない? この状況で万全に戦えると思えないけどさ」

「シロウ…」

 極めて建設的な意見。

 だからこそ、慎にはオルガマリーへの反感を抑えて検討し始めた。

 だからこそ、イリヤはオルガマリーへの反感を抑えて士郎の容体を診ることにした。

 

 どう考えても許されないと自覚して、オルガマリーは最後の踏み絵を口にする。

「方法が無くは無いわ。私が生き延びるために仕方無く使った、デミサーバント化の術式。それを使えば万全とはいかなくとも戦えるくらいにはっ」

「そんなに人体実験をしたいのかよ! そりゃいいさ、お前んちはそれで成果が出るからなっ」

「最低…っ。でも他に何も思いつけない私はもっと最低っ…シロウどうしたらいいの…?」

 ここに運命は確定した。

 ケルトに置いて、枝は剣や槍にも通じる概念だ。

 体が剣で出来て居るエミヤシロウに取って、それはあまりにも致命的なほどに相性が良過ぎた。

 植物に寄生され、置き換えられていく衛宮士郎は、順調に人間としての階段を踏み外す。

 ギチギチとギチギチと、(つるぎ)は体の中を侵攻し、どうしようもなく英霊エミヤに置き替えていく。




魔術概念『転生術式』
 能力を失いかけた術者が、矢・槍を自分に放たせ、生き残れば能力が向上し、失敗したら宿った魂を、後継者が利用するというモノ。
この概念がある為、才能のある生贄は割りと集め易いとか。
 衛宮士郎が高い集中力を発揮し、アトラムみたいに次々と礼装・アレンジの開発に成功していたのは、この為でもある。

 と言う訳で、士郎の寿命が確定しました。
放っておけば二日で死亡、術式が成功しても人間失格。もちろん普通にキャスターを倒せれば無問題ですが。
次回は教会に戻った後、キャスターに挑みに行くまでとなる予定。
 なお、この話の前ではオルガマリーの士郎への気持ちは、打算と保身と安心感が98,2%、残り1,8%くらいが乙女回路になります。まあそこまでイベント来なしてないし吊り橋効果で少しくらい。


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ザバーニーヤ

「そもそも、デミサーバント化なんてそんなに簡単にできる物なのか?」

「簡単には、いえ普通は出来っこないわ。でなきゃ、私が此処まで来る必要なんかないでしょ」

 可能なのかと問う慎二の質問に、オルガマリーはノーと言う答えを突きつけた。

 本末を転倒する、あるいは根本から覆す答えに苦笑というよりは、呆れた顔を浮かべる他はない。

「ハア!? じゃあどうやってこの場を乗り切るつもりなんだよ! デミサーバント化なんて…」

「話は最後まで聞きなさいよ。…普通にはできないから、バックドアで裏技的に成功させるつもりだったの。ううん、この表現は正しくないわね、成功させたのよ」

 激昂する慎二にオルガマリーは務めて冷静に対応する。

 普段は警戒してることも多い彼女だが、ここに来て腹を括ったのだろうか? あるいは単に、慎二が自分を傷付け無いからかもしれないが…。

「裏技…っ! そうか、英霊を召喚して勝つんじゃなくて、英霊そのものを目的にしたのか」

 慎二は元は魔術の才能は無かったが、呼べるとしたらと、自分が英霊を呼べるとしたらと色々な手法を考えて居たのだろう。

 裏技と言う言葉で、何を目的としたかを推察した。

「病人を直す為に医師の英霊を呼び、錬金術が可能かどうか確認する為に錬金術師を呼ぶ…そういう方法か」

「一言で理解してもらえると助かるわ。山の爺のうち、英霊と呼ばれる様な暗殺者たちを育て上げた存在が目的だったの」

 慎二の想像をオルガマリーは肯定した。

 

 暗殺者の英霊…いや、アサシンの語源とすらなった教団の長。

 山の爺は様々な技を得意としたと言い、冬木でアサシンを呼べば歴代ハサンの誰かが来る様に固定されていると言う話だ。

「アニムスフィアではとある目的でデミサーバント化を研究していたのだけど、成功度が低いとみられていたの。そこで、山の翁と呼ばれる党首の中で、肉体改造を得意とするハサンに目を付けたわけ」

「肉体改造?」

 オルガマリーは軽く頷き、移動を開始しようと教会で貰った服を指差した。

 今のところ他に行くあては無く、仮に降伏同然で聖杯戦を放棄するとしても、そこに行くしかないだろう。

 そして、士郎に術式を施せるような場所も他に充てが無いのだから。

「中世に置いて、それまで出来ていたことが出来なくなり、あるいは外国由来の技術が異端とされたわ。当時の外科手術は悪魔の技ってわけよね」

「文明の暗黒期か。まあ、当時のロード達が主導したとか、神秘を隠したって考え方もあるけど」

 オルガマリーは皮肉には答えない。

 あるいは、ロードの家系ゆえに答えようがなかったのかもしれない。

 それ以上の言葉が無いと理解して、歩きながら続きを話し始める。

「中東で後継者たちに肉体改造的な技術や薬品を残し、西洋に渡って医術を広めた替わりに、色々な技術を学んだそうよ。まあ魔術なんでしょうけど、それを故郷に持ち帰った」

「そして、その残された技…宝具で、デミサーバント化を効率よく進めた?」

「英霊召喚を可能とする第三魔法は、技術と魔術の境界を渡るモノだし、因果関係的にも…成立し易いのかな」

 今度こそオルガマリーは頷いた。

 ハサンを育てるハサンが残した技術と経験であれば、デミサーバント化も成功し易くなる。

 不承不承であるが、慎二とイリヤも納得はしたようだ。

 

 それはそれで危険な賭けなのだろう。

 だが、アトラムに襲われた時のオルガマリーや、今の士郎には放置すれば死ぬ他ないのだ。

 一か八かの賭けであれば、十分に採算があり、二度目とあれば成功度も高い可能性がある。

「死ぬよりは良い、成功率が在るのも判った。じゃあ聞きたいことはあと一つだ。…副作用はどうなんだ?」

「さっきアインツベルンが技術と魔術の境界を渡るモノと言ったけど、まさにその通りよ。本人の自覚ある無しに、技術と魔術が混ざり合って現出してしまう。どんな能力が目覚めるか判った物じゃないってことね」

 そう言ってオルガマリーは自分の目の辺りを指差すのだ。

 そこには血で赤く染まってしまった、直死の魔眼が存在していた…。

「私ならこの眼。多分、死に掛けた状態でずっと時間を掛けてしまったとか影響してるんだと思うけど…。正直、今回は急場だから判らないわ。それにバランスとかちょっと怪しいかも」

「サーヴァントに関連する技術なら、核に魂を固定する方法は? 御爺様はそうやって延命してる筈だけど」

 倒れた士郎を支えながらなので、遅々として歩みは進まない。

 気持ちの良い話ではないが、つい、研究じみた話になってしまう。

「ああ、本体を別に移して『降霊』と『支配』をベースに組み入れるのね。それならなんとか…できれば虚数魔術があれば安心出来るんだけど、こんな時にトリシャが居てくれたら…」

 マキリ・ゾォルケンが残した資料の一つに、そんな案があったそうだがと聞いた時。

 オルガマリーは何の気なしに、案の一つに辿りついた。

 とはいえ、虚数魔術はレアな属性だ。

 中々居るものでは…。

「虚数魔術があればいいんだな? 心当たりがあるから、教会に来るように伝えとく。…だから失敗何かするんじゃないぞ!」

「え、居るの? …なら成功までは何とかして見せるわ」

 キョトンとした顔で慎二の話に頷いた。

 少し遠いのだろうが、準備を考れば言うほどの事は無い。

 どちらかといえば、どこまで英霊化するのかが判らないのだ問題だろう。

「シロウ、待てってね…。必要な魔力は私が全て提供するわ! だから、絶対に失敗したら許さないんだから!」

 

 そうして一同は、ライダーと合流しつつ冬木教会に辿りついた。

「ようこそと言うべきか、それとも無事に御帰りとでも言うべきか。ひとまずはアインツベルンの少女よ、数日ぶりだな」

「…言峰綺礼」

 そこでは言峰綺礼が、両手を広げて待ち構える。

 受け入れるではなく、待ち構えると言うイメージしか湧かない不気味さだ。

「睨みつけて来るとは随分な挨拶だな、私は…」

「その様子だと、ある事無い事吹きこんだみたいだな。あんまり気にすんな」

「うん…そうなんだけど…」

 言葉をモードレットが遮った。

 口ごもるイリヤを見て、いや、正確には二人を見て珍しい見たとでも言わんばかりに、綺礼は目を見開いた。

「何か不満でもあるのかよ?」

「…真実だけを伝えたつもりだが、言い忘れた事が一つだけある。ならば私も手落ちだったと、先ほどの非礼は流すとしよう」

 聞きたくない事まで語ったに違いあるまい。

 モードレットはそう判断するが、間違いではない。

 だが、そう判断したのならば…彼女もまた耳を塞ぐべきだった。

 さっさと用件を伝え、場所を変えるべきだったのだ。

 だから、きっと後悔する事になる!

 

 綺礼は随分と楽しそうな、まるで楽器や銘品を愉しむ様な顔で微笑みかけて来た。

「いや、お前達を見て居ると十年前を思い出してな。…あの時も、アインツベルンはセイバーを擁していた。ああ、お前はライダーだったか、まあ大差あるまい」

「あん…? どう言う意味だ? 十年前のサーヴァントなんざ意味が無いだろう」

「こら、話してる時間なんか無いんだ。さっさとどこか休める場所に…」

 もう、遅い!

 口は災いの元というが、言峰綺礼ほど真実だけで人を傷つけられる者もそうはおるまい。

 だから心の疵から、目に見えない血と痛みでのたうち回ることになる。

 それがどれほどの痛みか、知って居たと言うのに!!

「アインツベルンは最高の魔術士に、最高のセイバーを召喚させた。まさに最後に聖杯を掴む寸前に達する程であったが、かの騎士王ならば何もおかしい事ではなかった」

「ちち…うえが?」

 呆然とした表情でモードレットは男を眺めた。

 こいつは何を言っているのだろう?

 いや、それ自体はおかしな事では無いのだ。

 これ以上、聞いてはならない。自分が聞いた事からも耳を背ければ、まだ間に合うだろうか?

「父上が召喚されていた? 聖杯を求める為に」

「そうだ。…やはりモードレットであったか、似て居るからもしやと思ったが。フフ…かの騎士王が守り切れなかったアインツベルンの聖杯を今度こそ守り通そうと言うのかと思うとな」

 縁とはなんと不思議なものだという言葉をどこか他人事のような言葉で聞き流す。

 別におかしなことでは無い、業績を残した英雄であれば英霊として座に登録される事もあるだろう。

 だからおかしくない、耳を背けろという直感に、この時ばかりは素直に聞けなかった。

「その時、最後の決戦ではランスロットを討伐して辿りついたそうだ。断罪を完了したものの、弾劾でもされたのだろうか? 自分は王に相応しく無いのではないか、と言わんばかりに憔悴していたそうだがね」

「そんな訳があるか…!」

 綺礼は伝聞のみを伝えたが、モードレットはそれに気が付かない。

 思わず激昂し、胸ぐらに掴みかからんばかりだ。

「キャメロットの王は父上以外に居ない。騎士王を除いて相応しい奴なんか居ないんだ!」

「これは異な事を言う。そのキャメロットを滅ぼしたのはお前では無いのか? 弾劾する手間が省けたと言うものだろう」

 絶叫するモードレットの顔は、涙の無い啼き顔であった。

 手間が省けた? 冗談では無い、それは、それこそはモードレット自身がやらねばならないことだったのだ!

 気に入らないランスロットを断罪するのも、王を弾劾して成り替わるのも自分でなければなら無かったのに…。

 やるべきことを全てやっておいたと言われて、目標を見失わない者が居るだろうか?

「ともあれ、柳堂寺に向かわせた者からの話では、良くも悪くも順調だそうだ。聖杯を使うにせよ、壊すにせよ、早い方が良いだろうな」

 綺礼はそう言うと、グッタリした士郎を抱えてベットの方に連れて行ったのである。

 




宝具『妄想外科(ザバーニーヤ)
ランク:C
種別:対人宝具
 とある代の山の爺が伝えた、外科手術が悪魔の技であったころの、治療および、肉体改造の技術の結晶。
物理と精神の境界を取り払い、対象に神秘の力を授ける、真・アサシンの宝具。
この宝具は伝え残す技術と秘薬からなる、後に遺せる物である。
 一見、メリットが多い様に見えるが、どんな能力になるかはその人物次第、およびバランスなどは考慮されていない。また、この技術に関する来歴から、使用者及び、施術者は『無辜の怪物』として忌み嫌われていくことになる。
オルガマリーが封印指定対象ではないかと疑われ易いのも、遠い未来に英霊エミヤがうとまれるのも、そうおかしな話では無い。

 と言う訳で、デミサーバント化の成功レベルが低いと言う欠点を、真アサシンが遺した宝具と、虚数魔術で核を封入すると言うことで補う感じです。
(fate/goの話に、プリヤのカードと運命のタロットシリーズでの大精霊への転写関連を少し混ぜてます)
何と言うか、丁度良い安定した核が、士郎の手元にはあるので、アッサリ成功するでしょう。
問題はデメリットの方がアレなのですが…。
と言う訳で、次回に桜が合流、魔力も前回、手術がパパっと終わって、キャスターとの決着を付けに行く感じです。

追記:
キャスター戦とオマケで中盤の人理剪定編が終了予定?。
その後に、最終章として運命の五月雨編に突入する予定になるかと。


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イドの底

「マキリの聖杯が動いたか、いよいよ大詰めという訳だ」

 少女が動くのを確認して、監視者は自分の胸元と比較した。

 そこには残り三分の一になった弁当箱。

 捨てるにも惜しく適当に味わっていると、パタパタと言う足音を聞こえて来る。

「人の目を気にするのにも飽いた。…気に入らない養父とはいえ、任された仕事くらいはこなしておくとしよう」

 駆け付ける足音は規則的で、良く鍛えられた物だ。

 歩調に乱れは無く、年若いにしては鍛え上げた肉体が窺える。

 監視者の居るこんな所まで、律義に来る性格から、ここのところ何度も会っている人物だろうと当たりが付いた。

「イッセイ、前から言って居ることを寺の皆にも伝達しろ。足下の大空洞は危険な状態やもしれぬ」

「それは本当ですか花蓮さん!?」

 言峰花蓮という監視者は、駆け付けて来た柳堂一成と言う少年に厳かに告げた。

 そして、最後の一口を面倒そうに押しつける。

 思わず口にしてから顔を赤らめる少年であったが、はて? と首を傾げた。

「これは衛宮の手か? そういえば学校で何やら…。あ、衛宮士郎という名前に御存じは?」

「エミヤ? ああ、一応は。エミヤ…シロウ。……まあいい、専門家を呼び寄せるので避難は今日中にやっておけ」

 面白くなりそうだと、監視者はアッシュブロンドを靡かせながら立ち上がった。

 マキリの聖杯こと、間桐桜が助けに向かった少年のことを想像しながら…。

 

 

 そして、血相を変えた桜は、教会に飛び込むなり居住区画に飛び込んで来た。

「先輩は! 先輩は大丈夫なんですか!? ああぁ…なんでこんな事に」

「落ち付け桜。電話で話した通りだけど、施術を確実にこなすためには、お前の力が必要なんだ」

 桜はベットに横たわる士郎を見付けると、枕元に駆けつける。

 説明しようとした慎二に向かって、キっと睨みつけようとするのだが…。

 良く知る姿ではなく、女の姿を見て、戸惑いを覚えた様だ。

「人形の体を経由して、サーヴァントと契約した…んですよね? 安全策で…」

「簡単に言うとその通りさ。まあ失敗も大きかったけど、その責任はボクだけのものだ。…でさ、この通り虚数魔術の使い手を呼んだけど、大丈夫なんだろうな?」

 人形と言うには生々し過ぎる、人形で済ませたと言うにしては、荷が笑いに含まれた悔恨が強過ぎる。

 清々と言い切る姿に、ある種の諦観を見た桜は、どう言っていいか判らなくなった。

 元より彼女の魔術知識はそう高い物ではないし、そもそも目の前で死に掛けているのは士郎なのだ。

 

 戸惑う彼女の元に、赤い瞳と銀の髪を持つ少女が近づいてきた。

「物理領域マテリアル、精神領域アストラル、そして魂であるイド。この3つに分割管理することで、術式としては問題なくなったの。良い? 貴女の役目は、『核』を誰にも渡さないように仕舞うだけ」

 オルガマリーは間の仮定や採算性を、全てすっとばして桜に説明した。

 事細かに説明しても判らないだろうし、やり遂げる為の苦労や、反動によるマイナスを引き受けるのは巻き込む形である彼女自身の責任だ。

 ゆえに批判を素直に受け入れて、務めて冷静に桜の担当部分だけを説明していく。

「単にそれを管理する礼装を、誰の手にも渡したくないだけなの。私に管理しろと言われても、他人の自由意思なんか欲しい訳でもないしね」

「当たり前です! 先輩は先輩の意思で貴女たちに協力したんでしょ? それなのに…」

 オルガマリーは胸元に掴みかかる桜の指を引き剥がすと、士郎のポケットから目当ての物を取り出した。

 ここ数日の途中で、なんど見たことのある礼装だった。

 

 ただし、そこに書かれていた絵は何も無く、真っ黒に染まって機能していない。

「このカードが何のかはともかく、今は何処とも繋がっていない、他所から影響を受けないというだけで十分よ。貴女の役目は、このカードに繋いだラインを維持したまま虚数空間に保存する事」

「何度も言われなくとも判って居ます! 虚数空間の中でも、先輩に付属したエリアを思い浮かべるんですね?」

 オルガマリーは自分でも判らないと言う意味で伝えたのだが、桜は自分に説明する必要が無いと受け取ったのだろうか?

 僅かに怒りを窺わせながらも、士郎の為に今は耐える。

 このカードがあれば士郎を操れるのだとしても、自分が固定化に専念すれば当面の問題は無くなるのだから。

「最後に一つ、虚数魔術に一番重要なのは、方向性と繊細さよ。その特殊性から魔力の強さや抵抗力は関係ないの。『i』を解く苦労はあるけどね」

 虚数魔術はマテリアルともアストラルとも因果関係が無いため、素通しになる。

 だが、虚数から精神領域・物理領域への変換を行うと、ルートを解く二乗の二乗ほどのエネルギーが必要なのだ。

 管理できれば容易く防壁を踏破する力であるが、出来なければ普通の魔術の何倍も力が掛る。

 レアな性質の上、学習に掛る徒労が大きく、マキリ・ゾォルケンが活かさずに間桐の性質に変えようとしたのも仕方あるまい。

 

「サクラ…だっけ? 私はシロウの義理の姉のイリヤスフィール。どれだけ掛っても魔力は私が用意するから、方程式だと思っていいわ。一緒にシロウを助けましょ」

「アインツベルンの…? 御爺様の資料で見たことはあるけど…」

 イリヤが姉だと言う事を、半信半疑ながらも桜は受け入れた。

 マキリ・ゾォルケンが用意した資料の中に、衛宮切嗣とアイリスフィールの写真があったからだ。

 前回は適当な参加だったというものの、そんな資料が残っている事を考えると相当な手並みと言えなくもない。

「納得したなら配置について。施術全体の統制と、領域変換は私がやるわ。降霊と支配魔術に関してはマキリの二人で。全体的な魔力管理をアインツベルンがこなすと言う流れでお願いね」

「小娘が仕切るってのは気に食わないけどね」

 オルガマリーが位置と施術内容を簡単に説明すると、慎二たちはそれぞれの覚悟を決めた。

 息(意気)を呑んで心を落ち着かせると、改めて術式を開始する。

 

「カードへの降霊と、肉体支配を確認。『妄想外科(ザバーニーヤ)』を開始するわ!」

 真ハサンが遺した宝具を起動し、オルガマリーはトランス状態を維持しながら施術し始めた。

 窓やベットを空白の線として認識し、全てを虚空に見つめるかのように俯瞰して眺める。

 

 肉体面の反動は、士郎の体であって士郎の体ではなくなった事で解決される。

 続いて精神面を表に出しつつ、肉体面を浸食し過ぎない様に、カードを中心にコントロールを掛けて行った。

 マテリアルとアストラルの転換という大魔術を、複数の魔術を組み合わせることで代用した。

 そして、宝具を使って変動した肉体そのものにメスを入れれば、まるで粘土に手を入れたかのように心霊手術を行っていく。

 

 その中で、オルガマリーは奇妙な事に気が付いた。

 これは、士郎の精神に深く結び付き始めた彼女だから判ることなのかもしれない。

 術式を通して、イリヤから士郎に流れ込む力の本流。

 その奥に何か奇妙な物が…、そして、重なる二つの陰に気が付いた。

(何? シエロさんが二人いる? それに奥で光ってる、あの黄金の光って何なの?)

 そう思って意識を向けると、グングンと引き吊られていく自分を観測する。

 まるで沖合に流される潮流の様に、太樹のようなイメージを越えて、どこか遠い丘に辿りつく。

 そこには降りしきる雪と無数の剣が立ち並んでいた…。

(イドの中に内面領域? まさか固有結界なの? でも、そう考えるとあの規格外の投影魔術にも説明が付くわ)

 オルガマリーが見渡すと、そこには雪が溶けて作り上げる沼。

 そして、沼鉄と呼ばれる自然現象での錬鉄が行われていた。

 朽ちて行く無数の剣が、溶けて、再び無数の剣に仕上がって行く。

 それを打ち直し、鋭い剣に替える男が独り、丘に立つ。

(誰…? シエロさん?)

「(こんな所まで来たのか? 凄いなマリーは。でもお帰り、ここはあまり体に良くない)」

 士郎に良く似た誰かが、周囲の精気を吸って育つ一本の枝を示した。

 見ればシロウに良く似た男も、徐々に溶けだして、枝に吸い込まれていくではないか。

 そして、その根元には、黄金の輝きに包まれたナニカが…。

 

 そこでオルガマリーの意識は途絶える。

 だが、意識の向こう側で、見つめる影もまた、彼女達の企みに気が付いて居た。

「おっ。向こうでも何かおっぱじめやがったな…」

「何か変化があったのですかクーフーリン?」

 見上げる女にクーフーリンは何でもないと首を振る。

 だが、その嬉しそうな表情に、バセットが気が付かないはずもない。

「何もない筈は無いでしょう…。ですが何故、アトラムの申し出を受けたのです? 貴方が条件を呑む理由は無い」

「単に小僧どもが、予定居通り俺の影響を振り解き始めただけだから気にすんなって事さ。ただな…あいつの条件を受けたのは俺なりの理由があるからだ」

 察しの悪いバセットが直ぐに気が付いたのも道理だ。

 数日以内後に自害するが、ライダー陣営を倒せば解除される。

 そんな理不尽極まりない契約を結んだ後であり、クーフーリンが何らかの探査術を使用していたからだ。

「あの子たちとの共闘を止め、アトラム陣営に付くという、ケジメの為ですか?」

「はっ! んなことは毛ほども考えちゃいねえよ。敵になったら殺し合うのはいつものこった。ゲッシュを破って時間稼ぎした事で、最低限の義理は果たしたしな」

 ただまあ、と嬉しそうに男は女に理解できぬことを口にする。

 それは笑って死地に向かう漢の美学。

 強くなった少年たちと相対し、同時に女の境遇を守るのならば自分の命を的にするだけならば安いだろう。何しろ勝てば良いだけ。

 それにゲッシュを破る羽目になったのも、破った結果で霊器が傷付き、痛んだ霊基で戦うなど大した負担でも無い。

「あとはまあ、なんだ。あいつとの誓約で、最後の条件が外れそうだったからな」

「条件…まさか、大神刻印のですか?」

 クーフーリンは楽しそうに頷いた。

 『大神刻印』は高位ルーンを扱える者ならば知っている大魔術だが、使いたくても使えない封印が掛っている事でも知られている。

 

 いわく、神代のルーンが使えなくてはならない。

 いわく、全てのルーンを決まった順番・配列で組み合わせねばらない。

 いわく、扱うのは死して蘇る、狂える詩人でなければならない。

「最後にいわく。それは大神(せかい)の選択である。そのことを忘れるなかれ…ってな。二日後にソレが堕ちる。怪しげな大聖杯目掛けて設定するから、バセット、てめえはこの街から離れな」

 神以外が神代のルーンを使えば死に、それを代用手段で回避しても死ぬ。

 常人であれば対象を設定する事も、実行する事も叶わない。

 そして仕えたとしても、大神宣託を全力で使う者は、遅かれ早かれ死ぬのである。

 

 だが、クーフーリンに化された誓約は、それを前倒しで可能にさせた。

 勿論、実行されるのは二日後であるが、この際、何の意味も無い。

 意味があるとしたら、それこそが世界の選択である。

「嬢ちゃん達のことを探った獅子劫の野郎が伝えた、世界の破滅。俺は結構マジなんじゃないかと思うぜ? だからここで一切合財消し飛ばす」

「…敵とする相手をそこまで信じるのですか? ならいっそ全てを捨てて味方しても良いでしょうに。…いえ、それこそがクーフーリンと言うべきですね」

 クーフーリンに留められてでも、バセットも最後まで付き合う事にした。

 そこが死地だとしても、共に戦うのが呼びだしたマスターとしての務めだろう。

 付いてくるなと言う男の我儘を、無視してフォローするのが女の美学である。




・人物紹介
・間桐桜
 虚数魔術の使い手であり、慎二の義理の妹。
マキリ・ゾォルケンによって、蟲を使った亜種聖杯に加工されている。
今回の聖杯戦争には関わらず、彼女の子孫が本命として疎開させられていた筈だが、士郎のピンチと聞いて駆け付けて来た。

・言峰花蓮
 冬木教会の言峰綺礼の義理の娘であり、アッシュブロンドをしてゴシックロリータをまとう監視者。口汚く、罵りあるいは食べ散らかす、あまりよろしくない行儀作法の使い手。多分、養父のせいでS。

大魔術:『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)
ランク:?
種別:?
 デミサーバント化したエミヤシロウの固有結界であり、もともとは英霊エミヤの宝具。
通常の無限の剣製は1~2ランク落ちで済むが、この結界では3~4ランク落ちである。
ただし、段々と成長して行くことで補うことが可能であり、また継ぎ木することで相性の良い・由来の近い武装を融合発動させる事も可能。

大魔術:『大神刻印(オホド・デウグ・オーディン)
ランク:A
種別:対城宝具
 封印されし大魔術であり、使用条件には何種類かのパターンがある。
何れも神代のルーンが大前提であり、まともに使うと使用者が確実に死亡。また対象設定そのものがまともな人格では設定不可能。
これはオーディンが首を吊って、疑似的な死亡体験をしてまで得たルーンを、横から盗む事に対する忌避であるとも言える。
ここでは育つルーンである、ブランクルーンを使用する事で回避し、対象設定には誓約を使用してアカシックレコード的な方法で実行を命令している。
 古代の芸術家は、脳の片方だけを酷使する為、片目が見えなくなるとも、鍛冶に関わるから目が悪くなるだけども言うが…。

 と言う訳で、デミサーバント化と攻めて来る気配をクーフーリンが悟った状況になります。
また士郎はアインツベルンの小聖杯・蟲の聖杯・キメラの聖杯など…と大半を揃えたので、リーチしてる感じ。
 このことから、捏造大神刻印がアップし始め、最後の関連人物が登場しました。
あとは無辜ったりデミ化が20%→浸食とかで変化とかはありますが、これ以上はNPCは増えない・減って行くことになります。


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キャスターはいずこに?

「まったく、材料が持ち込みで無ければ文句の一つも言っているところなのだがね」

「ソレは文句じゃないのか? まあいいけどな」

 朝の気だるさを越えて、良い匂いが足元から漂ってくる。

 寝ぼけマナコで確認してみると、そこにはひっくり返し損なったパンケーキがあった。

「シエロさん、もう良いの…って訳も無いか。体の調子はどの程度回復したの?」

「んー。今までとバランス感覚は同じなんだけど、全体の調子が今一つ合わないんだよな」

「デミサーヴァントと人間とでは基本体力が違う。暫くはオーバーアクションを控えるべきだ」

 オルガマリーが呆れた声で確認すると、士郎は綺礼から借りた雑巾で床を吹き始めた。

 堕ちたパンケーキは敬虔なる犬か猫かが喜捨に預かるだろう。

 

「そうもいかないさ。飯食ったら出て行かないと迷惑を掛けるし、キャスターだって今日中になんとかしないとな」

「そうか。幸運を祈ると…」

「ちょっと待ちなさいよ! 倒しに行くのは良いとして、ちゃんと計画は立てて居るの?」

 さらっと当然の事の様に語る士郎と綺礼の言葉に、オルガマリーは思わず制止した。

 確かに士郎の命はあと二日、悲観論で考えるならば、あと一日とロスタイムと思うべきだ。

 だからと言って、このままはい出撃しますと言うのは、信じられないし許せはしない。

「そりゃ少しくらいは考えてるぞ? あいつが有利な陣地って限られるし、ゲイボルクの欠片で反応を追えば…」

「そういう事じゃなくて、英霊としての正体とか、宝具の確認とか、弱点を突く為の算段のことよ!」

「何を騒いでるかと思ったら…」

 呑気な士郎とオルガマリーが口論を始めると、慎二たちも眼を覚まし始めた。

 

 皆、儀式の疲れが抜けておらず、目を覚ました者から話に参加し始める。

「じゃ、データをまとめてたボクから。これまで判ってる範囲で、キャスターの正体はクーフーリン。ドルイドとして植物を加工するから魔力抵抗でも安心できない」

「詩の方はどうなの? 威力はともかく、使い勝手は良さそうだけど」

「新しいゲッシュを結んで、バーサーカーとしての力を限定的に得てるみたいだ。能力が段々と強化されるけど、欠点も多いみたいだ」

 慎二がメモを出しながら簡単に説明すると、オルガマリーが確認を行う。

 それに対して士郎が、自分でも痛い目にあった事を補足した。

「確か陣地に籠り続けるのが難しいとか、大量の水が必要だから場所が把握し易いとかだっけ?」

「そうなんだけど…丸判りになった以上は、水は使わないんじゃないの? ボクなら暴走しない程度に水掛けとくけどね」

「そこには同意するわ。捨拾選択するなら重要なのは利用できるかどうかでしょ」

 幾つかの情報が交錯するのだが、まずは場所の特定。

 次は戦力の把握だろう。

「んじゃ次は相手の数だけど、遠坂か石油王との同盟はしそうじゃない? 戦力的にサーヴァント一体のまま居るってことはないんじゃないかな」

「遠坂はないと思う。英雄王ギルガメッシュ一人で大抵のサーヴァントならどうにでもできる。口説き落とせるとも思えない」

「私もアトラムとの同盟は無いと思うわ。マスターの方も執行者として周囲を薙ぎ払うタイプと聞いて居るし、騙し討ちまでして来た相手に気を許してないと信じたい所ね」

 ハイハイそうですかと慎二がそっぽを向くのだが、どちらかといえば……。

 

 むしろ不和があるまま、同盟を組んでいる方がありがたいとも言える。

 クーフーリンにだけ奇襲を掛ければ、他が漁夫の利を狙うタイミングを狙えるからだ。

 まともな相手なら、ちゃんと協定を組むだろうが、ギルガメッシュの性格的に合わないだろうし、騙し討ちをされそうという意味でアトラムは最後の最後で出て来る程度と思われるからだ。

 あるいは、ギリギリまで追い詰めて見逃すことで解除を要請する事もできたはずなのだ。

 

 だが、状況がそんな選択肢を排除してしまっている。

「ということは、クーフーリンは自分が有利に成る場所で、慢心も油断もせずに待ち構えてるってことだよな」

「あんまり考えたくない可能性だけど…。結界はまあ…いいとして、周囲が森か林で利用できるモノが沢山。そんな都合の良い場所があるの?」

「そんな場所は一か所しか思いつかないね」

 士郎とオルガマリーは顔を見合わせると、自信満々な慎二の方を見た。

 さきほどの同盟案は半信半疑であったが、今度は自信満々だ。

 流石にこれで外せば恥ずかしいので、根拠はあるのだろう。

 

「ずばり円蔵山の柳堂寺」

 慎二が示したのは冬木で最大の霊地。

 大聖杯の入り口に当たる場所である。

「周囲は林。高台にあって、狂化で壊すまでなら結界もある。なんだったら、ボクらを迎撃して、適当な願いを叶えてしまえばいい。ほら、これ以上は無いじゃない」

「最悪じゃないのソレ…」

 得意満面な慎二に対して、オルガマリーの表情は真っ青だ。

 それも仕方あるまい…。

 今日中にケリを付ける必要があるのに、相手は逃げ回るだけでこちらに勝てる。

 それを回避する為には、相手にも有利な…亜種聖杯の力を持つ誰かが同行する必要があるのだ。

「アトラムに魂を渡すわけにはいかないのに、その場で奪われかねないなんて」

「いいじゃん。どうせマスターであるボクが付いて行く必要があるんだし。こっちが聖杯持ちと考えれば逃げないんじゃない?」

 アトラムにサーヴァントの魂を渡さない為にも、それらは必須であると言えた。

 無茶をしないと戦う事も出来ないが、無茶をし過ぎると、そもそもの大前提が覆りかねないのだ。

 オルガマリーは命を狙われているので腰が引け、慎二は先行きが無いため自暴自棄ということが決断力に差を分けて居た。

 

「ふむ。その件なのだがな。言わねばならん事と、言い忘れて居たことがある」

「あんたの言葉ほど、うさん臭いものは無いな。騙す必要が無いから信じられるだけに厄介だ」

 これまで沈黙を守っていた綺礼が口を開くと、士郎はげんなりした表情で苦笑した。

 この神父ほど真実だけで人を傷つけられる者も居ない。

 できれば黙っていて欲しいものだが、そうもいかないのが尚更残念だ。

「まずは推理の的中おめでとう。手の者からの連絡で、キャスターとそのマスターが来訪したから引き揚げると言っていた」

「チッ。知ってて黙ってたのかよ。そーかよ、そりゃそうだ。あんたは監視役であって、ボクらに協力してる訳でも無いもんな」

「慎二、ちょっと黙っててくれ。多分、もっと最悪な情報が出るぞ」

 綺礼が告げたキャスターの動向に、慎二は露骨に舌打ちを返した。

 その憤りには同意しながらも、士郎は綺麗がまだ本命を繰り出していないことを理解する。

 このい男ならば、もっと切り込んで来ると言う、嫌な意味での確信があった。

 

「聖職者が嘘をつくわけにもいくまい? だから黙って居ただけだし、当てた以上は黙っておく必要も無い。だが使い魔で捜索する必要が無くなったことを感謝して欲しい物だな」

 綺礼は前置きとして事実を告げた。

 どこにも嘘は無いと応えたのだ。

 だが、そこには真実はあっても、誠実さは無い。

 そして、周囲が注目したところで、本命となる言葉の剣を振り降ろすのだ!!

「聖杯機能を持つ者についてだが…。サーヴァントの魂を格納するごとに、人間としての機能を削ぎ落していくようだ。三体も取り込めば動けないとか? 誰が取り込むのかは十分に検討を重ねるが良い」

「このクソ神父…」

「ここでそれを言うのね…。まったく良い根性してるわ」

「慎二…。それにイリヤも起きたのか? ということは、本当みたいだな」

 綺礼が口にした言葉を、慎二とイリヤの表情が肯定した。

 口に出しはしなかったものの、考えて見れば、慎二が自暴自棄に成っているのはその辺も関係していたのかもしれない。

 慎にだけなら、プレラーティがやっつけ仕事の改造をしたため、単に調子が悪いというセンもありえたが、イリヤを見ると悪い方の予測が阿多ていると言えるだろう。

 

「ライダーに何かあった時の事を考えると、私が近くに居るべきよね。それに…アインツベルンの悲願を考えるなら、同情は不要よ」

「イリヤ、そんな事を言わなくてもいいだろ。俺たちにも心配の一つもさせてくれよ」

 どこか突き放したイリヤの言葉に、士郎が食ってかかる。

 思えば、それは心配させまいとしたのかもしれない。

 だからこそ、士郎はイリヤの方を抱くようにしてその目を見つめる。

 キョトンとした顔でイリヤは見つめ返したが、クスッと笑った後で少しだけ顔を赤らめて切り出した。

「そういえば、会った時に言ってたよね。衛宮家のイリヤになればいいって。シロウのお嫁さんにしてくれる? 私のサーヴァントになるのでもいいけど」

「お嫁さんっ……考えとくよ」

 思わぬ申し出に、つい頷こうとした士郎だが、寸での所で思い留まった。

 頷こうとしたことに嘘は無いが、正確には、彼はこの世界の士郎では無いのだ。

 このまま二人の自分が融合していくなら問題無くとも、勝手にこの世界の自分の将来まで決めるのは問題だろう。

 

「(桜が寝てて良かったな。あいつには気かせれないな)」

「(何かしら。仮契約みたいなものでしょうに…。なんでこう腹が立つのかしら。おままごとを聞いてるようで腹ただしいのよね、きっと)」

 それを見て居た慎二は眠っている義理の妹を眺め、オルガマリーはムカついた事実をスルーしたのである。

 

「そういえば十八は越えて居るのだったな。その気があれば来るが良い。教会として祝福しよう」

「あんたにだけは祝われるのは勘弁だ」

「同じくっ! いーだ」

「どうでもいいけど、作戦の続きをしましょ。場所が特定できたんだし、あとは勝算の方よね」

 玩具の具合を確かめるような綺礼に対して、士郎とイリヤは共同で不満顔を見せた。

 オルガマリーはあきれつつ、腹が立つのを抑えながら強引に会議を再開させた。

「シエロさん、固有結界は?」

「ああ…。あれは魔力の問題もあるけど、できればギルガメッシュ用に取っておきたいな。相性も考えるとそんなに使えないしな」

「ハア!? 固有結界って…デミサーヴァント化のオマケとしちゃあ、羨ましい事だね」

 オルがマリーと士郎が真面目に相談してるのを、慎二は羨ましそうに聞いて居た。

 やはり大魔術としての固有結界は、夢の様なものだ。

 性能が無ければ使う事もままならず、迂闊に使えば自滅が待つとは言え…魔術師たるものが目指すべき技の一つなのだから。

 そして士郎達は幾つかのアイデアを元に、キャスター戦に備えて準備を始めたのであった。

 




 と言う訳で、キャスターがどにに潜むのか特定した後で準備して突撃と成ります。
士郎達に取って条件が少し厳しく

1:一日でクーフーリンを倒す必要がある
2:その魂はアトラムに渡してはならない(おそらくはどこかで様子を窺っている)
3:魂を格納する、亜種聖杯持ちは動きが不自由になる
4:途中までは、柳堂寺の結界が機能する

と言うのを確認した上で、幾つか切り札を用意して戦うことになります。
もちろん、犬の肉を食わせるとかは無理なので、正面決戦になりますが。


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柳堂寺の戦い

「なあ爺さん、そんなに都合良く行くのか?」

「なまじ最善を狙うと、おのずと手は固定されるものよ。…ほれ見るが良い」

 獅子劫・界離が義手の調整をしながら尋ねると、マキリ・ゾォルケンはくつくつと笑った。

 促された先には、アトラム・ガリアスタが少女を伴って居た。

「いつまでも集まらぬ、僅か一つの魂に痺れを切らし、きゃつが誂えた亜種聖杯を持ち込むつもりじゃ。綱引きになるか距離の勝負に成るかが見ものじゃが」

「爺さんの望みは聖杯のシャッフルだからそれで良いだろうがね。…俺の方はどうなることやら」

 キャスターとライダー陣営の戦いが、圧倒的な勝負では困るのだ。

 

 ゾォルケンの望みは亜種聖杯を揃え、平均化する事だと聞いて居るが…。

 直ぐにでも叶う彼と違い、獅子劫の望みは神便鬼毒酒…あるいは命の水と飛ばれる竜の髄液による呪いの浄化だ。

 アトラムが介入できずにどちらかが勝利してしまうのも、ライダーが横槍に気が付いて、奇襲してアトラムの方を処分されても困る。

 ほどほどの高いになった上で、アトラムが苦戦の末に試作品を持ち出すなり、完成させる段取りが必要だった。

 

「カカカ…。心配性の為に説明してやろう。あの寺にはサーヴァントを制限する結界があるが、クーフーリンが狂化の段階を進めると、内から破壊してしまう」

 ゾォルケンは笑いながら円蔵山を指差した。

 強力な結界だと言うが、クーフーリンが持つ神代の力に叶うはずもない。

「じゃが、それではガリアスタの小僧が数による包囲出来てしまう。横槍を避けるためには、どちらもギリギリの勝負を挑む必要があるじゃろう」

 次に指差したのは竜牙兵の大軍団だ。

 将軍級にまで知能を高めた勇者級のスパルトイが、古参兵のスパルトイに部下のドラゴントゥースウォリアーを指揮する形で部隊を形成していた。

 結界があれば、正面の参道のみに絞られるが、もし結界がなければ全方向から数の勝負を挑む事が出来る。

 軍団の中には、剣豪・スナイパー級に力を得たスパルトイもおり、討ち取ることが可能なはずだ。

 

 それを避けるためには、結界の保持はギリギリまで為さねばならない。

 牽制から牽制を重ね相手にトドメを刺した後、向かってくるアトラムを迎え討たねばならない。

「だから、そう上手くいくかって聞いてるんだよ。最後の最後でまた逃げ出したり、共闘されてこっちに来るかも知れねえだろ?」

「今回に限ってソレは無い。言ってはおらなんだが、孫娘が惚れた男に付きたいと言うたので、殊勝に思って土産を持たせてやったのじゃ」

 要するにライダー陣営の情報は筒抜けなのである。

 ゾォルケンの予想と大きく外れて無かったということを、この話を始める前から知っていた。

「ったく食えない爺さんだ。最初から全部織り込み済みかよ。どうせならキャスターの所にもスパイが居るとかだと嬉しいんだがね」

「キャスターは神代の魔術師、流石にそこまではのう。それにワシの望みは複数の亜種聖杯を持って、大聖杯の汚泥を払拭することじゃと言ったろう」

 大聖杯の汚染。

 それこそがアトラムの陣営が聖杯の勝利を諦めた、決定的な理由である。

 汚染されて危険であるがゆえに、彼は部分的勝利を狙っているのだ。

 一勝だけすれば自分が造った亜種聖杯で、簡単な願いを叶えて勝ち逃げをする。

 

 その考えに固執したからこそ、既にアトラムは一勝すらせずとも、人生における勝利を得て居ると気が付かないのだ。

 与えられた情報を信じる者は、自分で真実に気が付いた者より度し難いとは言うが…。

「まあ誰が勝利者でも良いが、小僧であるに越したことは無い。精々、きゃつが適度な勝利を得ることを祈ろうではないか」

「そうするとしますかね。んじゃ、俺は戦いが始まったら林から回り込むわ」

 獅子剛が先行するのを見送ると、円蔵山をゾォルケンはもう一度眺めた。

 いや、睨んだと言っても差支えないだろう。

 先ほど、ライダー陣営に虫を潜りこませた事を言って居ないと言ったが、もう一つだけ言って居ない事が老人にはあった。

 

 全てを思い出し、己の理想と悪行と、かつての仲間を思い出したマキリ・ゾォルケンは焔の様な目で円蔵山を睨んだ。

「世界の破滅、何するモノぞ! ユスティーツァ…待っておれよ」

 ソレだけが…。

 自分が全てを失って居たと自覚したマキリと言う魔術師の、最後に残された思いである。

 

 

 そして柳堂寺に向かう参道では、まさしく老人の予想通りにコトが進んで居た。

「くそっ。またニセモンだ!」

 仲間達の警告を兼ねて、モードレッドは叫んだ。

 せっかく苦労して体当たりを掛けたのに、クーフーリンは枝葉の様に崩れ落ちた。

 いや、苦労したとはいえ、一撃で倒れる様な相手は、偽者で間違いあるまい。

 即座に捻りを掛けて、斜め上へ退避する。

 

 すれ違う様に針の様な葉が、彼女の居た辺りを串刺しにして石畳を破壊した。

 自壊する枝の人形はまるでブービートラップの様だ。

 それぞれが一文字分とは言え、元のクーフーリンと大差ない力を持ち、倒さねば攻撃魔術、倒せばトラップと言うのだからたまらない。

「マスター、残り何体だ!」

「あと七体! でも援護するほど余裕は無いからな!」

 攻撃力は同等だが耐久力はそう無いのだろう。

 巻き込めば同時に狙え、慎二はともかく、士郎やセラ・リズと言った準サーヴァント級のホムンクルスであれば倒す事が出来た。

 そして…。

「桜! 右の奴をやるぞ、ライダーに当てるなよ!」

「了解です、先輩!」

 士郎は投影した黒い矢を、桜に渡して連射している。

 どちらかが交互に射撃したり、あるいは同時に放つことで、なんとか命中させているのだ。

 敵はクーフーリンと同じ力を持つがゆえ、弾かれる事もあるが、当たりさえすれば効果は十分。

 牽制を兼ねて放つ黒き矢の中に、本命は霊威のみに作用し直進する矢『ブラックドック・バスカヴィル』、魔術によって作成された枝人形を相性の差によって効果的に打ち砕いて居た。

 

『ちまちま攻撃したんじゃ全部食われるか。仕方ねえ。こっちも本気で行くぞ!』

「なっ…。体でルーンを…」

 二画、三画。長いものでは五画。

 ボディビルのポージングであるかのように、偽のクーフーリンが腕を折り曲げてルーンを描く。

 地水火風、あるいは光や木、それぞれの力を、周囲に充満させて飛び込んで来る。

 固有結界とまでは言わぬが、小さな世界を紡ぎあげ体当たりを掛けて来たのだからたまらない!

「リズ下がって! 直ぐに治療するから」

「だいじょうぶ。イリヤはほかのみんなを診てればいい」

「くそっ! いいから下がってろ! オレが片付ければ済む話だ!」

 射撃や攻撃魔術を使用するメンバーは問題ないが、白兵組はそうもいかない。

 先ほどまで偽者が放っていた攻撃魔術と違い、ルーンによる小世界は、攻撃力と範囲が格段に違ったからだ。

 たちまち怪我人が続出し、空を掛けるモードレッドですら傷を負わされていた。

 

「やっぱり手加減する気も、共闘する気も無いってわけか。衛宮の言った通りとはね…」

『アホか。いざ向かい合ったら殺し合うまでさ。そこで手を抜く馬鹿はいねえよ』

 呆れたような慎二の声に、それこそ呆れた声でクーフーリンが言葉を投げ返す。

 当然ながら全ての姿が言葉を発しており、本物と偽者の区別を付けさせない。

 あわよくば本物を燻りだすか、本物は居ないのではないか? という疑問を晴らそうとした慎二の案は当然のようにポシャる。

 

「どうする衛宮? 例の仕込みは十分なんだろうけど、このままじゃラチが開かないぞ。狙い通りだけどさあ」

「まあ仕方無いよな。例のアレを行くぞモードレッド!」

「あいよ!」

 慎二の指摘を受け、士郎は天空に向けて白い矢を放った。

 その矢は炸裂して、無数の小さな白羽に変わる。

 白羽の陣が雨の様に降り注ぎ、モードレッドは一時迂回して、波の如き魔力を振りまいて行く。

『アン? ちっ、羽に刃が仕込んであるのかよ』

 波で羽が舞うたびに、クーフーリンが小さな傷を追っていく。

 一つ一つは大したことは無いが、切り割かれるたび、動こうとするたびに傷が深くなる。

 もちろん本物のクーフーリンならいざ知らず、偽者の方はそう長く保たないだろう。

 

『やれやれ。牽制合戦ってのは想定通りだが、こうも攻め手を潰されるとジリ貧じゃねえか。バセット…連中は切り札を使ってるか?』

『いえ。あくまで余技ですね。おそらくは、礼装を量産する手段こそがエース。今の状態では一撃では無理です』

 ぽりぽりと額をかきながら、クーフーリンは己の笑って女に声を掛けた。

 バセットは苦笑しながら、己の男の言葉に境内から声を飛ばす。

『ならてめえは待機して、バーサーカーの野郎にぶちかましてやんな。オレに何があってもだ』

『了解しました。手出しはしませんから、愉しんでください』

 クーフーリンはここで保身の考えを捨てた。

 元より死者、一時的に現界している身だ。それに横槍を狙うアトラム達には、自分の女が体を張って構えて居てくれる。

 ここで本気で愉しむのが彼の流儀、そして、全力で戦う彼に魔力を供給しつつ、横槍に備えておくのがバセットの役目だ。

 

『ダミーはもう良いだろう。んじゃ、100%中の100%と行くぜ? …森の大いなる息吹、汝ら、自分自身の仇を討つが良い』

「しまった! 倒した連中が急速に…。最初から倒される為に用意していたのか…ボクとした事が読み間違えるなんて!」

 クーフーリンが用意した十八の偽物は、ただのダミーではない。

 一体一体が本体と同じ攻撃力を有しながら、報復攻撃を行う為の生贄なのだ。

 倒された十と一、いや十二体分の数だけ、これより行われる大魔術に上乗せされる!

『さあ喰らえ。これぞ森の大いなる怒り、原初の生命が持つ力だ』

 プチプチと、砕けた枝葉の中から粘菌が増えて行く。

 十二の位置から発生し、憤怒を帯びたフォース・オブ・ネイチャー!

 大海嘯が始まり、粘菌の林、粘菌の森と成って襲いかかる!




アトラムの目的:
 サーヴァントを一体倒して魂を格納し、亜種聖杯戦争に必要な全てのデータを得る

獅子劫・界離の目的:
 呪いの除去

マキリ・ゾォルケンの目的:
 大聖杯の浄化

クーフーリンの目的:
 闘いを最後まで愉しむ、手加減は無し

大魔術『生贄の小人』
 続く大魔術の為の布石であると同時に、本体と同レベルの攻撃力を有する偽者を用意する。
ただし、意図された範囲でしか動けず、意図された時間を終えると崩れさる。
最大数はルーンの数であり、攻撃魔術などもその属性に限られる。

魔術『ルーンの小世界』
 体でポージングして、ルーンを描くと周囲に力を纏って攻撃力を増す。
それほど強い威力を持たないが、本体が強いと、かなりの力を有する。
また、『生贄の小人』が使う場合は、対応するルーンの属性しか使えない。

大魔術『生命の怒り(フォース・オブ・ネイチャー)
 憤怒を帯びた森の生命が、大海嘯と化して襲いかかる。
倒された生贄の数で攻撃力と範囲が跳ね上がるが、命令系統が同じなので、使用した時点で生贄は全て崩れさるという欠点もある。
使用する属性で攻撃する属性も変わり、獣の群れであったり、蟻や鳥の群れにもなったりする。
『生贄の小人』だけで倒せるなら、アトラムの横槍対策であったが、クーフーリンはさっさと使用してしまった。

礼装『白羽の陣』
 空の白い矢を飛ばすと、無数の羽に成って降り注ぐ。
全てが小さな刃であるが、動かなければ大した攻撃力が無いので魔力コストはそう多くない。
今回はモードレッドが魔力の波を使えるので、かなり強力なコンボに成っている。

亜種聖杯『マキリの蟲聖杯』
 桜の中に居る刻印虫のことだが、まだ完成に至っていない。
ゾォルケンは大聖杯や亜種聖杯同士をシャッフルすることで、浄化力を高めようとしているので、今策では暴走しない。
また、シャッフルすると死ぬ可能性もあるので、ゾォルケンの本体の虫も此処には居ないようだ。

 と言う訳で、キャスター戦の前哨戦になります。
アトラムが約束を守る = 横槍で約束の期日より前に襲いかかる というのが予想できるので、クーフーリンは対策済み。
士郎達はその辺を知らないので、アトラム対策の大魔術でフルボッコにされてる感じになります。
 今回はカラスとか風小次とか、ナウなんとかさんから色々アイデアをパチってみました。


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空より堕ちる威光

「っ…粘菌!? なんとかしなさいよギルガメッシュ!」

「落ち付いてよ凛。この程度のことはピンチと言うほどでも無いから」

 隠れ潜んで居た遠坂・凛とギルガメッシュは、自分達を覆う布の輪ごと移動を開始した。

 雪崩じみた勢いで迫る粘菌に、凛はパニックに成りかけるが、小さなギルガメッシュの方が落ち付いて居るくらいだ。

 いや、子供の姿をしていようと英雄王であることには変わるまい、平然として当然ではあるのだろう。

「ハデスの隠れ兜は物理駄目って言って無かった?」

「勿論、物理的には無理だね。だから他の宝具を用意するんだけど…。はい、この銅剣を握りしめておいて」

 凛が受け取った銅剣を眺めると、ソレは鏡の様に磨き上げられて居た。

 良く似た装飾の銅剣を、ギルガメッシが構えた瞬間に、二人の服装が変化する。

 凛の髪は金色に、リボンは赤く、ミニスカもキワドイ活動的なスタイルへ。

 同時にギルガメッシュの方は、ワンピースのような、それでいて少女めいた…いわゆる男の娘的な姿に切り替わる。

 

 だが、その変化以外には全く変化が無い。

 粘菌達も、こちらへは寄ってこれないようだ。いや、そればかりか……。

「あんたねえ。こんな便利な物があるなら、さっさと出しなさいよ。まったく。それとも服装以外に他に欠点があるわけ?」

「服装はカレイドの礼装をイメージしたオマケだから関係ないよ。欠点は無いんだけど問題は運用の方だね。…見た方が早いか」

 二本の銅剣は、二人の周囲に強力な結界を作っているようだ。

 粘菌は楕円を描いて完全な空白を作り上げて居た!

「この通り、完全な防御を敷いてしまうのが欠点かな。この銅剣は君たちの国で言う、日月護身剣や破敵剣の源流と呼べる物で、内側に居る限りは安全が保障されるけど」

「なっ! これじゃあ私たちが潜んでるのがバレバレじゃないの!」

 真っ黒な墨を白紙の上に落として、一か所だけ白い部分が残る様な物だ。

 防御を敷いて居る間は安全でもこうまでバレバレでは、色々対策されてしまうだろう。

 

「彼らの後方も覆えば良い。そしたら他の連中にはバレないと思うよ」

「助けるみたいでシャクだけど、仕方無いか。せめてあの虫が片付けるまでの我慢ね」

 二人がそんな話をしている間に、入口の方向で無数の魔虫が粘菌を食い散らかし始めた。

 おそらくはアトラム陣営であろう。

 仕方無く、凛はギルガメッシュと別れ、ホムンクルス達の居る場所の周辺に移動して行った。

 粘菌もその区域から除去されていくことから、傍目には、ライダー陣営が後衛を守った様に見えるかもしれない。

「さて、ヒントはあげたんだ。ちゃんと行動して欲しいものだね」

 ギルガメッシュは赤い瞳で、ホムンクルス達を眺めた。

 

 

 その動きを受けて、ライダー陣営の周囲で音が震えた。

『お嬢様。そちらの後方十数mに渡り空間が反転。鏡同士で作った様な回廊が形成されています』

「ありがとうセラ。貴女はそのまま戦域管制を続けてちょうだい」

 イリヤは後方に居るセラと言うホムンクルスではなく、どこか遠くにこそ語りかけた。

 あるいは、そこに居る存在は偽者なのかもしれない。

「どうやら私達に隠れて漁夫の利を狙ってる連中が居るみたいね。貴女の礼装じゃないんでしょ?」

「こんな隔離空間を用意できるなら誤魔化すのに苦労しないわ。確か宝石爺の術で鏡面回廊という結界があったと思うから、系譜を引くミス遠坂じゃない?」

 イリヤが問うと、セラの恰好をした人物が反応した。

 おそらくは第三者が幻覚…あるいは、姿を似せて変装しているのかもしれない。

「シロウ! こっちは大丈夫だから、キャスター相手に遠慮しないで!」

 

「判った! そろそろ決着を付けるぞ!」

「よくぞ言い切った。ならば俺を越えて見せな! そしたら御褒美の一つもくれてやらあ!」

 イリヤの声を聞いて、シロウは片手に炎の剣、もう片方に白い剣を構え、粘菌を焼き払いながら前進した。

 分身が消えて独りになったクーフーリンの元へ、徐々に歩みを進める。

 だがライダーが波のような魔力でまとめ、それを炎の剣で焼き払おうとも、ある一定以上進むことが出来ない。

 

 それもそうだろう、これはクーフーリンが複数の陣営をまとめて倒す為の切り札である。

 こちらも切り札を切るか、あるいは彼と同じ様に、幾つか布石を打たなければ無理だろう。

「慎二、桜! 本命を頼む!」

「了解。ようやくボクの腕を見せる時が来たってもんだ」

「任せてください。決して外しません」

 士郎の指示で、二人が同時に黒き矢を構える。

 慎二が構えるソレは先ほど見たブラックドックよりも禍々しく、桜が構えるソレは優美であった。強いて居るならば、桜が構えた方は、士郎が牽制用に放って居た矢と同じモノであるくらいだろうか?

 

 共に温存していた魔力を注ぎ込み、これで終わらせると解き放つ!

「いけ、ハウンド・オブ・ティンダロス!」

「はん、追尾する矢だと? この俺にそんなもんは通じねえよ!」

 慎二が放つ矢は、直線で突き進むブラックドックと、敵を追う赤原猟兵を継ぎ木した恐るべき矢。

 一度交わしても、どこか別のナニカに当たった瞬間に、反射して追い掛ける無限追尾の矢である。

 だが、矢避けの加護を持つクーフーリンが正しく認識している以上は、通じるはずもない!

「そんな事は判ってるさ! さっきから分身にすら、死角へ撃ち込んだ矢以外は通用して無いんだからな。ただし…」

 士郎はその隙に、直線数歩だけを焼き払い、助走の為のスペースを空けた。

 

 クーフーリンがサイドステップを決めている間に、ジャンプして襲いかかる!

 手には先ほど投影した白い剣が、巨大化して斬撃を浴びせに掛る。

「まともにやったらの話だ!」

「白兵戦なら俺に勝てるってか? それとも何か? その間にお嬢ちゃんに射らせて、当たると思ってんのかクソ野郎!」

 士郎が振りかざす剣を、クーフーリンはヤドリギの杖で受け止める。

 当然だろう、彼はケルトの大英雄。

 キャスターだからと言って白兵戦の才能が減るはずもないし、桜が合わせて黒き矢を放ったとしても当たる筈が無い!

 

 ただしそれは、士郎が言った様に()()()にやったらの話だ。

「行きます! 避けてくださいね!」

「判ってる! 避けなきゃ、始まらないもんな!」

 桜は避けて欲しいと言った。

 士郎は避けることが前提だと言った。

 ならばこの黒い矢は、むしろ上手く処理しなければならなかったのだ。

 

 だから、黒き矢を避け、その反射軌道からも身を反らした筈のクーフーリンに…。

「あん? そのへっぴり腰はなん…だと!?」

「これにあるは分かち難き夫婦剣! そして共に砕け散る定め!」

 黒き矢は、白き剣を目指して方向を転換する。

 ゆえにソレは、突如軌道を変えて背後からクーフーリンに突き刺さった!

 込められた膨大な魔力が、()()()ごと周囲を吹き飛ばしながら!

 

 砕け散った幻想は爆風で周囲を薙ぎ払い、直撃のクーフーリンだけでなく士郎にすら少なくない傷を負わせるのであった。

「痛ててて…もしかして馬鹿かよてめえ?」

「馬鹿にならなきゃ、あんたに勝てないだろ! モードレッド、トドメを頼む!」

「あいよ! 死にたくなきゃ歯をくいしばれ!」

 続けざまに反転したティンダルスの矢も飛来し、クーフーリンを目指して突き進む。

 合わせてモードレッドが坂落としに落下し、表と裏の二重の爆風で跳ね飛ばして行った。

 逃げ損ねた士郎がゴロゴロと転がるくらいである、クーフーリンが避けられるはずもない。

 

 砕けて行く霊器、そして力を失う霊基の前に一同は集まった。

「先に言っておくけど、貴方の戦闘続行系スキルは通用しないわよ?」

「なんだ。お嬢ちゃんもそこに居たのか。バセットは気にしてたんだが…。これでスッキリしたな」

 セラに化けて居たオルガマリーが、直死の魔眼を持って観測する。

 ゆえに生き汚く、闘い続けるクーフーリンの生命力も此処では機能しない。

 

 そして、イリヤが近くで魂を回収すれば、キャスター戦までなら十分に役目を果たしたと言えるだろう。

 だが、それは一同が死力を尽くした結果、リソースの殆どを費やした結果であるとも言える。

「ここまで必死になってどうすんだが…。まあ最後まであがいた俺が言う事でも無いけどな」

「他に何か言いたいことはある? 聞ける範囲に限るけど」

 クーフーリンは魂を回収しようと近寄ったイリヤに、首を振る事で答えた。

 全力で満足のいくコンディションなど、戦士にとってはただの夢。死力を尽くして負けたのだから言うべきことは無い。

 

 ただ、ああそうだ。

 一つだけ、言うべき事があった。

「忘れてた。明日には大聖杯を消せるから、…使うならそれまでに、使わせない…なら一日どうにか粘れ。なあに…お前らなら…」

「ちょっ! ヒントは! というか、そこまで協力する気なら、最初から…」

「慎二、時間が無い。さっさと逃げないと追いつかれるぞ」

 消えゆくクーフーリンに文句を言おうとする慎二を、士郎は止めた。

 既に粘菌が食いつくされていき、竜牙兵の軍団が門の方から姿を現し始めたのだ。

 

 そう最初から…アトラム陣営はこの瞬間こそを待っていた。

 二つの陣営が消耗するまで様子を窺い、逃げられない様に包囲して居たのだ。

「モードレッド。後を頼めるか? 逃げるだけなら…」

「ちょっと難しいかもな。流石に向こうも距離を合わせてら。前回の無茶で随分と、こっちの手を見られちまったようだ」

 聖杯のとしての力を備えた、イリヤと慎二、そして狙われているオルガマリーだけならば連れて逃げられるかも?

 前回の戦いで脱出したことからそう思った士郎だが、モードレッドは否定した。

 

 逃げるのが性に合わないと言う訳では無く、単純に、アトラム陣営がキッチリと追撃態勢を取っていたからだ。

 天には魔虫が頭を抑え、地からは弓隊が飽和攻撃を仕掛ける為に待機している。

 

 だが最終的に漁夫の利を奪ったのは、アトラム達では無い!

「チェックメイト、私の勝…」

「黙れ道化。…なんと無様な。まるでサクソンだな」

 鈴が鳴るような声は、嘲る言葉すら美しい。

 明瞭な意思、そして悲しみすら感じられる罵声。

「…そこまで無様であるなら、いっそサクソンに成ってしまえば良いものを」

「そんな…馬鹿な…」

 色の抜けおちた金髪は、もはやアッシュブロンド。

 黒色のゴシックロリータは、肌を病的にすら白く見せている。

 手には極光を帯びた黄金の剣を持ち、絶望的な魔力に包まれて彼女はそこに居た。

 自身と同じ顔の少女を見て、モードレッドは…しばし呆然としていた。




人物紹介
・言峰花蓮
 ゴスロリに身を包み、黄金の剣を持った少女…その実態は!
以下、次号。
 優れた戦略眼によって、アトラムの布陣を見抜いて、奇襲可能な位置に隠れて居た。
最終的に漁夫の利を得るのは、彼女である。

宝具『ハデスの隠れ兜』
 プリズマイリヤで登場した、身を包んだ者の姿を、魔術的・視覚的に隠す宝具。
布状に成って形を変えはするが、それほど強力な宝具ではないので、物理的にはほぼ無意味。

宝具『破敵剣』『日月護身剣』
 その昔、百済から日本に送られた、帝王守護の銅剣。
二本の間に強力な結界を築き、様々なモノから護る力を持つとか。
ただし、今回ギルガメッシュが使用したのは、その原典であるので、便利な設定機能は存在しない。
鏡合わせで作った様な回廊を、二本の銅剣の間に設定するだけである。

礼装『カレイド・ゴ-ジャス』
 宝石爺の礼装を真似ることで、ここに遠坂の後衛者が居るぞー。と主張させているだけである。
子ギルが男の娘化しているが、七歳までは性別関係ないので無問題。

礼装『干将』『莫耶』
 この礼装は互いに引き合う力を持っており、士郎は黒い剣を矢にアレンジし、白い方で斬りつけ反射角度を調整した。
クーフーリンは認識した矢・投擲物から護られる防御を持っているが、逆手に取って、死角から狙っている。
とはいえ、本来は数発撃ちこんで挟撃する予定であり、クーフーリンが矢避けの加護を持って居たので、接近戦で調整した訳である。
それでも不安なので、最終的には『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』を併用して、範囲攻撃化して倒した。
なお、アレンジに加えて反射を接ぎ木した為、魔力のダメージ変換率が低くなっているので、クーフーリンの霊基が傷付いて居なければ、二発では倒せなかったかもしれない。

 と言う訳で、キャスターの死亡確認!
ついでにアトラムさんも風前の灯し火になります。
今回登場した花蓮さんは、別に士郎達を助ける為に現われたわけでは無く、まとめて倒す為ですので。この為、次回で中盤の『人理剪定編』が終了する事に成ります。


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ブリテンのセイヴァー

「何者だ貴様!」

「お前たちは用済みだ…消え失せろ」

 突如現れた黒き少女にアトラムは激昂する。

 だが、その返答は黄金の剣が一振りされたのみだ。

 澄んだ音が鳴り響き、バーサーカ…聖ジョージが割って入る。

「マスター、これが第八のサーヴァントです。一度お下が…」

「それで止めたつもりか? 温いな」

 聖ジョージの特性は、試練への狂気と、守護騎士であること。

 ならば防がれるのは当然。

 ゆえに黒き少女は、防がれる事を前提に一撃を見舞ったのだ。

 

 ゴウと小さく魔力を噴出し、跳ね上げると宝具の真名を解放した。

「これは影を盗まれし聖なる剣…卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め!」

 跳ね上げると同時に、直下から膨大な魔力が巻き起こる。

 大地を割り、天を焦がすほどに猛悪が湧き起ち始めた。

約束された勝利の剣!(エクスカリバー・モルガーン)

 

 ブクブクと地は融解し、漆黒の魔力が天へと登る。

 まるで流星をCGで逆回転させたかのような軌道。臨機命令により割って入る竜牙兵の盾持ちが、その大盾ごと次々に蒸発して行くではないか。

「ひっぃぃぎぃぃああー!!! わ、私はアトラム。……アトラム・ガリアスタなんだおぞお!!!」

 サーヴァントに準ずるまでに強化された竜牙兵が焼失するのに、ただの魔術師が耐えられるはずもない。

 彼が対魔の力を行使できたのは、単に聖ジョージが割って入った分の隙があったからだ。

 だからこそ、聖ジョージは耐えられない。

 本来なら耐えきるはずの大英雄は、主人を一瞬だけ護り通して、霊基の大半を焼失させた。

 

「ここまで読んでいましたか。いえ、そう目論んだのですね。…やはり汝は竜…邪悪罪あり…き」

「そうだとも。私に罪が無いはずがない。消え失せろゲオルギウス!」

 最初からバーサーカーを確実に仕留める為に、アトラムを巻き込むコースで放ったのだ。

 いやマスターを潰せばそれで済む、あえて言うなら、どっちでも倒せるように策を弄したと言う訳である。

 自らを守ればマスターが死に、マスターを庇えば自分が死ぬ。

 そして、生き残れば改めて斬り殺せば良い。

 

 円蔵山にキャスターより先に入り込み、彼の準備も、一同の戦闘も無視してここまで待った。

 そして最初からこの時を狙って奇襲を掛けたのだ、難しい算段では無い。

 ゆえに聖ゲオルギウスは切り捨てられ…アトラムの命も風前の灯。そこへ…。

「捕まってろよ!」

「邪魔が入ったが…まずは一つ手に入れたことで良しとするか」

 獅子劫・界離が瀕死のアトラムを連れ、即座に脱出して行く。

 彼が間にあったのもまた、最初からアトラムがピンチに成ってくれることを祈っていたからだ。

 このタイミングで助けても勝利は不可能だろうが、瀕死の重傷から蘇る為に、望みの礼装を使うだろう。

 

 そして、その光景を唖然とした表情で眺める少女が居た。

 先ほどまで荒らぶる騎士であったモードレッドは、呆然とした表情で立ちすくむ。

「そんな馬鹿な…。ちちうえが…なんで此処に、いやそうじゃない…。あれが父上のはずはない。あんな卑劣な奴が…」

「本当に第八のサーヴァントが居たのか…。でも、アーサー王の偽者? 女に見えるし…」

 混乱するモードレッドに代わって、マスターである慎二が可能な限り冷静に努めようとする。

 だが、少女の姿をした相手が、伝説のアーサー王とは思えなかった。

 なにより、少しでも油断させる為、騎士の軍装ではなくゴシックの服をまとい、騙し討ちまでしてのける相手が…。

「いや、間違いないぞ? アレは先の聖杯戦争で生き残り、受肉を果たした騎士王に相違ない。ただ…大聖杯の汚染を引き受けてしまったようじゃがの」

「御爺様…」

 マキリ・ゾォルケンが姿を現し、まるで一同を守る様に生き残りの竜牙兵や、虫達を展開し始めた。

 もっとも、護るのは亜種聖杯なのかもしれないが…。

 

「言ってくれるな虫の魔術師(メイガス)。この十年の間、雌伏を余議なくさせられたが…随分と消耗しているではないか」

「やれやれ。ワシ対策もあってキャスターめの術を妨害せなんだのか。かの騎士王がここまで堕ちるとはのう」

 言峰の娘を名乗る存在が何者なのか、正体を突き止めてからは何をするつもりなのか?

 その目的は正しいのか? 果たして、大聖杯の汚染に巻き込まれているのか?

 それを隠し続けた十年の歳月を皮肉り、あるいは見るも無残に変わった互いの姿を言葉の剣で斬りつけあったのだ。

 

「汚染…。聖杯に毒が盛られてて、父上がそれに負け立った言うのかよ? オレが倒すべき相手はそんなに弱かったってのかよ…」

「汚染したのでも、堕ちたのでもない。私は目覚めたのだ! かつてのアルトリア・ペンドラゴンは間違って居たと!」

 目的を見失いそうになり、啼き笑うかのようなモードレッドにかつての騎士王は言葉を叩きつけた。

 おそらくは最も聞きたくないであろう言葉を、現在の真実として叩きつけたのだ。

「そんな事は無い、オレの知ってるアーサー王以外にブリテンの王は居ない! だからオレはそれを越えなきゃならないんだ!」

「物書き上がりが世迷言を! 所詮、貴様など十三の議席を運営する為の穴埋めに過ぎん!」

 茫然自失とはこの事だろうか?

 アイデンティティが崩壊しそうになったモードレッドが、涙を流していないのが、むしろ不思議なくらいだ。

 確かにモードレッドはアグラヴェインと同じで、文官や行政官の面が強い。

 他に任せる者が居ないから、彼女が留守居役に抜擢されたのも間違いではない。

 だが、努力し、修錬を積んで円卓に列席した強さもまた、嘘では無いのだ。

 

「そこまで…そこまで否定するのか!? オレがたった一つ持つ誇りすら引き裂いて…そんなに難いかアーサー! いや、アルトリア・ペンドラゴン!!」

「もし…、もしお前がサクソンとして真に民衆を…。いや。言ってせんなきことだ。…私はかつての騎士王では無い!」

 絆を力に替える儀礼剣…今では大した威力がないはずのクラレントを抜いてモードレッドが唸りを上げる。

 騎士王であった者は、少しだけ痛ましいモノを見る目をしたあと、黄金の剣で迎え討った。

「我は卑王の意思を継ぐ者。忌まわしきヴォーティガーンと化してブリテンの変革、救済を果たす!」

 片手に魔力を集めクラレントの刃を握り込むと、黄金の剣で肩口を切り裂いた。

「ちっ、剣まで私を認めぬか!」

 反発するかのようなクラレントに苛立ちを向けると、突き離すように蹴り飛ばした。

 握り込んだ掌には火傷の様な痕があり、拒絶の証を少しだけ眺めた後、トドメの一撃を振り被る。

 

 だが、それを他の者が放置する筈はあるまい。

 モードレッドの事を思い、あえて手を出さなかっただけ。

 士郎は村正を投影しながら割って入った。

「過去の変更なんかできっこないだろ! 目を覚ませ!」

「変更できない? ああ、そうだとも。我れらが故郷ブリテンは、どうあがいても救済されぬのだ! だから変革する、世界そのものを変えてやる!!」

 技量の上ではアルトリア…いや、卑王ヴォーティガーンに叶うはずもない。

 それを英雄殺しの刃を持って、油断できぬレベルにまで押し上げる。

 うるさそうに卑王は受け止め、万が一にも受けぬように黒き魔力で押し返して行く。

 

「…? 救済できない?」

「そうだ…」

 二人の会話を聞いて居た慎二は、激烈な言葉の裏に切実な願いを見た。

 無視してしかるべきその言葉を、何故か…。

 何故か卑王は無視できなかった。

 あるいは、その思いこそが世界に彼女を繋ぎとめた鎖なのかもしれない。

「聖杯で受肉した時、ブリテンの救済を願った私が何を見たか、教えてやろう! 人理剪定案件…そう、世界が存続する為には、ブリテンはどうやっても救えぬ運命だったのだ…」

 それは神代の終わり、魔法の時代の終わり。

 

 ブリテン島という楔を穿つ為に、いかなる運命を越えても滅びる運命であった。

「我らの、我らの生涯は最初から無駄だった…? いいや、そんな事はさせない」

 心の揺らぎから押し返されかけた卑王は、より一層の魔力を込めて押し返す。

 竜の心臓よりなる魔力炉心は、膨大な魔力を供給し続ける。

 士郎の持つ村正は切り裂くものであり、元より耐久性は高く無い。徐々にヒビが入って砕け散って行く。

「今の世界を焼却してでも過去へ、一つ前の世界を焼却してもっと過去へ。そして人理定礎を定めて見せる。その為の聖杯! 七つの聖杯を持って、私はブリテンを救済して見せる!!」

「過去をやり直す為に世界を燃やす…? そんな馬鹿な事をさせられるもんか! 今の世界に住む人々の生活を壊させやしない!」

 切なる願いに言葉も無かった士郎だが、押し切られそうになる一瞬、思わず逆撃に転じて居た。

 回路が焼けつきそうになるレベルで魔力を解放し、刀を強化して押し返すのだ。

 既に滅びた世界より来た士郎が、そんな運命を見過ごせるはずもないではないか…。

 

 その言葉は正しい。

 だが、正しいがゆえに地雷を踏んだ。

 爆発的な魔力で押し返せるなら、同じことが卑王に出来ぬ筈はないではない。

「黙れ! 愛も、怒りも、憎しみも…全てを私は打ち砕く!」

 血の涙を流しながら、卑王は『約束された勝利の剣!(エクスカリバー・モルガーン)を発動させる。

 速度だけを重視した無理な体勢。

 だが、それで十分。

 強化されたとは言え、所詮はデミサーヴァントに過ぎない士郎が対抗できるはずもない。

 鍔迫り合いなど夢のまた夢、幾らか威力を削いで村正オーバーエッジは砕け散った。

 

 だが…。

 本当に不思議なのは、そこからだ。

 黄金の刃は士郎の肩口で止まり、肌をケロイドに焼く灼熱はたちまちのうちに消え失せて行く。

 そして、ドクドクと脈動するように、黄金の剣と士郎のからだが共振しはじめる。

「これはまさか…。はははっ…ようやく我が手に返ってきたか」

 驚く周囲とは裏腹に卑王は何事かを悟る。

 そしてぐったりした士郎の髪を掴むと、片手で持ちあげた。

「シロウに何を…っ!」

「間違いない…貴様が私の鞘だったのだな…」

 卑王は自らの唇の一部を噛み切ると、士郎の唇に自らの唇を重ね合わせた。

 そして舌を通じて血が士郎の口腔に入り込むと、ナニカに魔力が供給され卑王の唇、そして掌の火傷が癒されていく。

 

「予定が変わった。エクスカリバーの鞘が戻った以上は優先順位が変わる。新しきブリテンに私のサーヴァントとして生きるなら、料理番にでもしてやろう。お前達もどっちに付くか決めておくが良い」

 卑王は士郎の髪の毛を掴んだまま、円蔵山の奥へと移動し始める。

 途中でアトラムが連れて居た少女に声を掛け、何事かを囁いて連れて行った。





/人物紹介
クラス名:ブリテンのセイヴァー(自称)
真名:卑王ヴォーティガーン(アルトリア・ペンドラゴン・オルタナイブ)
 四次聖杯戦争により受肉したアーサー王。
聖杯の汚泥を持てしても完全には汚染されない筈であったが、ブリテンがどうやっても救済されないことを知って絶望した。
そして人理を曲げ、運命改変を成し遂げる覚悟を決めたのである。…例えプロメテウスのような末路が待っていたとしても。
ゆえに、今までなら彼女は絶対にせぬはずの、卑劣な行いに平然と手を染めた。
完全ある効率重視であり、騙し討ち大嘘八百であろうと、心の疵を無視して実行する。

宝具:『約束された勝利の剣!(エクスカリバー・モルガーン)
 聖剣エクスカリバーの一形態。
本来は収束して威力を高める真名解放であるが、本能の赴くままに解き放つ為、本来よりも広範囲に及ぶ。
今回の戦いに置いては、竜牙兵の大軍団を薙ぎ払うほどである(生き残りは瀕死のアトラムに同行した)。

宝具:『黄金の鞘』
 あらゆる呪詛を跳ね除け、疵を癒すエクスカリバーの鞘。
マーリンをして、剣よりも重要と言わしめた、いわばエクスカリバーの加護の大部分と言える。
四次聖杯戦争の終わりに、衛宮・切嗣によって瀕死であった士郎に埋め込まれたらしい。

 と言う訳で、バーサーカーの死亡も確認!
アトラムさんは瀕死なので、何もしなければ死ぬでしょう。
バレバレでしたが、第八のサーヴァントであったのは我が王ことアルトリアさんです。
この世界線のルートにおいては、ギルガメッシュの変わりに受肉した感じに成ります(やってることは天草四郎の方が近いですが)。
ブリテンの滅びは決まっているので、世界を滅ぼしながらその力を使って時間逆行。
残った力で運命改変を成し遂げて、人理定礎を書き換えようとしています。
 なお、最後にモードレッドや慎二たちにトドメを刺さずに撤収した理由の半分は、鞘が無いとギルガメッシュに勝てないからという判断に成ります。
アトラムさんがずるずると失敗したのを反面教師に、確実性を重んじた…。と理由付けをアルトリアさんはしてる筈です。


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運命の五月雨編
敗北からの脱却


 士郎を連れ去られた一同は、足取り重くノロノロと柳堂寺の境内から離れる。

 そして山中の一角、直接的に狙えない位置まで移動した。

 だが、そこで彼らの動きは止まる。思い思いの場所に座り込み、一様に項垂れて居るではないか。。

「あいつら何やってんの? 時間も無いのにへたり込んじゃって」

 遠坂・凛は首を傾げると言うよりは、怒りに震えたように一同を眺めて、右往左往。

 ハデスの隠れ兜を紐状化しているので姿は見えないが、まるで箒で掃き掃除をしているかのようだった。

 

「凛が考えている以上に、衛宮士郎という男は彼らの支柱だったようだね」

 ギルガメッシュはクスクスと笑いながら、肩をすくめた。

 姿こそ無邪気そうな子供であるが、彼がその辺の子供であるはずもない。

「バラバラな目的を束ねる…。君達の国では『(かすがい)』とか言ったっけ? ソレが無くなれば…ね」

 その目は冷徹な観察者の者だ。

 事態の急変にもかかわらず、変わることなく世界を見据えて居る。

 

「だったら取り戻す相談でもするのが当然でしょうに。黙っていては戦力の確認も出来ないわよ。そりゃチャンスがゼロっていうなら判らなくもないけど」

 凛は胡散臭い物を見る目でギルガメッシュを眺めた。

 彼が落ち付いて居るのは当然だろう。

 召喚によって招かれた客人だから…という意味ではない。

 

 こうなることを未来予知に近い予想を立てて居た様だし、最初から最後まで、口を挟む気が無いのだ。

 何故ならば、彼こそが裁定者であり断罪者。

 世界のありようを良しとして放置するか、あるいは不要として処分するか眺めて居るのだ。

 もし呆けている一同が本当に諦めるなら、皆殺しにして、世界を救うなり滅ぼすなりやってしまうだろう。

 

「そう思うなら君が忠告に行けば良いと思うけどね」

 ギルガメッシュの方は、にこやかに笑うのだが…。

 不機嫌な顔を一変させ、凛はめっさ良い笑顔を浮かべた。

「冗談っ! なんで私が頼まれても無いのに苦労しないと行けないわけ? 頭を下げて相応の礼を約束するなら仕方無い、報酬の範囲でなんとかしてあげても良いけどね」

 彼女はギルガメッシュの行動や話を知ることで、本来は知るはずの無い事を知ってしまっている。

 昔から言うではないか、『答えを知る者は、回答者である資格が無い』と。

 あの場に凛が居て即座に行動を決めたならばともかく、今からやったら…間違いなく一緒に処分する気だろう。

 

 召喚時にギルガメッシュが若返って適当に戦おうとした時。

 彼の負担の半分を強引に引き受けることで、常には無いことながら一時のパートナーとして認め、少なからぬ恩恵を与えている。

 だが、それは無条件に凛を許容する事には成らない。

 少なくとも、ギルガメッシュが自制している事の半分もやってみせねば許さないだろう。

 その意味で凛は、半分ほど裁定者の側に組み込まれたと言っても良い。

 

 そして、イライラしながら凛が見つめて居た時…。

 滅びに向かうはずだった世界が、一歩だけ動いた。

 そう、同じ様な思いをする人物が、ここにはもう一人だけ居たのだ。

 

 

「いい加減にしなさい!」

 激しい叱責が沈黙を切り割いた。

 声も無く顔を上げる一同に、続けざまに怒声を浴びせる。

「貴女たちはいつまでそうやっているつもりですか!?」

「バセット…フラガ…マクミレッツ」

「封印指定の…」

 真っ先に反応したのは、追われる立場のオルガマリーだ。

 治癒を施したのがバセット達だと判っていても、任務に忠実な彼女の性格を知れば知るほど、怯えてしまう。

 

「このままランサーに託された未来を、キャスターから勝ち取った未来を。座して放棄する気なのですか!」

 どこかで監視していたのか、それともアインツベルンのイリヤ達が同行していることで想像したのか?

 今までの経緯を踏まえて説得して来るが、だからと言って納得出来る訳でも無い。

 むしろ、聖杯戦争が生き残りを賭けたサバイバルだからと言って、平然と共闘を納得し、わだかまりを捨てれる士郎やクーフーリンの方が異常なのである。

 

「敵陣営だったあんたが言うなよ! それに、どうしろって言うんだよ! あのバーサーカーだって、あっけなくやられちゃったんだぞ!」

 先ほどまでは追っている立場であったし、追われる者が即座に信用出来るはずもないだろう。

 ゆえに言葉を返したのは最も自己主張の強い間桐・慎二であった。

 一同が苦戦したサーヴァントをあっけなく屠る相手である、諦めそうになるのも当然ではないか。

「あのアーサー王が敵なんだぞアーサー王が!」

「……っ」

 慎二の叫びにモードレッドが僅かに反応するが、暗い顔のままだ。

 普段の彼女を知る者ならば信じられないだろう。

 いや、伝説を良く知る者であれば、反乱を起こして破れたモードレッドが、立つ瀬ないという事には同意したかもしれない。

 

「足りなければ他所から持ってくるのが魔術師でしょう! 対抗手段の一つや二つ、状況から導き出して考え付いて見せなさい!」

 バセットは重傷だなと思いつつも、対処法の話題になったことで安堵する。

 こう言ってはなんだが、メンタルな面よりも、タクテクスの方が得意分野だからだ。

 自分よりも強いクーフーリンと出逢い、自分よりも弱いアトラムに敗北してから、色々と学びはしたが…。

 一朝一夕に、過去の自分を変えられるはずもない。

「対城宝具を豊富な魔力で運用する。…確かに恐ろしい相手ですが、知っていればどうという事はありません。容易くバーサーカーを倒せたのは、アーサー王もまた対策を立てていたからでしょう」

「言うだけなら簡単だけどな…」

 なおも抗弁しようとする慎二にバセットは思いついた対策を口にした。

 所詮は練りもしてない案だ、穴を突くのは簡単だろう。

 

 だが、一理ある考えを示されたことで、ほのかに希望が見受けられた。

 何しろ今までは考えそのものを放棄していたのだ。

 一歩でも前進すれば、そこから活路を見出す事が出来るかもしれない。

「独りで勝てねば複数で、力で押せなければ智恵で引いてみる。それが魔術師というものではありませんか」

「判っちゃ居ない…。アーサー王の恐ろしさを何も判っちゃ居ない…」

 必死で説得しようとするバセットを、自信過剰なはずのモードレッドが力なく否定した。

 もしかしたら勝てるかもしれないと言う希望を、仲間である彼女自らが否定したのだ。

 

「ある時、勝てないと判った軍勢が迫った時。王は躊躇なく村を干上がらせ、トリ野郎は『王は人の心が判らない』と言い後に野に下った。だが、結果としてみれば、それが最良の策だった」

 何かを思い出すようにモードレッドは過去の光景を語った。

 それは伝説の中で詠われた一幕だ。

 容赦ない策であるが、それゆえに実効性がある。

 そして相手の初動から、どこにその策を施せば良いのか、結果を見抜いていたということだ。

「遠征に際して留守居役…いや、宰相と呼べるほどに政務と剣技を高め、周囲を唆して勝てるだけの軍勢を整えた。だが結果として相討ちにまで持ち込まれた。半端な策で勝てる相手じゃないんだ!」

 それほどの相手が、世界を滅ぼす為に聖杯を奪おうと言うのだ。

 いや、小聖杯であれば既に奪って、儀式の準備に入っているはずだ。

 先手を取られ、目下のところ、取られっ放しである。これでどうやって勝てと言うのだろうか?

 

 流石に押し黙るしかないバセットだが、意外なことに、異を唱えたのは慎二である。

「なあ、もう一回挑んでみないか? もしかしたら、やりようがあるかもしれないからさ」

「ハア!? 何聞いてたんだよマスター! まともにやっても勝てないって言っただろ!」

 慎二は不機嫌な顔をしたまま溜息をつき、激昂して顔を赤らめるモードレッドの顔を見詰めた。

 自信過剰の彼女が、こうも落ち込んで居るのは…おそらくは、円卓の騎士として補欠扱いされたせいだろう。

 それだけが彼女に残った唯一の誇りであり、それを傷付けられればこうもなろう。

 いや、それだけに言葉の一撃は、的確に急所を抉っていると言える。

 

「だってさ、あいつお前の事を弱いなんて言いやがったんだぜ? 僕が契約したサーヴァントが最強でないはずがないだろ? 見返してやりたいとは思わないのか?」

「…ぐっ」

 だから地雷を真正面から踏み抜くことにした。

 どうせ説得できなければ死ぬだけだ、ならば激昂して斬りかかられようとしったことか!

 急所に刺さった棘を引き抜いて、舐めるどころか唐辛子を塗り込んでやらなければ意味もあるまい。

「さっきの話だけど、僕がその場に居たらもっと上手く切り抜けるね。確か騎士は予備の馬を連れて行くんだろ? それで財産の一つも運んでやって、無理な奴には財宝で顔をひっぱたけば良いじゃん」

「無茶を言うなよ…。騎士にそんな事を言ったら決闘を挑まれても仕方無いぞ? …まあ言いたいことは判ったけどな」

 できもしない話だ。

 騎士は戦闘を継続する為に、あるいは機動力を活かした戦術で、相手の歩兵を無力化せねばならない。

 騎士の誇りを奪って、それを民衆を助けるなど愚の骨頂。ましてブリテンの財政に余裕などあるはずもない。

 

 …もしその案を検討して、前後策を練って居たらどうだろう?

 却下は間違いないが、参加する騎士の心理は随分と違った物になっていたはずだ。

 あるいは却下する事で、新たな不満が出る事もあるし、協力を申し出る者同士で、交流が生まれる事もあるだろう。

「ようするにオレ達は、正し過ぎる王の神託に頼りっぱなしだった。お互いに判り合う事も、真の意味で協力うことも無かった。そりゃ円卓も割れるよな」

 我の強い者同士が喧嘩し合い、牽制し合うばかりでお互いを理解しなかった。

 勿論、譲り合った挙げ句に、中途半端な国が出来上がった可能性も多いだろう。

 だが本当に判り合うことを諦めていたから、その成果を得る事も出来なかったのだ。

 

 そして解決ですらない議論は、意味こそなかったが、気分を変えることには成功した。

 先ほど慎二がバセットの案で意識を変えたように、沈みこんだモードレッドの心を切り替えさせた。

 もしアルトリアとしっかり話し合って居れば別の可能性が…とようやく思う事が出来たのだ。

 

「でも、本当にシロウを取り戻せるの? 貴女より強い…こう言っては悪いけど、上位互換と言える相手よ?」

「それを言われちゃ立つ瀬はねえな。だがよ、誰かさんも言ったがやり方次第さ。それに…騎士王が全力を出せてるとは限らねえ」

「全力じゃない?」

 イリヤが見抜いたパラメーターを幻覚で表示するが、モードレッドは苦笑して頷いた。

 あれほどまでの強さで、全力で無いとはとうてい信じられない。

 

「サーヴァントとして召喚されたからか、汚染されたからかは判らねえ。だがエクスカリバーの絞りが随分と甘かった。大将さえ討ちとれるなら、雑魚なんかほっときゃいいんだ」

 気力を取り戻したモードレッドは、頭脳をフル回転させる。

 自分が知っている騎士王と、今の卑王を比べて勝機を見出す為に思考を巡らせた。

「カン処が鈍ってるのと、魔力の操作。あとは令呪。…受肉してマスターが居ないのか、居るけど同意させるのに使ってるはずだ。でなきゃ騎士王があんなに汚れている訳がない」

「なるほど。主人替えや、卑劣な手段を許容させているってことか」

 モードレッドはアーサー王らしくない行動に、令呪の存在…または中途半端な受肉による汚染の悪化を理由として見出した。

 だとしたら納得できるというだけだが、アーサー王に良く似た別の英霊と化しているのならば、対処する方としても気分が楽だ。

 

「ねえ、貴女の持ってるクラレントを握って、拒絶されてたわよね? ということは、聖剣とかも全力出せて無いんじゃない?」

「そうかもな。前はもっと威力があったが、魔力の通りが悪かった。抜いてる間に掛る能力が使えなかったんだけど、それが今では逆だし…」

 現金なもので、自分が狙われない、そして勝ち目があると判ったらオルガマリーも会話に参加してきた。

 その様子に苦笑しつつもモードレッドは頷いて魔剣の能力と、経過を説明した。

「この剣は元々、人の絆を力に替える儀礼剣なんだ。託された思いを束ねる剣ってやつ。エクスカリバーは人が夢見た願いの結晶とか言ってたけど」

 今の騎士王は神造兵装である聖剣を託されるに相応しくないのかもしれない。

 だから、かつてのモードレッドがそうであったように、剣の全力が引き出せず、魔力の絞りや効率が悪いのだろう。

 

「もちろん高範囲に撃つならメリットにもなるけど、正面から打撃戦を行うならばデメリットと言えるわよね。セイバーみたいだし、魔力で遠距離戦なんか挑む意味は無いから…」

「そういうこったな。最初から消耗戦を挑めば良いって寸法だ」

「キャスターにトドメ刺す時に令呪を使っちゃったけど、逆に奇襲として使えるんじゃないか? 一回残すってセオリーを無視すれば…」

 話しているうちに、気分だけではなく、光明が見えて来た様な気がする。

 諦めて話しもしなかった時には、カケラも無かった希望だ。

 無論、検討すれば穴はあるだろう。だが、今までには無かった希望が、ここに生まれた。

 

「はっ! 令呪を全部使い切るとはオレも信用されたもんだな。ならオレも聖杯が要らねえ。アーチャー達に譲るって事で共闘を持ちかけるのも良いかもな」

「いいなソレ。ギルガメッシュほどの大英雄ならアーサー王にも引けを取らないどころか、得意分野では圧倒してるはずだろ」

 モードレッドと慎二が聖杯を諦めたことで、逆に希望が出て来た。

 これで押し切ることが出来る可能性が発生し、加えて共闘の目も出て来る。聖杯ほどの報酬で有れば頷く可能性は高い。

 

「どうやら形になってきたようですね。…でしたら、私にも提供出来る物があります」

「いずれにせよ、どこかに潜伏してるはずだから、見付けなきゃだめだけどね」

「さっき見かけたけど…。探し出すのが大変よね。色んな宝具持ってるみたいだから、一苦労…」

 バセットは取っておいた切り札の提供を申し出、オルガマリーとイリヤは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 さっきまで啼いて居たカラスが、もう笑ったと言うほかない。

 

 そして…。

 一同の様子を見て居たアーチャー陣営が合流し、最終決戦を挑む事と成る。

 ただし、ギルガメッシュ抜きで卑王に勝利すれば、報酬として聖杯の暴走を抑えるという裁定が下ったのであるが…。




と言う訳で後編、『運命の五月雨編』の始まりです。
今回で失意から醒め、何とかできる可能性があることを確認。ギルガメッシュを倒す必要が無いと理解した処で終了。
我様は我様なので、味方する事無く裁定を下すだけです。
卑王を討ち取れえば、幸せなエヌマ・エリシュをして終了。出来なければ人類にエヌマ・エリシュがブッパされる感じ。

 士郎? 彼ならイリヤの変わりにヒロインしてますね。
次回の最初に全ての陣営が揃い、士郎の状態が確認され、何をする必要があるか具体的に把握する感じです。


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交渉と対処の天秤

「それじゃあ、さっそく遠坂を…」

 円蔵山のどこかに潜伏しているはずのアーチャー陣営を探そうと、意を決した一同はようやく動き出す。

 

 だが、その機先を制するように、未知の途中で遠坂・凛が話しかけて来た。

「あら、ようやく決まったってわけ? 間桐さん」

「遠坂…」

 間桐・慎二は待ち伏せられたことでギョっとしつつも、凛がこちらを完全に把握していないと僅かばかりの安堵を得た。

 人形の体に混在している自分の情報を知っていれば、そこを嘲っただろう。

 もっとも、間桐の家で話が通じる魔術師であれば誰でも良く、自分など眼中にないという意味かもしれないが…。

 

 そして凛はこちらの情勢を知ってか知らずか、愉しそうに笑う。

「で、何の用なの? おおよその察しは付くけど…。こういうのって確認が必要じゃない?」

「それなら話は早い。聖杯は譲るから…」

 凛は軽く小首を傾げながら、ちょっと待ったと手で抑える。

 あの表情は邪悪だ…。

 獲物を前に猫科の獣が舌舐めずりする様な…そういえばイリヤも時どき士郎をあの顔でからかって居た様な気がする。

 

「手に入ってもない聖杯の権利なんて、交渉の範囲に入らないわよ? だって私達が力づくで言う事を効かせても同じわけだし」

「くっ…」

 共闘するしかないと理解出来てなお、凛は渋って見せた。

 相棒のサーヴァントが万能にして原初の王である、ギルガメシュでなければこうは出なかったろう。

 他にも理由はあるが、出し惜しみをしているのではなく、ギルガメッシュが安売りを許さないからだ。

「それに単なる共闘というのも考えものよね。それだと利益が無くなればこっちは手を引いても良いけど…そういうのって困るんじゃない?」

 もし、安易に世界の救済を求めて手を結んだ場合、救世主になったギルガメッシュは、全てを奪って適当に喰い残しを渡しかねない。

 それでは何の為の交渉か判らないし、最悪よりマシな展開から、もっと妥当な結末に導くのが自分の役目だと凛は思って居る。

 

「お互いの関係をハッキリさせないと駄目よね。大体、キチンとした同盟を結んでいれば、学校の時に損得抜きにバーサーカーは倒してるもの」

「…シロウを無視するって言われたら困るし、ここは仕方が無いと思う。悔しいけどリンの言う通りよ」

「判ったよ。こっちの出せるモノはみんな出す」

 例え蛇蝎のごとく嫌われたとしても、成果を確実に残す。

 そんな凛の心意気を感じたのだろう、イリヤと慎二は不承不承納得した。

 

 だがしかし、ただ言いなりに成ることはできない。

 それが人形と化した慎二が、女の慎ではなく、男の間桐・慎二として遺した唯一のモノだ。

 くだらない矜持と知ってはいるが、だからと言って止められない。

 止められるなら…そもそも、こんなナリで今ここに居はしないだろう。

 

「こちらの陣営で持ちこんだ礼装その他、戦力としてなら全部使って良い。その後に『魔術師の家系』として要求するなら話は別だ、桜はお前の軍門には降らない。フィフティで頼む」

「私は良いんですっ、に……」

「別に良いわよ。間桐の蟲魔術なんてもらっても困るし。権門を築く場合は、それ相応のリスクが双方に生まれるものね」

 慎二と凛はあえて桜を無視した。

 もともと凛と桜は姉妹なのだ、慎二が人としては既に死んでいる以上は、間桐の全てを遠坂に渡しても良い。

 おそらくは、それこそがもっとも安上がりに戦力を手に入れる方法だろう。

 

 だが、それでは…。

 慎二の気が済まないのだ、自分は全て済ませてから、独り立ちできるようになった桜に後を残して行く。

 凛の気が済まないのだ、自分は全てを判った上で、目下では無く対等の人間として桜と付きあって行く。

 易きに、低きには流れない。

 そんな無言の了承により、話はまとまりつつあった。

 

「代償として、こちらが主戦力とリスクを受け持つのはどうだ? どうせ英雄王も夜までは知恵働きが主体なんだろ?」

 妥協点として、危険は全てライダー陣営が担う。

 ギルガメッシュが一日の半分を封印され、力が制限されているという点を、慎二は突いた。

 替わりに期待するのは、自分たちでは行き詰まったアイデアを要求する。

 リスクと利益をメリットに賭けて、聖杯を手に入れる為に乗って来る可能性は高い。

 それに…世界の存続という無理難題を、今回限りの上位として設定したアーチャー陣営が負うならば、戦闘だけの方が気は楽だ。

 

「そう言ってくれると助かるわね。じゃあ私達はマスターが居ればマスターを、居なければ牽制役ってことで良いのかしら? 夜が来れば全て終わらせちゃうけど」

 凛は合格という意味で、大きく頷いた。

 自分達を安売りはしない…。

 だが、それは値引き交渉や、更なるレイズをしないと言う事にはならないのだ。

 

 安易に頼むのならば全てを持って行くのが魔術師。

 考えても見れば良い、他所の者の魔術師が、超抜級の礼装を起動する為に、土地を貸せと言えば、全てを奪いかねない。

 だが一枚噛ませて利益を渡し、そこから交渉して特権の替わりに、別の協力させることはできるだろう。

 今回の交渉は、かつて三家が交渉した出来ごとに似て居なくもない。

 ただし、賭けて居るのは世界の存続であり、大聖杯ではなく士郎の運命なのだが…。

 

「交渉成立ってことだな。でも……遠坂は今回の一件を全部理解してるってわけ? 高見の見物じゃないんだ」

「原理的には想像付くわよ?」

 慎二が手を打って、挑発気味にアイデアを要求すると、凛はどこからともなく眼鏡を取り出して説明を始めた。

 

「時間移動は第二魔法の一部、短時の時間遡行は大魔術。…もし、この世界を先に焼却すれば、抵抗する力も随分と減るでしょうね」

「時間の推進派と逆進派をコントロールする気か?」

「その為に世界を滅ぼすなんて…」

「みんな…何の話をしてるの?」

 突如として始まった形而上な物理の授業。

 凛の説明を理解できる慎二やオルガマリーと違い、イリヤにはチンプンカンプン。

 

 仕方無く、凛は地面に大きな矢印と、小さな矢印を川の様に描いて行く。

「良い? 過去から未来にしか行けないと言うのは、数倍の負荷が掛っている訳。だから生半可な魔術じゃ、僅かな時間しか移動できない」

 

 未来の方向に大きな矢印、中には小さな矢印が数個。

 過去の方向に小さな矢印が一つ分。

 これらが相殺する事で、歴史は過去から未来に移行している。

 

「魔術での時間移動がエネルギー抵抗的に難しいのは判ったわね? ここでのポイントは良くも悪くも、難しいってこと」

「難しいのは判ったわ。でも他に何かあるの?」

 凛の説明をイリヤは何となく頷く。

 矢印の数が二倍・三倍、これを打ち消すだけでも難しい。

 そこから前に移動するにはもっと力が掛るだろう。少し戻るだけで四倍・五倍、もっと戻るなら十倍二十倍と必要だろう。

 

 そして、少し離れた場所に、別の矢印を川の様に描いて行く。

「最初の矢印の川を世界Aとしましょうか、もう片方の良く似た過去の世界B。このAB二つの世界を移動するのが第二魔法。簡単だけど魔法が出来ないと不可能。ポイントは…」

 AからBへ、ジグザグの矢印を新しく描き足して行く。

 

 最初の矢印に比べ、数は少ないが、異質な別ものだ。

 まして、別の世界があると判らなければ、狙った世界に移動できないと言う事もあるだろう。

「魔法が行使できないと不可能ってことね? じゃあ魔術の方が、魔力次第で実行可能…」

「そう。魔術による時間遡行の場合は、純粋に魔力の準備と、効率の良い術式で済んでしまうこと。そして騎士王…いえ、卑王が狙って居るのは、この効率を上げることよ」

 世界が焼失すれば、未来に向かうエネルギーはずっと少なくなる。

 世界が地球ごと砕け散れば、未来に向かうエネルギーは無くなる。

 場合に追っては、焼失・破却された時に生じるエネルギーすらも、過去への力へ流用できるだろう。

 

「聖杯に願いを叶える力が無かったとしても、純粋な魔力だけで事足りてしまう。狙った過去へ移動できなくとも、少しずつ焼却すれば、ズレはアーサー王とウーサー王の差で済むでしょうよ」

「とりあえず相手の狙いは判ったよ」

「金を掛けてアマゾンの森でも伐採すれば地球はともかく、『人の世界』なんて簡単に滅びるものね。聖杯なら抑止が動く前に行けるわ」

 凛の説明を、慎二とオルガマリーが追認して行く。

 方法が具体化した以上は、必要以上に突っ込む必要は無い。

 どの道、相手を倒せば終わりなのだ。

 

 そこまで話が流れた所で、今まで黙っていたサーヴァント達が口を挟む。

「それで、どうやって王を倒すつもりだ? あの優等生を不貞野郎が倒したみたいに、夜まで時間を稼げってか?」

「キミが倒してしまっても良いんじゃないかな?」

 モードレッドが肩をすくめると、ギルガメッシュはクスクスと笑って黄金の剣を取り出した。

 卑王が持っていた黄金の剣より純粋で、騎士王がかつて所持していた真なる黄金の剣に良く似ている。

 

 そして騎士の叙勲、…いや帝王が配下の公王を定めるかのように差し出した。

「もし必要ならそうだね…特別に、この選定の剣をあげても良い。そうすればキミは誰より正当な王にも成れるけど」

「はっ! んなもん要るかよ。オレはオレが認めた連中と国が創れればそれで良い。他人の配下に収まるかってーの」

 国一つを与え、奪い合いで滅ぼしかねない黄金の剣。

 カリバーンやグラムの原典となる剣の授与を、あっさりとモードレッドは拒否した。

 

 それが罠に近い試練であることを凛だけが理解しており、首を振ったことに深いタメ息を突いた。

「おっそろしい取引を簡単にしてくれるわね。まっ、その心意気に免じて戦法を教えてあげるわ。大前提として衛宮君を無事に回収すること」

「あらゆる意味で正しい選択よね。シロウを捨てるなら大人しく従わないし、鞘を取り出されたら勝ち目なんてないもの」

 不思議なことに、凛はゆっくりとイリヤの言葉を否定した。

 エクスカリバーの鞘は重傷すらも治癒し、一瞬であれば完全なる守りを得ることが出来ると言うのに。

 それを取り戻さないと言うのだろうか?

 

「ソレができればこしたことはないんだけど、相手は強力な予測能力を持って居るわ。ランサーを不意打ちしなかったあたり、限界はあるみたいだけど」

「最後に顔を出して奪ってく方が簡単だからじゃねえのか?」

 凛の説明にモードレッドは半分納得して、半分頷けなかった。

 騎士王の絶対性を知る彼女に取って、あの予測は予知能力とさほど変わらないのだろう。

「いや、戦略的にはそうだけど戦術的には違う。相性を考えると卑王はランサーを倒せない」

「もっと言えば…ランサーだけが倒せない。全てを理解しているなら、効率なんか無視して最悪の相手を討っておくべきなの」

 強力な対軍宝具、そして絶対的な対魔術能力。

 軍団であろうと遠距離戦だろうと勝利は揺るがない。

 だが同じ絶対的な力を持つ、対個人戦能力だけは、アーサー王であった時代から、ガウェインやランスロットなど上回る相手は居たのだ。

 

 ましてランスロットの原典である、一騎打ちの勝利者ウィリアム・マーシャルが、勝利を確定させる宝具を発動させればおそらく逆転するだろう。

 それを確実に討ち取るのであれば、表舞台に立つことによる一度きりの不意打ちは、ランサーに対して使うべきなのだ。

 現に強力な防御力を持つバーサーカー、守護騎士である聖ジョージであっても、エクスカリバーの連射で倒せている。

 

「だから今の能力は、確定事項を修正することに特化した予測なんだと思う。今回の場合は予定調和みたいなもんだし…、強引な手段を取られたら…その、モラル的に困るから」

「意味は判ったけど…なんで顔を赤らめてるんだ? 強引だろうが、出来る手段は直ぐにでも採るべきだろう」

 凛が説明の途中で顔を赤らめたことに、モードレッドとイリヤだけが首を傾げた。

 なんというか魔術を使う男女には手段の一つとして存在するのだが…、製造されたモードレッドとイリヤには難しかったのかもしれない。

 

「ええとねモードレッド、貴女…必要だったら衛宮君とエッチな事できる? この場合は行為をしながら魔術を行使って意味だけど」

「ばっ…馬鹿にするな! 出来るに決まってんだろ……その、本当に必要だったらな。アイツとかあ…」

「あっ、満更では無い顔。…いつの間に…まったく油断ならないわね」

「わ、私は違うわよ! シエロさんとは何でも無いんだから」

 ガックリと苦笑いを浮かべる凛に対し、モードレッドとオルガマリーは満更でもない顔である。

 そんな姿にイリヤは少しだけふくれ顔を浮かべた(無関心なのは慎二とギルガメッシュだけ)。

 もしかしたら、知らない内に胃袋から捕まって居たのかもしれない。

 

「まあ、そういう訳で、この話題から判断出来る事は二つ。相手は強力な防御と回復力を手に入れるって事が確定し、遠距離からの攻撃は密度のいかんに関わらず通じないってことよ」

「ということは、もう一つは近距離戦で片付けろってこと? ライダーの霊基じゃ…」

 各マスターたちは、お互いの認識の範囲でデータを比較した。

 

 スキルは破格で、対魔術A、魔力放出A、直感B(状況修正に特化)、独立行動A。

 霊基に関しては筋力A、耐久A、敏捷D、魔力A++、幸運D、宝具A++とさらに強大。

 

 対してモードレッドは、敏捷と運こそ大幅に上回っているが、他が最悪なほど差が在る。

 筋力C、耐久B、敏捷A+、魔力B、幸運A+、宝具A。

 スキルや宝具に至っては、軒並み下位互換と言って差し支えない。

 これでどうやって勝てと言うのだろうか?

 

「言っておくけど、タイムアルターを使うのは無理よ? アレは反動が大き過ぎるから他人に掛けること自体が成立しないわ」

「そういうと思ったわ。まあ、あんな大魔術、本来は難しいじゃなくて不可能なペテンだものね」

 使えるのなら、キャスター戦でモードレッドか士郎に使っていた。

 そう口にするイリヤに、凛は頷きつつ胡散臭い笑みを浮かべる。

 

「でもね、魔術師ってのはペテンを成立させることで、世界に魔術を掛けてんのよ。良く聞いて…」

「遠坂…お前、随分と性格悪いな」

 得意げに説明する凛に対し、慎二は苦い笑いを浮かべて頷くのであった。




絶対運命改変黙示録(アカシック・バスター)
 現在を焼却することで過去へ戻る為の負担を減らし、実行可能な大魔術を組み上げ術式として完成させる。
この方法により時間を遡って行き、任意の時間軸まで大移動を為し遂げ、そこから新しい未来に分岐させ、運命を修正構築する。
卑王の予測能力が全てを見通すモノから、事後を都合の良い様に解釈する方式に成っているのはその為。
(時間と世界管理に関しては、fateの物ではなく、惑星の五月雨や運命のタロットシリーズから流用しております)

 という訳で、ライダー陣営とアーチャー陣営が完全な同盟を組みました。
凛と子ギルが上、ライダーとそのほかの魔術師が下という扱いですが、共闘では無く同盟である為に最後まで凛が面倒みます。
とはいえ、プライドに掛けてオンブに抱っこはできないので、基本はモードレッドが倒し、ギルガメッシュは最終処理だけを担当する流れ。
でないとギルは我世界(マイ・ワールド)を構築し、飽きたら座に帰還するとかやるでしょう。勝てない対戦が一つ減るだけでラッキーな感じ。
 凛が強欲気味に上位者に成ったのは、そうでもしないとギルが許さないのもありますが…。最後に口にしたペテンを為し遂げる為でもあります。


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帰らずの丘

「この火傷の痕は十年前のモノか? 知らずとはいえ私のしでかした結果か…なんと痛ましい」

「そう思うなら退いてくれると助かるんだが」

 闇の中で少女の指が火傷の痕をまさぐる。

 少年が声を上げると、少女は爪を立てた。

 

「痛っ…」

「これで知らずに付けた疵ではなく、今、正真正銘に私が付けた傷と成った」

 爪に肉が噛むほど力を入れると、深く抉られていく。

 

「どこかのエセ神父の癖でも、うつった…ん、じゃないか? っぐっぅぅ!」

「このままシロウの疵を全て私が知らぬ物から、私が再生させた傷へと置き換えるとしよう。なに、天井の岩盤でも数えて居れば終わる」

 抗議の声を圧殺して、少女はニヤリと爪先に魔力を灯す。

 ほんの少し魔力を巡らせるだけで、容易く人の皮膚や肉など、あっけなく突き破られる。

 

 そして少女の舌が傷口を舐め取ると、黄金の輝きを一瞬だけ放って、傷口は消え去った。

「ちょっと倒錯が過ぎてるような気もするけどな。癖じゃなくて性癖だったわけ……がああ!」

「安心しろ。そういう風に使ってやっても良いが、戦いの前だ。ギルガメッシュが動く前に鞘とのリンクを済ませておこう」

 より強く魔力を巡らせて、肋と肋の間に片方の指を突き立て、もう片方で掌を抉りそのまま魔力を流し込む。

 焼けただれたように拡がる傷口よりも先に、より強い繋がりが限定的に刻まれていく。

 

「お前の体は剣で出来て居る。血潮は焼けた鉄の様に熱いのに、心はまるでガラスのようだな…」

「っ!? その呪文はまさかっっギィィ。やめろ、オレの魔力じゃロクに……」

 少女は笑いながら、苦い笑いを浮かべながら、サディスティックに狂乱した。

 ああ、判る。判るとも。

 少女が責め立てて居るのは、自分自身だ。

 ブリテンを救えず、今もこんな外道な振る舞いを、演じて(・・・)見せている自分自身だ。

 

「だから、その魔力は私が払ってやろう。何、心配するな。先ほど龍の聖杯と交渉したのでな、もう町の人間から魔力を奪ってしまうこともない」

「やっぱりあんたが……。くそっ! どういう事だよ言峰! 最初から嘘だってことか?」

「何を馬鹿なことを…」

 少女の言葉に衛宮・士郎は憤慨した。

 

 先ほどから傍らに立つ男は何者なのかと。

「お前は見届ける役じゃなかったのかよ言峰! 言わなかったか、謎の昏倒事件を調べて、火消しに回ってるって…」

「言ったとも。王の祈りが届くのか、お前達の行いが防ぐのかも見届ける。そして、不足する魔力を勝手に奪ってしまう状態を何とかしようとしたのもまた事実だ」

 何の嘘もあるまい?

 言峰・綺礼は全てを語らなかっただけで、嘘はついて居ない。

「そして私は、真実を求める者なら誰にでも協力しよう。お前達にもそうしたし…王にもそうしただけだ」

「その結果が世界の滅びなんだぞ!? 俺が求めれば、この子を止めてくれるのか!? 世界を救ってくれるのかよ!」

 激昂する。

 滅びた世界からやって来たエミヤシロウは、この世界の衛宮士郎と共に激昂する。

 もう焼け尽くした世界は沢山だ、行けども行けども死しかない世界など、もう沢山だ。

 だから世界の滅びを助長し、おそらくは煽ったであろうこの神父に腹が立つ。

 

「よかろう。その代り…王の絶望を止めて見せろ」

 綺礼は何のためらいも無く、士郎の言葉に頷いた。

 そして自分の服の袖をめくり、ゆっくりと掲げて見せた。

「結末を望むのは王の絶望だ。絶望しかない未来ではないのならば、何の問題もなくなる。出来ないなら黙って見て居るがいい」

「なっ…それは令呪か!? それもそんなに…」

 そこには、無数の令呪が刺青のように腕全体を覆って居た。

 確かにそれがあれば、卑王と化したアルトリアを止める事も容易いだろう。

 

「なに、監督者たる教会が、抗うことすらできなかった祈りを預かっていただけだ。…さあ、他に願い(いのり)は無いな?」

「……っ」

 どうすべきなのだろう?

 どう言うべきなのだろう?

 こんな状況で届く言葉があるはずもない。

 いや、手段など、受肉してから散々調べ尽くしただろう。

 だが、そんなモノがあれば騎士王が卑王になる(演じる)ほど絶望するはずもない。

 

「残念だ。風渡りよ、お前には期待したのだがな。構わん、やれ!」

「なるほど、衛宮士郎に似た別世界のエミヤシロウか。宝石爺の仕業かな。まあ良い…王の仰せのままに」

 世界を渡る風、即ち異世界よりの来訪者。

 エミヤシロウであれば、ブリテンを救う手段があると期待していたのだろうか?

 いや、元よりソレで納得出来もしなかったろう。

 

「デミサーバントに令呪が効くとは思えんが…。まあ追加魔力だと思えば私程度の魔術でも強制できるだろう。…残る全ての令呪を持って命じる」

「なっ!? 正気か!」

 残され、受け継がれてきた貴重な令呪。

 その全てを、躊躇いなく消費する。

 言峰・綺礼と言う神父の祈りは、どうしようもなく歪で、それでいて真っすぐだった。

 この時ばかりは卑王も、敬虔に祈りを捧げて居るかのように見える。

 

「お前が持つ固有結界を大聖杯を中心に起動せよ。そして…互いの求める真実へ辿りつく手段を、ここにもたらしてみせよ!」

「アン…リミテッド……ブレイド、ワークス!」

 令呪によるものか、それとも強大な魔力に後押しされてか。

 情報を読み取った卑王による中途半端な呪文詠唱であっても、固有結界『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』が顕現する。

 よろめきながら士郎が立ちあがり、二歩、三歩と暗闇の中を歩き…。

 ある場所で、おそらくは大聖杯にもっとも繋がった場所で、崩れ落ちた。

 

 その瞬間、彼を中心に巨大な大木が円蔵山を貫く。

 そして…無数の剣が、筍のように山を覆って行った。

 中でも強大な力を放つは、十と三の輝きである。

 

「ここが私のカムランの丘かどうか…! さあ籠城戦(ジャッジメント)だ!!」

 卑王は樹の根元に真っすぐ突き刺さる、黄金の鞘へ己の呪われし黄金剣を突き立てた。

 まるで誰かが来るのを待ちうける様に、剣の柄に両手を置いて瞑目する。

 

 

 命動し始める円蔵山。

 洞穴があると言う場所の周囲から、巨大な大木が延びて行く。

 そして樹の上部はガラスの様に砕け散り、ソレは雪であるかの様に降りしきる。

「これは…シエロさんの固有結界? そうか、無理やりにでも顕現させれば簡単に鞘を取り出せるわ」

「固有結界…なるほど、だからあんなに投影が規格外だったのね」

「羨ましいと言うべきなのか…。いやまあ、これだけ寂しい光景だと何とも言えないな」

 オルガマリーの声に、凛は少しだけ考え始め、慎二は呆れと羨望の中間にあった。

 

「寂しい? でも、これはアインツベルンの森みたい…」

 そんな彼女らの中で、イリヤだけは何となく親近感を覚えた。

 クーフーリンの放った宿り木に浸食されたはずの結界に、砕けた内部がガラスの様に雪の様に降りしきる。

「きっとコレは、シロウの中に居るからなのね…」

 寂しいように見えるけれど、そこに誰かが居る…懐かしい、父母の居た頃のアインツベルンの森の様だった。

 

 感慨も何もかも打ち壊すように、パンパンと音が鳴り響く。

「はい、注目! 随分と規格外だけど、これでタイムリミットと目標がハッキリしたわ。長引かせると魔術協会が衛宮君の存在に気が付いちゃうしね」

「そ、そう言えばそうね。封印指定を受けない様に、早く助け出さないと」

「まっ、樹が立って居る場所に行って、助け出せば良いんだろ? 楽勝楽勝」

 凛が指摘すると、オルバマリーはホンの少しだけ残念そうに、慎二は世話が焼けると笑いながらやるべきことを思い出した。

 放置しては大変なのは同じだが、時間制限があるのも確かだ。

 その意味に置いて、衛宮士郎が何処に居るかが判り易いのは助かるし、こんな馬鹿げたことをするならば大聖杯の周囲でやるだろう。

 

「作戦の要はさっき説明した通りのまま。わたしとギルガメッシュは敵マスターを抑えるのと、ついでに防御機構を黙らせに行くわ」

「マスター? さっきまで居るか居ないか半信半疑だったと思うけど」

 凛はオルガマリーの質問に頷き、山の周囲を指差して見せる。

 そこには十数本の輝きが、結界を作り上げて居た。

「アーサー王が防御結界とか詳しいと思えないし、結界石を使ったやり方は遠坂にあるのよね。多分、兄弟子でもあったあのエセ神父が一枚噛んでるわ」

「あー、そう言えばそんな資料もあったな」

 凛が溜息憑きながら説明すると、慎二は何かを思い出すように頷いた。

 

 おそらくは間桐の家にある資料で読んだのだろう。

「監督者が前回の英霊を匿ってたってわけね。それは見つからないわ。まあ匿ってもらってた、私達が言える義理でもないけど」

「なんでそんな事するのかしら…」

「知らないわよ。単に困ってたら助けるというか、その苦労を、見ながら笑ってるって感じだと思うけどね」

 オルガマリーとイリヤが顔を見合わせるが、凛は適当に相槌を打ちながら地面にABと並べて幾つか描いていく。

 そして、ひときわ離れた場所に一つだけC。

 中央へ同じ様に一つだけDと刻んで説明を始めた。

 

「良い? この手の結界にはパターンがあるけど、これは意図的に通行の許可・否定を振り分けたモノよ」

「最奥のDがシエロさんで、Cが敵のマスターとすると…そこが結界のコアか」

「そこまでは判るけど、AとBの差は?」

 判り易い図だっただけに、目的地は問題無く判る。

 意味がつかめないのは、ABの方だ。

 話からすると、Aが通れる場所、Bが通れない場所に思えて来るが…。

 

「ここがイヤらしい点なんだけどね…。どちらも時間さえ掛ければ通れるのよ、基本的には。ただし、Aは無条件で、Bは鍵が無いと通行不可」

「なるほど、絶対に通さない防壁なんて無理だけど、可能にするからこそ、条件付きの方が強固に成るってわけか」

「いわゆる、『正しい順番のある道筋』ね。その上で、結界を解くべきコアを最も遠くに配置してある…」

 ようするに時間稼ぎ用の結界であり、卑王陣営の目論見からすれば正しい運用だ。

 時間を掛ければ掛けるほどに、固有結界における鞘の顕現率が上昇する。

 同時に世界を焼却する儀式の為の時間稼ぎが出来る上、道を急ぐ場合は、こちらの戦力を分散せねばならない。

 

「厄介だけど、連中はこちらが思惑に乗る気だった事を知らないってのが、最大のメリットよ」

「そうか、こっちは最初から戦力分散する気だったもんな。衛宮は大聖杯と同じ場所にあるし、分散する先がコアになっただけか」

 そういうことよと凛は慎二に頷きながら、今度はそこに居るメンバーを指差して行く。

 マスターである凛・慎二・イリヤ・バセット・オルガマリー、そして桜とリズ。

 実に七人が居る(情報管制をしてるセラを合わせれば八人)。

 

「こっちの強みは独自行動出来る大駒が沢山あるってこと。一組でやろうとするなら一筆書きだけど、これだけ雁首揃えれば全然問題無いわ」

「そうですね。基本をツーマンセルとしても四組がバラバラに動けます。後はタイプABを分ける区分ですが行ってみないと判らないでしょう」

「偵察から戻って来た……の?」

 凛の説明を、周囲の警戒に当たっていたバセットが受け継ぐ。

 ただし、もう一人の人物が居ることが、奇妙であった。

 

 それは、先ほどアトラムを連れて脱出した魔術師である。

「てめえ、あの時の…」

「よう。俺も一枚噛ませてくれるか? せっかく望む報酬を得たってのに、世界が滅びるんじゃどうしようも無いからな」

 その名は獅子劫・界離。

 ここに世界を救う為の、最後の一人が合流する。




 無限の剣製に足りなかった魔力を、卑王(正確には竜の聖杯と化した少女)が支払うことで無理やり顕現。
エクスカリバーの鞘を強制的に引き出して、装着する事に成りました。
そこで取り出した剣を結界石の代わりに、言峰が四次で出て来た結界みたいなのを築いてる感じですね。
ダンスしながらやればハサンが解けそうだったように、正解のルートを通れば誰でも解けますが、それ以外のルートでは難しい…という感じです。

 TRPGで言うところの、鍵Bによる置延用。条件がそろえば解けるけど時間の掛るダンジョンが形成されたと思っていただければ幸いです。
次回に何が条件かを把握して、ぱぱっと戦力を振り分けて突破して行く感じになります。


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禁色結界キャメロット

「てめえはあの時の…どう言うつもりだ?」

「さっきも言ったろ? アトラムに雇われてたのは奴にしか造れない礼装目当てってよ」

 モードレッドが呆れた声で尋ねると、獅子劫・界離は豪快に笑って答えた。

「手に入れた以上は、万が一にも世界が滅びるのは困るってわけさ。ま、雇い主が死ぬのも目覚め悪いしな」

 誤魔化しすらないド直球の回答にもはや笑うしかない。

 

「そういうこと来てるんじゃなくてな…。まあいっか、戦力も情報も足りないから猫の手以上ならいいさ」

「これか? まあ問題無く動いたな。…冗談だよ。連れて行かれたうちの女の子に何かできるか、何を持たせていたかってのはどうだ?」

 ようするに情報か何かを寄こせと言うモードレッドに、獅子劫は義手を動かして冗談を返す。

 そうした後に、不機嫌になりそうな手前で資料らしき物をちらつかせた。

 確かに連れて行かれた竜の聖杯である少女も魔術師であるとするならば、その戦力がどの程度かは聞いておく必要がある。

 

「最初からそう言っておけばいいのよ。それにライダーもイヤミを言うなら直球の方がいいわよ。石油王の癇癪と付き合ってた奴を相手にすると面倒だわ」

「それもまあそうだな。悪かったな、戦力に成ってくれるならなんだっていいぜ」

「サーヴァントから見て戦力と言われると困るがね。お手柔らかに頼むぜ王様」

 凛が取りなすとモードレッドも頷いてストレートに話すのだが、獅子剛は今までの会話を幾らか聞いて居たのだろう。

 彼女が王を目指すと言う話を知っており、探りを入れて、それなりに情報網が有ると匂わせて来た。

 

 そして、資料を読み上げ始める。

「吹っ飛んでるから戦力自体は多く無い。剣豪タイプが直衛に移動したはずだ。他にはスナイパーとか倒されてなきゃ軍師タイプかね?」

「…? ああ、盾持ちがエクスカリバーを防ぎに行ったから交代したのか。一緒に消えてくれりゃ面倒ねえのに」

「厄介だけどサーヴァントからすればその辺は問題無いでしょ。数が増えるスピードと、礼装の方が問題だと思うわ」

 獅子劫が準サーヴァント級のスパルトイをまず計上した。

 それに対しモードレッドは苦い顔をし、凛は涼しい顔で受け流そうとする。

 

「遠坂は知らないんだと思うけど、衛宮の投影で魔剣を持たせたら厄介にならないか?」

「うっ……。ま、まあ大丈夫だって。こっちは数名の魔術師で組むし、相手も直ぐに使いこなせるわけでもないしね」

「ねえリン。さっき出来ないはずの事を、ペテンを掛けて実行してみせるのが魔術師だって言って無かった?」

 慎二が突っ込みを入れると、忘れて居たらしい凛は渋い顔をする。

 そこへイリヤが追い打ちを掛けると、苦い顔に成った。

 なにしろ、令呪で無理やり受け入れさせねば、他者には掛けられないはずのタイムアルターを、ペテンとも言える方法で突破することを提案したのは他らなぬ、凛その人なのだ。

 

 それに言峰が兄弟子であるなら、同様の教えを受けて居る可能性も大きい。これで相手はそういうペテンを使えないと判断するのは片手落ちだろう。

 肝心な所でこう言うところをミスするのが、遠坂の家系なのかもしれない。

 

「はいはい、判ったわよ。相手に状況の修正能力がある以上は、ある物として過程しましょ。で、数の予測と礼装の方は?」

「数の方は若干だな。バーサーカーはあの子に習得可能な範囲でしか増産は許さなかったし、仙術をアレンジしないと最初がスパルトイに成らないからな」

「仙術って言うと、自分で自分を生む女仙専用のやつか」

 凛は苦笑して降参すると、獅子劫は続きを話し始める。

 出胎の法とい仙術を慎二は思い出すが、ドラゴンを竜と仮定するならば、更に仙術を混ぜることは不可能ではないだろう。

 高度なアレンジであるが、それだけの数は増やせないのが救いだ。

 

「高位のスパルトイは竜牙兵や低位のスパルトイを教育できるが時間の方が問題だ。それじゃ戦力には成らねえから、おそらくは少数精鋭化するだろう」

「妥当な所ね。居ても十体ちょっと、準サーヴァント級はその中の数体だろうけど、魔剣持ちかあ…」

 仮に四段階レベルが存在するとして、三段階は一段階を増やせ、四段階は一段階を二段階に出来る。

 だがあちらに居るかもしれないスパルトイの数は少なく、三段階以上の数が少ない以上はそれほど多くないはずだ。

 こちらでも何らかのペテンを仕掛けたとして、増えたのは十居れば良い方だろう(元と合わせて十三か十四)。

 

「戦力の調整が必要ですね。こちらでそのレベルなのは、サーヴァントを除けば、私とアインツベルンのホムンクルスだけです」

「援護しないと戦力分散になるから最大で四チーム? 人数が居ると言っても偵察に割けるほどじゃない」

「同感だな。作戦を考えるとオレとマスターとあと一人で一組。アーチャー達で一組。残りを一まとめにするか半々だな」

 バセットの言葉に慎二が頷き、モードレッドは慎二とイリヤを交互に眺めた。

 先ほどの作戦がある以上、二人が同行するのは必須だ。

 この三人が固定、凛とギルガメッシュも同様だとするならば、あとはバセットとリズが別れるか同じチームに成るかどうかの判断でしかない。

 リズとしてはイリヤの側に居たいらしいが、ソレをすると戦力的に不安になるのが問題だ。

 

「その辺は最初の関門を確認してからね。相手が弱いなら遠慮するよりも手数で調べるべきだし。…で、言い難いのかもしれないけど肝心の礼装は?」

「あーやっぱ判るか? グレイプニールをモデルにした礼装なんだが…」

 最後に回された礼装は、実に嫌な予感しかしない。

 その名は有名な宝具の銘を冠した物で、神話に登場する物と同じ名前だ。

 

「見事に難門という感じしかしないけど。束縛系? それだとライダーは気を付けないと…」

「いや。出現して無い存在を遅延させる術式で、『この世在らざるものを封ず(グレイプニール)』と記載されてるな」

 凛が獣を束縛したと言う術式を想定するが、獅子劫が語ったのは降霊封じを元にした置延術式であった。

 

 存在しない物過程し、それの無効化を代償に、いまだ召喚されざるモノを封印…ではなくあえて遅延させる。

 封印ではないゆえに一つだけならかなりの時間、多数でも数秒遅れるそうで、一瞬が分け目になるサーヴァント同士の戦闘では致命的だろう。

 

「それはどっちかと言うとアーチャーをメタった礼装? なるほど四次聖杯戦争を参考にしたって訳だ」

「最大の戦力を対策するのは当然だね。まあ、そうなったらそうなったらで、他の手を打てばよいんだけど。大人の時のボクはどうも慢心する癖があるからなあ」

 慎二がギルガメッシュへのメタだとは言ったが、仮に『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を基本戦力とした、四次聖杯戦争ならば十分に対策足り得た。

 その作戦を聞いて、子ギルは凛の苦い顔を楽しそうに笑うと同時に、自分(大人)の慢心を戒めるのは奇妙ではあった。

 

「ま、まあ事前に判って良かったわ。例の作戦も念のために少し前倒しで発動する事にしましょ」

「でも、それだと負担の問題でダブルアクセル前提で、要所だけトリプルアクセルになっちゃうわね。まあ仕方無いか」

「ペテンが成立するだけ良いんじゃない? まっ、後は戦力をいかに手早く集め直すかの勝負だね」

 余裕かましていた凛がヘコムのを堪能しつつ、イリヤと慎二は前向きに計算し直した。

 もともと絶望的な戦況で、タイムアルターなど使用できない事が前提だったのだ。

 あとは戦力を集中させまいとする卑王側の戦略と、それを踏破して終結させるこちらの戦略の、どちらが有効に働くかである。

 

 こうして一同は作戦の詳細を詰めつつ、まずは結界の第一関門へと進んだ。

 ここでどんな傾向の結界かを調べ、その傾向を調べて解く為である。

 

 やがて一同が分岐路に差し掛かると、そこには一体のスパルトイが銀剣を構えて居るのだが…。

『父上は邪悪では無い…。お前達もまた邪悪では無い…』

「っ!?」

 その虚ろな声を聞いた時、モードレッドは嫌な予感がした。

 良く聞いたような、それで居て、ある(・・)人物の声に似てはいるが、似ているからこそ気色の悪いそのトーン。

 聞いて居て、叩き斬らないと気が済まない。

 

「んー、なんだか聞いた様な気がするんだよな…」

「悪ィ。これはオレが片付けるわ」

「ちょっと、何を勝手に…」

 止める暇もあらばこそ。

 生理的嫌悪感がモードレッドを突き動かす。

 プリトヴェンを小形のバックラーとして抑え込み、代わりに威力が低く使って無かったはずの銀剣を抜いた。

 

 止めておけと直感が告げて居るのに、どうにもこうにも止まらない。

 きっと後悔するぞ。倒さない方が良いのに…。

 いいや、ここは分岐路だ。どの道倒さざるを得ない悪辣な罠。

 

『はっ!』

「はっ!」

 無造作に放たれた銀剣を、モードレッドの銀剣が他愛なく受け止める。

 威力は敵が持つ剣の方が上なようだが、能力そのものが上回っている為に互角だ。

 おかしなことといえば、後から対応しているはずのモードレッドが何なく対処している事。

「「せい、っや!」」

 そして…。

 共に牽制として放った筈の拳打や蹴りですら、理解して防ぎあった。

 

「ねえ、なんだか似てない?」

「そうだな。同門なのかねえ」

「え? アイツ我流だとか言ってたぞ」

 共に銀剣を使っているというだけでは無い、これまでそれほど関わってない凛や獅子劫にさえスパルトイとモードレッドの剣筋は似て見え居た。

 慎二が聞く限り、我流であると言うのにだ。

 

 もちろん我流とはいえ、剣理は存在する。

 重たい剣を振り降ろすスマッシュや、盾で殴りつけて体勢を崩すシールドバッシュなどはどこの流派でも余り変わりは無いように…。

 どうやっても、知らずにいようと参考にしようと似るモノは似てしまうのだ。

 だが、それですらこの戦いは似過ぎて居た。

 モードレッドは少し待ってから反応するとはいえ、対処が出来過ぎて居た。まるでどう考えるか判っているかのように。

 

我が麗しき…(クラレント)

我が誇り高き…(クラレント)

 それが如実に成ったのは、互いに宝具の態勢になってからだ。

 敵が持つ銀剣が濃く赤黒い赤雷を放ち、モードレッドの銀剣が淡い蒼風を放つ。

 

 後から放ったはずのモードレッドが先に出た。

 ライダーである分だけ小回りが違う。

 僅かな差で先制し、ここから先は見てから動けないのだと言うのに相手の動きが判るかのように飛びこんで行く!

父上の血統!(ブラッドアーサー)

父上への反逆!(ブラッドアーサー)

 此処に来て初めて動きが変わる。

 赤雷が落ちるよりも前に、モードレッドは銀剣を掲げて横薙ぎに入った。

 蒼風は全身を駆け抜けて、遥か後方へと流れるブースター・ドライブを掛ける。

 一瞬だけ早いはずのソレは、確かな踏み込みで敵の胴腹を切り裂いたのである。

 

 それはあまりにも決定的な動きであった。

 モードレッドは明らかに、敵の動きを察知して読み勝って居る。

 それは偶然では無く、確実に理解して居なければ不可能な動きだ。

 

「どう言う事? なんであそこまで先読み出来たの?」

「あれは俺の動きをトレースしてたんだよ」

「宝具を投影したついでに、使い手の経験も投影したのね。完全には無理でも降霊を組み合わせれば不可能じゃないわ。なんてインチキ…」

 オルガマリーの問いにモードレッドが吐き捨てる様に答えた。

 その言葉を聞いて、凛は己の迂闊さを呪う。

 何が直ぐには使いこなせないだ。

 経験をコピーすれば使い手の情報を引き出せるメリットもあるのだ。

 もちろん、モードレッドがやって見せた様に先読みされるデメリットはあるものの、使い捨ての戦力であるスパルトイを強化するだけならメリットの方が大きいだろう。

 

「このままだと円卓の騎士をスパルトイに投影してそうね。流石に見ても無い宝具までは全員コピー出来ないにしろ…? どうしたのライダー?」

「…そこまで難いか。そうか、そうだろうな」

 さきほどからモードレッドの反応が少しおかしい。

 噴怒の表情を浮かべながら…。

 それでいて、泣き出しそうだった。

 

 パクパクと何かを言いたそうな、それでいて何も伝わらない酸欠の金魚だ。

「ライダー、貴女。何か知ってるの?」

「無理して教えなくても良いわよ。知っていたら抜けられないトラップもあるし、こっちで判断するわ」

 オルガマリーはあえて言い難い事をあえて尋ね、凛は不要だと言ってのける。

 二人で分担して、少しでも心を軽くしようとしているのだろう。

 

 だがその気遣いは無用だ。

 なにしろ、この知識には特にシークレットを要求する様な罠は無い。

 ただ…。

「喋るのも構わねえんだけどな…。敵対したわけだし…」

 ソレを告げてしまったら、モードレッドは二度と円卓を名乗れないだけだ。

 少なくとも、今回サーヴァントとして降りて来たモードレッドに取っては、永遠の決別と成る。

 反乱してもなお、彼女にとっての誇りは円卓の騎士としてあるのに…。

 

 そして心の壁を突破したのは、意外な、いや以外でもない人物だった。

「迷うくらいなら次に行こうじゃないか。二つを比較すれば、答えを出すなんて簡単だね」

「まあそうだな。取り合えず太陽の騎士であるガウェイン卿と、最強である湖の騎士ランスロットは避けとくか」

 慎二は根拠も無く自信満々に応え、獅子劫は最悪だけ回避すれば勝てるだろうと豪快に笑った。

 男たちは野卑なままに(慎二の体は女だが)、何も知らずに踏破しようと言ってのける。

 

 その不器用な優しさに、モードレッドは心底、気色悪そうに笑った。

 余計な気遣いというものは、ありがたくとも余計な迷惑だ。

 ただ、ありがたいというだけで、その気持ちだけで全ての問題を踏破出来る。

 

「反逆しといて何を迷うのかってやつだな。いいさ、全て話す。おそらくはこの結界の構造も判るぞ」

「それはありがたいけど良いの? 心苦しいなら…」

 モ-ドレッドは先ほど尋ねて来たオルガマリーが、ここで心配そうに覗きこんで来たので少しだけ躊躇した。

 やはり甘さは弱さ。

 判っちゃいるが、同じ不要と言うなら、無くても良いと突き離された方が対処し易い。

 

 だが、一度決めた以上は同じ事だろう。

 モードレッドは意を決して、自ら円卓に背を向けた。

 彼女は自分が気に入た者の為に、ただそれだけに戦おうと決めたのだ。

 気に入る奴が増えるのは良いこと出し、どうせ背負うならば反逆の騎士の名前を最後まで貫くべきだろう。

 

「いいか、一度しか言わないから良く聞けよ? 円卓には名を連ねるだけの参加者と、運営に関わるジャッジメントの十三席がある」

「今回、投影されているのは、おそらく…その十三人からアーサーを除いた数ってことね?」

 モードレッドは力強く頷いた。

 ここまでは特に問題の無い話だ。現に他のメンバーも辿りついた簡単な推論でしかない。

 

「エクスカリバーにはその十三の魂の欠片が封印として存在している。だから投影するのはそんなに難しくない。問題は封印されている以上は解放で出来るってことだ」

「嘘…あれで封印されてるの? ギルガメッシュの宝具にだって、あれほどの物は無いって言うのに」

「正確には、よほどの事が無ければ使う気が無いだけどね」

 モードレッドの言葉に凛が驚愕し、子ギルは苦笑して訂正した。

 現世で使用するのは、大人げないから使用しない。

 あるいは、使用すれば世界の根幹にかかわり、抑止の化身に見つかるから使わないとも言えるが…。

 同じ様にエクスカリバーも、簡単に全力を使う事が出来ないのだろう。

 

「なるほど。私の『ラック』の機能が制限されているように、エクスカリバーも条件次第で性能があがると」

「そうだ。ジャッジメントはそれぞれ己が納得できる場合にしか承認を出さない。仮にオレが協力を申し出るとしたら、相手が邪悪な奴だけだ」

「それでさっきのスパルトイは邪悪ではないって…」

 バセットが自分の宝具を元に尋ねると、モードレッドは頷いて条件を示した。

 機密の一つであり、例え反逆しても話す気のなかった情報だ。

 当時の騎士ならば知っている者は居るだろうが、それを口にするかは別である。

 

「最大解放と真価を引き出すには『過半数』の賛同が必要で、可決しなくとも割合で出力は上がる」

 モードレッドはあえて、真価に付いては説明しなかった。

 ここでは最大出力に関してだけ意味が通れば十分だろう。

「と言う事は、通れる道って卑王に賛成しない騎士を倒して通って来いってこと? 時間稼ぎの上に、邪魔者まで排除させる気か…」

 慎二たちはここでようやく、悪辣な罠に気が付いた。

 通れる場所には屈強の騎士が投影されており、通るだけでも時間が掛るが、倒すと敵が実力を引き出し易くなるのだ。

 更に、絶対に避けるべき太陽の騎士たちが直通路に構えて居るに違いない。

 

「円卓結界キャメロットってわけね。マーリンが造ったって言う黄金の城壁でもあるなら判り易いのに」

「ギャラハッドの所へ行けば見られるかもしれねーぜ? まっ、罠は嵌って踏み潰すしかないな」

「漢探知~? 勘弁して欲しいな」

 こうして一同は禁じられた遊びに没頭する事と成った。

 成功しても失敗しても、苦難が待つことだろう。





『禁色結界キャメロット』
 突破しようとする事自体が罠であり、籠城でもしないと意味が無い。
十三封印と呼ばれる拘束式には、円卓の騎士の魂の欠片が使われているのだが、これは合議制である。
コピーした魂を敵が打ち減らす事で、曲者揃いの彼らも団結し易くなる。
最悪、『世界を救う為の戦い』を象徴するアーサー王の議決を、ブリテンを巣喰う為と読み替えることで、全ての防壁が突破されても全力が出せる様になる。
(なお、当然ながら十三騎士の居ない場所を、飛行・転移・壁抜けなどの魔術で通り抜ける事は出来ない)

 と言う訳で、突破すべき難関が示されました。
次回でこれの半分を突破し、卑王戦の序盤と、言峰戦が分散して開始される事に成ります。


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十三の騎士を越えて

「相手の布陣が、スパルトイにコピーした円卓ってルールなら手が読めて来るな」

「そうね。真正面に一番強い個体にコピーしたガウェイン卿を置くでしょうし、他も大体想像が付くわ」

「どうして? 円卓最強の騎士はランスロットなんだから、その方が効率良くない?」

 慎二と凛が頷き合った時、イリヤは唇に指を当てて考え込んだ。

 

 技量や戦闘力のバランスはランスロットが最も高い。

 憑依に近い投影だから裏切る可能性もあるかもしれない、その意味でも最短ルートに配置して遣い潰すのが適切だろう。

 

「普通ならそうなんだけどね。今回は儀式が終わるまでの時間稼ぎが重要なの」

「ランスロットの技をコピーすれば確かに強くはなるだろうけど、ベースがスパルトイじゃ、数や宝具で力押しされると不安が残るからな」

「あ…。どっちみち夜に成ると英雄王が出て来るものね」

 その点に置いて、昼間の間は三倍の能力を持つと言うガウェインは最適だった。

 皮肉にも時間稼ぎに寄って倒されたガウェインが、時間稼ぎに使われるわけだ。

 逆にランスロットを強い個体にコピーした場合は、対城宝具や大魔術などの力押しで倒せる可能性も出るので中途半端なのかもしれない。

 

 そして彼を最強の駒として置く以上は、最も早く大聖杯に辿りつける正面ルートの陽があたる場所だろう。

 誰も来なければ地表部を掃討に向かわせるのが良いが、接戦ならば能力の劣化を気にせず大聖杯への援軍というのも良い。

 そういう意味では…。

 

「向こうに居るかもしれない強くなったスパルトイって、後はスナイパーと、居ても軍師だったわね?」

「まあ軍師の方は、指示出来るくらいに頭が回り始めたってのが正しいけどな」

「なら軍師は普通に後方で、スナイパーは山の上だな。定番だけど余計な事するよりは時間が確保できる」

 凛が確認すると獅子劫が頷き、慎二はや円蔵山の地図を描く。

 そして大聖杯の手前・入口・山頂へとV字を刻みつけた。

 

 軍師役が手元の戦力派遣を睨みつつ、こちらの動き次第で表側に指示。

 ガウェイン役に見立てたスパルトイを正面に、スナイパーを高台に置いて援護射撃を各方面に行う算段だろう。

 

「モードレッド、相手のメンバーは読める?」

「そうだなー。スナイパーはトリ野郎で決まりだな。あいつは音を矢として撃ち込める」

「トリスタン卿か…。軍師がペリノア王かケイ卿かは置いといて、大体把握出来て来たな」

 苦笑しながら相手の布陣を地面に書きこんで行く。

 モードレッドは後発の騎士である為、全盛時代を全て知っている訳ではないが、まあ十分だろう。

 

「でも劣化するとはいえ、円卓の騎士をコピーするのってズルイわ。サーヴァントを増やせるようなもんじゃない」

「いや。円卓時代に予備戦力を投入する戦術は無ってのが大きいと思う。技術ってのは後の時代の方が洗練されてるんだ」

「向こうは籠城してる有利さがあるけど、こっちは後番でどう攻めても良いってのが助かるわよね」

 イリヤがズルイと苦笑すると、慎二と凛は何とかなるだろうと知識の差をありがたく感じた。

 

 現に敵の大半は山の表側に居り、持久戦の構えを見せている。

 だが、向こうに積極性があるならば、こちらが分散した所を打って出る事も出来るはずなのだ。

 やはり元がスパルトイでは限界がある為、籠城して結界を活かすしかないことと古い時代の知識に縛られているのが大きい。

 

「じゃあ陽のあたる側からガウェイン役を迂回するように結界のコアへ向かうと見せて、陰から隠れて精鋭を送り込みましょ。悪いけど、あんた達は囮ね」

「まーなんとかなるだろうよ。トリ野郎を黙らせておかないと後がうるさいしな」

 凛とギルガメッシュを中心に、隠れて数名が陰を伝って。

 その間にモードレッド・慎二・イリヤを含む大半が、陽のあたる側の数名を担当する構えだ。

 実際にはガウェイン役には向かう可能性を見せるだけで、援護に回ると面倒なトリスタン役を潰すのがこちらの役目だろうか?

 

「いえ、それならば私が一人で潰してきます。あなた達は通路を塞ぐメンバーをお願いします」

「ちょっとバセット大丈夫なの? 幾ら封印指定の実行者とはいえ…」

 この脳筋女、少しは考えなさいよと凛が忠告すると、判っていたように首を振った。

 彼女とて、身動きできない間に少しは学んだのである。

 

「思考が固定されていると言ったのはあなた達ですよ。傷など我慢すれば耐えられます。ならば、膠着した状態を破るのに必ず宝具を使用して来るでしょう」

「ああ、君の一族は神代の業を現代まで伝えたんだっけ。怖い怖い」

「ふう…。そういうことなら、コレを持って行って。防御魔術が使えるから、向こう計算を調整できるはずよ」

 バセットがフラガラックを仄めかすと、原典を所持しているであろう子ギルが妖しく笑った。

 どんな宝具・大魔術か知らないが、なんとか出来るのだろうと判断して、凛は十年級の宝石を渡す。

 宝石魔術はインスタントとして使うと、傾向が固定されてしまうが、インスタント礼装としては破格の強さを持つのが特徴だ。

 おそらくは、かなりの強度でバセットの体を保護してくれるだろう。

 

「感謝します。これでトリスタン卿の役をこなすスパルトイは確実に潰せるでしょう。他を何とか出来ますよね?」

「あったりまえだろ! そこまでされちゃ、二体や三体は潰して見せねえとな」

「表にそんなに居ますかね? ガウェイン卿やランスロット卿も混ぜないと厳しそうですけど」

「桜、せっかくモードレッドがやる気に成ってるんだし脅かすなよ。偽者くらい、きっと全部退治してくれるさ」

 そんな風に笑い合い、他愛なく緊張を解すと一同は作戦を実行に移した。

 

 だが、目論見と言うのはあっけなく潰える場合もある。

 世の中にはフラグという言葉もあるが、過剰と思える戦力を山の表側に置いて居たのだ。

 ある種、時間稼ぎに全力を置いた形であったかもしれないし、我先に行動するの円卓のマイナス面が、運悪くプラス面に成ってしまたという事かも知れない。

 

『この戦いはどちらに取っても、生き伸びる為の戦いである』

「炎と…巨人!? これってケイ卿を表に置いてた訳ね。ちょっとした誤算だわ」

 陰を隠れて進んで居た凛は、いきなり炎による強襲を受けた。

 それを防いだと思ったら、山の上から巨大な腕が迫って来る。

 

「まったく、生きる為って判ってるなら、手加減くらいして欲しいものね」

『なら…ちょっとくらいやる気を示してみせたまえよ』

 凛は隠行がバレて居たことで焦りつつも、後方にサインを出して戦力を隠す事に専念した。

 ここで精鋭が来ていると判っては、こちらに援軍を出されてしまう。

 仕方無くケイ役のスパルトイが放つ軽口相手に愚痴をこぼしながら、どこで逆転してやろうかと、相手の手の内を調べつつ、陽の当たる側の戦況変化を待った。

 

『共に戦うのも、相手するのも勇者たち。なんと心躍ることだろうか』

『だが善良なる者を相手する事になる。なんと悲しい事でしょうか』

 音の刃が地面を切り裂き、掃射攻撃の隙をついて、スパルトイ達が切りかかって来た。

 それを銀の刃でモードレッドが、ハルバードでリズがかろうじて防いだ。

 

『あなた達が強大であることを望みます。おそらくは…』

「良い子ちゃんがいつまでも、うるせーんだよ! ちっ! 連中はバラけてるんじゃねえのかよったくよー!」

『そんな理屈に従う必要はあるまい? だが勇士との戦いか…これが一騎討ちではないのが残念だな』

 モードレッドは笑いながら、銀剣とプリトヴェンをクロスする。

 そして一気に魔力を炸裂させると、駒の様に回転して迫るスパルトイを引きはがしに掛った。

 

 竜巻きのような蒼き旋風が、たちまちのうちに二体を撃破するが、反撃を食らって少なくない怪我を負ってしまう。

 咄嗟に防御幕でも張ったのか、思ったよりも自傷は少ないが…。

「こら、そんなの自爆だろ! まともに戦えないのか!」

「まともに戦ってたら押されるだけだろ! あと悪い、オレはちょっと私心に走るわ」

「待って、待ってってば!? ここで貴女に抜けられたら、計算狂っちゃうじゃない!」

 慎二が自制を求めるが、狂乱するかのようにモードレッドは走り出た。

 かろうじて支えている戦線で、前衛が一人減れば大惨事だ。

 オルガマリーの悲鳴が聞こえたが、それすら置いてひた走る。

 

「ガァレェェース! 引導を渡してやるよ。てめえは眠ってな!」

『ああ、待って居ました。王をよろしく…』

 解放できる最大の魔力を、全て疾走に費やす特攻ぎみのチャージアタック。

 それは相手の防御すら振り切り、モードレッドは友人の魂を宿すスパルトイを粉砕した。

 

 だが、それは体勢を崩す事、戦線を崩すことに他ならない。

『あれほど私欲で戦うなと…。だが、これは鮮やかな私欲だ。悪くない』

「けっ。言ってろ…しかし、無茶し過ぎたな…」

 満を持してトドメを刺す為に、一体のスパルトイが迫って来る。

 自滅と言えるほどの突撃で、計算を上回って次々に撃破して来たモードレッドも、流石に防御が追いつかない。

 

 これまでか? 何と無謀だったと思った時の事だ。

「勘弁してくれよ王様。あれだけのサインで全員が判るわけじゃ無いだろうよ」

「ははっ、一人でも気が付きゃ良いんだよ。それに誰かさんも言ってたろ? オレは囮だって」

 ピンチを救ったのは、獅子劫の放った魔弾の一種だ。

 剣を竜の義手で反らしつつ、至近距離から弾丸をぶち込むガンフー・アクション。

 倒せこそしなかったが、攻撃を中断させるには、十分であった。

 ひやりとしつつも何とか間に合った彼に対し、慎二は少しだけ悔しそうだった。

「そんな事…。ボクにだって判ってたさ…。咄嗟に動けなかっただけで」

 マスターとして絆を結んでいたから会話だけは合わせられたが、フォローになる一撃を与えられる手段を持ってなかったのが、たまらなく悔しい。

 モードレッドが無謀な突撃の割りに傷が少ないのも、慎二の治癒ではなく、凛の宝石をこちらで使ったからだ。

 

 勿論、せっかくの十年宝石をそこで使えば、どこかにしわ寄せがやって来る。

『やれやれ、こちらはあっという間に半減ですか。制限されているからとはいえ情けない。せめて貴女だけでも…』

「この程度の…攻撃では…倒されるわけには行きませんね」

 バセットは音の太刀を、拳に刻んだルーンで撃墜して行く。

 そして少しずつ、歩みを進めるのだが、徐々に勝手が違って来た。

 次第に反射攻撃が増え、パリィしきれないモノが出て来たのだ。流石に円卓の騎士相手に有利に戦えると言うのは無理が過ぎたのだろう。

 

『ふっ。音の太刀が放てるからと言って、全てをそうする必要も無く。モードレッドに聞いて居たのでしょうが、仇に成った様ですね』

「そうとも言えません。コレの対処を考えておくのは私の役目。暗殺まがいの相手と想像しなかっただけです」

 バセットは挑発しつつ次に来るであろう音波攻撃を待った。

 

 おそらく宝具の発動をする前に、もう一手か二手踏まえるはずだ。

 音の反射を使って来る以上、その次は音波をゆっくり、波のように当てて来る…。

 封印指定実行者としての経験が、バセットにその兆候を理解させた。

 

『音に本来、一定の形などありません。御理解下さい』

「っ! 薙げ、そして凪を生み出せ!」

 重低音のサラウンドが鳴り響いた瞬間、それに紛れて人には聞こえないレベルの高音が生み出される。

 バセットはその来襲を予測しているがゆえに、大岩を殴りつけて死なない程度に相殺しに掛った。

 

 だが、そこまでの攻防はトリスタンの予測範囲でもある。

 煙幕と化した土煙と爆音の中で、ゆっくりと死に向かう七音を奏で始めた。

 

『痛みを歌い嘆きを奏でる。これが私の矢です…痛哭の幻奏(フェイルノート)

 人に死を与える七音オクターバー。

 次々に放ったあと、収束させて生命を撃ちぬく為に解き放たれる。

「ソレを待って居ました。抉り取る(アンサラー)戦神の剣(フラガラック)!」

 いかなる攻防かをバセットは考慮しない。

 ただ切り札たる宝具を待っていたのだ。

 十年宝石が無いと、宝具無しの持久戦で来られると危険だっただけ。

 ゆえに、モードレッドの無謀な突撃を支える為に宝石を使ってしまっても、問題は無かったのだ。

 

「どうやら向こうは決着付いて一度引くみたいだけど、どうする凛?」

「大体手の内は読めたし、こっちも片付けるわ」

 せかす子ギルは特に何もしようとしておらず、凛は苦笑を浮かべると走り出した。

 

 何故、ケイ卿役のスパルトイは山の陰を守っていたのか?

 何故、炎と巨人の手は同時に来ないのか?

 それは…。

 

『おや? 読んだみたいだね? じゃあ、答え合わせだ』

「そりゃ、これだけヒントを貰えばね! ブロッケンの魔女なんて、今の時代じゃ古臭いのよ!」

 暗闇の中に浮かび上がる炎は、陰の中に影を生み出すモノだ。

 影法師が延びて巨大化したように見え、影の中に隠された魔剣を覆い隠す。

 凛が放った宝石は、数カ月から数年ほどの小さな物ではあるけれど、力に力で対抗しない以上はソレで十分であった。

 

『ぬ、影が逆方向に…』

「影に仕込んでるのが災いしたわね。大盤振る舞い…釣る瓶打ちよ!」

 小さな宝石群を無数に浮かべ、凛は一気に解き放った。

 五種類の属性を現す宝石たちは、それぞれが小さい年月であるものの、連携して力の奔流を為す。

 もし単発で有れば、ケイ役の放った罠に掛ったのであろうが、絶対的な力の行使により、罠ごと噛み砕いたのである。

「…せっかく組んだやつなんだけどな。まあ十年級連発よりはコスト安いから良いけど」

 残弾の数を騙されてくれるかしら?

 凛はそう呟きながら、兄弟子である言峰綺礼のもとを目指した。

 今回の黒幕の一人であろう彼を倒す為に。





 と言う訳で時間稼ぎする敵を叩き潰し、戦力分散を戦力集中で叩き潰した感じになります。
実際には読まれてというか、相手の悪い面が逆転して、向こうも戦力集中して来たというオチですが、後攻の利点やら相手が英霊では無くスパルトイというのが勝利の要因になります。
ひとまず次回で言峰戦と、卑王戦の序盤の予定です。


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追い求めるモノ

後より居出て先に断つモノ(アンサラー)抉り取る戦神の剣(フラガラック)!』

 逆光の剣フラガラック。

 ソレは無限音叉に包み込まれたバセットが放った起死回生の一撃。

 防御も回避も不可能なほど、全方向より放たれる音の爆弾に包まれながら、時間を逆行することにより無力化する。

 

 いいや、無力化するのは絶体絶命と言う事実。

 これを覆す事で、窮地であったという事すら消え失せた。

 技が発動する前に倒す矛盾に寄り、痛哭の幻奏(フェイルノート)を放つ前に倒しきった事に改変されたのである。

 

 そして合流しようと仲間達が考えた時、陽が当たらない斜面側でも爆音が二度続けて聞こえた。

「どうやら足止め食らってたリンもなんとかしたみたいね。さて、どうしたものかしら」

「それなんだがよ。連中の程度が判ったぞ」

 イリヤが伝達されたことを教えてくれると、モードレッドは訝しげな顔で考え込んだ。

 連続で敵を倒せたと言うのに、浮かない顔だ。

 

「どうしたの?」

「円卓があんなに弱いはずはねえ。おそらくはアイツの投影と同じで熟成が要るんだ。ここまでは良いか?」

「耐久力はスパルトイと同じって予想はできたけど…、こうなると時間が惜しいな。それで何が問題なんだ?」

 モードレッドが無茶をしたのも、結果を見れば判らなくはない。

 

 ゲームで例えると命中回避が向上しただけで、威力・防御・HPは変わって無い。

 そして最大のウリである、命中精度や引き出せる技・宝具の質が成長式ならば、速攻で倒すに越したことはなかったのだ。

 

「だけどそれなら、なんで出撃を許したんだ? 元から籠城戦なんだろ?」

「あっ…」

 慣れれば慣れるほどに強くなり、経験も引き出せるように成るのならば…。

 時間稼ぎを求めている事もあり、討って出る必要などなかったのだ。

 

「仕方ねえ。オレらはこのまま表から動くが、てめえは裏側のフォローに回ってくれるか?」

「やれやれ、人使いの粗い王様だよ」

 まるで…倒させる為に、出撃したがる騎士たちを止めなかったように見える。

 だがその答えは、その場で求められる物ではなかった。

 モードレッドは獅子劫に裏手のフォローを任せ、そのまま陽のあたる側をけん制し始めた。

 

 そして、答えはこちらにある。

 山陰を進んだ凛の前に、カソックの黒衣が待ち受けて居た。

「観念しなさい綺礼。あんたが何を企んでるか知らないけど、ここまでよ」

「企み? そんなモノは最初からありはしないとも」

 追い詰めようとする遠坂・凛に、言峰・綺礼は薄く笑って手を広げた。

 その様子は教会に居る時と変わり無く不気味でしかない。

 

「じゃあ、なんでこんなことをしたってのよ! 世界が滅びちゃうじゃない!」

「私はただ、祈りを捧げる者を協力し、ソレを見て居たかっただけだ。ソレがお前たちなのか王なのかという差でしかない」

 そう言ってのける綺礼の表情に嘘は無く、むしろ厳かな真摯さが見受けられた。

 

 バーサーカーのように話が通じないのではなく、通じて居てなお、ベクトルが異なっているというのが正しいだろう。

 重視することがあまりにも違うので、すれ違って通じないのである。

 

「何を求めても求め続けるばかりで私は何も得られなかった。ならば…と思ったのだ。何かを得ようとする人々を助けることで、いつか、ナニカが得られるのではないかと」

 その果てに世界が滅びるとも、救済されるとも構わない。

 空虚でいて、それでいて真摯な言葉であった。

 誰かがナニカに辿りつくことを、必死に祈り続けて居るのであろう。

 

「私の中に届くモノは何もない。何かを為して成果を得る事も達成感を得る事もなかった。だからこそ、私は人が求める切なる祈りをこそ愛そう」

「ハア…いいわ、残りの戦力を潰す手間もあるからさっさと済ませちゃいましょ」

 それは歪ではあるが、ある種の真実の愛なのだろう。

 歪で迷惑な人類愛を戯言のように聞きながら、凛は綺礼に向かい合う。

 

 だがおかしそうに綺礼は笑うのだ。

 凛は今度こそ、彼の言葉を無視し得なかった。

「残り? それもありはしないとも。戦力と呼べるものは全て地上に持って来た。大聖杯の元で待つのは王だけだ」

 そう言って指を鳴らすとスパルトイが現われる。

 子ギルの方に二体、凛の方には一体も居ない。

 

「これは驚いた。見れば軍師タイプまで連れてきてるじゃないか。随分とボクの事を信用してくれてるみたいだね」

「そういえば旧知なんだっけ? 座に戻るから経験が連続しないはずじゃないっけ」

 子ギルは何が楽しいのか、それとも既に何かを悟っているのかくすくすと笑う。

 

「千里眼を持つのと同じボクにはそんな理屈に意味は無いけど…。ここはまあ予想出来る範疇というやつさ」

「お前がどれだけ企画外か知り抜いて居るとも。本気ならば取っておくことに意味など無い。ならば潰されることを前提に最初から全てを注ぎ込んで、残った数%の運が良かったと言える」

 嵐に向かって船を漕ぎ出すのは愚か者のすることである。

 だが、何かの理由で越える必要があるならば、数を出し範囲を広くして免れるしかない。

 嵐が過ぎれば消え去る定め、だが、嵐が来なかった場所が僅かにあれば良いだけだ。

 

「その割りには足止めすら果たせて無い様な気もするんだけど」

 何かに気が付いているらしい子ギルは、おかしそうに笑いながら二歩・三歩と歩く。

 理性のある軍師タイプのスパルトイはまだしも、もう一体は隙ありと見て飛び出した瞬間に、陰から飛び出した鎖で雁字搦めにされてしまう。

 そして、手に持った剣を突きつけはしたが、そのまま動かさずに綺礼を眺めた。

「もしかして、ワザと倒させている?」

「正解みたいだね。なら倒す必要はないよね」

「ああ。その通りだ。彼らは十分に役を果たしてくれた。最初から時間稼ぎなど可能とは思っても居ない。私は…いや、王は聖杯戦争の基本に立ち返ったに過ぎない」

 さすがに凛も、ここまで来れば理解が出来る。

 正解に至った以上は、黙っておく必要もない。

 元より尋ねられたならば、嘘をついてまで隠すつもりがこの神父にはなかった。

 

「まさか…」

「…そうだ、最初から彼らは聖杯を埋める為の生贄に過ぎない。王の願いを叶える本命の方は、聖杯ではないのだがね」

 満たせ満たせ満たせ。くりかえし満たされたという刻をこそ破却しよう。

 魂を戦いに寄って少しでも昇華させ、その上で生贄として捧げる。

 同時に足止めの為の戦力として、攻撃側のリソースを割ければ言うことは無い。

 

「アインツベルンのホムンクルスは完成度が高いからまだ大丈夫だろうが、間桐の兄妹はまだ正常を保って居るか? 小聖杯は次第に人間性が欠如して行くぞ。そして…」

「ああ、そう言えば大人のボクがあの子に言って居たよね。彼女が人間で居られるのはあと、どのくらいかな」

 まるで示し合わせたように、綺礼と子ギルが笑っていた。

 そのつもりはないが、絵に描いたように図式にはまっているのだ。これを笑わずに居られまい」

 

「っ! オルガマリー・アニムスフィアに無数の死を経験させる為に。直死の魔眼が有効な場面を造り出す事で誘導して…」

(おわり)を司る権能の顕現、『アトロポスの鋏』。…ああ女神ってやつはなんて厄介なんだろうね」

 凛はギルガメッシュが試し続けていることを知っていたので、内通は疑わなかった。

 だが、なんと悪趣味なことだろう。

 聖杯を満たす為にスパルトイと円卓の騎士を犠牲にし、その死はオルガマリーを人でないモノに変える。

 

『死ぬかもしれない。を、確実に死に至らしめる力』

 

 不確実な戦況で、最低限のダメージで倒す為には、彼女が持つ測定の直死の魔眼は実に有効。

 もし使わなければ、死に難いクーフーリンが致死ダメージを受けただけで倒され無いかもしれないし、巻き込まれただけでスパルトイが倒されもしないかもしれない。

 いずれかの個体は生き伸びる可能性があり、それを避けるためには、オルガマリーが能力を使うしかなかったのだ。

 

 魔眼の力が習熟すると共に、やがて彼女は後戻りできなくなり無辜の怪物と化す。

 廃人となるならまだ良い方だ、いずれ世界の終焉をもたらす為に、世界に取り込まれるだろう。

 デミサーバントの能力も持ったオルガマリーではなく、アトロポスを降ろしたデミサーバントとして、世界を終わらせる為に力を振るい始めるだろう。

 

「王もそこまでの期待はしていないだろう。おそらくは人類史が焼却され易くなることで因果が解れ、運命を改変し易くなる。出来ればそうあって欲しいと期待しているのだろうな」

「でも、あんたはそうは思って居ない。仮定本当にアラヤ全体の消滅まで行ってしまうと踏んでる…と。救えないわね」

 その通りだと、あっさりと綺礼は肯定した。

 焼却式という仮定が成立する事で、運命改変の足掛りを卑王と化したアーサー王は狙っている。

 だが、そんなに都合が良い訳が無い。投影で儀式用の素材を誤魔化すのとはわけが違うのだ。

 

 聖杯は巨大な魔力で可能なことを実行するだけ、時間移動だけならともかく運命改変が単独で無理ならば、運命改変の為に焼却式を発動させてしまうだろう。

 滅びる運命という分岐線を切り替える為に、遮断機を降ろして一つの世界に終わりを迎えさせる。

 それが『アトロポスの鋏』という権能力の、本当の意味での完成である。

 

「じゃあその前にあんたを倒して向こうを止めに行くことにするわ。アーチャー、こっちは私がやるから奇襲を経過しながら補縛しておいて」

「無茶を言うもんだね。でもまあ、そっちに手を出さないで良いならそうしようか」

 凛は即座に子ギルたちを隔離して、これ以上の魂が格納されてしまう事を防ぐことにした。

 

 それにこちらが奇襲を用意している以上は、あちらも奇襲を用意していると思うべきだろう。

 慢心気味のギルガメッシュがうっかりと倒されたら目も当てられないし、迂闊に頼れば厄介ごとに巻き込まれかねない。

 ギルガメッシュは他の英霊と比べ物にならない魔力を保有しているし、万が一を考えるならば、戦力を遠ざけてでも避けておくべき未来だ。

 

「そう来るならそれも良いだろう。だが一つだけ忠告をしておこう。凛、これは『真実を知る為の戦い』だということをな」

 綺礼はそう言うと、黒い剣と短剣を両の手に構えた。

 黒い剣はいささか長く、西洋で使われる長剣。

 黒い短剣はこの世界で良く見られる、サブアームとしての軍用ナイフだ。

 

「どうしたのよ綺礼、いつもの黒鍵は?」

「何、黒鍵と拳は手慣れて居るというだけだ。これはこれで習った覚えはある」

 凛は牽制としてガンドを放つと、斜めに前へ移動。

 速攻で詰めようとする綺礼から、うまく逆方向に距離を離す。

 恐るべき踏み込みであるが、知っているなら対処はそう難しくない。

 

「何よりコレの材料は、十年間埋まっていた古傷から取り出したモノだ。塾成という意味では何より馴染む」

 長剣でガンドを弾きつつ、短剣は常に凛を狙って空いて居る。

 投擲と剣撃双方を兼ねると言う意味では、短剣は黒鍵と同じ用途だが、一本きりと使い捨てでは意味が異なる。

 何かしらの付与が為されていると疑ってしかるべきだろう。

「妖しすぎてまともに闘う気がしないわっ、ね!」

 凛は小さな宝石を取り出すと、軽く魔力を通して投げ放った。

 

「……この地に冬は訪れる!!」

「ふむ。そんな小さな宝石で…成長した物だ!」

 凛が小さな蒼い宝石を投げると、そこから霜の柱が扇状に走る。

 それを綺礼は震脚の一踏みで道を分け、亀裂を生じさせ直進出来ないようにすることで阻んだ。

 

「宝石魔術でも同じことだが…。何かの布石と思っておこうか」

「そう思うなら試してみれば?」

 即座に疾走し、氷の上を滑る様にして綺礼が接近する。

 確かに距離を取る意味では狙い通りだが、それならばもっと他の手段も取れるはずだ。

 綺礼は凛に八極拳を教えており、その事を知っている以上は、この程度の足場の悪さでは阻害できないことを良く知っているはずである。

 

 何しろ、どんな足場の悪さでも、常に力を出せるようにと教えたのは彼だ。

 例え泥沼であっても同じ事。

 だから、次なる手は、冷気と連携する錬った連技である。

 

 両手に一つずつ黄色い宝石を持ち、一つを天に一つを地に放る。

「春雷よ、この地に春の訪れを告げよ! ならびに木気雷、金気鉄へと墜ちよ!!」

「超伝導に五行相克? 驚いたな、まさかお前が科学や仙道を混ぜて来るとは思わなかった」

 冷気によって抵抗力の無くなった大地に、足元に放った稲妻は想定よりも早く蛇の様に走り抜ける。

 同時に雷撃は金属へ落ち易いという性質を利用しており、こちらの抵抗力も相当に下げられていた。

 

 当然ながら飛ぶか、伏せるかしなければ両方を受ける。

 なんとかして防がなければ雷撃を受けるが、どうやっても抵抗力が上がらないこの状況。

 綺礼は単純な方法で解決することにした。

 

「これまでの流れはおおよそ判った。狙いはコレだろう? 乗ってやるとしよう」

 綺礼は黒い長剣を投げ放ち、大地に釘のように刺すことで、剣へと雷撃を流させる。

 一の手である冷気は、攻撃であると同時に、足止めを兼ねた継ぎ手の手段。

 二の手である雷撃は、攻撃であると同時に、武具を手離させる継ぎ手の手段。

 

 さて、三の手はトドメか、それともまた継ぎ手の技か。

「次にどう出るか興味深いが…まあいい。ギルガメッシュがその気でないなら、お前に使ってしまおう」

「鎖? って、こっちも!?」

 投げ捨てたはずの剣から、凛に向けて鎖が出現する。

 絡みつく鎖から避けようとするものの、凛の手元からも剣へと延びて、二本の鎖が絡まる様に繋ぎ止められてしまった。

 

「ガンドや雷撃を受けた時に細工をさせてもらった。相手の攻撃を受けることで、因果の線を結ぶと言うやつだ」

「あんたも人の事は言えないわね。教会の人間が仏教を混ぜるなっての」

 因果応報という判り易い理屈。

 綺礼の放った逆転の技に、凛は顔をしかめた。

 

 時間稼ぎを目的とした敵に対し、足止めを食らってしまった。

 付け加えるまでもなく、綺礼が格闘を得意とする以上はこの上ないピンチだろう。

「これは虚数属性の縛鎖? 桜ならともかくあんたが使ってくるなんてね」 

「正確には私ではなく、その剣の使い手であったアグラベインだな。先ほども言った様に、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を防がせてから、ギルガメッシュを足止めするつもりだった」

 鎖は軽く質感もなく音すら起てることはない。

 凛の言葉に綺礼は、スパルトイに軽く眼をやってから続けた。

 王の財宝を投射するスタイルであったら、スパルトイに黒剣を持たせてから受けさせるつもりだったのだろう。

 

 それで倒されるのは同じだが、ギルガメッシュほどの大英霊をこの場に繋ぎとめられるならば大金星だ。

 実際にはギルガメッシュではなく凛に使うことになってしまったが、ギルガメッシュに積極性が無いようなので同じ効果をあげたと言えるだろう。

 

「さて、どうするね? このままジっとして居てくれるなら助かるのだが」

「イヤだって言ったらどうする気?」

 綺礼は凛の答えに対し、片手を開けたまま短剣を掲げて見せる。

 

「手加減はしないが、それで生き伸びたらお前の運が良かったと言うところだな」

 空いた手には何も持たず、常に子ギルの側に向けることで、何らかの対策があると見せながら、短剣と格闘で戦うつもりだ。

 元より拳法があれば凛を倒すのに十分であるし、片手を開けておくことで、先ほどの黒剣にスペアがあると見せて居るのだろう。

 虚数属性はサーヴァントや魔術防御越しでも有効な手段の一つであり、対策なしで食らえば子ギルと言えど簡単には対処できまい。

 あえて動く気も無い事もあり、命じた通りスパルトイを補縛しただけで、そのまま静観の構えを見せている。

 

「そろそろ隠し札の一つも見せる時じゃないのかね? ここまで何もせず誰も連れずに来ている訳はあるまい。それが余裕の理由なのだろう?」

「あちゃー。バレバレかぁ…。って、勿論伏せてあるわよ。とびっきりの隠し札をね」

 綺礼は迂闊に飛び込んでは来ず、そればかりか凛の策を見抜いて見せる。

 だが彼女としても奇襲が見抜かれるのは覚悟の上だ。

 その上で、何をするか、誰を連れてきているかが読みあいなのである。

 

 そんな時、風が緩やかに吹き始めた。

 冷気を使った事により、大気が撹拌されたのだ。

「季節は廻り夏が再び訪れる! 来たれ、夏の赤帝!」

 凛が赤い宝石を投げると風に巻かれて業火と化す。

 西洋に置いても東洋に置いても、風は炎を助長する力だ。

「大した炎だが、まさかこの程度で切り札とは言うまいな? もしそうなら死んでもらおう」

 業火は燎原之火が如くに周囲を焦がして行くが、綺礼は近くにあった木をへし折るだけで、燃える方向を変えてしまう。

 

 火を持って火を制すやり方を、魔術を使わずに力だけで為し遂げたのだ。

 当然そこには隙はなく、凛が次の術を使ったとしても、綺礼はあっけなく対処してみせるだろう。

 そう…、彼に直接、手を掛けるならばの話だ。

 

「残念だけどこれはただの煙幕よ。良く見なさい、あんあたが守ろうとした結界の有様をね!」

「なんと! 自身を囮に私を狙ったのではなく、最初から結界をこじ開ける算段か。なるほど…ギルガメッシュは瀬極的に動く気が無いのではなく、まさしく対して動く気が無かったのだな」

 周囲に張り巡らされた結界が次第に解け、一定の方向にしか移動できない道が、陸が続く限り移動できるようになった。

 

 そして凛の言葉を受けて綺礼が子ギルの方に目をやると、虚数で出来た鎖がズブズブとスパルトイを沈め始めている。

「スパルトイを捉まえて居たのは、ボクの鎖じゃなかったってことさ」

 そう言えば、さきほど凛は、虚数の鎖を見た時に、桜の魔術のようだと言ったではないか。

 どこで見たのか? それはこの時の為に作戦を打ち合わせた時である。

 

「…なんとか術の主導権を奪いました。倒しては居ない筈です…」

「やったわね桜。これで向こうの連中も横穴から大聖杯を目指せるわ」

 ハデスの隠れ兜で姿を消していた間桐・桜が現われる。

 荒い息をついて居るのは、難しい術を使ったからか、それともスパルトイを倒さないように呑みこんだからだろうか。

 あるいは、綺礼が言った様に、魔力が満ちて行くことで人としての機能が損なわれているのかもしれない。

 

 いずれにせよ、結界が解けた。

 あとは大聖杯を巡る戦いに決着を付け、この場を切り抜けるだけである。





 という訳で、結界は解けましたが、聖杯に魔力が少しずつ満ち、所長の無辜の怪物度合いが上がって居ます。
より確実に敵を倒す為、オンオフを繰り返していたことを利用された感じです。
(ただし、直死の魔眼を使わないと、生死判定次第で生き残る可能性が出ますし、使わざるを得ない感じ)
次回に言峰戦の残りと、卑王戦をやって本編は終る予定です。
その後はオマケを入れるか、書ききれなかった部分を調整して書き足すか…になります。


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ネガイカナウヒカリ

「結界が解けたか。これなら間に合いそうだな」

 獅子劫・界離は道以外を塞ぐ気配が消えて行くのを魔術的に知覚した。

 そこで探索用の『竜の目』を起動させると、ちゃんと機能し始める。

 

 獅子劫は先ほどまでは出来なかったショートカットを行うことで、何とか間に合わせようと道を急いだ。

 だが、その途中で垣間見えた姿は、奇妙な光景だった。

「向こうも一応は無事な様だが…。しかし、魔術師が何やってんのかね。裏技披露してるってなら終盤なんだろうがよ」

 獅子劫が目を通して垣間見たのは、援護する様に依頼された遠坂・凛が闘っている姿だ。

 

 それは魔術師の常識からすれば奇妙であるが、魔術使いの獅子劫からすれば、なるほど終盤に差し掛かったなと納得できる者であった。

 魔術師に取って魔術戦が表芸であるとするならば、ソレは…まさに裏技と言えるものである。

 

 お互いが右拳を軽く握り、左手を牽制用に得物を持つと言う良く似た構え。

 綺礼は左手に軍用ナイフ、凛は小さな宝石を指と指と言うのが少し異なっている。

 いや、後見人であり兄弟子あった綺礼が、妹弟子へ拳法を教えたのだから当たり前なのかもしれない。

 

 猫の手のように緩く固めた右拳が、ひっかき、あるいは裏当てを繰り出して行く。

 対する相手も同じ右拳、違うのは重心の掛け方だ。

「ほう。鍛練は続けているようだな」

「ラジオ体操みたいなもんだけどね…。で、ソレは使わないの?」

 跳ね飛ばされるのは言峰・綺礼だが、余裕が無いのは凛の方だった。

 彼女は体重を預ける様に技を放っており、態勢が大きく崩されてしまう。

 

 対する綺礼の方は、飛ばされたと言えど即座に追い打ちできる態勢。

 いや、飛ばされたのがワザだとするならば、これは助走距離を開けただけだろう。

 左手に軍用ナイフを握ったまま、右拳を開き胸元目掛けて掌底を繰り出してきた。

「狙っては居るのだがな。効率を目指すと、つい使いそびれる。こんな風に邪魔も入るしな」

「あったりまえでしょ! 何考えてるか判んないのに、おいそれと油断しますか」

 綺礼の掌底を迎撃したのは、凛が左手の指に挟んだ小さな宝石の一つ。

 パリパリと小さく放電し、綺礼は掌に魔力を流して受け止めざるを得ない。

 そのまま食らえば痺れるのだろうが、受け止めた一瞬で凛はからくも態勢を戻していた。

 

 とはいえ凛が苦戦だというのは変わらない。

 虚数の鎖でつながれ格闘戦を強いられ、手技では師である綺礼に一日の長どころでは無い差が有る。

 魔術をからめれば何とかなると言っても、気は抜けないし、宝石の魔力が尽きたら終わりだ。

 その宝石にしても、先ほどは詠唱を交えてテンカウント並で放って居たのに、今は無詠唱ゆえに牽制用が精々である。

 

「姉さん、私も…。それともアレを私が…」

「桜、ここからはスピード上げてくから連携は無理よ。ありがたいけど見張りをお願い」

 勇気を出して姉と口に出した桜に対し、凛は配慮だけ受け取って爪先立ちになった。

 

 彼女が取ったのは、密着しての超至近戦を警戒してのことだ。

 そうなってしまえば、桜どころかギルガメッシュでも援護は難しい。

 それにアレ(・・)は切り札、トドメはともかく、削り合いで使うべきではない。

 

 お互いに切り札を隠し合った状況。

 ゆえに当然、綺礼は狙ってくる。

「お互いに知った者同士、流石に決着はつけ難いな。とはいえ、私の手の内全てを知っている訳でもないだろう?」

 まさしくそれこそ、綺礼が目論んだ戦法。

 自分が勝る分野に引きこみつつ、様子見とはいえ油断できないギルガメッシュを牽制するのに丁度良かったからだ。

 

 苦笑しながら綺礼は見抜かれていても戦法を変えることなく、スリ足で少しずつ歩み寄る。

「師は全てを弟子に教える訳でもない。…例えば私が十年前に見た、この短剣の持ち主がやった戦法だ」

「これってランサーがやったやつじゃない!?」

 綺礼は魔力を流して加速しつつ、その加速力を全速移動だけには使わなかった。

 経験の差で凛が構えるのを予測すると、僅か手前で急減速、速く走るから的確に歩くへ趣を変える。

 

 先ほどまでは加速により十歩の疾走だとするならば、今は三歩を三度繰り返す小刻みな歩み。

「くっ、スピードが違う!?」

「小回りの、だがな。やれるものなら真似してくれても構わんぞ? 所詮、私も他人の芸当を別の形で再現しているに過ぎん」

 冗談では無い。

 ランサーなら聞いただけで出来ることでも、専門外の凛がそんな事をして、ただで済むはずが無い。

 綺礼は密かに修練を積んで居たようだが、それでも加速と減速を繰り返すだけで、関節の各所に疲労がたまっているのだ。

 加速だけならまだしも、迂闊にやった瞬間に、転げ回るか鎖の可動範囲に抑えられて大変な目にあうだろう。

 

「ではどうするね? 防ぐ気が無いのならば死ぬが良い」

 綺礼の拳はゆっくりと、凛の拳を練り上げる様に反らし、そのままナイフを握ったままの手で殴りつける。

 それは警戒心を刺激する為のフェイント。凛の左手が動かされてしまった。

「反動でズタボロじゃない…。なら、こっちも無茶してやるわよ!」

「遅い」

 今度はありえないスピードで綺礼の半身が回転するのが見える。

 タイムアルターを使えない綺礼が、魔力に寄る加速だけで急減速をやっているのだ、ブチブチと筋肉が切れる音が聞こえる様ではないか。

 だが、トン。

 と綺礼の肩が凛の胸元に当たった瞬間に、血へどを吐いて少女は吹き飛んだ。

 虚数の鎖による限界距離まで達し、鎖に手繰られて地面に叩きつけられる。

 

 見るが良い、これぞ貼山靠。

 元より強大な技ではあるが、それを魔力による加速で強化するマジカル八極拳。

 ただの人がその身に受ければ、即死は免れまい。

 

「姉さん!?」

 どうみても絶体絶命のピンチ。

 だが、先に唸りを上げたのは仕掛けた綺礼の方だった。

震動剣(ショックブレード)? なるほど、これまで派手な力を使って来たのは、この為の布石か」

「そ。格闘用のはオマケのつもりだったけど、あんた相手じゃ仕方無いわよね」

 強烈な震動によって綺礼の体が、その場に縫い留められた。

 

 凛が左手の指に挟んで居た四つの宝石は、最初から使っている幻覚、牽制に使った雷撃、綺礼と同じ加速、今使用した足止めの震動である。

 宝石魔術の特性は、派手さに隠れて見えるが、呪符と同じ易い護符であることだ。

 緒戦のように長い詠唱することで威力を拡大する事もできるし、威力を殺して緊急発動させることも出来る。

 

 無論、威力を殺せば大して効かないが…。

「じゃ、悪いけど死んで」

「全てが防御封じの一手の為とはな…。仕方あるまい、ここで死ぬとしよう」

 凛が血を吐きながらもパチンと指を弾いて合図すると、幻覚を被せて足元に投げておいた十年級の宝石がようやく発動する。

 それは無色だが、凶悪な力を持つ重力の魔術だ。

 緒戦に囮として使った派手な攻撃魔術と違い、色彩で範囲も判断し難い。

 震動によって出足をくじかれた綺礼が、脱出できるはずも無かった。

 だが…。

 

 これこそが、綺礼が待ち続けた狙いでもある。

「一緒にお前の才能も連れて行くことにしよう。魔術師で無くなったお前が、どんな苦悩をするのか、それとも努力をするのか見れないのは…残念だが…ね」

「…? こんなタイミングでナイフ? 届くわけ……!? 魔力をカットし…っ」

 超重力に圧殺される綺礼は、最後に軍用ナイフを魔力の中枢に突き立てた。

 無駄としか思えないその行為に、凛は戦慄する。

 

『起源弾』

 魔術師殺したる、衛宮・切嗣の切り札である。

 十年前の戦いで埋まった銃弾を綺礼はそのままにしておいたのだが、衛宮・士郎の魔術特性を知って、摘出したのだ。

 切嗣の術をトレースして軍用ナイフとして加工。

 そして今まで、魔力が最大になる瞬間を狙って居たのである。

 

 この日の夕刻。

 誰かの才能が、切って、継がれた。

 努力が全て無駄になったのか? それともナニカの形に成るのかは後に語られる事もあるかもしれない。

 

 誰かのfateが終わり、始まりを告げた時。

 地下空洞で、最後の戦いが繰り広げられて居た。

 

『馬鹿な! そなたにこれほどの力が有る筈が無い!』

「無えよ! オレにはなあ!」

 意外なことに、卑王をモードレッドが押していた。

 2ランクほど下回るはずの筋力は、僅かに1ランクあるかないか。

 耐久力の差は激しいままだが、当たらなければどうと言う事は無い。

 

 更に魔力の差もそうは無く、消耗を覚悟して自らの力を振り絞ぼらなければ終始押されっ放しなのだ。

『そうか、令呪を使ったな! 今日の戦い…いや、私の戦いのみを選んだか』

「半分は正解だぜ! 皮肉だな父上、立ち場が逆転したぞ!」

 下位互換は下位互換。

 卑王に比べて、色々下回るライダーとしてのモードレッドだが、敏捷に置いては話が違う。

 言うほどの差が無くなったこの状態で、倍近い速度で押しまくれば有利に戦えるのも当然だ。

 

「父上はマスターを、デミとはいえ円卓の連中を遠避けた」

『黙れ! 私を父と呼ぶな! それにエクスカリバーの鞘は私と共にある。戦況は変わらない!』

 打ちつけられる刃を軽く受け止め、迸り始めた黒い魔力を他所へ逃がす。

 返す刀で斬撃を入れるが、腹に入れても傷はそれほど深くない。

 直前に肩へと入れた傷は、浅かったのか既に消え失せて居る。

 

「そんなに絶望したことが恥ずかしかったのか? オレは戦略も戦術も借りモンだが、ちっとも恥ずかしかねえ!」

『そなたが絆を育み、私は絆を否定した? だからか? だとしてもだ!』

 見れば、モードレッドは作業中の仲間…間桐・慎二とイリヤスフィールを庇いながら闘っている。

 士郎を救い出そうとあがく、足手まといを背にしているというのに、実に気負いが無い。

 信じられなかった。

 これが、あの、モードレッドだとでも言うのか?

 

 他者を利用する事しか知らず、自分以外は邪魔と言う面もあった。

 王に忠実に仕える自分、王の代行者…王の後継者である事を望むモードレッド。

 目的ばかりで足元が無い、何も背負わない彼女が、こんなにも…。

 こんなにも、取りこぼしたモノを拾い上げて居た。

 

 そう思うと。

 不思議と、モードレッドに味方する人々の姿が見えたような気がする。

 イリヤだけではない、この場に居ない凛やオルガマリー、バセットと言ったマスターたち。

 倒れたはずのキャスターや、ランサーの姿が見えたような…。

『そうか、そなた。…よもやマスターを替えたのか! それでこれほどの霊器の上昇を! 成り振り構わぬとはこのことだな!』

「その通りさ! ってことだ。バレたから頼むぜイリヤ!」

 思い込みで姿が見えるはずが無い。

 魔力の形質を追う内に、卑王の変質した瞳が、真実を見抜いていたのだ。

 

 慎二の令呪を使い切った後で、イリヤにマスターを変えた。

 さらに宝石やルーン、そして星の加護をその身に宿し、モードレッドはこの場に立つ!

 だからこそ、卑王に敏捷以外で下回るはずの彼女が、互角以上に打ち合っているのだ。

 

 そして、エクスカリバーの鞘があることは先刻承知。

 ならば、対抗手段があるに決まっているではないか。

「いくわよライダー! 令呪によって受け入れなさい、固有時制御(タイムアルター)二重加速(ダブルアクセル)!」

「きたきたきた! ヒャッホー! 御機嫌だぜ!」

 未調整ゆえに反動を抑えるために三重から二重へ。

 それでも十分な加速力が、モードレッドを包み込んだ。

 

 もともと敏捷性では二倍近いのである、その差は歴然としていた。

 数合交わして一撃ほどのが精々だった傷が、二か所、三か所と卑王を切り刻んで行く。

 黄金の剣の鞘は、それらを癒す為にフル稼働して、新たな傷に追いつかないではないか。

 それだけではない、数合に一撃の傷は、深い傷となって体に残り始めた。

 

『全てを掛けてここに来たか! ならば、もう何も無い状態で、コレをどうする!』

「距離を取った? まさか…させるか!」

 卑王は劣勢を悟ると、攻撃も防御も捨てて即座にバックダッシュ。

 恐るべき対応性だと言えるが、更に恐ろしいのはその決断、卑しいまでに勝利へしがみつくその姿勢だ。

 これがアーサー王の成れの果てとは、モードレッドが信じたくないのも判る気がする。

 

『そなたが我が子と言うならば、これを受けて乗り越えて見せよ! …極光は反転する』

「っ父上!?」

 卑しいまでの貪欲さが、モードレッドがあれほどの望んだ言葉を投げる。

 あまりにも強烈なその言葉に、一瞬だけ躊躇ってしまった。

 だから、その受けてはいけない技を正面から食らってしまう。

 

 もし、受けないつもりであれば。

 ここで剣を反らせ、技を斜めに反らさざるを得なかったはずだ。

 何故ならば、背中には士郎を救いだし、治療を始めている慎二とイリヤが居るのだから。

 だからこそ、卑王は、あれほどまでに認めなかった血がつながるだけの赤の他人(モードレッド)を、我が子と呼んだ。

 

「光を呑め! 卑王鉄槌『約束された勝利の剣』(エクスカリバー・モルガーン)

 聖なる剣より盗み出された、影の剣が躍動する。

 星が堕ちる時に生じる影、不吉の象徴が、ここに暴君としての刃を成立させた。

 これこそが星に託された願いの剣の暗黒面!

 

 対するは人の希望を借り集め、願いを託す祈りの剣。

 その名は『されど、燦然と輝く剣(儀礼剣クラレント)』紡がれた絆の分だけ、威力を増す代表者の刃!

「偉大な王には成れねえかもしれない。だけど、嵐の王くらいには成ってやるさ! 『我誇り高き(クラレント)アーサー王の血筋(ブラッドアーサー)』いけええ!」

 白銀の輝きが、黒き黄金の光を押し留める。

 いかな速度を持って居ても、こうなってしまえばおしまいだ。

 ジリジリと押され、力によって、魔力によって勝る卑王が勝利するのは当然の事。

 

 だが、今のモードレッドには絆を結んだ仲間達が居る。

 生前には居なかった、彼女の理解者たちだ。

 理解しあえるからこそ、最後のストッパーを躊躇わずに使用する事が出来る。

「最後の令呪を使うから願い! 必ず勝って! みんなで笑顔の夕御飯を食べるんだから!」

「あいよ!」

 みんなという言葉の中に、自分が含まれている。

 生前に独り、目的は王位の簒奪、望みもしていないことを母親によって強制される日々。

 共にある者とは友情どころか、成長速度から知られるわけにもいかない。反乱分子ゆえに知られるわけにもいかない。

 ゆえに、その言葉こそが何よりありがたかった。

 

(そうか、オレはこれが欲しかったんだ。父上との絆、そして共に笑えるみんな…)

「結局、どう運命が変わろうと、私独りでは同じような末路を迎えるということか」

 全ての力を振るい、全てのリソースを使いはたし、力なく佇むモードレッド。

 無事ではあるが、それだけ。もう一撃振るえるかどうか。

 

 押し返された卑王は霊器に疵が入った状態で、いっそ清々した表情で苦笑を浮かべた。

 もう一撃振るう力は残しているし、相手に令呪がなければ勝てはするだろう。

 現界できないのであれば、もはや意味などあるまい。望みともどもこれまでだと、笑って空を見上げた。

 

『フン。そなたらの頑張りすぎだ。キャスターの置き土産と、アトロポスの権能。なんとかして見せるが良い』

「え?」

「キャスターの? そう言えば何か夜まで保たせろって…」

 卑王の言葉に驚いた一同が、釣られて空を見上げた時。

 

 そこに大いなる災い…、いや、神の宣告が下っていた。

「空から星が堕ちて来る…。大神刻印(オホド・デウグ・オーディン)?」

 先ほどのぶつかり合いで、地下空洞に生じた大きな亀裂。

 そこから巨大な流星が見えた。

 大気圏で燃えてもなお、この大聖杯を消し飛ばせるような威力。

 

「大聖杯を消し飛ばす…。そんな事象をミーミルを通じて書きこんだみたいだね。魔力で守られた大聖杯をだよ? 少し考えれば判らないかな」

「ギルガメッシュ…」

 裏手も終ったらしく子ギルが合流して来るのだが…。

 最悪なのは、凛も桜も気絶しているということだ。

 獅子劫が担いでいるが、彼も黒い血を流して体力の大半を…いや、旺盛であった魔力回路すら半分以上が失われていた。

 

 ここに因果は逆転する。

 大聖杯ごと、世界は一緒に燃え尽きるのだ。

 少なくとも、核の冬が来て人類は壊滅するに違いない。

 

「なんとかできないの!? このままじゃ人類が滅びちゃう! いいえ、もし無事でも…」

「無理に決まってるじゃないか! あんなの…どうしようもない…」

 オルガマリーは半狂乱に成って魔眼を閉じようとした。

 だが、成長した魔眼は、魔力を流さずとも世界の破滅を自覚し始める。

 いや、誰が考えてもあれほどの隕石を見れば判るだろう。

 あえて言うならば、これまでえの経緯を考えれば、オルガマリーが引き起こしたと思われても仕方あるまい。

 なにしろ星詠みの一族の元へ、星が堕ちて来るのである。

 

 そんな時、消えかけて居た卑王が剣を投げつけた。

「くっ!? こんな状況で、そんなにオレが難いのかアーサー!」

『何を呆けている。これは世界の窮地ではないか。最後の円卓として乗り越えてみせよ』

 投げつけられた剣を見て、モードレッドは混乱した。

 生前のアルトリアが見せた事もない、優しく、それでいて整然とした表情で自分を見つめている。

 

「オレを認めてくれるのか? オレにこの剣を託して…」

『それはそなたらが判断する事だ。消えゆく世代の私が判断する事ではない、嵐の王よ』

「もしかして、エクスカリバーならあの流星を砕ける?」

 騎士王の後継者にモードレッドは相応しくないのかもしれない。

 だが、世界に脅威を振るう嵐の王としてのアーサー王になら、後継者がいてもおかしくは無いのだろう。

 伝説の中には、アーサー王に娘が居るというモノもあるのだから。

 

「だけど…無理だ。オレだけじゃただの魔剣になっちまう。それじゃ星は砕けても世界は救えねえ」

「そんな…」

 モードレッドは混乱している。

 急に託されても、どうしたら良いのか判らない。

 いや、託されたと言うか、勝手に使えと言われて預けられたに近い。

 それに…オルガマリーの目が赤く輝いて世界を見据えて居る。

 ここまで流星が堕ちた段階で、世界は滅びに向かって、運命の剪定に入っているとも言えた。

 急に流星が堕ちるような世界である、何が次の滅びを確定させても仕方あるまい。

 

「だったら、エクスカリバーの真価とかは引き出せないのか? ここに来る前に言ってたろ」

「だから…オレには無理だ。リセットするにしても、オレの円卓を揃えるには時間が足りねえ。このまま引く継ぐとして…反逆の騎士の言葉を誰が聞くってんだ…」

 いつもの傲岸不遜差が消え失せて居た。

 アーサー王に成り変わると豪語していても、そのアーサーですら尻ごみするようなこの状況。

 目標に並ぶのではなく、それを遥かに超えて見せろと急に言われては、モードレッドらしくない焦りに襲われても仕方あるまい。

 

「なら…。俺が…用意してやる。そこで聞いてみろ…。それでも駄目な判らず屋なら、俺たちで説得すればいい」

「シロウ! 大丈夫なの!?」

「無茶よ、その体で! …こんな状態であのレベルの投影を使ったら…」

 振り返れば、士郎が倒れたまま手を伸ばしていた。

 その手は届かない明日へと延ばす、儚き望み。

 目標そのものは問題無い、先ほど卑王に強制させられたことを、今度は自分の意思でやるだけだ。

 

 既に滅びた彼の世界に比べれば、まだ届く世界ではないか。

「俺達は自分ひとりじゃない。此処に来るまでに、此処に来てから紡いだ絆がある。そんな信じろ。お前が信じないお前じゃない、皆が信じるお前を信じるんだ!」

「うるせー! そんな言葉は投影しきってから言いやがれ! 中途半端だったらオレの責任じゃねーからな!」

 投影…開始。

 火花が散るほどの魔力を生じさせ、魔力回路を断裂しながら大魔術が発現する。

 啼き笑うモードレッドの周囲に、十と一の枝が現われた。

 

 その枝は血と涙で育てられ、背中に笑顔や泣き顔を背負って剣として成立して行く。

『やあやあ。十三拘束に挑むのは、てっきりメローラ姫かリチャード王かと思ったけどね。まあいいや、これはこれで面白い。ジャッジメント、スタート!』

「マーリンてめえ、ずっと見て居たな!」

 どこからか、笑うような、それでいて吹き抜ける風の様な声が聞こえて来る。

 光は木々より花を咲かせ、この大空洞を花園に変えた。

 

 そして、不満だらけの会議が始まった。

「この一撃が誉れ高き戦いであることを。…うちの妹をお願いしますね」

「どう見ても、是は、生きるための戦いである。もっと素直になってくれたらねぇ…」

「是は、己より強大な者との戦いでしょう。頑張ってください」

「是れもまた、一対一の戦いであろう」

「是が、人道に背く戦いには見えまい」

「不本意だが…是は、精霊との戦いではないからな」

「是は世界の為、たとえ自分に正直になる為とは言え、ある意味で私欲なき戦いである」

 もしかしたら、その賑やかで、つまらなさそうな諍いこそが、円卓の日常であったのかもしれない。

 ガヤガヤとうるさそうに、不満を押し殺して苦笑を浮かべ、あるいは笑い転げて賑やかに。

 それら十一の剣は、光り輝いて七つ程が手元に残った。

 

「みんな、オレを認めてくれるのか? アーサー王に反逆した、円卓失格のこのオレを…。この期に及んで、卑王との戦いを、邪悪との戦いだと認められなかったオレを」

「だがそれこそが、お前の求め続ける真実の答えであったのだろう? ならば迷うな」

 最後に一振り、黒剣が加護では無く、言葉を投げた。

 それこそが、求めて居た言葉なのかもしれない。

 別に、モードレッドは無条件の肯定を求めて居たわけでは無いのだ。

 

「くそっ! おせっかいどもが! お陰で前が見えねえじゃないか。退いてろ、最大級の威力で、ぶっ放すぞ!」

 ここに来て、啼き出しそうな顔…ではなく。

 文字通り涙を流してモードレッドは黄金の剣を握った。

 

「それは…受け継がれる希望、確かな明日」

 右手にエクスカリバー、左手にクラレント。

 人々の願いと、人々の絆を力に変えて…。光の奔流が流星を包み込む。

「約束されるのは未来、そは願い叶う光!(エクスカリバー)!」

 砕け散る。

 世界への脅威を払う剣は、倒す為では無く、確かな明日を約束する為の力。

 人類が滅びるという、どうしようもない未来こそを、十文字に切り裂いたのである。

 

 流星が砕け、小さな塊が光と成って消えて行く。

 粉々に砕け、五月雨のように光が降り注ぐ。

 そんな中に、マスターが、生き残った二騎のサーヴァントが佇んでいた。

 

「で、この後はどうするんだ? アトラム陣営とかは特に気に成るんだけど」

「止せ止せ。戦う力なんて少しも残ってねーぞ。お前らが大聖杯の残りを解体すんのだけ見たら、後は勝手に消えるとするわ」

 慎二が尋ねると、獅子劫は笑って凛と桜を地面に降ろした。

 そうしてから、すっきりした表情で、体に流れる黒い血を拭いとって行く。

 エクスカリバーに巻き込まれて半分以下になった大聖杯を見ながら、肩をすくめた。

 

「それにだ。俺は自分の家系を呪う力を払おうとしたんだが、さっきおせっかいした直後に吹っ飛んでな。今回の報酬を当てにしなくても済むようになったってわけだ」

「その代償が魔力回路の半分以上って、割りに合わない気がするけどな。まあボクらも暇だし世界を歩いてもいいな」

 人生塞爺が馬というが、獅子劫はこれから世界を旅して失った魔力回路を復旧させる旅に出ると言う。

 慎二や…、いつまで居られるのか判らないが、モードレッドもそれに付きあって世界を股に掛けると言う。

 

「魔眼の方は私の方から修正報告をしておきます。できれば経過観察をして、問題無いと言う確定情報を望んではいますが」

「そうね。その辺の魔眼殺し…じゃ通用しないでしょうし、いっそ人形の体に意識を移した方が良さそう」

「人形の体って慎二みたいなのか? じゃあ、次はまともな人形師を探さなくちゃな。俺の体も大分ガタがきちまったし、お世話に成りそうな気がする」

「ちょっと! 人を勝手に巻き込むなよ。あつかましい。ボクはボクで…」

 バセットとオルガマリーの相談を、脇から拾った士郎と慎二がワイワイと騒ぎ立てる。

 正確にいえば騒いでいるのは一人だけだが、案外、照れ隠しなのかもしれない。

 

「それでお前の方はどうするんだ?」

「何もしないさ。ボクはボクでこの戦いは茶番として見守るだけの話。遺された聖杯たちをどうするかなんて君たちに任せるよ」

 繰り返された同じ意味の質問に、子ギルは笑って一同を見守る事にした。

 この国には天丼というジョークがあるらしい、道化の繰り返しギャグくらいは笑って許そう。

 

「とはいえ興味深い。満たされた聖杯をどう使うつもりなのか、それとも世の魔術師全てから隠し通すつもりなのか…」

 特に別世界からやって来た士郎が、元の世界を救えるだけの魔力だと知ったら、どうするつもりなのか興味深かった。

 だが、子ギルであろうとギルガメッシュであろうと、ソレを指摘するだけの殊勝さはない。

 

 あの世界に恩義ある訳でなし、むしろ利用された怒りだけだ。

 持って行くこと自体は今の彼らにも可能なのであるが、それを含めて黙っておくのが、子ギルなりの復讐なのかもしれない。

 あるいは…ソレを思いつくかどうかを眺めるのも、また楽しい茶番だと思っているのだろう。

 

「それじゃあ、解体作業を始めるわよ! みんな、準備は良い?」

「了解です」

「おっけー」

 やがて目を覚ました凛たちが音頭を取って、大聖杯の解体作業が始まる。

 そこに満ちて居た魔力や泥は殆どが霧散しており…、どうやら小聖杯たちに分散格納されて居る様であった。

 それは一つの事態の終わりであり、子ギルが期待する新しい事態の始まりである様にも思われる。

 

 いずれにせよ、冬木の戦いはここに終結を迎えたのである。

 




 と言う訳で、このお話も無事に終了いたしました。
ここまで読んでくださった方がおられましたら、誠にありがとうございます。

・最後に使ったペテン
1:慎二が、残った令呪でモードレッドを限定強化。内蔵する魔力・出力の強化。
2:マスター契約を解除して、イリヤが再契約。霊器全体の強化。
3:イリヤが令呪で、タイムアルターを限定的に受け入れさせる。もともとの速度差x二倍行動。
 これでエクスカリバーの治癒速度以上で戦う。
と言う感じになります。

 最後の最後に落ちて来る流星ですが、みんなを認めたギルガメッシュがエヌマ・エリシュ使おうかと思ったのですが、エクスカリバー全力版の方が面白そうだったので、モーさんに資格があるかどうかじゃなく、円卓陣の許可制らしいので、こっちに変更しました。

 繰り返しに成りますが、ここまで読んで下さった方に感謝を捧げたいと思います。


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